過眠症のヒカルの碁 (turara)
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佐為との出会い

 「ヒカル。そろそろ起きたほうがいいんじゃないです?学校の時間ですよ?」

 

 「ええー。いいとこだろ?それに、来月には天帝戦があるし、ちょっとでも鍛えときたいんだよ。」

 

 佐為は、少し心配そうにヒカルを見つめた。しかし、佐為も大の囲碁好きなので、囲碁をしたいというヒカルに頭を悩ませていた。少し悩んだ結果、どうにか囲碁欲を押さえ込み、ヒカルを学校に行かせることにしたのはそれから5分後のことだった。

 

 「やっぱり駄目ですよ!学校はちゃんと行かないと。ここにくるの出入り禁止にしますよ!」

 

ーーーーーーーー

 

佐為がヒカルと出会ったのはヒカルが5才の時だった。ヒカルは、どうやら夢を通じて、この世界に紛れ込んでしまったらしい。たまたま、庭の池の側を歩いていると、どことなく子供の泣き声がするのが聞こえてきたのだ。

 

「どうしたんです?」

 

 佐為は、ずいぶん小さい子が迷い込んだと少し驚いた。この世界に人が迷い込むことはとても珍しいことではあるが、無いことではなかった。数百年に数回、夢の中から迷い込んでこの世界に人がやってくる。大抵は、すぐに人間の世界に帰してそれで終わりだ。彼らは、夢を見ていたのだと思い込み、この世界に来たことをいずれ忘れていく。

 

 しかし、佐為はあまりにも泣きじゃくるヒカルを不憫に思い、落ち着かせようと部屋の中へ招き入れた。

 

 「落ち着いてください。名前はなんて言うのです?」

 

 佐為はヒカルを怖がらせないよう、とても優しく、微笑みながら訊ねた。ヒカルは、そんな佐為を見て少し安心したのか、ぐずぐずと鼻水を垂れ流しながら、小さな声で「ヒカル」と答えた。

 

 「とてもいい名前ですね。そうだ、とても美味しいお菓子があるんですよ。少し待ってください。とってきますから。」

 

 佐為は、ヒカルの頭を少しなでて、昨日お裾分けで貰った、饅頭をとりにむかった。佐為は、あまりに小さく可愛いお客さんにとても胸を躍らせていた。この世界には、佐為のような強い囲碁の神はごろごろいても、子供はいなかった。

 

 「あー。とっても可愛い。」

 

 佐為は、なんとかヒカルを餌付けできないかと心の中で企んでいた。そして、あわよくば囲碁を教えてあげるなんてことができたらいいなと、考えていたのだ。

 

 佐為は、お盆に皿にのせた饅頭と、お茶を入れ、再びヒカルの元へ向かった。ヒカルは、泣きやんでいるようで、大人しく体育座りしている。

 

 「いい子ですね。これ口に合うか分かりませんが、どうぞ。」

 

 ヒカルは、佐為のことを受け入れているようで、おずおずと饅頭に手を出した。

 

 「ヒカルは、とっても可愛いですね。大丈夫ですよ。ここは夢の中、いつでも元の世界に戻してあげられますから。」

 

 佐為は、小さい口でもぐもぐと食べているヒカルを安心させるようにそう言った。ヒカルは、佐為の事を信用したのか、少し緊張がとけたみたいだった。

 

 「本当に僕、おうちに帰れる?」

 

 「ええ。いつでも。私がちゃんとヒカルをお家まで返してあげますよ。」

 

 ヒカルは、それを聞き、安心したように「良かった。」と呟いた。

 

 そこからのヒカルはとても元気だった。学校のことや家族のこと、そしてサッカーが好きと言うことを楽しそうに佐為に話した。佐為もヒカルが自分に心を開いてくれたことが嬉しく、「うんうん」と微笑ましく聞いていた。

 

 一通り話し終えて、佐為はそろそろヒカルを元の世界に戻そうと考えた。一瞬、やましい考えが浮かんだが、気のせいである。ちゃんと送り届けると約束したのだ。

 

 「ヒカル。そろそろ、帰りますか?もうすぐ朝なんです。」

 

 ヒカルはまだまだはなしたりなそうにしていた。少しうつむいている。

 

 「もう、会えないの?」

 

 ヒカルは佐為の事をとても気に入ったようで、もう会えないのかと泣きそうになっていた。

 

 そんなヒカルを見て佐為は我慢できるはずもなかった。佐為は、どれだけ天帝に怒られようと、ヒカルをまた、この場所へ来れるよう頼み込むよう心に決めた。

 

 「大丈夫ですよ。寝ている間、ちゃんとあえるよう、しときますから!」

 

 「ほんと!またあえる?」

 

 「ええ。いつでも来てください。喜んでお出迎えしますよ。」

 

 ヒカルは、そのことを聞き、とても嬉しそうに佐為に飛びついた。

 

 「絶対だよ?明日、また会おうね?」

 

 ヒカルに抱きつかれ、上目遣いでそう言われて、佐為は、絶対離すものか、と思うのだった。

 

 

 

 




 佐為は、計画通り、ヒカルを手懐けることに成功しました!


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海王中囲碁部への見学

 「ヒカル。お前また寝てんのか?ノート見る?」

 

 「ん。ああ。サンキュー」

 

 ヒカルは学校の中でかなり浮いた存在だった。派手な髪色はもちろんその原因であったが、一番はこの眠り癖である。かなりの進学校である海王中で、ヒカルのように堂々と寝ている生徒はほとんどいなかったためである。

 

 「いい加減起きとけよな。来週の期末試験やばいんじゃねえの?」

 

 「んー。まあ、優秀な先生がいるから。多分、赤点は大丈夫。」

 

 「何?そんないい塾あるのか?教えろよ。」

 

 「やだね。教えねーよ。」

 

 ヒカルは、テスト前日に、勉強の神である菅原道真という人に勉強を教えてもらうのが常だった。余りに勉強のしない、というか出来ないヒカルに佐為が紹介したのが菅原道真である。囲碁も嗜むそうで、佐為と仲がよいみたいだ。この神様のおかげでヒカルは赤点を免れている。

 

 「て言うか、来週のテストが終わった後、囲碁大会あるだろ。その日抜けてゲーセンでも行こうぜ。テストの鬱憤、全部はらしてやる。」

 

 「囲碁大会とかあんの?」

 

 ヒカルは囲碁という単語に少し反応した。ヒカルは海王中学校に囲碁部があることも知らなかったし、力を入れていることも知らなかった。

 

 「知らねーの?毎年数回あるらしーぜ。この学校、囲碁に力入れてるからな。」

 

 「ふーん。」

 

 「ここの囲碁部、全国で優勝するぐらい強いらしいぞ。まあ、俺は興味ねーけど。」

 

 ヒカルは少し囲碁部というものに興味がわいた。ずっと、夢の中でしか、囲碁に関わってこなかったので、現実に囲碁というものにふれるには初めてだった。テレビで囲碁の戦局をやっているのを見るぐらいで、実際、ヒカルの周りに、囲碁を誰かとうつという環境自体なかったのである。

 

 「囲碁部か........。」

 

 (全国で優勝するぐらいだから、かなり強いのかもしれない。)

 

 ヒカルは、少し見学に行ってみてもいいかもしれないと思った。

 

ーーーーーーーー

 

 放課後、いつもは、速攻で帰って佐為と囲碁を打つのだが、今日は、囲碁部へ見学に行こうと考えた。

 

 「ええと。囲碁部、囲碁部。」

 

 「ここか。」

 

 囲碁部と書かれたプレートを見つける。ヒカルはなんとなく入るのに気弱になってしまい、ドアの隙間から覗いてみることにした。かなり広く、何十面もの碁盤が並べられていた。すぐに来たこともあって、まだ数人しか部員はいないようだった。

 

 「すげー。めっちゃ碁盤あるな。」

 

 それに、囲碁の資料らしきものもかなりあるようだった。ヒカルにとって、現実でこんなにも囲碁のにおいのある場所に来るのは初めてだったので、とても新鮮な感じがした。

 

 (佐為すげー喜ぶかもな。)

 

 ヒカルがドアの間から部室に見入っていると、後ろからガラガラとドアが開けられた。振り向くと、3人ぐらいの部員と思われる生徒がたたずんでいた。

 

 「す、すみません。」

 

 ヒカルは、すぐに入り口を開けた。

 

 「君、何か囲碁部に用?見たところ一年生だよね。」

 

 ヒカルは少したじろいだ。

 

 「えっと、囲碁部に興味があったので、見学しようかと思って。」

 

 3人は少し顔を見合わせていた。それはそうかもしれない。もう、入学してから4ヶ月も過ぎているし、今の時期に部活に入る人はそうそういない。また、囲碁部は全国レベルの強さであるので、入る部員もまた、経験者が多く、この中途半端な時期となると、かなり物珍しかったに違いなかった。

 

 「全然、興味を持ってくれて嬉しいよ。今の時期に珍しいと思ってね。どうぞ、入って。」

 

 少し後ろにいた、人当たりの良さそうな青年がそう言ってヒカルを部室に招き入れた。

 

 「どうして囲碁部に興味を持ったの?」

 

 青年はヒカルに椅子を用意しながらそう言った。

 

 「いや、俺、囲碁部あるって知らなかったし。すげー強いらしいからちょっと見学でもしようかなって。」

 

 「へー。経験者?」

 

 「まあ、少しは。」

 

 青年はヒカルが囲碁の経験者であることに少し驚いてるみたいだった。海王中が、囲碁が強いことは、囲碁経験者なら誰もが知っていることだったからである。そのためか、その青年は、ヒカルが経験者と言っても、かなり弱いだろうとたかをくくっていた。

 

 「そうなんだ。経験者なら大歓迎だよ。けど、ここの囲碁部は全国レベルだから、君には少し難易度が高いかもしれない。入学すぐに入っていたなら、初心者も何人かいたんだけど、今の時期からとなると難しいこともあるかも。」

 

 青年は、善意でそういっているようだった。ヒカルの髪の毛や態度から囲碁をするように見えなかったのもあるかもしれない。だいたいの囲碁部員はメガネをかけていたり真面目そうであったりする人ばかりである。

 

 「そんなに強いんだ。じゃあ、俺ついていけねーかも。いつも、負けっぱなしでろくに勝ったことないし。」

 

 ヒカルは、実際に中学生の囲碁の実力を全く分からなかったので、そんなに強いときいて、少しワクワクしていた。いつも、年老いた爺さんや、佐為など、訳の分からない着物を着て、扇子を振りかざしている人たちとばかり戦っていたからである。

 

 (たまには、同じぐらいの年齢の奴とやるのも楽しいかもしれない。)

 

 「じゃあ、適当に見学していって。質問あったらいつでも僕に聞いていいから。」

 

 とても面倒見の良さそうな青年は、そういうと、ヒカルの元から離れていった。

 

 少し座っていると何人か人が集まり始めた。それぞれ、囲碁に話をしながら、碁石の準備をしたり、昨日の課題か何かである詰め碁について討論したりしていた。

 

 「あれ?進藤君?何かあったの?」

 

 同じクラスの人たちが数人入ってくる。ヒカルは、知り合いがいた事に少しほっとした。

 

 「ちょっと見学でもしようかなって。」

 

 「え?進藤君囲碁できるっけ?」

 

 「まあ、少しは。」

 

 ヒカルが囲碁をすることに少し意外だったようだ。

 

 「へー。知らなかったな。」

 

 「やっぱ強えーの?」

 

 「うん。めちゃくちゃ強いよ。流石全国ってかんじ。僕、囲碁教室通ってて、そこで負けなしだったんだけど、ここでは全然歯が立たなかった。」

 

 もう一人もそれに賛同する。

 

