再生のレギオス (ツルギ剣)
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レイフォン・アルセイフの後悔

プロローグ、みたいな話


 

 

「―――僕は、ツェルニを破壊する」

「―――私は、ツェルニを守る」

 

 

 

 

 

 二人の決断、決して混じり合わない/会えない。

 もう、言葉が届くことはない。……すでに答えは、決まっているから。

 

「終わらせないとならないんだ。このまま続ければ、ただ腐って摩耗し続けて……悲しみが増えるだけだ」

「ならば、改めてみせるッ! 直せばいいだけだ。

 悲しみはいつか消えるものだ。消せるだけの力が、ここにはあるッ!」

 

 力強い宣言、いつも通りの真っ直ぐさ。……目を背けたくなるほどの眩しさ。

 だけど僕には、悲壮な強がりにしか聞こえなかった。

 

 僕らが譲り合える一線は、とうの昔に超えてしまった。

 事ここに至っても、僕にとって彼女の言葉は、『夢想』を超えることができず。彼女にとって僕の言葉は、『怠惰』として弾かれ続けた。

 だから―――ぶつかり合うしかない。

 それでも分かり合えないと知っていながらも、そうする以外の方法がわからない。

 僕も/彼女も、ソレを/全てを承知してここにいる。―――刃を向け合っている。

 

「……誰もが終りを望んでいる、このツェルニ自身も。

 だから、()()がここにきた。呼び寄せられた」

「ならばッ! ……私はここにはいなかっただろう」

 

 返す言葉はやはり、平行線。……どこまで行っても/こんな場所でも/たった二人だけでも、ソレだけは変わらない。

 

 恨みや憎しみなんてない。怖れであるわけがない。

 そうであったら良かったのに、然るべきだったのに、ソレで討たれるのなら納得もできたのに……できなかった。

 彼女は高潔すぎて、超えてしまった。……僕は卑劣すぎて、立ち止まり続けてしまった。

 

 だから、今の僕らにあるのはただ、義務感だけだった。

 かつてそうだったように、これからもそうであり続けるために、今この時を選んだ。その結果―――僕と彼女の道が分たれた。

 

「……あなたが今、ここにいるのは、生き延びて欲しいからです。繰り返すためなんかじゃない!」

「私だけ生き延びて何になる? 皆を見殺しにしてまで、生きながらえて――― 」

 

 それでもまだ、繋がれる強さが、彼女にはあった。

 傷つくと/裏切られるとわかっても、請われた手は掴んでしまう。拒絶の揺り篭に閉じこもることができない。……そんな彼女を利用する浅ましさが、僕にはあった。

 僕にあるのは、潰すか潰されるかの二者択一、孤絶だけだ。

 

 すれ違い続ける、擦り切られ続ける、痛くて痛くて堪らない……。

 もうとっくに感じないと思っていたのに、彼女と向き合うと痛みを思い出す。痛かったのだと突きつけられる。

 忘れてなければ息ができない。それなのに、何度も抉り出してくる。……彼女はただそこにいるだけで、僕を潰してくる。

 

 僕と彼女は、こんな関わり合いしかできなかった。気づかれないよう/悟られないよう、意気を/息をひそめつづけた。ずっとずっとずっと―――そうだったように。

 でも、今この時からは違う。……もう、偽らなくていい。

 

(……それでも――― )

 

 変えられる/変わってもらえると、信じていたのか? 

 僕にそんな権利があったとでも?

 

 最後に浮かんできたのは、いつもの後悔。ため息混じりの、なにも成せなかった徒労感だった。

 

 

 

 

 

 黄金色に輝く彼女が、逃げ場のない過去を背負って、真っ直ぐに剛刃を振りかざしてきた。

 漆黒に沈みつづける僕は、どん詰まりの未来へ向けて、幾筋もの細刃を繰り出した。

 

 一触即発の緊迫、互いに向け合うのは殺意のみ。

 けど、たぶんコレが、最初で最後の……分かり会えた瞬間だ。

 そして、火蓋は今―――。ツェルニの断末魔によって、切られた。

 

 亀裂が走る大地を蹴り出し/駆け出し、僕らは―――殺し合いを始めた。

 

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旅立ち
惜別


原作の場面と、
とある外国ドラマの一場面を、一つにしてみました。

21/4/28 武剄者特有の瞳の色を、「真紅の色彩」から「エメラルドグリーン」に変更。


 

 

 都市の外縁部の一角/【海港エリア】。

 人が生息できる都市とそうでない外界を隔てる【永氷壁】から、透明で清潔な色彩の光を海港いっぱいに満たしている。……外界の漆黒を弾き飛ばすような力強さ/健気さで。

 人々が雑多に行き交っている。

 派手な露天や声高な客引き・強面の傭兵/【浪人】すらチラホラみかけるも、猥雑さは感じさせない。厳しい警官/【侍人】が始終見回っているわけでもなしに、秩序だった活気に満ちている。超大都市たる【帝都グレンダン】にふさわしき/賑やかな海港、外来者達の夢を形にしたような有様。……大通りから外れれば、別の顔を覗かせるけど。

 そんな海港の一角/大広場の待合所。

 旅行者の一人として、外都市への【都市外移動船】を待っていた。港の借店舗から眠気覚ましの苦い飲み物を一つ注文しながら。……周囲への警戒は怠らず、かと言って緊張が現れないよう一般旅行客を装いながら。

 非公式の特別任務。

 いちおう有名人ではあるので、元の容姿・容貌から整形していた。髪も背中まで伸ばし性別まで変えて、少女に見えるようにもしていた。服装はドレスとかスカートとかわかりやすくはしてないけど、体の柔らかそうなラインで判別できるはず。……初見さんならば、確実に誤魔化せる/してきた変身術。

 

 けど/だからか/それなのに―――、彼女には気づかれてしまった。

 【リーリン=マーフェス】には、通用しなかった。

 

 

 

「―――レイフォン、どうしても行くの?」

 

 なぜここにいるんだッ!? ―――。

 驚愕が表情にあらわれそうになるも、寸前で抑え込んだ。……ただ、動揺してしまったのは伝わっただろう。

 

 いるはずの無い彼女が、目の前にいる。……安全な孤児院にいるはずだったのに。

 今もっともいて欲しくない彼女が、そこにいる。……彼女から離れるために、ここまで来たのに。

 息せきながら、スカートの端をギュッと握り締めながら見つめてくる彼女は、確かに本物だ。いつもそばにいた/いてくれた、幼馴染の彼女だ。……その薬指に光るモノを除けば。

 

(……誰が、彼女を連れてきた? 誰がこの状況を作り出した―――)

 

 予期せぬ遭遇に混乱しそうになるも、「人違いだ」との誤魔化しの下策に逃げるより、浮かんできた疑問が冷静さを取り戻させた。

 そして素早く、周囲に目を配った。ほんのささいな違和感を、この雑多に賑わう待合所に相応しくない/自分達に向けられているだろう『誰か』の注意を、全身の感覚を研ぎ澄ませて―――

 ―――見つけた。

 無関心な旅行者たちに紛れこませた、関心の意図/糸/痕跡。彼女の背から伸びているソレが、『誰か』の端末へとつながった。

 けど、その姿形を見破る寸前……逃げられた。

 おそらく察せられた、予め心構えもしていたのだろう。『誰か』はただ、その存在だけを臭わせるだけ、影も残さず消えてしまった。

 

 舌打ちしそうになるも堪えた、逃げられるだろうことは予感していた。……今ココに僕がいることを知っている人物が、凄腕でないはずがない。

 ため息がこぼれそうになる前に、改めて彼女と向き合った。

 

「……どうやってここに?」

 

 気づかれないように聞き出してみた、目の前にいる彼女の、影にひそんでいるだろう誰かを。……たぶん今は、この海港に備え付けられてる幾つもの監視装置から、公然と覗き見・聞き耳をたてているだろう人物を。

 

「アナタと会えるのが、今日で最後……かもしれないから」

 

 けど、知ってか察せずか、彼女は答えなかった。……ただ、『いる』とだけしか。

 今の彼女にできるのは、それだけだろう。ソレ以上は問い詰められない。……ここにいるだけでもう、危険を冒しすぎてるのだから。

 僕とは住む世界の違う彼女を、これ以上、『コチラ側』に踏み込ませては/引きずりこんではならない。

 

 目の端で小太りの店員が、カップを持ちながらオロオロとしていたのが見えた。……彼なりに、割り込めない空気を察したのだろう。

 ちょうどいいと、なんてことのない一幕だと軽く肩をすくめながら、店員からカップを受け取った。

 そして、張り詰めている彼女をよそに、ぐびりと一口飲んだ。…………甘味を入れるのを忘れた。

 

「―――婚約したんだから、そうだろうね。

 これからは貴族の仲間入りをするんだ。こういうことは、あまり……褒められたことじゃないよ」

「まだッ! ……決めたわけじゃないわ」

 

 思わず声を荒らげた彼女に、周囲が注意を向けてくるも、すぐにそらされた。……危ない危ない。

 落ち着きを取り戻すと、改めて言い直してきた。

 

「……体裁を整えないといけないから、【学院】に入学させてもらえるの。だから、無事に卒業するまで正式には、結婚してない」

 

 そう説明する彼女の服装を改めて見直すと、納得。学院の学生服を身にまとっていた。……彼女がずっと憧れていた学生服を。

 冷静を装いながら内心は冷や汗モノ、けど/だからこそ、彼女の本気度を受け取れた。睨みつけるように強く見据えてくるも、今にも泣き出しそうな眼差し。できる限りの勇気を振り絞ってくれた証だ。

 僕も、相応に向き合わないといけない……。

 

 けど/それでも/だからこそ―――……、できない。やってはいけない。

 欲しかっただろう答えとは真逆、穏やかに微笑みながら、

 

「……君の幸せを祈っている。

 君を手に入れた幸せ者にも、末永くそうありますように―――」

 

 サヨナラ―――…… 。

 笑顔の祝福に込めて、離別を告げた。

 そして、彼女の横を通り過ぎて行こうともした。出航の汽笛がなっている場所へ、振り返ることもせずに……突き放した。

 それなのに―――

 

 

 

「―――『待ってろ』て言ってよッ! そうしたら待つ」

 

 

 

 立ち去る/逃げる僕の背中に、そんな告白をぶつけてきた。

 

 立ち止まって振り返った。……振り返らざるえない。

 そして向き合う/目が合った。

 真剣そのものな、持ち得ている全てを賭けているような切実さで、心そのものをぶつけてきている―――

 

 グラついた。せき止めていたモノが、喉まで飛び出してくる。真っ直ぐすぎる彼女の眼差しに、堪えられない……。

 堪えるべきなのか? すべて投げ出してしまうことが、正しいのじゃないか? 目の前の彼女のように……。

 何が正しいのかも、揺らいでいた。実際、フラつきそうになっていた。

 けど/それでも/だからこそ―――……、無言。

 ただ見つめ返すのみ、無感情に壁で遮った。……彼女の想い全てを、弾き返した。

 

 

 

 ……時間にして、わずか数秒だっただろうか。

 体感では、今まで経験したどんな戦い/地獄よりも、永遠を感じさせられた。

 

 決して答えなかった僕に、彼女は…………絶句。

 心のもっとも柔らかい/大事な部分が傷つけられたように、悲しげに俯いた。

 

「…………やっぱり、無理なんだよね」

 

 そんな呟きとともに、涙をこらえ切った笑顔を向けてくると、

 

「『強い』て、そういうことじゃないよ。そんなことじゃ、誰も――― 」

 

 最後まで言い切らず、そっと……歯噛み。

 そして、堪えた何かでまた溢れそうになる顔を見せないように、振り返った。

 

 サヨナラ―――…… 。

 今度は彼女の方から、離別の言葉を告げた。お望み通り、もう二度と会わないと……。

 

 

 

 雑踏の中、去っていく彼女の背を見送った。離れ離れて、見えなくなってしまうまで……立ち尽くしながら。

 

(……待って。待ってくれ―――)

 

 行かないでくれ―――。

 

 胸の内での叫び、けどたぶん、わずかに漏れ出ていたのかもしれない。

 去っていってしまう彼女を、呼び止め続けていた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ―――ハッと、飛び起きた。

 そして即座に、接近していた『誰か』を掴み引き寄せながら、腰元のホルダーから抜いたナイフを突き当てた。……一連の全ては、体に刻み込ませた反射行動。

 

 問題なく作動させきるとまず、微かな甘い香りが鼻腔をくすぐった。意識しづらいほど微か、でも/ゆえに人を引きつけてくるような匂い、警戒心を緩めませるような危険な香り。

 それに眉をしかめて抵抗すると、その『誰か』がわかった。

 

 

 

「―――こんばんわ、【ヴォルフシュテイン卿】。良く眠れたみたいですね」

 

 

 

 黒と銀白色が入り混じった滑らかな長髪が、しっかりと後ろに束ねられている、その小顔/童顔をさらに際立たせるように。機械的な殺気をぶつけられても平然と/微笑みまで浮かべて見返してくるのは、白皙の美女……もとい美少女だった。

 

 【クラリーベル・ロンスマイア】___。

 僕の監視者、あるいは刺客、もしくは厄介者。……本人は「頼れるパートナー」と言うが、笑える冗談だ。

 無理やり引き寄せたことでズレてしまったメガネから覗くのは、左右異色な/紺黒とエメラルドグリーンの瞳。メガネで隠れている方が黒くなっている。

 エメラルド/明るく強い緑色の色彩は【武剄者】特有のモノ/一般人では出せない色彩。その身に大量の【剄】を宿していればいるほど、瞳にその色彩が現れてしまう。剄を活性化させていない平常時であっても、色が定着する。

 ソレを隠すための技術と道具はあるけど、こんな不意のできごと/気楽な個室では無意味だ。それでもメガネをかけているのは……謎だ。警戒しきるなら、僕みたいに瞳に直接/コンタクトレンズにすればいいのに、妙なこだわりを持っている。

 

 警戒を解除しナイフも離すと、解放した。

 

「……その呼び名は止めろよ。もう俺は、【天剣授受者】じゃない」

「天剣授受者ですとも。

 ヴォルフは、アナタが求めさえすればいつでも、その手元へとやってきて―――敵を鏖殺する」

 

 乱された服とメガネを整えながら、不愉快な事実を言ってきた。

 

「……もう【柄柱】に封印されてる。誰が何をしようとも、次の授受者以外にはどうすることもできない」

「それに、現在の授受者たるアナタがいますからね」

「どうかな? 俺は一度死んだ身だ。すでに資格も外れてるはずさ」

「そのアナタを蘇らせたのが、ほかならぬヴォルフだとしても?」

 

 僕のベッド/二等客個室の固いベッドから降りると、見下ろしながら告げてきた。

 その言葉に思わず、返せなかった。眉をひそめるだけ、睨むように視線をキツくするのみ。……起きたばかりなのに、よくもズケズケと踏み込んでくるものだ。

 

「まあ、それについては諸説ある中の一つでしかないですがね。宮の医師たちの見立ては、陛下の神通力ゆえと力説してますし。……私としては、ぜひともな一押しなんですけど」

「次代の【ノイエラン】の授受者として、か?」

 

 なのでコチラも、遠慮なく踏み込んだ。

 相棒ごっこをしてくる彼女を突っぱねるため、彼女自身の立場を思い出させるため。―――僕と同じく、『簒奪者』になりえる立場を思い出させるために。

 

「そうですよ。我らの帝国グレンダンのさらなる繁栄のために、です」

 

 しかし、笑みを深めるだけ、堪えることなくつづけてきた。

 

「……『お前の』ではあっても、『俺の』ではないけどな」

「おやぁ? まさかアナタに、そんな大それた野心がおありだったとは」

 

 追求しても、逆にいなされたのみ。クツクツと意味深に笑われた。

 顔はしかめながら、内心でため息をついた。肩から力も抜けていく。……これでは僕の方が、相棒ごっこをしてしまっている。

 

「確かに、授受者のアナタは、プレイヤーの一人に成りえますね。可能性は極々低いですが、0ではない。いや、グレンダン開闢以来、誰も選ばなかったヴォルフシュテインの担い手。オペラが好きな大衆は絶賛しそうです。

 それに何より、アナタには、()()()()()()()()()()()もありますし―――」

「ソレを否定するために、ココにいるんだが?」

 

 最後まで言わせず、牽制した。……ソレはこちらの逆鱗だと、思い出させるために。

 彼女は肩をすくめるのみ、けどソレ以上は口にしなかった。

 

 【天剣ヴォルフシュテイン】にまつわる預言___

 13本目のその天剣が抜かれた時、『大いなる厄災』もまた帝都に訪れる―――。

 強大な力がもった戦略兵器である【天剣】は、都市にさらなる力と繁栄をもたらす。けど、()()()()。すでに無理を重ねて成立させた、超大都市たる帝都、限界を超えた力は器を壊す。破滅をもたらす可能性は、世迷いごとではなかった。……だからこそグレンダン王家は、柄柱に封印し続けてきた。

 

 だからこそ僕は、『簒奪者』として危険視されてきて―――ココにいる。

 帝都グレンダンの外、幾つもの都市間移動船を乗り継いだ先、【都市間放浪バス】の粗末な固いベッドの上にいる。このバスの行き先にある【自律型移動都市(レギオス)】から、【電子精霊】を回収するという任務を、隠密に果たすために。

 ソレを達成した暁のみ、僕は許される。あらゆる汚名はそそがれ、大手を振って帝都を歩くことができる。帝都と王家に新たなる繁栄をもたらした英雄として、他12本の天剣授受者達と同列に名を連ねることができる。

 ……そう信じることしか、今の僕にはできない。

 

「……それで? こんな下らないお喋りをするために、わざわざ起こしにきたのか?」

「アナタの寝顔を見たくて……てのは半分冗談。

 どうやら、外がすこしマズイ状況になってるみたいです。バスの運行ルートが変更されるかもです」

「ソレは、もしかして……近くに()()のか?」

「ここに搭載されてる【念威奏者(レーダー)】に不具合が無ければ」

 

 最悪だ……てのは、少しばかり言い過ぎだろう。

 ココまでほぼ支障なく来れた今までの方が、最高すぎた。都市の外に出れば、遭遇しないなんてことの方が、ありえないことだから。―――汚染された獣/【虚獣】に遭遇しないなんてことは。

 都市の外は奴らの生活圏。つまり、現在の地上のほぼ全ては、奴らの生活圏だ。……たった一体でも、都市を破壊してしまうような怪物たちの。

 

「まだ【実体化】してない、就眠中の個体みたいです。なので、そのまま突っ切って抜ける案もありましたが……危険はできるだけ避ける方針らしいですね。今は、新しい安全なルートの計測中です」

「……問題はなさそうだが?」

「それが、一等客室のビジネスマンがゴネていましてね。遠回りされると、大事な取引きがパアになるとかで、運転手に直談判してきたんですよ」

「無視すればいい。このバスの中じゃ、運転手が絶対だ」

「なんですが、なんと金を出してきましてね、直進してくれたら特別に追加料金を払うと。

 そこに、さらにマズイことに、何人か【武剄者】の客達もいた。腕に過剰な自信は持ってるけど、財布の中身は少ない連中です。……彼らがその提案に乗ってしまった」

 

 なんとも厄介な状況だ……と、思ったけど気づかされた、問題の核心に。

 

「…………なんで、過去形なんだ?」

「はい、全員黙らせたからです」

 

 やっちまった―――。任務をなんだと思ってるんだよ!

 思わず頭を抱えてしまうと、

 

「安心してください。気づかないようにヤリました」

「それでもッ! ……目立つ真似はさけるべきじゃなかったのか?」

「大丈夫ですよ。気づかれるようなヘマはしてないですから」

 

 そういう問題じゃ……ないのか?

 すこし冷静に考え直すと、そうでもない気がしてきた。なぜなら―――

 

「…………毒か?」

「お、よくわかりましたね!

 師匠に仕込まれた【氷毒緋爪】でそっと撫でてやっただけで、みな急に腹を下してしまいました」

 

 今もまだ、トイレにこもっているかもしれないです……。クツクツと、慣れない人からみたらゾッとするような笑みを浮かべた。その口元をそっと隠している、毒々しい赤色の爪を見せられれば、なおさらだろう。

 

「あの程度で虚獣を相手取ろうなんて。クンフーだけじゃなくて、頭も足りなすぎですよ」

「そいつらに遭ったら注意しろ、てことだったのか?」

「いえ、トイレ使うときにですよ。しばらくは、我慢して共用のトイレ使ってくださいね」

 

 一瞬何を言ったのかわからなかったが、理解できた。そして……やっぱり頭を抱えた。

 最低限/『任務』には支障は出ていないだろうなので、これ以上言い返さない。けど代わりに、非難の睨みを返した。

 

「まさか……私に外でやれと?」

「…………二部屋にするべきだったな」

「冗談です。一緒で構いませんよ。

 まだ先は長そうですし、無理はよくない。……英気も養っておかないと」

 

 最後に意味深な笑を残すと、「また情報収集に務めます」休んでいて下さいと、部屋から出ていこうとした。

 

「―――クラリーベル、お前はなんで……ココにいる?」

 

 そんな彼女の背に、これまで何度も浮かんできた疑問をぶつけた。

 彼女がココに、僕とともにこの任務に着任した/させられた理由が、どうしても特定できない。次代の天剣授受者であり、グレンダンでも指折りの武家であるロンスマイア家の長女でもある彼女が、こんな危険しかない任務につく理由がわからない。家の者たちや、陛下ですら了承してないはず。それなのに……

 振り返った彼女は、口元に手を当てながら考え込むと、ポツリと告げた。

 

「…………私しかいなかったから、ですかね?」

 

 言葉を選びながら、今教えられるのはそれだけだと。あるいは、彼女自身にも理解できてない何かがあるのか……逆に問いかけられてきた。

 その答えに困惑させられていると、この話はそれまでと、

 

「……些細なことで起こして、申し訳ありませんでした。

 ですが今度は、ほんの少しだけでも、夢見は良くなるはずですよ―――」

 

 また意味深な言葉を残して、部屋から去っていった。

 

 

 

 彼女が去った後、ようやくその意味を察し……ため息をついた。

 

(……気を抜きすぎだ、レイフォン)

 

 腕で顔を隠しながら/胸の内で、改めて自戒した。

 ココは、安全地帯なんかなじゃない。何時何処で誰からどんなふうに殺されるかわからない、戦場だ―――。味方はいない/たった一人、それでも逃げてはいけない。

 ソレを思い出すと、もう……眠る気にはなれなかった。

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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敗退

「屈殺」の似合う人


 燃え盛り、崩れ落ちる高層ビル群。虚獣の爪痕のような斬撃が鉄骨ごと抉り刻み、殴りつけたかのような衝撃波が壁面にクレーターを作っている。……人々が行き交う最先端の都市部が、無残な廃墟と化してしまっていた。

 怒号と悲鳴と怨嗟。市民たち・兵士たちの阿鼻叫喚が鳴り響き・鳴り止まぬ戦場の真っ只中、我関せずと紫煙を燻らし続けている男。この地獄を作り上げた者共の一人であるにも関わらず、何の感情も読み取れない、超然とただそこにい続ける。

 まるで死神のように……。人間とこの都市に裁きを下しているかのように、足掻らう者たちを一蹴してきた。そうやって周りに屍を積み上げてきても、何一つ男まで届くことはなかった。

 

 

 

「―――お前には、誰も助けられない」

 

 

 私の恐怖を見透かしたかのように、最後通告まで静かに叩きつけてきた。

 

 ソレは……、残念ながら間違ってはいなかった。

 互いに研鑽を積んできた【従士】達や、頼りにしていた兄弟子/【騎士】達、目指すべき目標としていた【竜騎士】達でさえ、男には敵わなかった。一矢すら報えず、一指すら届かず、ただ一閃の下に切り伏せられた。そんな切り捨てられた屍たちが、残された者達の戦意を粉々に砕いた。……私も、その一人だった。

 指揮官が殺され、切り札たる聖騎士ですら歯が立たなかったのを見せられ、残った味方は総崩れになった。立ち止まることはできず、武器すらかなぐり捨てて逃走した。……男はあえて追うことはせず、見逃していた。

 逃げ惑う味方の中、なんとか踏みとどまった私は、彼らを侮辱する余裕すらなかった。むしろ、一人残った自分はひどい阿呆だとまで、自嘲でもなく受け入れてしまっていた。震えていながらも根が生えたかのように動かない両足、半壊した武器をすがりつくように堅く握り構えている両手、いつ気絶してもおかしくないほど機能してくれない呼吸……。その全てが、逃げる余力すら残っていない証拠だったから。

 

 けど―――、私は吼えた。

 

「……武器が無いなら、誇りでおぎなう―――」

 

 ひどく掠れたその小声は、男には届かなかっただろう。

 けど、弾みはついた。まだ戦えるのだと、思い出せた。―――丹田の奥底で渦を巻いていた膨大な【剄】を、感じ取れた。

 その端緒を掴み、今日まで紡ぎあげてきた【剄絡網】へと無理やり繋ぐと―――、全てが反転した。

 恐怖で凍りつかされていた体が、内側から軋みだしてくる。身震いすら武者震いだと思えるほどの力の脈動が、心臓から燃えるような血潮を絞り上げてくる―――

 ソレが足の爪先、脳髄の奥底にまで流し込まれ、充填するやいなや―――叫んでいた。

 

「力が、無いのならッ! この命を―――、賭けるまでッ!」

 

 裂帛の気合。その意図せぬ着火によって―――発動した。

 繋いだ体奥の膨大な【剄】が、一気に噴出した。全身の【剄絡穴】/【剄絡点】から体表面に顕在するいなや、黄金色の炎を幻視した。

 

 意識が吹き飛びそうな莫大なエネルギーが、あらゆる不可能をものともしない万能感をともなって、私の全身全霊を侵食していく。いや、()()()()()()いく。

 『ソレ』に全てを灰燼に帰される寸前―――、圧縮した。

 

 

 あの男を/敵を倒す―――。

 

 

 そのたった一つの願いだけに、何もかもをも放下した。―――黄金の輝きが、全てを埋め尽くす。 

 

 噴出された膨大な【剄】は、今までのどんな戦いでも発揮することができなかった/不可能だと悟らされていたほどの暴力だった。

 ソレを壊れかけの武器に収束し/圧縮し/研ぎ澄まし、物質化した剄というあり得ないモノに昇華。逆に肉体を分解し/燃焼させ/暴力へと変え、稲妻のように射出させた。そしてすでに、心は薪としてくべていた。

 ただ一つ、魂となって男を/敵を―――滅殺するために。

 

 

 

 

 

 自爆以上の殲滅の呪撃が、男を粉々にしていた。己から噴き上がる炎に焼き尽くされる寸前、滅びの全てを男に叩きつけることで……。

 突貫した先、そのまま倒れそうになるのをなんとか踏みとどまりながら、振り返りその光景を確認した。

 

 初めにこみ上げてきたのは、勝利の達成感……ではなかった。「全て終わってしまった…」との、虚脱感のみ。

 自分がソレをやったとの実感は、まるでなかった。むしろ、無力感がわいていた、言い知れぬ悲しみがとめどなく胸を満たし/溢れそうになる……。ゆえにか、この『秘技』を教えてくれた祖父の言葉が思い出された、「決して使ってはならない」との訓戒を。

 その破戒の事実が、さらに私を蝕んできた。

 肉が解け骨が溶け、丹田に風穴が空いてしまったかのような自壊の足音。今ココで立っていることが/息をしていることが/生きていることさえもが、幻のように崩れていく。ほんの僅かばかり、微動するだけでもう―――…… 

 

 このまま何もしなかったから、灰として崩れ落ち、消失する……。

 『秘技』の反作用/呪撃の代償。ソレを恐怖としてではなく、事実として悟らされた。もう、後戻りはできない……。

 だから―――

 

「―――私の意志は、揺らいだりはしない。今も、これからもだッ!」

 

 消滅した男へよりも、己自身にむけて強く、鼓舞した。

 それと同時に、手にしていた武器が全壊した。粉々に砕ける、のではなく、砂のごとく手のひらから流れこぼれていく……。秘技の反作用の一つ、もう【錬金鋼(ダイト)】ですらない燃えカスになってしまった。

 

 祖父から譲り受けた大切な武器。また一つ失ってしまった……。喪失感が、ふたたび虚無の穴に引きずり込もうとする。

 だから、堅く握り締めた。それでも残った『何か』を掴み/守るため、この多大なる犠牲に報いるため、まだ続いている戦火を見据える。

 しかし―――

 

 

 

「―――だが、お前は独りだ」

 

 

 

 消し飛ばしたはずの男の声が、真後ろから聞こえた。

 驚愕しながら振り返ると、まさしく男が立っていた。先に放った渾身の一撃などなかったかのように、そのくたびれたコートも立ち上らせている紫煙すら、傷一つ/何一つも変わっていない……。

 

 一瞬、頭は真っ白になってしまうも―――体は訓練通りに動いてくれた。

 

(だったらッ! もっと―――)

 

 再び/瞬時に、剄を練り上げた。全身に/剄絡網へと流しこむ。

 しかし――― ガクンッ。

 急に膝が折れた、急激に力が抜けていく。

 

 許容量以上の剄を使った反動/体の拒絶反応、あるいは搾り取りすぎた代償だろう。普段なら、重度の疲労感や悪寒が警告してくれるのだが、突然だった。そんな当たり前の/武剄者としての初歩の体感すら麻痺してしまうほど、致命的な状態だったのだろう。

 支えきれずそのまま、手まで/肘まで地面についた。そして、猛烈な嘔吐感の直後……吐血した。真っ赤な鮮血が撒き散らされる。

 

 

 

 吐き出してもなお、止まらなかった。

 虚脱感以上の不快感が全身を支配していく。むしろ、堰が切れたかのようだった。このまま気絶したいのに、それすら許してくれない激痛―――

 

「……そして命も、たった一つだ」

 

 そう告げるや、吹き出した煙を被せてきた。……憐れにも嘲笑するでもない、無感動のままで。

 

「さらに付け足せば、この世の中には、どんなに手を尽くしても勝てない存在がいる。……今のお前にとっての、俺だな」

 

 大声ではないはずなのに、男の声は聞こえてくる。まるで、差し込んでくるように感じた。

 いや……違う。その声が道標となっていた。

 絶え間ない激痛と恐怖の最中、それでも気絶できない状況で発狂しなかったのは、語りかけてくる男の声が聞こえていたからだった。

 

「お前ほどの幼さで、かの秘技【燃尽滅却功】を使えたのは驚きだったが、それまでだ。……この不味いタバコ、半分ほどの価値だった」

 

 そして、無機質ながらも煽るような言葉が、微かに残っていた意識と怒りを結びつけてくれた。ソレが、まるで黒焦げになっていたかのような自分の体の、ほんの唇と喉を動かした。

 

「―――……なぜ、殺さ……ない?」

 

 自分ですら聞き取れない囁き/問いかけ。……出てきた言葉は、思った以上に哀願だった。

 なぜ、楽にしてくれないの……?

 しかし男は、答えた。

 

「……ただでさえ不味いタバコを、これ以上不味くしたくないだけだ」

 

 男にしては釈然としない。まるで、言葉を選んだかのような答えだった。……それでも、人間性は感じ取れなかった。

 そして、こぼした感情を取り繕うかのように、言葉をかぶせてくる。

 

「この戦、俺たち【槍殻都市(グレンダン)】側の勝利に終わるが、【法国(シュナイバル)】の権威は依然磐石だろう。全ての端は法国の内紛、『革新派』と『保守派』の権力争いだからな。……お前たち【騎士】達は、そんな奴らの下らん体裁を守るがために、この負け戦で散らされた」

 

 そして、敗戦の咎まで背負わされ、家名・家財を没収される……。自らで自らの牙を削ぐ、首を絞める愚か者の所業。法都が患っている致命的な業病。

 …………そんなことは、百も承知だ。

 

「だが、いずれ法国は滅びるだろう。自らの腐臭に耐えかねて窒息死する、お前たちを切り捨てた連中諸共にだ。かつての栄光ばかりに固執する者たちに、未来は訪れない。

 だから―――、()()()()()()はしないほうがいいぞ」

 

 僅かな身じろぎ、顔をあげようともがく微細な動きを牽制してきた。……いや、助言だろう。

 一切の殺意も感じられない男の超然さに、意気地がくじけそうになった。僅かにつながった生命も途切れそうになる。

 けど―――

 

「―――それでも、私は……私にはッ、大事な故郷なんだ!」

 

 顔を上げて、振り絞って叫んだ。……それでも、小声ほどにしかなってはいなかっただろう。

 しかし―――、初めて男と目があった。

 

 相対していた。向かい合えていることに気付かされた。

 秘技によって抉り出された暴力があった時よりも、指先一つ/顔すらまともに上げられないのに、力を感じた。『正しさ』を伴った力。

 その脈動の肩を借り、ふたたび宣言した。

 

「私の名前は、ニーナ。【ニーナ・アントーク】だッ!

 いつか必ず、お前に…お前たちにッ、報復する者の名前だッ!」

 

 吠え切った雄叫びは、ともに絶望を吹き飛ばし、戦意を蘇らせてくれた。

 戦える、戦いきれる。そして、勝ってみせる―――。

 何一つも根拠のない現状だったが、それでも、意志だけは不屈だった。ソレさえあれば他に何も要らない、そう思えてしまうほどにも、誇り高く―――

 

「……悪いな、他人の顔と名前を記憶するのは、苦手なんだ。明日の朝には忘れてるだろう」

 

 ソレを切り捨てるように、男は返してきた。

 わずかながら、眉根を寄せながら……。けど、その真意は読みきれなかった。

 

「ただ、今ココの【市庁舎】で戦ってる俺の弟子は、そういうのが得意だ。そうすることが強さだと、勘違いしている生意気なガキだ。

 報復なら、そいつにしてやるといい―――」

 

 修行の一貫にもなるしな……。最後にそう、独り言をこぼすと、今度こそ本当に興味を失せたかのように立ち去っていった。

 まだ戦乱が渦巻く【市庁舎】へ、急ぐわけでもなくゆったりと、歩いて行った。……吸いきって短くなっていたタバコを、ピンッと弾き捨てながら。

 

 後に残された私は、ただその背をじっと睨み続けた。決して忘れないように、脳裏に刻み付けるために―――

 そうして、男の背が戦火で見えなくなった頃合い、気絶していた。……ようやく、眠りに落ちることができた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 あらゆる感覚が混濁した闇の中、一筋の微かな音がつなぎ止めてくる。

 

 ―――ニーナ…、ニーナ、ニーナッ!

 

 必死に呼びかけてくるその声で、自分を捕まえ直せた。

 だけど同時に、吐き気を思い出した。苦痛と悪寒の不快感。

 ソレが内と外を分かち、微睡んでいた意識を身体感覚に押し込んでいくと、ようやくハッキリと声が聞こえてきた。、

 

『―――応答してくれニーナ、ニーナッ!』

 

 耳元でがなりたてていたのは、聞き慣れた戦友/幼馴染の悲鳴だった。

 外界探索用のフルフェイスヘルメットの内部に搭載されている通信端末。非汚染領域から呼びかけられ続けていただろうその声で、自分が今どこにいるのかを思い出した、何をしている最中だったのかを。

 【虚獣】の侵略から逃げ延びてきた避難民たちを、救出するため、みなの反対を押し切って飛び出してきたことを。

 

「……ハーレイ、彼女たち?」

『ッ!? 

 ……よかったぁ~、無事だったんだねニーナ!』

 

 通信が切れた時には肝を冷やしたよ―――。通信機越しでも、ハーレイが/彼が安堵してくれたのがわかった。

 そんな彼の心配にはいつも助けられてきた。私の無茶に最後まで付き合ってくれる、最高の友人だとも。……時にソレが、とても苦しく感じることはあるけど。

 今回もまた、そんな私の無茶に付き合ってくれた。独り飛び出した私をサポートしてくれた―――

 

『―――よく生きていやがったな小娘! 全くなんて悪運だよッ!』

 

 野太いダミ声が、無遠慮に割り込んできた。……実際、彼方ではそうなっているだろうと、聞こえた微かな雑音からわかった。

 ただ、彼の立場/【都市間放浪バス】の運転手からすれば、反対を押し切られ無理やり巻き込まされた、そもそも無遠慮に割り込んできたのは私たちだっただろう。それなのに今、笑って生還を喜んでくれているのだから、根は善い人なのだ。……後で謝らなくては。

 

『【回収ポッド】を出してやるから、そこでじっとしてろよ。今度こそなッ!』

「……ありがとうございます」

 

 掠れてしまったその声に、どれだけの感謝を乗せられたか……。ハーレイと話していた時には気づけなかった。思っていた以上に、自分は衰弱していたと。

 体が資本の武剄者。しかも、特定の団体に所属しないフリーランス/【浪人】の不安定な立場なら、なおさらだ。衰弱している現状に、不安が差し込んでくる。

 ソレが表に現れそうになる寸前、ハーレイが先程の疑問に答えてくれた。

 

『彼女たちはちゃんと保護したよ。

 スーツが破損してて、少し外気を浴びちゃったけど、問題ない。ここにあるものでも解毒できるレベルだ』

「そうか……、よかった。

 …………()()()()()?」

 

 ハーレイの返答に、別の不安が浮かんできた。

 なぜ、始めに避難誘導できた彼女たちだけ? もっと他にも避難民はいたはず、もっと誘導したはず/できたはず、助けられたはずなのに? 

 そんな溢れてくる疑問にしかし、逸らすような答えが返ってきた。

 

『……無事だったのは本当に良かったけど、君はまだ危険地帯のど真ん中にいる。そのまま動かず、()()ふたたび眠りにつくまでやり過ごして欲しい』

「答えてくれハーレイ、他の避難民たちはどうしたんだ!? ちゃんと助けられたの――― 」

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

 

 ―――…… 腹の底から揺さぶるような重低音。

 何を言っているのかわからない、意味を読み取れない振動でしかないのに、恐怖を掻き毟らずにはいられない激震。本能的な……、生物として畏怖に震わされずにはいられない声。

 

 【虚獣】の嘶き―――。

 先の応答でもたげていた感情は、その一瞬/一声でかき消された。

 ただゴクリと、息も気配すらも飲み込まされた。そのまま自分で自分を窒息させるほどに、心臓まで凍りついていた。

 

 

 

 嘶きが聞こえなくなるも、通り過ぎた空間全てにまだ谺しているようだった。耳が痛くなるような静けさが逆に、虚獣の臨在感を際立たせる。

 金縛りにあったように、経験からと何より本能が微動すら止めている最中、最小ボリュームに落とされたハーレイの声が聞こえてきた。

 

『……ゴメン、この通信域でももうヤバイ。 しばらく切らせてもらうけど、堪えてくれ。

 君は独りじゃない。絶対に、生き残るんだよ―――』

 

 その忠告/懇願を最後に、通信は切られた。

 

 虚獣の感覚を侮ってはならない。

 歯牙にもかけないような矮小な存在であっても、決して見逃したりはしない。そこに、自分達とは違う異物/外界には無いモノを見つければ、容赦なく徹底的に排除してくる。ソレが微弱な電波であったとしても、逆探知を仕掛けて通信者達を抉り出してくる。……まるで、都市や人間への憎悪に突き動かされているかのように、執拗にも。

 都市から一歩でも出た外界は、人間が住むことを/生きることすら許されない地獄なのだから……。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

 

 嘶きがまた、聞こえてきた。

 心なしか今度は、先よりもハッキリと聞こえた。ノイズが少なくなっている……!?

 

 全方位に放たれたのではなく、ある程度絞り込んだのだろう。

 たった一度、その端緒を捉えただけでここまで精度をあげた。もしもまだ、ハーレイが切断してくれていなかったら、この嘶きで私の居場所が突き止められたかもしれない、隠れている放浪バスの座標まで―――

 

 ゾッとさせられた直後、心より安堵していた。……()()()()()()()()()と。

 命懸けで救いを求めてる避難民を助けにきたのに、今では/現実では「キレイ事」と鼻で笑われるような人道を貫けたのに、少なからずソレを成し遂げたのに……それでも。

 あの嘶き/暴力は、そんな全てを消し飛ばしてしまった。

 

(―――ああ。私たちは…私は、なんて脆弱なんだ……)

 

 かつて味わった屈辱、諦めるにも諦めきれない妄執。克服したと思ったのにまた……引きずり落としてくる。

 

 力が欲しい―――。

 

 こんな理不尽にも負けないぐらい、強い力が。何者にも揺るがされない力を、『正しさ』に価値が有ることを証明して欲しい。

 ただ息を潜めるしかできない。そんな自分が、ひどく情けなかった。

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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漂着

とある外国ドラマの一場面を、混ぜ合わせてみた


 

 

 日が沈み、人々が寝静まる深夜。

 【永風壁(エアフィルター)】に映し出された、仮想の/かつてあったとされる太陽と昼空の暖かな光景が、仄かな月明かりと夜空の暗闇へと移り変わっていった。大半の住民たちは、その夜の兆しで自宅へ帰り、訪れた宵闇の中で眠りにつく。そして深夜になれば、住宅の電光すらも消える。

 

 自律型都市(レギオス)の地下、網目のように掘り抜かれた地下道を走る、【都市内循環鉄道】。

 深夜の今、乗客はほぼ誰もいない、乗せるつもりで稼働させてもいない。大量の積荷が乗せられているコンテナ車が、幾つも繋げられている、その分幾つかの客車を切り離して。都市の隅々に物資を届けるため、住民たちの需要と生活を阻害せずに満たすために。深夜から早朝にかけて、忙しく巡回し続ける。

 そんな深夜の地下鉄車内。少ない客車の座席に一人、うつむき加減に腰を下ろしている、こ汚い浮浪者。

 褪せた金髪は背中までぼうぼうと伸び散り、着ている衣服は市内のゴミをあさって着重ねているかのよう分厚さだけだ。茶色く色あせ染みの斑点が目立つ、縫い目をほつれさせてはところどころ破けもある。だが、今の時期と夜の寒さをしのぐ用は為している。しかし、隠し様のない臭気。ここ数ヶ月は体を洗浄していないことを確信させる、垢と汚れまみれ。何より、大柄ではあるだろう体をうな垂らしている具合から、眉をひそめたくなる負の雰囲気をにじませて続けている。市民生活から弾かれた者、浮浪者だと直感させられる。

 今の季節の深夜、地上の路上/裏通りでは、厳しい寒さゆえに眠ることは難しい。住処のない浮浪者達は、こうやって巡回する地下鉄の中で暖をとりながら、夜を越すことがある。彼もその一人だろう。乗客/人もいないので、明け方まで静かに体を休めることができる。

 しかし、折り悪くその日は、別の客たちが乗り合わせていた。

 

 彼とは別の意味で、客とは呼びたくない若者たち。

 威圧感を感じさせる派手な格好、ジャラジャラとチェーンや指輪やピアスも巻いてる。おまけに顔/腕/手の不気味な刺青もあり、危険や狂気まで感じさせる。

 ためらいなく通り道を占領するように歩く、公共空間であることを無視した集団行動。もしも昼日中だったのなら、ほかの乗客たちが、なにより警察が見過ごしはしなかっただろう。けど……深夜の地下鉄は違う。

 取りまとめ役だろう、真ん中をあるく短金髪の肌白/取り巻きより若干背が低い不良男。仲間とゲラゲラ談笑がてら、ほかに居座っていた不良グループたちと遭遇すると、威嚇し追い払った。負けじと凄み返す相手に、数と結束の威圧感と、シャツやジャケットを少しめくり『凶器』を見せつけることで、暴力ざたになる前に蹴散らした。

 そうして、彼らだけの客車に仕立て上げると、その浮浪者が目に留った、ニヤリと酷薄な笑みを浮かべながら。……自分よりも弱い者、決して復讐されないだろうと確信できる、いたぶりがいのある『血の通ったおもちゃ』を見つけた悦びで。

 

「―――やっぱり地下鉄選んで良かっただろう。こんな新しい『友達』に出会えるんだからさ♪」

 

 短金髪/短身長の不良男が仲間達に、わき上がっていた嗜虐心を隠すことなく披露した、浮浪者をバカにするよう煽りながら。

 仲間たちもソレに同感の苦笑いを浮かべるも、同調まではしなかった。彼らにはココで、やらなければならない『仕事』があったからだ。

 

「おい、かんぺんしろ。取引の邪魔だからさっさと追い払え!」

「いいじゃねぇか、どうせ何もできやしねぇよ。

 俺たち【生徒】とは違う。まして【市民】にすらなれない、負け犬のお荷物(ゴミ)なんだからさ♪」

 

 これみよがしの大声で、浮浪者にも聞こえるように仲間へと言った。

 

 【生徒】=特級市民。

 市民権を得たことで、永住権と様々なサービスを受けられるとともに、納税の義務と【都市法】の遵守を背負う【市民】。そんな彼らよりも、さらに『都市防衛の義務』を背負う、特権階級。その重責を背負い、時には命までかけて奉仕するが故に、人々からの尊敬と栄誉を享受している。

 ……というのは建前。

 実際は、都市に古くから/何代も住んできた市民を指すことが多い。あるいは、暴力や商才に長けた者たちが、その地位に割り込んで居座っている。かつての『守護者』としての美質はほぼ失われ、『支配者』としての悪性に染められている。

 ゆえに、彼らのような【生徒】が、まかり通ってしまっている。

 

「俺たちのクソや小便、ケツを吹いたチリ紙がなきゃ、生きられない。夢も未来も何もない、女も抱けやしない。そんな、後生大事に抱えてる安酒に頼ってさ、現実逃避し続けるのが関の山さ―――」

 

 短短男はそう一説ぶるや、浮浪者が持っていた酒瓶をもぎ取った。奪うのは当たり前と、ソレができる力を誇示するために。

 しかし―――直後、浮浪者が男の手首を掴んだ、ガッシリと強く。

 

 突然の手出しに驚くも、そのまま奪おうと動かそうとした。

 しかし……、できなかった。浮浪者の掴む力が、予想よりも強く固かった。それ以上ピクリとも動かせない。

 慌てて、しかし仲間には悟られないように振りほどいた/浮浪者が手を離してくれた。拍子に、たたらを踏みそうになるも、ギリギリ堪えた。……直後、掴まれた手首がジンジンと痛み出し、隠すようにさする。

 

 プライドを傷つけられた短短男は、今度は敵意をもって絡んできた。

 

「……おいおい、なに断りなく俺に触りやがったんだよ。テメェの汚ねぇ臭がついちまうだろうが!

