白光 (スクランブルエッグ 旧名 卵豆腐)
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白光
「斬らなくて良かったの?その子」
何処からともなく聞こえてきた声に、キュアエールは振り返る。
白いドレスを着た小柄な少女が、近くの瓦礫に腰かけてこちらを見つめていた。
色の薄い唇に、色白で細い指を軽く添え、見かけにそぐわない酷く淫靡な笑みを浮かべている。
その瞳は、およそ人からは掛け離れた真紅の彩りで満ち溢れ、妖しい輝きを放っていた。
今し方、キュアエールはプリキュアの剣に選ばれ、クライアス社の社員であるチャラリートを斬ろうとして………しかし、それは自分のやり方ではないとして剣を別の形へと昇華させた。
力でねじ伏せるのではなく、あくまで浄化による救済で戦う道を選んだ彼女。
それは、白いドレスの少女の視点からすれば、意外な選択であるように見えたのだ。
人間という生き物は、須く己の価値観と相容れぬ者を力で排除しようとする。
それはどれ程の年月を経ても変わる事のなかった不変の真理。
しかし、目の前の少女はそれを否定し別の道を示して見せた。
「貴方はそれで良いのかも知れないけど、これからも上手くいくとは限らないわ。人間の悪意が如何に醜く救い難いものか、貴方は良く知っている筈でしょう?」
そう言って、笑みを浮かべる白いドレスの少女の言に、ビクッ!とキュアエールの身体が震える。
それは恐怖による震えではなかったが、しかし
何故、自分の過去を知っているのか。
この少女は何者なのか。
「クスクスクス………そんな顔をしないで。悪気はなかったの」
白いドレスの少女は其処で言葉を切ると、闇に呑まれ怪物と化したチャラリートを一瞥する。
「その子は」と少女は言う。
「世界に害意を齎す人間達の一員たるモノよ。滅ぼさなくてはならない。だというのに、貴方はそんなに近しい位置で、一体何をしているの? 成すべきことをすべきではなくて?」
「そんな言い方………」
「事実を口にしているまでよ。だって、そうでしょう?それがプリキュアである貴方の使命。彼は憎まれて然るべき者。全世界の敵となる道を選んだ者の一人。私何か間違ったことを言ってる?」
顔は笑ってはいるが、目が笑っていない。
試すような口振りで問い掛ける少女に、キュアエールも真剣な眼差しで少女を見据えた。
「うん、確かに間違ってはないと思うよ。チャラリートさん…ううん、クライアス社の人達は皆から明日を奪おうとしてる悪い人達なんだろうけど、でもだからって、何でも力尽くでねじ伏せるのは違うと思う」
「甘い考えね。力で正義を為し、悪をねじ伏せる事の何が悪いの?」
「悪いとか悪くないとか、そういう問題じゃない。私がそういうのが嫌だと思ったからそうしないだけ。そういう形の在り方もあるんだろうけど、それは私のなりたい『野乃はな』じゃない!」
「………うふふ」
確固たる意思が込められたキュアエールの言葉に、白いドレスの少女は薄く笑う。
「本当に面白いわ、人間って。ハンターでは無いけれど、貴方のような人間を招いて行う舞踏会も悪くはなさそうね」
ズッ!と白いドレスの少女から、得体の知れない威圧感が放たれる。
その場にいた誰もが冷や汗を流すが、ただ一人キュアエールだけはジッと少女を見つめ続けていた。
「いつか私と遊びましょう? その時はこんな無粋な場所じゃなく、もっと相応しいところで。素敵なところよ……白い光が綺羅星のように舞い散って……退屈なんてさせないんだから……」
暗雲が晴れ、陽の光が少女を照らす。
陽光に照らされてできた少女の影は、龍を彷彿とさせる人の形からは掛け離れた姿をしていた。
なんの前触れも、予兆もなく、フッと少女の姿が消える。
なんの跡形もなかった。
そもそも最初から誰もいなかったかのように。
キュアエールは、少女が座っていた瓦礫を何とも言えない表情で見つめていた。
何処ともしれない空間で、白いドレスの少女は舞う。
古より伝わる、とある唄を奏でながら。
キョダイリュウノゼツメイニヨリ、デンセツハヨミガエル
数多の飛竜を駆逐せし時
伝説はよみがえらん
数多の肉を裂き 骨を砕き 血を啜った時
彼の者はあらわれん
土を焼く者
鉄【くろがね】を溶かす者
水を煮立たす者
風を起こす者
木を薙ぐ者
炎を生み出す者
その者の名は 宿命の戦い
その者の名は 避けられぬ死
喉あらば叫べ
耳あらば聞け
心あらば祈れ
天と地とを覆い尽くす彼の者の名を
そして、自らの過去を乗り越え、クライアス社の企みを打倒し、全てを終わらせた少女の前にソレは現れる。
「クスクスクス………約束通り舞踏会へ貴方を招待するわ。さあ、私と一緒に踊りましょう?我が名はーーーーーー」
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