 「そうなんだよ。特に部長なんてやべーよ。俺、この前、後ろから見てたけど、一生敵わないって思ったもん。」

 

 「そんなに強いんだ。」

 

 ヒカルは同級生から囲碁部について一通り聞いていると、他の部員も集まってきたようで、集合がかかった。部長はまだ来ていないらしく、副部長が仕切っているようだった。

 

 「それじゃあ、昨日の反省を踏まえて、一局始めましょう。」

 

 そう言って、部員が同じ実力同士の人と組み試合をし始めた。ヒカルは、後ろからその囲碁を観戦する。

 

 しかし、ヒカルは一通り見たけど、強い人が一人もいないことにすごくショックを受けた。確かに少し強いかな?と思う人はいたかもしれないが、自分の相手になる人はいないと感じ取っていた。

 

 (やべー。全然大したことねえ。)

 

 ヒカルは、あまりに、強い強い、と聞かされていたので、その分の期待値もあり余計がっかりした。

 

 (中学校の囲碁部もこんなもんか。)

 

 ヒカルは中盤まで、部室をうろうろしていたが、佐為と囲碁をうったほうがいいなと思い出て行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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詰碁

 「ヒカル。囲碁部の見学に行ってきたんでしょう?どうでした?」

 

 「うーん。まあまあかな。全国レベルって聞いたから相当すごいのかと思ったけど、全然大したことなかったよ。」

 

 佐為は、ヒカルのいる世界に興味があるようで、前のめりに聞いてくる。佐為は、ヒカルのいる世界の話をすると、すごくうらやましそうにするのだ。佐為は平安時代に生きてた人だから、ヒカルのいる時代に興味があるのだろう。

 

 「いいですね~。私も行きたかったです。ヒカルばかりずるい。」

 

 「何言ってんだよ。お前、死んで神様になってんじゃねーか。」

 

 どうやら、死んだ後、何かに飛び抜けて才能のあった人は転生されず、こうして神になるらしい。ここにいる神は、囲碁の神なので、全員飛び抜けて囲碁がうまい。ヒカルはどうやったってここにいる人に敵わないのだ。

 

 「そう言えば、囲碁部の部室におもしろいもの見つけてさ。」

 

 ヒカルはそう言って、自分の前にある碁盤に、碁石を並べていく。佐為は興味津々でそれを見ているようだった。

 

 「これ、詰碁って言うらしいんだよ。ここから、白を殺すにはどうしたらいいのか、っていう問題。」

 

 佐為は、ちらりと見ただけでその問題を当ててしまった。

 

 「ここです?」

 

 「ん。正解。」

 

 「これは、簡単な問題なんだけど、上級の問題で結構難しいのあってさ。」

 

 佐為は、ほうほう。と言いながら、ヒカルの並べる碁を真剣に見つめる。ヒカルは、見学に行って、部室にあった詰碁集を一通り解いてみたのだが、やはり、いくつか解けない問題があった。一晩中考えても分からなく、答えを見るのもしゃくだったので、佐為に出してみようと思ったのだ。

 

 「あ、分かっても答え言うなよ。俺まだ解けてねーから。」

 

 「分かりましたよ。」

 

 そう言って佐為は碁盤を覗き込む。目をきらきらさせて見ているその姿に、ヒカルは、やっぱり囲碁バカだなと思う。

 

 「むむ。なかなか、難しいですね。」

 

 佐為は、扇子を口元にあって考えている。ヒカルは、佐為の苦戦する姿に、なかなかの快感を覚えた。

 

 「な!難しいだろ。ここをこうすると、こっちが死んじゃうんだよな。」

 

 ヒカルは、意気揚々と佐為を見る。ムキになっている佐為を見るのは、面白かった。

 

 「ヒカル。少し黙ってください!」

 

 佐為は5分ぐらい考えた後、パタンと少し開いていた扇子を閉じた。

 

 「分かりましたよ。」

 

 「え、もう?」

 

 佐為は、得意げにヒカルをみる。ヒカルが一晩考えても分からなかった問題を5分で解いてしまうと思うと、ヒカルはなんだか悔しい気持ちになった。

 

 「なんだよ。俺、一晩考えても分からなかったんだけど。」

 

 「確かに、ヒカルには少し難しかったかもしれないですね。ヒント言いましょうか?」

 

 「いや、いいよ。自分で考える。」

 

 ヒカルは、どうしても解いてやろうと、まじまじと碁盤をみる。

 

 「うーん。」

 

 昨日から、なんとなく分かりそうな気がしてはいるのだ。ヒカルはちらりと佐為をみる。佐為は、微笑ましそうにヒカルを見ている。

 

 「なんだよ?」

 

 ヒカルはむっとして碁盤から離れる。佐為は、クスクスと笑っているようだ。

 

 「いや、なんだか可愛くって。ヒカル、このままいくと、一週間たっても分からないんじゃないです?」

 

 ヒカルは、佐為に詰碁を出したことを後悔した。

 

 「なっ。バカにすんなよ!こんな問題、一瞬で解いてやるからな。」

 

 ヒカルは、佐為をこの問題が解けるまで付き合わせ、最終的に朝になるまでそれは続いた。

 

 「ヒカル。もういいでしょ。ヒント言いますから!ヒント!」

 

 「ああああああああー。」

 

 ヒカルは、そう言って、佐為がヒントを言おうとするのを阻止する。

 

 「ヒカル!いつまでするつもりですか?もう朝ですよ!学校いってください!」

 

 「やだ!」

 

 「やだじゃないです!」

 

 結局、佐為がヒカルに考えた詰碁を出すという条件で、ヒカルは学校に行くことになった。佐為はヒカルに付き合わされている間、自分でいろいろ考えていたようだ。ヒカルは佐為が考えた詰碁という誘惑に負けてしまった。

 

 「この問題はヒカルに難しすぎるんですよ。もう少しうまくなってから、挑みましょう?」

 

 ヒカルは、佐為に負けたような気がして、胸が晴れない。

 

 「ね。ヒカルにぴったりの問題考えましたから、そっち解きましょう?」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 ヒカルは学校の裏庭で突っ伏していた。結局、あの詰碁がとけないどころか、佐為の出した問題も解けてない。 

 「佐為と会うまでに、解いときてーな。」

 

 どうにか解いてやろうと、昼休み、誰にも邪魔されないところに来たのだ。ヒカルは、佐為に出された問題を紙に書き写していた。書き写した紙を、穴が開くほどみる。

 

 ヒカルは、佐為なら、どうするだろう?と考えた。いつも、悩むとそう考えていることは佐為に秘密だ。

 

 「わかんねー。」

 

 ヒカルは後ろへ突っ伏した。だいたい、佐為も含めて、あそこにいる奴らはおかしい。とヒカルは思う。みんな、始終、囲碁囲碁言っているし、

神様のランク=囲碁の強さ

なのである。ヒカルが全く歯が立たない佐為であっても、敵わない相手はいくらでもいるのだ。そう思うと気が遠くなる。

 

 「何で俺、いつまでたっても勝てねーんだろ。」

 

 ヒカルは佐為と一番、対局することが多いが、未だかつて勝てた試しがない。

 

 「俺って、才能ないのかな。」

 

 ヒカルは落ち込んでいた。そうしていると、なにやら後ろから気配がした。上を見上げると、紫色の変なおかっぱの奴がいた。ヒカルが持っている、詰碁をまじまじと見ている。

 

 「・・・・誰?」

 

 ヒカルは、この怪しい奴に対し、すぐ起きあがり、警戒態勢をとった。

 

 「ご、ごめん。なんか見てるなと思ったら、詰碁だったから。」

 

 ヒカルは眉をひそめる。詰碁だったから何だというのか。変な言い訳に、こいつ大丈夫かと思う。

 

 ヒカルが怪しんでいると、おかっぱの奴は、慌てて、謝った。

 

 「あ、勝手に覗き込んでごめん。ところで、面白そうな詰碁だね。」

 

 ヒカルは、立ち去ろうと思ったが、詰碁に興味津々のようだったので少しはなしてみることにした。

 

 「・・・今、解いてるんだ。」

 

 ヒカルは、そいつに詰碁を見せる。そいつは、佐為みたいに、目を輝かせて、その詰碁を見ていた。ヒカルは、それを見て、こいつも囲碁バカか、と警戒心を解いた。しかし、ヒカルは昨日のことで、中学生のレベルに落胆していたので、こいつもどうせ見るだけ無駄だろうと思っていた。

 

 「もう、いいだろ?そろそろ昼休み終わるし。俺行くわ。」

 

 ヒカルは、そう言って、立ち上がった。長時間考え込んでいたため、「うーん」と背伸びをした。

 

 (結局、解けなかったな。)

 

 ヒカルが立ち去ろうとすると、おかっぱの奴は、すごく残念そうな顔をしていた。その顔を見て、少し、動揺する。

 

 「なんだよ?」

 

 「いや、その問題、解きたかったなって。」

 

 ヒカルは、なるほど。と思う。こいつは顔に似合わず相当な負けず嫌いだと再認識した。

 

 そいつは、「ここなんてどうかな?」と詰碁の場所を指した。

 

 「俺は、そこ、考えたよ。ここうたれると終わりだろ?」

 

 「いや、でも、こうなると・・・」

 

 結局、チャイムが鳴っても、討論は続き、先生に見つかって、連れ戻されることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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塔矢視点

ゴミゴミしてます。


 僕が、あの棋譜を見つけたのは、たまたまだった。その時、僕は、掃除当番で、ゴミ捨て係を任されていた。廊下に設置されてある、ゴミ箱の中のゴミを、ゴミ袋へ移すのだ。

 

 手慣れた様子で、ゴミを移していると、その中にぐしゃぐしゃになった棋譜を見つけた。碁を打つものとして、一目見ないと気が済まず、ゴミの中から拾い上げた。

 

 台の上できれいにのばすと、拙い字で書かれた棋譜が現れた。なんとなく拾った棋譜であったが、それが、とんでもない価値があるものだと気づくのにそう時間はかからなかった。黒と白。どちらもプロ並みの棋力であることが分かる。

 

 「凄い。」

 

 塔矢は、ゴミ捨てのことなど忘れ、その棋譜を食い入るように見つめた。

 

 この両者の腕が確かなのは、見たら分かるが、それよりも、塔矢はこの棋譜の美しさに心を奪われた。石の流れ、運び、そして、現代の定石を超越しているかのような打ち方、塔矢は、新しい囲碁の形を見ているかのような気持ちになった。

 

 塔矢はこの棋譜に打ち震えた。

 

 「こんな棋譜が存在するんだ。」

 

 勝ち、負け、そういう概念を通り越し、ただただ、石の流れの美しさに身を任せた棋譜。何か、囲碁というものの本質について問われているような、そんな気持ちにさせられる。

 

 塔矢は、この棋譜を見て興奮を抑えられなくなった。早く、囲碁をうたなければ、そういう気持ちになる。

 

 塔矢は、この棋譜を見つけた感動と、この棋譜の美しさ、そして、自分もうたなければ、という使命感で、胸がいっぱいになった。

 

 

 塔矢が我に返ったのは、掃除の終わりのチャイムが鳴ってからだった。

 

 「あ、早く捨てに行かなきゃ。」

 

 塔矢は、名残惜しく、その棋譜から目を離すと、丁寧な手つきでその棋譜を折りたたんだ。

 

 塔矢は、ゴミ捨てに行っている間も、その先の授業を受けている間も、先ほどに棋譜のほとぼりが冷めず、ずっとそわそわした気持ちであった。

 

 そんなことがあって、棋譜の興奮から、少しずつさめてきた後、次に、誰が書いたものなのだろう、と言う疑問が湧き上がった。プロであることは間違いなかったが、この両者のような碁を打つ棋士は思いつかない。

 

 「誰が書いたものだろう。」

 

