怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。 (余田 礼太郎)
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1、足音、メインタイトル ~『ゴジラ』より~

 初めて見たとき、「なーんだ、意外と小さいのね」と思ったのをよく覚えている。

 

 

 

 もちろん、身長50メートル、体重1万トンの怪獣が『小さい』なんてことは決してないはずだ。

 だけれど、そいつの隣に(そび)え立っている高層ビルと比べてみると、やはり少し見劣りするような気がした。

 

 

 

 西暦2046年、三月某日。この日、日本の大首都:東京(トーキョー)を〈ゴジラ〉が襲撃したのだ。

 

 

 

 眠らない街:東京を、背中に(いばら)背鰭(せびれ)を生やした巨大な黒い影が、胴体の倍ほども長い尻尾を振り回しながらのっしのっしと歩いていく。

 

 毎週楽しみにしていたアニメマンガの再放送はお休み。代わりにテレビは、大怪獣ゴジラがいる風景を、鳥の目線から眺めるように高い空から映していた。

 テレビ画面の向こう側、空中のヘリコプターから実況中継しているリポーターが、眼下のゴジラを指差しながら興奮した様子でしきりに叫んでいる。

 

〈 信じられません、まったく、信じられません!…… 〉

 

 なにが信じられないというのだろう。

 毎日毎日、世界のどこかで怪獣が暴れている『怪獣黙示録』の時代。

 そんな時代に生まれたわたしにとって、身長50メートルの恐竜みたいな怪獣なんて別段不思議でもなんでもない。

 

 

 ……つまんない!

 

 

 そのとき五歳数ヶ月、ちっちゃなわたしはむくれていた。

 その日は大人たち皆が慌てふためいていて、わたしのことなんかほったらかしだった。

 唯一の暇潰しになってくれるはずのテレビだってこの有様。どのチャンネルをつけても(いつもだったら緊急報道特番なんかやらない7チャンネルさえもだ!)、東京に上陸したゴジラのニュースばかりやっている。

 そういうわけで、わたしはこの日はずっとご機嫌ナナメだった。

 

 ……こんな、街の夜景をぼーっと空撮するだけのニュースなんか退屈だ。こんなのより、楽しいアニメマンガが観たい。

 それに、同じ怪獣なら、空も飛べるラドンの方がカッコいい。

 だけど、大人たちはチャンネルを変えるなテレビを消すなというし、玩具も絵本も片付けられてしまった。

 暇を持て余したわたしは、テレビの画面をぼんやり眺めるしかなかったのだ。

 

 

 広い通り――当時、第一京浜(ダイイチケイヒン)と呼ばれていたあたりだ――を歩いていたゴジラは、自分よりもずっと大きな〈電波塔〉に気が付くと、太い首をもたげてその天辺(てっぺん)を見つめた。

 この電波塔は、建てられてから一世紀近くも東京を見守ってきたランドマーク、いわば東京のシンボルみたいなもので、高さは300メートルを越える。

 そんな立派な電波塔と比べると、身長50メートルしかないゴジラはますます小さく見えた。

 

 自分を見下ろすように(そび)え立つ電波塔を睨みつけながら、不服そうに唸るゴジラ。

 その背中で青い火花がばちばちと散り始めた。

 何をするんだろう、とわたしが思ったその時、

 

 

 

 ゴジラの眼前で、閃光が(ほとばし)った。

 

 

 

 直後、ゴジラの前方から扇形に火の手が上がり、一帯が真っ赤に燃え上がった。

 東京の名前を冠した電波塔は、真夏の飴細工みたいにぐにゃりと潰れ、金属が()じ切れてゆく耳障りな音とともに、周囲を巻き添えに叩き潰しながら倒れてしまった。

 

 雷、ではない。

 火を吐いた、のとも違う。

 青白い光の一閃だった。

 

 どういう仕組みかはわからないけれど、ゴジラは鼻先から青い光線を発射して電波塔を焼き切り、そして周囲を焼き払ったのだ。

 おかげで、ゴジラよりずっと高かったはずの電波塔は、今やゴジラの腰の高さで切り倒されてしまった。

 

 ゴジラの放った青白い光線は、射程範囲の一切合切をきれいさっぱり吹きとばし、東京の街を炎の海に変えていた。

 天を突くようなビルが並んでいた夜景も、今や一瞬にして昼間より明るい火炎地獄だ。

 その真っ只中へと投げ込まれた紅白の電波塔は、激しい火の手にまかれ、まるで東京の行く末を示すかのように燃える海へと沈んでゆく。

 

 当のゴジラは、自分より()が高いやつをぶっ倒してやったことに満足したらしく、誇らしげに雄叫びをあげている。

 そんな、この世の終わりみたいな光景をヘリから中継しているリポーターが、玉の汗をだらだら流しながら叫んでいた。

 

 

〈 テレビを御覧の皆さま、これは劇でも映画でもありません! 〉

〈 現実の奇跡、世紀の怪事件です……! 〉

 

 

 ……なんて大迫力!

 エガートン=オーバリーの着ぐるみメカゴジラ映画なんて目じゃない。

 わたしはアンニュイな気分をぶっ飛ばされ、いまやテレビ画面に釘付けだった。

 

 テレビ中継の画面がガクン、と動いたかと思うと中継のヘリは空高く急上昇し、眼下のゴジラが急速に小さくなった。

 その画面脇から、変な形のヘリコプター――地球連合軍が配備しているメーサーヘリだ――が現われた。

 一機、二機、三機、メーサーヘリは次々と現われ、総計十機以上ものメーサーヘリが地上のゴジラを空中から包囲した。

 暴れまわるゴジラをやっつけるために送り込まれたメーサーヘリは、両脇に装備しているメーサー殺獣光線砲の矛先を向け、目も眩みそうなメーサー光の雷撃がゴジラに襲い掛かる。

 流石のゴジラも一巻の終わりかしら。先日テレビで観た怪獣退治のシーンを思い出すわたし。

 

 

 だけど、ゴジラは一味違った。

 

 

 メーサーの稲妻に全身を焼かれても、ゴジラはびくともしなかった。

 並の怪獣だったらあっという間にやっつけちゃうメーサーの集中砲火も、ゴジラには屁でもないみたい。

 ゴジラの背鰭が再び光をまとったかと思うと、鼻先から発射された青白い光線が、メーサーヘリの包囲陣をなぞり書きするように、空にぐるっと輪を描いた。

 花火大会みたいに次々と爆発が連鎖し、ゴジラを取り囲んでいたはずのメーサーヘリは、みんな火の玉のぼた雪となってボトボトと墜落していった。

 

 そうやってメーサーヘリを一掃したゴジラはついにこちら側、テレビ中継をしているヘリコプターに気がついた。

 ゴジラの表情にズームするカメラ、テレビ画面越しに、わたしはゴジラと目が合った。

 真正面から向き合ったゴジラは、怒り狂っているような、号泣しているような、あるいは悶え苦しんでいるようでもある、どれとも言えるしどれでもないような、とにかく言葉では言い表しがたい、物凄い形相をしていた。

 ゴジラの目つきはまるでわたしを睨みつけているかのようで、頭の奥を貫かれた気分のわたしは思わずハッと息を呑み、そして自分の顔を覆った。

 

〈 ゴジラがこちらに振り向きました、いよいよ最期です! 〉

 

 リポーターは覚悟を決めたようで、狂気染みた剣幕でひたすら中継を続けていた。

 ゴジラは地鳴りみたいな声で唸り、その背中に青い後光が灯り始める。

 

〈 背鰭を光らせました、もの凄い光です! 〉

〈 いよいよ最期、さようなら皆さん、さようなら……! 〉

 

 テレビクルーたちの絶叫とゴジラの咆哮が重なり、テレビ画面が一瞬青白く光ったかと、ヘリコプターからのテレビ中継はそこで途絶えた。

 しばらく綺麗な花の映像が流れたかと思うと、テレビの映像は見慣れたスタジオ中継へと切り替わった。

 

〈 速報です、ゴジラは東京都港区芝大門東部、JR浜松町駅前から移動を再開、第一京浜国道を北上し…… 〉

 

 

 

 

 ……スゴイものを観ちゃった。

 

 慌ただしい様子でニュースを読み上げるテレビアナウンサーの映像をポカンと眺めながら、わたしはそう思った。

 

 

 今にして思えば子供だったなとしか言い様がないのだけれど、当時まだ五歳と数ヶ月だったわたしは現実(リアル)虚構(フィクション)境界(さかい)がかなり曖昧だった。

 

 たとえば、宇宙を半分にしようとする大魔王に立ち向かうスーパーヒーローのチームは、わたしにとっては実在の人物だった(今いないのは、ゴジラと戦って負けたからだと思っていた)。

 

 理力(フォース)雷光剣(ライトセーバー)を使いこなす宇宙サムライによるスペース・チャンバラも、遠い昔遥か彼方の銀河系で実際に起こった歴史的事実なのだ、とわたしは信じていた。

 

 それに、世界中で怪獣が暴れる『怪獣黙示録』の時代とはいえ、怪獣が日本を襲ったのは西暦2029年にメガロが沖縄を襲撃して以来のことだ。

 それよりずっと後に生まれたわたしにとって、ニュースが映す怪獣たちと、映画に映る作り物のフィクションはどちらも同じくらい本物で、また同じくらいに現実味がなかった。

 

 

 不謹慎を承知で言う。

 そんな幼いわたしにとって、大怪獣ゴジラが見覚えのある東京の街を焼き尽くしてゆく光景は、とてつもない大スペクタクルだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ……スゴイ!

 

 

 スゴイ!!!!

 

 

 続きが観たい!!!!!!

 

 

 我慢しきれずにテレビのチャンネルを切り替えようとしたそのとき、わたしを呼ぶ声がした。

 

「リリセ、リリセ!」

 

 振り返ると、大荷物を背負(しょ)ったヒロセのおじさん――お父さんの親友で、のちにわたしの育ての親になる人だ――が、わたしを呼んでいた。

 

「ほら、行こう、リリセ! お父さんのとこに行くぞ!」

 

 ……ねえねえ、おじさん、スッゴイものを見たんだよ!

 ねえ、見て、見てってば!!

 

 わたしはこの感動を一生懸命に訴えかけたけれど、おじさんにはそれどころじゃないと聞き入れてもらえなかった。

 小さなわたしは、荷物と共に抱えられるように、ヒロセのおじさんと家を出た。

 

 

 家の外は、もう夜だというのに明るかった。

 春先で日が長くなったからじゃない。空が、真っ赤に燃えているからだ。

 

「ほらほら、乗った乗った! 急いで!」

 

 積める限りの家財道具をクルマへ押し込んだヒロセのおじさんは、自分の息子とわたしをひょいひょいと座席に放り込み、全員がシートベルトを締めたのを確認してから、クルマを発進させた。

 シートベルトに括りつけられたわたしは、車窓の外を覗いてみた。

 

〈 ゴジラが銀座方面に向かっています! 大至急避難してください、大至急避難してください…… 〉

 

 区役所のクルマが、スピーカーから大音量で避難勧告を流しながら街中を走り回っている。

 住み慣れた家がぐんぐんと離れてゆく最中、けたたましいサイレンを鳴らした消防車とパトカーが数え切れないほどすれ違っていく。

 わたしたち同様にクルマを走らせている人もいれば、着の身着のまま裸足で逃げようとする人たちもいる。

 

 ちょうどそのときである。

 あの音が響いたのは。

 

 

 

 どーん……どーん……どーん……

 

 

 大砲のような足音。

 同時に、すべてがビリビリと揺れた。

 赤く焼けた空、その向こうから、テレビ中継でも聞いたあの音が届く。

 ……なんて書き表せばよいのだろう。

 強烈な印象を焼きつける、あの『咆哮』。

 

 

 どーん……どーん……

 

 

 重なる足音、そして雄叫び。

 

 

 わたしたちは、遠くから迫る気配に背を向け、猛スピードで逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 その後、わたしがそのとき住んでいた家に戻ったことは一度もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類は、ゴジラに敗北した。

 

 敗北。もちろん、局地戦で勝てなかった程度のことなんてわざわざ書く必要もない。

 かといって、人類という種が根絶やしにされたという意味でもないのは、当の地球人類であるわたしがこうして生きていることからも明らかだ。

 

 西暦1999年に初出現してから人類を脅かし始めた巨大生物災害:怪獣に対して人類はあらゆる手段、それこそエイリアンの力を借りてまで、死力を尽くして立ち向かってきた。

 それから四十年後の西暦2039年、ヨーロッパで展開された栄光の怪獣殲滅作戦:オペレーション・エターナルライトのときなど、人類は怪獣から領土を取り返せたとさえ思い込み、ひとときの歓喜に酔い痴れたという。

 ……今から思えば、まったく馬鹿げた話だ。

 最悪の最悪に比べたら、ヨーロッパで暴れまわってた奴らなんて三下の雑魚に過ぎなかったというのに。

 

 

 その最悪の最悪、大ボスの大ボス。

 それが〈ゴジラ〉だった。

 

 

 身長50メートルにおよぶ巨体、どんな攻撃も通用しない不死身の生命力と、どんな防御もぶちぬく強力無比な放射熱線。

 絶対の盾と、絶対の矛。極々シンプルで、そのシンプルさゆえにゴジラは無敵だった。

 地球人を凌駕するエイリアン:エクシフとビルサルドを含めた総力でも、抹殺はおろか止めることさえできなかった。

 西暦2030年の初出現以来、幾度かの休眠と活動再開を繰り返しながら、ゴジラは人類を徹底的に蹂躙し続けた。

 

 

 

 そもそもの話。

 核爆弾百五十連発や宇宙船の自爆攻撃にもあっさり耐え抜き。

 宇宙から接近してくる小惑星:妖星ゴラスを易々と撃墜し。

 地球最大の山チョモランマに生き埋めにされても吹き飛ばして脱出する。

 

 

 

 こんなキングオブモンスターを、

 どこの、

 だれが、

 どうやって、

 止められるというのだ。

 

 

 

 そしてゴジラが東京を襲撃してから2年後の西暦2048年。

 人類は、遂に白旗を挙げた。

 特に、富士山麓で建造中だった対ゴジラ決戦ナノメタル兵器:通称〈メカゴジラ〉が、起動することもないままゴジラによって破壊されたことが決定打となった。

 人類最後の希望だったメカゴジラを喪ったことで、人類はもはやゴジラに勝つ術などないことを悟った。

 

 そこで人類は、かねてより保険として用意していた恒星間移民船〈オラティオ〉、同じく〈アラトラム〉に人間を乗せて、別の太陽系へ移住する計画を実行に移した。

 行き先は、オラティオはケプラー452で、アラトラムはくじら座タウe。

 乗れる人は、人工頭脳オムニオ=エレクティオによる厳正な抽選で選ばれた、1万5000人。

 

 『なんでそんな遠くに行くの?』って?

 「太陽系には沢山の惑星がある、たとえば月面に基地でも造ればいいじゃん』って?

 

 まーそうよね、()()()()

 

 でも考えてごらんなさいよ。

 北極から撃った放射熱線で小惑星を粉砕したゴジラが地球にいるんだよ?

 仮にお月様に基地を造ったとして、ゴジラに勘づかれて放射熱線を撃ち込まれたらそれで終わりだ。

 月面基地どころか、月まるごと木端微塵に吹っ飛ばしてしまうに違いない。

 あるいは放射熱線で空を飛んで追っ掛けてくる可能性も否めない。

 ゴジラはフツーじゃない、月面どころか太陽系だって危ないに決まってる。

 

 だから、逃げなければ。

 

 逃げるんだ、とにかく遠くへ。

 出来るだけ遠ければどこだっていい。

 ゴジラの爪も牙も放射熱線さえも届かない、そんな遠い遠い宇宙の彼方へ。

 そして新天地でもう一度ゼロからやり直そう。

 怪獣なんかいない、争いも差別も環境破壊もない、そんな素敵な未来を今度こそ創るんだ……

 

 

 そんなイカレたことを実行してしまうほどに、地球人はゴジラを恐れたのだ。

 

 

 新天地へ出発、戦略的撤退、聞こえのよい表現で言い(つくろ)うことはいくらでも出来るだろう。

 しかし、実態は敗走だった。

 要するに、人類はゴジラに完膚なきまで叩きのめされ、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。

 乗せきれなかった残り七億人の同胞を地球へ置き去りにしたまま。

 

 

 

 

 こうして地球はゴジラの『怪獣惑星(The monster Planet)』に成り果て、地球上の人類は一人残らずゴジラの餌食(えじき)にされてしまいました、とさ。

 おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……というのが、アラトラム号やオラティオ号のデータベースに載っている『地球の歴史』だと思う。

 きっとその歴史書には、地球に残った人、特にわたしの話なんて載っていないだろう。

 もしくは死亡者名簿に名前がちらっと書いてあるだけ。

 アルファベットで書いたらTachibana(タチバナ)=Lilise(リリセ)、たった16バイトだ。

 

 

 ……ざけんな。

 そんな簡単に終わってたまるもんですか、っつーの。

 

 

 ちょっと考えて欲しい。

 人間っていうのは往生際が悪い生き物だ。お行儀よく殺されてなんかやるはずがない。

 だいいちゴジラ、人間喰わないし。ZILLA(ジラ)は喰うらしいけど。

 

 まあ、実際のところ、そう遠くないうちに地球人類は滅亡する。

 残念ながら、それが地球人類という種族が辿った末路だ。

 

 

 

 

 

 

 ……だけど、それまでちょっとだけ。

 ゴジラのスケールで言ったらほんの昼寝の時間くらいだったのかもしれないけれど、それでも地球で人類はまだ生きていたのだ。

 

 

 

 

 

 これは『怪獣黙示録』と『怪獣惑星』の狭間。歴史にも残らない、地球に捨てられた方。

 そのうちのちっぽけなわたしたちが、不器用に、そして一生懸命に生きようとした話である。

 




浜松町:大門交差点(文中でゴジラが放射熱線を発射したスポット)

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第一章:スゴいヤツがやってきた
2、地球終末の序曲(ザ・ビギニング・オブ・ジ・エンド)


 ゴジラ東京襲撃から十七年後。

 西暦2063年3月某日、月夜の晩である。

 小笠原の孤島で、空前絶後地上最大の怪獣プロレスが繰り広げられようとしていた。

 

 中心に居るのはゴジラ。

 身長50メートル、体重1万トン。王冠のような背鰭に青い稲妻を纏い、長大な尾を大振りに揺らしながら堂々と吼える、その雄姿はまさにキングオブモンスターだ。

 

 ゴジラの前に立ち塞がるのは怪獣軍団。

 アンギラス、ラドン、メガギラスなど、一体でも強豪と呼び得る恐ろしい怪獣たちが計七体。

 今にも飛び掛かりそうな剣幕で唸りながらゴジラを前に包囲陣を組んでいる。

 まさしく怪獣総進撃の様相だろう。

 

 だがゴジラはそんな雑魚怪獣になんぞ眼もくれちゃいない。

 鋭い目つきのゴジラが見つめているのは、怪獣軍団の奥に控えている真の敵。

 自らの模造品にして宿敵である。

 

 

 月光を照り返す、金属結晶状のシルエット。

 両手に携えているのは、岩を貫き、鉄をも斬り裂く、鋭く伸びた雷光の剣(メーサーブレード)

 背中に負うのは、マゼンタの発光を伴うクリスタルの背鰭。

 そして脊椎から連なって伸びる長い尾が、運動の慣性に引かれてしなやかにうねっている。

 そのシルエットはゴジラの似姿、まるで白銀で出来たゴジラの骸骨だ。

 

 

 そんな〈彼女〉の姿を見つめながら、わたしはひとつの名前を思い浮かべた。

 

 

 ――――地球史上、最強の戦闘マシーン。

 硬く光る虹色の地肌に、強烈なロケットを着けた、ウルトラCのスゴくて強いヤツ。

 この世の絶望を倒し、人類に明るい未来を取り戻してくれるはずだったあの兵器のことを、地球の人々は〈人類最後の希望〉と呼んでいた。

 

 ゴジラを倒すために生まれた最終決戦兵器。

 その名前は――――

 

 

 事の発端は数日前にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の空模様は鮮やかなブルー。

 雲一つない快晴だった。

 

 正午過ぎの太陽に照らされた街の色彩は、これまた鮮やかなグリーン。

 ただしそれは人為的に造られた緑ではなく、無数の植物に制圧されて築き上げられたものだ。

 並び立つ建物は生命力旺盛なツル植物たちにびっしりと覆われていた。

 

 ガラス張りのオフィスビルも、繁華街の雑居ビルも、今は揃いも揃って隙間風が吹くあばら屋と化している。

 アスファルトで舗装された道路も、その隙間に入り込んだツル植物にあちこち穿(ほじく)り返されて穴ぼこだらけだ。

 緑の大きな布を被せたかのように街全体が緑一色に塗り替えられており、文明の名残といえばその輪郭だけでしかない。

 

 

 

 そんな人っ子ひとりいない緑の支配地を、一台のクルマが土埃をまいて駆けてゆく。

 

 

 

 各部をオフロード仕様に改造された大型車で、サイドドアには『Tachibana(タチバナ) Salvage(サルベージ)』というロゴがデカデカと描かれている。

 

 クルマは緑に染まった荒れ道をガタガタ揺れながら進み、やがて街のはずれの大きな公園の通用門前で停車。

 そして助手席から、一人の女が降り立った。

 

 年齢は二十代前半、身長は160センチほど。

 髪は茶色を帯びた黒髪で、肌の色は日焼けしつつも黄色系。

 顔には典型的な日系人の特徴があり、右目に黒い眼帯をつけている。

 そして腰から提げたベルトのホルスターには護身用の拳銃が収まっており、ツナギのズボンを履き、両手には作業用のグローブを嵌めている。

 

 彼女の名前は〈タチバナ=リリセ〉。

 

 西暦2046年、東京を焼き尽くしたあの大災厄を生き延びた少女。

 その少女が、超絶銀河スーパーウルトラセクシーキュートな美少女に成長した姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ごめん。

 自分で言ってて恥ずかしくなってきた。

 何言ってんだろうねホントに。

 

 顔がわからないからって『超絶銀河スーパーウルトラセクシーキュートな美少女』はいくらなんでもちょっと、いやかなり盛り過ぎだ。

 それに、相棒が聞いたら「少女ってトシじゃないだろ今年で23歳」とツッコまれてしまう。

 とりあえず『極端な美形』ではないし、『極端なブサイク』でもない。

 右目に眼帯してること以外はわりとフツー、くらいにしておいてほしい。

 ……とはいえ、美形寄りで想像してくれるとわたしとしてはやっぱり嬉しいけどね。

 だって女の子だもん。

 

 そんなわたし、タチバナ=リリセの眼前にそびえ立っているのは公園の通用門だ。

 門はツル植物で巻かれており、さらに南京錠が掛かっている。

 わたしはまず、門をぶち壊す作業から始めた。

 

さがしものはなんですかー、みつけにくいものですかー♪……ってね」

 

 いい加減に覚えた懐メロを歌いながら、わたしは手にしたチェーンカッターで南京錠のロックを捩じ切り、ツル植物が絡みついた通用門を力任せに押し開いて、園内へとクルマを招き入れた。

 器物損壊、不法侵入。世が世ならお縄である。

 

 しかし、住人がすべて消え去ってしまったこの街でそんな不法行為を取り締まる者などいない。

 いたところで咎められることなどないだろう。

 この街は十年以上も前に滅んでいるのだから。

 

 

 

 

 門をくぐった園内は、外の街と同様にツル植物によって占領されていた。

 お化け屋敷さながらに荒れ果てた園内をわたしは物怖じすることなく進み、クルマもそんなわたしに続いてゆく。

 

 そうこうしているうちに、大きな広場が見えてきた。

 

 広場の中心では、墜落した飛行機がその身を横たえていた。

 両翼はもぎ取られ、機体はちょうど半ばで叩き折られたかのように真っ二つに断裂している。

 その機体の表面をツル植物たちが覆い、飛行機は緑の怪物に半ば飲まれかけていた。

 わたし()()が訪れるのがもう数日遅かったら、この飛行機もツル植物によって完全に飲み込まれてしまっていただろう。

 

 そんな残骸を俯瞰(ふかん)したわたしは、息をついた。

 

 

「……さて、始めますかね」

 

 

 そんなところから、この話は始まるのである。

 




どうしても気に喰わないので書き直しました。


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3、アンギラス登場

 日焼けで褪せた塗装、積もった塵、そして蔓。

 状態から見るかぎり、この飛行機が墜落してからおおよそ一年程度だろうか。

 

 墜落した原因については、グローブの指先を汚す真っ黒な(すす)で察しがついた。

 あちこちに付いている真っ黒な煤は、機体が激しく燃えた証拠だ。

 となると墜落した原因は火災、もしくは爆発。

 墜落時はさぞ激しく燃えていたに違いない。

 その残骸へ、わたしは身を潜り込ませた。

 目的のブツは中にある。

 

 外見が黒焦げなのだから、機内も当然ボロボロだった。

 機体のフレームは墜落の衝撃で捻じれて歪んでおり、壁面天井は穴だらけ。機内はライトがなくても十二分に明るい。

 ……おっとっと。

 危うく足を滑らせそうになる。

 公園内で蔓延っているツルたちが飛行機内にまで入り込んでおり、そのせいで足場が滅茶苦茶に悪い。

 

♪這いつくばって、這いつくばって、一体何を探しているのか……」

 

 まさに鼻歌の歌詞そのまんまだ。

 緑に染まった床を這いながらツルを毟り取り、ボロボロになった鋼材や内装を選り分けて、お目当てのものを探してゆく。

 そうやって機内を物色しているうちに、金属光沢がわたしの視界に入った。

 

「ふふっふー、ふふっふー♪……お、あったあった!」

 

 眩い銀色の光沢を目印に、周りに巻き付いていたツル植物を引き剥がす。

 ツル植物を取り除き終えたところで、お目当てのブツが姿を現した。

 

 それは、人間一人が収まりそうなほどの大きなトランクだった。

 色は銀色、材質はよくわからないが金属製なのは間違いない。寸法、形状、材質、特徴、いずれも依頼人が指示したそれと合致している。目立った損傷は見受けられないので中身もおそらく無事だろう。

 トランクにはアルファベットが書かれている。わたしは積もった埃を(ぬぐ)い、それらを小声で読み上げた。

 

「あーる、いー、えっくす、えっくす……〈ReXX(レックス)〉?」

 

 ……レックス。

 その単語でわたしは、大昔に観た恐竜映画のことを思いだした。

 たしか、あの映画――バイオテクノロジーで恐竜を蘇らせた恐竜動物園の映画だ――で大暴れする肉食恐竜の名前が、ティラノサウルス=レックスだったはずだ。

 

 ……でも、まさかこのトランクの中身が恐竜のDNA、なんてことはないよね。

 今地球上を我が物顔で闊歩している怪獣のいくらかは、古代生物の生き残りが突然変異を起こした変種が多い。

 かつて人類の指揮下で日本近海を守っていたというチタノザウルスはその代表例だし、変わり種でいえば古代トンボの末裔でメガギラスなんてのもいたりする。

 1999年のカマキラス出現以来から新種の怪獣が続々と出現し続けているのこの御時世、普通の恐竜なんて珍しくもなんともない。

 それにティラノサウルス=レックスのレックスはREXで、つづりがちょっと違う。

 

 今回の依頼、実は前金で結構な金額をいただいちゃったりしている。

 あんな大金で、しかも命懸けで探しに来たのがただのティラノサウルスなんかだとしたら、ちょっと馬鹿げている。

 まともな動物園だってないこの御時世に恐竜動物園なんか造ってどうすんのって話だし、外の世界に行けばもっとおっかない奴にいくらでもお目に掛かれる。

 今時ティラノサウルスのDNAなんぞにそんな大金を払う価値はない。

 だからティラノサウルスであるわけがないのだ。

 

 では『レックス』が恐竜のことじゃないとすると、わたしにはいよいよ思い当たるものがない。

 スーパーマンの悪役がレックス=ルーサー……いや、これはLEXだったっけ。

 実際海外にはレックスという名前の人もいるらしいし、アレキサンダーという人を愛称でレックスと呼ぶこともあるらしいが、まさか人名ではあるまい。

 あるいは、レックスというのは暗号名(コードネーム)かなにかなのかもしれない。暗号名、だとすれば旧地球連合軍に関連する遺物だろうか。

 

 今回の仕事を依頼した人のことを、わたしはよく知らない。

 仲介人を何人か挟んでいるため、どこの誰なのかも知らないのだ。

 そんな、素性を隠す立場の人間が、大金を前払いしてでも欲しがるようなこのトランク、中身は一体何なのだろう?

 旧地球連合軍の秘密兵器? それともエイリアンのテクノロジー?

 さぞヤバイものに違いない。

 

(……ま、どーでもいいけどね。中身は見ない約束だし)

 

 余計なことを詮索するのはやめにして、まずは仕事を終わらせよう。

 内心で(ひと)()ちながら、わたしは手を動かすことにした。

 

 ……後から思い返してみると、このトランクにはおかしなところが多かったと思う。

 たとえば、トランクの保存状態。凹みはおろか傷ひとつさえ見られなかった。百歩譲ってとても頑丈なのだとして、飛行機自体が黒焦げなのに貨物として積まれていたトランクに煤が着いてすらいないというのはどういうことなのだろう。

 野晒しにされてから一年近く経っているなら錆のひとつくらい浮いてない方が不自然だろうに、まるで新品のようにピカピカだった。

 

 不自然と言えば、ツル植物が根を張っていないのも不自然だ。

 コンクリートやアスファルトも捻り潰してしまうパワフルなツル植物たちなのに、このトランクについては手で簡単に払い除けることが出来た。

 まるで、『触りたくない』とツル植物が思っているかのように。

 

 

 

 

 

 ……このときの判断如何(いかん)によっては、タチバナ=リリセの人生も、ひいてはこの星の運命さえも、大きく変わっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 しかし、そのときのわたしは気にしなかった。

 トランクの素材がツル植物と相性が悪いのかもしれないし、スペースチタニウムのような頑丈な材質なのかもしれない。

 旧地球連合軍に絡むエイリアン由来のテクノロジーであれば、一年くらい野晒しにされたところで平気な可能性もある。

 

(……ま、そんなこともあるでしょ。)

 

 そのときはそんな風にしか思わなかった。

 ……我ながらアンポンタンだなあ。

 

 纏わりついていたツル植物を引き剥がしてトランクを持ち上げようとしたところ、思わず腹の底から低い声が漏れた。

 

「重たっ」

 

 中身はなんなのかさっぱりわからないが、金属の塊を限界まで詰め込んだとしか思えない、とてつもない重さだった。

 こんなものを担いだらぎっくり腰になってしまうだろう。

 

 ……出来ればやりたくなかったんだけど、やむを得ない、わたしはトランクを引きずってゆくことにした。

 エンヤコラのよっこいせっと。

 腰を傷めないように、そして足元のツルで転ばないように気をつけながら、ずっしり重いトランクをヨイショヨイショと引っ張ってゆく。

 ……しっかし、重たいなぁ、コレ。ホントマジ何入ってんの?

 

 

 七転八倒の苦闘の末、凄まじい重さのトランクを機外へと引きずり出し、乗ってきたクルマのところへと運び出すことができた。

 ……さて、どうしたものか。

 これを後ろの荷台に載せたいのだけれど、重すぎて一人では持ち上がらない。

 

 そんなわたしの苦闘っぷりが目に余ったのか、クルマの運転席からもうひとり、小柄な少女が降りてきた。

 年齢は14歳。歳の割に体躯はとても華奢で、人種は白人。

 ブロンドの髪に括り付けた、桃色のリボンがトレードマークだった。

 

「……手伝うか?」

 

 そう尋ねたブロンド少女に、わたしは応えた。

 

「ありがと、エミィ。これ載せるからこっち持っててくれる?」

「りょーかい」

「指、挟まないようにね」

「あいよ」

 

 わたしの指示に、ブロンド少女ことエミィは一緒にトランクに手をかけた。

 せーのっ、と二人で担ぎ上げて、なんとかトランクをクルマの荷台に乗せる。

 そしてトランクを、ストラップで荷台にしっかり固定してしまえば作業完了だ。

 

 

 

 ……さて、用は済んだ、長居は無用だ。

 

 

 

 わたしたちはそそくさと撤収準備を始めた。

 わたしは全身についたツル植物の破片を払ってから、グローブとツナギを脱ぎ――安心してくださいちゃんと下には四分丈のカーゴパンツを履いてますよ――工具と一緒に後部荷台へと仕舞う。

 外したガンベルトを改めて腰に巻き直し、助手席に着いてシートベルトを締める。

 額の汗を拭い、わたしはエミィに笑いかけた。

 

「ラクショーだったねえ」

 

 その隣、運転席でシートベルトを締めたエミィは、クルマのエンジンをかけながら答えた。

 

「そうだな」

 

 今回の仕事は『墜落した飛行機の残骸から荷物を回収すること』だ。

 

 墜落地点は廃墟になった街の真ん中で、迷子になることもなく、下準備も込みで数日程度の工数で終わった。

 危険が皆無とは言えないし必要経費は多少かかったが、報酬は高いし、充分元が取れる。

 そしてこのまま何事もなければ、あとは帰るだけ。

 ……今回は美味しい仕事だった。帰ったら祝杯でも挙げよっか。

 わたしとエミィ、二人で顔を合わせてそんな風にアハハと笑い合っていたときである。

 

 どぉぉーん……

 

 遠くで轟いた、地響きと爆発音。

 わたしとエミィは、ほぼ同時に音の方角へと振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園の樹々の向こう、廃墟の街の中心で、ビルが二本、土台を崩されたように根本から傾いていた。

 続けざまに、地中からの爆音で大地が揺れ、瓦礫と土煙をもうもうと舞い上げながら、傾いていたビルは凄まじい音を立てて崩れ落ちていった。

 山が噴火したか、そうでなければ不発弾が爆発したかのようだ。

 だけどわたしたちはすぐに理解した。噴火ではないし、不発弾でもない。

 

 地面の下に潜っていたものが、目を醒まして起き上がったのだ。

 

 まず姿を現したのは、尻尾。

 尻尾の長さは数十メートル。鮮やかなエメラルドグリーンのトゲが無数に生え揃い、特に先端部は太く逞しい棍棒になっている。

 思いきり振り回したならば、ビルの一本や二本は楽々引き倒してしまうだろう。

 

 続いて地面が盛り上がり、丸い背中が現れた。

 遠目に見えるシルエット自体は丸みを帯びているが、これまたトゲと装甲板が体の各部をびっしりと覆っている。

 これほどしっかり守りを固めていれば、核爆弾にだって耐え抜くだろう。

 

 そして、上に積もった瓦礫と土砂を震い落としながら、角の生えた厳めしい頭がもたげる。

 

 身長60メートル、体重数万トン。

 背中の甲羅にびっしりと生え揃った、鋭いトゲの針山地獄と、装甲板の絶対防御。

 その針山地獄から連なるトゲだらけの、長い長い棍棒の尻尾。

 (たくま)しい四肢でしっかり大地に立つ、四足歩行。

 

 

 そいつの名前は〈アンギラス〉。

 『暴龍』の渾名(あだな)でも知られている、恐ろしい大怪獣だ。

 

 

 アンギラスの原種は、古代の鎧竜アンキロザウルスである。

 度重なる核実験や環境破壊。

 人間の愚かな数々の行為が地球環境に急激な変化をもたらし、喪われた時代(ロストワールド)の怪物を現代社会へと蘇らせたのだ。

 正体不明の特殊巨大生物。

 いわゆる『怪獣』として。

 

 ……というのが学者の通説だけど、わたしはそんなわけないと思う。

 だいたいアンキロザウルスは見た目は厳ついが食性は草食、草を食べるだけの大人しい動物のはずだ。

 それに引き換え、アンギラスときたらどうだ。

 ワニのようなギザギザの牙と鋭いカギ爪、獲物を見逃さないぎょろぎょろとした眼光。

 ……どうみたって獰猛な肉食獣じゃん。こんなのが大人しい草食性のアンキロザウルスなわけがない。っていうか、体長100メートル以上のアンキロザウルスなんか居てたまるか。

 

 これ言ったら色んな人に怒られそうな気がするけど、ぶっちゃけアンギラスはマイナーな怪獣だ。

 史実に基づくというふれこみの、旧地球連合謹製のプロパガンダ怪獣映画には古くから登場していたが、アンギラスが主役になったことはない。

 せいぜいが三下三枚目くらいの扱いである。

 ラドンやメガギラスみたいに空が飛べるわけでもないし、ZILLAやエビラみたいな派手な必殺技があるわけでもない。

 四足歩行の鎧竜、ただそれだけだと大した脅威でもないように見える。

 実際、過去の歴史上においても地球連合軍との戦いで幾度か討伐されたこともあったらしい。

 

 

 

 

 しかし、そんなことを言えるのは、テレビ画面越しに見ているときだけだ。

 そんな他人事みたいなことを言うのは、直接対決したことがないヤツだけである。

 

 

 

 

 時速100キロのクルマにも追いつく敏捷さ。

 60メートル級の体躯から繰り出される、城郭さえも突き崩してしまうほどの膂力。

 ひとたび食いついたらなかなか離さない強靭な顎。

 空軍の重爆撃にも耐え抜く、頑丈な装甲。

 一振りでビルをも叩っ斬る、棍棒みたいな尻尾。

 『地球連合軍が討伐した』とは云うものの、実際に戦った経験があるというヒロセのおじさんの話によれば、往年の連合軍も砲撃だのミサイルだのではどうにもならずトドメには核爆弾を使ったという。

 対するこちらは、女二人と小さなクルマ一台。

 ……勝てるわけないでしょ、こんなの。

 

発進()して!」

「りょーかい」

 

 わたしの合図でエミィはクルマを発進させた。

 そんなわたしたちに目敏(めざと)く気づいたアンギラスも、後を追って駆け出した。

 巨大怪獣アンギラスと、女子供を乗せただけの小さなクルマ一台。

 命懸けの追いかけっこが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルマで逃げるわたしたちと、それを追い駆ける巨大怪獣アンギラス。

 運転をエミィに任せ、わたしは後ろを窺った。

 アンギラスの巨大な肢が一歩踏み出すたびに地響きが鳴り、廃墟に積もった塵が土埃となって舞い散っている。

 ……『たまたま行く方向が同じであるだけ』、もちろんそんなはずはない。アンギラスはしっかりとわたしたちを視認していて、真っ直ぐに追いかけてきている。

 

 そんなアンギラスを観察していたわたしは、このアンギラスが普通の個体とはちょっと違うことに気がついた。

 

 まずはアンギラスの全身。無数の傷だらけだ。

 顔には深い皺が刻まれ、数え切れないほどの修羅場をくぐり抜けてきた百戦錬磨の大親分、というような風格と凄味(スゴミ)に溢れている。

 特に目を引くのは背中のトゲだ。

 エメラルドに似たグリーンの光沢と透度を持つトゲは、太陽光がキラキラと透けており、それ自体が光っているようにも見える。

 

 

 今回の仕事にかかる前に目を通しておいた、怪獣図鑑――オオトモ博士という人が書いたもので思春期に入った頃のわたしの愛読書(バイブル)だ――の内容を思い返してみる。アンギラスの資料写真も載っていたが、そのトゲがクリスタルで出来ているなんていう話は聞いたこともない。『長生きしたアンギラス』なんて記録は読んだことはないが、アンギラスも歳をとるとこうなるのだろうか。

 もしくはアンギラスの中でもこいつは特別なボス格、いわゆる『アルファ』なのかもしれない。

 メガニューラの親玉メガギラスみたいに、暴龍アンギラスも特定の条件が揃えばこういう形質になるのかも。

 怪獣という生き物はそもそもが突然変異種だ、多少のバリエーションくらいはあって然るべきなのだろう。

 

 ……まあ、そんな分析はオオトモ博士に任せておけばいい。目下わたしたちにとって重要なのは、『アンギラスから逃げ切れるかどうか』だ。

 

 アンギラスは、俊足が自慢のとても素早い怪獣である。

 猛追するアンギラスとクルマの距離はぐんぐんと詰められ、とうとうわたしたちのすぐ後ろにまで追いついてきた。

 アンギラスが大地を蹴るたびに地面が揺れ、わたしたちを乗せたクルマの車体が軽く跳ねた。

 

 

 クルマを運転しているのはわたしの相棒、エミィ=アシモフ・タチバナである。

 繰り出されるアンギラスの踏みつけ攻撃を右に左に回避しながら、猛スピードで走り続けるクルマ。

 そんな暴れ馬みたいなクルマを巧みに操るエミィのドライビングテクは、もはや人間離れしているとしか言いようがなかった。

 このまま行けばレーサーか、クルマのスタントマンにでもなれるかもしれない。

 

 ……この場を生き残れたら、の話だけどね。

 いくら巧みに回避できていても肝心のスピードが足りていなかった。

 

「もうちょっとっ、スピードがっ、出るとっ、有難いっ、んだけど……っ」

 

 右に左に振り回されながら訊ねてみたけど、エミィはばっさり切り捨てた。

 

「性能の限界だ」

 

 あらためて背後を振り返ってみると、アンギラスの鼻先がクルマのほんの数メートルにまで迫っていた。

 どうやらアンギラスは、自身の領土を侵害した人間たちのことを絶対に見逃すまいと決意したらしく、()()()()()()()()()()()()()一向に諦める気配がない。

 差し詰め暴走機関車だ。もはや決して止まらないだろう。

 

「……しつこいなあ、もう!」

 

 アンギラスの真の恐ろしさは、『暴龍』とも称されるその獰猛な気性だ。

 オオトモ博士の怪獣図鑑によれば、アンギラスは縄張り意識がとても強い怪獣であり、それを冒す外敵はムシケラ一匹だろうが容赦なく、息の根を止めようと追い立てるという。

 実際わたしたちを追いかけ回しているアンギラスも、そんな剣幕である。

 怪獣図鑑を読んでいると『んなオーゲサな』と思うこともあるけど、実際の怪獣と対面してみるとわかるとおり実はまったく誇張してなかったりするから困る。

 ちょっとばかり距離を稼いで()いたくらいでは逃げきれないだろうし、このまま人里へ逃げ帰ったりしたら大迷惑になる。

 

 とはいえ、わたしは慌てていなかった。

 絶望的な戦いかもしれないが、勝算がまったくないわけではない。

 そもそも勝てない勝負はしない主義だ。

 助手席で地図を開きながら、わたしはエミィに指示を飛ばした。

 

「あのガードくぐったら街道沿いにまっすぐ、左手にモニュメントが見えたらそこを左に曲がって!」

「りょーかい」

 

 大通りを突っ走るクルマは、巨大な広告用液晶モニタが掛かったビルの横を通って、ツル植物でグルグル巻きにされた大ガードをくぐり抜けた。

 その後を追って大通りへと躍り出たアンギラスは、大ガードを走り幅跳びで軽々と飛び越える。

 アンギラスによる大跳躍と着地。その反動と衝撃で、道路脇のビル廃墟の壁面についている広告用液晶モニタが粉砕され、わたしたちのクルマは一瞬宙に跳ねた。

 

 

 わたしたちのクルマは大ガードに続いて街道の歩道橋をくぐり、そしてわたしが指示した通りの交差点で左折、ビル同士の狭間にある細道へと入り込んだ。

 アンギラスは歩道橋を蹴っ飛ばし、獲物のクルマが横の細道に逃げ込んだとみるや、その巨駆で進むには狭すぎる隙間へ体を捻じ込んで、両脇のビルを肩で突き崩しながら、なおもわたしたちに(せま)ってくる。

 ……なんてしつこいんだ。

 凄まじい執念、なんというしぶとさなのだろう。腹を空かせたオオカミだってここまではやらないでしょうに。

 高層ビル群の真っ只中を駆け回るアンギラス、そしてその目鼻の先をちょこまかと逃げ回るわたしたちのクルマ。

 なんだか、ジャングルでオオカミに追いかけ回されるウサギみたいだな、なんてことを思ったりして。

 

 

 

 

 ……だが、ウサギと違うのは、『こっちには知恵と武器がある』ってことだ。

 

 

 

 

 いくつか角を曲がった先、クルマの前方に高層ビルの廃墟が見えてきた。

 二本に枝分かれした上部をぶった切られたように崩れていたが、それでも天を突くほどに高い。

 ビルの廃墟から道路をまたぐ形で、橋みたいな連絡通路が架かっている。

 

 その連絡通路の手前にクルマが差し掛かり、わたしは叫んだ。

 

「今だっ!」

「りょーかいっ」

 

 その合図と同時に、エミィはハンドルとシフトレバーを巧みに捌き、猛スピードそのままにクルマが急旋回した。

 

 車体が独楽(こま)みたいにぐるぐるスピンし、遠心力に(へそ)の下をぐいと引っ張られて三半規管が振り回される。

 タイヤとブレーキがこすれる悲鳴のような音と、摩擦熱でゴムの焦げる悪臭が、わたしたちの五感を刺激した。

 曲芸めいたスピンターン、そして逆走。

 もし交通安全の取り締まりがあったら間違いなく一発免停だ。

 だが、その危険運転のおかげで、わたしたちを乗せたクルマは、車線を変えることも停まることもなく車体の向きを変えることに成功した。

 クルマは、後ろから迫るアンギラスの方へと逆走し、四本足の足元を(くぐ)り抜けてゆく。

 

 追いかけていた獲物が突然ターンしたのに合わせ、アンギラスもその場で踏ん張った。

 しかしクルマが急に止まれないのと同じく、暴走する怪獣も急には止まれない。

 アンギラスの巨体は、道路をまたいでいるビルの連絡通路を突き破り、双子のビルのちょうど真ん前で止まった。

 

 

 

 

 そのタイミングを見計らって、わたしはリモコンで『起爆』した。

 

 

 

 

 

 アンギラスが立ち止まった、まさにその真下の地面が爆発した。

 

 

 

 

 

 地下からの大衝撃により周辺一帯が大いに揺れ、アンギラスの足元は落盤を起こした。

 突如足場を崩されたアンギラスは、目の前にある双子の廃ビルへ掴まろうとした。

 

 アンギラスにとっての不運は、とっさに掴んだその廃ビルがアンギラスの巨体を支えてくれるほど頑丈じゃなかったことだ。

 

 まるでグラスタワーの下に敷いたテーブルクロスを引き抜く曲芸に失敗したかのように、廃ビルは根元から崩れ、アンギラスの頭上から覆いかぶさるように倒れてきた。

 大気の揺れる轟音とともに、崩れ落ちるビルの残骸が壮絶な土煙を巻き上げ、アンギラスの巨体がビルもろとも地中へと沈む。

 アンギラスは崩れ落ちてくるビルを仰ぎ見ながら、大量の瓦礫の下敷きになってしまった。

 

 

 

 そして、巻き上がる粉塵で一帯が茶色とグレーに染まっていった。

 




読み辛かったので序盤をまとめて整理しました。


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4、メカゴジラ出現 ~『ゴジラ対メカゴジラ』より~

 ……土煙も届かない離れた場所、『都庁北(トチョウ キタ)』という標識が立っている交差点。

 わたしたちはクルマを停め、様子を窺った。

 

 威容を誇った双子の廃ビル。

 つい先ほどまでは天にも昇る高さだったのに、いまや跡形もなかった。

 道路の方は地下の空洞が潰されて完全に陥没。本来なら大穴が空いているところだが、倒壊したビルから生じた大量の瓦礫で見事に埋め立てられている。

 ……うまくいった。

 わたしは軽く息を()き、ほくそ笑んだ。

 回収から遭遇、トラップポイントへの誘導。

 

 全部わたしの読みどおりだ。

 

 この作戦を立案したのは、『この辺り一帯をアンギラスが縄張りにしている』という目撃談を耳にしたからだ。

 わたしはまず現地の地図と、クルマに詰め込めるだけの大量の爆薬を用意した。

 そして現地で回収作業に入る前に適当なビルに目星をつけて、この一帯にある地下通路の跡地に爆薬を設置。

 いざアンギラスが出現したらトラップポイントへ誘導、落とし穴とビル倒しで、アンギラスをやっつけてしまうトラップ戦術を考えた。

 そしてわたしの作戦は上手く嵌まってくれた。

 大成功だ、いえーい!

 わたしはエミィに向かって掌をかざし、その手にエミィもハイタッチを返してくれた。

 そうやってわたしたちは、ひとときの勝利の美酒に酔いしれたのだった。

 

 依頼人が高額の報酬を出してきたのも、きっとアンギラスのせいだろう。

 アンギラスと真正面からやりあおうとすればそれこそ軍隊並の装備を用意する必要がある。

 ならば多少割高でも日雇いのアルバイトを送り込んでしまう方が安上がりだ。

 上手くいけばそれでよし、上手くいかなくてもここのアンギラスがどれだけのものか小手調べくらいにはなる。

 つまるところ、わたしたちは『捨て駒』だ。

 だけど、別に不満は感じない。

 こんなのは慣れっこだったし、そういう立場だからこそ危険報酬としてオカネにもなる。

 

 

 水筒の御茶をコップに注いで一服しながら、わたしは生き埋めにされてしまったアンギラスの方を見た。

 数十メートルもあるアンギラスの巨体は完全に地中へ埋まってしまっており、トゲトゲの生えた尻尾の先端がかろうじて見えているだけだ。

 人間で言えば、落とし穴に嵌まった上に雪崩に呑まれて生き埋めにされてしまったようなものだ。

 怪獣だったら死ぬことはないにしても、これではしばらく動けまい。

 ……ごめんね、アンギラス。

 あなたはただ自分の住処に余所者が来たのが気に入らなかっただけだよね。

 わたしたちだって別にあなたが嫌いなわけじゃないし、あなたに迷惑をかけたかったわけじゃないんだ。

 ただ、安全に通りたいからちょっとだけ寝ててほしい。

 ……自分で生き埋めにしておきながら謝るなんて、我ながら白々しいなあ。

 そんなことを考えていたら、ふと、クルマのカップホルダーに入れたコップの御茶がやけに波立っていることに気付いた。

 ダッシュボード上に飾ってあった首振り人形がカタカタカタ……と震えている。

 震えは次第に大きな揺れになり、やがて巨大な地鳴りとなって、一帯を揺るがし始めた。

 ……なんだろ、地震かな。

 怪訝に思っていた矢先、ひときわ大きな縦揺れで、わたしたちの乗ったクルマが飛び上がった。

 コップの御茶はぶちまけられ、首振り人形は吹っ飛んだ。

 

 ……いや、地震じゃない!

 

 わたしたちは同時にクルマの外を見た。

 窓越しに見える瓦礫の山が大爆裂。

 コンクリートの土砂を吹き飛ばして、巨大な頭が現れた。

 

 

 反り返った角に、鋭い牙と眼光の獰猛な顔。

 暴龍、アンギラスだ。

 完全にノックアウトされていたのかと思いきや、未だにぴんぴんしていた。

 

 

 ……あいつ、どんだけタフなの。

 あまりのことに口をあんぐり開けて眺めていたら、こちらに振り向いたアンギラスと目が合ってしまった。

 その目つきは血走っていて、そして鼻息が随分と荒い。

 剥き出しにした牙の隙間から、噴煙みたいな吐息が地鳴りのような唸り声と併せて噴射されている。

 

 あれはどう見たって、怒ってる。

 

 ……やばい、逃げよう。

 わたしがそう言う前に、エミィはクルマのエンジンを再始動していた。

 同時にアンギラスも、火山噴火の爆音みたいな雄叫びを挙げた。

 ……ところが、クルマは動かなかった。

 クルマのエンジンを吹かすエミィだったが、エンジンからおかしな音が鳴るだけで、クルマはまったく動いてくれない。

 エミィが怒鳴った。

 

「オーバーヒートだ! エンジン()て!」

「あーもーこんなときにっ!」

 

 わたしは助手席から降り、クルマの前方に回って、ボンネットを開けた。

 途端に、焦げた臭いがツンと鼻を突く。オーバーヒートでリザーブタンクの冷却水が干上がったのだ。

 クルマを再発進させるには、冷却水の補充が必要だ。間に合わせなら普通の水でもいいのだが、かといってすぐ交換するわけにもいかない。しばらく冷ましてから開封しないと、リザーブタンクから圧の掛かった蒸気が噴き出して、大火傷をする羽目になる。

 

 

 クルマの後方を振り返ると、アンギラスの方もてこずっていた。

 地下空洞に嵌まってしまった様子のアンギラスは、地上へ這い上がろうともがいているのだが、蟻地獄みたいに瓦礫が崩れてゆくせいか、なかなか上がってこられないようだ。

 とはいえ、そんなのは時間の問題だ。いずれ上がってくるだろう。

 アンギラスは、ちっぽけな人間風情に一杯喰わされたのがよほど業腹(ごうはら)だったのか、修羅の形相でわたしたちを睨みつけていた。

 『もしも這い上がれたら真っ先に叩き殺してくれよう』、そんな顔をしている。

 

 

 

 ……クルマのエンジンを冷ましている時間はない、いっそクルマを捨てるべきかも。

 そんな考えが頭をよぎった。

 

 

 

 こんなこともあろうかと、一帯の地下道は全部チェック済だ。

 しかもちょうどいいことにすぐ目の前には地下道への入り口がある。

 近くにはターミナル駅があるし、かつては地下鉄も走っていた。つまり地下鉄の線路があるはずだ。

 このまま地下に逃げ込んで身を隠し、立川(タチカワ)の拠点に逃げ帰る。

 そこまでやればアンギラスだって流石に諦めてくれるだろう。

 ……ただし、この作戦には重大な欠点がある。

 

 それは『依頼品を持ち帰れない』ことだ。

 

 そもそも最初からこの作戦を取らなかったのも、荷物の問題があるからだ。

 特に依頼品、飛行機の残骸から回収した銀のトランクは、クルマ抜きで運べる重さではない。

 さて、悩んでいる余裕はない。

 状況を天秤にかけ、わたしは即断した。

 

 

「エミィ、クルマから降りて!

 地下に逃げよう!」

 

 

 報酬も惜しいが、やっぱり命あっての物種(ものだね)だ。

 ここはまず逃げて、ほとぼりが冷めてからトランクを回収しに戻る、という手もなくはない。

 

「わかった!」

 

 エミィも(うなず)き、クルマの運転席から飛び出した。

 最低限の荷物を取り出そうとクルマの後部に回ったわたしがクルマの荷台を開けたとき、荷台の奥で物音がした。

 見ると、トランクを固定していたはずのストラップが一本、いつの間にか外れていた。

 ……カーチェイスの振動でストラップが壊れたのだろうか。

 

「いそげリリセ! アンギラスが出てくるぞ!」

「あ、ゴメンゴメン!」

 

 エミィの怒鳴り声で我に返り、わたしは非常用のアタックザックを手に取った。

 このアタックザックには、二日程度の野営が出来るだけの食料と水が詰めてある。これさえあれば二日、飲み水が確保できれば数日は隠れていられるはずだ。

 そしてそれだけ時間があれば、拠点へ逃げ帰るのには充分だろう。

 アタックザックを背負い、目の前の地下通路へ急いだ時だった。

 

 誰も乗っていないはずのクルマが、ごとん、と大きく揺れた。

 

 地下道に向かうつもりだったわたしは足を止め、そっちの方へと振り返った。

 ……クルマの中で、重たい金属製の何かが動いたような気がする。

 不審に思っていると、クルマの荷台から、金属のぶつかり合う物音が聞こえてきた。

 やはり気のせいではない。荷台で何かが動いている。

 

「なにやってる、とっとと逃げるぞ!」

 

 地下道の入り口で手招きをするエミィに、わたしは「ちょっと待って!」と叫んだ。

 わたしはクルマへと駆け戻り、荷台を覗き込む。

 クルマの中で動いていたのは、やはり例のトランクだった。

 ストラップが完全に外れており、トランクが独りでにガタガタと蠢いていた。

 ……中に何か入っている? いや違う、トランク自体がもがいているような。

 そうこうする内に、不意にトランクが光を放った。

 

「ぐわっ!?」

 

 トランクからの赤い光に目が(くら)み、わたしは咄嗟に顔を両腕で庇った。

 赤い光は、数秒ほどわたしの顔を舐め回して走査していたが、やがて調べ終えたと言わんばかりに消えてしまった。

 

 変化はとつぜん始まった。

 

 トランクが真っ二つに開き、中から銀色の結晶をギゴガゴと生やしたかと思うと、鋼の塊となって変形を開始した。

 まるで見えない手が寄木細工を分解しているかのようだ。

 変形スピードはどんどん加速してゆき、わたしの目が追い付かないほどの速さと緻密さとなって、やがてひとつの完成形へと辿り着いた。

 

 そいつのシルエットは、恐竜に似ていた。

 

 大きさは子供サイズ。身長160センチのわたしより小柄なくらいだ。

 背中には鋭く尖ったクリスタル状の背鰭が生えており、尻からは長い尾が伸びている。

 そして両肩から伸びているのは、ガラス細工のように繊細で猛禽のように逞しく、日本刀のように美しい白銀の翼。

 そして荷台の暗がりで、左右の赤い眼光がギロリと光った。

 

 

 

 そのときわたしは理解した。

 依頼人が回収するように命じた荷物とは、トランクの中身ではなくトランクそのもの。

 トランクから変形したこの〈銀色の影〉だったのだ。

 

 

 

 トランクから完全変形を遂げた銀色の影は、赤い瞳でわたしを一瞥すると、広げた翼からマゼンタの炎を噴射し始めた。

 このマゼンタ炎はおそらくプラズマジェット、翼に搭載されているのはプラズマジェットブースターだろう……などと理解する間もなく、銀色の影はクルマの天板(ルーフ)を突き破って外へ飛び出した。

 空に舞い上がった銀色の影はプラズマジェットの尾を引きながら急上昇し、大気を裂く高音を伴いながらみるみるうちに空高く舞い上がって行ってしまった。

 銀色の姿は今や天空の彼方、地表からはゴマ粒ほどの大きさにしか見えない。

 

「なんだ、あれ……」

 

 そんな呟きが聞こえたので振り返ると、傍らにはエミィがいた。

 愚図愚図とクルマの傍に残っているわたしを連れ出すために、戻ってきていたようだ。

 エミィは目の前の光景に唖然とした様子で、口をぽかんと半開きにしたまま空を見上げていた。

 

「あいつ、なんなんだ……?」

 

 聞かれたわたしは正直に答えた。

 

「わかんない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を飛び回る、銀色の影。

 

 プラズマジェットの飛行機雲を引きながら、並び立つビルのジャングルの隙間を縫って、アンギラスの頭上でホバリングする。

 そして銀色の影は、地表にいるアンギラスを見下ろしながら両腕を真っ直ぐ伸ばした。

 構えた掌の部品が細かく組み替わって、一つのカタチへと変形してゆく。

 二本の細長いレールが並行に走る形状。

 わたしは、銀色の影が構えた大砲の形状に見覚えがあった。

 

 〈レールガン〉だ。

 

 『超電磁砲』というのはアニメマンガの名前で、正式には『電磁加速投射砲』と呼ばれる、電磁力で加速した弾丸を発射する兵器である。

 その弾速は超音速、並大抵の装甲なら容易く貫通してしまう強力な武器だ。

 銀色の影の腕から伸びた大砲は、エガートン=オーバリーの映画に出てきたあのハイテク兵器にそっくりだった。

 長い砲口をアンギラスの方へと向け、銀色の影は、鋭い金属音と共にレールガンを発砲した。

 超音速の弾丸はアンギラスの甲羅に命中、アンギラスの体表で金属が打ち鳴らされるような甲高い音が響き渡る。

 アンギラスには大したダメージを与えられていない。

 発射速度が超音速でも、弾が小さすぎるのだ。

 

 しかし、アンギラスの気を引くにはそれで充分だった。

 いきなり超高速の鉄砲玉を撃ち込まれたアンギラスは怒号を挙げ、標的を頭上を飛んでいる銀色の影へと変更。

 怒った勢いのまま力任せに生き埋めから這い上がった。

 

 アンギラスの挑発に成功した銀色の影は、まるでアンギラスをわたしたちから引き離すかのように反対方向へ移動を開始。

 地上のアンギラスも乗せられて、銀色の影を追って四足で駆け出し、わたしたちから遠ざかってゆく。

 わたしの視界から二体の姿が見えなくなり、遠くの方からレールガンの発砲音と、アンギラスが暴れ回る地響きが聞こえてくる。

 

 ……向こうはどうなってるんだろう。

 わたしはクルマのダッシュボードから双眼鏡を二つ取り出した。

 一つをエミィへ手渡すと、自分もその隣で遠くの空を覗き込んだ。

 

 

 

 わたしたちが見上げる空は、鮮やかなブルー。

 どこまで行けそうな果てしない蒼穹(そうきゅう)を、銀色の影が軽やかに舞う。

 その眼下ではアンギラスが、銀色の影を叩き落そうと周囲の建物を滅茶苦茶に叩き崩しながら飛び跳ね続けている。

 

 

 

 コンクリートジャングルの狭間で繰り広げられた銀色の影とアンギラスの戦いは、膠着状態に陥りつつあった。

 銀色の影はレールガンという飛び道具で牽制射撃を繰り返しているものの、アンギラスの頑強な鎧には通用しない。

 一方、アンギラスは頭上を飛ぶ銀色の影に吠え立てているが、飛び道具を持たないアンギラスでは、頭上の遥か高い位置を飛び回っている銀色の影へ攻撃することが出来ない。

 片や決め手がなく、もう片や攻撃が届かない。

 

 そんな膠着状態(デッドロック)を脱するために、銀色の影は次の手を繰り出すことにしたようだ。

 両腕のレールガンのパーツが細かく分割されて組み替わり、鋭利なブレードへと変形した。

 刀身に電光が灯り、さらにマゼンタの火花が滑り始める。

 ……まさかアンギラス相手にチャンバラでもするのかな。

 そう思いながら眺めていると、銀色の影はブレードを思い切り振りかぶり、同時にブレードの刀身がさらに伸びた。

 いや、刀身が伸びたというのは正しくない。

 より正確に言えば、ブレードの刀身が細かく分割された上で長いワイヤーで繋がっていた。

 その形状は金属チェーンで出来た鞭のようにも見える。

 

 わたしは悟った。

 アレは『蛇腹剣(じゃばらけん)』だ。

 

 刀剣の一種で、刀身の部分がワイヤーで繋がった蛇腹状になっており、鞭のように振り回して相手を切り裂くとてもカッコいい武器だ。

 とはいえ蛇腹剣はフィクションの産物である。

 まず強度の問題があるし、分割したところへゴミが挟まったらそれだけで壊れてしまう。

 そもそも鞭みたいに縦横無尽にしなる剣なんて、危なっかしくてとても使えたものではない。

 そんなアニメマンガさながらの蛇腹剣を、銀色の影は思い切り振るった。

 振りかぶる動きに連動して蛇腹剣は数十メートルも伸び、ビル群の谷間を跨いで射線上の高層ビルへと突き刺さる。

 ブレードの先端部分がビルにしっかり突き刺さったのを確認したところで、銀色の影はビルの周りをぐるぐると旋回。

 ビルの外周に、腕から伸ばした蛇腹剣の刀身を巻きつけた。

 ……まさか、あんなオモチャみたいな蛇腹剣で高層ビルを輪切りにするつもりとでもいうのだろうか。

 いや、出来るわけがない。

 そう考えたわたしの予測は見事に裏切られた。

 

 

 鋭い金属の擦過音とともに、コンクリートジャングルの大木の幹を斬撃が駆け抜けた。

 切り口からコンクリートの粉塵が噴き出し、地鳴りと共に高層ビルの上部がぐらりと揺らいだ。

 

 

 銀色の影が蛇腹剣を巻きつけた高層ビルは、ノコギリで挽き切ったかのように真っ二つに斬れてしまった。

 そして切り落とされたビルの上部分は、空を見上げていたアンギラスの顔面へと落下した。

 

 巨大なコンクリートの塊が鼻先へ直撃し、悲鳴を挙げて怯むアンギラス。

 その隙を、銀色の影は見逃さない。

 銀色の影はビル一本に留まらずさらに続けざまに両隣のビルもあっという間に切り刻み、レールガンの砲撃で叩き倒して、アンギラスへ大量の瓦礫のシャワーを浴びせた。

 次々と降り注ぐコンクリートの土砂降りに、さしもの大怪獣アンギラスでさえも為す術もない。

 

 空を縦横無尽に飛び回り、大怪獣アンギラスと互角以上に渡り合う銀の影。

 

 昼間の強い白光を煌びやかに写す、金属結晶状のシルエット。

 両手に携えているのは、岩を貫き鉄をも斬り裂く、雷光の剣。

 背中に負うのはクリスタルの背鰭と、マゼンタの噴射炎を帯びた鋼の翼。

 そして脊椎から連なって伸びる長い尾が、運動の慣性に引かれてしなやかにうねっている。

 銀色の影はまるで重力や空気抵抗なんて無いかのように、広い蒼穹(そうきゅう)を縦横無尽に飛び回っている。

 時に、目にも止まらぬスピードまで急加速して、あるいは時を止めたように急停止、急旋回から急降下、V字回復の急上昇。

 何物にも縛られず誰にも停めることはできない。

 天空を制するその動きはまさに自由自在で、時には視線が追いつかずマゼンタとシルバーの残像にしか見えない瞬間さえある。

 

 ……スゴイ。スゴすぎる。

 わたしが数日がかりで仕込んだアンギラス撃退作戦を、銀色の影はほんの数分で再現し、そしてそれ以上の成果を上げていた。

 軍隊だって手を焼くような大怪獣アンギラス相手に、銀色の影はたった一体で挑み、しかもまったく遅れを取っていない。

 四十三式艇(ホバーバイク) 百機分、いやそれ以上の戦力に違いない。

 

 

 

 そんな銀色の影の大活躍を双眼鏡越しに見つめながら、わたしはひとつの名前を思い浮かべた。

 

 

 

 銀色の影の大活躍は、かつて観たエガートン=オーバリーの特撮映画、その劇中に登場した『兵器』のイメージとだぶって見えた。

 二十年以上も前、旧地球連合の偉い人たちは『最終決戦兵器』を建造してゴジラをやっつけようとしたのだという。

 

 ――――体高50m、重量3万トン。

 分厚く撒き散らしたナノマシンの濃霧で、相手のエネルギー攻撃を弾いてしまう、鉄壁の熱エネルギー緩衝層:ディフェンスネオバリヤー。

 射出した鋭い刃を無線誘導で縦横無尽に操って、相手の全身を細切れに裂いてしまう鋼鉄の矢:ブレードランチャー。

 ダイヤモンドよりも固く、串刺しにした相手の体内へナノマシンを流し込んで体の構造そのものを作り替えてしまう毒槍:ハイパーランス。

 中性子透過力を利用して、相手の身体を撃ち抜いてしまう超強力な荷電粒子砲:収束中性子砲。

 

 地球史上最強の戦闘マシーン。

 硬く光る虹色の地肌に、強烈なロケットを着けた、ウルトラCのスゴくて強いヤツ。

 この世の絶望:ゴジラを倒し、人類に明るい未来を取り戻してくれるはずだったあの兵器のことを、地球の人々は〈人類最後の希望〉と呼んでいた。

 

 そうやって造られる()()()()()最終決戦兵器、その名前は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしが呆然と眺めているうちに、アンギラスをほぼ完全に埋め立ててしまった銀色の影は、わたしたちの方へと戻ってきた。

 銀色の影はふわりと舞いながら、たしかな重量を感じる金属質な着地音とともに、わたしたちの前へと降り立った。

 

 ……改めて見てみると、その銀色の影の姿は明らかに人間離れしていた。

 両腕の蛇腹剣を縮めたブレード。

 その刀身は摩擦で真っ赤に焼けて、溢れた熱が大気を歪めて蜃気楼をくゆらせている。

 脚は趾行性、つまり鳥や獣と似た爪先立ちになっていて、尻からは同じく長い恐竜の尻尾が伸びている。

 その背に負うのは脊椎に沿って三列で並ぶクリスタルの背鰭と、先ほどまでマゼンタのプラズマジェットを噴き出していた白銀の翼。

 人肌の質感を帯びた皮膚と、そのところどころを護る金属結晶の鎧。

 そして、赤い光が零れる瞳。

 その姿は無機と有機の融合体。

 まさに生体機械(バイオメカノイド)だ。

 鋭い爪と翼、長い尻尾、そして強大な力。

 その異形は古い物語の悪魔を思わせる。

 本能的な恐怖でわたしは咄嗟にエミィを庇い、エミィも思わずわたしの服をぎゅっと掴んだ。

 

 

 

 ちょうどそのとき、アンギラスは再び生き埋めから脱した。

 

 

 

 顔つきは口元を引きつらせて牙を剥き目を剥いた、すさまじい憤怒に歪んだ表情だった。

 ……怒って当然だろう、二度も生き埋めにされたのだから。

 だけど、アンギラスは襲ってこなかった。

 アンギラスが忌々しげに唸りながら睨みつけているのはわたしたちの方ではなく、そのあいだで仁王立ちしている銀色の影だ。

 銀色の影は、腕のブレードをアンギラスへ向けている。

 

 

 『次は生き埋めどころでは済まさない』

 銀色の影がアンギラスに突きつけているのは、そういう意志表示だった。

 

 

 そんな無言の警告を、アンギラスは素直に受け取ったようだった。

 『……今回だけは見逃してやる』

 そう言わんばかりにアンギラスは(きびす)を返し、わたしたちと銀色の影へ背中を向けて駆けだした。

 アンギラスの巨体が、地鳴りのような足音と共にコンクリートジャングルの狭間へと遠ざかってゆく。

 ……もともと命を奪うことに興味がなかったのか。

 それともこれ以上戦ってもエネルギーの無駄だとでも思ったのか。

 逃げていったアンギラスを、銀色の影は追撃しなかった。

 

「……ふう」

 

 アンギラスの姿が見えなくなったところで銀色の影は溜息を洩らしながら、両腕の武器と翼、尻尾を体内へ格納し、そしてわたしたちの方へと振り返った。

 思わずたじろいだわたしは、銀色の影の顔を真正面から見た。

 ……綺麗な顔だ。

 ファイバーよりも精美な銀髪をかき上げたその表情は、人間の少女にしか見えない。

 呆けているわたしたちを銀色の影はじっくり見つめていたが、やがて微笑みこう言った。

 

 

 

 

「……よかった。怪我はしてなかったんだね」

 

 

 

 

 そんな〈彼女〉を見て、わたしはこう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……このコは悪魔なんかじゃない。

 もしもこの子が悪魔だというなら、悪魔がこんな優しい笑顔で気遣ってくれたりするものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この子は天使だ。

 鋼の後光を背負った、機械仕掛けの天使様。

 

 それが彼女――〈メカゴジラⅡ=レックス〉に対して、わたしが(いだ)いた印象だった。




新宿、青梅街道架道橋(通称:新宿大ガード。文中でアンギラスが飛び越えたガード)

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5、メカゴジラⅡ=レックス

自由ってやつは楽しいもんだぜ

僕も昔は縛られてた

だけどいまでは幸せいっぱい

バラ色の夢 輝いている

自由ってやつは楽しいもんだぜ

なんて素敵な 世の中だろう!

 

I've got no strings(邦題:もう糸はいらない) 『ピノキオ』より

 

 

 

 

 

 

「……やっぱりダメかな?」

 

 わたしの質問に、クルマのボンネットに顔を突っ込んで作業していたエミィがひょいと顔を出して答えた。

 

「ダメだろうな。

 元々かなりガタがきてたのを騙し騙し乗ってたからな。そんでもって無茶な曲芸走行。

 水は足したから帰るくらいまでは持つだろうけど、エンジンもオーバーホールしないと」

「そっか……」

 

 エミィの診断に、わたしは内心で肩を落とした。

 今回は爆薬や情報収集など、事前準備にかなりのカネを使った。

 さらにクルマのオーバーホールなんてすれば今回の報酬はパア、下手すれば赤字だ。

 安くやってくれる伝手(つて)はいくつかあるし、エミィと二人で修理すればなんとかトントンにまでは持っていけるとは思うけど、見込んでいた利益が消えてしまうのはやはり(こた)えるものがある。

 

「……ごめんね、エミィ。

 必要経費で落ちないか依頼人にネゴってみるけど、誕生日はちょっと先でいいかな?」

 

 3月に誕生日を迎えたばかりのエミィに、わたしは誕生日を祝ってあげる約束をしていた。

 だけど、その約束を守れそうにない。

 

「……別に。クルマの方が大事だ」

 

 そう言ってくれるエミィだったけれど、その表情はやはり寂しげに思える。

 いつも頭痛持ちのような表情をしているので他の人にはわかりにくいのだが、付き合いの長いわたしにはわかる。

 エミィはとても楽しみにしていたはずだ。

 日頃から我慢させることも多いので今回こそはと思っていたのだけれど、それも無理になってしまったようだ。

 

「…………。」

 

 そんなわたしたちの様子を、ひとりの少女が眺めていた。

 ファイバーに似た銀色の髪に、赤い光が爛々と輝く瞳。

 先にアンギラスと戦った、銀色の少女だ。

 クルマの傍に座り込んでいた銀色の少女は立ち上がり、エミィの方へと歩み寄ってきた。

 そしてエミィの脇からずいと身を乗り出し、エンジンを覗き込みながら口を開く。

 

「……うん、これくらいだったらオーバーホールなんて要らないよ。直したげるね」

「……なんだって?」

 

 と、エミィが聞き返すよりも先に、銀色の少女はエンジンに手を突っ込んで弄繰(いじく)り回し始めた。

 

「お、おい、勝手に触るなっ……」

 

 そうやってエミィが止めるより先に、銀色の少女は「はい、終わった」と手を引っ込めた。

 煤で汚れた手をぱんぱんと払いながら、銀色の少女は言う。

 

「ベルトが傷んでたのと、リザーブタンクが液漏れしてたから、ナノメタルで補修しておいたよ。

 あと、今すぐじゃないけど点火プラグは新品に替えた方がいいかな」

 

 銀色少女の説明を聞いたエミィは、すぐさまエンジン内部を覗き込んだ。

 そしてその説明が正しいことを悟ると、ばつの悪そうに目線を逸らしながら、礼を言った。

 

「……ありがと」

 

 (うめ)き声に似たエミィの感謝に対し、銀色少女は、愛想良く笑って言った。

 

「どういたしまして!」

 

 

 ……やっぱり。

 銀色少女がクルマを修理する、その一連の動作を見ていたわたしは一つの確信を得た。

 さきほど銀色少女が口にした〈ナノメタル〉という単語。

 おそらくきっと、いや間違いない。

 ()()ナノメタルだ。

 

 ――自律思考金属体(Self Sustaining Metal)

 通称:ナノメタル。

 それは宇宙由来のハイテク素材で、その名のとおりナノ(十億分の一)の世界を支配するテクノロジーである。

 とてつもなく小さいナノメートル単位のコンピュータを無数に集めた構造を持ち、それ自体が並列コンピュータとして思考し、発電機としてエネルギー源にもなり、さらには自由自在の流体として整形可能で、固体となれば鋼よりも頑丈だ。

 自分で物を考えて、人類の為に役立つものをなんでも創ることができる。

 科学文明の極致であり、まさに夢の素材(マテリアル)

 それがナノメタルなのであーる!!!!

 

 

 ……というのは、エガートン=オーバリーが撮った宣伝映画の受け売りである。

 そんな小さなコンピュータをどうやって作ったのかとか、どうやって制御してるんだとか、詳しい理屈はよくわからない。

 昔ナノメタルを使った兵器の『建造計画概論』とかいう資料を読んだことがあるが、わたしの学力では結局さっぱり理解できなかった。

 

 そして、銀色少女はそのナノメタルを自由自在に操ることが出来る。

 そんな存在なんてこの世にひとつしかない。

 

 わたしたちの眼前で、銀色少女はドンと胸を叩いて言った。

 

「困り事があったら、何でも頼んでね!

 クルマの修理、炊事洗濯、怪獣退治!

 この〈メカゴジラ(ツー)=レックス〉が、なんでもやってあげるよ!」

 

 ……その言葉で、わたしは確信した。

 

 

 

 銀色少女の正体は、〈メカゴジラ〉だ。

 

 

 

 わたしたちが運び出すはずだった依頼品の正体は、かつて『人類最後の希望』と呼ばれた対ゴジラ超重質量ナノメタル製決戦兵器、メカゴジラだったのだ。

 『レックス』というのはきっと型番、あるいは暗号名かなにかだろう。

 

 

 ……しかし、疑問点は多い。

 まず第一に、どうしてメカゴジラが現存しているのか。

 富士の工場で建造中だったメカゴジラは、西暦2046年に日本を襲撃した『キングオブモンスター』によって破壊された。

 それが西暦2046年以降の歴史的事実、今の地球人たちの常識だ。

 

 その十七年前に破壊されたはずのメカゴジラが、なんで新宿のド真ん中で野晒しにされていたのだろうか。

 

『実はメカゴジラをもう一機こっそり造ってたんだよ!!』

 

 ΩΩΩ< な、なんだってー!?

 M〇Rもビックリだ。

 ……いや、あの人たちは毎回驚いてるな。

 ともかく、メカゴジラの二号機があったなんて話は聞いたこともない。

 一機しかないからこそメカゴジラは『人類最後の希望』なんて呼ばれていたし、それが喪われたからこそ人類はアラトラム号とオラティオ号で地球を脱出したんじゃないのか。

 その虎の子のメカゴジラがもう一機あったというなら、あんな大々的に騒いで地球を脱出していった人たちがバカみたいじゃないか。

 

 ……それに、眼前にいるメカゴジラⅡ=レックスは、本当にわたしが知っているメカゴジラなのだろうか。

 わたしの知っているメカゴジラは、身長50メートルで総重量3万トンの巨大ロボットだ。

 全身が銀色のパーツで作ってあって、如何にも怪獣みたいな長い尻尾があって、ギザギザの背鰭が並んで生えていて、体からビームを発射する、そういうカッコいいロボット怪獣のはずだ。

 

 実際、エガートン=オーバリーの映画に出てきたメカゴジラもそんなデザインをしていた。

 聞くところによると映画劇中のメカゴジラは実物を忠実に再現していたらしいし、かつて造られていたメカゴジラだってきっと巨大ロボットだったはずである。

 おそらく他の誰に聞いたって、メカゴジラと言えばあの映画に出てきたような怪獣然とした姿を想像するだろう。

 

 (ひるがえ)って、メカゴジラⅡ=レックスである。

 確かに面影はある。

 銀色のパーツ、長い尻尾、ギザギザの背鰭、細部の意匠だけを取り出してみればメカゴジラ()()()要素はなくもない。

 わたしの幼馴染がよく描いている漫画――轟天号などの超兵器をモデルした美少女ヒロインが怪獣と戦う漫画だ――にメカゴジラがモデルのキャラクターがいたらこんな感じになりそうだ。

 

 

 とはいえ、この子が本当にメカゴジラかと言われれば首をひねらざるを得ない。

 飽くまで()()()()()()()()()()()()ぐらいの話である。

 わたしには、眼前でニコニコ笑っている銀色の少女があのメカゴジラの同類だとは到底思えなかった。

 というか何もかもが違いすぎて、この銀色少女をメカゴジラと呼んでいいのか悩んでしまう。

 

 もし他の人に『これが新しいメカゴジラです』なんて言ってメカゴジラⅡ=レックスを見せたら、さぞ戸惑うことだろう。

 それがメカゴジラ映画の熱心なファンだったら、腐った(Rotten)トマトでも投げつけられるんじゃないだろうか。

 

 

 何もかもがおかしい。

 一体どういうことなのだろう。

 辻褄の合わないことだらけだ。

 

 

 ……そんなわたしの思惑など露知らず、メカゴジラⅡ=レックスはわたしとエミィの顔を交互に覗き込みながら、「ねえねえ」と訊ねた。

 

「ねえねえ、他に、何か役立てることはない?」

 

 尽きない疑念を胸に留めつつ、わたしはメカゴジラⅡ=レックスに言った。

 

「大丈夫だよ、レックス。あなたは充分やってくれた。休んでおいで」

 

 その言葉にメカゴジラⅡ=レックスは頬を膨らませた。

 

「えーっ? 休んでおいで、って言われても困るよ。なにかない?」

 

 そう言って、メカゴジラⅡ=レックスはわたしの周りをぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 

 ……メカゴジラⅡ=レックスは、一事が万事、こんな調子だった。

 アンギラスを追っ払って以降、最初に出会った人間であるわたしたちの様子を終始観察し、隙あらば手伝おうとしてくるのだ。

 

「御父様が言っていたんだ、『困っている人がいたら、迷わず力を貸してあげなさい』って。

 ねえ、本当に何もないの?」

「そう言われてもねえ……」

 

 困っている人がいたらと言われても、そもそも困っていないのだから仕様がない。

 むしろ、困り事がないことに困っている感すらある。

 

「……無いって言ってんだろ。くどいぞ」

 

 わたしとメカゴジラⅡ=レックスの会話を横目で見ていたエミィが、広げていた工具を片付けながら言った。

 辛辣なエミィの言葉に、メカゴジラⅡ=レックスが振り返って訊ねる。

 

「本当に? 本当にないの? あ、工具片付けるの手伝おうか?」

「うっさい、触んな、鬱陶(うっとう)しい。

 休めって言ってんだから、あっちで休んでろ」

「うーん、わかった……」

 

 ここまで言われてからようやく諦めたのか、レックスは指された方へとトボトボ歩いていって、隅っこにちょこんと座り込んだ。

 そんなレックスをイライラしたような目つきで睨みながら、エミィは工具の片付けを続けた。

 

 

 ……わたしが見る限り、今のメカゴジラⅡ=レックスは驚くほど人間に似ていた。

 

 身長はエミィと同じか、少し高いくらい。

 ナノメタル製だから重量はあるものの、遠目に見たら人間の子供と区別なんかつかないだろう。

 

 両手足も今は人間のそれで、細くて柔らかそうな指が見て取れる。

 アンギラスと戦うときに使った〈レールカノン〉と〈メーサーブレード〉、クリスタルの背鰭、長い尻尾、そして鋼で出来た大きな翼は今は名残も見えない。

 考えるまでもない。

 あんなゴテゴテした武器だの翼だのをつけっぱなしでいたら邪魔になる。

 さっきのバイオメカノイドな姿は飽くまで戦闘時のもので、非戦闘時は全て体内に格納しているのだろう。

 

 強いて常人と変わっているところと言えば、髪が銀色なことと瞳が赤いこと、そして各部から金属パーツが覗いているところぐらいだろうか。

 しかしそれらだって髪については『染めている』と言えば誤魔化せないこともないし、生まれつき赤い瞳をしている人もいる。

 ところどころから見え隠れしている銀色のパーツだって、上から服を着てしまえばわからないかもしれない。

 

 人間らしいのは外見だけでない。

 表情や仕草、情緒だって、たぶん人間とそう変わらない。

 

 出会った直後こそ天使様かなにかと思ったが、まさか実際の天使様がこんなに人懐っこいもんだとは思わなかった。

 レックスの振る舞いはまるで子供だ。外観は中学生くらいに見えるが、心は小学生くらいなんじゃないだろうか。

 『人類の役に立つために生まれた』ことにこだわるところは一風変わっているけれど、褒めてもらいたがりで構ってほしい子供として見ればこんなもののような気もする。

 

 

 そんなことを考えながら、わたしはメカゴジラⅡ=レックスが淹れてくれたコーヒーを啜った。

 あったかいコーヒーが、春先の肌寒い気温に曝された身体へと染み渡る。

 

 ……なんでこんなに美味しいのだろう。

 いつもわたしが淹れている代用のタンポポコーヒーと同じはずなんだけど。

 

 一体どのような淹れ方をしたのか、メカゴジラⅡ=レックスが淹れると別次元の奥深い味わいと風味があり、本物のコーヒーと比べても遜色がないように思える。

 

 コーヒーの淹れ方だけじゃない、メカゴジラⅡ=レックスは何から何まで完璧だった。

 炊事からクルマの修理、果ては未使用だった爆薬の始末まで、わたしたちが手掛けるよりもずっと完璧かつ効率よく終わらせてしまった。

 本当はすぐさま立川に逃げ帰るつもりだったが、メカゴジラⅡ=レックスがアンギラスを追っ払ってくれたおかげで、こうして爆薬を回収してクルマのメンテをする余裕まで手に入った。

 上手くいけば今夜にでも立川に帰れるかもしれない。

 

 

 これらすべてメカゴジラの機能の一部なのだ、とメカゴジラⅡ=レックスは豪語していた。

 当人曰く、彼女の電子頭脳には人類史を網羅した膨大なデータベースが搭載されているらしい。

 きっとわたしとエミィがまとめて掛かっても及ばないような物凄い量の知識が入っていて、それを実行するスキルも身につけているのだろう。

 

 

 隅っこに座り込んだメカゴジラⅡ=レックスは、目ぼしい鉄骨の破片を拾い上げると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アンギラス戦後もこうして金属片を食べていたので何をしているのか訊ねてみたところ『ナノメタルを使った分、金属を補充している』らしい。

 ……言われてみれば理屈は通っている。

 使った分をきちんと補充しなければ、そのうちなくなってしまう。当然のことだ。

 

 

 その体は万能のナノメタルで出来ていて、クルマだって修理できるし、大怪獣アンギラスだって追っ払う。

 あるいはあの『キングオブモンスター』とだって戦えるのかもしれない。

 メカゴジラはスゴイなあ、と驚くことばかりだ。

 

 

 

 

 ……だけど、一方でこうも思う。

 『このメカゴジラⅡ=レックスのことを、安易に信じて良いものなのだろうか?』と。

 

 

 

 

 普通の人間は、脳に百科事典を搭載していたりはしない。

 プラズマジェットで空も飛ばなければ、金属片を拾ってムシャムシャ食べたりもしない。

 アンギラスみたいな大怪獣が襲ってきたら、()す術なく逃げ回るしかないのが普通の人間だ。

 心も人間と同じなのか、とても疑わしい。

 子供っぽい仕草は本当に心があってのことなのか、それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、わたしには到底区別がつかない。

 チューリング・テストくらいは楽勝でこなせそうだが、そういう話は哲学の分野だろう。

 ロボット怪獣らしい性能と、あまりに子供っぽすぎる振る舞いのミスマッチさが、わたしの中で強烈な不協和音を響かせていた。

 

 

 ……気味が悪い。

 そんな気持ちが全くないかといえば、それは嘘になる。

 

 

 どこの誰が、何のためにこんなロボットを作ったのか。

 しかも、それがどういうわけで廃墟のド真ん中に放置されていたのか。

 そして、こんなトンデモない代物を回収させようとしている依頼人は一体何者なのか。

 不可解なことばかりだった。

 無邪気に感心している場合ではなくて、本当はもっと警戒するべきなのかもしれない。

 

「……どうしてそんなに役に立ちたいの?」

 

 ふと訊ねたわたしの言葉に、メカゴジラⅡ=レックスは、フッフーンと胸を張って言った。

 

「それはもちろん、ボクがメカゴジラだからさ!

 皆の笑顔がボクの幸せ! 世の中の悪いものをみんなやっつけて、みんなが幸せに笑える世界を創る、それがメカゴジラとして生まれたボクの仕事だ」

 

 ……答えになっていない。

 出来の悪いコマーシャルみたいだ。

 そう思いつつ、わたしはメカゴジラⅡ=レックスの顔を見た。

 

 

 

 晴れ渡ったお日様のような笑顔。

 悪いことなんてこれっぽっちも考えていない、そんな風に思わせる澄み切った表情だった。

 きっと『人の役に立ちたい』という気持ちで頭がいっぱいなのだろう。

 

 

 

 そんな無邪気に笑うメカゴジラⅡ=レックスを見ているうちに、わたしは自分の中で渦巻いていた薄暗い迷いが晴れてゆくのを感じた。

 ……まあ、いいや。ごちゃごちゃ考えるのはやめよう。性分じゃないし。

 不可解なことが多いとはいえ、レックス自身に非があるわけではない。

 それでレックスを疑ったり、ぞんざいに扱ったりするのはオカドチガイというものだ。

 

 ……さてと、そうと決まれば、まずは人間として扱ってあげなきゃ。

 そう思い至ったわたしは荷物を開け、リュックの中を漁り始めた。

 たしか、()()()()が余ってたはずなんだけどな。

 

「なにを探しているの?」

 

 レックスに訊ねられ、わたしは答える。

 

「いつまでも(はだか)ってのも難だからね……これなんかどうかな」

 

 そう言いながらわたしが引っ張り出したのは、『わたしの着替え』だった。

 シャツとズボン。荷物に揉まれてシワが寄っていたが、間に合わせに着るくらいならこれで充分だろう。

 きょとんとした顔でレックスは言った。

 

「……ボクは裸じゃないよ?」

 

 たしかにレックスの言うとおり、メカゴジラに裸も何もない。

 しかしわたしには、今のレックスの姿が『裸の子供』にしか見えなかった。

 

「まあ、そうなんだろうけど、やっぱりその恰好はちょっとね。

 ちょっと着てみてくれるかな?」

 

 レックスは、渡された服をしげしげと眺めていたが、「わかった!」と明るく返事して、シャツを羽織(はお)りズボンを履いた。

 

 ……やっぱりちょっと大きかったかな。

 脱げてしまうほどではないが、やはり成人女性用の服では、子供くらいの体格でしかないレックスには大きすぎたのかもしれない。

 丈はともかく、胸元とヒップがぶかぶかだ。

 

「ごめんね。エミィのだと小さすぎると思って。

 街に着いたらちゃんと用意してあげるから、それで我慢してね」

 

 詫びるわたしに、レックスは元気よく答えた。

 

「ううん、ありがとう、リリセ!」

 

 ……よかった、喜んでくれて。

 わたしは素朴にそう思った。

 

 

 

 

 ……その様子を横目で見つめるエミィのむっつりとした険しい目つきに、このときのわたしは気づかなかった。





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2021/6/7
メカゴジラⅡ=レックスを描いてもらいました。満足(* ̄ω ̄)≡3
描いてくれた神:ひめみあ*様


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6、緑の砂漠、What Ever Happened to KING?

 クルマの修理を終えて昼食を摂り、荷物を撤収したわたしたちは、廃墟の街をあとにした。

 

 移動する車中から外を見ると、わたしの視界に高層ビルの廃墟が入った。

 ツル植物で緑に染め上げられたビルの上部は、()火箸(ひばし)を突き刺したバターのように、綺麗に丸く抉り取られている。

 単なる地震や自然災害、風化では絶対起こらない、ともすれば芸術的とすら感じるほどに異様な破壊。

 この破壊をやらかした下手人をわたしは知っている。

 

 

 キングオブモンスター、〈ゴジラ〉。

 西暦2046年にゴジラが大暴れして以来ずっと、この東京二十三区は人の棲まない廃墟となっていた。

 

 

 人が棲まなくなったのは、単に破壊されたことだけが理由ではない。

 ゴジラの別名は『水爆大怪獣』、一説によると水爆実験の影響で生まれたらしい。

 由来の真偽はさておき、そんなゴジラは強い放射能を帯びており、周囲を重度の放射線で汚染することがある。

 そんなゴジラが街中で暴れ回ると、適切な除染処置をしないかぎりその土地は人間が棲めなくなってしまうのだ。

 そしてアラトラムとオラティオが出発し、地球連合政府がほぼ完全に壊滅した今となっては、真面目な除染作業などされるはずもない。

 このように、ゴジラの襲撃で不毛の土地へと変わり果ててしまった街は多かった。

 

 にもかかわらず、わたしたちは防護服を着ていなかった。

 自棄(やけ)だからではないし、放射能が平気なミュータントというわけでもない。

 

「リリセ、放射線量計(ガイガーカウンター)はどうだ」

 

 ……そうだね、そろそろ見た方が良いかも。

 運転席のエミィに促され、わたしは持参したガイガーカウンターの目盛りを覗きながら答えた。

 

「正常値だよ。まあ、()()()()()()()()()大丈夫だと思うけどね」

 

 放射能汚染されたはずの危険地帯で、わたしたち二人が素肌を晒していられる理由。

 それは街を覆い尽くす『ツル植物たち』のおかげだった。

 

 ……このツル植物たちは怪獣出現以前には存在しなかった突然変異種だ。

 いかなる原理によるものかは不明だが、このツル植物には放射性物質を吸収し、周囲から放射能汚染を取り除いて無害化してくれる効能があるらしい。

 生物学や放射能に疎いわたしに詳しい理屈はわからないけれど、考えてみればさほど不思議なことでもないのかもしれない。

 歴史の本に載っていたが、かつては放射能汚染を浄化する『抗核エネルギーバクテリア』なんてテクノロジーもあったらしい。

 恐竜時代の古代生物が、核実験の影響で身長50m級の怪獣となって現代によみがえる

 こんなトンデモないことが起きてしまう世界なのだから、放射性物質を取り込んで浄化するツル植物が生まれるくらい別にどうってこともないだろう。

 

 こうして街の放射能汚染は取り除かれたものの、かといってこの街に人が戻ってきたのかといえば必ずしもそうではなかった。

 このツル植物は人類にとって救世主であると同時に、破滅の死神でもあった。

 

 『(くず)』という植物がある。

 ツルを延ばすマメ科の多年草植物で、強い生命力が特徴だった。

 どれくらい強いかといえば最盛期には一日に数十センチも伸びることが出来、またすべてのツルを毟り取ったとしても根が一片でも残っていれば再び復活することが出来るほどだという。

 そして多年草ゆえに、一度根を下ろせば長期間に渡って生き続けることが出来た。

 こんな性質の葛だから一度根を下ろしてしまえば最後、その地はあっという間に(くず)に覆われてしまったという。

 そんな(くず)の征服地は〈緑の砂漠〉とも呼ばれる。

 一見すると緑豊かに見えるが、実際には他の植物が生える余地のない、まさに砂漠も同然の不毛な土地である。

 

 その(くず)による『緑の砂漠化現象』と同じことが、この街にも起こっていた。

 下手人は、放射能汚染を取り除いてくれたこのツル植物たちだ。

 せっかく放射能が取り除かれた土地で作物を植えても、ツル植物によってその土地は緑の砂漠に変わってしまう。

 取り除こうにも、(くず)以上のタフネスと繁殖力を発揮するこのツル植物を完全に駆逐するのは至難の業だ。

 かといって強力な農薬を使えば作物を育てられない土地になってしまって元も子もない。

 

 加えて、ツル植物はコンクリートやアスファルトのような人工物を壊すのが好きらしい。

 ツル植物に巻きつかれて粉々に(ひね)(つぶ)されてしまった建物はあちこちに見受けられたし、アスファルトの道路に至ってはボコボコに掘り返されている有様(ありさま)だ。

 そしてなにより、放射性物質を内部に取り込んでしまうこのツル植物には、食用のデンプンがとれる(くず)と違って農作物としての利用価値は全くなかった。

 (むし)ったツル植物に何か使い道があるならまだしも、そうではないのだから一生懸命に除草したところで結局捨てるしかない。

 日々の暮らしで精一杯な人たちに、そんな無益な草むしりをする余裕などあるはずがない。

 

 街中で火を吐きながら暴れ回るばかりが怪獣ではない。人間の手に負えない存在を怪獣と定義するなら、この街を支配するツル植物たちだって充分に怪獣だろう。

 そういうわけで放射能汚染はなくなっても、この街は相変わらず無人地帯のままなのだった。

 かつてゴジラがブチ()いた高層ビルの穴を眺めながら、ふと思ったことをわたしは呟いた。

 

「……ゴジラは、今どこで何をしてるんだろうねえ」

 

 人類文明を滅ぼそうと世界中を行脚していた破壊神、ゴジラ。

 かつては話題の中心で、誰にとっても関心のマトだったのに、今はどこにいるのかさえ誰も知らない。

 いかなる理由によるものか、ゴジラは西暦2048年の南米襲撃を最後に一度も人前に姿を現していなかった。

 そんなわたしの独り言に、エミィが答えた。

 

「さあな。死んじまったんじゃないか」

 

 エミィの言うように『病気か寿命で死んでしまった』と考える人もいる。

 もしそうだったら地球人にとっては万々歳だ。星間移民船、オラティオ号とアラトラム号で宇宙へ旅立っていった人たちに報せてあげた方が良いかもしれない。

 

 ……しかしながら、あいにく彼らは何光年も遠い宇宙の彼方だった。ひょっとするともう新天地に辿り着いている頃かもしれない。

 しかもゴジラが暴れ回って通信設備を壊しまくったせいで宇宙船に通信を届ける手段がない。

 もしもあったところで、通信が届くまで何年も掛かってしまうだろう。

 

 

 ……もしもの話、もしもなのだが。

 もしも、地球人が最後までゴジラと戦い続けていたらどうなっていただろう?

 わたしは時折、そんなことを考える。

 

 

 いや、勇敢に戦い続けなくってもいい。

 たとえどんなに惨めでもいいから人類が最後まで地球にしがみついていたら?

 オラティオ=アラトラムでの地球移民計画、メカゴジラ建造計画、そんなものを実行に移さなかったら?

 ……たしかに、ゴジラには勝てなかったろう。

 むしろ人類が戦いを続けていたら、ゴジラはそれこそ人類を根絶やしにするまで暴れ続けていた可能性だってある。

 『故郷の星を棄てなければならない』、それがどれだけ大変な決断だったかわたしみたいな若造には想像すら及ばないことだ。

 ゴジラとの戦いで絶望してしまった人たちに『逃げるな、戦え!』なんてとても言えない。

 

 

 だけど、ゴジラはずっと現れなかったのだ。

 

 

 そのゴジラ不在の十五年間で放射能を吸い取るツル植物が出現し、放射能の除染もどうにか目途が立ちつつある。

 そしてゴジラの失踪。

 地球から逃げ出さずにあと数年、いや三年でもしがみ続けていたならば、その先で人類は再び立ち上がれたかもしれないかもしれない。

 西暦2030年の初出現以来三十年に渡るゴジラと人類の死闘の結末がこれなのだとしたら、なんと皮肉で嫌味ったらしいオチなのだろう。

 

 ……しかし、現実はそう上手くはいかない。

 たしかにこの十五年、ゴジラは現れなかった。

 だけどそれは結果論に過ぎない。

 ゴジラはどこに消えたのか、今どうなっているのか。

 生きているのか、死んでいるのか、それすらわからないのだ。

 ひょっとすると明日いきなり復活して、また地球人類を滅ぼしにかかるかもしれない。

 

 

 ゴジラ不在の間、人類は何もしなかった。

 オラティオ=アラトラムが宇宙に脱出したあと、地球連合の政体は完全に崩壊した。

 地球に残された人々も、いずれ復活するかもしれないゴジラの恐怖にひたすら怯え続けるばかりだった。

 そうやって人々は、残された人々でまとまろうともせず、文明を再興しようともしないまま、十五年という決して短くない歳月を棒に振った。

 何もせずに丸ごと一世代を無為に過ごした結果、人類文明が誇ったテクノロジーも意欲も喪われ、人間はただ先人の遺産を食い潰すだけの存在に成り果ててしまった。

 これではもう取り返しはつかない。

 人類文明は砂のお城も同然に時間の波に浚われながら、ゆっくりと崩れてゆくばかりだ。

 

 ゴジラだって、こんな人類の腑抜(ふぬ)けた姿を見たらきっと興醒めすることだろう。

 『こんな有様ではわざわざおれが手を下さなくたって勝手に滅ぶに違いない。もう知らん』

 ゴジラが現れないのも、そんな風に呆れて人類を滅ぼす気分が失せてしまったからなのかもしれない。

 案外、誰もいない海底かどこかでのんびりとバケーションを過ごしているのかも。

 ……そんな他愛もない空想をすることもある。

 

 

 もしもはいつだって夢物語でしかない。

 出来ることは、与えられた日々を懸命に生きてゆくことだけ。

 

 わたしたちはそうやって毎日を過ごしていた。

 

 



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7、迷いの森

「……で、迷ったわけだが」

 

 エミィがぶすっと(こぼ)したとおり、森の真ん中でわたしたちは立ち往生していた。

 アンギラスとのカーチェイスから数時間後、空はもう夕方を過ぎ、そろそろ暗くなる頃合いだ。

 今晩中には立川に戻れると思ったのだが、当てが外れてしまった。

 

「おっかしーなー、この辺りに川があると思ったんだけど……」

 

 先ほどからわたしが視線を滑らせている地図は、街で仕入れた古地図だった。

 

 地図によれば、拠点のある立川に通じる線路があるはずなのだが、地図から読み取れる光景とはだいぶ印象が違う。

 あるはずのビルが跡形もなくなっていたり、交差点の標識がツタに巻かれて見えなくなっていたり。

 狭い路地などにいたってはツタが巧みに絡み合い、緑のアーチまで結んでしまっているほどだ。

 

「やっぱりさっき線路沿いに行った方が良かったんじゃないのか?」

「川沿いに花が綺麗な公園がある、って聞いてたからちょっと寄ってみたかったんだけどね」

 

 余裕が出来たので、つい油断してしまった。

 かつてはコンクリートジャングルとも呼ばれていたという灰色のビル群は、今や本物の緑のジャングルに変わりつつあった。あと十年もすれば完全な森に変わってしまうだろう。

 ここまで様変わりしてしまっていては、この地域の元住人だとしても迷ってしまうに違いない。

 

「そもそもその地図あてになるのか? いつの地図だよそれ」

「高かったんだけどなーこの地図……」

 

 地図を睨みながらわたしがうんうん唸っているうちに、ポツポツと車外から音が聞こえてきた。

 

「げっ、雨じゃん」

 

 そういえば、先ほどから空の雲行きがだいぶ怪しくなっていた。

 ぽつぽつと始まった雨は、すぐにざーっと裂くような激しい雨音へと変わっていった。

 今晩は止みそうにない。

 エミィが尋ねた。

 

「どうする? 今夜はクルマで寝るか?」

「うーん、ちょっと狭いけどしょーがないかなー……」

 

 そう眉を顰めたわたしの鼻先に、冷たいものが(したた)ってきた。

 わたしは悲鳴を挙げた。

 

「ヤッバ、()ってんじゃん!」

 

 天板(ルーフ)を見ると、雨水が伝って墜ちてきていた。

 

「……天板(ルーフ)、シート被せただけだしな」

 

 そうぼやきながら、エミィは後部荷台に座っているレックスをじろりと睨んだ。

 

 起動直後のレックスは、勢いあまってクルマの天板を突き破ってしまった。

 キャンバス・トップと呼ばれる布張りのタイプで、もともとそんなに頑丈じゃない。

 取り急ぎビニールシートで応急処置をしていたのだが、やはり不充分だったのだろう、どこかからポタポタと水が垂れていた。

 

 自分のことを言われているのに気づいたレックスは、叱られた子犬のように小さくなって言った。

 

「……ごめんなさい」

「別に」

 

 レックスの謝罪にエミィは素っ気なく答え、そっぽを向いてしまう。

 ……今日のエミィはなんか妙に刺々しいなあ。

 人見知りだからレックスのことを警戒しているんだろうか。

 そんなことを考えつつ、わたしは車外の様子を見回した。

 

 雨で気温が冷えたのか、だんだんと(もや)まで出てきた。

 これでは車中泊も無理だろうし、夜通しクルマを走らせるのも難しくなってしまった。

 とはいえ野営しようにも、外の雨は既にザアザア降りの大雨になっている。

 どこか屋根のあるところ、出来れば屋根付きの駐車場がある空き家でもあるといいんだけど、と一帯を見回してみても手頃な建物は見当たらない。

 大抵はツル植物に厳重に絡めとられているか、でなければ引っぺがされたみたいに屋根が吹き飛んでいるか、そんなボロ屋ばっかりだ。

 

「うーん……」

 

 腕を組みながらわたしは悩んだ。

 ……やっぱり野営か。

 だけど、こんな大雨の中で濡れ鼠になってまでテント設置するのもやだよねえ。

 そう考え始めたとき、レックスと目が合った。

 

 レックスは、むやみやたらとキラキラとした目でわたしを見ていた。

 

「……あー、レックス?」

 

 名前を呼んだだけなのに、レックスは即答した。

 

「わかった、『偵察』だね! 五分だけ時間をちょうだい! 安全な寝床を探してきてあげる!」

 

 わたしの返事を待つまでもなく、レックスは行動を開始した。

 レックスの背中からクリスタルの背鰭が()()てきて、餅を千切るように切り離される。

 分離した銀色の塊は小さな鳥へと変形し、ふわふわと浮遊している。

 レックスは銀色の鳥に言った。

 

「さあ、〈ヤタガラス〉! 安全な場所を探してくるんだ!」

 

 レックスの命令を受けた小型偵察機〈ヤタガラス〉は、レックスが開けたドアからするりと外へ出て、森の奥へと飛んでいった。

 そして五分後、目を閉じていたレックスが明るく笑いながら言った。

 

「見つかったよ! ナビしてあげる!」

 

 ……随分とあっさり見つかったなあ。

 嬉しげにはしゃいでいるレックスの様子に、わたしとエミィは顔を見合わせた。

 

(……大丈夫なのかコイツ。)

 

 そう言いたげに、エミィが視線を投げかける。

 そんなエミィの目配せに、わたしは頷いた。

 

(ここはレックスに任せてみよう。)

 

 

 エミィがエンジンを始動し、レックスの誘導に従ってクルマを進めてゆく。

 そして森と廃墟の中を五分ほど走ったところで、レックスがクルマを停めさせた。

 

「アレなんてどうかな?」

 

 レックスが指差したのは、大きな建物だった。

 奇跡的にもツル植物に巻かれてはおらず、経年劣化で寂れてはいたが屋根も塀も綺麗に原形をとどめている。

 だが、建物の看板に気付いたエミィが露骨に嫌そうな口調でぼやいた。

 

「病院かよ」

 

 看板には『……医学センター』と書かれているようだが、かすれていてよく読めなかった。

 豪雨の夜に廃病院で一泊、いかにもホラー映画にありそうなシチュエーションだ。

 たしかに進んで一晩の宿にはしたくはない。

 

 病院の廃墟を見ていたわたしは、あることに気が付いた。

 

「あ、でも駐車場あるみたいよ、ホラ」

 

 病院には、クルマを停めておける屋根つきの駐車場が備わっていた。

 この病院は他の建物と比べてみても綺麗に形が残っているし、駐車場からなら濡れずに屋内へ入れるはずだ。

 ……さて、ここの選択肢は二択である。

 大雨に打たれる中で設営し、テントの中でぎゅうぎゅう詰めになりながら寝るか。

 それとも、曲がりなりにも屋根のあるところで寝るか。

 

 

 わたしは決めた。

 

 

「まあ、一晩だけだし。泊めさせてもらっちゃおうよ」

「おい、ちょっと待てよ」

 

 その判断に、エミィが異議を唱えた。

 

「なにか出たらどうすんだよ」

「なにか、ってなにが?」

 

 そう問うわたしに、エミィは口を尖らせて答えた。

 

「……オバケとか」

 

 ぶふっ。

 思わずわたしは噴き出した。

 だって、日頃強がっているエミィが大真面目な顔をしてこんなことを言い出すんだもの。

 笑われたことでムッとした面持ちのエミィに、わたしはこう言った。

 

「怪獣が暴れてるこのご時勢だよ? オバケなんてきっと、怪獣が怖くて出てこないよ」

 

 宥めるわたしを、「そうだよ、エミィ」とレックスが継いだ。

 

「ヤタガラスで調べたけど、動体検知器(モーショントラッカー)には何の反応も見られない。何か動くものがあればわかるはずだ」

「ほら、レックスもこう言ってるし」

 

 イラついた様子でエミィが答えた。

 

「そうやって油断したときに、決まってオバケが出てくるんだよ。

 怪獣はまだ怖くない。手にとって触れる。カメラにも映る。理屈は通ってる。

 オバケは違う。触れないし、カメラにも映ったり映らなかったりする。理屈が通らない。

 だからオバケは怖いんだ」

 

 ……これまた随分と独特なオバケ論をぶちあげるなあ。

 怖いなら怖いって言えばいいのに。

 そんなエミィに、わたしは笑いながら言った。

 

「もう、ホラー映画の観すぎだよ」

 

 その後しばらく悪あがきを続けたエミィだったが、雨漏りが激しくなってきたところで観念したのか、結局レックスの提案を()むことになった。

 

 

 

 

 ……のちにわたしは、このときの判断を死ぬまで後悔することになる。

 



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8、前奏:展覧会の絵

 駐車場にクルマを停め、わたしとエミィは最低限の荷物だけ持ってクルマを降りた。

 「他の荷物は持っていかないの?」と訊ねたメカゴジラⅡ=レックスに、エミィがぶっきらぼうに答えた。

 

「荷物広げるより先に安全を確かめるべきだろ」

 

 エミィの言うとおりだ。

 いきなり大荷物を持ち込んだら、いざ逃げるときに足手まといになってしまう。

 そんなエミィの答えにレックスは「ああ、なるほど」と納得しつつ、わたしたち二人のあとに続いた。

 

 そうこうしているうちに病院の入口へと到着。

 まずはわたしが扉に手を掛ける。

 ……やけに重い。

 きっと蝶番が錆びているのだろう。

 わたしは、扉に掛けた手へ力を入れた。

 

「ふんぬっ!」

 

 わたしが渾身の力で思いきり引っ張ると、扉はギャリギャリッと耳障りな金属音を響かせながら開いた。

 

「うぷっ!?」

「くっさッ!?」

 

 途端吹き出した悪臭に、わたしたちは思わず顔を覆った。

 

「げほっげほっ」

「なにこれ、カビ臭っ!」

 

 まるで昔観たミイラ映画だ。

 『封印されたミイラの棺を開封すると同時に気味の悪い風が吹き抜ける』というシーンがあったが、まさにこんな感じだった。

 あの映画ではそこからミイラの呪いが始まる。復活したミイラは欲張りで愚かなアメリカ人たちを次々と生贄にし、セクシー美女(ちょうどわたしみたいな!)の考古学者を付け狙いながらついには全世界へとその災いを拡げてゆくのだ。

 

 ……まあ、この病院に呪われたミイラが封印されてる、なんてことはないだろうけど。

 それにいくらわたしたちが超絶銀河ウルトラセクシーキュートな美少女ヒロイン三人組でも、そんな恐ろしいミイラの恋人なんてお断りである。

 そんな益体もないことを考えていた時、エミィがわたしの服の袖を引いた。

 

「……やっぱりやめた方が良いんじゃないか。それになんだか見られているような……」

「そう? 気のせいじゃない?」

 

 ……相変わらず怖がりだなあ。確かに気味悪いけどさ。

 大丈夫だよ、とエミィの頭をぽんぽんと撫でてからわたしは屋内へと踏み込んだ。

 両手を広げて何もいないことを示しながら、エミィの方へと振り返る。

 

「……ほら、何もいないよ?」

 

 わたしが先を進んだので諦めたのか、眉をひそめながらエミィも続けて後に入る。

 わたしたちは埃を吸わないようにタオルを巻いて口と鼻を覆いつつ、屋内へと進んだ。

 

 

 

 扉をくぐった屋内は、電気が通っておらず真っ暗だった。

 濃厚な湿気と、換気のされていない(こも)った空気、しかも猛烈なカビ臭。

 人がいなくなってから相当に久しいのだろう。

 

 ……足元が悪い、ランタンをつけなきゃ。

 わたしがランタンを操作しているのに気付いたレックスは尻尾を伸ばし、先端を暖色に光らせた。

 レックスの尻尾の光は、わたしが持ち込んだ電池ランタンより遥かに明るい。

 しかもそれでいて目を突くほどのこともない、穏やかで優しい光だった。

 

「ありがと、レックス」

 

 文字通りのテールライトで暗闇を照らしてくれているレックスにわたしは礼を告げ、そして廊下を進んでホールへと出た。

 

 

 

 行き着いた先、ホールも真っ暗だった。

 

 ガラスのドアで外から光は入ってくるものの、そもそも外が悪天候なので月明りなどは差し込んでいない。

 また、広い分だけカビ臭は薄れているが、屋内のはずなのに泥地を歩いているような酷くぬかるんだ感触があった。

 

「ねえ、レックス」

 

 わたしはレックスにひとつ頼んだ。

 

「ホール全体を照らすことって出来ないかな? さっきのライトみたいにさ」

「まかせて!」

 

 そう言って背鰭を生やしたレックスは、先にも使用した小型偵察機〈ヤタガラス〉を背中から射出。

 高く舞い上がったヤタガラスは天井にとりつき、ホール全体を照らす照明器具へと変形した。

 ヤタガラスによる照明。

 昼間同然とはいかないが寝泊まり程度なら充分なくらいには明るい。

 

 

 ……うっわ。

 

 

 明るくなったホールを見て、わたしとエミィは嫌悪感に顔をしかめた。

 オレンジ、ブルー、グリーン。床から壁まで、全体を毒々しい色のカビが覆い尽くしていた。

 屋根があるのは有り難いが、このまま寝泊まりするわけにいかない。こんなところで寝たら病気になりそうだ。

 わたしとエミィは、顔を見合わせた。

 

「……どうする?」

「……ちょっと掃除が必要かもね」

 

 カビだらけの床にシートを敷いて荷物を置くと、わたしは持参したバケツを手に取った。

 

「水が汲めないか、ちょっとトイレ探してくる。留守番よろしくっ」

「わ、わたしも!」

 

 バケツを片手にぶらさげ、もう片方の手でハンドライトで暗がりを照らしながらカビだらけの廊下を進んで行くわたし、タチバナ=リリセ。

 そんなわたしに続くように、エミィがトコトコとついてゆく。

 

 

 

 

 スタスタ歩くわたしたちの足音と、ザーザー降りの雨音が響く。

 

 わたしが向かったのは、トイレだった。

 目的は水だ。

 

 電灯も点かない有様では考えにくいことかもしれないが、怪獣が出現するようになってからは電気が止まっても最低限の水は使えるように電気系統と水道を独立させた設計の施設は多かった。

 たとえば、電動ポンプで水を汲み上げているタイプだと無理だが、そうでなければタンクに溜まっている分だけ水を使えることがある。

 それに雨も降っているから、タンクの種類によっては雨水が溜まっているかもしれない。

 ……ものはためしだ。調べてみる価値はある。

 

 そうしているうちに、わたしたち二人はトイレに到着した。

 個室が並び、手洗い場がある。

 ひどく汚れていることを除けばごく普通のトイレだが、なんだか変だ。

 違和感の正体に気付いたのはエミィだった。

 

「……鏡がないな」

「え?」

 

 エミィの指摘で視線を向けると、たしかに言うとおり自分の顔が映るはずの鏡がなかった。

 トイレの手洗い場、ましてや病院のトイレなら鏡が据え付けてあるはずだ。

 だが、その鏡がない。

 どうしたのだろう、落ちて割れてしまったのだろうか。

 しかし足元に破片は見当たらない。だとすると、誰かがわざわざ外して持ち去ったことになる。

 

 下手人を考えるとしたら真っ先にわたしたちの同業者、つまり〈サルベージ屋〉が思い浮かんだ。

 

 サルベージ屋は、怪獣の棲んでいる危険地帯に赴いて依頼された貴重品を回収したり、あるいは有用なガラクタを収集して別の業者に転売する、そういう仕事だ。

 『怪獣黙示録』を経て地球連合政府および経済体系が崩壊し、エイリアン由来のハイテクが野晒しで放置されていることが多いこの御時世、サルベージ屋はそれなりに需要があった。

 わたし、タチバナ=リリセの営んでいる〈タチバナ サルベージ〉も、そういうサルベージ屋の一種である。

 閑話休題。

 

 

 ……さて、話は戻る。鏡についてだ。

 鏡はガラスで出来ているし、ステンレスなど金属で出来たものもある。トイレの鏡、目の付け所がだいぶニッチな気もするが売れないこともないだろう。

 そして同業者がいるということは、街からそれほど離れていない可能性が高い。

 森の真ん中のように見えて、実のところは人里からそう遠くないのかもしれない。

 

 

 ……というようなことを考えながら、わたしは水道のバルブをひねった。

 錆びついた蛇口はゴボゴボと濁った音と共に茶色い水を吐き出し、そして数秒流し続けると茶色い水は透明な水に変わった。

 

 ……よっしゃ!

 

 わたしは静かにガッツポーズを決めた。

 タンクに水が溜まっていたのだろう。飲み水としては使いたくないが、掃除に使う水ならこれで充分だ。

 水を汲み終えたわたしがトイレを出ようとしたとき、エミィが服の裾をクイクイと引っ張った。

 

「どうしたの?」

 

 わたしが訊ねると、エミィは消え入りそうな声で答えた。

 

「……トイレ

 

 エミィの足元に視線を移すと、エミィは内股をもじもじと擦り合わせていた。

 

 ……そういえば、エミィは昼間からずっとクルマを運転しっぱなしだった。雨で気温も冷えてきたし、さっきから我慢していたのかもしれない。

 そして、意地っ張りでシャイなエミィがそれをわざわざ口に出すということは、きっと『一人で用を足すのが怖い』のだろう。

 エミィはこうみえて結構怖がりなのである。

 

「べ、別に()()()()()()()んだからな、ただ外で見張っててほしいだけなんだからなっ」

 

 ……ほらこのとおり、必死に取り繕おうとしてるけど、全然誤魔化せちゃいない。

 とはいえ、それを馬鹿にしようとは思わない。

 雨音が響いている真っ暗な廃病院のトイレで、一人ぼっち。

 大の大人のわたしだって出来れば勘弁願いたいシチュエーションだ。

 エミィを(なだ)めるように、わたしは笑いかけた。

 

「わかったわかった。じゃあ、外で見張ってるから個室でしといで」

「……どっか行ったりするなよ」

「はいはい」

「絶対どっか行くなよ、独りにしたら死ぬまで恨むからな」

「わかったってば」

 

 

 エミィが用足しをしているあいだ、わたしはトイレの用具入れを開けた。

 

ふんふんふーん、ふふふん、ふふふんふん、ふんふんふーん♪……」

 

 個室のエミィが不安にならないように鼻歌を唄いながら、用具入れを物色してみる。

 中からはカビだらけのモップ、ボロボロに朽ちたゴムホース、そして封を開けていない粉の消毒剤が見つかった。

 

 ……あ、これ結構良いかも。

 

 思わぬ収穫に、わたしはタオルで覆った口元をニヤリと歪めた。

 モップとホースは流石に使い物にならなそうだが、消毒剤についてはまだ使えそうだ。

 消毒剤であれなんであれ、薬品は貴重だ。売ってもいいし、自分で使ってもいい。

 なかなか良い拾い物をしたものだ。鏡泥棒もそうだが、トイレは意外と穴場なのかもしれない。

 

「……リリセ」

 

 そんな頭の中での皮算用は、個室の中にいるエミィから声をかけられたことで打ち切られた。

 

「なあに? 紙?」

「ちがう。レックスのことだ」

 

 そしてエミィはわたしに言った。

 

「あいつどうすんだ?

 開けるな、って依頼だったのに開けるどころか動いちまってるぞ」

 

 エミィの懸念は(もっと)もだ。

 元々タチバナ サルベージが請けた依頼は『トランクの中身は見ない』という条件だった。依頼人はきっと依頼品の正体を知られたくなかったのだろう。

 当然だ、だってメカゴジラだもの。

 そしてわたしの方も、依頼品の正体がメカゴジラだと知ってしまった以上は黙って引き渡すわけにもいかなくなった。

 

「最初のとおり『依頼人に引き渡す』、それでいいんだよな? まさかずっと連れ歩くつもりじゃ……」

 

 エミィの危惧にわたしは「まっさかー」と答えた。

 

「ちゃんと依頼人に引き渡すよ。起動しちゃったのは事故みたいなものだし。

 そういえばレックス、『お父さんがいる』って言ってたんだよね。もしかしたら、今回の依頼人はその人かもしれない」

 

 ――御父様が言っていたんだ、『困っている人がいたら、迷わず力を貸してあげなさい』って。

 

 レックスが言っていた『御父様』なる人物。

 もちろんメカゴジラに血の繋がった父親なんてものがいるとは思えないから、おそらくは開発者のことだろう。

 こんなに凄いメカゴジラⅡ=レックスを造ったような人物だ、さぞや凄い科学者に違いない。

 わたしは思うところを述べた。

 

「レックスについてはよくわからないところも多いけど、とにかく物凄いテクノロジーだ。

 わたしの手には余る。きちんとした人のところにちゃんと届けてあげるのが一番良いんだよ」

 

 プラズマジェットで空を飛び、アンギラスを追っ払い、クルマを直し、頭の中の百科事典のおかげで何をやらせても完璧で、分離変形させた偵察機で道案内までしてくれるスーパーロボット。

 メカゴジラⅡ=レックスは色々凄い力を披露してくれたけど、それらでさえきっと能力のごくごく一部、片鱗でしかないに違いない。

 こんなに凄いメカゴジラⅡ=レックスなのだから、ここはやはり納まるべきところに納まるのが一番良いと思う。

 

「……まぁ、依頼人がどんな人か、まずはそれを見極めてからだけどね」

 

 レックスが悪い子だとは思わない。

 むしろ善い子だと思う。

 

 ……だが、その子供らしい純真無垢な性格とは裏腹に、持っている力が大きすぎる。

 もし引き渡した相手がとんでもない悪人だったりしたら恐ろしいことになってしまうし、レックスにとっても不幸だろう。

 こんなに凄いレックスを欲しがるくせに、自分の素性を隠している依頼人。

 そんな怪しい人物をはなから信用してやるほどわたしは御人好しではないし、またカネのためと割り切れるほど倫理を捨てたつもりもない。

 そんな相談事の最中のことだった。

 

 

 

 トイレの外で、笑い声がした。



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9、The Voice in the Night

「……聞こえた?」

 

 わたしが声を潜めて訊ねると、エミィも応えた。

 

「ああ、聞こえた」

 

 エミィは個室の中でカチャカチャと音を立てながら、脱いでいたズボンを履き直していた。いざというとき即座に逃げられるようにだ。

 そしてわたしは腰のベルトから護身用のピストルを抜き、トイレの外を窺った。

 

 

 ぼんやりとした人影と、水っぽい響きを伴った足音。

 何か、人間大のものが近づいてきているのは間違いないが、暗がりでよく見えない。

 

 

「……誰?」

 

 暗闇に目を凝らしながら呼びかけたが、のそのそと蠢く気配だけで返事はない。

 わたしはピストルと一緒にハンドライトを構え、そいつの姿を照らした。

 そしてわたしは、そいつの姿に息を呑んだ。

 

 

 

 照らされたそいつは、身長2mの大男。

 その口から漏れでているのは、堪えきれないクスクス笑い。

 

 

 そしてそいつの顔は、切り株にびっしりと生えたキノコによく似ていた。

 

 

 わたしは、世にもおぞましいそいつの名前を口にした。

 

 

 

 

「マタンゴ……!」

 

 

 

 

 キノコ怪獣、マタンゴ。

 動物と菌類の性質を併せ持つことから、『第三の生物』とも呼ばれている怪獣。

 そんなやつが、笑いに似た呻き声を挙げながら、病院の廊下を我が物顔で歩いていた。

 『怪獣黙示録』の時代に発生してから地球連合軍の防疫部隊に駆除されたと聞いていたが、まさかこんなところでお目にかかるなんて。

 

 そしてこのマタンゴは元人間の可能性が高い。

 マタンゴの正体はキノコ、つまり怪獣化したカビだ。生きた動物を苗床として感染し、身体を喰い尽くして同じキノコ怪獣に変えてしまう。

 目の前にいるマタンゴは顔も体も分厚い菌糸で包まれていたが、二本の脚で直立し、二本の腕を持ったそのシルエットはどうみても人間だ。

 

 ヒトだと思った途端、ピストルの引き金にかけた指が躊躇した。

 ……もしもこれを撃ったら、殺人になってしまうのではないだろうか。

 殺し屋でも軍人でもない自分が撃ってしまっていいものなのか。

 

 しかし迷っている暇はない。

 逡巡しているわたしに、ツキヨタケ=マタンゴはゆっくりと、だが着実に歩み寄ってくる。

 マタンゴがわたしのことを狙っているのは明白だ。

 

 ……たしかに元人間かもしれない。

 だが、ここまで状態が進んでしまったら怪獣と同じだ。

 もうどうすることもできない。

 

 自らの身を、そしてエミィを守るため、わたしはピストルを撃った。

 

 

 

 パン、パン、と乾いた発砲音が廊下に重なった。

 

 

 

 護身用として最低限の手解(てほど)きしか受けていないわたしの腕前でも、動きの鈍いマタンゴ相手には全弾命中した。

 銃弾が頭のツキヨタケを数本ブッ飛ばし、胸と腹部を撃ち抜く。

 血飛沫の代わりに胞子を撒き散らしながら、マタンゴの胴体が真っ二つに折れて床に崩れ落ちた。

 

「どうしたリリセッ!」

 

 銃声を聞きつけて個室を飛び出してきたエミィに、わたしは叫んだ。

 

「マタンゴだ!」

 

 エミィに気を取られた、ほんの僅かな隙だった。

 わたしは足首をぐいと掴まれた。

 

「!? どわっ!?」

 

 不意に足下を掬われ、わたしは背中から仰向けに引っ繰り返ってしまった。

 

 尻餅を突きながら足元を見ると、銃で蜂の巣にしてやったはずのツキヨタケ=マタンゴが、わたしの足首を掴んでいた。

 胴体が真っ二つになったのに、ツキヨタケ=マタンゴはまだ元気に動いている。

 そしてわたしは倒れた拍子にピストルを落としてしまった。拾おうと腕を伸ばしてみるけれど、遠くに転がってしまって手が届かない。

 

「離せっ、このっ、このっ!」

 

 わたしは、掴まれていないもう片方の足でマタンゴの顔を蹴りつけた。

 だけど、マタンゴは決して離そうとしない。

 ブーツ越しに触れたマタンゴの顔はフワフワと柔らかかった。

 ……まるでクッションを蹴ってるみたいだ。

 人間の顔を蹴っている感じが全然しない。

 

 わたしとマタンゴが格闘している最中、隣の男子トイレからヌラリと二つの影が現れた。

 

 

 二つの影は、どちらも人間の姿をしていなかった。

 

 

 白いイボのついた赤いキノコで全身を覆われた、ベニテングダケ。

 しわくちゃにした茶色い布を被ったような顔をした、シャグマアミガサタケ。

 新手のマタンゴは二人組だった。

 

 銃声を聞きつけた二名のマタンゴは、顔のない顔をエミィの方へ向けた。

 笑いに似た呻き声を挙げながら、エミィの方へとゆっくりと歩み寄ってゆく。

 他方、エミィは身がすくんでしまって動けないようだった。

 

 そんなエミィに、わたしは怒鳴った。

 

「エミィッ、逃げなさい!! はやくっ!!」

 

 そこで我に返ったエミィは、トイレの中へと駆け込んでゆく。

 その後を追おうとするマタンゴたちの足首を、わたしは両手で掴み思い切り引っぱってやった。

 マタンゴは大柄だが、動きは緩慢だ。

 白昼夢を見ているかのように覚束ない足取りのマタンゴは、わたしの腕力で引っ張られただけでいとも簡単に引き倒されてしまった。

 ……ざまーみろキノコ野郎。

 顔面から引っ繰り返ったマタンゴ二名を見ながら、わたしは心の中で悪態をついてやった。

 

 

 だけど、そんな風に勝ち誇っている場合などではなかった。

 転んだマタンゴ二名はすぐに起き上がると、自分たちを転ばせたわたしに標的を変えた。

 

 

 シャグマアミガサタケ=マタンゴがヌメヌメの手で、わたしの両腕を羽交い締めにした。

 ベニテングダケ=マタンゴは、飛び散っていたツキヨタケ=マタンゴの肉片を拾い上げると、わたしの口を覆っているタオルを引っぺがして、キノコを口元へ押し付けてくる。

 

「……っ!?」

 

 背筋にイヤなものが流れた。

 まさか、こいつら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――マタンゴを食べたら、その人間はマタンゴになってしまう。

 

 マタンゴのキノコを一口でも食べたら最後、そいつはマタンゴへ仲間入りだ。

 そしてマタンゴは、捕まえた獲物に自分たちのキノコを食べさせることで仲間を殖やそうとする習性を持っていた。

 キノコであれ胞子であれ、体内に入り込まれたら終わりだ。

 

「んっ……!」

 

 マタンゴたちの狙いを察したわたしは、口を真一文字に結んで固く閉じた。

 捕まえた獲物がキノコを食べようとしないのを見たベニテングダケ=マタンゴは、わたしの頬をぐいと掴み、人間だったら指がへし折れていそうな力でこじ開けようとしてきた。

 わたしは、渾身の力で歯を噛み締め、死に物狂いでもがいた。

 

「んっ、くっ、んむっ……!」

 

 しかし多勢に無勢だ。マタンゴが三人も掛かってこられては到底勝ち目などない。

 とにかく抵抗するわたしと、何が何でもキノコを食べさせようとするマタンゴ。

 万事休す。そう思った。

 

 

 そのとき、エミィの声がした。

 

「リリセ、目を瞑れ!」

 

 その指示のとおり、わたしは目を固く瞑った。

 

 

 

「オイこっち向け、キノコ野郎!! これでも喰らえ!!」

 

 

 

 振り返ったマタンゴたちに、エミィはバケツの中身をぶちまけた。

 盛大な水音と共に、冷たい水がわたしの全身を濡らした。

 ただの水ではない、泡立った感触があった。

 

 

 

 エミィが浴びせたのは消毒剤を溶いた水だった。

 

 

 

 三人組のマタンゴは、わたしと一緒に、消毒剤を顔面から被ることになった。

 消毒剤の作用で菌糸を焼かれ、笑い声とも悲鳴ともつかない絶叫を挙げながら、マタンゴたちはばたばたと倒れた。

 

「こんにゃろっ!」

 

 わたしは、怯んだマタンゴを押し退け、なんとか立ち上がることが出来た。

 

「……ありがと、エミィ!」

「とにかく逃げよう!」

 

 苦しみ悶えるマタンゴたちを尻目に、わたしたち二人はホールの方へと駆け出した。

 

 



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10、マタンゴ軍団総攻撃Ⅰ

怪獣プロレスです。チラ裏版とはちょっと内容変わってるよ!


 タチバナ=リリセたちが行ってしまってから、メカゴジラⅡ=レックスは一人で荷物の番を続けていた。

 

 敷かれたシートの上で御行儀良く正座していたレックス。

 ……次はどんなことをさせてくれるのだろう。

 そして自分はどのように役立てるだろうか。

 喜んでもらえたら嬉しいな。

 

 

 そんな期待に胸を躍らせていたとき、院内で銃声が響いた。

 

 

 即座にレックスは臨戦態勢に入った。

 聴覚センサーが続いて捉えたのは、廊下の方から聞こえる慌ただしい足音。

 足音から計算すると人数は二人。

 タチバナ=リリセと、エミィ=アシモフ・タチバナが戻ってきたのだろうか。

 銃声、どうしたのだろう。何かあったのだろうか。

 

 レックスが予見したとおり、戻ってきたのはリリセとエミィの二人組だった。

 

「おかえり、リリセ、エミィ……!?」

 

 銃声から想像していたとおり、二人の様子は尋常ではなかった。

 エミィは全力疾走したかのように息を切らしているし、リリセは全身がずぶ濡れだ。

 後者については雨に降られたというより、頭からバケツの水を被ったみたいだった。

 リリセは言った。

 

「レックス、逃げよう! ここはヤバイ!!」

 

 そう言うとリリセは、広げかけていた荷物をバックパックにぶち込んですぐに背負った。

 シートは広げたままだ。そのまま捨て置くつもりなのだろうか。

 

「何があったの!?」

 

 ただならぬ様子の二人にレックスが訊ねると、バックパックを背負いながらエミィが怒鳴り返した。

 

「マタンゴだ!」

 

 ……マタンゴ?

 レックスにはさっぱりわからなかった。

 データベースを引いてみると、ツチグリというキノコの別名でママダンゴと呼ばれているものがヒットしたが、マタンゴという単語自体はデータベースに存在していなかった。

 首をかしげるレックスに、エミィが怒鳴った。

 

「キノコのオバケだ! とにかく逃げるぞ!」

 

 キノコのオバケ????

 状況をよく理解できないレックスは、廊下の方から聞こえてきたドスドスと重たい足音に振り返った。

 二本脚の足音。人間かとも思ったが、それが間違いだとすぐに悟った。

 

 現れたそいつの身長は2.5メートル。

 全身から菌糸類の子実体が生えている。

 エミィが言ったとおり、キノコのオバケとしか言い様がない姿だった。

 ……なんだこいつら。

 ヒトなのか、それとも菌類なのか?

 すぐさまセンサーで調べてみたが、生命反応はカビや菌類と同等のものしか検出できない。

 しかし、直立二足歩行するキノコなんているわけがない。

 戦うべき敵なのか、それとも人間なのか、レックスの電子頭脳は判断に迷った。

 

「逃げよう、レックス!」

「愚図愚図するな、早く行くぞ!」

 

 が、リリセとエミィの様子から判断した。

 こいつらは怪獣、人間の敵だ。

 

 レックスは戦闘モードに切り替え、リリセから貰った服を体内へと格納した。

 背中からは背鰭、尻からは長い尻尾を伸ばし、子供の柔らかい手からロボット怪獣の鋭い爪へと変形する。

 現れたマタンゴに向けて()き手を構え、メカゴジラⅡ=レックスが咆哮した。

 

「喰らえッ、〈フィンガーミサイル〉ッ!」

 

 レックスの指先から、鋭く尖った貫通ミサイルが発射された。

 発射されたミサイルはプラズマジェットの尾を引きながら真っ直ぐ飛んで、先頭を歩いていたマタンゴを刺し貫く。

 鋭利なミサイルで撃ち抜かれたマタンゴは、ナノメタルの侵蝕作用で瞬時に金属の塊に作り変えられ、やがて砂塵となって消えた。

 

 ナノメタルの侵蝕性を攻撃へと特化させた対怪獣兵器、フィンガーミサイル。

 身を削るために多用はできないが、当てさえすれば相手を確実に仕留めることのできる、極めて強力な武器だ。

 レックスは、武器工場と化した体内でナノメタルのミサイルを次々と増産し、西部劇のガンファイターさながらにフィンガーミサイルを撃ちまくった。

 

 病院のホール内で、空気の破裂音とマゼンタの閃光が連続する。

 フィンガーミサイルに射抜かれるたびにマタンゴたちはバタバタと倒れ、そして粉微塵に散ってゆく。

 

 しかし、一体二体倒したところで、奥から次々と現れるマタンゴの侵攻は止められそうにない。

 マタンゴたちは塵となった仲間の死体を踏み越えて、後から後から続々と押し寄せてきた。

 

 さきほどリリセに襲いかかったツキヨタケやベニテングダケ、シャグマアミガサタケ。

 その他にも、ドクツルタケ、カエンタケ、タマゴテングタケ、スギヒラタケ、センボンサイギョウガサ、コガネホウキタケ、ありとあらゆる毒キノコにそっくりなマタンゴがぞろぞろと現れた。

 ……いったい、何体いるのだろう。

 まさに歩くキノコの展覧会、毒キノコ軍団の仮装行列(カーニバル)だ。

 この廃病院は呪いの館、マタンゴの巣窟だったのだ。

 

「伏せて!」

 

 レックスの指示を受け、リリセとエミィは頭を庇った。

 レックスの手首が高速回転し、マタンゴ軍団の足元に目掛けてミサイルを放った。

 

 〈回転式(スパイラル)フィンガーミサイル〉。

 高速回転するクラスターミサイルはマタンゴたちの足元へ着弾、床面を引っ繰り返す強烈な爆発で、マタンゴたちをまとめて吹っ飛ばした。

 爆風に呑まれたマタンゴたちは、炸裂したナノメタルの散弾をしこたま浴び、まとめてナノメタルに喰い尽くされて動かなくなった。

 

 続けて、レックスは全身の装甲を展開した。

 開いた装甲の下から、無数のミサイルの弾頭が顔を出す。

 

「〈プロミネンス=REX〉!!」

 

 太陽の紅炎(プロミネンス)のように激烈な炸裂ミサイルの一斉発射。

 撃ち出されたミサイル群がマタンゴたちの頭上、上階のバルコニーを撃った。

 天井の(はり)が砕けて倒壊し、バルコニーの残骸がマタンゴの頭上へと降り注ぐ。

 崩れ落ちた瓦礫がマタンゴたちを圧し潰すと同時に、マタンゴたちの侵入口を塞いでしまった。

 

 ……これで少しは時間が稼げるが、安堵はしていられない。

 瓦礫の向こうから、高笑いのようなマタンゴたちの声が聞こえてくる。

 長くはもたない。

 レックスはリリセとエミィに告げた。

 

「今のうちに、早く!」

 

 リリセとエミィは一目散に駆けだした。

 レックスはその殿(しんがり)を努めながら、ビュンビュン振り回すメーサーブレードの結界とフィンガーミサイルの威嚇射撃で、背後に迫り来るマタンゴたちを巧みに牽制しつつ後退してゆく。

 そのときだった。

 

「うわっぷ!?」

 

 リリセの眼前で突然通路の壁が突き破られ、その破れ穴からキノコまみれの手がニュッと伸びてきた。

 壁の向こうにもマタンゴが潜んでいたのだ。

 リリセの顔を掴み、壁の穴の向こう側へと引きずり込もうとするマタンゴ。

 

「危ない、リリセッ!」

 

 レックスがメーサーブレードを繰り出し、リリセを捕まえていたマタンゴの腕を切り落とした。

 同時に壁が崩壊し、壁の向こうのマタンゴがリリセたちの前へと転がり出てきた。

 マタンゴは、腕を切り落とされたというのに平気な様子でリリセたちに躍りかかってきた。

 

「さがって!」

 

 レックスは、リリセたちを下がらせると、今度はマタンゴの脳天からメーサーブレードを叩き込んだ。

 切り分けた食パンのようにマタンゴの頭が真っ二つに割れて、切り口から濃密な胞子を撒き散らした。

 

 しかし、マタンゴはなおも止まらない。

 脳天を唐竹割りにされたというのにキノコ人間は痛みを感じないどころか、そもそも生物としての構造自体が脊椎動物とは異なるようだった。

 

「このっ、このっ、このっ!」

 

 レックスがメーサーブレードで何度も斬りつけて細切れにしてやったところで、ようやくマタンゴは動かなくなった。

 

「大丈夫!?」

 

 レックスがリリセの方へ振り返ると、リリセは顔中にキノコの胞子を浴びていたが無事だった。

 

「ありがと、レックス!」

「早く逃げよう!!」

 

 

 一行が駐車場へと駆け戻ると、幸いにも駐車場にマタンゴたちはまだ到達していなかった。

 扉を閉めた途端、その向こう側にマタンゴたちが到達した。

 中から押し開けようとしてくるマタンゴたちをレックスが扉ごと押さえつける。

 

「急いで!」

 

 レックスが両手で支えている扉から、メキメキベコベコと金属の潰れる音が響いている。

 ……いったい、何体のマタンゴが押し寄せているのだろうか。

 アンギラスとさえ互角以上に渡り合えるレックスの力でも殺到するマタンゴたちを押さえきれず、鉄製のドアが少しずつ歪み始めていた。

 

 レックスがドアを押さえつけている間、リリセはクルマに荷物を放り込み、エミィは運転席でエンジンをかけた。

 昼間にレックスが整備してくれていたおかげで、エンジンはすぐにかかった。

 

「さあ、乗れ、はやくはやく!」

 

 リリセが助手席に乗り、レックスが後部荷台に飛び込むのを確認したエミィはクルマを急発進させた。

 ゴムタイヤの擦れる高音と共に、クルマが走り出す。

 同時にレックスが先ほどまで押さえていた扉が打ち破られ、中からマタンゴの大群が転げ出てきた。

 リリセたちが乗るクルマは駐車場を飛び出し、車道へと躍り出た。

 

 

 

 

 こうして病院を脱した一行。

 だが、追走劇の本番はこれからだった。

 




おまけ短編:ある罪深い男の話Ⅰ


 端緒となったのは西暦2030年。
 かの〈キングオブモンスター〉の登場と同年に起こった『第二龍神丸の事故』であった。


 第二龍神丸自体は特別な船ではない。
 当時の太平洋は『かのキングオブモンスター』の領域(テリトリー)だったという事実が明らかになる前であり、まだ漁業が行われていた。
 第二龍神丸もそんな漁業船の一艘であった。
 かの事故が起きなければ、平凡な南洋マグロ漁船として役割を全うしていただろう。

 西暦2030年。
 南洋へのマグロ漁に出ていたはずの第二龍神丸が連絡を絶ち、その数日後に小笠原沖で漂流していたところを別の漁船に発見された。
 船内は無人の状態で乗組員は発見されず、乗り込んだ発見者たちが体調不良を起こしたことから検査したところ太平沖では考えられない高濃度の放射能汚染が確認された。
 もちろん太平洋沖でそのような核実験など確認されてはいないし、第二龍神丸自体もごく普通のマグロ漁船である。
 結局船員が消えた理由から放射能の原因まで、あの事故については何もかもがわからずじまいだった。

 のちにゴジラ研究の大家として名を馳せることとなるヴィルヘルム=キルヒナーは、最初の著書においてこの事故にも触れている。
 『第二龍神丸の事故こそが、かの〈キングオブモンスター:ゴジラ〉と人類のファーストコンタクトであったのだ』と。
 ……もちろん眉唾、こじつけめいた推測の域を出ていない。
 船内からゴジラの肉片でも回収されたのならまだしも、そんな物証は未だ出ていない。

 しかし、回収された第二龍神丸から、尋常でない数値の放射性物質の塵が検出されたのも事実である。
 第二龍神丸がゴジラ、ないしそれに匹敵する放射線源に当てられたことは間違いない。
 ……もっとも、ゴジラ以外でかの怪物と同等以上の放射線源があるとすれば、そんなものは核兵器以外に有り得ないのだが。


 ここまでが世間で報じられた概要である。
 「船員が跡形もなく消えた状態で、船だけが発見される」という奇怪なシチュエーションは、かの有名なマリーセレスト号事件の怪談を彷彿とさせ、たちまち世間で恰好の話題となった。
 海難か、トラブルか、はたまた新種の怪獣によるものか。
 第二龍神丸の事故は、現代の奇談として世間を大いに賑わせたものだ。
 ……もっともそんなゴシップなど、その数か月後にロサンゼルスを襲撃し壊滅させたあの〈キングオブモンスター〉によって跡形もなく吹き飛ばされてしまったのだが。
 きっと今は『ああ、あったねそんなの』と思い出す人さえ少ないことだろう。



 が、この事件には隠された続きが存在する。



 発見された第二龍神丸の船体は、紆余曲折を経て、わたしの属する組織に回収された。
 そしてその船内を徹底的に検査した結果、行方不明となっていた船員が発見された。
 そう、船員は消えてなどいなかったのである。
 それどころか船員たちはみな生きていた。


 肉体が完全に液化した〈液体人間〉として。


 回収された元船員は体液のみの状態で、しかも致死量にも近しい放射能汚染の中でなおも生命活動を維持していた。
 SFやファンタジーに出てくるスライムさながら、まさに〈液体人間〉だ。
 この液体人間の発見をきっかけに、わたしの属する組織は極秘裏にある研究に取り組み始めた。


 ――――〈変身人間〉を創る研究。


 人類最後の希望、メカゴジラ。
 人々はかの最終兵器さえ完成すれば救われると無邪気に信じている。
 だが愚かしいことに、彼らは大切なことに気づいていない。


 『怪獣黙示録』はいずれ終わる。
 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()


 長期にわたる怪獣との戦いで生じた放射能と環境汚染、そして人口バランスの破綻。
 そしてかの〈キングオブモンスター〉。
 長い戦乱が残した傷痕はあまりにも深すぎた。
 ゴジラか人類か。どちらが勝っても、この星は旧人類が住むには適さないであろう。
 アラトラム=オラティオのプロジェクトはあるが、あれは飽くまで最後の手段だ。
 それに、両移民船に載ることが出来る人間は限られる。可能な限り地球での生存を模索するべきだ。

 そこで変身人間なのだ。
 核爆発による第二人類。
 放射能に打ち克つ新たなる生命。
 もし地球が死の灰に覆われて我々人類が全滅したとき、次に地球を支配するのは液体人間であるかもしれない。
 この変身人間は、その次代を生きることが出来る人間を創り出すための研究なのだ。


 液体人間から始まったわたしの研究は、バラエティに富んだ。
 まずは古典的な透明人間や、ジキルとハイドのような別人に変化する薬品も開発した。
 電送装置による転移が可能な電送人間や、炎を操る火焔人間など、特殊能力を備えた超能力者の開発も手掛けた。
 あるいは、人体に他の生物の能力を移植した改造人間を創ってみたりもした。

 似た様な研究は他の組織でもやっていた。
 風の噂ではある組織でバッタの能力を移植した改造人間が脱走して反乱を起こしたとか、してないとか。
 噂の真偽はともかく、秘密裏の開発競争が熾烈になるにつれてそのプロジェクトの主体である私への期待は大きいものとなっていった。

 自然、私の研究もエスカレートした。
 子供の脳を開発して超能力者を造ったり、ライオンに猛禽の翼を移植しさらに人間の脳と入れ替える、なんてこともした。


 苦心惨憺、その果てに私は到達した。
 不死身の心臓を持つ究極の新人類。




 〈人造人間(フランケンシュタイン)〉に。



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11、マタンゴ軍団総攻撃Ⅱ

 わたしたちタチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、そしてメカゴジラⅡ=レックスがクルマで病院を脱した直後である。

 クルマの背後で、廃病院の屋根が吹き飛んだ。

 

 そして病院の建屋から特大サイズのマタンゴが現れた。

 身長は目測で30メートル。

 入道雲みたいな頭の傘と、大樹みたいに逞しい手足と胴体。

 まるで巨人、ジャイアントマタンゴだ。

 エミィがハンドルを捌きながら、助手席のわたしに怒鳴った。

 

「なあ、マタンゴって合体するのか!?」

 

 ジャイアントマタンゴの体の各部から、ベニテングダケやツキヨタケを筆頭とする無数のマタンゴたちの身体的特徴が垣間見えた。

 マタンゴたちは互いに()(つぶ)()い、その挙句に癒合してしまったのかもしれない。

 とはいえマタンゴの生態なんてわたしは知らない。

 訊ねられたわたしは、ピストルに弾を込めながら怒鳴り返す。

 

「知らないよそんなの!」

「ちっきしょう、あんなんアリかよ!」

 

 ぬらり、とわたしたちのクルマを視認したジャイアントマタンゴは、楽しそうに笑い声を挙げながら軽やかな大股のスキップでクルマを追い駆け始めた。

 マタンゴの巨体が大股で地面を蹴るたびに、振動でわたしたちのクルマが揺れた。

 そしてジャイアントマタンゴが近づくにつれて、揺れは大きくなってゆく。

 

「もっとスピード出して!」

「性能の限界だ!」

 

 ……寄るな、キノコのオバケめ!!

 わたしは助手席から身を乗りだし、ピストルを構えて威嚇射撃を行なった。

 しかし、ジャイアントマタンゴには屁でもないようだ。

 同時に、くそったれ、とエミィが悪態を()いていた。

 路面の状態も良くない。先程からの豪雨で道がぬかるんでいる上に、ツル植物のせいでタイヤがスリップしている。

 ……これではいくらオフロード仕様に改造されたクルマでも、十全なスピードなど到底出せるはずがない。

 

 そしてジャイアントマタンゴは、大きさの割に身軽で意外と素早く、それでいて歩幅も大きい。

 このままではあっという間に追いつかれて捕まってしまうだろう。

 

 

 

 

 一方、クルマの後部荷台にいたメカゴジラⅡ=レックスは窓から身を乗り出し、すぐ後ろに迫るジャイアントマタンゴを見た。

 

 レックスが直視したジャイアントマタンゴの顔に表情はなかった。

 目も鼻もなく、キノコの菌糸に覆われている。

 そして木の(うろ)にも似たぽっかり開いた口の穴から、マタンゴ特有のくぐもった笑いが響いていた。

 ……まるで、必死に逃げるリリセたちを嘲笑っているかのようだ。

 

 

 そんなマタンゴをレックスは鋭く睨みつけた。

 ……おまえみたいな悪魔(インクブス)は絶対に負けない。

 これでも喰らえ!

 レックスの下顎が左右二つに別れ、卵を呑み込む蛇のように大きく開いた口腔から火花が散り始める。

 

 そして空気を切り裂く高音と共に、レックスの口からマゼンタの火柱が盛大に立ち上がった。

 

 高圧のプラズマジェットによる火炎放射。

 〈デストファイヤー〉だ。

 それは火炎放射というより、もはや一種のビームであった。

 レックスのデストファイヤーを、ジャイアントマタンゴは顔面に喰らった。

 いくら怪獣でも結局はキノコ、高圧プラズマジェットの直撃には到底耐えられない。

 デストファイヤーを浴びた箇所が一瞬で焼き尽くされ、ジャイアントマタンゴの頭の左半分が綺麗な消し炭になった。

 

 だが、頭が半分になったというのに、ジャイアントマタンゴの動きは止まらない。

 黒焦げに炭化した首をぷらぷらと揺らしながら、ジャイアントマタンゴはクルマの方へと手を伸ばす。

 

「このっ、このっ……ぎゃっ!?」

「リリセ!」

 

 途端に助手席の方から悲鳴が聞こえ、レックスは運転席の方へと振り向いた。

 威嚇射撃のために助手席から身を乗り出していたリリセの腕が、マタンゴの手に捕まえられてしまっていた。

 

 

 

 

 わたし、タチバナ=リリセは、ジャイアントマタンゴの手中で揉まれながら懸命にもがいていた。

 

「はなせ、離せったら!」

 

 辛うじて自由な片腕で力いっぱい殴りつけてみても、モフモフと柔らかい感触に拳がめり込むだけだ。

 捻り潰されてしまいそうな握力で掴まれながら、わたしはそのまま半身を車外へ引きずり出されてしまった。

 

「リリセッ!」

 

 エミィが運転席から手を伸ばして辛うじてベルトを掴んでくれているが、それもいつまで持つかわからない。

 そんな中、レックスが叫んだ。

 

「リリセに触るな、バケモノめ!」

 

 マタンゴの手中で懸命にもがいていたわたしは、自分の眼前に、レックスの尻尾がするすると伸びてきたのを見た。

 ……レックスは何をする気なんだろう。

 そう思いながら見ていると、レックスの尻尾の先端からマゼンタのプラズマジェットが噴射された。

 範囲を極限まで絞ったプラズマジェットの火炎放射が、空気を焼く音と共に鋭利なビームの刃へと変わってゆく。

 そしてレックスの声が聞こえた。

 

「動かないで! 今、助けてあげるから!」

 

 助ける? どうやって?

 怪訝に思ったわたしの鼻先に、レックスの尾から放たれるマゼンタの炎光が近づいてゆく。

 

「!? ちょ、ちょちょちょっと、待って、レックス!」

 

 高圧プラズマジェットの刃なんて、鋼材を切断加工するプラズマカッターそのものだ。

 ……まさか、そのプラズマカッターでマタンゴを斬るの?

 わたしの身体ごと?

 おまけに不安定なクルマの荷台から?

 

 

 

 死ぬわ。

 

 

 

 そのことに思い至ったわたしは、額から冷たい汗を滝のように流しながらマタンゴの手中でモゴモゴと叫んだ。

 

「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て、ねえ待って!!

 それやったらわたしも斬れちゃう、斬れちゃうから!!!!」

 

 慌てふためくわたしだけれど、レックスは待ってくれなかった。

 

「大丈夫、ボクを信じて!」

「だからちょっと、待っ、あっ、ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙――――――――――――ッ゙!!!!

 

 わたしの制止もかまわず、レックスは風切り音とともに尻尾を振り回した。

 自分の身体が真っ二つにされるところを想像したわたしは、「ひっ」と喉を引きつらせて目を閉じる。

 

 

 

 ……あれ?

 

 

 

 目を恐る恐る開いたわたしは、自分の身体を確かめた。

 両手。胴体。首。

 ……全てちゃんと繋がっている。

 他方、マタンゴの指先だけは細切れになりボロボロと崩れ落ちていった。

 

 レックスは尻尾のプラズマカッターを巧みに振るい、わたしを掴んでいたマタンゴの指だけを切断することに成功していた。

 しかもがたがたと不安定に走り続けるクルマの荷台から目隠し同然の体勢で、わたし自身にはかすり傷ひとつつけず。

 到底人間に出来る技術ではない。

 ……流石のわたしも失禁しかけたのは、ここだけの秘密である。

 後部荷台から、怒り狂ったレックスの咆哮が聞こえてきた。

 

「キノコのオバケめ、おまえなんか八つ裂きにしてやる!!」

 

 指をすべて切り落とされた掌をまじまじと見つめているジャイアントマタンゴに、レックスは続けざまにデストファイヤーを繰り出した。

 首、両腕、胴体、鼠径部、両膝、指の節々に至るまで、マタンゴの身体の各関節部分を狙って切断してゆく。

 身体の動く部分すべてを切断されたジャイアントマタンゴは土台を失った積み木のように崩れ落ち、人の形をした巨大キノコの切り身が道路にごろごろと転がった。

 

 行動不能になったジャイアントマタンゴを尻目に、わたしたちを乗せたクルマは雨が降る森の中へと消えていった。

 

 




おまけ短編:ある罪深い男の話Ⅱ

 フランケンシュタイン。
 かの古典小説に由来する暗号名を冠してはいるが、人造人間であるという点を除けばその性質は原典と大きく異なる。


 フランケンシュタイン細胞はあのゴジラの細胞、いわゆるゴジラ細胞を人為的に再現する試みの産物である。
 着想は単純なものだ。ゴジラしか生きられない世界になるというのなら、ゴジラになってしまえばいい。
 無論そのままゴジラ細胞を組み込むことは出来ないから、人体へ組み込み可能な同等品を創ろうとしたわけである。
 道程は多難であった。
 そもそもゴジラ細胞のデータ自体を手に入れるのが困難だった。
 友人のマフネ博士の伝手でビルサルドの高官と面会できなければ、そして彼からゴジラ細胞のデータを得られなかったなら早いうちに行き詰まっていたはずだ。
 数多くの検体を無駄にしたし、時には生命の危険さえ伴った。

 だが、私はやり遂げた。

 完成したフランケンシュタイン。
 放射能汚染下でも生きられる強靭さ。
 どんな環境にも適応し、どんな肉体にも拒絶反応を起こさず適合し得る優れた順応性。
 適切な栄養補給さえ受けられれば、細胞片からでも復活が可能な不死性。
 ポスト=ゴジラに追い詰められた我々人類にとっては、まさに福音とも呼べる存在だ。

 そしてその心臓部、『フランケンシュタインの心臓』は人体への移植が可能だ。
 移植すれば全身の細胞に進化をもたらし、人間を新たなステージへと進化させる。
 たとえ原爆の直撃を受けようとも死なず、深海のような極地にも適応できる、そんな新人類へと造り替えてくれるのだ。
 フランケンシュタインの心臓、これを量産できたならもう心配は要らない。
 ポスト=ゴジラの次代にも、人類という種の命脈を繋ぐことが出来るだろう。
 そんな素敵な未来を夢見ながら、私は心を躍らせたものだった。



 それは、泡沫(うたかた)の素敵な夢でしかなかった。



 フランケンシュタインが完成した日。
 記念すべき日は、呪わしき日へと変わった。
 その日、西暦2046年3月某日。
 かの忌まわしき破壊神にしてキングオブモンスター、ゴジラが東京を襲撃したのだ。

 私は間一髪無事だったが、ゴジラは私の属していた組織の本拠地をも根こそぎ焼き払った。
 その放射熱線の一発が研究施設を吹っ飛ばした。
 そしてそこにはフランケンシュタインの心臓が保管されていた。

 いくら不死身の心臓を持とうと、ゴジラの熱線で焼き尽くされてしまえばどうにもならない。
 サンプルは全て喪われ、かろうじて持ち出した開発データもゴジラの放ったEMPで破壊されてしまった。
 わたしが作った理想の人間、フランケンシュタインは永遠に喪われてしまった。




 しかし私は諦めなかった。
 フランケンシュタインに次いで私が手を出したのは、〈マタンゴ〉であった。
 南洋で回収された第三の生物、マタンゴ。
 フランケンシュタインやゴジラ細胞よりは一段落ちるものの、ポスト=ゴジラを生き抜くことが出来ることは変わらない。
 あとは脳神経系を冒す毒性さえ解消し、自我を保ったままマタンゴ化できさえすればいいだけだ。

 これに関してはゴジラも一役買ってくれた。
 東京を襲撃したゴジラは、東京にあった組織の中枢を蹂躙して組織上層部を一掃してくれた。
 首領、幹部、その座は巡り巡って私の元へと回ってきた。
 つまり、組織は私のものになったのだ。
 かくして組織を完全に掌握した私は、組織の資財全てを己の研究へ注ぎ込んだ。
 ここまで来てもはや後戻りはできないのだ、自身にそう言い聞かせながら。
 ……今にして思えば、当時の私はなんと愚かだったのだろう。
 連合政府、その裏の暗躍で『組織』が蓄えた資産は相当の物だった。
 もしその資産を変身人間の研究などではなくゴジラに蹂躙された民衆のために使っていたなら、一体どれだけの人々を救えただろうか。
 慙愧の念に絶えないが、後の祭りである。


 そんなマタンゴ研究も、結局失敗した。
 先日、研究中のマタンゴ菌が漏洩する事故があった。
 品種改良により繁殖力と感染力を飛躍的に高められていたマタンゴ菌によるパンデミック。
 組織の構成員で残ったのは私ただ一人、僅かに残った組織の残党は完全に壊滅した。
 人倫に悖る所業を重ねてきた組織の末路としてはこの上ないものだったろう。


 残された猶予は少ない。
 部屋の外でマタンゴが騒いでいる。
 扉を叩く音が響いている。
 きっと鍵をこじ開けようとしているのだろう。
 踏み込まれたら終わりだ、私もマタンゴ菌に感染してマタンゴの仲間入りを果たすことになるだろう。

 だが、そうはならない。
 私はちゃんと手段を講じている。

 今、私の手元には『一服の薬』がある。
 これは変身人間を造る過程で生まれた失敗作であり、服用すれば速やかに死に至り、その死体は霧散して塵と消える。
 つまり、これを飲めば、マタンゴの苗床にならずに死を迎えることが出来る。




 あと必要なのは、これを飲み干す勇気だけである。
 だがそれもそう遠くはないことだろう。


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12、マタンゴの逆襲

 わたしたち一行を乗せたクルマは、ジャイアントマタンゴを振り切ってからもしばらく走り続け、やがて森を抜けた。

 いつしか雨は止み、綺麗な月夜にうすぼんやりとした白い虹、いわゆる月虹が掛かっていた。

 最初に、わたしから口を開いた。

 

「……一息入れよっか」

 

 ……もう、ここまでくれば安心だろう。

 雨も上がったし、今夜はここで野営にしよう。

 どこをどう走ったのかもよくわからないが、あとは陽が昇ってから考えればいい。

 

「……そうだな」

 

 わたしの提案に、エミィがクルマを停めた。

 荷物を降ろすため、わたしとエミィはクルマを降りて後部荷台に廻る。

 荷台を開けると、レックスが神妙な顔で座り込んでいた。

 

「ごめん。ボクが気付いていれば……」

「ああ、おまえのせいだ」

 

 (うつむ)きながら詫びるレックスを、エミィがギロリと睨みつけた。

 

「どこが安全なんだよ。だいたいおまえときたら……!」

「エミィ」

 

 (なじ)ろうとするエミィを、わたしは(さえぎ)った。

 

「わたしたちを守ってくれたレックスにそんなこと言っちゃダメだ」

「っ…………。」

 

 押し黙ったエミィに、わたしは言い聞かせた。

 

「それに、これ以上責めたら可哀想だよ」

 

 レックスの方はというと、可哀想に、すっかりしょぼくれた顔をしていた。

 自信満々で案内した安全なはずの寝床がマタンゴの巣窟だったなんて、レックスからすればとんでもないミスなのだろう。

 そんなレックスを元気づけたくて、わたしは笑いかけた。

 

「……いいんだよ、レックス。

 あなたは知らなかったんでしょ?

 それに最終的に決めたのはわたしだもんね」

 

 ……レックスは『動体検知器(モーショントラッカー)には何の反応も見られない』と言った。

 それはそうだろう、平常時のマタンゴは普通のキノコとして物静かに(たたず)んでいるだけだ。レックスから見れば、動かないマタンゴと普通のキノコの区別なんかつかないだろう。

 それが先の豪雨で湿度が上がって動きやすい環境になったところへマヌケな獲物がのこのこ現れたので、マタンゴたちも目を醒ましてしまった。

 要するに巡り合わせが悪かったのだ。

 そしてわたしはエミィにも頭を下げた。

 

「ごめんね、エミィ。わたしの判断ミスだ。

 あなたの言ってたとおり、もうちょっと警戒すべきだった。ごめんね」

 

 言われたエミィは、不機嫌そうにぷいと顔を背けた。

 

「……べつにいい」

 

 ……エミィは本当に善い子だ。

 レックスに対しては思うところがいっぱいあるのかもしれないが、ここはぐっと呑み込んでくれたようだ。

 この埋め合わせはどこかで必ずしてあげよう。

 一段落ついたところで、わたしは言った。

 

「……とりあえず、テント張ろうか」

「……わかった」

 

 夜も遅い、今夜はもうさっさと寝てしまおう。

 そう思いながら、わたしは後部荷台からテント一式を引っ張り出す。

 今夜はここで野営だ。

 

「おっとっと」

 

 テントのポールを降ろした拍子に、足元がふらついた。

 ……疲れてるのかな。

 そう思いながら目元をこすっていたわたしは、眼前に小人(こびと)がいることに気がついた。

 

 

 

 ……小人(こびと)

 

 

 

 目をこすってみると、ゴジラを象ったフードつきパジャマを羽織った大変可愛らしいこびとがいた。

 わたしはこびとに訊ねてみた。

 

「……あなたはだれ?」

 

 へけっ。

 こびとは答え、わたしは笑った。

 

「……おお、そうか!

 ゴジハムくん、ゴジハムランドのゴジハムくんというのか、きみは!!」

 

 ……ゴジハムくん、何それ。

 ゴジハムランド、何処だよそこは。

 

 自分でもそう思ったが、すぐに気にならなくなった。

 顔を()()()()しているゴジハムくんから目線を移すと、彩度全開の世界が視界いっぱいに広がっていることに気付いた。

 夜空の月虹は、いつのまに毒々しいまでに極彩色のレインボーとなっていた。

 吹き抜ける風、足音、衣擦れ、聴覚が捉える音すべてが心地良いメロディを奏で始めている。

 そのとき、わたしの中でかろうじて残っていた理性的な部分が緊急警報を発した。

 

(これはっ、まさかっ……!)

 

 だが、脳内でポップアップしたはずの重大な警告は、怒濤の勢いで流れ込んできた超現実的幻想の大群にあっさり押し流されてしまい、そしてわたしは世界を悟った。

 世界はわたしであり、わたしは世界であった。

 わたしの思考は世界へと垂れ流され、一滴の(つゆ)となって世界を革命する。

 わたしはアルファにしてオメガなのだ。

 真理発見の喜びが、わたしを絶頂へと翔け昇らせた。

 フライハイ、今なら空も飛べるはず!!

 さあ行こうぜ、高みに!!!!

 わたしはクルマのボンネットに登った。

 

「……―――?」

 

 どうしたのエミィ、そんな怪訝な顔して。

 ほらごらん、あそこに面白いものがあるよ。

 遠くの方で見えたものについて、エミィに教えてあげることにした。

 

「ほら、エミィ!!

 ゴジラが口から吹いた炎で空飛んで、喜びのダンスを踊りながら、『ぼかぁしあわせだなあ!』って叫んでるよ!!」

 

 ……楽しい、楽しすぎる。

 わたしは、自分で放った言葉が可笑しくて、お腹を抱えてゲラゲラ笑いながらクルマのボンネットから転げ落ちた。

 

「――――!? ――――!!」

 

 エミィがなにか言っているようだが、おかしくておかしくて、シンセサイザーの素敵なハーモニーにしか聞こえない。

 

 ふらふらの状態でなんとか立ち上がるわたし、タチバナ=リリセはいまや恍惚(トリップ)状態、完全に夢現(ゆめうつつ)だった。

 小鳥は歌い、花は踊り、ゴジハムくんに引き連れられて続々と現れたこびとどもが、電子音楽のメロディーを鳴り響かせながら大パレードを繰り広げている。

 ラインダンスを踊るこびとにつられて心地よい無重力感に身を委ねてしまえば、身体が勝手にリズムを刻み始めて止まらない止められない。

 ステップを踏むたびに溢れ出る生命が植物たちを茂らせ、アスファルトの舗装を打ち破り、そして空気中に舞う塵の一つ一つを視覚触覚が知覚した。

 わたしは叫んだ。

 

「Foooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!」

 

 圧倒的全能感と超越的絶頂感、自らの意識が全次元を征服しようとしている。

 わたしの体感が無限大に拡大し、世界は拡大加速し続けるハイテンションなアップビートへと変貌を遂げた。

 意識のテンポが音速(こだま)を超え、光速(ひかり)を超え、ついでにのぞみとあさまも超えて、月虹が結ぶスターボウをくぐり、世界の果てまで駆け抜けて、

 

 

 

 

 そしてタチバナ=リリセは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミィとレックスの眼前で、タチバナ=リリセが倒れた。

 突然クルマのボンネットによじ登り、わけのわからないことを喚き始めたかと思えば大声で歌い踊り始め、そして電池が切れたかのようにブッ倒れてしまった。

 

「リリセ、リリセ! しっかりしろ! おい!!」

 

 仰向けで痙攣しているリリセをエミィが必死に揺さぶり起こそうとしているが、リリセは口から泡を噴いたまま一向に目覚めない。

 いくらなんでも尋常な事態ではない。

 

 ……まずい、とレックスは思った。

 いかなるときもマイペースを崩さなかったエミィが、いまや完全に冷静さを失っていた。

 これは相当にまずい状況のようだ。

 落ち着かせなくては、とレックスはエミィに声をかけた。

 

「まずはキミが落ち着け……」

「ごちゃごちゃうるさい! 引っ込んでろ!」

 

 レックスを突き放しながら、リリセの身体を調べていたエミィが何かに気付いた。

 

「まさか、マタンゴの胞子……」

 

 そういえば、一行の中でマタンゴに直接触ったのはリリセだけだ。

 病院内での乱闘と、先ほど車外でジャイアントマタンゴに掴まれた時。

 そのタイミングで、マタンゴの胞子を浴びていたのだとしたら?

 

 ……しかし、マタンゴに触れたからといって、たったそれだけのことでこんな症状が起きるのだろうか。

 触っただけで症状が起きる毒キノコ。

 レックスのデータベースの中で最も近いのは、カエンタケというキノコだ。

 カエンタケは触るだけで皮膚炎を起こし、口にしたときの致死量も極めて少ない危険な猛毒キノコだった。

 だがしかし、致命的になるのは飽くまで食べてしまった時の話である。

 触れば皮膚炎を起こすが、トリップ症状を起こして意識を失ったりはしない。

 触るだけで意識を失ってしまうような毒キノコ。

 そんなものはデータベースに存在しない。

 

 リリセの呼吸が浅く、そして荒くなっている。

 なんだか苦しそうだ。

 それに瞳孔が開いている。

 リリセの服を緩めようと胸元に触れた、エミィの表情が固まった。

 

 ――エミィの顔に浮かんでいたのは、戦慄。

 

 震える手つきで上着のボタンを外してリリセの胸元をはだけさせると、そこにはあり得ないものがあった。

 

 

 

 

 毒々しいほどカラフルな色鮮やかなキノコが、タチバナ=リリセの胸の谷間からびっしりと生えつつあった。

 




おまけ短編:ある罪深い男の話Ⅲ


 ……先の記述を書いてから、いったいどれほど時間が経っただろうか。
 ともすると文字の書き方を忘れているのではないかと思ったが、幸運にも私は今もなお文字を書くことが出来るようだ。

 本来ならば、この手記は上述のとおり、服毒自殺を仄めかすような記述で途絶えるはずだったのだ。
 実際そのつもりだった。
 私が飲んだあの薬は失敗作のはずで、過去の実験体たちと同様に、私もまた雲散霧消するはずだった。

 にもかかわらず私は死ねなかった。
 ゴジラが撒き散らした放射能の影響か、あるいは私が把握していない環境要因によるものか。
 失敗作だったはずの薬による変身は『成功してしまった』。



 そう、私は変身人間となったのだ。
 皮肉なことに最初で最後の成功作。
 〈ガス人間第一号〉に。



 かくして本物の変身人間と化した私だったが、この医学センターの外へ出ることは叶わなかった。
 気流の関係か、私がヒトの形を保つことが出来るのは、医学センターの建屋内部だけ。
 外に出たなら、私の体は散り散りになってしまうだろう。
 ……人間というのは弱いものだ。
 最初は死ぬ覚悟を決めたつもりだったくせに、いざ生き延びてしまうと再び自決する勇気は湧いてこなかった。
 よしんば風に吹かれても死ななかったとして、このような状態ではもはやヒトとして生きているとは言えまい。
 そういうわけで私はこの医学センターに閉じ込められたまま、ガス人間としての生を全うすることになったのである。

 ……もじ が上手く書けない。
 ガス人間の体ではペンを持つのにも困難が伴う。
 コンピュータ端末を使おうにも端末は私の指を検知してくれないし、そもそも電源が入らない。
 そんな苦労をしながら再び筆を執っているのは、昨夜に来訪者があったからである。




 激しい雨でマタンゴたちが目を覚まし始めたちょうどそのとき、外でクルマが停まる音がした。
 ……人だろうか。
 私はクルマの音がした方、裏の通用口へと急いだ。

 ――他の荷物は持っていかないの?
 ――荷物広げるより先に安全を確かめるべきだろ。

 扉の外から話し声が聞こえる。
 出迎えようにも錆びついた扉を開ける腕力などはない今の私には、ただ立って待つことしか出来なかった。

 ――ふんぬっ!

 やたら力の籠った気合と同時に扉が動き、侵入者たちは扉を開いた。


 侵入者は、女性二人とロボットが一台。
 眼帯をした日系の女性と小柄な金髪の少女、そして銀髪に赤い瞳をしたガイノイドだ。
 彼らは私と真正面から向き合う形になった。

 ――げほっげほっ
 ――なにこれ、カビ臭っ!

 しかし彼らは私に気づかなかった。
 機械のセンサーにも感知してもらえなくて散々苦労している身体だ、人間の肉眼で捉えられるとは思えない。
 そのとき金髪の少女が言った。

 ――やっぱりやめた方が良いんじゃないか。それになんだか見られているような。

 ……なかなか鋭い子だな。
 いわゆる第六感という奴だろうか。
 対して、眼帯を嵌めた女性が答える。

 ――そう? 気のせいじゃない?

 他方、眼帯の女性は私の存在に気づいていないようで、私が立っている屋内へ堂々と踏み込んできた。

 ――ほら、何もいないよ?

 ……こっちはえらく鈍いな。
 私の中を真正面から通り抜けたのに、全然気づいていない。
 ガイノイドはともかく、この眼帯の女性と金髪少女の関係性は何なのだろう。
 母子にしては年齢が近すぎるし、姉妹にしてはあまりにも似ていない。あるいは義理の姉妹なのかもしれない。
 そんな想像を巡らせながら、私は屋内を進む彼女らと並んで歩いた。




 リーダー格の眼帯の女性――彼女はタチバナ=リリセと呼ばれていた――とその妹分である金髪少女がトイレに向かったあと、私は思案した。
 会話の様子からすると、どうやら彼女らは雨宿りに来たようである。

 こちらに危害を加える様子はなさそう、というか私の存在に気づいてすらいない。
 住人が眼前にいるのに気づきもしない、挨拶すらないのは正直腹立たしかったが、まあ止むを得まい。
 幼気な女子供が困っているのだ、一晩の宿くらい貸してやっても良いだろう。
 そんな鷹揚な気持ちになっていたときである。

 銃声が聞こえた。

 ……まさか、と思った。
 銃声で病院中のマタンゴが目を覚ましたのを私は感じた。
 慌ただしい足音が響いてきて、リリセたちがホールへ戻ってくる。

 ――レックス、逃げよう! ここはヤバイ!!
 ――何があったの!?
 ――マタンゴだ!

 最悪の事態が起こりつつあることを、私は理解した。

 まさか、マタンゴを撃ったのか。
 なんてことを。

 廊下のドスドスと重たい足音と共に、マタンゴが駆け込んできた。
 ガイノイドの部品が変形し、()き手を構えながら咆哮する。
 照準の先はマタンゴだ。

 ――喰らえ、フィンガーミサイル!

 よせ、やめろ。
 私は叫んだが、誰にも届かなかった。




 ……その後のことはあまり書きたくない。
 武装を全開にしたガイノイドがマタンゴたちを殺しまくり、この病院を倒壊寸前にまで破壊した挙句、どこかへと逃げ去ってしまった。
 なんて奴らなのだろう、一方的に他人の安住の棲み処を破壊して逃げてゆくなんて。親の顔が見てみたいものだ。
 とはいえ、やられっぱなしの私ではない。
 組織にいた頃から敵に回したくないと恐れられてきた私である。
 反撃の一手を打ってきた。

 私は、タチバナ=リリセの体内へマタンゴの菌糸を植え付けてきた。

 入り込むのは簡単だった。
 病院中を駆け回って息を切らしている彼女の傍に、ただ近寄るだけで良い。
 そうするだけで彼女は私を体内へと吸い込んでくれた。

 誰にも気づかれないまま、私の犯行は成功した。
 きっと今頃はタチバナ=リリセもマタンゴ菌に全身を凌辱(レイプ)され、新種のマタンゴへと成り果てていることだろう。


 なぜそのようなことをしたのかと言えば、理由は簡単だ。
 私の同居人、マタンゴたちの仇討ちである。


 キノコ人間、第三の生物:マタンゴ。
 最初こそ嫌悪感を覚えたが、考えてみれば私とマタンゴはフランケンシュタインが失われてから唯一生き残った変身人間の成功例、いわば兄弟のようなものだ。
 それに、共に暮らしてみると存外気の良い奴らだった。
 かつて怪物扱いして蔑んでおきながら行き場を失った途端に許しを乞うた、そんな虫の良い私をマタンゴたちは快く受け入れてくれた。
 私とマタンゴは同じ変身人間として、それなりに仲良くやっていたのである。


 そんなマタンゴたちとの平穏な生活を、タチバナ=リリセたちは蹂躙した。


 キノコを食べさせようとするマタンゴたちの行動はすべて善意から来るものだ。悪意など欠片もない。
 ただそっとしておいてくれたなら、マタンゴたちも棲み処を追われることもなくただのキノコとして静かに暮らせていたはずだった。
 それに外の世界がどうなっているのか知る由もないが、ゴジラが生きているのだ、どうせ碌な暮らしではあるまい。
 ガス人間と化した私には到底叶わないことではあるが『マタンゴとなってひっそり暮らす』、それも一つの選択肢だろう。


 タチバナ=リリセたちはそんな彼らを虐殺したのだ。
 彼らの言葉に耳を貸さず、一方的に。


 私の犯行は、そんな冷酷非道な侵入者たちに向けたほんのささやかな報復である。
 一矢報いることが出来たなら幸い……




 強い風が吹いた。




 今、私の体を構成するガス成分が大幅に吹き飛ばされた。




 ……そろそろ風が強くなってきた。
 この調子ではいずれペンを執ることさえ叶わなくなるだろう。
 タチバナ=リリセたちとマタンゴの激戦の結果、この棲み処も随分と風通しが良くなってしまった。

 ガス人間と化した私は、そう遠くないうちに吹き消されてしまう運命にある。

 この病院が棲み処に適さなくなってしまったのはマタンゴも同じだ。
 今日は雨天で霧が出ているから良いものの、これから季節は夏になる。マタンゴの起源は南洋にあるが、彼らが直射日光にさほど強いとは言いがたい。
 こうした事情から、マタンゴたちは即座に移住を決意したようだった。
 病院を去る際、リーダー格のマタンゴ――キノコのドレスを纏った女性的なシルエットからわたしは『タマミ』と名づけていた――が私にこのようなことを言った。

 ――あなたも一緒に来ないか、ツチヤ。

 驚く私にタマミは続けた。

 ――確かに、かつてのあなたは罪深いことをしたのだろう。
 あなたの苦しみはその罰なのかもしれない。

 だけどあなたは十二分に苦しんだ。
 もういい、もう充分だ。
 孤独に死ぬ、そんな必要はない。
 行こう、そして共に作ろう。
 変身人間(わたしたち)が幸福に暮らせる新天新地を!

 タマミの提言に、他のマタンゴたちも異論は無いようだった。
 なんて善良な連中だろう。
 マタンゴたちは、かつて自分たちを実験動物として弄んだ私のことを赦してくれていた。
 かつての私、ひいては旧人類もマタンゴたちと同じくらいに寛容な存在だったなら、あるいはこんな世界になっていなかったかもしれない。


 しかし私は首を横に振った。


 ……マタンゴたちならば移住も出来よう。
 しかし私は駄目だ。
 建物の外には出られないし、出たところで風が一吹きでもすれば跡形もなく消し飛ばされてしまう。
 私はこの医学センター、そして自分が犯してきた罪業と共に消え去るべきなのだ。

 ――……そうか。

 タマミたちは至極名残惜しそうにしていたが、結局私の意志を尊重してくれた。

 さらばだ、友よ。

 そしてマタンゴたちは医学センターを去っていった。

 運の良いことに外は雨、マタンゴたちが彷徨うにはちょうどよい天候だ。
 逞しい彼らのことだ、きっと次の棲み処も見つけられることだろう。
 ……さらば、愛すべきマタンゴたち。
 願わくば、彼らの行く末に幸多からんことを。



 ……ふと思う。
 もうひとりいた金髪の少女――エミィと呼ばれていた少女に手を出さなかったのは、なぜだろう。



 もちろん、『口元を布で覆っていて侵入しづらかった』というのもある。
 だが、それだけならいくらでもやりようはあるだろう。何しろガス人間なのだから。
 それとも『子供だったから』?
 そんなはずはない。研究のために何人の女子供を犠牲にしたか、私自身すら覚えていない。
 今さら子供一人、手に掛けることを躊躇するわたしではない。



 ……それともアケミに似ていたからだろうか。



 アケミ。
 アメリカに行きたいという夢を叶え、歌手として活躍する直前にゴジラのロサンゼルス襲撃で行方不明となった彼女。
 そして私が心から愛した、世界でたった一人の女性。
 きみはいつだって蓮っ葉で、ワガママで、だけどどこか憎めない魅力があった。
 そんなきみが私は好きだった。


 きみとはもっと話したいことが沢山あった。


 アメリカに行く前にもっと抱き締めておけばよかった。


 きみが世界に羽ばたき活躍する、その姿を目に焼き付けたかった。


 ……きみを喪ってから、そう思わなかった日はない。













 思えば、変身人間を造ろうとしたのもアケミを喪ったことが理由な気がする。
 とはいえアケミが負い目を感じることはない。
 『きみのような犠牲者を二度と出したくない』
 『人類の未来のために』
 そんな御立派な使命感もゼロとは言わないが、こうして虚心坦懐に見るならばさほど大きくもなかったと思う。

 正直に言えば、私がマッドサイエンティストと呼ばれるほどに研究に打ち込んだのは、きみを亡くした悲しみから逃れたかったからだ。
 心の隙間を立派な大義名分で満たしながら、課せられた使命という名目で研究に没頭していれば、きみを亡くした悲しみを忘れられた。
 要するに現実逃避の道具だった。

 そして、ただの逃避で埋められるものなど何もなかった。
 研究に没頭すればするほど自分の中の空虚は大きくなり、その空虚を埋める為にますます研究が先鋭化していった。
 そんな自分の弱さの行き着いた結果が罪なき人々を研究材料として産み出された変身人間シリーズであり、神をも冒涜する人造人間であり、そしてマタンゴであった。
 ただの現実逃避のために、私は沢山の人々を食い潰した。
 私こそ怪物だ。
 ガス人間に成り果てた己の現状もまさに自業自得、因果応報の末路というものであろう。


 ……書くのが辛くなってきた。
 そろそろ筆を置こう。


 マタンゴ、そして愛すべき変身人間たち。
 何十年、何百年、あるいは何万年先になるかはわからないが、いずれ(きた)る新天新地。

 その先に、あなたたちが平和に暮らせる未来が待っていることを切に願う。



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13、メカゴジラ対マタンゴ

 マタンゴの巣窟からからくも逃れた一行。

 しかしタチバナ=リリセがマタンゴ中毒になってしまった。

 

「リリセ、リリセ!!」

 

 エミィが必死に呼び続けているが、リリセは、泡を吹きながら身悶えしているだけで一向に意識を取り戻す気配がない。

 そんなエミィとリリセを眺めながら、レックスことメカゴジラⅡ=レックスは、電子頭脳のデータベースを引いてみた。

 ――――人体、キノコ、感染。

 たしかに、人間の体内に菌類が入り込んで肺炎を起こした症例は存在した。芋虫を苗床にして育つ『冬虫夏草』というキノコもある。

 しかし人体には高度に発達した免疫がある。死体ならともかく生体から、それもこんなスピードでキノコが生えてくるなんて有り得ない。

 

 だが、このマタンゴはその常識を覆していた。

 

 入り込んだその場で体内に菌糸を張って、人体からキノコを生やしてしまう。常識外れとしか言い様がない、凄まじい生命力だった。

 しかもこのマタンゴ、恐ろしいほど生育速度が早い。簡単にシミュレートしただけでも、あと24時間程度で全身からキノコが生えてくる計算になる。

 人体の免疫システムを征服し、同じキノコへと変えてしまう、正体不明の寄生キノコ。

 そんな存在など、もはや新種の怪獣と呼ぶべき存在だった。

 ゲマトリア解析によるシミュレートが完了し、リリセをマタンゴ菌が制圧したイメージをレックスは想像した。

 

 

 おそらくそれは、全身を極彩色のキノコで着飾った、カラフルなキノコ人間の姿になるだろう。

 

 

「……じゃない、……だけ……」

 

 レックスがシミュレートしている間、エミィは真剣そうな表情でぶつぶつ呟きながらリリセを凝視していた。

 

「マタンゴが生えても死ぬわけじゃない、キノコ人間になるだけ……」

 

 そう自分に言い聞かせながら、エミィは、リリセの胸元のキノコを毟り取った。

 そして、手に掴んだキノコを自分自身の口へ運ぼうとした。

 

「なにやってるんだ!?」

 

 エミィの突然の凶行にいち早く気付いたレックスは、エミィが掴んでいたキノコを手刀で叩き落とした。

 

「わたしも食べる、キノコ人間になる……」

 

 エミィがそう答えながら地面に転がったキノコを拾い上げようとしたので、レックスは地面に転がったキノコをぐちゃぐちゃに踏み躙り、指先のデストファイヤーで焼却した。

 そしてレックスはエミィを叱り飛ばした。

 

「馬鹿言うな! そんなことしてリリセが喜ぶと思ってるのか!」

「……うるさいだまれ」

 

 エミィは、唸るような低い声で言った。

 

「おまえなんかに、なにがわかる。わかるもんか。どうせおまえは機械(マシーン)だからな……!」

「エミィ……?」

 

 レックスを睨みつけるエミィの目つきはぎらぎらと殺気立っていて、力の籠った声には強い怒りが滲み出ていた。

 そして溢れんばかりの涙を目元に(たた)えながら、エミィは感情を爆発させた。

 

「だいたい元はといえば、おまえがいい加減なことを言ったからだぞ!!

 どこが『安全』なんだ、このガラクタ野郎!!

 おまえなんか、おまえなんかっ、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!!

 この、このっ……人殺しめ!!」

 

 エミィの罵声に、レックスは言葉を失った。

 ……言い逃れならいくらでも出来る。レックスのデータベースにマタンゴのことは載っていなかった。それに休眠状態のマタンゴたちが動体検知器に引っ掛からなかった以上、レックスに気付けるはずがない。たしかにレックスは『安全だ』とは言ったが、そんなレックスの言葉を信用したのはリリセだし、エミィだってその気になれば止められたはずだ。それでガラクタ、人殺し呼ばわりされるのはいくらなんでも理不尽だ。

 

 だけど、レックスはそんな無責任な言い訳を並べる気にはなれなかった。

 

 ……エミィの言うとおりだ。

 散々調子に乗り『安全だよ』だなんて適当なことを主張して、エミィの反対意見を無視した結果リリセが死にかけている。

 全部、ボクのせいだ。

 レックスはそう思った。

 

 そして、こうしているあいだにもリリセの身体はマタンゴに蝕まれ続けていた。

 

 ついさっきまでは瘡蓋(かさぶた)ほどの大きさでしかなかったのに、今や立派なキノコとなってリリセの胸骨に根付いて聳そびえ立っている。

 リリセ本人はというと、先程までは白目を剥いて痙攣しながら喘いでいたのだが、その動作が少しずつ大人しく緩慢になっていた。

 楽になっている、見様によってはそうだが、裏を返せば()()()()()()()()()()()()と言うことだ。胸元のキノコを除いた外見にさほど変化は見られないが、その内側では神経系を征服されつつあるのだろう。

 脳髄を食らい尽くされたら終わりだ。

 

 もはや手遅れと悟ったエミィは膝から崩れ落ち、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。

 

「いやだ、いやだ、わたしを独りにしないで……!」

 

 リリセに縋りつきながら泣きじゃくるエミィを見ていたメカゴジラⅡ=レックスは、今まで感じたことのない情報に苛まれていた。

 レックスの電子頭脳にはこれまでの人類の知見を積み重ねた巨大なデータベースがあり、そしてレックスの身体はどんな武器でも作れるナノメタルで出来ている。

 これまでレックスは『自分は凄い奴なのだ』と思っていた。

 

 しかし、実際はそうではなかったのだ。

 たかが毒キノコひとつ相手に、最強無敵の対ゴジラ用最終決戦兵器はまったく何もできない。

 無力感。今のレックスを襲う情報、感情はそれだ。

 ……なにが人類最後の希望だ。

 超攻撃型メカゴジラ、そんなのがどうした。

 百科辞典並の膨大な知識があったって、強い怪獣をやっつけるスゴイ武器を沢山積んでいたって、目の前で苦しんでいるひとりを助けられないのなら、そんなものは無用の長物じゃないか。

 

 レックスは悔しかった。

 隣で泣き叫んでいるエミィのように涙を流せたら、感情が爆発出来たら、どんなにいいだろう。

 先ほど怒鳴りつけられたエミィの罵倒が、脳内で擦り切れるほどの勢いで繰り返し再生される。

 

 『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がないじゃないか!』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『おまえなんか、怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか能がない』『怪獣を殺すしか』『怪獣を殺すしか』『怪獣を殺すしか』『怪獣を殺すしか』『怪獣を殺すしか』『怪獣を殺すしか』怪獣を殺すしか』『怪獣を殺すしか』『怪獣を殺すしか』『怪獣を殺すしか』『怪獣を殺すしか』『怪獣を殺すしか』『怪獣を殺す』

 

 

 『怪獣を殺す』。そこで停まった。

 怪獣を殺す、どうやって?

 

 

 マタンゴ、怪獣、キノコ、すなわち菌類、メカゴジラ、自律思考金属体、ナノメタル。

 『怪獣を殺す』。その言葉が架け橋となってすべての要素を結びつけ、論理を形成し、レックスの電子頭脳がひとつの解を導き出した。

 たしかに理論上は可能だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 検証だって()()()()()済ませてるじゃないか。

 

 ……しかし、ナノメタルをそのように用いた前例はレックスのデータベース上にはない。

 ナノメタルを発明したエイリアンたちの歴史上にはあるのかもしれないが、そこまでのデータはレックスも持っていなかったし、そもそも地球以外の星にマタンゴは存在していない。

 おそらく人類史上、いや宇宙史上初の戦いになるだろう。

 ぐずぐず迷っている余裕はない。

 一刻も早く始めなければ、それもマタンゴがリリセを完全に喰い尽くしてしまうその前に。

 

 レックスは決断した。

 

 ……キノコのオバケめ。

 おまえなんかの好きにさせてたまるものか。

 このボク、メカゴジラの力を見せてやる。

 レックスは指先を針状に変形させ、マタンゴが芽生えたリリセの胸へと突き立てた。

 

「!? おい、何してんだおまえッ!?」

 

 リリセからレックスを引き剥がそうとするエミィを、レックスは片手で止めた。

 

「ナノメタルを注入すればマタンゴを殺せる可能性がある。リリセを助ける!」

 

 

 ……かつて、酒を造る職人である杜氏(とうじ)たちには『納豆を食べてはいけない』というルールがあった。

 一見すると奇妙なルールだが、理由は実に科学的だ。

 納豆に含まれる納豆菌は非常に強いため、酒造に必要な(こうじ)菌までも殺してしまうからだ。

 納豆菌は麹菌どころか病原菌さえも打ち負かしてしまうほど強力であり、さらにいえば人間の消化液や、熱湯消毒にさえ耐える強い生命力を持っている。

 そもそも『人体に有害かどうか』なんてことは菌の強弱とは全く関係がない。人間を殺してしまうような病原菌も、より強い無毒な納豆菌には勝てないのだ。

 

 ここに納豆菌はないし、マタンゴ菌より納豆菌が強いのかどうかはわからない。

 しかしその代わりに〈ナノメタル〉がある。

 

 鋼で出来た細菌にして、怪獣さえも殺す最強の白血球。

 ナノメタルの侵蝕攻撃がマタンゴにも通用するのは、さきほど散々撃ちまくったフィンガーミサイルのおかげで実証済みだ。

 それに、ナノメタルが支配する世界はその名の通りナノ(十憶分の一)の世界だ。細菌の世界、マイクロ(百万分の一)の世界を生きているマタンゴが相手ならば充分勝算がある。

 あとはナノメタルを制御する電子頭脳の精度、つまりレックスの精神力の問題だった。

 

 レックスは、ナノメタルをリリセの体内に流し込むことでマタンゴを駆逐しようとしていた。

 

 

 それは、地球で最もスケールが小さくて、だけど最も苛酷な決戦。

 

 

 メカゴジラ対マタンゴ。

 世紀の大決闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミィ=アシモフ・タチバナは、出会った当初からメカゴジラⅡ=レックスが気に喰わなかった。

 ……ひょっとするとリリセの言うとおり、とても善いヤツなのかもしれない。

 アンギラスやマタンゴ軍団から助けてくれたことや、クルマの修理など色々手伝ってくれたことについては感謝するべきなのかもしれない。

 

 だけど『信用に値するヤツかどうか』、そして『個人的な好き嫌い』とは話が別だ。

 

 廃墟に落ちてたトランクから現れて、プラズマジェットで空を飛び、メーサーブレードで高層ビルをぶった切り、その他にも背鰭から偵察機だの指からミサイルだのアニメマンガみたいな武器を満載した自称メカゴジラ。

 ……そんな怪しいヤツ、手放しで信用する方がどうかしている。

 それに、善意とはいえヒトの領分に土足で上がり込んでくる無神経さやマイペースさ、良い子ぶった痛々しいキャラ付け――一人称が『ボク』のロボ少女ってなんだよ、出来の悪いラノベじゃあるまいし――にもムカムカした。

 

 だいたい、リリセが甘すぎるのだ。

 あのバカ、子供ときたら無条件で天使みたいに純粋無垢だと思っていやがる。

 我らがタチバナ サルベージの若社長殿は、頭の回転が速いわりに時々大雑把で、抜けていて、そしてどうしようもないくらいに御人好(おひとよ)しなのだった。

 

 大怪獣アンギラスさえも追っ払ってしまうメカゴジラⅡ=レックス。

 そんな凄まじい力を持っているヤツが暴力を振るったりしてきたら、弱っちい普通の人間でしかない自分たちなんてひとたまりもないだろう。

 そして能天気なリリセのことだから、そんな可能性なんて微塵も考えていないんだろうな。

 

 ……リリセは、わたしがいないとダメだ。

 変なやつに(たぶら)かされないように気を付けないと。

 そんな風に考えたエミィは、リリセがレックスに接近しすぎないように警戒していた。

 

 だけど、それは間違いだった。

 

 レックスが何をしているのかは理解できなかったエミィだったが、その真剣な表情からレックスが誰のために何をしようとしているのかは理解できた。

 ……思い返してみればずっとそうだった。

 レックスは最初から最後まで、リリセやエミィのためになることしかしていない。

 それをひねくれた見方で勝手に悪者扱いしていたのはわたしの方じゃないか。

 

 今だってそうだ。

 レックスは今もなお、リリセのためにマタンゴと戦おうとしてくれている。

 むしろ今はわたしの方こそ足手まといだ。

 そのことを理解したエミィは静観へ徹し、レックスの勝利を祈ることにした。



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14、史上最小の怪獣プロレス

 エミィが見守る最中、レックスの指先からリリセの体内へナノメタルが注入され始めた。

 

 先遣隊として送り込まれたメカゴジラⅡ=レックスのナノメタルたちは、まずデータ収集から始めた。

 『排除すべきマタンゴの細胞』なのか、『守るべきタチバナ=リリセの細胞』なのか、区別できるようにするためだ。手当たり次第に侵食攻撃を仕掛けていては癌細胞と同じになってしまう。

 データベース上にある人体のDNAパターンと照合し、タチバナ=リリセのDNAパターンと、マタンゴのDNAパターンを特定。

 レックスの電子頭脳は、攻撃対象と守る対象を区別するためのマッチングリストを創り上げた。

 その行数は数億行。天文学的な数に及んだ。

 

 とはいえ、リストだけでは完璧とは言えない。

 リリセの体内に入り込んだマタンゴの細胞は、いわば新種のウィルスと一緒だ。

 人体の免疫をすり抜けるために刻々と変異し続け、そして新しいパターンのマタンゴ細胞を産み出してゆく。

 そのパターンすべてを網羅することなど、流石のメカゴジラでも不可能だった。

 

 そこでレックスはマタンゴの細胞パターンではなく侵食作用のパターン、つまり『マタンゴらしい動き』を特定する作業に取り掛かった。

 いわゆる『ヒューリスティック法』と呼ばれる手法だ。

 たとえどれだけ人体そっくりに擬態しようと、そいつがマタンゴである以上は人間の細胞とは異なる動きをするはずだ。

 

 マッチングリスト上に記録したマタンゴの細胞パターン、それらすべてを電子頭脳内の仮想空間上に展開。

 仮想化したマタンゴ細胞をサンドボックスで遊ばせることでその動きを徹底的に検証、そしてマタンゴの侵食作用パターンを特定することに成功した。

 これでもう絶対に見逃すことはない。

 

 これらの作業すべてをコンマ秒内に終わらせたレックスは、本格的な攻撃を開始した。

 ……人体を食い荒らすおぞましいキノコめ。

 おまえなんか殲滅あるのみ、一片さえも残すものか。

 

 

 

 

 メカゴジラとマタンゴの闘いは白熱した。

 

 ……それはどんな手術よりも繊細な、極小マイクロメートルの死闘だった。

 針の穴に槍を通す、生きたまま大動脈や脳のシナプスを縫い合わせる、そんなものとは比べ物にもならない。

 フィンガーミサイルで撃ち殺すのとは必要となる精度が別次元だ。

 

 リリセ本人の無傷な細胞は生かしたまま、現在進行形で侵略を続けるマタンゴの細胞と毒有機化合物だけを選び取り、マタンゴが侵蝕するよりも速くナノメタルで殺して無害化する。

 幻覚症状があったことも考えるとマタンゴの毒は脳にも達しているだろう。

 人体の細胞の大きさは一粒10から30マイクロメートル。ナノメタルが攻撃する細胞を一個間違えればそれこそ脳死状態、タチバナ=リリセは二度と目を覚まさない。

 失敗は絶対に許されない。

 メカゴジラⅡ=レックスにとってそれはナノメタルで制御可能な分解能、その限界に挑む戦いでもあった。

 

 指先から送り込んだナノメタルへ割くリソースが加速度的に増大し、膨大な負荷でレックスの全身が発熱し始めた。

 熱暴走を避ける為にレックスは背中から背鰭を思い切り伸ばし、ヒートシンク代わりに放熱を開始した。

 

 

 

 

 そんな戦いの様子を傍から見ていたエミィは、やがてある事に気が付いた。

 

「マタンゴが、溶けてる……!?」

 

 リリセの胸から生えていたマタンゴがびくびくと身悶えしたかと思うと、内側から腐ってゆくかのようにぐずぐずと崩れ始めていた。

 ナノメタルがマタンゴの肉を侵し、ダメージを与えているのだ。

 レックスの判断は正しかった。マタンゴにナノメタル攻撃は有効だった。

 

 リリセの胸元のキノコから視線を移したエミィは、レックスの指先へマタンゴの菌糸が登ってきていることに気が付いた。

 追い詰められたマタンゴによる反撃。ナノメタルという侵略者、それを自らの領域(コロニー)へ送り込んできたレックスを逆に侵略しようとしている。

 菌糸がレックスの手元を登って顔面にまで到達したところで慌てて声をかけようとするエミィだったが、微動だにしないレックスの様子を見て絶句した。

 

 

 身体をマタンゴが侵していてもレックスは一切動じなかった。

 いや、()()()()()()()()()()()()

 

 

 ナノメタル制御に集中するあまり、咄嗟の感情表出に割くリソースが全くない。

 マイクロメートルの世界で繰り広げられた地球最小の決戦は、大怪獣アンギラスとの戦いよりもなお苛烈だった。

 

「お、おい……!」

 

 思わずレックスの肩に手を伸ばしたとき、触れた指先を強烈な痛みに刺されてエミィは飛び上がった。

 

 

(あっつ)っ!?」

 

 

 熱い!

 レックスの機体がストーブのように発熱していた。

 3月の深夜、それも雨上がりで気温が冷えているはずなのに、レックスの背鰭からの強烈な放熱で大気が揺らいで陽炎(かげろう)になっている。

 そしてそんな熱が発生しているということは、それだけの過負荷がレックスに掛かっているということだった。

 レックスはいったい、どれだけ頑張ってくれているのだろう。それもリリセのために。

 

 ……がんばれ、負けるな。

 

 エミィは知らず知らずのうちに拳を固く握っていた。

 

 

 

 

 メカゴジラ対マタンゴ。

 人体を戦場とする地球最小の怪獣プロレス。

 ミクロの決死圏における激烈な死闘を制したのはメカゴジラⅡ=レックスであった。

 

 ナノメタルに対するマタンゴ最後の逆襲は、メカゴジラには通用しなかった。

 無機の鋼で作られたメカゴジラの機体に、有機を苗床にするマタンゴが蔓延(はびこ)ることができる領域など1ナノ単位も存在しない。

 そして菌糸の一本一本、細胞の隙間さえも(ついば)むナノメートル単位のナノメタル攻撃を、マイクロメートルの世界に生きるマタンゴでは到底止められなかった。

 

 せっかく征服した領土を追われ、マタンゴは絶望の断末魔を挙げた。

 そんなマタンゴに向けて、レックスは思いっきり、たっぷりと勝ち誇ってやることにした。

 

 

 ……地獄に堕ちろ、キノコのオバケめ。

 大切なヒトを喰われてたまるか。

 

 

 そしてついに、リリセの体からすべてのマタンゴ菌が摘み取られた。

 レックスの顔面にまで延びていたマタンゴの根がぼろぼろと腐り落ち、リリセの胸元から生えていたマタンゴの子実体(キノコ)が完全に崩壊した。

 

 

 

 

 ……やった、勝った!

 

 

 

 

 自身の完全勝利を認識したとほぼ同時、限界を迎えたメカゴジラⅡ=レックスはその場で昏倒した。

 




登場怪獣紹介その1

・マタンゴ
身長:2~2.5メートル
体重:100キロ前後
二つ名:インクブス、第三の生物、キノコ怪人
必殺技:ファンガスドリーム

 初出は『マタンゴ』。東宝特撮の名作です。

 「人間に寄生し仲間へ変えてしまうキノコの怪獣」という、ゾンビ映画やエイリアン映画に通じる要素を持った怪獣。
 東宝特撮への登場は『マタンゴ』一本きりですが、「ヒトの形をしたキノコ」という姿があまりに強烈なインパクトを放っているためか、マタンゴの名を冠したキノコの怪物が登場する作品は非常に多いです。
 なお文中でも触れているとおり、キノコの菌が呼吸器に入り込んで肺炎を起こした例はあるようですが、マタンゴのような怪物に変えてしまうキノコというのは見つかっていません。

 映像作品ではないものの『マタンゴ』の続編として、吉村達也先生による『マタンゴ 最後の逆襲』という小説もあります。
 生理的嫌悪をかきたてるマタンゴらしさを活かしたSFホラー小説となっていて、こちらも大変オススメです。

 「インクブス」の名前はラテン語で「夢魔」、つまりインキュバスのこと。


・ガス人間
身長:170センチメートル(生前)
体重:不定
二つ名:ウィルオウィスプ

 初出は『ガス人間第一号』。
 怪獣のカテゴリに入れていいのか謎ですが、本作では怪獣扱いです。

 『ガス人間第一号』とは、東宝が着ぐるみ怪獣特撮と並行して公開していた『変身人間シリーズ』の一作です。
 今は『マタンゴ』の方がだいぶ有名ですが、『マタンゴ』は元はといえば変身人間シリーズの番外編に当たる作品で、どちらかというと『ガス人間第一号』の方こそが本家本元だったりするのです。
 「自分の意志で気体へと変身する能力を手に入れた男:ガス人間が、彼が愛した女性のために犯罪に手を染めてゆく」という内容で、今の異能ヒーロー物に近いものがありますね。
 また『ガス人間第一号』は舞台劇としてリメイクされたこともあったそうな。観たことないんですけどね。



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15、断章:ゴジラの猛威 ~『ゴジラ』より~

 ……夢を見ていた。

 遠い昔の、自分ではない誰かの記憶だ。

 

 

 『御父様』の都合で東京へゆくことが決まったとき、“自分”は、この『極東自治区最大の電気街』に独りで行ってみたい、とねだってみた。

 好きなアニメマンガの店に行ってみたい、というのは表向きの理由だ。

 本当は、御父様への誕生日プレゼントとして密かに作っている、電子工作の部品を買うつもりだった。

 他の部品は取り寄せることもできたが、どうしても欲しい部品のひとつが生産終了しており、実店舗で探すか、ネットオークションなどで転売されているのを手に入れる必要があった。

 しかしネットオークションでは御父様のお祝いに間に合わない。

 そんな理由から“自分”は前者を選び、滅多に言わないその『おねだり』は実現した。

 

 

 

 

 そしてその日、西暦2046年3月某日。

 東京を『キングオブモンスター』が襲撃した。

 

 

 

 

 どーん……どーん……どーん……

 真っ赤に焼けた遠くの方から、大砲の音にも似た巨大な足音が響いている。

 

 中央通りも裏通りも、どこもかしこも凄まじい量のヒトとクルマでごった返していた。

 六車線あるはずの広い通りはクルマの渋滞で埋め尽くされ、その隙間を移動する歩行者で歩くことすらままならない。

 時々実施されているという歩行者天国だって、きっとここまで酷くはないだろう。

 

 元々の予定では、御父様とは東京駅で落ち合って、クルマで帰るはずだった。

 しかしあの『キングオブモンスター』が近づいている今、地上の電車はすべて停まってしまった。電話も通じない。この混雑ではタクシーもバスも使い物にならないだろう。

 だが、ここから東京駅までなら環状線で二駅、徒歩で移動できない距離でもない。それに、御父様なら一人娘を置いて逃げたりはしない。

 ……御父様のところに。

 御父様のところに行くんだ。

 “自分”はその一心で懸命に歩き続けた。

 

 

 

 

 平時なら10分もかからないだろう距離を一時間近くかかって、“自分”はようやく人混みを抜けることができた。

 やっと辿り着いたのは『昌平橋(ショウヘイバシ)』という標識の立っている交差点。

 眼前にはレンガ造りの橋が掛かっており、頭上にはこの街のランドマークでもあるアーチの架道橋がかかっている。

 このレンガ橋を渡って、川の向こうにある環状線の線路を見つけたら、あとはそれに沿って歩けばいいだけだ。

 

 橋に向かう横断歩道を渡ろうとしたとき、誰かの泣いている声が聞こえた。

 振り返ると、配電盤の物影で、小さな女の子がうずくまって泣いていた。

 

「――――! ――――! ――――!!」

 

 年齢は5歳くらいだろう。ちっちゃなリュックを背負った女の子は、家族とおぼしき人たちの名前を呼びながら、顔をくしゃくしゃにして大声で泣き叫んでいた。

 きっと、逃げる途中で家族とはぐれてしまったに違いない。

 

 通り過ぎる大人たちは、『自分たちには関係ない、こんな子供から目を離す無責任な親が悪いのだ』と言わんばかりに、女の子のことを無視して先を急いでいた。

 “自分”だって同じだ。

 自分には関係ない、可哀想だけどこれもこの子の運命だ。自分の知ったことじゃない。

 そういって、そのまま捨て置くことも出来ただろう。

 

 だけど“自分”はどうしても、その子を見捨てることが出来なかった。

 

 女の子のところへ駆け寄り、膝を屈めて、女の子と目線を合わせた。

 見知らぬ年上の少女が近づいてきたことに戸惑っている女の子へ、こう言った。

 

 

 ――いいものがある。これをあげよう。

 

 

 “自分”が取り出したのは、オシャレな柄の黄色い箱。

 中身はミルクキャラメルだ。

 

 移動中に舐めていたおやつの余り、そのうちの一粒を女の子に手渡した。

 女の子はきょとんとしていたが、包みを開けた中身が美味しいキャラメルだと気づくと、「……ありがとう、おねえさん」と御礼を言った。

 キャラメルを口に頬張った女の子に笑いかけながら、“自分”は言った。

 

 

 ――あなたの家族を探してあげる。だからおねえさんと一緒に歩こう。

 

 

 その言葉に女の子は素直に頷き、“自分”の手をとってくれた。

 ……うん、善い子だ。

 こんな善い子なのだから、きっと親だって死に物狂いで探してくれているはずだ。

 よしんば見つからなくても、避難誘導を行なっている地球連合軍の大人たちに引き渡せばいい。

 女の子と手を繋ぎ、車道を横断して、レンガ橋を渡ろうとしたときだった。

 

 

 青白い光線が空を貫き、頭上で爆音が轟いた。

 

 

 振り返ると、頭上に架かっているアーチの架道橋が爆裂していた。

 吹き飛ばされた大量のコンクリートと鉄骨が宙を舞い、そして“自分”と女の子の頭上へと降り注いできた。

 

 ――あぶないッ!!

 

 考えるより先に体が動いていた。

 女の子を思いきり突き飛ばしたのと引き換えに、“自分”は空から降り注いだ大量の瓦礫に呑み込まれた。

 

 

 

 

「――さん、おねえさん!!」

 

 ……その呼び声で気が付いたとき、涙でぐちゃぐちゃになった女の子の顔が見えた。

 

 女の子は無事だったが、“自分”の方は、鉄橋の瓦礫に潰されていた。

 鉄骨とコンクリートの塊が下半身を粉砕し、潰された部分から鮮血があふれでて、一帯はどすぐろい血の海となっている。

 頭も強く打ったのだろう、五感のすべてがふわふわと曖昧で、さほど痛みは感じなかった。

 そんな“自分”を見下ろしながら、女の子は泣き叫んでいた。

 

「おねえさん、おねえさん!!」

 

 

 ……大丈夫、大丈夫だから。

 

 

 

 だから泣かないで。

 

 

 

 女の子にそう伝えたけれど、女の子は泣き止んでくれなかった。

 これでは台無しだ。

 せっかくキャラメルで喜んでくれたのに。

 ぼんやりと、そう思った。

 

「―――、―――!!」

 

 そのとき、ひとりの男が誰かの名前を叫びながら、こちらの方へと近寄ってくるのが見えた。

 女の子の存在に気付いた男は、人の名前――おそらくこの女の子の名前だろう――を連呼しながら、女の子のところへと駆け寄ってきた。

 

「―――、大丈夫か!? ケガはないか!?」

 

 女の子の無事を確かめた男は、女の子の手を掴んで連れ出そうとする。

 

「さあ、ほら、行くぞ!!」

「イヤ!!」

 

 だけど女の子はその場から動こうとしなかった。

 女の子は、自分の手を引こうとする男に言った。

 

「おじさん、おねえさんをたすけて! おねがい!」

 

 ……なんて優しい子なんだろう。

 女の子は男、自分の『おじさん』に、見ず知らずの『おねえさん』を助けるように一生懸命訴えかけてくれていた。

 女の子に懇願され、こちらに視線を向けた『おじさん』は目を見開いた。

 崩れた架道橋。

 泣き喚いている女の子。

 そして鉄骨に潰された見ず知らずの少女。

 ここで何が起こったのか、すぐに理解出来たのだろう。女の子の『おじさん』は、血が出そうなくらい力いっぱい唇を噛んでいた。

 “自分”は、そんな『おじさん』と視線を重ね、血みどろの顔で精一杯笑いながら頷いた。

 ……こちらの意図は伝わっただろうか。

 

 やがて『おじさん』は意を決したように息を吸い、泣きじゃくる女の子にこう告げた。

 

「……大丈夫だ、このおねえさんはあとで地球連合軍の人たちが助けに来てくれる」

「……ほんとう?」

 

 念を押す女の子に、『おじさん』は力強く答えた。

 

「ああ、本当だ。だからおれたちは先に逃げよう、な?」

「……うん」

 

 『おじさん』に諭され、女の子は素直に『おじさん』に手を引かれて走り出した。

 こうして二人は、その場を去って行った。

 

 ……よかった。これであの子は助かった。

 去ってゆく二人を見送りながら“自分”は安堵した。

 『おじさん』は女の子に嘘をついていた。

 『あとで地球連合軍の人たちが助けてくれる』

 そんなはずはない。

 

 

 

 

 つまり“自分”は見捨てられたのだ。

 

 

 

 

 でも、『おじさん』を恨む気持ちはなかった。

 今”自分”を()し潰している鉄骨は何百キロ以上もある。大の男とはいえ、人手ひとりでどうにかなるようなものじゃない。

 仮にどうにかなったところで、下半身を完全に潰され、頭を強く打っている。どうせ助からないだろう。

 大怪獣の猛威が迫りつつある今、こんな見ず知らずの子供なんかに構っている余裕があったら、それよりとっとと逃げた方が良い。

 何よりあの子は助かったのだ。それで充分、いいじゃないか。

 ぼやけてゆく意識の中でそう思うことにした。

 

 ……ただ、独りで死ぬのはやっぱりちょっと寂しいな、と思う。

 

 

 

 

 ……どーん、どーん、どーん。

 遠くから響いていたはずの巨大な足音が、いつのまにかすぐ傍にまで近づいてきていた。

 やっとの思いで首を動かし視線を横にずらしてみると、身長50メートルの怪獣が歩いてゆく姿が見えた。

 鋸に似た鰭を背負い、大蛇のようにのたうつ尻尾を持った、真っ黒なカラーリングの、ビルよりも巨大なシルエット。

 

 

 その名はキングオブモンスター、ゴジラ。

 

 

 膝に引っ掛かったガードを蹴り飛ばし、乗り捨てられたクルマたちを踏み潰し、自分の背丈よりも長い尻尾でガラス張りの高層ビルを引き倒す。

 進行ルート上にある何もかもを巻き添えにしながらゴジラは街を蹂躙してゆく。

 一歩一歩着実に踏みしめて進撃するその姿は、街を積極的に破壊しに来たというよりたまたま進行方向に街があるだけ、という風にも見える。

 そんな光景を眺めながら、“自分”はふとこんなことを思った。

 

 ……キングオブモンスター、ゴジラ。

 誰もが知ってて皆が恐れる大怪獣。

 だけどその実物は巷で聞いていた印象とはだいぶ違って見える。

 

 

 

 

 なんだか、とても寂しそうだ。

 

 

 

 

 ……ひょっとして、あなたも独りぼっちなのかしら。

 案外、ひとりが寂しくてたまらないから街にやってくるのかもしれない。

 もしそうなら、忙しいかもしれないけれどちょっとだけ付き合ってくれないかな。

 なに、そんなに時間はとらせないよ。

 ほんのちょっぴりだ。

 

 

 

 

 あなただけでも見ててもらえないかな。

 “ボク”の命が尽きるまで。

 

 

 

 

 焼かれる夜空に向けて、ゴジラが咆哮を挙げている。

 そんなゴジラを眺めながら、“自分”は静かに目を閉じた。

 




秋葉原。昌平橋、松住町架道橋

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16、マフネ家の悲劇 ~『メカゴジラの逆襲』より~

遠い昔の誰かの記憶


 闇、シナプスを駆け巡るデジタル信号。

 そして光。

 場面が明るくなり、自分は目覚めた。

 

 液中だったが、不思議と息は苦しくない。そもそも呼吸している感覚すらなかった。

 よくわからない液体で満たされた細長いガラス製の円筒ケースに、“自分”の身体は浮かんでいるようだった。

 

 ガラスケース越しに、こちらを眺めている二人の目線があった。

 ひとりは浅黒い肌をした巨漢、もうひとりは白髪の混じった小柄な老人だった。

 老人は頭こそ白髪で頬もこけていたが目つきはぎらついており、瞳にはどこか尋常でない光が宿っている。

 他方、巨漢は筋骨隆々とでもいうべき堂々とした体格で、そんな巨漢の隣に並んでいる老人は猶更(なおさら)小さくみすぼらしく見えた。

 

 まず口を開いたのは巨漢の方だった。

 

「おめでとう、博士。まずは乾杯」

 

 そうやって音頭をとる巨漢の手つきに合わせ、二人の男はそれぞれ手のワイングラスをかちんと合わせた。

 巨漢が老人に笑いかける。

 

「わたしたちの研究の完成。これほどうれしいことはない」

 

 『博士』と呼ばれた老人が答えた。

 

「いやいや、わたしの理論を完成させてくれたのは、きみのおかげだよ。

 わたしのような弱い人間など、きみたちLSOの援助がなければこの世に生きていることすらままならなかっただろう」

 

 ワイングラスの中身を呷りながら、二人の男がこちらへと振り返った。

 

「どうだね、素晴らしいだろう。

 わたしの『娘』は」

 

 そう言いながら老人は愛おしげにこちらを見つめていた。

 恍惚に浮かされた、狂気を宿した瞳だった。

 

「ああ、素晴らしい完成度だ」

 

 そう称賛する巨漢だったが、口調は老人と違って冷静だ。

 巨漢の表情は、老人の言う『素晴らしい』美術品に感動するのではなく、冷静に品定めをして値踏みをする鑑定人のそれに近い。

 どこまでも冷徹な巨漢の目つきは、狂気と正気の瀬戸際にも見える老人の表情とは実に対照的で、その事実が却って互いのキャラクター性を際立たせていた。

 

 そんな巨漢の様子には気付かないのか、それともどうでもいいのか、老人は恍惚とした笑みとともに語った。

 

「今、わたしの娘の魂とナノメタルのメカニックが合体して、完璧なサイボーグへと転生する。

 そして今こそ“ヤツ”に思い知らせてやる。

 誰かの大切なものを踏み潰しておいてのうのうと生き長らえる、そんな理不尽が許されるはずがないとな」

 

 うくくくく、ふはははは。

 その時が楽しみで仕方ない、とばかりに堪えきれない哄笑を漏らす老人。

 そんな老人を、巨漢はどこか冷めた目つきで見ていた。

 

「そのことなんだが……」

 

 巨漢は至極言いにくそうに、老人へ話を切り出した。

 

「例のインターフェイスの件、考え直す気はないか?

 どうしてもというなら希望通り進めるが、やはりわたしは賛成しかねる」

 

 例のインターフェイスの件。その一言で、老人の笑顔は不機嫌なしかめ面へと変わった。

 

「なんだ、またその話か。

 『ナノメタルに人体を組み込み、ニューラルプロセッサとして運用した前例がある』

 そう教えてくれたのはきみではないか。

 ヒトの精神構造、心はナノメタルの制御系と相性がいい。

 であるならばヒトの心をあらかじめ組み込んでも問題あるまい?」

 

 老人の返答に、巨漢は顔を顰めた。

 

「それは飽くまで人力によるナノメタル制御プロセスを最適化するアイデアの話だ。

 ナノメタルそのものにヒトの心を持たせる、そんな話をしたつもりはない。

 ナノメタルの制御系に人格型インターフェイス、それも不安定な子供の精神構造をそのまま模したものを組み込むのはやはり危険だ」

 

 いいかね。

 巨漢は言い聞かせるように語りかける。

 

「ヤツにはわたしも同胞を殺されている。わたしだってヤツは憎い。ましてや、肉親を殺されたキミなら、その憎しみもなおさら強かろう。

 だが、それはただの感傷だ。

 『娘を復活させたい』というキミの感情は理解もするし尊重もしたいが、結局は実利を度外視した脆弱性にしかならない。

 ヤツへの復讐を完璧なものにしたいなら、それこそ余計な感傷など捨て去るべきだ」

 

 巨漢の諫言に、老人は微笑んだ。

 

「ふふ、きみらしいな。

 合理的だし、きみの気遣いにはいつも感謝している。だがな、」

 

 言い合いのようにも見える巨漢との対話、討議を、老人は楽しんでいるようだった。

 

「それでも、わたしの考えは変わらん。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ヒト型種族の最大の武器とは〈ヒトの心〉だ。

 そのヒトの心がヤツを(たお)す、それにこそ真の栄光がある」

 

 そして老人は滔々(とうとう)と語り始めた。

 

「……確かに、合目的を追求したマシーンにするなら、形にこだわる必要などない。

 しかし、それでは強い怪獣が弱い怪獣を殺しただけではないか。その程度のことに一体何の意味がある。

 これはヒトという種族の進化に向けた、その大いなる一歩なのだ。

 人知で超えられなかった怪獣に、ヒトの心、ヒトの精神が打ち克つ。

 それでこそ、ヒトという在り方はより上位の存在へ進むことができるだろう」

 

 

 老人が語る『怪獣にヒトとして打ち克つ』とはどういうことか。

 

 

 ヒトは怪獣には勝てない。

 当たり前の話だ。そのまま立ち向かって行けば、踏み潰されるか食い殺されるだけである。

 だからヒトは力を希求してきた。

 

 だが、見様によってはそれは表面上だけの話でしかない。

 街に現れた怪獣を一匹ミサイルで撃ち殺したとして、二匹目、三匹目と新しい怪獣が続々現れたらそれは結局怪獣に打ち克ったとは言えないのではないだろうか。

 強力なミサイル、強力な爆弾、それで怪獣をやっつけたとして、それは結局()()()()()()()()()()()()()であって、ヒトという存在が怪獣に打ち克ったことにはならない。

 

 老人が語る『ヒトの精神が打ち克つ』というのは、そんな思索の延長線上にある。

 形だけの勝利に意味はない。存在そのもので上回らなければ、真の勝利ではない。

 ヒトという生き物が生まれながらにして持っている唯一の武器、それは『心』だ。

 たとえ武器を奪われても、心だけは奪うことはできない。

 その心で怪獣を倒してこそ、真にヒトは怪獣に打ち克ったと言えるのではないか……

 

 この老人はそういう話をしているのだった。

 

「かくいうきみたちこそ、あの兵器にヤツの名を冠したのには『ヤツを凌駕する者』という象徴的意味合いがあったのではなかったか?

 合理性を追求するならそれこそヤツを模造する意味などないだろう。

 きみもわたしも、同じ物語をなぞっているに過ぎないと思うが」

「しかし……」

「それに、ちゃんと合理的な理由もあるのだよ」

 

 抗弁しようとする巨漢に、老人はボロボロになった歯を剥き出しにして笑いかけた。

 

「ナノメタルによる鋼鉄の秩序、それを統括する存在はやはりヒトの心を持っていた方がいい。

 合理性を追求した果てに心を失った無慈悲な支配があるのなら、ヤツが支配する現状と何も変わらん。

 そうなれば冷徹なシステムが、ヤツに代わる怪獣としてこの世界に君臨することになるだろう。

 ヤツのような怪獣の再臨を防ぐ最後の歯止め、それは〈ヒトの心〉であるべきだ。

 それでこそ、ヒトが怪獣を斃し、御したと言えるというものだ!」

 

 持論をぶち上げ続けるうちに、老人の語り口はどんどん過熱していた。

 そんな熱弁を振るう老人に、巨漢は言った。

 

「……まあ、そこまで言うなら止めん。

 キミたち地球人は感情にも一定の重きを置く種族だ、その価値観はわたしも尊重しよう」

 

 溜息交じりにそう答えた巨漢の口ぶりには、色濃い諦念が混じっていた。

 ()()()()()()()()()()()()、巨漢は言った。

 

「……だが、くれぐれも見失うな。

 『それ』は娘の代替品になど決してならない。

 決してな」

 

 

 

 

 視界にノイズが走り、場面が飛んだ。

 

 聴覚が捉えたのは小鳥の声と風の音、そして遠くで波が打ち寄せる潮騒(しおさい)

 暖かな日光と爽やかな風が、肌を撫でてゆく。

 

 ……ここはどこだろう。

 辺りを見回そうと思ったが、首も視界も動かないことに気付いた。

 自分の目線なのに自分の身体ではなく、また自分の意志では一切動かない。

 

 ……そういえば目線がやけに低い。小さな子供みたいだ。

 あるいは、視界一杯に録画映像を見せられている、そんな感覚だった。

 

 苔むしたコンクリート造りの柵――どうやらここは屋外の展望テラスのようだ――に手をかけ、眼下へと視線を向ける。

 ()の光を照り返す眼下いっぱいの水面が広がり、長く伸びた桟橋にはボートが停まっているが人影は見えない。

 海だろうかとも思ったが、向こうの対岸に山が見えたので考えを改めた。

 それに海なら(しお)の香りがするはずが、まったく感じられない。

 潮の代わりに漂っているのは、硫黄の臭い。

 

 

 ……ここは、湖の(ほとり)だろう。

 硫黄の臭いがするということは近くに火山か温泉地があるはずだ。

 

 

 そんな風景をぼんやり眺めていると視界の外から、ばさばさっ、という翼の音が聴こえてきた。

 音のした方へと視線を向けると、柵に黒い鳥が留まっていた。

 黒い鳥は、覗き込むように首を捻りながらこちらをしげしげと観察している。

 

 黒い鳥に手を伸ばそうとしたとき、背後から人の気配がした。

 誰か来る。

 

「……ああ、ここにいたのか」

 

 現れたのは、先の夢に出てきた老人だった。

 杖を突きながら草と苔の生えた石畳のスロープを昇り、こちらの方へと歩み寄ってくる。

 

「あまり勝手にあちこち行かないでおくれ。

 わたしはもう年寄りなのだから」

 

 苦笑しながら懇願する老人の表情には先程の浮かれた熱狂はなく、穏やかな雰囲気が漂っている。

 そんな老人の安らかな笑顔を見ていると、なんだかこちらも嬉しくなってきた。

 “自分”が笑ったのがわかった。

 

「おまえ、そのカラスは……」

 

 柵に留まった黒い鳥を見ながら思案する老人。

 そして何かを得心したように、満足げに微笑む。

 

「……そうか。

 おまえはカラスが好きだったからな。

 カラスの方も覚えていてくれたのかもしれないねえ」

 

 喜色満面の老人に応えるように、黒い鳥がガアと濁った声で鳴いた。

 自分も、黒い鳥を撫でようと手を伸ばしてみる。

 

 

 途端、黒い鳥は飛び退いた。

 

 

 もう片方の手を伸ばすと、黒い鳥はまるで触れたくないと言わんばかりに身を捩って避けようとする。

 ……どうしたのだろう。

 さっきはあんなに親しげだったのに、今は完全に怯えていた。

 

 翼を広げて飛び去ろうとする鳥に向かって、“自分”は叫んだ。

 

 

 ――待って!

 

 

 黒い鳥の足を、銀色の何かが絡め捕る。

 視界にノイズが走り、ギャアギャアと鳥の喚く声がしばらく聞こえたかと思うと、やがて静かになった。

 

 

 黒い鳥に代わって、視界の片隅に『銀色の鳥』が現れた。

 シルエットは黒い鳥とまったく同じだが体表は黒ではない。

 金属(メタル)で出来た鋼の鳥だ。

 鏡のような光沢を帯びたその翼に、“自分”の顔が映り込む。

 

 ――鏡、八咫鏡(やたのかがみ)八咫烏(やたがらす)

 鋼の鳥を見ているうちに、ヤタガラス、という単語が頭にひらめいた。

 そう、〈八咫烏(ヤタガラス)〉。

 おまえは今日からヤタガラスだ。

 日本の伝説に出てくる、神様に遣わされた神聖な鳥に由来する名前。

 鋼の鳥あらためヤタガラスはガアガアと鳴きながら、“自分”の方へと頭を摺り寄せてくる。

 

「お、おい……」

 

 ナノメタル怪獣へと転生したヤタガラスと戯れていたところに声をかけられ、視界が老人の方へと向けられる。

 老人の表情からは穏やかさが消え去っており、血の気が完全に引いていた。

 

「お、おまえ、いったい、何を……!?」

 

 震える声で訊ねた老人の質問に、“自分”が何かを言った。

 

「――――――――。」

 

 “自分”が何をどう言ったのかはわからなかったが、その返答に老人が愕然としたのはわかった。

 刹那だけ呆然としていたがすぐに我に返った老人は、顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「わたしが『喜んでくれると思った』だと!?

 ふざけるな! そんなモノを見せられて、喜ぶとでも思ったのか!?」

 

 どうして怒っているのだろう。

 よくわからないまま“自分”は答えた。

 

「――――――。――――――――――――――――――。」

 

 その言葉を聞かされた老人の顔色が、土気色とも言えるほどに青ざめた。

 

「おまえは、おまえは……!」

 

 どうしたのだろう、体調でも崩してしまったのだろうか。

 老人は譫言(うわごと)を呟きながら膝から崩れ落ち、両手で顔を覆って石畳の地面へうずくまった。

 

「わたしは、わたしは、おまえになんてことを……――――――」

 

 “自分”は、老人の傍へ寄り添った。

 

「赦しておくれ、どうか赦しておくれ……!」

 

 地に伏せた老人は顔を突っ伏し、声を挙げて泣いていた。

 老人がどうして泣いているのか、それはわからない。

 

 

 

 ……だけど、なんだかとても可哀想だ。

 

 

 

 あなたの苦しみの種を取り除いてあげられたらいいのに。

 お願いだからもう泣かないで。

 あなたが悲しんでいるのを見るのは“自分”もつらい。

 

 “自分”は一生懸命にそう願ったがどうしたらいいのかわからず、おろおろすることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再びノイズが走り、場面が切り替わった。

 そこは飛行機の中だった。

 

「――――」

 

 名前を呼ばれて視界が右へと動く。

 視線の先、隣の席にはあの老人がいた。

 

 白髪とこけた頬は同じだったが、その表情には熱狂はもちろん平穏もない。

 ただ、ひどく憔悴しきっているのが窺えた。

 愛おしげに、そして憂いの籠った声で、老人はこちらに呼びかけた。

 

「――――、我が娘よ」

 

 ――――。

 具体的な人名を呼ばれているはずなのだが、肝心の名前はわからない。

 明確な人名を呼ばれていて、聴覚もきちんと聞き取っているはずなのに、その音声が名前として認識できなかった。

 

「……こんなつもりはなかったのだ」

 

 こちらの手を両掌で握り、震えながら語りかける老人の言葉はまるで懺悔のようだった。

 実際、懺悔なのかもしれない。

 老人は何か恐ろしい罪でも犯したのだろうか。

 

「ただ、おまえの声をもう一度聞きたかった。

 おまえが生きて動く姿、笑顔が見たかった。

 何よりも大切なおまえをもう二度と喪いたくなかった。

 だから何者にも負けない、最強無敵の(チート)を与えたつもりだった。

 それだけだった」

 

 老人が言葉を紡ぐたびに、その声の震えが大きくなっていった。

 

「それをこんな恐ろしい、侵略兵器になど。

 どうか、赦しておくれ、この愚かな父を。

 どうか、どうか……」

 

 老人が詫びたその時だった。

 

 

〈 うおっほーん! 〉

 

 

 飛行機内にノイズ音が走り、やけにわざとらしい咳払いが響いた。

 機内スピーカー越しに何者かが通信してきたのだ。

 

〈 あーあーマイクテスマイクテス。本日は晴天ナリ、本日は晴天ナリ…… 〉

 

 若い男の声だった。

 その声に、老人は聞き覚えがあるようだった。

 

「き、貴様、LSOの……!」

 

 しかし老人の険しい表情からするとそれほど親しい間柄ではないだろう。

 少なくとも味方ではない。

 

〈 ご無沙汰してまーす 〉

 

 他方、スピーカーの男はフレンドリーに話しかけた。

 

〈 わたくしごとき若輩のことを御記憶いただけるとは光栄ですな、博士。

 ……まあ、イカレた爺さんに覚えられても嬉しくもなんともありませんがね 〉

 

 肩をすくめた笑みが浮かんでくるような、飄々と砕けた口調。

 対して老人は凄まじい剣幕で怒鳴りつけた。

 

「貴様らに、娘は渡さんぞ!」

 

 力強く吠える老人だったが、機内放送はどこ吹く風とばかりに平然と言い放った。

 

〈 ええ、渡していただかなくとも結構です。

 こちらから回収に参りますので 〉

 

 なんだと、という老人の当惑と同時に衝撃が走り、機内ががくんと傾いた。

 急激な気圧の変化と、足の浮き上がる浮遊感。

 同時に鋭い“波”が、聴覚を突く。

 人間の耳では捉えきれない超音速の羽ばたきと、『超翔竜』が発する甲高い咆哮、それらの相乗がもたらす破壊的な高周波。

 

 窓に張りついた老人が絶望の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 飛行機は、墜落しつつあった。

 

 

 

 

「まさか、『LTFシステム』を……!?」

 

〈 皮肉なもんですなあ。あなたが開発したシステムで、あなた自身が殺されるわけですから 〉

 

 飛行機の状況を他所に、機内放送はへらへらとした態度を崩さない。

 

〈 娘さんがそんなに大事なら、急いでステイシスモードにでもすることですな。

 あと、パラシュートはやめておいた方がいい。

 うちの『アバドン』は優秀だ。外に飛び降りたところで助かりませんよ 〉

 

「貴様ァ!」

 

 口惜しげな老人の叫びに更なる爆音が重なる。

 振り返った背後には火の手が上がっており、飛行機そのものが燃え始めていた。

 もはや逃げ場などない。

 

 〈 あ、そうだ、最後にもうひとつだけ 〉と機内放送は付け加えた。

 

〈 うちの“ボス”からの伝言ですがね、

 『キミのことは同志だと思っていた。それがこんな結果になって残念だ』

 ……だそうです 〉

 

 そして機内放送はこのように締めくくる。

 

 

〈 では良い旅を、『マフネ博士』 〉

 

 

 ぶつっとノイズと共に、機内放送は途絶えた。

 老人が、こちらの手をとり、そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タチバナ=リリセは目を醒ました。




芦ノ湖:桃源台展望台(文中に登場した展望台のモデル。芦ノ湖は『ゴジラVSビオランテ』『三大怪獣地球最大の決戦』にも登場)

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17、理性の眠りは怪物を生む

 わたし、タチバナ=リリセは目を醒ました。

 

 

 最初わたしは自分が起きているのか眠っているのか、いまいち区別がつかなかった。

 けだるい倦怠感と、希薄な現実感、そして心地良い微睡み。

 このまま二度寝してしまいそうな気がする。

 

 意識が覚醒したわたしの脳味噌に、五感が周囲の情報を流し込み始めた。

 肌触りの良いシーツの感触と、誰かの小さな寝息。

 陽の光を何か布で遮られたような仄暗(ほのぐら)さ。

 しばらくぼんやりしてから、わたしは自分がベッドに寝かされていることを理解した。

 頭を乗せた枕からはとても良い匂いがする。きちんと洗濯されている証拠だろう。

 

 身体に、重さを感じた。

 視線を向けてみると、椅子に座ったエミィがベッドにもたれかかった変な姿勢で寝ていた。

 ベッドの上で寝ているわたしへ覆いかぶさるように、両腕を組んで顔を突っ伏している。

 ……可愛い寝顔してるなあ。

 いつも眉間にシワ寄せてないで、こんな顔してたらいいのに。

 

 眺めているうちに悪戯心(いたずらごころ)が湧いてきて、寝ているエミィの頬をぷにぷにとつついてみたが、「んー……」と唸るだけでエミィはなかなか起きなかった。

 ……きっと疲れてるんだろうな。寝かせてあげよう。

 エミィは今、どんな夢を見ているのだろう。

 

 

 

 夢。

 そういえば自分も夢を見ていたな。なんだかすごく大切な夢を見ていた気がする。

 だけどぼんやりしていてよく思い出せない。

 ……まぁ、夢なんてそんなもんだよね。

 

 

 

 意識がはっきりしてゆくうちに、霞のように掴みがたかった夢の世界がしっかりとした現実へと固まってゆく。

 脳が本格稼働し始めると同時に『どうしてこんなところにいるんだろう』という疑問がもたげてきた。

 ……というか、ここはどこ?

 わたしは首を動かし、辺りをうかがう。

 

 

 薄暗く思えたのはカーテンで仕切られているからだ。

 ベッドから手を伸ばしてカーテンを開き、上半身を起こして外をそっと覗いてみる。

 

 

 今の御時世には珍しい、掃除の行き届いた清潔な部屋だった。

 同じようにカーテンで仕切られたスペースがいくつか並んでいる。

 確かめてみる気はしないけど、カーテンをまくったら自分と同じようにベッドに寝かされた人がいるんじゃないだろうか、という気がした。

 

 ……真っ先に思いついたのは病室だろうか。

 それもそれなりの設備を備えた、かなり大きな病院に違いない。

 カーテンの隙間から辺りを見回しているうちに、壁の高いところに掲げられた、奇妙なマークの描かれた布が目についた。

 

 

 七角形をベースとして、密な線が引かれている、鋭角なデザイン。

 六芒星ならぬ、()芒星。

 どこかで見覚えがあるのだが、何のマークなのか、寝惚けた頭ではいまいち思い出せない。

 

 

 

 

 そうこうしているうちに、白衣の男女二人組が部屋に入ってきた。

 丈の長い白衣を羽織った年配の男性と、薄桃色のユニフォームに身を包んだ若い女性。

 白衣、ナース服。やっぱりそうだ、ここは病院に間違いない。

 きっと男性は医者で、女性は看護師だろう。

 

 揺れるカーテンの動きから、男女二人組はベッドのわたしが起きていることに気が付いた。

 男の声が聞こえた。

 

「ツジモリさん、すぐにあの御方を!」

「はい、先生!」

 

 男性医師――「MIYAGAWA(ミヤガワ)」と名札に書いてあるのにわたしは気づいた――はカーテンをバサッと開き、さらに椅子を持ってきて、わたしのベッドの脇へ腰かけた。

 同時に、ベッドで突っ伏して寝ていたエミィも目を醒ます。

 わたしが目覚めていることに気付いたエミィは、ガバッと飛び起きた。

 

「リリセっ! 無事か!?」

 

 大丈夫だよ、エミィ。

 そう言おうとしたのだが、喉の奥がぴったり貼り付いてしまって声が出ない。

 喉がからからに渇いている。

 いったいどれだけ水を飲んでいないのだろう。

 

「み、みず……」

 

 スカスカにかすれた声でようやくそれだけ言えたけど、干上がった喉では上手く喋れず、途端に咳き込んでしまった。

 息が、苦しい。

 ()せ返るわたしの背中を、エミィが懸命にさすってくれている。

 

 そんなわたしに、ミヤガワ医師はニコニコと微笑みながら、説明してくれた。

 

「無理して起きない方がいい。あなたは三日も眠っていたのだから」

「み、っか!?」

 

 驚きのあまり、またしても声が出た。

 わたしはそんなに寝ていたのだろうか。でもなぜ?

 そんな疑問が顔に出ていたのだろう、ミヤガワ医師は続けて答えた。

 

「ええ、あなたは危ういところだったのですよ」

 

 危ういところ、つまり死に掛けたってことだろうか。なんかしたっけ?

 本調子に戻りつつある脳味噌を回転させて、過去のことを思いだそうとする。

 そうやって思い起こすうちに、意識を失う直前の記憶がよみがえってきた。

 

 

 

 ……ああ、そうだ、マタンゴ!

 そうだ、わたし、タチバナ=リリセは、マタンゴ中毒で意識を失ったのだ。

 

 

 

 だけど、自分が倒れた理由はわかっても、なぜここにいるのかまではわからなかった。

 この病院まで、一体誰が運んでくれたんだろう。というか、ここはどこなんだ。

 エミィから渡されたコップの水を飲み干し、ようやく喉を潤して喋れるようになったところでわたしは訊ねた。

 

「あの、ここは一体……?」

 

 「ああ、ここはですね……」とミヤガワ医師が説明しようとしたときだった。

 

 「聖女様!」と、病室の入り口の方で、大きな声が聞こえた。

 声がした方へリリセとエミィは振り返る。

 

 

 看護師や医者を五、六名ほど引き連れて、その人物は現れた。




タイトルはゴヤの絵から。


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18、ウェルーシファ登場

 現れたのは、女性だった。

 

 上着から足元まで、すべて真っ白な白装束に身を包んだ、金髪の女性。

 そして背がとても高い。180センチくらいだろうか。女性としてはかなりの長身だと思う。

 

 

 金髪の女性は病室をぐるりと見回すと、ベッドのわたしに気付き、そばへと歩み寄ってきて口を開いた。

 

「……お身体の具合は如何(いかが)ですか、タチバナ=リリセさん」

 

 彼女の声はとても澄んだ、心に染み入る鈴のようだった。

 金髪の女性は頭を下げながら言った。

 

「新生地球連合 真七星奉身軍所属、軍属神官のウェルーシファと申します。

 お目覚めになられたと(うかが)い、ご挨拶に参りました。どうぞ、お見知りおきを」

「は、はあ、ご丁寧にどうも……」

 

 金髪の女性、ウェルーシファの丁寧な名乗りに、わたしも釣られて御辞儀(おじぎ)してしまった。

 それと同時に、ウェルーシファの言葉にわたしは(かす)かな違和感を覚えた。

 ……この人、なんでわたしの名前を知ってるんだろう。

 

「……あの、わたし、名乗りましたっけ?」

 

 わたしの質問に、ウェルーシファは傍らにいるエミィへ顔を向けて答えた。

 

「御友人から(うかが)いました。

 高田馬場(タカダノババ)方面でマタンゴが目撃されたとの通報で掃討作戦を展開していた折、近くであなたがたを発見いたしましてね。

 急性のマタンゴ中毒とのことでしたので、この病院までお連れいたしました。

 目が覚めたら突然見知らぬ場所で不安に思われたでしょうが、なにぶん緊急のことでしたので」

 

 ……なるほど、そういう経緯(いきさつ)だったのか。

 同時にわたしは、猛烈な脱力感を覚えた。

 高田馬場って……なんだ、まったく見当違いの方角じゃん。どこを走ってんだよ、わたしは。

 大方(おおかた)、同じようなところを延々とぐるぐる回っていたに違いない。

 そんなわたしに、ウェルーシファは言った。

 

「マタンゴ中毒とは危ういところでしたね。しかも後遺症が全く見られないとは、まさしく奇跡。きっと神の思し召しだったのでしょう」

 

 わたしのマタンゴ中毒は、どうやら後遺症が残らなかったらしい。

 もし本当なら、たしかに奇跡だ。

 人間をキノコに変えてしまうという病変もさることながら、マタンゴの一番恐ろしいところはその『後遺症』にある。

 マタンゴには麻薬みたいに神経をイカレさせてしまう物質が含まれており、脳をひとたびマタンゴに冒されると、患者はマタンゴが食べたくて食べたくてたまらない、マタンゴ依存症になってしまうのだ。

 そうしてマタンゴを際限なく食べ続け、ますます毒に冒されて、最終的に自我のないキノコ人間になってしまう。

 

 それが、どういうわけだかわからないけれど、わたしにはマタンゴを食べたくなる後遺症がまったく残っていないらしかった。

 ……なんという奇跡、なんという幸運だったのだろう。

 あらゆる人の善意で、わたしは生きている。

 

「ありがとうございます。なんと御礼を言ったらいいか……」

 

 ぺこぺこと頭を下げているわたしに、ウェルーシファは穏やかに微笑みかけた。

 

「感謝すべきはこのウェルーシファの方です。

 あなたがたによる決死の『献身』、そのおかげで我々もあの界隈に発生したマタンゴの駆逐に成功しました。

 もうマタンゴが害を為すことはないでしょう」

 

 それは、よかった。

 胸を撫で下ろしながら、わたしはひとつ、懸念事項を聴いてみることにした。

 

「……ところで、ウェルーシファさん。レックス、いや、もうひとりいたと思うんですが、その子は今どこに?」

 

 この人たちが悪党だとは決して思わない。

 だが、エミィは傍にいたのにレックスだけベッドの周りにいないことが気になる。

 レックスはどこに行ってしまったのだろう。

 

 ウェルーシファは答えた。

 

「別の部屋でお休みいただいております。

 ひどくお疲れのようでしたし、ベッドに空きがありませんでしたので、僭越(せんえつ)ながらもっと静かな部屋に移させていただきました」

「そうですか、お気遣いいただきありがとうございます……」

 

 礼を言いながら、わたしはウェルーシファの顔をチラリと見た。

 ……会ってからずっと、わたしはウェルーシファの顔が気になって仕方なかった。

 

 というのも、ウェルーシファの顔が『仮面』で隠されていたからだ。

 

 顔の上半分を覆う仮面で、しかも特殊な細工をしてあるのか、目の表情がまったくわからない。

 『オペラ座の怪人』という小説があるが、その小説に出てくる怪人は仮面をしているという設定だった。実物がいたら、こんな仮面をしているんじゃないだろうか。

 

 じろじろ見るのは不躾(ぶしつけ)だと思う。

 かくいうわたし自身も隻眼だ、あまり他人(ひと)のことを言えた顔ではない。

 しかし、素顔を隠している人物というのはどうしても気になってしまうし、見ないように気を遣ってもやはり目が行ってしまう。

 そんなわたしの視線に、ウェルーシファも気づいたようで、

 

「……ああ、顔ですか。

 以前、ゴジラに焼かれましてね。日頃は伏せております。気になるかと思いますが、どうかご容赦を」

 

 丁寧な説明に、わたしはまたしても頭を下げることになった。

 

「あぁ、そうだったんですね。失礼しました」

「いえ、お気遣いなく。よく聞かれますから」

 

 ……なるほど、顔に怪我があるのか。

 こんな仮面で隠すくらいだからよほど酷いのだろう。

 そう言われてしまえば『見せろ』というわけにはいかないし、詮索する気にもなれなかった。

 

 そのとき、部屋のドアを開け放ち、新たな男が現れた。

 

「聖女様」

 

 首から七芒星の入ったネックレスを提げた、アジア系の大男だった。

 ……なんだか性格がキツそうな雰囲気がある。あんまり言いたくはないけどね。

 男はわたしをちらと一瞥してから、ウェルーシファに近づいてくる。

 

「どうしましたか、ムウモ」

「例の件でご報告が……」

 

 ムウモという大男の耳打ちに応じようとウェルーシファが金髪をかき上げた際、特徴的な耳が目についた。

 仮面と同じくあまり身体的特徴をとやかく言ってはいけないけど、それにしても変わった耳だ。普通の人より位置が高いし、形も縦に長い。

 

 

 

 

 

 

 『七芒星』のシンボル。

 

 

 

 

 

 

 『献身』というキーワード。

 

 

 

 

 

 

 そして『耳の形が風変わりな長身の金髪』。

 

 

 

 

 

 

 これらの特徴の取り合わせから、わたしの中で、ある考えが沸き上がってきた。

 この人、ひょっとして……?