 こんな安酒じゃ足りねえぞ! どう弁償してくれるんだぁ―――」

 

 そう言って、奪った酒瓶を床に投げ落とした。……パリンッと割れくだけ、中の酒が漏れ出る。

 暴力を漂わせる威嚇に、仲間達も浮浪者に警戒を向け始めた。

 

 そんな危険な空気に浮浪者は、観念したかのように大きく/深くため息をついた。……壊れた機械のようだった浮浪者が、初めて見せた人間らしい動き。

 ソレを男は、謝罪でもするのかと期待してか、怒りの中に先までの嗜虐の笑みを浮かべ直し始めた。

 ゆえに……、次に起きたことは、まるで予想外だっただろう。

 

 怯えた表情を覗き込む/嗜虐心を満足させるためだろう。不用意に顔を寄せた短々男に、浮浪者は瞬時―――、その襟首を掴んだ。

 凄まじい早さ、虚を付いたタイミングの良さ。何より、一切のためらいのない動き。

 がっちり掴むと、そのまま思い切り引き寄せ―――、男のガラ空き/無防備な額にヘッドバットをくらわした。

 短短男はその奇襲一発で、その場に昏倒させられた。後ろへ仰向けに倒れていった。

 

 

 その後、予期せぬ浮浪者の反撃/奇襲に、仲間達が報復しようと動き出した。

 

 

 しかし……、遅すぎた。

 懐から武器を取り出そうとした仲間の一人/刈上げ頭男を、すでに目をつけていたとしか思えない素早さで、掴み引っ張ると―――、客車内の支柱にぶつけてやった。

 

 さらに仲間がやられたことに、驚愕。

 怯えをかき消すように怒り/吠えながら、殴りかかろうとする仲間の一人/鼻ピアス男へ―――、蹴りを叩き込んだ。

 ガラ空きのみぞおちへ、体重を思い切り乗せた容赦のない前蹴り。内蔵を貫きえぐる。

 まともに食らった男は、そのまま壁まで吹き飛ばされ衝突し……、昏倒した。

 

 次は、浮浪者の肩に掴みかかることができた仲間の一人/岩顔面大男。

 浮浪者はしかし、引っ張られる勢いを逆に利用し、振り向きざまに肘鉄を―――、顔面に喰い込ませた。

 強烈なクリーンヒット/潰れていた鼻がさらに陥没するほどの威力。

 彼もそのまま後ろへ倒され壁にぶつかり……、あえなく昏倒した。

 

 残った男たちは、ほぼ瞬時に倒されてしまった仲間の姿に、隠せず怯えた。

 しかし、後には引けない。怯えながらも追撃してくる―――

 だけど……、そんな腰の引けた攻撃では、相手にはならなかった。

 男たちの拳や蹴りを巧みに/最短の動きでかわしながら、隙だらけの場所へ強烈なカウンターを喰い込ませていく。

 その度に男たちは悶絶し悲鳴を上げて……昏倒していった。

 

 

 

 後に残ったのは、浮浪者ただ一人。

 時間にしてわずか1分ほどの、一方的な制裁だった。

 

 全ての敵を倒した後、人型大の狼のようだった静かな獰猛さが……一転、再び/急いで落ちぶれた浮浪者の仮面を被り直そうとした。

 特に、鋭すぎるその顔を隠すため―――、車内に設置されてる()()()()()から隠すようにして。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ___そこまで見ると、一時停止ボタンを押した。

 後は、最寄りの駅にたどり着き、空いた扉から浮浪者が出る。そして、しばらくして駅の職員がやってきて、車内の惨状に驚き―――警察に連絡する。……おそらく、浮浪者自身が職員に知らせたのかもしれない。

 そのあとの顛末は、すでに知っている。なので―――、監視カメラの映像の確認は、ここまでいい。

 

 リモコンを机に置き直すと、肩をすくめながら当の本人/浮浪者の大男へ、視聴の感想を述べた。

 

「―――正当防衛を訴えたいのなら、一発だけでも殴らせてあげれば良かった」

 

 そうすれば、全て丸く収まっていた、わざわざする必要もないけど。……気持ちはとてもわかるから。

 

 警察署の特別個室___。

 尋問室ほど窮屈でなく客室ほど居心地の良さはない、準密室、関係者から話を聞き出したい時に使う法の隙間だ。

 そんな準尋問室に座らされている浮浪者は、しかし……全く動じていない。ゆったりと椅子に腰掛けながら、黙ってこちらを見てる。いや……()()しているのだろう。

 その不敵な表情/不遜な振る舞いには、映像の中にあった絶望感のようなモノは、一切なかった。

 なので―――、()()()()()()()()()()

 連絡を受けて映像を確認して、浮浪者の尋常ではない動きを見て、刑事のカンとでも言えるものが働いた。

 

 浮浪者の落ち着きすぎてる態度に気圧されないよう、コチラも笑を保った。そして、逃れようのない事実を突きつけていった。

 

「この一連の動き、【活剄】を発動させる暇も与えない迷いのなさ、的確に脅威を処理してる。ただのケンカの強い一般人には、できない芸当だわ。

 対武剄者戦を想定したような、特殊な訓練を受けた軍人だと思うけど、どう思う?」

 

 直接『カン』を叩きつけた。

 浮浪者を揺さぶる作戦。あまりにも読めない/ガードが硬いので、力技でこじ開けるしかない。

 そんなコチラの弱みを悟られないよう/揺さぶりが効いている(だろう)うちに、たて続けに差し込んでいった。

 

「……行き場を失った帰還兵、てところかな。

 安全なココと戦場の違いに馴染めずに、おかしくなってしまった……。知り合いにも何人かいるわ」

 

 共感を引き出すため……ではあるものの、事実も含ませてはいる。コチラか情報を開示する。

 なので、続く会話の糸口になる。『君も軍属だったのか?』と、あえて読み取らせる/質問させる/共感の糸を太くする、カンの言質を取るため。……経験上8割がた成功した。

 しかし……引っかからなかった。

 

「警官に名前を聞かれるのは、ヤバイ状況だけなんだか……そうなのか?」

 

 代わりに、微かなほくそ笑みを浮かべ(…たように見えた)ながら、別の/浮浪者としては相応しい質問を返してきた。

 

 やっぱり、ガードが堅い……。やっぱり、カンは正しいのかも。

 かと言って、この攻め手は封じられてしまった。別の方法で手繰る。

 

「……攻めてるわけじゃないの。ただ、協力したいだけ。あなたの力になれるかも知れないから」

 

 味方のアピール。向こうが浮浪者を固持するのなら、コチラも警官であるだけ。正しい公僕として成すべき『救いの手』を差し出す。

 コレには、彼にも少しばかり考え込ませた。彼自身の手に乗ったがゆえに、躱しづらいだろう。

 

「それじゃ……、俺をココからすぐに出して、ホームコード入りの名刺でも渡しながら「いつでも電話して」で別れる。

 そういう助けなら大歓迎だ」

「見たところ【流人】でしょ。地下鉄がダメになった今、改めてまともに休める場所を探すのは、けっこう骨が折れるでしょ。

 ココを使うといいわ。

 最高級のホテルとまではいかないけど、雨風に寒さも凌げる。おまけに清潔な水も飲める。毛布も貸してあげるわ」

 

 名前を聞かせてもらったら―――。最後に暗に、そう付け加えた。

 強引ではあったけど、コレで終いだ。

 『頑固な浮浪者』として助けを突っぱねるだろうが、私/『優しい女警官』にここまで言わせての拒絶だ、かなり高くつく選択になる。ココでのやり取りは、便宜上は記録されることはないけど、記憶には残る、特に警官たちの印象には。……今後、警官の助けを借りづらくなる。

 所属組織の強み/相手の弱みに付け込んだようで、あまり良い気分にはなれない。けど、他人の隠したい秘密/心に踏み込む代償だ。この程度の不快さを飲み込めなくては、『正義』は成せない。

 

 浮浪者の/男の返答を待つ。待っている間に覚悟も決まった。

 

(さぁ、アナタの正体を教えてもらうわよ―――)

 

 ココで聞き出せないのなら、また次の機会にも。暴き出すまで諦めない。

 私なりの『警官道』、確信を得られるまでトコトン食らいつく。この道を信じられなくなったら、警官ではなくなるから。ただ都市法をなぞるだけの、チェックリストになるだけだ。

 

 そんな覚悟を改めて、心に刻み直していると―――バタンッ、無造作に扉が開けられた。すると、高級そうな背広服/市民一般の仕事用の衣服の中年男が、入ってきた。

 無神経気味の同僚ですら、この部屋のルールはわかっているのに……。顔は厳しげ気味だが、体格はたるみ気味の中年男。パリッとノリの効いた背広姿からもわかる、明らかに警官ではなかった。

 

「ちょっと!? 今取り込み中よ、無断ではいってこな―――」

「彼の弁護士だ。今すぐ釈放しろ」

 

 そう遮りながら、カバンから一枚の書類を突き出してきた。

 あまりの横暴に、腹立ちまみれにも確認してみると―――絶句。

 ソレに書かれていたのは、私を黙らせるのに充分すぎる内容だった。

 

 市長からの釈放命令___。警察官のさらに上の、この都市における最高責任者の命令。

 ゆえに/同時に、これ以上この浮浪者をココに留めておくことが、許されなくなってしまった。……私の努力を、水の泡にしても。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 来た時とは違い、奇異なモノを見る視線に見送られながら、警察署を出た。……全くの無事で、何事もなかったかのように。

 

 受け付けで少ないながらの手荷物を受け取り、手続き書類は書いてもらい、すぐにつつがなく門をくぐれた。

 その間ただ、弁護士を名乗る目の前の中年男に黙って従ったが、周りに警官もいない二人きり。この不思議すぎる状況を訊いてみた。

 

「―――ありがとう先生。でも……保釈金は誰が払うんだい?」

「私も雇われただけだ。彼に聞いてくれ―――」

 

 中年男の示す先は、駐車場に停められている一台の高級自動車だった。……ただの市民が持てるアイテムじゃない。

 さらに、遠くからでは中身が見えない黒塗り窓ガラス。そんな怪しすぎる車を、警察署の前に停められるのは……、力がなければただの死にたがりだ。

 コチラの注目に反応してか、運転席と助手席からガタイの良い大男が出てくると、コチラを睨んできた。……本人としては睨んではいないのかもしれないが、その無神経そうな強面だとそう見えてしまう。

 

 弁護士に示され/護衛だろう大男たちにも促され、未だ閉じられている後部座席まで誘導させられた。

 そして目の前、護衛が扉を開けると、「乗れ」。

 有無を言わさぬ圧力に逆らわず、そのまま乗り込んだ。

 

 

 

 ―――そしてしばらく、夜のドライブを楽しまされた後、市内から少し外れた郊外で下ろされた。この都市の観光スポットでもある、古風な見た目ながらも現代技術で支えられている巨大吊り橋、そのたもと下の河川敷の公園で。……市内を俯瞰できる静かな公園。

 その公園に、ポツンと設置してあった木製ベンチの横で待っていたのは―――、

 

「―――はじめまして、【シャーニッド・エルプトン】君。……この呼び名が、一番しっくりくるだろう?」

 

 切れ長の美青年だった。歳は中年なのかもしれないが、整いすぎた顔と清潔感のありすぎる服装と、何よりも日常から切り離されたかのような纏う雰囲気が、ずっと若々しく見せた。

 そんな、男から見てもゾクリとさせる美人だが……、身体障害者だった。車椅子に座っていた。

 初対面なのに名前を知られていたこととの相乗で、思わず眉をしかめてしまった。素の感情を顔に出してしまう。

 

「私の名前は【カリアン・ボーダー・ロス】。君に頼みたい仕事がある」

 

 君にしかできない仕事を―――。

 

 

 

 その一言が、彼との/奴との出会いが、俺の運命を大きく変えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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試験
侵入 前


20/9/27、変更
【地剣】→【王剣】


 

 【陸上世界】を彷徨う自律型移動都市(レギオス)には、様々な形態がある。

 

 現在、大半の人類が生息している【海洋世界】との継ぎ目、一般に【両生型】と呼ばれている港街。

 その港を通じて、地上でしか採取できない貴重な資源を人類に運ぶ突端、一般に【爬虫型】と呼ばれている採掘船。

 その船達を繋げる、小型で移動速度の早い交差点、一般に【鳥型】と呼ばれる宿場町。

 そんな全てのレギオスに、確かな地図/座標を提供するため土中で息を潜めている支点、一般に【植物型】と呼ばれている観測所。

 そして、地上世界を人類の住処とするための対立面、一般に【獣型】と呼ばれている戦幕営。

 

 その獣型の一つとして、【学園都市ツェルニ】は設立された。

 

 

 

 

 

「―――あんたら、本当にあんな場所に行くのかい?」

 

 悪いことは言わない、引き返せ……。荒くれ者の運び屋が、怯えをにじませながら忠告してきた。コチラの無謀を心配よりも、同行する我が身の危険を感じて。

 胸の内だけでため息をつくと、懐から金色の硬貨を2枚取り出し、運び屋の前へと投げおいた。

 

「【セレニウム金貨】2枚。……これでも足りないのか?」

 

 陸上世界で運用されている物質的な通貨。レギオスを稼働させる燃料にもなる/万能物質たる【セルニウム】から精製される特殊な金属=【錬金鋼(セレニウム)】、から抽出分離させた金属通貨。鉛・鉄・銅・銀ときて最も価値の高い金貨、一枚あれば働かず一生遊んで暮らせる額になる。運び屋ならお目にかけたことはあるだろうが、傍で見送るしかない代物だ。

 先の恐れはよそに、その2枚の金貨に目を奪われていた。人間二人を運ぶにしては、あまりにも法外な/命をかけるだけの値段に。

 しかし/それでも……、頷かない。

 

「……カネの問題じゃない。あそこはヤバイんだ―――」

「もう2枚、追加してあげましょう」

 

 横手からクラリーベルが、もう2枚の金貨を置いてみせてきた。

 やり過ぎだ―――と止めたかったが、後の祭り。もう引っ込められないので、当然顔を保ちながら続けた。

 

「アンタは、この界隈じゃ『伝説の運び屋』と呼ばれてるそうじゃないか。どんな荷物も人も違法薬物も、時には()()()であろうとも、運んでみせる」

「なッ!? ――― 」

 

 運び屋は息を呑みながら瞠目し、顔を青ざめさせた。……秘密にしていた情報/大罪が、知られてしまっている恐怖。

 

 核爆弾=前世界での最強の破壊兵器。汚染物質が蔓延し虚獣が跋扈している現世界においては、最強の地位から降格された。

 鉱脈から放射性物質を気軽に採取することができず、セルニウムからも作り出すことができない。しかし/それでも、その破壊力は健在。爆裂させることができれば、甚大な破壊をもたらすことができる、都市内でなら地獄をもたらしてしまうほど。……目の前の運び屋の男は、かつてソレを『ある都市』に運んだ。

 幸いなことに、ソレは都市内で爆裂することはなかった。未然に防がれ、都市外で爆裂した。実行したテロリスト達は捕まるも、全てではなかった。……目の前の男は、その一味の生き残りだ。

 

 帝都が誇る女王直属の諜報組織/【王剣】(表の【天剣】にちなんでの名称)から得た極秘情報。本人に晒してみて、事実であると再確認するも、若干の修正あり。……狼狽しているその様子は、テロリスト特有の狂信からではなく、外部の/何も知らなかった協力者の罪悪感が原因、な気がした。

 どちらであっても、公表されてはまずい情報。彼の生殺与奪を握っていると、協力する以外に道はないのだと、理解させることはできた。

 

「これ以上お値段を吹っかけるようなら―――、わかりますよね?」

 

 止めの脅しに、運び屋の心は完全に折れた。

 なので、少しだけ譲歩した。

 

「アンタはただ、俺達をアソコまで運ぶ。安全で快適なクルーズは期待していない」

「そして運び終えたら、全て忘れる。何も見なかったし聞いてもいない、何もせずに金貨4枚だけもらった―――」

 

 クラリーベルはそう、思わせぶりに無理難題を命じながら、運び屋の消沈した肩に手をかけ微笑みかけた。……コチラまで思わず、ゾクッとさせられた。

 正面から向けられた運び屋はソレで、もうどうしようもないと悟らされたのだろう。大きくため息と肩を落として、捨て台詞を吐いた。

 

「…………どうなっても知らねぇぞ」

「大丈夫です。どうせアナタは忘れますから」

 

 ニコリと返された黒い笑顔に、運び屋はもう何も言い返すことはなかった。

 

 

 

 ―――

 ……

 |

 。

 

 

 

 最後の経由地点の都市から、裏稼業の運び屋の協力により、ようやくたどり着いた。

 

 乗ってきた違法所有の高速放浪バスから、改造された一人用/カプセル型脱出ポット×2に詰め込まれ―――、射出された。

 狙いはあやまたず、忙しく動き回っている多脚ではなく基底部へと着弾/接地した。その衝撃とほぼ同時に、ポットの外装に折りたたまれていた『足』が、着弾面をしっかりと掴んだ。

 狭いポット内の操作盤でソレを確認すると、操縦桿を使ってポットを/足を動かした。……ポットは、芋虫のようにウネウネと動きながら、基底部面を進んでいった。

 遅々とした進行状況、狭すぎて身動きが取れないポット内の悪環境、おまけに通信もひかえなければならない孤独感……。棺桶に入れられてしまったような強度のストレスに晒されながら、あるはずの目的地/都市内部への唯一の道/バス停留所まで蠢き進んだ。

 そして数時間後―――、ようやくたどり着いた。

 

 バス停留所(ターミナル)___。もう都市内部ではあるので、まともに呼吸できる環境にはなっているはず。ポットの外部センサーも、都市内部/人間の生息域に入ったと示している。

 しかし……崩壊間近の都市だ。用心に越したことはない。

 ポットに乗り込む時に着込んでいた、都市外探索用スーツ。ポット内では背中へと外していたフードを被り、ゴーグルと首元に下げていたマスクを装備し直した。……これで一応、安全だ。

 操作盤でポットの蓋を開錠、最終警告もクリアさせると、横手の手動レバー/回転レバーを回した。ぐるぐると回すとガチャリ、背中近くで音が鳴った。……最後の鍵/安全装置が外れた。

 そのままドンドン、強引に背中をぶつけながら叩くと―――バカリ、開いた。拍子に外に飛び出た。

 

 

 

「―――くぅぅ~~ッ! やっとついた……。

 もう体中コリコリ―――」

 

 それほど離れていない近くから、クラリーベルの声が聞こえてきた。……彼女もほぼ同時に、外に出てきていた。同じ機能優先の都市外スーツで、首を回したり手足/体を伸ばしたりしている。

 こちらも同じく、体のコリをほぐした。手足/指先までの感覚を取り戻していく。……本当に快適なクルーズじゃなかった。

 

 一通り手入れを済ますと、感覚の方も整え直した。体内に閉じ込めていた剄の流れを外へ/周囲へと広げる―――

 全身が一気に膨張したような浮遊感、ふた回りは大きな巨人になったような全能感に一時襲われるも、すぐさま戻した。……感情まで溢れさせる必要はない。

 二人の自分―――。五感をもって主観している自分と、背後/頭上数メートル周りから俯瞰している自分。同時に違った視点/感覚/情報が、混濁せずに同居していた。いつもの感覚。

 その感覚から、確信できた。ポットのセンサーは正しかった。……ココではちゃんと呼吸できる。

 フードとゴーグル、マスクも外した。横手で同じく、クラリーベルも外していた。

 

 ほぼ半日ぶりの新鮮な空気。バス内とポット内の、浄化循環装置の人工空気とは明らかに違う。全身の細胞に染み渡る心地よさがある。……まさに都市の空気だ。

 感じ取っていながらも驚く。どうしてココまで/もう不要なはずのバス停留所まで空気が行き渡っているのか? ……廃都間近とは思えない。

 考えても仕方ないことに戸惑わされていると、近寄ってきたクラリーベルが声をかけてきた。

 

「そういえば、【ベリツェン】を出てからずっと、不満そうにムクレてましたが……。気に入らないことでもあったんですか?」

 

 ムクレてた、僕が? 何を……?

 いきなりの問いにキョトンとしてしまうも、すぐに察せた。……あのことか!

 別に―――。そう返そうとしたが、やめた。……ソレでは、ムクレてたことを肯定してしまうことになる。

 

「…………金貨2枚で事足りた。余計な出費だった」

 

 正直に答えてやると、クラリーベルもまたキョトンとした。

 だけどすぐさま、何かを察すると、クスリと微笑を浮かべてきた。

 

「ふっふ、相変わらずの守銭奴ぶりですねぇ♪」

「笑い事で済ますな! 国費は無尽蔵じゃないし、持ち合わせはもっと限られてる」

 

 これだから貴族様は―――。言おうとしたが止めた。もう仕方がないことだし、何より、彼女と距離を詰める必要はない。

 そんな心の壁も、見抜かれただろうが、気にせずに続けてきた。

 

「ま、確かに、少しあげすぎたかもしれませんが、葬儀費用も含めたと思えばちょうどいいでしょう?」

「!? 

 …………どんな毒だ?」

「毒じゃありません、【蟲】です。特定の言葉を発音すると活動しはじめる《言喰の呪》です」

 

 沈黙の誓か……。そういう毒は知っている、何より経験させられてきた。疑り深く尊大な相手/王侯貴族・高官と交渉する際には、有効な手の一つでもある。本人の同意が必須のタイプしか知らなかったが、知らず強制できるモノがあるとは……。

 【蟲】___。剄で練り上げた人造生物。機械のように決められた行動しか取れない、創造した武剄者の手から離れられないので、厳密には『生物』とは言えない。しかし、剄は生命力の代名詞。その塊である蟲は、たとえ本物の血肉がなかろうとも生物と言うしかない。

 蟲ならば、そのような複雑な呪いも作れるだろう、同意も必要な強制力も発揮できる。しかし、毒の生成と蟲の創生は分野が違う、必要なスキルや適性も。……彼女は毒の使い手だと思ってきたが、まさか蟲まで使えるとは。

 焦りを隠すために睨みつけた。だけど……一瞬だけ、すぐにいつもの無表情を装った。

 

「……ふっふ、『なぜそんなことやったのか』て、聞いてくれないんですね♪」

「俺の責任じゃないからな。船頭を用意しなかった王家の不始末だ」

 

 だから彼女が尻拭いをした……と、言えなくもないが、それでも不始末には変わりない。どうあがいても証拠を残してしまう、死体ならなおさらだ。もしも成功した後であっても、他国から「強盗」と責められる口実となってしまう。

 

「仕方ありませんよ。ココはもう帝都の領土外で、人類世界ですらない、開拓最前線ですからね」

 

 開拓最前線___。そう、ココはもう【ツェルニ】の中で、周りはすべて敵だらけ/虚獣たちの領土だ。人間の住む場所じゃない。……そしてツェルニは、幾ばくもなく奴らの領土へと戻る。

 

「……そうだな。だから、()()()()()ものさばってる―――」

 

 感覚拡張とともに捉えていた、停留所中に漂う『敵意』の存在。異物である僕らへの警戒の視線へ、睨み返した。

 

 

 

 周囲の空気が一気に、冷たく固まった気がした。

 

 

 

 睨みつけた先は、何もない空間/誰もいないバスの待合所広場。

 だけど……『何か』がいる。濃密な気配があった。

 さらに感覚を研ぎ澄ませ/剄の流れを絞り変え、差し向けた視線に乗せて照射した。力を持った視線、物理的な影響も及ぼせる『戦意』の波動を―――

 

 ぶつけられた濃密な気配は、たまらず露にさせられた。隠れていた異界と現実世界との紗幕を纏い続けることができず―――、その青白い幽明な姿を表した。

 

 

 

“―――立ち去れ、異邦の武剄者たちよ。ココに汝らの欲するモノは無い”

 

 

 

 隠蔽を剥がしたソレは、青白い微光を放ち/帯びてはいるものの、人間の姿をしていた。

 

 姿を現したことでか、さらに周囲の空気がピリピリとしてきた。監視レベルであった警戒が、積極的防衛に変わったかのように……。

 しかし、そんなことは意に返さず。落ち着きながら状況を分析した。

 

「【魔獣】……にしては、人型でありすぎますね。

 言葉も喋れてますし、意思疎通は……難しそうですが」

「気づいてるか? ココに降りた時から監視してる気配と似てるぞ」

「!?

 ……なるほど! 【繰念体】だったんですね、侵入者迎撃用の門番…いえ『守衛』さん」

 

 まだ稼働してたんですねぇ……。呆れてしまう異常事態に、苦笑が漏れる。

 

 学園都市の門番=守衛___。外界との唯一の接点であるバス停留所で、都市に害なす敵を未然に排除する防衛機構。他都市との交流も多い都市では、生身の人間が担っているが、外界と殻一枚しか隔てていない悪職場環境、大概の都市では『別のモノ』が勤めている。

 【繰念体】___。念威奏者によって創造された使い魔、念威の塊を捏ねて作り上げた機械。武剄者が作り出す【蟲】と似ているも、生命力とは違う念威/虚獣から掠め取っている力、作り出したソレは『生物』ではない。

 だけど……目の前のソレは、明らかに人間そのもの。向ける警告も敵意も、機械では複雑すぎる思念だ。周囲の幽明がなければ、人間だと誤解してしまうほど精巧すぎる代物。

 

「帝都から来た転校生です、今日からよろしくお願いしまぁす♪ 

 ……て言っても、聞いてくれなさそうですよね」

「そうだな。ココはもう、『廃校』が決定してるからな。わざわざやってくる奴らなんて、不法侵入者の火事場泥棒だけだから――― !?」

 

 最後まで言い切る寸前、守衛が拳を構え―――飛び込んできた。まるで弾丸のごとく、発射されたかの様な爆進。

 その場から左右に跳び分かれて、避けた。

 

 一瞬先まで立っていた場所に着弾した守衛はそのまま、拳を侵入ポットへとぶつけた。

 その衝突と同時に―――、爆発が起きた。 

 ポットは後方へと吹き飛びながら、原型がわからぬほどに粉々になってしまった……。

 後に残ったのは、地面に小さなクレーターを作った守衛の、残心の立ち姿。

 

「―――ひゅぅ! 良い速攻♪

 紛い物のくせに【旋剄】の真似事してきましたよ♪」

「ついでに【衝剄】もな」

 

 【旋剄】___。脚部に集めた剄を圧縮させ、踏み込みに合わせて噴射する、高速移動の基本技。剄を推進剤代わりに使うので、直線的な動きしかできないのが難点。だけど、一足で遠間を詰めれる、銃火器を時代遅れの骨董品に引き落とした剄技の一つでもある。

 【衝剄】___。腕部に集めた剄を圧縮させ、拳の振り抜きに合わせて噴射する。中近距離攻撃の基本技。剄を爆薬代わりに使うことで、拳に岩すら粉砕する破壊力をもたらす。ただし、よく練り上げれば/連続使用には限りがある。コントロールを誤れば、砲身替わり自分の腕は破壊される。

 どちらも基本技なので、使い方で熟練度が測れる。この守衛の腕は―――、中々に鍛えられてる。先にポットを破壊したことからも、戦術眼まである/仕事熱心であることも。

 

 冷静に分析してると、守衛はクラリーベルへ視線を向け、すぐさま飛び込んでいった。

 同じく旋剄の爆速。一気に間合いを詰め、構えていた手刀で喉を突いてきた―――

 しかし、彼女もソレは読んでいた。

 突きこまれる距離を見計らい、ギリギリ届かない背後まで退いた。……すぐさまカウンターを打ち込むために。

 

 だが……予想外。

 突き出された手刀が、()()()―――

 驚きで目を見開きながらも、体を捻って躱した。……手刀は空を切った。

 

 攻撃直後で隙を見せてしまう守衛、体勢が崩され反撃に移れないクラリーベル。

 すぐさま仕切りなおした。どちらも譲らず。

 しかし、一筋の赤い雫がじわりと、首筋からにじみ出ていた。

 

「―――ふっふ♪ 

 オマケに軟体化、【操身剄】まで使えるなんて♪」

 

 【操身剄】___。剄を特定の体内部位に集めて、ソコを意識的に強化する剄技=【宿剄】。ソレをさらに発展、皮膚や筋肉・骨格を変形操作させる応用剄技。骨と筋を外し緩め、限界以上に腕を伸ばすこともできる。

 仕切り直しに構え直してる間、すかさずこちらも【旋剄】で懐まで飛び込み、急襲した。

 腰だめに構えた手刀を、心臓があるだろう左胸めがけて突く―――

 

 守衛は慌てることなく、迎えうってきた。

 こちらの手刀を横手で払いながら、半回転。その勢いのまま、近接の間合いから飛び離れた。……カウンターの裏拳でも打ち込みたかっただろうが、そんな余裕は与えてない急襲。

 ギリギリ躱した守衛は、再びこちら二人を同時に警戒しながら、構え直した。

 

 反射神経も中々のモノだ。常人なら確実に突き殺せた一閃だったが、躱してみせた。―――ただし、紙一重で。

 空を突かされた指先には、守衛の表皮の感触が残っていた。外見上では都市外活動用スーツらしき衣服の一部、分厚い作業用ツナギの胸ポケットだけど、繰念体にとっては体の一部だろう。

 その感触/纏わせていた剄が()()()()()()()()()()有様で、再確認できた。アレは繰念体/念威の塊/剄とは相反する力、人間にみえるけど人間ではない、と。

 欠損した分を補い/纏う剄の強度を高め直しながら、守衛の次の一手を待ち構える―――

 

「……そうみたいだな。

 【硬剄】か【化練剄】にまで割り振れなかったところを見ると、形質変化の特性はなさそう――― ッ!?」

 

 腰元に片手を隠しながら、再び飛び込んできた守衛。その無策な様な攻撃を迎え撃とうと身構え直していると―――、引き取り出された十手型警棒。同時に横薙ぎに振りかぶってきた。

 間合いを計りきれず、半身捻り/横スライドで躱した。―――その一瞬先に居た場所に、鋭い斬線が走った。地面に斬裂ができる。

 【硬剄】___。警棒に剄を集めて、刃の形に固めた。横薙ぎと同時にするこで、斬撃がわずかばかり飛びもした。幸いなことに空を切らしたが、背後に下がっていたらスーツに致命傷がついていた。

 

(……一応、使えるみたいだな)

 

 コチラの会話に応えるような一撃。

 そんなプライドじみた感情を漏らしている様子は無いが、残心からすぐさまコチラに警棒を構え直していた。

 

「―――武剄者を模倣することに特化させた、てところですね」

「ああ、【学園都市】らしい繰念体だよ」

 

 この念威奏者、凄腕だ―――。

 念威は剄/生命力とは反発しあってしまう力。ここまで精巧に人間の姿を、さらには武剄者の動きと力までコピーするのは、並大抵の念威奏者では不可能だ。帝都が所有している『最強の念威奏者』に比肩するレベル。ココが学園都市、様々な武剄者の情報がある都市だとしても、具現しきったその力と才能は尋常なものではない。

 冷や汗と同時に舌打ちした。

 

(くそ! こんなヤバい情報、どうして事前に伝えなかった―――)

 

 調査不足。あまりに辺境すぎて情報を探りきれなかったのであれば、ギリギリ受け入れられる。しかし/もしも、意図的に隠していたとしたら? ……この特務じたい、疑わざるを得なくなる。

 そんな僕の危惧とは裏腹に、クラリーベルは目を輝かせていた。

 

「ぜひ帝都に招待したいですね。……まともに人間しているのなら」

 

 付け足された皮肉に、思わず頷いた。

 これだけ念威を操ることが出来るのなら、当然その心身も念威に侵されている。人間が許容できる限界値/()()()()()使()()()()()()()すらも燃焼させているはず。まともに人間として生活できない、延命装置に接続しっぱなしであっても難しいだろう。

 『消耗品』……。そんな不快な言葉が浮かんできたが、すぐに否定した。それだけでは、目の前の現象を説明しきれない、奏者としての才覚と技量が必要だから。

 

(……わからないことは、後回しだ)

 

 答えに至れない推理は放棄、目の前の死活問題に集中。

 息と剄を整え直すと、

 

「ただ―――、底は見えた。もう終わらせよう」

 

 敵情分析は終わり。得なければならない情報の最低ラインは確保した。

 先より強く/鋭く/重く―――、意識を切り替えた。

 

 コチラの気配が変わったことを、察したのだろう。警棒を構えていた守衛は、目を見開いた状態でカチリと硬直した。まるで、電源を落とされた機械人形のように、あるいは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()してしまったかのように―――

 しかし、そんな隙だらけも一拍だけ。

 守衛が纏う幽火がより強く濃くなった。その火からスライドしながら、()()()()()が現れてきた―――

 

 新たに現れた守衛は、4体。

 

 計5体の守衛が横並びに現れると、コチラを囲うように位置取り、ほぼ同時に警棒と敵意を差し向けてきた。

 予め示し合わせたかのような動き、あるいは思考を共有しているか……。単純に、機械的なアルゴリズムで動いていて欲しいものだ。

 

「……どうします? もってきた【武装錬金鋼(ダイト)】使いますか?」

「こんなところでか?」

 

 【武装錬金鋼】___。武剄者の武器、剄を流し込み纏わせ強化もできる金属武器。通常の金属武器では、剄を纏わせることすら技量が必要になる、染みこませ強化するには適性も必要になる。なのでかつては、生体素材/木製武器が主流だった。そんな金属武器の使い勝手の悪さを解消してくれた、セレニウム製の武器。

 使えば簡単に倒せるが、使用限界がある。刃が摩耗することは無いが、その骨格にあたるセレニウムが摩耗してしまう。使えば使うほど/手入れも怠れば、どんな金属にも変容できる特性が失われ、ただの/特定の金属に固定してしまう。

 これから何が起きるかわからない。温存できるのなら温存、ここは徒手空拳だけでやるべきだ。

 

「使ってもいいが、まともには抜刀させてもらえないだろう。どういうわけか【錬金阻害粒子(ダイトジャム)】もたっぷり撒かれてるしな」

「念のいったことですよねぇ……」

 

 【錬金阻害粒子】___。セレニウムを特定の金属/設定された形状に錬金するのを妨げる微粒子。散布されている場所では、セレニウム製品を変異させることは非常に困難になる。セレニウム製品は、性質も形状も質量すらも自在に変えられるので、大抵は持ち運びやすいような軽量の小物になってる。

 人の往来がある公共の場所では、散布することが多い、武剄者による無用の被害/犯罪を事前に防ぐために。このバス停留所のような場所なら、なおさらだ。……一つ問題があるとすれば、ココは人の往来など無い廃墟であるだけ。

 

 すると唐突に、気づいた。降ってきた考えに、呆れてしまう……。

 コレはもう、用意周到とは違う、事前に/偏執的に備えていたのでもない。あまりにも無駄が多すぎる。

 まるで、そう……繰り返しているだけ。()()()()()()()()()()()()()しているかのような所業―――

 ありえないし証拠も少ないが、落ち着かせてくれるものがあった。

 

 ため息を一つ、不確かな仮説は一旦しまい込んだ。

 

「それに、なによりだ―――、()()()()()問題が?」

 

 ありませんね―――。

 この程度の敵に遅れを取ることなど、ありえない/あってはならない。

 

 ニヤリと、笑みを浮かべると、丹田に力を込めた。溜め込まれている剄を噴出させた、閉じていた栓を解放させる―――

 先までの微々たる剄とは、比べ物にならない大量の剄が、全身に張り巡らせてる剄絡へと流れ込んだ。穏やかな和流でしかなかった循環が、怒涛の荒波へと変貌する―――

 そして、全身の隅々にまで満ち充ちさせると―――……、燃焼させた。

 

 【活剄】___。循環させた剄を身体に染みこませ、身体機能/運動機能を増大させる基本剄技。武剄者としての戦闘開始の合図でもある。

 

 先までは日常レベル。これからが本番だ―――

 自分本来の剄の煌きを纏いながら、それでも立ちはだかろうとする守衛達に、引導を渡しにいった。

 

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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侵入 中

どいて、どいてぇ~ (パンを加えた女の子)


 

 

 ターミナル内での戦い。5体に複製された繰念体を圧倒した。

 叩き潰された5体は、地面や壁に倒れ動かなくなっている。そして、まとっていた青い燐光を流出させながら、しだいにその姿をおぼろげにしていき……消えた。

 後には、戦いで破壊された跡のみ、初めからいなかったように掻き消えていた。

 すべてを見届けると、【活剄】を停止させ、高ぶっていた剄の流れを落ち着かせた。

 

「―――他愛もなかったですね」

「行くぞ」

 

 一言/一瞥残すと、戦闘で所々破壊の跡ができているターミナルから出た。

 待合所から『改札口』へ、上層への大階段を進む―――

 

 

 ―――

 ……

 。

 

 

 帝都ならば、【都市環状鉄道】へと通じてる道。

 都市の地下層から地上部へと出て、外周をぐるりと一周して戻ってくる。市民たちの移動手段であり、流通の大動脈になっている。他のレギオスも大体は同じ構造だ。

 渡された設計図上、このツェルニも同じだったはずだが―――

 

「―――当然、もう動いてないですよね」

 

 廃墟と化している、地下鉄のプラットフォーム。

 もう幾月日も使われていないのがわかるほど、タイルの剥がれや砂埃の積もり具合、壁に貼られた広告は色あせとろこどころ破れている。ギリギリ電灯はついているものの、いつ消えるかわからないほど頼りない光は、時折パチパチと点滅までしている。そしてなによりも、シンとし過ぎる人の気配の無さ、もう随分と空気そのものが動いていないのが五感に染み込んでくる……。

 どれだけ待っても次の列車がこないことは、察せられた。

 

「……都市機能はまだ生きている。ココへの巡回が塞がれているだけだろう」

「切り替えの迂回路を本線にした、てことですか?

 となると―――、線路沿いに進んでも、行き止まりになる……」

 

 詰んでませんか? ……その通りだ。

 ココはもう、都市から切り離された区画と同じだった。

 

「……外殻から侵入すべきだったのでは?」

「それだと、ココの天剣【ヴァルゼンハイム】が発動する。……正規ルートを通るしかない」

「それじゃ、『壁をぶち破る』て選択肢も、危ないですね」

 

 強行策も使えないとなると……。クラリーベルは苦笑とともに肩をすくめていた。

 気持ちはわからないでもない。

 そもそもレギオスは、外部からの侵入に対して執拗なまでの防御策を講じている。虚獣や汚染物質が蔓延してる世界の中、人間が住める空間を作り維持するのは並大抵のことじゃない。修練を積んだ一人前の武剄者であっても、外界で装備なしの裸で立ち続けられるのは、1時間が限界だ。ソレを数百年もつづけ、ほぼ完璧に維持し続けている。さらに、虚獣の侵略への対抗手段として【天剣】がある。……レギオスそのものと戦うことは、虚獣と戦うことに似ている。

 ただし一つだけ違うのは、レギオスは人間が住む世界を守るためにある。達成するためには一つのレギオスだけでは足りないし、レギオス内だけで完全自給自足の世界を作ることもできない。ゆえに、完全に外界から遮断することはない。必ず一本は、外界と通じる道を作らなければならない、他のレギオスと通信できる方法も。

 

「いくら迂回路を使っても、『外界との流通経路の遮断』であることには変わらない。()()()()()()()()だ。

 今までは、来訪者がいなかったから誤魔化せたんだろうが……、もう無理だろう」

「このまま待ってれば、ヴァルゼンハイムがカタをつけてくれる、と……?」

「今の無防備は、突破した侵入者が迂闊なことをしてくれるのを待つ、罠だ。……時間は俺たちに味方してる」

「ははぁ……緩急つける、てわけですか、都市の守護者まで利用して。

 この監視者さん、なかなかに素敵な性格してますね♪」

 

 自分たちで塞いだ壁なのに、コチラがお節介を焼く/破壊すれば、レギオスには『敵』として見られてしまう……。なんとも理不尽な話だ。

 

「もしかして、だからこのホーム、()()()()()()()()だったんですかね?」

「ああ、だろうな。

 一見だけじゃわからなかった……。上手い【夢幻域】だよ」

 

 【夢幻域】___。念威によって作り出された、錯覚空間。五感に伝わる情報を改ざんしたり作り出した情報を貼り付ける、拡張現実。

 五感を操作してしまうので、まるで現実のように錯覚してしまう/疑うことすらできないも、剄だけは誤魔化せない。剄による探知を習得すれば/違和感を信頼することができれば、夢幻に囚われることはない。逆に囚われてしまえば、夢幻を維持するエネルギー源に変えられてしまう。

 今いる廃墟のプラットフォーム。長年使われていないだけのホームに見えるも、現実は違う。床・壁・柱・天井にまでも、武剄者によるものと思わしき破壊痕が所狭しと刻まれている。鉄道のレールも、錆びるだけでなくひしゃげ千切れており、列車そのものが通れない状態になっていた。

 剄の探知を無視させる先入観/『常識』による憶測。ターミナルに門番が置かれたから、奥にあるココは無傷なはず、との誤解。……念威奏者との戦いは、常に/何事にも疑ってかかる必要がある、と同時に直感を信頼することも。

 

「コレは壊しても、いいですかね?」

「やめた方がいい。たぶんソレも罠だ。

 俺たちじゃ、というか()()()()()()()()()()()()なら、張り巡らせてる夢幻域をほぼ壊せる。都市の骨格部にまで根を張ってる夢幻だったら、天剣を刺激する」

「そっかぁ、そうなっちゃいますよねぇー♪ 

 …………はぁ。

 夢幻の中にいながら覚め続けるて、けっこう神経使うんですよねぇ――― 」

 

 チラリ……。意味ありげな視線を向けられた。

 何を求めてるのか、わかったけど……無視した。

 

「お手を拝借しても、よろしいですか?」

「……独りでできるだろうが」

「二人でやれば、余分な労力をかけずにできますよ」

「俺は、必要な労力だと思ってる」

 

 向けてきた手を、すげなく拒絶した。

 夢幻対策の基本、二人以上でことに挑むこと。他人の剄を受け入れることで、夢幻から解放される―――。つまり、手と手を結ぶこと。正確には、互いの剄の通り道/【剄絡】を交らわせて繋げる。

 一人でやるより、はるかに労少ないのは、その通り。けどソレは、他人の剄を受け入れなければならない。この念威奏者と比べても脅威なクラリーベルに、手の内を明かす危険を冒すことになる。もっと言えば、剄絡を通して毒を流し込まれることも……。

 

「ふっふ、高評価いただきありがとうございます」

 

 無言で警戒の睨みをつけるも、帰ってきたのは意味深な微笑み。

 警戒されてることを知らずか、はたまたそれでもか、あるいはそれゆえにか……。どれにしても、彼女の内心を測りかねた。

 

 どちらも無言でみつめあっていると―――、遠くから音が聞こえてきた。

 ガタゴトと、規則だたしく揺れ軋む音。はじめはかすかだったけど、徐々に大きくなった。

 音源に振り返ると……、眩しいライトに目を細めさせられた。光で視界が曇る。

 見つめ続けて目を馴らすと、その姿が見えてきた。

 

 

 

 地下鉄が、塞がれた穴からやってきた―――

 

 

 

 思わず目を丸くするも、視界に映る奇妙な光の色彩に納得した。

 走る地下鉄は、徐々にスピードを落としゆっくりと進み―――、ホームに/目の前に横付けされた。

 ピタリと停車した直後、プシュッとの圧縮空気音とともに、出入り口扉を開いた。

 

 夢幻の地下鉄―――。

 現実世界列車とは違う、夢幻域で仮想されている地下鉄。現実世界で走っているように、五感を改ざんして見せつけている、錯覚でしかない地下鉄列車。……剄による知覚での話だ。

 しかしながら、夢幻の中では確かな現実だ。触れてみても感触があり、体重をかけてもちゃんと乗れる。剄との反発力を利用した、質量や実体を持っているかのように思わせる錯覚。夢幻そのものを破壊しなければ、この列車は現実の列車と変わらない機能を持つ。

 

「…………どうします?」

「行くしかないさ」

「罠ではないと?」

「それでもだ―――」

 

 警戒しながらも、地下鉄に乗った。

 

 二人乗りこむと、扉が閉まった。

 グラリとひと揺れするや、窓から見える駅の景色が横滑りしていく。

 発車―――。スピードを増しガタゴト揺られながら、線路を進んでいった。

 

 地下鉄が暗い横穴を通る、現実ではその奥は塞がれた壁。

 しかし地下鉄は、進み続けた。どんどんスピードも上げていく―――

 

 そして境界、塞がれた壁にぶつかる―――直前、視界がぐらりとたわんだ。

 平衡感覚が揺さぶられる。目を開けていられないほどの嘔吐感……。

 なんとか耐えると―――、ありえない光景が見えた。

 

 

 

 先まで無人の列車内が、多数の乗客でこみあっていた。

 

 

 

 灰色にくすんでいた車内も、窓からの光も相まって色彩豊かに華やいでいる。夢幻特有の青白い幽明感が薄らいでいた。乗客たちのワイワイがやがやとの騒がしさも、先にはありえなかった生命の空気感だ。

 

 あまりの変転ぶりに目を丸くした。呆然と立ちすくんでしまう……。

 しばらくすると、違和感に気づいた、乗客達から自分たちは知覚されていないのだと。いきなり都市外探索装備に身を包んだ二人が現れたのに、完全に無視しているのはおかしすぎる。

 

 奇妙すぎる現象に頭を働かせていると、隣のクラリーベルが肩をトントンと、指で触ってきた。

 接触に驚き振り返ると、彼女は口をパクパクと、動かしているのが見えるのみ。

 何をしているのか/言っているのかすらわからなかったが、すぐに察せた。―――喋ってるはずなのに、聞こえない。

 互の音声/夢幻域にいる自分たちが発する音は、聞こえない。そもそも、発生していないのかもしれない、と……。

 しかしながら、見えてはいる、何より立っていられる/接触できている。現実だろう領域と夢幻域が、ピッタリと重なっている証拠だ。……ただし、物体のみ。

 見えている乗客たちに触れられるかどうか? ……今試すのは危険すぎる。静観するしかない。

 自分たちはいわば、姿のない幽霊のようなものだ。日常に紛れ込んだ不可視の異物。

 

(……まずいな。これじゃもう、夢幻を壊せない)

 

 上手い具合に乗せられた。

 夢幻が、現実物である自分たちを抱えきれなくなる前に、タイミングを合わせて/交差するだろう現実の列車に憑依した。【虚空】へと引きずり込む仮想現実タイプではなく、現実に貼り付ける拡張現実タイプへと切り替えた。……これなら、ターミナルを封鎖しても気づかれない。

 同じ念威なれど、全く違う才能と技術が必要な二つ。ソレらをこうも見事に使いこなし、あまつさえほぼ違和感なくつなげてみせた……。改めて、この念威奏者の実力を見誤ってしまった。 

 

 予期せぬ出来事に眉をひそめていると、隣のクラリーベルも同じくしていた。……そちらはたぶん、会話できない苛立ちについてだろう。

 胸の内でため息一つ。……こうなっては仕方がない。

 手のひらを彼女に差し出した。先ほど拒絶した協力。

 察した彼女も、自分の手のひらをあわせて……、互いに握り合った。そして、互の剄絡を結び/交わらせる―――。

 

 互の剄が交換循環される。

 

 自分の体内に他人が/彼女が入ってくる異物感に襲われるも―――、手のひらで押さえ込んだ。それだけあれば充分。

 互いの剄が行き来する【剄橋】ができた。ソレを実感し合うと、握り合っていた手は離した。そして―――

 

『―――私の声、聞こえますか?』

『ああ、聞こえてるよ』

 

 互の声が聞こえるようになった。

 厳密には、声音ではなく声のイメージだ。通信装置越しの会話、この場合は【剄橋】を通じての声イメージのやり取り。……なので、表情や口の動きと聞こえてくる声が微妙にズレてる。

 武剄者同士、一度剄橋を作っておけば、水中だろうと防音壁越しだろうと戦闘中だろうとも会話することができる。そしてその声は、剄橋の無い他人には聞こえない。傍受不可能な直通回線、この夢幻域を壊さずに会話できる方法。

 

『この監視者さん。わざわざ私たちを引き入れて、どうするつもりなんでしょうかね?』

『歓迎してくれるんじゃないのか。この都市から出られなくなるほどに』

 

 あまりの事態に、思わず皮肉が漏れた。……ただ、不吉でもないことだが、あながち間違ってもいないだろう。

 なので、クラリーベルへと顔を向けなおすと、

 

『……俺は、お前のお守りをするためにココにいるわけじゃないぞ』

『あら♪ 先に言われちゃいました』

 

 突き放すつもりだったが、彼女は心得ていたらしい。……良い心がけだ。

 

『ご心配なく。私は次代の【ノイエラン】の担い手です。その決定された未来を阻む事象は、()()()()()()()()()()()()()。……虚獣に喰われることを除けば』

 

 天剣授受者の定め―――。都市の守護者である担い手は、天剣という戦略兵器を扱えるも、『都市の守護』の使命に拘束される。ソレは呪縛といってもいい強制力で、担い手の意志のみならず、生命活動すらも無視する。次代の担い手に継ぐまで、永遠に使命を全うさせられ続ける。

 その使命/呪縛を逆手に取り、すでに特定されている/唯一の次代の担い手を守護させる、死すらも妨げさせる。……天剣の担い手を、特定の血筋に限定させることで引き起こした、天剣による絶対守護だ。

 クラリーベルの自信の源、この危険すぎる任務に飛び込んだこと/あえて王家も実家も止めなかった理由……。僕とは違って、帰り道が用意されている。

 

 ……そうは言うものの、今まで幾つかの戦場で背中を預けあった経験則、彼女は天剣に甘えるようなことはしない。この任務も、自力で生還する自信があるからこそ、だ。

 だからか、暗に焚きつけられた。()()()()()()()()()()()()()()()()()、ような気がした。……意味深な笑からは、何も読み取れない。

 

 言葉にできない煩悶に眉をひそめていると……ヒラヒラと、蝶が目の端に映ってきた。

 紫の燐光をまとった蝶のような虫。ヒラヒラと空中を彷徨い飛び、視界を横切っていく―――

 見間違いかともう一度見るも……、いた。さらに観察すると、乗客の目の前/鼻先にまで飛んでいたのも見えた。

 互いに目配せすると、警戒を強める。

 

 【夢幻蝶】___。現実と夢幻の境/繋ぎ目を繕う際に現れる、自動補修現象。あえて繰念体として用意することもある。その際、蝶の形態をとることが多いことからの名称。

 現実と夢幻が限りなく近接している証。現実側から見えないということは、夢幻が晴れてしまう警告になる。

 

(この感じだと……、次の駅で晴れるのか)

 

 蝶の羽ばたきと燐光の具合、何より肌に感じる夢幻の圧迫感の薄れから、予測できた。……次の駅でこの夢幻は終わる。

 

 この格好はマズイな……。いきなり現れたら、不審者に見られるだろう。

 手首にある操作丸盤、スーツ内の環境を操作するボタンの一つを押しながら、

 

『コンプレッション―――』

 

 二人唱えると、着込んでいた都市外探索スーツが淡い燐光を放ち、微細な粒子に分裂/分解された。そして、光の靄状にまでなると、喉元の一点/首飾りに―――収束されていった。

 全ては数秒の出来事。ダイト製ならではのスーツの着脱、全身を覆ったスーツは全て首飾りの小さな金属板に圧縮された。

 スーツを脱ぎ払った下には、この学園都市の市民が着ている/違和感ない服装。あらかじめ用意しておいた衣装だ。周りの乗客の市民と比べても、違和感はない……はず。

 

 スーツがなくなった直後、外気に触れてる肌がピリピリとし出した。夢幻を構成している念威と纏っている剄が反発してあっている。スーツが無くなったことで、纏う剄が露わになってしまった副作用だ。……蝶がまとわりついては、忙しく飛び回り始めた。

 微かに痒い程度だけど、振り払ってしまえば夢幻まで消し飛ばしてしまう。じっとし続けるのは少し不快だが、もう到着ならば問題はない。

 走り続けてた列車は、次第に速度を落とし―――、止まった。

 

 

 ―――

 ……

 。

 

 

 乗客の乗降に合わせて、列車から出た。……乗客の一人であるかのように。

 

 ホームに足を踏み入れ、しばらく人の流れに沿って歩いていると―――、まとわりついていたピリピリが消えた。見えざる抑えつけから解放されている。

 夢幻域から現実空間へと、戻った。

 周囲の乗客達は、いきなり増えただろう二人に違和感を示すことなく、流れに従い階段を下り続けるのみ……。

 

『よくできてる……というよりも、警戒心足りないんじゃないですかね?』

 

 流れに併走しながら、少し不満げな声が聞こえてきた。

 隣を見るも、クラリーベルは前を向いてるだけ、口も動かしている素振りもない。警戒されないための何気なさ。……剄橋を通じての会話だ。

 夢幻から出たらすぐに切れば良かったと後悔するも、便利なのは確かだ。必要だと言ってもいい。……今は利用するしかない。

 

『この学園都市の『仕様』を聞いた時は、疑ってたんですが……どうやら本当みたいですね。

 ()()()()()()()()()()()()()()なんて……、おぞましい事を』

 

 彼女の声から、隠しきれない軽蔑の感情が伝わってきた。

 周囲の人々をサッと見流すと……確かに、共感できるところもある。

 皆、顔姿体型衣服も違っているも、まとっている雰囲気がどことなく同じだった。特に目の光具合、まるで()()()()()()()()()()()()をしている。あるいは、人間の形をした昆虫のような無機質さだ。

 同じ空間にいて傍で併歩しても、肌が粟立つような違和感はない。けど、これだけ傍にいても熱気がない/暑苦しさを感じない、コチラが歩きやすいように配慮されている証拠だ。配慮していることにも気づかせない配慮がある、歩調のみならず息遣いまでも……。意識だけでは到底できない体捌きだ。

 同じ『人間』なはずなのに断絶がある、あるいは絶対の主従関係か……。気にしなければそれまでだけど、一度意識してしまうと不気味さが拭えない。

 

『……ソレがこの都市には必要で、大半の市民が納得してるのなら、部外者が文句をつけるのはお門違いだろ』

『海洋界では禁忌とされてることでも、ですか?』

『ここは陸上界だ。

 海洋とは違って、人間社会を運営補佐するだけの繰念体や蟲を大量生産できない。【屍人】で補うしかない』

 

 【屍人】___。生命活動が完全停止した人間の死骸に、蟲を寄生させ/繰念体を憑依させて動かしてる人形。人体を構成する細胞達に、まだ生きていると錯覚させることで、可動させている。生命活動が停止している中で無理やり動かしているので、稼働期間は限られてる、損傷しているのならなおさら。定期的に延命装置で補修することで、長く使うことはできる。

 かつては海洋世界でも、屍人は使われた。人間社会を運営するには、人の形と動きができるモノが最適だからだ。けど、豊富なエネルギー源とセルニウムのおかげで不要の産物となった、さらには『人道に悖る行為』とのレッテルも。けど陸上界では、いまなお運用されている……。

 

『……どちらにしろ、ココはもう崩れる。見て見ぬフリが一番だ』

 

 面倒な議論は打ち切り、任務に集中する/させる。

 そんな思惑を察してか、それまでの不快ぶりをガラリと変えると、

 

『さて、それじゃ動力部に向かいますか♪』

『……いきなりだな』

『いけませんか?』

『いや……、いいんじゃないか』

 

 通常の任務なら、協力者や拠点の確保をするのが先決だけど、今回は別だ。速攻でターゲットに向かっても問題ない。むしろ、敵地真っ只中で孤立無援のココでは、拙速こそベストだろう。

 

『次の列車から2回ほど乗り継いでいけば、すぐに着くはず』

『それじゃ、決まりですね♪』

『……問題なのは、敵がどう出るかだけだな』

『こんな密集地で、騒ぎを起こすと?』

 

 気づかれたら終わりなのは、敵側も同じ……。嘘がバレるとまずいのは、どちらも同じだ。

 たどり着いた待合所、次の列車を待っている人だかり。地面の導線にも入りきらず、列が乱れてしまっているほどだ。通勤ラッシュにでも、引っかかってしまったのだろう。……迂闊だった。

 ただ、こんな場所で戦いを仕掛ければ、間違いなく大騒ぎになる。コチラの身元もバレ、隠していた嘘も誤魔化しきれなくなる……。監視者と僕たちは、その意味では運命共同体だ。

 だから、次に仕掛けてくるとしたら―――

 

『……列車内なら、夢幻に取り込み直すこともできる』

『仕掛けてくるとしたら、そこでしょうね。……ま、嫌がらせ程度ですが』

 

 いまさら夢幻に取り込んだところで、できることは限られてる。コチラにはもう、夢幻を守ってやる理由も無い。……時間稼ぎにもならない、嫌がらせがせいぜいだ。

 それでも……腑に落ちない何かがあった。

 

『……まだ何か、気になるんですか?』

『他の都市からの刺客は……、どこにいる?』

 

 返答というよりも独り言。

 声に出して自問してみると、気にしなければならない問題に思えてきた。

 

『……私たちが一番乗りだったから、では?』

『海洋界では早い方だろうが、帝都からココまでは長い。陸上界の刺客だったらすぐだ』

 