 塔矢は、父が囲碁の名人なため、他のプロの棋士達と関わることが多い。いろいろな棋譜を見てきたし、うたせてもらってきたが、この棋譜をうつような棋士は見当もつかなかった。

 

 「海外の人のものかな?」

 

 中国とか、韓国のプロ棋士がうったものかもしれない。

 

 しかし、まずいえることは、この学校の中に、この棋譜を書いた人がいるということだ。

 

 「囲碁部顧問の尹先生なら誰が書いたものか分かるかもしれない。」

 

 字の汚さからして、書いた人が同じ中学生であることは確かだ。塔矢は、もし、その書いた人が見つかれば、その人たちがうった碁の他の棋譜も紹介してもらえるかもしれないと言う期待を持った。

 

ーーーーーーーーー

 

 放課後、塔矢は、尹先生のもとを訪ねた。

 

 「尹先生、お話があるのですが、少しいいですか?」

 

 尹先生は、塔矢の訪問に少し驚いていたみたいだった。

 

 「塔矢君、珍しいですね。どうかしましたか?」

 

 塔矢は、ポケットから綺麗に折り畳まれた棋譜を取り出した。

 

 「この棋譜を書いた生徒に見覚えはないですか?廊下のゴミ箱の中で拾ったんです。」

 

 尹先生は、塔矢から棋譜を受け取ると、しわだらけのそれに目を通した。

 

 「もしかしたら、囲碁部の生徒が書いたものなのではないかと思ったのですが。」

 

 尹先生も、この棋譜の美しさに感銘を受けたようで、感嘆の息をもらした。

 

 「美しい碁ですね。」

 

 尹先生は、その棋譜に目を奪われ、そして、つー、と涙を流した。塔矢は、尹先生の気持ちがよくわかった。碁を打つものとして、体が打ち震えるほど美しい棋譜と出会えることは、本当に幸せなことだ。塔矢は、涙を流す尹先生を見て、また自分の中に、この棋譜の熱が入り込んでくるのを感じた。

 

 「すみません。あまりにこの棋譜が美しいもので。」

 

 尹先生は、棋譜に涙が落ちないよう、慌てて拭った。

 

 「いえ。僕も、最初見たとき、そうなりましたから。僕は、今でさえ、この棋譜が頭から消えないんです。」

 

 尹先生は、涙を拭うと、塔矢に棋譜を返した。

 

 「囲碁部に、このような棋譜を書いた人がいるかどうか、聞いてみますね。」

 

 「お願いします。」

 

 塔矢は深く礼をすると、職員室から出、帰路に就いた。早く、囲碁をうちたいという気持ちももちろんあったが、それより、この棋譜を誰かに見せたくてしかたがなかった。

 

 「父さんが見たらどんな反応をするのだろう。」

 

 名人である父でさえ、この棋譜を見て、感動するに違いないと、塔矢は思っていた。

 

ーーーーーーーーー

 

 あの棋譜を見つけて一週間が立ったが、何一つ手がかりが掴めないままだった。尹先生がいうには、この棋譜を書いた人は、囲碁部にはいないらしい。また、名人である父も、この棋譜のうち手に心当たりはないみたいである。

 

 ゴミ箱で見つけたあの棋譜は、囲碁プロの間で話題になった。父が、この棋譜を塔矢門下生に、紹介し、あっという間に広がった。しかし、プロの間でも、誰一人として、この棋譜に関することを知っているものはいなかった。

 

 「誰なのだろう。」

 

 棋譜は、まさに、神の1手に一番近いという棋譜として広がりつつあった。誰もが、大げさな言い回しだと思いその棋譜をみる。しかし、棋譜を見たもので、その事に反論しようとするものはいなかった。それだけ、囲碁をうつ者の心に響く棋譜だったのであろう。

 

 塔矢は、この棋譜が忘れられず、また、囲碁に対する熱が思い出すたび、わき上がってくるのを感じた。

 

 

 

 

 

 塔矢は先生に頼まれていた課題を届けるため、職員室に行こうとしていた。すると、どこからか声が聞こえることに気がついた。どうやら裏庭からのようで、不審に思い、恐る恐る近づいた。多分1年生なのであろう生徒が何かを見て、独り言を言っているようだった。

 

 「見たことがある。確か、隣のクラスの、進藤という名前だったっけ。」

 

 進藤ヒカルは、同級生の間でかなり有名な存在だった。派手な髪色もさることながら、ずっと授業中も、昼休みも寝ていることが多く、変な奴として多くの人に知られていた。それでも、この進学校で普通の成績を取っているらしいし、普通に友達からも慕われている。

 

 「わかんねー。」

 

 少し近づいてみると、どうやらそれは詰碁らしかった。

 

 (詰碁?)

 

 進藤ヒカル、囲碁という妙な結びつきを塔矢は不思議に思った。見た目からして、囲碁をするように見えないからである。

 

 塔矢はそっと近づくと、後ろからその詰碁をのぞきこんだ。塔矢は一気にその棋譜に引き込まれる。詰碁は、相当難易度の高いもので、恐らくプロレベルだろうことが読み取れた。

 

 そして、塔矢はふと、あの棋譜のことが頭によぎった。この詰碁を作った人物と、あの棋譜をうった人物とはまた違うように思えたが、洗練された碁という部分では似通ったもの感じた。この詰碁もまた美しく、人の何かを揺すぶるようなものを感じたのだった。

 

 「誰?」

 

 そうきかれて、はっと我に返った。進藤という人物は不審そうな目でこちらを見ている。

 

 「ご、ごめん。なんか見てるなと思ったら、詰碁だったから。」

 

 進藤は、それでも、不機嫌そうにしている。恐らく、この詰碁が解けず、イライラしているのだろうことがうかがえた。

 

 「あ、勝手に覗き込んでごめん。ところで、面白そうな詰碁だね。」

 

 「今、解いてたんだ。」

 

 そう言って進藤は、僕に詰碁を見せる。塔矢は、その詰碁を覗く。後ろから見ていたときも、すごくいい詰碁と思ったけど、あらためて、しっかりと見ると、やっぱりこの詰碁のすごさを感じる。相当な腕前の者が作ったに違いなかった。

 

 塔矢は、すぐにこの詰碁に没頭した。この状況で黒が生き延びる手。一見確実に、死んでいるように見えるが、恐らく、生き延びる一手があるのだろう。

 

 塔矢が必死に考えていると、突然、進藤が立ち上がった。

 

 「もういいだろ。俺行くわ。」

 

 塔矢は突然のことに驚き思考が停止した。進藤には、聞きたいことが山ほどあったが、さっきの詰碁のこともあり、動けなくなった。それより、さっきの詰碁のことが気になってしかたがない。

 

 「ここうてば、どうなるかな?」

 

 なんとか、進藤を引き止めたくて、そう声を絞り出した。返答に期待したわけではない。しかし、進藤から返ってきた答えは、塔矢の核心を的確に突いた答えだった。塔矢は進藤の棋力の高さに驚く。恐らく、相当棋力が高くないと、このような返答はできない。

 

 塔矢は、初めてのライバルといえるかもしれない相手に心を躍らせた。今まで、同級生で自分のライバルになり得るような人物はいなかったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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天帝戦

 天帝戦とは、囲碁の神のランクを決める戦いである。つまり、囲碁の強さを順番づけられる大会だ。この囲碁界で、天帝戦は二年に一回、一ヶ月かけて行われる。この世界の神は皆、この天帝戦に向けて2年、力を注ぐ。

 

 皆、この天帝戦に向けて力を注ぐのは、理由がある。もちろん、純粋に、囲碁が強くなりたい、勝ちたいというのもそうだが、一番は、ランクがつく、というのが大きい。

 

 負け続け、最低ランクまで行くと、神を剥奪され、転生対象になってしまう。また、低ランクの神は、ある一定のランクを越えるものと、囲碁をうつことさえできなくなってしまう。

 

 この戦いで、身分が決まるとなっては、皆が必死になるのも無理はないだろう。特に、低ランクの神にとっては、下克上のチャンスでもあるし、また、神剥奪の危機でもある。

 

 天帝戦が、2週間後に迫っているということもあって、囲碁界は慌ただしくしていた。特に、佐為は対戦相手への準備に向けて忙しそうである。さすがのヒカルも、そんな佐為に囲碁をうってもらうのは申し訳なく、一人、詰碁集と向き合っていた。

 

 「ん?誰か来た?」

 

 佐為に仕える下女が、そうヒカルに伝えた。どうやら佐為に会いたいとのこと。

 

 「俺行くよ。」

 

 ヒカルが門を開けると、そこには見知った顔の老人が存在した。

 

 「ああ、ヒカル君か。忙しいところ悪いけど、佐為殿はいるかね?」

 

 「いるよ。どうぞ、入って。佐為、今、対戦相手の研究で忙しそうだけど、呼んでこようか?」

 

 ヒカルは、その老人を客間へと招く。その老人とヒカルは、かなり仲のいい友達のような人だ。よく、佐為と対戦しにやってきて、そのついでに俺ともうってもらう。その老人もやっぱり相当強い。佐為の方が一枚上手だが、佐為に勝ち越すこともよくある。ヒカルは一度たりとも勝てたことなどない。

 

 「いいよ。佐為殿が休憩にもどってくるまで待ってるとするよ。この忙しい時期に来てしまって申し訳ないからね。」

 

 「え、じゃあ、待ってる間俺とうつ?最近、佐為が相手してくれなくてさ。」

 

 ヒカルは、目を輝かせながらそういう。最近強い人とうてていないのだ。そろそろうちたくてしかたがなくなってきた頃だった。

 

 「いいですよ。私も、ヒカル君がどれほど強くなったのか気になりますからね。最近、学校でライバルが出来たらしいじゃないですか。」

 

 ヒカルは、どうしてそれを知っているのか不審に思った。恐らく佐為がばらしたに違いない。そう思うと、余計なことを言うなと佐為にいいたくなった。

 

 「別に、ライバルなんかじゃないよ。」

 

 老人は、微笑ましそうにヒカルをみる。

 

 「そうなのかい?佐為殿が言うには、ずっと、その塔矢という人物の話ばかりしているそうじゃないか。」

 

 ヒカルは、老人の言葉に赤面した。なんとなく恥ずかしい気持ちになったからである。

 

 「違うよ。ただ、塔矢がしゃくに障ることばかり言うから。」

 

 ヒカルは、なにをいっても無駄だと思い、話を変える。

 

 「お茶入れてくるよ。ちょっと、碁石の準備してて。」

 

 老人は、「ライバルはいいぞ。いいぞ。」と頷いている。ヒカルは何ともいえない気分になり、慌ててその場から去った。

 

 

 ヒカルはお茶をくんでくると、老人のほうへ差し出す。もう、さっきの話題は、忘れているみたいだった。

 

 「いつも通り、置き石は無しですか?」

 

 「当たり前だろ。手加減するなよ。」

 

 老人は、「はいはい。」といい、先番はヒカルに譲った。

 

 この老人は、佐為のうち方とよく似ていて、読みの深く、流れるような碁を打つ。だから、佐為とうつときは、いつも見ほれるほど美しい碁を打つのだ。ヒカルは、なんだかそれが悔しくて、どうにかひっかき回してやろうと頑張るのだが、結局うまくかわされてしまう。

 

 (くそー。俺だって強くなってるはずなのに。どうにかして一泡吹かせてやれねーかな。)

 

 ヒカルは、いわゆる、はめ手、というものに近い技をよく使う。最近、塔矢と対局するようになって、ひさしぶりに、自分が勝つという体験をした。もちろん負けることもよくあるが、それでも、全く歯が立たないというわけではない。ずっと、佐為やそれに近いような人とばかり対局しているせいで、ヒカルは負けることに慣れてきていた。しかし、塔矢と対局する事が増え、勝ちたいという、当たり前の欲求を改めて抱くようになっていた。

 

 塔矢とは大体五分五分ぐらいの実力である。しかし、塔矢に勝ったときは、総じて、はめ手がうまく働いたときである。相手の裏をかき、誘導し、嵌める。それは、とても難しいことだったが、ヒカルはそれ快感を覚えていた。

 

 今まで佐為と同じようにうっているつもりはなかったが、この戦法にヒカルは、自分らしさを見つけたような気がしていた。

 

 (気づくかな?)

