シャンフロ短編置場 (えりんぎ.)
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通行人Aは見た
詳細は詰めていませんが、一応お酒が飲める年齢設定です。
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やけに陽気な音楽、それに合わせて変化するLEDライト。すれ違う人、追い越していく人、追い越す人、取り巻く環境すべてが浮かれきっていて、なんだか無性に叫びだしたくなった。クリスマスがなんじゃコラ、こちとら朝っぱらから夜までノンストップで仕事じゃオラ。わたしだって友だちとバカ騒ぎしたい!! ……とはいえ、そういう職種についたのはわたしだし、なんだかんだでやりがいはあるから好きではあるのだけれど。だれども、だ。
そうですよね〜、こういうときくらい、家族とにしろ恋人とにしろ友達とにしろ、特別なもの食べたいですもんね〜! わかります〜!! と言うわけで、ぜひとも! うちの! 商品をどうぞ!!
なーんて思えるかバーカ! となるほど忙しい。いやほんとに。いつもはどんなに忙しくて疲れても、絶対に就寝前のログインや検索徘徊は欠かさないのに、それがまったくできていない。推しが数少ない癒しだったのに。冗談抜きで精神が摩耗していく。当店で確保出来る予約分はすべて売れた、ってレジ横にこれ見よがしに置いてあるだろーーーーが!!!! ついでに公式サイトにも、DMにも、書いてあるだろーーーーが!!!! って何度思ったか。言わないけどね。言った瞬間わたしの店員人生終わるから。人の話を聞かないお客様、聞いてはいるけど自分のことではないと思っているお客様、こそあどや相槌でしか会話してくれないお客様、ぼそぼそとしか話してくれないお客様、なぜかぼうっと立っているだけの爺さん社員、言われたことしかしないおばさん社員、いろいろいるけれど、なんだかんだでやりがいはあるのだ(2回目)。そうでなければやってられない。
目に痛いくらいのイルミネーションをすべてスルーして、駆け足で駅ビルにすべりこむ。今日は金曜日、明日はお休み、それにお給料も出たことだし、今夜は奮発して、ちょっといいビールなんか買ってしまおう。これから始まる怒涛のクリスマスセールに向けて、英気を養わなければ。
地下に降りたら、目的の売り場まで一直線。駅併設の百貨店はこんな時間まで営業していてくれるから、本当に有難い。うちの近所のスーパーは閉店が早くて、今日みたいにちょっと残業した日にはもう間に合わないのだ。好きな銘柄もあんまり入っていないし。やっぱりお高いビールはそれなりの所にしかないのかな、なんて思いつつ、陳列棚を物色する。評価サイトと見比べて、これはこの前飲んだ、こっちはあんまり好みじゃなかった、なんて考えるこの時間は結構好きだ。
普段は絶対に買わない、老舗ブランドのビールを手に取って、今度はツマミとなるものを探す。やっぱり焼き鳥? いやいやいや、ここには確か鶏天があったはず……。どうしようかな、と考えつつぶらぶら歩く。あ、あのサラダ美味しそう。デパ地下の100グラムは思っているよりも少ないし、ついでにグラム単価が高いから、いつもなら買わないのだが……買って行っちゃおうかな、なんと言ってもお給料日だしね! そうと決まれば、と一歩踏み出したところで、前を歩いてきた青年の肩とぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
「いえ」
うーん不注意、お休みで気が緩んでたか。おっと。彼女さんかな? 随分と可愛らしい女の子が、なにやら荷物を片手に、さっきの彼のあとを小走りで追いかけていった。
「ラクロウくん!」
「あ、レイさん、見つかった?」
「あ、はい、これです。この……」
立ち聞きするのもアレなので、さっさと歩く。いや〜しかし、いいね。若いって。いやそんなに変わらないのか? 大学生くらいだと思うけど、そうなると……やめやめ、考えないことにしよう。わたしが余計にダメージ受けるわ。
女の子はくん付け、それに対して男の子はさん付け。学生時代、女の子の名前をさん付けする男子なんか、わたしの周りには誰一人としていなかったな〜なんて思い出す。だいたい苗字にさん付けか苗字の呼び捨てだったなあ。
◆
いやこんなことある? わたしの後ろに並んでる2人組、さっきのカップルやんけ。ラクロウくんとレイさん、名前が一緒だから間違いない。何台レジ稼働してると思ってるん?? 少なくとも6台は稼働してますよ。
「酒類ってこれくらいでいいのかね、あいつ蟒蛇らしいけど」
「いい……んじゃないでしょうか……? 家にもいくつかストックがあるみたいですし……」
「レイさんもわりと飲めるよね?」
「……まあ、はい。……ラクロウくんは、その……本当に、それと?」
「? うん」
いや彼女さん敬語キャラかーーーい! え? 彼ら2人ってたぶん同い年だよね?なんじゃそりゃ! 最高に好き! いやいやいや、おちつけ。立ち聞きはよくない。でも後ろで喋ってるんだからしょうがなくない? うん、しょうがないね!
