もし桜が呼び出したのが盾持ちの英霊だったら (猿野ただすみ)
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防御特化と英霊召喚。

2021・3・16
サブタイトル変えました。


間桐家の地下。そこには魔法陣が敷かれており、その前には長い紫色の髪の少女、青みがかった髪の少年、そして年齢が読み取れない老翁がいた。

 

---素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。

四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する---

 

少女、間桐桜が魔法陣の前で呪文を唱える。今行われているのは、聖杯戦争の為の、英霊召喚の儀だった。

ただ、今回の召喚にはイレギュラーが起きていた。この日のために手配していた触媒となる聖遺物が、輸送の最中に盗難に遭ってしまったのだ。

その後、触媒は発見されたものの、聖杯戦争の開始までの時間もなく、触媒無しの召喚という苦渋の決断を下したのだ。

 

---告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ---!

 

呪文を唱え終わると共に魔法陣が輝きを放ち、膨大な魔力が荒れ狂う。やがてそれが収まった時、魔法陣の中には人影があった。

その人物は女性、しかも桜と同じ年頃の少女で、片手に大きな黒い盾を持ち、胴体部分を覆うは黒いアーマー。手甲と具足も黒、肩当ては無い。

その少女を見て、桜とその兄である慎二は驚きの表情を浮かべ、祖父である臓硯は驚愕する。

少女は桜を見ると、ニッコリと微笑み尋ねた。

 

「あなたが私のマスターですか?」

 

と。

 

 

 

 

 

穂群原学園高等部。朝のショートホームルーム中、衛宮士郎は考え事をしていた。

 

(今朝もまた、桜は家に来なかった。弓道部や一年の教室にも行ってみたけど、どうやら学校にも来てないみたいだ)

 

毎日のように衛宮家へやって来て家事を手伝ってくれる後輩が、ここ数日、姿を見せない。それだけなら家の用事で済むのだが、学校にも来ていないとなると、心配も募ってくる。兄の慎二に尋ねてみても、

 

「家の事情に、何首突っ込んでんだよ!」

 

と言われてしまえば、それ以上深くは聞くことも出来ない。士郎は、なんとも言えないやるせなさを抱いていた。

 

「……やくん」

「……えっ?」

 

声をかけられたこと気がつき、伏せていた顔を上げれば目の前に、担任教師の顔があった。

 

「藤ね…、んんっ、藤村先生」

「えーみやくん? 先生の話は、ちゃーんと聞いてたのかなー?」

 

おどけたような口調とは裏腹に、その目は笑っていない。

 

「ええと、……ごめんなさい」

 

スパーンと、丸めた教科書で頭をはたかれた士郎だった。

 

 

 

 

 

どうしてこんな事になったのか、士郎は理解が追いつかずにいた。

慎二に頼まれた弓道場の掃除。思わず精を出しすぎて、日も沈み、気がつけば辺りはすっかりと暗くなっていた。

そして士郎は見た。グランドで二人の人物が、双剣と槍、互いの武器を振るい闘う姿を。

窺い見てることに気づかれた士郎は慌てて逃げる。あれは人間じゃない。あれは超常の者だ。逃げなければ殺される、と。

校舎の中へ入り、階段を駆け昇り、廊下の中程で立ち止まり、息を切らせながら周囲を見回し、誰もいないことを確認すると安堵のため息を吐き。

 

「追いかけっこは終わりだ」

 

ドキリと心臓の音が跳ね上がる。振り向いた先には、タイツに似た青い衣装に身を包んだ、槍使いの男が立っていた。

 

「運が悪かったな坊主。ま、見られたからには死んでくれや」

 

そう言って槍を突き出し---。

 

ギィン!

 

「何っ!?」

 

気がつけば。士郎と槍使いの間には、ボブヘアの少女が盾を構えて、士郎を守るように立ち塞がっていた。

 

「君、は…?」

 

士郎が尋ねると、顔だけこちらに向けた少女は苦笑いを浮かべて。

 

「ええと、……ごめんなさい!」

 

謝ったかと思うと大きな盾を振り上げて、盾の縁で士郎の頭を殴りつける。

 

「なんでさ…」

 

士郎は一言呟き、意識を手放した。

 

 

 

 

 

士郎が意識を取り戻したとき、周りにはあの槍使いの男も、盾の少女も居なかった。士郎は痛む頭を擦りながら、学校をあとにする。

家まで辿り着き、ひとつ息を吐き。

カランカラン、と鳴る呼子の音。それは、敵意を持った者が侵入したのを知らせる音。そして思い至る。自分を殺そうとした男が、果たしてこのまま見逃すのか、と。

慌てて、丸めたままのポスターに魔力を通し強化をかける。

突然天井から姿を現し、槍で突く男。士郎は慌てて身を躱し、ガラス戸を破り庭へ逃れる。

なおも執拗に攻撃をしてくる槍使いの男。その攻撃をなんとか躱し、あるいは強化したポスターで防いでいたが、男の蹴りが決まり、士郎は土蔵の前まで吹き飛ばされる。

土蔵の中へ逃げ込むと、男は士郎へ向け槍を突き出す。その攻撃を、ポスターを開き盾として防いだが、ポスターは粉砕され強化の魔術も解けてしまう。

 

「お前が七人目だったのかもな」

 

足を前に投げ出しペタリと座った状態の士郎にそう言って、男が槍を突き出そうとした時。突如現れた、鎧を纏った女性に槍を弾かれた。

 

「七人目のサーヴァントだと!? ……ってか、またこのパターンかよ!」

 

槍使いの男は毒づきながら、土蔵の外へと飛び出す。そして女性、……少女は。

 

「問おう。貴方が私のマスターか?」

 

振り返り、士郎を見下ろしながら言った。

 

 

 

 

 

少女、セイバーと槍使いの男、ランサーとの闘いは苛烈を極めた。ランサーの槍をセイバーは見えない剣で弾き、また見えないために間合いがわからないながらも、ランサーはセイバーの攻撃を上手く躱していく。

やがてランサーは槍を構え直し、同時に魔力を高めていく。

 

「その心臓、貰い受ける」

 

そう宣言をし。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!」

 

槍を穿つ。

……それは奇妙な感覚だった。士郎は確かに、セイバーが槍を躱したと認識していた。だが実際は、セイバーの左胸の、さらにやや左上、……肩に近い辺りを貫かれていた。

 

「その槍は呪詛…、いや、因果の逆転か!?」

「躱したな…! 我が必殺の、ゲイボルクを!!」

 

忌々しそうに吐き捨てるランサー。だが、槍の名前を漏らしたことにより、セイバーはランサーの正体に気づく。

 

「正体を知られた以上、どちらかが消えるまで遣り合うのがサーヴァントのセオリーだが、うちの雇い主は臆病者でな。槍が躱されたのなら帰ってこい、なんてぬかしやがる」

「逃げるのか、ランサー」

「追ってくるのなら構わんぞセイバー。ただし、その時は、決死の覚悟を抱いて来い」

 

セイバーの挑発も軽く受け流し、ランサーは撤退をした。

 

 

 

 

 

士郎は混乱していた。駆けつけ少女を見れば、瞬く間に傷は塞がり、自分のことをマスターと呼ぶ。また自分の名を名乗れば、彼女は険しい顔をする。

そうこうしていると、セイバーは衛宮家の塀を跳び越えていく。慌てて後を追った士郎が門を潜ると、右手側でセイバーが赤服の男に斬りかかっていた。慌てて止めようとする士郎。と、そこへ。

 

「やめてくださああああいッッッ!!」

 

()()()()待ったをかける声が響く。その場にいた者が一斉に上を見上げると、大きな黒い盾を持った少女が落下してくるところだった。

 

「なっ」

「くっ」

 

セイバーと赤服の男が飛び退いたそこに、少女は着地する。……いや、地面にぶつかった。

 

「ううー、着地失敗しちゃったよぅ」

「なっ、盾のサーヴァント!? ……アーチャー!!」

 

赤服の少女が赤服の男、アーチャーに命令する。次の瞬間には白と黒、二振りの剣で盾の少女に斬りかかる!

少女は慌てて盾を突き出し。

 

「悪食ッ!!」

 

剣が盾にぶつかるのと、彼女がそう叫んだのはほぼ同時。

 

「なにっ!?」

 

アーチャーは驚愕する。盾に触れた瞬間、二振りの剣は消失してしまったのだから。

 

「吸収したの…?」

 

赤服の少女の呟きに警戒を高めるアーチャー、そしてセイバー。二人がジリッと距離を詰め…。

 

「待ってくださいっ!」

 

またもや上空から聞こえる声。再び見上げると、先程は気がつかなかったが、巨大な何かが浮かんでいた。そのシルエットはまるで。

 

「……亀?」

 

士郎がポツリと呟いた。そう、それはどう見ても巨大な亀だった。

ゆっくりと降下してくる亀の背中から、ひょっこりとこちらを見下ろす人影がある。

 

「衛宮先輩、遠坂先輩、お二人を止めてください。私達には、争う意思はありません」

「桜!?」

「……間桐さん?」

 

間桐桜だった。

 

 

 

 

 

亀の背から降りた桜に駆け寄る、盾の少女。しかし。

 

(……遅い)

 

少女の、あまりにもの足の遅さが気になる士郎。

 

「桜、大丈夫?」

「うん、平気よ。この子、大人しくていい子だから」

 

そう答えて亀を優しく撫でる桜。亀は気持ちがよさそうだ。

 

「お疲れさま、シロップ」

 

少女も亀…、シロップを撫でながら、ねぎらいの言葉をかけてあげる。

 

「カメ~~~」

((鳴いた!?))

 

士郎と遠坂と呼ばれた少女、……凛は内心で同時にツッコんでいた。

二人が驚いている間に、シロップは20センチくらいの大きさにまで縮小する。

 

「ええっと、桜。その子は一体誰なんだ?」

 

士郎の疑問に、しかし答えたのは盾の少女だった。

 

「あ、私は桜が召喚したサーヴァント、ライダーのメイプルです!」

「……ライダーのサーヴァントは、真名を明かすのが習わしなのですか?」

 

セイバーは、疲れたといった表情でツッコミを入れた。最もこの発言の意味を知る者は、この場にはいなかったが。

 

「えっと、私は未来の英霊で、しかもこの世界線じゃ誕生しないから、真名明かしても問題ないんじゃないかなぁ?」

「そういう問題でもなかろう」

「ええ~?」

 

呆れるアーチャーにメイプルは不満気だった。

 

「はいはい、みんな落ち着いて!」

 

手を打ち鳴らし、凛が話の主導権を握る。

 

「こんな所でぐだぐだ話してたって、(なん)にも纏まりゃしないわよ。

衛宮くん、ここってあなたの家よね? 済まないけど、話をするのに使わせてもらえないかしら」

「あ、ああ。構わないけど…。って遠坂!?」

「ちょっと、今更!?」

「先輩…」

 

本当に今更な発言に、凛どころか桜まで呆れてしまった。

 

「……まあ、いいわ。さ、中に入りましょう? どうせ衛宮くんは、何も分かってないんでしょうから」

 

そう言って凛が促し、みんなは衛宮邸の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

……ライダーのメイプル。彼女がこの聖杯戦争に加わったことで、この物語は正史のどのルートとも大きく道を違える事になるのだが、それはまた別の話である。




タグに防振り関連を入れなかったのは、ネタバレになるからです。三日くらいしたら、タグに修正を入れます。

※7/18 タグに防振り関連を入れました。


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防御特化と聖杯戦争。

一応今回も短編扱いです。


遠坂凛に促され、英霊達も含めた皆が衛宮邸の居間へと集まった。その中で一人、メイプルだけが浮いている。

確かに身に着けた鎧や手にした大盾を見れば、英霊の一人と言われて納得出来るものの筈なのだが、家の内装を見て興味深そうにキョロキョロとする仕草は一般人のそれである。

 

「ええと、メイプル、だったか?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと気になって、つい…」

「いや、別に構わないけど…」

 

右手を後頭部に当て、愛想笑いを浮かべて言い訳を言うメイプルに、士郎は毒気を抜かれる。

 

「さて、それじゃ説明を始める、と言いたいところだけどその前に。

メイプル、あんた未来の英霊とか言ってたけど、もしかして日本の英霊じゃないの?」

「あれ? よくわかったね? 冬木の聖杯は本来、日本の英霊は召喚しないって、聖杯からの知識でもあるのに」

 

メイプルは隠そうともせずに、あっけらかんとしている。

 

「ま、何事にもイレギュラーはあるものだし、そもそも見た目も然る事ながら、貴女の言動や仕草が典型的な日本人のものだからね」

 

そう。黒髪、黒目の日本人顔である事に加え、興味深くキョロキョロしたり、愛想笑いを浮かべたり、というのは日本人に多く見られる行動だ。特に愛想笑いは、西洋人には理解できないものらしい。

 

「そっかあ。んー、私個人としては話してもいいんだけど…」

「私が言うのもなんだが、サーヴァントがマスター以外に自らの情報を開示するのはいかがなものかね」

 

赤い服の男、アーチャーがしかめっ面でツッコミを入れる。

 

「いや、争う気が無いなら構わないんじゃないか?」

 

士郎がそれに異を唱えるが、アーチャーは鼻で笑い、凛が呆れたとばかりにため息を吐く。

 

「衛宮くん。今貴方は、そして間桐さんも、聖杯戦争という儀式に巻き込まれているの」

 

そう言って凛は、聖杯戦争の概要を説明する。とは言っても飽くまで概要、である。

召喚した英霊をサーヴァントとして使役し、聖杯を手にするためにマスター同士が殺し合うこと。

そのサーヴァントを律する、絶対命令権である三画の令呪。

その儀式に、士郎と桜は巻き込まれたという。

 

「……てっきり間桐は、慎二がマスターになると思ってたけど」

 

凛のその呟きに、桜がぴくりと反応する。

 

「ちょっと待ってくれ、遠坂。なんでそこで慎二が出てくるんだ?」

「? 何言ってるの、衛宮くん。間桐も魔術師の家系じゃない。……え、あれ? もしかして知らなかったの?」

「ああ。俺は遠坂が魔術師だっていうのも、さっき知ったばかりだぞ?」

「あ…、そうだったわね」

 

凛はしくじったとばかりに、苦渋の表情を浮かべる。

 

「……え、それじゃあ桜も魔術師なのか?」

「あ、いえ…」

 

桜は首を横に振り。

 

「私はお祖父様から、魔術の事は教わらなかったので。ただ、私が英霊の召喚をして、兄さんにマスターとしての権利を譲渡するはずだったんです。そうしたら…」

 

ちらりとメイプルを見る桜。

 

「桜のお兄さんが、魔道書を使って私を使役しようとしたから、悪食使って魔道書吸収しちゃったんだ」

 

メイプルの説明に先程の光景を思い出し、士郎と凛が「うわあ…」と呟く。アーチャーは目頭を押さえ、一見澄ました表情のセイバーにも一筋の汗が流れる。

 

「ええと、それでお祖父様が、『それなら代わりに、お前がマスターになれ』と仰ったんですが、そうしたらライダーが怒って」

「だってそうじゃない。私は桜のサーヴァントだよ? 桜の為になら戦えるけど、あのお爺さんの為には戦いたくはないよ」

 

その時のことを思い出してか、メイプルがプリプリと怒っている。

 

「それで私、ライダーに引っ張られる形で家を飛び出してしまったんです」

「だから学校にも来てなかったのか。……って、ちょっと待てよ。それじゃあ寝泊まりはどうしてるんだ?」

 

話を聞いた限りだと、お金を持って行く間もなかったはずだ。

 