 

 ヒカルは、ばれないよう、いくつも小さな罠や仕掛けを作っていく。いわゆる、美しい碁とはまた違う、むしろ、迷宮へ誘うようなそのうち方に、この老人も、「ふむ。」と手を止める。

 

 ヒカルは、自分がうっていて、「こううちたい。」「ああうてばどうなるのか。」という、いくつものアイデアが浮かんできて、胸の高鳴りを抑えきれなくなりそうだった。ヒカルは、相手に、自分の企みがばれているのかそうでないか、ドキドキしながらうち進めていく。

 

 ヒカルは、今この瞬間、まさに自分が、覚醒しているのではないかと思うほど、神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。

 

ーーーーーーーーー

 

 「ああー。結局負けか。」

 

 ヒカルは、やっぱりこの老人の深い読みについて行けず、6目半で負けてしまった。しかし、負けても、ヒカルは充実感であふれていた。確かに、はめ手のほとんどが看破されていたかもしれないが、幾つかは、やっぱり、この老人を少し考えさせるぐらいの効力は、発揮したのではないかと思う。

 

 「どう?自分でもかなりよかったと思うんだけど」

 

 ヒカルは、そう老人に興奮げにいう。老人は、内心、このヒカルの若々しい発想に、つい、自分の昔を思い出し、懐かしく感じていた。

 

 (こういう若い人の才能の開花を見るのは、本当にうれしいことだのう。)

 

 老人は、指導者としてこういう場面に立ち会えることは、またとない喜びだろうなと思う。それと、同時に、今この場に、その指導者である、佐為がいないことを惜しく思った。老人は、この碁を佐為に見せなければ、と思う反面、碁との出会いは一期一会であるとも感じていた。佐為にこの碁を見せれば、どういう反応をするかとても気になったが、やはり自分の胸にしまっておこうと決めた。

 

 (佐為殿も、ヒカルの才能にいずれ気がつくだろう。いや、もう気づいているのかもしれんのう。)

 

 自分達の知らない環境で、ライバルと出会い、強くなっていくヒカルに老人は、嬉しさとどこか切ない気持ちを感じた。

 

 「驚いたよ。数週間みない間に、かなり上達しているね。」

 

 「だろ!自分でもそう思った!俺今なら佐為にでも勝てそうな気がするぜ。」

 

 「調子に乗りすぎですよ。私に勝ててないのに佐為殿に勝てる訳ないですからね。」

 

 

 老人と先ほどの囲碁の研究をしていると、間もなく佐為が現れた。佐為は、老人の訪問に驚いていたようだった。

 

 「来ていたんです?呼んでくれればすぐにきたのですが。」

 

 「いえいえ。この忙しい時期に来てしまい申し訳なかったからね。それに待っている間、ひさしぶりにヒカル君と対戦させて貰ってね。」

 

 佐為は、いそいそと老人をもてなす準備をする。

 

 「いや、いいよ。佐為殿に少し、話があってね。」

 

 「そうなんです?それでは奥に来てください。」

 

 2人は、そう言って奥の部屋へ移動していった。ヒカルはさっきの碁の熱がまだ収まっておらず、体をうずうずさせた。

 

 (まだまだ、うちたい形がある。)

 

 試合中、試してみたいことが、いろいろあった。ヒカルは、もっとたくさん囲碁をうちたいと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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碁会所

 「ヒカル!聞いてください!私もヒカルの世界にいけるかもしれません!」

 

 佐為はそう興奮げに話す。ヒカルは、そのことを聞いて、少し嬉しくもあり、心配な面もあった。

 

 「佐為が?神様が人間の世界に来ちゃだめなんじゃねーの?」

 

 「そうなんですけど。しつこく直談判したんです。すると、次の天帝戦で正三位の位まであがれたら、ヒカル監視の下行っていいといってくださいました!」

 

 位は、上から、天帝、正一位、従一位、下が少初一まで、天帝を除き、30の位にわけられている。上の位ほど、人数が少なく、ほとんどの神が、半分から下の位に振り分けられる。

 

 佐為は、実際、囲碁界でも、かなり上位の位に位置し、発言力もある。佐為は、ヒカルをここへ通わせることも、かなり天帝に無理を言ったようだ。一度決めたことは、何があっても退かないため、周りの人間も、とても苦労している。

 

 「また、無理言ったんじゃねえの?」

 

 ヒカルは、呆れたようにそう言った。佐為が我が儘を言っている様子が、目に浮かぶようで、「ご愁傷様。」と思う。

 

 とは言っても、佐為は今の位から正三位に上がるには、2つ位を上げなくてはならない。1つ位を上げるのにも、かなりの時間と労力を使う。ふつうに考えれば、不可能のように思える。それを見越して、そう提案したのかもしれないが、当の本人は、達成する気満々である。

 

 「いえ。快く認めてくれました!」

 

 佐為は、いつもにもまして、やる気で燃え上がっている。

 

 ヒカルは、そこまで、自分の世界に行きたいのかと呆れたが、少し楽しみでもあった。平安時代に生きた佐為が、現代の姿を見てなにを感じるのか興味を持ったからだ。

 

 「でも、勝たなきゃ駄目なんだろ?2つ位を上げるのって相当大変だろ。」

 

 ヒカルも、天帝戦に出ていたので、位を上げる厳しさは重々承知していた。ヒカルは、過去2回ほど出たが、ずっと、最下層である、少初一のままである。ヒカルは、神ではないので、剥奪という危機はない。しかし、選りすぐられた才能を持つ神様の中で、勝ち上がり位を上げるのは、本当に大変なことだ。位の下の方では、移り変わりが激しいが、上位の人達になるとほとんど移り変わりがない。ここ何年も、上位の位は安定している。

 

 「私、最近、自分が強くなっているのを感じます。ヒカルだって、2年前とは大違いですよ。きっと、一つぐらい位が上がってもおかしくないと思います。」

 

 ヒカルは、佐為とかなり実力が離れているため、佐為がどれほど強くなったのか分からなかった。ヒカルは、佐為が他人と戦うときの対局は、あまり見ていない。というのも、この世界で、他人に自分のうった碁を見せるということは、あまりしないからだ。なので、棋譜というものも存在しない。対局相手と自分との間でうった碁は、大切に自分の中にしまい込むのだ。

 

 ヒカルが、塔矢に見られた棋譜も、ヒカルが囲碁を始めて間もない頃、間違って、対局部屋に入ってしまった偶然で知った棋譜である。ヒカル自身も、神様同士がうった対局も数えるほどしか知らない。だから、テレビで堂々と碁を流していたのを初めてみたとき、ヒカルはとてもびっくりしたのだ。ヒカルが現実の世界で、他人の棋譜をみたり、テレビ中継を見たりしなかったのは、どこかしてはいけないと思っている部分があったからである。

 

 「佐為が強いのは知ってるけど、おれ、佐為が本気でうってるとこ見たことねーや。」

 

 ヒカルは、これだけ一緒に佐為といて、佐為の強さを正確に分かっていないことに愕然とした。佐為の本気の碁が見てみたいと思うが、佐為にきいてもきっと教えてくれないだろう。自分が強くなって佐為の力を引き出すしかないのだ。

 

 ヒカルは、どうしたら強くなるのだろうと考える。塔矢と対局した時、ヒカルがめったにプロの棋譜や対局を見ていないということを知り、塔矢はとても驚いていた。塔矢が言うには、対局するだけでなく、他人がうった碁の研究や、棋譜の勉強をしないとうまくなれないらしい。ヒカルも、うすうすはそう思っていた。強い人の棋譜を見ることは、とても勉強になるだろう。それでも、躊躇してしまうのは、ヒカルが一つの対局への価値を誰よりも高く見積もる神の世界で、囲碁を学んだからなのである。

 

 ヒカルは、神様の世界だけでなく、強くなるためには、現実の世界で、多くの棋譜や対局にふれることが必要ではないかと思った。

 

ーーーーーーーーー

 

 現代の囲碁を学ぶことを決めてから一週間、ヒカルは一度も、佐為のもとへ訪れていなかった。佐為の邪魔をしないというのも、その理由だが、現代の囲碁を学ぶことに必死だったからでもある。ヒカルは、現代で、多くの棋譜を読みあさっていた。図書館に行って、一日中読んでいたり、また時々、塔矢とうったりと、ヒカルは佐為からはなれ、武者修行をしていた。

 

 ヒカルがたまたま、家の近くの碁会所を訪れたのは、母親の買い物の待ち時間のお陰だった。暇を持て余したヒカルの目に留まったのが、小汚い碁会所の看板だった。ヒカルは碁会所という存在を塔矢から聞いたばかりだった。塔矢の父親も碁会所を営んでいるらしい。

 

 「ヘー。こんなとこに碁会所なんてあったんだ。」

 

 碁会所に強い人はそういないということは分かっていたが、少し興味が湧いた。塔矢の話では、碁を打つのが好きな人が集まり、対局するらしい。実際に見に行ったことがなかったヒカルは、見に行ってみようかと考えた。ヒカルは、母親に、少し抜けるということを伝え、少し見に行ってみることにした。

 

 碁会所はどうやら地下にあるようで、階段が下へと続いている。ヒカルは、怪しい場所だなと感じた。狭い階段を降り、ヒカルは古びたドアをぎぎぎと開けた。

 

 「いらっしゃい。」

 

 ヒカルの心配とはよそに、意外としっかりした所だった。ただ、煙草の煙で空気が濁っているように感じた。かなりたばこ臭い。ヒカルは、囲碁好きのおじさんばかりが集まるところなんて大抵こんなものだと、勝手に納得する。丸いメガネに新聞を読んでいるおじさんがこの店のマスターのようで、ヒカルに声をかけた。

 

 「おや、子供かい?」

 

 マスターは、横目遣いでヒカルに目線をやる。しかしマスターは、どこか歯切れの悪い様子だった。ヒカルを見て、少し動揺しているように感じる。

 

 「ここって、碁会所?」

 

 マスターは新聞を置き、ヒカルに体を向ける。

 

 「ああ、あってるよ。それより君、囲碁打てるのかい?」

 

 ヒカルは、最近この質問ばかりされていると感じた。確かに、子供が囲碁を嗜むのは少ないだろう。また、ヒカルの容姿も囲碁と結びつけにくかったに違いない。少しうんざりした気持ちで、ヒカルは「打てるよ。」と答えた。

 

 マスターは、少し言いにくそうに、ヒカルに向き合った。

 

 「ここ、参加費500円いるんだよね。君、持ってる?」

 

 ヒカルは少し焦った。まさか、お金がいるとは考えていなかったからだ。ポケットの中を漁るが、やっぱり、なにも入っていない。

 

 「知らなかったから、持ってきてないや。俺、碁会所来るの初めてなんだよね。」

 

 マスターは、少し困ったようにヒカルをみる。

 

 「残念だけど、帰ってもらうしかないね。これでも一応商売だから。」

 

 マスターはそういい、机の上にあったあめ玉をヒカルに渡す。

 

 「君、お母さんは?一人できたのかい?まあ、これでも食べなさい。」

 

 マスターは、ヒカルが一人でここに訪れたことに心配しているようだった。

 

 「母さんの買い物待ってる間、暇だから来てみたんだ。伝えてあるから平気。」

 