しかしあれか? クリスマスが近いからって友だちみんなでパーティーでもするんか? いいねえ……。
「あ、そういや明日のは参加できそう? センさんたちの許可はもらえた?」
「ええと、みんなでアプリの乙女ゲーム朗読会……ですよね、選択肢はその都度くじで引くっていう……」
いやよくないな?? なんだそれは地獄か?? 誰だ考えたの……。
「そうそう、んでトゥルーエンド引くまで帰れませんってやつ」
地獄か??(2回目)
「はい……許可はとってきましたので、参加したいと思います」
正気か!?
「そっか、まあ、イワマキさんセレクトだから、ハズレはこないと思うけど……なんだっけ、えっと、旋律と星詠?あとは……」
えっまって、セレクト作品めっっちゃ気になる……気になるのにレジが進んで次はわたしの番……!! とりあえず旋律と星詠は全キャラにマジで泣くルートがあるから覚悟しておいた方がいいぞ……!!
最後にちらっと見た2人は、とても楽しそうに会話をしていた。ていうか、一目見ただけでレイさんがラクロウくんめっちゃ好きオーラ出してるのわかるの、控えめに言ってやばない? すごく可愛くて大人しそうなのに、アタックかけまくったの絶対にレイさんでしょこれ。
◆
帰宅時間の上り電車は人が少なくていいね。席も随分と空いているし、荷物を置かせてもらおう……思っていたよりも買ってしまったからな。だってパンの安売りしてたから……これは買わないとと思って買ってしまったよね……。フランスパンが一つ100円で投げ売りされてたんだぞ? 安く買えるものはその時に買っておかないとね。それに日持ちするのも何個かあるからOK、ということで。
いや〜しかし、あのカップルの話の続きは聞きたかったな。なんだ乙女ゲーム朗読会って。選択肢はくじ引きで決めるって。そんなん乱数はクソ以外の感想出る? わたしは出ないと思うなあ……。それに旋律と星詠って、たしかめちゃくちゃ選択肢出てくるんだけど……。思い出したらやりたくなってきたな。ビール飲みながらやろう。
途中駅を3つも通過すれば最寄り駅である。近いところで働かせてもらえて、本当にありがたい。何卒次の人事異動でも近場でありますように!!
あまり良くないけれど、携帯端末でSNSのチェックをしながら帰路に着く。とりあえず公式アカウントから確認……おっと〜? このアプリの次のイベント、もしかしなくても推しが最高レアだな?? バチバチに忙しい時期に推しのイベントとは……泣けますね……。足りないプレイ時間はお金で解決することにしよう、これもコンテンツを長く続けてもらうためである。つまり必要経費! あっ、ふーん、天音永遠、今日は友だちと飲み会するんだ。このモデルも結構明け透けに語るよねえ。それはそれとしていつもお世話になってます、今期の流行とか真似しとけばだいたいOKなのすごく助かる。あ、と、は……、ん? メッセージ? 明日飲もう、語りたいカップル(実在)がいる? まあいいか、わたしも今日見たカップルについて語りたい。なんだっけ、ラクロウくんとレイさん。まあ彼氏さん彼女さんで通じるし、名前は別に重要じゃないからな。
明日の楽しみもできたし! さっさと家帰ってお風呂入って、軽く飲みながらゲームしよう!
◆
友だちが語りたいと言った実在カップル、なんとわたしが語りたいと思ったカップルと一緒だった。いや、たしかに友だちは大学の事務勤めだけど、こんなことある???
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マジで一瞬しか登場してないのだけれども、これを楽玲と言って良いのだろうか?