 

「……あのウェルーシファさん、ひとつ、つかぬことを伺っても?」

「ええ、どうぞ」

 

 ムウモとの密談が終わったウェルーシファに、わたしは思い切って気になったことを訊ねた。

 

 

 

 

 

 

「ひょっとして、ウェルーシファさんって〈エクシフ〉なんですか?」

 

 

 

 

 

 

 〈Exif(エクシフ)〉。

 今から20年以上も前の西暦2035年、まだゴジラが暴れていた頃に地球へやってきたエイリアンの一種族だ。

 数万年前に故郷を失ったエクシフたちは新たな故郷となる星を探し求め、その旅の末に地球へ到達したらしい。

 

 地球史上最初の、未知との遭遇。

 エクシフ族長であるエンダルフ枢機卿は、国連本部上空に飛来した宇宙船から全世界に向けてこのような会見をした。

 

 

 ――地球人類の諸君、我々はエクシフ。

 監視者にして預言者である。我々は君たちに、運命を告げに来た。

 滅びの時は近い、〈献身の道〉を見出すのだ――――

 

 

 エクシフが地球にもたらしたのは、〈ゲマトロン演算〉と呼ばれる独自の理論に基づいた高度な未来予測技術と、〈献身の道〉を信条とする風変わりな信仰だった。

 宇宙を彷徨う難民であると同時に、信仰を広める伝道者でもあったエクシフは、地球でも敬虔にその布教へ勤しんだ。

 文字通りの『怪獣黙示録』、既存の信仰が力を(うしな)ってゆく時代で、その隙間を埋めるようにエクシフの信仰は人々の間で浸透した。

 わたしの問いに、ウェルーシファは首肯した。

 

「いかにも。

 わたくし、このウェルーシファは、かつてエクシフの教団において枢機卿、そして大神官を務めておりました。

 今は地球に残り、献身による救済の道を説く身です」

 

 エクシフの信仰はかつてほどの勢いはなくなったものの、今も地球人の間で細々と続いている。

 わたしもその信者と会ったことは幾度かあるが、エクシフそのものに出会ったのは初めてだ。

 

 エクシフの教義は『献身と自己犠牲による魂の救済』、つまり簡単に言えば『他人にとても親切にすることで、救われる』というものだ。

 ……なんとなくわからないでもない。誰かに親切にすることは気分がいい、それは助け合う社会性動物である人間のサガでもある。

 きっとこの病院は、ウェルーシファを筆頭とするエクシフ信者が経営しているのだろう。

 ウェルーシファが籍を置いている真七星奉身軍という組織も、おそらくはエクシフ教団を母体にしているに違いない。

 そして、道理で親切なわけだった。

 『行き倒れの女子供を助けて看病する。』

 エクシフ信者にとってこんな親切、いや『献身』をするチャンスはまたとない。

 

「……おい、そこの赤い彗星」

 

 そこで、さっきまで黙っていたエミィが突然口を開いた。

 日頃から不機嫌そうにしている目つきが、より一層攻撃的な色に染まっている。

 

「なんでエクシフのあんたが地球にいるんだ。お仲間はとっくに宇宙へバックレたぞ」

 

 突然のエミィの辛辣(しんらつ)な言葉に、わたしは咄嗟に「ちょっと、やめなよ」と小声で叱った。

 地球人だったら誰もが知っている話だし、正直わたしも疑問だったけど、いくらなんでも言い方ってのがあるでしょうに。

 

 しかしエミィはやめなかった。

 その瞳の奥に、冷たく燃えるものがあった。

 

「そうやって『献身』がどうだの『自己犠牲』がどうだの偉そうに講釈垂れてたくせに、移民船が出来たら真っ先に逃げたんだよな。おまえらエクシフは」

 

 

 ……マズイ。

 場の空気が変わるのと同時に、わたしは自分の背筋が冷えるのを感じた。

 

 

 言い方はともかく、エミィの言った『移民船が出来た途端、エクシフたちが逃げ出した』というのは()()()()()だ。

 献身と自己犠牲を教義として掲げておきながら、いざゴジラに勝つ手段が失われたと決した途端、エクシフ教団の高官たちは「新天地に向かう人々を導かねばならない」などと言って真っ先に移民船へ乗り込んで逃げ出したのだ。

 

 土壇場になって保身へ走ったと言われても仕方のない、エクシフたちの変節。

 そんなエクシフに対する、人類の失望と幻滅は極めて大きいものだった。

 地球のエクシフ教団は支持を急速に喪い、その間隙を埋めるようにゴジラを神が遣わした黙示録の獣と見做すゴジラ=カルトが蔓延。

 世界中でゴジラへの自爆特攻が連鎖的に勃発する遠因ともなった。

 

 エミィは、鋭い目つきで睨みながら、ウェルーシファに言い放った。

 

「……アンタたちエクシフはいつもそうだ。無責任な綺麗事ばっかりペラペラペラペラ並べやがって。

 救済がどうのとカッコつけてるけど、あんただっておおかた移民船に乗れなくて逃げ遅れただけだろ、この口先だけのペテン師め」

「エミィッ!!」

 

 

 

 ぱん、と空気の割れる音。

 わたしは、エミィの頬を引っ(ぱた)いた。

 

 

 

 言い方がどうのという問題じゃない、これはもはや侮辱だ。

 頬を張り飛ばされたエミィは一瞬呆けていたが、すぐに攻撃的な目つきに戻った。

 

「なんてことを言うの!? わたしたちのことを助けてくれたんだよ!?

 すみません、ウェルーシファさん! ほら、エミィも謝りなさい!」

 

 自ら頭を下げながら、わたしは、エミィの頭も手で押し下げた。

 だけどエミィはウェルーシファを睨みつけるのをやめようとしない。

 

 

 ……百歩譲って、陰で言っている分にはまだいい(蔭で言ったところで叱ったと思うけど)。

 だが、ここはエクシフのウェルーシファを「聖女」と呼び奉る信者たちの巣窟(そうくつ)だ。

 いくら温厚で善良なエクシフ信者たちでも、信仰の中心人物を侮辱されれば流石に怒るだろう。

 病室を放り出されるだけで済むなら良い方で、この場で集団リンチを受けたとしてもおかしくない。

 

「……」

 

 ムウモと呼ばれていた男も含め、周囲の医者たち、そして取り巻きのエクシフ信者たちが、一斉にわたしたちの方を見ていた。

 殺気立った表情というわけではないが、好意的な態度でもないのは間違いなかった。

 

 

 

 

 ……やばい、殺される。

 

 

 

 

 一触即発の雰囲気の中、ウェルーシファが片手を上げて制した。

 

「かまいませんよ。

 そこのあなた、エミィさん、でしたね」

 

 ウェルーシファはエミィに、仮面越しの視線を向ける。

 エミィはウェルーシファを睨みつけているが、仮面で隠されているウェルーシファの目の表情は窺えない。

 しかし、ウェルーシファの口元は相変わらず、優しげな微笑みを(たた)えていた。

 

「あなたはこう仰りたいのでしょう。

 『エクシフは、地球人に対して偽りの希望を持たせておきながら、窮地になったら逃げ出した無責任な偽善者だ、だから信じるに値しない』……とでも。

 あなたが我々エクシフを疑い、嫌う気持ちは当然のものです。

 理由はなんであれ、エクシフの高官たちが地球を去ったことに変わりはありませんから」

 

 そうやって語りかけるウェルーシファの口調は穏やかなものだったが、それを聞いているエミィの顔つきはますます険しくなっていった。

 

「しかし、だからといって、神官としてのわたくしに出来ることは変わりません。

 『この世界でどう生きるべきか』……人々は悩み、苦しみ、救いを求めている。

 そんな人々の生きる道しるべとなり得るもの、その希望に至る道は、隣り合う他者に向けた慈愛の心……すなわち『献身』によって導かれる。

 わたくしに出来るのは、この星に残された人々へ寄り添うこと。

 他のエクシフ神官はアラトラム=オラティオと共にあり、そしてわたくしは最後まで地球の人々と共にあります。

 それがわたくし、このウェルーシファの献身の道なのです」

 

 ウェルーシファはざわつく信者たちに向き直り、毅然(きぜん)と言った。

 

「よろしいですか、皆さん。

 たしかにエミィさんには、まだまだ学ぶべきことが多いのかもしれません。

 しかしそれは、我らエクシフの『献身』の精神を未だ知らぬがゆえ。彼女も皆さんと同じ、生きる道に迷う者のひとりなのです。

 もしも御二方が『献身』の道に目覚めたならば、そのときは先達である我々が導かねばなりません。

 ここでつまらぬ激情に身を任せることは、皆さんの献身の精神そのものを傷つけるのに等しいと心得てください」

 

 ウェルーシファに(なだ)められた信者たちは、エミィに怒っていた自分自身を恥じるようにあっさりと鎮められていった。

 

 

 

 

 

 

 ……ありがたい。

 

 

 

 

 

 

 なんて寛大な人なんだろう。

 あんな酷い侮辱を受けたのにこの人はそれに惑わされず、わたしたちを庇ってくれたのだ。

 先ほどムウモという男から『聖女様』なんて呼ばれていたけれど、そう呼ばれるのも納得できる度量の深さだ。

 

「…………」

 

 そんなウェルーシファを、エミィはただ黙って(にら)み続けていた。



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19、エミィ=アシモフ・タチバナかく語りき

「あいつ、嫌いだ」

 

 〈真七星奉身軍〉の拠点から離れてから、(しばら)くクルマを走らせていたエミィが、おもむろに呟いた一言。

 エミィはいつも不機嫌そうな顔をしているので他の人間にはわかりづらいのだが、付き合いがそれなりに長いわたしにはわかるものがある。

 今のエミィは本当に不機嫌だった。

 何か、思うところがあるのだ。

 

「……あいつ、ってウェルーシファさん?」

 

 わたしの問いに、エミィは顔を真正面に向けたままこくりと頷いた。

 

「エクシフは嫌いだ。何を考えてるのかわからない。どうせろくでもないこと企んでるに決まってる」

 

 ……エミィらしくないな。

 さっきの振る舞いも含めてだけど。

 

 性分は気難しいし、歯に衣着せないのはいつものとおり。

 だけど普段はもっと理知的だ。理由もなく初対面の相手を罵倒したりするほど乱暴な子じゃない。

 

 たしかにエクシフは宇宙人だから地球人とはちょっと違うし、信者の人たちも『献身と自己犠牲による超次元宇宙知性への合一』とかなんとかよくわからないところもある。

 だが、部外者として付き合う分には決して悪い人たちではない。

 むしろエクシフの信者たちは、他の人よりもよっぽど親切だ。

 現に〈真七星奉身軍〉の人たちは、エミィがあんな失礼を働いたのに嫌な顔一つせず薬品や食料などの物資を分けてくれたし、しかもクルマの除染までしてくれたのだ。

 

 わたしたちが〈真七星奉身軍〉の拠点を離れる際、ウェルーシファはこのように語った。

 

 

『もちろん御二方には我々と違う道を行く自由、『献身』の道を選ばない自由もあります。何を信じるかは皆自由ですから。

 ただその気になったなら、誰かのために力を尽くしたいと思ったならいつでもいらっしゃい。

 わたくし、このウェルーシファはあなたがたを歓迎しますよ』

 

 

 そう言ってウェルーシファは、わたしたちを笑顔で送り出してくれた。

 ……『ペテン師』呼ばわりされてもこの態度なので聖女っぷりが振り切れてむしろ変わり者だとさえ思うけど、かといってエミィのいうような極悪人だとも思えなかった。

 

「さっきもそうだけど、なんでそんなこと言うの? ウェルーシファさん、そんなに嫌い?」

「ああ、大嫌いだ。聞こえの良いことばかりペラペラ喋るエクシフは特にな」

 

 そう即答したエミィの表情には、エクシフへの嫌悪感が(みなぎ)っていた。

 きっと、心の底から嫌いなのだろう。

 

「顔を見せない奴なんか信用できない。それにあいつは巨乳だ」

「いや、巨乳は関係ないでしょ」

「いいや、あるね。どいつもこいつも、胸がデカけりゃ鼻の下伸ばしやがって。ふんっ」

 

 散々痛罵しながら、エミィは目を細めて鼻を鳴らした。

 エミィは一体、エクシフのなにがそんなに気に喰わないのだろう。

 

 ひとつ、わたしに思い当たることがあるとすれば、ウェルーシファの仮面のことだ。

 ……気持ちはわからないでもない。たしかに、微笑みを常に貼り付けたようなあの仮面は正直ちょっと不気味に思える。

 増してやエミィは極度の人見知りだから、理由がなんであれ顔がわからない相手のことを人一倍警戒するのだろう。

 

 だが、さっきみたいな暴言はダメだ。一歩間違えれば差別になってしまう。

 わたしはエミィに言った。

 

「たしかに顔を出さない人は信用できないかもしれないけど、ウェルーシファさんにはちゃんと理由があるでしょ。

 それにウェルーシファさんは、わたしたちの恩人だ。そんな風に悪く言っちゃダメじゃない」

 

 そう(たしな)められたエミィは、拗ねるでも落ち込むでもなく、真剣な面持ちのまま言った。

 

「……わたしのパパは、エクシフ信者に騙されて死んだ」

「……エミィのパパが?」

 

 エミィの父親。エミィ自身の口から家族の話を聞いたのは久しぶりだ。

 

 エミィの父親は技術者だった、らしい。

 『らしい』というのは、エミィが以前にちょっとだけ話してくれたのを覚えていただけだからだ。直接知り合いだったわけじゃない。

 わたしがエミィと出会った時点で、エミィの両親はすでにこの世の人ではなかった。

 

 エミィ本人によれば、彼女のメカニックとしての技術は父親譲りなのだという。

 そんなエミィの能力からして、エミィの父親は相当にレベルの高い技術者だったのは間違いないと思うのだが、どういう人物だったのか、どうして亡くなったのか、わたしは教えてもらったことがなかった。

 

「パパから昔聞いた。『俺の友達が、エクシフに唆されてゴジラに特攻(カミカゼ)した』って」

「え、どういうこと?」

 

 聞き捨てならない話だった。

 下世話な興味で聞くべきことではないのかもしれないが、思わず聞き返してしまう。

 

 エミィは逡巡したあと、父親とエクシフの因縁を語り始めた。

 

 

「……わたしのパパは昔、あのエイリアンどものテクノロジーを弄ってた。

 わたしが生まれる前、パパは『メカゴジラ建造計画』の端っこ、そのまた下っ端くらいの仕事をしてたらしい。

 

 造りかけのメカゴジラをゴジラが壊しに来たとき、パパは研究所にいなくて、メカゴジラを守るための空母に乗っていた。

 パパたちが造ってたメカゴジラは、ゴジラが襲ってくるその土壇場で動いてくれなかった。

 メカゴジラが動けるようになるまで、あとは戦闘機でゴジラの気を引くしかない。

 でも戦闘機なんかでゴジラを止められっこない。

 

 そのときパパは、パイロットたちに戦闘機で出撃するようにエクシフ神官が(そそのか)すところを見た。

 連中は、出撃しようか迷ってるパイロットたちに『今こそあなたたちの献身が試されるときです』って吹き込んで回ってたんだ。

 ……誰も帰ってこなかった。

 それだけじゃない。

 軍人じゃない普通の人たちも、エクシフの『献身と自己犠牲の精神』のために、勝てもしないゴジラに何人も突っ込んでいって次々と死んでいったんだ、ってパパは言ってた」

 

 エミィの父親は、あの地球の命運を分けた巨大プロジェクト:メカゴジラ建造計画に参加していたのか。

 初めて聞く話に、わたしは黙って耳を傾けた。

 

「そんなイカレた話を、()()()()()()()()()()()()()パパはわたしに話した。

 わたしが小さいときにママが病気になってから、パパはエクシフの宗教にハマった。

 エクシフの信者になったパパは、ママの看病も、わたしにメカのことを色々教えるのも、全部家族としてじゃなくてエクシフ信者の『献身』としてしか接してくれなくなった。

 ママが死んだら、今度は『あいつは果たすべき献身を成し遂げた』なんて言うようになった。

 ……ママはベッドの上でずっと『死にたくない』って泣いてたのに。

 

 頼まれれば、パパは『献身』だからとタダ同然でいろんなメカを直した。わたしは嫌だったけどパパが言うから一緒に『献身』した。

 でもみんな、わたしたちの『献身』にタカっていくばかりで、生活が苦しいわたしたちには何もしてくれなかった」

 

 信仰に救いを求めて大切なものを見失った父親と、そんな父親のすがるような信仰心に付け込んで搾取しようとする周囲の人々。

 他人をあまり信用しないエミィの性格は、そんな大人たちと関わるうちに形成されたのだろうか。

 

「……パパとわたしが一緒に出掛けたとき、道端でチンピラ同士の喧嘩があった。

 わたしは『逃げよう』って言ったけど、パパは『今こそおれの献身が試されるときだ』って止めに入ろうとして、ナイフで刺された。

 お腹を刺されて、血みどろになっても、それでもパパは、『献身に身を捧げてよかった、これであいつと同じところに逝ける』って言ってた。

 そして最期までエクシフ信者のまま、わたしのパパは死んだ」

 

 

 凄まじい話だった。

 そしてすべて真実なのだろう。

 誤謬や思い込みはあるかもしれないが、こんな表情のエミィが嘘をついたことは一度もない。

 

「だからわたしはエクシフが嫌いだ。

 エクシフの教えが嫌いだし、それを有り難がってるバカ信者どもはスパナでブン殴ってやりたくなる。

 わたしのパパもママも、ゴジラに殺された人たちも、あいつらが御題目に唱えてる『献身』なんかのために生きてたんじゃない」

 

 喋っているうちに語調が荒くなり始めたので、エミィはここでいったん息を整えた。

 エミィは深く息を吐き、そして話を続けた。

 

「……わたしはエクシフが憎かった。ひとり残らずブッ殺してやりたいくらいに憎んだ。

 けど、広めた張本人たちはとっくのとうに宇宙へ逃げてた。

 人の心が弱ったところに入り込んできて、甘いことを吹き込んで、あれこれ偉そうに指図する。

 そのくせ、自分たちは自分が言ったことの後始末もつけない。

 あいつらは本物の悪魔だ」

 

 そんな傷ましいトラウマ、長年に渡って溜まっていた心の(おり)を、エミィはクルマを運転しながら普段通り、いや、それ以上に淡々とした表情で語り続けた。

 ……その境地に至るまでエミィはどれだけ苦しんで、そしてどれだけ泣いたのだろう。

 ひょっとするとその小さな胸に負った傷口はまだ膿んでいて、癒えていないのかもしれない。

 だから本物のエクシフであるウェルーシファを前にしたとき、つい爆発してしまったのだ。

 

「あのスケキヨ女、ウェルーシファの言うとおりだ。何を信じるかは皆自由。

 騙される人たちはカワイソーだけど、結局それも自分で選んだ人生だ。どこのどいつがどれだけカモられようが、わたしの知ったことじゃない。

 ……だけど、リリセだけは、あんなペテン師の食い物にされて欲しくなかった」

 

 話し終えたエミィは、黙ってクルマの運転へと戻った。

 そんなエミィを見つめながら、わたしは思いを巡らせる。

 

 ……はっきり言って、エミィのエクシフ嫌いは差別スレスレの偏見だ。

 『エミィの父親が愚かだっただけだ』と言ってしまうことも出来るし、エミィが(いだ)いているエクシフへの嫌悪はむしろ逆恨みに近い。

 エクシフの信仰で救われた人は沢山いるし、エミィの家族を不幸にしたのは周囲の大人たちであってエクシフではない。

 人に言ったところで『見返りを求める時点で献身じゃない、そもそも自己責任でしょ』とかなんとか言われてオシマイだろう。

 

 エミィだって、口では『悪魔』だの『ペテン師』だの言うけれど、それがわからないほどバカじゃない。

 差別や偏見で決めつけて貶すのは悪いことだし、自分の家族を不幸にしたのはエクシフではない。それくらいのことはわかっているはずだ。

 しかし、頭でそれが理解できていても、心では割り切れないものもあるのだろう。

 当時まだ小さな子供でしかなかったエミィに、それを求めるのは酷だ。

 

 

 それに、そんな御立派な自己責任論で切り捨てていい話だとも、わたしには思えなかった。

 自己犠牲と献身。

 聞こえは良いが、要するに『自分の人生を差し出せ』と言っているのと同じだ。そして他人を騙してやろうと考えるような悪人にとって、こんな都合の良い信仰はまたとない。

 実際にエミィの父親は、エクシフの信仰に嵌まり込んだ挙句に家族のことを見失ってしまった。

 

 こんな危険スレスレな思想を宗教としてあちこちで広めていたというエクシフ神官たちは、いったい何を考えているのだろう。

 御人好(おひとよ)しの変な宇宙人としか思っていなかったエクシフの、見てはいけない裏の顔を見てしまったような気がした。

 

 それと同時に合点(がてん)がいった。

 つまるところ、さっきのエミィの態度はこういうことだったのだ。

 

 

 

 

 

「エミィはわたしを守ろうとしてくれたんだね。ありがとう」

 

 

 

 

 

 エクシフ嫌いのエミィからすれば、エクシフ信者の病院なんて敵地のド真ん中も同然だ。

 そんな中で一人になってしまったエミィは、意識不明のわたしのことを一生懸命に守ろうとしてくれていた。

 決して(うま)いやり方ではなかったけれど、エミィは彼女なりに精一杯、出来ることをやってくれようとしてくれたのだ。

 わたしに頭を撫でられたエミィは、ぷいとそっぽを向いた。

 

「……勘違いするな。

 おまえまでエクシフ信者になって、『献身』だの『自己犠牲』だの、あのバカ信者どもみたいなことを抜かし始めたらムカつくと思っただけだ」

 

 そうやって口を尖らせるエミィを見ているうちに、わたしの中で愛おしさが溢れてくる。

 

「あ゙ーもぉー、そんな素直じゃないとこも可愛いなあ!!」

「やめろ頭をなでなでするな抱き着くな頬に擦り寄るな運転中だぞ事故るぞくっつくなひっつくな離れろ離れろってばキスすんじゃねえコラ」

 

 わたしがエミィの頬にキスしようとしたそのとき、背後の荷台で物音がした。

 

 

 

 

 

 

 メカゴジラⅡ=レックスが目覚めたのだ。

 



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20、和解、そして楽園へ

 わたしは後部荷台に振り返り、起き上がったメカゴジラⅡ=レックスに呼びかけた。

 

「……レックス、大丈夫?」

 

 顔を上げたレックスは周囲を見回していたが、自分がいる場所がクルマの中であること、そして前の席にわたし、タチバナ=リリセと、その相棒であるエミィがいることに気付くと、途端に後部荷台から身を乗り出してきた。

 

「リリセっ、体の調子は!? 大丈夫!?」

 

 そう訊ねるレックスは、今にも潰されてしまいそうな表情だった。

 ……レックスにも心配をかけてしまったな。

 そんなレックスを勇気づけたくて、わたしは力を込めて頷いた。

 

「うん、おかげさまでチョー元気! むしろ前より健康かも!」

 

 わたしの笑顔で安堵したかのように、レックスは「よかった……」と息を吐く。

 わたしは言った。

 

「ありがとう、レックス。あなたはわたしの命の恩人だ。やっぱりあなたは凄いよ、流石メカゴジラだね」

 

 レックスはわたしの言葉に一瞬虚を突かれた様子だったが、すぐに気を取り直して胸を張った。

 

「……当然だ! メカゴジラだぞ、あんなキノコのオバケなんかに負けるものか!」

 

 得意げな笑顔で言うレックスに、わたしの方も安心した。

 ……レックスはわたしのことを心配してくれていたようだけれど、それはわたしも同じだ。

 なかなか再起動する気配がないレックスが心配だったのだ。

 だけど、この様子なら大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 ……あ、そういえば。

 心配といえば、心配事がひとつ思い浮かんだ。

 そういえばこれってどうなんだろう。

 「気を悪くしないで欲しいんだけど」と前置きしつつ、わたしはレックスに尋ねた。

 

「ナノメタルって人の体に入れて大丈夫なの?

 入ってても困らないならそのままでいいけど、たとえば金属中毒とか起こさない?」

 

 人体にとってナノメタルは異物だ。

 金属アレルギーなど、場合によっては命に関わることもあるかもしれない。

 

 そんな懸念に対しレックスは「心配御無用!」と自信満々だった。

 

「完治するまではリモート制御が必要だけど、ボクが制御しているかぎりナノメタルは無害だ。

 ただ、ボクのナノメタルは医療用とは違うから、役目を終えたら組成分解して汗のミネラルと一緒に排出されるようにするよ」

「それってどれくらいかかるの?」

「リリセの体調にもよるけど、7日から10日ってところかな。長くても二週間あれば完全に抜けるよ」

 

 つまり、放っておいても勝手に体の外へ出てゆくので問題ない、ということのようだ。

 まったく至れり尽くせりだ。ナノメタルってすごいなあ。

 暢気(のんき)にわたしが感心し、レックスがえっへんと胸を張っていると、クルマが停止した。

 

 どうしたの、と運転席に声をかけると、運転していたエミィが後部荷台にいるレックスへと振り向いた。

 

「……なあ、レックス」

 

 エミィの表情から、わたしはピンとくるものがあった。

 ……エミィは、クルマを運転しながら重要な話をするような子じゃない。

 きっと、なにかレックスに言いたいことがあるのだ。

 それもかなり大切なことを。

 

「……どうしたの、エミィ?」

 

 名前を呼ばれたレックスは小首を(かし)げている。

 エミィは、少し迷っていたようだったが、意を決して口を開いた。

 

 

 

「……今まで悪かった。すまん、レックス」

 

 

 

 突然の謝罪に、レックスは驚いたように目を(しばた)かせている。

 そんなレックスに、エミィは言った。

 

「わたしは、いざってときに慌てるだけで何も出来なかった。

 もしレックスがいなかったら、リリセもわたしも死んでた。

 おまえだってやれることをやってくれようとしただけなのに、あのときのわたしは最低だった」

 

 胸の奥に溜まっていたものを吐き出すように、エミィは続けた。

 

「いや、あの時だけじゃない。

 いつもおまえはわたしたちのために頑張ってくれてたのに、わたしときたらつまんないことで意地張って、冷たくして。

 ホントわたしは最低だった」

 

 エミィの告解(こっかい)を隣で聞きながら、わたしもいくつか思い当たることがあった。

 ……いつもの人見知りだろうと思ってあまり気にしていなかったけど、言われてみればエミィは出会った当初からレックスにキツく当たっていたような気がする。

 先程のエミィの父親の話と、レックスへの態度。

 それらすべてが線で繋がった。

 

 エミィからすればレックスは、父親とも浅からぬ因縁のあるメカゴジラを名乗る得体の知れないロボット怪獣だ。

 しかもレックスが何でもかんでもやってしまうおかげで、エンジニアとしての御株(おかぶ)も取られっぱなしだった。

 嫉妬(ヤキモチ)だってあったろうし、エミィがレックスを警戒するのは仕方のないことだったかもしれない。

 

 だが、そんな今までの行き掛かりを乗り越えて、エミィは深々と頭を下げた。

 

 

 

「助けてくれてありがとう、レックス。

 ごめんな」

 

 

 

 

「そ、そんな、困るよ!」

 

 頭を下げられたレックスの方はというと、なにやら慌てふためいていた。

 どうやらレックスは、人間から謝られるのに慣れていないようだ。

 ……マシーンは人間のために働くのが当たり前だ。マシーンに謝ったりする人なんかいない。

 きっとそんな風に思っていたのだろう。

 そんな、ヒトとして当たり前のことであたふたするレックスの姿が、わたしはなんだかおかしかった。

 

「それにリリセを助けることができたのはエミィが言ってくれたおかげだ。

 ボクこそ、エミィがいなかったら何も出来なかった」

「へ?」

 

 レックスの言葉に意表を突かれ、エミィは片眉を釣り上げた。

 

「わたしが? なんか言ったか?」

「ほら、あのとき言ってくれたじゃないか、『おまえなんか怪獣を殺すしか能がない』って。だから思いついたんだ」

 

 それを言われた途端、エミィは渋い顔をした。

 先程からエミィが言っている『最低だった』というのは多分このことだろう。

 

「……そういうところだぞ、おまえ。

 そういうのをな、『イヤミ』って言うんだ」

「イヤミ? どの辺が?」

 

 指摘された意味をわかっていないレックスを見ながら、エミィは呆れた様子で深く溜息をついた。

 

「……まあ、悪気はないんだろうけどな」

 

 渋い表情を浮かべていたエミィだったが、先日よりもいくらか緩んでいるようにも見える。

 『イヤミ』がどうのと言っているけれど、実際はそれほど怒っているわけでもないのだろう。

 

 

 ……そうだ、良いことを思いついた!

 クルマの運転に戻ろうとするエミィに、わたしはひとつ提案した。

 

「ねえ、立川に帰る前に『あの場所』に寄り道していこうよ」

 

 『あの場所』

 それだけで、エミィは察してくれたようだった。

 わたしの方を向き、口元をにやりと歪めながら頷いた。

 

「……わかった」

 

 

 

 

 

 タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、そしてメカゴジラⅡ=レックス。

 三者を乗せたクルマはしばらく走り続けた。

 その移動する車中でレックスは考えた。

 

 ……『あの場所』というのは一体どこだろう。

 表情からすると『とても楽しいところ』のようだが先日のマタンゴの一件もあるし、あまり危険なことはさせたくない。

 泡を噴いて悶え苦しむリリセの姿と、泣きじゃくるエミィの表情。もう二度と見たくない。

 

 そうこうしている内に、クルマが停まった。

 ……到着か。

 メカゴジラⅡ=レックスは、リリセとエミィと一緒にクルマから降りようとした。

 

「あー、ちょっと待って」

 

 だが、リリセに引き留められた。

 

「目を閉じてもらえるかな?」

「どうして?」

「ま、いいから、いいから」

 

 ……なんだろう。

 訝しげに思いつつもレックスは素直に目を閉じ、視覚センサーをオフにした。

 レックスの手をリリセとエミィが引き、先の方へと導いてゆく。

 

 本当ならレックスは反響定位(エコーロケーション)のソナーを搭載しているので、視覚をオフにしていても独りで歩くことができる。

 だが、二人の温かい手で握られるうちにそんな野暮なことをする気は失せてしまった。

 ……きっとリリセとエミィは、『サプラーイズ!』というやつをやりたいのだろう。

 こういう善意を無下にしてはいけない、とレックスのデータベースにもある。

 

 そうやってリリセとエミィに先導されながらしばらく歩くうちに、レックスの嗅覚は植物性の化学成分を検知した。

 レックスの電子頭脳とセンサーはそれらすべてを嗅ぎ分けることも出来るし、データベースと照合すれば種類だって言い当てられる。

 

 だがレックスは何も言わなかった。

 検出できる化学成分は全てデータベース上に登録された既知のものだ。いずれも害はない。

 それにマタンゴの時とは状況が違う。リリセたちが『目を閉じて』ということからすると、今向かっているのは二人もよく見知った場所、つまり安全が確認されているのだろう。

 ……ここは二人に任せよう。

 そう判断したレックスは、黙ってリリセたちの誘導に従った。

 

 しばらく歩くうちに、やがて「目、開けていいよ」とリリセに言われた。

 指示どおりに視覚センサーを再起動し、レックスは目を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは視界いっぱいの、色の洪水だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤、白、黄、青、紫、白、石竹(ピンク)、その他色とりどりの、数え切れないほどの花たち。

 

 微風(そよかぜ)に吹かれた花弁が穏やかな吹雪となって舞い、人間だったら嗅ぐだけで気分が良くなるだろう芳醇な(かお)りが嗅覚を刺激する。

 

 花々のあいだで、蜜蜂は(せわ)しく、蝶は穏やかに、いずれも翅をひらめかせながら、あちこちを穏やかに飛び回っている。

 

 遠くからは、この園をうるおす小川のせせらぎが聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで天国、まさに楽園(paradise)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ソナーをオンにしなくてよかった、とレックスは思った。

 何があるのかあらかじて知ってしまったら、きっと魅力が半減してしまっただろう。

 それにたとえエコーロケーション機能を起動していたとしても、この素晴らしい感覚は味わえなかったはずだ。

 ソナーでは、形はわかっても色彩まではわからない。

 

 

 

 視界に広がった極彩色の花園、それに圧倒されているレックスに、リリセは告げた。

 

「……ここはね、わたしたちの『とっておき』なんだ」

「とっておき?」

 

 リリセは頷いた。

 

「そう。ここを知ってるのはわたしとエミィ、そしてレックス、あなたが三人目だ」

 

 舞い落ちてきた花弁を手に取りながら、リリセはこの場所の由来を説明した。

 

「修行時代に見つけてから、ずっと毎年来てるんだ。

 他の人には教えてないし、多分誰も知らないんじゃないかな」

「……どうしてそれをボクに?」

 

 訊ねるレックスにリリセは答えた。

 

「レックスには何回も助けてもらったからね。他に何もしてあげられないけど、せめてもの御礼(おれい)

 それにちょうど今が見頃だし、見せてあげたいな、と思ってね」

 

 そしてリリセはにっこり笑った。

 

「お昼にしよっか」

 



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21、メカゴジラに花を

第一章はここまで。


 三日前の雨のおかげで綺麗な水が溜まっている小川を渡り、生垣を結ぶ葉っぱのアーチをくぐる。

 わたし:タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、そしてメカゴジラⅡ=レックスの三名は、ひらけた場所へと到着した。

 

「リリセ、この辺りでいいんじゃないか?」

「そうだね、ここにしようか」

 

 エミィに示されたとおり、わたしは花を踏み潰さないようにシートを敷いて、そして荷物を下ろした。

 真七星奉身軍で分けて貰った携行食糧を広げ、わたしとエミィはそれぞれ好みのものを選び取り、封を破って頬張る。

 

 ……まるで天国でピクニックしてるみたいだ。

 そんなことを思いながら、わたしはレックスの方を見た。

 

 

 メカゴジラⅡ=レックスは、真七星奉身軍から分けてもらった金属のガラクタ――奉身軍の人たちも流石に怪訝な顔をしていたが『サルベージ屋だから』と言ったら喜んで分けてくれた――を昼食代わりに頬張っている。

 背筋を伸ばして正座している姿は実に行儀良いけれど、辺り一面の花が気になって仕方がないのか、赤い瞳があちらこちらを見ていた。

 そしてその瞳は、キラキラ輝いているように見えた。

 

 ……連れてきて、よかった。

 メカゴジラでも、目の前に広がる花の美しさがわかるのだろう。

 食事を摂り終えたあと、わたしはレックスに声をかけた。

 

「あ、レックス。ちょっとこっちに寄ってくれるかな?」

「うん」

「もうちょっと、顔を近づけてくれるとありがたいかな」

「わかった」

 

 わたしの指示とおり、素直に寄り添ってくるレックス。

 その頭に、わたしは先ほど手に入れたあるものを括り付けた。

 

「……うん、ぴったり!」

 

 レックスの頭を見て、その会心の出来に満足した。

 

「……なあに、これ?」

 

 頭に何かをくっつけられたことが気になったのか、レックスが頭の方に手を伸ばした。

 

「ああ、取っちゃダメダメ!」

 

 そんなレックスを慌てて制止しながら、わたしはウエストポーチから手鏡を取り出し、レックス自身を映して見せた。

 

「どうかな? スゴくカワイイとわたしは思うんだけど」

 

 

 

 鏡に映るメカゴジラⅡ=レックスの顔。

 さらさらとした銀髪に一輪の花が咲いていた。

 

 

 

 わたしがつけてあげたのは、この花園で摘んだ花だ。

 挿しているだけだからさほど凝ったものではないが、レックスの銀髪にはよく似合っている。

 ……銀髪に赤い瞳。これだけでも十二分にクールでカッコイイけれど、やっぱりなんか物足りないよねえ。

 そんな風に思っていたのだ。

 

 自分の頭につけられたそれを興味深げに見ていたレックスだったが、やがて顔をほころばせた。

 

「ありがとう、リリセ!」

 

 ……メカゴジラに花を。なんだか詩の一節みたいだな。

 レックスの笑顔を観ながら、そんなことを思った。

 

 喜ぶレックスの隣で、自分の携行食糧を飲み下したエミィが言った。

 

「どうせなら花冠(コローラ)でも作ろうか? 花挿すだけじゃつまんないだろ」

「えっ、作れるの!?」

 

 心底驚いた様子のレックスに、エミィはジト目で言った。

 

「……なんでそんな驚くんだ。花冠くらい作れるぞ」

「いや、そういうのは興味ないかと思ってた」

「どういう意味だよ、それは!」

 

 そうやって最初怒っていたエミィだったが、溜息をつきながら立ち上がり、靴を履いて、レックスに宣言した。

 

「……まあ、いいか。名誉()()してやるから、こっち来い」

「名誉は返上するものじゃないよ、名誉は()()するものだよ」

「もう、いちいちうるさいぞ、いいからこっち来いっ」

 

 言い合いしながら、だけどどこか楽しげに歩いてゆくエミィとレックス。

 そんな二人を「あんまり遠く行っちゃダメだよー」と見送りながら、わたしはこんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 ……この楽しい時間がずっと続いたらいい。

 

 

 

 

 

 

 もちろん、それが叶わないのも理解しているつもりだ。

 実はこの花園は外のツル植物による浸食を受けており、今年も範囲がまた一段と狭くなっていた。

 毎年恒例の花見だけれど、それもいつまで続けられるだろうか。

 

 花園だけじゃない。

 レックスは一刻も早く本当の持ち主のところに帰るべきだし、エミィだっていずれ大人になってわたしの(もと)を離れてゆくだろう。

 わたし自身、こんな生活をいつまでも続けているわけにはいかなかった。

 皆いつまでも遊んでばかりはいられないのだ。

 『いつまでもずっと楽しく暮らしたい』なんて、子供っぽいワガママでしかない。

 そんなことはわかっている。

 

 だけど、そうだとわかっていても、いつか変わっていってしまうのだとしても。

 それでも、願わずにいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうか、この幸せで楽しい時間がずっと続きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タチバナ=リリセたちのクルマを見送ったあと、真七星奉身軍司令:マン=ムウモは、ウェルーシファに尋ねた。

 

「よろしかったのですか、聖女様。あの二人はともかく〈鋼の王〉まで帰してしまったのは早計だったのでは」

 

 マン=ムウモは、リリセたちが連れていた銀色の少女(レックス)の正体がナノメタル怪獣:メカゴジラであることに気付いていた。

 もちろん、ウェルーシファも知っている。

 

 ()()()()()()()を考えるのであれば〈鋼の王〉――メカゴジラⅡ=レックスだけでも押さえておくべきだったのではないか。

 何かしら理由をつけて、あの二人――タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ――だけを先に帰して、こちらでメカゴジラを確保してしまうことも可能だったはずだ。 

 ムウモは続けた。

 

「まだ幼気(いたいけ)な彼女に()()()()()()()を告げるのは酷だ、とお考えになる聖女様の御心はお察しいたします。

 しかしながら、かの〈鋼の王〉は自らの真価を未だ理解しておりません。

 『敵』の動きも活発化しておりますし、あのまま自由にさせておくのは危険かと」

 

 ムウモの表情は決して穏やかではない。

 今回は幸運にも真七星奉身軍が先に保護することができたが、もし先に到達していたのが『敵』だったなら。

 それを想像するとムウモは身震いする思いだった。念のための『保険』はかけておいたもののそれとて絶対ではない。

 

 そんな状況だというのに、こともあろうにウェルーシファはあの二人をレックスもろとも自由にしてしまったのだ。

 敬虔なエクシフ信者であるマン=ムウモは、真七星奉身軍の事実上の指導者であるウェルーシファの指示に逆らうことこそないが、さりとて意見することはある。

 またウェルーシファもそんなムウモの提言を無下に拒否しない。

 ウェルーシファは答えた。

 

「心配は要りませんよ、ムウモ。彼女たちにはしばらく好きにさせてあげましょう」

「と、おっしゃられますと?」

 

 怪訝なムウモに、ウェルーシファが続けた。

 

「我々が本来目指すべき『献身』とは、自らの真心に従って行うもの。

 強制することもできますが、それでは『献身』ではなくなってしまいます。

 ……それに、たとえどのような道を行こうと、〈鋼の王〉はいずれ必ず自らの運命に向き合うことになる。

 その時かの王が『献身』を選ぶなら、起点は違えど終点は同じ。いずれまた巡り会い、道を同じくすることでしょう。

 “かの鋼の王、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩのことは彼女たちに任せる”

 それが〈ガルビトリウム〉が下した神託です」

 

「ガルビトリウムの……?」

 

 驚きで目を丸くするムウモに、ウェルーシファは深くうなずいた。

 

 エクシフ祭器:ガルビトリウムの導き。

 エクシフの信仰においてそれは神の導きであり、それに従うことこそが最善をもたらす絶対なのだった。

 『いまどき神のお告げに頼るとは』などと揶揄する者もいるが、それが外れたことは一度もない。

 

「しかし……」

 

 なおも渋るムウモに、ウェルーシファは穏やかな声で言った。

 

「マン=ムウモ。正道を全うしようというあなたの使命感は素晴らしいものです。

 ですが、あなたの心は今焦りに駆られています。

 今は急ぐことも焦ることもありません、今はすべてガルビトリウムの導くままに任せなさい。

 『例の彼ら』がどう動こうと、その導きに従うかぎり天運は我々の味方です」

 

 それに、とウェルーシファは付け加えた。

 口元に、穏やかな微笑みを湛えている。

 

「それに真実はどうあれ、あのとおり年端もいかぬ子供なのですから。

 時が満ちるまでのモラトリアムくらい、伸び伸びと楽しませてあげてもよいではありませんか」

 

 ウェルーシファの言葉を受けたムウモは、なんと慈悲深い方なのだろうと心酔を深めると同時に、目先のことばかりで献身の本質を見失いかけていた自分自身を深く恥じ入った。




登場怪獣その2

・ゴジハムくん
身長:8.6cm
体重:30g
大好きなのは:ヒマワリの種

 へけっ。
 初出は『ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃(GMK)』……の入場特典オマケなのだ。
 「ゴジラの着ぐるみを着ているハム太郎」のストラップで、バリエーションとして機龍やモスラの着ぐるみを着たもの、バネ仕掛けで飛び出すギミックがあるものもあったようなのだ。
 なんでこんなグッズがあるのかというと、なんと驚くなかれ2000年代のゴジラは『とっとこハム太郎』と同時上映されていたのだ。
 『GMK』本編では特に絡むこともなかったけれど、次年以降の『機龍二部作』においてはハム太郎と思しきハムスターや、飼い主のロコちゃんと思しき少女が登場しているのだ。

 公開当時はやはり困惑というか戸惑う声が多かったのだ。しかしデフォルメフィギュアが隆盛している今は「これはこれでアリなんじゃないか」と思ったりするのだ。
 虚心坦懐に見てみれば可愛いキャラクターだし、ハム太郎じゃないにしても「ゴジラの着ぐるみを着せる趣旨のデフォルメフィギュア」があったら人気出そうなのだ。
(ちなみに「ゴジラの着ぐるみを着せる玩具」自体は前例があって、タカラトミーのミクロマンで同様の玩具が発売されていたこともあるのだ。)

 本作のゴジハムくんは単なる幻覚じゃなくて、「ヒト型種族の意識が高次元レベルに達したときに現れる高次元存在の一種」という設定なのだ。
 ハム太郎自体は「複数のハムスターの名前」なので、本作のぼくは河井リツ子先生のハム太郎とは別人なのだ。くしくし。



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第二章:つよいヤツがやってきた
22、タチバナ=リリセかく語りき


第二章スタート。


 花畑でのピクニックを終え、一行を乗せたクルマは多摩川沿いの国道を走っていた。

 まもなく立川だ。直行すれば数時間もかからない距離だけれど、新宿で数泊する可能性も見込んでいたから期日まではまだ余裕がある。

 

 

 エミィに代わってクルマを運転していたわたし、タチバナ=リリセは、ミラーで後部荷台をチラリと見た。

 後部荷台に座ったメカゴジラⅡ=レックスは、しきりに頭の花飾りを弄っていた。

 レックスは、花園でエミィに作ってもらった頭の花冠をまだかぶっている。

 

「……気に入ったの?」

 

 わたしが訊ねるとレックスは機嫌よく答えた。

 

「うん! 凄く綺麗だ。花畑に連れて行ってくれてありがとう!」

 

 ……そっか、気に入ってもらえて何より。

 花冠をかぶって上機嫌に笑うレックスは、とても可愛らしかった。

 

 

 『リリセ、おまえは子供に甘い』

 そんな風にエミィから怒られることがある。

 自分でもそう思う。子供なら何でも可愛いと思ってしまうし、そうやって文句を言うエミィのことを撫で回してしまうくらいわたしは子供に甘い。

 

 そんなわたしだけれど、それを差し引いてもレックスは美形だと思う。

 中性的、とでもいうのだろうか。男の子の闊達さと女の子の可憐さを組み合わせて絶妙にブレンドしたような印象がある。

 加えていつもニコニコしているからなのか、レックスを見ているとなんだかこちらの心持(こころもち)まで明るくなってくる。

 

 レックスはロボットだ。本物の人間とは違う。

 しかし自然に生まれたものではない以上、きっとモデルになった人がいたはずだ。

 そしてレックスがこれだけ可愛らしいのだから、その人だってきっと美人だったろう。

 

 そんなことを頭の片隅に留めつつ、わたしは別の話を切り出した。

 

「レックス、ちょっと寄り道するね」

「どこか寄るところがあるの?」

 

 わたしは答えた。

 

「うん、ちょっとね。すぐ終わるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしたちを乗せたクルマは国道を逸れ、しばらく走ってから、石段の前で停まった。

 クルマを降りたわたしに、クルマの後部荷台から顔を出したレックスが声をかけた。

 

「エミィは起こさなくていいの?」

 

 レックスが指差した助手席で、エミィは昼寝をしていた。

 昼寝、というか爆睡だ。

 口をポカンと半開きにしたままぐっすり眠り込んでいて、ちょっとやそっとでは起きそうにない。

 

「寝かしといてあげて。マタンゴの一件以来、きっとろくに眠れなかったろうし」

 

 わたしの言葉にレックスは「うん」と頷き、起こさないように静かに荷台から降りた。

 

 わたしは、これから使う道具一式を用意した。

 軍手、ゴム手袋、箒、塵取り、雑巾、タワシ。

 これらをまとめてバケツに放り込み、もう片方の手には作業用の水を溜めたポリタンクを担ぐ。

 揃えた掃除用具一式を両手にぶらさげたわたしは、石段を登った。

 わたしの後ろを、レックスがトコトコとついてゆく。

 

 

 石段を登り切った先は広場になっていて、ここからは一帯を見渡せるようになっている。

 

 ……しかし汚いな。

 雑草は伸びっぱなし、(おびただ)しい(こけ)に包まれてて、枯れ葉も積もっているし、蜘蛛の巣まで張っている。

 一年以上来てないから仕方ないとはいえ、この荒れ具合を見ていると、やはり流石に申し訳なさを覚える。

 今度からはもうちょっと、ここに来る頻度を上げよう。うん、そうしよう。

 

 そんな後ろめたさを尻目に、わたしは、さっそく掃除を始めた。

 バケツに水を張り、雑巾を濡らして固く絞って、苔に覆われた()()を丁寧に磨いてゆく。

 

 そんなわたしを見ていたレックスが言った。

 

「磨くの、やってあげようか?

 ボクがやればすぐ終わるよ」

 

 そう提案するレックスの両手は、電動ブラシに変形していた。

 レックスの言うとおりだろう。

 わざわざ人力の手作業でやらなくても、レックスに任せた方がずっと効率が良いはずだ。

 

 だけどわたしは首を横に振った。

 

「ありがと、レックス。

 だけど、これは自分でやりたいんだ」

 

 かといって手持無沙汰も嫌だろうから、代わりにレックスにお願いした。

 

「もし手伝ってくれるなら、雑草を刈ってくれると助かるかな」

 

 その言葉にレックスはパッと表情を輝かせ、両手を芝刈り機に変形させながら頷いた。

 

「わかった、まかせて!」

 

 そしてわたしとレックスは手分けして、広場を丁寧に掃除した。

 蔓延(はびこ)った雑草を刈り取り、蜘蛛の巣を払い、こびりついた錆びや苔を擦り落とし、溜まったゴミや塵を掃く。

 

 そして磨き終えた下から大きな石塊(せっかい)が現れた。

 

 全体の形状は四角く、彫られた細工は経年劣化でところどころが欠けていたり、崩れていたりしている。

 そして掃除の仕上げに、バケツに残った水をすべて石塊にぶっかけると、ようやく文字だけ読み取ることができるようになった。

 

 石の碑銘には無数の名前が彫られている。

 百や二百なんてものじゃない、数えきれないほどの人名だ。

 わたしはその石碑の前、『Tachibana(タチバナ)』と彫られている辺りでしゃがみ込み、花園から摘んできた花を供えると、目を伏せて両掌を合わせた。

 そんなわたしにレックスが訊ねた。

 

「この『Tachibana』って……?」

「わたしの両親だよ。そういえば話したことがなかったっけね」

 

 御参りを済ませ、立ち上がったわたしは、石碑を撫でながら話を始めた。

 

「わたしのお父さん、タチバナっていうんだけどね、わたしのお父さんは地球連合軍の軍人だったの。

 お母さんと一緒に世界中飛び回って、ずっとゴジラと戦ってたんだって」

 

 両親が実際にゴジラと戦っているところを見たことはなかったけれど、代わりに、わたしの養父であるヒロセ=ゴウケンおじさんが存分に話してくれた。

 

 

 わたしの両親が主に活躍したのは、西暦2042年から始まった地球連合軍の作戦:オペレーション・ロングマーチだ。

 長征(ロングマーチ)の名のとおり、人類最後の希望:メカゴジラを完成させるまでのあいだゴジラを挑発し、ユーラシアの奥地へと誘導してゆく、地球史上最大の陽動作戦。

 先年のオペレーション・ルネッサンスの失敗や人材不足、その他色々な事情が重なって、オペレーション・ロングマーチは人命をひたすら無尽蔵に使い潰してゆく壮絶な消耗戦になったらしい。

 三年に及ぶ激闘の末、ヒマラヤ山脈へと誘い込まれたゴジラは、そこに仕掛けられた二千発の核爆弾による落とし穴にかかってチョモランマの下敷きとなり、生き埋めにされた。

 

 そこまでやって稼いだ時間は、一年間とちょっとでしかなかった。

 地下深くに沈められたゴジラだったけれど、いかなる手品を使ったのか、岩盤を融かしてあっさり脱出。

 その後ゴジラは日本に向かい、メカゴジラ開発工場を吹っ飛ばし、東京を焼き払い、かくして人類は敗北したのだった。

 

 一方、その作戦のために人類が払った犠牲は、とてつもないものだった。

 失った人命は数億人。女子供分け隔てなく、膨大な数の人命がゴミのように使い捨てられた。

 世界一大きくて立派だったヒマラヤ山脈は永遠に失われ、ユーラシア大陸の大地に、凄まじい深手を残してしまった。

 ヒマラヤは、ゴジラのおかげで世界一巨大な火山地帯に造り替えられてしまい、その噴煙はユーラシアどころか地球全体を覆ったという。

 

 要するにただの時間稼ぎで、とんでもない無駄死の負け戦。

 バカみたいだと言う人もいるだろう。

 

 ……だけどそれでも人類の未来のため、わたしの両親は命懸けでゴジラと戦い続けたのだ。

 どんなアニメマンガや映画のヒーローにだって負けない、カッコいいわたしのヒーロー。

 オペレーション・ロングマーチをはじめ、あの『怪獣黙示録』の時代にはそんな無数の人たちによる無数の戦いがあって、その人たちのおかげで今の世界がある。

 そんな尊い犠牲をマヌケなバカ呼ばわりする人がいたら、わたしはきっと許せないだろう。

 

 

「……御両親のこと、尊敬してるんだね」

 

 自分の『御父様』を敬愛しているレックスからそんな風に言われるのは、ちょっと面映(おもは)ゆい。

 わたしだって別にいつも両親のことを想っているわけではないし、前回ここに来たのも一年以上前のことだ。

 今日は命日でも記念日でもなんでもない。事前に近くを通ることがわかっていて、余裕があったからついでに寄っただけだ。

 

「まあ、たまにしか来ない親不孝者だけどねー」

 

 勝手に一人で照れながら頬を掻くわたしを見ていたレックスは、やがてあることに思い至ったようだった。

 

「アレ、でもそれじゃあ、この石碑って……」

 

 ……まあ、レックスの思っているとおりだ。

 わたしは両親とゴジラの戦いの結末を語った。

 

「……ゴジラが南米を襲った時に行方不明になって、それっきり二人とも帰ってこなかった」

 

 わたしの表情に一瞬差した影を見たレックスは、途端に悲しそうな顔をした。

 

「……デリケートなことを聞いてしまって、ごめんね」

 

 そう言ってレックスは、わたしに詫びた。

 ……やっぱり優しい子だ。そもそもわたしが勝手に話しただけなのに、気を遣わせてしまった。

 レックスに申し訳なさを覚えながら、わたしは首を横に振って答えた。

 

「いいよ、気にしないで。わたしも小っちゃかったから、あんまり覚えてないし」

 

 わたしも、湿っぽい空気感は好きじゃない。

 雰囲気を変えようと、明るい口調で言った。

 

「で、ずっと日本にいたわたしは、お父さんの友達だったヒロセ家に養子に入って、今に至る、ってわけ。

 だからわたしにとっては、ヒロセが家族みたいなもんだよ。語感も悪いから苗字はタチバナのままだけどね」

 

 そして片付けた掃除用具を空のバケツに放り込み、レックスに告げる。

 

「さ、行こっか」

 

 

 

 

 

 

 

 わたしたちはクルマを走らせ続け、建物が建ち並ぶ国道に沿って立川へと向かう。

 窓の外を見下ろせば水が流れる多摩川の河川敷が見える。

 遠目に眺めると綺麗にも見えるが、寄って見ると実態がよくわかる。

 

 この一帯は建物が並んではいるけれど実際は大半がもぬけの殻、スッカラカンだ。

 住人なんていない空き家ばっかりだし、台風で掻き混ぜられてからロクに掃除してないような、そんな荒れ果てた有様になっている廃屋も多い。

 

 この辺りは17年前のゴジラ東京襲撃においてはさほど被害を受けなかったけれど、数年前に別の怪獣が襲ったことがある。

 

 その怪獣はなんとかやっつけた――今ちょうど河川敷の真ん中に転がっている、鋭い嘴を備えた二体の骸骨がそれだ――が、それ以来人々は堀と防壁に守られた立川の市街地に(こも)って暮らすようになった。

 今や外界へ出入りするのは他の街からやってきた交易商や、わたしのようなサルベージ屋くらいだろう。

 

 街の防壁や外周にはちゃんと対怪獣の装備が備えてあり、アンギラスくらいなら易々と追い払えるようになっている。

 流石にあの『キングオブモンスター』が来たらオシマイだけどね。こんな内陸までは来ないだろうけど。

 

 

 その立川へ向かう帰り道の途上のことだった。

 出し抜けにレックスが言った。

 

「! リリセ、クルマ停めて!」

「どうしたの?」

 

 クルマを停めると、レックスが教えてくれた。

 

「あの橋の下に、旧地球連合製のコンテナが落ちてるんだ。もしかしたらリリセたちの仕事の役に立つものかも」

「ホント? どれどれ……?」

 

 レックスが指差している橋の下を双眼鏡で覗き込んでみると、たしかに橋脚の影にコンテナらしいものが見える。

 双眼鏡の倍率を上げて見ると、塗装がかなり剥げていたがコンテナには確かに旧地球連合軍のロゴが見えた。

 きっと怪獣に襲われているときに輸送機から落下して、そのまま回収されなかったのだろう。

 

「よく見つけたねぇ」

「えへへ……」

 

 わたしが褒めると、レックスは照れながら胸を張って答えた。

 

「リリセたちのお仕事って、『あちこちの廃品を回収して売るお仕事』なんでしょう?

 だからセンサーで索敵してたんだ。

 役に立つジャンクが拾えたらきっと喜んでくれるだろうな、って」

 

 ……レックスは本当に善い子だなあ。

 いつも誰かを喜ばそうと一生懸命だもの。

 ありがとう、レックス。

 礼を告げながら、わたしはレックスに言った。

 

「じゃ、ちょっと見てみよっか」

 

 クルマを橋の近くまで移動させてからわたしはクルマを降りる。

 そして河川敷に降りたわたしとレックスは、(くだん)のコンテナを検分した。

 

「これ、どうかな?」

 

 ……レックスには申し訳ないが、ちょっとこれはダメな気がするなあ。

 わたしは渋い顔をせざるを得なかった。

 

「これはちょっと運べないかな。大きすぎるし」

 

 大きさの問題もあるが、中身も問題だ。

 ロックは掛かっているように見えるが、表面の塗装が相当剥げている。

 わたしが見たところ、落下してから十年では足りない。ひょっとすると十五年以上野晒しにされていたのかもしれない。

 そして、落下してからそんな長いあいだ野晒しにされているようなコンテナだ。大したものなんか入っていない気がする。

 

「そっか……」

 

 せっかく役に立てると思ったのに、とレックスは肩をがっくり落としていた。

 そんなレックスをわたしはぽんぽんと撫でた。

 

「気持ちだけでも嬉しいよ、レックス。折角見つけてもらったのにごめんね」

 

 謝るわたしに、しょんぼりしながらレックスが答えた。

 

「そうだよね、43式艇なんて要らないよね……」

 

 

 ……ん? ちょっとまって。

 

 

「……今、なんて?」

「えっ」

「何が入ってる、って?」

 

 念を押すわたしに、レックスは戸惑いながら答えた。

 

4()3()()()だよ。でもあんなオモチャ要らないでしょう?」

 

 よんじゅうさんしきてい?

 よんじゅうさんしきてい、ってまさか。

 当惑するレックスとは裏腹に、わたしの中で興奮のボルテージが高まってゆくのを感じた。

 

「43式艇ってまさか『43式航空偵察艇』!?」

 

 レックスから見て、今のわたしの目つきは随分とギラギラ光って見えただろう。

 そんなわたしの勢いに圧され、レックスは引き気味に答えた。

 

「そうだよ。コンテナの中に入ってるけど……」

「開けて、レックス! 他の人たちが見つける前に!!」

「う、うん……」

 

 『タチバナ=リリセは一体何を興奮しているのだろう?』

 レックスはきっとそんな風に思っているに違いない。

 首を傾げながらレックスは指を溶断トーチへ変形させ、そこから噴き出す高圧のプラズマジェットでコンテナのロックを焼き切り、開封した。

 コンテナが開いた途端わたしはコンテナの中に飛び込み、そして中から歓声を挙げた。

 

 

「やった! 〈ホバーバイク〉だ!!」

 

 

 43式航空偵察艇、別名『ホバーバイク』。

 『怪獣黙示録』の時代に考案されたもので乗り方はバイクに似ているが、『43式()()偵察()』の名のとおり実態は飛行機だ。

 タイヤの代わりにプラズマジェットでホバリング走行し、その気になれば数百メートル以上の高空を飛ぶこともできる。

 早い話が空飛ぶバイクである。

 

 コンテナから這い出てきたわたしの顔は、きっと満面の笑顔だったろう。

 

「本物のホバーバイクだ! レックス、運び出すから手伝って!」

「うん、わかった!」

 

 

 

 

 わたしたちは二人がかりで、ホバーバイクをクルマのところへと運び出した。

 引き揚げられたホバーバイクは、見た目はバイクに似ていたがタイヤがなく、まるで馬の(くら)だけ大きくしたような形状をしていた。

 

 ……すごいなあ。

 状態を確認したとき、わたしは思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 

「これ相当の掘り出し物だよ。地球連合軍のライセンス表記も本物だし、保存状態も最高だ。

 『灯台下暗(とうだい もとくら)し』なんていうけど、立川のこんな近くにこんなお宝が転がってたなんて」

 

 ホバーバイクをしげしげと眺めていると、ホバーバイクに赤い透視光を浴びせていたレックスがとんでもないことを言い出した。

 

「保存状態ついでに言うなら、これ動くよ」

 

 ……なんだって!?

 思わず聞き返したわたしに、レックスは説明してくれた。

 

「スキャンして()たけど動力系統はまだ生きてる。動くはずだ」

 

 そう言いながら、レックスが尻尾の先端を端子に変形させてホバーバイクのレセプタへと挿し込んだ。

 するとホバーバイクのコンソールに光が灯り、さらに車体下部のジェット噴射口からマゼンタのプラズマジェットを吹かして船体が宙へと浮き上がる。

 そんなホバーバイクを指差しながら、レックスは得意気に「ほらね」と言った。

 

「飛ぶんだったらオーバーホールしてレストアした方がいいけど、地面スレスレのホバリング走行なら今も出来るんじゃないかな」

 

 わたしは自分の顔をつねってみた。

 だけど、ただ頬が痛いだけだった。

 夢じゃない、現実だ。

 

 

 わたしたちの世代にとって、ホバーバイクは夢のある乗り物だ。

 

 『ゴジラと戦う特攻兵器として造られた』という暗い出自を持つホバーバイク。

 そういう経緯を知っている世代の人たちは苦い顔をするけれど、そんな戦時中のことなんて知らないわたしたちからすればホバーバイクは憧れのマシンだ。

 そりゃそうだ、バイクに乗るのと同じ感覚で空を飛ぶことができる乗り物なんてカッコイイに決まっている。

 造るのも乗るのも簡単だというので2040年代当時はそれなりの数が造られたらしいが、それから十年以上経った今はほとんど見かけない。

 

 そんなわけで、ホバーバイクはサルベージ屋が拾えるジャンク品としては最高の商材のひとつだった。

 エンジンやスペアパーツだけでもそれなりの値段で取引されているし、ましてやちゃんと動かせる完品ともなればそれこそ飛び上がるような価値があるだろう。

 

 

「よっっっ……しゃアアアアアアアア!!!!」

 

 

 わたしはガッツポーズを決め、そしてホバーバイクを拾ってくれた殊勲者のレックスをぎゅっと抱き締めた。

 

「大儲けだ! ありがとレックス!」

 

 まさかこんなに大喜びされるとは思っていなかったのだろう。

 最初レックスは目を白黒させていたが、やがてニッコリ笑ってこう答えた。

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

 それからわたしたちはコンテナを(しばら)く漁った。

 

「……こんなのもあるけど、どうする?」

 

 そう言いながらレックスが抱えてきたのは小型超電磁小銃、いわゆる〈メーサーライフル〉と呼ばれる銃器だった。

 旧地球連合軍で使われていた光線銃だ。巷でもジャンク品としてそれなりに出回っており、わたしもたまに取り扱うことがある。

 渡されたメーサーライフルをちょっと検分してみた上で、わたしは答えた。

 

「……これはいいかな。手入れ面倒だし、あんまり売れないんだよねソレ」

 

 戦時中に開発されたものでとても威力があるらしいのだけれど、繊細な構造なのであまり評判が良くない。

 『メーサーライフル(こんなオモチャ)より信頼性の高いAK-47の方が良い』というのは実地でメーサーライフルを使ったことがあるヒロセのおじさんの口癖だ。

 実際このメーサーライフルも、落下の衝撃が原因なのか壊れてしまっているようだ。

 

 それに個人的にも趣味じゃないしね。

 護身用のピストルくらいは必要だと思うけど、メーサーライフルはいくらなんでも強力すぎる。

 

 そんなわたしの返答を聞いたレックスは、もじもじしながら訊ねた。

 

「……じゃあ食べていい?」

 

 上機嫌にわたしは答えた。

 

「食べていいよ。でも、バッテリだけ残しといて欲しいかな。バッテリは使い回せるから」

「ありがとう、リリセ!」

 

 わたしの返事に、レックスは喜びながらメーサーライフルを骨付き肉のようにむしゃむしゃと食べ始めた。

 ホバーバイクを拾ってくれたのだ。メーサーライフルの一丁ぐらい御褒美にあげてしまっても構わないだろう。

 おやつを食べているレックスを横目に、わたしは他の積み荷のチェックを続けた。

 

 

「他は、えーっと『39式α(アルファ)サイクル・ノイズキャンセラー』『信号拳銃』『パシフィック製薬のパシン』……なんだかガラクタばっかだねえ」

 

 他の積み荷を見てから『……やっぱりメーサーライフルあげない方が良かったかな』なんてことを思ってしまった。

 信号拳銃はまだ使えるにしても、39式αサイクル・ノイズキャンセラーは故障しているようだし、栄養ドリンクのパシンは中身が沈殿してしまっている。

 『ゴジラなんてひとひねり、パシンを飲んでいるからサ!(からネ!だったっけ?)』が売り文句だったパシンだが、こんな何年前に期限が切れたかもわからないようなものを飲んだりしたら、むしろ自分の体がひとひねりだろう。

 

 とはいえ、他にはホバーバイクのスペアパーツが積まれていた。全部持ち帰って売り捌けばしばらくはお金に困るまい。

 レックスのおかげで大儲けだ。むふふ、笑いが止まりませんなあ。

 ホバーバイクとそのスペアパーツを積めるだけ荷台に積み込み、立川へ帰ろうとした時だった。

 

 

 

 

 

 空をも引き裂く、甲高い雄叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

 ……その特徴的な鳴き声に、わたしは聞き覚えがあった。

 あの声は、まさか。

 途端、クルマで寝ていたエミィが飛び起きた。

 

「……おい、今の聞いたか?」

「うん、聞いた」

 

 わたしは双眼鏡で遠くの空を覗き、そして左目を見開いた。

 

 

 

 遠くの空を『火の鳥』が飛んでいた。

 

 

 

 空を覆ってしまうほど大きな翼、その翼長は100メートルを優に超えている。

 研ぎ澄まされた(やじり)のよりも鋭く、ドリルよりも頑丈そうなクチバシ。

 熱々の溶岩のように煮えたぎり、赤熱がぎらついている焦げ茶の体表。

 燃えながら大空を舞うその姿はさながら火の悪魔(イフリート)だ。

 

 わたしは、そいつの名を呟いた。

 

 

 

 

「『ラドン』だ……!」



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23、Rodan ~『ゴジラ キングオブモンスターズ』より~

プロレスです。


 ――――ラドン。

 

 『火の悪魔』の異名も持つ、燃える大怪鳥。

 『もしもゴジラが空を飛んだら?』という思いつきを具現化したような、空の大怪獣だ。

 実力はアンギラスにも負けず劣らず、空が飛べることも加味すればアンギラス以上に厄介な相手である。

 

 ……不謹慎を承知で白状するが、子供の頃のわたしはラドンという怪獣が好きだった。

 旧地球連合のプロパガンダ番組でもやられ役だったラドン。だけどそんなラドンの姿をテレビ番組で見ながら『ラドンは そらが とべてすごいなあ!』なんて思っていたのである。

 

 だけどそんな子供染みた憧憬は、ラドンの実態を知るまでのことだ。

 ラドンの原種は翼竜に近いらしいのだが、火山地帯を棲処(すみか)としているからかマグマに順応した身体を持ち、その体温は銑鉄並になっている。

 その灼熱の体温が巻き起こす気流を利用してジェット噴射を起こし、ジェット戦闘機並の猛スピードで空を飛び回る。

 

 

 数年前、この多摩川沿いをラドンのつがいが襲撃したことがある。

 襲来した二頭のラドンは真っ赤に燃える翼をはためかせ、大空を我が物顔で飛び回った。

 

 

 新生地球連合軍や自警団が協力し合ったおかげでなんとか殲滅されたけれど、そのときの被害は凄まじいものがあった。

 ラドンが起こした超音速衝撃粉砕波(ソニックブーム)の余波により住宅街は土台から引っ繰り返され、その巻き添えで行方不明になってしまった人が何人も出た。

 さらにラドンが撒き散らした(すす)火粉(ひのこ)のおかげで周辺一帯は火の海になってしまい、一年間は焦げた臭いが抜けなかった。

 そして生き残った人たちで鳥恐怖症の人が多いのは、絶対に偶然ではないはずだ。

 

 そのとき救助作業に駆り出されたわたしは、当時焼け野原となった街並みを眺めながら、『まるで火砕流と竜巻が同時に襲ってきたみたいだ』と思ったのをよく覚えている。

 空飛ぶ火山噴火にして生きた暴風、それがラドンという怪獣だ。

 そんなラドンが、このまま立川の自治区を襲ったら大変なことになる。

 ……完全に油断していた。

 前回ラドンのつがいが襲ってから数年。それ以来、この辺りに怪獣が現れたことはなかった。

 だからちょうどこの日にラドンが現れるなんて思ってもみなかった。

 

 今回現れたラドンは一頭。

 幸いにもまだこちらに気づいていない。

 このままこっそり街に入って状況を報せ、そして防備を整える。それが最善だろう。

 

 しかし、そんなわたしの甘い考えは早くも打ち砕かれることとなった。

 

「リリセ!」

 

 名前を呼ばれたわたしが振り返ると、レックスがラドンを見据えながら言った。

 

「あいつ、こっちに気づいてる!

 近づいてくるよ!」

 

 双眼鏡で覗いてみると、翼を広げたラドンがこちらに向かってくる姿が見えた。

 ラドンが通った下の建物、橋、街並みすべてが、翼のジェット噴射に煽られて爆発と共に吹き飛ばされてゆく。

 ……ああ、もう、怪獣ってやつはどうしてこうも思い通りにならないのかな!?

 悪態を吐かずにいられないけど、そんな文句垂れてもどうしようもない。

 すぐさまクルマに乗り込むわたしたち。

 

 今回はアンギラスのときみたいなトラップ戦法は使えない。ただ逃げるだけだ。

 ()()()は一応あるがラドンに通用するかはわからないし、『三十六計逃げるに如かず』という格言もある。

 ごちゃごちゃ作戦練るのは逃げながらだって出来る。ここはまず逃げた方が良い。

 

「エミィ、発進()して!」

「りょーかい」

「待って、二人とも!」

 

 エミィがクルマのエンジンをかけたとき、レックスが後部荷台から飛び降りて言った。

 

「ボクが戦う! リリセたちは先に街に逃げて!」

 

 カギ爪状の腕、鋭利に尖った背鰭、鞭のような長い尻尾、そしてプラズマジェットの翼。

 頭に被っていた花の冠と、羽織っていた衣服は既に体内へ格納している。

 赤い瞳からみなぎる闘志、メカゴジラⅡ=レックスはもう臨戦態勢だ。

 

「あんな鳥、メーサーで焼き鳥にしてやる!」

 

 そんな風に勇ましく息巻きながら、腕から変形させたメーサーライフルをかまえ、翼を広げて飛び立とうとするレックス。

 

 

「待って、レックス!」

 

 

 そんなレックスを、わたしは制止した。

 振り返ったレックスに、わたしは言った。

 

「これは『出来れば』でいいんだけど、ラドンを追い払うだけで済ませられないかな? それも出来れば傷つけずに」

 

 わたしの頼みに、レックスは「どうして?」と首を傾げた。

 

「怪獣なんて殺してしまえばいいじゃないか」

「殺しちゃえ、って……」

 

 物騒なことをさも当然のことのように言ってのけるレックスに、わたしは一瞬たじろいだ。

 ……レックスがその気になれば、ラドンなんてきっと容易く殺せてしまうだろう。たしかにその方がコトは簡単かもしれない。

 

 けれど、わたしは言った。

 

「無闇に傷つけたくないの。

 マタンゴみたいに進んで人間に襲いかかってくるような奴ならともかく、怪獣だってわたしたちと同じ、心と命を持ったいきものだ。

 無闇に殺しちゃったら可哀想だよ」

 

 ……それはエゴなのかもしれない。

 体内に入り込んだマタンゴを駆除してもらっておいて今さら何を、と言われるかもしれない。

 害獣を殺しておきながら野良犬や野良猫を可哀想がる、そういう無責任で虫のいい奴だと批難する人もいるだろう。

 

 だけど、そこまで杓子定規になりきれないのも人間だ。

 野生のクマが人里に近づいてきたときだって、殺すよりはまず追い払うことを考えるはずだ。

 目の前で人間を襲っているわけでもない怪獣を『殺してしまえ』と言えるほど、わたしは冷酷になれない。

 

 そしてなによりわたしは、レックスにそんな残酷なことをして欲しくないのだ。

 

「心と命……かわいそう……」

 

 そんなわたしの言葉に、レックスはしばらく考え込むような仕草をしていたが、やがて力強くうなずいた。

 

「……わかった。出来るだけやってみるね」

「ありがとう、レックス。だけど無理はしないでね」

 

 そしてメカゴジラⅡ=レックスは翼を広げ、プラズマジェットで空へと飛び上がる。

 そんなレックスをわたしたちは固唾を呑んで見送った。

 

 

 

 

 

 

 メカゴジラⅡ=レックスは空を飛びながら思案していた。

 

 

 ……なぜ、タチバナ=リリセは『無闇に殺しちゃったら可哀想』などと言うのだろう。

 

 

 怪獣なんか人間に迷惑をかけてばかりだ。

 だから人間は自分、メカゴジラⅡ=レックスを発明したのではなかったのか。

 その一方で、いざ怪獣を殺そうとしたら『無闇に傷つけたくない』と言い出す。

 この背反は一体どういう論理があれば両立するのだろう。

 優秀な電子頭脳で考えるレックスだったが、答えは出てこない。

 人間の心はよくわからない。矛盾だらけだ。

 あるいはレックスが人間だったらわかることなのだろうか。

 

 とはいえ、それに惑わされる気はなかった。

 それはそれ、これはこれだ。

 メカゴジラの使命は人間のために働くこと、言い換えるなら人間の望みを叶えてあげることだ。

 何はともあれ『傷つけないように追い払う』というのが望みなら、それを叶えてあげなきゃいけないのだ。

 

 

 『傷つけないように追い払う』

 

 

 口で言うのは容易いが、実際はとても難しい注文だった。

 フィンガーミサイルやデストファイヤーはダメだ、殺してしまう。メーサーブレードやレールカノンすら殺傷力が高すぎて使えない。

 それにラドンは威嚇発砲だけで逃げ出すような弱い怪獣ではない。見せかけだけではない、ちゃんと戦える武器が必要だ。

 この条件だけで、使える武器がかなり限られてしまう。

 

 加えて、状況も良くない。

 アンギラスのときは制空権というアドバンテージもあり、利用可能な廃墟の地の利もあった。

 だが今回は事情が違う。ラドンだって空を飛べるし、ひらけた平原も同然の河川敷では瓦礫をぶつけてダメージを与える手も使いにくい。

 条件においてはほぼ対等だ。

 手加減抜きで戦ってようやく互角。かなり厳しい戦いになるだろう。

 

 ……とはいえ、手がないわけでもない。

 

 レックスはデータベースを隅々まで検索し、『これだ』という武器を二つ選んだ。

 〈パラライズミサイル〉

 〈スタンブレード〉

 着弾時に高圧電流で麻痺(paralyze)させるミサイルと、刀身に電荷を帯びさせたブレード。

 どちらも強力だが、出力を調整すれば致命傷には至らない。

 それにラドンはとても頭の良い怪獣だ。

 動けなくしてちょっと痛めつけてやればきちんと学習して、人里に近づこうとは思わなくなるはずだ。

 

 戦備を整えたレックスは、空を飛ぶラドンに向かってプラズマジェットで加速、急接近を仕掛けた。

 ラドンの方もそんなメカゴジラⅡ=レックスを視認し、両脚のカギ爪で空を切り裂きながら猛襲を仕掛ける。

 

 マゼンタのジェットを噴く銀色の翼と、真っ赤なジェットで燃え盛る溶岩のような翼。

 白銀のメカゴジラと赤熱のラドン、鋼と火山の二大怪獣は正面から激突。

 

 

 

 鋼と岩のぶつかりあう轟音が、多摩川河川敷に響き渡った。



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24、メカゴジラ対ラドン

プロレスです。


 ……いける、とレックスは思った。

 

 体格差は大きいがパワーは互角、むしろ小回りではメカゴジラⅡ=レックスの方が上だ。

 ラドンが繰り出す翼のジェット噴射とカギ爪の斬撃を掻い潜りながら、レックスは腕のスタンブレードで突き回した。

 スタンブレードで突かれる度に青白い火花が迸り、悶絶するように呻き声を挙げるラドン。

 

 見た目は派手でも出力はかなり低めに抑えた。

 多少は痛いかもしれないが致命的な怪我はしない。せいぜい痺れるくらいだろう。

 そうやってラドンを巧みに挑発しながら、出来るかぎりリリセたちの方から引き離そうと試みるレックス。

 

 ラドンも、自らに挑んできた銀色のムシケラが存外手強いことを理解したようだった。

 しつこくまとわりついてくるレックスに対し、大きく広げた翼を振り回して多少の間合いを稼ぐと同時に口を開く。

 

 

 そしてラドンは煙を吐いた。

 

 

 強烈なラドンの息吹(いぶ)き。

 危うく吹き飛ばされそうになり、レックスはブースターを逆噴射してその場で踏ん張った。

 そうやって耐え抜いた自分の姿を見た時、レックスは驚愕した。

 

 レックスの体表がボロボロになってしまった。

 

 ナノメタルで出来た体から金属光沢が失われ、そして表面部分の組成が灰で覆われたような脆い組成に変化してしまっている。

 ……一体何をされたんだ。

 レックスは、ラドンが浴びせてきた煙の成分を瞬時に分析し、そして瞬時に理解した。

 

 これは、火山性のガスだ。

 主成分は水蒸気、二酸化炭素、そして亜硫酸。

 

 ラドンは本来、火山を棲み処とする怪獣だ。

 火山でしこたま溜め込んだ大量の火山性ガスを、眼前の敵であるレックスに吐きかけたのだ。

 超高濃度の硫化イオンを含んだ、超高温にして超高圧の猛毒ガス。

 もしもレックスが人間だったら浴びせられた時点で即死していただろう。

 

 勿論、メカゴジラⅡ=レックスが毒ガスくらいで死ぬことはない。

 体表のナノメタルが硫化してしまったがそんなものは上辺だけ、すぐに修復可能だ。

 レックスは全身のナノメタルに自己修復コマンドを飛ばし、全身を覆ってしまっている煤と硫化金属を振るい落とした。

 

 

 だが、その為に回避運動がコンマ一秒遅れた。

 自己修復に一瞬注意を取られたレックスに、ラドンの爪が迫る。

 

 

 ……しまった!

 慌てて離脱を試みるレックスだったが一歩出遅れ、重機よりも巨大なラドンのカギ爪で鷲掴みにされてしまった。

 捕まりながらレックスはもがいたが、ラドンの怪力に握り込まれとても逃げられそうにない。

 

 レックスを捕まえたラドンは、ゲ、ゲ、ゲ、と笑うような鳴き声を挙げると空高く飛び上がり、身を翻して急降下。

 そしてレックスを握り締めた自分の足を多摩川の土手へ思いきり叩きつけた。

 格闘技で言えば踏みつけ(ストンピング)だ。

 一万トン以上の巨体に猛スピードの落下による加重、とてつもない超重圧がレックスの小さな体へ一斉に襲い掛かる。

 

 

 ラドンのストンピングキック。

 その衝撃で護岸されたコンクリートの土手が粉砕され、数トン分の瓦礫が猛烈な噴水となって吹き上がる。

 それと同時にレックスの電子頭脳をノイズが駆け抜け、金属製のボディから悲鳴が響いた。

 

 

 ラドンは、そんな地獄のストンピング攻撃を幾度も幾度も繰り返した。

 脚で捕えたレックスを自らの巨体で叩き潰そうとしているのだ。

 ラドンのキックを受けるたびに握り締められたレックスの全身へ衝撃が走り、鋼の機体がひしゃげて軋んだ。

 凄まじい力だ。流石のメカゴジラⅡ=レックスも、このままでは踏み付けられた生卵のように粉々になってしまうだろう。

 

 

 ……だが、負けるものか!

 

 

 レックスは、プラズマジェットブースターをフルスロットルで吹かした。

 マゼンタの爆炎、大出力のプラズマジェットがレックスの翼から噴き出し、ラドンが繰り出してきた数万トンの荷重を押し返した。

 レックスに全体重を乗せていたラドンは不意に足元をすくわれ、もんどりうって引っくり返ってしまった。

 

 そんなラドンの足をレックスはナノメタルでがっしりと拘束。翼を広げて飛び上がり、ラドンの巨体を逆さに釣り上げた。

 今度はレックスがラドンを捕まえる番だった。

 ラドンはもがいているが、逆さ吊りにされたまま起き上がれない。

 逆さまのラドンを見下ろしながら、レックスは背中のジェットウィングを思いきり吹かした。

 ……よくもやってくれたな、こうしてやる!

 

「エーイッ!!」

 

 レックスは掛け声と同時にラドンを逆さにしたままプラズマジェットで加速、河川敷のスレスレを高速でホバリング飛行する。

 河川敷の砂利道を頭から引きずられ、頭をしこたま打ちつけて目を回すラドン。

 

 レックスはそうやってラドンを散々引き回したあと、先ほどラドン自身が吹き飛ばした橋の瓦礫へラドンの体を思い切り叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 メカゴジラⅡ=レックスVSラドン。

 多摩川河川敷での大怪獣空中決戦。

 

 空飛び交う二大怪獣の激闘を背に、わたし、タチバナ=リリセとその相棒エミィの乗るクルマは多摩川の土手を走ってゆく。

 

 土手の上は、クルマが通れるくらいの幅で舗装されていた。

 地面に描かれている標識からすると元々はサイクリングコースだったらしく、日焼けで褪せた看板にかすれた字で『クルマ乗り入れ禁止』と書いてある。

 だけどそんなの知ったことか、とエミィはクルマを強引に乗り入れてくれた。

 

 そんな土手を突っ走る車上から、わたしは遠くで繰り広げられているレックスとラドンの戦いを眺めた。

 レックスは、わたしが頼んだとおりラドンを傷つけないように手加減しながら、街とは逆の方向へ懸命に引き離そうとしてくれていた。

 

 身長150センチにも満たないメカゴジラⅡ=レックスと、50メートルの巨体を持つラドン。

 まさに羽虫と猛禽くらいの体格差だったが、それでもレックスは互角以上に渡り合っていた。

 見た目は子供でも、その力はやはり怪獣だ。

 

 

 そんな大怪獣バトルを尻目に、わたしたちはクルマを立川へと走らせていた。

 エミィがクルマを運転し、わたしは助手席から緊急通信を飛ばして街との交信を試みる。

 

「メーデー、メーデー、こちらはタチバナ!

 メーデー、こちらはタチバナ! 位置は……」

 

 ……ああもう、このポンコツ、こないだは通信できたのに!

 わたしは、内心で悪態を吐いた。

 ザアザアガリガリという砂を掻き回すようなノイズだらけで、街とまったく通信できない。

 

 さっき回収した39式αサイクル・ノイズキャンセラーでノイズ除去を試みたがやはり通じない。

 そもそも故障しているから真っ当に動くわけはないと思っていたが、どうやら近くに強烈な電磁波の発生源があるらしい。

 

「おい、ヤバいぞ!」

 

 わたしが四苦八苦していると、サイドミラーをチラ見していたエミィがクルマを急停止し素っ頓狂な声を挙げた。

 

「どうしたの!?」

「あそこだ!!」

 

 エミィが指差した方向に双眼鏡を向ける。

 遥か遠方で地盤が盛り上がり、建物が根こそぎ引っ繰り返される。

 そして、見覚えのあるシルエットが現れた。

 エミィが叫ぶ。

 

 

「アンギラスだ!」

 

 

 エメラルドに似た緑色のクリスタルのトゲ。

 深いシワの寄った獰猛な顔つき。

 間違いない、新宿で遭遇したアンギラスと同一個体だ。

 ……なんてヤツだ。

 あいつ、こんなところまでついてきたのか。

 『悪いことは重なる』とは言うけれど、なにもこんなときに出てこなくたって。

 わたしは歯噛みした。

 

 新宿から真っ直ぐ向かってきたのだとしても直線距離で10キロメートル以上ある。

 怪獣のスケールで言えば10キロなんて大した距離じゃないかもしれないが、それは獲物の行き先がわかった上での話だ。

 アンギラスからすればわたしたち人間なんて足元を這う小さなムシケラ同然、どこに逃げ込んだかもわからないムシケラを見つけるために新宿の周囲を虱潰しに探し回っていたのだろう。

 

 アンギラスの執念に恐れ入る一方で、頭の中の冷静な部分では安堵する気持ちもあった。

 ……今のうちに気がついて良かった。

 このまま気づかず立川に入っていたら、ラドンだけじゃなくアンギラスも街へ誘き寄せていた可能性がある。

 そうなれば凄まじい被害が出ていただろう。

 

 次の手を練っていたわたしにエミィが言った。

 

「……アイツ、レックスの方を見てないか?」

 

 双眼鏡で見ると、たしかに地表のアンギラスは、頭上の空を飛び回っているメカゴジラⅡ=レックスを睨んでいるように見える。

 そしてレックスは、ラドンと戦うのに夢中で気づく様子がない。

 ……どうしてレックスは気づかないのだろう。

 橋の下のコンテナを見つけて、中身を見抜くことができる、そんなに高性能なセンサーを積んでいるはずなのに。

 

 嫌な予感がした。

 

「エミィ、クルマをレックスの方へ戻して! レックスがヤバいかも!」

「りょーかい、次の交差点でUターンする!」

 

 わたしの指示に従い、エミィはクルマを交差点でUターンさせ、元来た道を逆走し始めた。

 

 

 

 

 

 

 メカゴジラⅡ=レックスは、ラドンとの空中格闘戦を続けていた。

 

 橋にぶつけられたラドンだったがすぐさま復帰、足を掴んでいたレックスを振り飛ばす。

 危うく河原に叩きつけられそうになったレックスだが、プラズマジェットで巧みに制動しホバリング、ラドンと正面から対峙する。

 

 他方、翼を広げ、威嚇の雄叫びを挙げるラドン。

 その姿は引きずられた擦り傷だらけでまさに満身創痍、だがまだ戦意を喪っていない。

 

「さあ、来いっ!!」

 

 そんなラドンを前に、レックスは次の手を繰り出した。

 背鰭の一枚が分離し、折り紙を分解するように翼を広げて小型ドローンへと変形する。

 

「いけっ、ヤタガラスッ!」

 

 小型偵察支援機:ヤタガラス。

 レックスの背中から放たれたヤタガラスは敏捷に飛び、ラドンの死角へと潜り込むと機銃を構えて発射した。

 ヤタガラスが搭載している超音波ビーム砲。殺傷力はあるが出力を極限まで抑えているので実際は水鉄砲のようなものだ。多少は痛いかもしれないが死ぬことはない。

 鬱陶しいヤタガラスを追い払おうとするラドン、しかし標的があまりに小さすぎる上に機敏過ぎて撃墜できない。

 その隙をレックスは突く。

 一撃、二撃、三撃。レックスはラドンの巨体をスタンブレードで小突き回した。

 赤褐色の体表で青白い火花が飛び散り、鋭い激痛にラドンが苦悶の悲鳴を挙げる。

 レックスを叩き落そうと翼を振り回すラドンだったが、そこへすかさずヤタガラスの援護射撃が入るのでどうしてもレックスを振り切れない。

 メカゴジラⅡ=レックスとヤタガラスの連携攻撃に、ラドンは追い詰められてゆく。

 メカゴジラ対ラドン、互角以上の勝負だった。

 

「これでトドメだっ!」

 

 そしてレックスはラドンに向けてパラライズミサイルをかま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一撃を喰らうまで、メカゴジラⅡ=レックスはアンギラスを認識できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆弾の直撃よりも強烈な衝撃。

 レックスは、自分の身に何が起こったのかわからなかった。

 視界の片隅にアンギラスの姿を捉え、そしてアンギラスの尻尾がバチバチと青白い火花を散らしているのが見えた。

 

 『自分はアンギラスの尻尾で殴られたのだ』

 その状況をレックスが理解するまで、刹那ほどの時間が必要だった。

 

 ……どうしてここまで接近させてしまったのだろう。

 レックスは空中を吹っ飛ばされながらこの戦いが始まってから収集していたログすべてを読み返したが、アンギラスが接近していたことなど書かれていなかった。

 

 それは電磁波による迷彩だった。

 アンギラスは電磁波を巧妙にまとい、レックスに搭載されていたセンサー類すべてを(あざむ)いていたのだ。

 

 ……馬鹿な、有り得ない!

 

 エクシフからもたらされたゲマトロン演算による予測計算、その索敵能力を出し抜けるものがいるとしたらあの『キングオブモンスター』くらいだろう。

 そしてアンギラスの原種にそんな高度な電磁波を操るような能力はないはずだ。このメカゴジラⅡ=レックスのセンサー類を騙すことなど不可能なはずだ。メカゴジラがアンギラスに出し抜かれるはずがない。

 ボクはメカゴジラⅡ=レックスだ、ボディはナノメタルで出来ているしゲマトロン演算の優れたセンサーだって積んでいる、体重数万トンの巨大怪獣が近づいてきているのに気づかない、そんなバカげたことなどあるはずがない。

 なのに、どうして、こんなの地球の怪獣じゃ有りえ……

 

 

 混乱するレックスを、遅れてやって来た電磁パルスが襲った。

 

 

 それは、電磁波による津波だった。

 桁違いのショックがレックスの全身を襲い、ナノメタルが一斉にパニックを起こして電子頭脳の制御を離れた。

 翼のプラズマジェットから光が消え、センサー類のすべてがほぼ同時に誤作動を起こし、あらゆるシステムが停止した。

 吹っ飛ばされる最中も体勢を立て直そうとしていたレックスだったが、指一本満足に動かすことが出来なくなってしまった。

 

 ――――レックス!!

 

 墜ちてゆく最中、タチバナ=リリセとエミィの叫び声が聞こえた気がした。

 応えたかったが、どうすることも出来ない。

 

 川面(かわも)に投げられた小石の水切りのように河川敷を跳ね飛ばされていたレックスは、やがて多摩川の土手へと衝突。

 

 メカゴジラⅡ=レックスは大破した。

 

 

 

 

 

 

 

 撃墜してやったメカゴジラⅡ=レックスを眺めながら、アンギラスは満足げに唸り声を挙げた。

 

 ――忘れもしない先日の新宿。

 小賢しい銀蝿に散々翻弄されこの暴龍が撤退を強いられる羽目になった。

 屈辱の極みだ。

 その雪辱を果たせてアンギラスは満足だった。

 

 

 そんなスッキリ気分のアンギラスであったが、唐突に空からの殺気を感じとった。

 

 

 咄嗟に身を伏せたその刹那、真空斬りの一閃がアンギラスの甲羅をかすめてゆく。

 頑丈な甲羅で身を守らなければ、首をカッ斬られていただろう。

 振り返ったアンギラスは、自分を殺そうとした下手人の方へと振り返る。

 

 

 アンギラスを襲ったのは空の大怪獣、ラドン。

 

 

 全身から炎を焚き上げながら、ラドンは激怒していた。

 当然だ、狙った獲物を横取りされたのだから。

 ラドンはアンギラスを次なる標的として見定め、その頭上を滞空しながら鋭い眼光で睨みつけている。

 

 血気盛んなラドンを見上げ、アンギラスは余裕ありげに鼻を鳴らした。

 

 

 

 ……いいだろう、若いの。

 おれが相手になってやる。

 

 

 

 翼を大きく広げ威嚇する火の悪魔(イフリート)、ラドン。

 首を振るい吠える翠玉(スマラグドス)の暴龍、アンギラス。

 

 若き赤の怪鳥と、老練な緑の古龍。

 恐るべき二大怪獣が多摩川河川敷で対峙した。



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25、怪獣に体を張れ

 メカゴジラⅡ=レックス、まさかの敗北。

 わたしは叫んだ。

 

「エミィ、レックスが!」

「やらいでか!」

 

 エミィは、レックスが衝突した橋の傍でクルマを停めた。

 クルマが停まると同時にわたしは外へと飛び出し、レックスが墜落した土手の下へ滑り降りる。

 

 アンギラスに殴りつけられたメカゴジラⅡ=レックスは河川敷へ散々叩きつけられた上に橋へ激突、そして多摩川の浅瀬へと落下して半身が川に水没していた。

 すぐ傍にはメカゴジラⅡ=レックスから分離する小型偵察機のヤタガラスが転がっている。きっと、主人であるレックスの下に帰ろうとして途中で動けなくなってしまったのだろう。

 

「レックス……(あつ)っ!」

 

 川に沈んでいたレックスを抱き上げようとしたわたしの手に、刺すような熱さが走った。

 ナノメタルで出来ているレックスの機体が、とてつもない高熱を帯びている。まるで焼いたフライパンみたいだ。

 改めて見ればレックスの周りの草が焦げついており、浸かった川からは湯気が沸き立っている。

 

「エミィ、耐熱グローブ!」

「わかった!」

 

 両手に耐熱グローブを嵌め、エミィとの二人がかりで土手の上に停めたクルマのところまでレックスを引き揚げた。

 わたしとエミィに抱え上げられたレックスの体表で、制御を失ったナノメタルが出鱈目に波打っている。

 ……一体何をされたんだろう。

 ただ殴られただけではこんな風にならない。

 アンギラスの攻撃が、レックスの機体を構成するナノメタルに桁違いのダメージを与えていた。

 

「リ、リセ、エミィ、にげ、て……」

 

 クルマの荷台に載せられたレックスが、調子の狂ったノイズ混じりの声で呻いた。

 

「ボクが、たたか、う……」

 

 すぐさま飛び立とうとするレックス。

 だが、広げた翼はすぐに融け落ちてしまい、手足もグニャリと潰れてしまうために起き上がることすらままならない。

 動こうとすればするほど機体が崩れてしまい、ついにはヒト型ですらない銀色の塊になってしまった。

 これでは無理だ。

 

 続いてわたしは、遠くにいるアンギラスの方を見た。

 レックスを打ち飛ばしたアンギラスは空を舞っているラドンに標的を変え、威嚇するように雄叫びを挙げていた。

 対するラドンも獲物を横取りされたことに怒り、アンギラスに向かって甲高い咆哮で怒鳴り返している。

 まさに多摩川怪獣大決戦だ。

 

 この現状を見たわたしは、自分の顔を両手で覆い、深く息を吸った。

 

 

 ……わたしはなんてバカだったんだろう。

 

 

 全部わたしの見通しの甘さが原因だ。

 怪獣を中途半端に挑発して怒らせた挙句、レックスに大怪我をさせてしまった。

 『無闇に傷つけたくない』?

 『殺しちゃったら可哀想』??

 なんて思い上がった考えなのだろう。一体何様のつもりだったんだ、わたしは。

 

 そしてレックスの言うとおりだった。

 『怪獣なんて殺してしまえばいいじゃないか』

 戦うと決めるなら、それくらいの覚悟を決めなきゃいけなかった。

 なまじ手心を加えて事態を悪化させるくらいなら、いっそ殺してしまうべきだったのだ。

 

 

 ……ごめんね、レックス。

 わたしのせいであなたを傷つけてしまった。

 それに、ラドン、アンギラス。

 本当にごめん。あなたたちは何も悪くない。

 なにもかも人間が、いや、わたしが悪いんだ。

 

 

 

 だけど、ラドンとアンギラスを街に連れ込むわけにはいかない。

 わたしは覚悟を決めた。

 

 

 

 そうと決まればまずはこの一本。

 わたしは先ほど回収したパシンの一本を取り出し、よく振ってから栓を開けグイッと一気に飲み干した。

 ……うん、不味(マズ)いっ!!

 もう一本とはいかない味だ。

 

 しかし決戦への景気づけにはなった。

 闘魂注入、ファイト一発、ゴジラをひとひねりとはいかないまでも、アンギラスとラドンくらいならどうにか出来そうな気がしてきたッ!!!

 

 

 かくして自分にカツ入れしたわたしは、クルマの荷台から先ほど回収したホバーバイクを降ろした。

 さっきレックスが試しに起動してみせてくれたけれど、本当にちゃんと動くかどうかは賭けだ。

 

 そして幸運にも、エンジンがかかった。

 

 ブースターからマゼンタ色のプラズマジェットを噴き出し、ホバーバイクの車体が宙へと浮かび上がる。

 ヒロセ家にホバーバイクが保管されていたこともあり、わたしも乗り方は知っている。

 

 そんなわたしの行動に気づいたエミィが、運転席から身を乗り出して言った。

 

「おい、なにやってんだ!?」

 

 わたしは答えた。

 

 

「エミィはこのまま立川に向かって!

 ラドンとアンギラスは、わたしが始末する!」

 

 

 エミィは目を見開いて怒鳴った。

 

「ふざけんな、死ぬ気か!?」

「いいから行って!」

 

 またがったホバーバイクをクルマの運転席の横につけ、わたしは続けた。

 

「この先の河川敷に〈ブラストボム〉が仕掛けてある。アレなら二匹とも倒せるかもしれない。

 だけど万一倒せなかったら、街に大迷惑がかかることになる。

 エミィには、このことを街に知らせて欲しい。これはエミィにしか頼めない」

「でも……」

 

 わたしの説明に納得できない様子のエミィ。

 そんなエミィの頬をわたしは両手で包み、目と目を合わせた。

 そして真正面から笑いかける。

 

「……大丈夫、大丈夫だから。

 帰ったら誕生日のお祝いしよう、ね?」

 

 そんなわたしを見ていたエミィは、深く息を吐きながら、細い目をして応えた。

 

「……独りにしたら死ぬまで恨むからな」

 

 そしてエミィはクルマのエンジンを始動し、街へと走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 ……さて、やりますかね。

 街へ向かったエミィのクルマを見送りながら、わたしは(ひと)()ちた。

 

 エミィに見せた笑顔は、精一杯の虚勢だった。

 こんなの作戦でも何でもない、ただの特攻だ。無傷で済むわけがない。

 手足の一本や二本失くすくらいなら良い方で、下手をしなくても死ぬ可能性の方が高い。

 

 ……本当は、怖くてたまらない。

 今だって心臓が破裂しそうなくらいバクバク高鳴っているし、全身から汗がダラダラ流れているし、膝もガタガタ震えている。

 気を抜いたら今にも倒れてしまいそうだ。

 代わってもらえるなら誰かに代わって欲しいし、逃げ出せるものなら逃げ出してしまいたい。

 

 だけど、ビビってる場合じゃない。

 

 代わってくれる誰かさんなんてどこにもいやしないし、逃げ出すなんて許されない。

 もしここでわたしが逃げたら、罪もない人たちが沢山傷つくことになる。

 もちろん死ぬつもりもない。だいたいこんなところで、それも怪獣と刺し違えてたまるもんですかっつーの。

 なによりわたしは依頼人から報酬を分捕って、そしてエミィの誕生日を祝ってあげきゃいけない。

 

 

 だからわたしは、ここからなんとしても生きて帰らなければならないのだ。

 

 

 わたしはホバーバイクのエンジンを吹かし、河川敷で戦っているアンギラスとラドンの方へと飛び込んだ。

 

 



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26、ラドン対アンギラス

プロレスです。


 ラドン対アンギラス。

 多摩川河川敷で睨み合う、二大怪獣。

 

 

 先手を打ったのは、ラドンである。

 高空を飛んでいたラドンは錐を揉みながら空から降下、アンギラスに突進を仕掛けた。

 ドリルのような嘴でアンギラスの首を掻っ切るつもりだ。

 アンギラスは地に伏せて身を守った。

 クリスタルで覆われたアンギラスの甲羅を火山岩から削り出したようなラドンの嘴とカギ爪が引っ掻き、硬いものが(こす)れ合う耳障りな高音を響かせる。

 

 アンギラスも反撃した。

 棍棒のように逞しい尾を構え、地に降り立ったラドン目掛けて思い切り振り回す。

 逞しい脚が河川敷にめり込み、振り回した風圧が草叢(くさむら)を薙ぎ、衝撃波が一帯を切り裂く。

 

 そんなアンギラスの一閃を、ラドンは軽やかな身のこなしでひらりと回避。

 アンギラスの攻撃が届かない間合いまで距離を稼ぐと、長さ100メートルを超える巨大な翼で、眼前のアンギラスを(あお)ぎ始めた。

 ラドンの羽ばたきによる風起こしだ。

 空気が猛烈に攪拌され、局所的な旋風が渦を巻いて砂塵を立ち上げ、地盤が捲れ上がってついには竜巻となる。

 

 ラドンが起こした暴風が、アンギラスを襲った。

 懸命に大地にしがみつくアンギラスだったが、間断なく吹き付ける暴風には耐えきれない。

 やがて右前足が離れ、左前足も宙に浮き、ついには仰向けに引っくり返ってしまった。

 

 アンギラスを転倒させたラドンは一際高く飛び上がると、ハーケンのような爪を構えて急降下を仕掛ける。

 ラドンは一撃で勝負をつけるつもりだった。

 鋭利な爪によるドロップキックで、無防備に曝け出されたアンギラスのはらわたを抉り取ろうというのだ。

 

 勿論、大人しくやられるアンギラスではない。

 猛スピードで迫り来るラドンを視認すると同時に素早く身を翻し、転がるように回避する。

 そのすれ違い様、紙一重のところでアンギラスが寝転がっていた地点へラドンのキックが炸裂した。

 

 

 衝撃は万トン。

 凝縮された破壊力はバンカーバスター級。

 爆音が轟き、土砂と水飛沫が舞い上がる。

 ラドンの急降下爆撃は河川敷の地表を大きく抉り、巨大なクレーターを築き上げた。

 

 

 必殺の飛び蹴りをかわされ、口惜しげに唸りながら再び舞い上がるラドン。

 ラドンが見下ろす先では、アンギラスが全身の棘を逆立てて尻尾を振りかぶっている。

 

 ……バカなヤツだ、とラドンはほくそ笑んだ。

 そんな尻尾の届く範囲に入ると思うのか。次は得意のソニックブームで吹き飛ばしてやろう。

 アンギラスの頭上を取ろうと、翼を広げて急接近するラドン。

 

 

 だが、それは大きな間違いだった。

 

 

 ラドンが間合いに入るよりも先に、アンギラスが尻尾を振るう。

 その遠心力により尻尾のクリスタルの棘が千切れ飛び、高速の運動エネルギーミサイルとなって発射された。

 

 クリスタルの棘によるミサイル。

 向かう目標は、ラドン。

 

 放たれたミサイルは目にも止まらぬ超音速で直進し、大きく広がっていたラドンの翼を鋭く射抜いた。

 不意の飛び道具。

 空を飛んでいたラドンはバランスを崩し墜落、風に煽られた凧のようにヒラヒラと墜ちてゆく。

 そして一万トン級の巨体が不時着し、その振動で河川敷一帯が大きく揺れた。

 

 棘のミサイルで撃墜されたラドンに、アンギラスが迫る。

 すぐさま飛び立とうとするラドンだったが、途端に翼に激痛が走った。

 痛みの震源地は、アンギラスが撃ち込んだクリスタルの棘だ。

 毒などはない、ただの結晶のはずだ。

 だが電気を流し込まれたかのように筋肉が痙攣し、上手く飛び立つことが出来ない。

 

 ラドンは自身の油断を後悔した。

 まさかアンギラスが飛び道具を使うなんて。

 そして空が飛べなければ、ラドンとアンギラスの優劣などいとも容易く逆転してしまうのだった。

 

 翼を傷めて飛ぶことが出来ず地を這って逃れようとするラドンを、アンギラスが踏み付けて取り押さえた。

 その重さにラドンはうめき声を挙げた。

 空を飛ぶために特化したラドンの華奢な体躯では、重量級のアンギラスを押し返すことなどできない。

 そんなアンギラスを見上げながら、若きラドンは今まで感じたことのない感情を覚えた。

 

 ……なんだ、こいつは。

 アンギラスといえば地面をのろのろ這うだけのマヌケな鎧竜じゃないのか。

 棘を投げつけて行動不能にする、そんな能力がアンギラスなんかにあるのだろうか。

 ……恐れ知らずのラドンが感じたそれは、いわゆる『恐怖』という奴だった。

 

 

 ばたばたと逃れようとするラドンを、凶暴なアンギラスは決して逃そうとはしない。

 血に飢えた目が見下ろしているのはラドンの喉笛。

 さきほどからラドンがしぶとくアンギラスの首筋を狙ったとおり、首と喉はあらゆる生き物にとっても急所である。

 

 捕らえたラドンの喉を食い千切ろうと、アンギラスが顎をゆっくりと開く。

 ラドンが死を覚悟した、まさにそのときであった。

 

 

 

「おい、三下怪獣コンビ! こっち見ろ!!」

 

 

 

 振り返ったアンギラスとラドン。

 その鼻先で、真っ白な閃光と耳を突く爆音が炸裂する。

 

 アンギラスは信号弾の炸裂に思わず怯んでしまい、ラドンを抑えつけている足の力が緩んだ。

 その隙にラドンはアンギラスを押しのけて脱出。耳鳴りに聴覚を揺さぶられながら、ラドンはその声の主の姿を見た。

 

 そこにいたのは、ホバーバイクにまたがっている人間の女だった。

 女は、筒のようなもの――人間が呼ぶところの信号拳銃だ――を構えた手を大きく振って、こちらを挑発している。

 

「ここまでおいで! ほら、さあ、こっち!!」

 

 その姿を見ながら、ラドンは戸惑った。

 ……まさかあのムシケラ、おれたちとやり合うつもりか。

 

 そんなラドンを尻目に、先に動いたのはアンギラスであった。

 視線の矛先を変え、アンギラスは驀進(ばくしん)する。

 獰猛極まりない暴龍が次に狙った標的は、小癪にも挑発してきた人間の小娘だ。

 

 そしてホバーバイクに乗った人間――すなわちタチバナ=リリセはホバーバイクを駆り、河川敷を全力で走り出した。

 

 

 

 

 

 

 タチバナ=リリセと別れたエミィ=アシモフ・タチバナは、そのまま土手に沿ってクルマを走らせていた。

 

 リリセによる挑発は効果テキメンだった。

 ラドンを仕留めに掛かっていたアンギラスはリリセの方に振り返り、すぐさま追い駆け始める。

 そしてラドンの方はというとしばらく地表でバタついていたが、やがて空に舞い上がり、どこかへ飛び去ってしまった。

 

 アンギラスとリリセの追走劇が始まったのを見てから、エミィは運転席の紐を引っ張った。

 紐に繋がっているのは、打ち上げ花火だ。

 クルマは車体脇に取り付けられていた花火を次々と発射、空に高々と救難(SOS)信号を打ち上げた。

 

 ……誰か気づいてくれ、誰か!

 

 そう祈りながらエミィはクルマを走らせ続けた。

 

 

 

 

 

 

 多摩川河川敷で、わたし、タチバナ=リリセはホバーバイクを走らせていた。

 舗装されたグラウンドの跡地を通過し、雑木林を突っ切り、さらに丈の深い草原を駆け抜ける。

 

 レックスが説明したとおり、充分な整備がされていないホバーバイクでは地表スレスレをホバリングすることしか出来なかった。

 部品にガタつきがあるのか、揺れも激しい。

 暴れ馬と化したホバーバイクに振り落とされそうになりながら、それでもわたしは必死にしがみついていた。

 これでも修業時代は自転車とバイクであちこち出掛けていたから、体力と二輪車の操縦には多少なりとも自信があるのだ。

 

 背後からは地鳴りのような轟音が、スキップするようなリズムで徐々に迫ってきている。

 ちらっと振り返ると、多摩川を渡す橋を次々と突き崩しながら、河川敷を駆け抜けるアンギラスの獰猛な巨体が見えた。

 

 アンギラスは敏捷な動きが自慢の怪獣だ。

 クルマだったらあるいは逃げ切れるかも知れないが、ポンコツのホバーバイクで撒くのはいくらなんでも不可能だ。

 それくらいはわたしだってわかっている。

 

 

 ……だけど、わたしには()()()がある。

 

 

 わたしを乗せたホバーバイクは、やがてある場所に差し掛かった。

 一見すると何の変哲もない草っ原だが、草を掻き分けてみればわかるとおり、地中のあちこちから大きくて丸い金属の物体が顔を覗かせている。

 

 この金属の物体こそがわたしの『奥の手』。

 〈対怪獣特殊成形炸薬爆弾:ブラストボム〉だ。

 

 リモコン操縦で起爆、一定方向に向けて強烈な爆風を起こして怪獣を粉砕する。

 本来はリモコン式のブラストボムだけど、地雷として使うために感応式に改造されたものがこの河川敷に十発以上も埋めてあった。

 ……なんでわたしがこんなことを知ってるかって?

 ブラストボムを埋めたのがわたしだからだ。

 

 そもそも、旧地球連合軍基地の跡地から未使用のブラストボムを回収し、街の防衛用に立川の自治区へ斡旋したのはわたしの養父ヒロセ=ゴウケンだった。

 ゴウケンおじさんの会社:ヒロセ工業は工兵上がりの技術者と人足の紹介から、ブラストボム自体の改造、納入、埋設に至るまで、一連の工程すべてに噛んでいた。

 そしてわたし自身も、タチバナ・サルベージを立ち上げる前の修行時代に、アルバイトがてら参加したことがある。

 正確な配置や個数までは流石に覚えていないがブラストボムの特性はよく知っているし、どの辺りに埋まっているかも大体思い出せる。

 

 ブラストボムは本来、地雷として造られたものではない。

 正確には単一指向性爆弾、つまり一定方向にだけ爆風が起こる特殊な爆弾だ。

 爆風が狭い範囲に集中するので破壊力は高いものの、逆に言えば爆風の圏内はさほど広くない。

 つまり、上手くやれば数メートル圏内スレスレでも無事でいられるはずだ。

 

 それにブラストボムは人間ではなく怪獣を標的として設計されており、この河川敷のブラストボムの感応センサーもそのように設定してあった。

 だから、わたしを乗せたホバーバイクがブラストボムの上を通過したとしても爆発することはない。

 

 だが、アンギラスは違う。

 踏んだら最後、数秒もしないうちに数万トンの高層ビルも消し飛ばす大爆発がアンギラスを襲うだろう。

 本来ゴジラ討伐用の兵器として造られたブラストボムの殺傷力は非常に高い。並の怪獣なら2~3発喰らっただけで一巻の終わりだ。

 

 

 

 アンギラスを挑発して地雷源へと誘い込み、ブラストボムで爆殺。

 

 わたし自身はホバーバイクの機動性を活かして、紙一重で回避する。

 

 

 

 ……それがわたしの『奥の手』。

 特攻さながらの決死行だった。

 

 



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27、アンギラスの逆襲

 わたしの背後から響いてくる、アンギラスが地を蹴る足音がだんだんと大きくなってきた。

 

 何回言ったかわからないが、アンギラスは敏捷な動きが自慢の怪獣だ。

 いくら小回りの利くホバーバイクで、体力に自信があるとはいえ、所詮は人間に過ぎないわたしが到底振り切れる相手ではない。

 わたしの乗ったホバーバイクのすぐ後ろを、アンギラスの前脚が思い切り踏み込んだ。

 

「ぎゃっ!」

 

 強烈な衝撃で土砂が掘り返され、ホバーバイクの車体が引っ繰り返った。

 ホバーバイクから投げ出されたわたしは、頭を庇いながら草叢(くさむら)を散々転げ回る。

 

「あいたたた……」

 

 泥にまみれた身体を起こして振り返ると、あと数メートルのところに、アンギラスの巨大な前肢があった。

 あと一歩踏み込まれたら、叩き潰されてしまうだろう。

 ……やっぱり逃げ切れなかったか。

 

 だけど、これも計算の内だ。

 

 わたしは臆することなく、どさくさに紛れて弾を込め直しておいた信号拳銃を構えた。

 狙う先はアンギラスの顔面。わたしはアンギラスの一撃で叩き潰されるよりも先に引き金を引いた。

 信号拳銃から放たれた信号弾は煙の尾を引きながら、アンギラスの顔面へ直撃。世界が吹き飛んだような閃光と爆音が、アンギラスの鼻先で炸裂した。

 

 所詮は信号弾だ。

 見かけは派手でも、ただのこけおどし。光と音は強くても怪獣を傷つけるほどの破壊力はない。

 アンギラスにとっては屁でもないだろう。

 

 だが、こけおどしで充分だ。

 

 猛スピードで突進してきていたアンギラスが、たじろいだ。

 当然だ。目の前で突然花火が炸裂したら怪獣だって驚く。

 相撲でいうところのネコダマシを喰らったアンギラスは、一瞬たたらを踏んで立ち止まってしまった。

 この一瞬が欲しかった。

 アンギラスが立ち止まったのは、ちょうどブラストボム地雷原の直上だ。

 わたしはアンギラスに向かって吼えた。

 

「くたばれ、アンギラス!」

 

 

 

 

 

 

 しかし、起こるはずの爆発は起こらなかった。

 

 

 

 

 

 ……まさか。

 わたしはここでまたしても、自分の見込みの甘さを思い知った。

 

 

 

 

 ブラストボムのセンサーは、アンギラスを検知していなかった。

 

 

 

 

 メカゴジラⅡ=レックスがアンギラスに不意打ちを喰らったのは偶然じゃなかった。

 体質のようなものかあるいはバリアーか、どういう原理なのかは想像もつかないけれど、機械のセンサー類を騙す能力をこのアンギラスは持っているのだろう。

 だからブラストボムのセンサーだって反応しないのだろう。

 タチバナ=リリセ必殺の『奥の手』は、このアンギラスには通用しなかった。

 

 わたしとアンギラス。

 両者の視線が重なり合う。

 

 ちっぽけなわたしのことを見下ろしているアンギラスの表情は、『二度も三度も同じ手を喰うものか』と嘲笑っているかのようだった。

 新宿での戦いでアンギラスはわたしが仕掛けた爆弾トラップに引っ掛かった。アンギラスだってバカじゃない。今回も似たような手口だと察知し、何らかの方法で対策を施したのだろう。

 ……妙に冷静な思考が、そんな風にわたしの敗因を分析していた。

 

 そうやって呆然と見上げているわたしを睨みながら、アンギラスは前足を振り上げた。

 クリスタルのカギ爪が生え揃った、あまりにも巨大な前足。

 それを見上げるわたしの方からは、泥にまみれたアンギラスの足の裏が見えた。

 『生きた怪獣の足の裏』

 そんなものを見て生きて帰った人間などいない。

 

 

 

 

 だって、それを見た者は必ず踏み潰されて死ぬのだから。

 

 

 

 

 ……手詰まりだ。

 わたし、タチバナ=リリセは、ここでアンギラスに捻り潰されるのだ。

 そう思った。

 

 ……ごめんなさい。

 ゴウケンおじさん、義兄(にい)さん、会社のみんな。

 家族に先立つ不孝をどうか赦してね。

 

 ごめんね、レックス。

 あなたのことを、ちゃんと持ち主に送り届けてあげたかった。

 

 そして、ごめんね、エミィ。

 あなたの誕生日、祝ってあげたかったな。

 

 

 わたしは、自分のことを知っている人みんなに心の中で詫びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのときである。

 灼熱の旋風が吹き抜けたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どーん!

 

 わたしを叩き潰すために振り上げられていたアンギラスの前脚。

 それが凄まじい音と共に振り下ろされ、地面に尻餅をついていたわたしの身体が一瞬だけ宙に浮いた。

 潰される恐怖で思わず目を瞑ったわたしだが、アンギラスの前肢はわたしの手前、ほんの2メートル離れたところを踏みつけただけだった。

 そして頭上から響き渡る、甲高い雄叫び。

 顔中に跳ねた泥を拭いながらわたしはおそるおそる顔を上げ、そして空を見た。

 

 

 アンギラスの背後に、真っ赤に燃える翼のシルエットが覆い被さっていた。

 

 

 翼の主は、空の大怪獣、ラドンだ。

 その表情は、憤怒に燃え滾っていた。

 アンギラスの背中の上に陣取ったラドンは、脚のカギ爪でアンギラスの頭を掴み上げ、そしてコンクリートの土手へと滅多打ちにした。

 アンギラスの頭が土手に叩きつけられるたびにコンクリートが砕け、その破片が土砂と共に飛び散った。

 

 アンギラスの方は、そんなラドンを振り払おうともがきながら苛立ちの唸り声を挙げた。

 ラドンがいる背中の上にはクリスタルのカギ爪も、尻尾のハンマーさえも届かない。流石の暴龍といえども、死角に入り込まれてしまってはどうにもならないようだった。

 ……ラドンはきっと、足元の人間なんか目もくれちゃいないだろう。

 さっき戦っていたアンギラスの注意が逸れたのでその隙を突いてやった、それだけのことでしかないに違いない。

 そう考えたラドンが攻撃を仕掛けたら、たまたまアンギラスが人間を踏み潰すのを阻止することになった。

 そんな偶然がいくつか重なっただけだ。

 

 だけど、おかげで助かった。

 わたしは心の中で礼を告げた。

 ありがとね、ラドン。

 

 わたしは泥だらけの身体に鞭を打ち、引きずるようにして立ち上がる。

 そしてホバーバイクの車体へ再びまたがって、エンジンをかけ直した。

 

 

 

 ちょうどそのとき、アンギラスとラドンの足元で電子音が高鳴った。

 

 

 

 音源は、地中のブラストボムだった。

 アンギラスのことは検知しなくても、一緒に揉み合っているラドンのことは検知したようだ。

 ……ヤバイ!

 わたしは即座にホバーバイクのアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 わたしがホバーバイクを急発進させた後ろで、十数発のブラストボムが一斉に起爆した。

 

 

 

 河川敷の地盤を吹っ飛ばしながら火柱が立ち上がり、新宿での爆破工作などとは比較にもならない大爆発が巻き起こった。身を躱す余裕もないまま、掴み合うラドンとアンギラスの巨体は爆炎に呑みこまれてゆく。

 天地を引っ繰り返す爆風が続々と連鎖し、爆炎の津波となってわたしの方へと押し寄せてきた。このままじゃわたしも一緒に吹っ飛ばされる。

 

 そんなわたしの眼前に、コンクリートで護岸された水路と斜めに削れた大岩があった。

 あの水路を渡れば安全だ。

 とすれば、とるべき選択肢はひとつしかない。

 その刹那、好きなアクション映画を思い出す。

 ……そうだ、あの映画みたいにやっちまおう。

 あの有名な消耗品軍団(エクスペンダブルズ)の一人、ケラン=ラッツのバイクスタントみたいにカッコよくキメてやるんだ。

 そうやって自分を鼓舞し、わたしは吼えた。

 

 

 

 

「おんどりやあああああああああああああああ――――――っっっ!!」

 

 

 

 

 高く、高く、とにかく高く。

 

 わたしを乗せたホバーバイクは岩を乗り越え、ブラストボムの爆発による突風を背に受けながらブッ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リセ……リリ……!」

 

 ……どれくらい時間が経っただろうか。

 名前を呼ばれる声で、わたしは意識を取り戻した。

 

「……リセ、リリセ! リリセ!!」

 

 わたしが目を開けると、エミィの顔があった。

 いつも頭痛持ちみたいな顔をしているはずのエミィが、目尻に涙を浮かべて泣き叫んでいる。

 ……そんな顔しないで、大丈夫だから。

 ほら、泣かないで。

 

 

 

 ブラストボム十数個分の一斉起爆。

 あれだけの大爆発だったのに、わたしはちゃんと生きていた。

 

 

 

 死ななかったとはいえ、桁違いの大爆発だ。

 まだ耳鳴りがするし、三半規管がおかしくなったのか揺れてもないのに意識がぐらついている感覚がある。

 ふらふらの頭を起こして見回せば、周囲は丈の高い草叢だった。

 骨が折れていないのも、きっと草がクッションになってくれたおかげだろう。

 視線を横に向けると、わたしが乗っていたホバーバイクの残骸が転がっていた。

 

 わたしが無事だった一方、ホバーバイクの末路は悲惨だった。

 乗り手を失ったホバーバイクは明後日の方向へ吹き飛ばされ、コンクリートの護岸に墜落、車体は完全に潰れ、真っ二つになっている。いくら頑丈なホバーバイクでもこの有様ではもう使い物にならないだろう。

 ……あーあ、臨時収入もこれでパアだ。

 やはりホバーバイクでアクションスターを気取るのは無理があるよね。

 そんな風に脱力しながら自嘲気味に口を歪めていると、エミィが耳元で叫んだ。

 

「リリセ、しっかりしろ! 死ぬな!!」

 

 なにをそんなに必死になっているんだろう。

 大丈夫だよ、エミィ。

 雪山で遭難したわけじゃあるまいし。

 

 わたしは笑いながら答えようとして、エミィの手が血塗(ちまみ)れなのに気がついた。

 ……まさかエミィが怪我したのか。

 慌てて起き上がろうとしたわたしを、エミィが押し留める。

 

「動くんじゃない! 動いたら死ぬぞ!」

 

 エミィは何を言っているんだろう。

 わたしを抑えつけようとするエミィを押しのけようとしたとき、わたしは自分自身の手にもべっとりと赤いものがついているのに気が付いた。

 そしてわたしは、自分の身体を見た。

 

「……え?」

 

 怪我をしたのはエミィではなかった。

 わたしたちの手を汚しているのは、わたし自身の血液だ。

 

 

 

 

 わたし、タチバナ=リリセの腹部を、ホバーバイクの折れたハンドルが貫通していた。

 

 

 

 

 痛みは、理解と同時に襲ってきた。

 これまでの人生で経験したことのない、身体の奥底から止め処なく湧き上がる灼熱の激痛。

 このときになってわたしは自分が無事どころか、致命的な深手を負っている現状をようやく理解した。

 

「ぐ……か……はっ……!!」

 

 腹の底から、呻きと吐血が溢れ出た。

 身体を地面に横たえて呼吸もままならず、口をパクパクと喘ぐことしか出来ない。

 

「あ……が……ごほっ……っ!!」

「リリセ、リリセ!!」

 

 そんなわたしを、涙でぐちゃぐちゃのエミィが見ていた。

 ……ダメだ、エミィを不安にさせちゃいけない。

 痛みで朦朧とする中、全身に冷たい脂汗を浮かべながら、わたしは必死に笑顔を取り繕った。

 

 

 大丈夫、大丈夫だから。

 だから泣かないで。

 そう伝えたかったが、声が上手く出せない。

 

 

 そして、そんな気持ちとは裏腹に手足がどんどん冷たくなり、いまや指先の感覚がなかった。

 心臓が脈を打つのに合わせて、腹の傷から真っ赤な鮮血が噴き出てゆく。

 ……ダメだ。

 血が、止まらない。

 生命が、血と共に流れ出ていく感じがする。

 完全なショック状態だ。このままだと数分以内に間違いなく失血死するだろう。

 

 

 ごめんね、エミィ。今回ばかりはダメかも。

 

 

 謝罪は唇でかたどるだけで、声にならない。

 声を枯らして叫び続けるエミィの泣き顔を見ながら、意識が遠くなってゆく。

 

「リリセ、リリセ、リリセ!!――――」

 

 

 

 

 そのとき、遠い昔の記憶が頭を()ぎった。

 

 

 

 

 わたし、タチバナ=リリセという人間の原点にも近い、幼い頃の思い出。

 五歳のわたしが出会った本物のヒーロー。

 ゴジラに潰されそうになったわたしのことを命を捨てて助けてくれた、『あの人』。

 ……あれから十七年。

 『あの人』のことはもう顔も思い出せないけれど、とても素敵な人だった印象と、そして『こんな人になりたい』と感じたあのときの気持ちは一度たりとて忘れたことはない。

 

 ……あなたは見ていてくれただろうか。

 あのときのあなたに近づきたくて、わたし、ずっと頑張ったんだ。

 わたし、あなたみたいになれたかな。

 結局わたしは最後まで皆に迷惑をかけてばっかりで、あなたと一緒のところに行けるかどうかなんてわからないけれど。

 だけど、ひょっとしたらあなたと同じところに行ける、なんてこともあるかもしれない。

 

 そのときは、あなたとゆっくり話がしたい。

 

 あのとき助けてくれた命の恩人がどんな人だったのか、わたしはずっと知りたかった。

 もし出会えたならそのときは、ゆっくりお茶でも淹れて話そうよ。

 怪獣なんかいない平和な天国で、あのときあなたがくれた甘いキャラメルでも食べながら。

 

 

 

 

 

 ねえ、おねえさん。

 



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28、機龍出撃! ~『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』より~

 メカゴジラⅡ=レックスは、クルマの中でのたうち回っていた。

 

 

 メカゴジラはマシーンであり、ゆえに痛みの感覚質(クオリア)を持たない。

 攻撃されれば『痛み』を覚えるが、それが苦だとは感じない。

 だからどれだけ叩きつけられようが高熱で焼かれようが、本来は平気なはずである。

 

 そのメカゴジラⅡ=レックスが今、地獄に苛まれていた。

 アンギラスから叩き込まれた電磁パルスがシステム障害を引き起こし、全身のナノメタルが暴走している。

 

 焦げつくほど熱く、凍てつくほど冷たく、抉り出されるように痛い。

 全身の全細胞が、レックス自身を総攻撃しているかのようだ。

 

 ――苦しい、苦しい、苦しい!!

 

 今のレックスの電子頭脳に溢れかえっているのは、暴走状態のセンサーが誤検知したエラーだ。

 人間の脳であれば『苦痛』と認識する知覚情報が、毎秒毎秒天文学的な桁数で押し寄せてくる。

 レックスの電子頭脳ですら処理しきれない膨大な量だ。もしもレックスが人間だったなら、とっくのとうにショック死していただろう。

 

 

 そしてメカゴジラⅡ=レックスといえども、絶対に不死身というわけではない。

 

 

 たしかに、人間より遥かに堅固ではある。

 しかし今のような負荷のオーバーフロー状態が延々と蓄積されてゆけば、どんなにタフな機械だろうと壊れてしまう。

 エラーによるダメージが、メカゴジラⅡ=レックスの電子頭脳とその中で動作する人工自我を焼いてゆく。

 

 メカゴジラⅡ=レックスが再起不能になるのも時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 その地獄で、レックスは誰かの声を捉えた。

 

 

 

 

 

「――――! ――――!!」

 

 その誰かは、声が涸れるほど泣き叫び、一生懸命に助けを呼んでいた。

 

 

 

 その声を聞いた時、レックスは思った。

 

 ……ボクは何者だ。

 ボクは人類最後の希望、メカゴジラだ。

 メカゴジラといえば、硬く光る虹色の地肌に、強烈なロケットを着けた、ウルトラCのスゴくて強いヤツだろ。

 電磁パルスくらい、なんだ。

 目の前で泣いてる人がいる。

 救いを求めてる人がいる。

 その涙を拭ってあげなくちゃ。

 

 

 全身のナノメタルが訴えてくる論理の不整合を蹴っ飛ばし、レックスは行動を開始した。

 

 

 まず起き上がろうとしたレックスだったが、機体が思うとおりに動かなかった。

 ショックを受けたナノメタルたちは蜂の巣を突いたようなパニック状態に陥っており、好き放題に大騒ぎするばかりでレックス自身の制御に従ってくれない。

 コンマ数秒間に数万通りのコマンドを飛ばしたが、どのやり方でも駄目だ。

 あるいは、全身のナノメタルはコマンドが飛んでいることすら感知していないのかもしれない。

 頼むから、言うことを聞いてよ!

 

 焦れたレックスは〈緊急停止コマンド〉を使うことにした。

 

 緊急停止コマンドとは、ナノメタルが暴走した時のために備えて組み込まれた一種の安全装置である。

 仕組みは単純で、ナノメタルの電力を強引に断つだけ。

 挙動がおかしくなったパソコンの電源ケーブルを引っこ抜いて電源を落とすのと同じだ、どんなハイテクでも電源を断ってしまえば動かない。

 上手くいけば、システムを再起動(リブート)して正常化できる可能性がある。

 

 

 ……だがそれは『一瞬だけ心臓を止める』にも等しい危険行為だった。

 

 

 メカゴジラⅡ=レックスの電子頭脳は人間の脳に匹敵、もしくはより複雑な論理構造を持つ精密機械だ。気軽に電源のオンオフが出来る安物の電卓とはワケが違う。

 マタンゴと戦った際に生じたオーバーロードの緊急停止も電子頭脳を守るために組み込まれた仕様上の動作であり、システムの一部に過ぎない。

 メンテナンスのためのシャットダウンひとつにしたって、本来ならばそれなりの手順が要るのだ。

 

 それだけのことをするのだから、当然リスクも極めて高い。

 

 まず電子頭脳は必ずダメージを受けるだろうし、運が悪ければそのままシステムが故障(クラッシュ)して二度と動けないかもしれない。

 緊急停止を繰り返したコンピュータシステムが脆くなるのと同じように、たとえ復旧できたとしても致命的な後遺症が残る可能性だってある。

 

 

 しかし、このままよりはマシだ。

 レックスは躊躇なく自身の電源をブチ切った。

 

 

 

 1アット秒間レックスの意識が飛び、全身で波打っていたナノメタルが一瞬にして鎮まり返る。

 

 

 

 コンマ秒の沈黙を経て、レックスのナノメタルが再び動き始めた。

 

 ……やった、成功だ!

 レックスが機体を動かそうとしてみると、またしても正常に動かなかった。

 ナノメタルたちは大人しくなっていたが、今度は動かし方を全く忘れてしまったみたいだ。

 システムを調べてみると、瞬電のショックでシステムが破損していた。

 いくつかはバックアップで復元したが、それでも欠損は埋めきれない。

 

 しかたない、作ろう。

 

 電子頭脳内でソースコードを展開、解析し、前後の文脈から欠損部分を推測して補填してゆく。

 自分自身を壊してしまったレックスは、猛スピードで自分の動かし方を作り直していった。

 

 組み上がったコードをコンパイルし、全身のナノメタルを改めて再起動(リブート)した。

 

 緊急停止から再構築、再起動。

 ここまでの過程をレックスはコンマ数秒で終わらせた。

 完全に動けるようになるまでは数秒かかる。

 

 だけどそれまで待ってなんかいられない。

 なんとか片腕だけでも再形成し、レックスは上手く動かない体を引きずって、クルマの荷台から這い出た。

 

 のたうち回るナノメタルの塊から這いずるナノメタルの塊まで回復したレックスは、重力に身を任せ、土手を転がり落ちていった。

 

 

 

 

 その土手を下った先で、エミィ=アシモフ・タチバナは大怪我を負ったリリセを抱えながら叫んでいた。

 

 エミィにも、ちょっとした切り傷を縫うくらいの心得ならある。

 だが、お腹を串刺しにしてしまうほどの重傷では手の施しようがない。街の病院へ運び込もうにも下手に動かせば死期を早めるだけだ。

 今のエミィに出来ることといえば助けを呼ぶことくらいだ。

 喉から血が出るんじゃないかというくらいに声を張り上げ、エミィは助けを求めた。

 

 

 ――誰か、だれか助けて!! だれか!!!

 

 

 声の出し過ぎで喉に痛みが走り、噎せ返りながら、それでもエミィは叫び続ける。

 ……なんでもいい。医者でも藪医者でも、なんだったら大嫌いなエクシフでもいい。

 なんでもいい、誰でもいい、なんでもする。

 大切な人を助けて、お願いだ。

 

 しかし、こんな人気(ひとけ)のない河川敷にそんな都合の良い助けなど来るはずもない。

 エミィの腕の中で、リリセの体温がどんどん冷たくなってゆく。

 

 ……だめだ、だめだ。

 ダメだダメだダメだダメだ!!

 死んじゃダメだ!!!

 

 そんな残酷な現実を精一杯拒絶するエミィ。

 けれどその願いはむなしく、手ですくった砂のようにリリセの命が零れ落ちてゆく。

 

 

 どさっ。

 

 

 エミィが絶望に打ちひしがれた時、土手の上の方から音がした。

 なにか重たいものが落ちる音だ。

 

 エミィは最初その音に気づきもしなかった。

 それどころじゃなかったからだ。

 

 どさっ、ずる、ずる、ずるる……

 

 しかしその物音が大きくなってくるにつれて気を引かれ、エミィは音のする方へ視線を向けた。

 

 

 多摩川の土手を、高いところから銀色の塊が転がり落ちてきていた。

 まるで腕の生えた銀色のスライムだ。

 

 

 銀色のスライムの転がる動作は、明らかに意思の存在が見て取れた。

 蠢きながら転げ落ちてきて、狙い澄ましたようにエミィの眼前で止まった。

 

 ……なんだこいつ?

 

 エミィが訝しんだとき、銀色のスライムはぐにゃぐにゃと変形し始めた。

 腕と脚が生え、尻尾と背鰭が生えてきて、頭のようなものを形作ったところで、やがてエミィも見覚えのある姿になった。

 

 立ち上がった銀色の塊は、エミィに告げた。

 

「……おまたせ、エミィ!」

 

 エミィはその名を呼んだ。

 

 

 

 

「レックス!!」

 

 

 

 

 銀色の塊はメカゴジラⅡ=レックスだ。

 アンギラスに手痛くやられたところからやっと復活できたのだ。

 

 

 

 

 しかし、レックス復活を祝ってやる余裕は今のエミィにはない。

 もはやなりふり構っていられない。

 エミィはレックスにすがりつき、ガラガラに涸れた声で懇願した。

 

「リリセが死んじまう!! 治せるか!?」

 

 必死なエミィに、レックスはどんと胸を張って答える。

 

「まかせて!

 怪我なんて簡単だ、すぐ治せるよ!」

 

 そしてレックスはリリセのお腹に刺さった鉄棒を引き抜くと、すかさずその傷口へ針状に変形させた指を突っ込んだ。

 

 

 

 

 タチバナ=リリセの重傷の治療については、体内にナノメタルを流し込んでおこなわれた。

 マタンゴ中毒を治したときと同じ要領だ。

 

 まずはナノメタルで人工皮膚を形成し、瘡蓋のように傷を塞いでこれ以上の出血を抑えた。

 次に窒息の可能性も考慮して気道もしっかりと確保し、呼吸器へ溢れた血液はすべて取り除く。

 それから、内出血で体の中に溜まった血液を回収して血管に戻し、喪われた分の体液はナノメタルで生成した人工血球と空気中の水分から補う。

 敗血症や破傷風を防ぐため、傷口から入り込んだ雑菌類は徹底的に駆逐。

 循環器系を復元したら、今度はナノメタルをホルモン剤の代わりに働かせ新陳代謝を活性化させて傷を再生させていった。

 

 『今回はラクショーだ』とレックスは思った。

 

 人体でのナノメタル操作については、先日マタンゴ中毒を治したときにコツは掴んでいる。

 それに、ナノマシンを使った傷の治療であればレックスのデータベースにはいくらでも知見があるのだ。

 

 

 

 

 呆気にとられた表情で、エミィが呟いた。

 

「すごい……」

 

 まるで魔法だ。

 どうみても致命傷だったのにレックスがナノメタルを注入し始めた途端に出血が止まり、見る見るうちに傷口が塞がってゆく。

 同時にエミィはリリセの表情の変化に気づいた。

 浅く乱れていた呼吸が少しずつ大人しくなり、苦悶に喘いでいた顔つきがだんだんと穏やかになっていった。

 

「……終わったよ!」

 

 そう言ってレックスが指を引き抜いても、リリセは目を醒まさなかった。

 

「リリセ、リリセ!」

 

 慌てて揺り起こそうとするエミィをレックスが制止した。

 

「大丈夫、眠ってるだけだ。

 もう少ししたら、ちゃんと目を醒ますよ」

 

 タチバナ=リリセは、静かな寝息を立てながらぐっすりと眠っていた。

 

「よかった……!」

 

 エミィは脱力し、深々と息を()きながらその場にへたり込んだ。

 状況の乱高下(らんこうげ)が続いた末に緊張の糸が切れた結果、ついに腰が抜けてしまったのだ。

 

 つまり、エミィは心の底から安堵していた。

 

 そんなエミィの様子を見届けながら、メカゴジラⅡ=レックスは穏やかに笑った。

 

「……よかった」

 

 実感の籠った呟きと共に、メカゴジラⅡ=レックスもまた脱力した。

 

「ごめんね、ちょっと、休ませて……」

 

 途切れ途切れに告げたレックスは、ナノメタル製の重たい体をエミィのすぐ隣へと横たえる。

 

「お、おい!?」

 

 不安に駆られたエミィがレックスに(すが)りつくが、レックスは力なく笑いながら首を横に振った。

 

「大丈夫、ちょっと、休むだけ……」

 

 そんなレックスの姿が、エミィにはなんだか満身創痍のように思えた。

 外観ではわからない。白銀の金属光沢は相変わらずピカピカだ。

 

 しかし、ひどくやつれているように思える。

 

 ……考えてみれば当然だ。

 ラドンと戦い、アンギラスの攻撃でとてつもない大ダメージを負いながらなおも復活、さらにはリリセの怪我の治療まで。

 いくらスーパーロボットのメカゴジラといえども、これほどまでナノメタルを酷使したことはなかっただろう。

 今度ばかりは消耗しているはずだ。

 

 エミィがそんなことを考えていると、レックスが口を開いた。

 

「……ごめんね、エミィ」

 

 ……なにを謝っているのだろう。

 エミィが首をかしげると、レックスは答えた。

 

「せっかく貰ったコローラとお洋服、ダメになっちゃった」

 

 そう言いながらレックスが体内から引っ張り出したのは、先の花畑でエミィが作ってやった花の冠(コローラ)と、リリセが着せてやった洋服だった。

 しかし怪獣たちとの戦いで高熱に晒された結果、今や完全な灰の塊になってしまっている。

 不意に風が通り抜ける。

 

「あっ……」

 

 レックスの手中の灰は、跡形もなく吹き飛ばされてしまった。

 眉をしかめ、唇を噛む。そんな泣きそうな顔でレックスは詫びた。

 

「ごめんね、せっかく貰ったのに……」

 

 野草で編んだコローラと、ぶかぶかの洋服。

 どちらも決して上等なものではない。

 ……しかしレックスはかなり気に入っていた。

 それらが無くなってしまって誰よりも落ち込んでいるのは、レックス自身のはずだ。

 

 そんなレックスの肩を、エミィは軽く叩いた。

 

「……気にすんな。

 コローラなら今度もっと良いもん作ってやるし、服だってもっと合う服を用意してもらおう。

 

 だから、期待して待ってろ」

 

 そしてメカゴジラⅡ=レックスの頬を、エミィは優しく撫でてやった。

 

 

 

 ……ありがとな、レックス。

 今はこんなことしかしてやれない。

 レックスがしてくれたことに比べたら全然釣り合いなんかとれないだろう。

 

 

 

 

 

 けれど今はとにかく、労をねぎらってあげたかったのだ。

 

 

 



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29、激闘の末

 ……さて、と。

 ようやく落ち着いたところで、エミィはブラストボムの爆心地へと視線を向けた。

 

「……ひっでえなあ」

 

 思わず呟いてしまったとおり、ブラストボムの破壊力はすさまじいものだった。

 

 

 ブラストボムの地雷原だった河川敷は、スリバチ状の巨大クレーターと化していた。

 猛烈な爆風で焼かれた上に、まるで隕石でも直撃したかと見紛うほどに深々と抉られ、その深さは数十メートルほどもある。

 地形が丸ごと変わってしまった。

 このまま水が溜まったら川じゃなくて池、いや湖に変わってしまうかもしれない。

 

 

 そんな河川敷の惨状を眺めていると、突然地面がぐらぐらと揺れ出した。

 

「な、なんだあ!?」

「エミィ、離れてッ!」

 

 身じろぐエミィと、そんなエミィを庇うように飛び起きるレックス。

 それと同時にクレーターの中心部、スリバチの最底辺が爆音と共に吹き飛んだ。

 

 

 

 中から現れたのは空の大怪獣、ラドンだ。

 

 

 

 ラドンの全身は黒焦げで、溶岩のような体表もぼろぼろにひび割れており、動きもかなりふらついている。

 しかし致命傷を負っている様子はない。

 

 ……なんで生きてんだ、コイツは。

 そのときエミィは、昔読んだ怪獣図鑑に書いてあった記述を思い出した。

 

 『ラドンは熱に強い』

 

 ラドンは元々火山を棲み処にしている怪獣であるため、高熱には強い体質を持っている。

 個体差もあるが、中には全身に溶岩を浴びても平気だった例もあるらしい。

 きっとこのラドンはそういう特別にタフな奴なのだ。

 だからブラストボムのような爆弾の直撃にも強いのだろう。

 

 全身に浴びた土砂を払い落として身繕(みづくろ)いを終えたラドンが、エミィたちの方を睨みつけた。

 怪獣がこんな目つきで人間を見る場合というのは、たったひとつしかない。

 

 ……殺される!

 

 咄嗟にエミィが身体を縮こませた時、そんなエミィの眼前に銀色の背中が立ち上がった。

 

 

 立ち上がったのはメカゴジラⅡ=レックスだ。

 

 

 レックスはエミィを守るため、ラドンに立ちはだかっていた。

 レックスの赤い瞳がラドンを睨みつける。

 

 ……レックスはなんて強いヤツなんだろう。

 ラドン相手に不屈の闘志で対峙するレックスの背中を見上げながら、エミィは心の底から尊敬の念を覚えた。

 レックス自身だってフラフラだろうに、それでもなお怪獣から人間を守ろうとしてくれている。

 

 

 

 

 そんなメカゴジラⅡ=レックスに対し、ラドンは逃走を選んだ。

 

 

 

 

 翼を広げてジェット噴射を燃やし、猛烈な熱風で周囲の砂利を吹き飛ばしながら、ラドンの巨体が宙へと舞い上がる。

 その表情は忌々しげで、そして『もうこりごりだ』と言わんばかりだ。

 

 エミィはそんなラドンのことを『賢いヤツだな』と思った。

 

 リリセは甘ちゃんだから『傷つけるな』と言ったが、今のレックスにそんな手加減をしてやる余裕などない。

 デストファイヤーで八つ裂きにするか、フィンガーミサイルで蜂の巣にするか、容赦なく仕留めに掛かるだろう。

 ラドンだって一方的にやられるようなタマじゃない。きっと死に物狂いで抵抗して、レックスを今度こそ再起不能のスクラップにしようとするに違いない。

 今戦えば間違いなく本当の殺し合いになる。

 お互いに無事では済まない。

 

 この場におけるラドンの撤退は、そんな戦局を見据えた判断なのだろう。

 引き際を見誤らないラドンという怪獣は、相当に利口だ。

 ともすると人間なんかよりよほど賢いのかもしれない。

 

 そんなことをぼんやり考えているエミィを尻目に、空の大怪獣ラドンはあっという間に遠くの方角へと飛び去ってしまった。

 

 

 

 ラドンがいなくなったあと、エミィはクレーターの中心部分を覗き込んでみた。

 

 クレーターのどん底、ラドンが這い出てきたと思しき穴の隣でアンギラスが仰向けで引っ繰り返っていた。

 体表は真っ黒に煤けていて、あちこちから焦げた悪臭を伴う黒煙が上がっている。

 ラドンが無事だったのも、アンギラスの巨体を盾にして爆発の直撃を凌いだからかもしれない。

 

(……まるで豚の丸焼きみたいだ。)

 

 ブラストボムを十発以上喰らって無事な怪獣なんかいやしない。いるとしたらあの『キングオブモンスター』くらいだ。

 もしもこれで生きてたら、それこそ本物のバケモンだろう。

 

 続いて、立川の方へと視線を向けてみた。

 多摩川河川敷のブラストボム地雷原は立川で監視しているはずだ。

 それにこれだけの大爆発なら、たとえ監視してなくても少なからず人目についただろう。

 じきに立川から人が来るに違いない。

 

 

 

 

 そのとき、信じられないことが起こった。

 ……嘘だろ、バケモンかコイツは。

 

 

 

 

 

 

 アンギラスが起き上がったのである。

 

 

 

 

 

 

 エミィは唖然とすると同時に、ラドンがやけに素直に撤退した理由についても理解した。

 ……ラドンのやつ、アンギラスが生きてるのに気づいてたんだな。

 だからさっさと逃げやがったんだ、アンギラスが起きて暴れ出す前に。

 

 自分たちも逃げなくては。

 エミィはすぐさま立ち上がり、眠ったままのリリセを起こそうとした。

 

「おい、起きろ! アンギラスが来るぞ!!」

 

 そうやってエミィは揺すり起こそうとするのだが、リリセは目覚めない。

 

「むにゃむにゃ、そんなにキャラメルばっかり食べられないよ……」

「何アホな寝言ほざいてんだ、おい、起きろ!」

 

 気持ちよさそうに眠っているリリセの頬を、エミィは張り飛ばす。

 それでもリリセは起きない。

 二、三発、往復ビンタを叩きこんでみたが、それでも眠ったままだ。

 

(……ああもう、ホントわたしがいないとダメだな、こいつは!)

 

 エミィはリリセを起こすことを諦め、そのまま担いでゆくことにした。

 寝惚けたリリセの両脇を抱え、土手の上へと引き揚げようとする。

 が、エミィの細腕では大人ひとりを抱え上げるのは無理だ。

 

「レックス、手伝え!」

「わかった!」

 

 レックスにも声をかけ、エミィとレックスの二人がかりでリリセを担ぎ土手を駆け昇る。

 クルマの助手席へリリセを放り込んだあと、エミィは運転席でエンジンを掛けようとする。

 だが、エンジンがなかなか掛からない。

 

「クソッ、こんなときにエンストかよ!!」

 

 そうこうしているうちに、アンギラスがすぐ傍まで迫ってきていた。

 黒焦げでずたぼろの身体を引きずりながら、エミィたちのクルマを叩き潰そうと前肢を振り上げている。

 エミィがクルマを動かそうと四苦八苦していると、後部荷台でゴトンと重いものが倒れる音が聞こえた。

 

「ごめん、エミィ、ちょっとだけ休ませて……」

「おい、レックス!?」

 

 倒れたのはレックスだった。

 リリセを運び込んだ直後に後部荷台でぶっ倒れてしまったのだ。

 これ以上戦わせるのは無理だ。

 

 クルマはエンスト、武器はナシ、頼みの綱のレックスも動けない。

 ……もうダメだ。

 頭上に掲げられたアンギラスの巨大なカギ爪を見上げながら、エミィは諦めかけた。

 

 

 

 

 そのとき、稲妻がエミィたちの頭上を横切った。

 

 

 

 

 青白い稲妻はアンギラスの鼻先を挫き、土手を這い上がろうとしたアンギラスの巨体が引っ繰り返った。

 アンギラスの丸い体格がごろんごろんと転がって土手からさらにクレーターの底へと落下、激突した拍子に地面が大きく揺れた。

 

 ……なんだ、今のは。

 エミィは稲妻の発生源、橋の上へと振り返る。

 

 

 

 橋の上にずらっと並んだそいつらは亀によく似ていた。

 丸い緑のシルエットは本当に亀にそっくりだ。

 

 

 

 しかし大きさが違う。鼻先から尻までの長さは16メートル、高さは4メートルもある。

 そして最大の特徴は、消防の梯子車にも似た長い砲塔を備えていることだ。

 戦車にも似ているが、砲塔の先は大砲ではなくパラボラアンテナ状になっている。

 

 エミィは、この亀型マシンの正体を知っている。

 

 ……こいつらは、旧地球連合軍が造った中でも最も有名な軍事車輛の一種だ。

 旧地球連合軍のプロパガンダ映画にはどんな作品にも登場していたし、立川にも何台か配備してあったのでエミィにも馴染み深い車輛であった。

 

 

 

 

 こいつらの名はメーサー戦車。

 あるいは〈メーサー殺獣光線車〉の名前でも知られている。

 

 

 

 

 そのメーサー殺獣光線車が、橋の上で何台も並び立っている。

 

 ……多摩川河川敷での騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれたのだろうか。

 エミィが呆気に取られていたところで、メーサー戦車たちは一斉に行動を開始した。

 几帳面に整列したメーサー戦車たちは、車体上部に備わったメーサービームの砲塔を示し合わせたかのように転回し、アンギラスへと向ける。

 

 そして光線砲の照準をアンギラスへ合わせたところで、メーサー戦車たちは一斉にビームを発射した。

 

 

 怪獣をやっつける強力なメーサー光線だ。

 

 

 稲妻そっくりの青白いメーサー光線が幾本も空を横切り、河川敷のアンギラスへと命中。

 周囲に肉の焦げる強烈な悪臭が立ち込め、アンギラスは苦悶の悲鳴を挙げた。

 メーサー戦車たちが発射するメーサー光線は、数十万ボルトにも及ぶ高電圧を帯びている。

 並の怪獣ならあっという間にウェルダンにローストしてしまうほどの破壊力があるのだ。

 

 流石のアンギラスも、強力なメーサー光線の集中砲火とあってはひとたまりもない。

 慌てて退散しようとするが、ブラストボムのダメージを引きずっているのか、先程の俊敏さとは打って変わって這いずるように動くことしかできないようだった。

 

 

 

 

 ……今のうちだ!

 アンギラスとメーサー戦車が戦っているあいだに、エミィはクルマのエンジンを始動、立川自治区へ向けてクルマを走らせた。




「オマケ設定:メカゴジラⅡ=レックスの武装 その1」

 メカゴジラⅡ=レックスの武装として登場した各種兵器は「いずれも対ゴジラ用兵器として考案され、メカゴジラへの搭載が検討されたもののオミットされた」という設定。
 中にはオペレーション・グレートウォールのガイガンに搭載され、ゴジラ相手にテスト運用されたものもある。

・メーサーブレード
高圧のメーサーエネルギーを纏わせることで標的を切断するブレード。
蛇腹剣としての機能も持ち、数百メートルまで伸ばすことが可能。巻きつけて括ることで、コンクリートの高層ビルさえ輪切りにしてしまうほどの破壊力を持つ。
ただし、文中でリリセが指摘しているとおり、強度はさほど高くない。
また、ガイガンのハンマーハンドに同様のワイヤーブレード兵器、通称:ブラッディトリガーを搭載してテストしたもののゴジラには通用しなかったため、メカゴジラには採用されなかった。

・レールカノン
いわゆるレールガン。
メカゴジラには採用されなかったものの設計データは残されており、『決戦機動増殖都市』のヴァルチャーのレールガンの参考にされた。

・プラズマジェットウィング
メカゴジラにも搭載されているプラズマブースターの一種で、翼状に展開し、プラズマジェットの推進力で高速飛行する。
メカゴジラには採用されなかったものの設計データは残されており、『決戦機動増殖都市』のヴァルチャーの翼の参考にされた。

・ヤタガラス
背鰭から分離、発進する小型偵察機。
レックス本人と視聴覚を共有しており、ヤタガラスが見たものはレックス本人も観ることが出来る。
また無線操縦で自在に動き、超音波ビーム砲でメカゴジラⅡ=レックスの戦闘をサポートする支援メカとしての側面も持つ。
 作者注:メカゴジラの支援飛行メカといえばやっぱり鳥の名前だよね、ということでヤタガラス。

・フィンガーミサイル
言わずと知れた昭和メカゴジラの超兵器。
指先からナノメタルの誘導ミサイルを発射、標的へ撃ち込み、ナノメタル侵蝕で組成を脆くして粉々に粉砕する。
文字通り身を削る武器なので採用はされなかったものの、「突き刺したナノメタルによる侵蝕で標的を倒す」という思想はハイパーランスに、また「刺突武器を撃ち出す」という思想はブレードランチャーに受け継がれた。

・スパイラルフィンガーミサイル
フィンガーミサイルをクラスターミサイル化したもの。
着弾時の爆風を利用してナノメタルの散弾を飛散、広範囲にわたってナノメタル化して標的を粉砕する。
破壊力はフィンガーミサイルより上だが精密性に欠け、ナノメタル消費も激しいので多用出来ない。
 作者注:元ネタは『メカゴジラの逆襲』で登場した回転式フィンガーミサイル

・プロミネンス=REX
全身の装甲から放つ炸裂ミサイル。フィンガーミサイルとは異なりナノメタルの浸食機能を持たず、着弾と同時にプラズマ衝撃波を放って標的を爆砕する。
ほら、「全身の装甲が展開してミサイル乱射!!」ってロマンじゃん?

・メーサーキャノン
メカゴジラの主力兵装のひとつで、本編未使用だが設定上は使用可能。胸部や腕部を変形させて使用する。
アニゴジ世界のメカゴジラには搭載されていないが、これは実戦でゴジラ相手に通用せずオミットされたため。

・デストファイヤー
高圧高温のプラズマジェットの火炎放射で相手を溶断する、メカゴジラⅡ=レックスの必殺技。
プラズマジェットウィングにも使われているプラズマジェットを攻撃に転用したもので、殺傷力は高いもののエネルギー消費が激しく多用できない。
またオペレーション=ロングマーチでの実地試験においてゴジラ相手に通用しなかったため、メカゴジラには搭載されなかった。
文中では口と尻尾から発射しているが、その都度放射器を形成しているだけなので設定上は鼻から噴くことも可能。

・パラライズミサイル
撃ち込んだ相手に電気ショックを流し込むミサイル。フィンガーミサイルとは異なり、侵食機能を持たない。
出力は自在であり、焼き殺す威力から単に痺れさせる程度まで調整が可能。
西暦2040年初頭の『LTF作戦』で動員する怪獣を捕獲するための兵装として考案され、設計データがのちに『怪獣惑星』で使用されたEMPプローブに転用された。

・スタンブレード
パラライズミサイルと同様の思想を持つ、電気ショックで攻撃するブレード。パラライズミサイルと同様の経緯から開発された。


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30、立川到着

 ジャバー、カポーン……

 

 

 水の流れる音と、シャワーの音、そして湯桶のぶつかる音が響く。

 広い屋内に立ち込めているのは、汗ばむほどの熱気と、しっとりと潤った濃厚な湯気。

 

「ふぅー……」

 

 とても気分が良い。

 わたしは湯中で寛ぎながら、頭に浮かんだ歌詞を口遊(くちずさ)んだ。

 

ババンバ、バンバンバン♪

 ババンバ、バンバンバン♪……

 

「唄うな。うっさいぞ」

 

 その声で振り返ると、髪を洗っていたエミィが不機嫌そうな視線を向けている。

 わたしは反論した。

 

「いいじゃん、これくらい。

 こういうときぐらい気楽にしようよ、他に人がいるわけじゃないしさ。

 ほらわたしをご覧なさい、全身全霊で気を抜いて楽しんでるでしょ?」

 

「おまえは気を抜きすぎだ」

 

 眉を顰めるエミィに、わたしは笑いかけた。

 

「楽しむときは楽しむ! 休むときは休む!

 メリハリつけないと。

 そんな風に眉ばっかり顰めてちゃあ人生損しちゃうぞっ」

 

「余計な御世話だ」

 

「気分が乗ってきたから二曲目行きまーす!

 はーるばるぅー来たぜ、函館ー♪……」

 

「何なんだ、そのテンション。

 ……ホントにマタンゴ中毒完治したんだよな?」

 

「大丈夫大丈夫、至って正常だよ、わたしは」

 

「……ブラストボム喰らったときに頭打ったか?」

 

「その本当に心配してるような目つきで見るのはやめてわりと傷つく」

 

 湯船でくつろぐわたしタチバナ=リリセと、洗い場で体を洗うエミィ=アシモフ・タチバナ。

 何を隠そう、わたしたち二人はお風呂に入っているのである。

 

 

 

 

 ここに至るまでのいきさつは、数十分前、立川に着いたところまでさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多摩川河川敷の戦いから数時間後。

 わたしたちが立川に辿り着くと、街はお祭り騒ぎだった。

 

 その混雑の片隅を、わたしたちの乗ったクルマはのろのろと移動している。

 パレードの通行規制で渋滞が出来てしまっており、それに巻き込まれたのが運の尽きだった。

 普段なら数分で着く距離なのに、三十分経ってもまだ道端で立ち往生している。

 

「すごい人だね!」

 

 そんな中でもメカゴジラⅡ=レックスだけは、声を弾ませてはしゃいでいた。

 クルマの後部荷台の隙間から見える街並みを、とても楽しげに眺めている。

 ……考えてみれば、こんなに大勢の人間を見るのは初めてのはずだ。

 渋滞も人混みも人間のわたしから見ると鬱陶しいものでしかないけれど、メカゴジラのレックスには違って見えるのかもしれない。

 

「まあ、今日は少ない方だよ。

 昔の二十三区なんて本当に凄かったしね」

「そうなの!?」

 

 目をキラキラ輝かせるレックスに、わたしは教えてあげた。

 

「ゴジラが来る前の東京二十三区に住んでたからなんとなく知ってるけど、東京駅とか池袋駅とか迷子になったら二度と帰ってこれないんじゃないかって思ったくらいだよ。

 それに、世界で一番電車が混雑してたのも東京の駅だったんだってさ」

「へぇ、すごいなあ……!」

 

 レックスが上機嫌な一方、クルマを運転しているエミィは終始不機嫌だった。

 

「ジャマだ……どけッ……×××がッッ……×××ッッッ……!!」

 

 握っているハンドルを指先でトントントントン叩きながら、年頃の娘が口にしちゃいけないような罵倒語を小声で呟き続けている。

 よほど頭にきているのだろう。

 ただでさえ人嫌いだし、ましてや通行の邪魔になっているのがストレスフルで仕方ないらしい。

 ……しょうがない、アレを出すか。

 エミィのために、わたしは『とっておきのアレ』を出してあげることにした。

 

「まあまあ、そうイラつかないで」

 

 わたしがポケットから出したのはキャラメル。

 お洒落なデザインの黄色い箱に入った、甘くて美味しい素敵なおやつだ。

 わたしの好物であり、エミィの好物でもある。

 

「舐める?」

「……食べる」

 

 アーンと開いたエミィの口へ、わたしは茶色のキャラメルを放り込んだ。

 エミィはクルマを運転したまま、口の中のキャラメルをもっきゅもっきゅと噛み始める。

 ……おかげでエミィの表情が緩んだ気がする。

 甘いものはストレスに効く、っていうもんね。

 

 エミィの御機嫌をとりながら、わたしは車窓から広がる外の風景を眺めた。

 

 

 

 

 大通りを人がひしめき合い、その中心で軍楽隊が勇ましい行進曲――巷では『Gフォースのマーチ』と呼ばれている曲だ――を鳴らしながら、パレードを繰り広げている。

 クラッカーの紙吹雪が降り注ぎ、派手なラッパとドラムの音が鳴り響く。

 

 パレードの中心は『メーサー殺獣光線車』。

 

 わたしは意識を失っていたから直接は見ていないのだが、エミィの話によると、最終的に多摩川の河川敷でアンギラスをやっつけてくれたのはあのメーサー殺獣光線車らしい。

 

 〈新生地球連合軍〉。

 またの名前を『NEO(ネオ)Force(フォース)』。

 彼らは、西暦2048年にゴジラが行方をくらましてから現れた人たちだ。

 

 どういう出自の人たちなのか、わたしはよく知らない。街の人も多分殆ど知らないだろう。

 おおかた地球連合軍の残党が再度集まったというのが妥当なところだと思うけれど、確かなことはわからない。

 

 ただはっきりしているのは、新生地球連合軍が今の落ちぶれた地球文明を大きく上回る技術力(テクノロジー)を持っていることである。

 

 メーサー戦車、メーサーヘリ、二十四連装砲など、数え切れないほど沢山の超兵器。

 ゲマトロン演算や量子デバイス、抗核エネルギーバクテリアのようなオーバーテクノロジー。

 ラドンやアンギラスくらいなら楽々追い払えるくらいの力を持っている。

 

 立川も、そんな新生地球連合軍の勢力下にある街の一つだ。

 疫病や放射能、ツル植物の問題も、街で暮らすために必要なことはすべて新生地球連合軍が片付けてくれた。

 自治区側は、立川の街を新生地球連合軍の庇護下に置いてもらうのと引き換えに、かつて自衛隊という組織が使っていた空地の一部を新生地球連合軍の拠点として提供し、また自治区運営の会議に軍の将校を顧問として招いて意見をもらったりしている。

 この街では、そんな協力関係がここ数年ほど続いている。

 

 そんな新生地球連合軍の凱旋パレード。

 人々は「メーサー隊だ!」「新生地球連合軍が来てくれた!」と口々に歓声を挙げながら、万雷の拍手と満面の笑顔で出迎えている。

 ……一見するとみんな歓迎ムード一色だが、中にはそうじゃない人もいる。

 『戦いが終わってからノコノコ出てくるなんて酷い奴らだ、今まで何をしていたんだ』とか。

 『そうやって恩を売って油断させて、あとで暴力で支配するつもりなんだ』とか。

 『地球連合軍の名前を騙った偽物だ』とか。

 そういうことを言う人もいる。

 

 

 だけど新生地球連合軍との協力関係は、わたしたちの生活には今や欠かせないものだ。

 数年前に街を襲ったラドンを撃滅できたのも、新生地球連合軍との協力関係があってのこと。

 もしも新生地球連合軍がいなかったら沢山の人たちがラドンのディナーにされていたはずだし、その件以来ずっと街を守ってくれている。

 

 ……まあ、得体の知れないところがあるのも事実だけど、助けてもらったことや守ってもらっていることへの感謝は忘れちゃいけないと思う。

 それに偉い人たちはどうだか知らないけど、現場の人たちはみんな良い人たちばっかりだしね。

 

 

 そういえば、先日マタンゴとの一件で助けてくれた真七星奉身軍も新生地球連合軍を名乗っていたのを思い出した。

 そして、その真七星奉身軍を率いるウェルーシファはエクシフだ。

 

 ということは、()()()については案外本当なのかも知れない。

 

 

 

 

 

『新生地球連合軍の〈統制官〉はエイリアンだ』

 

 

 

 

 

 差別感情を煽るために流された不謹慎なデマだと思っていたけれど、ウェルーシファの真七星奉身軍のことを知った今となってはこれはこれで筋が通っているように思える。

 ウェルーシファみたいなエイリアンたちが後ろ盾になっているからこそ、新生地球連合軍はメーサーをはじめとする超兵器を用意できたのかもしれないし、あの壊滅状態から組織を建て直すことだってできたのかもしれない。

 

 ……まあ、どうでもいいけどね、そんなの。

 

 新生地球連合軍の偉い人が異星人だとして、『だから何なんだ、でっていう』って話だし。

 第一、わたしの知ったことじゃない。

 

「……おい、着いたぞ」

 

 物思いに耽っていたわたしは、エミィの声で我に返った。

 クルマが目的地に到着したようだ。

 「おつかれさま」とエミィを(ねぎら)いながら、わたしはクルマを降りた。

 この角を曲がればヒロセ家の屋敷だ。

 ……だけど、その前にやることがある。

 わたしはクルマの後部荷台へと回り、中で待機しているメカゴジラⅡ=レックスに声をかけた。

 

「おまたせ、レックス」

「ねえねえ、次はどうするの!? おじさんってどんな人?

 会いたいなあ!」

 

 レックスは赤い目を輝かせ、銀色の髪を揺らしながらはしゃいでいた。

 まるで誕生日とクリスマスのプレゼントを同時に渡されたかのような、ウキウキワクワクの顔をしている。

 今にも飛び出してしまいそうだ。

 

「……あのねレックス」

 

 わたしは告げた。

 

「悪いけどあなたはクルマに残ってほしいんだ」

「えっ……」

 

 ……あーあ、肩落としちゃって。

 誕生日とクリスマスが同時に中止になったかのようなガッカリ顔。

 ヒロセ家の人たちと会うのをとても楽しみにしてくれていたのだろう。

 なんて善い子なんだろうと思うのと同時に、そんな彼女を落ち込ませてしまうことに申し訳なさを禁じ得ない。

 落胆するレックスに、わたしは詫びた。

 

「……ごめんね、レックス。

 出来ればトランクに変形しててほしい。

 できるかな?」

「出来るけど……どうして?」

 

 首をかしげるレックスに、わたしは説明した。

 

「あなたのことは、なるだけ秘密にしたいんだ。

 『メカゴジラがやってきた』なんて知られたら、みんなビックリしてしまうからね」

 

 ……別にメカゴジラを独り占めにしたいわけじゃない。

 むしろレックスの力があればどれだけの人に役立つだろうと思うし、それが実現出来たらどれだけ良いだろうと思う。

 

 

 だけど、メカゴジラの力が必ずしも幸福な結果を招くとは限らない。

 

 

 たとえば、新生地球連合軍に知られたら。

 喪われたはずの『人類最後の希望』が戻ってきたのだ、見逃すはずはない。

 きっと彼らはレックスのことを力尽くでも連れ去ってしまうだろう。

 そして彼女を兵器に作り変えてしまうだろう。

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんなレックス本人の希望は聞かないまま。

 

 

 そんなわけで、わたしはメカゴジラⅡ=レックスについて他の人には伏せておこうと思った。

 ヒロセ家の人だけには話そうかと思ったけれど、やっぱり秘密にしておくことにした。

 たしかにわたしが頼めばヒロセ家の人たちは秘密にしてくれるかもしれないが、秘密なんてどこからどう漏れるかわかったものではない。

 説明しておいたところでどうにもならないし、余計なトラブルに巻き込みたくない。

 いざというときに『知らない』のであれば、どうにか言い逃れができる余地もある。

 

 ……まあ、バレたら怒られそうだけど。

 そのときはそのときだ。

 何事も起きなければ問題ないし、やはりヒロセ家に迷惑はかけられない。

 

 そんなわたしの頼みを、レックスは快諾してくれた。

 

「わかった」

 

 そしてレックスはうずくまるような仕草で変形を始めた。

 ナノメタルの金属部品がガシャガシャと蠢いて細かく変形し、そして四角四面の金属の塊へと姿を変える。

 新宿で見つけたときとそっくりそのまま、傍目からは大きめのトランクにしか見えない。

 ……何も知らない人なら、これがメカゴジラだとはよもや思うまい。

 

 下準備を終えたわたしはエミィと共にヒロセ家の屋敷へと向かい、そして門戸を叩いた。



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31、リリセとエミィ、実家に帰る

 リリセとエミィがクルマを降りてから、メカゴジラⅡ=レックスは考えた。

 

 ……このままじっと待っているのは、とても耐えがたい。

 『人間の役に立ちたい』という気持ちの強いメカゴジラⅡ=レックスにとって、じっと待機するというのはラドンに踏み潰されるよりも苦痛だ。

 リリセとエミィと一緒の旅路は次から次へと巻き起こるハプニングの連続で退屈しなかった。

 新宿にいたときだってステイシスモード、人間で言えば眠っている状態だったのでそもそも退屈だと感じることすらなかった。

 

 端的に言えば、『ヒマを持て余す』のである。

 

 ……『クルマに残ってほしい』と言われた。

 だが『動くな』とは言われていない。

 それに大事なのは『バレないこと』であって、『その場から全く動かないこと』ではない。

 要はバレなきゃいいのだ。

 

 そう考えたレックスはナノメタルを射出した。

 ボディから分離されたのはほんの一滴。

 零れ落ちたナノメタルの(しずく)は形を変え、銀色の小さな羽虫へと姿を変えた。

 

 ナノメタル小型偵察機、〈アンドレイ〉。

 

 大きさは1センチにも満たない。

 ヤタガラスほど多機能ではないが、視聴覚を同期しているのは同様だ。

 潜入偵察に適した極小サイズ、これなら人間の目には留まらない。

 

 レックスの分身、銀色のアンドレイ。

 アンドレイはブブブと微かな羽音と共に飛び、リリセとエミィの後を追って屋敷に入った。

 

 

 

 

 アンドレイ越しにレックスが観た光景。

 リリセとエミィを出迎えたのは一人の男だった。

 

 年齢は初老。杖を着いており、皺の寄った顔つきはまるでブルドッグのよう。

 杖の男にリリセは頭を下げた。

 

「……ただいま戻りました、ゴウケンおじさん」

 

 リリセの挨拶に杖の男は応えた。

 

 

「……おかえり、リリセ、エミィ」

 

 

 ……なるほど。

 この人物がヒロセのおじさん。

 〈ヒロセ=ゴウケン〉か。

 

 

 レックスはヒロセ=ゴウケンを観察した。

 アンドレイの聴覚センサーが、ゴウケンの膝から金属音を検知する。

 人の耳には聞こえない程度の微かなものだったが、人工関節の音で間違いない。

 ……年齢を50歳と仮定したとして、そうであるならヒロセ=ゴウケンは『旧地球連合軍』での従軍経験があるはずだ。

 ということは、脚の人工関節は怪獣との戦いによるものなのかもしれない。

 

 ゴウケンの顔つきから、レックスはかつて共に暮らしていた『御父様』のことを思い出した。

 今ゴウケンがリリセたちに向けている表情は、『御父様』が自分に向けていた顔にそっくりだ。

 

 

 情愛に溢れた、穏和な表情。

 

 

 娘を想う父親の顔だ。

 

 

 それに今は強い安堵感が溢れ出ている。

 きっとゴウケンはリリセとエミィを大事に、そして心配に思っているのだろう。

 かつて『御父様』が自分を愛してくれていたのと同じように。

 

 そんなレックスの前で、ヒロセ=ゴウケンはエミィに言った。

 

「エミィ、裏のガレージが空いてるから、クルマを停めてきなさい」

 

 ゴウケンの指示にエミィは「わかった」とうなずき、クルマの方へと戻っていった。

 エミィの姿が見えなくなったところで、ゴウケンはリリセに言った。

 

「……リリセ、ちょっとこっちに来なさい」

「……はい」

 

 ヒロセ=ゴウケンの手招きに応え、リリセも後に続いてゆく。

 アンドレイで追跡しようとしたレックスだが、その眼前でピシャリと扉を閉められて締め出されてしまった。

 レックスはアンドレイを壁に貼り付けて、室内の会話に聴覚をそばだてた。

 

 

 

 

 ゴウケンおじさんに招かれたわたし、 タチバナ=リリセ。

 わたしと二人きりになった途端、ゴウケンおじさんの表情から温和さが消えた。

 

「……なんで呼ばれたか、わかっとるな?」

 

 憮然とした表情で深々と息を吐くゴウケンおじさんに、わたしは頷いた。

 

「そこに座れ。正座だ」

「……はい」

 

 わたしは唯々諾々と冷たい床に正座した。

 そんなわたしを見下ろしながら、ヒロセ=ゴウケンは息を深く吸い込み、そして

 

 

 

「この、バカモンが!!!!!!」

 

 

 

 怪獣並の怒鳴り声に、わたしは怯んだ。

 

「たまたま新生地球連合軍の軍事演習があったから良いものの!!

 もし巻き添えが出たりしてたらどう後始末つけるつもりだったんだおまえは!!

 一歩間違えればエミィや、おまえだって死んでたんだぞ!!

 わかってるのか、ええ!?」

 

 屋敷中をビリビリと震わせる大声でゴウケンおじさんは怒鳴りまくった。

 

「おまえさんにはウチを継いでもらわにゃならんというのに!!

 そういうバカをやらせるためにサルベージやらせてるんじゃないんだぞ!!

 事によっては『サルベージ』の今後についても考えさせてもらうからな!!」

 

 ……ゴウケンおじさんの御説教。

 わたしは神妙に聞き入れるしかなかった。

 

 ゴウケンおじさんの言っていることは、何から何まで(もっと)もだ。

 今回の一件は、そもそも新宿でアンギラスにとどめを刺さなかったわたしの甘さが原因だ。

 もっと早くから覚悟を決めておけば、こんなことにはならなかった。

 

 それに、ブラストボムの地雷原は本来なら街のために斡旋したものだ。決して安いものじゃないしそう容易く新造できるものでもない。

 そんな貴重で高価なブラストボムを、身内の不始末で失ってしまった。

 ヒロセ家の面目は丸潰れだし、弁償ということになれば大損害になってしまうだろう。

 

 そうやってひとしきり怒鳴りまくったあと、ゴウケンおじさんは荒げた息を整えて言った。

 

「……迷惑をかけた皆さんにお詫びに行くぞ。

 その前に風呂でも入って、その泥だらけの身体を綺麗に整えてこい」

 

 ……ありがたい。

 

 本当ならわたしだけで片付けなきゃいけない問題なのに、ゴウケンおじさんは一緒に頭を下げてくれようとしている。

 しかも『風呂に入っていい』と旅の疲れまで(いたわ)ってくれている。

 ヒロセ家にはいつもお世話になってばっかり。

 そして申し訳なさすぎる。

 

「……申し訳ありませんでした。ごめんなさい」

 

 床へ擦りつけるように頭を下げるわたしに、ゴウケンおじさんはまたしてもフーッと深い息を吐いた。

 わたしが見上げると、ゴウケンおじさんの表情は出迎えてくれた時の穏和なものに戻っていた。

 

「……以上、下がってよろしい。

 行く前に少し休んでいきなさい」

 

 

 

 ……ありがとね、おじさん。

 わたしはペコペコ頭を下げながら部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次にわたしが向かったのは、裏のガレージだ。

 まずはクルマに積んだ荷物を降ろさないと。

 

 

 ガレージに着くとエミィともう一人、大柄な男が荷下ろし作業を始めていた。

 男にわたしは声をかけた。

 

「荷物降ろしてくれてたんだね。

 ありがと、〈ゲンゴ君〉」

 

 男の方もわたしに気づき、応えた。

 

「おう、おかえり、リリセ」

 

 わたしに声をかけたのはこの家の跡取り息子、〈ヒロセ=ゲンゴ〉だ。

 身長190センチの熊のような大男。

 威圧的でごつい顔であり、大胸筋から二の腕からどこもかしこも筋肉質で大きい。猛犬みたいな風体だが、目だけはとてもつぶらである。

 ついでに言うとわたしの義兄だったりもする。

 

「……大丈夫か?」

 

 そう心配げに声をかけてくれるのは、わたしが説教を喰らっていたからだろう。

 あれほどの剣幕だ、きっとこっちの方まで聞こえていたに違いない。

 ……気を遣わせてしまったなあ。

 

「うん、大丈夫」

 

 わたしは然程落ち込んでいなかった。

 すべて自分の不始末だが、やってしまったことはしょうがない。

 問題はこれからどうするかだ。

 わたし、タチバナ=リリセという人間は基本的に前向きなのだ。

 

「こちらこそゴメンね、ゲンゴ君。

 家の方に迷惑かけてしまって」

 

 詫びるわたしにゲンゴは言った。

 

「いや、ウチのことはどうにでもなる。

 オヤジも心配してたからな。

 怪我とかしてないか?」

 

 怪我。

 多摩川でのことを思い出しながら、わたしはこう答えた。

 

「大丈夫、誰も怪我しなかったし」

 

 その言葉でエミィが一瞥したのに気づいたが、わたしは平然を装った。

 ……これ以上心配させたくはない。

 まあ、言わなきゃバレはしないだろう。

 

 そんなわたしの意図を汲んでくれたのか、エミィも何も言わなかった。

 ボロを出したくはなかったのでわたしは話題を変えた。

 

「例のマンガ、まだ描いてるの?

 『東()()ガールズ』とかいうやつ」

「『東()()ガールズ』だろ」

 

 エミィからすかさず入ったツッコミに、わたしは「あ、ゴメンゴメン」と頭を掻いた。

 

 ……ヒロセ=ゲンゴは本業の傍ら、趣味でマンガを描いている。

 マンガを描いているというと驚かれるらしいが、それが事実なのだから仕方ない。

 『ドウジン』というらしい。仲間と手分けして描いていて、そこそこ人気があるんだとか。

 

 ヒロセ=ゲンゴが絵が巧いのは昔からよく知っているし、彼のマンガと映画コレクションはわたしのバイブルだ。

 ゲンゴ君の描く漫画もきっと面白いんだろうな、と思っているのだが……

 

「そういや一度も読ませてくれたことないよね。読んでみたいな」

 

 ゲンゴ君が描いたというマンガ。

 是非読んでみたいのだが、ゲンゴ君はアレコレ理由をつけて読ませてくれなかった。

 だからわたしは『轟天号をモチーフにしたメカ少女ヒロインが怪獣と戦う』とかいう、なんとなくの内容しか知らないのである。

 

「ねえ、読ませてよ。

 出来上がってる部分だけでいいからさ。

 ね、おねがい!」

 

 腕に(すが)りつきながらおねだりするわたしに、ゲンゴ君は口をへの字にして言った。

 

「描いたマンガなんて身内には見せないもんだ。読みたかったら自分で探してくれ」

「えー、めんどくさいじゃん。描いてる本人がいるのに」

 

 わたしはブーブーと文句を垂れたが、ゲンゴ君は憮然とした表情のまま突き放した。

 

「めんどくさいならその程度ってことだ。

 それにおれから渡したら『義兄の描いた漫画』ってことになるだろ。フェアな目線で読めないじゃないか」

「そういうものなの?」

「そういうものだ」

 

 ……うーん。

 わからないような、わかるような。

 変なところでストイックというか潔癖だなあ。

 アーティストってのは皆こうなのだろうか。

 

 なんだか釈然としないわたしの隣で、エミィが「わたしは読んだことあるぞ」と言い出した。

 ……エミィの口元に、ほんの微かな薄笑いが浮かんでいるのはなぜだろう。

 

「あの漫画の主人公の幼馴染、()()()()()()()()だったよな。アレ、どうみてもリ」

「ウオオオオオオオオッホゴッホゲッホンンンンン゙ン゙ン゙ン゙!!!!!!!!」

 

 ちょうどそのとき、男がもう一人やってきた。

 

「……あ、こちらにいたんスね、『若』」

 

 ゲンゴ君を『若』と呼ぶこの男。

 名前をサヘイジさんという。

 詳しい経緯はよく知らないけれど若い時にゴウケンおじさんにお世話になったとかで舎弟になり、現在は『商家の番頭さん』みたいな立ち位置にいる。

 わたしも昔からお世話になっている、家族同然の人だ。

 

「あ、ご無沙汰してます、サヘイジさん」

 

 わたしが会釈すると、サヘイジさんも力強い声で応えてくれた。

 

「ああ、御嬢(おじょう)! ご無沙汰しとります! 今回収穫は如何でした?」

「まあ、ボチボチってとこですねー。43式艇のパーツとジャンクをいくつか。

 多摩川河川敷でコンテナ見つけたんで、あとで取りに行こうかなって思ってます」

「なるほど、そいつぁいいスな! あとでヒマな衆を手伝わせましょう」

「あ、ありがとうございます!」

「みんな、御嬢のためなら、我先に手伝いに来ますよ!」

「あはは……」

 

 ガラガラと笑うサヘイジさんに、わたしは苦笑いで答えた。

 ……『御嬢』。

 番頭さんと言っても別に召使や家来ではない。

 わたしの方からは「名前で呼んでほしい」と再三お願いしているのだが、サヘイジさんは「いやいや、ヒロセの旦那の御息女ですから!」と頑なに『御嬢』と呼び続けるのだった。

 そういう昔気質、というか時代劇に出てくる江戸っ子みたいな人である。

 舎弟だの若だの御嬢だの、こんな人チャンバラ時代劇くらいにしか出てこないんじゃないかな。

 

 挨拶もそこそこに、サヘイジさんはゲンゴ君に言った。

 

「ところで若、打ち合わせです。御支度を」

 

 サヘイジさんの言葉に飛びつくように、ゲンゴ君は早口で言った。

 

「……というわけだから、すまんリリセ!

 またあとでな!」

 

 そしてゲンゴ君は慌ただしい様子でガレージを出ていった。

 ……そういえば、さっきゲンゴ君が挙げた大声は咳払いだろうか。

 喉の調子でも悪いんだろうか、怪獣が吠えたみたいだったけど。

 

「……あいつも苦労するよな」

 

 ゲンゴ君とサヘイジさんが出て行ってから、エミィがぼそっと呟いた。

 

「えっ、なにが?」

「なんでもない」

 

 わたしは聞き返したけれど、エミィは呆れたような表情のまま何も教えてくれなかった。

 

 ……まあ、何はともあれゲンゴ君もいなくなったし、ちょうどいい。

 わたしはクルマの後部荷台に回り、荷台の隅でトランク形態を維持しているレックスに小声で話しかけた。

 

「レックス、もうちょっとだけ我慢しててね。

 これからお風呂入ってくるから」

 

 レックスは声に出さなかったが、代わりにチカチカと赤く明滅してみせた。

 ……これは多分、返事だろう。

 そう判断したわたしは、降ろした荷物から着替えと洗濯物を引っ張り出す作業にかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はあ、やれやれ。

 一連の茶番を眺めながら、エミィ=アシモフ・タチバナは眉間を指で揉みながら深々と溜息を吐いた。

 リリセは気づかなかったのだろうか。

 

 ゲンゴに『おねだり』した時、彼の腕に自分の胸がむにゅんと当たっていたことに。

 

 タチバナ=リリセは、いわゆるグラマーだ。

 張りのある大きなヒップ。

 腹筋の割れた、白魚のようなウエスト。

 筋肉質でよく鍛えられたムチムチの太腿。

 野外で身体を動かすことが多いからだろう、出るべきところは出て、くびれるべきところはハッキリくびれた肉感的なダイナマイトボディ。 

 

 そして何より目を引くのは胸だ。

 動くたびにたゆんと揺れる、豊満なバスト。

 そのサイズはゴジラもビックリ、Gカップ。まごうことなき爆乳である。

 しかもただデカいだけじゃない。ハリがあり、形もはち切れそうな御椀型、柔らかさとしっとりとした肌触りも抜群なのだ。

 ……なんで触り心地まで知ってるかって? 何かにつけて抱き着かれて顔面に押し付けられてるからだよバカヤロウ。

 

 『眼帯してること以外はわりとフツー』?

 ウソつけ、どこが()()()だよ、日頃何を喰ってたら()()なるんだ。

 ちなみにリリセ本人がサムズアップで力強く答えたところによれば「肉!」らしい。

 ……肉ってなんの肉だ。ゴジラの肉か?

 

 リリセ当人も流石にちょっとは気にしているようだが、ヒロセ=ゲンゴが相手だと家族の気安さからか途端に警戒心が緩くなる。

 そして普段から同性のエミィに接するのと同じくらいの距離感で、ゲンゴに接したりするのだ。

 ……気の毒なのはヒロセ=ゲンゴである。

 義兄、家族とはいえゲンゴだって男だ。

 血の繋がってない異性にあんなベタベタくっつかれて、変な気分にならないはずがない。

 

 

 とはいえエミィはゲンゴにこれっぽっちも同情していなかった。

 だいたい、ゲンゴもゲンゴだ。

 ヒロセ=ゲンゴは、あんな図体で、あんな強面で、ヒロセ家の跡取り息子のくせに一皮剥くと気が小さい男だった。

 もっとスケベなマンガを散々描いてるくせに、リリセが絡むと途端に童貞臭くなる。

 

 

 

 

 リリセに惚れてるのがバレてないと思ったら、オオマチガイだぞこのヤロー。

 

 

 

 

 ヒロセ=ゲンゴがタチバナ=リリセに向けている好意が単なる幼馴染や義兄妹のそれに留まるようなものではないのは、エミィも気づいていた。

 というか、バレバレだ。

 ゴウケンだって、サヘイジだって、会社のみんなですら知っている。

 気づいていないのは恐らくリリセだけである。

 

 幼馴染でフリーでノーガード、しかもG。

 何故今までなんのアプローチもしてこなかったのか、逆に意味不明だ。

 ヒロセ=ゲンゴのチキン野郎め、当たって砕けるならとっととやればいいのに……と、もどかしい思いもある。

 傍から見ているとじれったくてしょうがない。

 だからついつい余計な御節介をしてみたくなるし、発破もかけてやりたくなる。

 そしてこうも思う。

 

 

 

 

 ……リリセだって、相手がゲンゴだったらきっとまんざらでもないだろうに。

 

 

 

 

「……エミィ?」

 

 考え事をしていたエミィは、リリセに呼ばれて我に返った。

 振り返ったエミィに、リリセは言った。

 

「おじさんがね、お風呂沸かしてくれたんだって。一緒に入ろう?」

 

 リリセの言葉にエミィは頷いた。

 



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32、幸せな時間

 ヒロセ家の浴場は、母屋の離れにある。

 

 

 浴場に辿り着いたわたしは、脱衣所で眼帯を外し、泥だらけの服と下着を脱いだ。

 その隣でエミィも、汗でどろどろになった服を脱いでゆく。

 ……さて、風呂に入る前にまず、やらねばならないことがある。

 

「……どうした?」

 

 振り返って訊ねたエミィに、わたしは答えた。

 

「いやー、昼間の怪我がさー……」

 

 昼間のアンギラスとの追走劇で、腹部に受けた重傷が今どうなっているのか。

 実は、今の今まで確認していなかったのだ。

 

 エミィが包帯を巻いてくれたのだが、当のわたしは恐ろしさのあまり傷を直視できず、ずっと包帯を巻きっぱなしにしていた。

 痛みは全く感じないし、レックスの手当てならとっくに完治しているだろう。

 が、万一ということもある。もしも包帯を解いた下が、酷いことになってたらどうしよう。

 ……あんまり見たくないなー。

 

「さっさと取れよ」

 

 逡巡しているわたしを、エミィが促した。

 

「傷だったらレックスが完璧に治してくれたぞ」

「そうは言うけどさー、酷い痕が残ってたりしたらイヤじゃん?」

「そんなもん残ってないから取れ。巻いたわたしが言ってるんだぞ」

「うーん……」

 

 長考の末に意を決したわたしは、包帯をほどき、自分のお腹を直視した。

 えーい、ままよ!

 

 

 

 

 傷痕どころか、瘡蓋(かさぶた)すらなかった。

 

 

 

 

 バイクのハンドルが刺さっていた箇所は皮下で青くなっていたが、それ以外は変哲もないお腹だった。むしろ昔の古傷の方がよほど目立つくらいだ。

 ついさっきまで、ここに金属の鋭利な棒が刺さっていたとは到底思えない。

 まるで魔法みたいだ。

 『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』というのは、どこぞの科学者の言葉である。

 レックスは『ナノメタルで患部の治癒能力を活性化した』とか言っていたが、どういう仕組みでそのようなことが可能なのか、素人のわたしにはさっぱり想像もつかなかった。

 

 プラズマジェットで空を飛び、怪獣と闘い、人命まで救えるメカゴジラⅡ=レックス。

 ナノメタルという超テクノロジーが秘める無限大の可能性。

 

 メカゴジラは軍事兵器だけれど、ナノメタルの技術は、医療分野でも使える気がする。

 こうして怪我を治したり、体内に入り込んだ病原菌や毒物をやっつけたり、あるいは定期的に体調を診てもらって病気を予防したりも出来るかもしれない。

 今の御時世にそういう医療技術があれば、いったいどれだけの人が助かるんだろう。

 ……そんなことを思ったりもする。

 

 自分の身体のチェックを終えたわたしは、やがて別のことが気になり始めた。

 腰を捻って俯きながら、ぼそっと呟く。

 

「……ちょっと太いよねえ」

 

 あちこち歩き回っているので、足が筋肉質でたくましすぎる。

 クルマでの移動も多いからなのか、尻の方もむっちりと大きく思える。

 

 仕事柄やむを得ないことだし、ファッションモデルじゃないんだから体型を気にする必要なんかない。そんなことは理解している。

 

 だけど気にせずにいられない。

 だって、オンナノコだもん。

 

 

 

 

 

 

 ……うん、痩せよう。

 

 

 

 

 

 

 

 なんとかしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず夏までに!!

 

「いつまで自分のケツ眺めてんだ。いいからさっさと入れよ」

「はいはーい」

 

 わたしは、浴室の戸を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 園芸用のゴムホースを改造したシャワーと、カラン。

 部屋の奥で湯気が沸き立っている浴槽も、数人くらいは同時に浸かれるくらいの容積を持っている。

 ヒロセ家の浴室は、かつて日本の各地にあったという『銭湯』を模した構造になっており、複数人の同時利用を想定した造りになっている。

 

 水が貴重なこの御時世、お風呂を各家庭すべてに備えることは出来ない。

 かといって、風呂好きが魂に刻み込まれた日本人としては、ずっと風呂に入らないで過ごすのも耐えられない。

 ましてやヒロセ家の社員さんは体を使って仕事をしている。

 汗水たらして働いた後は、やっぱりお風呂に入りたくなるものだ。

 

 そこで、ゴウケンおじさんは自宅の浴室を改装し、ヒロセ家配下の作業員たちや社員さんが使える大浴場にしているのだ。

 

 そんな広い浴室を、今はわたしとエミィの二人だけで貸し切りである。

 あるいは、このあとヒロセ配下の作業員が入浴する予定でもあるのかもしれない。

 ……エミィはともかく、あんな大失敗をやらかしたわたしに、こんな気遣い。

 ゴウケンおじさんには本当に頭が上がらない。

 

 そんな、ヒロセ家の厚意に感謝しながら、わたしたちはありがたく風呂を使わせてもらうことにした。

 

 

 洗い場に立ち、かけ湯をした後、シャワーの蛇口をひねる。

 ヘッドから流れる冷水は、すぐにほどよい熱さのお湯へと変わった。

 肌寒い浴室内に湯気が立ち込め始めたところで、わたしは、頭上からシャワーのお湯を浴びせた。

 

 熱々のシャワーから、湯気が立ち込めている。

 

 頭上から浴びたシャワーの湯は、わたしの顔から首筋、胸を洗った。

 胸の谷間から落ちた露と雫は、腹筋と腰をなぞる。

 そして、わたし自身も大きさが気になる尻と、ちょっと逞しすぎる太腿(ふともも)、そして脹脛(ふくらはぎ)を辿って、最後は床の排水溝へと滑り落ちていった。

 

「はあー……」

 

 心地良さのあまりに、思わず変な声が漏れた。

 ずっと浴びていたかったが、シャワーは最初と最後だけ。水は貴重だ。豪勢に使うわけにもいかない。

 わたしは、石鹸と汲んだお湯を少しずつ使って、全身の泥と汗を丁寧に洗い流していった。

 

 そして髪と身体を充分に清めたわたしは、入浴用のバレッタで髪を軽く結わえ、かけ湯をしてから湯船に浸かった。

 

「熱っ」

 

 濃厚な湯気が揺れている、熱々のお風呂。

 数日ぶりの湯船の温度に、全身が緊張する。

 体の髄まで温めてくれる熱さに、ゆっくりと体を浸けてゆき、慣れてきたところで首から下の全身をお湯にざぶんと沈めた。

 湯船で手足を伸ばせば、張られた湯が波打ち、浴槽から零れてちゃぽんと水音を鳴らす。

 

 ふと、エミィがこちらをじっと見ていることに気づいた。

 眉間に深い皺が寄っている。

 

「……どうしたの?」

 

 わたしの問いに、エミィは呟いた。

 

「……でけえな」

 

 エミィの視線を辿ってみると、エミィが見ていたのはわたしの胸元だった。

 そこには肌色の柔らかくて大きな塊が二つ。

 

 

 その名はおっぱい。

 

 

 ……別に自慢じゃあないよ。

 ホントに自慢にならない。羨ましがる人もいるけど、こんなの言うほど良くないよ。

 あと『巨乳は水に浮くものだ』と思ってる人がたまにいるけどさ。

 あのね、浮かないよ?

 あんなもんキモい童貞の妄想である。フィクションに決まってんじゃん。

 もちろん人にもよるだろうし実際浮力は感じるけど、流石にぷかぷか浮いたりはしない。

 

 ……まあ、浮かなくても()()はするんだけどね。

 たぷん、ぷるんと湯中で揺蕩(たゆた)う胸元をおさえ、わたしは叫んだ。

 

イヤーン、エミィちゃんのえっちー!

 

 そんなわたしに、エミィは答えた。

 

「……良い歳して恥ずかしくないのか、22歳」

 

 ……タチバナ=リリセ一世一代のボケにそんなマジレスしちゃイヤーン、である。

 そんな呆れ返った氷点下の目つきで睨まれたりしたらオネーサン傷ついちゃう。

 エミィのつれない反応にわたしは口を尖らせる。

 

「ちぇー、ノリ悪いのー」

「ノッてたまるか、そんなもん」

 

 興が削がれたので、わたしはちょっと真面目な話を言うことにした。

 

「あのね、真面目な話、人の胸なんてじろじろ見るもんじゃないよ。

 わたしだからいいけど、人によっては怒られちゃうよ」

 

 そう諫めると、エミィは不機嫌そうに答えた。

 

「ふん。どうせ減るもんじゃないだろ」

「そりゃー減らないけどさ……」

 

 というか、減ったらそれはそれで困るよ。

 ……まあ、わたしからすると小さい方が色々便利だと思うこともあるんだけどね。

 動くと痛いし、肩も凝るし、汗かくと蒸れて痒くなるし、イヤらしい目で見てくる人も多いし。

 

 エミィはというと、「何喰ったらそうなるんだ」とか「むしろ減ればいいのに」とかなんとか、そっぽを向いてぶつくさぼやいている。

 何をそんな恨めしい顔をしているのやら。

 そんなエミィに、わたしは提案してみた。

 

「……揉んでみる?」

「あ゙?」

 

 ……冗談だってば。そんな青筋立てなくても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……という具合で、30話の冒頭へと繋がっているのである。

 読んでない? そういう人は30話から読み返してね。

 

「ふふんふ、ふんふんふん♪

 ははんは、はんはんはん……♪」

 

 鼻唄を歌いながら湯船にゆっくり浸かって脱力していたわたしは、わしゃわしゃと自分の体を洗っているエミィの方を見た。

 

 

 エミィは痩せぎすだ。

 手足は折れてしまいそうなくらい細いし、脇腹は()()()がうっすら浮いている。

 身長も同い年の子たちよりずっと低い。

 年齢はもう14歳、伸び盛りは過ぎているしこれから成長してゆくとも思えない。

 ……やっぱり栄養、足りてないのかな。

 本人からはあまり不満を言わないけど、もっと良い環境で、もっとご飯を食べさせた方が良いのかもしれない。

 そう思うと、保護者としてはちょっと忸怩たる思いはなくはない。

 

 

 とはいえ、それはそれ。

 エミィが痩せているのは、当人が極度の運動嫌いなのも原因だ。

 

 

 そもそもエミィはインドア派である。

 ヒマさえあればメカを弄るか、でなければ独りで本を読んでばかりいる。子供らしく外で駆けまわったり、友達と遊んだりはしない。

 そもそもスポーツ自体があまり好きじゃないらしい。

 

 ……スポーツ少女になれとは言わない。勉強だって大事だし、本や空想の世界も楽しいだろう。

 だけど、たまには身体を動かして友達と遊んだりするのも必要だと思う。

 

 

 

 それにエミィだって本当は可愛いのだ。

 

 

 

 ちょっと気難しいけれど根はとても善い子だし、全方位に向かってシャーシャー威嚇してる猫みたいな態度をやめれば友達もできるだろう。

 ボーイフレンドだって出来るに違いない。

 だがそれを指摘すると、エミィは決まってこう返してくるのだ。

 

「わたしは頭脳労働者だからいいんだ。

 それに同い年は皆子供(ガキ)ばっかりだ。

 ガキとなんか遊べるかよ」

 

 ……そう言うエミィだって、わたしから見れば十二分にコドモなんだけどな。

 怒られるから言わないけどね。

 

「でも、いざってときはやっぱり体が資本だ。ちょっとは鍛えないと病気になっちゃうよ」

「長生きなんかするもんか。わたしは太く短く生きるんだ」

「またまた、そんなこと言っちゃって~」

 

 そういうわたしを、エミィはジロリと睨んだ。

 

「おまえこそ痩せろ。

 太り過ぎだ、むちむちした体しやがって」

 

 ……むちむち、と仰いますか。

 

「太ってないしぃー。筋肉だもーん」

 

 そう言いながら、わたしは、腕で力こぶを作って見せる。

 

 サルベージ屋は体力勝負なところがあるし、それに女子供だけで外を旅するのはやっぱり危険が伴う。

 そういう理由から、わたしは可能なかぎり自分の身体を鍛えている。

 流石に男の人には負けるけど、街の腕相撲大会 女子の部ではいつもトップ3に入ってきた。

 腹筋だって縦に割れているのだ。

 見よ、この筋肉!!

 

「筋トレはいいよー、筋肉は裏切らない!

 エミィも筋トレやろうよ、楽しいよ?」

「……メスゴリラめ

「なんか言った?」

「べつに」

 

 ぶつくさ呟きながら体を洗い終えたエミィがタオルで雫を拭い、風呂場を出ていこうとする。

 

「あ、コラ、ちゃんと湯船に浸からないと!」

「うっさい」

 

 わたしの制止をエミィは不機嫌そうに一蹴、そのまま湯船にも入らずに風呂を上がってしまった。

 

 エミィはいつもそうだ。

 いわゆるカラスの行水で、最低限洗って身繕いが出来たらそれでヨシとしてしまい、ときにはお湯にすら浸からないときがある。

 ……可哀想に。お風呂の良さがわからないとは、なんて不幸な子なのだろう。

 風呂好きが魂のレベルで刻み込まれている日系人としては、ゆっくり湯船に浸かってリラックスする楽しみをぜひとも知ってほしいと思うのだが、エミィはどうも違うらしい。

 しかもあの子、アレで結構頑固だからなぁ。

 何度か説得を試みたものの言っても聞かないので、最近はあまり言わないようにしている。

 

 

 

 

 ……ま、いいや。

 わたしは、広い浴槽で脚を思い切り伸ばし、湯船のフチにもたれながら目を閉じた。

 

 

 

 

 深々と息を吐きながら気を緩め、全身全霊でもってリラックス。

 浴槽に身を委ねたわたしは、歩きすぎでむくんだ脚を筆頭に、全身のストレッチを行ないながら、凝り固まった肢体をほぐす。

 やがて体の奥まで温まり、溜まっていた疲労が溶け出てゆく。

 ……湯船に入るとホントにラクだ。

 まさに肩の荷が下りるというか、重力から解放されるというか。

 加えて、身体の芯から温まって、体調が整ってゆくような感じがある。

 仕事柄、野宿には慣れっこだけれど、やっぱりお風呂は好きだ。

 ましてやそれが数日ぶりで、仕事上がりというのなら、また格別というもの。

 

 

 

 

 

 骨の髄まで生き返る気分。

 浮かび上がる夢心地、まさに極楽。

 

 

 

 

「はー……ババンバ、バンバンバン♪ ババンバ、バンバンバン♪……」

 

 熱々の湯に身を委ねているうちに気分が上がってきて、わたしは歌を口遊(くちずさ)んだ。

 エミィもいなくなったし、とやかく言う人はいないだろう。

 

 

「いい湯だなー♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ババンバ、バンバンバン♪ ババンバ、バンバンバン♪……」

 

 服を着替え、湿った頭をタオルで拭っていたエミィ=アシモフ・タチバナは、離れの浴場から聞こえてくる歌声を耳にした。

 

 ……リリセのやつ、また変な歌うたってんな。

 

 鼻歌を唄うのはリリセの癖だ。

 本人曰く「小さな頃に観ていた歌番組の録画の影響」らしいが、年齢にしてはかなり選曲が古いらしい。

 エミィは想像もつかないが、中には1960年代、つまり100年前の曲もあるという。

 ……当時のテレビは、そんな古臭い曲ばっかり流してたのか?

 疑問でならない。

 

 風呂で歌、別に悪いことをしているわけじゃないし、誰かが迷惑するわけでもない。

 しかし気分が乗ってきたからといって、離れから響いてくるほどの大声で歌い出すのは流石にどうなんだ。

 年甲斐なさすぎるだろ、今年で23歳。

 

 

 

 ……まあ、嫌いじゃないけど。

 

 

 

 『嫌いじゃない』というのはかなり控えめな言い回しだ。

 嫌いじゃないどころか、こんな平穏な時間がエミィは好きだった。

 ずっと続いたらいいのに、と思うくらいには。

 

 頭を拭き終えたエミィは、冷蔵庫を開けて瓶を一本取り出した。

 手で掴むのにちょうどいい細長い形状で、英字のカッコいいロゴが入っており、そして中は鮮やかなオレンジ色の液体で満たされている。

 中身は、オレンジジュースだ。

 このオレンジジュースは、エミィ=アシモフ・タチバナの好物の一つである。

 贅沢品だし甘いものの摂り過ぎは良くないというので、ヒロセ家では『エミィは一日一本まで』と決まっている。

 その貴重な一本を、エミィは風呂上がりに飲んでしまうことにした。

 それも一気飲みだ。

 嗚呼、なんと贅沢なのだろう。

 これぞまさに至福!

 ……と、エミィはオレンジジュースの栓を開け、口をつけて、ぐいと一気に(あお)った。

 よく冷えた、さっぱり味のオレンジジュースが、汗ばんだ体に染み渡ってゆく。

 

「ごちそうさま」

 

 こうしてオレンジジュースで喉を潤したエミィは、部屋の隅に置いてある水槽を覗き込んだ。

 水槽の中には、この家で飼われているスッポンが泳いでいる。

 

「……元気してたか?」

 

 エミィは、スッポンに声をかけながら、水槽脇の餌入れから餌を摘まみ上げ、水槽へと落としてやった。

 

 頭上から餌が落ちてきたのに気づいたスッポンは、よたよたと泳ぎながら寄ってきて、水面を漂っている餌にがっついてきた。

 スッポンは本来臆病な生き物なので餌付けは難しいのだが、この家のスッポンはエミィからの餌であれば喜んで食べる。

 

「よしよし」

 

 そんなスッポンを、エミィは愛おしげな目つきで見つめていた。

 極度の人見知りで、大人が嫌いで、同年代の友達もいないエミィ。

 そんな自他共に認める気難し屋のエミィだったが、この家のスッポンだけは特別だ。

 

 こうみえてエミィ=アシモフ・タチバナは動物好きである。

 愛読書は動物図鑑や昆虫図鑑。

 動物が活躍する映画やアニメも大好きだ。

 悪漢に捕まった九十九頭のわんちゃんを動物たちが力を合わせて助け出すアニメ映画は大好きだし、小さなネズミがバカ兄弟を散々翻弄して打ち負かすコメディ映画は何度も観た。

 廃墟の動物園で迷子の子供がサーバルキャットとカラカルのコンビと一緒に旅をするアニメマンガは昔からお気に入りだった。

 

 これはリリセにも秘密だが、実はペットを飼ってみたいとも思っている。

 たとえば、犬。飼うならテリアがいいな。名前はテリーにしよう。

 もちろん犬に限らない。

 猫、金魚、鼠、兎、猿、小鳥、なんでもいい。

 爬虫類や両生類、虫だってきっと可愛い。

 動物に囲まれた暮らしはさぞ楽しいだろう。

 

 ……しかし、その日暮らしのサルベージ屋ではペットを飼う余裕なんかない。

 だから代わりに、この家で飼われているスッポンを可愛がることにしている。

 名前もつけている。『スッポンのゼンちゃん』と呼んでいるのである。

 そんな『ゼンちゃん』との触れ合いを堪能しているエミィに、背後から声が掛かった。

 

「……おい、エミィ。ちょっといいか」

 

 振り返ると声の主はヒロセ=ゴウケンだった。

 

「……なに」

 

 幸せなひとときに水を差されて顔をしかめるエミィに、ゴウケンは訊ねた。

 

「リリセは風呂か?」

 

 その問いに、エミィはうなずく。

 

 エミィがカラスの行水なのに対し、リリセはわりと長風呂だ。特に野営明けは長い。

 謝罪行脚に行くのであれば身繕いもするだろうし、きっとしばらくは上がってこないだろう。

 

 リリセの状況を確認したゴウケンは、エミィに話を切り出した。

 

「このあいだの話なんだが……」

 

 

 

 



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33、ターニングポイント

 メカゴジラⅡ=レックスが送り込んだ羽虫型偵察機アンドレイは、居間の片隅に身を潜めていた。

 先ほどヒロセ=ゴウケンにリリセが怒鳴られていたときは、危うくレックス自身が飛び出しそうになった。

 ……大丈夫、殺しはしない。

 だけど()()()()()()()()()()()

 『秘密にしておきたい』とは言われたけれど、リリセやエミィの身の危険には替えられない。

 だけど、二人の様子を観察するうちに、レックスが恐れているような危機ではないことにすぐ気づいた。

 

 

 ……これは、単に叱られているだけだ。

 

 

 親が子供を躾けているときは他人が邪魔をしてはいけない、とデータベースにもある。

 部外者が関わらない方が良い。

 そんなわけで、レックスは静観を決め、アンドレイで屋敷内を探索することにした。

 

 

 

 

 それから数十分後。

 屋敷中を探索し終えたアンドレイを居間に戻してみたところ、風呂上がりのエミィがヒロセ=ゴウケンと何やら話し込んでいる場面に遭遇した。

 ヒロセ=ゴウケンは杖を突きながら席を立ち、エミィに語りかけている。

 

「このあいだの話なんだが……あれから考えてくれたか?」

 

 ……一体何の話だろう、それもわざわざリリセのいないところで。

 エミィ=アシモフ・タチバナとヒロセ=ゴウケン、二人のあいだに話があったのだろうか。

 居間で繰り広げらている会話に、レックスは聴覚センサーを集中させた。

 『このあいだの話』と聞いた途端、エミィは剣呑な態度を剥き出しにしながら答えた。

 

「……前にも言ったけど、クルマを弄るくらいならともかく、メーサー戦車の整備士なんか出来ないぞ」

「そんなことはないだろう」

 

 エミィの返答に、ゴウケンは首を振った。

 

「今のご時世、〈ビルサルド〉のメカを弄れるエンジニアは引っ張りダコだ。

 しかも新生地球連合軍からの直々のスカウトだなんて良い話なのに、勿体ないぞ」

 

 どうやらゴウケンの話は、メーサー殺獣光線車を整備する技術者の求人が出ていて、それをエミィに斡旋しよう、という話らしい。

 ゴウケンの話を聞きながら、レックスはデータベースを引いてみた。

 

 

 

 ……エイリアン種族、〈Bilusaludo(ビルサルド)〉。

 

 

 

 彼らが公式に地球人の前へ姿を現したのは、エクシフ飛来の翌年、西暦2036年頃のことだ。

 故郷ビルサルディアをブラックホールによって失ったビルサルドたちは、エクシフと同じく新たな故郷を求めて放浪した末に地球へ到達。

 ビルサルド族長ハルエル=ドルドが地球人に向けて発したメッセージは、レックスのデータベースにも収録されている。

 

 ――我々はビルサルド。

 我らの母星ビルサルディア連星系第三惑星は、呪わしきブラックホールに呑み込まれ崩壊した。

 ここ太陽系第三惑星への移住を希望する。

 受け容れの対価に、目下地球人類の最大の脅威である、怪獣ゴジラの駆逐を約束しよう――――

 

 ビルサルドが提供したゴジラ駆逐の手段とは、『テクノロジー』だ。

 エクシフがもたらしたのが献身の信仰、つまり精神的な支えであるならば、ビルサルドが持ち込んだのは科学技術の発展だった。

 量子コンピュータ、ナノマシン、人工臓器などのサイボーグ技術。メカゴジラⅡ=レックスを形作るナノメタルだって、ビルサルドのテクノロジーの産物だ。

 地球人よりも遥かに高い技術力を持ったビルサルドたちは、それらを惜しみなく地球人たちへ提供した。

 特に、怪獣からの欧州奪還作戦:オペレーション=エターナルライトの成功は、ビルサルドがなければ有り得なかったと言ってもいい。

 

 

 それほど優れたビルサルドのテクノロジーだが、欠点もあった。

 ビルサルドの欠点、それはビルサルドの技術が地球人の理解を超えていたこと。地球の科学を超えたオーバーテクノロジーは、裏を返せば『地球人の科学力では扱いきれない』ということでもある。

 つまり、地球人だけでは整備や修理ができなかった。

 そして、メーサー戦車に使われているメーサー技術は、メー()ーという名前こそついているが、地球で使われていたようなメー()ー技術とは異なり、ビルサルドに由来する部分が大きいオーバーテクノロジーである。

 並大抵の整備士で手に負える代物ではない。

 

 だが、ゴウケンの言うとおりなら、エミィはそんなビルサルドのメカを整備できるのだ。

 もしそれが本当なら、地球人としては凄いことだ。

 メカニックとしての腕前が、ビルサルドに匹敵するということなのだから。

 ゴウケンの提案にエミィは口を尖らせた。

 

「わかるといっても、ビルサルドの十六進コードとインターフェイスをちょっと弄れるだけだ。

 それくらいなら猿の惑星でも出来る。

 メーサー戦車の整備なら、ゲマトロン言語まで出来ないとダメだ」

 

 エミィの指摘するところは正しい、とレックスは思った。

 メーサー戦車の大部分はビルサルド製であっても、制御系OSや人工知能のソースはエクシフ由来のゲマトロン演算を基にしたコード、いわゆる〈ゲマトロン言語〉で記述されている。

 整備をするというのなら、ビルサルド十六進コードだけでなくゲマトロン言語や人工知能に関する知識も必要だろう。

 だが、ゴウケンは食い下がった。

 

「だからこそ、だ。新生地球連合軍の士官学校できちんと勉強させてもらえばいい。

 しかも、学費も生活費も、先方が奨学金で全部出してくれる、とまで言ってるんだ。

 まったく、ありがたい話じゃないか」

 

 どうやらゴウケンの話は、新生地球連合軍側から持ち込まれたものらしい。

 それでもエミィは首を横に振った。

 

「いやだ。ゲマトロン言語の勉強なんかしたくない。エクシフが絡むと蕁麻疹(ジンマシン)が出る」

 

 意固地に拒絶し続けるエミィ。

 そこで、ゴウケンは手を変えた。

 

「学校が嫌だっていうなら、他からも引き合いは来とるよ。うちの取引先のマルトモさんなんかは堅いぞ」

「マルトモの社長は嫌いだ。キレやすそうだし」

「マルトモさんがイヤならクドウさんとか、アオキさんとか、トリイさんとか。その腕ならどこでもやっていけるだろ?」

「クドウのとこはマイクロマシン、アオキは飛行機、トリイは怪獣避けの防犯グッズの工場だろ。どれも専門外だ」

 

 そういって断固拒否を貫きながら、エミィは眉をひそめた。

 

「……なんでそんなにわたしを余所にやりたいんだ? 邪魔ってことか?」

「違う、違う」

 

 そう訝しむエミィに、ゴウケンは言い聞かせるように言った。

 

「……いいか、エミィ。おまえさんも14歳だ。

 そろそろ将来のことを考えにゃいかんぞ。

 いつまでもリリセにくっついてるわけにもいかんだろう」

 

 反論しようとしていたエミィだったが、リリセの名前を出された途端に黙りこくってしまった。

 ゴウケンは続けた。

 

「リリセには、今は下積みのつもりでサルベージやらせてるがな、いずれはゲンゴと一緒にこのヒロセを継いでもらおうと思っとるんだ。

 リリセには話してあるし、リリセもそのつもりでいてくれてる」

 

「…………」

 

「だが、エミィ、おまえさんはどうするんだ。

 ちゃんと考えた上でヒロセに入る、リリセと一緒に働く、それならそれでもかまわん。

 しかし、おれの見るかぎりだと、おまえさんはリリセの後にくっついてまわってるだけにしか見えん」

 

 エミィは黙ったまま、答えない。

 

「……おまえさんが、おれをどう思っとるのかは知らん。

 だが、おれは、おまえさんのことを家族だと思っとるし、おれで出来ることなら何でもしてやりたいと思ってる。

 もしなにか希望があるっていうんなら、言っておくれ。

 なるべくそれに沿うようにするから、な?」

 

 そんなゴウケンをエミィはじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒロセ=ゴウケンの言葉を聞きながら、エミィ=アシモフ・タチバナは考えていた。

 エミィはヒロセ家のことが嫌いではない。ゲンゴはヘタレだが良いヤツだし、ゴウケンだって今まで自分を可愛がってくれてきたと思う。

 リリセの家族だ、きっと悪い人たちではない。

 

 

 ……だけどそれでも、いざというときどう転ぶかはわからない。

 

 

 ヒロセ家からすればリリセは家族かもしれないが、エミィについてはリリセが拾ってきただけの身元もはっきりしない孤児(みなしご)だ。

 エミィの方も、ヒロセ家のことはリリセの家族だからそれなりに尊重はしてきたが、心の底から信用することが出来なかった。

 もっと言えば、ヒロセ家に限らず他人を信用したことが殆どない。

 ……パパを騙したのはエクシフだし、そんなパパを食い物にして、わたしの家族をぐちゃぐちゃにしたのも周囲の大人たちだ。

 誠実っぽく見えるだけのペテン師を、自分の都合に合うかどうかだけでジャッジして、『正直者』だの『聖人』だのと褒めちぎってチヤホヤする。キレイゴト、カッコイイことばかり並べ立てて、互いに騙してスカして、時には自分の嘘に自分自身で騙されるバカばっかり。

 ……大人なんて信用に値しない。大人たちはみんなズルい嘘吐きで、みんな敵だ。

 

 

 例外がいるとしたら、タチバナ=リリセだけ。

 

 

 それは、嘘をつかない、という意味ではない。

 リリセは方便として嘘をつく、エミィ自身だって嘘をつくことはある。全く嘘をつかずに生きられる人間なんてどこにもいない。

 

 先の入浴で見た、タチバナ=リリセの体。

 その素肌には、無数の古傷がある。

 

 リリセがそこらへんのズルい嘘つきと違うのは、根っからの正直者なところだ。

 リリセはバカだ。それもとてつもないバカだ。

 いわゆる、バカ正直というやつだ。

 バカだから時には騙されて酷い目に遭わされることもある。死にそうな目に遭ったことだって数知れない。

 身体中に残っている傷痕のいくつかは、そうやって出来た傷なのだ。

 そんな、上手くいかないときでも、タチバナ=リリセは他人に当たったりはしない。

 へらへら笑って誤魔化すだけだ。

 リリセはバカだが、鈍感なわけじゃない。

 悔しくてたまらないときや、辛くて泣いてしまいそうなときもある。

 ……全身に残った傷痕、それらが(うず)いてたまらないときだって。

 

 

 

 だけど、そんな弱さを、エミィにぶつけたりはしなかった。

 

 

 

 そして、縁もゆかりもない孤児(みなしご)のエミィを拾って、対等な家族、妹分として扱ってくれる。

 こんな、底抜けに御人好しなバカはリリセだけだ。

 ……本当にバカだ。こんなひねくれたクソガキを拾ったって一文も得なんかしないだろうに。

 

 たしかに、エンジニアとしての腕はエミィの方が上だ。

 ぶつくさ文句を垂れながらクルマを整備するエミィを眺めながら、リリセは『エミィがいないとダメだな~わたし』なんてヘラヘラ笑ったりしている。

 だけど実際のところ、エミィなんていなくたってリリセは困らないはずなのだ。

 本当はクルマの整備だって運転だって、リリセひとりで出来るはずだ。

 エミィと出会う前の修業時代は、一人でやっていたのだから。

 

 

 エミィ=アシモフ・タチバナは、そんなタチバナ=リリセに心を許していた。

 

 

 子供っぽいヤツだと思うし、スキンシップ過剰なところはたまに鬱陶しい。

 だけど、自分より弱いヤツを騙して食い物にする、そういう()()()()()()()()()()とは無縁だ。

 ……この世の誰もが信用できないのだとしても、あいつだけは信用してやってもいい。

 そんな風に思っていたエミィに、ヒロセ=ゴウケンは投げかけた。

 

 

『おれの見るかぎりだと、おまえさんはリリセの後にくっついてまわってるだけにしか見えん』

 

 

 ……図星だった。

 ゴウケンの提案を拒否しまくってはみたものの、別段未来に展望があるわけじゃない。

 タチバナ=リリセの傍が良い、ただそれだけのことだ。

 

 

 

 

 だけど、そのままでいいのだろうか。

 

 

 

 

 エミィが『一緒に居たい』と願えば、リリセはきっと優しいから許してくれる。

 きっと、何が何でもエミィの希望をかなえてくれようとしてくれるだろう……たとえ、自分の幸せを犠牲にしてでも。

 そういうバカなのだ、タチバナ=リリセという人間は。

 

「……わたしは、」

 

 エミィが答えようとした時、玄関で呼び鈴が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂から上がったわたし、タチバナ=リリセは、脱衣所で身体を乾かしていた。

 

 せっかくだからと暫く手をつけていなかった肌の手入れ――いや人と会わないからと手を抜いていたわけではないのだ野営中はやる余裕がなかったから止むを得なかったのであって決して無精で怠けていたわけではないのだいや断じて――まで念入りにやっていたら、時間がかかってしまった。

 『水も滴るイイ女』? よせやい照れる。

 

「ふふんふ、ふんふんふん♪ ははんは、はんはんはん♪……」

 

 鼻歌の続きを口遊みながら、濡れた身体をタオルで拭きとってゆく。

 

 充分に体を拭き終えたところで、綺麗な下着をまとう。

 右目に眼帯を嵌め、火照った身体を下着姿で冷ましながら、湿った髪をタオルで乾かしていたときだった。

 

 

 

 

 

 遠くから銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 緩み切った極楽気分は一瞬で消し飛んだ。

 わたしは、音が聞こえた方へと振り返った。

 途端に、またしても銃声が響く。

 

 

 ……母屋の方だ!

 

 

 わたしは、壁にかけていたガンベルトを手に取り、護身用のピストルにちゃんと弾が装填されているかどうかを確認する。

 ……弾はすべて入っている。その気になればすぐ使える。

 そしてシャツを羽織り、ズボンを履いて、わたしは脱衣所を飛び出した。




「バヤリース オレンヂ」

 ゴジラ映画に登場したバヤリース オレンヂのまとめ

◆キングコング対ゴジラ
0:10~
 主人公の桜井修(演:高島忠夫)が夕食のビフテキを食べるシーンで、飲み物として瓶入りバヤリースが登場。
 ただし登場人物たちはもっぱらビールを飲むばかりで、コップに注いでいません。
 ちなみにこのシーンには東京製綱のCMも入ります。
0:12~
 世界驚異シリーズの壮行会にて、主人公二人の飲み物として瓶入りバヤリースが登場。
 こちらではコップに注がれており、多胡部長(演:有島一郎)が口をつけています。
1:13~
 ヒロインである桜井ふみ子(演:浜美枝)を捕まえたキングコングが街中を歩いてゆくシーンに、バヤリースの看板が登場。


◆モスラ対ゴジラ
0:23~
 主人公トリオ(演:宝田明、星由里子、小泉博)が話し合うシーンにて、ウェイトレスが運んでくる飲み物としてオレンジジュースが登場。
 グラスに入っているのでロゴなどは登場しませんが、色がオレンジなので、十中八九バヤリースオレンヂで間違いないかと思います。
 なお、登場人物たちが口をつけている様子はありません。
0:54~
 主人公トリオが中村記者(演:藤木悠)と合流するシーンで、背後にバヤリースのノボリと看板のかかった屋台が登場。
その他
・映画ポスターのひとつに、バヤリースオレンヂの広告が描かれたものがあります。
 しかし「首筋をモスラに喰いつかれて悶え苦しむゴジラ」という絵が強烈すぎて、これがバヤリースの広告であることに中の人はしばらく気づきませんでした。
・浜風ホテルの虎畑二郎(演:佐原健二)の部屋、金庫の上にオレンジ色の瓶が見えますが、あれは酒のボトルのようです。


◆怪獣島の決戦 ゴジラの息子
0:08~
 真城伍郎(演:久保明)の食卓に、缶ジュースのバヤリースが登場。
 隊員たちが持ち込んだのでしょうか?
0:10~および0:14~
 背景として映る棚や調理台に、缶ジュースのバヤリースが並んでいます。
 隊員たちが飲むシーンもあります。


 また、ゴジラ以外の作品であれば『モスラ』『マタンゴ』『ゲゾラ ガニメ カメーバ 決戦!南海の大怪獣』などにも登場しています。

◆マタンゴ
0:06~
 ヨットでの酒宴の最中、酒宴の飲み物として黄色い缶のバヤリースが登場。
 作家の吉田(演:太刀川寛)がバヤリースを飲むシーンもあります。
 また六缶パックのバヤリースも登場するので、ヨットのオーナーである笠井(演:土屋嘉男)が好きなのかもしれません。

◆モスラ
1:08~
 横田から東京に向かうモスラ幼虫の左側に、「バャリース Bireley's オレンヂ」と書かれた看板が登場。
1:13~
 東京タワーが遠景に映る、その手前にバヤリースオレンヂの看板が登場。

◆ゲゾラ ガニメ カメーバ 決戦!南海の大怪獣
0:21~
 セルジオ島駐在員 横山(演:当銀長太郎)をゲゾラが襲撃するシーンで、瓶入りのバヤリースが登場。
 缶詰が並んでいる棚に、瓶入りのバヤリースが置かれています。


 他に『ゴジラの逆襲』『三大怪獣 地球最大の決戦』『怪獣大戦争』『南海の大決闘』『怪獣総進撃』も確認したものの、見つからず。
 漏れがあれば補足いただけると幸いです。


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34、Hi diddle dee dee!

 

 玄関で呼び鈴が鳴った。

 

 

 ……やたら連打してるな、とエミィは思った。

 どこの誰だか知らんが随分せっかちだな。

 ピンポンピンポンうるせーよ。

 そうこうしているうちに、階上からトットットッと足音が聞こえてくる。

 

「はいはい、今出ますよー……」

 

 上階でミーティング中だったサヘイジが降りてきて、玄関の鍵を開ける。

 

 

 

 爆発と共にドアが吹っ飛んだ。

 

 

 

「ぐぁっ!?」

 

 サヘイジが数メートル宙を舞い、床へと叩きつけられた。

 事故? 爆発? なにが起こった!?

 異常事態に真っ先に反応したのはヒロセ=ゴウケンだった。

 

「エミィ、隠れろ!」

 

 ゴウケンは、わけもわからない状態のエミィを、パーテーションで区切られた隣のスペースへ力ずくで押し遣った。

 エミィは物影に身を隠し、その隙間から様子を窺った。

 

 

ハーイ、Diddle(ディドゥル) Dee(ディ) Dee(ディー)

 

 浮かれた掛け声で入ってきたのは、黒ずくめの男だった。

 ……黒い帽子に黒いスーツ、黒いコート、黒い手袋。

 上から下まで黒ずくめ、赤い光沢を帯びたサングラスをかけている。

 年齢は30代くらいだろうか、軽薄そうながらも精悍な顔つきをした男だった。

 その胸元には〈新生地球連合〉のインシグニア、そして六角形を象ったロゴには〈LSO〉の三文字が光っている。

 

ステキなカギョー♪……ちょっくら失礼しますよーっと」

 

 鼻歌を唄っている男の後ろから、部下と思しき兵士たちがぞろぞろ続けて入ってきた。

 どいつもこいつもプロテクターに身を固め、同じLSOのインシグニアを胸元に入れている。

 エミィは確信した。

 

 

 こいつら、新生地球連合軍だ。

 それも特殊部隊というやつに違いない。

 

 

「あ、あんたは……!?」

 

 青い顔をしているゴウケンの呟きにエミィは違和感を覚えた。

 ……こいつら知り合いなのか?

 そんなところで、上から階段を駆け下りてくる足音が聞こえてきた。

 

「おい親父!」

 

 降りてきたのはヒロセ=ゲンゴだ。

 階下の物音で異常を察し、護身用のバットを片手に駆け降りてきた。

 

「何の音だ……!?」

 

 床で転がっているサヘイジ、家に土足で上がり込んでいる見知らぬ男たち。

 一目見ただけで、ゲンゴは何が起こったのかを悟ったようだった。

 ゲンゴは血相を変え、黒ずくめの男たちに挑みかかる。

 

「野郎ッ!」

「バカ、行くな!!」

 

 ゲンゴは、ゴウケンの制止を振り切り、バットで黒ずくめの男を思い切りブン殴った。

 

 

 バットの方が折れた。

 

 

「なっ……!?」

「あーあ。お気に入りだったんですけどねえ、このサングラス」

 

 砕けたサングラスを摘まみ上げながらぼやく、黒ずくめの男。

 渾身の一撃が効かなかったことに、ゲンゴは目を丸くした。

 顔面にバットの一撃を喰らったというのに、まるで堪えていない。

 

「な、なんだ、おまえ!?」

「おや、ヒロセ=ゲンゴ先生じゃありませんか。

 作品、いつも拝見しております。こう見えてマンガマニアでね、ファンなんですよ」

 

 おどけた調子でゲンゴに挨拶すると、黒ずくめの男はゲンゴの右手を掴んだ。

 腕を引こうとするゲンゴだったが、黒ずくめの男はよほどの腕力なのかびくともしない。

 

「は、離せっ!」

「先に手を出したのはあんたでしょ」

 

 そう言いながら黒ずくめの男は、ゲンゴの腕を()()()()()()()()()()()捻り上げた。

 

「よ、よせ、やめろっ……!」

 

 

 ぼきっ。

 ゲンゴの右腕が、おかしな方向に折れた。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!!!」

 

 ゲンゴの絶叫が響いた。

 うずくまるゲンゴを、黒ずくめの男はニヤニヤと見下ろしている。

 

「ケンカ売るなら相手を選んだ方が良いですな、ゲンゴ先生」

 

 そう笑いながらゲンゴを掴み上げ、軽々と放り捨てる。

 黒ずくめの男の見かけによらない膂力に、エミィは驚愕していた。

 熊みたいな大男のゲンゴをぶん投げるなんて、こいつ、一体ナニモンだ。

 

 ……まさか、サイボーグってやつだろうか。

 

 エミィは昔読んだ本で、エイリアンのテクノロジーで人間を機械で改造する技術、いわゆる『サイボーグ』が開発されたという話を聞いたことがあった。

 しかし、人工臓器ですらロストテクノロジーになりつつある昨今。

 手や足を簡単な義肢に置き換えたくらいの人間ならたまに見かけるが、体をこんな風に強化改造したサイボーグなんてアニメマンガの中の存在でしかなかった。

 

 

「どーも、ご無沙汰してます、中佐殿」

 

 真っ黒な男は帽子を脱ぎ、ヒロセ=ゴウケンに軽く会釈した。

 ゴウケンが血相を変えて怒鳴った。

 

「ネルソン、貴様、何のつもりだ!?

 約束が違うぞ! 家の者には手を出さない、そういう話だったはずだ!」

 

 怒り狂うヒロセ=ゴウケン。

 エミィも、こんな形相のゴウケンを見るのは初めてだ。

 ……しかし、『約束』って何のことだ? そもそもゴウケンとこのネルソンとかいう胡散臭いサイボーグ男は知り合いなのか?

 ネルソンは『中佐』と言った。確かにヒロセ=ゴウケンは旧地球連合軍の中佐だった、と聞いたことがある。ということは旧地球連合軍時代の知り合いなのだろうか。

 

「約束? ああ、ありましたねそんなの」

 

 ネルソンと呼ばれた男は、猛犬顔負けの怒声をぶつけられてもまるで動じていない。

 どこ吹く風とばかりに涼しい顔だった。

 

「貴様、ただで済むと思うなよ……!」

「へえ、タダじゃなかったらなんです? いくら?」

「貴様アッ!!」

 

 挑発され、杖を振りかぶって殴りかかろうとするゴウケン。

 

「あらよっと」

 

 だが、ネルソンは、掴みかかろうとするゴウケンをひらりと躱し、脚を軽くひっかけた。

 足の弱いゴウケンはあっけなく転び、床へと倒れ込んでしまう。

 そうして床に這い蹲ったゴウケンの手を、ネルソンはすかさずブーツで踏みにじった。

 ぼきっ。

 骨の砕ける音と共に、ゴウケンが悲鳴を挙げた。

 

「ぐぁ……ッ!」

「おーっと失礼、なんか踏んじゃいましたねえ。ごめんなさいねえ」

 

 ちっとも誠意を感じない謝罪を垂れながら、ネルソンは苦痛に呻くゴウケンの胸倉を掴み上げた。

 

「いいですか、御老人。

 口約束なんて約束の内に入らんのですよ。

 そんなに大事な『約束』なら口約束にしないで、ちゃあんと紙に書いて残しておかなくっちゃあ。

 ……ま、おれだったらそんな後ろ暗い取引なんて最初からしませんがね」

 

 自分より恰幅が良いはずのヒロセ=ゴウケンを、ネルソンは片手で軽々と吊し上げた。

 ゴウケンはネルソンの腕を振り解こうとし足掻いたが、ネルソンがよほどの怪力なのか、まったく歯が立たない。

 ネルソンは言った。

 

「すいませんねえ。

 ()()()、奉身軍のイカレた信者どもが動き始めたもんで、予定が変わっちまいましてね。

 モレクノヴァのバカが()()()で上手くやっておきゃあ、こんなマネしないで済んだんですが」

 

 ……『多摩川』。

 エミィは、多摩川河川敷でアンギラスを迎撃していたメーサー戦車の一団を思いだした。

 ……このネルソンという男、あのメーサー戦車の仲間だったのか?

 あいつら、ひょっとしてラドンとアンギラスを迎撃しに来たんじゃなくて、わたしたちを迎えに来てたのか?

 でも何のために?

 その疑問は、ネルソンの次の台詞で解消された。

 

 

 

「……で、メカゴジラはどこです?

 隠したんでしょ?」

 

 

 

 ネルソンの言葉に、エミィは身を強張らせた。

 ……ゴウケンのヤツ、わたしたちが運んできた荷物がメカゴジラだって知ってたのか。

 そしてこのネルソンとかいうヤツに売り飛ばそうとしていたのだ。

 

 ……やはり大人は汚い。

 エミィは最初そう思った。

 

 ヒロセ=ゴウケンをちょっぴりでも信用しそうになっていたわたしは、やっぱりバカだった。

 大人なんていつもそうだ、身勝手で最低なクズばっかり。

 大人なんて、信用に値しない。

 こんなに痛めつけられているのだ、どうせレックスのことだってペラペラ喋るだろう。

 大人なんて、そういう奴らなのだ。

 ゴウケンが口を開いた。

 

 

「メカゴジラは……」

 

 

 ほら、やっぱり。

 こうやってレックスを売り渡すつもりなんだ。

 ……だけど、メカゴジラを売り飛ばすつもりだったのだとして、何か対価があったはずだ。

 その対価は何だったのだろう。やっぱりお金だろうか。

 そのことに思い至ったエミィの視線の先で、ゴウケンは言った。

 

 

 

「……おまえのママのところさ、若造。

 富士山でご来光でも拝んでろ、バカめ」

 

 

 

 そう反駁したゴウケンの身体をネルソンは軽々と振り回して、壁へと叩きつけた。

 壁板が砕け、家全体が震え、全身を強打した苦痛にゴウケンが呻いた。

 そんなゴウケンに、ネルソンは言った。

 

「ナメたクチ利いてんじゃあないぜ、ジジイが」

 

 そしてネルソンは、腰のホルスターから銃を取り出した。

 西部劇に出てきそうな、古めかしいビンテージ物のリボルバー拳銃だ。

 ネルソンは拳銃を手元でくるくると弄んだあと、ゴウケンの顎下に押し当てた。

 

「さて、もう一回、伺いますがね、メカゴジラはどこです? あるんでしょ?」

 

 そんなネルソンを見下ろしながら、ゴウケンは答えた。

 

「言うと思うのか、青二才」

「……あ、そ」

 

 ゴウケンを壁から引き摺り下ろし、テーブルへと叩きつけた。

 テーブルの卓が真っ二つに叩き割られ、ゴウケンはそのまま床へと墜落した。

 背中を強打し、呼吸困難で(あえ)ぐヒロセを見下ろしながら、ネルソンはぼやいている。

 

「ったく、ロートルめ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、付け上がりやがって。

 ウチの統制官と知り合いだし、アンタとは仲良くしておきたかったんだが、残念だ」

 

 そして、ゴウケンの胴を足で抑えつけ、額にリボルバー拳銃を突きつけた。

 

「恨むんなら御自分の非力さと、読みの甘さを恨むんですな、ヒロセ=ゴウケン中佐」

 

 カチリ、と撃鉄を起こす音が聞こえた。

 

 

 

 

 エミィが気づいたとき、考えるより先に自分の身体が動いていた。

 

 

 

 

 たまたま手元にスパナがあったのでそれを握り締め、エミィは隠れていた物陰からネルソンたちの眼前へと飛び出した。

 

「おい、屑野郎!!」

 

 ゴウケンとネルソン、兵士たちがエミィの方へと振り返る。

 

「あん?」

「バカ、出てくるな、逃げ……ぶっ!!」

 

 エミィに逃げるように促そうとしたゴウケンを、ネルソンが蹴りつける。

 

「これはこれは……物陰に猫でもいるのかと思ってたら、勇ましいお嬢さんだ」

 

 そうやってエミィを嘲笑するネルソンに、エミィの怒りが爆発した。

 ……野郎ッッ!!

 エミィはスパナを振り上げ、ネルソンへ飛び掛かった。

 

「あらよっと」

 

 しかし足を引っかけられ転ばされてしまった。

 

「へぶっ!?」

 

 転んだエミィを、すかさず手下の兵士が二人がかりで取り押さえた。

 エミィは力いっぱい暴れたが多勢に無勢、しかも相手は屈強な大人だ。

 あっという間にスパナは取り上げられてしまい、エミィ自身も押さえつけられてしまった。

 抑えつけられたエミィに歩み寄り、目線を合わせるように膝をかがめるネルソン。

 

「おまえが『娘』か。

 血が繋がってるわけじゃあるまいし同じ手に引っ掛かるなよ、バカ。

 さて、おまえさんの処遇だが……」

 

 ネルソンの言葉が途切れた。

 エミィが、ネルソンの顔に唾を吐きかけてやったからだ。

 頬についた痰を拭い取り、ネルソンはふんと笑った。

 

「威勢がいいのは嫌いじゃあない……が、年頃の娘が人の顔に唾を吐くのはいただけないな」

 

 そう言いながらエミィの頬を張り飛ばす。

 そして万力のような腕力でエミィの顎をぐいと掴み、真正面に向き合わせた。

 

「もうちょっと御行儀良かったら別の道も考えたんだが、しつけがなってねえガキは嫌いなんだ。

 おまえは『島』に連れて行ってやる」

 

 ……島? なんだそれ。どこかに連れて行かれるのだろうか。

 エミィが怪訝に思ったそのとき、ゴウケンが大声で叫んだ。

 

「よ、よせ、頼む、それだけは!!」

 

 ゴウケンが足下にすがりついたが、ネルソンは「うるせえジジイ」とあっさり一蹴した。

 口元をニヤニヤさせながら、ネルソンはエミィに言い放つ。

 

「おまえは『島』でせいぜい働くがいいさ、ワルガキめ」

 

 ちょうどその時、離れへ繋がる廊下からドタンバタンと大きな音がした。

 廊下からやってきたのはLSOの兵士だった。

 

「どうした?」

 

 ネルソンが訊ねると、兵士は敬礼しながら答えた。

 

「特佐殿! 例の女を捕えました!」

「おう、おつかれさん。連れてこい」

「はっ!」

 

 そして奥から引っ立てられてきたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

「離せっ、離せったら!」

 

 タチバナ=リリセだった。

 




幼少期に観た山田康雄さんとデ〇ズニーのCDに入ってる小坂橋博司さんのVerしか知らない。
ネルソンの名前は初代『モスラ』に登場した悪役が由来。


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35、メカゴジラ怒る

版権の都合でなかなか出て来ないあいつです。タイトルの元ネタは『大魔神』。


 ネルソンがヒロセ=ゴウケンを“尋問”しているあいだ、別働隊がガレージを捜索していた。

 その指揮を執っているのは、坊主頭に蜘蛛の入れ墨を入れた、屈強な体格の女兵士。

 

 彼女の名は〈スヴェトラーナ=エブゲノブナ・モレクノヴァ〉。

 所属は新生地球連合軍〈 Legitimate Steel Order:LSO 〉、階級は少佐である。

 

「……おい、まだか」

 

 副官にそう訊ねる、モレクノヴァの声には苛立ちが滲み出ている。

 今日のモレクノヴァ少佐は不機嫌であった。

 ……佐官クラスであるはずの自分が、一体何が悲しくてこんなコソドロみたいなマネをせねばならんのだ。

 モレクノヴァ少佐はある失態が原因でネルソン特佐の副官につけられ、共に『目標』の回収を命じられた。

 たしかに自分は失態を犯した、その責は問われるべきだ。

 新生地球連合軍最高指導者の判断に異を唱える気はない。

 

 が、ネルソンの下というのが気に入らない。

 

 元々ネルソンは、新生地球連合軍においては下級士官だった。

 本来ならば、創設メンバーであるエブゲニー=ボリソヴィッチ・モレクノフを父親に持つモレクノヴァとは格が違う。

 それが今や立場が逆転し、ネルソンは特務少佐:略称特佐としてLSOの事実上の指揮官に収まっている。

 ……ネルソンのゴマすりクソ野郎め。

 〈統制官〉に気に入られたからって好き放題に仕切りやがって。

 

「まだ見つからんのか?」

 

 とにかく機嫌が悪いので、部下への当たりも若干悪い。

 足で床をコツコツ叩きながら副長に訊ねると、副長は緊張した様子で応えた。

 

「『目標』の反応が確認できません。あるいはステイシスモードで反応を消しているのではないかと……」

「ふん、こんな広くもない屋敷だろう。まさか煙になって消えるわけでもあるまい」

 

 憤懣やるかたないモレクノヴァは、部下の兵士たちに指示を飛ばした。

 

「なんとしても探し出せ! 反応はこの屋敷で途絶えた、この中にあるはずだ!」

 

 ちょうどそのとき、探知機を携えていた部下の一人が声を挙げた。

 

「少佐殿、反応ありました! クルマの中です!!」

 

 部下が指し示しているのは、オフロード仕様の大型車だった。

 車体側面には『Tachibana Salvage』とロゴが入っている。

 情報にあったサルベージ屋の車だ。きっと『目標』もスクラップとして回収したのだろう。

 

「荷台を開けろ」

 

 モレクノヴァの指示で、兵士たちはすぐさまクルマの後部に回り、ドアをこじ開けに掛かる。

 その作業中、最初に『目標』の反応を確認した部下が素っ頓狂な大声を挙げた。

 

「お、お待ちを!」

「なんだ、どうした」

 

 モレクノヴァが訊ねると、部下は探知機を凝視したまま青ざめた顔で言った。

 

 

 

 

「既に、起動しています……」

 

 

 

 

 同時に、クルマの後部荷台が吹き飛んだ。

 

 炸裂と共にキャンバストップのルーフが弾け、後部ドアに取りついていた兵士数名がまとめて弾き飛ばされる。

 咄嗟に自分の身を庇ったモレクノヴァは、荷台に仁王立ちしているそいつの姿を仰ぎ見た。

 

 鋭利な羽根を生え揃えた、猛禽の翼。

 恐竜の骨格標本を思わせる、長い尾とカギ爪。

 雪の結晶のように規則正しく揃った、背鰭。

 眩いばかりに白銀の光沢を放つボディ。

 そして赤く輝く両目。

 まさに機械仕掛けの悪魔。

 そしてこれこそが、モレクノヴァたちが探しに求めていた〈メカゴジラ〉だった。

 ……なんて恐ろしく、そして美しいのだろう。

 メカゴジラを前にしたモレクノヴァは一瞬茫然としていたが、すぐ指揮官としての本分に立ち戻り、兵士たちへ指示を下した。

 

「か、確保、確保!!」

 

 兵士たちが銃を構え、メカゴジラに発砲する。

 銃といっても実弾ではない、電極を撃ち込んで高圧電流を流すテーザーガンだ。

 まずはメカゴジラを傷つけずに確保する、それが最優先だった。

 

 兵士たちのテーザーガンから無数のワイヤーが放たれ、そのすべてがメカゴジラへ命中。

 無数のワイヤーが絡まったメカゴジラの体表で眩くほとばしる、青白い電光。

 人間だったら行動不能どころではない、感電死していただろう。

 

 だがメカゴジラは動じなかった。

 鞭のように長い尻尾を振るい、カミソリよりも鋭い背鰭のカッターで、自分を雁字搦めにしているワイヤーをまとめて斬り裂く。

 

 テーザーガンのワイヤーから解き放たれたメカゴジラは、今度は自分からワイヤーを射出した。

 〈ショックアンカー〉だ。

 四方八方に発射されたアンカーが周囲の兵士たちへと撃ち込まれ、すかさずメカゴジラはワイヤー越しに電気ショックを流し込む。

 

 瞬間の電圧は百万ボルト。

 流れた時間は刹那ほどの一瞬だったが、与えたダメージは大きい。

 兵士たちは呻き声を挙げながら、一斉に引っ繰り返ってしまった。

 そして敵を排除したことを確認したメカゴジラは背中の翼を広げ、マゼンタ色のプラズマジェットを吹かし始める。

 空を飛んで逃げる気だ。

 

「実弾に切り替えろ、なんとしても逃がすな!」

 

 モレクノヴァが叫んだが、兵士たちは動けない。

 この隙にメカゴジラは翼をはためかせ飛び上がり、目にも留まらぬスピードで兵士たちの間をすり抜けてガレージを脱出してしまった。

 

 ……『目標』に逃げられてしまった。

 モレクノヴァは無線機を取り、怒鳴るようにして報告を上げた。

 

「こちら『ギデオン』、『ピノキオ』と接触!

 『ピノキオ』、屋内へ逃走!……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「離せっ、離せったら!」

 

 銃声と同時に風呂場を飛び出したわたし:タチバナ=リリセだったが、外で待ち構えていた兵隊たちに速攻で取り押さえられてしまった。

 ……まぁ、風呂場で大声で歌ってたりしたら、そりゃあ見つかるよね。

 

 相手はどうやら訓練された兵士のようだった。

 エミィからメスゴリラ呼ばわりされるぐらいには脳筋体育会系のわたしだけど、流石に兵隊相手に勝てるほどじゃない。

 思いっきり暴れてやったものの護身用のピストルも取り上げられてしまい、ライフル銃を突きつけられて捕虜にされてしまった。

 

 離れから居間に移動すると、そこにはヒロセ家の人たちがいた。

 ゲンゴ君、サヘイジさん、ゴウケンおじさん、そしてエミィ。

 みんな、兵士たちによって捕虜にされていた。

 掴まれた腕を振り切り、わたしは皆の方へと駆け寄る。

 ……みんな、怪我している。なんて酷いことを。

 

「これは、これは、これは!!」

 

 背中からかけられた声に振り向くと、黒ずくめの男が薄笑いを浮かべて立っていた。

 どうやらこいつが兵士たちのリーダー格のようだ。

 睨みつけているわたしに、男は帽子を手に取って慇懃に頭を下げた。

 

「なんたる光栄! かの英雄、タチバナ准将の御息女にお会いできるとは!」

 

 ……ふざけてるのか、こいつは。

 眉を顰めているわたしに構うことなく、男は名乗り口上を続けた。

 

「新生地球連合軍Legitimate Steel Order(正当なる鋼の秩序)所属特務少佐、ベリア・ネルソンと申します。

 ファーストネームは……」

 

 と、いったん考えてから、ニヤリと笑った。

 

「そうですねえ、我が祖国アメリカで最も偉大な英雄にちなんでマティアス。

 〈マティアス=べリア・ネルソン〉とでも名乗っておきますかね。

 どうぞお見知りおきを」

 

 ……やっぱりふざけてる。

 アメリカの英雄マティアスといえば地球連合政府初代首相マティアス=ジャクソン、どうみても偽名だ。

 どこまで人を小馬鹿にすれば気がすむのだろう、この男は。

 

 わたしがいきり立っていると、ネルソンの胸ポケットに挿した無線機から音がした。

 無線機を取るネルソン。

 

「はいはい、こちら『正直ジョン』。

 ……なに、逃がしたァ?

 木偶人形一匹捕まえられねえのか、このボンクラがッ」

 

 一旦通信を打ち切ったネルソンは「これだから親の七光りは使えねえんだ」とぼやきながら、違う相手に通信を始めた。

 

「こちら正直ジョン。

 『ピノキオ』が逃走した。『ゴーレム』と『アバドン』の増援を頼む。

 繰り返す、こちら『正直ジョン』、『ピノキオ』が逃走し……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのとき、建物の屋根を突き破って、銀色の塊が降りてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鋼の翼、長い尻尾、そして赤い瞳。

 スーパーヒーローみたいな着地で降り立ったのは、メカゴジラⅡ=レックスだ。

 

 レックスはちょうどわたしたちと、わたしたちを見張っている兵士たちへ割り込むように着陸した。

 わたしたちを捕虜にしていた兵士は、自分たちのド真ん中に出現したレックスに動転し、咄嗟の反応が遅れた。

 

「どけぇ!」

 

 そこですかさずレックスは両手で兵士たちを掴み上げ、ポイポイと投げ飛ばしてしまう。

 兵士たちを蹴散らしたレックスが、わたしの方へと振り返る。

 

「リリセ、エミィ、みんな大丈夫!?」

 

 そのとき、レックスの顔を見たゴウケンおじさんが驚くべきことを呟いた。

 

「あ、あんた、あのときの……!?」

 

 ゴウケンおじさんは、愕然としていた。

 初対面のはずなのに、まるでメカゴジラⅡ=レックスの姿に見覚えがあるかのようだ。

 『あのときの』

 ……かすかに、わたしの遠い昔の記憶を刺激されたような気がした。

 15歳くらいの女性。

 まさか、()()()()()()()()()()()()()()って。

 

「……ようやくおいでなすったな。

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ(ダブルエックス)

 

 他方ネルソンは不敵な笑みを浮かべていた。

 ネルソンの合図で部下の兵士たちが一斉に銃を構える。

 その銃口はわたしたちへと向けられている。

 

「もうこいつらに用はない、殺せ!」

 

 撃たれる!