 どこの刺客/墓泥棒にしても、中に入るルートは限られている、同じ正規ルートを通るはず。……ターミナルで門番と対決したはず。

 そこで全員やられた……とは、考えられない。いくら陸上界とはいえ、そこまで脆弱だとは思えない。必ず誰かは、都市内部まで侵入できたはず。それなのに/今のところは、何の痕跡も無い。……都市内部でも、凶悪な罠が仕掛けられている証拠だ。

 

『全滅したとしても、何らかの痕跡は残してるはず。できれば回収したいが――― 』

 

 

 トン――― 。

 

 

 いきなり背中を押された。体が線路へと傾き落ちていく―――

 

 突然のことで、何もできなかった。……隣のクラリーベルも、呆けた顔を浮かべている。

 ホームから足を踏み外し、線路へと落ちていった―――

 

 傾倒の最中、押した手/誰かを目の端で捉えた、まるで殺気や気配すらも感じさせなかった暗殺者を―――。

 

(―――通りで、気づけないわけだ)

 

 屍人の一人……。何も/命すらも見えない虚ろな瞳を、僕に向けてくるのみ。

 

 ソレを理解した直後、全速の列車が体当りしてきた。

 

 

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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侵入 後

20/10/29 一部修正・追加


 

 一瞬、意識がトんだ―――

 

 

 

 駅を通過してくる列車に引かれる寸前/押し出された中空にて、【旋剄】と【硬剄】を放った。

 虚獣を狩る者/天剣授受者/通称『屠竜士』としての反射行動。旋剄でベクトルをできるだけ並行させて、硬剄で残った衝撃を受け止める。

 訓練と経験で体に染み込ませてきた、超重量・超高速の一撃で即死しないための必須技能。……まさか、帝都以外の都市内で使わされるとは、思わなかった。

 列車の衝突エネルギーは、体を骨ごと挽肉に変えてしまう暴威から、間に挟んだ片腕と肋骨の数本の複雑骨折ていどに減衰させられた。受け止めきるとそのまま、列車の先頭部に押さえ張り付かされる。

 

 そんな反射防御から、意識と激痛が体に一致しようとする刹那―――、()()()()()()()()()()()。現実の列車と並走、あるいは憑依させていた夢幻域の列車が突然、実体化した。

 普段なら、許可しない限り/常時まとっている剄が夢幻の侵食を弾く。しかしその時だけは、意識が体から切り離されていた。拒絶できず取り込まれてしまった―――……

 

 

 

 意識が戻った時、当たり一面は―――、青白い幽明の光景/夢幻域だった。

 

 ソレを認識できたと同時に、激痛が掻きむしってきた。が―――封殺した。

 痛覚に伴う不快感だけ切り離す、脳内で『もう一人の無抵抗な自分』を仮想して押し付ける。そして、無神経で無敵な自分を保つ。……コレも、必須技能の一つ。

 そんなクールなままの頭に、まず浮かんできたのは―――

 

(……分断させてきた、か)

 

 敵の狙いは各個撃破で、先に僕を始末するつもりだ、と。

 その推察を裏付けるように、列車の頭頂部あたり/屋根の上に()()

 奇妙な仮面を付けた人型/細身の体付きの何者かが、僕を見下ろしていた。仮面越しからも、敵意だとわかる視線を差し向けながら―――

 

 仮面の何者かは、腰元のホルダーから拳銃のマガジンに似た金属板を、慣れた/滑らかな手つきで取り出した。そして、持ったソレを空に/横に振り払うと―――、()()()()。白い煌きを放ちながら板は、振り終わる頃には鋭いレイピアになっていた。

 【武装錬金鋼(ダイト)】だ……。繰念体ではダイトは使えない/拡張現実タイプの夢幻域を壊さずに確実に仕留めるにはダイトしかない、仮面の何者かは武剄者だった。身ごなしと纏う剄の具合から、かなりの手練だとも。

 

 復元したレイピアの鋒をコチラに、腰を落として/視線をさらに鋭く、狙い済ましてくる―――

 ……予想はついていたけど、苦笑せざるを得ない。

 

(ここまでやるとは……、なんて周到さだ)

 

 列車で轢き殺す、だけではなく、ソレが失敗した時の策/トドメまで考えていた。この仮面の手練を隠していた。……この状況、かなり詰んでいる。

 でも/だからこそ、確信できた。

 

(……敵は、僕のことを()()()()()

 

 僕が天剣授受者、あるいは屠竜士であったことを……。ただの武剄者では、先の列車の衝突には耐えられなかった/よくて戦闘不能状態だった。屠竜士だからこそ耐えられた、万が一ではない確率で反撃されることを読まれた。

 さらにもう一つ、分かったこともある。―――敵は()()()()()()()()()

 凄腕の念威奏者と、この仮面の武剄者。加えておそらく、この都市/ツェルニを()()()()()()()()()()()()()()()()()/チームの頭脳……。最低この3人が連携しながら、こちらを排除しようとしてきている。

 

 仮面の武剄者が、構えていたレイピアに力を込め、突き出してきた。

 力強く振り出されると同時に、レイピアの鋒が()()()。目にも止まらぬ速度で、僕の頭蓋を撃ち抜こうとしてくる―――

 ソレに接触される寸前、肺に溜まっていた全ての空気とともに雄叫びを―――、()()()()た。

 レイピアに向けて、その先の仮面の武剄者へと焦点を絞り、【戦声(いくさごえ)】を放った―――

 

「オ゛■■■■■■■■■■ーーー――― !!」

 

 【戦声】___。内力系/体内を循環強化する剄技の中で、唯一の遠距離攻撃技。【衝剄】と同じ衝撃波だけど、剄そのものではなく、雄叫びを強化することで発生させてる。さらに衝剄との相違/優位点は、衝撃波をコントロールする必要がない点。元々そなわっている『声』を使っているので、反発力を恐れる必要がない。『速効の迎撃』として使える。

 発射した戦声/衝撃波は、迫り来るレイピアの必殺の鋒を―――パキンッ、()()()()()

 間で揺さぶり震わされた夢幻域が、たまらず破れ弾けとんだ。その亀裂とほころびから()()()()()()なる―――。レイピアの鋒は、夢幻域から現実へと抜けてしまい、まだ夢幻域にいる僕には届かない。

 ただし、拡張現実タイプの夢幻/現実の上に貼り付けただけの念威空間。気体ならともかく、固体のしかも剄がこもったダイトと同じ座標にある人体、現実の物理法則を無視したとてつもない矛盾現象だ。その反逆の代償は、展開した夢幻域の崩壊だけでは終わらない―――

 

 パリィンッ―――と、ガラス塊が砕けたような音色が、響き渡った。

 夢幻域が爆散した。大量の【夢幻蝶】の微薄片を瞬かせながら―――……

 

 同時に、貫かれてる座標に伸びていたレイピアも、砕け消し飛んでいた。……仮面の武剄者は、ほぼ手元まで砕けてしまっているレイピアに、驚愕している。

 現実に戻ってきた僕は、戦声で吐き出した分、大きく息を吸う―――

 そして、息を整えるやいなや、押し付けられてる列車の顔面を蹴り―――前転した。

 

 列車の顔部を転がっていく。空気が重いほどのスピードで走行しているので、そのまま吹き飛ばされるように頭頂部までドゴドゴと、転がっていった。仮面の武剄者が立っている、その場所まで―――

 飛ばされすぎてしまう/列車面からも飛ばされてしまう―――寸前、まだ無事な片手と足でギギギィと/装甲に爪を喰い込ませながら、しがみついた。

 そして近く、四足の獣構えで仮面の武剄者と相対した―――……

 仮面は、先の衝撃に加えさらに瞠目しているも、すぐに切り替えた/感情を放棄。揺れていた視線が冷徹な睨みに戻った。

 そして瞬く間、折れたレイピアを腰だめに構え直すと、鋒を差し向けてくる―――……

 

 

 

 勝負は、一瞬の交差で終わった。

 

 

 

 レイピアの突きが放たれる前、両足に貯めていた力を爆発させた。全身を仮面に武剄者めがけて発射させた。

 そして、砕けていた片手で無理やり手刀、爪先に剄を圧縮させ【硬剄】の剣となし、さらに【操身剄】で伸ばし槍と変えた。仮面の武剄者も、体の捻転で力を収束させたレイピアを発射させてくる。

 互いに正面衝突する/交差する手槍とレイピア―――…… 

 

 先に相手を貫いたのは―――、僕の方だった。

 レイピアは致死の軌道を外され、僕の肩を浅く切るのみ。手槍は、仮面の武剄者の左胸を/心臓を、刺し貫く―――

 

 熟練した武剄者なら、心臓が破壊されても即死はしない。

 体内に循環してる剄がしばらくは生かしてくれる。長く放っておけばさすがに死んでしまうので、その間に治療やら移植手術を済ませればいいだけ。または、【代替心臓】を用意しているので、左胸のモノが再生されるまで切り替えて使う。

 ただ確実に、戦闘不能にはなる。しばらくすれば出血多量で意識が途絶え、逃げることもままならなくなる。代替心臓に切り替える場合でも、戦闘のような激しい動きには対応できない、あくまで緊急時/繋ぎのための心臓。……敵対する武剄者を尋問するには、ここまでする必要がある。

 この仮面には、聞きたいことが山ほどある。ここで、必要な情報/本来は潜入前に教えられてしかるべき『敵』の情報を、少しでも手に入れなければならない。任務達成のためにも―――

 

「グぶぅッ! ――― 」

 

 ―――の、はずだったが……、しくじった。

 予想外に()()()()()()に阻まれ、手槍は心臓には届かず。加えて、わずかに逸れてもいた。……完全破壊とはいかなかった。

 苦悶と鮮血を吐き出す仮面。その漏れ出した声は、男にしては高めの音域だった。

 

 不意にも重ねられた予想外に、無視させていた腕の激痛が、頭の奥に突き刺さってきた。反射的に強張り、瞬時の追撃へと移れない……。ソレは仮面も同じだったが、一つだけ違う。

 強張りがほどけ、引き抜こうと力を込めた―――直後、グッと掴まれた。突き刺すために伸ばした腕を、仮面の手/腕が絡めて掴んできた。ほどけない―――

 そのまま、レイピアで突き直せばアウトだったが……、すでに手から溢れ落としている。手槍をクロスカウンターで心臓(近く)に突き刺した衝撃で、取りこぼしてしまった。

 なので、できることは―――

 

 ―――ガッシリ。

 抱きついてきた、締め殺してくるほどに。……身動きがとれない。

 出そうとしていた前蹴りが封じ込められ/予想外な前進に、驚かされてしまうと―――

 ―――ニヤリ。

 仮面越しにも、哂ったのが見えた。

 

(ッ!? ヤバい―――)

 

 ほどくことは放棄し急速転換、空いてたもう片手に【衝剄】の力を練った。反動も狙いもほぼ無視、速射重視の扇状放射砲―――。【活剄】状態の今なら、一秒未満で放てる。

 しかし……、仮面が一手早かった。

 抱きついた僕ごと、最大巡行速度の列車から―――飛び降りた。

 中空に投げ出される―――……

 

 

 

 不意に奪われた足場と平衡感覚に、思考麻痺。全身にも伝わり強ばってしまった……。このまま地面に落下すれば、背中から落とされればタダでは済まないだろう。

 けど……、()()()()だ。

 その程度では、十数秒の気絶しかもたらさないだろう。打ちどころが悪くとも、戦闘継続に支障は少ない。ソレが武剄者であり、屠竜士の生態だ。……ただの落下では、共倒れすら見込め無い。

 けど―――、()()()()()()()()()()()()のなら、話は別だ。

 隣車線を走ってくる対向列車が、あと数秒もしないうちに通過する場合は、話は大きく違ってくる。……防御せず/気絶したままで列車と正面衝突すれば、一般人とさほどかわらない末路を迎えてしまう。

 

(どうすれば助かる? とるべき最善の方策は? ――― )

 

 今/ココで/僕に何ができるか―――。無事な手には、練り上げていた衝剄がある。

 けどソレは、ただの圧縮された強風にすぎない。殴りつけと合わせて、密着している仮面との間に、強引に/わずかばかりの隙間を/締めつけの緩みを作れるのみ。まして単体では、二人分の武剄者の体重を、もう一つ隣の車線まで吹き飛ばす力は無い。

 そしてもう一つ最悪なことに、一度練り上げた剄技は変更できない。発動させるか消去しないと、次の剄技を練り上げられない。【剄絡】に空きがあれば『留保』できるも、緊急/即行で練り上げたモノ、空きなど考えてない。そもそも、今から練り上げては遅すぎる。

 もっと別の/強力な剄技であったのなら、まだ活路はあったけど……コレでは無理だ。

 だから―――、()()()()()を使うしかない。

 

(……先に仕掛けたのは、そっちの方だ――― )

 

 手を人差し指と中指だけ伸ばして握った形/【剣印】の手形にした。そしてその爪先で、抱きついてきている仮面の頭蓋と首の境目/【命門】の大剄脈穴を―――ブスリ、【点穴】した。

 

 ―――仮面から、声なき悲鳴が吐き出された。

 

 人体の最大の急所に攻撃された激痛、強引に点穴/全身の剄脈の流れを止められた反動が、特に戦闘状況で最大励起状態だろう剄が全て、脳みそを粉々に攪拌する―――。けど、まだこれからだ。

 ただの命門点穴は、『剄技封殺』と『強制気絶』のみ。実力が劣っている者からですら、ほぼ確実に引き起こせる武剄者の急所。そこへさらに、剣印で強引に尖らせた衝剄=擬似【針剄】を追い撃つ―――

 攪拌された混沌状態の脳=0の白紙状態、無意識のさらに奥底の深層意識野に一筆、刺し/書き込んだ。

 

 

 ―――『()()()()

 

 

 「神託」が命じられるや、苦しみ喘いでいた仮面は―――ピタリ、静止した。

 そして、授けられた使命に、全身全霊を燃やしだした―――。文字通り()()した。

 

 全身を巡る剄脈/全周を巡らせている剄絡=【顕在剄】だけでなく、丹田や各所の【剄泉】に保管されている【潜在剄】までも全て、一瞬で焼尽した。その膨大すぎる剄の噴出は、視覚化以上に触覚・温覚にまで作用するほどの、光り輝く『火焔』となった。つまり―――、仮面はその身を()()()()()()()()()()した。

 あとはそのまま爆発させるだけ……だが、それでは列車に轢かれるのとさほど変わらない。いや、もっと酷いことになるだろう。

 掴まれてた/胸を貫いたままの砕けていた片手を通して、操作した。爆発に指向性を持たせる、迫り来る列車にのみ爆出する『大砲』に変えた―――

 

 ここに至るまで、3秒弱。

 投げ出されて地面に落下するまでの刹那。……対向列車は目前に迫っている。

 墜落の衝撃からは、目的意識だけを守るのみ。大砲の引き金が無事ならそれでいい、照準すら要らない―――

 

 ―――

 ……

 

 

 ―――墜落の衝撃は、全ての感覚を切断した。

 

 痛覚すら届かない暗闇の意識野。そこには何も無いはずだったが……今は違う。

 煌く火焔の塊が、片手に宿っていた。

 認識すると同時に、目的を思い出した。その片手の人差し指に意識を通す―――

 カチリッ……。撃鉄が下ろされたかのような微かな音が聞こえると、宿っていた火焔が爆発した。

 

 瞬く間に、暗闇は白光へと変わった。

 

 その直後/一拍遅れて、凄まじい爆音が鳴り響いた。

 肉を押し潰し、骨を折れ軋ませるほどの音の暴風―――。無理やり身体感覚を取り戻させられるも、すぐに吹き飛ばされた―――

 

 ―――

 ……

 

 

 何処に飛ばされたか、今どうなっているのか、本当に無事なのかすら……わからない。

 ただただ吹き飛ばされるがままに、いづこかへと投げ飛ばされていった―――……

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ―――目覚めは……、あながち悪くなかった。

 

 まず、悪夢を見なかったこと。……いつもほぼ毎日、悪夢にうなされる日々。

 だから毎日、心身を酷使して疲労困憊させて、気絶するように寝入った。そうすれば夢は見ない、あるいは別のモノを見れるから。……図らずも、そのルーティーンをなぞることができた。

 次に、独りの寝床だったこと。……傍に誰かいれば、ソレが敵意でなくても飛び起こされる。

 睡眠のコントロール。頭は休めても体は起きたまま、あるいは皮膚に独自判断を任せてる。危険だらけの外界での『狩り』の最中では、あるいは敵陣真っ只かなの長期作戦中では、加えて海千山千の怪物達が跋扈してる『皇宮』の中では、必要不可欠な技術だ。例え、ドロのように寝入ったとしても使えるほどに、本能に染み込ませる必要も。……だとしても、使わされ無いに越したことはない。「コントロール」と言いつつも外/他人へいつも忖度してるようなもの、逆にこの技術に「コントロール」されている毎日。

 さらに、『あの時』の夢を見れたら満点だった。けど……望むべくもない。もし見れたとしても、目覚めた後/現実の状況を思い出せば、悪夢より悪夢なのかもしれない。だからコレが、最良だろう……。

 だけど―――、やっぱり最悪だったのかもしれない。

 

 

 

 うっすらと目を開け、ゆったりと頭を/上体を起こした傍には―――、人がいた。

 腰ほどまでの長黒髪、怯えた小動物を思わせる雰囲気、年の頃はまだ10代と見られるほどの幼さ。今にも泣き出しそうな童顔なれど、キッチリと着込んだツェルニの…学生服?の上からでもわかってしまう、体つきは意外と―――……

 

「―――て、誰だッ!?」

「ひぃッ!? ―――」

 

 気づくとすぐに飛び起きる、距離を取った。腰元の剣帯にも手をあてる/すぐにでも抜刀できるように身構えた。……どうして気づけなかったんだ?

 焦りを隠すように、睨みつけながら対峙していると―――、少女はさらに身を強ばらせるのみ。本当に怯えているように見える。

 

 警戒しながらも周りを一瞥するも、彼女しかいない。

 レンガ造りか「風」だけの装いの硬い/手がかりの無い壁面、高さは背丈の倍はある/常態でギリギリ飛び越えられる高さだ。横は狭く3人の人間がギリギリ通れるほどだろう。奥行は行き止まり、大通りから外れた裏路地だ。……ついでに言うなら、ゴミ捨て場だ。

 線路から投げ飛ばされた後、このゴミの山に突っ込んだ。落下のクッションになって、幸いにもほぼダメージはなかった。……臭いとベトつきはしょうがない。

 

 とりあえず周囲を確認し終えると、自分の身体状況を省みる―――

 まず、立って動き回れる。先までの戦闘の負傷では、下半身はほぼ無傷だ。強度の打撲や砕けている肋骨も、痛覚以外は動きの邪魔にならない。しばらく安静にしていれば、ソレも無視できるレベル。

 ただし、片腕は使い物にならなくなっていた。

 もともと負傷が激しく、仮面との戦闘で酷使しては、仮面の剄の爆発の砲台としても無理をさせた。そのため、剄脈までズタズタになっていた。剄が体内に漏出してしまい、傷口をさらに悪化させている。こうなっては、自己治癒も剄技による再生も見込めない、医者にみてもらうしかない重傷だ。

 総括としては―――、

 

(この程度なら―――、まだ『続行』できる)

 

 任務を放棄するまでには、至らない。このまま突撃しても、問題はないだろう。

 すでに、最大の脅威だろう存在/都市に侵入してから監視し続けてきた凄腕の念威奏者は、かなり無力化した。先の仮面との戦いで、夢幻を強制破壊させた反動でダメージを負わせた。まだ力を振るえるだろうが、『監視』は途切れたはず。僕の現在位置や状況をリアルタイムで把握できていない。

 念威による武剄者の監視は、一度でも外されれば次はない。相当な実力差の開きが無ければできないが、そもそも必要としないことだろう。加えるなら、僕には無理だ。

 監視が無くなれば、念威術の大半の脅威は封じたも同然。あの刹那のタイミングの現実/夢幻の切り替えも、監視による精密さが無くなれば不可能だ。実行部隊/前衛のあの仮面も、ほぼ完全に無力化した―――

 そのことまで浮かぶと、腕の重傷の被害を抑えるため肩の【剄穴】を突いて応急処置を施そうとすると、また一つ違和感に気づかされた。

 

(? 奴はどこに―――…… ッ!?)

 

 砕けてる腕に、自ら固定させてきた仮面。共に吹き飛ばされて、このゴミの山に落ちたはずだが……いない。

 

 腕には鮮血の跡が残ってる。ゴミにまみれたため/自分の腕からも吹き出しているので、一見ではわからなくなっているも、漂う血の香りは確かだ。よく見れば爪の中にも、血肉の欠片が食い込んだままだ。けど……、仮面の本体はいなくなっている。

 あの重傷に加え、全身の剄を暴走させた強制自爆……。とても、自分の足だけで逃げ帰ったとは思えない。そもそも、僕が意識を取り戻す前にはもう、消えていたのだから―――

 

(!? 【還命綱(リセッター)】か―――)

 

 砕けてる腕に、もう一度意識を集中して研ぎ澄ますと―――……、あった!

 うっすらとボヤけているも、確かに伸びている。手の甲あたりから中空へとヒラヒラうようよ、何処か彼方へ向かおう/戻ろうとしている。綱というよりも、ミミズのような虫をイメージさせる。

 

 【還命綱】___。念威術の一つ。念威の糸で繋いだ人間の生命活動が停止した直後、先に『セーブ』していた場所まで引き戻し復元させる。蘇らせる、わけではなく『巻き戻し』。なので、それまでの記憶は全て無い。忘れてもいないので、思い出すことはできない。……夢幻域の一つ【蠱毒壺】/仮想模擬戦場で、併用される念威術でもある。

 【蠱毒壺】___。仮想現実タイプの夢幻域の一つ。時空間すらほぼ自由に設定できる【虚空】では、兵士を効率よく訓練することができる。【還命綱】と併用すれば、重傷を負わわせても殺害しても現実に戻れば「なかったこと」になる。

 通常の奏者なら、夢幻域内での死亡事象しかリセットできないはずだが……、さすがは凄腕、何らかの方法で現実でも使えるようにしたらしい。

 しかし―――、ソレがアダになった。

 現実域の僕が接触している状態でリセットしたため、だろう。還命綱の糸が、接触していた手に()()()()()しまっていた。あの仮面がどこで「巻き戻さ」れるかが、()()()()()()()()()()()()()。そしてその場所には、凄腕の念威奏者ともう一人、このツェルニの権力者/チームのリーダーがいるはず。

 

 災難が福と転じた―――。思わず顔がにやけてしまった。

 これで、任務達成までの不明瞭だったな道のりは、確かな一本道へと変わった。

 あとの懸念は、分断されてしまったクラリーベルの行方と……、目の前の彼女だ。

 

 

 今一度彼女と相対した。睨みつけながらの警戒。

 改めての厳しい視線にか、彼女はビクリッ……と、これみよがしに怯え直した。

 

(……わざと隙を見せたのに、何もしてこなかった?)

 

 ますます、彼女のことが分からなくなった。

 敵か味方か、一体何者なんだ……?

 

 ―――

 ……

 

 

 無言で観察/警戒/臨戦態勢し続けていると―――、沈黙に耐えられなくなったのだろうか、彼女の方からおずおずと声をかけてきた。

 

「―――あ、あのぉ……その腕、大丈夫……ですか?」

 

 聞き取りづらいか細い声だった。怯えていたから、だけではなく、普段の声量も小さいことがうかがえた。「覇気」とよべるような声質も、全くなかった。……熟練の武剄者で無いことは、わかった。

 それでも黙って睨みつけると、何かを取り繕うように続けてきた。

 

「は、早くお医者さんに診てもらったほうが、良いと……思いますけど―――」

「なぜ関わった?」

「ひゃいッ!?」

 

 コチラまで驚いてしまうほど、悲鳴をあげられた。……喋れると思っていなかったのか?

 そんな意味不明な慌て/怯えぶりに、眉をひそめると……、おぼろげながら察せたものがあった。

 

「……何も知らないのか?」

「は……ぇ、え?

 な、何のこと……でしょうか?」

「都市の崩壊」

 

 端的に/腹の探りは面倒なので吐きつけてみるも……、少女は首をかしげるのみ。意味が分かっていないかのように、困惑していた。

 浮かんだ推測を固めてくれる反応だったが、まだ確かじゃない。

 

「認識番号は?」

「?? 番号……て?」

「……【屍人標(タグ)】を見せろ」

「え、タグ……?」

「【命門】、頭と首の付け根だ」

「メイモン……? 付け根……??

 ……一体何のことですか? というか……、どうしてそんなことしなくちゃ――― ッ!?」

 

 視線に敵意の凄味をぶつけた。……それだけで少女は、喉を締め付けられたかのように黙らされた。

 さらに【操魂剄】/強制的に意識を奪ってしまう剄技を使って、一時的に体の操縦権を奪った。本来なら、よほどの実力差&意識の隙が無いと成立しない技。命門やら重要な剄穴に触れもせず視線だけでは、難しすぎるはずだけど……、彼女にはできた。

 

 怯えて揺れていた瞳が、急に静まった。表情もぼんやりとし、目を開けながらも何処を見てもいない、微睡んでいるかのようになった。恐怖で強ばっていた全身も、だらんと脱力している。……【操魂剄】にかかった人間特有の有様。

 そのまま/無理やり繋げた【剄橋】を通じて、命令を流した。……少女は言われるがまま、後ろを向いては長い髪をたぐり上げて、首筋を見せた。

 そこに見えたモノに/()()()()()()()()モノに、思わずも目を丸くしてしまった。

 

(!? 

 ……【屍人】じゃ、なかったのか)

 

 一般人だった……。屍人標/命門辺りにある特徴的な紋様の刺青が、なかった。

 

 相手が屍人ならば、【操魂剄】は容易くかけることができる。

 生命活動によって生まれる剄の流れが、最大の防壁になる、特に脳や重要臓器への侵略には。屍人にはソレが無い。もちろん、代わりの防壁を組み込んでやることもできる。けど、武剄者/犯罪者相手には時間稼ぎにしかならない。屍人の所有者の権威と、市民としての良識に頼るしかない。

 屍人と変わらないほどの、精神防壁の無さ……。珍しすぎる体質に、驚きを隠せなかった。

 

彼女(リーリン)と同じ体質の人間が、こんな場所にいるなんて、な)

 

 少女への興味がわいてきた。言い知れぬ縁を感じる……。偶然にしてはできすぎてる。もう少し調べてもいいが……

 今は関係ない。

 今重要なのは、()()()()()()()()()()()ことだ。

 先の「突き落とし」のような目に、遭うことはなくなった。そして、屍人達の視覚情報を通じて、僕の現在位置が暴かれる心配が無くなったことも。

 

 命令通り首筋を見せ続ける少女をそのまま、横切り立ち去る―――

 

 しばらくすれば/距離を開ければ、繋げた剄橋もちぎれ霧散して、剄技も終わる。……こんな裏路地に気絶/放置させてしまう無体には、ならないだろう。

 ついでに『記憶の改ざん』もすべきかと思った。が、そこまでの手間は必要ないだろう。覚えていたところで、どうせ何もできない。「奇妙な怪我人に遭遇した」程度の印象だろう。……彼女の違和感が大事件につながる頃には、この都市から脱出しているはずだ。

 

 周囲/人の目を一瞥警戒……しながら、今一度剄の流れを強めた。

 両足へと集中するや―――、跳んだ。

 壁面を飛び越え、屋上部へと―――着地した。

 

 再び周囲を/目的地を/都市中枢部を見出すや―――、駆けた。

 一直線に迷わず、人の目に止まらないスピードで、駆け抜けていく―――……

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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合格/失格

20/11/10 加筆・修正


 

 ツェルニの街上を、駆け抜けていく。

 目的地の動力部までの道のり。設置されているだろう監視装置や、屍人たちの目から外れるため、警戒しながら屋根伝いを駆け抜けていった―――

 しかし……、それも限界がきた。

 集合住宅地から住宅群からも、商店街らしき通りにも差し掛かり、静観な豪邸宅が建ち並ぶ広々とした通りへと至り……打ち止めだ。ここからは地上を歩くしかない。

 最後の隠れ場所にて、駆けてきて早くなっていた息と体内リズムを整えると、剄技【止剄】を発動した。

 

 【止剄】___。基本剄技の一つ。全身の剄穴・剄戸を閉じ、剄脈・剄絡の流れを止める。通常状態でも循環してる剄の流れすらも止めてしまう。

 完全に剄の流れが止まることで、気配が消える。物理的にはそこにいながらも、意識的にはどこにもいない。注意を向け続けなければ隣にいても気づけなくなる。……いわば、【屍人】と同じになる。

 同じになれば、気づかれない。屍人同士の認知方法を逆手にとった潜伏法、紛れ込めれば一般人たちからも屍人だと誤解されるようにもなる。

 

 発動して、完全に流れを止めてしまうと……、通りに出た。人の流れ、屍人たちの流れの中へ、何気ない顔で加わっていった。

 屍人たちと一体になりながら/流れのまま、動力部へとつながる【中央管理塔】へと進んでいった。

 

 ―――

 ……

 

 

 たどり着いた天突く巨塔=中央管理塔前。レギオスの全てを管理している、背骨に値する建物だ。玄関広場のココからでは頂上を視認しきることはできないが、レギオスと猛毒の外界とを隔てる【永風壁(エアフィルター)】を発生・維持しているはず。……この塔が重大な損傷をうけたら、レギオス全てが外界にのまれてしまう。

 まだちゃんと機能しているも、あと幾ばくもない……はず。何らかの誤魔化しがなされているか、もしくは、帝都でも知られていない新しい手法を発見したかの、いづれかだ。

 

(……ま、そんな可能性は無いだろうけど)

 

 誤魔化しの延命処置、だからこそ、もう安楽死させる。……それが、導き出された預言で、自分に課せられた任務だ。

 

 屍人たちの流れに従いそのまま、管理塔へと入る―――前に、横道へ。……このままでは、塔入ゲートに引っかかってしまう。

 前を歩いていた屍人の一人へ、何気なくも素早くちかづいた。背後まで接近し、そのまま横並びになるや―――スパんッと、首筋を突いた。

 超高速の手刀。生きてる人間の目から見えないような位置で、目に止まらないほどのスピードで放った。……たぶん気づかれてないだろう。

 

 屍人はガクンッと、その場に崩れ落ちそうになる―――寸前、手を差し伸べて支えてやった。

 突然のことに、周囲がざわついた。しかし、「大丈夫だ」と手でアピール。ついでに、「彼は屍人だ」とも。……通行人たちはやや落ち着いた。

 止めに、支えていた/一時機能停止状態になっていた屍人の耳元へそっと、吹き込んだ。とある命令を。「しばらく僕に従え」、バレたら逮捕されるだろうクラッキングをした。そして、止めたスイッチをもう一度―――オンに/剄を流した。

 腕の中、支えられていた屍人はソレでパチリと、虚ろだった瞳に意識を灯した。

 

「―――え……あれ? どうして……てッ!?

 す、スイマセン!」

 

 慌てて自分で立った。

 市民たちへの精神ダメージを緩和させるための処置……。ただ目眩をしただけと、周囲に弁解するような苦笑を配りながら安堵させた。それを見せられると、もう問題は解決したと、洗い流されてしまう。

 

 通行人たちの注意が離れるや、屍人へ無言で/視線だけで命令した、「あそこまで歩け」。屍人は、先に見せた人間らしい仮面から一転、元の人形らしい無表情に戻るや、頷いた。そして誘導先、塔広場の脇にある公衆便所へと向かわせた。

 そこへ二人、何気なしに入っていった。

 中に先客がいないことを確認するやいなや、もう一度命令した、「お前の服を貸せ」。

 屍人は黙って頷くや命令通り、着ていた作業着を脱いで―――わたしてきた。

 その間、僕の方も着ていた(偽)市民服を脱いだ。脱ぎ終わるや、渡されたソレを受け取って着替える―――

 

 着替え終えるや、下着姿のまま棒立ちの屍人に最後の命令、「そこの個室に入って座ってろ」。

 屍人はやはり頷くや命令通り、便所の個室へと入り、中からがチャリ……鍵をかけた。『使用中』。

 確認するや、作業帽を目深に被り外へと出た―――。室内清掃員の屍人に成りすました。

 

 服装を整えると、中央塔へと入った。

 広々と開放的なエントランスホールを抜け、市民たちが通る搭入ゲートへ……ではなく、横の作業員用の非常階段へと逸れて向かった。

 ひとめ、ゲート前に検査員の屍人に注意が向けられるも、服装から屍人だと誤認してくれたのだろう。あるいは、止剄を発動させたことで、屍人と同じ気配を漂わせていたからだろう。呼び止められることなく/軽く目で会釈までされて、非常階段への扉をくぐれた。

 

 バタり……。背後で扉が閉まった音を、狭い無機質な非常用通路を歩きながら聞き取るや、胸の内でほっと一息。

 

(……第一関門クリアだ)

 

 通路を進み続けると、無骨な階段と作業員用のエレベーター。案内の文字盤を確認して……階段へと向かった。

 ココから地下の動力部までは、かなりの距離がある。エレベーターを使って降りたほうが早いし楽だが……、エレベーターの中は密室。くわえて監視カメラもある。おまけに、先の失敗があった。……この都市の移動手段は、凶器に変貌する。

 ガタコトがたこと―――と、足早に非常階段を降りていった。

 

 ―――

 ……

 

 

 長い長い、非常用階段を下っていった先―――、ようやく終点/最深部にたどり着いた。

 分厚い耐熱扉をそっと、開けては……中へと体を滑り込ませた。

 そこに広がっていた光景は―――、レギオスの心臓部だった。

 

 ドーム型の巨大な空洞の中心部には、吸い込まれるような柔らかな白光に包まれている、巨大水晶が鎮座していた。……そのひし形に近い水晶は、成人男性が6人は詰め込められるほどの巨大さだ。

 その周囲には、優しげな空色に輝いている6本の円筒形水晶が、等間隔に円を描きながら配置されている。……その円筒形すら、成人男性が詰め込めるほどの大きさだ。

 そしてその円筒形から、幾本もの配管や配線が伸びては交差し、圧力を調整する増幅器や取り出したエネルギーを分別する濾過装置を通過し、ドームの地面/壁面/天井へと伝わりながら広がっている。都市の各所へと、巨大水晶から吸い上げたエネルギーを送るため/都市機能を稼働させるために。あるいは、各所から送られてきた情報/フィードバックを受け取っている。

 機械的な無機質さ/無骨な外見と横暴なほど絶え間なく続く駆動音、だけど、中央の水晶たちの輝きがココに生命の空気を保たせていた。一般的なレギオスの動力部の造りと同じ。ただ、一つだけ違うのは―――

 

(……光が弱い。これではもう―――)

 

 死に体だ……。動力部に満ちている水晶の輝きは、あまりにも弱々しい。専門家やメカニックでなくともわかってしまう、もうダメだと、いつガス欠を起こしてもおかしくないと。

 預言は正しかった。

 けど、疑問は残ってる。

 こんな状態でありながらも、都市はちゃんと稼働しているようには見えた。少なくとも、エアフィルターはしっかりと稼働しているし、食糧難に陥っているほどの困窮ぶり/荒廃ぶりは見当たらなかった。

 

 何か裏がある……。市民たちを騙している、だけではない、実際に稼働させうるだけの()()()()()()()を運用している、と。

 

(そう考えるのは、自然だけど……)

 

 そんなもの、存在するのか?

 ……一時的には、可能だろう。熟練の武剄者たちが剄を込め続ければ、稼働させることは不可能じゃない。

 けどそんなもの、3日ももたない。代わり替わり休ませながら続けたとしても、それが限界だろう。ただし、レギオス全域をくまなく覆い守っているエアフィルターがまだ稼働できている状態で、だ。……中央にある水晶たちには、ソレができる

 

 預言が告げられてから、ココに来るまで一ヶ月ほど。

 たどり着いた後にやることは、廃墟とかした元動力部/あの巨大水晶から、エネルギー源たる【電子精霊】を確保することだった。その障害となるのは、【虚獣】が生み出した【魔獣】たち、そのさらに配下たる【化生】や【怪物】達だと想定していた。動力部が停止したレギオスの末路は、奴らの住処なのが一般だ。……ここ、ツェルニは違っていた。

 ずっと抱えさせられていた疑問に、またぶつかってしまう……。

 

(……それでも―――)

 

 一歩、踏み出した。

 疑問は棚上げに、今は今だけを、任務に集中する。

 中央の水晶達の下へ、周囲に警戒を向けながらも、進んでいった―――

 

 ―――

 ……

 

 

 ゴールは常に見えながらも、複雑に入り組んだ金属通路/階段/梯子のおかげで……、なかなかたどり着けない。道なりに進んでいけばたどり着けるはず、だろうに、どうして……?

 進んでいるはずなのに、近づいていない……。そんな矛盾した考え/錯覚まで浮かんできた。もしかしたらこのまま、永遠にたどり着けないのでは? とも……。

 

 そんな不吉でもない考えに苦笑を浮かべると―――ハッと、閃いた。

 そして瞬時に、その場に立ち止まるや、意識を切り替えた。

 今までとは違う、外ではなく内を見つめ直す/治す―――

 

 すると―――ピリッ、額に痛みが走った。

 さらに続けると、痛みも強く増していく。ただの頭痛が、徐々にガンガンと割れんばかりの激震へ、そしてグラグラと酩酊したかのように平衡感覚までおかしくなった。遂には、地面そのものがなくなってしまったかのような、墜落感まで……。

 そこまで至って目を見開くも、ソレは錯覚ではなかった。

 ()()()()()()()()()―――。

 見えていた光景も全くの別物に、目を疑うような/超現実的な闇色のモザイク映像に変わっていた。自分はその中/奥底の暗闇へと、落下し続けている。……そのあり得無さ過ぎる光景が、確証だ。

 

 

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

 

 

(ッ!? 

 いつだ……? どこで嵌められたんだ!?)

 

 起点はどこ/何時だったのかは、わからない。油断など一切していなかった。

 けど/それでも、強引に取り込まれてしまった……。

 

 通る理屈は、一つだけだ。

 念威を強化してくれる/武剄者を弱体化する【場】に追い込まれた―――。

 けど、ソレはありえない。

 完全警戒中の/いくら片腕を負傷しているとはいえ、僕を圧倒するだけの場など外界以外には存在しない。まして動力部、剄に満ち溢れているはずのココは、念威奏者こそ弱体化してしまう死地だ。……けど現実、夢幻に取り込まれてしまっている。

 なので、根本的に改める必要があるだろう。

 そもそも()()()()()()()()()()()()、とまで―――

 

 そこに至ったからか/夢幻の捕網を掴めたからか、いきなり全身が―――()()()()

 

 どこからともなく、まるで体内から溢れ出たかのような発火現象。全身が一気に炎に包まれ、高熱と痛みが襲いかかる―――。

 さらに止めとか、呼吸まで苦しくなってきた。

 まるで本当に、火炙りにさせられているかのようなだった。

 上手く空気も吸えず、意識まで虚ろに引き落とされていく―――……

 

 

 

 ……しかし寸前、正気を取り戻せた。

 

 生きるか死ぬか/消えてしまうかの境目で、湧き上がってきた疑念が、夢幻の煙を吹き飛ばした。

 今全身で感じている灼熱の激痛と、数時間前に/()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。頭で思い込まされている痛みと、体が直接訴えてる痛みとの違い。ソレは通常、微差と切り捨てられてしまうような感覚ではあるけど、確かな現実の感覚。念威では/夢幻の中では、絶対に作り出すことができない真実の叫びだ。

 そして今、絶体絶命/意識消失寸前の刹那の中では、微差は微差にあらず/他と同列の感覚情報の一つ。念威ではまだまだ作り出せない、これからも不可能だろう膨大すぎる体感覚の総情報。ソレらをも精査対象になることで―――、()()()()()()()()()

 

 

 

 取り戻したそこから、声なき雄叫びを上げると―――パキィンッ、亀裂が鳴った。夢幻そのものに傷を負わせた感覚。

 さらに続けると―――ピギイィィッ、ガラスを爪でひっかくような耳障りな擦過音が掻き毟る。ソレとともに、亀裂は縦横へ走り広がっていった。……いつの間にか、全身の炎は掻き消え、激痛も消え失せている。

 そしてついに、臨界まで亀裂と音が詰め込まれた。

 

『ぎぃやあああ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!』

 

 脳髄に直接響いてくる、()()()()()のような金切り声。

 そんな脳みそがズタズタになるような絶叫とともに、夢幻は―――爆散した。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 現実感覚を取り戻したのは、驚愕をこもらせた男の声からだった。

 

『―――驚いた。

 まさか、あの【フェリ】の念威すら、払い除けてしまうとは……ね』

 

 聞いたことのない声を認識すると、ぼやけていた頭をハッと目覚めさせた。

 続いて/すかさず体も覚醒させようとするも……、痺れが酷い。まるで、剄を過剰に消費してしまった反動の極度の疲労感、全身がゲル状化してしまったかのような猛烈な虚脱感で、言うことを聞かない。先の夢幻から強制脱出した報いだろうが……、ありえないほどの消耗ぶりだった。

 戦慄で強張りそうになりながらも、無理やり、澱んでいた剄を賦活させた。

 急げッ! 急げッ! 急げッ! ―――

 

(もっと早く――― )

 

 カツカツ……と、硬い足音が近づいてきた。

 

『……だが、ここまでだ。

 ()()()()たどり着いてしまったのなら、もう―――始末するしかない』

 

 そう宣告するや、近づいていた何かは足を止めた。と同時に、空気が重々しく圧迫感が増した。……もうすぐそこまで/手を伸ばせば届く距離まで、接近していた。

 そしてカチリと、微かな金属音を鳴らした。―――()()があげられた音だ。

 

『サヨナラ、帝都の刺客殿。

 私たちはまだ、この楽園(ツェルニ)を失うわけには……、いかない』

 

 言い切るとともに、出された指示は―――「撃て」。

 接近して何か/誰かは、忠実に/即座に―――、引き金を引いた。

 そして弾丸は、誤たず僕の頭を破壊する―――はずだった。

 

 ギリギリ直前、僕が体を跳ね起こさなければ―――

 

 

 パァンッ! ―――

 横に緊急回避させた体/耳に、銃の破裂音が追いかけてくる。……さきまで頭があった硬い床に、特大の銃痕が穿たれていた。

 

 冷や汗が滲んでくる……よりも早く、すぐさま次の反撃へ移した。

 飛びながらうつ伏せから反転、四足でつかみ直した床を蹴り出し、まだ見ぬ殺し屋へと―――、突貫した。

 熊手の形で突き出す片手に、即行で練り上げた【衝剄】を込めて―――

 

 突き出しながら衝剄を放つ―――その直前、ようやく襲撃者の姿を見た。

 先の列車で襲いかかってきた襲撃者と同じ、奇妙な仮面を被った武剄者。ただし、体型はまるで違う、別人だった。

 

 回避されたのみならず、反撃してきた。そのことに驚き居着いていると……思いきや、至極冷静だった。

 その場に居着くどころか、こちらに向かってきた。まるで、体をよろめかすような自然さ/滑らかさで―――、突き出した腕の内側まで、()()()()()()()()()

 放った衝剄は、仮面の武剄者の肩ごしに背後へ……見当はずれの空へと、放射されてしまった。

 

「ッ!? ――― 」

 

 躱されたことに驚愕する―――間もなく、襲撃者のカウンターが襲いくる。

 伸びきってしまった腕を掴まれ/背負い込まれると、そのままグルン―――、投げられた。

 ただし、掴んで腕を離すことはなく自分を軸に半回転させ、床に叩きつけてくる―――

 

 考えるより先に、体が動けた。

 そのまま叩きつけられてしまう直前/背負われている最中、重心をほんの少しだけ/無理やり前に置き直した。……叩きつけられるタイミングを、わずかに/自分から早めた。

 背中を強打させられてしまう前、足を先に着地させられる―――。襲撃者もともに巻き込まれてしまう。

 

 だが、ソレは相手も同じだった。

 違和感をいち早く察するや、あるいは予め読んでいたかのように―――、掴んでいた腕を緩めていた。

 完全に体が/両足が、宙に浮かされている最中、突然支えを失ってしまう……。相手との間に僅かな隙間ができる、()()()()()()()()()()()()()()()()―――

 

(ッ!? しまった――― )

 

 そう後悔/焦る間もなく、襲撃者は膝が地面につくほどにしゃがむと、振り返りざまに―――発射した。

 

 上段カカト蹴り―――。両足一直線に伸ばし/撃たれたその一撃は、緩んでいた腹の中へ、内蔵部にまで貫かれていった。

 宙に浮かされていた僕は、さらに跳ね上げられることは僅か、カウンターの威力全てを受け取らされてしまった。

 

 

 

 強烈すぎる一撃に、一瞬、意識が吹き飛ばされていた。

 

 カカトがえぐった場所が、人体の急所の一つ/腎臓だったからだろう。意識を保つことができなくなるほどの大量の激痛が、脳みそをクラッシュさせた……。

 ―――それでも、戦闘状態/今までの戦闘経験値が、そのまま眠らせることを許さなかった。

 

 焼き焦がされているような現実の中、無理やり焼き付かされた意識が捉えさせられたのは―――、襲撃者が腰だめに拳を構えている姿だった。

 重心をおとし、呼吸を深く深く整え、全身の力を拳に集約する―――。筋力のみならず剄も、同時に何かが急速に練り上げられてもいた。

 その暴力/致命の予感に、本能が動かした。

 力も剄も込められずだが、腕を前に、体を庇う――― 

 

 衝突の瞬間。雷のような爆速/剛力がこもった拳が、僕を穿孔する。

 ガラ空きの心臓が穿たれる―――ギリギリ、割り込ました腕が身代わりになった。

 

 

 

 バキゴキィッ―――と、砕けてはいけないモノが砕ける音が、全身を震撼させる。

 

 同時にグルゥン―――と、振り回されながら/切りもみ回転させられながら背後へと、吹き飛ばされる―――

 腕を割り込ませたことで、打点がわずかにズレてしまった反動だろう。心臓を破裂させられる代わりに、腕が抉り鞣された。

 グルグルと、上下左右がわからなくなるほどに回されながら、吹き飛ばれていた。そして、硬質な床にボールのように撥ね付けられ/擦り付けられながら―――、何とか止めた。

 

 

 

 全身にはもう、激痛以外の感覚が無い。脳みその中の意識も、焼き焦がされてしまっていた……。

 でも、()()()()()だ。

 虚獣を屠る者。奴らの絶死の一撃に耐えねばならない者、耐え続けねばならない者……。注意を惹きつける『囮』として、真に虚獣を屠れる者の道を作るため。

 だから、()()()()()()()では、終わりにはならない―――

 

 ―――

 ……

 

 

 ―――体を、跳ね起こしていた。

 

 襲撃者は、それに戸惑うことなく追撃に、迫っていた。砕けていた両腕はだらりと、前かがみに迎え撃つ。

 【旋剄】とともに繰り出された/【活剄】でも強化されただろう拳が、僕の頭を穿とうとする―――

 

 寸前、避けていた。……こめかみから血が噴き出す。

 同時に、硬い感触が直接、脳みそを揺さぶった。……拳に打ち抜かれる寸前、踏み込んで頭突きカウンターをしていた。

 

『―――ぐぶぅッ!?』

 

 モロに食らった襲撃者の嗚咽。……若い男の声だった。

 

 カウンターは決めた、ただし、割れたのは被っていた仮面だけ。

 襲撃者の男は、仰け反りたたらを踏むも……、すぐに転身していた。

 その場で体を捻転させながら/頭突きの反作用を利用しながらの、回し蹴り―――

 避けようと、バックステップしようと足を動かそうとしたが……、思ったようには動かなかった。もつれてしまっていた。

 

 しかしソレが、幸運にもなった。

 

 回し蹴りが着弾した場所が、わずかばかり心臓部から外れていた。

 すでに、屠竜士としての本能でしか動かせない体/脳みそは完全に機能停止状態。一時的にでも心臓が止められたら、糸が切れた人形、完全に動かなくなっていた……。

 蹴撃のまま、背後へと蹴り飛ばされていった―――

 

『まずいッ!? その先は――― 』

 

 そんなもう一人の/指示者の慌てた声が、耳朶に届く前、僕の体はどこか深い深い大穴へと落ちていた―――

 

 

 

 ―――落下の感覚……。

 

 投げ出された空中から真下へ落ちていく、そのまま遥か下の地面に激突するのかとの諦念がわいてくるや―――バシャンッ、背中と頭に柔らかい衝撃が響いた。

 そして、反発の跳ね上がりの代わりに、ひんやりとした不定形な何かが全身を包み込んできた。

 ソレが『液体』だとわかるや……顔面まで覆われていた。

 

 全身が飲み込まれると、ブクブクと大量の泡に肌を撫でながらも―――……、沈んでいった。

 

 

 

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補欠/裏口

20/12/5 加筆・修正


 

 ―――目覚めは……、()()()()()()()()()()

 

 夢を見た。……自分が殺された夢だ。

 誰かとの戦いの最中、体はボロボロになるまで叩きのめされ、終いには何処へと投げ落とされた……。一般的には不快だろうが、僕にはわりと落ち着かせてくれる夢。「ようやく終われる」と、安心させてくれるから。

 何もかも投げ出してしまった無責任さ、「ここまでやったのだからしょうがない…」から終いにはしてくれない。そんな罪悪感に追いつかれる前に、夢のまた夢へと落ちていき―――、目が覚めた。

 

 ―――

 ……

 

 

 うっすらと目を開け、ゆったりと頭を/上体を起こした傍には―――、人がいた。

 

 腰ほどまでの長黒髪、怯えた小動物を思わせる雰囲気、年の頃はまだ10代と見られるほどの幼さ。今にも泣き出しそうな童顔なれど、キッチリと着込んだツェルニの…学生服か? その服の上からでもわかってしまう、体つきは意外と―――……

 

「―――て、誰だッ!?」

「ひぃッ!? ―――」

 

 気づくとすぐに飛び起きる、距離を取った。腰元の剣帯にも手をあてる/すぐにでも抜刀できるように身構えた。……どうして気づけなかったんだ?

 焦りを隠すように、睨みつけながら対峙していると―――、少女はさらに身を強ばらせるのみ。本当に怯えているように見える。

 

 警戒しながらも周りを一瞥するも……、彼女しかいない。

 レンガ造りか「風」だけの装いの硬い/手がかりの無い壁面、高さは背丈の倍はある/常態でギリギリ飛び越えられる高さだ。横は狭く3人の人間がギリギリ通れるほどだろう。奥行は行き止まり、大通りから外れた裏路地だ。……ついでに言うなら、ゴミ捨て場だ。

 線路から投げ飛ばされた後、このゴミの山に突っ込んだ。落下のクッションになって、幸いにもほぼダメージはなかった。……臭いとベトつきはしょうがない。

 

 とりあえず周囲を確認し終えると、自分の身体状況を省みると―――

 

(―――つぅッ!?)

 

 ヤバい……。意識を向けただけで、痛みが全身を軋ませてる。頭がクラクラと重苦しく、寒気が体の芯から滲み出していた。

 

 立って動き回れることは……ギリギリできるだろう。歩くだけなら問題ない。

 が、武剄者としての動きは不可能だろう。先までの戦闘の負傷では、下半身はほぼ無傷だったはずだが……、なぜこんなにも動かない?