需要あるんか?と思いつつ、わたしがモブ視点が好きなので……。
シャンフロ、コミカライズおめでとうございます。
どうでもいい補足ですが、彼が呑もうとしているのはレジストです。
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変わる日
最後の方駆け足でぐだってるのですが、まあこの2人ならありえなくはないかな……と広い心でお願いします。
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戸惑い、緊張、そして期待。他にもいろいろ、名前の付けられない感情が渦巻いて、そのすべてを伝えてくる眼差し。いつだって彼女の瞳は、口よりも雄弁に俺に語りかけてくる。
「玲さん。改めて、これからよろしく」
「……」
「玲さん?」
「……は、はひゃあっい! こっこここっこそ……!」
「なに? 鶏?」
「こちゅらこそ!! よろしくお願いします!!」
顔を真っ赤にして、なにやらごにょごにょ反論しようとして結局口篭る玲さんに少し笑ってしまう。この数年の間に見慣れた反応ではあるのだが、何度見ても可愛らしい。いつまでたってもこの噛み癖は治らないんだな、なんて考えながら、扉をあける。随分前から2人で住んでいる部屋なのだから、なにか変わったものがあるわけではないし、そもそも、朝に出かけて、今戻ってきたばかりなのだ。何かが変わるはずがない。けれど。これからは、俺たちの関係性と、その名前が大きく変わるのだ。
◆
高校を卒業して、大学に進学、卒業、そして就職。順当に歩んできた俺たちは、就職後、ある程度生活が安定してから、同棲を始めた。手を繋ぐ、というそれだけの事にもかなりの時間をかけたし、繋いだら繋いだで玲さんが何度も意識を飛ばしかけたのだから、一緒に住むのはもっと先になるかと思っていたのだが……俺も玲さんも、仙さんのゴリ押しには勝てないのである。まあやはりというか、最初の頃はてんやわんやでほぼほぼ騒いでいた記憶しかない。それも徐々に収まって、揃ってひとつのことをしたり、お互いの感情を共有したり、ただの日常をゆるやかに過ごす日々。たまに外道どもが突撃してきたり、いつの間に仲良くなったのか、妹が我が物顔で玲さんの部屋に遊びに来たりするが、俺は満足していたし、きっと玲さんもそうだろうと思う。
そんな生活を変えようと思ったのは、いつだったか。
俺も玲さんも、それなりの歳になって、同級生の結婚式に参列する機会もできてきた。同い年の奴らが結婚することで、結婚とか、将来とかを考えることも増えて、そしてそれは相手もそうなんだろうな、と感じていた。だからといって、お互いに行動に移すとか、話し合うとか、そんなことはしていなかったのだ。少し気恥しいところもあったし、なんとなく、まだ早いかなと思っていた。
きっかけは、そう。染まった肌、触れ合うほどに近い吐息、俺を呼ぶ唇、存在を確かめあうたびに感じる熱。そのすべてが俺のものなのだ、と漠然と思ったとき。恋人としての独占欲以上に、このひとのすべてを、俺のものにしたいと思ったとき。それから、他の誰でもなく、俺が、幸せにしたいと思ったとき。きっと、思い返せばいくらでも出てくる。
でも本当は、理由なんてなんでもいい。結局は、俺が、このひとと生きていきたいと思ったのだ。このひとのためならば、なんだってできるとも。
だから、
「玲さん、俺と、結婚しない?」
お洒落なレストランとか、夜景が綺麗なスポットとか。そんな気取った場所ではなく、部屋のダイニングテーブルで。指輪も何も用意していない、プロポーズにもならない、ただの雑談を装って。食事をとりながら、日常会話のように、なんでもないようにして伝える。
「どうかな、玲さん」
何を言われたのか理解できなかったのか、漫画みたいに固まった玲さんは、見たこともないほどに目を丸くして、徐々に顔を赤く染めていく。典型的な、ぽかんとした表情に少し笑ってしまった。
「……え? な、なん………? けぅ、け、けけっこん?」
「うん、そう。俺と一緒に生きてよ、玲さん」
玲さんが手にしていた箸が滑り落ちて、そこそこ大きな音を立てた。それでもなお固まっていることに苦笑する。タイミング間違えたか、せめて食後に言えばよかったな。とりあえず箸を拾って洗い、ついでにお茶を注いで持っていく。
「玲さん、お茶飲む?」
「……あっ、えっと、はい。ありがとう、ござい、ます。あっあの、お箸も! ありがとうございます! ごめんなさい!」
「いやいいよ、むしろ大丈夫?」
「だっ………だいじょぶです……。えっと、あの、それで………」
全然大丈夫に見えないのだが……。でもまあいつものことだしな、と失礼なことを考える。それにしても、玲さんが話の続きを聞こうとしてくれているのは僥倖だ。想定していた最悪なパターンは、笑って誤魔化されることだったから。いや、万が一にも、玲さんがそんなことをするはずないとは思っているんだがな?人間は誰しも、なにかをするたびに最悪を考える生き物なのだ。なんでもないように、なるべく平静を装ってはいたけれど、内心は心臓が跳ね回るほどに緊張していたもので。