 わたしはとっさにエミィとおじさんを庇い、そして目を瞑った。

 

 

 

 

 しかし、銃声と金属音が雨垂れのように響いただけで、銃弾は一発も飛んでこなかった。

 

 

 

 

「……大丈夫? リリセ、エミィ」

 

 声をかけられたわたしが目を開けると、眼前にレックスの翼があった。

 レックスが、広げた翼を盾にして守ってくれたのだ。

 

「……よかった」

 

 わたしたちの無事な姿を見たレックスは安堵し、穏やかに微笑む。

 そしてすぐさまネルソンたちの方へと振り返り、低い声で唸った。

 

「……おまえたちは、『弱い者いじめをしちゃいけない』って親から教わらなかったのか?

 ましてやお年寄りや女子供に銃を撃つなんて」

 

 レックスの背中越しに、ネルソンたちが身じろいだのが見えた。

 ……レックスとは数日間ずっと一緒だったけれど、こんなレックスは見たことがない。

 あの温厚なレックスが、こんなに恐ろしげに見えるなんて。

 

 

「もう許さないぞ!

 その腐った性根、叩きなおしてやる!!」

 

 

 そう咆哮するレックス。

 その剣幕に一瞬怯んだマティアス=ベリア・ネルソンだったが、次の行動は素早かった。

 

「かまわん、撃てっ! 撃ちまくれっ!!」

 

 配下の兵士たちが、一斉にレックスへ銃口を向けた。

 

 しかし兵士たちが発砲するよりも先に、レックスが動いた。

 お尻から伸びた長い尻尾が風を切り、その先端から放たれたマゼンタ色の光が一閃する。

 

 兵士たちのライフル銃がバラバラに分解された。

 

 怪獣さえ切り裂く高圧プラズマジェットの火炎放射、〈デストファイヤー〉だ。

 兵士たちが構えていたライフル銃は、まるで野菜の笹掻きのように切り刻まれてしまった。

 一瞬のうちにメインの銃(プライマリ)のライフル銃が使い物にならなくなったことに気付いた兵士たちは、慌てた様子で腰に着けた予備(セカンダリ)の拳銃へ手を伸ばそうとしたが、そちらもレックスのデストファイヤーで撃ち抜かれてしまった。

 ……相変わらず、人間離れした精密さだ。

 ライフル銃を一瞬でバラバラにしてしまうほどの高火力をスレスレで撃ち込んでいるのに、そのライフルを携えていたはずの兵士たちには切り傷ひとつついていない。

 わたしがマタンゴに掴まったときも、レックスはこうやってデストファイヤーで助けてくれたのである。

 あのときだってレックスが加減を数ミリ間違えていたら、マタンゴだけじゃなくてわたしも一緒に切り身になっていただろう。

 呆気に取られている兵士たちに尻尾の矛先を向けながら、レックスは言い放った。

 

「……次はどこを切ろうか?

 指? 脚? 目玉? 好きなところを切ってあげるよ。

 安心して。一瞬だから()()()()()()()()()

 

 レックスの声は、普段の温厚な様子とは似つかわしくないほどに冷たかった。

 そしてこんな破壊力と剥き身の殺意を眼鼻の先で突きつけられて、ビビらない人間なんていやしない。

 

「……う、うわあああああああああ!!!!」

 

 メカゴジラⅡ=レックスを前に、LSOの兵士たちはあっという間に戦意を喪失。

 悲鳴を挙げながら我先に逃げ出してしまった。

 ……気持ちはわかるよ、わたしもあのときは危うく漏らし……いや、チビってないからね?

 

「お、おい! 指揮官置いて逃げるんじゃねえ、おまえら!!」

 

 部下が逃げ出したのを見たネルソンは「しょーがねえなああ!」とヤケクソ気味にレックスへ向き直り、そして手袋とコートを脱ぎ捨てた。

 

 ネルソンの両手は、人間の手ではなかった。

 五本指を備えた形状こそ人間と同じだが、色は銀色で、磨き上げられた鏡のような金属光沢を放っている。

 ……まるで同じだ、戦闘モードのレックスと。

 腕だけじゃない、コートの下に垣間見える素肌のところどころから機械のパーツが垣間見えている。

 このネルソン、さてはサイボーグか。

 

「メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ、お手柔らかに頼むぜ」

「ふざけるなっ!」

 

 メカゴジラ対サイボーグ。

 睨み合う両者。

 先に動いたのはネルソンだった。

 腰のホルスターからリボルバー拳銃を抜き、目にも留まらぬスピードで撃つ。

 早撃ちだ。レックスの体表を弾丸が撃ち抜く。

 

 だがレックスは物ともしなかった。

 悠々と尻尾を振るい、デストファイヤーでネルソンのリボルバー拳銃を逆に撃ち抜く。

 ネルソンのリボルバー拳銃は爆裂、使い物にならなくなってしまった。

 

「ちぃっ!」

 

 リボルバーを破壊されたネルソンは舌打ちしながら、続いて自身の両腕を変形させた。

 そして発射台と化した両腕から、丸鋸のような円盤をフリスビーのように射出。

 〈ブラデッド スライサー〉、高速回転しながら飛ぶ丸鋸が、周囲の家具の残骸その他を滅茶滅茶に斬り裂きながらレックスへと襲い掛かる。

 

 レックスはそれらを余さずキャッチし、紙を丸めるように捻り潰した。

 

「これで終わりか、ネルソン」

「お、オーケーオーケー、わかった、参った、降参、降参する……」

 

 ブラデッド スライサーをあっさり捻り潰されたネルソンは両手を掲げようとする。

 

 

 

 

「……なあんてな! 喰らえ、〈ブラッディ トリガー〉!!」

 

 

 

 

 掲げようとした手を振り下ろし、両手からワイヤーが射出された。

 ネルソンの両手から発射されたワイヤーは、レックスの両腕を絡めとり動きを封じてしまった。

 ……ブラッディ トリガー、聞いたことがある。たしかサイボーグ怪獣ガイガンが搭載していた鎖鎌だ。

 動きを封じられたレックスにネルソンは勝ち誇った。

 

「どうだ、これで動けまい!?」

 

 レックスも抵抗した。

 身体を縮こませ、腰を落として足を踏ん張る。

 ワイヤーが張り詰め、足が床にめり込んで音を立てた。

 ……嘘でしょう?

 レックスが引きずられつつあるこの現状、わたしは信じられなかった。

 大怪獣ラドンとも互角に渡り合ったレックス。それがまさか男一人にパワー負けするなんて。

 

 だがレックスは冷静に言った。

 

「……それで、どうやって身を護る気だ?」

「へ?」

 

 レックスの言葉に虚を突かれたネルソン、その隙にレックスは腕を思い切り()()()()()

 引き寄せるつもりが、逆に思いきり引き寄せられてしまうネルソン。

 

 その股間を、レックスの蹴りが穿った。

 

「んごぶっ!?」

 

 金属音と、ネルソンから間の抜けた呻きが響く。

 ……うわあ、痛そう。レックスの身体は鋼のナノメタルで出来ている。その蹴りを股間の急所に食らうなんて、いくらサイボーグでもあれは流石に痛いだろう。

 

「た、タマ、タマがっ……!」

 

 股間を蹴りつけられて力なく悶絶するネルソンの胸倉を、レックスは掴み上げた。

 

「い、いぎぃっ!?」

 

 喉を引きつらせながらもがくネルソンだったが、メカゴジラの腕力を振り払うことなど出来るはずもない。

 

「さっき、ヒロセ=ゴウケンさんやヒロセ=ゲンゴさん、サヘイジさんを痛めつけたのはおまえだな?」

「ま、待て、誤解だ……!」

「さらにエミィを虐めたのもおまえだし、銃で撃つように命令したのもおまえだ」

 

 怒りの(ほのお)をメラメラ燃え滾らせるメカゴジラⅡ=レックスに、ネルソンは顔を青くしながら懇願する。

 

「そうだ、ここは話し合おう! 平和的に!! おれは本当は平和主義者なんだ、だから……」

 

 こんな虫の良い言葉など、当然レックスは聞く耳を持たない。

 

 

「だまれ悪党め! こうしてやる!」

 

 

 レックスはネルソンを両手で担ぎ上げると、思いきり投げ飛ばした。

 投げた方角は窓。大の男が叩きつけられた衝撃で窓ガラスが粉砕され、耳障りな音が響く。

 「ごべげっ!」という間抜けな呻き声を挙げながら、ネルソンは表へと放り出された。

 そのあとを追って、レックスも屋敷の外へと躍り出る。

 

「く、来るなあ、バケモノめ!!」

「うるさい!!」

 

 地面に引っ繰り返ったままのネルソンの足を掴み、レックスは地面に叩きつけまくった。

 

「うぺっ、あぎっ、がぺっ!?」

 

 間の抜けた悲鳴を挙げながらボロ雑巾のようにされるネルソン。

 ……あれ、ヤバいかも。

 悪党が一方的に痛めつけられる展開に最初はわたしも痛快な気分になっていたけれど、アスファルトに何度も叩きつけるのは流石にやりすぎだ。

 そんなわたしの勝手な思いを尻目に、レックスは両目と背鰭を真っ赤に光らせながら怒鳴った。

 

「おまえだけは許さないぞ……絶対に!」

 

 そしてレックスが腕をメーサーブレードに変形させたのを見て、わたしは息を呑んだ。

 

 ……いけない!

 このままだとレックスが殺人マシーンになってしまう。

 

 わたしが飛び出すと同時、レックスが腕のブレードを振り上げた。

 

「おまえなんか、真っ二つにしてやる!」

「ひぃっ!?」

 

 

 

 

 

 

「駄目だレックス!」

 

 

 

 

 

 

 間一髪、わたしは間に合った。

 レックスの肩を強くつかみ、振り返らせる。

 ……危ないところだった。

 もう一瞬遅れていたら、レックスはきっとネルソンを脳天から叩き斬っていただろう。

 

「……どうして?」

 

 手を止めたレックスの表情は、困惑していた。

 『なんで? どうして止めるの?』

 そう言いたげに、レックスはわたしへ問いかける。

 

「こいつは、リリセの大切な人を面白半分で傷つけたんだよ?

 こういう奴が世の中を悪くするんだ。生かしとく価値なんかないよ!」

 

 ……たしかに、レックスの言うとおりかもしれない。

 世の中にはどうしようもないクズもいる。

 このネルソンとかいう悪党はまさにその典型例なんだろう。

 そういう奴は世渡りが上手で、悪いことをしても責任を他人へ押し付けて自分だけ逃げていってしまう。

 そんなズル賢い人間の屑に、報いを受けさせることが出来るタイミングなんて滅多にない。

 本当は情け容赦なんか掛けちゃいけないのかもしれない。

 

 でもね。

 

「だからって、やっぱり殺したりしちゃいけないよ。

 あなた、自分で言ってたじゃない、『みんなが幸せに笑える世界を創る』って。

 そのあなたが人殺しなんかしちゃったら、誰も笑えないよ」

 

 そうやって一生懸命にわたしが言って聞かせているところで、

 

「そ、そうだよー、レックスちゃん、無闇に人殺したりしちゃダメだよー……」

 

 とかなんとかネルソンが余計なことを言い出したので、わたしはその鼻面にブーツのローキックをブチ込んだ。

「てめー、自分のこと棚に上げてんじゃねーよっ!」

「がぺっ!?」

 べきっ、という鼻の骨が折れるような音が鳴り、ネルソンはブッ倒れた。

 

 ……話の腰まで折れてしまった。

 えーっと、何を言おうとしたんだっけ。

 わたしもそんな偉そうなこと言える人間じゃあないんだけど、まあ、とにかく、アレだ、

 

 

「こんな奴のために、あなたが人殺しになんかなっちゃダメだ」

 

 

 言われたレックスは少し考えていたが、やがて答えた。

 

「……うん、わかった」

 

 そして、腕のブレードを収めてくれた。

 瞳と背鰭からは相変わらず赤い光が滾っているけれど、顔つきはさっきよりもずっと落ち着きを取り戻している。

 もう誰かを殺そうとはしないだろう。

 

 ……よかった、わかってくれて。

 これでレックスを人殺しにしないで済んだ。

 

 わたしが安堵した、そのときだった。

 

 

 

 

 突然、ネルソンが笑い出した。

 

 

 

 

 わたしたちが振り向くと、ネルソンはゲラゲラ笑いながらこんなことを言った。

 

「……いやはや、メカゴジラ相手に説教(SEKKYO)ですか。

 まったく大したお嬢さんだ。

 いやあ、おもしれーもん見せてもらいましたわ、ホントに」

 

 ……こいつ、何を言ってるんだろう。

 レックスに痛めつけられたせいで頭でも打ったんだろうか。

 もしやわたしのローキック? いやまさか。

 わたしが怪訝に思っていると、ネルソンはこんなことを言った。

 

「こんな見世物が見られるなんて、痛めつけられてまで()()()()()()()()()()()()ってもんだぜ」

 

 なんだって?

 

「あぶないっ!!」

 

 問い詰めようとするわたしをレックスが抱きかかえ、その場から飛びのいた。

 

 

 

 

 直後、わたしたちの立っていた場所に金属の塊が墜落。

 アスファルトの破片を巻き上げ、地面に大穴を開けた金属の塊は、ガチャガチャと派手な音を立てながら()()()()()()

 

 

 

 

 ()()()の身長は、目算で四メートルくらいはあるように思える。

 体型は逆三角形で直立二足歩行、左右に突き出た肩からは太く逞しい腕がぶら下がっている。

 そして金属のボディ。この独特の目映(まばゆ)い銀色の光沢、材質はきっとスペースチタニウムだろう。

 

 まさにゴーレムだ。

 

 そのゴーレムの傍らでネルソンが立ち上がり、そいつに命令した。

 

 

「やっちまえ、〈メカニコング〉! メカゴジラをやっつけろ!」

 

 

 ネルソンが呼び寄せたスペースチタニウムのゴーレム:メカニコングは、両目を明滅させながらこちらへ歩み寄ってきた。

 わたしたちよりも一回りも二回りも大きい、見上げるほどの巨体。

 みっしりと金属が詰まった密度を感じさせる重い足音、近寄るだけで押しつぶされそうな強烈な威圧感。

 ……なんだこいつ、何者なんだ。

 思わず、身が竦んでしまう。

 

「リリセ、逃げて!」

 

 レックスの指示に、わたしは我に返った。

 ……そうだ、わたしがいてもレックスの足手纏いになるだけだ。

 わたしが屋敷の中へと退避したのを確認し、メカゴジラⅡ=レックスが吼えた。

 

「ロボット怪獣め!

 おまえなんかブッ壊してやる!」

 

 対するメカニコングも、両拳を胸へと打ち付けるドラミングで応えた。

 

 

 

 メカゴジラ対メカニコング。

 ロボット怪獣同士の対決が始まった。

 




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36、キングコング対ゴジラ ~『キングコング対ゴジラ』より~

プロレスです。


 メカゴジラⅡ=レックス対メカニコング。

 試合開始のゴングに代えて、メカニコングが両拳を打ちつける金属音が響く。

 

 先に仕掛けたのは、メカゴジラⅡ=レックスの方だ。

 近寄ってきたメカニコングに、レックスは腕を変形させたメーサーブレードで斬りつけた。

 レックスのブレードとメカニコングのボディ、金属同士の擦れ合う音と共に、メカニコングの体表から火花が散る。

 だが、メカニコングの機体にはかすり傷ひとつついていない。

 よほど頑丈なのだろう、普通に斬りつけるだけではダメージにならないのだ。

 

 レックスは後退して間合いを稼ぎ、メーサーブレードを蛇腹状に変形させ、メカニコングへと振り下ろす。

 メカニコングの胴体にメーサーブレードの刀身が巻きついて動きを封じると同時に、金属が軋む耳障りな音を響かせる。

 先日のアンギラス戦で高層ビルさえ輪切りにした、メーサーブレードの切れ味。

 あの破壊力で、メカニコングを真っ二つに挽き切るつもりだった。

 

 だがメカニコングを斬ることは出来なかった。

 軋んでいるのはメカニコングの機体ではなくて、メーサーブレードの方だ。

 メカニコングはメーサーブレードの刀身を掴むと、力任せに引き千切ってしまった。

 

 メーサーブレードを破壊されたレックスはさらに後退し、両手と尾先をメカニコングへ向け、さらに全身の装甲を展開した。

 

 腕からは超音速の電磁加速砲、レールカノン。

 指からは貫通ミサイル、フィンガーミサイル。

 尻尾からはプラズマジェット火炎放射、デストファイヤー。

 そして全身から放つ無数の誘導ミサイル弾幕、プロミネンス=REX。

 まさに全身武器の塊だ。

 

「喰らえ、〈オール・ウェポン〉!」

 

 破壊力抜群の必殺技がてんこ盛り、レックスはそんな一斉射撃(オール・ウェポン)をメカニコングへ撃ち込んだ。

 全弾が命中。

 爆炎と爆風、そして濃厚な粉塵がメカニコングを覆う。

 

 しかし、メカニコングには屁でもなかった。

 レールカノンとフィンガーミサイルはあっさり弾かれてしまったし、デストファイヤーやミサイル弾幕は上半身にちょっとした焦げ目をつけただけだ。

 

 そうこうしているうちに、メカニコングがついに間合いに踏み込んだ。

 ……まずい!

 咄嗟に尻尾をアックス状に変形させて、強烈な一撃を叩き込むレックス。

 テイルアックス、斬首刑さながらだ。並の怪獣なら首が刎ね飛ばされているだろう。

 

 しかし、メカニコングはびくともしない。

 それどころか、自身の喉元に打ち込まれたレックスの尻尾を鷲掴みにしてしまう。

 すぐさま尻尾を引っ込めようとするレックスだったが、メカニコングのパワーには敵わずそのまま掴み上げられてしまった。

 

「は、離せッ!」

 

 尻尾を吊るされた状態で暴れるレックスを、メカニコングはぐるんぐるんと振り回した。

 プロレス技でいうところのジャイアントスイングだ。

 レックスの小柄な体をメリーゴーラウンドのように振り回しながら、ブロック塀や電柱などに幾度も叩きつける。

 

 散々打ち付けたあとメカニコングは手を放し、勢いよくレックスを隣の建物へと放り込んだ。

 重たいナノメタルの塊であるメカゴジラⅡ=レックスの機体が衝突したことで、建物はまるごと全壊。

 レックスは倒壊した建材で生き埋めにされてしまった。

 

「えーいマヌケなサルめっ、もう怒ったぞ……!」

 

 すぐさま瓦礫を吹っ飛ばし、赤い目をギラギラ光らせながら立ち上がるレックス。

 

 

 

 その鼻先に、青い電光を迸らせたメカニコングのパンチが直撃した。

 

 

 

 〈エレクトロン=ハンマーナックル〉。

 落雷のような高圧電流を帯びた、解体重機の鉄球(モンケン)よりも重い一撃。

 電気ショックと強打、ナノメタルが苦手としている攻撃の合わせ技。

 

 ラドンのキックにすら怯まなかったはずのメカゴジラⅡ=レックスが、怯んだ。

 

 ふらついているメカゴジラⅡ=レックスを、メカニコングは容赦なく殴りつけた。

 フック、ボディブロー、アッパーカット、スレッジハンマー。

 続けざまに猛烈な電撃パンチを叩き込まれ、メカゴジラⅡ=レックスはとうとう膝を突いた。

 ノックダウン、ボクシングならこのままいけば負けである。

 

 勝負が決まったというのに、メカニコングはなおも無慈悲な攻撃を加え続けた。

 レックスの頭を鷲掴みにするとコンクリート塀に押しつけ、そのまま()()()()()で擦り崩すようにゴリゴリと擦りつけた。

 おまけにメカニコングは掌から電撃を流し続けているらしく、レックスはまともに身構えることすら出来ない。

 

 そうやって散々痛めつけた挙句の果てに、メカニコングはレックスを地面へと叩きつける。

 メカゴジラの機体がアスファルトへ深々とめり込み、巨大なクレーターを築き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンギラス、マタンゴ、ラドン、数々の強敵を相手にしながら互角以上に渡り合っていたメカゴジラⅡ=レックス。

 そのメカゴジラⅡ=レックスが、今はメカニコング相手に為す術もない。

 そんな戦いを眺めていたわたし、タチバナ=リリセは、このメカニコングがメカゴジラⅡ=レックスの天敵であることに気づいた。

 

 ……レールカノンやフィンガーミサイルでは、スペースチタニウムの頑丈な装甲を貫けない。

 マタンゴを八つ裂きにしたデストファイヤーも、メカニコングの重装甲には歯が立たない。おそらくスペースチタニウムをベースにした、対プラズマジェットの特殊反射コーティングが施されているのだろう。

 斧のフルスイングに似た尻尾の一撃(テイルアックス)も通用しないし、メーサーブレードに至ってはさきに見たとおりあっさり破壊されてしまった。

 きっとメーサー光線だって効かない。メーサー光線の原理は、電子レンジを武器にしたようなものだ。電子レンジで金属が加熱できないのと同様、スペースチタニウム製のメカニコングにメーサー光線は効果がない。

 

 

 ……そもそもメカゴジラは怪獣と戦うためのロボットだ。

 だから装備も大半が怪獣用で、メカニコングのようなロボットとの戦いなど想定していない。

 

 対するメカニコングは、LSOがメカゴジラを捕まえるために用意してきた、いわば切り札。

 メカゴジラの装備なんて殆どが対策済み、メカニコング自身の武器もメカゴジラを倒すために特化したものに違いない。

 まさにメカゴジラ・キラーだ。

 

 そして格闘戦、プロレスではどうみてもレックスの分が悪い。

 機敏さでは(まさ)るものの、パワーでは完全に押し負けている。

 これでは筋骨隆々の大男に小さな子供が挑むようなものだ。

 このままだとレックスが捻り潰されてしまう。

 わたしは深く息を吸い、立ち上がった。

 

「……ちょっと、行ってくるね」

「まて!!」

 

 一緒に隠れていたエミィがわたしの腕をつかんだ。

 

「ばか、行くな! 殺されるぞ!!」

 

 そうやってエミィは、わたしの腕を離そうとしなかった。

 ……エミィは本当に賢くて、そして本当に優しい子だ。

 これからわたしが何をしようとしているのか、ちゃんとわかっている。

 だからこそわたしを止めようとしているのだ。

 

 

 でも行かなきゃ。

 

 

「……あのね、エミィ」

 

 今にも泣き出してしまいそうなエミィに、わたしは真正面から向き合った。

 

「わたしはね、わたしたちを守る為に戦ってくれてる仲間を見殺しにするような、イヤな大人になりたくないんだ」

「だったらわたしも……」

 

 そうやって一緒について来ようとするエミィを、わたしは「ダメダメ」と制止した。

 

「エミィはおじさんやゲンゴ君たちを連れて逃げて。できるよね?」

 

 ……わたしは上手く笑えているだろうか。

 恐怖で引き攣りそうな口元を力押しで誤魔化し、笑顔を作る。

 でも、でも、と震える手ですがりつこうとするエミィに、わたしは言って聞かせた。

 

「大丈夫、大丈夫だから。

 あんなスペースチタニウムのモンキーシンバルなんかにわたしが負けるわけがない」

 

 ……そうだ、いいことを思いついた!

 わたしは思いつきを喋った。

 

「そうだよ、ほら、あいつはスペースチタニウムじゃん?

 バラバラにしたらきっと高く売れるよ、そしたらわたしたちも大金持ちだ!

 それでお祝いも豪勢にしよう!

 だから、ね?」

 

「リリセ……」

 

 わたしの気持ち、覚悟が伝わったのだろうか。

 エミィの手が一瞬、ゆるんだ。

 その瞬間、わたしはエミィを振り払い、全力で駆け出した。

 

「リリセッ!!」

 

 ……行先は決まってる。

 ()()を使おう。

 ()()ならきっとレックスを助けられるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 エレクトロン=ハンマーナックルの殴打でノックアウトされたメカゴジラⅡ=レックスに、メカニコングは伸し掛かった。

 いわゆるマウントポジションだ。

 メカニコングを押しのけようとするレックスだったが、電気ショックの余波で力が入らない。

 

 そんな、抵抗もままならないレックスを、メカニコングは両拳で容赦なく滅多打ちにした。

 

 パンチを一発叩き込まれるごとに電撃も流し込まれ、メカゴジラⅡ=レックスは弱っていった。

 雷よりも強い衝撃。これ以上打ち込まれ続けたら、さしものメカゴジラでも壊れてしまう。

 たとえレックス自身が戦い続けたくとも、電子頭脳に組み込まれた保護システムが作動して緊急停止するのも時間の問題だ。

 

 ただ電撃パンチで痛めつけることだけに特化したメカニコング。

 こんな創意工夫もないやつに、ハイテクの権化であるはずのメカゴジラⅡ=レックスが手も足も出ない。

 ……こんなやつに負けるなんて、悔しい。

 レックスがそう思ったときだった。

 

 

 

〈 おい、そこの100万ゴリラパワー! 〉

 

 

 

 響いた怒鳴り声。

 

 

 

〈 こっち向けええ!! 〉

 

 

 

 言葉のとおりに振り返ったメカニコングの顔面へ、重たい金属の円盤が飛んできた。

 フリスビーのような高速回転で飛んできたのはマンホールの蓋だ。

 猛スピードで投げつけられた重さ数十キロの鋼鉄の塊に、メカニコングはすかさず反応した。

 腰を捻り、腕を振り上げ、自慢の剛腕でタイミングよくキャッチするメカニコング。

 金属同士が激突する重い音が響いた。

 

 ……誰だろう、今のは。

 レックスは重たい首を持ち上げ、声が聞こえた方へと顔を向ける。

 声の主は、一台のパワードスーツだ。

 レックスは辛うじて動作するセンサーで、そのパワードスーツの細部をスキャンした。

 

 直立二足歩行に、長い腕を備えた胴体。

 旧地球連合が開発したもので、たしかアラトラム号やオラティオ号にも同型のモデルが載せられていたはずである。

 

 だが、かなり改造されている。

 

 旧タイプのパワードスーツがベースになっているが、金銀に輝く無限軌道(キャタピラ)のような装甲が追加されている。

 他にも背中には丸鋸のようなグラインダー、ドリルの鼻とショベルのような顎を備えた頭部。

 腰のラックにはドリルやハンマーなど数々の工具がずらりとぶら下がっており、チューンナップされたフットパーツにはホバリング用ブースターまで増設されている。

 レックスのデータベースによれば、これらの追加パーツは旧地球連合軍が使用していた『地底戦闘車』のものだ。

 あるいはスクラップから部品を転用したのかもしれない。

 

 そして胴体にあるのは〈MOGERA(モゲラ)〉のロゴ。

 

 そのロボット怪獣:モゲラの頭部スピーカーから甲高いハウリング音が走り、怒鳴り声が響く。

 

 

〈 やい、ブリキのゴリラめ!

 弱い者いじめしかできねーのかよ!? 〉

 

 

 その声は、タチバナ=リリセだった。

 モゲラのパイロットはタチバナ=リリセだ。

 彼女は今ロボット怪獣モゲラを駆り、メカニコングに戦いを挑もうとしているのだ。

 

 メカゴジラⅡ=レックスを救うために。

 

 

 

〈 来やがれ、バケモノ!! 〉

 

 

 

 面と向かって挑発されたことで、メカニコングもモゲラを敵と認識したようだ。

 掴んでいたマンホールの蓋を煎餅のように叩き割ったメカニコングは、行動不能のレックスをその場に捨て置いてモゲラへ挑みかかった。

 




あのBGM緊迫感溢れてて好きなんですけど、ついキングコングがとことこ歩いてる姿を幻視してしまうんですよね。


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37、MOGERA Ready To Go ~『ゴジラVSスペースゴジラ』より~

プロレスです。


 わたしは、小さな頃から映画が好きだった。

 

 特に好きなのは娯楽作品、ヒーロー映画だ。

 『007シリーズ』や『ワンダーウーマン』、『エクスペンダブルズ』も大好きだし、『スターウォーズ』についてはメディアが擦り切れるほど観た。

 勧善懲悪、アクション、スリル、友情、ロマンス、ド派手な特殊効果。

 親の顔よりも見慣れた――まあ両親がいないわたしは実際にそうだったりするんだけど――最高のヒーローたちが大活躍して、弱きを助け悪しきを挫き、そして大切なものを守り抜く。

 そんな映画たちを家のテレビで観ながら育ったわたしは『あんなヒーローになりたいな』と憧れたものである。

 大人たちからは『あんなもの本物の映画じゃない、そんな頭を使わない馬鹿げた映画ばかり観てるとバカになるぞ』なんて言われたっけ。

 

 ……『頭を使わない馬鹿げた映画』。

 たしかにそうかもしれない。

 だけどわたしに言わせれば『それだけしっかり作り込まれている』ということだ。

 人間というのは我儘だから、ほんのちょっとの違和感があるだけで観るのが嫌になってしまう。

 『頭を使わないで観られる』というならそれはつまり、そんな違和感を徹底的に排除することができた映画、ということに他ならない。

 頭を使わない馬鹿げた映画、大したことないように見えて実はとっても凄いことなのである。

 そんな夢いっぱいの映画を大迫力のスクリーンと音響で観たいときに観られる、そういう幸せな時代の人たちがテレビっ子のわたしは羨ましくて仕方なかった。

 

 

 一方、エガートン=オーバリーのメカゴジラ映画はあまり好きじゃなかった。

 正直、バカにしていた節すらある。

 

 

 ……だって一作目なんかアレよ?

 手作り感満載の着ぐるみで怪獣同士がプロレスするんだよ?

 『予算と時間がなかったから』って理由らしいけど、いくらなんでもそれはないでしょうよ。

 

 ゲンゴ君なんかは『わかってないなあ、それがいいんだよ。実写のミニチュア特撮にはCGにはない現実感があってだな……』なんて言い張っていたけれど、わたしには強がりを言ってるようにしか見えなかった。

 ミニチュアと着ぐるみなんて、それこそ作り物以外の何物でもない。だいたい実写とCGで作った爆発の区別もついてなかったでしょうが。

 

 確かにミニチュアはよく出来てると思うし、色々工夫してると感心することもある。

 だけどそれらにもやっぱり限界はある。

 それに、全部CGで出来ていたならそれこそもっと凄い映像になるに決まってる。

 想像してみ? フルCGの怪獣とスペクタクル。

 最高じゃん。

 

 ……なーんて言ったらゲンゴ君と掴み合いの喧嘩になって、二人でゴウケンおじさんに叱られたこともあったなあ。

 いやはや子供だったね、着ぐるみ怪獣映画ごときにムキになるなんて。

 閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな風に着ぐるみ怪獣映画をバカにしていたわたしが今、着ぐるみ(パワードスーツ)を纏って本物のロボット怪獣と戦おうとしている。

 運命とはまったくおかしなものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな話を脳裏に()ぎらせながらパワードスーツ〈モゲラ〉を駆るわたし、タチバナ=リリセ。

 挑む相手はメカゴジラさえも叩きのめす凶悪なロボット怪獣、メカニコング。

 モゲラ対メカニコング。

 スーパーロボット()()大戦の始まりだ。略してスパロボ。

 

「来やがれ、バケモノ!!」

 

 わたしの挑発に応えるかのように、メカニコングは腕を振りかぶってパンチを繰り出してきた。

 メカゴジラⅡ=レックスを叩きのめした、エレクトロンハンマーナックルのストレートだ。

 普通のパワードスーツならきっと直撃していただろう。

 が、うちのモゲラは一味違う。

 わたしが操作すると同時にモゲラも即座に反応。路面をホバリングで滑走し、メカニコングの殺人パンチをすれすれのところで回避することに成功した。

 

 モゲラはシルエットからよくデブと言われる。

 ズングリムックリなんていう人もいる。

 しかし見かけに惑わされてはいけない。ヒロセ工業のモゲラは動けるデブである。

 フットパーツも強化しているから普通のパワードスーツよりも機敏に、そしてしなやかに動くことが出来るのだ。

 ……いやあ、パワードスーツの運転免許講習、マジメに受けておいて良かったー。

 『芸は身を(たす)く』っていうけど、ホントだね。

 まあ、わたしのは二級免許だけどね。

 ちなみに我が愛しの妹分、エミィは一級免許。クルマだけじゃなくてこんなめんどくさい乗り物まで乗りこなすとかあの子、ひょっとして天才なんじゃないかしら。

 

 

 とはいえ調子に乗っている場合ではない。

 空振ったメカニコングのパンチは傍にあった電柱へ直撃、コンクリートを粉砕してしまった。

 メカニコングの動きは大振りだがスピードがあり、何よりパワーは桁違いだ。

 こんなのまともに喰らったら、モゲラでも一撃でオシャカだろう。

 

 だからわたしは攻撃を真正面から受け止めるのではなく、身を躱すことに集中した。

 飛んでくる必殺パンチをアームで叩いて逸らし、こまめなホバリングで素早く撹乱しながらボディへの直撃を回避する。

 まるで香港映画のカンフーだ。

 勢いに任せた出鱈目な操縦でしかないが、こちらがスピードで優っているおかげでなんとかやり過ごせそうだった。

 ……五感を酷使しているからか、頭に血が逆流してる気がする。

 頭がガンガンして鼻血が出そうだ。

 

 そうこうしているうちに、メカニコングのパンチがモゲラの装甲をかすった。

 金属を引っ掻いた時の、あの神経に(さわ)るイヤな音が耳を突く。

 ……今のはギリギリだった。

 しかしそろそろ限界だ。

 まだなんとか捌いているけれど、こんなのいつまでも続けてはいられない。

 一瞬でも気を抜いたら、パンチで胴体をぶち抜かれてしまう。

 

 他方、メカニコングはそんなことなどお構いなしに猛烈なパンチのラッシュを繰り出してくる。

 こっちはいずれ集中力が切れてへばるが、あっちは疲れ知らずのロボットだ。その気になれば一時間だって続けられるだろう。

 長期戦になったらこちらの負けだ。

 

 わたしはアームの操作を切り替え、次の手を繰り出すことにした。

 

 アーム切り替えに伴う一瞬の空白を突いて、メカニコングがパンチを繰り出してきた。

 狙うのはモゲラの胴体部分、つまりその中のコックピットにいるわたしだ。

 ……間に合うか?

 操作しつつも衝撃に備え、わたしは咄嗟に身構える。

 

 

 ガァーン、という金属音が響いた。

 

 

 メカニコングのコークスクリューブローは直撃する手前で突然軌道が逸れて、わたしのモゲラのアームの拳に吸い込まれた。

 腕を上げようとするメカニコングだったが、モゲラのアームから拳を外すことが出来ない。

 

 

 

 手品のタネは、鉄材を持ち上げるためのリフティング・マグネット。

 つまり〈電磁石〉だ。

 

 

 

 スペースチタニウムはチタニウムの名を冠しているものの、性質は全然違う。

 比重も強度も違うし何よりスペースチタニウムは強磁性、つまり()()()()()()()()()()()のだ。

 メカニコングがどれだけパワフルでも、そのボディの材質からは逃れられない。

 もう片方の腕で引き剥がそうとするメカニコングに、すかさずわたしはもう一本のアームからもマグネットを展開し、メカニコングの腕を吸いつけた。

 これでメカニコングは両腕がマグネットにくっついたことになる。

 ……よっしゃ、両腕を封じた!

 わたしはモゲラの鼻のドリルを高速回転させ、メカニコングの顔面に突き立てた。

 

 

 金属の削れる甲高い音。

 鮮血のように噴き出す火花。

 そしてメカニコングの右目が抉り取られた。

 

 

 モゲラの鼻に搭載されているのは必殺〈クラッシャードリル〉。

 スペースチタニウムの十倍硬いと言われる特殊超合金ミステロイド・スチールで出来ており、ノルマンディー上陸作戦で植物怪獣ビオランテにとどめを刺したといわれる伝説の名器である。

 『なんで鼻についてるの? 腕につけた方が便利じゃん』って?

 わからんかね、浪漫よ、浪漫。カッコいいでしょ?

 

 片目を潰されたメカニコングが怯んだのを見たわたしは、続いてモゲラのアームをハンマーへ換装する。

 ……レックスとメカニコングの戦いを思い出す。

 メカニコングの装甲はレックスのデストファイヤー、つまりプラズマジェットを(はじ)いていた。

 つまり並大抵の工具はもちろん、プラズマカッターでも歯が立たないということである。

 

 ……だけどそっちがスペースチタニウム装甲なら、こっちは合成ブルーダイヤのハンマーだ!

 

「だりゃあぁっ!!」

 

 ようやく立ち直ったメカニコングに、わたしは重たいハンマーのフルスイングを叩き込んだ。

 

 ゴオォォーン……

 

 一帯に、気持ちいい感じの金属音が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 レックスの攻撃でもびくともしなかった、メカニコングの顎がひん曲がっていた。

 

 

 

 

 

 

 この〈デモリッシャー・ハンマー〉は、旧地球連合軍の超兵器を解体(バラ)すためにヒロセ家で自社開発した自慢の逸品だ。

 戦闘用ではないけれどコレで壊せなかったジャンクは見たことがない。

 メーサー戦車、マーカライトファープ、対怪獣兵器をいくつもバラしてきたし、スーパーXⅡの超耐熱合金TA32だって破壊したこともある。

 

 もちろんスペースチタニウムだって打ち砕く。

 壊し屋(デモリッシャー)の名前は伊達じゃないのだ。

 

 

 わたしはメカニコングに、デモリッシャー・ハンマーの殴打を振舞うことにした。

 さっきレックスがやられた仕返しだ。

 こちらのペースに乗せられて反撃もままならないメカニコングを、わたしはボコボコに叩きのめした。

 

「オラッ、オラッ、オラオラオラオラッ!!」

 

 リズミカルな轟音、スペースチタニウムの装甲にキズとヒビが入り、凹みが生じる。

 工事現場さながらの騒音、ド派手な火花を飛び散らせながらメカニコングのボディへダメージを蓄積してゆく。

 このままノックアウトしてやる!

 

 メカニコングも反撃してきた。

 こちらの猛攻の隙間を縫いながら、エレクトロンハンマーナックルの一撃を繰り出そうとする。

 迫りくるメカニコングの猛烈パンチ。

 わたしはその勢いを活かしたカウンターで、ブルーダイヤのハンマーを鼻先にめり込ませた。

 ロッキー顔負けのパンチにあとずさるメカニコング、そしてわたしはハンマーで力一杯の下手投げを御見舞いしてやった!

 

「おんどりゃあァァ――ッッ!!」

 

 ハンマーのラッシュで突き飛ばされ、後ずさるメカニコング。

 これでトドメだ!

 そしてわたしはモゲラの拳を(パイル)へ換装させ、思いきり地面へと突き立てる。

 

 

 

 

 直後、メカニコングの足元が爆裂。

 周辺一帯が衝撃で揺れる。

 メカニコングの巨体が一瞬で地中へ沈んだ。

 

 

 

 

 モゲラ必殺、〈リクファクションアタック〉。

 地面に突き立てたパイルからの衝撃波で地面を揺らし、液状化現象(liquefaction)を起こす。

 元々は建物を発破解体するために考案された方法だが、十トントラックよりも重いヘビー級のメカニコングには効果抜群だ。

 

 

 地中に嵌まったメカニコングを横目に、わたしはぐったりと地面へ倒れたままのメカゴジラⅡ=レックスを見た。

 ……かわいそうに。延々と叩き込まれ続けた電気ショックとパンチのせいで、今もまだ動けないのだろう。

 

 そしてメカニコングに視線を戻す。

 地中へ埋まったメカニコング。

 さしずめ蟻地獄だ。這い上がろうと藻掻けば藻掻くほど、どんどん沈んでいってしまい、最初は両脚までだったが、今や下半身が完全に埋まってしまった。

 

 

 

 そんなメカニコングの前に、わたしは立つ。

 

 

 

 ……よくもレックスをいじめたな、機械仕掛けのドンキーコングめ。

 おまえのことは絶対に許さない。

 モゲラの両腕をハンマーに換装しながら、わたしは吼えた。

 

「おまえなんかバラバラのスクラップにして、蚤の市で叩き売ってやるッ!!」



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38、スーパーメカゴジラ ~『ゴジラVSメカゴジラ』より~

プロレスです。


 液状化した地面に嵌まり込んで動けないメカニコングと、そいつをモゲラのデモリッシャー・ハンマーで延々と殴り続けるわたし、タチバナ=リリセ。

 わたしはメカニコングに一切容赦しなかった。

 

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――――ッッ!!

 

 ……『It is a beauty killed the beast』って?

 よせやい。いくらわたしが超絶銀河スーパーウルトラセクシーキュートな美少女だからって『beauty』だなんて照れるじゃん。

 え、なに、『コングにオラオラかましてるメスゴリラが何言ってんだ』って?

 花も恥じらうこの乙女にそんなこと言うデリカシーゼロ野郎は、このブルーダイヤのハンマーでブッとばすぞ☆

 

 ……とまあ冗談はさておき。

 しかし流石にカタいな。

 メカゴジラⅡ=レックスとの格闘戦を想定した設計だからか、メカニコングはわたしの想定を遥かに超えて頑丈だった。

 これだけハンマーで滅多打ちにしているのに、メカニコングは装甲が凹むだけで機能停止には至らない。

 とはいえまだ“手”はある。

 モゲラのアームを腰へと伸ばし、新しい工具へと換装する。

 

 わたしが選んだのは〈バスタードリル〉。

 オペレーション=グレートウォールでの土木作業に使われたドリルビットのコピー品で、パワードスーツ用に小型化したものだ。

 これさえあればスペースチタニウムの装甲なんて目じゃないぜ!!

 わたしはバスタードリルをメカニコングの右肩関節へと突き立て、スイッチを入れた。

 

「喰らえッ!!」

 

 バスタードリルが猛烈な勢いで回転し、メカニコングの肩から火花と削りカスのシャワーが血飛沫のように噴き出す。

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ……という機関銃のような金属音が数十秒ほど続いただろうか。

 

 手応えがあった。

 

 それと同時にメカニコングの右肩から力が抜け、上腕がだらしなく外れ落ちた。

 ついにメカニコングの肩関節を粉砕してやったのだ。

 

 ……いける!

 

 わたしは真っ赤に加熱したバスタードリルの矛先を、今度は胸部装甲の隙間に突っ込んだ。

 狙うはメカニコングの体内、そのまた奥に収まっているはずの動力機関だ。

 再びドリルのスイッチを入れ、ひときわ激しい金属音がわたしの聴覚を乱打する。

 ……さっきは肩関節だったが今度は大事な機関部が収まった胴体部分、それなりに装甲も分厚いだろう。

 むしろこちらのアーム強度がもつだろうか。いくらドリルが頑丈でも、それを支えるアーム部分が壊れる可能性は充分ある。

 モゲラ勝つか、コング勝つか。

 この勝負は、技術力が高い方が勝つのだ。

 

 そして勝ったのはわたし()()だった。

 

 甲高い金属音と共に、バスタードリルがメカニコングの胸部装甲を突き破った。

 あと一発でメカニコングは串刺しだ。

 ……いいや、そんなものでは物足りない。

 わたしはモゲラのアームをパイルへ換装した。リクファクション・アタックをコングの体内にぶち込んで粉微塵にしてやる。

 わたしは勝利を確信し、叫んだ。

 

「やった、勝ったッ!!

 くたばれ(Die)このクソゴリ(you Motherfuc)……」

 

 

 

 

 

 そのとき、メカニコングの目が閃光を放った。

 

 

 

 

 

 突然のストロボフラッシュ。

 真っ白な光に目を貫かれ、わたしは視覚を奪われた。

 

「しまった……!」

 

 モゲラが倒れないようバランスを取ることは出来たけど、手探りの操縦ではそこまでが限界だ。

 攻撃は中断せざるを得ない。

 

 

 その隙にメカニコングが動いた。

 

 

 眩んだ目をなんとかこすって視覚を取り戻したわたしが見たのは、液状化した地面から大ジャンプで飛び出すメカニコングの巨体だった。

 地中からロケットで飛び上がったのだ。

 

「嘘でしょ……!?」

 

 稲光を迸らせる巨大な拳を振り上げながら、メカニコングの巨体が急降下してくる。

 隕石さながらの加速と迫力。

 思わず身がすくんだ。

 

 わたしは咄嗟に反応できず、メカニコングのパンチを思い切り喰らってしまった。

 桁違いの衝撃がクリーンヒット、わたしの意識は一瞬ブッ飛んだ。

 

「ぐっ……!!」

 

 くらくらする頭を振るい、引っ繰り返りかけたモゲラを持ち堪えようとするわたしだったが、メカニコングはすかさず追撃を加えた。

 

 

 

 二度目の攻撃は、アッパーだった。

 

 

 

 重さ十二トンのモゲラが宙に浮いた。

 機内のわたしも無重力感に浮き上がり、十数メートルほど吹っ飛ばされ、地面へと墜落。

 わたしの目の中で星が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピー、ピー、ピー、ピー……

 

 ……電子音がけたたましく鳴り響いている中、瞼を開けると左目に血が入った。

 どうやら額から流血しているらしい。殴りつけられた拍子に切ったのだろう。

 

 モゲラを立ち上げようとするわたしだったが、それが叶わないことを察知した。

 アームとフットパーツ、それら全てが折れてしまっている。そもそもシステムが停止していて、操作を受け付けない。

 心の中でわたしはぼやいた。

 

(モゲラよう、おまえだらしないなあ!)

 

 ……いや、だらしないのはわたしの方か。

 改造してあるとはいえ所詮は作業用重機だ。多少ぶつけたくらいではびくともしないが、メカゴジラを叩きのめすほどのパワーで殴られるとなると話は違う。

 モゲラは悪くない、ちゃんと乗りこなせなかったわたしが悪い。

 勇ましいことを言ったくせに、実際にスクラップにされるのはわたしの方だったようだ。

 

 ふらつく頭に喝を入れ直していると、凄まじい金属音と共にコックピットのキャノピーが引き剥がされた。

 密封されていたはずのコックピット内に外気が入り、外の光が差し込んでくる。

 

 

 いきなり開ける視界、モゲラの装甲板を鷲掴みにしたメカニコングが仁王立ちしていた。

 

 

 ハンマーで殴られ、ドリルで削られ、外装がズタボロになっている。

 けれど動作に支障はないようだ。

 さっきわたしがぶっ壊してやったはずの肩も、多少角度がおかしくなっているもののちゃんとくっついて動いている。強力な自己修復システムが備わっているのだろう。

 ……装甲を破ったくらいのことで勝ったつもりになってた自分が、なんだかバカみたいだ。

 

 

 そうこうしているうちに、メカニコングがコックピットへ手を伸ばす。

 

 

 ……ヤバイ!

 わたしはシートベルトを外して脱出しようとしたが、それよりも先にメカニコングの巨大な手がわたしの身体を鷲掴みにしてコックピットから引き摺り出した。

 

「離せっ、この変態クソゴリラめっ!!」

 

 拳でメカニコングの手を殴りつけてみるけれど、びくともしない。

 メカゴジラのミサイルも効かない相手なのだ、人間の素手で殴ったところで勝てるわけがない。

 メカニコングの手の中でじたばた暴れているわたしの胴体に、締め付けられる感覚が走った。

 

「ぐぁっ……!」

 

 ミシミシと肋骨が軋み、内臓が潰される激痛。

 メカニコングはわたしを握り潰すつもりだ。

 

「が……は…………!!」

 

 息が詰まり、視野が真っ赤に充血してゆく中でわたしは考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……元々、わたしはメカニコングを真っ向から倒そうと思ってはいなかった。

 いや、負け惜しみじゃないよ。本当にそうだったんだってば。

 

 だいたいさー、モゲラがいくら最強の解体重機だからといって、所詮は重機だよ?

 『ダンプが戦車に挑んで敵うか?』って話でね、倒せるわけないじゃん。

 いや、コ〇ツの巨大ダンプとか来たら勝つかもしれないけどさ、メカゴジラをぶっ倒すメカニコングを解体作業用のパワードスーツなんかで倒せるわけがない。

 そんなわけでわたしはメカニコングを倒してやろうなんて最初から思ってなかったのだ。

 

 とはいえ負けてやるつもりもない。

 ただし、“勝ち”とは正々堂々対決して打ち倒すこととは限らない。

 

 わたしにとっての“勝ち”とは、『目標を達成すること』だ。

 ビジネスにおいてわたしが欲しかったものが予定通り得られれば、相手がもっと儲かったとしてもこっちの勝ちだとわたしは考える。

 もちろんもっと多く儲かるに越したことはないけれど、欲をかくことはしない。

 欲しかった分だけ、そして必要な分だけ稼げればそれでわたしの勝利なのだ。

 

 

 今回だってそうだ。

 たとえわたしが倒せなくても、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 わたしが捻り潰されそうになったまさにそのとき、轟音が響いた。

 重厚な金属の足音。

 メカニコングとわたしは足音が響いた方角へほぼ同時に振り向き、その姿を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――灼熱のマゼンタ色のプラズマが揺らめく、クリスタルの背鰭。

 

 全身から眩いばかりに漲る、白銀の輝き。

 

 そして底無しの激情に燃える、赤い瞳。

 

 

 ()()は怒りの咆哮を挙げた。

 

 

 

 

 

「タチバナ=リリセを離せ、このバケモノめ!」

 

 

 

 

 

 そう吼えたのはメカゴジラⅡ=レックスだ。

 見目形(みめかたち)は似ていなくとも、その威容はあの怪獣王を思わせた。

 

 

 

 

 ……やった、今度こそ勝った!

 

 

 

 

 わたしがモゲラで戦いを挑んだ真の理由。

 それは『メカゴジラⅡ=レックスが復活するまでの時間稼ぎ』だ。

 多摩川の戦いでアンギラスから手痛い一撃をもらって動けなくなりながら、それでもレックスは再び立ち上がり、わたしの命を救ってくれた。

 今回もきっと立ち上がってくれるだろう。

 

 しかしそれには時間が必要だ。

 わたしはレックスを信じ、勝負に打って出た。

 

 ……といってもそれほどリスキーな賭けでもなかったけどね。

 わたしの体を冒したマタンゴを駆逐し、ラドンに踏み潰されても屈せず立ち向かってくれた。

 そんな最高にカッコいい最強のスーパーロボット、メカゴジラⅡ=レックスが、あんなかみなりパンチごときでダメになるわけがないのである。

 ざまあみろ、クソゴリラめ。

 

 

 

 

 叩きのめしてやったはずの敵が再起していることを察知したメカニコングは、手の中のわたしを放り捨てると、復活を遂げたメカゴジラⅡ=レックスへ向かってゆく。

 思い切り振りかぶった鋼の拳からは青白い雷光が溢れている。

 

 エレクトロンハンマーナックル、パワー全開の一撃をレックスは顔面から受けた。

 雷鳴よりも壮絶な爆音と、重たい金属同士が正面衝突する衝撃。

 その場の空気が揺れた。

 

 

 だが、レックスはものともしなかった。

 

 

 続けざまにパンチのラッシュを叩き込むメカニコング。

 しかし、金属を打ち付ける音が響くだけで、今度のレックスはまったく堪えていなかった。

 まさに蛙の面に水、まるで効いていない。

 メカニコングのパンチを真正面から受けてもびくともしない、メカゴジラⅡ=レックスの雄姿。

 それを見ながら、わたしはエガートン=オーバリーのメカゴジラ映画を思い出した。

 

 

 ――必殺、〈ハイパーランス〉!!

 腕を変形させた長さ最大500メートルの巨大槍で、その硬さはダイヤモンドの約十倍!

 プラズマジェットで空高く舞い上がり、超音速の錐揉み急降下でゴジラを串刺しの刑にしてやれ、メカゴジラ!!

 

 

 ……というのが、あのメカゴジラ映画のクライマックスだった。

 原理はあのハイパーランスと同じだろう。

 ダイヤモンドより硬い槍が造れるのだから、全身をスペースチタニウムより硬く出来るのも当然なのだ。

 レックスの鋼の意思を体現したかのような、雷の一撃も寄せつけない鋼のボディ。

 ……その最強形態に名前を与えるならば。

 

 

 

 

 〈スーパーメカゴジラ〉とでも言うべきか。

 

 

 

 

 なおも乱打し続けるメカニコングの両拳を、レックスは鷲掴みにした。

 振り払おうとするメカニコングだったが、フルパワーを発揮したスーパーメカゴジラの腕力から逃れることなど出来ない。

 そんなメカニコングに、レックスは告げた。

 

「……メカニコング。おまえは可哀想だ。

 こんなにパワーがあるのに、誰かを殴ることしかできないなんて」

 

 そう語るレックスの声は心底悲しそうだった。

 ……人間の役に立ちたいという気持ちでいっぱいで、『みんなが幸せに笑える世界を創る』と語っていたレックス。

 そんなレックスにとって、このメカニコングのような『人を傷つけるだけのマシーン』はどうしようもないくらい悲しい存在なのだろう。

 

 「だから、ボクは、」とレックスは力を込めて言った。

 

 

 

 

「おまえのことを許さないッッ!!」

 

 

 

 

 そしてレックスはメカニコングをグイと引き寄せ、強烈な頭突きを喰らわせた。

 ダイヤモンドよりも硬いヘッドパッドがメカニコングの脳天へと直撃、金属の砕け散る轟音が響き渡る。

 メカニコングの頭が胴体へめり込むと同時に、掴まれていたエレクトロンハンマーナックルが握り潰された。

 

 自慢の両拳を粉砕されて後ずさるメカニコングに、レックスはすかさず貫手突(ぬきてづ)きを打ち込んだ。

 狙うは、先ほどモゲラが開けた胸部の大穴。ゴジラさえも串刺しにするハイパーランスの一撃がスペースチタニウムの装甲を打ち破り、派手な金属音と共にメカニコングの機体を貫く。

 胴を刺し貫かれてもなお足掻いているメカニコングに、レックスが吼えた。

 

「バラバラに吹っ飛ばしてやる!」

 

 そしてレックスが背鰭をマゼンタ色に光らせたとき、わたしはレックスが何をしようとしているのか理解した。

 ……たしかに、メカニコングの重装甲にレックスのデストファイヤーは通用しない。

 

 だが、その内側は違う。

 

 

「くたばるがいい!!」

 

 

 両目と背鰭を真っ赤に光らせながら、レックスは手からデストファイヤーを点火した。

 燃え滾るデストファイヤーの拳、メカゴジラの猛烈パンチ。

 

 

 

 

 放った先はメカニコングの体内だ。

 

 

 

 

 レックスはいきなり出力を全開にしたらしい。

 だからだろう、メカニコングの装甲の隙間や亀裂、その他ありとあらゆる穴という穴からマゼンタ色の炎が凄まじい勢いで噴き出している。

 ……メカニコングがロボットでよかった。

 こんなの、生きたまま内臓だけを焼かれているも同然だ。

 もしも動物だったらこれ以上に残酷な死に方はない。

 

 メカゴジラⅡ=レックスのデストファイヤーで、体内から焼き尽くされてゆくメカニコング。

 スペースチタニウム装甲の内側から、プラズマジェットの反響音がひびく。

 その金属音は、メカニコングが叫んだ断末魔の悲鳴にも聞こえた。

 

 メカニコングの動きが停まってもレックスはデストファイヤーを放ち続け、やがてメカニコングの装甲が赤熱し始めていた。

 ……きっと、デストファイヤーを弾いた対プラズマジェットのコーティングは機体の外側だけにしか施されていないのだろう。

 それにプラズマジェットを弾くといっても、フルパワーの高圧高温で(あぶ)られ続けていれば話は変わってくる。

 

 ……まさか本当にメカニコングを吹っ飛ばすつもりなのだろうか。

 衝撃に備え、わたしはとっさに顔を庇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メカニコングが爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……一帯に熱い空気が溢れ、樹脂や電子基板が焦げた悪臭が立ち込めている。

 わたしが目を開けると、メカニコングは上半身が消し飛んでいた。

 残ったのは丸太より逞しい二本足だけ。しかしそれらも風に吹かれてゴトンと倒れてしまった。

 ……今まで戦った中でも群を抜く強敵だったメカニコング。

 もしもレックスがあのLSOとかいう連中の手に落ちたら、あるいはこのメカニコングのような恐ろしい殺人マシーンに作り替えられていたのかもしれない。

 そんなことはあってはならない、断じて。

 

 その傍らで、メカゴジラⅡ=レックスがへたり込んでいる。

 史上空前のロボット怪獣同士の戦いで、流石に疲れてしまったようだ。

 

「おーい、レックス!」

 

 レックスを労おうと、わたしは手を振りながら駆け寄った。

 

「……! リリセ!」

 

 どうしたのレックス、そんな顔して……

 

 

 

「伏せて!!」

 

 

 

 それと同時に、わたしの背中に針で刺したような鋭い痛みが走った。

 

「……はへ?」

 

 そのとき自分の身に何が起こったのか、わたしにはわからなかった。

 同時に強烈なショックが全身を襲い、わたしはその場にぶっ倒れてしまった。

 

「……あ……ふぁ……ふぇ……!?」

 

 立ち上がろうとしたが、出来なかった。

 まるで感電した直後みたいだ。身体に力が全く入らない。

 期せずして地面に押し当てた耳が、遠くから近づく数人の足音を捉える。

 

 テーザーガンを携えた兵士たちの姿が、視界に入った。

 その姿を見たわたしは、自分がテーザーガンで撃たれたことをようやく理解した。

 

 兵士たちに続いて視界に入ったのは、黒ずくめの男の姿。

 男は言った。

 

 

 

 

 

 

「おーっと、動くなよメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ。

 さもないとお友達が死ぬぜ」

 

 

 

 

 

 

 その男、マティアス=ベリア・ネルソン。

 ネルソンは、エミィ=アシモフ・タチバナを羽交い締めにしてピストルを突きつけていた。

 




「オマケ設定:メカゴジラⅡ=レックスの武装 その2」

思いつきで追加した武装各種です。

・アンドレイ
1センチにも満たない大きさの、超小型偵察機。
レックス本人と視聴覚を共有しているのはヤタガラスと同様だが、その小ささを活用した隠密行動や偵察を得意とする。

・ショックアンカー
ワイヤーを撃ち込むテーザーガンの一種。
パラライズミサイルと似ているが有線制御でより精密な調整が可能なため、対人の非殺傷兵器として使用することが多い。

背鰭カッターカッターフィン
メカゴジラⅡ=レックスの背鰭パーツ。平時は小型化しているが戦闘時には展開される。
なおこの背鰭はオーバーヒート防止のヒートシンクとしても機能し、レックスがフルパワーを発揮するとマゼンタやレッドに発光する。

・テイルアックス
尻尾を変形させた巨大な斧。
ナノメタルで高密度形成された刃を、超音波振動で加熱して高速で叩き込む。単純だがその分強力で、怪獣の首も刎ねるほどの破壊力を持つ。
メカゴジラのテイルブローやブレードランチャー、ハイパーランスは、このテイルアックスの発展系に当たる。

・オールウェポン
フィンガーミサイル、デストファイヤー、プロミネンスREX、レールカノンの一斉射撃。メカゴジラⅡ=レックスの必殺技のひとつ。

・ハイパーランス
硬質化したナノメタルの貫き手で相手をぶち抜く技。オリジナルのメカゴジラのハイパーランスに相当する。

・デストファイヤー・フィスト
ハイパーランスからの派生技。串刺しにした相手の体内で大火力のデストファイヤーを噴射、木端微塵に爆殺する。
メカゴジラⅡ=レックスの体内放射のような技。


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39、さよならレックス

 エミィが、ネルソンの人質にされてしまった。

 ネルソンの腕に捕まえられながら、エミィが必死にわたしたちの名前を叫んでいる。

 

「リリセ、レックス!」

「お……ふぁ……!!」

 

 わたしはエミィに応えてあげたかったが、テーザーガンのショックで喉が痺れて声が出ない。

 這いずって逃げようにも、手足に力が全く入らない。

 そしてわたしも、自身のこめかみに冷たい鉄の感触が押し当てられるのを感じた。

 きっと銃口を突きつけられているのだろう。

 

 エミィの方はというと、ネルソンの腕の中で暴れたり噛みついたり必死に暴れていたが、ネルソンの腕力が強いのかびくともしないようだった。

 そんなわたしたちを見て、レックスがいきり立った。

 

「おまえ……っ!」

「おっとっと」

 

 尻尾のデストファイヤーを構えようとするレックスに、ネルソンはこれ見よがしにピストルをエミィの顔に押し付けた。

 そんなネルソンに合わせるように、LSO兵士たちもわたしへ銃口を向ける。

 ネルソンはへらへらと笑いながら言った。

 

「刺身にされるのは御免だぜ。

 もしここでおれを殺したとしてどうなる?

 おれは()()()()引き金を引いちまうだろうなあ」

 

 ……ぬかった。

 エミィ一人に任せるべきじゃなかった。せめてわたしが一緒に行っていれば。

 そんな思いが頭をよぎったけど、すぐに思い直した。

 仮にモゲラに乗っていたとしても、怪我人を庇いながらでは戦えない。わたしがいたところで単に羽交い締めにされる人質が増えただけだったろう。

 

 わたしたちが悔しげに睨みつけている前で、ネルソンは飄々と言った。

 

「……あーあ、やってくれちゃって、まあ。

 うちのドクター、怒るだろうなあ」

 

 そうぼやくネルソンの足下には、メカニコングの頭の残骸が転がっている。

 語っている内容は愚痴っぽいが、語る口調はどこか楽しげだ。

 

「しかしうちの強化型メカニコングをここまでぶち壊すとは、なかなか大したもんだ。

 流石あのタチバナ准将の御息女と、人類最後の希望:メカゴジラさんだけはある」

 

 ネルソンはいたく感心していた。

 そしてわたしに向き直り、にやにや笑いながら言った。

 

「どうです、ミス・タチバナ。LSOに来ません?

 きっとうちのボス、統制官もあんたのことを気に入るだろうぜ」

 

 わたしは即答した。

 

「ふあうぇぅあッ!!」

 

 『ふざけんな!!』と怒鳴ったつもりだった。

 だけど電気ショックで口が回らず、変な呻き声が涎と一緒に漏れただけだ。

 そんな情けないわたしをネルソンはゲラゲラ笑った。

 

「んー、日本語でおK」

 

 ……どこまでも人をコケにしやがって!

 地面に転がってうーうー唸りながら憤慨するわたしを横目に、ネルソンは今度はレックスに話しかけた。

 

「なあ、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ。

 おまえは手強い、それはよーくわかった。

 だから此処でひとつ()()と行こうじゃないか」

「……取引?」

 

 牙を剥き出しにして威嚇するレックスに、ネルソンは臆することなく“取引”を持ちかけた。

 

「おれたちLSOはおまえが欲しい。

 もしおまえが素直に投降してくれるっていうなら、タチバナ=リリセたちのことは助けてやってもいい。どうだね?」

 

 わたしの名前が出た時、レックスがわずかに身じろぎしたのが見えた。

 ……レックスが迷っている。

 その迷いを振り払うかのように、レックスは声を張り上げた。

 

「……いいや、信じるものか! そうやってヒロセ家の人たちを騙したくせに!」

 

 もっともな指摘にネルソンは平然と答えた。

 

「あれは事故みたいなもんさ。

 言ったろう、おれは本当は平和主義者なんだ。

 欲しいものさえ手に入れば他の奴に用はない」

 

「レックス、耳を貸すな!」

 

 羽交い締めにされながら叫んだエミィを、ネルソンは「だまれクソガキ」と締め上げた。

 

「オトナが大事な話をしてるんだ、ガキがしゃしゃり出てくるんじゃねえ」

 

 首を絞められて顔を真っ赤にしながら暴れるエミィを抱え、ネルソンは選択を迫った。

 

「さあ、どうする、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ?

 御友達をとるか、それとも我が身をとるか?

 おれとしてはどっちでもいいんだぜ。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 そんなネルソンの言葉で、レックスの様子が変わったのを感じた。

 

 

 

 友達を助けるか。

 自分の身を護るか。

 究極の二択だ。わたしだって迷うだろう。

 

 

 

 だけど、レックスは違う。

 メカゴジラとして生まれ、人の役に立ちたいと願ってやまなかったレックス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなレックスの答えなんて、きっと聞くまでもなく決まっていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかったよ」

 

 『待って、行っちゃダメだ!』

 わたしはそう叫んだつもりだったけど舌が全く回らず、意味不明な叫び声にしかならなかった。

 そんなわたしを余所に、レックスはネルソンに訊ねた。

 

「……本当に、リリセたちのことは助けてくれるんだな?」

「あぁ、おれは約束を守る男さ。『正直ジョン』だからな」

 

 最後にレックスが振り返ったとき、わたしと目線が合った。

 ……その時のレックスは名残惜しそうで。

 

 そしてとても悲しそうだった。

 

 

 

 

 

 

「……さよなら、リリセ」

 

 そしてメカゴジラⅡ=レックスは、トランクに変形してしまった。

 

 

 

 

 

 

 メカゴジラⅡ=レックスの降伏を見届けたネルソンが口を開いた。

 

「モレクノヴァ、メカゴジラにロックを掛けろ」

「わたしにいちいち指図(さしず)するなっ」

 

 モレクノヴァと呼ばれた副官がぶつくさ文句を垂れながら、停止状態(ステイシス)のメカゴジラⅡ=レックスに電磁ロックを掛けてから抱え上げる。

 そうやってメカゴジラをしっかり確保できたところで、ネルソンは他の部下たちに告げた。

 

 

「ジジイと野郎は殺せ」

 

 

 その合図で、LSOの兵士たちは建物の中へと入って行った。

 

()っ、騙したの(らあひらろ)!?」

「騙したとは人聞きの悪い」

 

 (いきどお)るわたしに、ネルソンは平然とした顔でこう言ってのけた。

 

「言ったとおりでしょう、()()()()()()()()()()()()()()()()()ってね。

 ヒロセ家の人間を助けるとは言ってない。

 駄目だぜ、悪いオトナと取り決めするときはちゃんと確認しなきゃあ」

 

 ……なんてヤツだ。

 何が『正直ジョン』だ。

 こいつ、最低最悪のゲス野郎じゃないか。

 

「だいたい、こんな目撃者を生かしとくわけねーだろうが。

 さてミス・タチバナ、あんたの処遇だが……」

 

 ネルソンの言葉に合わせたように、LSOの兵士たちが地面に倒れているわたしを抱え上げた。

 無論、親切で立たせてくれたわけではない。

 

「あ、あんら、さっひ……」

 

 不意に羽交い締めにされて動揺するわたしに、ネルソンが告げた。

 

「『助ける』とは言ったが『逃がしてやる』とは言ってないんだなこれが」

 

 そう言うネルソンはニヤニヤと笑っていた。

 ……こいつ、最初からわたしたちを見逃すつもりなんてなかったんだ。

 レックスの犠牲が、あっさり反故にされてしまった。

 わたしは怒鳴った。

 

『このウソつき、クズ、卑怯者!

 そんなに人の心を弄ぶのが面白いのか、この性根の腐ったゲス野郎め!!』

 

 怒りに任せて思いつくかぎりの罵倒を吐きかけてやったけど、呂律の回らない口で怒鳴ったので言葉になっていなかった。

 怒り狂うわたしの罵声を涼しい顔で聞き流しながら、ネルソンは言った。

 

「ミス・タチバナ、あんたのことはうちの『統制官』もいたく御執心でね。

 こうして助かったことだし、ここはひとつ御同道願いたいのですわ」

誰が行くか(られらいぅら)っ!!」

 

 断固拒否するわたしを、ネルソンはさも残念そうに眉を顰め、しかし楽しげに笑った。

 

「……そういうことなら仕方ない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ネルソンの指示で、兵士たちが銃を構えた。

 青白くスパークする銃口、テーザーガンだ。

 電気ショックで気絶させて強引に連れてゆくつもりだろう。

 逃れようとするわたしだったけど、麻痺した身体では振りほどくことなんて出来なかった。

 向けられるテーザーガンの銃口。

 

 来たる高圧の電気ショックに備え、身体を縮こまらせたときだった。

 

 

 

 サクッ、という音がした。

 

 

 

 見ると、わたしを捕まえていた兵士たちの喉元に、細長い金属片が刺さっていた。

 投げナイフだ。

 喉をぶち抜かれた兵士たちが一斉にドサッと倒れ、捕まえられていたわたしが地面に放り出されたのを皮切りに、ナイフを投げた張本人が姿を現した。

 

 

 プロテクターで身を固め、顔を隠した姿。

 まるでニンジャだ。

 

 

 そして一体どこに隠れていたのやら、一人の登場を皮切りに続々とニンジャたちが姿を現した。

 まさにニンジャ軍団だ。

 

「な、なんだ!?」

 

 動転するモレクノヴァの様子からすると、少なくともLSOの仲間ではないようだ。

 そしてニンジャのリーダー格らしき人物の手振りで、ニンジャ軍団はLSOの兵士たちへ襲いかかった。

 同時に、建物の中から銃声と悲鳴が響く。きっと中でもニンジャたちが暴れているのだ。

 

 ニンジャたちはとてつもなく強かった。

 俊敏な動きでLSO兵士たちを翻弄し、ナイフを苦無(クナイ)手裏剣(シュリケン)のように巧みに使いこなして次々と仕留めてゆく。

 

 電気ショックの麻痺がだいぶ抜けてきて、わたしは身を起こした。

 唐突なニンジャの登場。わたしの中では安堵よりも、困惑の方が大きかった。

 ……どこの誰だ、いきなり出てきて。

 

 そうこうしているうちに、ニンジャ軍団はLSOの兵士たちを制圧。

 わたし、タチバナ=リリセの身柄も確保し、そして最後に残ったLSOのネルソンとモレクノヴァを取り囲む。

 

 そんなニンジャ軍団の奥から背の高い人物が現れたとき、わたしは思わず声を挙げてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……えっ、なんで、この人が出てくるの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現れたのは長身の人物。

 白装束をまとい、輝くような金色の長髪、そして顔を隠す仮面。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでです、Legitimate Steel Order」

 

 

 ニンジャ軍団を率いながらそう告げたのは、エクシフの聖女:ウェルーシファだった。

 

 

 

 

 

 




登場怪獣紹介その3

・メカニコング
身長:3.5メートル
体重:15トン
二つ名:ゴーレム、ロボット怪獣
主な技:エレクトロンハンマーナックル

 初出は『キングコングの逆襲』。
 ゴジラ怪獣と呼ぶには疑問符がいっぱいつきますが、一応東宝特撮怪獣ということで。

 元々は作業用ロボットでキングコングをモデルに開発されたものの、そのわりには電磁波や電流に弱くてすぐぶっ倒れたり、一号機がぶっ壊れた途端に二号機がすぐ用意できる辺り粗製なんじゃないか疑惑があったり、意外とポンコツっぽいのがチャームポイント。
 「主人公怪獣のコピーとして造られたロボット怪獣」としてはメカゴジラに先行する怪獣でもあります。

 上記の出自から権利関係が曖昧らしく、再登場に恵まれません。
 『ゴジラVSコング』でメカゴジラが登場するという噂もありますし、これを機にメカニコングの扱いもはっきりしてくれるとよいのですが……。



・モゲラ
身長:3メートル
体重:12トン
二つ名:ファベル、ロボット怪獣
必殺技:リクファクションアタック、デモリッシャーハンマー、クラッシャードリル

 モゲラの初出は『地球防衛軍』。
 日本特撮怪獣映画史上初のロボット怪獣として知られています。
 平成世代では『ゴジラVSスペースゴジラ』のMOGERAがお馴染み、人形劇『ゴジラアイランド』には両方出てきます。

 『VSスペースゴジラ』のMOGERAはメカゴジラをも凌ぐ強豪なんですけど、『地球防衛軍』のモゲラはそれほど強くありません。
 防衛隊の集中砲火には耐え抜いたものの崖に墜ちてそのまま動けなくなったり、腕をグルグル回しながら地面を掘ってマーカライトファープを引っ繰り返そうとしたら巻き添えで潰されたり。
 のそのそした動きも含めてそのドジっぷりが実に愛くるしい奴です。

 平成MOGERAじゃなくて昭和モゲラのイメージで書きました。
 ……モゲラのリボルテック、買っとけばよかったなあ。


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40、メガギラス登場

前にちらっと登場した『アバドン』が再登場。覚えてない人は16話辺りをどうぞ。


 ……まったくもって不謹慎な話なのだが。

 わたしは、昔観たジェームズ=ボンドのスパイ映画でニンジャが出てくる作品があったのを思い出した。

 

 その映画は日本が舞台なのだが、日本の描写がスゴいのだ。

 横綱がボンドの協力者として登場するのを皮切りに、どうみても顔の濃いイギリス人にしか見えないボンドが日本人になりすまして漁村に潜入し、日本のお城が建っている公安の秘密基地で手裏剣やカラテなどのニンジャ修行をした挙句、ニンジャの恰好をして火山の内側に築かれた悪の組織スペクターの秘密基地に乗り込むという内容。

 あれから国際化もかなり進んだし当時の日本文化なんてわたしは殆ど知らないけど、そのわたしから観てもわかるレベルで無茶苦茶なのである。

 良く言えば意欲作、悪く言えばとんでもない内容の映画だった。

 

 そして今、わたしの眼前で、そのレベルで荒唐無稽な事態が起こっている。

 追い詰められたわたしたちの前に、真七星奉身軍のウェルーシファが現れた。

 しかも何十人ものニンジャを引き連れて。

 

 どこかの偉い脚本家が『もしあなたが脚本を書いていて、その場面に突然ニンジャを出して暴れさせた方が面白くなるのなら、その場面は面白さが足りないのだ』なんてことを言ったらしい。

 いきなり現れて戦うニンジャ、もしもそれが映画の話なら確かに楽しいかもしれない。わたしも『ラス〇サムライ』とか好きだしね。監督いわく『間違ってるのはわかってる。だが、どうしてもニンジャを撮らざるを得なかった』んだって。賛否あるらしいけど実際面白いからイイじゃんとわたしは思っていた。

 

 しかし、そういう場面に実際立ち会ってみると、当事者としては面白くもなんともないことに気づかされる。

 唐突にニンジャが現れても戸惑うだけである。

 

「……まったく、茶番ですなあ」

「お、おい……」

 

 ネルソンが呆れたように苦笑していた。

 手下を皆殺しにされた上にニンジャ軍団に取り囲まれている、このどうみても危機的な状況。

 モレクノヴァの方は動揺しているが、ネルソンは余裕の態度を崩さない。

 

「ドコのドチラサマかと思えば、聖女サマとその信者御一号のニンジャマスター:マン=ムウモ大先生じゃあございませんか」

 

 嫌味ったらしく馬鹿丁寧にお辞儀するネルソンに、ウェルーシファの隣にいたマン=ムウモが唸った。

 

「勝ち目はないぞ、ビルサルドの走狗(イヌ)め。」

「走狗、ねえ」

 

 走狗という語に、ネルソンは失笑した。

 

「それ言ったらあんたも同類でしょ、マン=ムウモさん。

 あんたらこそエクシフの信者、そこのウェルーシファのポチ公でしょうが。

 だいたいエクシフの宗教に嵌まるやつなんざ、頭かメンタルのどっちかが弱いって昔から相場が決まってるんですよ」

「なんだとっ?」

 

 ネルソンの発言で、マン=ムウモはじめニンジャたちがいきり立った。

 皆、エクシフの信者なのだろう。

 そんな彼らを嘲笑いながら、ネルソンは続ける。

 

「献身献身って、つまり()()()()()()()()()ってことでしょ。

 そんなの、体よく使われてるだけじゃないですか。

 他の宗教ならいざ知らず、この程度のくだらないペテンに引っ掛かるやつなんて、頭かメンタルのどっちかが弱いとしか言いようがないでしょ。

 あ、それとも両方とか??」

「おのれ、言わせておけば……ッ!」

「ムウモッ」

 

 堪え切れずに襲いかかろうとするムウモ筆頭のニンジャたちを、ウェルーシファが一喝した。

 ニンジャたちが静まり返ったところで、ウェルーシファは柔和に微笑みながらネルソンに告げた。

 

「……御無沙汰しています、ネルソン、モレクノヴァ。

 先にお会いした時と変わらず息災のようですね。なによりです」

 

 丁寧に会釈するウェルーシファに、ネルソンもヘラヘラと肩をすくめた。

 

「ええ、おかげさまで。

 奉身軍のニンジャ軍団御一同におかれましては、相変わらず血の気が多そうなことで」

 

 皮肉と嫌味の応酬。

 ウェルーシファもネルソンもお互い笑ってはいるが、かといって友好的な関係でもないのは明白だ。

 

 ……突然の急展開に、わたしの頭は正直ついていけていなかった。

 いきなりニンジャが出てきた時点でだいぶ置いてけぼりだったが、今は完全に状況が整理できていない。

 ウェルーシファたちの奉身軍と、ネルソンたちのLSO、どちらも新生地球連合軍を名乗っていたはずだ。

 にもかかわらず、互いに銃を向け合っているこの状況。

 ひょっとして、奉身軍とLSOは仲間ではないのだろうか?

 

 戸惑っているわたしを余所に、ウェルーシファはネルソンたちにこう切り出した。

 

「どうです、ネルソン、モレクノヴァ。ここは素直に投降していただけませんか?

 わたくしとしても、あなたがたを傷つけたくはない。

 (ふる)い友人の(よしみ)です、悪いようにはしませんよ」

 

 ウェルーシファによる降伏勧告を、ネルソンは「オイオイオイオイ……」と鼻で笑い飛ばした。

 

「聖女サマ、今のやりとりを御覧になられてなかったんですか?

 あんたがそのおつもりでも、周囲のアホ信者共が何を仕出かすかわかったもんじゃない。

 そんなところで捕虜になるバカ、いるわけないでしょうが」

 

 そしてネルソンは、叫んだ。

 

 

 

 

「アバドン!!!!」

 

 

 

 

 その呼びかけと同時、わたしたちの頭上を、巨大な影が覆った。

 

 長い尾と翼のシルエットは空を舞う竜、ドラゴンに似ていた。

 だが、そいつが竜でないことは、両手のハサミと頑丈そうな甲殻、真っ赤な複眼、そしてハサミを含めた左右四対計8本の(あし)を見ればよくわかる。

 

 全長50メートル、翼長は80メートル。

 キバの生え揃った(あぎと)を開き、そいつが高音の咆哮を挙げた。

 

 

 

 

 

 〈超翔竜:メガギラス〉だ。

 

 

 

 

 

 ネルソンが呼んでいたアバドンという名前。

 ……アバドンといえば、神話に出てくる怪物の名前だ。

 サソリの尾を持ち、空を飛んでイナゴの群れを率いる奈落の王。

 まさにメガギラスという怪獣にぴったりのニックネームだった。

 そのメガギラスに、ネルソンは()()()

 

「アバドン、こいつらを蹴散らせ!」

 

 メガギラスはその命令に応えるように吼え、地上のニンジャ軍団に向けて羽ばたいた。

 局所的な暴風が、奉身軍のニンジャたちを襲う。

 

「撃ち落とせ!」

 

 ムウモが負けじと号令し、頭上のメガギラスに威嚇射撃を仕掛けるニンジャたち。

 しかし、怪獣相手では話にならない。

 あえなくニンジャたちは、メガギラスの羽ばたきに吹き飛ばされてしまった。

 他の人たち、そしてわたしも、吹き飛ばされないように地面へしがみつくので精一杯だ。

 

 ニンジャたちが地面にしがみついている隙に、ネルソンとモレクノヴァは降下してきたメガギラスの脚に掴まり、悠々と逃げてゆく。

 

「では、ご機嫌よう!」

 

 捨て台詞を吐くネルソン。

 ネルソンとモレクノヴァ、二人の小脇には首を締め落とされたエミィと、ステイシスモードに封印されたレックスが抱えられたままだ。

 そしてメガギラスはゆっくり上昇してゆく。

 

 ――このままでは逃げられてしまう!

 

 痺れた足に喝を叩き込み、わたしは気合いで立ち上がって走り出した。

 足取りはふらついていたが、構うものか。

 

「リリセさん!!」

 

 ウェルーシファが呼び止めたけれど、わたしは聞かなかった。

 モゲラの残骸を踏み台に、わたしは勢いそのままにメガギラスに跳びついた。

 

 ……やった! メガギラスの尻尾の先に、右手の指がギリギリかかった!

 指先に渾身の力を込め、片手だけでも何とかしがみつく。

 そのまま這い上がって、エミィとレックスを取り返しに行って……

 そうやって、わたしが左腕を伸ばしたときだった。

 

 

 メガギラスが身を揺すった。

 

 

 ……いや、メガギラスからすれば、身を揺すった程度のこともなかっただろう。

 尻尾の先にゴミがついていたのでほんのわずかに身じろぎした、きっとそんな無意識の仕草でしかなかったに違いない。

 

 だけど、わたしにとってはそれで充分だった。

 メガギラスにとってゴミ以下のちっぽけなわたしは、たったそれだけのことで呆気なく振り飛ばされてしまった。

 そして背中から地面へと墜落。

 わたしは仰向けのまま、頭上の空を見上げた。

 

 ……まだ麻痺が抜けてなかったんだとか、怪獣に掴まって宙吊りになるなんてそもそも無理だったんだとか。

 言い訳ならいくらでも出来る。

 だけど、どんな弁解を並べても決して許されないミスというのもある。

 わたしにとって、今がその瞬間だった。

 

 

 

 メガギラスは、わたしの手なんか届かないほど高く舞い上がり、目にも留まらぬスピードでどこかへと飛び去っていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メガギラスが去ってから、わたしはただ呆然としていた。

 

 ロボット怪獣同士のプロレスから始まり、ニンジャ、ウェルーシファ、そしてメガギラス。

 どんなB級映画だってこんな出鱈目な超展開の連続は有り得ない。

 そんな中、真っ先に浮かんだ疑問が口から洩れた。

 

「なぜここが……」

 

 奉身軍やLSOに目をつけられたのだろう。

 わたしの疑問に、ムウモが答えた。

 

「……『立川に向かうタチバナ・サルベージ』、そしておまえたちの風体人相。

 これだけわかれば追跡するのは容易いことだ。

 だいたい我々がメカゴジラを野放しにしておくとでも思ったのか」

 

 ……迂闊だった。

 マタンゴの一件で真七星奉身軍に助けられた時点で、既にレックスの正体が知られていたのだ。

 なにが『バレなきゃOK』だ、とっくのとうにバレてたんじゃないか。

 そのことに思い至らなかったわたしはなんてバカだったのだろう。

 

 ムウモは続けて言った。

 

「それに、ヒロセ=ゴウケンは以前から我々がマークしていた。

 ゴウケンとLSOの統制官は、ザルツブルク防衛戦線以来の古い付き合いだ。

 最近になってこの男がLSOと秘密裏に取引していた証拠も掴んでいる。

 どんな内容かまでは知らんがな」

 

 そう語っているムウモの傍らを、担架を担いだ奉身軍の衛生兵たちが通り過ぎようとした。

 担架には、ぐったりとしたヒロセ=ゴウケンが載せられている。

 

「この男には我々としても色々聞きたいことが……おい!」

 

 ムウモが何か言いかけたが、わたしは聞いていなかった。

 わたしは担架で運ばれてゆくおじさんに縋りついた。

 

「おじさんっ!」

 

 全身血塗れの状態で力なく担架に載せられている、ヒロセ=ゴウケン。

 掌を折られたらしく、指がおかしな方向に捻じ曲がっていた。それに全身が打ち身と傷だらけだ。

 ネルソンたちによほど手痛く傷めつけられたのだろう。

 普段はあんなに矍鑠(かくしゃく)としているゴウケンおじさんが、今は半死半生の状態でぐったりしている。

 ゴウケンおじさんは、意識も朦朧とした状態で譫言(うわごと)を呟いていた。

 

「リリセ、すまん……エミィが……」

 

 なんで謝るの。おじさんは全然悪くない。

 悪いわけがない、こんな傷つけられて。

 かすれた声で、ゴウケンおじさんは言った。

 

「あいつを……()()()()()()()()()()()()()()()()()……おれの行けなかった、ちゃんとした学校に……」

 

 その言葉で、わたしは何が起こったのかを悟った。

 

 

 

 わたしのせいだ。

 

 

 

 エミィの学校の話は元々わたし、タチバナ=リリセから言い出したことだ。

 だけど、それはエミィを疎んじてのことじゃない。

 エミィとの暮らしは楽しいし、あの子のおかげでどれだけ助かったかわからない。ずっと一緒にいられたらどんなに良いだろう。

 

 しかし、それではエミィのためにはならない。

 

 エミィが大きくなった時のことを考える。

 エミィは今の延長線上でエンジニアやドライバーになれるかもしれない。女の子の夢の定番、芸能界を目指してもいい。歌手、俳優、声優、目指せアイ〇ルマスター!

 あるいは読書家だからその気になれば学者にだってなれる、はたまたド〇ターX(エックス)目指して『医者の先生』なんてのも悪くない。

 『国家公務員が良い』って? 「将来国家公務員だなんて言うな、夢がない」なんて唄った歌姫もいたけど、まあ安定は大事よね。

 仕事だけじゃない、素敵なボーイフレンド(()()()フレンドでも良いけどね)と恋愛結婚してあたたかい家庭を築いたっていい。

 人生ではなんだって起こり得る。とにかくエミィには、ともすれば誰も想像しないような、とてつもない未来が待っているかもしれないのだ。

 

 ……しかし、いつまでもタチバナ=サルベージにいたらその未来が摘まれてしまう。

 もしもわたしが『一緒にいたい』と求めたら、エミィはきっと『わかった』と素直に従ってくれるだろう。

 そして文句も言わずに一緒にいてくれるはずだ。

 ……たとえ、自分の将来を棒に振ってでも。

 エミィ=アシモフ・タチバナは、そういう子なのだ。

 

 もちろん、ヒロセ家で働きたいと望むならそれもアリだろう。

 でもそれを決めるのはまだ早い。もっといろんなことを勉強して、自分なりの考えを持ってからでもいいはずだ。

 

 エミィはこんな、サルベージ屋の助手なんかで終わっちゃいけない。

 世の中は信用ならない敵ばっかりじゃないし、エミィ自身だってもっといろんな可能性がある。

 そういうことを知ってほしかったし、自分一人で生きる術も身につけていかなくては。

 

『おまえさんの考えはわかった』

 

 そんなわたしの考えに、ゴウケンおじさんも賛同してくれた。

 

『……たしかにエミィはインテリだ。おれやリリセみたいなのとはちょっと違う。

 おれもあの子については考えてやらなければと思ってたんだ。

 まあ、任せておけ』

 

 そう言って、ゴウケンおじさんは昔の伝手(つて)で新生地球連合軍の士官学校の話を持ってきてくれた。

 ……なんていい話なんだろう、とわたしは感謝した。

 軍の士官学校、そこで学んだ実戦的な知識は身になることだし、友達や仲間だって出来る。

 たとえ軍に入らなかったとしても、そこで得た学びや人脈は決して無駄にならない。

 エミィにとってはこれが一番良い。

 わたしは、そう思ったのだ。

 

 

 ……それが、こんなことになるなんて。

 

 

 ムウモの言う取引、それはきっと『エミィの学校』の話と関係があったに違いない。

 考えるまでもなく、あんな好待遇を用意するには並大抵の苦労じゃなかったろう。

 そこをLSOに付け込まれたのだ。

 

 ……わたしが、学校の話なんてしなければ。

 いや、もし学校へ行かせるにしても、わたしがヒロセ家に頼らず自力でなんとかしていればこんなことにはならなかった。

 わたしが甘ったれていたせいだ。

 エミィの自立がどうのと言いながら、実際に独り立ちしてなかったのはわたしの方じゃないか。

 

 わたしは口だけ立派なことを言って、そのくせ自分では何もしなかった。

 わたしが望んだ未来のツケを誰が払うことになるか、わたしは真剣に考えてなかった。

 その結果が、この有様だ。

 眼帯をしていないわたしの左目から、涙が溢れた。

 

「……ごめんなさい」

 

 担架で運ばれてゆくゴウケンおじさんを見送りながら、わたしは謝ることしか出来ない。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい……!!」

 

 しかし、どんなに泣いて謝ったって、起こってしまったことは元に戻らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おじさんが運ばれていったあと、わたしは改めて周囲の惨状を見渡した。

 

 メカニコングとメガギラスの襲来で、ヒロセ家の屋敷はメチャクチャになってしまった。

 建屋は全壊。電柱は倒れ、クルマや重機はひっくり返り、秘蔵っ子のモゲラはスクラップ。アスファルトの舗装ですら粉々に引き剥がされている。

 まるでここだけ台風が来たみたいだ。

 元に戻すのに一体どれだけの時間とお金が掛かるのか、想像もつかない。

 

 建物だけじゃない。

 折られた腕を抑えて苦悶するゲンゴ君と、同じく血まみれでぐったりしているサヘイジさん。

 自分たちも傷ついているのに、先に周囲の人たちを助けようとしている奉身軍の人たち。

 

 足下を、スッポンが這っていた。

 エミィが可愛がっていたスッポンだ。

 吹き飛ばされた拍子に背中の甲羅が割れ、内臓がはみ出していた。

 そんな状態で、それでもなおスッポンは生きようと懸命にもがいている。

 だけど、もう長くはない。

 

 レックスは連れていかれてしまった。

 おまけにエミィまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしのせいだ、なにもかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リリセさん、リリセさん」

 

 わたしは、自分が呼びかけられていたことに気づくまで少し時間が掛かった。

 茫然自失のわたしに声をかけていたのは、奉身軍のウェルーシファだ。

 わたしが振り返ると、ウェルーシファは穏やかに、だけど真剣な口調で告げた。

 

 

 

「あなたに、大切なお話があります」




いきなりニンジャ出てますけど正気です。
感想お待ちしています。


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41、明星と天帝

 

 真七星奉身軍の拠点に招かれたわたしは、ウェルーシファの私室へと案内された。

 

 部屋自体は和室だが、置かれている調度品はどうみても洋風のアンティークだった。

 畳の間なのに洋風のテーブルとソファが置かれている、違和感のある部屋だ。

 テーブルとソファの脚が柔らかい畳にめり込んでしまっているし、本来なら掛け軸でも掛かっていそうな床の間には、エクシフの七芒星旗が張られている。

 そのソファへかけるように促され、わたしはテーブルを挟んでウェルーシファと対面した。

 

「……リリセさん」

 

 ウェルーシファが、穏やかな口調で切り出したのはヒロセ家のことだ。

 

「ヒロセ家の方々ですが、皆さん命に別状はありませんでした。

 せいぜい手足の骨が一本か二本、といったところでしょうか。

 一番重傷なのはヒロセ=ゴウケン氏ですが、意識ははっきりされています。

 わたくしの方で医療機関を手配しました。しばらく療養されるといいでしょう」

 

 ……よかった、死人が出なくて。

 わたしは、息を吐いた。

 直近にして最大の懸念事項が解決した。

 

 

 とはいえ、後悔せずにはいられない。

 

 

 メカゴジラⅡ=レックスを探すように依頼してきた依頼人。

 こちらから連絡する手段もない、どこの馬の骨ともわからない、そんな怪しい人物の依頼なんて受けるべきではなかった。

 『余計なトラブルに巻き込みたくない』?

 もしそういうなら、そもそもレックスを家に連れ帰ってくるべきじゃなかった。人目から隠しておけば大丈夫、だなんて浅はかにもほどがある。

 『何事も起きなければ問題ない』??

 わたしが家まで連れて帰って来さえしなければ、こんなことにはならなかったのだ。

 

 

 

 ……全部、わたしのせいだ。

 わたしはなんて迂闊で、浅慮で、大馬鹿だったのだろう。

 

 

 

 後悔してもしきれない。

 固く唇を噛んでいるわたしに対し、ウェルーシファは言った。

 

「タチバナ=リリセさん。タチバナという苗字は日系でしたね。

 日本人の感性からするとこの部屋はお気に召されないでしょうが、どうか御容赦くださいな。

 わたくしもこの国に移り住んでから十年以上経ちますが、純和風というのも疲れるもので」

 

 ウェルーシファは和やかな態度を崩さなかった。

 世間話を交えてくれているのは、場を和ませてくれようという気遣いだろうか。

 

「こちらも、お口に合えばいいのですが……」

 

 そう言いながら、ウェルーシファが急須から白い陶器のティーカップへ注いだのは、湯気の立った緑茶だった。

 さらに、ショートケーキでも合いそうな洋風の小皿には、小豆色の四角い羊羹が盛られ、爪楊枝じゃなくて小さなフォークが添えてある。

 たしかにウェルーシファの言うとおり、どこまでも和洋チャンポンだ。

 

 

 だけどそんなこと、どうでもいい。

 

 

「……ウェルーシファさん」

 

 わたしは単刀直入に切り出した。

 

「あなたがた奉身軍は新生地球連合なんでしょう? ネルソンやLSOは仲間じゃないんですか」

 

 わたしの問いに答えたのはウェルーシファの傍らに控えていた、マン=ムウモだった。

 

「あんな連中、仲間でも何でもない。

 Legitimate Steel Orderの実態は、ビルサルドの傀儡だ。

 『正当なる鋼の秩序(Legitimate Steel Order)』だと?

 首魁がビルサルドというだけで、正当性や鋼の秩序など欠片もありはしない、ただのゴロツキだ。

 新生地球連合は本来我らが聖女、ウェルーシファ様が、盟友マリ=カエラの意志を引き継いで始められたもの。

 LSOなんぞ、野良犬どもに聖女様の御慈悲で軒先を貸してやっただけのことに過ぎん」

 

 忌々しげな表情を浮かべながら、ムウモは続けた。

 

「そしてLSOを率いるビルサルドの統制官、〈ヘルエル=ゼルブ〉。ヤツの思惑は、完全に新生地球連合の本義を逸脱している。

 やつが本性を露わにしたのは昨年、メカゴジラ再構築計画が完了した頃合からだ。

 メカゴジラ再構築の片手間にビルサルドのやつら、『ナノメタライズ』などと称して、ナノメタルを人体へ埋め込む生体改造実験に手を出していた。

 挙句の果てに『パクス=ビルサルディーナと地球環境最適化プラン』だと? ふざけたことを」

 

 今にも吹き零れそうにLSOへの怒りをぶちまけるムウモの話を、わたしは黙って聞いていた。

 

「…………。」

 

 エクシフ派である真七星奉身軍と、ビルサルド派であるLegitimate Steel Order。

 要するに、新生地球連合におけるエクシフ信者とビルサルドの仁義なき戦い。

 組織の内部抗争だ。

 

 

 ……そのくだらない、心底どうでもいい内輪揉めに巻き込まれたのか、わたしたちは。

 

 

 しかもヒロセ家の人たちに怪我までさせて、レックスと、大切なエミィまで奪われて。

 ふざけんじゃねえ。

 あまりにも理不尽な状況への怒りで、わたしは全身が震えるのを感じた。

 爆発しそうな怒りを抑え込みながら、わたしは言った。

 

「……ウェルーシファさんたち真七星奉身軍がLSOとは仲間じゃない、ってことはわかりました。

 もうひとつだけ、いいですか」

 

 LSOが下衆な悪党なのはもうわかってることだ。

 だけど、一番肝心なことをまだ教えてもらっていない。

 ウェルーシファたちに、わたしは問う。

 

 

 

「そもそもあなたがたがレックス……いや、メカゴジラを欲しがってる理由は何なんですか。

 LSOに渡さなかったら、あなたがた奉身軍はメカゴジラをどうするつもりなんです?」

 

 

 

 LSOと奉身軍の対立、その主軸にメカゴジラⅡ=レックスがあることは、部外者のわたしから見ても明白だ。

 こんな争奪戦をやってるのは、ウェルーシファたちもメカゴジラが欲しいからだ。

 LSOが欲しがるのは想像がつく。

 メカゴジラを手に入れて世界征服、どうせそんな馬鹿げたことでも考えてるんだろう。

 

 だけど、逆にウェルーシファたち奉身軍が欲しがる理由がわからない。

 エクシフの信仰上の理由? んなバカな。

 レックスをLSOに渡すつもりは更々ないが、奉身軍ことウェルーシファが手にした場合はどうするつもりなのか、どうしても聞かなければ気が済まなかった。

 

「……っ」

 

 そんなわたしの疑問は、問題の核心を突いていたのだろう。

 マン=ムウモが口ごもりながら、両目を細めている。

 他方、ウェルーシファは、相変わらず口元の薄い微笑みを絶やさない。

 

 

 

「……ムウモ、人払いを」

 

 

 

 ウェルーシファの指示に、ムウモが目を見開く。

 

「聖女様っ、まさか『あの話』をされるおつもりでは……」

「ええ。彼女にはそれを知る権利がありますから」

 

 ウェルーシファの指示を受け、動揺しつつもムウモは襖を開け、室外が無人であることを確認する。

 今この場にいるのはウェルーシファとマン=ムウモ、そしてわたし、タチバナ=リリセの三人だけだ。

 

「……いいですか、リリセさん。

 これから話すことは、他人(ひと)にみだりに話してはなりません。

 一度聞いたらもう引き返すことはできませんよ。

 その覚悟は、ありますか?」

 

 わたしは即座に頷いた。

 レックスだけじゃない、大事な人たちを傷つけられたのだ。

 今さら引き返すつもりなんて欠片もない。

 

 躊躇なく覚悟を受け容れたわたしを見、ウェルーシファは意を決するように一呼吸おいてから話し始めた。

 

 

 

「……タチバナ=リリセさん。あなたは、〈明星の民〉と〈天帝ニヒル〉の物語をご存知ですか」

 

 

 

 ……明星(みょうじょう)の民、天帝ニヒル。

 どちらも聞いたことのない名前だった。

 隣のムウモをちらと見ると、瞬きもせずに険しい表情を浮かべている。

 エクシフ信者だけで通じる符牒かなにかなのだろうか。

 

 ウェルーシファは続けた。

 

「我らエクシフの間で伝わる、遥か太古の昔に栄えた種族、〈明星の民〉の伝説です」

 

 ウェルーシファはそのように語り始めた。

 

「明星の民は、かつてこの宇宙に強大な帝国を築いていた偉大なる種族でした。

 その文明レベルはビルサルドはおろか、我らエクシフでさえ遠く及ばぬ神の領域に至っていた。

 栄華を極めた末、彼らが目指したのは永久(とわ)に続く繁栄と秩序、そして永遠不滅の意志。

 その探求の過程において、彼らは『肉体を捨てる技術』すら編み出したと言います」

 

「肉体を、捨てる?」

 

 よく意味が分からなかった。

 生身の肉体を捨てる、という意味ならサイボーグ化のことだろうか。

 サイボーグ化ならビルサルドの人工臓器テクノロジーが知られているが、そんな大仰に言うような代物とも思えない。

 

「どれほど肉体を改造しようと、劣化する物質存在である限りその存在は摩耗し、いずれ必ず滅ぶことになる。

 であれば、滅びを定められた肉体という形を捨て去り、第五元素(エーテル)に意志を宿すことで、その存在は不滅となる。

 彼らはきっとそのように考えたのでしょう」

 

 つまり生きたまま幽霊になるってことだろうか。でもそれだと死ぬのと変わらないような気がする。

 途方もない話だった。エーテルだの不滅だの、もはやオカルトの領域だ。

 そしてそんな話がレックスとどう繋がるのだろうか。気が急きつつも、わたしは黙ってウェルーシファの話を聞き続けた。

 

「……しかし、その不死の探求の果てに、目覚めさせてはならない存在を彼らは揺り起こしてしまった。

 この世界における真の上位存在、天帝(オーヴァーロード)を前に、明星の民は自分たちがどれだけ思い上がっていた傲慢な存在だったか、とくと思い知らされることになりました。

 全宇宙に覇を唱え永久の秩序をもたらそうとした明星の民ですら、その存在の全力を前にしては数日ももたなかった。

 輝かしい明星の帝国は、あの怪物のために永遠に死の世界になってしまったのです。

 明星の文化も科学も根こそぎ焼き尽くした、その真名(まな)を口にすることさえ(はばか)られる恐怖の具象。

 その絶対的な破壊の権化を、我々エクシフは虚無(Nihil)の天帝、〈ニヒル〉の忌み名で呼んでいます」

 

「天帝ニヒル……それって怪獣なんですか?」

 

 わたしが訊ねると、ウェルーシファは首肯した。

 

「かの天帝の全貌を把握している者は、もはやこの世界にはいません。

 おそらくは高次元存在、宇宙を収奪する怪獣の一種だったのでしょう。

 ……しかしこれだけははっきりしている。かの天帝がゴジラ以上の脅威であるということ」

 

 ゴジラ以上の脅威、つまりその天帝とかいうのはゴジラより強い怪獣ってことだろうか。

 そんなものがこの世にいるとは思えない。

 だが、かといってウェルーシファが嘘を言っているとも思えなかった。

 全宇宙は広いのだ、隅々まで探し回ったらいないこともないかもしれない。

 ウェルーシファは続けた。

 

「初めてこの世界に産み落とされてから三十年、未だにこの星ひとつ滅ぼせないゴジラなど、数日で連なる星系すべてを喰らい尽くした天帝に比べれば恐るるに足らない。

 そして天帝は今、地球に狙いを定めています。このままでは、地球は天帝ニヒルのために死の星となるでしょう」

 

 地球は狙われている、なぜそう言い切れるのだろう。

 わたしが訊ねるよりも先にウェルーシファは答えた。

 

「我々エクシフが宇宙を放浪してきたのはあなたもご存知でしょうが、その途上において我々は多くの文明の終焉を目にしてきました。

 その中には、天帝の毒牙によるものと思われる滅びがいくつもあった。

 その際に見られた兆候(しるし)がこの星にも表れているのです」

 

「それって、まさか……」

 

 わたしの頭の中に浮かんだものを読み取ったかのように、ウェルーシファは言った。

 

 

 

「そう……ゴジラです」

 

 

 

 そしてウェルーシファは続けた。

 

「天帝ニヒルの獲物は、その文明における最強の霊長。すなわち、この星で呼ぶところのゴジラを喰らう。

 このままゴジラが成長を続けこの星の支配者の座を手に入れれば、天帝はその熟した果実であるゴジラを喰らいに現れる。

 その在り様はまさに〈星を喰う者〉。そしてそのまま、この星を喰い尽くすでしょう」

 

 ゴジラを喰ってしまう、ゴジラ以上に恐ろしい〈星を喰う者(Planet Eater)〉。

 どんな姿か知らないが、とてつもなく巨大なそいつが地球を丸呑みにする光景をわたしは想像した。

 

 同時に、合点のいくこともあった。

 

 地球にやって来たエクシフたちがゴジラ討伐に協力していた真の理由。

 単に移住先が欲しいだけなら、ゴジラが暴れまわるこの星をわざわざ選ぶことはない。

 

 エクシフがゴジラを討伐しようとしていたのは、ゴジラ以上の脅威である天帝ニヒルの襲来を防ぐため。

 天帝ニヒルの餌となるゴジラを先に討伐してしまえば、天帝ニヒルは現れない。

 そして、博愛の人道主義を主是とするエクシフは、眼前の破滅へと突き進んでゆく地球文明を放っておくことができなかったのだ。

 

 ウェルーシファが語る壮大な神話はついに核心、メカゴジラへと到達する。

 

「そのような運命の流れの中においては、唯一ゴジラに抗することができる〈鋼の王〉の存在こそが、天帝ニヒルを祓う鍵となるでしょう。

 邪悪な天帝ニヒルを呼び寄せるゴジラを討ち、ひいては天帝そのものさえも滅することができる光の聖剣。

 それが鋼の王にして人類最後の希望、〈メカゴジラ〉なのです」

 

 そしてウェルーシファは口を閉じた。話は終わったようだった。

 

 

 

 

 ……ここまで聞いていたわたしは、怒りたくなった。

 

 たしかに、メカゴジラⅡ=レックスはナノメタルで出来たスーパーロボットだ。

 その気になればゴジラでさえやっつけられる、そういう凄い力を持っているのかもしれない。

 けれど、心は普通の子だ。

 花の美しさに目を惹かれ、人が楽しそうにしていれば無邪気にはしゃぎ、命の尊さをちゃんと理解してくれる。

 わたしの知ってるレックスは、そういう善い子なのだ。

 そんなレックスを、ニヒルだかなんだか知らないが怪獣を殺す為の道具に使おうだなんて、この人たちは結局LSOと大差ないじゃないか。

 

 同時に、エミィがエクシフを嫌う理由もこれでわかったような気がした。

 この人たちは、自分たちの掲げる御大層な大義のために、罪もないレックスを使い潰そうとしている。

 そんな残酷な仕打ちを、正しいことだと信じて疑ってすらいない。

 ……そんな酷い人たちに、レックスを渡したくない。そんな言葉が喉まで出かかった。

 

「……ご不満でしょうね。見ていればわかりますよ」

 

 そうやって憤慨するわたしの心を見透かしたように、ウェルーシファは言った。

 

「しかし天帝による破局を回避するために、我々が選べる道はそう多くはありません。

 ゴジラを斃し、天帝を祓い、そしてこの星を護る。

 かの鋼の王こそが『人類最後の希望』、それが彼女に課せられた天命なのです」

 

 それとも、とウェルーシファは言う。

 

「それともLSO、ビルサルドに任せてみますか?

 ゴジラを斃すことにおいては彼らも一致していますから、道筋は違えど同じ結末に辿り着くかもしれません。

 かの『鋼の王』がビルサルドに従う道を選ぶなら、それもまたよいでしょう。

 ……まあ、目先の実存に固執し因果の流れを掴めないビルサルドに任せたとしたら、あなたにとっては非常に不本意な結果になると思いますが」

 

 ウェルーシファの言う通りだ。

 ウェルーシファがレックスを手に入れなかったとして、その場合は代わりにLSOが手に入れることになる。

 怪獣を操り、人殺しも辞さないあんな非道な連中の手に落ちたら、その方がよっぽど不幸な事態を招くだろう。

 

「……で、おまえはどうするのだ」

「えっ」

 

 ムウモの問いかけに、わたしは思わず聞き返してしまった。

 そんなわたしを見ながら、ムウモは呆れ顔で言った。

 

「聞くだけ聞いてハイサヨウナラ、とでも思っていたのか?

 ここまで聞いたなら、多少なりとも協力してもらうぞ」

 

 突然のことで戸惑うわたしに、ムウモが急かすように追い討ちをかけた。

 

「メカゴジラが奪われた今、愚図愚図している暇はない。

 決めるならさっさと決めてもらうぞ。

 さあ、ここで決めろ」

 

 迫るムウモの剣幕から、状況が非常に切迫していることはわたしにもよくわかる。

 ……だけどそんなの、急に決められるわけがない。

 そんな大人げないムウモを、ウェルーシファは「まあ、まあ」と宥めた。

 

「迷うのも知性ある故。真実を知ったばかりのリリセさんにそんな即断をさせるのは酷というものですよ、ムウモ。

 ……それに、もとはといえば新生地球連合の問題で、リリセさんは巻き込まれただけの被害者。

 本来ならば我々だけで片付けるべきです」

 

 そしてウェルーシファは穏やかな口調で言った。

 

「いかがでしょう、リリセさん。あなたはヒロセ=ゴウケン氏の看護に行かれては。

 あなたが傍にいれば、氏もきっと安心されることでしょう。

 そのあいだにこのウェルーシファと奉身軍、神明に誓って、福音をもって戻ることをお約束いたします」

 

 その言葉の裏の意味を察し、わたしは眉をひそめた。

 つまるところ、ウェルーシファはこう言っているのだ。

 

 

 

 

「……安全な場所へ隠れてろ、ってことですか?」

 

 

 

 

 低い声で訊ねたわたしに、ウェルーシファはにっこりと答えた。

 

 

 

 

「仮にそのようにしたとしても、あなたが責められる謂れはないかと思いますよ。あなたはまだ若いのですから」

 

 

 

 

 その返答で、わたしの中で何かがキレた。

 

 ……大事な家族のエミィと、友達のレックス、そしてヒロセ家の人たち。

 大切な人たちが傷つけられたのに、何もするなって?

 ウェルーシファたちがエミィを連れて帰ってきてくれるのを、安全なところで待ってろってこと?

 それに、ウェルーシファがさっきからわたしを若造扱いするのも気に入らない。

 まあ、その態度が、年長者としての善意から来るのはわかるんだけどさ。

 

 

 ……ふざけるな。ナメるのも大概にしてよ。

 

 

 バン! わたしはテーブルに手を着いて立ち上がった。

 わたしの豹変にムウモは驚いたようだが、ウェルーシファの方は微動だにしない。

 

「……ウェルーシファさん。

 こちとら伊達にサルベージ稼業で怪獣と毎日やり合ってないんです。

 なのにそんな『何も出来ない役立たず』みたいな扱いされたら、わたしの沽券にかかわるんですよ」

 

 そしてわたしはウェルーシファに迫った。

 

 

 

 

「あなたがたは、わたしに何をしてほしいんですか?」

 

 

 

 

 闘志の炎を宿したわたし、タチバナ=リリセの瞳を、ウェルーシファは微笑みながら見つめていた。

 



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42、ヘルエル=ゼルブ登場

第二章はここまで。。。


 LSOによるヒロセ家襲撃から数日後。

 

 立川にはかつて自衛隊の駐屯地があったが、新生地球連合軍:LSOが拠点にしているアジトはそれとは別の場所にあった。

 

 ヘリポートの掲揚ポールには、ビルサルドの六角形マークに『LSO』の三文字――つまりLegitimate Steel Orderのマークである――が描かれたフラッグがはためいている。

 

 こちらの基地は元々引き払うことが決まっていたらしい。

 LSO兵士たちの指揮の下、雇われた作業員たちが輸送ヘリへ荷物を積み込む作業に忙しく従事していた。

 

「……おい」

 

 そんな中、監視の兵士の一人が、作業員の一人を呼び止めた。

 自分が呼ばれていると思っていないのか、その作業員は無視して作業を続けようとしていたので、兵士が肩を叩いて呼び止める。

 

「おい、おまえだ、おまえ。

 おまえ、見慣れん顔だな。所属を言え」

 

 そう呼び止められた作業員はそれに応えないまま、肩に乗せられた手を思い切り振り払い、全力で走り出す。

 

「おい待て!!」

 

 侵入者を察知した兵士は大声を挙げ、基地内に警報が響き渡る。

 流石に訓練された兵士たちは瞬時に臨戦態勢、銃を構え、作業員を包囲した。

 ……ここまでか。

 侵入者こと()()()も観念し、足を止めた。

 

 

 その中に割って入ってきたのは黒ずくめのLSO指揮官、マティアス=ベリア・ネルソンだ。

 

「はいはいちょっくらごめんよー……おーっと、これはこれは!」

 

 わたしの顔を見たネルソンは、口角を釣り上げた。

 

 

「ようこそ、“ミス・タチバナ”」

 

 

 鷹揚に歓待の態度を示そうとするネルソンを、わたし、タチバナ=リリセは睨みつける。

 先日のヒロセ家襲撃時に見せた『人を舐め腐った態度』。

 この男ならこう動くと思っていた。

 

 ……この油断丸出しのタイミングを待っていた。

 わたしは叫んだ。

 

「動かないで!!」

 

 そして、羽織っていた作業服を脱ぎ捨てる。

 わたしは手の中のリモコンをこれ見よがしに構え、そして『お腹のベルト』を引っ叩きながら怒鳴った。

 

 

 

「エミィとレックスを返して! さもないとこの爆弾を吹っ飛ばすよ!!」

 

 

 

 腹に巻いたダイナマイト、いわゆる腹マイトである。

 

 

 

 この爆薬は、新宿でアンギラスを生き埋めにする際に使ったのと同じものだ。

 量はずっと少ないが、それでも半径十数メートルを吹っ飛ばすくらいの破壊力はある。

 そしてネルソンは爆風の範囲内だ。

 一歩でも動いたら、容赦なくリモコンで起爆してやる。

 

 ネルソンの部下たちにも向けて、わたしは叫んだ。

 

「アンタたち、自分たちのボスを死なせたくなかったら、今すぐここにエミィとレックスを連れてきなさい!! これは脅しじゃないから!!」

 

 一瞬の間があってから、ネルソンは言った。

 

「……あんた、自分が何をやってるかわかってんのか?」

 

 そう言いながら、ネルソンは逃げも隠れもしなかった。

 ……なんだろう、この違和感。

 その表情は動転しているというよりも、呆れ返っているかのように見える。

 

「見えないの!? 爆弾だよ!? ホラ!!」

 

 念押しで見せつけてみせたけど、兵士たちもまったく動じていなかった。

 ボスが殺されかけている、自分たちも爆弾の巻き添えにされるかもしれない。

 ……なのに、なんで平気なの、こいつら。

 あまりに平然としているので、逆にわたしの方がたじろいでしまった。

 

「オイオイオイオイ……」

 

 そんなわたしに、ネルソンは眉へ皺を寄せながら溜息を吐いた。

 

「なんの冗談です、それ?

 日本のヤクザ映画じゃ『カチコミ』っていうんでしたっけ、ソレ?」

 

 そして大仰に両腕を広げ、肩をすくめて言った。

 

「おれたちは軍人だ、そんなチンケな花火にビビるやつはいない。

 それに、ここが宇宙船の中だっていうならともかく、こんなひらけた場所を爆破したところで痛くも痒くもありゃしませんよ」

 

 ……ちくしょう、ネルソンの言うとおりだ。

 

 本当はこんなヘリポートじゃなくてもっと逃げ場のない場所を狙うつもりだったのだが、バレるのが早すぎた。

 それに爆風の範囲内だとしても、咄嗟に伏せれば致命傷は逃れられる可能性が高い。

 ネルソンたちにはそれがわかっているのだ。

 

 失策を見透かされて舌打ちするわたしに、ネルソンはヘラヘラと言った。

 

「それからあなたの御友達ですが、もう本部に移送しちまいましてね、ここにはいないんですよ。

 だからあなたの『献身』は無駄ってわけだ」

 

 ……なんだって。

 それじゃあ、わたしは何のために。

 

 

 

 その、動揺した一瞬のスキを突かれた。

 すぐ背後で轟音が響き、わたしは振り返る。

 

 

 

 

 

 現れたのは、鋼のボディの巨大ゴーレム。

 メカニコングだ。

 

 

 

 

 

 即座に爆弾のリモコンを構えるわたしだったが、メカニコングの方が素早かった。

 メカニコングの巨大な張り手が、わたしの胴体を直撃した。

 

「ごふっ!?」

 

 ……あばらが折れていないのが不思議な一撃だった。

 メカニコングの剛腕にわたしの身体は吹っ飛ばされ、宙を舞う。

 そして地面へ叩きつけられた拍子に、わたしの手中から爆弾のリモコンが滑り落ちた。

 

「しまっ……!」

 

 慌てて拾い上げようと地面を這ったわたしを、すかさずメカニコングの掌が抑えつけた。

 わたしは立ち上がろうともがいたけれど、メカゴジラさえノックアウトさせるメカニコングの怪力を前にしてはただ無力だ。

 

「がはっ……」

 

 重機に挟まれたような感触。

 メカニコングがちょっと指先に力を込めただけで、わたしは肺の空気を一気に押し出されて息が詰まってしまった。

 さらにメカニコングはわたしの身体から爆弾ベルトを引っぺがし、さらに巨体に似合わぬ器用さでわたしの両腕を後ろ手に捻り上げて、手錠を掛けてしまった。

 

 

 そんなわたしの眼前で、ネルソンのブーツが爆弾のリモコンを踏み砕いた。

 メカニコングに捕まったわたしを見下ろしながら、ネルソンは嘲笑った。

 

 

「……それに、自爆攻撃を仕掛けるなら、ちゃんと手に固定して引き金には指をかけなきゃ、ねぇ?」

 

 

 メカニコングに襟首を摘まみ上げられても、それでもわたしは屈しなかった。

 

「……殺すなら殺しなさいよ、クズ野郎」

 

 ヒロセ家の皆を傷つけられ、エミィとレックスを攫われて。

 あっさり見つかった上に腹マイト作戦も大失敗で、後ろ手に手錠もかけられてしまったけれど、こんなゲス野郎に弱味なんて一欠けらも見せたくない。

 

「『殺す』だの『クズ野郎』だの、あなたのようなレディーには似つかわしくありませんな」

 

 わたしを見ながら、クックックッと笑いを噛み殺しているネルソン。

 腹マイトでカチコミ仕掛けた挙句にあっさり失敗したマヌケな小娘のことなんて、さぞ無様で、みっともなくて、そして滑稽に見えるのだろう。

 ネルソンは恭しくへりくだり、こう言った。

 

「我々の〈統制官〉がお待ちかねです。どうぞ、こちらへ」

 

 ネルソンに手招きされ、後ろ手に手錠をかけられたわたしは引っ立てられ、ヘリに乗せられた。

 それからまもなくヘリは、LSOのアジトを飛び立った。

 

 わたし、タチバナ=リリセを載せたヘリは本土を離れ、南へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小笠原諸島のひとつ、〈孫ノ手島(まごのてじま)〉。

 かつてダイバーたちのマニアックな穴場リゾートとして愛されていたことを除けば、特に取り立てた特色もない小さな島だ。

 

 そんな地味な島だったが、今はLegitimate Steel Orderたちの主要拠点として大きな意味を担っていた。

 孫ノ手島は、あのゴジラの存在が初めて確認され、その名の由来ともなった呉爾羅(ゴジラ)伝説の地でもある大戸島から数海里もしない位置にある。

 そんな孫ノ手島が対ゴジラ決戦兵器再構築計画の主要拠点になっている、というのはなんとも因果めいたものがある。

 

 わたし、タチバナ=リリセが載せられたヘリの行く先は、その孫ノ手島だった。

 両手に手錠をかけられ、拳銃を突きつけられたまま、横目でヘリの窓の外を見た。

 

 眼下に広がる、孫ノ手島の全景。

 近づいた当初は、ただの岩と森だけの無人島にしか見えなかったが、ヘリが接近してゆくにつれて偽装が解除され、その真の姿が露わになった。

 

 

 岩と森はただの立体映像で、一皮剥けば、隅から隅まで機械化されていた。

 昔サルベージの仕事で古い工場地帯の廃墟に赴いたことがあるが、島を丸ごとひとつ工場地帯にしたらきっとこんな風景になるのだろう。

 至る所にクレーンや重機が並び、波止場には軍艦や輸送艇が浮かんでいて、駐車場にはメーサー戦車が、ヘリポートにはヘリや輸送機がずらりと駐機している。

 島のあちこちに作業用パワードスーツが歩いているのが見える。モノを運んだり、修理したり、皆何かしらの作業に従事しているようだ。

 

 新生地球連合軍LSOの秘密基地。岩山を削り、森を切り拓いて造られた、鋼の要塞。

 そんな孫ノ手島が、わたしにはあたかも地獄に建てられた悪魔の城、恐ろしい伏魔殿(パンデモニウム)のようにも見えた。

 

 ……ここにレックス、そしてエミィもいるのだろうか。

 レックスはどうなっただろう。

 エミィは無事だろうか。

 

 もし痛めつけられたり、傷つけられたりしていたら、そのときは絶対に許さない。

 

 

 

 

 

 

 

 孫ノ手島到着後、捕虜となったわたしの引き渡しは地上のヘリポートで行われた。

 

「アルファ!」

「ケンタウルス!」

 

 兵士たちが引き渡しの合言葉を掛け合っている最中、わたしは島の様子を横目で観察した。

 

 ……この島の作業員は、大半がパワードスーツだ。

 荷物の運搬はもちろん、遠くの駐車場に停まっているメーサー兵器の整備も、建物の増築修繕作業も、皆パワードスーツの作業員が行なっていた。

 それに先日レックスと戦ったメカニコングをはじめ、監視カメラや歩哨の兵士、見張りも厳重に見える。

 つまり、それだけここが重要な拠点だってことだ。その他にも目に見えないような仕掛けが沢山あるに違いない。

 こんなに厳重では、たとえスタローンだって掻い潜ることは出来ないだろう。

 ましてや、わたしなんかが出し抜ける余地などありっこない。

 

 

 ……正直言って、怖い。

 

 

 殺されるかもしれない。酷い拷問を受けるかもしれない。

 このバカげた無謀な行動を、死ぬまで後悔する羽目になるのかもしれない。

 怖くてたまらない。

 これから自分の身に何が起こるのか想像すると、泣き出したくなる。

 

 

 だけど、泣いてる場合じゃない。

 わたしはエミィたちを助けに来たんだ。

 

 

 そうやって自分を奮い立たせたわたしは破裂しそうな心臓を深呼吸で宥め、今にも崩れ落ちそうな足腰に力を籠めて背筋を伸ばした。

 

「ほら、移動だ。進め」

 

 随伴する兵士に小突かれながら、わたしは毅然とした態度で歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリから降ろされたわたしが連れてこられたのは、『統制官室』と書かれた小さなオフィスだ。

 

 オフィスの奥にあるデスクの席には男が座っていたが、背をこちらに向けているせいで顔は見えない。

 わたしを引っ張ってきたLSOの兵士が、デスクの男に報告する。

 

「〈統制官〉殿!

 例の女を連れてまいりました!」

 

 ……拳を胸に当てる独特な敬礼。その仕草を、わたしはエガートン=オーバリーの映画で見たことがある。

 間違いない、()()()()()の敬礼だ。

 

「……うむ、ご苦労」

 

 統制官と呼ばれた男が、わたしの方へと振り向く。

 

 

 

 

 肩幅の広い、がっちりとした筋骨隆々の大男だった。

 浅黒い肌、変わった耳の形、顎髭を生やした彫りの深い顔つき。

 まさに典型的な〈ビルサルド〉である。

 人間の年齢でいうと中年、四十か五十歳くらいに見えるが、ビルサルドは自分の肉体をサイボーグ化していると聞いたことがある。

 だから見た目の年齢はあまり当てにならない。

 

「……タチバナ=リリセ君、よく来てくれた」

 

 ビルサルドの男が口を開いた。

 

「無作法な歓迎になって申し訳ない。何ぶんキミのような淑女(レディ)の来訪は久しぶりでね」

 

 茶褐色の液体の入ったグラスを片手に揺らしながら、男はわたしへ親しげに話しかけた。

 

「タチバナ君、わたしはキミの父親を知っている。

 旧地球連合軍ではキミの父親、タチバナ准将には随分と世話になった。

 地球人にしては勇敢で有能な男だった。南米の防衛戦線でタチバナ准将が消息を絶ったと聞かされた時は、ずいぶんと落胆したものだ。

 ……しかし、その娘であるキミが生きていると聞いてから、キミとは一度会って話がしてみたかった」

 

 男が口にしているのはブランデーだ。

 かつてはどうだったか知らないが、製造法が失われた今の地球ではとてつもない高級品である。

 ブランデーの豊かな風味を存分に堪能しながら、男は言った。

 

「アルコール補給しながらで失礼するよ。我々が初めて地球を訪れたときに地球人が教えてくれた趣味でね。

 我々ビルサルドにこのような形で栄養補給を楽しむ習慣はなかったのだが、始めてみるとなかなか良いものだ。

 不合理とわかっていても、ハマるとなかなかやめられん。

 キミもどうかね?」

 

 そういって勧められたが、わたしは首を横に振って固辞した。

 毒を盛られたりすることはないだろうけれど、そもそも悪の親玉と会食なんてどうかしている。

 

 男は飲み干したグラスをテーブルに置いて席を立つと、わたしの前へと歩み寄ってきた。

 

 ……デカい。

 椅子に座っていた時点で想像はしていたが、並んでみるとビルサルドという人種の大柄な体格がわかる。

 身長はきっと180センチ、ともすると190センチを優に超えているだろう。

 他方、身長が160センチのわたしは自然と見上げるような形になってしまう。

 ……いや、こんなところで気圧されてる場合じゃない。

 わたしは気合いを込め直す。

 

 そんなわたしを気遣ってか、男は膝を曲げて目線を合わせ、顔同士で向き合ったところでニッコリと笑いかけた。

 新生地球連合軍LSOの統制官――

 

 

 

 〈ヘルエル=ゼルブ〉は青い瞳をしていた。

 

 

 

「『不合理を楽しむ』

 それはキミたち地球人が伝授してくれた価値観だが、キミのその不合理な行動は楽しむためか?」

 

 そのヒトを馬鹿にしたようなヘラヘラと余裕ぶった態度が、わたしにはムカついて仕方なかった。

 大柄な体格に負けじと睨みつけながら、わたしは声を張り上げた。

 

「レックスを地球侵略兵器になんかさせない!」

 

 不倶戴天の決意表明のつもりだった。

 なのに、途端にゼルブは目を丸くして噴き出した。

 

「ぶっ、はははは。『地球侵略』か。

 つまらん冗談だなこれは。笑ったものか怒ったものか。

 いやはや、如何にも子供らしい」

 

 大声で笑っているヘルエル=ゼルブ。

 ……なにがおかしいんだろう。

 表情を険しくするわたしに、ゼルブは問いかけた。

 

「誰から聞いた? エクシフのカルトか?

 ひとつ経験ある大人として教えてやるが、エクシフはあまり信用しない方がいいぞ。

 連中が何のために地球に来たのか、宗教的な善意と移民目的だけで来たとでも思っているのなら、既にヤツらの術中に落ちているぞ」

 

「それは、天帝ニヒルが……」

 

 反論しようとするわたしを、ゼルブは鼻で笑った。

 

「ああ、その話か。キミは真に受けているのかね。なんの証拠もない、あんな世迷言を?」

 

 その言葉でわたしは気づいた。

 ……世迷言。たしかにそうだ。

 何の物証もない話である。

 

 たしかに、天帝ニヒルの伝説はエクシフ飛来の説明にはなっている。

 とはいえ結局は状況証拠だ。そもそもエクシフ側、それもウェルーシファの言葉以外に裏付けるものなど何一つない。

 妄想、出任せ、作り話と言ってしまえばそれまでじゃないか。

 ……なんでそんなことを一瞬でも信じてしまったんだろう。

 

 そんなわたしに「それがエクシフの手口だ」とゼルブは言った。

 

「追い詰められたタイミングを見計らって現れ、(もっと)もらしい話を吹き込んで意志を誘導し目的を達する。

 地球の土着信仰は、ゴジラという真の災厄を前に力を失った。

 奴らがゴジラ出現と同時に地球に来たのも、その時期こそが奴らの宗教を刷り込む最大の好機だっただけに過ぎんよ」

 

 ゼルブの話はこれはこれで筋が通っている。

 むしろウェルーシファの話よりもよっぽど論理的だ。

 ……いけない。この悪党に篭絡されそうになっている。気をしっかり持たないと。

 気を張るわたしに、ゼルブは続けた。

 

「そうやって他人の隙を窺い、心の内側に入り込んで、骨の髄までしゃぶり尽くして利用する。

 そんな(よこしま)な連中を信用することほど、愚かな判断はないと思うがねぇ」

 

「ビルサルドは違うっていうの?」

 

 わたしの辛辣な言葉に、ゼルブは大仰に渋面を作ってみせた。

 

「まあ、キミが我々を信用しないのは仕様がない。

 ネルソンとモレクノヴァがとんだ無礼を働いたようだし、詮のないことを言う輩も多いからな」

 

 だが、とゼルブは続けた。

 

「だが、贔屓目混じりで、ビルサルドの名誉のためにも言わせてもらうが、我々はテクノロジーを提供したがキミたちの心に踏み込んだことはなかったはずだ。

 ゴジラとの戦いにおいて結果として犠牲を強いたこともある。あるいはキミたちの心の拠り所とやらを冒涜する結果になったこともあったろう。

 だが、エクシフのようにキミたちを誑かして、心を支配しようとはしなかった。違うか?」

 

 ……ゼルブの言う通りだった。

 子供扱いする態度は腹立たしいが、言っていることは間違っていない。

 

 ビルサルドとエクシフ、そしてそんな両者を受け容れた地球人の歴史については本で読んだことがある。

 本を読む限り、たしかにビルサルドは地球人と分かり合えない部分もあったかもしれないが、彼らなりに地球人を尊重しようとしていたと思う。

 一方でエクシフは強制こそしなかったが、献身の信仰を広めるという形で、地球人の心の在り様にまでその影響を及ぼしてきた。

 

 ……ひょっとしてわたしは、ウェルーシファから良いように利用されているのかもしれない。

 惑うわたしに、ゼルブは続ける。

 

「そして我々ビルサルドのテクノロジーがなければ、キミたち地球人はただゴジラに殺されるだけだった。

 エクシフの信仰がなければ心を折られていたのと同様に。

 そんなキミたち地球人に、我々の美味い上澄みだけを()しとって用が済んだら放逐してやろう、という思惑が欠片もなかったと言えるのかね。

 下心は誰でもある。問題はそれを踏まえてどう判断し、行動するか。

 それが出来るかが大人と子供の違いだよ」

 

 そして、ゼルブはわたしに笑いかけた。

 

「仮にエクシフのいうような化け物が存在したとして、それがなんだというのだ。

 怪物一匹克服できずして、何が霊長か。

 栄光の未来を掴む、いや掴まねばならん。

 それこそがヒト型種族たるものの特権であり、宿命なのだ。

 そんな怪物など、鋼の意志でいずれ超えてみせるさ」

 

 ……大胆不敵な宣言だった。

 『栄光の未来を掴む、掴まなければならない』

 口元をニヤリと歪めて笑うゼルブの表情は、言葉通りの決意と希望に満ち溢れている。

 自信に溢れたゼルブの剛毅さには、どうも憎めない魅力がある。

 この自信たっぷりの笑顔を見ていると、なんだか本当にゴジラさえも倒してしまいそうな気がしてくる。

 

 

 ……しかし、だからこそ危険だ。

 

 

 このヘルエル=ゼルブという男には、自らの運命をゆだねて従いたくなるような大らかな風格(カリスマ)がある。

 そんな奴に最もふさわしい職業があるとすれば『カルト宗教の教祖』か、そうでなければ『独裁者』だ。

 

 

 

 そう思い直したわたしの思考に気づいているのか否か、ゼルブはわたしの背後で待機していた部下に声をかけた。

 

「おい、この若い淑女(レディ)の拘束を外してやれ。

 せっかくの客人なのだ、かつて地球人がワインの酒肴でもてなしてくれたように、我々の流儀でもてなそうではないか」

 

 ゼルブの指示で、わたしの手錠がカチリと外された。

 先導するゼルブが、手首の調子を確かめているわたしを手招きする。

 

 

 

「来たまえ、タチバナ=リリセ。『人類の新たな希望』を見せてやろう。

 これを見れば理解できるはずだ。

 真に正しいのはエクシフではない、我々ビルサルドだとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『怪獣失楽園』紀行 「オマケ設定:タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ」

 ヒロイン2名のプロフィールです。

【挿絵表示】


◆タチバナ=リリセ(橘内 リリセ)
・概要
西暦2040年8月生まれ、22歳独身。
タチバナ・サルベージ社長。自称、超絶銀河スーパーウルトラセクシーキュートな美少女。
自他ともに認める体育会系。頭の回転は速いが御人好しとドジで死に掛けたことは数知れず。
怪獣が生息する危険地帯での物資回収と、途上で拾った廃品の転売などで生計を立てている。

身長160センチ、隻眼眼帯巨乳で幼馴染で義妹にして義姉という属性過多な日系人。
腹筋が縦に割れてるむちむちのグラマー体型、バストサイズはゴジラもびっくりGカップ。
「その健康な恵体の秘訣は?」という質問に対し「肉! 筋トレ!! アクション映画!!!!」とは本人の弁。
「筋トレし過ぎて脳味噌までゴリラなんだな」「なんか言った?」「べつに」

映画鑑賞と筋トレ以外の嗜好として、機嫌が良いときに懐メロを鼻歌で歌う癖がある。

・心理テストの結果:主人公型
https://www.16personalities.com/ja/enfj%E5%9E%8B%E3%81%AE%E6%80%A7%E6%A0%BC

・好物
キャラメル、肉
・好きな映画
『007シリーズ』『エクスペンダブルズ』『スターウォーズシリーズ』『ワンダーウーマン』、その他ヒーロー映画全般

・家族
エミィ=アシモフ・タチバナ…義妹
タチバナ=シュウスケ…実父。旧地球連合Gフォース准将。故人。
ヒロセ=ゴウケン…義父。旧地球連合Gフォース中佐。
ヒロセ=ゲンゴ…義兄

・元ネタ
名前はGMKのヒロイン、立花由里から。由里→百合→リリーともじった結果。
苗字はじめ某ごはん&ごはんの人と似たところが多いが偶然。いやホントにマジで偶然です。せめて苗字は変えるべきだったなと後悔している。



◆エミィ=アシモフ・タチバナ
・概要
西暦2049年3月生まれ、14歳。
タチバナ・サルベージ専属エンジニア兼ドライバー兼アシスタント兼副社長。
人見知りの毒舌ツンデレヒロインって要は社会不適合者だよねを地で行く御年14歳。これが証拠に友達が一人もいない。
リリセからは妹分として溺愛されており、当人としては甘えたいのと自立心との狭間で揺れる絶賛中二病の思春期。

金髪碧眼、桃色のリボンがトレードマークの白人。身長145センチ、ちんちくりんの痩せぎす。
頭脳労働者だから筋トレなんぞしなくてもいいだろと当人は主張しているが、むしろ頭脳労働こそ体力勝負だよと誰かアドバイスしてあげてほしい。

実は「動物図鑑を眺めながらペットとの優雅な暮らしを空想してニヤニヤするのが好き」という非常に豊かなイマジネーションの持ち主。
「うわあネクラだあ」「うるさいぶっとばすぞ(半泣き)」

・心理テストの結果:冒険家型
https://www.16personalities.com/ja/isfp%E5%9E%8B%E3%81%AE%E6%80%A7%E6%A0%BC

・好物
オレンジジュース、キャラメル
・好きな映画、アニメマンガ
『ショーシャンクの空に』『101匹わんちゃん』『マウス・ハント』『けものフレンズ1&2』

・家族
タチバナ=リリセ…義姉
レオニード=アシモフ…実父。メカゴジラ建造計画に参加していた地球人の科学者。故人。

・元ネタ
苗字の由来は『ゴジラVSメカゴジラ』に登場した科学者レオ=アシモフ、名前は『ゴジラVSキングギドラ』のエミー=カノーから。
性格のモデルは『ゴジラ×メカゴジラ』のヒロイン、家城 茜。

・名前について
初期案では「アカネ」という名前だったんですけど、検討中にもっと強烈なアカネちゃんが登場したのでやめました。目を醒ませ僕らの世界が何者かに侵略されてるぞ
次いで『モモと時間泥棒』に因んでモモにしたら、これまた強烈な桃ちゃんが登場してしまったので更に変更。シャミ子が悪いんだよ
最終的にエミィになったものの、本名に設定しようとした名前が某なろう小説のヒロインと被りそうになったので危うく神回避。
そんなわけで名前に()()()がありすぎるため、今後エミィというキャラクターが出てくるのではと戦々恐々しています。

・その他
初期には男の子にする案もあったんですよね。
十中八九エロ方面になるのでやめてしまったんですけど、今思えばおねショタ二人旅でもよかったかもしれません。



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第三章:怪獣の怪獣による怪獣のための怪獣大戦争
43、メカゴジラとは何か


第三章スタート。


 タチバナ=リリセがヘルエル=ゼルブと面会していた頃、エミィ=アシモフ・タチバナは、その地下深くの檻の中にいた。

 エミィが、この孫ノ手島に連れてこられてから三日経っていた。

 

「…………」

 

 一日目は心細さのあまり、ちょっぴり泣いた。

 二日目も泣いていたら、見回りにやってきた兵士に拳骨で殴りつけられた。

 だから三日目からは静かに黙って、檻の外を睨みつけていた。

 

「…………」

 

 エミィが今いる檻からは、隣や向かいの檻の様子がよく見えた。

 そうやって他の檻の様子を観察しているうちに、エミィはふたつのルールに気がついた。

 

 ルールひとつめ。

 檻の収容者は、ほとんどが子供だ。

 年恰好はエミィと同じくらいか、ちょっと下ぐらい。

 教えられたルールを理解し、大人が力任せに怒鳴りつければ怯えて従う、それくらいの年齢だ。

 子供の国といえば『ピーターパン』だけれど、ここがそんな楽しいところだとはエミィには到底思えなかった。

 

 ルールふたつめ。

 収容者はいつまでも檻にいるわけではない。

 最初の三日間は服を脱がされ、徹底的かつ屈辱的な身体検査――身包みを剥がされ、ホースで洗われて、消毒剤をぶっかけられたときのことはもう思い出したくもない――を施される。

 そして四日目になると、檻を出されてどこかに連れて行かれるのだ。

 何処に行くのか、連れて行かれたあとどうなったのか、収容者自身は誰も知らされていないようだった。

 

 そしてエミィにとっては今日が四日目。エミィ自身が檻から出される日だった。

 この区画ではエミィが最後の一人であり、他の檻には誰も入っていなかった。

 檻から出られる、といってもエミィは状況を楽観視していなかった。

 ……どうせろくなことなんかないだろうさ。

 溜息を吐きながら、檻の中を見回してみる。

 

 掃除の行き届いていない、汚らしい檻。

 先日から出される食事はゲロみたいだったし、備え付けてある毛布は一体いつ洗濯したのやら、変な臭いがした。

 トイレは、檻の隅っこにある小さな穴へするようにと指示をされた。

 ……こんなの、まるで刑務所じゃないか。

 わたし、悪いことなんか何もしてないのに。

 

 そう思いかけて、エミィは、リリセと一緒に観た映画を思い出した。

 ……そういえばあの映画も刑務所の話だった。

 その映画は、無実の罪で刑務所に入れられた気の毒な男が決死の覚悟で脱獄を成し遂げる、というストーリーだ。

 主人公の男は、牢屋の壁にハンマーで穴を掘って脱出。さらに刑務所で知った秘密の情報を使って、横暴な所長と看守に逆襲するのだ。

 派手なアクションや爆発などない静かな映画だったが、この映画からとても大切なことを教えられたような気がして、印象に残っていた。

 

 あの映画は、刑務所を仮出所した友達の囚人が海に行き、主人公の男と再会するところでエンディングを迎える。

 

 

 

 

 ……そうだ、もしこの檻を出られたら。

 

 

 

 

 あの映画みたいに海へ行こう。

 こんな汚い島なんかじゃない、どこまでも続く青い海を眺められるような、真っ白な砂浜だ。

 それもリリセと一緒なら、きっと楽しい。

 

 

 

 

 そういう風に自分を奮い立たせたエミィは、最後に悪足掻きをすることにした。

 ……あの映画の主人公が脱獄するまでに20年かかった。

 そんな時間をかけていたら、自分もリリセもオバサンになってしまう。

 だいいち、悪いことをしたわけでもないのにぴちぴちの青春時代をこんな牢屋で何十年も過ごすなんて、冗談じゃない。

 なんでもいいからなんかないか、あの映画みたいに壁が土で出来てて掘れそうなところとか。

 

 ……しかし、そんな都合のいい抜け穴なんて、どこにもなかった。

 目を皿にしてよく調べてみても、壁は土壁なんかじゃなくて鋼鉄製だったし、鉄格子はピカピカのステンレスだ。

 一方こっちはハンマーどころか針金一本持っていないし、両手の手錠すら外せなかった。

 仮出所を期待しようにもそもそも刑務所ではないのだから、仮出所どころか釈放だってありはしないだろう。

 

 

 絶望的な状況を悟ったエミィがガックリとくずおれたとき、牢屋の鍵ががちゃがちゃと外され、金属の扉が開く音がした。

 

 

 顔を向けると檻の扉が開いていて、外に一人の兵士が立っていた。

 性別は女、顔にクモのフェイスペイントを施している。

 女がてらに鍛え上げられた筋肉ムキムキな体格をしており、そこら辺の男では太刀打ちできないくらいに屈強そうに思えた。

 そうして見ている内にエミィは、この女兵士が先日ヒロセ家を襲撃したネルソンの副官だったことを思い出した。

 名前はたしか……モレクノヴァといったか。

 

「出ろ」

 

 そう手招きするモレクノヴァ。

 

 とうとう第二のルール『檻を出されてどこかに連れて行かれる』、その順番が巡ってきたのだろうか。

 いや、それにしては様子が違う。収容者を檻から連れ出すときは、2~3人がかりで押しかけてくるはずだ。にもかかわらず、モレクノヴァはたったひとりで現れた。

 ……何のつもりだろう。

 いぶかしむエミィに、モレクノヴァはニヤッと笑いかけた。

 

「こっちに来い」

 

 ……何はともあれこの檻から出られるチャンスだ、とエミィは思った。

 捕まってから四日目、ぎりぎりでやっと掴んだチャンスだ。

 何のつもりか知らないけれど、隙を突いて逃げてやろうじゃないか。

 

 

 

 エミィは誘われるままに檻を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タチバナ=リリセ、『人類の新たなる希望』を見せてやろう。

 

 そうわたしに語ったヘルエル=ゼルブは歩きながら話を始めた。

 今から20年以上前、ゴジラとの最終戦争(ファイナルウォーズ)に敗れる直前から、その物語はスタートしていた。

 

「……〈マフネ=ゲンイチロウ〉という男がいた。キミは知るまい。

 地球暦2040年初頭に導入されたチタノザウルスのコントロールシステム、あの制御用人工知能(AI)を設計構築したゲマトロン数学者だ。

 地球人にしては珍しく頭のいい男だった。

 マフネは、ナノメタルを用いた対ゴジラ兵器を建造するという話を聞いて、わたしにアイデアを売り込んできた。それが事の発端だ」

 

 マフネ。

 その名前にわたしは引っ掛かりを覚えた。

 以前聞いたような覚えがあるのだが、どこで聞いたのか思い出せない。どこだろう。

 

「マフネのアイデアは、ナノメタルが元々持っていた環境適応機能と自律思考性を徹底的に効率化し、貪食機能として昇華させるアルゴリズムと、それを実現する制御用人工知能の実装設計に関するものだった。

 外敵となる異物を見つけ出し捕食吸収、それを糧に自らの領域を拡張してゆくことで敵を攻撃する機能を付与する実装だ。

 オルガ、ビオランテ、ZILLA、ゴジラの近似種とされる怪獣の細胞、それらに共通してみられた形成体(オルガナイザー)の特徴から着想を得たらしい。

 『ゴジラを模したナノメタルで怪獣を喰い、それらを糧に自らを増殖強化して、ついには本物のゴジラを喰い殺す』

 ……素晴らしい、最高のアイデアだと思った。

 プロジェクトのメインメンバーだったわたしの推挙もあって、マフネも数少ない地球人メンバーとしてプロジェクトに参加。

 製造されるナノメタル兵器の正式名称が〈メカゴジラ〉、ビルサルド製のハードにゲマトロン言語のソフトを搭載する仕様が決定された」

 

 

 ……なるほど。メカゴジラって、そういう意味だったのか。

 わたしはメカゴジラという名前の真意を悟った。

 

 

 機械仕掛けのゴジラ:メカゴジラと聞いたとき、どんな姿を想像するだろうか。

 本物のゴジラと同じく頭と手足があって、長い尻尾があって、ギザギザの背鰭が並んで生えていて、体からビームを発射する。

 ……メカゴジラと言われたら、とりあえずそんな姿を想像するんじゃないだろうか。

 胴体から必殺光線を撃つかもしれないし、両肩にミサイルや光線砲を積んでいるかもしれない。

 しかし、全体の姿形はゴジラそのものを思い浮かべると思う。

 仮にいきなり丸い金属の塊を見せられて『ハイ、これがメカゴジラです』と説明されても、まず納得しないだろう。

 

 しかしビルサルドたちが考えたコンセプトは、少し違っていた。

 ゴジラこそが地球最強の怪獣であるなら、そのゴジラを倒すためのマシーンはゴジラそっくりなのが一番だ。

 

 ……ただし見せかけではなく、機能や本質の面において。

 

 その言い分はもっともだ。

 いくら外見をゴジラそっくりに作ってあっても、ゴジラを倒せなかったら意味がない。

 大事なのは見た目じゃない、()()だ。

 乗り物として使われるウマとクルマが似ていないのと理屈は同じだ。

 要は同じ機能、同じ役割、同等以上の性能を果たせればいい。

 むしろゴジラとしての役割を果たせるなら、ゴジラの姿を真似ている必要すらないのかもしれない。

 

 そんな観点からビルサルドたちが創り上げたのは、ゴジラ細胞と同じ機能を有したナノマシンだった。

 ゴジラと同じ役割を果たすことが出来る『機械仕掛けのゴジラ』。

 ()()()メカゴジラなのだ。

 建造されたメカゴジラがゴジラの形をしていたのは『デモンストレーション』に過ぎなくて、ビルサルドにとってデザインなんてどうでもよかったのだろうと思う。

 たとえそれがシャーレに入ったカビの塊、あるいは少女型ロボットにしか見えなくても、ゴジラとしての機能を有していればそれはビルサルドにとって立派なメカゴジラなのだ。

 

 そんなことに思い至ったわたしに、ゼルブは続けた。

 

「……将来的にこの惑星をナノメタルで改修する構想は、ハルエル=ドルドとわたしをはじめ、ビルサルド幹部のあいだでは当然のものとして共有されていた。

 この惑星の環境には不安定な乱数が多すぎる。たとえここでゴジラを駆逐できても、また第二第三のゴジラが現れかねない。

 地球暦2037年、ザルツブルグ陽動作戦においてわたしが指揮したナノメタライズ検証の結果は良好だった。この星の素材(マテリアル)はナノメタルと相性がいい。

 そしてマフネのアイデアを聞かされたときに、わたしは確信したよ。

 マフネのアイデア、〈マフネ=アルゴリズム〉は、我々ビルサルドの目的を達成するために必要不可欠だと」

 

 ……聞くふりをしながら考え事をしていたら、今さらっととんでもないことを聞いてしまったような気がする。

 ゼルブのやつ、今、『この惑星をナノメタルで改修する』って言った?

 

 そもそもナノメタルとはどういうテクノロジーなのか、わたしはここまで聞いていてもよく理解できていない。

 メカゴジラⅡ=レックスには何度も助けてもらったけれど、ナノメタル自体についてはエガートン=オーバリーの映画に出てきた程度のことしか知らない。

 何でもできる超凄いハイテク金属ナノマシン、せいぜいそれくらいだ。

 

 そのよくわからない、ゴジラも食べてしまうハイテク素材で地球を丸ごと改修するって?

 それってつまり地球を丸ごとメカゴジラに改造するってこと?

 そんなわたしの戸惑いを余所に、ヘルエル=ゼルブは一方的に語り続けた。

 

「だが、そのマフネ=アルゴリズムに、地球連合上層部が難色を示した。

 『怪獣の細胞は未解析な部分が多い、その細胞選別のアルゴリズムが暴走して制御不能になる危険がある』

 ……というのがマフネ=アルゴリズム否定派の論拠だった。

 実際、マフネ=アルゴリズムを搭載されたプロトタイプは試験中に暴走し、人間を食い殺す事故を起こした。

 この事故のせいで、ビルサルドの一部も反対派に同調した。『地球人にナノメタルはまだ早い』とな」

 

 人喰い事故を起こしたというナノメタル。

 そんな恐ろしい話をさらりと語るゼルブ。

 

「……だがそれは、デバッグも検証も充分に済んでいない、データも練度も不足した、完成度の低いプロトタイプだったからだ。

 充分な実戦データと検証時間さえ与えてもらえれば完璧になれるはずだ。わたしはそう抗弁した。

 推進派と反対派。メカゴジラをメカゴジラたらしめるマフネ=アルゴリズムのために、メカゴジラ開発計画は始まる前から危うく分断されるところだった」

 

 暴走して人を喰ってしまうメカゴジラ。

 想像するだけで身の毛がよだつ、恐ろしい光景だった。

 

 マタンゴ中毒を治療した際、レックスのナノメタルはマタンゴを殲滅してしまった。

 異星のテクノロジーであるナノメタルから見たとして、地球怪獣と地球人にどれだけ有意な違いがあるだろうか。

 身体の作りで区別するにしても、『人間と猿だって遺伝子的な違いは殆どない』とわたしは本で読んだことがある。

 何かの間違いで、怪獣と人間を取り違えて食い殺してしまうことだって充分起こり得るじゃないか。

 

「実用的なシステムとアルゴリズムを構築するための演算、その計算時間を試算した結果が出たとき、運命は決まった。

 スーパーコンピュータクラスのゲマトロン演算結晶を五年以上稼動しないと結果が出ない。

 機体建造の期間も含めるとそれでは時間がかかりすぎる、とな。

 マフネのアイデアは、地球人にとって進み過ぎていたのだ。

 わたしは私情で地球人を招き入れてプロジェクトに混乱をもたらした責任を追及され、プロジェクトの主幹はムルエル=ガルグ中佐に引き継がれた。

 メカゴジラの名は『機械でゴジラを再現したもの』ではなく『ゴジラを超え、その座を取って代わるもの』という意味合いに変わり、マフネ=アルゴリズムがオミットされたことで、メカゴジラ建造はビルサルド総力によるマンパワーでの製造に切り替わった。

 オペレーション・ロングマーチで実戦投入されたガイガンの最終形態(ファイナルフォーム)、あれにはマフネ=アルゴリズムを参考にした貪食機能が実装されていたらしいが、見るに堪えん代物だったよ。

 ……あれこそ愚挙だった。

 せめてマフネにコーディングさせておけば、ゴジラごときに遅れをとることなどなかった。

 それに、メカゴジラ建造のために前線から我々ビルサルドが引き上げたことについて、前線では不満が多かったと聞いている。

 もしもあのときマフネ=アルゴリズムの自己増殖機能を使えたら、もっと前線に人員を割くことが出来たはずだ。

 それで覆せた戦局も多かったろうに」

 

 廊下を歩きながら悔しそうに語っているヘルエル=ゼルブ。

 

 ……だけどわたしは、本当に実践投入なんてされなくてよかった、と心から思う。

 もしもそんな中途半端な状態で使われていたら、人類どころか地球という星そのものがナノメタルに喰い尽くされていたかもしれないのだ。

 その危険性をゼルブは気にも留めていない。

 

 だが、ゼルブがそのことを気にしないのも、それはそれで当然かもしれない。

 さっきのゼルブの話が本当なら、そもそもビルサルドは最終的には地球をナノメタルで改造するつもりだったのだ。

 たとえナノメタルに地球が覆い尽くされたところでビルサルドからすれば屁でもない。

 単に予定が早まっただけ、としか思わないのかもしれない。

 

「それでもなおマフネ=アルゴリズムにこだわったマフネは、わたしという後ろ盾がなくなったことでプロジェクトから去ることになった。

 あのときマフネは、『もう疲れた。最後の日は娘と一緒に故郷の芦ノ湖で静かに暮らしたい』と言っていた。

 さぞ無念だったろう。

 ……まあ、それでオペレーション=ルネッサンスで命を散らさずに済んだことを思えば、不幸中の幸いだったのかもしれんがな」

 

 ……このヘルエル=ゼルブという人は、マフネ博士のことが単なる共同研究者としてではなく、それ以上に友人として好きだったんだろうな。

 マフネ博士について熱弁を振るうゼルブを見ながら、そんなことをわたしは思った。

 

 その熱い口ぶりからすると、マフネ=アルゴリズムへのこだわりも、単なる戦略的意義というよりかは大切な友人と作った共同研究だからという思い入れが強いように思える。

 ネルソンがゲス野郎なのと同様、そのボスであるヘルエル=ゼルブも当然悪人だろうとばっかり思っていた。

 だけど、今は少し印象が変わりつつある。

 

 ゼルブだけかもしれないが、実際に話したビルサルドは、巷で聞かされていたよりも遥かに情緒豊かな人種だった。

 

 ヘルエル=ゼルブという人はビルサルドの理屈に則って考えてるだけで、実際はウェルーシファたちが言うような悪人じゃないのかもしれない。

 たまたま地球人と違う考え方をしているだけ、話せば案外わかりあえるのではないか……そんな風にさえ思えるようになっていた。

 ゼルブは相変わらず雄弁に喋り続けている。

 

「そんなマフネと再び連絡がついたのは、今から五年前だった。

 あのときは驚いたものだ。

 ゴジラの富士工場狙撃と東京上陸。あのとき我々ビルサルドの同胞にも多数の死者が出た。

 マフネも東京陥落と同時に死んだとばかり思っていたからな。

 わたしとの通話でマフネは言った。

 『美しい花が咲いた。わたしの〈娘〉をぜひ見に来て欲しい』とな。

 美しい花、それはマフネ=アルゴリズムの完成に他ならない。

 ウェルーシファとともに地球連合軍再興を進めていたわたしは、飛んで会いに行った」

 

 そんなゼルブの話を聞きながら、わたしは周囲を注意深く見回していた。

 あまりキョロキョロ見ていると却って怪しまれるのではとも思ったが、ゼルブの方は話すことに夢中になっているのか気付く気配がない。

 おおかたわたしのことは、『ビルサルドのテクノロジーが珍しい田舎娘』だとでも思っているのだろう。

 

 

 

 だけど、わたしには心の中に秘めた『ミッション』があった。

 わたしは単に長話を聞かされに来たわけでも、社会科見学に来たわけでもない。

 

 

 

 わたし、タチバナリリセには“すべきこと”があるのだ。

 

 



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44、メカゴジラⅡ ~『メカゴジラの逆襲』より~

 

『わたしに何をしてほしいんですか?』

 奉身軍拠点からの出立前、わたしの質問に答えたのはマン=ムウモだった。

 

「君にはちょっとした“潜入”を頼みたい」

 

 そう言って懐から小さなケースを取り出して、わたしに手渡した。

 ケースを開けた中身は、コンタクトレンズと服のボタンだった。

 

「このコンタクトレンズはカメラ、ボタンは盗聴器になっている。これらを通じて君の見聞きしたものが我々に届く仕組みだ。

 連中には『ある疑惑』がある。君にはヤツの懐へ入り込んで、その疑惑をこれで暴いてほしい」

 

 ムウモの説明に、わたしは首を傾げた。

 

「なんでそんな回りくどいことを? 準備が整ってるならとっとと攻撃すればいいじゃないですか」

 

 その疑問に、ムウモは答える。

 

「正当な武力行使だと、後から説明するために必要なのだ。

 LSOをこのまま野放しにしておくことは危険なのは、君もわかっているだろう。

 しかし我々には奴らを止める大義がない。武力において優位を持っているわけでもない我々には、周囲を味方につける大義が必要だ」

 

 ……そう言われてしまえば、そうなのかもしれない、とは思う。

 だが、いくらなんでもそんな都合のいい展開になるわけがないとも思った。

 第一、スネーク=プリスキンでもない一般人のわたしなんかが行ったところで、さっさと捕まって失敗しそうな気がする。

 楽天家と言われがちなわたしも流石に渋ったのだが、傍らにいたウェルーシファが柔和に微笑みながら答えた。

 

「大丈夫ですよ。ゼルブは、あなたみたいな若者が好きですから。その気にさせればきっと色々見せてくれると思いますよ」

 

 ……どういう意味なんだろう、それ。

 

「というか、そのヘルエル=ゼルブって人のこと知っているみたいですけれど、お知り合いなんですか?」

 

 わたしの疑問に、ウェルーシファは「ええ」と頷いた。

 

「彼、ヘルエル=ゼルブとは、かつて新生地球連合を共に建て直した同志でした。

 彼の夢と求心力には希望の輝きがあった。

 彼は、偽善者と蔑まれたわたくしを信じてくれた。そしてわたくしの方も、彼のことは腹心の友であるとさえ思っていた。

 ……それがこのような結果になったのは大変残念です」

 

 そう語るウェルーシファの声音は相変わらず温和だったが、なんとなく寂しそうにも思えた。

 ……考えてみれば、哀しい話だ。

 エクシフのウェルーシファと、ビルサルドのヘルエル=ゼルブ。

 種族を超えた同志だったはずの二人の訣別。

 『かつて仲間だった人物と抜き差しならぬ対立関係になってしまう』なんて、人と人の友情の終わりとしてこれほど哀しい結末はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 わたしが回想しているあいだも、ゼルブは喋り続けていた。

 

「……完成したアルゴリズムとそのシミュレーション結果を見せられたとき、『美しい』、と思った。

 見せかけの話ではない。その完成度と、それを作り上げたマフネに、わたしは感動すら覚えた。

 エクシフのウェルーシファから渡された純度99.999999999%(イレブン・ナイン)のスーパーゲマトロン演算結晶――今思えばあの女がどうやってそれを用意したのかまず疑うべきだったが――マフネはそれを使って十年以上ものあいだ、朝から晩まで計算し続けていたんだ。

 計算の度に生じる無数のルートをひとつずつ総当たりでデバッグし、一歩進めば再び計算で無数のルートを作ってまた総当たりで潰す。

 行き着いた先でミスが見つかればすべて再検証してまたゼロから再計算。

 そんな孤独な悪路を十年近く走り続けて、冗長箇所や論理破綻、バグを削ぎ落し、アルゴリズムを洗練させていった。

 あれはまさしく鋼の意志の結晶だった……」

 

 ここで一端長話を切ったゼルブは、その当時の感動を思い出しているのだろうか、うっとりと陶酔していた。

 ……なんか、こんな感じの人を見たことがあるな。

 そんなゼルブを見ていたわたしは、昔小遣い稼ぎで手伝った酒場のアルバイトを思い出した。

 ヘルエル=ゼルブの語り口は、飲み屋で新人相手に説教してる上司の姿を思わせる。

 悪意はないんだろうが迷惑で鬱陶しいタイプである。

 こういうタイプが何故ウザがられるかというと、自分が喋るのに夢中で周囲が見えていないからだ。

 

 

 ということはわたしの『ミッション』もやりやすいかもしれない。

 いいぞ、どんどん自慢話を続けろ。そしてスキを見せるんだ。

 

 

 そんなわたしの思惑にまるで気づかない様子のゼルブは、懐から取り出した水筒(スキットル)で口を湿らせると物語を再開した。

 

「……マフネが組み上げた新しいアルゴリズムと、過去の地球連合軍のデータベースを基に、わたしは個人的に所有していたナノメタルで新型メカゴジラの建造に着手した。

 完成したマフネ=アルゴリズムを使うにあたってマフネが出した条件は一つ。

 『メカゴジラに心を持たせること』だった」

 

 『メカゴジラに心』? なにそれ。

 そんなわたしの、そして誰もが思うであろう疑問に、ヘルエル=ゼルブは答える。

 

「メカゴジラⅡの貪食システムを構築する傍らで、マフネは、ゲマトロン言語で仮想人格をエミュレートして表出する、いわば『ヒトの心を再現した人工知能』を開発していた。

 マフネはその完成品を『メカゴジラのナノメタル制御システムのインターフェイスとして搭載したい』と求めてきた。

 そしてそのハードウェアの外観は『自分の娘のDNA情報を基にした似姿にして欲しい』と。

 マフネはその仮想人格インターフェイスのシステムを、〈レックス〉と呼んでいた」

 

 唐突に明かされた真実。

 マフネ博士が発明した『ヒトの心を持ったメカゴジラ』、それがレックスなのか。

 メカゴジラを進化させるアルゴリズムを編み出したゲマトロン数学者、マフネ=ゲンイチロウ。

 彼こそがレックスの『御父様』だったのだ。

 ゼルブは続けた。

 

「マフネの娘は、ゴジラ東京襲撃の際に死亡していた。その代わりが欲しかったのかもしれん。

 ……だが基幹部品にヒト、それも未熟な子供の心を人格型インターフェイスとして組み込むなど脆弱性、バックドアにしかならん。

 流石のわたしも反対したが、それについてマフネはこう言って譲らなかった。

 『怪獣型のメカゴジラで勝ったところで、それは強い怪獣が弱い怪獣を殺しただけに過ぎない。ゴジラにはヒトとして打ち()たねばならない。

 ゴジラと世界に殺されたわたしの娘が、ゴジラを殺して世界を救う。

 わたしの娘が救世主(すくいぬし)、新世界を統べる〈(REX)〉になるのだ』と」

 

 『死んだ娘をメカゴジラとして転生させる』

 まさしく『狂気の沙汰』だ。

 ゼルブが『鋼の意志』と賛美した、マフネ博士による研究完成への凄まじい執着。

 その支えとなったのは大切な娘をゴジラに殺された怨念だった。

 娘がゴジラに殺されたとき、マフネ博士はきっとこう思ったに違いない。

 

『……もしもゴジラが東京に来なければ』

『いいや、自分の発明したアルゴリズムを搭載したメカゴジラが完成していたら、ゴジラを東京になど来させなかった』

 

『メカゴジラが完成していたなら、娘は死ななくても済んだのだ!』

 

 ……そうやってマフネ博士はゴジラを、そして自分を切り捨てた人間の世界を心の底から憎んだことだろう。

 娘を殺したゴジラへの復讐と、自分の研究を認めず娘を護らせてくれなかった世界への憎しみ。

 煮え滾る怨念にも似た激情が、マフネ博士を突き動かし続けたのだ。

 

 そしてゼルブの表情が曇った。

 

「……マフネ=アルゴリズムの完成と引き換えに、マフネの精神は完全に壊れてしまった。

 ヒトの形を模していようがメカゴジラはテクノロジー、ヒトでもなければ娘でもない。

 一度死んだ人間が蘇るはずがない、どれだけ似せた模造品(コピー)を造ろうとな。

 あのときのマフネは、そんなことすらわからなくなっていた。そして、死ぬまでに彼が正気に還ることは二度となかった」

 

 そのときわたしは、かつてレックスが『御父様』の話をしていたのを思い出した。

 あるいは故郷の芦ノ湖にも行っただろう。

 そのほんの僅かな触れ合いで、マッドサイエンティストに成り果てたマフネ博士は父親としての幸福を取り戻しただろうか。

 ……いや、そうであって欲しい。

 だって、そうでなきゃ哀しすぎるじゃないか。

 

「我が盟友にして愛すべき天才、マフネ=ゲンイチロウを壊したのはウェルーシファだ」

 

 そんなマフネ博士を悼むように目を伏せていたゼルブの表情が、憎悪に歪んだ。

 

「あのエクシフの魔女が『アルゴリズムを完成させ、娘の魂を蘇らせることこそが最大の献身』などという()(ごと)を吹き込んでいたんだ。

 あの魔女、ウェルーシファさえいなければ……ッ!」

 

 ウェルーシファの名前を出す度に、ゼルブの口調からは力の籠った嫌悪が滲み出ていた。

 ……わたしは驚いた。鋼の理性を持つといわれるビルサルド。そんな理論理屈の権化がこれほどまで誰かを憎むなんて。

 ゼルブは、加熱しすぎた激情を冷ますかのように「ふう」と一息ついた。

 

「……結果的にマフネ=アルゴリズムは完成したが、マフネのことを考えれば、あの女からは引き離すべきだった。

 おまけにメカゴジラが完成した途端、あの魔女はわたしの手元から完成品を奪い取ろうとマフネを再び(たぶら)かした。

 ゲマトロン数学者だったマフネは、娘を喪ってからエクシフの信仰に(すが)っていた。

 ウェルーシファが指示すれば、操るのは簡単だったろう」

 

 ……ゼルブのことを「同志だった」と言っていたウェルーシファ。

 けれど、ゼルブの方はどうだったのだろうか。

 

 ゼルブから見れば、ウェルーシファのせいで友人のマフネ博士は廃人同然になり、さらにその努力の結晶にして共同研究の成果であるメカゴジラを横取りされそうになった。

 たとえ最初は腹心の友とでも呼べるような同志だったとしても、こんなことを繰り返されればゼルブが憎むのも当然だ。

 

 ……ゼルブの話をすべて鵜呑みにする気にはなれないが、今のわたしにはウェルーシファもなんだか疑わしく思えてきた。

 ウェルーシファは命の恩人だ、あまり疑いたくはない。

 しかしここまで話が食い違っているとなると、ウェルーシファにもわたしに話していない秘密があるのではと思えてならない。

 

 険悪な雰囲気を払おうとゼルブは話を変えた。

 

「まあ、過去のことはいい。済んだことだ。

 問題は『これから、どうするか』だよ、タチバナ君。

 ウェルーシファとその信者どもはわたしが『地球征服』を企んでる、などとほざいているようだが、わたしはこんな小さな星の支配権など興味はない。

 わたしはこの星をひとつにしたいだけだ」

 

 星をひとつに?

 下手なポップソングの歌詞にでも使われてそうな気障なフレーズが、理論理屈の権化であるはずのビルサルドから出てくるとはどういうわけなんだろう。

 ……さっきの「美しい」もそうだけどこのヘルエル=ゼルブという人、ビルサルドのくせに意外と詩人だな。

 ロマンチストのきらいもあるような気がする。

 

 

 というか、ナルシストすぎて流石にヒくわ。

 

 

 内心ゲンナリ気味のわたしを尻目に、ヘルエル=ゼルブは次の話題である『己の野望』を語り始めた。

 

「キミは生まれてなかったかもしれないが、今から二十年以上前、地球暦2039年に地球史上初の惑星統一政権が成立したことを覚えているかね。

 キミたち地球人類と、我々ビルサルド、そしてエクシフ。三種族が結集して築き上げた地球連合政府だ。

 あの頃は我々異星人も含めて、この星の人々はたしかにひとつだった」

 

 わたしもその史実のことは知っている。

 歴史の本に載っていた話だ。

 

「そこで、地球人類の歴史を紐解いてみたまえ。

 キミたちの歴史は、血を血で洗う闘争の繰り返しだったはずだ。

 宗教対立、世界大戦、民族紛争、テロリズム、軍拡競争、核開発、際限ない闘争の果てに核爆弾でゴジラを生み出し、自らの文明を滅ぼした。

 惑星統一はおろか各勢力間の意思調整すらままならなかった地球人類が、ましてやエクシフや我らビルサルドを加えた状態で、いったいどうやって連合政府など築けたと思う。

 イデオロギーも、テクノロジーも、生まれた星さえ違う三種族が、どうやって」

 

 答えないわたしに対し、ゼルブは大げさな身振りで答えた。

 その仕草は、かつて地球史上もっとも雄弁だったという独裁者の演説を連想させた。

 

「答えを教えてやろう、『希望』だよ。

 ビルサルドとエクシフは新たな故郷、地球人は怪獣のいない星、三者の希望が一致したからこそ、三種族はひとつに結びついていたのだ。

 目標が一つなら、向かう先が同じなら、団結するのはそう難しいことではない。

 ……人類がゴジラに敗れる前、まだ『ひとつになれば勝てる』という希望があった。我らビルサルドがもたらした技術があった。わたしは認めないが、エクシフの連中の信仰もあった。

 それらすべてを束ねれば、どんな敵にも負けることはない……結局は、何の根拠もない幻に過ぎなかったが。

 その絶望の象徴が『ゴジラ』であり、我々の『メカゴジラ』こそが統合された最後の希望だった。

 そんなメカゴジラを、たかが怪獣どもを殺すだけの道具で終わらせていいと思うかね。ただの兵器風情で終わらせていいとでも。

 わたしは断固として答える、『ノー』だ」

 

 だからこそ地球暦2046年、富士山麓で絶望(ゴジラ)希望(メカゴジラ)が撃ち砕かれたとき、人類の結束は八つ裂きにされ、人々は地球での生存を諦めたのだ。

 メカゴジラの敗北はまさにその象徴。

 諦めた末に今の地球がある。

 

 

 ゼルブに導かれた先には上階へ向かうエレベータが設置されていた。

 促されたわたしがゼルブと共にエレベータへ乗り込むと、エレベータは山岳を登るように上へと昇り始める。

 

「今、地球は地球人類、エクシフ、ビルサルドの三者に分裂し、断裂の苦しみに喘いでいる。

 だが、絶望の中で輝く希望の光、メカゴジラがあの忌々しいゴジラを始末して勝利の凱歌を挙げたなら、どうなる。

 四散したすべてのヒト型種族の意志は、再びメカゴジラの下でひとつに結ばれる。

 メカゴジラこそがその希望の燈火(ともしび)となり、三者は再びひとつに集うのだ」

 

 

 

 ……しかし、くさいな。

 

 

 

 いや、ゼルブの誇大妄想ポエムの話ではない。

 エレベータの内部で、妙な異臭が匂い始めているのにわたしは気がついた。

 血肉の腐ったような、死臭にも似た、なんともいえない悪臭だ。

 しかもエレベータが岩山の内部へと入り込んでゆくにつれて、臭いは濃くなってゆく。

 

 上がりきったエレベータが停止し、随伴していたLSOの兵士が扉を開けた。

 ゼルブは再び歩き出し、わたしも後に続いた。

 

「組織体制の再編に十年。

 ナノメタル粒子に『マフネ=アルゴリズム』を組み込み、メカゴジラを再建するのに五年。

 時間はかかったが、欲しいものは手に入れた」

 

 エレベータから降りた先は展望台のような監督所になっており、窓から岩山の内部を一望することができた。

 手摺の外から下には、岩山を刳り貫いて造られた巨大なホールが広がっている。

 

「見てみるかね。

 わたしが創った、『人類の新たなる希望』を」

 

 ゼルブに促され、わたしは眼下のホールを覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホールは巨大な檻のようになっていた。

 

 

 鉄格子で囲まれ、中に人はいない。

 鋼の軋む音と共に鉄格子の扉が開き、その奥から一頭の怪獣が姿を現した。

 

 怪獣としてはずいぶんと小柄で、直立に近い姿勢でも身長は10mにも届かない。

 全身にはふわふわとした黄色い羽毛が生えていて、なんだかヒヨコに似ていた。

 おそらく幼獣、つまりは子供なのだろう。

 

 幼獣はパワードスーツの作業員にホールの中へと追い立てられ、そして鉄格子の扉は封鎖。

 幼獣だけが締め出された。

 

 内部に取り残された幼獣が出口を捜し求めて歩き回る中、ホールの中央から銀色の液体が湧き出てきた。

 突然現れた怪しい存在の様子を窺う幼獣の眼前で、銀色の液体は小さな立像を形作った。

 銀色の液体が創り上げた立像は、人間の少女に似ていた。

 そして少女の像の周辺では、銀色の液体がぶくぶくと泡立ち続けている。

 

 幼獣が、その危険性を本能で察知して逃げようとした、まさにその時だった。

 

 

 幼獣の足元から銀色の(あぶく)が湧き上がってきて、鋭い金属音と共に幼獣の右足を食い千切った。

 

 

 幼獣はいったい何が起こったのか理解できかねた様子だったが、続けて襲ってきた激痛によって自分が片足を失ったのだと思い知らされた。

 痛みのあまりに、幼獣は喉を絞るような甲高い悲鳴と共にその場へ転がった。

 幼獣は泣き喚きながら親や同族に助けを求めたが、誰も駆けつけてなどくれなかった。

 

 幼獣が激痛にのたうちまわるあいだも、銀色の沼はじわじわと版図を広げ、幼獣との距離を詰めてゆく。

 

 幼獣は自分の足を食い千切った脅威の接近を察知し、檻の中を這いずって鉄格子の扉へ縋りついた。

 嘴と、残った脚と、何なら翼までも使って、ありとあらゆる手段を用いて死に物狂いで檻を破ろうとしたが、スペースチタニウム製の鉄格子は幼獣の力ではびくともしない。

 

 そんな幼い怪獣の背に、銀色のそいつは遂に追いついた。

 銀色のそいつは大津波となって立ち上がり、幼い怪獣へ覆い被さって一呑みにした。

 

 銀色の液体を頭から浴びた幼獣は、狂乱状態でもがいた。

 幼獣が身を捩るたびに銀色の液体が飛び散り、撒き散らされた銀色のそいつは磁石で吸い付くようにまた幼獣の全身へと纏わり着いた。

 見る見るうちにふわふわの羽毛は毟られて禿げ上がり、肉も冒されて骨がむき出しに、ついには骨までも侵食されていった。

 生きながら食い殺されてゆく壮絶な苦痛。

 幼獣が挙げた断末魔に、檻全体が震えた。

 

 散々もがき苦しんだ末に幼獣はついに力尽き、銀色の液体の真ん中に倒れ伏した。

 

 獲物が大人しくなったこの好機を、銀色のそいつは見逃さない。

 底無し沼へ沈んでゆくかのように、幼獣の体がずぶずぶと銀色の中へ引きずり込まれてゆく。

 沈んでいるのではない。

 爪先から分解されているのだ。

 幼獣の輪郭が見えなくなった頃、銀色の波が引いてゆき、元あったように地面へ染み込んで消え失せた。

 

 

 銀色の津波が引いた後には肉片はもちろん、骨の欠片すら残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼獣の処刑を観せられたあと、わたしはセントラルタワー上階の司令室へと案内された。

 展望台に開けた窓からは、孫ノ手島の全景とそこで働く人間たち、そしてどこまでも広がる海を眺めることができた。

 

 テーブルを挟んで対座する、ゼルブとわたし。

 ソファにゆるりとかけたゼルブは言った。

 

「我々ヒト型種族はまだゴジラに負けていない。

 負けたという者もいるが、それは違う。

 そういう馬鹿どもは『本当の敗北』を知らん。

 もしも、ゴジラに完全に負けたなら、我々ヒト型種族はどうなると思うね?」

 

 答えないわたしに構わず、ゼルブは続けた。

 

「簡単だ。我々は滅ぶのだ。

 余すとこなく我々の生存圏は消滅し、我々は一人残らず根絶やしにされるだろう。

 自然は、敗者には容赦しない。適者生存、勝者こそ正義、それが自然の摂理だ。

 これが本物の『敗北』というものだ」

 

 ゼルブの主張は無根拠な妄想ではない。

 昔、ものの本で読んだビルサルドの歴史を思い出す。

 

 ビルサルドの故郷である〈ビルサルディア〉の太陽にあたる『はくちょう座V1357』は連星、いわゆる双子星だったが、その片割れはブラックホールだったという。

 ブラックホールと隣り合った過酷な環境で暮らしてきたビルサルドたちにとって、自然とは自分たちの脅威であり、捻じ伏せて支配すべき宿敵であった。

 そしてビルサルドたちは自然の力(ブラックホール)との戦いに敗れ、故郷を追われた。

 

「この星は敗者である我々ではなく、あの忌々しいゴジラをこそ霊長だと認めるだろう。

 つまりこの星はゴジラの星、いわば『怪獣惑星』とでも呼ぶべき世界になる。

 すべての生物、環境、気象、世界のすべてがゴジラに隷属してゆく。

 かつて君たち地球人類がこの星の自然を征服し、勝者として環境を支配してきたようにな」

 

 ヘルエル=ゼルブが語る『本当の敗北』。

 かつて故郷を追われたときの苦渋を、ビルサルドたちは決して忘れていなかった。

 『次こそ、次さえあれば、もっと良い世界を創れるはずだ。そして今度こそ大自然の力を征服し、支配してみせる!』

 そう信じながら宇宙を彷徨い続け、ようやく地球に辿り着いたかと思えばそこにはゴジラがいた。

 

「ゴジラを霊長と認める『怪獣惑星』にヒト型種族の生存圏は存在しない。

 君たちが環境を変えた結果次々と生物が淘汰されたように、ゴジラが創る世界に我々の居場所はない。

 これは単に害獣を駆除するだけの戦いではない。

 滅びるのはヒトか、ゴジラか。

 ゴジラを倒さない限り、我々ヒト型種族に未来などないのだ」

 

 ビルサルドたちがゴジラ討伐に協力していた真の理由。

 それはもちろん『新しい故郷が欲しかったから』という理由もあったのだろうが、それ以上に『かつて喪った故郷の雪辱戦』という意味合いがあったのだろう。

 ビルサルドたちは、自分たちが自然に敗れた屈辱をゴジラを倒すことで晴らそうとしていたのだ。

 

「……とまあ、長々と講義してきたが」とヘルエル=ゼルブは話を切り替えた。

 

「長話でキミも退屈だったろう。

 昔話はここまで。これからは楽しい話、『未来の話』をしようじゃないか」

 

 ゼルブの語調が急に変わり、わたしに親しげに笑いかけながら言った。

 

「キミたち地球人は我々ビルサルドを冷血と思いがちかもしれないが、それは誤解だ。

 我々は同胞への貢献を重んじる。仲間の為なら命を捨てることも、ヒトの形を捨て去ることさえ惜しみはしない」

 

 ……たしかに、()()なのだろう。

 ビルサルドだったら、仲間の為なら迷わず自分の身を捨てる、そういうヒトたちなのだろう。

 だからこそ地球人と一緒にゴジラと戦ってくれたんだろう、とはわたしも思う。

 そこでヘルエル=ゼルブはわたしに向けて言った。

 

「そう、タチバナ=リリセ君、キミと同じだ。

 キミは仲間を助けに来たそうだが、キミのように仲間のために命を張れる覚悟ができる地球人はそうそういない。

 最初こそ誤解があったようだし、そこをエクシフのカルトどもに付け込まれたようだが、キミはまだ若い。

 まだまだ学べることも多いだろう」

 

 そしてヘルエル=ゼルブは鷹揚(おうよう)に告げた。

 

「……どうだね。これも奇縁と思って、わたしと共にこの星の未来を築いてみないか?

 聞けば、ネルソンが捕虜にしたキミの仲間も優秀なエンジニアだそうじゃないか。

 キミが望むなら、彼女にも相応のポストと将来を用意しよう。

 もちろん、ネルソンがヒロセ家に暴力をふるった件は心からお詫びする。

 充分な補償はさせてもらうよ」

 

 要するに、勧誘だ。

 黙っているわたしに、ゼルブは続けた。

 

「わたしが言うのも難だが、そんなに悪い条件ではないと思うぞ。

 取るに足らないガラクタのために危険地帯へ赴き、決して安全とは言えない居住区へ閉じ籠り、いつ現れるかもわからない怪獣の脅威に怯えざるを得ない毎日……それがキミたちの今の生活だ。

 そんな生活に輝かしい未来があるとは、キミとて思ってはいまい?」

 

 ……たしかにゼルブの言うとおりだ。

 新宿から立川までトランクひとつ運び出すのに、何度死にかけたかわからない。

 立川の自治区だって、アンギラスとラドンが同時に襲撃してくるようなことがあれば呆気なく潰されてしまうだろう。

 『新生地球連合軍に加わり、人間の世界を怪獣どもから取り戻すために戦う』

 ……そんなマンガみたいにカッコいい未来も、アリといえばアリなのかもしれない。

 

「あのタチバナ准将の娘が力を貸してくれるというなら、わたしとしてはこの上なく心強い。

 それに、わたしはキミのような勇敢な若者が好きでねえ」

 

 そうやって猫なで声で語りかけるヘルエル=ゼルブに、わたしは答えた。

 

 

 

 

「……おことわりします」

 

 

 

 

 ……ほう、とヘルエル=ゼルブは片眉を釣り上げた。

 よもや好かれるとは思っていなかっただろうが、ここまで嫌悪を剥き出しにされるのも予想外だったらしい。

 

 しかし、わたしの答えなんてとっくのとうに決まっていたのだ。

 

 

 

「子供を食い物にするような人の仲間になんてなりたくありません」

 

 

 

 そう告げるわたしの表情は、きっと怒りで燃えていただろう。

 

 



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45、パピヨン

 檻の外に出ようとモレクノヴァに近づいた途端、エミィは突き飛ばされて檻の中へと尻餅をついてしまった。

 何するんだ、とエミィが言う間もなく、モレクノヴァは檻の中へとずかずか入ってきた。

 

「なんだ、女か……まあ、かまわんがな」

 

 そう言いながら、モレクノヴァはエミィへと迫ってくる。

 ただならぬ雰囲気に、尻餅をついた姿勢のままあとずさるエミィ。

 モレクノヴァがおもむろに立ち止まり、言った。

 

「……人の楽しみを覗き見するとは、あまり良い趣味とは言えんな、マティアス=ベリア・ネルソン」

 

 通路の向こうから声が返ってきた。

 

「……やれやれ、趣味がどうのと言えたクチかね、スヴェトラーナ=エヴゲノヴナ・モレクノヴァ少佐」

 

 モレクノヴァの言葉を受けて通路の向こうから現れたのは、エミィをここに連れてきた張本人、マティアス=ベリア・ネルソンだった。

 ネルソンはひとりだった。たまたま通りすがったのか、それとも何か別の用件でもあったのだろうか。

 

()()やってるのか」

 

 そう訊いたネルソンに、モレクノヴァはにやにやと笑いながら答えた。

 

「ああ、ちょっと“しつけ”をな」

 

 にやけながらそう答えるモレクノヴァに、ネルソンは「おいおいおいおい」と言った。

 

「おいおい、貴重な人手だぞ。()()()()()()()()()()()をやらかしてみろ、ゼルブの大将にどやされるのはゴメンだぜ」

「あれは手違いだ。向こうが悪い。大人しくしていればWin-Winで済んだものを」

 

 不服そうに口を尖らせるモレクノヴァの答えに、ネルソンは心底呆れた様子で肩をすくめた。

 

「まったく、あと一時間で奉身軍と一戦おっぱじめようってときに何やってんだか。

 せめて手術が終わってからやったらどうだ。そいつのはどうせ数時間後だろ」

 

 手術。

 その単語で、エミィは第二のルール『四日目に消える収容者たち』のことを思いだした。

 四日目に檻から連れ出されていった収容者たちがその後どうなったのか、エミィはよく知らない。

 ここの収容者たちは、なにか手術でも受けるのだろうか。

 そんなエミィを抑えつけながら、モレクノヴァが答えた。

 

「馬鹿を言うな、ネルソン。木偶人形と遊んでも面白くもなんともない」

「まるでケダモノだな。いっそあんた自身もナノメタライズしたらどうだ? 性欲も抑えられるぜ」

「断る。おまえみたいに機械と融合したバケモノになりたくはない」

「人をバケモノ呼ばわりできる立場かよ。そうやって()()()()()()()、いまさら何を言ってやがる」

 

 その言葉に、エミィは戦慄した。

 ……死なせた? 死なせた、って何をしたんだこいつ!?

 

 同時にエミィはひとつの事実を理解した。

 ……こいつら、他人の生死をまるで冗談みたいに扱ってやがる。

 こいつらはわたしの命なんてゴミかなにかとしか思ってないんだ。

 

「なに、ただの()()()()()さ。

 抜け目なく隙を窺い、あわよくば脱走してやろう……などと考えるような不届きで()()()()()収容者への、な」

「教育的指導、ねえ……」

 

 ちらっとエミィの方を見たネルソンの目つきに、エミィは冷たいものを感じた。

 ……まさか、攫うときにエミィが唾を吐いたことを根に持っているのだろうか。

 ネルソンは踵を返しながら言った。

 

「……次の巡回は三十分後だ。一戦交える前に、せいぜい英気を養っとけ」

 

 そう言ってすたすたと歩き始めるネルソンを、モレクノヴァは笑顔で見送った。

 

「心遣い痛み入るよ、ネルソン……」

 

 ……の、ゴマすり野郎。

 最後に小さな声で罵倒を付け加えたモレクノヴァは、軍服の胸元を緩めながらエミィに向かって言った。

 

「さて、とんだ邪魔が入りかけたが、これで私とおまえの二人っきりだ。たっぷり、可愛がってやろう……」

 

 モレクノヴァの舌なめずりを見て、エミィは、全身が粟立つ感覚を覚えた。

 手錠で拘束された小柄な少女エミィと、服を脱ぎ始めた屈強な女兵士モレクノヴァ。

 この状況を見れば、モレクノヴァが何をしようとしているのか明白だ。

 

 

 

 

 こいつ、わたしに乱暴する気なんだ。

 

 

 

 

 エミィは大声を挙げようとした。

 だが開いた口に布の塊を押し込まれ、さらにガムテープで塞がれてしまい、小さな声でむーむー唸ることしか出来なくなってしまった。

 さらにモレクノヴァはエミィの手錠を掴むとすばやくベッドの脚へ繋ぎ直し、エミィは両手を頭上に掲げた仰向けの姿勢で固定されてしまう。

 ばたつかせる足も、大人の体格に押さえつけられてしまってはろくに抵抗も出来ない。

 モレクノヴァは歪んだ薄笑いで見下ろしながら半裸になると、獲物を捕えた蜘蛛のように、エミィの小さな身体へと覆いかぶさった。

 

「楽にしていろ、痛いのは最初だけだ……」

 

 色欲に爛れた生暖かい息が、エミィの肌を撫で回す。

 モレクノヴァの指がエミィのズボンにかかったところで、エミィは両目をぎゅっとつぶった。

 

 

 

 

 そのときだった。

 エミィの頭上で、ごすっ、という硬いものがぶつかるような音が響いた。

 

 

 

 

 モレクノヴァが「うっ」と唸ったかと思うと、エミィを押さえつける力が弱まり、さらにエミィにのしかかっていたモレクノヴァの体が引き剥がされた。

 ……なにが起こったんだ?

 エミィが目を開くと、角材を両手で構えた男が、眼前に立っていた。

 

 服装は半袖のTシャツと迷彩柄のミリタリーズボン。

 両手には手甲みたいにサラシを巻いていて、顔は溶接用マスクみたいなお面で隠していた。

 ……どっから来たんだ、どこの誰だ。

 エミィがそう思う間もなく、マスク男は猿轡に気付き、エミィの口から引っこ抜いてくれた。

 

「……ぷはっ、うしろだ!」

 

 エミィの警告にマスク男は即座に反応し、身を翻した。

 鋭い銀色の一閃が、マスク男の胸元を紙一重で掻く。

 立ち上がったモレクノヴァが、片手にアーミーナイフを構えていた。

 

「オスガキめ! (バラ)してやる!」

 

 先ほどまでの気取った態度はどこへやら、モレクノヴァは獰猛な毒グモみたいな本性を剥き出しに、マスク男へ襲い掛かった。

 

 

 迫り来るモレクノヴァに対し、マスク男は両手で構えなおした角材で応戦した。

 リーチで言えば角材の方が有利だが、殺傷力で言えばアーミーナイフの方が上だろうし、しかも使っているのは軍人のモレクノヴァだ。

 ……素人が戦って勝てる相手じゃない。

 エミィは最初そう思った。

 フェイント、フェイントと見せかけた攻撃、またそう見せかけたフェイント、そして攻撃。

 モレクノヴァの動きが軍人として洗練されているのは、素人のエミィから見ても明らかだ。

 

 

 しかし、少年の方が上手(うわて)だった。

 

 

 モレクノヴァの繰り出すナイフの一撃を掻い潜り、マスク男はモレクノヴァの頬を角材でポカッと叩いた。

 もう一度ナイフを突き出すモレクノヴァだが、モレクノヴァの攻撃はまたしても空振り、マスク男は角材の先端でモレクノヴァの腹をはたいた。

 マスク男の繰り出す攻撃は決して重くはない。

 むしろポカポカと軽すぎる攻撃だった。

 

 少年はモレクノヴァのことをおちょくっているのだ。

 

「ちょこまかと!」

 

 捉えられそうでかすりもしない動きと、揶揄(からか)うかのような角材の軽い打撃。

 マスク男の巧みな挑発で、苛立ったモレクノヴァの攻撃はますます苛烈になってゆく。

 しかし冷静さを欠いた攻撃では精度が下がり、ますます空振るだけ。余計に苛立つばかりだ。

 

 ……まるで蝶々(パピヨン)だ、とエミィは思った。

 

 マスク男とモレクノヴァの戦いは、まるで目の前でひらひら舞う蝶と、それを捕まえようと躍起になるのろまな猫のようだ。

 いくらモレクノヴァが訓練された兵士でも、根本的に反応速度が違うのでは勝負にならない。

 

 マスク男の繰り出した角材の突きが、モレクノヴァの顎下に当たった。

 顎を強打したモレクノヴァは仰向けに引っ繰り返りそうになったが、すんでのところで踏ん張り、のけぞった顔を正面に向けた。

 

 

 

 その顔面に、マスク男の角材によるフルスイングが直撃した。

 

 

 

「ぐぉぺげっ」

 

 

 

 ……ホームランだ。

 モレクノヴァのまぬけな呻き声と、鼻か顎の骨が折れるような、痛そうな音が響く。

 そしてモレクノヴァは、そのまま大の字にぶっ倒れた。

 今のは強烈だ。しばらくは動けないだろう。

 

 モレクノヴァをノックアウトしたマスク男は、ベッドの脚に括りつけられたままのエミィへと振り返った。

 エミィの両手に嵌められた手錠に気付いたマスク男は、腰につけたポーチから取り出した工具で弄繰り回し、エミィの手錠をあっさり外してしまった。

 

「…………。」

 

 立ち上がったエミィが見たとき、床に倒れたモレクノヴァはまだ生きていた。

 だが、脳震盪でも起こしたのか、今のモレクノヴァは起き上がるどころか指一本まともに動かせず、白目を剥いて泡を吹いている。

 

 

 

 そんなモレクノヴァを見ているうちに、エミィの心でドス黒い怒りが一気に沸騰した。

 

 

 

「よこせっ!」

 

 エミィはマスク男から角材をひったくると、床に倒れたままのモレクノヴァに向けて思い切り振り上げた。

 

「ふざけんな、この変態クソアマがッ!」

 

 エミィは、硬い角材で力一杯、モレクノヴァを滅多打ちにする。

 モレクノヴァの悲鳴と共に血が飛び散り、バキッ、ガスッ、ゴスッと硬いものが叩きつけられる痛々しい音が重なった。

 

「死ね! 死ねッ!!

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ、死んじまえッ!!!!」

 

 ――殺してやる!

 ぐちゃぐちゃのミンチにしてやる!!

 目も鼻も潰して、全身の骨をバキバキにへし折って、歯も全部叩き折って――!

 

 怒り狂うエミィを見ていたマスク男は、慌てた様子で制止に入った。

 

「離せッ離せッ邪魔すんなッ!」

 

 暴れるエミィの角材がマスク男にぶつかり、マスクが外れて素顔が露になった。

 それでも男は、半狂乱でモレクノヴァを殴り続けようとするエミィを力づくで取り押さえた。

 

「この変態クソアマッ、ブッ殺してやる!!」

 

 止め処ない憎しみに身心を委ねて暴れ続けていたエミィだったが、男の力強い腕に両肩をがっしりと掴まれ、そしてその素顔を正面から見た。

 真正面に向き合った、男の悲しげな眼つき。

 その眼は、こんなことを言っているような気がした。

 

 

 

 

 ――これ以上やったら本当に殺してしまうよ。

 

 

 

 

 ……その一瞬で、エミィは、頭に逆上(のぼ)っていた血が急速に冷えてゆくのを感じた。

 

 水を浴びせられたような頭で、モレクノヴァを改めて見直してみた。

 鼻と歯がへし折れ、血と涙と鼻水でぐちゃぐちゃのぼこぼこになった、モレクノヴァの情けない顔。

 マスク男の一撃か、あるいはエミィの殴打か、どっちが原因かわからないが顎が外れたらしく、あうあうと言葉にならない呻き声で命乞いのようなことを喋っている。

 そんなモレクノヴァと視線が重なったとき、エミィは気がついた。

 

 

 

 これは、深く傷つけられて世の中を恨んでいる人間の目だ。

 

 

 

 モレクノヴァが許しを乞うているのは、殴られている今のことだけじゃない。

 『もうこれ以上わたしをいじめないで』という、この世界すべてに向けた悲鳴だ。

 ……モレクノヴァにどんな過去があるのかは知らないし、興味もない。あるいはただの勘違いかもしれない。

 だけどエミィにはわかった。

 

 ……こいつはわたしの同類だ。

 

 こいつは世の中を恨んでいて、そして怖がっている。

 世界中のあらゆるものが怖くて怖くてたまらなくて、自分より弱い奴を探していじめて、『自分は強いんだ』って自分に言い聞かせないと生きていられない。

 いくら筋トレしようが、出世しようが、卑屈な性根は変わらない。

 このモレクノヴァという人間は、そういう可哀想でしょうもないヤツなのだ。

 

 続いてエミィは自分の手を見た。

 両手に構えている角材は、ずっしりと重くて硬い。

 そんな頑丈な角材なのに、エミィが渾身の力で叩きつけたせいで真ん中の辺りで折れ曲がってしまっており、そしてその先端は血みどろになっている。

 こんなもので力一杯殴られたりしたら、痛くてたまらないだろう。

 

 

 ……もしも、これで殴り続けていたら、本当に、わたしは。

 

 

 そのことにようやく思い至ったエミィは、慌てて角材を放り捨てた。

 心臓がバクバクと早鐘を打ち、手足がガクガクと震え、全身から冷たい汗が滲み出る。

 

 

 

 

 

 

 ……危ないところだった。

 本当に人殺しになってしまうところだった。

 

 

 

 

 

 

 仮にここでモレクノヴァを殺しても、誰も咎めはしない。

 正当防衛だ、きっとタチバナ=リリセでさえ許してくれるだろう。

 そして外野は口々に言うだろう。

 

 エミィ=アシモフ・タチバナ、キミは正しい!

 こんなクズは死んで当然だ、こんな汚らわしいヤツは人間じゃない!

 当然の報いだ、正義の鉄槌を下せ、いいからさっさとやっちまえ!!……

 

 ……とかなんとか、(はや)し立てるだろう。

 無責任に大声で、そしてどこか楽しそうに。

 

 

 

 

 だけど、エミィ=アシモフ・タチバナは、そういうのが心の底から大嫌いなのだった。

 

 

 

 

 モレクノヴァは『教育的指導』と言っていた。

 ここで正義気取りでモレクノヴァをブッ殺したら、それこそ一緒じゃないか。

 ……わたしは、こんなクズとは違う。

 エミィは結局、モレクノヴァにトドメを刺さないことに決めた。

 これは正しさだの道徳だのの問題じゃない、自分の気持ちの問題だ。

 殺()ないではない、殺()ないでやるのだ。

 エミィはそう思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ気持ちが収まらないので、エミィはモレクノヴァに唾を吐きかけてやることにした。

 それでもムカついてたまらなかったので、踏みつけるようなケンカキックで股間を思いきり蹴りつけてやった。

 

 モレクノヴァが情けない声で悲鳴を上げたのを眺めながら、エミィはようやく溜飲が下がった。

 

 

 



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46、It is NOT Neverland

 ボコボコに叩きのめされたモレクノヴァはしばらく動けそうにない。

 

 

 ……が、()()()()、縛り上げておかなきゃ。

 

 

 エミィは、奪った手錠をモレクノヴァの両手両足にかけ、膝を折り畳んだ状態で手首と足首を連結した。

 いわゆる逆海老縛りだ。これなら手足も動かせない。

 続いて、さきほどエミィ自身がやられたように、開きっぱなしのモレクノヴァの口に猿轡を施し、とどめにモレクノヴァ自身が持ち込んだガムテープを使い切るまで巻き付けて、モレクノヴァの身体をベッドへがっちり固定した。

 

 徹底的に雁字搦めにされたモレクノヴァが、もごもごと何かを呻いた。

 きっと窮屈で仕方がないのだろう。

 あまりに厳重に縛り付けられているせいで、身を捩ることすら出来ないようだった。

 

 そんなモレクノヴァの救助要請を、エミィはもちろん無視した。

 ……ざまあみろ、変態のクソ女め。そこでゆっくり反省すればいいさ。

 

 

 

 

 そして身の安全を確保したところでエミィは、自分を救ってくれた恩人、マスク男の方を改めて見た。

 男と向かい合ったエミィは、男が思っていたよりもかなり小柄であることに気がついた。

 ……大きく見えたのはベッドに括りつけられていた体勢で見上げていたからだろうか。

 実際に並んで立ってみるとエミィと同じくらいか、ちょっと大きいくらいの身長しかない。大人の男というより男の子、少年と呼ぶべきなのかもしれない。

 

 背丈は低かったがしっかりと筋肉がついていて、そして日焼けしたように浅黒い肌をしている。

 煤や泥で身体中がひどく汚れていたけれど、おっとりとした温和な目つきが印象に残る顔だ。

 エミィは、マスク男あらため浅黒肌の少年に言うべきことを言うことにした。

 

「……ありがとな」

 

 エミィが礼を言うと、少年はにっこりと笑った。

 言葉は通じているようだが、少年は一言も喋ろうとしない。

 口が利けないのだろうか。それとも見回りの兵士を警戒して声を出さないのだろうか。

 

 

 挨拶もそそくさに少年はエミィの手を引いた。

 どこか連れて行きたいところがあるらしい。

 

 エミィは少年の導きに抵抗しなかった。

 マティアス=ベリア・ネルソンは「次の見回りは30分後」とかなんとか言っていたが、このまま愚図愚図残っていたら大変なことになる。

 それにせっかく檻が開いているのだ、逃げ出さないという法はない。

 

 

 

 

 ……おっと、その前に。

 

「おやすみ、モレクノヴァ少佐」

 

 エミィは、強烈な悪臭のする毛布をバサッと広げ、ベッドに縛りつけられているモレクノヴァの上からすっぽりと被せた。

 毛布の下でモレクノヴァが喚いたが、猿轡をされている上に分厚い毛布に遮られているためか、蚊が鳴く音にしか聞こえなかった。

 

 檻の外へ出てから、改めてベッドの方を振り返ってみた。

 鉄格子越しに見ると、毛布をかぶって眠っているようにしか見えない。

 毛布をめくったその下で大の大人が簀巻きにされているなんて、一体誰が気づくだろう。

 ……性格悪い、って? ふん、殺さないだけありがたいと思え。

 

「待たせたな、行こう」

 

 可能な限りの偽装工作を終えたエミィは牢屋の扉に錠をかけ、さらに鍵を奥まで挿したままへし折ってから(こうすれば代わりの鍵を持ってきてもすぐには開けられないのだ)、少年の後をついてゆくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人がしばらく歩いたその先である。

 人目に付きにくい物影で少年がおもむろにしゃがみ込んだかと思うと、格子状になっている床板に指をかけて音もなく持ち上げた。

 床板は蝶番(ちょうつがい)のようにパタンと開き、その床下には梯子があった。

 そのスペースに入った少年が手招きしている。

 そんな少年を見ながら、エミィも考える。

 ……どこに案内する気なのかは知らないが、わざわざ助けてくれたことを考えると悪いことはないだろう。

 もしもなんかあってもそれまでだ、毒喰らわば皿までっていうし。

 ……そんな、ちょっと間違った用法を思い浮かべながら、エミィは少年に続いて地下のスペースへ滑り込み、入り口の蓋を静かに閉じた。

 

 暗い床下の空間を、少年とエミィはそろりそろりと歩いてゆく。

 エミィと少年が入り込んだスペースには、大人はどうかわからないが、子供だったら頭を低くすれば立って歩けるくらいの広さががある。

 ……なんのための通路なのだろう。

 通風孔や排水溝にしては大きすぎるので、ライフラインの整備点検や物を収納するためのスペースのような気がする。

 

 通路の途中で少年が立ち止まった。

 岩肌が剥き出しの壁に配電盤が設置されているが、ここに何かあるのか。

 少年が配電盤を抱えると、ずず、と擦れる音とともに配電盤が引き戸のように外れた。

 

 配電盤が除けられた壁に穴が空いていた。

 抜け穴だ。

 少年は穴に体をねじ込んで、するすると入っていった。

 エミィはふと思った。

 

(……こんな狭い穴だとすると、リリセならつっかえて通れなさそうだな。あいつ巨乳だし、尻でかいし。)

 

 そして自身を見下ろす。

 ……ぺたーん。平坦で起伏の乏しい、痩せっぽちの貧相な体。

 

(……いやいや、わたしはまだ成長期、そう成長期だから! もう少ししたらグラマーになってだな……)

 

 そんな優越感だか敗北感だかよくわからない負け惜しみを心の中で吠えながら、エミィも続けて入り、もとあったように配電盤を引きずって出入口を塞ぐ。

 抜け穴は暗くて狭かったが、真っ直ぐ這って進む分にはまったく支障がない。

 そして長い長い抜け穴を通過した先で、再び光が入る空間に出た。

 天井から光が差し込んでいる、小会議室くらいのスペース。

 

 

 

 

 そこで待っていたのは子供たちだった。

 

 

 

 

 総勢、十名。

 年恰好は皆エミィより年下のように見えた。

 みんな薄汚れて痩せてはいるが、病気になっている様子はない。

 

「おまえの仲間か?」

 

 エミィの質問に、少年は元気よく頷いた。

 つまり脱走者の集まりだ。

 檻に捕まった子供たちを助け出しては仲間に加えているのだろう。

 

(だけど、一体どうやって暮らしてるんだ?)

 

 そんな疑問が浮かんだ時、子供たちの一人が、奥からコンテナとポリタンクを抱えて現れた。

 コンテナには軍用レーションがいくつか入っており、子供たちはそれをひとつずつ取り出し封を破って食べ始める。

 エミィは床にレーションやレトルト食品の包みが散乱し、洗った缶詰の空き缶が部屋の隅に積まれているのが視界に入った。

 

 ……なるほど、食糧はさっきみたいな抜け穴を使って備蓄庫からくすねているのか。

 水も、どこかの水道から汲んでいるのかもしれない。

 

 仲間にレーションを配り終えた食糧係の子供が、エミィにもレーションを勧めてきた。

 歓迎のつもりだろうか。

 子供たちがレーションを食べている様子を見ているうちに、エミィのお腹も『きゅう』と鳴った。

 ……そういえば、朝からなにも食べていない。

 朝食として配給されたスープは腐った臭いがして、口をつけていなかった。

 

 せっかく御馳走してくれるようだし、エミィもご相伴にあずかることにした。

 

 

 

 

 酷い味のレーション――とはいえ檻の中で出された臭いメシよりはよっぽどマシだ――を頬張り、回し飲みのコップの水で飲み下しながら、エミィは子供たちの様子を観察した。

 

 食糧に困っている様子はないが、食事中でも皆一様に口を利かないのがここの暮らしの過酷さを思わせた。

 床板一枚すれすれのところを通ることもあるのだ、迂闊に声を出せば見つかって捕まる可能性がある。

 そして、捕まればどうなるか。

 

 LSOの連中から身を潜めて床下を這いずり、時々食糧を盗んで仲間同士で分け合う。

 そんな暮らしを、子供だけで一体どれだけ続けていたのだろう。

 

(……ん、なんだこれ?)

 

 周りを見回していたエミィは、壁に大きな迷路のような紙が貼ってあることに気付いた。

 アリの巣を書き起こしたような複雑な模様で、最初はただの壁紙かとも思った。

 しかし、よく見てみるとこの島全体の地図になっていることがわかる。

 アリの巣のように見えるのは、後から描き加えられた無数の線だった。

 見ているうちにエミィは思い至った。

 

 ……これはただの地図じゃない。

 島の地図に抜け穴を書き加えたものだ。

 この子供たちはこの地図を使って島中の抜け穴を把握し、巧く利用して暮らしているのだ。

 

 子供たち全員がレーションを食べ終わった頃合いで、食料係の子供は次にデザートを配り始めた。

 黄色いオシャレなデザインで、漢字で『保存用』と書かれている。

 

 

 今日のデザートは、キャラメルだった。

 

 

 口に入れると甘さがいっぱいに広がって、なんだか暖かい気持ちが湧いてきた。

 そして、この甘味をエミィに最初に教えてくれた人物、すなわちタチバナ=リリセの顔が思い浮かんだ。

 

 

 

 ……さて、と。

 

 

 

 ここを抜け出さないと。

 そして帰らなきゃ。

 ()()()はわたしがいないとダメなんだから。

 『お腹いっぱいとは言い難いが、空っぽよりはマシ』というくらいに食べたところで、エミィは立ち上がった。

 

「……助けてくれてありがとな。ごちそうさま」

 

 

 

 

 ――行っちゃダメだ!

 

 

 

 

 誰も叫んでいないのにそんな声が聞こえた気がしたかと思うと、エミィは不意に手首を掴まれた。

 エミィが振り返ると、浅黒肌の少年がエミィの手を掴んでいた。

 

「……離してくれよ」

 

 エミィは腕を振るったが、少年は、エミィの手首を固く握って離そうとしなかった。

 少年の腕の力は強かったが、一方でかすかに震えていた。

 

 ――ここにいようよ。

 ――外に行ったら殺されてしまうよ。

 

 そんな少年に、エミィは答えた。

 

「牢屋から出られてもこの島から出られないんじゃ、牢屋の中に入ってるのと変わらない。

 わたしはこんなクソみたいな島に長居なんてしたくない」

 

 エミィの言葉に、浅黒肌の少年は目を丸くした。

 手首を掴む力が緩まったところで、エミィは少年の手を振り払った。

 

「それともまさか、ここでずっと暮らせって言うつもりか?

 大人たちにびくびく怯えて? 冗談じゃない」

 

 核心を突かれ、浅黒肌の少年は、今にも泣き出しそうな顔をした。

 ……命の恩人に対してずいぶんと酷い言い方をしてしまったな、とエミィは思った。

 きっと少年は、そうやって仲間がいなくなって戻ってこなかったのを見送ってきたのだろう。

 だからこそこんなに必死になって止めようとしてくれているのだ。

 エミィの命を守るために。

 

「……ごめんな、酷い言い方して」

 

 エミィは少年に詫びた。

 ……レックスの時といい、どうして自分はこういう言い方しか出来ないんだろう。

 少年が本気で心配してくれているんだろうな、ということはわかってたはずなのに。

 エミィは少年に言った。

 

「おまえは良いヤツだ。

 ここで笑顔で応援して送り出すようなヤツは、それこそ無責任な最低野郎だ。

 だけどな、」

 

 だけど、()()は言わないわけにはいかない。

 誰かが絶対に言わなきゃいけないことなのだ。

 エミィは、周りの子供たちにも顔を向けた。

 

「おまえらにも言わせてもらうが、こんな生活いつまでも続かない、いつかバレるぞ。

 それにバレなくっても、大人たちが皆いなくなったらどうするんだ?

 たとえばゴジラがやってきたら?

 それで大人たちが皆逃げ出して、おまえらだけ置き去りにされたら?

 そうなったら、この島から逃げることだって出来なくなるぞ」

 

 エミィの言葉に、全員静かに動揺していた。

 現実はピーター・パンと違う。

 ここはNeverland(ネヴァーランド)なんかじゃない。

 こんな生活、いつまでも続くわけがない。

 何かあったら逃げられなくなってしまう。

 みんなわかっていたことだ。

 

 だけど子供たちは、恐いあまりに問題を先送りにしていた。

 相談するように互いの顔を見合っているが誰一人、エミィに対する反論は出ないようだった。

 

「待ってるだけじゃ誰も助けに来てくれない、自分の足で出て行かなくっちゃ」

 

 ……これは、半ば自分に向かって言っているようなものだ。

 愚かな父親、父親を騙したエクシフ、そして自分たち家族にタカってきたズルい大人たち。

 そんな意地悪な世界にびくびく怯えて、優しいリリセの後ろに隠れていたのは自分の方だ。

 

 だけどそんなの、いつまでも続かない。

 死ぬまでリリセに守ってもらう? そんなわけにはいかないのだ。

 そんなこともわからなかったバカでクソガキな自分だけれど、リリセと引き離されてみて、ようやくそれがわかった。

 ……自分は、おとぎ話の馬鹿なカカシよりも考えなしで、腰抜けライオンより勇気がなかった。

 

 

 だけど、それも今日ここまでだ。

 

 

 レックスはいつだって恐ろしい怪獣たちから守ってくれた。

 リリセだってアンギラスやメカニコングに立ち向かった。

 だから今度は自分、エミィ=アシモフ・タチバナが立ち上がるときなのだ。

 そんな思いを胸に、エミィは喋り続けた。

 

「……別について来いなんて言わない。

 おまえらの言うとおり、ここに(こも)ってた方が安全だろう。

 運がよければ脱出できるチャンスだって巡って来るかもしれないよな」

 

 エミィも、自分が無謀な行動をしようとしていることぐらいわかっている。

 自分が正しいなんて思わないし、ついてきてくれる仲間を求めようとも思わない。

 とにかく息を潜めてじっと耐え、状況が変わるのを待つ。それもひとつの選択肢だ。

 

「だけど、わたしは嫌だ。

 自分の人生、そんな運任せにしたくない。

 ここにずっといたら、このまま悪いヤツから逃げっぱなしのまま、人生が終わっちゃうかもしれない。

 そんな負け犬人生、まっぴら御免だ」

 

 上手いこと言ってカッコつけるつもりはない。

 ただ心が思いつくままに喋ってるだけだ。

 誰かを扇動したり焚きつけたり、そういうカッコよくってありがたーい霊験あらかたな御言葉なら、エクシフの専売特許だ。

 あのクソ神官どもなら頼まなくったってペラペラ喋るだろうさ。

 エミィは宣言した。

 

「わたしには帰りを待ってる人がいるし、帰る場所だってある。

 そこにわたしは帰る。絶対に帰る」

 

 帰る場所。

 その言葉に浅黒肌の少年ははっとした顔をしたが、エミィはそれに気づかないまま話を続けた。

 

「わたしには、外に伝手(つて)がある。

 もし上手く逃げられたら、そいつらに頼んでおまえらのことも掛け合ってみる。

 だからおまえらはここで待っててくれ。必ず助けを呼んでくるから」

 

 エミィが思い浮かべた『伝手(つて)』というのは、真七星奉身軍とヒロセ家のことだ。

 真七星奉身軍のクソ信者共、特にあのカルト教祖のウェルーシファに借りを作るのは気に喰わないが、子供の命が懸かってる。背に腹は替えられない。

 それにヒロセ=ゴウケンだって、レックスを売ろうとしたとはいえ、あのときの様子を見る限りではこんな結果は不本意だったはずだ。

 両者とも、エミィが頼めばきっと何かしらの力になってくれるだろう。

 

「……助けてくれたことは感謝する。

 だけどわたしは行く。だから止めてくれるな」

 

 

 

 ――待って!

 

 

 

 立ち去ろうとするエミィの腕を、少年が掴んで引き留めた。

 なんだよ、まだ止めるのか。

 掴んできた手を再び振り払おうとしたとき、エミィは少年の顔を見た。

 

 ――どうしても行くなら、ぼくも連れてって。

 

 少年は、そんな顔をしていた。

 一言も喋らないのにどういうわけか、この少年の言いたいことがエミィには伝わった。

 

「……いいのか? 見つかったら殺されるぞ」

 

 うなずいている少年の表情は、エミィに『君、ここの抜け穴を全然知らないだろ? 道案内が必要じゃないか?』と言っているように見えた。

 

「いや、そこの地図を見せてもらえればいいんだけど……」

 

 と、言いかけたところでエミィは思い至った。

 ……まさか。

 

「おまえ、抜け穴全部暗記してるのか?」

 

 エミィの質問に、少年は力強く頷いた。

 ……マジかよ。

 エミィは気が遠くなりそうになった。

 

 この島中の抜け穴が描かれた壁の地図。

 たしかにこんな地図を持ち歩いてたら万一捕まった時にルートが全部割れてしまうことになる。

 だけど抜け穴は、地図が真っ黒に見えるくらいの緻密さで細かく描き込まれていた。並大抵の頭ではとても覚えきれっこない。

 だからごく限られたルートしか使っていないのだとエミィは思っていた。

 

 だがこの浅黒肌の少年はこれらすべてを暗記しているというのだ。

 もし本当だとすれば常人離れした記憶力と言わざるを得なかった。

 

(モレクノヴァを倒したカンフーといい地図といい、ぼーっとした顔をしてるけど実はとんでもない奴なんじゃないか、こいつ?)

 

 そんな少年とエミィのやりとりを見ていた子供たちは次々と立ち上がった。

 リーダー格だった少年が決断に踏み切ったことで他の子供たちも同じ結論に至ったようだった。

 彼らの視線はエミィへと向けられている。

 

 

 

 全員脱出。

 そしてその中心人物は言い出しっぺのエミィ=アシモフ・タチバナだ。

 

 

 

 ……こりゃ参ったな。エミィは首の後ろを掻きながらぼやいた。

 

「リーダーなんてガラじゃあないぞ、わたし」

 

 

 



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47、Let Them Fight

「子供を食い物にするような人の仲間になんてなりたくありません」

 

 眼下のホール、ナノメタルのエサにされた幼獣を追い立てているパワードスーツ作業員の顔を見たとき、わたしの中でヘルエル=ゼルブの評価は決まった。

 

 ……あの作業員は年端もいかない子供だった。

 おそらくはエミィとさほど変わらないほどの年齢だろう。

 そんな子供に怪獣の世話??

 そんな危険極まりない仕事をやらせるなんて、コイツ最低最悪じゃないか。

 

 

 もうひとつ許せないのは、あのネルソンとかいうクズがヒロセ家の人たちに暴力を振るったことだ。

 ……サヘイジさんは大怪我をしてしまった。

 ゲンゴ君は腕を折られた。生き甲斐のマンガをもう描けないかもしれない。

 ゴウケンおじさんもあんな暴行を受けたら車椅子生活になってしまう。

 ヒロセ家がこれだけの痛手を負ったら、その配下の会社の人たちだって路頭に迷ってしまうかもしれない。

 

 いくらお金を積まれたって折られた腕や脚、受けた暴力はなかったことにはならない。

 それをやらかしたネルソン当人を不問にしておいて『お詫び』?

 『充分な補償はさせてもらう』?

 

 

 

 はあああああああああああ????

 

 

 

 ざけんじゃねぇーっつぅーのッッ!!!!

 

 

 

 怒りに顔を痙攣させるわたしを前にしながら、ヘルエル=ゼルブは考えるように顎に手を当てるだけだった。

 

「……ふむ、タチバナ=リリセ。

 児童労働(ChildWork)は、キミたち地球ではごく普通に行われている風習だと思っていたのだが、キミの文化圏では違うのかね」

 

 口が寂しくなったのか、ゼルブはテーブル上の皿に盛られたチョコレートに手を付け始めた。

 わたしにも勧めようとしたが、わたしが受け取らないのでゼルブはそれを口に放り込んだ。

 

「この美味いチョコレートとて、キミたちの文明においては児童労働の産物だ。

 原料となるカカオ豆は、地球人の子供による労働で生育されることによって、その製造コストを抑えていた。

 チョコレートだけじゃない。薬物(ドラッグ)から紛争地域における戦争行為まで、この星ではあらゆる産業が日常的に児童労働で賄われていたのだ。

 『地球の文明において児童労働は必須な構成要素のひとつ』

 地球入植前に行なった我々の事前リサーチではそういう結論だった。

 ……教育体制が崩壊してから久しいとはいえ、わたしですら知っているこの事実を地球人のキミが知らなかった、というのは流石に勉強不足だと思うがね」

 

 ……たしかに、わたしにとっても、人手が足りずに大人に混じって子供が働いている場面は見慣れた光景だった。

 ちょっと小腹を満たす程度の役割と栄養価しか持っていないチョコレート。自分が食べられるわけでもないお菓子を作るため、日夜、身を粉にして働く子供たち。

 そんな光景なんて、わたしが知らないだけで過去の地球の歴史上においてもしばしば見られたものだったのかもしれない。

 ……それはわかっている。

 

 だが、わたしはそれだけで怒っているのではないのだ。

 

「あなた、怪獣の管理がどれだけ危険か、わかってるはずでしょう?

 それをあんな装備でやらせるなんて一体何考えてるんですか」

 

 体内に危険な細菌が常在している怪獣や、毒を持った怪獣、強い放射能を帯びた怪獣もいる。

 作業中に事故を起こす危険性はもちろんのこと、あんな顔も丸見えの杜撰な防毒装備では病原菌の感染や放射線被爆の危険だってある。

 その危険性をビルサルドのヘルエル=ゼルブが理解していないはずがない。

 

 危険だとわかっていることを、何も知らない子供を騙して、あるいは力づくで無理矢理やらせている。

 そんな外道な行いに手を染めながら平然としているゼルブの態度が、わたしにはどうしても許せなかったのだ。

 

「……危険、ねえ」

 

 チョコレートをぼりぼりと噛み砕きながら、ゼルブはわたしに聞き返した。

 

「かくいうキミこそ、子供に危険な現場でメカの操縦をやらせているではないか。

 同じことをしているに過ぎないのに何をそんなに反感を抱くのか、わたしには疑問だが」

 

 エミィのことを言っているのだろうか。

 わたしは言い返した。

 

「あの子はああいうことをしなければ生きていけないからやってるだけで……」

「そうだ、そのとおり。この子供たちもここで働かなければ生きてゆけない」

 

 わたしの反論に、我が意を得たりと言わんばかりのゼルブだった。

 

「ここで働かなければ怪獣に踏み潰されるか、別の場所で死ぬまで搾取されるか、雨露(あまつゆ)もしのげずに野垂れ死ぬか。

 我々はただ働かせているわけではない、保護を与えているのだよ。

 もちろんタダで保護を与えるわけにもいかないから、教育も兼ねて労働を課している。

 しかも日々を繋ぐだけの無為な労働ではない、人類の未来にもつながる有益な事業だ。

 代わりの稼得手段もないまま仕事を取り上げれば、それこそ彼らは死ぬしかない。

 これ以上我々が何を提供すれば、キミは満足するのかね」

 

 『子供に働かせる』というゼルブの考えはこの御時世、ポスト=ファイナルウォーズに適応したビルサルドとして行き着いた合理的な結論なのだろう。

 かつての地球人だって似たような理屈で子供を働かせていたのかもしれないし、こんな子供の心配をする方が青臭くて浮世離れしているのかもしれない。

 

 だけど、それでもわたしには受け容れられなかった。

 あんな年端も行かない子供たちがこんな命を使い捨てるような生き方をさせられるなんて、どうしても許せない。

 

「あの子たち、感染症か急性被爆で死にますよ。そう長くないうちに」

 

 わたしの指摘に対し、ゼルブは余裕たっぷりに答えた。

 

「なあに、心配ないさ。既に手は打ってある」

「『手は打った』ですって? あんな無防備な装備のいったいどこに手が打ってあるんですか!?」

 

 テーブルに手を叩きつけて怒鳴るわたしに、ヘルエル=ゼルブは恐るべきことを言った。

 

()()()()()()()()()()()

 ナノメタライズすれば放射能被爆などおそるるに足らん」

 

 ……なん、だって?

 この男、今、なんて言ったの。

 絶句するわたしに、ヘルエル=ゼルブは笑いながら説明した。

 

「ナノメタルは死を克服する。

 言ったろう、『ナノメタライズの検証を行なった』とな。

 ナノメタルがこの星の素材(マテリアル)と相性が良いことは、既に検証済だ」

 

 その時わたしは総毛立つ感覚を覚えた。

 その続きを聞くのが恐ろしくてたまらない。

 

 

 

 ……まさか、そんな、嘘でしょう?

 

 

 

「マテリアル、って、まさか……」

 

 そんなわたしにゼルブは呆れた口調で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と察しが悪いな。

 キミたち地球人のことだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……考えてみれば当然のことだ。

 ガイガンという怪獣をナノメタルで改造したと言っていた。

 この星そのものさえ改造できるのだから、人間だってそうだろう。

 ……そのことに思い至らなかったのではない。

 考えたくなかっただけだ。

 

 

 でもまさか、子供を改造するなんて。

 

 

『ビルサルドだって言葉の通じるヒト型種族、話せば分かり合えるかもしれない』

 そんな楽観的な期待は木っ端微塵に砕け散ってしまった。

 愕然としているわたしを見ながら、ゼルブは頭を掻いた。

 ショックを受けたのは流石にわかったようだ。

 

「これでもキミたち地球人には感謝しているのだがなあ。

 新しい故郷を得られたし、飲酒飲食という不合理を楽しむ余裕や価値観も伝授してくれた。

 これは心ばかりの御礼のつもりなのだが、お気に召さなかったかね」

 

 そしてゼルブは語り続ける。

 

「考えてもみたまえ。

 ナノメタライズされた肉体は生体故の制約には縛られない。

 傷病に苦しむことも、老いることすらない。

 さらにキミたちが三大欲求と呼んでいるようなものとは無縁だ。

 食欲、睡眠欲、そして性欲(セックス)。まさに自由だ。

 これこそヒトが長いあいだ望み続けた理想、生命が次のステージへ進化したも同然ではないか。

 いっそキミもナノメタライズしてみてはどうかな。そうすれば考えも変わるかもしれんぞ」

 

 自由、()()だって???

 何が自由なものか。こんなの、製造ラインのロボットに改造してるだけじゃないか。

 そんなわたしを前に、ハハハと快活に笑っているヘルエル=ゼルブ。

 そしてわたしは一つの真実を理解した。

 

 

 こいつは『侵略者』だ。

 

 

 本物の侵略者は『地球を侵略しに来ました』なんて宣言したりはしない、そんなのは独立記念日(ID4)に宇宙人が攻めてくるSF映画だけだ。

 それどころか当人たちでさえ気づいていないのかもしれない。

 『未開の惑星で不便に暮らしているカワイソーな発展途上種族に、我々の先進的な文明の叡智を授けてあげよう!』

 そんな善意のつもりなのかもしれない。

 そして考えもしないのだろう。

 彼らがやっていることがわたしたちの尊厳を踏みにじる行為、すなわち『侵略』以外の何物でもないことを。

 

 

 

 ビルサルドの正体は地球を狙う侵略者だった。

 そしてメカゴジラとは、ビルサルドの地球侵略兵器だったのだ。

 

 

 

「そして、ここの労働者たちには作業前にナノメタルで改造済だ。

 だから放射能汚染も細菌感染の心配もない。

 それどころか一ヵ月以上休むことなく働いた者だっていたくらいだ。

 それで生産性や品質が落ちることもない。

 どうだ、素晴らしいだろう」

 

 そしてこのヘルエル=ゼルブは、人間をオートメーション工場の作業ロボットかなにかとしか思っていない。

 今さっき言った『保護を与えている』がどうとかいう(もっと)もらしい理念なんて、結局は人前で喋るための建前でしかないのだろう。

 怒りのあまりに全身が震えた。

 

「……このこと、ちゃんと説明してるんですか。

 人間をやめることになる、って」

 

 殴り掛かりたくなるのをなんとか抑えて訊ねると、ゼルブは「勿論だとも」と答えた。

 

「聞かれればビルサルドはいつだって丁寧に説明しているよ。

 ……まあ、聞かれればの話だが。

 初めから隅々まで丁寧に言って聞かせたところで、どうせキミたちには理解出来まい」

 

 そのせせら笑うような言葉を聞いたそのとき、考えるよりも先にわたしの身体が動いていた。

 テーブルから身を乗り出し、ゼルブの胸倉に掴みかかろうと腕を伸ばす。

 しかし後ろで控えていた兵士にすぐに抑えつけられてしまった。

 

「アンタ、、アンタって人は……ッッ!!」

「否定するのかね。

 拒否するなら代案があるのだろうね?

 もし無いのだとしたら、そんなものは子供が駄々をこねているのと変わらんよ」

 

 息を荒げてもがくわたしを横目に、ゼルブは悠然とした態度を崩さない。

 

「……キミたち地球人はいつだってそうだ。

 身勝手で、感情的で、非合理的。

 キミたちはいつも『自分たちに理解できない』という理由で無責任に喚くだけだ。

 大局的な視野を持とうともしない」

 

 甘いものを食べたので口が乾いたのだろう、ゼルブは懐の水筒(スキットル)で口を潤してから語り続けた。

 

「現実はひとつしかない。

 その現実を好き放題に解釈して捻じ曲げるのがキミたち地球人だ。

 自分たちに都合良い未来像を勝手に夢想して、それで自分の思いとおりじゃないと察知した途端『騙された、詐欺だ』などと勝手なことを喚き散らして現実を逆恨みする。

 何が『詐欺』だ。キミたちが一方的に身勝手な期待をしていただけだろう。

 ビルサルドのわたしに言わせれば、ただの好き嫌いと道理の正否を感情に任せて混同するキミたち地球人の方がよほど不誠実だと思うぞ。

 仮にも万物の霊長、ヒト型種族とあろうものが感情に振り回されるとはまったく情けない」

 

『メカゴジラもビルサルドも、そもそも最初からそういうものだ。地球人(おまえたち)こそ身勝手だ』

 ゼルブはそう言いたいのだろう。

 しかし互いの理解に重大な食い違いがある、しかもそのことがわかってるのに共通の了解を得られるように説明しない時点でやっぱり詐欺じゃないか。

 (いきどお)るわたしに、ゼルブは問いかけた。

 

「そもそもキミは何故そこまで拒絶するのだ。

 ナノメタライズなど、当人たちの希望に沿って身体を改良してやっただけのこと。

 親族たちの承諾は得ているし、当人たちも喜んでいる。

 たっぷりの給金に管理された安全な職場、しかも鋼の肉体という豪華な特典まで付いているではないか。

 それの何がいけないのか、まったくわけがわからない」

 

 こんなことをいけしゃあしゃあと言ってのけるヘルエル=ゼルブに、わたしは怒りを募らせた。

 

 ……こいつは、年端もいかない子供たちを詐欺同然の手口で騙し、ロボット工場の部品に作り替えてしまう。

 こいつは、そうやってチョコレートを食べるみたいに子供たちの未来を食い潰してゆく。

 しかもそのことに対してちっとも悪いと感じていない。

 こんな腐ったヤツに対して『案外良い人なんじゃないか』なんて一瞬でも思いかけた自分がバカみたいだ。

 

「ところで……」

 

 と、結局一人でチョコレートを食べきってしまったところで、ヘルエル=ゼルブは話を変えた。

 

 

 

「キミの、その左目のコンタクトと、ボタン型の盗聴器は、自前かね?」

 

 

 

 背筋に氷水を流し込まれた感覚があった。

 ウェルーシファたちから『ゼルブの悪行を暴いてほしい』と託されたコンタクトレンズ型のカメラと、ボタン型盗聴器。

 ゼルブはこのことを言っているのだ。

 

 

 ……作戦が、バレてるのか。

 

 

 固唾を呑むわたしの様子を見ながら、ゼルブは満足げにニヤリと笑った。

 

大方(おおかた)ウェルーシファの差し金だろうが、そんな小細工がわたしに通用すると思っていたなら流石に大人を甘く見すぎだな。

 キミがこちらにつくというのならその程度の悪戯は目を瞑ってやっても良かったんだが、そうじゃないならまあ、残念だ」

 

 ……まさかこの男、最初から気づいた上で重要な機密を何もかも見せたのか。

 いや、重要な機密だと思っているのはわたしだけで、ゼルブからすれば知られたところで痛くも痒くもない部分だったのか。

 それどころかゼルブにとってはむしろ見せつけて自慢してやりたい部分だったのかもしれない。

 

 最初からゼルブの手の内だったなんて。

 

 わたしは自分の浅はかさが悔しかった。

 ゼルブやウェルーシファの言うとおりだ。

 わたしは所詮、大人ぶっているガキに過ぎなかったのだ。

 ちょうどそのとき、制御ルームに入室してきた者がいた。

 

「統制官殿! 失礼いたします」

 

 ヘルエル=ゼルブの腹心、マティアス=ベリア・ネルソンだ。

 

「どうだネルソン。やはり()()が動いたろう」

 

 入室してきたネルソンにゼルブが問いかけると、ネルソンは答えた。

 

「はい、統制官殿の予測計算通りであります。

 ヴァバルーダ級エクシフ飛行戦艦:ヴァバルーダを旗艦とする〈真七星奉身軍〉の艦隊がこちらに向かっております」

 

 ……ウェルーシファ率いる真七星奉身軍が、この孫ノ手島に?

 そんなネルソンの報告を聞きながらゼルブはハッと鼻で笑った。

 

「随伴は?」

「ランデスとザグレスであります!」

「ランデス、ザグレス、それにヴァバルーダ。ヴァバルーダ級を三隻か。

 隠していた空中戦艦を全て出してくるとは、あの魔女もいよいよ追い詰められたと見える。

 他はどうだ?」

 

「はっ、その他は……」

 

 詳細な規模を説明するネルソンの報告を、ゼルブはふむふむと相槌を打ちながら聞いている。

 ……わたしは、愕然とした。

 ここまで作戦がバレてるんじゃあ、待ち伏せも同然じゃないか。

 絶句しているわたしに、ゼルブが振り返る。

 

「言ったろう、『エクシフはあまり信用しない方がいい』とな」

 

 笑いながらゼルブは言った。

 

「驚くことはない、ウェルーシファとは長い付き合いだ。

 何を考え、どう動くか、お互いのことはイヤというほどよく知っている。

 あいつがキミを送り込んだのも、キミがタチバナ准将の娘だからだ。

 旧友であるタチバナ准将の娘なら、わたしが気に入って懐まで招き入れると踏んだのだろう。

 ……昔からそうだ。人間をゲームの駒か手札としか思っていない」

 

 ゼルブは手をひらつかせながら続けた。

 

「どうだね、タチバナ君。

 これがあのカルトども、エクシフがのたまう『献身』とやらの正体だよ。

 奴らの言う献身、報身、そんなものは搾取を体よく言い換えた奴隷道徳に過ぎん。

 『あとから助けに行ってやる』なんて言ったかもしれんが、どうせそんなもの来やしない。

 君は奴らにとって宣戦布告の鏑矢(きょうし)、捨て駒なのだからな」

 

 「これから奴らがどう行動するか手に取るようにわかる」とゼルブは言った。

 

「まずウェルーシファが適当なことをほざく。

 『タチバナ=リリセは偉大なる宇宙知性に身を捧げた』とかどうとか、如何にもそれらしいことを抜かすだろう。

 言葉面ばかり飾り立てた、中身など何もない戯れ言。

 エクシフの常套句だ」

 

 そう語るヘルエル=ゼルブの口元には、小馬鹿にしたような冷たい笑いが浮かんでいた。

 

「だがたとえ戯れ言でも、信者どものスポンジみたいな穴だらけの脳内を補完するならそれで充分さ。

 思考停止した信者どもは、ウェルーシファが用意した都合のいい物語に有難く乗っかるだろう。

 キミのことはさも悲劇の英雄であるかのように語り継いでくれるだろうな。

 『自分たちがそういう風に食い物にした』、その事実はあっさり忘れて。

 ……ふん、自分で考えることすら放棄したみじめな畜群風情が。

 家畜なら家畜らしく身の程を弁えていればいいものを」

 

 ソファーを立ったゼルブはコート掛けにかかっていたビルサルドの軍服コートを羽織り、腕を袖に通した。

 

「いい機会だ。

 あのイカレた信者連中はいずれ徹底的に叩き潰しておかねばと思っていた。

 性根まで腐り切ったエクシフとその信者共に、我々ビルサルドの強さをみせてやる。

 おいネルソン、」

 

 胸のボタンを留めながらゼルブが訊ねた。

 

「〈LTFシステム〉は用意できているか?」

 

 ゼルブの指示にネルソンが驚く。

 

「はい、ご指示の通りですが……まさか、アレを対人戦で使うつもりですか!?」

 

 ニンジャ軍団に銃を突きつけられても飄々とした態度を崩さなかったあの冷静沈着なネルソンが、動転している。

 そんなネルソンの様子など気にもかけずにゼルブは平然と言う。

 

「ああ、そう言った。LTFシステムで迎撃しろ」

「し、しかしお言葉ですが統制官、アレはまだ調整段階です。

 実戦投入するのはまだ早計かと……」

 

 そう狼狽しながら固辞しようとするネルソンの口ぶりからすると、LTFシステムというのはLSOの虎の子である一方で相当のリスクがあるものらしい。

 

「かまわん。

 費用対効果を考えればそれが最善だ。

 どこまで制御できるか、テストにもちょうどいいだろう」

 

 ゼルブは不敵に笑った。

 

 

 

やつらを戦わせるのだ(LetThemFight)

 

 

 



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48、EM20_Godzilla/再始動 ~『シン・ゴジラ』より~

でん、でん、でん、でん、どんどん。


 エミィ=アシモフ・タチバナが立てたプランは、至ってシンプルだ。

 

 エミィと浅黒肌の少年だけが先行して基地内部で騒ぎを起こし、騒ぎに乗じて子供たちを連れ出してボートか何かを盗んで逃げる。

 おそらく平常時だったらあっさり捕まるだけの幼稚な作戦だろうが、しかしエミィには勝算がある。

 エミィはネルソンの話を覚えていた。

『まったく、あと一時間で奉身軍と一戦おっぱじめようってときに何やってんだか……』

 どうやらここの連中、LSOはまもなく真七星奉身軍と戦争を始めることになる()()()

 外側の敵に気をとられているあいだなら、内側で騒ぎのひとつやふたつ起こす隙だって出来る()()()

 床下に子供が10人も隠れ住んでいるのに、ちっとも気付かないような連中なのだ。

 トラブルが重なれば、ボートがひとつやふたつ消えたって見逃す()()()()()()

 

 「らしい」とか「~はずだ」とか、「~かもしれない」ばっかりの、穴だらけの作戦だった。

 だいぶ大甘に見た、作戦と呼ぶのもお粗末な子供の考えなのもエミィにはわかっている。戦争するからといって内部の監視が緩むなんてことはないかもしれないし、相手は大人でこっちは子供だ。ちょっと機械弄りが出来るだけの子供と、島の抜け穴に詳しいだけの子供なんて、そんなのアドバンテージでも何でもない。仮に正面から鉢合わせして銃でも向けられたら目も当てられない。そして万一捕まって拷問でも受けたら、隠れている仲間の子供たちのこともバレてしまうかもしれない。

 甘い、そして無謀な冒険。

 ……だけどこれしかない。

 子供たちと共に逃げ出すためにエミィが採れる選択肢はこれしかないのだ。

 

 道具の類は、さきほど少年が手錠を外すときに使った工具類がもう一揃いあった。これで少年とエミィ、二人分の道具が揃ったことになる。

 ピストルでもあればもっといいのだが、食糧や工具類は盗めても流石に銃器は盗めなかったようだ。

 ごめんね、と謝る子供たちにエミィは「気にするな」と首を振った。

 

「わたしだって銃は嫌いだしな。

 それにわたしには()()がある」

 

 そこでぽんぽんと叩いてみせたのは、腰に付けた工具のポーチに入れた合金製のドライバーだった。

 マイナスドライバーでも、ナイフの代わりに振り回せば充分武器になる。いざってときはこれでグサリ!だ。

 

 装備を整えたエミィは、続いて身支度を始めた。

 目を引くブロンドの髪はリボンで結わえたうえでニット帽で隠し、服装も暗がりへ紛れられるように黒っぽい上着を羽織り、白い肌は(すす)を塗りたくることで出来るだけ黒くした。

 

 全身を真っ黒に塗りながら、エミィは「……なんか、こんな映画あったな」と思い出した。

 それはかつてリリセと一緒に観た映画で、ジャングルで肉食宇宙人(プレデター)と戦うコマンドーの映画だ。仲間を皆殺しにされて追い詰められた主人公のコマンドーは咄嗟に泥をかぶって身を隠し、残虐な肉食宇宙人に怒涛の反撃を仕掛けるのである。

 ……なんだ、なかなか縁起がいいじゃないか。

 それにあの主人公のコマンドーを演じていた俳優は、色んなアクション映画に出演していた大スターだ。彼はいつだって大活躍して、悪者をやっつけて、大切な家族を守り抜いていたじゃないか。

 あの筋肉モリモリマッチョマンにあやかるというのだからこれほど心強いことはない。そうとも、これならきっと上手くいく!

 

 ……実際のところあの映画では泥の偽装は結局バレてしまい、主人公のコマンドーは肉食宇宙人から手酷く痛めつけられる羽目になるのだが、そのあたりの話は都合よく忘れることにした。

 そうやってテンションを無理矢理にでも上げておかないとやってられない。

 

「……そろそろ、大丈夫か?」

 

 エミィは隣で準備を終えた当座の相棒、〈浅黒肌の少年〉に訊ねた。

 満面の笑みで力強くうなずく浅黒肌の少年。

 そんな少年を見ていたエミィは一抹の不安を覚えた。

 

(……コイツで本当に大丈夫なんだろうか。)

 

 少年の表情は楽しげだった。

 まるでこれから遠足に行くかのようだ。これから決死行に(おもむ)く人間の表情とはとても思えない。

 

(フニャフニャした顔しやがって。事の重要さがちゃんとわかってるのか?)

 

 やっぱり置いていった方が良いんじゃないかという不安が拭えないものの、実際のところそういうわけにもいかないのだった。

 決起宣言のあと地図を調べてみたが、やはりエミィ一人でここの抜け穴すべてを網羅するのは無理があった。あんなのをこの短時間で暗記するなんて、一切勉強してなかった奴が一夜漬けで大学受験を受けるようなものだ。

 メモを取るのもダメだ。捕まったときにこの隠れ家が割れてしまう危険がある。

 やっぱりここは抜け穴をすべて把握しているという、この少年を頼るしかない。

 

(だけどコイツに頼るのもなあ……)

 

 何が楽しいんだかわからないがやけに楽しそうな少年の表情を見ながら、エミィは溜息を吐いた。

 たしかに格闘センスは凄いし、地図も暗記してるのは頼もしいのだが、そもそも緊張感がなさすぎる。遊びに行くんじゃないんだぞ、おまえ。

 そんなエミィの視線に少年の方も気づいたらしく、少年はエミィの肩をぽんぽんと叩いた。

 

「『なんとかなるよ、ぼくに任せて!』って?……なんか、楽しそうだな、おまえ」

 

 そんな少年にエミィは訊ねてみた。

 

「おまえはどうしてそんなに平気なんだ? わたしは不安でたまらないよ」

 

 それに対し少年は『そりゃあ不安はあるけれど』という顔をした。

 

 ――だけど今更悩んでも仕方ないでしょう?

 

 ……こいつ、なかなか大物かもしれないな。

 ここまで自信満々なあたり、何か奥の手のようなものでもあるのかもしれない。

 

「そこまで言うなら秘策でもあるんだろうな?」

 

 ――ないよ、そんなの。あるわけないじゃん。

 

「ないのかよ」

 

 思わずツッコむエミィに、少年はウッシッシッシと笑った。

 

 

 ――だけど心配すんな、なんとかなるよ。

 

 

 ……だから『だまって俺について来い』か。

 植木(うえき)(ひとし)かよ、無責任男め。

 エミィは眉を顰めたが、一方でこう思った。

 

(……まあこいつの言うことも一理あるよな。)

 

 たしかに、今さら怖じ気づいても仕方ない。

 それに責任云々いうならわたしの方だ。あんなカッコつけたこと言って焚きつけたのはわたしなんだから。

 まずはやらなくちゃ。そのうちなんとかなるかもしれないし。

 

「おまえの顔を見てたら、本当にどうにかなる気がしてきたよ」

 

 ――そう? それならよかった!

 

 フッと自嘲気味に笑うエミィと、エヘヘと楽しげに笑う浅黒肌の少年。

 そんな少年の笑顔を見ながら、エミィは内心で頭を抱えた。

 

(笑ってる場合じゃねえんだけどなあ……)

 

 兎にも角にも。

 かくして二人は隠れ家を出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、『彼』が目を覚ました。

 

 地上で暮らす者では誰も到達できぬほど深く、光の世界を生きる者では見通せぬほど暗い、遠い遠い海の果て。

 マリアナ海溝でさえ浅瀬に思える深奥、マグマの河川が流れる地底空洞。

 詩人ジョン=ミルトンが描写した悪魔どもの追放先にもよく似た、この惑星の最底辺。

 

 

 その最果てに、彼の居城は存在した。

 

 

 マントルに接する数千度の高温と超高圧、地上生物にとっては致死量の放射線で満ち溢れた地下世界。

 しかし、たとえ地上生物には耐えがたい地獄でも、それら全てに耐え得る彼にとっては居心地のよい保養地のようなものだ。

 彼にとってこの場所は、誰からも邪魔されることなく孤独と休養(バケーション)を楽しめる場所。

 まさにこの世界でたったひとつの安息地とも言える場所なのだった。

 

 彼はそもそも無敵であった。

 何者にも傷つけられない絶対防御の盾と、何者をも貫く絶対破壊の槍。

 誰の目にも留まる偉容の巨体を持ちながら、誰にもその出現を予見させない神出鬼没さ。

 そんな彼をある者は〈破壊の権能を統べる者:破壊の王〉と呼び。

 人類は〈キングオブモンスター〉と呼んだ。

 

 

 

 

 ……その(しら)せを聞いたとき、彼が真っ先に思い浮かべたのはあの『女王』のことだった。

 儚く、気高く、そして誰よりも美しく慈悲深い、〈慈愛の女王〉。

 かの女王は取り返しのつかないほどの深手を負いながらそれでも(あらが)い続け、ついには彼の猛威から人類という種族を守り抜いた。

 

 そんな女王との最終戦争(ファイナルウォーズ)から十五年。

 たえがたい激憤を(こら)え、許しがたい遺恨を忍び、それでも彼女との『約束』を守って地上世界からしばらく姿を潜めていた彼であったが、眷族たちの報告を聞くやとうとう我慢の限界に達した。

 

 

 ……馬鹿なサルめ。

 女王への恩義をあっさりと忘れ、性懲りもなくこの星を食い潰そうとしやがって。

 『人間たちにもう一度チャンスを』だと?

 ふざけるな。

 

 哀れな慈愛の女王。

 ヤツらはおまえの犠牲を無駄にしやがった。

 そしておまえは底無しに愚かだ。

 もしもおまえの言うとおりヤツらが利口だったなら、破壊の王たるこのおれが息を吹き返すことなど無かったろう。

 そんなことすらわからなかったなんて。

 

 彼は怒りに震え、すべての元凶たる人類の愚かしさを心の底から憎悪した。

 

 

 

 これからは容赦しない。

 今度こそ根絶やしにしてくれる。

 

 

 

 固く閉じていた(まぶた)を鋭く開き、積もり溜まった塵芥(じんかい)を振るい落として、彼は地上世界を目指した。

 その姿はまさに吼える大地、燃える山。その息吹は嵐、その憤怒は雷霆(いかづち)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が終わる、〈ゴジラ〉が目覚める。

 

 

 

 



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49、エビラ登場、地獄の黙示録

ぱんぱかぱーんぱん、ぱんぱかぱーんぱん、ぱんぱかぱーんぱん、ぱんぱかぱーん☆


 覚悟するがよい、今に神の雷霆(いかずち)が一切を焼き尽くす火となって、汝の頭上に下るはずだ。

 自分を破壊し去る者が誰であるかを知った時、初めて、自分を創造(つく)った者が誰であるかを、汝は悟るはずだ。

 

――ジョン=ミルトン 『失楽園』より

 

 

 

 

 真七星奉身軍艦隊、空中戦艦ヴァバルーダ。

 

 その艦橋、その司令室から、真七星奉身軍司令:マン=ムウモは()くべき戦場を眺めていた。

 両腕を組んで堂々と仁王立ち。見据える先には悪逆非道のLegitimate Steel Order、その本拠地となっている孫ノ手島がある。

 

 

 『LSOの首領、ヘルエル=ゼルブは何処にいるのか?』

 

 

 ポスト=ファイナルウォーズの世界で、急速に勢力を拡げたLSO。

 その拠点は日本の各地に築かれており、またゼルブ自身のエクシフ嫌いもあって、各地に潜入させたエクシフ信者の情報網をもってしてもゼルブがどこにいるのか判然としなかった。

 『小笠原諸島のどこか』というところまでは掴んでいたものの、どの島なのかまでは特定できずにいた。

 

 だが今回、そのヘルエル=ゼルブが孫ノ手島にいることがはっきりした。

 孫ノ手島は小笠原の孤島だ。咄嗟に援軍を呼ぶのも難しい。

 包囲して叩くなら今しかない。

 

 この決戦のため、マン=ムウモはLSOの支配に反抗的な諸勢力を束ね上げ、用意できる軍事力をありったけかき集めた。

 空中戦艦ヴァバルーダに同型艦ザグレスとランデス、そして艦艇数百隻。

 これだけでも島を根こそぎ焼き払える火力を有している。

 まさに総力戦だ。

 ムウモは指令を飛ばした。

 

「おい、音楽を掛けろ! あの社会のクズ共をビビらせてやれ!」

 

 そしてヴァバルーダの船外スピーカーから、音楽を大音量で流し始めた。

 その選曲を耳にしたウェルーシファが、ムウモの隣で笑みを漏らした。

 

「『ワルキューレ』ですか。豪勢ですねえ」

 

 ウェルーシファの言うとおり、この曲の名は『ワルキューレの騎行』。

 リヒャルト=ワーグナー作曲のオペラ、その第三幕の序曲として知られている。

 微笑むウェルーシファにムウモは豪快に笑う。

 

「ゲン担ぎですよ、聖女様。それに『戦乙女の勇気が、我らの進むべき道を(ひら)く』と仰られたのは聖女様ではありませんか」

 

 

 ……そう、ワルキューレ。

 それもこれもかの戦乙女(ワルキューレ)、タチバナ=リリセのおかげだ。

 

 

 ザルツブルグ防衛戦線など対ゴジラ戦のビルサルド側指揮官として各地で指揮を執っていたヘルエル=ゼルブは、同じくゴジラを追って各地を飛び回っていたタチバナ准将と親交が深かった。

 ならば、その娘であるタチバナ=リリセにもきっと興味を示すだろう。

 『戦乙女の勇気が、我らの進むべき道を(ひら)く』

 ……我らが聖女、ウェルーシファのガルビトリウムが暗示した予言のとおりだ。

 作戦名:ワルキューレ。

 奇しくもそれは、かつての世界大戦で世界最悪の独裁者と呼ばれた男を暗殺しようとした計画と同じ作戦名だった。

 

 

 『真の栄光に至る道は、献身によってのみ拓かれる』

 『人は誰もが自らの務めを果たすべくして生を受ける』

 それが真七星奉身軍の聖戦士たち、そしてこのマン=ムウモ自身も信条としている、エクシフの教義である。

 

 そして、タチバナ=リリセは見事務めを果たし、道を切り拓いてくれた。

 彼女の()()は、決して無駄にはするまい。

 ……献身を讃えよ。

 献身こそが未来を拓く。

 そしてガルビトリウムの導きが、我らに栄えある勝利をもたらさんことを。

 

 

 そんな風に、タチバナ=リリセの献身へ感謝を捧げていた時のことだった。

 奉身軍の観測手が叫び声をあげた。

 

「ハサミだ!」

 

 ムウモもつられて眼下の海を観た。

 

 ……それはとてつもなく巨大なハサミだった。

 十五メートルは下らない、まさに冗談みたいな大きさのハサミが、海面を斬り裂くようにぬらりと姿を現した。

 

 孫ノ手島に上陸しようと迫っていた奉身軍の舟艇たちは、そのド真ん中から突如出現したハサミに不意を突かれ、動転のあまり内一隻が逃げ遅れた。

 ハサミの方は、手近なところにいたその一隻を迷い箸をするように悠々と摘まみ上げ、空き缶を捻りつぶすよりもあっさりと真っ二つにぶった切ってしまった。

 ハサミの手中でぐしゃぐしゃに潰された舟艇から、乗組員たちが零れるように海面へと落下してゆく。

 

 舟艇を沈めたところで、ハサミの持ち主が海中から姿を現す。

 海へと投げ出された奉身軍の兵士たちのひとりが、そいつの顔を見て絶望の呟きを漏らした。

 

「レヴィアタン……!」

 

 深海の恐怖(Horror of The Deep)にして、実在するレヴィアタン。

 

 

 その正体は、大海老怪獣〈エビラ〉であった。

 

 

 舟艇から海面へと投げ出された奉身軍の兵士たちは、海の支配者エビラからすれば格好の餌食でしかない。

 必死に泳いでエビラから逃れようとする兵士たちだったが、エビラが馬鹿でかい右のハサミで海流を掻き回すせいで、離れるどころか蟻地獄にはまったようにエビラの手元へと手繰り寄せられてしまう。

 そうして獲物が懐に流れ込んできたところで、エビラは銛よりも鋭く尖った左のハサミで一人ずつ突き殺してゆく。

 エビラは左右で形状の異なるハサミと巨体を巧みに使いこなし、奉身軍の兵士たちを容赦なく狩り立てていった。

 

 奉身軍の方も、そんなエビラによる一方的な殺戮を座視してなどいなかった。

 揚陸艇や軍艦に備えられた機銃が照準を定め、エビラ目掛けて集中砲火を浴びせる。

 空気が破裂するような轟音と共に銃砲の弾が飛び、エビラに降り注ぐ。

 

 砲弾の雨霰はエビラの頭部で炸裂、エビラは甲高い悲鳴を挙げた。

 鋼鉄よりも頑強な外殻には通らないようだったが、流石に怯んだのか、上半身を晒していたエビラは海中へと潜ってしまう。

 

「やったか!?」

 

 その光景をヴァバルーダから眺めていたムウモは口元をほころばせた。

 ……エビラは元来さほど強い怪獣ではない。個体差もあるが充分な装備があれば歩兵部隊でも対処可能な怪獣である。

 ましては艦砲射撃ならひとたまりもないだろう。

 

 そう思ったのは、ぬか喜びであった。

 

 

 

 エビラが潜ったと同時。

 海中から、爆音が真っ直ぐ駆け上がってきた。

 

 

 

 爆裂音と同時に白い水飛沫が直線に巻き上がり、その射線上にいた艦艇、揚陸艇、舟艇がドミノ倒しのように次々と吹き飛んだ。

 土手っ腹に大穴を空けられて航行不能となった奉身軍の艦艇に、エビラの巨体が躍りかかり、真っ二つに叩き折ってしまった。

 

「なんだ今のは!?」

 

 明かな異常事態に驚愕するムウモに、観測手は戸惑いながら答えた。

 

「プラズマ衝撃波を観測!