 強度の打撲や砕けている肋骨も、痛覚以外は動きの邪魔にならない。剄で自然治癒を賦活させれば、ソレも無視できるレベルになるはずだが……できない。どうも、内蔵に深刻なダメージがあった。そちらを治癒することに集中してるので、全身は猛烈な倦怠感で縛られてるのだろう。

 両腕も、使い物にならなくなっていた。

 仮面との戦闘で酷使した腕の他も、かなり重いダメージを負っている。二の腕の骨が複雑に砕けていた。おそらく、ココに墜落した際、打ちどころが悪かったのだろう。……運が悪い。それでもまだ、使えないことはないだろうが、『使えない』装いをしていた方が無難だ。

 総括としては―――

 

(…………ダメだ。

 一度どこかで、休まないと―――)

 

 一時撤退だ……。ここまで深刻だと、任務続行は却下だ。

 必ず返り討ちに遭う。捕まって敵の虜にでもなったら……、最悪だ。

 だとしたら次、すべきことは―――

 

「―――あ、あのぉ……その腕、大丈夫……ですか?」

 

 少女の方から声をかけてきた。

 聞き取りづらいか細い声だった。怯えていたから、だけではなく、普段の声量も小さいことがうかがえた。「覇気」とよべるような声質も、全くなかった。……熟練の武剄者で無いことは、わかった。

 黙っていると、何かを取り繕うように続けてきた。

 

「は、早くお医者さんに診てもらったほうが、良いと……思いますけど……」

 

 その通りだ。早急に医者が必要だ。……素人目からもわかってしまうほどに。

 

 自信無さげな先細り、視線を合わせることができず俯きがち。何か少しでも異変が起きたら、すぐに飛び跳ねてしまいそうな緊張……。怖いのは満身創痍の僕の方なのに。

 気弱という言葉では足りない怯えよう。他人と関わるのは苦手なのがわかる。()()()()()()()()()()()()()()、と。

 でも―――

 

(それでも面倒に関わったのは……、なぜだ?)

 

 ここの屍人達には、『瀕死の重傷者と判断したら看護する』ようにプログラムされているから?

 ありえる話ではある。

 生者と同じような振る舞い/見た目をする屍人を使う場合の、反逆されないためのセーフティーとしても。……目の前の彼女(ソレ)も、その深層命令に従ったまで。

 だけど今、僕は『招かれざる侵略者』だ。

 この都市を支配している存在/襲撃者たちに追われている身。彼らは、都市に紛れている屍人達を自在に操作することができる。彼女が屍人ならば今/もう、僕は襲撃者たちに発見されてしまっている。……殺されているはずだ。

 彼女は、()()()()()()()()である可能性が、極めて高い。

 

(……確かめる方法はある。けど―――)

 

 ソレすらままならない現状。少し身じろぎしただけで、苦悶が漏れてしまう。……想像してる以上にヤバイ。

 

 なんともし難いな……。自分一人では、自分のことですらどうしようもない。確かめる余裕など無い。

 彼女に助力してもらうしか……、ない。それが一番現実的だ。

 任務のためにはそうすべきだ。これまでそうだったように/利用できるものは躊躇いなく利用してきたように、この任務だって―――

 

 

 

「―――医者は、必要ない」

「え……?

 で、でも―――」

「このまま表通りまで戻って、いつも通りの日常を送り直す。そして、ココで見たことは全部忘れる。……ソレが、どちらにとっても一番良い解決方法だ」

「?? 

 …………どうして、そうなるんですか?」

「君に危険が及ぶからだ」

 

 口から溢れ出たのは、真逆の拒絶だった。

 頭では「今すぐ撤回しろ」と悲鳴を上げるも、嘘偽りない現状。……今更『騙す』負担を、背負いたくはない。

 ヤケっぱちながらも踏ん切りがついた僕とは違い、彼女は戸惑いを深めていた。

 

「早く立ち去ったほうがいい。……悪いが、追い払ってやれない」

「そ、そんなこと! ……できませんよ」

 

 目を逸らしながらモジモジと、決められずに迷っていた。

 その様子から、気絶していた間の状況が察せた。

 ゴミ捨て場に、傷だらけ/血だらけの見知らぬ男が、捨てられている。一般的な市民ならば、悲鳴を上げて周囲住民に知らせ都市警察に通報して処置を待つ、だろう。けどココは、スラム街だ。そんなもの目新しくもない、いちいち悲鳴を上げる気力がもったいないほどに。……ただし、ソレが『死体』だったのなら。

 生きているのなら、少々厄介なことになる。見捨てる後味の悪さ、だけでなく、助けなかった逆恨みをもたれる怖れ。確かめないわけには、いかない。その結果―――、最悪の目が出た。

 

 気の毒だとは思うが、気を回してやれる気力が無い。求められても困るだけ。……受け入れてもらうしかない。

 だから、今できることと言えば―――

 

「……選ぶまでもないこと、だろ?」

「そ、それは―――」

「早く家に戻れ」

 

 ただ突っぱねるだけ……。この関わりは、相互利益には至れそうにない。

 言い切るや、息を飲んで身を強ばらせ/見据えてくる彼女を横切り、立ち去ろうとした。―――その寸前に、つぶやかれた。

 

「…………私の家、この近くですから」

 

 一瞬、何を言ったのか聞き取れず立ち止まる/振り向き直すと……、堰を切ったかのように続けた。

 

「こ、このスラム街の出、なんですッ! 

 ですから、そのぉ……だから! えっとぉ―――…… ッ!///」

 

 言い繕うようにまくし立てると、急に赤面。俯いてゴニョゴニョ口ごもり始めた。

 

 これは……どう判断すればいいんだ? 

 首をかしげていると、表通りから「ウーウー」と騒音/都市警察専用車のサイレン音が鳴り響いてきた。

 思わず/素早く、顔を逸らした/隠した―――

 

 

 

 ……何事もなくやり過ごせた。

 

 『衝突事故』の現場へ向かう最中だっただけだろう。住民からの通報を受けて、あるいは都市の鉄道管理センターからの緊急連絡で、急いで派遣された。……の割には、少々早い気がするも、ツェルニの都市警察の練度は把握していない。襲撃者たちの指示があったかどうかは、不明だ。……ソレを考慮して動くのが、無難だろう。

 ほっと一息安堵していると、少女と目があった。……見られていた。

 

 

 

(……マズイことになったな)

 

 どうすべきなのか? もう無理を押し通すべきなのか……。

 迷っていると/覚悟を決めていると―――、彼女の方から切り出してきた。

 

「―――家に、案内……します」

「…………え?」

「こっちです―――」

 

 打って変わった転向/即断。

 こちらの了承すら聞かず、案内しようと身を翻してもいた。スラム街の奥地へと歩もうとする―――

 

「ちょ……、ちょっと待て!?

 一体どういうつもりだ?」

 

 思わず引き止めると、顔だけ向けながら、

 

「その怪我。そのままだと危ない……、ですよね?」

 

 有無を言わさぬ問いかけ。次に出てくる言葉/指示に、こちらの口は留められた。

 

「簡単な応急処置ぐらいなら、できます。父はココで治療士を……してるから」

「……ソレとコレとは関係ないだろう?」

「このまま放っておいたら…………、父に叱られます」

 

 若干のためらいを開けながらも、ハッキリとした物言い。

 

 もう断りきれない状況/空気に……、どうしたらいいのか迷う/眉をひそめた。

 全く性格が違っていたのに、こういう部分だけはダブって見えた。……なのでだろう、どんどん記憶が引き出されていく。『彼女』のことが想い浮かんでしまう、彼女なら次に何を言うのかも/言ってくれるのかが―――

 

 

 

「―――!?

 …………なんですか、このお金?」

 

 乱暴にも投げ渡した、銀貨がギッシリ詰まった布袋/高額過ぎるだろうお金に、当然ながらの困惑を向けてきた。

 

「ソレは前金だ。治療してくれたら残りを、その倍額払う」

「ッ!?

 ……そ、そんなつもりで案内するわけじゃないですッ!」

「いいから、俺の心持ちの問題だ。……受け取るのが気に入らないなら、ドブに捨てるか誰かにくれてやればいい―――」

 

 そう言い切るや、その話はコレで終いと/受け取りは断固拒否と、睨みきかせた。

 彼女は威圧に怯んでか、返そうとした手を止めた。

 

 それでも納得いかず、だろうか。布袋を返せない代わりに、

 

「―――な、名前ッ!?」

「?」

「アナタの名前、教えてもらってもいい……ですか?」

 

 一瞬キョトンとしてしまうも、すぐに頷けた。……確かに、教えざるを得ないな。

 用意しておいた『偽装身分』の偽名が、浮かんできた。ソレが口から出そうになった―――寸前、止めた。

 代わりに出たのは、

 

「……レイフォン。【レイフォン・アルセイフ】だ」

 

 偽らず、本名を名乗った。

 

 敵陣の中/潜伏中、おまけに瀕死に近い重傷の体、仲間はどこにもいない……。せっかく用意していた偽装を無視。あまりにも愚かしい選択だろう。

 けど、あながち間違いじゃない、との直感があった。

 用意した偽装身分は、過去の人物/生死すら行方不明者だ。各都市で必ず生まれてしまう、処分されずに残してある幽霊戸籍。今回の任務で持ってきたのはその一つだ。本当の自分にかなり寄せた人物を選んではいるも……、来歴はごまかせない。この若さの外見を持った屠竜士など、どこにもいない。なので必然、嘘をつく必要がある、実力を隠さなければならなくなる。……そんな余裕など、どこにもない。

 さらに幸いなことに、本当の自分も『死人』だ。帝都での戸籍は抹消されている。履歴も秘匿され、この陸上界/ツェルニの住民が暴ける代物じゃない。さほど珍しい名前/家名でもなし、知れ渡っているのは『別名』でもあるし、その頃とは容姿も変わってる。……はぐらかすことは十分可能だ。

 ただ、そんなことより何よりも、()()()()()()()()()()。……遠く離れたココですら、仮面を被りたくはなかった。

 

「レイフォン・アルセイフさん……」

「『さん』は要らない。呼び捨てでも構わない。

 というか……、不自然になるだろう?」

「へ? ……そう、なんですか?」

「年の頃合が、そう離れてはいないから」

 

 外見上の年齢具合は、どちらも似通ってる……はず。ヨソヨソしすぎては、疑われるキッカケになりかねない。

 というか……、『さん』付けで呼ばれ慣れていないので、妙に居心地が悪い。

 理解したのかどうか、曖昧ながらも頷かれると、

 

「君の名前は?」

「え……?」

「先に知っておかないと、不自然だろう?」

「あ! ……はい。

 そう……ですよね。そうでした……」

 

 ボヤくようにそうこぼすと、躊躇いがちに、

 

「……メイシェン、【メイシェン・トリスデン】です」

 

 よろしくお願いします―――。

 最後に、そんな言葉が聞こえてきそうな会釈とともに、互いに簡単な自己紹介をし合った。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 ―――目覚めは……、最悪だった。

 

 

 

『―――これは……どういうことだ?』

 

 ノイズ混じりながらも、男の声が近くで聞こえてきた。

 

『【還命符】が働いたか? 

 だとしたら、コイツは死んでる……抜け殻か?』

「いや、死んだのは我々の方だよ」

 

 もう一人の男の声には、ノイズはなかった。

 

「正確には、この時空世界、とでも呼ぶべきものだね。

 ……今活動しているこの意識が停止したら、ココは()()()()()()にされる」

 

 ノイズの無い男の説明に、沈黙が張り詰めた。

 

『……妹さんの力か?』

「だと思う。けど、ソレだけでも無いだろうね」

 

 歯切れのない言葉をもらすと、二人の視線が集まってきた。

 そこで初めて、自分の輪郭があらわになった。ビリビリじんじんと、境界ができあがっていく。

 

『それじゃ……これからどうする?』

「決まってる。

 私たちがやるべきことを、やるだけさ―――」

 

 そう宣言するや、俺にそっと()()()きた。

 その感触/反発で、ようやく自分の形を知った。波紋のようにシミ広がっていく。

 そして―――……、口が開けた。

 

「君の名前は?」

 

 男の質問に一瞬、答えに迷うも……脳裏に浮かんできた。

 

 

 

「……ロウファン、【ロウファン・アルセイフ】」

 

 

 

 発した言葉は思いのほか、かすれた弱々しいものだった。

 

 

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春休
下宿


遅ればせながら、あけおめ・ことよろです。


 

 遭遇した少女/メイシェンに案内されるがまま、狭く入り組んだ裏路地を、ゴミゴミとした集合住宅地を、それでいながらどこか生き生きとした臭いに満たされている空間を、隠すことなくまとっている住民たちを。

 無関心を装った好奇と猜疑の視線をくぐって/無視しながら、進んでいった―――

 

 

 

 周囲を警戒しつつ、彼女の背中を追いかけながら……疑念がわいてくる。

 今彼女の着ている衣服は、このスラム街に相応しいモノではない。高価な素材や仕立て・デザイン、だからというわけではなく、ここの住民が着ないような制服だからだ。

 学園都市ツェルニの『学生服』―――。

 帝都の資料で見て、都市巡回鉄道のホームでも確認したから、間違いない。彼女は【生徒】だ。

 

 【生徒】___。この学園都市における、選ばれた特権階級の市民。

 生活の待遇は、いちおう他の市民たちに比べても良質だが、特質すべきは別のこと。―――『不老長寿』であることだ。

 都市からの恩恵。肉体は若く健康な状態を維持される、大概の病気にかかることがなくなり、年齢を重ねることで老化することもない。寿命が尽きるまで若さを保ち続けられる。……ただ、外傷によって死んでしまうことは変わらない。

 どの都市にもある恩恵。帝都の王国貴族たちも然り、ここ学園都市も例外ではない。全ては、その恩恵に見合うだけの責務を果たすため、都市と市民達への公務を全うするための特別待遇だ。……建前上は。

 

 今彼女が着ている制服は、生徒しか着ることが許されていない制服だ。……かと言って、彼女が本物の生徒である証拠にはなりえない。けど、詐欺師にしては隙だらけ過ぎる。

 このスラム街出身でありながら、生徒になることができた……。込み入った事情が、察せられる。

 

 

 

 ―――そうこう考えているうちに、たどり着いた。

 集合住宅地から少しだけ離れた、一軒家。『トリスデン施療所』と書かれている、ボロボロの/今にも取れそうな看板が、半開きになっている扉の上に少し傾きながらぶら下がっている。

 一般的な個人経営の施療所、とはずいぶん趣が違っている、自宅と共用/一部改築した施療所。都心部では、それだけで信用はガタ落ちだけど、このスラム街のような貧しい界隈では当たり前だ。

 

 トントン―――

「お父さーん! 帰ってきたよぉー!」

 

 律儀に扉をノックしながら、帰還をつげるメイシェン。

 しかし……、返事はない。

 

 トントン―――

 再度繰り返すも、やはり……返ってこなかった。

 

「……ごめんなさい。いま留守みたいです。

 すぐ帰ってくると思うので、しばらく中で待ってて―――」

「おぉ!? メイじゃないか!」

 

 家に促そうとする彼女に、通りから声をかけながら近づいてくるのは―――中年の男。

 ボサボサの黒短髪に無精ひげ、背丈は僕より頭一つは高く体格もガッチリしている、彼女に向けて振っている腕は太く引き締まっている。ヨレヨレかつ薄汚れが目立つ白衣を着流していなければ、炭鉱夫か建設業者にみえてしまう。

 髪色と肌の色合い以外は、共通点などなさそうな二人だったが……、そうでもなかったらしい。

 メイシェンの反応。驚きながらも、すぐに安堵へと落ち着いた。人見知りで内気だろう彼女には、珍しすぎる反応だ。

 

「どうした、一人でこんな所に来て? 

 て……まさか、父さんに会いに来てくれたのか!?」

 

 そう嬉しそうにニカッと向けた笑顔は、肉食獣を思わせた。

 父親……。予想はしていたので、ギリギリ顔には出さなかった。

 けど―――、

 

(……全く似てない)

 

 残念ながら、そう言わざるを得ない。

 人種的な共通点は確かにある。ので、ギリギリ「そうだ」とは言えるだろう。「親子だから」といって似ているとも限らない、「母親似だから」とも言える。ただ一見には、そう言われなければ父娘だとは、思えないはずだ。……つまり、血縁関係は薄い。

 

「う、うん……。どうしてるのか、心配で」

「心配? お前に心配されるようなことは……まぁ、無いはずだ」

 

 ボリボリと頭を掻きながら、言葉尻すぼみ。……その有様は、先ほどの考えを保留にするに足るものだった。

 そして―――

 

「せっかく来てくれたんだ。ここで突っ立ってるのもなんだな。

 家に入ろう。飯でも食っていくといい」

「ありがと。……て、そうだった!

 この人のこと、診てもらいたいの―――」

 

 慌てて、僕を紹介したメイシェン。……いままで無視してゴメンなさいとの、謝意まで込めて。

 そんなこと期待していなければ、期待できるような立場でもないので、「構わない」と返すべきだったが……無愛想を通した。―――既に父親は、僕を認知していたから。

 その上で、()()()()()()()()()。彼女への温かい親愛の影に隠れるよう、冷たい警戒心を向けていたから。―――だから、信頼に値した。

 ソレは初対面の男に対しての、正しい反応だ。家族を持っているスラム街の住民の正しい反応、特に父親としては。……向けられたのは敵意同然のモノだったが、込上がってきたのは懐かしさだったから。

 スラム街ではよくある光景。明日のことすら定かでないココでは、血縁関係よりも情義を重んじる。上下の序列関係も根無しなので、『家族』の枠組みはとても広くかつ強い。……確かに二人は、家族なのだろう。

 

 そんな胸の熟考が、悟られたわけでは無いだろう。

 父親は何事もなかったように、「今はじめて気づいた」体をしながら、改めてコチラを観察し直してきた。

 

「ん? 診るてことは……、怪我人か?

 いったいどんな怪我を―――…… ッ!?」

 

 正面から観察したことで……、見れた、砕けた僕の片腕を。

 表面は取り繕っている。ココに来るまでに、衣服を直して/隠して止血もしていた。「怪我を負ってる」のは、雰囲気や表情から見抜かれてしまうだろうが、「どれだけ重傷か?」はわからない様に。だから、瞠目と絶句を向けたからには、ほぼ全て理解したことだろう。

 ()()()()、平然と見返してきた僕に、父親は何かしらの圧倒を受けたのだろう。先までの態度は改め『医者』として、向き合い直した。

 

「―――君は……、武剄者だな」

 

 静かな声音は、問いかけではなく確認だった。

 その据わり具合に、彼女から聞き出したことを上方修正した。

 

「アンタは腕の良い医者だと、メイシェンから聞いた」

 

 治療を頼む……。キレイな包帯やら数日隠れられる寝床さえあれば御の字、とあまり期待していなかったけど、運が向いてきた。

 僕の依頼に、父親は微苦笑とともに条件を返してきた。

 

「どこの『組織』なのかは、先に教えて欲しい。……心構えだけでもつけておきたい」

「フリーの浪人だ。ちょっとした事故に巻き込まれたところ、彼女に助けられた」

 

 『ちょっと』どころか『大事件』なのは、もうすぐにでもバレることだろうが、かまいやしない。……『組織の抗争』レベルの話じゃないので、裏切ろうにも裏切れない。

 誤解はそのままに、無言ながら臭わせ/腹の探り合いを続けると―――、大きなため息をつかれた。

 

「……まぁいいさ。

 ココで厄介事に関わらないことなんて、ありえないしな。医者の端くれとしても、そのまま放り出すわけにはいかんし―――」

 

 入れ―――。諦めて、迎え入れてくれた。

 

 

 ――― 

 ……。

 

 玄関をくぐった家の中は、思いのほかちゃんとした施療所になっていた。……外観と比べては。

 二階建ての家の内、1階はほぼ全て改築されていた。治療用具や薬類が並べ収められている大棚、患者用だろうベッドが2台、聴診するための机椅子。足りないのは湯沸しと水洗い・薬の煎じ場だけど、カーテンで仕切られた奥の炊事場がソレらを兼用しているのだろう。ちゃんと掃除も行き届いて清潔感もあった。……すボラそうな見た目なのに、仕事に関してはマメだ。

 

 抱えていた木箱/携帯用の治療具一式だろうモノを棚に置き/しまうと、軽く身支度を整え、

 

「―――さて、

 それじゃ、診せてもらおうか」

 

 向かい合わせに座らされた聴診台。わずかに躊躇いが沸いてくるも、砕けた腕から衣服を剥ぎ取って……みせた。

 

「ッ!? 

 ………………酷いな」

 

 改めて見せつけられた致命傷さに、眉をしかめながら呻きを漏らした。……すぐ横で見守っていたメイシェンは、飛び出てくる悲鳴を手で押さえていた。

 自分でも改めて見ると、ゲンナリした。……やり過ごし方は分かってはいるものの、直視しないでいるに越したことはない。

 

 慎重でありながらも的確に、一通りの検診・触診を済ますと、

 

「……脈も診せてもらうよ」

 

 律儀なことわりに、無言で頷いた。

 

 【脈診】___。外部から他人の剄脈を調べること。

 武剄者にとって武器にして生命線たる剄脈、その脈動・脈拍を知られてしまうことは、この腕の重傷よりも致命的なことだ。隙を見抜かれ死角を突かれ、心身を支配されては、剄そのものを奪われることすらも。……信頼できる者にしか教えてはならないモノだ。

 もちろん、脈動・脈拍を変えることはできる。偽装することで、ある程度は自守できる。そもそも、呼吸やら血流・鼓動を通して見極めるのが主なので、誤ることが多い。しかし、こと治療ではできない。……医者には文字通り、命を預けることになってしまう。

 互いに初対面、コチラは武剄者でもある。信用の安売りは、言い知れぬプレッシャーを生む。

 

 そんな緊張を乗り越えて、脈診を済ませた父親は、小さな吐息を漏らすと、

 

「―――悪いが、俺じゃどうしようもできん」

「父さん!?」

「できるとしたら、痛み止めぐらいだ。……いま君自身でやってることだな」

 

 匙を投げた……。無責任だとは言わない。むしろ、その正直さにまた少し信頼が湧いてきた。

 自分で感知してもわかる。この腕に張り巡っている剄脈が、ズタズタになっていることを。帝都の充実した設備と優秀な王宮医にかかって、ようやく治せる見込みがでてくる重傷度だ、それでも半月は絶対安静状態で。……変なプライドを誇示されると、『切断手術』を考えないといけなくなる。

 

「ソレだけでも助かる。やってくれ」

「……わかった」

 

 了承すると、棚からゴソゴソ道具を取り出した。

 小指の半分ほどの長さの、細く柔らかな鍼の束……。束から一つつまみ上げると、手指で慎重に何かを探りながら、その針先をソコへとあてがう。

 そして―――スゥッと、針が皮膚に入っていった。

 

 刺さったような痛みは、感じなかった。

 砕けすぎて神経がバカになっていること、剄技の痛み止めで麻痺していることを抜きにしても、手馴れた/適切な医療鍼の使い方だ。【無痛刺針】の心得が高いのは、医者としての腕と実績が確かだとの証拠の一つだ。……本当に、腕の立つ医者だったらしい。

 ただ一つ、どうしても気になったことを除けば。

 

(【短鍼】を使う、か……)

 

 短鍼/医療鍼を使用したことだ。……剄技をもって作り上げた【剄鍼】を使わなかったのが、解せない。

 剄鍼を使うのが医者の主流だ。実物の金属針たる短鍼は、それなりに長所はあるものの、異物かつ金属ゆえに人体への悪影響が強い。使い方/使い時を間違えれば、自己回復力を阻害してしまうことも多い。その点、他人のモノとはいえ剄の塊なら、副作用は微弱で済ませられる。……初対面の怪しい武剄者とは言え、『粗末な扱い』と言えてしまう行いだ。

 さらに、金・銀ではなく銅の鍼、それも純銅ではなく他の金属との合金製だ。副作用の度合いがさらに増す。……コレは貧しいスラムゆえだろうなので、しょうがないけど。

 

 

 

 次々に短鍼を刺していった。その数は十を超えるほどでありながら、全て的確だった。刺した剄点は全て、痛み止めの剄技で使用しているもので、技を停止/代行させても遜色ない箇所だ。

 最後の短鍼が刺された後、鍼と砕けた骨の固定も兼ねて、傷薬が塗られ包帯が巻かれていった。その最中に徐々に、剄技を停止させ短鍼に委ねていった……。

 

 そうして、全ての処置を終えると、父親は緊張/集中を吐息とともに解いた。

 

「―――凄いものだ。微動だにしないとは……」

 

 額に浮いた汗を拭きながら/微苦笑を浮かべながら、何事もなかったかのように傷ついた腕を任せ続けた僕を見直してきた。

 褒められているのか、貶されているのか……。返事に困る。当たり前のことを改めて掘り返されても、なんの感慨も出せない。

 独り言だと黙ってやり過ごしていると、まだ処置を残していた手首から上/最も酷い手指を見返しながら、

 

「手の方は……、俺の腕ではどうしようもないな。

 コレを握っていてくれ―――」

 

 そう言いながら、渡してきたのか―――手のひら大の赤い宝石。

 鮮血の塊のようなその宝石は、軽くそれでいながら確かな硬さがあり、淡い光を煌めかせてもいた。負傷した手のひらの上にソット置かれると、光量はいっそう強くなったように見えた。その光は、乱反射によるものだろうか、半透明な内部で生じた幾つもの微細な光の粒が源だ。

 見えた時からの疑惑。手のひらの上での変化に、染み広がってくる『温かみ』で確信できた。麻痺しきった手のひらに、一瞬で温覚と触覚を蘇らせた代物―――

 

(!? 【凝剄石】か!)

 

 【凝剄石】___。大量の剄を練り固めて実在/物質化した代物。剄技をもって作り出したハリボテとは格が違う、自然が練り上げ自立固定させた新物質だ。

 使用すれば、剄の絶対保有量が増加し、剄脈は急成長する。武剄者にとっては副作用が極小の最高のドーピング、常人にも病や老いすらも祓ってくれる万能薬だ。そして、都市では作り出すことが極めて難しい代物、危険な外界で発掘しなければならない。

 ゆえに、どのような種類/大きさ形/剄の濃縮度いかんに関わらず、かなりの高価な宝石だ。少なくとも、このようなスラム街の貧乏施療所では、相応しく無いと言えてしまう代物だが―――

 

「そう値の張る良物じゃないけどな。痛み止めぐらいなら充分だろう」

「父さん、でもソレは―――」

「いいんだメイ。あのままホコリかぶらせるより、ここで使っちまったほうが……踏ん切りもつく」

 

 互いに、溜めている何かに悲しげ/妥協の表情。この宝石への、価格以上の思い入れを感じる。……他人が踏み込んではならない空気だ。

 

「……事情があるようなら、別にかまわないが?」

「大したことじゃない。使い道に困ってたモノだった、だけさ」

 

 さらりと明け渡してくる父親とは違い、複雑な表情を浮かべ続けるメイシェンが、目端に写っていた。

 どうにも、居た堪れない気分が沸いてくるも……仕方がない。僕にとっては、ありがたい限りだ。コレがあればせめて、『緊急時には使える』レベルには回復できるから。医者の好意はありがたく受け取るべきだ。

 

 ―――そんな大切な宝石を、握らせた僕の手ごと、包帯で巻いて/固定していった。寝ていても離さないよう、ずっと握らせ続けることで宝石の剄を手に染みこませ続ける。

 

「―――さて、これで施術は終了だ。

 ……といっても、大したことはしてないがね」

「助かった―――」

 

 無事な片手で懐から取り出した【錬金鋼】/金属板型財布を、医者の目の前に置いた。

 多額の金が詰まった/取り出せる財布。見た目はたった一つ/手のひら大の金属板なれど、その価値は幼子でも知っている。特に、『金貨』の欄帯に「1」『銀貨』にも二桁の数字がついている代物なら。

 なので当然……、訝しがられた。

 

「…………なんだ、コレは?」

「治療代だ。少ないようなら、もう少しは足せる」

「ぇ!? 

 で、でも、ソレならもう―――」

「『口止め料』、て受け取っちまうけど?」

 

 その返答に、ただ無言をもって答えた。

 どう取るかは、そちらの勝手……。ソレが『事実』になってくれるから。

 睨むように見極めようとしてくるも……、無言を通した。探り出すことはできなかった。

 

「―――はぁ……。

 あの奥手のメイが、まさか男連れて帰ってきたのかと思えば……、そういうことだったとはねぇ」

「……ほぇ? 

 男連れて、て……………… ッ!///」

 

 急に何かに/言われたことに気づいたのか、顔を真っ赤にしだした。……彼女の慌てぶり/見当はずれの誤解に、『交渉』の空気はかき消された。

 状況だけなら、正にその通りになっている現状。言葉を尽くせば『誤魔化してる』になってしまう流れに、さすがに訂正を入れた。

 

「…………彼女とは、ついさっき出会ったばかりだ」

「それじゃ、『一目惚れ』てやつだな」

「お、お父さんッ!///」

 

 …………逆効果だった。

 思わず眉をひそめてしまうも、逆にこじらせてしまった以上、もう口は閉じるしかない。……胸の内で大きくため息をつきながら。

 

 黙ってやり過ごしていると、変になってしまった空気の荒れ模様は鎮まっていった。……それでもまだ、メイシェンは言い足りなさそうなふくれ顔。

 娘を茶化していた父親は、収まった頃合い、そのまま優しげな真面目顔を向け直してくると、

 

「……お望み通り、ワケは聞かんよ。

 俺にとっちゃ、()()()()わかってれば、充分だからな」

 

 ――― 。

 その言葉に、いつかの懐かしい日々が浮かんできては、重なった。……胸がチクリと、痛くなる。

 連鎖して思い出が/ただ楽しかった頃が、目の前に引っ張り出されてきそうになった。けど寸前……、止めた/止めれた。

 

(……今は必要ない。これからもずっと―――)

 

 必要なのは、未来だけ。この任務を達成することだけだ。

 

 黙っているだけの僕は、勘ぐられることなく。むこうから「この話はこれで終わりだ」と言わんばかりに、切り上げてくれた。

 

「さて―――、狭っちくてボロいかもしれんが、客間が一つある。今日はそこを使うといい」

「いや、そこまで世話には……」

「なんだぁ、メイの部屋がいいのか?

 さすがにそいつは、認められんが―――」

 

 また茶化そうとするも……、メイシェンからの無言の睨みに苦笑/留めた。

 代わりに、真面目直って、

 

「……そんな重傷かかえた若人ほっぽり出したら、医者の名折れだ。たとえヤブ医者だろうとな。

 治るまで……とはいかんだろうが、一息つけるぐらいの世話は、せにゃならんのだ」

 

 はんば強引な世話焼き。

 断りを押し通そうとするも、現状はそうはいかない。……どうしようもない、休息できる場所が必要だ。

 不肖ながらも、好意に甘えるしかなかった。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 ―――バタン。

 案内してもらった、二階にある客間。何とも複雑そうなメイシェンが「……夕食、半刻ほどでできますから」と、その扉を閉めた。そして、トントンと通路を/階段を降りる音が聞こえてきた。

 ようやく一人になれた。

 

 さっそく、部屋の中を物色―――

 狭いながらも整理整頓/掃除もされている。一人用のベッドと腰ほどの高さのタンス・引き出しは無い木製机・少しガタつく四脚椅子、最低限の家具はちゃんと揃っていた。

 窓は一つ、朝時だけは陽射しが入る向き。そこにベッドが置かれ机は奥隅、だからか蛍光ランプが一つ置かれていた。……さらにもう一つ、古ぼけながらも磨かれている姿見鏡とキレイな文様で彩られた小さな木箱も。

 

 椅子に腰を下ろして、その木箱の中を確かめてみた。小さな錠前がかけられ封をされているが、武剄者の前ではそんな錠前は飾りと同じ。

 人差し指をそっとあてがいながら、【鍵開け】の剄技を込めた―――

 カチリと、錠前は簡単に解けて、ポロリと落ちた。

 さっそく、中身を確かめてみると―――、ココが元誰の部屋だったのか、連想できた。……メイシェンの表情のわけにも、合点がいった。

 ソッと蓋を戻すと、あらためて―――ため息をついた。

 

(…………まいったな)

 

 向けられた好意は、少しばかり重すぎた。ただの隠れ場でよかったのに、ここまでだと……。

 

「……さて、これからどうする?」

 

 あえて口に出して自問すると、気持ちも切り替えられた。

 これからのことに、思案を向けた―――

 

 傷を癒す……のは、無理だろう。そこまで時間をかけられない/完治などできない。隠れてもいられない。……彼らにも迷惑がかかる。

 クラリーベルと合流する―――。順当に考えればそれしかないだろう。……気は進まないけど。

 

「―――ん?」

 

 微かな違和感が、した。脳裏をざわつかせてくる。

 

(なんだ? 何かが―――)

 

 おかしい……。こみ上げてくる言い知れぬ不安に、辺りに注意を向ける。

 そして目端に、ソレが映った時―――

 

「――― ッ!?」

 

 ガタンっと、思わず立ち上がっていた。

 そしてマジマジと、ソレを―――姿()()を見返すと、

 

「…………どういう、ことだ?」

 

 鏡に写っている顔、ソレは……()()()()()()()()()()

 

 他人の顔―――。性別も年頃も種族も似通っているので、異常に変わっているモノは無い。が/それでも、別人だ。明らかに違う。

 そのはずなのに、()()()()()()()()()()()()()

 しかもこの顔は、よく見知っている人物―――

 

「―――【ロウファン】……」

 

 思わず目を疑うも……間違いない。間違いようがない。

 そこに映っているのは紛れもなく、【ロウファン=アルセイフ】だった。……もう随分昔に死んだはず/()()()()()()()()()の、義理の兄だ。

 

 さらに、違和感の連鎖―――

 顔つきだけでなく、声音も若干違っている。本来の自分のものよりも低い声だと、気が付けた。

 さらに、視線を落として『自分』の手を改めて見てみれば……、やはり違っている。

 まるで自分の手のように操れるし、感じられる。けど、手のひらに刻まれているシワや指先の微細感覚は、若干違っていた。武剄者ならではの/よく使い込んでいるからこその違和感だ。……壊れてしまった片腕は確かめようもないが、無事な腕の方は違いがわかる。

 ただしその他、全身の皮膚の張り具合・筋肉のつきかた・神経の敏感具合など等―――、意識を静めて精査した。必ず違いはあるはず。なければならない。

 けど―――、わからなかった。手指からほんの少しでも離れると、急激に違和感はなくなっている。

 ()()()()()()()()から、だろうか。片腕以外に全身も、かなり負傷している、剄脈も損なわれている。違和感と損傷がゴチャゴチャに混ざっていて、判別しきれない、精密に調べられるほど十全でも無い。

 もう本来の自分を思い出せない……。そもそも、こっちが本来ではないかと錯覚してしまうほど。確かなはずの手指の感覚の方が間違っているのかもと、疑ってしまう。

 

 どうにも証拠が掴めない。ドンドンこぼれていく……。回復していくに合わせて、違和感も消えていく。

 なので最後、決定的な証拠を調べた。―――服を掴むと、左胸をはだけさせた。

 その左胸の肌には、自分ではなくロウファンである証拠が刻まれているはず。幼き日に刻まれた、自分のソレとは違う、忌まわしき『製造番号』が―――

 

 予想/期待通りソレは……、刻まれていた。

 左胸の皮膚/ちょうど心臓がある上、【四本爪の死神の手】が―――

 

(ッ!? 

 【夢幻】に嵌められてたのか―――)

 

 いつだ? どこだッ!? どうやって嵌め込んだ―――

 油断などしていなかったのに、全く気づけなかった……。見当がつかない。この都市に侵入してからだろう、クラリーベルと分断されてからだろう。……線路に突き落とされてから、だろうことはわかる。

 でも/だけど、一体どこで/どうやって―――……

 

 

 

「………………、ダメか」

 

 いくら剄脈を励起させても/全身を精査しても……、無駄だった。

 そもそも現状、かなり損傷してしまっているので、無駄な足掻きだ。何より、夢幻と現実との【結節点】がわかっていない。念威奏者本人を攻めるにしても、誰かわからない。分からないわからない、何もかも分からずじまい……。

 

(……だったら、残る手段は一つだけ―――)

 

 腰のポシェットから、投げナイフを取り出すと―――、()()()()()()()()

 

 一瞬、ヒヤリとする冷たさ・鋭さに躊躇した。

 もし間違っていたら、取り返しがつかないぞ……。逆だ、コレでいい。

 

()()()()()だろう―――)

 

 ためらいを押し殺すと、一気にナイフを引いいた。

 頚動脈を―――切り裂いた。

 

 

 

 真っ赤な鮮血が勢いよく、噴出した―――。目の前の鏡が血に染まり、真っ赤にベタ塗りされていく。

 血とともに急激に力が抜けていった。意識も朦朧としていき、視界まで混濁していく―――……

 

 そして、すべてが暗転した。

 

 平衡感覚すら失うと、立っているのか倒れたのかすら分からなくなり、グルグルぐるぐると。

 何もかもが溶け混ざっては、濁り続けていき―――……、意識は消えていた。

 

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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バイト契約

 

 着任して早々、とんでもないことに遭遇してしまった。

 

「―――まったく、ひでぇことになっちまったなぁ……」

 

 列車横転事故の悲惨な現場。ソレを……遠巻きに見つめながら。

 

 ―――

 ……

 

 

 急報をきいて駆けつけた……はずなのに、すでに現場は封鎖されていた。

 

 バリケードが張られ、ブルーシートでも隠され、ガッチリとした体格を黒服スーツにピッチリ包んだ遮光グラサン達、物申さず威圧してくる不動な番犬たちが取り囲んでしまっていた。

 「都市警だ!」と、いつもなら即座に道が開かれる黄金文句を言っても、じろりと視線を向けられただけ。ほぼ無反応/通さない。

 スラム街の不良たちならともかく、市民にあるまじき不躾な態度。言い訳すらしない無神経ぶりに眉をひそめながら、「ならばコチラも」と押し通ろうとしたら―――今の有様だ。

 

 先に到着していた同部署の警官が、相棒に付き添われながらも……ノックダウンしている。

 いきなり腹を思い切り殴られ、くの字になったところスタンロッドの強電気を首筋に叩き込まれて……、絶賛気絶中。

 そんな横暴過ぎる暴力に腹をたてて、相棒が加勢しようと怒り吠えた「テメェら何してくれるんだッ!」と、ヤクザも縮み上がるだろう強面と凄味でだ。―――内力系剄技【戦声】も兼ねての。

 

 【攻勢威嚇術】―――。法律と市民の守り手である都市警察、ならではの技術。

 大半の場合において、先制奇襲が認められていないこともあって、物理的な圧迫/銃の使用は最後の手段。錬金武器(ダイト)ともなれば使える方が稀だ。『精神的なプレッシャー』で押し通せるコレは必須のテクニックだ。……剄技の発動を客観的に証明するのは、なかなかに骨の折れる作業だから。

 ただし今回、相棒をやられた動揺と怒りもあってだろう、『精神的』では済まされないレベルの圧力で放っていた。剄の波動で空気が震えた。……番犬たちは、無表情ながらも後ずさり、強い臨戦態勢/敵意を向けてきた。

 一触即発―――。さらに、剄絡の活性化/【活剄】を超えて【発剄】にまで、応戦態勢を整えだした。

 発剄への対応から、どうやらこの番犬達は、剄技が使えない/代わりに身体強化手術を施された【機化人】と察せられた。常人の倍以上の身体機能を持ち合わせているが、武剄者には及ばない。まして、発剄による身体強化と感覚鋭敏化を経た今なら、一掃してしまえる―――。

 

 この番犬たちに、相棒の報いを―――。

 そう踏み出そうとした……寸前、この場を封鎖した責任者だろう、ボリュームある金色ロール髪の若い女性が現れた。

 「私たちは学園の【風紀委員】だ!」 ―――。

 その一言/掲げ見せられた特別な手形に、同僚は黙らされてしまった。加えて、女性の相応しすぎる立ち姿/貴族を思わせる雰囲気にもだろう。そして何より、放たれた声に乗せられた剄の波動/【戦声】を使わずして感じさせられる圧力に、格上の使い手だと察せられたからだ。

 振り上げた拳/怒気は、引っ込めざるを得なくなった。発動しかけていた剄技も、収めていく……。

 

 ―――

 ……

 

 

 そして現在、番犬たちの番犬/露払いとして、雑事を仰せつかっていた。

 せっかくの現場を遠巻きに見つめながら、荒らされるのを指をくわえながらも、野次馬や記者たちを追い払っている。

 

「先輩。アイツらは……何者ですか?」

「【風紀委員】だろ」

「いえ、そうじゃなくて……。どうしてこんなことができるんですか?」

「風紀委員だからだ」

 

 ……話にならない。

 思わず、呆れてため息が出そうになると、

 

「…お、そうだった! 

 お前さんは『帰還兵』あがりだから、まだ知らんかったな」

 

 帰還兵―――。その単語に、眉根が動いてしまいそうになったが……こらえた。目の前の彼は、世間一般がそうしているような『侮蔑』を、ソレに含ませてはいないように見えたから。

 

「俺ら【都市警察】の上位組織が、あいつら風紀委員なんだ。俺たちの縄張りはそれぞれの地区だけだが、あいつらは都市全域だ」

 

 そしてこんな横暴ができるのは、この事件が都市全域に関わる大事件だから。『都市周回鉄道の横転事故』などは、まさに彼らの縄張りだ。

 ただし『事故』なら、ここまで神経質にはならない。立会だけして、後は【鉄道警察】に任せるだけ。何よりこんなにも、近所にいるはずの都市警察よりも、初動が早いわけがない。

 なので、考えられるのは―――

 

「それじゃコレは、ただの事故じゃなくて……テロ、てことですかッ!?」

「しぃッ!? 

 …………声がでけぇぞ」

 

 周囲の、特に遮光グラサン達の動向に注意しながら……ほっと安堵。

 

「……少なくとも分かってんのは、『奴らはそう見てる』てことだけだ」

「予め知っていた、なんてことは……無いですよね?」

「おぉ? 

 ……そこまで疑っちまうのかい?」

「え? ……あ!

 ……スイマセン」

「なんだい、謝る必要なんてねぇよ。良い嗅覚してるぜ」

 

 サツには必要なことだよ……。嗜めるどころか興味深そうに、皮肉げな笑を向けられた。

 どう反応すればいいのか……。曖昧に苦笑するしかなかった。

 

「さぁな、さすがにそうだろうが……、そう信じたいね」

 

 意味深に濁された言葉尻に、また疑ってしまう。……今度は、口には出さなかった。

 

「……最近は、奴らが出張ってくる案件が多いからな。『何か仕組んでるんじゃないか?』て噂もある」

「噂……ですか?」

 

 噂だけ、なのか―――。思わずも話に食いつき、続きを聞き出そうとした。……乗せられてるのは分かるが、やはり必要なことだ。少しでも情報を得る/ここのルールを知ることは。

 先輩はニヤリと、イタズラげな笑を向けると、続きを話そうと寄せてきて―――止めた。

 番犬たちが、コチラに注意を向けてきたからだ。

 

 私たちことなど無関心な奴らなのに、どうして? ……。

 この話題が気になるのか、あるいは、監督するよう命じられているのか? 相変わらずの無表情に、どうにも読みきれない、胸の中から戸惑いが溢れそうになる。

 どう対処すればいいのか? ……

 先輩の様子を伺ってみると……、なんてことはなかった。

 番犬たちの変動は、彼らの飼い主/金髪の風紀員がやってきたからだった。覆い隠されたブルーシートから外へ、出てきた。……少々苛立っているように見えた。

 ココでの捜査は、一応終わったのだろう。待機していた同じ風紀委員だろう/独特な制服の【生徒】と合流すると、共にコチラに向かってきた―――。

 

 番犬たちの円陣に、封鎖線も越えて、私たちの横手を通り過ぎていく時……チラリと、横目で見られて気がした。

 思わず、目をそらそうとして……耐えた。動揺も隠しきった。

 ただの風景の一部と思ってくれたのだろう。そのまま通り過ぎて行き―――、その背中を見送った。

 用意されていた自動車の一つに乗り込み……エンジン音。そのまま発車して見えなくなると、ようやく……ほっと、胸の内で安息をこぼした。服の中には、冷や汗のヌルりとした感触。

 危なかった……。そんな私の緊張を、察してか知らずになのか、

 

「―――何しても、深入りはし無い方がいいぞ。この仕事を長く続けていたいなら、な」

 

 先輩の忠告に深く、頷き返した。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 どうにも……締まらないことに、なってしまった。

 

「―――まず、とても簡単な質問をしよう」

 

 寝かされていたベッドの横、机からひいてきた椅子に腰掛けながら、抑えて冷静に問い詰めてきた。

 

「君は生きたいのか? それとも死にたいのか?」

「……もうあんなことはしない」

「【凝剄石】を握ってなかったら、死んでたかもしれないのにか?」

 

 ……その通りすぎて、返答に困った。

 やらねばならなかったが、同時に失敗した時のことは考えていなかった、そもそも断行した。首の太い動脈を切って、致死量以上の出血多量にするつもりだった。……一命を取り留めたのは、今は半分ほどにまで縮んでいた凝剄石のおかげだ。

 なので、言い訳できない、理由を話すわけにもいかない。ただ黙って……いるかしない。

 

 しばし続いた沈黙。

 僕からの答えは期待できないと察せられると、代わりに、大きくため息をこぼされた。

 

「……まぁそのおかげで、奇跡に近いほどしごく幸いなことだが、汚れた剄が抜けて新鮮な剄を流し込むことができた。その腕も、早く治ることだろう」

 

 その反面、とても当たり前のことだが、貧血症状に苦しむだろうが……。たぶんに皮肉を込められているが、医者としての見解をくれた。

 自殺しかけたことが、身体のリセットにもなった。剄脈が切り刻まれ剄が荒れ狂っている体内/特に腕は、一度すべての剄が止められたことで、無駄なコリがなくなった。再起動の後は治癒に全てを向けることができた。

 相当な荒業/言葉通り奇跡的ながら、医術の理にはかなっている現状。結果的に見れば、前よりも快方へと向かっていた。だから、でもあるだろう、また大きくため息をこぼした。

 

「…………ハァぁ。

 報酬は受け取っちまったからな、理由は聞けないよなぁ……」

「……助かる」

「だが! 

 ……メイへの説明までは、俺の仕事じゃないよな?」

 

 解決する気が無いなら、アフターケアも考えなきゃならなくなる……。善意を施すには、理由がある。そこだけはキッチリしていないといけない。

 コチラにも非はある、というか非しかない。無神経を貫くには、貧血状態では辛いものがある。

 

「それじゃ、検診は一応終了だ。あとは任せたぞ―――おっと! コレは預かっておくよ」

 

 退室する前、犯行/自殺に使われたナイフを、没収された。

 

 ―――

 ……

 

 

「―――も、もう……大丈夫、ですよね?」

 

 とても心配そうに、コチラのほうが心配してしまうほど、慎重に慎重を重ねて……尋ねてきた。

 

 第一発見者は、彼女だったらしい。

 夕餉の支度ができた旨を伝えに、部屋をノック。しかし返事がなく、しかたなしにそのまま入ると―――、床に倒れている僕の姿を発見した。大量の血だまりの中で、ピクリともしていない危篤状態……。

 卒倒しそうになるのを/悲鳴をあげることすらグッと堪えて、真っ先に自分にできる『すべきこと』をした。……父親に助けを求め、急いで応急治療を施した。

 その結果……、どうにか一命を取り留めた。

 凝剄石の力に寄るところは多々あるものの、近所のスラム街中に異邦者/僕の存在を漏らしてしまうことなく納められたのは、彼女の冷静かつ適切な行動のおかげだ。彼女には、感謝しなければならないだろう。

 

 ……とは言うものの、彼女の怯えすぎた小動物ぶりを見せられると、無性に違うことをしたくなってくる。

 ので―――

 

「いや、今にも倒れそうだ」

「へ? ……ほえぇッ!?」

 

 飛び上がって驚かれた。そしてすぐに、父親を呼ぼうと、椅子から転びそうな勢いで腰を浮かし始めた。

 期待していた通りの動転に、無愛想ヅラからほくそ笑みそうになるも、ちとやりすぎた感も否めない。「……冗談だ」、飛び出そうとする彼女を慌てて止めた。

 それでも、すぐには納得してもらえず「でも……本当に?」と、オロオロあわあわ/なぜか泣きそうになりながら、壊れ物を扱うように様子を伺ってきた。

 少し度が過ぎる心配ぶり。僕は赤の他人/厄介者でもあるはずなのに……。予想していた以上のソレに、コチラの方が戸惑う/『ちょっとしたいたずら心』に恥じ入ってしまう。

 ただ……謝ることはせず。無神経に憮然としたまま、落ち着かせることもせずに話題を変えた。

 

「君に二つ、確認したいことがある」

「ほえ? あ……は、はい!

 ……どうぞ」

「君が初めて俺を見たとき、この顔だったか?」

 

 直後、大きな『?』が、彼女の頭上に浮かんだ気がした。……当然だ。

 

「……おかしな質問だろうが、俺にとっては大切なことだ。教えてくれ」

「え、あ……は、はい!

 ……そうです。そうだったです。その……はずです」

「確かだな?」

「は、はひ! そ、そのまんま……です」

 

 ……やはりそうか。

 そんな簡単に、夢幻の結節点は判明しない。

 

「ではもう一つ。―――君は【念威奏者】か」

「ッ!?」

 

 アタリだったか……。彼女が犯人の可能性が出てきた。

 だが―――、繋がらない。

 目の前の彼女と、こんなことを仕出かした/できるだけの魔技をもってる黒幕が、重ならない。

 

「…………ど、どうして、私が奏者だと?」

「奏者だと何か、気マズイ事でもあるのか?」

「ぅッ!?」

 

 ……やはり繋がらない。こんな誘導に引っかかってしまうほど、緩すぎるなんて。

 ただし、『僕を欺く演技』とも疑える。

 彼女が黒幕なら、僕の観察眼をやり過ごすぐらいの腹芸は、お手の物だろう。……先の過剰心配ぶりも、伏線だったのかもしれない。僕の過去を調べ尽くした分析結果/最適な心理誘導=憐情で目を曇らせるため。

 だがソレは、疑り深すぎる。

 そんなまやかしを防ぐために、直接先制速攻を叩き込んだ。あらかじめ準備していたとしても、切り替えるための一拍がある。その瞬間に浮かんでしまう、微細ながらも確かな証拠を見逃してしまうほど、僕の目は曇っていない。

 ……一応、確かめねばならない。

 

「どちらでもいい、手を前に出してくれ」

「……ほへ? 手を……?

 なんで―――」

「君が奏者だとわかった理由を教える」

 

 疑念が浮かぶ前に、利を差し込んだ。

 先に自分が気にしたこと。ゆえに逆らえず、オロオロ戸惑いながらも、おずおずと片手を出してきた。……ソレをがっしり、握手した。

 そして―――、剄技を発動させた。

 

 

 

“―――お前が、コレをやったのか?”

 

 

 

「いっッ!? ―――」

 

 体が異常を感じたのだろう、反射的に手を放そうと、もがいた。

 しかし―――、強く握って、離さない。

 さらに強引に、流し込んだ―――

 

 

“―――お前が、コレをやったんだな”

 

 

 詰問から断定へ。

 より攻撃性を持った深層言語が、心の内を掻き浚っていく―――。

 

 【操心剄】___。剄絡を繋げた他人の精神を操作する剄技。

 とは言うものの、物理的ではない『精神』を外部から干渉することはできない。宿っているとされる脳や臓器にハッキングすることで、抜き出した信号/波長から自分の脳を使って復号しているだけだ。なので、主導権はずっとそのままだ。押し入り強盗ながらも同化/家族のような雰囲気を醸しているので、コチラを『自分の一部』だと錯覚してしまっているだけだ。それでいて強盗されてる衝撃もちゃんと伝わっているので、自縄自縛の金縛り/フリーズ状態が発生し、その一時的だけ主導権はコチラに転がってくる。

 ゆえに、バレたら弾き飛ばされる、同化していた分の剄絡を剥ぎ取られながら。ゆえに『操作』は上級編、基本は『盗聴』だけだ。剄にはほぼ真実しかない。欺瞞情報は自傷行為になり、常時在中させてはおけない。政治交渉や大事な商取引・警察の尋問などでよく使われる。

 ただし『盗む』。なので本来、こんなあからさま/強引な接触ハッキングはしない。仲間の支援がある緊急時か、知りたい情報が限られている時だけ―――

 

 

 

(……やはり、違ったか)

 

 僕の言葉に反応するものが、彼女の中には見当たらなかった。……ただ、目眩を引き起こしただけ。

 

 手を離した。

 彼女は、何が起きたのか分からず、でも何かが起きたのだとは感じてるのだろう。僕に、言葉にはできない曖昧な疑い/言い知れぬ不安の視線を、向けてきた。

 

 知りたいことは、知った。今ここでできることは、もう無い。後は……、約束を果たすだけだ。

 

「―――俺は今、この腕の傷以上に、重大な問題を抱えている」

 

 唐突な告白に困惑されるも、続けた。

 

「君は無関係だったようだが……、運が悪かった。

 この問題が解決するまで、付き合ってもらうぞ」

「え? ……えぇッ!?