「あ、ええと、外を歩いていたら藤村先生と会いまして…」

「今は藤村組にいるんだ」

 

藤村組は藤村大河の実家で、所謂ヤの付く職業である。

 

「ふ、藤ねええええ!」

 

桜を心配していた士郎は、叫ばずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

士郎達は今、新都に向かって夜の街を歩いている。その目的地は、言峰教会とも呼ばれる冬木教会。

そんな彼らの中でも士郎と凛、桜は、年齢はともかく、町中を歩いていても違和感はない。メイプルは、大河の家で着ている服に着替えているし、アーチャーは霊体化して着いて来ている。

しかし一人、やたらと目立つ人物がいた。そう、唯一名前の挙がっていない、セイバーだ。彼女が言うには霊体化が出来ないらしく、その癖、鎧を脱ぐのを頑なに断っていた。

それで士郎は仕方がなく、セイバーに黄色い雨合羽を着せたのだ。

雨の気配のない夜中に、光を反射しやすい黄色の雨合羽を着ているのだ。今まで人とすれ違うことはなかったが、そうでなかったらかなり悪目立ちしていたことだろう。

 

「ここよ」

 

凛が示すそこには、立派な教会が建っていた。

 

「シロウ。私はここに残ります」

 

いざ、教会の中へ入ろうというとき、セイバーはそう言った。彼女が言うには、ここまでは士郎の護衛として着いてきたとのこと。目的が達せられたので、自分は外で待つ、と。

 

「あ、それじゃあ私も、セイバーと一緒に待ってるね。二人でいれば寂しくないでしょ?」

「いえ、一人でいようとも、別に寂しくなど…」

「またまた、強がっちゃってー」

「強がってなどいません」

 

そんな噛み合わない会話を聞き、呆れた凛は士郎と桜を引き連れて教会の中に消えていった。それを眺めていたセイバーは、ふぅ、とひとつため息を吐く。それに気づいたメイプルは苦笑いを浮かべ。

 

「あはは、ゴメンね。実はセイバーに聞きたいことがあったんだ」

 

そう告げたメイプルの言葉に、セイバーは僅かに驚きの表情を浮かべる。

 

「……何を聞きたいのですか。言っておきますが、今は聖杯戦争の最中。敵勢力には答えられないことの方が、遥かに多いですよ?」

 

そう釘を刺すものの、「そーだよねー」と軽く返すメイプル。セイバーはまたひとつため息を吐く。

 

「えっと、セイバーって前の聖杯戦争の時にも呼ばれてたんだよね?」

「はい」

「なんでセイバーには()()()()()()? 英霊の座には召喚時の事は記録されるけど、記憶は持ち込めないはずだよね?」

 

それは召喚された英霊としては、当然の知識だった。

 

「それは個人的な理由です。話す気はありません」

「あちゃー、そうかぁ」

 

そう言いつつ、それ程困った顔をしていないのは、この質問はダメ元で聞いたからだ。

 

「んー…、それじゃあ別の質問!

もしかして私、前の聖杯戦争で召喚されてた?」

「!!」

 

予想外の質問に、ほんの僅かだが動揺してしまうセイバー。

 

「あ、やっぱりそうなんだ。初めて私の顔を見たとき、なんか驚いた表情してたし、なんとなく私を避けてる気がしたから、もしかして前に会ったことあるのかなーって思ったんだよね」

「……意外と抜け目がないですね」

 

セイバーは少しだけメイプルを見直した。

 

「えっと、前回も私、ライダーだったの?」

 

メイプルの質問にセイバーは軽く考え込み。

 

「……まあ、話しても問題はないでしょう。

少なくとも貴女はライダーではありませんでした。むしろ私を含めた6クラスから考えれば、貴女はバーサーカーだったと思われます。しかし、普通に会話をしていた事を考えると、バーサーカーと呼ぶにはあまりにも…」

 

悩ましげに答えるセイバーに、「ああ、それなら」と前置きをしてメイプルは言った。

 

「私ってバーサーカーで召喚されても、普段は狂化が入ってないから」

「……は?」

 

今まで驚いたり呆れたりしても、キリッとした態度を崩さなかったセイバーが、かなり間の抜けた表情でメイプルを見返した。

 

「私、生前…、生前? とにかくその頃は狂った事なんてないんだけど、()()()()()()大暴れしたことはあってね。それが原因で狂化が後付けされちゃったんだ。だから狂化が発動するのは、その謂われになった宝具を開放した時だね」

「そう、ですか…」

 

疲れたとばかりにため息を吐くセイバー。思考の片隅では、「もう何度ため息を吐いただろう」などと、冷静な自分が冷静に考察していたとか。

 

「えっと、あとひとつ質問、いいかな?」

「……なんですか?」

「セイバーって、あの教会の中の人と、会いたくないのかなーって…」

 

セイバーは再びメイプルを瞠目する。

 

「何故、そう思ったのですか」

「え? だって護衛だったら、やっぱり教会の中に入った方がいいんじゃないの?

そんな事はないと思うけど、桜と凛と士郎さんはマスター同士なんだから、セイバーなら念のために着いて行きそうじゃない。だから、あの中に入りたくないんじゃないかなって」

「成る程。……リンならばまだしも、貴女に見抜かれるとは」

 

セイバーはメイプルを若干見誤っていた。確かにメイプルは特別頭がいいわけではない。そしてお気楽な性格だ。

だが、見るべき所は見ているし、理論立てて物事を考えるのも苦ではない。強いて言うなら、結果斜め上の発想をすることが多いだけである。

 

「……なんだか失礼なこと言われた気がするんだけど、まあいいや」

 

後はこの性格が、相手の警戒心を弱める事に繋がっているとも言える。

 

 

 

 

 

二人は話を終えると、セイバーはじっと佇み、士郎達が出て来るのを待っている。そうなるとメイプルは暇を持て余す。そしてポケットから、何故か持っていたチョークを取り出して、地面に絵を描き始めた。

最初は気にもとめていなかったセイバーだったが、その絵が完成に近づくにつれて見入ってしまう。

 

「……よし、完成」

 

そこに書かれていたのはダ・ヴィンチ作、[モナ・リザの微笑み]のかなり精密な模写だった。

と、ちょうどのタイミングで教会の扉の開く音がする。そちらを見れば、扉を出たところで神父の礼装を纏った男が、士郎に何やら語りかけているところだった。

やがて三人がセイバー、メイプルの元までやって来て。

 

「ちょ、何よコレ!?」

「モナ・リザ、凄いじゃないか」

「これ、ライダーが書いたの?」

 

三人は感嘆の声を上げる。しかし当のメイプルは。

 

「うん。暇だったから」

 

と、あっけらかんとしていた。

 

(才能の無駄遣いですね)

 

セイバーはその想いを、胸の内に秘めた。

 

 

 

 

 

「悪いけど、ここからは二人で帰って」

 

教会を出た先の坂の途中で、凛が言う。凛曰く、これで二人とは敵同士だから。

 

「俺は、遠坂とは戦いたくないぞ」

「私も、先輩と同じ気持ちです」

 

口々に言うふたりの意見に、凛はため息を吐いた。すると突然アーチャーが姿を現し。

 

「凛。倒しやすい敵がいるのなら、遠慮なく叩くべきだ」

 

そう進言する。しかし凛は煮え切らない態度を示し、挙げ句には借りがあるからと言う。しかしその意見は、()()()()()()()()()()()()。本来なら士郎が令呪を使いセイバーを止めたことを「借り」としていたが、こちらではメイプルの介入によって、セイバーの攻撃は中断したのだ。

 

「……まあなんにせよ、遠坂はいい奴だな。俺、オマエみたいな奴は好きだ」

 

士郎の無意識発言に凛は真っ赤になり、桜からは無言の怒気が発せられるが、士郎はそれに気づきもしない。

 

「じゃあな、遠坂。行こう桜」

 

そう言って士郎は立ち去ろうとし、セイバーが何かに気づいたのか反応をする。

 

「ねえ、お話は終わり?」

 

その声に振り向くと、十代前半くらいの銀髪の少女と、2メートルを遥かに超える大男が坂の上にいた。

 

「バーサーカー!?」

 

驚愕する凛。

今、聖杯戦争の真の戦いが始まろうとしている。それはとても激しく、そしてとても呆気ない幕切れの戦いでもあった。




メイプルは、アニメの世界線の彼女の人格がメインで召喚されてます。もちろん座の彼女は、原作やゲームの彼女との集合体です。


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防御特化とバーサーカー。

ある意味台無し。


「今晩は、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

銀髪の少女が微笑む。が。

 

「士郎さん! あんなに幼い子を誑かしてたんですか!?」

「なんでさ!?」

 

メイプルが、ピントのずれた疑問を投げかけた。

 

「あー、メ…ライダーは黙っててくれる? 今、大事な場面だから」

 

顔を引きつらせつつも、こめかみを押さえながらに凛は言う。すると少女が数歩前に出て、スカートの裾を持ち上げ西洋式の会釈をし。

 

「初めまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。『アインツベルン』って言えばわかるでしょ?」

「えー、わかんないよぅ」

 

挨拶を交わしたイリヤに、メイプルが文句を言う。

 

「アインツベルンは錬金術に特化した魔術師の一族。つまり、聖杯戦争のマスターの一人よ!」

「説明ありがとう、リン。これでわかったかしら、ライダーさん?」

 

イリヤがそう問いかけると、あろうことかメイプルが。

 

「私はメイプルだよ!」

 

と、真名を暴露した。さすがにこれには、イリヤも目を丸くする。

 

「ちょっと、さっきも言ったけど、未来の英霊だろうと真名を明かしてんじゃないの!」

 

凛はそうダメ出しをする。だが。

 

「へえ、未来の英霊なんだ」

「……あ」

 

凛のうっかり大爆発である。だがしかし、それも悪いことばかりではなかった。

 

「でも、私ばかり情報をもらうのも悪いから、バーサーカーの真名も教えてあげる」

「え?」

 

凛にとっては寝耳に水、である。

 

「バーサーカーの真名は、ヘラクレスって言うんだよ」

「「「ヘラクレス!?」」」

 

凛、士郎、そして桜が思わず声を上げる。しかしそれも致し方ない。何しろ、それ程有名な英雄…、いや、大英雄なのだから。

 

『どうする、凛。相手は十二の試練を乗り越えた大英雄だ。勝ち筋はあるのかね?』

 

霊体化したままに尋ねるアーチャー。

 

「……相手が大英雄なら、それこそ貴方本来の戦い方に専念するべきでしょう?」

『だが君達にヘラクレスの攻撃を防ぐ手段など…』

「それなら任せてよ!」

 

メイプルが二人の会話に割って入る。

 

「クラスはライダーだけど、防御力には自信があるんだ!」

「……だそうよ?」

 

二人の意見に、アーチャーは深くため息を吐く。

 

『……わかった。では私は、与えられた仕事に専念するとしよう』

 

そう言い残し、アーチャーの気配が遠ざかっていった。

 

「作戦会議は終わり? それじゃあそろそろ始めるね。

やっちゃえ、バーサーカー

 

 

 

 

 

その戦闘は熾烈を極めた。道の真ん中で始まったそれは、セイバーがバーサーカーを往来のない場所へと誘導してゆく。足の遅いメイプルは取り残されるかと思いきや、気がつけばセイバーの前に出てバーサーカーの攻撃を防いでいた。

そして外人墓地へと場所は移り、戦いは本番を迎える。

バーサーカーの重い一撃をセイバーはいなし、斬り込んだ剣をバーサーカーは大きな鉈の様な剣で受け止める。セイバーが一歩引いたところで、遠方から射られたアーチャーの矢が降り注いだ。しかしそれをものともせずに剣を振り下ろしてきた所を、メイプルが盾で受け止める。その隙を突き斬りつけたセイバーの剣を、バーサーカーは紙一重で躱して…。

 

「ちょっと、アレのどこがバーサーカーなのよ!?」

 

バーサーカーの、セイバーをも凌ごうかという格闘センスに凛が愚痴る。

 

「狂化に飲まれようとも変わらぬその剣技、さすがはヘラクレスと言った所でしょう」

 

セイバーは称えつつも、刹那の思考。そして。

 

「ライダー、バーサーカーの隙を作ることは出来ますか?」

「ええと、わからないけどやってみる。失敗したらごめん!」

 

セイバーの質問に答え、メイプルは単騎、バーサーカーに突っ込んで行く。バーサーカーは剣を振り上げメイプルを叩き切らんとし、メイプルはその攻撃を盾で受け止め。

 

「悪食 !」

 

そう叫んだ瞬間、バーサーカーの剣が光の粒子となって盾に吸収される。

 

「何よ、それ!?」

 

悪食を初めて見るイリヤの、驚きとも文句とも取れる、あるいはその両方の意味を込めた言葉が口をついた。

 

「はあっ!!」

 

気合いと共にセイバーが踏み込み、その間合いにバーサーカーを捉える。しかしこのままでは、先程と同じように躱されるのがオチだ。だが、バーサーカーが動くよりも先に、メイプルが仕掛ける。

 

「シールドアタック!」

 

メイプルは盾を突き出したまま、飛び込むようにバーサーカーに体当たりした。ハッキリ言ってメイプルの筋力では、バーサーカーにダメージなど与えることなど出来ない。盾も途轍もない性能を秘めているものの、あくまでも防具である事に加え神秘の薄い時代の英霊ゆえ、バーサーカーの防御力を突破するランクには達していない。

しかし、ほんの一瞬の足止めくらいの効果はあった。そしてその一瞬さえあれば、セイバーには事足りる。

ざん、とバーサーカーの右脇腹を切り裂き、通り過ぎた先でくるりと半回転、背後から心臓を剣で突き刺した。

剣を引き抜くと、バーサーカーはびくんと体を震わせ、がくりと両膝をつく。

 

「やった!?」

 

メイプルがそう口にした。そしてそのフラグは即座に回収される事になる。バーサーカーの傷口がみるみる塞がっていき。

 

「■■■■■■-!!」

 

雄叫びをあげたバーサーカーが腕を振り上げ、メイプルを殴り飛ばす。

吹き飛ばされたメイプルは、いくつかの墓石を破壊し地面を数度バウンドしてようやく止まる。

 

「ライダー!」

「メイプル!?」

 

思わず叫ぶ桜と士郎。

 

「残念。バーサーカーは十二の命をストックしているの。倒したければ、十二回命を刈る事ね」

 

説明をするイリヤの言葉も耳に届かず、桜と士郎はメイプルに駆け寄ろうとする。が。

 

「ふぅ、ビックリしたぁ」

 

何事も無かったかのように、むっくりと身を起こすメイプル。狂化を付与されたバーサーカーと、前回の聖杯戦争でクラスこそ違えど面識のあるセイバー以外は、当然の事ながら皆、唖然としている。そう。遠くから視認していたアーチャーでさえも。

 

「な、メイプル? あんた大丈夫なの!?」

 

すぐに正気を取り戻した凛が思わず尋ねる。

 

「うん、へーきへーき! さっき言ったでしょ。私、防御力には自信があるんだ!」

「いや、自信があるってレベルじゃない気がするんだが…」

 

士郎も突っ込まずにはいられなかった。だが、これが油断と言わずしてなんと言う。

 

「シロウ!」

 

叫ぶようなセイバーの呼びかけに慌てて振り向けば、バーサーカーが士郎達の目前にまで迫っていた。

拳を振り上げたバーサーカーの前にいたのは。

 

「桜っ!!」

「あ…」

 

慌てて飛び出した士郎が桜を突き飛ばす。その瞬間、バーサーカーの拳は振り下ろされ。

 

「カバームーブ!」

 