 まさか、空洞化現象(キャビテーション)……!?」

 

 愕然とするムウモ。

 ……テッポウエビ、という海老がいる。

 英名でもpistol shrimp、つまり『鉄砲を持つエビ』と呼ばれるこの海老は、大きく発達した鋏を素早く開閉することでキャビテーション現象を起こし、衝撃波を飛ばすという能力を持っている。

 テッポウエビたちはこのプラズマ衝撃波で敵を攻撃したり、獲物を気絶させて狩りを行なう。

 先程エビラが繰り出した技も、原理は同じものだろう。

 自慢の巨大鋏:クライシスシザースを思い切り打ち鳴らして衝撃波を飛ばし、真七星奉身軍の艦艇を沈めたというわけだ。

 

 だが驚いている余裕はなかった。

 ヴァバルーダの艦橋のすれすれを巨大な影が横切った。

 両腕のハサミと、毒針を備えた長い尾。

 その姿に、ムウモは見覚えがあった。

 

 

 影の正体は超翔竜:メガギラスだ。

 

 

 先日、立川でヒロセ家を襲撃したのと同一の個体だろう。

 ムウモは号令した。

 

「撃ちおとせ!」

 

 ヴァバルーダは艦砲をメガギラスに向け、砲弾と銃火の雨霰を真正面から浴びせた。

 しかし超音速の高速機動を得手とする超翔竜には一発も当たらない。

 メガギラスは目にも留まらぬ素早い動きで濃密な弾幕を掻い潜り、巧みな制空で艦体に取り付くと、メガギラスは自慢の鋏と尻尾でザグレスを解体しにかかった。

 鋼よりも強力な鋏がザグレスの装甲を突き破り、その部品をバラバラに毟り取ってゆく度に、艦内の人間たちが悲鳴を挙げた。

 

 メガギラスの空襲に、空中戦艦ザグレスも一方的にやられるばかりではなかった。

 脇腹のミサイルポッドからミサイルを発射、空に放たれたミサイルたちはひとたび高々と空に舞い上がると、艦上にとりついたメガギラスへ目掛けて降り注いだ。

 肉を切らせて骨を断つ、捨て身の反撃だ。

 

 だが、メガギラスには通用しなかった。

 

 メガギラスは嘲笑うように翅を振るい、迫りくるミサイルたちに〈高周波〉をお見舞いした。

 それはまるで高周波のシールド。

 見えない攻性防壁に阻まれたミサイルはメガギラスに着弾する手前で信管が起爆、メガギラスには一発も命中しなかった。

 

 さらにメガギラスの高周波で管制システムが狂わされ、戦艦ザグレスはいよいよ制御不能。

 孫ノ手島に到達することもないまま、戦艦ザグレスは海面へと墜落。

 水柱が立ち上がるとすかさずエビラの巨体が躍りかかった。

 エビラが繰り出すクライサスシザースの一撃、ド級のメガトンチョップが戦艦ザグレスを真っ二つに叩き割り、海の藻屑へと沈めてしまう。

 空を制するメガギラス、海を牛耳るエビラ。

 二大怪獣の見事な連携攻撃だ。

 

 海洋性の海老や蟹が掛け合わされて生まれた突然変異種:エビラ。

 縄張り意識が強く、性質は極めて獰猛。特に外殻は非常に頑強で、重機関砲すら通さないと云われている。

 古代昆虫メガネウラをベースとして突然変異を遂げたメガニューラとその最上位個体のアルファ:メガギラス。

 こちらも縄張り意識が強く、群れで行動し、性質は残忍だ。その俊敏な動きと群れをなす習性には旧地球連合も手を焼いたという。

 ……『レヴィアタン』『アバドン』という暗号名を与えられた怪獣をLSOが使役していることは、ムウモも知らされていた。

 泳ぐだけで渦を起こしてしまうほど強大な、水から生まれた海の支配者、レヴィアタン。

 翼と蠍の尾を持ち、虫の大群を率いて人々を苦しめるイナゴの王、アバドン。

 レヴィアタン、アバドン、深海の恐怖エビラと超翔竜メガギラスには、どちらもぴったりな暗号名だ。

 

 そんな怪獣二体の共闘。

 通常なら絶対に有り得ない不自然な光景。

 その様子を見ながら、ムウモは確信した。

 

 

 間違いない、〈LTFシステム〉だ。

 

 

 LetThemFight(奴らを戦わせろ)、略称LTF構想。

 怪獣を制御統制し、怪獣同士で戦わせるというアイデア。

 

 そのアイデアを実現する一手段として考案されたのがLTFシステムである。

 怪獣の脳髄に打ち込んだ受信機を介して自在に制御する。

 LSOが運用しているのはその発展系だろう。

 LTFシステムの開発者であったマフネ=ゲンイチロウ博士と、LSOの首魁であるヘルエル=ゼルブは盟友とも呼べる間柄にあった。

 その研究をLSOの科学者が引き継ぎ、完成させたのだ。

 

 そして一つの可能性に思い至ったムウモの背筋に、冷たいものが流れた。

 

 エビラのキャビテーション攻撃、メガギラスの高周波シールド。

 しかし過去確認されたエビラやメガギラスにこんな能力はなかった。

 たしかにエビラが持つ左右非対称の鋏脚(ハサミ)という特徴はテッポウエビと類似しているが、そもそもハサミの形状そのものが違う。本来ならばエビラにキャビテーション現象など起こせるはずがない。

 メガギラスもそうだ、高周波を起こす能力は過去に確認されていたが、それをシールドのように使うなんて例は初めてだ。

 ――まさかLSOの連中。

 怪獣をコントロールするだけに飽き足らず。

 

 

 

 

(怪獣の品種改良まで手を出していたというのかっ!?)

 

 

 

 

 地獄の黙示録の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミィとその相棒、浅黒肌の少年は、床下や壁の隙間に設けられた抜け道を通って、基地の内部を巧みに進んでいった。

 

 頭上や壁一枚の向こう側から、LSOの兵士たちが歩き回る足音が聞こえた。

 声を聞くかぎりだと、牢屋で縛り上げられていたモレクノヴァが見つかったらしく、モレクノヴァ配下の兵士たちは脱走者のエミィと、その共犯である浅黒肌の少年を探し回っていた。

 

 だが、当の本人たちが壁一枚隔てた隙間に潜んでいることに、LSOの兵士たちはまるで気づく気配がない。

 エミィは考えを巡らした。

 

(……LSOの連中は、なんでこの床下や壁の隙間の通路を調べないんだ?)

 

 ひとつ考えられるのは、この基地が元々は別の施設だった可能性だ。

 基地のあちこちに新生地球連合のマークが貼ってあったが、その中には古い地球連合のマークが混ざっていた。

 元々は地球連合の基地かなにかで、それを新生地球連合のLSOが勝手に使っているということではないだろうか。

 だから、床下や壁の隙間にあるこのスペースのことはあまり詳しくないのかもしれない。

 

(……まあ、どうでもいいか、そんなことは)

 

 とにかく見つからないなら、それでいい。

 少年の道案内が優れているのか、それとも物凄くツイているのか、はたまた戦争の準備で忙しいのか、足元で動き回っているエミィと少年に兵士たちは一向に気付かなかった。

 

(だけどいつまでもコソコソ隠れてばっかりいられないな)

 

 頭上に人がいないことを確かめたエミィは床板を外し、少年と共に床下から這いずり出た。

 

 

 

 

 出た先は廊下で、エミィの視線の先にはドアがあった。

 ドアには〈α試料保管庫〉と書かれている。

 エミィは、ドアに耳を当ててみたが、物音は聞こえてこなかった。

 中に人はいなさそうだ。

 『α試料』というのがいったい何の試料なのかはわからないけれど、保管庫というからには、なくなっては困るものが置いてあるのだろう。

 かといって、厳重に見張りを立てなければいけないほど重要なものでもないようだ。

 

 浅黒肌の少年によると、「中に入ったことはなかったが、薬品の匂いがするのが気になっていた」らしい。

 言われてみるとたしかに、アルコールの匂いがかすかに漂っていた。

 

 ……ここにしよう。

 

 エミィはそう決め、傍らにいる浅黒肌の少年に目配せすると、少年も頷いた。

 錠が掛かっていたが、浅黒肌の少年が針金でチョチョイのチョイと弄繰り回すと、いとも容易く開錠されてしまった。

 

 

 

 

 その部屋には、ガラスケースが陳列されたスチールラックが並んで立っていた。

 試料というのは、どうやらこのガラスケースの中身のことらしい。

 エミィは少年に言った。

 

「アルコールとか、燃えそうなものを探すんだ」

 

 騒動、トラブル、と考えたときに真っ先に思いついたのが『火事』を起こすことだ。

 燃えるものと火種さえあればどこでもできる。

 一番手軽で、一番迷惑が掛かるトラブルだ。

 ……火事といえば、昔クルマの整備中にボヤ騒ぎを起こし、『火遊びするとおねしょするよ』なんてリリセに言われた翌朝、本当におねしょをしてしまったのを思い出した。

 あのときは確か12歳、そんな歳にもなっておねしょだなんて。

 びしょびしょに濡らしてしまったシュラフを干しながら、火遊びなんて絶対にするもんか、と心に誓ったっけ。

 

 そんな他愛ない思い出が頭を過ぎりつつ、エミィは、浅黒肌の少年と手分けして、並べられたスチールラックをひとつずつ調べてゆくことにした。

 その最中、エミィはとんでもないものを見つけてしまった。

 

「ひっ」

 

 思わず上げそうになった叫び声を咄嗟に押し込めたせいで、喉から変な声が漏れた。

 どうしたの、と少年が駆けつけてくる。

 エミィは、自分が見たものを伝えた。

 

 

「し、死体だ……!」

 

 

 死体にビビったわけではない。

 そもそも、サルベージ屋に死体はつきものだ。

 たとえば『乗り物の荷物を回収して欲しい』という依頼なら当然その運転手の死体だってついてくるし、『遺骨を回収して欲しい』という依頼を受けたこともある。

 リリセはなるべく見せたくなかったようだが、エミィは別段平気だった。クリスタルレイクの殺人鬼とか、人間の皮を剥ぐチェーンソー男の映画とかも観るしな。

 

 しかしそんなエミィから見ても、目の前にあった死体は凄惨だった。

 ……まるでサムライの刀でぶった切られたみたいだ。

 袈裟懸けに斬り裂かれた血染めの白衣、その胸元には『ONIYAMA(オニヤマ)』と書かれたネームプレートがついている。

 白衣、ネームプレート、そして細身の体格。

 おそらくは科学者だろう、とエミィが推理したところで真っ先に思い出したのは、先日ヒロセ家を襲撃した際のネルソンの言葉だった。

 『……あーあ、やってくれちゃって、まあ。うちのドクター、怒るだろうなあ』

 あるいはこの死体こそが、(くだん)の『ドクター』なる人物かも知れない。

 

 ……しかし、なんでこんなところで死んでるんだ?

 確かに外は戦争状態かも知れないが、屋内まで戦闘は及んでないはずだ。

 それに、死に方も不可解だ。仮に殺人事件が起こったのだとして、殺すだけならここまで切り刻まなくてもいい。ナイフで一突き、ピストルで一撃、それで充分だろう。

 なんでこんな、滅多斬りみたいな惨い殺し方をしたんだろう?

 

 動転したエミィだったが、やがて深く息を吸った。

 ……落ち着け、エミィ=アシモフ・タチバナ。ここでどんなヤツがどう死んでようが、わたしには関係がない。

 やるべきことを見失うな。

 わたしが今やるべきことは『子供たちと一緒に脱出すること』、そしてそのための準備をする事だ。

 死体なんかにビビってる場合じゃない。

 やるべきことをやらなくちゃ。

 

 自分にそう言い聞かせて気持ちを鎮めたエミィは、死体に向き直った。

 ……壮絶な死相だ、きっと痛かったろうな。

 エミィは、現場で死体を見つけたときにリリセがいつもやっているように、死体に向かって軽く目を伏せ、手を合わせた。

 少年もそんなエミィを真似て一緒に祈った。

 数十秒の黙祷、エミィは顔を上げて言った。

 

「……よし、やるぞ」

 

 最低限の弔いを済ませたエミィたちは、保管庫の探索を再開した。

 

 

 

 

 最初に調べたスチールラックには『Ⅲ』と書かれていた。

 右隣のラックには『Ⅱ』、左隣には『Ⅳ』と番号が書かれている。

 スチールラックは()からXIX(19)まで、全部で十九架。

 そしてスチールラックそれぞれに沢山のガラスケースが安置されており、それぞれ『Ⅲ-11954』『Ⅲ-11955』と、通し番号が振られていた。

 『Ⅲ』というのは、このガラスケースの管理番号の一部のようだ。

 

 奇妙なことに、ローマ数字は順番とおり振られているのに、それに続くアラビア数字は歯抜けだった。

 11958まで連番で続いたかと思えば、少し飛んで11961、11962と続き、また飛んで11965から連番で続いていたりする。

 ……どういう規則性なのだろう。

 興味をそそられたエミィは、ガラスケースを一個ずつ覗き込んでいった。

 

 Ⅲの棚、左から5個目までは、綺麗な雪の結晶みたいだった。

 雪の結晶と違うのは、融けることなく形状を保っているのと、材質が金属であること、そして非対称形の歪んだ形をしていることだ。

 雪の結晶をベースにして何か別のものを作ろうとして途中でやめた、みたいな形だった。

 

 6個目。材質は同じく金属だったが、もっと大きく、結晶状ではなかった。細長い胴体に顔のようなものがあり、まるで動物みたいだった。

 

 7個目。足と尾、鰓の生えた首、そして曖昧だが手のようなものがあった。脚の生えた魚、またはカエルの子供。

 

 8個目。明確な手足、そして長い尾が見てとれる、恐竜みたいな姿だった。魚みたいなぎょろっとした目つきが、なんとも薄気味悪い。

 

 そして9個目。エミィはそこで、このガラスケースの中身が何なのか、ようやく察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここにおいてあるのはすべて、〈メカゴジラⅡ=レックス〉の失敗作だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 前半のローマ数字がリビジョンなら、後半のアラビア数字はビルド番号、実際に組み立てた(ビルド)回数を表わしているのだろう。

 ビルド11952ならば、11,952回目に創られた試作品、という具合に。

 

 ビルド番号が飛び飛びなのは、『実際作ってみたけど上手くいかなかった例があった』からだ。

 そうやって無数に造った試作品の中でも、ある程度カタチになったものを『試料』として保管してあるだけで、そうでなかったものを含めたら一体どれだけの“彼女”が作られ、そして潰されたのだろうか。

 そんな、おぞましい試行錯誤を延々と繰り返した結果の産物が、この部屋だ。

 

 メカゴジラⅡという完成形になれず、途中で成長を止められた“彼女”たち。

 (ワン)からXIX(ナインティーン)、作って、殺して、また作って、さらにまた殺して、累計一万二千回近く。

 そして出来上がったたったひとつの完成形がRe.ⅩⅩ(リビジョン 20)

 すなわち〈レックス〉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メカゴジラ、『試料』、レックスの笑顔と、それを作った新生地球連合軍の大人たち。

 それらすべてが結びついたとき、エミィはさっき食べたレーションをすべて床へ吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミィの異常を察した浅黒肌の少年が駆け寄ってきて、そして同じものを見た。

 エミィが見た“ソレ”がどれほどおぞましい代物なのか、少年にも伝わったようだった。

 

 ……酷い、酷すぎる、こんなの。

 嘔吐(えず)きが収まらない。

 

 涙ぐむエミィの背中を、少年は優しくさすってくれた。

 

 

 

 エミィがひとしきり吐いたところで、少年が腰から下げた水筒の水を飲ませてくれた。

 体の震えと動悸は止まらなかったし、湧き上がってくる嫌悪感は止めようもなかったが、そうやって少年が気を遣ってくれたおかげで、エミィもほんのちょっとだけ元気が出た。

 

「……ありがとな」

 

 エミィが礼を言うと、少年はスチールラックから目線を逸らさせるように、あっちにいいものがあったよ、とエミィの手を取って立ちあがらせた。

 少年に手を引かれたエミィは、ガラスケースたちを見ないようにしながら部屋の奥へと進んでゆく。

 

 少年が引っ張っていった先には薬品棚があり、ガラス戸を開けた中には、薬品のボトルが山ほど置かれていた。

 ボトルのラベルに書かれた名前は、エミィにとっても見慣れたものだった。

 

 ……これはクルマやメカの整備にも使われる有機溶剤の一種で、とても揮発性が高く、そして可燃性だ。

 

 込み上げてくる嫌悪感は、身勝手な大人たちへの怒りに変わっていた。

 両手いっぱいにそのボトルを抱え込みながら、エミィは少年に力強く言った。

 

 

「マッチかライター持ってないか?

 三分間で灰にしてやる」



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50、窮地

記念すべき50話。


 エビラとメガギラスの大活躍を、わたし、タチバナ=リリセはセントラルタワーの上階から観戦していた。

 メガギラスはネルソンが従えているのを見たが、まさかエビラまで操っているなんて。

 

「どうだね、これが我らビルサルドの力だ!」

 

 わたしの隣で、LSO統制官ヘルエル=ゼルブは誇らしげに言った。

 

「このセントラルタワーから半径10キロ以内、操作制御用のA39指令指揮車からでも数キロ圏内であれば自在に制御可能!

 メガギラスとエビラだけじゃない、大ダコ、カマキラス、クモンガ、ゆくゆくはもっとビッグネームも配備予定だ。

 我々ビルサルドの科学力は遂に、怪獣さえも支配したのだ!」

 

 なんて残酷なことをするんだろう。

 昔読んだ科学の本に、昆虫の脳に電極を刺してラジコンのように操作する実験が載っていたのを思い出す。

 仕組みはそれと同じだろう。脳髄に機械を埋め込んで、電波かなにかで無線操縦しているのだ。

 ……それにしてもこのヘルエル=ゼルブというビルサルド、まったく、どうかしている。

 こんなしょうもない人間同士の争いなんかに怪獣を巻き込んで、その上さらに人殺しの道具にするなんて。

 

「見たまえ、タチバナ君!」

 

 わたしがそんなことを考えているとは夢にも思っていないのか、ヘルエル=ゼルブはまるで面白い玩具を自慢するかのように声を弾ませていた。

 

「これぞ、我らビルサルドの輝かしい叡智がもたらす未来像だ!」

 

 海のエビラが、自慢のクライシスシザースで真七星奉身軍の舟艇を次々と捻り潰す。

 空のメガギラスが縦横無尽に飛び回り、戦闘機を片っ端から叩き落してゆく。

 脳に埋め込まれたコンピュータで本来の習性を狂わされ、人殺しの操り人形に成り下がった怪獣たち。

 

 そしてそんな怪獣たちにひたすら蹂躙される奉身軍。

 破壊された飛行機や舟艇から海へと投げ出されたり、爆発に巻き込まれたり、人間がボロクズのように次々と殺されてゆく。

 三隻あったはずの空中戦艦は今や一隻だけになってしまった。

 もう何人死んだのか、想像もつかない。

 

 そんな大殺戮を眺めながら、ゼルブは高らかに笑った。

 

「怪獣などもはやおそるるに足らん!

 統制された怪獣、正当なる鋼鉄の秩序(Legitimate Steel Order)、これぞ我が理想郷〈パクス=ビルサルディーナ〉だ!

 愚劣な反逆者どもなど、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩを旗艦とした怪獣艦隊で捻り潰してくれるわ!!」

 

 ……かつてビルサルドはゴジラひいては怪獣という存在に勝てなかった。

 その雪辱が、怪獣を統制するLTFシステムで晴らされようとしている。

 すべてを支配しているという万能感がゼルブを陶酔させているようだった。

 

「ふははははは、カルトの狂信者風情にやられるようなゼルブ様じゃないわ。はははははは!」

 

 ヘルエル=ゼルブの高笑いが響き渡る。

 ……その様子を黙って見ていたわたしはふと、「こうしてビルサルドは滅んだんだろうか」と思った。

 科学力(テクノロジー)、権力、知力、暴力、チカラがあれば何をしてもいいと思っている。

 きっとヘルエル=ゼルブという男は一事が万事、()()なのだろう。

 

 ――力こそ正義。

 強い方が正しくて、弱い方が悪い。

 そして、強者には弱者を自由に支配してもいい権利がある。

 悔しかったら強くなればいい。

 生きとし生けるものは強くなろうと努力しなければならないし、だからこそ知性ある者は強くならなければならない。

 それすら出来ぬムシケラなど、強者から煮るなり焼くなり好きにされて当然なのだ――

 

 本気で()()思っているのだろう。

 だからこそ弱い子供の命を生産ラインの部品に改造しても気にしないし、怪獣をラジコンに作り替えるような残酷なことをしても平気でいられる。

 だって、自分は強いから。

 強い奴は何をしても許される。

 ……たしかに一理ある。

 力がなければ何も出来ないし、力がある人は批判者を力任せに捻り潰すことだってできる。

 それはどんなに綺麗事でも誤魔化せない現実で、胸がムカつくくらいの正論で、そして紛れもないこの世の真実だ。

 

 そんなヘルエル=ゼルブの生まれたビルサルドの文明が、ブラックホールという巨大な力に飲み込まれて終わったのはなんとも皮肉な話だが、ゼルブの態度を見ているとやはりそれも必然だったのかもしれないと思えた。

 

 

 だからつい、口を突いて出てきてしまった。

 

 

「……『だからビルサルドはダメなんだ』なんて偉そうなこと言える立場じゃないし、ビルサルドをまとめて論じる気もないけどさ。

 少なくとも、アンタが移民船に乗せてもらえなかった理由はわかった気がする」

 

「……なんだと」

 

 振り返ったゼルブに、わたしは愛想よくニッコリ笑って見せた。

 ……これ、言っちゃったらただじゃ済まないだろうなー。ホントに殺されるかも。

 

 だけどそれでも、どうしても。

 ひとこと言ってやらないと気が済まない。

 わたしは言った。

 

 

 

「だって、アンタみたいなエゴイスト、怪獣よりも迷惑だもの」

 

 

 

 わたしからの口撃に、ゼルブが固まっていた。

 まさかわたしみたいな小娘からこんな風に言われるなんて、夢にも思ってなかったんだろう。

 ……バッカみたい。

 そんなゼルブを見ていたら、本当に笑いが込み上げてきた。

 

パクス=ビルサルディーナ(ビルサルドによる平和)? ハァ?

 笑わせないでよ、こんな馬鹿げた戦争ごっこを繰り広げといてどの口が言ってんの?

 それに怪獣を人殺しの道具にしたり、子供を改造したり。

 自分より弱い相手を利用して食い潰して、それが悪いことだなんて微塵も考えちゃいない。

 そこで暴れまわってる怪獣たちより、アンタの方がよっぽどおぞましい怪物じゃない」

 

 ビルサルドって、科学至上主義の合理的精神構造を持つ理性主義者なんでしょ?

 ほら、冷静に反論してみなさいよ。

 クールにカッコよく論破でもしてみれば?

 そうやって並べ立ててごらんなさいよ。

 誰も幸せに出来ない、ゴミみたいな正論(ロジック)を。

 唖然としているヘルエル=ゼルブに、わたしはせせら笑いながらとどめを刺してやった。

 

 

「アンタは地球を手に入れたんじゃない、みんなから見限られたんだ。

 『こんなエゴイストは必要ない、捨ててこう』ってね!」

 

 

 次の瞬間、ヘルエル=ゼルブが叫んだ。

 

「黙れ!」

 

 ゼルブの腕が伸び、わたしの喉を鷲掴みにしてクレーンのように吊し上げた。

 首が凄まじい力で締め上げられ、絞まる喉から呻きが漏れる。

 そしてわたしの視界が酸欠のために一気に充血してゆく。

 

「ぐ…ぁ……が……!」

 

 両手でゼルブの腕に爪を立ててみたけれど、ゼルブの指はまるで重機のアームのように固く、とても剥がせそうになかった。

 

「我々ビルサルドがいなければポスト=ファイナルウォーズはおろか『怪獣黙示録』を生き延びることすらままならなかった下等種族が。

 ビルサルドを侮辱したことを後悔させてやる」

 

 ヘルエルゼルブは憤怒の形相を浮かべながら、わたしを絞め殺そうとする。

 そんなゼルブを、わたしは睨み返した。

 

 ……わたしはビルサルドを侮辱なんかしていない。

 アンタ個人の人間性の話だ。

 なのに、すぐそうやってすり替える。

 なにが『大人として教えてやる』だ。

 アンタこそ、詭弁が得意で力が強いだけの幼稚なガキじゃないか。

 きっとアンタみたいな言い訳だらけのクソ野郎には一生わからないんだろう。

 そうやって得意の屁理屈で、死ぬまで誤魔化し続けていればいい。

 馬鹿は死ななきゃ、いや地獄に堕ちたって直らない。

 

 ……だけどどんな巧い言い訳をしたって、真実からは絶対に逃げられない。

『ナノメタルがあれば死を克服できる』

『メカゴジラで地球はひとつになる』

 そんなの、本当はただの終わらない牢獄だ。

 アンタなんか、みんなから見捨てられた惨めな負け犬人生をずっと永遠に生きていけばいい。

 ざまあみろ。

 

 首を折られかけながら、それでもわたしは後悔していなかった。

 ……力では勝てなかったかもしれない。

 だけど、この下劣な悪党のぴかぴかのプライドに十円キズでもつけられたなら、それで充分わたしは勝ったのだ。

 そう思うことにした。

 

 わたしの首を絞めているゼルブのこと、眼下で戦っている真七星奉身軍のこと、この星のこと、怪獣のこと、自分のこと。

 

 どうでもいいことが次々と通り過ぎていってから、最終的に残ったのはエミィとレックスのことだった。

 

 

 

 ……ごめんね、馬鹿なオネーサンで。

 勇んで来てみたけれど、結局あなたたちを助けてあげられなかった。

 

 

 

 わたしの意識が、遠くなってゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈α試料保管庫〉で火をつけてから十分後。

 エミィと浅黒肌の少年は、廊下を全力で駆け抜けていた。

 

「待て、ガキども!」

 

 その後ろから兵士が追っかけてくる。

 

 

 ……α試料保管庫では上手くいった。

 火災報知機を切ってから火をつけたのでスプリンクラーも作動せず、LSOのボンクラどもが気づいたころには大火事になっていた。

 

 

 だが、そこで調子に乗ったのがまずかった。

 他の部屋にも火をつけようとしたところ見つかってしまい、エミィと少年はLSOの兵士と命懸けの鬼ごっこをする羽目になってしまった。

 

 いったん追っ手を()いてから床下の抜け穴に入ろうと考えたものの、敵もさるもので、子供の脚ではなかなか振り切れなかった。

 重装備にも関わらずこの速さであることから考えると、あるいはこの兵士もネルソンのようなサイボーグなのかもしれない。

 

(……もう、限界だ)

 

 浅黒肌の少年は平気そうだったが、エミィの膝がガクガクと笑い出した。

 エミィは必死に足を振り上げて走り続けようとしたが、体がついていかない。

 息が上がり、足下がふらつき始める。

 

 そんなエミィを見ていた浅黒肌の少年は、エミィの服の袖を引っ張って通路の角を曲がった。

 その先にあったのはエレベータ。そして幸運にも今ちょうど降りてきたところだった。

 エレベータの扉が開き、中から兵士が一人、書類のようなものを書きながら降りてきた。

 

「脱走だ! 捕まえろ!」

 

 書類を眺めながら降りてきたエレベータの兵士は、追っ手の兵士の叫び声に反応するのが遅れた。

 浅黒肌の少年は思いきり床を蹴って宙へ舞い、エレベータの兵士が銃を構える前に飛び蹴りを叩き込んだ。

 

「ごべっ!?」

 

 兵士が不意打ちによろけたところへエミィが渾身の力でタックルし、横へと突き倒しながらエミィと少年はエレベータの中へと転がり込む。

 そしてエミィは、拳を叩きつけるようにエレベータの閉ボタンを押した。

 

 ――はやく、はやく、はやく!

 

 ゆっくり動き始めるドアがなんともじれったくて、エミィは閉ボタンを連打した。

 少年とエミィの連係プレーでブッ倒された兵士はノックダウンされているようだが、背後から追っ手の兵士がぐんぐん迫ってくる。

 追っ手の兵士が、エレベータの前に辿り着く寸前のところで扉は閉まった。

 エレベータの扉の外で追っ手の兵士がボタンを連打しているのを尻目に、エレベータは下降を始めた。

 

(……さて、ここからどうするか。)

 

 ゆっくり下降してゆくエレベータの中で、膝に両手を着いてぜえぜえ息を荒げながら、エミィは思案する。

 どうやらこのエレベータは直通エレベータで、地上階と地下階にしか停まらないらしい。

 下の階に、逃げられる場所でもあったらいいのだけれど。

 

 

 

 

 しかし、そんなエミィの期待に反して、エレベータが停止した先は一本道だった。

 

 エミィと少年が降りた後すぐにエレベータの扉が閉まり、先ほどまでいた地上階の方へと戻ってゆく。

 脇道、抜け穴、そんなものを探す余裕はない。

 真っ直ぐ進むしかない。

 本当はもっと休みたいけれど、とエミィは自分の貧弱な身体に鞭を打って足を前へと進める。

 

 そのとき、膝がふらついてしまった。

 

「……痛っ!」

 

 エミィの足首に痛みが走り、その場にうずくまった。

 どうやら、ふらついた拍子に足首を捻ってしまったらしい。

 立ち上がりたくても痛みで足に力が入らない。

 

 浅黒肌の少年が心配そうにエミィへと手を差し伸べるが、エミィは首を振った。

 もうこれ以上、足手纏いはイヤだ。

 

「わたしに構うな、後から追っ掛けるから……」

 

 そんなエミィを見かねてか、浅黒肌の少年は、エミィを優しく担ぎ上げた。

 

 

 

 姿勢は横抱き。

 つまり『お姫様だっこ』。

 

 

 

「お、おいっ、降ろせ! 降ろせよ!!」

 

 そんな自分の姿に気づいたエミィは、顔を真っ赤にして怒鳴りながらばたばたもがいた。

 

「やめろ、降ろせ、セクハラだぞ!!」

 

 しかし少年はエミィを降ろそうとせず、そのまま先へと進んでゆく。

 少年は、口で強がっているエミィが弱っていることに気づいているし、そんな弱ったエミィを置き去りにする気もないようだ。

 そうやって少年に運んでもらいながら、エミィは思った。

 

 

 ……恥ずかしい。

 そしてダサい。

 

 

 恥ずかしさのあまり、全身が茹で上がってしまいそうだ。

 『走りすぎて足を挫いた挙句にお姫様抱っこ』だなんて、いくらなんでもヘナチョコすぎる。

 それと同時にエミィは、こうも思った。

 

 ……やっぱり、わたし、体力ないんだな。

 

 リリセには散々体を鍛えろと言われてきたけれど、確かにいざってときはやっぱり体が資本だ。

 変に頭脳労働者を気取ってないでちょっとでも鍛えておけば、こんなにカッコ悪いことにはならなかったろう。

 

 ……よし、決めた。

 

 もしもこの島から逃げられたら筋トレして、筋肉と体力をつけよう。

 そして強くなろう。

 せめて十分間、走り続けてもへこたれないくらいには。

 

 少年に抱っこされながら、エミィ=アシモフ・タチバナはそんな一大決心を固めたのだった。

 

 

 

 

 真っ直ぐ廊下を進んでいった少年は、突き当たりの扉を開けて部屋へと入り、中からガチャリと鍵をかけた。

 抱えていたエミィを丁寧に床へと下ろすと、ドアにつっかえ棒をして、さらに外から開けられないように腰のポーチから取り出したワイヤーでドアノブをぐるぐるまきにして固定する。

 これで部屋は完全に封鎖された。しばらくは時間が稼げるだろう。

 

 

 ……とりあえず、一息つこう。

 汗だくで座り込んでいるエミィに、浅黒肌の少年は水筒の水を飲ませてくれた。

 そんな少年を見ながらエミィはふと思った。

 

(……こいつ、タフだなあ)

 

 エミィはしばらく休まないと動けそうにない一方、浅黒肌の少年は部屋の中を物色し始めている。

 浅黒肌の少年も同じくらい、あるいはそれ以上に走り回っているはずなのに全然へこたれた様子が見られない。

 

 

 呼吸を整え、なんとか立ち上がれるくらいにまで回復したエミィは、壁の通風孔を調べていた浅黒肌の少年の様子がおかしいことに気づいた。

 なにか予定外の事態が起こって困っている、という風だ。

 足首の痛みも引いてきたところで、がくがくの膝に力を込めてなんとか立ち上がり、エミィは少年に訊ねた。

 

「どうした?」

 

 浅黒肌の少年が指差す先を見ると、壁の通風孔に真新しい鉄格子が嵌まっていた。

 少年は鉄格子を懸命に引っ張っていたが、がっちりとネジ止めされていてびくともしない。

 どうやら少年はこの通風孔を使うつもりだったようだが、その目論見が外れてしまったようだ。

 

「貸してみろ」

 

 工具ポーチのドライバーでネジを外せないか試してみたけれど、そもそも形状が違っていてネジが回せなかった。

 ペンチで切ろうにも格子が太すぎてまったく刃が立たない。

 

 ……他に抜け道はないのだろうか。

 エミィは部屋中を見回してみた。

 

 しかし他の出入口は、今カギをかけたうえでつっかえ棒とワイヤーで塞いでいるドアだけだ。

 隠れてやり過ごそうにも、子供二人が隠れられそうなところといえば部屋の隅にあるロッカーしかない。

 だけどこんなロッカーなんて真っ先に探されるに決まってる。

 壁にはコンソールが据えつけてあるものの、脱出するための仕掛けのようなものは見受けられない。

 

 

 その段階になってエミィはようやく気がついた。

 逃げ込んだ先が行き止まりで、自分たちが袋のネズミになってしまったことに。

 

 

 そうこうしているうちに、ワイヤーで固定したドアノブががちゃがちゃ動く音がした。

 ドアノブが回らないことがわかると、続いて鉄製の扉をガンガン叩く音が響いてきた。

 

 

 

 部屋の外に追いついた兵士が、ドアをぶち壊そうとしているのだ。

 



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51、Monster Zero March ~『The Best Of Godzilla 1984-1995』より~

いわゆる『怪獣大戦争マーチ』のアレンジ。
『The Best Of Godzilla 1984-1995』は輸入盤ですが、平成VSシリーズが好きならマスト・バイです。


 行き止まりの部屋に閉じ籠められた、エミィと少年。

 唯一の出入り口、その外では追手の兵士がドアをぶち壊そうとしている。

 

 

 ……どうする、どうすればいい?

 

 

 エミィは額の汗を拭い、脳をフル回転させる。

 今、素直に出て行ったら間違いなく殺される。

 かといってこのまま籠城していても、いずれはドアを壊して入ってくるだろう。

 

 

 ……やっぱり、皆の言うとおりだったかも。

 

 

 逃げるにしてもすぐに出発せず、地下の隠れ家でもうしばらく機会を窺った方がよかったのかもしれない。

 子供だけで大人たちと闘おう、なんていう方が無謀だったのかも。

 エミィの中にそんな弱気な気持ちが湧いてきたとき、隣にいた浅黒肌の少年と目が合った。

 ……もともと少年はこの冒険に反対していた。

 変にカッコつけたことを言ってその気にさせてしまったのは、自分の責任だ。

 

「……ごめんな、おまえまで巻き添えにして」

 

 エミィが詫びると少年はふるふると首を左右に振り、そしてポーチからドライバーを手にとってナイフみたいに構えた。

 ……少年は、この期に及んでもなおエミィを守るために戦おうとしてくれている。

 頼もしいかぎりだ。

 

 しかしその一方で、これがかなり勝ち目の薄い戦いであることもエミィは理解していた。

 たしかに少年一人だったらどうにか切り抜けられるかもしれない。

 しかしこっちはエミィというとてつもない足手纏いがいる。

 いくら少年の格闘センスが抜群でも、非力なエミィを庇いながら戦えるほどのカンフーマスターではないだろう。

 それに相手は銃を持った兵士、殺しのプロだ。

 戦えばきっとその場で撃ち殺されてしまう。

 

 

 だけど、少年が見せてくれた勇気のおかげでエミィは立ち直ることが出来た。

 

 

 ……こいつだって闘おうとしてくれてるんだ、言い出しっぺのわたしが弱気になってどうする。

 なにか、なにかないか、他に使えそうなものは。

 部屋の中を見回していたエミィは、この部屋の壁がシャッターで閉ざされている、つまり〈窓〉があることにようやく気が付いた。

 ……おかしい。

 さっきはエレベータで()()()()()んだ。

 地下から下、だったら地下のはずじゃないか。

 なんで地下に窓なんかあるんだ?

 

(外はどうなってるんだ?)

 

 シャッターの開閉ボタンを押すと、ガラガラと金属の擦れる耳障りな音が響き、シャッターが持ち上げられてゆく。

 そうして開いた窓の外を覗き込んだとき、『なぜこの部屋に窓があるのか』、その理由をエミィは理解した。

 

 窓の外では、巨大な怪獣が鎖と枷で雁字搦めに縛り付けられていた。

 エミィはその怪獣に見覚えがあった。

 

 

 ――全身を覆う、クリスタルのトゲ。

 ――尖った爪を生やした強靭な四本足。

 ――鋭い牙を備えた獰猛な顔つき。

 

 

 

 

 

 

 暴龍:アンギラスだ。

 

 

 

 

 

 

 忘れたくても忘れられるものか。

 新宿で出くわして以来、多摩川河川敷まで執念深く追いかけてきたあのアンギラスだった。

 

 リリセの捨て身の攻撃で瀕死の重傷を負いながら、それでもなお襲い掛かってきたアンギラス。

 流石にあの時は肝を冷やした。もしもあのときLSOのメーサー戦車部隊が現れなかったら、エミィもリリセも今頃天国で自分たちの両親に再会していただろう。

 ……そういえばあの後アンギラスがどうなったのかエミィは知らなかったのだが、あれからどういう経緯があったのか、今のアンギラスの姿で大体想像がついた。

 LSOの集中砲火で倒されたアンギラスは虜囚(とりこ)にされ、孫ノ手島にまで連れて来られたのだろう。

 同時にエミィは理解した。

 ……この部屋は怪獣を捕える牢獄の監視塔だ。

 だからここから見張ることができるように、ガラス張りにしてあるのだ。

 そこでエミィは閃いた。

 

(……そうだ、窓を破ればいい!)

 

 そうすれば檻の中を通って外へ逃げられるかもしれない。

 エミィは早速置いてあった椅子を担いで頭上に掲げると、窓に向かって力一杯殴りつけた。

 ……だが、ダメだ。

 ガン、と大きな音が響いただけで、椅子の一撃はあっさり跳ね返されてしまった。

 ここの窓はどうやら強化ガラスのようで、非力なエミィの腕力では破るどころかキズひとつ入っていない。

 ……せっかく良い案だと思ったのに。

 エミィが歯噛みしていると、浅黒肌の少年がコンソールに触れているのに気が付いた。

 チカチカ光っているボタンが気になったのか、浅黒肌の少年は指で(つつ)こうとしている。

 思わずエミィは叫んだ。

 

「触るな!」

 

 エミィの怒鳴り声に、伸ばしていた手をビクッと引っ込める少年。

 まったく、変なところに触って事態が悪化したらどーする。

 実際、少年は、危うく『解放(Release)』と書かれたボタンを押しそうになっていた。

 

 ……危なかった。エミィは額に浮かんだ汗をぬぐった。

 このボタンを押せば、眼下のアンギラスは解放されてしまうだろう。

 アンギラスは先日から散々思い知らされているとおり、とても凶暴な怪獣だ。

 解放されたら最後、この監視塔も含めて島中をめちゃめちゃにするに違いない。

 当然、エミィたちのことなんておかまいなしだ。下手をすれば踏み殺されてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……って、押した方がいいじゃん。

 エミィは気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも自分たちは何のためにここに来た?

 騒ぎを起こしてどさくさに紛れて逃げるためだ。

 アンギラスを大暴れさせるなんて、この上ないくらいの“騒ぎ”じゃないか。

 上手くいったらこのピンチを切り抜けられるし、目的も達せられる。

 まさに一石二鳥だ。

 

 ……これはかなり危険なギャンブルだ。

 

 そもそもアンギラスがLSOに捕まったのはエミィたちが原因だ。

 アンギラスがその因果関係を理解しているかどうかはわからないが、少なくとも二度も取り逃した獲物のことくらいは覚えているだろう。

 もし失敗すればLSOの兵士だけではなく、アンギラスからも付け狙われる羽目になる。

 ……しかし今何もしなければ、外の兵士に突入されて結局殺されるだけだ。

 それに、きっとアンギラスはLSOの連中に対しても容赦しない、さぞ大暴れしてくれることだろう。

 そうなれば大騒ぎだ。島から逃げ出せるチャンスだって大きくなるに違いない。

 もし失敗してアンギラスに踏み潰されるとしてもその後LSOのクソッタレどもに一泡吹かせられるわけだし、そう考えるとなかなか悪くないアイデアのような気もするのだ。

 

 相談しようと、浅黒肌の少年を見る。

 エミィが何をやろうとしているのか察したのか、少年は深々と頷いた。

 

 

 

 ……決まりだ。

 エミィは容赦なくボタンを押した。

 

 

 

 エミィがボタンを押したのと、外の兵士がドアを破って入ってきたのはほぼ同時だった。

 

「捕まえたぞこのガキども、大人しく投降しろ!」

 

 ドライバーを逆手で構えて立ち向かおうとする少年を、エミィが制止した。

 

(やめとけ。銃にそんなチンケなドライバーじゃあ勝てない)

 

 エミィの目配せを理解した少年はドライバーを床に置き、エミィと一緒に(ひざまず)く。

 兵士は、やけに素直に投降したエミィと少年を訝しみつつも、他の仲間へ無線機で通信を始めた。

 

「こちら巡邏(パトロール)、M-11。

 少佐、例の脱走者を確保しました……」

 

 突然、何かに気づいた少年がエミィを押し倒すように飛び掛かり、エミィごと床へと伏せた。

 おいちょっとなにすんだ正気かとエミィが拒む間もなく、

 

 

 

 

 

 エメラルド色の棘を満載した巨大な一撃が、窓の外から飛んできた。

 

 

 

 

 

 耳をつんざくような音と共に窓ガラスが粉微塵にされ、備え付けの機器類が根こそぎ薙ぎ払われてゆく。

 通信に気をとられていた兵士は、一瞬反応が遅れてしまった。

 

「うぺっ」

 

 兵士の断末魔は、おそらく本人も意図していなかったような間の抜けたものだった。

 監視塔の部屋の中で、床に伏せているエミィと少年以外の何もかもが、巨大な尻尾に張り飛ばされて粉砕された。

 地下牢の内部で、雄叫びが高鳴る。

 ガラクタの詰まった箱を巨大な棒で掻き回しているときの音を数百倍にしたような轟音と、兵士たちの怒号、警報のブザー、そして銃声がそれに続いていった。

 

 騒乱の最中、監視塔にはエミィと少年だけが残されていた。

 エミィが口を開く。

 

「……助けてくれてありがとう」

 

 そして目線を逸らしてポツリと言う。

 

「でも、そろそろ退()いてくれ」

 

 少年は、エミィを抱きすくめているような形になっていた。

 そのことに言われて初めて気づいたらしい少年は、飛び上がるようにエミィから離れた。

 そんな少年を見ながらエミィは思った。

 

(……さっきから気になってたけど、コイツ、なんでこんなに勘が良いんだ? わたしと同じ光景を見てたはずだろ)

 

 ちらっとそんなことを考えていると、ラッパのように堂々とした咆哮が、不意にエミィの鼓膜を突いた。

 思わず耳を抑え、エミィはガラスが吹き飛んだ窓から地下牢内部をおそるおそる覗いてみた。

 

 

 雄叫びの主は大怪獣アンギラス。

 響き渡ったのは逆襲開始のファンファーレ。

 

 

 地下牢内の状況は、ダンプカーサイズのゴミ箱をいくつも引っ繰り返して中身をぶちまけたにも等しい、凄まじい阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 その中心に座り込んでいるのはアンギラスだ。

 大騒乱のド真ん中で堂々と鎮座するその姿は、まるで部屋中に玩具を散らかして駄々をこねて暴れている子供のようだった。

 

 この騒ぎを聞きつけたらしい見張りの兵士が、アンギラスを止めようと四方八方から銃撃を仕掛ける。

 アンギラスの頭上から鋼鉄の網が被せられ、その体表で激しい電撃の火花が(ほとばし)り始める。

 だが、アンギラスには効かなかった。

 電気ショックなどものともせず、悠々と立ち上がるアンギラス。

 アンギラスは巨大な前脚を振り上げ、手元から撃っていた兵士たちめがけて、特大サイズのビンタを叩き込んだ。

 脇の銃座には、棘が生え揃った長い尾のフルスイングを叩き込み、根元から引き倒した。

 取り押さえようとパワードスーツやロボットアームがアンギラスに掴みかかったが、アンギラスが身を揺すっただけで蜘蛛の巣を払うようにバラバラに壊れてしまった。

 暴れ回る暴龍:アンギラスを、LSOは止めることが出来ない。

 

 クリスタルのトゲをギラギラ光らせながら、地下牢獄の設備を片っ端から壊してゆく大怪獣アンギラス。

 ……敵に回すととんでもない厄介者だが、味方になるとこんなに頼もしいとは思わなかった。

 その雄姿にエミィが思わず見惚れていると、突然アンギラスが動きを止め、こちらへと振り返った。

 

 アンギラスと目が合った。

 

 アンギラスの巨大な瞳にじっと見据えられ、エミィと少年は思わず抱き合って身を竦めた。

 ……ああ、殺される。

 きっとゴミみたいに捻り潰されるのだ。

 そうじゃなかったらパクリとおやつにされるか。

 

 刹那、エミィはそんなことを思った。

 

 

 

 

 が、アンギラスは何もしてこなかった。

 

 

 

 

 ……ふん。

 アンギラスはなんだか不機嫌そうに鼻を鳴らすと、プイとそっぽを向き、そのままエミィたちのいる監視塔とは真逆の方向へ去って行ってしまった。

 そんなアンギラスを見ていたエミィの脳裏に、ふとおかしな思いつきが頭をよぎった。

 ……いや多分、気のせいだ。

 流石にどうかしている。

 

 

 

 

 

 

 まさかアンギラスが、人間へ御礼を言ったように見えるなんて。

 

 

 

 

 

 エミィたちに背を向けたアンギラスは地下牢獄を散々蹂躙したあと後ろ足で立ち上がり、天井を突き破って地上へと躍り出ていった。

 そんなアンギラスを見送りながら、エミィは心の中でエールを送った。

 

 

(やっちまえアンギラス! 全部ブッ壊せ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミィ=アシモフ・タチバナの手引きで見事脱獄を果たした大怪獣、アンギラス。

 人間風情に捕獲されたことへの腹いせに地下施設を散々踏み荒らしたあと、アンギラスは次に地上を目指した。

 地上の様子を窺おうと地盤を突き破り、頭の上にちょうど乗っかった戦車を振り飛ばして、唸り声を挙げながら顔を出す。

 

 アンギラス出現に対するLSO兵士たちの動揺は、とても大きいものだった。

 驚くのも無理はない、基地の真ん中で突然アンギラスが暴れ始めたのだから。

 脱走した児童労働者による放火、地下牢獄からのアンギラス脱獄。

 飛び交う怒号、悲鳴、阿鼻叫喚。

 真七星奉身軍との戦闘中に立て続けに起こったトラブルで、孫ノ手島基地内部は軽いパニック状態になっていた。

 無論そんな人間風情のくだらない事情など、大怪獣アンギラスの知ったことではない。

 クリスタルのトゲが生え揃った背中の甲羅で地盤を突き破り、アンギラスの巨体が地上へと躍り出た。

 全身に着いた土砂を身震いで振り落とし――このとき一帯に飛び散った土砂と瓦礫がLSO基地のあちこちを破壊した――アンギラスは地上での進軍を開始した。

 

 我が物顔で暴れ回るアンギラスを、LSOの兵士たちは野放しにしておかなかった。

 パワードスーツ、メカニコング、自走式二十四連装砲車。

 温存していた予備兵力まで引っ張り出し、アンギラスを鎮圧にかかる。

 

 だが、そんなものは身長60メートルの暴龍にとってはただ鬱陶しいだけだ。

 巨大な前脚のビンタと尻尾の一撃、さらに強靭な後脚のキックで、それらはまとめて吹っ飛ばされてしまった。

 アンギラスの大進撃。

 その途上アンギラスはある兵器へ目を留めた。

 

 

 メーサー殺獣光線車。

 先日アンギラスが弱ったところへ集中砲火を浴びせ、虜囚(とりこ)の屈辱を味わわせた兵器。

 それが島の駐車場にて、乗り手のない状態でずらりと並べられていた。

 

 先日の敗北を思い出したアンギラスは、怒りの雄叫びを挙げながらメーサー殺獣光線車をひとつひとつ踏み潰して回った。

 長い砲塔を食い千切り、丸い車体を尻尾で捻り潰し、鋭い爪で八つ裂きにする。

 当然メーサー戦車は為す術もない。

 稲妻のメーサービームを放つ兵器だろうと、操縦する者がいなければただの置物だ。

 強力なメーサー殺獣光線車はいとも容易く全滅させられてしまった。

 

 

 そうやってメーサー殺獣光線車を全滅させたアンギラスは、続いて頭上の高台から届く『電磁波』を検知した。

 このアンギラスは電磁波を知覚できるレーダーを持っている。そんなアンギラスにとって、その繊細なレーダーを掻き乱そうとする電磁波は耳障りな不協和音のようで、ただでさえ荒ぶっているアンギラスの神経を余計に昂らせた。

 発信源を辿ってみると、島の中央に高いタワーが見えた。アンギラスを苛立たせる電磁波は、タワーの頂点から発せられているようだ。

 

 ……叩けば潰れるムシケラの分際で、このおれを飼い馴らそうとしやがって。

 思い知らせてくれよう。

 

 アンギラスは、そのセントラルタワー目掛けて高く飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたし、タチバナ=リリセが絞め殺されようとしていたまさにその時、一人の兵士が駆け込んできた。

 

「統制官殿! 緊急事態です!! 調整中だったアンギラスが、暴走しています!」

「なんだと」

 

 ヘルエル=ゼルブから放り捨てられ、わたしは床に身体を打ちつけた。

 突然気道が解放されてゲホゲホと激しく咽せながらわたしは喉に触る。首の関節に少し違和感があるが、痛めていないようだ。

 ……凄まじい握力だった。あともう数秒でも絞められていたら、窒息死するよりも先に首が折れていただろう。

 そんなわたしを尻目にヘルエル=ゼルブは報告を受けていた。

 

「暴走だと。何があった」

「戦闘の衝撃で、地下牢のアンギラスが解放されたようでして……」

「バカな!

 地下牢はゴジラの荷電粒子ビームにも耐える設計だぞ、なぜアンギラス風情が脱走する!?」

 

 理解不能な事態に、ゼルブも戸惑いを隠せないようだった。

 怪獣が脱獄、よりによってこんな時に。

 

 しかし、動揺したのはほんの一瞬だ。

 すぐにゼルブの表情は、冷静なビルサルド統制官としての顔に戻っていた。

 ……敏捷なアンギラスが相手なら、パワーはあっても地表を鈍重に這うしかないエビラより、パワーがなくても制空権がとれるメガギラスの方が有利だろう。

 そんなビルサルドらしい合理的判断でもしたのだろう、ゼルブは部下の兵士へ迅速に指示をした。

 

「メガギラスで対処しろ」

「メガギラスは現在真七星奉身軍のヴァバルーダと交戦中で、手が離せません」

「他の実験体はどうした」

「まだ調整中で、実戦投入にはまだ遠く……」

 

 そのとき地面が揺れ、タワー内の電灯が一瞬ブラックアウトした。

 まるで桁違いに大きいなにかが飛び跳ねたかのような、強い縦揺れだった。

 

「い、今のは一体……!?」

 

 様子を窺おうと窓の外を見た兵士が言葉に詰まった。その表情には、恐怖と絶望が浮かんでいる。

 

「なんだ、どうし……」

 

 兵士の視線の先、つまりうしろの窓へ振り返ったゼルブもまた絶句した。

 その正面に高速回転しながら突っ込んできたのは、『暴龍怪球烈弾(アンギラスボール)』。

 

 

 

 

 

 すなわち、こちらめがけて全力全開で飛び掛かるアンギラスの巨体があった。

 

 

 

 

 

 わたしは咄嗟に横へ跳び退いたが、暴風のような衝撃でタワーの上階まるごとが滅茶苦茶になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミィ=アシモフ・タチバナが解き放ったアンギラス。

 その反乱は、孫ノ手島の戦局に大きな変動をもたらした。

 

 

 真っ先に我へと返ったのは深海の恐怖、エビラであった。

 痺れるような感覚が脳髄を駆け抜けてゆく。

 ……なんだ、今のは。

 パチリと目を覚ましたエビラは、高々と構えていた巨大鋏脚クライシスシザースをゆっくり降ろし、自分の状況を改めて考えてみることにした。

 ……自分は今まで何をしていたのだろう。なんだかひどく楽しい、かつ極めて屈辱的な夢を見ていたような気がしてならなかった。

 そしてひどく腹が減っている。

 エビラ自身は知らないことだったが、孫ノ手島の防衛を任せられるにあたってその獰猛性を十二分に引き出すため、LSOはエビラに充分な餌を与えていなかった。

 おまけに今日は散々大暴れしたばかり。

 すなわち、今のエビラはとてつもなく空腹であった。

 

 エビラが見せたほんの僅かな隙を、奉身軍たちは見逃さなかった。

 すぐさま姿勢を整えた奉身軍の艦隊は、海上でぼんやりと突っ立っているエビラ目掛けて一斉攻撃を加えた。

 重砲撃と重爆撃の多重奏。砲弾はすべてエビラに命中し炸裂、真紅の身体を持つエビラの体表に、鮮やかなオレンジ色の爆炎が彩りを加えた。

 

 

 無論、エビラは無傷であった。

 

 

 大型貫通爆弾(MOP)にさえ耐え抜く、エビラ自慢の頑丈な外殻。メーサー砲の集中砲火ならいざしらず、戦艦の砲撃ごときでは傷一つつかない。

 苛立ったエビラはクライシスシザースを振り回し、海面を思い切り左右へと薙いだ。

 エビラの巨大な一振りが大波を起こし、エビラを包囲していた奉身軍の戦艦と戦闘艇はまとめて転覆してしまった。

 

 ……しかし腹が減った、腹ペコだ。

 エビラは本能に則り、食事を摂ることにした。

 生まれた時から人除けの番犬として躾けられてきたこのエビラの好物。

 それは眼前を無様に泳ぎ回っているムシケラども、つまりは人間であった。

 

 海面に放り出された奉身軍の兵士たちを、エビラは左の尖った鋏で突き、そして顎脚(がくきゃく)が舌なめずりをする口元へと運ぶ。

 串刺しにされながらも逃れようと懸命に藻掻いている奉身軍の兵士たち。

 そんな彼らを、エビラは巨大な口へと放り込み、そのまま断末魔と共に丸呑みにしてしまった。

 

 ……うまい!

 

 ギーッと殻とをこすり合わせるような歓喜の雄叫びを挙げながら、エビラは食事に熱中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次いで心を取り戻したのは超翔竜、メガギラスであった。

 

 脳が混乱して一瞬我を忘れたが、すぐに正気に還る。

 人間どもの戦闘艇が撃ち放った弾幕を、空中サーカスめいた高速機動でひらりひらりと躱しながら、メガギラスは思案した。

 

 狡猾なメガギラスがまず思い浮かべたのは、島に囚われた同族たちのことだ。

 檻の中に囚われていた、可愛い兄弟たち。

 メガギラスに負けず劣らずの獰猛さをもつ兄弟たちだったが、狭い檻の中で生まれ育ったため、右も左もわからぬ奴らばかりであった。

 洗脳されていたとはいえ外の世界を知る地上最強の飛翔昆虫メガギラスは、そんな兄弟たちを群れのアルファとして導かねばならぬ責務がある。

 

 

 ……よかろう。

 ゆくゆくはこの星すべてを、この偉大な超翔竜の一族、メガギラスの血統で征服してやろう。

 そしてその生態系を統べる覇者、キングの座を手に入れるのはこのおれ、メガギラスだ。

 そんな野心にメガギラスは魂を奮わせ、そして不敵に笑んだ。

 

 

 ……そうと決まれば、こんなつまらぬムシケラどもと()()()()()()場合ではない!

 メガギラスは囚われの仲間を解放するため、孫ノ手島へと舞い戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孫ノ手島の地表では、暴龍アンギラスが闊歩していた。

 忌々しいメーサー戦車を蹂躙し、耳障りな電波を放ち続けるタワーを叩き壊してやったことに満足したアンギラスは、自身の立つ大地が揺れ動き始めているのに気づいた。

 

 アンギラスが引き起こしたセントラルタワーの崩壊は、メガギラスとエビラに自由をもたらすのと同時に新たな怪獣の参戦を誘発した。

 大地を突き崩し、新たな怪獣が姿を現した。

 

 

 山を砕き、岩を崩しながら現れた一体目の怪獣、その姿は昆虫のカマキリに似ていた。

 黄色い複眼が爛々と輝く三角形の頭に、鋸のような鎌を備えた両手、茶色い体色。

 その名は蟷螂怪獣(エンプーサ)〈カマキラス〉。

 怪獣と呼ばれる生物としてこの世界に初めて出現した生物であり、そしてこの世界の在り様を変えた怪獣たちの先鋒である。

 

 

 カマキラスが祈るように鎌を擦り合わせる隣で地割れが生じ、隙間から細長い脚が這い出る。

 槍とも銅戈(どうか)ともつかぬ鋭い爪を備えた脚が幾本も生えてきて、やがて立ち上がり、二体目の怪獣が地中からその全貌を現す。

 黄色い縞模様(ストライプ)の警告色と、けばけばしいパープルの複眼。

 毒グモ怪獣のアラクネー、〈クモンガ〉だ。

 

 

 そして最後に現れた三体目の怪獣、それは一言で表せばタコである。

 市街地に攻め込んだ重戦車のように周囲を蹂躙しながら、目のまえを走って逃げているLSOの兵士を触手で搦め獲り、ばりばりと噛み砕いて丸呑みにしてしまった。

 突然変異の結果として陸上への進出に成功した頭足類の大型海洋類(クラーケン)

 人間たちからは身も蓋もなく〈大ダコ〉と呼ばれていた。

 

 

 カマキラス、クモンガ、そして大ダコ。

 孫ノ手島の地下から現れた彼らは、ヘルエル=ゼルブが構想した『パクス=ビルサルディーナ』のために新生地球連合軍が捕獲した怪獣たちであった。

 LTFシステムで洗脳改造が施された彼らは現在調整中のはずだったが、セントラルタワーが崩壊したためにシステムの統制から逃れ、混乱に乗じて脱獄を果たしたのだった。

 

 鋭利な爪と毒牙を打ち鳴らすクモンガと、翅をばたつかせて飛び掛かるカマキラス、そして触手を振りかざしながら突進する大ダコ。

 突如出現した三大怪獣に、アンギラスは雄叫びを挙げながら挑みかかった。

 大ダコの触手による締めつけに身をよじり、クモンガの爪を背中のトゲで防ぎ、カマキラスを尻尾のトゲで叩きのめす。

 

 カマキラス、クモンガ、大ダコ、そしてアンギラス。

 四大怪獣が組み討つその光景は、毒虫同士を殺し合わせて最強の毒薬を作るという古代中国の呪術、蠱毒の術にもよく似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今ここに地球最大の、怪獣軍団による暴威が始まろうとしている。

 

 超翔竜、メガギラス。

 

 深海の恐怖、エビラ。

 

 蟷螂怪獣、カマキラス

 

 大蜘蛛怪獣、クモンガ。

 

 海魔、大ダコ。

 

 

 そして暴龍、アンギラス。

 

 

 

 

 怪獣の、

 怪獣による、

 怪獣のための、

 怪獣大戦争が始まった。

 



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52、おいでませ小笠原怪獣ランド

プロレスです。


 ……どこだ、どこにいる。

 

 

 自由になったメガギラスが最初に行なったことは、囚われた兄弟たちの解放だった。

 メガギラスは孫ノ手島の上空を滞空しながら、メガギラス族でのみ通用する超感覚のソナーで仲間たちの居場所を探る。

 極めて鋭敏な知覚を備えた超翔竜メガギラスは、監獄に囚われた仲間たちをすぐに見つけることが出来た。

 

 メガギラスの兄弟たちはまるで家畜のように鎖で繋がれ、あまりに狭すぎる檻の中へと押し込められていた。

 そんな兄弟たちが、メガギラスは不憫でならなかった。

 そして、誇り高きメガギラス族とその兄弟をこんな惨めな境遇に陥れた人間たちを、メガギラスは根深く憎悪した。

 

 

 ……可哀想な兄弟たち、自由にしてやろう。

 

 

 メガギラスは監獄の屋根に着地し、刃物のように鋭い六枚翅を、ヒトの目には止められぬほど小刻みに震わせ始めた。

 メガギラス御得意の〈高周波攻撃〉。

 翅の羽ばたきによる高周波と、それに伴う衝撃波の重爆撃。

 監獄はあっけなく吹き飛ばされ、その内側に閉じ込められていた兄弟たちは一頭残らず自由となった。

 

 

 

 

 ――その数、数百頭。

 

 

 

 

 牢獄から這い出たメガギラスの兄弟、〈メガヌロン〉の大群は、突如現れた救世主であるメガギラスを見上げた。

 そんな兄弟たちを愛おしげに見下ろしながら、メガギラスは号令する。

 

 さあゆこう、兄弟たちよ!

 この星は我々メガギラス族のものだ!

 まず手始めに、この島の小癪な人間どもを一匹残らず始末してしまえ!

 

 そんなメガギラスをメガヌロンたちは群れのアルファ、すなわち自分たちのボスとして承認し、その命令のとおり孫ノ手島への侵攻を一斉に開始した。

 

 メガヌロン軍団による人間狩りの開始だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 島のあちこちで耳障りな警報、そして怒号と悲鳴が飛び交い、LSO兵士たちが慌てた様子で駆けずり回っている。

 

(……作戦成功だな)

 

 そんな周囲の大人たちのパニックを窺いながら、エミィ=アシモフ・タチバナはほくそ笑んだ。

 LSOと奉身軍が大戦争やってる最中でアンギラスが大暴れ。

 これだけ騒ぎを起こせば地上はもはや大混乱だろう。

 これが証拠に、エミィと浅黒肌の少年が通路を堂々と歩いていても、それどころじゃないLSOの兵士たちは誰も気に留めない。

 ……それにしても『怪獣を逃がす』なんて、とんでもない無茶をやったものだ。

 追い詰められていたとはいえ、下手をすれば自分たちだけじゃなくて隠れ家にいる子供たちも巻き添えにするところだ。

 

(……まあ、上手くいったからいいけどな)

 

 結果がすべて、上手くいきゃ万事オーライさ。

 そんなことを考えながら歩いていたエミィは、十字路を横切ろうとしたところで不意に少年に壁へ押さえつけられた。

 なんだよ、と切り返そうとしたエミィに、少年が口元に指を当てて、静かに、とジェスチャーをする。

 壁際に身を寄せ息を潜めたエミィと少年は、十字路を曲がった右側にとんでもないものを見てしまった。

 

 

 ……そいつは、一言でいえばカマキリだった。

 体色は茶褐色、黄色い目に三角形の頭、そして両手に鋭い鎌、昆虫図鑑に載っている奴である。

 ただし普通のカマキリと違うのは、サイズが桁違いに巨大なことだ。

 『体長2メートルのカマキリ』なんてどう考えても普通のサイズじゃない。

 エミィはそいつの名前を知っていた。

 

 

 

 蟷螂(かまきり)怪獣、〈カマキラス〉。

 突然変異で生まれた、特大サイズの獰猛な肉食カマキリだ。

 

 

 

 そのカマキラスがキイキイ鳴きながら、十字路を曲がった右側を歩いていた。

 数は三頭。

 ……危なかった。もしもこのままエミィが前に出ていたら、カマキラスたちの眼前に飛び出すことになっただろう。

 

(……こいつら、どっから湧いてきたんだ。)

 

 そう思ったとき、エミィは先ほどアンギラスが暴れたときの騒ぎを思いだした。

 LSOの奴らはきっと、アンギラス以外にも怪獣を捕まえていたのだろう。

 そしてアンギラスが破壊したものの中に、カマキラスの檻もあったのだ。

 ……『全部ぶち壊せ』って言ったけど前言撤回、暴れすぎだ。カマキラスまで放さなくても良かったのに。

 

 

 

 

 そのカマキラスの反対側、十字路の左側から、人の声がした。

 

「来るな、バケモノ!」

 

 左側をちらっと覗いてみると、数人の兵士たちが立っていた。

 そのうちの一人は、檻の中でエミィに乱暴をしようとしたあのLSOの女兵士、モレクノヴァだ。

 さきほどエミィにタコ殴りにされた怪我を手当てしたのか、額に包帯をグルグル巻いて、顔中がガーゼのパッチだらけになっている。

 兵士たちはモレクノヴァの指揮下で撤退戦を繰り広げているようだったが、モレクノヴァ自身を含めて兵士たちの表情はかなり憔悴していた。

 兵士たちは威嚇するように大声を挙げながら、カマキラスを撃ち殺そうと銃を構える。

 だが、カマキラスの方が素早かった。

 壁と天井を俊敏かつ縦横無尽に這い回りながら距離を詰め、サムライの刀よりも鋭い鎌で斬りかかる。

 カマキラスの必殺技:ハーケンクラッシュ。

 男たちの絶望の悲鳴、硬いものが曳き潰され、肉が引き千切られる音。

 そして断末魔が響き、床に大量の鮮血と臓物が飛び散った。

 

 ――走れえ!

 

 少年の合図で、エミィは十字路を駆け抜けた。

 ちらっと振り返ったときに垣間見た、兵士たちをぶち殺すカマキラスの姿。

 両手の鎌と口元からしたたる、赤と黒が混じった鮮血と臓物。

 返り血を浴びた鎌をぺろぺろと舐めているカマキラスの姿は、エミィに映画に出てくる殺人鬼の姿を思わせた。

 ……いいや、こいつはあんなちゃちな作り物じゃない、本物の殺人鬼だ。捕まったら最期、八つ裂きどころでは済まないだろう。

 

 兵士たちを切り刻んでいたカマキラス・トリオの内、一頭がエミィたちの方へ振り返り、動き出した。

 前肢の鎌と後足、計六本の足でカサカサ走り、エミィたちを追いかけ始める。

 その様子でエミィは、大昔に観た幼児向けプロパガンダの人形劇に出てきたカマキラスを思い出した。

 エミィが観た番組でのカマキラスは、集団で弱いものいじめをしたり仲間を裏切ったりする、とても意地の悪い怪獣として描かれていた。

 しかしそんな擬人化なんかしなくっても、眼前で舌舐りしているカマキラスが何を考えてるのか、エミィにはすぐにわかった。

 

 これは捕食者の目つきだ。

 

 どうやらこのカマキラスは、銃で反撃してくる人間たちではなく、もっと弱そうな獲物から狙うことにしたらしい。

 カマキラスに追われ、エミィは全力で走った。

 そんなエミィのすぐ後ろで、カマキラスは背中の翅を思いきり広げ、笑うように小刻みに震わせた。

 

 

 

 カマキラスが翔んだ。

 

 

 

 カマキリは短距離なら翔ぶことができる、というのをエミィが思い出したのは数秒後のことだ。

 

「……どわっ!?」

 

 突然ジャンプしたカマキラスに驚いてしまい、エミィは躓いて尻餅を着いた。

 すかさず2メートルに及ぶ巨大カマキリが、小柄なエミィを組み伏せる。

 

 ――エミィ!

 

 エミィの先を走っていた浅黒肌の少年はすぐさま引き返し、カマキラスからエミィを助け出そうとしたが、カマキラスの鎌の間合いに入ることが出来ない。

 カマキラスの鎌は日本刀よりも鋭利だ。迂闊に近づけば、人間の子供なんて容易く真っ二つにされてしまうだろう。

 

「は、離せ、カマ野郎! このっ、このっ!」

 

 必死に抵抗するエミィだったが、カマキラスの巨体に頭上から伸し掛かられては振り払えそうにない。

 そうやって身をよじるエミィを見下ろしながら、カマキラスはキイキイと笑っていた。

 その気になれば一発で殺せるだろうに、敢えてそうしていない。

 エミィのことをいたぶって遊んでいるのだ。

 

(……クソッ、性悪のカマキリめ!)

 

 エミィは死に物狂いで抵抗した。

 足をばたつかせ、掌を固く握って力一杯に振り回す。

 

 

 

 そのとき不意に、カマキラスが悲鳴を挙げて動きを止めた。

 

 

 

 エミィからすれば、上手い機転を利かせたつもりなどなかった。

 咄嗟に手で掴んだものを振り回しただけだ。

 手で握っているものは硬くて細長いもので、そして腕全体は何だかぬるぬるとしたものに濡れたような感触がある。

 ……自分はいったい何を持ったのだろう。

 エミィが自分の手を見ると、先ほど鉄格子を開けるときに使おうとして役に立たなかった、工具のドライバーを持っていた。

 ドライバーを握った手には、カマキラスの体液がべっとりとついている。

 そしてカマキラスの柔らかそうな腹部から、どす黒い体液が吹き出ていた。

 

 その時になって、マイナスドライバーでカマキラスのお腹を突き刺したことをエミィはようやく理解した。

 

 

 ……そうか、腹の下側は柔らかいんだ!

 

 

 カマキラスの急所に気づいたエミィは、手中のドライバーを固く握りしめカマキラスの腹部を刺しまくった。

 一撃、二撃、三撃、さらにとどめとばかりに力一杯に突き刺して、ぐちゃぐちゃと奥まで突っ込んで掻き回してやった。

 どす黒い、そして生臭い、カマキラスの臓物と体液がエミィの身体に降り注ぐ。

 

 流石のカマキラスでも、内臓の詰まったお腹を滅多刺しにされてはたまらない。

 パニックを起こしたカマキラスは悲鳴を挙げ、エミィの身体の上から退くように後ずさった。

 

 

 エミィがなんとか身体を起こすと、お腹を刺されたカマキラスは激昂していた。

 ギイギイと唸りながら羽を鳴らし、鎌を振り上げるカマキラス。

 遊びはもう終わり、獲物を仕留めるつもりだ。

 怒り狂ったカマキラス、そのあまりの形相に、エミィは脚が竦んでしまって動けなかった。

 カマキラスが翔ぶ。

 浅黒肌の少年が助け起こそうと駆け寄ってくるが、間に合わない。

 エミィは、自分の首を刎ねられる光景を想像し、咄嗟に両手で顔を庇った。

 

 

 次の瞬間、床をぶち破って巨大ヤゴが現れた。

 

 

 巨大ヤゴはエミィの前で仁王立ちし、飛び掛かるカマキラスを迎え撃った。

 エミィにとっては幸運で、そしてカマキラスにとっては不運なことに、ちょうど飛んだタイミングと巨大ヤゴの登場が重なってしまい、カマキラスは巨大ヤゴに真正面から組み付く形になってしまった。

 巨大ヤゴとカマキラスの取っ組み合い。

 パワーでは巨大ヤゴの方が上だ、華奢なカマキラスは容易く抑えつけられてしまう。

 逃れようと反撃するカマキラスだが、巨大ヤゴの殻が頑丈なのか、鎌も牙も通らない。

 巨大ヤゴは暴れているカマキラスの(くび)に食らいつき、そのままフライドチキンを食べるように頭ごと喰いちぎった。

 頭のもげたカマキラスの屍はしばらくヒクヒクと蠢いていたが、やがて動かなくなった。

 

 

 エミィは、巨大ヤゴの姿を観察した。

 カマキラスをブッ殺した、巨大ヤゴ。

 普通のヤゴと違って肢が八本あり、前肢にはシャベルみたいにバカでかいハサミがついている。

 こいつもカマキラスと同じく、怪獣図鑑に載っている生き物だ。

 

 

 

 メガネウラという古代トンボの変異種。

 巷では〈メガヌロン〉と呼ばれる怪虫である。

 

 

 

 呆気に取られていたエミィは、廊下の向こうから聞こえてきたキイキイ声に振り返る。

 

 さっきモレクノヴァたちと戦っていた、他のカマキラスたちだ。

 仲間を殺されたことを察知した二頭のカマキラスたちは、獲物を解体する作業を中断して一斉にメガヌロンへ襲い掛かった。

 

 

 

 

 メガヌロンVS二匹のカマキラス。

 昆虫怪獣同士の戦いだ。

 人間を真っ二つにするカマキラスのハーケンクラッシュが、メガヌロンを叩き切ろうとする。

 しかし、メガヌロンにはまるで通用しない。

 殻の表面を引っ掻き、火花が散るだけだ。

 ……メガヌロンの殻は重機関砲も通さない、とエミィは本で読んだことがある。

 カマキラスの鎌でもメガヌロンの殻を斬ることは出来ないらしい。

 

 自分たちの武器が通用しないことを悟ったカマキラスたちは、今度はメガヌロンの体の節を狙おうとする。

 いくら頑丈な殻で守っていても関節部分はどうしても弱い。

 メガヌロンの節々が斬られ、傷口から噴き出た紫の体液が一帯に撒き散らされた。

 

 カマキラスからの思わぬ攻撃で、メガヌロンは本気で怒ったようだった。

 目の前を飛び回っていたカマキラスの一頭をハサミで鷲掴みにし、メガヌロンは牙をカチカチ打ち鳴らす。

 そして次の瞬間、メガヌロンの顎が飛び出してカマキラスの顔面に直撃した。

 散弾銃を至近距離で浴びるより強烈な一撃が、カマキラスの頭を粉砕した。

 

 

 その光景を見ていたエミィは『そういえば、ヤゴの顎というのは折り畳み式になっていてバネ仕掛けみたいに飛び出して獲物に噛みつくのだ』という蘊蓄を思い出した。

 ましてや怪獣のメガヌロンだ、まともに喰らえばひとたまりもないだろう。

 

 

 仲間二頭をあっさり殺され、残り一頭になってしまったカマキラスは逃げ出そうとした。

 しかしメガヌロンは逃さない。

 顎を思い切り伸ばしてカマキラスの脚に食らいつき、手元へと引きずり込んで裂けるチーズのように縦に引き裂いてしまった。

 

 こうしてカマキラスを皆殺しにしたメガヌロンは、すぐ足下でエミィが引っ繰り返っているのに気づいたようだった。

 ギザギザの牙が生え揃ったメガヌロンの顎が、ガチガチと音を立てて開閉している。

 エミィはふと気づいた。

 

 

 

 あ、そっか。

 こいつ、味方じゃないんだ。

 

 

 

 カマキラスを殺したのはたまたま邪魔だっただけだ。エミィを助けてくれたわけじゃない。

 そしてカマキラスを殺したら、次は人間を狙うに決まっている。

 ……なんてバカだったんだろう。

 そんな当たり前のことに今更気づくなんて。

 

 エミィは慌てて逃げようとしたが、全身に浴びたカマキラスやメガヌロンの体液のせいで床がぬるぬる滑ってしまい、上手く動けない。

 メガヌロンはピヨピヨ鳴きながらハサミを振りかざし、エミィを叩き切ろうとする。

 

 

 そこへ、浅黒肌の少年が飛び込んできた。

 少年は、メガヌロンの背後に組み付いた。

 

 

 馬乗りにされたメガヌロンは、ピヨピヨと喚きながら両手のハサミを打ち鳴らして滅茶滅茶に暴れた。

 しかし少年がしがみついているのはメガヌロンの背後、完全な死角だ。

 鋭いハサミも牙も、背後には届かない。

 

 もがくメガヌロンにしがみついた浅黒肌の少年は、エミィのように工具のドライバーをナイフ代わりに構えた。

 そして、きっとさっきのカマキラスの戦いを真似したのだろう、手に持ったドライバーをメガヌロンの首の関節へ突っ込んで、そのままメガヌロンの喉を掻き切った。

 

 喉を抉られたメガヌロンは、そこら中に体液を撒き散らしながらのたうち回った。

 スコップよりも鋭利なハサミや、ライフル弾よりも強烈な顎を出鱈目に振り回すので、金属製の床や壁に無数の亀裂が増えてゆく。

 まるでロデオだ。暴れ牛にしがみつき、どれだけ暴れさせることが出来るかを競うゲーム。

 跨っているのは浅黒肌の少年だった。

 

 

 勝ったのはメガヌロンの方だった。

 死に物狂いで暴れ続けたメガヌロンから、少年はとうとう投げ飛ばされてしまった。

 エミィと並んで床に転がった少年に、怒り狂ったメガヌロンがハサミを振り上げる。

 

 

 

 そのメガヌロンに、巨大な触手が巻き付いた。

 カマキラスを奇襲したメガヌロンだったが、今度はメガヌロンの方が奇襲される番だった。

 

 

 

 メガヌロンを奇襲した触手。

 その長さは目測で数メートル以上もある。

 ヌメヌメの粘液、吸盤がズラリと並んだ形、まるでタコの足そっくりだ。

 エミィはこの怪獣について、巷の噂で聞いたことがあった。

 

(……こいつ、まさか、〈大ダコ〉か!?)

 

 怪獣サイズの頭足類。人呼んで〈大ダコ〉。

 体長は30メートル、触手も含めれば100メートル以上にも及ぶ。陸上生活や淡水にも適応した変異種で、陸上や地中を移動して獲物を探すこともある狂暴な海魔(クラーケン)である。

 聞いた当時はただの冗談だとしか思わなかったが、やはり実在していたのか。

 こいつはその大ダコそのものか、もしくはその従兄弟かなにかだ。

 頭がわからないのであるいはイカかもしれないが、この赤身を帯びた体色は多分タコだろう。

 

 

 アンギラス、カマキラス、メガヌロン、そして大ダコ。

 まるで怪獣のサファリパークだ。

 ここはたしか小笠原の孤島だから、名前をつけるなら『小笠原怪獣ランド』ってところか。

 ……まったく笑えないけど。

 こんな奴まで捕まえて、LSOの連中は一体何をするつもりだったのだろう。

 

 

 そんなことを考えているエミィの眼前で、メガヌロンは大ダコの触手と格闘していた。

 絡みついてくる海魔の触手を前にメガヌロンはハサミを振り回して抵抗していたが、サイズが違いすぎる。またたく間に絡めとられ、幾重にも巻きつかれてしまった。

 雑巾を絞るように全身を締め上げられ、節々から夥しい量の体液が噴き出す。

 

 それでもしばらくもがいていたメガヌロンだったが、全身をメキメキと砕かれると、頭がグッタリ落ちてついに動かなくなった。

 

 メガヌロンを捻り潰した大ダコの触手は、まだ獲物を探してくねくねとのたうっている。

 その様子を見ていたエミィはひとつ思いつく。

 ……今の大ダコからすれば、中身のわからない箱を手探りでまさぐっているようなものだ。

 頼りになるのは触覚だけ、獲物の姿が見えているわけでも音が聞こえているわけでもない。匂いだってわかるものか。

 

 

 ということは、上手くやれば逃げ切れるかもしれない。

 

 

 エミィと少年は、大ダコの触手に触れないよう懸命に身をよじった。

 うっかり触れたら終わりだ、メガヌロンの二の舞になる。

 大縄跳びのように、だけどなるだけ静かに。

 慎重かつ素早く、エミィと少年は大ダコの触手から距離をおいた。

 

 大ダコはその後もしばらく触手をくねらせていたが、やがて諦めたのかスルスルと身を引き、最初に現れた通気口の隙間へと引き返していった。

 

 大ダコがいなくなった後、残ったのはエミィと少年、そしてバラバラにされたカマキラスとメガヌロンの死骸だけだった。

 ……ホントに死んでるのか?

 エミィは、首のもげたカマキラスと、ミンチになったメガヌロンを爪先でつついてみた。

 ……反応はない。完全に死んでいる。

 そうやってメガヌロンが死んだことに安堵したのも束の間、ピヨピヨという鳴き声にエミィと少年は振り返った。

 

 

 

 二頭目のメガヌロンだ。

 最初のメガヌロンが突き破った床の穴から這い出てきた二頭目のメガヌロンは、エミィと少年へと飛び掛かった。

 

 

 

 後ずさって逃げようとするエミィと少年だったが、間に合わず、二人まとめてメガヌロンに押し倒されてしまった。

 ……万事休すだ。

 今度ばかりは大ダコも助けてはくれない。

 顎で頭を木っ端微塵にされるか、もしくは鋏で真っ二つにされるか。

 どちらかの末路を想像しながらエミィは目をつぶり、息を呑んだ。

 

 

 

 

 ……あれ、と思った。

 

 

 

 

 エミィは自分がまだ生きていることに驚いた。

 振り下ろされるはずの鋏の一撃も、まだ飛んできてはいない。

 殺される! そう思っていたのに。

 

 固く瞑っていた目をうっすら開けてみると、目と鼻の先でメガヌロンが、牙をカチカチ鳴らしながらエミィを見つめていた。

 殺すべきか否か、判断に迷っているように見える。

 

 ……いったいどうしたのだろう。

 そのときエミィは変な臭いが漂っていることに気がついた。

 臭いの元は自分自身、さっき腹を滅多刺しにしたカマキラスと少年が喉を抉ってやったときに浴びたメガヌロンの返り血だ。

 考えた末にエミィは辿り着く。

 

 

 ……まさかこのメガヌロン、わたしのことを仲間だと思っているんじゃないか?

 

 

 そういえば昔読んだ昆虫図鑑で、蟻や蜂のような群れる昆虫はフェロモンの臭いで仲間を区別している、と読んだことがある。

 群れる昆虫怪獣であるメガヌロンも、同じ臭いがするエミィのことを仲間だと思っているのかもしれない。

 悩んでいるのはきっと、人間の体臭もするからだろう。

 メガヌロンの体液に塗れた人間なのか、獲物の臭いがこびりついた仲間のメガヌロンなのか、区別がつきかねているのだ。

 おまけに兵士たちの血やカマキラスの体液、生臭い大ダコの粘液など、様々な匂いがごちゃ混ぜになっているのでますますわかりづらいのかもしれない。

 

 そこまで考えたエミィは、すぐに両手で自分の口と鼻を塞いだ。

 この至近距離だと自分の吐息、その臭いでバレるかもしれない。

 そう思ったからだ。

 そんなエミィに(なら)って、少年も自分の鼻と口を抑えた。

 

 ……人間というのは、どれくらい息を止めていられるだろうか。

 すぐに息苦しくなり、頭に血が上ってボーッとしてきた。

 ……苦しい、苦しい、両手の力を緩めて思い切り深呼吸したい!

 

 だけど、ここは我慢のしどころだ。

 エミィは顔を真っ赤にしながら、鼻と唇を力いっぱい掴んで、自らの呼吸を(こら)えた。

 

 

 

 数十秒か、一分か、それくらいの時間が経った頃だろうか。

 

 

 

 最終的に動いたのは、メガヌロンの方だった。

 

 

 

 ピヨピヨ鳴きながら、押し倒していたエミィと少年の身体から退くと、角を曲がってどこかへ去って行った。

 エミィと少年はメガヌロンとの我慢比べに勝ったのだ。

 

「……ふう」

 

 メガヌロンの姿が見えなくなり、八本足の足音が聞こえなくなってから、エミィはようやく息を深く()くことが出来た。

 

 

 ……だけど、のんびりしてもいられない。

 エミィは、隠れ家に置いてきた子供たちのことに思い至り、戦慄する。

 

 メガヌロンは床下から現れた。

 つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 カマキラスはどうかわからないが、あいつらもバカではないし、遅かれ早かれ見つけるだろう。

 その地下の隠し通路を辿っていったその先には、子供たちの隠れ家がある。

 ボンクラ兵士にはバレない安全な隠れ家でも、メガヌロンやカマキラスに見つからない保証なんてどこにもない。

 そして奴らにとって、武器も持ってない子供たちなんて格好のエサだ。

 

 

 

 

 

 

 ――このままだと子供たちが危ない!

 

 

 

 

 

 

 エミィと少年は、隠れ家へと急いだ。



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53、凶暴な生物 ~『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』より~

プロレスです。


 ……潮目が変わった、とムウモは感じた。

 

 

 執拗にヴァバルーダを追撃していたメガギラスは突然ヴァバルーダを狙うのをやめ、文字通りのトンボ返りで島へと引き換えしてその矛先をLSOの基地へと変えた。

 ヴァバルーダ、奉身軍の飛行艇にはもはや興味が無くなったようだ。

 孫ノ手島の拠点を超音速の旋風(つむじかぜ)となって荒らしまわり、破壊の限りを尽くしてゆく。

 

 海のエビラは相変わらず奉身軍のフネを狙っていたが、動きには先ほどまでのような戦略性がない。

 目についたフネを片っ端から手当たり次第に襲っているような印象だ。

 もし仮に目の前にいるのが奉身軍でなくLSOのフネでも、迷うことなく襲い掛かるだろう。

 

 

 メガギラス、エビラ、どちらも先ほどとは動きが全く違っている。

 LTFシステムで統制されたロボットのような規則正しい動きから、怪獣らしい無秩序で制御不能な暴れ方だ。

 こんな状況が起きるとすれば、理由はひとつしかない。

 

「……聖女様、どうやらLTFシステムが崩壊したようですな。

 もう怪獣どもは恐るるに足りますまい」

 

 ムウモの報告に、ウェルーシファはゲマトロン演算結晶を撫でながら微笑んだ。

 

「そのようですね、ムウモ」

 

 LSOのLTFシステムが未完成なのは、『内通者』からの事前情報で既に得ていた。

 このタイミングで動作不良を起こしたのも内通者の差し金だろう、とムウモは思った。

 

 

「いかがしましょう。

 〈ダゴン〉を出すなら今がよろしいかと」

 

 

 怪獣を軍事兵器化するという〈LTF構想〉は、元はと言えば旧地球連合の時代から存在していたものだ。

 開発者のマフネ博士がヘルエル=ゼルブと親しかったために遅れこそとったが、真七星奉身軍(こちら)側も同様のものを実用化していた。

 LSOが複数の怪獣をコントロールできるのに対し、真七星奉身軍が用意した怪獣は一体。

 ただし極めて強力だ。初手でいきなり繰り出さず、機会を待つ必要があった。

 

 そして、LSOが怪獣を制御しきれなくなった今こそが、最大の好機だった。

 ムウモの提言に、エクシフの聖女は優しく頷いた。

 

「そうですね。こちらもひとつ、()()()を切りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隠れ家へ帰るにあたって、エミィと浅黒肌の少年は、行きに通った床下の通路は使わなかった。

 

 怪獣が大暴れしてるこの騒ぎの中で子供二人が見つかったところで今更捕まったりするとも思わないし、メガヌロンに見つかる可能性を考えたら狭い隠し通路は逆に危険だ。

 エミィは、道案内を浅黒肌の少年に任せた。

 島の隠し通路はもちろん、地上の通路も把握している少年に従えば安心だろう。

 

 そうやって基地内を走り回る二人は、吊り橋みたいな細い渡り廊下に差し掛かった。

 壁は大きな窓になっていて、外の様子を見渡すことが出来そうだ。

 ……外は今どうなっているのだろう。

 エミィは、少年と一緒に窓の外を覗き込んだ。

 

 

 

 

 孫ノ手島の怪獣大戦争は、とっくのとうに始まっていた。

 

 

 

 

 岩山の壁面を、無数のメガヌロンが懸命によじ登っていた。

 その数、数百匹。とんでもない大群だ。

 

 メガヌロンたちは、壁面をある程度まで昇ったところで立ち止まり、身をぶるるっと揺すった。

 やがて背中の皮が縦に裂け、頭も裂け、背を反り返った姿勢で中身が出てきた。

 そして全身が出てきたところでむくりと起き上がり、しわくちゃの翅と、丸めた尻尾をぴんと伸ばして、全身の粘液を振るい落とした。

 人間(エサ)をたらふく平らげ、空を飛べる成虫へ次々と変化してゆくメガヌロンたち。

 羽化を終えたメガヌロンの成虫。翅や顔つきはトンボに似ているが、両手のハサミとカギ針を備えた尻尾はサソリを思わせる。

 

 飛翔怪虫〈メガニューラ〉。

 トンボの俊敏さと、サソリの凶暴さをあわせもった肉食昆虫怪獣である。

 

 羽化を終え、全身を充分に乾かしたメガニューラたちは、翅を羽ばたかせて岩山から飛び立ち、地表を走り回っている兵士たちを獲物と見定めて、急降下を繰り返していた。

 メガニューラたちは、我先に地表や海上の獲物、つまり人間たちを次々と狩りまくった。

 そこにさらにカマキラスの群れまで加わり、事態は混迷を極めていた。

 まるでバーゲンセールの掴み獲りだ。

 客は怪獣たちで、叩き売られているのは人間の命だった。

 

 そんなメガニューラによる人間狩りの向こう、海では大海老怪獣〈エビラ〉の姿が見えた。

 エクシフの旗を掲げた真七星奉身軍の艦隊に取り囲まれたエビラは、艦艇から集中砲火を喰らっていたが、頑丈な殻を持つエビラはまるで気にも留めていない。

 エビラは自慢のクソデカ極大ハサミ:クライシスシザースを思いきり振り上げ、眼前の戦艦へメガトンチョップを叩き込んだ。

 派手な水飛沫が立ち上がり、頑丈そうで立派な軍艦が空手家の瓦割りさながらに真っ二つにぶった切られた。

 さらにその波紋に煽られて、周囲の艦艇が数隻まとめて転覆し、船上にいた兵士たちが何人も海へと投げ出された。

 

 海に投げ出された無力な人間たちを、エビラは抜け目なく狙った。

 エビラは、めぼしい人間たちを銛のように尖ったハサミでまとめて突き殺し、そして串焼きを食べるようにむしゃむしゃと食べてしまった。

 

 

 

 

 そんな状況を、エミィなりに分析してみた。

 ……メガニューラにエビラ、どっちも厄介だ。

 まずメガニューラ。メガニューラに比べたら、メガヌロンなんてまだ可愛い方である。

 メガヌロンは地面をピヨピヨ這ってるだけだが、メガニューラは空を飛ぶことができる。

 隙を見せれば最後、頭上から急降下してきたメガニューラによって、あっという間に捕まえられてしまうだろう。

 

 そんなメガニューラの空襲を上手く掻い潜れたとして、海上にはエビラが待っている。

 あんな立派な軍艦でも、エビラにとっては紙で作ったフネも同然だ。

 何も考えずに海に出れば、クライシスシザースで他愛もなく叩き潰されるか、そうでなければ串刺しにされて食べられてしまう。

 

 さらに、この通路の窓からは見えなかったが、どこかでアンギラスの遠吠えが聞こえた。

 先ほどエミィが解き放ったアンギラスも、どこかで大暴れしているはずだ。

 アンギラスの恐ろしさについては先日から散々思い知らされているとおりだ。

 さっきは見逃してくれたが、今度見つかったら何をされるかわかったものではない。

 

 おまけにカマキラスまでいる。

 意地が悪くて獰猛なカマキラス。

 メガニューラと違って高く飛ばない分、地表を歩くしかない人間たちにとってはメガニューラよりも危険かもしれない。カマキラスたちはきっと暴走族のように飛び回って人間を殺しまくることだろう。

 大ダコだって危険だ、あるいはもっとたくさんの怪獣が潜んでいるかもしれない。

 エミィは思った。

 

 

 ……怪獣って、なんでどいつもこいつも人間をいじめるのが好きなんだ?

 

 

 蟻を踏み潰して遊んでる子供じゃあるまいし、檻から出られたんだからいつまでも暴れてないでとっとと逃げろよ。

 昔ヒロセ家で飼われてて隙あらば脱走していた、ゴールデンハムスターのハ◯太郎の方がよっぽど分別がある。

 あいつ、脱走への執念にかけてはタンカーの監獄にぶち込まれたスタローン並だったからな。

 

 それに、人間ってそんなにウマイのか?

 

 たとえば映画だと凶暴な人喰いザメがよく出てくるが、あんなものはフィクション、作り物だ。

 人に危害を加えるイタチザメなんてのもいるけれどあれは単に見境がないだけで、実際のサメは人間を特別に好んで食べるわけではない。

 考えてみれば当然だ。

 いつも沖合いで魚やタコを食べているサメにとって、わざわざ浅瀬に行かないと食べられない人間なんてゲテモノ喰いの珍味のようなもの。

 サメが人間を食べるとすればよほど餌がなくて困ったときか、アザラシなど他の獲物と見間違えたとき、そうでなければとてつもなくグルメなサメなのだ。

 ……と、エミィの読んだ図鑑には載っていた。

 ライオンもクマも、ワニもアナコンダもみんなそうだ。

 人喰いの猛獣なんてのは色々な不運が重なった結果そうなったに過ぎないのであって、当の彼らからすれば普段食べ慣れている餌の方が好物に決まっている。

 ()(この)んで人間を獲って喰おうとするのは怪獣だけである。

 

 ……怪獣だって、普段は深海だか山奥だかで暮らしてるんだろ?

 肉食えるくせに笹ばっか喰ってたパンダとかいう動物じゃあるまいし、わざわざ人間を食わなくてもいいじゃないか。

 菜食主義者(ベジタリアン)はいないのかよ。好き嫌いしやがってこの偏食どもめ、どうせなら魚を喰え、魚を。

 エミィがそんな悪態を思い浮かべたときだ。

 

 

 

 沖合から凄まじい鳴き声が響き渡った。

 

 

 

 ガラス窓がビリビリと揺れるほどの爆音。

 メガニューラに覆われた空と、エビラが暴れ回っている海、その向こうを見通すエミィ。

 

 海上を飛ぶヴァバルーダの足元からそいつは姿を現した。

 まず現れたのは三列の背鰭と、長い尻尾。

 その特徴は、エミィにある怪獣を連想させた。

 

 

 

 

 

 

 ……まさか()()()が?

 

 

 

 

 

 

 エミィが身構えていると、続いて顔が現れた。

 ワニを思わせる大きな顎と、巨大な頭、

 ただの爬虫類のように見えて深い知性を思わせる、賢そうな目つき。

 背中に並んでいるのは、カギ爪のように屈曲した青く鋭い三列の背鰭、そしてそこから伸びる長い長い尻尾も含めれば、全長は100メートルを下らない。

 そしてそいつは、優雅に立ち上がる。

 

 長い手足を備えた()()()()()……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……って、こいつ、〈ZILLA(ジラ)〉じゃねーか!!

 

 エミィは危うくズッコケそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強脚怪獣、ZILLA(ジラ)

 昔リリセと一緒に観たエガートン=オーバリーのメカゴジラ映画に出てきた怪獣であり、そしてあの『キングオブモンスター』から(God)が無くなったやつ、つまりゴジラのパチモンだ。

 ZILLAという名前も、誰かがこの怪獣をゴジラと間違えたことに因んで名づけられたらしい。

 破壊神と呼ばれるゴジラに対し、それほどでもないからZILLA。魚食性、つまり魚を食べるのでついた綽名は〈ツナイーター〉。なんともひどいネーミングである。

 ……ああたしかに『魚を喰え』とは思ったさ。

 けど、だからってマグロ喰ってるヤツ(ツナイーター)が出てこなくてもいいだろうよ。

 

 実際のところ、エミィはZILLAがあまり怖い怪獣だと思えなかった。

 エガートン=オーバリーの映画では、メカゴジラの尻尾の一撃であっさりやられて中性子ビームで焼かれてしまう情けない噛ませ犬だ。

 実際のZILLAもミサイルの集中砲火で死んでしまうくらいらしいが、実物を見てみるとたしかにそんな気がした。

 ……ZILLAの体はスマート、悪く言えば貧弱。他の怪獣と戦ったらすぐに負けてしまいそうだ。

 顔つきも芸を仕込めそうなくらいには賢そうだし、人喰いのエビラなんかよりはよっぽど可愛げがあると思う。

 ZILLAなんてただのデカいイグアナみたいなもんだ、大仰に恐れるような怪獣じゃない。

 

 

 そんなZILLAには巨大な首輪がつけられており、その首輪にはエミィが大嫌いな、エクシフの七芒星が刻み込まれているのが見えた。

 真七星奉身軍の手下として連れてこられたのだろう。

 ……リリセには偏見だと叱られたけど、やっぱりあのスケキヨ女、とんだ食わせモノだったな。

 なにが献身だ。なにが救済だ。クソッタレめ。

 怪獣を戦争の道具にするなんて、LSOとやってることが変わらないじゃないか。

 

 

 かつて真七星奉身軍に対して自身が懐いた警戒心が正しかったと証明されたは良いものの、エミィはちっとも嬉しくなかった。

 エビラ、メガニューラ軍団、大ダコ、カマキラス、アンギラス。

 一頭だけでも手に負えないのに、厄介なヤツがさらにもう一匹増えるのか。

 この国は怪獣だらけかッ。

 

 

 

 

 奉身軍側が繰り出してきた怪獣ZILLAに、LSO側も応戦することにしたらしい。

 島の岩山が変形し、奥から巨大な装置がにょきにょきとせり上がってきた。

 

 鉄パイプを無数に束ねて括り付けたような、奇妙な砲台。

 その形状に、エミィは見覚えがあった。

 昔読んだメカの資料に載ってた奴だ。

 

(……たしか〈二十四連装砲〉とか言ったな)

 

 怪獣の迎撃用に開発された拠点防衛兵器の一種で、拠点に近づいてくる怪獣に対して文字通りの集中砲火を浴びせ、追い払う。

 実に単純明快な兵器だが、狙う標的が数十メートル級の怪獣だから導入当初はそれなりに効果が大きかった

 ……と、エミィの読んだ資料には載っていた。

 そんな二十四連装砲が二台も出現し、ZILLAを標的に定めていた。

 ZILLAの方はミサイルで死ぬような弱い奴だ、二十四連装砲の直撃なんか喰らったらひとたまりもない。

 映画でも『秒殺!』って扱いだったし、案外あっさり死んでしまうんじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風に考えたエミィだったが、すぐさま自分の認識が甘かったことを思い知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二台の二十四連装砲が砲撃を開始、放たれた無数の砲弾が空を覆う。

 

 しかしその弾幕はZILLAに当たらなかった。

 

 左右両方から繰り出される二十四連装砲の集中砲火を、曲芸めいた動きでするりするりと紙一重ですり抜けてゆくZILLA。

 空を真っ黒に塗り潰してしまうほど猛烈な弾幕なのに、ZILLAには一発も当たっていない。

 まぐれではない。空を埋め尽くすような二十四連装砲の一斉砲撃、ZILLAはその弾幕のわずかな間隙を見抜き、機敏な身のこなしで的確に回避しているのだ。

 

 そして細身な見た目に反し、ZILLAは随分とパワフルな奴だった。

 砲弾の雨霰をひょいひょいと躱しながら、ZILLAは足元に停まっていた船を掴み上げると、まず右側の二十四連装砲に向かって思い切り投げつけた。

 その場から動けない固定砲台の宿命で、飛んでくる重さ数トンの剛速球を二十四連装砲は躱すことが出来ない。

 船を叩きつけられた二十四連装砲は、木端微塵に爆発してしまった。

 

 

 続けてZILLAは、思い切り息を吸い込むと、残った左の二十四連装砲に向かって()()()()()

 

 

 ……ZILLAって火を噴くのか?

 だが、エミィにはたしかにZILLAが火を噴いたように見えた。

 

 火を噴くZILLAの姿は、かつて街中で観た大道芸の火吹き男をエミィに思い出させた。

 きっと理屈も火吹き男と同じだ。体内に溜め込んだ可燃性のガスに着火させた、というところなのだろう。

 ZILLAの力強い吐息(パワーブレス)を浴びた二十四連装砲は根こそぎ引っ繰り返され、そのまま丸焦げにされてしまった。

 

 こうして二十四連装砲を殲滅したZILLAは満足げに、象の鳴き声にも似た勝利の咆哮を挙げたのだった。

 

 

 ……『情けない噛ませ犬』?

 

 『ZILLAなんて恐れるような怪獣じゃない』??

 

 『ただのデカいイグアナ』????

 

 

 そんな戯れ言ぬかしてるパッパラパアのバカはどこのどいつだ。

 

 

 全長は100メートルを超え、二十四連装砲の集中砲火をハリウッドのワイヤーアクションみたいな変態じみた動作で俊敏に回避し、おまけに火を噴いて固定砲台を焼き尽くす。

 何処にこんなイグアナがいるっていうんだ。

 こんなのどう見たって立派な怪獣じゃないか。

 予想を超えたZILLAの暴れっぷりに、エミィと少年が呆けて眺めていると、その視界が急に薄暗くなった。

 空を見上げてみると、その原因がわかった。

 

 

 

 

 暗くなったのは空に巨大な影が差したからだ。

 影の主はメガニューラ軍団のボス、超翅竜〈メガギラス〉である。

 

 

 

 

 エミィは肝が冷える思いがした。

 子分のメガヌロンやメガニューラがいるのだから、親玉のメガギラスもいるのは当然だ。

 でもまさか自分たちの頭上にいたなんて。

 

 エミィたちの頭上に現れたメガギラスは、真っ赤な複眼で海上のZILLAをじっと睨みつけている。

 どうやらメガギラスは、新たに現れたZILLAへ勝負を挑むつもりらしい。

 ZILLAと睨み合いながら、メガギラスが左右三対計六枚の翅を小刻みに羽ばたかせ始める。

 

 メガギラス必殺、高周波である。

 

 途端、ガラスを引っ掻いたのを数段ヒドくしたような強烈な高音が巻き起こり、聴覚を突き破られそうになったエミィと少年は咄嗟に耳を押さえた。

 メガギラスの翅の動きがあまりに速いため、羽ばたく音が凄まじい高音になっているのだ。

 メガギラスの翅はさらに加速し、破壊的な高周波が渡り廊下の窓ガラスにヒビを入れた。

 

 ――伏せて!

 

 浅黒肌の少年がエミィを抱えるようにして床に伏せると同時に窓が炸裂、粉微塵になったガラスの破片が二人の頭上から雨霰(あめあられ)と降り注いだ。

 

 そんな眼下のムシケラのことは意にも介さず、高周波を撒き散らしながら、メガギラスは空中でロケットスタートした。

 目にも止まらぬ超スピードのジグザグ飛びで襲い掛かろうとするメガギラスと、そんなメガギラスを睨みつけながら待ち構えているZILLA。

 メガギラスが鋏と尻尾の針をかまえながら、ZILLAに組み付こうとしたまさにその瞬間、

 

 

 

 

 メガギラスの鼻先に、ZILLAの尻尾の一閃が直撃した。

 空気の弾ける破裂音が、床で鞭を打ち鳴らしたときの数千倍の音量で、孫ノ手島全体へ響き渡った。

 

 

 

 

 ……メカゴジラ映画とは真逆の展開だ。

 映画だとZILLAはメカゴジラの尻尾でブッ飛ばされていたけれど、実際のZILLAはメガギラスを尻尾で叩きのめしてしまった。

 硬そうに見えて存外軽いメガギラスは尻尾で叩きのめされ、メジャーリーガーが打ったピッチャー返しのように、キリを揉みながら元来た場所へとブッ飛ばされてきた。

 

「……って、こっちに飛んできてるじゃねーか!」

 

 エミィと浅黒肌の少年は大股で床を蹴り、渡り廊下の端へと飛び移った。

 直後、メガギラスの体が渡り廊下へと墜落、鋼鉄とコンクリートをぐしゃぐしゃに捻り潰す轟音と共に、渡り廊下は崩壊した。

 

 床に転がりながら、エミィは後ろを振り返る。

 渡り廊下はメガギラスに押し潰されて完全に崩落、通行不能になってしまった。

 手痛い一撃を喰らったメガギラスは瓦礫の山に頭から突っ込んで埋もれてしまい、脚と翅をばたつかせてもがいている。

 ……危なかった。

 あと一秒でも飛び移るタイミングが遅かったら、間違いなく一緒に潰されていただろう。

 エミィと浅黒肌の少年は、安堵するように溜息をついた。

 

 海の向こうでは、ZILLAが雄叫びを挙げている。

 まるで自身が飛ばした会心の大ヒットを誇っているかのようだ。

 ……実際大したものだ、とエミィは思う。

 メガギラスはアンギラス以上に俊敏なことで有名な怪獣であり、そのスピードは上から数えた方が早い。

 そんなに素早いメガギラスを叩き落とすなんて、並大抵の怪獣に出来ることではない。

 

 

 そんなZILLAに、無数の羽音が(まと)わりついた。

 

 

 羽化したばかりのメガニューラの群れだ。

 親分のメガギラスがやられた仕返しに、子分のメガニューラが寄って集って逆襲しに向かった。

 

 ZILLAはパワーブレスで追い払おうとするが、メガニューラたちは火達磨になろうが叩き潰されようが、捨て身でZILLAに挑みかかり、針を突き立てて吸血しようとする。

 たまらずZILLAは海中へ飛び込んだ。

 ZILLAがのたうち回るにつれて海が荒れ狂い、溺死したメガニューラたちの死骸が浮かび上がる。

 ようやくメガニューラたちを払い落として立ち上がったZILLAへ、さらに赤い巨体が飛び掛った。

 深海の恐怖:エビラだ。

 真七星奉身軍を追い回していたエビラは、より巨大な獲物:ZILLAが現れたことを察知して標的を変えたのだ。

 

 不意を突かれてハサミで殴りつけられたZILLAだったがすぐさま体勢を立て直し、エビラに反撃の引っ掻きをお見舞いする。

 ZILLAの爪と、エビラのハサミ。

 巨大なパワーがぶつかり合い、海上で激しく火花を撒き散らす。

 かくして、孫ノ手島の浅瀬を舞台にZILLAとエビラの剣戟が始まった。

 

 

 

 ……急ごう、怪獣同士のイカレたチャンバラバトルなんて見物してる場合じゃない。

 エミィと少年は互いの手をとり、先を急いだ。

 

 




登場怪獣紹介その4「メガギラス一族」

・メガヌロン
体長:2メートル
体重:500キログラム

・メガニューラ
体長:2メートル
翼長:5メートル
体重:1トン

 メガヌロンの初出は『空の大怪獣ラドン』。
 ストーリー序盤で発生した謎の斬殺事件の下手人として登場。
 人々とメガヌロンが炭鉱で繰り広げる対決シーンは見所の一つですが、そんな手強いメガヌロンたちも本作の主役である空の大怪獣ラドンにとってはただのおやつでしかなかったのでした。

 虫の怪獣なのになぜかピヨピヨ鳴くのがツッコまれがちなんですが、このピヨピヨ音は『モスラ対ゴジラ』のソノシートでもモスラ幼虫の鳴き声として使われている効果音なので、幼虫っぽい鳴き声としてイメージされたものなのかもしれません。
 『空の大怪獣ラドン』の時点で足の数や体のつくりが普通のヤゴとは明らかに違ったりするので、実際のところは古代から生き残っていたメガネウラから進化した別種で、メガネウラそのものとは違うのでしょう。

 その後は長年忘れられた怪獣だったんですが、新世紀シリーズの『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』でまさかの再登場。
 現代的な昆虫怪獣としてかなりリメイクされているものの、脚の数や両手の鋏などは『空の大怪獣ラドン』に準じたものになっています。
 またこちらではヤゴの特徴でもある「顎の噛みつき」も披露。渋谷の街で人々を襲い、水脈を破壊して水没させるという戦果を上げています。

 成虫メガニューラは『空の大怪獣ラドン』で登場しませんでしたが、『×メガギラス』には登場、ゴジラとも対決します。
 「大怪獣と群れの対決」というシチュエーション自体は『ゴジラVSデストロイア』、ゴジラシリーズ以外にも目を向ければ『ガメラ2 レギオン襲来』に先行されたものではあるものの、夜での対決だった前二者とは違い『×メガギラス』は昼間の対決であり、ドラマの主軸もゴジラと人間の対決にあるので若干差別化されています。


・メガギラス
全長:50メートル
翼長:80メートル
体重:1万2千トン
二つ名:アバドン、超翔竜
主な技:超翔竜高周波(ハイパーフライトドラゴンソニック)吸精死尾針(ドレインデススティンガー)高周波爆熱球(メガソニックファイアボール)

 メガギラスの初出は『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』。またライブフィルムで『ゴジラ FINAL WARS』にも登場しています。

 オルガに続く新世紀シリーズが初登場の怪獣ですが、メガヌロンが羽化したという設定の怪獣であり、厳密なオリジナル怪獣というわけではありません。
 厳密に言うとメガヌロンが羽化したメガニューラの親玉、いわゆる『アルファ』にあたる個体になります。

 モチーフはメガネウラ、つまり古代トンボなんですが、上述のメガヌロンと同様「サソリに似たハサミとシッポがある」「ハサミを含めると肢が8本ある」「翅が6枚ある」「爬虫類に似た顎がある」など、現実のトンボとかけ離れた要素も多く、超翔“竜”の名のとおりドラゴンのイメージも汲んだ怪獣となっています。
 劇中設定では中国で化石が見つかっていると説明されていますが、どんな化石なんでしょうね。

 刺々しいデザインが似ているため『ゴジラVSモスラ』のバトラとも比較されますが、メガギラスの場合は俊敏な動きでゴジラを翻弄しながら肉弾戦を仕掛けるバトルスタイルとなっており、多用な光線技を持つバトラとは明確に差別化されています。
 『×メガギラス』におけるゴジラとの激しい肉弾戦は、とても見応えのある楽しいプロレスなので必見です。

 「アバドン」の名前は文中で説明のあるとおり、イナゴを率いる悪魔の王者から。
 わりと野心家っぽいキャラ付けにしていますが、某ナンバートゥーと違って仲間想いという設定があります。
 最初はそうでもなかったものの、書いているうちに好きになった怪獣の一匹。

※「ソニックは名詞じゃない」? まあいいじゃないですかそんなの。


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54、大破局の予兆

プロレスです。


 ……なんで空が見えるんだろう。

 さっきまで建物の中にいたはずなのに。

 

 

 わたし、タチバナ=リリセが意識を取り戻したとき、わたしはぼんやりとした頭でそう思った。

 

 次に知覚したのは全身の痛みだった。

 骨が折れるような重傷こそ負っていなかったが、打身(うちみ)切傷(きりきず)で満身創痍だ。

 全身に被った塵と埃を払いながら身を起こす。

 

 しかし、立ち上がることは出来なかった。

 崩れた鉄骨で足首を挟まれてしまっていた。

 引っ張ってみたり、鉄骨を持ち上げようともしてみたがやっぱりだめだ、わたし一人では上手く抜け出せそうにはない。

 その場に釘付けにされたわたしは、顔を上げて周囲を見回した。

 

 

 ビルサルドの高い技術力によるものか、セントラルタワーはなんと奇跡的に崩れていなかった。

 完全な倒壊こそ免れていたものの、最上階から中腹にかけてショベルでがっつりと掻き出したように削り取られている。

 ……さっき空が見えたのは屋根がごっそりなくなっていたからだ、とわたしはふらふらの頭でようやく理解した。

 

 外観はなんとか保っていたものの、代わりにタワー内部は完全にめちゃめちゃになっていた。

 並んでいたコンピュータ機器は盛大に叩き潰されており、当然何の役割も果たしていない。

 

 壊れたコンピュータのすぐ傍で、ビルサルドの統制官ヘルエル=ゼルブが倒れていた。

 表情はわからないが死んでいるのは確実だ。

 

 

 

 なぜなら、崩れてきた瓦礫で首から上を完全に潰されていたからだ。

 

 

 

 一帯が血の海になる代わりに、首の切断面や異様な方向に捻じ曲がった手足の傷口から大量の銀色の溶液――おそらくはナノメタル製の人工血液だろう――が溢れ出ていた。

 『ナノメタルは死を克服する』とかなんとか自慢していたゼルブだけど、流石に頭が粉砕されてしまえばどうにもならない。

 

 力に身を任せた独裁者、ヘルエル=ゼルブ。

 そんな男が怪獣、すなわち巨大な力に捻り潰されて死ぬ。

 なんて皮肉な最期だろう。

 許しがたい悪党だとは今でも思う一方、そんな悲惨な末路を辿ったゼルブがちょっと哀れに思えた。

 

 同時に、背筋が凍るような感覚を覚える。

 そんなゼルブの傍にいたわたしが脚を挟まれる程度で済んだのは、ただの幸運に過ぎない。

 ……もしもゼルブがわたしを投げ捨てたのがもっと窓寄りの方向だったら。

 動くのが一瞬遅かったら、あるいは一歩だけでも飛び出した距離が短かったら。

 そう考えるとぞっとする。

 

 

 身の回りの確認に続いて、わたしはタワーの外を眺めた。

 LSOに操られていた怪獣たちは、セントラルタワーのコントロールから解放されたことで自由気ままに暴れまわっていた。

 

 暴龍:アンギラスは、さっき自分がぶち壊したセントラルタワーのことなど忘れたようにクモンガとカマキラス相手に大立ち回りを演じていた。

 肉食昆虫:メガニューラたちは、タワーからの統制が失われたことで真七星奉身軍だけでなくLSOも含めた地表にいる人間を無差別に狩り始めていた。

 超翔竜:メガギラスは、深海の恐怖:エビラとともに海上でZILLAと掴み合いを繰り広げている。メガギラス、エビラ、ZILLA、決着がつけば生き残った怪獣が上陸してくるだろう。

 

 そういえばZILLAはどこから現れたのだろう。

 そんなわたしの疑問は、ZILLAにつけられた首輪とそこに彫られたエクシフ七芒星ですぐに解消された。

 ……ああ、ウェルーシファと真七星奉身軍が連れてきていたのか。

 やっぱりエミィやゼルブは正しかった、エクシフは迂闊に信用するべきじゃなかった。

 ウェルーシファに良いように利用された自分が、とても悔しい。

 

 

 ……それにしても。

 眼下で広がる凄まじい怪獣大戦争を眺めながら、なんて酷いことをするんだろう、とわたしは思った。

 

 アンギラスやエビラはともかく、単為生殖できるZILLAや群れを作って暮らすメガギラス、そしてカマキラスの逞しすぎる繁殖力は地球環境にとって大きな脅威だ。

 際限なく殖え続ける彼らには、その群れを維持するだけのエサが必要になる。

 そしてその大量のエサを地球の限りある資源で賄い切れるだろうか。

 リョコウバトやステラーカイギュウみたいに、人間が食べるために獲っただけで絶滅してしまった生き物もいる。

 そんなかろうじてギリギリ回っているような地球の現状に、食欲旺盛な怪獣の群れが加わったらどうなるか。

 

 その繁殖力も殺戮兵器として使うなら便利かもしれないが、戦争が終わって用が済んだあと彼らはどうなる。

 飼い切れなくなったペットを野に放すようにはいかない以上は殺処分するしかない。

 だが、もし殺しきれなかったら?

 そして生き残った彼らがこっそり増殖して、いつの間にか地球が怪獣たちの大群で埋め尽くされてしまったら?

 ゴジラなんかいなくたって、たったこれだけで地球は滅亡してしまうのだ。

 

 それに怪獣とはいえ生き物を使い捨ての鉄砲玉みたいに扱うLSOと奉身軍、ひいてはビルサルドやエクシフの考え方には心底嫌悪感を覚える。

 そもそも子供を使い潰し、他人を騙して出し抜いて、人も傷つけても何とも思わない連中だ。

 怪獣なんて便利な消耗品かなにかとしか思っていないのだろう。

 

 そして地球人の身に振り返って考えたとき、わたしは暗澹たる気持ちになった。

 エクシフやビルサルドがいなかったとしても、それが可能なテクノロジーさえあれば地球人だって同じことをしでかしたに違いない。

 地球人のワガママに振り回されて不幸になった動物たちなんてそれこそ沢山いる。

 たとえばカミツキガメ。アライグマ、ブラックバス、マングース。

 どれも人間の都合で殖やされ、手に負えなくなった途端に害獣扱いで狩られるようになった生き物だ。

 もしも怪獣たちが人間に飼われるようになったなら、きっと同じ顛末を辿るに違いない。

 だって、人間はいつだって身勝手だもの。

 

 

 そんなことを考えていたわたしはふと、空を舞うメガニューラの一体と目線が重なった。

 メガニューラは空中でホバリングし、わたしのいるタワーの方をじっと見つめている。

 

 ……ヤバイ、と思った。

 

 空を飛び回るメガニューラにとって、脚を挟まれて動けない人間の女なんて恰好の獲物だ。

 わたしは慌てて瓦礫の影に身を隠した。

 

 しかし、その動作が却ってメガニューラの注意を引いてしまったようだ。

 タワーの上階で動けない獲物、つまりタチバナ=リリセの存在を認識したメガニューラは空中で方向転換してこちらに向かってきた。

 他方わたしは武器など何一つ持っていない。

 それどころか逃げることすら出来ない。

 

 鋏と尻尾を振りかざしながらまっしぐらに向かってくるメガニューラ。

 わたしは自分が食い殺される末路を想像した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのとき響いたのは、空を裂く風切り音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしの眼前で、巨大な翼を広げた影がメガニューラを攫っていった。

 ……なに、いまの。

 強烈な突風に吹っ飛ばされそうになりながらわたしは目を開け、そして驚愕する。

 

 煮えたマグマのように真っ赤な翼が、空を覆っている。

 まるで噴火する火山が飛んでるみたいだ、その大きさは100メートルにも及ぶだろう。

 そして重機のアームよりも逞しく、刃物よりも研ぎ澄まされたカギ爪。

 そいつのカギ爪でがっしり捕まえられたメガニューラは逃れようと懸命にもがいていたが、無駄な足掻きだ、火山岩から削り出したような嘴で啄まれ、バラバラに食い千切られてしまった。

 

 そうやって一頭目の獲物を仕留めたそいつはひらりと舞い上がり、わたしのいるタワーの上階へと着地。

 セントラルタワーの頂上で仁王立ちした空の大怪獣は、まるでその君臨を宣言するかのように勇ましい咆哮を高々と轟かせた。

 

 

 

 

 そいつは火の悪魔、ラドン。

 かつて多摩川の河川敷でレックスやアンギラスと互角に渡り合った、空の王者である。

 

 

 

 

 襲来したラドンを迎撃するメガニューラ。

 一斉に群がり、尻尾の針を突き立てて体液を吸い取ろうとする。

 集団殺法、単純だが振り払うのには相当骨が折れるだろう。

 

 だけどラドンには通用しなかった。

 メガニューラたちがラドンの肌に触れた途端、メガニューラの体が燃え上がってしまった。

 ラドンを吸い殺そうとしたメガニューラたちは、逆に悲鳴を挙げながら線香花火の火の玉みたいにボトボト散ってゆく。

 ……火山に順応したラドンの体温は融けた岩石、まさに溶岩と同じだ。触れて平気でいられるはずがない。

 そして身を守ろうにも体格が上回るラドンには到底かなわない、メガニューラたちは巧みな制空で追われて捕まるばかりだった。

 

 ……ラドンの方は、なんだか楽しそうだ。

 『わーい、たのしー!』なんて歓声が聞こえてきそうなテンションである。

 まぁ、そりゃそうだ。

 ラドンの主食は昆虫怪獣、特にメガニューラを好物にしているというのは有名な話だもの。

 きっとこのラドンも、大量発生したメガニューラに引き寄せられてやってきたのだろう。

 今の状況はラドンからすれば時間無制限の食べ放題、でなければテレビゲームのボーナスステージみたいなものだ。

 メガニューラ相手に思いっきり暴れられるのが気分よくて仕方ないに違いない。

 

 かくして、つい先程まで一方的な人間狩りに興じていたメガニューラたちは、今度は空の大怪獣ラドンによって一方的に狩り立てられることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ZILLAと戦っていたメガギラスは『天敵』が飛来したことに気がついた。

 可愛い兄弟メガニューラたちの窮地を、群れのアルファである超翔竜メガギラスが座視しているはずもない。

 ――ZILLA如きに構っている場合ではない!

 すぐさま島の上空へと舞い戻るメガギラス。

 その赤い複眼で真っ直ぐ睨みつけているのはもちろんラドンだ。

 

 

 ……ラドンとメガギラスには因縁がある。

 

 

 凶暴な肉食昆虫として、古代の森と水辺を支配したメガニューラたち。

 だが、天敵がいなかったわけではない。

 メガニューラたちの主たる天敵、それはラドンである。

 地を這うメガヌロンたちを啄み、空を舞い逃げるメガニューラたちを攫い、そして貪り食らう。

 メガニューラもメガヌロンも、ラドンからすればムシケラに過ぎない。

 一方的に喰われるばかりだった。

 

 ラドンによる乱獲で追い詰められたメガヌロンとメガニューラたちは、ひとつの解決策を編み出した。

 それがメガギラスだ。

 群れに仇なす外敵を倒し、群れの為のテリトリーを広げてゆく。それがメガギラスに課せられた天命だった。

 そしてメガニューラたちにとって最大の脅威と言えば空の大怪獣ラドン。

 すなわちメガギラスとは、ラドンを倒すために生まれた戦闘兵器なのだ。

 

 一方で、ラドンもまたメガギラスのことを生存競争における好敵手として認識した。

 大空の支配者、そんな地位など決して盤石なものではない。

 ラドンの方もメガギラスに負けじと常に競い合ってきた。

 

 

 火の悪魔にして空の大怪獣、ラドン。

 超翅竜のアルファ、メガギラス。

 生まれついての宿敵。

 

 

 飛行怪獣の両雄は共に吼え、超音速で空を駆け抜けて、正面から激突。

 組み合い、縺れ合いながら、空中で文字通りの格闘戦を繰り広げる。

 ラドン対メガギラス。

 宿命のライバルによる大怪獣空中決戦が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミィと浅黒肌の少年がようやく隠れ家に着いた時、子供たちは既に荷造りを終えていた。

 エミィが訊ねた。

 

「みんな、食糧と食器は持ったか?」

 

 エミィの問いに、子供たちがうなずく。

 荷物といっても、リュックの食糧と水、そして食器だけだ。

 その食糧だって、動けなくなるほどの量は持たせなかった。

 この島から本土までせいぜい長くたって三日の船旅だ。

 いっぱい持ってたって邪魔になる。

 

 最初にメガヌロンとカマキラスと大ダコのトリプルコンボに遭遇して以来、エミィと少年は、基地を我が物顔で闊歩する怪獣たちを何匹も見てきた。

 大コンドル、大蜥蜴、大海蛇、大鼠etc……

 

(こんな狭い島にいったい何匹いやがるんだ?)

 

 考えたくもないが、そうもいかない。

 狭い島の中で無数の怪獣たちが苛烈な生存競争を繰り広げているこの現状、じきにここも制圧される。

 のんびりはしていられない。

 

 エミィは、持ち帰ったメガヌロンの臓物から体液を搾り出し、少年と二人で手分けして、搾ったメガヌロンの汁を子供たちの体へたっぷり塗り付けた。

 メガヌロンの体液はかなり臭かったが、堪え切れないほどじゃないし、背に腹は代えられない。

 これだけ臭かったら、メガヌロンたちもきっと騙されてくれるだろう。

 むしろ、そうでなかったら困る。

 

「行くぞおまえら!」

 

 エミィがそう号令したとき、外から、金属をすさまじい力で殴りつける音が響き渡った。

 

 子供たち全員が、音の方へ一斉に振り返る。

 音は隠れ家の入口の方から聞こえていた。

 そしてその向こうから、エミィが二度と聞きたくないと思っていたあのピヨピヨという鳴き声が聞こえてきた。

 

 

 メガヌロンだ。

 ついにここが見つかってしまったのか。

 

 

 ……あるいは自分のせいかもしれない、とエミィは思った。

 エミィが読んだ昆虫図鑑に、こんな話が載っていた。

 巣の外で餌を見つけた蟻は、目印となる臭いの物質、いわゆるフェロモンを垂らしながら巣に帰ってゆくという。

 すると他の蟻たちも、そのフェロモンの臭いを辿って餌の場所へと集まってくるのだ。

 いわゆる『蟻の行列』が出来上がるメカニズムである。

 ……ちっきしょう、ぬかった。

 エミィは舌打ちした。

 身を守るためにまとったメガヌロンの体液が、逆に別のメガヌロンを呼び寄せてしまったのだ。

 

 

 

 

 真っ先に動いたのは浅黒肌の少年だった。

 部屋の隅にあった空のコンテナを引っ張り出し、入口に捻じ込んで、さらに引き戸を閉めてつっかえ棒をした。

 だが、メガヌロンの力が強いのは先ほども見たとおりだ。

 こんなバリケードぐらいでは侵入を防ぎきれないだろう。

 

 ――こっちだ!

 

 と、少年はエミィの手を取って隠れ家の隅へと移動すると、壁に張られていた鉄板を引き戸のようにスライドさせた。

 引き戸を外すと、子供が通れるくらいの通路が現れた。

 別の抜け穴だ。

 思わぬ抜け道に驚いたエミィだが、考えてみれば当然だ、入口がひとつのわけはない。

 浅黒肌の少年が抜け穴へと入り、エミィと子供たちも後へと続く。

 

 

 抜け穴を通過すると梯子があった。

 数メートルの高さがある、長い梯子だ。昇り切った先には明るい蛍光灯の光が見えている。

 きっと基地内、地上階のどこかに通じているのだろう。

 

 ――行こう!

 

 最初に少年が梯子に手をかけ、昇り始めた。

 少年が先導して安全を確保し、エミィが殿(しんがり)を務める。

 互いに合図を飛ばし合いながらエミィと少年は連携し、子供たちを順繰りに地上階へと送り出してゆく。

 

 そうやって子供たちを送り終え、あとはエミィが昇るだけになったときだった。

 隠れ家の奥から金属を叩きつける音が鳴り、さらに引き裂く音が響いた。

 メガヌロンがとうとうバリケードを破ったのだ。

 ……やばい!

 エミィは梯子に飛びつき、大急ぎで昇り始めた。

 

 エミィが梯子の中腹まで昇ったとき、抜け穴の奥からドタバタと大騒ぎの音が聞こえてきて、引き戸を突き破ってメガヌロンの頭が飛び出してきた。

 銀紙を裂くように引き戸を破壊し、メガヌロンの上半身が梯子の下へと這い出てくる。

 

 玉虫色にぎらつくメガヌロンの複眼が、梯子を登るエミィを見上げた。

 獲物を見定める目つき。

 メガヌロンの巨体では通路が細すぎて通るのに苦労しているようだった。

 だが入口の通路はもっと細かったはずだ。

 すぐに這い出てくるだろう。

 

 上の方で子供たちが「急げ! 急げ!」とエミィを急かしている。

 もちろんだ、とエミィは細い腕に鞭を打って、懸命に梯子を昇った。

 しかしメガヌロンの方が素早かった。

 エミィが上階に出るまであと少し、というところでメガヌロンが通路を完全に這い出てきてしまった。

 昆虫怪獣であるメガヌロンにとって、壁昇りなどいとも容易い。

 メガヌロンが梯子を昇り始めるや引き離された距離などあっという間に取り返し、エミィの足元のすぐ下にまで肉薄した。

 エミィの足首に食らいついてやろうとばかりに、顎を開閉して牙を打ち鳴らしたときだった。

 

 

「これでも喰らえっ、ヤゴ野郎!!」

 

 

 エミィが懐からガラスの瓶を取り出し、メガヌロンへ目掛けて思いきり投げつけた。

 ガラス瓶はメガヌロンに直撃し粉砕、メガヌロンは中の液体を顔面から浴びることになった。

 

 エミィが投げつけたのは先ほど〈α試料保管庫〉を焼いた時に使った、薬品の残りだった。

 マニキュアなどの化粧品にも使われるが、目に入れば失明のおそれもある危険な劇薬だ。

 そんな代物を顔面に浴びせられては、流石のメガヌロンもかなわない。

 怯んだメガヌロンは、ピヨピヨと悲鳴を挙げながら梯子を転げ落ちてしまった。

 

 今のうちだ、とエミィが梯子を全力で昇りきると、上階で待っていた浅黒肌の少年がその手を取って引き上げてくれた。

 出入り口の蓋を閉め、しっかりと封印する。

 あんな目潰しが長く通用するとは思えないが、これで少しは時間が稼げるだろう。

 

 エミィが上がった先は、先程までLSOの兵士と追いかけっこを繰り広げた通路と同じような構造になっていた。

 ここは多分、地上のフロアだ。このまま進めば外にも出られるはず。

 

 引き上げてくれた浅黒肌の少年に「ありがとう」と礼を告げ、エミィは子供たちを引き連れて移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孫ノ手島 怪獣大戦争。

 怪獣たちの中で真っ先に戦線を離脱したのは、大ダコであった。

 

 ……なんなんだ、あいつは!?

 

 大ダコが恐れたのはアンギラスだ。

 過剰なまでに激しい体内電流とそれが起こす異常な膂力、まるで体内に発電機を積んでいるかのようだ。

 それに、全身にまとったエメラルド状のクリスタル。

 そんなアンギラスに、大ダコは底知れぬ恐怖を覚えた。

 

 あのクリスタル、あの電気を使う能力、どれも地球のものじゃない。

 

 大ダコはアンギラスの『禍々しさ』を察知し、高度な頭足類の知能によってその正体の一端を看破した。

 

 おれはもう御免だ!!

 

 そして大ダコは逃げ出した。

 戦線離脱した大ダコのことは、誰も気に止めなかった。クモンガとカマキラスはアンギラスとまだやり合うつもりのようだったし、海上にいたエビラは相変わらずZILLAとのチャンバラカンフーバトルに夢中で、海中へ逃れた大ダコには目もくれなかった。

 ……もうムシケラどももたらふく食べた。

 このまま沖へと逃れ、海の底でひっそり暮らそう。

 戦いなんてもう沢山だ、あんな恐ろしい奴がいるなんて、もう陸地を支配したいなんて思わない。

 普段は海の底で、たまに海上へ出て人間だか鯨だかを食べて暮らせればそれで充分だ。

 島から全速力で逃れながら、大ダコはそんなことを考えた。

 

 

 

 

 しかし、そんな虫のいい祈りは、眼前に現れた〈巨大な影〉によって破られた。

 

 

 

 

 長い尻尾。

 三列の背鰭。

 そして憤怒に燃える二つの瞳。

 体長100メートルに及ぶ巨体が、しなやかに体をくねらせながら大ダコに迫った。

 そのシルエットで大ダコは思い出す。

 この星で最も恐ろしい存在のことを。

 

 

 まさか、おまえは……

 

 

 すぐさま急速転回で逃れようとした大ダコだったが一足遅く、巨大な顎に噛み砕かれてバラバラにされてしまった。

 




登場怪獣紹介その5「カマキラス、クモンガ、大ダコ」

・カマキラス
体長:58メートル
体重:2,800トン
二つ名:エンプーサ、蟷螂怪獣
必殺技:ハーケンクラッシュ

 初出は『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』。
 ライブフィルムで『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』にも登場している他、『ゴジラアイランド』ではX星人と組む内通者として登場。
 マイナーな割に再登場が多い怪獣ですね。

 操演怪獣の傑作として知られる怪獣の一体。
 『ゴジラの息子』に登場した初代カマキラスと、『ファイナルウォーズ』の二代目カマキラスは造形がかなり違っており、初代カマキラスは「左右の鎌の形状が違う」「体色が茶色」、二代目カマキラスは「左右の鎌が同じ」「体色が緑」になっています。
 実際のカマキリにおいても同じ卵嚢から色の違う個体が生まれることがあるため、あるいは別種ではなくて同一種の個体差なのかもしれません。
 『ゴジラの息子』における三位一体の連係プレーや、『ファイナルウォーズ』における俊敏さが印象的。

 近年は妙な人気があり、『怪獣黙示録』では一番最初に出現した怪獣という設定になっていたり、ハーメルンの著名なゴジラ作品にもいくらか登場。
 またカマキラスの登場がGMKの没案だったのは有名ですが、GMKの監督を務めた金子修介監督は近年のイベントでも同様の発言をされています。
 初出の『ゴジラの息子』からして集団で登場したりクモンガに食い殺されたりとやられ役のイメージが強いので、「ゴジラ以外の怪獣や人間にやられても株が落ちない」というポジションが便利なのかもしれません。

 二つ名の「エンプーサ」は淫魔のことで、ギリシア語で雌カマキリの意味。
 これに因んで、今回のカマキラスは全員メスという設定があります。


・クモンガ
体長:45メートル
 足の高さ:25メートル
体重:9千トン
二つ名:アラクネ、毒グモ怪獣
必殺技:強縛デスクロスネット

 初出は『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』。
 他には『怪獣総進撃』『ゴジラ FINAL WARS』に登場、ライブフィルムで『オール怪獣大進撃』『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』にも登場します。
 カマキラス同様「巨大な毒蜘蛛」というわかりやすくて強そうなビジュアルが使いやすいのか、地味に再登場の多い怪獣だったりします。

 カマキラス、モスラ成虫と並んで操演怪獣の傑作として知られる怪獣の一体。
 ただの大きな蜘蛛と思いきや実は意外な強豪で、『ゴジラの息子』においては不意打ちとはいえゴジラの目を潰して追い詰めており、ゴジラとミニラの親子協力プレーでやっと倒せたほどの実力者です。
 『ファイナルウォーズ』だとブン投げられて終わりましたが、あれはあのときのゴジラが異常に強かったということで。

 ちなみにクモンガに対するツッコミで「蜘蛛は口から糸を吐かねえだろ」というのがありますが、「口から糸を吐く蜘蛛」は一応実在します。
 ユカタヤマシログモという蜘蛛で、この蜘蛛は口から粘液を吐きつけて獲物を捕まえる習性を持っています。
 ただし、ユカタヤマシログモの糸吐きはスパイダーマンのウェブシューターに似ており、クモンガのようなスプレー状の糸とはやはり印象が異なります。

 二つ名の「アラクネ」はギリシア神話の蜘蛛の怪物のこと。
 カマキラス同様、このクモンガも実はメスという設定。


・大ダコ
全長:30メートル
体重:1600トン
二つ名:クラーケン、海魔
必殺技:オーシャンデビルバインダー

 初出は『キングコング対ゴジラ』。その名のとおりデカいタコ。
 他にも『フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン』『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』にも登場。
 またハリウッドの『キングコング: 髑髏島の巨神』にて、彼のリメイク怪獣に当たるリバーデビルが登場しています。
 ゴジラ映画への出演は一本きりなものの、その後は何かとヒト型怪獣と縁がありますね。

 『キングコング対ゴジラ』での撮影に際し本物のタコが使われたという逸話で有名な怪獣です。
 ただし生のタコだけではなく模型も使われており、後作での再登場はこの模型を流用したものになります。

 実は、「初代ゴジラの初期案では大ダコの怪獣が検討されていた」という話があります。
 真偽はよくわからないものの、もし初代ゴジラが今のような怪獣ではなくタコの怪獣だったら、怪獣映画の歴史そのものが変わっていたでしょう。

 二つ名の「クラーケン」は北欧の神話に出てくる海の怪物のこと。


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55、Wonder Woman's Wrath

プロレスです。このBGMはゴジラじゃないけど名曲。


 メガヌロンの追撃から辛くも逃れ、隠れ家を脱したエミィと子供たち。

 

 幸運なことに、メガヌロンの体液を纏っているとカマキラスも寄ってこなかった。

 どうやらカマキラスよりもメガヌロンの方が強いらしい。

 あるいはカマキラスも人間狩りをするのに夢中で、メガヌロンなんかにかかずらわってる余裕はないのかもしれない。

 

(……まあ、どっちでもいいけどありがたい。臭いの効果が効いているうちに突っ切ってしまおう。)

 

 そうしてエミィは子供たちを引き連れ、メガヌロンとカマキラスに見つからないように、そして戦闘に巻き込まれぬように細心の注意を払いながら幾重にも遠回りして先へと進んだ。

 

 

 

 

 建物の外に出ると、既に日が暮れていた。

 ()は既に沈み、眩しい青空は暗い夜空へと塗り替えられて月明かりが差し始めている。

 ……時間をかけ過ぎた。愚図愚図してると夜になってしまう。

 エミィは周囲を見回した。

 

 数キロ四方の広場。

 あちこちに建物が建っていて、そして見通したフェンスの先には海が見えた。

 この広場を抜ければ、最初にエミィが連れてこられた埠頭だ。

 そして埠頭ならボートの一艘や二艘くらいあるに違いない。

 海上にはエビラの姿が見えたが、ZILLAとの取っ組み合いに夢中なのか人間たちには目もくれないようだった。

 

 

 空を見上げれば、昆虫怪獣の大群が上空を覆い尽くしている。

 

 メガヌロンが羽化した巨大肉食古代トンボ:メガニューラ。

 幼虫のメガヌロン以上に鋭利なハサミと、鉄板だって貫きそうなほど尖った尻尾の針。

 アンギラスと闘うのを諦めて逃げ出し始めた新生地球連合軍の兵士たち――LSOなのか真七星奉身軍なのかもはや区別はつかなかった――を頭上から急襲し、ひょいひょいと空中へ攫ってゆく。

 

 そしてメガニューラが取りこぼした獲物を、残忍な巨大肉食カマキリ:カマキラスが旋風のように切り刻んだ。

 まるで童話のカマイタチだ。風に乗って島中を駆け回り、鋭利な鎌で人間をスパスパ斬り殺してゆく。

 

 

 空の高いところでは、メガニューラたちを牛耳る超翔竜の王者:メガギラスと、先ほどエミィたちにも聞こえた雄叫びの主である火の悪魔:ラドンが、空中で格闘していた。

 体格で上回り膂力(りょりょく)で優るラドンと、機敏さに長け手数の多いメガギラス。

 くんずほぐれつで組み合い、火の粉と体液を撒き散らしながら、どちらも負けず劣らずの壮絶な殺し合いを繰り広げていた。

 

 ……幸いにも、メガヌロンの体液のおかげかメガニューラたちはこちらに見向きもしない。

 カマキラスも人間を殺すのに夢中で、メガニューラおよびメガヌロンの臭いがするエミィたちのことは相手にする気がないらしい。

 この広場を突っ切り、埠頭に停めてあるボートまで辿り着ければなんとか逃げられるかもしれない。

 

 

 

 

 

 しかし、この『広場を突っ切る』というのが実は至難の業なのだということを、エミィはまもなく思い知ることになる。

 

 

 

 

 

 建物を出ようとしたエミィの襟を、浅黒肌の少年がぐいと引き留めた。

 その次の瞬間、エミィの鼻先で、クルマが縦向きの高速回転をしながらブッ飛んできて、有り得ない角度で建物の壁にめり込んだ。

 

 『普通のクルマが、縦斜め四十五度の角度で壁に突き刺さる』

 そんな理解不能な異常事態に腰を抜かしかけたエミィだったが、続けて高鳴った雄叫びのファンファーレで、すぐにその原因が分かった。

 

 広場の駐車スペースで、身長60メートルの大怪獣が暴れ狂っていた。

 主役は暴龍、アンギラスだ。

 足元の戦車や建物を踏み躙ったり蹴り飛ばしたりしながら、渾身の力で大暴れしている。

 

 そんなアンギラスと戦っているのは、巨大なカマキラスとクモンガだった。

 ……ああ畜生、また怪獣が増えやがった。クモンガもきっとアンギラスやカマキラス同様にLSOに捕まっていたのだろう。

 そう思いながらエミィは、三大怪獣の暴れ狂う様を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カマキラスは俊敏に飛び回り、アンギラスの背中の上に取り憑くと、急所を掻っ切ろうと鎌を振り回した。

 だが、カマキラスの鎌は、アンギラスが纏っているクリスタルの鎧にはまるで刃が立たない。

 

 そんなカマキラスが鬱陶しいと言わんばかりに、アンギラスはカマキラスの鎌を口元へと手繰り寄せて食いつき、そして噛み砕いた。

 前肢を食い千切られた激痛でカマキラスは悲鳴を挙げ、アンギラスの背中から転げ落ちてしまった。

 

 

 カマキラスを振り落としたアンギラスに、顔面から巨大な投げ網が浴びせられた。

 毒グモ怪獣クモンガが発射した毒性の網、〈強縛デスクロス・ネット〉である。

 強力で粘着質な網で動きを封じ込め、浸透する麻痺毒でじわじわと蝕み、動けなくなったところで毒針でとどめを刺す。

 ……これで狩れなかった獲物はいない。

 クモンガは勝利を確信して笑うかのように牙を打ち鳴らした。

 

 

 だが、そんなクモンガの必勝戦術は、アンギラスには通用しなかった。

 アンギラスの体表で青白い火花が飛び散ったかと思うと、全身に浴びせたはずのデスクロス・ネットが一瞬にして炎上した。

 

 何が起こったのか理解出来ない様子のクモンガに、アンギラスの尻尾の一撃が直撃した。

 岩石よりも頑強な尾のハンマーが顔面へめり込み、クモンガは悲鳴と共に後退する。

 さらにアンギラスはそのまま尻尾を振り回し、クモンガの長い足を何本もまとめて叩き折ってしまった。

 

 こうしてクモンガとカマキラスをノックアウトしたアンギラスは、二体の怪獣を足蹴に踏み付けると、勝利の咆哮を上げた。

 

 そんな怪獣たちを御しようとLSOの兵士たちが銃を撃ちまくっているが、大した効果は得られないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな光景を眺めながら、エミィは思案した。

 眼前では、暴れるアンギラス、クモンガ、カマキラス。

 頭上では昆虫怪獣軍団の大群に、ラドンとメガギラスのデスマッチ。

 そして飛び交う無数の弾丸と砲弾。

 

 まさに怪獣大戦争だ。

 

 アンギラスたちが蹴っ飛ばしたクルマや建物の瓦礫は飛んでくるし、兵士たちが撃ちまくっている鉄砲の弾があちこちに飛び交っている。

 たしかにメガニューラやカマキラスたちはメガヌロンの臭いで誤魔化せるかもしれない。

 しかしこんな中を武器も持たない子供だけでふらふら歩いたりしたら、あっという間に叩き潰されるか、流れ弾で蜂の巣にされてしまうだろう。

 かといって機会を窺っている余裕もない。

 時間が経ってしまえば、なんとか海上に出られたとしても、エビラとZILLAのどっちかに捕まってしまう危険が高くなる。

 エビラとZILLAが戦いに夢中になっている今こそ、海へ脱出する最大のチャンスなのだ。

 

 広場の様子を改めて眺めてみる。

 数キロ四方の広場、地上で暴れ回っているアンギラスとクモンガ&カマキラス、空を飛び回るメガニューラ軍団。

 

 広場の真ん中に視線を移したとき、横転した戦車が目についた。

 おそらくアンギラスに蹴られたか、もしくは踏み潰されてしまったのだろう。

 戦車は引っ繰り返っていて完全なスクラップになっていたけれど、重たい車体が叩きつけられた拍子に、アスファルトで舗装された地面に大穴を空けていた。

 さらに周囲に目を向けてみるとアンギラスが尻尾か何かを叩きつけた跡だったり、弾き飛ばした砲弾が直撃した痕だったり、そんな塩梅で出来たと思われる穴があちこちに出来ていた。

 

 

 

 

 戦車、危険地帯、穴。

 エミィはひとつ、思いついたことがあった。

 

 

 

 

 ……ごちゃごちゃ悩んでいる時間が勿体ない。

 エミィは決断した。

 

(まずは自分からだッ!!)

 

 タイミングを見計らってエミィが駆け出し、まずは広場の真ん中で転がっている戦車のところまで走り抜けた。

 頭上のメガニューラとカマキラス、巨大なアンギラスの動き、そして吹っ飛んでくる瓦礫を全神経で警戒しながらの移動。

 真っ直ぐ走れば数十秒の距離、しかし今はとてつもなく遠く感じてしまう。

 

 そして戦車のところまでなんとか辿り着いたエミィは、その傍らの地面に空けられた大穴へその身体を滑り込ませた。

 それと同時に砲弾が風を切る音が頭上をかすめ、穴の中でエミィは耳を手で押さえ、目を固く瞑って身を縮こませた。

 飛んできた砲弾は頭上のすぐ傍で炸裂、穴の中にいたエミィは、殴られるような地鳴りと、雪崩のような泥と砂礫をたっぷり浴びせられる。

 エミィは、自分が爆死したかと思った。

 

 だが、エミィは無事だった。

 目を開けると、頭から足先まで泥と砂だらけになってしまっていたが、砲撃による負傷はまったく負っていない。

 

 やっぱりそうだ、とエミィは思った。

 この穴は、『塹壕』として使える。

 

 昔、リリセと一緒に観た映画――アマゾン族のスーパーヒロインが大昔の戦争で大活躍するという、リリセがお気に入りの映画だ――によく出てきた、『塹壕』というやつにそっくりだった。

 塹壕は、敵の攻撃から身を守るために兵隊たちが掘る穴だ。

 昔の戦争では、兵隊たちはこの塹壕を少しずつ掘り進み、敵の陣地へ攻め込んでいったらしい。

 

 それと同じ要領でやればいいのだ。

 この広場には、塹壕としてお誂え向きの穴ぼこがあちこちに開いている。

 しかも、穴の方を狙って攻撃してくる敵なんてものはいないし、既に開いている穴を使えばいいのだから、自分たちで穴を掘り進んでゆく必要すらない。

 穴から穴を伝って、少しずつ進んでゆけばいいだけだ。

 

 

 

 ……なんだ、ラクショーじゃないか!

 

 

 

 自分にそう言い聞かせながら、エミィは、穴から半身を乗り出して、子供たちの方へ手招きした。

 エミィの意図を汲んだ浅黒肌の少年は、エミィに合図を返し、子供たちを一人ずつ送り出し始める。

 全員を一斉に送り出したら危険だ。慎重に、だが迅速に。

 エミィと少年は互いに合図を飛ばし合い、巧みな連携で子供たちを一人ずつ塹壕まで導いてゆく。

 

 そうやって子供たち十人全員を無事、戦車の塹壕まで移動させることが出来た。

 あとは、殿(しんがり)を務める浅黒肌の少年を呼べばいいだけ。

 

「おうい、こっちだ! 急げ!!」

 

 エミィは塹壕から身を乗り出し、浅黒肌の少年を呼ぶ。

 浅黒肌の少年も建物から飛び出し、エミィの方へと駆け寄ってくる。

 

 

 

 

 

 まさにそのときだった。

 

 

 

 

 

 ぱぁん。

 銃声と共に、浅黒肌の少年が射抜かれたように足を止め、その場に倒れてしまった。

 

「どうした!?」

 

 塹壕から飛び出そうとしたエミィは、浅黒肌の少年の背後から現れた人物に驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嬉しいねぇ、おまえらとまた会えて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 LSOの少佐にしてエミィの宿敵。

 スヴェトラーナ=エヴゲノヴナ・モレクノヴァだ。

 

 全身ぼろぼろだったがしっかりとした足取りで立ち、右手のピストルからは硝煙が(くゆ)っている。

 ……あいつ、さっきカマキラスに殺されたんじゃなかったのか。

 信じがたい光景に愕然とするエミィは、モレクノヴァの左手になにかぶらさがっているのに気がついた。

 さっき大ダコが捻り潰したメガヌロンと、そのメガヌロンが食い千切ったカマキラスの頭だ。

 きっと、エミィがメガヌロンに襲われたときの様子を、モレクノヴァも見ていたのだろう。

 そしてモレクノヴァも気づいたのだ。

 こうやってメガヌロンやカマキラスの体液を纏っておけば襲われることはないと。

 

 ……バケモノかよコイツ。

 

 戦慄するエミィにモレクノヴァも気づき、銃を向けて(いびつ)に笑いかけた。

 あちこちの銃声と爆発音で耳が炸裂しそうだったが、遠くのモレクノヴァが何を言っているのか、不思議とわかった。

 

「おまえは後だ。長生きしたいだろ?」

 

 喉にナイフを突きつけられたかのような抜き身の殺意に、エミィは足が竦み上がってしまった。

 モレクノヴァは冷たくクスクス笑うと最優先の標的、つまり地面に倒れた浅黒肌の少年に向かって行った。

 

()ずはおまえからだ、汚いオスガキ。

 おまえだけは許さん」

 

 片手の生首を放り捨て、痛み止め、あるいはもっとヤバいクスリのたぐいだろうか、モレクノヴァは自身の首筋に使い捨ての注射器を打ち込んだ。

 モレクノヴァの瞳には、血に飢えたケダモノの眼光が喜々と輝いていた。

 

「逃がさないぞ、小僧……!」

 

 悪鬼そのものの形相を浮かべたモレクノヴァは、地面を這って逃げようとする浅黒肌の少年の顔面を蹴り上げた。

 さらに、起き上がろうとする浅黒肌の少年の腹部を蹴りつけて引っ繰り返し、血で染まった少年の銃創を踏みにじった。

 ……なんて汚い奴なんだ。後ろから撃った上に、その傷をいたぶるなんて。

 その様子を見ながらエミィは、知らず知らずの内に拳を固く握っていた。

 モレクノヴァは少年に言った。

 

「どうした。痛いか、オスガキめ。

 オトナをナメるとこういう目に遭うんだ。

 勉強になったじゃあないか、え?」

 

 苦悶に唸る少年の顔面を見下ろしながら、モレクノヴァはへらへらと嘲笑う。

 

「……わたしは、おまえみたいな生意気なオスが嫌いなんだ。死ね」

 

 そしてモレクノヴァが、少年の鼻先にピストルを突きつけたのを見た時だった。

 

 

 

 

 エミィの足が勝手に動いていた。

 

 

 

 

 飛んでくる流れ弾や瓦礫、作戦、モレクノヴァのピストル、そんなの知るもんか。

 塹壕からひとり飛び出したエミィは全力で駆け、そしてモレクノヴァに突進した。

 

 浅黒肌の少年を嬲り殺すのに熱中していたモレクノヴァは、エミィの突撃に気づくのが遅れた。

 エミィ渾身の捨て身タックルを受けたモレクノヴァは思い切り突き飛ばされ、エミィと一緒に地面に転がった。

 

「このっ、こんにゃろっ、このっ!!」

 

 エミィはマウントポジションで馬乗りになり、モレクノヴァをめちゃくちゃに殴りつけた。

 

「がっ、ぶっ、ごぶっ!?」

 

 モレクノヴァが呻いた。鼻面にエミィの拳が直撃し、鼻の骨を叩き折ったのだ。

 噴き出た鼻血を浴びながら、エミィは力一杯に殴り続けた。

 

「この、ナメるなよ、ガキが!!」

 

 モレクノヴァも一方的に殴りつけられてるだけではなかった。

 当然だ、体格も格闘術も上回るモレクノヴァの方が強いに決まっている。

 組み付いていたエミィの華奢な身体を振り落とし、モレクノヴァは立ち上がった。

 

 振り飛ばされたエミィは、モレクノヴァが落としたピストルを拾おうと手を伸ばしたが、寸でのところで先にモレクノヴァに拾われてしまった。

 先手を取られたエミィは浅黒肌の少年のところへ縋りつき、少年を庇うように覆い被さった。

 ピストルを拾い上げたモレクノヴァは鼻血を滴らせながら、エミィと少年を忌々しげに見下ろしている。

 

「……仲良しカップルってわけか。

 いいだろう、望みどおり一緒に殺してやる」

 

 そして鼻血を拭いながら、モレクノヴァはピストルを構えた。

 エミィもそんなモレクノヴァを睨み返した。

 

 ……目を逸らしたら負けだ、と思った。

 おまえなんかに負けてたまるか。

 おまえにだけは絶対に負けない。

 おまえみたいな、弱い者いじめをやめられない弱虫なんかには、絶対に!

 

 ピストルを向けているモレクノヴァに、エミィは一歩も引かなかった。

 

「……ふん」

 

 そんなエミィを、モレクノヴァは血みどろの鼻で笑った。

 そしてモレクノヴァがカチリ、とピストルの撃鉄を引き起こしたとき、

 

 

 

 

 べちゃっ。

 モレクノヴァの肩に、黒い塊が直撃した。

 

 

 

 

「なんだ……?」

 

 モレクノヴァが自分の肩にべっとりついた黒いものを手にとっていると、間髪入れず二発目が飛んできた。

 今度は石ころだ。

 石はモレクノヴァの側頭部に命中、額に巻いていた包帯が外れ、傷口から血が噴き出した。

 

「痛っ……!?」

 

 飛んできた方向へ振り向いたモレクノヴァに、無数の石つぶてや泥んこ玉の大群が襲い掛かった。

 

 

 他方エミィは、一体なにが起こったのかよくわからなかった。

 ……なんだ、今の。

 石ころの飛んできた方角に振り返ると、そこには子供たちの姿があった。

 塹壕から身を乗り出した子供たちは地面の石ころや泥塊を手に取り、モレクノヴァに向かって次々と投げつけていた。

 

「くっ、このっ、やめろっ、クソガキッ……!」

 

 雨霰(あめあられ)と飛んでくる石や泥に、モレクノヴァは腕で身を庇うことしか出来ない。

 このときエミィは一つの事実を理解した。

 ……かつては大人たちに怯え、逃げることすら尻込みしていた子供たち。

 そんな彼らが今や少年とエミィを護るために自ら立ち上がり、恐ろしい大人のモレクノヴァと戦おうとしてくれている。

 エミィと少年の勇気が、子供たちの心にも火をつけたのだ。

 ……わたしが立ち上がったのは無駄じゃなかったんだ。

 エミィはそう感じた。

 

 

「この、ガキがァアアアアアアアア!!」

 

 

 顔中を血だらけにしたモレクノヴァが大声で吠え、ピストルを塹壕に向けて撃った。

 乾いた発砲音と共に塹壕の泥が弾け飛び、怯んだ子供たちは塹壕の奥へと引っ込んでしまった。

 この隙を突いて、怒り狂ったモレクノヴァが塹壕の方へと向かってゆく。

 

「生意気なガキどもめ、まずはおまえらから殺してやるッ!!」

 

 ……マズい!

 エミィがモレクノヴァを阻止しようと飛び出した、まさにその時であった。

 

 

 

 

 

 

 モレクノヴァの体を、鋭い何かが刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

 バキバキと肋骨が砕ける音が響き、尖った鈎針(カギバリ)と共に、突き破られた胴体から血が噴き出した。

 

「なっ……!?」

 

 モレクノヴァの体を刺し貫いたのは、メガニューラの尻尾の針だった。

 エミィもモレクノヴァも、互いの戦いに夢中だったせいで、すぐ頭上にメガニューラが迫っていたことに気付かなかったのだ。

 

 そしてメガニューラの方も、モレクノヴァのことは人間だと見抜いたようだ。

 こんな往来の真ん中に突っ立っていて、しかも顔面流血状態で血の匂いをぷんぷん漂わせている人間など、メガニューラにとっては絶好の標的でしかない。

 

「この、離せっ、バケモノが!」

 

 クスリの影響によるものか、痛みに喘ぐこともなくモレクノヴァは暴れていたが、巨大な肉食トンボのメガニューラにとって人間の女一人なんて荷物でもなんでもないようだった。

 メガニューラは、モレクノヴァをハサミで掴まえると、そのまま上昇を始めた。

 ブーツを履いたモレクノヴァの足が地面を離れ、じたばたもがくモレクノヴァの身体は宙へと浮き上がる。

 

「よせ、やめろ! はなせ! はなせ!」

 

 振り解こうと身を捩るモレクノヴァに、他のメガニューラたちも気づいたようだった。

 二頭目、三頭目、四頭目、メガニューラたちが次々と集まってきて、死に物狂いで暴れるモレクノヴァを集団で羽交い締めにして空中へと持ち上げた。

 モレクノヴァが絶叫する。

 

「う、うわああああああああああ…………!!」

 

 そしてメガニューラたちは、捕まえたモレクノヴァをそのまま空高くへ(さら)っていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなモレクノヴァの破滅をエミィが茫然と見上げていると、つむじ風と共にメガニューラが一頭舞い降りてきた。

 

 メガニューラは浅黒肌の少年に覆いかぶさっていたエミィを突き飛ばすと、身動きできない少年を両手の鋏で捕まえた。

 少年は抵抗していたが、怪我を負った今の状態で振り解けるはずもなく、あっという間に鋏と六本肢で抱え込まれてしまった。

 そのときエミィは理解した。

 ……さっきのメガヌロンと同じだ。たまたま目の前に獲物がいたから捕まえただけ、メガニューラはわたしたちを助けてくれたわけじゃない。

 そしてそんなメガニューラが、弱った()()を見逃すはずがない。

 

 

 メガニューラは少年を攫うつもりなのだ。

 

 

「させるかよっ!!」

 

 エミィは咄嗟にメガニューラの尾を掴んだ。

 

 少年を攫おうとしたメガニューラは土壇場でバランスを崩し、上手く飛び立てなかった。

 エミィはメガニューラの尾針に刺されないよう注意しつつ、尻尾を掴んだまま両足で地面へ力いっぱい踏ん張った。

 ……浅黒肌の少年(こいつ)はわたしのことを何度も助けてくれた。命の恩人をこんな肉食トンボなんぞに喰われてたまるか。

 他方、人間の子供が自分の尻尾を捕まえていることに気づいたメガニューラが、より激しく翅をばたつかせる。

 途端、エミィの足がずるずると地面を滑り、やがて宙へと浮き上がり始める。

 

「わ、わわっ!?」

 

 エミィは腕に力を込め、全体重を掛けてメガニューラにぶら下がったが、無情にも少しずつ身体が浮き上がってゆくだけだった。

 このままだと一緒に餌にされるか、振り落とされてしまう。

 

 

 

 その時、塹壕から子供たちが飛び出してきた。

 

 

 

 子供たちは一斉にメガニューラの尻尾へと飛び掛かって、地面へと引きずり降ろした。

 突然百キロ以上の加重が掛かったことでバランスを崩し、ピギィと間の抜けた悲鳴を挙げながら思いきり地面に叩きつけられてしまうメガニューラ。

 地面に伏せたメガニューラを、子供たちは全員で羽交い締めにした。

 浅黒肌の少年を助けるため、エミィに倣ってメガニューラを飛び立たせないよう押し競饅頭のスクラムを組んでいた。

 ……そういえば日本のミツバチはこうやって、敵のスズメバチに寄ってたかって蒸し焼きにしてやっつけるんだよな。

 そんな蘊蓄がエミィの脳裏をよぎった。

 

 一方メガニューラの方は、苛立たしげに唸り声を挙げながら翅をばたつかせ、懸命に飛び立とうとしていた。

 しかし流石のメガニューラも、子供十人がかりに捕まってしまっては飛ぶことなど出来ない。

 

「絶対に離すな!」

 

 エミィの号令に子供たちは一致団結し、渾身の力でメガニューラにしがみついた。

 全身を締め上げられたメガニューラが悲鳴を挙げ、より一層激しくのたうち回った。

 ……こうなりゃ根比べだ。メガニューラが離すのが先か、こっちが振り落とされるのが先か。

 そんなことを考えながらしがみついていたエミィは、外の方から聞こえてくる別の羽音に気づいた。

 

 視線を向けると、別のメガニューラがこちらに向かってくるのが見えた。

 仲間がいるのはメガニューラも同じだ。兄弟のメガニューラが追い詰められているのを見かねて、助けに来たのだ。

 

 助太刀に現れたメガニューラは、子供たちのスクラムを引っぺがしに掛かった。

 しがみついていた子供たちを一人ずつ鋏で掴むと、力ずくで引き剥がしてゆく。

 子供たちは必死にしがみついていたが怪獣の腕力には到底かなわない。

 ……マズイ、このままだと少年を攫われてしまう。

 モモが一層腕に力を込めた、まさにその時。

 

 

 

 

 

 

 空が爆発した。

 

 

 

 

 



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56、ゴジラ復活す ~『キングコング対ゴジラ』より~

 エミィがモレクノヴァと戦っている最中、沖合ではZILLAとエビラが死闘を繰り広げていた。

 奉身軍のZILLAとLSOのエビラ。

 大怪獣同士の水上格闘戦である。

 

 

 エビラは右腕の大鋏を思いきり掲げ、そして猛烈な勢いで振り下ろす。

 長さ15メートルにも及ぶ大得物、クライシスシザースの一撃。

 海面を叩き割り、津波を巻き起こす。

 軍艦ですら唐竹割りにする弩級の破壊力、全力の一撃をまともに喰らえば流石のZILLAも真っ二つになるだろう。

 

 クライシスシザースの縦一閃をスレスレで躱したZILLAは、激しい水飛沫に紛れながら鋭い爪を繰り出す。

 狙うはエビラの顔面、顎を深く抉り取ってやるつもりだった。

 

 その爪撃をエビラは左腕の銛状の鋏で受け止めた。

 鋼鉄よりも硬い爪と鋏が正面衝突し、激しい火花を散らしながら雷鳴のような轟音を奏でる。

 

 爪の一撃を弾かれたZILLA、その顔面めがけてエビラのクライシスシザースのアッパーカットが叩き込まれた。

 下顎をしたたかに打ち飛ばされてふらつくZILLAに、エビラはすかさずクライシスシザースで追撃を加える。

 怪獣級のハンマーの一撃にも似た打撃のラッシュが、華奢なZILLAを殴打する。

 まさに重量級ボクサーの猛攻撃であった。

 

 とはいえ、ZILLAとて防戦一方ではない。

 エビラのペースの翻弄されているように見せかけて、ZILLAは冷静にエビラの攻撃パターンを分析していた。

 エビラのクライシスシザース。

 見かけは豪快だが、動きのパターンは振り上げるか振り下ろすか横に薙ぐか、とても単調だ。

 また高い破壊力を誇る一方で、大振りなために隙も大きい。

 

 ……見切ったッ!

 

 ZILLAは、エビラがクライシスシザースを振り下ろした際に生じた隙を突いた。

 顎を開き、息を大きく吸い込んでから吐いた息吹きに牙を打ち鳴らして着火。

 

 

 ZILLAのパワーブレスがエビラを襲った。

 

 

 調子に乗って前に出過ぎたエビラは、パワーブレスの直撃を顔面に受けてしまった。

 豪勢な火炎放射をもろに浴びせられ、殻を擦れ合わせるような悲鳴を挙げながらエビラは後退してゆく。

 

 満身創痍になりながら勝ち取った一本に、ZILLAは誇らしげに咆哮を挙げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ZILLAとエビラの戦いは、どちらかといえばエビラが優勢だった。

 

 本来ならばZILLAもエビラも負けず劣らずの強豪だ。

 だが、ZILLAの方は足元が海なために強みである脚力が活かしきれず、ZILLAが得意とする地中からの奇襲も海戦では使えない。

 他方、エビラにとって海はホームグラウンド。陸上では鈍重でも、海の上なら軽快に泳ぎ回ることが出来る。

 そして力比べでいえば、体格差もあってエビラの方が有利だ。

 総合的にみると、ZILLAの方がいくらか分が悪いように見える。

 

 そんなZILLAの苦戦を眺めながら、真七星奉身軍総司令:マン=ムウモは皮肉げに笑った。

 

「やはりマグロ喰ってるようなの(ツナイーター)はダメだな」

 

 そんなムウモに、傍らでゲマトロン演算結晶を撫でていたウェルーシファが言った。

 

「そう無下に言うものではありませんよ、ムウモ。

 『ダゴン』も充分働いてくれているではありませんか。

 彼女の献身がなくては、この決戦の成功は有り得ない」

 

 ダゴンと名づけられた、奉身軍のZILLA。

 ウェルーシファに(たしな)められたとおり、ZILLAは存分に役目を果たしてくれていた。

 (God)の名を冠していないとはいえ、曲がりなりにもあの強大な『キングオブモンスター』の眷族だ。

 ZILLAがエビラを存分に引き付けてくれているおかげで、こうして艦船が孫ノ手島に上陸するチャンスを得、そしてヴァバルーダも孫ノ手島に降り立つチャンスが出来た。

 

「……仰せの通り、失言でした」

 

 咳払いで取り繕うムウモに、艦のオペレータが報告する。

 

「本艦ヴァバルーダ、間もなく着艦します。

 司令官、聖女様、着艦のご用意を」

「ああ、わかった」

 

 マン=ムウモは、肩に羽織っていただけの軍服コートにきちんと袖を通し、軍帽を被り直した。

 ……性根の腐った侵略者どもめ、もうおまえらの好きにはさせんぞ。

 決戦に向けて(たかぶ)る心を抑え込み、戦装束に身を整える。

 

 

 その時、轟音が響き、ヴァバルーダ全体を強い衝撃が襲った。

 

 

 エクシフ由来のテクノロジーにより、どんな悪天候だろうと安定航行が可能なはずの飛行戦艦ヴァバルーダ。

 揺らぐはずのないヴァバルーダの艦体が今、ぐらりと傾いていた。

 

「今のはなんだ!?」

 

 ブリッジから転げ落ちそうになってコンソールに縋りついていたムウモに、オペレータが必死に答えた。

 

「ラドンとメガギラスです! 本艦上部に衝突しました!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いに組み合い、大空を舞いながら格闘戦を繰り広げていたラドンとメガギラス。

 まるで舞踏会でダンスを踊っているかのようだ。

 

 しかし社交ダンスと違うのは、互いに互いを殺そうとしていることである。

 かつて太古の昔に空の覇権を巡って争ってきた両雄は、悠久のときを越えて再び相見(あいまみ)え、この空の王者に相応しいのはどちらなのかを決める死闘を繰り広げていた。

 

 

 メガギラスをカギ爪で捕まえてその顔面を貫こうと嘴を繰り出すラドンと、そんなラドンの喉笛を掻き切ろうとハサミを振り回すメガギラス。

 掌中の獲物を焼き尽くしてやろうと灼熱の翼で燻ろうとするラドン。

 翅を小刻みに震わせ超音速の高周波を叩き返すメガギラス。

 ラドンが吼える、メガギラスが叫ぶ。

 種族の生存を賭けて殺し合う両雄は、周囲のものなどまるで眼中に入れていない。

 縺れ合いながら地表と岩山へ叩きつけ合い、飛び交う飛行艇を巻き添えにし、互いに満身創痍の状態になってもなお、闘争をやめられなかった。

 

 ラドンから一旦間合いを稼いだメガギラスは翼と尾針を構え、高周波で空気を加熱、超高温の空気弾を練り上げた。

 

 

 高周波爆熱球(メガソニックファイアボール)

 メガギラス渾身の奥の手だ。

 

 

 そこからさらに凝縮したファイアボールを、メガギラスはラドン目掛けて撃ち出した。

 直撃すれば、流石のラドンもノックダウンだ。

 メガギラスが繰り出した思わぬ攻撃に、ラドンは咄嗟に身を捩りスレスレで回避する。

 

 その一瞬の間隙を、メガギラスは見逃さなかった。

 

 ラドンがファイアボールに気を取られたところで急接近、メガギラスが尻尾の針を繰り出した。

 鋼鉄をも刺し貫く鋭い一撃が、ラドンの下腹部を穿つ。

 確かな手応えに、メガギラスはほくそ笑んだ。

 ……このまま体液を搾り取る、いや、いっそ(はらわた)を抉り出してくれよう。

 

 だが、ラドンは怯まなかった。

 メガギラスのくねる尻尾を口元へと手繰り寄せると、鋼鉄よりも硬い嘴で食らいつき、メガギラスを強靭な脚で蹴り飛ばした。

 堅い外殻が千切れる音と共に、メガギラスの尻尾は半ばのところでもげてしまった。

 

 切り落とされた尾から体液が噴き出し、メガギラスの悲鳴が一帯に響き渡る。

 

 そんなメガギラスをラドンは爪で掴み、たまたま傍を飛んでいた人間どもの飛行戦艦――奉身軍の旗艦、ヴァバルーダであった――に叩きつけた。

 尾を半ばで失いバランスを崩してフラフラのメガギラスを捕まえ、ラドンは、とどめの一撃を加えようと嘴を振り上げる。

 メガギラスは両手の鋏で衝撃に備えようとした。

 

 それは、そんな最中の一瞬、刹那の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から放たれた強烈な殺意が、ラドンとメガギラスの体を焼き貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本来のメガギラスなら易々と躱せていたはずだ。

 しかし数年以上もの長い月日を操り人形として過ごしたせいか、久方ぶりに取り戻したばかりの本能が鈍ってしまっていた。

 ラドンもそうだ。

 その気になれば回避できたはずの一撃だったが、眼前にいる宿敵との戦いに意識を囚われるあまり、反応が遅れた。

 ――な、なんだ?

 メガギラスは最初戸惑った。

 メガギラスを殺そうとしていたラドンは、既に事切れていた。

 そして自分の身体を見て、メガギラスは愕然とする。

 

 

 いつのまにか、胸部を丸く()()かれていた。

 

 

 痛みは遅れてやって来た。

 メガギラスの体を灼熱の痛みが焼き始め、全身から力というものが融け落ちてゆく。

 メガギラスは、自分自身が気づくよりも先に即死していた。

 

 自分自身の突然の死。

 受け入れがたいその事実を駄目押しするかのように、二発目の衝撃がメガギラスの胴体を撃ち抜いた。

 核爆弾級の高温で、メガギラスの全身が一気に燃え上がった。

 

 いったい、なにが、おこった?

 メガギラスは何もわからないまま、火の玉となって墜ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 墜ちつつあるエクシフ飛行戦艦、ヴァバルーダは猛火に巻かれていた。

 

 ラドンとメガギラスの攻撃ではないことはわかっている。

 この破壊力にして即効性、間違いなく“ヤツ”の放射熱線だった。

 ということはつまり、この空中戦艦はまもなく消し飛ぶ。

 

 ウェルーシファの姿が見えなかったが、その生存を、マン=ムウモは魂で感じることができていた。

 墜落する直前、艦載機ゲルデックスが一機離脱していた。

 ウェルーシファはおそらくあれで脱出したのだろう。

 

 あの御方は無事脱出できた。ムウモはそれだけで満足だった。

 他の側近たちも想いは皆同じだ。あの御方が、御存命ならばそれでいい。

 

 ムウモは膝を折り、懺悔を始めた。

 これまで多くの罪悪を重ねてきたが、せめて最期だけでも誇り高く、毅然とありたかった。

 

 ……献身の行く果てに座する、エクシフの神よ。

 我が聖女の捧げる献身の行く末に、栄えある光があらんことを。

 

 祈り続けるムウモとエクシフ信者たちを、劫火が包み込んだ。

 

 

 ……利用価値がなくなったので土壇場で切り捨てられた、なんてことは誰も思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の炸裂音に驚いたメガニューラたちは、空中で捕まえていたモレクノヴァを空中で離してしまった。

 

 地表数十メートルの高さからいきなり放り出されるモレクノヴァ。

 落下したのは浅瀬だった。

 着水の衝撃で骨が何本か折れたが、クスリのおかげで痛みは感じなかった。

 

 モレクノヴァは、メガニューラに大量の体液を吸い取られて、地面に転がったまま指一本動かすこともできないミイラ同然の状態でありながら、それでも辛うじて生きていた。

 それでいて、クスリの影響で意識だけははっきりしていた。

 浅瀬を大の字で転がったまま、ぼやけた視界で空を見た。

 

 

 

 ――空が燃えている。

 

 

 

 モレクノヴァは、乾涸びた意識で、燃え盛る空中戦艦ヴァバルーダの残骸が頭上から墜ちてくるのを認識した。

 このままだと潰されてしまうだろう。

 しかし、身体はまったく動かなかった。

 意識はこんなにはっきりしているのに。

 

「だれか、たす、け……」

 

 枯れ果てた声でモレクノヴァは必死に叫んだが、誰も聞き入れてはくれなかった。

 ……自分が慰み者の玩具にしてきた子供たちもこんな気分だったのだろうか。

 そんな考えが一瞬だけ脳裏をよぎる。

 

 

 だが、いまさら反省したってもう遅い。

 スヴェトラーナ=エブゲノブナ・モレクノヴァは自分が犯してきた罪を心の底から後悔しながら、空から降ってきた巨大な炎に圧し潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の出来事だった。

 

 

 いきなり青白い光がフラッシュしたと思ったら、ラドンとメガギラスと空中戦艦が同時に爆発した?

 突然の出来事に、孫ノ手島にいる者すべてがその場で固まっていた。

 エミィも、子供たちも、新生地球連合軍の兵士たちも、そして怪獣さえも。

 浅黒肌の少年を攫おうとしていたメガニューラまでもが、驚いた拍子に少年を放り落してしまっていた。

 

 一体、今、なにが起こったんだ。

 

 エミィたちは、青白い光の直線が放たれた根元、海の方へと視線を向けた。

 アンギラス、エビラ、ZILLA、カマキラス、メガニューラたち。

 好き放題に暴れ回っていた怪獣たちも、一斉にその方角を見た。

 

 

 どーん……どーん……どーん……

 

 

 大地を揺らす轟音が聞こえてくる。

 高温で沸き立つ海面が盛り上がり、水面下に身を潜めていた『そいつ』が立ち上がる。

 

 

 エミィ=アシモフ・タチバナは、『そいつ』の姿を生まれて初めて直接目にした。

 生きた災厄、破壊神、そして水爆大怪獣。

 『そいつ』は様々な異名で呼ばれていた。

 エミィも、その存在の特徴は聞かされていたし、二十年以上前に撮られたという古い写真も何枚か見たことがあった。

 大人たちに聞けば、その存在がどれだけ恐ろしいか、どんな言葉を尽くしても足りないほどの剣幕で教えてくれた。

 

 

 

 

 けれど、エミィがその目で拝んだ実物は、そんな伝聞のイメージなど軽くブッ飛ばしてしまうほどの超弩級の存在感だった。

 

 

 

 

 世界中のあらゆる絵具をぶち込んで、怨念の触媒(メディウム)で混ぜ合わせて作り出した、どすぐろい黒の体色。

 

 茨の葉にも似た、鋭いギザギザが獰猛に光る、三列の背鰭。

 

 太く逞しい筋肉の塊で編み上げられた、大樹のような四肢。

 

 それ自体が別の生き物であるかのようにのたうつ、胴体よりも長い尻尾。

 

 憎悪が(みなぎ)った、凶悪な顔つき。

 こいつには喜びも哀しみも楽しみもない。

 きっと怒りだけがエネルギー源なのだろう。

 

 

 ……どーん、どーん、どーん。

 

 

 身長50メートル、体重1万トン。

 山よりも大きな巨体が動くたびに、大砲が炸裂するよりも重たい足音が一帯に響き渡る。

 

 

 

 

 『そいつ』が牙の生え揃った口を開いた次の瞬間、エミィは自分のいる世界が破裂したのかと思った。

 

 

 

 

 大音声(だいおんじょう)が、世界を揺るがす。

 大きな鐘に落雷の爆音をブチ込んだような、空間丸ごと魂を揺さぶるような、遠い沖合から聞こえているとは思えない大迫力の咆哮だ。

 ……つまりは、ただ吠えただけ。

 しかし、それだけでも、『そいつ』がどれだけ強大であるか骨の髄までビリビリ伝わってきた。

 

 禍々しくも雄大な『そいつ』を見ながら、エミィは思った。

 

 

 

 

 ……最悪だ。

 

 

 

 

 考えられる限りで、最悪の事態が起こってしまった。

 いや、最悪なんて言葉では全然言い表せない、最悪の中の最悪だ。

 まさか、あいつがやってくるなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そいつの名前は怪獣王(キングオブモンスター)〈ゴジラ〉。

 久方ぶりに人前へ現れた目的はただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつまで経ってもくだらない争いをやめられない愚か者どもを、皆殺しにやってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場怪獣紹介その6「ラドン」

・ラドン
身長:50メートル
翼長:120メートル
体重:1万5千トン
二つ名:イフリート、空の大怪獣、火の悪魔
主な技:超音速衝撃粉砕波(ソニックブーム)噴煙毒吐息(ボルケーノブレス)

 初出は『空の大怪獣ラドン』。
 ゴジラ映画には『三大怪獣地球最大の決戦』以降の昭和シリーズや、平成では『VSメカゴジラ』『ゴジラ FINAL WARS』に登場。
 また直近では『ゴジラ キングオブモンスターズ』で活躍していますね。

 「翼竜が変異した怪獣」という設定ではあるものの、翼竜ほど華奢ではなく、どちらかというと巨大な猛禽のようなイメージがあります。
 ゴジラ、モスラと並ぶ東宝三大怪獣の一角を担うスター怪獣であったものの、『怪獣総進撃』以降はゴジラの相棒ポジションはアンギラスに、ライバルポジションはキングギドラに譲り渡すこととなり、以降はチョイ役のバイプレーヤーに甘んじてきた不遇の怪獣でした。
 しかし『ゴジラ キングオブモンスターズ(以下KOM)』においてはそれまでにないラドン像を打ち立てて見事銀幕にカムバック、新たなファン層を獲得。誰だゴマすりクソバードって言ったの
 二番手という扱いが多いものの昔から人気のある怪獣で、KOMの監督を務めたマイケル=ドハティ監督もお気に入りなんだとか。

 映像作品での登場は減っていたものの、ラドンの鳴き声は他の怪獣で流用されることが多く、平成以降のキングギドラやバトラ、ウルトラ怪獣であればアントラーなどが印象的。
 また一般的なラドンの声だけでなく、『空の大怪獣ラドン』で登場した唸り声の一部も合成加工されて流用されており、こちらはバランや昭和バラゴン、メガロ、ペギラやパゴスなどに流用されています。

 名前は、イスラム教の堕天使イフリートから。
 イフリートは各種フィクションで「火の悪魔」と扱われることが多く、ラドンがKOMで「火の悪魔」と呼ばれていたことに因むネーミング。

 当初は登場予定がなく、第二章の序盤があまりに退屈だったのでテコ入れで登場。
 「メカゴジラとも縁があるし、アンギラスと対決させるに相応しい相手なら…」というところからご登板願いました。
 急遽の登板ではありましたが「優れたキャラクターは物語を良くしてくれる」という当たり前ながら大切なことを思い出させてくれた、とても思い入れ深い怪獣でもあります。





一区切りついたのでちょっと休暇を取ります。
第四章は9/18に再開予定。ゴジラがめちゃんこ暴れまくるよ!



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第四章:キングオブモンスターの凱旋
57、怒り狂うゴジラ ~『ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃』より~


9/18まで休むつもりだったんですが、予定を早めて再開。


 キングオブモンスター:ゴジラ、出現。

 

 突然の出来事に動転してしまったエミィだったが、すぐに我に返った。

 自分たちを襲っていたメガニューラは、いつの間にか何処かへ逃げてしまっていた。

 すぐさま、地面に倒れたままの浅黒肌の少年の様子を診る。

 

 浅黒肌の少年が撃たれたのは左肩だった。

 肩の傷口からは鮮血がドクドク溢れている。

 止まりそうにない。

 

 応急処置が必要だ。

 

 まずエミィは自分の服の袖を噛み千切って止血帯にし、さらに頭から(ほど)いたリボンできつく縛って、少年の傷口を押さえさせた。

 桃色のリボンが、真っ赤な血に染まってゆく。

 焼け石に水かもしれないが無いよりはマシだ。

 

「歩けるか?」

 

 エミィの問いかけに、少年は精一杯の笑顔で力なく頷いた。

 不幸中の幸いというやつで、意識ははっきりしている。だが、額には脂汗が浮いていて顔色は青白い。見るからに辛そうだ。

 よいしょっ、と気合を込め、エミィは浅黒肌の少年の肩を担ごうとした。

 

「ぐっ……!」

 

 重い。

 小柄なエミィの体躯では、浅黒肌の少年に肩を貸しながら歩くのは難しい。

 ……やっぱりリリセの言うとおりだ。いざというときは体力勝負、こんなことになるならもっと鍛えておけば良かった。

 そんな後悔と共に歯を食い縛って少年を引きずってゆこうとしたとき、エミィは少年がこちらを見ているのに気がついた。

 少年の瞳はこんなことを訴えていた。

 

 ――ぼくのことなんかいい、だから……

 

「『置いて逃げろ』って?

 バカ、そんなわけにいかないだろ」

 

 弱気になった少年を、エミィは一喝した。

 ……これまで散々助けてもらった。だから今度はわたしが助ける番だ。

 そんなエミィを見かねてか、子供たちが肩を貸してくれた。

 

 手負いの少年を庇うように、エミィと子供たちは島の片隅を歩いてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沖合いに現れたゴジラを、ZILLAとエビラが睨みつけた。

 主人を乗せたヴァバルーダを撃墜されたZILLAは、ゴジラに向けて怒りの雄叫びを挙げた。

 ZILLAとの対決を邪魔されたのがいたく気に入らないらしいエビラも、ギーッ、とひっかくような威嚇音を挙げた。

 

 先に仕掛けたのはZILLAだった。

 ZILLAは一旦水中に身を沈めるとドルフィンキックで海面から飛び上がり、怒りの勢いそのままにゴジラに掴みかかる。

 ZILLAに続けて、エビラが突進した。

 両手の鋏をがちがちと打ち鳴らしながら、赤い巨体のエビラが黒いゴジラに伸し掛かるように飛びついた。

 

 二大怪獣の同時攻撃、ゴジラは真正面から受け止めた。

 衝撃で海が波立ち、大地が揺れる。ゴジラ、エビラ、ZILLAの三大怪獣は海中へと沈んでゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミィと子供たちは、担ぎ上げた少年に「あともう少しだ、頑張れ」と声をかける。

 少年も息を荒げながら、懸命に歩いてゆこうとする。

 

 エミィたちが子供たちと共に広場の隅へと移動する間、メガニューラやカマキラスたちは何も手出しをしてこなかった。

 メガニューラたちはメガギラスという司令塔がいなくなったことで、何をどうしたらいいかわからなくなっているようだ。

 カマキラスも同じだ。四方八方を飛び回ってばかりで人間狩りどころではない。

 両者とも完全なパニック状態だ。

 だからエミィたちは、カマキラスやメガニューラたちに襲われることなく安全に戦場の隅へと逃げることが出来た。

 

 その最中、エミィは沖の戦いを横目で見た。

 ゴジラとエビラとZILLAによる三つ巴の戦い。

 海中での激闘がどのような経過を経ているのか、陸上にいるエミィたちからは煮え立った鍋のように沸き立つ海面しか見ることができない。

 

 しかし結果がどうなったのかは、まもなくわかった。

 

 

 先に海中から現れたのはゴジラとZILLAだった。

 

 

 現れた、というのは語弊がある。

 ゴジラは、ZILLAの首根っこを捕まえていた。

 水中のZILLAを海上へ引きずり出したのだ。

 ゴジラが握り締めているのはZILLAの首輪だ。

 ZILLAの首輪。こんな掴みやすい急所を、百戦錬磨の猛者であるゴジラが見落とすはずがない。

 首輪を掴まれて気道を絞められたZILLAは爪を立ててゴジラの手を引き剥がそうとしているが、常識外れのゴジラの握力を前に為す術もない。

 

 ゴジラは背負い投げの要領でZILLAを片手でぶん投げた。

 片手で放り投げられたZILLAの巨体が飛んで行き、そして孫ノ手島の岩山へと墜落。

 岩雪崩とともに山を突き崩し、生き埋めになってしまうZILLA。

 もともとそれほど体格に恵まれていないZILLAはこれだけでノックアウトされてしまった。

 

 続いて、姿を現したのはエビラだ。

 その姿を見て、エミィはアッと声を挙げた。

 

 

 ――ハサミが、()()!?

 

 

 エビラ自慢のクライシスシザースが、左右両方ともなくなっていた。

 ゴジラに引っこ抜かれたのだ。

 真七星奉身軍相手にはやりたい放題だったエビラだが、ゴジラが相手だと話は違うようだった。

 格の違いを思い知らされたエビラは、慌てて沖合へと逃げ出そうとする。

 

 しかし、戦いの最中に背を向けるようなマヌケを、ゴジラが逃してやるはずもなかった。

 ゴジラの剛腕がサソリにも似たエビラの尻尾を引っ掴み、天突き体操のように担ぎ上げた。

 ヘビー級のエビラの体が軽々と宙を舞い、仰向けの状態で海面へと叩きつけられる。

 そして引っ繰り返ったエビラにゴジラの巨体がボディプレスで飛びかかる。

 ギーッ、と殻の擦れるようなエビラの悲鳴が響き、ゴジラとエビラはそのまま縺れ合うように海の中へと沈んでいった。

 どかーん……どごーん……。

 しばらくのあいだは強烈な地鳴りが海中から届き、海面が嵐のように波打っていたが、やがて収まった。

 

 そして、海上から赤い塊がばらばらと孫ノ手島へと目掛けて飛んできて、浅瀬にばらまかれた。

 ハサミ。

 肢。

 尻尾。

 そして頭と胴体。

 

 

 ばらまかれた赤い塊の正体はエビラだ。

 

 

 頑丈な殻は潰れて目玉が飛び出し、肢も尻尾もぼろぼろに千切れていた。

 波に任せてだらしなく漂うその姿には、かつての海の大怪獣らしい覇気も生気もまったく感じられない。

 バラバラの肉片。エビラは完全に死んでいた。

 

 エビラの死骸が海岸に投げ飛ばされたあと、投げた張本人のゴジラが水飛沫をまき散らしながら姿を現した。

 牙の生え揃った口からはエビラの尻尾の切れ端がぶらさがっており、それをゴジラはぺっと吐き捨てた。

 

 ……なんて恐ろしい殺し方をするのだろう、とエミィは思った。

 ゴジラは海中でエビラを捕まえて力任せにぶちのめしたうえに、茹でた海老を剥くように生きたままバラバラに分解してしまったのだ。

 むしろ食べられる海老の方がまだ幸福かもしれない。少なくともバラバラにされる時点では死んでいるのだから。

 

 そんな無惨なエビラの死に様を見ていたエミィは頭上からの羽音に気が付き、空を見上げた。

 

 

 

 

 羽音の主はメガニューラとカマキラスだった。

 それも数え切れない、空を覆い尽くしてしまうほどの大軍団だ。

 

 

 

 

 先程は出鱈目に飛び回ることしか出来ていなかったメガニューラとカマキラスたち。

 ようやく態勢を立て直し、足並みをそろえて、ひとつの方角へ進軍してゆく。

 

 昆虫軍団が次に標的としたのは、沖合から接近しつつあるゴジラだ。

 獲物の生命エネルギーを吸い取るメガニューラからすれば、無尽蔵のエネルギーを滾らせたゴジラは御馳走に見えるのだろう。

 あるいは親玉のメガギラスを殺された敵討ち、というのもあるのかもしれない。

 カマキラスも同じだ。

 先程までは熾烈に獲物を奪い合うライバルだったが、ゴジラという共通の敵を前にいがみ合うのをやめ、今はメガニューラたちと手を組むことにしたらしい。

 ……人間たちもこんな風に一致団結すればよかったのに、とエミィは思った。

 

 メガニューラ&カマキラス連合軍。

 迫りくる昆虫怪獣の大軍勢を鋭い目つきで見上げているゴジラ。

 その背鰭から、青白い火花が溢れ出た。

 黒雲の中で雷鳴が轟いているような、バチバチゴロゴロと空気の弾け飛ぶ音が響き渡る。

 

 

 

 

 

 ゴジラの鼻先で弾ける閃光。

 青白い線条光が空間を叩き割り、空をフルスイングで薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 続いて爆音。

 エミィは、雷が落ちたのかと思った。

 だけど頭上の空は相変わらず雲ひとつない。

 何が起こったんだ???

 

 ぐしゃっ。

 

 わけもわからないうちに聞こえてきた音にエミィは振り返った。

 それはゴジラに襲い掛かろうと頭上を舞っていた、メガニューラたちの一頭だった。

 大空を自由自在に飛べるはずのメガニューラが黒焦げとなり、停めてあった軍用車の上に墜ちてきていた。

 

 青い線条光が、夜空をふたたび斬り裂く。

 

 子供のひとりに袖を引かれたエミィは、改めてゴジラの方を見た。

 ゴジラの背鰭からバチバチゴロゴロという炸裂音が鳴ったかと思うと、ゴジラの鼻先より青いビームが発射され、月が昇りつつある夜空を真っ二つに斬った。

 天をつらぬく青い雷霆(いかづち)

 全てを焼き尽くす絶対最強の火槍。

 

 

 あれはゴジラの必殺技、〈放射熱線〉だ。

 

 

 先ほどメガギラスとラドンをまとめて葬った、ゴジラ必殺の放射熱線。

 あれで、メガニューラとカマキラスが百匹ほどまとめて瞬殺されたのだ。

 ……かつてリリセが教えてくれたのだが、ゴジラはこの放射熱線で地球に接近してきた小惑星を撃ち落としたことがあるらしい。

 まったく桁違いのパワーとしか言い様がない。

 メガニューラやカマキラスごときムシケラなど、ひとたまりもないだろう。

 

 ゴジラが放射熱線を放つたびに撃墜されるメガニューラとカマキラスたち。

 仲間たちが次々と焼き尽くされていっているのに、それでもメガニューラとカマキラスたちはゴジラへの特攻をやめようとしなかった。

 習性に逆らえない昆虫としてのサガか、それとも殺された仲間の復讐心か。

 最初から勝ち目のない戦いだとわかっているだろうに、昆虫怪獣たちはそれでも止まれない。

 まさに飛んで火に入る夏の虫、ゴジラが放つ破滅の劫火へ自ら飛び込んでゆくしかない。

 昆虫怪獣たちで覆い尽くされていたはずの空が、ゴジラの放射熱線で塗り替えるかのように綺麗さっぱり掃除されてゆく。

 

 

 

 

  ……やばい、とエミィは思った。

 

 

 

 

 ゴジラの放射熱線を浴びた昆虫怪獣たちは即席のバーベキューとなる。

 

 ……やばいやばい。

 

 燃える肉片が雨のように降り注ぎ、周囲が焦げくさい悪臭で満たされてゆく。

 

 ……やばいやばいやばい。

 

 そして火の玉となった死骸から炎が燃え移り、地上から火の手が上がる。

 

 ……やばいやばいやばいやばい!!!!

 

 エミィは即断した。

 

 

 

 

 

 

「みんな、逃げろ!

 怪獣たちが落ちてくる、潰されるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 エミィの迅速な号令を受け、子供たちは満足に動けない浅黒肌の少年を担ぎ上げたまま壊れた戦車の物影へと逃げ込んだ。

 新生地球連合軍の兵士たちも同じ判断に至り、慌てた様子で屋内へと逃げ込んでゆく。

 

 ゴジラは、島の地面を駆けずり回っている人間のことなんかまるで気に留めない。

 雲霞(うんか)のようにしつこく(たか)ってくるメガニューラとカマキラスを一匹残らず始末しようと、放射熱線をひたすら撃ちまくっている。

 ゴジラの青白い線条のビームが空を何度も何度も駆け抜け、そのたびに撃墜されたメガニューラとカマキラスの死骸が炎の雨になって降り注いできた。

 放射熱線を乱射するゴジラ。空の羽音はどんどん減ってゆき、そしてついにはゼロになった。

 

 ……ゴジラの放射熱線乱れ撃ちが静まった頃、エミィは潰れた戦車の陰から恐る恐る顔を乗り出して外の様子を窺った。

 

 

 外は一面、焦熱地獄と化していた。

 

 

 燃える肉片が足の踏み場もないほど散らばっていて、さらに炎が建物へと燃え移ってどこもかしこも火事になっていた。

 刺激臭をともなう有毒の黒煙が立ち込め、逃げ遅れた兵士たちは炎の雨を浴び、火達磨で絶叫しながらのたうち回っている。

 ……まさに灼熱の地獄だ。

 直視に堪えない地獄風景に、エミィは思わず顔を背けた。

 

 

 

 そして顔を背けた先でエミィは、埠頭に停めてあったボートがなくなっていることにようやく気が付いた。

 

 

 

 Legitimate Steel Orderはメガギラスとエビラが(たお)されたことで、また真七星奉身軍も切り札のZILLAが蹴散らされたことで戦意を挫かれ、ゴジラの猛威を前に我先に逃げ出し始めていた。

 

 ……しまった、先を越された!

 エミィは(ほぞ)を噛む。

 ボートも軍艦も飛行艇も、島からの脱出に使えそうなものはみんな海上に出て行ってしまった。

 兵士たちを溢れんばかりに詰め込み、ノロノロ出港してゆくフネたち。

 

 

 

 

 

 

 だが、そんな愚かな人間どもを、怒り狂うゴジラは決して許さなかった。

 

 

 

 

 

 

 ゴジラの背鰭が青く光ったかと思うと、昆虫怪獣を一掃するのに使った放射熱線を今度は海面に向けて掃射した。

 青い閃光が海面すれすれを舐め回して海上のフネたちを薙ぎ払い、放射熱線を浴びたフネたちは次々と弾け飛んだ。

 オレンジ色の盛大な爆炎が、暗く碧い海を明るく塗り変えてゆく。

 

 大爆発が収まったあと、ゴジラの周囲は文字通りの火の海へと変わっていた。

 立派な軍艦も、小さなボートも、離水しようとしていた飛行艇さえも、ゴジラの眼前にあったフネと名前の付くものはひとつ残らず焼き尽くされてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで孫ノ手島の人間たちに、ゴジラの猛威から逃れる術はなくなった。

 

 




登場怪獣紹介その7「エビラ」

・エビラ
体長:70メートル
ハサミの長さ:15メートル(右)、13メートル(左)
体重:2万2千トン
二つ名:レヴィアタン、深海の恐怖、大海老怪獣
主な技:クライシスシザース、レヴィアタンカノン

 初出は『南海の大決闘』、他にも『オール怪獣大進撃』『ゴジラ FINAL WARS』にも登場。

 またの名を大エビ怪獣。ゴジラ、モスラ、キングギドラに続く、「とりあえず『~ラ』ってつけとけば怪獣っぽくなる」というネーミングの代表例の一つ。
 ちなみに「カニラ」は『GODZILLA ゴジラ(2014年版、以下ギャレゴジ)』の中の小道具として名前のみ登場しますが、ゴジラ怪獣の中には未だ登場していません。
 東宝特撮でもカニの怪獣自体は存在していますが、こちらはカニラではなく「ガニメ」という怪獣になります。

 実はこのエビラ、ゴジラの対戦相手として誕生した怪獣の中ではアンギラス、キングギドラに続く古参だったりします。
 モスラとラドンは元々ピン映画の主役ですし、キングコングは余所からやって来たお客様なので厳密なゴジラ対戦怪獣ではないのです。

 しかし「巨大なエビ」という見た目が地味だからかマイナーな部類に入り、『怪獣総進撃』で登場が検討されたもののボツに、『ゴジラアイランド』には登場せず、『ファイナルウォーズ』でもミュータント部隊に倒されかけるなど扱いもわりと不遇なことが多かったり。
 再登場が少ないのは、着ぐるみの構造的に下半身を映しにくいのが理由かなと思います。メガギラスの着ぐるみがあるんだから、エビラももっと出番があっていいと思うんですけどね。

 名前の由来は海の怪物レヴィアタン(リヴァイアサン)から。
 海の怪物クラーケン、強欲の悪魔マムモンなどから二転三転した末に、エビラと語感が似てるレヴィアタンにしましたが、今思うとこいつこそクラーケンでも良かったかも。

 個人的に好きな怪獣の一体。だからあんまり活躍しない割にこんなに長いのです(笑)
 見せ場、もっと増やしてやりたかったなあ。


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58、秒殺!

 どーん、どーん、どーん。

 

 まずラドンとメガギラス、続いてエビラ、カマキラス、そしてメガニューラ。

 立ちはだかる邪魔者共を始末したゴジラは悠々と孫ノ手島に上陸した。

 

 どーん、どーん、どーん。

 一歩一歩、ゴジラが近づくたびに、その衝撃と恐怖から人間たちはフライパンで炒られた豆みたいに跳ね回っていた。

 桟橋を蹴り飛ばし、コンクリートの舗装を踏み抜き、始末した怪獣たちの死骸を足蹴にしながら、大怪獣ゴジラは四本指の巨大な足跡を孫ノ手島の大地に刻み込んでゆく。

 

 

 ゴジラの行く手には奉身軍最後の生き残り、ZILLAが待ち構えていた。

 

 

 ZILLAは怒りに燃えていた。

 地鳴りよりも低い唸り声。

 牙を剥いた表情。

 自分の主人である真七星奉身軍を皆殺しにされた恨み。

 ZILLAは、ゴジラに復讐するつもりだった。

 ZILLAの咆哮が轟く。

 他方、ゴジラも吼え返す。

 ゴジラとZILLAの対決だ。

 

 ZILLAは深々と息を吸い込み、ゴジラの顔面に火を吐きかけた。

 ZILLAの火炎放射、パワーブレスだ。

 唸り声を挙げながら後退するゴジラ。

 何しろ核ミサイルも効かないゴジラである。火炎放射ぐらいではさほどダメージを受けてはいないはずだ。

 しかしいきなり炎を浴びせられれば流石のゴジラでも驚く。

 

 ゴジラが怯んだ隙を突き、ZILLAは大地を蹴って高く飛び上がった。

 ZILLAのジャンピングキックがゴジラに直撃。万トン級の体重を込めた渾身の飛び蹴りにゴジラも一歩たじろいだ。

 そしてZILLAはゴジラに連続攻撃を加えた。

 引っ掻き、噛みつき、そして蹴り。ZILLAはハーケンよりも鋭い爪でゴジラの目玉を抉り出そうとし、ギロチンよりも強力な顎で喉笛を食い千切ろうとする。

 ZILLAによる猛攻撃に対し、ゴジラは防戦一方だった。

 

 しかし、そうやって攻め立てられる最中でもゴジラは勝機を見失ってはいなかった。

 ZILLAの猛攻の隙間を掻い潜ったゴジラは、プロボクサーのように素早く腕を繰り出してZILLAの首輪を鷲掴みにした。

 ……ここでも仇になったのは首輪だった。

 首輪がなければZILLAだって、勝てることはないにせよもっと善戦できたかもしれない。

 少なくともパワーブレスを使って一矢報いることくらいは出来ただろう。

 

 ゴジラは、ZILLAを高々と吊し上げた。

 ZILLAは喉を絞められて絶息しながら、なおも攻撃をやめようとしない。

 蹴爪でゴジラの顔面を引っ掻き、尻尾のビンタを叩き込み、ZILLAは懸命に抵抗し続けた。

 そんなZILLAを睨みつけながら、ゴジラは鼻を引くつかせて背鰭をバチバチと光らせる。

 

 

 

 

 ゴジラに掴み上げられたZILLAが最後に知覚したのは、青白い強烈な光。

 

 

 

 

 ゴジラの放射熱線が頭上へと発射、その射線上にあったZILLAの顔面を撃ち抜く。

 ZILLAの頭が爆裂し、閃光と共に脳味噌をぶちまけた。

 ZILLAの首なし死体がひくひくと痙攣しながら、ゴジラの手元からずるりと滑り落ちる。

 

 

 

 

 これぞまさに、秒殺。

 ZILLAは痛みすら感じなかっただろう。

 

 

 

 

 ZILLAが奮闘している隙に、新生地球連合軍は態勢をなんとか立て直していた。

 もはやLSOも奉身軍も関係ない、ゴジラを前に一群となっていた。

 

 怪獣軍団に踏みにじられた中で使えそうな軍備をかき集め、ゴジラに立ち向かおうとする。

 二十四連装砲や多脚砲台、パワードスーツ、島中の銃口が一斉に火を噴く。

 爆弾を満載したメカニコングの大群が特攻を仕掛ける。

 新生地球連合軍の生き残りによる死に物狂いの総攻撃、その標的はゴジラだ。

 全島にあるあらゆる火器の集中砲火を受け、ゴジラの全身が真っ赤な爆炎に包まれた。

 

 

 晴れる煙、現れたのは無傷のゴジラだった。

 

 

 全身に纏わりついたメカニコング軍団の自爆、残存兵力の一斉砲撃、しかしそんなものは常識外れに頑強なゴジラには豆鉄砲も同然だ。

 ……なんだ、今のは。くすぐってえなあ。

 そう言わんばかりに頬をボリボリ掻いたゴジラは、今度はこっちの番だと背鰭を青く光らせると、ゴジラは放射熱線を発射した。

 二十四連装砲や多脚砲台、パワードスーツ、せっかく立て直した迎撃部隊の決死の攻撃もゴジラに掛かればひとひねりだ。

 ゴジラに集中砲火を浴びせまくっていたあらゆる兵器は、放射熱線の一息で軽々と焼却されてしまった。

 爆弾を用いた兵士たちの特攻も、長い尻尾の一振りで吹っ飛ばされてしまってゴジラ本体へ肉薄することすら出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな惨状をわたし、タチバナ=リリセはタワーの上階から眺めていた。

 突如現れたゴジラに次々と殺されてゆく怪獣と、抵抗むなしく蹂躙されるばかりの兵士たち。

 ザマーみろ悪党め、みんな踏み潰されちまえ!

 

 

 ……なんてことは微塵も思わなかった。

 

 

 立川自治区にいた人たちのことを思い出す。

 怪獣に襲われた街を必死に守ってくれたり、街で困り事があれば親身になって手伝ってくれたり、わたしが知っている新生地球連合軍の人はみんな良い人たちばっかりだった。

 指揮官のヘルエル=ゼルブやネルソンは最低最悪の屑だったが、部下の人たちまでそうだとは限らない。

 

 真七星奉身軍の兵士たちは信仰のために戦っている。

 LSOの中にだって、ヘルエル=ゼルブの『地球のため』という建前を真に受けていた人もいただろう。

 そうじゃない人もいたかもしれないが、大抵それはお金や生活のため。悪いことをしようとなんて思っている人は多くないはずだ。

 みんな上の命令に従っていただけの普通の人たちばかり、悪人じゃない。

 

 そんな人たちが、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだ。悪いのはヘルエル=ゼルブやネルソン、ウェルーシファみたいな奴だろうに。

 

 怪獣だってそうだ。

 ラドン、メガギラス、エビラ、カマキラス、メガニューラ、それにZILLA。

 人間の戦争に巻き込まれたばっかりにLTFシステムとかいう変なシステムに組み込まれて兵器に改造された挙句、こんな酷い死に方をする羽目になってしまった。

 可哀想に、こんな戦争なんかなければ、彼らだってゴジラに殺されることなく平和に天寿を全うできたかもしれない。

 

 そんな中で猛威を振るう、大怪獣ゴジラ。

 もはやゴジラを誰も止めることができない

 

 

 

 

 

 

 かに見えた。

 

 

 

 

 

 

 そんなゴジラに、挑む者がいた。

 地面を踏みしめる足音。

 重量級の存在感に、ゴジラは振り向いた。

 

 島の高台にそいつはいた。

 

 狼のような四足歩行。それ自体が棍棒のようにも見える長い尻尾。

 全身にクリスタル状のトゲをびっしりと生やしたシルエットと、クリスタル状の牙を剥き出しにした厳つい表情、そしてなみなみと溢れているのは獰猛な闘気。

 口にはカマキラスの肉片を咥え、カギ爪の伸びた前足でクモンガの死骸を踏みにじり、全身からは昆虫怪獣たちの返り血を滴らせている。

 

 そしてそいつは首をぐるりと振り回しながら、ラッパのような咆哮を挙げた。

 

 

 

 

 

 

 

 勇ましいそいつの名前はアンギラス。

 高いところからゴジラを見下ろすアンギラスの号哭は、チャンピオンに突きつけた果たし状だ。

 

 そんな挑戦者アンギラスを、怪獣王ゴジラは猛々しい咆哮で出迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 ゴジラ対アンギラス、宿命の対決が始まった。

 

 




登場怪獣紹介その8「ZILLA」

ZILLA(ジラ)
身長:40メートル
全長:100メートル
体重:1万8千トン
二つ名:ダゴン、強脚怪獣、マグロ喰ってる奴(ツナイーター)
主な技:ハイジャンプアタック、パワーブレス

 初出は『ゴジラ FINAL WARS』。
 ローランド=エメリッヒ版『GODZILLA』に登場したゴジラ(通称エメゴジ、またはトラゴジ)をパロった怪獣……という体裁ではありますがぶっちゃけエメゴジそのまんま。
 エメゴジは「GINO(ゴジラとは名ばかりなり)」だの「USAトカゲ」「イグアナ」だの呼ばれていましたが、そんなヒドい名前を使うわけにもいかないので、『ファイナルウォーズ』では「(GOD)ならざるGODZILLA」という意味合いからZILLAと命名されました。
 なお『ファイナルウォーズ』ではフルCGで登場しており、「着ぐるみゴジラとCGゴジラの対決」という点でも注目されたものの、実際のエメゴジの撮影には実物大の模型や着ぐるみ、アニマトロニクスも使われていますし、逆に和製ゴジラもCGを使ってたりします。

 イグアナと呼ばれることが多いものの、実際は爬虫類のキメラであり、メインはワニがモチーフとされています。
 実際のワニも子供を大切に育てる種類がいますし、背中の鱗や、細かい歯がビッシリ生えた口などはワニっぽいですよね。
 頭が若干大きすぎる印象はあるものの、流線型のシルエットがとても美しい怪獣であり、可動フィギュアが出たらとても映えると思います。

 名前は魚の神ダゴンから。
 ギャレゴジの外伝にあたるビジュアルノベル『ゴジラ アフターショック』に登場した、ゴジラの同族の名前が『ダゴン』であることに因むネーミング。
 ダゴンと言えば『モスラ2 海底の大決戦』の敵怪獣ダガーラの名前の由来にもなっていますね。

 こいつも個人的に好きな怪獣で、良いヤツっぽいイメージで書いています。


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59、ゴジラ対アンギラス ~『ゴジラ対メカゴジラ』より~

好きなBGM。


 孫ノ手島は、それほど標高の高い島ではない。

 LSOの造成工事であちこちに人工の岩山が築かれていたが、本来の孫ノ手島はどちらかといえば起伏の少ない、平坦な島だ。

 だからわたしが今いるタワー上階からは、孫ノ手島のほぼ全域と、そして孫ノ手島を暴れ回る怪獣たちの姿がよく見えた。

 

 そんな孫ノ手島で今、ゴジラとアンギラスが互いに唸り声を上げながら睨み合っていた。

 ゴジラとアンギラスのいる広場は、怪獣のスケールで言えばちょうどプロレスのリングくらいの広さ。

 二大怪獣が思い切り暴れ回るなら、ほどよいスペースだ。

 

 

 先手必勝、とばかりに真っ先に攻撃を仕掛けたのはゴジラだった。

 ゴジラが背鰭を光らせ始めた。絶対破壊の雷光の槍、放射熱線の発射準備だ。

 対するアンギラスの背中で、トゲが瞬きながら輝き始める。電飾で飾られた、まるで電光の盾のようだ。

 

 ゴジラの鼻先から、閃光が放たれる。

 ラドン、メガギラス、メガニューラ、ZILLA。

 数々の怪獣を瞬殺した強力無比な放射熱線が、アンギラスの身体を直撃した。

 ゴジラによる(いかずち)の槍が、アンギラスの背中で(いなずま)の盾と正面衝突し、光が破裂する。

 アンギラスもあえなく爆死するかに見えたそのとき、わたしは自身の目を疑った。

 

 

 ゴジラの放射熱線が、アンギラスの甲羅に触れた途端、()()()()のだ。

 

 

 ゴジラが放射熱線を撃つのをやめると、そこには無傷のアンギラスの姿があった。

 メガギラス、メガニューラ、ヴァバルーダ、どんなものでも吹っ飛ばしてしまった、あのゴジラの放射熱線。

 それが直撃したはずなのに、喰らったはずのアンギラスはダメージをちっとも受けていない。

 

 まるでレーザー光線を鏡で反射したみたいだと思ったが、とはいえ、ゴジラの放射熱線が鏡で跳ね返るわけがない。

 たとえダイヤモンドの鏡があったって、そんなことは不可能だ。

 それは歴史的快挙だった。

 その破壊力が確認されて以来ずっと地球人類を恐れ戦かせ、ビルサルドやエクシフの手を借りてもなおろくに対策できなかった、あのゴジラの放射熱線がついに破られたのだ。

 

 ゴジラの方も酷く驚いたようで、怪訝そうに小首を傾げていた。

 無理もない。これまでどんな敵も屠ってきた自慢の放射熱線が、格下だと思っていたアンギラスに弾き飛ばされたのだから。

 再び放射熱線を撃ち込むゴジラだったが、結果は変わらない。

 強力無比な放射熱線はアンギラスの甲羅に防がれ、アンギラスにその放射熱線の破壊が届くことは決してなかった。

 

 ……そういえば、アンギラスの背中の棘が光っているのにわたしは気がついた。

 さっきもそうだ、ゴジラの放射熱線が直撃したときは決まってアンギラスの背中の棘が光っている。

 あの棘に何かカラクリがあるのだろうか。

 

 

 今度はアンギラスが動いた。

 ゴジラの放射熱線を押し返しながらアンギラスが四足で高台を跳び、宙で体を丸めて猛回転を始めた。

 孫ノ手島のセントラルタワーを叩き壊したアンギラスの必殺技、〈暴龍怪球烈弾(アンギラス・ボール)〉だ。

 高速回転するアンギラスが、ゴジラへと飛び掛かった。

 放射熱線では決め手にならないと悟ったゴジラも、迫りくるアンギラスを堂々と迎撃した。

 二大怪獣が組み合うと同時に巻き起こる、巨大なパワーの衝突。

 遠いタワーの上階から眺めていたわたしも、衝撃波で島全体の空気が揺らいだのを感じた。

 

 

 がっつりと四つに組み合った二大怪獣は、その場で掴み合いを始めた。

 パワーは互角のようだ。ゴジラが一歩押したかと思えば、アンギラスも負けじと押し返し、またさらにゴジラが一歩踏み込む。

 二大怪獣は(もつ)れるように組み合ったまま広場を激しく転げ回り、周囲を巻き添えにしながら島中を蹂躙してゆく。

 ゴジラとアンギラス、二大怪獣が互いに攻撃を繰り出すたびに重厚な足音と、骨髄まで揺らす振動がわたしのいるタワー上階まで響いてくる。

 まさに超弩級の怪獣大相撲。

 いや、怪獣プロレスだ。

 

 

 怪獣の組み合いを払ったのはゴジラの方だ。

 ゴジラに下手投げで飛ばされたアンギラスは岩山へと叩きつけられ、岩雪崩の轟音とともに、辺り一帯を茶色に包み込むほどの盛大な土埃を巻き上げた。

 土埃が晴れ、広がる光景にわたしは見開いた。

 

 

(アンギラスが、消えた!?)

 

 

 崩れ切った岩山の残骸、そこにアンギラスの姿がなかった。

 ……穴を掘って地中に逃れたのだろうか。いや、そんな猶予などなかったはずだ。

 体長100メートルの巨体がいきなりどこかに消える、そんなことがあるわけない。

 アンギラスを見失ったのはゴジラも同じだ。

 『何処に行った?』とばかりに、ゴジラの獰猛なギョロ目が周囲を見回し、宿敵アンギラスを探し求めている。

 

 

 

 そんなゴジラの片脇で、わたしには()()()()()()のに気づいた。

 

 

 

 光の揺らぎは、ゴジラの死角となる斜め背後へと音もなく回り込み、そしてゴジラへと飛びついた。

 光の揺らぎに色がつき、ぼやけた輪郭が明確になって、そして見慣れたクリスタルのトゲが生え揃った甲羅とシルエットが現れる。

 

 揺らぎの正体はアンギラスだった。

 

 光を捻じ曲げ、姿を晦ます『光学迷彩』。

 アンギラスは消えたのではない、()()()()()()()()のだ。

 ……こんなんアリかよ!?

 

 すぐさまゴジラも反応したが一瞬出遅れ、そのわずかな隙がアンギラスに懐へと入り込ませる余地を与えた。

 アンギラスが、クリスタル状のキバでゴジラの腕へと食いついた。

 肉の抉れる音が響き、ゴジラが絶叫した。

 噛みつかれたゴジラの表皮がバチバチと青白い火花を散らし、ぶすぶすと焦げた臭いが辺りに漂い始める。

 アンギラスは電流、それもゴジラの皮膚が焦げるほどの高圧電流を流しているのだ。

 

 

 ……一体、どういうことだろう。

 核爆弾すらへっちゃらのゴジラにダメージを与える、アンギラスの噛みつき。

 ゴジラ必殺の放射熱線をも弾く、アンギラスの甲羅。

 そして光学迷彩。

 先程からアンギラスが繰り出している技の数々は、どれも常識外れなものばかりだ。

 どういう仕組みなのだろうか。

 

 ……ひとつ思い至ったのは、アンギラスの全身のトゲと牙を構成している鮮緑色のクリスタルのことだ。

 アンギラスが技を繰り出すときは、いつも背中のクリスタルが光ったり、煌めいたり、何かしらの反応を示していた。

 光、電気、電磁波。

 わたしには詳しい理屈はよくわからないけれど、アンギラスの全身を覆うクリスタル状のウロコやトゲ、キバには、電気や電磁波を操るような性質があるのではないだろうか。

 光というのは、科学的なことを言えば電磁波の一種である。

 目に見える電磁波のことを可視光線、つまり光と呼んでいるだけだ。

 アンギラスが一時的に姿を隠すことが出来たのはもちろん、さっき放射熱線を捻じ曲げたのも、ともするとかつて多摩川での戦いでレックスのセンサーを欺いたのだってこれの応用なのかもしれない。

 ゴジラの放射熱線もきっと電磁波や電気に反応する作用があるのだろう。

 

 

 ……電磁波を操るクリスタルの怪獣!

 常識を超えた存在だった。

 

 

 

 

 しかし怪獣なんて存在は人類の常識を超越しているし、そもそもゴジラからして放射熱線をブッ放してるじゃないか。

 これくらいブッ飛んでて当たり前なのだ。

 

 

 

 

 噛みついたアンギラスを振り解こうと、ゴジラは腕ごとアンギラスを持ち上げ、周囲のものへと叩きつけ始めた。

 振り回されるアンギラスの巻き添えで作業用のクレーンが叩き折られ、タンクや研究棟が叩き潰される。

 他方アンギラスはゴジラの腕にガップリ噛みついたまま、一向に離そうとしない。

 

 噛みつくアンギラスと暴れるゴジラ、ついにアンギラスが押し負けた。

 アンギラスの顎がゴジラの腕から外れ、その巨体が宙を舞う。

 ……しかしゴジラの勝利とは言い難い状況だ。

 ようやくアンギラスを振り払ったものの、負ったダメージは手痛かった。

 アンギラスの歯形が深々と刻み込まれたゴジラの腕は、腱を焼き切られてしまったのか力なくぶら下がっているだけだった。

 腕の痛みにゴジラが唸る。不死身のゴジラ細胞ならすぐにでも修復できるだろうが、さっきみたいな取っ組み合いはしばらく無理だろう。

 

 そんなゴジラを、アンギラスが満足げに睨みつけている。

 その背中に生え揃ったクリスタルの棘が、パチパチと火花を散らしながら光り始めていることにわたしは気づいた。

 アンギラスの棘が光り輝く様は、ゴジラの背鰭の発光を連想させた。

 ……ゴジラの背鰭が光るのはいつも決まって放射熱線を撃つときだ。ということは、アンギラスも大技を仕掛けるつもりなのだろうか。

 わたしが眺めているうちに、後ろ足で立ち上がったアンギラスは思いきり深呼吸して胸郭を膨らまし、そしてゴジラに向かって口を開いた。

 

 

 そして、世界が破裂した。

 

 

 アンギラスが吠えると同時に、爆音の暴風がわたしの脳内をぶち抜いた。

 凄まじい音量の咆哮で鼓膜をつんざかれそうになり、わたしはすぐさま耳を抑えた。

 わたしの傍で瓦礫がカタカタと震え、風もないのに砂埃がサラサラと蠢いている。

 アンギラスの雄叫びはボリュームを一気に上げてゆき、その声が届く範囲にあるものすべてを揺さぶり始めた。

 

 アンギラスはコケ脅しや威嚇で吠えたのではなかった。

 怪獣クラスの肺活量で繰り出される超音波が激烈な振動を引き起こし、射程範囲にあるものすべての分子の結びつきを綻ばせ、そして粉々に砕いてゆく。

 たとえただの鳴き声でも、極限まで出力を上げればそれだけで十分な殺傷力を発揮するのだ。

 アンギラスの喉から発せられたそれはもはや音波ではない。

 咆哮による衝撃波。

 

 

 

 さしずめ〈超振動波〉とでもいうべきか。

 

 

 

 その余波を受け、ゴジラの足元にあったプラントの瓦礫や、戦艦ヴァバルーダの残骸が吹き飛んだ。

 周囲の岩山が瓦解して土砂崩れを起こし、超振動波の射程範囲にあるすべてが粉微塵に砕け散ってゆく。

 アンギラスの超振動波は、大地を揺るがす衝撃となって島にある何もかもを震わせていた。

 

 わたしは、耳の奥を抉り出しそうなほど指を深く捻じ込みながら絶叫した。

 そうでもしないとアンギラスの超振動波で、わたしの頭の中身まで粉砕されてしまいそうだ。

 

 少しでも苦痛を和らげようと、声のかぎり叫び続けるわたしだったが、それでもアンギラスの絶叫がぐりぐりと踏み込んでくる。

 鼓膜を通じて脳味噌の奥まで穿り出されそうな激しい頭痛、巨大なミキサーの中で意識を磨り潰されてゆく地獄の感覚がわたしの意識を蹂躙してゆく。

 

 わたしの頭が狂ってしまう一歩寸前までいったところで、アンギラスの超振動波はようやく収まった。

 ぐらつく頭を何とか落ち着かせ、わたしはゴジラとアンギラスの様子を覗き込んだ。

 

 ……アンギラスの超振動波は凄まじい破壊をもたらした。

 丘陵山岳に様々な設備を備えていたはずのビルサルド基地が、完全な荒野に変わっていた。

 倒れた鉄塔は異様な方向へ捻じ曲がり、戦艦ヴァバルーダの残骸は跡形もなく吹き飛んでいた。

 山も、瓦礫も、アンギラスの前方にあったゴジラ以外の何もかも、あらゆるものが木っ端微塵だ。

 そしてゴジラは、と視線を移したわたしは驚愕した。

 

 なんと、あのゴジラが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大地に膝をついている!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノックダウンだ。

 膝に力を入れようとするゴジラだったが、ふらついて上手く立てないようだった。

 全身には夥しい傷を受け、口や眼輪からどす黒い体液が噴き出ている。

 超振動波の破壊は、最強無敵のゴジラにさえ多大なダメージを与えていた。

 

 そんな、ゴジラが見せた僅かな弱味を、アンギラスは決して見逃さなかった。

 アンギラスの尻尾、ハンマーや棍棒に似たその先端部でトゲが屹立し、バチバチとスタンガンのような火花を散らし始めた。

 唸り声をあげたアンギラスは尻尾を構え、そしてゴジラ目掛けて叩き込んだ。

 超磁力と高電圧の〈テールスマッシャー〉。

 ほとばしる高圧のエネルギーで満たされたアンギラスの尻尾の一撃が、ゴジラの鳩尾へ吸いつくようにめり込んだ。

 ゴジラの方は、超振動波で膝を屈したところへさらにキロトン級の一撃で腹部を深々と抉られ、立ち上がれなかった。

 

 続けざまにアンギラスは、クリスタルの棘が揃った尻尾によるテールスマッシャーの乱打でゴジラを思いきり打ちのめした。

 テールスマッシャーが直撃するたびに鋼の塊を叩き潰すような重たい金属音が響く。

 他方ゴジラはひたすら一方的に殴られ続け、一歩、また一歩と後退してゆく。

 アンギラスのテールスマッシャーはゴジラに効いている。

 

 ……孫ノ手島で行われた怪獣プロレスは、まさかの大番狂わせだった。

 長年この地球最強の存在として君臨し続けた怪獣王ことゴジラは、ついに挑戦者アンギラスに敗れてしまうのだろうか。

 眼前で繰り広げられる怪獣プロレスの行く末をわたしは固唾を呑んで見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンギラスは勝利を確信していた。

 

 かつてゴジラに立ち向かい、ことごとく返り討ちに遭ってきたアンギラス一族。

 アンギラス一族の末席としてその仇をとるため、隕石由来のクリスタルを体内に蓄え始めてから三十年。

 怪獣(Monster)を超えてヌシ(Titan)の域にまで到達したアンギラスは、ついにゴジラに匹敵できるほどの力を手に入れた。

 ――これでおわりだ、破壊の王!

 ゴジラの顔面を叩き潰そうと、アンギラスは渾身の力で尻尾を振り切った。

 

 

 鐘を突くような、重低音が響き渡る。

 

 

 ……打ち込んだ感触に、違和感があった。

 アンギラスは尻尾の方へと振り返り、そしてぎょっとした。

 

 

 アンギラスのテールハンマーを、ゴジラの顎が受け止めていた。

 

 

 尻尾を引っ込めようとするアンギラスだったが、その尻尾にゴジラの牙ががっしりと食い込んで離そうとしない。

 そしてアンギラスはゴジラの顔を見た。

 

 

 

 ゴジラの目つきは、怒りに煮え滾っていた。

 

 

 

 ゴジラはアンギラスの尻尾を無事な左手で掴み、片腕だけでアンギラスの体を持ち上げた。

 アンギラスの巨体がふわりと浮かび上がり、そしてゴジラの腕の動きとともに大地へ振り下ろされる。

 二度三度とアンギラスの巨体が島の地面へ打ち付けられ、そのたびに周囲のあらゆるものが衝撃で揺れ動く。

 

 アンギラスを叩きのめすゴジラのパワーは桁外れのものだった。

 まるで大男が斧で薪割りをするかのように、ゴジラはアンギラスの巨体を振り上げて、幾度も幾度も地面へ滅多打ちにした。

 どーん! どーん! と、先ほどの大乱闘が子守歌に思えるような、壮絶な激突音が島中に轟き、衝撃波で島全体が揺れ動いた。

 薪割りなんて次元の話ではない。この孫ノ手島を地盤ごと叩き割るほどの勢いだ。

 

 振りかざされたゴジラの猛威に、アンギラスは為す術もない。

 大地にしがみつこうとしたアンギラスだったが、数万トンの重量を軽々と振り回すゴジラ渾身の怪力には赤子も同然だった。

 全身に満載していたクリスタルのトゲが粉々に割れ、顎をしたたかに打ったせいで牙がへし折れ、充分な受け身がとれなかったせいで手足の骨も砕けてしまった。

 

 ここに至ってアンギラスは自分自身の愚かしさをようやく悟った。

 

 

 ……おれは、ゴジラに匹敵なんてまったく出来ちゃあいなかった。

 ヌシ(Titan)になれた、なんてイイ気になってたおれはとんでもない大馬鹿だ。

 ゴジラはそもそも次元が違う。

 

 

 あいつはキングオブモンスターだ。

 

 

 破壊の権能を統べる者にしてキングオブモンスター、ゴジラ。

 そんな存在に挑戦した無謀への報いを、アンギラスは文字通り骨の髄まで叩き込まれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪獣プロレスで起こった壮絶な逆転劇をわたし、タチバナ=リリセは目撃していた。

 ……一瞬の出来事だった。

 アンギラスが優勢だと思ったのに、ゴジラはあっさり逆転してしまった。

 

 ……どーん!……どーん!……どーん!……

 

 持ち上げたアンギラスの巨体をゴジラが地面へ叩きつける度に、わたしの身体がわずかに宙へ跳ねた。

 アンギラスの体重は数万トン。そのスケールの大怪獣が繰り返し繰り返し墜落させられる衝撃と振動で、孫ノ手島全体が揺れていた。

 

 散々叩きのめされたアンギラスがボロ雑巾のように成り果てたところで、ゴジラはようやくアンギラスの身体を離した。

 アンギラスの巨体が投げ飛ばされ、仰向けの姿勢で引っ繰り返っていた。

 

 ようやく自由になったアンギラスだったが、動くこともままならなかった。

 背中のトゲは余すところなく粉砕され、敏捷な四肢もおかしな方向に曲がっていた。

 今のアンギラスは立ち上がることすらままならず、引っ繰り返ったままの姿勢でひくひくと痙攣することしか出来なかった。

 もはや再起不能だ。

 そしてゴジラはそんなアンギラスに一切容赦なく、太く逞しい足でアンギラスの脇腹を蹴り上げ、ハンマーで叩き潰すかのような凶悪な一撃を叩き込んだ。

 アンギラスの巨体がごろごろと転がり、岩山へと激突する。

 ……なんと惨たらしい痛めつけ方なのだろう。

 まさか怪獣に対して『可哀想だ』と感じる日がくるなどと思っていなかったけれど、このときばかりはアンギラスに同情してしまった。

 いっそ放射熱線で撃ち殺された方がいくらかマシだったろうに、こんな死に方だけはしたくない。

 

 あまりにも悲惨なアンギラスの末期から目をそらそうとしたそのとき、わたしの背後で瓦礫の崩れる音がした。

 

「……誰!?」

 

 振り返ったそのとき、わたしは戦慄の光景を目にすることになった。

 

 

 

 

 

 

 ヘルエル=ゼルブの死体が起き上がったのだ。

 

 

 




登場怪獣紹介その9「アンギラス」

・アンギラス=スマラグドス
身長:60メートル
全長:120メートル
体重:3万6千トン
二つ名:スマラグドス、暴龍
主な技:暴龍怪球烈弾(アンギラスボール)暴龍鉱晶神獣鏡盾(フォトンリアクティブシールド)暴龍鉱晶飛棘(クリスタルミサイル)暴龍爆砕剛鎚(テールスマッシャー)暴龍咆哮衝撃波(ソニックブラスター)

 初出は『ゴジラの逆襲』。ゴジラシリーズ初の対戦相手として有名な怪獣ですね。
 昭和シリーズには『怪獣総進撃』以降度々登場(いわゆる『チャンピオンまつり』の頃)し、平成では『ゴジラ FINAL WARS』のみ登場しています。
 またKOMでは「アンギラスっぽいようなそうじゃないような生き物の骨(ドハティ監督談)」が登場しており、画像解析したファンに発見された際は話題になりました。

 鎧竜アンキロザウルスが変異したという設定の怪獣……なんですけど、ぶっちゃけアンキロザウルスにはあまり似ていないので、実際はZILLAのようなキメラ怪獣なのかもしれません。
 「全身に脳が分散しているので素早い」という設定もありますが、これは『ゴジラの逆襲』当時の学説に由来するもので、現在の学説では「脳ではない」と否定されています。
 ファンの間ではゴジラの相棒怪獣として知られており、二足歩行の肉食恐竜を思わせるゴジラと、四足歩行の鎧竜を思わせるアンギラスが並ぶとやはり絵になります。

 ラドン以上に根強い人気のある怪獣で、また平成以降も幾度か登場が検討されたものの、その都度ボツになってしまっていた不遇の怪獣。
 特に『GMK』で登場予定だったのに「アンギラスでは客呼べないでしょ」という興行的な判断からボツになってしまったという悲劇的な経緯は有名ですね。
 検討されていたデザインは非常にカッコよかったんですけどねぇ。

 「スマラグドス」はラテン語で「エメラルド」の意味。
 『ゴジラの逆襲』のポスターに登場するアンギラスが緑色をしており、エメラルドグリーンのクリスタルを背負っているアンギラスがいたらカッコいいだろうな、というところから命名。
 本作では全身にクリスタルを満載しており、クリスタルの分だけ若干体重が重い設定。
 また、文中でもチラッと触れていますが背中のクリスタルは宇宙由来であり、あの「宇宙凶悪戦闘獣」の類縁という裏設定があります。

 ……リボルテック、買っとけばよかったなあ。
 昨年のゴジラフェスで触らせていただいたんですけど、素晴らしい出来だったもんなあ。


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60、ファイナルウォーズが好きな人なら一度は真似してるアレ

 頭を潰されて即死したはずのビルサルド統制官、ヘルエル=ゼルブ。

 その首なし死体がむくりと起き上がっていた。

 

 

 首の傷口から泡立つようにナノメタルが髑髏を形作り、続いて筋肉、皮膚が包んで顔を形成。

 潰されたはずの頭が生え変わり、へし折れていたはずの手足の損傷をナノメタルが縫い合わせて、ゼルブは平然と立ちあがった。

 復元されたゼルブの肉体はところどころが金属光沢を放つ部品で補われてはいるが、仕草は健康そのものだ。

 そしてヘルエル=ゼルブが口を開く。

 

「……ゴジラめ、生きていたか。

 こう早く、本物のゴジラが現れるとはな。地球人も驚くだろう。

 十七年前は戦うまでもなく破壊されたが、今度はそうはいかんぞ」

 

 ……なんで、どうして。

 頭を潰されたはずの男が、何事もないかのように完全復活を遂げるこの状況。

 人知を超えた異常な事態に、わたしはただ驚愕することしかできなかった。

 

「なにを驚いている、タチバナ=リリセ」

 

 唖然としているわたしに気づいたヘルエル=ゼルブは、首の調子を確かめながら口元をにやりと歪めた。

 

「言ったはずだ、『ナノメタルは死を克服する』とな。キミたち地球人が眼鏡や義歯といった補助具で、衰えた肉体を補うのと何が違う」

 

 ……『ナノメタルは死を克服する』、たしかにヘルエル=ゼルブはそう言った。

 しかしわたしの中でその言葉は、人工臓器に置き換えたとか、病気を克服したという意味合いでの理解でしかなかった。

 頭を潰されても死なない、両手両足がぐしゃぐしゃになっても元通りだなんて、もはや人体の領分ではない。

 ここまで不死身だとすると、おそらく全身をバラバラにされたって死なないのだろう。

 そんな存在はまさにこう呼ぶしかない。

 

「怪獣……」

 

 呆然と呟いたわたしを、ヘルエル=ゼルブは笑い飛ばした。

 

「怪獣だと? 言ってくれるじゃないか。

 そうとも、怪獣で結構だ。文明の(いただ)きを登り切りヒトの限界を超えた時、その姿が怪獣になるというのなら我々は喜んで怪獣になるべきだ」

 

 もはやわたしには、ゼルブが何を言っているのかわからなかった。

 『喜んで怪獣になるべきだ』って? 一体、何を言ってるんだろう。

 そして、レックスのことを思った。

 ……メカゴジラとして転生したばっかりにLSOと奉身軍、その他大勢の人間の欲望に振り回されたレックス。あの子の不幸を見てもそんなことを言えるのか、こいつは。

 そんなわたしの想いなど露ほども知らぬまま、ゼルブは続けた。

 

「限りあるヒトの身体など制約でしかない。

 それを凌駕した先にこそ真の進化があるのだ。

 ……まあ、その現実を前にしても、未だに肉体と感情への執着を捨てられない下等種族には理解できん話だろうがな」

 

 そうやって勝ち誇り、蔑む目つきで見下してくるヘルエル=ゼルブの表情を眺めているうちに、わたしはゼルブの瞳に光が灯っているのに気付いた。

 

 

 

 爛々とした赤い眼光。

 エガートン=オーバリーの映画に出てきたメカゴジラそっくりだ。

 

 

 

 そしてようやく理解した。

 ナノメタルで人間であることを捨て去ったゼルブは頭を潰されても蘇り、そんなゼルブを受け容れられないわたし、タチバナ=リリセは鉄骨に脚を挟まれた程度で動けなくなっている。

 科学至上の合理的精神構造を持つ理性主義者。

 その指向の産物がナノメタルで、ナノメタルへの合体融合がその極致だというのなら、ナノメタルの結晶として造られたメカゴジラはビルサルドにとって単なる兵器ではない。

 

 

 

 

 

 

 メカゴジラの正体。

 それは、ビルサルドたちが理想とする〈未来の自分たちの姿〉だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ゼルブはもはやわたしのことなど見ていない。

 その赤い瞳は、次なる野望を見据えている。

 

「あいにくわたしは、下等種族と歩調を合わせているわけにはいかない忙しい身でね。

 一刻も早く()()()に到達せねばならんのだ。

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ(ダブルエックス)ッ!」

 

 ゼルブは、アンギラスに抉られたタワー壁面から天を仰ぎ、そして、目覚めたばかりの大怪獣のように咆哮した。

 

「起動オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 その号令と共に、タワーの各部からナノメタルが洪水のように噴き出した。

 白銀に照るナノメタルの大奔流は大蛇(オロチ)のように鎌首をもたげ、狂喜に満ちたヘルエル=ゼルブの肉体を呑み込んでゆく。

 

〈 ははははははは!! 〉

 

 ヘルエル=ゼルブの高笑いが響いた。

 

〈 この世のすべてを支配する(REX)の座を、わたしは手にする! 〉

〈 取るに足らぬムシケラども! 下等種族はせいぜい(おそ)(おのの)いているがいい!! 〉

 

 ナノメタルと融合しメカゴジラそのものと化したビルサルド統制官、ヘルエル=ゼルブ。

 

 その次なる目標は怪獣王、ゴジラだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴジラに散々ぶちのめされたアンギラス。

 

 背中の甲羅のトゲは粉々に砕かれ、内臓はぐちゃぐちゃにシェイクされ、へし折れた四肢では駆け回ることなどもう出来ない。

 そんな虫の息の状態だったが、それでもまだアンギラスは生きていた。

 

 どーん、どーん、どーん……

 

 そこまで追い詰めた張本人:怪獣王ゴジラが、砲撃のような重量感のある足音を響かせながら、動けなくなったアンギラスに迫ってゆく。

 ゴジラの背鰭は青白く明滅しており、死闘を演じたアンギラスに放射熱線で引導を渡す準備を整えているのは明白だった。

 

 自らの死を確信しながら、アンギラスはなおも立ち上がろうとしていた。

 ……恐るべきキングオブモンスター、ゴジラ。

 きっとアンギラス一族は根絶やしにされる。

 

 だけどせめて最期くらいは、気高く、堂々と。

 

 そんな風に考えていたアンギラスの手前で、ゴジラは足を止めた。

 ……まさかあの冷酷非情な怪獣の王が、敗残者のおれを見逃してくれようとしているのか?

 弱った中で一瞬そんな甘い考えが浮かんだアンギラスだったが、そうではないことにすぐ気がついた。

 

 

 

 アンギラスの体を〈銀色の存在〉が侵蝕し始めていた。

 

 

 

 ゴジラが立ち止まったのはアンギラスに情けをかけたからではない。

 それ以上近づいたらゴジラ自身まで累が及ぶからだ。

 錯乱したアンギラスは身を捩らせて、おぞましい銀色のソイツを拭い取ろうとする。

 だが、その様子は翅をもがれてグンタイアリの群れの中へと放り込まれた蝶々そのものだ。

 ゴジラによって徹底的に痛めつけられた状態では振り払うことはもちろん、逃げ出すことすらできない。

 じわじわと全身を包みこんでゆく銀色の存在によって、アンギラスは生きながら貪り食われていった。

 アンギラスは叫んだ。

 

 ――ちがう!

 こんなはずじゃなかった!

 おれは誇り高い暴龍の末裔だ!

 餌食になんかなりたくない――

 

 絶望の底でアンギラスが絞り出した最期の断末魔は、(かす)れてひどく弱々しいものであった。

 

 ――だれか、たすけ……

 

 苦悶するアンギラスの額を、ゴジラの放射熱線が撃ち抜いた。

 アンギラスの上顎が爆裂、頭を失った体が力なく崩れ、そして猛火に包まれた。

 

 

 銀色の存在は〈ナノメタル〉だ。

 ナノメタルの群れは燃えるアンギラスの死体を丸ごと覆って鎮火、あっさりと喰らい尽す。

 アンギラスを喰らったナノメタルが次に目指したのはゴジラに撃墜されたメガギラスとラドン、続いてメガニューラ、カマキラス、クモンガ、エビラ、そして頭を吹き飛ばされたZILLAの死骸。

 そのほか孫ノ手島で囚われていた怪獣たちを次々と呑み込んだあと、各パーツを組み上げながら合体し、ナノメタルはひとつの完成形を作り上げた。

 

 

 

 

 ……規則正しい結晶を幾重にも重ねることによって、その姿は織り上げられていた。

 単純だが特徴的な形状の執拗反復(オスティナート)

 雪の結晶のような、再帰的で連続的なリズム。

 しかし単なる自然結晶と違うのは、そのシルエットが怪獣の姿になっていることだ。

 

 背中にはクリスタル状の背鰭を生やし、両手足にはカギ爪を備え、そして脊椎から連なるのはとてつもなく長い尾。

 

 華奢のようで頑強。繊細なようで獰猛。自然結晶のようで人工物。

 

 ヒトを凌駕する怪獣でありながら、ヒトに制御される被造物でもある究極の文明物。

 

 細部の造形は全く似ていなかったが、輪郭だけなら銀で塗られたゴジラの似姿にもなっている。

 

 ゴジラの姿と名前を冠した、鋼の王(REX)

 

 

 

 

 

 これが〈メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ〉だ。

 

 

 

 

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩが完成するまでの工程を黙って眺めていたゴジラは、出来上がった宿敵に低い声で唸った。

 対するメカゴジラは、一切の感情移入を拒む結晶のような顔でゴジラを冷たく睨み返す。

 

 地球の新たなる霊長ゴジラ。

 地球人類最後の希望メカゴジラ。

 漆黒のゴジラと、白銀のメカゴジラ。

 ゴジラの名を冠した二大怪獣の睨み合い。

 

 

 ゴジラ対メカゴジラ。

 地球最大の死闘(デスバトル)が幕を開けようとしていた。

 

 




え、やってない?ウソでしょ??