 なッ、な……なんでそんなことを―――」

「あの時あの場所にいて、俺を助けた。それが理由だ」

 

 運が悪かった……。彼女の今日の出会い運は、最悪なことだっただろう。

 横暴すぎる決定に、口をパクパク/言葉として返せずにいる。

 それでも何とか、出そうとする―――呼吸を読んで、畳み掛けた。

 

「断ってもムダだ。何としても協力させる」

 

 寸止めされての連撃=カウンターで、口からアガアガと、意味不明な呻きを漏らしていた。

 タイミングを失ってしまったことで、なし崩し的に同意した雰囲気になっていた。……なので、吐き出そうとしたモノは飲み込んだ。

 それでも……と、目をキョロキョロ揺さぶりながら、何かないのかと自分の胸の内を探った。―――その微細な表情にピンと、察するものがあった。

 

「……で、でも、私はいちおう……生徒、ですし。いつまでもココには、居られないです。

 【学園】に戻らないといけないけど、部外者は……入れられないですし―――」

「問題ない。俺を【従士】に登録すればいい」

「え?

 …………ッ!?」

 

 割り込ませた言葉の意味を理解し、絶句していた。

 

「生徒には、何人か従士を雇える権利がある。使用人としてや身辺警護として、腕の立つ武剄者なんかを、な。

 従士なら、学園に入っても怪しまれない」

「そ、それは……。

 でも―――」

「先任との問題なら、対処できる。……実力を問いてくる奴なら、一番楽だな」

 

 カネもある程度は残っているので、買収できるだろう。……できれば、腕っ節自慢がいいけど。

 

 僕からの強制提案に、彼女は驚愕している……のは、当然のことだろう。

 たが、つぶさにもっと観察してみると―――、別のモノが見えてきた。正確に言うと、見えるはずのものが見えなかった。

 拒絶感がもたらす、眉間と口元の強張り具合が無く。逆に、安堵したかのような緩みが見えた。

 先に得た直感と重ね合わせると……、導き出されるのは一つだ。

 

「……もしかして、まだ雇ってなかったのか、従士?」

「ほえッ!? 

 …………ど、どうして?」

 

 アタリか……。思わずニヤリと、笑ってしまった。

 

「スラム出身の奏者で、実家もこう…裕福じゃない。なにより、君自身がそう奥手な性格をしてるとあると…、答えは決まったようなものだ」

「うぅ…」

「もう一つ付け加えれば、『従士も雇えない貧乏人』とかで、周りから揶揄されてる口だな」

「はぐぅッ!?」

 

 バシバシ当たっていく……。僕にも心当たりがある、過去の苦い記憶。ココの学園も、帝都の王宮と似たような魔窟らしい。

 なのでもう、小馬鹿にすることなく、

 

「もう一つ、コレも憶測だが……

 この大切な時期に実家に戻ってきたのも、従士の件で進退極まっちまったからだろう」

「ぎぐぅッ!?」

「父親に泣きつくしかないけど、するわけにもいかない。これ以上迷惑はかけられない。どうすることもできず、途方にくれてた―――」

「そ、そんなことは―――……、あ!?」

 

 口は災いの元。自白してしまった……。

 すぐに口を押さえるも、もう後の祭りだ。

 そしてガックシ、シュンとも項垂れてしまう彼女に―――パンッと拍手一つ、朗らかな笑みも向けながら取りまとめた。

 

「万事解決だ。 

 お互い得になる、良い契約だな」

「ふぎゅぅ……」

 

 もう断れる理由は無い……。「降参しました」とばかり、力ないため息をこぼした。

 

 今日の僕は、運がいいのか悪いのか……。たぶんいつもどおりだ、まだ生きてるのだから、運は良かった。

 うなだれ続ける彼女を、励ますように/けどたぶんもっと落ち込ませることになるだろう、さらなる提案をした。

 

「さて! そうと決まれば……、さっさと【従士契約】を済ませようか」

「ほえ!? 

 ……い、今すぐですか!?」

「早いほうがいいだろう? 遅らせる理由が無い」

 

 早くこの都市での身元をハッキリさせた方がいい……。偽造IDと身分は用意してあるが、あくまで偽物だ。裏取りされたらすぐにバレてしまう。しかも、長期滞在用でも無い/『行方不明者』のIDを加工した背乗り、早く『本物の身分』を塗り重ねなければ、危険だ。

 

「……こ、心の準備が、まだ―――」

「ためらって明日にしたら、俺の気が変わるかも知れない。……もちろん、君自身の気もな」

 

 強気のハッタリを仕掛けると、期待通り、すぐに揺さぶられてくれた。

 なので、ダメ押しとばかりに、

 

「よし! それじゃこうしよう。

 君の父親に決めてもらう」

「ほぇッ!? お、父さん……に?」

「紹介も兼ねれるし、身元不明な俺の…患者の動向も掴める、なにより―――彼の心配事も消える」

「え? 心配ごと……?」

「たぶん、なんとなしの不安でしかないだろうが…、気づかれてたと思うぞ」

 

 すでに察せられていた……。証拠は何もない、ただの勘でしかない/対面して受け取った印象から、かなりの確率で「そうだ」と。

 赤の他人だからこそ、見えるもの。家族同士だと、見えても見ないフリをしてしまうもの。そしていつの間にか、本当に見えなくなってしまうものだ。……きっと、そのはずだ。

 

 ―――、……。

 懐かしい記憶が、蘇りそうになった。

 この顔/体が、そうさせるのかもしれない。痛みを伴う懐かしさ、ありえたかもしれない『もしも』まで浮かんでくる―――。

 振い落すようキッと、今に集中し直した。

 

「俺から持ちかけた以上、君に損はさせない。

 契約の限りにおいて、君の従士として、この身命を賭そう―――」

 

 芝居がかってはいるものの、正式な契約文句だ。

 無事な方の手を指し伸ばし、『主君』の応えを待った―――

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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バイト面接

 

 なんとも、良いタイミングじゃないか!

 アポ無しの強引にしては、妥当な条件になるだろう―――

 

 

「―――コイツらを追い払ったら、彼女との従士契約、認めてくれるか?」

 

 

 医者が対峙させられている問題、大小二人の男/筋肉大柄の悪相ハゲ男と高級そうだけど似合ってないスーツを着た偽笑い小男たちと、玄関先でいがみ合っている。……といっても、一方的に。

 いかにもな悪党が、いかにもな悪行をしようとしている。どの都市であってもスラム街には必ず生息している類の連中。どうしてココにやってきたのかは……謎だが、関係ない。どう言いくるめようか、出たとこ勝負ながらもプランを考えていた最中、とても困った/とても美味しすぎる状況を作ってくれていたから。

 いきなり現れ/割り込んできた僕に、悪党たちは当然眉をひそめた。

 

「なんだぁ、このクソ生意気な小僧は?」

「俺の患者だ。見ての通り、死にかけの重傷人だよ」

「デグの棒にやられるほどじゃないさ」

 

 片腕を包帯ぐるぐるに吊っている姿。僕の方もいかにもな重傷患者だったので、あえて強気に煽らせてもらう。

 皆その横柄すぎる態度に、一瞬だけキョトンとするも、すぐに緊迫した空気が流れだした。特にハゲ大男から、敵意満載な視線が向けられる。

 

「……止めろ。話がこじれちまうだろうが」

「話? 恐喝の間違いじゃないのか?」

 

 内容も事情も初耳だけど、おおよそはわかる、というか分かる必要はない。こんな奴らのそんな人間らしい対応など、偽り/当てつけの礼儀でしかないと熟知していたから。……暴力のための準備運動、だと。

 ソレは、ここの住民たる医者も心得ていたのだろう、苦い/何かを疑るような顔を向けてきた。それでもどうにかして、実害を食らわない細い綱渡りをしていたのに、僕が台無しにしようとしている察して。もっと杭を打ってやろうと、口を開きかけると、

 

「失礼ですねぇ。ビジネスですよ、ビ・ジ・ネ・ス。

 我々の組員の何人かも、先生にはお世話になっています。これからも末永くお付き合いしたいとも、思ってますので」

 

 ただし……、主従関係はある、自分たちが上で医者たちは下だと。小男の薄笑いには、そんな傲慢さがたっぷりと含まれていた。

 おもわず―――ため息が漏れた。胸の内だけで済まそうとしたけど、実際に漏らしてしまった。……嘲笑ってもよかったけど、あまりの愚かさに哀れみが沸いてきていた。

 問答してやる価値も無い……。さっさとコチラの要件を達成することにした。

 

「―――おい、そこのデグの棒! さっさとかかってこい」

 

 少々強引ながらも、宣戦布告した。指でチョンチョンと、誘うようにもして。……これでもう、どちらも後に引けなくなる。

 医者や後ろのメイシェンですら、思わずも息を飲んだのがわかった。

 

「ここの流儀は、弱肉強食。舌先三寸の臆病者よりも、度胸と腕っ節があるイカレ野郎、だろ?」

 

 そのあからさまな罵倒に、小男は黙るも……殺意満載な視線を向けてきた。

 直接ケンカを売りつけてやったハゲ大男は、しかし買うことはなく、

 

「その威勢だけは買ってやる。が……すっこんでろガキ!」

 

 睨みと凄味を効かせただけだった。……後ろでメイシェンが「ひぃっ!?」と裏声を上げてしまったのが聞こえた。

 この仕事/恫喝に慣れているのか、自分から手を出さずに納める機転は、持ち合わせていたらしい。今ココでは、披露して欲しくないスキルだ。あるいは、そもそもするつもりが無い/いつもソレだけで終わってきたのか……。医者の言うとおりだったのかも。

 

(でもまぁ……、関係ない)

 

 やはりやることは変わらない。加えれば、目の前のハゲ大男への評価も、変わらなくなった。……経験則の使い道を、見誤ってしまったから。

 ため息混じりの肩すくめ、にじみ出てしまう嘲りの表情を向けながら、

 

「いいのか? 

 それじゃ、俺から行かせてもらうよ―――」

 

 さっさと終わらせるぞ―――。

 撓めた中指と人差し指を撓めながら、親指の腹で止めた。力を込める。剄も込めていく―――デコピン。

 

 ババンッ―――。

 空を弾いた指爪から、圧縮した【衝剄】を発射した。

 その半透明な剄の弾丸は、まっすぐデグの棒の額へと飛び―――激突した。

 

 直後―――バチンッと、破裂音。

 そしてガクンッと、デグの棒は頭を仰け反らせた。まるで、見えない両手ハンマーにでも殴りつけられたかのように、不意打ちの無防備も相まって突然に仰け反らされる―――

 ハゲ大男はそのまま、耐え切れず背後へ―――ドスゥンッと、倒れてしまった。

 

 

 

 受身も全く取れずの後倒、背中から思い切り倒れてしまった。……衝突の直後にはもう、気絶してしまっていたのだろうか。

 隣の小男は、ソレをただ、目を丸く/口をポカリと開けながら見ていた。何が起きたのか? 信じられないモノを見せられてしまった、現実逃避の白紙化―――

 

「―――ちっ! 

 思ったよりも弱かったな……」

 

 やはり、いつもとは違った……。

 万全の状態だったら、額を軽く割りながら、デグの棒の巨体そのものを押し倒せていた。中指一本でもだ。怪我を考慮して二本でやった/微偏差撃ちで威力も高めていたのに……、ギリギリだった。

 武剄者の/それも屠竜士たる自分と、ただ体格に恵まれただけの大男。見た目も筋肉量も圧倒的に後者に軍配があがるだろう。が、争えばコレが順当な結末。剄の力はほぼ天井知らず、制限がある筋力など軽く超える暴力を秘めている、デコピン空気砲で昏倒させてしまえるほどにも。

 外見で人を判断してはならない……。ハゲ大男は、暴力を生業にしていながら、そんな大事なことを失念していた。

 

「な、な、な……何が、なんで……どうして―――ひぃッ!?」

 

 ピト―――。即座、不意をついて接近すると、小男の額にデコピンをセットした。

 その微かな、触れるか触れないかの触覚に小男は……ゴクリ、息を飲まされながら青ざめた。

 

「―――想像できるだろう? 

 遠間から撃ってアレなのに、直接撃たれたら……どうなるか」

 

 たぶん、破裂するだろうな……。そんなつもりはないけど、やろうと思えばできる。

 現実に起こり得るだろう、非現実的な悲惨な未来に、小男はガタガタと絶句するも……絞り出してきた。

 

「……ぶ、武剄者……だったの、ですね。

 た、大変失礼なことをし――― 」

 

 パンッ―――。言い終わる前に、デコピンをぶつけた。

 ただし、威力は先ほどより抑えて。……ギリギリ男の頭蓋が弾けない程度まで。

 ぶつけられた衝撃/不意打ちも相まって、小男は後ろへおおきく仰け反り、そのまま―――頭から床に倒れた。

 ハゲ大男と二人、仲良く床にのびていた。

 

 

 

「―――よし! 上手く調整できた」

 

 今度は思った通りに動かせた……。小男へのダメージと結末、想定した通りにできた。この身体を、元の自分の体と同じように動かせる。

 

(内部構造まで、別人に変えられなかったのか? それとも―――)

 

 【ロウファン】だったからこそか……。血は繋がっておらずとも、剄の結びつきは兄弟以上にあった、()()()()()()()()で作られ鍛え上げられてきた。僕の中に『できる』との確信があったからこそ/記憶を読まれたからかもしれない。……まだまだ予断は許さない。

 ここでできる検証は良好、これからの見通しも立てた一石二鳥。唖然とする二人へと振り返ると、朗らかに

 

「どうだ、これで認めてくれるだろう?」

 

 あの二人を倒してみせた。それもデコピンだけで……。愛娘を任せる従士選抜として、これ以上ないパフォーマンスだったはず。戦力は問題なく/たぶん過剰にもアピールできた。

 医者父親の表情は……返す言葉は無い。その点についてだけは頷かざるを得ない。でも―――

 

「…………まだ、問題が片付いたわけじゃ、ないぞ」

「そうか? これで、収まるべき所に収まると思うぞ?」

「収まるわけ無いだろうがッ!? 奴らにこんなことを仕出かしておきながら――― 」

 

 思わずも激昂をぶつけてきたが……、怯えるメイシェンが目にとまったのだろう、無理矢理にも抑え込んでくれた。

 第一印象通り。話のわかる人物で助かる……。さすがに無神経が過ぎたのかもだけど、自分の身すら疑わしい現状だ。ここは図々しく行かなければ、最悪へと流されてしまう。

 

「この手の暴力を生業にしてる奴らが、医者を脅すような頭の悪過ぎる行動をした場合、考えられるのは、二つ―――」

 

 一旦区切って、チラリと様子見。

 医者の顔には、いきなり解説し始めた僕への訝しりがあった。けど、ソレだけだ。……これから説明するだろうことを、知っている顔つきだ。

 ちょうどいい……。なら後は、答え合わせをするだけ。

 

「一つは、捨て石だ。

 ココの仕組みを理解しきれてない新興勢力が、これでどんな波紋が広がるのか、調べるためのな」

 

 だからこんな、いかにもな外見だけの奴らを投げてきた……。だからたぶん、拷問しても本当の雇い主まではたどり着けない。

 本腰を入れてるのなら、武剄者を使う。というか、武剄者以外にその手の生業で生活するなど、困難極まる。それ以前に、脅すよりも懇意になれるよう贈り物をする。……医者と敵対して良いことなど何も無い、スラムの住民たちの反感を買ってしまう悪手だ。

 

「もう一つは、敵対都市からの攻撃。

 これから起こす戦争のため、事前に医者を潰しておきたかった」

 

 よくやってきた、からこそ断言できてしまう……。医療崩壊させることが、戦意は大いに挫ける。全面戦争を回避するための特殊工作の一つ。

 ただ、コレは無いだろう。いちおう言ってみただけ。なぜなら、この都市/ツェルニはもう、崩壊するから。他都市からの攻撃に怯える心配はない。……墓荒らしには、大いに気をつけなければだけど。

 

 僕の答えに医者は、驚きに眉を上げた。間違ってはいないが、想定してた以上の大局読みだったか……。ちょっと自画自賛、彼との食い違い。

 ゆえにか/どうしてか、返答代りに()()()()()()()()()()()()を見せてきた。暗く黒く、何よりも落ち着きすぎた眼―――

 垣間見えたソレに、僕の方も驚かされた。

 

(……まさか! この人こそが―――)

 

 探してた人物だったか? ()()()()()()()()()()()。……言い知れぬ予感に打たれた。

 度重なる偶然、コレは良縁なのか、それとも……。目眩がする。きっと重傷によるものだけでは、ないはずだ。

 けど―――杞憂な妄想、では終わってくれなかった。

 

 

「―――思っていた以上に、頭の回る奴だったらしいな」

 

 

 医者の返答は、問診の時と同じような語調だった。……この状況には相応しく無い、()()()()()()()いた。

 

(……やばい、すこし侮りすぎたか?)

 

 まだ想像の範疇、証拠も証言もない直感だけだったが……、だからこそだ。

 これから口に出す言葉で、大きく変わる。今後の僕の方針を、『撤退』にまで変えざるを得ないほどに。

 

「それで、どっちだと考えてるんだ?」

 

 次の返答を、すばやくも胸の内で熟考した。

 もう用心深さは、忘れちゃならない。目の前の彼が、()()()()()()かもしれないとの可能性を、無視しては。

 

「……両方だ。カネか何かに目がくらんだ阿呆達を、どこかの敵対都市が操ってる」

 

 後者は無いと思っていたけど、先の直感で考えが変わった。もしもそうだったとしたら、ここの勢力図はほぼ把握しているはず、コントロールできていない/こんな事件が起きることそのものがおかしい。外部の/敵対都市の介入以外考えられない。……そんなことはありえないけど、そう考えるしかない。

 しかし……答えは違った。

 僕のひねり出した推測にニヤリと、薄い/微かな笑みを口元に浮かべると、

 

「なかなか良い線を突いたが……その線は()()

 首謀者は『軍』だよ」

 

 軍!? バカな。都市を守るはずの軍隊が、都市を攻撃してる? ……というか、やっぱり断言した。

 僕の胸の内の困惑は、医者にも聞こえたのだろう。

 

「俺達の存在は奴らにとって、この都市に巣食う『癌』みたいなモノだ。一刻を早く取り除きたい。

 だが、俺達は警察と昵懇の間柄にある、境界が曖昧になるまでの深い仲だ。……同僚のはずの警察は頼れないから、自分たちでやるしかない」

 

 その結果がコレ。こんな荒っぽく雑、でも確かに衝撃は与えられる無法者の所業。

 言われ通り軍隊の仕業なら、コレは『威力偵察』みたいなモノになるかもしれない。そして追求されたとしても、架空の『敵対都市』の仕業とシラも切れる。……軍の仕業な気がしてきた。

 だけど、確認しなければならない。

 

「……どうして、軍の仕業だと言い切れる?」

「最近この街に、見慣れない奴らをチラホラ見かけるからだ。ただの旅行客にしては、物腰が座りすぎてる奴らがな」

 

 例えば、お前のように―――。暗にそう、突きつけられたような気がした。実際、そんな含みをもってるだろう鋭い視線を向けていた。

 僕も疑われてる……。けど、そんなこと今更だ。疑いがあっても受け入れたのは、そちらの方だ。

 だから……、この話はココまでだ。

 

「……教えてくれ。どういう形に収めるのが、最善だ?」

 

 未来の話をしよう……。答えの出せない過去よりも、実りあるはずの未来を。

 僕から話を切り替えると、チラリと躊躇いを垣間見せるも、教えてくれた。

 

「…………()()()()()()()()

 今日までの平穏が、明日以降も続けられるようにしてくれ」

 

 ……やっぱり、そうなって欲しいのかぁ。

 変転しつづけるスラムの生活には慣れている、けど変化が好きなわけではない。特に、家族の身に危険が迫るような案件は、願い下げ……。君子危うきに近寄らず、博打よりも堅実さ。立場が逆なら同じことを言う。けど、ココの住民にしては充分な倫理を持ち合わせている、これ以上は求め過ぎだろう。

 だけど……、ここで引き下がるわけにはいかない。

 

「残念ながら……、そいつだけは無理だな。

 俺はもうココにいる。明日以降は、彼女の従士になっている」

 

 ソレだけは譲れない―――。実質、突っぱねる形だ。

 何も言い返さず、けど顔には険しさが増す。……あちらも譲れない。

 このままでは平行線、か……。さすがにもう、妥協を入れるべきだろう。

 

「ま、そうは言っても……限りなく近づけることは、できると思う」

 

 ココでの身分は、何も『従士』だけにこだわる必要はない。

 ()()()()も必要だ。公開できるのとは別、探りにくる奴らを満足させられる秘密。むしろそちらの方が、重要になってくるだろう。……彼なら、ソレを用意してくれるはず。

 

 倒れてる男たちの傍に寄る。

 しゃがんでざっと一瞥、目星をつけた体表の幾つかへと伸ばした指/剣印を―――トントントンッ、【点封穴】をしていった。

 【点封穴】(略称【点穴】)___。全身体内を駆け巡ってる剄の交差点/体表に表れてる【剄絡穴】に、適度な刺激と剄を突き込むことで栓に/封じることができる。完璧に突かれてしまうと、しばらく金縛りにあったように動けなくなる、自分の肉体/剄脈自体が自分の動きを妨げてくる。捕縛術の基本にして奥義。

 気絶にくわえて、力量の差も見せつけてやった。あまり必要ないけど、不測なことは起きる。暴れられたり逃げられるのは面倒なので、いちおう点穴しておいた。

 

 小男への尋問―――する前に、メイシェンに尋ねた。

 

「脳波パルスの解析、言語への復号はできる?」

「え? 解析、復号て…………あ」

 

 戸惑われるも、僕がこれからやろうとしてることを察してか、気づいてくれた。……さすが【生徒】だけある。ちゃんと履修していたのだろう。

 

「……あんまり、得意じゃないです」

「よかった。俺も苦手だ」

「おい! ……メイを巻き込むなよ」

 

 医者/父親が釘を刺してくるも、たぶん次に何を要求してくるか察してか、けど構わず続けた。

 

「今からコイツを尋問して、パルスを集める。そいつを君に渡すから、言語化してくれ」

 

 念威奏者なら、できるはずだ……。集めるのは武剄者だが、弁別は奏者の方が得意分野だ。

 僕の突然の協力要請に、当のメイシェンよりも父親の方が慌てた。……当然だ。彼女が念威奏者だと、僕が看破していたのだから。なによりソレを、彼女自身が了解している現状に。

 だから、次の要請も自然な流れになる。

 彼女へと、手を指し伸ばした―――

 

「不安なら、先に【契約】を済まそう。その直通剄路(パス)があれば、渡せる情報にノイズが混じることはない」

 

 先に報酬をもらう……。狡いやり方だったが、後になるか先かだけの話だ。後回しにして良いことは、僕はもちろんのこと、彼女にも益少ない。

 ただ当然、警戒された。メイシェンはオロオロとしながらも、父親に判断を委ねる。

 

「ダメだ! テメェの実力だけでやれ」

「……提案したのは俺だけど、主人には()()()()()()()()()()()があるべきだ、とは思ってる。今回のコレは、ソレを測るのに一番適してるはずだ」

 

 食い下がってみるも、父親は頑として譲らず。できるだけ娘を関わらせまいとしてる。……コレ以上やれば、追い出されかねないほど。

 

(……仕方がない。僕だけでやるか)

 

 さっと切り替え/諦めて、尋問&情報分析に移ろうすると―――

 

「―――あ、あのッ! 

 私……やります。契約します!」

 

 彼女からGOサインを出してきた。……奥手な彼女にしては、意外な即断。

 

「……【従士契約】のリスクとメリットは、心得てるか?」

「おおよそは、です」

 

 いちおう確かめてみても、意思は固いらしい。……そんな彼女を見て、戸惑いを隠せずにいる父親。

 何か口出しされる/その意思が揺らがされる前に、忠告を続けた。

 

「主人である君には、目立ったリスクはほぼ無い。ただ、ほぼ直通で繋げる以上、存在はする。例えば、俺に嘘をついたり秘密を保ったりすることは、難しくなるだろう」

「うぅッ」

 

 ……やっぱり。先に忠告しておいて良かった。

 『序列』を含んだ契約において、隷属側の現象面への縛りは分かりやすい/明記もされてる。けど同時、主人側の想念面への縛りは見えづらい/無視もされてる。上下/優劣がもたらす絶対不変の法則、逆らえば逆らうほど反動/取り返しは強くなる……。【呪術】に分類されてもおかしくない契約だ。

 ただ、短期的ならそんな問題は微小。契約において、彼女にはリスクなんて無い。僕という『都市の外敵』の隠れ蓑になってしまったこと、以外は。……当然、それだけは教えない。

 

 知らなかったリスクにか、少しだけ怯んだものの、やはり変わらず。その視線は「やる」と促してきた。……隣の父親は、眉を潜めるも、ただため息をこぼすのみ。

 その答えに応えるよう、もう一度手を指し伸ばした。

 差し出した手のひらの上、そっと彼女の指が触れて/でもすぐにピクッと跳ねて、それでもと意を決して重ねてきた。

 

 気息を整え集中していった。怯え揺れ続けていた表情が、微睡みの瞑想状態へと変わっていく―――……

 同時に僕の方も、手のひらの剄絡を解き剄脈を晒した。彼女が繋ぎやすいよう整えていく―――……

 そして、完全に同調できた頃合。微かに開かれる彼女の唇から、従士契約の呪文が/念威の源である【虚獣】達の言語が、漏れ紡がれていった。

 

「遘√?雋エ譁ケ繧呈髪驟阪☆繧九?りイエ譁ケ縺ッ遘√↓譛榊セ薙☆繧九?

 蜀?↑繧矩ュゅ?郢九′繧翫?縲∽サ翫%縺ョ譎ゅh繧頑」倥?骼悶∈縺ィ螟峨o繧九?

 縺薙?骼悶′骭??蜊??繧後k縺セ縺ァ縲∫ァ√?雋エ譁ケ縺ョ荳サ莠コ縺ァ縺ゅj縲∬イエ譁ケ縺ッ遘√?蠕灘」ォ縺ィ縺ェ繧九?」

 

 ……相変わらず、意味は全くわからない。けど、頭の奥底を爪で掻き毟るような、言い知れぬ不快感だけは確かにある。

 そして何より、触れ合った手のひらから、何かが侵食/根を張っていく感覚も―――

 

 それらが手首辺りに収束していくと―――チクリ、微かだけど確かな刺しこむ痛み。ソレがもたらされると……終わった。彼女の指先も、いつの間にか離れていた。

 彼女の表情も、いつものモノに戻ったのを見ると、手を返して手の甲を確認した。

 そこには確かに、従士たる証/念威による刺青が刻まれていた。グーパー動かしても消えない。……ソレを見てか彼女も、ホッと安息を漏らしていた。

 

「……後は、俺が期待に応えるだけだな―――」

 

 そう言うやさっそく/もう一度、小男の傍にしゃがんだ。

 そして……ピト、薬指で額に触れながら、首筋の剄脈に干渉し―――目覚めさせた。

 

 無理やり気絶から目覚めさせられた小男は、目を見開き/顎を強ばらせ/仰け反りそうになりながら、声にならない唸り声をあげた。そして徐々に、意識と目の焦点が現実に合わさっていく。

 完全に目が覚めた後、何が起きたのか認識/うろたえ始める前、もう聞こえているだろう耳に尋問を突き込んだ。

 

 

「―――今からお前に、幾つか簡単な質問する。お前は別に()()()()()()()()

 

 

 僕の声/顔を見て、小男は恐慌寸前の金縛り状態。……すんなり入っていった。

 触れてる薬指の感覚に集中しながら、続けた。

 

「お前たちにココへ行くよう命じたのは、女か?」

 

 まず出した質問に、小男以上に周りの二人が首をかしげていた。……当たり前の反応だけど、ちゃんと狙いがある。

 事実、薬指から伝わってきた。その微かな/生のままのパルスが、いま目に映ってる小男の微表情/生体反応と重なり繋がって―――、答えを直感した。

 さらに続ける。

 

「その女は、若いか? そこの彼女と同じぐらいに」

 

 メイシェンを指して。……ありえない年齢層として。

 ゆえに、また小男から伝わってきた。答えも直感するも、コチラが驚かされた。……まさか、そんなに若いとは。

 予断は禁物。念威奏者や武剄者なら、外見と実年齢が全く違うことはザラだ、特に女性は。……メイシェンほど/10代後半の見た目にするのは珍しい、大抵は20代あたりだけど、いないわけではない。

 

「その若い女に命じられて、お前は嬉しかったか?」

「なッ! そ、そんなこと…… ッ!?」

 

 思わずか、小男自身が漏らしてきた。……予期してなかったのだろう、隙を突いた質問になった。

 ゆえに、それまでよりも大量に、小男から伝わってきた。答え以上の個人情報を、直感してくる。……なるほど、確かにそそる様な外見をしてる。

 三つの質問と答えで、準備はできた。ようやく―――もっと()()()

 

「お前が好意をむけてる若い女の、名前は?」

「ッ! ―――」

 

 喋るわけ無いだろう―――。怯えた表情ながらも、隠しきろうと強ばらせてきた。今までの質問が誘導だったと、さらに警戒心を高めながら。

 けど/()()()、流れ込んできた。表面を固めたが故に、緩んでしまった内面/無意識野。今まで得てきたモノと比較/繋ぎ合わさり、名前の発音を直感できた。

 しかし、ソレが文字にも及ぼうとする―――寸前、いきなり小男が苦しみだした。

 

「うぐぅッ!? ―――」

 

 バチッ―――

 同時に、触れていた僕の薬指にも痛覚。静電気を食らったように弾かれた。

 

 突然/意に沿わぬ中断。

 反射が引き起こしてしまった失敗だと、もう一度触れる/再接続しようとするも―――ビリッ、また痛みが走った。今度は、沸騰したヤカンに触れてしまったような火傷感。

 二度の痛みで、ようやく異変を認識すると、その発生源たる薬指を確認して―――、思わず眉をひそめた。

 

(ッ!? ……やられた)

「だ、大丈夫……ですか?」

 

 すぐに気づいてきたメイシェンに、舌打ちを見せてしまうも、構わず、

 

「ああ、問題ないよ」

「で、でも! ソレは―――」

 

 不安そうな/まるで自分が痛がってるような目に写っているのは、薄紫に変色してしまっている僕の薬指だ。第二関節にまで侵食している。……思い切り突き指したとしても、ほぼ一瞬でこうは変わらないだろう。

 我が身の異変だけど、平静状態、その症状も対処法も知っているからこそ。教えよう/宥めようと口を開きかける……前、代わりに父親/医者が説明してくれた。

 

「ほとんど体内には入ってないな。皮膚だけで抑えられてる。これなら、数分ぐらいで抜けちまう」

「そ、そうなんだぁ……」

 

 よかったぁ……。オロオロしていたのが一気に、ホッと安堵した。

 そんな彼女/僕以上に僕の心配をしていたことに、どう反応すればいいのか……、いっそうの無表情に逃げ込んだ。そうしながら、別にある懸念に集中する。医者の顔に目を向けると/ソレだけで診断を止めたことも鑑みて、同じ懸念を抱いているとわかった。

 苦しんでいた小男は、それで事切れる……ことなどは無かった。しかし、そのまま気絶してしまっていた。

 

(……まさか念威じゃなくて、【剄毒】とは)

 

 【剄毒】___。【化練剄】によって毒素に変化させた剄。通常の生物毒よりも毒素は薄いものの、武剄者の意によって変化させられる強みはある。コレを主剄技として極めてる武剄者は、稀だ。

 なぜなら、念威の方が()()()()()()()()()。何の変化も加えなくとも、人を死にいたらしめる劇物。……念威自体が、人類に殺意をむけてる【虚獣】の力ゆえに。

 だから、情報漏えいを防ぐためには、念威術が使われる。自分や秘密に繋がるだろう情報を、確実に/保存してるだろう脳細胞ごと抹消してくれる。ついでに、ハッキングしようとした盗人にも念威を侵食させ、結節点と情報を抹消する。

 でも当然、そんなことは折り込み済み。作動させないため、あえて相手には何も喋らせてない/曖昧な脳波パルスだけしか読んでない。猛毒過ぎるがゆえに命令はハッキリと限定しなければならない、スイッチさえ避ければいい。その死角を突いた……はずだった。

 剄技/剄毒なら、そんな死角は生じえない。逆に地雷となる。

 

 相手の用意周到さ……というよりは、異質さだろう。

 あえて念威術を使わなかった。それとも使えなかったか……。どちらかはまだ、断定できない。

 

「……君は、他にも何かわかったか?」

「え? 他にも、て…… あ。

 は、はい! えぇと――― 」

 

 メイシェンにも流していた、小男の脳波パルス。僕には、尋問した答えと関連映像情報しかわからなかったけど、奏者の彼女ならもっと復号してくれたはず。

 その期待通り、今後の指針を定めるに足る情報を、読み出してくれた。

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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バイト研修

21/4/11 タイトル変更


 

 ゴロツキ共から得た情報から外へ、スラム街の荒れた道を歩く。

 

「―――待っててもらっても、良かったけど?」

「そ、そういうわけには、いかないですよ」

 

 一人で行くつもりだったが、なぜかついてきたメイシェン。それも、奥手な彼女らしからぬ強引さで……。父親の手前なにも言えなかったが、今は聞かざるを得ない。

 

「……俺のことが信用ならない?」

「へ? ……ぁ。

 ち、違います! そんなこと―――」

「確かに、この腕だもんな」

 

 まだ危機的な状態な片腕。でも、包帯で軽く固定してるだけ、布で吊ることもなく/少しダブついてる借りた服のおかげで、初見や遠目ではケガを負っているとは見えないだろう。……焼け石に水な偽装。

 

「君の父親の言うとおり、後は彼に任せて俺は安静にしていた方が無難……て、言われるのは最もだ。

 だが、俺は()()()()と思ってる。これぐらいのハンデがあっても、この程度の未熟な【符咒】で操れちまう奴らなら、倒せる」

 

 それに、武装錬金鋼(ダイト)もまだ使ってないし……。今のところ素手で対処できている、主武装はできるだけ見せないに越したことはない。

 もっと良いのは、素手すら使わないで対処することだ。僕たちの前を歩かせてる、禿頭の強面大男/襲ってきたゴロツキの一人を矢面に立たせる、などの方法が。

 

 【符咒】___。特定の文字/紋様に剄や念威を込めることで、込めた以上の効果を持つ剄技や念威術を発現させる。……ただし、上手く作動させることができれば。

 いま大男にかけてる符咒は、【操心剄】の発展技【仮屍化】、生きてる人間を【屍人】のような完全な操り人形に変えてしまう剄技。一般人相手とはいえ、かなり難度の高い技、他人への干渉技は苦手な部類。なので、気絶昏睡させてから。に加えて、自分の血を使って、【命門】と喉元辺りにある【気門】に符咒を刻んだ。にさらに加えて、自分の手の甲にも『手綱強化』と『信号増幅』の符咒を刻んでおいた。……これだけやってようやく、大男を完全に屍人化させることができてる。

 大男は今、僕の指示通りに前を歩いている、周囲の注意が向かないよう自然な装いで。ただし、浮かべている表情に屍人特有な希薄さが滲んでしまうのは、避けられなかった。それなりの武剄者か念威奏者に遭遇してしまえば、バレてしまうことだろう。

 

「あ、貴方の力なら、契約した時に幾らかは……分かりました」

 

 ……マジか。そいつは少しだけ、予想外だった。

 確かに、いくらか読み取られるのは仕方がないこと。こちらも開示していくつもりだった。だけど、初っ端でやられるとは……。従士契約を甘く見すぎたか?

 じっと見定めてみても……、嘘をついている気配は見えない。……彼女の能力、上方修正しなければならないみたいだ。

 

「……本当なら、貴方は無関係で。私たちだけで解決しなきゃならない問題、でしたから。

 だから、そのぉ……」

「無関係の俺が勝手に首を突っ込んで、勝手に解決する。ソレを傍観してるだけ……てのが、見過ごせなかった?」

「え? あ……。

 そ、そこまでじゃ……ないですけど」

 

 不意の賞賛に恥ずかしがっての謙遜、というよりは、自己評価が低い故の戸惑い……。とも言い切れるけど、わずかに見えた暗さ、まだ何かありそうだ。

 反芻してみると、自分の奥底にある/言葉にはしたくない感情と共鳴して……少し驚いた。

 ソレが真実とは限らない。けど、近しいモノであるのは有力だろう。なら―――

 

「何となしだが、君の性格がわかってきた気がする」

「……ロクなものじゃ無いのは、わかってます」

 

 混じりけのない自嘲。ニヒリズムに堕ち込む瀬戸際で、まだ何とか踏ん張れてる様相/自罰感……。その返答は、先の直感の裏付けになった。彼女はその容姿/性格から連想できてしまうほど、弱くは無い。

 

「たぶん、そんな悲観してるほどのものじゃ、無いんだが――― 」

 

 自分でも驚くほど、真摯な返答が溢れ出てきたが……邪魔が入った。

 正確には、目的が視界に入ったからだ。―――半地下への鉄扉、会員制の酒場だ。

 とは言っても、非合法な薬物や趣向を嗜む場所、ではなくむしろ合法的、ただ知り合い達と酒を楽しむ場所だ。スラムでは逆に、誰でも受け入れれば非合法化していってしまうため、節度のある客に限定する必要がある。都市警察もそんな事情は心得ているので、マークだけはしてるものの見逃している。……ただし、事情や風向きが変わればすぐに破られる/テロリストの談合場認定。薄皮一枚の良心で成立している憩いの場。

 今操っている大男は、ココの会員……ではなく、会員証を渡されただけの初見。依頼人(のおそらく仲介人)との契約は、今は施療所で半分廃人化してしまった小男が請け負った。仕事が終わったら、ココにきて報酬を受け取れ、とも知っているのは小男だけ。……本来この大男は、指示に従うだけの番犬でしかなかった。

 

「……視聴覚の共有、できる?」

「え? ……ぁ。

 ……自信、ないです」

「そうか。

 それじゃ―――、手握って」

 

 契約の剄路(パス)と直身体接触なら、問題ないだろう……。そう考えて手を差し出すも、オロロと戸惑われた。

 

「今からコイツを送り込む。すぐにはバレないはずだが、違和感には絶対気づかれる。回収することはできないかもしれない。

 できるだけ中の情報を記憶しておきたい。俺も見ておくけど、操縦に専念したい。しっかり覚えておいてくれ」

 

 『操縦』と『記憶』は、別分野の技能/同時にはできない。

 もちろん、操っている最中は、屍人を通して周囲を知覚することはできる/でなければ上手く操れない。けど、糸が切れた後/特に切られてしまった場合、ソレまで知っていたはずの情報を思い出せなくなる。まるで夢や幻のように、思い出せば出すほど消えていく……。操縦の最中、あくまで知覚や記憶しているのは操られた人間、操縦者はソレを間接的に覗き見してるだけだから。自分の記憶領域にコピー/紐づけしていないと、思い出せるのは『知っていた』だけ。

 視界内の数メートル圏内なら、遠隔操作でも並列処理はできる(ただしほぼ無意味)。けどこれからやるのは、視界外の数十メートルは離れている密閉空間、僕の操作技能ではとても並列処理はできない。名前や数字だけなら、小さく呟く/メモすることで紐づけさせることはできるけど、相手の容貌や室内の外観・調度品などの映像は、無理だ。……彼女の協力が必要だ。

 

 ここまで丁寧に説明する、までもなく察してくれて、小さく頷くとオズオズと……手を重ねた。

 奏者特有のヒンヤリとした低体温、加えて頼りなげな細い手指。この都市での貴族階級である【生徒】ならでは/傷のない白いキレイな肌爪……ではなく、どうしても荒れが目に付く、生きるために使われてきた手指……。ココにも、彼女らしさが出てるような気がした。

 

 しっかり握って、感覚共有の剄絡を繋ぐと、大男に指令を送信した。―――『小男から奪った会員証を使って、中にいるだろう依頼人と話せ』

 大男は命令通り、半地下の酒場へと歩いていき―――……中へ入っていった。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 会員証をかざしロック解除、鉄扉をくぐると―――外の景色とは一変した、上質な酒場空間が広がっていた。

 それでいて賑わってもいる。閑散としている現在の表通りから、どうしてこれだけの客が潜んでいられたのか……。呆れ気味な驚きを抱いていると、緊張で全身がビリりと強張った。動悸も乱れる。

 大男本人の生理反応だ。未知の敵地に独り踏み込まされている恐怖、操り人形といえども生身の体/認知できずとも反射は働いてしまう。

 手綱を引き締め直した。大男の恐怖を消す/僕の方へと流すと、落ち着きを取り戻していった。

 

 調律し直すと、周囲の微変が読み取れてきた。

 数人、カウンターのマスターやバーテン達を除いた客達から、ソレと分からなければ気づけない注目が向けられている。

 その中の一人、奥の非常口に近いテーブルに座っている男に目星をつけると―――

 

『―――よぉ【バーデン】! 仕事が早いな』

 

 男の横に座っていた狡賢そうな目つきな男がコチラに気づき、朗らかにそうに呼んできた。

 大男/バーデンの知り合い、仕事の斡旋やら情報を買ったりしている仲介人だ。今回のこの仕事も、この男から依頼されて請け負った。

 前情報があったから驚くことなく。仲介人の下へ向かった。そして―――

 

『言われたとおりやっただけだ』

 

 そっけない返答とともに、勝手に着席した。……バーデンの性格より、プロフェッショナルさを上げたセリフ。

 本当の依頼人だろう男の視線が、さらに/静かにも鋭くなったのがわかった。

 

『ははぁん♪ なかなかタフなこと言ってくれるぜ。見込んだとおりだ!

 ところで……【ガビィ】の奴はどうした? 奴が来るとばかり思ってたぞ』

 

 仲介人は自然な/気のおけない装いで、コチラのあからさまな不自然を突いてきた。

 当然訊かれる問題。相棒の小男/ガビィが来るのがセオリーだ。なので答えは、用意してた―――

 

『俺が一人でやった』

『? ……なんだって?』

『俺が二人分働いた。だから、俺に二人分だ』

 

 契約違反……にはならないだろう、ギリギリの無理強い/強欲さ。ただの使いっぱしりでないことを、言外にアピールした。

 仲介人は、そんな返答が返ってくるとは思わなかったのだろう。唖然と言葉を失っていると、やがて、

 

『そいつは……随分、大胆なことだな』

 

 コチラの真意を探りにきた。

 まだ理解できてない……いや、確信できない/あえて排除してる可能性だろう。向けてきた仲介人の表情から読み取れた、すでに浮かんできただろう答えを、あらためて言葉にしてやった。

 

『奴はチクろうとした。俺は筋を通すべきだと思った。だから、ケンカになった。だから奴は、ココに来れなかった』

 

 ガビィを殺した―――。間接的にハッキリそう告げると、仲介人は顔を青ざめさせた。

 

『お、おいおい、嘘だろ……。

 そいつはまさか……、()()()()()()てことなのか!?』

 

 思わず大声を上げてしまい、周囲の客から注目された。……失態に気づき、すぐに「何でもない」と手振りの謝罪でいなした。

 しかし、その表情はぎこちなく硬いまま、「冗談だと言ってくれ」と訴えるようにコチラを見つめている。

 

 『仲間殺し』は、『組織』の御法度。たとえどんな奴/クズ野郎でも、勝手に手を下すことは許されない。処刑にしても、それなりの筋は通さなくてはならない。……表の社会と同じだ。

 今回の僕/操っているバーデンの主張は、まさに御法度に触れる違法行為。しかも、理由が『報酬のため』とあっては、情状酌量の余地は微塵もない。

 でも、()()()()()。はじめからこのバーデンを、元の生活に戻すつもりなど毛頭ないから、組織から追われる本物の無法者になってもらった方が好都合だから。これからまだ利用するにしても、ココで切り捨てるにしても、一石二鳥だ。

 

 締めの返答を口に出そうとして、瞬間―――喉が固まった。ソレを口に出すことを本人が、反射的に拒絶してきた。

 意外な反発に驚くも……()()()()()()()()、強引に押し切ってしまえる。

 さらに手綱を強めると、微かに漏れ出たバーデンの懇願は、一瞬にして……消去された。そして、再びの平静さ/完全支配下に戻すと、

 

『……奴とは元からソリが合わなかった。いつかこうなる運命だった、それが今日だっただけだ』

 

 傲岸不遜に、全く罪悪感や恥すら感じた様子も見せず、他人事のように告げた。……実際、ほぼ他人事だ。

 仲介人は何も言い返せず、口をパクパクさせるだけ。……目の前の男が、あまりにも愚か過ぎて、頭の許容限界を超えてしまったのだろう。

 

 驚愕と泰然さの一方通行な沈黙―――。しばし続いた空気は、今まで静観していた依頼人によって破られた。

 

 

 

『―――くっく、思っていた以上に肝が据わってる奴だな』

 

 

 

 聞こえた声は、想像していた通りの低い/落ち着いた声音―――武剄者か念威奏者の、自信に満ちてるモノだった。

 そしてさらに、想定したように、

 

『持っていけ、報酬だ―――』

 

 懐から取り出した手のひら大の革袋を、テーブルの上を滑らせながらよこしてきた。

 革袋で包まれているため、中身は見えない。けど、テーブルを擦った音/ゴツゴツとした形、何よりも違法行為の報酬としてふさわしいモノは、『砂金塊』しかない。……【通貨錬金鋼】は携帯するには便利だけど、スパイウェアを幾らでも仕込める。武剄者や念威奏者でもない限り、初対面の不審者からは拒否するのが一般だ。

 それでも、紐で閉じられた中身を開けて確認……。やっぱり、銀塊も混ざっていたけど、砂金塊だった。

 横手からチラリと、仲介者も覗き見してきて、

 

『ちょっ!? ……少しばかり、多くないですか?』

『構わん。次の依頼の前金も含んでる』

『次? 次て…… ッ!?』

 

 僕も抱いた疑念と驚きを、さきに仲介者が表してくれた。

 まさか、すぐに次を要求してくるとは……。きな臭い匂いがしてきた。

 

『……仕事は、これきりじゃなかったのか?』

『無事依頼をこなせば、倍の報酬を払う』

 

 …………マズい。予想以上に強引な相手だった。

 不快感がバーデンの表情にも出てしまった。……こういう傲慢な相手は、とても厄介だ。

 

『どうした? 倍では足りないか?』

 

 疑念を浮かべてきた依頼者に、ハッと気づけた。……今僕は、バーデンだった、報酬のためなら仲間すら手にかけることができる無法者。

 喜色を浮かべるべきだったか……と省みるも、『用心深さ』があってもいい。金は欲しいが、主導権も握っていたい、邪魔するなら手を汚すことは厭わない。そんな欲深く無神経な/倫理観もだいぶ欠如した男として、正しい次の返答は―――

 

『……次はどこを狙う?』

 

 あえて何も尋ねず、快諾することだ。

 自分と相手、立場はわきまえなければならない、こういった傲慢な奴なら特に。『強気に振舞う』までは好感だけど、疑り深すぎるのは許されない。自分はあくまで王座から聞いてやる/命令する立場。

 

『良い返事だ。大胆さと分別の使いどころを心得てる。

 次は、コイツだ―――』

 

 好感触を取り戻すと、依頼人が封筒を滑らせ/投げてきた。

 掴んで中をソッと確認する。次のターゲットの写真でもあるのだろう―――

 

(……!?)