突然士郎の前に現れたメイプルが、盾で防ぎ、勢いを殺しきれずに再び後方へ吹き飛ばされる。しかしお陰で士郎は無傷でいられた。

 

「うう~、桜や士郎さんを狙うなんて、もう許さないんだから! カバームーブ!」

 

立ち上がったメイプルがそう宣言すると、再び士郎の前、即ちバーサーカーの前に瞬間的に移動する。しかし今度はバーサーカーが後ろへと飛び退き、メイプルと距離をとった。

 

「セイバー!」

 

メイプルが声を上げると、直ぐさまセイバーがバーサーカーの間合いに入る。

 

「カバームーブ!」

 

三度、今度はセイバーの前へと移動し、短刀を引き抜きバーサーカーに突き立てようとする。

本来ならこの攻撃では、バーサーカーの皮膚を傷付けることも出来ないだろう。

だが。思考ではなく本能が。バーサーカー…、いや、ヘラクレスに、あの攻撃は危険だと訴えかけていた。

ならば躱せばいいのだが、今の彼にはそれが出来ない。その後ろには、彼が護るべき少女がいたから。もちろんメイプルは、それを狙っていたわけではない。彼女の運による偶然の産物だ。

兎も角も躱すことが出来ない彼は、メイプルの腕を掴み、その攻撃を止めた。

メイプルはちらりと桜を見る。それに気づいた桜は、こくりと頷いて。

 

「……やっちゃえ、ライダー!」

 

先程のイリヤと同じ文言を、ライダーに置き換えて飛ばした。

 

毒竜(ヒドラ)!」

 

メイプルがそう言葉を紡ぐと、短刀から禍々しい色をした三首の竜が現れ、その内の二本の首がバーサーカーを絡め取る。

 

「■■■■■■-!」

 

雄叫びをあげ、バーサーカーは二本の首を引き千切るが。

 

「遅いよ!」

 

残りの一つが毒の息を吹き付けた。

 

「!? ■■■■!!」

「バーサーカー!?」

 

もがき苦しむバーサーカーに声をかけるイリヤ。やがてバーサーカーは腕をだらりと下げ、顔をメイプルへと向ける。その瞳には先程までとは違う、理性の光が宿っていた。

 

『……まさか毒竜退治の逸話を残す私を、毒竜で倒すとはな』

「え? 十二回命を刈るとか言うアレは!?」

「英霊は逸話からは逃れられない。ギリシャ神話の大英雄ヘラクレスの死因は、ヒュドラの毒によるものよ」

 

そう。メイプルにはその知識は無かったが、彼女の攻撃は奇しくも、バーサーカーの命のストックを無視して死を与えるに足るものだったのだ。

凛の説明に得心がいったメイプルは、再びバーサーカーに視線を向ける。バーサーカーは既に、光の粒子へとなりかけている。

 

『毒竜を操る盾の英雄よ。我が主を、どうか頼む…』

 

バーサーカー…、ヘラクレスはそう言い残すと、光の粒子となって消滅した。

 

「バーサーカー…。嘘、そんな…」

 

呆然として呟くイリヤ。そしてすぐに、メイプルをキッと睨みつける。

 

「よくもバーサーカーを! 許さない!」

 

メイプルに怨みをぶつけると共に、イリヤの魔力が膨れ上がり、身体中に血管のような模様が浮かびあがる。

 

「よくわかんないけど、これ、絶対にやばいやつだよね?」

 

イリヤが放出する魔力量と、凛の表情を見て確信する。

 

「……もう、しょうがないなぁ」

 

そう言うと、メイプルは短刀を鞘に納め…。

 

「パラライズシャウト!」

 

キンッ、と打ち鳴らしながらその言葉を紡ぐと、イリヤに電気が走ったかのような衝撃が走り、地に伏してしまう。

 

「な、に…?」

「『パラライズシャウト』って言って、名前の通り麻痺を与える攻撃だよ」

 

胸を張って言うメイプル。ドヤ顔で言う彼女は、普通の人間とさして変わらない。

 

「えっと、凛。イリヤちゃんをお願いできるかな?」

 

メイプルの願いに、凛は盛大なため息を吐く。

 

「まったく、仕方がないわね。バーサーカー…、ヘラクレスの最後の願いも、無下には出来ないしね」

 

遠坂凛は、魔術師としては甘い性格(お人好し)であった。

 

 

 

 

 

「へぇ、あの嬢ちゃん、なかなか面白いじゃねえか」

 

教会の屋根の上に佇みそう言ったのは、青いタイツに似た衣装の男、ランサーだった。

 

「戦闘技術はたいしたことないが、ここぞという時に機転が回りやがる。それに、対象を魔力に換えて吸収する能力も注意が必要だし、何よりあの防御力は異常だ。バーサーカーの攻撃喰らって無傷って、どんなバケモンだよ!?」

 

最後はただの愚痴である。

 

「……まったく、俺の槍とどっちが強いのかねえ」

 

ランサーはニヤリと嗤い呟いた。

 

 

 

 

 

墓地に接する林の中。戦闘の一部始終を見ていた、黒いジャージ姿の金髪の青年。

 

「……やはりバーサーカーでは、複製人形(フェイカー)の相手は務まらんか」

 

とは言うものの、面白いものを見たような笑みを浮かべている。

 

「しかしセイバーのみならず、クラス違いとはいえ複製人形(フェイカー)までもが顕界するとは。此度の聖杯戦争、なかなか愉しませてくれるではないか」

 

ククク、と嗤いを噛み殺す青年。

 

「だがまだだ。(オレ)と相見えるには時期尚早よ。故に。早々に消えてはくれるなよ?」

 

 

 

 

 

教会から離れた、円蔵山に建立された柳洞寺。その門前に二つの人影がある。その内の、フード姿の女性が、使い魔から送られてきた映像をもう一人の人物と共に見ていた。

 

「まさかあの筋にk…コホン! ヘラクレスを、こうもあっさりと倒すなんてね」

 

驚きと感嘆を含んだ微妙なニュアンスで言う、フードの女性。

 

「魔力化して吸収する能力に転移しての防御、ヒュドラの使役に麻痺付与の攻撃。何よりあの異常なまでの防御力。まるで生きた要塞だわ」

 

フードの女性の言葉を聞き、もう一人の人物は、ふっ、と軽く笑みを浮かべる。フードの女性は僅かに訝しむが、気を取り直して話を続ける。

 

「宝具を抜きにしても、まだまだ隠し球がありそうだけど、アナタはそれに対抗する手段はあるのかしら、アサシン?」

 

アサシンと呼ばれた人物は顎に手を当て、考える素振りを見せてから言った。

 

「さあ、ね。どのみち、あの防御を抜くのは生半可な事じゃないわね。

……でも、まあ、『()()()()()()』の異名に恥じないだけの仕事はさせてもらうわ、キャスター」

 

そう宣言をすると、アサシンと呼ばれた()()はポニーテールをたなびかせるように振り返りながら、階下の街並みを見つめるのだった。

 

 

 

 

 

バーサーカーとの闘いから半日ほどが過ぎた。

ここは円蔵山の中腹から林の中を進んだ先。人が立ち寄らぬ洞窟のその奥に、一人の少女がいた。

少女は洞窟の最奥に現れた()()を見つめている。その表情には憂いと憤りが滲み出ている。

 

(こんなもののためにマ…、雁夜さんは…)

 

十年前の聖杯戦争で、比喩ではなく命を削り亡くなった、一人の男を思い浮かべる。やがて目を瞑り顔を伏せ、暫くして再び顔を上げたとき、それは決意の表情へと変わっていた。

 

「……行かなくちゃ。雁夜さんと切嗣さんの、それぞれの願いを叶えるために」

 

そう自分に言い聞かせて、少女は洞窟の出口へと歩き出すのだった。




メイプルの「ヒドラ」は本来の「ヒドラ(Fateだとヒュドラ)」ではありませんが、「ヒドラの毒」という概念のためにバーサーカー(ヘラクレス)は敗れました。要は「奇跡の前に聖杯の真偽は問題じゃない」のと同じ理屈です。
一応今回で、この話は終わりです。続きを書く(連載になる)かどうかは、作者の気分とモチベーション次第です。


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防御特化と小会議。

今夜(2022年10月6日)から防振りの再放送が始まるのと、防振り2が1月から放送開始するのを記念して、続きの投稿です(でも原作はFate/stay night)。
あと、さすがに続きを投稿するので、短編から連載に変えました(完結するとは言ってない)。


バーサーカーとの戦闘から一夜が明けて。

 

「えええええええええっ!?」

 

ここ、衛宮邸は朝から騒がしかった。

 

「ふ、藤ねえ、朝から近所迷惑…」

「だって、桜ちゃんも楓ちゃんも一晩中帰ってこなくて、心配してたら士郎のトコにいて、しかも遠坂さんや、金髪やら銀髪の美少女までいるのに、これが驚かずにいられるわけないじゃないの!」

 

言われてみれば、成る程その通りである。だがしかし、それよりも。

 

「……楓?」

 

気になった士郎が視線を彷徨わせると、メイプルが無言で、自身を指差しているのが視界に入った。

 

(……ああ、メイプルで楓か)

 

意外と単純な理由だった。

 

「士郎、どうかしたの?」

「あ、いや、なんでもない!」

 

尋ねられた士郎は、やや狼狽気味に答える。大河はそれを訝しむが。

 

「先輩、藤村先生、ご飯出来てますよ」

「大河さんは先生なんだから、早くしないと遅刻しちゃいますよ?」

 

桜とメイプルに言われ、ハッとする大河。

 

「そうだったわねー。さー、楽しいご飯の時間よー」

 

気持ちを切り替えた大河が席に着くのと入れ替わるように凛が立ち上がり、桜の元に近づく。そこに士郎も加わったところで、凛は桜に言った。

 

「メイプルの設定、後で詳しく。口裏を合わせなきゃならないからね」

「ああ、俺からも頼む」

「わかりました。では後ほど」

 

三人は短く言葉を交わすと、各々が席に着いた。

 

 

 

 

 

「ふうん、それでセイバーちゃんは切嗣さんを頼って日本に…」

「はい」

 

朝食を取りながら、いつしか話題がセイバーについてに変わっていた。取りあえず、セイバーは士郎の死んだ養父、衛宮切嗣の昔の知り合いで、切嗣の死を知らずに彼を頼って日本に来た、ということにした。士郎は内心ドキドキだったが、セイバーは相変わらずの涼しい顔である。

 

「そっかー。それは大変だったわねー。

それじゃあ次は、イリヤちゃんの番ね!」

 

士郎の心臓の鼓動が跳ね上がる。イリヤは成り行きで保護したものの、バーサーカーを倒したこちらを非常に敵視していた。とんでもない爆弾発言でもしないか、内心気が気でない。

士郎のそんな思いに気づくはずもないイリヤは、手にした食器を置き、口を開く。

 

「私は、シロウに会いに来たの」

『……は?』

 

みんなが一斉に、疑問の声をあげる。

 

「えっと、それってどういう…」

 

大河は顔を若干引きつらせながら尋ねた。

 

「私の死んだ母は、キリツグの知り合いだったわ。キリツグが日本で死んだことも、私は知ってる。

今回所用で日本に来ることになった私は、キリツグの子供であるシロウに会おうって、心に決めてたのよ」

 

保護者と言いつつ依存状態にある大河は、士郎が取られる危機を感じて警戒していたが、イリヤの話を聞いてその警戒を弱めた。

 

「イリヤちゃんも、切嗣さん絡みか。そういえば切嗣さん、しょっちゅう海外に行ってたみたいだもんねー」

 

昔を懐かしみながら言う大河。

 

「……それで私は、本来イリヤに付き添うはずだった方に頼まれて、こうして衛宮くんの元まで同行して、朝食までご馳走になる事になったんです」

 

ここぞとばかりに、自分が衛宮邸にいる理由をでっち上げる凛。

 

「成る程。……そうなると後は、どうして桜ちゃんと楓ちゃんは、士郎の家にいるのかなー?」

 

大河は笑顔である。笑顔であるが、怒りのオーラはダダ漏れである。その圧は、英霊であるメイプルでもタジタジになる程だ。

その状況を救ったのは凛だった。

 

「……あー、実は恥になるので言いたくなかったのですが、昨夜、私達が衛宮くんに会ったとき、色々と行き違いがありまして。一触即発、という時に間桐さん達が通りかかって、仲裁をしてくれたんです」

「そ、そうなんだ! それで、もう夜も遅いってことで、みんな家に泊まっていくように勧めたんだよ」

 

士郎も慌てて口裏を合わせる。だが、あながち嘘というわけでもない。セイバーがアーチャーを斬り伏せようとした所を止めたのが、メイプルとマスターである桜だったのだから。

 

「えー、普通ひとり暮らしの男子の家に、女の子泊めるー?」

 

大河の意見はもっともである。

 

「でも、先輩ですから」

 

困ったような諦めたような、そんな表情で言う桜。

 

「まー確かに、士郎に他意が無いのはわかるけど」

 

大河も、不貞腐れながらも納得している。

 

(……なんだろう。信用されてるはずなのに、このしっくりこない感じは)

 

士郎は、半ばディスられていることに気づいていなかった。

 

「……まあいいわ。でも二人とも、ものすっっっごく心配したんだからね? どんなに遅くなってもいいから、必ず連絡すること。いい?」

「はい…」

「済みませんでした」

 

メイプルと桜がシュンとして謝る。そして普段子供っぽく見える大河も、こういうのを見るとやっぱり大人なんだな、と認識する士郎だった。

 

 

 

 

 

「行ってきまーす!」

 

元気よく家を出た大河は、衛宮邸の前に止めてあったスクーターに乗って出勤していった。

人数分の食器を片し終えた後、居間に戻った士郎が席に着く。

 

「さて、全員揃ったわね。それじゃあ間桐さん、説明をお願い」

 

凛が場を仕切って、桜に説明を請う。

 

「いや、アーチャーがまだだろ?」

「アーチャーは見張りよ。大丈夫、アーチャーはそもそも人前に出すつもりはないし、念話で伝えれば問題ないわ」

 

士郎はまだ少し疑問に思うが、そういうものかと納得することにした。

 

「それじゃ間桐さん、改めてお願い」

「はい。ええと、ライダーの名前は『本条楓』、間桐の遠い親戚、ということになってます。

『本条』の家では今、ゴタゴタが起きていて、『楓』は間桐に避難をしてきたけど、お祖父様がいい顔をしなかったので、二人で家を飛び出して、藤村先生に保護された、という形に納まってますね」

「なんだか、桜のお祖父さんがヒドい扱いになってないか?」

 

会ったことは無いが、少しばかり擁護をする士郎。しかし。

 

「いいんだよ、あのお祖父さんのことは!」

 

メイプルがまたプリプリと怒り出してしまった。

 

「メイプルは、よほど間桐臓硯の事が嫌いみたいね?」

「うん、嫌いだよ。あのお祖父さんも、お兄さんも」

 

凛の問いかけを、あっさりと肯定するメイプル。それは普段の彼女からは、想像が出来ないものだった。

 

「ええと、臓硯さん? だけじゃなく慎二もって、一体何があったんだ?」

 

確かに最近、慎二が桜に暴力をふるっていることに、士郎も気づいている。しかしそれにしても、メイプルの怒り方はおかしな気がした。いや、怒りと言うよりも、毛嫌いしていると言った方が正しい気がしている。

だがメイプルは、首を左右に振り。

 

「……それは、言えないよ」

 

悲しげな表情を浮かべながら言った。そんな彼女を見て士郎も、それ以上聞き返すことは出来なかった。

 