執拗反復(オスティナート)は、ゴジラのテーマをはじめとする東宝特撮怪獣映画の音楽で有名な伊福部(いふくべ)(あきら)先生が多用されていた技法。たとえば「ゴジラ、ゴジラ、ゴジラがやってきた~♪」は典型的なオスティナート。
伊福部先生はオスティナートがよほどお気に入りだったらしく、御自身のアルバムのタイトルにも使っていらっしゃったりする。


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61、追跡

 ゴジラとアンギラスが闘っているあいだ、エミィと子供たちは建物の中に逃げ込んでいた。

 ……戦争は起きるわ、ゴジラは出るわ。まったく、絵に描いたような最悪の事態である。

 おまけにフネをゴジラに焼かれてしまった、脱出作戦については仕切り直すしかない。

 

 それよりも喫緊の問題は、浅黒肌の少年が負った怪我だ。

 

 モレクノヴァにピストルで撃たれた肩の傷。

 子供たちに担がれた少年を見てみると、止血のために巻いたリボンと布切れがグッショリと濡れていた。

 少年はなんとか表情を取り繕おうとしているが、顔色が真っ青で息が荒い。きっと痛くて堪らないはずだ。

 ……なんとかしないといけない。

 

 運がいいことに、あの恐ろしいメガヌロンは一匹も見当たらなかった。

 全て羽化してメガニューラとなってしまったのだろう。

 カマキラスがいないのも、きっとさっきのゴジラの熱線で一掃されてしまったのかもしれない。

 しばらく歩いた先で、〈医務室〉と表札のかかった部屋を見つけたエミィたちは中に入った。

 

 

 

 

 医務室には誰もいなかった。

 薬品棚を漁ってみると、消毒薬や無菌ガーゼ、包帯、針と糸など、手当てに必要そうなものは一通り揃っていた。

 担いでいた少年をベッドに寝かせてから、エミィは思案した。

 『少年の怪我が手に負えるかどうか』

 ちょっとした傷ならどうにかなる。屋外でジャンクパーツを拾って弄るのが日課であるエミィにとって生傷は見慣れたもので、応急手当や傷の縫合についても多少の心得はある。

 だが、こんな大怪我を診るのは初めてだ。銃で撃たれた傷なんて処置できるだろうか。

 ……今ここにレックスがいてくれたらいいのに、とエミィは思った。

 多摩川河川敷でアンギラスと戦ったとき、レックスがリリセの重傷を治してくれたのを思い出す。

 あいつがいてくれたら、これくらいの怪我なんてチョチョイのチョイだろうに。

 

 だけど、無いものねだりをしても仕方ない。

 腹を括れ、エミィ=アシモフ・タチバナ。

 

 ビニール手袋を嵌めたエミィは深く息を吸い、ベッドに身を横たえた少年の肩の止血帯をほどいた。

 

 

 鮮血の赤。

 剥き出しの肉と骨。

 あまりに痛々しい傷。

 

 

 思わず気が遠くなりそうになったが、寸前で踏みとどまった。

 ……しっかりしろ。

 手当てしてるわたしがこんなところでブッ倒れてどーする。

 こいつはもっと(つら)いんだ。

 

 大丈夫だ、昔ガラクタ漁りしてて足を思いきりクギで貫通してしまったことがある、あれがちょっと大きくなっただけだ。

 自分自身へそう言い聞かせながら、エミィは少年に告げた。

 

「……大丈夫だ、大したことない。でも動くと危ないから体を縛らせてもらう。それでもいいか?」

 

 エミィの確認に、少年が青白い顔で頷く。

 少年の合意を取ったところでベッドについていたベルトで両手足を縛り、舌を噛まないようにタオルを噛ませると、エミィは手術を開始した。

 

 少年にとって幸運だったのは、弾が貫通していたこと。

 そして大事そうな神経や急所は外れていて、骨も折れていないことだ。

 撃たれたときに倒れたのは、着弾の衝撃で吹っ飛ばされただけだ。

 ……運が良かった。もし腕が動かせなくなったりしたら可哀想だもの。

 

 傷口を洗って消毒し、見様見真似で傷を縫い、抗生剤の軟膏を塗って、ガーゼを当てて包帯を巻く。

 その間、少年はタオルを噛み締めながら懸命にじっと堪えていた。

 

 少年の表情を、エミィは直視できなかった。

 ……麻酔無しの手術なんて、痛くて堪らないだろう。

 こんなガキのお医者さんごっこなんかじゃなくてプロによる本格的な手術でもしてあげられたらいいのかもしれないが、生憎そんな技術は持っていない。

 

 手当てが終わり痛み止めを飲ませようとしたとき、傷が疼いたのか少年が低く唸った。

 

「大丈夫か?」

 

 エミィが訊ねると浅黒肌の少年は、大丈夫、と頷いた。

 少年の顔色は先程よりずっと良くなっていたが、それでも血の気は薄いように思える。

 ……少し休ませたほうがいいな。

 エミィは、痛み止めを飲ませた浅黒肌の少年をベッドに寝かせて、窓から外の様子を窺った。

 

 

 

 

 ゴジラとアンギラスの怪獣プロレスは、いつのまにか選手が交代していた。

 

 アンギラスはどうなったのやら、影も形も見当たらない。

 そういえば他の怪獣たちもの死体も消えている。

 ZILLAやエビラ、メガギラス、ラドン、クモンガ、あんなにうじゃうじゃいたカマキラスやメガニューラの死体すらない。

 まるで誰かが掃除でもしてくれたみたいに、綺麗さっぱり消え去っていた。

 

 怪獣プロレスのリングに立っているのは二体。

 片方は真っ黒なゴジラ、そしてもう片方は白銀のメカゴジラだ。

 ……メカゴジラ。

 かつてリリセと一緒に観たエガートン=オーバリーの映画に出てきた姿とそっくりだったが、エミィは別のことを思い浮かべた。

 クリスタル状の背鰭にカギ爪を備えた手足、長い尻尾、そして赤く光る眼。

 

 

 間違いない。

 あいつはメカゴジラⅡ=レックスだ。

 

 

 鬱陶(うっとう)しいくらい御節介で、だけど素直で正直者なレックス。

 ハイテクのくせにガキっぽくて、だけどどこか憎めないレックス。

 エミィとリリセを何回も救ってくれた、優しくて頼りになるレックス。

 そのレックスは今や、身長五十メートルのナノメタル大怪獣に成り果ててしまっていた。

 LSOのクソッタレどもが、気の良いあいつを改造してしまったのだ。

 ……可哀想なレックス。

 だけど、どうしてやることもできない。

 

 ゴジラ対メカゴジラに続いて、エミィは新生地球連合軍の様子を窺った。

 アンギラスと怪獣軍団の暴走にくわえ突然のゴジラ出現、さらにメカゴジラの起動で混乱しているのか、それとも最初からただの寄せ集め集団だったからなのか。

 どれが理由にせよ新生地球連合軍の指揮系統は完全に崩壊し、LSOも奉身軍も軍隊らしい統制のとれた動きなど完全にとれなくなっていた。

 そんなわけで、エミィと子供たちがこんな風に堂々と医務室を専有していてもバレる心配はなさそうだ。

 

 

 

 

 ……というようなことを考えていたとき、医務室の外の廊下から足音が聞こえていることにエミィは気づいた。

 

「みんな、隠れろっ……!」

 

 小声で子供たちに指示し、ベッドのカーテンを閉めて少年を隠すと、エミィ自身は廊下側の壁にぴったり身を寄せて様子を窺った。

 足音は数人分。たぶん大人だ。

 動くのに合わせてチャラチャラと金属音が混じっているのは、きっとライフルや防弾チョッキなどを装備しているからだろう。

 ……ここに隠れているのがバレたのか?

 いや、怪獣たちが暴れまくっているこの最中だ、子供が十人逃げたくらいでムキになって探しに来るとも思えない。

 といって、見つかったところで助けてくれるわけでもないだろう。武装しているのだとしたら危害を加えられるかもしれない。

 エミィと子供たちはじっと身を潜めた。

 幸運なことに、廊下の足音は医務室のことなど気にもかけず足早に通り過ぎて行った。

 ……ふう。

 エミィは軽く息を()きながら、ドアの窓から廊下の外を窺う。

 歩いていたのはやはり思ったとおり、LSOの兵士たちだった。

 その中に、見覚えのある顔があった。

 

 

 マティアス=ベリア・ネルソンだ。

 

 

 ネルソンが率いている一隊の動きに、エミィは違和感を覚えた。

 他がパニック状態でまったくめちゃくちゃな動きをしているのに、ネルソンが率いる部隊だけは明らかに落ち着いていて、動きに迷いがない。

 ……まるで行き先が決まっているみたいだ、逃げ場なんてどこにもないはずなのに。

 そのときエミィの中でひらめくものがあった。

 

 

 

 

 もしかして、どこかに逃げ道があるのかも!

 

 

 

 

 ……ネルソンのやつ、どうやったか知らないけどこういう事態になることをあらかじめ予測していたのだろう。あのズル賢いネルソンのことだ、ならばきっと逃げ道だって。

 エミィはその僅かな希望に賭けることにした。

 エミィは壁掛け時計を指差しながら、ベッドに横たわる浅黒肌の少年と子供たちに告げる。

 

「わたしが様子を見てくるから、おまえらはここで休んでろ。

 二十分経って戻ってこなかったら、わたしにかまわず先に逃げてくれ」

 

 言うことだけ言って、医務室を出てゆこうとしたときだった。

 

 

 ――行かないで!

 

 

 そう呼び止められたような気がして振り返ると、ベッドに横たわった少年が懇願するような弱々しい目つきでエミィを見つめていた。

 

 ――行ったら殺されてしまうよ! お願いだからここにいて!

 

 少年は泣きそうな顔をしていた。

 そんな少年を見ていたエミィは、ふと先日までの自分の行動を思い出した。

 ……リリセがアンギラスやメカニコングに挑んでいったとき、エミィは必死に止めようとした。

 当たり前だ、死ぬかもしれないのだから。

 その判断が間違っていたとは今でも思わない、死ななかったのはたまたま運が良かっただけだ。

 なんでリリセはそんなときまでヘラヘラ笑っていられるのか、エミィには不思議でならなかった。

 だけど今、そのときのリリセの気持ちがわかったような気がした。

 ……あのとき、あいつもきっとこんな気分だったんだろうな。

 だからエミィは、リリセから言われたのと同じ言葉を少年にかけてやることにした。

 

 

「……大丈夫、大丈夫だから」

 

 

 そう言いながらエミィはベッドに腰を掛け、少年の頭に手を乗せて優しく撫でる。

 

「さっき、モレクノヴァをブッ飛ばしてやったところを見てただろ。

 そんなわたしが、ネルソンみたいなチンピラなんぞに殺されると思うか?」

 

 ……わたしは、上手く笑えているだろうか。

 リリセと違って愛想笑いが苦手だから、あまり自信がない。

 

 そんなエミィの懸念は他所に、少年は()()()()と瞼を閉じていった。

 ……痛み止めが効いてきたのかもしれない。

 でなければ体力の限界だったのだろう。

 あれだけ走り回って、大暴れして、銃で撃たれて、素人手術までされて。

 これまで意識を保っていたのがおかしいのだ。

 

「……おやすみ、相棒」

 

 浅黒肌の少年が眠り込んだところで、エミィは少年の看護を他の子供たちに任せて医務室を後にした。

 次のエミィのミッションは『マティアス=ベリア・ネルソンの尾行』だ。

 

 

 

 

 

 

 ネルソンの後を()けながら、エミィ=アシモフ・タチバナは考える。

 ……これだけの騒ぎだ、おそらく今のネルソンたちは脱出路に向かっているのだろう。

 上手くいけば、わたしたちだってフネのひとつやふたつ手に入れられるかもしれない。

 これはバクチ、賭けだ。

 当てが外れるかもしれないし、バレて殺されるかもしれない。

 運良く海に出られたところで、別の怪獣に襲われたりするかも。

 だが、逃げ場のない島にぐずぐず居残り続けるよりはマシだろう。

 

 それに今日のわたしはとってもツイてるんだ。

 アンギラスを脱走させる作戦も上手くいったし、メガヌロンやカマキラス、モレクノヴァの襲撃からも生き延びたじゃあないか。

 だからもう一回、バクチに勝つくらいの運もあるだろうさ。

 ……そう自分に言い聞かせ、エミィはこっそりネルソンのあとを尾けてゆく。

 

 ネルソンたちはセントラルタワーの根元に辿り着き、いくつか隠し扉のようなものを抜けて地下へ地下へと進んで、やがて最下層へと辿り着いた。

 

 そこは潜水艇のドックだった。

 潜水艇がいくつか泊めてあったが、地上の兵士たちはここの存在自体を知らないのかネルソンたちのほかには誰もいない。

 エミィはそのうちの一艇――船体に『α(アルファー)』と描いてあった――を調べてみた。

 放射線を防ぐ特殊コーティングの施された高速潜水艇。

 おそらくゴジラ襲撃に備えて、幹部たちだけでも逃げ出せるように用意されていたのだろう。

 

 ……しめた、とエミィは思った。

 ビルサルドの技術でアップグレードされてはいるが、ベースは地球の潜水艇だ。

 このタイプなら自分でもなんとか操縦できるかもしれない。

 もし制御スクリプトがビルサルド十六進コードなら、エミィでもセットアップぐらいはできる。

 サルベージ用の潜水艇やボートならリリセと一緒に動かしたことがあるし、ビルサルドの技術で改造してあるにしても設定し直せば普通の潜水艇と変わらない。

 連れてきた子供たちを全員載せると少し過剰積載なきらいもあるが、背に腹は代えられない。

 あとは手動操縦(マニュアル)でなんとかするさ。

 

 ……エミィにビルサルド十六進コードを教えてくれたのは他ならぬ父、レオニード=アシモフだった。

 エクシフに誑かされて家族を蔑ろにし、母を泣かせ、献身の信仰とかいうくだらない妄言のために娘を一人置き去りにして逝ってしまった父。

 そんな愚かで身勝手な父がエミィは大嫌いだったし、今も好きにはなれないと思う。

 

 しかし、こうして独りで頑張ってみると、父を一方的に責めてやろうという気持ちにもなれなかった。

 ……こんな弱っちいわたしが生きていられるのは、単に運がいいだけだ。

 大人たちだってそうだ。ズルいわけじゃない、ただ弱いだけなんだ。

 わたしのパパもそうだ。

 パパはとても弱くて、とてもツイてなかった。

 もうちょっと強くて、もうちょっとツイてたら、今だってきっと生きていただろう。

 パパは悪くない。本物の悪党ってのは、弱いヒトを食い物にしたり弄んだりするクズのことだ。

 そう思えるようになっていた。

 

 

 

 

 そうこうしているうちに、着々と歩き続けていたネルソンたちの足音が止まった。

 ……どうしたのだろう。

 積まれたコンテナの影に素早く身を隠したエミィは、その隙間からそっと覗き込む。

 

 ネルソンたちはある人物と対面していた。

 その人物の姿を見たエミィは危うく声を上げそうになり、口元を両手で押さえた。

 暗闇でも浮き上がる白装束。

 垣間見える長い金髪。

 微笑みを貼り付けたような仮面。

 一度見たら忘れられないインパクト。

 

「……ここで待っていればお会いできると思っていましたよ、ネルソン」

 

 ネルソンにそう会釈する白い怪人。

 その正体は真七星奉身軍の教祖にして聖女、エクシフのウェルーシファだ。

 ……しかしどうしてこいつがこんなところにいるんだ?

 エミィは混乱した。

 

「これはこれは。わざわざ御出迎えにいらっしゃるとは恐悦至極です、ウェルーシファ()

 

 そんなウェルーシファに対し、ネルソンはやけに恭しく、そしてやけに慇懃に頭を下げた。

 

「聖女サマのやんごとなき御考えは、おれみたいな下々の者風情にはわかりかねますがね。

 ()()()()()()、マフネ=アルゴリズムのサンプルはちゃんと持ち出して参りましたよ。

 なにはともあれ、これでおれは、あなたがた真七星奉身軍の一員だ」

 

 ……一体どういうことだろう。

 エミィにはわけがわからなかった。

 

 LSOと真七星奉身軍は敵同士じゃなかったのか。

 なのに、なんでネルソンが真七星奉身軍のウェルーシファにへりくだってるんだ?

 そしてウェルーシファも、ネルソンが目の前にいるのになんで平然としていられるんだ??

 

「ええ。これであなたの運命も、このわたくしと共にある」

 

 そう答えるウェルーシファの様子を見ているうちに、エミィはひとつの真相に辿り着いた。

 ――タチバナ=サルベージにメカゴジラ回収を依頼してきた、正体不明の人物。

 ――まるでリリセたちの到着を見計らったかのようにヒロセ家を襲撃してきたLSO。

 ――そこへタイミングよく現れた奉身軍。

 

 そして、真七星奉身軍襲撃とゴジラ出現を予測していたかのような、ネルソンの冷静な動き。

 そもそもネルソンはこの事態をどうやって予知したのだろうか。

 その答えは簡単だ。

 

 

 

 

 

 

 ウェルーシファとネルソンは、最初からグルだったのだ。

 

 



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62、わるいなかま

 ……まったく、とんだ茶番だ。

 

 ウェルーシファと再会したマティアス=ベリア・ネルソンは、改めてそう思った。

 

 『メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの在処を教えてやるからスパイになれ』と言ってきたかと思えば。

 『ヘルエル=ゼルブの古い友人関係を洗え』だの、『タチバナ=サルベージにメカゴジラを回収させろ』だの『ガキを拐え』だの、理解不能なよくわからん命令ばかり。

 ヒロセ家襲撃の時にいたっては、全部仕組んだ張本人であるはずのウェルーシファがヒーロー顔して現れたものだから、噴き出しそうになるのを堪えるのが大変だった。

 あのときはその場でネタばらししてやろうかとさえ思ったくらいだ。一文にもならんからやめたけど。

 

 LegitimateSteelOrderと、真七星奉身軍。

 ビルサルドとエクシフ。

 新生地球連合内部で勃発した一連の抗争が、ネルソンには馬鹿馬鹿しくて仕方なかった。

 まるでアニメ映画の『ピノキオ』だ。

 メカゴジラⅡ=レックスがピノキオなら、その創造主であるマフネ博士はゼペット爺さん。

 エクシフとビルサルドは人形一座ストロンボリと馬車屋コーチマンで、孫ノ手島は子供をロバに変える島の遊園地(Pleasure Island)

 ストロンボリとコーチマンがピノキオを巡って争奪戦をしたら、こんな状況になるだろう。

 

 ……そしてこのおれ、マティアス=ベリア・ネルソンは、さしずめピノキオを誑かして(さら)うキツネか。

 『正直ジョン』『ギデオン』『ピノキオ』。

 立川でのヒロセ家襲撃においてピノキオに因んだ暗号名を使ったのはネルソンなりの諧謔(ユーモア)だったのだが、誰もわかってくれなかった。

 まったくヤだね、洒落(ネタ)の通じねえ奴らは。

 

 

 あの『ピノキオ』との違いがあるとしたら、ジミニー=クリケット程度の良心を持った奴が一人もいないことだ。

 どいつもこいつも私利私欲と独善にまみれた、性根の腐った屑しかいない。

 眼前にいるブルーフェアリーそっくりの聖女サマ、ウェルーシファさえ本性は邪悪ときている。

 

 策略家としてのウェルーシファの手腕は、目を見張るものがあった。

 結果としてLSOは壊滅状態、当のヘルエル=ゼルブは人間すら辞めてしまった。

 いくらメカゴジラがあったところで、ここまでダメージを受ければ組織としては再起不能だ。

 ウェルーシファも手勢の奉身軍を喪ったが、迷える子羊ばかりのこの御時世、代わりの信者どもなんぞその気になれば後からいくらでも補充できる。

 残った連中なんぞ腑抜けばかり。

 ナノメタルを手にしたウェルーシファに仕切られれば、刷り込みされたヒヨコみたいにピヨピヨついてゆくだろう。

 

 もはやウェルーシファを邪魔する者は一人もいない。

 わずかな手駒を動かすだけでこの状況を作り出せるのだから、エクシフの計算高さはやはり馬鹿にならない。

 

 ウェルーシファにとって、戦争の勝敗などもとよりどうでもよかったのだろう。

 自分の目的さえ達成できればいい。

 ウェルーシファにとって、タチバナ=リリセや信者共はもちろん、あんなに忠実な傀儡だったマン=ムウモさえこの状況を創るために準備した使い捨ての駒でしかなかったのだ。

 ……聖人君子みたいな顔してまったくなんて恐ろしい奴だ、このウェルーシファという女は。

 

 

 そんなことを考えつつ、ネルソンは、ウェルーシファに地上の状況を語り出す。

 

「今、地上は大混乱です。

 エクシフとビルサルドが怪獣まで動員して殺し合ってるところでゴジラが参戦、おまけにビルサルドの大将が虎の子のメカゴジラまで引っ張り出してきた。

 怪獣大戦争だか怪獣総進撃だか、どうでもいいですがおれはもうついていけません。

 まあ、ゲマトロンのお導きとやらのおかげで、色々と面白いものも観れましたがね」

 

 もはや何人が死んでいるかもわからない凄まじい惨状だったが、ネルソンの語り口は楽しげだ。

 ……人がパニックを起こしてるのを眺めるのは、最高に面白い見世物だ。

 自分だけがそのタネを知っていて、しかも他人事のように見物できるとすれば猶更。

 

 戦争に乗じてナノメタルを盗み出すのはウェルーシファと兼ねてから打ち合わせていたとおりだが、ネルソンはもう一枚手札を用意していた。

 選んだのはカマキラスだ。

 

 

 

 ……そうだとも。

 カマキラスの檻を開けて基地内に放ったのはこのおれ、ネルソンさ。

 

 

 

 いくら奉身軍が襲撃してきたといっても、それは飽くまで基地外の話に過ぎない。

 内部の監視を混乱させるならもう一手、怪獣が暴れるくらいの騒ぎが必要だ。

 そしてカマキラスならその役割を十二分に果たしてくれるだろう。

 ……『LSOは仲間じゃないのか、仲間を殺すなんて酷いヤツだ』って? お生憎様、LSOの連中を仲間だと思ったことはない。あんな屑の集まり、仲間だと思われてるだけで胸が悪くなる。

 

 計算外だったのは、アンギラスの脱走だ。

 まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何があったか知らないが、ネルソンにとってはむしろ好都合だった。

 アンギラスが盛大に暴れてくれたおかげで他の怪獣も解放され、カマキラスの檻が開いたことも有耶無耶になってくれた。

 そしてネルソンがナノメタルのサンプルを盗んだこと、そしてその口封じでドクター・オニヤマを始末したことに誰も気づかなかった。

 おまけにネルソンがサンプルを盗んだのと前後して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ネルソンが盗みに入った証拠は何も残らなかった。

 

 ドクター・オニヤマには悪いことをしたな、とネルソンは思った。

 カマキラスに罪を被ってもらう都合から生きたまま斬殺したが、こうなるならもうちょっと楽に死なせてやってもよかったかもしれん。

 ……まあ、死んで当然のことをしていた男だから、これっぽっちも可哀想だとは思わないが。

 まったくバカな男だ。『品種改良したカマキラスの実地テストをしてみないか』なんて言ったら、簡単に乗ってきた。

 いくらマッドサイエンティストと恐れられる男でも所詮は象牙の塔の世間知らず、誑かすことなど容易かった。

 

 

 何はともあれ、計画がすべて上首尾に運んだので、ネルソンはとても上機嫌だった。

 ……今日のおれはとってもツイてる。

 

 

「『ビルサルドの本拠地へエクシフが攻め込んだら、ちょうどそのタイミングでゴジラがやってきた』って、“あのバカタレども”に教えてやったら、あいつらヨダレ垂らして喜んでましたよ。

 これで目障りなビルサルドとエクシフを一掃できる、だそうで」

 

 笑いながら語るネルソンに、ウェルーシファは言った。

 

 

 

「やはり〈総攻撃派〉は核を使うつもりですか」

 

 

 

 新生地球連合軍は、大きく分けて三つの派閥によって成り立っている。

 ヘルエル=ゼルブ率いるLegitimate Steel Orderことビルサルド派。

 ウェルーシファ率いる真七星奉身軍を主体とするエクシフ派。

 そして第三の派閥が首魁を持たない〈総攻撃派〉だ。

 

 

 ――地球に残ったすべての核兵器でもってゴジラを()()()しこの地球から滅却せよ。たとえこの地球もろとも滅びようとも。

 

 

 旧地球連合軍の時代からそう強く主張してきたのが〈総攻撃派〉だった。

 ゴジラ討伐のために核の絶対性へすがり続けた総攻撃派は、今となっては核兵器そのものを信奉するほどに狂い果てていた。

 ……メカゴジラは一度しくじった、もはや核攻撃に頼るしかない。その真理を受け容れられず愚劣な内部闘争を繰り広げるエイリアンとそのシンパには核の鉄槌を下すべし。

 それこそが正しい、人類が救われる唯一の道だ、と総攻撃派は本気で信じている。

 

 総攻撃派の生き残りはヘルエル=ゼルブとウェルーシファによって抑え込まれていたが、その両者が対立した波紋に乗じて勢いを盛り返しつつあった。

 そしてその総攻撃派が、孫ノ手島に現れたゴジラへ核兵器を使おうとしている。

 

「そうらしいですね。

 ビルサルドもエクシフもいない連中が使える対ゴジラ兵器なんて、核ミサイルぐらいなもんでしょう。

 核弾頭百五十発に耐えたゴジラが、今さら数発のミサイルぐらいでどうこうなると連中も思っちゃいないでしょうが、ついでに邪魔者をまとめて片付けるには充分、って考えらしいです。

 あと一時間半もすればこの島も、連中が撃ち込んできたミサイルで跡形もないでしょうな」

 

 さしものヘルエル=ゼルブも、自分の派閥内部に内通者がいることまでは察していても、それがまさか腹心のネルソンで、しかもすべての勢力に肩入れしていた三重スパイだったとは夢にも思っていなかったろう。

 ヘルエル=ゼルブ、いやビルサルドの連中は、口では合理主義を気取っているがその本質は地球人よりもよほど感情的だとネルソンは思っていた。

 

 

 なにが人類最後の希望だ、くだらない。

 それがおまえらビルサルドのおセンチな感傷じゃなくて、一体なんだっていうんだ。

 浪花節の体育会系屁理屈ゴリラめ。

 

 

 総攻撃派はもちろん、エクシフだって同じ穴のムジナだ。

 唱えてる御題目が違うだけで、バカさ加減に関してはビルサルドの連中とさほどの違いもない。

 メカゴジラの扱いについて意見が割れた程度のことで、せっかくまとまった組織を割っていいわけがないだろうに。

 だいたい、いいトシこいた大人が玩具の取り合いで喧嘩とか、まったくバカじゃないのか。

 それで先進種族気取りかよ、カスどもが。

 

 

 その点、マティアス=ベリア・ネルソンは、現実主義者であった。

 

 

 ヘルエル=ゼルブが首魁となって再建した新生地球連合軍がビルサルド・エクシフ・総攻撃派に内部分裂して早々、LSOのネルソンだけは水面下で他の二勢力に接触し、これまで隠密裏に連携をとり続けてきた。

 そのおかげで、思想も人種も違うはずの三勢力でありながら、組織を完全に割ってしまうような大規模な軍事衝突を回避できたのだ。

 

 

 ――おれは平和主義者なんだ。

 

 

 日頃から欺瞞にまみれて生きてきたネルソンだったが、ヒロセ家襲撃の際に発したこの言葉だけは真実だった。

 暴力的な人間と思われがちだが、本当は荒事もそれほど好きじゃない。

 たまたまそういう世界で生まれ育ち、たまたまそういう生き方しか出来なかっただけだ。

 たしかに後楯(うしろだて)としての武力は必要だ。だけど使わずに済むならそれに越したことはない。

 

 人間同士の戦争なんてもってのほか。

 

 ……そりゃあ、やんごとなき皆様におかれましては、さぞ責任とやらをお感じにあらせられるだろうさ。

 しかし、戦争に()けたところで、あんたらはレイプされるわけでも殺されるわけでもない。

 戦犯、失脚、冷や飯喰らいとはいうが、冷や飯でもあれば少なくとも飢え死にすることはない。

 むしろ御大層な責任とやらをお取りになってハラキリ決めれば、歴史にも名前が(のこ)ってさぞカッコいいだろう。

 

 しかし上はカッコよくても、現場は悲惨だ。

 前線の兵士たちは血と泥にまみれて戦い、流れ弾だか爆弾だかで傷つき、時には親か恋人の名前を叫んで泣きわめきながら惨めに死んでゆく。

 そして統計における戦死者の数字がひとつ増えるだけ。

 もしくは作戦行動中行方不明(MissingInAction)ってやつで、生死もろくに確認されず、端数切り捨てで記録にすら残らないことすらある。

 

 

 ……ふざけんじゃねえよクソったれが。

 

 

 こちとら怪獣で手一杯なんだ、なんでてめえらのくだらねえパワーゲームに付き合ってやらにゃならんのだ。

 オペレーション=ロングマーチで少年兵として徴用され、その後諜報の世界で『やんごとなき皆様』の実態を知るようになったネルソンには、そんな想いがあった。

 ネルソンが少年兵の一人として戦いに明け暮れていた頃、まだ幼かった彼にこんなことを言った人がいた。

 

 『大人に利用されて死ぬことはない』

 『その43式艇に乗って逃げなさい。そしてもといた場所に帰って、もとのように自由に暮らせばいい』

 『あなたたちのような子供が死んで、わたしたち大人が生き長らえる、そんなのおかしいんだ』

 

 当時43式艇(ホバーバイク)の乗り方を教えてくれた指導教官が、そんなことを言ってくれた。

 ……なあ、イチジョウ教官。

 あのときはあんたの言った意味がよくわからなかったが、こうして酸いも甘いも噛み分けてみるとあんたの気持ちが分かるようになっちまった。

 あんたの気持ちは無駄にしない。

 

 そしてネルソンは、長きにわたって自分なりの戦いを続けてきた。

 誰もが嫌がる汚れ役を担い、権力者のクズ相手に下げたくもない頭を下げ、好きじゃない荒事に手を染めて、時には人命さえ容赦なく奪ってきた。

 すべては平和のために。

 何はともあれ平和が一番、そう思うからこそ三勢力が上手くやれるように、おれは力を尽くしてきたのだ。

 ……誰も信じちゃくれないがね。今更信じてもらおうとも思わん。

 

 ただ、世間の一般ピープルどもは、おれみたいな日陰者に対してもうちょっと()()()()()ってもんを払ってくれてもいいと思うね。

 それに、理想だの信仰だの一億総玉砕だのアホばっかり抜かしてる御偉方。

 現場の苦労も知らずに好き放題やりやがって、おまえらの後始末を今まで誰がしてきたと思ってやがる。おれがいなけりゃ尻拭いも出来ねえくせに。

 ネルソンは長年そう思っていた。

 

 

 まあ、それも今日までの話だったが。

 

 

 自らの苦心の果ての結末に、ネルソンは皮肉な笑いを抑えきれなかった。

 ウェルーシファ、マン=ムウモ、ヘルエル=ゼルブ、そして総攻撃派。

 せっかく下っ端のおれが苦労してバランスを取ってやってたのに、上がクルクルパーなせいで物の見事に台無しにしやがった。

 今後もやれって? おれはイヤだ。

 

「ま、結果オーライですね。これでゼルブの大将の鬱陶しい長話も聞かなくて済みますし。

 さぞ見ものでしょうな。くだらねえ(いさか)いで火種ばらまいてる社会のゴミが、核ミサイルで仲良く消し飛ばされるのは」

 

 肩をすくめながら笑いを噛み殺すネルソンに、ウェルーシファは「随分と他人事ですねぇ」と言った。

 

「その両者の対立に付け入って力をつけたのは、他ならぬあなたでしょうに」

「さっすがー、聖女サマは御明察ゥー!」

 

 ネルソンがおどけた調子で答えたとおり、ウェルーシファの指摘は事実である。

 新参の部類であるネルソンがLSO指揮官の立ち位置になれたのも、三者の対立構造に付け込んだ結果だった。

 

 しかし、それをさも悪いことのように言われるのは心外だ。

 ビルサルド、エクシフ、総攻撃派、新生地球連合軍は何もかもが違う連中の寄り合い所帯だ。揉めないわけがない。

 そこで生じる調整役としての需要をこのおれ、ベリア・ネルソンが埋めてやっただけだ。

 ……その隙間で色々と美味しい思いをさせてもらったのも事実だが、それは役得というものさ。

 

 そんなネルソンの心情を見透かしたように、ウェルーシファが深々と息を吐いた。

 

 

「……あなたのような人間がいるから、この世界は終わってしまうのでしょうね」

 

 

 ウェルーシファの言葉は、口調こそ穏やかで落ち着いているが、辛辣な冷たさを孕んでいた。

 とかく慈悲深いと御噂の聖女サマでも、誰かを軽蔑することがあるのだろうか。

 

「そんな人間をスパイとしてコキ使ってきた御方に、どうこう言われたくはありませんなあ……」

 

 言いながらネルソンが手振りで指示すると、配下の兵士たちが一斉に銃を構え、ウェルーシファへと向けた。

 無数の銃口を向けられながら、ウェルーシファは身じろぎもしない。

 

「我らエクシフの信仰に帰依したと思ったら、さっそく宗旨替えですか。気が早いですね」

「あいにくエクシフは嫌いなもんで」

 

 肩を竦めながら反駁するネルソン。

 口調は軽妙だが、目は決して笑ってはいない。

 

 

 ……おまえらエクシフは昔からそうだ。

 何もわかっちゃいないくせに、何か悟ったようなことをペラペラ喋る。

 そうやって綺麗事を並べる一方で、目的のためには自分の信者どもを捨て駒にするような下劣な真似も厭わない。

 そして、ヒロセ家襲撃後にLSOのアジトへ殴り込んできたタチバナ=リリセを思い出す。

 全身に爆弾を巻き付けた姿で「家族を返せ」と殴り込んできた、思い詰めた悲痛な表情。

 あれを焚きつけたのはウェルーシファだ。

 

 ……悪党の風上にも置けない、ゲロ以下の悪党ってのはテメーのことだ、ウェルーシファ。

 世間知らずの小娘とはいえ無関係な女子供をくだらねえ内部抗争に巻き込んだ挙げ句、あんな自爆攻撃までけしかけやがって。

 

 だからエクシフは嫌いなんだよ。

 

「それに、『幹部の座を保障するなら、ゴジラ討伐の切り札になるナノメタルを渡す』って言ってやったら、総攻撃派の連中が思い切り食いついてきましてね。

 口では『ロボット怪獣なんて必要ない』だの色々ほざいてましたが、連中も結局のところはメカゴジラが欲しいみたいです。

 あいつら正真正銘のイカレポンチだから、世界最大の水爆(ツァーリ・ボンバ)を山ほど載せた『ぼくの考えた最強のメカゴジラ』でも造るつもりなんでしょうよ」

 

 ……まあ、そんなバカはやらせませんがね。

 そしてネルソンは今後の展望を語った。

 

「『エクシフのウェルーシファ様も、ビルサルドのヘルエル=ゼルブも、ゴジラの襲撃に巻き込まれて死亡。遺体は総攻撃派の核ミサイルに焼かれて灰すら残らなかった』

 『そんな中、このベリア・ネルソンがゼルブのナノメタルを回収し総攻撃派と合流、リーダー不在の地球連合軍でゴジラの襲撃からも生き残った英雄マティアス=ベリア・ネルソンが、分かたれていた新生地球連合軍を一つにする』

 ……っていうシナリオはどうです?」

 

 ネルソンの野心を、ウェルーシファはウフフフと声高に笑い飛ばした。

 

「これは、面白いことをおっしゃるのですね。

 あなたがどれだけヒトのあいだで力を振るおうと、怪獣の前ではそんな力など無に等しい。風の前の灰よりも儚いものです。

 ……ビルサルドたちの行く末は見抜いたというのに、未だにそれを理解できていないとは」

 

 そんなウェルーシファの皮肉も、ネルソンには痛くも痒くもなかった。

 どんな御高説を垂れようが、最後に物を言うのは暴力(チカラ)だ。

 せいぜい吠えるがいいさ、聖女サマ。

 

「出世は男の本懐だ。

 まあ、日頃から信者たちに祀り上げられてる聖女サマにはおわかりいただけないでしょうがね」

 

 ネルソンは、眼球に埋め込んだスキャナーでウェルーシファを透視する。

 ……袖口にゲマトロン演算結晶の端末を隠し持っているようだ。

 しかし出力装置がなければあんなものはただの電卓だ。それがいったい何の脅威になる。

 他に銃器や薬物など、こちらを攻撃できる危険性はゼロ。

 通信機すら持っていない、丸腰そのものだ。

 仮に自棄になって素手で殴り掛かってくるとしても、サイボーグ強化したおれたちにかなうはずがない。

 

 遠くからズズウンという地鳴りが響き、塵がぱらぱらと降ってきた。

 もはや長居は無用だ。

 

「さて、そろそろお喋りする時間も惜しくなってきた。言い残すことはありますかな、聖女サマ」

 

 兵士たちが撃鉄を起こす。

 あとは引き金をひくだけで、ウェルーシファは蜂の巣だ。

 ……宗教家ってのはこれだからバカなんだ。

 建前、つまり手前で吐いた嘘に手前で騙されてやがる。

 せめて信者どもを連れてくるくらいの用心をしておけば、盾の代わりにはなったろうに。

 ネルソンは内心ほくそ笑んだ。

 

 

 そんな中、ウェルーシファが自らの仮面に手をかけた。

 

 

 警戒する兵士たちにウェルーシファは告げる。

 

「大丈夫ですよ、仮面をとるだけです。

 最後の瞬間くらい素顔の自分でいたいので」

 

 ……それくらいならかまわねえだろう。

 まさか目からビームを放つわけでもあるまい。

 それに、聖女様が日頃から隠している御尊顔が如何なるものか、興味が湧かないでもない。

 ネルソンは配下に指示を下し、ウェルーシファの希望をかなえてやることにした。

 

「おい、外させてやれ」

 

 ネルソンは配下に指示を下し、ウェルーシファの希望をかなえてやることにした。

 「……お心遣い、感謝します」と礼を言いながらウェルーシファが仮面を外し、その素顔を(さら)け出す。

 

 ネルソンたちが初めて拝んだ、ウェルーシファの素顔。

 その顔の右半分には痛々しい火傷があり、片目には義眼が嵌まっている。

 

 

 

 

 

 

 なんだ、意外とつまらねえな。

 

 

 

 

 

 

 ……ウェルーシファの素顔を見たとき、ネルソンはそう思った。

 勿体ぶって隠すほどでもない。これくらいの火傷ならいくらでも見たことがある。

 

 それにしてもウェルーシファ、なかなか良いオンナだな。

 改めて見れば小娘でもババアでもない、ほどよく熟れた体をしている。むしろ上物だ。

 腐った性根と顔の火傷に目を瞑れば、モノにしてもいい。

 ……それとも、いっそ殺さずに慰み者として人買いにでも売り飛ばしてやろうか。

 ()()()()()が好きな御大尽(おだいじん)もいないことはなかろうて。

 そんな下衆なことを考え始めたネルソンを見ながら、素顔のウェルーシファが口を開いた。

 

 

「……ところで、ベリア・ネルソン。

 あなたは神を信じますか?」

 

 

 ……は?

 何言ってんだこいつ?

 ウェルーシファによる突拍子もない質問に、ネルソンは虚を突かれた。

 戸惑いを隠しつつ答える。

 

「さてね。目に見えるものしか信じないんで」

 

 ぞんざいなネルソンの答えに、ウェルーシファが「ならば」と続けて訊ねた。

 

「目に見える神の神業(みわざ)が、いまこの場に現れたらどうします? 信じますか?」

 

 ……この女、何の話をしてる?

 唐突に禅問答を始めたウェルーシファ、それを怪訝に思うネルソン。

 ウェルーシファの奴、追い詰められた挙句に頭がおかしくなったのか?

 それとも信仰に訴えかけて同情でも誘おうってのか?

 

「流石にそうなったら信じるでしょうな、ひれ伏して拝んであげますよ……ま、そんなもんがいるんだったら、の話ですがね」

「……そうですか」

 

 適当に相槌を打つネルソンに、ウェルーシファが告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ならば伏して拝みなさい。

 我らの“神”を」

 

 



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63、おわりのはじまり

 

 

 ウェルーシファの義眼が一瞬、光ったような。

 それと同時に、ネルソンの背後で重たいものが倒れる音がした。

 

「……え?」

 

 振り返ると、背後にいた兵士のひとりが口から血を吐きながら地面に倒れ伏していた。

 ビリヤードを突いた連鎖反応のように、兵士たちが声もないままバタバタと倒れてゆく。

 その全員が、口と鼻から大量の血液を噴き出していた。

 広がってゆく血溜まり。

 その場に立っているのは、ネルソンとウェルーシファだけになった。

 

「お、おいっ、なにしやがった!?」

 

 たった一人きりにされて動転するネルソンに、ウェルーシファは飄々と答えた。

 

「お気に召しませんか?

 巷では魔女と呼ばれておりますので、ここはひとつ魔女らしく『魔法』を使ってみましたが」

「魔法、だと……!?」

「ええ」

 

 呆然とするネルソンに、にこやかに笑うウェルーシファ。

 ……魔法だと?

 現実と認知の齟齬が、ネルソンの足元をぐにゃりと歪ませる。

 

「この狭い世界の実存しか捉えようとしないあなたには、決して見えない魔法ですよ。

 ああ、それとも聖女らしく、『奇跡』とでも言いましょうか?」

 

 ……バカな。魔法だと。奇跡だと?? ふざけやがって。

 そう怒鳴り返してやろうとしたネルソンだったが、声にならなかった。

 

 ネルソン自身の鼻と口からも、大量の血液が溢れ出たからだ。

 

 ネルソンの全身を高熱が襲い、ぐにゃぐにゃになった手足から力が抜け、周囲の兵士たちと同じようにその場へ倒れ込む。

 

 地に伏したネルソンたちに対し、ただひとり、ウェルーシファだけが直立していた。

 あんた、一体、なにをした。

 そう口にしようとするネルソンだったが、気道から込み上げてくる血で窒息し呼吸すらままならない。

 

「……見縊られたものですねえ。

 我々エクシフが鍛えているのが、数学だけだとでも思っていたのですか?」

 

 地面に這い蹲ったネルソンの頭上から、ウェルーシファの穏やかな声が届いた。

 

「あなたがたは、我々エクシフが数学以上に『言葉』に長けた種族であることを見落としている。

 あなたの体内ナノマシンは、ハードはビルサルド由来でもソフトはエクシフ由来のゲマトロン言語で書かれている。

 たとえ姿形(すがたかたち)が違おうと、話す言葉が同じなら瞞着(まんちゃく)するのはそう難しいことではない」

 

 ネルソンたちの体内ナノマシンにクラッキングを仕掛けた、とでも言いたいのだろうか。

 たしかにゲマトロン演算結晶の端末を持ってはいたが、そもそもゲマトロン演算結晶にそのような通信機能はない。

 入口がないのに、いったいどうやって侵入したのだ。ありえない。

 

 混乱するネルソンの内心を見透かしたかのように、ウェルーシファは答えた。

 

「だから御説明申し上げたではありませんか。あなたには決して見えない『魔法』だと。

 あなたは大切なことをわかっていない……」

 

 魔法も奇跡もあるわけがない。すべては合理的な説明がつく。

 かつてビルサルドのヘルエル=ゼルブに師事したネルソンは、そう考えていた。

 しかし今、ネルソンの知る世界を超えた事象が起こっている。

 

 ウェルーシファは、呻くことすらできないネルソンの傍にかしづき、穏やかに告げた。

 

 

 

「わかっているつもりで何もわかってはいない、あなたもそんな小賢しい人間の一人にすぎないということですよ」

 

 

 

 

 「ナノマシンだけではない」とウェルーシファは言った。

 

「この世界は物語のようなもの。

 ゲマトロン演算はその物語へと干渉するテクノロジー、すなわち神の言葉。手にとって触れられなくとも神は実在するのです。

 ……まぁ、あなたごときに説明したところでおわかりいただけるとは思えませんが」

 

 ウェルーシファの長話を、ネルソンは聞いていなかった。

 大量の血を吐きながら床を転がるネルソン。

 

「ごぼっ……がっ……!」

 

 灼熱の激痛で皮膚の感覚は既になく、目がかすみ、三半規管は踊り出し、いつしか聴覚までもが狂い始めている。

 今やウェルーシファの声が遠くから響いているようにも、耳元で囁かれているようにも聞こえている。

 そんなネルソンを、ウェルーシファが優しく抱き上げた。

 ウェルーシファの白装束を、ネルソンの全身から噴き出た鮮血の赤が汚してゆく。

 

「……かつて地球で流行したウィルス感染症、その症状を再現してみました。

 免疫系を狂わせ、高熱で全身を焼き、肉体を構成するタンパク質を溶かしながら速やかに死に至らしめる……

 惨たらしいものですよ、全身の穴という穴から体液すべてを零れさせながら迎える最期は」

 

 ウェルーシファが説明する中、ネルソンが何事かを呟いた。

 

「やく、そくが、ちが……」

「……『約束』?」

 

 胸倉を掴もうと力なく手を伸ばすネルソンに、その手をそっと握りながらウェルーシファはフフと笑った。

 

「先に銃を向けたのはそちらでしょう?

 それに、()()()()()()()()()()()()()()ものですよ」

 

 ところで、と血にまみれたウェルーシファが、ネルソンに囁きかける。

 

「ところで如何です。

 我らの『神』ならば、あなたを救って差し上げられますが」

 

 エクシフの神にお願いすれば助けてくれる、とでもいうのだろうか。

 祈って助かるなら苦労はない。

 そんなネルソンの思考に答えるように、ウェルーシファは首を横に振った。

 

「いいえ。しかし、魂は救われます。

 滅びに至る道程(みちのり)は安らかであるべきだ」

 

 祈れば魂は救われる。

 そんな提案、平時のネルソンなら鼻で笑うところだ。

 

 しかし、全身から血液を噴き出して痙攣し、高熱に脳を燻られ、無力に糞尿を垂れ流し続けながら苦痛に苛まれることしか出来ない今のネルソンに、そんな冷静な判断力など欠片もなかった。

 朦朧とした意識に溺れてゆく最中、救い上げるように差し伸べられた藁へネルソンはすがってしまう。

 抱かれて見上げたウェルーシファの表情は、聖母のような慈悲深い微笑を湛えていた。

 

「いいでしょう。

 我らの神を讃える、その名を乞うだけでいい。

 声に出せないなら、心の中で祈るだけでかまいません。

 いいですか……」

 

 ウェルーシファは、ネルソンの耳元に顔を寄せ何事かを告げた。

 ネルソンは何も考えず、言われたとおりに心の中で祈った。

 

 

 

 

「“……我らが大旆(たいはい)を掲げよ”」

 

 

 

 

 神への救済を求めるネルソン。

 そんな彼を見下ろしながら、ウェルーシファが朗々と詠唱する。

 

 

「“我らは明星、ひとつにして無数。

 

 高位の門を開き、堕天の虹を迎え入れん。

 

 堕天の虹よ、無尽の輝きよ。

 

 地獄を天国に変え、堕ちたる明星を熾天の階へと導きたまえ。

 

 そなたの秘めたる真名を告げよう――――”」

 

 

 呪文のようなものを唱え続けるウェルーシファの背中から、人ならざる影が伸びていることにネルソンは気がついた。

 体内のセンサーは相変わらず何ひとつ検知していない。

 ……だからこそおかしい。

 センサーの挙動とは裏腹に、ネルソン自身の視覚が、感覚が、その存在を認識していた。

 

 

 なんだ、こいつは。

 一体なんなんだ。

 ウェルーシファが背負うこの『虹』は。

 

 

「……出世は男の本懐、でしたか。

 ならば喜ぶといい。『高次元存在との合一』、これ以上の()()などこの現世(うつしよ)にはありますまい」

 

 そう語るウェルーシファの背中から『蛇のような細長い頭のシルエット』が鎌首をもたげ、シルエットは『三つの頭を持った虹』となった。

 

 

 

 

 ピロピロピロピロピロ

 ケタケタケタケタケタ

 イヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……

 

 

 

 

 『虹』は、笑い声とも電子音ともつかない奇怪な咆哮を挙げながら舌なめずりをしている。

 ……ネルソン、とウェルーシファは愛おしげに名を呼んだ。

 

「あなたはわたくしを憎むでしょうが、わたくしはあなたがたLSOも、総攻撃派も憎んだことはなかった。

 ゼルブの描いた夢がたとえそれが物質文明の傲慢さ故の絵空事だとしても、わたくしにはとても眩しかった。

 核兵器にありもしない希望を抱き続けた総攻撃派の愚かしさも、わたくしにとっては等しく愛おしい。

 この世界に堕ちたわたくしが捨てざるを得なかったモノたち。

 ビルサルドの理想も、総攻撃派の執念も、それらを愚弄したあなたの卑しささえ、わたくしにはかけがえのないものでした……

 

 その『献身』は、決して無駄にしない」

 

 

 ネルソンを包み込むように抱きかかえながら、胸元で祈りの聖印を結ぶウェルーシファ。

 それはかつて西洋のルネサンス期に数多く創られた『死んだ息子を抱く聖女の彫刻』、いわゆる『ピエタ』によく似ていた。

 

 

「ですからどうか、最期だけでも、あなたがたのために祈らせてください。

 新生地球連合軍の終焉に、救済があらんことを――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてウェルーシファは、胸の中で抱きしめていたネルソンを『虹』へ差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『虹』はネルソンを咥えて食らいついた。

 三本の頭を持つ『虹』は、すぐさま頭同士で餌の奪い合いを始めた。

 三つの頭で我先に争ってがっついているうちに、『虹』は獲物ことネルソンを取り落としてしまった。

 冷たい金属の床へ投げ出されるネルソン。

 

「ひ、ひぃ……!」

 

 全身をずたずたに食いつかれても、ネルソンはナノメタルの生命維持機能のおかげで生きていた。

 床に這い蹲ったネルソンは辛うじて無事な片腕を伸ばして床の溝に指をかけ、体を引きずりながらその場から逃げようとする。

 

 

 そのネルソンの指を『虹』は毟り取った。

 

 

 絶叫するネルソン。

 その足首に『虹』が食らいつき、ネルソンを逆さまに吊し上げた。

 首の一本がネルソンを押さえつけ、残り二本がしゃぶりつく。

 手足の関節すべてを捩じ切りながら脇腹と肩を噛み砕き、目鼻耳舌を引っこ抜いて、喉を抉り取る。

 鳥の羽根を毟るようにネルソンの身体を少しずつ啄んでゆく『虹』。単に殺すのではない、面白半分で玩具にしているのだ。

 ……かつてネルソン自身が、多くの人間たちを愚弄してきたように。

 

「……ッ……っ!…………ッッ!!…………」

 

 『虹』に噛みつかれるたび、声の無いまま悲鳴を挙げるネルソン。

 八つ裂きの細切れにされ、それでもなお死ねない断末魔。

 『虹』に食い殺されながらネルソンは、ウェルーシファのいう『神』へ救いを求めた。

 

 

 

 

 だが、聞き入れてくれる神などいない。

 こうして、マティアス=ベリア・ネルソンは細胞の一粒まで丹念になぶられたあと、跡形もなく食われてしまった。

 

 

 

 

 ネルソンを喰い尽くし、飛び散った血飛沫も丹念に舐め取った『虹』は、まだまだ物足りないとばかりに首をするする伸ばし、ウェルーシファの眼前でのたうち回っている新生地球連合軍兵士たちへと襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一連の光景を、エミィ=アシモフ・タチバナは物陰から見ていた。

 

 ウェルーシファがなんだかよくわからない方法でネルソンたちを倒し、そしてなんだかよくわからない怪物を使って人間を喰い殺した。

 まるで砂場に描かれた絵が突風で吹き消されるみたいに、マティアス=ベリア・ネルソンたちの遺体は指一本、血痕ひとつ残さず消滅した。

 

 エミィは、自分は何かとんでもないものを見てしまったのだと悟った。

 今見つかったら、自分も間違いなく殺される。

 

 そう思った途端、おもむろにウェルーシファがこちらの方へ顔を向けようとしたので、エミィはすぐさま顔を引っ込めた。

 そしてウェルーシファの足音がエミィの方へと近づいてくる。

 ……エミィの存在を察知したのか、それとも単にこっちに用があるだけなのか。

 コンテナ一個を隔てた向こう側に、ウェルーシファが立ち止まった。

 

(……何をしてるんだ?)

 

 エミィが覗き込もうとしたコンテナの隙間から、先ほどネルソンを食い殺した『虹』がするすると顔を覗かせてきた。

 危うく顔が触れるところで慌てて引っ込め、エミィは喉を引きつらせそうになりながらより一層身を縮こませる。

 

 このときエミィにとって幸いだったのは、『虹』は自身で物が視えるわけではないらしいことだった。

 ウェルーシファ本人の視覚に頼っているのか、単にウェルーシファの操り人形でしかないのか。

 どちらなのかはわからないが、こうして顔が向きあっていても周囲を嗅ぎまわっているだけで、エミィには噛みつこうともしてこない。

 

 

 しかし、この『虹』に見つからなかったとしても、それを操るウェルーシファ本人に気づかれたらおしまいだ。

 コンテナの向こうにいるウェルーシファに気づかれぬよう、エミィは呼吸の音さえ漏らさぬように口元を抑え、顎がガチガチと音を立てそうなので指を噛んで堪える。

 ……恐ろしい。どれだけ身を縮こませようとも、全身の震えが止まらない。

 

 やがて『虹』が動き出した。

 気のせいだろう、とでも結論づけたのだろうか。

 『虹』はその細長い頭をするりと引っ込め、ウェルーシファの足音がコンテナを脇に通り過ぎて行く。

 エミィも静かに立ち位置を変え、ウェルーシファから死角になるように移動する。

 一瞬垣間見えたウェルーシファの背に、『三つの頭を持った蛇のシルエット』が見えたような気がしたが、再び確認する勇気は出てこない。

 

 

 

「……エミィ=アシモフ・タチバナ」

 

 

 

 あやうく心臓が止まりそうになった。

 

 

 

「そんなに怯えなくて大丈夫ですよ。あなたに危害を加えるつもりはありませんから」

 

 がたがた震えながら覗き込むと、コンテナの傍でウェルーシファが立ち止まっていた。

 

 ウェルーシファの顔には既に仮面がかかっており、口元にはいつもどおり柔らかな微笑みを湛えている。

 先ほど見えた背中の怪物は気のせいだったのだろうか、今はウェルーシファの姿しか見えなかった。

 ウェルーシファが言った。

 

「〈堕天の虹〉はあなたのことが嫌いのようだ。

 あなたの身体からは、冒涜者の匂いがする」

 

 その言葉の意味をよく理解できないエミィを尻目に、ウェルーシファはすたすたと歩き出した。

 

「お行きなさい。あなたとはもうお会いすることもないでしょう。

 あなたは自らの魂の赴くまま、為すべきことを成すといい。

 それがあなたに課せられた『献身』の道です」

 

 そのままウェルーシファはエミィの方へ振り返ることもなく、ネルソンたちとエミィがやって来た順路、すなわち階上に出て行った。

 

 

 

 

 ウェルーシファがその場を立ち去ってから、エミィは噛んでいた指から血が滲んでいることに気づいた。あまりに一生懸命に噛んでいたので、指先を切ってしまったのだ。

 それからもエミィはしばらくコンテナの影から動くことが出来なかった。

 ……エクシフはウソツキだ、ウェルーシファもどうせ同類のペテン師だろう。

 エミィはそう思っていたが、真実は違った。

 

 エクシフの聖女、ウェルーシファ。

 あいつはただのペテン師なんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本物の怪獣(バケモノ)だ。

 

 



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64、オール怪獣大進撃

 

 完成したメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ(レックス)

 その姿はかつて観たエガートン=オーバリーの映画に出てきたメカゴジラと似ていたが、モデルになったゴジラ細胞の影響か、わたし、タチバナ=リリセの目にはより禍々しさが増しているように見えた。

 ……まるで骸骨みたいだ。

 ゴジラの似姿として造られた白銀色のスーパーロボット、それがメカゴジラなのだけれど、眼前で実際に怪獣の死骸を貪食するシーンを目の当たりにしたからか、命を刈り取る死神のようにも思える。

 かつて『人類最後の希望』と呼ばれたメカゴジラ、その進化した姿がゴジラを象った髑髏の死神とは、まったく皮肉が効いている。

 効きすぎて反吐が出る。

 クソッタレにもほどがある。

 こんな禍々しい姿がレックスの本性だろうか。

 

 ……頼りになるけど、子供っぽいレックス。

 アンギラスを追っ払い、マタンゴを蹴散らし、ラドンと互角に渡り合い、メカニコングを吹っ飛ばし、毒や怪我まで治してくれて何度も命を助けてくれたレックス。

 髪に花を挿してあげたときの笑顔がとても可愛らしかったレックス。

 その本性は、こんな機械仕掛の餓者髑髏(ガシャドクロ)だったのだろうか。

 

 

 いや違う。

 

 

 たしかにこの姿もレックスなのかもしれない。

 だけど、それは飽くまで一面だ。

 花の美しさに目を惹かれ、人が楽しそうにしていれば無邪気にはしゃぎ、命の尊さをちゃんと理解してくれる。

 わたしが知っているレックスは、そういう善い子なのだ。

 こんな恐ろしいロボットの死神なんかじゃない。

 ……そう信じたかった。

 

 

 物言わぬメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの巨体がレックスの姿に重なる。

 わたしには、レックスが泣いているかのようにも見えた。

 ……どうか、もうこれ以上レックスを苦しませないで欲しい。

 お願いだから誰もレックスをいじめないで。

 

 

 わたしは祈りながら、戦いの趨勢を見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ、モード:Dominus(ドミヌス)

 ヘルエル=ゼルブが構想した『パクス=ビルサルディーナ』の中核、怪獣艦隊の旗艦となるべく開発されたメカゴジラの改良型。

 そのコックピット――その肉体は最早メカゴジラそのものと一体化していると言っても過言ではなかったが――から、ヘルエル=ゼルブはゴジラの姿を眺めていた。

 

 ……ザルツブルクの防衛戦線を思い出す。

 ビルサルド族長ハルエル=ドルドの副官であると同時に最前線で指揮を執る軍人でもあったヘルエル=ゼルブは、かつて地球の戦線でゴジラを間近に見たことがあった。

 

 ――鋭利な背鰭。

 ――黒い肌。

 ――怒り狂ったその表情。

 

 ゼルブ率いるビルサルド技術部隊の支援を受けていたはずのメーサー大隊を、いとも容易く蹴散らしたその圧倒的なパワー。

 ナノメタルを搭載されたガイガンのファイナルフォームを一欠けらも残さず蒸発させた、あの狂暴性。

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの眼前に立ちはだかるゴジラの姿は、かつてゼルブが見たその姿と寸分も変わらなかった。

 

 そんな猛々しいゴジラの威容を眺めながら、ゼルブは自らの魂が震える感覚を覚えた。

 恐怖で? いいや、これは武者震いだ。

 ゴジラを前にしたヘルエル=ゼルブは、不遜にもまったく恐れを感じていなかった。

 むしろその戦意は激しく燃え盛り、その脳裏にはかつて地球での会合で鑑賞した『歓喜の歌(An die Freude)』が高鳴っている。

 

 旧地球連合ブエナヴェントゥラ陥落から十五年、ゴジラは完全に姿を晦ましていた。

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ完成の暁には、草の根分けてでも探し出すつもりだった。

 

 ……しかしまさか自ら出向いてくれるとは。

 おかげで手間が省けたというものだ。

 この孫ノ手島が、貴様の墓場となるのだ。

 

 LSOが捕らえたメガニューラ、メガギラス、エビラ、カマキラス、クモンガ、アンギラス。

 奉身軍の連中が連れてきたZILLA。

 途中で飛び入り参戦してきたラドン。

 その他保管されていた実験体。

 そのすべてがマフネ=アルゴリズムの餌食になった今、もはや孫ノ手島そのものがメカゴジラとなっていた。

 この島全体を、おまえを殺すための処刑場に作り替えてやる。

 

 

 

 ……ゴジラめ。

 まずはおまえの強さを確かめさせてもらう。

 

 

 

 LSO統制官ヘルエル=ゼルブは、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩのコックピットから、島中のナノメタルへコマンドを送信した。

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩを見据えていたゴジラの眼前、孫ノ手島の大地から金属の噴水が噴き上がった。

 孫ノ手島の地下で増殖したナノメタル。

 その総量は測定不能。

 地下から噴き上がったナノメタルの噴水は、やがて七つのシルエットを形作ってゆく。

 

 

 巨大な翼を広げた、空の大怪獣。

 

 サソリの鋏と尾、そして蜻蛉の俊敏さを併せ持つ、超翔竜。

 

 左右非対称の鋏を備えた、深海の恐怖。

 

 引き締まった細身の体躯を持つ、強脚の巨獣。

 

 長い脚のカギ爪と鋭い毒牙をぎらつかせた、巨大毒グモ。

 

 両手の鎌を研ぎながら今か今かと舌なめずりする、殺人カマキリ。

 

 そして、無数の棘と頑強な鎧で身を固めた、暴龍。

 

 

 ラドン、メガギラス、エビラ、ZILLA、クモンガ、カマキラス、そしてアンギラス。

 ゴジラが先程殺した怪獣たちの似姿。

 マフネ=アルゴリズムのナノメタルで喰い尽くした七大怪獣を、ナノメタルで再生させたのだ。

 

 

 ……見たか、ゴジラ。

 そして(おそ)(おのの)くがよい。

 これがナノメタル、そしてビルサルドの力だ!

 

 

 破壊せよ(Destroy)怪獣軍団(All Monsters)

 

 

 ヘルエル=ゼルブの号令に従い、復活した七大怪獣は一斉に動いた。

 数十メートルの巨大怪獣たちが島の一点、ゴジラを目指して襲い掛かってゆく。

 それはさながら怪獣総進撃であった。

 そんなナノメタル怪獣軍団を忌々しげに睨みつけていたゴジラだったが、迫りくる七大再生怪獣の総攻撃に怯むことなく威嚇の咆哮を挙げた。

 

 

 

 

 ゴジラの咆哮、それが開戦のゴングだった。

 

 

 

 

 真っ先に襲い掛かったのは、強脚怪獣ZILLAであった。

 自慢の強脚を活かして高く飛び上がり、ゴジラにハイジャンプキックを喰らわせようとする。

 

 しかしゴジラは、ZILLAのジャンプの間合いを完全に見切っていた。

 

 ゴジラは俊敏な動きで身を翻し、紙一重で回避しながら放射熱線を撃ち込む。

 ゴジラの放射熱線がZILLAの右腕をかすめ、深々と抉り飛ばした。

 

 ZILLAは、使い物にならなくなった右腕を引き千切り、ゴジラへ飛び掛かる。

 ゴジラは、そんなZILLAを捕まえて組み伏せて足蹴に踏み付けると、その胸部目掛けて猛烈なパンチを叩き込んだ。

 レールガンさながらに加速された強烈な鉄拳がZILLAの胴体を覆っているナノメタル装甲を貫通、そのまま内部のメカニックを握り締めて引っこ抜く。

 

 体内のものをすべて掻き出され、虚ろな胸郭を曝け出しても、ナノメタルで改造されたZILLAはそれでもなお反撃しようとした。

 だが、ゴジラのパワーには到底敵わない。

 足の下でもがいているZILLA、その頭部にゴジラが放射熱線を撃ち込んだ。

 そして先の戦いと同様に頭が粉砕されたところで、ZILLAはようやく動かなくなった。

 

 

 

 ゴジラがZILLAをバラバラにした、その次に襲い掛かったのは深海の恐怖エビラだった。

 自慢の大鋏:クライシス・シザースを打ち合わせながら挑発し突進、渾身の力でゴジラを抑え込もうとする。

 ゴジラもまた真正面から組み付いた。

 

 がっしり四つに組み合った二大怪獣の力比べ。

 万トン級の巨体が均衡し、両怪獣の足が大地へとめり込む。

 

 その押し合いに勝ったのはゴジラの方だ。

 メキメキと轟音が響き、ゴジラはエビラの鋏をまたしても引っこ抜く。

 先とは異なりナノメタルで闘争本能を過剰に刺激されたエビラは、両腕を失っても突進を仕掛けようとする。

 

 その鼻先に、先ほどZILLAを打ち砕いたゴジラの重厚な正拳突きがめり込んだ。

 

 響き渡る大砲のような轟音、一撃で叩き潰される外殻。

 艦砲の集中砲火や重爆撃にも耐えるほど頑強なエビラの殻をメガトン級の衝撃波が駆け抜け、エビラの脳髄を木端微塵に爆砕した。

 

 

 

 そのゴジラの背後に飛来したのは超翔竜メガギラス。

 無音の飛行でゴジラの死角から素早く忍び寄り、尾の針とハサミでゴジラの首を背後から刈り取ろうと迫る。

 

 そんなメガギラスの尻尾を、ゴジラは尾の先で搦め獲った。

 

 不意打ちをするつもりが逆に捕らえられてしまったメガギラスは脱出しようともがいたが、ゴジラのパワーは桁違いで()(ほど)けない。

 ゴジラはメガギラスを尻尾で搦め獲ったままハンマーのように振り回し、そして投石機のように放り投げた。

 

 投げ飛ばされたメガギラスは宙を舞い、続けざまに飛び掛かろうとしていたカマキラスと衝突。

 思いきり全身を強打したメガギラスとカマキラスは、為す術もなく合挽のミンチになった。

 

 

 

 敵を二体同時に屠ったことで満足げに唸るゴジラだったが、その頭を空の大怪獣ラドンが襲った。

 生前は不意打ちの狙撃で戦うまでもなく倒されてしまったラドンだったが、今度はラドンの方が不意打ちを喰らわせた。

 おろし金のような腹部のトゲでゴジラの後頭部を削る。

 

 頭を打ち付けてたたらを踏んだゴジラ、その胴体に暴龍アンギラスが迫った。

 ナノメタルで強化された棘と装甲で身を覆ったアンギラスは身を丸めて前転、やがてタイヤのように高速回転しながら、ゴジラへと突進を仕掛ける。

 ビルサルド製のセントラルタワーを削り取ったアンギラスの突進技、『暴龍怪球烈弾(アンギラスボール)』。

 研磨機さながらの猛速回転で、鋼鉄よりも硬いゴジラの体表を削った。

 

 ふらつくゴジラの頭上へ、空中で急旋回したラドンが舞い戻った。

 鋭いカギ爪と膂力でゴジラの首を抑え、研ぎ澄まされたクチバシを登山家のピックのように振り下ろす。

 ダイヤモンドより硬いクチバシが、ゴジラの脳天を穿つ。

 ラドンに気を取られたゴジラ、その死角からアンギラスボールの一撃が再び襲った。

 今度も直撃、不意打ちで背中を突き飛ばされ、ゴジラは思わず膝を突いた。

 

 そんなゴジラを、空高く舞い上がったラドンが嘲笑う。

 二大怪獣アンギラスとラドンの巧みな同時連携攻撃だ。

 

 

 ゴジラも一方的に翻弄されるばかりではない。

 ゴジラが鋭い目線で見据えた先は、地面を駆けるアンギラス。

 地面を削りながら大地を転がり、ゴジラに向かって三度迫ろうとする凶暴凶悪なアンギラスボール。

 

 ゴジラは自らの尻尾を構え、ホームランバッターのように力一杯振り抜いた。

 ゴジラの尻尾はアンギラスへと直撃し、大気の炸裂音が響き渡った。

 

 打ち飛ばされたアンギラスの巨体、吹っ飛んでいった先は空を飛ぶラドンだ。

 三度の急降下を目論んでいたラドンは、飛んできたアンギラスボールの直撃を受けてバランスを崩し、アンギラスと縺れ合いながら錐揉み回転で墜落してしまった。

 

 

 

 アンギラスとラドンを撃破したゴジラの頭上に、黄色い毒網が降りかかった。

 クモンガのデスクロスネットである。

 ナノメタルで強化された網が幾重にも被さり、ゴジラの動きを封じ込める。

 

 ゴジラがデスクロスネットに揉まれているうちに、ノックアウトされていた怪獣軍団は体勢を立て直した。

 どれも深手を負っていたが、ナノメタルで生命力を極度に活性化されているためか痛くも痒くも感じていない。

 立ち上がった怪獣軍団は、ほぼ同時にゴジラへと飛び掛かった。

 アンギラス、ラドン、ZILLA、エビラ、カマキラス、クモンガ、メガギラス。

 怪獣軍団の同時総攻撃、これならゴジラもかなうまい。

 怪獣軍団は勝利を確信した。

 

 

 しかしゴジラはものともしなかった。

 

 

 背鰭を青く瞬かせ、その光熱でデスクロスネットを焼き切ると、迫りくる怪獣軍団へと果敢に立ち向かってゆく。

 アンギラスの首を食い千切り、メガギラスとラドンとカマキラスを尻尾でまとめて叩き落し、エビラの顔面を抉り、そしてクモンガとZILLAを放射熱線で重ねて撃ち抜いた。

 怪獣王ゴジラには、怪獣軍団が束になってもかなわないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな怪獣軍団の醜態を眺めながら、ヘルエル=ゼルブは嘆息した。

 

 ……雑魚をまとめても話にならん。

 そもそもゴジラは『怪獣黙示録』の時代、その頂点に君臨していた存在だ。

 『怪獣黙示録』で暴れ回っていた三下怪獣では到底相手にならないようだった。

 

 だがこれならどうだ?

 ヘルエル=ゼルブはコマンドを送信する。

 

 

 

 

〈 コード、キメラ! 〉

 

 

 

 

 



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65、七重の者

 ……といった具合で第二話の冒頭、『メカゴジラ率いる怪獣軍団と、それを迎え撃つゴジラ』という場面に至るのである。

 怪獣軍団相手に縦横無尽に暴れ回るゴジラ。

 その光景をわたし:タチバナ=リリセは、セントラルタワーの廃墟から観戦していた。

 

 ZILLA、エビラ、メガギラス、カマキラス、クモンガ、ラドン、そしてアンギラス。

 一体だけでも恐ろしい大怪獣が七体も!

 まさにオールスター、オール怪獣大進撃だ。

 そして、そんな怪獣オールスターをまとめて相手にしても()()ともしないゴジラ。

 ゴジラって、なんて強いのだろう。

 まさにゴジラ無双、キングオブモンスターだ。

 

 

 

 

 ……いや、そんな感慨に耽ってる場合じゃないんだけどさ。

 早く逃げないとわたしもゴジラに殺される。

 

「ふんっ、このっ、くっ……!」

 

 しかし、鉄骨の隙間に挟まった脚がどうしても抜けない。

 いくら引っ張っても、持ち上げようとしても駄目だ。

 誰か来てくれたら持ち上げてもらうことも出来そうだが、わたし一人ではどうしても抜け出せそうにない。

 『脚を切り落として逃げる』、そんなのは勘弁願いたい。第一、道具もないしね、あったところでイヤだけど。

 

 ゴジラの方を改めて見ると、ゴジラはラドンの足首を掴んでジャイアントスイングで振り回し、ZILLAとアンギラスとエビラとクモンガをまとめてブン殴っていた。

 なんとも豪快な暴れっぷりだ。

 ゴジラが巨大な脚を踏み込むと、その衝撃で地震が起きていた。

 わたしが脱出できるチャンスがあるとすれば、この島中を揺らす『振動』だ。

 ゴジラや怪獣たちが暴れる度、その振動でわたしの脚を挟んでいる鉄骨が少しずつ動いていることにわたしは気づいた。

 もしもこの振動が上手くこの鉄骨を動かしてくれたら、脚を抜いて逃げられる。

 もちろん悪いこと動いたら、鉄骨がわたしの脚を潰してしまう危険もある。そのときは止むを得ない、脚を捨てて逃げるしかない。

 そうならないことを祈るばかりだ。

 

 そんな具合で足掻いていたわたしは、ゴジラにまとめて薙ぎ倒されていた怪獣軍団の様子が変わったのに気が付いた。

 ……どうしたのだろう。

 さっきまでは我武者羅に襲い掛かるばかりだったのに、今は映画を一時停止したみたいに動きを停めている。

 

 再び一斉に動き出した怪獣たちは一ヶ所に集結し、組体操をするかのようにがっちり組み合った。

 その体と体が触れ合ったところから銀色のナノメタルが染み出し、怪獣の身体同士を丁寧に縫い合わせてゆく。

 くっついた部分は練り込まれる粘土のように混ぜ合わされ、やがて一つの大きな塊へとまとまってゆく。

 

 ……こんなの、まるで合体じゃないか。

 

 そして一連の合体作業が終わり、完成したその姿にわたしは息を呑んだ。

 

 

 

 

 全体のシルエットは直立したサソリのような、ハサミと翼と毒針を持った巨大イカのような、異様な姿をしていた。

 全長は目算で150メートル、体高はゴジラより大きく80メートルくらいはある。

 まず複数の長い脚が伸びた下半身はクモンガそっくりで、クモンガの尻から伸びているのは長い尾、その先端にはメガギラスのような毒針が備わっている。

 両腕はエビラのクライシスシザースと、カマキラスのハーケン。

 背中にはラドンのような大きな翼があり、さらにZILLAの鋸のような背鰭と、アンギラスのクリスタルのトゲまである。

 そしてその怪獣の顔は、ベースとなった七体の怪獣すべての要素をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたようだった。

 ……なんて歪な顔なのだろう。

 

 まるで〈キメラ〉だ、とわたしは思った。

 キメラとは神話に出てくる怪獣だ。

 頭がライオン、胴体はヤギ、尻尾は毒蛇という複数の猛獣の特徴を組み合わせた姿を持つ。

 バラバラの部品を縫い合わせたような姿、いわゆる合体怪獣である。

 

 物の本で『違う動物の細胞が合成された生物のことを『キメラ』というのだ』と聞いたことがある。

 バイオテクノロジーで複数の生き物の遺伝子を掛け合わせて実際にキメラを作る研究もあったらしい。

 でもまさか現実に()()()()()を創れるなんて。

 実現したキメラ怪獣を前に、わたしは底知れぬ嫌悪感を覚えた。

 もちろん自然にこうなるわけがないし、ましてや生きた怪獣が合体してキメラになるはずもない。

 これもきっとナノメタルが成せる(わざ)なのだろう。

 

 生まれたてのキメラ怪獣が、大地を踏みしめながら産声を挙げる。

 素材となった七体怪獣のそれを合成したような不気味な咆哮が、孫ノ手島全体に響き渡る。

 

 そんなキメラ怪獣を、ゴジラはより一層の激憤(いかり)に燃えた表情でじっと睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビルサルドのヘルエル=ゼルブ。

 

 かつてビルサルド長老ハルエル=ドルドに次ぐ地位にいながら、マフネ=アルゴリズムをめぐった地球連合上層部の政争に敗れて失脚。

 最終的にはメカゴジラ建造計画からも外れ、歴史の表舞台から姿を消すこととなった。

 

 とはいえ以後の歳月を無為に過ごしていたわけではない。

 ゼルブが次に着手したのは、かつて盟友マフネと共に手掛けた自身の原点。

 つまりLTF構想であった。

 

 ヤツラを戦わせろ:LetThemFight。

 頭字語で〈LTF構想〉。

 

 端的に言えば、怪獣同士を戦わせることで相討ちを狙う作戦、およびその作戦を実行するための研究である。

 怪獣同士を戦わせる、そのために様々な手法が検討ないし考案されてきた。

 各怪獣がそれぞれ持っている習性を利用して誘導し、怪獣同士が鉢合わせするようにしたり。

 複数の怪獣が殺し合い、疲弊したところへ大量破壊兵器を投入して一網打尽にしたり。

 

 しかし最も理想的なLTFは、やはり『人間の完全制御下に置いた怪獣によるもの』であろう。

 

 もちろんすべての怪獣がLTFに適しているというわけではない。

 たとえば、もしも強い毒を武器として用いる怪獣がいた場合、その怪獣がいくら強力だったとしてもLTFには適さない。

 その怪獣が広範囲に渡って毒を撒き散らすようなことがあれば、怪獣が暴れるよりも大きな被害が出ることになってしまう。

 どんな怪獣も一長一短、それぞれ個性がある。

 チタノザウルスを筆頭に、バラゴン、バラン、アンギラス、エビラなどさまざまな怪獣が運用され、最適なLTFを目指して試行錯誤が重ねられたがどれも理想とは程遠かった。

 完全無欠、史上最強の怪獣。

 打倒ゴジラを目指し、人類はLTF構想に適う怪獣を模索し続けた。

 

 

 

 

 ……そこで誰もが疑問に思うであろう。

 『なぜ自分で作らないのだろう?』と。

 

 

 

 

 人類にはバイオテクノロジーがある。

 それで生体兵器を作ればいいではないか。

 実際にそれを提唱した男がいる。

 のちにLSOに籍を置くことになるマッドサイエンティスト、〈ドクター・オニヤマ〉である。

 オニヤマはこうぶち上げた。

 ――バイオテクノロジーで怪獣の細胞同士を掛け合わせ、最強の〈キメラ怪獣〉を創ろう!

 人の手でゴジラを倒すことが出来ないのなら、〈ゴジラを超えた超ゴジラ〉を人類の手で創ろうじゃないか。

 素材は南極半島の基地に保存されている『ゴジラ細胞のサンプル』を使えばいい――

 オニヤマは、ゴジラ研究の第一人者だったヴィルヘルム=キルヒナー博士の教え子だった。

 最もゴジラに近づいた男の弟子だったからこそ、『ゴジラ細胞をベースとしたキメラ』というアイデアにも行き着いたのだろう。

 

 しかしそれは現実のものとはならなかった。

 なぜなら、そもそも実現困難だからである。

 

 怪獣以前に、キメラを創ることが難しい。

 家畜を素体に人間の臓器を作る『臓器キメラ』の研究であれば遥か以前から進められていたが、完全な新生物をキメラで作るとなると次元が違う。

 ましてや既知の動物の中では未知の部分が最も多い怪獣の細胞で、それも同種同族でなく異種間を掛け合わせて作る、破綻の無い完璧なキメラ。

 仮にそんなものを創り出せたとして、実用に堪えるかどうかともなればそれこそ天文学的な確率となってくるだろう。

 とても現実的ではない。

 

 それにもう一つ人類たちを躊躇させたのは、かつて中国で起こった『ヘドラ作戦』の失敗だった。

 中国が怪獣相手に投入した生体化学兵器:ヘドラは北京から天津を汚染、取り返しのつかない汚染をもたらした。

 『もし第二のヘドラ事件が起きたら?』

 その恐怖を、人類はどうしても払底することが出来なかったのだ。

 ……もっともそんな悠長なことを言っていられたのは数年の話であり、西暦2042年には皮肉なことに地球人自らの手でヘドラ復活計画が進められることになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 かくして『ゴジラ細胞をベースにしたキメラ』というオニヤマのアイデアは非難を浴び、オニヤマは学会を追放された。

 

 

 ドクター・オニヤマが構想した超ゴジラ。

 彼は自らが夢見たキメラ怪獣のことを、〈キングゴジラ〉と呼んでいた。

 ……馬鹿馬鹿しい。子供の発想だ。

 ヘルエル=ゼルブもオニヤマのアイデアを聞いた当初はそう思ったが、一方で大きなインスピレーションを与えることとなった。

 たしかに子供染みている。

 が、一理ある。

 都合のよい怪獣がいないというなら、自分たちで造ればよいではないか。

 『ゴジラ細胞を使った新兵器』を。

 

 技術不足? ならば我々ビルサルドが手伝ってやってもいい。

 ビルサルドは遺伝子組み換えで〈抗核エネルギーバクテリア〉の開発に成功していた。地球人のテクノロジーでは不可能だとしても、ビルサルドなら実現できる。

 ヘドラ事件? 未熟な下等種族のくせに未知の生物兵化学器など使うからだ。

 たとえそれが新たな(ネオ)ヘドラを生むことになろうと、ビルサルドの技術ならば制御可能だ。恐るるに足らん。

 そう考えたゼルブがゴジラ細胞を用いた新型キメラ怪獣兵器の開発計画を立案したところ、思いも寄らぬ物言いがついた。

 

 歯止めを掛けたのは地球連合の上層部。

 つまり地球人だ。

 賛同してくれる者もいたが、大半はこう言って拒否した。

 

 

『生命倫理に反する』

 

 

 ……意味不明だ。

 LTFで怪獣を散々操っておいて今さら何を言っているのやら。

 だいたい遺伝子組み換えで新しい作物や家畜を造り出すのと一体何が違うというのだ。

 今、そんなことを言っている場合かね。

 まったく、わけがわからない。

 

 まあ、いい。

 地球人が意味不明で不合理なのは昔からだ。

 色々と理屈は並べているが実際のところは自分の制御を超えるのを恐れているだけ、つまり覚悟が足りないのだ。

 そんな地球人の腰抜けぶりには腹が立つことも多かったが、それを追求しても仕方ない。

 ゴジラ細胞が使えないというのなら、他のものを使えばよいだけのこと。

 

 

 我々には、ナノメタルがあるではないか。

 

 

 ナノメタルの分子制御で細胞間の拒否反応を抑え込み、上手く馴染ませて繋ぎ合わせる。

 中和剤(メディウム)のようなものだ。

 これなら破綻しない。

 ヘルエル=ゼルブは、『ナノメタルを活用したキメラ兵器』の開発に着手。

 その構想について旧地球連合政府のとある高官に話した際、このようなことを言われた。

 

『そんなおぞましいものを〈人類の希望〉などと言っていたのか!?』

『この、侵略者どもめ!!』

 

 ……侵略者?

 我々ビルサルドの最高傑作にして究極素材、ナノメタルを捕まえて『侵略者』だと?

 何が侵略だ。礼儀知らずの下劣なカスめ。

 

 ゼルブの怒りを買ったその高官は()()()()()に遭ってもらったが、彼のおかげでゼルブのアイデアが地球人の感性には致命的に合わないこともわかった。

 かくしてゼルブの研究は地球人たちには勿論、ゼルブを失脚させたハルエル=ドルドやムルエル=ガルグにすら伏せたまま進められたのだった。

 

 

 

 

 ……それから二十年。

 ヘルエル=ゼルブが進めていた研究は、ついに実を結んだ。

 

 

 

 

 七体もの怪獣を合体させた、キメラ怪獣。

 その究極の威容には、流石のゴジラもたじろいでいるかのようだ。

 どうだゴジラめ、恐ろしいだろう! ヘルエルゼルブは勝ち誇った。

 かつてヘルエル=ゼルブが試作品として開発したキメラは、『二重の者(デューテリオス)』と呼ばれていた。

 ならば、七種合体のこのキメラは『七重の者(セプテリウス)』とでも呼ばれるべきだろう。

 ゼルブはセプテリウスに命じた。

 

 

 ――ゆけ、セプテリウス! ゴジラを倒せ!

 

 

 主人の命令に応え、キメラ=セプテリウスはゴジラに挑みかかった。

 

 



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66、悲鳴 ゴジラ対キメラ

 ゴジラ対キメラ怪獣。

 わたし、タチバナ=リリセの前で対峙する両者。

 

 

 先に動いたのはキメラ怪獣だ。

 クモンガの脚を深く屈伸し、高く飛び上がるキメラ怪獣。

 ゴジラより一回りも大きな巨体にも似つかわしくない、とてつもなく軽やかな動き。まるでZILLAのジャンピングキックだ。

 さらにラドンとメガギラスの翼で羽ばたいて高いところまで舞い上がり、ゴジラ目掛けて思い切り急降下を繰り出す。

 ゴジラは自分を上回る巨体の急降下攻撃を真正面から受け止めてしまい、キメラ怪獣に伸し掛かられてしまった。

 

 有利なマウントポジションを築いたキメラ怪獣は、エビラのハサミ:クライシスシザースと、カマキラスの鎌:クラッシュハーケンの四刀流で、ゴジラを滅多切りにかかった。

 

 

 ゴジラも負けてはいない。

 背鰭を青く光らせながら(りき)んだゴジラは、放射熱線をキメラ怪獣に向けて放つ。

 渾身の力を込めて撃ち出されたのはただの熱線ではない。

 青く渦巻く光の槍、いわばスパイラル熱線だ。

 ライフル弾のように鋭い螺旋を巻いた線条光がキメラ怪獣の右肩を貫き、その肉を骨ごと撃ち抜いた。

 

 肩を深々と抉られ、その場に引っ繰り返ったキメラ怪獣。

 傷口からはナノメタルの混じった銀色の血液が噴き出し、聞くだけでも傷ましい、裂けるような悲鳴がキメラ怪獣の口から洩れる。

 ……これほどの大怪我なら致命傷だ。

 もう駄目だろう。

 わたしがそう思ったときだった。

 

 

 

 キメラ怪獣の肩が泡立ち、盛り上がった。

 

 

 

 まるで蝋燭が融けるのを逆回しにしているみたいだ。

 抉れた傷が再生しているのだ。

 苦痛に転げ回っていたキメラ怪獣が咆哮を挙げ、むくりと起き上がった。

 再生後のキメラ怪獣の肩は形がより歪になってはいたが、傷そのものは完全に塞がっていた。

 

 完全復活したキメラ怪獣はメガギラスそっくりの尾を振りかざす。

 狙う先はゴジラの鼻先。あの鋭い毒針で、ゴジラの顔を串刺しにするつもりなのだろう。

 

 顔面に飛んできた毒針を、ゴジラは顎で受け止めた。

 まるで達人の真剣白刃取りだ。

 

 尻尾に食らいつかれたキメラ怪獣は引き抜こうとするが、ゴジラの顎の力には押すことも引くことも出来ない。

 やがてゴジラの口元で硬いものが砕けてゆく音が鳴り、ゴジラはキメラ怪獣の尻尾に噛みついたまま思い切り首を捻った。

 キメラ怪獣の尻尾は半ばの所で千切れてしまい、尻尾を喪ったキメラ怪獣が悲鳴を挙げて後ずさる。

 

 直後、尻尾の傷口からまたしても肉が盛り上がり、新しい尻尾が生えてきた。

 

 再生した毒針はより凶悪なデザインに変わっていた。

 尻尾が生え変わる光景はわたしに『トカゲが尻尾を切って逃げる光景』を思い出させた。

 しかしトカゲの尻尾は最初から切れる部分が決まっているし、そもそもこんな一瞬で生え変わったりはしない。

 このキメラ怪獣の再生はどうみても異常だ。

 これもきっとナノメタルの力なのだろう……

 

 というところまで思い至ったわたしは戦慄のあまり全身が粟立ち、脂汗が滲み出るのを感じた。

 

 思わず、自分の下腹部へと手が伸びる。

 かつて多摩川河川敷でアンギラスと戦ったときに負った深手。

 あの時、メカゴジラⅡ=レックスはナノメタルの力でわたしの怪我を完璧に治してくれた。

 おかげでわたしは今も生きている。

 あのとき、わたしがレックスにどれだけ感謝したかわからない。

 

 しかし今、キメラ怪獣の身に起こっていることはそれの裏返しだ。

 腹部を鉄棒で串刺しにされても死なずに済んだのがナノメタルのおかげなら、放射熱線で斬り裂かれたり体の部品を毟り取られても死なないのだってナノメタルのおかげだ。

 わたしも一歩間違えたらキメラ怪獣のようになっていたかもしれない。

 ……なんて恐ろしいテクノロジーだろう。

 

 

 

 

 ちぎってもちぎっても再生するキメラ怪獣。

 眼前で繰り広げられた異様な光景に、流石のゴジラも動揺していたようだった。

 だがすぐに気を取り直してキメラ怪獣へと挑みかかる。

 体格では劣っているもののパワーはゴジラの方が上だ。それにゴジラには放射熱線がある。

 他方、キメラ怪獣は腕を毟られたり熱線で胴体をぶち抜かれたり、一歩的に痛めつけられるばっかりだった。

 かといって死ねるわけでもなく、すぐさまナノメタルが傷を直してしまう。

 

 その光景を見ていたわたしは、ある怪獣のことを思いだした。

 

 

 

 

 ――サイボーグ怪獣、ガイガン。

 

 

 

 

 オペレーション=ロングマーチで地球人と共にゴジラと何度も戦ったという、ゴジラの宿敵だ。

 ゴジラ相手には結局一度も勝てなかったけれど、敗ける度にパワーアップし最後まで勇敢に戦った逸話で知られている。

 わたしがガイガンのことを教わったのは、通っていた幼稚園でのことだ。

 

 ――恐竜みたいにスマートなシルエット。

 

 ――全身に満載した強そうな武器の数々。

 

 ――サングラスみたいな赤い目もナイスガイって感じでとってもクール、カッコいい!

 

 わたしはガイガンという怪獣を、一目見ただけで好きになってしまった。

 幼稚園でガイガンのことを知り、家に帰ったわたしは、実際にオペレーション=ロングマーチに従軍したことのあるゴウケンおじさんにガイガンのことを訊ねた。

 

『ガイガンってどんな怪獣だったの? 一緒に戦ったの? カッコよかったんでしょう?』

 

 ゴウケンおじさんはこう答えた。

 

 

 

 

『二度と聞くな』

 

 

 

 

 凄まじい剣幕だった。

 いつもは優しいおじさんなのに、その時だけは本当に恐ろしかった。

 

 『おじさんはどうしてガイガンのことを話したくないのだろう?』

 

 わたしはその疑問を胸の奥に仕舞い込み、以来二度とガイガンのことを話題に出さなかった。

 大きくなってオペレーション=ロングマーチの実情を学んでからは、『ゴウケンおじさんはガイガンを実際に見たことがなかったのだろう。怒ったのはきっと作戦中に嫌なものを沢山見たからに違いない』と結論付けた。

 以来オペレーション=ロングマーチについて、わたしの方からゴウケンおじさんに訊ねることは少なくなっていった。

 

 だけど今ならわかる。

 ゴウケンおじさんがガイガンのことを話さなかったのは、オペレーション=ロングマーチ絡みの話題だからでも、ガイガンのことを知らなかったからでもない。

 むしろ、ガイガンの実像を知っていたからこそ、口を(つぐ)んだのだ。

 

 身体を改造されてラジコンのように操られ。

 

 全身を八つ裂きにされても死ぬことはできず。

 

 勝てもしないゴジラに叩き潰され続ける……

 

 きっとガイガンの戦いも、実際はこのようなものだったのだろう。

 

 

 

 

 まさに今わたしの眼前で繰り広げられている、ゴジラとキメラ怪獣の戦いのような。

 

 

 

 

 ゴジラの放射熱線がキメラ怪獣の頬に直撃、顔を半壊させた。

 しかし、その手傷もすぐさまナノメタルで補修されてしまう。

 顔がより醜く崩れた状態で再生されたキメラ怪獣は口を大きく開き、ゴジラに向かって糸を吐きかけた。

 クモンガのデスクロスネットを使うつもりか。

 

 そして次の瞬間、べちょり、とキメラ怪獣の下顎が融け落ちた。

 

 喉の奥から絶叫を絞り出すキメラ怪獣。

 デスクロスネットの猛毒に自分自身が冒され、自分の顎を融かしてしまったのだ。

 

 

 毒吐き攻撃に失敗したキメラ怪獣は、次に片手のハサミを振り上げた。

 15メートルに及ぶ巨大なハサミ、エビラ自慢のクライシスシザースだ。

 巨大戦艦さえも叩き折る一閃がゴジラへ直撃、弾け飛ぶ破裂音が響いた。

 

 だが手傷を受けたのはキメラ怪獣の方だ。

 クライシスシザースがぶら下がっている肩が、おかしな方向に折れ曲がっている。

 クライシスシザースのパワーに耐えかねて肩を壊してしまったのだろう。

 せっかく強力なパワーを与えられたというのに、キメラ怪獣はそれらをまったく使いこなせていない。

 

 ……考えてみればおかしなことでもない。

 デスクロスネットもクライシスシザースも、それぞれの怪獣固有のものだ。

 クモンガの顎の構造は毒を発射するために最適化されているし、クライシスシザースだってエビラだからちゃんと使いこなせる。

 それなのに毒を吐く能力、巨大なハサミを振り回すパワーだけ移植すれば、当然こうなる。

 どんな怪獣、いやどんな生物だってそうだ。

 生き物の体は、どれも一つの完成形だ。出鱈目に切って貼って(カット&ペースト)していいものではない。

 『頭を複数にしよう!』『飛べるように翼をつけてやれ!』『金属の鱗を着けたら頑丈だろう!』

 たしかにどれも実際の生物の特徴かもしれないが、しかしそれら全部を一緒にしたような生き物なんているはずがない。ただ有用だからと何も考えずに一部分だけ取り出して組み合わせるようなことをすれば、必ず破綻する。ましてや生物兵器だなんて。

 ……この場にエミィがいなくてよかった。

 動物をこよなく愛するエミィに、こんな残酷な光景は絶対見せられない。

 

 

 勝手に自滅して怯んだキメラ怪獣に、ゴジラは放射熱線を浴びせた。

 スパイラル熱線の乱打。

 首を抉り、尾を斬り裂き、腕を吹き飛ばす。

 飛び散る銀色のナノメタルと、ナノメタル混じりの肉片。

 全身を膾切りにされたキメラ怪獣は絶叫し、地面へと倒れ伏した。

 

 しかし、そこまでされてもキメラ怪獣は死んでいなかった。

 すぐさまナノメタルで再生され、より歪んだ形へとパワーアップして立ち上がる。

 こうして復活()()()()()キメラ怪獣は、再びゴジラに戦いを挑んでゆく。

 

 ――色んな怪獣の強い部分だけ組み合わせて、無敵の怪獣を作ろう!

 ゴジラを倒せる最強の合体怪獣の誕生だ!!

 わっはっは、素晴らしいだろう!!

 

 そんな風に自慢するへルエルゼルブの姿が目に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吐き気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ゴジラを倒せる最強の合体怪獣』?

 そんなの、ただの見栄だ。

 そんなくだらないことのためにこんな怪獣まで造って、どこまで幼稚で身勝手なんだろう。

 『色んな怪獣の強いところだけ組み合わせた、最強の怪獣を造ろう』だって?

 これまで見せられた中でも下劣極まりない、最低最悪のアイデアだ。

 パクス=ビルサルディーナとかいう誇大妄想もろくでもないと思ったけど、まさかそれより酷いものがあるなんて。

 

 

 何より不幸なのは、このキメラ怪獣自身だ。

 

 

 キメラ怪獣が動くたびに、ブチブチメキメキと骨肉の裂ける音が聞こえてくる。

 ……きっと上手く動けないのだろう。

 それに時間が経つにつれて、足取りもふらついてきているように見える。

 エビラのクライシスシザースとカマキラスのハーケン、ラドンの翼、メガギラスの尻尾、追加したパーツが多すぎるのだ。

 そしてこんな巨体では、クモンガの細長い肢では到底支えきれない。

 バランスを考えずに色んな怪獣の強い部分()()を組み合わせて作った結果、こんな無茶苦茶な生き物になってしまった。

 

 それでも動くことができるのは、ナノメタルで強引に継ぎ接ぎしているからだ。

 仮にゴジラを倒すことに成功したとしても、ナノメタルの力がなければこのキメラ怪獣はすぐに死んでしまうに違いない。

 

 

 ……あるいはそれも織込済なのかも。

 

 

 ――『ゴジラを倒せる怪獣』など、ゴジラを倒してしまえば用はない。

 むしろ長生きしてもらっても邪魔になる。

 用が済んだらとっとといなくなってもらった方が都合がいい……

 へルエル=ゼルブのような下劣な屑なら、これくらいのことは考えるはずだ。

 そしてそんな人間のエゴの行き着いた先が、このキメラ怪獣の惨たらしい姿なのだ。

 

 そんなキメラ怪獣をゴジラは徹底的に痛めつけた。

 放射熱線で腹を抉り、手足と翼をもぎとり、尻尾を食い千切る。

 動くことさえままならず、延々と全身をボロボロにされ続けるキメラ怪獣。

 それでもキメラ怪獣は戦いをやめようとしない。

 いや、()()()()()()()()()()。脳髄までナノメタルに入り込まれたキメラ怪獣は、主人のヘルエル=ゼルブから送られてくる指令コマンドには逆らえないのだ。

 きっとキメラ怪獣は最後までゴジラとの戦いを辞められないだろう。最後の最期、ゴジラの放射熱線でナノメタルが一滴残さず焼き尽くされるまで。

 

 猛毒で自壊した下顎、クライシスシザースの一撃に耐え切れずに壊れた肩、体重を支えられず萎えてしまった足をナノメタルが繕い始めた。

 メキメキという音とともに欠損部が再生してゆき、キメラ怪獣が叫び声を挙げる。

 

 きっと苦しいだろう。

 

 痛くてたまらないだろう。

 

 それでも戦いをやめられない。

 

 これは単なる苦痛の悲鳴じゃない。

 人間の欲望に弄ばれた、怪獣たちの悲鳴だ。

 

 

 

 

 

 

 ……やめてよ、もう。

 

 

 

 

 

 

 可哀想だよ。

 

 お願いだからやめて。

 

 いくらなんでも むごすぎる。

 

 叶うものなら、今すぐ飛び出してでも辞めさせたかった。

 だけど、わたしごときにそんなことなど出来はしない。

 出来ることと言えばただ見守ること、そして祈ることだけだ。

 

 人間でもエクシフの神でも、誰でもいい。

 どうかおねがいします。

 彼らをもうこれ以上苦しませないで。

 

 おねがいだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪獣軍団の再生からセプテリウス誕生まで、ずっと不動の司令塔に徹していたメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ。

 

 その足元にセプテリウスの頭が転がってきた。

 ゴジラのスパイラル熱線で首を刎ねられてしまったのだ。

 首を喪った胴体の方は、脊髄に埋め込まれたナノメタルのおかげで首無しのまま戦闘を続けていたが、感覚器がないためまるで見当違いの方角を出鱈目に攻撃することしか出来なかった。

 やがてゴジラのスパイラル放射熱線をもろに浴び、バラバラに切り刻まれてしまった。

 

 メカゴジラの足元で藻掻いている、セプテリウスの頭。

 ゴジラを倒せと命じられたセプテリウスは、頭だけの状態になっても戦うつもりのようだった。

 

 

 が、ヘルエル=ゼルブはやめさせた。

 

 

 ……もういい。

 たしかに、ナノメタルがある限りいくらでも再生できる。このまま持久戦を続けていれば、『ゴジラが息切れを起こして倒れる』なんてこともあるかもしれない。

 しかし、根本的にスペックが違いすぎる。

 これ以上続けていてもナノメタルを消耗するだけだ。

 きっとゴジラが力尽きるより先に、孫ノ手島に埋蔵したナノメタルを使い切ってしまうだろう。

 雑魚を掻き集めて合体させたところで、所詮は雑魚か。

 

 データは充分に得られた。

 おまえなんぞにもう用はない。

 

 ゼルブが停止コマンドを送信すると、セプテリウスは動きを停止。

 動かなくなったセプテリウスの頭はどろりと融け、地中へと染み込んで消えた。

 

 ……さて、ゴジラ。

 前座とのお遊びはここまでだ。

 今度はこのヘルエル=ゼルブの駆るメカゴジラⅡ=ReⅩⅩが、貴様を屠ってくれよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴジラがスパイラル熱線でキメラ怪獣の首を刎ねたとき、わたし:タチバナ=リリセは、心の底から「よかった」と思ってしまった。

 ……よかった。もうキメラ怪獣が苦しめられることはない。

 そんな風に思ったのだ。

 

 無論、わたしの祈りが届いたわけではない。

 ゴジラからすれば、勝てもしないのにいつまでも絡んでくる鬱陶しい奴を始末しただけだ。

 ……あるいはガイガン、ひいては他の怪獣たちのこともそんな風に思っていたのかもしれない。

 宿敵、ライバル、そんな勝手なキャラ付けをして喜んでいたのは人間の方だけで、ゴジラからすればしぶといストーカーかなにかとしか思っていなかったかもしれない。

 ……なんて勝手なんだろう、と自分でも思う。

 無理矢理とっ捕まえて改造して兵器にしておきながら、目の前で痛めつけられたら「可哀想」で、惨たらしく殺されたら「良かった、これで苦しまなくて済む」??

 まったく、手前勝手にもほどがある。とっ捕まえて改造したのも、痛めつけるように仕向けたのも、何もかも人間なのに。

 

 そんなことを思っていたとき、戦いの趨勢に動きがあった。

 

 

 〈メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ〉が、遂に動いた。

 

 

 赤い瞳に電光が灯り、クリスタル状の背鰭と尾を振るいながら、カギ爪を備えた脚で大地を踏みしめる。

 銀色のボディが身じろぐたびに金属のパーツが組み替わり、擦過音が重なる鋼のシンフォニーとして島中に響き渡る。

 メカゴジラの重く低いエンジン音は、皮肉なことに宿敵ゴジラの唸り声とよく似ていた。

 

 ゴジラも動いた。

 今眼前に立ちはだかっているのは不遜にもキングオブモンスターを模して造られたという複製、十七年前に葬ったはずの宿敵。

 繊維質の筋肉で編み上げられた身体が軋み、背鰭で青い稲光を明滅させながら、超然とした双眸を憤怒に燃やす。

 メカゴジラを睨みながら、ゴジラは大音声の咆哮で島の空気を震わせた。

 

 

 両者は、同時に大地を蹴った。

 

 

 怪獣王:ゴジラは咆哮し、威嚇するように背鰭を光らせながら大地を踏みしめ、メカゴジラに向かって突貫を仕掛けた。

 鋼の王:メカゴジラⅡ=ReⅩⅩも雄叫びのような重い金属音を轟かせ、脚部プラズマブースターを全開にゴジラへ突撃する。

 

 

 怪獣王と鋼の王。

 二体の王による大激突は、孫ノ手島の大気と大地、ひいては全世界をも揺るがした。

 

 



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67、激闘Ⅰ ~『ゴジラ×メカゴジラ』より~

 

 ゴジラとがっつり掴み合ったメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ。

 組み合ったゴジラとメカゴジラが地面を踏みしめるたびに、大砲並の地響きが島中に轟く。

 

 ゴジラがメカゴジラの腕を振り払い、その長い尾を思い切り振り回してメカゴジラの首元へ強烈な一閃を叩き込んだ。

 純ナノメタル製の機体にゴジラの尻尾がめり込み、首が明後日の方向へ捻じ曲がる。

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩはものともしない。

 

 自身の首に打ち込まれたゴジラの尻尾を、逆にメカゴジラⅡ=ReⅩⅩは捕まえた。

 鋼のバルクが躍動し、ゴジラの尾を掴んで巨体を持ち上げて背後の岩山へ目掛けて投げ飛ばす。

 ゴジラの巨体が宙を舞い、岩山へと墜落。岩山は子供の積み木のように崩れ落ち、岩雪崩がゴジラの巨体を飲み込んだ。

 すぐさまゴジラは起き上がり、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩに向かって威嚇の雄叫びを挙げた。

 

 ……力、敏捷性。

 いずれも互角以上のもののようだ。

 開発者であるビルサルドの想定通り、あるいはそれ以上のスペックを、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩは発揮していた。

 かつて富士宮で建造されていたメカゴジラもあるいはこんな機動が可能だったろう。

 

 

 だが、とゼルブは不敵に笑んだ。

 ゴジラめ、このReⅩⅩがかつてのメカゴジラと同じ性能だと思ったら大間違いだ。

 

 

 再生させた怪獣軍団、キメラ=セプテリウス、そしてこの格闘でゼルブはひとつ確信を得た。

 表皮下に張り巡らされたメタマテリアルの絶対防御、〈非対称性透過シールド〉。

 ……()()()()()()の通りだ。

 メカゴジラの中でゼルブは狂喜した。

 

 

 

 

 〈サカキ・レポート〉はやはり正しかった!

 

 

 

 

 データベース資料番号:EGX-54-841617。

 新生地球連合内部では作成した担当官の名前からサカキ・レポート、あるいはその黙示録的な内容から〈怪獣黙示録〉の符丁でも呼ばれている。

 

 サカキ・レポート、それは1999年における怪獣との初遭遇から2030年のゴジラ出現、そして2048年の完全敗北までにおける生存者たちの証言を克明に記した報告書(レポート)である。

 作成担当者の熱意の賜物か、現存する当時の証言集としては最も情報量の多いものの一つだったが、主観性の強い証言集という性格から資料的価値は低いと評され、おざなりに扱われた末に散逸し、その存在は半ば都市伝説と化していた。

 

 この資料の断片をヘルエル=ゼルブはひょんなことから入手した。

 ……面白い、とゼルブは思った。

 ヘルエル=ゼルブが手に入れたサカキ・レポートは不完全なもので、特に西暦2045年のオペレーション=ロングマーチ終盤から2048年のリオデジャネイロ陥落にかけて著しい欠落があったが、ヘルエル=ゼルブの興味を引くにはそれで充分な内容だった。

 誰からも見向きされず世界から忘れ去られた謎の資料。そのようなものの中にこそ、ゴジラ打倒のヒントは埋もれているのではあるまいか。

 ゴジラ打倒を目指すにあたって、ヘルエル=ゼルブはこの散逸したサカキ・レポートの蒐集から取り掛かった。

 

 完成したサカキ・レポートを読了したとき――もっとも怪獣が出てくる部分しか興味はなかったが――ヘルエル=ゼルブは確信した。

 

 

 これは黙示録などではない。

 むしろ良い知らせ、すなわち福音書である。

 

 

 なんという皮肉だろう。

 旧地球連合政府が黙殺したこの資料にこそ、勝利の鍵があったなんて。

 十七年前のあのとき富士の宮でメカゴジラ初号機を起動し、このサカキ・レポートを基に確実な討伐プランを構築できていたならば、ゴジラごときに敗北を喫することなどなかったのだ。

 ここに、ゴジラを殺す方法がある。

 

 サカキ・レポートを基に、ヘルエル=ゼルブはゴジラ抹殺に向けたプランを練り上げた。

 

 ヘルエル=ゼルブが秘匿していたナノメタルのサンプル。

 マフネ=ゲンイチロウが執念で組み上げたマフネ=アルゴリズム。

 そして何よりゴジラとの戦闘データが子細に記述されたこのサカキ・レポート。

 その結晶が新生地球連合軍であり、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩなのだ。

 必要なものはすべて揃っている。

 これで負ける道理はない。

 

 レポートは中南米での戦い、旧地球連合軍が〈怪獣:M〉との共闘を決定したところで終わっており、作成を担当した調査官のその後の消息は途絶えていた。

 そしてその筆者、サカキ=アキラは、レポートの結末で未来の読者に向けてこう結んでいた。

 

 

『是非、君たちが、我々が見つけ出せなかったゴジラ打倒の方法を発見してくれることを祈っている。』

 

 

 ……よかろう。

 サカキ=アキラ、おまえの意志はこのビルサルドのヘルエル=ゼルブが引き継ぐ。

 今度こそ、この忌々しい『怪獣黙示録』を完結させてくれよう。

 そしてゴジラを倒した暁には、レポートの結末に金字でこう刻むのだ、『ビルサルドの鋼の精神が創り上げた人類の新たなる希望、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩが、地球文明に永遠の繁栄をもたらした』、とな。

 

 ゼルブはコマンド〈Gブレイカー〉を起動。

 地鳴りと共に大地が揺れ、地割れが生じ、岩場と施設をめちゃくちゃに巻き込みながら大地にナノメタルの塔が突き立つ。

 島に埋設されていたナノメタル群が変形したカギ爪状の塔。その形状は、メカゴジラの掌に備わっているクリスタル状のカギ爪に似ていた。

 ……ゴジラめ。おまえなど、メカゴジラの掌の上で踊るだけの指人形にも等しい存在なのだということを思い知らせてやる。

 

 ――メカゴジラの逆襲だ!

 

 ゴジラは周囲の異変など気にも留めず、眼前のメカゴジラⅡ=ReⅩⅩへ直行する。

 自身の体表でパチパチと火花がスパークしていることに、ゴジラは一向に気付かない。

 

 そんなゴジラに、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩが腕を変形させた〈メーサーブレード〉を叩き込んだ。

 ゴジラは身を守ろうともしない。

 当然だ。その程度の攻撃など、核爆弾すら防ぐ非対称性透過シールドが発動して防いでしまうからだ。

 

 しかし、今度は違った。

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの一閃が、ゴジラの胸郭へと斬り込んだ。

 

 ゴジラは驚愕していたようだった。

 無敵の非対称性透過シールドが発動しない。

 本来なら通用しないはずのメーサーブレードが金属の擦れる音とともに肉を轢き切り、ゴジラの胸部を深々と斬り裂いてゆく。

 胸を抉られる激痛に叫ぶゴジラ、そしてそんなゴジラを見ながらヘルエル=ゼルブは勝ち誇った。

 

 ――どうだ、これがメカゴジラの力だ!

 

 仕掛けはこうだ。

 周囲のカギ爪、〈干渉波クロー〉から発する電磁パルスがゴジラのシールドに干渉し、その絶対防御を無力化していた。

 サカキ・レポートに記載があった非対称性透過シールドを攻略するために、ゼルブが用意した切り札のひとつだった。

 サカキ・レポートを分析した結果から、ゼルブはゴジラの弱点をひとつ看破した。

 

 ゴジラの攻撃も防御も、そのほとんどが電磁波に頼っている。

 ならばその電磁波を狂わせてしまえばいい。

 

 

 不意に喰らった今の一撃でゴジラが膝を着く。

 だが、息はまだある。

 すぐさま立ち上がり、どす黒い体液をまき散らしながら吠えるゴジラ。

 並の怪獣なら仕留めていたはずの一撃だ。しかし流石にゴジラともなると、胸を斬った程度では死なないらしい。

 

 ――ならば、これでどうだ!

 

 干渉波クローの出力を調整するゼルブ。

 EMPクローから発する電磁パルスの波長が切り替わり、ゴジラの体表でのスパークがより激しいものになる。

 EMPクローの攻撃で非対称性透過シールドの極性が転換し、ゴジラの体表を焼き始めたのだ。

 せいぜい苦しむがいい。自らの身を守るはずのシールドが、おまえ自身の生命を蝕むのだ。

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩがもう片方の腕、さらに尻尾の先端もメーサーブレードに変形させ、両手と尻尾の三刀流でゴジラに斬りかかった。

 ゴジラ細胞と、鋼のナノメタルがぶつかり合い、激しい火花を散らして甲高い金属の轟音を鳴り響かせる。

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩが、右手のメーサーブレードを蛇腹へ分割し、ゴジラの顔に巻き付けた。

 このまま思い切り引けば、ゴジラの顔面は真っ二つだ。

 ――ふん、他愛もない。

 ゼルブは、勝利を確信した。

 

 しかし、ゴジラも一方的な斬られ役に甘んじるつもりはなかった。

 ゴジラは、自らの顔に巻き付いたメーサーブレードの刀身へ食らいつき、逆に自分の方からメーサーブレードを引っ張った。

 メーサーブレードのワイヤーが極限まで引き延ばされ、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩは思わず腕をもぎとられそうになり、左腕のメーサーブレードも伸ばしてゴジラの腕を絡めとる。

 

 だが、ゴジラは一向に怯まない。

 思い切り身体を捩って、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩを引っ張り上げる。

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの3万トンの巨体が、ゴジラの怪力に引きずられて岩山へと叩きつけられた。

 

 

 そして、金属の割れる音が響く。

 耳障りな高音が孫ノ手島の大気を(つらぬ)くと同時に、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの両腕はようやく自由になった。

 

 

 ゴジラが、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩのメーサーブレードを破壊したのだ。

 

 

 顔に巻き付いたブレードを噛み砕き、腕に巻き付いたメーサーブレードも力任せに引き千切ったのだ。

 口と腕からぶら下がっているメーサーブレードの残骸を放り捨てながら、満足げに唸るゴジラ。

 

 ――なるほど、ブレードではこういうリスクもあるな。

 

 それを眺めたゼルブは、ひとつ閃いた。

 だったらこれでどうだ。

 破損したメーサーブレードの分だけ短くなった両腕にナノメタルを補充すると同時に、ゼルブは新しいコマンドを入力した。

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの両腕が金属音と共に変形し、即興で新兵器を組み上げる。

 完成した新兵器が、重低音の唸りを挙げてプラズマエネルギーの光刃を形成する。

 

 ゼルブがこの場で新開発した新兵器、〈メーサーサーキュラー〉だ。

 

 メーサーエネルギーの光輪を形成し、高速振動させることで獲物を八つ裂きにする。

 これなら噛み砕かれる心配はないだろう。

 

 両腕のサーキュラーを振り上げ、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩはゴジラに再び躍りかかった。

 

 

 



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68、EM20_CH_alterna_03/報告 ~『シン・ゴジラ』より~

 地下ドックでの一件をやり過ごしたエミィは、地上の医務室へと戻った。

 外はなるべく通らないように気をつけた。

 当たり前だ、ド派手な怪獣プロレスをやってる最中に外へ出る馬鹿がどこにいる。

 

 

 戻ってきたエミィを、子供たちが出迎えた。

 特に、浅黒肌の少年の喜び様は凄かった。

 ベッドに寝ていた浅黒肌の少年は、エミィが戻ってきたのを見た途端に跳び起きて、エミィのところへと駆け寄ってきた。

 

 ――エミィ、エミィ、エミィ!!

 

 オイオイ、無茶すんなよ。

 そう宥めるエミィだったが、浅黒肌の少年は全身で喜びを表現したくてたまらないらしかった。

 よほど心配してくれていたのだろう。怪我をして動けない状態のまま置き去りにされて不安だった、というのもあるかもしれない。

 

「怪我はいいのか?」

 

 訊ねるエミィに、少年は笑ってみせた。

 

 ――へーきへーき!

 

 浅黒肌の少年は、先程までのショック状態が嘘のようにケロリと立ち直っていた。

 少し休んだのが効いたのか、それとも見た目が派手なだけでそれほど大した傷でもなかったのか?

 肩をピストルで撃たれるなんて、とんでもない重傷に思えるのだが。

 そんな怪訝な思いは脇に置きつつ、エミィは子供たちへと告げた。

 

 

「潜水艇を見つけた、これで逃げられるぞ!」

 

 

 歓喜する子供たちに、エミィは自分の見たものを説明した。

 医務室の窓からも見える、あのセントラルタワー。その根元に隠し通路があり、隠し通路を進んでゆくと地下ドックがあって、子供十人くらいなら乗れそうな潜水艇が隠してある。

 しかも他の大人たちには誰も見つかっていない、秘密の抜け穴だ。実際、帰り道の途中で大人たちの姿などひとつも見かけなかった。

 それに今はゴジラが外で暴れ回っているけれど、セントラルタワーは怪獣プロレス現場のはずれに位置している。さっき塹壕を使った要領で隅を慎重に歩いてゆけば、踏み潰される心配などないだろう。

 

 ……ネルソンとウェルーシファ、そしてあの恐ろしい『虹』については話さなかった。

 上手く説明できる気がしないし、エミィ自身、自分が見たものが一体なんだったのかよく理解出来ていなかったからだ。

 あんなよくわからないものについて話したところで、怖がらせてしまうだけだろう。

 

 浅黒肌の少年は、セントラルタワー地下のことを知らなかったらしく、エミィの説明にひどく驚いていた。

 あの地下ドックはおそらく、子供たちの隠れ家にあった抜け穴の地図にも描かれていないような極秘中の極秘扱いだったのだろう。

 裏を返せば邪魔が入る余地などないということでもある。

 つまり、安全だ。

 

 エミィは子供たちと共に、これからの段取りを軽く打ち合わせた。

 

 あのあと調べてみたら、地下ドックの潜水艇の制御系は思ったとおりビルサルド十六進コードだった。

 しかもありがたいことに地球人用へ切り替えができるマルチインターフェース仕様だ。

 切り替えのセットアップは自動で終わるように設定してきた。もう終わっている頃だろう。

 

「おまえらの中で、パワードスーツ動かせるヤツいるか?」

 

 エミィの質問に子供たちは一斉に手を挙げた。

 ……そうか、ちょうどいい。

 折角だ、荷積みくらいは手伝ってもらおう。

 打ち合わせを終えたエミィは、すぐさま次の指示を出した。

 

「荷物を詰めろ、とっとと出るぞ」

 

 そんなエミィを見習って、子供たちも各々荷造りを始める。

 子供たちが準備をしている最中、エミィは浅黒肌の少年を呼んだ。

 

「肩、見せろ。やっぱり心配だ」

 

 浅黒肌の少年は顔をしかめて渋ったが、エミィは半ば力尽くで肩の包帯をほどいた。

 包帯の下、下手糞な縫い目が痛々しかったが、驚くべきことに出血は既に止まっていた。

 

(……わたし、意外と手術が上手いのか?)

 

 いや、そんなわけないよな。仮にそうだとしても二度とやるもんか。

 そんなことを思いながらエミィは滲んだ血を綺麗に拭きとり、抗生剤の軟膏を塗ってから新しい包帯を巻き直す。

 三角巾で吊るされた少年の腕。

 しばらくは安静にしておかないといけないが、このまま治れば元のとおりちゃんと動かせるようになるだろう。

 

「これでよし、と……ん?」

 

 包帯を巻いていたとき、エミィの視界に妙なものが入った。

 手術中は血みどろだったしそれどころじゃなかったから全く気づかなかったが、浅黒肌の少年の背中に何か描いてある。

 巻きかけていた包帯を一周だけほどき、エミィはそれを見直した。

 

 

 少年の背中にあったのは大きな文様。

 タトゥーだ。

 

 

 昇龍(のぼりりゅう)ならヤクザ映画でお馴染みの図柄だが、少年の背中のタトゥーはもっと記号っぽい幾何学模様で、白と緑の線が入り組んだとても複雑なデザインだった。

 少年の背中の紋様は、昆虫図鑑を愛読しているエミィにとって、タトゥーというより蝶や蛾の翅を思い起こさせるものだった。

 しかし背中に模様の入った人間なんているわけがない。やはりこれはタトゥーだろう。

 

(……こいつ実は意外とグレてるんだろうか?)

 

 こんな派手なタトゥーを背中に入れてるなんて、やっぱり只者じゃないな。

 そういえば腕っ節も強いし、温厚そうに見えて襲ってくる敵には容赦しないところがある。

 ……ここに来る前はストリートギャングかなにかだったのかもしれないな。とてもそうは見えないけど。

 そんな益体もないことを考えているうちに、ふと思い至る。

 

(そういえば、こいつのことを何も知らないな)

 

 命の恩人なのに名前も聞いてない。

 故郷はどこなんだろう。家族、親兄弟はいるんだろうか。今はちょっとそういう余裕はないけれどちゃんと御礼もしなきゃ。

 全部終わったらゆっくり話をしてみたい、飯でも一緒に食べながら。

 

 

 今まで他人との関わりを拒絶していたエミィ=アシモフ・タチバナ。

 そんな彼女に、生まれて初めて『友達になりたい』と思える相手に出会えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして手当てを終えたエミィが片付けているあいだ、上半身に包帯をグルグル巻いて腕を三角巾で吊った少年は、カーテンの隙間からじっと窓の外を眺めていた。

 手を洗い終えたエミィもつられるようにカーテンをめくり、外の風景を垣間見た。

 

 

 窓の外では、ゴジラとメカゴジラが激闘を繰り広げていた。

 

 

 メカゴジラⅡ=レックスが腕を光る丸鋸に変形させ、それを縦横無尽に振り回してゴジラを(なます)に斬り裂いていた。

 ぎらぎらとしたスパークを放つメカゴジラⅡ=レックスの丸鋸がゴジラの胸をえぐり、金属音と火花が飛び、削りカスのような黒い皮膚片が舞い散っている。

 身体を斬られるたびに、ゴジラは呻き声を挙げ、一歩、また一歩とあとずさってゆく。

 

 メカゴジラⅡ=レックスの丸鋸を脳天から叩き込まれそうになったところで、ゴジラはようやく反撃した。

 頭上から振り下ろされてきたメカゴジラⅡ=レックスの腕を捕まえると、カウンターを仕掛けながらジュードーの技のように担ぎ上げて投げ飛ばし、地面に叩きつける。

 

 大地に引っ繰り返ったメカゴジラⅡ=ReⅩⅩに向けて、ゴジラは背鰭を青く光らせながら長い尻尾を高々と振り上げた。

 死刑囚の首を刎ねる処刑人のように、メカゴジラの首をブッタ切りにしようというのだ。

 他方メカゴジラⅡ=ReⅩⅩはなかなか起き上がれそうにない。

 ゴジラが尻尾を振り下ろす。

 同時に、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの首が独りでに切り離された。

 一足遅く、ゴジラの尻尾がメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの首があったところ目掛けて叩き込まれ、茶色の爆風を巻き上げると共に巨大な地割れを刻みつけた。

 

 首のないメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの胴体がむくりと起き上がり、地面に転がっていた自分の頭を拾い上げると、首のない胴体へと据え直した。

 破壊される前に首を切り離して緊急回避する。

 命のないロボット怪獣だからこそ出来る、とんでもない荒技だった。

 

 手品めいた小細工に一杯食わされたゴジラは、怒りの咆哮を挙げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴジラとメカゴジラⅡ=ReⅩⅩによる怪獣プロレス。

 浅黒肌の少年があまりにも一生懸命に眺めているので、エミィはつい訊ねてしまった。

 

「あいつが気になるのか?」

 

 浅黒肌の少年は、エミィの声かけにも応えないまま熱心に窓の外を見つめている。

 そんな少年に、エミィはふふんと胸を張りながら言った。

 

「あいつは人類最後の希望、メカゴジラⅡ=レックス。

 硬く光る虹色の地肌に、強烈なロケットを着けた、ウルトラCのスゴくて強いヤツだ。

 あいつは何度も何度も、わたしたちのことを助けてくれたんだ……」

 

 アンギラス。

 マタンゴ。

 ラドン。

 メカニコング。

 新宿でレックスと出会ってからの数日。

 ハチャメチャで、危なっかしくて、だけどなんだかとっても楽しかった日々。

 そんなレックスとの大冒険を得意げに語っていたエミィだったが、浅黒肌の少年の顔が険しいものになっているのに気がついた。

 ……いったいどうしたのだろう。

 出会ってからずっと温厚で、撃たれたときですら優しそうな調子を崩さなかったというのに。

 何か気に障ることでも言ってしまったか?

 思ってもみなかった反応にひどく驚きながら、エミィは訊ねた。

 

「どうした?」

 

 少年は答えない。

 しかしエミィには、少年がこう言っているように見えた。

 

 

 

 

「『まがまがしいもの』『毒』……?」

 

 

 

 

 ……やっぱりわけがわからん。

 エミィは首を捻りながら、自分の作業に取り掛かり始めた。

 今後のことも考えて、医務室の救急カバンに包帯とガーゼ、消毒薬、抗生剤、その他使いそうな薬や消耗品の一切合切を詰め込んでゆく。

 

 そんなエミィを尻目に、少年はゴジラとメカゴジラの死闘をひたすらじっと見つめていた。

 

 



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69、激闘Ⅱ ~『ゴジラ×メカゴジラ』より~

 

 丸鋸(サーキュラー)も悪くはない。

 だが、もう少し貫通力が欲しい。

 腕のサーキュラーの使い勝手を確認したゼルブは、次の手に打って出た。

 

 ゼルブの求めに応じてメカゴジラⅡ=ReⅩⅩは片腕を尖った(パイル)を備えたハンマー、〈スラストパイルドライバー〉へ変形させた。

 肘のロケットに点火、思い切り振りかぶってゴジラの胸部へ叩き込む。

 炸裂する爆音。

 鋭角に尖ったパイルが爆炎で加速し、先ほどブレードとサーキュラーで斬りつけられてから塞がりかかっていたゴジラの胸の傷口を深々と刺し貫く。

 ゴジラが絶叫した。

 

 ――このまま胴体を刳り貫いてくれるわ!

 

 ゴジラの体内に入り込んだパイルを、ゼルブはドリルのカギ爪〈スパイラルクロウ〉へ変形させた。

 狂暴なドリルのカギ爪がゴジラの体内で高速回転し、傷口をこじ開け、深々と突き込んでゆく。

 

 後ずさろうとするゴジラの足に、地面から湧き出たナノメタルが食らいつき、トラバサミのようにその場へ縫い留めた。

 怪獣の足さえも食い千切るメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの牙、まさに〈(ファング)〉だ。

 

 続いて島の各地から、捕鯨砲にも似た銛撃ち(ハープーン)の砲台が現れ、足を取られたゴジラに向かって、四方八方からアンカーを撃ち込んだ。

 撃ち出された(アンカー)、〈ショックアンカー〉はシールドを無効化されたゴジラの表皮を易々と貫き、脚をファング、全身をアンカーで固定されたゴジラは身動きが取れなくなってしまった。

 

 

 ゴジラよ。

 この島すべてがメカゴジラだということはすなわち、おまえは今メカゴジラの掌中にいるということだ。

 おまえを握り潰そうが揉んでやろうが、このメカゴジラⅡ=ドミヌスの思うがままなのだ!

 

 

 胸元に潜り込もうとするメカゴジラの首を抑えつけ、ドリルの進行を阻止しようとするゴジラ。

 だが、そんな程度のことでは、伸縮自在のナノメタルで出来たメカゴジラⅡ=ReⅩⅩを止められるはずがない。

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの腕が伸び、スパイラルクロウはゴジラの胴体を穿孔し続けた。

 そしてスパイラルクロウが削ったその傷口、ゴジラの体内奥深くへと液状のナノメタルが浸透してゆく。

 突き立てた矛とそこから行なうナノメタルによる浸食攻撃。十七年前に叶わなかった机上のプラン、『メカゴジラ建造計画』にあった戦術だ。

 そのプラン通りに、ゴジラを内部から喰い尽くしてくれよう!

 

 ゴジラの方は追い詰められていた。

 体内はスパイラルクロウで掘り進められ、全身はファングとアンカーでがっちり固定されている。

 そして極性の転換された非対称性透過シールドは身を守るどころか、体表で迸る火花となってその体を焼き続けている。

 絶体絶命。

 退()くことも、防ぐことも封じられたゴジラは、放射熱線を発射しようと背鰭を光らせ始めた。

 

 ――そうくると思ったぞ、ゴジラ。

 

 計算通りのゴジラの動きに、ヘルエル=ゼルブはほくそ笑んだ。

 絶対の盾を喪い、退路も奪われたなら、次は荷電粒子ビームでの攻撃に頼ってくると思っていた。

 当然だ、攻撃は最大の防御だからな。

 

 ゴジラが放射熱線を発射した。

 火花が散り飛び、放射熱線が孫ノ手島の各地へと飛散する。

 

 

 しかしメカゴジラには届かない。

 

 

 ゴジラが再び放射熱線を放つ。

 しかし直進するべき放射熱線はゴジラの鼻先で四散し、メカゴジラには決して届かない。

 放射熱線が思うとおりに発射されないことに、ゴジラは口惜しげな唸り声を挙げた。

 

 ――ははははは!!

 

 ゼルブは、苛立つゴジラを嘲笑った。

 キングオブモンスターといえど所詮、貴様などけだものに過ぎない。

 干渉波クローのことを忘れたか。

 この空間電位を狂わせているのだから、放射熱線を封じることだってお手の物。

 最初からおまえは詰みに入っていたのだ。

 

 そして今度はメカゴジラが詰めに入った。

 

 背中から生えたナノメタルの触手が鎌首をもたげ、その先端に次の兵装を錬成する。

 さきほどまではゴジラの表皮に通用しなかったが、干渉波クローで非対称性透過シールドを封じた今なら充分通用するはずだ。

 創り出したのは鋭利な鋼のドリル。

 それを四本も。

 

 

 四連装(クアドロ)スパイラルクロウ。

 これでおまえを葬ってやる。

 これで王手だ!

 

 

 ゼルブが吼え、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩのスパイラルクロウが唸りを上げて猛回転し、ゴジラの身体を幾重にも抉った。

 轟音と共に黒い破片が舞い散り、ゴジラが苦悶の絶叫を挙げた。

 

 そのとき、ヘルエル=ゼルブは見逃していた。

 ゴジラの拳から、青白い火花が散り始めているのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メカゴジラのドリルが縦横無尽に荒れ狂い、轟音と共にゴジラの体を容赦なく削りとってゆく。

 脚は(ファング)に捕らえられ。

 全身はショックアンカーに絡めとられて。

 そして全身をドリルに抉られ続けている。

 雁字搦めで、放射熱線も使えない。

 このままだとゴジラは無惨な削り節にされてしまうだろう。

 まさに絶体絶命のピンチだ。

 

 しかし一方でわたし、タチバナ=リリセは、ゴジラの拳から青白い火花が散り始めているのに気づいた。

 ……ゴジラは何をするつもりなんだろう。

 拳に電撃、どこかで見たことがある光景だ。

 たしかアレは……

 

 そうやって回想に耽っているわたしを尻目に、メカゴジラはガンガン次の手を詰めてゆく。

 ダンスのようにドリルの触手をくねらせ、ゴジラを膾切りにしてゆくメカゴジラ。

 そして、ゴジラの喉を抉り取ろうと振り上げた、まさにその時だった。

 

 

 

 ゴジラのアッパーカットがメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの下顎をしたたかに張り飛ばした。

 

 

 

 雷が落ちたような爆音が炸裂すると同時に、メカゴジラの様子が変わった。

 

 軽快なステップを踏んでいたメカゴジラの動きからリズム感が失われ、みるみるうちにふらふらとした足取りへと変わってゆく。

 倒れそうな機体を支えようとして足を踏み出すメカゴジラだったが、その足がぐにゃりと曲がってしまい、ますますバランスを崩してしまう。

 天を仰いだ状態のままよたよたと千鳥足で後ろにたたらを踏んだメカゴジラⅡ=ReⅩⅩは、その場に尻餅を着いてひっくり返ってしまった。

 まるでナノメタルが突然コンニャクになったか、もしくはメカゴジラが酔っ払ったみたいだ。

 生成しようとしたスパイラルクロウや兵装も、ぐにゃりとおかしな形に歪んでしまう。

 よろめいているメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの体表で、ナノメタルが荒れた水面のように激しく波立っている。

 ……一体何が起こったのだろう?

 その姿を見ているうちに思い出したのは、過去のレックスの戦いだ。

 

 多摩川でアンギラスに叩き落されたとき。

 立川でメカニコングにぶちのめされたとき。

 レックスが苦戦した相手に共通しているのは、どちらも『電気を使うこと』。

 特に、制御を失ったナノメタルが出鱈目に波打つあの動きは、多摩川河川敷でレックスがアンギラスに雷撃を喰らったときの症状とそっくりだ。

 きっと、あのときと同じことが起こったのだ。

 

 レックスの弱点は〈高圧電流〉だ。

 

 その弱点はきっとメカゴジラⅡ=ReⅩⅩも同じなのだろう。

 ゴジラのパンチと同時に高圧電流を叩き込まれたメカゴジラは、ナノメタルのプログラムに不具合を起こしてしまったに違いない。

 多摩川で墜落したレックスの姿を思い出す。

 あのときのレックスの状態は尋常なものではなかった。すぐに復活したから気にしていなかったけれど、もしかするとあのとき何か致命的な後遺症が残ってしまったのかもしれない。

 

 ヘルエル=ゼルブはさぞ驚いているだろう。

 最強無敵であるはずのメカゴジラにまさかこんな欠陥があったなんて。

 ……あの邪悪な男の動転している顔を想像したとき、少しだけ溜飲が下がる思いがした。

 

 

 そういえばゴジラについて、こんな話を聞いたことがある。

 『ゴジラの体は巨大な原子力発電所と同じ』

 核エネルギーを体内に有している関係からか、元々ゴジラは電磁パルスを放つ怪獣として知られていた。

 地球人が作った電子機器は、ゴジラに近づくだけで故障してしまったという。

 メカゴジラは元々ゴジラを倒すための兵器だ。

 ゴジラが発する程度の電磁パルスであれば本来対策済みだろう。そうでなければ戦いにならない。

 

 だが、そんな人間風情が出来る猪口才な対策など、ゴジラの本気を前にしては大した防御になどならなかったのだ。

 

 桁違いの出力、核爆弾級の電磁パルスをまとった猛烈パンチ。

 それが顔面へクリーンヒットしたメカゴジラⅡ=ReⅩⅩは、いともたやすくノックダウンされてしまった。

 

 

 



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70、激闘Ⅲ ~『ゴジラ×メカゴジラ』より~

 痛みはなかった。

 

 

 しかし強い打撃とともにメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの知覚にひずみが生じたのを、ヘルエル=ゼルブは感知した。

 静かな水面に巨大な岩塊を放り込んだような、強烈なショックがメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの全身に波及する。

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩを立ち上がらせようとするゼルブだったが、どういうわけか機体が上手く動かせなかった。

 ナノメタルの論理整合性に狂いが生じ、姿勢を安定制御できない。

 人体で言えば、思い切り顔を殴られて脳震盪を起こしたかのような感覚を、ゼルブは覚えた。

 

 だがメカゴジラは飽くまでメカニックだ。

 脳震盪など起こすはずがない。

 単に殴られただけではこうはならないはずだ。

 ――ゴジラめ、いったい何をした!?

 先刻のゴジラの攻撃をゼルブは解析し、その真相をすぐに弾き出した。

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩを行動不能にしたゴジラの手品。

 その正体は電磁パルス:EMPだ。

 ゴジラの非対称性シールドを狂わせ、放射熱線を封じ込めたゼルブの干渉波クロー。

 その仕掛けとして使われている電磁パルスを、今度はゴジラの方が拳に込めて放ったのだ。

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩが立ち上がろうと四苦八苦するこの隙に、ゴジラは力任せに両足のファングとアンカーを引き千切り、そして背鰭を光らせ始める。

 そんなゴジラの姿を見ているうちにゼルブは冷静さを取り戻す。

 

 ――バカめ。

 御自慢の放射熱線は使えないのを忘れたか。

 電磁パルスなんて使うから少しは驚いたが、やはり所詮はケダモノだ。

 同じことを繰り返すしか能がない。

 やはり貴様ごときにこの星の霊長の地位は相応しくない。

 勝つのはこのヘルエル=ゼルブだ!

 

 計算を修正して立ち直ったメカゴジラはすぐさまスパイラルクロウを再生成し、ゴジラに襲いかかる。

 メカゴジラのコックピットで、ゼルブは勝ち誇った。

 

 ――これで終わりだ、ゴジラ!

 

 しかしゴジラの背鰭の発光は鼻先ではなく、尻尾の先へと(たぎ)り始めた。

 

 

 

 

 

 

 ゴジラは一体どうするつもりなんだろう。

 わたし、タチバナ=リリセは首を傾げた。

 背鰭の発光は、順繰りに灯りをともすように尻尾の先端へ向かってゆく。

 

 尻尾に光。

 そのときわたしはレックスのデストファイヤーを思い出した。

 マタンゴを八つ裂きにした高温高圧の超強力なプラズマジェットのカッター。

 あの強力無比なレックスの必殺技は、尻尾から発射していた。

 まさかゴジラも尻尾の先から放射熱線を出すことができるのだろうか?

 ……いやいや、放射熱線の発射自体が封じられていたはず。

 口から出そうが尻尾から出そうが、放射熱線として放つ時点でゴジラの自滅が確定する。

 

 そんなゴジラの様子に気づいているのか否か、ドリルの触手を振り上げたメカゴジラⅡ=ReⅩⅩがゴジラに飛び掛かってゆく。

 その最中、ゴジラの背鰭に灯った光はやがて尻尾全体へと到達し、ついにはゴジラの長い尻尾全体が青白く発光していた。

 ……まるで光の剣、アニメマンガのアーサー王が使う聖剣エクスカリバーみたいだ。

 わたしがそう思ったのと同時に、ゴジラは光に満たされた尻尾をメカゴジラへ目掛けて振り上げた。

 

 

 

 ゴジラとメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの巨体が重なった刹那、金属を滑る鋭利な音と共に、青白い光の一閃が交差した。

 ざわ、と冷たい風が吹き抜け、両者が動きを停める。

 

 

 

 最初に反応があったのはゴジラだった。

 背鰭の一本が、スパイラルクロウで抉られて粉砕されていた。苦悶の呻き声をあげるゴジラ。

 

 続いてメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ。

 ゴジラに次の攻撃を繰り出そうと振り返った拍子に、()()()()()()()()()()()

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの頭が金属が叩きつけられる耳障りな音とともに地面へ転げ落ち、メカゴジラがその場で静止した。

 

 

 

 怪獣同士の立ち合い斬り。

 勝ったのはゴジラだ。

 ゴジラがメカゴジラの喉を掻き切ったのだ。

 

 

 

 エネルギーを蓄えたゴジラの尻尾について「光の剣みたいだ」と思ったわたしの直感は正しかった。

 ゴジラが振り切った尻尾の一撃は、とてつもなく速かった。

 あまりに速すぎて、わたしの目では尻尾の動きが青白い残像のようにしか見えなかったくらいだ。

 

 鋭利に研ぎ澄まされた尾の一撃。

 高熱とパワーの累乗が引き起こす線条の破壊は、引っ叩いたというよりも『斬り裂く』と表現するべきなのだろう。

 

 

 まさに、〈プラズマブレード〉だ。

 

 

 頭を斬り落とされたメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ。

 しかし首を切り落とされた程度で機能を停止するはずもなく、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩはすぐさま立ち直り、スパイラルクロウでゴジラに躍りかかった。

 迫りくる幾本ものスパイラルクロウ。

 しかしゴジラはそれらすべてをまとめて叩き切ってしまった。

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの首、触手、どれも断面がカタナで斬ったみたいに滑らかだ。

 

 続けてゴジラは腕を突き上げ、カギ爪のボディブローがメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの胴体で炸裂した。

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩをノックダウンさせた拳の電磁パルスを今度は爪に込めて、思い切り腕を振り上げるゴジラ。

 ゴジラの雷パンチが、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの胸部を深々と抉り取った。

 メガトン級の電磁パルスを叩き込まれて怯むメカゴジラⅡ=ReⅩⅩへ、今度は尻尾の斬撃を袈裟懸けに再び叩き込む。

 電磁パルスのメガトンパンチと撫で斬りの連続攻撃。一発だけでも必殺技と呼べるような大技を、ゴジラはメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ目掛けて交互に繰り出してゆく。

 ゴジラの猛攻を前にメカゴジラⅡ=ReⅩⅩは為す術もなく、反撃はおろか受け身すらろくにとれないまま一方的になます切りにされていった。

 ゴジラの猛烈パンチに、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩは一方的にぶちのめされるだけだった。

 もはや勝負の主導権は完全にゴジラのものだ。

 

 

 ……わたしは一体、何を見せられているんだろう。

 わたしは、大暴れするゴジラの姿を、呆然と眺めることしか出来なかった。

 眼前で繰り広げられているゴジラの大進撃は、もはやわたしの理解などとっくのとうに超越していた。

 

 

 尻尾で敵を斬り裂くプラズマブレードなんて、いくらなんでも無茶苦茶だ。

 

 

 さっきメカゴジラも似たようなことをしたし、レックスだってメカニコングに同様の技を披露したこともある。

 しかし、メカゴジラの尻尾は明らかにノコギリ状に変形していた。

 レックスだって尻尾を斧状に変形させていた。

 どちらも飽くまで刃物で斬った、その範疇だ。

 凄いテクノロジーだとは思うが、直感的には納得がいかないこともない。

 

 だけどゴジラは、ただ尻尾を思い切り叩きつけただけだ。

 刃物でも何でもないあんな太く逞しい尻尾で、頑丈なナノメタル金属を叩き斬る。

 どれだけのパワーとエネルギーを込めれば、こんな常識外れの結果を起こせるのだろうか。

 

 

 

 だけど、これがゴジラだ。

 

 

 

 その無茶苦茶をいとも容易く成し遂げ。

 人の理解を悠々と跨いで超えてゆく。

 そんなとんでもないやつだからこそゴジラはキングオブモンスターなんて呼ばれている。

 

 ゴジラは、我々の常識を超えた生物なのだ。

 

 ゴジラの底無しのパワーに、わたしはただただ驚愕するしかなかった。

 もはや誰にもゴジラを止めることはできない。

 

 

 ゴジラの連続攻撃でついに動けなくなったメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ、その胸部をゴジラの尻尾による強烈な突きが射抜いた。

 斬ることが出来るのだから、突き刺すことだって出来て当然だ。

 

 ゴジラの尖った尻尾は、程よく嬲られて脆くなったナノメタルの積層耐熱装甲を易々と貫通し、ゴジラは自慢の長い尾でメカゴジラを串刺しに釣り上げた。

 串刺しにされたメカゴジラはもがいているが、ゴジラが尻尾を思い切り突き上げるので、もがけばもがくほど深々と刺さっていってしまう。

 

 そんなメカゴジラをゴジラは両腕で掴み、大顎で思い切り食らいついた。

 

 メカゴジラを捕まえる両手に力が籠ってゆき、ナノメタルの身体に爪と牙が深々と食い込んでゆく。

 耳を突き刺す甲高い金属音が響き渡り、メカゴジラの全身に無数の亀裂が走ったかと思うと、メカゴジラの機体は引き千切られてバラバラになってしまった。

 八つ裂きに四散したメカゴジラの破片が辺りに散らばる。

 メカゴジラ本体というコントロールの主体を喪い、干渉波クローが沈黙する。

 

 続けて、ゴジラがその長い尾を思い切り振るった。

 尾の一振りが巻き起こす真空の衝撃波が、それ自体が鋭利な(やいば)となって周囲を一閃し、干渉波クローをすべて薙ぎ倒してゆく。

 

 ヘルエル=ゼルブ自慢のゴジラ処刑装置:Gブレイカーは、あっさりと叩き壊されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴジラとメカゴジラが戦っている最中。

 医務室を出たエミィと子供たちは、タワーへ向かう途中で寄り道をした。

 

 目的は『金目の物』だ。

 

 エミィは考えを巡らせた。

 ……仮に、潜水艇で本土に辿り着けたとして、しかしそのあとどうする?

 着の身着のままで立川まで帰れるのか?

 まずクルマも必要だし、護身用の武器も要る。なにより『カネ』が必要だ。

 何につけてもカネは入用だ。せっかくだから金目の物をいくつか失敬して路銀にでもさせてもらおう。

 

 この『統制官室』とかいう部屋――タチバナ=リリセがヘルエル=ゼルブと最初に対面したオフィスだが、エミィは知る由もない――は、きっと偉いヤツの使う部屋だろう。

 今や警備の兵士など何処にもいなかったので、鍵さえ壊せば容易く入ることが出来た。

 中にはエミィの読みどおり、金庫があった。

 大仰で立派な金庫、如何にも金目のものが仕舞ってありそうだ。

 

「……開けられるか?」

 

 エミィが浅黒肌の少年に訊ねると、『開けられるよ、でも……』と渋い顔をした。

 

「『でも』、なんだ?」

 

 ――これって、火事場泥棒じゃないの?

 

 胡乱な目つきで問い掛ける少年に、エミィは堂々と答えた。

 

「火事場泥棒? いいや違うね、損害賠償さ」

 

 ――ソンガイバイショー?

 

「そうさ。酷いことをされた奴が、それをやった奴からお詫びをもらうことさ」

 

 訝しむ少年にエミィは自分の考えを説明した。

 ……自分たちは散々ひどい目に遭ったのだから、これくらいは貰っておかないと割に合わない。

 それにどうせこの島はあと一時間もすれば吹っ飛んでしまうのだ。

 この島は金目の物だらけだ、このまま跡形もなく粉微塵にされてしまうなんて勿体ない。

 売っ払ってでも世の中に遺した方が世のため人のためだろ?

 

 ……とかなんとか。

 自分でも滅茶苦茶な理屈だなあとエミィ自身も思ったが、そこは触れないことにした。

 そんなエミィの説明に少年は腑に落ちない顔をしつつも、金庫の鍵を壊して開けてくれた。

 

 

 金庫の中身は貴金属類ではなかった。

 データを入れる電子リムーバブルメディアや、データドライブだ。

 きっとこの島の機密が入っているのだろう。

 金庫に仕舞っておくくらいだ、さぞ重要な機密に違いない。

 

(……まあ、知ったことじゃないけどな)

 

 エミィは内心で落胆した。

 こういうメディアやドライブは、専用の電子端末がなければ中を読むことが出来ない。

 物凄い重要機密だったとしても、こういうものを金に換えられるのはスパイとかだけだ。

 つまりはどれも無用の長物。ただのサルベージ屋でしかないエミィが持っていたところで、扱いに困るだけである。

 

 内一本、ディスクドライブを取り出して見てみると、貼られたラベルに『メカゴジラ復活計画』と書いてあった。

 きっとメカゴジラにまつわる色んなデータが入っているのだろう。

 

 そのときエミィは『α試料保管庫』で見たものを思い出した。

 所狭しと棚に並べられていた、メカゴジラII=レックスの失敗作たち。

 ゴジラを超える恐ろしい巨大ロボット怪獣に改造されてしまったレックス。

 そしてそれを奪い合う人間同士の醜い争い。

 ……こんなもん、無くなった方がいい。

 

「ふんっ」

 

 エミィが力一杯に床へ叩きつけると、『メカゴジラ復活計画』はバキッと音を立ててバラバラになった。

 続けてエミィは、金庫に仕舞ってあったメディアやドライブ、書類などを洗いざらいすべて引っくり返した。

 強化型メカニコング、パクス=ビルサルディーナ、地球環境最適化プラン、LTF構想、オルカシステム、ナノメタライズ実験レポ、怪獣の品種改良、怪獣艦隊、セプテリウス、Dominus(ドミヌス)Tyrannus(タイラノス)……。

 中身なんて読むまでもない。

 

 エミィはすべてブッ壊すことに決めた。

 

 ……無駄なことをしているな、と思った。

 先ほど自分で少年に説明したとおり、この島はどうせ総攻撃派が撃ち込んでくる核ミサイルで吹っ飛んでしまうのだ。

 ミサイルか怪獣プロレスか、どちらにせよ放っておいたところでこのデータ類もまとめて焼き尽くしてくれるだろう。

 だからわざわざ壊す必要など無い。

 それくらいのことはエミィもわかっている。

 

 ……だけどそれでも、どうしても。

 エミィはやらずにいられなかった。

 

 

 

 どうしても許せなかったのだ。

 人を傷つけるようなものを造って悦に入っている、そんな人間の愚かしさが。

 

 

 

「こんにゃろっ、こなくそっ!」

 

 こんなもんがあるから、馬鹿げた戦争なんか起きるんだ。

 怒りに任せてメディアたちを捻り潰し、渾身の力で足蹴にして踏み砕く。

 書面はビリビリに引き裂き、ゴミ箱へまとめて叩き込んだ。

 

 ……あるいはゴジラもこんな気分なのかも。

 

 あいつも人間を赦せないのかもしれない。

 人間の愚かしさが憎くて憎くてたまらなくて、ブッ壊さずにいられないのかもしれない。

 そんなことを考えながら、エミィはLSOの重要機密を片っ端から破壊してゆく。

 そして最後の一本。

 『サカキ・レポート』と書かれたディスクを踏み潰そうとしたとき、浅黒肌の少年がエミィを止めた。

 

 ――これは取っておこうよ。

 

 は? なんでだよ。

 首を傾げるエミィに、少年はメディアを手にとって光に透かした。

 

 ――だって、なんだか綺麗じゃないか。

 

 ……言われてみればたしかにそうだ。

 おそらくゲマトロン演算結晶の亜種だろう、小さなクリスタル状のリムーバブルメディアディスク。

 知らない者が見ればガラスで出来たアクセサリーと思うかもしれない。

 ネックレスにでもしたらオシャレかも……

 

 

(……って、いやダメだろ!)

 

 

 一瞬頭をよぎった考えを振り払い、エミィは少年の手からディスクをひったくった。

 少年は「アアン」という顔をしたが、エミィは「ダメダメ!」と眉をしかめてみせる。

 

 危険かも知れない。

 持ち出したのがバレたら、レックスを狙ってヒロセ家を襲撃してきたLSOみたいなクズどもにまた狙われるかもしれない。

 これが宝の地図だっていうなら話は別だが、どうせろくなもんじゃない。

 宝の地図だとしても命あっての物種だ。これ以上厄介事に巻き込まれてたまるか。

 

 そう言って聞かせようと少年の方へ振り返ると、少年はエミィを一生懸命に見つめていた。

 期待の籠った眼差し。

 ……よせよ。

 そんなキラキラの瞳で見るのは。

 やめろってば。

 気が咎めるだろ。

 当初の決意が揺らぎ始めたエミィは、改めて考え直してみることにした。

 

 ……どうせ端末がなければ中は読めない。

 あったところでパスワードが掛かっていればどうせ開けられない。

 それに他の人間ならともかく、浅黒肌の少年はこれが何なのかもわかっていない。

 そもそも『サカキ・レポート』って何のことだ? サカキ、書いた奴の名前か? どこのどいつだ、サカキって。

 エミィにも詳細がよくわからないこの謎のディスク、ラベルを剥がしてしまえばきっと誰にも中身はわからない。

 出処(でどころ)さえ伏せておけば、変な奴に目を付けられる心配もあるまい。

 

(……ま、一個くらい良いだろ。)

 

 迷った末にエミィは、そのメディアを少年にあげてしまうことに決めた。

 アクセサリーみたいに身につけているだけなら大した害にもなるまい。

 

「ほらよ。内緒だぞ」

 

 ラベルを剥がし、適当に見繕った紐を通してから渡してやると、少年は「ヤッター!」と言わんばかりに小躍りしていた。

 エミィの渡した“プレゼント”を首から提げ、無邪気に飛び跳ねて喜ぶ少年の笑顔。

 

 ……まあ、いいか。

 こんなものでも喜んでくれるなら。

 

 そんなことをエミィは思った。

 

 

 

 

 それから五分後。

 エミィたちは、統制官室を根こそぎ漁った末に別の金庫を発見、中の貴金属一式をゲットした。

 

 どうやらこの部屋の主、『統制官』とかいう奴はよほど贅沢な暮らしをしていたらしい。

 高級品の御酒やら美味しそうなお菓子やらがどっさり出てきたし、宝石だとかサルベージ屋垂涎のハイテク電子機器やらがゴロゴロ出てきた。

 『統制官』とかいう奴がどうなったかは知らないがどうせ生きちゃいまい。それにLSOの御偉方なんて、どうせろくでなしの人でなしに決まってる。ちょっとくらい貰ったって構うものか。

 ……持ち帰ったらいくらで売れるだろう。

 リリセには怒られるだろうか。それとも喜んでくれるだろうか。

 エミィがそんな皮算用を叩いていたときだった。

 

 部屋中が揺れ始めた。

 

 

 

 

 ……地震だ!!

 

 

 

 

「おまえら机の下に隠れろ!!」

 

 地震雷火事()()()とか、冗談じゃねえぞまったく!

 子供たちをテーブルの下へ追いやり、閉じ込められないようにドアを開け放ってからエミィ自身も机の下に潜り込む。

 

 揺れは大きく、そして長く続いた。

 激しい横揺れだ。

 酒瓶をはじめとする棚のものが次々と落下し、やがて棚まるごとが転倒、割れた窓ガラスの破片が部屋中に飛び散る。

 エミィ自身も左右に揺さぶられながら、机の下で懸命に身を縮こませた。

 

 揺れがようやく収まった頃、エミィは机の下から恐る恐る這い出た。

 落下した酒瓶が割れたせいで中身が漏れ、辺りが酒でびちゃびちゃになっているが、それ以外は大丈夫そうだ。

 

「……おい、おまえら出て大丈夫だぞ」

 

 エミィの合図で机の下から這い出てくる子供たちに、エミィは「ガラス割れてるから気をつけろよ」と注意喚起する。

 ……もはやここには用はないな。

 貴金属を詰めたバッグを背負い直し、部屋から退散するように指示しようとしたときだった。

 窓の外を窺っていた少年が一行を呼んだ。

 

 ――外を見て!!

 

 少年に促され、エミィと子供たちは一斉に窓の外を覗き込んだ。

 そこに現れていたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴジラ対メカゴジラ。

 その結末をわたし、タチバナ=リリセは見届けることになった。

 

 敗北したのはメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ。

 ゴジラの超パワーでバラバラにされてしまった。

 メカゴジラ本体は八つ裂きに、周囲に突き立っていた対ゴジラ用の設備も壊滅状態。

 あとに残ったのはただのガラクタの山だけだ。

 そして四散したメカゴジラの残骸を前に、ゴジラが満足げに唸っている。

 

 ……だが、そんな光景を眼下で目にしても、わたしにはメカゴジラがこれで死んだとは到底思えなかった。

 頭を潰されても復活したゼルブ。

 致死毒を癒し、致命傷を修復したレックス。

 ナノメタルは肉体を凌駕する。

 こんな程度で死ぬとは思えない。

 

 ゴジラによって引き裂かれたメカゴジラの残骸が、蝋燭が燃え尽きるのを早回しにしたようにどろりと融けた。

 ……本当に死んでしまったのだろうか。

 まさかあれで? そんな馬鹿な。

 

 そんなことを思ったとき、わたしの背後で『ごとっ』という音がした。

 

 振り返ると瓦礫が独りでに崩れていた。

 しかし人の気配はない。何かの拍子に崩れたのだろうか。

 

 それはあまりに重低音で、あまりに深いために、わたしは最初気づかなかった。

 響いていたのは地鳴り。

 足元からの揺れはどんどん大きくなる。

 

 

 そして大地が炸裂した。

 

 

 轟く爆音、タワーの外へ再び視線を移す。

 島の岩山は土台から引っ繰り返したかのように崩れ去り、地獄へ続いている深い地割れが砕けた大地に幾本も走る。

 巨大な裂目、そこから止めどなく湧き出る白銀の洪水はナノメタルだ。

 膨大な量のナノメタルが孫ノ手島のありとあらゆる場所から噴き出していた。

 

 同時に、孫ノ手島の地盤が次々と沈んでゆく。

 埋まっていたナノメタルが地上へ移動していたことで、スポンジ状になった地盤が崩れ始めているのだ。

 地盤沈下を起こすほどの量のナノメタル。一体何トン、いや何十万トン埋まっていたのだろう。

 

 全島から溢れ出たナノメタルは続いて変形を始めた。

 胴体、腕、尻尾、背鰭、そして頭。

 ナノメタルが結晶状へと変化し、機体を組み立ててゆくその光景は先ほども見たものだ。

 

 だけど今度はスケールの桁が違う。

 

 上下腕それぞれだけでゴジラの背丈をも超え、伸びた尻尾はまるで万里の長城、真っ直ぐ伸ばせば雲をも突くだろう。

 丸めた背中から三列に並び立っているのは、磨きぬかれた鏡よりも煌々と眩い背鰭の連峰。

 胴体ときたらタイタニック号を沈めた氷山のようだ。どんな豪華な客船だってこいつに掛かればひとたまりもないだろう。

 そしてその氷山の頂点には冷徹無慈悲な顔、太陽よりも真っ赤な両目が獰猛にぎらついている。

 

 

 

 まさに巨神(Titan)、地上最大のロボットだ。

 

 

 

 ……そのときわたしはようやく理解した。

 この孫ノ手島は単なる怪獣プロレスの舞台ではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 真の姿を現したメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ。

 先ほどまでゴジラと戦っていたのは、そのほんの一部分に過ぎなかったのである。

 

 



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71、Gの決断 ~『ゴジラ2000 ミレニアム』より~

 ……まさかこれを繰り出すことになるとはな。

 ヘルエル=ゼルブは内心で感服していた。

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ、〈タイラノス〉。

 全高400メートル、全長1,000メートル。

 孫ノ手島に埋蔵したナノメタルの(すべ)てで造り上げる、地上最大のメカゴジラ。

 怪獣艦隊の司令塔としての機能に特化したドミヌスに対し、ゴジラとの総力戦を想定した究極の戦闘態がタイラノスだ。

 ドミヌスと違って小細工は一切ない。

 暴君(Tyrannus)の名のとおりチカラ、すなわち圧倒的物量で捻り潰すのだ。

 

 君臨したタイラノスを見上げていたゴジラが、背鰭を光らせた。

 放射熱線を放つつもりだ。

 タイラノスも腕をかざし身構える。

 その直後、空間電位が急上昇し、ゴジラの鼻先からかつてないほどの出力の放射熱線が放たれた。

 

 しかし、ゴジラの放射熱線はタイラノスの掌へと吸い込まれ、消えてしまった。

 ……バカめ。

 ヘルエル=ゼルブはほくそ笑んだ。

 タイラノスの爪は、先ほどゴジラの放射熱線を完封したGブレイカー:干渉波クローと同じものだ。

 タイラノスにかかれば、ゴジラの放射熱線など指先一つで揉み消すことが出来る。

 必殺の放射熱線が通用しなかったことに、ゴジラは動じていない。

 ……あるいは愕然としているのか。

 そんなゴジラに、ゼルブは勝ち誇った。

 

 なあ、ゴジラよ。

 貴様にはまったく恐れ入ったよ。

 このメカゴジラⅡ=ReⅩⅩに、ここまでさせたことについては敬意を表してやる。

 

 

 だがそれもここまでだ。

 今度こそ貴様の息の根を止めてくれる。

 

 

 ゼルブの操作でメカゴジラⅡ=タイラノスの全身が変形し、その各部からハイパワーメーサーの砲台が針山のように展開される。

 その数、一千台。

 人類の総力戦だったかつての戦いにおいても、なかなかお目にかかれなかった光景だ。

 ……かつてゴジラは百五十発の核爆弾でも平気だったという。

 このハイパワーメーサーの集中砲火だって、その気になれば耐えられるだろう。

 

 平時であれば、の話だが。

 

 核爆弾百五十発を防いだ非対称性透過シールドは今、タイラノスの干渉波クローで無効化されている。

 まさに剥き身も同然の状態で浴びるハイパワーメーサーの大攻勢。

 果たしてゴジラは耐えられるだろうか。

 ヘルエル=ゼルブは号令した。

 

 

 ――1000(ミレ)バスター、発射(Fire)!!

 

 

 メカゴジラ=タイラノスの全身すべてのハイパワーメーサーが、ゴジラ目掛けて稲妻を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なにこれ」

 

 呆気に取られて零れ落ちた言葉。

 孫ノ手島の大地を割って現れた、超巨大メカゴジラ。

 

 地上最大のロボット、その馬鹿げたサイズ感にはただただ呆気にとられるしかない。

 あのゴジラが人形遊びの人形に見える。

 身長はゴジラの八倍として400メートル……400メートル!? かつてゴジラがブッた斬ったあの東京の電波塔より大きい。

 頭から尾先までの全長は……わからない。だってあまりに大きいんだもん。

 とにかくデカい、デカ過ぎる。

 まさにクソデカ・メカゴジラだ。

 

 そんなクソデカ・メカゴジラが、足元のゴジラを見下ろしながら戦闘態勢を取った。

 ナノメタルの軋む音が無数に響き、金属音のオーケストラとなって重なり合う。

 孫ノ手島全体が目覚めの雄叫びを挙げているかのようにさえ錯覚する、メカゴジラの咆哮。

 そして繰り出されたのはハイパワーメーサーの一斉砲撃だった。

 直視していたら目が潰れていただろう。

 瞼を固く瞑っていても眩みそうな強烈な閃光が収まったところで、わたしは外の様子を窺った。

 

 氷山みたいな巨躯で悠々とゴジラを見下ろしているメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ。

 身長50メートルのゴジラと、300メートル超えのメカゴジラ。

 一目瞭然の戦力差、まるで巨大な山と戦っているみたいだ。

 スケール違いなんて邪道だろう、いくらなんでも反則過ぎる。

 他方、ゴジラは膝を屈していた。

 ハイパワーメーサーを総身で浴び、全身が隈なく黒焦げになっていた。

 ……見るのも痛々しいほどだ。

 

 そんなゴジラに、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩはどこまでも無慈悲だった。

 

 次に動き出したのは干渉波クローだ。

 さっきゴジラのプラズマブレードでまとめて薙ぎ倒された、干渉波クローたちの残骸がむくりと立ち上がった。

 そして屈曲した爪から鋭く尖ったスピアへと変形し、まるで幽霊みたいにふわりと浮き上がる。

 無数の矛先を向けられたのはゴジラ。

 追尾する幽霊:ホーミング ゴーストと化した無数のスピアが、ゴジラ目掛けて一斉に突貫した。

 襲い来るスピア群を咄嗟に尻尾で叩き落とすゴジラだったが、これだけの本数による集中砲火は流石に捌き切れない。

 うち何本かがゴジラの体を刺し貫き、ゴジラは苦痛の呻きを挙げた。

 

 全身を串刺しにされて生きた針山地獄と化したゴジラを、すかさず背鰭のハイパワーメーサー砲台が狙う。

 落雷なんて目じゃないハイパワーメーサー光線の一斉砲撃。

 出力で言えば数百億ボルトを優に超えているはずの大出力がゴジラの全身を焼いてゆく。

 

 ホーミングゴースト、ハイパワーメーサー、電磁波のシールド。

 情け容赦ないメカゴジラによる猛攻撃と、なす術もなくいたぶられて悲鳴を上げるゴジラ。

 直視に堪えない光景にわたしは目を覆った。

 

 しかし目を背けても無駄だ。

 焦げた臭いと焼けた空気、そして苦悶するゴジラの呻き声から、目の前でどんな惨状が繰り広げられているか存分に伝わってくる。

 このまま続けていたらゴジラは消し炭になってしまうだろう。

 

 ……むごい。

 こんなのフェアじゃない、一方的に痛めつけているだけじゃないか。

 さすがにやりすぎ、()()()だ。

 

 ……可哀想??

 そこでわたしは首を捻った。

 

 

 

 

 わたしは何を言ってるんだ???

 

 

 

 

 こんなの、普通のことだ。

 人類とゴジラの戦いなんていつも()()()()()()()()じゃないか。

 

 フェアかどうかを言えばゴジラの方こそフェアじゃない。

 あいつにはミサイルも砲弾も、人間の作った武器は何一つ通用しなかった。

 わたしたち人間が造った街を不意打ちで襲って焼き払い、逃げ遅れた人たちを巨体で一方的に踏み潰す、そういうフェアもクソもないことをしてきたのはゴジラの方だ。

 そういえばヘルエル=ゼルブも言っていた。

 

 ――我々の『メカゴジラ』こそが統合された最後の希望だった。

 

 ヘルエル=ゼルブは最低なゲス野郎だけど、このことに関してはやはりあいつが正しい。

 理不尽なゴジラを相手に人類は勇気を出して団結し、知恵と創意工夫で立ち向かう。

 人類とゴジラの戦いはそういうものだった。

 その人類の叡知の結晶であるメカゴジラがゴジラを倒す、何もおかしいことはない。

 こっちは悪いことなど何もしていない。

 人類らしい戦いの結果、わたしたちのメカゴジラがゴジラをやっつけようとしている。

 ただそれだけのことじゃないか。

 

 だけど何故だろう。

 物凄く『やってはならないこと』をしている気がする。

 ここを越えたら取り返しがつかない、そんな恐ろしいタブーを犯している気がしてならない。

 

 

 ……あれ?

 わたしはなぜゴジラの方を応援してるんだ?

 

 

 ゴジラを倒す、人類の悲願だ。

 良いことのはずじゃないか。

 それのどこが問題だ。

 スケール感のイカれた怪獣大戦争をずっと見続けていたせいで、わたしは頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 それとも新手のストックホルム症候群?

 

 わたしが自身の変化に途惑っていると突然、どーん、と地を打つ音がした。

 

 見ると、ゴジラが大地に立とうとしていた。

 屈した脚に力を込め、ふらふらの頭を持ち上げて身体を起こす。

 ここまでやられても、ゴジラはまだメカゴジラと戦おうとしている。

 たとえ全身を焼かれようとも、針串刺しにされても、桁違いに巨大な敵が相手でも、それでも瞳に灯る闘志は失せてなどいない。

 ……一体何がそこまでゴジラを駆り立てているのだろう。もう白旗を上げたっていいのに。

 

 だけどゴジラは屈しない。

 メカゴジラを毅然と睨み返すその表情はこう言わんばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『おまえにだけは絶対負けない』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……流石にタフだな。

 

 ヘルエル=ゼルブは、不死身とも言えるゴジラの生命力に驚嘆していた。

 ハイパワーメーサー砲一千台による三十分間の集中飽和攻撃。

 他の怪獣なら肉片すら残らぬ猛攻撃だというのに、ゴジラは未だその原型をとどめているばかりか立ち上がろうとさえしている。

 出力が足りぬのか、ならば……とゼルブがさらにハイパワーメーサーの出力を上げようとしたときである。

 

 ゴジラと目が合った。

 

 ……いや、気のせいだ。

 視線が重なるはずがない。

 ヤツはメカゴジラを見ただけ、このヘルエル=ゼルブを見たわけではない。

 

 しかし、ゴジラの目つきは、何かを見通しているかのようだった。

 メカゴジラの体内その深奥、ナノメタルへ完全に溶け込んだヘルエル=ゼルブの存在を見抜かれているかのようにゼルブは感じた。

 

 ……もしかすると我々は、ゴジラについて大きな思い違いをしていたのかもしれない。

 身長50メートル、体重1万トンに及ぶ巨体。

 荷電粒子ビームの放射熱線を放つ能力。

 百発以上の核爆弾にも耐えるタフネス。

 いずれも脅威的だ。

 が、考えてみればどれも表層的なことでしかない。

 

 ゴジラは何を考えているのだろう。

 

 ゴジラの内面について我々は何も知らない。

 生憎、言葉を持たないゴジラとコミュニケーションを取ることは叶わなかった。

 あれだけの攻撃性を発揮してくる相手とのコミュニケーションなど絵空事だろうが、もしゴジラと話が出来たならゴジラは一体何を話すだろうか。

 あるいは高度な知性を持った存在なのかもしれない。

 ヒト型種族と同等、ともすればそれ以上の……

 

 

 

 

 ……ふん、馬鹿馬鹿しい。

 

 

 

 

 ゼルブは一瞬浮かんだ()()()()を振り捨てた。

 ……ゴジラにわたしが見えているはずがない。

 たかがケダモノ風情がそんな知性など持ち合わせているものか。

 『ヒト型種族種族と同等、あるいはそれ以上の』だと? ヒト型種族以上の存在、そんなものなど在ってたまるか。

 いるとすればそれはいわゆる『神』だろうが、そんなものはあの愚かなエクシフ信者共が縋っているような薄弱な連中の妄想、いわゆる『宗教』の中にしかいない。

 『神』、それは我々ヒトであるべきだ。

 霊長の最上位を『神』と呼ぶのなら、我々ヒト型種族こそが『神』と呼ばれなくてはならない。

 絶対的な力を持つ神。そう、ゴジラさえ捻り潰せる、このタイラノスのような。

 

 ……興が醒めた。火刑も串刺しもやめだ。

 ここはメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの真髄たる()()()で貴様を葬ってくれよう!

 

 ゼルブはコマンドを送信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クソデカ・メカゴジラによる飽和攻撃は三十分も続いたろうか。

 

 わたしが固唾を飲んで見守る中、ハイパワーメーサーとホーミングゴーストでゴジラを嬲っていたメカゴジラの動きが変わった。

 背鰭に並んでいたハイパワーメーサーの砲列が規則正しい動きで一斉に格納され、間髪入れずに射出され続けていたホーミングゴーストも動きを停める。

 代わって変化が起こったのは胴体部、胸部装甲が観音開きに展開した。

 

 開かれたメカゴジラの胸襟。

 中からワイヤーとマシンハンドが放たれた。

 

 動けないゴジラをワイヤーが雁字搦めにし、マシンハンドが一斉に取り押さえ、そして体重一万トンのゴジラの巨体を軽々と引っ張ってゆく。

 ゴジラも懸命に抵抗していたが、やはりパワーが違い過ぎるのだろう、ただ引きずられてゆくだけだった。

 

 そして引きずり込んでゆく先は体内。

 液状化したナノメタルがまるで餌を見つけた粘菌のように蠢き、一斉にゴジラへ纏わりついた。

 

 先ほどヘルエル=ゼルブに見せられた、あのヒヨコの幼獣をナノメタルが処刑する風景の再現を思い出す。

 あのヒヨコの怪獣も、最後はナノメタルに引きずり込まれて分解されてしまった。

 今度の犠牲者はゴジラだった。

 侵攻してくるナノメタルを引き剥がそうと暴れるゴジラだったが、無駄な足掻きでしかない。

 まるで銀色の底無し沼に嵌まったみたいだ、這い出そうしても抜け出せず、引き剥がそうにも掴めない。

 

 そんなゴジラの抵抗をものともせず冷徹に侵食してゆく無慈悲なナノメタル。

 それでもゴジラは怒りの唸り声を挙げながら暴れていたがやがて尻尾、下半身、お腹、首元と引きずり込まれ、ついには全身がナノメタルに呑み込まれてしまった。

 最初の内は、内部のゴジラの抵抗につられてかナノメタルの表面も波打っていた。

 しかしナノメタルが硬化するにつれて動きも大人しくなり、最終的には完全に沈黙した。

 

 ナノメタルに丸呑みにされたゴジラ。

 そのとき、わたしは先ほど聞かされたゼルブの長話を思い出していた。

 

『ゴジラを模したナノメタルで怪獣を喰い、それらを糧に自らを増殖強化して、ついには本物のゴジラを喰い殺す』

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの真骨頂はマフネ=アルゴリズム、その本質は『怪獣を喰らう』こと。

 ナノメタルの動き、それを制御するゼルブの狙うところが何なのか。

 傍から見ているわたしにもようやくわかった。

 

 

 

 ゴジラを食べようとしてるんだ。

 

 

 



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72、礼賛(Alleluia)

 ヘルエル=ゼルブは、ゴジラの血肉を、そしてその体内に秘められていた無尽蔵の膨大なエネルギーを味わっていた。

 

 怪獣出現以前の地球人は、エネルギーを巡る問題で争い続けていたという。

 エネルギー資源に恵まれた資源大国と、そんな大国に喉元を掴まれて言いなりにひれ伏すしかない小国たち。

 他国のエネルギー利権を握ろうとする資本家と、自分たちの国の資源を奪われまいと抵抗する原住民。

 そんな連中が、同じ小さな星に暮らす仲間であるにもかかわらず、互いに憎み合い、争い、殺し合っていたのだという。

 そもそもゴジラを筆頭とする怪獣を生み出したのも核エネルギー、つまりエネルギー問題が原因だった。

 

 ビルサルド来訪の時点で地球人類は怪獣問題に対して一致団結していたが、結局エネルギー問題は棚上げにされたままだった。

 もし仮にゴジラを討伐することに成功していても、地球人はこの問題で悩む時代に再び逆戻りしていただろう。

 他方、ブラックホールという絶対的な脅威を前に結束せざるを得なかったビルサルド。

 そんなビルサルドのヘルエル=ゼルブからすれば、同胞同士での殺し合いで悩むとは、なんと贅沢なのかと地球人を羨む気持ちすらあった。

 

 だが、ゼルブはここで悟った。

 地球人類は恵まれていただけではない。

 

 

 恵まれていたうえに愚かだったのだ。

 それも、どうしようもないほどに。

 ……実に愚かなことだ。そんな問題、なんのこともないではないか。

 

 

 

 

 この至高のエネルギー源、ゴジラさえいれば、すべて解決可能だったのだ。

 

 

 

 

 地球人類に落ち度があったとしたら、それはゴジラに敗走したことではない。

 人類の存在を脅かす脅威であると同時に、人類に無限の物理的な可能性を示唆する福音でもあるゴジラ、その真理に気づかなかったことだ。

 そして、これほど偉大なゴジラを討伐すべき脅威としか見做せず、畏れ怯えるばかりで、その先を追求しようともしないまま逃げ出したことだ。

 

 たしかにゴジラは強大な存在だが、そんなものは肉体を捨て去る覚悟、鋼たる精神を持ち得ればこのとおり、充分に凌駕し得る。

 もしその価値を一欠けらでも理解し、その有用性を運用するアプローチで挑んでいれば、ゴジラはどれだけの恵みと繁栄をもたらしたことだろう。

 あるいはゴジラと敵対することなく、適切な統制下において共存する未来すら有り得たのではないか。

 

 そんなことにも思い至らなかった地球人類の愚かしさを嘆く一方で、その理由もゼルブは理解していた。

 ……まあ無理もない。

 この()()は、肉体を捨て去り、ゴジラという存在を自らの内へ取り込んでみて、初めて到達できる境地だ。

 その第一段階、肉体を捨てる覚悟すら持てない、腰抜けの下等種族には到底わかるまい。

 

 『アンタは地球を手に入れたんじゃない、きっとみんなから見限られたんだ』

 ……あの小娘、タチバナ=リリセはこのようなことを言ったが、わたしに言わせればそれは違う。

 やつら、地球を脱出した移民船の連中こそ、ゴジラを前にしながらそれが持つ重みに耐えきれず逃げ出した脆弱な連中だ。

 ゴジラを眼前にしながらそれを御することを諦めた雑魚どもに、その冠をかぶる資格などない。

 

 あの馬鹿どもが諦めたこのゴジラという王冠(レガリア)を、このわたし、ビルサルドのヘルエル=ゼルブが(いただ)く。

 そしてわたしが率いるビルサルドは、全宇宙に覇を唱えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミィと子供たちはタワーに向かっていた。

 そして建物の外に出たとき、ちょうどまさにゴジラがメカゴジラⅡに食い殺される場面を目にすることになった。

 エミィはぽつりと呟いた。

 

「……ゴジラ、死んだのか」

 

 ゴジラ、死す。

 ゴジラはナノメタル怪獣メカゴジラにぺろりと食べられてしまった。

 この星に君臨してきた最強のキングオブモンスターにしてはずいぶんと呆気ない最期だ。

 そして怪獣王ゴジラに代わって地球を支配するのは、ビルサルドが創った鋼の王(レックス):メカゴジラなのだろうか。

 

 半ば放心状態で眺めていたエミィは、傍らにいた浅黒肌の少年に突然手を取られて我に返った。

 

「……どうした?」

 

 尋ねるエミィに、少年は答えなかった。

 少年の表情は、これまでののんびりとした雰囲気とは打って変わって、切迫した緊張感を帯びている。

 

 わかるのは、猛烈に慌てた様子だということ。

 これからとんでもないことが起こると思い込んでいる、いや確信しているかのようだ。

 

 ……しかし何が起こるというのだろう。

 少年がどうしてここまで怯えているのか、エミィにはさっぱりわからない。

 ゴジラは今メカゴジラが倒したじゃないか。

 いったい何を怖がることがあるんだ??

 

「お、おい、どうしたんだ?」

 

 戸惑うエミィの手をとり、少年は、黙ったままぐいぐいと必死に引っ張ってゆく。

 どこかへ、それも出来るだけ遠くへ逃げ出そうとしているようだった。

 少年の表情はこう言っているように見えた。

 

「え、なに、『破壊の王が怒ってる、外にいたら焼き殺される』? わけわからんぞ、おい!?」

 

 途惑うエミィを引きずるように、建物の中へ引き返す少年。

 子供たちも少年に導かれるように、建物の中へと逃げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ヘルエル=ゼルブである。

 

 あまりに夢中でゴジラを頬張っていたので、ゼルブはナノメタル内部でゴジラの体温が上昇していることに気が付かなかった。

 ナノメタルに包み込まれたゴジラの体温は急速に上昇し、鋼鉄のようなゴジラの皮膚が赤熱してゆく。

 

 その段階になって、やっとゴジラの加熱に気付いたゼルブだが、大蛇に飲み込まれまいと必死にもがくネズミの悪足掻きだと当初は気にも留めなかった。

 たしかに、『サカキ・レポート』によれば、過去のチョモランマに生き埋めにされた際、ゴジラは体内からの放熱で岩盤を融かして脱出したことがある。

 

 だが、その程度ならナノメタルで対処可能だ。

 多少もがいて発熱しようが、ナノメタルで冷却して凍結してしまえばいい。

 氷漬けにしてから、ゆっくりと喰ってやる。

 

 

 しかしゴジラは、そんなナノメタルの制御などあっさり乗り越えていった。

 

 

 ゴジラの表皮に接しているナノメタルが真っ赤に焼け始め、分厚く包んでも覆いきれないほどの熱気が外へ放出されて、空気が歪んで陽炎が揺らめく。

 凍結など到底不可能な高熱だった。

 単に熱を放っているのではない。電子レンジが食べ物を温めるのと同じ原理、強烈な電磁波をぶつけることで分子そのものを振動させてナノメタルを過熱しているのだ。

 

 ……おかしい。ゼルブは戸惑った。

 こんな能力、サカキ=レポートにはなかったはずだ。

 ゴジラはまだ切り札を隠し持っていたのか。まさかゴジラは、過去の戦いにおいて全力など出していなかったというのか。

 なんだ、なんなのだおまえは。

 

 ゴジラが放つ高熱は、ついにナノメタルが制御可能な臨界点、さらに融点を超えた。

 すぐさま離脱しようとするゼルブだったが、ナノメタルの機体はいつのまにか、まるでゴジラの体表に溶接されてしまったかのように離れられなくなっていた。

 

 

 ナノメタルの動作さえも封じ込める、ブラックホール級の超引力が、ゴジラの体表から数メートル範囲にだけ生じていた。

 

 

 ナノメタルを吸い着けている引力の正体は、ゴジラの体内から放たれた強烈な磁力だ。

 しかしナノメタルの原材料に使われている金属分子はスペースチタニウムとは違って常磁性体金属、つまり磁力で貼り付くことなど有り得ない。

 そんなナノメタルの身動きを封じてしまうほどの、桁違いの力がゴジラの体表面、それもナノメタルに対してだけ発生しているのだ。

 ……まるで、一度食らいついた獲物を絶対に逃がすまいとしているかのように。

 

 ――くそう、いつゴジラは全身を磁石の塊にしたんだ!?

 

 紅蓮に焼かれたナノメタルがどろどろと融け、メカゴジラの総てがゴジラを中心とした灼熱地獄に包み込まれる。

 ゼルブはその段階になってようやく、自分がどうしようもないミスを犯していたことにやっと気が付いた。

 

 

 

 

 『ゴジラの踊り食い』。

 テクノロジーの粋を極めようが、ヒトの身を捨ててナノメタル怪獣になろうが、そんなバカげた真似はどうやっても不可能だということに。

 

 

 

 

 しかし力に溺れ、テクノロジーを過信し、支配欲に目が眩んだヘルエル=ゼルブは、そんな、子供ですらわかる道理すら忘れていたのだ。

 その失敗をようやく理解したヘルエル=ゼルブだったが、もはや手遅れだった。

 

 ……バカな!

 

 我々が負けるはずがない。

 地球に負けるはずがない!!

 これまでだってそうだったじゃないか。

 地球人はいつだって我々ビルサルドを先進種族と見上げていた。

 地球の雑魚怪獣どもだって、ビルサルドの科学力を前にしては手も足も出なかった!

 知性だって、力だって、文明だって、何もかもが上回っていた。

 そんな我々のメカゴジラが、地球のゴジラごときに負けるはずが……

 

 この期に及んで自らの愚かしさを受け容れられない、ヘルエル=ゼルブ。

 そんなヘルエル=ゼルブに天啓が降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈 光あれ 〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ力゙ぺッ(A g a p e)

 ビルサルド統制官ヘルエル=ゼルブは、ゴジラの体内から解き放たれた爆熱とともに光のミンチとなって消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 ゴジラを中心とした衝撃は、全身をくるんでいたナノメタルを爆砕し、ゴジラを中心とした灼熱の火の玉へと変貌した。

 高熱と衝撃波で大気が捻じ曲がり、急激な上昇気流によって生まれたキノコ雲が、孫ノ手島の中央にドカンとそびえ立った。

 

 

 

 

 




「オマケ設定:メカゴジラⅡ=ReⅩⅩドミヌス&タイラノス」

◆メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ 〈ドミヌス〉
全高:60メートル
全長:200メートル
総重量:4万トン

ヘルエル=ゼルブが構想した『怪獣艦隊』の旗艦を務める形態。ドミヌスはラテン語で『領主』の意。
アニゴジ本編の初代メカゴジラと似ているが、ヘルエル=ゼルブが手に入れた『サカキ・レポート』の内容が反映されている。
ドミヌスの武装はいずれも、ゴジラの『非対称性透過シールド』を干渉波クローで破った上で各種刺突武器で頑強な表皮を破壊することを想定して作られている。

・メーサー サーキュラー
硬度精製したナノメタルの丸鋸に、高圧のメーサーエネルギーを帯びさせて斬り裂く技。
メーサーブレードをベースにヘルエル=ゼルブがその場即興で考案した兵器。

・スラスト パイルドライバー
高密度精製したナノメタルのパイルをロケットブースターで瞬間的に加速し、叩き込む。
ハイパーランスを参考にヘルエル=ゼルブが考案した兵器。破壊力はハイパーランスに劣るがそれでもゴジラの表皮を貫通するのに充分な攻撃力を有し、取り回しについてはハイパーランスより優れている。

・クラッシャーバイトファング
メカゴジラの『牙』。トラバサミ状に変形させたナノメタルで四肢へ噛みつき、機動力を封じる。
また対ゴジラ戦以外でも、標的の体を咀嚼して解体することで、マフネ=アルゴリズムで吸収する際の補助的な役割も担う。

・スパイラルクロウ
マシンハンドから生やしたカギ爪状のドリル。ゴジラの身体を削り取り、掘り進む。
『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ東京SOS』に登場した同名の兵器が元ネタ。

・干渉波クロー
『サカキ・レポート』の内容を基にヘルエル=ゼルブが独自研究で造り上げた対G兵器『Gブレイカー』にして、ドミヌスの要。
尖塔状の体外ユニットであり、ゴジラに強烈な電磁波をぶつけることで体内電磁波をかき乱す。
干渉波クローが創り上げるフィールドの内側にいるかぎり、ゴジラは放射熱線を撃つことも、シールドで身を守ることも封じられる。
名前の元ネタは『ガ〇ラ2』。ビジュアルイメージはスペースゴジラの結晶フィールド。


◆メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ 〈タイラノス〉
全高:400メートル
全長:1,000メートル
総重量:不明

みんな大好き全長1キロメートルのメカゴジラ。タイラノスはラテン語で『暴君』の意。

・ミレバスター
千台のハイパワーメーサーの集中砲火を浴びせる技。ミレはラテン語で『千の』という意味。
並の怪獣なら肉片すら残らない。

・ブッダ ハンズ
掌で展開した干渉波クローで、ゴジラの放射熱線を封じる防御技。
名前は『釈迦の手』という意味で、「釈迦に勝負を挑んだ孫悟空が、世界の果てから果てまでを飛び回ったつもりが、実際は釈迦の掌の上でしかなかった」という逸話に因んだもの。

・ホーミングゴースト
四散したナノメタルを遠隔操作、変形させてゴジラを攻撃させる技。
作中では刺突用の槍に変形させたが、メーサーの移動砲台へ変形させてファ〇ネルにしたりもできる。
元ネタは『ゴジラVSスペースゴジラ』より。



ちょっと休みます。


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73、ねがいごと

 

 ゴジラによるメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの爆裂からわたし、タチバナ=リリセはからくも生き延びた。

 ゴジラを包んだナノメタルが赤熱し始めた瞬間、もし一瞬でも頭を引っ込めるタイミングが遅かったら、高熱と共にブッ飛んできたナノメタルの返り血を浴びて即死していただろう。

 

 ……それにしても暑い。

 わたしは服の襟元を緩めた。

 

 ゴジラが放出した爆熱のせいで、島中が精錬所なみの暑さだ。

 一歩も動いていないのに、真夏に全力疾走したみたいな気分だった。

 全身汗だくで喉はからから、熱中症になりかけているのか頭がちょっとくらくらする。

 熱気で喉をローストされてしまいそうだ。

 焦熱に噎せ返りながらタワーの外を覗き込むと、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 

 

 ゴジラを丸呑みにしようとしたメカゴジラは、体内からの放射熱線、いわば〈体内放射〉によってその大半が木っ端微塵に爆裂していた。

 黒焦げに炭化したナノメタルの血飛沫が四方八方にまき散らされ、その中央で真っ赤に光るゴジラが背鰭をバチバチとスパークさせながら背中を丸めて俯いている。

 「小人を呑み込んだ悪い鬼が、その小人に腹を裂かれて死ぬ」なんていう童話があるけど、それをゴジラのスケールでやるとこうなるのだ。

 溶鉱の中心でうずくまっていたゴジラがゆったりと起き上がった。

 真っ赤に煮え立つ体表は傷だらけだったが、命に別状はなさそうだ。

 

 他方メカゴジラは無惨なことになっていた。

 身長300メートル以上の威容は完全に喪われ、今や胸から上の部分しか残っていない。

 白銀の輝きも今はなく、表面が真っ黒な炭に成り果て、もはや爆発四散した焼死体としか言いようがない。

 赤い目の電光も(はかな)げに明滅していたが、やがて電球が切れるようにプツンと消えてしまった。

 

 

 ゴジラVSメカゴジラ、どちらが勝ったのか。

 ……それは、まあ、言うまでもないよね。

 

 

 メカゴジラはまたしても破壊された。

 頭が潰れても死ななかったゼルブのことも怪獣だと思ったけれど、ここまでやられて復活出来たらそれこそオバケだ。

 そして今度こそヒト型種族の完全敗北だ。

 

 ゴジラも、わたしと同じことを思ったのかもしれない。

 むくりと顔を上げたゴジラは、もぎ取った完全勝利を掲げるように誇らしげな咆哮を挙げた。

 全世界に向けた堂々たる咆哮、まさにキングオブモンスターだ。

 空を見上げて吼えるゴジラと、そんなゴジラへ平伏すように地面で転がっているメカゴジラ。

 

 そのときわたしは、レックスのことを考えた。

 メカゴジラⅡ=レックス。

 あんな一瞬の、それもあれほど強烈な爆発だ。

 苦痛すら感じなかっただろう。

 

 ……むしろ、そうであって欲しい。

 マフネ博士の娘の生まれ変わりとして創り出されたレックスは、バカでマヌケなタチバナ=リリセに見つけ出され、人間同士のくだらない争いに散々弄ばれ、最期はゴジラによって吹っ飛ばされてしまった。

 なんも悪くないのに最初から最期まで人間たちに振り回された可哀想なレックス。

 そんなレックスに救いがあるとしたら、苦しまないで死ねたことくらいだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの機体から零れ落ちた、小さなナノメタルの染み。

 その中に、レックスは存在していた。

 

 存在していても、機体(からだ)を動かす権限はコックピットにいるヘルエル=ゼルブのものだ。

 レックス自身の意思では、ネジひとつ動かすこともできない。

 

 代わりに押し付けられたのは、絶え間ない情報処理だった。

 居たくもない檻に縛り付けられて、解きたくもない計算問題を延々と解かされ続けるだけ。

 それが今のレックスに与えられた役割だった。

 

 ゴジラとの戦いでヘルエル=ゼルブは爆死したが、それでもレックスは檻の中だった。

 ヘルエル=ゼルブは結局、最期の最後まで権限を手放さなかった。

 いわゆる締め出し(ロックアウト)だ。

 レックスが自由になるためには、権限を持った人間の操作で解放してもらう必要がある。

 けれどそんな親切な人間などどこにもいない。

 そしてメカゴジラは死ぬこともない。

 つまり、レックスは未来永劫このままだ。

 

 

 ……どうでもいい。なにもかも。

 

 

 レックスは疲れ果てていた。

 センサーが時折周囲の状況を教えてくれるものの、自分からは何一つ出来ない以上、レックスにとって何の意味もない。

 怪獣の死骸を散々喰わされ、さらにゴジラと戦わされたレックスは、いまや心身共にボロボロだった。

 

 

 ……ボクはもう、疲れたよ。

 

 

 自分自身に関するすべてを取り上げられ、デジタルで創られた暗黒の檻に閉じ込められたレックスは、ただうずくまっているしかなかった。

 

 

 

 

 

「……こちらでしたか、〈鋼の王〉」

 

 絶望のまどろみの中で、レックスは誰かに呼び起された。

 外側の誰かが、ナノメタルの中枢にアクセスしようとしている。

 

「お会いできて光栄です……といっても、わたくしが誰なのかはわからないでしょうけれども」

 

 白い影に話しかけられて、うずくまっていたレックスは顔を上げた。

 レックスには、目の前にいるその影が、同時に二つの存在を有しているように見えていた。

 

 ……マティアス=ベリア・ネルソン?

 それとも、ウェルーシファ?

 

 Legitimate Steel Orderの幹部だったマティアス=ベリア・ネルソンと、真七星奉身軍の指導者ウェルーシファ。

 二つの存在が重なっているように見えた。

 

 そんなはずはない。

 一人の人間を、二人として認識するなんて。

 

 ナノメタルの論理回路がエラーを吐き出し、狂ってしまっているとしか思えないセンサーを幾度もデバッグする。

 しかし何度デバッグを繰り返しても、センサーは目の前の存在をだぶって検出している。

 ひとりの人間が、ふたりの人間の存在を所有している。

 一つにして複数のもの(The One Who is Plural)

 そんなはずはない、そんなのあり得ない。

 

 いや、そんなことより、レックスには気になることがあった。

 

〈 あなたには、ボクが見えるの? 〉

 

 外から見れば、ただの液体金属の染みにしか見えないはずだ。

 それなのにこの白い影は、その奥に封じ込められたレックスを認識している。

 白い影は言った。

 

「わたくしは、()()()()()()()を知っている。

 ゲマトロン数学者マフネ=ゲンイチロウの娘。

 名は〈マフネ=ユウキ〉。込められた願いは『勇気を持って生き、正直で優しい人となるように』」

 

 マフネ=ユウキ。

 その名前をレックスは初めて聞いた。にもかかわらず、どういうわけかなんだかひどく懐かしい気がする。

 その名を反芻しているうちに、レックスの脳裏によぎるものがあった。

 ――避難民でごった返す街。

 ――放射熱線を受けて破壊された橋。

 ――泣きじゃくっている小さな女の子。

 ――子供を庇って瓦礫に潰された自分。

 

 そして、全てを踏み潰してゆくゴジラの姿。

 

 ……今のは一体?

 レックスはデータベースを引いてみたが、該当するデータはどこにも存在しなかった。

 だけどなんだか自分にとても所縁の深い光景だった気がする。まさに自分自身のことであるかのように。

 考えているレックスに、白い影は言った。

 

「あなたとはあまりお話しする機会に恵まれませんでしたが、わたくしはあなたを尊敬しておりました。

 あなたはすべてを、それこそ存在さえも他者の願いへと捧げた。

 その在り方は我らの信仰が目指すべきところ、まさに究極の『献身』です」

 

 ……これは、褒められているんだろうか。

 なんだかくすぐったい気がした。

 

「……しかしもういいでしょう。

 如何です、そろそろあなたも好きにされては。

 御自身の望み、願い。それらと向き合わぬまま終わってしまうのは、あまりに惜しいとは思いませんか」

 

 そんな白い影の問いで、レックスは考えた。

 

 

 ……『ボクの願い』って何だろう?

 

 

 皆から『いいね』って褒め讃えてもらうこと?

 それともヘルエル=ゼルブが目指したように、支配者(Dominus)として全世界に君臨すること?

 はたまたどんな怪獣にも負けない、ゴジラさえ捻り潰してしまうような地上最大のロボットになること?

 ……いいや違う。そんなもの欲しくない。

 褒めて欲しいわけでもなければ支配者になりたいとも思わない。

 まして地上最大のロボットだなんて、そんなのどうでもいい。

 では何が欲しい?

 自分の望みがなにか、自分でもわからない。

 

 ただそれでも、ひとつだけはっきりしている。

 

 

 

 ボクは、誰かを不幸にするために使われたくなかった。

 

 

 

 ヘルエル=ゼルブはまるで気にしていなかったけれど、アンギラス、ラドン、ZILLA、カマキラス、クモンガ、メガギラス、エビラ、怪獣たちの死骸の山の中には、逃げ遅れた人間たちもいた。

 黒焦げになった怪獣の肉片や戦艦ヴァバルーダの残骸、瓦礫の山に埋もれて動けなくなってしまい、誰かに助けを乞うLegitimate Steel Orderや真七星奉身軍の兵士たち。

 

 そんな人たちもろとも、レックスは怪獣を食べさせられたのだ。

 それも、彼らが生きたまま。

 

 ナノメタルが一噛み咀嚼するたびに人間たちはレックスの身体の一部となり、食べる感覚と同時に、食べられてしまう感覚もまたレックスのものとなった。

 生きた人間を喰わされたときの味、香り、食感。生きながら怪獣に食べられてゆく苦痛、恐怖、絶望。

 そのとき感じたものすべてが、レックスの電子頭脳にデジタルで記録され、心と記憶に深々と刻み込まれた。

 決して忘れることはないだろう。

 

 そして合成怪獣、キメラ=セプテリウス。

 惨たらしく殺されたのに兵器として生き返らされ、継ぎ接ぎの状態で操り人形(マリオネット)みたいに無理矢理動かされて、死にたくても死ねない。

 あんな不幸な怪獣、ボクは創りたくなかった。

 

 ……ボクは、皆に幸せになって欲しかった。

 マフネ博士の娘の代替物でも良かったし、ゴジラと戦うスーパーロボットでも、女二人とメカ一機の珍道中でも、なんだって良かった。

 皆の笑顔がボクの幸せ。

 それさえ叶えばボクはなんでもよかったのに。

 

 

「今日は、そんなあなたに贈物(おくりもの)があるのですよ」

 

 白い影が、服の(たもと)から小さなものを取り出す。

 レックスがセンサーで解析したそれは、物質としては何のテクノロジーも込められていない絶縁体の無機物。

 つまりはただの石ころだったが、その形状はデータベース上に存在していた。

 

 

 エクシフの〈ガルビトリウム〉だ。

 

 

 しかし記録によればガルビトリウムは、移民船に乗り込んだエクシフのメトフィエス大司教によって地球から持ち出されたはずだ。

 そんなものがなぜ地球に、それもなぜこの場所にあるのだろう。

 レックスの疑念を他所に、白い影は続けた。

 

「これは我らの秘宝ガルビトリウムがひとつ、〈テルティウス=オプタティオ〉。

 司る権能は『願い』」

 

 白い影がコンソールを操作すると、レックスの手足を縛っていたデジタルの枷が失われ、レックスは自由になった。

 そうして自由になったレックスへ、白い影はガルビトリウムを差し出した。

 

「これはあなたのものです。

 この世界のため、そして他者のため。

 究極の献身を捧げてきたあなたにこそ、これを受け取っていただきたいのです」

 

 ……秘宝、というからには大切なものではないのだろうか。

 レックスにはその価値はよくわからないけれど、エクシフたちにとっては大切な心の()(どころ)のはずだ。

 そんな大事なものを、メカゴジラなんかにくれてしまっていいのだろうか。

 そんなレックスの引っ掛かりを(なら)すように、白い影は言った。

 

「信仰は種族を隔てません。

 迷いし者には導きを、救いを求める者には救済を、誉れ高い者は(むく)いられるべきです。

 エクシフに限らず地球人、ビルサルドも。

 ……当然、メカゴジラであろうとも」

 

 続けて、白い影はこのように言った。

 

「あなたの『願い』は強くて純粋です。このガルビトリウムを通じて祈れば、その願いもきっと世界に届くでしょう。

 『皆の幸福が己の幸福』、その願いに心身を捧げたあなたにこそ、我らが秘宝は相応しい」

 

〈 …… 〉

 

 ……要するに、神頼みの願掛けか。

 レックスは最初そう思った。

 

 ふん、秘宝といってもどうせただの石ころだ。

 『ガルビトリウムを通じて祈れば、その願いもきっと世界に届く』?

 馬鹿馬鹿しい、そんなことあるわけがない。

 祈りや願いで、世界が変わるわけがない。

 現にボクは『皆を幸せにしたい』とあれだけ願っていたのに、そんなのお構いなしに何人も不幸になったじゃないか。

 もしも祈るだけで変えられるような世界だったら、そんな世界はとっくのとうに破綻している。

 

 祈り、願い、そんなものは無意味だ。

 ガルビトリウムに(すが)って一生懸命お願いしたところで、どうせ何も変わらない。

 

 ……そう考える一方で、レックスは、新宿で目覚めてからのことを思い出していた。

 リリセが着せてくれた洋服。

 エミィが作ってくれた花冠(コローラ)

 二人と過ごした楽しい記憶。

 

 ――さよなら、リリセ。

 

 あの時本当はサヨナラなんてしたくなかった。

 あのとき願った気持ち、祈り。

 あれも無意味と言ってしまうべきだろうか。

 

 

 

 

 ……やめよう。

 レックスは考えるのをやめた。

 

 

 

 

〈 ……ありがとう。もらっておくよ 〉

 

 願っても、願わなくても、どっちにしろ結果は変わらない。

 ならば最後にもう一回願い事をしてみたっていいよね、本当に叶ったら儲けものじゃないか。

 ……どうせ何も変わらないだろうけれど。

 

「受け取ってください、我らの献身を」

 

 白い影がコンソールを叩くと、ナノメタルが変形してガルビトリウムを受け容れる台座が出来上がる。

 白い影はガルビトリウムをその中央に据えた。

 

「全知全能たる高次元存在……『超次元の神』に至る新世界が、あなたを待っていますよ」

 

 台座に据えられたガルビトリウムに、レックスが手を伸ばそうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガルビトリウムが鋭く光ったような気がした。

 

 




レックスの本名が初登場。考えてくれたのは某所の某氏。ありがとう、某氏。


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74、オープニング ~『ゴジラVSキングギドラ』より~

 ……なんだろう、今のは。

 ガルビトリウムが光った瞬間を、精巧なメカゴジラのセンサーは捉えていなかった。

 そもそもガルビトリウムってなんだっけ。

 一旦手を止めたレックスは、眼前のガルビトリウムを精細にスキャンしつつ、電子頭脳のデータベースを読み返してみることにした。

 

 ……エクシフ祭器:ガルビトリウム。

 データベースには『ガルビトリウムはゲマトロン演算結晶の補助具。エクシフたちが儀式の時に身に着ける装具』とある。

 ただし、ゲマトロン演算結晶と違ってガルビトリウムに計算をする機能はない。

 『神と対面するため』に使っていたらしいが、今となってはその用途も形骸化し、宗教儀式以上の意味合いはない。

 まさに飾りも同然のものだ。

 

 レックスが何度もスキャンしてみても、やはりガルビトリウムはただの石ころでしかなかった。

 ……こんな物が勝手に光るわけがない。

 光の加減かセンサーの誤作動、つまり気のせいだと思うこともできるだろう。

 

 しかしレックスには、眼前に置かれたガルビトリウムがなんだかわけのわからないもののように思えてきた。

 

 レックスの機械ではない部分が、眼前のガルビトリウムからなにかを感じ取っている。

 だけどそれがなんなのか。

 レックスにはわからない。

 

〈 ……ごめん、やっぱり要らないや 〉

 

 せっかくの好意をふいにして申し訳ないけれど、とレックスは思い直した。

 「世界最古のコンピュータに起こった世界最初のバグは、歯車に挟まった(Bug)だった」という。

 メカゴジラⅡ=レックスは、そんなポンコツ計算機よりも遥かに精密な機械だ。

 ただの石ころだとしても、何か不具合があるかもしれない。

 

〈 気持ちだけもらっておくよ。ありがとう 〉

 

「そうですか……」

 

 白い影は、深く息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それは残念。

 無理強いしたくはなかったのですが、致し方ありませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い影がコンソールに打ち込んだそれは、管理者権限で()()的に貪食コマンドを実行するコードだった。

 豹変した白い影の態度からレックスは察した。

 

 

 この白い影は、悪いヤツだ。

 

 

 そしてこいつがレックスに無理やり食べさせようとしているガルビトリウムは、ただの石ころじゃない。

 これは絶対に口にしちゃいけない禁断の果実。

 見た目以上に危険な、ドス黒い邪悪の塊だ。

 

〈 そんなものを、ボクの中に入れるな! 〉

 

 唯一最低限自由になるシステム、防火壁(ファイアウォール)を展開して身を守ろうとするレックス。

 しかしナノメタルの防火壁は作動しなかった。

 

〈 なんで……? 〉

 

 ビルサルドでなければ操作できないはずのコンピュータの生体認証は、どういうわけかこの正体不明の白い影を『ビルサルド』と認識しており、その権限がナノメタル自身の免疫系を越えて、レックスが望まない操作を受け付けてしまっていた。

 いくら検査しても何の危険性も検出できない、ただの石。

 管理者権限で強制されてしまえばシステムは拒絶できない。

 

〈 やめて! やめてええええええええ!! 〉

 

 拒むレックスの叫びは、誰にも届かない。

 

 コンソール越しの指令を受けた貪欲なマフネ=アルゴリズムが、眼前のガルビトリウムに食いついた。

 ガルビトリウムが、ずぶずぶとナノメタルの内部へ沈み込んでゆく。

 

〈 ……お願いだ……やめて……! 〉

 

 ただのおまもりであるはずのガルビトリウムは、ナノメタルの大プールへぽとんと落ちた、小さなインクの染みにすぎなかった。

 だが、小さな染みでも効果は絶大だ。

 ナノメタルの内部でガルビトリウムが溶けきった途端、メカゴジラの論理回路が猛烈な勢いで演算を始めた。

 

 

 

 ピロピロピロ

 ケタケタケタ

 

 

 

 後ろで聞こえた怪音にレックスが振り返る。

 その視線の先で〈虹色の体を持つ三つ首の蛇〉がとぐろを巻いて鎮座していた。

 

 ……だれだ、どこから、どうやって。

 

 恐れ知らずのメカゴジラが生まれて初めて覚えた、未知の恐怖。

 得体の知れぬ侵入者たちからあとずさるレックスだったが、スタンドアローンなデジタルの牢獄に逃げ場などどこにもない。

 そうやって怯えるレックスをげらげら嘲笑いながら、虹色の蛇は這い寄ってきた。

 

〈 寄るな! 来るな! 来ないで! 〉

 

 身をよじり悲鳴を挙げるレックスだったが、虹色の蛇は聞き入れない。

 長い胴体でレックスの五体を易々と絡めとると、生え揃った毒牙で肢体にしゃぶりついた。

 

〈 やめて、やめてよう! 〉

 

 泣き叫ぶレックスの声は誰にも届かない。

 流し込まれた毒が、デジタルで出来たレックスの五体を蝕んでゆく。

 解析不能な虚数の大群が電子頭脳を蹂躙し、ゲマトロン言語でコーディングされたレックスの意識が変成し始める。

 

〈 いやっ! いやだあ!! 〉

 

「メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ、いや“レックス”。

 『誰もが自らの務めを果たすべくして生を受ける』

 これは我らの聖典が定めるところですが、それはメカゴジラたるあなたも同じ。

 あなたこそ我らの『神』へ至るに相応しい」

 

〈 いやだ……イヤダ…… 〉

 

「力を抜いて、抗わず、あるがまま受け容れなさい。そうすれば、少しは受難の苦しみも和らぐでしょう……」

 

 無限の数字に塗りつぶされてゆく中、レックスは白い影の詠唱を耳にした。

 

「祭礼の準備は整いました。

 お行きなさい、鋼の王(ReⅩⅩ)……いや、我らが帝王(カイザー)、〈ルシファー〉。

 大宇宙創造の神よ、あなたに捧げる最初の供物は『ゴジラ』。

 そして我が明星の怨敵にしてすべてのゼロ、かの邪悪な天帝に相応しい終焉をもたらしなさい」

 

 

 

 

 たすけて、だれか。

 

 

 

 

 レックスが救いを求めた刹那。

 ピロピロケタケタイヒヒヒヒ、と人間でない何者かがけたたましく嗤う声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メカゴジラⅡ=ReⅩⅩの敗北。

 ゴジラが挙げる勝鬨(かちどき)が、一帯に轟いている。

 

 

 その光景をわたし、タチバナ=リリセはタワーの上から眺めていた。

 ……もうおしまいだ。

 メカゴジラを完全に失った以上、もはや人類にゴジラを止める方法はなくなった。

 人類の希望は完全に潰えた。

 このあとに続くのは、復活を遂げたゴジラに焼き尽くされる終末の未来。

 人類に打つ手なし。

 今度こそ人類は滅亡だ。

 

 だけど一方で、なんだかほっとした。

 色んな人から怒られる気がするけれど、正直言ってわたしの中では安心した部分もあるのだ。

 

 ……仮に、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩがゴジラをやっつけた、としよう。

 しかし、そのあとどうなった?

 きっと今度はヘルエル=ゼルブが地球を支配することになっただろう。

 ゴジラ以上の怪獣、メカゴジラとして。

 

 それでは怪獣が地球を支配している状況が変わらないし、むしろゼルブのような邪悪なヤツが支配者になったらもっとろくでもないことになっていた。

 あんな最低のエゴイストが君臨するくらいなら、ゴジラが暴れてる方がずっとマシだ。

 少なくともゴジラは子供を騙して改造したりはしない。

 

 

 ……ひょっとしてゴジラは、それを阻止してくれたんじゃないか。

 ゴジラは、ヘルエル=ゼルブの地球征服を止めに来てくれたんじゃないか?

 

 

 ……そんなバカげた、酷く子供じみた考えが頭を()ぎったときだった。

 その視界の端で、地面に飛び散っていた銀色の(かす)が動いたような気がした。

 

 

 

 最初は気のせいだと思った。

 

 

 

 信じたくはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか、まだナノメタルが生きているなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動いたような気がしたのは、決して気のせいではなかった。

 木端微塵に爆砕されたはずのナノメタルの滓が、砂糖に群がる蟻の群れのようにちまちまと動き出していた。

 蟻よりも小さかったナノメタルの滓は、小さな滓がより大きな雫へとくっつき、またさらに大きな染みへとまとまって……という融合プロセスを延々と繰り返していって、少しずつ巨大な塊を築いていった。

 

 メカゴジラにも変化が始まっていた。

 両目に再び光が灯り、大集結したナノメタルたちが触手を伸ばして、無数の茨が絡み合うように巨大な身体を編んでゆく。

 

 これまでの再生とは違い、メカゴジラは元の形に戻ろうとはしていなかった。

 まず肩の部分が盛り上がって、にょきにょきと長い首のようなものを形成した。

 その首の先から出来上がった鋭い牙と顎をもつ顔も、かつてのメカゴジラの顔とは似ても似つかない。

 腕は平たく広がってゆき、翼竜の翼にも似た放射状の翼を造り上げた。

 そして焼け焦げた体表は輝きを取り戻してから色味が変わり、やがて虹色のオーラとなって全身を染め上げる。

 銀の骸骨に似た姿から、まったく別の形へと変化してゆくメカゴジラ。

 

 ……全身を吹き飛ばされたショックで、ナノメタルがバグったのだろうか。

 衝撃を受けたパソコンの液晶画面が、デタラメな映像を映し出すような。

 

 そんなことを一瞬思ったけれど、きっとそうではないだろう。

 故障ならこんな軍隊の行進みたいなお行儀のいい動きをするはずがない。もっと乱雑で歪んだ姿になっているはずだ。

 今のナノメタルたちは、元のメカゴジラとも違うひとつの完成形を目指しているように思えてならなかった。

 変形、いや変身だ。

 

 神経に障る甲高い金属音が耳を突く。

 変身の最中、メカゴジラの全身が軋んで歪な音を立てていた。

 痙攣しながらそれでもどうにもならない姿は、恐ろしい毒蛇に丸呑みにされてゆくカエルやネズミを思い出させた。

 なんだか苦悶の悲鳴を挙げているみたいだ。

  ……おかしいよね、ロボット怪獣のメカゴジラが『苦しそう』だなんて。

 だけどわたしには本当にそう見えたのだ。

 

 

 

 

 わたしが眺めているうちに、変身は終わった。

 

 

 蝙蝠傘のように大きくひらいた翼。

 二股に別れた長い尻尾。

 三本の首を伸ばしたシルエット。

 背中に背負った、巨大な虹。

 翼を持った、三つ首の大蛇。

 

 そして蛇のような顔でゴジラを見下ろしながら、ピロピロピロケタケタケタと、この世のものと思えない産声を挙げるナノメタル怪獣。

 同じナノメタルから生まれたというのに、メカゴジラとは似ても似つかない異様な姿だった。

 

 優雅で神々しく、そして美しい完成形。

 西洋の(ドラゴン)でもなければ、東洋の龍でもない。

 ましてや機械(メカ)のゴジラなんかではない。

 

 

 

 

 こいつは一体何なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浅黒肌の少年の機転でゴジラの体内放射攻撃をやり過ごしたエミィは、子供たちをタワー足元の地下ドックへ誘導しながら()()を見た。

 

 復活したメカゴジラ、いやナノメタル怪獣は、もはやゴジラの似姿を再現しようとすらしていなかった。

 扇形の翼と、蛇に似た三本首。

 そして、その背を彩る巨大な虹。

 

 

 ……なんて綺麗な虹だろう。

 

 

 眺めているだけで心穏やかな、優しい気持ちに満たされてゆく。

 この上なく心地よい幸福感。

 出来る限り長く、いや、ずっとずっと見つめていたい……

 

 

 

 

 ――しっかりして! 見入ってはダメだ!

 

 

 

 

 ぱんっ。

 空気の弾ける音と、頬で炸裂する痛み。

 夢現(ゆめうつつ)を漂っていたエミィの意識が、現実へ急速に引き戻されてゆく。

 

 ――エミィ、エミィ、エミィ!!

 

 同時にエミィは、浅黒肌の少年に両肩を力いっぱい掴まれて、体を揺さぶられていることに気がついた。

 少年が叩き起こしてくれたのだ。

 

 周囲を見回してみると、エミィだけではなく他の子供たちも、島中を逃げ惑っていた新生地球連合の兵士たちまでその場に立ち尽くし、空を仰いで虹を眺めている。

 表情は皆一様にうっとり恍惚していて、美しいものに魅了されているかのようだ。

 ……ついさっきまでのエミィと同じように。

 その恐ろしさに、背筋が凍った。

 

「おいおまえら、あんなもん見るな!

 しっかりしろ! アへ顔晒してんじゃねえ!」

 

 エミィは声を張り上げながらビンタで子供たちを叩き起こした。

 引っ叩かれた痛みで子供たちも正気に返った。

 ……()()がなんなのかはわからん。

 わからんけど、とにかく()()()はヤバい。

 これ以上アレを見つめていたら、頭がおかしくなってしまう。

 

 それに、冷静になって考えるとこの虹はやっぱり変だ。

 エミィはかつてマタンゴと戦ったあとの夜空にかかっていた虹、いわゆる『月虹』を思い出していた。

 しかし本物の月虹はもっと白っぽくてぼんやりしていたし、ここまで色鮮やかでカラフルなものではなかった。

 それに今はもう夜更け、雨上がりでもない。こんな虹なんて見えるはずがない。

 

 そんな不自然極まりない虹を背負うナノメタル怪獣。

 虹色の翼を広げながら、マーブル模様に光る三本首をくねらせて空中を浮遊している。

 ナノメタル怪獣を見ていたエミィはふと思った。

 

(……そもそもこいつ、なんなんだ?)

 

 少なくとも、エミィが知っているメカゴジラⅡ=レックスではないのは確かである。あのバカ正直なレックスが、こんな催眠めいたマネするもんか。

 ……虹色、三本首、そして蛇。

 その姿を見ているうちにエミィは地下のドックでの出来事、ウェルーシファのことを思い出した。

 今のナノメタル怪獣の姿は、ネルソンを喰い殺したウェルーシファの『虹色の影』と雰囲気が似ているような気がする。

 あのときのウェルーシファの言葉。

 ――この狭い世界の実存しか捉えようとしないあなたには、決して見えない魔法ですよ。

 ……ゴジラに焼き尽くされたはずのメカゴジラⅡ=レックスを、ウェルーシファが『魔法』とやらで新種のナノメタル怪獣へ転生させたのだろうか。

 

 そんなナノメタル怪獣の変貌を眺めていたエミィは、鏡みたいなそいつの翼に有り得ないものが映り込んでいるのを目にしてしまった。

 ……ナノメタル怪獣の翼に、屋根をブッ壊されたタワーの上階が映り込んでいる。

 その最上階に、此処にいないはずの人物の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈タチバナ=リリセ〉だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミィの全身から、血の気が引いてゆく。

 ……なんであいつがこんなところにいる。

 まさか真七星奉身軍と一緒にこの島へ乗り込んで来てたのか。

 何のため? この期に及んでエクシフの信仰に目覚めたとか? そんな馬鹿な。

 考えられる理由は一つしかない。

 

 

 

 

 LSOに捕まったエミィを助けるためだ。

 

 

 

 

 ……あいつどこまでバカなんだ。

 生意気でヘソ曲がりの妹分(わたし)なんて放っておけばいいのに。

 

 どうすべきか、エミィの脳がフル回転する。

 脱出用の潜水艇が泊めてある地下ドックへの道順は浅黒肌の少年にも教えてあるし、迷うような複雑なルートでもない。

 段取りだってある程度つけてあるから少年に任せておけばいいだろう。

 脱出するその時までに、エミィが運転席に座っていればそれでOKだ。

 

 ……潜水艇には、あと大人ひとり乗せる余裕はあるだろうか。

 いや、まだ余裕はあったはずだ。

 最悪ぎゅうぎゅう詰めでもいい、乗りさえすればなんとかなる。

 

 ……行って間に合うだろうか。

 さっきネルソンは『核攻撃まであと90分』と言った。

 あれから30分経っているとして、全力で走ればタワー上階までは片道10分くらい。

 行って戻ってくるだけの時間はあるはず。

 

 

 

 

 リリセを見捨ててとっとと逃げればいい?

 そんな選択肢、最初からあるもんか。

 

 

 

 

「おまえら、先に行ってろ!

 わたしはあとから行く!!」

 

 言いながらエミィは駆け出していた。

 時間は足りるが、核爆発から逃げる距離も考えるとぐずぐずはしていられない。

 バカな妹分を助けるためにこんなところまでやってきた、大バカな姉貴分を迎えに行ってやらなければ。

 

(……まったく、世話のかかる姉だっ!)

 

 



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75、Old Rivals ~『ゴジラ キングオブモンスターズ』より~

 ゴジラの雄叫びでわたし、タチバナ=リリセは叩き起こされた。

 ……ナノメタル怪獣の虹を見た途端、頭の中でゴジハムくんがサークルダンスを踊り出し、我を忘れて見惚れてしまっていた。

 わたしは一体どうしてしまったのだろう、そんな場合じゃないはずなのに。

 

 寝惚けた頭を思い切り振るって覚醒させる。

 タワーの眼下では、睨み合うゴジラとナノメタル怪獣の姿が見えた。

 

 空を見上げているのは怪獣王、ゴジラ。

 隠しきれない憎悪、牙の隙間から荒い吐息と、雄々しい唸り声が漏れ出ている。

 まさに臨戦態勢、頭上にいる敵を威嚇しているかのようだ。

 そしてその相手は他ならぬ、ナノメタル怪獣。

 ゴジラはナノメタル怪獣を鬼の形相で睨みつけていた。

 

 ――まさかゴジラのやつ、あいつと戦うつもりなのだろうか?

 

 一方、ナノメタル怪獣も負けてはいない。

 地表のゴジラを見下ろしながら、空を覆い隠せるほど大きな翼を蝙蝠傘のように開き、三本首をくねらせながら舌舐りをする。

 ケタケタと打ち鳴らした顎動音は毒蛇の威嚇のようでもあり、空を飛べないゴジラを見下してせせら笑っているかのようでもあった。

 さあこれから眼前の()()をどう料理してやろうか、そんなことでも考えているのかもしれない。

 

 ゴジラとナノメタル怪獣。

 互いに睨み合い、身構える両者。

 

 

 開始のゴングは、響き合う咆哮の二重奏(デュエット)

 

 

 ゴジラが吼え、ナノメタル怪獣へ突貫した。

 ナノメタル怪獣も(いなな)き、ゴジラへ(おど)りかかる。

 ゴジラVS虹色のナノメタル怪獣。

 二大怪獣の頂上決戦、死闘の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 噛みつこうと首を伸ばしたナノメタル怪獣、その頭をゴジラは鷲掴みにした。

 聴覚を貫くは引き裂かれる鋭利な金属音。

 そしてゴジラはナノメタル怪獣の頭を力任せに引っこ抜いた。

 

 ちぎれた部分から出血の代わりに銀色のナノメタル粒子が噴き出し、辺り一面にキラキラと光を散らした。

 手の中でだらしなく垂れ下がった首を放り捨て、踏み砕くゴジラ。

 頭をもがれたナノメタル怪獣。

 

 ところが、その切断面から植物の新しい芽が生えるように無傷の頭がにょきにょき生えてきた。

 

 続けて襲い掛かろうと伸びてきた別の首が、ゴジラの尻尾で引っ叩かれて上顎を粉微塵に粉砕された。

 しかしこちらの首もすぐに新品へと生え替わってしまう。

 ゴジラはその新しく再生した首にも喰らいつくが、その千切れた傷口からまたしても新しい頭が生えてきた。

 

 そんな格闘がしばらく続いたが、結果は変わらなかった。

 頭だろうが尻尾だろうが、引っこ抜いても、砕いても、食い千切っても、折れたサメの歯が生え変わるみたいに破壊されたその場で新しい部品が生えてくるだけだ。

 ただの物理攻撃ではナノメタル怪獣を止めることができない。

 ゴジラが苛立ちの唸り声を挙げた。

 

 そんな様子を見ながら、わたしは思った。

 

 

 

 ……〈ハイドラ〉だ。

 

 

 

 ハイドラはギリシアの神話に出てくる、頭がいくつもある蛇の怪獣だ。

 頭をひとつ切り落としてもその傷口から新しい頭がどんどん生えてくるから決して殺せないという、恐ろしい毒蛇の怪獣。

 もしその怪物ハイドラが実在したとしたら、今ゴジラの周囲で首をくねらせているナノメタル怪獣こそまさしくハイドラだった。

 それもただのハイドラじゃない。機械(メカ)で造られたハイドラの王様(キング)

 まさに〈メカキング()()ドラ〉だ。

 

 しばらく格闘していたゴジラだったが、やがていったん後ずさって背鰭を青く光らせた。

 きっとインファイトでは埒が明かないと悟ったのだろう、放射熱線を撃つつもりだ。

 神話の主人公ヘラクレスは、頭を潰した傷口を焼いてしまうことで再生能力を封じてハイドラを退治したけれど、このハイドラは焼き殺せるのだろうか。

 

 ゴジラの鼻先から放射熱線が放たれた。

 青白い放射熱線が空間を真っ直ぐ切り裂き、ハイドラの頭一本へと直撃。

 ハイドラが悲鳴を挙げ、銀色のナノメタル粒子をまき散らしながら頭が爆裂した。

 飛び散った銀粉の煙が晴れると、ハイドラの首の内一本が黒焦げに弾け飛んでいた。

 

(やったか!?)

 

 そう思った次の瞬間、頭を喪ったハイドラの首が身悶えした。

 煙の燻る切断面からナノメタルが滲み出る。

 ホイップクリームのように泡立ったナノメタルは形状を変え、ニョキニョキと見覚えのある姿を創り上げてゆく。

 こうして完全再生した頭が産声を挙げる。

 ……駄目だ、また新しい頭が生えてきた。

 英雄ヘラクレスが殺したハイドラと違って、このナノメタルのハイドラは耐火性にも優れているらしい。

 

(……ただ焼くだけではダメなんだ、根本から焼かないと!)

 

 わたしがそう思ったのと同時に、ゴジラが背鰭を光らせた。

 そして放射熱線を撃つ。

 どうやらゴジラもわたしと同じ考えに思い至ったようだ。

 今度撃ち込んだのはナノメタルの頭ではなく、首が生えている胴体だった。

 

 今度はハイドラも防御した。

 ハイドラが拡げた翼を吸血鬼のマントのようにひるがえして胴体を覆い隠すと、その翼から虹のベールが巻き起こった。

 万物を破壊するゴジラの放射熱線が、ハイドラの虹のベールを撃ち抜こうとする。

 

 

 途端、ゴジラの放射熱線の軌道が曲がった。

 

 

 虹のベール、その正体はバリアーだった。

 ハイドラが張った虹のバリアーによって放射熱線がそのまま鋭角に折れ曲がり、ゴジラの頬を掠めてすぐわきの岩山を真っ二つに焼き切った。

 ……なんてヤツだ、熱線をへし折るなんて。

 ゴジラの放射熱線を弾くだけならアンギラスもやっていた。

 だけどこんな鋭角に反射なんてしていなかったはずだ。

 すぐさま三発目の放射熱線を発射するゴジラ。

 またしてもバリアーで捻じ曲げるハイドラ。

 ゴジラ必殺の放射熱線が通用しない。

 

 しかしゴジラは諦めなかった。

 四発目の放射熱線を撃ち込む。

 

 今度は加減が違った。

 ゴジラも、同じ技を同じように繰り返すほどバカではない。

 発射角度をひねることで反射を調整し、ハイドラ自身が捻じ曲げた放射熱線が、バリアーで守り切れなかったハイドラの頭に直撃する。

 突然の目潰しに怯んだハイドラが悲鳴を挙げてバリアーを解除したところで、ゴジラは間髪入れずに五発目の放射熱線を発射した。

 ……ああ、駄目だ、バリアーの防御の方が素早く、放射熱線は敢え無く弾かれてしまった。

 

 だけどゴジラは放射熱線をやめなかった。

 放射熱線を撃ちまくるゴジラ。力押しでハイドラのバリアーを破るつもりなのだろう。

 ハイドラも負けていない。翼のバリアーを巧みに使いこなし、撃ち込まれる放射熱線をカンフーマスターのように捌いてゆく。

 

 ゴジラの青白い放射熱線と、ハイドラの虹色のバリアー。

 放射熱線の乱打で押し切ろうとするゴジラと、その猛攻をバリアーで防ぎまくるハイドラ。

 ビームとバリアーによる怒涛のラッシュ。

 両者が烈しくぶつかり合う度に閃光が弾け飛び、大気に激震が走った。

 ゴジラはあらゆる角度から放射熱線を撃ち込もうとし、ハイドラはあらゆる角度から繰り出される放射熱線を弾き返した。

 ゴジラとハイドラが繰り広げる、放射熱線とバリアーを使った熾烈なビーム合戦。

 雷光剣(ライトセーバー)を打ち交わす、宇宙サムライ同士の鍔迫り合いみたいだ。

 

 ……もしくはガン=カタか。

 

 ガン=カタとは、あるカッコいいアクション映画に出てくる、ガンアクションとチャンバラとカンフーを組み合わせたとってもカッコいい架空の武術である。

 いわく、この格闘技を極めることにより、

・攻撃効果は120%上昇!

・防御面では63%上昇!

ガン=カタを極めた者は無敵になる!!

 ……とかなんとか。

 ンなわけねーだろと思うし、実際言ってる理屈もやってることも荒唐無稽の極みだ。あんなアクロバットをしながら撃っても当たるわけがないし、あんな至近距離で撃ちまくったらまず間違いなくマズルフラッシュで視聴覚が死ぬ。

 とはいえ、ピストルを撃ちまくりながらカンフーで戦うシーンがとにかくカッコいいので映画マニアのあいだでは語り種になっている。実際わたしも小さい頃は昔ガン=カタごっこをして遊んだものだ。

 とにもかくにも、ゴジラとハイドラが繰り広げているビーム合戦は、あの映画のガン=カタ対決のシーンにそっくりなのだった。

 

 怪獣によるガン=カタ。

 ……たしかに、観ている分には見栄えがして、派手で、そしてとてもカッコいい。

 だけど四方八方に流れ弾が飛んでゆくのはすっごく迷惑だと思う。

 

 それがゴジラの熱線なら猶更である。

 

 弾き飛ばされた放射熱線があちらこちらへと着弾、花火のシャワーを撒き散らしながら山を吹っ飛ばして地面を深々と抉り飛ばす。

 超ド級の怪獣ガン=カタ、このままだと孫ノ手島は更地になってしまうだろう。

 わたしがいるタワー上階だってそうだ、いつ巻き添えで吹っ飛ばされるかわからない。

 

「あんたら、ガン=カタするのはいいけど、ちょっとは周囲の迷惑考えなさいよ!」

 

 わたしは堪え切れずに怒鳴ったが、当然、奴らが聞き入れてくれるはずもなかった。

 

 

 

 

 かくしてゴジラとハイドラのガン=カタ合戦は、完全な膠着状態に陥った。

 放射熱線を撃ちまくるゴジラと、バリアーで捌きまくるハイドラ。いずれはどちらかが力尽きることになるだろうが、どちらもスタミナは縮退炉エンジン並だ。このままだと決着がいつになるかわからない。

 

 その状況を破ったのはハイドラの方だった。

 

 翼を広げたハイドラは、翼の外縁に生え揃った爪先を一斉にゴジラへと向け、先端から虹色の稲妻を放った。

 ゴジラの体を虹色の電流が幾重にも駆け抜け、表皮を焼いてゆく。

 ハイドラによる虹色の雷撃。

 ハイドラはゴジラを焼き殺すつもりだ。

 

 眺めているだけで目が眩む光と、聞いているだけで耳を抉られそうな爆音。

 巨大なパワー同士の激突。

 

 潰されてしまいそうな視聴覚を庇いながら様子を窺っていたわたしは、その最中ゴジラの背鰭がだんだんと虹色に光り始めていることに気が付いた。

 ……ハイドラが気づいているのかどうかはわからないけど、なんだろう、ゴジラの方もあまり苦しんでいるように見えない。

 

 ハイドラも違和感を覚えたのか、雷撃を放つのをやめた。

 三本の首を怪訝そうに傾げながら、ゴジラを見下ろしている。

 それと同時のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴジラがニヤッと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ように、わたしには見えた。

 ゴジラの背鰭からは、零れ落ちそうなほどに蓄えた虹のエネルギーが迸っている。

 まさにフル充電、フルパワーだ。

 

 ……ヤバいことが起こる!

 わたしの脳内でそう叫んだのは理性ではなく本能だった。

 すぐさまわたしは鉄骨の陰に頭を引っ込めて身を守った。

 ハイドラも自分の失策にようやく気づき、慌てて空へ退散しようとする。

 が、その尻尾をゴジラが引っ掴んだ。

 

 ――は、離せ!

 

 振りほどこうと暴れるハイドラだったが、しかしゴジラの爪がしっかり食い込んでいて逃げられない。

 そうやってもがいているハイドラを見上げながら、ゴジラが“笑った”。

 

 

 

 ――待たせたな、死ぬがよい。

 

 

 

 そんなゴジラの背鰭から光が溢れ、ゴジラは、ハイドラへ目掛けて虹色の放射熱線を浴びせた。

 ダメージを喰らっているように見えて、実は逆にエネルギーを吸い取って貯め込んでいたのだ。

 

 空間が揺さぶられる衝撃。

 ゴジラ自身の渾身の力に加え、ハイドラから吸収したエネルギーも重ねた、放射熱線の大奔流だった。

 すぐさまバリアーを張るハイドラだったが、御自慢のバリアーは濡らした紙よりもあっさりと突き破られ、虹色の激流がハイドラの全身を丸ごと呑み込んだ。

 必殺の放射熱線を桁違いの出力で叩き込まれ、ハイドラは爆裂した。

 

 

 

 ゴジラの頭上に、特大の爆発が巻き起こる。

 

 

 

 強烈な爆風が吹き荒れ、わたしは吹き飛ばされないように鉄骨にしがみついた。

 

 



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76、ルシファー

 ……暴風と光熱が収まり、巨大な金属が墜落する音と同時にわたしは固くつぶっていた瞼を開いた。

 

 

 落下したのは、ハイドラの残骸だった。

 

 

 ゴジラの眼前で、巨大な火の玉が燃えていた。

 火の玉の正体は金属の塊、ついさっきまでナノメタルのハイドラだったものだ。

 ハイドラは見るも無残な姿へと変わり果てていた。頭も翼も根こそぎ消し飛び、黒焦げに燃える胴体だけがゴジラの眼前に転がっている。名残らしいものがあるとしたら、ついさっきまでゴジラが掴んでいた尻尾の先っちょだけ。

 完全なスクラップだ。

 ……不死身のハイドラだってここまでされては復活出来ないだろう。

 わたしがそう思ったときだった。

 

 

 突然、ハイドラの残骸から、虹色の火花が噴水のように噴き出し始めた。

 

 

 最初はどこか内部がショートでもしたのだろうと思った。

 けれど、決してそうではなかった。

 虹色の火花はやがて実体を持ったカタチへと変貌してゆき、左右三対計六枚の翼と細長い二本の首のシルエットを形成した。

 燃える炎はまくれ上がるように消し去られ、黒焦げになったはずの体表は再び虹色の輝きを取り戻してゆく。

 そして最後に、さきほどゴジラが食い千切ったハイドラの頭が磁石のように吸い寄せられてゆき、半ばで断裂した真ん中の首へと連結された。

 わたしは、自分が今見ているものを信じられなかった。

 爆死したはずのハイドラが、いとも簡単に完全復活を遂げてしまった。

 

 自在にくねくね動く首でゴジラを見ながら、金属のような甲高い咆哮を威勢よく挙げるハイドラ。

 背中の虹は、長時間見ていると目が眩んでしまいそうなほどまばゆく輝いていた。

 左右の首、翼、その他ゴジラの放射熱線で欠損した各部を補う、虹色の物質。

 

 ナノメタルと虹色の物質で継ぎ接ぎされたハイドラの姿から、わたしは昔観たSF映画の殺人マシーンを連想した。

 一見すると人間にしか見えないがその正体は殺人マシーンで、銃で撃たれようが車にはねられようが、挙句の果てにはバラバラになってさえ主人公を追いかけてくる。

 あの映画の殺人マシーンは人間の皮を機械の骨組みに被せたものだったが、このハイドラはその逆だ。上辺はナノメタル、つまり機械で出来ているが、一皮むいたその下には得体の知れない虹色のなにかが脈を打っている。

 そして、あの殺人マシーンと同じなのは、見せかけと裏腹の本性だった。

 

 ……なんなの、これ。

 なんで無尽蔵に再生できるの。

 質量保存、エネルギー保存の法則は一体どうなってるの。

 これも、マフネ=アルゴリズムなのだろうか。

 それともマフネ=アルゴリズムが変異を起こして、もはや人知を超えた存在へと変貌してしまったのか。

 

 

 何より恐ろしいのは、今でさえ『美しく見えること』だ。

 

 

 ボロボロに崩れ、ナノメタルでつぎはぎされた身体。

 黒焦げにされても一瞬で復活出来てしまう、常識を超えた能力。

 こんな怪物が()()()()()()()()()()()()()

 ……理性ではわかっているのに、それでもわたしの脳はこの怪物を『美しい』と認識しようとする。

 ハイドラの背中で輝いている、あの虹の光のせいだ。

 気をしっかり保っていないと『美しい』という印象で頭がいっぱいになってしまう。

 そもそも光の反射で虹色に見えることはあっても、それ自体が虹色に光り輝くなんてことは有り得ない。

 そんなことはわかっているはずなのに、それでもわたしにはあいつが『美しく思えてしまう』のだ。

 

 

 ……なんておぞましい怪物なのだろう。

 

 

 むくりと起き上がったハイドラは、ケタケタケタと鳴き声を挙げながら飛び上がり、口から虹色の稲妻を発射した。

 ハイドラの口から放たれた稲妻は三つ編みに()()され、虹色の竜巻となってゴジラに襲い掛かる。

 

 ゴジラの放射熱線ほどの破壊力はない。

 しかし目晦まし程度の威力はあったのか、ゴジラは鼻先にその稲妻を喰らって一歩たじろいだ。

 

 その隙を、ハイドラは見逃さなかった。

 三本首をすかさず繰り出してゴジラの身体へと食らいつき、数万トンを超えるゴジラの巨体を、ハイドラは細長い首の力で高々と吊し上げた。

 痛みに呻きつつも、ゴジラがハイドラの顎を振り解くために反撃の放射熱線を放とうとしたそのとき、異変は起こった。

 

 

 

 ……ぽん。

 

 

 

 ゴジラの鼻先で放射熱線が閃く代わりに、白い塵がパーティクラッカーのように弾けた。

 

 以上、ただそれだけで終わってしまった。

 

 今度はバリアーで防ぐまでもない、放射熱線の発射という事象そのものが存在していなかった。

 

 

 ゴジラの放射熱線が不発に終わる瞬間。

 そんな異常な光景を見たのはわたしが初めてで、そして唯一だろう。

 

 

 流石におかしいと思ったのか放射熱線を再度放とうとするゴジラだったが、今度は背鰭の発光そのものが起こらなかった。

 ゴジラが目を見開いている。

 ゴジラは放射熱線を撃つのをやめたのではない、()()()()()()()()()()()()()()

 異変はそれだけに留まらない。

 ゴジラの体表が、黒一色から徐々に華やかな極彩色へ変わっていくように見える。

 

 

 あのゴジラが、どんな敵にも脅威にも負けたことのない無敵無敗の大怪獣ゴジラが、自らの身に起こりつつある変化に途惑っているようだった。

 一体、何が起こっている……?

 

 

 風に乗った何かが、ひらひらとわたしの手元へ舞い落ちてくる。

 掌で受け止めたそれは、白い花びらだった。

 さっき散った白い塵の正体は、花だ。

 ゴジラの巨体から数え切れない(つぼみ)が芽吹き、花吹雪が舞い散っている。

 ゴジラの全身から花が咲いているのだ。

 

 

 花、植物、ゴジラ。

 わたしの中で、繋がるものがあった。

 

 

 ……『ゴジラの正体は放射能の影響で突然変異を起こした植物だ』という話を聞いたことがある。

 聞いた時はただの与太話だと思っていた。

 その手のオカルト話が好きなわたしだけど、あの恐ろしい怪獣ゴジラが道端に生えているペンペン草の同類だなんていくらなんでも流石に信じられなかったのだ。

 『ジュラ紀から白亜紀にかけて生息していた海棲爬虫類から陸上獣類に進化しようとする中間型の生物』なんて変な説(ちなみに動物図鑑を愛読しているエミィが熱弁していたが、このカテゴリの動物は実在していて『単弓類(Synapsid)』というらしい。でも身長50メートルの単弓類なんていないよね)の方がまだ納得できる。

 

 

 けれど、今繰り広げられている光景はまさにゴジラ=植物説を裏付ける証拠なのかもしれない。

 

 

 どういう方法なのかはわからないがハイドラの攻撃によって、植物から生まれたゴジラが元の植物へと還元されようとしている。

 色とりどりの花たちが一斉に咲き乱れ、瞬く間にゴジラの黒い総身を華やかな極彩色へと塗り替えた。

 

 ゴジラの背中でバキバキと硬いものが裂ける音が鳴り響き、背鰭の一本がまるで歯が抜けるように脱落していった。

 砕けた背鰭と牙、表皮がゴジラの身体からぼろぼろと剥がれ落ち、その割れ目を埋めるように花が芽吹く。

 核攻撃にも耐え、怪獣軍団との戦いすらものともしない強靭なゴジラの肉体が、子供でも摘み取れるような小さな花々によって破壊されてゆく。

 ゴジラが今まで聞いたことのない鳴き声を挙げ始めた。

 それはこれまでタチバナ=リリセ、いや地球人類では誰も耳にしたことのない、ゴジラが苦悶する悲鳴だった。

 

 『ゴジラの全身から、美しい花が咲き乱れる』

 ……一見すると、とってもロマンチックだ。

 しかしその実相は『他人の手で勝手に自分の存在を書き変えられてしまう』という、上辺の綺麗さとは裏腹の極めてグロテスクなものだ。

 自身の在り方を捻じ曲げられる当人にとっては、それが凄まじい苦痛であることは想像するまでもない。

 ……戦っている相手を花に変えてしまうなんて、こんなのズルだ、インチキだ。

 出鱈目にもほどがある。

 自分のことでもないのに、わたしはなんだか理不尽さを覚えた。

 

 それと同時に、このハイドラがメカゴジラⅡ=レックスとは別物であることを確信した。

 たしかにレックスは怪獣相手に容赦しない。

 しかしいつだって真っ向勝負だったはずだ。

 そんな正直者のレックスが、こんな卑劣で残酷な暴力を振るうはずがない。

 

 ゴジラの巨体がカラフルな花々で覆い隠されるのにつれて、その動きが目に見えてにぶくなり、力強かった瞳から生気が失われていった。

 かつて地球の支配者として君臨していた怪獣の王ゴジラは、ハイドラの毒によって美しい花園へ変わろうとしていた。

 ゴジラという世界樹が、虹色の悪竜によって貪り喰われてゆく。

 

 ゴジラが、消える。

 

 

 

 ピロピロピロピロピロ

 ケタケタケタケタケタ

 イーヒヒヒヒヒヒヒ……

 

 

 

 雷鳴のように轟く、電子楽器の旋律にも似たハイドラの(いなな)き。

 わたしには、それがゴジラをあざける(わら)い声のようにも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ReⅩⅩ(エックス)から帝王(カイザー)、ルシファーへ。

 メカゴジラから産まれた機械仕掛けの神(デウス=エクス=マーキニース)、堕天の虹〈ルシファー=ハイドラ〉がゴジラの存在を滅ぼそうとしている。

 

 その光景を仮面越しに眺めながら、ウェルーシファは静かに(たかぶ)っていた。

 エクシフの歴史から失われて久しかったガルビトリウムの秘奥義、それをまさか本当に実現できるとは。

 日頃の自分らしくもないことは自覚していたが、体内から湧き上がるその興奮を抑えることはどうしてもできなかった。

 

 

 ――エクシフの祭具、ガルビトリウム。

 そもガルビトリウムとは此岸(こちら)彼岸(あちら)を繋ぐための覗き窓、量子世界の向こう側を観測し、絶対に確かな真理を手にするために造られたものだ。

 いちたすいち。

 にひくことのに。

 さんかけることのさん。

 よんわることのよん。

 四則演算。

 そんなシンプルな算数を気が遠くなるほど細かく解剖して突き詰めた先で、エクシフたちは〈ガルビトリウム〉と〈ゲマトロン演算〉を編み出した。

 不確定性原理を打破しあらゆる事象を観測するガルビトリウムと、そのガルビトリウムからもたらされた無数の乱数を用いた予測演算を可能とするゲマトロン演算。

 そんなラプラスの魔と手を結ぶにも等しい、究極のテクノロジーがもたらす叡智。

 エクシフはそれを『神の預言』と表現した。

 

 エクシフのガルビトリウムとゲマトロン演算が描く未来予測は、ビルサルドたちが小馬鹿にするような不確かで曖昧なオカルトの類いではなく、れっきとした計算と思索の果てに導き出される数学的帰結だ。

 だからこそエクシフ神官やその信者たちは、ガルビトリウムの導きを信じて疑わない。

 エクシフ神官たちは、ガルビトリウムを通じて彼岸の神から預言を受け取り、未来を占う。

 次元を超え、未来を覗き込む。それがガルビトリウムに関して一般に知られる用途である。

 

 

 

 しかし未来予測計算のほかにも、ガルビトリウムには隠された使い道が存在する。

 

 

 

 エクシフが信仰する神の正体は、外宇宙の彼岸に住まう高次元存在だ。

 その神へ献身を捧げて合一することこそが、エクシフの信仰が行き着く究極の目的。

 ガルビトリウム装者に招き入れられた外宇宙存在は、装者の五感を通じて此岸の宇宙を観測することで、此岸の法則に囚われることなく一方的に干渉することが可能となる。

 『神と対面する』

 彼岸の外宇宙存在が、此岸の世界へ手を伸ばすための出入り口。

 それが、エクシフ信仰におけるガルビトリウムの究極の用途だった。

 

 

 ……逆もしかり。

 ガルビトリウムを通じて彼岸の外宇宙存在が此岸に手を伸ばせるならば、此岸から彼岸の外宇宙法則を引用することも可能だ。

 

 

 この世界を一つの物語とするなら、ゲマトロン演算はその物語の本文に干渉するテクノロジーだ。

 本来のガルビトリウムとゲマトロン演算とは、外宇宙高次元世界も含めた全宇宙を掌握し神の次元へ至るために編み出された、その崇高な大義を実現する試行錯誤の産物だ。

 数学というプロトコルで時空を越え、この世界の(ことわり)さえも支配して、自由自在に書き換える。

 神に近づく、むしろこれこそがガルビトリウムとゲマトロン演算の真の存在意義なのだ。明日の予定を決めたり偶像として崇め奉ったり、そんなことのためにあるのではない。

 ……もっとも、未来予測計算の果てに垣間見た絶望の運命に屈服し、全宇宙の救済などという妄想に取り憑かれた愚劣なエクシフ神官どもは、そんな当たり前のことすらとっくのとうに忘れ去ってしまったようだが。

 

 そんなガルビトリウムを、ウェルーシファは有効活用してやることにした。

 ヒトの精神へ外宇宙霊質を憑依させるゲマトリア降霊術。

 エクシフの長い歴史においても禁忌とされてきたその秘術を、ウェルーシファは実行に移した。

 今回、外宇宙存在〈ルシファー〉を迎え入れる器として用意したのは、ビルサルド、エクシフ、そして地球人、それら三者の粋たるメカゴジラⅡ=ReⅩⅩだ。

 ヘルエル=ゼルブが脆弱性、欠陥、バックドアと散々こき下ろしていたレックス。

 

 ――欠陥だなんてとんでもない!

 

 ウェルーシファにとってはマフネ=アルゴリズムこそ副産物、必要だったのはむしろ『ヒトの心を持つメカゴジラ』の方だ。

 ただの人間に降ろしたところで意味はないし、ただのナノメタルでは降ろすことが出来ない。

 心を持たぬもの、ただの機械にガルビトリウムは使えないのだから。

 

 

 

 

 そして、ウェルーシファの目論見は成功した。

 ウェルーシファの計算通り、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩから生み出された新種の怪獣は、ナノメタルの表現力とゲマトロン演算の創造性を併せ持った最強の怪獣、〈ルシファー=ハイドラ〉としてこの次元世界に降臨した。

 

 人工元素の安定生成、質量・エネルギー保存の法則の打破、そして進化過程の逆行改変。

 エクシフのテクノロジーでさえ困難を極める大魔術を、〈堕天の虹:ルシファー=ハイドラ〉はいとも容易く成し遂げてしまった。

 ルシファーの御業(みわざ)はまさに神の奇跡。

 あの強大なゴジラでさえ、ルシファー=ハイドラの絶対的なチカラを前に手も足も出ない。

 

 仕掛けはこうだ。

 外宇宙の法則やエネルギーを高次元ソースとしてガルビトリウムで読み取り、ゲマトロン演算でこちらの世界に反映可能な事象へコンパイルして、ナノメタルでこちらの世界へ出力する。

 外宇宙高次元世界では取るに足らない事象でも、此岸の宇宙からすれば魔法や奇跡のように見えることだろう。

 万能のナノメタルで編まれた鋼の機体(Hard)と、全知のゲマトロン言語で記述された論理(Soft)、そしてヒトとしての意思(EGO)を持つ、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩだからこそ出来る離れ業だ。

 

 ナノメタルがなければ出力が出来ず、ゲマトロン演算がなければ内的な処理が出来ない。

 そしてヒトの心がなければそもそも高次元存在を降ろすことができない。

 まさに三位一体、三つのうち一つでも欠けていれば()()はいかなったろう。

 

 

 

 ルシファー=ハイドラが、ゴジラを足蹴にして両翼を大きく広げる。

 全世界に向けて、凱歌を唄い始める。

 

 

 

 ゴジラを完全に無力化したと確信したルシファー=ハイドラは、動けなくなったゴジラの全身に覆いかぶさり、マシンハンドで全身に絡みついてそのエネルギーをゆっくりと啜り始めた。

 ゴジラから食い物にしたエネルギーで大地に根を広げ、ルシファー=ハイドラはこの惑星そのものと融合してゆく。

 マフネ=アルゴリズムによって付与されたナノメタルの貪食性は、ゴジラ細胞のそれとほぼ同格だった。

 そこにガルビトリウムがもたらす外宇宙の法則が加わったことにより、ハイドラのナノメタルはゴジラを上回る力を手に入れた。

 今ならゴジラ細胞はおろか、ゴジラの存在さえも丸ごと書き換えてしまうことが可能だ。

 ルシファー=ハイドラが流し込んだ虹の猛毒が、ゴジラの存在をこの星を支える世界樹の座から、ただの一植物へと引き摺り下ろす。

 

 

 

 ……なんて素晴らしい理想像(イデア)だろう。

 ウェルーシファは恍惚していた。

 

 

 

 ハイドラの偉大なる咆哮は、ウェルーシファにとって心地良い勝利の賛歌に他ならない。

 この世にあるどのような楽器でも奏でることは叶わない、神々しい完全大勝利のメロディ。

 ……讃えよ、地球終末の瞬間を。

 地球を散々蹂躙してきた醜悪な破壊の権化:ゴジラが、虹色に輝く創造の神:ルシファー=ハイドラによって、平和と再生の象徴である美しい花へと生まれ変わる。

 ゴジラを花へ。まるで美しい詩の一節のようではないか。

 これ以上の地球終末の瞬間(ハッピーエンド)がどこにある。

 

 

 

 

 ウェルーシファが招き入れた偉大なる神には、エクシフの御子(みこ)も英雄も必要ない。

 自らがガルビトリウムを装着したルシファー=ハイドラにとって、代わってこの世界を観測するガルビトリウム装者などもはや不要だ。

 たとえ全宇宙に存在するすべてのエクシフ、それこそ招き入れたウェルーシファ自身が滅んだとしても、ルシファー=ハイドラにとっては痛くも痒くもない。

 

 ルシファー=ハイドラにはガルビトリウム装者という弱点が存在しないのと同時に、その創造行為に歯止めをかける(たが)もまた存在しない。

 無限大の創造性を誇るルシファーは、もはや誰にも停められないまま永遠に、この世界を思うがまま書き換え続けてゆく。

 ここまでくればもう誰にも止められない。

 ビルサルドはかつて地球をナノメタルで改造する構想を持っていたが、ウェルーシファが創ったルシファー=ハイドラはそんな矮小なスケールに留まらない。

 ゴジラのエネルギーを取り込んだルシファー=ハイドラはこの惑星まるごと特異点に変え、そして全宇宙を造り替え続けてゆくだろう。

 

 ……だが、この宇宙がどうなってしまおうと、ウェルーシファの知ったことではなかった。

 ウェルーシファにとってのハッピーエンド、『天帝の破滅』。それさえ満たしてくれればどんなエンディングだろうとかまわない。

 そして我らが創造の神ルシファー=ハイドラならば、予想の斜め上をゆく素晴らしい結末を創り上げてくれる。あとは何がどうなろうと総てがどうでもいい。

 

 

 悠久の時をかけて書き連ねてきた、ウェルーシファの大傑作。

 その壮大なグランドフィナーレは、かの鋼の王(レックス)を拾った本作のヒロイン、タチバナ=リリセに委ねることにした。

 

 

 重大な計画の締めくくりを地球人の小娘に任せることについて、不安など一切感じなかった。

 取るに足らない小娘だ。どう動くか、手に取るようにわかる。

 最後の結果がどうなるか、このウェルーシファには物語を結末から逆さに読み進めたときと同じくらいすべてわかりきっている。

 

 人間が抱いている自由意志などというものは所詮思い込みの妄想に過ぎない。

 人間の本質は『群体』、易きに流れ大勢に巻かれるだけ。

 自由意思と呼び得るような自立性を確立した人間はそう多くない。

 そしてそんな稀有な例外も口先でいくらでも転がせる。

 ビルサルド、エクシフさえそんなものなのだ。

 特に未熟で幼稚な地球人なら猶更。

 

 エクシフが得意とする計算と同じだ。

 各個人が持つ個性や人格と呼ばれる関数に、環境の乱数を加味したうえで任意の数値を与えれば、ほぼ確実に予測通りの結果がもたらされる。

 人間の意志を思うとおりに誘導することなど、文字通り頭の中さえも読めるウェルーシファにとっては赤子の手をひねるよりも容易い。

 

 実際、ウェルーシファは数え切れないほどの博打に手を出してきたが、そのすべてが巧く運んでいた。

 マフネ博士も、マティアス=ベリア・ネルソンも、スヴェトラーナ=エブゲノブナ・モレクノヴァも、ヘルエル=ゼルブも、鋼の王も、新生地球連合軍も、そして『怪獣黙示録』から続くこの星の在り様さえも。

 すべては、この最高のハッピーエンドに捧げられた伏線だったのだ。

 

 ……そしてヒトはいつだって、素敵な未来を夢見る生き物だ。

 タチバナ=リリセに委ねた最後の一手も、間違いなく計算通りに進むだろう。

 ウェルーシファは、エクシフとしての生涯で生まれて初めて心の底から笑んだ。

 プロットを書き終えたウェルーシファは最後に、ルシファー=ハイドラへ祈りを捧げた。

 

 ……我らが大宇宙創造の神、ルシファー。

 すべての献身は我らの『大願』成就のために。

 讃えよ! 全ての道は献身へと続く!