(えッ!? コレて―――)

 

 思わず、致し方がないことだが、隣で静観してくれていたメイシェンが声を上げてしまった。……幸い、バーデンにまでは波及せず、ただ眉をピクリと動かした程度。

 次のターゲットが、()()だと見えてしまったのだから―――

 

『場所も道具もコチラで用意する、登校途中を狙って―――拉致しろ』

 

 無機質な犯罪命令に、メイシェンが息を飲んだのが伝わってきた。……ソレは予期していたので、僕だけでカットできた。

 

(……ココに連れてきたのは、間違いだったかな)

 

 スラム育ちとはいえ、まだ少女だ、幾らなんでも負荷が重すぎる。

 守ると言いつつ、糞溜めの中に放り込む。自分がそんな悪趣味をしてる気がして、嫌な気分になる……。

 滲んでくる感情を振り落とすと、バーデンの操作に集中し直した。

 

『……一人でやる仕事じゃないな』

『他にも雇った。運転手ともう一人の実行役だ。

 みな仕事は心得てる。顔合わせは当日の現場でだ』

『ちなみに、俺じゃねぇよ』

 

 横手から仲介人が、茶々を入れてきた。……場を和ませようとの気遣いだろうが、とてつもなく場違いだ。

 依頼人は、そんな空気の読めなさを非難することなく無視/目も向けない、ながらも―――

 

『わかっているとは思うが、もう手を退くことは許されない。やるしかない。さもなくば……()()()()()()()()()()()()()

 

 何気なしな死の宣告―――。僕はただ黙って、仲介人は察せずに戸惑うのみ。あるいは、理解しないようフリーズしているのかも。

 仲介人の5分後は、脇に置く。ただ気になったのは、依頼人が確信して宣言したことだ。この手の輩は、嘘はあまりつかない、やると言ったら何が何でもやる。未来を予言したら、捻じ曲げてでも成寿させる。仲介人は、確実に殺される……。()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

(遅効性の毒か狙撃手か、それとも別の何かか……)

 

 近くに何かしらの伏兵が潜んでる―――。自分とバーデンの周囲を、気づかれぬレベルでそっと注意を払った。

 けど……さすがというべきか、見抜けなかった。そもそも、ココまで来る途中も、周囲への警戒を怠っていたわけではなかった。気づかれるほど間抜けではない、ちゃんとした/敵としては出会いたくない伏兵だ。

 

『この仕事は良い。たまにお前のような有望な奴を拾える。……期待してるぞ』

 

 依頼人はそう告げると、「もう行け」と話を切ってきた。……これ以上の情報は必要ないと、一方的に。

 ゴネても得なことはない、無事に帰してもらえるだけでもありがたい。『命令』通りその場から立ち去ろうとした―――

 

『―――待て!』

 

 ? ……急に呼び止められて、振り返った。

 バーデンに訝しんでるような表情を向けさせると、依頼人が困惑を押し殺すかのように眉をひそめていた。

 

『いや……、まさか!?』

 

 独りつぶやき、勝手に何かに気づいた。

 その驚きと閃きの表情に、冷水を浴びせられたような感触が襲ってきた。

 そして、嫌な予感が沸き上がってくると、

 

『……なるほど、やられたな。()()()()()()()

 

 !? ―――依頼人は、確信に至った表情を向けてきた。

 さらに続けて、 

 

 

 

『想定以上だ。まさかこんな場所に、()()()()()()()()がいるとはな』

 

 

 

 そう断言した依頼人の視線は、目の前にいるはずのバーデンを越えて、その奥まで貫いてきて―――

 

(ッ!? 見られた―――)

 

 直後、予感は確信に変えられた。

 嘘ともハッタリとも浮かんでこない、長年の経験と直感。依頼人は確かに、()()()()()()()()見抜いてきたから。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 すぐさま意識を戻し、即座に周囲を見渡すと―――あった。

 小さな赤い光点、おそらく()()()()()()()()()の。それが、メイシェンのフードを被った頭部へと上り動き―――……、定まった。

 

「伏せろッ!」

「ぇ? ―――」

 

 被さるようにして身を下げさせると―――間一髪、頭上に鋭く空気を裂く音が通り抜けた。

 パキンッ―――と、石壁に小さな穴が穿たれた。

 

 狙撃―――。どこかの高所から、発砲してきた。

 相手/狙撃ポイントを確認する―――などできず、すぐさま身の安全の確保。メイシェンを抱えながら物陰に飛び込んだ。

 飛び込み隠れた直後、再びバキンッと、壁に銃痕が穿たれた。……寸前に、僕の顔があった場所だ。

 

 何とか隠しきると、それ以上は撃ってこなかった。

 けど……動けない。一歩でも外へ出れば的にされる寒気を、肌で感じさせられた。

 

 息を殺し、待つ、思考だけは高速で回しながら……。すると、微かに引っ張られるような感触が片手にあったのに、気づけた。物理的な力ではなく剄によるモノ。―――まだ()()()()()()()ことに気づいた。

 すかさず、手に意識/力を込めた。僅かだろうと戸惑わせること/逃げ切る余地ができるはず。

 剄に乗せて『最後の指令』を送りつける……その前に、

 

「―――もう少ししたら、店の中が騒がしくなる。この狙撃手の注意も逸れる。

 その隙を狙って逃げるぞ!」

「か、か【霞】を張ればッ、もっと安全に逃げれるはず……です」

 

 思わぬ提案に、一瞬キョトンとしてしまった。

 でも……良い提案だ。

 

「……使える?」

「へ? はッ、はい! ……ほんのちょっとしたモノでしか、ないですけど」

「十分だ! やってくれ」

 

 即決すると、自信なさげなメイシェンは、それでも/すぐに術に集中した。両手で【印】を結びながら、特殊な咒言を呟くと―――発動した。

 

 

 

 直後、周囲一帯が()()()()

 

 

 

 実際、見た目は変わっていない。視界が歪んだわけでも、変貌したモノが写ったわけでもない。けど、肌は感じ取っていた。

 ビリりと、目に見えない何かに/微かに擦られて粟立たせる不快感。都市内では発生しないはずの、軽度ながらも汚染被害を―――【霞】の発生を。

 

 念威術【霞】___。発生した周囲一帯への視覚情報をジャミングし、認知を阻害する術。

 肌のヒリつき/不快具合から、術は十二分に発現/周囲に展開されているのがわかった。直接の実感ですら効果がある、機械/道具の視界は人間の劣化版。遠方からスコープ越しで覗いているだろう狙撃手には、効果てきめんだ。

 奴の視界は今、急に文字通りの霞にかかった。困惑しているはず―――

 

「よしッ! 出るぞ―――」

 

 口は閉じてろ―――。

 メイシェンを脇に抱えると、意を決し―――飛び出した。

 

 物陰から顔を出す/上体が出る―――

 けど―――……、撃ち抜かれていない。

 狙撃手はコチラを見失っている。【霞】はしっかりと展開され、レーザーポインターの赤い光点は消えていた。狙撃手は困惑し、急に失った狙いを定め直せないでいる―――

 

 【霞】は『術者』ではなく、『場所』を軸に展開される―――。

 効果半径は……聞き忘れてしまったが、もうそろそろだろう。そもそも侵蝕力の強い【霞】は、狭い範囲でしか作用させられないのが一般。

 そのまま次の安全地帯まで走り抜けていくと、背後に―――バシュンッ、銃弾が穿たれた。……明確には分からずとも、飛び出した気配は察せられたのだろう。

 次弾が発射される前/コンマ数秒、遮蔽物へと飛び込んだ。その直後に、また―――バキンッ、隠れた遮蔽物/建物の角際が抉られた。

 

 隠しきった後も、走り続けるも―――……、撃たれることは無かった。

 三度の狙撃でおおよその方角は察せられた。単独犯/複数で狙っているわけではないことも。……賭けだったけど、当たっていて良かった。

 隠れた裏路地の奥へ、この危険域から離れていく―――

 

 

 ―――

 ……。

 

 

 走り逃げ続けていると、メイシェンが悲鳴じみた懇願をしてきた。

 

「―――も、もう充分でしょうッ!? 下ろしてください!」

 

 その慌てた声が脇から聞こえてきて、思い出せた、彼女を脇に抱え続けてきたことを。

 そして改めて、周囲を確認した。特に追っ手の存在を、狙撃手の殺気に満ちた視線を―――

 

 培ってきた索敵能力は……『安全』、と答えを返してきた。周囲にはもう、敵影は無い。

 まだ本当に安全とは言い切れないけど、一息はつけれる。懇願通り、抱えていたメイシェンを離した。

 ようやく地面に立たせると、なぜか心配げに僕を見つめている彼女を一望して―――

 

「怪我は……してないな」

「わ、私のことより! 

 そのぉ……腕、大丈夫……ですか?」

 

 指摘されるも、一瞬何のことかわからなかったけど……、彼女の視線の先を追って気づけた。

 意識したらようやく、違和感に気づけた。

 けど……屠竜士としての習い症、無意識にも()()()()()()()()()()。視界に入れることでようやく/それでも一部のみだろう、痛覚が解放された。……彼女が心配そうにしていた理由も、わかった。

 実感とは合致しない/見くびってる様にも捉えられる。けど、心配されているのは事実だ、解消できるのならした方がいいだろう。

 

「……少し、重く感じた」

「ぅ!? …………スイマセン」

 

 ? ……なぜか謝られた。申し訳なさそうに萎縮している。 

 コミュニケーションに自信がある方ではないけど、特に一般的な女性とは、何を考えているのかサッパリわからない……。よくはわからないけど、もう心配そうにはしていない。

 なら棚上げだ。

 

「顔はバレてないはず。君のことは想定されてるだろうが、俺は埒外だ。……もう無闇に襲ってくることは、なくなると思う」

 

 僕という不確定要素が無くならない限り……。変装/スラム街風な服装にしておいて、正解だった。『都市外からの侵入者』へと至ることは、かなり難しいことだろう。

 コレで手を引いても良し……。彼女の『家族の安全に貢献したい』という目的は、達成できた。コレ以上の無茶は、父親の胃を悪くしてしまうだけの逆効果になる。

 

「先に得た情報から、もう少し探ることはできる。親父さんのコネを貸してもらえれば、誰がアレをやったのか見当も付けられる。だが―――」

「【軍】に、睨まれるかも……」

 

 察しの良さに少し驚きつつ、頷いた。

 先の【霞】の件といい、頼りなさげな外見/自信なさげな口調とのギャップ、芯の部分はなかなかに優秀なのかもしれない。【従士契約】や偽装身分以外、当てにしてはいなかったのに……

 

(『嬉しい誤算』で、あり続けて欲しいけど……)

 

 そうはいかないだろう。僕の目的を知ったのなら、どうしたて敵対するしかない。この有能さが、逆に仇になる……。

 ただソレは、今じゃない。しばらくは大丈夫だろう。なら……これも棚上げだ。

 

「君の【生徒】としての立場も、危うくなるかもしれない。退学まではいかないだろうが、周囲からの当たりが前以上に強くはな―――…… !?」

 

 張り巡らせていた警戒網/無数の極微な剄の触覚糸に、何かが引っかかった。

 集中して、伝わってくる微振動を増幅。予め置いておいた情報と絡み合い、居場所と姿形が脳裏に描かれていく―――

 

(……やられたな)

 

 怪我をしていたとはいえ、ヒヨってたらしい。()()()()()()()()()()()()()()に、気づけないなんて……。

 考え直してみれば、当たり前の保険だろう。

 僕のような素性の知れない男/武剄者が、大事な娘と一緒に【軍】にケンカを売るかも知れない。そんなヤバ過ぎる状況ならば、なおのことだ。避けていた(かもしれない)仲間に、助け求めることも厭わなくなるだろう。

 

「? どうしまし―――」

 

 しぃッ……。「静かに!」と、そして「コレを見てみろ―――」と、手で合図とともに僕の視覚情報を送信した。

 一瞬「わッ!?」と驚かれた。フラつきそうになりながらも、やがて共有⇒理解。現状を認識してくれた。

 直感通信するのは便利だ。ほぼ一瞬で大量の情報を、誤解なく相手に伝えることができる。けど、少し負荷が強すぎる、一般人や慣れてない人にとってはなおさらだ。外部の情報端末機器(デバイス)があるに越したことは無い。

 

「……もしかして、知り合い?」

「え? あ……はい。

 直接では、無いです。時々、お父さんと会ってるところを、見たことがあるだけで……」

 

 ただ別れた後、決まって少し不機嫌そうな顔を浮かべてて……。良い印象を持っていない人物。

 つまり、頼ればすぐに応えてくれるが、頼りたくはなかった人物/そんな状況でもあった。……予想通りだ。

 自分たちの状況を悟ってだろう、戸惑い暗くなるメイシェン……。けど、僕は楽観的に、

 

「なら、後の始末は彼に任せればいいか―――」

 

 そう言うや、スゥ―――と息を吸い込んで、

 

 

 

「ソコにいるのはわかってる! 俺たちの敵じゃないこともだ!

 出てきてくれ、話をしないか?」

 

 

 

 大声で、見つけた尾行者に叫んだ。通り中に声が響き渡る―――

 

 けど……、無反応。尾行者からの応えはなかった。

 なのでトドメに、

 

「ハッタリだと思い込んでるのなら、別の意味でも『敵じゃない』になるぞ!

 こんな街中で尾行するのに、()()()()()()()()()()()()してる解釈も、変わっちまうぞ!」

 

 【止剄】___。剄の流れを止めて、気配を断つ剄技。

 気配は消えるので、尾行するには最適な技。けど、姿が透明になるわけでも本当に消えるわけではない。さらに、声を出したり動けば、どうしても気配が漏れてしまう。周囲の微弱に漂っている剄や通行人たちの剄の流れに合わせる/溶け込ませるのが、尾行の基本にして奥義だ。さらに加えるなら、自分が埒外の傍観者になっているような錯覚、止剄を連続使用していると沸き起こってくるその思い込みにも、注意を払っていなければならない。

 この尾行者は、確かに尾行のイロハはわかっていただろう。けど、突然の襲撃。急激な状況の変化に対応しきれなかった。見失なわないようにするのが精一杯で、気配が漏れてしまっただけだ。……運が良かった。

 けど、そんな賞賛はお首にも出さず、あえて侮辱するよう煽った。その効果/ハッタリは―――上手くいった。

 叫んだ方向の物陰から、スゥ…と人影が出てきた。

 

 

「―――いつから、気づいてた?」

 

 

 もの静かで暗い、周囲に埋没してしまうような黒髪の青年。だったが、よく聞こえる低い声。使っただろう声量/口の動きに比べて、コチラの耳に届いてくる声音がハッキリしている、体内を巡る剄が声を増幅している証拠だ。……その声質から改めて、相手が武剄者であることがわかった。

 そしてもう一つ、

 

「なんだ、けっこうビジネスライクな関係だったのかい?」

 

 斜めからの質問返しに、尾行者の顔が少し険しくなった。

 真っ先に出てきた質問=自分と僕の実力の確認。忠誠ゆえの尾行だったのなら、気にすべきは別にあるはずだけど……、そうじゃなかった。

 

 警戒心が増していく……。一応は、敵じゃない/メイシェンの為を思っての保険。無闇にケンカを売るのは得策じゃない。

 両手のひらを軽く上げてみせると、

 

「……争うつもりはないよ。アンタは敵じゃないからな。

 ただ、アンタらに有用だろう情報を提供したいだけだ」

 

 バーデンを使って、酒場の中で得た情報だ。

 彼の背後で指揮しているだろう存在も、目星はついているはず。だけど、証拠は無いはず。コレが確信の一助にはなる。

 ただ……、今その情報は僕の中に、無い。バーデンとの糸が切れた今、具体的な情報を記憶できていない。あるのは、メイシェンの頭の中だ。ソレまで律儀に教えてやる必要は無い/彼女を矢面に立たせるのは控えたいので、誤解させるがままにする。

 

「……何が狙いだ?」

「彼女の身の安全。奴らとアンタらで、潰しあってくれ」

 

 率直な要望に、尾行者の顔がまた険しくなった。隣のメイシェンも、アワワと戸惑っている。

 

「お前の狙いは何だ?」

「俺は彼女の【従士】だよ。彼女の安全が、俺の身の安全にも繋がる」

 

 最もらしい/半ばは本当のことを言いながら、【従士契約】の証を/手の甲をみせた。

 幸いなことに、常に刺青られるモノではなく、一見では何も無い。けど、剄を励起させたり、武剄者/念威奏者であるなら簡単に見いだせる。

 

 確認した尾行者は、ソレで納得した……かどうかはわからない。けど消去法、追求される足がかりが無くなったのは、見て取れた。

 

「―――いいだろう。話してみろ」

「デバイスはあるか? そっちのほうが伝えやすい」

「……持ってないのか?」

「あいにくと、ココが優秀なもんで」

 

 自分の頭を指でトントンと、おどけてみせた。……嘘は言っていない。

 自信過剰気味な態度に、また不快そうに/呆れ気味にまで眉をひそめられるも、懐からゴソゴソ……デバイスを取り出してきた。

 

「ほら、さっさとやれ」

「わかった。

 ……悪いな――― 」

 

 謝罪を呟きながら、デバイスを受け取ると見せかけて―――急接敵。

 驚愕/回避される……間もなく、鳩尾辺りを/【魄門】を剣印にした指で突いて―――点穴した。

 

「―――ぅぐッ!」

 

 くの字に折れ曲がりながら、苦悶を漏らす尾行者。その耳元まで顔を寄せると、別れの言葉を囁いた。

 

「こんな重傷を負うのは、あまり好ましいことじゃない。が、一つだけ大きな利点がある―――」

 

 初見の敵は、必ず侮ってくれるから―――。お前がそうだったように。

 

 外見の詐術/人間としての固定概念。

 複雑骨折に筋肉断裂、おまけに神経麻痺まで患ってる腕を見れば/知っているだけでも、相手は重傷人/まともに戦えないと考えてしまう。けど、()()()()()()だ、ソレでも押し通して戦えてしまう。そのことを熟知し体験もしているとしても、()()()()()()()()()()()()()()。無意識や感情では、常人の枠内で捉えてしまう。

 尾行者はみごと罠にハマり……、地面に倒れた。

 

 

 

 うつ伏せに倒れた彼の下にしゃがむと、首筋/【命門】にも点穴を施した。……コレで完全に、制圧完了だ。

 ついでに、落ちた彼のデバイスを拾う/がめていると、

 

「―――な、な……なんで、そんなことを?」

「コイツじゃ、役不足だから」

 

 奴らにもっと、本気になってもらうため―――。加えるなら、彼女の父親のためでもある。()()()()()()()()()()()()()()()で、『組織』の面子を揺るがさせる。助けになりきれなかったことで、『恩義』からの取立てを軽くするため。……コレで全ての注目が、僕に向かう。

 言葉足らずな説明に、メイシェンの困惑は鎮められなかった。けど彼女自身で、溢れそうになるソレを堪えてくれた。

 

 そんな彼女の我慢強さに甘んじながら、説明しきると面倒が起きそうな予感もして、ソレ以上は何も言わず。気絶した尾行者を「よっこいしょ」と、肩に担ぐと、

 

「さ、帰ろうか。

 これで親父さんも、正式に俺を認めてくれるだろう―――」

 

 まだ困惑中の彼女の背を押しながら、帰路へと向かった。

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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隣人

 

 問題解決して戻った……のもつかの間、

 翌日、また問題がやってきた。

 

 

 

「―――お前が、【ハルキ】をやった男か?」

 

 

 

 褐色肌で黒短髪の若い女性。スラリとした長身で厳しげな顔つき、暴力の鉄火場に近い生活をしている証拠。今はさらに剣呑で、静かにこちらを睨みつけてもいる。

 チラと目を向けただけで、露天商品を選び直すフリをした。

 

 明日には向かう【学園】への準備、最低限は生活できる物を揃えなければならない(メイシェンに言われてはじめて気づけた)ので、急遽揃えている。あり合わせでも良いが、一応彼女の面子も守らねばならない。ので、センスと値段とを天秤にかけながら、色んな店主達とも『相談』してきた。

 そんな連戦をこなしてきたこともあって―――

 

「……知らないな。人違いじゃないのか?」

 

 そっけない態度で応対。……今日はもう、他人とは喋る/交渉したくない気分だ。

 

「本人から聞いた、間違いない」

「なら、もう一度聞き直したほうがいい。俺はそんな名前の奴、知らないよ」

「……シラを切るつもりか?」

 

 食いついてくるな……。雰囲気から察せられたけど、頑固なタイプだろう。あまり相対したくない相手だ。

 

(それに―――)

 

 腰元に注目。服の上からでも分かる、太くだらしなくもなく細く頼りなげでもない、ほどよく引き締まっている腰くびれ……ではなく、ベルトに吊ってある革鞘/【剣帯】。に収められてる短い棒状の何かを―――、おそらく【十手警棒】を。

 さらに、吊り方や握りの見た目・全体の汚れ具合等も。ただのファッションではなく、実際に使い慣れてる証拠も見えた。

 拳銃などの小火器/一般人でも殺傷能力を引き出せる武器ではなかったことも含めると……、シラを切るに越したことはない。

 

「そいつから、俺の名前を聞いたのか?」

 

 僕の名前を当ててみろ……。その【ハルキ】/たぶん昨日遭遇したストーカーには教えていないし、そもそも真偽も定められない。後出しジャンケンで、何とでも答えられる。

 思惑通り、相手は答えようとして―――言葉に詰まった。小さく舌打ちもこぼす。わかりやすい証拠を出せないことを、自問してくれた。

 詐術に気づかれる/そのわずかな隙が消える前、すかさず差し込んだ。

 

「人違いなら、もう行くよ。そいつに会えるといいな――― 」

 

 自然な風を装った、強引な話し切り。そのまま後ろ手でヒラヒラと、離れていこうとした。……なかなかに気に入った商品があって惜しいが、この厄介から離れる方が重要だ。

 そんな害意の無い背中に、突然、剣呑な女性は十手を抜き出すやいなや、思い切り―――突き出してきた。

 空気を切る微音/首筋が泡立つ不快感。察せれた殺気に反射して、ギリギリ―――避けた。

 

 突き出された警棒。ナイフより一回り長い/肘ほどに真っ直ぐ伸びた黒い棒身。その突端/コンマ数秒判断が遅れていた突き抉られただろう箇所から、僅かながら空気を焦がす異臭も……。ただの警棒ではなく、スタンロッドだったらしい。

 半身になりながら、物騒な女と向き合い直されると、 

 

 

 

「―――よく躱したな」

 

 

 

 驚きでも謝罪でもなく事務的に、『できて当然』との含みを隠すことなく。

 想定はしていたので戸惑うことはなく。けど、想定した中でもかなり最悪な部類だったので、つい愚痴がこぼれた。

 

「…………強引だな。人目も気にしないか?」

「ココでは日常だ。それに私は―――」

 

 【都市警察】だ―――。名乗り上げながら、懐から手帳らしきモノを取り出し、見せてきた。制服を着た彼女の顔写真と、都市警察を表す『金色の星が中央にある盾』の金属バッチを。

 本物かどうか、判別できるほどの知識は無い。けど、偽造するリスクは知っている。こんな衆目の中で見せびらかすのには、特に口さがないスラムの住民の前では、後に襲って来るだろう危険が大きすぎる。……本物と見なしたほうが無難だ。

 無言で眉をひそめていると、続けて宣告してきた。

 

「【不法移民】の取締りは、【移民局】からも委託されてる優先事項。こういった、()()()()()()()()()()()()に実力行使できる権限もな」

 

 言い切るとニヤリ……と、意地悪い笑みを向けてきた。

 この都市の法律やこの街の事情も初見でしかない。けど、その大義名分はあまりにも横暴が過ぎると直感できた。向き合ってみると、彼女の顔からもそれが伺えた。……向けてきた笑みが、あまりにもぎこちなかったことで。

 なのでか……、逆に平静になれた。

 

「……アンタの必死さはわかった、そんな詭弁を使わなきゃならないほどにはな」

「ッ!? 」

 

 感じたままを返すと、戸惑いが露わになっていた。……すぐに戻す/固め直すも、ぎこちなさはもう隠しきれない。

 出鼻をくじかれてか、続けれずに睨みつけてくるだけ……。そんな彼女に、コチラから口火をきってやった。

 

「それで、仮容疑者の俺になんの要件だい?」

「『決闘』だ! 今ココで、私と―――」

 

 勝負しろ―――。怒気を露わにそう叫びながら、先ほどのスタンロッドを突き出してきた。

 直裁的過ぎて、今度はコチラが黙らされた。どうすべきか考えるも……答えは出ない。ただ、『もう避けられない』とだけしか。

 

「……勝負の方法は?」

「動かずの近接の間合い。互いに素手で、先に動いた方が負けだ!」

 

 そう説明するや、先から突きつけていたスタンロッドを剣帯に収めた。空いた両徒手へ静かに戦意を込めていく―――。すでにやる気マンマンだ。

 

(……というより)

 

 鼓舞して周りが見えなくなってる……。先に見せた意地悪な笑みと同じ、性格にそぐわないことをしているぎこちなさ。何らかの義務感で押し通そうと、無理に勢い込んでる有様だ。

 すでに、余裕が少ない。決めた一つのことしか見れてない。

 

(なら―――、やり方は他にある)

 

 そっと/警戒されないよう、歩み寄りながら、

 

「もし負けたら、アンタの奴隷にでもなるのか?」

「そ、そんなことはしないッ! ただ……勝敗がつくだけだ」

「そうか。

 なら―――」

 

 できるだけ接近するや―――踏み込んだ、一気に急接近。

 

 手を伸ばせば触れられる近距離に入り込むや、驚いてる間に、すぐさま手を突き伸ばした。

 そして―――

 

 ―――ムニュゥ。

 乳房をガッツリ、掴んだ。

 

(……けっこう、大きい)

 

 見た目に反して、手のひらにかかる弾力の強さ。……どうなってるんだ?

 女警官は一瞬、目が点になるも……、瞬時に顔を真っ赤にして―――

 

「ヒャァッ!? ―――」

 

 思い切りコチラの手を払い除けながら―――、飛び退いた。

 

 

 

 離れた先、赤面しながらの怒り心頭で、

 

「なッ!? なッ、な……何をす―――」

「俺の勝ち、だよな?」

 

 怒りが炸裂する前に、勝利宣言を被せた。

 

 何を言っているのか、睨みつけていた視線がふと地面におちていき……気づいた。さきに自分が、後ろに飛び退いてしまったことを。

 決闘のルール/先に後退したほうが負け―――。その通りを、させられてしまったことを。

 

「まだやるのかい?」

 

 また触られたいのか? ……少しゲスな感じに煽りながら、触った手にも注目させる。ニギニギともしようとしたけど、さすがに無理だった。……演技でもそこまでやりたくない。

 女警官は、顔を赤くしながらも、反射的に腕で胸をガードした。そして、殺意にまでたかまりそうなほどの怒気をぶつけてきた。

 けど、「ふざけるなッ!」と罵倒する前に、気づいてくれた。睨む瞳から戸惑いの揺れが漏れ見えた。自分は飛び退いたのではなく、退()()()()()のだという事実に。アレが実戦なら今頃自分は―――

 

 怒りと恥の熱が、一気に冷却。怖れとそれ以上の警戒心ゆえにだろう、表情は強ばっていた。……彼我の実力差を理解してくれた。

 でも……、退く気はない。負けを認めて詫びをいれて手打ちにする/物騒なことは何も起きなかった、そんな平和な結末を認めようとしなかった。感情が理性的打算を押し切る必死さが、視線を通して突き刺さってくる。

 そして……無意識にだろうか、手が剣帯の警棒へと添えられていた。守ろうとした一線/外聞まで捨てる決意。

 

(…………逆効果、だったかな)

 

 もう刃傷沙汰は避けられない……。僕という武剄者を衆目に晒してしまうことも、『敵』の目に触れてしまう可能性も。

 

(……なら、今度こそ―――)

 

 最短最小限で終わらせる―――。お調子者の演技は止めて、戦意を滾らせていく。無表情に静かに、この諍いを終わらせる最適解へと力を注ぐ―――

 

 互いに無言。もう口火はいらない。互いの剄の高まりが、敵対/初対面のはずの彼女と軽い共感状態をつくりあげていた。ソレが間の空気も変容させ、ビリビリとした緊迫感が張り詰めていく。

 先に抜くのは……彼女の方だ。大義なく先に仕掛けた以上、勝たなければならない。僕の方も、コレ以上煩わされないよう、あえて譲っての『後の先』をもって圧倒する腹積もり。彼女の出方を待つ―――

 

 戦意と打算のしのぎ合い―――。長くも僅かな焦燥の末、添えていただけの手がギッと警棒を握り締めると、一気に抜き放とうとした。

 それに対応して/封殺して、完膚なきまで圧倒する。予め用意していたどの対策カードを切るか、向かってくる彼女の攻め方から決めようと、研ぎ澄まし/凝視していると―――

 

 

 

「―――お、お……お待たせしましたッ!」

 

 

 

 遠くからも聞こえるメイシェンの大声/手を振ってくる姿に、引き戻された。

 ソレは女警官も同じで、ハッと我に帰ったかのような表情で、警棒を抜き出そうとした手をビクリとこわばらせていた。

 

 メイシェンはそのまま、間に割り込むように走ってくると、

 

「こ、コチラの買い出しは、終わりました。も、もうこれで……帰りましょう」

 

 息せきながらの緊張ぶり、あえて相手に気づかぬ空気の読めなさフリながら、チラリと目で合図/懇願してきた。

 

(……すごい、無理してるなぁ)

 

 慣れない演技でガチガチ/バレない方がおかしいぐらい、でもその意図するところはもっけの幸い。

 すぐに先までの戦意は引っ込め、彼女の演技に合わせた。

 

 コチラが退いたので、女警官も退いてくれた……というよりも、困惑して動けずにいた。

 割り込んできたメイシェンを凝視して、そのまま僕と退散しようとすると、ようやく、

 

「―――メイっち。どうしてソイツと一緒にいる?」

 

 その背中を呼び止めてきた。驚愕と戸惑いと、予想していなかっただろう目の前の光景に、声を若干震わせながら。

 メイシェンは、無視して立ち去ろうとした足を止めて、振り返ると勢い込みながら、

 

「な、ナルキには関係ない……ことでしょ!」

「それは――― 」

 

 行きましょう―――。クルリと、返答を断ち切るように背を向けると、そそくさ離れていった。

 僕もその背に従い/でも警戒は怠らずに、唖然と立ちすくみ続ける女警官から離れていった。

 

 

 ――― 

 ……

 

 

 かと言って、問題が解決したわけではなかった。

 

 

 

「―――ど、どうしてついてくるの!?」

 

 商店通りから離れた住宅小道、何事もなく帰れたと……思いきや、振り返ってみたら女警官がついてきていた。一定の距離を保ったまま/ただ黙ったまま、堂々と後をつけてきた。

 気づいてはいたけど無視し続けてきたが、さすがにこのまま診療所までついてこられるのはマズい。僕はそう思って何か対策しようと考えを巡らせていると、メイシェンの方が行動していた、まるで我慢の限界に達したかのように。

 そんな怒気を向けられても、女警官は素知らぬ顔をしながら、

 

「……たまたま同じ方向に歩いてるだけだ」

「ッ!?」

 

 わざとらしい返答にカッと、言葉に詰まらされた。……かわりに、弱々しげながらも睨みを返した。

 

 平然としている女警官は、当然このままでは何時までもついてくる。診療所にまで乗り込んでくるかもしれない。ソレはとても……迷惑だ。

 メイシェンが話しかけたのを良い機会に、僕の方からも突っついてみた。

 

「アンタは、メイシェンの友人か?」

「……聞いてないのか?」

 

 不快さを露わに言うも、答えてはくれた。……一歩前進だ。

 なのでもう一歩、踏み出してもらうことにした。

 

「ああ、聞いてないよ。たぶん、()()()()()()()()()()だったんだろう」

 

 あからさまな煽り文句に、女警官はその柳眉を逆立てた。

 当たりだ―――。期待通りの反応に、直感の裏が取れた、彼女の柔らかい部分の/弱味を。

 

「……そう言うお前は、何者だ?」

「都市警察としての質問か? それとも、彼女の友人としてか?」

 

 さらに攻め立てると、女警官の怒気はさらに増した。

 激昂か拳が溢れてくる―――寸前、メイシェンが割り込んできた。

 

「こ、この人は、私のじゅ……【従者】だからッ!」

 

 少し言いよどみながらも、叫び叩きつけると、女警官は瞠目した。

 そして、信じがたいよう/疑るよう見つめ直すと、

 

「……本当、なのか?」

 

 メイシェンではなく、僕に詰問してきた、証拠を見せろと。

 突然の割り込みとその流れに、どうしたらいいか顔を顰めるも……致し方がない。

 手の甲を見せた。剄をほんの少し活性化させて、従者契約の印も浮かび上がらせる。

 

 その確かな証拠に、また瞠目するも……受け入れざるを得ない。

 驚きの事実に、何を言うべきか戸惑っている。その間隙を刺すようにして、

 

「これで質問には答えたよ。もうさっさと退散してくれると、嬉しいんだが?」

 

 再度追い払おうとするも……、ソレには応じてくれず。

 またメイシェンへ、けど諭すように、

 

「……なぜ、コイツを従者になんかしたんだ?」

 

 なぜか悲しげをかもしながら問いかけてきた。友人というよりも保護者として、けど、そう成ることが/認められなかった者の無念さは隠しきれず。

 予想とは少し違った現れは、メイシェンにもしかと押し迫り、

 

「な、ナルキには関係ないことでしょ! 誰を選ぼうが、私の……自由だし」

 

 身勝手な風に/無神経に、けど尻すぼみな突っぱねは、言い訳をしているように聞こえた。真正面からも向き合えず、目をそらしてしまってる。

 そんな彼女を責め立てる……よりは、頼み込むような辛さをもって、

 

「……簡単に決めていい問題じゃない。メイッちが考えてる以上に、従者の選定は重大事項なんだよ?」

「そ、そんなことッ! …………わかってるよ」

 

 最後にポロリと、今まで聞いたことのなかった不満がでてきた。年相応の、溜め込むより吐き出してしかるべきムクレが……。

 

 一連の会話を傍で聞いて/二人の関係が何となしに分かると、ふと浮かんできた。

 

「……もしかして、君が候補者の一人だったのか?」

「それは―――、……違う」

 

 少し言いよどむも、断言した、苦い顔はしながら。

 そんな彼女に畳み掛けるのは、少々気が引けるも、先に仕掛けたほうが悪い。―――抱えてるだろう問題を、暴露してやった。

 

「だろうな。独力で剄を発生させられない、()()()()()()()()()()君では、彼女の従者は務まらない」

「ッ!? 

 …………なぜ、そうだと?」

 

 【源剄穴】(略称【源穴】)___。体内の奥深くに潜在してる剄の貯蔵庫/【源剄海】から、剄を取り出すための出入り口。たいがいの一般人はほぼ閉じていて、生活できる分しか取り出せない。自由に開閉/特に開くことができる人間を『武剄者』と呼んでいる。

 ただし、源穴が開けるかどうかは、生まれ持っての才能に大きく依存する。修行によっても開けるが、一ヶ月以内でできてしまう天才もいれば数十年かけてようやく開けるなど、人為的に開くことは困難な天与の贈物……とされている/されてきた。

 科学/医学の進歩が、ソレを凡人レベルにまで落とし込んでくれた。

 

「源穴を通さず剄を取り出す【剄回路移植(エミュレート)手術】の後遺症が出てるからだ。しかも、かなり荒っぽいやり方で施術された痕がな」

「えッ!? そ、そんなこと……を?」

 

 その医学の功績を口に出すと、女警官は動揺からか顔を険しくした。……心なしか片手が、下腹部あたりに寄りそうに動いた。

 

 【剄回路移植(エミュレート)手術】___。人造剄脈/【剄回路】(略称【剄路】)を移植することで、源穴を通さずに源剄海から剄を取り出せるようになるバイパス手術。才能を与えられなかった一般人が、それでも武剄者と同じ力を駆使できるようにする業。

 技術や素材は年々向上しているものの、強引な外科手術、それも全身の造りを改変してしまう大手術。当然ながら、適合させるための多大な努力と、なにより患者に訪れる猛烈な副作用/後遺症がある。その危険性を考慮すれば、施術を受ける必要性は限りなく0になるはず。

 それでも、武剄者の力は魅力的だ。何に代えても/リスクなど度外視しても手に入れたいと願う人間は、後を絶たない。

 

「手術で武剄者になった者の顕著な特徴として、瞳の色がある。剄を活性化させると緋色に、自然人体では発生し得ない色になること―――」

 

 僕も/一般の武剄者も剄を励起させることで、瞳は変色するけど、その色は翠だ。重傷を受けたり剄の残量が少なくなってくると緋色になり、焦茶色へとくすみ……最後は黄褐色になる。手術で武剄者になった者は、剄を励起させると翠ではなく緋色から始まる。

 残り体力が瞳の色で如実に露わになってしまうので、隠す技術がある、専用のメガネやコンタクトレンズも開発/発展している。けどソレは、常に戦場/外界に身を置いている者の心構え。ほぼ一般人達と相対してる都市警の場合は、むしろ威嚇効果のためにも露わにする傾向がある。……目の前の彼女は、後者だろう。

 ちなみに爪の変色もまた、特徴としてあげられることがある。残り体力を表す瞳とはちがい、体内の剄の活性具合によって色合いが変わる。最大にまで高めると翠になる。……こちらは、人工と天然の判別には使いづらい。

 

「それに、天性や修行でなった者とは違い、不老長寿じゃない。むしろ逆、寿命を削って力と若さを保っている」

 

 基本的には、武剄者は不老長寿。けど、課せられている戦う使命ゆえに、一般人より短命なことが多い。重傷や虚獣の汚染を受けすぎれば、退けられたはずの老衰にもやられてしまう。なので、都市警察など安全な都市内で活躍する人工的な武剄者と、状況はさほど変わらない。

 ただ武剄者の場合、使命から逃げさえすれば/剄を健康と寿命にのみ注げば不老長寿。だけど、人工的な武剄者の場合はそうじゃない。生きてるだけ/武剄者でありつづけるだけで、損なわれていく、獲得した剄を注いでも足りないほどに。……そもそも剄路に、注げるような設計はされていない。

 

「だから、念威奏者である彼女の従者になることは、できない。念威の流入に体が耐えられない。移植した人造剄脈【剄回路】が壊れてしまうからな」

 

 剄路の特徴にして弱点___。外部からの浸透圧には強くても、内部からの膨張圧には弱い。生体ではなく無機物なので、代謝で新調できず経年劣化で摩耗してしまう。外部からの念威/汚染には、現在では自然の剄脈以上の耐久性がある(とされてる)。けど/その分か、体内に侵入してしまった汚染に対しては、今だもって脆弱。

 念威奏者の従者になれば/契約を結びパスをつなげば、少なからず念威の侵入をゆるしてしまうことになる。一般の武剄者の場合、やはり体内侵入はあまりよろしくないことだけど、微量ならむしろ剄脈を鍛えることにもなる。汚染への耐性も強まって、武剄者としてさらなる高みへと登る一助になる。けど人工武剄者の場合は、そんなゆとり/超回復は見込めない。

 

 一通り突きつけていくと、女警官は観念したように小さくため息をつき……、メイシェンへと向き直ると、

 

「私自身の選択だ。メイッちが気に病む必要はない」

 

 静かな覚悟を秘めた言葉で、逆になだめてきた。

 落ち着いた/そんな現状を受け入れてる有様に、メイシェンは何も言い返せず……奥歯を強く噛むしかなかった。

 

 僕の方も同じだ。少々見誤っていた。……見誤り続けていた。

 そんなしっぺ返しか、先程までの動揺/迷いが消えた覚悟をもって、

 

「……お前の観察眼は認めるが、実力は別だ。

 作り物ではない本物の武剄者の力、メイっちの従者に相応しいかどうか、見定めさせてもらうか―――」

 

 そう宣戦布告するや、剣帯の警棒を抜き出し/胸の前で横倒しに構えると、

 

 

 

「【武装展開(レストレーション)】―――」

 

 

 

 【起動鍵語】を放った。手に持った武装錬金鋼を、設定された/あるべき武器の形へと変貌させる簡略呪文―――

 

 直後ボワリと、警棒が仄かな煌きを放った。

 続いてグニャリと、硬質なはずの棒身が流体となり膨張/伸長/変化していく―――

 

 

 

 時間にして、3秒弱だろうか……。僅かと見るか遅いかは、人それぞれ。

 短剣ほどのサイズでしかなかった十手警棒が、両手で扱うほどの棍棒へと変化していた。……正確に言えば『鉄鞭』に。 

 鉄鞭___。都市警察の常用武器の一つ。刃のない金属の打撃棒でしかないけど、その分かりやすい重量感と原始的な暴力性/整備いらずの短調さも、都市警察の使命に合致していた。ほぼどの都市警察でも、鉄鞭が愛用されているほどに。

 

 完全に展開しきると―――ブンッとひと振り、空を割いた。

 そして、半身に/下段の構えへと力を込めていく―――。全身にも、剄が循環し漲っていくのがわかる。

 さらに、緋色にギラつく視線が、敵意を隠すことなく僕に突き刺さってきた。……図らずもブルリと、身震いさせられる。

 

(これはもう……、やるしかないな)

 

 両足と両手をブラりと、力を抜いた/意識を集中させた。……どんな攻撃がきても対応できるように、無駄な強張りをなくす。

 そしてコチラも、剄を励起/循環/昇華させていきながら―――

 

「……今度の勝負は、どう決着をつける?」

「この一撃から、守りきれるか……だッ!! ――― 」

 

 吠えながら突如、メイシェンへと狙いを定め曲げた。

 そしてそのまま、高速循環させていた剄を鉄鞭に集約させると―――ブゥンッ、振り上げた。

 直後、高圧縮された空気の大砲/【衝剄】が、メイシェンへと放たれていく―――

 

(まずいッ!? ―――)

 

 瞬時に、発射された衝剄の軌道/メイシェンの前に体を割り込ませると、剄を集約させた怪我していた片手の掌底で叩き上げ/受け止め―――バチンッと、真上へ弾き飛ばした。

 

 

 

 間一髪……。意表を突かれた狙いの急変に、体勢と剄が乱れる。

 その間隙を逃さずにか、さらに跳び込んできた。鉄鞭をまっすく/突撃槍のようにして、自分自身を大砲に―――。衝剄は目くらましだった。

 無防備になった僕へ/開けられた懐へ、鉄鞭をもって突貫してくる―――

 

 瞬時の判断―――。避けることも防ぐこともできない。先手で潰さなくてはならない。崩れた体勢ではどれも不可能。間合いもあちらが長い。

 

(なら―――)

 

 その場で体の捻転/重心の強制移動、腰を中心に半身へと捻った。……相手に背中を向ける形になる。

 同時、遠心力をつけた廻し蹴りをもって、目前まで迫りきた鉄鞭の横っ腹を―――蹴り飛ばした。

 

 不意な方向からの衝撃に、手から武器が外れた。……驚愕/体が反応できていない女警官。

 

 その間隙に、もう一つの廻し蹴り。後ろ足/踵の刈りをもって、その瞠目している横っ面を―――蹴り飛ばした。

 不意な方向からの蹴撃にガクンッと、ブレるように/ほぼ直角に吹き飛ばされていった。

 

 そして―――ドカンッと、ゴミ置き場に叩き込まれた。

 ボロゴロと被さっていくゴミの山、すぐに立ち上がることなくそのまま……動かなくなった。

 

 

 

 着地し/残心し終えての振り帰りざま、女警官の無力化を目視確認した。

 

 とりあえずの安堵で落ち着くと、コベリついていた足の/踵の感触。急所であるこめかみ辺りを、しかもカウンターで強打してしまった……。仕方のないことだったけど、やり過ぎたかも。

 後悔がわいてくると……、周囲もざわめいてきた。人通りが少ない住宅小道とはいえ、ケンカには注目が集まってしまう。

 

 僕らに注目が集まる。それが波及して、遠くからも野次馬が目を向けてくる……。派手な行動は控えたかったけど、こうなっては致し方がない。

 狙われた/護衛対象のメイシェンに顔を向け直すと、

 

「な……ナッキぃ!? ――― 」

 

 一連の攻防で唖然としていたのは一時、倒れて気絶した友人のもとへ、駆け寄っていった。……止めようと手を伸ばすも、遅かった。

 

 被さったゴミの山を払い除け/汚れるのも気にせず、友人の安否を確認して……ホッと安堵の吐息。

 しかし、その背中を追い背後に控えていた僕に振り返り様、

 

 

 

「―――どうしてッ、こんなことをッ!」

 

 

 

 ここまでしなくたってッ! ―――。まっすぐに強烈な怒気をぶつけてきた。

 彼女にしては珍しい爆発具合に、一瞬呆けてしまった。……あんなに小動物だった彼女も、こんなに怒りを露にすることがあるのか。

 

 スレ違いながらも黙って見つめ/睨まれた一時のち。どう口火を切ればいいのか迷うも……、正直/事実を告げることにした。

 

「……そいつは、俺じゃなくて彼女に聞いてくれ」

 

 先に仕掛けてきたのはソイツだ―――。言い終えると、これでは彼女を逆撫でにするだけだと、気づいた。

 その危惧はその通りに、カッと怒気が沸いてくる/また罵倒がぶつけられそうになるも―――ハッと、我に帰ったかのように。そして、苦そうな表情を浮かべながらも……収められた。

 

 

 

 目も瞑り数秒……。開いてもう一度向けてきた表情は、先の残滓は漂ってるものの、いつもの彼女だった。

 

 その自制心に、目を見張った。

 念威奏者なら大概は、感情を抑制して平静さを保つような訓練を受けている。人間への殺意に満ちている念威を操るためには、必要不可欠な技能だ。ソレは知識としてあり、実際に幾人の奏者を見て経験していた、熟練者であればあるほどロボットみたいな不気味さまで醸している。けど、彼女もソレができるとは……失礼なことだけど、思っていなかった。

 ただし、言葉をかけられるほどの切り替えまでは、できていない。ソワソワと何かを言いよどんでいるのみ。……そうすべき状況でもないけど。

 

「……行こう。

 彼女なら、そのまま放置しても大丈夫だろう」

「あ、あのッ! 

 その腕、大丈夫……ですか?」

 

 退散を即す僕に、慌てて言ってきた。……たぶん、迷っていた心配を。

 何のことか迷ってしまうも、彼女の視線を追って……気づけた。

 途端、ジクジクと―――痛みが走ってきた。

 

 すぐさま/反射的に、感覚は切って認知だけ通した。『痛いな』と分かるだけ/痛感することはない。

 それでも、グーパーと指/手を動かしてみると……痺れて上手くいかない。力も入らない、剄の通りも最悪だ。

 

(……無理させすぎたな)

 

 我が事ながら、苦笑いした。……もうギブスで固めてでも、使用禁止にしなくちゃならないレベルだ。

 

「……心配いらない。慣れてる」

 

 そう何事もない様で返すと、納得されてない心配顔は無視して/ごまかして、踵を返した。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 一難去って、また一難―――

 施療所に戻る手前、また厄介事がやってきた。……正確には、やってきていた。

 

 ボロが所々に見えてる個人店には、あまり相応しくない幌馬車が入口近くに止められている。さらに、体格の良い/身なりも装備も整っている強面の男たち二人が、門番のように立っていた。その場にじっと直立していながら、それとなしに周囲や街路に警戒を走らせている。

 そんな彼らの警戒網に、ギリギリ引っかからないだろう曲がり角から/遠目で、そんな異常を察知することができた。

 

 

 

「―――アイツ等の中に、知り合いはいる?」

 

 見た顔は? ―――。ブンブンと、思い切り横に振られた。……当然だ。もしいたのなら、こっちが驚く。

 

「患者じゃないなら、親父さんの秘密の友達の友達て、わけだな」

「と、友達?」

 

 緊張感のない単語に、すっとんきょうな声が上げられた。……半分冗談事なので、無視。

 改めて見渡す/考えを巡らすと、

 

「確か裏口は……、あっちの裏通りに続いていたな?」

「へ? あ……は、はい!

 ……それが、どうかしました?」

「俺はそっちから帰ろうと思う。君は、悪いが一人で正面から行ってくれないか?」

 

 一瞬ぽかーんとされたが、すぐに察してくれた。緊張感が伝わってくる。

 

 囮になってくれ……。いまは護衛対象である彼女を、あえて一人で行かせる奇策。

 直感として、彼らから敵意や害意はない。家の者であるメイシェンには特に向けられていない。けど……証拠も保証もない、危険を伴う賭けだ。

 一緒に帰るのが安全パイ、そうして悪いことは無い。だけど、取れる時は常に先手を取るのが戦場の常道。孤立無援な僕は、常に賭けをし続けなければならない。大抵の選択で安全パイは、最悪を招く選択肢になる。

 メイシェンは、何かを言いよどむが……グッとこらえて、ただコクりと頷いてくれた。

 いま事前にできることはコレまで/心構えだけ。あとはただ……、進むのみだ。

 

 「行こう―――」。そう告げるや、軽く助走をつけて……、跳躍―――

 タンタンタンと、壁に足を/手もかけ登って行きゆき―――屋根上に着地した。背丈の3倍ほどの高さにあった屋根上。

 

 軽々と登った僕に呆然と驚いているメイシェンへ、手で合図「行ってくれ」。

 ハッと気づいてくれると/意を決して、見知らぬ男達に占領されてる施療所へと向かってくれた。

 

 

 

 メイシェンが街路を出て、少し近づくと―――、男たちの注視が刺さってきた。

 彼女のことは、事前に知らされていた……。すぐに見つけ出せるほど、優先度が上位にあったのだろう。

 その警戒の偏りを見て取ると、僅かにできた死角を通ってすかさず、向かい通りの屋根へと―――跳んだ。

 

 フワリ―――と、までは残念ながらいかなかった。ものの、警戒に引っかかるほどではない静音着地。

 それでも警戒は緩ませず、緊張しながらも自宅に帰っていくメイシェンを男たちが出迎える、それを背中越しにも確認するや……、裏口へと回り込んでいった。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 屋根上から裏通りへ、そして裏口までたどり着いて……、おもわずため息が出た。

 誰もいなかった……。

 作戦成功の安堵と、これから味方になるかもしれない相手への落胆。……コチラにも門番が置かれてるかもと警戒していたのは、杞憂に終わった。

 

 それでも/忍び足で近づきながら、ドアノブに手をかけ……鍵が掛かっていることに気づいた。

 当然の戸締り。けど、破れないほど頑丈じゃない、普通の戸締り。

 

 そのまま力づく/強化した腕力で、鍵を破壊しながら侵入する……こともできるが、さすがに控えた。音もでるし、何より今後の印象が悪くなりすぎる。

 ポケットに入れていた商店通りで買ってきた物品/細長い針金を取り出し、丸まっていた状態を真っ直ぐな棒に仕立て直し、そっと……ノブの鍵穴に入れた。奥まで入れると、剄技を発動した。

 針金を通して、鍵穴に固形化した剄を満たしていく―――。針金を芯棒にした一時的なスペア鍵。強度は芯棒に影響されるけど……、この分なら大丈夫だろう。

 

 慎重に回すと……カチャリ、鍵が開いた。

 さらに/次はドアの隙間へ、先のスペア鍵を通すと、ゆっくり上から下へと滑らせた―――

 その途中、何か硬いものに引っ掛かり、止まった。予想していた手応え。固形化した剄の部分を整形し直し/『?』な鈎状に仕立て直すと、クネクネ操作して……カチリ、チェーンを外した。

 

 もう一度ドアノブを回すと、今度は支障なくドアは開いた。

 僅かに開くと、そのままス―――と、体を滑り込ますように家中へと入り込んだ。

 

 

 

 建て付けが少々悪くなっている床。音を立てずの忍び足で中へ、一階の施療室けん応接間に近づいていった。

 入口からそっと中の様子を覗き見ると……、そこには見知らぬ男たちがいた。

 

 体格が良い強面な男たちが二人ほど、ソファの後ろで直立している。その服装、特に腰や脇腹の剣帯とそこに収められているモノから、危険人物度は図れた。

 そんな護衛と思わしき二人の間、ソファにゆったりと座って、メイシェンと父親と向き合っている男は―――

 

 

 

「―――そんなに警戒しないでもらいたいですな、謎の武剄者殿」

 

 

 

 ……気づかれた。隠れていたはずの僕を、完全に認知しての言葉。

 あるいは気づかれていたのか、何時からなのかはわからない。ここまで誘ってきた意図はなんだ……?