「……まあ、他の家の事情にまで首を突っ込むのも野暮ってものね。間桐さんのことは深くは聞かないわ。

さて、それじゃ今度はイリヤの事ね」

 

凛は視線をイリヤに移し、話を続ける。

 

「バーサーカー…、ヘラクレスに託されたのもあって貴女を保護したけど、今後の事は出来るだけ貴女の意向に添えるようにするつもりよ? もちろん制約は付くけど」

 

そう言われ、イリヤは小さく笑みを浮かべる。

 

「そう。なら私は、シロウと一緒に暮らしたいわ」

『……は?』

 

士郎は目が点になり、桜はイリヤを凝視し、凛は若干怒りを滲ませた表情に。セイバーはただじっとイリヤを見つめ、メイプルは他人事である。因みに念話で状況を認識しているアーチャーは、ヤレヤレといった表情だ。

 

「何を驚いているの? 私はシロウに会いに来たんだもの、同じ家に居てもおかしくはないでしょ?」

「そんな、それこそ藤村先生に言った作り話に合わせる必要はないでしょう?」

 

凛がそう切り返すと、イリヤは呆れたという表情でため息を吐く。

 

「私の話が作り話だなんて、どの口が言うのかしら」

「どの口って、え?」

「アインツベルンは、冬木の聖杯に携わる御三家のひとつ。そしてエミヤキリツグは、第四次聖杯戦争のマスターのひとり。それならお互い関係があっても、おかしくはないでしょう?」

 

イリヤの説明に、頭を殴られたような衝撃を受ける凛。

 

「まさか、同盟を結んでいたの!?」

「さあ、どうかしら?」

 

からかうような笑顔を浮かべるイリヤ。

 

「どちらにせよ、私がタイガに話したことに、嘘、偽りはなかったって事。

……だから、ここに泊めてもらってもいいでしょ? ね、お兄ちゃん?」

 

イリヤはここぞとばかりに、士郎におねだりをする。けれど士郎とて、幼いとはいえ女性を連日泊めるのは気が引けてしまう。あと、年頃の男子故に、心が落ちつかなくなるというのもある。

 

「ええと、だけどイリヤにも、保護者みたいな人はいるんじゃないのか?」

 

だがこの切り返しは、士郎にとっては悪手であった。

 

「それじゃあ、セラとリズもこちらへ呼ぶわ。それならいいでしょ?」

「……因みに、その二人の性別って」

「モチロン女性よ」

「……だよな」

 

自分の首を絞めた事に気付き、小さくため息を吐く士郎。しかし話はこれで終わったりはしない。

 

「ちょっと待ちなさい! 敗退したとはいえ、マスター権限を残してる者をヘッポコのマスターの元に置くなんて、認められるわけないじゃない!」

 

敵である士郎の事などどうでもいいはずなのに、凛は思わず口を挟んでしまう。もっとも、この非常になりきれないところが、人としての凛の美点であり、同時に魔術師としての欠点であるのだが。

 

「それじゃあリンも、シロウの家に泊まればいいじゃない」

「な、ええっ!?」

 

イリヤにそう振られて慌て出す凛。更には。

 

「と、遠坂先輩が泊まられるのでしたら、私も先輩の家に泊まります!」

 

桜までもが張り合うように名乗りを上げた。

 

「それじゃあ桜のサーヴァントである私も、士郎さんちに泊めてもらわないと!」

 

当然メイプルも追随する。そして。

 

「シロウ。よもや貴方のサーヴァントである私を、頭数に入れていない等という事は、ありませんよね?」

 

と告げるセイバー。

 

「お兄ちゃん」

「ええと、衛宮くん?」

「先輩!」

「士郎さん?」

「シロウ」

 

五人に詰め寄られ、タジタジになる士郎。

 

「だ、だけど、藤ねえになんて言ったら…」

「それはお兄ちゃんに任せるわ」

 

笑顔のイリヤが、間髪を入れずに言ってのける。士郎は大きく肩を落とし。

 

「なんでさ…」

 

そう呟いて、盛大にため息を吐いた。

 

 

 

 

 

冬木市内を歩く、ひとりの少女。それは大空洞の中で佇んでいた、あの少女であった。

彼女の目的は、衛宮士郎に会うこと。そしてもうひとり、間桐桜に会うこと、である。

しかし彼女は、衛宮邸でも、間桐邸でもない場所を彷徨っていた。その理由は、「なんとなく」こちらへ来た方がいいと思ったから、である。

そして彼女は、ひとつの寂れた洋館を目にする。そしてそして、またもや彼女は、「なんとなく」洋館の中へ入っていく。そしてそしてそして。

 

「え…」

 

彼女は、ベッドの上に寝かされた左腕の無い女性を見つけてしまったのだった。




メイプルが怒った理由。藤村組では普通の人間として過ごすため、取らなくていい睡眠を取ってました。つまり…。


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防御特化とストーカー。

一応アニメ版ZERO設定モチーフ。


士郎と凛が登校し、アーチャーが霊体化してついて行った。家出中の桜は衛宮邸に残り、洗濯などの家事をしている。メイプルは桜の手伝いだ。

やがて昼になり、四人は、なんとなく気まずい昼食を済ませ、桜とメイプルは食器をかたづけた後に干していた洗濯物を取り込みに行く。

そして居間には、イリヤとセイバーだけが残されていた。しばらく、ふたりの間には沈黙が続いている。ふたりはお茶を飲んだり、お茶菓子を食べたりしてその場を凌いでいた。が、ついにはイリヤがひとつ息を吐き、怒ったような、それでいて困ったような、複雑な表情で口を開いた。

 

「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうなの? ()()()()()?」

 

イリヤからの語りかけに、僅かながらも狼狽するセイバー。

 

「……それではやはり、貴女は()()イリヤスフィールなのですね?」

「その通りよ。それにしても本当に、前回の記憶が残ってるのね?」

 

英霊は召喚時の記憶は引き継がれない。当然イリヤもその事は知っていた。

 

「ええ、まあ…」

「それじゃあ聞きたいんだけど、キリツグは本当にアインツベルンを裏切ったの?」

 

アイリスフィール(母親)(かたど)った何かに教えられ、ユーブスタクハイト(アハト爺)からも聞かされ、自身もまた疑ってはいなかった。これはイリヤにとって、ただの確認作業に過ぎない。

 

「……少なくとも、令呪を使い、私に聖杯の破壊を指示したのは事実です」

 

そう、と小さく頷くイリヤ。特に感情を顕わにしていないが、だからこそ痛々しいと感じるセイバー。なまじ十年前の彼女を知っているため、余計にそう感じてしまうのだろう。

 

(……いけませんね。リンが言っていたではありませんか。イリヤスフィールはマスター権限を失っていないと。それなのに、シロウ(マスター)の敵となり得る者に情を感じるなど、あってはならないことです)

 

セイバーは自分に言い聞かせ、感傷を振り払った。

 

「あれ? ふたりで何話してるの?」

 

と、そこへメイプルが割り込んできた。

 

「キリツグの事を聞いてただけよ」

「あ、そっか。セイバーは前の聖杯戦争の記憶があるんだったね。それで、士郎さんのお父さんってどんな人だったの?」

「それは…」

 

メイプルの問いにセイバーが言いあぐねる。

 

「嘘つきよ」

「え?」

 

イリヤの突然の一言に、言葉に詰まるメイプル。

 

「私との約束をひとつも守らなかった、ろくでなしよ」

 

淡々と語るイリヤ。けれどそこから、恨みのようなものは感じ取れた。

 

「そ、そうなんだ…。あ、そうだ! これから桜と、買い出しに行かなくちゃいけないんだった!」

 

いかにも取って付けたような ── 本当はこれを伝えに来たので、取って付けた訳ではないが ── 理由を述べて、そそくさと退場するメイプル。それを呆れた顔で見送るイリヤだった。

 

 

 

 

 

夕食の買い出しに来た桜とメイプル。スーパーで食材を選んでいると、おば様方の噂話が聞こえてきた。

 

『新都にある古びた洋館で、片腕がもがれた外国人女性が見つかったそうよ。意識不明の重体だって』

『あらやだ、怖い。それってもしかして、教会の近くの?』

『そう、あそこ。なんでも救急に、匿名の電話がかかってきて駆けつけたらしいわ』

 

そんな僅かな情報に、しかし桜の胸はざわつく。

 

〈ライダー、これってまさか…〉

〈わかんない。でも、可能性はあると思う〉

〈聖杯戦争の関係者…〉

 

念話で情報交換をするふたり。ふたりが着目したのは片腕がもがれ、されど命が奪われていないという事。サーヴァントの魂喰いなら命を奪う方が楽であるし、生かすにしても通り魔を装った方が、後の隠蔽工作もしやすい。そうなると「片腕が無くなっている」という状態が意味を持ってくる。

 

〈……令呪の強奪?〉

〈かもしんない。だとしたら、本来とは違う人がマスターになってるって事だけど〉

 

しかし答えは出ない。飽くまでも、推測の域を出ない問題だからだ。

 

〈……どっちにしても私達じゃわかんないし、続きはみんなが帰ってきてからだね〉

〈そうね〉

 

そう、会話を締め括ったところで。メイプルの肩がぴくりと震え、スーパーの出入り口を振り返る。

 

「どうしたの、ラ…楓?」

「誰かに見られてた気がしたんだけど…、気のせいかなぁ?」

 

そう、首を捻るメイプルだった。

 

 

 

 

 

スーパーの外では。

 

(ええっ、あれって桜ちゃん? わあ、大きくなったなぁ。……ってそうじゃなくて、一緒にいるのはもしかして!? え、なんで!? いや、可能性があるのはわかってるけど!!)

 

洞窟の少女がテンパっていた。彼女にとっては、桜と一緒にメイプルがいることが信じられなかった様だ。

そんな事を悩んでいると、店内の桜達が買い物を済ませて出てくるところだった。少女は慌てて身を隠し、その姿を目で追う。

 

(ああ、行っちゃう。うう、とにかく後をつけた方がいいよね?)

 

色々な意味で顔を合わせづらい彼女は、とにかく後をつけることにした。だがそれには、かなり気を遣わなければならない。何しろメイプルが、普段の抜けた感じとは裏腹に妙なところで勘が働く。

かなりの距離をとり、細心の注意を払いながらついて行くと、辿り着いたのは。

 

(ええっ、ここって切嗣さんの…、衛宮の家!?)

 

目的のひとつである、衛宮邸の門を通り抜けていくふたりを見て、驚く少女。慌てて駆け寄って、門前から敷地の中を覗き込むと。

 

『お帰りなさい、サクラ』

(えええっ、あれは切嗣さんのサーヴァントの騎士王!?)

 

桜達を出迎えた人物に、さらに驚きを重ねる少女。余りにも予想外の展開に頭を悩ませる。

表通りから外れて、衛宮邸の塀に背を持たれながら考え込んでると、門の方から再び人の気配がした。こっそり顔を出すと門前に、白い変わった衣装に身を包んだふたりの女性がいた。ふたりが門を通り抜けていくのを見て、再び門前に駆け寄り覗き込む。

 

『来たわね。セラ、リズ』

『お嬢様、この様なところに()られたとは』

『イリヤ、私心配した』

 

そんな会話を聞いて、おや? となる。

 

(イリヤって、何処かで…。あっ! 前に切嗣さんから聞いた! ……って事は、あの子が切嗣さんの!?)

 

思い至った彼女は、頭がこんがらがる。

 

(えーと、ここって切嗣さんの家で、そこに騎士王がいるのは当然で…って、今は第五次聖杯戦争だから! それに桜ちゃんもサーヴァント連れて衛宮邸にいるし、イリヤ…ちゃん? もここにいて…)

 

だが彼女は、更に混乱することになる。

しばらくすると、男女が会話をする声が聞こえてきたので、そちらへと視線を向ける。

 

(あ…、あの赤毛は士郎君! ……と、あの両サイドアップの子は?)

 

そんな疑問を浮かべてると、両サイドアップの子、凛が一瞬何も無い空間に目配せをした後、士郎と共に衛宮邸へと入っていった。

 

(ええっ!? もしかして彼女さん!? ……じゃなくて、彼女も多分マスターだね)

 

そして同時に警戒する。サーヴァントの姿が見えなかったのは、霊体化して行動していたのだろう。そう考え、不審者である自覚のある彼女は、警戒せざるをえなかったのだ。

 

(でも、う~ん…。これって一体どういうことだろ?

士郎君は多分、騎士王のマスターだよね? でもって桜ちゃんもマスターで、衛宮邸にいる。そして両サイドアップの子もマスターで、やっぱり衛宮邸に。

あと、イリヤちゃんだけど、アインツベルンが聖杯戦争に参加しないなんて考えらんないし、彼女も多分マスター。そしてやっぱり、衛宮邸にいる。

……つまり、七人の参加者の内四人がこの家に揃ってるってこと? って言うか、御三家と同盟組んでるの?)

 

彼女の推測は、強ち間違ってはいない。彼女は知る由もないが、遠坂凛も当然御三家の一人である。つまり遠坂、間桐、アインツベルンという、始まりの御三家すべてと同盟を組んでいることになるのだ。ただそれが、イリヤの発言が発端の済し崩し的なものという、身も蓋もない理由だったが。

やがてスクーターのエンジン音が聞こえてきたためにそちらを見ると、丁度大河が門の前にスクーターを停めたところだった。と、ふいと大河が洞窟の少女の方へ視線を向ける。慌てて彼女は身を隠す。

 

『……うーん、誰かに見られてた気がするんだけど。ま、気のせいか』

 

そう言って大河は門を潜って入っていった。

 

(あー、びっくりしたぁ。大河…さんってば、相変わらず勘がいいなぁ)

 

洞窟の少女は冷や汗をかきつつも、ホッと胸を撫で下ろした。

 

(……さて、と。今、桜ちゃんや士郎君に会おうとしたら、絶対警戒されちゃうよね。特に、たぶん今、見張りをしてるサーヴァントに。

本当なら出直した方がいいんだろうけど、今は聖杯戦争中で、いつ、どうなるかなんてわかんないし、今日はここで様子を見ることにしよう!)