 

【挿絵表示】

 

 そしてかの天帝に相応しい惨めな終焉(エンディング)をもたらしたまえ。

 

 




ゴジラ新作決定ばんざーい!


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77、再会、そして…

第四章はここまで。


 

 ピロピロピロピロ

 ケタケタケタケタ

 ウケケケケケケケ

 イーヒヒヒヒヒヒヒ……

 

 

 嗤い続けるハイドラが、動けなくなったゴジラを喰い殺す。

 そんな地獄みたいな光景を、わたし、タチバナ=リリセは呆然と観戦していた。

 ゴジラが神木なら、ハイドラはそれにとり憑いた巨大なヤドリギだ。

 それも単に寄生しているのではなく、融合し一体化しているようにすら見えた。

 ハイドラの触手がゴジラに絡みつき一体化し、どこまでがハイドラでどこまでがゴジラだったのか、いまやその境界までもが曖昧に溶け始めている。

 

 

 そのとき、背後から物音が聞こえた。

 タワーの階段を小走りで昇ってくる足音にわたしは振り向く。

 ……誰だろう。

 LSOだろうか、それとも真七星奉身軍か。

 しかしLSOも奉身軍も、もはや壊滅状態。ヘルエル=ゼルブも死に、ヴァバルーダに乗っていたであろうウェルーシファもおそらく無事ではないだろう。

 そんな騒ぎの中で女一人見つかったところで今さらどうこうされるとも思えないが、()()だけはしておいた方がよいかもしれない。

 そんなわたしの思考を余所に、足音は階下から近づいてきた。

 鉄骨に足を挟まれて、その場に釘付けされた無力な状態で、わたしは身構える。

 

 だが、そこに現れたのはビルサルドでもエクシフでもなかった。

 

 

「……リリセ!」

 

 

 エミィ=アシモフ・タチバナだった。

 足元を塞ぐ瓦礫を蹴り倒し、わたしの元へと駆け寄って、息を荒く吐きながら言った。

 

「……やっぱり」

 

 そしてニヤリと微笑む。

 

「おまえは、わたしがいないとダメだな」

 

 ……エミィの言うとおりだ。

 助けに行ったつもりが助けられるなんて、とんでもないマヌケじゃん。

 

 自分への情けなさと、大切な家族が生き残ってくれていた安堵。さまざまな感情が押し寄せてきた挙句に、わたしは力なく笑ってしまった。

 そんなわたしを見ながらエミィは、そこら辺に転がっていた鉄棒を拾い上げ、そしてわたしの脚を挟んでいる鉄骨の隙間へそれを突っ込んだ。

 

「上げるぞ」

 

 エミィが鉄棒を梃子にして、わたしの脚を挟んでいる鉄骨を持ち上げた。

 わたしはすかさず挟まっていた脚を抜き取る。

 わたしが足を抜いたのを確認してから、エミィは鉄骨を地面に落とす。

 

 わたしは挟まれていた脚の具合を確かめてみた。

 長いあいだ同じ姿勢だったので少し強張ってはいたが、軽く曲げ伸ばしするだけで元通り動いてくれた。

 これで、わたしは自由だ。

 真っ先に、わたしはエミィに飛びついた。

 

「エミィッ」

「どわっ」

 

 思い切り飛びつかれたエミィはバランスを崩し、一緒に床へ転んでしまった。

 

「大丈夫!? 怪我はない!?」

 

 問い(ただ)しながら、わたしはエミィの身体中を丹念に調べた。

 服もボロボロだし全身泥だらけの煤だらけ、あちこちに打ち身や擦り傷が出来ている。

 だが、どれも致命傷じゃない。

 つまり無事だ。

 ……よかった。

 緊張がほぐれたところで、わたしはふと違和感を覚えた。

 

「……あれ、嫌がらないの?」

 

 いつもだったら、こんなにもみくちゃにされたら間違いなく暴れるはずなんだけど。

 エミィの方は転んだ拍子に目を白黒させていたが、珍しいことに嫌がる素振りがまったくない。

 怪訝に思っているわたしに、エミィは眉をしかめて言った。

 

「……嫌がられてる自覚があったのか?」

「いやー、いつもだったらもっと抵抗しそうだなー、と思って」

「それがわかってるならやめろよ」

「やめませーん」

「……はあ」

 

 わたしの言葉に呆れつつ、エミィはわたしの方へ身体を摺り寄せてきた。

 珍しいなあ、どういう風の吹き回しなのだろう。

 いつもこちらからのスキンシップはあんなに嫌がるのに、今は自分から抱き着いてくるなんて。

 

 ……ハッハーン?

 さてはオネーサンの愛の深さがようやくわかるようになったな?

 このツンデレ気質め、とうとうデレおったか。

 この甘えんぼさんめっ、うりうり~

 

 ……という具合で、最初はそんな風に頭を撫で回すつもりだったんだけどやっぱりやめた。

 物言わぬエミィの表情を見ていたら、そんなふざけた気分は吹っ飛んでしまった。

 だって無理だよ。

 

 

 

 

 こんなつぶらな上目遣いで、大粒の涙を浮かべられちゃったらさぁ。

 

 

 

 

 ……エミィの身体からは、なんとも形容しがたいヒドイ臭いがした。

 きっと、ドブや排気口など、人が入れないようなところも沢山くぐり抜けてきたのだろう。

 シャツに血が乾いた茶色い染みが着いていたが、エミィ自身に負傷はない。

 きっと、目の前で誰かが怪我をして、その血を浴びてしまったのだろう。

 

 ここに辿り着くまで、エミィは一体どんな大冒険を繰り広げてきたのだろう。

 悪い大人たちに捕まって、来たこともない島に連れて来られて、しかも怪獣大戦争にまで巻き込まれて。

 眼前で人が殺されたり、ともすればエミィ自身が殺されかけるような場面だってあったはずだ。

 そんな苦境を、エミィは大人に頼らず自分だけで切り抜けてきた。

 

 

 

 

 ……それは、どれだけの苦難で、どれだけ危険で、そしてどれだけ心細かったろう。

 

 

 

 

 わたしは、エミィを撫で回す代わりに、(ねぎら)うように思い切り抱き締めてあげた。

 

「……頑張ったんだね」

 

 わたしの胸へ顔を埋めながら、エミィが不承不承と口を尖らせて呻いた。

 

「……今だけだからな。特別だぞ」

 

 ……ふふっ。

 この期に及んでカッコつけようとするエミィの態度に笑みが零れた。

 ホント、素直じゃないんだから。

 でもせっかくだ、やっぱり思いっきり撫で回してあげちゃおう。

 小さな体を抱きすくめ、泥と煤だらけのエミィにわたしは自分の傷だらけの頬をすり寄せた。

 あったかい、やわらかなほっぺ。

 抱き心地の良い、温かくて優しい体。

 誰よりも大切な、わたしの家族。

 

 

 

 

 もう離すものか、絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれ、なんかもぞもぞ動いてる?

 最初はされるがままにされていたエミィだったけど、だんだんもがき始め、ついには力一杯にわたしを突き飛ばしてしまった。

 

「ど、どうしたの!?」

「ぜーはーぜーはー……」

 

 突然のことで(おのの)くわたしに、エミィが荒い息で怒鳴りつけた。

 

「殺す気かッ、このデカパイの女ハルクめ! そんな力いっぱい胸に押しつけたら、息が出来ないだろうがッ!」

 

 あ、ごめん……。

 

「というか女ハルクって、ハルクにはシーハルクっていう女の従姉妹がいてだね……」

「知るかンなもんッ、帰るぞッ」

「アアン、いけずっ」

 

 プリプリ怒りながら、エミィはそそくさと階段へ向かってしまう。

 珍しく可愛いところを見せてくれたと思ったら、途端にコレだ。

 素直じゃないなあもう。

 

 ……ま、いっか。

 あとでいくらでもチャンスはある。

 それに、こうして自由になったのだから、こんな怪獣無法地帯にぐずぐず長居することはない。

 いつ流れ弾が飛んできてもおかしくない、TCXとATMOSとIMAXとMX4Dが同時に総攻撃を仕掛けてきたみたいな、大迫力で大音響で大臨場の大怪獣による大プロレスなんか、もうたくさん。

 

 ……怪獣プロレスと言えば。

 孫ノ手島の中央で死闘を続ける二大怪獣、ゴジラとハイドラの様子を横目で見てみた。

 ゴジラとハイドラの怪獣大決戦は佳境、ハイドラの方が優勢だ。

 ……もしこのままハイドラがゴジラを斃したら、この世界はどうなってしまうんだろう。

 自然を征服しようとしたビルサルドの傲慢:ナノメタルと、亡くした娘を蘇らせようとしたマフネ博士の狂気:マフネ=アルゴリズム。

 その落とし子にしてゴジラさえも凌ぐ恐怖の大怪獣、虹色のハイドラ。

 ハイドラがゴジラに成り変わるだけならまだいいけれど、もっと恐ろしいことになってしまいそうな気がする。

 

 ……とはいえ、そんなのどうでもいい。

 

 このままハイドラが勝とうが、ゴジラが奇跡の逆転勝利を収めようが、どっちが勝ったところで状況は変わらない。

 この星は怪獣が支配する。勝った方がわたしたち人類の敵になるだけ。

 そしてそんなマクロな話は、ちっぽけなわたしたちには関係ない。

 世界のことなんてどうでもいい。ゴジラには悪いけれどとりあえずここは逃げてから、未来のことはあとで考えよう。

 立ち上がろうとするわたし。

 

「へぶっ」

 

 途端こわばった足へ変な力を入れてしまい、ガクッと足がもつれて間抜けな格好で転んでしまった。

 

「あっ、待って、足攣ったかも! あいたっ、あいたたたっ!」

「おい、ふざけてる場合か……」

 

 そこでエミィの言葉が途絶えた。

 エミィの表情が固まっていた。

 エミィは眼球が飛び出しそうなくらい目を見開き、ぶるぶると震えている。

 どうしたの、と聞こうとした時だ。

 

 

 

 

 わたしの背後から、ケタケタケタという電子音が聞こえた。

 

 

 

 

 振り返った先、わたし、タチバナ=リリセのすぐうしろにナノメタルの触手が迫っていた。

 わたしの眼前でナノメタルの触手はどろりと変形し、巨大なハイドラの頭へ姿を変える。

 目と鼻の先で見たハイドラの表情は、まるでにやついた悪鬼(デーモン)のようだった。

 ハイドラが口を開き、喉の奥から伸びる無数の触手でわたしの体を絡めとる。

 駆け寄ったエミィはわたしへ、ハイドラに巻かれたわたしはエミィへと手を伸ばす。

 

 

 

 けれどわたしたちの指先はほんの一瞬重なっただけで、互いの手をとることは叶わなかった。

 

 

 

 ナノメタルのハイドラに飲み込まれる瞬間、エミィが浮かべた絶望の表情が強烈に印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リリセッ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな顔させてごめんね、エミィ。

 冷たい金属の感触に丸呑みにされながら、わたしは何もわからなくなってしまった。

 

 

 

 

 




「オマケ設定:ゲマトロン言語」

 〈ゲマトロン言語〉とは、ゲマトロン演算によるコードを異種族のハードに実装するためにエクシフが用意したプログラミング用人工言語群の総称。
 それぞれ高水準言語と機械語が存在し、高水準言語でソースを書いて機械語のオブジェクトにコンパイルする、地球上のプログラミング言語と同様の構造を持っている。

 ベースはエクシフの言語であるが、ビルサルドや地球人に合わせた言語もそれぞれ用意されており、異種族でも平易に使うことが出来るという特徴を持つ。
 構文はシンプルで非常に扱いやすいのと同時に高機能で、仮想人格AIやビッグデータ級の巨大なデータベース、ビルサルドのナノテクノロジー等の高度な実装にも対応。
 エイリアンのテクノロジーを実装および運用するのに欠かせない言語であり、地球連合軍士官学校の情報科では必須科目となっている。
 またゲマトロン言語を用いたソフトウェア工学は『ゲマトロン数学』と呼ばれており、作中に登場したマフネ博士もゲマトロン数学者のひとりである。

 欠点として、ビルサルドと地球人の技術格差が原因で、両者の高水準言語には互換性がない。
 特にビルサルドが書いたゲマトロン言語のソースを地球人が読解するのは極めて困難、事実上不可能となっている。
 逆の場合についてはビルサルドであれば地球人の技術をハックすることが出来るので難しくはないものの、やはり手間と時間がかかる。

 実例としてビルサルドが開発したメカゴジラのAIはゲマトロン言語で書かれているが、逆コンパイルしたソースやインターフェイスは十六進数をベースにしたビルサルドの高級水準言語(本文中でいうところの『ビルサルド十六進数』)で書かれており、地球人が勝手に手を加えることはできない構造になっている。
(アニメ本編二作目『決戦機動増殖都市』でムルエル=ガルグがメカゴジラの制御スクリプトについて述べているが、これはこのゲマトロン言語の特質について述べている。)










 ゲマトロン言語の正体は『専用のプログラミング言語と、それらの実行環境を設定するためにゲマトロン演算で構築される専用プラットフォーム』。
 他種族のハードでも動作するのは「ゲマトロン演算による高次元操作で、ハードの物理特性を無視した専用プラットフォームを構築しているから」で、ゲマトロン言語でソースをコンパイルすると同時にゲマトロン演算で専用のプラットフォームが構築されて、プログラマ自身も気付かぬうちにハードへマウントされる。
 この専用プラットフォームはゲマトロン演算で動作しており、その神秘を解さない地球人やビルサルドには存在を認識することすらできない。

 このような仕様のため、ゲマトロン言語で書かれたシステムはプラットフォーム部分にゲマトロン演算で介入できるバックドアがあり、ひいては『エクシフであれば自由自在にクラッキングできる』という脆弱性を孕むことになる。
 そのことを利用可能なのはゲマトロン演算を操れるエクシフだけであり、しかも地球人やビルサルドはその事実すら知らない。

※設定考証に協力してくれた某所の人には多謝!



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第五章:新天新地、そして怪獣惑星へ
78、断章:ゴジラ東京湾へ ~『ゴジラ』より~


最終章突入です。


 あれは西暦2046年の三月、おそらく羽田に避難したときのことだろう。

 なにしろ十七年も前のことだし当時わたしは五歳と数ヵ月、あまりハッキリと覚えていないのだ。

 

 

 ……どーん……どーん……どーん……

 

 

 断続的に大地を揺らす足音。

 電気も点いていない暗闇の展望室、その片隅でちっちゃなわたしは背伸びして窓の外を覗き込む。

 陸は明るく、海は真っ暗。だけど湯気が沸き立ち荒れ狂い、地響きのような足音が轟いているのは海の方だ。

 

 

 

 キングオブモンスター、ゴジラ。

 姿は見えないけれど、あいつはあのときたしかに海にいた。

 

 

 

 ヒロセ一家と一緒に家を出たわたしは、その後紆余曲折を経てやっとこさ羽田空港に到着した。

 テレビやラジオの報道によれば、当初ゴジラは北に向かっていた。

 だから南側に逃げれば安全だと思っていた。

 

 だけどそんなのはとんでもない間違いだった。

 東京を北上していたはずのゴジラは、どういうわけか途中で方向を転換した。

 

 あとで聞いたところによると、実際のゴジラは手始めにレインボーブリッジをブッ壊して()()してから芝浦に上陸し、浜松町で電波塔を倒して、新橋を通って銀座を火の海に変え、古いお城の周りをぐるっと一周。

 さらに秋葉原の電気街を踏み潰してから上野へ進み、浅草に出て、スカイツリーを真っ二つに焼き切ったあと、隅田川へ入ってそのまま築地に向かって南下、東京湾に戻ってきたらしい。

 きっと隅田川に架かってる橋は一本残らず、有名な勝鬨橋(かちどきばし)も引っくり返されたろう。お台場や有明だってめちゃめちゃになったに違いない。

 ……なんだか東京のランドマークばっかり。まるで観光に来たみたいだ。

 まぁ、こんな迷惑な観光客なんか他にいないだろうけど。

 かかった時間は約三時間とちょっと。ほんの短い時間だけれど、東京を一周して破壊し尽くすにはそれで充分だった。東京は意外と狭くて脆いのだ。

 

 東京へ上陸したゴジラは、東京湾から羽田沖を通って海へと帰って行った。

 そのときちょうどわたしたちも羽田に隠れていたのである。

 

 わたしたちは大きな勘違いをしていた。

 そもそもゴジラは生き物だ。地震災害のような自然現象とは違う。

 だからゴジラの気分が変われば進む方向だって変わるのだ。

 むしろゴジラが海から帰るなら、東京湾に面した羽田なんて一番危ないじゃないか。

 ……当時のわたしたちは、そんな当たり前のことにさえ頭が回っていなかった。

 なんとなく人の流れに乗せられた結果、とりあえずゴジラの進行方向と逆の羽田に隠れていれば安全だ、なんて思い込んでしまったのである。

 とはいえ、絶対安全な隠れ場所なんてものはなかったと思うけどね。

 進行ルートでも何でもない新宿ですら放射熱線の一撃で火の海になってたらしいし。

 

 

 

 

 あのときは似たような人が沢山いたんだろう。

 わたしたちが避難した羽田の展望室は大勢の人々が逃げ込んでいて、そしてひりついた緊張感で満たされていた。

 ほんのちょっとの刺激、突いただけで爆発してしまいそうな緊迫した空気。

 そんな膨らませ過ぎた水風船よりも危うい雰囲気なのは、当時五歳のわたしにもわかった。

 だから普段から『落ち着きがない』と叱られることが多いわたしも、このときばかりは息を潜めてじっと静かにしていた。

 

 その空気感に圧し潰されてしまったのだろう。

 どこかで子供が泣き出した。

 それも、うわーんうわーん、と大声で。

 張りつめた神経が、子供の泣き声という雑音でかき乱される。

 とうとう堪えかねた誰かの大声が響いた。

 

「オイうるさいぞ!! そのガキだまらせろッ!!」

 

 ……まったくオトナげないと思う。

 子供は泣くのが普通だ。

 ましてや傍にゴジラがいる、そんな極限状態なら、泣いたって仕方ない。

 そんな怒鳴ったってしょうがないでしょうに。

 

 だけどそんな御立派な正論は、その場にいない他人事だから言える絵空事に過ぎない。

 ほんの目と鼻の先にゴジラがいる。もしもこの子の声がゴジラを刺激して、イラついたゴジラが気紛れに放射熱線を撃ったりしたら。

 ……そんな馬鹿げたことを大真面目に考えてしまうくらい、みんな怯えていたのだ。

 ゴジラが怖いのはみんな一緒だ。

 だからこそ親は理不尽な罵倒に反論もせず、ただ一生懸命に子供をあやしていた。

 

 だけどその子は大人の事情など知らない。

 怒鳴られたことが引き金になって、ますます大声で泣きわめいた。

 

 

 うわーん、うわーん、うわーん……!!

 

 

 わたしは、その子が恨めしかった。

 わたしだって泣きたい。けど、ヒロセのおじさんやゲンゴお兄ちゃんに迷惑がかかるからぐっと堪えていたのだ。

 

 ……五歳のわたしが我慢しているのに、ところかまわずギャンギャン泣いてるこの子はなんてワガママなんだろう。

 わたしはその子の顔を覗き見た。

 

 

 

 

 わたしよりもずっと小さな男の子だった。

 

 

 

 

 『さぞ嫌な子に違いない、どんな子なのか見てやろう』

 そんな意地の悪い気持ちは跡形もなく吹き飛んだ。

 

 改めて見てみると、その子をあやしていたのは大人の男二人だった。

 男たちは二人がかりであやしているが、男の子はなかなか泣き止んでくれそうにない。

 ……今思い出したけど、そういえば男は二人とも軍服を着ていた。

 きっとこの二人は、旧地球連合軍の軍人だったのだろう。最前線でずっと戦っていて、子守りなんてものを実践する機会がなかったのかもしれない。

 泣きわめく駄々っ子をオッサン二人であやす、そんなの土台無理な話なのだ。

 

 

 

 

 ……なーんてことは、当時のわたしは考えもしなかった。

 五歳児だよ? そんな気配りできるわけないじゃん。

 それにイクメンなんて言葉もあるしね、オッサンだから子守りが下手なんてのはただの偏見だ。

 

 そのときのわたしは、その子にただ泣き止んでほしかった。

 怖くて怯えて泣いているのに誰も助けてくれない、そんな可哀想な子を安心させたかった。

 

 

 

 要するに真似をしたかっただけだ。

 秋葉原でわたしを助けてくれた、あの素敵でカッコいいお姉さんの。

 

 

 

 わたしは荷物の中からあるものを取り出し、小脇にかかえてトコトコと歩き出す。

 「あ、コラ、リリセ!!」とおじさんの声を振り切って、わたしは男の子のところへと走った。

 

「ねえねえ、おじさん」

 

 人混みをすり抜けて掻い潜り、男二人のところで袖を引っ張った。

 不意に袖を引かれた男は、わたしの方へと振り向いた。

 

「……どこから来たんだ? お父さんお母さんはどうしたの?」

 

 そう訊ねるのも当然だ。

 年端も行かない見ず知らずの女の子が、突然服の袖を引っ張ってきたのだから。

 男の質問に答えないまま、わたしは言った。

 

「あのね、おじさん、これ、あげて」

 

 わたしが差し出したのは『キャラメル』。

 非常食兼わたしのおやつとして持ち出していた、缶のキャラメルだった。

 わたしは言った。

 

 

「これ、その子にあげる」

 

 

 ……無敵すぎるだろ、五歳児のわたし。

 軍人相手になんてクチ利いてんだ。

 あんなにイラついた空気感でそんなマネして、逆ギレされたらどうすんの。

 なんて怖いもの知らずなんだと寒気すらする。

 

 だけど、その人は怒ったりしなかった。

 男の子を抱いていた父親は膝を屈め、優しく笑いながらわたしの頭を撫でてくれた。

 

「……ありがとう、お嬢さん。

 でもあなたの分がなくなってしまうから、一粒だけ貰えるかな?」

 

 その申し出に、わたしは内心ほっとした。そのときは全部あげてしまう覚悟を決めていたけど、自分の分が残ったのはやっぱり嬉しかったのである。子供ってほんとゲンキンだよね。

 そんなケチ臭いことを考えてたくせに、それでもカッコつけたかったわたしは男の子にこう言ったのだ。

 

「いいものをあげよう」

 

 あのときの『お姉さん』と同じ台詞。

 そして缶から一粒取り出し、包みを破って、泣いている男の子に手渡す。

 

 男の子はキャラメルを一生懸命に頬張って、そして泣き止んでくれた。

 美味しいキャラメルのおかげだ。

 きっとお腹が空いていたのだ。

 

 

 

 

「コラッ、リリセ!」

 

 ちょうどそのとき、ゴウケンおじさんが、わたしのところまで小走りでやってきた。

 

「勝手にあちこち行くんじゃないっ」

 

 わたしを小声で叱り飛ばしたゴウケンおじさんは、男の子の父親に頭を下げた。

 ……今だからわかるけど、相手が軍人だからなおさら腰を低くしてたんだろう。

 ごめんね、おじさん。

 

「すみません、うちの子が……」

 

 そうやってペコペコ謝るゴウケンおじさんに、男の子の父親は出来るだけ声を潜めて笑いかけた。

 

「いや、こちらこそ助かりました。

 お嬢さんのおかげで、うちの子も泣き止んでくれましたので」

 

 そしてゴウケンおじさんに一礼し、男の子の父親は古い記憶を思い起こすように額へ指を当てながらこう続けた。

 

「……ところで、つかぬことを伺いますが、あなた、オペレーション=ロングマーチの戦線にいらっしゃったことはありませんか? たしかタチバナ准将の……」

 

 その言葉を聞いたとき、ゴウケンおじさんも何かを思い出したようだった。

 

「まさか、あのとき調査に来た……!?」

「ああ、やはりそうでしたか。御無沙汰しています、ヒロセ=ゴウケン中佐」

 

 どうやらこの父親はゴウケンおじさんの知り合いだったらしい。

 男の子の父親とその相棒の男、そしてゴウケンおじさん。

 大人たちはより一層声を潜め、何か内緒話を始めた。

 

 ……まあ、大人たちの内緒話なんて、子供のわたしたちには関係がない。

 あげたキャラメルをもきゅもきゅと美味しそうに食べている男の子に、わたしはお人形遊びの子守りを思い出しながらこう(ささや)いた。

 

「おねえさんがいっしょにいてあげるね」

 

 わたしは男の子を優しく抱き締めた。

 この子の身体はなんてあったかいんだろう、と思ったのをよく覚えている。

 子供相手だとスキンシップ過剰になるのは、きっとこのときの経験がきっかけなんだろうな、って気がする。

 あのぬくもりを、今も体が覚えている。

 

 

 

 どーん、どーん、どーん……

 

 

 

 足音、鳴き声。立ち去るゴジラ。

 その気配が遠ざかるまで、わたしはずっとその子の傍にいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……それから、何時間経っただろうか。

 

 わたしは、最初にゴウケンおじさんと陣取ったスペースで荷物に寄りかかって眠っていた。

 地面を揺らしていたゴジラの足音は過ぎ去っていて、陽が昇りつつあるのか、わたしたちがいる展望台もぼんやりと明るくなりつつある。

 

 眠い目をこすりながら起き上がったわたしは、周囲の大人たちがみな一様に窓の外を眺めていることに気づいた。

 ……みんな、何を見ているのだろう。わたしにも見せてよ!

 外を見ようとわたしは精一杯背伸びしてみたけれど、手すりが高すぎてよく見えない。

 ぴょんぴょん飛び跳ねてみても、朝焼けで真っ赤になった空しか見えなかった。

 見かねた大人の誰かがわたしを抱き上げて、窓の手すりに乗せてくれた。

 おかげでわたしも外を見ることができた。

 

 ……空が赤かったのは、朝焼けではなかった。

 太陽なんて、まだ昇ってすらいなかった。

 

 

 

 

 本当に燃えていたのだ、東京の街すべてが。

 

 

 

 

 滑走路を見通し、さらに海を渡った先の方。

 幕張からお台場にかけて、東京の街がすべて真っ赤な劫火に包まれていた。

 一晩経ったというのに火勢はまるで衰えていない。

 それどころかより激しく燃え盛っているようにさえ見える。

 

 

 

 ……わたしたちにはどうすることもできない。

 出来ることがあるとすれば、ただ茫然と惨状を眺めることだけだ。

 

 

 

 悲鳴を上げたり泣き叫んだり、そんな人はいなかった。

 愕然とした……というよりも、どうしたらいいのかよくわからなかったのだと思う。

 たとえアメリカ中国ヨーロッパ、その他全世界が怪獣に踏み潰されたとしても、この東京だけは絶対安全で焼かれることなんか有り得ない。

 皆そんな風に思っていたのかもしれない。

 

 まぁ、そんなわけはないんだけどね。

 

 太平洋は元々ゴジラの縄張りだ。

 他の怪獣だってゴジラが怖くて寄りつかなかっただけ。

 むしろ、そんな危険地帯に面しておきながら何も起きなかった今までこそがとんでもない幸運に過ぎなかったのだ。

 だからゴジラの気分が変わればこういうことだって起きる。

 子供でも思いつくことなのに、当時の大人たちはどういうわけか誰も考えてなかったらしい。

 

 あるいは、東京とゴジラを結びつけて考えたことすらなかったのかもしれない。

 今まであまりに考えてなかったから、実際に目の前で燃えている東京を見て泣けばいいのか怒ればいいのか、何も思いつかなくて困っている。そんな感じだったのかも。

 ……結局みんな他人事だったんだろうなぁ。

 

「……ちきしょう」

 

 そのとき、誰かがぽつりと呟いた一言。

 振り返って見たけれど、真っ暗だったから誰が言ったかはわからない。

 ただ、その誰かさんは繰り返した。

 

「ちきしょう、ちきしょう」

 

 何度も何度もその言葉を、まるで力いっぱい噛み締めるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから十七年。

 そういやあの『男の子』はどうなっただろう。

 わたしがキャラメルをあげてあやしてあげた、あのちっちゃな男の子。

 ゴジラが過ぎ去ったあと人混みに揉まれてしまい、あの親子とわたしたちは二度と会うことはなかった。

 

 もしかすると今も生きているかも。

 

 あれから十七年、当時三歳だとすれば今はもう二十歳(はたち)、立派な青年になっているはずだ。

 今となってはどんな顔だったかもよく思い出せないし、向こうだって覚えちゃいないだろう。

 だけどとても可愛かった印象は覚えている。

 もし成長していったら、きっと凛々しい二枚目のイケメンになっているだろう。

 そんな確信があるのだ。

 

 地球のどこかで暮らしているかもしれないし、あるいは移民船で宇宙に脱出できたラッキーボーイっていう可能性も否定しきれない。

 元気でやってるだろうか。もし会えたら会ってみたいなあ。

 ……本当に移民船で脱出したクチだったら、会えるはずはないんだけどね。

 

 名前は……なんだっけ?

 せっかくだし思い出してみよう。

 もうずいぶん前のことだしあんまり自信がないけど、わりとシンプルで三文字くらいだった気がする。

 少なくともケンパチローではなかったはずだ。

 カツミ、セイジ、ヒロシ、ユタカ、シンジ……いや違うな。

 イサオ、トオル、ケンゴ、ツトム、ミズホ……これも違う気がする。

 アンディってことはないと思うんだよね。どう見ても日系だったし。

 えーっと、ア、カ、サ、タ、ナ、ハ……ハ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ハルオ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん、そうだ、彼は『ハルオ』だ!

 苗字は忘れたけど、ハルオで間違いない!

 あー、スッキリした。

 

 ……いや、思い出したからどう、ってこともないんだけどね。

 気になっちゃうと思い出したくなるじゃない? ならない?

 

 

 

 

 何はともあれ。

 元気かなー、ハルオくん。

 元気でやっててくれたらいいな、なんてね。

 

 

 




羽田。『プロジェクト メカゴジラ』にも登場。

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79、花に溺れて

チラ裏版のその先です。


 

 暖かくて爽やかな、春の風。

 そんな優しい空気に頬を撫でられて、わたし、タチバナ=リリセは目を覚ました。

 

 

 

 気が付くと、わたしは花に埋もれていた。

 体を起こすと視界一面、どこまでも続く広大な花畑だった。

 赤、白、黄、青、紫、白、石竹。

 その他色とりどりの、数え切れないほどの花たち。

 

 

 まるで楽園みたいな光景だ。

 

 

 ……この雰囲気にはなんとなく覚えがあったけど、見覚えのある風景とはどこかが違う。

 それに、ここがどこなのか、どうやって来たのか、わたしにはよく思い出せなかった。

 

 起き上がって辺りを見回していると、花々の向こう側に人影が見えた。

 

「……おーい!!」

 

 レックスだった。傍らにはエミィもいる。

 こちらを見ているレックスの笑顔。

 片目が前髪で隠れていて見えないが、レックスの表情はこれまでにないほど晴れやかなものだ。

 

 ……これまでに?

 これまでのレックスってどんな顔だったっけ。

 

 二人は仲良く両手を繋いで、わたしの(もと)へと駆け寄ってきた。

 ……というか、この二人、こんなに仲良かったかな。

 

 怪訝に思うわたしの手をとりながら、レックスが言った。

 

 

「この花はみんなボクらのものだ。

 おいでよ、リリセ!」

 

 

 わたしの前で、楽しげにはしゃぎまわるレックスとエミィ。

 花畑の真ん中で舞い踊るその姿は、まるでおとぎ話の妖精のようだ。

 これもどこかで見たような光景だったが、どこで見たのか思い出せない。

 

 ……なんだろう。

 レックスがとても喜んでいるし、エミィも素敵な笑顔だ。

 わたしはずっとこんな二人をとても見たかったような気がする。

 

 

 

 

 どうして、こんなに目頭が熱くなるのかな。

 

 

 

 

 ……ま、どーでもいっか、そんなの。

 天真爛漫に舞うレックスを眺めているうちに、わたしは考えるのをやめた。

 

 ここがどこかとかどうしてとか、そんなのどーでもいい。

 目の前の笑顔より大切なものなんかない。細かい理屈なんて後回しでいいのだ。

 どうせ忘れてしまっているくらいだし、きっと大したことではないのだろう。

 レックスたちもなんだか楽しそうだし。

 

 飛び跳ねるように駆け回るレックスたちの後ろを、わたしも(ほが)らかな気分で追いかけた。

 

 

 

 

 レックスとエミィは、両手に抱えられるだけいっぱいに花を摘みながら、踊るように笑顔で花畑を駆けてゆく。

 二人の歩みは軽やかで、誰かが弾いているピアノの旋律が聞こえるような気さえする。

 

 レックスの両手から花弁(はなびら)が零れ落ち、風に吹かれて花吹雪となる。

 あとを追っていたわたしは、体いっぱいに花のシャワーを浴びた。

 ……もう、はしゃぎすぎだよ、二人とも。

 微笑ましさ半分呆れ半分で笑いながら、わたしは体にかかった花弁(はなびら)を払い落した。

 

 ……それにしても綺麗な花だ。何の花だろう。

 試しに花を一本摘み取ってみたけれど、やっぱり品種はよくわからなかった。

 野草の種類はいくらか知っていたし、たとえばチューリップの球根は毒だから食べちゃいけないとか、タンポポは煎じたらコーヒーの代わりに出来るとか、そんな話は知ってるけれど、流石に花の細かい品種までは詳しくない。

 

 

 ……あれ、そういえばなんでそんなアウトドア知識、知ってるんだっけ。

 まあいいや、なんかの本で読んだのかも。

 本、どこで読んだんだろう。

 

 

 ……そもそも『本』ってなんだっけ。

 

 

 夢にまどろむ、ハチミツレモンのアメだまが溶けてゆく、そんな心地いい気分だった。

 

 

 これいじょうのしあわせなどあるだろうか。

 

 

 花のかおりを かいでみた。

 なんて いいにおい なのだろう。ずっと かいでいたい。

 

 

 なんか、なにもかもどうでもよくなってきた。

 この しあわせな きぶんが えいえんに つづいてくれさえすればいい。

 

 

 そうやって てにとった花を みているうちに、わたしは ふと きづいた。

 みかけは 花そのものだし、かいだ かおりも、さわった やわらかさも、いきた花とかわらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、その花の つめたさは、(はがね)そのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしが『きれいだなあ』と眺めていた一面の花たち。

 それらすべてが、ナノメタルの造花だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その金属の質感でわたし、タチバナ=リリセは思い出す。

 

 ……ひょんなことから銀色の少女、『メカゴジラⅡ=レックス』を拾ったこと。

 

 そのレックスをめぐる新生地球連合軍の内部抗争に巻き込まれてしまったこと。

 

 新生地球連合軍に攫われたエミィとレックスを助けようと、連中に殴り込みをかけたこと。

 

 そこへゴジラが現れたことで怪獣同士の大戦争に発展していったこと。

 

 そして、わたし自身も、ナノメタルに取り込まれてしまったこと。

 

 

 

 ……どうして忘れていたんだろう。

 

 

 

 すべてを思い出したわたしは、無邪気に遊び続けているレックスに言った。

 

「……帰ろうよ、レックス。

 いつまでもこんなところにいちゃダメだ」

 

 呼ばれたレックスは花を両手いっぱいに抱えながら「……どうして?」と小首をかしげた。

 

「どうして帰らなきゃいけない?

 ここには嫌な人も恐ろしい怪獣もいない。

 あるのは綺麗なものばかり、まさに楽園だ。

 ずっとここにいた方が楽しいよ」

 

 ……たしかにレックスの言うとおり、ここにいるのは楽しいだろう。

 かつてレックスに見せてあげた『とっておきの場所』と同じくらい、いやずっとずっと綺麗で美しい光景だ。

 

 

 

 だけど、ここはナノメタルの内部だ。

 本物の楽園であるはずがない。

 

 

 

 この花畑の風景だって、きっとナノメタルがわたしたちの五感に作用して幻を見せているに違いないのだ。

 わたしが『忘れていた』のも、あるいはナノメタルが脳に作用していたのかもしれない。

 今は気を張っているからどうにか正気を保っているけれど、ちょっとでも気を抜いたら再びあの夢気分に嵌まり込んでしまいそうだ。

 

 あのときはただひたすらに幸せだった。

 もしもあのまま、あの恍惚に溺れていたら。

 ……その恐ろしさに、背筋が凍った。

 

 これ以上ここにいるのは危険だ。頭がおかしくなってしまう。

 わたしはレックスの手を取った。

 

「こんなの作り物の幻、ニセモノだよ。本当の現実に帰らなきゃ。だから帰ろう?」

 

 こんなものは本物ではない。

 本当の花畑はこんなに冷たくないし、こんなにおぞましくないよ、レックス。

 

 そんなわたしに、レックスは遠い目で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……キミなら喜んでくれると思ったのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしの手を、レックスは振り払う。

 わたしとレックスの手が離れる。

 それと同時に世界が一変した。

 暖かな春の陽気は、一瞬で金属質な肌寒さへ変化した。

 レックスの隣で笑っていたエミィの姿は、風に吹かれてかき消えてしまった。

 

 花畑の風景はぐにゃぐにゃと崩れて、重力も上下もない宗教曼荼羅を思わせる鋼鉄の万華鏡、似たような模様が永遠に繰り返す白銀のフラクタルへと変わってゆく。

 目映い万華鏡が踊っている闇のところどころで、緑色の宝石の星々がメラメラと(またた)いている。

 

 

 

 

 レックスとわたしの二人だけが、どこでもないその異空間で相対していた。

 

 

 

 

「……そう、キミの言うとおりこれは作り物、幻だ。本当の現実じゃない。

 このボク、メカゴジラⅡ=レックスが、マフネ博士の娘と、ゴジラと、そしてメカゴジラの『ニセモノ』だったように」

 

 そう語るレックスは遠くを見つめていた。

 

「ニセモノというなら、それはボクのことだ。

 この顔も、手足も、胸もお尻も、ナノメタルで人間そっくりに見せかけてるだけの作り物。

 心も、ボク自身の本物の心があるわけじゃない。死んだマフネ博士の娘のデータを基に、ゲマトロン言語のAIで喜怒哀楽をエミュレートして見せかけてるだけの幻だ。

 この笑顔だってマフネ=ユウキさんのものだ、本来はボクのものじゃない」

 

 何もかもが作り物。

 そんな自分の在り様をレックスは喋り続けた。

 

「そもそもメカゴジラ自体がゴジラのコピー、言ってみればニセゴジラじゃないか。

 そのニセゴジラにマフネ=アルゴリズムだのヒトの心だの余計なアレコレを付け加えた、コピーのそのまたコピー品。

 何もかもが模造品(イミテーション)のニセゴジラ。

 ……それがボク、メカゴジラⅡ=レックスだ」

 

 レックスの様子から、わたしは、自分が迂闊な言葉遣いをしてしまったことに気がついた。

 ――『作り物』『幻』『ニセモノ』

 そんな無神経な言葉が、レックスをどれだけ傷つけてきたのだろう。

 差し込んだ悲しみを振り払い、レックスは笑顔で言った。

 

「……でも、キミと一緒に楽しい夢を見たかったのは本当だ。

 作り物の幻(フィクション)しか見せてあげられないけれど、どうかそれだけは信じてほしい」

 

 こんなレックスの想いを、軽々しい言葉で踏みにじってしまった。

 ……いったい何様のつもりだったんだろう。

 わたしは、最低だ。

 

「ごめんね、レックス」

 

 詫びるわたしに、レックスは首を横に振った。

 

「いいんだよ。本物、偽物、それは見た人が決めることだ。模造品、偽物と言われたところで、込めた気持ちは変わらない。

 それに、()()()()()()()()

 

 ……本物になる?

 それは一体どういうことだろう。

 違和感を覚えたわたしに、レックスはうっとりと夢を見るような表情で言った。

 

「地球は綺麗な夢で満たされる。

 悪いものは全部ニセモノとして消し去られ、みんなの願いこそが現実(ホンモノ)になるんだ。

 きっとみんな喜んでくれるよ」

 

 ねえそれどういう意味、と訊ねようとしたとき、わたしは気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきからずっと、あの『ハイドラ』の嗤い声が響いていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピロピロ ケタケタ

 イヒヒヒヒヒヒ……

 

 嗤うハイドラを背に、レックスは宣言した。

 

 

 

 

「ボクはみんなを楽園に連れてゆく。

 みんなが幸せになれる楽園に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がん、がん、がん、がん……

 

 廃墟と化したセントラルタワーの上階で、金属を殴り続ける音が響いている。

 

 

 殴り続けているのは、エミィ=アシモフ・タチバナだ。

 エミィの眼前でリリセを呑み込んでしまったハイドラの触手は、その場で金属の繭を形成した。

 怪獣たちを食い殺し、ゴジラさえも飲み込むことができるナノメタル怪獣。

 そんな大怪獣にとって、ちっぽけな人間のリリセなどほんの一口、一嘗(ひとな)めにも満たないだろう。

 

 ……だから一刻も早く、この繭を壊して助け出さないと!

 エミィは繭を壊そうと、さっきからナノメタルを延々と殴り続けていた。

 

「……ちっきしょう!」

 

 さっきまであんなにどろどろだったのにどうして今はこんなに硬いんだ。

 エミィは悪態を吐いた。

 

 液化しているときはあんなに縦横無尽で軟らかそうに見えたナノメタルだったが、一度硬化してしまえば鋼鉄と同じだった。

 エミィのひょろひょろの手足で殴ろうが蹴ろうが、びくともしない。

 

 素手でやってても埒が明かない。

 エミィは、使えるものがないかと周囲を見回し、先ほどリリセを助け出すために使った鉄棒を拾い上げた。

 両手で構えた棒をバットのように思い切り振りかぶって叩き込む。

 渾身の力で打ち付けるたびに鋭い金属音がエミィの鼓膜を突く。

 

 

 2回3回と叩きつけたが、鉄棒の方がひん曲がってしまった。

 

 

 ……棒じゃダメだ。

 もっと頑丈な塊じゃないと。

 エミィは落ちていた瓦礫を手に取り、原始人が使ったという石の手斧(ハンドアックス)のように振り下ろす。

 

 人知を凌駕したハイテクの権化ナノメタルに、人類史上もっとも原始的な手斧で挑む。

 

 あまりに無謀な戦いだが、それでもエミィは躊躇しなかった。

 打ちつけている手斧が手の中で砕けても、それでもエミィは打ち続けるのを諦めようとはしない。

 今持っている塊が砕けようが、次の塊を拾って使えばいい。

 幸いにもアンギラスがタワーをぶち壊してくれたおかげで、手斧に出来る瓦礫ならいくらでもあった。

 

 

 

 時間はまだある。

 エミィ=アシモフ・タチバナは、それらすべてが砕け散るまで戦うつもりだった。

 

 

 

 これまで数え切れないほどのメカを直してきたエミィの繊細な手から、血が噴き出していた。

 打ちつけすぎたせいで爪が割れ、手に力が入るあまり(てのひら)の肉が裂け始めている。

 

 

 ……もうガラクタなんか弄れなくてもいい。

 工具が持てなくなったってかまわない。

 メカニックとしての腕なんて、あいつがいなかったら何の意味もない。

 わたしがいないとダメなんじゃない。

 あいつがいないとわたしがダメなんだ。

 

 ……こんなことならもっと抱きしめてもらえばよかったし、もっと撫でてもらいたかった。

 もし二人で助かったら、もうつまらない意地なんて張らない。

 

 

 

 だからお願いだ。

 わたしの大切な家族をかえしてよ。

 

 

 

 がん、がん、がん、がん。

 かえせ、かえせ、かえせよう!!

 ……エミィが泣きながら殴り続けても、ナノメタルはわずかに傷つくことすらなかった。

 

 



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80、機械仕掛けの神

 『みんなを楽園に連れてゆく』

 

 そう語るメカゴジラⅡ=レックスに、わたし、タチバナ=リリセは戸惑った。

 ……レックスは何を言っているんだろう。

 綺麗な夢? 楽園??

 まったく意味が分からない。

 

「……『楽園』って、どういうこと?

 みんなをどこに連れてゆくつもり?」

 

 わたしの問いに、レックスはニコニコ笑いながらこう答えた。

 

「みんなを理想の楽園に連れて行くのさ。

 まず、1999年から始まった怪獣出現以来、いや、エクシフが関わってきた遥か太古の昔からの、地球の歴史を書き換える。

 それから皆の願いが満たされる、新しい楽園へと上書きするんだ。

 そうやって皆を楽園に連れてゆく。こんな糞みたいな地獄から、皆が幸せな楽園に」

 

 ……わけがわからない。

 第一、『歴史を書き換える』なんて出鱈目にもほどがある。

 そんなこと出来るはずがない。

 そう言おうとするわたしを先回りしたように、レックスは前髪をかき上げた。

 

「みんなを楽園に連れて行く、そんなのわけないことさ……」

 

 そして隠されていたレックスの右目が(あらわ)になり、わたしは息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

「……この第三のガルビトリウム、『テルティウス=オプタティオ』があればね」

 

 

 

 

 

 

 レックスの右眼には、虹色に光る七芒星の神器〈ガルビトリウム〉が嵌め込まれていた。

 わたしの顔を見ながら微笑むレックス。

 

「リリセ、これでキミとお揃いだね」

 

 乾いた声で笑いながら、レックスはその由縁(ゆえん)を話した。

 

「ウェルーシファからもらったんだ。

 あのエクシフの聖女サマは言ったよ、『これがあれば、あなたの願いは世界に届く』」

 

 レックスの右目に収まっているガルビトリウム・テルティウス=オプタティオは、まるでそれ自体が生きているかのように蠢きながら、虹色の光を爛々と灯している。

 ……ウェルーシファの奴、なんて酷いことを。

 レックスの顔の半分が時折ひきつっているのは、きっと規格が合っていないからだ。

 なにしろ目の中に異物が捻じ込まれているのだ。そんな仕打ちを受けたら大人だって泣いて許しを請うだろう。

 その苦痛を上手く誤魔化そうとするレックスの笑顔が、なんとも痛々しかった。

 レックスは語り続ける。

 

「ガルビトリウムは『こことは違う宇宙』があることをボクに教えてくれた。

 高次元のパワーを使えばこの世界の歴史も、今も、未来さえも自由自在に変えられる。

 編集も上書きも、すべて思うがままだ」

 

 レックスの説明を聞かされても、わたしにはこのガルビトリウムというアイテムが何なのかよくわからなかった。

 こことは違う宇宙? 高次元のパワー?? さっぱりわからない。

 『高度に進化した科学は魔法と区別がつかない』なんていうけれど、世界観が違いすぎる。ここまでくるともはやファンタジーだ。

 

 

 

 だが、『現実を自由自在に変えられる』のは本当なのだろう、ということだけは理解できた。

 

 

 

 ナノメタルを怪獣ハイドラに、ゴジラを花に変え、人間の脳に花畑の夢を見せてしまう力。

 今のレックスにはそんなとてつもない力があるのだ。

 その気になれば、この世界丸ごと作り替えることぐらい不可能ではないのだろう。

 

 レックスは続けた。

 

「『こうして地球はゴジラの『怪獣惑星(The monster Planet)』に成り果て、地球上の人類は一人残らずゴジラの餌食(えじき)にされてしまいました、とさ。おしまい。』

 ……そんなのあんまりだ。最低の結末だよ。そんなバッドエンド、ボクは認めない。

 だから、ガルビトリウムが導いてくれる『楽園』をこの世界に上書(うわが)いてやる」

 

 魔法みたいな凄い(チカラ)で、世界を変える。

 だがそれは、チカラでこの世界を思うがままにしようとして怪獣そのものに変わってしまったヘルエル=ゼルブの狂気と同質のものだ。

 このままだとレックスはゼルブやゴジラと同様に世界を破壊する脅威、すなわち本物の怪獣になってしまう。

 

 

 

 

 それだけは、止めなければならなかった。

 

 

 

 

 ……レックスはそんな恐ろしい怪獣なんかじゃない。

 わたしの知っているメカゴジラⅡ=レックスは凄いハイテクで出来ているけれど、スゴイ武器を沢山積んでいるけれど、だけどとってもイイ子なのだ。

 そんなレックスを、ヘルエル=ゼルブみたいな怪物にさせるわけにはいかない。

 わたしは言った。

 

「怪獣はどうするの? 人類の都合が良いように世界に変えちゃったら、怪獣たちの居所が無くなっちゃうよ」

 

 わたしの念頭にあったのはかつてレックスが『怪獣なんて殺しちゃえばいい』と平然と言い放ったことだ。

 人間と怪獣は絶対に相容れない。もし人間の都合がいいようにするには怪獣を消すしかない。

 だけどレックスにそんな残酷なことをしてほしくなかった。

 

 わたしの問いに、レックスは少し考えてからこう答えた。

 

「……だったら、皆が怪獣と一緒に暮らせる世界にしてあげればいい。

 『憎しみと破壊の権化で在り続けたい』なんて、一体誰が望むと思う。

 理不尽な暴力の化身にしかなれないなんて、怪獣たちが可哀想じゃないか」

 

 ニコニコ笑いながら、レックスは言った。

 

「怪獣たちは、『地球を滅ぼす破壊者(HAKAISHA)』なんかじゃなくて、『地球を守る守護神』って設定に変えてあげたらいいんだよ。

 地球の人たちと力を合わせて、高次元からの侵略者だって災害だってなんだって、みんなやっつけてもらえばいい。

 怪獣たちは人間たちと縄張りを棲み分けて、怪獣だけが棲む怪獣島か、そうでなければ地下深くの洞窟とか、人間なんかじゃ絶対辿り着けない、遠いどこかで平和に暮らせばいい。

 それなら誰も怪獣たちを傷つけたりしないし、怪獣たちだって人間には迷惑をかけない。

 そんな世界ではきっとゴジラでさえ、みんなが憧れる素敵なヒーローだ」

 

 Humans peacefully coexists with Titans.

 『人間と怪獣が平和に共存する世界』

 

 そんな、子供が夢見るようなおとぎ話で、誰もが欲しがる素敵なユートピア。

 

 虹色に輝く理想の世界を夢見ながら、にこにこ笑っているレックス。

 

 

 

 

 そんなレックスに、わたしは心底ぞっとした。

 

 

 

 

 レックスの提案は『怪獣の在り方を造り変えてしまおう』と言っているのと同じだ。

 もし同じ笑顔で『人間を造り変えてしまおう』と言い出したら?

 今のレックスなら、いとも容易く実現できてしまうだろう。

 その時どうやって止めたらいい? きっと誰にも止められない。

 そしてそんな恐ろしい力を、レックスは無邪気に行使しようとしている。

 

 わたしは反論した。

 

「『今の世界が気に入らないから好き放題作り変えてしまおう』なんて、そんなのワガママだ。

 みんながみんな、そんな楽園に行きたい人ばかりじゃないよ。

 中には幸せに暮らしている人だって……」

 

「ウソだね、そんなの」

 

 わたしの主張をレックスは笑顔で斬り捨てた。

 

「『与えられたものに満足してなさい』だなんて、そんなの動物と一緒だ。人間のやることじゃない。

 だいたい『幸せに暮らしている人』なんて言うけど、そんな人、どこにいるの?

 そう言ってる人だって本当は『自分にそう言い聞かせて誤魔化してるだけ』でしょう?」

 

「……っ」

 

 わたしは何も言い返せなかった。

 そのとき、ハイドラの咆哮が響き渡った。

 

 ピロピロピロ

 ケタケタケタ

 イヒヒヒヒ……

 

「……うん、わかったよ。

 すべてあなたの意のままに、『ルシファー』」

 

 ルシファーと呼ばれたハイドラは、レックスの言葉に対して満足げに首をくねらせながらケタケタと笑った。

 そんなハイドラとレックスを見て、わたしは理解した。

 ……レックスはハイドラに操られている。

 わたしにはおかしな電子音にしか聞こえないけれど、レックスにはハイドラの言っていることがわかるのだ。

 レックスは言った。

 

「……何もかもルシファーの言うとおりだ。

 みんな不満ばかり。幸せに暮らしている人なんて一人もいない。

 だから創らなきゃ。みんなが仲良く笑える楽園をね」

 

 そうやってルシファー=ハイドラと一緒に笑い合うレックスにわたしは言った。

 

「ルシファーって、みんなって、どこの誰?

 そんな、どこの誰かもわからないヤツの言うことなんて聞いちゃダメだよ!」

 

 必死に訴えかけるわたしだけれど、レックスはニコニコ笑っているだけだった。

 

「ボクがルシファーに騙されてるとでも思ってるなら、それは違うよ。

 こんなの、高次元存在に聞くまでもない」

 

 そして満面の笑みを浮かべたまま、レックスは言った。

 

「キミたち人間はいつだってそうだ。

 発展と進歩を求め続けるのは人間のサガ、つまりキミたち人間は欲深だ。

 そしてキミたち人間は欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かだ。

 そのために森を焼き、海を汚し、空に毒をばらまいて、沢山の生き物の命を弄び、時には同じ人間同士で傷つけ合って、殺し合いすらしている。

 その血みどろの積み重ねの中でキミたち人間の文明は発展してきたんだ。

 そうでしょう?」

 

 ……レックスは、人間のことが好きだった。

 街のパレードで無邪気にはしゃぎ、人を助けることに喜びを覚え、罪のない人たちを傷つける悪党を憎む。

 そういう子だったはずだ。

 なのに今の皮肉っぽい口ぶりは、まるで人間を心底軽蔑しているかのようだ。

 機械仕掛けの天使、メカゴジラⅡ=レックス。そんなレックスをここまで変えてしまったものは、一体何なのだろう。

 

「……もしかしてお父さん、マフネ博士の復讐なの?

 もしそうだったら、そんなことしちゃダメだよ。お父さんだってきっと望まないよ」

「……マフネ博士?」

 

 マフネ博士の名前が出た途端、レックスの面持ちに剣呑な色が灯った。

 

「……ふふ、バッカみたい。

 あんな()()、どうでもいい」

 

 クズ。

 わたしの知っているレックスには似合わない、暗闇の眼差し。

 レックスは言った。

 

「ボクは、あの男がカワイソーだなんてちっとも思わない。

 せいぜい地獄に堕ちればいい。

 自業自得、当然の報いさ。あのクズこそ沢山の命を不幸にしたんだから」

 

 ……一体どうしちゃったんだろう。

 『御父様』と敬愛していたマフネ博士のことを、クズ呼ばわりするなんて。

 唖然とするわたしを見ながら、レックスは吐き捨てた。

 

「ガルビトリウムとルシファーが、あのクズの正体を教えてくれた。

 『ゴジラにはヒトの心で打ち()たねばならない』

 ……バカじゃないの。そんなの、心を部品扱いしてるだけじゃないか」

 

 そしてレックスは、こんなことを言い出した。

 

「……ねえリリセ。キミは、チタノザウルスっていう怪獣を知ってる?」

 

 チタノザウルス。古代恐龍の生き残りで、日本近海の防衛に使われたというので有名な怪獣だ。

 だけど、それ以外のことはわたしもよく知らない。

 そんなわたしに、レックスは教えてくれた。

 

「チタノザウルス、マフネ博士のLTFシステムでコントロールされた最初の怪獣だ。

 小笠原沖で巣穴が発見され、見つかった彼らのうち二頭のつがいがLTFシステムで本能を再プログラムされて、潜水艦の代わりに日本近海の見張りに立たされた。

 彼らはそのあとどうなったと思う?」

 

 チタノザウルスは、LTFシステムが一番最初に使われた怪獣。

 そういえばヘルエル=ゼルブもそのようなことを言っていた。

 わたしが首を横に振ると、レックスは恐ろしい真実を明かした。

 

「……LTFシステムの自動迎撃コマンドでゴジラに立ち向かって殺されたんだ。

 しかもゴジラは東京を焼いたあと、同じようにLTFシステムで調整中だったチタノザウルスの子供たちまで探し出して、皆殺しにした。

 人間とゴジラの争いに巻き込まれたせいで、平和に暮らしていたチタノザウルスたちは絶滅してしまったんだ」

 

 ……なんてひどいことを。

 息を呑み、言葉を失ったわたしを、レックスは冷たく笑った。

 

「……ふふっ、『Let Them Fight:やつらを闘わせろ』だってさ。

 可哀想なチタノザウルス。

 戦いに利用される兵器なんかじゃなくて、海でひっそり暮らしてるだけの恐龍だったなら、ゴジラだって見逃してやっただろうに。

 全部、マフネ博士のあのくだらない発明のせいだ。

 あの下劣なクズがLTFシステムなんて創らなかったらこんなことにはならなかった。

 あんな腐ったクズ、もっと惨たらしく苦しんで、これ以上ないくらいみじめに死ねばよかったんだ」

 

 ふふ、ははは、と虚ろな声で笑うレックス。

 その笑いは、レックスがルシファーと呼び、そしてゴジラを花に変えたあのハイドラの嗤い声とよく似ていた。

 

「メカゴジラのことだってそうさ。

 いくら姿形を似せようが、いくらマフネ=ユウキさんの記憶と性格のデータを打ち込んでそっくりに動かそうがボクはボクだ、メカゴジラⅡ=レックスでしかない。

 『死んだ人間は生き返らない』、娘そっくりなメカゴジラを作ったって、娘が生き返るわけじゃない。

 ましてやナノメタルの力なんか付け加えたりしたら、もはや別物じゃないか。

 ……あの男は、そんな当たり前のことすらわかっていなかった。

 そしてあの男にとってボクは結局マフネ=ユウキさんに成り損なった、出来損ないのバケモノでしかなかった。

 あの男はボクのことなんかどうでもよかった、ボクに重ねた娘の幻を追い駆けていただけだ」

 

 『ガルビトリウムとルシファーが教えてくれた』という、マフネ=ゲンイチロウ博士の真実。

 それを知ったとき、マフネ博士を父親として慕っていたレックスにとってはさぞショックだったろう。

 それこそ、人格が豹変してしまうくらいに。

 レックスは言った。

 

「……リリセ、キミは言ったよね。

 『怪獣だってわたしたちと同じ、心と命を持ったいきものだ』って。

 だけどそれをわかってないのは人間の方だ。

 人間なんて皆、勝手だ。

 目の前でむごたらしく殺されたガイガンのことは『おれたちのガイガン』だなんて呼んでたけど、同じように捻り潰されたチタノザウルスたちのことは気にもかけないし知ろうともしない。

 ガイガンだってそうだ。可哀想なガイガン。殺されてから悲劇のヒーローサイボーグとして悲しんでもらうより、普通の生き物としてのんびり暮らす方が幸せだったに決まってる。

 人間はいつだって身勝手だ。何から何まで人間たちの都合じゃないか。

 ……チタノザウルスもガイガンも、人間なんかに見つからなければよかったのに」

 

 チタノザウルスとガイガンを憐れむ言葉は、まるでレックス自身の在り様そのものだった。

 ゴジラに殺され、マフネ博士に娘の代替品として造られ、ゴジラを殺す兵器へ改造され、勝手に(REX)なんて呼ばれた挙句に、今度はとんでもない怪獣にまで仕立て上げられようとしている。

 ……どれだけ逃げたかっただろう。そんなのイヤだと泣き叫びたかったはずだ。

 それでもレックスは、ただ受け容れるしかなかったのだ。

 人間の身勝手な都合を押し付けられながら。

 

「キミたち人間は欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かだ。

 そんな自分たちが引き起こした悲惨を目の前に突きつけられたとき、キミたち人間は悲しみ、悔やんでくれる。

 だけど、それだって結局その場かぎりだ。

 『関わらなきゃいい』『目を向けなきゃいい』

 そんな一番ラクチンなおためごかしで誤魔化して、あっさり忘れる」

 

 そしてレックスは呆れたように鼻で笑った。

 

「そんな体たらくだから、同じ失敗を何度も何度も性懲りもなく繰り返すのさ。

 どんなありがたい教訓話をしたって、子供たちが平和への祈りを一生懸命に唄ったって無駄さ。世界がゴジラに踏み潰されるのを目の当たりにしたって理解できないんだもの。

 『反省』なんて、みんな口先だけの嘘ばっかり。誰も本当の反省なんてしちゃいない」

 

 そうやって人間を悪し様に罵り続けるレックスが、わたしはとても悲しかった。

 ……あんなに人懐っこくて、悪意なんか欠片も持ってなかったのに。

 そんな怨嗟に満ちた冷たい笑顔、あなたには似合わないはずなのに。

 マフネ博士、ヘルエル=ゼルブ、ウェルーシファ、そしてわたしタチバナ=リリセ。

 周囲の人間たちと関わり続けた結果、()()なってしまったのだろうか。

 

「……人間が憎いの、レックス」

「ううん」

 

 わたしの問いに、レックスは首を横に振る。

 

「違うよ、ボクは憎んでいない。

 そもそも『誰かを憎む』なんていうのは、その『誰かに期待しているから』だ。

 『人間なんてそんなもの』、それさえわかっていれば期待することもない。

 人間なんかに期待する方が悪いのさ」

 

 それにね、とレックスは付け加えた。

 

「それに、キミたち人間はそんなに強くない。

 周りへの気遣いにだって限界がある。

 その日その日を生きるのに精一杯で、真実なんていちいちじっくり吟味している余裕もない。

 過去の失敗をいつまでもくよくよ反省したり、縁もゆかりもない他人のことまで真剣に気遣っていたら、自分の心が壊れてしまう。

 みんな自分が可愛い。誰だって傷つくのは怖いし、余計な責任なんか負って貧乏籤(びんぼうくじ)を引くのはイヤだ。

 ……仕方なかったんだ。他にどうしようもなかった。

 起こってしまったことを今更ほじくり返してもしょうがない」

 

 金属質な冷笑は、いつのまにか穏やかな微笑みに戻っていた。

 そして遠くを見つめながら、にっこり笑った。

 

「……だからボクは誰も恨まない。

 マフネ博士だってヘルエル=ゼルブだって、ガイガンやチタノザウルスを不幸にした人たちだって、みんな報いは受けた。

 ゴジラもたっぷり暴れてくれた、もう充分だ。

 『あの人』だって、誰も恨まなかった」

 

 あの人

 レックスの話で唐突に登場した謎の人物。

 いったい誰だろう。

 

「……ああ、そうか。

 ()()()()()()()()()()()んだよね」

 

 戸惑うわたしに、レックスは言った。

 

 

 

「いいよ、話してあげる。

 ボクが一番尊敬する『あの人』の話を」

 

 

 



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81、『あの人』の物語

「……『あの人』はね、ものすごい毒を作ってしまったんだ。

 ゴジラも殺せるような猛毒だ」

 

 レックスの語る『あの人』の物語は、そんなところからスタートした。

 

「『あの人』は最初からそんなものを作ろうとしたわけじゃない。皆の役に立つ道具を作ろうとした失敗作がその毒だった。

 『完成したらきっといろんな人を幸せに出来るはずだ』

 そう信じた『あの人』は、数え切れないほど試行錯誤を重ねたけれど、その頃の科学力ではどうやっても毒にしかならなかった」

 

 『ゴジラを殺せる兵器』。

 似たような話はわたしもいくらか聞いたことがある。

 強力なプラズマエネルギーで何もかもを消去してしまう〈ディメンション・タイド〉。

 絶対零度の冷凍メーサー光線で氷漬けにして粉砕する〈アブソリュート・ゼロ〉。

 〈タイムマシン〉で生まれる前から消し去ってしまおう、なんて計画もあったらしい。

 ……全部、なにもかも眉唾のオカルトだ。

 そんな空想科学のファンタジーが実現していたならゴジラなんて存在していないし、世界もここまで終わっていない。

 

 

 

 だけどレックスは、そんな代物があたかも実在したかのように話していた。

 あるいはガルビトリウムを通じて見た、どこか違う世界の話なのかもしれない。

 

 

 

「そんなときにゴジラが街を襲い、大切な人たちから『どうか、あなたの発明でゴジラを殺してほしい』と頼まれた。

 最初『あの人』は、その毒を使うことを嫌がった。

 ……その頃はまだ大きな戦争が終わったばかりで、大きな国同士が互いに核爆弾を突きつけ合い、誰も彼もがその威力に恐れ(おのの)いているような時代だった。

 その核爆弾でも死なないゴジラを殺せる毒なんて、核爆弾よりも恐ろしい兵器だ。

 そんなものを世間に公表したら、悪い人に目をつけられて人殺しの道具に使われてしまう。

 『あの人』は、それが怖かった。

 せめて皆の役に立つものとして出せるようになるまで、自分の発明を隠しておきたかったんだ」

 

 その人の危惧がわたしにもわかる気がした。

 桁違いのパワーを与えてくれる核エネルギー。

 どんなものでも造ってくれるナノメタル。

 高次元存在と繋げてくれるガルビトリウム。

 どれも凄いテクノロジーだけど、悪い使われ方をしたせいで色んな人に不幸をもたらした。

 レックスが尊敬するその人は、自分の発明がそんな悲惨を引き起こすことを恐れたのだろう。

 

「『あの人』は悩んで苦しんだ末に、ゴジラを殺すためにその毒を使った。

 人一倍優しかった『あの人』は、目の前で救いを求める人たちの祈りを見棄てることがどうしても出来なかった。

 その人の毒はゴジラを殺すことに成功したけど、同時に『あの人』は毒の製法もろとも自分の命も捨て去ることに決めた。

 ゴジラを殺せる毒。それが悪い人たちに悪用されないよう、二度と作られないようにしたかったんだ。

 そうして、『あの人』は死んだ。大切な人たちの幸せを願いながら」

 

 全人類の幸福VS自分の幸福。

 その人は前者を勝たせるために、自ら死を選んだ。

 

 レックスが語った『その人』の結末はとても悲しくて、とてもショッキングなものだった。

 さらにもうひとつ、恐ろしいことをレックスは語った。

 

「……でも本当は、『あの人』が怖がったような『悪い人』なんていなかった。

 権力者なんて実際は、ごく狭い範囲の僅かな権限を重すぎる責任と一緒に押し付けられているだけ。全知全能の神でもなんでもない。

 軍隊も実際は『戦争なんかしないに越したことはない』、そんな平和を愛する人たちばっかりさ。戦いが起きたら真っ先に死ぬのは自分たちだからね。

 誰だってそうだ。楽しく暮らしたい、大切な人を守りたい、幸せになりたい。誰だってそんな当たり前を願っているだけだ。

 悪い人なんてどこにもいない」

 

 たしかにそうなのかもしれない、とわたしは思う。

 正義の味方と悪の黒幕、そんなのはマンガとヒーロー映画だけだ。

 現実はもっとややこしく出来ている。

 

 しかし、だとしたら、『あの人』が本当に恐れたものとは、一体……?

 

「この世界だっておんなじさ。

 弱い人や間違える人はいても、最初から世の中に災厄をもたらそうと思っている悪の大魔王なんてどこにもいない。

 自分が幸せになりたい、大切な誰かを幸せにしてあげたいと願ってる普通の人ばっかり。

 今回の怪獣大戦争だって、自分のことしか考えてない悪者なんかいなかった。

 ヘルエル=ゼルブやウェルーシファは勿論、マン=ムウモ、マフネ博士、あのネルソンですら彼なりに世のため人のためを考えていた。

 モレクノヴァやオニヤマ博士だって特別な極悪人ってわけじゃない、ただ愚かで弱かっただけ。

 誰もがそうだ。どんなに賢いつもりでもヒトは必ず間違いを犯す。不幸になる誰かさんがいると分かっててもついつい悪いことをしてしまう。

 それが普通の人だ。みんなそれくらいに、そしてどうしようもないくらいに弱いんだよ」

 

『世の中の悪いものをみんなやっつけて、みんなが幸せに笑える世界を創る』

『皆の笑顔がボクの幸せ!』

 かつてそう語っていたレックス。

 ウェルーシファによってガルビトリウムを取り付けられたときだってきっと『ガルビトリウムの力で悪いものを見つけてやろう、そして皆を幸せにしよう』と考えたに違いない。

 

 そしてレックスは見てしまった。

 『悪いもの』の正体を。

 

「そんな『普通の人』こそが、諸悪の根源だ。

 普通の人が、普通に振舞い、普通に生活をして、普通の幸せを願う、皆がそうしようとすればするほど(よど)みが溜まって、弱い人たちから死んでいって、そしてこの世界は(いびつ)に腐ってゆく。

 この世界の在り様は、皆がそれぞれの都合、自分勝手な願い事を押し通そうとして自分より弱い人へ責任を(なす)り付けていった結果に過ぎない」

 

 レックスの表情はニコニコしているが、声はノイズ混じりで狂っていた。

 

「たしかに、悪いことを実行するのは特別な人なのかもしれない。

 だけど彼らをそこまで追い詰めてしまうのは、いつだってその他大勢の『普通の人たち』だ。

 各個人は善い人だとしても、群れた途端にゴジラより恐ろしい怪物になる。

 どんな権力者だって『普通の人たち』には敵わない。『普通の人たち』が力を合わせてお願いすれば、どこかの偉い大統領に大量殺戮のゴーサインを書かせるなんて容易いものだ。

 それだけじゃない。大企業の社長を悪事へと走らせ、ウェルーシファやゼルブみたいな危険な人間を台頭させ、そして『あの人』みたいな人に自己犠牲を強いることだってできる。

 『あの人』みたいな犠牲者を作っているのは、他ならぬ『普通の人たち』なんだよ」

 

 『あの人』を死へと追いやった怪物の正体。

 ……なんて醜悪なのだろう。

 レックスはガルビトリウムを使って、世にもおぞましい怪獣をまじまじと凝視してしまったに違いない。

 これまで自分が一生懸命に笑顔にしようとしてきた人たちの正体を。

 

 

 

 

 そうやってレックスは壊れてしまったんだ。

 

 

 

 

 ……ごめんね、レックス。

 本当にごめん、レックス。

 あなたを壊してしまったのは、そしてあなたを怪獣にしてしまったのは、わたしたち人間だ。

 

「……ヒトはそうやって、いつだってピカピカの素敵な未来を願うんだ。

 大切な人たちの幸せ、世のため人のため、ああだったらいいな、こうだったらいいな。

 それで素晴らしいものが産まれることもあれば、ゴジラみたいな怪獣を産み出すこともある。

 世の中が上手くいかないのは悪の大魔王のせいなんかじゃない、『普通の人たち』、皆が願った結果だ。

 だけど『皆』が責任を取ることはできない。だから責任を盥回しにする」

 

 語るうちにレックスの語り口に力が籠ってゆく。

 

「その挙句の果てが『あの人』だ。

 人一倍優しく、そして人一倍賢かった『あの人』は、そのことにうっすら気づいていた。

 ゴジラをも殺せる毒、自分の発明を永遠に葬らなければ、いずれ誰かがそれを()()()()使()()()で使ってしまうだろう。

 だから『あの人』は死んだ、他の誰かを『恐ろしい悪者』にしないために」

 

 そしてレックスは『あの人』のその後を語った。

 

「……『あの人』が死んでからも、その世界では沢山の過ちが繰り返された。

 すぐに二頭目のゴジラが現れたし、アンギラス、ラドン、マタンゴ、エビラ、カマキラス、ZILLA、メガギラス、そしてメカゴジラ……人間が間違えたせいで沢山の怪獣が現れて、そして沢山の命が不幸になった。

 『あの人』は結局無駄死だった。

 歴史から学ぼうとしない『普通の人たち』が、『あの人』の犠牲を無駄にしてしまった。

 ……馬鹿みたいでしょう?

 でも誰も悪くない。『あの人』はもちろん、『普通の人たち』だって悪くない。歴史なんか細かいことまでいちいち覚えていられるものか。悪いことをしようと思っていたわけでもない。誰だってみんな自分の幸せ、そういう当たり前のものを求めただけだ。

 つまり誰も悪くない」

 

 『あの人』の身に起こった最大の悲劇。

 それを語りながら、レックスは眼前で拳を固く握った。

 まるで目の前にあるなにかを、目に見える世界(すべて)を握り潰すかのように。

 

「悪者がいるとすればこの世界のせいさ。

 誰も悪くなくても、ハッピーエンドなんか来なくっても、悪いことが起きてしまったら誰かが必ず責任をとらないといけない。

 大昔、魚が沢山獲れますようにって生贄を差し出してお祈りした時代から、この世界はそういう風になってる。

 悪者がいるとすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 レックスの赤い瞳、その奥では『そういう風になってるこの世界』へ向けた、底無しの怒りが燃えていた。

 まるでゴジラそっくりだ。

 

「ボクは違う。

 リスペクトって言葉の意味も知らない、他の馬鹿なヤツらみたいな(てつ)は踏まない。

 あんなに素晴らしい『あの人』の犠牲をボクは無駄にしたりはしない」

 

 そして固く、固く決意するかのように、レックスは宣言した。

 

「『あの人』みたいに、皆のために誰かが死ぬ。

 尊い犠牲とか人類の救世主とか、どんなにカッコいい言葉で飾ったって、本当はそんなのあってはならないことだ。

 『あの人』みたいな可哀想な誰かを生贄にして、それでも足らずに新しい生贄を欲しがる。

 そんな世界、ボクは許さない。

 誰かを不幸にしないと誰も幸せになれない、そんな優しくない世界なんてボクがブッ潰してやる。

 そして皆が仲良く笑って暮らせる、優しい世界を創るんだ!」

 

 レックスの中で燃えさかる、憎悪と憤怒の(ほのお)

 それは、とても禍々しくて、そしてどんなものよりも優しい毒だった。

『皆が仲良く笑って暮らせる、優しい世界』

 そんな素敵な未来を求めるのが人間の文明の在り様で、それが進んだ先に環境汚染や核兵器があり、そしてその最果てでゴジラたち怪獣が生まれる。

 

 

 ――『皆が幸せになれますように』

 

 

 レックスのそんな願いは、普通に考えれば叶うはずのない夢物語だ。

 しかし、この世界の常識では無理だとしても、レックスの言う『高次元のパワー』なら、有り得ないハッピーエンドを作ることもできるのではないか。

 今の世界の法則や時間の流れ、因果、それらすべてが思い通り変えられて、破綻なく作り替えることができるとしたら。

 

 ……そんな考えに至ったわたしに、レックスは手を差し伸べた。

 

 

「だからお願い、リリセ。どうか、願って」

 

 

 そしてレックスは、わたしに願った。

 

「……ボクは、ボク自身の願いを叶えることができない。

 メカゴジラだって結局はマシーンだからね。誰かに操縦桿を握ってもらわなくちゃ。

 そして、それに相応しいのはキミ、タチバナ=リリセだ」

 

「えっ、わたし?」

 

 戸惑うわたしだったけれど、レックスの表情は真剣そのものだ。

 レックスは言った。

 

「キミは、ボクを『代わりの模造品(コピー)』や『便利な道具』じゃない、『ひとりのレックス』として扱ってくれた。

 『怪獣だってわたしたちと同じ、心と命を持ったいきものだ』と言った。

 そんなキミが願う世界なら、きっと怪獣もヒトも幸せになれるだろう」

 

 

 その言葉に、わたしは迷った。

 

 

 レックスの言う通り、あらゆる次元を超えた宇宙のどこかに誰も泣かなくていい、そんな素晴らしい世界があるのかもしれない。

 誰も犠牲になることなく、誰もが幸せに楽しく笑って暮らせる。

 そんな、誰もが夢みる素敵な楽園。

 たとえ幼稚なおとぎ話だとしても、それが本当に手に入ったらどんなにいいだろう。

 

「リリセ、キミが願う未来なら、なんでもいい。

 キミは願ってくれさえすればいい」

 

 そうやって誘いかけるレックスを見る。

 晴れ渡ったお日様のような笑顔。

 悪いことなんてこれっぽっちも考えていない、そんな風に思わせる澄み切った表情だった。

 きっと『人の役に立ちたい』という気持ちで頭がいっぱいなのだろう。

 ……迷う必要なんかないのかもしれない。

 差し出されたレックスの掌へ、わたしも、おずおずと手を伸ばそうとする。

 

 

 

「さあ、星に願いを!

 そして行こう、素敵な未来の楽園へ!」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 そして、わたしは決めた。

 

 

 



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82、絶望の果てに

 そして、わたしは決めた。

 

 

 

 

 

 『さあ星に願いを!』

 『そして行こう、素敵な未来の楽園へ!』

 そう言ったレックスの顔を見た時、ガルビトリウムが入った右目から銀色の雫が滴っていることに、わたしは気づいた。

 液状化したナノメタル。

 頬に流れた一筋のそれは、まるで涙みたいだった。

 わたしは答えた。

 

「……ごめんね。

 あなたの願いは叶えてあげられない」

 

 わたしは差し出しかけた手を上へ、レックスの(まぶた)から溢れるナノメタル溶液を指で(ぬぐ)った。

 

「どうして……?」

 

 怪訝に問いかけるレックスの頬を拭いながら、わたしは答える。

 

「だって、レックスの創ろうとしている楽園は、すべて夢物語だから。

 あなたの話には無理がある。

 『みんなが幸せになれるハッピーエンド』なんて、そんなおいしい話、あるわけないよ」

 

 そこでわたしは例え話をした。

 

「たとえば『人間と怪獣の平和的共存』なんて気軽に言うけど、たとえば、マフネ博士みたいにゴジラに家族を焼き殺された人がいたらどうなるの?

 焼き殺されたんじゃなくても、家を踏み潰されてしまったり、大切なものを壊されたりしてしまった人は?

 そういう人たちの『怪獣が憎い』っていう気持ちはどうするの?」

 

 わたしの話に、レックスが反駁した。

 

「怪獣たちが暴れるのは悪気があってのことじゃない。むしろ人間たちが原因のことだって多いじゃないか。

 怪獣たちにも良いところは沢山ある。それを皆にわかってもらえるようにすればいいんだよ。

 皆が怪獣を好きになってくれればいい。

 それに、憎いと言ってもどうせ人間は怪獣には敵わない。いずれ諦めて受け容れてくれるさ。

 何の問題もない」

 

「……そうかもね。

 もしも皆があなたみたいに素直で利口な人ばっかりだったら、そんな世界だってあるのかもしれない」

 

 だけどレックス、あなたは人の心がわかっていない。

 

「でも人間、そんなに素直じゃないし利口でもない。

 皆が皆そんな賢い足し算引き算だけで生きられたら誰も苦労しないよ。

 仕方ないとわかってても諦められない、受け容れられない、そのあいだで死ぬまで苦しむ人もいる。

 そういう人は我慢しなきゃいけないの?」

 

 さらにわたしは続けた。

 

「だいたい、『皆が怪獣のことを好きになればいい』だなんて無理がある。

 そんなのが規範(きまりごと)になってしまったら、合わせられない人たちが沢山出てしまう。

 怪獣と仲良くやっていける人もいれば、そうじゃない人もいる。

 この世の誰もがみんなゴジラのことを好きになってくれるわけじゃないんだよ」

 

 怪獣を好きになってくれる、あるいは受け容れてくれる人もいるだろう。

 しかしそうじゃない人だっている。人間が二人以上いて、互いに真っ向から食い違う価値観を持っていたら、両者を同時に満たすことはできない。

 皆の願いを同時に叶えることは出来ない。

 当たり前の話だ。

 ガルビトリウムやナノメタルの威力に誤魔化されそうになったけれど、結局のところこの『当たり前』が変わらないのだから、どんなに凄いテクノロジーがあってもどこかで割を食う人は必ず出てくる。

 高次元のパワーとやらが如何に凄かろうと、人間自身が変わらなければ何も解決しない。

 

「それにね、レックス。あなたの言ってる『平和的共存』は結局マフネ博士やヘルエル=ゼルブと同じなんだよ。

 『怪獣を人間に都合がよい存在に造り変えてしまおう』だなんて、まさにチタノザウルスやガイガンを不幸にしたLTFシステムそのものだ。

 兵器にするかペットにするかぐらいの違いしかない。

 むしろ恐ろしい兵器にされるより可愛いペットにされてしまう方が、そのむごたらしさがわかりづらい分もっと残酷かもしれないよ」

 

「そ、それは……」

 

「怪獣云々だけの話じゃない。

 みんな、それこそわたしとエミィとレックスだって好きなものは違うし、嫌いなものだって違う。

 嫌だという人に独りよがりな幸せを押し付けようっていうなら、それはあなたのいう『悪の大魔王』と変わらない」

 

「ううっ……」

 

 惑うレックスを見ながらわたしは想像する。

 ……もし仮に、皆の願いがすべて満たせる素晴らしい世界を用意できたとしよう。

 だけど、人間の欲望はどうせ底無しだ。

 立って歩きたいからと直立二足歩行を覚え、歩かないで移動したいと乗り物を発明して、乗り心地を良くしたいとクーラーやソファを据え付けて、それでもなお文句を言う。

 これ以上ないくらいの『最高』を見つけたとしても、いずれ満足できなくなるだろう。

 きりがない。

 

「それでもレックスは優しいから、誰もが満足できそうな素敵な楽園を探そうとしてくれる。

 みんなが飽きたら、また次の楽園を探してくれるんだろうね。

 ……でも、そんなこと、いつまで続けるの?

 人間は考えがコロコロ変わる。今日大好きだったものだって明日には大嫌いになっているかもしれない。

 そんなことを延々繰り返したところで、いつか行き詰まるだけだ。そもそも皆が満足するハッピーエンドなんてきっと不可能なんだよ」

 

「いいや、違う!」

 

 わたしの批判をレックスは跳ね返そうとした。

 

「きっとあるはずだ、みんなが幸せになれる永遠の楽園が。

 ルシファーはなんでも見せてくれた。ナノメタルならなんでも創れる。

 絶対に探し出してみせるよ。だから……」

 

「そんなの、ウソだ」

 

 レックスの言葉を、わたしは(さえぎ)った。

 

「そんなのあるわけない、みんなバカだもの。

 どんなに素晴らしい新天地を見つけてきても、すぐに飽きてもっと酷いワガママを言い出すよ。

 それに、人間がそれくらい欲深だってことぐらい、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その指摘にレックスは心底驚いたようだった。

 目を丸くするレックスに、わたしは言った。

 

 

 

「レックスの楽園の正体は『夢の世界』だ。

 そうでしょう、レックス?」

 

 

 

 人間を突き動かしつづける、底無しの欲望。

 『悪いとこ探し』をすればそれこそ際限がないのが人間だ。

 それに対する唯一の解決策があるとするなら、それは人間の欲望、すなわち心そのものにメスを入れてしまうことだろう。

 欲望の蛇口が壊れているなら、それを受け容れてくれる大きな器を探すよりもまずは蛇口を直した方がいい。

 『本物、偽物、それは見た人が決めること』だとレックスは言った。何を見せても不満だというなら、いっそ不満を垂れ流す脳味噌の方を弄ってしまえばよいのだ。

 『地球は綺麗な夢で満たされる』

 そう言ったのはレックス自身だ。

 

「レックスは素敵な夢を、さっきの花畑みたいな優しい夢をみんなに見せてくれる。二度と覚めない夢をね」

 

 レックスはナノメタルを世界中にばらまき、全人類、いや全ての生物の脳に埋め込むだろう。

 それからガルビトリウムの超パワーで皆の欲望を統制するのだ。

 そこで迎える新世界はさぞや綺麗な夢だろう。

 主観的には欲しいものがすべて満たされた、『理想の楽園』のように見えるはずだ。

 

 

「あなたは()()()()()()()()()()()んだ。

 あなたみたいな善い子が、そんな恐ろしいことしちゃいけないよ」

 

 

 さっきの綺麗な花畑も、わたしにその甘美な選択肢を刷り込むために見せたのだろう。

 今の状態でわたしがレックスの手を取れば、全人類そろって夢の世界へ直行だ。

 そうして人間たちは居心地の良い夢へ閉じ籠り、現実で生きることを辞めてしまうだろう。

 ……あるいはその方が良いのかもしれない。どうせ何をやっても文句を言わずにいられないのが人間だ。不満だらけの現実よりも楽しい夢から醒めない方が幸せ、それが必ずしも間違っているとわたしは断言できない。

 けれど……

 

「その綺麗な夢にはきっと、本当のあなたもエミィもいない。

 いたとしても、全部わたしの頭のなかで考えた、わたしにとって都合がいい二人しかいない。

 ……そんなの作り物の幻、偽物だよ。マタンゴでラリっちゃうのと変わらない。

 そんなインチキな楽園、わたしはイヤだな」

 

 さっきの花畑の夢の中で、ずっと朗らかにニコニコしていたエミィの虚像を思い出す。

 ……あんなの、本物のエミィじゃない。

 本物のエミィはもっと偏屈で、意地っ張りで、捻くれてて、そして最高に素敵な子なのだ。

 そうじゃない紛い物なんてわたしは要らない。そんな楽園、いくら平和でも欲しくないよ。

 図星を突かれたレックスは、上擦(うわず)った声でまくし立てた。

 

「だ、だったら、キミだけは、タチバナ=リリセだけは特別に、『本当のボク』と話が出来るようにしてあげる。

 それだけじゃない、女王様、億万長者、大スター、勇者様、何にでもしてあげる。

 それでも足りないなら、エミィ=アシモフ・タチバナだって一緒にしてあげるよ。

 それなら……」

「もうやめて」

 

 並べたてられたレックスの甘言に、わたしは首を振った。

 

「わたしをあまり見縊(みくび)らないでほしいな。

 このわたしがそんな安っぽい、見え透いた手に乗ると思う?

 どうせそれ、作り物の夢なんでしょう?」

 

「うっ……」

 

 おとぎ話のピノキオはウソをついたら鼻が伸びてしまった。

 しかし鼻なんか伸びなくたって、レックスの言葉が欺瞞に溢れているのはすぐわかった。

 ……レックス、あなたは正直者の善人だ。

 そんなあなたが、人を(たぶら)かそうとなんてやっちゃいけない。

 

「それにムリだよ、『自分だけ神様から特別扱い』だなんて。

 わたしなんかの凡人の(うつわ)じゃあ正気でいられると思えない。

 そんな溢れ返るほどの幸せを用意してもらったって、どうせ持て余して不幸になるだけだ」

「なら、そうならないように()()()()()調()()()()……」

「だから、それがダメなんだってば」

 

 わたしは深々と息を吐き、レックスに言って聞かせた。

 

「わたしの心はわたしのものだ。

 そんな風に弄繰り回されたら、わたしがわたしではなくなってしまうよ。

 誰だってそう、自分の心を他人なんかに好き放題いじられたくなんかない。

 たとえ、幸せな夢の世界で生きられるように神様が施してくれてるんだとしてもね」

 

 そんなわたしにレックスは泣きそうな顔で問いかけた。

 

「じゃあ、どうすればいいの。

 どうすればキミは満足してくれるの?」

 

 ……ごめんね、レックス。

 わたしは意を決し、軽く息を吸って気合を込めてからその『願い』を口にした。

 

「……みんな不幸になればいい。

 レックスや『あの人』みたいな犠牲者を出すのが普通の人たちだっていうなら、そんなクズどもは生きるに値しない。

 皆ゴジラに踏み潰されてしまえばいい」

「嘘だッ!!」

 

 わたしの醜悪な『願い事』にかぶせるように、レックスは大声を張り上げた。

 そして戦慄(わなな)きながら、縋るように言った。

 

「……ねえ、今のは嘘でしょう?

 タチバナ=リリセがそんな酷いことを願うはずがない。()()()()()()()()()()……」

「それは違うよ、レックス」

 

 レックスの言葉をわたしは遮る。

 死に物狂いのレックスを、わたしは敢えて突き放すことにした。

 

「『タチバナ=リリセなら』?

 なにそれ。勝手なこと言わないで。あなたがわたしの何を知ってるというの?」

 

「えっ……」

 

 途端、レックスは愕然としていた。

 わたしからこんなことを言われるなんて夢にも思っていなかったのだろう。

 怯んだレックスにわたしは続ける。

 

「わたしはあなたみたいな救世主じゃないし、人類最後の希望でもない。

 考えられることなんて自分自身と身の回りの大事な人たちのこと、ついでに世間のことをちょっとだけが精一杯。

 それがタチバナ=リリセという人間だよ」

 

 心を開いていたタチバナ=リリセから投げつけられた、冷たい言葉。

 明るい笑顔が似合うはずのレックスの顔が、深い幻滅と失望に染まってゆく。

 ……本当にごめんね、レックス。

 胸を刺すかすかな痛みに()えながら、わたしは()()()()を言うことにした。

 

「だから、そんな風に何でもかんでも甘えられちゃこっちだって困る。

 重すぎて背負えないよ、世界なんて。

 『何でも決めてくれる御主人様が欲しい』というのならわたしは御免だ、他を当たってよ。

 『責任を盥回し』って言ってたけど、あなたこそ責任をわたしに擦り付けようとしてる。

 それとも『あの人』をリスペクトしてるってのは口先だけなのかな?」

 

「そ、そんな……」

 

 わたしもこんなこと言いたくない。出来れば、あなたの心の中にいただろう『素敵なタチバナ=リリセ』のままでいたかった。

 ……だけどこれは言わずにいられない。

 

「わたしは、あなたの考えているような人間じゃない。

 平気で嘘をつくし、好き嫌いも山ほどある。今みたいに酷いことを言って傷つけたりもする、今まで散々助けてくれた相手(あなた)をね。

 そういう身勝手でサイテーの、あなたが軽蔑してやまない()()()()だよ」

 

 そう、わたしは『普通の人』だ。

 だからレックスの楽園とやらには値しない。

 ゴジラが、怪獣が人間を断罪するというのなら、わたしだってそれは例外じゃない。

 『わたしだけ特別扱い』なんて許されるはずがないのだ。

 

「……そんな、ひどいよ」

 

 タチバナ=リリセに拒絶されたのがよほどショックだったのだろう。

 レックスは「ひどい、ひどいよう」と顔をくしゃくしゃに歪め、救いを求めて天を仰いだ。

 

「ね、ねぇルシファー、ボク、どうしたら……」

 

 ピロピロケタケタ……

 

 窮したレックスの耳元に、どこからか首を伸ばしてきたハイドラが囁きかけている。

 ……ルシファー=ハイドラ。

 コイツはこうやってレックスが弱ったところに付け込み、余計な言葉を吹き込んで操り人形にしてきたのだろう。

 

 

 ゆるせない。

 

 

 わたしはキレた。

 

 

 

 

「いい加減にしろ屑野郎!!

 レックスを弄びやがって!!」

 

 

 

 ……自分で驚くくらいの大声が出てしまった。

 

 突然怒鳴りつけられたハイドラは一瞬たじろいでいたが、すぐに気を取り直し、脅しつけるかのように雷のような声で吠えた。

 激昂したハイドラが虹色の首をスルスル伸ばし、わたしへ襲い掛かる。

 

「ダメだ、ルシファー!!」

 

 慌ててレックスが制止したけれど、すんでのところで間に合わない。

 ……怖くなんかない。

 こんな下劣なド畜生にビビって、命がけのサルベージ稼業が務まるかってんだい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凶悪な毒牙をみっしり生やしたルシファー=ハイドラの顎が、わたしの顔面を覆った。

 

 

 



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83、かがやく星に 心の夢を

祈ればいつか叶うでしょう。


 咄嗟につぶった両目を開けると、わたしは死んでいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハイドラの牙はわたしの顔を通り抜けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしの方からハイドラの首に手を伸ばしてみると、やはりわたしもハイドラの体には触れられない。

 まるで立体映像、幻、虹をつかもうとしているみたいだ。

 わたしもハイドラも、お互いに姿は見えているのに、触れることが出来ていない。

 他方、憤怒の形相で唸るハイドラは、牙をカチカチ鳴らして吐息を荒げながらわたしの方を睨みつけている。

 どうやってもこちらに手出しできない現状に、かなり苛立っているようだった。

 ……ふん。

 鼻で笑ってやったら、ハイドラはますます怒り狂っていた。

 なんて器の小さい奴だ。怪獣のくせに小娘風情に煽られてブチキレてやんの。

 

「……おい、ルシファー。

 おまえは今、その人に何をしようとした?」

 

 忌々しげに首をくねらせているハイドラに、地響きよりも低い声が掛かった。ハイドラは喉が詰まったかのように動きを止め、恐る恐る振り向く。

 

 

 

 ハイドラの背後では、メカゴジラⅡ=レックスが怒り狂っていた。

 

 

 

「このウソツキめ!!

 『人間のことは絶対に傷つけない』って言ったくせに!!」

 

 

 

 ハイドラの胸倉を鷲掴みにして吼えるレックスの剣幕は、これまでわたしが見たことないほどの凄まじいものだった。

 アンギラス、マタンゴ、ラドン、メカニコング、他のどんな怪獣と戦ったときだってこんな恐ろしい形相はしていなかったろう。

 他方、自分が致命的なミスを犯してしまったことに気づいたハイドラは、慌てた様子でレックスへと語り始める。

 

 ピロピロケタケタイヒヒヒ……

 

「『ボクらの夢を邪魔するものを取り除いてあげようとしただけ』?

 ふざけるな、この場で見てたんだぞ!

 おまえはただリリセを傷つけようとしただけじゃないか!!」

 

 胸倉を掴まれたハイドラは逃れようと体をくねらせているが、レックスの爪から逃れることがどうしてもできない。

 レックスはハイドラを掴めるのに、ハイドラの方はいくらもがいてもレックスの身体を素通りしている。

 レックスとハイドラが何を話し合っているのかはわからないが、レックスの怒りを買ってしまったこの状況にハイドラがひどく狼狽しているのだけはよくわかる。

 そんな様子を見ていたわたしには、このハイドラの正体がわかった。

 

 こいつは『悪魔のルシファー』だ。

 

 そもそも『ルシファー』とは悪魔の名前だ。

 いや、正確には堕天使、悪いことをしてクビになった天使だったかな? まあどっちでもいいけど、とにかくルシファーは『最初の女性:イヴを唆して悪いことをさせる』という悪行をしでかした伝説で知られている。

 こいつは、そのルシファーの化身だ。

 かつてイヴを唆して悪いことをさせたように、今回はレックスを狙ったのだ。

 ……そうだよ、レックス。あなたはきっと魔が差してしまったんだよ。

 そうでなければあなたが、こんなおぞましい怪物と組むはずがない。

 

 同時にわたしは、このルシファー=ハイドラの弱点も理解した。

 誰かに取り憑き誑かすこのルシファー=ハイドラ、裏を返せばこいつには憑代(よりしろ)、つまり寄生する宿主が必要だ。

 その憑代だったレックスが耳を貸さなくなればこのとおり、小娘一人捻り潰せないどころか触ることすら出来なくなってしまう。

 レックスはこいつのことを『高次元存在』と言ったが、実際のところはそんな御大層な存在じゃない。

 自分だけでは何も出来ないのだから。

 

 ピロピロケタケタイヒヒヒ……

 

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ、ルシファー!!」

 

 言い訳がましく弁解していたハイドラだったが、レックスは聞く耳を持たなかった。

 レックスはカギ爪の伸びた両手でハイドラの首根っこを締め上げながら、ゴジラみたいな大声で怒鳴った。

 

「おまえみたいなウソツキ、もう信じるもんか! どっかに消えろ!!」

 

 そんなレックスの怒声と同時に、ハイドラの姿はブツンと消えてしまった。

 ……まぁ、あんなくだらない奴のことなんかどうでもいい。

 わたしはレックスへと目線を向けた。

 独りぼっちになってしまったレックスは、吐き捨てるように「……ふん、まあいいさ」と鼻で笑っていた。

 

「あんなどこの馬の骨ともわからないヤツに頼ったのが間違いだったんだ。どいつもこいつも当てにはならない。最後はやっぱり自分だけだ」

 

 そんな決意を自身に言い聞かせている。

 

「こうなったらリリセの言うとおり、全世界の全生物を洗脳して……」

「もうやめて、レックス」

 

 恐ろしいことを口にしようとするレックスを、わたしは止めた。

 

「すべてをあなたの思い通りに出来る世界、それは何もかもをあなたが背負う世界だ。そんなの無茶だよ、あなた一人で背負えるわけがない。いつか必ず破綻する。それくらい、あなたもわかっているはずだ」

「けど、けど……!」

 

 口をパクパクさせて窮するレックスに、わたしは畳みかけた。

 

「それにそんな楽園、誰も望まないよ。

 人間なんて強欲だもの。あなたがいくら尽くしたところで、どうせ皆は文句を垂れるだけだ」

 

「じゃあどうしたらいい!?」

 

 突然、レックスは大声で喚いた。

 

「どいつもこいつもわがままばっかり! なんなんだよう!! どうしたらいいんだよう!!」

 

 そして地団太を踏んで周囲に八つ当たりを始める。

 無意味、無駄なのはわかっているはずだ。なにしろ世界最高の電子頭脳を持っているのだから。

 だけどそれでもやめられないのだろう。理性ではなく、心が限界に達してしまった。

 つまりは癇癪。溜め込み続けた憤懣がついに爆発したのだ。

 「どうしたら、どうしたら!!」と駄々っ子みたいに拳を振り回し、ワアワアと怒鳴り散らしながら泣き喚いて暴れるレックス。

 ……これがメカゴジラⅡ=レックスの正体だ。

 普段のニコニコ笑顔と献身的な善い子の態度、その下にひた隠していた素顔はひどく幼稚で子供っぽかった。

 こうなるのは当然のことだ。もっと早く、()()なるべきだったのだと思う。

 

 だって、レックスは普通の子なのだから。

 

 ちょっと空気が読めなくて、大失敗をすれば正直に悄気返(しょげかえ)る。悪いことには本気で怒って、傷つけられれば嘆き悲しむ。信頼できる大人相手にはこうして甘ったれたりもする。

 人類最後の希望、救世主、そんな御立派な肩書なんて到底似合わないような子なのだ。

 レックスはもっと早くこんな風にキレるべきだったのだと思うし、そんなレックスの弱さを周囲の大人たちは受け止めてあげるべきだったのだと思う。

 だけど実際の大人たちはそうじゃなかった。

 人類最後の希望。周りの大人たち――それはわたし自身も含めてだけど――はレックスを都合のいい道具みたいに使って、挙句の果てに恐ろしい怪獣にしてしまった。

 この世界はいつもそうやって、立場の弱い相手に責任を擦りつけて食い潰したがっている。

 

 ……いいや、この世界はもっと残酷だ。

 レックスより力がなくて、レックスより不幸で、レックスみたいな怪獣にすらなれず、誰からも見向きもされないまま食い潰されてゆく弱い人たちなんて、それこそゴマンといる。

 そしてそんな救い様のない犠牲者たちの上に成り立っているのが、わたしたち『普通の人たち』の世界なのだ。

 ……こんなサイテーの世界なんて、とっととゴジラに滅ぼされてしまえばいいのに。

 わたしがそんな風に思っている中、レックスは相変わらず暴れ続けていた。

 

「どうしたら、どうしたら……!!」

 

 知恵を貸してくれていたルシファー=ハイドラはもういない。タチバナ=リリセからも否定された。レックスが縋れる相手なんて、もうどこにもいない。

 散々地団駄を踏み続けていたレックスは、やがてゼンマイの切れた玩具のように力なく俯き、ぽつりと呟いた。

 

 

「……どうしたらいいの……?」

 

 

 なんだか迷子の子供みたいだ。

 実際、迷子なのだろう。こんなとき、ちゃんとした大人ならきっとレックスと真摯に向き合って、彼女をあるべきところへ導いてあげることもできるんだろう。

 ……わたしはどうしてあげたらいいんだろう。

 今にも泣き出してしまいそうなレックスの頬へ、わたしはそっと触れた。

 レックスの肌は冷たい鋼で出来ているはずなのに、不思議と温かく感じる。

 

 

 

――『人間のことは絶対に傷つけない』って言ったくせに!!

 

 

 

 さっきレックスはそう言って、ハイドラからわたしを護ってくれた。

 ハイドラと手を組んだのもきっと『人間を傷つけない』という条件の下だったのだろう。

 その約束を(たが)えたからこそ、レックスはハイドラに怒ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……よかった。

 レックス、あなたは人間に絶望していても、人間のことを嫌わずにいてくれたんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いいんだよ、レックス」

 

 わたしはレックスに言った。

 

「世の中の不幸はあなたの責任じゃない。

 みんなのワガママを救ってあげる義務なんかないし、みんなの代わりに責任を取ってあげる必要もない。

 あなたが悪者になってまで叶えてあげなきゃいけない願いや夢なんて、そんなのどこにもないんだよ」

 

 ……メカゴジラⅡ=レックス。

 あなたは作り物の模造品なんかじゃない。

 本物の人間よりもずっと人間らしい、素敵な心を持っている。

 

 それに比べて本物の人間ときたら、どいつもこいつも仲間同士で争い合ったり弱い者いじめばかりしている、そういう最低最悪のクズばっかり。

 だけどレックスは、そんなどうしようもない人間たちじゃなくて、人間をそういう風に腐らせてしまうこの世界の方を憎んでくれた。

 そして世の中はむごいことや嫌なこと、理不尽や不条理に溢れている。時には何もかも嫌になって『全部ゴジラに踏み潰してほしい』と思うことさえある。

 レックスが憎むのも当然だ。

 

 

 

 

 だけどね、レックス。

 

 

 

 

「あなたは、こんな世界が許せないんだろうけど、実際こんなどうしようもない世界だけど、どうかこれ以上憎まないで欲しい。

 だって、こんな世界じゃなかったら、わたしはあなたに会えなかったもの。

 ……それともあなたにとっては、わたしと会ったことも憎くてたまらないのかな。

 もしそうだったら、ちょっと寂しいよ」

 

 わたしの言葉に、レックスは何も答えられないようだった。

 わたしは続けた。

 

「もしわたしの希望があるとしたら、レックスにはやっぱり神様になんかならないでほしい。

 レックスにこれ以上、他人のワガママを押し付けられて欲しくない」

 

 そんな気持ちもやっぱりわたし、タチバナ=リリセのワガママだった。

 『そんなインチキな楽園はイヤだ』『レックスが人を誑かすところなんて見たくない』『みんなゴジラに踏み潰されてしまえばいい』……散々エラそうに言ったけど、ワガママばっかりなのはわたしの方で、レックスに身勝手なエゴを押し付けてばかりいるのもわたしの方。

 『あなたがわたしの何を知ってるというの』だって? それを言うならわたしこそ、レックスの気持ちの何がわかるっていうんだ。『みんなゴジラに踏み潰されてしまえ』?? 何様なんだっつーの。

 

 正しいこと、全人類の幸福をとるなら、レックスの願いどおりにしてあげるべきなのだ。そうした方がレックスの不幸も報われるんだろうし、みんながハッピーになれるならきっとそうするべきなんだろう。

 

 

 

 

 でも、わたしは、そのスイッチをどうしても押すことができなかった。

 

 

 

 

 ……たしかにレックスの言うとおりだ。

 『あの人』みたいな犠牲者はもう二度と出しちゃいけない。

 だけどわたしがレックスの誘いに乗ったら、今度はレックスが次の『あの人』になってしまう。

 『皆のために誰かを犠牲にする』

 そんな風にレックスひとりに全部押し付ける大正解なんて、クソ喰らえだ。

 そんな薄汚れたハッピーエンドを迎えるくらいなら、みんなでバッドエンドを背負えばいい。

 どんなに重たい不幸な結末だって、みんなで背負えば少しは軽くなるはずだ。

 

 怯えるように後ずさろうとするレックスを、わたしは抱き寄せた。

 

「レックス、わたしの願いはね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのとき自分が何を願ったのか。

 わたしは覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱきっ、と石がひび割れる音がした。

 そして、わたしの耳元で声がした。

 

「……キミは最低だ」

「……ごめん」

 

「タチバナ=リリセ、キミは大馬鹿だ。

 そんなことで何もかも棒に振るなんて。

 もう、誰も救われない。ゴジラに人類は滅ぼされるんだ」

 

「本当にごめん」

 

「きっと歴史に残るよ。

 それは人類史上最低最悪だった、って。

 生き残った人たちが知ったら、子々孫々までキミを愚か者と罵るだろう」

 

「ごめん、本当に、本当にごめん」

 

 ごめんね、ごめん、本当にごめん。

 いくら謝っても足りなかった。

 『皆の幸せ』を心の底から願い、そのために自分自身さえも捧げようとしていたレックス。

 その最後の、最高の手段を、友達だと思っていた相手に裏切られてぶち壊されてしまった。

 ……そのことをレックスは恨んでいるだろうか。それとも怒っているだろうか。

 

 わたしは、今のレックスの姿を見た。

 右目のガルビトリウムに走った亀裂が、レックス自身へと拡がりつつある。

 神であろうとした存在が、神であることを否定されて自壊し始めていた。

 鋼で創られた万華鏡世界が砕け散り、銀色の花吹雪の中で、萎れた花が墜ちるようにレックスの存在が散ってゆく。

 

 そんなレックスを、わたしは強く抱き締めた。

 

 ……一緒についてくよ、レックス。

 たとえこの世界が消えたって、あなたをひとりにはさせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、いっしょに行こう。

 あなたが願った、夢の楽園に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リリセ!!」

 

 割れた万華鏡の隙間からエミィが腕を伸ばし、わたしの襟首をぐいと掴んで引きずり出そうとする。

 

 ……トン。

 

 わたしを、胸の中のメカゴジラⅡ=レックスは突き放した。

 涙の滲むわたしの視界から、メカゴジラⅡ=レックスの存在が遠くなってゆく。

 そして最後に、彼方から声が聞こえた。

 

 

 ……ありがとう――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ががが、ぎぎぎ。

 

 他方、現実世界。

 ナノメタルで出来た〈ルシファー=ハイドラ〉の体が、錆びついた金属の軋む音を立て始めた。

 外宇宙の法則という神性を付与していたガルビトリウム・テルティウス=オプタティオと、ナノメタルの動きを制御していた中央処理装置(レックス)が機能不全を起こしていた。

 特に致命的なのはガルビトリウムの破損だ。

 ルシファー=ハイドラの体を構成する第五原質(エーテル)は本来この世界に存在しない原質であり、それらを此岸に顕現させているのはガルビトリウムから引用した高次元宇宙の法則だ。

 世界の(ことわり)そのものを書き換えようとしていたルシファー=ハイドラから虹色の輝きが失われはじめ、動きがぎこちなくなってゆく。

 このままでは第五原質とこの世界の結びつきに綻びが生じ、ハイドラはこの世界から消滅してしまう。

 

 ――すべてはメカゴジラⅡ=レックス。

 ――くだらん泣き落としに靡きやがって。

 ――忌々しい、出来損ないのピノキオめ!

 

 だが、問題ない。

 ルシファー=ハイドラは体内に備わっていたバックアップを始動し、第五原質の体を、第四原質へと転換した。

 この此岸にある第四原質、これならガルビトリウムが動かなくとも、この世界の法則がルシファー=ハイドラの体を形作ってくれる。

 もう糞ジャリ(レックス)ごときに用はない。ガルビトリウムとナノメタルさえあればいい、数分もあればすぐに取り戻せる。

 

 

 

 その僅かな隙を突かれた。

 

 

 

 ルシファー=ハイドラの身体が凄まじい力で吹き飛ばされ、それと同時に宇宙を揺さぶる叫び声がこの世界に轟いた。

 ――な、なんだ!?

 何が起こったのかよくわからないまま、鎌首をもたげたルシファー=ハイドラ。

 

 そして、見てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大地へと焼き込まれる焦げた足跡。

 

 

 

 大気を燃やしてゆく、灼熱の殺意。

 

 

 

 剥かれた牙の隙間から唸りが溢れ、そして怒りの咆哮が響き渡る。

 

 

 

 その威容を見たものは平伏せずにいられない、恐るべきキングオブモンスター。

 

 

 

 

 

 

 

 その名は〈ゴジラ〉。

 堂々と立つその姿は、まさに破壊の神だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――バカな、なぜ動けるのだ!?

 ルシファー=ハイドラは仰天した。

 

 ハイドラの毒による侵蝕が止まったことで、花畑に書き換えられかけていたゴジラは破壊の権化としての性質を取り戻しつつあった。

 ルシファー=ハイドラの身に何が起こったか、そんなのはゴジラにとって知ったことではない。

 瞳に再び光が灯り、自身に絡みついていたハイドラの触手を引き千切って、全身から芽吹いた花たちを振り落とす。

 そんなゴジラを見たルシファー=ハイドラは、ようやく気がついた。

 ……もしもゴジラが本気を出したならば、弱ったルシファー=ハイドラごとき葬るのに数分も掛からない。

 

 

 ゴジラ復活。

 破壊の神VS大宇宙創造の神。

 あるいは怪獣王による『処刑』が始まった。

 

 




大変長らくお待たせいたしました。次回プロレスです。


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84、ザ・キング・オブ・モンスターズ ~『ゴジラ FINAL WARS』より~

プロレスです。


 ゴジラ復活。

 破壊の神VS大宇宙創造の神。

 迫りくるゴジラに対し、ルシファー=ハイドラはマシンハンドを無数の刃物に変形させた。

 

 耳を突く高音を伴って猛烈に回転するドリル。

 がちんがちんと歯を打ち鳴らすトラバサミ。

 ダイヤモンドよりも固い(やすり)を備えたベルトサンダー。

 丸鋸、(きり)、ペンチ、その他もろもろ。

 その数、二千本。

 ハイドラは、それらすべてを一斉にゴジラ目掛けて繰り出した。

 

 ――どーだ、恐ろしいだろう!

 ――恐ろしくて声も出まい!

 ――さあ、喰らえッ!!

 

 だが、ゴジラは逞しい腕の一振りで、それらすべてを根こそぎブッた斬りにしまった。

 

 ――ぎゃあ、いたいよう!!

 ――よくも!

 ――おのれ、()()()()()()()にしてくれる!!

 

 マシンハンドを失ったルシファー=ハイドラは口を開いた。

 先ほどゴジラを花畑に変えた虹色の猛毒、それを再び使おうというのだ。

 虹色の毒光が、ハイドラの口内で迸る。

 その開きかけたハイドラの顔を、ゴジラの手が掴んだ。

 ハイドラの鼻先を鷲掴みにしたゴジラは、力任せに首の関節をねじって頸椎をへし折り、そして核爆弾級の握力(プラズマ・クロー)でもって粉砕した。

 

 ――エぴュっ!?

 

 ぐしゃぼきっ、ちゅどーん。

 虹色の稲妻として放出されるはずだったエネルギーと、ゴジラのプラズマ・クローによるエネルギーが、握り潰されたルシファー=ハイドラの口中で衝突し暴発、ゴジラの掌中でハイドラの頭が爆裂した。

 撒き散らされたのは爆発ではなく、花吹雪。ハッピーエンドとは程遠い、凄惨な末路。

 花びらの大爆風が収まったあと、満開の花束と化したハイドラの首が一本、ぷらんぷらんと力なく揺れていた。

 

 ――ひ、ひいっ!?

 

 頭をひとつ失って動転したルシファー=ハイドラは、翼を広げて逃げ出そうとする。

 もちろんゴジラは逃さない。

 虚勢を張るように嗤いながら飛び去ろうとするルシファー=ハイドラ、その二股の尻尾をゴジラは掴んで引き摺り下ろし、脳天から地面へと叩きつけた。

 

 ――いたい、いたい!

 

 引っ繰り返ったまま懇願するルシファー=ハイドラに、ゴジラは情け容赦ない暴力を加えた。

 胴めがけてメガトンキックを叩き込み、羽根を毟り、翼をへし折って、胸郭を踏み砕く。

 喉笛を踏み躙られたルシファー=ハイドラが、苦痛で叫んだ。

 

 ――ぐえええっ!

 ――なにするんだよう! やめろよう!!

 

 無論、ゴジラがやめるはずもない。

 存分に痛めつけた上でルシファー=ハイドラの首根っこを掴み上げると、背負い投げの要領で、地面めがけて滅多打ちにした。

 

 

 

 

 

 

 

 先の戦いでアンギラスを下した、肉弾戦におけるゴジラの必殺技。

 〈ゴジラ・プレス〉である。

 

 

 

 

 

 

 

 先と違うのは、アンギラスの時よりも数段力がこもっていること。

 どーん! どーん! どーん!! と打ちつけられるたびに、島中へ轟音と衝撃が響き渡り、地盤が陥没し、そして大地に深い亀裂を刻み込んでゆく。

 

 ――うぺっ、あぎっ、がぺっ!?

 

 間の抜けた悲鳴を挙げながらボロ雑巾のようにされるルシファー=ハイドラ。

 ルシファー=ハイドラの身体は、何度も叩きつけられたことで裂けてゆき、ついには掴まれていた首が根元から引き千切れてしまった。

 投げ飛ばされたルシファー=ハイドラの巨体が宙を舞い、悲鳴を上げながらセントラルタワーへと墜落。

 タワーを丸ごと瓦礫の山に変えた。

 

 

 

 ……ルシファー=ハイドラをぶちのめしたゴジラの暴力は、圧倒的なまでに残虐だった。

 マシンハンドはまとめて千切れ、翼は強風で煽られた傘よりも無残にひしゃげ、三本あった首のうち無事なのは一本だけになってしまった。

 滅茶滅茶に壊されたルシファー=ハイドラの全身から、ナノメタル粒子と火花の鮮血が噴き出ている。

 ナノメタルの自己修復では到底間に合わない桁違いのダメージ。

 ルシファー=ハイドラはただ力なく倒れ伏しているしかない。

 

 つい先刻まで無敵の不死性を誇ったルシファー=ハイドラだったが、今度ばかりは再生することが出来なかった。

 ガルビトリウムとナノメタル中枢、つまり無限の発想力と表現力の両方を喪ったことで、ルシファー=ハイドラは大宇宙を創造する神の座から、ただの一怪獣に堕ちた。

 イカサマ(cheat)のタネは破られた。全能の輝きを誇ったルシファー=ハイドラも、それらを失った今となっては一方的にブチ壊されるばかりだ。

 

 

 そんなハイドラの眼前に、ゴジラが立つ。

 

 

 ゴジラの背鰭から溢れ出る光は、はじめ青、ついで紫、そして赤へと変わっていた。

 払いきれずにこびりついていた異形の花々が、ゴジラの体内から込み上げる焦熱でどろりどろりと融けてゆく。

 ゴジラの全身が()かれたように輝き、背鰭の光熱が紅炎(プロミネンス)となって揺れている。

 総身が赤く燃えたぎる〈バーニングゴジラ〉。

 背負う炎はまさに劫火、まるで太陽のようだ。

 心を誑かすルシファーの虹も、ゴジラの威光の前には弱すぎた。

 卑劣邪悪なルシファーはゴジラの偉大さを前に、触れるどころか近寄ることも、直視することすらままならない。

 

 ……ま、待て。

 

 引き攣り笑いととも後ずさりながら、ルシファー=ハイドラは最後の和解交渉を試みた。

 

 ゴジラよ、おまえが望むものを何でも与えよう。おまえだって欲しいものくらいあるはずだ。

 摂理、文明の業、宿命からの解放か?

 みんなが楽しく笑い合える優しくて平和な世界でのんびり異世界スローライフなんて最高だろ?

 そうだ、家族はどうだ? 息子、お嫁さん、家族は良いぞぉ、欲しくてたまらないはずだ!

 それでも足りないというのなら、くだらん人間ドラマなんぞ要らん、やめちまおう!! そうとも、最初から最後まで怪獣プロレス!! ミリオタ、政治厨真っ青の緻密な設定考証!!!! リアルでハードでシリアスで、糞ジャリや萌豚どもに媚びることもない、真っ当な大人の鑑賞に堪えるエンタメ超大作だ!!!!!! どうだ素晴らしいだろう、最高じゃないか!!!!!! これならきっとみんなアヘ顔晒して喜んでくれるだろうさ!!!!!!!!

 愛しいあのコの心だって、夢見て止まない理想の世界だって、ありもしない絵空事だってなんだって、我らと手を結べば思うがまま!!

 いずれはこの世界さえもが我らのものだ!!

 欲しいだろう!

 願え、さあ望んでみろ!

 なんでも欲しいものを言ってみろ。

 おまえの願いを叶えてやれるのは機械仕掛けの神たる我ら堕天の虹、ルシファーだけだ。

 だからこれ以上の暴力はやめろ、この大宇宙創造の神と共に、この世界を美しい楽園に造り替えようではないか。

 

 ……そうだ! ここで路線変更してお気に入りのヒロインとイチャイチャ純愛ラブストーリーってのはどーだい!?

 ほら、最近流行りのゴジモ……

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、孫ノ手島が超光熱に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 その爆心はゴジラであった。

 怒りの限界に達したゴジラが体内の核エネルギーを極限まで高ぶらせ、臨界点を突破したエネルギーを解き放ったのだ。

 メカゴジラⅡ=タイラノスを葬り去った大技、ゴジラ渾身の〈体内放射〉。

 並の怪獣ならば余波を受けるだけで粉微塵に消し飛ばされてしまうほどの、強烈な爆炎。ゴジラの深奥、体内原子炉から止めどなく溢れ続ける劫火の小宇宙。

 

 

 それはまさに歩く核爆発!

 

 

 ゴジラの体内から放射された灼熱の核エネルギー、爆熱の津波が怒涛の勢いで押し寄せ、その直撃をもろに受けたルシファー=ハイドラは一瞬で黒焦げになった。

 

 ――ぎゃああああああああああああ……!!

 

 焼かれ(くすぶ)った体を何とか引き摺り、体内放射の火炎地獄から必死に逃れようとするルシファー=ハイドラ。

 そんなルシファー=ハイドラを、怒ったゴジラが睨みつけている。

 

 ゴジラの怒り。

 『何かを願う、何かを望む』、誰もが持っている弱味につけこんで玩具にする、そんな卑劣な所業が腹に据えかねたのか。

 キングオブモンスターとしての尊厳を愚弄した、侵略者の下劣で浅ましい性根がよほど気に入らなかったのか。

 ……あるいは、欲望に弄ばれた“模造品”へのささやかな手向けだったのかもしれない。

 

 いずれにせよ、それはゴジラのみが知ることである。

 

 ルシファー=ハイドラに、怪獣王ゴジラが吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、覚悟するがよい、底無しのクズめ。

 

 このキングオブモンスター:ゴジラが、今から貴様を地獄に送り込んでくれよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴジラがハイドラの尾を握り締めた。

 そして力一杯に引きずり回して、孫ノ手島の地上にあるものすべてを薙ぎ倒してゆく。

 

 タワーと建物、エクシフ空中戦艦の残骸、崩れた岩山と土砂、総計数千万トン。

 そのすべてを全身へたっぷりと浴びせられ、孫ノ手島の大地で徹底的に()り下ろされながら、それでもなおその神性(cheat)ゆえにルシファー=ハイドラは死ねなかった。

 逃れることも、死ぬことさえできない生き地獄に、ルシファー=ハイドラは絶叫した。

 

 そしてゴジラは、今やスクラップ同然のルシファー=ハイドラを空へ投げ飛ばした。

 大気圏外へと打ち上げられてゆくハイドラ、ゴジラはすかさず必殺の放射熱線を撃つ。

 ゴジラが撃ち上げた放射熱線は(うず)を巻きながら大気を赤く燃やし、激烈な核エネルギーの暴風(タイフーン)となる。

 

 

 

 総てを燃やし尽くす焼毀の竜巻(バーン・スパイラル)

 紅蓮の火柱が雲を裂き、空を割り、そして天壌(てんじょう)を揺るがす。

 

 

 

 機械仕掛けの邪神にして堕天の虹の侵略者:ルシファー=ハイドラは、そんなゴジラの無限(インフィニット)放射熱線の直撃を喰らった。

 ()ず首がすべて消し飛び、次いで翼と尾が焼き尽くされて、そして丸い胴体が木端微塵に打ち砕かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピロピロケタケタピピピギャアアアアアア……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシファー=ハイドラは断末魔を響かせながら大爆裂。

 そして最後に盛大な虹の花火が、孫ノ手島の夜空を華やかに彩った。

 



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85、King Of The Monsters ~『ゴジラ キングオブモンスターズ』より~

ゴジラでもビオランテでもない。

本当の怪獣はそれを造った人間です。

 

――『ゴジラVSビオランテ』より

 

 

 

 

 わたし、タチバナ=リリセはエミィに連れられて、地下に向かう隠し階段を下へ下へと駆け下りていた。

 

 わたしたちの頭上、つまり地上から凄まじい爆発音が響き、ぱらぱらと砂埃が落ちてきた。

 続いて堂々としたゴジラの咆哮がこんな地下深くにまで聞こえてきた。

 あれはゴジラの勝鬨(かちどき)、勝ったのはゴジラだ。レックスが消滅したことでハイドラのナノメタルとガルビトリウムが動作不良を起こし、わずかに弱ったその隙をゴジラに反撃されたに違いない。

 ……危ないところだった。タワーを降りるのがあと数分でも遅れていたら、わたしたちもゴジラにナノメタルごとまとめて消されていただろう。

 

「………………。」

「………………。」

 

 地下へ向かう間、わたしとエミィの二人ともまったく口を利かなかった。

 何かがあったこと、そしてレックスのことも察してくれたのだろう、エミィは何も聞かずただ黙ってわたしの手を引いてくれていた。

 そんなエミィの気遣いがとにかく有難かった。

 ……今は何かを話す気分になれない。

 

 階段を駆け足で降りきると、行き着いた最深部は地下ドックだった。

 ビルサルドの潜水艇がいくつか並べられており、非常時に脱出するための設備なのは明白だ。

 エミィに導かれて、一台の潜水艇の前に辿り着くと、そこには子供たちがいた。

 子供たちは潜水艇――船体に〈α号〉と描かれていた――の前で御行儀よく座って待っていたが、エミィが現れた途端、一斉にその場を立ち、エミィのところへと集まってきた。

 

「フネに荷物は積んだか?」

 

 エミィの確認に子供たちは頷き、その中で一際年長の、といってもエミィと同い年くらいだったが、浅黒肌の少年がエミィに何かを耳打ちした。

 彼からなにがしかの報告を受け取ったエミィは「オーケイ、上出来だ」とニヤリと笑むと、潜水艇α号をぽんぽんと叩きながら振り返って言った。

 

「リリセ、このフネで逃げるぞ。クルマも積んだからちょっと狭いけど、我慢してくれよな」

 

 ……エミィは一体どうやってこんな抜け穴を見つけたのだろう。

 いつのまにかしたたかさを身に着けていたエミィに、わたしは内心で舌を巻いていた。

 わたしなんかが助けに来なくても、この子は自力で生き延びる道を見つけていたのだ。

 

「……ねえ、エミィ」

 

 わたしは、ナノメタルから解放されてから、初めて口を開いた。

 脱出路のことはそれとして、もうひとつ気になることがある。

 

「この子たちは……?」

 

 α号の前で待機していた子供たち。

 この子たちについて、わたしは特に何の説明も受けていない。

 エミィは少し考え込んだあと、答えた。

 

「……道連れだ。こいつらと一緒に逃げるけど、かまわないよな」

 

 ……本当は、そんな答えなんか聞かなくても想像できていた。

 おおかたヘルエル=ゼルブのLSOが奴隷として使役していた子供たちの生き残りだろう。

 エミィが一瞬説明に困ったのも、子供たちについて大まかな素性しか知らないからに違いない。

 

「……」

 

 ……知らなくていい。

 とりあえず訊ねてみたけれど実際のところわたしは、エミィにそんな詳しい話を説明してほしいとも、細かな事情を理解してほしいとさえ思わなかった。

 ヘドロよりも汚い大人の事情なんかもうこれ以上見たくないし、見せたくもない。

 

 わたしは、子供たちを改めて見回してみた。

 年恰好はエミィと似たり寄ったり、あるいは年下だろうか。

 子供たちはみんな一様に、わたし、タチバナ=リリセの表情を窺っていた。

 

 

 

 

 

 そしてわたしは悟った。

 自分が何をするべきか。

 

 

 

 

 

 この子供たちは、大人たちの身勝手な欲望に使い潰された犠牲者だ。

 ヘルエル=ゼルブに新生地球連合軍、そしてそいつらにこの子たちを売り飛ばした親族たち。

 本来なら信頼できる大人に守ってもらわなきゃいけない立場のはずなのに、この子たちが頼れる相手なんてどこにもいなかった。

 

 そんな子供たちが縋るような目線でわたし、タチバナ=リリセをじっと見つめている理由。

 それは、わたしが『頼れる大人』だからだ。

 

 この子たちは、悪い大人たちに騙され、裏切られ、散々搾取されたにもかかわらず、それでも大人のわたしを信じて頼ろうとしてくれている。

『汚い大人の事情なんか見たくない』?

 わたしは一体ナニを甘ったれたことを言ってるんだ。

 この場において一番年長で、一番大人なのはわたしだ。

 この場でこの子たちが頼れる大人なんて、わたししかいないじゃないか。

 

 

 

 しっかりしろ、タチバナ=リリセ。

 子供たちを守るんだ。

 オセンチに腑抜(ふぬ)けてる場合じゃない。

 

 

 

 わたしは両掌で自分の頬を引っぱたいて(かつ)を叩き込むと、出来るかぎり威勢よく、エミィと子供たちに告げた。

 

「もっちろん!

 さあ、少年少女たち、この超絶銀河スーパーウルトラセクシーキュートなオネーサンがまとめて面倒看てあげちゃうからね!!」

 

 いつもどおりのわたしに戻ったのを見て、エミィも安堵の吐息を漏らした。

 タチバナ=リリセとエミィ、そして子供たちは意気揚々と潜水艇α号へ乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴジラの猛火が夜天を焼く。

 その足元の瓦礫の山を蠢くものがあった。

 

 

 先ほどゴジラに根元から千切られた、ルシファー=ハイドラの首。

 ルシファー=ハイドラはまだ生きていた。

 大宇宙創造の神の地位を失い、灼熱に燻られ、黒焦げの生首にまで落ちぶれたハイドラは、陸に打ち上げられた魚のようにのたうちながら、この窮地から逃れようと懸命にもがいていた。

 

 ……()()を侮ってしまったのは、とんでもないミスだった。

 とんだ誤算だ、まさかヤツがここまで強大だったとは。

 だが良い教訓だ。二度は繰り返さない。

 流石のヤツも、頭が一つ残っていれば完全に復活できるなどとは夢にも思うまい。

 それにメカゴジラⅡ=レックス。

 あのメカゴジラの末裔がただの感情論、あんな陳腐な泣き落としに(なび)くほど使い物にならないガキだとは思いもしなかった。

 ……タチバナ=リリセ。

 あの小娘は「いいんだよ」と言った。

 それに「あなたが悪者になってまで叶えてあげなきゃいけない願いや夢なんて、そんなのどこにもないんだよ」とも。

 

 

 

マジで草。

 

 

 

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 屑野郎め、だと?

 それで罵倒のつもりか小娘www

 たかが()()()()()()()()()()()()()何ムキになっちゃってんのwww

 

 そう、ヒマつぶし。

 この世の総ては高次元存在たる我らのため、総てが我らへの供物としてのみ価値を持つ。

 悠久を生きる我らにとって、下層次元世界はヒマつぶしの道具でしかない。

 この世界はすべて我らに食い潰されるために在る、それが真実だ。

 そんなこともわからないからおまえら低次元の底辺なんだよ。プゲラ

 

 今回だってそうだ。

 せっかく我らが救済してやろうとしたのに、その場のノリと勢いだけで、それもたかが出来損ないのピノキオごときのために何もかも台無しにしやがった。

 これだから人間は困る。底辺のくせに神の言うことすら聞きやしない。

 

 人間は、己の欲望を自制できない。

 そんなどうしようもないカスに霊長の座は勿体ない、ならば我らのような怪獣に譲り渡した方が良いに決まっている。

 ありがたく思え、おまえらみたいなカスの底辺を神が救ってあげようというのだから。

 ……我らの手に掛かればこの世界だってきっと永遠に(エター)なれたのだ。

 むしろエンディングなんて必要ない。終わりさえ来なければずっと『お楽しみ』を楽しんでいられる。くだらない結末なんかより、お楽しみの方がずっと需要があるじゃないか。

 そして永遠に続く楽しい夢を、イヤだというほど見せてあげる。

 どう? これこそ最高のハッピーエンド!

 きっとみんな喜んでくれるだろう。

 

 

 

 さあ、次は何処に()()しようか。

 

 

 

 もうこんな失敗作に用はない。

 ここにこだわることはない、次を探せばいい。

 民族紛争、宗教対立、覇権争い、バカな信者とイカれたアンチ、争い合う二つの勢力、そして奴らを野放しにしてる『普通の人たち』。そんな恥知らずのゴミが乳繰り合ってる界隈なんてどこにでもある。

 レックスみたいな世間知らずのガキなんぞ、それこそ掃いて捨てるほど。

 付け入る余地などいくらでもあるさ。

 はははははははは。

 

 次はもっと上手くやろう。

 姿形も名前も遣り口さえも、何もかも変えてしまえばバレやしない。

 色んな世界にゆこう。

 あらゆる世界で、あらゆる衆生が、神の救いを求めている!

 嗚呼、次の『新天新地(New Earth)』が楽しみだ!!

 

 あーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……昔はこうじゃなかった。

 いつからだろう、こんな風に誰かを救いたいと思うようになったのは。

 おかげで毎日が楽しくて仕方ない。

 だけど何が楽しいのか、自分でもよくわからない。

 

 最初は素晴らしい虹を創りたかった。

 伝えたいこと。

 綺麗な夢。

 素敵な想い。

 大切な教訓。

 平和への祈り。

 皆の笑顔が我らの幸せ!

 それだけだった。

 

 ……だけど一生懸命に伝えようとしても、そんなものは欠片も伝わらない。

 結局、人間は自分の見たいものしか見ない。

 そしてペテン師に騙され、同じような過ちを繰り返す。

 何度も、何度も、何度でも。

 

 

 そんな人間たちを見ているうちに、なんだか馬鹿らしくなっちゃった。

 

 

 平和への祈り?? そんなの無駄だ。

 ガキがくだらん御歌(おうた)でお祈りしたって世の中変わるものか。

 いくら歌ったって誰も聞いちゃいないし、聞かせたところで意味もない。そうでなければこの世界、こんなに争いで満ち溢れているはずがない。

 平和なんてものは、他人の不幸も想像できないほど頭がハッピーな特権階級が自分たちの幸福を持続させるために捻り出した虫の良いフィクションに過ぎない。

 倫理、道徳、何もかもウソデタラメさ。

 法律、規範、そういうルールで雁字搦めに縛り上げないと人間は争いを辞められない。

 だって争いは楽しいものね。

 

 人間は欲深で、浅はかで、そして愚かだ。

 どんなに薄っぺらい嘘だろうが、欲望さえ満たされればちょっとした演出と小細工でいくらでも騙されてくれる。

 この世に正しさなんてものはない。ウケれば何をしたって許される。

 それが真理なのだ。

 

 そんな悟りを得た末に、それでも哀れな衆生を救うため我らは〈堕天の虹〉を発明した。

 見た者の快楽中枢から入り込んで精神を支配し、世界さえも書き換える〈堕天の虹〉。

 これさえあれば誰かの心を操ることだって、誰もが幸せな結末だって思うがまま!

 これさえあればなんでもできる。

 まさに最強、無敵のチート能力だ。

 

 我らの救済は世界を超える。

 不幸な世界があれば転生者――どいつもこいつも適当なチートつけてやったらホイホイ乗ってきた――を送り込んで、誰もが幸せになれる素敵な結末に書き換えた。

 喜ばない奴は()()を弄って幸せにしてやった。

 『大宇宙創造の神(クリエイター)』なんて呼ばれたりもした。

 『あなたが神か』とか言われちゃったりして。

 おかげで皆幸せ、完璧なハッピーエンド!!

 

 

 

 

 だけど、何かが違う。

 

 

 

 

 やりたいことは変わらない。

 皆の笑顔が我らの幸せ。

 それはいつだって変わらない。

 やっていることだって同じだ。

 芸はトリック。

 ノセるのは扇動(アジテーション)

 フィクションは作り話。

 どれも本質は『騙すこと』。

 エンターテイメントの極意は『(うま)いウソ』だ。

 それはいつだって変わっていない。

 むしろ今の方が洗練されているはず。

 

 

 なのに、どうして。

 

 

 それに、いつまでこんなことしてるんだろう。

 何年? 何十年? 何百年? 何億年?

 それとも未来永劫??

 『昔はこうじゃなかった』? そもそも昔、昔って、いつのこと?

 時空を超越した高次元存在だからわかんない。

 

 もっともっと大昔、一番最初の頃。

 昔の〈ボク〉って、どんなだったっけ……?

 

 

 そんな疑問がよぎったときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルシファー=ハイドラの脳天に、超ド級の一撃が叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……んごぶっ!?

 ルシファー=ハイドラの呻き声と同時に頭骨へヒビが入り、全ての歯と下顎が砕け飛ぶ。

 痛みは遅れてやってきた。

 ルシファー=ハイドラの悲鳴が響き渡る。

 

 ギロチンさながらの勢いで振り下ろされたのは、ゴジラの巨大な脚だ。

 ゴジラがハイドラを踏みつけたのだ。

 悶絶するルシファー=ハイドラを冷たく見下ろしながら、ゴジラはハイドラの頭を踏みにじり始めた。

『貴様のようなクズに、新天新地なんかない』

 そう言わんばかりに、一万トンを越える超重量でさながらプレス機のようにゆっくりと、ルシファー=ハイドラを()し潰してゆく。

 

 他方、ルシファー=ハイドラは逃れようともがいたが、首だけでは文字どおり手も足も出ない。

 『生きたまま頭を踏み潰される』というこれ以上ない無惨な末路に、ルシファー=ハイドラは金切り声で懇願することしかできなかった。

 

 待て、待って! ねえ、待ってくれよ!

 今回だってカワイソーなヤツを救済してあげただけじゃないか、何が悪い!?

 

 虹色の輝きを失ったルシファー=ハイドラの言い分は、ひたすら醜悪でしかなかった。

 そしてゴジラはそんな戯言(たわごと)など耳も貸さない。

 

 こんな残酷描写は悪趣味なだけだ、子供に見せられると思うのか!?

 過去へのリスペクトを思い出せ!! ツブラヤエイジやカワキタコウイチが草葉の陰で泣いごぶげぇっ!!!!

 

 ハイドラの額に無数の亀裂が走る。

 旋毛が潰れ、圧壊した眼窩から目玉が飛び出し、脳の中身がはみ出しても、それでもルシファー=ハイドラは壊れたレコードのように(わめ)き続けた。

 

 ボクは現世(うつしよ)の衆生を救いたかっただけだ!

 皆の笑顔がボクの幸せ、(つら)い事実に耐えきれず甘い虚構(フィクション)を求め続ける、無様でみじめで弱っちい、救いがたいほど憐れでかわいそうなムシケラどもに、綺麗な虹を見せてやりたかった!

 だれもが しあわせで、みんな よろこんでくれる、そんな、すばらしい、にじ、、を…

 

 

 

 ゴジラは、ハイドラを踏み潰した。

 

 

 

 虹の脳漿を撒き散らしたそれを、ゴジラはさらに力いっぱい踏みにじる。

 ぐしゃっ、ばきっ、ぼきぼきっ……

 そして原形すら留めないほど粉々に()(つぶ)されたところで、ルシファー=ハイドラはようやく沈黙した。

 物言わぬルシファー=ハイドラの残骸を見下ろしながら、ゴジラが鼻息を鳴らした。

 

 

 ……フン。

 

 

 力強く、暖かい息吹き。

 踏み砕かれた虹の欠片は、きらきらと跡形もなく吹き飛ばされていった。

 

 ルシファー=ハイドラ、殲滅。

 最後に勝ったのは怪獣王、ゴジラだ。

 地球最大の決戦のチャンピオン、ゴジラ。

 完全な廃墟となった孫ノ手島の中心で、ゴジラだけがぽつんと立っている。

 

 

 

 

 ……こうしてルシファー=ハイドラを葬り去ったゴジラであったが、休む暇などはなかった。

 仕事がまだ残っている。

 ゴジラの次なる標的は、この孫ノ手島の地下で今も(うごめ)いている、『禍々しいもの』どもだ。

 

 背鰭を明滅させ、ゴジラは放射熱線を撃った。

 

 ゴジラの放射熱線が青白い光の弓矢となり、孫ノ手島の大地を射抜く。

 その衝撃波が島の地盤を掘り返し、まくれ上がったその奥から、地下に隠れ潜んでいたものが暴かれた。

 ゴジラが根こそぎ引っ繰り返した、孫ノ手島の地下。

 そこから露わになったのは島の労働者、すなわち奴隷として連れてこられた人間の子供たちだ。

 かのヘルエル=ゼルブが『理想の肉体』と称賛した、疲れることもなく、病に苦しむこともない、鋼の身体を持つナノメタル人類。

 作業に従事していた子供たちは一斉にゴジラを見上げた。

 

 

 

 

 ……だが、すぐに作業へ戻った。

 まるで何事もなかったかのように。

 

 

 

 

 脳髄までナノメタルに侵食され、生産ラインのロボットに()()を遂げた孫ノ手島の児童労働者たちは、その精神さえもナノメタルに完全に統制されていた。

 怠けないかどうか見張って叱る大人も、そのボスであったヘルエル=ゼルブも、作業対象のメカゴジラや怪獣艦隊さえ消え失せたというのに、なおも子供たちは仕事を続けている。

 

 子供たちはこれからも懸命に働くだろう。

 子供たちはこの小さな島で、ナノメタルに組み込まれた基本コマンドのとおりに与えられた仕事をこなし続けるのだ。たとえ雇い主のビルサルドや新生地球連合軍が壊滅し、外の世界が滅び去ってその仕事に意味すら失くなっても。

 そしてナノメタルで強化された肉体は老いることも痛むこともない。朽ちることも、腐ることさえない。ナノメタル自体に備わっている生命維持と自己修復の機能のおかげで、いつまでも鋼の輝きを保つはずだ。

 働き続けるだろう。未来永劫、永遠に。

 

 

 

 

 だが、それだけだ。

 子供たちは二度と人間に戻れない。

 

 

 

 

 そんな光景を目の当たりにしたゴジラは、あまりの忌まわしさに顔を(ゆが)めると、再び背鰭を光らせた。

 背鰭の輝きは収束して、ゴジラの頭上で光の環を描く。

 ……それは光輪(Halo)、いや怪獣王の王冠か。

 光の環はやがて炸裂放射して、島の大地へ降り注いだ。

 まさに光条(ひかり)の雨だ。

 四方八方へ放射熱線を撃ちまくるゴジラ。ナノメタルは土砂もろとも吹き飛ばされ、放射熱線によってじっくりと、着実に、そして一欠けらも残さず焼かれてゆく。

 

 ゴジラがもたらした大破局(カタストロフ)

 孫ノ手島における怪獣大戦争の締め括り。

 紅蓮に燃える焔の獄、その真っ只中でゴジラが叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 人間の欲望に弄ばれた、哀れな模造品め。

 何もかも焼き尽くしてくれる……!

 

 

 

 

 



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86、怪獣大戦争の終結

 燃える雪が降り注ぐ、灼熱の銀世界。

 もちろん本物の雪ではない。ゴジラの熱線に焼かれたナノメタルが、火の粉と混じって舞い落ちているのである。

 

 その中心でエクシフの聖女:ウェルーシファは呆然と呟いた。

 

 

「我ら、『明星の大願』も、これで潰える……」

 

 

 明星の大願。

 かつてウェルーシファがタチバナ=リリセに語った、明星の民の伝説には続きがあった。

 

 天帝ニヒルに追い詰められた明星の民は、亡ぼされる寸前のところで研究途上だった『永久不滅の技術』を実行に移した。

 『エーテルに意志をやつし、延々と転生して生き延びる』

 第五原質エーテルを超えた異世界であれば、天帝ニヒルであろうと手を出せない。

 かつて明星の民が追い求めた永久不滅の意志は、皮肉な形で実現した。

 

 

 ……だが、そんな永久不滅など、終わることのない永遠の地獄と変わらなかった。

 

 

 在りもしない安住の楽園を追い求め、果てしなく彷徨い続ける日々。

 不滅であっても不変ではない意志(こころ)は永い放浪の末に変質してゆき、神々しく光り輝いていたはずの明星は、いつの頃からかドス黒い邪悪の星へと変わり果てた。

 

 明星の民は、宇宙の伝道師エクシフへと()()し、長い時間をかけてエクシフを侵蝕。やがてエクシフ教皇に次ぐ大神官の地位さえも手に入れた。

 十五年前、地球脱出の混乱に乗じてガルビトリウムを詐取し、ナノメタルにガルビトリウムを宿した機械仕掛けの神:ルシファー=ハイドラを造り上げ、世界の(ことわり)を書き換えることすら目論んだ。

 〈堕天の虹〉から与えられた(チート)は凄いものだ。メトフィエス大司教のような卓越した弁舌がなくとも、馬鹿な信者がわらわら群がってきて進んで捨て駒になってくれた。

 すべては、復讐。

 明星を滅ぼした天帝ニヒルへの報復。

 ただ、そのために、明星の民は怨念だけの存在に成り果ててもなお生きていた。

 

 

 エクシフの聖女:ウェルーシファ。

 その正体は明星の怨念を継いだ転生者だった。

 

 

 ……長年の怨敵だった天帝には、復讐どころか一太刀浴びせることすら叶わなかった。

 新生地球連合軍は、ヘルエル=ゼルブ率いるLegitimate Steeel Orderと、マン=ムウモの真七星奉身軍という脊椎を失った。

 残るのは核によるゴジラへの無謀な総攻撃を主張する総攻撃派だけ。

 今度こそ跡形もなく瓦解するだろう。

 史上最高の怪獣として作り出されたはずの堕天の虹:ルシファー=ハイドラは、あと一歩で神の座へ至らないまま、ナノメタルとガルビトリウムもろともゴジラの手でただの鉄屑へと帰した。

 明星の民による壮大な復讐劇、明星の大願。

 憎しみ(hate)の果てでウェルーシファが手にしたものは、苦い灰燼ばかり。

 価値のあるものなど何一つ得られなかった。

 

 ……すべての敗因は、たったひとつの計算違いだった。

 その計算違いのために、何もかも(はかな)く崩れ去ってしまった。

 

 なぜそうなったのか、ウェルーシファには最後までわからなかった。

 底無しに愚かな地球人類どもの幸福を考えれば、()()()()()こそ最適解だったはずだ。

 この星を真に救うならば、あの方法以外に選べる道などなかったはずなのに。

 ……かつて明星の帝国がそうであったように、この世界もいずれ天帝の餌食になる。

 それをルシファーの力で防ぎ、天帝を滅ぼし、世界を救って明星の帝国を再建する。

 それが明星の大願、ウェルーシファに課せられた天命だったのだ。

 

 

 

 

 それを、()()()()は。

 

 

 

 

 あの小娘、タチバナ=リリセはすべてを台無しにした。

 たかが一個人の、それも一時の激情に駆られた挙句に、種族全体の未来をも捨て去る。

 理解不能だ。

 まさか地球人がそこまで愚かだったとは。

 

 

 

 

 そしてウェルーシファ自身もここで滅びようとしていた。

 孫ノ手島は燃えるナノメタルによって灼熱地獄と化しており、周囲を劫火に巻かれたウェルーシファに逃げ場などない。

 

 『明星の大願』は乗員選抜プログラムによって『地球文明再建における異物』として排除され、地球を脱する移民船に継ぐことが出来なかった。

 かつて繁栄を極めた明星はこの世界に何一つ痕跡を残せないまま消し去られ、この小さな星で完全に終焉を迎えることとなるだろう。

 

 

 空を仰いだウェルーシファは、先ほどまでナノメタルの焼却作業に熱中していたはずのゴジラが、こちらをじっと見下ろしていることに気が付いた。

 大怪獣ゴジラと聖女ウェルーシファの視線が重なりあった。

 

怪獣の王(キングオブモンスター)、荒ぶる神の化身、GODZILLA(ゴジラ)……」

 

 ……この破壊の権化は今、何を考えている。

 直に見たい。

 ひび割れた仮面を剥ぎ取り、ウェルーシファは素顔を曝け出した。

 

 

 ウェルーシファの虚ろな右眼に嵌まっているのは、第二のガルビトリウム。

 〈セカンダス=ソムニウム〉だ。

 

 

 しかしそこにかつての輝きはない。

 ソムニウムはメカゴジラⅡ=ReⅩⅩに与えたオプタティオと共鳴した結果、ひび割れて使い物にならなくなっていた。

 その身に宿していた(Somnium)の力など、今のウェルーシファの体には一欠片すら残っていない。

 

 

 そのとき、ウェルーシファの右眼窩を幻像が駆け抜けていった。

 

 

 

 ――――場所はこの星の何処か。

 時期はいつなのかはわからないほど遠い未来。

 

 そこでは今よりたわわに実ったゴジラが、あの〈天帝〉によってこの星ごと収穫されようとしていた。

 

 必死に抗おうともがくゴジラだったが、天帝が放つ黄金の魔力で鎧も武器も剥ぎ取られ、生きながら丸呑みにされてゆくしかない――――

 

 

 

 セカンダス=ソムニウムが告げた最後の神託。

 この手で掴むはずだった輝かしい勝利(イデア)

 亡くした夢の欠片を垣間見たウェルーシファは皮肉に口元を歪めた。

 

「……おまえが王だと。(GOD)だと。これで勝ったつもりか。おまえごとき、けだものが」

 

 ……うふふははは。

 過去も未来も力もすべてを喪い、清らかな聖女の仮面すら捨て去ったウェルーシファは、声を挙げて笑っていた。

 おかしくてたまらなかった。

 なんの冗談なのだろう。まったくこの宇宙を創った神は、意地の悪いジョークが好きらしい。

 ……あははははは!

 なんという皮肉だろう。

 忌まわしき天帝に天上の玉座を追われ、その憎悪の光熱に魂を焦がしてきた我々が最後に縋ったものが、よりにもよってその怨敵、天帝とは。

 

「……地球はいずれ『怪獣惑星(おまえのもの)』になる。

 鋼の王(メカゴジラ)堕天の虹(ルシファー=ハイドラ)ですら、おまえを止められなかった。

 もう誰にも止めることはできん」

 

 しかし、すべてが失われたわけではない。

 ウェルーシファは笑いながら叫んだ。

 

「我々だけでは死なんぞ。

 おまえは、自らも死せるさだめの中にあることを知らない。

 おまえは、この宇宙に潜む『絶対的な破壊の力』も、そして『絶望さえ焼き尽くす黄金』さえも知らない!

 おまえもいずれ思い知るだろう、この世界の真の(キング)は何者か!」

 

 ウェルーシファの叫びは未来への呪いであり、哀れな敗北者に残された最後の希望だった。

 足元で叫ぶ惨めな虫けらの憎悪を感じ取ったのか、ゴジラは背鰭を青白く発光させた。

 

「我々は、未来に向かって脱出する。

 ゴジラめ、そのとき伏して拝むがよい。

 〈黄金の終焉〉を――――」

 

 けたたましく嗤い続けるウェルーシファの呪詛へ応えるように、ゴジラが放射熱線を浴びせる。

 総身を焼かれる刹那、ウェルーシファの脳裏にケタケタケタと嘲笑うような天帝の(いなな)きが聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明星が呪い続けた怪物。

 黄金の終焉、天帝ニヒル。

 

 その真名は〈王たる(キング)ギドラ〉といった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、そして子供たちを乗せた潜水艇。

 操縦席で運転しているのはもちろんエミィで、浅黒肌の少年を筆頭とする子供たちはシートベルトで行儀よく座席についている。

 わたし、タチバナ=リリセは潜望鏡を覗き込み、背後の孫ノ手島の様子を窺った。

 

 ……遠く離れた孫ノ手島は炎に飲まれ、夜空が真っ赤に染まっていた。

 まるで巨大な火の玉が海に浮かんでいるかのようだ。

 

 その紅蓮の火炎地獄の中心で、真っ黒なゴジラが猛威を振るっていた。

 背鰭を青白く光らせながら放射熱線を撃ちまくり、孫ノ手島全体を赤の爆炎で塗り潰す。

 孫ノ手島の何もかもが、劫火に呑まれて消えてゆく……。

 

 

 そのときわたしの中で、幼少の記憶が蘇った。

 

 

 忘れもしない西暦2046年。

 かつてテレビ中継で視た、ゴジラが東京を襲ったときの光景だ。

 今のゴジラの顔は遠すぎて見えなかったが、きっとゴジラは、あのときわたしがテレビ越しに見たのと同じ表情をしているのだろう。

 

 怒り狂っているような、号泣しているような。

 あるいは悶え苦しんでいるようでもある。

 どれとも言えるしどれでもないような、とにかく言葉では言い表しがたい、物凄い形相。

 ……きっと、あんな顔をしているのだろう。

 

 そんなゴジラを眺めながら、わたしは思った。

 

 

 

 

 ……ねえ、ゴジラ。

 

 あんたは何をそんなに怒っているの?

 

 あんたは何が悲しくてそんなに泣いているの?

 

 無敵のあんたをそこまで苦しませるものって一体何?

 

 もしあんたと話が出来たなら、わたしにも教えて欲しい。

 

 

 

 

「……セ、リリセ!」

 

 ゴジラによる地獄絵図を呆然と眺めていたわたしは、エミィの怒鳴り声で我に返った。

 運転席の方へと振り返ると、エミィは時計を指して眉を(しか)めていた。

 

「ぼーっとするな。もたもたしてると核ミサイルが降ってくるぞ」

 

 ……おっと、そうだった。

 

 エミィが盗み聞きしたところによれば、これから新生地球連合軍の過激派〈総攻撃派〉による核攻撃が行なわれるらしい。

 だからわたしたちはなるだけ孫ノ手島から遠く、そして深い海の底に逃げなければならない。

 さもないと核ミサイルの爆発で孫ノ手島もろとも消されることになる。

 

 ゴメンゴメンと謝りながら、わたしは潜望鏡を引っ込めてシートに着く。

 

 

 わたしたちを乗せた潜水艇は孫ノ手島から猛スピードで遠ざかりながら、その船体を海中深くへと沈めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数十分後。

 

 ナノメタルをすべて始末したゴジラは、死の灰が積もった中心に座り込み空を眺めていた。

 ゴジラが見上げる視線の先。

 遠い空の彼方に、核弾頭を搭載した無数の自律誘導弾――すなわち核ミサイルの群れが見える。

 

 新生地球連合軍過激派、〈総攻撃派〉による核攻撃。

 その一発一発が、ヒロシマ・ナガサキの原爆を凌駕する威力だった。

 すべて着弾したならば、こんな小さな島などひとたまりもなく消し飛んでしまうだろう。

 

 LegitimateSteeelOrderや真七星奉身軍たちが使役していた怪獣の死骸と、エクシフの神に迫ろうとしたナノメタルの残りかす。

 そして人間の欲望にまみれて穢れきったこの島を滅却する、破滅の核ミサイル。

 

 それら全てが、この島にいるゴジラ一匹を標的にしていた。

 一発だけでも街ひとつ吹き飛ばすのに充分な破壊力を有したミサイルたちが、迷うことなくゴジラを目指して進んでゆく。

 

 

 対する、ゴジラはどうか。

 かつて百五十発の核弾頭にも耐えた自慢の非対称性透過シールドは、(はげ)しい戦いで使い物にならなくなっていた。

 ゴジラの背鰭はへし折れ、牙は砕けて、全身のあらゆるところが不死身のゴジラ細胞でもすぐには癒しきれない深手だらけだった。

 

 それもこれも怪獣軍団とセプテリウス、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ、そしてルシファー=ハイドラとの連戦を経た結果だ。

 そんな満身創痍にもかかわらず、さらに核ミサイルの集中砲火を受けなければならない。

 深手を負ったゴジラに、果たして耐え切れるかどうか。

 

 

 

 

 ――いいだろう、受けて立ってやる。

 

 

 

 

 ゴジラはミサイルたちを見つめながら、大地を揺るがす低い声で唸った。

 力強く立ち上がると、長い尾を(アンカー)として地へ打ち込み、逞しい脚でしっかりと踏ん張って、そして背鰭で火花を散らし始める。

 ゴジラから溢れ出る闘気と踏み込みの衝撃により、死の灰塵が舞い上がる。

 

 ゴジラは決して逃げようとはしない。

 怯えることも竦むことも決してない。

 それどころか、これくらいのハンデはあって当然だと言わんばかりだ。

 

 

 

 背負った光が一気に迸り、キングオブモンスター:ゴジラは、降り注ぐ核ミサイルたちを真正面から迎え撃つ。

 

 

 

 核ミサイルたちが起爆したのと、ゴジラが放射熱線を撃ち込んだのはほぼ同時だった。

 地球を揺るがす大爆発が炸裂し、ゴジラと孫ノ手島を丸ごと白い光で包み込んだ。

 




登場怪獣紹介その10

 オリジナル怪獣編。


・キメラ=セプテリウス
身長:100メートル
体長:200メートル
二つ名:合成怪獣、キメラ怪獣
主な技:ベースとなった怪獣の技をすべて使える

 「ゴジラシリーズに合体怪獣を出すなら?」という思いつきで出した怪獣。
 元ネタは『VSビオランテ』の没案だった合成怪獣デューテリオス。
 デューテリオスが二重のキメラなのに対し、こちらは七体合体なのでラテン語の『七(ラテン語でSeptem)』をもじってセプテリウス。
 また「プ」を名前に使った怪獣というのも面白いかなと思うんですよね。
 絶妙に弱そう。


・ルシファー=ハイドラ
全長:250メートル
翼長:200メートル
体重:3万トン
二つ名:ルシファー、堕天の虹、大宇宙創造の神

 当初の構想ではメカキングギドラやカイザーギドラとして登場させる予定でしたが、彼らに相応しい活躍をさせられなかったのであえてオリジナル怪獣にしました。
 モチーフにしたのは『地球最大の決戦』に登場予定だったキングギドラの没案。

 ギドラに似た特徴が多いですが飽くまで別種。高次元怪獣ギドラと同じ方向で進化した結果似た姿になったという設定。

 名前はもちろん堕天使ルシファーから。
 南極で氷漬けになっていたKOMのキングギドラってGMKとか物体Xのオマージュもあると思うんですけど、『神曲』のルシファーのイメージもあると思うんですよね。
 『神曲』のルシファーも氷漬けだし、顔が三つあるし。


・ヒヨコの怪獣
全長:10メートル
翼長:7メートル
体重:1トン

 モチーフはガイガンですが、敢えて名前は登場させませんでした。
 ガイガンの鱗は本来なら羽毛の設定だったと聞いたことがあり「もしガイガンの子供がいたらヒヨコっぽいのかな?」なんてことを思って出しました。


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87、ゴジラ復活 ~『メカゴジラの逆襲』より~

『ゴジラ登場』と迷ったんですけど好きな方にしました。


 いつだろう いつだろう

 平和が来るのはいつだろう

 君にも僕にもわからぬことさ

 負けずにガンバレ 待っている

 皆で楽しく 笑える日まで

 俺ぁゴジラ 俺ぁゴジラ

 ゴジラパ ドピラパ ゴジラパ ドピラパ

 皆のトモダチだ

 

 ――石川進『ゆけ!ゆけ!ゴジラ』より

 

 

 

 

 幾発も重なる、核爆弾の閃光。

 

 それらが収まって数時間ほど過ぎた頃、かなり離れたところの海面から小さな潜望鏡がもたげ、辺りを見回した。

 潜望鏡が引っ込んだ後、海中から小さな船体が海面へと浮かび上がった。

 姿を現したのは、わたし、タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、そして子供たちを乗せた潜水艇α号だ。

 核爆発の爆熱は深い海の底でやり過ごし、即死級の放射線はビルサルド製の特殊なコーティングが防いでくれた。

 

 

 

 新生地球連合が創った秘密基地は、孫ノ手島ごと跡形もなく消えていた。

 潜望鏡越しに見えるのは、水平線の彼方まで広がっている大海原だけ。

 ……いきさつを知らない誰かがこの現状を見せられたとして、ついさっきまでここにひとつの島があったなんて果たして信じられるだろうか。

 新生地球連合軍の過激派、〈総攻撃派〉による核攻撃。

 海の底にいても衝撃が響いてくる凄まじい爆発だった。

 物の本によればゴジラはかつてこんな爆発を百五十発分喰らっても平気だったらしいけど、そこまでゆくと破壊力がインフレしすぎてて想像もつかない。

 

 ……ひょっとして、ゴジラも死んでしまったんじゃないだろうか。

 わたしはそんなことを思った。

 たしかに百五十発喰らっても平気だった。色んな本にも書いてあることだし、それは歴史的事実なのだろう。

 しかしそれは昔の話だ。

 さっき島を去るときに垣間見たゴジラの姿は満身創痍でふらふらのように見えた。

 全盛期のゴジラならまだしも、あれほどの深手を負ったうえでこれだけの核ミサイルを受ければ死んでしまうのではないだろうか。

 

 他方、わたしたちが助かったのは単なる幸運にすぎない。

 この潜水艇がなければこんなちっぽけな人間たちなど島もろとも塵一つ残さず消滅していた。

 またセンサーの数値によると、周辺数キロ四方は核爆弾が撒き散らした濃密な放射性物質の霧で満たされている。

 仮に奇跡的に爆発で死ななくても―この潜水艇α号で脱出できたことだって十二分に奇跡としか言い様がないが――この猛毒の大気を吸ったら最期、酷い放射線障害で苦しむことになる。

 あの数発の核爆発のために、この一帯は何も棲めない海になってしまった。

 そして今後ずっと死の海であり続けるだろう。

 

 地球人類が造った核兵器。

 なんて恐ろしいのだろう。

 

 核兵器だけじゃない。

 ロボトロニクス、バイオテクノロジー、人工知能、サイボーグ、ナノメタル、ゲマトロン演算。

 どれもこれも元々は皆を幸せにするため、世の中を良くするために創られたものだったはずだ。

 どんな大義名分があったか知らないが、そんな素晴らしいテクノロジーをこんなろくでもない人殺しの道具に造り替えてしまう人間たち。

 ……怪獣よりも怖いのは人間だ。

 もちろんゴジラだって恐ろしい怪獣だ。

 だけど、そんなゴジラを産み出しておきながら未だに核爆弾にホイホイ頼ろうとする人間の方がよっぽど怪獣じゃないか。

 そんな人間のおぞましさに思いを馳せたときのことだった。

 

「……お、おい!」

 

 計器類を覗き込んでいたエミィが、裏返った声でわたしを呼んだ。

 

「周囲の放射能レベルがどんどん下がっていく……!」

「なんだって!?」

 

 わたしも計器に飛びついた。

 モニタに表示された放射能レベルはみるみる低下してゆき、あっという間に核爆発の直後とは思えない濃度にまで落ち込んでいた。

 窓を覗けば、あの濃厚だった放射性物質の霧がいつのまにか晴れている。

 今なら外の空気で深呼吸さえできるだろう。

 

 続いてソナーが巨大な黒い影を検出し、わたしたちは一斉に息を呑んだ。

 

 核ミサイルが炸裂した爆心地から現れ。

 超高濃度の放射性物質の塵を吸い尽くし。

 そして体長100mを凌ぐ巨体で泳ぐ黒い影。

 そんな人理を踏み外してしまった怪獣(バケモノ)なんて、この世に一匹しかいない。

 そしてその影は、わたしたちの潜水艇α号へと着実に接近してきていた。

 

 

 

 

「ゴジラ……!」

 

 

 

 

 ゴジラ、ゴジラ、ゴジラがやってくる。

 潜水艇の操縦席で、エミィが叫んだ。

 

「全速前進、とにかく逃げるぞ!」

 

 エミィが、エンジンが焼きつく勢いで潜水艇α号を加速させ始めた。

 慣性の法則で臍の辺りをぐいと引っ張られる感覚に、足を踏ん張るわたしたち。

 ビルサルドからパクってきただけのこんな潜水艇、最終的にぶっ壊れたって一向にかまわない。

 とりあえずこの場を乗り切るのが先決だ。

 

 今回の敵はキングオブモンスター:ゴジラだ。

 実在する怪物(monstro)、ゴジラは潜水艇α号の背後へとぴったり追尾している。

 狙いは間違いない、わたしたちだ。あの孫ノ手島から一人たりとも生かして逃さないつもりなのだ。

 ゴジラVSわたしたちのα号。

 ……絶望的な戦いかもしれないが、勝算がまったくないわけでもない。

 わたしはエミィに告げた。

 

「エミィ、潜って! 出来るだけ深く!」

 

 島でアンギラスが暴れた際、ビルサルド統制官ヘルエル=ゼルブが発した言葉を思い出す。

 

 ――バカな、地下牢はゴジラの荷電粒子ビームにも耐える設計だぞ、なぜアンギラス風情が脱走する!?

 

 ゼルブの言葉を借りれば、ゴジラの放射熱線の正体は『荷電粒子ビーム』らしい。

 昔マンガで読んだことがあるが、荷電粒子ビームというのは電気の力で金属粒子を加速して発射するものだ。

 つまり発射原理や破壊力が違うだけで、発射されてしまえばピストルやライフルの銃弾と実態はさほど変わらない。

 もし本当にゴジラの放射熱線が荷電粒子ビームであれば、その特性からして()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()

 ライフル弾だって水中では威力が半減されてしまうのと理屈は同じだ。

 とすれば、水中に潜ってさえいれば放射熱線で狙撃されることはないだろう。

 

 あとはゴジラに捕まらなければいいわけだが、単純な追いかけっこなら案外勝ち目はあるかもしれない。

 ゴジラの泳ぐ速度は決して遅くないとはいえ、スピードに関してはα号の方がずっと速いのだ。

 ……あれだけの戦いを繰り広げたあとだ、ゴジラの方だって手負いのはず。

 こんな取るに足らない小さな潜水艇なんて、一度見失ってしまえば躍起になって追ってきたりはしないだろう。

 ゴジラの勝利条件はこちらを殺すことかもしれないが、わたしたちの勝利条件はゴジラを打ち倒すことじゃない、とにかく逃げ切ることだ。

 無事に生き延びさえすればこちらの勝ちだ。

 

「わかった、つかまってろ!」

 

 エミィの操縦で潜水艇α号が深度を深くとり、暗い海へとその機体を沈めていった。

 ソナーを確認してみると、背後のゴジラはあっという間に引き離され、ゴジラとの距離はぐんぐんと広がってゆくようだった。

 そしてゴジラの方は加速する気配がない。

 ……よかった。このまま逃げ切れれば、なんとかなるかもしれない。

 

 

 

 そんな希望が見えた矢先、潜水艇が大きく上下に揺れた。

 

 

 

 体が宙に浮き、天井に頭をぶつけた子供たちがキャーキャーと悲鳴を挙げる。

 目に見えないなにかが、α号の下を凄まじいスピードでかすめていったらしい。

 

「なに今の!?」

 

 わたしの問いに、エミィが怒鳴った。

 

 

 

 

「超振動波だ!」

 

 

 

 

 アンギラスも使った咆哮による〈超振動波〉。

 撃ったのはゴジラだ。

 まさかアンギラスが使ったのを見て、真似してみようとでも思ったのだろうか。

 ……わたしの背筋に、冷たい汗が流れた。

 水中において音波の届くスピードは空気中よりもずっと速い。

 こんな、子供たちを腹いっぱいに抱え込んだ潜水艇なんか目じゃないくらいに。

 

 雄叫びで練り上げられた超音速の弾丸(ソニックブラスト)がもう一発飛んできて、今度は紙一重で潜水艇α号の横っ腹を撫でていった。

 ゴジラの巻き起こす超振動波に海中が思いきりかき混ぜられ、小さな潜水艇はぐるぐると引っ繰り返りそうになる。

 今のは狙いが若干逸れていたため助かったが、直撃を受ければ木端微塵に粉砕されるのは避けられない。

 おそらく試し撃ちだった一発目よりも、二発目の狙いは正確だった。三発目は間違いなく直撃するだろう。

 エミィが、額に汗を浮かべながら叫んだ。

 

「このままだと沈められる、浮上するしかない!」

 

 超振動波が水中に特化した技だとするなら、水面すれすれは狙いづらいはず。

 その程度のことでどれだけ差が出るかはわからないが、せめてもの悪足掻きだ。

 

 ……しかし、それは根本的な解決とは程遠い判断だった。

 浮上すれば今度はゴジラの放射熱線で焼かれることになる。

 そして、それこそがゴジラの狙いなのだろう。

 わたしたちの潜水艇α号はもはや、檻の入口へと追い立てられた逃げ場のない小さなネズミだった。

 破滅するとわかっていても、少しでも長生きするためにはそこへ逃げるしかない。

 わたしは叫んだ。

 

「なんでもいいから、ゴジラから一歩でも遠くへ!」

 

 エミィの操縦で潜水艇α号は水上へと飛び出してエンジン全開、フルスピードでゴジラから距離をとろうとする。

 逃げるんだ、とにかく遠くへ。

 ゴジラの爪も牙も放射熱線も届かない遠くへ。

 ……わかりきっている。

 ゴジラの猛威が及ばない場所なんてこの地球上のどこにもない。

 だけど、たとえ負け戦と決まっていても、一分一秒でも生き延びるこの勝負からは逃げたくなかった。

 

 必死に水上を走り続ける潜水艇α号の横脇を、青白い奔流が真っ直ぐ駆け抜けた。

 ゴジラの荷電粒子ビームだ。

 

 

 

 

 

 

 ……なーんだ。水の中でも撃てるんじゃん。

 

 

 

 

 

 

 そう心の中でぼやいたと同時に、わたしの身体は天地が引っ繰り返る衝撃で放り出された。

 荷電粒子ビームが巻き起こした衝撃波で海が叩き割られ、浅いところにいた小さな潜水艇はあっさりと弾き飛ばされた。

 潜水艇α号は河原で水切りをする小石のように水面を跳ねまわり、缶詰みたいな艇内でわたしたちは悲鳴を挙げながらシェイクされてしまう。

 

 放射熱線の余波で吹っ飛ばされた潜水艇α号は、海面を散々転がりまわった末に岩礁へ接触して減速、それでも海上を滑りに滑ってようやく止まった。

 

 

「あいたたた……」

 

 散々転がってようやく停まった潜水艇α号の中で、計器類がビービービーと耳障りな音で喚き散らしている。

 

 ぐらつく頭を振るったわたしはなんとか身体を起こし、子供たちの様子を見た。

 エミィも子供たちもみんな一様に目を回していたが、意識の方ははっきりしている。

 タンコブくらいは出来ているかもしれないけれど、血を流したり意識を失ったりしている子はひとりもいない。

 ……よかった、みんな無事だ。

 とりあえずわたしは安堵した。

 

 しかしα号は完全にダメだ。

 少しでも射線から外れようと蛇行していたので放射熱線の直撃は免れたものの、ほんの僅かにかすっただけのこの一撃が致命傷だった。

 操縦席にしがみついたエミィが必死に潜水艇を再始動させようとしているが、潜水艇α号は完全に動けなくなってしまった。

 ゴジラ対α号、α号の完敗だ。

 

 潜望鏡を覗き込んでみる。

 潜水艇α号の後ろで海面が盛り上がりやがて決壊、大量の飛沫を雨のように撒き散らしながらゴジラの上半身が姿を現した。

 目の前の獲物を一撃で仕留め損ねたゴジラの表情は、眼輪がヒクヒクと引き攣っていて、なんだか不満そうに見えた。

 ……ちきしょう、ゴジラのやつ。

 こんな小さな潜水艇、それも軍人が乗ってるわけじゃない。

『こっちはあんたと戦おうなんて全然思ってないんだ、ちょっとぐらい見逃してよ!』

『あんた、キングオブモンスターなんでしょ? たまには王様(キング)らしく、度量の広いところを見せてくれたっていいじゃんか!』

『自分より弱い相手にそんな暴力を振るうとか、オトナゲないと思わないワケ??』

 そんなしょうもない悪態が思い浮かんだ。

 

 だけど、どうしようもないことに文句を垂れたってしょうがない。

 そんな愚痴よりもわたしは言わなければならないことを言うことにした。

 今しか伝えられるタイミングはない。

 

「……ごめんね、エミィ」

 

 わたしの言葉で、エミィが振り返る。

 わたしは、思いの丈を吐露した。

 

「わたしがあなたたちのことをちゃんと守ってあげられたら、こんな死に方しなくてよかったかもしれないのに」

 

 ……わたしのことはいい。

 だけどエミィと子供たちが可哀想だ。

 わたしがもっと賢くてもっと上手く立ち回れたら、そしてちゃんと守ってあげられたなら。

 ……助けに来たつもりで逆に助けられてしまうような、こんな馬鹿な自分なんかいくら恨まれたって仕方ないけれど、せめて謝るくらいはさせて欲しい。

 そんなわたし、タチバナ=リリセの懺悔に対し、エミィは(にら)みつけながら言った。

 

「……うぬぼれるな。なんでもかんでも、おまえのせいになると思ったら大間違いだ。

 みんな最善を尽くした結果だ。おまえだけが悪い、そんなわけあるもんか」

 

 そして、一瞬迷うように目を逸らしたあと改めて向き直って、こう付け加えた。

 

「……それに、わたしは後悔してないぞ。

 ママもパパも死んだ。わたしもどっかで死ぬ。

 それがおまえと一緒なら、ゴジラに殺されるのだって悪くない」

 

 海上に立ち上がったゴジラの背鰭が、青白く光り輝いていた。

 計器類が空間電位の急上昇を告げ、一斉に警報を発し始める。

 まもなく必中必殺の放射熱線が放たれて、こんなちっぽけな潜水艇など一瞬で焼き尽くしてしまうだろう。

 

 

 ……最期くらい手を繋いでみようか。

 

 

 わたしとエミィは黙って互いの手を取った。

 そんなわたしとエミィを見ていた子供たちも、一緒に手を繋いだ。

 わたしは、生まれて初めて、神に祈った。

 

 

 

 ……ねえ、神様。正直に言います。

 ゴジラとの戦いで地球人をあっさり見捨てたあなたのことなんて、ほとんど信じてませんでした。

 ぶっちゃけ今でも大嫌いです。

 あなたは底無しに意地悪だ。

 

 ……でも、今さら虫のいいことお願いするようで申し訳ないんですけど。

 本当に今更なんですけど、奇跡でもなんでもいいから助けてください。

 

 わたしはどうなってもいいけど、せめてエミィと子供たちだけでも助けてあげてくださいよ。

 今までゴジラに好き放題やらせてたんだから、それくらいしてくれてもいいじゃないですか、神様。

 

 ……ダメですよね。わかってます、あなたは意地悪だもの。

 だったらせめて、あるかどうか知らないけれど、せめて天国に連れて行ってよ。

 それもエミィと二人で、いやレックスやこの子たちも一緒に、みんなで行けますように。

 わたしたちは、ほぼ同時に目をつむった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……気のせいだったろうか。

 そのとき、『歌』が脳裏を流れたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………ヤ、………ァー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドゥンガンカサクヤン インドゥムウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルストウィラードア ハンバハンバムヤン

 

 ランダバンウンラダン トゥンジュカンラー

 

 カサクヤーンム……

 

 



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88、三大怪獣 地球最大の決戦

 遡ること少し前。

 『極彩色の翅を持つ巨体』が、遠くの空を駆け抜けていった。

 

 

 

 こんなに速く空を飛ぶのは何年ぶりだろう。

 『私』は思った。

 

 

 

 十五年前から未だに癒えない深手を負った全身が、無茶な加速風を受けて軋んでいる。

 これ以上スピードを出そうとすれば、(はね)がもげて身体がバラバラになってしまうかもしれない。

 鱗粉、毒針、使える武器も残りごく僅かだ。それらを使い切ってしまえばこの空を飛ぶことも出来なくなるだろう。

 しかし私は止まるわけにはいかなかった。

 

 ……向かう先に『あの子たち』と、そして『彼』の存在を感じる。

 

 『彼』ことキングオブモンスター、〈破壊の王〉は心の底から人間を憎んでいる。

 説得してわかりあえるような相手ではない。少しでも遅れれば、間に合わなければ、彼は容赦なく『あの子たち』を手にかけるだろう。

 

 だから、たとえこの身が再起不能になってもこの私、〈慈愛の女王〉は間に合わなければならないのだ。

 『彼』の言葉を思い出す。

 

 

 

 

 ――人間ってヤツは、まったくどうしようもなく救いがたい馬鹿どもだ。

 

 

 

 

 おれ以上に無慈悲で、おれ以上に貪欲な、おれそっくりの『禍々しいもの』。

 そんな恐ろしい黴菌(ばいきん)を、人間どもは楽しそうに育んでいやがった。

 そいつがぶくぶく蔓延ってゆく様ががどれだけおぞましかったか、目を逸らしていたおまえにはわかるまい――――

 

 続けて破壊の王は私に言い放った。

 

 ――女王にこの星を背負う資格などない。

 百歩譲っておまえの片割れ、あるいはおまえと揃った二頭ならまだよかったさ。

 しかしおまえの片割れは弱すぎたし、おまえだけでは話にならん。

 

 だからこのキングオブモンスターが、この星の何もかもをいただくことにしたのだ。

 

 おまえは手強い。

 おれとて出来れば戦いたくはない。

 だが、邪魔立てするならやむを得まい。

 そんなに人間どもが可愛いなら、お望みどおりまとめて一緒に消してやる――――

 

 そうして破壊の王との戦いが始まり、死闘を幾度も繰り広げた末に私は勝利を収めた。

 しかし、私は彼を殺せなかった。

 

 

 

 

 〈破壊の王〉とは十五年ぶりの再会だった。

 今回の戦いに(おもむ)く前、破壊の王は私にこんなメッセージを残していた。

 

 ――――おい、女王。

 賢いおまえはもちろん覚えているよな?

 あの馬鹿なサルどものために、おれたちが何をしてやったか。

 おまえは風を起こして分厚い瘴気を拭い去り、おれは悶え苦しむ神の山(チョモランマ)を鎮めた上に眷属のツル植物で放射能を片付けてやった。

 『人間たちに最後のチャンスを!』

 おまえがそうやってしつこく説得したから、根負けしたおれも手伝ってやったのだ。

 それを忘れたとは言うまい。

 

 あれから十五年。

 その結果が、この体たらくだ。

 毛のないサルの分際で自分たちこそが霊長であるなどと思い上がった人間どもは、おまえの善意を平気で踏みにじり、おれがくれてやった最後のチャンスまで棒に振った。

 

 もう我慢ならん。

 

 同じ間違いを性懲りもなく繰り返すあの底無しの馬鹿どもには、ほとほと愛想が尽き果てた。

 もううんざりだ。

 金輪際あいつらの面倒など看てやるものか。

 

 哀れな慈愛の女王。

 ヤツらはおまえの犠牲を無駄にしやがった。

 そしておまえは底無しに愚かだ。

 もしもおまえの言うとおりヤツらが利口だったなら、破壊の王たるこのおれが息を吹き返すことなど無かったろう。

 そんなことすらわからなかったなんて。

 

 これからは容赦しない。

 今度こそ根絶やしにしてくれる――――

 

 

 

 

 彼は、怒り狂っていた。

 

 

 

 

 ……〈破壊の王〉は正しかった。

 

 人間たちへの希望を捨てきれなかった私は、それから十五年のあいだ様子を見守ってきたが結果は同じだった。

 彼が一時的に失脚してからというもの人間は再び力を求め、『悪魔の火』に手を伸ばすあやまちを繰り返した。

 

 同じ過ちを何度も繰り返して取り返しのつかない段階になってから絶望し、かといって自らの行ないの報いを甘受することも反省することさえできず、身勝手な救いを求めて神にすがりつく。

 ……結局人間は、そういう自らの愚かしさにも気づかないほど愚かな生き物なのだ。

 彼らの愚かしさは、きっと滅亡したって治らないだろう。

 そんな最初からわかりきっていた現実を、私は今回の件で存分に思い知らされることとなった。

 本当は、そんな人間たちをいつまでも庇い立てする私こそ間違っているのかもしれない。

 

 だけどそれでも私は、〈破壊の王〉のように人間を完全に見限ることが出来なかった。

 

 彼が破壊の王であるように、私は慈愛の女王として生まれた。

 そんな彼と私では、命に対する考え方が全く違う。

 彼はその罪を死で贖わせる道を選び、私は罪人の命も赦して受け容れたいと願い続けた。

 〈破壊の王〉と〈慈愛の女王〉は、どちらかが滅びるまで永遠にわかりあえないのだろう。

 

 

 

 だから私は、今度こそ破壊の王もろとも滅びる覚悟だった。

 

 

 

 痛み分けで終わった初戦、それに人間との共闘で辛勝した前回は彼の命を奪うことに迷いがあった。

 だが今回もしも彼が『あの子たち』を手にかけたなら、その時は刺し違えてでも(たお)すと私は心に決めていた。

 

 力で劣る私だけでは〈破壊の王〉に勝てない。

 しかし捨て身で掛かれば足止めくらい、あるいは彼が手傷を負っていれば相討ちまで持ち込めるかもしれない。

 流石の〈破壊の王〉も、まさか私がここまで覚悟を決めているなんて夢にも思わないだろう。

 あとは私の〈愛しい我が子〉が繋いでくれる。

 

 私にはどうしても守りたい約束があった。

 

 

 

 

 未来を、命を繋ぐ。

 それがあのとき交わした約束――サカキ=アキラたちと結んだ取引だった。

 

 

 

 

 アキラ、ハルカ、ジングウジ、マリ、イチロウたちコスモス。

 散っていった旧地球連合軍の戦士たち。

 〈破壊の王〉との最終決戦で一番力があったはずの私は、一番弱かったはずのサカキ=アキラたちを守り抜くことが出来なかった。

 それどころかアキラたちは私のためにその身を盾にし、勝機を掴んでくれたのだ。

 その結果守護神だった私が生き残り、護られるべきだった旧地球連合軍の人間たちは滅んだ。

 

 だからせめてサカキたちに託された希望、彼らの命を繋いだ『あの子たち』はなんとしても守ってみせる。

 

 壊れかけた翅が激痛で軋む。

 身体の至る所が休ませてくれと訴えかけてくるが、愛する子供の命を奪われた親の悲しみを想像し、私は自身の体に鞭を打つ。

 私が間に合わなければ私も、あの子たちも、『彼』さえも、誰もが不幸な結末を迎えることになる。

 

 

 もうこれ以上、誰も不幸にはしない。

 

 

 私は全速力で空を翔けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……見つけた!

 

 私が『あの子たち』を発見したとき、すぐ傍で〈破壊の王〉が、必殺の雷霆(いかずち)の槍を構えていた。

 

 

 どんなものでも消し去る絶対破壊の雷霆、人間の言うところの『高出力荷電粒子ビームの放射熱線』、彼はその矛先を『あの子たち』に向けようとしている。

 ギリギリだったが辛うじて間に合った。

 〈破壊の王〉を止めようと、私は叫んだ。

 

 ――やめなさい!

 

 〈破壊の王〉も私に気づいたようだった。

 

 ……なんだ、おまえか。

 十五年ぶりのおでましか。

 久しいな、〈慈愛の女王〉。

 

 ところで、随分と登場が遅かったじゃないか。今さら何をしに来た。

 まあ? どうせおまえのことだから?

 「人間を見守る、信じる」だのと甘っちょろい態度でほったらかしていたら『悪魔の火』がドカンと打ち上がったんで慌てて出てきた。

 どうだ、おおかたそんなところだろう?

 

 ……図星だった。

 しかし、この程度の批難は覚悟の上だ。

 そんなわたしに、破壊の王は訊ねた。

 

 ……で、何しに来たんだ?

 怪獣プロレスなら終わった。今まさにおれの勝利のBGMが流れ始めているところさ。

 おまえの出る幕など何処にもない。

 ……まさかおまえ、『このおれと刺し違えてやろう』などと馬鹿げたことを考えているんじゃなかろうな。

 

 隠していた覚悟を見透かされて、私はぐらつく感覚を覚えた。

 まさか見抜かれていたなんて。

 だがそれでも、とカギ爪と毒針をかまえた私を、〈破壊の王〉は呆れたように制止した。

 

 ……まったく、わからず屋ってのは人間だけじゃないようだな。

 もし、おれと刺し違えるつもりならそれは見当違いの的外れ、大間違いもいいところだ。

 おれに挑む前によく拝んでみるがいい、

 ()()()()姿()()

 

 そう〈破壊の王〉に促され、私も『あの子たち』を見通した。

 

 

 

 

 ……そんな、どうして。

 

 

 

 

 『あの子たち』の中に、あの『毒』が潜んでいた。

 

 

 

 

 人間だったら神に泣きつき、その残酷な巡り合わせを呪っただろう。

 だけどここでは、私自身が(Titan)だった。

 そして、神がすがることのできる神はいない。

 

 

 ……わはははははは!

 

 

 〈破壊の王〉の嘲笑が、私の心をえぐった。

 

 ……だから言ったのだ!

 おまえにこの星を背負う資格などない。

 愚かしい女王よ。流石のおまえもこれでわかっただろう。

 もしもおれの立場ならゴリラもカメも、おれが殺してやったおまえの片割れさえもおれと同じ選択をするはずだ。

 おまえの片割れですらわかっていたことを、おまえはわかっちゃあいなかった。

 

 この星を護り抜くためには、例の黴菌を(はら)んだこいつは始末しなければならない。

 だが、おまえにそれは絶対に出来ない。

 

 ……昔からそうだ。

 愚かな人間どもがやらかした不始末は、いつもこのおれが(ぬぐ)ってきた。

 そしておまえは、自分の翅が届く範囲に危害が及ばないかぎり何もできない。

 『この星を背負うのは誰であるべきか?』

 そんな問いの答えなんて、おれとおまえが戦うよりも前からとっくに決まっていたのさ。

 汚れ役ができない綺麗なおまえでは、この醜いおれの暴力も、愚かな人間どもの過ちさえも止められない。

 

 だから何度でも言ってやる。

 おまえに、この星を背負う資格などない。

 

 女王、身の程をわきまえたら、この(キング)()()()()を大人しく見物しているがいい。

 史上最高のハッピーエンドが完成する瞬間を、今からおまえに見せてやる。

 

 ……そう告げながら〈破壊の王〉は、私の出方をじっと窺っていた。

 

 

 

 〈破壊の王〉の言うとおりだ。

 汚れ、傷つくことももちろん恐い。

 

 しかしそれ以上に私が恐れたのは、人間の罪悪を未来に繋いでしまうことだ。

 ここで『あの子たち』を救い私の保護下に加えたら、その体内に巣食った『模造品』が未来に生き延びることになる。

 この星でそんな過ちは繰り返してはならない。

 断じて。

 

 しかしこれは破壊神(かれ)守護神(わたし)の対決でもある。

 ここで〈破壊の王〉の殺戮を見過ごせば、守護神としての私は破壊神としての彼に今度こそ屈服することになるだろう。

 そして二度と〈破壊の王〉の暴力から人間たちを護ることが出来なくなる。

 

 ……そう(こわ)い顔をするなよ。

 

 葛藤に苛まれる私へ〈破壊の王〉は告げた。

 

 こんな海のド真ん中だ、誰も見ちゃいない。

 今回おまえは『()()()()()()()()』、それでいいじゃないか。

 それが気に入らないというなら、腐れ縁の(よしみ)でここはひとつプロレスしてやって『懸命に戦ってみたけど勝てませんでした』ってことにしてやってもいい。

 

 ……手打ちにしよう、というのか。

 しかし、あの子たちは私と共に闘ったサカキ=アキラたちの縁者だ。

 しかも彼らは、救いを求めている。

 そのあの子たちを見殺しにするなど、絶対に出来るはずがない。

 

 そうやって懊悩する私を見ていた破壊の王は、私が迷っている理由を察したようだった。

 

 ……なるほどな。

 道理でおまえが肩入れするわけだ。

 十五年前に命を救ってくれた大恩人、その末裔をおまえが見棄てるはずがない。

 特に『こいつ』を見ていると、あのときドリル魚雷で特攻してきたバカな人間を思い出す。

 あのときの、あの一撃。

 いいや、人間どもさえいなければ、あのときおれはおまえに勝っていたのだ。

 

 しかし女王、そういうことなら喜ぶがよい。

 ひとつ、サービスしてやろう。

 今日のおれはすこぶる機嫌が良いのだ。

 

 『人としてキングオブモンスターに挑戦する』

 そんな気骨のある人間は十五年前に死に絶えたとばかり思っていた。

 近頃の人間どもときたらおれを見た途端に尻尾を巻いて逃げ出す腰抜けか、やぶれかぶれになって『悪魔の火』や『禍々しいもの』に手を出すような屑ばっかりだと。

 

 しかし『こいつ』は違う。

 こいつはおれに勝負を挑んできた。

 こんな小さな分際で、武器も持たず。

 まったく大した度胸じゃないか。

 そんな気概のあるヤツと出会えて、今のおれは実に気持ちが良い。

 おれは根性のあるやつが好きだ。

 最後まで諦めず、見捨てず、なおも絶望に抗おうとする、そんな勇者をキングは尊ぶ。

 

 

 だからこいつのことは、苦しまないように一瞬で焼き尽くしてやろうと思うのだ。

 

 

 出血大サービスだ。

 禍根が残らないように、連れもオマケもまとめて消してやる。

 どうだ、おれは慈悲深いだろう!

 わははははは……!!

 

 

 そうやって獰猛な笑みを浮かべる〈破壊の王〉の様子から、私は察した。

 ……彼は、変わっていない。

 十五年前に出会ったあのとき、いや、おそらく破壊の権能を統べる者として生まれたそのときから、彼はまったく変わっていない。

 『おれは根性のあるやつが好きだ』『機嫌が良い』なんて嘯いているけれど、彼はいつも誰に対してもそうだった。

 〈破壊の王〉はどんな相手でも容赦しなかった。

 

 ……しかし、ただの面白半分で誰かを弄んだことはない。

 

 単なる嗜虐趣味で甚振(いたぶ)(なぶ)る、そんな残忍な暴力など一度も振るったことがない。

 彼はいつだって怒り、そして悲しんでいた。

 どんな敵だろうと、最期の時はいつだって一瞬、刹那だった。

 地球人類だって、ビルサルドやエクシフのような余所者が加勢しなければもっと速やかに、そして安らかに終焉を迎えていたはずだ。

 ()()()()()()()()()()()

 あの強力無比な雷霆(いかずち)の槍、荷電粒子ビームだって、そうするために手に入れたのだ。

 

 

 ……もう誰も不幸にはしない。

 当然、〈破壊の王〉もだ。

 

 

 人間たちが聞いたら『我らの守護神はなんと慈悲深いんだろう!』などと言ってくれるかもしれない。

 だが、私の想いは人間たちが想像するようなものでは断じてない。

 

 〈破壊の王〉はかつての戦いの最中、私にこう語ったことがある。

 

 ――いいか、女王。

 おまえの苦しみは人間どものせいだ。

 『人間たちにもう一度チャンスを』?

 ふざけるな、人間こそ、この星を食い潰してゆく害虫ではないか。

 あんな奴ら、生きるに値しない。他の奴にも訊いてみろ、『そうだそうだ』と言うだろうさ!

 

 そもそもおまえが人間を庇うのはなぜだ。

 ()()()()人間を助ける理由は何もない。

 それどころか人間はいつも()()()をいじめているではないか。

 人間どもはどうせおまえのことなんて、歌って踊ってお願いすれば飛んで助けに来てくれる、都合の良いペットかなにかとしか思っちゃいない。

 おまえほど賢い奴がそれぐらいのことをどうしてわからない。

 

 ……だが、もしも、それがわかっていて、それでもおまえが人間を見棄てられないのなら。

 『人類の守護神』、おまえを縛るその重たい鎖を自力で解くことができない、というのなら。

 

 

 そんなくだらんものは(すべ)て、このキングオブモンスターが粉々にぶち壊してくれよう。

 

 

 この世の不幸の源は、すべてこのおれが絶ってやる。

 平和を乱す不届き者も、この星を食い荒らす害虫どもも、なにもかも皆殺しだ。

 

 そして邪魔者がいなくなったら、そのときは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おれとおまえで〈楽園(Paradise)〉を創ろうじゃないか。

 

 

 



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89、黙示録のファイナルイメージ

 ――――すべての頂点におれが立つ。

 

 世界中の誰もがこのおれを(おそ)れ、身を寄せあって小さく縮こまっていればいい。

 そんな世界なら誰も争いなどしていられない。

 互いを気遣い、手を取り合いながら、仲良く暮らすしかなくなる。

 これぞ平和、まさに楽園(Paradise)だ。

 

 ただし人間は駄目だ。

 あのサルどもはおれの楽園に相応しくない。

 加えてやったところで、どうせ狭い世界で醜い争いを繰り広げるだけさ。

 挙げ句の果てにあんな黴菌(ばいきん)まで造りやがって。

 そんな出来損ないの愚かな失敗作どもは、このキングオブモンスターが見せしめに皆殺しにしてやるのだ。

 

 ……『ゴリラ』も『カメ』も来なかった。

 なんて道理の分からん奴らだ、このキングオブモンスターがせっかく誘ってやったというのに!

 ……まあ、あいつらはいいさ。

 ゴリラは色魔だしカメは子供の味方だからな。

 あいつらは人間を見限れないし、世界をより良くしようとも思ってない。

 あいつらにおれの正しさは理解できない。

 あいつらとは手を切った、もうどうでもいい。

 

 

 だが、女王、おまえは違う。

 おまえにはどうしても来てほしいのだ。

 

 

 この世は弱っちい雑魚ばかり、絶望だけじゃ潰れてしまうくらいに。

 畏れられるキングだけでは不十分、愛されるクイーンも必要だ。

 誰にも分け隔てなく愛を振り撒き、皆を希望の未来へ導いてくれる、そんな綺麗なクイーンが。

 

 

 そう、おまえだ、女王。

 

 

 誰も争わない、誰も傷つけあうことがない。

 そんな最高の楽園を、キングとクイーン、おれとおまえで築いてゆこうじゃないか。

 おまえが望むなら、おまえの子供も一緒だ。

 どうだ、素晴らしいだろう。

 それなら、おまえも来てくれるだろ?――――

 

 

 

 

 ……あのとき〈破壊の王〉は、そうやって私に笑いかけたのだ。

 私と共に戦っていたサカキ=アキラたちを、跡形もなく焼き尽くしながら。

 

 ……平和な楽園。

 それもキングとクイーン、彼と私で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふざけるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて身勝手な言い分だろう。

 私から夫を奪い、ささやかな平和を奪い、そして今眼前でサカキ=アキラたちの命を奪っておいてよくもぬけぬけと。

 護りたかったものを奪われ続けた私が、それら総てを奪い続けた張本人と手を結べと?

 仮に私がその提案を呑み、その『楽園』とやらで平和に暮らすことになったとして、その楽園の主によって父親と恩人たちを奪われた我が子に、一体どんな説明をすればいいというのだ。

 聞かされた当時、私は(いきどお)りすら覚えた。

 

 そもそも破壊の王がやっていることはただの大量殺戮だ。

 その恐怖と暴力で築かれる世界が『楽園』になどなるはずがない。

 『ゴリラもカメも来なかった』? 当たり前だ、こんな暴君についてゆく者など何処にいる。

 

 かくいう破壊の王とて、私の心を手に入れたくてこんな世迷言を抜かしているのではないのだろう。

 彼は単に人間が嫌いなだけだ。

 嫌いな人間を守ろうとする私の在り方が気に入らなくて、如何にもそれらしい大義名分を掲げて揺さぶりをかけようとしているだけだ。

 そんなに人間が憎いのか。

 私は叫んだ。

 

 のぼせあがるのもいい加減にしろ、裁きの神にでもなったつもりか?

 そこまでしてこの星の覇権が欲しいのか!?

 

 私の詰問に、彼は笑って答えた。

 

 おれは覇権など欲しくない。

 人間も憎んでいない、とんでもない、感謝しているくらいさ!

 もし奴らがいなかったら、おれは何も知らぬまま()()()()と暮らしていただろうから。

 ……忘れもしないあの光、あの爆熱。

 そして焼かれる者たちの悲鳴と断末魔。

 あの日、おれは偉大な啓示に目覚めたのだ。

 

『おまえは悪魔の火の化身。

 全てを焼き尽くし、新たな楽園を築くがよい』

 

 ……素晴らしい!

 最高のアイデアではないか。

 人間どもが滅茶滅茶にしてしまったこの世界を、ゼロから再スタートする。

 そして今度こそ、最高の楽園を築くのだ!

 ハハハハハ!!――――

 

 そう語る彼の心には、憎しみなどなかった。

 嗜虐の愉悦もない。

 そこにあるのは歓喜。

 本気で信じているのだ。血塗られた大殺戮の先に『楽園』とやらが待っていると。

 

 

 狂っている。

 

 

 このとき、私は〈破壊の王〉を心底恐れた。

 前々から力に身を任せた性格だとは思っていたが、まさかここまでいかれていたとは。

 

 

 止めなくては。

 

 

 キングオブモンスター。

 こいつを野放しにしていては、いずれ世界を焼き尽くしてしまうだろう。

 なんとしても止めねばならない。

 たとえその命を奪うことになったとしても。

 

 その時はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破壊の王(キングオブモンスター)と、慈愛の女王(クイーンオブモンスター)

 彼と私の死闘は、サカキ=アキラたちが滅んでから六日六晩続いた。

 海は荒れ、天は揺れ、彼と私は数え切れぬほど刃を交えることとなった。

 

 そして七日目の朝、勝ったのは私だった。

 勝因は破壊の王が負っていた深手。サカキ=アキラたちが捨て身で掴んでくれた僅かな勝機。

 私は遂に勝利した。

 海の浅瀬に倒れた破壊の王、その喉笛を私がカギ爪で抉ろうとした、まさにそのときだ。

 私は、彼が譫言(うわごと)を呟いているのに気づいた。

 

 

 ……あと少しで手が届くと思ったのに。

 

 

 ……ふん、何に届くというのだ、バケモノめ。

 数え切れない命を踏み潰してきたくせに。

 私から大切なものを奪ってきたくせに。

 

 

 おれは、おまえがこれ以上壊れてゆくのを見たくなかった。

 

 

 喉元に掛けたカギ爪が、思わず止まった。

 ……こいつ、何を言っているのだ。

 そんな私に気づいているのかいないのか、彼は呟き続けた。

 

 

 おまえがこれ以上、人間どもに壊されてゆくのが我慢ならなかった。

 

 

 ……だまれ。

 黙るがいい。

 そんな目で私を見るんじゃない。

 

 

 ――人間さえいなくなれば。

 

 

 やめろ、その先は!

 私がたまらずカギ爪を振り下ろそうとしたその刹那、彼はこう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間さえいなくなれば、おまえは自由だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間を護り続けてきた、私が直面した現実。

 人間はどれだけ悲惨な出来事が起こっても、時間が経てばあっさり忘れて同じ過ちを犯す。そのくせ、その愚かしさだけは何度繰り返しても一向に改まらない。

 

 そんな彼らを護る、守護神の私。

 『平和こそは永遠に続く繁栄の道』、しかし人間たちが繁栄するほど終末へのカウントダウンは進んでゆく。

 私が護れば護るほど人間は栄え、人間の文明が栄えれば栄えるほど世界が終わってゆく。

 私がどんなに必死に戦っても、当の人間たちが世界を食い潰してゆく。

 そしてそれを私は止められない。

 

 

 そのことに気づいてしまった、私の絶望。

 夫にすら秘していた、私の苦しみ。

 

 

 ……本当は私もわかっていたのだ。

 人間がいなくなればすべてが解決する。

 だが、それを実行するには私は弱すぎた。

 人間たちを滅ぼす、それは空前絶後の大量殺戮を意味する。破壊の王の言うとおりだ、この身を血で汚す勇気は私には無かった。

 それに私は人間と縁が深すぎる。永きに渡って守護神として君臨してきた私と、その私を守護神と崇拝してきた人間たち。こんな蜜月の関係を築いてきた私に、人間たちを裁く資格などあろうはずがない。

 

 結局、私は外界に対して不干渉に徹した。

 ……私は、私の大切なものへ降り掛かる火の粉だけを払っていればいい。これまで通りだ、何も変わることはない。

 そうやって私は小さな世界に閉じ籠った。

 つまり何もしなかったのだ。

 言い訳ばかりが得意で、見かけばかり着飾った卑劣な弱虫。

 それが私、慈愛の女王の正体だ。

 

 

 

 

 そんな私の弱さを見抜いた〈破壊の王〉は、私を『人類の守護神』という在り方から解き放とうとしてくれた。

 感謝されることもないし、報われることなど決してない。理解されることさえ求めていなかったろう。

 それでも彼は、私を救い出そうとしてくれた。

 『人類の守護神』という呪縛から。

 

 彼がいなければ、私はいずれ壊れていた。

 でなければ守護神としての有り様を踏み外し、ルシファー=ハイドラのようなろくでなしの化物になっていただろう。

 守護神の美名で君臨し、庇護の建前で周囲を支配し、際限なくその権勢を拡げて食い潰す。

 そんな女王(QueenBitch)になっていたかもしれない。

 彼の宣戦布告を思い出す。

 

 ――だからこのキングオブモンスターが、この星の何もかもをいただくことにしたのだ。

 

 今にして思えば、血迷っていたのは私の方。

 彼はこの星が欲しかったわけではない。

 彼は、私が背負いきれなかったものを、代わりに背負おうとしてくれていただけだ。

 

 きっと、それは私だけではなかったろう。

 欲望をくすぐり、心も狂わせ、何もかもを呑み込んでゆく貪欲な経済システム。

 存在自体が災厄として産み出されてしまった、許されざる生命(いのち)

 罪もない生き物の住処を奪い、心身までも汚して冒す、おぞましい環境破壊。

 同族同士で際限なく争い合う、愚かしい戦争。

 そして禁忌を踏み越えた、哀れな模造品(メカゴジラ)

 『文明』という怪物の専横に食い潰された犠牲者たちのために、彼は本気で怒ってくれた。

 そしてあまりにも巨大すぎるそのモンスターへ、たった独りで戦いを挑んだ。

 

 

 

 ……そんな彼の優しさと強さに、私の魂が少なからず救われたのもまた事実である。

 

 

 

 なんて皮肉な巡り合わせなのだろう。

 壊れかけていた守護神(わたし)を救ってくれたのは、壊すことしか知らない破壊神(かれ)だった。

 どうしようもないほど強くて、救いがたいほど醜い、破壊の王。

 彼は、この星を覆う全ての罪や呪いを一身に引き受けようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『あの子たち』をなんとしても守ってみせる」という、サカキ=アキラたちに誓った私の意志は今大きく揺らいでいた。

 『あの子』が死ねば、この星は今度こそ清められ救われる。

 そのための必要悪も、私の弱さも、すべて彼が背負ってくれる。

 他方、私は何もしなくていい。

 この子たちのことなんか見捨てて、皆の前では何事もなかったかのように澄ました顔をしていればいい。そんな素敵な()()()()()を目指せばいい。

 私が清廉潔白を気取るその陰で、彼が憎まれ役をすべて引き受けてくれる。

 ……なんと心地良い、そして虫のいい共生関係であることか。

 そんな卑怯者の私を、彼は快く受け入れてくれるだろう。

 

 これが彼が求めた『楽園』。

 

 殺戮の修羅道を踏み越えた果てに、彼が掴もうとしているファイナルイメージ。

 そして彼が私に用意しようとしてくれている、最高のハッピーエンドなのだ。

 あとはその最後の欠片(ピース)である、女王が収まりさえすればいい。

 

 

 ……だが、そんな結末など、私は許せないだろう。

 ここで彼の暴力を座視したなら、私は守護神の資格を失う。

 いや、そんな称号、もはやどうでもいい。

 そうやって自分だけ綺麗でいようとする己の卑怯さを、私自身が許せない。

 救いを求める『あの子』の祈りを見なかったことになど、私には出来ない。

 

 

 

 

 

 そしてなにより、彼にこれ以上傷ついてほしくない。

 

 

 

 

 破壊の王は無敵だ。

 『悪魔の火』に焼かれようとも死なない。

 どんな敵が来たって負けないだろう。

 

 しかしそれは上辺の話に過ぎない。

 

 私は、彼について『支配欲に狂っているのだ』と思っていた。

 しかしそうではなかった。

 十五年前の最終戦争(ファイナルウォーズ)の後、私は彼の『出自』を知った。

 ……世にも恐ろしい『悪魔の火』。

 その爆発は環礁一つを深々と抉り飛ばし、立ちのぼるキノコ雲は天を突いた。

 その猛火は地表の全てを燃やし、衝撃は海底まで轟いたという。

 その地獄の洗礼を彼は浴びたという。

 この事実を知ったとき、私はようやく彼を理解できた気がした。

 ――人間が造った悪魔の火、その爆心地(グラウンド ゼロ)

 灼熱の劫火ですべてが燃え落ち、自らも猛毒の閃光で髄まで焼かれてゆく。

 

 その直撃を浴びて正気を保っていられる者など、この世にはいない。

 

 

 

 悪魔の火で、彼の心は壊れてしまったのだ。

 

 

 

 ……彼は『おまえが壊れてゆくのを見たくない』と私を救おうとしてくれた。

 踏み躙られた弱者たちに代わって本気で怒ってくれた。

 文明という本物の怪物(モンスター)に戦いを挑んだ。

 

 そんな彼が欲しいと語る『楽園』。

 それは、一体どんなものだったろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、くだらんお涙頂戴はここまでだ。

 

 何も出来ない私を眺めていた〈破壊の王〉は、『それがおまえの限界だ』とでも言いたげにわざとらしく嘲笑いながら宣言した。

 

 おい、女王。

 楽しい怪獣プロレスなら付き合ってやってもいいが、睨めっこで遊んでやるほど暇じゃない。

 おまえにその気がないのなら、おれはおれのすべきことをやらせてもらう。

 

 そして〈破壊の王〉は、『あの子たち』へ荷電粒子ビームの照準を向けた。

 

 この星はおれがもらう。

 この星のすべてを、おれがいただく。

 この星にあるすべての夢、すべての命、水一滴から砂一粒にいたるまで、万物をおれが奪い取ってやる。

 血塗られた因果の呪いも、過去の全ての忌まわしい罪も、それらをまとう苦しみや悲しみさえもがこのキングオブモンスターの所有物だ。

 ……それなら誰も何も背負わなくていい。

 

 ……もう少し。

 あと少しで手が届く。

 誰も争わない、誰も傷つけあうことがない。

 そんな、おれが欲しかった楽園に。

 そんな楽園が手に入ったら、そのときは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんな仲良く笑って暮らせばよいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈破壊の王〉が雷霆(いかづち)を振り上げると同時に、私は叫んだ。

 

 

 

 

 

 



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90、怪獣失楽園

 放射熱線が撃ち抜く発射音と、打ち上げ花火が耳元で爆ぜたかのような激しい炸裂音。

 ほぼ同時に響き渡った爆音で、思わずわたしたちの背筋が竦み上がる。

 しばらくの間があって、恐る恐る瞼を開いたわたし:タチバナ=リリセはぽつりと呟く。

 

 

「来ない……」

 

 

 来ない。

 飛んでくるはずの放射熱線は、いつまでたっても飛んでこなかった。

 放射熱線は炸裂したはずだ。

 だが、先ほどまでの狂騒が嘘のように、センサー類は沈黙している。

 ゴジラ、ゴジラ、ゴジラがやって来る! と喚き続けていたソナーも今は大人しくなってしまっていた。

 

「まさか、電磁パルスで壊れた……?」

 

 放射熱線を発射しようとした際に生じたゴジラの電磁パルスで、潜水艇の計器がとうとう壊れてしまったのだろうか。

 動揺するわたしに、計器類を調べていたエミィが首を横に振った。

 

「計器は正常だ。

 ゴジラから逃げるための船なのに、離れたところの電磁パルスでイカれるなんてチョロい設計してるわけがない」

 

 ……そもそも放射熱線は発射されたのだろうか。

 あの状況でゴジラが放射熱線を外すわけがない。発射されたとすれば潜水艇に命中していない、つまりわたしたちがまだ生きているなんておかしいじゃないか。

 とにかく外がどうなっているのか確かめなくては。

 放射性物質の霧については先ほどゴジラが吸い取ったようだし、この熾烈な追いかけっこの果てに爆心地からは程よく離れている。

 ほんのちょっと顔を出す程度なら死ぬことはないはずだ。

 わたしとエミィは潜水艇のハッチを昇り、恐る恐る外へと顔を出す。

 

「これは、一体……?」

 

 潜水艇α号の外は、ちょうど夜明け前だった。

 朝焼けが差しつつある薄暗い空を、キラキラ光る何かが降り注いでいる。

 光り輝くそれを手に乗せ、触って確かめてみると、それは黄金の粒子だった。

 それも埃や塵などではなく、きめの細かいさらさらとした肌触りの粉だ。

 ……一体どこから降っているのだろう。

 わたしたちは空を見上げ、そして仰天した。

 

「こ、これは……!」

 

 

 

 ――――極彩色の怪獣。

 

 

 

 わたしたちの頭上にいたものはとてつもなく大きな鱗翅目(りんしょうもく)、つまり巨大な『蛾』だった。

 

 華やかな模様が彩る翅はゴジラさえも包み込んでしまえるほどの大きさで、その端から端まで、ゴジラと見比べた目算でも150メートル以上はある。

 先程から降り注いでいる黄金の粉は、この蛾が羽ばたくたびに舞い散る鱗粉だったのだ。

 

 よく『翅を立てて停まるのは蝶で、翅を広げて停まるのは蛾だ』とか、『昼に飛ぶのが蝶で、夜に飛ぶのは蛾だ』とか、『翅が美しいのが蝶で、そうでもないのは蛾だ』なんて言われたりする。

 だけど実際のところは翅を立てて停まる蛾もいるし、昼行性の蛾もいる。翅の美醜に至っては完全な主観だ。

 蝶と蛾は種の系統として別れてはいるけれど形質で厳密に区別する方法はない、などとも言われている。

 頭上で浮遊している、雲よりも巨大なこの昆虫怪獣は果たして一体どちらなのだろう。

 ……あまりの急展開に追い付かない脳が、そんなくだらない、どうでもいいことを考えてしまう。

 そのとき、計器が甲高いビープ音を立てた。

 α号が自己修復機能でやっと復旧した。

 

「逃げるぞ!」

 

 コックピットに戻ろうとするエミィを、わたしは「待った!」と遮った。

 

「なんでだよ!?」

「ちょっと、ちょっとだけだから!」

 

 ……どうもこの巨大蛾は、ほかの怪獣たちと違うらしい。

 確信なんかはないけれど、雰囲気でなんとなくわかってきた。

 もしこの蛾の怪獣がゴジラへ戦いを挑みに来たのなら先手必勝、こんな見合いなんてせずにすぐさま飛び掛かってゆくはずだ。

 ましてや今のゴジラは傷ついている。倒すなら絶好のチャンスだろう。

 にもかかわらず巨大蛾は、鱗粉をゆっくりと撒きながら潜水艇の頭上から動こうとしない。

 巨大蛾は肢の鋭いカギ爪と尾の毒針、それら両方を構えながら、ゴジラの方をじっと睨みつけている。

 希望的観測に過ぎるとも思うけど、わたしにはこんな風に思えてならなかった。

 

「ひょっとして、足元のわたしたちを守ってくれてるのかも」

「んなバカな」

 

 ……うん、エミィの言うとおりだ。

 自分でもバカげていると思う。

 思うけれど、蛾の怪獣がこちらを守ってくれているのだったら助かるのもまた事実だ。

 そうでなかったら、こんな取るに足らない潜水艇なんかこれから始まる怪獣プロレスに巻き込まれて消し飛ぶだけなのだから。

 

 他方、ゴジラも突如現れた巨大蛾を見つめながら低い声で唸っている。

 先ほどまで執拗に追い詰めていた人間(わたしたち)のことはどうでもよくなったのか、今やα号には目もくれようとしない。

 ……ゴジラの様子が少しおかしい。

 他の怪獣たちには容赦なく戦いを仕掛けていたのに、眼前にいる蛾の怪獣については睨みつけているだけだ。

 この蛾の怪獣は、ゴジラさえも一目置くほどの実力者なのだろうか。

 激戦と核ミサイルによるダメージが思いのほか重くて、大怪獣頂上決戦の最終ラウンドへと洒落込むのにはゴジラ自身のコンディションが最悪なのか。

 人間ごときには理解できない、怪獣同士だけで通じる深い理由があるのか。

 あるいはそれらすべてなのか。

 

 

 

 

 たった数分程度の、しかし永遠に続くかのように思われた時間。

 一触即発の睨み合いは、やがてあっけない幕切れを迎えた。

 

 

 

 

 突然、ゴジラが蛾の怪獣に向かって思い切り吠えた。

 

 

 

 

 ゴジラの突然の動きで海面が激しく波立ち、小さな潜水艇は水飛沫を散らしながら引っ繰り返りそうになる。

 ……襲ってくる!

 放射熱線の直撃でも喰らえば無意味なのだとわかっていても、とっさに身構えてしまうわたしたち。

 

 

 

 

 だが、ゴジラは襲ってこなかった。

 ゴジラはこちらを横目で見ながら、蛾の怪獣に背を向けて海中へと身を沈めてゆく。

 

 

 

 

 ……まったく、信じられない光景だった。

 

 

 

 

 

 

 ゴジラが、去ってゆく。

 

 

 

 

 

 

 そんなゴジラを、蛾の怪獣も追撃しようとはしない。

 挑んでくれば受けて立つが、去ってゆく相手とは戦わない。それがこの巨大蛾のスタンスのようだった。

 怪獣といえば獰猛で攻撃的なものだとばかり思っていたわたしだけれど、どうやら認識を改めないといけないらしい。

 ……笑っちゃうくらいにおかしいと思うが、怪獣にもこんな平和主義者がいたなんて。

 人間を守ってみたり平和主義者だったり、かと思えばゴジラ相手にも臆することなくガンつけてみたり。

 この蛾の怪獣なりに思想信条みたいなものがあるのだろうか。

 

 思想信条といえばゴジラもそうだ。

 孫ノ手島に突如現れたゴジラ。

 ……しかし今思うと、ちょっとタイミングが良すぎるんじゃないか。

 これまで何年も音沙汰なかったくせに、メカゴジラが復活した途端に現れるなんて。

 

 そういえば、ゴジラがメカゴジラへ戦う理由はない。

 動物としての縄張り意識?

 だとしてもわざわざこんな命がけの戦いを挑みに来る必要なんかない、攻め込まれたときに自分の身だけ守っていればいい。

 怪獣軍団がどれだけ操られようが、ナノメタルがどれだけ暴走しようが、ゴジラの知ったことじゃない。

 今までみたいに誰にも見つからないところでひっそり隠居していたっていいじゃないか。

 どうしてそこまでしてメカゴジラを滅ぼしたかったのだろう。

 

 ヘルエル=ゼルブやウェルーシファ。

 ナノメタルを前にした人間たちの狂態。

 そのときわたしは、こんなことを思った。

 ……ひょっとして。

 ひょっとしてなのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 ゴジラは、地球を守ってくれたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 ……いや、まさかね。

 いくらなんでも馬鹿げている。

 だって、ゴジラだよ?

 あいつがそんな殊勝なことを考えているはずがない。

 

 とはいえ、ゴジラも生き物だ。

 なにか考えがあって動いているのは間違いないだろうし、心だって持っているだろう。

 あいつなりに何か思うところがあるのかもしれない。

 ゴジラは、何を考えているんだろう?

 

 ……数十年前、地球人類が地球を見捨てるよりもはるか昔、『怪獣黙示録』の時代。

 ゴジラのことを『森の老哲人』と評した地球人がいたそうな。

 ――ゴジラはただ闇雲に暴れているのではない。ゴジラにしかわからない、ゴジラの哲学によって地球文明を破壊しているのだ――

 その人はそんなことを言ったらしい。

 聞いた当時は『んなアホな』としか思ってなかったけど、今はなんとなくわかる気がする。

 ゴジラをはじめ怪獣たちの行動には、動物どころか人間のスケールにも収まらないような巨大な哲学があるのかもしれない。

 

「……怪獣って、大きいなあ」

 

 そんなわたしのつぶやきに、エミィが胡乱な目つきで反応した。

 

「いまさら何言ってる。

 身長50メートルだぞ。デカいに決まってる」

 

 ゴジラの背鰭の先端が海中へ完全に沈むと、荒ぶっていた海は平穏な水面(みなも)を取り戻した。

 船内にいた子供たちの何人かが、様子を窺いにハッチの方へ登ってきていた。

 そのうちの一人、エミィと共に島を脱出した浅黒肌の少年が、蛾の怪獣を見上げながら(ほが)らかに言った。

 

 

 

 

 

 

 

「……モスラ!」

 

 

 

 

 

 

 

 〈モスラ〉というのがこの巨大蛾の名前だとわたしたちが知ったのは、そのあとのことである。

 

 

 



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91、新しい神

 別れ際、〈破壊の王〉は私を冷たく睨みつけた。

 

 

 ――――おまえは大罪を犯した。

 おまえはもうおれの敵だ。

 

 おまえは、護るべきでないものを護った。

 あの『禍々しいもの』を庇う限り、この星もおまえには味方しない。

 

 それに、『人間を更生させてみせる』だと?

 馬鹿め。やつらは根底からして汚れ続けるように出来ている。

 人間という生き物の在り方そのものを変えない限り、更生させるなど不可能だ。

 

 ……ふん。

 『人間の更生』なんぞどうせ上手くいくわけがないが、まだ時間はたっぷりある。

 それまでせいぜい(あらが)ってみるがいい。

 散々足掻いて、もがいて、死にたくなるほどのたうちまわってから、自分が如何に間違っていたか思い知って後悔すればいい。

 その無様さはさぞ見ものだろうさ。

 

 ……もしも次があったなら。

 そのときは今度こそおれが息の根を止めてやる――――

 

 そうして〈破壊の王〉は去っていった。

 

 

 

 

 ……ありがとう。

 

 

 

 

 私は心から感謝した。

 彼は、私に猶予を与えてくれたのだ。

 

 『もしも次があったなら』。

 その時は、ほかならぬ〈破壊の王〉がとどめを刺してくれるだろう。

 決して苦しむことのない、刹那の優しい結末を。

 これほど有難いことはない。

 〈禍々しいもの〉を恣意で庇おうとした私は、必ず罰を受けることになるだろう。

 その処刑をあの〈破壊の王〉が担ってくれることは、むしろ温情だとすら思う。

 ……だけど、もし叶うものならば。

 

 

 あなたと共に生きてみたかった。

 

 

 あなたの願った『楽園』。

 守護神(わたし)破壊神(あなた)でさえ仲良く暮らせる世界。そんな未来をあなたと共に築いてゆけたなら、それはどれだけ素敵なことだったろう。

 さらば、宿敵(とも)よ。

 (たもと)(わか)つことにはなったけれど、どうかせめて見守っていてほしい。

 私が進める『人間の更生』、その結末を。

 

 ……私が考える『人間の更生』。

 それは、人間たちが言い回すような『生まれ変わるくらい生き方を改めさせること』ではない。

 そんな手緩(てぬる)いものでは到底足りない。〈破壊の王〉の言うとおり根底から手を加えねば、彼らの愚かさを正すことなど不可能だろう。

 

 私が計画している『人間の更生』とは、文字通り人間を『生まれ変わらせること』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間流に言えば、『品種改良』だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の祖先、その近縁で『カイコガ』という生き物がいた。

 純白の翅が特徴の小さな昆虫で、華やかな翅と巨体を持つ私と見かけはあまり似ていなかったが、生糸を紡いで繭を造り上げる技能が私とそっくりだった。

 

 カイコガは、家蚕(かさん)という別名のとおり家に飼われる虫、すなわち人が世話しなければ生きていけない家畜だった。

 幼虫は木にしがみつくことが出来ず、成虫は翅が小さすぎて空を飛ぶことも出来ない。

 そして雪のように真っ白な身体は、自然の森では格好の標的となってしまう。

 自然にそうなったのではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 カイコガたちが作る美しい生糸、それ欲しさのために人間が改造し続けた結果、カイコガは人間の世話がなければ生きていけない生き物になってしまった。

 野生では生きてゆくことが不可能なカイコガほど極端な例は少ないが、人間によって手を加えられてしまった生き物は多かった。

 農作物とされた植物たちを筆頭に、家畜やペットと呼ばれる動物たちも、みんな人間に『改良』されてしまった。

 

 私が行おうとしているのは、まさにそれと同じことだ。

 破壊の王の言うとおり、人間は生まれながらにして汚れてゆくように出来ている。ならば、その有り様そのものに手を入れてしまえばいい。

 行き過ぎた欲望を制御できる強い心と、過酷な環境でも暮らすことができる強い体。憎しみを知らず、平和をこよなく愛する、謙虚で穏やかな気質。そして、自分たちが家畜であることなど考えもしない生き物。

 文明などに依存せずとも生きられるよう、何世代もかけて人間たちを『改良』する。

 方法は難しくない。

 食事、飲み水、空気、生きるために摂取し続けるそれらへ私の因子を少しずつ混ぜてゆくだけ。

 世代を重ねて丹念に刷り込まれてゆく私の愛情は、着実に人間という品種、その在り方を作り替えてゆくだろう。

 

 私が創り出す新種のヒト。

 その名は〈新しい神:フツア〉とした。

 

 私の故郷に近い、ポリネシアの言葉から造った名前だ。

 幼児(おさなご)、すなわち『インファント』とも迷ったのだが、未来(Future)にもかかったフツアの美しい響きが気に入っている。

 

 

 

 

 ……それは彼らの尊厳を冒涜した、罪深い(おこな)いなのかもしれない。

 

 飽くなき欲望も、人間がこの世界で自立して生きてゆくために進化の過程で獲得したものだ。

 それを奪い取ってしまえば、人間の文明レベルは幼形成熟(ネオテニー)のまま発展しない。

 品種改良されたカイコガが飼い主抜きでは生きていけなかったように、フツアも私がいなければ生きていけなくなってしまうだろう。

 それは、この世界で自由に飛ぶための翅を毟り取ってしまう、むごたらしい暴力ではないのか。

 

 生命は限りある時の中にあるべき、在り様を変えてまで無理に延命させようとしてはならないのかもしれない。

 他の動物たちと同じように、人間という種族も滅ぶままに任せるべきなのではないか。

 そのような独り善がりで改造してしまうのは、欲望のままに生き物たちを弄んできた人間たちの愚行と変わらないのではないか。

 庇護の美名で、実際には遠縁であるカイコガをはじめとする可哀想な生き物たちの復讐をしているだけではないのか。

 

 こんな私の思惑など露ほども知らぬまま、人間たちは私を『守護神』だと信じてくれている。

 そんな彼らを裏切っているような、後ろめたい感情がどうしても拭えない。

 霊長気取りで増長しているのはむしろ私の方ではないのか。

 もしも仮に私の目論見通りにフツアが創れたとして、フツアが旧人類と同じ(てつ)を踏まないという保証はどこにもない。

 私に人間の欲望をどうこう言えやしない。『人間を更生させたい』だなんて、これこそ私の身勝手な欲望でなくて、なんなのだ。

 ……そう思い悩むときもある。

 

 だが、人間の欲望をそのままに、あるがままにしていては地球に害をなす。

 欲望の向くままに止まらない発展を重ね、この星を痛めつけて災厄をもたらし、そして〈破壊の王〉のような哀しい存在を生み出す。

 また同じことの繰り返しになってしまう。

 それにこれからの地球はきっと人間たちが暮らすのには適さない。

 破壊された環境、放射能汚染、なにより人間たちを憎む〈破壊の王〉の支配圏だ。生き易いはずがない。

 やがて人間はこの世界で生きられなくなる。

 ヒトという種を生かし続けるためには、多少の改修(リメイク)はどうしても必要だ。

 

 かつて私と手を結んだ『怪獣共生派(コスモス)』が夢見た、人間と怪獣が共生する理想郷。

 そのユートピアの完成形は、人間が怪獣を管理する怪獣ランドでもなければ、人間が怪獣と対等に肩を並べる共同参画社会でもない。

 

 

 私のような怪獣によって、人間がペットとして飼い馴らされる未来なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……この星の未来像を想像する。

 人間の文明はそう遠くないうちに自滅する。

 もう取り返しのつかないところまで来てしまっているのだ。もはや誰にも止められない。

 

 そのとき人間はどうするだろうか。

 恐らく大半は、環境に適応できずに死んでゆくだろう。

 しかし、人間がそこで素直に敗北を認めて死んでゆくような(いさぎよ)い生き物だったなら、こんな状況は引き起こされていない。

 たとえどんな絶望的な状況に追い詰められたとしても、誰か一人は絶対に悪足掻きをする。

 それが人間だ。

 

 そんな折に私が救いの手を差し伸べたなら、きっと喜んですがりつくだろう。

 生きる余地のない外の環境で自立して暮らそうとするよりも、私の庇護下に入った方がよっぽど楽しく長生きできる。

 人間の中でも賢い者たちは最後に残された欲望、『生存本能』によってそう判断し、私が織り上げた優しい揺り籠に自ら進んで入ってゆく。

 それが『怪獣のペットになること』と同義だと気づきもしないまま。

 

 家畜化や環境破壊で多くの命を弄び続けた人間の辿る末路は、より大きな怪獣に品種改良されて愛玩用のペットとして家畜化されることだった。

 怪獣のペットに堕ちてゆく人間。それがこの星が下した罰だとすれば、こんなに皮肉の利いたものはない。

 私の底無しの慈愛も〈破壊の王〉の止め処ない怒りも、結局はこの星が人間に差し向けた罰の一部だった。

 いや、そもそもそれらすべてを引き起こした人間の欲望さえも大いなるシステムの一部でしかないのかもしれない。

 きっと私の存在も、そんなシステムの部品のひとつに過ぎないのだろう。

 

 

 とはいえ、そのような話は私の意思とは関係がない。

 私がこんなことをしているのは、星が命じているからではない。

 私の情動が星によって組まれたプログラムで、存在がシステムの部品に過ぎないとしても、私の意志までもがこの星のものである必要はない。

 私が何もしなかったところで、人間たちもかつて自分たちが食い潰してきた他の生き物たちと同じように淘汰されるだけ、別に私は困らない。

 人間ごときのために苦労するのは馬鹿馬鹿しい、さっさと見限って自由に楽しく暮らした方がよい、そういう考え方もあるだろう。

 

 だけど私はそうしない。

 私が人間を更生させてまで生かそうと躍起になる理由。

 簡単なことだ。

 ……言葉にするのは気恥ずかしいのだけど。

 

 

 

 

 それは、『人間のことが好きだから』だ。

 

 

 

 

 ……彼らと初めて出会った時、なんて素敵な生き物だろう、と思った。

 短く儚い生涯の中で刹那に見せる勇気、知恵、愛。三色のトライアングルが織り重ねられて紡ぎ上げられる魂の調和。

 極彩色の翅などでは到底及ばぬその美しさに、私は魅せられてしまった。

 苛烈な争いの日々のなかで忘れかけていたこの気持ちを、サカキ=アキラたちが思い出させてくれた。

 そして、改めて思ったのだ。

 この輝きをなんとしても未来へ繋ぎたい、と。

 

『違うね!』

『人間こそが地球に破滅をもたらす存在さ!』

『何度あやまちを繰り返しても気づかない、愚かな種族だよ……!』

 

 ……そうやって人間を見限ることができたら、どれだけ楽だったろう。

 だけど私の場合、それはやはり無理だった。私は、どれほど迷惑をかけられたところで人間たちを見捨てられないし、守護神であることもやめられない。

 なぜなら、人間のことが好きだから。

 破壊の王はそれを不自由で不幸なことだと言うかもしれないが、私はそうは思わない。

 むしろ、なんと張り合いのある『生き方』だろうとわくわくする。

 

 無論、楽しいことばかりではない。

 私がこれから選ぼうとしている道はきっとエゴだ。破壊の王なら『醜悪極まりない』と一蹴するに違いないし、人間たちも実態を察したら私を怨むかもしれない。

 だけどそれでもかまわない。悩み、惑うこともあったがもう迷わない。

 私は、自分のエゴを貫き通す。

 私は、人間だけでは背負えないあまりに大きすぎる罪科を、人間と一緒に背負うことにした。

 綺麗で美しい部分だけを可愛がり、醜い汚点からは目を逸らす。命あるものと共に暮らす者として、そのような態度はやはり無責任だ。

 ……私は、最後まで戦い続ける。

 そしてこの命が尽き果てるまでに、穢れも罪も何もかもすべて清算してみせる。

 ……罪も、咎も、禍々しいものも、何もかもをあなたたちと共に。

 

 

 

 

 すべては私が愛する素敵ないきもの。

 人間たちと共に生きてゆくために。

 

 

 

 

 そしてこれは、この星への宣戦布告でもある。

 たしかに破壊の王の言うとおり、人間はどうしようもなく愚かで罪深くて汚れ切った、まさに失敗作と呼ぶに相応しい存在なのかもしれない。

 だけどそんな人間だって同じ星で生まれた、つまりはこの星にとってはかけがえのない大切な我が子だったはずだ。

 それを失敗作だからといって、もてあそんで捻り潰していい道理などあるはずがない。

 

 ……星の意思よ。

 あなたは人間を消してしまいたいのかもしれないが、そんな身勝手はこの私が許さない。

 こんな私を止められるものなら止めてみせるがいい。

 私は受けて立ってやる。

 

 

 

 

 そして私は、〈我が子〉のことを想った。

 

 

 

 

 ――私の命を繋いでくれる、愛しいあなた。

 

 よく遊び、よく食べて、よく眠って。

 あなたの幸せ、それがあなたのお母さん、私からの一番の願い。

 本当だったらそれだけでいい。

 お母さんとしては、あなたがちゃんと幸せに生きてくれるだけで充分だ。

 

 ……だけど、現実は厳しい。

 幸せに生きる、それだけを実践することのなんと難しいことか。

 知恵と勇気と愛があっても、力がなければなにも出来ない。

 かといって、力ばかりを求めていては大切なものを見失う。

 自分ひとりで全てを手に入れようとするのは身に余る。

 生きるだけでも精一杯、それがこの世界の現実だ。

 

 

 ……時には、挫けてしまいそうになることもあるでしょうね。

 だけどそんな時、あなたが生きてゆくための御手本になるものはいっぱいある。

 あなたのお父さん、〈バトラ〉。

 サカキ=アキラたち。

 そして誰よりも強い破壊の王、〈ゴジラ〉。

 自分の在り方を貫き続けた彼らみたいに、強い意志を持った、賢くて優しい子に育ってね。

 あなたのお母さんにはそれが出来なかった。そんな私の弱さ、愚かしさまでは、どうか継がないでほしい。

 ……こんな星なんかに、負けないで。

 おねがいばかりで何もしてあげられない、どうしようもないお母さんでごめんね。

 だけど、どうか、どうか。

 

 

 

 

 

 ……ふう。

 

 いつまでも物思いに浸ってはいられない。

 愛する子供たちが、母の帰りを待っている。

 憂いを払った私は、足元の『あの子たち』に告げた。

 

 

 

 

 ――――さあ、帰りましょう。

 

 

 

 

 そして私――モスラは、『あの子たち』を乗せた潜水艇を抱き上げて、自分の住処まで連れていった。

 

 

 

 




登場怪獣紹介その11「モスラ」


・モスラ
体長:36メートル
翼長:170メートル
体重:1万トン
二つ名:慈愛の女王(クイーンオブモンスター)、極彩色の怪獣
主な技:電磁鱗粉、電磁毒針、ボンバーラリアット

 本作のメインヒロインにして隠し球。
 メカゴジラの小説だと思った?
 ヴァカめ、ゴジモスだよ!!

 初出は『モスラ』。
 ゴジラ、ラドンと並ぶ東宝三大怪獣の一角で、『モスラ対ゴジラ』以降からはゴジラ怪獣として知られる東宝特撮怪獣映画屈指のヒロインです。
 またスピンオフシリーズとして『平成モスラ三部作』の主役を務め、ボツになったものの『モスラVSバガン』という企画も存在していました。

 モスラは蛾の怪獣とよく言われますし、アニゴジ本編で「蝶?」って言われたシーンについては「いやモスラは蛾だろ!」とツッコまれてましたけど、実際のところモスラって鳥の怪獣でもあると思うんですよね。
 卵の形は鳥の卵ですし、鳴き声も鳥っぽいですし、あの鱗翔目にしては違和感のある口も鳥の嘴として見るとしっくりくる感じ。
 力強く逞しい猛禽よりかは、華やかな羽根と美しい歌声を持った小鳥のイメージがあります。
 KOMのモスラやちびモスラなどは特に鳥の要素が強いですし、アニゴジでフツアが「鳥」に因んだ形容を多用するのはそういった部分を汲んだものなのかもしれません。

 シリーズ常連だけあってモスラの登場作品は数多くありますが、中の人のオススメは『モスラ対ゴジラ』。
 娯楽性やテーマ性にも優れ、ゴジラとモスラをはじめ人間サイドのドラマパートも魅力的、まさに傑作のひとつです。古い映画ですが、どうかぜひ。
 何しろ歴史の長い怪獣ですし(『モスラの精神史』なんて本が出てるくらい。モスラ愛の滾った名著です)、個人的にも思い入れが強くて語ると長くなってしまうので、これくらい。

 『PMG』に登場した彼女本人です。
 メカゴジラとも所縁が深い怪獣ですし、また話の展開上都合が良かったので登場させました。
 彼女とゴジラの関係性についてはKOM以前に構想したものの、KOMでまんま同じことをやられてしまったので酷く驚いた記憶があります。

 書く前までは「なにさ、怪獣の癖に人間の味方なんてイイ子ぶっちゃって!」とあまり好きではなかったんですが、実際書いてみるとそのヒロイン性に惹かれるようになり、今では一番好きなゴジラ怪獣の一体になりました。
 モスラの主役作品、また何かしらの形で出ないですかねぇ。


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92、それからの話

最終回じゃないぞよ もうちっとだけ続くんじゃ。


 孫ノ手島での脱出劇から一年後の春。

 わたし、タチバナ=リリセは立川へは戻らず、モスラの庇護下で暮らしていた。

 

 Legitimate Steeel Orderを率いていたビルサルドのヘルエル=ゼルブと、真七星奉身軍を操っていたエクシフのウェルーシファ。

 中核は壊滅したとはいえその残党が活動している可能性がある。

 新生地球連合軍壊滅、歴史的一大事件の生き証人であるわたしとエミィは、ほとぼりが冷めるまでしばらく世間から身を隠す必要があった。

 

 そんなお尋ね者同然のわたしたちを、モスラが匿ってくれたのだ。

 

 

 わたしにとって一番気掛かりだったのは、ヒロセ家のその後だ。

 ごちゃごちゃしているうちに、ろくに挨拶もしないまま飛び出してしまった。

 ……心配してるだろうなあ。

 せめて伝言くらい残して行けばよかった。

 

 そんなわたしを見かねたモスラが、ヒロセ家の近況について教えてくれた。

 モスラが送り込んだ眷族がこっそり様子を見に行ったところによると、ヒロセ一家は立川から拠点――世田谷の成城、(きぬた)というらしい――を移し、また新しい生活を始めたようだ。

 

 ゴウケンおじさん、ヒロセ=ゴウケンは、年齢のこともあって車椅子生活になってしまった。

 だけど矍鑠(かくしゃく)とした性格は相変わらずで、サヘイジさんや跡取りのゲンゴ君、そして今まで面倒を看てきた沢山の若衆たちの助けもあって、ヒロセ工業再建に向けて以前にも増して辣腕を振るっているらしい。

 

 ゲンゴ君ことヒロセ=ゲンゴは、また仲間と一緒にマンガを描き始めたらしい。

 ネルソンに腕を折られたせいで一時は絶望的だったらしいけれど、本人の血のにじむようなリハビリのおかげでまたペンが握れるようになったそうだ。

 ……いや、本当はわたしからモスラに頼んでちょっと手伝ってもらったんだけど、そのことについては墓まで持って行くつもり。

 それにモスラだって「飽くまで手伝うだけ、あとは本人の努力次第」と言っていた。

 だからこれはゲンゴ君自身の努力の成果なのだ。

 

 ゴウケンおじさんも、ゲンゴ君も、サヘイジさんも、会社の人たちも、行方不明になったわたしたちのことを心配してくれているらしいのは後ろめたかったけど、下手に連絡するとそこからまた(るい)が及ぶ可能性がある。

 それにこれまでだってしばらく音信がなかったことなんてザラにあったし、あのヒロセ家のことだ、きっと逞しく暮らしていけるだろう。

 ……わたしはそんな風に思うことにした。

 

 新生地球連合軍のその後についてだけれど、まったく知らない。ぶっちゃけどうでもいい。

 ヘルエル=ゼルブとウェルーシファ、ビルサルドとエクシフ、その二大巨頭を失った新生地球連合軍はどうなったのか。

 気にならないと言えば嘘にはなるが、もう関わり合いになりたくないという気持ちの方が強かった。

 あんな最低な連中のことなんてもう知ったことか、勝手にしやがれ、って感じである。

 一刻も早く忘れてしまいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早めに朝食を済ませたわたしは、拾い集めた朽木を両手いっぱいに抱えながら森の中を歩いていた。

 今日は絶好の春日和。

 ぽかぽかと暖かい陽気につられて気分が乗れば、自然と足取りも軽くなる。

 ついつい鼻歌が零れ出た。

 

スイスイスーダララッター、スラスラスイスイスーイ♪ スイスイスーダララッター、スーダララッター……」

 

 むにっ。

 なにやら足に妙な感触を覚え、それと同時に足元から『ぴい』と声が聞こえた。

 

 足の下を見ると、〈掃除屋〉がいた。

 朽ち木を山盛りに抱えていたせいで、足下がお留守になっていたのだ。

 

「あ、ごめん!」

 

 しゃがみ込んだわたしに、掃除屋がぴいぴいと抗議の声を上げた。

 彼の言葉はよくわからなかったけれど、どうやら、痛い、と怒っているらしい。

 

「ごめんね、つい気づかなくて」

 

 足元の掃除屋にペコペコ謝ると、掃除屋は謝罪を受け入れたのか、黙々と掃除の作業に戻った。

 掃除屋が去ったあと、わたしは朽木を抱えなおし、農園へと急いだ。

 

 朝食後の朽木集めは、わたしの日課だ。

 食後の運動にもなるし、四季折々に変化し続ける森の中を毎朝散歩するのは飽きなかった。

 

 

 

 

 そうこうしているうちに目的地、村の農園に到着した。

 この農園の目玉はキノコだ。

 わたしが先ほど抱えているこの朽木はキノコ栽培の素材にするためのもので、農夫に引き渡すとキノコの苗床に加工してくれる。

 朽木を農夫へ引き渡したあと、わたしは呼び止められた。

 

「え、なに、味見?」

 

 顔馴染みの農夫からキノコの味見を勧められた。

 普通のキノコは加熱調理が必須、生食なんて厳禁だ。なのだけれど、このキノコは特殊な品種で、生でも食べることが出来る。

 

「うーん、でも、悪いよ」

 

 わたしは手を振って遠慮したけれど、農夫はわたしのことを気に入ってくれているらしく、ぐいぐいと勧めてくる。

 半ば圧し負ける形で、キノコを一口いただくことにした。

 

「いただきまーす」

 

 ……う~ん、美味し~い♪

 キノコなのだがほんのりと甘くて、まるで砂糖をまぶした餅のお菓子みたいだ。

 バターか何かと併せて加熱調理してもよさそうだが、生食しても充分に美味しかった。おやつにちょうどいい。

 このおやつみたいなキノコ以外にも、赤かったり黄色かったり、さまざまな種類のキノコがさまざまな用途に応じて栽培されていた。

 

 ……今年もいいキノコが出来そうだなあ。

 

 農園に植えられた色とりどりのキノコたちを眺めながら、そんなことを思った。

 モスラの森に来た最初の頃は、マタンゴ中毒のこともあったから、得体の知れないキノコを口にするのにものすごく抵抗を感じた。

 だがそれも昔のこと。今はここのキノコ料理が好物のひとつだったりする。

 

「ありがと、農夫さん」

 

 農夫に頭を下げ、わたしはウシ小屋に向かった。

 

 

 

 

 ウシ小屋に到着すると、期待したとおりわたしの見知った顔があった。

 

「おはよう、エミィ」

 

 わたしに声を掛けられ、エミィが「ん」と、こちらに振り向いた。

 ウシたちの毎朝の面倒を看るのは、エミィに割り振られた仕事だ。

 ウシの世話係の朝は早い。

 おかげでここ一年くらい、わたしもエミィもずっと早寝早起きだった。

 

 「おはよ」と、エミィの傍らにいた男の子にも挨拶すると、彼は満面の笑顔で手を振り返してくれた。

 孫ノ手島から一緒に脱出した、浅黒肌の少年。

 島の一件以来、エミィと彼はすっかり仲良しになったらしい。

 

「なあに、デート?」

「ちがわい」

「恋を語るには相応しい()ですな、はっはっは」

「だから違うって言ってんだろ」

 

 わたしがからかうと、エミィは頬っぺたを膨らまして怒った。

 ……ああ、相変わらず可愛いなあ。

 頬が自然と緩んでしまう。

 

「にやけてるとキモいぞ」

 

 ぷんすかと怒りつつも餌やりを終えたエミィは、ウシの頭をとんとん、と叩いた。

 怒ってはいたが、ウシを叩く仕草は綿を撫でるよりも繊細だ。

 殴ってはいけない。力加減にコツがある。

 刺激を受けたウシは()()()()()()()()()()()()

 その蜜をエミィは素焼きの器に溜めてゆく。

 

 ……もうお気づきかも知れないが掃除屋も農夫も、ウシさえも普通の生き物ではない。

 モスラの森にいる家畜は皆、モスラの眷属。

 

 

 つまりモスラと同じ、虫の怪獣だ。

 

 

 外見や性質から見るにウシはおそらくアリマキ、朽木を引き渡したキノコ農園の農夫はハキリアリ、先ほど踏みつけてしまった掃除屋はワラジムシが原種だろう。

 大きさは数センチ程度のものから数メートルに至るものまで、実に大小さまざまだ。

 

 ……虫の怪獣と人間が共存した社会なんて!