 「じゃあ、迎えにくるまで、ここに座ってるといい。」

 

 マスターは、ヒカルにいすに座るよう促す。

 

 ヒカルは、大人しくそれに従った。ヒカルは、改めて碁会所の中を見渡す。

 

 「あれ?子供いるじゃん。」

 

 茶髪に後ろ髪を少し跳ねさせた、ヒカルと同級生ぐらいの子供が対局をしている。対戦相手は、60代ぐらいのおじさんのようで、のけぞった姿勢で碁を打っていた。片手でたばこを吹かし、偉そうに子供を見下しているようだった。

 

 「三谷君って言うんだよ。碁がとても上手くてね。」

 

 マスターは、どこかたどたどしい態度でヒカルにそういう。

 

 ヒカルは、この碁会所の、どこかぎすぎすした雰囲気を感じ取っていた。

 

 ヒカルは席を立ち、2人の対戦する碁盤に近づく。対局は中盤。かなり三谷という少年のほうが劣勢だった。少年は苦しそうな表情をし、賢明に碁を打っている。それとは違い、対戦相手のおじさんはいやらしくにやつき少年を見下ろしている。

 

 (気分が悪い碁だな。)

 

 少年が碁石をうつと、素早く、対戦相手は急所へ打ち返す。ヒカルは、この碁の不自然な石の並びに気がついた。

 

 「なんか、石の並びが滅茶苦茶だね。」

 

 ヒカルは、思わず、そう言う。対戦相手のおじさんは、ぎろりとした目をヒカルに向けた。

 

 「ん?何かおかしいところでもあるのかね?」

 

 おじさんは、ヒカルに煙を向けながら、「ん?」と、さらに追い打ちをかけるようそういう。ヒカルは、さっきからのおじさんのあまりに横柄な態度に、ヒカルはかちんときていた。大して強くもないくせに、弱いものをいたぶるように碁を打つ。ヒカルは、そんな碁に出会ったこともなかったし、存在すること事態に吐き気がした。

 

 「変に決まってんだろ。ここも、あそこも、どう考えたって、碁石流れがおかしい。おじさん、なんかやったんだろ?」

 

 おじさんは、ヒカルをじろりと見る。

 

 「さあ?おじさんよくわからないな。おじさんが何かやったという証拠でもあるのかね?」

 

 そういい、さらに、三谷という少年に話を振る。

 

 「おじさんは、君と同じように勝負した。ただそれだけだろ?」

 

 少年はうなだれており、細々とした声で「ああ。」と答えた。

 

 「本人がそういうんじゃ文句言えねえよな?」

 

 ヒカルとおじさんのけんかに、周りの空気は凍る。マスターは慌てて、「もういいじゃないか。だけさん。その辺にしといてやんな。」と仲裁に入る。しかし、その仲裁は全く意味をなさないほど、2人には届いていない。

 

 ヒカルのほうも黙ってはいられなかった。

 

 「おい。三谷っていうんだろ?悔しくねえの?いかさまされて負けても。」

 

 ヒカルは三谷に、そう問いかける。しかし、三谷はおじさんに反論するどころか、こぶしを握り締め、「別に。」といった。

 

 ヒカルは、腹が立ったが、そこまで本人に言われると、何も言い返すことができなかった。

 

 「なんだよ。むかつく碁を打ちやがって。」

 

 ヒカルはそう悪態をつく。

 

 2人の対局は続き、やはりどんどん形成はおじさんのほうに傾いていく。そして、意地の悪いおじさんの嵌め手に三谷がかかってからは勝負がつくまであっという間だった。ヒカルは、少年がどんどん追い込まれていくのをただ黙ってみているしかなく、やるせない気持ちでいっぱいだった。

 

 (佐為なら、黙ってこの碁を見逃すはずがない。)

 

 ヒカルは、試合が終わるまでずっと、黙っていたが、三谷が「参りました。」と、小声で言った瞬間、耐えきれなくなった。

 

 「おじさん。俺と勝負しようよ。」

 

 ヒカルは、こぶしを握り締めそういう。

 

 「俺が勝ったら、三谷に謝れ。」

 

 おじさんは、俺の発言にニタニタ笑っている。

 

 「へえ。ずいぶん生意気な口きくやつだな。」

 

 マスターは、つい耐え切れなくなったのか、再び仲裁に入る。

 

 「その辺でやめとくれ。だけさんも、もういいだろ。そろそろ帰りな。」

 

 「ひどいな。マスターが、俺を呼んだんだろ。いかさま使うガキがいるから成敗してくれって。」

 

 おじさんは、マスターのほうを向き、そういう。マスターは、「何を言ってるんだ。」と、慌てて弁解する。三谷は、そのことを知って相当ショックを受けたようで、うつむき、ただただ、こぶしを握り締めている。ヒカルは、この少年も悪いと思ったが、こんなやり方で、仕返しをする大人のほうが、腹が立った。こんな囲碁を打たれて、三谷はこれから、囲碁を楽しんで打てるわけがい。そのまま終わることだけは、ヒカルは許せなかった。

 

 ヒカルは、佐為ならどうするだろうと考える。佐為は、一度、ヒカルに魅せる碁を打ったことがある。勝つためではなく、石の流れを相手に考えさせる碁。俺はその時、囲碁の美しさに、感銘を受けたのだ。

 

 ヒカルは、それを2人に感じさせることができれば、2度と、あんな碁を打つ気がなくなるだろうという確信があった。ただ、ヒカルの技量でそれができるかどうかは、疑問があったが、どうしてもヒカルは、囲碁の美しさを、この2人に感じさせたかった。

 

 だけさんは、三谷に1万円を要求する。どうやら、賭けをしていたようだ。

 

 「三谷。渡す必要はないよ。」

 

 おじさんは、「何を言ってるんだ。」とヒカルに突っかかる。

 

 「いくら子供といっても、賭けは賭けだ。ちゃんと払ってもらうよ。」

 

 おじさんは、早く有り金をよこせというように、碁盤を強くたたいた。ヒカルは、負けじと言い返す。

 

 「じゃあ、俺と一万円をかけて勝負しようよ。俺が勝ったら、三谷が返す必要はないだろ。」

 

 マスターは、慌ててヒカルを止める。マスターにも、良心があるようで、これ以上、子供を傷つけたくないのだろう。

 

 「おいおい、やめとくれ。君も見ていただろ。だけさんも、これ以上、子供から金を巻き上げないどくれ。」

 

 しかし、ヒカルは、やる気満々だった。ヒカルは、三谷を椅子から追いやると、だけさんの前にすわる。おじさんは、自分が勝つと疑っていないようで、やはりエラそうな態度でヒカルを見下している。

 

 「坊主に、一万円も払えるとは思えんな。ちゃんとママに聞いてくるんだな。」

 

 そう、ヒカルを馬鹿にする。ヒカルは碁石を握ると、三谷に向き合う。

 

 「三谷。俺の碁ちゃんと見てろよ。」

 

 ヒカルは、おじさんに向かって「握れよ。」といった。ヒカルの生意気な態度が頭にきたのか、ダケも、ヒカルに従い碁石を握る。さっきの態度とは違い、少し苛ついているようだった。

 

 「坊主。あとで泣くことになっても知らんぞ。」

 

 2人の対局を止められる人はおらず、周りにいた人もかたずをのんで2人のけんかを見守っている。マスターもあきらめたようで、「どうなってもしらないよ。」というように、ため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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緒方

 囲碁において、碁石の流れを感じたのは初めてだった。次にうつべき場所が自然と感じ取れる。どこにうてば繋がるのか、石と石の調和。感じたことのない感覚だった。

 

 「これは・・・・」

 

 周りの観客は、2人の対局に固唾をのんで見守っている。そして観客一人一人、それぞれが囲碁に対する何か熱い思いがわき上がってくるように感じた。

 

 ただの囲碁ではない。

 

 ただそれだけは、みんなが共通する思いだった。

 

 勝ち負け、勝負にとどまらない何かがこの碁にはある。

 

 あえて言葉をつけるとしたら、「美しい」とそう表現するしかない。石と石が、なぜこんなにも綺麗に繋がっていくのか。個々の石、繋がるはずのない石が、繋がることがまるで運命だったかのように、当たり前に、結びついていく。

 

 奇跡とも呼べるような石のつながりで、この碁は成り立っていた。少しでも打ち間違えれば、この調和は一瞬で崩れるだろう。今にもきれそうな、繊細な目に見えぬ糸を大切に引いていくように、紡いでいく。今、この碁が存在する事が、奇跡のような存在に思えた。

 

 この碁に立ち会えてよかった。そう思わざるをえない。これまで碁をうってきて、今、この瞬間のために自分は囲碁をしてきたのではないか。そう錯覚してしまう。

 

 上手な囲碁は、どこにでも転がっている。プロがうった囲碁は、どれも高度で計算高いものだろう。ただ、囲碁の強さを追い求めれば、今2人がうっている碁は、大したことがないといえるのかもしれない。所詮は、アマチュアレベルである。しかし、囲碁の強さを追い求めるだけではたどり着けない何かがここにはあった。

 

 気づけばいつの間にか、2人の囲碁に観客は魅せられていた。

 

 「何なんだ。この碁は・・・」

 

 そうこの場にいるヒカル以外の全員が思った。それは、当の本人のだけさんも同じであった。

 

 

 

 (なんだ?この感覚は?)

 

 だけさん自身、自分のうつ碁に信じられない気持ちでいっぱいだった。うつ、そしてヒカルが打ち返す。一手一手から伝わるヒカルの意志と、いくつもの可能性。答え方次第では、全部が台無しになってしまうような感覚。

 

 (この碁を最後まで作り上げたい。)

 

 そう思ってしまう自分をどこかバカらしく感じでいるが、心の高揚を抑えることができない。

 

 (こんなはずではなかった。)

 

 ダケは、そう思った。ガキが気づかないうちにいかさまをして、それでも、いついかさまを行ったのかわからなく、ただただ落ちていく。そんなガキを見て笑ってやろうと思っていたのだ。調子に乗って、自分に喧嘩を売ったことを後悔させてやりたかった。ただ、生意気なガキをぶっ潰してやろうと思っていたのだ。

 

 しかし、いかさまなんて使えるはずがなかった。勝ち負けなんて些細なものと思えるほど、この碁を完成させることに意味を感じていた。この碁を台無しにすれば恐らく、自分は一生後悔する。そう感じていた。

 

 ダケ自身、いかさまを使ってはいるが、ふつうに囲碁が強い。最初から、いかさまを使っていたわけではなかった。純粋に囲碁が好きで、囲碁を学び、棋譜を見、強くなっていったのだ。

 

 ダケは、いつからそうなってしまったのかと考える。昔は、囲碁が好きでうっていたのだ。好きだからうつ。それが変わったのは、お金が絡んだからなのかもしれない。いつからか、ただ好きだった趣味がお金を生む道具に、そして、弱いものをいたぶって楽しむためのものになってしまった。

 

 (楽しい。)

 

 そう思いながらうつのは本当にひさしぶりだった。どこにうてば石が繋がるのか、石が意志を持ったかのように教えてくれる。何かに導かれるように、だけさんは碁石を運んでいく。

 

 これまでうってきた碁は本当の碁ではなかった。そう、ダケは直感的に感じた。

 

 そしてダケは、この少年の計り知れない棋力におののく。こんな碁を打てるのは、自分より遙か高みからうたなければならない。一見碁盤上では、ほぼ互角に見える。だけさん自身も、いつもの何倍も神経が研ぎ澄まされ、うまく打てている自信がある。それでも、勝てないだろうと思うのは、この少年はおそらく、指導碁を打っている、そう思うからだ。

 