 

そう、今後の方針を定めた少女。しかし彼女は、その選択を後ほど悔いることになる。

 

 

 

 

 

「……なんでさ」

 

家に併設された道場で、士郎が疲れた口調で言った。

結局、凛、桜、イリヤにセイバー、メイプル、更にアインツベルンのメイド二人を家に泊めることになった訳だが。

大河も学校で、虚実交えて説明を受けていたものの、実際現状を目の当たりにしてさすがに爆発した。セラとリズ…、リーゼリットが加わっていたことも、原因のひとつだろう。そして挙げ句には、何やかんやでセイバーと勝負することになり、道場に移って剣道勝負。最優の英霊であるセイバーの敵ではなく、あっさりと負けてしまった。

それでまあ、色々あったものの、大河からのO.K.が出てしまったわけである。しかも何だか、親密になっている。

一方の士郎としては放っとけないものがあるが、それでも異性ばかりがこの家に集まっている状況はいかんともしがたかったので、はっきり言って大河が最後の頼みの綱ではあったのだ。もっと言えば、凛がこの家に泊まる理由は同盟の事を除けば希薄なものであるし、イリヤもワガママを言ってるだけ、保護者もいるので、わざわざここに来る必要などない。監視などは凛か聖杯戦争の監督役に任せても構わないはずだ。

 

「……まあ、仕方がないか」

 

とはいえ、結局お人好しな性分である士郎は、最後は諦め半分でそう言うしかなかった。

 

 

 

 

 

食事を終え、大河が帰ってからスーパーで得た情報を共有し、その後部屋割りで揉めたりもしたが、それぞれに宛がわれた部屋へと移り、深夜。

 

「……何か用かね、ライダー」

 

屋根の上から見張りを続けるアーチャーが、後ろからの気配を感じ取り声をかける。

 

「うわあ、よく私ってわかったね?」

 

メイプルが驚いて尋ねた。アーチャーは軽く息を吐き。

 

「君以外に、大きな物体が浮上してくる気配が感じ取れた。なら、あの亀に乗って君がやって来たのだろうと思ったまでだ」

「そうかぁ。やっぱりまともな英霊は違うなぁ」

 

メイプルの発言に、今度はアーチャーが訝しむ。

 

「そう言う君は、真っ当な英霊ではないと言うのかね? ……いや、さすがにそれには答えられんか」

「あ、別に構わないよ? 確かに詳しいことまでは言えないけど」

 

疑問を撤回しようとしたアーチャーに、あっけらかんと言うメイプル。とはいえ、自らの真名すら暴露するそんな彼女でも、さすがに答えられないことはあったようだ。

 

「本物の私は、英霊になれる様な器じゃないんだ。それがある理由で、ちょっとした伝説みたいなのを作っちゃって。だから元になった私はいるけど、私自身は伝承や逸話の存在に近いかな」

「ふむ…」

 

アーチャーは顎に手を当て、軽く考え込み。

 

「では[本条楓]というのは、君を構成する元となった、オリジナルの人物の名前ということかね?」

「うん。そうだね」

 

メイプルは、少しだけ寂しそうに笑った。暫し流れる、気まずい空気。

 

「……あー、ところで先ほどの答えを聞いてなかったな。私に何か用があるのかね、ライダー」

 

この雰囲気を変えるため、アーチャーが最初の疑問を口にする。

 

「あ、別に大したことじゃないよ。ただお話をして、アーチャーがどういう人だか知りたかったんだ。ほら、一応同盟みたいな感じになっちゃったし」

「そういう事か。だが聖杯を手に入れられるのは一組だけ。やがては敵同士になるのだぞ?」

「そうだね」

 

メイプルはちょっと困った顔をして、そして言った。

 

「でも私の願いは、桜を守ってあげたいって事だけ。桜は、わかんないけど…。だけど、聖杯を使う気はないみたい。だから、桜が無事なら、私は敗退したって構わないよ」

 

メイプルの真っ直ぐな想い。ただその想いは、桜の想いとほんの少しだけすれ違っていたことに、メイプルは気づいていなかった。




メイプルと桜の想い。それは桜とメドューサの想いと似て非なるもの。


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防御特化とアサシン。

今回、【防振り】アニメ1期より後のネタが出てきます。アニメ勢の方達はご注意ください。


深夜。士郎は土蔵で、日課である魔術の訓練をしていた。いや、正確には訓練をしている内に眠ってしまっていた。とはいえこれは、しょっちゅうやらかしている事。朝食を作りに来た桜に起こされることもある。

だが、この日に限って言えば、いつもとは違っていた。

 

 

 

 

 

士郎が気がつくと、そこは柳洞寺の境内だった。手足や首は、視認できない糸のようなものに絡め取られ、身動きが取れないようになっている。

やがてフードを被った女性が現れた。フードの女性、キャスターの目的は、士郎の令呪だった。

 

「まさか新都の、片腕をもがれた女性ってのもお前が!?」

 

桜とメイプルから聞いた噂を思い出す士郎。

 

「あら。その様な事件があったの。けど、残念ながら見当違いよ。だって私なら、腕をもぐなんて乱暴なやり方しないもの。まあ、魔術回路ごと引っこ抜くから、かなりの苦痛が伴うと思うけれど」

 

キャスターはそう答えて、口許に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「シロウ?」

 

セイバーが突然目を覚まし、隣の、士郎の部屋を覗くが姿が見えない。慌てて庭に飛び出すと、土蔵から円蔵山に向かって、魔術で編まれた幾本もの糸が続いている。

 

「セイバー? どうしたの?」

 

屋根の上からメイプルが見下ろしながら尋ねる。その隣には無言のまま、アーチャーが佇んでいた。

 

「シロウがいなくなりました!」

「ええっ!?」

 

メイプルは驚きながら、屋根から飛び降りる。

 

「……いかんな。ライダーと話に興じていて、肝心の見張りを疎かにしてしまったようだ」

 

同じく飛び降りたアーチャーが言い訳染みた事を言っているが、セイバーは何故だか空々しいと感じていた。

 

「私は魔術の痕跡を追います!」

 

セイバーは疑念を振り払い、飛び出そうとするが。

 

「待ってください! 先輩がさらわれたんですか!? それなら私も行きます!」

 

外の騒ぎに気づいた桜が顔を出し、そして。

 

「まったく、アーチャー! 見張りもまともに出来ないの!?」

 

起き抜けで機嫌の悪い凛が、自らのサーヴァントをどやしつける。

 

「本当、シロウってば、魔術師のくせに隙がありすぎるんだから」

 

そしてイリヤは、既に着替えの服に袖を通していた。

 

「セラとリズはここで待機よ」

「しかしお嬢様!?」

「命令よ。その代わり二人とも、この家をしっかりと守ること」

「……! わかり…ました」

 

セラは渋々と引き下がる。一方のリーゼリットは、イリヤをじいっと見つめて。

 

「イリヤ、気をつけて」

「わかっているわ」

 

感情を感じ取れない言葉に、しかしイリヤは微笑みを浮かべて応えた。

 

「シロップ、 巨大化!」

 

メイプルがシロップを再び巨大化させる。

 

「桜、乗って!」

「うん!」

 

メイプルに促された桜は、厚手の上着を羽織り、躊躇うこともなくシロップの背中に飛び乗った。

 

「ごめんみんな。私と桜は先に行ってるよ!」

 

そう告げるとシロップを浮上させ、円蔵山目がけて移動を始めた。

上空から糸を辿っていくと、やがて柳洞寺が見えてくる。そして寺の入り口、山門に差しかかったところで、下を覗いていた桜が同い年くらいの、ひとりの少女の姿を目にした。

 

「ライダー。門前に、私達と同じくらいの見た目のサーヴァントがいるんだけど。それに…」

「え? どれどれ…」

 

そう言って桜と同じく覗き込もうとしたが。

 

ばちぃっ!

 

「かめー!?」

「あわわっ!? え、何? 結界?」

 

シロップが、柳洞寺の敷地に張られた結界に弾かれてしまったのだ。

 

「……うーん。これってサーヴァントが無理に通り抜けると、ステータスダウン喰らっちゃうっぽいね。

……もしかしたら、参道を通らないといけないのかな? それで桜が見たサーヴァントは、門番してるとか」

 

中々鋭い意見である。

 

「でも、もしそうだとしても、そんな回り道はできないよ。早く、先輩を助けなくちゃ」

 

桜の意見にうーんと唸り。

 

「……桜、使ってもいいかな?」

「うん。お願い」

 

桜は即断だった。

 

「それじゃあ、宝具開放! シロップ…!」

 

メイプルは宝具の発動を決め。

 

精霊砲!!

か…めーーーっ!!

 

解き放った。

それは、シロップの口から放たれたエネルギー砲。精霊砲は結界を貫通し、一時的に綻びを生じさせた。

 

「シロップ、突撃ーーー!!」

 

メイプルはその綻びから、シロップで強行突破をするのだった。

 

 

 

 

 

一方セイバー達は、柳洞寺参道の長い階段を駆け上がっている。もちろんメイプルの様な例外を除けば、いくら強化をかけようとも魔術師が英霊の身体能力に敵うはずもなく、セイバーがイリヤを、アーチャーが凛を抱きかかえながらの移動だ。

やがて山門が見えて。

 

「どうやら、素直に通してはくれないみたいね」

「ああ、その様だ」

 

山門の前には、先ほど桜が確認したサーヴァントが立ち塞がっていた。

そのサーヴァントは、メイプル程ではないが小柄な少女。青と白を基調としたコートに、青いマフラーを首に巻いている。そして手には、左右それぞれに短剣が握られていた。

 

(アサシンのサーヴァント…)

 

セイバーが少女を見て思う。今だ確認が取れていないサーヴァントはキャスターとアサシン。しかしその装備を見る限り、キャスターには見えない。もちろん装備だけで確定は出来ないが、彼女からは魔術師らしさが感じ取れなかった。

セイバーとアーチャーが二人を降ろし、少女のサーヴァントと対峙する。セイバーは見えない剣を構え、アーチャーは陰陽の双剣を手にする。

 

「貴女がシロウを拐かしたのですか」

 

セイバーの質問に、少女は思案顔をして。

 

「ああ、さっきの赤毛の…。あれはキャスターがやったことよ。私は関与してないわ」

 

そう答えてから剣を構え。

 

「って言っても、ここを通すわけにはいかないけどね」

 

たん! と地を蹴り、アーチャーに斬りかかる。

キイィン、と高い音を響かせ剣と剣がぶつかり合う。二人が数度切り結んだ後、少女はバックステップで間合いを取ろうとし。セイバーが斬りかからんと踏み込んでくる。セイバーが剣を振り下ろし。

 

「!? これは…!」

 

手応えはなく、少女の姿は崩れ消え失せる。その直後、背後に感じた気配に、セイバーは前方に転がり込む。寸前までセイバーが立っていたその位置に二筋、剣が閃いた。

 

「……直感スキルか」

 

呟くと追い討ちはせずに距離を取り。その視界に黒い魔力の塊が映り込む。凛が牽制に放った呪いの魔弾、ガンドだ。

 

「攻撃誘導!」

 

ガンドは少女の脇を逸れて飛んでいく。少なくとも凛にはその様に見えた。

そして。その瞬間から少女の周りを青白い光が覆い始めた。

 

「覚醒! (おぼろ)、影分身!」

 

少女は小さな白い狐の使い魔を召喚し、スキルを解放すると、少女が五人に分裂した。その内二人が凛、そしてイリヤに襲いかかり。

ひゅん、とアーチャーが投擲した一対の双剣がそれぞれに突き刺さり消滅させる。

更にセイバーが一体、アーチャーが新たに出現させた双剣でもう一体を斬り伏せる。

 

「ナイスよアーチャー」

「ふうん、変わった魔術ね。自身の幻影に実体を持たせた、投影魔術の応用かしら。興味深いけど、さすがに本物からは数段性能が落ちるみたいね」

 

凛が自分のサーヴァントを褒め、イリヤが少女のスキルを冷静に分析をする。

 

(……それにしても)

 

凛は思った。

 

(あの朧っていう使い魔、似ているわね)

 

 

 

 

 

柳洞寺の境内。

 

「ぐあああああ!」

 

キャスターによって士郎の令呪、そして魔術回路が引き抜かれようとしていた。士郎も必死に抵抗はしているが、それも時間の問題だったろう。……何も起きなければ。

どおっ、という激しい音と共に、蒼白い閃光が結界を突き破る。そして結界の綻びから、巨大な亀が侵入してくるのが見てとれた。

 

「とう!」

 

亀から人影が飛び降りてくる。それは、当然メイプルであった。

 

「百鬼夜行!」

 

落下中のメイプルが叫ぶと、二匹の鬼が召喚された。

 

「いっけえ!」

 

不様ながら鬼と共に着地したメイプルが指示をすると、鬼達がキャスター目がけて襲いかかる。

しかしキャスターが放つ魔力弾によって、鬼達はあっさりと光へと還っていく。

その間にもメイプルは士郎の元へと駆け出していたが、如何せんメイプルはサーヴァントにあるまじき低スピードである。キャスターはメイプルに向かって複数の魔力弾を放つ。例えダメージを与えられなくても、令呪を奪うまでの間、足止めさえ出来ればいいのだ。

だが、魔力弾がメイプルに届く前に。

 

「カバームーブ!」

 

瞬時に士郎の前に移動をした。キャスターは術を止め、慌てて距離をとる。メイプルはそれには目もくれず。

 

「悪食!」

 

士郎を縛り上げる魔力の糸へと盾を振り下ろし、魔力リソースとして吸収しつつ士郎を解放した。

 

「士郎さんは返してもらうよ!」

 

そんなメイプルを見て、キャスターはニヤリと笑う。

 

「そんな悠長にしていて、いいのかしら?」

 

視線はメイプルから逸らさず、しかし攻撃用に展開した魔法陣が向いていたのは。

 

「シロップ…、桜!?」

 

士郎は空に浮かぶシロップを見上げ、覗き込むように下を見ていた桜と目が合った。

 

「さようなら、ライダーのマスターさん」

「やめろおおおおお!」

 

士郎は叫ぶが、掴みかかろうとするよりも前に、キャスターの魔法陣からは魔力砲が放たれた。

しかしもちろん、メイプルもただ黙って成り行きを見守っているわけもなく。

 

「シロップ、大自然!」

「かめ~~~」

 

メイプルの指示と共にシロップがスキルを発動させる。それは地から植物の太い蔓を発生させるもの。蔓はシロップの前を覆い、魔力砲を相殺する。

 

「!? ……全く、幾つスキルを持ってるのよ!」

 

さすがにキャスターの口から、愚痴がこぼれ出した。

と、そこへ。

 

「「「士郎/シロウ!」」」

 

士郎の名を呼び現れたのは、セイバー、凛、イリヤの三人。

 

「な、アサシンは何をしてるの!?」

 

今度はややヒステリック気味に声を上げる。

 

「アサシンなら、私のサーヴァントが引き受けてるわ。同じ双剣使い同士、お互い引けを取らない戦いっぷりよ」

 

凛は煽るように言い返した。

 

 

 

 

 

参道では凛が言ったとおり、アーチャーとアサシンが剣を交えていた。打ち合いはどちらも引けを取らず、互いが攻守一体をなしている。

しかもアサシンがアーチャーの攻撃を躱す毎に、少しずつ彼女の攻撃力が上がっているように感じられた。

更に数合打ち合い、どちらからともなく距離を取る。

 

「……ふむ。正直驚いているよ。まさかアサシンがこれ程真っ当に打ち合えるとは。いや、侮っているわけではないのだがね」

「それはこっちのセリフ。私が知ってるアーチャーは、こんな闘い方してなかったわよ。……まあ、おかしな方向に進化してった知り合いもいるけど…ねっ!」

 

言ってアサシンは、アーチャーに斬りかからんと飛び出し。

ヒュン! と陰陽の双剣を投げつけるアーチャー。

 

「攻撃誘導!」

 

アサシンが再び攻撃を逸らすような動作をする。しかし、それに動揺する素振りも見せずに、アーチャーは再度双剣を出現させて斬りかかった。

キィン! と高い音を響かせ、剣と剣がぶつかり合う。

 

「残念ながら、その手は喰わんよ」

 

剣を打ち合いながら、アーチャーは話を続ける。

 

「攻撃を任意の方向に逸らすスキル、……の様に見せてはいるが、実際はその身体能力で躱しているに過ぎない。謎のスキルの様に見せて、相手を惑わそうとしていたようだが…。マスター()はともかく、私の目には効果が無かったようだな」

「……前言撤回。あなたのその観察眼は、知り合いのアーチャーを彷彿とさせるわ」

 

言ってアサシンは、アーチャーから距離を取ろうとバックステップを践むが、そうはさせじとアーチャーは詰めてくる。

 

「 ── 鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎむけつにしてばんじゃく)

 

突如、アーチャーが唱え始めた言葉。

 

「 ── 心技、泰山ニ至リ(ちからやまをぬき)

「なっ!?」

 

気が付けば左側から飛来する陰陽の剣。アサシンは自身の双剣でそれを弾く、が。

 

「 ── 心技黄河ヲ渡ル(つるぎみずをわかつ)

「くっ!」

 

今度は右側から双剣が襲い、それも弾く。

 

「 ── 唯名別天ニ納メ(せいめいりきゅうにとどき)

(これって、剣同士が引き合ってる…?)