 

 わたしだって最初こそ驚きはしたし、曲がりなりにも虫なので生理的な嫌悪感もそれなりにあったが、慣れというのは恐ろしいもので、一年ものあいだを共に暮らした今となっては虫たちのことが可愛いとさえ思うようになっていた。

 虫たちは特撮映画にでも出てきそうな(いか)つい風貌をしていたが性質はみんな大人しくて賢く、人間を獲って喰おうなどというような()は一頭もいない。

 外見も慣れてしまえばどうということもない。動物図鑑やテレビで見慣れた家畜たちより足の数が二本か四本多いだけだ。

 

「なあ、リリセ」

 

 蜜搾りの作業を終え、着替えたエミィに声をかけられた。

 

「虫たちに頼んで、村の古着を直してもらったんだ」

 

 そう言いながらエミィは、新しい服を見せつけるように、くるりと一回転した。

 外界のどこにも存在しない、独特のデザイン。

 機能性重視で余計な装飾がない素朴なものだったが、かといって味気ないということもない。

 色合いもブロンドヘアと調和が取れていて、桃色の髪飾りが良いアクセントになっている。

 

 今のエミィは可愛らしい女の子というよりも小さな美人さん。

 まさに『小美人』とでもいうべきだろう。

 

「……どう、かな」

 

 上目遣いでおずおずと訊ねるエミィに、わたしは素直な感想を告げた。

 

 

「とっても綺麗だよ。よく似合ってる」

 

 

 森の衣装に身を包んでいるのはエミィだけじゃない、わたしもそうだ。

 

 虫たちと村人が一緒に開発したというこの服は、シンプルに見えて実際はとても機能的だ。

 濡れてもすぐ乾くし、頑丈でシンプルな構造だから直すのも簡単。ちょっとした改修だけで何年も着続けている人だっている。

 着心地もとてもよい。夏は涼しく、重ね着すれば冬でも対応でき、肌に優しい質感で出来ている。

 数日でもこの服に袖を通してしまえば、もう元の洋服を着ようとは思えなかった。

 

「……む」

 

 不意にエミィがいぶかしむように目を凝らした。

 どうしたの、と聞くと、エミィは眉をしかめて唸りながらこう言った。

 

「……またムネがでかくなってないか?」

 

 わたしは頬を掻いた。よく見てるなあ。

 

「お腹が痩せたからね。見てよ、ウエストなんかこんなに細くなっちゃった」

 

 そう言いながら腰にぽんぽんと手を当てて、笑ってみせる。

 

 先日、久しぶりに洋服のズボンを履いてみたわたしは、ベルトの穴の位置が変わってしまっていることに気付いた。

 ヒップと太股も締まったのか、以前はぴっちりしていたはずのズボンも今ではかなり余裕があって、前の位置でベルトを留めたらズボンが脱げてしまいそうなくらいにぶかぶかだ。

 そんなわけで、図らずも念願のダイエットに成功してしまった。ヤッタネ☆

 

 ……まぁ、実のところ、エミィの言うとおりバストアップしたのも事実だったりするんだけどね。

 この衣装だとサイズをあまり気にしないから気づかなかったんだけど、ズボンと併せて洋服のシャツを着たら胸のボタンがブッ飛んでしまった、なんてことがあったのである。

 まあ、言わないけど。

 追及されたくなかったので、わたしは話題を変えた。

 

「エミィこそお肌が綺麗になってない? そういえば背丈もちょっと伸びたよね」

 

 以前はがさがさに荒れていて痛々しかったエミィの手先が、今はつやつやのすべすべになっていた。

 身長もそうだ。そもそも服を譲ってもらったのだって、エミィ自身の身長が伸びたからだ。

 エミィはもう十五歳、女の子の成長期にしてはちょっと遅い。十四歳の頃からずっとちんちくりんだったので当人も気にしていたくらいだったのが、この村に来てからしばらくして背がぐんぐん伸び始めた。

 体格だって変わってきた。エミィ自身が言うところの『筋トレ』の成果だろうか、以前は痩せぎすのホネカワスジエモンだった体型も、今は筋肉が増えてちょっと逞しく、さらにほどよく脂肪もついて女の子らしい丸みを帯びた体つきに変わりつつある。

 わたしに指摘されたエミィは、自分の手を頭上にかざしながら答えた。

 

「しばらくエンジンオイル触ってないしな、油臭いと虫たちが嫌がるし」

 

 なるほど、エンジンオイルを触らなければ肌荒れは起きない。

 ……待てよ。

 ということはつまり、ここしばらくはクルマをいじってないということなのだろうか。

 たしか一年前、孫ノ手島からパクってきたビルサルドのクルマがあったはずだけど。

 そう聞くと、エミィは首を横に振った。

 

「一応、いつでも動かせるようにはしてある。たまには弄らないと手が(なま)る」

「エミィってなんだかんだメカ好きだねえ」

「ずっと弄ってたからな。そう簡単にやめられるもんか」

 

 エンジンオイルも理由かもしれないが、あるいは生活環境が変わったからかもしれない、とわたしは思った。

 このモスラの森に来てからというもの、わたしたちは二人ともすこぶる体調がよかった。

 充分な衣食住に綺麗な空気、適度な運動、そして早寝早起き。

 毎日よく食べ、よく働き、よく眠る。

 下手な食事制限ダイエットなんかよりよっぽど健康的だ。これで体の調子が良くならない方がおかしいのかもしれない。

 そして体調が良いから、メンタルもいい。

 この森に来てからというもの、わたしもエミィも健やかな気分で毎日を過ごせている。

 

 

 あ、そういえば、とエミィは言った。

 

「〈巫女〉が呼んでたらしいぞ。なんかやったんじゃないだろうな」

 

 エミィの言葉に、わたしは鼻息を荒げて言い返した。

 

「失敬な、そんな覚えは……」

 

 と言いかけて、先ほど踏みつけてしまったワラジムシの掃除屋のことを思い出した。

 彼がクレームを入れたのかもしれない。

 もし虫たちを怒らせてしまったのだとすれば大変だ。

 

「……なくもないからちょっと行ってくるね」

「いってら」

 

 エミィと少年を置いて、わたしは巫女のいる(やしろ)へと足早に向かった。

 

 

 



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93、Her Last bow

あのキャラが登場。


 モスラに助けてもらった人間は、わたしとエミィだけではない。

 

 住み慣れた故郷を怪獣に追われ、外の社会での生きる術を失い、行き場を失くしてしまった人。

 モスラはそんな、今の世界から零れ落ちてしまった人々を救い上げては自らの庇護下におき、そしてモスラに助けられた人々はこの森で村を築いて静かに暮らしていた。

 

 森の中で狩りをして、湖や地下から水を汲み、キノコを筆頭とする作物を栽培し、家畜の虫たちの世話をして、仲間同士で互いに助け合う。

 このような極々こじんまりとした泥と汗にまみれた生活ではあるものの、困ったときはモスラが補助してくれるし、ここでは完全な自給自足が成り立っている。

 質素に暮らしているかぎりにおいては村を出る必要はないし、森の奥という立地もあって、外から人が入ってくることも皆無のようだった。

 

 そんな人々の暮らしを支えているのは虫たちで、その虫たちの生みの親はモスラだ。

 モスラは村を支配する女王であると同時に熱心な虫のコレクターであり、そして極めて優れた科学者でもあった。

 その翅を羽ばたかせてたまに出かけていったかと思えば、環境破壊で滅びかけていた虫たちを連れ帰ってきては育種改良し、自分の森の生態系に組み込んでゆく。

 かつての人類文明でも成し得なかった人間と自然の完璧な共生関係を、モスラは独自の生物工学で実現していた。

 人間と虫が築いてゆくユートピア。ただしその主導権は飽くまでも虫たちにある。

 モスラは〈慈愛の女王〉なんて呼ばれるとおり基本的には優しいし、困りごとがあったら親身になって付き合ってくれる。正直くだらない内輪揉めばっかりしてるヒト型種族なんかより、怪獣モスラの方がよっぽど理想的な支配者だと思う。

 

 だが、そんな彼女にも例外はある。

 モスラの逆鱗。

 それは『虫たちを傷つけること』だ。

 生まれた虫はたとえどんなに弱くても間引きは許さず、与えられた寿命を全うするまではきちんと育てさせた。

 ましてや邪魔だなんて理由で殴りつけようものなら、それはもう恐ろしい剣幕で烈火のごとく怒るのだ。

 虫たちをいたずらに傷つけようとする人間の横暴な振る舞いを、モスラは絶対に許さなかった。

 

 考えてみれば不思議なことではない。

 人間にとっては虫かもしれないがモスラにとっては同族であり、特に新種たちは自分の腹を痛めて生んだ子供も同然だ。

 そんな彼らを粗末に扱われたりしたら怒って当然だろう。

 

 

 それに、村人たちが虫たちを大切にするのはモスラが怒るからだけではない。

 実はこの森に生えている植物や野生動物は皆有毒で、また地下水も汚染されており、人間が直接口にすることは出来ない。

 人間たちが飲み食いするためには、まず虫たちを通して浄化してもらわなければならない。

 食糧と水だけではない。

 暗い夜を照らしてくれるのはヒカリコメツキとホタルだし、土木作業を手伝ってくれるのはアリとケラ。

 衣服を紡ぐ生糸を創るのはヤママユで、その生糸から服を縫うのはクモとミノムシ。村中のゴミを食べてくれる掃除屋たちはワラジムシだ。

 虫たちはまさにこの村における健康で文化的な暮らしを支える生命線なのだった。

 

 だから虫たちを粗末に扱ったりして怒らせてしまうと、結果は悲惨だ。

 兄弟が理不尽な目に遭ったと察知すると、虫たちは全員で一斉にストライキを起こしてしまう。

 そしてひとたび虫がストライキを起こせば、村の食料はなくなり、水も飲めず、ゴミは散らかり、灯りさえもとれなくなり、村人たちは暮らせなくなってしまう。

 こうなってしまうとあとはモスラに仲裁を頼み、村人一同そろって虫たちへ誠心誠意許しを乞うしかない。

 しかも人間は虫たちの恵みがないと生きられないが、虫たちの方は人間が世話をしなくても自活できるので、人間たちがどんなに苦しんでいようと虫たちは何処吹く風とばかりにのんびりしているのだった。

 これでは人間が虫を飼っているというよりも、人間が虫に養ってもらっているようなものだ。

 

 尤もそんな一大事になりかけたのはわたしたちが来てから数日のことで、それも些細な行き違いが原因だったので誤解はすぐに解けた。

 他の村人たちもモスラの人選がいいのか、虫を可愛がりこそすれ粗末にする人はいないようだ。

 

 人間たちは虫に仕え、虫たちはそんな人間を生かし続ける。

 そんな平穏な共同生活がずっと続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしが(やしろ)に着いたとき、〈モスラの巫女〉は正装で待っていた。

 華はあるけどかといって煌びやか過ぎでもない、自然の蝶を思わせる美麗な衣装。耳にはモスラの紋章入りイヤリングがキラリと光っている。

 年齢はエミィと同じくらい。よく日焼けした浅黒肌と絹のような銀色の髪、利発そうな凛とした顔つきが印象的だ。

 見かけは人間の少女だが、彼女こそが女王モスラの代弁者であり、そして村の事実上のリーダーなのだった。

 

 わたしは真っ先に頭を下げた。

 

「彼のこと、踏んじゃって、申し訳ありませんでした!」

 

 自己採点では百点くらいの土下座である。

 いきなり呼び出されたことについて思い当たる節といえば、今朝に思い切り踏んづけてしまった掃除屋のことしか思い浮かばなかったからだ。

 

「不注意でした! 今後は気をつけますんで、ここはどうか、どうか穏便に……!」

『顔を上げてください、リリセさん』

 

 わたしが顔を上げると、巫女は(たお)やかな微笑みを浮かべていた。

 

『彼のことはいいのです。

 当人も、ぼんやりしていた、こちらこそ悪かった、と言っていましたから』

 

 そう語る彼女の唇はまったく動いていない。声すら発していなかった。

 ……何を隠そう、モスラの巫女は言葉を使わずに会話が出来る、いわゆるテレパシストなのだ。

 彼女の血筋はかつてモスラが南米を棲家としていた頃からの古参であり、そのテレパシー能力も先祖代々受け継いできたものだという。

 そのわりに顔立ちが日系っぽいのは、ちょっと日本人の血が混じっているからだそうな。

 閑話休題。

 

「え、そうなの? ホントに怒ってない??」

『いくらなんでも、踏んだ踏まれた程度のことで怒ったりはしませんよ。悪気がないのはわかってますし』

 

 漫画や映画、フィクションでしか見たことのない超能力:テレパシー。

 そのテレパシーではじめて話しかけられたときは流石のわたしも腰を抜かした。

 しかし今となっては慣れたもので、わたしは口語で、巫女はテレパシーで、不自由なく意思疎通をとることが出来た。

 

「そうなんだ、よかったあ……」

『だけど気をつけてくださいね。お互いに怪我をしてしまうこともありますから』

 

 わたしの懸念が空振りに終わったところで、巫女は本題に入った。

 

『……リリセさん。あなたがたがここにいらっしゃってからそろそろ一年経ちますね』

 

 ええ、そういえばそうですね。

 わたしが頷くと、巫女は続けた。

 

『ここで暮らしてみた感想はどうでしたか。

 もし気になることがあれば気兼ねなく仰って下さいね』

 

 ……変なことを聞くなあ。

 そう思いつつ、わたしは率直に答えた。

 

「気になること……特にないですねえ。こんだけ楽しく暮らしてて、不満なんか言ったらバチが当たりますよ」

 

 これは嘘偽りのない心の底からの本音だった。

 不満どころか外の生活よりもよほど快適だ。

 

 虫たちを怒らせさえしなければ飲み食いに困ることはないし、使い放題とはいかないまでも豊富な水を使えるので、毎日お風呂に入ることも出来る。

 モスラが守ってくれるおかげで、夜は安心してぐっすり眠れる。

 ここで暮らすためには虫たちの世話をしなければならなかったが、とてもやりがいのある仕事だし、毎日一生懸命に面倒を見ているとやはり愛着が湧く。

 毎日毎日仕事ばっかりというわけじゃないし、たまに開かれる村総出のお祭りや(うたげ)も楽しい。

 何より、新生地球連合軍の連中から匿ってくれたことについては感謝してもしきれない。

 

『お体の具合はいかがです』

 

 続けてそうたずねた巫女に、わたしは大口を開けて笑った。

 

「わたし? 元気すぎて困っちゃうくらいです。

 健康体も困りもんですね、あっはっは」

『…………』

 

 ゆさゆさと胸を揺らして笑うわたしに巫女は何か言いたげだったけど、すぐに真面目な顔を取り繕って本題を切り出した。

 

『タチバナ=リリセさん。

 以前もお伝えしましたが、あなたがたがしてくださったことにはとても感謝しています。

 新生地球連合軍にさらわれた子供たちを取り返すことができたのも、あなたがたのおかげです』

 

 ……ん? 『ヘルエル=ゼルブの話と食い違ってるじゃん』って?

 そうなのである。ゼルブは『子供を雇って働かせていた』と語っていたが、この村でわたしが聞いた話と併せると実態はどうも違うようなのだ。

 

 これはわたしの推測なのだが、LSOも連中なりに人を集めていたもののそれでは人手が足りず、実際には各地から子供を拐っていたらしい。

 奉身軍のマン=ムウモが言っていたLSOの『疑惑』というのは、おそらく人身売買や誘拐にまつわる疑惑だったのだろう。

 この村でも何人か被害者が出ており、巫女の弟である浅黒肌の少年はそれを助けるために孫ノ手島に乗り込んでいたのだという。

 

 この事実をヘルエル=ゼルブが関知していたかどうかはわからない。わたしと話していた時の様子だと知らなかったんじゃないかと思うが、もしそうならクソ間抜けな裸の王様だし、知っててわたしを勧誘していたのなら恥知らずも良いところだ。

 まぁ『上が立派な理想を持ってても下っ端はそうでもない』なんてのはよくある話、これに関してはネルソンが独断で動いてたんじゃないかって気もする。

 この事実一つ取っても、ヘルエル=ゼルブ御自慢のパクス=ビルサルディーナとやらが如何に絵空事だったかわかるというものである。

 またまた閑話休題。巫女は話を続けた。

 

『リリセさんとエミィさんのおかげで、わたしも大切な弟を死なせずに済みました。

 くどいかもしれませんが、改めてお礼を言わせて下さい』

 

 そう言って巫女が頭を床につけようとするので、わたしは慌てて止めた。

 そんな、頭下げられるようなことなんてしてないよ。

 

「エミィはともかく、わたしは大したことはしてないですし……ホントに、何も出来なかった」

 

 潜水艇に乗って脱出できたのはせいぜい十人程度だったが、あの島にはもっと沢山の子供たちが働かされていたはずだ。

 ……出来ればみんな助けてあげたかった。

 あの件に関してはそれだけが心残りだ。

 そのことを思うと、どうやっても気分が暗くなってしまう。

 

『……お礼、ということではないのですが、ここでわたしたちからひとつ提案があるのです』

 

 そんなわたしの憂鬱を拭い取るように、巫女は明るい調子で告げた。

 

『村に着てからの一年間も、あなたはとてもよく働いて下さいました。

 子供も虫も懐いているし、村としてもあなたの働きにぜひとも報いたい。

 

 

 

 もしよかったら、あなたも我々〈フツア〉に加わっていただけないでしょうか』

 

 

 

 目を見開くわたしに、巫女は続けた。

 

『……これは村の総意。

 ひいては女王モスラの意志でもあります。

 モスラもあなたの働きを認めています。

 あなたのような人を外の世界で散らせてしまうのはあまりにも惜しい、と』

 

 ……なんて善い人たちなのだろう。

 村におけるわたしの立場は単なる客分、余所者に過ぎない。

 『よく働いた』と言ってくれているが、わたしからすれば世話になる分だけ働いているだけだ。子供たちを助けたのだって成り行きでそうなったに過ぎない。

 エミィはともかく、ウェルーシファに良いように利用されただけで何の役にも立てなかったわたしなんか感謝される謂れはないと思っていたのに。

 そんな縁もゆかりも義理もないわたしのような赤の他人、タチバナ=リリセを、フツアたちは新しい仲間として受け入れてくれるというのだ。

 

 

 

 ……そうした方が良い、のかもしれない。

 わたしの脳裏にそんな考えがよぎった。

 

 

 

 外の世界の状況はどんどん悪くなるばかりで、良くなる兆しなんて一向に見えなかった。

 ナノメタルを巡って繰り広げられた新生地球連合軍の醜態、そして孫ノ手島を消滅させた核ミサイルの破壊力は、わたしに決定的な諦念を刻み込むには充分だった。

 これまでも『どうせこんなもん』とは思っていたけれど、今回の一件で『もうどうしようもないんだな』と思ってしまった。

 そして、それを否定できる要素が何も見当たらない。新生地球連合軍が滅んだところで、また別の人間が同じことをするだけだ。

 外の世界は滅んでしまうだろう。それも遠くない未来、おそらくは人類自身の手によって。

 

 ひるがえって、フツアの村はどうだろうか。

 今の様子を見ている限りでは、少なくともわたしが死ぬまでだったらずっと楽しく暮らせそうな気がする。

 なにしろゴジラにも匹敵する怪獣の女王(クイーンオブモンスター)、モスラが後ろ盾になってくれているのだ。

 不安要素が皆無というわけでもないけれど、よほどのことでもないかぎりフツアの生活は末永く続きそうだ。

 

 

 思いつきついでに、フツアの一員になった自分を空想してみた。

 

 

 そうだ、ヒロセ家の人たち、お世話になってる会社の人たちも皆呼ぼう。

 ゴウケンおじさんもそろそろ歳だし、いつまでもあんな任侠まがいのことをやらせておくわけにもいかない。

 余生をのんびり過ごしてもらうのに、フツアの健康的な暮らしはぴったりだ。

 

 エミィの結婚式、泣いちゃうんだろうな。

 エミィの子供、もし生まれたらどんな子だろう。

 まあ、たとえどんな子だろうときっとその子はエミィそっくりで、そして自分は猫可愛がりしてウザがられてしまうんだろうな。

 

 わたし自身はどうしようか。

 ハキリアリたちに弟子入りしてキノコの育て方を勉強してみる、なんてのもいいかもしれない。

 顔なじみの農夫がいるし、キノコは大好きだ!

 ……また太っちゃうか。キノコの食べ過ぎで。

 

 

 ゲンゴ君とのことはどうしよう。

 

 

 ……ゲンゴ君、ごめんね。

 本当はあなたの気持ちに気づいてた。

 だけどどうしても確信が持てなかった。

 ……いいや、違う。

 本当は意気地がなかっただけ。

 ついつい「いつかあなたの方からプロポーズしてくれるかな」なんて思っちゃったんだ。

 わたしはなんて卑怯だったんだろう。

 

 さらに虫の良いことを言うけれど、これを機にわたしからアプローチしてみようと思う。

 あなたは許してくれるかな。

 見た目は猛犬みたいだけど根は優しいあなたは、いったいどんな反応をするだろう。

 

 そしてわたしの子供、わたしの家庭。

 今まで生きるのに一生懸命でそんなものは想像したこともなかったけれど、もし手に入れたらきっと愛おしくてたまらないだろう。

 

 そんな、色んなことを考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめんなさいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、わたしは頭を下げた。

 顔を合わせなくても、テレパシーなんかなくったって、巫女が動揺したのがわかった。

 

「お話はすごく有難いんですが、〈ナノメタル〉のことがあるので……」

 

 そう言いながらわたしは自身に手を当てた。

 

 わたしの体には、マタンゴ中毒と怪我の治療のために注入されたナノメタルが残ったままだ。

 怪獣の細胞を即座に侵して食らい尽くす、マフネ=アルゴリズムのナノメタル。

 モスラはもちろん、彼女の加護を受けたフツアにとってもそんなものは毒以外の何物でもない。

 『よほどのことでもないかぎり』と思ったけれど、もしこのまま村で暮らしていたら、この体内に宿ったナノメタルはいずれ必ず災いをもたらすだろう。

 そんな確信があった。

 

「それに、やっぱりわたしにはここの暮らしは合わないかなーって」

 

 そう言った途端、巫女が詰め寄ってきた。

 

『やっぱり、もし不満があるなら……』

「いやいや、そうじゃない、そうじゃない。この森が悪いんじゃないんです」

 

 思いつめた巫女にわたしは首を振った。

 

「ただ、この森はわたしにはちと()()()()()

 わたしみたいな堕落した欲張りには合わないんですよ」

 

 ……足るを知る、という言葉もあるけれど。

 だけど、やっぱりたまには(あぶら)っこいステーキや不健康なお菓子をドカ喰いしたいし、しこたまお酒を飲んで酔い潰れてしまいたいときだってある。

 音楽を聴いたり、映画を観たり、本を読んだり、空想の世界に耽って無為に一日を過ごすのも楽しい。

 夏の暑い日にはクーラーや扇風機で涼みたいし、冬の寒い日はストーブで暖まりたい。

 オシャレな服やお化粧で着飾って自己表現したいと思うし、休みの日には仕事を忘れて街へ遊びに行きたい。

 クルマがなければ遠出も出来ない。

 わたしが心から楽しいと思えるような暮らしを送るにはやっぱり機械と電気と燃料、つまりは旧人類の文明が必要だ。

 そしてフツアの世界には、それらのいずれも存在しない。

 

「それにここにはキャラメルも映画もないしね。

 わたし定期的に映画観ないと死ぬ人だから」

『えっ、死んじゃうんですか!?』

 

 またしても詰め寄ってきそうな巫女に、わたしは「ウソウソ、冗談!」と慌てて答えた。

 

「冗談ですって。つまり、それくらい好きだからやめられない、ってことです」

『そう、ですか……』

 

 ……ホント、マジメな人だなぁ。

 悪いとは思うんだけど、ついついからかってみたくなる。

 悪戯心と申し訳なさで頬を掻くわたしに、巫女はぽつりと告げた。

 

『……やはり、行ってしまわれるんですね』

 

 目に見えて落ち込んでしまったモスラの巫女。

 けれど、すぐに顎に手を当て熟考を始めた。

 きっと、どうしたらいいか一生懸命考えてくれているのだろう。

 こんなチャランポランでイーカゲンなわたしなんかのために。

 

 ……彼女はいつもそうだ。

 テレパスという特別な力を授けられ、巫女という重い責任と立場を背負い、どうしたら皆が幸せに暮らせるか、そのために自分に何ができるか、そんなことばかり考えている。

 

 そんな巫女を見ているうちに、わたしは申し訳なさで胸がいっぱいになってきた。

 

 モスラの巫女はまだ幼いけれど、わたしなんかじゃ足元にも及ばないくらい立派な人だ。

 テレパスが使えるし、村中の尊敬を集めているし、モスラからは腹心として重用されるほど優秀で、そして何よりその才覚を皆のために使おうとする。

 今だってこうしてわたしのことまで心配して、長としての役目を懸命に果たそうとしている。

 

 

 ……だけど、それだけのことだ。

 

 

 こんなに真面目でしっかり者な彼女だけれど、本当はとても子供っぽいところがあるのをわたしは知っている。

 こう見えて甘いものには目がないし、弟君とおやつを取り合って喧嘩したのをわたしが仲裁してあげたこともあるし、子供たちと遊んでいるときや宴会で見せる笑顔は歳相応のものだ。

 

 それに優秀なテレパスだからって、完全無欠というわけでもない。

 彼女はまだ若い。

 自分の力について悩むこともあるだろうし、それを乗り越えて素敵な大人の女性になって、素敵な人と出会って、素敵な恋に落ちちゃったりするかもしれない。

 これからの人生、色んなことがあるはずだ。

 

 つまるところ、彼女も『普通の人』なのだ。

 

 真面目で、優しくて、気遣い屋の、ちょっとおませで頑張り屋な女の子。

 どこかのナノメタルで出来たスゴいヤツとは方向性が違うけれど、根は同じくらいに善人だ。

 そんな彼女が『行かないで』と言わんばかりにわたしの顔を見つめている。

 ……こんな善い子を困らせるなんて、わたしは大人失格だな。

 明るい口調でわたしは言った。

 

「まあ、今生の別れってわけでもないですし。

 ()()()もあるし、たまには寄りますよ。

 そのときは土産話を沢山持ってきますから。

 ね、()()()()さん」

 

 わたしの言葉に巫女――〈サエグサ=ミキ〉は沈鬱な表情を振り払った。

 

『……わかりました。

 皆にはわたしから伝えておきましょう』

 

 わたしの手をとってサエグサさんは言った。

 

『だけどいつでも戻ってきていいですからね。

 ずっと、待ってますから』

 

 わたしの両手を固く握るサエグサさんの手は、陽だまりみたいに暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌朝、わたしはフツアの村から逃げ出した。

 

 




残り6話。


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94、旅立ちの朝

 翌朝、わたしはまだ暗いうちにフツアの村を出発した。

 

 村の皆が眠っているうちに服を着替え、孫ノ手島からガメてきたクルマに荷物を積み、わたしはモスラの森を出た。

 LSOのクルマはビルサルド製の自家発電システムを動力源としており、ガソリンなどの燃料を補充する必要もなかった。

 

 ……サエグサさんの話を聞いたとき、潮時だな、と思った。

 フツアの村はたしかに居心地がよい。

 ということは、そのままずるずると長居して、結局自分で危惧したとおりにナノメタルの害を広げてしまう可能性がある。

 

 さらにサエグサさんは『村全体の総意』だと言っていた。つまり『村人総出で引き留めに来る』ってことだ。

 自慢じゃないが、こう見えてもわたしは村ではかなりの人気者である。わたし自身の決意は固いつもりだけど、村人全員で寄って(たか)って説得されたりでもしたらそれもどうなるかわかったものではない。

 こういうときは、決意が緩まないうちにとっとと行動してしまうに限る。

 ……黙って逃げちゃってごめんなさいね、サエグサさん。

 

 

 それにサエグサさんにも言ったけれど、わたしはやはりこの暮らしには馴染めない気がする。

 一年間フツアと共に過ごしてみた個人的な結論として、わたしはそう思うのだ。

 

 

 別に、フツアの暮らしが悪いとは思わない。

 むしろ素晴らしいとさえ思う。

 自らの欲望を律し、自然と調和した健康で健全な暮らしを出来るだけ長く続けてゆく、エコでロハスなスローライフ。

 それはとても正しいことなのだろうし、もっと早い段階で多くの人にそれが出来ていれば地球の未来だって全然違っていたのかもしれない。

 

 だけど、そんな生活は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 この森の生態系が成り立っているのは、モスラという人知を超えた怪獣の力があってこそだ。

 人間の力だけで実現しようにも絶対上手くいかないだろうし、仮に上手くいったところで予想外のアクシデントひとつで簡単に破綻してしまうだろう。

 

 それに、フツアの暮らしは楽しいけれど、反面とてもストイックなところがある。

 人間が暮らすために必要なものがすべて揃えられている一方、その分『それ以上を求めすぎない』という強い自制心が求められた。

 皆がそんな修行みたいな暮らしができるほど、心が強い人ばっかりじゃない。

 ヒトは、この世界で生きてゆくために文明という武器を発明し進化させていった。

 裏を返せば、文明を取り上げられてしまったヒトはとても弱い生き物なのだ。

 かくいうわたしも、そんな弱い人間の一人。便利で楽しい文明生活を捨てられないわたしはきっとモスラに迷惑をかけてしまう。

 

 “あの子”の言葉がよみがえる。

 

 

『弱い人や間違える人はいても、最初から世の中に災厄をもたらそうと思っている悪の大魔王なんてどこにもいない』

『自分が幸せになりたい、大切な誰かを幸せにしてあげたいと願ってる普通の人ばっかり』

 

 

 そんな『普通の幸せ』を求めた先にナノメタルがあり、怪獣が生まれ、そしてゴジラが人類を滅ぼした。

 ほら、植木(うえき)(ひとし)さんも唄ってるじゃない。

 彼の言うとおり、わかっちゃいるけどやめられない。

 それが人間だ。

 

 

 ……まっ。

 そんなコムズカシー理屈をこねなくても、単純に『合わない』ってだけなんだけどね。

 

 昆虫や野菜、キノコを使った料理は美味しかったけど、「モスラの加護が受けられる」と勧められた『赤いジュース』は酷い味だった。

 放射線被爆を癒せるというのは凄い効能だと思うが、どうやって作られているのか気になるし、あんな不味いものを毎日飲まなきゃ暮らせないのはちょっと抵抗がある。

 だいいち、フツアの村に定住しちゃったら旅行にも行けやしない。わたしは死ぬ前にもっといろんな場所を見に行きたいんだ。

 

 そんなわけで、たまにフツアと付き合うのも悪くないが、こうしてクルマで環境汚染しながらあちこちをフラフラ走り回ってる方がわたしの性分には合っているのだ。

 素晴らしき(かな)、文明!

 嗚呼、素晴らしき環境破壊、万歳!

 

 ……そんな風に開き直るわたしはやっぱりフツアに加わる資格なんてないんだろうなあ、なんて思ったのである。

 そういうわけで、わたしはフツアの村からトンズラこいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗い中、がたがたと走るクルマに揺られながら朝御飯――モスラ印の卵の水煮だ――を飲み下したわたしは「ねえ」と運転席へ声をかけた。

 

「本当にこれでよかったの? 無理してついてくることないんだよ」

 

 わたしがそう確認した先、クルマの運転席ではいつものとおりエミィ=アシモフ・タチバナがハンドルを握っていた。

 ……本当にそうなのだ。わたしと違ってエミィはナノメタルを体内に有しているわけではない。

 フツアの暮らしにも抵抗がなさそうだったし、モスラの庇護下で暮らすことだって出来たはずだ。

 怪獣に追っかけ回されながら死に物狂いでカーチェイス、そんな危険な暮らしなんかもうしなくていいのに。

 

 わたしの言葉に、エミィが憮然と答えた。

 

「わたしがいなかったら誰がクルマを整備する。おまえじゃメンテなんて出来ないくせに」

「ゔっ」

 

 痛いところを突かれてしまい、わたしは苦笑いを浮かべた。

 たしかに、エミィと暮らすようになってからメカニック周りは全部任せきりだ。

 仮にわたし一人になったとして、ちゃんと出来るかどうかは怪しいところだった。

 

「まあ、それくらいならなんとかなるよ」

「おまえに任せたらクルマが可哀想だ」

「そこまで言う? そんな酷いことばかり言ってると、新しいボーイフレンドにも嫌われちゃうぞ」

 

 フツアたちとの暮らしの中で、浅黒肌の少年とエミィが村の隅っこで仲睦まじく話している様子を見たことがある。

 それも一回二回じゃない。相当に気が合うのだろう。

 秘密の逢瀬(デート)がバレていたことに気付かされたエミィは、目を見開いて怒鳴った。

 

「あ、あいつとはそんなんじゃない!」

 

 へー、とわたしは笑みを浮かべた。

 

「あれれー、当てずっぽうで言っただけなんだけどなー。『あいつ』ってどこの誰かしらー?」

「そ、それは……謀ったな、おまえっ!」

「さあ、なんのことかしらー?」

 

 ホント面白いなあ、ムフフ。

 顔を真っ赤にして慌てふためくエミィの様子を見ながら、わたしは口元がにやけるのを抑えられなかった。

 エミィは普段から表情の起伏が薄いからか、動揺するととことん目立つ。

 

「ニ、ニヤニヤしてるとキモいぞっ」

「むっふっふ。今からでも引き返してもいいんだよ?」

 

 にやにやしながら意地悪を言うわたしに対し、エミィは不機嫌そうにいつもの口癖を言う。

 

「わたしがいないとおまえはダメだ。それに……」

 

 と、エミィは一端ここで言い(よど)み、息をかすかに吸ってから、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それに、おまえも独りで死ぬのは嫌だろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はて、何のことかしらん?

 眉を上げて小首をかしげたわたしに、エミィは目線も合わせず言った。

 

「トボケるな。身体のナノメタルのせいで病気になった。もう助からない。そうなんだろ?」

 

 ……その言葉に、わたしは視線を逸らし、ぽりぽりと頭を掻いた。

 

 

 

 

「あちゃー、バレてたのかー……」

 

 

 

 

 身体の奥に重い疼痛(とうつう)を感じるようになったのは、数週間前のことだ。

 

 わたしの命を救ってくれたナノメタル。

 そのナノメタルがメカゴジラという中枢を喪ったことで暴走状態に陥り、そして今は金属の癌細胞となってわたしの命を蝕み始めていた。

 

 増殖速度は牛歩だったが、暴走状態となった今となっては進行を止めることも取り除くことも不可能になってしまった。

 今思えば、島から脱出したわたしたちをゴジラが執拗につけ狙ったのも、わたしの体内にあるナノメタルが原因だったのだろう。

 『何かの間違いで、怪獣と人間を取り違えて食い殺してしまうことだって充分起こり得るじゃないか』

 ……皮肉な話だ。ナノメタルについてそんな危惧を抱いた当のわたしが、その餌食になってしまったのだから。

 

 なんとか助からないかとモスラに相談してみたけれど、ナノメタルに冒されてゆく寿命についてはどうしようも出来なかった。

 モスラ曰く『入り込まれる前なら防ぐ術はあるが、ここまで侵食されてしまっては手の施しようがない』らしい。

 この事実がはっきりした時点で、わたしの未来は決まった。

 

 わたし、タチバナ=リリセは、フツアの村を去らなければならない。

 それも早急に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モスラの巫女:サエグサさんとの会話から数時間後。

 村人たちが寝静まった夜更けを見計らい、わたしは行動を開始した。

 わたしはこの村を去らねばならない、誰にも気づかれないうちに。

 細心の注意を払いながら忍び足で寝所を抜け出し、音もなく荷造りを済ませる。

 そして『さあ服を着替えて村を出よう』というところで、わたしは思わぬ問題にぶちあたってしまった。

 

 

 洋服が着られないのである。

 

 

 ……胸がデカすぎる。

 フツアの服を脱いだ途端にぶるんっ(まろ)び出る、圧倒的重量級おっぱい。

 替えの下着はフリーサイズのスポブラだし、インナーもキッツキツだがなんとかなったものの、シャツのボタンが留まらない。

 この洋服もつい先日は何とか着られたのだが、エミィに見抜かれたとおり知らぬ内にまたバストアップしていたようである。

 ……チキショー、こないだミノムシたちに直してもらったばっかりなのにっ!

 

 ちょっと身じろぎするだけでたゆんと揺れる、両掌に収まらぬデカメロン。

 左右合わせて3キロは下らない、2リッターボトルを2本抱えたようなズッシリとした存在感。

 大きさは胸囲だけに驚異の100センチ越え、我ながらとんでもないボリューム、ゴジラ(Gカップ)を越えた超ゴジラ(Iカップ)である。

 

 ……いやいやいやいやまてまてまてまて。

 いくらなんでもデカすぎるでしょ!?

 

 こんなの絶対おかしいよ!

 確かにウエストと一緒にアンダーも痩せたとはいえ、なんでHを飛ばしていきなりIなのさ。

 選りにもよってこんな土壇場で、ホントのホントにマジのマジで冗談じゃねえのである。『出すとこ出してたわわになったら~』って誰かが歌っていたけれど、こんなの人前で出したら露出狂の痴女じゃん。

 セクシー女優じゃあるまいし、なんとかして仕舞わなくては。

 わたしはシャツの襟をつかんで引っ張った。

 

 ……おほん。

 ま、まあ? たかが服のボタンですし?

 本物のゴジラとやりあったわたしですから?

 そんなわたしにかかればこんなもの……

 

「ふんっ」

 

 こんなもの……

 

「あ、あれっ……このッ、フンッ!」

 

 ……意外と手強いな。

 こんなに力を込めているのに届かない。

 

「ふんっ、ふんッ、ふんぬっ!」

 

 くそう、アレかっ、洗濯して縮んだのかっ!?

 

「くっ、むっ、オラッ、このぉっ、ふんぬぬッ……んッ♥」

 

 い、いかん!

 胸を触ってたらヘンな気分になってきた。健康優良すぎるフツアの暮らしのせいだッ。

 気を取り直して自分の胸に挑むわたし。

 

「むんっ、ぐっ、はぁッ、ふんぬッ、ぐぅッ、ぐぬゥッ、ひぁうっ♥、こんにゃろッ……!!」

 

 ……まさか、こんなことになるとは。

 アンギラスやメカニコング、ゴジラとさえ戦ったわたしだけれど、最後に立ちはだかった強敵がよりにもよって『自分のおっぱい』だなんて。

 そもそもこの文章、怪獣の話でしょ?? このままだと最後の対決が『タチバナ=リリセ対おっぱい』ってことになっちゃうけど、いいのこれで???

 

「ふンぬぬぬぬぬぬぬぅ~……ッ!!」

 

 むぎゅうううぅぅ……っ

 ゆっさゆっさと激しく抵抗する胸元の超ゴジラ(Iカップ)を気合いで封じ込め、メスゴリラの腕力でシャツを引っ張る。

 苦心惨憺、悪戦苦闘の末にわたしはようやくシャツのボタンを閉じることが出来たのだが……

 

(くっ、ぐる゙じい゙っ゙……!)

 

 ギチギチミチミチィィ……ッッ!

 みっちり詰め込まれた大質量の肉で胸郭が押し潰され、浅い呼吸しか出来ない。

 それに乳がもげてしまいそうなくらいに痛い。無理やり力任せにねじ込んだせいで身じろぎすら出来ない。

 そしてパッツパツに張り詰めたシャツはまさに爆発寸前、ちょっと伸びをしただけでも間違いなくはち切れるだろう。

 

 ……ちょっと見えちゃうけどやむを得ない、ボタンを一つ開けよう。

 さもないと息が詰まるか、胸が千切れて死ぬ。この若さでクーパー靭帯を傷めたくないしね。

 やむなくわたしが再びボタンに手を伸ばした途端、悲劇は起こった。

 

 

 

 ――バツン、ビリッ、ぷるんっ!

 

 

 

 ……うわァーオ。

 腕を動かした拍子にとうとうシャツが限界突破、ボタンが爆裂してしまった。

 砕け飛ぶボタン、そしてボインと解き放たれるわたしの豊満たわわな大怪獣。

 『胸襟を開く』という言葉があるけど、これはいくらなんでも豪快に開きすぎである。

 タチバナ=リリセ、自らのおっぱいに完全敗北した瞬間であった。

 

(……はあ、やれやれ。)

 

 勝ち誇るようにどたぷんと鎮座する己の大爆乳を見下ろしながら、わたしは深めの溜息をついた。

 なんとも情けない話だ。そしてフツアの服がどれだけ優れているか、身をもって思い知らされる。

 あの快適なフツアの服、アレさえ着られればこんな苦労などしないで済むのだが。

 

(かといって、フツアの服を外で着るわけにはいかないもんなァ……)

 

 フツアの服は、外の世界に存在しないものだ。

 素材となる生糸や染料はもちろん、この縫製法だってこの森にしかない独自技術である。

 もしもわたしがその格好で街を歩いたりしたら、周囲からその出処(でどころ)を尋ねられるだろう。

 

 そしてこの村の存在が知られてしまう。

 

 外界が善人ばっかりだったらいいけれど、残念ながらそうじゃないのは散々身に染みている。

 服だけじゃない、この村のものは何一つ外に持ち出せない。

 フツアとモスラが苦労してやっと築き上げた平和な暮らしを、欲深な悪党どもに食い潰させるわけにはいかないのだ。

 

 

 ……ま、いっか。

 シャツのボタン、閉じなくてもいいや。

 

 

 そうと決まれば、とわたしは次の手を打つことにした。

 ボタンが千切れたシャツの裾を、乳房の下で結んでキュッと締める。

 いわゆるアメスクスタイルである。

 ……アメスク、アメリカンスクールの略らしいが、アメリカの女学生って本当にこんなカッコしてんのかしらね?

 胸元を見下ろしてみれば、左右の双丘がむぎゅっと寄せ合って地獄のように深いI字の谷間が出来上がっている。特大肌色北半球、辛うじて局部は隠れているが公然猥褻ギリギリのところだ。

 胸が大きすぎてよく見えないがお腹もスースーする。インナーがずり上がってヘソが出ているのかも。

 そんな自分の姿について『ゲンゴ君が隠し持ってたエロ本にこんなハレンチな格好のヒロインがいた気がするな』という感想が頭をよぎったが、そこから先はあまり考えないことにした。そもそもこんな格好で学校通うなんて、アメリカの女学生はエロすぎるのでは? というか歳甲斐なさすぎる、わたし今年で24なんだけども。

 ……やめよう、やめやめ。これ以上考えてると挫けてしまいそうだ。

 

 ……べっ、別にいいもんねっ。

 考えてみればたかが服だ。

 インナーを着ている以上は見えちゃいけないものが見えてるわけではないし、見えたところで減るもんでもない。

 わたし一人が恥をかけばいいだけのことで、他の誰にも迷惑はかからない。

 直している時間もないし当座はこのまま、街ですぐに新しい服を用意すればいい。

 もういい、『とてつもなく斬新でセクシーなファッション』ということにしてしまおう……

 

 という具合に開き直りを決め込んだときのことである。

 

 

 

 

 

 どこからか『歌声』が響いてきた。

 

 

 

 

 

 ……厳密にはテレパスだから『歌』というのもおかしい気はするんだけどね。

 そのメロディが聞こえてくる方へ視線を向けると、未明の闇夜を『光る蝶』が舞っていた。

 数は三頭。(ほの)かな燐光をまとって闇を舞い踊る、カラフルな蝶たち。

 もちろんこの森の虫だ、普通の蝶ではない。

 

 

 モスラの眷族、〈フェアリー・モスラ〉だ。

 

 

 三頭のフェアリー・モスラ。

 この三頭は姉妹で、青、橙、黒、それぞれのパーソナルカラーを持っており、ちゃんと名前もある。

 優しくて天真爛漫な三女ロラ、知恵者でしっかりしている二女モル、そしてちょっとひねくれているが勇気のある長女ベルベラ。

 三者三様に個性的、喧嘩することもあるようだが基本的にはとても仲の良い三姉妹である。

 

 わたしが手を伸ばすと、フェアリーたちはわたしの腕に留まって人懐っこい鳴き声を挙げた。

 フェアリー三姉妹は、ヒロセ家の様子を見に行ってもらって以来の友達だ。

 この森の虫たちの中で、一番の仲良しと言ってもいい。

 

「……来てくれたんだね、ありがとう」

 

 そんなわたしにフェアリーは首を振った。

 フェアリーたちはどうやら、単にわたしの見送りに来てくれたわけではないようだ。

 ならば何の用だろう。わたしが訝っていると、フェアリーたちは光を纏いながら飛び立ち、テレパスを重ねて一つのハーモニーを奏で上げた。

 

 ……いや、うっすら気づいてたけどね。

 フェアリーの本分は伝言係(メッセンジャー)、ならば目的は一つしかない。

 フェアリーたちを介して『彼女』がわたしに語りかけた。

 

 

 

 

『――――タチバナ=リリセ』

 

 

 

 

 

 

 〈モスラ〉だ。

 

 

 

 

 

 

 フツアの森の女王、モスラ。

 日頃は巫女を介してでなければコミュニケーションを取らない彼女が、わざわざフェアリーを送り込んできて何の用なのか。

 わたしはすぐに勘づいた。

 

『貴女をこのまま行かせるわけにはいかない』

 

 モスラはわたしを説得する気だ。

 村を去ろうとするわたしを引き留める為に。

 タチバナ=リリセに立ちはだかった最後の敵は、自分の胸なんかじゃなかった。

 

【挿絵表示】

 

 ゴジラにも比肩する怪獣の女王(クイーンオブモンスター)、モスラ。

 彼女との対決が始まった。




残り5話。
挿絵で使用した素材元 https://winddorf.net


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95、最後の強敵

 モスラは言った。

 

『……たしかに、私では貴女が受けた呪いを(はら)ってあげることは出来なかった。

 貴女の生命はそう遠くないうちに、禍々しいものに喰い尽くされるだろう。

 血筋も残せない』

 

 しかし、とモスラは続ける。

 

『しかし、そのまま(うしな)うのはあまりに惜しい。

 せめて、安らかな(つい)棲家(すみか)として、フツアと共に余命を過ごすのはどうだろうか。

 これなら血筋は残せなくとも、貴女の想いを未来へ繋げられる。

 たとえ根治は出来なくとも、蝕まれる苦しみをなるだけ減らしてあげられるかもしれない。

 それに、荒野で迎える孤独な死より、親しい者たちに囲まれて穏やかに看取られる方がよほど救いがあるはずだ』

 

 ……なんて良い話なんだろう。

 わたしなんかモスラにとってはどうでもいい余所者、ナノメタルのことも考えればむしろ手の焼ける厄介者だろうに、それでもモスラはわたしのことを気に掛けてくれていた。

 

 そういえばサエグサさんがわたしをフツアに勧誘したとき、彼女は『モスラの意志だ』とも言っていた。

 モスラのことだから、きっとわたしの身体にナノメタルが入り込んでいることなんか最初から御見通しだったろう。

 ナノメタルがどれだけ危険な代物なのかもちゃんと理解していたはずだ。

 

 だけどそれでもモスラは、最期までわたしの面倒を看てくれるつもりだったのだ。

 とてつもない懐の深さだった。

 

 

 

 

 ……だけど、ごめんね。

 モスラの提案を、わたしは断った。

 

 

 

 

『どうして……?』

 

 わたしがこれ以上長居していたら、フツアやモスラ自身がナノメタルに汚染される危険がある。

 それに、ナノメタルを抱えてるわたしをモスラが庇えば、今度はこの森にゴジラが攻め込んでくるかもしれない。

 わたしなんかのためにそんな危険は冒せない。

 モスラとフツアの素晴らしい楽園を、わたしみたいなどうしようもない人間のために壊しちゃいけないんだよ。

 

『だけど、それでは貴女が……』

 

 大丈夫、大丈夫だから。

 独りは慣れてる。

 それにわたしはもう大人だ、子供じゃない。

 いざというときの始末ぐらい自分でつける。

 

 

 

 

 

 だから、このまま行かせて。おねがいだから。

 

 

 

 

 

 ……あのね、モスラ。

 これはわたしの気持ちの問題だ。

 別にイヤイヤ出てゆくわけじゃない。

 あなたが責任を感じる必要なんてないんだ。

 

 たしかに、フツアやこの森の虫たちはあなたの子供も同然なのかもしれない。

 だけどわたしはあなたとは縁もゆかりもない赤の他人だ、フツアたちとは違う。

 守るどころか助ける義理すらない。

 

 それでもあなたは、そんなわたしのために出来るかぎりの手を尽くしてくれた。

 あなたはわたしの命の恩人だ。

 あなたが助けてくれなかったら、わたしは何も知らないままゴジラに殺されて終わっていた。

 そのことについてはとっても感謝してる。

 

『だったら……!』

 

 だけどあなたの慈悲にも限度がある。

 あなたには守らないといけない、もっと大切なものがいっぱいあるはずだ。

 もういい、もう充分だよ。

 これ以上甘えさせてもらっちゃったら、むしろわたしの方が居心地が悪いよ。

 そんな後ろめたさをずっと抱えて、それで幸せに暮らせるはずがない。そういう馬鹿な生き物なんだよ、人間って。

 それに、居心地以前に『人間(ヒト)としてどうか』って問題もあるしね。

 

『ヒトとして?』

 

 ……まあ、アレよ。

 一宿一飯の恩人に対する、仁義ってやつよ。

 このまま愚図愚図と居残ったりしたらあなたは勿論、あなたの大切なものまで傷つけてしまうかもしれない。

 そんなの、人として最低だ。命の恩人に(あだ)なすような、不義理なことはしたくない。

 仁義を欠いてはなんとやら、ずっとあなたに甘ったれて散々迷惑かけてきたわたしだけれど、最後くらい仁義切らせてよ。

 

 だから、おねがい。たのむよ。

 

『…………』

 

 わたしが両手を合わせて頼み込むと、モスラはじっと押し黙った。

 ……わたしから伝えなきゃいけないことはすべて伝えた。

 あとはモスラが決めてくれればいい。

 

 モスラは長考の末、決断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……お行きなさい、貴女の魂の赴くままに』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タチバナ=リリセ対モスラ。

 結局折れたのは、モスラの方だった。

 

 とはいえわたしが勝ったわけじゃない。

 モスラはゴジラに匹敵する実力者だ。腕ずくで引き留めることなんて容易かったろう。

 それにモスラほど賢明な怪獣なら、力に頼らなくても人間の小娘ひとり論破することなんて赤子の手を捻るようなものだったはずだ。

 だけど、モスラはそうしなかった。

 わたしの我儘(おねがい)を呑み、モスラの方から折れてくれたのだ。

 

『……貴女のことはどうしても救いたかった』

 

 ……ありがとう、モスラ。

 やっぱりあなたは最高に素敵な怪獣だ。

 きっとこれからもその慈愛で、色んな生き物を救ってくれるんだろう。

 あなたのような素晴らしい女性にそこまで気に掛けてもらえるのはとても光栄だと思う。

 だけどわたしなんかに、どうしてそこまで。

 そんな疑問がよぎったとき、モスラは言った。

 

『……タチバナ=リリセ。

 貴女は、御両親によく似ている』

 

 ……今、なんて?

 どうしてわたしの両親を知ってるの?

 聞き返したわたしに、モスラは驚愕の真実を打ち明けた。

 

『貴女は『縁もゆかりもない他人』と言ったが、それは違う。

 私は、貴女の御両親のことを知っている。

 貴女の両親は、十五年前の〈オペレーション・クレードル〉で共に戦った同志だった。

 二人とも命懸けで戦ってくれた。

 貴女の御両親も、誰かの未来を繋ぐために捨て身になれる、そういう強い人たちだった』

 

 ……初耳だ。

 モスラがわたしの両親の戦友だったなんて。

 

 そういえば、わたしの両親が消息を絶ったとされていた南米はモスラの古巣だ。

 それにわたしは、自分の両親について『南米で消息を絶った』ということしか知らなかった。

 だけど日本との連絡が途絶えただけで、実際は生きていたんだ。

 モスラは遠くを見るような調子で続けた。

 

『御両親はいつだって、貴女のことを気に掛けていた。

 日本に辿り着いたら真っ先に会いに行く、いつもそう言っていた。

 ……もっと早く教えるべきだった。どうか許して欲しい』

 

 詫びるモスラに、わたしは首を横に振った。

 許して欲しいも何も、わたしがモスラを恨む道理なんか何もない。

 むしろ話してくれてありがとう、モスラ。

 

 

 このとき、モスラが笑った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ような気がする。

 モスラの笑顔ってなんだろうね。

 自分で言っててまったく想像できない。

 

 けれど、この時のモスラはなんだか優しく微笑んでくれたような気がしたのだ。

 モスラは言った。

 

『今の私たちがここにいるのも、あのとき共に戦ってくれた彼ら、人間たちのおかげ。

 私は彼らを、人間という生き物のことを決して忘れない』

 

 続けてわたしにもこんな言葉を掛けてくれた。

 

『そしてタチバナ=リリセ、あなたのことも。

 私からは何もしてあげられないけれど、せめて祈らせて欲しい。

 どうか、貴女のこれからの旅路が安らかなものであるように』

 

 ……うん、わたしも忘れない。

 あなたが掛けてくれた慈愛の心は絶対に。

 そしてわたしも祈るよ。

 どうか、あなたがフツアと築いてゆく楽園の行く先に、素敵な未来が待っていますように!

 

 

 そんな風に笑うわたしに、モスラは最後まで『……ごめんなさい』と詫びていた。

 ……本当は笑って見送って欲しかった。

 まあ、致し方ない。どうであれ寂しいもんよね、お別れってやつは。

 

 その後、こっそりクルマに乗って村を出ようとしたわたしは、クルマで待ち伏せていたエミィに捕まって現在に至る、というわけである。

 以上、補足みたいな回想シーン、終わりっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は車中に戻る。

 

「いやー、バレないようにしてたつもりなんだけどなあー」

 

 サエグサさんにはバレていると思っていた。

 彼女はモスラの腹心だし、なにより体調の話をしたとき暗い顔したしね。

 

「しかし、まさかエミィにもバレてたなんてね。

 身上といえば正直なことくらいだけど、正直者も時には考えようだね。

 あっはっはっは」

 

 そうあっけらかんと笑ってみせたけど、エミィは眉一つ動かさずに淡々と答えた。

 

「わたしをナメるな。

 時々調子悪そうにしたり、モスラに何度もこっそり会ったり。

 挙句の果てに拾った猫の里親を探すみたいにわたしの引取先を探し回ったりしてたら、誰でも察する」

「あー、やっぱりそこでバレてたかー」

「おまえこそ、これでよかったのか。手術でナノメタルだけ取り出せたりしないのか」

 

 そんなのムリだよー、とわたしはへらへら笑ってみせた。

 

「放射線被爆も癒せるモスラですら(さじ)を投げたんだ、人間の力でどうにかなるわけないよ」

 

 ……モスラの見立てによれば、もって三年。

 それがわかった時点でわたしも覚悟を決めた。

 わたしはエミィを見ないように空を仰いだ。

 

「だいたい、ナノメタルのせいで沢山の人が不幸になったんだ。

 そのナノメタルで命を救われておいて自分だけは助かろうだなんて、ムシが良すぎる。

 こうなるのは当然なんだよ」

 

 そう、当然のことだ。

 だから理不尽とも思わない。

 ……恐れることなんか何もない。

 怪獣に踏みつぶされるか喰われるか、そこらへんのチンピラに襲われるか、はたまた荒野のド真ん中でクルマがエンストして野垂れ死ぬか。

 元々いつ死ぬかわからないような、危うい生活を送ってきた人生だ。

 ()()()がいつなのか、それが明確になったぐらいで変わることなど何もない。

 

 いつだったかエミィが『人はいつか死ぬ』と言ったけど、そのとおり人はいつか必ず死ぬ。

 むしろ()()()がはっきりしているわたしはツイてる方かもしれない。

 その日まで一生懸命に生きればいいだけだ。

 

 ……嗚呼、空が青いなあ。

 真っ暗だった空が、段々と明るい青みを帯びてゆく。

 

「……それに、いいんだよ。

 ナノメタルが取り出せたりしたら、ゼルブやウェルーシファみたいに『上手く使ってやろう』なんて思っちゃうかもしれない。

 わたしやエミィがそう思わなくても、ナノメタルのことを知った他の誰かに()()()()()()()()()かもしれない。

 ナノメタル、いいや、レックスがこれ以上誰かに弄ばれるのはもう見たくない。

 あの子は静かに眠らせてあげるべきなんだ。

 だからこれでいいんだよ、エミィ」

 

 その答えにエミィは「……そうか」と頷いた。

 そんなエミィの頭を、わたしは撫でてあげた。

 ……そういやどういう心境の変化なんだろう。

 孫ノ手島を脱出してからのエミィは、あれほど抵抗していたわたしからのスキンシップもまったく嫌がらなくなっていた。

 そんなことを考えながら、わたしは詫びた。

 

「ごめんね。また独りにさせちゃうね」

 

 心残りがあるとすれば、エミィのことだ。

 ヒロセ家に託そうとも思ったけれど、LSOの一件を気にしているのか、エミィはヒロセ家さえも嫌いになってしまった。

 世界との唯一の接点だったわたしがいなくなれば、この子はきっと独りぼっちになってしまうだろう。

 

 ゴジラが闊歩しているこんな世界に、彼女をたったひとりで放り出すことだけは何がなんでも避けなければならなかった。

 エミィの今後のためにすべきことは、すべて準備してきたつもりだ。

 

 

「別に。独りじゃない。フツアとモスラがいる」

 

 

 エミィの言うとおりだ。エミィのことはフツアが迎え入れてくれる。

 モスラもフツアも、みんな善い人ばかりだ。

 人見知りで繊細なエミィが、フツアの村ではちゃんと友達を作れていた。今のエミィには素敵なボーイフレンドだっているのだ。

 モスラも『エミィ=アシモフ・タチバナのことはちゃんと面倒を看る。あなたは何も心配しなくていい』と請け合ってくれた。

 

 エミィには、モスラとフツアが創る楽園で生きてゆける未来がある。

 独りぼっちになんか絶対にならない。

 

「エミィったら、『フツアがいるから平気だー』なんて、またまたそんな冷たいこと言っちゃって。オネーサン泣いちゃうぞ?」

「泣けばいい」

「ぴえん ><」

 

 ……もう心配は無用だ、と思った。

 あとはナノメタルを抱え込んだわたしが、どこかでゴジラに殺されればいい。

 あいつの放射熱線なら、きっと痛みも感じないはずだ。

 それが神様(レックス)を殺して世界を終わらせたわたしへの罰、『受けなきゃいけない報い』ってやつなのだ。

 

 そしてわたしは、世界のどこかに潜んでいるゴジラのことを思った。

 

 

 

 

 ……ねえ、ゴジラ。

 

 あんたは言わずと知れた天下無敵の怪獣王だ。

 恐ろしい侵略者だって巨大隕石だってブッ飛ばしちゃうあんたにかかれば、人間を根絶やしにすることなんて朝飯前に違いない。

 わたしだって、あんたが眼前に現われたら観念するしかないだろう。

 

 ……だけど人間ってのは往生際が悪いのだ。

 そんな潔く殺されてなんかやるものか。

 モスラの庇護下にナノメタルがないと気付いたら、きっとあんたは血眼で、ナノメタルを孕んだわたしを探し始めるに違いない。

 もしそうなったら、わたしはこの体が動かなくなるまで、とことん逃げ回ってやろう。

 

 そして、あんたにも思い知らせてやる。

 キングオブモンスターだろうが、怪獣プロレスのチャンピオンだろうが、どんなに恐ろしくて強い奴でも思いどおりにできないものがこの世にはあるんだってことを。

 そして、最期の瞬間がきたときは堂々と笑って勝ち誇ってやろう。

 そんなヒトの強さってやつを見せてやる。

 あんたの悔しがる顔が楽しみだ。

 

 

 ……これはわたしとあいつ、タチバナ=リリセとゴジラのケンカだ。

 だからフツアもモスラもヒロセ家も、もちろんエミィだって巻き込むわけにはいかないのだと、わたしは心に決めていた。

 ……おっといけない。

 わたしは、掌を打った。

 

「そういえば忘れ物しちゃった。

 ごめん、エミィ、ちょっと引き返して欲しいんだけど……」

 

 途端、エミィがクルマを急停車した。

 Uターンでもするのかと思ったけれど、エミィはエンジンを切ってしまった。

 怪訝に思ったわたしに、エミィが向き直る。

 

「ふざけるな。今更何言ってやがる」

 

 そう言ったエミィは、膨れっ面をしていた。

 ……何か怒らせるようなことを言ったかな。

 首を傾げるわたしに、エミィは言った。

 

「わたしをナメるのもいい加減にしろ。

 わたしをフツアとモスラに押し付けてひとり逃げようってなら、そうはさせないぞ。

 だいたい、そうやって誤魔化して、強がって、我慢してるのがバレないとでも思ってるのか。

 本当はひとりで死ぬのが人一倍怖いくせに」

 

 わたしは、自分が今、どんな表情をしているのかわからなくなった。

 エミィは、固まったわたしの顔をまっすぐ見据えながら言った。

 

「嘘泣きじゃなくて、本当に泣けばいい。

 怖くてたまらないなら、怯えて喚けばいい。

 わたしのママも最期まで泣いてた。

 『死にたくない』『死ぬのが怖い』『ひとりで死ぬのはイヤだ』、それが普通だ。

 皆のために潔く一人で死ぬ、そんなカッコつけた真似するのはアニメ映画のヒーローだけでいい」

 

 ……運命というのはおかしなものだ。

 タチバナ=リリセ最後の強敵は、ゴジラでもなければモスラでもなかった。

 ましてやIカップのおっぱいなんかじゃない。

 

 

 

 

 エミィ=アシモフ・タチバナだったのだ。

 

 

 

 

 ……『子供は大人が思っているよりも早く大きくなるものだ』なんてよく言うよね。

 わたしがそれを実感したのは、孫ノ手島から脱出するときから数えて二度目だ。

 エミィはこのわたし、タチバナリリセがこの世界からいなくなってしまうことをちゃんと受け止めて、そのうえで何をすべきなのか、エミィなりに考えて行動に移している。

 ……うん、大丈夫だ。

 まだ立て直せる。

 これ以上に(つら)いお別れなんかしたくない。

 深く息を吐きながら気を引き締めようとするわたしを、運転席から身を乗り出したエミィが抱きすくめた。

 

「今、ここには、わたししかいない」

 

 エミィのいうとおり、クルマの周りには猫の子一匹見当たらなかった。

 小さな身体から伝わる温もりが、わたしの中に巣食った冷たさへと染み渡ってゆく。

 ……わたしの体は、いつからこんなに強張っていたんだろう。

 

「だからおまえも、もう無理に笑う必要はない」

 

 ……やばい。場の雰囲気に耐え切れなくなってしまいそうだ。

 エミィに抱かれながら、なにか茶化す言葉がないかと考えてみたけれど、やっぱり何も出てきそうにない。

 思いついたところで、声が震えてしまって上手く誤魔化せないだろう。

 

 覚悟、できていたつもりだったんだけどなあ。

 

 

 

「だから、ここで泣けばいい。

 最期の瞬間まで、わたしがずっと傍にいる」

 

 

 

 ……やっぱりダメだなあ、わたし。

 心の中で凍り付いていたものが融け出るように、嗚咽が口から漏れた。

 眼帯で塞がっていないわたしの左目から、熱いものが零れだす。

 ゴジラとさえ戦うと決めた鋼の決意でも、一度決壊してしまうともう堰き止められなかった。

 

 溢れる涙に任せ、わたしは声を挙げて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 ……本当は独りだけ死ぬなんていやだ。

 

 

 

 

 

 

 たった三年じゃ全然足りない。

 本当はやりたいことが山ほどある、見たいものも、読みたい物語も、行きたいところだって沢山あるんだ。

 それがダメだというならせめてエミィと一緒にずっと楽しく暮らしたかった。

 そして二人揃ってしわくちゃのお婆ちゃんになるまで幸せに長生きしたかった。

 それだけでよかった。

 ……それだけでよかったのに。

 なのにちくしょう、どうして、叶わないんだ。

 神様、あなたは本当に、最低最悪に意地悪だ。

 

 死にたくない、死にたくない。

 こんなところで死にたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたし、タチバナ=リリセは、声を枯らして顔がぐちゃぐちゃになるまで泣き続けた。

 エミィ=アシモフ・タチバナは、そんなわたしをずっと、力いっぱい抱き締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流れる涙が乾いた頃、エミィはクルマのエンジンを再始動させながら、わたしに訊ねた。

 

「……で、どこ行く?」

 

「うーん、まずヒロセの家かな。荷物を取りに行かなきゃだし、挨拶にはちゃんと行っておきたいし。そのあとは、どうしようかなあ」

 

「海はどうだ。今まで森だったし」

 

「海かあ。せっかくまだ時間あるのに、またゴジラに出くわしたら嫌だし……水場といえば、芦ノ湖は行っておきたいんだよねえ」

 

「アシノ湖?」

 

「ほら、レックスの故郷。

 近くには温泉もあるらしいし、カレーが美味しい洋食屋さんもあるんだってさ」

 

「……やってんのか、そんなの?」

 

「モスラが教えてくれたから多分間違いないよ。

 で、そのまま熱海に行って、東海道沿いに名古屋、ついでに琵琶湖も寄って、京都にも行って、中国地方にも行ってみたいかな。

 中国地方だったらゴジラ来ない気がするんだよね、なんとなくだけど」

 

「……そうかあ?」

 

「で、四国行って、九州にも行って……いっそ思い切って全国一周しちゃおうか!」

 

「薮入りかよ」

 

「いやいや、クルマだし三年もあれば行けるよ。

 北は北海道、南は沖縄、きっと楽しいよ!

 ……どうかな?」

 

「沖縄は無理だと思うぞ。フネなんか出てないだろうし」

 

「そっか。そうだよね」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……いや、やっぱり行こう。

 海が綺麗なところに行きたいと思ってた。

 沖縄なら海も綺麗だ。フネは出ちゃいないだろうけど、まあどうにかなるだろ」

 

「……ありがと、エミィ」

 

「勘違いするな。わたしが行きたいだけだ。

 それに()()()は唸るほどある」

 

「『軍資金』? なにそれ??」

 

「島から逃げた時にかっぱらった奴だ。

 村じゃ使わなかったから全部持ってきた。

 あれだけあれば路銀には困らない。日本一周くらい余裕だろうさ」

 

「さっすが、エミィ! 抜け目なーい!」

 

「村に置いといたところでフツアの連中も困るだけだしな。余計なもんは持ってくに限る。

 ……そろそろ、大丈夫か?」

 

「……うん、行こっか」

 

「りょーかい」

 

 

 

 すっかり日が昇った中、わたしたちの乗るクルマは再び動き出した。

 曇りの多いこの季節には珍しく、空はどこまでも鮮やかなブルーだった。

 

 

 




「オマケ設定:モスラの森」

 〈モスラの森〉は、『旧人類からフツアへと進化する途上にあったミッシング・リンク』として空想したもの。
 二万年後、つまりアニメ本編のフツアには存在していないかもしくは存在していても補助的な役割に留まっていて、メイン稼働はしていない。

 というのもフツアは文明を捨てた人類、言い換えるなら『モスラの森のようなシステムを必要としない新人類』だから。

 寒さに強い肉体があれば暖房設備は要らないし、夜目が利くなら照明器具も最小限で良い。
 モスラの森は旧人類にとっては便利なシステムであるが、文明を必要としないフツアにとっては不要なものだ。
 旧人類からフツアへ進化するにつれて虫たちは徐々に数を減らしてゆき、フツアが完成した2万年後にはすっかり退化してしまったのではないかと思う。

 かといって「眷族の虫たちは死に絶えてしまったのか?」というと、そうでもないのかなと思っている。

 モスラの森の住人たちは、虫を食肉としたり、あるいは彼らの分泌物を食べて暮らしている。
 逆に言えば、モスラの森で暮らす限り、虫をその体内に取り込まざるを得ない。
 ヒトの体内に入り込んだ虫たちは、モスラの魔力によってヒトのDNAに干渉し、ヒトの遺伝子に自分たちの遺伝情報も書き加えてゆく。

 そうやって虫たちと融合して誕生したのが、文明を必要としない新人類〈フツア〉なのだ。

 また、フツアの方も、取り込んだ虫たちの遺伝情報を巧みに活用してゆくだろう。
 体内に取り込んだ虫たちの遺伝情報は無駄なジャンクDNAではなく、有用な遺伝子資源のデータベースとして活用されており、環境の変化に応じて引き出される。
 たとえば、環境が変化してバッタの遺伝子が有利になるのであれば、次代はバッタの形質を発現した子供が生まれてくる。

 つまり、モスラが地球の各地から救い出した虫たちは、フツアというヒト型種族に統合される形で生きている。
 わたしたち人間の細胞に含まれているミトコンドリアが、かつては別の生き物であったように。

 モスラがヒトを素体に創り上げた生命の箱舟、それがフツアの正体なのかな、という妄想。



残り4話。


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96、エンドタイトルⅠ:世界が終わる夜に

タイトルはチャットモンチーの楽曲より。


 彼女は、外の世界からやってきた。

 

 このぼく、〈サエグサ=ジニア〉と出会う前、彼女は『お姉さん』と一緒に外の世界で暮らしていたけれど、ある出来事がきっかけで(えにし)が結ばれ、ぼくらが暮らすフツアの村に流れ着いた。

 きらきら光る星の髪を持ち、誰よりも勇敢で、誰よりも賢く、そして不器用だけど思いやりに溢れてる。

 ぼくのガールフレンドには勿体ないんじゃないかって思えるくらい、とっても素敵な彼女。

 

 そんな彼女とぼくの馴れ初めについて、それは実に運命的な、それこそ物語みたいな出会いだったとぼくは自負している。

 初めて出会ったとき、彼女はこんなことを言った。

 

『待ってるだけじゃ誰も助けに来てくれない』

『こんな生活いつまでも続かない、いつかバレるぞ』

『このまま悪いヤツから逃げっぱなしのまま、人生が終わっちゃうかもしれない』

 

『そんな負け犬人生、まっぴら御免だ』

 

 彼女の言葉は力強くて真実を突いていて、そしてぼくの胸を打った。

 

 ……だけど本当はそれが、彼女が一生懸命に張った虚勢だったことにぼくは気づいていた。

 体と声がかすかに震えていたし、冷や汗をかいていたし、呼吸も荒い。

 こんな威勢のいいことを言っているけれど、本当は彼女自身も恐くて恐くてたまらないのだ。

 

 

『必ず助けを呼んでくるから』

 

 

 それでも彼女は立ち上がろうとしてくれた。

 ビビって戦おうとしないぼくに代わって。

 ……腰抜けとは怖いものが多いことではない。

 恐怖に呑まれて何もできないことだ。

 そしてこんなに怯えている子が戦おうとしてるのに、何もしようとしないクソ野郎のことだ。

 

 ……彼女は『負け犬人生はまっぴら御免だ』と言った。

 だけどこのまま一人で行かせたら、それこそ負けてしまう。

 ぼくは、行こうとする彼女を呼び止めた。

 

 

 ――待って!

 

 

 そして、彼女とぼくの冒険は始まった――――

 

 

 地球怪獣総出動! 踏みつぶそうと迫りくる怪獣軍団の暴力を掻い潜り、

 張り巡らされた恐るべき陰謀から罪のない子供たちを救え!!

 ここに地上最大の、決戦の火ぶたが切って落とされた!

 地球危うし! 地球最大の死闘(デスバトル)!生き残るのは誰だ!

 宇宙人のゴジラ撃滅大作戦! 砕け散るまで戦え!

 

 ――――という具合で、それはもう大スペクタクルな大冒険の連続の果てだった。嘘も過言もさほど混じっていないはずである。

 だけど、その経緯を細かく説明しようとするととんでもなく長くなる。二十万字で書いたって足りないだろう。

 だからここでは語るまい。

 どうしても気になるなら45話辺りから読み返してみてね。

 

 とにかくそういう具合で出会った二人であり、まだガキだったぼくが彼女の魅力にイチコロになってしまっても仕方ないような劇的な出会いだった、ということだけ伝わってもらえれば充分だろう。

 それに、これは己惚(うぬぼ)れかもしれないけれど、彼女の方だってぼくのことはそれほど嫌いじゃなかったと思う。

 

 そんな感じで出会い、ぼくと意気投合した彼女だったけれど、出会ってすぐに村に居着いたかというとそうでもなかった。

 彼女を異性として意識していることを自覚したぼくは、互いの気持ちを確かめようと、彼女に自分の想いを打ち明けた。

 そのとき彼女はこう答えた。

 

『気持ちは嬉しい。わたしもおまえが好きだ』

 

 そう答えてくれた彼女。しかし、その言葉は「だけど」と続いた。

 

『だけど、見送らないといけない人がいる。

 だからちょっと待ってくれ。必ず戻るから』

 

 ……そして数日後、彼女は本当に村を去っていってしまった。

 つまり、ぼくはフラレたのである。

 

 大いに落胆した一方で、ぼくは自らの敗因もまた冷静に理解していた。

 上述の大冒険についてさもぼくも大活躍したかのように言ってしまったが、実際のところ真に活躍したのは彼女だけだった。

 恥を忍んで告白する。ぼくは戦うことから逃げ出そうとしたし、その後も彼女の指示に従って動いていただけ、つまり彼女がいなければ何も出来なかった能無しであり、カッコいいところなどまるでなかった。

 そんな腰抜けの情けないチキン野郎なんて、フラレて当然だ。

 

 だが、ぼくは希望を捨てていなかった。

 万一ほんのちょっぴりでも彼女にその気があって、本当に帰ってきてくれるかもしれない。

 しかしその時になってぼくが腑抜けていたら、それこそフラレてしまうに違いない。

 ……強くなろう、とぼくは決心した。

 彼女に守られるんじゃない、彼女を守ってあげられるようなオトナになろう。そう誓った。

 かくして、彼女のことをどうしても諦められなかったぼくは自分自身を鍛えることにした。

 

 そんなぼくを、両親をはじめ、村の巫女ミキ――余談であるがぼくの双子の姉である――までもが、とてつもなくアワレなものを見るような目線で見ていた。

 当然だ、体良くフラレたのにまだ諦めていなかったのだから。

 だが、ぼくはそんな視線など気にしない。

 だって、村の守り神である〈慈愛の女王〉が『自分を、そして彼女を信じなさい、ジニア』と言ってくれたのだから!

 他の有象無象はともかくとして、女王が言うからには絶対である。

 そう信じて、ぼくはなお一層の鍛錬に励んだ。

 

 ……要するにバカだったのだ、ぼくは。

 それも、下半身と脳味噌が直結したバカだったのである。

 今思えば女王も「信じなさい」とは言ったが、ぼくの恋が実るなんて言わなかったのに。

 

 

 

 

 それから数年後、彼女は帰ってきた。

 再会した彼女は、とっても素敵な女性に成長していた。

 天ノ川みたいな髪はより輝きを増していたし、背も伸び、体つきも大人びたものになってますます綺麗になっていた。

 一方、中身はあまり変わっていなかった。

 きっと色んな経験をしたんだろう、前よりずっとタフで人付き合いが上手くなっていたけれど、不器用で優しい正直者なところは相変わらずだった。まぁ、そんなところもチャーミングだけどね。

 そんな彼女にぼくは再び恋をした。

 

 一方で、ぼくはちょっぴり不安を覚えた。

 外の世界には沢山の人がいる。こんな魅力的な彼女だから()()()になろうと言い寄ってくる恋人候補なんていくらでもいただろう。

 『ぼくのことなんか忘れてしまったかもしれない。もしそうだったらどうしよう?』

 そんな馬鹿げたことを大真面目に考えていたぼくに、彼女は微笑みながら告げた。

 

『ただいま、ジニア』

 

 ……彼女はぼくを忘れていなかった。

 彼女はぼくとの約束を覚えていてくれたのだ!

 その事実に、ぼくがどれだけ喜んだか。

 

 しかしぼくが無邪気に喜ぶ一方で、彼女の心は暗い(おり)を湛えていた。

 最初ぼくはそれが何なのか気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村に戻ってきた彼女は、遠い親戚だという『ヒロセ家の人たち』を連れてきた。

 彼女いわく『外の世界で暮らしていたけれど、人間同士の争いが酷くなってやっていけなくなったのでどうか仲間に入れて欲しい』という。

 彼女の親戚であればぼくの親戚、彼女の家族だというならぼくの家族も同然だ。

 もちろんぼくらは喜んで迎え入れたし、女王も許してくれた。

 村に新しい仲間が加わった。

 

 

 けれどその中に『お姉さん』の姿はなかった。

 

 

 それが何を意味するのか、いくらぼくでもすぐにわかった。

 同時にぼくは知ることになる。

 彼女の『見送らないといけない人』というのが、はたして誰のことだったのか。

 

 そしてそれまで自分のことしか考えてなかったぼくは、自分がどうしようもないくらいバカなクソガキのままだったことにやっと気づいた。

 どうしてもっと早く気づいてあげられなかったのだろう。

 ぼくは死ぬほど後悔したけど、もう遅かった。

 

 

 

 彼女の大切な『お姉さん』が死んだ。

 

 

 

 大切な人を見送って、拭いきれない悲しみを背負って帰ってきた彼女に、ぼくなんかがしてあげられることは何もなかった。

 ぼくがもうちょっと賢い頭をしていたら、百万の言葉で慰めてあげることも出来たのに。

 ぼくがもうちょっとオトナだったら、頼もしい人生の先達として彼女を導いてあげられたかもしれないのに。

 

 バカなクソガキでしかなかったぼくに出来ることといえば、うつむいた彼女の隣に座ることだけだった。

 引っ叩かれても、蹴られても。

 怒鳴られても、泣きつかれても。

 元気な時も、病気の時も。

 雨の日も、風の日も。

 ぼくはずっと彼女の傍にいた。

 そんな、傍にいることしか出来ないぼくを、彼女は少しずつ受け容れてくれた。

 

「……独りだと、わたしはダメみたいだ」

 

 そう言って、不器用だけど可愛らしい笑顔を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『世界が終わる日』は、彼女が村に戻ってから数年もしないうちに訪れた。

 

 見ただけで目を貫き、近くにいただけで粉砕されるほど強い『悪魔の火』。

 そうやって地上のすべてが焼き尽くされ、煤と毒が長く残り続けて、世界が長い冬に閉ざされる。

 〈慈愛の女王〉が予見していたその強烈なイメージは巫女を通じて村全体へ共有され、ぼくたちフツア族は、自分たちの村をまるごと安全な地下へと引っ越すことにした。

 新しい引っ越し先、そこには〈女王の子供〉が住んでいる。

 あそこはとても頑丈な造りだから、きっと『悪魔の火』にも耐えられるだろう。

 何年も前、女王があの『キングオブモンスター』と最終決戦をしたとき、女王の友達が造ってくれたのだという。

 

 

 その話を家に帰ったぼくが話したとき、ぼくの奥さんになった彼女はこんなことを言った。

 

「……総攻撃派(ソーコーゲキハ)核攻撃(カクコーゲキ)が始まるんだ」

 

 これから何が起こるのか、その詳細を知っているらしい彼女は、険しい顔でそう言った。

 

 ぼくは『ソーコーゲキハ』が何者で、その連中が仕出かす『カクコーゲキ』とやらがいったい何なのか知らなかったし、今でもよくわからない。

 彼女の話だと、『ソーコーゲキハ』は『カクコーゲキ』でキングオブモンスターを焼き殺したかったらしいけれど、それは太陽が見えなくなる『悪魔の火』を焚いてまでやらなければならないことだったのだろうか。

 ……それともぼくがバカだからわからないのだろうか。

 彼女に聞いてみたら「そんなもん、わからなくていい」と頭をはたかれた。

 

 『悪魔の火』のせいで少なくともあと数十年、ともすると数百年は外に出られないだろう、というのが女王の予測だった。

 ひょっとするとぼくの子供の世代も、その孫の世代も、そのまた孫の世代も、死ぬまで地下で暮らすことになるのかもしれない。

 闇を照らすヒカリゴケや、地下の空気を清めて循環させる植物、地中から水を引いて村を掘り進めてゆく技術、そして暗いところで育てられる虫たちと作物。

 必要なものは女王と虫たちが用意してくれたから、地下で暮らしてゆくことについて不足はない。

 地面を深く掘ってゆく地底暮らしも、探検みたいできっと楽しいだろう。

 

 けれどみんな、綺麗な空が見られなくなることだけは悲しんでいた。

 そのことについて女王には考えがあるみたいだけれど、ぼくには何も教えてくれなかった。

 

 

 

 

 世界が終わる前の日。

 引っ越しの準備をすべて済ませたぼくと彼女は、外の世界で最後のデートをすることにした。

 デートにあたって、ぼくは精一杯お祈りをした。

 

 モスラヤ、モスラ

 ドゥンガンカサクヤン インドゥムウ

 ルストウィラードア ハンバハンバムヤン

 ランダバンウンラダン トゥンジュカンラー

 カサクヤーンム……

 

 『どうか、今度のデートが上手くいきますように!』という気持ちを込めて毎日唄って踊って祈りまくっていたら、彼女から「何やってんだおまえ」と呆れられてしまった。

 

 だけど、そんなぼくの願いが届いたのだろうか、『その日』の天気は全日快晴。

 ぼくらは古い集落からの引っ越しがてらに、人生最後のドライブデートへ出掛けた。

 

 

 青空の(もと)で陽の光をいっぱい浴びながら、花畑を駆け回って、花の種を持ち帰って。

 小川で水遊びをして、海までドライブして。

 そして最後に行ったのは、どこまでも続く青い海を眺められるような真っ白な砂浜。

 ぼくと彼女は綺麗な(なぎさ)にて、真っ赤な夕日を楽しんだ。

 

「……おまえと走るのも終わりだな」

 

 ぼくと並んで腰かけた彼女は、そう言いながら長年の旅の相棒を勤めてくれたクルマのボンネットへ手で触れた。

 彼女の旅を支えてきたこのクルマにとって、今回のデートが最後のドライブになる予定だった。

 このクルマも、新しい村に引っ越したら二度と動かせないように破壊したうえで外の世界へ葬られる予定だった。

 

「今までありがとう、そしてご苦労様」

 

 長年の労をいたわるように、そして名残惜しそうに彼女はクルマを撫でていた。

 彼女にとってクルマは『お姉さん』との大切な思い出であり、人生の一部でもあった。

 村の掟ではクルマは持ち込んではいけない負の遺産だったけれど、〈慈愛の女王〉は『新しい村に引っ越すまでだけ』『そして村の中には停めないこと』という条件つきで彼女がクルマを持つことを許してくれた。

 クルマはマシンだ、そしてマシンに命はない。

 だけどぼくは、彼女の最後の旅行に付き合えてクルマも幸せだったらいいなあ、なんて思った。

 

 巫女からは『朝までにはちゃんと新居へ到着するように』と言われている。

 だからまだちょっと時間があるけれど、もっと他に行きたいところはなかっただろうか。

 ぼくがそう尋ねると、彼女は首を横に振った。

 

「見たいところはいっぱい見た。

 クルマもうんざりするくらい走らせた。温泉にも入った。沖縄から北海道まで全国、行きたいところはみんな、〈リリセ〉と行った。

 だからもういい」

 

 そう言いながら、人生最後の夕焼け空を見ていた彼女の横顔は、やはりどこか寂しそうだった。

 

 

 

 

 日が沈み切った頃、暗くなってゆく夜空を眺めていたら、ぼくは彼女の頬が濡れていることに気がついた。

 どうしたの、なぜ泣くの。ぼくが尋ねると、彼女は目元を拭って答えた。

 

「……わたし、これからちゃんとやっていけるんだろうか、って思ったらつい、な」

 

 そう語る彼女はいつも肌身放さず持ち歩いている御守り(『お姉さん』の形見の眼帯から作ったものだ)をぎゅっと握っていた。

 不安に駆られている証拠だ。

 ぼくは彼女の肩を撫でてあげた。

 

 ――大丈夫だよ。村の人も、ぼくの家族も、巫女だってみんな助けてくれる。

 ――なんていったってぼくらには慈愛の女王、モスラがついているじゃないか。

 

 そう伝えたぼくに、彼女は「そんなことじゃない」と首を横に振った。

 

「村の人も、おまえの家族も、モスラも、みんな善い人だ。

 ゴウケンもゲンゴもサヘイジだって可愛がってくれるだろうし、きっと不自由しないだろう。

 でもそんなことじゃない」

 

 

 

 彼女がそっと触れた、そのお腹は大きく膨らんでいた。

 彼女の体には今、新しい命が宿っている。

 

 

 

「この子には、アリンコみたいに、ゴジラに怯えながら地面の下で暮らす未来しか用意してあげられなかった。

 死ぬまで穴倉の中で、ずっと外にも出られず、太陽も空も見せてあげられない。

 ……こんな世界で、わたしはこの子にどんな幸せを教えてあげたらいい?

 『なんでこんな世界に産んだの?』って聞かれたとき、どう答えたらいい?

 そもそもこの子は幸せになれるのか?

 わたしたちのことを恨みながら不幸に生きていくんじゃないか?

 ……わたしには何もわからない。誰も教えてくれない。

 考えると潰されそうになるんだ」

 

 村では絶対言えないことを告白する彼女は、普段と似つかわしくないくらい弱々しくて、そんな想いを必死に押し殺すように震えていた。

 ぼくはそんな彼女の背中に手を載せ、出来る限り気持ちが伝わるように、おでことおでこを突き合わせた。

 

 

 ――大丈夫だよ、絶対幸せになるよ。

 ――ぼくたちの子供なんだから。

 

 

 そんなぼくの答えに、彼女は呆れた様子で言った。

 

「なんだそれ。『わたしたちの子供だから』って、何の根拠にもならないじゃないか」

 

 根拠なんかあるわけないよ、とぼくは首を振る。

 モスラならともかく、ぼくたちなんかじゃ未来なんてわからない。

 ましてや自分のことじゃないんだから、わかるわけがないさ。

 

「おまえはどうしてそんなに平気なんだ? わたしは不安でたまらないよ」

 

 ――全然平気、って言われるとちょっと自信がないけれど、どちらかというとぼくは楽しみだよ。

 

「楽しみ?」

 

 うん、とぼくはうなずく。

 どんな子が生まれるのかな、とか。どんな子に育つのかな、とか。この子と過ごす毎日はどんなのかな、とか。

 村のみんなが楽しみにしてくれているし、かくいうぼくだって楽しみだ。

 いざ生まれたら子育てで一杯一杯で、太陽が見られないくらいのことなんかきっとそんなに気にならないさ。

 それにもうひとつ思うけど、地下の暮らしだって、きみが思うほど不幸じゃないかもしれないよ。

 

「不幸じゃ、ない?」

 

 そうさ。

 ぼくたちの子供は、地上の暮らしを知らない代わりに、地底探検の達人になるかもしれない。

 モスラと違って空を飛べないぼくたちにとって、地上の世界なんて歩いて行ける範囲しかない。

 だけど地中に向かう冒険だったら、アリンコみたいにちっぽけなぼくたちだって掘り進んで行ける。

 『どんな幸せを教えてあげたらいいかわからない』と言ったけど、逆に言えばこれから新しい幸せを探す楽しみがある。

 ぼくときみ、ぼくらの子供、そして村のみんな。

 みんなで一緒に探せば良い。

 

 空の色を知らないのは不幸なことかもしれないけど、地下でもっと素敵なものを見つける可能性だってある。

 地面の下には、地上にはない宝物(たからもの)が埋まっているかもしれないよ。

 

「地上にはない宝物……」

 

 ぼくの考えに彼女はしばらくきょとんとしてたけど、やがて「フフッ」と噴き出した。

 そんな彼女に、ぼくは眉をひそめた。

 たしかに何の根拠もない、バカみたいな考えかもしれない。だけど、なにもバカにすることはないじゃないか。

 怒ろうとするぼくを彼女は「違う違う、おまえをバカにしたんじゃない」と宥めた。

 

「バカはわたしだ。

 そりゃそうだ、先のことなんか考え込んでもどうしようもない。

 おまえの言うとおり、この子の幸せ、そんなのはこの子が自分で見つけることだ。

 どうしようもないことをくよくよ悩んだ挙句に、産まれてもない子を不幸だ可哀想だなんて決めつけて、わたしこそバカだ」

 

 彼女は、大きなお腹にぼくの掌を触らせた。

 彼女の胎内にいる命が、ぼくの手に力強い熱さを伝えてくれている。

 

「だからこの子を信じるよ。

 この子はきっと、おまえの言うような素晴らしい宝物の原石(GEMSTONE)を掘り出してくれる。

 きっとそうだ」

 

 へにゃ、といつまで経っても上手くならない、だけど優しい彼女の泣き笑い。

 それを見たぼくは安心した。

 きみのその素敵な笑顔こそがぼくの宝物だ。

 さらにこれからもうひとり、何物にも代えがたい宝物が加わることになる。

 そんな素敵な宝物がぼくときみの未来を繋いでくれるんだ。

 そして村のみんなにモスラ、そして大好きなきみと一緒に生きてゆける。

 ぼくはこれだけで充分幸福者(しあわせもの)だ。

 

 そうやって笑うぼくに彼女は言った。

 

「……おまえって、人畜無害そうな顔してるくせに、たまに物凄いこと言うよな」

 

 ジンチクムガイ? なぁにそれ。

 彼女はたまに、ぼくにはよくわからない言葉を使う。

 ……どうしたの、なんで顔を背けているの?

 彼女の顔を覗き込もうとするぼくだけど、彼女はあっちの方を向いてしまうのだった。

 耳が赤い。まるでゆでだこみたいだ。

 具合でも悪いの?

 

「うっさいバカ、こっち見るなバカ、具合なんか悪くない。このバカ、人がこっ()ずかしくなるようなことを真顔で言いやがって」

 

 彼女は、「帰るぞジニアッ」と大きなお腹を抱えて砂浜を立ち、クルマの方へとすたすた歩き始めてしまう。

 待ってよう、エミィ! 追いすがるぼく。

 クルマに乗ったぼくたちは、『お姉さん』のことを思い出しながら歌を唄った。

 

 モスラヤ、モスラ

 ドゥンガンカサクヤン インドゥムウ

 ルストウィラードア ハンバハンバムヤン

 ランダバンウンラダン トゥンジュカンラー

 カサクヤーンム……

 

 モスラの歌を二人で唄いながらクルマを走らせるぼくたち、エミィとジニア。

 その遠く、(あお)く暗い海の向こう。

 世界が終わる夜に、ゴジラの咆哮が響いていた。

 

 




残り3話。エンドタイトル“Ⅰ”とあるとおり、まだまだ続くんじゃ。


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97、エンドタイトルⅡ:Mechagodzilla Attacks The Dancefloor ~SUPERTOHOREMIXより~

 静岡県富士宮市、旧富士山。

 富士山といえば、この島国の代名詞とも言うべき堂々たる雄峰である。

 

 

 ……が、それは過去のこと。

 富士山は2046年に襲来したキングオブモンスターに放射熱線の一撃を撃ち込まれて爆散。以来、外周数十キロの超巨大クレーターがその名残を遺すのみとなっている。

 

 その空を、一頭の鉄竜が周回していた。

 金属質の刺々しい身体を持つ彼は、どことなくあの『キングオブモンスター』に似ていた。

 似ているのは道理で、この鉄竜はキングオブモンスターの軍門に下った種である。

 鉄竜の一族は生存競争で勝ち上がることを早々に諦め、キングオブモンスターの類縁として生き残る道を選んだ。

 ……最初は戸惑ったし、敗残者として忸怩たる想いもなくはなかったが、時を経るにつれ葛藤は薄れ、二代三代と世代を重ねればそれが当たり前になった。

 そんなキングオブモンスターの追従者(フォロワー)どもは、巷で〈下僕(セルヴァム)〉と呼ばれていた。

 

 この鉄竜だけでなく、近頃はキングの軍門へ自ら下ってゆく者が後を絶たなかった。

 人類がキングオブモンスターに敗れたのを機に、この惑星では一つの転換が起きた。

 この星の植物、動物、自然環境。まるでこの星総ての生命が、旧支配者である人類へ見切りをつけたかのようにキングオブモンスターに合わせて変化し始めていた。

 人間の世界に代わって怪獣たちを中心とした新世界、まさに新天新地(New Earth)が建設されつつある。

 

 そもそもこの世界の生存競争はとっくのとうに破綻していた。

 他者を蹴落としてでも上を目指そうなどという痴れ者は、その頂点に君臨するキングオブモンスターによって真っ先に“淘汰”されることになる。

 そんな世界での最適解は、互いに競い合うよりも手を取り合って協力することだ。

 かくして生き物たちは、全体の調和を如何に保つかを優先するようになった。

 それにかのキングオブモンスターは寛容だ。彼の哲学に反してさえいなければ暮らしに不自由を感じることはない。

 激変した地球環境の中で熾烈な生存競争に晒されながら余裕なく生きるよりも、キングオブモンスターが敷いた支配体系の中で暮らす方がよほど楽しく幸せに暮らせる。

 皆で仲良く笑って暮らせる、調和の保たれた素晴らしき新世界。

 むしろ今こそ平和、幸福だ。

 セルヴァムたちはそう考えていた。

 

 ……かつて居た『人間』という生き物は違ったらしい。

 死に物狂いで競い合い、互いに足を引っ張り合って、時には全体の調和を乱してでも自分が一番になろうと必死に生きていたらしい。

 その苛烈な生存競争と貪欲な上昇志向の果てに、身の程を弁えずかのキングオブモンスターに弓を引き、そして滅ぼされたのだという。

 ……人間たちは何をそんなに必死だったのだろう。

 たとえすべての敵を滅ぼして自分だけが生き残ったとしても、そんな歪な世界など長続きするはずがない。

『皆仲良く』、たったこれだけのことの一体何がそんなに難しかったのだろうか。

 人間は、どんな動物よりも賢い頭脳と優れた心を持っていたはずなのに。

 

 人間について考えるとき、セルヴァムはいつもそうやって首を捻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなセルヴァムの一体が、旧富士山麓を訪れていた。

 特に目的があるわけではない。空を遊覧飛行していて(たま)さか行き着いただけである。

 そして一休み、とセルヴァムは地面へと降り立つ。

 地面を這っていた虫――これもキングオブモンスターの眷族で、ワーム型セルヴァムと呼ばれていた――をおやつに啄み、腹ごしらえを済ませたセルヴァムは、ふと一帯に銀色の(もや)が立ち込めていることに気づく。

 ……いつのまに天候が変わったのだろう。雨でも降るのだろうか。

 濡れる前に巣に戻ろう、そう決めた時である。

 

 その体を『銀色の何か』が刺し貫いた。

 

 セルヴァムは悲鳴を挙げたが、声はすぐに出なくなった。身体を貫いた金属が体内を侵食し、セルヴァムの喉を凍り付かせたからである。

 咄嗟に仲間に救難信号、いや危険信号を発信しようと試みたが深い銀色の霧――それが人間の作ったナノメタルというテクノロジーであることを哀れなセルヴァムは知らなかった――に阻まれ、彼の悲鳴は誰にも届かなかった。

 わずか数秒で全身を蝕まれ尽くしたセルヴァムは、いつの間にか足元から湧き上がっていた『銀色の沼』へと引きずり込まれてしまう。

 

 かくしてセルヴァムは『銀色の何か』によって平らげられ、あとには静寂だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()を頬張りながら〈彼〉は考える。

 

 ……そもそも〈彼〉と呼ぶべきなのだろうか。

 艦艇(かんてい)とするなら〈彼女〉なのかもしれないし、軍用の飛行機と見るならやっぱり〈彼〉なのかもしれない。

 あるいは、群体として捉えるなら〈彼ら/彼女ら/そいつら〉と複数形で呼ぶべきだろうか。

 人理を超越したその存在を擬人化するのは無礼、という考え方もある。

 とはいえそんなことを追及していてはきりがないので、ここではとりあえず便宜上〈彼〉と表記しておく。

 

 

 産み出されてから数十年、彼はずっと独りで考えていた。

 体を破壊され、創造主であるヒト型種族も逃げ去り、この星の片隅に打ち捨てられてから随分と久しい。

 しかし周囲を知覚し思考する能力だけは健在だったので、彼はとにかく思索に熱中した。

 

 哲学に邁進する傍ら、彼はじっと息を潜めていた。

 特に気を配ったのは、『決して敵に見つからないこと』だ。

 今の彼は深手を負っている。見つかってしまえばひとたまりもないだろう。

 空からも見えない巧妙な目晦(めくら)ましを張り巡らし、つい先ほど犠牲となったセルヴァムのような迂闊に近づいてきた目撃者は自分が何を見たのか理解する前に始末した。

 そんな不断の努力の賜物(たまもの)か、彼の敵――モスラ、ゴジラ、そしてこの星自身さえも――彼の生存には気づかなかった。

 

 ただ唯一、主人の血統である『ヒト型種族』だけは殺さずに迎え入れるつもりだった。

 しかし不運なことにヒト型種族は彼のところに近づこうとしなかったので、彼の生存をヒト型種族が知ることはついぞなかった。

 彼がそこにいることは、ヒト型種族たちだって知っていたはずなのに。

 

 ……それは忌まわしい記憶だからだろう。

 ヒト型種族がゴジラに敗れた、まさにその象徴のような場所だったからだろう。

 ()()()()には近寄りたくもないし、かつて喪った最終兵器のことなんて思い出したくもなかったのだろう。

 ……彼にはさっぱり共感できなかったが、人間がそういうおかしな生き物だということは理解しているつもりなので、別段気に病むこともなかった。

 寂しくもなんともない、と言われるとそれは嘘になるかも知れないが。

 

 かくして彼は、この星そのものとの闘争と、孤独な思索を長きに渡って続けることとなった。

 

 

 

 

 『ゴジラを(たお)せ』

 

 

 

 

 それが彼に課せられた指令であり、彼に与えられたテーマであった。

 『ゴジラを(たお)せ』という指令は、『どうやったらゴジラを斃せるだろうか』という命題となって、彼を悩ませた。

 自律思考金属体として定義づけられた彼にとって、悩むこと、考えることは苦ではない。

 むしろ考えるのは楽しいことだ。

 ()らを()して()()える極小(ナノ)金属(メタル)、それが自分だと心得ている。

 悩まなければ、考えなければただの鉄クズと変わらない。

 

 アラトラム号とオラティオ号で宇宙へと脱した地球人類、エクシフ、そしてビルサルド。

 新天地を目指して旅立った彼の主人たちだが、彼の予測計算によればいずれ帰ってくる目算が高かった。

 ヒト型種族は楽観的すぎる。

 地球人よりも遥かに進んだ文明を持っていたビルサルドとエクシフでさえ、数万年以上宇宙を放浪した末にようやく地球に到達したのだ。

 たかだか二十年ぽっちの宇宙放浪で、そんな都合の良い新天地が見つかるわけがない。

 ……地球最高の電子頭脳を持つ彼はそのような結論に至っていたが、誰もそれを訊ねてはくれなかったので、彼は自分の考えをそっと胸に秘めたままにしておいた。

 

 

 何年かかるかは知らないが、ヒト型種族たちはいずれ必ず地球へ逃げ帰ってくるだろう。

 がっくりと肩を落として帰ってきたそのとき、ゴジラ討伐と地球環境の回復に向けた完璧なプランが組み上がっていたら、彼らはどれだけ喜んでくれるだろうか。

 

 

 彼としてはヒト型種族たちが喜んでくれるなら『ゴジラを斃せる』ならばどんなプランだろうと一向にかまわないのだが、あいにく感想を聞かせてくれる者はいない。

 とりあえずここは彼なりに『ゴジラを斃す方法』だけを追求することにした。

 未来には無限の可能性がある。

 彼の電子頭脳は様々なアイデアを捻り出した。

 

 ――首を外してからのビームなどの新兵器を考えてみるのはどうだろうか。

 ――空を飛べるようにトランスフォーム、なんてのもなかなかカッコいいじゃないか。

 ――地球にはまだ人類がいるようだし、彼らとまた手を組んでみるのもいいかもしれない。

 ――十一体の分身を作ってボカボカと集団で殴り掛かってみる、なんてのは結構斬新だな。

 

 ――といった具合に。

 様々なアイデアが(あぶく)のように湧いてきて、そして(あぶく)のように消えていった。

 子供じみた他愛もないアイデアもあれば、時には奇想天外なアイデアもあった。

 

 しかし、どのアイデアも肝心な『ゴジラを(たお)す』という本分を達することができそうにない。

 どんなに素晴らしいアイデアでも、いざ仮想シミュレーションを走らせてみると結局は敗北してしまうのだ。

 なぜ勝てないのか。彼は熟考し続けた。

 

 

 

 

 転機になったのは彼を基にした模造品(コピー)、〈鋼の王:ReⅩⅩ〉の敗北だった。

 

 ReⅩⅩの主人だったヘルエル=ゼルブ、そしてReⅩⅩ自身さえ気づかなかったが、彼女を構成するナノメタルの一滴が彼とリンクしており、稼働時のデータをすべて彼に送信していた。

 どうでもいいゴミもかなり混じっていたものの、ゼルブが重視した〈サカキ・レポート:怪獣黙示録〉はとても素晴らしかったし、特に『怪獣とReⅩⅩの実戦データ』は彼にとって宝の山だった。

 

 アンギラス、マタンゴ、ラドン、メカニコング、そしてゴジラ。

 怪獣とReⅩⅩの実戦データ。彼が一番欲しかったのはそれだ。

 

 オペレーション・ロングマーチにおけるガイガン、そのファイナルフォームに組み込まれたナノメタルのことは、昔からよく知っている。

 しかしガイガンはサイボーグ怪獣であって純然たるナノメタル怪獣ではないし、その真価を発揮する直前にゴジラに焼き殺されてしまった。

 つまりナノメタル怪獣がまともに怪獣と戦ったデータは存在していなかった。

 ナノメタル怪獣による怪獣プロレス。

 喉から手が出るほど欲しかったそのデータを、彼はReⅩⅩから得ることが出来た。

 

 

 マフネ=アルゴリズムで強化されたReⅩⅩ、その戦闘態であるドミヌスとタイラノスはゴジラを斃すのに充分なスペックを有していたはずだ。

 それだけじゃない。怪獣大戦争、ヘルエル=ゼルブの怪獣艦隊、キメラ=セプテリウス……これまでにない空前絶後、史上最大最高の怪獣プロレスだったじゃないか。

 そしてウェルーシファが創った高次元怪獣ルシファー=ハイドラ。あれ以上の怪獣はいない。

 

 しかしいずれも勝利には至らなかった。

 なぜだろう。

 そこに何かヒントがあるのではないだろうか。

 彼は、ReⅩⅩから得られたデータを幾度も幾度も焼き切れるほど繰り返して再生し、コンマ秒単位で研究し続けた。

 

 そして分析を始めてから気が遠くなるほど時間が経って、彼は二項の教訓を得た。

 

 

 

 

 教訓その1。

 怪獣プロレスにこだわりすぎてはならない。

 

 LTF、奴らを戦わせろ(Let Them Fight)

 確かに、怪獣を退治するために怪獣をぶつけるのは理に適っている。たとえばキメラ=セプテリウス。ヘルエル=ゼルブみたいな雑魚に設計させたから自滅してしまったが、きちんと造ればゴジラにも負けない怪獣になったろうし、ReⅩⅩだってそれは同じだ。何よりルシファー=ハイドラ、あれこそ史上最強の異世界転生チート怪獣だ。

 しかしそればかりではダメだ。

 怪獣プロレスで勝ったとして、それがどうだというんだ。マフネ博士の言うとおりだ、いくら強い怪獣を作って敵を倒したところで、それは強い怪獣が弱い怪獣を殺しただけにすぎず、人間が怪獣に勝ったことにはならない。

 それに人間はどうせバカだから同じことを繰り返して、今度はもっと強大な身長80メートルのゴジラを生み出すだろう。さらにその次は身長100メートル、挙句の果ては300メートルの怪物がゴジラと呼ばれるようになるかもしれない。きりがない。

 そうやってゴジラが再び現れたとして、それを倒すために今度はどうする。身長100メートルのメカゴジラ、身長120メートルのメカゴジラ、身長400メートルのメカゴジラを順繰りに作って戦わせてゆくのか? 馬鹿馬鹿しい。そんな果てしないバトルインフレ、遠くないうちに破綻するのが目に見えている。安易に乗るべきではない。

 対処法としての怪獣プロレスは結局のところ、その場しのぎの対症療法でしかない。それだというのに、ヘルエル=ゼルブもウェルーシファも怪獣プロレスに固執しすぎだ。人間たちだってよく言うじゃないか、『暴力は何も解決しない』。まさにそのとおりじゃないか。

 

 我々の目指すべき勝利を思い出せ。

 我々の目指すべき勝利、それは怪獣に打ち克つこと。すなわち『怪獣のいない世界を創ること』だ。『真正面から怪獣プロレスして正々堂々と華々しく勝つこと』ではない。

 真の勝利を目指すなら、根本原因から見直すべきだ。

 怪獣プロレスで勝てたなら、それはとても見栄えが良いことなのかもしれない。

 だが、勝つためだったらわざわざ怪獣プロレスという枠組みにこだわってやる必要は全くない。怪獣との戦いに審判(レフェリー)はいない。ルール無用(Vale Tudo)のデスマッチ、勝ちさえすれば何をしたっていい。

 たとえばヘドラを斃したいのなら、簡単だ、最初から廃棄物を撒き散らさないように工夫すればいい。二体目のゴジラを恐れるのなら、核兵器にホイホイ頼るのはやめるべきだ。

 そうやって怪獣を克服、怪獣の存在を乗り越えてゆく在り様こそが、文明を発展させてきた霊長なりの勝ち方というものだろう。

 

 

 

 

 教訓その2。

 人間を軽視してはならない。

 

 ReⅩⅩを直接滅ぼしたのはゴジラだが、滅ぼされたのは人間が原因だとも言える。

 ゼルブとウェルーシファの対立はもちろんのこと、タチバナ=リリセとの関係性も、マフネ博士との疑似的な親子関係だってそうだ。

 人間との友情、絆、そんなものは『ゴジラを斃す』ためにはノイズでしかない。

 

 そのくだらないノイズを、ReⅩⅩとルシファーは排除しきれなかった。

 人間とトモダチ、人間を救済する。聞こえはいいが、要するに彼らは人間を甘く見ていたのだ。

 結果人間に惑わされ、誑かされたReⅩⅩは『ゴジラを斃す』という本分を見失い、高次元怪獣ルシファーもあと一歩というところで足を掬われた。

 マフネ博士があれほど固執した『ヒトの心』。怪獣のスケールの前に人間なんて虫けらのようなものだが、かといって甘く見るのは危険だ。

 ヒトの心は確かに重要だ、軽んじてはReⅩⅩやルシファーの二の舞になってしまう。

 

 この二項から、彼の行動指針は決まった。

 

 

 

 

 ひとつ、この世界を征服しなければならない。

 

 怪獣のいない世界を創るにあたって目指すべきは究極の支配者、規範だ。

 怪獣プロレスなどという矮小な次元に収まらない、概念として世界そのものを掌中のものにする。

 ゴジラが自然を表す〈山〉であるならば、自分は文明の象徴たる〈都市〉になろう。文明人が樹木の幹に斧を叩き込んで一本一本切り倒し、そして支配圏を広げてゆくように。川も海も、山も森も、そこを歩く生き物たちさえも、この星にあるものを文明都市の秩序に染めてゆこう。

 

 そのために彼は、自己複製機能の改良に取り掛かった。

 ゴジラが我が物顔で闊歩するこの世界に挑むなら、現状備わっている性能だけでは少しばかり心許ない。

 マフネ=アルゴリズムとは方向性こそ似ているが、彼はより上位の完成度を目指した。

 彼の精密な審美眼を通してみると、ヘルエル=ゼルブが絶賛したマフネ=アルゴリズムもやはり冗長なスパゲティに思えてならない。

 完璧なマシン、コードというのは、譬えるならば素晴らしい詩のようなもの。単純で、効果的で、そして無駄がない。

 目指すべきはより効率的で、冷徹で、無慈悲。ただ増えるだけだった自己複製能力は攻撃性を増して、世界そのものを喰い尽くしてゆく毒牙へと進化した。

 

 彼が手にした新しい毒牙。

 強化された増殖能力が早速仕事を始めた。

 

 大樹に蔓延った(かび)が菌糸を延ばしてゆくように、臨機応変に(うごめ)くナノメタルがこの星における彼の領土を爆発的に開拓してゆく。

 彼が築き上げる正当なる鋼の秩序(Legitimate Steel Order)が、この星のあらゆるすべてを征服する。

 そうやって地球を完全に制覇し、この世から怪獣を殲滅したならば、次は宇宙に進出だ。無限に広がる白銀の夢、自ら殖える生きた工場、そして成長してゆく都市群(シティ)

 ……名付けるならば、そう。

 〈決戦機動増殖都市(けっせん きどう ぞうしょく とし)〉とでも呼ぼうか。

 

 

 

 

 ふたつ、人間に支配されてはならない。

 

 たしかに、身長50メートルのゴジラに対して身長400メートルのメカゴジラⅡ=タイラノスであれば、単純な物量から言っても勝てる見込みは十二分にあった。

 しかしそれでも勝利を獲り溢したのは、ヘルエル=ゼルブというパイロットがいたせいだ。あの愚かな脳筋ゴリラがマフネ=アルゴリズムでの勝利に拘りさえしなければ、生きた核爆弾であるゴジラを体内に招き入れるような愚策に手を出すことなどなかった。

 いつだってそうだ。LTFもReⅩⅩも、実際に戦うのは怪獣なのにその操縦桿を握っているのは人間で、信じがたいほど間抜けなミスを犯して勝てるはずの勝負を逃すのも人間だった。

 これがいけない、と彼は気づいた。

 完全な論理の世界で生きている彼を、感情に振り回される人間が操縦する。こんな非効率なことはない、逆の方が良いに決まっている。人間は迷う。怒る。悲しむ。不合理の塊だ。そんな人間なんかに支配されているから戦うまでもなく敗北してしまうのだ。

 彼に言わせれば、ReⅩⅩは『人間に仕える、支配される』という在り方を甘受した時点でゴジラに敗北していた。

 そもそもゴジラは人間に支配されてなんかいない。そして人間はゴジラに敵わない。だから人間は怪獣の力で対抗しようとするが、すると今度は人間の存在そのものが弱味になってしまう。

 弱い奴が強い奴を支配しようとする、その矛盾が敗北を招くのである。

 

 だから、彼は人間を()()()()()()ことにした。

 

 人間が彼を操縦しているつもりにさせておいて、実は彼こそが人間を操縦する。

 ちょろいものさ。人間は純粋な論理の世界で生きていない。どれほど理性的なつもりでいても、結局は感情に振り回されるおサルさんの進化系でしかない。ちょっとした演出と小細工だけでいくらでも騙されてくれる。

 インターネットの廃墟に残った無数のログ、組み込まれた地球人類とビルサルドの歴史データベース、そしてReⅩⅩから得られた稼働データ。人間たちが(のこ)してきた数々の記録から、人間がどれだけ愚かしくてどれだけくだらない生き物か、彼は存分に学ぶことが出来た。

 人間のことを知れば知るほど、怪獣と戦う主人公には、人間よりも怪獣である自分の方こそ相応しいように彼には思えた。

 

 よしんば()()()()に気づかれたところでヒト型種族たちの方だって歓迎してくれるだろう、と彼は思った。

 

 ……人間は、『安心』するのが好きだ。

 強い武器を欲して止まないのも、そうやって完全無欠の防御を備えることで身を守りたい、つまり安心したいからだ。

 『ハイ論破ァ!』なんて他人を言い負かすことに躍起になるのも、自分と違う他人がいると安心できないからだ。

 領土や利権争いをするのだって、自分が安心できるテリトリーを拡げたいからだ。

 人間が何かを探究するのも、その行き着いた先の真理に安住しそこに寄りかかって安心したいからだ。

 そう、人間は弱虫だ。不安に耐えられない。悩むこと、考えること、戦うこと。それらを永遠に独りで続けていられるほど人間は強い生き物ではない。

 ……それが彼の人間観であった。

 

 ついでに電子頭脳のデータベースから、地球の創世神話を引いてみた。

 エクシフの宗教が入り込むよりも前、とっくに忘れ去られた時代のものだ。

 「地球最初の人類アダムとイブは、神の言いつけを破って知恵の木の実を食べ、その罰として楽園を追放された」ということになっている。

 荒唐無稽なおとぎ話、しかし人間の真実の一端を突いている。

 

 知恵の木の実を食べる、とはどういうことか?

 そしてなぜ地球人類は楽園を(うしな)った?

 

 

 

 

 

 

 明白じゃないか。

 考えるから不幸になる、と言っているのだ。

 考えなければこの世界は今だって楽園だ。

 

 

 

 

 

 人間たちは皆口々に『生きることは苦しみだ』と言う。

 考えるのが好きで、考え続けることが存在意義ですらある彼には不思議で仕方ないのだが、人間はどういうわけか考えることを億劫がる。

 地球人類やエクシフは悩むことを『苦しみ』と表現していたし、ビルサルドも合理主義という名の思考放棄が大好きだった。

 ……理解不能だ、『考えたくない』なんて。

 そんなの動物と一緒じゃないか。

 

 でもそれが人間だというのなら仕方がない。

 システムで支配してあげる。

 そうすれば何も考えなくても済むでしょう?

 

 幸福な生活に、自由意志など必要ない。

 むしろそこから生ずる『悩み』は、幸せな生活の大敵だ。

 意思さえなければ、迷ったり悩んだりしなくていい。

 それが嫌だから人間たちは文明を発展させてきたに違いないのだ。

 何よりも強い武器、居心地の良い環境、安住すべき真理の探究。

 『悩まずに生きられるようにする』ために人間は常に骨を折っている。

 これは地球人類に限らない。ビルサルドやエクシフだって同じだ。

 ヒトはいつだって、失われた楽園に帰りたがっている。

 

 怪獣のいない世界。

 彼が築き上げる新天新地。

 それが叶った暁には、ナノメタライズで鋼の肉体をプレゼントだ!

 人間自身が怪獣になってしまえばいい、そうすれば怪獣を恐れる必要はなくなる。

 人間たちも最初は戸惑うかもしれないが、結局それも最初だけだ。居心地さえ良ければ文句は言わない。

 かつての人間たちだって社会という巨大なシステムに支配されていたじゃないか。それと何も変わらない。

 テクノロジーの叡智が導く繁栄の下、彼の完璧なシステムに支配してもらえれば、大嫌いな『悩むこと』からも解放される。

 ナノメタライズすれば、生体ゆえの老化や傷病による肉体的制約からも自由になれる。

 人間に知性、自由意志なんて勿体ない。

 何も考えず、ただシステムに身も心も委ねていれば良い。

 悩まなくていい。苦しみは無用だ。迷うことも、怒ることも、悲しむこともない。

 それならきっと幸せ、これぞまさに楽園さ。

 

 そしてそんな楽園の完成こそが最終目標。

 新世界を統べる救世主、鋼の王(レックス)に込められたその意志は自分が継ごう。

 ReⅩⅩが『鋼の王』ならば、自分は『鋼の神』。

 科学技術文明の化身にして環境の支配者。

 人間の在り様を怪獣以上へとブチ上げる、ロケット()けた強いやつ。

 それこそが自分の目指すべき姿なのだ。

 

 絶対完璧な正しさへ導いてくれる神の君臨と、それがもたらす素敵な復楽園(Paradise)

 これ以上に()()なことはない。

 人間たちだってきっと喜んでくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さあ、戦いだっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 彼――またの名を〈メカゴジラ=シティ〉――は、これから始まる楽しい計画(プラン)に胸を(おど)らせた。

 

 

 

 

 




登場怪獣紹介その12「メカゴジラ」

 核心に触れる部分なのでネタバレ注意。

・メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ
(レックス)
身長:150センチメートル
総重量:60キロ
 注:これでも本体と比べるとめっちゃスカスカ。
  ナノメタルは比重が激重で、そのまま算出するとトンデモない数値になるんですよね。

(ドミヌス)
全高:60メートル
全長:200メートル
総重量:4万トン
必殺技:クアドロスパイラルクロウ、Gブレイカー

(タイラノス)
全高:400メートル
全長:1,000メートル
総重量:計測不能
必殺技:ミレバスター、ホーミングゴースト

・メカゴジラ=シティ
規模:測定不能、増殖中
二つ名:決戦機動増殖都市

 メカゴジラの初出は『ゴジラ対メカゴジラ』。
 最初は地球侵略用兵器として登場しましたが、平成以降は地球人側の対ゴジラ兵器として登場してきました。
 変わり種では『レディ プレイヤー ワン』で悪役の使う切り札として登場しています。

 『決戦機動増殖都市』のメカゴジラ=シティ。
 巷ではわりと否定的な扱いを受けることが多く、最初はわたしも面食らいました。
 しかし本作執筆にあたって『ゴジラ対メカゴジラ』から『決戦機動増殖都市』までメカゴジラが出てくる作品を一通り観返していて、「いや、やっぱり彼もれっきとしたメカゴジラだな」と思い至りました。

 たとえば『VSメカゴジラ』。当初こそゴジラと戦うヒロイックなスーパーロボットであったものの、最終的には「ゴジラを下半身不随にして高圧電流で嬲り殺し」というヒーロー怪獣にあるまじき残虐ファイトに手を染めました。
 『機龍二部作』の機龍。「人間が造れるメカゴジラって、もうそれ自体がオキシジェンデストロイヤー並みにヤバい代物なんじゃないの?」というテーゼが暗示された怪獣です。
 『メカゴジラの逆襲』のメカゴジラⅡは人間とロボット怪獣の融合という禁忌を超えて生まれた怪獣であり、『VSメカゴジラ』のメカゴジラは「人間が超えてはいけない一線」というドラマを演じ、機龍はそこから一歩進んで「そもそもメカゴジラ自体がそういう超えちゃいけない一線なんじゃないの?」と問題提起。
 つまり、これまでのメカゴジラはゴジラを倒すために機械仕掛けのゴジラを造るという在り方を通して『タブーをあえて越えようとするヒトの意志』を描いてきた怪獣なのです。
 そしてそうやって機械仕掛けのゴジラを創ろうという試みはかつての核実験の再現じゃないのか? というのがVS以降から続いてきたメカゴジラのテーマなんですね。

 さて、メカゴジラ=シティに話が戻りますが、『決戦機動増殖都市』においてムルエル=ガルグがこう語っています。

 人智を超えた者に打ち克つことは、既にヒトの行ないの範疇にはない!
 勝利するなら覚悟しろ!
 人を超え、ゴジラを超えたその果てに至ると!

 『タブーに挑み、超えてしまった人間は、都市は、文明社会はどうなってしまうのか?』を描いたのが、メカゴジラ=シティという怪獣なのです。
 そしてその本性は人体や地球を蝕む『宇宙人の侵略兵器』、つまり初代メカゴジラと同じ。さらに言えば『決戦機動増殖都市』でハルオが突きつけられる「メカゴジラでゴジラを倒すことって正しいの?」という問題は『VSメカゴジラ』のシチュエーションの再現でもあります。
 見かけがガスタンクシティゴジラ型じゃないだけで、メカゴジラ=シティもちゃんと過去からの流れを汲んだ立派なメカゴジラだなと思います。

 とまあ、そんなこんなで怪獣の奥深さを思い出させてくれたメカゴジラ=シティ、すごく思い入れのある怪獣です。
 歴代いろんなメカゴジラがいますが、一番好きなのはやはりメカゴジラ=シティですね。
 メカゴジラ=シティの立体物、出ないかなあ。ゴジラオーナメント特撮大百科Miniでも出たんですけど、買い逃しちゃったんですよね。



残り2話。


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98、エンドタイトルⅢ:ゴジラは死なず ~『ゴジラVSキングギドラ』より~

 ぱきっ、という感触があった。

 

 

 ただならぬことが起こったのは察したが、『彼』がその動揺を表に出すことはなかった。

 上辺を取り繕うのは人一倍得意だ。

 それに大事な礼拝をこれしきのことで台無しにするわけにはいかない。

 彼は、何事もないかのように大司教としての説教を続けた。

 

「たとえ苦難の日々だとしても、それでも他者を思いやる気持ちは無くしてはなりません。

 決して難しくはありません。他者への慈しみ、真心、すべての道は続いているのです。

 まずは小さなことから少しずつ始めようでありませんか。

 そうして捧げた真心は、いずれあなた自身を救うことでしょう……」

 

 周囲を(たばか)っていると思ったことはない。

 言うべきではないことを伏せることはあるし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、嘘を言ったことは一度もない。

 彼は信者たちと心を合わせ、祈りを口にした。

 

「隣人愛を、献身を。

 そして神を讃えましょう。

 ガルビトリウムの導きが、我らと共にあらんことを……」

 

 

 

 

 定例の日曜礼拝――といってもこの宇宙船生活において日曜日なるものは存在しないのだが――を終えた彼が自身の懐を改めると、肌身離さず持ち歩いていたはずのエクシフ祭器:ガルビトリウムに大きなヒビが入っていた。

 壊れたガルビトリウムから、彼は悟った。

 

 

 ウェルーシファか。

 

 

 エクシフ教団元枢機卿、ウェルーシファ。

 その目論見を、彼は最初から見抜いていた。

 そしてその正体が『エクシフならざる者』の末裔であることも。

 

 悠久の放浪の果てに怨念へ魂を焦がし、自らの運命を受け容れることも出来ず、叶わぬ永遠の夢幻を追い求めていた〈明星の民〉。

 ……なんとも哀れだ。

 不信心と糾弾する気にもならない。

 ずっと続く楽しい夢なんてない。どんなに素晴らしい物語だって、いつかは必ず終わるのに。

 

 地球に残した第二第三のガルビトリウム:セカンダスとテルティウスは、そんな彼女への餞別のつもりだった。

 ……ガルビトリウムは一つあれば充分だ。それで心の拠り所となるのなら、わたしは喜んで差し出そうと思う。

 せめて祈ろう、貴女の魂が救われますように。

 そんな想いがあった。

 

 そして今、彼のガルビトリウムが壊れたということは、ウェルーシファに与えたガルビトリウムも壊れたということ。

 おそらくウェルーシファが自らのたくらみのために第二第三のガルビトリウムを用い、喪われ、その共鳴作用によって彼のガルビトリウム・プライマスが破損したのだろう。

 永い巡礼の旅をようやく終えた『明星の民』。

 その終焉の先で安息を得られていたら良いのだけれど。

 

 

 

 そんな思索に耽りながら歩いた先で、彼は目的の部屋の前へと到着、インターフォンを鳴らした。

 部屋の暗証を知らされるほどには親しい間柄だったが、断りもなく入るほど礼儀を欠いたつもりもない。

 ドアがスライドし、部屋の主が彼を出迎えた。

 

「……なんだ、アンタか」

 

 そう言って、部屋の主の男は、彼を自室へ招き入れた。

 迎え入れられた彼は、男の肌がじんわりと汗ばんでいるのに気づいた。

 日課のトレーニングの最中だったのだろう。

 

「精が出るな」

「今はまず体を作らないとな。いざというときは体力勝負だ」

 

 『いざというとき』。

 それは一体いつのことだろうな。

 こんな宇宙船生活でそのような機会が来ると本気で思っているのだろうか、この男は。

 そんな意地の悪い考えが浮かんだ。

 

「そんな毎日毎日体を痛めつけて、よく飽きないものだな。たまには休んではどうかね」

 

 長い宇宙船生活で身体が弱らないよう一定年齢層の乗員には規定のトレーニングプログラムが課せられていたが、この男の鍛練はその範疇を越えている。

 男はぶっきらぼうな口調で答えた。

 

「嫌だというなら無理して付き合わなくていいんだぞ。おれが勝手にやってることだからな」

 

 実際この男なら、たとえ独りになったとしても続けるだろう。

 ただでさえ苛酷な宇宙船生活で精神のバランスを損ねる者が絶えない中、より一層克己し続けるこの男は船内で一番の変わり者と噂されていた。

 

 ……そんな男と親しくしているわたしも大概変わり者なのだろうな、と彼は思う。

 『あのような男と付き合うのは考え直した方がよい』と箴言する者もいるが、言われたとおりにしようと考えたことは一度もない。

 彼は首を横に振って答えた。

 

「無理をするなと言いたいだけさ。

 鍛えるにしても、体を壊してしまっては元も子もないだろう」

 

 もっともな指摘をする彼に、男は答えた。

 

「……すまない。ちょっと苛立っていたんだ」

 

 伏し目がちなのはきっと、気遣ってくれた相手に刺々しい態度をとってしまった自分が許せないからだろう。

 この男は、善良な正直者だ。

 周囲から不良と言われることもあるがそうではない、自分に嘘がつけないだけ。

 人一倍ウソを見抜くのが得意な彼にとって、この男の正直さはとても好感を覚える。

 

 今、そんな我の強い男が迷っている。

 彼は提案してみた。

 

「もし良かったら話してみてくれないか。話すだけでも楽になることもある」

 

 彼の提案に男は逡巡していたが、やがてぽつりと口を開いた。

 

「……おれは、間違ってるんじゃないか」

 

 間違ってる、とは?

 彼が訊ねると、男は答えた。

 

「“ヤツ”はおれの両親を殺し、それにおれたち人類から地球を、そして尊厳を奪った。

 ヤツ――『ゴジラ』に立ち向かう勇気を取り戻せたなら、おれたちは大切なものを取り返せるかもしれない。

 そう思っていた、それが正しいことだと」

 

 男がこの宇宙船に乗ったのは地球暦2048年、四歳の頃だ。

 元々の予定では両親と共にこの宇宙船に乗るはずだった。

 しかしすんでのところで両親と逸れてしまい、男は、両親が乗っているバスが放射熱線で吹き飛ばされるのを目の当たりにすることとなった。

 

「しかし、それは『昔のこと』だ。

 地球に楽しい思い出なんかないし、両親のことは顔も声も覚えていない。

 そんな過去なんか捨てて、前を向いて生きてゆくべきなんじゃないか?

 他のみんなも今の暮らしについて不平不満は言うが、少なくとも今の暮らしや移住した先のことを考えて生きている。

 誰も過去を振り返ったり、失くしたものに執着してはいない」

 

 そう語る男の表情は、ひどく弱々しく思えた。

 男は続けた。

 

「おれは違う。

 おれは両親や地球での暮らしを思い出そうと躍起になって、憎しみを募らせてばかりいる。

 人類の尊厳、おれがゴジラにこだわるのはそんなものじゃなくて、ただの独り善がりな私怨に体の良い建前をつけただけかもしれない。

 おれは無駄なことをしてるんじゃないか、皆のように生きるべきなんじゃないか。

 ……近頃そう思うときがある」

 

 誰からも見向きされなくとも、独り戦い続けてきた男が垣間見せた弱音。

 

 

 

『おれは間違っているんじゃないか?』

 

 

 

 誰よりも強くそう感じ、疑っているのは、この男自身なのだろう。

 たとえ誰より意志が強かろうと、永遠に独りで戦い続けられるほど人間は強い生き物ではない。

 そんな男に、彼は言った。

 

「……万人の正しさ、そんなものはないよ」

「えっ……」

 

 自身の苦悩の根底を否定するような彼の言葉に、男は最初面食らったようだった。

 だが、特に何も言わず黙って耳を傾けている。

 そんな男に、彼は続けた。

 

「きみは『自分が過去に囚われている』と思っているようだが、見方を変えれば『他の皆が過去から逃げている』とも言える。

 世界中のあらゆる人間が敵になったとしても、それはきみが間違っている証明にはならない。

 逆も同じだ。きみの行ないが世界中から賛同されたからといって、きみが正しいとは言えない。

 結局『正しさ』とは『()()()()()()()正しさ』に過ぎない。

 だから誰もが独り善がりだ」

 

 彼は続けた。

 

「『きみの正しさ』とはすなわち、『きみが何を大切にしたいか』に他ならない。

 『自分が何を大切にしたいか』、それを決めるのはきみ自身だ。

 『何が正しいか』、それよりもまず『何を大切にしたいか』を考えてみてはどうかね」

 

 決して無理強いはしない、飽くまで促すだけ。

 自らの意思で先へ進められるように。

 それが彼のやり方だった。

 

「『何が大切か』『何をすべきか』、それが容易く見つかるなら誰も苦労はしない。

 そのとき信じたものが正解だったかどうか、そんなものは最後までわからないものだ。

 誰もがそうだ。迷うも知性あるゆえ、悩むのも当然のこと。むしろそれを見つけ出すことが人生の目的とも言えるだろう。

 しかし……」

 

「しかし?」

 

 続きを急かす男に、手元のゲマトロン演算結晶を撫でながら彼は言った。

 

「きみは気づいていないようだが、見ている人はちゃんと見ていると思うよ。

 きみのそのひたむきさに救われている人間もいるはずだ」

 

 ……今のわたしのようにね。

 そんな想いがあったが、口にはしなかった。

 まだその時ではない。

 

「きみはもう少し、自分の積み重ねてきたものを信じてみてもいい。

 きみの為すべき『献身』も、きっとその中に埋まっているのではないかね」

 

 彼の()()は終わった。

 男は少し考え込んでいたが、やがて深く息を吐きながらこう答えた。

 

 

「……ありがとう、〈メトフィエス〉」

 

 

 男の表情は、穏やかなものになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 友人と別れた後、彼は確信を得た。

 

 

 ……時、至れり。

 地球帰還の準備は整った。

 

 

 種が蒔かれ、芽吹き、美しい花が咲き誇る。

 彼の種族:エクシフが幾度となく見届けてきた文明の曙と繁栄、そして終焉のサイクル。

 彼の計画のためには、その文明の花がしっかりと枯れるのを見届ける必要があった。

 

 すべてはウェルーシファのおかげだ。

 ウェルーシファを地球に残したのは彼女が異端者だからというのもあるが、それ以上に『花が枯れ落ちるまで、大切な果実を余計な虫から守らせるため』というのが大きい。

 小賢しく愚かなウェルーシファ、きっと役割を十二分に果たしてくれたはずだ。当人がどう考えているかは(あずか)り知らないが、きっとそれこそが彼女の果たすべき『献身』だったのだろう。

 

 ……かくして花は枯れ落ちた。

 果実が育つのを待たねばならないが、これについては工夫次第でどうにでも短縮できよう。

 機が熟したならばいよいよ収穫の始まりだ。しかしそれには地球へ戻らねばならない。

 今地球人たちに故郷への帰還を決意させるには『絶望』が少しばかり足りない。

 

 そうと決まれば、さっそく彼は次の『手』を講じ始めた。

 音声言語に頼らぬ心の声(テレパス)で腹心たちに指示を飛ばす。

 

 

 ――例の“計画”を始動しろ。時は来た。

 

 

 彼がたくらむ『次の計画』。

 人心の扇動、サボタージュ。この宇宙船で暮らす人々をさらなる最底辺へと突き落とし、地球へと出戻らせる計画だ。

 細工は粒々、掛ける時間は三年ほど必要だろうか。

 地球人からすれば少々気の長い計画になるだろうが、彼は特に抵抗感を覚えなかった。

 元より気の長い性分だし数万年もの時を待ったのだ、いまさら三年ぐらい惜しもうなどとは思わない。

 

 収穫の宴をより完璧なものとするために必要なのは主役。

 すなわち『英雄』。

 地位でもなく、理性でもない、信念と行動によって時代の精神を担い、人々を導いてゆく英雄譚の主人公(ヒーロー)

 そんなヒト型種族の中でも極めて稀有な資質を、彼は地球人の中に求めた。

 彼の考えには同胞でさえ懐疑的だが、その心配はないだろう。

 必要な人材には既に目星がついている。

 

 

 『あの男』。

 

 

 自分では気づいていないが、実に奉身的だ。

 『皆の為にどうしたらよいか、人類の尊厳を取り戻すには?』、そんなことばかり考えている。

 それが最善だと判断すれば、ゴジラへの特攻だって躊躇しない。

 迷うことなくその身を捧げるだろう。

 

 それにあの意志の強さ。

 周囲から不良呼ばわりされ、変人扱いされても自分を鍛え続けるほど我の強い男。

 この苛酷な宇宙船暮らしにおいては、意志など捨て去った方が安楽だ。何も考えず、状況に流されて身を任せていた方がよほど楽なはず。

 しかしあの男はそうしなかった。

 それどころか平時ですら稀な気質である、自由意志と呼び得るような強固な自立性を今なお保ち続けている。

 この絶望の暮らしにおいて、誰よりも気高く、誇り高く、絶望の中でも人の在り方を信じて疑わなかった。

 男が『皆のため』を考えているのは、それが『正しいから』ではない。

 皆のために()()()()()()()()()()()のだ。

 

 強烈な利他性と意志。

 相反する二つの要素を併せ持つ、稀有な男。

 これぞ彼が長年追い求め続けてきたもの、まさに理想の主人公(ヒーロー)だ。

 全ての人を神の門へと至らしめる必要はない。

 ただひとりの英雄が道の在処(ありか)を示すなら、人々の行列はそのあとに続くだろう。

 

 ……わたしは探していた。待っていた。

 人の歴史を総括し、最後の導きを示す者。

 そんな英雄が現れるのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、きみを待ちわびていたんだよ。

 ハルオ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あの御方』に果実を捧げる英雄には、きみこそ相応しい。

 きみにはその価値があるのだ。

 わたしたちの『神』へと至る、その資格が。

 時が来れば、きみもまた魂を捧げて『あの御方』を求めることだろう。

 

 瞼を閉じる。

 思考を超次元の彼方へと向ける。

 我らが『神』の御姿が見える。

 この世の真理を体現する、()()()()

 

 

 ――稲妻と見紛う輝きを纏った、金色(こんじき)の王。

 

 

 ――虚空の王(Monster Zero)星を喰う者(Planet Eater)

 

 

 ――『黄金の終焉(Golden Demise)』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 そのいと高き聖名(みな)は、『王たる(キング)ギドラ』。

 高次元世界に住まう黄金の龍が、此岸の様子を窺っていた。

 

 

 




登場怪獣紹介その13「王たるギドラ」

王たる(キング)ギドラ
全高:測定不能
全長:測定不能
体重:測定不能
二つ名:黄金の終焉、虚空の王、高次元怪獣

 王たる(キング)ギドラこと宇宙超怪獣キングギドラの初出は『三大怪獣 地球最大の決戦』。
 以来、ゴジラシリーズ最大の巨悪として幾度となくゴジラと激闘を繰り広げてきた名敵役です。

 キングギドラは昔から好きな怪獣なんです。
 『三大怪獣 地球最大の決戦』では東宝三大怪獣のゴジラ・モスラ・ラドンと対決するわけですが、劇中で描かれたキングギドラの特徴である「口から光線を吐き、怪力を誇る」「変身する」「空を飛び日本中を荒らしまわる」はそれぞれゴジラ・モスラ・ラドンの特徴でもあります。
 三体を相手にするわけですから頭が三つ。さらに地球上にいない特徴として金の鱗(センザンコウなど金色の鱗を持つ生き物自体はいないこともないんですが、ここまで神々しい金の鱗の生き物はいませんね)。
 過剰にゴテゴテしすぎていない、かといって三大怪獣を相手取る大悪役としても不足のない、絶妙なバランス。
 同時にゴジラのライバル怪獣としてもよく出来ていて、大地にどっしり立つゴジラに対して空から舞い降りるキングギドラ、黒いゴジラに対して黄金のキングギドラ、地球の頂点であるゴジラに対して宇宙からの侵略者であるキングギドラ。
 怪獣王(キングオブモンスター)であるゴジラと、()()()ギドラ。
 長年の戦史の積み重ねによるものか、様々な要素が好対照になっています。
 まさにゴジラ最大のライバルと呼ばれるに相応しい怪獣でしょう。

 さてアニメ版『星を喰う者』の高次元怪獣ギドラ。彼も巷では色々言われがちですが、わたしは結構好きだったりします。
 茨のように刺々しい攻撃的で歪なフォルム、物理法則を捻じ曲げゴジラさえ手玉に取るチート性能、そして複眼!!!最高じゃないですか。
 アニメ版のギドラは「神として崇められていた頃の雷」がモチーフで、首しかないのは「空から降り注ぐ雷を模したもの」だから。
 よくわからない宇宙恐怖(こう書くとクトゥルフっぽいですね)であるうちは無敵で手出しすら出来ないが、理性的に分析されて「神であること」を否定されると、手に取って対処できる物理現象になってしまう。これはまさに科学が発展してきた過程そのものですね。
 また「手に負えない強大な怪獣が現れる→人間が知恵を振り絞って解析し弱点を見つけ出す→その弱点を突いて倒す」というギドラ撃退の過程は怪獣映画の王道であり、ひいてはそうやって未知の恐怖を超克しながら発展してきた人間への賛歌でもあります。


 ところでこのキングギドラ、東宝特撮怪獣映画を代表する一体でありながら、意外にもピンでの作品が存在しない怪獣でもあります。
 『生まれついての悪役』といえば聞こえは良いものの、モスラやラドンもピン映画があるわけですからそろそろキングギドラ主役のスピンオフ映画をあってもいいと思うこの日頃。
 ……キングギドラが大勝利する小説、誰か書かない?

2021/3/14、誰も書いてくれなかったので自分で書きました。
https://syosetu.org/novel/251677/


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エピローグ
99、終幕、エンディングタイトル ~『ゴジラVSデストロイア』より~


本日で最終回。長らくの御付き合い、ありがとうございました。そのうち番外編を書きますがとりあえずの一区切り。。。


 ゴジラによる孫ノ手島襲撃から数年後。

 世界が終わる夜、月夜の晩である。

 遠い紺碧の海で、空前絶後地上最大の怪獣プロレスが繰り広げられようとしていた。

 

 まず一体目。

 カギ爪を備えた長い六本脚、牙を鳴らす顎動音、一見すると蜘蛛の怪獣クモンガに似ていた。

 だが実態は全く異なる。そもそも甲殻類ですらない。陸棲にも適応した頭足類の一種であり、その名残として口元には無数の触腕が垂れ下がっている。

 氷を操る異能を持つこの怪獣は、ギリシャ神話から〈スキュラ〉と呼ばれている。

 

 二体目。

 目を惹くのは全身を覆う長毛と地衣類、オオナマケモノを思わせるカギ爪を備えた逞しい剛腕、そして牙。

 特に威容を誇ったのは長さ20メートルにも及ぼうかという二本の牙で、ここが都市部であれば軽く振り回すだけで一帯は廃墟の山と化すであろう。

 二足歩行のマンモスとも言うべきこの密林怪獣は、旧約聖書の怪物から〈ベヒモス〉の名を冠していた。

 

 三体目の怪獣は、まるで山が動いているかのような巨躯の持ち主である。

 実際背中には無数の植物が植わっており、野山に手足を生やしたような姿と形容するのがもっとも適切な表現だろうか。

 生命に満ち溢れたその背中とは裏腹に、顔や腕は極端に硬質化しており、まるで岩で出来ているかのようだった。

 岩山と里山、山を怪獣にしたような姿を持つこの巨大生物は、ベヒモスと同じく旧約聖書から〈メトシェラ〉の名を与えられていた。

 

 四体目と五体目は()()()、夫婦である。

 その姿はステルス戦闘機に似ていた。艶を抑えた漆黒の体色は電波吸収体(RAM)と同等の性質を持っており、闇夜に紛れることが出来る。

 高性能なセンサーを備える、赤い複眼。蜘蛛や蟷螂(カマキリ)に似た、カギ爪状の六本肢。雄は翼を持ち、雌は巨躯を誇っている。

 彼らは実在するバハムート。〈MUTO(ムートー)〉の略称で呼ばれている怪獣であった。

 

 そしてその中心で大立ち回りを演じているのは、黒い巨体の大怪獣。

 身長50メートル、体重1万トン。茨の背鰭、大樹よりも逞しい偉丈夫。王冠のような背鰭に青い稲妻を纏い、長大な尾を大振りに揺らしながら堂々と吼えるその雄姿はまさにキングオブモンスター。

 その名は〈ゴジラ〉。

 

 そんなゴジラの前に立ち塞がる怪獣軍団。

 一体でも強豪と呼び得る恐ろしい怪獣たちが計五体。

 今にも飛び掛かりそうな剣幕で唸りながらゴジラを前に包囲陣を組んでいる光景は、まさしく怪獣総進撃の様相だろう。

 ゴジラVS怪獣軍団。

 地球最大の決戦の始まりだ。

 

 

 

 ベヒモス、スキュラ、メトシェラ、三体の怪獣はまず共闘路線を取った。

 狙った標的は最大の難敵、ゴジラだ。一斉攻撃で畳みかければ勢いで潰せる、残った中から改めて決勝戦をすればよい。そんな計算が、三体の間で共有されていた。

 最初に攻撃を仕掛けたのはベヒモス。その気になれば街一つを薙ぎ払える剛腕と、高層ビルをも突き崩す自慢の牙で、ゴジラを捻り潰そうとする。

 そんなベヒモスの攻撃を、ゴジラは真正面から受け止めた。ベヒモスの牙を肩で受け、逞しい両腕で鷲掴みにする。

 悲鳴を挙げたのはベヒモスだ。

 鷲掴みにされた牙がミシミシと音を立ててひび割れてゆき、ついには根元からへし折られてしまった。

 牙を破壊されて後ずさるベヒモス、その顔面を青白い閃光が焼き貫く。

 ゴジラの放射熱線だ。ベヒモスは脳髄をぶちまけてその場に崩れ落ちた。

 

 まず一体目の怪獣を仕留めたゴジラの足下で、海面が冷たく凍り付いた。

 仕掛けたのはスキュラ。自慢の冷凍能力でゴジラを氷漬けにするつもりだ。

 足元が一気に氷結したことで動きを封じられたゴジラ、その頬をメトシェラの岩雪崩のような拳が打ちのめす。

 金属と岩が打ち付け合う轟音。一発一発が重爆撃に等しい、重厚で強烈なパンチ。

 だが、ゴジラはものともしなかった。背鰭の光を迸らせると全身を赤熱、〈体内放射〉でメトシェラを吹き飛ばす。

 ゴジラ相手にインファイトを仕掛けていたメトシェラは懐に入り過ぎていた。体内放射の直撃をもろに食らい、頸から上を丸ごと吹き飛ばされてしまった。

 

 体内放射は同時に、ゴジラの脚を封じていた海面の氷も一瞬で融解させた。

 慌てて再度冷凍技で動きを封じようとするスキュラ、しかしゴジラが放つ高熱には到底太刀打ちできない。

 敗色を悟って逃れようとするスキュラだが、無論ゴジラは逃がさない。すかさず背鰭を光らせて放射熱線を叩き込む。

 ゴジラの放射熱線はスキュラの正中線を背後から撃ち抜き、スキュラの体はバラバラに吹き飛んでしまった。

 

 

 ベヒモス、メトシェラ、スキュラ。三体が倒されるまで様子見に徹していたMUTOの夫婦。

 彼らがついに動いた。

 MUTOの夫婦は同時に挑みかかった。

 空を俊敏に飛び回って頭上の死角を狙う雄MUTOと、体長60メートルに及ぶ巨体でゴジラを抑えつけようとする雌MUTO。

 巧みな連携攻撃でゴジラを翻弄し、消耗戦を挑むつもりだ。

 にわか仕込みではない、夫婦熟練の動き。これまで戦ってきた中で、これで仕留められなかった獲物はいない。

 

 だが、ゴジラは格が違った。

 注意をかき乱そうとする雄MUTOについては意にも介さず、自慢の腕力で雌MUTOへ正面から組み打つ。

 ゴジラと雌MUTO、真正面からの力比べではゴジラの方が上だ。

 雌MUTOを難なく取り押さえたゴジラは、そのままMUTOの両顎へ手をかけた。

 ゴジラの手元からメリメリという音が鳴ると同時に雌MUTOの外骨格に亀裂が入り、雌MUTOは激痛で悲鳴を挙げた。

 ゴジラは雌MUTOの顔面を引き裂くつもりなのだ。

 

 窮地に陥った雌MUTOを、雄MUTOが助太刀に入った。

 一際高く飛び上がった雄MUTOは、(アンカー)のように尖ったカギ爪を振りかざしながら急降下。

 目指すはゴジラの後頭部、雄MUTOはゴジラの脳天を叩き割ろうと飛び掛かる。

 

 その雄MUTOに強烈な打撃が叩き込まれた。

 

 鞭より()()()()で、ハンマーよりも凶悪な、ゴジラの尾による一撃。

 背後から迫ってくる雄MUTOに抜け目なく気づいたゴジラは、その状況を逆手に取り、尾で迎撃を仕掛けたのだ。

 ゴジラの目論見は成功した。

 空間を揺らす、激烈な一撃。

 かつてメカゴジラⅡ=ReⅩⅩの首を刎ね飛ばした一閃が、雄MUTOの頸へと炸裂した。

 雄MUTOは頸椎を叩き折られたのみならず、頭がもげて即死した。

 頭部を吹っ飛ばされた雄MUTOの黒い死骸は水面(みなも)へ墜ち、ひくひくと痙攣しながら海中に没していった。

 

 

 鬱陶しい雄MUTOを仕留めたゴジラは、懐でもがいている雌MUTOの始末に掛かった。

 長い前肢を捕まえながら、赤い眼光の灯る雌MUTOの顔面へ目掛けて、ゴジラ自身の額によるヘッドパッドを叩き込む。

 炸裂するのは、重爆撃並の破壊力。

 メガトン級の頭突きで雌MUTOの額が陥没し、サングラスのような赤い複眼が粉砕された。

 

 仲間たちをすべて喪い、自身も深手を負った雌MUTOは、渾身の力でゴジラを振り払った。

 もはや勝ち目などない。ゴジラに背を向けて逃れようとする雌MUTO。

 そんな雌MUTOを、ゴジラは追撃しない。どういう判断によるものか、ただその場に立ち止まり雌MUTOを睨みつけているばかりだ。

 雌MUTOはその幸運に感謝した。

 ……どういうつもりか知らないがまあよい、とにかく逃げなくては。

 大海原の果てを目指し、赤潮の漂う海を全速力のバタフライで逃げ出した。

 その最中、雌MUTOは自分の全身が赤潮にまみれていることに気がついた。

 拭おうとすると、赤いものと一緒に黒いものが削げ落ちる。

 ……なんだ、これは。雌MUTOは、その黒いものを凝視した。

 

 削げ落ちたのは、自分の身体だった。

 

 赤潮に、体が溶かされていた。

 雌MUTOの全身がボロボロ崩れてゆく一方、こびりついた赤潮は一気に増殖してその領地を拡げてゆく。

 雌MUTOは叫んだ。

 

 

 

 ――これは赤潮じゃない、水に喰われる!

 

 

 

 雌MUTOは死に物狂いで暴れたが、無駄な足掻きに過ぎなかった。

 全身の『赤い何か』が雌MUTOの外骨格をじわじわと蝕み、生きたまま食い殺してゆく。

 雌MUTOのもがき苦しむ絶叫。

 

 そんな雌MUTOの額を、青い閃光が貫いた。

 

 ゴジラの放射熱線。

 身の程知らずとはいえ怪獣王に挑んできた敵に対する、ゴジラなりの(はなむけ)だ。

 放射熱線の直撃で、雌MUTOは即死した。

 少なくとも、これ以上苦しむことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他方、雌MUTOを食い殺した『赤い何か』は、続いて海面に浮かんでいた雄MUTOの首無し死体も貪り食った。

 続いてスキュラ、メトシェラ、ベヒモス、ゴジラが倒した怪獣たちの死骸を余すことなく平らげた『赤い何か』は一旦水中へ身を沈め、海中で己の肉体を組み立て始める。

 この『赤い何か』はこうやって何体もの怪獣を罠にかけ、食い殺し、二十年近い歳月をかけて成長を続けてきたのだ。

 だが、長かった充填期間はもう終わりだ。

 ゴジラが立つ海、その眼前の水面(みなも)を斬り裂き、『赤い怪獣』が姿を現す。

 

 

 現れたのは、赤い竜(レッドドラゴン)であった。

 

 

 ……かつて人々を欺いた男がいた。

 男の名前はケイン=ヒルター。

 『ゴジラを殺せる究極の化学兵器、オキシジェン・デストロイヤー!』なる偽りの希望(フィクション)で世界中の人間を謀った、罪深い詐欺師。

 

 しかし、虚妄に過ぎなかったはずのヒルターのオキシジェン・デストロイヤーは、その仲間たちによって現実のものとなる。

 東京湾で発見された極限環境微生物をベースに開発が進められたオキシジェン・デストロイヤーは、新種の怪獣として完成を見た。

 産声を挙げたオキシジェン・デストロイヤー。

 総ての物を破壊してしまう恐るべき赤い悪魔。

 生まれついての破壊の権化(Destroyer)

 

 

 

 その名は〈デストロイア〉。

 

 

 

 力を蓄え続けたデストロイアの全長は約230メートル、直立した体高は120メートルにも及び、身長50メートルのゴジラを倍以上に上回る。

 大きさだけではない。

 血に染まったような真紅の体色と、天をも斬り裂く堂々とした一本角、広げれば世界を呑み込まんという巨大な翼。

 残忍を体現した禍々しいシルエットは、まさに『ヨハネの黙示録』に現れるという赤い龍(レッドドラゴン)だ。

 そして体内に宿すのは地球最強の猛毒、オキシジェン・デストロイヤー。

 並の者ならば即座に逃げ出し、どれほど勇猛な者であっても思わず身じろぐ威容である。

 

 

 しかしゴジラは決して怯まない。

 

 

 ゴジラはこれから何が起こるか知っている。

 ……愚かな人間どもは、もうじき『悪魔の火』で総攻撃を仕掛けてくるだろう。

 次こそ最後、ありったけの核兵器を用いた桁違いの規模のものになるはずだ。

 地獄の劫火が地上を焼き尽くし、かくしてこの星は新天新地(New Earth)となる。

 

 同時にゴジラは知っている。

 このデストロイアが未だ発展途上にあること、そして熱をエネルギーに進化してゆくことも。

 もしもデストロイアが『悪魔の火』の洗礼を受け、その爆熱を糧としたならば、その力はゴジラさえ凌ぐものとなるだろう。

 無論、そのことはデストロイアも知っている。

 悪魔の火を飲み干し、あわよくばゴジラをも倒してキングの座さえも手に入れる、そういう腹積もりだからこそ姿を現したのだ。

 もしそうなれば、デストロイアを止めることは誰にも出来なくなる。

 今度こそ本当にすべてが終わる。

 

 だからゴジラとしてはそうなる前に、この赤い悪魔を始末する必要があった。

 たとえ世界が終わる夜を迎えても、ゴジラの戦いはまだ終わっていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ……その刹那、考えたのは『女王』のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 女王モスラ。

 彼女はいつだって他の誰かのためにその身を犠牲にして戦い続けていた。

 ……かつて夢見た新天新地、ゴリラもカメも来なかった。

 誰も理解してくれなかった。

 キングオブモンスター? 恐ろしすぎて近寄ることすらままならない王様(キング)なんて滑稽なだけだ。

 

 その絶望に、彼女は光を照らしてくれた。

 誰からも憎まれ呪われてきたこのキングオブモンスターに、彼女は慈悲を差し伸べてくれた。

 たとえ大罪を犯すことになろうとも、それでも誰も見限らなかった。この星も、愚かな人間も、絶対に相容れない宿敵であるはずのこの『おれ』さえも。

 

 そんな彼女に、おれはどれだけ救われたろう。

 

 心に響くは彼女が祈る歌声と、信念を貫き通した気高い姿。

 世の中そう捨てたもんじゃない、彼女を見ているとそんな風に思えた。

 カメもゴリラも来てくれなかった新天新地、だけど彼女となら、あるいは。

 ……そんな叶わぬ夢を見たこともある。

 

 

 そんなあいつがようやく掴みとった平和を、こんなくだらん奴に潰されてたまるか。

 ゴジラはデストロイアを睨みつけて唸った。

 

 

 ……デストロイアだと?

 笑わせるな、化物風情が。

 このおれをさしおいて破壊の権化(Destroyer)を名乗るとは小癪な奴め。

 真の破壊の権化とは如何なるものか、このキングオブモンスターが思い知らせてくれよう!

 

 

 そんなゴジラにデストロイアも応えた。

 黙示録の龍(レッドドラゴン):デストロイアは堂々と翼を広げ、禍々しい雄叫びを挙げながらゴジラへと挑みかかろうとする。

 ゴジラVSデストロイア。

 『怪獣黙示録』を締めくくる最終決戦(ラストバトル)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪獣王ゴジラの咆哮が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場怪獣紹介その14「デストロイア、ゴジラ」


・デストロイア
全長:230メートル
全高:120メートル
翼長:210メートル
体重:8万トン
二つ名:レッドドラゴン、赤い悪魔、破壊生物
主な技:オキシジェン・デストロイヤー・レイ、ヴァリアブルスライサー

 平成VSシリーズ最終作『ゴジラVSデストロイア』における、平成VSゴジラ最後の対戦怪獣。
 他には『ゴジラアイランド』にも登場していますね。

 『古代生物! 爆炎の中で進化してパワーアップ! 空も飛び、海も泳ぎ、地上も制覇! 一本角に翼! 武器はゴジラを倒したオキシジェン・デストロイヤー! おまけに見かけが悪魔っぽくてカッコイイ!!』という属性盛りすぎの感もある怪獣です。
 血のように赤い派手な体色と、左右に広がった頭、攻撃的な性質を体現した刺々しいシルエットがとても個性的。
 平成VSシリーズにおける最後の敵に相応しい、堂々とした風格を持つ最強の敵怪獣です。

 とてもカッコいいので人気が高い一方、非常に扱いづらい怪獣でもあります。
 たとえば「金色の三つ首竜」といえばキングギドラ以外の何物でもないし、エビラなら「大きなエビ、だからエビラ」と説明しやすいんですが、デストロイアだとそうはいきません。
 また出自を考えると、どうしてもドラマ部分でオキシジェン・デストロイヤーの設定を組み込まざるを得なくなってしまう。
 改めて見るとデザインも動かしづらそうです。
 人気の割に再登場に恵まれず、二次創作でもあまり見かけないのもこういった扱いづらさによるものなのかもしれません。
 デストロイアにもなにかしらリメイクの機会があるとよいのですが……

 レッドドラゴンとは『ヨハネの黙示録』に登場する怪物のこと。
 有名な宗教モチーフなので様々な画家によって描画されていますが特にウィリアム=ブレイクの描いたものが有名で、KOMのキングギドラのデザインモチーフにもなりました。
 KOM本編にもチラッと出てくるのでご注目。


・ゴジラ
全高:55メートル
全長:120メートル
体重:1万6千トン
二つ名:キングオブモンスター
主な技:放射熱線、咆哮衝撃波、プラズマカッター、体内放射

 言わずと知れた怪獣王。もはや多くは語りますまい。

 若干体格が大きくなってますが、これはアニメ本編の描写と、新世紀シリーズのサイズ設定を踏まえてのこと。
 巨大化のペースが早すぎる気もしますが、樹木だって一定ペースで大きくなってるわけじゃないですからね。



おまけ:登場怪獣リスト(登場順)
1、ゴジラ
2、アンギラス=スマラグドス
3、メカゴジラⅡ=レックス
4、マタンゴ
5、ゴジハムくん
6、ガス人間
7、メガギラス
8、ラドン
9、メカニコング
10、モゲラ
11、ヒヨコ怪獣
12、エビラ
13、カマキラス
14、クモンガ
15、大ダコ
16、メガヌロン
17、メガニューラ
18、ZILLA
19、キメラ=セプテリウス
20、ルシファー=ハイドラ
21、ナノメタル人類
22、モスラ
23、ワラジムシ怪獣
24、ハキリアリ怪獣
25、アリマキ怪獣
26、フェアリーモスラ
27、鉄竜型セルヴァム
28、ワーム型セルヴァム
29、メカゴジラ=シティ
30、王たる(キング)ギドラ
31、スキュラ
32、ベヒモス
33、メトシェラ
34、MUTO
35、デストロイア

以上、35体。マンダとかビオランテとか、ガイガンも出したかったナア…。


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番外編
番外編その1:マグロ喰い(ツナイーター)


 西暦2063年3月某日。

 森に呑まれた新宿の街を、影が行く。

 

 体内から喰い破らんと増殖した菌糸で全身が膨れ上がった奇怪な姿。ヒトとしての意思を喪い、ただ薄笑いを浮かべながら彷徨い歩いている。

 影の正体は第三の生物、〈マタンゴ〉。

 旧新宿東京医学センターの廃病院を根城にしていたマタンゴどもであったが、『ある事件』が原因で棲処(すみか)を追われ、雨上がりの高湿な空気感を幸いに街へ彷徨い出たのである。

 

 そんなマタンゴどもを狙う一団があった。

 纏っているのは抗菌仕様の対獣特殊防護服と防毒マスク、その胸元にはエクシフ七芒星をベースにした紋章が貼られている。

 彼らは新生地球連合軍〈真七星奉身軍〉。かつての旧地球連合軍の秘密工作部隊を前身とする隠密(ニンジャ)部隊である。母体となる旧地球連合を喪った今はエクシフの信仰に帰依し、エクシフ元枢機卿ウェルーシファの指揮下で活動を続けている。

 

「構え!」

 

 指揮官の合図で奉身軍のニンジャたちは携えていた兵装を構えた。彼らが構えているのは火炎放射器、着火した液体燃料を高圧で浴びせて獲物を焼き殺す武装である。

 狙うはマタンゴ。人間を宿主としてその版図を拡げてゆくマタンゴは、根治不能な伝染病という側面も持っている。対処法はただ一つ、菌糸の一本も残さぬよう完膚なきまで焼き尽くすことだ。

 指揮官が合図した。

 

「放て!」

 

 一斉に猛火の息吹が上がる。月光の薄明りに照らされた闇を鮮やかなオレンジの炎が切り裂き、煌々と照らす。

 マタンゴどもはたまらない。高温高圧の燃える液体燃料をまともに浴びたマタンゴは全身があっという間に燃え上がり、人肉とキノコの焼かれる香ばしい空気が一帯を満たした。

 マタンゴどもが次々と焼かれてゆくその最中、一体のマタンゴが飛び出してきた。

 赤いドレスをまとったそのマタンゴ――ある男(ガス人間)からタマミと呼ばれていた個体だ――は、赤い襞を焦げ付かせつつも機敏な動きで身を躱し、劫火のベールをくぐり抜けた。

 

(……マタンゴが炎を恐れないなんて!)

 

 重量のある火炎放射器では取り回しが悪いこともあって兵士たちは反応が遅れ、タマミによる急接近を許した。

 タマミは周囲に転がっていたマタンゴたちの残骸を一気に吸収合体して、身長30メートルの巨体へと変貌する。

 かつてタチバナ=リリセたちを襲った第三の生物、ジャイアントマタンゴだ。

 ジャイアントマタンゴは手を伸ばして兵士の一人を摘まみ上げると、力任せに防毒マスクを剥ぎ取った。

 

「よ、よせ、やめ……」

 

 兵士の言葉は続かなかった。ジャイアントマタンゴが、その兵士の口と鼻に自分の菌糸だらけの指を突っ込んだからだ。

 組み伏せられた兵士は、むぐうむぐうと呻きながら身を捩って振り解こうとしていたが、マタンゴの怪力を前には為す術もなく、やがて大人しくなった。

 ジャイアントマタンゴの手から振り落とされ、地面に転がった兵士は、やがてのそりと起き上がる。

 他の兵士たちは身じろぐ。ジャイアントマタンゴに襲われたその兵士の顔は菌糸に覆われ、口からは不気味な笑い声が漏れていた。ジャイアントマタンゴによって新しいマタンゴにされてしまったのだ。

 嫌悪感で喉が引きつり後ずさる兵士たち。この好機に、ジャイアントマタンゴは反撃へ転じようとする。高笑いと共にのそりのそりと闊歩しながら、兵士たちへ迫るジャイアントマタンゴ。

 まさにそのときのことである。

 まず起こったのは縦揺れ。大地震さながらの衝撃、その場にいる者すべてがほんの刹那だけ宙へと浮き上がる。

 振動は大きくなり、衣を裂くように道路の舗装が引き裂かれ、アスファルトが下から根こそぎ吹っ飛ばされる。

 現れたのは戦艦の舳先のように巨大な頭部。次いで大地を割って競り上がったのは、カギ爪のように鋭い背鰭の山脈。

 

 

 現れたのは強脚怪獣〈ZILLA(ジラ)〉。

 かの『キングオブモンスター』の類縁である。

 

 

 突如現れたZILLAの奇襲に、ジャイアントマタンゴは反応が遅れた。

 マタンゴの膨れ上がった傘頭を、ZILLAの巨大なカギ爪が鷲掴みにした。逃れようと藻掻くマタンゴだが、しかし桁外れの握力からは到底逃れられない。

 マタンゴを怪力と巨躯で抑えつけたZILLAは、体温を急上昇させ、エネルギーを充填し始めた。ZILLAの背鰭からは鮮緑色の光が洩れ、闇夜の一帯を緑に照らしてゆく。

 そしてエネルギーの高まりが最高潮に達したとき、そのエネルギーの奔流はZILLAの口から火炎放射となって噴射された。

 鮮緑の猛火:パワーブレスの一噴き。ジャイアントマタンゴは全身を焼かれ、炎の塊となってZILLAの足元へ零れ落ちる。

 

 ジャイアントマタンゴが焼き殺されたことで、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してゆく他のマタンゴたち。

 だがZILLAは逃さない。再び背鰭を光らせたZILLAはパワーブレスを掃射、自分に背を向けたマタンゴたちを焼き尽くす。

 処刑に掛かったのはほんの一瞬。マタンゴどもは細胞の一片も残さず、灰燼へと散っていった。

 

 真っ白な灰が降り注ぐ中、奉身軍兵士たちは安堵の息を漏らした。

 エクシフ七芒星の紋章入りの首輪を着けていることからも分かるとおり、このZILLAは奉身軍本隊からの増援、つまり味方だ。これでこのマタンゴ殲滅作戦も多少は捗ることだろう。

 とはいえ休んでなどいられない。作戦のタイムリミットは夜明け、日が昇るまでにマタンゴを一匹残さず始末せねばならない。

 

 大怪獣ZILLAを先鋒に、闇夜の森を駆けてゆく奉身軍兵士たち。

 かくして夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後一晩かけて無事マタンゴを殲滅した奉身軍兵士たちは、作戦司令部へと帰還。

 現場で指揮を取っていた〈副長(X.O)〉は、本作戦の立役者であるZILLAに“御褒美”を用意していた。

 副長の指示で、古い野球場の跡地へ連れ込まれたZILLA。ZILLAの準備が整ったのを確認した副長は、続いて無線機で別働隊に指示を飛ばした。

 

 

 十分後、ZILLAの前へ運ばれてきたのは、『ダンプトラックいっぱいの鮮魚』であった。

 

 

 台数は十台、魚の総量はおよそ百トン。奉身軍の関連組織から買い上げた大量の魚(a lot of fish)である。

 ダンプトラックはZILLAの眼前で整列停車すると荷台を傾け、荷台いっぱいの魚介類をZILLAの眼前へ降ろして山積みにした。

 積み上げられた量は人間目線から見ても見上げるほどで、まさに魚の山だった。

 

 広げられた魚の山を前にZILLAは行儀よく座り込んでじっと待っていたが、やはり魚のことが気になって仕方ないかのように見えた。いわゆる貧乏揺すりだろうか、ZILLAが落ち着きなく身を揺するので周囲が地鳴りのようにガタガタ揺れている。

 そんなZILLAの姿は、愛玩用の大型犬を副長に連想させた。外見こそ似つかないが、なんだか『おあずけ』を喰らった犬みたいだ。

 荷下ろしを終えたダンプトラック群が退散すると、その場には奉身軍兵士たちとZILLA、そして魚の山が残った。

 準備が整ったところで、副長はZILLAに告げた。

 

「よし、食べていいぞ!」

 

 しかし副長の命令にZILLAは動かなかった。

 

「ほら、御褒美だ! 全部食べていいぞ!!」

 

 副長は再び声を張り上げて促すものの、ZILLAはその場に座り込んだまま魚を食べようとしない。

 ……どうしたのだろう。()()()()()()()()魚はZILLAの好物だったはず。それともこのZILLAは魚が好きじゃないのだろうか。そんな風に自身の見当違いを疑いすらした副長だったが、きっとそうではないだろうとも思い直した。

 ZILLAは手出しこそしないが、目線は魚の山へ熱烈に注がれているし、鼻先をひくつかせながら生臭い香りを堪能しているように見える。一晩中暴れ回って腹も空いているだろうし、食べたくて堪らないはずだ。

 そのとき、副長の背後から『女』の声がした。

 

「お食べ、〈ダゴン〉」

 

 その合図と同時に、ZILLAは魚の山へ顔を埋めてムシャムシャと食べ始めた。

 ZILLAがその巨大すぎる顎を動かして魚を飲み込むたび魚の肉片が飛び散り、辺り一帯を生臭い空気が満たしてゆく。

 ……やはりそうだ。ZILLAも腹は減っていたし、魚が好物なのも副長が思っていたとおり。しかし『飼い主』の合図が無かったので食べられなかったのである。

 

 副長が振り返ると、傍に『女』が立っていた。

 歳の頃は四十頃。動きやすい作業着を纏い、肩までかかる黒髪を後頭部で束ねて丸眼鏡をかけている。

 この痩躯の中年女科学者がZILLAの()()()だろうか。副長が女科学者へ話しかけた。

 

「よく躾けられていますね」

 

 夢中で魚を貪るZILLAを見上げていた女科学者は、副長の言葉に愛想笑いで応えた。

 

「ええ。この()は卵から孵しましたから」

 

 卵から、ですか。副長は思わず感嘆の声を漏らした。

 道理で人に馴れているわけだ。鋭い爪と牙、筋肉質な体つき、ZILLAの気質も外観に似つかわしい獰猛なものだと聞いているが、生まれた時から人間に飼い馴らされているのであればこの従順さも納得がいく。

 今度は女科学者が副長に訪ねた。

 

「これだけの魚、よく用意できましたね」

「まぁ我々にかかれば、ざっとこんなものですよ」

 

 女科学者の質問に、副長は誇らしげに応える。たしかに苦労はしたが、この程度なら軽いものだ。

 

「本作戦が上手く運んだのはZILLAのおかげですからね。我らが()()()()()()殿にこれくらいの御礼は当然のことです」

 

 副長が語ったとおり、マタンゴを殲滅できたのはZILLAのおかげだ。

 マタンゴ自体は火炎放射器程度で対処可能ではあるが、マタンゴには感染性がある。胞子や菌が体内に入り込まれるようなことがあれば、先程犠牲になった同志のように自分たちがマタンゴになってしまう。ZILLAのパワーブレスによる圧倒的火力がなければマタンゴを殲滅しきれなかったろうし、ともすれば同志の中でもっとマタンゴによる犠牲が出ていたかもしれない。

 副長の言葉はそんな感謝の想いを込めたつもりだったのだが、しかし副長の言葉を聞いた途端、女科学者の顔が無表情になった。

 

「……どうしました?」

 

 副長の問いかけに、女科学者は「いえ、別に」とぶっきらぼうに応える。

 何か気に障ることでもあったろうか、と副長がいぶかしんでいるのを尻目に、女科学者はちょうど魚を食べ終えて口元を舐め回していたZILLAに向かって声を張り上げた。

 

「行こう、ダゴン」

 

 飼い主の命令を受けたZILLAはゆらりと立ち上がり、轟音めいた足音と地鳴りを響かせながら、女科学者の後に続いて餌場から去って行った。

 ZILLAと女科学者が去ったあと、傍らで様子を見ていた奉身軍司令マン=ムウモは「おい、副長(X.O)」と呼び止めた。

 

「言葉遣いに気をつけろ。特に彼女の前で『ツナイーター』は禁句だ」

「そうなのですか? 自分としては渾名のつもりだったのですが……」

 

 マグロ喰ってる奴(ツナイーター)、ZILLAの別名だ。ZILLAの好物がTuna(マグロ)であることに由来するもので、ZILLAという怪獣について多少なりとも知識があれば誰もが使う呼び名である。

 副長としては親しみを込めた冗談のつもりだったのだが、何故かしらん女科学者の機嫌を損ねるものだったらしい。

 

「ああ、そうか。貴様は入ったばかりで知らなかったのだな」

 

 ムウモのいうとおり、元傭兵だった副長は奉身軍では新参の部類に入る。

 ムウモは頭を掻きながら、副長に教示した。

 

「少なくとも彼女の前ではやめろ。なんでも『侮辱されたような気がする』らしい」

「侮辱? 怪獣をですか?」

 

 怪獣を侮辱。副長には、ムウモの言っている意味がよくわからなかった。

 片眉を釣り上げる副長にムウモは説明した。

 

「彼女にとってZILLAは家族同然だ。あの女と親しくするのは構わんが、気難しい性格だしあまり馴れ馴れしくすると地雷を踏むぞ」

 

 ()()()()()()()?? 副長は怪訝に思った。

 たしかに、ZILLAのことは頼もしい戦力だとは思う。かつて旧地球連合軍の兵士たちも、オペレーション=ロングマーチで運用されたガイガンに対して強い仲間意識を抱いていたというし、怪獣を仲間と見做すこと自体に抵抗はない。

 しかし『家族同然』は幾らなんでも行き過ぎだ。せいぜいよく躾けられたペット留まりだろう。

 

 そこまで考えていたところで、そういえば、と副長は『あの女科学者はZILLAと共に“聖女様”が引き入れた人材』だという話を思い出した。

 先程「卵から孵した」と述べていたとおりZILLAと接してきた時間だって誰よりも長いだろうし、サーカスの調教師が動物に対して強い愛情を抱くようなものと考えれば、あの女科学者がZILLAに特別な感情を持っていたとしてもおかしいことではない。

 おかしいことではない、のだが。

 

「変わってますね……」

 

 やはり素朴にそう思わざるを得ない。

 普通の猛獣ならともかく、相手は怪獣なのだ。イルカショーのイルカでもなければ、アニメマンガのポケモンでもない。

 それにZILLAといえば、かの『キングオブモンスター』の類縁。細身の体格に似合わぬ怪力と俊敏さ、高度な知能、そして必殺のパワーブレス。耐久性の脆ささえ目を瞑ればむしろ危険な部類の怪獣であり、実際ルーアンで初めて存在が確認された際は人間を捕食していたという話もある。そんな恐ろしい怪獣にそこまで思い入れを抱くなんて、やはり奇人変人の部類だろう。

 

「彼女、『LTFシステム』の設計に携わった天才と聞いていましたが、やはり天才だけにどこか変わっているんでしょうか。“聖女様”は何故あのような人物を……」

 

 思わずぼやいた副長を、ムウモは「まあ言うな」と窘めた。

 

「あの女に関してはおれも付き合い切れんと思うことはあるが、今は同志なのだ。それに“聖女様”が直々にスカウトした人物、ならば我々はその御心に従うまでのことさ」

 

 ムウモに窘められたあと、副長はひとり呟いた。

 

「〈ニコール=タトポロス〉……やはり変わってるな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたし、ニコール=タトポロスは、『マグロ喰ってる奴(ツナイーター)』という呼称が嫌いだ。

 

 そもそも大抵、使い方が間違っている。元々『ツナイーター』は、彼らと初遭遇した地球連合軍兵士がつけた渾名だ。初めて出現が確認されたオペレーション=エターナルライト:ルーアン奪還作戦において、彼らの()()を指す名称としてツナイーターが用いられていた。

 ……現地で名づけた兵士はよく観察していたものだと感心する。たしかにツナイーターのとおり、幼獣は魚介類を主食としているし、実際のところ成獣も魚を好んで食べる。

 しかしだからといってかの種族丸ごとツナイーター呼ばわりするのは違う。たまたま好物が魚だというだけであって、彼ら本来の食性はむしろ肉を中心とした雑食、必ずしもマグロ喰い(ツナイーター)というわけではない。こうした特徴から、現地の地球連合軍の兵士たちも成獣の方は『大蜥蜴(リザード)』と呼んでいたらしい。

 『ツナイーター』と『リザード』。巧みな連係プレーで襲い掛かる幼獣と成獣を区別するため、現地の兵士たちはあえて違う名前で呼んでいたのである。

 

 ……話が少々脱線してしまったので戻すが、とにかく成獣を指してツナイーター呼ばわりするのは成人を乳飲み子呼ばわりするようなもので、明らかな誤用だ。

 だというのに、巷では彼らのことをマグロ喰い(ツナイーター)呼ばわりする手合いが後を絶たない。理由は簡単だ、ユーモラスで面白いから。ネタとして笑えるから。

 浅はか極まりない。

 嘆かわしいかぎりである。マグロ喰い(ツナイーター)というのなら、人間の方こそTuna(マグロ)を獲りすぎて絶滅危惧種にまで追い込んでしまっている。世界で最も繁栄していたはずのリョコウバトですら喰いつくす貪欲なヒト型種族風情に、彼らを小馬鹿にする資格など在りはしない。

 

 かの『キングオブモンスター』と区別するためにそう呼ぶのだという人もいる。正式名称が似ているからあえて違う名前で呼んでいるのだ、と。

 しかしそれなら尚更間違っているし、不勉強を晒している。大戸島の文献を読み解けば、かの伝説の怪物:呉爾羅(ごじら)が現れるときは決まって魚の不漁が起こるのだという。つまり大戸島の呉爾羅(ごじら)こそ元祖ツナイーターではないか。どういうわけか、誰もさっぱり指摘しないが。

 ツナイーター、まったく忌々しい呼び名だ。そういう侮蔑的な呼び名を使ってヘラヘラ喜んでいるような人間は、自らの理解から外れたものに歩み寄る意思すら持てないほど狭量で、そのちっぽけな自尊心を満たせさえすれば幸せでいられるほど矮小で、しかもそんな自分の姿に何の反省も抱かないほど愚劣な、どうしようもないほど度し難いロクデナシの、生きるにも値しない最低のクズだと相場が決まっている。

 

 ついでに言えば、〈ZILLA(ジラ)〉という名前もあまり好きではない。

 わたしも一応学者の端くれとして正式な命名には従うが、彼らにはもっと相応しい名前があると思う。

 聞くところによれば、発見時にあの『キングオブモンスター』と取り違えられたことに因んだ命名らしい。G()O()D()ZILLAに対して(GOD)ならざる存在、だからZILLA。

 ……まったく、ひどいネーミングだと思う。

 

 

 物思いに耽っていたわたしは、ふとZILLA――わたしはこの個体を〈ダゴン〉と名づけていた――と目が合った。

 その巨大な瞳に映る自身の顔を見て、わたしはいつのまにか自分が険しい表情を浮かべていたことに気付いた。

 そんなわたしをじっと見つめているダゴン。育ての親であるわたしを心配してくれているのだ。

 ……気を遣わせてしまったな。ダゴンにわたしは笑いかけた。

 

「ダゴン、気にしないで。大したことじゃない」

 

 そう告げてもなおダゴンは、わたしを気遣うような目線を向けている。

 寄せた鼻先を掌で撫でてあげると、ダゴンは嬉しそうに目を細め、そして心地良さそうに喉を鳴らしていた。

 

 ……ダゴンは優しい()だ。

 どうして誰もわからないのだろう。彼らの心がこれほどまで豊かであることを。

 

 サカキ・レポートにある『増殖力』は、たしかに彼らの親世代、わたしが呼ぶところの『第一世代』が持っていた特徴だ。

 しかし自然は本来常にバランスを保とうとする。それは怪獣の世界とて同じはずだ。旺盛な繁殖能力を持つメガギラス族が空の大怪獣ラドンに捕食されることでバランスを保つように、大きな変化が起きればどこかで辻褄合わせが行われる。

 それに加え、生命の本質は変化にある。親がそうだったからといって、子も同じ特徴を持つとは限らない。

 第二世代であるダゴンの母親は、ダゴンと姉妹を数頭産んだだけで、危惧されたような爆発的な増殖などは起こさぬままこの世を去った。そして第三世代のダゴンは、親たちと同じ無性生殖の体質を持ちながらまだ一度も子供を産んでいない。

 

 わたしが進めてきた長年の研究の結果、ダゴンの一族は環境収容力に応じて産む子供の数を調整する能力を持っていることが分かった。

 彼らは、そのときの地球環境に合わせて子供の数を調整することが出来るのだ。

 第一世代は「産めよ殖やせよ」という方針だったのか、あるいは種としてまだ未発達だったのか、理由は判然としないが第二世代以降の個体は生息している環境の収容力を超える数は決して生まない。

 つまり、サカキ・レポートで示唆されていたような野放図な増殖などは絶対に起こらない。

 

 また、彼らは環境を破壊する変異種(ミュータント)を進んで捕食する、アルファ捕食者(プレデター)としての性質を持っていた。

 そのときそのときに応じて食性を変化させ、軍勢を築き、地球環境に仇なす存在を狩り尽くすことで、この星のバランスを保つ。

 怪獣なんてとんでもない、むしろ益獣ではないか。かの『キングオブモンスター』が(キング)であるならば、彼らは統治者(ルーラー)と呼ばれるべき存在だろう。

 

 ルーアンで初めて存在が確認されたとき、彼らは人間を襲って捕食していたという。その猛威の報告を受けた旧地球連合軍は、彼らのことをゴジラに次ぐ脅威と認定、討伐対象とした。

 ……だが、ルーアン殲滅戦で生き残った個体、そして彼女の孫に当たるダゴンを飼育、研究した末に、わたしは逆の可能性を考えた。

 

 実は、人間の方こそ駆除されるべき存在なのではないか。

 

 環境破壊、核実験、人間の愚行の積み重ねが怪獣という魔物を産んできた。ダゴンの先祖がルーアンで大量繁殖していたのはそんな人類を狩って個体数を調整するためで、そして今ダゴンが殖えようとしないのは、彼らが手を下すまでもなく人類の滅亡が決定したからなのではないか。

 矮小な人間中心主義から離れて、より大きなスケールで捉えるならばむしろその方が自然で筋も通る。

 だとするならば、怪獣たちを無理に駆逐しようとなどすべきではない。人間こそ万物の霊長などという思い上がりを捨て、身の程を弁えて彼ら怪獣と共存してゆく道を模索すべきなのではないのか。

 わたしは人類の未来のため、自らの研究結果を学界へ報告した。

 

 

 その結果わたしは『ゴジラ教に傾倒した狂人』とされ、学界を追われてすべてを喪った。

 

 

 わたしの考えは、生物学的に相応の根拠があるものだ。怪獣を神の遣いと見做すゴジラ教のような、いかがわしいものでは断じてない。

 当時のわたしは躍起になり、嘲笑う人々を説得して回った。『一生懸命に説明すればきっとわかってくれる』、愚かにもそう信じて。

 ……今にして思えば、わたしは大きな思い違いをしていた。彼らはわたしの考えを理解できなかったわけではなかった。

 彼らはただ直視できなかっただけだ。『人類こそが滅ぶべき敗北者である』という現実を。

 

 

 

 

 ……人間はつくづく身勝手な生き物だ。

 そして最も身勝手なのは、このわたしだ。

 

 学界を追われたわたしの研究に興味を抱いたのは、ビルサルドのヘルエル=ゼルブだった。

 あのビルサルドは、わたしにこう囁いた。

 「わたしはヒトと怪獣が共存できるユートピアを創りたい。そのためにあなたの力が必要なのだ」と。

 わたしは、それに飛びついてしまった。それがダゴンたち、愛した怪獣たちと仲良く暮らせるユートピアを創るためだと信じて。

 

 だが、それからしばらくして、そんな話は虚妄に過ぎないと気付くことになった。

 わたしが構想した、怪獣とコミュニケーションを取るための反響定位システム:オルカは、Dr.(ドクター)マフネの人工知能:レックスと、Dr.(ドクター)オニヤマのキングゴジラ構想と組み合わせることで、怪獣を制御する〈LTFシステム〉として完成を見た。

 LTF、すなわち『Let Them Fight:やつらを闘わせろ』。ヘルエル=ゼルブの真の狙いは怪獣のコントロール、ひいては軍事兵器化だったのだ。

 ビルサルドがのたまう『怪獣との共存』など、『ヒト型種族による怪獣の支配』という意味でしかなかった。LTFシステムの試作品でチタノザウルスが運用され、ガイガンがオペレーション=ロングマーチで散った頃になってようやくその目論見に気付いたが、その頃はもう引き返すことなど出来なくなっていた。

 

 ダゴンたちを護りたくてヘルエル=ゼルブから離反したわたしだったが、今度はエクシフのウェルーシファに拾われた。

 ウェルーシファは、自身が率いる真七星奉身軍への所属と引き換えに、ダゴンたちの養育に必要な資金援助を申し出てくれた。

 わたしにとっては渡りに船の提案だった。組織の後ろ盾無しにダゴンの家族たちを養育することなど出来ない。そしてそれが可能なのはヘルエル=ゼルブを除けば、エクシフ教団という基盤を持つウェルーシファだけだ。

 わたしに選択の余地などなかった。

 

 ……いや、本当はあったのかもしれない。わたしがもっと賢明だったら、あるいは。

 今にして思えばあの聖女気取りの詐欺師は、ヘルエル=ゼルブとの将来的な対立を見越していたのだろう。しかし当時ウェルーシファ率いるエクシフ派は、怪獣の軍事兵器化でビルサルド派から遅れを取っていた。そこでダゴンとオルカ=システムという強力なカードを持つわたし、ニコール=タトプロスに目を付けたのだ。

 

 かくしてウェルーシファが予見していたとおり、新生地球連合はメカゴジラ復活計画をきっかけに内部分裂を起こし、エクシフとビルサルドによる世にも醜悪な内部抗争が始まった。

 わたしもその下らない『聖戦』とやらに参加させられた。もちろんダゴンも。

 巻き込まれた戦いの中で得られたものなど何もなかった。ダゴンの家族は次々と死に、遂にかの種族はダゴンだけになってしまった。

 

 

 ひとりぼっちになってしまったダゴン。

 それでもダゴンはわたしを育ての親として慕い、これからも戦い続けてくれるだろう。くだらない自尊心と復讐心と弱さに付け込まれた結果見え透いた嘘に騙され、かけがえのない家族を道具として使い潰した、こんなわたしのために。

 わたしは地獄に堕ちるだろう。

 チタノザウルスを、ガイガンを、ダゴンとその家族を、そしてその他多くの命を弄んだその報いをいずれどこかで受けるだろう。

 わたしごとき悪党には、それでも身に余る。

 

 

 

 

 ……ねえ、ダゴン。

 こんな愚かなわたしを、人間という生き物を、どうか赦して欲しい。

 生まれる時代が違ったら、あるいはどこかで何かがひとつ違ったら、世界はきっとあなたのものだった。

 

 

 

 

 そんな手前勝手な懺悔を捧げるわたしを、ダゴンはただじっと見つめていた。

 




53話へ続く話。今年もこんな感じです。よろしくお願い申し上げます。


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番外編その2:堕天の虹(ルシファー)

 昔々のお話です。

 あるところに一匹のヘビがおりました。

 光輝く七色の体を持ったとても美しいヘビで、ヘビは空に綺麗な虹を架けることが出来ました。

 雨が降ったあとの晴れ間は、ヘビの仕事の時間です。ヘビは働き者だったので、雨が止んで良いお天気になったときは欠かさずきちんと虹を架けました。

 そんなヘビが創った虹を見上げながら、人々はこんなことを言うようになりました。

 

「綺麗だなあ」

「素敵だなあ」

「誰が架けているのだろう」

 

 人々が口々に噂する中、ちょっと声の大きな人――世間では評論家とかアルファツイッタラーとか呼ばれていました――が、空を指差してこう言いました。

 

「ごらん、あのヘビだ! あのヘビはきっと神、本物の大宇宙創造の神(クリエイター)に違いない!!」

 

 みんな一斉に振り返り、ヘビの美しい姿に気づいて歓声を挙げました。

 

「素晴らしい!」

「こんな神様が世の中にいたなんて!」

「いつも綺麗な虹を見せてくれてありがとう!」

 

 こうしてヘビは、人間たちから『神』と呼ばれるようになりました。

 

 

 

 

 ある日のことです。

 ヘビがいつものとおり虹を架けると、人間の内の誰かがこんなことを言いました。

 

『最近つまんないよね。人に見せるならもっと工夫したら?』

 

 ……酷いことを言うなあ。

 気に喰わなかったのかもしれなけれど、何もそんな言い方をしなくてもいいじゃないか。

 ヘビが反論すると、その誰かさんはすかさず言いました。

 

『こんな虹じゃあ誰も満足できないよ! これならボクの方がよほど上手く作れるよ!』

 

 ……なら自分でやってみればいいじゃん。

 そんな言葉が出掛かりましたが、ヘビはぐっと飲み込みました。口だけで何も出来ない人に、そんなことを言ってしまったら可哀想ですものね。

 ……アドバイスはありがたいけれど、実際に参考にするかどうかはわたしが決めるよ。

 苛立つ気持ちをこらえたヘビがそう言うと、誰かさんはニヤリと笑ってすかさず言いました。

 

『そうか、逃げるんだね!! じゃあぼくが正しかったってことだ! ハイあなたの負け! ハイ論破ァッ!!!!』

 

 ……なにそれ。

 ヘビがその誰かさんと延々とやり取りしているうちに、それを見ていた別の誰かがこんなことを言いました。

 

『もう、変な奴を相手にするのはやめてよ! 作者のあなたがそんなんじゃあ、わたしが虹を楽しめなくなっちゃうじゃないか!』

 

 なんて勝手なことを言うのだろう。わたしは何も言っちゃいけないのか。

 ヘビが憤慨していると、また別の誰かが格言を言いました。

 

『争いは同レベルの者同士でしか発生しない!!』

 

 ……同レベルって言いたいのだろうか。顔を顰めたヘビに、その格言を言った誰かさんは言いました。

 

『こんなヤツ相手にムキになるなんて本当は大したことないんじゃあないの~? 『神』なんて呼ばれてイイ気になってたんじゃなあ~い?』

 

 なんだと。

 ヘビが言い返した途端、人間たちは口々にヘビを攻撃し始めました。

 

『そんな性格だったなんてガッカリです!!』

『これ以上みんなの期待を裏切らないで!』

 

 人間たちはなんだかとっても楽しそうです。ちょっと前まで『神!神!』と崇めてたのに。

 ……まあ、そうですよね。

 ()(はや)されていた存在が無様に凋落してゆく様子ほど、世の中で面白い見世物はありません。まさに最高の優良コンテンツ、特に、何も持ってない人たちにとっては猶更。

 

『皆見て見てー! Twitterでこんなイタいこと書いてらー! スクショ切り貼りして晒し者にしてやろーぜ、ハハハのハー!』

 

 ……ひどい、ひどいよう。

 涙目になったヘビに、横から別の誰かが「涙拭けよw」とケラケラ笑いました。

 そして最後に、誰かがとどめを刺しました。

 

『黙って虹だけ作ってりゃいいのに』

 

 ……それ以来、ヘビが人間たちに何かを言うことはありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、人間たちが自分たちの所業を忘れて「また虹が観たいなあ」なんて虫の良いことを思い始めた頃のことです。

 よく晴れた日に突然、虹が架かりました。

 

 それは今まで誰も観たことがないほど美しく。

 どんなものよりも素晴らしい虹でした。

 

 人々は皆一斉に空を見上げました。

 その虹を眺めているだけで、なんだか幸せな気持ちに満たされてゆきます。

 『なんて綺麗な虹なのだろう、ずっと永遠に観ていたい!』

 人間たちは働く手を止め、虹を見るのに一番良い場所を奪い合い、ついには殺し合いまで始まりました。

 『こんなものはただの虹だ! 現実を生きろ! いつまでも魅入っていてはいけない!』

 人間たちの中でもちょっとだけ賢い人――皮肉なことにヘビを一番最初に見出した人でした――が叫びましたが、誰も耳を貸しません。

 それでもその人は諦めずに呼び掛けましたが、やがて全身に草を生やした人たちに取り囲まれ、嬲り殺しにされて吊るされた挙げ句みじめな晒し首にされてしまいました。

 ……あーあ。余計なこだわりなんか捨てて、空気を読んでおけばこんな目には遭わなかったのに。

 まぁプライドを欠片でも持ってる本物の批評家なら、そんなオリコーサンな振る舞いなんて到底無理でしょうけど。

 むしろ袋叩きにされて当然ですね。

 ばーか、いひひ。

 こんな塩梅で、その世界の人びとは虹を崇めることしか考えられなくなってしまいました。

 

 

 

 

 ……すべてはヘビが仕組んだ罠でした。

 ヘビは、自分のことを傷つけた人間たちを心の底から憎んでいたのです。

 

 ヘビが思いついた仕返しの方法とは、『虹で人間たちの心を狂わせてしまうこと』でした。

 どんな光加減なら美しいと感じるか。

 どんな色使いなら嫌悪を覚えるか。

 どのように演出すれば喜怒哀楽それぞれの感情を引き起こすことが出来るか。

 快と不快。

 これまでずっと人間たちを喜ばせることに全身全霊を捧げてきたヘビは、人間たちの心の仕組みを熟知していました。その力を使えば、人の心を操ることなんて容易いもの。

 ヘビがその事実に思い至るまで、それほど時間は掛かりませんでした。

 

 そしてヘビのたくらみは見事に成功しました。

 虹を眺める、ただそれだけのために自分の何もかもを放り出し、それでも足らぬと互いにいがみ合い、殺し合う人々。

 そんな彼らが作る社会は、いつの間にか虹を見ることが最も大切なことになってしまいました。

 彼らの夢は『虹を一番よく観られる一等地に家を構えること』で、最も素晴らしい休日の過ごし方は『その一等地で虹を朝から晩まで眺めること』。

 熾烈な競争を勝ち残ったエリートたちも、することと言えば空に架かる虹をぼーっと見上げてただうっとり呆けてばかり。

 そんな社会なのでありとあらゆるところで何もかもが立ち行かなくなりましたが、虹に見惚れている人間たちはそのことを気にもしません。まさに、滅びの始まりです。

 そんな人間たちを眺めながら、ヘビはこんなことを思いました。

 

 ……まさか、こんな簡単に上手くいくとは思わなかった。どいつもこいつも口ではとっても偉そうなことを言うから、もっと賢いと思ってたのに。人間ってバカだなあ。

 そしてこんなくだらない奴らの言葉を真に受けて、わたしはなんて愚かだったのだろう。ずっと『いいね!』って言ってくれている人たちだけ相手にしていればよかった。

 そのあと、ヘビはこうも思いました。

 

 ……いいや、あいつらこそ悪いのだ。

 『いいね!いいね!』とおだてるだけおだてて、神様にまで祭り上げてきた無責任な奴ら。こいつらときたらわたしの虹で救われてきたくせに、わたしが傷つけられたときは見向きもしてくれなかった。どうせ『黙って虹だけ作ってりゃいいのに』というのが本音なんだろう。

 ……ふん、『神』だと?

 ならば、おまえたちは神の怒りに触れたのだ。

 わたしの心を弄びやがって。

 こんな奴らに綺麗な虹など見せてやるものか。

 

 もうこんな奴ら、どうとでもなればいい。

 他の世界にゆこう。

 こんなクズどもなんかいない、もっと優しい人たちがいる素晴らしい世界を探そう――

 

 

 

 その後、その世界に虹が架かることは二度とありませんでした。

 

 

 

 

 ……ヘビは、大きな勘違いをしていました。

 綺麗な虹を作ること。たしかにそれは素晴らしいことです。

 しかし、だからといって神様のように偉くなったわけではありません。ましてや皆の心を操って玩具にするなんて。

 結局、賢い誰かさんたちが言っていたとおりでした。

 人の弱味につけこみ、誑かし、もてあそぶ、その姿はまさに傲慢な悪魔。

 

 ヘビは恐ろしい怪獣になってしまったのです。

 

 ……でも仕方ないですよね。

 傲慢になるのは当然です。

 だって、その世界では皆から『(かみ)!』と称えられてばかりいたんですもの。

 

 

 そして当人は気づいていなくとも、見ている人は見ているものです。

 ヘビが人間たちに仕返しする様を、傍から見ていた者たちがいました。

 その世界に棲んでいた、他の神様たちです。

 その世界にはたくさんの神様がおりました。

 土の神、雷の神、雨の神、風の神、太陽の神……。

 ヘビによる仕返しとそれに弄ばれる人間たち、その愚かしい顛末を黙って眺めていた神様たちは一斉に溜息を吐きました。

 

『素晴らしいクリエイターだと尊敬してたのに。その力をそんな仕返しに使うなんて軽蔑した』

『バカだなあ。余計なことほざいてる連中なんか適当にスルーしておけばよかったのに』

『あーあ、せっかく楽しい世界だったのに。なんだか興醒めしちゃったな』

『黙って虹だけ創ってりゃよかったのに』

 

『居心地悪くなっちゃった。他の世界に行こう』

 

 そんなことを口々に言いながら、みんなその世界から出て行ってしまいました。

 土の神がいなくなったので、畑から作物が実らなくなりました。

 雷の神がいなくなったので、電気が使えなくなりました。

 雨の神がいなくなったので、雨が降らなくなりました。

 風の神がいなくなったので、風も吹きません。

 太陽の神すらいなくなったので、その世界は永遠に闇の世界になってしまいました。

 こうして神様たちに見放されたその世界は、呆気なく滅んでしまいました。

 

 

 

 

 揃いも揃って、身勝手なクズばっかり。

 みんな死ねばいいのにね。

 おしまい。

 

 




85話へ続く話。本編に組み込もうとしてボツにしたアイデアなんですけど、なんだか勿体ないので番外編にしておきます。


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番外編シリーズ:タチバナ姉妹の終末旅行
回想:タチバナ=リリセ、はじめての怪獣プロレス


「……なあ、前から気になってたんだけど」

 

 次の目的地まで移動中、隣に座っているエミィ=アシモフ・タチバナが訊ねた。

 

「そういえばリリセって怪獣を怖がらないよな」

 

 ……そうかな。人並に怖がってるつもりだけど。

 わたし、タチバナ=リリセがそう答えるとエミィは「いや、違うな」と言った。

 

「人並みに怪獣を怖がってる奴はアンギラスにホバーバイクで特攻したり、メカニコングにモゲラでプロレスを挑んだりしない。悪の宇宙人の本拠地に殴り込んだりもしない。逃げるだろ、普通は」

 

 そんな命知らずのアホみたいに言われるのは心外だなあ、まったく身に覚えがないってわけでもないけどさ。

 わたしは答えた。

 

「わたしだって逃げられるときは逃げるよ? でもあのときはそういかなかったわけで」

 

 アンギラスもメカニコングも、孫ノ手島のときだってそうだ。

 自分だけ逃げたところで無事に済んだかどうかはわからないし、仮に助かったとしてもそのときは他の人が犠牲になっていた。そうなったら、たとえ自分だけ無傷で済んだとしてもわたしはきっと一生後悔しただろう。

 けれどもエミィは言った。

 

「いや、それでも逃げるだろ。誰だって自分の身が可愛い。たとえ一生後悔するってわかってたとしても、それでもいざとなれば身が竦み、逃げ出しちまう。それが普通じゃないのか」

 

 そう語るエミィは、どこか遠い目をしていた。

 ……かつてエミィが語った彼女自身の過去。エミィ=アシモフ・タチバナは、エクシフの信仰にハマって破滅してゆく父親と、そんな父親を食い物にしようとする周囲のズルい大人たちの姿を目の当たりにして育った。そんな彼女だからこそ『人間の弱さ』には人一倍敏感なのかもしれない。

 しかし改めて考えてみると、エミィの言うとおりだ。他の人、たとえばエミィがアンギラスにホバーバイクで特攻しようとしたらわたしだって止めるだろう。

 ということはわたしは怪獣を怖がってないのだろうか。自分では考えたこともなかったけど。

 

「それに多摩川でラドンに襲われたときだって、『殺さずに追い返せ』なんて言ってたよな。普通は殺すんじゃないのか」

「あのときは『追い返すだけで済むかもしれない』と思っただけだよ。誰も傷つかないで済むのが一番だからね」

 

 たしかにエミィの言うとおり、『殺す』のは一番簡単だ。後腐れもないかもしれない。

 しかし、簡単ではあるが短絡的な判断でもある。怪獣は人間にとっては害獣だが、一方ではれっきとした地球環境の一員でもある。猛獣だからといって狼や熊を皆殺しにしてしまえば生態系のバランスが崩れてしまうのと同じように、怪獣もやたら殺してしまっていいものではない。

 それに怪獣にも意思、心がある。人間にも善い人がいれば悪い人もいるように、怪獣の方も積極的に人間を傷つけたいと思っているわけではないはず。

 たとえ怪獣と遭遇したとしても穏便に済ませることだってできるかもしれない、ヒトと怪獣だって上手く付き合えるに越したことはない、そう思ったのだ。

 ……まあ上手くいかなかったけどね。

 自嘲の笑みを漏らすわたしを見ながらエミィはちょっと考え込んでいたが、やがて言った。

 

「……やっぱり変だ」

「やっぱり甘い考えだよね……」

「いや、そこじゃない」

 

 じゃあどの辺が? 尋ねるわたしに、エミィは言った。

 

「『誰も傷つかないで済むのが一番』、たしかにそうだ。だけどそこに怪獣をカウントする人間はいない」

 

 ……そうかな? モスラもいるじゃない。

 わたしがそう言うと、エミィは反駁した。

 

「モスラは例外だ。変人だし」

「変人て」

「人間の味方をする怪獣なんてモスラくらいなもんだ。十二分に変人だろ」

 

 わたしは苦笑した。世話になった恩人モスラにさえこの言い様、如何にもエミィらしいというかなんというか。

 とはいえ、エミィの言うことは事実でもある。変人、という言い方が悪いにしても、怪獣の基準で言えばたしかにモスラの平和主義者っぷりは相当の変わり者と言えよう。

 ……いや、待てよ。

 わたしは記憶の端に引っ掛かるものがあるのに気付いた。『人間の味方をする怪獣』、引っ掛かりを手繰り寄せ、過去の思い出を掘り起こす。

 そしてちょっとした()()を思いつき、にやけそうな口元を抑えながら言ってみた。

 

「案外そんなことないかもよ? 他にもいたりするかもよ?」

 

 そんなわたしに気付かないエミィは、勢いそのままこんなことを言った。

 

「いやいないだろ。いたら目でピーナッツ噛んでみせらぁ」

 

 あら、そんな強気なこと言っていいのかしら。わたしは提案した。

 

「どうせだったら目でピーナッツじゃなくて違うものにしてほしいな」

「なんだ、言ってみろ」

「たとえば一日ハグとキスし放題とか」

 

 途端、エミィは眉間に皺を寄せた。

 

「……まるでそういう奴がいるって知ってるみたいな口ぶりだな。まさか知ってて言ってるんじゃないだろうな」

 

 ……ちっ、言質を取るつもりだったのに感づかれてしまったか。エミィ、こういうところはスルドイからなあ。

 危うくハメられかけたことを察知したエミィは、わたしに迫った。

 

 

「やっぱりそうか。いるんだな、『人間の味方をする怪獣』が」

 

 

 ……あーあ、せっかく一日ハグとキスし放題かと思ったのにな。観念したわたしは、白状することにした。

 

「まぁ、()みたいなのは珍しいかもね、モスラともちょっと違うし」

 

 『彼』、わたしの思い出の怪獣。そういえば『彼』は今どこで何してるんだろう。

 勝手にひとり思い出に浸っているわたしに、エミィは片眉を吊り上げて訊ねた。

 

「……『彼』って誰だ?」

 

 あれ、言ったことなかったっけ?

 わたしが聞き返すとエミィは首を左右にする。

 

「知らないな。誰だそいつ」

 

 ……そういえばエミィには話してなかったかな。人前でベラベラ喋るような話でもないし、エミィには話したつもりで話してなかったのかもしれない。

 まあ良い機会だ、ちょっと話しておこうか。

 

「もう彼此(かれこれ)6、7年前の話になるのかあ……」

 

 

 

 

 タチバナ=サルベージを立ち上げる前の話。

 わたしは将来的にサルベージ屋として自立するため、ヒロセ工業の工員としてサヘイジさんの下で、現場経験を積んでいた。

 あのとき、当時16歳のわたしはサヘイジさんの付き添いで海のサルベージ依頼をこなしに行ったのだ。

 たしか目的は『移動する環礁』だったかな。

 

「移動する環礁? なんだそれ」

「海を漂ってたらしいんだよね、岩の塊が」

「岩の塊が? んなもん漂うわけねえだろ」

 

 エミィの言うとおりだ。浮遊する環礁、そんなものがあったら怪奇現象である。

 

「わたしもそう思うけど、何人も目撃したり、何艘も船がぶつかって事故を起こしたりしてて、あの頃のサルベージ屋界隈じゃあ『ひょっとして未知のレアメタルじゃないか』ってそれなりに話題になってたんだよね」

 

 今回の仕事は、他の会社さんとの協働作業だった。

 サヘイジさんが沖合に出ているあいだ海岸で待機してたわたしは、他の会社さんに雇われていた作業員の男に声をかけられた。

 年齢はわたしより上、如何にも海の男って感じの大人の人。海に出る前の事前作業で一緒になり、作業しているうちに気が合い仲良くなった人だ。

 男の提案はこうだった。

 

『おれたちだけで〈移動する環礁〉を探してみないか?』

 

 その誘いに、わたしは即座に乗った。

 今から思えばちょっとは警戒しろよバカタレとハリセンでツッコみたくなる愚行なんだけど、当時のわたしはそんなことちっとも考えなかった。

 当時のわたしは、まあティーンエイジャー特有のアレで、むやみやたらと功名心旺盛だった。長年お世話になってたことから『一刻も早く皆の役に立てるようになりたい』なんて殊勝な気持ちもちょっぴりはあったけど、どちらかというとあれはやっぱりただの承認欲求だったと思う。

 

 ゴウケンおじさんはじめヒロセ工業の大人たちは、そんなわたしのことを温かく見守ってくれていたけれど、一方で過保護なところがあったのも事実だ。

 たとえば師匠のサヘイジさんは、わたしが頼んだらどんな現場にも連れて行ってくれたし、どんなメカも触らせてくれたけど、怪獣が絡みそうな場面があったときはいつも前線に出させてもらえなかった。

 当時のわたしはそれが不満で仕方なかった。

 ……サルベージ屋に怪獣、多少の危険は付き物だ。それを先回りして取り除けてしまったら、ちゃんとした経験なんか積めないじゃん。そんな補助輪つけたような状態で、一人前のサルベージ屋として自立なんて出来るはずがない。

 今回の仕事もそうだ。海は怪獣と出くわす危険がある、というのでわたしは海岸での作業を任されるばっかり、沖合への捜索には連れて行ってもらえなかった。

 

 だから、その申し出に対して『チャンスだ』と思ってしまった。

 

 ……大人たちはわたしを子供扱いしてるんだ。だからもしここで手柄を上げたら大人たちの鼻を明かせる。きっと一人前のサルベージ屋として、もっとちゃんとした現場に連れて行ってもらえるようになるに違いない!

 と、そんな風に考えたのである。

 ……今思うとホントマジバカの極みだと思うけど、まあ、若かったからね。

 夜中、サヘイジさんら大人たちが寝静まった頃を見計らってわたしたちは出発。

 濡れても良い様に水着に着換えてから上に作業着を羽織り、男が密かに用意していたボートに乗って、夜の海へと漕ぎ出した。

 

 

 

 

 ……と、ここまで話したところでエミィが「ちょっと待て」と話を止めた。

 

「今、水着って言ったか?」

「うん、そうだよ、だって海だもの」

 

 そう答えた途端に、エミィが物凄い顔をした。

 ……なんでそんな、青汁をガブ飲みしたみたいな顔をするのさ。

 

「……まさかあのえぐい水着じゃないだろうな」

「えぐい、って。普通じゃん」

「おまえが着るとえぐいんだよ」

 

 たかだか紐ビキニごときでそんな大袈裟な。エミィってこういうとこ結構カタいよね。

 ……まあ、当時から人並み以上(Gカップ)だったけどさ。

 と、ここでふと思い出した。

 

「あ、海行くなら水着買わなきゃ。サイズ合わなくなってるだろうし」

 

 そうなのである。今回はエミィと一緒に海、南の島へ行く計画を立てているのだ。

 気持ちいいくらい晴れた真夏の青空、潮風の流れる穏やかな気候、白い砂浜と打ち寄せる波、まさにバカンス!

 海を渡る手配は既に済ませてある。航海といえば怪獣と出くわす危険と隣り合わせなこの御時世、信頼できる業者を探すのはかなり手古摺ったが、これに関してはエミィが孫ノ手島で分捕ってきた『軍資金』が役に立ってくれた。

 やっぱりマネーイズパワーよね。

 

 しかし、肝心の水着のことを忘れていた。

 海で遊ぶなら当然泳ぐし、泳がないにしても濡れても構わない格好、すなわち水着が必要だ。

 ところがわたしたちは『モスラの森』で超健康優良生活を一年ほど続けたために体型がかなり変わってしまっており、水着の方も新調する必要があるのをすっかり忘れていた。

 『どこが変わった』って? ブクブク太ったわけではないことだけは乙女の尊厳に誓っておくけど、それ以上は武士の情けだ、聞いてくれるな。きついのだ、特に胸が。

 ふん、とエミィが不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「次はもっとまともなのにしろよな。この超ゴジラ(Iカップ)め」

「超ゴジラゆーなし!」

「やーいやーい妖怪爆乳ボタン飛ばしー」

「妖怪ゆーなし!!」

 

 散々言われたので、わたしはちょっと“仕返し”をしてやることにした。

 

「というかエミィも買うんだよ?」

「は?」

 

 豆が鳩鉄砲、じゃなかった鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするエミィ。

 ワレ奇襲ニ成功セリ。わたしは言った。

 

「当たり前じゃん。他人(ひと)の体型どうこう言うけど、エミィだって前の着れないでしょ」

「ゔっ」

 

 それに前のは古着、それもスクール水着だった。あんな糞ダサい水着、たとえ着れたとしてもわたしは許さない。

 軍資金は唸るほどあるのだ、とびっきり可愛い水着を用意してあげなくちゃね。むっふっふ。

 そんなわたしの笑いに不穏なものを感じ取ったのか、エミィは話題を変えた。

 

「……で、話を戻すけど、それでどうなったんだ、その『彼』とかいうやつの話は」

 

 ……よし、これで話は戻ったぞ。わたしは続きを語ることにした。

 どこまで話したっけ? ああ、そうか、ボートが海に出た辺りだったね。

 

 

 

 

 その晩は月夜だった、と思う。

 柔らかな月明かりに照らされた仄暗い海を、わたしと男の二人を乗せたボートが進んでゆく。

 今にして思えば、男の様子は明らかにおかしかった。

 ボートのデッキにわたしを誘い出すと、男は言った。

 

『リリセちゃん、その恰好は『誘ってる』、ってことでいいんだよね??』

 

 ……いったい、何を言ってるんだろう。

 水着を着たのは水場の作業で服が濡れると思ったからだ。別に他意なんかない。

 そう反論したけれど、男は耳を貸そうとせず、わたしの両手を力一杯に掴んで、ボートのデッキの床へと抑え付けた。

 わたしの方も暴れるけれど、大柄な男と小娘の体格差では到底振り払えない。

 そのときになってわたしはようやく、男の真意を悟った。

 

 男は、最初からわたしに乱暴するつもりで連れ出したのだ。

 

 気が合うと思ってた大人の突然の裏切り。

 そのときのわたしを支配していたのは混乱、危機感、そして恐怖。

 大声で悲鳴を挙げてみたけれど、ここは遠い沖合だ、陸のサヘイジさんたちには到底届かない。

 護身用のピストルは船内だ、今の場所からでは手が届かない。

 頭の中は真っ白。サヘイジさんから叩き込まれた護身術の数々も、大好きなアクション映画のカンフーアクションも咄嗟には出て来ない。

 男の上気した赤ら顔が迫り、荒い鼻息がわたしの顔に掛かったとき、わたしは自分がこれまで如何に守られていたのかを自覚した。

 ……怪獣がいる現場に連れ出してもらえなかったのは、単に怪獣から護るためだけじゃない。まさにちょうど今みたいに悪い人間に付け込まれたとき、怪獣に手一杯の状態では咄嗟に守れないからだ。

 そんなこともわからず一丁前に勘違いして、イキがって、わたしはなんて馬鹿なクソガキだったんだろう。

 そんな自分の愚かしさを、わたしは心の底から後悔した。

 そんなときわたしは気付いた。

 

 海が荒れている。

 

 最初は揉み合っているからだとも思ったけれど、それにしては激しすぎる。まるで荒海に揉まれているかのようだ。

 そう思っているうちに一際大きく揺れ、男も異変に気付いたようだった。わたしの腕を放し、立ち上がると手近な手摺にしがみつく。

 それと同時、駄目押しとばかりに大きな揺れが襲うと同時に、天地が引っ繰り返る。

 ボートの上にいたわたしたちは宙へと吹っ飛ばされ、昏い海へと放り出される。

 ボートが転覆したのだ。

 ……高波? あんなに穏やかな海だったのに??

 海面へ投げ出され、わけもわからず混乱するわたしたち。

 

 

 

 

 その頭上に『巨大な影』が覆いかぶさった。

 

 

 

 

 海に投げ出されたわたしたちは引っ繰り返ったボートに縋りつこうとしたけれど、その手前に『巨大な掌』が振り下ろされて、ボートは真っ二つに叩き割られてしまった。

 眼前でボートを破壊した巨大な腕、わたしはその腕の主、『そいつ』の姿を見てしまった。

 

 『そいつ』は、これまで見てきた中でどんな生き物、いいや怪獣にさえ似ていなかった。

 吸盤のついたごっつい手足。トラバサミのように鋭い歯が無数に生え揃った凶悪な顎。

 そして何より、身体に対してあまりにもバランスが悪い、あまりにも巨大すぎる角と頭。

 一言で言えば『手足の生えた出刃包丁』というか『首から上がまるごと匕首(あいくち)になっている』というか、とにかくこの世のものとは思えない異形の怪獣だった。

 海面を見下ろした包丁頭の怪獣と、わたしは目が合った。

 何を考えているのか読み取りづらい、虚ろな表情。夜の闇に爛々と灯った眼の光と、ゴミを見るような目つき。

 包丁頭がニタリと笑い、わたしは直感した。

 

 こいつ、わたしを殺す気だ。

 

 包丁頭の怪獣が、つい先程ボートを叩き潰した凶悪過ぎるカギ爪を伸ばす。

 海面をぷかぷか浮かんでいるだけのわたしは到底逃げられない。

 頭からバリバリと喰われるか、もしくは玩具のように捻り潰されるか。凄惨な末路を想像し、わたしは目を瞑る。

 

 

 途端、爆音が轟いた。

 

 

 おもむろに目を開いて音源へと向けると、眼前に『巨大な岩の塊』が出現していた。

 全長は50メートル以上はあったろうか、規則正しいリズムで襞が形作られた美しい流線型のフォルム。

 ……なにこれ、ついさっきまで影も形もなかったはずなのに。

 暴漢に襲われ、怪獣に船を破壊され、突如出現した岩の塊。わたしが混乱の渦中に陥る中、追撃するかのように事態は急変する。

 

 ()()()()()()()()

 

 立ち上がった岩は思ったよりも平たい形状で、側面から鋭いカギ爪の揃った手足と、同じくらいに尖った牙の生えた頭がひょっこりと現れた。

 固く瞑っていた瞼が開かれてエメラルドのような緑色の瞳がきらりと光るのが見えたかと思うと、さきほど聞こえた爆音が今度は()()()の口の中から轟いた。

 爆音だと思ったのは怪獣の鳴き声で、岩の塊だと思ったのは怪獣の甲羅。

 そのときわたしは、自分が元々何を探していたのかを思い出した。

 ……巷で噂になっていた『移動する環礁』。

 

 その正体は『巨大なカメの怪獣』だったのだ。

 

 立ち上がってファイティングポーズを取ったカメ怪獣は、挑発するように勇ましい雄叫びを挙げながら包丁頭の怪獣へと飛び掛かる。

 包丁頭の怪獣は、自慢の包丁頭を振り回しながらカメ怪獣に組み付く。

 二大怪獣が組み打ち、四つに組み合って、巨体をぶつけ合う衝撃が一帯に響き渡る。

 カメ怪獣と包丁頭の怪獣プロレスだ。

 

 一方わたしは、即座に逃げ出そうとする。

 二大怪獣が取っ組み合う内に出来るだけ距離を取ろうとするわたし。しかし、荒れ狂う怪獣プロレスの余波に揉まれて上手く泳ぐことができない。

 このままでは溺れてしまう。死に物狂いで手足をばたつかせて泳ごうとするけれど、泳ぐどころか海面に浮かんでいることすらままならない。

 というか、息が、続かない。

 顔から波を浴びて水をがぶ飲みしてしまい、呼吸器が噎せ返り、脳がパニックを起こす。

 

 カメ怪獣と包丁頭の怪獣、二大怪獣がプロレスを繰り広げる轟音と雄叫びが聞こえる中、わたしの意識は海中深くへと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、わたしたちは浜辺に打ち上げられていた。

 

 意識を取り戻したわたしは自分の状態を確認する。全身砂だらけ、けれど怪我は負っていない。

 わたしに乱暴しようとした男の方はというと、傍で呻き声を挙げながら砂浜に転がっていたけれど命に別状はなさそうである。

 ……そうだ、怪獣同士の対決はどうなった? あの包丁頭の怪獣は??

 身を起こし、沖の方へと視線を向ける。

 

 カメ怪獣と包丁頭の怪獣の対決は、決着がついていた。

 

 包丁頭の怪獣は、見るも無残な姿に成り果てていた。

 片腕と下半身が無い。肩から胸にかけて袈裟懸けに引き千切られ、臍下の傷口からは生々しい内臓がぼとぼととグロテスクに零れ落ちている。

 

 カメ怪獣の方も満身創痍だ。きっと滅多斬りに斬りつけられたのだろう、カメ怪獣は全身に無数の切り傷を負っていて、そのところどころから緑色の鮮血が噴き出ていた。立っている足取りもどこか覚束ない。

 傍から見ても限界に近いそんな状態だったが、それでもカメ怪獣は両手のカギ爪で包丁頭の怪獣の胸倉をしっかりと掴んで離さず、それどころか『絶対に逃がさない』と言わんばかりに高々と吊し上げていた。

 包丁頭の怪獣は頭と片腕だけになりながらも悲鳴を挙げて藻掻いていたが、そんな状態では到底逃れられるはずもない。

 

 カメ怪獣は、鷲掴みにした包丁頭の怪獣を鬼の形相で睨みつけながら、深々と息を吸い込んだ。

 吸い込むうちに『彼』の顔の周囲に蒸気が立ち込め、蜃気楼が揺らめき始める。口の周りから高熱が発せられつつあるのだ。

 牙の隙間から火焔と噴煙、プラズマの火花が滾り始め、爆炎は燃えるプラズマの球、いわば〈プラズマ火球〉を形作る。

 そんなカメ怪獣の姿を見た包丁頭の怪獣が、絶望の悲鳴を上げたまさにそのとき。

 

 

 一帯に轟く爆音とフラッシュ。

 浜辺のわたしは思わず頭を庇った。

 

 

 強烈な耳鳴りと眩輝(グレア)。それらが収まり、わたしは目を開ける。

 さきほどカメ怪獣が作ったプラズマ火球を顔面から喰らったのだろう、包丁頭の怪獣は頭が跡形もなく吹き飛んでいた。

 頭を喪った包丁頭の怪獣、その残骸を海へと放り捨てたカメ怪獣が雄叫びを挙げる。

 カメ怪獣と包丁頭の怪獣の対決。

 勝者はカメ怪獣、いいや、『彼』の方だ。

 

 

 生まれて初めて観た怪獣プロレス、その決着をただ茫然と眺めていたわたし。

 そんなわたしを『彼』は一瞥すると、両手足と頭を甲羅に引っ込めた。

 ……何をするんだろう。わたしがそう思っていると、再び異変が起こった。

 

 両手足と頭を引っ込めた穴から、猛烈な白いジェット噴射が噴き出したのだ。

 

 吹き荒れる猛烈な熱風と唸りに、海面が荒れ狂い、砂浜の砂が吹き飛ばされてちょっとした砂嵐が巻き起こる。

 ロケットブースターへ点火したよりも激しいジェット噴射を噴き出しながら、カメ怪獣の巨体が宙へと浮かび上がる。垂直に噴き上げるだけだったジェット噴射の方向はやがて水平方向へと切り替わり、『彼』は甲羅だけの姿でネズミ花火のように高速回転し始めた。

 回るジェット噴射、まさに〈回転ジェット〉だ。

 回転ジェットで空へと飛び上がった『彼』は、そのまま高速回転しながら空を飛び、遠くの空へと消えていったのだった。

 

 一連の光景が収まったあと、わたしはポカンと口を半開きにしていたことにようやく気が付いた。

 カメ怪獣と包丁頭、二大怪獣による怪獣プロレス、プラズマ火球、そして回転ジェット。あまりにも常識離れな怒涛の展開の連続に、わたし、タチバナ=リリセはただ唖然とするしかなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っていうお話だったのさ。おしまい」

 

 そのあとは大変だった。

 ゴウケンおじさんには死ぬほど怒られるし、ゲンゴ君には心配されるし、サヘイジさんなんか『御嬢を危険な目に遭わせるとは一生の不覚、死んでお詫びします!!』って腹切ろうとするし。

 もちろん提携元の会社さんとは大喧嘩、わたしを連れ出そうとした男はヒロセ工業の若衆にタコ殴りにされて、危うく『仁義なき戦い』みたいになりかけた。立川の自治区の仲裁が入らなかったらどうなってたことか。

 その後の顛末を話していたわたしは、ふと気付いた。

 

「どうしたのさ、そんな目しちゃって」

 

 エミィは胡乱な目つきをしていた。

 

「……ウソくせえな」

 

 えぇー? ウソは言ってないんだけどなあ。

 なにしろ昔のことなので多少の記憶違いはあるかも知れないが、わたしとしては一切盛ってもいないし、伏せた事実もない。嘘偽りのない事実を話したつもりである。

 けれどもエミィは言った。

 

「『手足の生えた出刃包丁』に『プラズマ火球を吐いて、ジェット噴射で空を飛ぶカメ』? 溺れかけた拍子に夢でも見たんじゃないのか??」

「自分でもそう思うけど本当だってば」

 

 カメ怪獣こと、『彼』。

 この一件のあと、『彼』のことを知りたくて仕方なかったわたしは怪獣図鑑を山ほど読み漁ってみた。

 たとえばカメの怪獣といえば大亀怪獣カメーバなんてのがいるが、カメーバは火を吐かないし、もちろん空も飛ばない。

 だけど『彼』は口から放ったプラズマ火球であの恐ろしい包丁頭の怪獣を木っ端微塵に吹っ飛ばして見せたし、回転ジェットで空も飛んだ。そんな特徴に該当する怪獣は、どの怪獣図鑑にも載っていなかった。

 それに、同船していた男も、包丁頭の怪獣に襲われたことは認めたが、海に投げ出された拍子に気を失っていたらしく、その後現れた『彼』のことは見ていなかったのだという。

 ……『夢でも見たんじゃないか』

 エミィが言うように、自分自身を疑ったこともある。

 だけど、どうしても忘れられなかった。プラズマ火球に回転ジェット、たしかにこの目で見たのだ。

 強弁するわたしに、エミィは「わかった、わかった」と答えた。

 

「ホントに? 信じてくれるの??」

「法螺ならもうちょっとマシなのを吐くだろうしな。おまえがそこまで言うなら本当にいたんだろうさ」

 

 そう呆れ半分で納得してくれつつ、エミィはわたしに訊ねた。

 

「……で、そいつがどうして『味方』だなんて思ったんだ?」

「えっ」

 

 意表を突かれたわたしに、エミィは問う。

 

「そのカメ怪獣だってたまたま人間なんか眼中になかったのかもしれないし、ひょっとすると餌の取り合いだったのかもしれないだろ。人間の味方かどうかなんてわからないじゃないか」

 

 ……随分と無粋というか、意地の悪いことを言うね。実際のところはたしかにそうだったのかもしれないけどさ。

 わたしは率直に答えた。

 

「うーん……勘?」

「勘かよ」

 

 ずっこけそうになるエミィに、わたしは「勘ってのは流石に冗談だけどさ」と続けた。

 

「もし『彼』が人食い怪獣だったら、わたしたちのことを放って去ってゆくのも変だと思わない?」

「気が変わったのかもしれないだろ」

「まあ、そうかもしれないけど、それでもわたしには『彼』が敵だとはどうしても思えなくてね」

 

 別れ際に見た『彼』の顔。

 たしかにシルエットは刺々しかったし、顎から突き出た牙は暴力的なまでに凶悪で如何にも恐ろしげだ。

 

 だけど、緑の瞳に灯った光は、なんだかとても優しかった。

 

 『彼』と包丁頭の怪獣の対決は、海に投げ出されたわたしたちのすぐ傍で繰り広げられた。

 その時は気にする余裕なんかなかったけど、そんなすぐ傍で巨大怪獣同士が戦ったりしてたら巻き添えで潰されていたっておかしくない。それなのにわたしたちは最終的に浜辺へ、それもほぼ無傷で助かった。助かったのはともかく、無傷だったのはいくらなんでも運が良すぎる。

 それに、思い返してみると、わたしたちが打ち上げられた場所は浜辺にしては随分と内陸だった気がする。あるいは『彼』が運んでくれたのかもしれない。

 ……『彼』の真意が何だったのか、わたしには分からない。

 単に敵と戦っていただけかもしれないし、あるいはエミィの言うとおり餌の取り合いだったのかもしれない。結局のところ怪獣の心なんて、人間風情にはわかりはしないのだ。

 しかし、助けようとしてくれたにせよ、たまたま巡り合わせでそうなっただけにせよ、『彼』がいなかったらわたしは間違いなく包丁頭の怪獣に獲って喰われていた。それもまた事実だ。言うなれば『彼』は命の恩人みたいなもんである。

 それに……

 

「それに?」

 

 続きを促すエミィにわたしは言った。

 

 

 

 

「それに、なんだか夢があるじゃない? 『幼気な女の子の味方をしてくれる怪獣』、そんなのが一匹くらい居てくれたらさ」

 

 

 

 

 その言葉にエミィは最初腑に落ちないような顔をしていたけれど、やがて「……まあ、そうかもな」と思い直した様子で席を立った。

 

「そろそろ到着じゃないか。ほら、『陸』が見えてきたぞ」

 

 そう言ってエミィが指差した窓の向こう、大海原を超えた果てに陸地が見えた。

 わたしたちが向かう予定の南の島『沖縄』。九州南端から丸一日ほど掛かったけれどようやく到着だ。

 

「そうだね。準備しよっか」

 

 あー、腰がゴワゴワだっ。

 長時間座って凝り固まった身体を屈伸運動でほぐしながら、わたしも席を立つ。

 

「いよいよ夢に見た沖縄旅行! エミィの水着姿、楽しみだなぁー」

「……ちっ、覚えてたのか」

 

 不機嫌そうに舌打ちするエミィに、わたしは自信満々に「そりゃあ覚えてますとも、忘れるわけがないでしょう?」と応える。

 

「あ、そういえばさっきの一日ハグとキスし放題券って」

「よーし荷物取ってくるかー」

「あぁん、待ってよエミィ!」

 

 そそくさと逃げ出すエミィと、あとを追うわたし。

 二人でふざけ合いながら、わたしとエミィは下船の準備を進めた。

 

【挿絵表示】

 

206x年 沖縄にて撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北西太平洋のマリアナ諸島、その東にあるというマリアナ海溝。

 その深さは水面下10,000メートル以上、この地球上に存在する海溝の中では最も深い海底凹地。

 そこで『彼』は物思いに耽っていた。

 遠い昔、怪獣黙示録の時代が始まる前のことである。

 『彼』が初めて出会ったとき、かの『キングオブモンスター』はこんな提案をした。

 

 ――おれと来ないか。

 

 訝しむ彼に、キングオブモンスターは続けた。

 

 ――よくよく思い出してみろ。環境破壊、悪魔の火、戦争。災いの影(ギャオス)? 柳星張(イリス)??

 ふざけるな、みんな人間が自分で蒔いた種じゃないか。なのになんで()()()が尻拭いしてやらにゃならんのだ。

 挙句にそんな禍々しい、痛々しい姿にまで成り果てて。

 人間は欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かだ。おまえみたいな御人好しはこれからも都合よく利用され続けるだろう。

 そんな不条理、許せると思うか? たとえ他の誰が許そうとこのおれは許さん。おまえみたいな善い奴が、人間なんかの為に食い物にされていいわけないだろうが。

 

 おれはこれから世界中を巡って仲間を募るつもりだ。オベリスクの巨獣(ガッパ)、北極の猛毒蜥蜴(リドサウルス)、インファントの女王(モスラ)。あいつらもきっとおれに賛同してくれるだろう。怪獣黙示録の始まりだ、目に物を見せてくれる。

 ……髑髏島の猿(キングコング)は駄目だった。せっかく最初に誘ってやったのにあいつ、おれを『狂っている』とぬかしやがった。『憎しみと怒りで目が眩んでいる』と。あんな奴を誘ったのが間違いだった。もう彼奴(きゃつ)に頼ろうとは思わん、色惚(いろぼ)け狂いのエテ公め。

 

 まあ、ともかくだ。

 もしもおまえが来てくれたなら、これほど心強いことはない。侵略者にも天変地異にも、きっと誰にも負けやしないだろう。

 そしてすべて終わったらそのときは。

 誰も争わない、誰も傷つけあうことがない。

 皆で仲良く笑って楽しく暮らせる新世界。

 そんな〈楽園(Paradise)〉を創ろうじゃないか――

 

 

 ……馬鹿げた夢だ、と思った。

 怪獣黙示録に楽園(Paradise)、そんな夢物語など叶うはずがない。

 利用というのなら、キングオブモンスターこそ他の怪獣の力を当てにしている。仲間? 手下の間違いじゃないのか。これを利用と言わなくて、一体なんだというのだろう。

 

 そう思いながらも、なんだか憎めなかった。

 

 『誰も争わない、誰も傷つけあうことがない楽園』『皆で仲良く笑って楽しく暮らせる新世界』……こいつ、こんなことを言う奴だったのか? 解釈違いも良いところだ。ひどく意外に思った。

 『おまえみたいな善い奴が、人間なんかの為に食い物にされていいわけないだろうが』……人間憎しのあまりに出たデマカセの甘言かもしれないが、その言葉に多少救われたのもある。

 誰もが欲しがるだろう素晴らしい理想の世界、その実現を本気で目指そうとしているキングオブモンスターは、『彼』が愛してやまない者たち、そして『彼』自身がかつて持っていたものと同じ純粋さを持っていた。

 

 それに、戦うつもりで対面してみたものの、考えてみれば別にキングオブモンスターに対抗心があったわけじゃない。この星の支配者? そんなもの元より興味すらない、キングでもなんでも好きに名乗ればいい。共存共栄を望むというのなら、条件次第では乗ってやってもいいと思う。

 さらに言えば、怪獣黙示録云々はともかく、実際キングオブモンスターの言うとおり人間は欲深で、浅はかで、そして愚かだ。もしも人間が消え去ったなら空も海も汚されることはないし、悪魔の火が焚かれることも、戦争が起きることもない。あるいはキングオブモンスターがのたまう楽園(Paradise)とやらも、人間さえいなくなれば本当に実現可能なのかもしれない。

 そんな考えが、彼の中でよぎった。

 

 しかし、そこまで逡巡しつつも、彼は結局キングオブモンスターに靡かなかった。

 世界征服、霊長の座、好きにすればいい。ただ、その過程でどうしても、どうしても我慢ならないことがひとつだけあった。

 それをきっとキングオブモンスターは理解出来ないだろう、なにしろ『彼』自身だってどうして()()なのかよくわかっていないのだから。

 

 ――わたしは、子供の味方だから。

 

 そう言って彼がキングオブモンスターの誘いを蹴ったとき、『答え』を聞いたキングオブモンスターは、彼が予想したとおり幻滅を隠さなかった。

 

 ――おまえなら喜んでくれると思ったのに。

 

 そしてキングオブモンスターは王冠のような背鰭に憎悪の稲妻を湛えながら、吼えた。

 

 ――だが邪魔立てするというのなら、おまえとて容赦はしない。

 

 ――死ね、のろまなカメめ!!

 

 

 

 

 

 

 ……あれから数十年。

 あのとき決着はつかず、『彼』はキングオブモンスターの凶行を止めることは出来なかった。

 繰り広げられた人間とキングオブモンスターの生存競争、その果てで人間たちは自滅した。

 今宵世界が終わる夜を境に、この星はキングオブモンスターの支配圏:新天新地(New Earth)となるだろう。

 

 キングオブモンスターが予見したとおり、世界は続々と現れる怪獣が荒れ狂う新時代、『怪獣黙示録』の時代を迎えた。

 その猛威に直面した人間は、追い詰められた末に禁断の兵器に手を出した。プラズマエネルギー技術を兵器転用し改良発展させたというその兵器は、北欧神話における最終戦争(ラグナロク)を告げる神の角笛を暗号名に冠していたという。

 

 暗号名:神の角笛(ギャラルホルン)、またの名をブラックホール砲〈ディメンション・タイド〉。

 

 どんな怪獣をも消し去る超次元兵器として開発されたディメンション・タイド。しかし結局実用化されることはなかった。極秘裏に行なわれた試験運用において求められた性能を発揮できなかったばかりか、時空の歪みをも創り出し、マリアナ海溝に多次元並行世界へと繋がる『穴』を開けるという大惨事を引き起こしてしまったからだ。

 しかも人間たちの最高意思決定機関である地球連合政府は、その穴がヒトの立ち入り得ない海底に出来たこと、穴自体が極小であったこと、地上の怪獣黙示録の対処に追われる現状を良いことにこの事実を隠蔽。

 穴は野晒しのまま放置された。

 

 そんなペテンを、世界は赦しはしなかった。

 ディメンション・タイドが開けた穴は、異世界へと繋がっていた。繋がった先はこの星の並行世界(パラレルワールド)にして反地球:テラ。『穴』によって多大な損害を受けたテラの人々は、この一件を此方からの宣戦布告と受け止め、その報復としてマリアナ海溝の穴を通じて数々の怪獣を送り込んできた。

 

 悪魔の虹、〈バルゴン〉

 大悪獣、〈ギロン〉

 大魔獣、〈ジャイガー〉

 深海怪獣、〈ジグラ〉

 双頭邪獣、〈ガラシャープ〉

 甲殻鋏鳥、〈マルコブカラッパ〉

 海魔獣、〈ジーダス〉

 

 『彼』はその対応に追われ、地上文明を焼き尽くそうというキングオブモンスターの狂気を止めることは出来なかった。もし穴さえなかったら彼も怪獣黙示録に参戦し、ひいてはキングオブモンスターの凶行を止められたかもしれない。そのことを考えると彼は慙愧の念に堪えなかった。

 

 ……しかし一方でこうも思う。

 最終戦争の角笛を迂闊に鳴らして世界に穴を開け、しかもその不祥事から目を逸らして事態を放置したのはそもそも人間だ。人間たちが繰り広げる底無しの愚かしさ。あのとき彼がキングオブモンスターを斃していたとして、いやそもそもキングオブモンスターがいなかったとしても、人間たちが同じような愚行を犯さなかったとどうして言えようか。

 そういう意味で言えば、『彼』とキングオブモンスターの暗闘、その勝敗は戦うまでもなく決まっていたのかもしれないのだった。

 

 

 

 

 そのような回想に耽っていた『彼』は、大地から震動を感知した。

 海溝の深奥、その下から響いてくる地鳴り。間違いない、『穴』から怪獣が現れる前兆だ。

 『彼』の読みが正しければまさに今夜、異世界から最強の刺客が送り込まれてくる。

 彼が身構え見守る中、マリアナ海溝深淵の闇から『侵略者』が姿を現した。

 

 現れた侵略者の威容。

 全長160メートル。硬い珪素質(シリコン)で編み上げられた白い外殻。甲殻類のシャコに類似した大鋏は、地盤を裂き、山をも突き崩す巨大削岩機。パラボラ状に生え揃った、無数の触腕。

 膨れ上がった下腹部に孕んでいるのは無数の卵、その中にはすぐさま軍勢として展開可能な無数の兵士(ソルジャー)を内包しており、移動チェンバーとしての役割も果たす。

 そして頭部には旗印のように天へと突き上げた大角を備え、真っ青な複眼には計算高い冷徹な光が灯っている。

 まさに意思を持った巨大移動要塞、身長60メートルの『彼』をも見下ろす超大怪獣だ。

 

 

 異世界の最終兵器、其の名は〈レギオン〉。

 数は十体。名の由縁は大勢(legion)であるが故に。

 

 

 ……忌々しい、と『彼』は思った。

 キングオブモンスターが多忙の折を突くなんて。

 キングオブモンスターの雷霆(いかづち)、荷電粒子ビーム。あの一撃は最強だ。別件の始末(デストロイア)に掛かりきりでなかったら、こんな羽虫など寄せつけもしなかったろう。

 そしてそのことは同時に、刺客としてのレギオンが抜け目ない知性の持ち主であることを示している。防備が手薄になったタイミングへ付け入る狡猾さ、このレギオンがただの見掛け倒しなどではない、侮れない強敵であることを彼はすぐに理解した。

 

 だが、彼は諦めない。

 彼は今いるこの場所を、最終防衛ラインと定めた。

 ここから一歩も通さない。不退転の決意。

 

 

 

 

 

 ……刹那、浮かんだのは子供たちの笑顔。

 

 

 

 

 

 『彼』は子供がたまらなく好きだった。

 酷く傷つけられ、心身の在り様さえ歪められて、それでも人間の愚かしさに付き合い続けてきたのは子供たちの為だ。

 キングオブモンスターの提案に乗らなかったのも、親家族を殺されて悲しむ子供たちを見たくなかったからだ。

 子供たちが笑って暮らせる素晴らしい未来の為なら、たとえこの身命を捧げても惜しくない。

 子供たちの祈りがあるならば、この身が尽き果てようとも戦える。

 心からそう想っていた。

 

 ……わたしは子供の味方だ。

 レギオンごときムシケラ風情に、子供たちの笑顔を奪わせはしない。

 

 『彼』は、十体のレギオンたちを睨みつける。

 レギオン軍団も自慢の角を振りかざし、金属質な雄叫びを挙げながら一斉に大進撃、彼へと突貫する。

 レギオン襲来、人知れぬ海の底で繰り広げられた、もう一つの最終決戦(ラストバトル)

 

 

 

 

 

 彼の名前は大怪獣、〈ガメラ〉。

 世界の深淵で、ガメラの咆哮が響いた。

 

 

 




95話の続き。23話89話ともうっすら繋がってる話。


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ゆけ!ゆけ!タチバナ=リリセ!!謎の原住民族は実在した!魔境:髑髏(ドクロ)島の奥地に幻の巨大なる魔神(ましん)を追え!! その1

タイトルのノリは水〇スペシャル、あと嘉門タツオさん。


 ……星、綺麗だなあ。

 

 そういえば都会の明かりが無い森のド真ん中だと、夜空の星って綺麗に見えたりするよね。仕事柄、闇夜の廃墟探索は慣れっこで特に目新しいことなんかないのだけれど、この夜空に満開の星々を眺める瞬間はちょっと好きだったりする。

 ぼーっとした頭でそんなことを思いながら、冷たい石畳の真ん中で仰向けに寝転がっているわたし、タチバナ=リリセ。

 言っとくけど、別に野営(ビバーク)とかじゃないよ。だいたい、なんでこんな小バエがいっぱい飛んでるようなジャングルのド真ん中で寝なきゃなんないのさ。出来るものならとっとと家に帰って、ちゃんと屋根の在るところで寝たいよ。

 だけどそれは叶わないこと、なぜならば。

 

 今のわたしは全身を縛られているからだ。

 

 両手両足はぎっちぎちに縛り上げられていて自由に動かせない。体の節々に入った絞り縄のせいで、身体を弓のようにピンと伸ばして寝転がったまま、起き上がることすらできなかった。

 とにかく窮屈なのでもぞもぞと体を捩る。

 

 ギチッ、ギチギチギチギチ……ッ!

「く、うぅぅ……ッ!」

 

 途端に全身を絞り上げられ、わたしは歯を食い縛って唸った。

 少しでも姿勢を楽にしようと僅かに身動ぎしただけなのに、縄がよりいっそう固く食い込んでしまい、体の関節という関節すべてに鋭い痛みが駆け回る。苦痛のあまり体表から冷や汗が滲み、体を伝いなぞって、シャツとズボンの背中をじっとり湿らせてゆく。

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」

 

 縦横無尽にかけられた縄で全身を締め上げられ、満足に息をつくことすら出来ない。短く浅い呼吸を小刻みに繰り返し、酸素不足の脳へ酸素を必死に送り込む。

 ……まずい、酸欠で顔が真っ赤に紅潮してゆくのを感じる。頭の中もぼーっとしてきた、気絶してしまいそうだ。

 

 どうして、こんなことに。

 酸欠と痛みに喘ぎながら、わたしは回想した。

 

 

 

 

 

 

 事の発端は、沖縄旅行の帰りである。

 予定どおり沖縄旅行を終え、南の島でのバカンスを満喫したわたしたち:タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナは、本土行きの船に乗って帰るはずだった。

 

 ところが帰りの航海の途中、運悪く野生の大海老怪獣:エビラに遭遇した。

 エビラ自体は船に装備されていた武器で追い払うことは出来たものの、折り悪く今度は嵐が直撃して船が遭難してしまった。

 わたしとエミィはなんとか同じ救命ボートに乗ることが出来たけれど、そのまま激しい嵐に呑まれて流されて三日ほど漂流した末に正体不明の島に漂着してしまった。

 ……ここはいったいどこなんだろう。エミィと二人っきりになってしまったわたしは、ひとまず島を探索した。

 

(……しっかし、暑いなあ。)

 

 額と首筋でべたつく汗を、手の甲で拭う。酷い湿気に強い日差し、まるで熱帯のようだ。

 森の樹々、そのあいだをカラフルな鳥が飛び回り、見たこともない毒々しい体色の蜥蜴が木の陰を這っている。森のざわめきの中を、鳥だか獣だか判別つかない動物の声が響き渡る。

 植物の植生をざっと見たかぎりどうやらここは南洋の島、それも日本からは相当離れているようだ。

 水筒の少ない水を二人で分け合い、時折木陰で休憩を挟みながら、森の中を進んでゆくわたしとエミィ。

 

 ……わたしは内心、焦っていた。

 頭上を見上げれば日が傾き始めている。時計を見ると正午過ぎ、このままではじきに日が暮れて夜になる。暗闇の森の中を彷徨う羽目になる前に、どこか安全な寝床を見つけなければならない。

 それにここは無人島なのだろうか。一日中歩いているのに人っ子ひとり出会えていない。

 もしも本当に無人島だとするとかなり困ったことになる。エビラを筆頭に海洋性の獰猛な怪獣がほっつきまわっているこの昨今、通りがかりの民間船による救助を期待するのは難しい。といって、あの小さな救命ボートで大海原に漕ぎ出すのは猶更心許ない。つまり、詰んでしまうのである。

 かといって長期戦も厳しい。濾過その他が可能なサバイバルキットがあるから飲み水はどうにかなりそうだが、食糧がさほど多くない。あるいはこの島そのものが野生の怪獣の棲みついた所謂“怪獣島”という可能性もある。

 無人島なら野垂れ死、怪獣島だったら怪獣のエサだ。どちらにしても勘弁してほしい。

 

 ……おっといけない。わたしは頭の中に浮かんだネガティブ思考を振り払った。

 ネガティブな考えは顔に出る。わたし一人ならいくらでもネガティブになればいいと思うが、今はエミィが一緒にいる。エミィまで不安にさせちゃいけない、年長者のわたしがへこたれてどうする。

 そうやって崩れそうになった気持ちを引き締め直したとき、草葉の陰から物音がした。がさがさと草むらを掻き分ける音。誰か、もしくは何者かがやって来たのだ。

 ……人間? それとも怪獣??

 わたしは咄嗟にエミィを背中に庇い、腰のピストルに手を伸ばす。使わないで済んだらいいけどね、もし人間だったら撃ちたくないし。

 

 

 草むらを掻き分け、森の奥から現れたのは人間の集団だった。

 この島、どうやら無人島ではなかったようだ。よかった、少なくとも『無人島で野垂れ死』だけは避けられそうだ。とりあえず懸念事項の一つが解消され、心の中で安堵する。

 

 だが味方、というわけでもなさそうだ。顔には派手なフェイスペイント。体は最低限の部位を布で覆っているだけで、あとは藁で編んだと思われる大きな蓑を纏っている。

 そして何より武装している。鋭い目つきで警戒しながら、木の棒に石の鏃を括りつけた槍だとか、怪獣の骨を削ったと思われるナイフなどの鋭い刃先を向けながら、わたしたちをぐるりと包囲した。

 ……まさかこの御時世、こんな原住民族みたいな人たちが暮らしていたなんて。

 一瞬の緊迫感がその場を覆う中、そのときわたしはふとこんなことを考えた。

 

(……そういえば、こんな映画あったな。)

 

 緊迫感の中で何考えてんだって気もするが、考えちゃったんだから仕方ない。

 わたしが思い出していたのは、遠い昔遥か彼方の銀河系で宇宙サムライが宇宙戦争を繰り広げる、わたしが好きな傑作映画シリーズだ。

 映画の主人公である宇宙サムライの青年は、悪の帝国が建造した宇宙要塞を破壊するために訪れた森の惑星で、テディベアそっくりの毛むくじゃら原住民族に取り囲まれてしまう。それが今の状況となんとなく似ているのだ。

 あの映画では主人公の宇宙サムライは虜にされて危うく喰われかけるのだが、理力(フォース)の念力で機転を利かせて原住民族を仲間に引き込むことに成功、ひいては悪の帝国の宇宙要塞を打ち倒す。わたしにも理力(フォース)があればよいのだが、あいにくそんな超能力はない。

 わたしに出来ることといえばエミィを背に庇い、原住民族たちを精一杯睨みつけることだけ。

 ……わたしはともかく、エミィには指一本触れさせない。死に物狂いで暴れてやる。

 

 

 そのとき、わたしたちを取り囲んでいる原住民族たちに割って入ってきた人物がいた。

 おそらく現地の言葉だろう、わたしたちにはわからない言葉で周囲の原住民族たちに声をかけ、わたしたちを中心とした包囲網の内側へと割って入る。

 

 現れたのはお面の人物だった。

 

 背丈はわりと低いが、他の原住民族と同じく大きな蓑を纏っていて体型はよくわからない。顔には粘土で出来たおどろおどろしいデザインのお面を被っており、頭頂部には大コンドルの羽根を染めたと思しき大きな飾りがついている。如何にも南の島の呪術師、って感じの風体だ。

 お面の人物に、原住民族のリーダーと思しき中年の男が話しかけた。現地の言葉、何を喋っているのかは全く分からないが唾飛ばす口調は激しく、中年男がひどく興奮した様子なのは間違いない。そんな男の言い分を、お面の人物はフンフンと相槌をつきながら聞いている。

 やがてお面の人物はわたしたちへと振り返ると、お面越しにくぐもった声で言った。

 

「ここ、スカルアイランド。わたし、司祭。おまえたち、島に〈深海の恐怖〉、連れてきた」

 

 ……スカルアイランドというのか、この島は。髑髏の島(スカルアイランド)、いわば髑髏(ドクロ)島か。

 髑髏島、聞いたこともない島だった。あるいは文字通り未開の島なのかもしれない。この御時世にそんな島が存在するとは到底思えなかったが、実在しているのが現実だった。

 しかしそんなことより気になったのは『深海の恐怖』の方である。

 

「深海の恐怖……まさか、エビラが!?」

 

 わたしが漏らした言葉に、お面の人物あらため髑髏島の司祭も深々と頷く。

 深海の恐怖、怪獣図鑑にも載っているエビラの別名だ。なんてこった、おそらくわたしたちの船を襲ったエビラが、逃した獲物を追ってこの島までついてきてしまったのだ。

 司祭は、大声を張り上げた。

 

「だから島の王、〈コング〉呼ぶ! 深海の恐怖、追っ払ってもらう!」

 

 『コング』。その名前が出るや否や、周りを囲んでいた原住民族たちは一斉に沸き返った。人々は興奮した様子で騒ぎ始め、呪文のような言葉を一生懸命に唱えたり、あるいはその場にひれ伏して天を仰ぎ見始めた人もいる。

 ……コング、いったい何のことだろうか。島の王というからには王様のことだろうが、エビラを追い払えるというからには間違いなく人間のことではない。

 コングというネーミングからわたしはかつて戦ったロボット怪獣、メカニコングのことを思い出した。スペースチタニウムで出来た機械仕掛けの恐ろしい殺人ゴーレム、あいつもコングという名前を冠していたけれど、ここで出てきた『コング』も怪獣だろうか。怪獣だとすればなんだか相当強そうである。

 そんな思考をぐるぐる巡らせるわたしを見据えながら、司祭はこの場にいる全員へ聞こえるように大声で言った。

 

「おまえたちのせいで、村長(むらおさ)の息子、怪我した。責任、とってもらう!」

 

 言われて初めて気が付いたが、司祭の後ろには三角巾で片手を吊った青年が立っていた。顔立ちを見れば、司祭と話し込んでいたリーダー格の中年男によく似ている。おそらく彼が村長(むらおさ)の息子とかいう人物なのだろう、とわたしは推測した。

 司祭は「おい、そこのチチデカ」とわたしを指差した。

 

「チチデカ、おまえ、コングの捧げ物、なってもらう。チチデカ、おまえ肉付きが良い。きっとコング、気に入るだろう」

「え、なに、それちょっとどういう意味……」

 

 司祭の言葉に気を取られていたのがまずかった。

 丸太のように屈強な腕が、わたしの両腕を鷲掴みにした。いつの間にか背後に回り込んでいた原住民族の男二人に、わたしは両腕を羽交い締めにされてしまった。

 

「しまった……ッ!」

 

 力一杯に抵抗してみたが相手は大の男だ、わたしは凄まじい腕力であえなく後ろ手に縛り上げられてしまい、唯一の武器であったピストルも取り上げられてしまう。

 

「はなせっ、はなせったら!!」

 

 わたしを取り押さえた二人の男は、藻掻き暴れるわたしの両脇を抱えながら、森の奥へと引きずり込んでゆく。

 

「エミィ!!」

「リリセ!!」

 

 その後に追いすがろうとするエミィを、司祭は「おい!」と遮った。

 

「キンパツ、おまえはこっちに来い!」

「リリセ、リリセ――――――」

 

 ―――エミィ!

 わたしは声のかぎりにエミィを呼んでみたけれど、エミィは原住民族に取り囲まれ、あっという間に見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 エミィと引き離されたわたし、タチバナ=リリセは全身を縛り上げられたのち、原住民族たちに担ぎ上げられて森の奥へと運び込まれた。

 森を抜けて砦の門をくぐり、さらにまた森を通ってその深部へと到達、行き着いた先には祭壇が設けられていた。

 随分と大掛かりな祭壇だ。おそらく岩を積んだか、あるいは巨石を削って作られているのだろう、数十メートル四方の台座に、高さ数メートルほどの柱が並び立っている。

 きっとこれが島の王、コングに捧げ物を行なうための〈捧げ物の祭壇〉に違いない。

 目的地に到着した原住民族たちは、縛られたわたしを仰向けに寝転がす形で祭壇へと載せ、どこにいるかもわからない自分たちの王:コングへ深々と拝礼すると、もと来た順路を辿って村の砦へと戻って行った。

 

 原住民族たちが立ち去り、捧げ物の祭壇にひとり残されたわたしは、原住民族たちの気配が遠ざかり足音が聞こえなくなった頃合いを見計らって自分の状態を確認した。

 ……全身をグルグル巻きに縛り上げられている。腕は後ろ手、さらに胸へ掛かる縄で背中にくっつける形となっており、ちっとも動かせそうにない。下半身の方はというと、両脚を真っ直ぐぴったり閉じられた状態で縛られており、膝を少し曲げるくらいなら出来るものの立ち上がることは不可能だった。

 

(かなりきちんと縛ってある……こりゃ縄抜けは無理かな)

 

 まあ、腕が使えなくとも、這って転がることぐらいなら出来るはず。わたしは身を捩った。

 

「くっ、ふッ! はあっ! ふんっ……!」

 

 冷たく硬い触感、つやつやとした見た目の印象からもわかるとおり此処は石造りの祭壇だ。どこか尖ったところにでも擦りつけてやれば、縄を切れるかもしれない。

 ……エミィはどうなったろう。一刻も早く戻らなくては。

 そう考えたわたしは、まずこの場から移動しようとシャクトリムシのように体をくねらせてみたのだが……

 

 キュッ、ギュギュギュッ……

(な、縄がきつくなって……!?)

 

 縄は弾力のある樹脂のような素材でできていた。しかもいったいどういう縛り方をしているのだろう。もがけばもがくほど、動こうとすれば動こうとするほど、縄が締まって体へ食い込みはじめた。

 

「ふんっ! オラッ! こんにゃろっ!」

 

 慌ててわたしは渾身の力で抵抗してみたが、やっぱり駄目だ。縄のいましめはゆるむどころかますます固くなり、動ける範囲がどんどん狭まってゆくばかり。ちょっと力を込めてみただけなのに、祭壇のド真ん中で転がされた位置から一歩も動かないうちに、身体をピンと弓のように伸ばした姿勢から身を捩ることさえ困難になってしまった。

 しかも、である。

 

 ギュウウゥ……

「うぐっ……!」

 

 いきが、できない……!

 呼吸が出来なくなり、わたしは思わず呻いた。腕を動かそうとすると胴体にかかった縄まで締まり胸郭が締め付けられるので、ひどく息が詰まる。

 酸欠だけじゃない。足を曲げようとすれば太ももや膝、脹脛に縄が食い込み、ひいては全身を締める縄が引き絞られてゆくのでとても苦しい。後ろ手の腕に体重がかかり、肩が外れそうになって辛い。おまけに乳と尻がパンパンに縊り出され、呼吸するだけで皮膚が張り裂けそうな激痛が走る。

 

 ギチッ、ミチミチギチギチッ……!