 

 答えの出せない問題に……観念した。

 悪びれることなく/トイレから帰ってきたのように、皆の前に姿を現した。

 

 姿を見せて瞬時―――、皆が見せてきたものを捉えた。

 声をかけてきた男/ボスと思わしき男は、とうぜん平静のまま。後ろに控えている護衛たちも、険悪さは深めるも驚きの色合いは見えなかった。……彼らもまた、忍んでいた僕の存在に気づいていたのだろう。

 

(けど、ここまで侵入されてるとは思ってなかった……てところか)

 

 警戒してたのが、いきなり臨戦態勢にさせられた。それでもボスは守り抜けるけど、護衛の指揮官としては失格、面子を痛く傷つけられた。……そんな静かな怒気が、護衛たちから向けられていた。

 まあまあな第一印象を与えられた感触を掴むと、呆れとほんの少し安堵したかのような医者から、

 

「……そっちの入口は、教えてなかったはずだが?」

「そいつらは患者かい?」

 

 あるはずのない/忍んでいたなど素知らぬ気楽さで尋ねた。

 

「いや……、ここいらを仕切ってる【組合】の頭だ」

「そして、先生の古い友人」

 

 ボスの男がそう付け足すと、医者は苦そうな顔を浮かべた。……傍のメイシェンに聞かれてしまったことが、だろうか。

 

 ボスの男___。柔和そうな初老の紳士、なれど深く大きな切傷痕が縦に走っている。ソレは片目も巻き込んでいて、向けてくるその目は白銀色の義眼だった。

 潜伏していた僕を察知したことから、武剄者であるはずだけど、そんな傷痕が残っている不自然さ。外見体格の年齢も、2・30代あたりの肉体最盛期よりも老化し、ギリギリ40代といった後退前期だろう、顔の方はもう一回り老け込んでる。

 剄によって強化された自然治癒力が、傷と老衰に追いつかなくなってる証拠だ。つまり、武剄者としてはもう働けなくなってきている。すぐに療養に移らないと、マイナスの傾きを直せなくなり……寿命を迎えてしまう。

 それだけ修羅場をくぐってきたのか、そもそも武剄の才能に乏しかったのか……。前者であると見たほうが、無難だろう。

 

「つい先日、ウチの若い者がご厄介をかけたと聞いて、急いでやってきた。先生とも、昔話ができればとも……期待して」

 

 穏やかにそう付け加えると、医者は苦そうに眉根を寄せた。……それだけで、二人の関係は何となしには察せられた。

 彼らがここで、メイシェン達には暴力を振るうようなマネはしないだろう、ことが。……それだけでも確かなら、もう十分だ。

 

「なら、俺は用済みだな。二階で休ませてもらってもいいか?」

「アナタとも話がしたくて来た。

 どうぞ、立ち話ではなんなので、コチラに座ってくれ」

 

 そう穏やかにも強引に、空いている椅子へと促してきた。

 断る理由は無い。けど、相手のペースに乗るのは危険だった。……ここはもう、敵地といってもいいだろう。

 

「……ハッキリ言わなきゃダメらしいな。

 ここの主はそこの先生だし、俺がアンタらから聞きたいのは、謝罪だけだよ」

 

 あんな使えない奴を、護衛に寄越した落とし前を―――。倒してしまったのは僕だけど、倒されてしまったことそのものが恥だ。【組合】とかいう組織を運営している以上、侘びを入れなければいけない理由は、確かにある。

 けど……当然、そう簡単にはいかない。

 

「おい、お前ッ! こっちが下手に出てると思って、調子に乗ると―――」

「【ザーフ】、静かにしていろ」

 

 護衛の一人が脅しをかけてくるのを、ボスが止めた、静かながらも凄みのある声で。

 ザーフと呼ばれた護衛は、それでも何か言い募ろうとするも……グッと飲み込んだ。僕を睨みつけるだけに押さえ込んだ。

 部下が言うとおりに抑制しきると、驚くことに、

 

「―――すまなかった。君らを守るつもりが、誤解させてしまった」

 

 ボスの方からやんわりと、しかしハッキリと頭を下げてきた。

 続けて、

 

「今後はそんな誤解がないよう、互いに顔合わせが必要だと思って、ココに来た。互の()()()()に対処するためにも。……それで了解してくれたのなら、続きを話させてもらえないか?」

 

 今度こそ、腰を下ろしてくれないか? ……驚かされたが、想定の範囲。ボスとしての度量は確かにあるらしい。

 再度促される椅子に、今度は受け入れた。

 ただし、座る手前に、

 

「……話は聞くが、一つだけ訂正してくれ。

 俺に()()()()()。あるのは()()()()だ」

 

 状況が変われば/有利なら、『共通の敵』とも組む……。必ずしも共同歩調は取らない表明。

 意味を察してか、護衛たちは顔を険しくするも、ボスはむしろ穏やかに微笑んだ。まるで、『そうでなくては困る』と言わんばかりに、紳士な微笑みの一枚下から好戦的にギラつく武剄者の顔が見えた。

 

(……なかなかに、食えない奴だ)

 

 脳内でボスの危険度を上げた。

 実際の武力は、隠してるだろう切り札を使ったとしても、退けられる格下だ。けど、胆力だけで言うならまだ底知らずだ。ボスがそうなら、組織全体も底上げされるだろう。……一匹狼の僕としては、気軽にケンカを売れない相手だ。

 そんな警戒心は露知らず、たぶんお互いにそんな危惧をしただろうけど、友好的な態度は微動だにせず続けてきた。

 

「君の目的とは?」

「はぐれた知り合いを見つけ出すこと」

 

 簡潔に、それと正直に話した。……本当の目的は、隠しているけど。

 僕が出した答えに、皆が/メイシェンや医者も含めて意表を突かれたように驚いた。

 

「……知り合いとは?」

「10代後半の若い黒髪の女。だけど、容姿は変えてるかもしれない。ただ、特徴的な双剣を使うし、化練剄の使い手でもある。【第5階梯】の武剄者だ」

「5!? ……だと?」

 

 最後の情報に、護衛のザーフが驚愕の声を漏らした。

 ただソレは、ほか皆の総意でもあったのだろう。先には制止したボスだろうとも、不意の口出しを注意することはなかった/余裕がなかった。

 

 【第5階梯】___。武剄者の力量を簡単に示す言葉。階梯は全部で『9』ある。

 『5』といえば中間より少し上程度になるけど、一般の武剄者が修行の末たどり着ける境地は『3』だ。剄を増幅してくれる霊薬や霊泉・幸運に恵まれれば『4』にまで登り、一門の師範やら都市の英傑扱いされる。その上の『5』というのは、天与の才を授けられた本当の意味での天才を意味している。

 その上の『6』からは特殊で、己の才能/運とは関係ないところで決まる。どれだけ努力しても到達できない境界だけど、持てる者は生まれた時から踏み入れている境界でもある。

 『6』は、長年に渡り受け継ぎ/鍛え上げられてきた武剄者血族の末裔か、大量の剄が込められてる物品に選ばれた者。その上の『7』は、単独で虚獣を退けられる武剄者。つまり、【天剣】を授かった/選ばれた勇者。『8』は虚獣を滅ぼせる救世主で、『9』は汚染されたこの惑星を浄化する現人神で……、つまりおとぎ話の世界の住人だ。

 

 一般の武剄者が言ったのなら、ただのハッタリにしか聞こえない5階梯。今ここでソレを教えたのは、事実でもあるからだけど、僕への脅威認識を上方修正してもらうためだ。……危険な核爆弾は、僕だけじゃないのだと。

 護衛たちは動揺を隠しきれず、ハッタリだろうと決め付けるも……できてないことが漏れていた。なにせ、彼らの斥候を一撃で沈めた僕の言葉ゆえに。

 ボスの方は……さすがと言うべきか、余裕は少なくなっているものの動揺を見せるほどには、なっていなかった。

 

「どんな知り合いかな?」

「ビジネスパートナーだ。少し厄介な状況になったから、助力してもらう」

 

 これも事実。……本当は借りたくなかったけど、致し方がない。

 なにせこの都市には、そんな第5階梯の武剄者を【夢幻】に嵌められるほどの、()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 楽勝な任務……などとは、思ってなどいなかった。けど、こんな障害があるとは考えていなかった。

 

「どうして自分で探さない?」

「土地勘がある奴に頼んだほうが早いからだ。……アンタみたいな」

 

 事実だけど、少々違う。

 今この姿で再会してしまったら、ほぼまちがいなく彼女は―――、僕と敵対する。殺そうとまでするだろう。

 協力を得るためには、少なくとも説得の言葉に耳を貸してもらうためには、第三者の緩衝材が必要だ。不意の遭遇も起きないよう、探してもらい/彼女にもソレに警戒して離れてもらえば、不幸な再会は限りなく起きなくなる。……確率の問題だけど。

 そんな『弱味』は教えるわけにはいかず、効率だけを強調した。

 

「君の人探しを手伝えば、君も我々に助力してくれるかな?」

「敵にはならないだろうな。真面目に探してくれてる間は」

「なら、総力をあげて君のビジネスパートナーを探し出すことを、誓おう。

 その女性の名前を、教えてもらってもいいか?」

「【クラリーベル=ログウェル】だ。……偽名を使ってるだろうから、あまり当てにはならないと思う」

「君のようにか?」

 

 さらりと指摘された事実に、一瞬言葉が詰まった。あて推量ではなく、確信を持って見抜いていることに。

 なぜ知っている? ……無言ながらも細めた視線に込めると、

 

「【レイフォン・アルセイフ】という名の青年は、この都市の戸籍や移民登録にも()()()()()。それなのに君は存在し、持ち合わせてるIDもキチンと可動している。()()()()()()()I()D()でなければ、できないことだ」

 

 さらりと教えてきた説明に、図らずも目を見張ってしまった。

 スラムの住民のはずなのに、都市の戸籍や移民登録者名簿を閲覧できる。【生徒】であっても幾つかの認可が必要なのに、IDの使用履歴を閲覧できる。それも、半日にも満たないだろう短時間で確認してしまえる。

 コネがあるのか、仲間を潜り込ませているのか……。そこまでの影響力を持っているとは、

 

「……期待できそうだな。

 その調子で、彼女も探し出してみてくれ」

「任せて欲しい」

 

 快諾してもらうと、「要求は以上だ」と話を切り上げた。

 ボスの方も空気を読んでか、ソファーから腰をあげて「邪魔しました」と別れに一言を告げた。そして、部下ともどもに施療所から出ていこうと……する寸前、

 

「―――あぁ、そういえば。

 ココに来る途中、若い女性の警官に会わなかったか?」

 

 さらりと暴露してきた。……アレは、自分たちが仕掛けたことだと。

 唐突すぎて/何気なさ過ぎて、怒りよりも驚きが沸きあがり頭を占めた。そんな自分を確認できるようになると、苦笑がもれた。……上手いタイミングだ。

 

「会ったどころか、警棒ぶっさされそうになったよ」

「そうか、それは災難だったな。

 今後はそういうことがないよう、キツく注意しておく」

 

 軽々と謝罪すると、今度こそ用は無いと出ていこうとした。

 けど、

 

「―――あ、あのッ!」

 

 今まで黙っていたメイシェンが、勇気を振り絞ってだろう、ボスを呼び止めてきた。

 ボスが立ち止まり/振り返ると、続けて、

 

「な、ナツキは後どれぐらい……武剄者でいられるんですか?」

 

 友人が抱えることになった時限爆弾のタイムリミットを、尋ねた。……気丈に振る舞いながら。

 そんな彼女の真剣さにボスは、一瞬言葉に迷うも……、淡々と宣告してきた。

 

「……平均して4年、長くて10年。彼女の若さなら長い方だが、今置かれてる環境では短くなるだろう」

「そ、そんな……」

「だがその間に、【源剄穴】を開き剄を自活することできれば、その限りではなくなる」

 

 困難なことだが……。もっと言えば、『不可能に近いことだが』だ。

 手術によって武剄を使うとは、密閉されてるはずの器に穴が空いている異常事態を作り出していること。当然、肉体は『傷』と認識し排除/治そうと躍起になる。その反発力すら利用して、武剄が使えるような状態に仕立て上げている。自分の体を騙してる/敵対関係にあるのと同じ。だから、ただ源穴を開くより、少なくとも倍以上の労力がかかってしまう。

 なので、手術者が本物になるには、剄路が源穴に生まれ変わらなければならない。だけど、そんな柔軟さをもっていたとしたら、そもそも手術を受けていなかった矛盾。修行していたら源穴を開くことができていたはず。……希望というには儚すぎる、夢物語にしかならない。

 

 ボスがあえてソレを教えると、メイシェンは黙って俯き……「教えていただき、ありがとうございます」、礼を告げた。

 そんな彼女に、痛ましそうな表情を向けるも……ほんの一瞬。

 踵返すやそのまま出ていき、施療所の前にとめていた馬車へと乗り込んでいった

 

 

 ―――

 ……

 

 

 来訪者たちが馬車で消えてから、ようやくいつもの静けさを取り戻した施療所。

 

「お前さんを拾ってからこの方、寿命が縮っぱなしだよ」

 

 医者/メイシェンの父親が、安息まじりに愚痴ってきた。

 場を和ますためか、ただの独り言か……。皮肉や相づち/聞き流す気分には、まだ戦闘意識が抜けてなかったからだろう、どうにもなれなかった。代わりに、その心の緩みから出ただろう言葉から、それまで引っかかっていた疑問の答えが確信に至れた。

 

「そんなに気にするのなら、【源丹】は守り抜くべきだったな」

「へ?

 ……ッ!?」

 

 その単語に、となりのメイシェンまでもが息を飲んだ。

 

 【源丹】(正式名【源剄丹】)___。源剄海から汲み上げた無色透明な剄の奔流を、活用できる形にするために自分の体に受胎/受肉させる。剄の細胞膜にして、武剄者として扱うことができる剄の大元。別名【潜在剄】。

 コレが損なわれると、上手く剄を操ることができなくなる、原色の剄が体内で暴れ回る。小さい傷なら、扱う剄の総量を手放せば事足りるも、深いものなら武剄者として不能になる。力も不老長寿も、手放さなくては死に至る。

 目の前の医者は、そんな不能に陥っている、元武剄者だ。

 

「………………どうしてわかった?」

 

 医者は一転、表情を険しくしながら問い詰めてきた。……見抜かれた怯えは、隠しきれずに。

 

「あの手の組織と縁があり、今は医者を生業にしてる。元は武剄者だったが何らかの事件で源丹を損なった、そんな奴の王道だ。

 けど、自分の不始末じゃない、組織の不始末を背負ってのこと。だから、()()()()()()()()()()置いていた」

 

 そして加えるなら、先ほどのメイシェンとボスとの会話/彼女の反応だ。どうしたら【源剄穴】を開けるのか、尋ねなかった。

 その必要がなかったから、()()()()()()()。長年考えてきたこと、自分の父親が患っていることだったから……。そしておそらく、ソレを解決するために【生徒】になったのだろう。

 

 色々と、この家の事情がつながってきていると、

 

「―――お前とその相棒は、何の目的でココに来た?」

 

 静かになれど、誤魔化しを許さぬ真っ直ぐさで尋ねてきた。ソレは、となりのメイシェンも同じだった。

 どう答えるべきか……。二人の真剣な様子に、少し悩むも、

 

「彼女と同じだ。この都市のコア【電子精霊】に用がある」

 

 正直に、けど一部隠したまま。嘘はつかないことにした。

 なので、

 

「というのは、当初の目的で、今は別にやらなきゃならない問題ができた。そいつを解決するには、【学園】に行くのが妥当だった」

 

 だから、彼女の従者ではありつづける。契約は守る……。悪いようにはしない。

 

 

 

 今言える最大の誠意。

 伝わったのか/これで満足してくれたかは……及第点、だろうか。医者は、顔の険を少しだけ解いてくれた。

 そして、メイシェンも、

 

「精霊の力なら、源丹を再生させることも……できる、ですよね?」

 

 ナツキを助けることも―――。期待を込めて、尋ねてきた。

 僕の答えは、ニヤリと不敵に笑いながら、

 

「それ以上だ。なにせ、【虚獣】を倒せる力だからな」

 

 何だって叶う―――。僕の任務も。

 

 ソレは三度の、そして今度こそ正式な―――契約の言葉となった。

 

 

_

 




長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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入学
登校


 

 出発の日/別れの挨拶―――

 

「―――それじゃ、行ってきます」

「おう。頑張るのはほどほどにな」

 

 気楽ながらも情がこもった父親の言葉。……もう別れと覚悟は、昨日までで済ませていた。

 

 

 

 【生徒】として【学園】へ出向すれば、この家に戻ってくるのは一年の間にあるかないか。『学務』で下手をうってば、死体として帰ってくることにもなる。最悪、ソレすらない。……今生の別れになるかもしれない。

 だからこそ、友人・隣人たちが集まっての『出発祭』のような催しをするのが、風習となっている。せめて始まりは、楽しい思い出として残すためにも、栄光の門出にしたてる。

 メイシェンもその例に漏れず、近所の住民や元患者たちがこぞって祝いに集まり、ささやかながらの贈り物と励ましの言葉を贈ってきた。……邪魔者たる僕はその間、今後の準備やら家内制手工業に勤しみながら、街をブラブラしたりして時間を潰すことにした。

 

 そんな昨日を過ごした翌日/今日。いつも何処かオドついているメイシェンだったが、期待と晴れやかさが上回っている、良い旅立ちの日を迎えることができた。

 

「メイのこと、頼んだぞ」

 

 そんな彼女の背に黙ってついていくと、父親から声をかけられた。……娘には聞こえないぐらいの声音で。

 先と同じ気楽な口ぶりだけど、真剣味はイヤがおうでも伝わって来る。当然ながらもかけられる注意でもあり、返す言葉をいくつか用意はしていた。

 けど……どういうことか、出てこなかった。ただ黙って聞き受け、その場に立ち尽くしてしまった。

 

「おいおい。そこは『任せろ』で返せ」

 

 そんな僕の返答に、父親は苦笑しながら皮肉を返してきた。……ちょっとした別れの儀式、みたいなものだと。

 確かにその通りだ、黙るのは空気を読めなさ過ぎる。その程度ぐらい返してやるほどは、義理も余裕もあるはず……。常識的に考えれば。

 僕は知っている。僕がこれからやらねばならないことが、どういう結果をもたらすのか。ソレはどれだけ確実なことなのかを……。笑ってすませられる冗談ごとなど、入る余地は無い。

 黙るのは、せめてもの誠実さだった。……ソレ以外に、出せるものはない。

 

「……どうした? 今になって弱気にでもなりやがったのか」

「…………別に、大したことじゃない」

 

 そっけなく返すと、そのまま背を向けて去ろうとした。

 けど―――

 

「―――メイになにかあったら、承知しないぞ。たとえお前が、武剄者としては腕が立つとしても、だ」

 

 追撃するように忠告が、その背に叩きつけられた。

 まっすぐな衝撃に、思わず/顔だけ振り返った。そして―――ニヤリと、口の端を歪めてみせた。

 それだけでも返すと、今度こそ世話になった家から出発していった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 施療所から先、スラム街を歩いていくと―――、繁華街との出入り口に検問が引かれていた。

 

 数日前に起きた、列車横転事故の検問___。元から交番が設置されてる/監視されていたのに加えて、簡易的な金属柵が敷設され、堂々と都市警察が住民の出入りをチェックしていた。

 物品購入やら情報集めやら、街中を確認/散歩していたので予め知ってはいた。横転現場は離れているものの、高架橋が真上に通っているスラム街にも被害はでた。その被害状況確認のために……というのは口実だ。ずっと前からずっと、こうしたかったからこうしているだけ、横転事故のおかげで大手を振るってできる。……ソレが、スラムの住民たち/特に商売をしてる人たちの考えだ。

 ソレはおおよそ当たってるだろうが、一周回って『犯人探し』の検問だと推測できた。アレだけ必殺の罠をぶつけたにもかかわらず、逃げ/生き延びた犯人を。……つまり僕を。

 かと言って、この現場の部下たちにもソレが共有されている……、というわけではなかった。彼らはあくまで、スラム街と繁華街を峻別したいだけ。そんな潔癖症に犯されてる上司や市民たちに従っているだけだ。加えて、幸いと言っていいだろう、顔かたち姿も激変している。……本人だと証明する方が難しいほどに。

 なので悠々と、検問に挑んだ。少し時間帯が悪かったのか、長くなってる列に並びながら。

 

「―――す、すいません!

 まだ療養しなくちゃならないのに、連れ出してしまって……」

 

 待たされているのが億劫になりかかると、突然メイシェンが恐縮してきた。

 思わず目を向け、真意を確かめようとするも……わからなかった。……彼女のことは、今だもってもよくわからない。

 

「……入学式典は明日なんだろ? 俺もアポ無しの割り込みで入ってきた。

 なら、仕方がないさ」

「そ、それでも……」

 

 非は全く無いにも関わらず、申し訳なさそうに俯かれる。その目をチラチラ、僕の負傷してる片腕に向けながら……。それでようやく何を言いたいのか/そのままだったと、わかった。

 それでもやはり、彼女に非はない。ここまでの道すがら、言おうか言わざるか迷って/溜め込んでまでして、吐き出せるほどのものとは……思えなかった。

 なので、他にすることもない、顔だけ向けるのをやめて/相対して尋ねてみた。

 

「……どうして君が謝るんだ?」

「え? だって、それは……」

 

 尻すぼみにゴニョゴニョなりそうになるも、意を決したのだろうか、顔を上げ直して続けてきた。

 

「……私にも、責任の一端がありますし。貴方は私のじゅ……従者、ですから」

「なら、なおのこと心配なんてしなくていい。ソレが【生徒】てものだろ」

 

 他の奴らに舐められるだけだ……。ココでの常識が同じかまではわからない。けど、同じような貴族/上級市民。ほぼどの都市でも似た様な扱い/心持ちだった。……経験則からのあて推量/ゲスの勘ぐり、ではあるけど。

 だけど、反応から見るに……当たってたらしい。理解と納得のいかなさが入り混じったムッとした表情で、肯定を否定もしなかった。

 

「……完璧な状態じゃないのは、俺のミスだ。それでも、どうにかできるとは自負してるし、証明もしてきたつもりだ。見た目も―――この通り、一見には誤魔化せる」

 

 注目されてた負傷した片腕をそっと上げ/見せた、ピッチリとした黒革手袋と魚鱗模様の革手甲を身につけた片腕を。

 普段使いのファッション、では通しづらい無骨さ。けど、武剄者なら当然とスルーしてくれるレベルの軽武装だ、剄を通すだけで硬化する【鱗盾】の剄回路も組み込まれてる。片手だけしかしないのには怪しまれるけど、押し通せる疑いだろう。

 ただ本当の目的は……、包帯とギブスだ。中に硬木芯をいれての湿布を巻いて、めちゃくちゃになってる剄脈の調律もしてる。

 

「君は、自分の心配だけしてればいい。俺がその邪魔をしているかどうかだけを」

「は、はい……。すいませんでした」

 

 帰ってきたのは、どういうわけか弱々しい謝罪……。わかりあうのは、まだまだ遠い先だ。

 

 また無言の時間……。ただ今度は、どういうわけか落ち込んでる(ように見える)彼女の様子に居心地が悪くなる。

 ソレを仕出かしたのは自分だと理解してるも、解決の術はわからない。いたたまれなさに苦笑とため息がこぼれそうになると、

 

 

「―――次、入れ」

 

 

 検問員の呼び出しに、救われた。

 問題は棚上げに、簡易取調室へと向かった―――

 

 

 ―――

 ……

 

 

 検問は、拍子抜けするほどあっさり終わった―――

 

「ッ!? せ、【生徒】の方……だったんですね。

 も……、申し訳ありませんでしたッ!」

「い、いえ……。お気になさらず」

 

 メイシェンが【生徒】を示すIDを見せただけで、恐縮しながらペコペコ頭を下げつづける検問員。都市警察は、時には学園/生徒ですら捜査できる権限をもっているはず。なのに、この腰の低さは……。

 

 

 

 足で調べて得た情報/このスラム街を担当している都市警察分署の現場実情、特に『正義』への意欲について。あまり乗り気でない奴らが大半で、保身と金で動きやすいとも……。この検問を担当している分署の奴らにとって、『真面目』さは『ダサい』で哂れる。

 といっても、上からのお達し。一応フリでもやらねばならない不真面目者。あるいはコレを機に、甘い汁を吸えないかと企む不届き者もいる。そんな奴らをまとめて黙らせられるのは、生徒しかいない。それは確かだろう。

 だとしても―――

 

(根回しされてたのか、それとも……実は優秀なのか)

 

 先日関わりを持った『組織』が、おせっかいを焼いてくれたのか……。それにしても、『生徒』を強調した不自然さは残る。

 あまりにもおかしな対応に、判断がつかない。なので、

 

「―――どっちだと、考えてる?」

「へ? 

 …………なんのことですか?」

「先の関官の対応さ、その【生徒】のIDを見た後の」

 

 アレが普通なのか? ……スラム街に生徒がいる、それだけでも異常な事態なのに。偽造IDであることを疑いもしなかった。

 

 簡単に説明してみると、メイシェンはようやく得心がいったようで、

 

「…………考えたこと、なかったです」

「てことは、いつもあんなザルなのか? IDの真偽を確かめない?」

 

 【生徒】のIDでしかできないことを……。【グレンダン】/帝都の貴族IDならば、侵入はほぼ不可能なプライベートネットワークへのアクセス権だ。ツェルニの生徒IDも同じような特別機能をもっているはず。

 ただ、そんなものを示さずとも、独特な外見と細工で分かるもの。偽造するなど、大胆を越えて愚鈍なだけとの常識もある。だけど、確実を期すなら特別機能の有無の確認をすべきだ。そこまで厳密さを要求されていないということは、

 

(生徒は犯人扱いしてない、てことか……)

 

 予断は許さないけど、可能性はある。……思った以上に良い選択をしたのかも。

 ただし逆、部外者と判明されたら、トコトン追求される可能性もある。尋問だけならともかく、もっと強引な方法まで……。

 

「……何か、気がかりなことでも?」

「いや……大したことじゃないさ」

 

 そう、大したことじゃない……。バレたとしても、手に負える奴らは限られてる。そして、()()()()()()()()のが僕の目的でもある。……彼女は違うけど。

 ここで考えても埓はあかない。スッパリ切り替えると、

 

「さてと、【学園街】までは地下鉄から環状線に乗り換え、だったな」

「は、はい。ここからなら……、2時間ぐらいです」

「【生徒】なら割り込みでも、特別車両(グリーン)車に乗せてもらえたりする?」

「え? あ……。

 一応、できますけど……」

 

 渋そうな顔をした。

 込み入ってはいそうだけど、何となしには察せられた、「乗りたくない」と。

 

「あまり褒められた行為じゃない、というより、『やりたくない』てところかい?」

「……必要なら、構いません」

「嫌ならいいさ。席は硬い方が慣れてる」

 

 グリーン車なら客層が絞れて守りやすい。けど、そもそも問題を起こすことが問題になる。悪目立ちこそ避けなければならない現状、普通車が無難だ。……フカフカすぎる椅子も、座り慣れてないし。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 繁華街を通り抜けて、無事地下鉄へ。

 キップ売り場―――。メイシェンは生徒のフリーパスがあるものの、僕は切符を買わなければならない。……本来なら従者もフリーパスだけど、まだ未登録状態なので適応されてない。

 改札口―――。身体スキャンも兼ねた金属輪を通るも、何事もなく。そのまま他の客たちともに階段を下りていき、開けた乗降場へとたどり着いた。

 

 天井からぶら下がってる電光掲示板を確認すると、次の列車がくるのはもう少しかかる。

 ベンチに座るまででもない待ち時間。乗降口で立って待つことにした。 

 何事もなく、ただ無言で待っていると……、つい数日前の嫌な思い出が蘇ってきた。それとなく周囲への警戒を強める、特に背後に立っている客には。

 そんなピリつきを感じ取られてしまったのだろか、

 

「―――あ、あのぉ……どうしました?」

 

 心配そうに、というよりも『苛立ち』に不安になってだろうか。おそるおそるながら声をかけてきた。

 

「いや、別に……何でもない」

 

 反射的にそう答えてしまうも、すぐに改めた。……確かに、これでは苛立ってると怖がられても仕方がない。

 

「……列車には少しばかり因縁がある。それでピリついてた」

「因縁? ……あ!」

 

 暗に事実を伝えると、察してくれた。

 高架橋下のゴミ捨て場―――。彼女との出会いの場、近くで列車横転事故が起きたのも加味すれば、自ずとわかってしまうことだ。

 ただ、突っ込まれても答えきれない。ので、話題を逸らした。

 

「学園街に行くのは、君も初めて?」

「え……あ。いえ。

 受験する時に、外縁にある【前院】だけですが、一度行きました」

 

 【学園街】の概要___。一般人にも開放されてる外縁部の【門庭】と【前院】、生徒たちが生活する【中庭】と【宿舎】、そして生徒たる使命をはたす【校庭】と【校舎】だ。

 【前院】は、学園そのものが生徒を養成する【塾】の一つ。そこで課されるカリキュラムを無事こなし卒業できれば、生徒として認められる。生徒になるための王道。好成績を残すだけ/生徒にならずとも、市民として高待遇を受けられる。……箔をつける/ツテを作るためだけに入塾する輩もいる。

 

「どこかの【塾】で師事してもらった、てわけでもないよな。独学だけで受かった?」

「そ、それだけじゃ無いです。

 ……ちょうど先の大戦で、奏者が不足していたらしいんです。それで、難度を下げてもらってたのかも……」

 

 『先の大戦』___。事前情報とも重ねて察するに、学園都市同士の争いだろうか。レギオスの動力にして万能資材でもある【セルニウム】。それを採掘できる鉱山/鉱泉の採掘権の奪い合い。……ツェルニはすでに、その権利を全て奪われている。

 都市同士の戦争では、武剄者よりも念威奏者の被害が多くなる。敵対都市へと直通させる/主戦場にもなる【夢幻】=『念威のトンネル』を作り維持するため、力の限りを尽くす。虚獣戦とは違い、片道切符で武剄者を放り出すわけにもいかず/敵対都市に奪われてしまう最悪を回避するためにも、『手綱』も作り維持しなければならない。勝利のカギを握っているし、そもそも戦争するためにも欠かせない、多いに越したことはない。……ツェルニは先の敗戦で、撤退戦すら失敗/そもそもやらず、奏者も大勢失ってしまった。

 

「少し語弊はあるが、ちょうど良い時期に受験できた、てところか」

「はい……。そうだと思います」

 

 本当に良いことなのかは、難しいところだが……。メイシェンは/市民たちは、ツェルニの現状をどこまで把握しているのか? 隠しきれてたとしても、目減りしていくセルニウムの保有量、時間が経てばバレる嘘だ。前線にたたねばならない生徒なら、なおのこと秘密になどできないだろう。

 

 敗戦を受け入れたのなら、次にやるべきは『他都市の傘下』に加わること、【衛星都市】の汚名を受け入れることだ。ただ、主人になる都市の余力や信頼関係が関わってくるので、『全市民の疎開』を斡旋することだ。市民たちの忠誠心/郷土愛が強ければ、都市の放棄は免れる、『出稼ぎ』によって衛星都市化を保証してもらえる可能性がでてくる。……今のところ、ツェルニの執政官達がソレに邁進してるとは、思えない。

 となれば、再戦して勝利すること。だけど……、採掘権の無いツェルニには勝ち目など無い。時間が経てば経つほど無くなる、そもそも生活すらできなくなる。権利を無視し/強盗しながら生き延びることもできるけど、最も勧められない選択肢だ。禁忌といってもいい。その場は生き延びれても、時限爆弾のスイッチが入ってしまう。

 ツェルニは、『禁忌』を犯してしまった可能性がある。だからこそ、陸上界には基本不干渉な海洋界からも、僕みたいな刺客が放たれることになる/なっている。

 ―――そんな事情は、棚に上げて/知らぬことにして、

 

「もしかして、奏者の力に目覚めたのは、先の大戦とやらの影響か?」

「それは……違う、と思います」

「生まれつき?」

 

 戸惑いながらもコクリと、頷かれた。……なかなかに驚きの事実だ

 先天/生まれながらと後天/目覚めたのでは、意味が全く違ってくる。後者は、あるていど身体機能や剄が整ってから発生するので、人間の枠内に留められている。けど前者は、汚染被爆に適応しなければ不可能だ。その適応能力は、人間の枠を越えなければ獲得できない形質だ。もっと言えば、虚獣の眷属たる【魔獣】たちと近縁であることを意味している。……ソレを祝福とみるか呪いとみるかは、生まれた環境が決める。

 

「……物心着いた時から、力はありました。けど、そんなに念威は扱えなくて、奏者とは呼べない半端者でしかなかったです……。

 ただそれでも、大戦の影響で、都市の隔壁に傷がついて外気汚染が広がって、疫病が蔓延しました。それにかかって、でも治った後から……力が増幅しました」

 

 かなりレアなケース……というわけではない。

 陸上界では、エアフィルターで外気汚染を防いでいる。完全遮断の障壁ではなく半透膜なので、外縁部/濾過エリアに住まわざるを得ない貧民や移民たちは、常に微弱ながらも汚染被爆してる。生まれてくる子供は、先天的にも/微弱ながらも念威を操れるようになりやすい。

 ただ、ソレは幼少期までのこと。成長するに従って操縦力は失われていき、使えなくなる。逆に成人する頃には、武剄者として大成しやすくなる。汚染への耐性が大量で良質な剄を呼び込むからだ。成長しても念威奏者でいられた/に成れた、という点ではレアケースだろう。

 

 念威を操れるということは、()()()()()()()()()()()()()()()()ということにもなる。常識が形成できてる大人でも自制心がいるのに、赤子なら無制限だ。彼女の言う通りなら、彼女もそうやって生きてきた可能性がある。友人や親子関係ですら、()()()()()()()()()()()()してしまった可能性が……。

 思い至るも、黙っていた。……聞くべきことじゃない。

 互いに無言のままでいると、

 

「―――聞かない、ですね?」

「喋りたいなら。……聞き流すけど」

 

 あえてそっけなくも突き放すと、納得してくれた/伝わった。尋ねてしまったらどんな答えが帰ってくるか、僕は想像できてるということを……。

 ソレを『優しさ』と捉えてくれたのだろう。自分から話を切り替え/切り出してきた。

 

「……レイフォンさんは、どうやってそれだけの力を?」

「長年の修行と、他の武剄者との競い合い。【魔獣】との戦い。そしてなにより……、【虚獣】との死闘で」

「きょ! 虚獣との死闘!?

 て、ことは………………、ッ!? 【屠竜士】なんですかッ!」

「と言っても、信じられないだろ? 証明するのも難しい。

 だから、『そこそこ腕がたつ浪人』てことにしておいてくれ。むかし親父さんに恩義があって、その借りで君の従者になってる」

 

 驚愕だろう事実をいなされて落ち着きを失うも、上手く丸め込んだので追求しにくい。……聞かないで欲しいと、暗に含ませて。

 ソレを察してくれたのだろう。止めてくれるも、驚きの落としどころとしてだろうか、別の方向から切り込んできた。

 

「失礼ですが……、お歳は?」

「……共通の暦法なんて、もう存在しないだろう?」

「ということは……、本当に外の人なんですね!」

 

 驚かれた顔を見て、ようやく気づかされた。……しくった。

 『年齢を教えたくない』を逆手に、外から来たことを白状させられてしまった。いずれはバレることだったけど、今ではなかった……。コレが今後どう波及するか、注意することがまたひとつ増えた。

 そんな懸念は垣間見せるだけに、今度は/誤魔化すためにもコチラから、

 

「……都市の外に興味がある?」

「え? あ……。

 そ、それは…………人並みには、です」

「出たい?」

 

 ()()()()か? ……伝わるかはわからないけど、含ませて尋ねてみた。何もかも放り出して、別天地で新しい人生を始める。

 都市外への港が封鎖されているこのツェルニでは、難しいことだろう。事実を教えても、彼女一人でどうにかできるとは考えづらい。けど生徒であれば、方法はいくつか生まれる。逃げようと決意するだけで、道はみえてくる。ただ……、彼女はソレをしないだろうとは、まだ短い付き合いながらも分かる。

 でも、直球のその質問は、揺さぶるには十分効果があった。『ソレ』に心動かされてしまうことは、揺れ惑っている彼女の表情から伝わってくる。

 

 そんな、答えに窮されてしまってる彼女を見て、ハタと苦笑がもれた。……意趣返しにしては、趣味が悪すぎた。

 

「……すまない。その質問は少しばかり、踏み込みすぎだな」

 

 素直に謝罪した。

 

 互いにそれ以上続けず、けど無言でいつづけるには少々居た堪れない空気……。彼女とは、あまり相性は良くないのかもしれない。

 

 あえて無視していると、館内放送が流れた「もうすぐ4番ホームに列車が参ります。危ないですので、停止線までお下がりください―――」。線路の先/地下トンネルの奥に目を向けると、ほのかに電灯が見えた。

 列車がやってくる―――。タイミングの良さに感謝しながらも、より一層背中に警戒を向けた。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 地下鉄から環状線へと乗り換え、【学園街】に向かう専用直通列車のホームへと降り立った。

 

 専用ホーム___。それまでの駅ホームとは違って、古典的な豪華さがある。材質もレンガ造り風で、設置されてるベンチ等も古風でシックな意匠、くわえてなぜかグランドピアノまで置かれている。

 中は広々としていて、高さは10メートルはある。くわえて天井は分厚いガラス製か、ホーム内を柔らかな光で満たしてくれている。他のホームとは違い、出店や販売機が置かれてないからか、より広々と感じる。―――多数の乗客/生徒だろう人々で混雑気味でも、雑然とはならない独特な空気感。人混みが嫌いな僕としては、ありがたい設計だ。

 ただ、欲を言えばもう一つ、こんな輩の立ち入りを禁止してくれれば、

 

 

「―――あらぁ、どうも臭うとおもっていたら……トリスデンさんだったんですね」

 

 

 先に到着していた他生徒たちの間を縫いぬい、どうにか空いたスペースに潜り込んだ。何の気もなしに列車を待ち続けていると、なんともあからさまな『ご挨拶』に絡まれた。

 周囲にも聞こえるようなよく通る声。本人にとっては自然体/通常声量だろうことは第一印象で読み取れた。

 

 豊富な縦ロール金髪と、青を基調に銀糸が入ったドレスローブの若い女。この場にいる以上、メイシェンと同年代だろうけど、醸し出している迫力が幼さを消し飛ばしている。常にどこからかスポットライトが当てられているようなでもあり、『主役』/『豪華』を具現化したような隠しきれない傲慢さ。……ドレスの上からでもわかる胸部装甲も、メイシェンに引けを取らない豪華さ。

 口元を扇子のようなモノでそっと隠しながら、背後に大所帯を率いてくる。周囲の3人ほど『小豪華』な侍女のような取り巻きに、その影には仕立ての良さそうな燕尾服で屈強そうな大柄を詰め込んでる男達/おそらくは彼女らの従者だろう。コチラへと真っ直ぐ/悠々とやってきた。……思わずか関わりたくないからか、通り道の生徒たちは自然と道を開けていた。

 

「ごめんなさいね。あまりにもドブネズミ臭かったので、この駅の質も落ちたのだとガッカリしてたんです。けど……、そうではなかったので」

「り、【リサベータ】さん……」

 

 誤魔化すことなく/笑みを崩すことなく、面と向かってメイシェンを小馬鹿にしてきた。周囲の侍女たちも、追従するようにクスクスと哂う。

 あまりにもあからさま、納得してしまいそうになるも無根拠な自信満々さに、目を丸くしてしまう。……帝都でも、ここまであからさまな貴族は、数えられる程しか遭遇していない。

 

「もしかして、次の列車に乗られるのですか? 私たちが乗る列車に」

 

 聞くまでもないことを、あえて聞いてきた。その含意は……、聞くまでもないことだ。

 

「……わ、私も【生徒】、ですので。乗らないと、入学式に参加できなくて―――」

「良いではありませんか。誉れある入学式典に、アナタのような卑しい下民など相応しくないのですから。ここで身を引いて、己の分をもう一度確かめるべきです」

 

 か細いながらも何とか出した反論/正当するぎる意見を、一蹴してきた。……論理的でも道徳的ですら無い、時代錯誤過ぎる名分論を迷うことなくぶつけてきた。

 メイシェンの従者であり、同じような不条理をぶつけられてきた身としては、彼女に味方する何もかもが揃っている。一応、周囲への配慮もかねて抑えるも、コレ以上侮辱を続けるのなら―――

 

「……ちゃ、ちゃんと、受験には合格しました! 【生徒】としても……、認められています」

「何かの手違いだったとは、考えなかったのですか? その程度の力しか使えないのに、図々しいにもほどがありま―――」

 

 さっそく限界突破したので、間に割り込んだ。……メイシェンを庇い、高慢ちき女に睨みを効かせるようにして。

 間に割り込むと、まるで初めてソコにいたことを気づいたと、目を丸くされた。そしてまじまじ/ためらいなく、観察されると、

 

「―――へぇ、それがアナタの従者?」

 

 メイシェンは緊張気味ながらも、コクりと頷いた。

 確認しただけと、すぐに/再び観察眼が向けられると、

 

「……見ない顔ね。【ギルド】には登録してないのかしら? だとすると、さしずめ……『流れ者の浪人』てところかしらね」

 

 独り言だろうが、大きすぎるので判断しかねた。

 ただ、観察してくるその目/落ち着いた態度は、自信も大口も嘘ではない実力を感じさせた。血筋の応援だけじゃない、本人自身の鍛錬の跡を。

 ただ、

 

「私の前に立つなんて、よほど腕が立つのか、頭は悪いのか。それとも――― 」

 

 続けた独り言の最後、なぜか口には出さず代わりに……ニヤリと、酷薄そうな笑みを向けてきた。……口元だけで目には軽蔑の冷たさを、僕よりも背後のメイシェンに強く向けるようにして。

 

「……ふっふ、どうやって従者になったのやら。

 所詮ドブネズミとはいえ、不潔にもほどがあります―――」

 

 

「―――ちょっとリサ! いい加減にして」

 

 

 緊迫が殺気たち始める寸前、屯している野次馬の輪をかき分けて、別の女生徒が割り込んできた。

 淡い金髪を短いツインテールにまとめ上げてる若い女性。メイシェンとも同年代だろうが、色々と小柄なこともあって、幼く見えてしまうだろう容貌。それもあってか/今の状況ゆえか、眉間にしわを寄せた憤懣顔を向けてきている。

 また訳のわからない輩が混ざってくる/ウンザリしそうになるも、侮蔑女の注目を逸らしてくれた。成り行きを見守っていると、

 

「……【ミフィル】、どうして止めるの? アナタにとっても大事なことじゃない」

「自分のことは自分で決着をつける。お節介はいらない」

 

 切り捨てるように断言されるも、お節介女の返答はクスリと微笑むのみだった。そして、なぜか潔く退いた。……隠すためか本当に嬉しいのか、なんとも判断し兼ねる。

 代わりに、割り込んできた憤懣女が、コチラ/メイシェンへと向き直ると、

 

「……試験に合格した以上、もう私はどうこうできる立場じゃない。

 でも、アンタが【生徒】になるてことがどういうことなのか、少しでもわかってるのなら……乗らないことをオススメするわ」

 

 コチラもハッキリと、自主退学を促してきた。

 事情が飲み込みきれず、顔が険しくなってしまう……。それでも、従者として彼女の盾の役目を全う。振り返り確認することなく、今のところ敵対者達へ警戒を向け続けた。

 

 そうしてしばらく、互いににらみ合いを続けると……、先に退学促し女が口を開いた。

 

「……そう。強情なところは変わらないわね、昔から」

「そ、それは……ミィちゃんも、だよ」

 

 オドオドしながらもメイシェンの口から、予想はある程度していたけど、目の前の彼女との深い関係が出てきた。

 ただ、ソレを出したからだろうか、ミィちゃんはため息一つ……けど向かい直すや、それまで以上に険しい顔を向けて、

 

 

「―――真っ先に潰してあげるわ。他の誰でもない、この私の手で!」

 

 

 そう宣戦布告すると、サッと肩で断ち切るようにして、踵返した。……立ち去る彼女の邪魔にならないよう、野次馬たちも脇に/道を譲る。

 因縁をつけてきた傲慢女たち一行も、彼女の宣告に気を良くしたのか、軽蔑混じりの微笑みを残しながら立ち去っていった―――

 

 

 

 そんな喧嘩の終りとともに、野次馬たちも徐々に散っていった。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 

 ホームにやってきた列車/古風な蒸気機関車風な造形。

 他の生徒たちとともに、先の喧嘩でソワソワと注目されるも、無視して乗り込んだ。

 

 乗車すると、できるだけ誰も来ないだろうコンパートメントを探し、入った。

 柔らかなソファに腰を下ろしてしばらく、出発の汽笛が鳴らされ……ガコンと、列車が発車した。

 そのままスピードを上げていき、窓の外のホームの景色も流れていく―――

 

 

 

 そこでようやく人心地が着くと、胸の内でため息をついた。

 

(……まいったな。思ってたよりも、重い事情だ)

 

 気にしなければ無関係だろう。けど今後、関わらざるを得なくなるはず。任務からドンドン離れている気が沸いてきた。……もしかして、何か踏み間違えたのかな?

 そんな不満が、伝わってしまったのだろう。

 

 

「―――す、スイマセンでした!」

 

 

 メイシェンが頭を下げて謝罪してきた。……何に謝っているのか、今度はよくわかった。

 けど/だからこそ、

 

「……なんで謝るんだ?」

「へ? そ、それは……。

 私の問題に、巻き込んでしまって……」

 

 不愉快な思いをさせてしまって……。察せた通りの答えだった。そして、見当はずれでもある答え。

 

 ため息一つ。もう一度ソレを説明しようとするも……、止めた。……どうせ言い聞かせても、変わらないだろう。

 なので代わりに、

 

「―――俺は、従者解任か?」

「え!? ……あ。

 そ、それは……、そのぉ………… 」

 

 理想を通したいけど、現実を知っている。押し通すだけの力が無いことに、けど頼る訳にはいかず/手放すこともできず、どうすることもできなくなっている……。そんな葛藤が、わかりやすいほど顔に描かれていた。

 

「君の目的は、『父親の源丹を治したい』だが、かけられてる期待は、もっと規模がデカイことだったんだな」

 

 例えば、スラムの住民の生活改善とか……。自分の願いだけに集中すればいいのに、同じ轍を踏み抜いてしまった、どこかのバカな誰かのように。

 ありえそうな勝手な願いを指摘すると、目を丸くされた。……どうやら、当たってしまったらしい。

 

「俺が消えると、ソレが優先される。最悪、父親のことは無視される形で」

 

 それだけは、どうしても防ぎたい……。いや、逆だろう。スラムの住民たちを犠牲にして、父親の病を治してしまう未来を防ぐために、だ。

 できるわけがない? ……誰が見てもそうだろう、そんな横暴は虚獣にしかできない。けど、彼女自身は確信している。自分がどういう人間なのか、どんな力を有しているのか、()()()()()()()()()()()()()()を……恐れている。

 あえて、誰もが思い至る常道を口に出した。でも/だからこそ、抱えていた非道がありありと浮かんでくる。……経験則からの仕掛け。

 その効果は―――、戸惑いに揺れる目の前の彼女が、証明してくれた。

 いつものようなオドオドとは違う、ひと皮めくれが強情/でもさらに奥底はやはり不安定、そんな芯に触れられてしまったような……。今まで見たことがない彼女の一面が、垣間見えた。

 

 直感に次ぐ直感のあて推量。証明できてか心なし、顔に笑みが浮かんできて……ハタと、気づかされた。

 自分がいかに、彼女に共感してしまっていることに。内に抱えていたモノを、漏らしてしまうほどにも……。回りくどくも、自分語りをしてしまった。

 恥じらいと心の緩みを直すため、軽く目を瞑って……息を整えた。

 

 平常を取り戻し、彼女に向かい直すと―――、思いつめたかのような顔で、

 

 

「―――わ、私にできることなら、な……何でも、します」

 

 

 か細い声ながら、懇願してきた。……言い切るとなぜか、顔を赤く/それを隠すように俯いた。

 何か含意があることは察せたけど、どんなモノかまでは意味不明だった。……なんで恥じらうの?

 問いただそうとするも、先の自分も同じようなものだった。……逆に聞かれるのもアレなので、棚上げだ。

 

「なら……、このまま契約続行させてくれ」

「……へ?」

 

 どうして? ……思わずも聞かれそうになるけど、釘を刺した。

 

「聞き流せないようなら、聞かないでくれ。ソレが条件だ」

 

 ソレが僕らの関係だ……。ビジネスパートナー、というほどドライじゃないけど、仲間といえるほど親しまない。共有できるのは表面上の目的だけ、奥底にある目的には干渉しない。だから……、お悩み相談は無しだ。

 言葉足らずながらもルールを再確認させると、

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 なぜか感謝が帰ってきた。それも、けっこうマジな感謝が。

 訳が分からない、けど貰うわけにはいかない。本当にルールを理解してくれたのか……、渋い顔をしながら返品すると、

 

「よせ。俺は何もしてない」

「そ、そんなことは―――――― ッ!?」

 

 突然ビリッ―――と、全身に不快な痺れが走った。

 さらにギリィィ―――とも、ガラスを爪でひっかくような異音が耳に突き刺さってきた。

 

 

 

 何が起きた―――。

 すばやく周囲を警戒しながら、己の体感をもう一度確かめた。

 

 ()()()()()ことを確信すると、不安そうに見つめてくるメイシェンと目があった。……彼女も気づけたのだと、伝わった。

 この列車が先程、()()()()()()()()()()()()()()()ことを―――

 

 

 

 

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

原作では「ミィフィ」ですが、今作では「ミフィル」にしました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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入門 前

 

 車窓に手を触れ、軽く叩いた。

 さらに、剄でも負荷をかけてみて―――確認できた。

 

(……やっぱり、出られないか)

 

 車窓は壊れなかった。ひび割れることもなく、奇妙な微震が起きるのみだった。まるで、一時的に通信状態が悪くなり、ラグが発生してしまったかのように。……本物/現実の車窓ではない証拠だ。

 しかも、拡張現実タイプの夢幻ではなく、仮想現実タイプの亜空間だった。同じような見た目だけど、現実空間とは位相が異なる別世界。ここで暴れても/物を壊しても、現実空間への損害は微弱。

 ただ、後者を成立/大勢の他人を取り込むには、あまりにも強制的すぎる。相当な実力者であるか、この列車を自分の自室と同じように扱える特権階級以外には、できないことだ。かなり数を絞れてしまう。

 亜空間へ取り込む引き金は、列車が通ったトンネルだろうか。人工密室/列車の密閉空間に加えて、トンネル効果でスムーズに移相させることができた。

 

「―――もしかして、伝統的な新入生歓迎会……てわけじゃないよな?」

「……聞いたことは、ないです」

 

 それじゃ、いったい何のために……?