 

その考察を肯定するかのように、弾いた剣は再びアサシンに向かって軌道を変える。そしてアーチャーが手にした双剣が姿を変え、刀身が伸び。

 

「 ── 両雄、共ニ命ヲ別ツ(われらともにてんをいだかず)……!」

 

アーチャーが斬り込み、四本の短剣が宙から襲いかかる。

 

「鶴翼三連!!」

 

躱す手段ならあった。しかしアサシンは、敢えてアーチャーの前へ突き進み、自らその一刀を身に受ける。

 

「なに!?」

 

驚愕するアーチャー。確かに切り裂く手応えがあった。なのにアサシンは、()()()()()()()()

[空蝉]。一日に一度だけ。受けた致死性のダメージを無効化する。それがそのスキルの正体だった。

アサシンは双剣を納刀し、アーチャーの脇をすり抜けるように後ろへと回り込み。

 

投影開始(トレース・オン)!」

 

アーチャーが双剣を出す度に、小さく唱えていた短い言葉をアサシンが紡ぐ。するとその両手には、アーチャーと同じ双剣が手に納まっていた。

 

「虚実反転! ── 鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎむけつにしてばんじゃく)

「何だと!?」

 

アサシンの詠唱と共に、アーチャーの二対の双剣が反応をする。即ちアサシンが持つ双剣は、()()()()()()()()()()()()という事だ。

 

「 ── 心技、泰山ニ至リ(ちからやまをぬき)

 

右側から飛来する双剣を弾くアーチャー。

 

「 ── 心技黄河ヲ渡ル(つるぎみずをわかつ)

 

更に左側から飛来する双剣弾く。

 

「 ── 唯名別天ニ納メ(せいめいりきゅうにとどき)

 

しかしアサシンの双剣は変化せず、黒と白の短剣のまま。

 

「 ── 両雄、共ニ命ヲ別ツ(われらともにてんをいだかず)……!」

 

されどそこには気も止めず、アサシンはアーチャーと距離を縮める。

と、その瞬間、アーチャーへと襲いかかる二対の双剣が姿を消した。そもそも双剣はアーチャーが出した物。アーチャーがその存在を破棄すれば、消えてなくなるような、そんな物なのだ。

モーションはほぼ同時。ならば長身で、刃渡りの長い剣を所持するアーチャーの方がリーチが長い分、有利である。

 

「超加速!」

 

瞬間、アサシンが急加速し、瞬時にアーチャーの後ろを取る。攻撃態勢に移っていたアーチャーは、一瞬対応が遅れた。その隙を逃すまいと、アサシンは手にした双剣を振り下ろそうとし。

その時、アーチャー・アサシンのどちらでもない、第三者の声が響いた。

 

「救いの手!」

 

いつの間にかアーチャーとアサシン間に立つ、一人の少女。彼女の言葉の直後、アサシンの頬を半透明の手がそっと撫で…。

 

「っっきゃああああ!!」

 

アサシンは絶叫をあげるのだった。




今回は防振りアニメ1期以降のスキルとネタの簡単な説明です。

百鬼夜行:赤鬼と青鬼を一体ずつ、計二体を召喚するスキル。

知り合いのアーチャー:アニメでも第3回・第4回イベントに名前のあったギルド、[ラピッドファイア]所属の人物。

空蝉:本文記載の通り。

投影開始(トレース・オン)」:アサシンの[ホログラム]というスキルによって、直前に見たスキルの虚像を創り上げた。

虚実反転:虚を実に、実を虚に反転させるスキル。この場合、[ホログラム]で造った虚像に[虚実反転]をかけ、創り上げたアーチャーの双剣を実在のものにした。ただし若干の制約はある。

救いの手:使用者の装備スロットを二つ増やす効果のある、幽霊の手。今回は別の使い方をした。


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防御特化と貫通攻撃。

皆様、久しぶりの続きです。


アーチャーとアサシンがしのぎを削り合っているその裏では。

 

「ライダー、サクラを降ろしてください。中途半端に離れていては、キャスターの標的になりかねません」

 

セイバーの指摘の通り、まさに先程標的にされたばかりなので、メイプルは素直にシロップを降下させる。シロップの背に乗っていた桜は、士郎が差し出した掌に自分の掌を重ねて降り立った。

 

「間桐さんはこっちへ」

「シロウも! 二人を守るくらいなら、なんとかなるから」

 

凛とイリヤの発言に、ムッとする士郎。

 

「何を言ってるんだ。俺だって闘うぞ!」

「あんたこそ何言ってんのよ。策もない、真っ当な準備もないこの状況じゃ、私だって身を守るので精一杯。出来たとして、時々牽制して援護するくらいのものよ。

それとも、私の足元にも及ばないへっぽこな士郎に、それを覆すだけの策でもあるわけ?」

「それは…」

 

凛の正論に、悔しそうに視線を逸らす士郎。

 

「……相談は終わったか?」

 

そこへ突如かけられた声。気配は無かった。しかし、凛も士郎も桜も、その声には聞き覚えがあった。

 

「葛木先生!?」

 

それは穂群原学園の教師、葛木宗一郎のものだった。

 

「宗一郎様! この様な場所に出て来られては…!」

「構わん。キャスターにばかり任せるわけにもいかないだろう」

 

淡々と語りながら、凛達へと近づいていく葛木。セイバーが見えない剣を構える。メイプルも駆けつけたかったが、キャスターを放っておくことも出来ないでいる。

 

「まさか、葛木先生がキャスターのマスターなんですか?」

「……なら、どうだというのだ」

 

桜の言葉にも、平然とした態度で答える葛木。

 

「先生は、街で頻繁に起こっているガス漏れ事故が、キャスターの仕業と知っているのですか?」

「え、遠坂!?」

「……宗一郎様、しばしお待ちください」

 

凛の発言に、驚いてみせる士郎。一方、興味を持ったキャスターは葛木を止め先を促す。

それを見た凛は、士郎に言い聞かせるように説明を始めた。

 

「ガス漏れ事故とされてる事件が、魔術師かサーヴァントによって起こされていたことには気づいていたわ。ただ、今までそれが、誰の手によるものかわからなかっただけ。

だけどサーヴァントが出揃った今、もっとも可能性が高いのは、キャスターのサーヴァント。セイバーとライダーは勝手にそんな事するタイプとは思えないし、士郎や間桐さんもそんな命令をするとは思えない。バーサーカーは既に敗退、ランサーは命令されればわからないけど、やり方が彼とはそぐわない。アサシンはどちらかといえば、通り魔的なやり方が本分だと思う。そしてアーチャーは、私のサーヴァント。令呪で縛りをかけてるから、そうそう勝手は出来ないわ。

……魔術師の関与も否定はできないけど、以上のことから犯人はキャスターに絞られるわ。その動機は魂食い、魔力の収集。殺していないのは、教会側の隠蔽がし易いように、といった所かしら? どう、キャスター?」

 

それだけのことを言い、キャスターへ視線を送る。

 

「……生意気で小賢しい小娘ね。本当、私の大嫌いなタイプ」

 

忌々し気に言うキャスター。そして少し間を開けて。

 

「そうね。概ねそんな所よ。まあ、教会のためと言うより、盛大にやり過ぎて宗一郎様が目を着けられないように、という配慮だけれど」

 

これだけは譲れないとばかりに付け加えるキャスター。第四次聖杯戦争を記憶しているセイバーは、当時のキャスター陣営を思い出し納得する。

 

「聞いたでしょう? それでも葛木先生は、キャスターに手を貸すのですか?」

 

ここぞとばかりに葛木へと問いかける凛。しかし返ってきたのは。

 

「それの何が悪いというのだ?」

 

という予想外の返答。

 

「例え他の誰かが何人死のうとも、私には関係のないことだ」

「何を…、言ってるんだ」

 

士郎は混乱した思考のまま聞き返す。

 

「魔術師が、他人を巻き込んでも構わないって言うのか!?」

「私は魔術師ではない。ただの朽ち果てた殺人鬼だよ」

「な…」

「私はお前達の戦いに関与するつもりはなかった。……が、些か気が変わった」

 

言って、再び歩を進める葛木。

 

「ならば、ここで死しても構わんのだな、キャスターのマスターよ!」

「宗一郎様!?」

「させないよ!」

 

セイバーは、あっという間に自身の攻撃範囲まで距離を詰め、見えない剣を葛木の胴に一閃させ。フォローに入ろうとするキャスターの前に、メイプルが割り込み邪魔をする。

 

「なっ!?」

「侮ったな、セイバー!」

 

セイバーは驚愕する。葛木は左肘と左膝で挟み込む様にして、セイバーの剣を受け止めたのだ。

キャスターからの魔力アシストを受けた葛木は、セイバーの後ろへと素早く回り込み、その首筋に拳を振り下ろして…。

 

「カバームーブ! カバー!!」

 

咄嗟に割り込んだメイプルが、盾でその攻撃を防ぐ。そして。

 

「悪じ…ッ!」

 

悪食を発動しようとし、しかし躊躇い、言葉を飲み込んだ。だがそれは、大きな隙となる。

盾の向こう側からの衝撃。それはダメージを与えるためのものではなく、メイプルを吹き飛ばすためのもの。魔力で強化されたその拳は、充分にそれを可能にしていた。

 

「か、かめ~!?」

 

吹き飛んだメイプルは士郎達の間を抜け、シロップの甲羅にぶち当たった。

 

「ご、ごめん、シロップ! ……カバームーブ!」

 

メイプルは謝り、直ぐさま士郎達の前まで移動する。

 

「なるほど。全くダメージを受けないのか」

「防御力には自信があるからね」

 

葛木の発言に、警戒しながらも言い返すメイプル。

 

「それなら、こういうのはどうかしら?」

 

言うとキャスターが魔術を発動し、地面から複数の骸骨が武器を携えて顕れた。

 

「お行きなさい、竜牙兵ども」

 

キャスターが命じると、竜牙兵と呼ばれた骸骨達がメイプル達へ群がるように近づいていく。

 

「ええっ、ちょっと!? ……パラライズシャウトッ!」

 

短刀をちんっと鳴り響かせ、数体の竜牙兵を麻痺させるが、ハッキリ言って焼け石に水である。

 

「シロップ、大自然!」

 

続けて大自然で発生させた蔓を絡ませ足止めを試みるが、呼び出された数をカバーしきれない。

 

(うう、今のクラス(ライダー)じゃ身捧ぐ慈愛も使えないし、毒攻撃だと、みんなにまで被害を与えちゃうかも知れないし…。どうしよう!?)

 

メイプルには本来、とんでもないスキルが数多く存在したのだが、その内の幾つかは別のクラスの宝具に割り当てられ、更にそれ以外のスキルも一部、クラス専用となっている。結果、本来の彼女の戦闘スタイルからかなり制約を受けた状態になっているのだ。

唯一、悪食だけは本来よりも使い勝手が良くなってはいるが、それでも現在のクラスではある欠点のために、やはり制約がかかってしまう。

 

「ライダー、ぼーっとしてないで!」

 

そんなメイプルに、凛が檄をとばす。そして手の先を竜牙兵の一体に向け、黒い魔力の塊、呪いの弾丸[ガンド]を撃ち出した。ガンドが命中すると、竜牙兵は粉砕して崩れ落ちる。

そしてイリヤは、魔力を通した針金で自身と桜の周囲を覆い、簡易的な結界を張った。

 

「この程度の敵なら、私の魔術でも対応できる。イリヤの結界も簡易的なものとはいえ、簡単には破壊できないはずよ」

「ならば…」

 

すうっとメイプルの横をすり抜け、葛木が凛の目前へと迫る。

 

「あっ!? カバームーブ! カバー!!」

 

またもや瞬時に移動して、凛の前で盾を構えるメイプル。しかしその時には既に、メイプルを避けるように僅かに進路を逸らし、小さく回り込んで凛の真後ろに位置取られていた。

 

「えっ、うそ!?」

 

その人間離れした動きにメイプルは驚き、次の行動に繋がらなくなってしまう。

葛木が凛の首元へ右手を伸ばし。

 

「させるかっ!」

 

追いついたセイバーが葛木を叩き切らんと、見えない剣を振り下ろす。しかし葛木は左拳で、見えない剣の腹を叩き、剣の軌道を逸らしてしまう。更に凛に向かっていた右手の軌道が奇妙に変わり、セイバーの首を捉えていた。

 

「カバームーブ! シールドアタック!」

 

カバームーブで凛の前に移動したメイプルが、間髪を入れずにシールドアタックを放つものの。

ぶん!とセイバーを()()()()()、叩きつけられたメイプルはセイバーと共に、凛を巻き込んで倒れ込む。

 

「あ、ふたりとも大丈夫!?」

「……ええ、大丈夫、よッ!!」

 

次の瞬間、凛がメイプルの目の前に手を突き出し、その顔の横を黒い塊が通り過ぎる。その突然の攻撃に、すぐ後ろまで迫っていた葛木が大きく身を躱していた。

 

 

 

 

 

(くそっ! 遠坂やイリヤだってみんなを守るために頑張ってるのに、俺は逃げ回ることしか出来ないのか!?)

 

特別に武器を持っているわけでもなく、戦うための魔術を持たない士郎は、竜牙兵から逃げ回っている。柳洞寺の境内には棒きれひとつ落ちておらず、たまにしか成功しない強化の魔術すら意味をなさないのだ。

その矢先に、メイプル達が葛木に追い詰められる。

 

(……駄目だ! このままじゃ遠坂が、……いや、みんなやられちまう! ちくしょう! 武器が、武器が欲しい! そう。あの英霊が使っていた様な、あんな武器が!!)