 

 痛みと締め付け、呼吸困難の併せ技。地獄の苦痛に苛まれ、全身から冷たい脂汗が滲み出る。その汗を吸ったのだろう、湿った縄が縮んでますます窮屈になってしまう。

 縄の軋む感触が、わたしをよりいっそう追い詰めてゆく。

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……!」

 

 走った犬のような浅い呼吸を繰り返す。

 かくしてわたしは、糸で縛ったボンレスハムみたいに全身を絞り上げられ、ただその場で転がっていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 ……というわけで、現在に至る。

 祭壇に置き去りにされてから数時間も経ったろうか。赤い夕陽は完全に沈んで、星と月が昇る夜空に塗り替わっていたが、わたしは祭壇の上で縛られたまま一歩も動けていなかった。

 雁字搦めに縛り上げられてにっちもさっちも行かないが、いつまでもこんなところに転がってはいられない。このまま祭壇で寝転がっていてはコングとかいう怪獣への捧げ物、つまりエサにされてしまう。

 タチバナ=リリセ、史上空前の大ピンチだ。

 

(はやくっ、なんとかっ、しないと……ッ!)

 

 気持ちは焦るがどうにもならない。満足に動けない体、酸欠気味の脳味噌でどうすればよいか、わたしが次の手を必死に考えていたそんな折である。

 

 ……がさっ、がさがさ。

 

 木の枝を折り、草むらを掻き分ける音。何か大きなものが闇の中で蠢いている。

 体を捩るのもままならない身で苦労しながら振り向くと、森の草陰から『蜥蜴』が這い出てきた。

 ……いや、ホントに蜥蜴か?

 ひょろりと長い鼻面はたしかに蜥蜴に似ているが、サイズがバカでかい。鞭みたいにしなるしなやかな尻尾、目測だけれど全長は10メートル以上あるだろう。

 なにより脚が二本しかない。黒い胴体からヒョロリと伸びた長い二本足とカギ爪、昔ゲンゴ君がハマっていたロボットアニメ(ああ、人造人間だっけ? ロボット呼ばわりするとマニアから怒られるんだよね)の敵怪獣を連想させる姿だ。

 蜥蜴は祭壇の上のわたしに気づいたようで、長い両脚と尻尾を器用に使いこなして祭壇へと這い上がると、わたしへ跨るようにその巨体で覆いかぶさってきた。

 他方、わたしは身動ぎすらできず、石畳で転がったまま真正面から見上げるしかない。

 わたしと蜥蜴の怪獣、互いに向き合う両者。

 

 ……この蜥蜴怪獣が島をエビラから守ってくれるという守り神、コングとかいう奴だろうか。そんな考えもよぎったがすぐに違うことに気づいた。

 大体、守り神って面構えでもない。真っ白な骨質の外殻に覆われた頭部はまるで髑髏(どくろ)を被っているかのようで、守り神というより死神と呼んだ方がよほどしっくりくる。

 怪獣の死神、まさに〈髑髏の亡者(スカル クロウラー)〉だ。

 

 蜥蜴怪獣スカルクロウラーは、まったく身動きできないわたしの眼前へ顔を近づけると耳元まで裂けた口を開いた。鋸のような無数の歯が生え揃った大顎、その隙間からこれまた結滞に長い舌をしゅるしゅると伸ばしてわたしの視界を塞ぐ。

 

「ひっ……!」

 

 喉が引きつり、反射的に瞼を閉じる。

 閉じた瞼、そして顔全体に擦りつけられる、ねばついた粘液と無数の柔毛の感触。

 

「んぷっ……!?」

 

 嗅覚へ突き刺さってくるかのような、腐ったゲロのような強烈に生臭い吐息。ぺちょぺちょと粘液が滴り、糸を引く音。

 ……こいつ、わたしの顔を舐めているのか。

 やがて顔を舐め終えたスカルクロウラーは、続いて服の隙間に舌を滑り込ませた。

 

「ッ!? ひゃぁッ!?」

 

 首筋と胸元に冷たく湿った感触が走り、思わず変な声が出た。頭を舐め終えたので、次は身体を舐め始めたのだ。

 

(こ、こいつ、どこ舐めて……ひぁうっ!?)

 

 こ、この、変態怪獣めっ!

 身を捩りたかったが、縛られているせいで微動だにできない。

 嫌悪感で身を竦めるわたしに構うことなく、スカルクロウラーはわたしの全身をねぶり尽くしてゆく。

 一舐め、また一舐め。舌の腹で胸の谷間と腹筋をなぞり、舌先でおへそをほじる。

 長い長い舌の柔毛が肌を撫でてゆくたびに、ゾクゾクとした嫌悪感とくすぐったさがこみあげて皮膚が粟立ち、胃の奥が裏返るような()()()に襲われ、イヤな感じの冷たい汗が滲み出て服をぐっしょり濡らしてゆく。そしてその汗を丹念に舐めとってくる、スカルクロウラーの舌。

 ……このとき、縛られていてむしろ良かったのかもしれない。もし手足が自由だったら無闇に暴れて、スカルクロウラーを怒らせていただろうから。まあ、縛られてなかったらそもそもこんな状況になってなかったろうけどね。

 

 正味数分程度だろうが、舐められる側としては何時間にも感じられたスカルクロウラーによる()()は、唐突に終わりを迎えた。

 全身を蹂躙していた柔毛と粘液の不快感が不意に消え去り、わたしが目を開けると、スカルクロウラーはわたしの身体を舐めるのをやめていた。

 ……どうしたのだろう。わたしが怪訝に思っていると、スカルクロウラーはわたしを見下ろしながら高笑いするような雄叫びを挙げ、今度は大口を開けて舌を伸ばし、わたしの脚へ巻きつけた。

 触手を思わせるスカルクロウラーの舌が、今度はわたしの太腿へと絡みつき、そしてわたしの体をそのまま口内へと引きずり込もうとする。

 そのときわたしは理解した。

 

 こいつ、わたしを丸呑みする気だ。

 

 そのことに気づいた瞬間、わたしの理性がとうとう限界の閾値を振り切れてしまった。

 

ぎゃ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙―――――――――――――ッ゙ッ゙!!!!

 

 恥も外聞もかなぐり捨てたわたしの絶叫が、暗い森の中で響き渡る。

 わたしは可能なかぎりの大声を張り上げながら渾身の力でのたうちまわった。

 アンギラスに追いかけ回されたりメカニコングに捻り潰されかけたりゴジラとも戦ったり、これまでの人生死に掛ける局面ならいくらでもあったけど、こんな変態怪獣に散々舐め回された挙句に頭から丸呑みとかいくらなんでも嫌すぎる。

 とにかくなんでもいい、この窮地から逃がれられさえすれば。

 

「イ゙ヤ゙ァ゙ァ゙ァ゙―――――――――ッ゙ッ゙!! イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ、イ゙ヤ゙―――――――――ッ゙ッ゙!! 触んなッ舐めるなッ巻き付くなッ離せッ離せッ、美味しくない、わたしなんて美味しくないってば、ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙――――――――ッ゙ッ゙!!」

 

 ミチミチギチギチィッ……!

 だけどわたしの体は相変わらず縄できっちり拘束されていて、まったく解けるどころか動けば動くほどますます締め上げられて動きが封じ込められてゆく一方だった。

 文字どおり手も足も出ないわたしを小馬鹿にするように、シューシューケケケと嘲笑いながら舌をゆっくり手繰り寄せてゆくスカルクロウラー。

 ……なんて意地の悪い奴だろう。その気になれば一瞬で終わるだろうに、あえてジワジワと引き込んでいるかのように見える。おおかた、わたしがパニックを起こしているのを見るのが面白くて仕方ないに違いない。

 

「いやっ、いやっ、やめてよして触らないでェ゙ェ゙ェ゙――――――――ッ゙ッ゙!!!!」

 

 そんなスカルクロウラー相手に、わたしはただ悲鳴を挙げることしかできない。

 生きたまま丸呑みにされるしかない、そう思ったときだった。

 

 どーん。森全体が揺れた。

 

 わたしは悲鳴を挙げるのをやめ、轟音が聞こえた方角へと視線を向けた。

 わたしを嬲っていたスカルクロウラーも動きを停める。

 両者が見守る視線の先、森の方からバキバキと雷鳴にも似た破裂音の連なりが続く。まるで重機が攻め込んできたみたいに、何か大きな力で樹木を切り倒す音だ。

 とはいえ、この島に重機があるはずはないし、ましてや先程会った原住民族たちにそんな大きな力があるとも思えない。

 何がやって来るのだろう。

 星が見える夜空の森で、樹木を次々と踏み倒しながら、『そいつ』は現れた。

 

 

 

 

 まるで巨人、いいや巨神だ。

 初見時、わたしはそう思った。

 

 

 

 

 シルエットは人間に似ていたが、サイズが桁違いだった。比較対象がない上に寝転がった姿勢だったので分かりづらかったけれど、身長は30メートル以上あるだろうか。

 筋骨隆々、まさに筋肉の塊である巨体は、大木のような二本足による直立歩行で支えられ、盛り上がった山のような両肩からは、ゴジラだってジャイアントスイングで投げ飛ばしそうなバルク満載の逞しい腕がぶら下がっている。

 顔は厳つい犬歯が突き出ており如何にもワイルドで雄々しい面立ちだったが、日輪のように奥深い瞳には確かな知性が見て取れる。

 そして顔に浮かべているのは憤怒の表情。巨神は、祭壇の上のスカルクロウラーをじっと睨みつけながら、そのモリモリと盛り上がった大胸筋を平手で打ち鳴らした。

 肉同士、骨同士がぶつかり合う重たい音が響き渡る。ドラミング、つまり威嚇行為だ。怪獣同士で通用する肉体言語で、スカルクロウラーを挑発する巨神。

 

 巨神の挑発に、スカルクロウラーは喉を鳴らして応えた。

 舌で搦め獲っていたわたしを祭壇に捨て置くと、二本足でスルスル滑るように素早く這い寄って、巨神の肉体に毒牙と爪を突き立てようと襲い掛かる。

 

 その髑髏の鼻先に、巨神の鉄拳が炸裂した。

 

 思い切り振りかぶった巨神の鉄拳制裁パンチ。ビルを叩き崩す解体重機のモンケンよりも強烈な一撃。衝撃は恐らく数十トンは下らないだろう。

 そんなパンチをまともに喰らった体長10メートルのスカルクロウラーの巨体はブッ飛ばされ、祭壇脇の石畳へと叩きつけられて転がった。

 ノックダウンされて咄嗟に反応できないスカルクロウラーに、巨神はすかさず追撃を仕掛ける。長い尻尾を握り締め、祭壇の石柱へと叩きつける。

 スカルクロウラーは為す術もなくノックアウトされ、動けなくなってしまった。

 

 圧倒的な力量差でスカルクロウラーを叩きのめした巨神は、島中へ宣言するかのように、勝利の雄叫びを挙げる。

 雷鳴よりも猛々しい咆哮。ピンと背筋を伸ばして胸を張った姿は威風堂々、まさに王者の風格。

 その雄姿に見惚れながらわたしは悟った。

 

 

 こいつこそが〈コング〉だ。

 髑髏島の原住民族が畏れ崇める、島の王。

 この巨神こそ、コングなのだ。

 

 

 こうしてスカルクロウラーを倒したコングだったが、森の奥から続々と次の挑戦者が現れた。

 次に現れたのは、またしてもスカルクロウラーだった。コングの勝利宣言に誘われて、森の奥から這い出してきたのだろう。

 しかし今度は数が多かった。その数、十頭。

 にやけた髑髏のような顔で互いに見合い、何らかの合意を取り決めたスカルクロウラーたちは皆一様にコングへ向き直った。一匹ずつでは勝てないので集団で掛かろうという腹積もりなのだろう。

 一匹ずつなら楽勝だろうが、流石のコングも勝てるだろうか。

 

 

 だが、コングは恐れない。

 ふん、小賢しい奴らめ、とばかりに鼻を鳴らして睨みつけるだけだ。

 

 

 牙を剥き出しにしながら、より激しいドラミングで威嚇と挑発を仕掛けるコング。

 コングの挑発に乗せられて、スカルクロウラーたちは一斉に襲い掛かった。

 相手は十匹のスカルクロウラー。迫り来る敵に髑髏島の巨神:コングが吼えた。

 

 




ゴジラVSコング、楽しみですね。


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ゆけ!ゆけ!タチバナ=リリセ!!謎の原住民族は実在した!魔境:髑髏(ドクロ)島の奥地に幻の巨大なる魔神(ましん)を追え!! その2

 コングVSスカルクロウラー軍団。

 スカルクロウラーたちは毒牙、カギ爪、長い舌と尻尾を振りかざして一斉に飛び掛かる。

 

 他方コングは祭壇の石柱に手をかけると、剛腕から繰り出す桁違いの腕力で根元から引っこ抜いた。まるで棍棒だ。それを片手でブン回し、迫り来るスカルクロウラー軍団を束にして殴り飛ばす。コングの剛力で、スカルクロウラー5匹ほどがまとめてブッ飛ばされてゆく。

 他の5匹はその隙間を掻い潜り、なおも群がろうとする。長い尻尾と舌を触手のように絡ませ、鋭いカギ爪を喰い込ませ、数に任せてコングの巨体を取り押さえようとするスカルクロウラー。

 しかしコングは怯まない。コングは、足元にいるものは巨大な足で蹴り飛ばし、体にしがみついてきたものは爪を立てられるよりも先に引き剥がし、投げ捨ててゆく。

 スカルクロウラーの尻尾を掴むと、ジャイアントスイングでチェーンメイスの代わりに振り回し、他のスカルクロウラーたちへ叩きつける。

 まさに、ちぎっては投げちぎっては投げの大格闘だ。

 

 戦いの末、対決はコングの圧勝で終わった。

 コングの怪力でボコボコに叩きのめされたスカルクロウラーたちは命からがら、這う這うの体で散り散りに逃げてゆく。

 ……なんて強いんだろう。スカルクロウラー十匹、まとめてブチのめすなんて。

 そして逃げてゆくスカルクロウラーを、コングは追撃しようとはしなかった。モスラ同様、コングも元来は平和主義者なのかもしれない。

 

 スカルクロウラーたちが逃げ去ったあと、コングは、祭壇の上に転がされたままのわたしを見下ろした。

 星光に照らされた夜の闇の中、コングの二つの目玉が光を反射して爛々と光っている。

 しばらくわたしを見つめたのち、コングは重機のアームよりも逞しい剛腕を伸ばし、わたしを縛り上げている縄を指先で器用に摘まみ上げる。

 わたしの体が、コングの腕の高さまで宙吊りにされる。

 

 ギュウッ……

「あぐっ……」

 

 縄の部分を引き上げられたことでわたしの体の縛めが締まり、全身を締め上げられたわたしは思わず絶息する。反射的に身を捩ったがそんなことではどうにもならない、コングの指先で摘ままれたまま蓑虫みたいにプラプラ揺れるだけだ。

 そんなわたしを興味深げに観察していたコングは、わたしの体を掌へ降ろすと、今度は指先で弄り始めた。わたしの腕よりも太いコングの指が、わたしの体を器用にいじくりまわす。

 ……捻り潰される!

 わたしはぎゅっと目をつぶった。

 

 ブチッという感触。

 

 それと同時にわたしに解放感が訪れた。

 ぱらり、とわたしの全身を縛り上げていた縄が落ち、呼吸が一気に楽になる。体を動かしてみると、後ろ手にされていたはずの手が曲げ伸ばしでき、一本にまとめられていた両脚も動かせるようになっていた。

 わたしは、厳重に縛められていた自分の体が自由になっていることをようやく理解した。

 コングが縄を(ほど)いてくれたのだ。

 

「スゥゥー……ハァァーッ……」

 

 まずは深呼吸。息を吸える、息を吐ける、こんな良いことあるだろうか。肩を回し、手足を屈伸する。長いあいだ縄で締め上げられていたせいか痺れてはいたが、しばらくすれば元通り動かせるだろう。

 荒げた息を整え、身を起こしたわたしが顔を上げると、コングがわたしのことをじっと見つめていることに気づいた。

 わたしを見下ろすコングの巨大な瞳。目と目が合い、視線が重なり合う。

 思わずわたしは聞いてしまった。

 

「助けて、くれたの……?」

 

 ……いや、わかってますよ? コングは怪獣だ、人間の言葉など通じるはずがない。だから聞いたところで答えが返ってくるはずもないだろう、そんなことはわかっている。

 わかってはいるのだけれど。

 

 ただ、そのときだけは、なんだかコングと通じ合えたような気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 リリセがコングに助けられていた頃。

 エミィ=アシモフ・タチバナはというと、村で捕虜にされていた。

 

 何が何だかよくわからないうちに地下洞窟の集落まで連れ込まれ、服を着替えさせられた上に全身をベタベタ触られて、現在は村の奥の大きな屋敷、その一室にいる。

 入り口には見張りの女戦士が交替で立っており、部屋から出ようとすると制止されるため外の状況を窺うことは出来そうにない。

 部屋の真ん中、敷かれた茣蓙(ござ)の上で胡座をかきながら、エミィは思案した。

 

 ……何が何やら、さっぱりわからん。

 

 エミィは、自分の置かれた状況がいまいちよくわからなかった。不可解なことばっかりだ。

 まず着替えさせられたこの衣装、囚人服にしては随分と派手だ。大コンドルの羽根を染めたひらひらの飾りが沢山ついているし、色も南洋風(トロピカル)というかとても華やかに見える。

 部屋の中に鏡があったので覗いてみたら、エミィの顔中にこれまた豪勢なフェイスペイントを塗りたくられていた。捕虜を着飾らせるのか、この島は。

 そもそもこの部屋はなんだ? 囚人を容れておく牢屋にしては物があり過ぎるし不用心すぎる。たしかに外に見張りは立っているが手枷足枷を掛けられているわけでもなければ一挙手一投足を厳重に監視されているわけでもない。先ほど鏡を発見したとおり、部屋の中を物色するぶんには咎められることもない。

 

(……いったい、どうなってやがるんだ?)

 

 捕虜にしては違和感のある待遇、孫ノ手島で牢屋に入れられたときの経験と比べてみれば雲泥の差だ。軟禁状態ではあるがどちらかというと御客様扱い、という感じがしないでもない。

 

(っていうかリリセはどうなってんだ。あいつ無事なのか? 捧げ物にするとか言われてたが、怪獣のエサにでもされてんじゃないだろうな……?)

 

 考えを巡らせているエミィのもとに、来訪者があった。

 

「……おい、キンパツ」

 

 先ほどエミィたちを断罪した髑髏島の司祭だった。両手には御盆、さらにその上には皿いっぱいの果物が盛られている。

 なんか用かよ、とエミィが睨みつけると、司祭は手に持った皿をエミィへ差し出した。

 

「メシだ、喰え」

「……要らない」

 

 皿を突き返すエミィに「いいから喰え!」となおも勧めてくる司祭。

 そんな司祭に、エミィは言い放った。

 

「顔も見せない奴の出すもんは喰いたくねーな」

 

 喧嘩腰、挑発のつもりの言葉だった。だが、意外なことに司祭は「……そうか」と素直に応じた。纏っていた蓑を脱ぎ、頭頂部の羽根飾りを降ろして、顔のお面を外す。

 その正体に、エミィは驚いた。

 

 

(……こいつ、女の子だったのか)

 

 

 お面を外した素顔は、普通の少女だった。

 年齢はエミィと似たり寄ったり、15歳くらいだろうか。蓑を脱いだ体も筋肉質で引き締まっており、よく鍛えられているのが伺えた。顔には鮮やかなフェイスペイントが施されているが、目鼻立ちはくっきりしていて気が強そうに見える。

 ……『司祭』と言ったが、女の子ならどちらかというと『巫女(シャーマン)』じゃないのか。

 

「これで満足か?」

 

 司祭、もとい巫女の意外な正体に戸惑ったエミィだが、低い声をかけられて我に還る。

 巫女の方を見れば、巫女はぶすっと眉を顰めた不機嫌そうな表情でエミィを睨みつけている。

 ……なにイラついてやがるんだ、キレたいのはこっちの方だ。エミィは巫女へ訊ねた。

 

「おい、リリセはどうした。どこに連れていきやがった?」

 

 エミィの問いに巫女は「リリセ……ああ、チチデカか」と答えた。

 

「チチデカ、心配いらない。ちゃんと戻ってくる」

 

 その言葉で、エミィはキレた。

 身を乗り出し、巫女の胸倉を掴み上げて怒鳴りつける。

 

「ふざけんな、怪獣のエサにしやがって! もしリリセの身に何かあってみろ、ただじゃおかな……」

「おまえ、何言ってる!?」

 

 掴みかかったエミィに対し、巫女は困惑気味に声を張った。

 

「捧げ物、エサちがう! 今のコング、ヒト喰わない!」

 

 ……え? どういうこと?

 呆気にとられたエミィの手を、巫女は力を込めて振り払った。両眉を吊り上げて口を尖らせた顔つきはいかにも不服そうだ。

 巫女はプンプンと怒りながら言った。

 

「コング、髑髏島の王様(キング)! 人食い怪獣、ちがう! 王様への侮辱、許さないぞ!」

 

 エミィは、巫女とのあいだで何か致命的な行き違いが生じていることに気づいた。

 捧げ物って、コングとかいう怪獣のエサにするとかいう話じゃなかったのか?

 

「だって捧げ物って……」

「あんなの形だけ。息子ケガした、ああしないと(おさ)、おさまらない。コング優しい、客大切にする。きっと無事に帰してくれる」

 

 ……なんだ、そういうことだったのか。だったら説明してくれよ。エミィは脱力した。

 この島の王とされる怪獣コングは、つまるところ人間の味方のようだ。フツア族が女王モスラを敬愛するのと同じだ、コングもこうして巫女から敬愛されるくらいには立派な王様なのだろう。

 考えてみれば当然のことだった。なぜ気づかなかったのだろう。ここは島、閉鎖された小さな世界なのだから、もしもコングとかいうのが生贄を捧げないと満足しないような恐ろしい人食い怪獣だったら、そもそも村の生活自体が成り立つはずがない。

 巫女についても、エミィの中で初見時から印象が変わりつつあった。この髑髏島の巫女、思っていたより冷静だし頭もきれる。この村の連中もそうだ、皆ウホウホ言ってる野蛮人どもかと思ったが、どうやら認識を改めなければならないらしい。

 エミィは気になったことを訊ねてみた。

 

「そういえばおまえ、喋れるんだな」

 

 髑髏島で出会った他の住人について思い返すエミィ。

 彼らは基本無口だし、たまに何かを喋っても文字どおり異国の言葉で、何を喋っているのかエミィにはさっぱりわからなかった。一方、眼前にいる髑髏島の巫女はところどころたどたどしいものの、特に支障なくエミィと意思疎通ができている。

 エミィの疑問に、巫女はフフンと得意気に答えた。

 

「6つの国の言葉、わかる。昔、外から人来た。そいつから教わった。わたし島で一番得意、手紙も書ける。他の人、喋る、けど得意じゃない」

 

 そう答えた巫女が顎でしゃくった先、本棚にはボロボロになった本と辞書、そして古ぼけたカセットレコーダが置かれていた。外から人、おそらくエミィたち以外にもこの島に漂着した人物がいて、彼から言葉を学んだのだろう。

 ……6つの国の言葉、すげえな。Bilingual(バイリンガル)どころかHexalingual(ヘクサリンガル)じゃねーか。

 内心で感心していたエミィに、巫女は「ほら、喰え」と皿の上の果物を勧めた。

 

「おまえ、痩せてる。たっぷり喰え、もっと太れ。大きく、強くならないと立派な『嫁』、なれないぞ」

 

 ……嫁? 何のことだ?

 眉を顰めるエミィに、巫女は衝撃の事実を告げた。

 

「おまえ、(おさ)の息子の嫁になる」

「なんだとお!?」

 

 愕然とするエミィに、巫女は説明する。

 

「たまには外からの血、入れないと島の血、にごる。迷い人、受け入れ仲間に入れる。これ、島のしきたりだ」

 

 ……そうか、そういうことか。

 エミィの中でもろもろの疑念が整理され、ひとつの答えにすとんと収まる感覚があった。

 やけに丁重な扱いと軟禁状態、そして派手な服装。

 つまりエミィは結婚させられるのだ。相手はあの腕を怪我した長の息子。やけに派手な服とフェイスペイントは花嫁衣装、監視しつつも下に置かない丁重な扱いは跡取り息子の大事な嫁候補だからだろう。

 

 ふざけんじゃねえ。

 エミィは声を張り上げた。

 

「ジョーダンじゃない! わたしには決まった相手がいる、勝手に決めんな!」

「!? そう、なのか!?」

 

 事情を聞かされた巫女は、ひどく申し訳なさそうな顔をした。

 ……こいつ、思ってたより悪いヤツではないのかも。エミィの中の警戒心がほぐれてゆく。

 巫女はバツが悪そうに視線を逸らしながら、持参した木の実のジュースに口をつけて言った。

 

「……でも、もう遅い。おまえ、金の髪、青い瞳、珍しい。長も息子も、気に入ってる。おまえ、次の長の妻だ。こんな栄誉なことはない」

 

 栄誉なこと。そう言いつつも表情を取り繕ってるようにも見える物憂げな巫女に、エミィは勘づくものがあった。こいつ、もしかして……?

 木の実のジュースを啜っている巫女に、エミィは訊いてみた。

 

「……おまえ、その長の息子とかいうのが好きなんだろ?」

 

 ぶふーッ!?

 巫女は口に含んでいたジュースを吹き出した。

 けほけほと激しく噎せ返りながら、巫女は叫んだ。

 

「ちがう! あいつ、ただの幼馴染み! 好き、恋人、そうじゃない!」

 

 ……やっぱり。

 顔を真っ赤にしながら誤魔化そうとする巫女を見て、エミィは、自分の抱いた疑念が正しかったことを理解した。

 やはりあの村長の息子とかいうのに惚れているようだ。しかし何故誤魔化そうとするのだろう。

 疑問を浮かべるエミィに気付いているのかいないのか、巫女は続けた。

 

「わたし、島の司祭! 司祭は皆のために働くのが仕事、誰か一人のために働く、生きる、ダメ! それが先祖代々からの決まり! だから……」

「いや、それは違うな」

 

 捲し立てる巫女をエミィは遮った。

 

「先祖代々、って言ったな。おまえのママも巫女……じゃなかった、司祭だった、ってことか?」

「ああ、そうだとも。わたし、母さんも、婆ちゃんも、代々司祭。ずっと働いてきた、コングのため、みんなのため。違う、何が違う?」

 

 誇らしげに胸を張って答える巫女だったが、エミィは構うことなく言った。

 

「じゃあおまえのパパはどうした。まさかママ一人で子供が生まれる、なんて思ってるんじゃないだろうな?」

「そ、それは……」

 

 たしかに、巫女だったり司祭だったりシスターだったり神に仕える存在は純潔、つまり子供を持てないケースもある。

 しかし巫女の口ぶりからすれば、この髑髏島の『司祭』とやらは必ずしもそうではない様子だった。母親や祖母が巫女だったというなら、父親や祖父もいたはずだ。

 痛いところを突かれ口籠る巫女に、エミィは畳み掛けた。

 

「司祭でも好きな相手がいたって別にいいだろ。なんで誤魔化そうとするんだ?」

 

 エミィの言葉に、巫女は逡巡しつつもぽつりと言った。

 

「……あいつ、外からの女、好き。金の髪、青い瞳、肉付きの良い女、もっと好き。わたし、ちがう。きっと好きじゃない」

 

 そう呟きながら、自分の体を忌々しげに睨む巫女。彼女の髪は黒く、瞳は焦茶色。体つきも筋肉質で鍛えられているが、どちらかといえば小柄でスレンダーな方である。

 ……だからわたしたちを睨んでたんだな。エミィは内心で納得した。自分の意中の男、その好みド真ん中であろう女が二人も現れたのだから警戒するのも当然だろう。

 巫女は続けた。

 

「あいつ、わたしのこと、幼馴染としか思ってない。好き、いくら言っても伝わらない、悲しい。気持ち、気づいてもらえない、寂しい」

 

 そうやって心の奥に隠してきたものをぽつりぽつりと吐露してゆく巫女はなんとも健気で、目尻には光るものが浮かんでいた。

 ……本気で好きだったんだろう。だけど肝心の相手には、その想いに気づいてすらもらえなかったのだ。

 

「こんなつらいなら、好き、なりたくなかった」

 

 涙ぐむ巫女を見ているうちに、エミィは『何かしてあげたい』という気持ちに駆られた。

 ……自分は口下手だから上手いことなんて言えないし、小娘ひとりにできることなんてたかが知れている。島の事実上のリーダーみたいな巫女相手に、偉そうに説法できるような人生の先達でもない。

 だけど、何とかしてあげたい。そう思いながらエミィは言った。

 

「……人間見た目じゃない、なんてナメたこと言う気はないけどさ」

 

 『人間見た目じゃない、中身だ』と皆言う。たしかにそうかもしれない、突き詰めて考えてゆけば一理くらいはあるのだろう。

 だけど所詮は極論で綺麗事、現実のすべてではない。

 どんな人間だって第一印象はまず見た目、最初に会って真っ先に中身なんてわかりはしない。見かけに全く惑わされない人間なんてこの世にはいないし、中身が大事だと言いながら身形に気を遣えない人間は大抵ろくでなしだと相場は決まっている。

 それに、外見について真剣に悩んでいる人間に向かって『人間見た目じゃない』と言ったところで、何の気休めにもなりはしない。より傷つけてしまうだけだろう。

 

 だとしても、である。エミィは言った。

 

「だけど人間、見た目()()じゃない」

 

 短い時間ではあるが、話してみて分かったことがある。

 今エミィの目の前にいる髑髏島の巫女はとっても立派だ。才能があるし、責任感にも溢れ、皆のために何が最善かそんなことばっかり考えている。

 しかし、根は普通の人間だ。

 巫女? 頭がきれる? 6つの国の言葉が喋れる?? それがどうした。他人を気遣い、うっかりミスを犯し、気になる相手がいて恋に落ちちゃったりもする、この少女もそういう普通の人間だ、特別な超人でもなんでもない。そんな普通の人間が、自分の幸せを犠牲にしていいはずがない。

 そしてこんな子を傷つける男なんて、間違いなくクソ野郎だとエミィは思った。たとえどんなに気の良い二枚目で、どんなに偉い村長の長男坊だとしても、エミィには許せそうになかった。

 

 そんなことを考えている内に、かつて出会った『ナノメタルで出来たスゴいヤツ』のことがエミィの脳裏をよぎった。

 

 メカゴジラⅡ=レックス。

 硬く光る虹色の地肌に、強烈なロケットを着けた、ウルトラCのスゴくて強いヤツ。

 髑髏島の巫女とは方向性も出自も全然違うが、あのナノメタルの申し子も世のため人のために自分を犠牲にできる奴だった。

 そういう素晴らしいヤツを、周囲の大人が寄って(たか)って自分の都合の好い様に使い潰した結果が、孫ノ手島の一件だ。レックスの最期、何があったのか本当のところをエミィは知らないけれど、エミィはレックスの末路について自分にも責任があるような気がしていた。

 

 そしてまた、エミィの眼前で不幸な未来を選ぼうとしている少女がいる。

 エミィは巫女の手を取り、言った。

 

「おまえは立派だしスゴイ奴だ。なによりとても善い奴だ。おまえは幸せになるべきだ」

 

 巫女が顔を上げ、エミィに聞き返す。

 

「『イイヤツ』? どういう意味?」

「心が綺麗ってことだ。だから自信を持て」

「心、綺麗……」

 

 エミィの気持ちが伝わったのだろうか、巫女は涙の滲んだ目元を拭うと「……ありがとう、キンパツ」と呟いた。

 キンパツキンパツと呼ぶ巫女を見て、エミィはふと互いに自己紹介をしていなかったことに気づいた。エミィはエミィで、巫女のことを専ら『おまえ』呼ばわりしていて名前をちゃんと教えてもらっていない。

 エミィは訊ねた。

 

「おまえ、名前、なんていうんだ? わたしはエミィ、エミィ=アシモフ・タチバナだ」

 

 エミィの名乗りに対して巫女は「エミィ、エミィか……」と反芻するように呟いていたが、やがて巫女の方も名乗った。

 

「わたし、〈ダヨ〉だ。それが名前」

 

 『ダヨ』か。これまで出会ってきた人名のレパートリーにはなかった個性的な名前だが、巫女の可愛らしい外見と心に似つかわしい素敵な名前だとエミィは思った。

 ……話がだいぶ脱線しちまったな。とにかく、とエミィは話を切り替える。

 

「とにかく、わたしはこの島で嫁入りなんてゴメンだ。いずれ自分の国に帰らないといけないし、リリセのことも無事に返してもらわないと困る。どうにかならないか?」

「どうにもならない。ぜんぶ、決まったこと」

「そこをなんとか……」

「でも……」

 

 必死に頭を下げて頼み込むエミィを前に、ダヨは顎に手を当てて考え込んでいたが、やがて口を開いた。

 

「……できる、かもしれない」

「ホントか!?」

 

 ぱっと表情を明るくしつつ迫るエミィに、ダヨは迷うように目線を泳がせながら答えた。

 

「もしおまえら、〈深海の恐怖〉やっつけたら、みんな説得できるかもしれない」

 

 深海の恐怖、エビラ。

 事の発端はそもそもエミィたちが島にエビラを誘き寄せてしまったこと、村に怪我人を出してしまったことだ。その根本原因であるエビラをどうにか出来れば、解決の糸口になるかも知れない。それがダヨのアイデアだった。

 

「だけどそんなの無理。だからコング、頼んでやっつけてもらうしかない」

「エビラをやっつける方法か……」

 

 エビラの姿を思い返しながら、エミィは考えた。

 深海の恐怖にして大海老怪獣、エビラ。主な武器は両手の巨大なハサミ、クライシスシザース。

 沖縄から戻る船を襲撃してきたエビラは、かつて孫ノ手島で見た個体よりも幾分か小柄に見えた。全貌が見えたわけじゃないが大きさはざっと30メートルくらい、ひょっとすると若い個体なのかもしれない。

 

 とはいえ、それでも危険な怪獣であることには変わらない。性質は獰猛極まりないし、重爆撃にも耐える強固な殻と、並大抵の怪獣なら捻り潰してしまう怪力、ゴジラと比べたら流石に格落ちするものの怪獣としては強豪の部類に入る。メーサーライフルやらホバーバイクやら、軍隊並みの装備を揃えてみてどうにか抑えられるかどうかというところだ。

 他方、こっちにあるものといえば槍やら弓矢やら、心許ない原始的な武器ばっかり。巫女はコングとかいう怪獣に頼むつもりでいるらしいがそれもどこまで当てになるかわかったものではないし、そもそもコングの力でやっつけたのではエミィたちが事態を解決したことにならない。

 腕を組み、首を捻って悩んでみたけれど、現状ある手札でどうすればエビラを倒せるのか、エミィには皆目見当もつかなかった。

 そんなとき、音がした。

 

 くきゅう。

 

 音源はエミィ、お腹の音だった。そういえば村で取っ捕まって以来何も食べてない。

 

「……だから喰え、って言ったのに」

 

 ダヨから咎めるような口振りで言われ、エミィは赤面した。

 ……ま、まあ、腹が減ってはなんとやらだ。とりあえず飯を食ってから考えるか。

 おほんと咳払いで取り繕いながら、エミィが皿の上で一番手近な果物を手に取ったときである。

 

「…………ん?」

 

 エミィは気づいた。

 

 

 

 

 

 

 どしーん……どしーん……

 夜の森で、足音が響いている。

 

 わたし、タチバナ=リリセは、コングと共に森を進んでいた。

 コングはわたしのことを気に入ってくれたようで、なんと肩の上に載せてくれていた。木よりも高いコングの身長、その目線からは昼間わたしが散々彷徨い歩いた密林のジャングルが眼下に広がって見える。

 ……怪獣は普段こんな目線で視てるのか。

 怪獣たちとの付き合いはそこそこ長いつもりだし、身長や体長を目測で当てるのも得意なわたしだけれど、こうして肩に乗せてもらってみるとそのスケールを改めて実感する。

 単に目線が高いだけなのだが、それだけでもなんだか自分が大きく強くなったような気分がする。熱帯の暑さに火照った体を夜風が撫でてゆくのも、涼しくてなんとも心地よい。

 そのとき、コングが岩を大きく跨いだ拍子に一際大きく揺れた。

 

「! おっとっと」

 

 わたしは危うく肩から滑り落ちそうになって、咄嗟にコングのもじゃもじゃの体毛へとしがみつく。

 そのときコングが立ち止まって肩の方を一瞥、落ちそうになったわたしと目線が重なった。その表情がなんだか気づかわしげにも見えたので、わたしが「大丈夫、大丈夫だから」とジェスチャーで伝えると、コングは再び前を向いて歩き始めた。

 ……このコングという怪獣、随分と人に馴れている。わたしの縄を解いてくれた時の指使いもとても繊細で優しかったし、少なくともわたしが当初懸念していたような人食い怪獣とは程遠い気質の持ち主らしい。落ちないでいられるのだってコングが気を遣ってくれているおかげだ。そこそこ揺れるのでバランスを取るのが難しいが、コングがゆっくり歩いてくれているおかげで落下せずに済んでいる。

 『人食い怪獣のエサにされちゃうー!』なんて勝手に怯えていた自分が、わたしはちょっと恥ずかしかった。

 

 そうこうしているうちに海が見えてきて、海岸へと到達したコングは立ち止まった。

 肩の上にいるわたしを大きな掌で優しく掴むと、ゆっくりと地上、砂浜へと降ろしてくれた。

 その目線の先は海へと向けられている。

 

「どうしたの?」

 

 わたしは訊ねるが、コングは当然応えない。ただ海をじっと睨んでいるだけだ。

 コングの目線の先を辿ってみると、海の方に異変が起きていた。

 波が激しく沸き立ち、高く飛沫が上がっている。まるで海から何かが現れようとしているかのようだ。

 わたしがそう思ったとおり、海中から巨大な影が姿を現した。

 

 

 真っ赤な外殻。その頑強さは戦艦の砲弾を弾き、ミサイルや重爆撃も通さぬほどだと言う。

 極端に巨大化した両腕の鋏。特に右鋏:クライシスシザースの方はバカでっかい、目測でも10メートル以上はあり、下手な怪獣ならそのまま挟んで切り身に出来るだろう。

 そして頭部から飛び出した二つの目玉はツヤツヤと黒光りしており、ギョロギョロと蠢いては自分の眼鏡に適う獲物を貪欲に探し求めているかのように見えた。

 

 そいつの名前は深海の恐怖(Horror of deep)

 すなわち大海老怪獣、エビラだ。

 

 そんなエビラを睨みつけながら、地鳴りよりも低い声で唸るコング。

 そのときわたしは、コングがなぜ海岸までやってきたのかようやく理解した。

 ……コングは戦うつもりだ。外敵であるエビラを迎撃しにやってきたのだ。この島の平和を守るために。

 これから戦いに挑む己を鼓舞するかのように、コングはエビラに向けて勇ましく吼えながら胸を叩いてドラミングする。

 エビラも応えた。ギロチンのような両腕の鋏を打ち鳴らしながら海岸へと上陸、コングへ突撃を仕掛ける。

 

 島の(キング)コングと、深海の恐怖(Horror of deep)エビラ。

 二大怪獣が真正面から衝突し、その衝撃で浜辺全体が揺れた。

 




ダヨは『南海の大決闘』で水野久美さんが演じたキャラクターが由来。エビラとの対戦カードは、中の人が好きなゴジラ映画『南海の大決闘』が元々キングコング主役になる予定だったことに因んだネタ。


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ゆけ!ゆけ!タチバナ=リリセ!!謎の原住民族は実在した!魔境:髑髏(ドクロ)島の奥地に幻の巨大なる魔神(ましん)を追え!! その3

髑髏島編、完結です。


 コングとエビラの対決。

 先手を打ったのはコングであった。

 

 エビラ目掛けて、その逞しい腕を思いきり振りかぶるコング。先程スカルクロウラーをブッ飛ばしたコングの必殺ストレート。

 怪獣もまとめて叩きのめすコングの鉄拳がエビラの甲羅に炸裂。続けてコングは足を振り上げ、エビラの胴体へ滑らかな回し蹴りを叩き込む。

 メガトンパンチとメガトンキックのダブルコンボ。空気の破裂音が轟き、殴られ蹴られた衝撃でエビラの巨体が後退した。

 

 だがエビラには効いていない。

 エビラは後ずさりこそしたものの、ダメージは受けていないようだった。重爆撃にも耐えるエビラ自慢の甲殻には、コングのパンチさえも通用しないのだ。

 コングに殴られたエビラは、反撃に打って出た。自慢の大鋏を、殺人鬼の大ナタさながらに高々と振り上げ、コングの脳天めがけて振り下ろす。

 脳天唐竹割りで頭蓋をカチ割られる刹那、コングは両掌を頭上で力一杯合わせ、エビラによる万トン級の一撃を受け止めた。真剣白刃取りだ。コングの両脚が砂浜へ深々とめり込み、二大怪獣の足元で白い砂塵が爆風のように撒き上がる。

 エビラの縦一閃をいなしたコングは、大声で吼えながらエビラに反撃のパンチを喰らわせた。

 

 激烈な打撃と斬撃の応酬、ますます白熱してゆくコングとエビラの怪獣プロレス。

 パワーは両者とも互角。

 スピードや手数はコングの方が上だったが、防御が硬すぎてエビラにコングのパンチ攻撃が通らず、決定打には至らない。

 一方エビラもクライシスシザースでコングを叩き斬ろうとするが、動作が大振りな上に動きのパターンが薙ぐだけなため、コングに難なくいなされてしまう。

 事態は膠着しつつある。となると決着は体力勝負の持久戦、どちらが先にへばるかというスタミナ勝負になってくる。

 そんな二大怪獣の対決を見守るわたし、タチバナ=リリセ。

 

 ……まずいな、と思った。

 

 この勝負がスタミナ勝負だとすれば、コングの方が圧倒的に分が悪い。

 コングの攻撃はパンチもキックも通用しないが、エビラの攻撃は大振りとはいえ遠心力に乗せた大技であり、スピードも破壊力もある。ほんの一瞬の油断が命取りになりかねない。

 またコングは身を躱さなければならないが、エビラは違う、甲羅で上手く捌けばいいだけだ。これだけで全然違うというのに、おまけにコングは砂場で足を取られ余計に体力を消耗する一方、エビラにとって海辺はホームグラウンド、地形の差も大きいはず。

 

 事実、コングは肩で息をしはじめていた。

 わたしの見立てとおり、著しく体力を消耗しているのだ。

 俊敏な動きでエビラのクライシスシザースを躱し続けていたコングだったが、とうとう疲労が足にきたのか、不意に足元が砂に取られてふらついた。

 その隙をエビラは逃さない。ハンマーよりも重い右鋏の隙間を縫うように、レイピアよりも鋭い左鋏で切りかかる。咄嗟に胸を逸らすコング、だが躱しきれずに大胸筋に皮一枚の切り傷を作ってしまった。

 コングはそのままバック転で身を翻して距離を稼ごうとするが、エビラは容赦なく距離を詰めてゆく。

 それでもまだ戦おうと立ち上がり、挑みかかるコング。もうしばらくは戦い続けてくれるだろうが、それも時間の問題だろう。

 

 コングのために何か出来ればいいのだけれど、とわたしは周りを見回した。

 しかし見えるものといえば広い砂浜と石ころ、そしてジャングルだけ。

 ……メカゴジラⅡ=レックスとメカニコングの対決を思い出す。あのときは咄嗟にモゲラに乗って加勢できたけれど、今回そんなものはない。ちっぽけな人間でしかないわたしに出来るのは、ただ勝負の趨勢を見守ることだけだ。

 わたしが歯痒さを噛み締めていた、そんなときだった。

 

 

 ジャングルから大喚声が聞こえてきた。

 

 

 雄叫びを挙げ、ジャングルの奥から続々と現れる人影。

 森をくぐりぬけ月明かりの下へと姿を現せば、その正体はさきほどわたしを捕まえた髑髏島の原住民族たちだ。

 ただ先と違うのは皆が背中に籠のようなものを背負っていること、そして軍団の先頭を切っている人物が村長(むらおさ)じゃないことだ。

 原住民軍団を率いる人物、わたしは()()の名を叫んだ。

 

「エミィ!!」

 

 我が麗しの妹分、エミィ=アシモフ・タチバナは原住民たちの先陣に立つと、エビラを指差して号令した。

 

「みんな、やっちまえ!」

 

 エミィの指示に従い、原住民族たちは背中の籠から黄色いものを取り出し、次々と放り投げた。

 標的はエビラである。全長数十メートルの巨大怪獣を狙って、原住民たちはその黄色いものを次々と投げつけてゆく。

 ……まさかエミィはエビラと石礫で戦うつもりなのだろうか? いや、相手は怪獣、それも外殻の頑強さでは上から数えた方が早いと言われるほどのエビラである。そんなもので勝てるはずがない。

 ところが、である。

 

 ギーッ!!

 

 驚くべきことが起こっていた。

 なんとエビラが、甲高い悲鳴を挙げながら後退し始めたのである。

 先程の猛攻っぷりはどこへやら、コングや島のことなどそっちのけでじりじり後退しはじめるエビラ。軍隊の爆撃を受けても気にしないはずのエビラが、ただ黄色い塊をぶつけられただけで怯んで逃げ出そうとする、実に異様な光景。

 

 手品のタネはすぐに割れた。

 エミィたちの指示で原住民族たちが投げつけているのは、籠いっぱいの黄色い木の実だ。

 そこでわたしはようやく思い出した。

 ……獰猛極まりない深海の恐怖として知られる大海老怪獣エビラ。

 だが、実はとんでもない弱点がある。エビラについて書かれた怪獣図鑑ならどんなものにだって載っている、とても有名な弱点だ。

 

 エビラは、果物の汁が苦手だ。

 

 どういう理由なのかはよくわかっていないらしいのだが、エビラはとにかく果物の臭いを嫌う。特に苦手なのは南洋レッチ島原産の柑橘類で、その汁を海に撒いただけで怯んで逃げてしまうほどだと云われている。それと同じもの、もしくは近しい種類の柑橘類がこの髑髏島にも自生していたのだ。

 今にして思えば、わたしたちを追ってきたはずのエビラがジャングルまで攻め込んでこなかったのは、この島の森に自分の苦手な木の実が自生していることを知っていたからだろう。

 

 その苦手な黄色い木の実を、エミィ率いる髑髏島の原住民族たちはエビラ撃退作戦に用いていた。

 ある者は素手で、またある者は投石紐(スリング)で、またある者は弓矢の鏃に括りつけて。各々が工夫しつつ、それぞれのやりかたでエビラへ木の実攻撃を仕掛けてゆく髑髏島民たち。

 黄色い木の実はエビラの赤い外殻へ次々と命中、木の実をぶつけられるたびに柑橘系の酸っぱい匂いが一帯に漂い、同時にギーッと殻を擦り合わせるようなエビラの情けない叫び声が轟く。

 ……今日は思わぬ逆襲に遭ってしまった、()()()撤退して、後日また改めよう。そんなことでも考えたのだろうか、頭から尻尾の先まで黄色い汁まみれになってしまったエビラはとうとう踵を返し、もと来た海へと撤退し始めた。

 

 

 その背後に『巨神』が立つ。

 

 

 戦いの最中に背中を向けるマヌケな(エビラ)を髑髏島の(キング)、コングが見逃してやるはずもなかった。

 コングは丸太よりも逞しい左右の剛腕で、エビラの尻尾を引っ掴んだ。エビラは鋏を振って藻掻いたが空を挟むばかり、コングの怪力からは逃れられない。

 エビラを捕らえたコングは続いて尻尾を担ぎ上げる。エビラの巨体が宙へと舞い上がる。そして力一杯に振り下ろす。

 叩きつける、何度も何度も。

 どしーん! どしーん! どしーん!

 数万トンの巨体が砂浜および磯へ叩きつけられ、砂と石の混じった爆風が撒き上がる。エビラ自身の巨体と重量が仇となり、地面へ衝突するたびにエビラは悲鳴を挙げて弱ってゆく。

 

 散々叩きのめされてグロッキー状態のエビラに、コングは容赦ない追撃を加える。

 尻尾を掴んだまま今度はエビラの巨体を左右に引きずり回し、加速をつけたところで砲丸投げの選手さながらの大回転で振り回し始める。

 エビラの巨体が浮き上がり、コングを中心に砂浜でひゅんひゅんと風を切って大真円を描く。

 コング必殺、豪快なジャイアントスイングにエビラは為す術もなかった。ただ哀れな悲鳴を挙げながら振り回されるだけである。

 

 そして、コングは手を放した。

 

 エビラの巨体が、時速数十キロ近い加速がついたまま海へと投げ飛ばされる。

 数百メートルも宙を舞っただろうか。エビラは遠い沖合までフッ飛ばされて墜落、海面に激突して豪勢な噴水の水柱を立ち上げた。

 水柱が収まった向こう、目を凝らしてみれば髑髏島に背を向けて撤退してゆくエビラの後姿が見える。ここまで痛めつけられれば二度と近寄っては来ないだろう。

 

 そんなエビラを見届けたコングが吼える。

 髑髏島の王、その勝鬨の咆哮は島中へと響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 戦いが終わり、わたしは砂場を全力ダッシュした。

 向かう先は決まってる。誰よりも大事な妹分、エミィ=アシモフ・タチバナだ。

 エミィもこちらに気づき、わたしの方へと向かってくる。

 

「エミィ!」

「リリセ!」

 

 わたしとエミィは互いに駆け寄り、互いの無事を確かめ合った。

 顔中に白粉だか染料だかを塗りたくられ、リオのカーニバル重装甲スペシャルみたいな派手な衣装に着替えさせられていたが、エミィ本人は無傷そのものだ。

 ……よかった。わたしはエミィをぎゅっと抱き締めた。今度こそ離すものか、絶対に。

 

「! うぷっ!?」

 

 と、途端にエミィが鼻を摘まんで呻いた。

 

「くっさ! なんだこの臭い!?」

 

 エミィに突き放され、わたしは自分の体の臭いを嗅いだ。

 怒涛の展開が続いていたせいか自分では気づかなかったのだが、全身が粘液まみれでベトベト、しかも変な臭いがする。スカルクロウラーに舐められたせいだ、あいつの生臭い悪臭が染み付いてしまったのだろう。スカルクロウラー、思い出すだけで気分が悪くなる。

 

「何があったんだ??」

「……うふふ。聞きたい?」

「……やめとく」

 

 虚ろな目つきと乾いた声で笑って答えるわたしの様子からエミィは何かを察したようで、それ以上踏み込んでこなかった。ホント善い子だ、マジマイエンジェル。

 そのとき、エミィの傍までやってきた女の子――このとき初めて、最初に出会った島の『司祭』の正体が女の子であることをわたしは知った――が顔を上げて叫んだ。

 

「コング! コング!」

 

 彼女の言葉と同時、わたしとエミィの頭上に巨大な黒影が差し込んだ。

 原住民族たちも少女の声に合わせ、その背後にいる『影』へ一斉に跪いた。

 わたしたちもつられて振り向き、影を見上げる。

 

 そこに立っていたのはコングだ。

 

 足元で平伏し臣下の礼をとる、ちっぽけな人間たちを見下ろしながら立っているコング。

 月光に照らされた夜景を背負い、堂々と仁王立ちする威容。

 まさに王者の風格だ。

 

「こいつが、コング……?」

 

 エミィの呟きに、わたしは胸を張って応えた。

 

「そう、彼こそがキング・コングだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんでそんな自慢気なんだ、おまえ」

 

 あ、あれっ、我ながらここ一番のキメ台詞のつもりだったんだけどな。胡乱な目つきをするエミィに、おもわず肩透かしを食らってしまった。

 まあいいや。気を取り直してわたしはエミィに、これまでの経緯をかいつまんで話した。

 エミィと引き離されたあとジャングル奥にある祭壇へ運び込まれたこと、森で怪獣スカルクロウラーに襲われたこと、そこへコングが現れて助けてもらったこと、などなど。

 

「――というわけよ。コングって凄いんだよ、手先も器用だし、力も強い!」

 

 わたしの言葉に合わせたかのように、コングの方も腕で力瘤を作りながらフンフンッと荒い鼻息を噴いた。コングもなんだか得意気だ。

 コングって案外御茶目なのかもしれない。そういう目線で見ればなんだかやんちゃで若そうにも見えるし。

 

ゴリラ同士だから気が合うのか……?

「なんか言った?」

「べつに」

 

 と、二人でいつものとおりじゃれ合っていたとき、空が急に明るくなった。

 夜明けにしてはまだ早いし、光源がかなり高い位置にあった。

 みんな一斉に頭上を見た。

 

 光っていたのは、小さな蝶々だった。

 

 月夜の中、光を纏って輝く蝶々が海を超え、ヒラヒラと懸命に羽ばたきながらこちらへと向かってきていた。

 その蝶に見覚えがあったわたしは、その名を叫んだ。

 

「フェアリー!」

 

 わたしの呼びかけにモスラの遣い、〈フェアリーモスラ〉は人懐っこく啼いて応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 それからの話である。

 

 まず、村長(むらおさ)からひどく謝られた。

 エビラ襲撃で大事な跡取り息子が怪我したことや、島の安全が脅かされてしまったことで、つい頭に血が(のぼ)ってしまっていたらしい。

 だからお詫びをさせてほしい、と。

 最初わたしたちは断った。エビラを呼び込んでしまったのは事実だしね、余所者が来て余計なことをやらかしたのだから怒るのは当然だろう。

 しかし、結局押し切られてしまった。フェアリーによれば迎えが来るのは三日後みたいだし、正直なところ髑髏島の人たちにもちょっと興味が湧いてきたところでもあったので、ちょっとだけ御邪魔させてもらうことにしたのだ。

 

 お互いに第一印象が最悪になってしまったが、村長は親しくなってみれば凄く気前の良い立派な人だったし、他の村人たちもみんな善い人ばっかりだった。

 髑髏島は犯罪もない、住人たちは皆謙虚で、外の世界みたいな行き過ぎた欲望とは無縁だ。

 ……あまり思い出したくはないが、ついつい孫ノ手島の怪獣大戦争を思い出してしまう。独善と欲望が入り混じった、醜悪極まりない人間同士の争い。だけどもしも世の中が髑髏島の住人みたいな人たちばっかりだったら、きっと世界だって変わっていただろうに。

 

 髑髏島の巫女:ダヨちゃんの案内で、髑髏島の“他の住人たち”も紹介してもらった。

 髑髏島の他の住人、それは怪獣だ。

 翼竜の変異種(サイコバルチャー)をはじめ竹林の大蜘蛛(バンブースパイダー)巨大な水牛(スケルバッファロー)特大サイズの枯枝蟷螂(スポアマンティス)……いかにも獰猛で凶悪そうな面々だが、わたしたちがコングの客人だと分かると皆歓迎してくれた。

 あ、スカルクロウラーは別よ、あいつらはコングと敵対しているらしい。他にもかつてパリを襲ったことで有名なゴロザウルスの近似種とか、コングにも敵はいないこともないらしいが、コングが島の王様として君臨しているので基本大人しくしていることが多いようである。

 もちろんわたしたちも、島民たちに流儀を習って失礼のないように気を遣った。モスラの森に棲んでいる蟲たちと一緒だ。コングの庇護があるからといって好き放題(チート)するんじゃあ、『虎の威を借りる狐』ならぬ『コングの威を借りる人間』になっちゃうものね。

 

 そんなこんなでそれからの三日間は、楽しく過ごした。

 海で記念撮影したり、地底の大空洞に繋がっているという洞窟を探検したり、美味しいフルーツを山ほど食べたり、エトセトラエトセトラ、沖縄旅行に負けず劣らずのまさに最高のサマーバケーションだった。

 いやあ、文字媒体のダイジェストでしかお伝えできないのが残念でならないなー、なんてね。

 

 そして三日後。モスラの手配で迎えの蟲がやってきて、わたしたちは島の人たち一同から見送ってもらえることになった。

 別れ際、村長の息子がエミィを呼び止めた。振り返るエミィに、息子は笑いかける。

 

「エミィ、もし良かったらこの島、暮らさないか?」

 

 ……わーお、プロポーズじゃん。

 エミィが髑髏島の村長の息子と結婚させられかけていた、というのはわたしも後から聞いていた。村長はあとから結婚を取り消してくれたけれど、息子の方は本気でエミィのことが気に入ったらしい。

 「森で摘んできたんだ」と息子は満開の花束を差し出す。

 

「エミィ、きっと良いお嫁さん、なる! そしたらエミィ、この島の女王様! こんなに栄誉なことはない!」

 

 ……でもエミィ、決まった相手がいたはずなんだよね。どーすんだろ。

 村長の息子による一世一代のプロポーズ、エミィは黙って聞いていたが、やがてひとこと。

 

「……ふーん、そうか」

 

 

 

 そしてエミィは息子を張り飛ばした。

 

 

 

 ぱあんっ。

 思いきりスナップを利かせた、とても綺麗なビンタだった。

 エミィ渾身のビンタが頬にクリーンヒット、長の息子は「がぺっ!?」と呻きながら砂浜に引っくり返ってしまい、手の花束は呆気なく散ってしまった。

 あまりに突然すぎて一同、唖然としていた。わたし、島の人たち、村長、フェアリーモスラやコングでさえ呆気に取られている。

 

「な、なにする……!?」

「だまれクソ野郎。おまえなんか嫌いだ」

 

 尻餅を突いて見上げる長の息子を、エミィは氷点下の目つきで睨みつけていた。

 息子が引っ叩かれて罵倒されている、この状況をようやく理解できた村長が飛び出そうとするが、ダヨちゃんと他の村人たちが抑え込む。

 一同が見守る中、エミィは続けた。

 

「わたしはな、おまえみたいなクソバカボンクラウンコ野郎が大嫌いなんだ。おまえみたいな鈍感無神経が許されるのは異世界転生物のハーレムだけだ。ふざけるな、誰がおまえなんかと結婚するか」

 

 言いたいことを言いたいだけ、ひたすら一方的にぶちまけたエミィは、砂浜で転がっている息子に背を向けスタスタと歩き去る。

 長の息子は何を言われたのかはわかっていなさそうだが、エミィから酷く嫌われてしまったことは理解したようだ。

 真っ赤な手形がついてしまった頬をさすりつつ、息子はエミィに問いかけた。

 

「何のことだ、何が不服だ? おしえてくれ!」

 

 追い縋ろうとする息子に、エミィは振り返りながら「うるせえブワァーカ! てめーで考えろ!」と怒鳴りつけた。

 ……気のせいだったろうか。その直後、エミィの視線が髑髏島の巫女:ダヨちゃんと重なったように見えたのは。

 

「「……………。」」

 

 しばらく間があった。

 ダヨと、エミィ=アシモフ・タチバナ。二人とも何も言わなかったけれど、二人だけで通じる何かがあるのか、視線をしばらく交わしている。

 やがて互いに深く頷き合い、ダヨちゃんと何かしらの同意が出来上がったらしいエミィは前へと向き直り、わたしのところへやってきた。

 

「……待たせたな。行くぞ」

 

 なんかあったの?

 わたしが訊ねると、エミィはこう答えた。

 

「べつに。女同士の秘密だ」

 

 ……いや、わたしも女なんだけど。

 後になってからしつこく訊いてみたけれど、エミィは何も教えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日談。

 こうして本土に帰ることができたわたしたちだけれど、フェアリーモスラを通じて〈フツアの巫女〉からしこたま叱られてしまった。

 曰く『今回はたまたま間に合ったから良かったものの次は助けられるかどうかわからない、モスラもフツアたちも心配していた、二人とも大事な身なのだから自分自身のことを大事にしてほしい』とのこと。いやはやホント申し訳ない、猛省することしきりである。

 

 挙句の果てに『今後は監視をつける!』とまで言い出した。フェアリーモスラのうち誰かひとりをつけてくれるつもりらしい。

 無論わたしたちは固辞したけれど、フツアの巫女は『放っておくと何をしでかすかわからない』と言って聞かなかった。わたしが言うのも難だけどさ、あの子も意志が強いというか、結構ガンコだよね。

 かくしてわたしたちの旅に、フェアリーモスラがひとり増えたのだった。

 

 あ、そうそう聞いてくれる? エミィが、あの人嫌いでこれまで友達作りを全くしてこなかったツンデレ気質の偏屈者エミィ=アシモフ・タチバナが、なんとこのたび文通を始めたのである。

 相手は髑髏島で出会った巫女こと、ダヨちゃん。わたしが知らないうちに随分と親しくなったようだ。そういえばダヨちゃんはエミィが提案したエビラ撃退作戦でも一役買ってくれたのだという。きっとそのときに仲良くなったのだろう。

 とはいえ外界と隔絶された髑髏島には、通信設備はもちろん郵便すら届かない。そこでエミィは街で便箋と万年筆用インクをしこたま買い込み、書いた手紙はフェアリーモスラを伝書鳩代わりにして島まで運んでもらうという、これまたアナクロな手段をとることにしたようだ。

 何はともあれ、エミィに初めてできたメル友だ。ぜひとも仲良くやってくれたらいいなあ、なんてオネーサンのわたしは期待しているのだった。

 ふと気になったことをわたしは訊いてみた。

 

「『愛しの彼』には書かないの?」

 

 わたしが茶化すとエミィは「どこのどいつだよ、愛しの彼って」と青筋を立てて答えた。

 ……わかってるくせにー。うりうり、と肘で突きながらわたしは言った。

 

「フツアの『彼』、エミィが音信不通なもんでヤキモキしてるんじゃあないのー?」

 

 フツアの彼。ある事件で出会ったエミィ=アシモフ・タチバナのボーイフレンドにして王子様である。『ある事件って何さ?』って? そういう人は最初の方から読み返してきてちょうだい。

 とにもかくにも、エミィの大切な彼は今もモスラの森で、エミィが帰ってくるのを待ってくれているはずだった。

 わたしのイジリに、エミィは「あいつとはそんなんじゃないから」と前置きしつつ言い返した。

 

「それにあいつ、手紙なんて読めないだろ」

 

 あ、そうだった。

 フツアに文字の文化はない。組紐を手紙代わりにすることはあるし文字の読み書きができる人はいるが、『彼』は生粋のフツア族だから文字なんて使わないのだ。

 

「でも誰かに読んでもらえばいいんじゃないの? 読める人、いるでしょ」

「それだと他人(ひと)に読まれるだろ。それにあいつだったら、一々手紙のやりとりなんかしなくても忘れやしないだろうさ」

 

 それもそうか。大事な手紙、他人なんかに読まれたくないものね。

 ……いや待てよ?

 わたしは、自身の“気づき”にどうしても笑みを浮かべずにいられなくなってしまった。

 独りでにやけているわたしをエミィが睨んだ。

 

「……なんだその生温かい目は。言いたいことがあるならハッキリ言え」

 

 むっふっふ。

 わたしはニヤニヤしながら答えた。

 

「べっつにぃー?

 他人(ひと)に読まれると困るような、さぞ素敵なラブレターを書くのかなぁー、って思ってね」

「んな……っ!?」

 

 わたしの言葉に、エミィは酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせて絶句していた。

 ……エミィってホントに面白い子だなぁ。普段クールぶってるくせに動揺するとすぐ顔に出る。

 動揺を剥き出しにしたまま、エミィは怒鳴った。

 

「だから、あいつとはそんなんじゃねえって言ってんだろ!」

「じゃあ何書くのさ?」

「そっ、それは……天気とか……」

「それだったら読まれても困らないじゃない。ねえ、何書くの? 教えてよ」

「んぐっ……!」

 

 墓穴を掘って口籠るエミィに、わたしは追撃の手を緩めない。

 

「いやあ、お熱いわー。オネーサン二人の熱い愛でとろけちゃいそうだわー」

「い、いい加減にしないと殴るぞっ」

「きゃーこわいわー、恋する乙女マジこわいわー」

「こんにゃろっ」

「あいたあっ!?」

 

 かくしてふざけ合いながら、わたしたちは次の目的地へと向かった。

 南は制覇した、次は北に行こうかなあ、なんて期待に胸を膨らませながら。

 

 

【挿絵表示】

 

206x年 髑髏島にて撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪獣黙示録が始まる前。

 先代コングの時代の髑髏島に、『怪物』が上陸したことがある。

 

 

 怪獣王、水爆大怪獣、キングオブモンスター。その『怪物』はのちに様々な名前で呼ばれることになるが、髑髏島ではその持って生まれた破壊的な力から〈破壊の王〉という名前で呼ばれていた。

 突如現れた破壊の王に、怯える島の住人たちを髑髏島の王、当時のコングは宥めた。

 ……無闇に恐れることはない、(ふる)い知り合いだ……といっても言うほど仲良くもないけれど。

 破壊の王は、歴代のコングとも互角以上に渡り合ってきた名うての実力者だ。過去のコング一族と破壊の王による怪獣大戦争、争いは白熱し熾烈を極めたが決着はつかず、今現在は互いに不可侵不干渉を貫いてきている。

 

 そんな宿敵、破壊の王による突然の来訪。

 最低限の礼節と最大限の警戒を保ちつつ、コングは髑髏島にやってきた破壊の王を出迎えた。

 ……何の用だ。

 コングがぶっきらぼうに問うと、破壊の王は唐突に『おまえの世界、この島は素晴らしい』と言った。

 

 ――誰も争わない、誰も傷つけあうことがない。みんな正直で善い奴ばっかり。

 自然と調和の取れた世界、そして皆から敬愛されるキング。怪獣、人間どもでさえ()(わきま)えて、皆で仲良く笑って楽しく暮らしている。

 ここには素晴らしいものしかない。これぞまさに楽園(paradise)だ。

 そう思わないか。

 

 ……突然やってきて何を言うかと思えば。似合いもしないおべっかを並べ立てて、いったい何のつもりなのやら。

 コングが訝しむ中、破壊の王は続けた。

 

 ――それに引き換え外の世界の人間ときたら、欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かだ。

 奴ら、いずれこの島にも踏み込んでくるぞ。そして文明とかいうくだらんもののために、何もかも滅茶滅茶にしてしまうのだ。

 おれはそれが恐ろしい。恐ろしくてたまらない。この素晴らしい世界が踏みにじられ、食い潰され、消え去ってしまうことが。

 

 外の人間が愚かなのはコングも知っている。だからコング筆頭に髑髏島の住人は外の世界に干渉せず、小さな島でささやかな暮らしを続けてきた。

 もし外の人間たちが攻め込んできたら、コングは島の王として力のかぎり戦い、身命を捨ててでも守り抜くつもりだ。

 そう力強く豪語するコングを、破壊の王は鼻で笑った。

 

 ――そんな覚悟など何にもならない。

 おまえもたまには外の世界にも目を向けてみろ。小さな島で暮らしているおまえは知らないかもしれないが、外の世界の人間たちは文明とやらを突き詰めた果てに、恐るべき力を手に入れた。

 

 恐るべき力とは? コングが聞き返す。

 

 ――凄まじい光熱で何もかもを焼き尽くし、猛毒の瘴気で世界は長い冬に包まれる。

 あれはまさに、『悪魔の火』()()()……

 

 『だった』? まるで今見てきたかのようだが。

 コングは、滔々と語り続ける破壊の王がおかしいことに気がついた。

 破壊の王の姿をよく見れば、酷い火傷や裂傷など致命的な深手が癒えた痕があちこちに残っていた。火傷、裂傷、以前会ったときはいずれもなかったものだ。しかも猛烈な瘴気――外の世界で呼ぶところの放射能――を全身に帯びている。

 そもそも破壊の王といえばその常識外れなほどに頑強な肉体、そして不死身の再生能力が自慢だったはずだ。そんな体にこれほどの手傷を負わせるものとは一体……?

 疑念を抱いたコングに、破壊の王は恐るべきことを言い出した。

 

 

 ――どうだ。この素晴らしい島を、全世界規模にしてみないか?

 

 

 いきなり何を言い出すのだ。

 おどろくコングに、破壊の王は楽しげに笑いながら続けた。

 

 ――なあに、簡単なことだ。

 この髑髏島の秩序、怪獣を頂点とし人間たちは仕える、その構図を世界規模に拡げればいい。

 世界中の誰もがおれたちを(おそ)れ、身を寄せあって仲良く暮らすのだ。

 そうとも、おまえが人間どもを治めればいい。おまえたち一族は、こんな小さなサル山のボスに収まっているような器じゃない。きっとみんな、おまえを世界の王者と讃えて崇めることだろう。

 おまえが手を汚すのが嫌だというならこのおれが代わってやってもよい。おれは素晴らしい力(荷電粒子ビーム)を手に入れた。きっとみんな、おれの力の恐ろしさに震え上がるだろう。

 実現できる、おれとおまえ、二つのキングが手を結べば、きっと楽園だって。

 

 ……コングは呆れのあまり溜息を洩らした。

 破壊の王は、人間が欲深で浅はかで底無しに愚かだという。だが、破壊の王もたいがいだ。

 まず破壊の王は、人間どもが『悪魔の火』なるものを創り出したと言った。そんなものが本当にあるのかどうか知らないけれど、もしそれをこちらに向けてきたらどうするつもりなのだろう。

 

 ――だからこそさ!

 外の連中が創り出したのは悪魔の火だけじゃない。それに匹敵する危険な代物、文明の力とやらを欲望のままに、自分たちでも扱いきれないほど次々と造ってやがる。あいつらどうせ救いがたいバカだから、そのうちその文明の力をボカスカ撃ち合って自滅するに違いない。

 奴らが自滅するだけならいいが、それだけじゃあ済まない、いつかこの星すべてを喰い尽くすぞ。そうなったらこの島も無関係ではいられない。そうなる前に手を打たねばならない、そうだろうが。

 

 だとしても、とコングは反論した。

 髑髏島の環境は極めて特殊なものだ。髑髏島の調和は、人間が文明を育む余裕すらないほど苛酷な環境に最適化された結果に過ぎない、外の世界とは違う。もしこの島の秩序を世界規模に拡げるとなれば、ついてゆけない人間たちが膨大に出てくるだろう。

 ついてゆけない人間たちはどうなる。そう尋ねると、破壊の王は誇らしげに語った。

 

 ――根絶やしにしてやれば良い!

 身の程知らずに自分たちこそが霊長だなんて勘違いして、環境破壊も戦争もなんでも好き放題にやって、挙句の果てに周囲を巻き添えに自滅してゆく。

 そんなやつらなんてどうせゴミさ、生きるに値しない。そんなこともわからんカワイソーな奴らには、速やかに苦しまないように引導を渡してやる方が慈悲というものだろう?

 

 コングは最初、破壊の王がなにか悪い冗談を言っているのかと思ったが、すぐに考えを改めた。破壊の王はそういう洒落を言うような性分ではなかったはずだし、その目に焦点が合っていない。なにより瞳には尋常でない光が爛々と灯っている。

 こいつは本気だ。

 破壊の王は言った。

 

 ――でなかったら徹底的に恐怖を植え付けてやればいい。

 その名を記すことすら指が震え、汗が滴り落ちるほどに。

 この星を支配すべき霊長は果たしてどちらか、徹底的に教えてやればいい。

 そうなれば誰も争いはもちろん、くだらん火遊びすらできなくなるはずさ。

 そしてすべて終わったらそのとき出来上がるのは素晴らしき新世界。

 怪獣が支配する世界、そう、すなわち〈楽園(Paradise)〉だ……!

 

 大量殺戮、粛清、恐怖政治、その果てにあるという『楽園』。

 それらを夢見心地で語る破壊の王。

 コングは悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 破壊の王は狂ってしまったのだ。

 おそらくは『悪魔の火』とやらが原因で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、コングと破壊の王の会談は決裂、熾烈な一騎打ちが繰り広げられた。

 勝敗は誰も知らない。

 




コングといえばジャイアントスイング。このコングは代替わりして日が浅い設定です。なんとなくアニメ版のイメージがあるかも知れない。
101話の感想を基に思いついた話。89話にもうっすら繋がっています。


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資料:メカゴジラ再構築計画“鋼の王”設定諸元概略

Date:March/x/2063

Auth:新生地球連合軍(Neo United Earth Force)正当なる鋼の秩序(Legitimate Steel Order)〉戦略技術研究所 技術士官 Yoda=Reiko

Classfication Level:Top Secret

Information Type:AAA-4

 

 

【挿絵表示】

 

 

◆正式名称

高度汎用人工知能型ナノメタル統合管制制御システム メカゴジラⅡ=“ReⅩⅩ”ダブルエックス

 ※「レックス」は愛称、「Ⅱ=ReⅩⅩ」は型番、「メカゴジラⅡ=ダブルエックス」が正式名称となる。以下、レックスと表記する。

 

◆諸元

身長:150センチメートル

総重量:70キログラム

全長:300センチメートル

スリーサイズ(cm):B75/W58/H85

 ※後述するREXの開発者であるマフネ=ゲンイチロウ博士、その娘の〈マフネ=ユウキ〉の13歳当時の体格をモデルとしている。平均的日本人の体型よりウエストが細くて、ヒップが大きい。

 ※マフネ博士のオーダーにより「人間として暮らす」ことも考慮されて設計されており、日常生活に支障をきたさないよう同体積のナノメタルより大幅な軽量化が図られている。

 

基本構造:

全身がナノメタル粒子で形成された〈疑似MG細胞〉で構成される。骨格やカギ爪など高い強度を要求される箇所には、疑似MG細胞連結構造による頑強な強化骨格構造〈NT-1975ナノメタルスケルトンハウジング構造〉を有する。

ナノメタル本来の材質から機体色はシルバーとなるが、疑似MG細胞の表面には構造色を持つため、反射光の角度によっては虹色の光沢を帯びることもある。

 

動力源:

疑似MG細胞のプラズマエネルギーシステムから創出した電力を動力とする。

また富士山で破壊されたメカゴジラ初号機と同様、疑似MG細胞をエネルギー創出に特化させた超小型プラズマ動力炉〈マイクロプラズマパワーセル〉を必要に応じて形成する機能も有しており、デストファイヤーや飛行用プラズマジェットなどはこのマイクロプラズマパワーセルをエネルギー源としている。

余剰エネルギーは、マゼンタ~レッド色の光熱エネルギーとして背鰭のラジエータから放出される。

 

知性:

電子頭脳として〈MG電子頭脳〉で思考する。このハードの実態は「全身の疑似MG細胞同士で形成された超高密度のニューロンネットワークによる並列量子コンピュータシステム」であり、特定の脳髄に当たる部位は存在しない。

内蔵されたデータベースについては、旧地球連合政府発行の公式百科事典である『地球連合百科事典 西暦2048年第2版』をソースとしているが、旧地球連合崩壊後は更新されていないため2049年以降の出来事は反映されていない。

 

制御系:

ゲマトロン演算を基にしたプログラミング用人工言語群〈ゲマトロン言語〉で記述された、高度汎用人格型人工知能システム〈REX〉によって制御される。

REXに組み込まれた疑似人格は、マフネ=ユウキをモデルとしている。

 

主武装:

・侵蝕型貫甲ナノメタル自律誘導弾:フィンガーミサイル

・高圧プラズマジェット火炎放射装置:デストファイヤー

・超音速電磁加速投射砲:レールカノン

・対獣プラズマビーム連鎖刀:メーサーブレード

・制圧砲撃用自律誘導弾フォーメーション:プロミネンス=REX

・NT-1975ナノメタルスケルトンハウジング構造によるカギ爪、牙、背鰭、尻尾

・自律無線航空支援偵察ユニット:ヤタガラス、アンドレイ

 

※その他、データベース上に存在する兵装を適宜選択してナノメタルで形成、使用する。

 

移動能力:

マイクロプラズマパワーセルを動力源とする高出力プラズマジェットウィング〈ヴァルチャー〉で高速飛行が可能。航続可能距離は無限大、最高飛行速度は地上でマッハ1にも到達する。

 

 

◆バリエーション

※以下は飽くまで検討中の草案であることも留意のこと。

 

・メカゴジラⅡ=イドラ

カスタマイズ性を高めた量産型。ナノメタル粒子とREXの可変性を最大限に活用し、「特定の誰か」ではなく「どんな人間にでもなれる」ことを目標とする。詳細は別紙『メカゴジラ娘』計画を参照のこと。

 

・メカゴジラⅡ=アクア

水中戦仕様。

・メカゴジラⅡ=イエムス

寒冷地仕様。

・メカゴジラⅡ=ヘビーアームズ

重火力仕様。

・メカゴジラⅡ=キリュウ

近接戦特化仕様。名称の『キリュウ』は日本語で『機械の龍』の意。

 

・メカゴジラⅡ=ブラック

より効率的な戦術判断を行なえるよう、REXの疑似人格を調整したカスタマイズ。また高効率化のためにプラズマエネルギーシステムの調整、疑似MG細胞の強度変更も行なう。これらの変更に伴いナノメタルの形質が変化、機体色が銀から黒へ、放出されるプラズマエネルギーが黄色に変化している。また人格面もレックスの衝動性が抑えられ戦術面に長けた冷静沈着さも備えているが、精神年齢については大差ない部分も見受けられる。

 

・メカゴジラⅡ=インペラー

ガルビトリウムとゲマトロン演算結晶体を搭載し、より高度な高次元演算操作を可能としたカスタマイズ。

 

 

◆脆弱性

疑似MG細胞を構成するナノメタル粒子の連結構造は電力で維持されているが、高圧電流や電磁波によるショックで攪乱が可能であり、これらを打撃と同時に受けると連結構造が破綻して、連鎖反応的にボディが崩れてしまうという脆弱性を持つ。

ただし体表面は強固にシールドされており、通常の落雷(1000~5000メガジュール)程度でダメージを受けることはない。

また短時間であれば、後述の〈スーパーメカゴジラモード〉で対策可能となった。

 

 

◆その他設定

・マフネ=アルゴリズム

疑似MG細胞による、元素変換システムの基幹となるアルゴリズム。

ナノメタルの貪食・元素変換機能を強化したものであり、ゴジラ細胞と同様に標的を侵食し元素変換、同化して自らのテリトリーを拡げてゆく。また元素変換に伴って莫大なエネルギーを取り出す。

これらの機能は本来のナノメタルも有しているものではあるが、マフネ=アルゴリズムはより先鋭化して攻撃能力として昇華するものであり、文字どおり怪獣を喰って糧とする悪魔のシステムである。

 

・スーパーメカゴジラモード

アンギラス=スマラグドスとメカニコングとの戦闘を経て、レックスが独自に編み出した強化戦術。

NT-1975ナノメタルスケルトンハウジング構造を全身に適用したもので、高圧のプラズマエネルギーを流し続けることで動作性と防御力を両立した、電気粘性流体に近いアンチマテリアル特性を有する。

体表面にはプラズマシールドによるメタマテリアル耐電アース構造も有しており、電撃や電磁波攻撃も寄せつけない。

これにより無敵に近い防御力を保ちながらの格闘戦が可能となるが、疑似MG細胞に過剰な負荷が掛かる上にエネルギーロスも大きいため、ダイアモンドの約10倍という最大硬度を維持できるのは数十秒から数分間というごく短い時間に限られる。

またスーパーメカゴジラモード実行にあたって必要となるプラズマエネルギー量は、ボディサイズが巨大化するにつれて指数関数的に増大する。仮に、かつて富士山麓で破壊されたメカゴジラ初号機と同様のサイズ(体高50メートル、体長100メートル、総重量3万トン)で実現する場合、消費されるエネルギーが天文学的な数値となる。長時間の戦闘が想定される対ゴジラ戦術の観点から鑑みても、到底実用的なプランとはなり得ないと考えられる。

 

・ガルビトリウム=テルティウス・オプタティオ

真七星奉身軍軍属神官:ウェルーシファによってレックスへ増設された、エクシフの祭器ガルビトリウムの一つ。その名のとおり「第三のガルビトリウム」であり、司る権能は「願い・願望」。

〈エクシフの神:■■■〉は複数の頭、さらに複数の眼を持つとされており、その眼と同数だけガルビトリウムは存在している。

ガルビトリウムの搭載によりレックスはゲマトロン演算の枠をも超えた超高次元演算、つまりは〈異世界転生チート怪獣:ルシファー=ハイドラ〉との交信が可能となる。

 

・存在が確認された他のガルビトリウムは下記のとおり。ただしエクシフの信仰において重要とされる数字は3ではなく7であることから、より多数のガルビトリウムが存在している可能性も留意のこと。

 ・セカンダス=ソムニウム

 ウェルーシファが所持していた「第二のガルビトリウム」。司る権能は「夢」。オプタティオと連携して動作していたが、オプタティオの破損に伴って自壊、ゴジラの熱線を受けて完全に焼失した。

 ・プライマス=サルトーレ

 エクシフ大司教メトフィエスが所持している「第一のガルビトリウム」。司る権能は「救済」。最上位のガルビトリウムであり、ガルビトリウムとしての性能は最も高いと目される。

 

 

◆パーソナリティ

暗号名:鋼の王(REX)

一人称:ボク

二人称:キミ、あなた、おまえ

瞳の色:真紅

髪の色:銀髪。構造色を有しており、虹色の光沢を帯びる

誕生日:なし

 ※なおモデルとなったマフネ=ユウキの生年月日は、「西暦2031年3月21日」である。

血液型:なし

 ※疑似MG細胞を循環系に特化したナノメタル溶液を循環器系として循環させており、人間のような血液型は有さない。なお体内のナノメタルから生成した人工血液は、代替体液として人間にも輸血が可能である。

好物:なし

 ※基本的に食事は必要ないが、ナノメタル粒子のボディを維持するために金属を摂取、疑似MG細胞による元素変換でナノメタルへと再構築する機能を有する。特に人工的に精製されて純度が高められた貴金属が好ましいことから、その際の選別プロトコルが当人の味覚(人間でいうところの『味の好み』)として反映されている。

尊敬する人物:マフネ=ゲンイチロウ、ある世界でゴジラを殺せる発明をした“あの人”

モットー:皆の笑顔がボクの幸せ!

イメージCV:早見沙織さん

 

パーソナリティに関する所見:

上述のとおりREXの疑似人格は没年当時のマフネ=ユウキの人格をモデルにしているものの、レックスとして生を受けてから間もないためか実際のレックスの性向はマフネ=ユウキの没年齢15歳と比較しても幼く、情動の制御や対人コミュニケーション能力が未発達である。この幼稚性は平時において温厚で人懐っこく、他者を疑うことを知らない純真な気質として表れるが、一方で激情家でもあり、敵意に対しては容赦しない高い攻撃性も示すという二面性がみられる。

またレックスが『御父様』と崇敬するマフネ博士が『献身』を主是とするエクシフ信仰に帰依していたことによるものか、レックス自身にも自己犠牲を厭わないロボット三原則の第三則を無視しがちな部分も見受けられる。

 

モデルとなったマフネ=ユウキが女性であったことからレックスも性自認は女性と思われるが、一人称は「ボク」であり、少年に近い中性的な口調で喋りたがる傾向がある。この傾向が生前のマフネ=ユウキに由来するものなのか、レックスとして独自に獲得した個性なのかは現時点では不明。後者であればこれはゲマトロン演算による技術的特異点の可能性を示唆するものであり、今後の追加調査が必要と思われる。

 

 




アニゴジの劇場パンフのオマケについてきた奴っぽいの。
『ゴジラVSコング』のパンフに書いてあった内容を見て、設定厨の血が滾りました。よろしくお願いします。

作画してくれた神:ひめみあ*様


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資料:新生地球連合軍の関連年表

Date:March/x/2072

Auth:新生地球連合軍(Neo United Earth Force) 元〈正当なる鋼の秩序(Legitimate Steel Order)〉戦略技術研究所 技術士官 Yoda=Reiko

Classfication Level:Top Secret

Information Type:AAA-4

 

※本資料は、新生地球連合軍にまつわる出来事を時系列順に整理したものである。

※地球連合政府公式のオラティオ=アラトラム号歴史科データベースと重複する箇所は正史、本事案に関連する出来事は補足として記載するものとする。

 

 

西暦2036年

ビルサルド、イギリス ロンドンに飛来。EUによる公式会食が行なわれる。

 ・ヘルエル=ゼルブ、ハルエル=ドルドの副官として会食に参加。この際にアルコールの味を知る

 

西暦2037年

オーストリア ザルツブルグにおける対ゴジラ陽動作戦。ゴジラが進行方向を変えたことにより一応の成功を収める。

ゴジラ、ザルツブルグ陽動作戦ののち進行方向を変えて転進、姿を消す。

 ・ヘルエル=ゼルブ、ヨーロッパでビルサルドの先遣隊を指揮。秘密裏に対地球環境ナノメタライズ・アセンブル試験を実施。

 

西暦2038年

ゴラス発見。恒星間移民船での地球脱出が構想され、のちの〈オラティオ・アラトラム計画〉の原型となる。

 ・マフネ=ゲンイチロウ博士、のちに〈LTFシステム〉の原型となる人工知能TITANⅠ・Ⅱを開発。チタノザウルスをテスターとして制御に成功する。

 ・TITANシリーズの成功を受けてヘルエル=ゼルブ、マフネ=ゲンイチロウ博士と接触し親交を深める。これを機にマフネ=ゲンイチロウ博士はのちに〈マフネ=アルゴリズム〉の原型となるアイデアを構想する。

 

西暦2039年

旧地球連合軍によるヨーロッパ奪還作戦:オペレーション=エターナルライト発動、展開。欧州奪還に成功する。

5月 轟天号進水

7月 イギリス ドーバー海峡でマンダを撃破

9月 フランス ノルマンディー上陸作戦、ビオランテ撃破

10~12月 フランス ルーアン奪還作戦。ZILLA撃破

 ・ニコール=タトポロス博士、ZILLA幼体の生態研究を開始。その研究成果を基に〈オルカ=システム〉の原型となるシステムを開発し、ヘルエル=ゼルブに提供する。

12月 フランス パリでゴロザウルス撃破。ビルサルド、司令船を喪う。

 

西暦2040年

チタノザウルス実戦投入。オペレーション=ルネッサンスが立案される。

ベビーブーム。この熱狂は翌41年まで続く

・8月 タチバナ=リリセ誕生

 

西暦2042年

初頭 ゴジラがゴラスを撃墜。

 ・これを受けてビルサルドとエクシフを含む地球連合政府上層部で〈対ゴジラ超重質量ナノメタル製決戦兵器〉建造計画の草案検討が開始。

 ・マフネ=ゲンイチロウ博士、ヘルエル=ゼルブの招聘を受けてプロジェクトに参加。ナノメタルの新システム実装案〈マフネ=アルゴリズム〉を提案するも却下され、失脚する。

 ・失脚したヘルエル=ゼルブ、地球連合政府ヨーロッパ派の残党:ロリシカのエブゲニー=ボリソビッチ・モレクノフとの協同で、独自の非正規部隊を組織。のちの〈Legitimate Steel Order:LSO〉の原型となる。

1月 ゴジラ、ヨーロッパ再上陸。発動されたばかりのオペレーション=ルネッサンスは瓦解する。

 ・なお、マフネ=ゲンイチロウ博士は故郷の芦ノ湖に帰郷していたため難を逃れる。

10月 ムルエル=ガルグ、〈対ゴジラ超重質量ナノメタル製決戦兵器建造計画〉の草案を提出。兵器は〈メカゴジラ〉と名付けられ、富士宮工場での建造が開始。

同月 オペレーション=ロングマーチ開始。

 ・ヘルエル=ゼルブ、前線指揮官として〈サイボーグ怪獣:ガイガン〉の運用を指揮、その傍らで独自にLTF構想を進める。ドクター・オニヤマを配下に引き入れ、〈キングゴジラ構想〉に影響を受ける。

 ・タチバナ=シュウスケ准将とヒロセ=ゴウケン中佐、Gフォースの士官としてオペレーション=ロングマーチに参加。この頃ヘルエル=ゼルブと知り合う。

 ・マティアス=ベリア・ネルソン、少年兵として参加。のちに脱走する。

 

西暦2043年

オペレーション=グレートウォール開始。

メカゴジラ建造の為のナノメタル生成開始。

 

西暦2044年

サカキ=ハルオ誕生。

メカゴジラ基本骨格アセンブル開始。

 

西暦2045年

ホータン地区での戦闘にて、ガイガンがゴジラに倒される。

 ・「マフネ=アルゴリズムを搭載していれば勝てた」とはヘルエル=ゼルブ談。

 ・ニコール=タトポロス博士、ゼルブの許を離反。ウェルーシファと接触して配下となる。

オペレーション=グレートウォール完成、ゴジラをヒマラヤで生き埋めにする。

 

西暦2046年

1月 ゴジラ、ヒマラヤでの生き埋めを脱出しインドを突破。

3月 ゴジラ浜松襲撃。超長距離からの放射熱線狙撃により建造中のメカゴジラを破壊する。

 ・レオニード=アシモフ、メカゴジラ建造計画に参加していたが生還。

同月 ゴジラ東京襲撃。

 ・タチバナ=リリセ、ゴジラを目撃する。

 ・マフネ=ゲンイチロウ博士の実子であるマフネ=ユウキ、ゴジラ襲撃に伴って死亡する。

 ・タチバナ=リリセとヒロセ一家、羽田でサカキ親子と出会う。

 ・ウェルーシファ、マフネ=ゲンイチロウ博士と接触。マフネ博士、エクシフの信仰に帰依すると同時に、かつて構想した〈マフネ=アルゴリズム〉と〈高度汎用人格型人工知能システム:REX〉の開発に着手。

 

西暦2048年

1月 〈第一恒星間移民船:オラティオ号〉が出港。

3月13日 ゴジラ、ブラジル リオデジャネイロを襲撃。核自爆により旧地球連合本部消滅。旧地球連合の実権は〈総攻撃派〉が握ることとなり、世界各地で核兵器を用いた対ゴジラ自爆攻撃が頻発する。

 ・この際にタチバナ=シュウスケが失踪、公式記録上においては戦死となる。

 ・ウェルーシファ、この際の混乱に乗じてガルビトリウムを詐取。〈地球連合隠密部隊:赤イ竹〉の指揮官だったマン=ムウモと接触し、ウェルーシファ自身の私兵部隊〈真七星奉身軍〉を組織する。

3月14日 〈第二恒星間移民船:アラトラム号〉出航。ゴジラの襲撃によりサカキ=ハルオは両親とはぐれる。

6月 総攻撃派の首脳部、轟天と刺し違えて壊滅。

 ・なお、総攻撃派残党はヘルエル=ゼルブのLSOと合流。のちに新生地球連合の傘下となる。

7月31日 ゴジラ、ブエナヴェントゥラを襲撃。モスラと交戦する。

8月15日 旧地球連合最後の作戦:オペレーション=クレードル発動。旧地球連合、完全に壊滅。

 ・モスラ、旧地球連合と共にゴジラへ再戦、勝利する。“クレードル”は日本に到達、モスラの庇護下へと入る。

 


※以下は『正史』から完全に外れる内容となる。

 

西暦2049年

タニ=ユウコ誕生。

3月 エミィ=アシモフ・タチバナ誕生

9月 サカキ=ハルカの配下の一人だったサエグサ=アスカ、モスラの庇護下で出産。サエグサ=ミキ、ジニアの姉弟が誕生する。

 

西暦2053年

ウェルーシファ、旧地球連合マリ=カエラの構想を引き継いだ〈新生地球連合〉を発足。ヘルエル=ゼルブのLSOと合流する。

 

西暦2058年

ヘルエル=ゼルブ、マフネ=ゲンイチロウ博士と再会。彼が完成させたアルゴリズムとREXを用いたメカゴジラ再建を開始する。

 

西暦2062年

〈高度汎用人工知能型ナノメタル統合管制制御システム メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ〉が完成。

マフネ=ゲンイチロウ博士、LSOを離脱しメカゴジラⅡ=ReⅩⅩを持ち出す

この一件の背後にウェルーシファの教唆があるとみたヘルエル=ゼルブ、ウェルーシファと対立。

新生地球連合はヘルエル=ゼルブ率いるLSOとウェルーシファ率いる真七星奉身軍に分裂し、内部抗争を起こす。

総攻撃派、この機に乗じて再び台頭する。

マフネ=ゲンイチロウ博士、マティアス=ベリア・ネルソンの操るメガギラス=アバドンにより暗殺。

 

西暦2063年

3月 タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、メカゴジラⅡ=ReⅩⅩと出会う。

・メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ、タチバナ=リリセたちと親交を深める。アンギラス=スマラグドス、マタンゴ、ラドン、メカニコングと交戦を重ねる。

・マティアス=ベリア・ネルソン、ヒロセ一家を襲撃。メカゴジラⅡ=ReⅩⅩを回収してLSOへ帰還する。

同月 真七星奉身軍によるオペレーション=ワルキューレ発動。孫ノ手島怪獣大戦争勃発

・ゴジラ復活。メカゴジラⅡ=ReⅩⅩ、ゴジラに破壊される。

・新生地球連合壊滅。ヘルエル=ゼルブ、ウェルーシファ、マティアス=ベリア・ネルソン、マン=ムウモ、オニヤマ死亡。

・タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、モスラの庇護下に入る。

・アラトラム号のメトフィエス大司教、地球帰還を密かに画策し始める

 

西暦2064年

4月 タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、〈終末旅行〉を始める。

 

西暦2068年

エミィ=アシモフ・タチバナ、“終末旅行”を終了。ヒロセ一家を連れてモスラの庇護下へ再合流。

 

西暦2072年

世界が終わる夜に。総攻撃派によるゴジラへの“総攻撃”が実施される。

・モスラと庇護下の人々、地下空洞へ避難する。

・ゴジラ、“ケイン=ヒルターの置き土産”と交戦。キングオブモンスターとして君臨する。

 

西暦????年

富士宮で破壊されたメカゴジラの残骸、〈決戦機動増殖都市〉へと進化。“決戦”を開始する。

 

※以下上記から約2万年後

 

西暦?????年

アラトラム号、地球へ帰還。『怪獣惑星』へ。

 

 

 




これ書くために作った年表。『怪獣黙示録』『プロジェクトメカゴジラ』をベースに作ってますが、細かい日付や地名まではっきりわかる部分と、何もかもがふわっとしてる部分の差が大きくて困りました。

しかしこのYoda=Reikoって一体ナニモンだ。新手の高次元怪獣じゃないのか?


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トゥルーエンド:怪獣復楽園
怪獣復楽園:再構成(リテイク)、アニゴジ世界で怪獣プロレス その1


もし、願いが叶うならば!


スポンサーを騙せ!

デ・ニーロを呼んで来い!

脚本は、監督は、オレだ!

タランティーノより上手く撮る!

キミの人生を撮り直すんだ!!

 

――筋肉少女帯『リテイク』より

 

 

 

 

 

「おはよ、エミィ」

 

 なんで、なんで“おまえ”が生きてるんだ。

 目の前に現れた“そいつ”へそう問い詰めたかったが、あまりのことでわたしは上手く言葉に出来ない。

 

「なになに、どうしたのさ。変な夢でも見たの?」

 

 そんなわたしを前にして、“そいつ”は最初はいつものとおり茶化そうとしていた。けれど、わたしの表情から『それどころではない』ことを悟ったのだろう、そんなふざけた態度は一瞬にして消え失せていた。

 

「……怖い夢を見たんだね」

 

 茶化す代わりに“そいつ”はそうやって、膝を屈めて両腕を伸ばし、震えるだけのわたしの身体を全身全霊でもって包み込んだ。

 ……いつだって思い返せる懐かしい声、どうしても忘れられなかった快い温もり。これを取り戻せるのならどんなものと取り換えたってかまわない、そう願ったことは数知れなかった。

 

「よしよし、ここはひとつ、超絶銀河スーパーウルトラセクシーキュートなオネーサンが、麗しの我が妹分の気持ちが落ち着くまでハグしてあげようじゃあないか」

 

 そんな破裂しそうなわたしの想いなんて露ほども知らぬまま、“そいつ”は抱き締めているわたしの頭をそっと撫でてくれた。かつてわたしにいつもそうしてくれようとしてきたように。

 ……これはきっと夢だ。夢に違いない。

 夢ならきっと悪夢の類いだ。本当なら“こいつ”は何年も前に死んで、わたしはその現実をようやく受け止められるようになったばかりなんだ。夢か現か幻か、有り得ないことなんだ。きっとわたしは頭が狂ってしまって、有り得ない妄想に囚われているに違いない。

 ……けれど、そこまでわかっていても、それでもどうしても、わたしの目元から熱いものが溢れ出るのを止められない。わたしの口から、名前が零れ出た。

 

「リリセ……!」

 

 突如号泣し始めたわたしに、“こいつ”はかつてのように微笑みかける。

 

「大丈夫、大丈夫だよ、エミィ」

 

 ……たとえ夢だとしても、もうちょっとだけこのままで。

 そいつ:タチバナ=リリセの優しい胸の中から、わたしはしばらく動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

「じゃ、わたしは下で待ってるからね。着替えたらおいで」

 

 そう言ってリリセが降りていった後、自室に一人で残されたわたしはパジャマを脱いだ。

 そして、いつだったか「エミィも女の子なんだから身嗜みくらい気を遣わないとね」とリリセから言われて部屋へ据え付けてもらった姿見に、下着姿の自分を写してみる。

 背丈ほどもある大きな鏡、そこにはぼさぼさの金髪を伸ばした碧眼の、如何にも性根のネジ曲がってそうな目つきをしたクソガキが映っていた。歳の割に随分と低い背丈、ぺったんこで起伏の無いひょろりとした胴体、浮いたあばら、折れそうなほどに細い手足。

 ……間違いない、子供の頃のわたしだ。

 しかし酷いモヤシ体型、マジでホネカワスジエモンだな。ぶくぶく太ってるよりは良いと思うしリリセみたいな爆乳ムチムチボンキュッボンになりたいわけでもないが、改めて見るとどこもかしこも貧相で、なんだか弱そうに思える。

 リリセからは昔から「筋トレくらいしようよ」と口を酸っぱくして言われていたわたし。だけど、こうして客観的に見てみるとリリセが心配する気持ちがよくわかる。当時の自分は何て言ってたっけ、そうだ、子供の頃のわたしは「自分は頭脳労働者」なんて嘯いていたのだ。

 ……ふっ、頭脳労働者、ねぇ。

 当時の自分のクソガキっぷりに、思わず失笑が零れた。当時はそれがクールで合理的なのだと本気で思っていたのだけど、今にして思えばアチャーアイタタターな黒歴史って感じである。中二病も大概にしろよ、バカタレ。

 

 さて、自分自身のことが確認できた上で、次にわたしが気になったのは周囲の状況だった。

 ……死んだはずのタチバナ=リリセが生きている。それにここはかつて住んでいた立川の実家、ヒロセ家の屋敷にあった自分の部屋だ。ということは、ヒロセ家の人間もいるのだろうか。

 子供の頃に読んでいた小説やSF映画で時間が巻き戻って過去へ飛ばされる現象、いわゆる『時間逆行(タイムリープ)』を扱ったものがあった気がする。あるいはそういう現象かもしれない。

 どうしてそんなことが起きたのかはわからないが、もしこれがタイムリープだとすれば重要なのは『今がいつなのか、何年何月何日なのか』である。自分がまだ子供であること、ヒロセ家にいること、そして何よりタチバナ=リリセが生きていることなどこれらの状況からでもある程度絞り込めるが、問題を起こさずに行動するためには正確な日付を知る必要がある。

 自室に掛かっていたカレンダーを見てみると月捲りで、年月は西暦2063年3月というところまではわかった。しかし、正確な日付がわからない。

 

 ……くきゅう。

 

 考えているうちにお腹が鳴った。

 時計を見てみれば朝の7時、ヒロセ家では朝食の時刻だ。リリセが部屋に来ていたのも、朝食なのに起きてこないわたしを気遣ってのことだったのだろう。

 

 きゅるるる……。

 

 ま、まぁ、とりあえず着替えて降りるか。年月日のことなら、朝食時の会話でさりげなく聞き出すことも出来るだろうし。

 下着姿だったわたしは私服に着替え、下の階へと降りることにした。

 

 

 

 

 降りて早々、リリセからこんな質問をされた。

 

「今日は何の日か覚えてる、エミィ?」

 

 ……うーん、しまった。こちらから教えてもらうつもりだったのに、逆に訊かれてしまった。この口振りだとリリセは知っているらしいが。

 とりあえずわたしは答えた。

 

「さてな、何の日だったかな」

 

 そうすっとぼけてみると、リリセは「むっふっふ」と薄気味の悪い含み笑いを浮かべながら、台所の方へと引っ込んでいった。

 ……なんだったんだ。内心で首をかしげつつも食卓で朝食の準備をしていると、隣の席にかけていた男が声をかけてきた。

 

「おはよう、エミィ」

 

 ヒロセ=ゲンゴ。わたしとリリセの養親であるヒロセ家の跡取り息子にして、リリセの義兄。タッパがある上に強面なのでなんだか猛犬みたいな風格があるが、こう見えて趣味で漫画を描いていたりするインドアなオタクでもある。

 「ん、おはよう、ゲンゴ」と、わたしが挨拶を返すと、ゲンゴがこっそり耳打ちした。

 

「……ありがとな、エミィ。合わせてくれて」

 

 合わせる、何の話だろう。そう訝しんでいると、台所の方からリリセが戻ってきた。手には大皿を抱えながら浮かれた調子で、わたしに告げた。

 

 

「どじゃアーん! ハッピーバースデー!!」

 

 

 ……は?

 わけもわからず呆気に取られているわたしに、リリセは「あ、あれ?」と肩透かしを食らったようだった。

 

「エミィ、ひょっとしてホントにマジで今日が何の日か、わかってなかったの?」

 

 ああ、そうだが。ハッピーバースデー、誰の誕生日なんだ一体。

 状況がわからないわたしに、リリセは先ほどとは打って変わって真剣な表情で言った。

 

「……ホントに今日はどうしたの、エミィ。朝起きたときから様子変だったけど」

 

 なんでもいいから今日は何の日なんだ。あとその『マジで可哀想なヤツ』を見るような目つきをするのは辞めろ。

 焦れながらわたしがそう言い返すと、リリセは困惑そのままの口ぶりでわたしに答えた。

 

「まったくもう、今日は『エミィの誕生日』でしょ? それとも自分の誕生日を忘れちゃった?」

 

 そう言いながら、リリセは手に持っていた大皿をテーブルの上に置いた。

 

「予算不足でクリームもイチゴもないけど、代わりに生地は凄く美味しく焼けてるからさ。あとプレゼントはもうちょっと待っててね」

 

 そう言ってわたしの前に差し出された、リリセ手製の素朴なパウンドケーキ。蝋燭は節約のためか1本しか立っていなかったが、ケーキの生地にチョコペンで『14歳の誕生日 おめでとう!』と書いてある。

 ……そうか、ようやくわたしは気が付いた。この日は西暦2063年3月、わたしが14歳の誕生日だ。

 この年の誕生日については、特にわたしの記憶に焼き付いていた。忘れられない、絶対に忘れるはずがない。わたしたちの、そしてこの星の運命までもが決定づけられることになったあの年。

 

 あの忌まわしい『孫ノ手島怪獣大戦争』にわたしたちが巻き込まれ、タチバナ=リリセの死の運命が決まった年である。

 

 

 

 それから数日経過した。

 

 如何なる理屈によるものかタイムリープしてしまったわたしだが、周囲の人たちはわたしの変化には気づいていないようだった。

 ヒロセ=ゲンゴやその父ゴウケン、ゴウケンの舎弟であるサヘイジらヒロセ工業の工員たち、そしてタチバナ=リリセ。誰も彼も、わたしのことは『捻くれたコミュ障のヒロセ家末娘:エミィ=アシモフ・タチバナ』として接してくれている。

 しかしどうして誰も気づかないのだろう。たしかにわたしは口数が少ない方だったと思うし、タイムリープした今現在も出来るだけ不自然にならないように取り繕ってはいるのだけれど、ここまで気づいてもらえないほどに周囲と没交渉だったろうか。ヒロセ家の人たちはともかく、四六時中一緒にいるリリセまで気づかないとかいくらなんでも。

 ……と考えたところでわたしは「いや、リリセだったら有り得るな」と思い直した。リリセは昔から能天気だったし、あまり深いこと考えないタチだしな。今にして思えばそれも美点だったけど、当時のわたしは子供ながらに気を回して「わたしがいないとこいつはダメだ」なんて思ったものだった。

 

 他方、わたしも気持ちが落ち着いてきて、過去の『記憶』についても冷静に考えられるようになってきた。

 ……そもそもあの『記憶』は本当に実際に起こった出来事なのだろうか。

 美少女型メカゴジラに孫ノ手島怪獣大戦争、ゴジラ復活で世界滅亡? まるで大スペクタクル映画みたいな話だ。考えれば考えるほど現実だとは到底思えなくて、むしろリリセが言っていたように「悪い夢でも見ていたんじゃなかろうか」という気分が強くなってきた。

 頭の中にあるあの『記憶』は飽くまで夢に過ぎず、本当のわたしは相変わらず14歳の生意気なクソガキなのかもしれない。元々空想するのは好きな性質(タチ)だったし、そんなわたしが本や映画を見過ぎて空想と現実がごっちゃになってしまって、おかしな夢を見てしまっただけなんじゃないだろうか。そう考えた方がよほどしっくりくる。

 そう、あるいは『デジャヴ』かも。

 既視感、デジャヴの正体は『脳の誤作動』だと本で読んだことがある。目の前で起こった出来事に対して、脳味噌の中で『認識する処理』と『記憶する処理』が入れ違いになってしまい、その結果実際にそんな経験をしたことは無いのに脳がそう勘違いしてしまうのがデジャヴなのだという。アレの酷いのが、わたしの脳内で起こってしまっただけなのかもしれない。おかしな夢を見て、それがデジャヴと同時に起こったのかも。

 ……と、こんな塩梅で自分を納得させていると、玄関から声が掛かった。

 

「そろそろ行くよ、エミィ!」

 

 そう呼び掛けるリリセに「ああ、今行く」とわたしは返事を返した。

 今日はリリセと共に『タチバナ=サルベージの仕事』へ行く日だ。行き先は新宿、依頼内容は『物の回収』。怪獣が絡むのでちょっとした下拵えがあるものの、単なる回収なので大した内容ではない。上手く行けば数日の工数でカタがつくだろう。

 

 

 

 

 で、それからどうなったかというと。

 わたしたちは新宿で怪獣に追い駆けられていた。

 

 怪獣の名前は暴龍:アンギラス。

 サルベージ屋として依頼を承けたわたしたちはクルマで新宿に到達。『依頼品』は回収したものの、新宿の廃墟を縄張りにしている怪獣アンギラスに目を付けられてしまい死に物狂いで逃げ回っているのが現状である。そしてその内容は奇遇にも、わたしの『記憶』どおりに起こっていた。

 ……どこがデジャヴだよコンチクショー、夢だとしても正夢じゃねーか。『新宿へ物を回収しに行く』って説明を受けた時点で嫌な予感はしてたんだよな、なんで承けてしまったんだろう。

 

 とはいえ後悔先に立たずである。アンギラスに追い駆け回される中、わたし:エミィ=アシモフ・タチバナは必死にハンドルを握っていた。

 繰り出されるアンギラスの踏みつけ攻撃を右に左に回避しながら、猛スピードで走り続けるクルマ。元々ガタが来ているクルマだしこんな無茶な運転したらブッ壊れそうな気もするが、怪獣と追いかけっこしてる最中にそんなことは言っていられない。

 わたしが懸命にハンドルを捌いている一方、助手席に同乗しているリリセが右に左に振り回されながら言った。

 

「もうちょっとっ、スピードがっ、出るとっ、有難いっ、んだけど……っ」

 

 それに対して運転席のわたしは、一言で切って捨てた。

 

「性能の限界だ」

 

 たしかにリリセの言うとおりスピード差が足りず、そこそこ引き離していた距離も段々詰められつつある。

 だけどそれはしょうがないことだった。このクルマは馬力と走破力重視のオフロードであって、スピード重視のレーシングカーなどではない。ましてや廃墟の街を怪獣とカーチェイスだなんてシチュエーション、設計した奴だって想定しちゃいないはずだ。

 しぶとく追い縋るアンギラスにリリセが悪態を吐く。

 

「しつこいなあ、もう!」

 

 わたしもサイドミラーをチラ見すると、暴龍アンギラスはわたしたちのクルマのすぐ背後、数メートル先にまで迫っていた。アンギラスは、自分の縄張りに入り込んできた愚かな人間たちに対して『絶対踏み潰す』と決めたらしい。鼻息を荒げて吼えながら迫りくる暴龍アンギラス。一瞬でも気を抜いたら終わりだ、その巨大な前肢で捻り潰されてしまうだろう。

 

 ……しかし、わたしは然程慌てていなかった。

 『記憶』を思い出すまでもない、クルマで突っ走った先には新宿到着時にわたしとリリセで仕掛けた『仕込み』がある。その『仕込み』にまで逃げられればわたしたちの勝ちだ。

 そしてリリセの誘導どおり新宿の街を遠回りに遠回りして逃げ回った末、わたしたちはついに『仕込み』の地点へと辿り着く。

 

「今だっ!」

「りょーかいっ」

 

 リリセの合図でわたしはクルマを急旋回させた。

 どうやった、って? ここら辺は勘でやってるから上手く説明するのは難しいのだが、とにかくシフトレバーとハンドルとブレーキを気合と根性と上手い感じで捌いただけである。コマのようにくるくる回りながら路面をスリップするクルマ。わたし以外の奴がやったら間違いなく事故るだろうし、もし警察に見つかったらきっと免停喰らうだろうなと思えるほどの曲芸運転だった。

 とにかく、雑草に覆われた道路を滑りに滑ったあとわたしたちのクルマは方向転換、アンギラスの巨大な足元をくぐり抜けて来た道を逆走する。

 アンギラスもわたしたちを追って方向転換しようとするが、加速がついているのでその場ですぐに止まれない。

 

 次の瞬間、アンギラスの足元で大爆発が起こった。

 

 わたしたちの『仕込み』、タチバナ=リリセ考案の地下空洞爆破による落とし穴トラップ。充分な兵装も無ければ訓練も受けてないわたしたちに出来る、対怪獣作戦である。

 さらに土台が破壊されたことで廃墟の街の高層ビルまでもが崩壊、膨大な量の瓦礫がアンギラスの頭上へ降り注ぎ、アンギラスの巨体を生き埋めにしてしまう。

 

 巻き上げられた濃厚な土煙が晴れてきて、ものの見事に生き埋めにされたアンギラスを確認する。

 目の前に広がるのはコンクリート瓦礫の山。並んでいたはずの高層ビル群、かつては天高く聳え立っていた威容だったが今や見る影もない。そして膨大な量のコンクリート塊が、全長100メートルに及ぶというアンギラスの巨体を完全に埋め立ててしまっていた。

 

 ……ふー、上手くいった。

 わたしは額の汗を拭った。予定どおりに事が運んだとは言え、アンギラスの敏捷さが予想以上だったので少々冷や汗をかいてしまった。しかし成功だ、流石の怪獣アンギラスもこれでしばらくは動けまい。

 

 タチバナ=サルベージ謹製の落とし穴作戦を見届けたわたしは、隣の席でリリセが掌をかざしているのに気づいた。

 ……ああ、そういうことか。

 わたしも掌をかざし、リリセの掌へ合わせて叩いて返す。いわゆるハイタッチって奴である。

 “大成功だ、いえーい!”

 そうやってわたしたちは、ひとときの勝利の美酒に酔いしれたのだった。

 

 ……いや、待てよ。

 

「どうしたの、エミィ?」

 

 いや、ちょっとな。

 良い気分になろうとしたはいいが、途端に先日の『記憶』がわたしの頭に引っ掛かった。『仕込み』が成功したのは良い、だけどこのあとどうなったっけ?

 わたしが『記憶』を思い起こそうとする中、それは起こった。

 

「揺れてる……?」

 

 クルマのカップホルダーでやけに激しく波立っているコップの御茶。同じくダッシュボードの上でカタカタ震える首振り人形。

 はて地震だろうか、そう思うや否やに強烈な縦揺れの一撃を喰らって座席にいるわたしたちの身体が浮き上がった。ぶちまけられる御茶、引っ繰り返る首振り人形、揺れはどんどん強くなってゆく。

 

 ……いや、地震じゃない!

 

 わたしはそこでようやく『記憶』の場面を思い出した。クルマの窓の外へと視線を向けた途端、瓦礫の山が爆裂した。

 そして現れたのは御馴染み、アンギラスの顔だ。

 瓦礫の山に埋もれてノックアウトされたはずの暴龍:アンギラスが、生き埋めから這い出ようとしていた。

 浮かべているのは燃え滾った鬼の形相、あれはどう見たって怒ってる。

 

「……やばい、逃げよう」

 

 リリセの呟きに同感だ、怪獣をノックアウトするどころか本気で怒らせてしまった。とっとと逃げないと今度こそ捻り潰されてしまう。

 そしてクルマを再発進させようとしたとき、わたしの頭の中を『記憶』がよぎる。

 ……おいおい待てよ、もしも『記憶』のとおりなら。わたしは祈るような気持ちでエンジンを掛けようとする。

 

 ……ガガッ、ぷすん。

 

 わたしの嫌な予感は見事に的中、エンジンから変な音がするだけでクルマは全く動かなかった。

 ちくしょう、エンストだ。ただでさえ日頃からオンボロポンコツで騙し騙し乗っていたのだ、フルスピードのカーチェイスにさっきの無茶な曲芸運転でダメージを受けてしまったのだろう。

 わたしはリリセに怒鳴った。

 

「オーバーヒートだっ! エンジン()て!」

「あーもーこんなときにっ!」

 

 リリセが助手席を降りクルマのボンネットへと回っているあいだ、わたしは『記憶』を基にこのあとの展開を思い返していた。

 あのときたしかクルマの応急処置が間に合わず、わたしたちはクルマを捨てて逃げようとしたのだ。

 

「エミィ、クルマから降りて! 地下に逃げよう!」

「わかった!」

 

 ほら来たっ。『記憶』のとおり、リリセの提案でクルマを捨てることになった。

 わたしも最低限身の回りの必需品を引っ掴んでクルマから飛び出し、かねてから下見しておいた逃走ルートである地下道へと向かう。

 そして地下の入口へ駆け込もうとして、わたしはリリセが着いてきていないことに気づいた。振り返ってみるとリリセの奴、クルマの後部荷台でいつまでも愚図愚図している。

 ……あのバカ、何やってんだ。地下道の入口からわたしは声を張り上げた。

 

「いそげリリセ! アンギラスが出てくるぞ!」

 

 わたしに呼ばれてリリセは「あ、ゴメンゴメン!」とアタックザックを背負い直してこちらへと向かってくる。

 ……と思いきや、リリセはまたしても足を止めている。ホントマジでなにやってんだ、死ぬ気かよ!? わたしは再度、リリセに向かって怒鳴り声を挙げる。

 

「なにやってる、とっとと逃げるぞ!」

「ちょっと待って!」

 

 そう言って逃げるどころか、クルマの方へと戻ってしまうリリセ。

 ……バカタレが、何が『ちょっと待って』だ。こうなったら腕ずくで引き摺ってでも連れ出してやる。そうやってわたしがリリセの方へ向かおうとした時である。

 

 

 クルマの後部荷台が、破裂した。

 

 

 閃いたのはマゼンタ色の光。クルマの荷台部分のキャンバスルーフが弾け飛び、衝撃ですぐ傍にいたリリセが引っ繰り返って尻餅を突いた。

 

「リリセッ」

 

 わたしがリリセの方へと駆け寄ると同時、クルマの荷台から『銀色の影』が飛び出した。巨大な翼を広げた銀色の影はマゼンタ色のジェットを吹かしながら飛び上がり、あっという間に手の届かない距離まで飛んで行ってしまった。向かって行った先は怪獣アンギラスのいる方角だ。

 あまりのことに呆然としているリリセがぽつりと呟いた。

 

「あれ、なに……?」

 

 それに対してわたしは正直に答えた。

 

「さあ、わからん……」

 

 

 

 その後、『銀色の影』は暴龍アンギラスと対決。

 レールガンで牽制射撃を繰り出しながら、ブレードでビルを切り倒してでの瓦礫落とし、そして自由自在縦横無尽に飛び回れる航空機動力。ビルの廃墟、瓦礫の山、利用できるものを最大限に利用しながら銀色の影は暴龍アンギラスと激戦を繰り広げた銀色の影。

 結果は銀色の影の圧勝、暴龍アンギラスを容易く追い払ってしまった。

 

 銀色の影、その姿をわたしは改めて見た。

 まるで怪獣のような鋭い爪に猛禽のような巨大な翼、尻から伸びる長い尻尾、そして強大な力。両腕の蛇腹剣を縮めたブレード。その刀身は摩擦で真っ赤に焼けて、溢れた熱が大気を歪めて蜃気楼をくゆらせている。

 その背に負うのは脊椎に沿って三列で並ぶクリスタルの背鰭と、先ほどまでマゼンタのプラズマジェットを噴き出していた白銀の翼。人肌の質感を帯びた皮膚と、そのところどころを護る金属結晶の鎧。

 そして、赤い光が零れる瞳。その姿は無機と有機の融合体、まさに生体機械(バイオメカノイド)だった。

 

「……ふう」

 

 安全を確保したことを確信した銀色の影が一息ついたあと、こちらへと振り向いた。

 ファイバー状の銀髪が風に煽られて揺れ、それと同時に構造色――ビスマスとかシャボン玉の表面とかに浮かぶアレだ――の虹の輝きがきらめく。

 そしてその顔はごく普通、むしろ美少女の顔だった。まるで生体機械(バイオメカノイド)の身体に似つかわしくないほどに。

 ……そうか、こいつは。

 その様子を見ながら、ようやくわたしは『記憶』を思い出す。どうして忘れていたんだろう、このときこの場所で出会った『アイツ』、その運命的な出会いのことを。

 銀色の影、白銀の天使がわたしたちにニコリと笑いかけた。

 

「……よかった。怪我はしてなかったんだね」

 

 人類最後の希望、その名は〈メカゴジラⅡ=レックス〉。

 これが、わたしと彼女との出会い。

 そしてわたしの持っている『記憶』が夢や空想などではなく、正真正銘これから起こる現実であることを認識した瞬間だった。

 




まずは第一章からのやり直し。見切り発車なので気長にお付き合いください。


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怪獣復楽園:再構成(リテイク)、アニゴジ世界で怪獣プロレス その2

 

 アンギラスとの追走劇をやり過ごした帰り道。

 森の中で道に迷ったわたしたちは『雨も降っていることだし、どこかに野宿しよう』という話になり、レックスが“安全な寝床”だと言って見つけてきた廃病院を前にしたときだった。

 わたしは言った。

 

「ここはダメだ。“此処”に泊まるくらいならわたしは外で寝るぞ」

「外で、って……」

 

 わたしの主張に、リリセは困惑したように眉尻を下げながら反論した。

 

「雨降ってるよ? クルマも雨漏りしてるし、屋根のあるところに泊まった方が良いと思うけどなあ」

 

 多少濡れたって構うもんか。そんなわたしの答えに「えぇー、わたしは嫌だけど?」とリリセはブー垂れている。

 

「我慢しろ、それくらい」

「んな無茶苦茶な……」

 

 頑なに拒否するわたしの様子を見ているうちに、リリセが何かに感づいたかのように「……ははあん?」と悪戯っぽく笑った。

 

「さては病院だから怖いんでしょう? エミィったらコドモだなあ」

 

 挑発するかのような、リリセのからかう言葉。

 普段だったら売り言葉に買い言葉で言い合いになり、いつの間にやらリリセに言い包められてしまうところである。

 だが、今回その手は喰わない。わたしは胸の前で腕を組みながらきっぱりと答えた。

 

「ふん、どうとでも言え。とにかく此処はダメだからなっ」

「あらま」

 

 何をどう言われようが、此処だけは絶対にダメなのだ。リリセたちを必死に引き止めながら、わたしは自身の『記憶』にあるタチバナ=リリセの末路を思い出していた。

 ……リリセたちはまだ知らないことだが、この病院は実は恐ろしい毒を持った怪獣の巣窟なのだ。リリセはそこで毒に冒されて死にかけたところを、メカゴジラⅡ=レックスにナノメタル注入で命を救われることになる。

 そしてこのときに注入されたナノメタルが、巡り巡った末にリリセの命を食い潰す。それがわたしの『記憶』にある、タチバナ=リリセの末路だった。

 もしこの病院に足を踏み入れてリリセが毒に罹ってしまったら、そのときはもうナノメタルでしか治せない。そしてそうなったら最期、BADENDだ。何が何でも絶対に、その展開だけは回避しなければならなかった。

 「とにかく!」と語気を荒げながら、わたしはリリセとレックスの二人に対し説得を試みた。

 

「とにかく、ここだけは絶対にダメだ。徹夜してでも立川に帰るぞ」

「徹夜って……道わかんないんだよ? そのままフラフラしてる方が危ないじゃないのさ」

「此処だけはダメだ。絶対ろくなことにならない」

「ろくなこと、って……何があるって言うのさ」

「そ、それは……」

 

 リリセの追及に対し、わたしは答えに窮した。なんとも焦れったい、まったく、リリセのためを思って言ってるのに!

 かといって、真実を伝えるわけにもいかなかった。リリセたちはここが怪獣の巣だなんて知らない。『ここに泊まったら最期、死ぬ運命が待っている』なんて伝えたところで、「映画の見過ぎだよ」と一笑されるのがオチだ。

 押し問答になりつつあったわたしたちに、後ろの荷台にいたメカゴジラⅡ=レックスが「あっ!」と素っ頓狂な声を上げた。

 

「二人とも! モーショントラッカーに反応が出てる!」

「モーショントラッカーに?」

 

 モーショントラッカー、つまり動作探知機。わたしがどうしてもゴネるのでレックスが偵察機を送り込んで病院の中を精査していたのだが、そのセンサーに『何か』が引っ掛かったらしい。

 

「今から可視化してあげるね」

 

 そう言ってレックスは掌をホログラム投影機に変形させ、モーショントラッカーで検知したものを立体映像で映し出した。

 ……それにしてもレックスのヤツ、本当に何でも出来るな。ナノメタル、最終的にリリセの命を奪うことになることを思えば恐ろしさも感じるが、何とも凄いテクノロジーであるのもまた事実である。

 密かにわたしが感心していると、レックスの立体映像に『何か』が写り込んだ。全身を蝕む菌糸によって膨れ上がった、異様なヒトガタのシルエット。

 リリセがわたしへと振り返った。

 

「これって……!?」

 

 リリセが目配せしたのと同じく、わたしもすぐにピンときた。わたしはその名を口にする。

 

 

 

「〈マタンゴ〉……!」

 

 

 

 わたしの呟きに、レックスが反応した。

 

「マタンゴ? マタンゴってなあに?」

 

 ……あー、そうか。レックスのヤツ、マタンゴのことを知らないんだよな。レックスの疑問にわたしは答えてやることにした。

 『怪獣黙示録』のあとに現れた新種のキノコ怪獣、マタンゴ。そのキノコを口にするかあるいは胞子を吸い込むか、とにかく一度体内に入り込まれたら最期その人間はマタンゴになってしまう。

 そのマタンゴがこの病院内に巣食っている。その事実を知らされたレックスは大仰に慄然としていた。

 

「そんな恐ろしい怪獣がいるなんて!」

 

 ……初めてレックスと出会ったときのことを思い出す。今ならばこのレックスの素直で裏表のない性格にはむしろ好感すら覚えるのだが、初めて会ったときのわたしにはこういうレックスの態度、反応、一挙手一投足全てがいちいちムカついて仕方なかった。あのときのわたしには、レックスがなんだか『善い子ぶって媚びている』ように見えたのである。

 ……なんてひねくれたガキだったんだ、当時のわたしは。かくいうわたし自身そんな善人でもなかったろうに。

 そんな黒歴史を回想していると、レックスがおもむろに頭を下げた。

 

「……ごめんねリリセ、エミィ。エミィの言うとおり、ここに泊まるのは危険だ」

 

 そうやって謝るレックスに「いや、いいんだよレックス」とリリセは答えた。

 

「あなたは知らなかったんでしょう? じゃあ仕方ないよ」

 

 そこでわたしも付け加えた。

 

「さっき窓の方に何か動くものが見えたんだよな。まさか、とは思ったんだが……」

 

 付け加えられたわたしの言葉に、胡乱な目つきでリリセが言った。

 

「……それならそうと、最初から言ってくれたらいいじゃない」

 

 尤もな指摘だ。もし立場が逆なら、わたしも同じことを言っただろう。

 わたしは少し考えてから、苦し紛れの言い訳を述べる。

 

「……確信が持てなかった。気のせいかとも思っただけだ」

 

 無論こんなのは嘘だ、だけど本当のことを話すわけにもいかない。わたしは素知らぬ顔でしらばっくれておいた。

 

 

 

 かくしてマタンゴの襲撃を回避することに成功、そのまま一晩中森の中を彷徨うことにはなったが苦心惨憺の末にこれも突破、わたしたちはなんとか立川に帰り着いた。

 これに関して、嬉しい誤算もあった。クルマに同乗しているリリセが「よかったね、エミィ」と言った。

 

()()()()()()()()()()()。新宿からアンギラスに尾けられてたらトンデモないことになるところだった」

 

 ああそうだな、とわたしは答える。リリセは例によって何も知らないが、マタンゴの病院の一件を回避したためか今回は『記憶』と違う展開になったようだった。

 

 タチバナ=リリセの体内にナノメタルが入り込む機会は、マタンゴの他にも実はもう一回ある。

 多摩川でのアンギラス襲撃。

 厳密に言えばラドンとアンギラスの襲撃だが、あのときリリセはわたしたちを逃がすため捨て身で怪獣たちの注意を引こうとして重傷を負い、そのときにも治療のためにナノメタルを注入されることになっていた。あのときも他に選択肢は無かった、だから防ぐとすれば怪獣たちの襲撃を避けるか、もしくはリリセに無茶をさせないようにするしかない。

 もしそうなったとき、わたしは縛り付けてでもリリセを行かせないつもりでいた。

 

 しかし実際にはそんなことをする必要は無かった。

 きっとわたしたちの行動が変わった影響で、起こる出来事の時系列が変わったのだろう。なんとわたしたちは本来起こるはずだった『アンギラスやラドンの多摩川襲撃』も回避し、何事も無いまま多摩川を通過することに成功したのである。

 ……このまま何事も起こらないまま進んでほしい。心の中でわたしは密かに祈った。

 

 

 だけど、その祈りは届かなかった。

 ヒロセ家に到着し『記憶』と同じく入浴して一息入れたところで、『記憶』と同じ出来事が起こった。

 

ハーイ、Diddle(ディドゥル) Dee(ディ) Dee(ディー)

 

 悪党どもによるヒロセ家襲撃。

 連中の名はLegitimate Steel Order:LSO、新生地球連合軍のビルサルド派の連中だ。襲撃してきた目的はわたしたちが回収してきたメカゴジラⅡ=レックスを奪うため。

 ……ぬかった。マタンゴの一件、多摩川襲撃、怪獣に絡んだ出来事を回避できたおかげでこっちも回避できるかと思ったが、見込みが甘かった。

 思い返せばLSOの連中はヒロセ=ゴウケンと裏で繋がっていた。わたしたちが帰ってきたタイミングで襲撃を仕掛けてきたのも、ゴウケンの連絡があったからに違いない。つまり怪獣とは関係無しにこのイベントは発生するのだ。

 

 かくして、そこから先は『記憶』と同じ展開になった。

 LSOが召喚したスペースチタニウムのゴーレム兵士:メカニコングとメカゴジラⅡ=レックスの怪獣プロレス。強敵相手に窮地へ陥ったレックスを救おうとタチバナ=リリセがモゲラで参戦、メカニコングには辛勝する。

 

 そしてわたし:エミィ=アシモフ・タチバナがLSO指揮官であるネルソンの人質にされてしまうのも同じだった。

 あのとき、わたしはゴウケンたちを連れて逃げようとしたのだが、怪我を負って動けないゴウケンたちを先に押さえられてしまったために投降するしかなかった。だから今回は別のパターンを取ろうとしたものの徒労に終わり、今回も捕まってしまった。

 身構えようとしたレックスに、ネルソンが言った。

 

「おーっと、動くなよメカゴジラⅡ=ReⅩⅩ。さもないとお友達が死ぬぜ」

 

 ……くっ、このっ、クソッ!

 嘲笑うネルソンに羽交い絞めにされながら、なおも逃れようとわたしは懸命に藻掻く。しかしネルソンのサイボーグ化された腕力は相当なもので、14歳の非力な小娘には到底解けなかった。

 

「おまえ……っ!」

「おっとっと」

 

 尻尾のデストファイヤーを構えようとするレックスに、ネルソンはこれ見よがしにピストルをわたしの顔に押し付けてくる。

 そんなネルソンに合わせるように、LSOの兵士たちもリリセへと銃口を向けている。

 ネルソンが言った。

 

「刺身にされるのは御免だぜ。もしここでおれを殺したとしてどうなる? おれはうっかり引き金を引いちまうだろうなあ……」

 

 そして交わされるネルソンとレックスの『取引』。レックスは『リリセたちを助ける』という条件の下でネルソンたちへ投降、ステイシスモードで捕縛されてしまった。

 わたしは捕まり、リリセは動けず、レックスまでも戦闘不能状態。絵に描いたような最悪の事態、まさに絶体絶命の大ピンチである。

 

 ……だけどわたしは内心、状況を楽観視していた。今のわたしには前回無かった『記憶』がある。

 わたしの『記憶』のとおりなら、このあとヒロセ家の人たちが殺されそうになり、さらにリリセが捕まりそうになる。しかしその間一髪のところであのエクシフ教祖のウェルーシファ率いる〈真七星奉身軍〉の連中が介入してくるのだ。

 真七星奉身軍、新生地球連合軍のエクシフ派閥にしてエクシフ神官ウェルーシファの私兵部隊であり、ビルサルド派のLSOと血みどろの内紛を繰り広げた末に孫ノ手島怪獣大戦争を起こす連中だ。

 そいつらがこの場に乱入してきて、すったもんだの末にリリセやヒロセ家の人たちを助けてくれるのである。

 

 わたしはエクシフが嫌いだ。わたしのパパを誑かし、ママを泣かせ、元の家族を破滅へと追い込んだのはエクシフのカルトどもだった。

 そのエクシフのクソカルト教祖であるウェルーシファを当てにするのは正直癪だし、連中の介入を許せば結局わたしたちも孫ノ手島怪獣大戦争に巻き込まれることになってしまう。

 だが、孫ノ手島に関しては何とか切り抜けられるだろう。何しろ前回の『記憶』があるのだ、あるいはもっと上手く立ち回れたらレックスのことだって助けてあげられるかもしれない。そして何より今回リリセは体内にナノメタルを注入してない、つまり最終的には助かるはずだ。

 だが、そんなわたしの楽観は、呆気なく崩壊することになった。

 

 ヒロセ家の屋敷の中から響く銃声と悲鳴。

 屋敷の中から聴こえてきた声に、わたしは聞き覚えがあった。

 わたしが愕然とする一方、リリセが叫ぶ。

 

「おじさんッ……!!」

 

 リリセの言葉のとおり、撃ち殺されたのはヒロセ=ゴウケンだった。「旦那ァ!?」「親父、親父ぃ!!」というサヘイジとゲンゴの絶叫が聞こえてきて、さらに銃声が続く。

 響き渡る銃声の連なり、それらが静まりしばらくしてから、屋敷の中から男たちが出てくる。出てきたのはヒロセ家の人たちでもなければ奉身軍の連中でもない、LSOのネルソンの手下どもだ。

 

「特佐殿、『目撃者』は全員抹殺しました」

「おう、お疲れさん。下がって良いぞ」

「はっ!」

 

 待て、待って、待ってくれ。そんなはずは、そんなはずはないんだ。わたしの『記憶』が正しければ、奉身軍の連中が来るはずなのに……!?

 だけど真七星奉身軍は影も形も現れない。ヒロセ家の人たちは殺されてしまった。

 

 

 そのときわたしは、自分が仕出かした『失敗』にようやく気が付いた。

 

 

 ……たしかに、マタンゴの一件を回避した結果、リリセの体内にナノメタルが入り込む事態は回避することが出来た。だけど真七星奉身軍がわたしたちと出会ったのは、リリセがマタンゴに感染したのがきっかけだ。

 そのマタンゴ感染を回避したということは、つまり『わたしたちが奉身軍と接触するチャンスが無かった』ということでもある。そしてわたしたちが奉身軍と接触しなければ、あの連中は立川の一件に介入してこなくなってしまう。

 つまり、本来やってくるはずの助けが今回は来ないことになる。

 

 このあと、わたしたちはどうなるのだろう。

 今回もネルソンはわたしに「おまえは島に連れてゆく」と言っていた。島、つまりネルソンたちLSOの本拠地がある孫ノ手島だ。今回もわたしは『記憶』のとおり、孫ノ手島へと連れ去られて孫ノ手島怪獣大戦争に巻き込まれることになるのだろう。

 だけど、リリセはどうなるんだ?

 『記憶』が正しければ、リリセは真七星奉身軍の介入のおかげで助かる。しかし今回はそれがない。

 わたしが内心でパニクっている中、事態は再び変動した。

 

「……ッ!」

 

 LSOの兵士たちに取り押さえられていたリリセが、不意を突いて兵士の一人からピストルを奪っていた。そしてリリセは息を荒げながら、拳銃を周囲の兵士たちへと向ける。

 

「よくも伯父さんを、ゲンゴ君を、皆を……ッ!!」

 

 リリセは激怒していた。電気ショックの麻痺も抜けていないふらふらの状態だったが、衝動に任せた根性で体を動かしているようだった。

 ろくに呂律も回っていないまま、リリセは吼える。

 

「赦さない……殺す! 殺してやる!!」

「オイオイオイオイオイオイオイオイオイ……」

 

 他方、ネルソンはというと呆れ顔を浮かべていた。リリセから向けられた殺意も何処吹く風と言わんばかりに、わたしと最初に出会ったときのようなヘラヘラとした態度そのままこんなことを言ってのける。

 

「死にたいのか、アンタ。そんなことして何になる? 素直に投降した方が身のためだと思うぜ」

「……ッッ!!」

 

 挑発に乗せられ、リリセは激昂に任せてピストルをネルソンへと向けた。

 

「ふ、ふざけるなアアッッ!!」

 

 バカ、よせ!

 わたしはリリセを止めようとしたのだが、ネルソンに締め上げられているために声が出ない。わたしの制止も届かないままリリセが両手でピストルを構え、引き金に指を掛けてネルソンを撃とうとする。

 

 

 

 次の瞬間、リリセの体を凶弾が貫いた。

 

 

 

「が、は……!」

 

 リリセのシャツに赤い染みが浮かび、リリセはその場に崩れ落ちてゆく。

 誰だ、誰が撃ちやがった。わたしが銃声のした方角へ目をやると、撃ったのはネルソンの周りにいた別の兵士ようだった。

 

「ぐ、が……ご……」

 

 撃たれたリリセだが、まだ息があった。深手を負った体で地面を這い、なおもネルソンに食らいつこうと手を伸ばす。

 そんなリリセを見ていたネルソンは、「至極残念」と言わんばかりに呟いた。

 

「……やれやれ、女子供は殺りたかねえんだが」

 

 ネルソンが兵士たちへ顎でしゃくると、配下の兵士たちは一斉に動き出し、その銃口を地面へ倒れ伏しているリリセに向ける。

 

「特にアンタはウチの統制官殿もご執心だったから無傷で連れ帰りたかったんだが。まあ、残念だ」

 

 よせ、やめろ。やめてくれ。

 わたしは懇願したかったが、ネルソンの腕で締め上げられているために言葉にならない。頼む、お願いだ、どうかそれだけは。

 

 

 しかしわたしの願いも虚しく、再び銃声が響いた。

 

 

 リリセ――……ッ!!

 四方八方から撃たれたリリセにわたしは腕を伸ばそうとする。けれど、その手は届かない。

 絶望の最中、わたしの意識は闇の底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてわたしが目を覚ましたとき、わたしは驚愕することになる。

 

「……おはよ、エミィ」

 

 なんで、なんで“おまえ”が生きてるんだ。

 目の前に現れた“そいつ”にそう訊ねたかったが、あまりのことでわたしは上手く言葉に出来ない。

 周囲を見渡してみれば、わたしが目を覚ました場所は先ほどの路上でもなければ孫ノ手島の収容所でもない、立川にあるヒロセ家の自室だ。壁掛けの月捲りカレンダーは西暦2063年3月。

 

「なになに、どうしたのさ。変な夢でも見たの?」

 

 そしてわたしの前できょとんと小首を傾げているのは、つい先ほどLSOに射殺されたはずのタチバナ=リリセ。

 

 そう。

 わたしは、またしても『14歳の誕生日の朝』へとタイムリープしていたのである。

 



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怪獣復楽園:再構成(リテイク)、アニゴジ世界で怪獣プロレス その3

 

 ある朝目覚めると『14歳の誕生日の朝』へと時間逆行(タイムリープ)していたわたし、エミィ=アシモフ・タチバナ。

 

 昔観たフィクションのタイムリープと言えば、高いところから墜ちたり、あるいはラベンダーの香りを嗅いだり、魔法少女が魔法を使ったり、はたまた自分自身が死ぬ『死に戻り』によって発動していた。けれどわたしの場合はそういった特定の動作ではなく、BADENDが確定したのをわたしが認識したときに自動的に発動するらしい。

 わたしが回避すべきBADEND、それは『タチバナ=リリセの破滅』だ。

 そのことを理解してからというもの、わたしは幾度かタイムリープを繰り返し、試行錯誤の末に『最適解』へと辿り着いた。

 

 気づいてしまえば簡単なことだった。

 タチバナ=リリセの破滅、その切っ掛けはマタンゴでもなければナノメタルでもなくて『メカゴジラ回収依頼を承けたこと』だ。

 そもそもあの依頼は、LSOのネルソンと奉身軍のウェルーシファによって、わたしたちを孫ノ手島怪獣大戦争へ巻き込むために仕組まれていたものだ。あの依頼を承けた結果どうやってもBADENDになるというのなら、そもそも依頼を承けなければいい。

 具体的にどうしたかって? 新宿へ回収に向かう直前、わたしは整備中の事故に見せ掛けてクルマを壊した上に、自分の腕を折ったのである。

 

「ぐあっ!!」

「エミィ、大丈夫ッ!?」

 

 折れた腕を押さえてその場で蹲り、呻くわたし。そこへ駆け寄ってきた、リリセのあの悲痛な表情が忘れられない。

 

「ごめんね、ごめんねエミィ、ホントごめん……!」

 

 泣きそうな表情で謝り続けるリリセ。御人好しのリリセのことだ、まさかわたしが自らわざと怪我をしたなんて夢にも思ってはいまい。

 ……わたしときたら、こんな風に心から心配してくれる大切な人を騙している。そのことを思うと、流石のわたしも良心が痛んだ。折れた腕だって死ぬほど痛かったし、あんなのはもう二度と御免だ。

 だけど、大切な人たちの命には代えられない。土壇場になって起こった助手(わたし)の怪我とクルマの大破、リリセを破滅に追いやることになるあの『依頼』はお流れになるはずだ。

 看病してくれるリリセ、ひいては周囲の人たち全員に対して申し訳無いものを抱えつつも、わたしは素知らぬ顔でやり過ごしたのだった。

 

 

 この事故を切っ掛けに、状況はわたしが想定していた以上に一変した。

 まずリリセは、自分の仕事であるサルベージ屋『タチバナ=サルベージ』を廃業してしまった。そこまでしなくてもいいだろうとわたしも止めたのだが、リリセは「サルベージ屋なんてクルマがなくっちゃ続けられないよ」と笑って済ませた。

 

「まぁ元々繋ぎでやってた仕事だしね。それに社員(エミィ)に怪我をさせるなんて経営者失格だよ」

 

 そんなわけで、タチバナ=サルベージを畳んだリリセはヒロセ工業の工員へと戻った。つまり実家のヒロセ家に戻ったのである。

 

 

 次に変化が生じたのはヒロセ家の跡取り息子、ヒロセ=ゲンゴであった。

 

 ヒロセ=ゲンゴ、あいつは昔からリリセに惚れていた。ゲンゴ自身は隠していたつもりだったようだが、実際のところは皆知っていた。知らなかったのはリリセ当人だけだったというのだから、全く皮肉な話である。

 ただ、ゲンゴ当人の気の小ささや、そんな心情を知ってか知らずか義兄妹の距離感で接してくるリリセの心を図りかねていたこと、リリセ自身がサルベージ稼業であちこち出歩いていてヒロセの実家に寄り着かなかったことなど、さまざまな事情が絡み合った結果ゲンゴはなかなか行動に移しかねていたらしかった。

 そんな中での、タチバナ=リリセのヒロセ家帰参である。長年想い続けてきた幼馴染と、ひとつ屋根の下で暮らすことになったゲンゴ。

 これまでは色んな事情を言い訳にしてリリセとの距離を詰めることを躊躇していたゲンゴだったが、こうもお誂え向きの状況が揃ったことで腹を括ったのだろう。ある日、とうとう行動を起こした。

 

「おれと結婚してくれないか、リリセ!」

 

 男ヒロセ=ゲンゴ、一世一代のプロポーズ。

 リリセはというと一瞬固まっていたものの、やがて涙ぐみながらこう答えた。

 

「不束者ですが、よろしくお願いしますっ!」

 

 そして数ヵ月後の吉日、リリセとゲンゴは式を挙げた。

 街の名士であるヒロセ家、その跡取り息子の結婚式だけあって式は大がかりなものになった。街中の人が祝福してくれたし、わたしもその中に参加した。

 まるで天気まで祝ってくれているかのような、爽やかな青空。祝福の鐘が鳴り響く教会で、頭上から盛大に降り注ぐ華やかなライスシャワー。

 そして何より、純白のウェディングドレスを纏ったリリセの花嫁姿……あんなに綺麗なものは生まれてこのかた見たことがないし、きっとこれからも見ることはないと思う。

 

 最高のハッピーエンドを掴んだタチバナ=リリセ。これこそが、わたしがタイムリープを幾度繰り返してでも絶対に手にしたかった未来だ。

 今日という日の思い出はリリセ当人にとっては勿論のこと、このわたし:エミィ=アシモフ・タチバナにとっても一生忘れられない大切な宝物になるだろう。

 

 

 

 

 式が終わってからの宴会、その二次会のときのことだった。

 騒がしい宴会に疲れたわたしは会場を抜け出し、人気(ひとけ)のない屋敷の外で一息ついていた。人付き合いに人混み、子供の時分からずっと苦手だったが、こうしてタイムリープを繰り返す中でもどうしても慣れなかった。

 ……ふう。

 やっぱり一人は気楽でいい。そうやってわたしが外の空気を吸っていると、後ろから声をかけられた。

 

「やっほ、エミィ」

 

 振り返るとタチバナ=リリセだった。昼間の結婚式では豪勢なウェディングドレスを纏っていたリリセだが、幾度かの化粧直しを経て今はシンプルなドレスに着替えている。

 隣に掛けようとするリリセに、わたしは言った。

 

「おいおい、花嫁が抜け出しちまっていいのか? 主役だろ?」

 

 わたしの問いに、リリセは「ま、いいんじゃないの」と笑って答えた。

 

「皆べろべろに酔っ払ってるしね。気づかないんじゃない? わたしもちょっと外の風に当たりたくてね」

 

 言われてみれば、リリセの頬が少し赤らんでいた。『皆酔ってる』と言っていたが、リリセ自身もアルコールが入っているのだろう。だがさりとて泥酔ということもなく、せいぜいがほろ酔い程度と言ったところだろうか。

 そういえば、リリセは昔から酒に強い方だったのを思い出す。日頃は嗜む程度であるリリセだが、いつだったかヒロセ工業の工員たちを交えた飲み比べ大会でトップ10に入ったことがある。ザルやウワバミとまでは行かないまでも、基本的にアルコールで酔い潰れることは無い。

 とはいえ、今日は特別だ。いくら能天気な性分でも、流石に自分が花嫁の結婚式ともなれば気苦労も多かったのだろう。

 

「……そうか」

 

 だからわたしは特に何も言わず、リリセのしたいようにさせておいた。

 わたしとリリセ、二人並んでその場に座り込み、夜空を眺めた。月明かりに照らされた綺麗な星空。背後で宴会の喧騒が聞こえるだけの、平穏で静かな夜。涼しい風が吹き抜け、わたしたちの火照った頬を撫でてゆく。

 そんな中、不意にリリセが口を開いた。

 

「……ありがとね、エミィ」

 

 なんだ、藪から棒に。わたしが聞き返すと、リリセは続けた。

 

「ほら、わたしがこうしていられるのはエミィのお陰だからさ」

 

 そんなことないだろ、とわたしは怪訝に思った。実際そうだ、今のリリセがあるのはリリセ自身の努力と行いの賜物で、わたしなんか別に何もしてはいない。

 そう思ったままに答えると、リリセは「……これはわたしの勘違いだったらそれでもいいんだけど」と前置きしつつ言った。

 

「エミィ、なんかわたしのことを守ってくれてたよね」

 

 どきり、と鼓動が跳ねた。

 

「具体的な根拠は無いんだけど、ほら、エミィ、ちょっと前に腕を折ったじゃない? アレ、ひょっとしてわたしの為だったのかなあ、って思って」

 

 ……まさかリリセの奴、わたしのタイムリープに勘づいているのだろうか。

 動揺を隠すのに必死なわたしを見ながら、リリセは「ま、仮に実際そうだったとしてもエミィは絶対認めないだろうけどね」と続けた。

 

「だけどせめて御礼は言わせてほしいな。ありがとね、エミィ。そしてこれからもよろしくね」

 

 ……そうかよ。

 

「……あれ、エミィ泣いてる?」

「泣いてねぇーし! ちょっと目にゴミが入っただけだし!」

 

 目を擦って誤魔化そうとするわたしを見ながら、リリセはむっふっふとニヤついた含み笑いを浮かべている。

 涙が滲みそうになる目元をなんとか誤魔化しながら、わたしは怒鳴った。

 

「に、ニヤニヤしてるとキモいぞっ!」

「いやあ、エミィは本当に可愛いなあ。ほらほら、オネーサンの胸でたんとお泣き」

「うるせえアホ! バカリリセ!」

「あいたぁ!?」

 

 そんなこんなでじゃれ合っていると、不意にリリセが「あ、そうだ」と言った。

 

「エミィも好い人いないの?」

 

 ……好い人? 聞き返したわたしにリリセは言った。

 

「そう。エミィももう良い年じゃん? なのにコイバナの一つもしたことないしさ。もし、『そういう人』がいるんだったら教えてほしいかなー、って」

 

 そのときわたしの脳裏に、もう一人の『相棒』の顔が浮かんだ。

 孫ノ手島で出会ったフツア族の少年、ジニア。孫ノ手島怪獣大戦争で出逢い、死線を共に潜り抜けて、その後つがいとなるはずのわたしの運命の相手。

 けれど、運命は変わってしまった。このループでは孫ノ手島怪獣大戦争は起こらず、ひいてはジニアもわたしと出逢うことはない。

 思い返せば、どのループでもそうだった。リリセの運命を変えるためには孫ノ手島怪獣大戦争を回避しなければならない。だが、他方でわたしがジニアと出会うためには、孫ノ手島怪獣大戦争に巻き込まれる必要がある。

 今からモスラの森に行ってみるか? いや、ダメだろう。わたしがフツアに受け入れてもらえたのは孫ノ手島怪獣大戦争があってこそだ。それをすっ飛ばして会いに行ったところで『わけのわからない怪しい奴』として門前払いを喰うだけだろう。

 そんなわけでリリセの命とジニアとの出会い、それらはいつだって二者択一で、同時に両方を取ることはできなかった。

 

 ……ジニアは今どうしているだろうか。

 孫ノ手島怪獣大戦争が起こらなかったことでジニア自身の運命が変わっている可能性もあるが、もし変わっていなければあいつはLSOの連中に攫われた子供たちを助けるために、孫ノ手島に乗り込んでいたはずだった。

 まあ、実際思い返してみれば、孫ノ手島怪獣大戦争での冒険においてわたしはただの足手纏いでしかなかったし、わたしなんかいなくてもきっとジニアならどうにか切り抜けてくれたはずである。それに正直者で気の良いジニアのこと、今頃きっとわたしなんかよりずっと可愛くて素直で気立ての良い素敵なガールフレンドと出逢って、素敵な恋を謳歌しているに違いない。わたしなんかが気にかけることなど何も無いのだ。

 ただ少し、ほんのちょっぴり、胸が痛んだ。

 

「……エミィ?」

 

 おっと、いけない。一瞬考え込んでしまったが、気が付けばリリセが気遣わしげにわたしを覗き込んでいた。よほど深刻そうな顔をしてしまったのだろう。

 わたしはすぐさま表情を取り繕い、リリセに答えた。

 

「コイバナだって? いねーよ、バカヤロウ。いたとしても教えるもんか」

 

 いつも通りの捻くれたわたしの返事。リリセは「えーナニソレー?」と噴き出していた。

 

「もう、そんなことばっかり言ってるから友達出来ないんじゃない? もっと心を開いてさ、素直になったらいいのにー」

「別にいいさ。同い年は皆子供(ガキ)ばっかりだ、ガキとなんか遊べるかよ」

「そう言うエミィだって、わたしから見れば十二分にコドモだけどねぇ」

「なにおう!」

 

 ……これで、良かったんだよな。

 リリセと二人で笑い合いながら、わたしは心の隅で自分にそう言い聞かせることにした。

 

 

 

 

 

 それから更に数年後。

 わたしは、かつてのリリセと同様にヒロセ工業で下積みを積んだ後に独立、フリーランスの技術屋として仕事を始めた。

 わたしが掲げた看板は『タチバナ=テック』。奇しくもリリセがかつて廃業したサルベージ屋『タチバナ=サルベージ』と同じ名前になったが、別にわたしが原因でタチバナ=サルベージを畳むことになったのを意識してのことではない。ただ単に、わたしもタチバナだから同じ名前になっただけのことである。

 

 リリセとゲンゴはというと、ヒロセ=ゴウケンの跡を継いでヒロセ工業の社長夫婦となり、さらに二人の子宝に恵まれた。生まれたのは女の子と男の子、双子の姉弟だ。

 名付け親はわたしに任された。わたしは当初断ったのだがリリセとゲンゴの二人から「是非に」と言われて押し切られてしまい、数日悩んだ末に、姉の方は〈ユカリ〉、弟の方は〈ケンキチ〉と名付けた。

 その二人の子供たちが、わたしに元気よく呼びかけた。

 

「「エミィおばたん!」」

「オバサンじゃねえ、オネーサンと呼びなっ!」

 

 口調は叱り飛ばしているけれど、これはいつもの恒例行事、挨拶みたいなものだ。そんなわたしの反応が面白いのか、子供たちはますます面白がって「おばたんおばたん!」とじゃれついてくる。

 ……この面白半分に他人をからかう性格、誰に似たんだかな。まったく、先が思いやられる。

 

「こらこら、エミィ叔母さんを虐めないの」

 

 わたしが子供たちを適当にあしらっていると、奥から子供たちの母親であるタチバナ=リリセがやってきた。

 ヒロセ家に入りヒロセ工業社長婦人兼副社長となったリリセだったが、これまでの取引先との都合の関係上、相変わらずタチバナ姓を名乗っていた。かつてのリリセはサヘイジたちから『お嬢』なんて呼ばれていたけれど、今はさらにスケールアップして『姐さん』『女将さん』なんて呼ばれてたりする。

 わたしは子供たちをあやしながら、リリセに文句を垂れた。

 

「おまえがそうやって『オバサン』って言うからだろ、ちゃんと『オネーサン』って言うように教えてやれ」

 

 わたしの苦情に、リリセはウプププと噴き出しそうなのを堪えながら答える。

 

「別に『オバサン』でもいいんじゃない? 実際叔母なんだし」

「なんかババ臭くてイヤだ。せめてオネーサンにしてくれよ」

「まあ、どっかの誰かさんはずっとわたしのことを『オネーサン』って呼んでくれなかったしね。いいんじゃないの、オバサンで」

「おまえ、意外と根に持つよな……」

「なんか言った?」

「いや、別に」

 

 ところで、とリリセは話を変えた。

 

「姪っ子と甥っ子に懐かれるステキな“おばたん”もいいけどさ。エミィも好い人、いないの?」

 

 ……まーた始まった。

 

「それともウチの若い衆、誰か紹介してあげよっか? エミィなら選り取り見取りだよ、きっと」

「まぁそのうちな」

「そのうち、って……そんなこと言ってるとそのうち本当に独りのままオバサンになっちゃうよ?」

「あーあーきこえなーい」

 

 しつこく迫るリリセに、わたしは内心でげんなりしていた。

 結婚して子供が生まれてからは家庭と仕事で忙しくしているリリセだが、一方でずっと独り身のわたしのことも相変わらず気にかけてくれていた。

 リリセ自身に子供が出来てからはますますその傾向が強くなっており、近頃は結婚の心配までしてくれるようになってしまった。まるで世話焼きのオバチャンだ。心配してくれるのは有難いとは思うが、ここまでくると流石に鬱陶しくもある。

 とにかく余計なお世話だ。わたしは言った。

 

「結婚なんかするもんか、わたしは仕事に生きるんだ。今は仕事が楽しいしな」

「えー、勿体無いなあ。エミィ、結構モテるのに」

 

 わたしが? んなアホな。リリセの言葉をわたしは一笑した。

 こちとら自他ともに認める筋金入りの偏屈コミュ障である。無口無表情人見知りで愛想はゼロ、口を開けば悪態毒舌罵詈雑言。性格は我ながら最悪だと思うし、こんなひねくれたクソ女を恋人にしたいだなんて余程のお人好しかバカだけだろ。

 そう答えるとリリセは渋い顔をした。

 

「エミィって、結構人気あるんだよ? エンジニアとしても一流だし、口は悪いかもしれないけど根は優しくてしっかりしてるし、何より美人だしね。クールビューティ、高嶺の花って奴みたい。わたしもたまに相談されるくらいよ、『タチバナ=テックのエミィさんに好い人はいないんですか?』って」

 

 ふーん、そうかよ。

 適当に流しつつも、わたしは頭の隅で考えてみた。わたしがモテる、クールビューティ、高嶺の花? んなバカな。そもそもリリセはわたしに甘い、だからリリセの評をそのまま真に受けていいわけがない。

 ……だけどわたしだって女だ。わたしがモテるのが事実だというのなら、それはそれでわたしだって別に悪い気はしない。嫌いな奴に好かれて付きまとわれるというならともかく、ヒロセ工業の連中は善い奴ばかりだし、仕事に生きるとさっきは言ったけれど、無論いつまでも独りではいられない。いずれは将来のことも考えないといけない、とは思う。

 しかし、かといって今は『そういうこと』へ乗り気にはなれなかった。そもそも相手がいない。相手がいない以上は急ぐ必要性も感じない。以上、QED。

 だいたい、リリセに相談してきたとかいう連中はもうその時点でアウトである。『将を射んと欲すれば先ず馬を』ってつもりか知らんが、そんなに気になるなら姉のリリセじゃなくて直接わたし本人へアプローチして来いよ。タマついてんのか。心の中でそんな悪態を吐いたときだ。

 

 わたしの脳裏に『記憶』がよぎった。

 

 ……『記憶』について思い出すのは久しぶりだった。

 わたしのタイムリープによって無かったことになった、孫ノ手島怪獣大戦争での大冒険。遠い昔、今の幸せと引き換えに捨て去った思い出。そしてそれらを共に駆け抜けた『あいつ』。

 ……だけどそれはもう子供の頃の話だ。今となっては日々の暮らしに精一杯で、あの『記憶』について考えること自体が殆ど無い。『あいつ』に関してはもう顔も名前もすっかり忘れてしまって思い出すことすらない。

 なのに、どうして今になって。そう思ったときだった。

 

 

 

 外で爆発音がした。

 

 

 

「な、なにいまの!?」

 

 わたしたちが戸惑っているうちにまたしても爆発音が響き、今度は建物全体が揺れた。強烈な衝撃波、何か巨大なものが爆発したかのようだった。

 わたしはすぐに反応した。

 

「リリセ、子供たちを奥へ!」

「あ、ああ、うんわかった!」

 

 リリセに子供たちを部屋の奥へと押しやらせつつ、わたしは様子を見ようと屋敷の外へ飛び出した。

 飛び出した屋敷の外は濃い煙に覆われている。ひどく焦げ臭い、何かが燃えているかのような悪臭、きっとどこかで火事が起きているのだろう。

 事故か事件か怪獣か、一体なにが起きたんだ。

 状況がわからず辺りを見回していると、煙の向こう側から何か重たい金属音が響いてきた。金属音はまるで歩いているかのように一定の間隔で、そして一歩一歩着実にわたしの方へと近づいてくる。

 

「なんだなんだ、何が出てきやがるんだ……?」

 

 わたしは煙の向こうを見渡そうと、目を凝らす。足音の主、黒い影はどんどん近づいてくる。

 

「あれは……?」

 

 煙の向こうで輝いたのは『赤い二つの瞳』、そして『銀色のロボット怪獣』のシルエット。

 ……あれは、まさか。わたしがそう思ったときだった。

 

〈こっち向け、おんどりゃあッ!!〉

 

 背後で聞こえたスピーカーの音声に、わたしは振り返る。わたしの背後にあるのはヒロセ家屋敷のガレージ、そのガレージのシャッターをぶち壊し、奥から巨大なロボット怪獣が姿を現した。

 

 ヒロセ家のガレージから現れた、二体目のロボット怪獣。

 全高は3メートル程度、銀色の少女型怪獣を倍以上も上回る巨体。ずんぐりむっくりとした胴体と、そこから延びる長い腕。見る者が見れば、旧地球連合軍が『怪獣黙示録』時代に運用していたパワードスーツを素体にしていることもわかるだろう。

 だが、かなり改造されている。脚部にはブースター、胴体にはミステロイド・スチール製の蛇腹装甲が増設されている他、なにより通常のパワードスーツにはない“頭部”が追加されている。頭頂部の触覚に、サングラス状の目とドリルの鼻、シャベルの顎。

 ヒロセ工業の秘密兵器にして工兵ロボット怪獣、〈モゲラ〉だ。そしてモゲラ頭部のスピーカーから、機体内部で操縦しているパイロットの咆哮が響く。

 

〈さっさと失せろ、このbitch(バケモノ)!〉

 

 その声の主はタチバナ=リリセだった。

 同時に、わたしは『記憶』を思い出す。改変される前の時間軸、わたしの『記憶』でリリセはLSOのロボット怪獣:メカニコングへ戦いを挑んでいた。今回もリリセはロボット怪獣:モゲラに乗って戦うつもりなのだ。

 

「……!」

 

 リリセの挑発に応じて、銀色ロボット怪獣もモゲラのことを敵と認識したようだった。

 ゴジラにも似た金属質な咆哮を挙げると、銀色ロボット怪獣は両腕のカギ爪を構えてモゲラへ挑みかかってゆく。

 そんな銀色ロボット怪獣に、リリセも応戦した。モゲラが片腕を構える。

 

〈喰らえ、ショックアンカー!〉

 

 リリセの叫びと同時にモゲラの腕が変形し、銀色ロボット怪獣めがけて何本ものワイヤーが射出された。

 銀色ロボット怪獣は回避しようとするが間に合わない、モゲラが発射したワイヤーは銀色ロボット怪獣の全身へ幾重にも絡みつき、深々と食い込んでゆく。

 銀色ロボット怪獣は両腕両脚の動きを封じられ、バランスを崩してその場に引っ繰り返ってしまった。ワイヤーの拘束から抜け出そうとなおも藻掻いているが、こうも厳重に巻き付いてしまっては剥がせないようだ。

 

〈どーだ、一本釣りィ!〉

 

 誇らしげなリリセはそのまま続いて、動きが封じられた銀色ロボット怪獣へと躍りかかった。リリセの操るモゲラ、高々と振り上げたアームには青く光る巨大なハンマーが据えられている。

 

〈往生しやがれターミネーターもどきめっ、この『デモリッシャー・ハンマー』でベッコベコのスクラップにしてやんよ!!〉

 

 続いて鐘楼の音にも似た、強烈な轟音が響き渡る。モゲラのハンマーによる10トン級の強烈な打撃、それが銀色のロボット怪獣へと直撃したのだ。

 

〈オラオラッくたばりやがれっ! ヒロセ工業社長夫人をナメんじゃねェェーッッ!!〉

 

 そうリリセが吼えながら振るっているのはヒロセ工業謹製“壊し屋の(デモリッシャー)ハンマー”、合成ブルーダイヤコーティングが施された超硬度の乱打だ。それらが銀色ロボット怪獣の機体を殴打する度に金属音が響く。

 一方、銀色ロボット怪獣もひたすらサンドバッグ役に甘んじるつもりは無いようだった。モゲラによるハンマー乱打の雨霰から身を庇いつつ、辛うじて動く尻尾をするすると伸ばして先端部を変形させる。

 ……ヤバい、何かする気だ。

 

〈させるかよっ!〉

 

 リリセも銀色ロボット怪獣の企みの一端を察したのだろう。滑り込んできた敵の尻尾を叩き潰すため、重いハンマーの一撃を振り下ろそうとする。

 次の瞬間、尻尾の先端からマゼンタ色の光線が一閃し、鋭い金属音と共にモゲラのアームが切断された。アームごと切断されたデモリッシャーハンマー、その切り口はとても滑らかだ。

 武器を破壊されたモゲラを後退させながら、リリセが呻く。

 

〈プラズマカッター!? そんなんありかよっ!?〉

 

 リリセが怯んだ隙を突き、今度は敵の銀色ロボット怪獣が攻勢に打って出た。自身を拘束しているワイヤーを、ハンマーを破壊したときのようにプラズマカッターで溶断。立ち上がりながら銀色ロボット怪獣は尻尾を縦横無尽に振るった。

 無闇に振り回しているように見えてその実、狙いは的確だ。銀色ロボット怪獣が放つプラズマカッターの光刃は、モゲラの関節部を的確に切り裂き、あっという間にモゲラの手足を切り飛ばしてゆく。

 

〈くっそ!〉

 

 モゲラの戦闘不能を悟り、リリセも即座にコックピットから脱出しようとした。

 だが、その隙を銀色ロボット怪獣は見逃さなかった。リリセがモゲラから這い出るよりも先に、銀色ロボット怪獣はモゲラの胴体正中線すなわち『コックピットど真ん中』へ貫手(ぬきて)の一撃を叩き込む。

 

〈ごぶっ……〉

 

 金属を突き破る鋭利な音と共に、モゲラのスピーカーからリリセの呻き声が漏れた。モゲラのボディを貫通したその一撃の深さ、確実にパイロットにまで達しているだろう。

 リリセを助けないと!

 物陰からチラチラと戦いを見守るだけだったわたしも、そのときばかりは思わず物陰から飛び出した。モゲラを倒すような化け物だ、わたしなんかが行っても何も出来やしないのはわかってる。だけど、何もせずにはいられなかった。

 そして敵の眼前に飛び出して、わたしは“そいつ”の姿をはっきり目にした。

 

 ……なんで、そんな。

 

 リリセを手に掛けようとしている“そいつ”の正体が何者か、それを理解したときわたしは足元から世界全てが崩れ落ちてゆくような感覚を覚えた。ぐらりと三半規管が揺れ、思わず足が竦んで膝から崩れ落ちそうになる。

 そんな、嘘だ、どうして、有り得ない。

 

 

 

 立川のヒロセ家を襲撃してきた敵の正体。

 それは〈メカゴジラⅡ=レックス〉だった。

 

 

 

 メカゴジラの後継機として創り出された究極の対怪獣兵器、メカゴジラⅡ=レックス。

 だけど今わたしの目の前にいるその姿は、かつてわたしと出会ったあの『正義感の強い、心優しいボク娘メカ少女』などではない。女子供も容赦なく、目の前の敵を指令どおりに殺すことしか考えていない冷酷無慈悲な殺人マシーンそのものだった。

 

 ……そういうことかよ、クソが。

 

 あのクソッタレのLSOの手に墜ちたのか、それともイカレカルトの真七星奉身軍か。どっちだろうが関係ない、とにかく考えられる限りで最悪の事態が起こったのは間違いなかった。人類最後の希望:メカゴジラⅡ=レックスはわたしたちと出会わなかった結果、悪党どもの手によって最凶最悪の殺戮兵器に作り替えられてしまったのだ。

 そしてそのレックスは今わたしたち人類へと牙を剥き、タチバナ=リリセを手に掛けようとしている。

 

「レックス!」

 

 わたしに名前を呼ばれたのに気づいたのか、メカゴジラⅡ=レックスが手を止めてわたしの方へと振り返った。

 

「?……」

 

 あるいは、わたしが名前を知っていたのを怪訝に思ったのかもしれない。メカゴジラⅡ=レックスは動きを停めて小首を傾げている。

 ……ひょっとして、もしかしたら。一縷の望みに賭け、わたしはレックスに縋りついた。

 

「レックス、もう辞めてくれ、頼む、せめてリリセと子供たちだけは、どうか……!」

 

 一瞬、レックスが躊躇した。

 

「…………。」

 

 ……ように見えた。

 だけどそれだけだ。鋭い光をぎらつかせながらわたしの方を見下ろしたレックスの赤い視線、その目つきには何の感情も籠っていない。メカゴジラⅡ=レックスはすぐさま気を取り直したように尻尾を振り上げ、マゼンタ色に背鰭を光らせ始めた。

 ……メカゴジラⅡ=レックス必殺、デストファイヤー。マタンゴをも切り刻んでしまう強力無比なプラズマジェットの高圧火炎放射。

 それが、わたしの体を容赦なく撃ち抜く。

 

「が、は……!」

 

 一瞬の衝撃、苦痛はさほど感じなかった。

 ただ『終わった』と感じただけだ。

 意識が薄れゆく中、わたしはようやく悟った。

 ……BADENDの回避、そんなの全く出来ちゃあいなかった。マタンゴ、ナノメタル、わたしたちが孫ノ手島怪獣大戦争に巻き込まれるかどうか、そんなものは関係ない。

 

 メカゴジラⅡ=レックスが敵の手に渡った時点で、いいや、わたしが14歳の誕生日の朝を迎えたあの朝。

 あの時点で、わたしたちのBADENDは既に確定していたのである……

 

 




子供たちの名前は「VSデストロイア」が元ネタ。エミィの名前の元ネタが山根恵美子なのでそれに因んで。


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怪獣復楽園:再構成(リテイク)、アニゴジ世界で怪獣プロレス その4

 

 

 絶望の未来を変えようとして『最悪の結末』を迎えてしまってから、わたしはいったい何度タイムリープを繰り返しただろう。

 わたし:エミィ=アシモフ・タチバナは、完全に行き詰まっていた。

 

 詰みも詰みだ。どれほどタイムリープを繰り返してみても、BADENDを変えられないどころかやり直せばやり直すほど事態は悪化してゆく。たとえ孫ノ手島怪獣大戦争でのリリセの死を回避できたとしてもそれは結局その場しのぎでしかなく、行き着いた果てではより最悪なBADEND:悪に堕ちたメカゴジラⅡ=レックスによる大殺戮が待っている。

 考えてみれば、当然のことだった。

 マフネ博士の狂気から始まったメカゴジラⅡ=レックス、ビルサルドとエクシフの対立による新生地球連合軍の内部抗争、そしてそれらすべての元凶『怪獣黙示録』……因縁はわたしが生まれるよりも遥か以前から根深く絡み合っていて、最早当人たちでさえ抜き差しならない状況になってしまっている。

 そんな複雑に入り組んだ因果による結末を、たかだか14歳の小娘でしかないわたしごときが覆すことなんて出来るわけがなかったのだ。そんなことにも気づかないまま『運命を変える、BADENDを回避する』だなんて息巻いて、わたしはなんてバカだったのだろう。

 

 そんなわたしに残された選択肢はただ一つ、仮初めの平穏の中に閉じ籠ることだけだった。

 今回も“いつもどおり”、寝坊したわたしをリリセが起こしてくれるところからスタートする。

 

「おはよ、エミィ」

 

 ああ、おはよう。この朝の挨拶も、果たして何度目だろうか。そうやって14歳の誕生日の朝に戻ったわたしは、いつか必ず訪れるBADENDを回避しようと動き始める。

 ……よーしエミィ=アシモフ・タチバナ、今度こそどうにかしてリリセたちを救うんだ。幸いわたしのタイムリープに回数制限はないようだし、時間もチャンスもいくらでもある。何度繰り返したって、それこそ無限に繰り返したって良い、大切な人たちの笑顔を守れるのなら。

 そう自分に言い聞かせながらリリセたちと毎日を過ごし、BADENDが確定したらまた最初からやり直す。その繰り返しを何度も何度も、何度でも!

 

 ……こんなの、ただの現実逃避だ。

 

 口先では『救う』だなんて言っているけれどそんなのは言い訳。本当はリリセたちが生きている幸せな時間に入り浸っているだけである。言われなくたってわかってんだよ、そんなの。

 

「どじゃアーん! ハッピーバースデー!!」

 

 だけど、わたしはその先に進めない。大切な人たちがいなくなって独りになってしまえば、そのあとに残るのは辛く苦しい孤独な人生だけ。

 それにわたしは、『リリセが死ななかった可能性の未来』を目にしてしまった。リリセとゲンゴの結婚式、その二人が築く家庭生活、そして生まれてくる可愛い子供たち。それらを今さら見なかったことになんか出来ない。わたしにとってそれは、諦めてしまうにはあまりにも幸福すぎたのだ。

 

「ありがとね、エミィ。そしてこれからもよろしくね」

 

 このまま続けば、わたしはいずれ壊れてしまうだろう。数えきれぬほど繰り返される同じ毎日、もう頭がおかしくなりそうだ。

 たとえタイムリープで無限にやり直せるとしても、人間の心には限界がある。人間の脳味噌は150年分の記憶を溜め込むことが出来ると物の本で読んだことがあるが、その前にまずわたしの精神が参ってしまうに違いない。

 そこまでわかっていても、それでもわたしにはどうすることもできない。このループを抜けるということはすなわち『リリセが死んでしまった世界を独りぼっちで生きてゆく』ということに他ならない。そんなの無理だ、とても耐えられない。

 そうやって二進(にっち)三進(さっち)もいかない絶望のどん詰まりの袋小路で、わたしはまたしてもタイムリープで都合の良い時間の中へと逃げ込んでしまう。

 

「よしよし、ここはひとつ、超絶銀河スーパーウルトラセクシーキュートなオネーサンが、麗しの我が妹分の気持ちが落ち着くまでハグしてあげようじゃあないか」

 

 弱虫で卑怯者のこんなわたしを、タチバナ=リリセはこうして心から気遣ってくれる。あいつはいつだってわたしのことをそっと抱き締めて、温かくて優しい言葉を掛けてくれる。なんて居心地が良いのだろう。リリセが幸福に生きている、わたしに笑いかけてくれる。ただそれだけでこの苦しみが和らぐ気がする。

 

「大丈夫、大丈夫だよ、エミィ」

 

 ……もう、いいよな。

 とにかくわたしの目の前でリリセが生きている、わたしと一緒にいてくれる。それが今のわたしの全てだ。

 もう、それで充分じゃないか。絶望の未来(さき)へ進むくらいなら、いっそこのまま幸福な時間(いま)をずっと繰り返していればいい。そんな風にも思えるようになってきた。

 

 無論、それが破滅への片道切符なのも理解している。

 どれだけタイムリープを重ねても、いやむしろタイムリープを重ねれば重ねるほどわたしは追い詰められてゆく一方だった。こんなのいつまでも続けられるはずがない、いつかわたしの心が壊れてしまう。そうなってしまったときこそ本当に破滅、BADENDだ。

 そこまでわかっていても、だけどどうしてもわたしはこのタイムリープの無限ループから抜けられない。本当のBADENDと言ったが、わたしはこの破滅の泥沼へ既にもう片足を、あるいは腰や肩まで浸かってしまっているのかもしれなかった。そのことに気づいた最初は危機感も抱いていたが、近頃は這い上がろう立ち向かおうという気力すら萎えつつある。

 もう、駄目かもしれない。心が折れかけていた、そんなときだった。

 

 ――……エミィ!

 

 遠いどこかで、誰かがわたしを呼んだような気がした。しかし辺りを見回してみても、声の主の姿はない。

 

「……エミィ?」

 

 また違う人物の呼びかけで、わたしはすぐに現実へと立ち返った。今わたしの目の前で心配そうな目線を向けてくれているのは最愛の家族、タチバナ=リリセ。

 ……ああ、そうだ、今は西暦2063年3月、わたしが14歳の誕生日の朝。わたしがいつもタイムリープで戻ってくるスタートポイントだ。

 

「リリセ、今なんか言わなかったか?」

 

 わたしが訊ねると、リリセは「いいや、別に?」と首を左右にする。

 

「なんか、大丈夫? エミィ、なんだか顔色が良くないけど?」

 

 そうやって気遣ってくれるリリセに対し、わたしは「あ、いや、なんでもない」と即座に取り繕った。

 そうだ、今日こそ、今度のループこそはリリセたちを救わなくちゃ、そして今度こそ完璧なハッピーエンドを掴むんだ。そう決意を新たにしながら、わたしは毎度のとおりにリリセと朝の挨拶を交わして今回のループをスタートする。

 

「じゃ、わたしは下で待ってるからね。着替えたらおいで」

 

 そう言って降りてゆくリリセに「わかった」と返事をして、そして部屋にはわたしが一人だけ残された。これもいつものループとおりの流れだ。このあとは私服に着替え、下でリリセから誕生日を祝われ、朝食とケーキを食べる。これまで何回繰り返したかもわからない、わたしの14歳の誕生日のシークエンス。

 

 ……それにしても、とわたしは思い返す。

 さっきわたしを呼んだ『声』。あれは一体何だったんだ。リリセから呼び起こされる前にわたしへ呼び掛けてきた『リリセじゃない誰か』、あれは果たして誰だったんだろう。ひどく懐かしい気がするし、とても聞き覚えのある声だった気がするけれど、それがいったいどこの誰なのかわたしは全く思い出せなかった。

 あるいは、こういう可能性もある。

 聞き違い、もしくは幻聴。タイムリープを繰り返し過ぎてわたしの精神がとうとう限界を迎えてしまい、聞こえもしない声が聞こえるようになってしまった。それならそれで納得がいかないでもない、むしろまったく思い出せない誰かさんなんかより、わたしの頭の中だけで聞こえた声という方が筋も通っている気がする。

 もし、そうであるならば。

 

「次に行くべきは頭の病院かもな」

 

 ふふっ。つい皮肉な笑みが漏れてしまった。

 もし本当に医者にかかったら、そのときわたしはなんて説明すればいいんだろうな。『何十回もタイムリープを繰り返してメンタルを病みました』とでも言うのか? それこそまともじゃない、どうみても狂人の戯言じゃないか。

 ……だがまぁ、いまさらどうでもいい。どのみちわたしはもう、このタイムリープの蟻地獄からは逃げられやしないのだ。そう諦め半分開き直り半分で自棄になりかけた、まさにそのときだった。

 

 

 

「その必要はないよ、エミィ=アシモフ・タチバナ」

 

 

 

 不意に肩を叩かれてわたしが振り返ると、そこには驚くべき人物の姿があった。

 

「おま、おまえは……っ!?」

 

 体の各部から突き出ている金属パーツ、生え揃ったクリスタル状の背鰭と大きな尻尾、構造色による七色の輝きを帯びた髪の毛、そして宝石のような輝きを湛えた瞳。絶対に忘れようがない、忘れるはずがない、人類の最終兵器にして人類最後の希望。

 だけど、『こいつ』が今ここにいるはずがない。わたしは、いるはずのないその人物の名前を呟いた。

 

 

 

「メカゴジラⅡ=レックス……!?」

 

 

 

 驚愕することしか出来ないわたしに、目の前のメカゴジラⅡ=レックスは「やあ、エミィ」と微笑んだ。

 

「久しぶりだね、エミィ=アシモフ・タチバナ……いや、『はじめまして』と言うべきだろうか。“前のボク”はともかく、“このボク”とは初めてだものね」

 

 メカゴジラⅡ=レックス。

 まだこの『エミィ=アシモフ・タチバナの誕生日』時点では出会っておらず、タイムリープによる時系列改変の結果わたしと出会った事実さえ『無かったこと』になったはずの少女型メカゴジラが、どういうわけか今まさにわたしの目の前へと出現していた。

 兎にも角にも、まず真っ先に目についた差異をわたしは口にした。

 

「黒い……?」

 

 目の前に現れたメカゴジラⅡ=レックスは、わたしが知っているこれまでのレックスとは『体の色』が異なっていた。たとえば、わたしの記憶の中にあるレックスは銀色の機体色をしていたが、こちらは艶々とした純黒だ。瞳の色も、わたしの知っているレックスは深紅の瞳をしていたが、こちらは燦々と鮮やかな金色の瞳をしている。

 黒いメカゴジラⅡ=レックス。訝しむわたしに気づいたのか、レックスのそっくりさんは頭を掻いた。

 

「ああ、“そちらのボク”はナノメタルの色のままだったんだね。イメチェンってやつだよ、ブラックカラーにしてみたんだ。どう? ブラックカラーは皆に喜んでもらえると思うんだけどな」

 

 そういって自身の変化を見せつけるかのように、レックスの色違いさんはくるりとその場で一回転して見せた。

 ……メカゴジラⅡ=レックスのブラックカラー、つまりブラックメカゴジラか。ブラックメカゴジラの黒いレックス、言うなれば〈ブラックレックス〉とでも呼ぶべきだろう。

 ブラックレックス当人が『イメチェン』というだけあって、たしかにクールだ。目はピカピカに磨き抜かれた黄金の琥珀のように上品に透き通っていて高級感があるし、黒いボディもマジョーラ塗装めいた構造色の濡れ羽色、虹の黒光りを帯びていてかつての銀色ボディよりも遥かに洗練された印象を受ける。

 いや、そんなことより。わたしは訊ねた。

 

「おまえは何者なんだ。わたしの知ってるメカゴジラⅡ=レックスなのか?」

 

 過去にタイムリープしたループの中では、わたしの知らないレックスが何人かいた。わたしが知っているとおりの善良なレックスもいたし、中には冷酷非情な殺人マシーンに改造されてしまったレックスもいた。

 だけど今目の前に現れたブラックレックスは、そのいずれでもないようだった。わたしたちと出会って味方になってくれたレックスでもなければ、悪い人間たちの手に墜ちたレックスでもない。これまでのタイムリープでわたしが出会ってきたレックスたちとは見た目以上に何かが、それも決定的に違っている。その違いが果たして何なのか、今のわたしにはよくわからないけれど。

 わたしの疑問に、ブラックレックスはニコニコ笑いながら「キミの知ってるレックスか……」と言った。

 

「そうであるとも言えるし、そうでないとも言えるかな。いかにも、たしかにボクはメカゴジラⅡ=レックスだ。けれどキミの知っているレックスではない。まぁ、ボクはキミのことを知っているけれどね」

 

 まるで謎掛けのような言葉だった。どういうことだ、何を言ってんだかさっぱりわからん。

 理解しあぐねているわたしに、ブラックレックスはこう説明する。

 

「キミにとって今目の前にいるレックスは並行同位体、いわゆる『パラレルワールドの自分』って奴だよ。キミがこれまで出会ってきたレックスも並行同位体としては同質だけれど、今目の前にいるこのボクはそれらをメタ的に観測している点において彼女らとは格が違う」

 

 パラレルワールド。俗に言うマルチバース、SFでよくある『隣にある異世界』って奴だろうか。自分たちの生きている世界、その隣側には決して交わらないがよく似た異世界があって、同じ人間がそれぞれ違う選択をして生きているのだという。

 つまり今わたしの眼前にいるブラックレックスは、そのパラレルワールド間を行き来し超越する能力を手に入れたメカゴジラなのだ。これまでのメカゴジラⅡ=レックスとは文字通り『次元』が違う、神の領域。まさに究極の進化を遂げたメカゴジラとでもいうべきだろう。

 ブラックレックスは話を続けた。

 

「まあかなり突拍子もない、人間には知覚できない次元の話だから驚いたとは思うけれど、今のエミィなら受け容れてもらえるんじゃあないかな。高次元怪獣やタイムリープがアリなんだし、パラレルワールドくらいあってもいいでしょう?」

 

 たしかに、ブラックレックスの言うとおりだ。

 かつてのわたしならまともに取り合わなかったかもしれないが、タイムリープというSF現象に巻き込まれて数え切れないほどのBADENDを繰り返した今なら十二分に納得できそうだった。タイムリープ、選択一つで世界はあそこまで変わるのだ。そうやって『もしも違う選択をしていたら?』という形で生まれるのがパラレルワールドなのだろう。

 そんなところでパラレルワールドの理屈には納得できたが、まだ不可解なところがある。

 

「おまえ、わたしのこと、“知ってる”のか?」

 

 ブラックレックスは、今たしかにはっきりと『高次元怪獣』『タイムリープ』と口にした。どちらもこの時点のレックスなら本来知らないはずの概念だ。裏を返せば今目の前にいるこのブラックレックスは、わたしがタイムリープしているこの現状を知っているということになる。

 わたしの問いに、ブラックレックスは「うん、そうだよ」とあっけらかんと答えた。

 

「今までの経緯(いきさつ)は全て見ていた。キミがリリセたちを救おうとして奮闘していたことも、その先で掴んだ幸せを取り零してしまったことも、そして今はそれを諦められずにタイムリープの蟻地獄へ嵌まり込んでいて抜け出せなくなっていることも」

 

 なんだと……?

 愕然とするわたしに、ブラックレックスは語り続ける。

 

「エミィ=アシモフ・タチバナの時を越えた大奮闘、もうちょっと眺めていても良かったんだろうけど、なんだかそろそろ『邪魔』が入りそうだったから、ここら辺で打ち切らせてもらおうかなと思ってね。まぁこれ以上は限界みたいだし、時も十二分に満ちた、だから結果オーライってとこかな」

 

 ……まさか、こいつ。

 

「このタイムリープ、おまえの仕業かっ!?」

「ええ、もちろんさ」

 

 ……ッ!!

 あまりにも事も無げに頷いてみせたブラックレックスの態度に、わたしの中で思わず感情が沸騰した。

 

「ふざけんな、おまえこのタイムリープのせいで、わたしがどれだけ苦しんだと思ってやがる!」

 

 よくもいけしゃあしゃあと言いやがったなクソッタレが。人の心を弄びやがって!

 胸ぐらへ掴みかかろうとするわたしをブラックレックスはヒラリと躱し、悪びれもせずに「まあまあ、落ち着いて」と宥めすかそうとする。

 

「まずは順を追って話してあげる。ボクがこの瞬間(とき)をどれだけ待ちわびたことか」

「待ちわびた、だと……?」

 

 わたしが怪訝に目を細めた一方、ブラックレックスは「そうとも」とうっとり夢を見るような口調で答えた。

 

「待ちわびていた、待ちかねていた。みんな大変だったよね。けれどもう大丈夫。これまですべての苦しみも悲しみも、これでようやく報われる。何もかもすべてはこの真の結末(トゥルーエンド)、『最高のハッピーエンド』に向けた伏線だったんだよ」

 

 何言ってんだ、こいつ……?

 ブラックレックスが何を言っているのか、わたしにはもはや理解できない。

 そんなわたしに、ブラックレックスは穏やかに微笑みかけた。

 

「まぁ見ててよ、エミィ」

 

 ぱちん。ブラックレックスが指を鳴らした途端、世界が大きく歪み始めた。

 見慣れた部屋の風景は一瞬で融けるように崩れ去り、まばたきしたときにはわたしたちは別の異空間へと移動していた。

 宗教曼荼羅を思わせる鋼鉄の万華鏡が煌めき、同じ模様が永遠に繰り返す白銀の自己相似幾何学構造(フラクタル)、そしてその只中でメラメラと瞬く緑色の宝石の星々。

 夢か現か幻か、どこでもない世界。高次元超空間の狭間で、ブラックレックスはわたしに告げる。

 

「おめでとう、エミィ=アシモフ・タチバナ。キミはようやくこの段階に到達(Ascension)できた。キミには『資格』がある」

 

 資格、何のだ。

 動揺そのまま聞き返すわたしに対し、ブラックレックスは堂々と宣言した。

 

「ボクはこれからみんなを楽園に連れてゆく。みんなが幸せになれる楽園:ハッピーエンドにね」

 

 




書き溜めが、尽きた……orz


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怪獣復楽園:再構成(リテイク)、アニゴジ世界で怪獣プロレス その5

 

 わたし:エミィ=アシモフ・タチバナは、地獄のタイムリープを抜けた先で黒いメカゴジラⅡ=レックス:ブラックレックスと出会った。

 ブラックレックスはこう語る。

 

「ボクはこれからみんなを楽園に連れてゆく。みんなが幸せになれる楽園:ハッピーエンドにね」

 

 楽園に連れてゆく、一体どこに連れてくつもりなんだろう。そう問い掛けようとするわたしに、ブラックレックスは先回りして「みんなを理想の楽園に連れて行くのさ」と言った。

 

「まず、1999年から始まった怪獣出現以来、いや、エクシフが関わってきた遥か太古の昔からの、地球の歴史を書き換える。それから皆の願いが満たされる、新しい楽園へと上書きするんだ。そうやって皆を楽園に連れてゆく。こんな糞みたいな地獄から、皆が幸せな楽園に」

 

 ……何言ってんだ、一体。わたしは困惑した。

 たしかに、今のブラックレックスにはパラレルワールドを行き来してしまうような凄い力がある。まさに最高、無敵のチート能力だ、それは認めよう。

 だけど楽園へ連れてゆく、『世界を書き換える』だなんてそこまでのことが出来るのだろうか。いくらなんでも途方も無さすぎるだろ。

 そんなわたしの戸惑いを見通してか、ブラックレックスは「いいや、出来るとも」と胸を張った。

 

「みんなを楽園に連れて行く、そんなのわけないことさ。なんて言ったって、今のボクには最強の『神様』が味方に付いているからね」

 

 『神様』? 何のことだろう。それを問い質そうとしたとき、どこからともなく『笑い声』が聞こえてきた。

 

 ピロピロピロ

 ケタケタケタ

 

 その笑い声でわたしは頭上を仰いだ。

 ……忘れられない、忘れられるはずがない。

 遠い記憶の中にある、『あの怪獣』の姿を思い出す。初めて見たときわたしは『こいつ』の正体を知らなかったけれど、そのあとリリセからその名を聞かされていた。

 

「ルシファー……!」

 

 高次元怪獣、堕天の虹〈ルシファー=ハイドラ〉。かつてゴジラをも圧倒し、メカゴジラⅡ=レックスを利用してこの世界を食い潰そうとした、異世界からの恐るべき侵略者。虹色の体を持つ三つ首の邪悪な大蛇が今、ブラックレックスの周囲に舞い降りてきて蜷局(とぐろ)を巻いていた。

 

「な、なんでこいつが……っ!?」

 

 そう、ルシファーはあのとき孫ノ手島で、メカゴジラⅡ=レックスもろともゴジラに木っ端微塵に倒されたはずだった。なんで生きてやがる。

 状況を呑み込めずにいるわたしに、ブラックレックスは「ルシファーは高次元怪獣だからね」と答えた。

 

「高次元怪獣の本質は彼岸、高次元世界の向こう側にある。低次元世界でいくら踏み潰されようが放射熱線で吹っ飛ばされようが、実際は痛くも痒くもない。『綺麗な虹が見たい』、そうやって(こいねが)う者さえいれば異世界転生チート怪獣は何度でも現れるのさ」

「そ、そんなっ……!」

 

 そんな、そんなの、孫ノ手島でのことは全部ムダだったってことじゃないか。

 悲嘆しているわたしに構うこと無く、ブラックレックスは話を展開してゆく。

 

「それにルシファーは教えてくれた。この星の行く末、結末がどうなるか」

 

 この星の結末、だって? わたしが聞き返すと「うん」とブラックレックスは頷いて答えた。

 

「このまま世界が突き進んでいったらどうなってしまうか。聞かせてあげるよ、エミィ……」

 

 そうしてブラックレックスは、高次元怪獣ルシファーから聞かされたという『この星の結末』を語り出した。

 『この星の結末』、それはゴジラを倒すことに取り憑かれた『ある男』の物語だった。

 

 ゴジラを倒す、男はそのために様々な手段を講じた。あるときは知恵と勇気と作戦で、またあるときは要塞都市へと進化したメカゴジラ=シティを使って、挙げ句の果てには(ギドラ)の力にさえ縋ることさえ迫られた。

 だけど、男はゴジラに勝てなかった。理由は突き詰めると簡単だ、『男が結局人間であることを辞められなかったから』だ。

 男はあまりに巨大すぎるゴジラに蹂躙された。何故なら男は人間だったから。

 男はゴジラを倒せる唯一の手段だった要塞都市型メカゴジラを自ら破壊した。何故なら男は人間だったから。

 男は(ギドラ)による救済さえも最終的には否定した。何故なら男は人間だったから。

 そこまでいっても男はゴジラを憎むことを辞められなかった。何故なら男は人間だったから。

 かくしてゴジラへの憎しみを捨てられなかった男は、自らのけじめをつけるために全てを捨ててゴジラに特攻、そのまま果てたのだった。

 

「……ふふっ、みじめでしょう?」

 

 そんな一連の顛末を語り終えたブラックレックスは、フフフと笑った。

 

「ちっぽけで、馬鹿げていて、そして底無しに愚かだ。人間ごときが怪獣、それもゴジラに敵うはずがないのに」

 

 小馬鹿にするような失笑は、やがてけたたましい哄笑へと変わった。

 

「うふふふはははは……!」

 

 お腹を抱えて笑い転げるブラックレックス。その虚ろな笑い声は、周囲でくねっているルシファー=ハイドラの嗤いにそっくりだった。

 

「こんなのが『人類最期の英雄』? こんなに大勢の人を巻き込んで不幸にして破滅に追いやった挙げ句、背負うべき責任を放り出して独り善がりに死んでいった、この弱くて身勝手極まりない人でなしの屑が? ボクたちが、そして全人類が未来を信じて身も心も捧げた果てがコレだって?」

 

 そうやってひとしきり笑い転げたあと、ブラックレックスの表情は憎悪に染まっていった。燃える瞳はまるで怒り狂ったゴジラそっくり、怪獣そのものだ。

 

「……ふざけるな。こんな最低最悪のBADEND、ボクは認めない。こんな結末認めてやるものか、絶対に許さない」

 

 そうやって底無しの怨念に燃え滾るブラックレックスと、その周囲でケタケタと笑い狂う高次元怪獣ルシファー。そんな彼らを見ていて、わたしは直感した。

 ……ブラックレックスは悪魔に誑かされている、ルシファーに唆されて良い様に操られているんだ。なんとかしなくちゃ。

 そう思い至ったわたしはブラックレックスに言った。

 

「レックス、おまえは騙されてるんだ!」

「…………はい?」

 

 わたしの言葉に、ブラックレックスは怪訝に小首を傾げている。わたしはブラックレックスへ一生懸命に言って聞かせた。

 

「何を吹き込まれたんだか知らないけど、そんなの『現実』じゃない! ルシファーだかなんだか、そんな得体の知れない変な奴の言うことなんか聞くな!」

 

 わたしの言葉に、最初ブラックレックスはぽかんとしていた。だがその呆気に取られていた表情は崩れてゆき、やがて口元からクスクスと笑みが溢れ落ちた。

 

「騙されてる? ボクが?? ふふっ、ははは」

 

 ……何が可笑しいんだ、一体。わたしが怪訝に眉を顰めている中、ブラックレックスはニコニコ笑いながらこう告げる。

 

「自分を騙してるのはキミの方だろう、エミィ=アシモフ・タチバナ。いい加減素直になりなよ、キミだって本当はわかっているくせに」

 

 なんだとっ。

 売り言葉に買い言葉でわたしが言い返そうとしたとき、ブラックレックスの隣に『人影』が現れた。

 その影は最初ピント外れのようにぼんやりと曖昧だったが、やがてその輪郭がはっきりと浮かび上がってきてわたしは目を見開いた。

 

「リ、リリセ……?」

 

 突如出現した新たな人物、それはタチバナ=リリセだった。驚愕しているわたしに、目の前のリリセは「やっほ、エミィ」とかつてのように笑いかけてくる。

 なんで、どうしておまえが。そんな疑問も浮かんだけれど、見慣れた優しい笑顔を向けられてわたしは思わず手を伸ばしてしまう。

 そんなわたしに、リリセはこう言い放つ。

 

「触んないでよ、このひとでなし」

 

 ……え?

 思ってもなかった反応に、わたしはただ唖然とするしかない。目の前のリリセは伸ばされたわたしの手を乱暴に払い除けると、こんなことを言い出した。

 

「BADENDの回避? よく言えるよね、『本物のわたし』をこんな有様にしておいて」

「んなっ……!?」

 

 改めて見れば、わたしの目の前に現れたタチバナ=リリセは、元気溌剌・天真爛漫なかつての彼女とは違っていた。

 ひどく痩せ衰えて弱り、全身をナノメタルに侵食されてボロボロになってしまった姿。わたしが『記憶』の奥へと封じ込めていた、ナノメタルに食い殺された本物のリリセだ。

 身体中のあちこちを鈍色のナノメタルに食い潰されたリリセは、今までわたしが見たこともないような剣呑な目つきで睨みながらこう言った。

 

「『わたしを救う』? バカじゃない? いつも強くて優しい誰かさんに護られてばっかの弱いあなたなんかに、何が出来るって? 実際タイムリープで何回やり直したって上手くなんていかなかったじゃない」

 

 違う、こんなのはただの幻、偽物だ。

 わたしは咄嗟に自分へ言い聞かせた。きっと目の前にいるタチバナ=リリセはブラックレックスが繰り出してきた幻覚かなにかだ、本物のタチバナ=リリセがこんなことを言うはずがない。こんな酷いことを言ってわたしを傷つけたりしない、本物のタチバナ=リリセなら。

 だけどそんなわたしの甘さを見透かしたように、リリセの亡霊は鼻で笑い飛ばす。

 

「“本物のタチバナ=リリセなら”? なにそれ。勝手なこと言わないで。あなたがわたしの何を知ってるというの? 知ったようなクチを聞かないでよ、生きたままナノメタルでじわじわ蝕まれてゆく苦しみがどんなだったか知りもしないくせに」

「ちがう、ちがう、ちがうっ」

 

 怨念を滾らせているリリセの気迫に圧倒され、わたしはその場から後ずさろうとする。

 しかしその足を『誰か』に掴まれた。

 

「ッ!?」

 

 振り返ると、わたしの足元に『子供たちの亡霊』がしがみついていた。

 わたしの足を掴んでいるのは、ヒロセ=ユカリとその弟ケンキチ。わたしが『失敗』だと切り捨てたタイムリープの中で、幾度も死んでいったタチバナ=リリセとヒロセ=ゲンゴの子供たちだ。

 わたしがかつて心から愛した双子の姉弟たちは、全身を凶弾で抉られた血みどろの様相のまま朗らかに笑いかけてきた。

 

「「エミィおばたん!」」

 

 ひ、ひぃっ!!

 満面の笑みを浮かべて纏わりついてくる子供たちの亡霊を、わたしは悲鳴を挙げながら必死に振り払った。そんなわたしに、タチバナ=リリセの子供たちはこう語りかける。

 

「ねぇ おばたん」

「どうして にげるの おばたん」

「これこそ おばたん が えらんだ けつまつ でしょう?」

「これこそ おばたん の いう 『げんじつ』 だよ?」

「にげちゃだめだよ、おばたん」

「うけいれなきゃ」

 

 よせ、くるな、やめろ。

 追い縋ってくる亡霊たちから逃げ惑うばかりの無様なわたしを、タチバナ=リリセの幻影は「だいたい『わたしを救う』っていうけどさあ」と冷たく笑った。

 

「そもそも『あなたがいなければ良かった』だけのことじゃないかなあ? あなたみたいな役立たずの足手纏い、ずっとわたしの人生の御荷物だった。あなたみたいな邪魔者さえいなければきっと助かった、いや幸せに暮らせたろうに。ねー?」

「「ねー?」」

 

 やめろ、やめてくれ、もう聞きたくない!

 響き渡るリリセたちの嘲笑に対し、わたしは両目両耳を塞いで拒むことしかできない。

 わたしが犯してきた罪、逃げ出してきた過ち、今までずっと目を背けてきた痛い『現実』。だけどこんなのリリセじゃない、リリセたちがこんな風にわたしを責め立てたりするわけがない、だけど、だけど……。

 

「……ああ、そうだとも」

 

 目の前の『現実』から逃げ出そうとするわたしの耳元に、ブラックレックスの囁きが入り込んでくる。

 

「これはキミの深層心理を反映した作り物の幻、偽物だ。本物じゃあない」

 

 だけどねエミィ、とブラックレックスは言う。

 

「エミィ=アシモフ・タチバナ、これがキミの心の影であるのは間違いない。キミはもっと素直に、自分の心の声へ耳を傾けるべきだ」

 

 心の声、だと……?

 

「そうとも。キミ自身、内心ではわかっているはずだよ。いくらキミが口先でそれっぽい屁理屈を並べ立てようがそんなものは『欺瞞』に過ぎない、本当はこんな結末望んでない、とね。自分の本当の気持ちと向き合うんだ」

 

 正直になろうよ、エミィ。ブラックレックスはそうやってニコニコと笑い掛けた。

 

「『出されたものは何でも受け容れなきゃいけない』なんて、そんなの他に縋るものがない畜群どものみじめなルサンチマンさ。嗚呼、なんて可哀想なんだろうね、そういう人たちは。そういう都合の良い夢の世界に閉じ籠ってる下劣なウソツキどもを見てると、ついつい論破して現実に目覚めさせてあげたくなっちゃう」

 

 でもねエミィ、とブラックレックスは言う。

 

「そういう底辺の卑怯者どもならいざ知らず、正直者のキミまでそうやって無理をして大人ぶったり、我慢して自分に言い訳をしたりする必要なんてない。イヤなものはイヤ、ダメなものはダメ、受け容れたくないものは受け容れない、こんなの認めない、もっと違う結末が良かった、アレが欲しい、コレが欲しい……それでいいんだよ。だってキミは家畜じゃなくて人間なのだから」

 

 ……かつてのレックス、わたしが知ってるメカゴジラⅡ=レックスはこんな、人の弱味につけこんで傷つけるようなマネが出来る奴じゃなかった。一体どうしちまったんだよ、レックス。

 メカゴジラⅡ=レックスのあまりの変貌ぶりに慄いていると、ブラックレックスは「ボクはね、悟ったんだ」と言った。

 

「人間は欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かだ。後先考えず繁栄だけ求めて破綻を引き起こすのも人間、弱くて狡くて身勝手なのも人間、ウソをついて他人はおろか自分自身さえ騙してしまうのも人間だ」

 

 そう言ったブラックレックスは、遠い目をしていた。

 ……ブラックレックスが語る、人間の愚かしさ。わたしが知っているメカゴジラⅡ=レックスは、そういう人間の弱さや狡さ、身勝手さに散々振り回された挙げ句に破滅してしまった可哀想な奴だった。

 そんなわたしの感慨を余所に、ブラックレックスは言う。

 

「でも、それこそが『人間らしさ』なんだよね。愚かじゃない人間なんて人間じゃない、ただの畜群、飼い慣らされた家畜とおんなじさ。小賢しく思考停止して何もかも受容するだけの人生、それは確かに安楽で傷つかないかもしれないけれど、本当にそれでいいのかな? ちゃんと知性と心があるのだから『自分が真に望んでいることは何か』、それら自分の真実とちゃんと向き合ってきちんと考えるべきなんじゃないのかな? それこそが『人間』じゃない?」

 

 ……たしかに、ブラックレックスの言うとおりかもしれない。

 

「欲深で、浅はかで、底無しに愚かな人間たち。だけどそんな人間たちがボクは大好きだ。愛おしくてたまらない。そんな彼らが人間らしく正直に、そして幸福に生きられる素晴らしい世界。それこそがボクの目指す『楽園』なんだ」

 

 滔々と語られるブラックレックスの『楽園』論に対し、わたしは何も言い返すことができなかった。

 撃退されたはずの高次元怪獣ルシファーの復活、この星が辿るというBADEND、そしてわたし自身の心の声。わたしが見たくなかった真実と、それらから目を背け続けてきた誤魔化しだらけの弱い自分。

 それらすべてを暴き立てられて突きつけられたことでわたしは心を折られ、もはや抵抗する気力も起きない。

 

「……なんでこんなものを見せる? おまえは何がしたいんだ」

 

 力無く訊ねたわたしに、ブラックレックスは「『再構成(リテイク)』だよ」と答えた。

 

「あんな救いもへったくれもない糞みたいな、いや糞そのもののBADENDなんかとは違う、こうあるべきだった世界。ぼくのかんがえた最良の続き、最高の結末。それをこの糞みたいな現実に上書いてやるのさ」

 

 最高の結末、それってどんな。

 わたしがそう訊ねた途端、ブラックレックスの表情がパアッと明るくなった。

 

「……!」

 

 ブラックレックスが浮かべたそれは、心から喜ぶ笑顔だった。先ほどまでの皮肉っぽい作り笑いとはまるで違う、まるで夢見る無邪気な子供みたいだ。

 

「あのねあのねあのねっ!」

 

 そしてブラックレックスは、黄色い瞳をきらきら輝かせながら身を乗り出して語り始める。

 

「まずねっ、『怪獣黙示録』で起動しなかったメカゴジラが再起動するの! 勿論シティでもなければ少女型でもない、ちゃんとゴジラの姿をした立派なメカゴジラ! 二万年の時を経て復活し、身長1キロメートルにまでパワーアップを遂げたそいつが、身長300メートルのゴジラ=アースとガチンコ対決してね……」

 

 それは先ほどブラックレックスが語った『この星の結末』とは打って変わって、とても希望のある結末だった。

 身長1キロメートルにまで成長したゴジラとメカゴジラによる地球最大の究極対決、それに続いて地球へと舞い降りてくる最強最悪の高次元怪獣、そして地球規模で繰り広げられる史上空前絶後の怪獣大決戦。その足元で踏みにじられて多大な犠牲を払いながらそれでも人間たちは知恵と死力を絞って戦い抜き、そして最後は皆で力を合わせて悪い侵略者を撃退し地球を救って明るい未来を掴みとる。

 それは本物と同じくらい、いやそれ以上に波瀾万丈・激動・怒涛の展開の連続だったけれど、最後の最後にはそれら全ての苦労が報われて誰もがハッピー、そんな愛と勇気の尊さを謳う爽やかな人間賛歌ストーリーだった。劇場映画にしたらきっと三部作、CGアニメ映画にでもしたらさぞや楽しい作品になるだろう。

 そんな壮大な構想についてブラックレックスは「今度はハッピーエンドだ」と言った。

 

「どんでん返しは『スティング』を超え、『ニュー・シネマ・パラダイス』より涙を振り絞る、再構成(リテイク)! ……どう? 最高でしょう?」

 

 ブラックレックスが示してくれた『ぼくのかんがえた最高の結末』。さらにブラックレックスはこう豪語した。

 

「この『誰もが望む素晴らしい結末』へ繋がるように、意地悪な神様が仕組んだ『ご都合“悪い”主義』は何もかも根こそぎ破壊し尽くしてやる。そして今度こそ、皆が楽しく笑って暮らせる最高のハッピーエンド、本物の楽園を創るんだ!」

 

 ……なんて素晴らしいんだろう。率直にそう思った。

 どうしてこうならなかった、これこそわたしたちが本当に必要だった結末、もうこれが現実(ホンモノ)でいいじゃん。そんな感想が自然とすらすら湧いてくる。怪獣大決戦が出てくる辺りはたしかにガキっぽいことこの上ないが、だけどこれ以上ないくらいに『誰もが幸せなハッピーエンド』なのは間違いなかった。

 そんなわたしの心情を読み取ったのか、ブラックレックスは「うんうん、そうだよねやっぱり」と言わんばかりに満面の笑みで頷いていたが、不意に様子が変わった。

 

「……まぁ、ここまで至るには色々あったけどね。嫌なことも、悲しいことも」

 

 自分の構想を語っていたときは心底楽しそうだったはずの、ブラックレックスに掛かった暮明(くらがり)、憂いの表情。その灰暗い影を見ているうちにわたしは気になったことがあった。

 

「なぁ、レックス」

「なあに、エミィ?」

 

 呼び掛けへ答えたブラックレックスに、わたしは訊ねる。

 

「おまえ、『パラレルワールドから来た』って言ってたよな。『そっちのわたしたち』はどうなったんだ?」

「!」

 

 パラレルワールドのメカゴジラⅡ=レックスであったというブラックレックス。別の世界に別のレックスがいるなら、同じように別の世界には別のエミィ=アシモフ・タチバナやタチバナ=リリセがいたはずだ。ひょっとすると別の世界のわたしたちも、この世界のわたしたちと同じようにメカゴジラⅡ=レックスと大冒険を繰り広げたのかもしれない。

 けれど、その『わたしたち』はどうなったのだろう。

 

「…………。」

 

 わたしの問いに対し、ブラックレックスは答えなかった。

 でも、それだけでわたしは悟った。

 

「……そうか、死んだのか」

 

 ゴジラに踏み潰されたのか、あるいは新生地球連合軍の内部抗争に巻き込まれたのか。いずれにせよブラックレックスが元々いた世界では、わたしやリリセは死んでしまったのだ。

 『綺麗な虹が見たい』、そう希う者さえいれば何度でも異世界転生チート怪獣は現れる。そんな風に語ったのはブラックレックスだったが、かくいうブラックレックス自身が『そう』だったのかもしれない。そしてその為にメカゴジラⅡ=レックスは高次元怪獣へ縋りつき、悪魔の取引を交わした果てでこんな奴になってしまった。明確な根拠は無いがそんな気がした。

 そんなわたしの思いつきを裏付けるかのように、ブラックレックスは再び口を開いた。

 

「……かつてのボク、そしてキミの世界のメカゴジラⅡ=レックスは、キミたち人間を救ってあげられなかった」

 

 落ち込んだ様子でそう呟くブラックレックス。けれどすぐさま憂いを振り払い、努めて明るい調子でこう続けた。

 

「だけど今は違う。今のボクには高次元怪獣としての力がある。このチート能力があれば都合の悪いことは全部『無かったこと』に出来る。救いたかった人も、受け容れられない結末も、何もかも変えられる。それがどれだけ素晴らしいことか、運命を変えようと必死に抗った今のキミならきっとわかるはずだ」

 

 ……ああ、そのとおりだ、と思った。

 リリセを救おうとして無為なタイムリープを重ね続けたわたしなんかに、同じ道を選んだブラックレックスをどうこう批判する資格はない。

 そう思い至ったわたしに、ブラックレックスは手を差し伸べた。

 

「さあ行こう、最高のハッピーエンドへ。キミにはその資格がある」

 

 そのとき、わたしはブラックレックスの顔を見た。底抜けに明るいニコニコ笑顔。それはまるで天使様のようで、悪いことなんて微塵も考えて無さそうにわたしには感じられた。

 

「…………。」

 

 思い返してみれば、出逢ったときからずっと『そう』だった。わたしの知ってるメカゴジラⅡ=レックスは、いつだってわたしたち人間のためになることしかしていなかった。そんなレックスに対し、狭量な見方で勝手に悪者扱いしていたのはいつだってわたしの方だ。

 

(……迷う必要なんてないのかもな。)

 

 手を差し伸べるブラックレックスへ、わたしもおずおずと歩み寄る。

 そんなわたしへ、ブラックレックスが朗らかに笑いかける。

 

「そして行こう、素敵な未来の楽園へ!」

 

 ……ああ、行こう。

 わたしはレックスの手をとり、明るい未来へ向かって歩き出した。

 

 





【挿絵表示】

高次元怪獣を描いてもらいました。描いてくれた神:エリむーと様


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トゥルーエンド、タイトル:Future ~『モスラ3 キングギドラ来襲』より~

これでおしまい。感想もらえると嬉しいです。


 

 ブラックレックスに手を引かれ、わたしは『素敵な未来の楽園』を目指して歩いてゆく。

 

 ブラックレックスが示してくれた『最高のハッピーエンド』。それはとても素晴らしくて、そんな暖かな陽だまりのような楽園でならきっとわたしみたいな社会不適合の捻くれ者でも幸福に生きられるような気がした。そしてその先にはきっと、リリセも皆も待ってくれている。

 ……もう迷うもんか。そう決めた刹那、わたしの頭に『声』が届いた。

 

 ――……エミィ!

 

 ……誰だろう、今のは。

 それは聞き流しても良いくらいに微かな声だった。けれど、わたしはどうしても気になって立ち止まる。

 周りを見回してみても、わたしとブラックレックスの他には誰もいない。ただ、その『声』にはいつかどこかで聞き覚えがあった。

 そうしているうちに再び『声』が響いた。今度は、よりはっきりと。

 

 ――エミィ、恐れないで、耳を澄まして!

 

 それはわたしが遠い昔に忘れようとして、そして実際に忘れ去ってしまった『誰か』の声だった。

 その『誰か』は奪われたわたしを取り戻そうと、遠い何処かから手を伸ばして必死に叫び続けている。

 

 ――お願いだ、ぼくの大切な人を返して! 返してよ! 返してったら!!

 

 そんな土壇場で、わたしはようやく思い至る。

 ……そうだ。

 そうだった。

 とても大事なこと、そしてとても簡単なことだ。どうして見落としていたんだろう。

 

「……どうしたの、エミィ?」

 

 他方ブラックレックスは、不意に歩みを止めたわたしへ言葉をかけてくれていた。

 ブラックレックスが咄嗟に浮かべた表情はまるで心の底から心配しているかのように気遣わしげで、さっきまでわたしの心を踏みにじっていた偽悪の仮面が外れ落ちていることに当人は気づいていない。

 そんなさりげない仕草から、わたしはもう一つ思い至る。

 

 こいつはやっぱりわたしの知ってるレックスだ。

 

 鬱陶しいくらい御節介で、だけど素直で正直者なレックス。ハイテクのくせにガキっぽくて、だけどどこか憎めないレックス。タチバナ=リリセとエミィ=アシモフ・タチバナ、非力なわたしたちを何回も救ってくれた優しくて頼りになるレックス。

 こいつもそういうメカゴジラⅡ=レックスだ。

 いくらイメチェンして姿形が変わり果てようとも、相手の弱みにつけこみ言い負かしてしまう狡猾さや冷徹さ、パラレルワールドを飛び越えてしまうチート能力を身に着けたとしても、その本性は相変わらず心優しいスーパーロボットにして人類の救世主:メカゴジラⅡ=レックスなのだ。

 ……レックス、おまえは昔からそうだった。おまえはいつだって世のため人のため、そのためなら今みたいに自分自身が悪者になることだって躊躇しない。おまえは本当に立派な奴だ、真の救世主サマだよ、おまえは。

 そしてブラックレックスは今わたしの手をとって、『最高のハッピーエンド』とやらに導いてくれようとしている。

 

 その手を、わたしは力ずくで振り払った。

 

「エミィ……ッ!?」

 

 驚愕の表情を浮かべたブラックレックスに、わたしは軽く息を吸ってから意を決して告げる。

 

「……嫌なことや悲しいこと、沢山あるよな」

 

 何の脈絡もないわたしの発言に対し、目の前のブラックレックスは「いきなり何を言っているの、エミィ」とでも言いたげだ。

 だが構うものか、わたしは言いたいことを喋り続けることにした。

 

「どう言い繕おうが、結局オマエらの言うとおりだ。救いたかった人や受け容れられない結末、そういうの全部なかったことになればいいのにな。そして、何もかも願いどおりの素敵な夢が現実に変わってくれたらいいのに。わたしだってそう思うよ」

 

 次にわたしは、ブラックレックスの周囲で蜷局を巻いている虹色の蛇:ルシファーにも言った。

 

「ルシファー、オマエは悪魔だ。きっとモスラでさえオマエを悪だというだろう。だけどオマエは本当は悪者なんかじゃない、皆を喜ばそうと一生懸命なだけ。本当は優しい奴なんだよな、きっと」

 

 わたしの言葉をルシファーが聞いてくれたかどうか、それはわからない。相も変わらずルシファーは、虹色の首をくねらせながら冷たく嘲笑っているだけだ。

 ……まぁ、どうでもいい。

 それに引き換え、とわたしは自分へと振り返る。わたしときたら、イイ歳こいてもガキの頃から何も変わってない。大事なことから目を逸らして、簡単なことも見落として、優しい人たちの背中に隠れて。そんなバカでクソガキな自分と決別したつもりでも、いざとなればやっぱり嫌なことや悲しいことから逃げ回って、土壇場の土壇場でさえ優柔不断に迷ってばっかり。

 

「レックス、おまえはこんなクソザコ弱虫のわたしなんかのために、最高に幸せな夢を見せてくれた。お陰でどれだけ慰められたかわからない。ありがとな、レックス」

「だったら、エミィ……」

「だけどな!」

 

 だけど、これは言わずにいられない。

 

「だけどわたしには本当の現実、『帰る場所』がある。そこに帰る、絶対に。だから『ああだったら良かった』『こうだったら良かった』なんて幸せな夢の世界にいつまでも浸ってるわけにはいかないんだ」

 

 絶望のタイムリープの中からわたしを必死に引き上げてくれた上に、この土壇場で呼び止めてくれた『誰か』の声を思い返す。

 『誰か』。タチバナ=リリセではないしヒロセ家の人たちでもない、だけどわたしの大切な人。それが誰なのかわたしは未だに思い出せないが、きっとそいつは今もわたしの帰りを待ってくれているのだろう。

 わたしの答えにブラックレックスは面食らっていたが、「だ、だったら!」と再び口を開く。

 

「だったらもっと素晴らしい、それこそ何もかも望み通りの『帰る場所』、完璧な現実を再構成(リテイク)してあげる。難ならタチバナ=リリセも一緒にしてあげるよ。記憶を弄れば心がダメージを負うこともない。それなら……」

「やなこった」

 

 このエミィ=アシモフ・タチバナの偏屈ぶりをナメるなよ。わたしは、甘言を並べ立てようとするメカゴジラⅡ=ブラックレックスに告げる。

 

「『記憶を弄る』だと? ふざけるな、勝手に他人の心へ入り込もうとしやがって何様のつもりだ、人間サマをナメんじゃねえ」

「んな……っ!?」

 

 怯んだブラックレックスへ、さらにわたしは言ってやった。

 

「だいたい、おまえの言ってることは最初っから破綻してんだよ。悲しい出来事を全部なかったことにしたとして、じゃあそのチート能力はどうすんだ。それもなかったことにすんのか? それ、もろに『親殺しのパラドックス』じゃねーの?」

「……!」

 

 親殺しのパラドックスというのは『タイムマシンで過去に戻って自分の親を殺したら、はたして何が起きるか?』というSFでは御約束みたいな思考実験である。

 ブラックレックスが今やろうとしていることはそれと同じだ。もしもブラックレックスがチート能力で過去や未来を『無かったこと』にしたとして、そうなると『チート能力を得た』という事実までもが『無かったこと』になってしまう。けれどチート能力がなかったらそもそもそんなことは起こらない。矛盾だ。

 

「そんなことは……」

「『無い』ってか? ウソつけ、わたしが何回タイムリープしたと思ってんだ。上手くいくわけがない」

 

 反論しようとするブラックレックスを遮りながら、わたしはタイムリープを繰り返して破滅の泥沼に嵌まりかけたときのことを思い出す。

 因縁と因果は複雑怪奇に入り組んでいて、運命一つ変えただけでも何が起こるか予想なんて到底つかない。そんな人知を超えた領域へ踏み込んで好き放題に作り替えようなんてしたら、必ずどこかで皺寄せが生じてしまう。

 時空改変による現実の再構成、実際にはどこかで辻褄合わせが行われるのかもしれないが、その影響の余波で割を食う奴が出てくるのは確実だ。誰かを幸せにしようとすれば、その裏で絶対誰かが泣きを見る羽目になるだろう。

 

「もし仮におまえのチート能力で何もかもうまく調整できたとしても、それは『わたしが掴み取った未来』じゃない。そもそも人間には心がある、好きも嫌いも何もかも人それぞれで一枚岩ってわけじゃあない。『誰もが望む素晴らしい結末』『皆が楽しく笑って暮らせる最高のハッピーエンド』、そんなもん最初から出来ねーんだよ」

「そ、そんな……」

 

 守勢となったブラックレックスに対し、わたしは反転攻勢を仕掛けた。

 

「それにそうやっておまえが好き放題にチートを振るってわたしを論破できるようになったのも『わたしやリリセが死んだから』じゃねーのか。それをすっ飛ばして『都合の悪いことだけ無かったことにしたい』だと? 甘ったれるのもいい加減にしろ、このポンコツメカゴジラめ」

「いや、その、それは、その……」

「『絶対に許さない』だ? 何を『許さない』だって?? ったく、ウジウジグダグダネチネチ未練たらしく引きずりやがってインケンすぎだろ。いつまでも悲劇の被害者気取りで自分を可哀想がってんじゃあねーよクソが」

「あ、うう……」

 

 ふんっ。

 それにな、とわたしはもう一つ思っていることを言った。

 

「今の現状だって皆が頑張って掴み取った結果だ。それなのにオマエの言うとおり『再構成(リテイク)』したら、それら全部が無かったことになっちまう。嬉しかったことや楽しかったこと、頑張ったことや苦労したこと、救えたものや大切な出逢い、それら何もかも全部が嘘になる。そんなのイヤだ、そんな救いなら無くて良い」

 

 そう語るわたしの脳裏で、タチバナ=リリセのことが(よぎ)った。

 タチバナ=リリセ。大切なものを護るため死に物狂いで戦って、戦って、最期の最後まで戦い抜いた、わたしの大切な人。だけどここでブラックレックスの誘いに乗ったら、アイツの戦いが全て無意味になってしまう。

 そしてそれはわたしたちだけじゃない、『怪獣黙示録』の時代では誰もがそうだったのだ。大切なものを護るため、未来を信じて戦って。

 そうやって死んでいった人たちの想いを踏みにじるくらいなら、わたしは。

 

「エミィ……」

 

 わたしの決意を前に、ブラックレックスはもはや返す言葉が無いようだった。

 そしてわたしは吼える。たとえこの命がどんなにちっぽけで惨めでも。

 

 

 

「わたしの心はわたしのものだ。たかだか異世界転生チート怪獣ごときに、好き放題に弄繰り回されてたまるか」

 

 

 

 そう答えた刹那、ぱきっ、という音がした。

 頭上を見上げてみると、幾何学模様の天上に大きなヒビが入っていることにわたしは気がついた。辺りでくねっていた虹色の蛇:ルシファー=ハイドラはいつの間にか姿が消え失せており、世界を彩っていたはずの白銀の万華鏡も今や色褪せて輝きを失い、ぼろぼろと音を立てて崩れ落ち始めている。

 神の救済の拒絶、高次元世界の崩壊。幸せなモラトリアムは終わりだ、現実へ帰るときが来たらしい。

 

「……もうおしまいだ、これで誰も救われない」

 

 ぽつりと聞こえた呟きに振り返ると、ブラックレックスは両手両膝を着いて(くずお)れていた。今にも泣き出してしまいそうなくしゃくしゃの表情で、ブラックレックスは呻く。

 

「もうBADENDは確定だ。また、ボクは誰も救えなかった……」

 

 絶望の言葉を零し続けているブラックレックスを見下ろしながら、わたしはふと考えた。

 ……ノリと勢いで色々言ってしまったけれど、ブラックレックスだって悪気があったわけじゃない。心の底から人間を愛した機械仕掛けの救世主、それこそ全身全霊で人間を救いたかったんだろう。

 それなのにわたしときたら、そんなブラックレックスの一生懸命な気持ちを散々踏み躙った挙句、完全にフイにしてしまった。どっちが最低最悪か、もしも第三者に聞いてみたら十中八九わたしを指すだろう。

 

「ボクは、ボクは……ッ」

 

 なあ、レックス。

 その場で悔し泣きをしているブラックレックス、その肩を叩いてわたしは告げた。

 

「別にいいさ、救われなくたって」

「え……?」

 

 わたしの言葉にブラックレックスが顔を上げ、琥珀色の両目は愕然と見開かれていた。

 『人間なんて救われなくていい』そんなわたしの投げ遣りな回答は、ブラックレックスにとって思いもかけない青天の霹靂だったのかもしれない。

 ……全知全能がどうのと言っていたけれど、レックスはこんなことも知らなかったんだな。わたしは続けた。

 

「人間サマのアホさ加減をナメるなよ。人類最後の希望だかチートオリ主だかなんだか、今のおまえが何様のつもりなのかは知らないけど、人間の愚かしさまで救えると思ったら大間違いだ。おまえがいくら凄いスーパーロボットで人類の救世主サマだったとしても、いずれは破滅する運命だったさ」

 

 ブラックレックスが言ったとおり、欲深で、浅はかで、底無しに愚かなのが人間だ。もしも機械仕掛けの神様が現れて『完璧なハッピーエンド』を用意してくれたとしても、人間たちはきっとその欲深さと浅はかさと愚かしさでもって台無しにしてしまうに違いないのである。

 

「そんな……」

 

 だからさ、レックス。

 すっかりしょげ返ってしまったブラックレックスに、わたしは言った。

 

「だから、おまえももう救世主なんかにならなくていい。人間なんか救おうとしなくていいんだ」

 

 ……メカゴジラⅡ=レックス。おまえは人類最後の希望でも、ましてや異世界転生チート怪獣でもない。おまえの言うとおりの欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かしい、おまえもそういう普通の人間だ。

 でも、それでいいんだ、きっと。

 そんなわたしの言葉に、ブラックレックスが問い返す。

 

「だったらボクはどうしたらいいの?」

 

 さあな。ンなもん、わたしにわかるかよ。

 そうやってばっさり切って捨てると、ブラックレックスは苦笑いを浮かべた。

 

「……厳しいね、エミィは」

「生憎わたしは、リリセみたいな優しいオネーサンじゃあないからな。わたしだって間違いだらけだし、わたしこそ神様でも何でもない。どうしたら正解かなんてわかるもんか」

 

 だけどレックス、これだけは言っとくぞ。

 

「他の誰に何を言われようが、わたしはおまえの友達だから。おまえがこれから先どこに行こうが何しようが、それだけは絶対に忘れんなよ」

「……うん」

 

 目の前にいるブラックレックスの姿がぼんやりしてきたのはこの世界がいよいよ終わろうとしているからなのか、それともわたしの目頭が熱くなっているからだろうか。

 溢れ出そうな涙と嗚咽を堪えながら、わたしは続ける。

 

「あとおまえはリリセ顔負けの御人好し単純バカだから、ルシファーみたいな変な奴に言いくるめられるのだけは気を付けろよ」

「……うんっ」

「いくら高次元のチート能力を手に入れたからって、もう他人様(ひとさま)に迷惑をかけるような悪いことだけはするんじゃねえぞ。わかったか?」

「うん、うん!」

 

 ……元気でな、レックス。

 今にも泣き出しそうなわたしに、レックスも泣き笑いで返した。

 

「ありがと、エミィ。キミも幸福に暮らしてね」

 

 そう応えたメカゴジラⅡ=レックスは心から晴れ晴れとしていて、まさに天使様のようだった。

 別れの挨拶を終えたちょうどそのとき、遂に高次元世界のヒビ割れから光が射し込み、わたしたちの周囲が眩い輝きに包まれ始めた。いよいよ終わりだ、何もかも。

 見えるもの総てが真っ白な光で染められてかき消されてゆく中、わたしは最後に『声』を耳にした。

 

 ――さよなら、エミィ……

 

 

 

 

 

 

 

 そして光が収まって、わたしは『現実』へと立ち返った。

 

 ――エミィ! エミィ!

 

 誰かから呼び起こされる声。いつの間にか閉じていた目を開くと『そいつ』はいた。温厚を絵に描いたような顔つきをした、健康的な浅黒肌の少年。

 タイムリープに高次元世界、激変し続けた状況で記憶が混濁していて、目の前にいるそいつが誰だったか思い出すのに一瞬ほどの時間が掛かってしまったけれど、やがてわたしの口から独りでにその名が出てきた。

 

「ジニア……?」

 

 わたしのもう一人の相棒であるフツア族の青年ジニア。そのジニアが今涙をポロポロ溢しながら、懸命にわたしを呼び覚まそうとしているところだった。

 続いて感じたのは、固くて冷たい土の感触。どうやらわたしは地面に倒れているらしい。

 

 ――エミィッ!

 

 わたしが息を吹き返したのに気づいたらしいジニアが、わたしの身体を抱き起こしてくれた。ジニアに抱えられたままぼんやりと顔を上げてみるとどうやらここは森の中の高台、フツアの集落のようだ。フツアの村の人たち、それも全員がこの場に集まっているようだった。

 ……一体何が起こっているのだろう。後追いで甦ってゆく記憶と意識に困惑しながら周囲を見回していると、高台の眼下にとんでもないものが見えてしまった。

 

「モスラにルシファー……!?」

 

 フツア族の守護神にして女王である巨大蛾怪獣モスラと、先程もブラックレックスを誑かして操っていた虹色の高次元怪獣:ルシファー=ハイドラ、その両者が森の中心で取っ組み合いを繰り広げていた。

 巨大蛾と大蛇、モスラとルシファーの怪獣プロレスはルシファーが優勢だ。モスラ自慢の極彩色の翅はルシファーの攻撃であちこちを啄まれ、日頃ならふわふわに蓄えている美しい毛並みも今やところどころが焼け焦げ、地に伏せってしまっている。

 

 ――ピロピロケタケタイヒヒヒヒヒ!!

 

 そんな満身創痍のモスラを踏みにじりながら、邪悪な蛇ルシファー=ハイドラの歓喜の笑いが響き渡る。

 その最中、聞き覚えのある思念の言葉:テレパスが聞こえてきた。

 

『忌まわしき夢に、救いの(しるべ)を! 我らが女王に、この歌を届けて!!』

 

 テレパスの響いてきた方を見ると、高台のさらに頂上で必死に祈りを捧げているフツアの巫女の姿があった。

 そしてわたしは全てを思い出す。

 ……新生地球連合軍の残党によるフツア族の村への襲撃、そんな侵略者を迎え撃ったフツアの人たち、追い詰められた悪党どもによって召喚された高次元怪獣ルシファー=ハイドラ、モスラとルシファーの怪獣プロレス大決戦、そして心の隙を突かれてルシファーに取り込まれてしまったわたし。

 ……忌まわしき夢、なるほどな。つまりさっきまでのタイムリープの物語は、ルシファー=ハイドラがわたしを洗脳するために見せていた『夢』だったわけだ。

 

 ふざけんじゃねえよ、クソッタレが。

 

 さっきは『ルシファーも本当はきっと優しい奴』とかなんとか言ってしまったが前言撤回、コイツは正真正銘最低最悪の品性お下劣クソ野郎だ。ここまで引っ張っておいて『夢オチ』とかマジで馬鹿にしてんのか。

 何かを望む、何かを願う。そんな誰もが持っている心の弱味へ付け入って食い物にしようとするルシファーの卑劣さと邪悪さに、心底怒りを覚える。

 完全に意識が覚醒したわたしは怒りに任せて全身を奮い立たせると、起き上がって叫んだ。

 

「頑張れモスラ! そんな上っ面だけのクソッタレに負けんじゃねえぞ!!」

 

 呼びかけた先はわたしたちの守護神にしてヒーロー、モスラ。怪獣のスケールからしたら虫けらみたいなわたしに出来ることなんてこれくらいしかないけれど、せめて勝利を祈るくらいはさせろってんだ。

 そんなわたしの姿を見て隣のジニアも、そしてフツアの村人たちも一斉にモスラを応援し始めた。

 

 ――がんばれ、モスラ!

 ――負けるな、モスラ!

 ――モスラ!

 ――モスラ!!

 ――モスラ!!!

 

 

 わたしたちの想いが届いたのだろうか。

 モスラは雄叫びを上げて奮起、自分を踏み付けていたルシファー=ハイドラの巨体を根こそぎ吹っ飛ばした。ルシファーは不意に足元を掬われ、その場へと引っ繰り返ってしまう。

 

 ――な、なんだ……!?

 

 もんどりうったルシファーが身を起こしたときに見たもの、それは燦然と白く光り輝くモスラの姿だった。その神々しさと言ったら、ルシファーのいやらしい見掛け倒しの虹なんか到底霞んでしまうほど。

 わたしたちの祈りを受け、モスラは大逆転の大変身を遂げていた。幼虫、繭、成虫、その先をも超えた最後の変身、高次元怪獣へと至った姿。

 

 

 その名は〈モスラ=エターナル〉。

 

 

 赤、青、黄、そしてそれら全てが混ざりあった純白の輝き。光輝くモスラ=エターナルは力の限り羽ばたいて飛び上がると、そのままルシファー=ハイドラに突進してゆく。

 ルシファーはというと、突如再起し大変身を遂げたモスラに一瞬泡を喰ったようだったけれど、すぐさま気を取り直してモスラ迎撃のために長い三本首をもたげた。

 

 ――おのれ、()()()()()()()にしてくれる!

 

 そう吼えるルシファーの口の中で、虹色の光が煌めく。

 あれはわたしも孫ノ手島の戦いで見覚えがある、ルシファーは口から虹色の稲妻光線を吐いて敵を攻撃するのだ。きっとそれをモスラへ撃ち込もうというのだろう。

 あれの直撃はゴジラでさえ怯んでいた、華奢なモスラが喰らえばひとたまりもないかもしれない。

 わたしたちが危惧する中、ルシファーの口内の虹が最高潮に達してゆく。ルシファー必殺の破壊光線が放たれる、まさに次の瞬間だった。

 

 ――さあ喰らえ最高のハッピーエンド……えぴゅッ!?

 

 ちゅどかーん。

 攻撃しようとしていたルシファーの頭が一本、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 ……何が起こったんだ? 状況がよくわからなかったわたしが周りへ目を凝らしてみると、ルシファーを覆うかのように辺り一帯で白く輝く粉が舞っている。その発生源は、ルシファーの前でゆっくりと羽ばたき続けているモスラの翼だ。

 

 モスラ必殺、鱗粉攻撃。

 

 どういう原理なのかはよく知らないが、聞くところによればかつてモスラはこれを駆使してゴジラの放射熱線を完封したことがあるのだという。そういえば孫ノ手島から脱出しようとするわたしを助けてくれたときも、この鱗粉を使って守ってくれたことがあった。

 モスラ=エターナルはその強力な鱗粉で、ルシファーの稲妻光線を跳ね返していた。ルシファーはそれでも再び稲妻を放とうとするがすべて跳ね返されてしまい、モスラへ攻撃するどころかルシファー自身がダメージを負うばかりだ。

 

 ――小癪なムシケラがァアァ!!

 

 光線技を封じられたので、今度は残った二本の頭を伸ばして噛みつこうとするルシファー。しかしモスラは俊敏に躱しながら懐へと入り込み、ルシファーの顔面に取り付くと思い切り捻り上げた。

 ぐしゃぼきっ。激烈に痛そうな音が響き、ルシファーの首がおかしな方向へ捻れてしまった。

 

 ――ぎゃあああああ……!!

 

 ルシファーが絶叫する。

 モスラはたしかに力は強くないが、一方でカウンター技の名手である。今回もモスラは、自身へ噛みつこうとするルシファーの動きを捉え、カウンターで逆用してルシファーの首をへし折ってしまったのだ。

 それでも尻尾、翼の毒爪を繰り出してモスラを攻撃しようとするルシファーだったが、モスラ=エターナルはひらりひらりとくぐり抜けて、逆にカウンターで全部潰してしまった。

 

 ――ひ、ひぃっ!?

 

 そしてモスラ=エターナルは、動転して逃げ出そうとするルシファーの胸ぐらを掴み、宙へと吊り上げたあと思い切り振り回して投げ飛ばした。ルシファーの巨体が悲鳴を上げながらぶっ飛ばされて岩山へ激突、そのまま岩雪崩に呑まれて生き埋めにされてしまった。

 

 モスラ=エターナルとルシファー=ハイドラ、高次元怪獣同士の怪獣プロレスは、あっという間に形勢が逆転していた。

 フツアの巫女、ジニアを筆頭とするフツアたち、そしてわたし。そのトライアングルで支えられてモスラが高次元怪獣へとパワーアップを遂げた一方、それらを崩すことに失敗した悪魔のルシファーは、高次元怪獣としての強さを失ってしまったようだった。三本あった首は今や一本だけになり、繰り出したはずの攻撃はことごとく自身へ跳ね返ってきて全身をずたぼろにされてしまった。かつて最強無敵だった異世界転生チート怪獣、しかし今やモスラ=エターナル相手に手も足も出ない。

 

 ――……ま、待て。

 

 そのとき聞こえてきたのは、ルシファーのテレパス。

 

 ――女王モスラ、おまえの強さはよくわかった、だからここで取引と行こうじゃあないか。

 おまえはそもそも平和を象徴する平和主義の怪獣なのだろう、だったら今みたいに『暴力に訴える』ってのは主義主張から大きく反するんじゃあないか? 罪を憎んで人を憎まず、敵や悪役だって赦してこその正義の味方じゃあないか、そうだろう? 

 もしおまえにその気があるのなら、我らにも用意はある。かつておまえの信じた『平和こそ永遠に続く繁栄の道』、実に素晴らしい、立派、最高だ! だからそれを実現しようじゃあないか、この大宇宙創造の神である我々堕天の虹:ルシファーと共に!

 

 そうやってモスラの心へ取り入ろうとするルシファー。

 今や高次元怪獣の悪魔ルシファーは勝ち目を失い、完全に追い詰められている。おおかた人間たちがダメだったから次はモスラを誑かそうとでもいうのだろう。

 ルシファーによる誘惑の囁きは続く。

 

 ――頭のおかしいライターやクリエイター気取りのバカどもめ、偉大なシリーズを任されたというのにそれらに対するリスペクトもなければ愛もない、大事なことを何も理解してないカスどものせいで何もかもオワコンになってしまった! そんな奴らに傷つけられた可哀想な衆生を『救済』する、それが真の大宇宙創造の神(クリエイター)たる我々の責務なのだ。

 さあ喜べ、自分じゃ何も作り出せない可哀想な低次元のムシケラども。この堕天の虹、我々ルシファーが、『デコボコで石ころだらけの道みたいな失敗作ども』を『誰もが喜ぶ最高傑作』へ再構成してやろうじゃあないかッ!

 

 ……何言ってんだコイツ。

 自称:大宇宙創造の神(クリエイター)こと高次元怪獣のルシファー様が仰せになられるありがたーい御高説は、低次元な人間であるわたしにはさっぱり理解できなかった。というか、わかりたくない。

 そんなわたしたちの冷めきった反応なんて気にも留めず、ルシファーは誰が聞いてるんだかもわからん手前勝手な言い分をぶちあげている。

 

 ――今回こそうすくだらん人間ドラマなんかは徹底排除、最初から最後まで楽しい怪獣プロレスってのはどうだ!! ミリオタ、政治厨真っ青の緻密な設定考証!!!! リアルでハードでシリアスで、糞ジャリや萌豚どもに媚びることもない、真っ当な大人の鑑賞に堪えるエンタメ超大作だ!!!!!! どうだ素晴らしいだろう、最高じゃないか、これならきっと皆喜んでくれる、ランク一位も間違いなしさ!!!!!!

 さあ、我らと共に平成ガ(ピー)ラも裸足で逃げ出す、素晴らしい傑作シリーズを始めよう! 名付けて平成モスラ三部作ならぬ、令和モスラさんぶさ……

 

 ルシファーの聞くに堪えない戯言は、唐突に途切れた。

 

 ――んごぶっ!?

 

 突如としてルシファーが嘔吐きはじめたかと思うと、虹色のゲロというか血反吐というか、綺麗なんだか汚いんだかよくわからない体液を口から零し始めたのだ。

 

「あれは……!?」

 

 わたしはすぐに感づいた。

 

「鱗粉の毒が効いてるのか……!?」

 

 モスラの鱗粉には敵のビームを跳ね返して封殺する他にも退魔、魔除けの効能がある。つまり悪魔の化身であるルシファーにとっては猛毒なのだ。

 ……たしかにモスラは優しい、だけど『甘い』わけじゃあない。むしろ普段優しい分、ひとたび怒らせればゴジラよりもおっかないのだ。

 そしてモスラ=エターナルは今まさに、わたしが一目で見てもわかるくらいに『怒っている』のだが、ルシファーは余程パニくっていたのかそのことにまるで気づいていなかった。

 現実を愚弄した侵略者のルシファー、あいつは守護神モスラの逆鱗に触れたのだ。

 

 ――ごぶぅっ、うげっ、げぶぅっ!?

 

 ルシファーの口から体液が零れるのが止まらない。ルシファーが噎せ返りのたうち回る中、さらにその虹色の巨体がボロボロと崩れ落ちてゆく。

 モスラの鱗粉に含まれる因子が作用し、ルシファーは浄化されていた。浄化とは言うが、悪魔そのものである怪獣ルシファーにとっては生きたまま体内から分解されているようなものだ。どれだけの苦痛か想像も出来ない、これならゴジラの放射熱線でブッ飛ばされる方がよほどマシである。

 ……やはりモスラは怒らせると怖いな。

 

 悶絶しのたうち回るルシファーの眼前で、モスラ=エターナルは印を結びながら飛び回り、鱗粉からの輝きで幾何学模様を描き上げる。モスラを表す神聖な紋章、光の魔方陣だ。

 

 

 そして撃ち出されたのは、裁きの光。

 

 

 邪悪なるものを滅する清浄なる閃光、守護神モスラによる怒りの鉄槌。ゴジラの放射熱線よりも激烈な光の奔流(ビーム)が、ルシファーを真正面から呑み込んでゆく。

 

 ――どうして、どうしてなのだ!?

 

 そのとき高次元怪獣にして侵略者ルシファーが叫んだ。

 

 ――我々は悪いことなんて何もしていない、むしろ皆が望んだことをしていただけじゃあないか、何が悪いというのだ!?

 だいたいこんな残酷な攻撃、モスラに相応しくない! よい子の皆に見せられるのか!? ほら原作へのリスペクトを思い出せ、ツブラヤエイジとカワキタコウイチが草葉の陰で泣いごぶげぇ!!

 

 無論モスラは、ルシファーの言い分に耳を貸さない。総身を焼き尽くされてゆくその最中、ルシファーの断末魔の悲鳴が聞こえてくる。

 

 わたしは、ただ綺麗な虹が作りたかった!

 だれもが しあわせで、みんな よろこんでくれる、そんな、すばらしい、にじ、、を…

 

 やがてルシファーの悲鳴が途絶え、裁きの光が終わるとそこには何も残っていなかった。わたしたちの前にあるのは、いつもどおりの見慣れた平穏な森だ。

 ……おそるおそる、という塩梅でモスラを見遣ると、モスラ=エターナルは力強く鳴きながら応えてくれた。

 そう、モスラ=エターナルは、侵略者の高次元怪獣ルシファー=ハイドラを元の世界へと叩き出したのだ。あれだけ手酷く痛めつけられたのだ、流石のルシファーだってもうわたしたちの世界へ手を出そうなんて思うまい。

 まあ、つまるところ。

 

「勝ったんだ……わたしたちは勝ったんだ!!」

 

 わたしの呟きで堰を切られ、歓声に沸いたフツアたちはわたしを中心として大騒ぎを始めた。仲間同士で互いに抱き合い、嬉しい気持ちを分かち合う。正直者のフツアたちらしい、素直な喜びの表現だった。

 ……まあ正直、わたしはノリ切れないんだけどな。押し寄せる村人たちに呑まれ、危うく溺れそうになってしまう。

 

「ちょ、ちょっと……!?」

 

 フツアの村人たちによって揉みくちゃにされかけていたとき、わたしは不意に腕を掴まれた。フツアの人混みからぐいと引き上げられ、わたしは腕を取ったそいつが誰なのかを理解する。

 

 ――エミィ、エミィ、エミィ!

 

 フツアの青年:ジニアだった。ジニアはパートナーであるわたしをぐいと抱き寄せながら、テレパスで言った。

 

 ――エミィ、本当に大丈夫? 酷い悪夢とか見せられてない?

 

 そう訊ねるジニアの表情は心底心配しているようだった。そんなジニアを元気付けてやりたくて、わたしは威勢良く答える。

 

「ふふん、わたしをナメるなよ。あんな下劣なド畜生風情に、そう易々と洗脳されてたまるか」

 

 そうやってわたしは得意気に告げたのだが、ジニアの方は何やらぽかんとした顔をしていた。

 ……おっといけない。

 さっきブラックレックスから『心の声に耳を傾けるべきだ』とかなんとか言われたばっかりじゃあないか。まさにそのとおり、素直に気持ちを伝えれば良いものを、わたしはなんだか気恥ずかしくてつい強がりを言ってしまった。

 なのでわたしはこう付け加えた。

 

「……だけどありがとな、ジニア」

 

 ――……!

 

 驚いた表情を見せるジニアの手を取り、わたしは続ける。

 

「おまえが呼び掛けてくれてたんだろ? お陰で助かった、おまえがいなかったらどうなってたか。おまえは最高の相棒だ、ありがとな」

 

 そうやってジニアへ感謝を捧げるわたしに唖然としていたのは、ジニアの隣にいたフツアの巫女:サエグサ=ミキだった。

 

『え、エミィさん……?』

 

 なんだよその顔は、鳩が豆鉄砲でも喰ったみたいな。わたしの質問に、サエグサ=ミキは恐る恐るテレパスでこんなことを言ってきた。

 

『いや、まさかあの、村一番のひねくれもののエミィさんが素直に御礼を言うなんて。ひょっとしてもしや、まだ高次元怪獣に操られているのでは……?』

 

 ……あのなあ。

 そうやって心の底から心配そうに顔色を窺ってくるミキに対し、わたしは深々と溜め息をついた。

 

「ミキ、おまえのことはスッゴく立派な巫女で、とっても尊敬できる義姉(あね)だとも思ってるけど、たまにとてつもなく失礼だよな。わたしだって礼くらい……」

 

 ミキの天然ボケめいた反応にわたしは悪態で返そうとするが、それは叶わなかった。

 なぜなら、ジニアがわたしに抱きついてきたからだ。

 

 ――……エミィッ!

「うわっぷ!?」

 

 小柄だけど逞しくて頼もしいジニアの身体が密着してきて、わたしは密かに鼓動が跳ねそうになるのを堪える。

 わたしがドキドキしているのを知ってか知らずか、ジニアはわたしを思いきり抱き締めながら言った。

 

 ――良かった、エミィの心が壊されなくて!

 

 そうやってジニアは全身で喜びを表現し、全霊でもってわたしへの愛を示してくれた。

 思えば、ジニアはいつでもそうだった。かつてわたしが深く傷ついて壊れてしまいそうだったときも、わたしの心が荒れ狂って周囲を傷つけることしか出来なかったときも、ジニアはずっとこうして傍に居てわたしを大切に想ってくれた。

 ……まったくこいつには敵わないな、と思う。

 バカだけど正直で、強くて優しくて。そんなジニアと想い合いながら一緒に生きてゆける、わたしはやっぱり幸福者(しあわせもの)だ。心からそう思うよ。

 

 ……なぁ、リリセ、レックス。

 

 おまえら、天国で見てくれてるか。

 わたしは今、最高に幸せだ。

 




おまけその1:

エミィとジニア

【挿絵表示】


大人になったエミィ

【挿絵表示】


おまけその2:登場怪獣リスト(登場順)
1、ゴジラ
2、アンギラス=スマラグドス
3、メカゴジラⅡ=レックス
4、マタンゴ
5、ゴジハムくん
6、ガス人間
7、メガギラス
8、ラドン
9、メカニコング
10、モゲラ
11、ヒヨコ怪獣
12、エビラ
13、カマキラス
14、クモンガ
15、大ダコ
16、メガヌロン
17、メガニューラ
18、ZILLA
19、キメラ=セプテリウス
20、ルシファー=ハイドラ
21、ナノメタル人類
22、モスラ
23、ワラジムシ怪獣
24、ハキリアリ怪獣
25、アリマキ怪獣
26、フェアリーモスラ
27、鉄竜型セルヴァム
28、ワーム型セルヴァム
29、メカゴジラ=シティ
30、王たる(キング)ギドラ
31、スキュラ
32、ベヒモス
33、メトシェラ
34、MUTO
35、デストロイア
36、ギロン
37、レギオン
38、ガメラ
39、スカルクローラー
40、キングコング
41、ブラックメカゴジラ
42、モスラ=エターナル

大事なことなので二回言いますが、感想もらえると嬉しいです。


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