「んー……明確な理由を述べろって言われると、ちょっと困っちゃうんだけどさ」
「………」
「俺、玲さんと一緒に生きていきたいし、俺の隣には、玲さんにいて欲しいと思うよ」
◆
そうして、今に至る。
あの外道共には散々からかわれて、凸凹コンビにはやっとかとため息をつかれ、京極にはむしろなんで今までしてなかったんだとデカデカと顔に書かれ、秋津茜には祝福され…………素直に祝ってくれたの秋津茜しかいないな?? その他もなんだかんだで祝ってはくれたのだが。岩巻さんはどこからか取り出したルイロデレールを開けて一人で飲み始め、俺と玲さんに何故か説教をしながら祝ってくれた。キレられながら祝福されるという、稀有な体験だったな。なお、玲さんの実家に挨拶に行ったときには、仙さんにようやくですか、と重々しく頷かれた。俺の家族は報告したら狂喜乱舞しただけなので割愛。
「あ、あの……楽郎、君」
「ん、どうしたの、玲さん……いや、まず部屋入ろう、ずっと部屋の前にいるのも変だし」
「そっ、そ、そうですね! あああああの、私、お茶! 淹れますね!」
「うん、ありがとう」
慌ただしく靴を脱いで部屋に入っていくのを見て、なんだか同棲初日も同じようなことあったな、と思う。あのときは凄かった、今でも思い出せる玲さんらしくない失敗の数々……具体的には、お茶っ葉いれるの忘れてそのままお湯いれるとか、次はお茶っ葉入れたと思ったらお湯を入れるのを忘れてたとかな。ほかにもいろいろとやらかしていたが、思い出すのもこれくらいにしておいて、さっさと部屋に入ることにする。なんせ、あのときほど酷くはないが、なにやらドンガラと音がするからな……ほらやっぱり、鍋落としてる。
「玲さん」
「……」
「……」
「……お茶もまともに淹れられず……面目次第もございません……!」
なんかデジャヴを感じるなあ……。
「いいよ、大丈夫。たしか羊羹あったはずだから、一緒に食べよう」
「ぅ……はい……ありがとうございます……」
たしかこの辺に……、あった。以前、妹が何かのツテでたくさんもらったから、と押し付けてきた栗羊羹。賞味期限も問題ないな。4っつ切り取って2切ずつ小皿に乗せ、和菓子だからと黒文字を添える。まさか、黒文字を常備するような家になるとは思わなかったなあ。
「らく、楽郎君、」
「あ、終わった? ありがとう、運ぶよ」
「は、はい……ありがとう、ござい、ます」
赤と青の揃いの湯飲み茶碗、セットの茶托。敷いてあるテーブルランナー、活けられた花、飾っているランプ。どれも玲さんが選んで買ってきたものだ。俺と玲さんで選んだものなんて、それこそ家具家電、カーテンにラグあたりがせいぜいだ。この家に少しずつ、小物を増やしたりして色を付けて飾ってくれたのは、玲さんなんだなと改めて考える。別に好きでも嫌いでもなかった雑貨類に、なんとなく愛着を持ち始めたのも最近だ。
「ど、どうかしましたか……?」
「ああいや、なんでもないよ……そういえば、仙さんから手紙が来てるんだっけ」
「あっ、はい。婚姻届けを出したら、一緒に、すぐに読むようにと」
持ってきますね、と言って自室に向かった玲さんを視線だけで追いかける。お茶がうまい。それにしても手紙なあ……なんか嫌な予感がするんだよな。一緒に読むように、と念を押すあたりにとても嫌な予感がする。
ほどなくして戻ってきた玲さんの手には、茶色の飾りっけのない封筒がある。宛名を見せてもらったが、デカデカと「斎賀仙」と書いてあるだけだ。
「お待たせしました……あの、大丈夫ですか?」
「え? ああ、うん……大丈夫。ちょっと嫌な予感がしただけだから」
じゃあ開けますね、といって玲さんが取り出したのは、半分に折られた1枚の便箋。2、3枚はあると思っていたからちょっと拍子抜けだが、重要なのは枚数ではなく中身だ。どうなんだ……?
「……」
「玲さん?」
「………………」
「玲さーん」
文字を追う玲さんの目がだんだんと潤み、顔が真っ赤になって固まっている。これダメな奴なのでは?
「……玲さん?」
「……アッ、ハイ、アノ、コレ、ステマスネ」
「いやいやいや待って」
「ダイジョウブデス」
えらい片言で言い切られたが、機械でももっと流暢に話すぞ。そしてこれは仙さん、やっぱりなにか書いたな……玲さんがキャパオーバーになるレベルのことを……。
なんとかなだめて手紙を受け取る。玲さんは両手で顔を隠してうつむいてしまった……えーと、なになに……
結論として、この手紙はしばらくの間封印することにした。
いや子どもとか孫とかまだ早いんだわ!
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