 最初は気がつかなかった。自分がいつもの何倍もうまく打てている。そう感じていた。しかし、何回か指導碁をうけたことのあるだけさんは、薄々そうかもしれないと思うのだ。

 

 しかし、そんなことがあり得るのかと思う。彼はまだ少年で、決して碁のプロではない。自分相手に指導碁を打ち、その上で、こんなに指導相手をうまく導く。

 

 自分自身が、手加減されているされていないに、昔から敏感だったからこその疑惑。おそらくここにいる誰も、この少年が指導碁を打っているなんて思いもしないだろう。

 

 ダケは自分の性格上、相手から手加減されていることが許せないし、どれだけ隠していても見破る自信がある。

 

 だが、この碁に関して、指導碁をされているというバカな話は、とうてい信じられない。自分の勘が、どれだけそう訴えようとも、理性でそれを押さえつけてしまう。

 

 もし、この碁が指導碁だとすれば、それは、この少年は、怪物か何かだと思う。プロではない、ただの少年にこんなことができてはプロも頭を下げるしかない。

 

 「化け物だ。」

 

 ダケは、そうつぶやく。ヒカルの表情。それがすべてを物語っていた。

 

 

 ヒカルの表情は、まるで互角の相手に苦しんでいるようでも、楽しんでいるようでもない。真剣だということに変わりはないが、どこか計算しているような。そんな表情。

 

 ダケは、自分がされていやな手加減というものをされていると分かっても、怒りは湧いてこなかった。怒りを通り越して、驚愕である。自分の考えすらしなかった囲碁が、ここにある。そして、それはこの少年から放たれる一手から生まれている。そのことに対する驚愕だった。

 

 (本物とはこの少年のことをいうのだろう。)

 

 ダケは、近い将来有名になるであろうこの少年と囲碁が打てたことを誇りに思った。

 

 

 碁は、互角のまま、中盤へ、そしてダケの「完敗だ。」という声で対局は終了した。

 

 

ーーーーーーー

 

 アキラにライバルがいる。緒方は、そのことを、同じ門下である芦原から聞いていた。

 

 「アキラ君にライバル?」

 

 緒方は、思い返してみれば、確かに。と思う。もともと、飛び抜けて上手ではあったが、ライバルらしい存在がいないせいか覇気がない感じだった。どこかくすぶっている。そんな感じがしていた。いくら緒方がアキラに「早く上へあがってこい。」と言っても、何かと理由を付けてそれを拒んでいた。とっくにプロとしてやっていく実力はあったが、先延ばしにしていたのは、恐らく囲碁を強くなりたいという意識が少し欠けているからだろう。

 

 だが、最近のアキラは囲碁に対してやる気を見せ始めている。研究会でも、受け身な体質のアキラが、ここ数回の研究会では、棋譜を持ち込んだり、対局を自分から志願したりと、上達しようという意志が見えていた。

 

 「アキラ君の変わりようは、それが原因か。」

 

 緒方は、同じ門下であるアキラをアキラの年の割には強いと思っていた。しかし、その程度である。あと何年かしたら分からないが、今のアキラにさほど脅威を覚えることはない。それが、本人に上達の意志が見えないなら尚更である。

 

 しかし、そんなアキラにもライバルが出来たらしい。恐らく、それはアキラにとっていい影響を与えるだろう。

 

 「それにしても、アキラ君がライバルと認める存在か。院生にそんなやついたかな?」

 

 芦原は、興味深そうに答える。

 

 「何でも、同じ学校の同級生らしいですよ。」

 

 その答えを聞いて緒方は意外に思う。確かに、海王中囲碁部は強く有名だが、アキラに敵うような相手はいないはずだ。

 

 「へえ。確かアキラ君は海王中だったかな?囲碁部か?」

 

 「それが、帰宅部らしいですよ。凄いですよね。そんな環境で強くなるなんて。」

 

 

 「誰かプロが教えているのか?」

 

 「さあ?アキラ君がどれだけ聞いても教えてくれないらしいですよ。指導者はちゃんといるみたいですけど。」

 

 緒方は、「なるほど。」と思う。恐らく引退したプロが趣味でそいつに教えてるのではないだろうか。

 

 芦原は、続けて言う。

 

 「何でも、アキラ君が認めるだけあって相当強いらしいですよ。アキラ君、最近負け越すことが多くなってきて悔しいって言ってましたから。」

 

 緒方はそれを聞いて驚いた。少しアキラに勝ったぐらいだと思っていたのだ。まさか、アキラと同等かそれ以上だとは思いもしなかった。

 

 「へえ。それは凄いな。あのアキラ君を・・・。」

 

 自分の脅威ではないと思っている緒方だが、アキラを認めていないわけではない。恐らくプロに行っても勝ち抜いていく実力は十分備わっている。そのアキラに勝ち越すのは相当な実力者でないとそんな芸当は出来ない。アキラのライバルという奴も、プロで十分勝ち抜いていける実力を持っているということだ。

 

 「どこに隠れていたんだろうな。全く噂にもならなかったが。」

 

 普通は、アキラと同じ学年でそこまで強いとなると、噂になるはずである。囲碁界という狭い世間でそこまで名前が出なかったのは、疑問である。

 

 「ですよね。本人は趣味でうってるって言ってたらしいですから。」

 

 「趣味?プロにはならないのか?」

 

 緒方は驚く。そこまで強くてプロにならなと言うことなどあるのだろうか。

 

 「さあ?ならないって言ってたらしいですよ。睡眠をとるので忙しいとか何とか。」

 

 「睡眠?」

 

 緒方は訳の分からない理由に困惑する。芦原は、俺をからかっているつもりなのだろうか。

 

 

 「いや、ほんとそうらしいですよ。過眠症っていってました。眠くて、帰ったら早く寝ないとだめなんですって。」

 

 過眠症、聞いたことはあったが、プロになるのを諦めるほどのものなのだろうか。ただ人より睡眠時間が多いだけで、プロになれないなんてことはないだろう。

 

 「別に過眠症でもプロになれないわけではないだろう。」

 

 「まあ、そうですよね。プロにあんまり興味ないんじゃないです?」

 

 緒方は勿体ないと思う。最近、若いものの台頭が少ない。プロリーグもほとんど10代20代はいない。囲碁界の高齢化は進んでいく一方である。

 

 「勿体ないな。ただでさえ、そんな環境なんだ。プロで鍛えれば相当上に行けるんじゃないか?」

 

 芦原は、同意する。

 

 「絶対そうですよ。アキラ君のライバル、まともに棋譜さえ読んだことないっていってましたからね。毎日、同じような相手と指導碁をうってもらってるだけらしいですから。」

 

 緒方は信じられないと思う。指導碁だけでうまくなっていけるほど囲碁は甘くない。多くの人と対戦し、自分で反省勉強、その繰り返しの中で強くなっていくのだ。

 どれほど師がよくてもそれは変わらない。

 

 「信じられんな。」

 

 緒方は、アキラのライバルにかなりの興味を抱いていた。

 

 「研究会に呼べばいいんじゃないか?アキラ君ほど強いのなら大丈夫だろう?」

 

 芦原は、苦笑いをする。

 

 「やっぱり忙しいって断られたらしいですよ。やることがあるんですって。」

 

 緒方は、同じパターンかといい加減怒りを覚える。

 

 「睡眠か?」

 

 「そうらしいです。」

 

 緒方は、ため息をつかずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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天帝戦(初戦)

 ヒカルは、久しぶりに佐為のもとを訪れていた。まさに今日、天帝戦の第一試合目が開催される。2週間にわたって開催されるこの大会は、これから2年間の位が決定されるということもあり、この世界にとって最も重要なイベントである。みんなこの日のために自分の囲碁を磨いてきたと言っても過言ではなく、何ともいえない緊張感が漂っていた。

 

 「久しぶりですね。ヒカル。」

 

 佐為はヒカルを見つけると微笑んだ。

 

 ヒカルはいつもとは少し違う佐為の雰囲気を感じ取り、どぎまぎした。どこかいつもとは違う。見目、姿形は全く変わっていないのにどこが変わったのだろうか。ヒカルは、感覚的にいつもとは違うと感じてはいたが、いざ言葉にすると、具体的に言うことができない。ただ、何か凄いことが起こるかもしれないという何の根拠もない予感だけが胸の中に渦巻いていた。

 

 ヒカルは一週間ぶりの佐為と再会し、どこか変わった佐為を見て、少し反応が遅れてしまった。

 

 「ひ、久しぶり。一週間ぶりだな。」

 

 ヒカルの緊張を感じ取ったのかはしらないが、佐為から放たれる異様な雰囲気は一瞬でなりを潜め、佐為は笑顔でヒカルに向き直った。

 

 「本当に!久しぶりです!」

 

 ヒカルは、いつもの佐為に戻ってくれたようで少し安心した。

 

 「一週間あわなかっただけで随分久しぶりな感じがするな。佐為、この一週間どうだった?」

 

 ヒカルもヒカルなりの方法で強くなったとは思っているが、それは佐為も同じである。ヒカルは、自分が強くなっているという意識はあったが、それ以上に佐為に何か変化があったのではないかと感じていた。

 

 佐為とあったときのあの異様な雰囲気。あれは、何か佐為の中で相当な事が起きたのだろうと確信に至るのに十分なことだった。

 

 佐為はヒカルにそう問われ、なにから話そうか思案しているようだった。

 

 「いろいろありましたよ。ありすぎて、全部語るのに時間が足りません。」

 

 そう言う佐為は、少し吹っ切れているようだった。

 

 ヒカルは、なにがあったにしろ、プラスの方向に動いているようで安心した。ヒカルが、新しい環境で色々なことを見いだしたように、佐為も、ヒカルの知らない間に何か見いだしたのだろう。

 

 ヒカルは、何があったのか聞きたかったが、これから天帝戦の幕開けである。聞かなくても、自ずと結果として何があったのか現れてくるだろう。

 

 

 ヒカルは、何かが起こるであろう予感に胸を躍らせた。

 

 「佐為。お前も相当強くなったらしいな。」

 

 ヒカルは、にいと笑った。

 

 「ヒカルこそ。相当強くなったんじゃないです?」

 

 佐為は、しれっとした態度でそう言った。ヒカルは、白々しいなと思いながらも、久しぶりに会えた佐為に嬉しく、気分が上がっていくのを感じた。

 

 何故か負ける気がしない。佐為といると、自分は無敵のように強くなれるような気がした。

 

 「俺、今日負ける気がしねーよ。佐為も覚悟しとけよ。」

 

 佐為は、そう言ったヒカルを見て、本当にかなり強くなったのではないかと思った。一週間前、知人がこちらへ訪問した際、ヒカルのことを言っていたのを思い出した。

 

 「ヒカルくんは、なかなかおもしろい子じゃな。今に一気に才能が開花しそうだ。」

 

 佐為は、その時自分の弟子を誉められて嬉しかったが、本当の意味でその言葉を理解してはいなかったのではないかと思い始めていた。

 

 (ヒカルは、私が思っているよりもずっと囲碁の実力があるのかもしれません。)

 

 一番近くでヒカルを見てきたと自負する佐為であったが、一番多く、近くでうっているからといってヒカルの棋力のすべてを把握できているわけではない。ヒカルの未知なる才能の大きさを計りきれていない、と言うことを佐為は改めて感じた。

 

 佐為はヒカルの成長をうれしく思いながら、自分の闘志もわき上がってくるのを感じた。

 

 ヒカルをここまで変える、ヒカルの世界の碁とはどんなものなんでしょう。

 

 佐為は、自分の知らない囲碁への期待に胸を膨らませた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 天帝戦の組み合わせはくじによって決められる。ただ、階級が同じ、または一つ下か上のもの同士であたるようになっている。所属する階級が下位なほど、人数も多く、自然と戦う戦局も増える。逆に佐為のように上の階級だと、本当に数局しか行われない。何週間もの準備期間が与えられ、一局一局が重要視される。