 

学校の校庭でランサーと対峙していた、アーチャーの双剣が脳裏に浮かぶ。その一瞬の後には躊躇いなく、自身の魔術回路に魔力を通し。

 

投影開始(トレースオン)!!」

 

魔術を発動させた。

 

「ぐ…、があああああ!?」

 

しかし、長いこと使っていなかった回路に急激に魔力を流し込んだために、魔術回路は悲鳴を上げ強烈な痛みが奔る。

だがそれをも無視し、その両手に陰陽の双剣を出現させた。

 

「うそ…」

投影魔術(グラデーション・エア)!?」

 

凛とイリヤが目を剥いて驚く。とはいえ、投影魔術が珍しいというわけではない。ただ士郎が、英霊が使っていた武器を遜色なく投影させたという、常識外れなことを仕出かしたことに驚いたのだ。

士郎は葛木に向かって駆け出し、間に割り込む竜牙兵を斬り崩し。肉薄したふたりが拳と剣の乱打を、打ち込み、弾き、打ち込み返すを繰り返す。葛木はまだしも、先程までの士郎には考えられない技の切れである。

そしてふたりは、どちらからともなく距離を取る。

 

「シロウ!」

「士郎さん!」

 

セイバーとメイプルが駆け寄ろうとするが。

 

「葛木は俺が抑える! ふたりはあの骸骨達をなんとかしてくれ! 遠坂はふたりの援護を!」

「ッ! ……判りました」

 

マスターを守りたいと思いつつも、現状、竜牙兵をそのままにする訳にもいかず、渋々ながらも了承するセイバー。事実、竜牙兵を早々に片付けることが出来れば、さすがにキャスターと葛木も撤退するだろうという目算はあったのだ。

 

「行きますよ、ライダー、リン」

「うん、わかった!」

「任せなさい」

 

 

 

 

 

「パラライズシャウトッ!」

 

メイプルが竜牙兵数体を麻痺させると凛がガンドを飛ばし、セイバーが範囲の外にいた竜牙兵へ斬り込んでいく。

しかしその数故に、どうしてもその全てには手が回らない。討ち漏らした竜牙兵は士郎やイリヤ、桜の許に向かっていく。

 

「カバームーブ! 悪食ッ!」

 

即座に移動し、悪食で吸収。

 

「カバームーブ! パラライズシャウトッ!」

 

再び凛の許に戻り、先程までの作業に戻るメイプル。しかしその様な行動にはどうしても無理があり、徐々に防衛ラインは下がってゆく。更に。

 

「カバームーブ! 悪食ッ!」

 

何度目かのその行動に、しかし竜牙兵は消滅しない。

 

「え、もう使い切って…? あっ、士郎さんを助けるために使った一回、数え忘れてた!?」

 

そう、悪食の制約。それはその使用回数だった。悪食は一日に十回までの使用制限がかけられている。再び使える様になるには、日を跨がなければならないのだ。

それでも数え間違えてさえいなければ、使い切ってからもシールドアタックに攻撃方法を切り換えれば済んだのだが。

竜牙兵までの間合いは近すぎ、シールドアタックのための勢いはつけられない。毒攻撃やヒドラを使うには、みんなとの距離が近すぎる。だが、竜牙兵をこのまま近づけるわけにもいかない。故にメイプルは。

 

「シロップ、大自然!」

 

大自然で呼び出した蔓を自分に勢いよくぶつけ、自身を弾丸として竜牙兵に体当たりして粉砕、更にそのまま凛の近くまで吹き飛ばされた。

 

「……なんて方法使ってるのよ」

 

呆れたように言う凛。いや、実際呆れてるのだが。

 

「あはは。パラライズシャウト!」

 

メイプルは笑いつつも、竜牙兵を麻痺させる。しかしそれは、戦場ではしてはいけないことの表れでもある。それは即ち。

 

「油断したな?」

 

今までこの場にはなかった、第三者の声。声のした方を向けば、イリヤの張る結界の外、結界の中にいる桜のすぐ真横に、青いタイツに似た戦闘着を着たサーヴァント、ランサーがいた。

どうやってこの場所に潜り込んだかなど、どうでもいい。メイプルはただ、槍を構えて桜を狙うランサーを止めることにだけ思考が向いていた。

 

「カバームーブッ!!」

 

桜の前に移動し、盾を構えるメイプル。しかしその盾はランサーの槍で、下から掬い上げるように弾き上げられてしまう。万歳をした格好のメイプルは、完全に無防備な状態だ。

ニヤリと笑い、素早く槍を構え直すランサー。そう。桜は囮で、彼はこの瞬間を狙っていたのだった。

 

「その心臓、貰い受ける!」

「しまっ、ピア…」

 

メイプルが対応するよりも速く。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

ランサーの槍は、メイプルの胸を貫いていた。

 

「……え、ライダー? ……い、いやっ! いやあああああ!!」

 

桜が絶叫する。

 

「な、まさかライダーが…」

 

さすがにセイバーも驚きを隠せない。しかし。

 

「……貴女も、油断したわね?」

「なっ!?」

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)!」

 

キャスターから歪な短剣を突き立てられたセイバー。途端にセイバー、士郎の両者に、お互いの繋がりが感じられなくなってしまう。

更にキャスターはセイバーの反撃よりも早く、彼女を魔術によって拘束してしまった。

 

「な…」

 

余りにも急激な展開に、士郎は二の句が継げずにいる。いや、士郎だけではない。凛やイリヤも言葉が出ないでいるのだ。

 

 

 

 

 

槍を引き抜かれたメイプルが横たわっている。

 

「……痛い。痛い、よぉ…」

 

呻くように言うメイプル。彼女は、痛みによる耐性がない。痛みには弱い、普通の少女。それが彼女の、本来の姿なのだ。

 

「驚いたな。確かに霊核を破壊したのに、まだ姿を保ち続けるか。しかし、いずれは座に戻ることになるだろうよ」

 

ランサーは感心した様に言い。

 

「だが、このまま苦しませるのも後味が悪いな。今、止めを刺してやるよ」

 

そして引き上げた槍を突き下ろして…。

 

「カバームーブ! カバーッ!」

 

大きな黒い盾に防がれる。

 

『なっ!?』

 

葛木と泣き崩れていた桜以外が驚き、声を上げる。

盾を構えてそこにいたのは、長い黒髪に白いワンピースを着た、この場には似つかわしくはない少女。だが、皆が驚いたのはその出で立ちではなく。

 

「ライ…ダー……?」

 

呟くように言う桜。そう。彼女の顔立ちは、メイプルにそっくりだったのだ。




長い黒髪に白いワンピース。原作の防振り読者にしかわからないだろうな(二期、そこまで行かんだろうし)。


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防御特化と範囲防御。

久しぶりの更新です。


「テメェ、一体…!?」

 

ランサーが一歩身を引き口にした言葉に、少女は笑顔で答える。

 

「私は…、()()()()()()()()()()()()()()サーヴァントだよ!」

「なっ!? どうして前の聖杯戦争のサーヴァントが生き残ってやがる!?」

 

それは当然の疑問である。もちろん、同じ疑問が浮かんだ者達もこの場にはいる。

 

「そんなの、あなたの今のマスターに聞いてみたら?」

 

メイプルにしてはやや突き放した言い回し。しかし士郎はふと、桜から説明を受けたときのメイプル(ライダー)の態度を思い出した。

 

(慎二や桜のお爺さんを嫌ってた、あの時と雰囲気が似てる?)

 

あの時に感じた違和感を、もう一人のメイプルにも感じたのだ。

 

「テメェ、マスターを知ってやがんのか!? ……チッ、まあいい。それに」

 

ひゅん、と槍を振り下ろし、盾を下へ打ち下ろす。慌ててメイプルが元の位置に戻した瞬間、今度は下から打ち上げられる。そう、先程のライダー・メイプルと同じ様に、万歳の格好をさせられたのだ。

だが、こちらのメイプルは先程の彼女とは違い、油断はしていない。

 

「その心臓、貰い受ける!」

 

ランサー、二度目の宝具解放。しかし、メイプルも負けていない。

 

「ピアースガード!」

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)ッ!」

 

僅かに速く発動した、メイプルのスキル。その些細な違いが、先程とは大きく結果を変える。

 

「なん、だと!?」

 

驚愕の表情を浮かべるランサー。

かの槍の穂先は因果逆転の恩恵を受けているにも関わらず、メイプルの胸に触れたまま貫く事が出来ずにいた。それでも未だ貫かんとしているものの、やがてその効果も切れてしまう。

 

「ヴェノムカプセル!」

 

メイプルが叫んだ瞬間、人の体を覆うほどの毒々しい色をした球体が展開された。……が、しかし。既にそこにはランサーの姿はない。宝具の効果が切れたと見るや、即座にメイプルから距離をとっていたのだ。

 

「ったく。どんな手品かわからねえが、我が槍をも防ぐとはな。本当はトコトンやり合いたいが、さすがにマスターから帰って来いと命令されちまった」

 

そう言ったランサーはキャスターに視線を移す。

 

「キャスター、テメエは俺が結界内に入り込んだのに気づきながら、知らねえフリをしてたな?」

「私達を狙っていた訳ではないのでしょう?」

 

口角を上げながら返すキャスター。ランサーはつまらなそうな表情になり。

 

「ちっ、食えねぇ奴だ」

 

そう漏らす。

 

「まあ、そういう事なら、このまま帰してもらっても構わねえよな?」

「ええ。お陰で私も、ある程度の成果が上げられたしね。……そうそう、門前にまだアーチャーがいる様だから、気をつけて帰りなさいな」

「おう」

 

それだけの会話を済ませると、ランサーは霊体化して立ち去っていった。

 

「さて…」

 

今度はキャスターがメイプルに視線を移し、何かを尋ねようとした、その時。

 

「貴女は、本当にあの時の彼女なのですか?」

 

キャスターに拘束されたセイバーが先に口を開く。

 

「うん、そうだよ。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「!?」

 

メイプルの発言に驚きの表情に変わるセイバー。

 

「だけどね? あの聖杯は、あったらいけない物なんだ。切嗣さんが自分の望みを捨ててでも、破壊しなきゃいけないくらい危険な物だったんだよ」

「何を…」

 

セイバーは反論しかけて、口をつぐむ。メイプルの表情があまりにも真剣だったからだ。

 

「だから私は切嗣さんの、そして()()()()()望みを叶えるために生き延びてきたんだ。聖杯の機能を停止させるため。そして、()()()()()()()()()()()!」

 

メイプルの意思表明に驚くセイバー、そして士郎達。

 

「雁夜、おじさん…?」

 

雁夜の名を聞き、呟く桜。そしてある事を思い出し、首から提げたお守りを取り出す。

それは10年前。もう顔も覚えていないが、ひとりの女性から渡されたもの。

 

── これ、お守りとして持ってて

 

そう言われて手渡されたのだ。桜はまさかと思い中を確かめると、ワンポイントで亀の装飾が施された指輪が納まっていた。

それには見覚えがあった。そう。それはライダーのメイプルが指に嵌めているものと、同じものだったのだから。

 

「……それ、持っててくれたんだね。そうか。だから今回も(メイプル)が召喚されたんだ」

「それじゃあ、あなたがあの時の…」

 

すなわち。幼い桜がメイプルから渡された指輪が触媒となり、ライダーのメイプルが召喚されたというわけだ。この指輪は、ライダーとしての象徴でもあったのだから。

 

「……とんだお伽話ね」

 

どこかの並行世界の所長の様な事を呟き、ため息を吐くキャスター。

 

「まあ、いいわ。本当は色々と聞きたかったのだけど、聖杯を処分する気なら、貴女は敵にしかなり得ないもの」

 

言ってキャスターは、複数の攻撃用魔法陣を展開する。

 

「貴女の異常な防御力は、ライダーの貴女で確認済み。けれど、この場にいる全員を守ることは出来るかしら?」

 

ライダーは顕界したままであるものの、シロップのスキルを使う気力もない。それを踏まえての挑発である。

しかし、キャスターは見誤っていた。こちらのメイプルがどのクラスで召喚されていたかを、考えてもいなかったのだ。

不意に。メイプルの前に、SF作品に出てくる様な半透明のパネルが現れる。メイプルがそのパネルをタッチすると、その姿がいつものボブヘアになるものの、白い鎧と白い盾という、ライダーとは正反対の色調の装備に変わっていた。

キャスターは一瞬訝しむものの、魔法陣から魔力のビームを斉射する。

 

「身捧ぐ慈愛!」

 

一瞬遅れてメイプルが発動した()()。その瞬間、メイプルの髪の毛が金髪に、瞳の色が青に変わり、背中には白い大きな翼、頭上には天使の輪(エンジェルハイロゥ)が現れた。

直後、ビームが命中し、白い閃光が僅かな間視界を遮り。

 

「なっ…」

 

再び視界が開けたとき、そこには無傷の全員の姿があった。

 

「これは、どういうことよ」

 

凛の疑問に、メイプルはニッコリと微笑み。

 

「私の宝具、[身捧ぐ慈愛]だよ。範囲内にいる味方全員が、私と同じだけの防御力になるんだ。……ええっと」

「遠坂凛、よ」

「そうか。あなたが…」

 

そこまで言って、口を噤む。この先は、ここで言うべき事でないのが分かっていたから。

 

「……とにかく今は、あのキャスターをなんとかして、騎士…セイバーを助けないと!」

 

そう言うとメイプルは、キャスターを睨みつける。

 

「ああら、怖いわね。可愛い顔が台無しよ? だけど残念、時間切れよ」

 

少し煽るように言うと、キャスターと葛木、そしてセイバーの周りを光の粒子が覆い、その姿を消していた。

 

「え、どうなったの!?」

「やられたわ。転移魔術よ。キャスター達は撤退したようね」

 

悔しそうに、それでも努めて冷静に説明する凛。

 

「それじゃあセイバーは!?」

 

思わず強い口調で訊ねる士郎に、やはり冷静に凛は答えた。

 

「敵の手に落ちたと見るべきね。アサシンを従えていたことを踏まえると、葛木…いえ、キャスターがサーヴァントとして再契約する気なんでしょう」

「そんな…」

 

士郎は膝をつき、地面に拳を叩きつける。しかし。

 

「ライダー!!」

 

聞こえた桜の声に、ハッとなりそちらを見れば、ライダーの前に跪き涙を流す、彼女の姿があった。

そんな二人に近づいていくメイプル。

 

「さ…くら…、ごめん…。私じゃ…守れない…」

「そんな…、そんなことないよ」

 

桜の言葉に、ライダーはしかし首を小さく横に振った。そしてもうひとりの自分へと視線を向ける。

本来の彼女なら、痛みのあまりにまともな会話など出来なかったはずだ。しかしこの時のライダー(メイプル)には、どうしても言わなければならない事があったのだ。

 

「……四次(まえ)の私…って、バーサーカーじゃ…なかったん…だね」

「うん。バーサーカーを召喚したかったみたいだけど、何か不備があったみたい。私はエクストラクラスのシールダーだよ」

 

まさに防御特化の、メイプルの為のクラスといえる。

 

「……お願い…があるの…」

 

ライダー(メイプル)の言葉に、シールダー(メイプル)は顔をしかめる。自分のこと故に、何を言おうとしているのか理解したためだ。

 

「私の…霊…核を、受け取って…。私の代わりに…桜を…守っ…て!」

「ライダー!?」

 

あまりにもの事に、桜の言葉も荒くなる。

 

「何言ってるの? あなたはまだ…」

 

シールダーが言葉を続けようとするも、ライダーは顔を横に振り言った。

 

「私じゃ…桜を、守れない…から」

 

そう言われると、桜を守るために今まで存在していたシールダーとしては、返す言葉が見つからなかった。ただ。

 

(桜ちゃんが望んでるのは、そうじゃないんだよ?)