 

 佐為はヒカルと分かれた後、自分の手を胸に当てふーと一息ついた。集中力が高まっていくのを感じる。ヒカルは、佐為の変に気負った空気を変えてくれたようで、ヒカルと会う前に比べて気持ちがすっきりしているのを佐為は感じた。

 

 「頑張ります!」

 

 佐為はこれから対戦することになる、安葉京という場所へ向かった。安葉京は、古くから神聖な都として神様の間で有名なところだ。大事な行事の際にこうやって開かれる。

 

 安葉京は、山の頂上の少し下に位置し、自然に囲まれた場所だった。

 

 「ひさしぶりです。ここへ来るのは。」

 

 さわさわと小川が流れ、そこには赤と金で装飾された小さな橋が架けられている。その先は、竹林がずらりと並んでおり、竹林がすれる心地の良い音が聞こえる。安葉京は、そのさらに奥に細々と存在していた。

 

 対戦相手は先に来ており、もうすでに碁盤の前に座っているらしい。気合いが入っているのは佐為だけではないようだった。

 

 佐為は、一度深呼吸をし、落ち着いた気持ちから囲碁をうつモードへ切り替えた。

 

 佐為は、ゆったりとした足取りで安葉京へと繋がる階段をのぼっていく。石段一つ上るごとに重い何かが佐為にまとわりついてくるように感じた。一段一段、上るごとに体が重くなる。更に上っているはずなのに、全く安葉京に近づいている気はせず、むしろ遠くなっていくような気さえした。

 

 佐為は今までにない感覚にひとりと汗を流す。思ったより佐為自身プレッシャーを感じているようだった。

 

 今ままでこんなにも囲碁をうつことに対して怖いと思ったことがあっただろうか。佐為は、あんなにもやる気で満ちあふれていたのに、いざ安葉京を目の前にすると足がすくんだ。

 

 石段を登り終わり、安葉京の入り口までつくと、二人の案内人が見えた。彼らは、囲碁の神になったばかりの若い神である。こうやって経験を積ませるため若い神に役割を与えているのだ。案内人二人が佐為に気がつくと深々とお辞儀をした。

 

 「お待ちしておりました。佐為殿。」

 

 少し緊張したような面もちの二人を見、佐為は少し肩の力が抜けた。

 

 二人は佐為を一番奥の部屋へと案内する。ぎしぎしと静かに板のきしむ音が聞こえる。つきあたりの和室まで来ると、二人の案内人は中の人に声をかけた。

 

 「佐為殿が到着いたしました。」

 

 少しの間の後、中にいる補佐役の神が返答した。

 

 「どうぞお入りください。」

 

 二人の案内人は、扉へと手をかけ、息ぴったりにすーとふすまを開けた。

 

 

 あけた瞬間すーと部屋の中に風が入り込み、小さく掛け軸を揺すった。静寂な間にかたかたという掛け軸が揺れる音が聞こえる。

 

 内装はとてもシンプルで最小限度。碁盤と碁石、そして、対戦する2人がこの部屋の要だと主張しているかのようだった。

 

 中には、補佐役の神が一人、そして佐為の対戦相手である東雲殿が静かに目をつぶり碁盤の前に対座していた。

 

 佐為は、内なる闘志を燃やし、対戦相手である東雲殿を見つめた。何ともいえない空気が和室に流れる。

 

 「ご無沙汰ですね。東雲殿。」

 

 佐為がそう声をかけると、東雲はその鋭い目を薄く開け佐為の方へゆったりと向いた。口は薄く微笑している。東雲は何か妖艶な雰囲気を持つ男だ。真っ黒く透き通るような長い髪が妖しくひかる。

 

 「本当に。4年ぶりぐらいですか?あなたと対戦するのは。」

 

 東雲はその雰囲気同様、囲碁にもその特徴が現れる。美しく、それでいて難解な囲碁をうつ。「妖艶」その言葉が似合う男はこの男以外いないだろう。

 

 東雲は、佐為より一つ位が高い神である。以前、佐為がくしくも敗れた相手がこの男であった。

 

 「ええ。あなたと打てること心待ちにしていましたよ。」

 

 東雲は、そんな佐為の返答に苦笑する。

 

 「いつも思うのですが、あなたのそのどこから出てくるのか知らない自信にはうんざりしますよ。自分が勝って当然と思っているのでしょうね。」

 

 東雲は、佐為にそう挑発を仕掛ける。しかし、そう思っているのは本当だろう。東雲は、佐為の脳天気さに昔からついていけないようだった。

 

 「そんなことないですよ。前に負かされた相手です。」

 

 東雲は佐為の返答に「どうですかね。」鼻で笑う。

 

 佐為はこういう対局前の挑発は苦手であった。

 

 「あなたも、相変わらず元気そうでよかったです。」

 

 佐為は、戦いの場となる安葉の間へと足を踏み入れた。

 

 佐為が、ヒカルのいる世界に行くために必要なのは2つ位を上げること。これは、8回の対戦のうち7回勝利することが必要となる。今日で負けているようでは話にならないのだ。

 

 佐為は、すっと流れるような動作で東雲の前へ対座した。碁盤を挟み二人の間に重い空気が流れる。

 

 これでもう挑発などと言う遊びは終わりだ。これからは純粋な囲碁の真剣勝負のみである。

 

 佐為は、対戦相手である東雲を前に、いつもの何十倍も神経が碁へと研ぎ澄まされていくのを感じた。安葉京へ入る前のプレッシャーが嘘のように抜け、ただ目の前の碁盤しか見えなくなる。

 

 (なんだか碁盤が小さく見えます。)

 

 佐為は碁石をいくつかカチャリという音を立ててつかんだ。そして、碁盤の前に手を伸ばす。

 

 ふと東雲と視線が交差する。先ほどの妖艶な笑みは消え、ただ、闘志むき出しの強い目線が佐為を見つめる。

 

 東雲も佐為と同じように碁石をつかむ。カチャリという音が静かなこの間を支配する。

 

 「私が先行ですね。」

 

 佐為が出した5つの碁石に対し、東雲は一つ。東雲の先行で対局はスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


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過去との決別

 補佐役の神が、すっと息を吸うと、透き通るような声で囲碁開始の合図をした。

 

 「握りまして、初手東雲殿。制限時間は御座いません。両者、共に対局を開始してください。」

 

 補佐役の神は、言い終わると目をつぶり、しずしずと後ろへ下がる。

 

 対局を監視するのはこの補佐役の神のみ。天帝に遣わされた側近の神でもあり、嘘をつけず、平等の立場でこれを監視する。

 

 神同士の対局を見る事の出来る神だが、自身、囲碁をうつことが許されてはいない。それほどまでに神同士の対局というものには価値があり、自身の囲碁の道を捨てるという覚悟のあるものしか勤められないようになっている。

 

 

 佐為と東雲の視線が交わる。両者共冷静に見えるが、内の中では、誰よりも熱い熱が渦巻いていた。強いものと戦える興奮と緊張、そしてこの二人がぶつかることで出来上がる奇跡のような棋譜。お互いが認め合っているからこそ、この先の対局に、出来上がる棋譜に胸の昂揚を抑えられない。

 

 この対局を経て、恐らく両者ともに何か特別なものを得ることになるのだろう。

 

 

 東雲、佐為、両者ともに袖を直し、改めて向き直る。バサッという音が静寂の中に響き、二人は頭を下げる。

 

 「お願いします。」

 

 

 再び、両者の視線が交差する。

 

 

 東雲は、雅な動作で碁石をとると、すーと碁盤の上へ腕を伸ばす。

 

 右上隅小目。

 

 美しく白い指から放たれる真っ黒い碁石。ぱちんという深く透き通った碁石の音が放たれる。これからの荒々しい対局の嵐の前を示すようなその音に、両者、なにともいえない予感を感じた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 佐為は、知人の紹介である神社を訪れていた。

 

 朝俵神社。そこは木々が生い茂り、周りにはなにもない小さな神社である。こまめには手入れがされているようで、ある程度の清潔感があり、ちゃんと神社としてなりたっているようだった。

 

 佐為は、衣服を整え直し、軽く一礼する。佐為は、入り口にある鳥居を潜り境内にはいった。中央にはがらんとしたなにもない土地が広がり、右端に、手水舎が設置されている。正面には、参道、拝殿と続く。

 

 佐為は、古くからの参拝マナーに従い、雅な動作でそれを行う。

 

 

 

 「ここに来いとは言われましたが・・・。」

 

 佐為は、戸惑っていた。知人から何も聞かされず、この場所に来るように言われたのだった。

 

 佐為が途方に暮れていると、神社の奥の方から小さな人影が現れるのが見えた。まだ小さなこの神社の神のようだ。

 

 小さなこの神は、愛嬌のある笑顔に、黒く程良く長い髪の毛を上の方で結んでいる。青い服装が彼に良く似合っていた。

 

 「お待ちしておりました。佐為殿。」

 

 小さな神が佐為に対し、軽く挨拶をする。

 

 「私、この神社を担当している神です。白と申します。」

 

 可愛らしい自己紹介と笑顔に、佐為もつられて笑顔になる。佐為も軽く挨拶をかえす。

 

 「私、佐為と申します。知人の紹介でここへ来るように言われたのですが。」

 

 そう言うと彼は、「聞いております。」といい、佐為を本殿のほうへ案内する。

 

 若い神は、佐為によく話をふる。ここにくるまでどうでしたか?とか、最近囲碁の調子はどうですか?とか、不自然でない程度に佐為に質問をする。

 

 佐為は、若さの割りに、随時感じのいい神だと感じた。

 

 佐為は囲碁の神であるから、この神とはまた管轄が違う。囲碁の神は、みんな自己中心的で、自分の欲望にまっすぐな人が多い。それは佐為も同様である。

 

 だからこそ、このように気が利く穏やかな神に会うのはひさしぶりだった。佐為は、改めて囲碁の世界の特殊さを感じる。

 

 

 

 若い神は、佐為を本殿まで招き入れると、南京錠のかかっている扉を慎重に開ける。

 

 かなり重要な所であることが窺えた。

 

 格子で作られた木の扉を開けると、そこには、こじんまりとした木造の空間があった。

 

 中央には囲碁盤、そして向かい合うように二つ紫色の座布団がしかれてある。

 

 「実は、佐為殿と戦っていただきたい人物がいるのです。」

 

 佐為は、少し面食らう。まさか囲碁をうつとは思ってはいなかったからである。

 

 若い神は、佐為を囲碁盤の前へと誘導する。少し、申し訳なさそうにしていた。

 

 「佐為殿にとっては、会いたくもない人物かもしれません。」

 

 若い神は、ひざを折り、佐為に向かい合う。

 

 「それでも、相手側にはこの対局が必要なのです。お願いします。」

 

 佐為は、これから来る人物の予想が全くつかなかった。それよりも、この神の土下座までしそうな態度に少し焦る。

 

 「そんなにかしこまらないでください。」

 

 佐為は、慌てて頭をあげさせる。ここまでするなんて一体なにが起こるのだろうか。

 

 若い神は、佐為に言われ頭を上げる。佐為の目をじっと見つめていた。

 

 「わかりました。誰があいてでもうちますよ。」

 

 佐為は、上目遣いのお願いにとても弱い。佐為は、会ったときからこの青年がとても気に入っていたのでなにをされても許してしまう感じがした。

 

 それにしても、彼の言う相手側とは、まだ来ていないのだろうか。ここにくるまで、彼以外と出会ってはいない。

 

 佐為と戦いたいと言うほどであるから、囲碁が強いのであろうか。

 

 佐為は、いろいろな想像を巡らせる。しかし、どれも、はずれることになった。

 

 「その対戦相手は、いつ来るんですか?」

 

 佐為がそう問うと、若い神は、胸に手を当てこういった。

 

 「実は、もうあなたの目の前にいるのです。」

 

 佐為はどういうことか分からなかったが、その若い神様は続けて言う。

 

 「菅原顕忠という名前に覚えは御座いますか?」

 

 彼は、少し眉を下げてそう問う。

 

 佐為はその名前に良く覚えがあった。忘れるに忘れられない因縁の相手である。

 

 かつて平安時代、佐為が大君の囲碁指南役をつとめていた頃、もう一度の囲碁指南役として有名だったのが菅原顕忠である。

 

 彼が、大君に囲碁指南役は一人でいいと進言し、いかさまを使い佐為に勝利をした。

 

 佐為は、彼のせいで命を断つことになったのである。

 

 「ええ。存じておりますよ。」

 

 佐為は、彼に勿論いいイメージを抱いてはいない。佐為の人生を歪めるほど、ひどいことをした相手なのだ。

 

 佐為は、いまでも彼のことを忘れられないでいる。佐為の囲碁につきまとう一つの黒い陰が彼なのかもしれない。何十年も、何百年も時が経とうとも、佐為の胸のどこかで彼が巣を作っていた。

 

 佐為が、死ぬ要因となった相手。佐為にとって忘れられるはずもなかった。

 

 時々思い出す、あのときの光景。濡れ衣を着せられ、見物人、全員が佐為を責めるような目つきで見つめる。負けたものがなにをいっても信じてくれることもなく、佐為一人、冷たい視線を浴びせられる。

 

 佐為は、再びあの光景を思い出し冷や汗を流す。

 

 「実は、彼の生まれ変わりこそ、この僕自身なのです。」

 

 若い神様は、俯き、そう申し訳なさそうに言う。

 

 佐為はとても驚いた。以前の彼とは全く容貌も、性格も、話し方もなにもかも違っていたからである。

 

 「普通は、生まれ変わると前の記憶は失われるのです。しかし、彼、菅原顕忠の記憶は、私が何回生まれ変わろうと、私の中で居残り続けました。」

 

 彼は、目をつぶり、自分の胸を押さえる。彼の表情はとても苦しそうで何かと戦っているようだった。

 

 「私の中の彼は、いつも何かに苦しんでいます。恐らく彼が生きていた頃の記憶。失うに失えないほど強い思いがあったのだと思います。」

 

 彼は、菅原顕忠の魂の感情に引っ張られツーと涙を流す。俯く彼の床に涙がぽとりと落ちる。

 

 佐為は、それを呆気にとられて眺めていた。

 

 「私は、彼が可哀想で仕方がないのです。何百年も気持ちの整理がつかず、悔やみ続けている。私には、彼の気持ちが痛いほどわかるのです。」

 

 彼は、ついに涙が止まらなくなり、嗚咽をつき始める。

 

 「彼と会っていただけませんか?彼は、何百年もひとりで戦い続けているのです。」

 

 彼は、泣きながら佐為に向かって頭を下げる。

 

 佐為も彼が不憫になってしまった。

 

 「頭をあげてください。私も、彼のことは自分の中で清算できないでいるんです。私も彼に会わせていただきたい。私達は、きっと話し合う必要があります。」

 

 そう言うと、彼は、頭を上げ「ありがとうございます。」と佐為に感謝をした。

 

 すると、彼は、先ほどの人格が薄れていくように消え、自らの体を意識的に手放した。彼は、どさりと崩れ落ちる。

 

 再び起きあがってきた彼は、先ほどとは違う、佐為のよく知る男の気配をしていた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒカル書いた!
誰か書いてくれないかな(>_<)


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佐為の思い

 倒れた若い神が、ぬっと起き上がる。先ほどとは全く雰囲気が違っていた。先ほどの明るく、誠実で、可愛らしい笑顔を見せていた者とはまた違う、同じ顔、同じ姿なのにまるで別人に見える。

 

 それは、佐為の良く知るものの雰囲気だった。厳粛な空気を纏っている。

 

 起きあがると、菅原顕忠は背筋を整え佐為に正面から向き合う。その表情は引き締まり、佐為だけを一点に捉えていた。

 

 二人は数秒、何もいわずお互いに向かい合う。

 

 最初に口を開いたのは、菅原の方だった。

 

 「佐為殿・・・ですか?」

 

 そうきかれ、佐為は「はい。」と返事をした。

 

 

 佐為は、自分の心情に戸惑う。佐為は、正直、この目の前の菅原のことを未だに許せないでいた。許せる、許せないという問題は理性ではない。佐為の自殺の原因となったその遺恨は、佐為の魂のレベルで影響を与えていた。

 

 頭では、わかっているつもりだった。菅原と和解をすればいいだけの話だ。佐為が一言、「気にしてないですよ。」と言えば、菅原はそれだけで救われるだろう。

 

 しかし、佐為はどうしてもその一言がいえる気がしなかった。佐為は今だって菅原を責め立て、あの時どれだけ苦しかったか感情のまま訴えてしまいたかった。

 

 それでも、そう訴えられないのは、先ほどの若い神のことがあるからである。佐為は、少なからず、あの若い神、菅原顕忠に同情した。

 

 何百年も、あの出来事を思い悩み、魂さえ生まれ変わることが出来ずにいる。それがどれほどの苦しさか分からない佐為ではなかった。

 

 佐為は、あれから囲碁の神として召し上げられた。毎日、自分の好きな囲碁と向き合い、強いものと戦い、囲碁を磨き上げる。囲碁をうつものとして、これほど幸せなことはなかった。

 

 恐らく、菅原にもそんな未来があったはずである。

 

 彼は、佐為と等しいほどの碁の才を持っていた。

 

 佐為は、彼を救ってあげるべきだと思う。そして彼を救えるものは自分しかいないということも痛いほどわかっていた。

 

 それでも、佐為は、彼の事が許せないという醜い感情を抑えることができないでいる。それは、佐為の本能的な部分からきていた。佐為の生死を揺るがした、その事実は、佐為のコントロールできない部分に影響を与えている。まさに無意識の拒絶である。

 

 佐為は、そのような理性と、湧き上がる人間的な感情との間にいた。

 

 

 菅原は、静かに佐為を見つめている。

 

 佐為には、彼がなにを考えているのかさっぱりわからなかった。

 

 菅原は、ふと佐為から目を離し、碁盤の前へと移動する。彼は、碁盤の前まで来ると、その前でピンと立つ。優雅な動作で衣服を整えると、碁盤の前にすっと座る。

 

 佐為は、何もいわない菅原を不審に思う。最初に一言、謝ることぐらいしてはどうなのか。佐為は、少しも菅原の事が理解できない。

 

 佐為が硬直していると、菅原はふと口をあけた。

 

 「私は、あなたのことをとても意識していました。」

 

 菅原は、誰もいない碁盤の正面に向かい一人そう話す。

 

 「宮中で大君の囲碁指南役は二人。当時、囲碁において、私と佐為殿に敵はなしと言われるほど、飛び抜けていました。」

 

 佐為は、そう一人語る菅原を見つめる。菅原は、淡々とさらに一人語る。

 

 「私は、囲碁において一番強いという自負を持っていました。私は、誰においても勝つ自信があり、それは、実際その通りで、誰と戦っても私は負け越すことがなかったのです。」

 

 佐為は、当時を思い出す。佐為も菅原も、囲碁において負けなしで、佐為はいろいろな人と戦ったが少し物足りなさを感じていた。佐為と菅原は、周りより強くなりすぎていた。

 

 「私は、囲碁に対し物足りなさを感じていました。しかし唯一、あなたの碁だけは違いました。」

 

 飛び抜けた碁の才を持つもの二人。惹かれあわないわけはなかった。

 

 「私は、あなたの碁を見、震えました。そして感じたのです。私は、あなたと戦わなければならないと。」

 

 佐為は、想像もしなかった菅原の真実に驚く。

 

 「私は、その時から、あなたの碁ばかりをおってました。あなたと対局したものがいると聞くと、飛んでいき内容を教えてもらいました。私はそうして、幾度となくあなたと対局する想像を巡らしたのです。」

 

 

 菅原は、そう語ると、佐為の方を向く。佐為は、そんな菅原を見、思わず聞き返す。

 

 「それでは、どうしていかさまなどしたのです!」

 

 佐為は、思わず立ち上がる。佐為の持つ扇子が震えた。

 

 「私とて、あなたと対局する事をずっと待ち望んでいたのですよ。」

 

 佐為は、下を向く。抑えきれない感情をどこへ処理したらいいかわからず扇子を強く握りしめる。

 

 そんな佐為を見、菅原は苦い表情をする。

 

 二人の間に重い沈黙が流れる。

 

 菅原は、しばらくして決心したように口を開く。

 

 「碁をうっていただけませんか。」

 

 

 「今更、碁を打ったところでなにになると言うのです?」

 

 佐為は、碁を打ってくれという菅原にそう答える。しかし菅原は、そんな佐為を見て、さらに言う。

 

 「私は、あなたに謝っても許してもらえないほどの失態をおかしました。私は、もう二度と碁石をもつ資格はないと思っています。これが最後です。私は、碁を打つことで、あなたに誠意を示したい。」

 

 菅原は、佐為を真摯に見つめる。

 

 菅原は、これ以降、二度と碁をうたないと宣言した。そして、最後に囲碁をうつことで佐為に何かを伝えようとしている。

 

 佐為は、その菅原の言葉に、何ともいえない感情を抱いていた。

 

 「二度と碁をうたない?」そんな馬鹿な話があっていいのか。佐為は、菅原に激しい怒りを抱いていたはずなのに、菅原が囲碁をやめるということに関して、納得いかない気持ちになっている。

 

 佐為が菅原に許容し難い感情を抱いていることは事実だ。それなのに何故、菅原が囲碁をやめる事に、こんなに動揺しているのか。

 

 佐為は、自分で自分のことがわからなくなる。一体、自分は菅原にどうしてほしいのか。

 

 佐為は、どうしていいかわからず、ただ、菅原を見つめる。

 

 菅原は、佐為から視線をはずし、碁石をもつ。その持つ手は少し震えていた。

 

 佐為は、それをじっと見つめる。

 

 

 「碁打ちとして最後の私の全てを、佐為殿に捧げたい。もう一度、あなたとの対局をやり直しさせてはいただけぬか。」

 

 

 佐為は、その時、うたなければならないという謎の衝動に駆られた。

 

 『碁打ちとして、最後の全てを捧げる。』

 

 それは、佐為の菅原に対する憎しみを遙かに凌駕する、碁打ちとしての使命感だった。

 

 

 

 佐為は、決心したように、すっと立ち上がり、碁盤の前へ進む。

 

 かつて平安時代、共に囲碁という世界において高みを目指した。囲碁を一世風靡させ、その頂点に立った。

 

 二人はその立場から、なかなか交わることもなく、交わったと思えば断絶。二人は、真に才能を持っていながら、ついぞ、打ち解けあうこともなかった。

 

 二人は、結局、神髄まで碁打ち。囲碁でしか、伝えられない、分かり合えないことがある。

 

 

 

 碁をうつしかないのだ。

 

 

 佐為は、静かに碁盤の前、そして、菅原の前へ座る。

 

 二人は、何ともいえない表情であった。うまく言葉にすることができない、そもそも、自分でもよく分からない気持ちをそれぞれが抱えている。

 

 佐為は、菅原と同じく、碁石へ手を伸ばす。丸い、木の感触が生々しく感じた。佐為は、その感触を味わうようにすっと撫でる。

 

 佐為は、碁石を碁盤の前まで持って行くと、菅原と向き合った。

 

 

 

 あの数百年前に止まってしまった二人の時間。

 

 二人は再び、囲碁を交えることで、動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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