 

シールダーはメイプル自身であるものの、同時に別の存在として顕現している。故に第三者視点で二人を見ることも出来たのだ。

シールダーはしばしの逡巡ののち。

 

「……わかったよ。桜ちゃん、ごめんね」

 

ライダーの意見を飲んだ。若干の認識の違いはあっても、利害は一致している。断る理由など無いのだ。

 

「霊核の譲渡…って、どうするんだ?」

 

士郎の素朴な疑問。もちろん、凛やイリヤとて、やり方を知っているわけではない。だが、サーヴァントの在り方からの予測くらいは立てられる。

 

「対象の体内から霊核…、おそらく心臓という形に収まっていると思うけど、それを抜き出して自身の体内に取り込むんでしょうね」

「そんな! これ以上ライダーを苦しめるなんて、そんな事…!」

 

凛の説明を聞いていきり立つ桜。しかしそれを諌めたのはシールダーだった。

 

「大丈夫だよ。普通はそうなんだけど、ライダーの意思で譲り受けることと、[()()()]の私の特性でもっと簡単に済むはずだから」

「「「NWO?」」」

 

凛、士郎、イリヤが疑問の声を上げるが、シールダーからの返答はない。しかし桜は、少し落ち着きを取り戻していた。

 

「それじゃ、いくよ?」

 

シールダーの呼びかけに、ライダーは苦渋の表情のまま頷く。

シールダーはライダーの腕をとると、顔を近づけ、その腕に軽く噛みついた。するとライダーの身体がポリゴンのエフェクトと共に崩れ、やがて消滅する。

 

「何…今の?」

「バーサーカー消失の時と違うじゃない」

 

凛とイリヤの疑問に、シールダーは答える。

 

「今のは[NWO]の死亡エフェクトだね。多分私達が[NWO]の存在で、[NWO]に関わる事柄で私に吸収されたから、光の粒子にならなかったんじゃないかな。[NWO]と同じ仕様だったらホントに食べなきゃいけなかったから、私としては助かったけど」

 

再び登場する、NWOという謎の単語。さらりとトンデモない発言も混ざっているが、みんなNWOという単語の方に気をとられていた。

 

「……さっきから出てる、NWOってのは何だ?」

「それに、第四次聖杯戦争から生き残っている事について、説明して欲しいんだけど」

「聖杯が危険なものっていうのも聞き捨てならないわ」

 

士郎、凛、イリヤが順番に訊ねる。これにはシールダーも苦笑いを浮かべ。

 

「えーと、それは…」

 

どさり

 

何かを答えようとしたその時、シールダーの横にいた桜が崩れ落ちた。

 

「さ…」

()()!?」

 

士郎が上げようとした声に被せ、凛が叫ぶ。苗字ではなく名を呼ぶ凛に違和感を感じるものの、士郎もこの状況で指摘など出来ないでいる。

 

「……大丈夫。多分、緊張の糸が切れて気を失っただけだと思うから」

「……そう」

 

優しい眼差しで桜を見つめるシールダーの様子に、凛も取りあえずの安堵をする。

 

「桜ちゃんもこんなだし、こんな場所で話す事じゃないから、取りあえず士郎君の家に戻ろう? それに、サリーもあのままにしておけないし」

「「「サリー?」」」

 

シールダーが提案をするが、新たな謎の単語に三人は、再び声を揃えて問い返してしまうのだった。




普通に考えれば宝具の攻撃を普通のスキルで無効化できるとは思えませんが、ピアースガードの特性「一日に一度だけ防御貫通を無効化する」という絶対性を持った設定を、そのまま英霊のスキルに昇華されたための例外です。
まあ、あくまでも一日一回だけ使える手品(インチキ)ですね。


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防御特化と幼馴染み。

皆が山門の前までやって来ると、そこにはアーチャーと、拘束帯で雁字搦めにされたアサシンの姿があった。

 

「お待たせ、サリー」

「メイプル、遅ーい!」

 

シールダーはアサシンをサリーと呼び、アサシンはシールダーをメイプルと呼ぶ。それだけで二人が顔見知りである事は伺い知れた。

 

「ちょっと、アーチャー。どうしてアサシンを倒さなかったのよ!」

 

問い詰める凛に、やれやれといった表情でアーチャーは答える。

 

「こちらのお嬢さんに頼まれてね。助けられた身としては、無下に断るわけにもいかなかったのだよ」

「え…、助けられた?」

 

凛には信じられなかった。確かにアサシンは厄介な戦い方をしていたが、本業で無い戦い方をしたアーチャーでも、その技能は劣っていたとは思えなかったのだ。

しかし、その認識には齟齬がある。アーチャーの剣技は確かに目を見張るものがあるが、彼自身に剣の才はないに等しい。ただ、地道なまでの努力による賜物だ。

だが、アサシンには才があった。それは剣の才とは違うが、それでも今回の戦い方においては、明らかにアーチャーを凌いでいたのだ。

 

「私がサリーの弱点を突いただけなんだけどねー」

「あのタイミングで救いの手は反則でしょ。いくら慣れたって言っても、心の準備が出来てればってだけだし」

「でも、言っちゃえば私達も…」

「言わないでっ! 考えない様にしてるんだからっ!」

 

そんな二人のやり取りを見ていると、さっきまでの戦闘が嘘のようである。

 

「えっと、和んでるところ済まないけど、あなた達って知り合いなのかしら?」

「あ、ごめん。うん。私とサリーは幼馴染み…、だよ」

 

凛の質問に答えるメイプル。しかし少し、歯切れが悪い。ライダーから話を聞いているアーチャーは、何となく察してはいたが。

 

「それでメイプル、首尾はどうだったの?」

 

アサシンが訊ねると、メイプルは表情を曇らせる。

 

「……セイバーは士郎君との契約が切られて、キャスターにさらわれちゃった。ライダーの私は、ランサーに貫かれて…。私が霊核を受け継いでる」

「そう。それで、その背負われた子は?」

 

士郎に背負われた桜に視線を移し、アサシン…サリーは聞いた。

 

「桜ちゃんはライダーのマスターだし、あまりにも色々あったから、緊張の糸が切れちゃったみたい」

「そっか」

 

サリーは頷く。そしてしばらく静寂が包み。

 

「……それで? シールダーはアサシンをどうするつもりなの?」

 

凛が現状で一番大事なことを訊ねた。しかしメイプルがそれに答えるよりも早く、サリーが口を開く。

 

「メイプルにだったら、私は倒されても構わないよ」

「ちょっと、サリー!? 私はサリーと一緒に…」

「そんなの無理だって、メイプルだって判ってるでしょ? 捨て置かれたって言っても、私がキャスターのサーヴァントである事に変わりはないんだから」

「それは…」

 

そう。サリーはキャスターとの契約が切れていない。サリーにその意思が無かったとしても、令呪を使われればいつメイプル達と敵対してもおかしくはないのだ。

 

「それに私は、この門に縛られて離れられないし」

 

これに関してはサリーにも理由が判らなかったが、本来この場にキャスターによって召喚されるはずだった男の、身代わりで召喚されたための不備でもある。

 

「そうね。仮に契約を破棄できたとしても、新たに契約者が現れなければ、やがてその体は維持できなくなって座に戻る運命だものね」

 

凛が補足の説明を入れる。するとメイプルが。

 

「代わりになれる人ならいるじゃない。イリヤちゃんと士郎君が」

 

等とのたまった。確かにイリヤも士郎も、現状サーヴァントを所持していないマスターである。しかし。

 

「残念だけど、私は再契約する気なんて無いわ。私のサーヴァントは、バーサーカーだけなんだから」

 

けんもほろろ、イリヤには取り付く島もない。するとメイプル、今度は士郎を見る。

 

「……俺にとっても、サーヴァントはセイバーだけだ。……だけど、セイバーを取り戻すまででいいなら、一時的に契約してもいいとは思う」

 

この答えに、メイプルはホッとする。

 

「でも、最初の課題が残ってるわよ? どうやってキャスターとの契約を断ち切るつもり?」

「あ…」

 

さすがにこの問題が解決できなければ、いくら再契約先を見つけても意味を成さないことである。

 

「……もしかしたら、出来るかも知れない」

「はぁ?」

 

突然そんな事を言い出す士郎に、凛は素っ頓狂な声をあげた。

士郎は背負っていた桜をそっと下ろし、サリーの前へ移動する。

 

「 ── 投影開始(トレース・オン)

「ちょ、まさか!?」

 

投影魔術を発動させようとする士郎を見て、何をしようとしているのかに気づき、凛は驚愕する。

 

「 ── 基本骨子、解明

  ── 構成材質、解明」

 

士郎はより丁寧に、投影すべきものの構造を組み上げていく。

 

「 ──、 基本骨子、変更…

  ── 、 ── っ、構成材質、補強…」

 

しかし、徐々に士郎が苦悶の表情へと変わっていく。身体中の魔術回路が悲鳴を上げているのだ。

 

「士郎君、無理しないで!」

 

心配そうに士郎を見るメイプル。しかしそれが、先程サリーに見せた表情を思い起こさせる。

自分のことは頭数に入れず、他人のために無茶をする。それが衛宮士郎という男である。

 

「 ── 全工程、完了(トレース・オフ)!」

 

そして無茶を通した士郎の手には、歪な形の短剣が握られていた。

 

「それって、キャスターが使ってた…」

「キャスターの宝具まで…って、シロウの投影魔術、おかしすぎるわよ!」

「いや、おかしいって言われても…」

 

凛とイリヤに言われても、投影魔術に関する()()()()()()()()士郎には、戸惑って言葉を濁すしかない。

 

「……ええと、それで私にとどめを刺すつもり?」

「人聞きの悪い事、言わないでくれ!」

 

サリーの問いに、慌てて否定する士郎。

 

「冗談。あなたの声が昔の知り合いに似てたから、揶揄っただけよ。それで、その短剣は何なの?」

 

揶揄われたことに文句を言おうとするも、サリーが素早く質問を重ねてきたため、少しだけ不貞腐れた表情になる士郎。

 

「……これはキャスターが、俺とセイバーとの契約を断ち切るために使っていた物を複製したんだ。これを使えば、君とキャスターとの契約を破棄できるんじゃないかと思ってね。上手くいけば、この場所からも離れられるかも知れない」

「なるほどね」

 

納得し頷くサリー。拘束されていなければ、腕を組んでいただろう。

 

「それじゃいくぞ?」

「うーん。仕方がないとはいえ、初ダメージがこんな理由だなんてね」

 

[NWO]では回避盾としてノーダメージを通してきたサリーとしては、これには少しばかり納得がいかなかった。とはいえ、自身が言っていたとおり、契約破棄のためには仕方がないことでもあった。

士郎はサリー目がけて短剣を突き立て。

 

破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)!」

 

真名を解放する。するとサリーから、キャスターとの繋がりが断ち切れた感覚がした。

 

「……うん。キャスターとの契約は破棄されたみたいね」

「サリー、良かったぁ…」

 

メイプルが安堵のため息を吐く。

 

「それじゃあ彼女の拘束を解いて…」

「待ちなさい、士郎」

 

サリーの拘束を解く様に促したところで、凛が待ったをかける。

 

「今のはあくまでも、彼女からの申告に過ぎないわ。拘束を解いた途端に襲ってくる可能性もあるのよ」

「ちょっと、サリーが嘘ついてるっていうの!?」

 

凛の説明にメイプルが食ってかかる。しかしそれを諌めたのは、サリー自身であった。

 

「彼女が言ったとおりだよ、メイプル。今のはあくまで、私からの申告でしかないわ。慎重に慎重を重ねるくらいじゃないと、聖杯戦争を生き残るのは難しいんだから仕方がないわよ」

「サリー…」

 

サリーに諭され、メイプルは膨れっ面でいじけた。

メイプルとしては、幼馴染みの親友が貶されたことが腹立たしかったわけだが、英霊として存在しているメイプルにもサリーの言っている意味が理解できるため、最終的にはむくれることくらいしか出来なかったのだ。

 

「そんな訳だから、ええと、士郎さんだっけ? 早く私と契約を済ませて」

「え、ああ、えっと…。なあ、遠坂。契約ってどうやるんだ?」

 

サリーに促された士郎は少し悩んだ後、凛に訊ねた。

 

「……ああ、そう言えばあんた、イレギュラーで英霊召喚したんだっけ」

 

額に手を当て、軽くため息を吐く凛。

 

「わかった。それじゃあ、これから私が言うとおりに詠唱をして」

「あ、ああ。頼む」

 

士郎は頷き、サリーへ体を向けると、凛に言われて令呪の宿る手をサリーへとかざす。

 

「 ── 告げる

汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に」

 「 ── 告げる

汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に」

 

「 ── 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら」

 「 ── 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら」

 

「 ── 我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」

 「 ── 我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」

 

士郎が詠唱を終えると、サリーはニコリと笑い。

 

「アサシンの名にかけて、その誓いを受けるわ。

……真名サリー、士郎さんを主と認めてあげる」

 

士郎の契約を受け入れるのだった。

 

 

 

 

 

サリーとの契約の繋がりを確認したのち、彼女に施された拘束を解く。サリーは立ち上がると、大きく伸びをした。

 

「あー、やっと自由に体が動かせるっ!」

 

サリーが漏らした言葉(いやみ)に、凛が苦笑いを浮かべる。

 

「それでアサシン…サリーは、ここから移動できそうか?」

「ん、ためしてみる」

 

士郎の問いに短く答えると、サリーは長い階段の下を見て。

 

「超加速!」

 

スキルを発動させて、一気に階段を下っていった。そして少しの後に、同じ勢いで士郎達の元へ戻ってくる。

 

「凄い凄い! 私、自由に行動できる!」

 

先程とは違い、心の底から喜ぶサリー。やはり、長いこと同じ場所に縫い止められるのは、結構なストレスとなっていたらしい。

 

「良かったね、サリー。……あ、そうだこれ」

 

サリーと共に喜ぶメイプルが、ふと思い出して取り出したのはひとつの指輪。それはメイプルがしているものと酷似しており、しかしワンポイントは亀ではなく狐であった。

 

「私が預かってた、サリーの[絆の架け橋]」

「預かってた、じゃなくて取り上げてた、でしょ?」

「え? あはは…」

 

誤魔化す様に笑いながら、サリーに手渡すメイプル。そう。[救いの手]で無力化されている間に、メイプルがサリーから取り上げてしまったのだ。

 

「ねえ、それって…」

「これは[絆の架け橋]って言って、テイムモンスターを使役するのに必要なアイテムなんだ」

 

メイプルが自分の指輪(絆の架け橋)を見せながら、凛に説明をする。

メイプルも、全てのクラスで所持はしているものの、その特性上クラス振り分けの犠牲となり、ライダーのクラスでしか使用できないアイテムでもあった。

そして現在指に嵌めているものは、十年前に桜に渡したものではなく、霊核を取り込んだライダーの物を受け継いでのものだ。

 

「……やっぱり。あの時の、朧とかいう使い魔、なんかシロップと似た雰囲気があったのよ」

 

あの戦闘の最中に感じた直感のようなものに間違いは無かったと、一人納得をする凛。そしてすぐに。

 

(こんな事に喜ぶなんて、心の贅肉だわ。……まあ、ここの所、贅肉溜め込んでばかりな気がするけど)

 

自身を律しようとして、むしろここ最近の行いを思い出して自嘲する羽目になってしまうのだった。

 

「それじゃあいい加減、士郎君の家に行こっか。ちょっと人数多いけど、シロップだったら全員乗せられると思うし」

 

メイプルの発言に、凛は驚き訊ねる。

 

「ちょっと待って。シロップって使えるの? あなたが霊核を譲り受けたときに消えていなくなったけど?」

「あれはライダーが、一時的に消失したからだと思う。今は私がライダーでもあるから、呼び出すことは可能だよ。さすがに宝具は使えないけど」

 

相変わらずとんでもないことを、平然と言ってのけるメイプルだった。

 

 

 

 

 

そして、衛宮邸。

 

「……セラ、あれ」

 

庭に立つリーゼリットが上空を指さし、隣に立つセラがそちらを見れば、徐々に近づく巨大な亀のシルエットが浮かびあがっていた。

亀、シロップは衛宮邸の庭にゆっくりと降り立ち。

 

「帰ったわよ。セラ、リズ」

 

シロップの背中から降りたイリヤが、二人に声をかける。その後ろでは、背から降りた士郎が背に残ったままの凛から、桜を受け取り抱きかかえた所だった。

 

「メイプル、お姫様抱っこだよ!」

「うん。ちょっと憧れるね」

 

野次馬と化した幼馴染み二人がそんな事を言っているが、士郎は聞こえないフリをする。

そんな二人も、いつまでも揶揄う気はないらしく、さっさとシロップから飛び降り、メイプルはシロップを休眠 ── 指輪の中に納めた。

 

「お嬢様、そちらの方は? それにセイバーの姿が見えませんが…」

 

セラの疑問に、イリヤは複雑な表情を浮かべてメイプルを見る。メイプルは頷き。

 

「そうだね。それじゃあ私が、色々説明するよ」

 

そう答えたのだった。




昔の知り合い…。当然[NWO]の、もうひとりの大盾使い。お人好しなところといい、声以外も結構似ていたりする。


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