 相手の意図を考えていると―――突然、ソレはやってきた。

 

 

 プシューと、ガスが漏れるような音が天井から響いてきた。

 

 

 同時に、半透明な白い煙が噴霧されてくる。

 

 漏出場所は排気口か―――。すばやく見上げ/分かるや否や、鼻腔に甘ったるい香りが触れてきた。それだけで頭がぼぉと緩み、眠くさせられるような香り……。

 

 

 直後/瞬時、口鼻を覆った。

 

 

 催眠ガス―――。それも、かなり強力なガスだ。一嗅しただけで前症状が現れてしまう、危険な毒ガス。

 

「催眠ガスだ。息を止めろ! ―――」

 

 急いでメイシェンに指示しながら、【活剄】を発動した。

 

 【活剄・守息態】___。気血の循環速度を強める抗毒特化の活剄。剄を筋肉等に浸透させないので身体運動強化は微々たる程度だけど、毒ガスの中でも呼吸ができるようになる。……といっても、わざわざ呼吸はしない。すでに入ってしまったモノを洗浄するために使う。

 剄絡循環/外力系剄技の【装剄】で防毒マスクを作り上げる手もあった。けど、直感でコチラを選んだ。狭すぎる密室では、すぐに毒ガスは充満する。装剄では、部屋の吸える空気の枯渇に対応できない。活剄に切り替えざるを得なくなっただろう。先にやれば、安全かつ微弱ながら毒への耐性/慣らしもできる。

 

 

 すぐに白もやのガスは、視界をも覆いはじめた。傍にいるはずのメイシェンまでみえなくなるほどに。

 これだけ蔓延すれば、対策していなければ深い眠りの中だっただろう。けど―――無事、覚醒状態だ。

 試しに、小さく/浅く慎重に呼吸してみるも……、少し頭がクラつく程度。眠りに陥ることはない。剄技は十二分に効果を発揮してくれている。

 

 安全を確信すると、メイシェンの対策。指示を聞いてか、呼吸を止めてくれていた、両手でしかと覆いながら。

 すいこまなければ効果はない/皮膚からの浸透はトリガーになっていないらしい。ので、そうしていれば眠らなくて済むが……、長くは続けられない。突然なこと/緊迫感で、すぐに苦しくなるだろう。

 

 息が続かなくなる―――寸前、彼女の額にそっと指をあてがった。

 

 いきなりのことで困惑される/払いのけられてしまう……と思いきや、反射的にビクリと強ばっただけ。触れるがままにさせた。

 向けられた目/表情を見ると、コチラの意図はしかと理解している様子……というよりは、信頼してくれているのだろう。たとえ眠りに落ちても()()()()()()()()()()()()、ということを。

 

 頭の回転/切り替えの良さ、というよりも、こんな状況を凌ぐ有効な対処方法を暗記していた、といったところだろうか。……ツェルニの塾であっても、『この応急処置』は鉄板のひとつなので、教えているはずだ。

 念威奏者なら武剄者よりも馴染み深いだろう。けど、この瞬間で対応できるのは素晴らしい。僕のように手痛い失敗を重ねたから、ではないだろうからより凄い。……彼女はやはり、優秀だ。

 

 

 信頼に応えるよう、彼女の意識を保護した。剄を浸透させていく―――

 触れた額を/【霊門】の剄穴を通して、精神活動で使われている微弱な剄の循環/流れ/瞬きと繋ぐ。現在の/まだ正常な回転速度を維持するため、ガスによって停滞させられてしまう前に―――

 

 

 指先を通して、彼女とつながり/意識の保護ができたと実感できて―――数秒後。

 息が止め続けられなくなった彼女が、たまらず吸ってしまったのだろう。すぐに、フラフラくらくらとして……たまらずガクンと、眠りに落ちてしまった。

 

 そのまま床に倒れてしまう寸前、背中に回した腕でやんわり、抱き支えてやった。

 

 

 

 

 ガスが充満していく。視界まで曇っていく。排気口からとめどなく噴出され続けている。……すでに視界は、真っ白に覆われていた。

 剄技のおかげで呼吸に問題はない。が、長居するのもよくはない。個室のトビラがあるだろう場所に手を伸ばし、開こうとした。

 

 けど……やっぱり、開かなかった。

 ガッチリと接着されたかのように、よりもそもそも壁なんじゃないかと思ってしまうほど、ビクともしない。トビラと柱にあるはずのわずかな隙間を指で撫でても、帰ってくるのは平板な感触、隙間のくぼみがない。

 ココは夢幻の中だと、再確認できた。外見はつい数十秒前の現実と変わっていないけど、触覚までは再現されていない。……トビラに見えるけどそこは、壁だった。

 

 ただ、疑問は残る。車窓とは事情が違う。

 夢幻は列車全体にかかっているはず。なので、車窓は現実と隔てるための【境界障壁】、現実世界からの圧迫/自浄作用に負けないよう念入りに強固なモノになっている。

 けど、個室のトビラはそうじゃない。内側に障壁をつくるメリットはない、せっかくの広さを活かせなければ力の無駄遣いだ。それに何より、固形化させればバレる/触れられる、もし傷がつけば他の障壁にまでヒビが走り、最悪夢幻全体まで壊れてしまう恐れがある。……障壁はできるだけ造らないのが、夢幻の基本設計だ。

 ただし、制約や条件をもうければ、その限りじゃない。このトビラも、その類の障壁なんだろうけど……

 

(ガスで眠らせるまでの間だけ、てところか)

 

 それなら帳尻は合う。

 剄で一定以上の負荷をかければ、夢幻の障壁は破れる。けど今回のコレには、無意味だろう。このガスの即効性なら、継続時間も必然短くなる。ブチ破る前に開放してくれるはずだ―――

 

 

 

 

 ガスの白もやが個室に充満しきってから……3分ほどだろうか。

 

 充満しきって噴出できなくなったからだろうか。ガスの供給が止まった。空気中に滞留できなくなり、徐々に床に落下していき……、晴れていった。そんな白もやなど、どこにもなかったと言うかのように、何の痕跡もない。

 ただ一つ、腕の中で眠ってしまっているメイシェンを除けば―――

 

 

 さらに5分後/合計8分弱ほど、武者であれ息を止め続けるには難しい時間。

 元の個室の空気まで晴れたのを確認すると、メイシェンを起こした。

 首筋の頚動脈付近、流した剄で血脈を操作/早めて―――、覚醒を促した。

 

 しばらく信号を送り続けると……ビクリ、微かに顔が引きつった。

 さらに信号を続けると、「うぅ……!」と小さく呻き声を上げると……うっすら、目を開けた。

 

 芒洋とコチラを見上げる、僕と目が合うと、

 

「―――…… ッ!///」

 

 瞬時に顔を真っ赤にするや、腕のなかでアタフタし始めた。

 まだ後遺症が気になるも、これだけ元気なら問題はないだろう……。支えを外し、自分で立たせた。

 

 自分で立ってみせるも……、少しフラついた。

 急に目覚めたばかりだから、とは思うけど、やはり毒の後遺症があるかもしれない。意識の方は剄でガードしたけど、全身まではできていない。

 

「どこかまだ、ダルいところはあるか?」

「だ、大丈夫ですッ! ―――」

 

 近づいて顔を覗いてみると、弱々しながらも跳ね除けるよう、急いで離れられた。

 

 そんなに嫌わなくでもいいのに……と、胸の内だけで愚痴一つ、切り替えた。

 

「……せっかく嵌め込んだのに、すぐに『戻した』。何のためにそんなことを……?」

 

 おかしな点を口に出してみると―――

 

 ―――カチリ……。

 鍵が開く音が、トビラから鳴った。

 

 思わず扉を注目/互いに目合わせると、

 

「……どうする、外に出るか? それともココで待機してる?」

 

 いちおう主人なので、選択をまかせて/尋ねてみると……、驚かれた。 

 僕がグイグイ先導するものだと、思ってたのか? ……そういう態度でいられても、仕方がない今までだったけど。

 

 改めるべきか? 判断に迷っていると……ふと、気づいた。驚きの中に、不快が垣間見えたことに。

 彼女ならありえること。もしかして、《選択肢がある》ことに驚かれていたのか? この状況で待機してるなんて、ありえないと? ……ただの推測/懸念だけど、思わず眉をひそめてしまった。

 

 とは言うものの、確かなことじゃない。……そうであると願いたい。

 『ただ驚かれた』体を装いながら、説明を続けた。

 

「引きずり込むトリガーが『トンネルに入る』ことだったのなら、『トンネルから外』に出たら夢幻もはげ落ちる。起点のこの個室でソレを待ってれば、夢幻から抜けるのは簡単だ」

 

 この個室の外に出たら、その限りじゃない、取り込まれ続けるかもしれない。トンネルを通過するタイミングを逃せば、個室に戻っても自動的に脱出/排出はなくなる。……待機し続けているのが、無難な選択肢だ。

 だけど……、悪い予感は当たるものだった。

 

「……何が起きてるのか、確認しないと。もしも何か、事故でも起きてたとしたら……、すぐに解決しないと」

 

 乗組員たちの助けを待つのではなく、自分たちの力で。最悪を想定して動くべき……。一理あるので、否定しきれない。彼女自身の危険を度外視している点を除けば。

 

 強硬に止めるべきか迷うも……、やめた。

 僕は彼女の家族でも友人でもなければ、教育係でもない。ここで争って禍根を残すよりも、願い通りにしたほうが無難だ。僕自身の目的のためにも。

 そうと決めれば、あとはスッパリ切り替えるだけだ。

 

「……時間の流れも、かなり遅くなってるな。いくら夢幻とはいえ、もう抜けてもいい頃合なのに……まだ続いてる」

「え……、あ!?」

 

 乗客を取り込んだ―――。先の催眠ガスは、夢幻の主による攻撃だとの推察。

 

 【集合夢幻】___。取り込んだ人間を強制的に眠らせることで、夢幻の補強材にする。構成素材の一つに/演算機能の増設。なので、夢幻の中では眠らせた人間たちを傷つけることができなくなる。

 メリットは幾つもあるけど、特質なのは『時間操作』。現実とは違う亜空間を作り/引きずり込める夢幻だけど、時間の流れまでは変更できない。夢幻の背骨である主/自分自身が、現実世界に属しているから、流れの速度の変更は夢幻を極端に脆弱にしてしまう……。ソレを眠らせた人間に代行させることで、強度を落とさず成立させられる。

 ただし、デメリットも当然ある。外部の人間を取り込んでしまえば、重要な操縦権も渡さざるを得ない。深く眠ったままなら問題はないけど、起きてしまえば壊される、少なくとも仕掛けたあらゆる罠が暴露されてしまう。

 

 無難な選択であった『待機』も、集合夢幻になっていたとしたら、あまり有効ではなくなる。……それとなく、彼女の決定の背中を押してみた。

 意図が伝わったのか、垣間見えていた不快感がなくなった。

 

「だとしたら……解決しないと、夢幻から出られそうにないな」

 

 行こうか……。彼女の決定に従い、列車内を探索することにした。

 

 となれば、次にやるべき釘差しは、

 

「俺が前にでて君が後方支援。ソレが基本スタンスなんだが、この状況ではそうも言ってられない。

 護身術の心得か携帯武器は……、持ち合わせてるよな?」

「は、はい! ―――」

 

 コレです―――。直刀の両刃ナイフ、というよりも巨大な金属杭、新米奏者のオーソドックスな武装/【片鈷杵】だ。

 

 念威の操作を補助・強化してくれる魔法の短剣/【法具】。【塾】での卒業免許/都市での活動許可を得た奏者が、常時装備を許可される。

 短剣の形を取ってるものの、刃引きされてるので直接他人に傷負わせるのは難しい。念威を通せばその限りじゃないけど、代わりに微光を放ってしまう、傷口にも念威の跡が残る。……暗殺には向かない代物だ。

 だけど、無いよりか十分マシ。ソレで死角からの奇襲を若干でも遅らせてくれれば、無傷を保障できる。

 

「た、【探査子】も展開しますか?」

「君の周囲と背後だけでいいよ。前は邪魔になるからやらなくていい」

 

 わかりました……。

 指示通り、けどじゃっかん不満?/心配?なためらいを見せ、法具に念威を通すと―――

 ボワンッと、刃の部分が微光した。

 

 そのまま光を保たせると、中からニョきりと二つ、中の刃と同じような微光突起が生えてきて……抜けた。

 抜けきるとフワフワ宙を漂うと、メイシェンの無言の指示だろう、彼女の周囲と背後へと飛んでいった。―――【探査子】を周囲に展開させた。

 

 【探査子】___。念威を通して繋げている、自分の感覚の分身体。

 五感全てを備えているモノを作り出すのは難しい/あまり意味もないので、視覚と聴覚だけが主。特化させることで感受範囲も上げている。周囲に展開することで感覚情報を倍増させ、死角を無くし敵の悪意と不透明な未来を明らかにする。念威奏者の十八番にして、求められている基本技術だ。

 武剄者も、【剄探糸】と呼ばれる感覚増大の剄技がある。使えば同じような効果を発揮できるも、汚染が蔓延してる外界では使えない。使ったりしたら虚獣にコチラの位置がバレる、のみならず、糸を通してクラッキングまでされる最悪がある。探査子ならその心配は激減する/虚獣の超絶感知を誤魔化せる。念威で構成されているこの夢幻空間も、基本は同じ。夢の主にバレる危険がある。

 

 準備を整えると、慎重にも素早く、先へと進んでいった。

 

 

 

 

 個室からでて、通路へ。

 しかし、そこは……ガランとしていた。静かすぎた。

 

 夢幻空間特有の肌触り/寒気……。現実なら人がいなくても人気が/残像のような気配が残っていて、かすかながらも命の温かみ/残滓を感じられる。しかし、どれだけ/同じように電灯で照らして見せても、その温かみはココにはない。肌のざわつきは止まらない。……お化け屋敷にいるみたいだ

 個室も夢幻のはずだが、ココはそれ以上に寒々しい。念威がものすごく濃い証拠だ……。どうやら集合夢幻説は、当たりのようだった。

 

 

 警戒しながら先へ、運転室があるだろう先頭車両へと進んでいった。

 接続部のトビラを抜け、前車両へと進む―――

 

 

 

 

 そこは、同じような客室車両なはずだった。

 

 しかし……、誰もいない。個室のトビラも空いていない。

 確認のため、開けようとするも……閉まったまま、ビクともしない。

 

「……客を起こして夢幻を自壊させる、て選択はできないみたいだな」

「そう……みたいですね」

 

 となれば、夢の主を倒すしかない。……一番面倒な選択肢だ。

 

 そこに至ると、嫌な懸念が沸いてきた。

 

 

 ―――乗客の中に、夢幻の創造主(ホスト)がいるのでは?

 

 

 安易に『車掌』、もしくは『乗組員の誰か』が主だと思い込んでいた。けど、そうであった場合、どこに潜んでいるのか見当がつけられない。一つ一つの個室を確かめざるを得なくなる……。時間がかかる。

 ただ幸い、乗客の中に主がいた場合、潜んでいるだろう個室は密封されてないはず。というか、夢幻の構造上不可能だ。全領域から自分で分断させてしまえば、自分の周囲の密室以外の領域に力が届かなくなり消滅する。

 さらに、眠ってもいないはず。

 主がダメージを受けて、念威のコントロールのみならず意識まで失ってしまうと、夢幻は消滅してしまう。眠ったフリすら危険だ。嘘であれ主の意思は、夢幻全域に反映されてしまう、どこかに消滅の綻びを作り出す/現実との境界障壁を薄くしてしまう。取り込んだ乗客をブーストに転用/集合夢幻にする荒業をやってしまった主、維持に集中せざるを得なくなっている状況なはずだ。

 

 探すのは面倒だけど、不可能じゃない。シラミつぶしに確かめていけば、必ず当たりに出会える。

 他にも眠らなかった乗客がいるはず。この列車に乗っているのは、ほぼ【生徒】なのだから。あまりにも突然の奇襲だったとはいえ、対処できたのが自分たちだけなはずはない。

 さらに加えるなら、そこまで危機意識と対応力が高ければ、同じような推察にも到れるはず。

 

 主は思ったよりも早く、見つけ出されるはず―――。

 そんな楽観が浮かんできた……直後、また嫌な推察が出てきた。

 

 

 ―――目が覚めてる乗客に合流できたら、僕らは……()()()()()()()()()

 

 

 同士討ちさせられる―――

 そんな最悪な考え/罠は、何の気のなしに手にかけた前車両へのトビラのノブに手をかけた直後に―――、突っ込んできた。

 

 

 トビラの先/前車両から、敵意に満ちた剄の奔流。ソレが暴力的な形に収束し―――、ぶち破ってきた。

 ず太い槍の穂先が、トビラを貫き破りながら迫ってくる―――

 

 

 

 

 ―――瞬時、半身になりながら斜め後方に緊急回避。寸前で凶器を躱した。

 同時、腰元に構えた片手に剄を収束する。

 

 手応えがなかったからかだろう。槍が手元に戻される。

 

 直刃の槍だったが、十字刃になっていたのが見えた。

 剄で刃を仮設/増設したのだろう。貫いたら返しになって、肉に食い込んでいたところだった……。ソレがひっかかって、トビラがさらにひしゃげていく―――

 

 同時/合わせて、即席の【衝剄】を放った。剣印での圧縮補助をかけず、掌底を突き出しての放射状。

 

 

 放った衝剄は、すでに半壊させられていたトビラに衝突すると、つっかえと支えの部分を―――バキンッ、完全破壊した。

 そのまま玉突きに―――、トビラを前車両へと吹き飛ばした。

 

 

 不意のカウンター。まさか壊されたトビラが、体当たり/復讐してくるなんて―――

 玉突き衝突させたトビラが、奇襲しただろう相手へと復讐を果たした。

 

 

 

 

 開け放たれた前方車両内。武器をもった二人組の男たちが、床に倒れていたのが見えた。……幸いなことに、背後に控えていた奴まで巻き添えにできた。

 

 視認と同時に、跳び込んだ。手に再び剄を収束させながら、倒れてしまっている奇襲者に向かって―――

 

 

 まず一人―――、「うぐぉッ!?」。

 下敷きにさせられたトビラを思い切り踏んで、トドメをさした。鈍い呻きが漏れた。

 

 

 さらにもう一人。踏みつけた僕を見上げて「ひぃッ!?」。

 瞬時に戦術判断を変えてきた。……相棒に挟まれた足を抜いて立つことは諦め、法具を差し向けてきた。

 メイシェンが使っているモノと似てるが、少し違う。柄頭にも刃がある【独鈷杵】だ。

 

 すでに念威が充填していた法具/独特な微光を帯びていた刃。僕に差し向けるや否やその穂先から―――、【念威弾】を撃ってきた。

 

 

 【念威弾】___。拳大の薄青色をした電光の塊。念威を圧縮させて発射した弾丸だ。武剄者における【衝剄】と同じ、基本念威術の一つ。

 ただし本質は、()()()()()()()()()()()だ。衝剄と違って、実際に/物理的に衝撃を受けることはない。触れると相手の神経や剄脈をクラッキングして、『ハンマーにでも殴られたような衝撃』を錯覚させる。体が再現してしまう。……なので、無機物には効果はなく、精神構造が違う人間以外の生物には効果は微弱。

 だけど……、それは現実空間での話、()()()()()()()()()()()()()()()()。衝剄と同じように、物理的にも無機物を破壊できる魔法の弾丸になる。

 

 

 なので―――、コチラも戦術変更した。

 

 発射された念威弾を、剄を収束させていた手で迎え/受け止めて―――、叩き飛ばした。

 真下へ/敵の相棒の顔面へと―――

 

 

 バチンッ―――、空気を入れすぎた風船が割れたような破裂音。

 だけどその威力は……、別物だった。

 

 ぶつけられた武者相棒は、鼻がひしゃげ/顔が凹んだ。盛大に鼻血を噴出させると、そのまま……気絶してしまった。

 完全に無力化……。倒れた床も、ひび割れ凹んでしまっている威力。

 

 

 

 

 戦慄/言葉を失っている相棒奏者、ガタガタ短剣を差し向けたまま呆然としている。……だが、それも数秒のことだろう。

 状況を受けいられる寸前、一足跳びにて相手の懐まで近づくいた。

 そして―――ガシりッ、法具ごと手を掴んだ。

 

 

 いきなり握られ/拘束された自分の手……。払いのけられる前、さらにグンッと引き寄せた。引っ張られ前のめりになる、その無防備な顔面へ―――掌底を叩き込んだ。

 

 

 バゴンッ―――と、鈍い音が弾けた。

 無防備で受けてしまった/カウンターにもなった攻撃に、奏者は思い切り頭を仰け反らされた。……肉よりも骨の硬い感触が手のひらに反射してくる。

 

 手を引き寄せる/残心すると、奏者の頭も引き寄せられて……フラフラ、首の定まりがつかずにさせていると……ガクリ、気絶してしまった。

 全身も脱力してしまい、その場にうつ伏せていった。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 遭遇した二人を無力化/周囲の安全を確保する。……他に敵はいない。

 振り返ると、メイシェンに尋ねてみた。

 

「―――コイツらの顔に、見覚えあるか?」

 

 フルフル―――。顔を思い切り横に振られた。……どうしてか、怖がられているように見える。

 

 いちおうの確認だったけど、やはりだった。

 となると、

 

「こっちの顔を確かめないで、いきなりの奇襲だった。それもかなり致命的な……。

 夢の主(ホスト)じゃないが、協力者(サポーター)なのは間違いないな」

 

 思わずニヤリと、笑みがこぼれた。……時間がかかると思っていたけど、何とも幸先が良い。

 

「で、でも……二人共、新入生用の制服を着てます。協力者(サポーター)だとしたら、どうして……?」

 

 メイシェンの指摘/冷静さに、驚かされた。……奏者ならありえることだけど、どうしてか彼女だと意外にみえてしまう。

 

 新入生用の服か……。恥ずかしながらそこまで調べてこなったので、彼女を信じるしかない。もしもそうだったとしたら、

 

「……服は用意できたが、検問を通れるとは限らない。疑われず学園に潜入するには、本物の新入生と成り代わる必要がある。この夢幻は、その背乗りを完成させるために行われたものだった……か?」

 

 口に出して筋を通してみるも……、どうもしっくりこない。

 独り言風だったけど、答えてくれた。

 

「……そもそも、新入生として合格すれば良かっただけ……、じゃないですか?」

「……そうだな。

 合格もできないのに潜入するなんて、無謀すぎる。よほど準備期間が無かったか、速攻で終わらせられる目標だったか……」

 

 あるいは囮か……。本命はすでに内部に侵入している。あるいは、別の角度から攻め入る。

 

 ……やっぱり、しっくりこない。

 どうも何か、ズレてる気がする。僕自身に由来する何かが原因で、真相にたどり着けなくなってる―――

 

「―――あ、その法具は!」

「ん? ……コレがどうかしたか?」

 

 敵奏者から奪い取っていた法具。武剄者の僕じゃ使えないけど、つい持ったままにしていた。

 何か気づいたようなので、見せてみた。

 

「それ、【独鈷杵】です! まだ正式に生徒じゃないと、入学を終えてないと帯剣は許可されないものです!」

 

 許可されてるのは、コレだけです……。自分の【片鈷杵】を見せた。

 

 なんと、そんな規則があったのか……。基礎調査不足だ、帝都/海洋界の常識ではありえないツェルニならではの常識。短期決戦でカタをつけるつもりでいたのが、また裏目に出てしまった。

 胸の内で自戒すると、続きを拝聴した。

 

「それでも、帯剣しちゃう人は中にはいるんですが……、学園の検問でそんなことする人は、いないはずです」

 

 例外はある……。スラム出身の彼女らしい経験談だ。規則があるからと、強力な法具を使わないなどありえない。

 だけど、学園の検問は別。生徒が生活の場にする/都市の中枢部でもあるソコが、厳重じゃないはずがない。規則違反の罰則は、無視できるものじゃない。

 

 ズレていた何かが、正しくハマったような感覚/納得がした。

 僕は誰もが/正体不明の実力者たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、思い込んでいた。僕自身がそうであるように、この都市/ツェルニの存続など考慮に値しないと考えられる埒外者だと……。

 剥がれ出そうになるソレを隠すため、ニヤリと笑みをむけた。

 

「コイツらの正体、というかこの夢幻の正体も……見えてきたな。

 ところで、コレから情報抜き出すことは、できたりする」

 

 奪った独鈷杵から……。あるいは、こっちのアームダイト/剄器から。

 

 もう一つ奪っていた剄器/敵武者の槍___。【武装展開】したまま気絶してくれたのは、実にラッキーだった。

 法具は使えないけど、剄器なら利用できる。スラムで揃えた武器はあるものの、手の内はできるだけ晒したくない。全方位から監視できてしまう夢幻の/敵地の中なら、なおのことだ。

 

「……すいません。私、そういう探査系(サーチ)は苦手で……。たぶん、プロテクトは外せないです」

「いや、いちおうの確認だけだ。その手の機密情報は、この夢幻の主が保護してくれてるだろうしな」

 

 法具や剄器には、所有者の個人情報が詰まってる。どんな癖があるか/使用履歴やら、念威の質や剄脈の流れ方などナド。残しておきたくなくても、ダイトをよりよく使いこなすためには必要不可欠な情報だ。……だから、奪われないようにするのが、一人前の常識だ。

 味方(だろう主)がつくった夢幻の中だからと、油断したのかもしれない、手元から離れたら強制圧縮/携帯化を施さなかったのは。……奪われても構わないからだろう。

 

 コレ以上考えても、真相は見いだせない……。あとは、ノビてる彼らから、直接聞き出すだけだ。

 

「それにしても……、起きないものだな

 奏者のコイツはともかく、武者のソイツがその程度でノビ続けるなんて―――」

 

 幾らなんでも軟弱すぎる……。せっかく気づかないフリまでしたのに、気絶したままなんて―――

 

(―――いや、待てよッ!? )

 

 まさか―――。

 嫌な予感に、急いで敵の顔を覗き込んだ。

 

 

 …………最悪だ。

 油断していたのは、僕の方だったらしい。

 

「……どうしたんですか?」

「やられたよ。……【強制退去(リンクアウト)】されてた」

 

 【強制退去】___。夢幻の主(ホスト)協力者(サポーター)に与えられてる権限の一つ、何時でも何処から/何度でも夢幻に入場/退場できる。ただし、予め教えられた一定の規則を無視すれば、夢幻の中を自由に動き回れる/サポーター権限をもった仮の体(アバター)を脱ぎ捨てることになる。……例え再入場しても、僕ら(ゲスト)と同じ立場だ。

 利点として、行動不能にさせられた身体/アバターから解放される。拷問やら尋問を防ぐことができる。……目の前の『コレ』は、もう空っぽのアバターでしかない。

 

 

 思わずも、ため息が漏れた。……相手にしてやられた。みすみす逃げられてしまった。

 すぐに切り替える。

 尋問ができないなら、せめてこの残ったアバターに何か証拠でも―――

 

 ゴソゴソと、もう動かないアバターをまさぐる/丹念に探っていると―――、見つけた。

 服の内ポケットの中から、ソレを取り出してみると、

 

「……鍵、ですか?」

「ああ。問題は『何の?』だ」

 

 古い金属鍵……。今時は、ほぼ電子錠かカードキーになってるはずなのに、古風すぎる代物。

 ただし、ココ/この夢幻列車では、現役ではある。……使える場所を、何処かで見かけた。

 

 近くの密閉されてる個室につかってみようと、したけど……そもそも鍵穴がなかった。施錠しないタイプのスライド扉。

 周囲を見渡しても/通り道を思い返しても、鍵が必要な扉はなかった。―――車外への乗降扉以外は。

 

(コレで本当に、終わりか……?)

 

 夢幻の境界/乗降口の扉の鍵だ。それも、サポーターが持っていたモノ。奪うか倒すかしなければ手に入れられない。……コレが『テスト』だとしたら、まさに合格の印だ。

 でも、簡単すぎるような気がした。僕にとってサポーター達は与し易い相手だった、というのもあるけど、ここまで大げさに舞台を整えたにしては短すぎる。せっかくの集合夢幻を生かしきっていない。

 もう一つ本命/最後の課題が、この先にあるかもしれない……。

 

「……どっちにする?」

「へ? ……なんのことですか?」

「このまま先頭車両まで進むか。それとも、コレを使って外に出てみるか」

 

 当初の目的と、新しく生じた脇道。

 『サポーターから鍵を奪取する』、という課題が明確に示されていたわけではなかった。偶然の発見。突然の催眠ガスを回避した後、ゲスト達が自然に辿る目的地は、車掌たちがいる(はずの)先頭車両なはず。鍵の先の道は、脇道だ。

 ただし、自然な流れゆえに罠、という可能性もある。道すがら、サポーター達は必ず奇襲してきたはず。倒さず逃げ続けることが正解だった、とは思えない。

 

「俺としては、コレを試したい。けど、君の安全を考えると止めるべきだ、とも。だから……、君に任せる」

 

 少し無責任だけど、仮とは言えの主従関係。丸投げすることにした。……ココで考えても/今ある情報だけでは、正解を導けそうにない。

 

 いきなりの責任に、困惑色を浮かべられるも……一瞬だけ。

 すぐに飲み込んで見せると、自分なりに考えを巡らせ―――、尋ね返してきた。

 

「……どうして、()試したいんですか?」

 

 先頭車両に行ってからでも、遅くはない……。もう脅威は消えただろうなので、なおのこと。

 思わず眉が動いた。的確に僕の不自然を見抜いてきた……。でも用意はしていたので、説明を返した。

 

「『今』にこだわってるわけじゃない。決められてる一本径からあえて外れられる道、てのに興味がある。もしかしたら、このまま先に進んでも()()()()()()()なんじゃないか、とな」

 

 あるいは、引っ掛けるための罠か……。だからまず/今、試してからでも遅くはない。

 僕の懸念に、今度は彼女の方が「あ!」と目を丸くした。……理解が早くて助かる。

 

 再び熟考。選択肢に向き直ると、

 

「……もしも、この夢幻の主の目的が、私たち()()()()()()()()だったとしたら……、どういうルートで自分の下にたどり着いて欲しい、でしょうか?」

 

 尋ねるような独り言。答えを確認するようなモノだ。

 

 彼女の中ではもう、答えは決まったらしい……。ならば、言うべきことは一つだけだ。

 

「……それでいいのか?」

「は、はい……。危険は承知してます」

 

 鍵を使う―――。車外に出てみる。

 

 そうと決まれば、乗降扉の前まで進んでいった。

 

 

「それじゃ、開けるぞ―――」

 

 鍵穴に差し込み……カチリ、回し外した。……確かにこの扉の鍵だった。

 

 取っ手の凹みに指を掛けると、力を込めた。

 個室の扉とは違う感触、現実の扉のままな確かな重みにそのまま―――ガラガラ、スライドさせた。

 

 

 直後、吹き込んできた強風/走行音を、一身に浴びた。

 

 

 列車の走行風―――。夢幻特有の生気の無さもあって、忘れかけていた。今自分たちがいる場所が、列車の内部だったことに。走行中に乗降扉を開ければ、こんな風と騒音が吹き込んでくることも。

 ただ同時に、確かめることもできた。まだ夢幻の中にいることに、乗降口は、夢幻の境界ではなかったことを。

 そして、

 

「―――なるほど。この夢幻の本当の境界は、トンネルの方だったんだな」

 

 扉の先、走行中で流れて見えてしまうトンネルの壁……。のはずだけど、違っていた。

 視覚上では現実通りに再現されている。けど、剄を循環させている目から見える光景は、違って見えた。―――黒く暗い壁面に、()()()()()()()()()()()()()()が、いくつもの長い線を引いて/緩くも波打っているのが見えていた。

 夢幻と現実の淡いに発生する【夢幻蝶】が、トンネルの壁面に大量発生していたから。

 

 同じく、髪を押さえながら覗き込んできたメイシェンが、

 

「上から、いけそうですね」

「そうだな。

 先に登って確認してくる」

「い、いえ! 探査子を使います―――」

 

 浮遊させていた一つに指示、先行させた。

 走行風に吹き飛ばされないようカチカチと、壁面に張り付きながら屋根の上へと登っていいった。

 

 

 

 

 上にたどり着いた頃合、探査子から送られてくる周辺情報を確認して、

 

「……大丈夫、みたいです」

「それじゃ、先に行く―――」

「あ!? ま、待ってください!

 何かがみえ――― ッ!?」

 

 突然な『何か』を追いかけ、注視させた。

 そこには―――

 

「ひッ!? な、ま……【魔獣】!?」

 

 予想を超えた単語/危険に、思わず耳を疑った。

 

 さすがにソレは……。僕も確認できるよう、感覚共有をしてもらった。

 探査子が見ている光景が、視界に映し出される―――

 

 

 

 二つ先の前方車両の奥。

 ソコにいたのは―――、巨大なクモの怪物だった。

 

 

 

 大の大人二人分はある巨体。クモによく似た外見をしているも、先がノコギリ刃な足は全部で12本、暗闇の中でも目立つ真っ赤な複眼も4対/8。黒々とした金属質な甲殻の上、鮮血色に輝いている細線が幾十本も走り巡っている。

 明らかに、通常の生物ではありえない凶悪さ。ギリギリと歯ぎしりのような音を鳴らしながら、何かを探している様子、複眼もキョロキョロと動かしているのが見えた。まるで、この場にいてはいけない『異物』に、警戒しているかのように……。

 

 一通り見ると、メイシェンの戦慄も共有できた。……ただ一つを除いて。

 

「【魔獣】……じゃないな。コイツはおそらく、【魔性】の方だろう」

 

 【魔獣】と【魔性】___。現実世界でも実体化できるのが前者で、後者は夢幻の中でしか具現化できない。

 といっても、存在確立させるのは魔獣にとって高負担で、一時的なら魔性でも実体化できるモノがいる。明確に区分することは難しい。

 ただ、このクモを魔性認定したのは、今のココは複合夢幻の中だからだ。念威は濃厚で、時間の流れも操作されてる。こんな歪曲が強い亜空間への侵入は、実体化を犠牲にした魔性しかできない。

 

「……ど、どうして魔性まで?」

 

 魔性に見えるけど、主が念威でつくった被造物/【繰念体】だった。よくできた代物……と言いたいけど、長年の戦闘経験と直感が、迸らせてる殺意の重さが否と答えていた。

 アレは魔性だ。つまり、不測の事態だ。この夢幻に/都市の内部に()()()()()()()()()()証拠。

 

 都市の危機だ―――。

 魔性をこのまま放置すれば、いずれこの夢幻を侵食しきる。力をつけ主の奏者まで取り込み【魔獣】にでもなってしまったら、現実世界にも出現する。ほぼ侵入不可能な都市外壁を無視、ノーリスク/ノーダメージで都市内に出現できる。市民である奏者をコアに/実存の楔にするので、都市の免疫機能がほぼ働かない……。内側から喰われる。

 

 とてつもなくヤバい状況。けど/だからこそ、冷静に観察した。……恐怖を棚上げにする心理技術は、骨身に染みついている。

 

「探査子は、見えてるはずだが……、ハッキリと識別できてないてところか」

「……も、もしかしたら、動きに反応してるのかもです。

 このまま止めてれば、やり過ごせるのかも―――て、あれ?」

 

 メイシェンが異変を感知したらしい。

 共有しているとはいえ、リアルタイムではなく/コンマ数秒遅れた過去映像で、彼女の認識フィルターによる曇りもある。探査子からの生の情報を受け取れる彼女にしか、見えないものがある。

 

「どうした?」

「わかりません……。いきなり転身して、どこかに――― ッ!?」

 

 メイシェンの顔が、戦慄で固まった。

 共有してもらいたいが……、今はそれどころではないのだろう。

 

「……何が見えた?」

「ひ、人が……襲われてます!」

 

 悲鳴じみた説明、動転しそうになっている。……予想できていたことなので、冷静でいられた。

 

「新入生の一人?」

「え? あ……は、はい! そうみたいです。

 あの人は―――、リサさんの友達の一人です!」

 

 次に出てきた情報には、さすがに驚かされた。……まさか、ココでこんな偶然が起きるなんて。

 

「一人で戦ってる? それとも従者がいるか?」

「……一人、みたいです。

 まだなんとか、堪えてます。けど、足場の悪さと魔性の動きへの対応に手こずってるみたいで―――、あぁッ!?」

 

 思わずか、手で口を抑えていた。……悲鳴をあげそうになるのを。

 

 現場/屋根上の戦況は見えない。口ぶりから、リサさんの友達は致命傷をうけてしまったのかもしれない。……なんとももどかしい限りだ。

 けど―――、メイシェンが次に何をしでかすかは、確信できた。

 

 

「―――動かすな!」

 

 

 寸前、怒鳴るようにして止めた。

 効あってかビクリッと、動かそうとした手を強ばらせた。念威を込めて、()()()()()()を送ろうとしたその手を。

 

「え? ……あ!

 で、でも―――」

「助ける義理はない」

 

 それに、死にはしない……。コレが『テスト』なら、致命傷を受けても/例え生命活動が停止しても、全て夢幻の中のことで済ませられる。現実の彼女の身体に反映されないようにしてくれるはず。少しは伝染してしまうだろうけど、失敗の報いだ。

 なら、『何の問題もない』。メイシェンと仲も悪い/障害になるだろう彼女がココで消えるのは、願ったりでもある。手を汚す必要もない、ただ見過ごせばいいだけなのだから……

 しかし―――、向けてきた彼女の顔/瞳は、訴えていた。『そんな卑劣なこと、冗談じゃない!』

 

 善意の怒りを秘めた彼女と、悪意の打算で冷めてる僕。

 互いに無言でにらみ合う。意地と意地の張り合い―――

 

 

 ……先に折れたのは、僕の方だった。

 

 小さく、だけど深くため息をつくと、

 

 

「君はココにいてくれ。アイツとは、俺一人で戦う」

 

 

 せめてもの妥協案を、押し付けた。

 

 ソレが意味することに一拍、唖然とさせられていた。

 けどすぐに悟ると、慌てて、

 

「で、でしたら! せめて探査子だけでも、貼り付けさせてください!」

「やめたほうがいい。【装剄】も使うから、壊すだけになる」

 

 僕の剄を浴びてしまえば、探査子を壊してしまう恐れがある。

 相手は魔性だ、傍から見ても強敵なのがわかる、【活剄】だけでどうにかできる相手じゃないのが。

 

 ……と、突っぱね切っても良かったけど、メイシェンの表情は納得してくれそうに見えなかった。何かしら力になりたいと、ただ黙って待ってるのだけは受け入れられないと。

 

「……俺が戦ってる間に、襲われるかもしれない。持て余してるじゃないのなら、自分の身を守るために使ってくれ」

「……で、でも―――」

 

「『どちらか一方でも脱落したら減点』。……そんな気はしないか?」

 

 

 食い下がろうとする彼女にニヤリと、不敵な笑みを返すや、断ち切るようにして―――列車の外壁へ飛び出た。

 外ハシゴを掴み、屋根へと飛び移っていく―――

 

 

 

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

思いのほか長くなったので、前後編に分けました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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入門 後

 

 叩きつけてくる暴風に、体が吹き飛ばされそうによろめいた。

 足腰に力/剄を集中させ、振りとされないよう屋根を踏みしめる。加えて、体周囲の剄脈=剄絡へと剄を流し/循環させ【装剄】を発生させた。剄でつくった透明な鎧が、暴風を弾く/和らげる。直立に問題ないようにした。

 

 屋根に飛び出して着地してから、2秒あまり、準備完了。

 しかし、高濃度の剄を感知したからだろう。魔性クモは、追い詰めていた女性生徒/リサ友への追撃を止め、コチラに目を向けてきた。……9つある複眼のうちの4つほどだ。

 僕を新たな『敵』と認識した。

 

 

 新しい敵の登場に、クモが戦術を練り直しているだろう数瞬。

 まず先、追い詰めていた敵を始末することを決めた。女性生徒をその鋭い爪先で踏み貫く―――前に、動いた。

 

 持ってきた/奪った槍型のダイトを、肩に背負い込むように片手で構えた。瞬時に/強く剄をながしこみ循環させ―――、剄技へと昇華。

 一本刃だったのが、再び十字刃へと展開。さらに高速回転が加わり、ジジジと空気を焦がす異音/バチバチとした電光を放つ突撃槍へと変化した。

 

 全身の力を込めに溜めて、槍へ穂先へと収束/圧縮/爆発寸前にさせきると―――ゴゥンッ、投擲した。

 十字突撃槍を一直線、クモへと投槍した―――

 

 

 超高速で飛来する槍に、クモの巨躯は一切の反応ができなかった……。

 宙に残光の尾をひきながら、貫き飛んだ投槍はそのままクモの腹部を―――、穿ち抉った。

 

 

『びッ…、びギギャァァァーーー――― 』

 

 

 毒々しい紫の体液と、苦悶の絶叫が撒き散らしながら、仰け反り暴れまわる。

 拍子に、屋根から一部足が外れた。さらに体勢まで崩れてよろめいていく―――

 

 

 

 致命の一撃を免れたリサさんのお供女は、引きつった表情/思わずか目をつぶってその時が来るのに強ばっていた。けど……、浴びせられた体液に目を覚まされた。

 激痛で悶え暴れていた魔性グモ。けど、それを圧倒する憤怒を沸き上がらせる。

 真っ赤に輝く全ての複眼を、傷を負わせてきた相手/復讐すべき僕に向けて―――

 

 体勢を整え直す/屋根に足を突き刺すよう踏ん張り直すと、その巨大にして凶暴な顎を―――「キシャァッ」と裂けるほどに開いた。

 何か/反撃される。その直感のままに―――、駆けた。

 

 クモの真正面に向かって一直線。

 さらに、踏みしめていた前足の柵を抜けて、懐へ。反撃できない内側へ入り込んだ。

 クモの死角に滑り込んだ―――

 

 

 見失った一瞬/見つけられるまでの間隙。

 獣の本能と超感覚ゆえだろうか、その複眼はそれでも/すぐに僕を捕捉してきた。

 

 そして反射行動、開けた顎も僕に向ける/喰いちぎろうとする―――

 けどソレは、コチラも読んでいた。それこそが狙いだ。

 

 顎を/顔を無理に向けることで、首元にわずかな無防備が生じた。硬い甲殻の隙間、ねじり開けた関節部から除く柔らかな肉……

 すかさず/一直線にそこへ、剄で強化した手刀を突き込んだ―――

 

 

 手刀は過たず/抵抗も少なく、クモの首筋/関節部を貫いた。

 

 

 手首まで、柔らかい肉の感触に締め付けられるや、【衝剄】を放った。

 首肉の内部で炸裂する衝剄。肉も筋もその強烈な内圧に耐え切れず―――、爆裂した。

 

 

 細肉と脳漿/大量の紫の体液が、あたり一面に爆散する―――

 

 

 クモの頭部は爆断し、大量の吐瀉物を噴出させる。

 

 腕を残った首無し胴体から引き抜くや、支えを失ってグラグラ揺れて……ドタンッ、横倒れてた。

 不幸にも、すぐ傍にいたリサ友は頭から吐瀉物を丸かぶりしてしまい……。全身が紫色にズブ濡れになっていた。

 

 

 

 

 残心……。完全に動かなくなるまで、警戒の睨み。

 人外の獣である魔性であっても、ある程度は現実物理法則が無視される夢幻領域内でも、断頭したら動かなくなる。爆砕したのなら再生など不可能だ。

 頭部を失った胴体は、それでもピクピク蠢いていた。けど、徐々に動きは鈍く小さくなっていくと……、完全に止まった。

 

 完全静止すると……パキンッ、ガラスが割れたような破砕音がソレから鳴った。

 そして直後、胴体部が淡い光の粒子を瞬かせ/霧散していき―――、消滅した。

 屋根に撒き散らされた体液も、腕にコベリ付いたモノも同じく、蒸散するように消え去っていった。

 

 

 全てを見届けるとようやく、安息を漏らした。

 肩の力も抜くと、まだ腰を抜かしたままのリサ友……は無視して/スタスタ、クモに投げ刺した十字槍を拾いにいった。

 

 拾い握り直して……、違和感に目が曇る。

 

(……いや、コレが正常な反応だろう)

 

 十字槍の損傷。魔性に触れるのみならず、貫いたことで強烈な念威を浴びてしまった当然の結果。……耐念威のコーディングがされてない、都市内戦闘用である証拠。

 表面はほぼ代わり映えは無いけど、内部機構の演算処理部分/コアのダメージが大きい。コレでは、剄を流して強化するのは難しい。どころか、戦闘の打ち合いによる衝撃だけで緊急安全装置が作動/【強制携帯化】してしまうかもしれない。

 

 見た目は鋼鉄の槍だけど、木の棒よりも脆い代物。他人の武器/【起動鍵語】は不明なので、一度携帯化したらそのままだ。……もう武器としては使えない。

 ほぼお荷物。なので、そのまま車外に捨ててしまおうとすると、

 

「―――ちょ、ちょっとそこのアナタ!? 

 いい加減、『大丈夫か?』の一つぐらい声かけしてくれても、いいんじゃないの#!」

 

 憤懣と喚くリサお供に、止められた。

 そうも喚かれたので向かい直すと、

 

「……………………大丈夫か?」

「遅ッ! そして、なんで嫌々なのよッ!?」

 

 本音を見事に読まれた。……たぶん、表情にも出てしまったのだろう。

 ただコレで、義務は果たした。

 そのまま横切って、メイシェンの元へ帰ろう/呼びに行こうとすると、

 

「ちょッ!? ちょ、ま……、待ちなさいよ#!」

 

 ……また呼び止められた。

 

「…………まだ何か?」

「うッ! ……み、見てわかるでしょ?

 目の前で、レディが困ってるのよ? つい先に、あんな怪物に襲われて殺されそうになって……」

 

 チラチラと/恥ずかしそうにも、それとなく何かを伝えようとしてきた。

 何を言いたいのか、分かりそうだけど……、考えること自体が億劫になっていた。

 やはり無視して/ため息も一つ、横切ろうとすると、

 

「ちょ!? ま―――、くッ!

 ……て、手を貸してく……くれないかしら#!」

 

 怒鳴るように、懇願してきた。

 とても必死だったので、また振り返ると、

 

「……なぜ?」

「そ、それは……。

 こ、腰が……抜けてしまったからよ#!」

 

 立てないのッ―――。ようやく、抱えていた問題が明らかになった。……恥ずかしがるわけだ。

 

 

 さすがにもう、見て見ぬフリはできなくなった。

 けどため息一つ、手を差し出した。オズオズと、伸ばしてくる相手の手を掴みあげようとした―――寸前、

 

 

 

『―――レ、レイとんダメェ!!』

 

 

 

 機械音声化されたメイシェンの声が、背後から呼び止めてきた。

 

 はからずもピクリと、手を止めた。自称レディも止まった……。

 いや、()()()()()()

 目の前に見えた彼女から、恥ずかしながらも敵対従者に手を貸してもらおうとしている貴族小娘、ではありえない邪気が、現れていた。

 さらに/即座に一瞥してみると、差し出していない方の片手が、背中の腰元に回されていた。そこからギラリと、鋭い光を反射する『何か』が垣間見える。今にもソレを抜き出そうと、腕に力がこもっている―――

 

 ソレを見抜いたのを、察知されたのだろう。自称レディの表情が、さらに剥がれ堕ちた。瞳は暗く黒く、鋭くも落ち着きすぎる様相に転変する―――

 瞬時、同時に動き出した。

 

 

 

 即座に背後へ飛び退いた。

 させじと、握っていたモノをシュンッと、横薙ぎに突き刺してくる―――

 

 

 

 交錯は紙一重。

 黒女の奇襲に、手の皮が浅く切られた。……躱しきったはずだけど、傷は付いてしまっている。 

 

 緊張と疑念に息を飲まされていると、女の方も「チッ!」と舌打ちを漏らしていた。

 けどそれも、一拍の内で切り捨てる。

 

 女の凶器は、両刃の短剣。刃身は特徴的な鋭角三角形になっている。……近距離戦では優位だ。

 片や僕の手にあるのは、壊れかけの十字短槍だ。剄を流していないので一本短槍とでも呼ぶモノ。……こんな近距離では、小回りが利かなくて使えない。

 そんな僕の不利を見て取ったからか、女はさらなる追撃に踏み込んできた。

 体当たり気味に、逆手に握り直した短剣を胸溜めに両手で力を集中、僕を刺し潰そうしてきた―――

 

 

 反撃の間すら与えない、完璧な追撃タイミングだった。踏み込みの強さも、何より決断力も。

 僕にできるのはもう、刺される前提、ギリギリ致命傷を外すだけだ。そして、自分の身体/負傷を囮にして、女の勝ち誇っただろう横っ面に強烈なカウンターをお見舞いしてやることだった。……猛烈な激痛は棚上げにしながら。

 即座に切り替え、でも女には悟られないよう胸の内だけで、即席で組み上げた逆転の計算式をなぞろうとした―――

 

 

 けど―――バタンッ! 「ふぎゃっ!?」

 

 突然、女が目の前で()()()

 受身も取れず、顔面を思い切り地面にぶつけながら……転倒した。

 

 

 

 

 一連の唐突に、僕も思わず、カウンターしようと振り上げていた片腕をそのままに……放けてしまった。

 最大限の警戒を払いながら、豹変女を見下ろすも……、やはりだった。女はただコケただけだった。

 

 うつ伏せに/無防備を晒しているコケた女を一瞥してみると、原因がわかった。

 どうやら、踏み込んで体当たりしようとした時、スカートの裾を踏んづけてしまったらしい。

 腰抜けの演技からの奇襲なので、仕方がない事故と言えばそうなるけど、

 

(……締まらない終わりだな)

 

 女が起き上がる前に、首筋の【命門】を点穴した。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 コケ女の手足も針金で縛り上げ、完全拘束。ついでに短剣も没収した。

 

 手に取って改めて確認すると、チンクエデアだったことがわかった。

 何処かの都市の暗殺者達が好んで使ってる短剣。刃身が手刀に酷似してることから、切先を延長/拡大する【硬剄】との相性が抜群に優れてる。……紙一重で躱したのに切られたのは、そのせいだったらしい。

 さらに調べると、刀身に【化練剄】による剄毒が仕込まれているのも判明。切られると侵食、即死な猛毒ではないだろうけど、麻痺させて体の動きを鈍らせる劇毒ではあるはず。……延長させた剄刃に乗せられないのは、不幸中の幸いだった。

 コチラは十字槍とちがってまだまだ使える。まだ敵が潜んでいるかもしれないので、そのまま拝借させてもらうことにした。

 

 

 改めて十字槍を車外にポイ捨てすると、傍らで待っていてくれたメイシェンに/主人同様にオロオロと不安げな探査子に感謝を告げた。

 

「……どうしてこの女が敵だと、わかったんだ?」

『え? あ……はい!

 前の車両内を走査してみたら、【ナターシャ】さんが倒れているのが見えたんです。それで……』

 

 コケ女≠ナターシャ―――。教えてもらうと、失念していたことに気づかされた。

 

 

 夢幻の住人は、簡単に外見を変えられる。

 

 

 ホストは言うに及ばず、サポーターにもその『変身能力』が付与されている。……使えるかどうかは、ホストの力量とサポーターの技量による。

 ゲストに変身することは、基本は夢幻を壊す元凶になる。ので忌避されることだけど、倒して夢に取り込んだのなら構わない。ゲストの精神情報等も入ってくるので、演じるの/騙すのも簡単になる。

 とても基本的な注意事項/外見だけで人を判断するな。失念していたのは……、かなり恥ずかしいことだ。遭遇状況からも気づけてしかるべきことだ、油断しすぎていた。

 

「―――ありがとう。よく気づいてくれたな」

『へ……は、はい!

 こ、こちらこそです。レイとんが前衛をしてくれたから、できたことですから――』

「あ! そういえば、その名前……。なんでだ?」

 

 どうして『レイとん』? ……。よりにもよって、どうしてそんな間が抜けた呼び名で?

 

『……す、スイマセン!

 夢幻の中で本名をそのまま呼ぶのは、危険だと思って、別の呼び名を考えて出てきたのが……ソレだったんです』

 

 ご不快なら、別のものに変えます……。

 

 なるほど、そういうことだったのか。

 確かに、本名が知られることは危険だ。『探査系』に強い奏者が相手だった場合、そこを端緒に弱点まで引っ張り上げてくる。この夢幻の主である奏者が、そうであるとは……勘だけど可能性は薄い。けど、警戒するに越したことはない。

 ただ、『レイとん』はない。呼ばれるのも、返事をするのも辛い。……彼女のネーミングセンスを疑わざるを得ない。

 かと言って、全面肯定してしまうと、またややこしい話になってしまう。……僕も彼女に、別の呼び名を使わざるを得なくなる、そんな仲良しな関係じゃないのに。

 

「…………気遣いは、ありがたくもらっておくよ」

 

 なので、こんな曖昧な返事しかできなかった。……たぶん、苦笑いもしていたはず。

 

 

 メイシェンを屋根に引き上げよう―――。彼女がいる乗降口の上まで向かった。

 屋根伝いに進めば、先頭車両まで一直線だ。また敵が立ちふさがってくるかもしれないけど、『正しい道』の確かさを証明もしてくれる。先にあれだけの障害が出てきた以上、この屋根ルートが答えになるはずだ。

 

 上部にたどり着くと、舞い上がってしまう髪を押さえながら覗き上げている彼女へ、しゃがんで手を伸ばした。引っ張りあげようとする―――

 

 

 寸前、いきなり視界が開けた。

 

 

 密閉された硬いトンネル壁だったそこが、柵状に変わった。

 その柵の向こう/隣車線に、()()()()()()()()()()()が見えた。

 

 そう、あるはずがない……。視界に映っているそれら全てが、淡い薄紫色の光のフィルターで覆われていたから、『現実ではない』と教えてくれたから。

 夢幻の中であるココでは逆、()()()()()()()を表している―――

 

「―――なるほど、こうやって現実との整合性をとってるわけだな」

 

 並走しているもう一つの幽霊列車=現実に走行している列車。……僕らが今乗っているコレこそが夢幻列車。

 進路の先へと目を向けると、トンネル出口手前に分岐点が見えた。そこで現実の列車と交差して―――合流する。

 この夢幻列車から、ゲスト達を現実に帰す。そして夢幻列車はそのまま、トンネルの中をさまよい続ける……。ただのおとぎ話/噂話へ、【都市伝説化】することで強度を維持する。

 

 

 引っ張り上げようとしたが、止めた。もう幾分もなく、この夢幻は終幕する。……危惧していたような『集団拉致事件』には、ならずに済む。

 となると、後は分岐点を待つだけだが、

 

(……外に出てると、どうなるんだ?)

 

 現実でも、屋根の上なのかもしれない……。夢幻から解放してくれるだろうけど、個室に戻してくれるまでは……わからない。

 もしそうなってしまうと……、悪目立ちしすぎる。そのまますぐ駅に着いてしまったら、晒し者になってしまう。

 

 車内に入って待つか―――。急いで乗降口へと降りていった。

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

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呼出 前

 

 無事に夢幻列車を乗り越えると、学園の駅にたどり着いた。

 停車しホームに降り立つと、ほかの乗客/生徒たちの顔を一望してみた。……誰があの夢幻に気づけたか、そうでないか。

 

 観察結果は―――、『そう多くはない』。

 トンネルの通過時間と、ソレを限りなく延長した夢幻の中での体感時間。今持っている/スラムのジャンク屋で手に入れたあり合わせの外部情報端末は、残念ながら夢幻内の情報は記録できる機能はない。ので、曖昧な体感に頼るしかない。……ソレを見越しても、数えられるほどしか見抜けなかった。

 また、『夢幻に気づけたこと』と『目を覚まし続けられた』かでも違う。取り込まれても『覚えてる』生徒たちも。けど、その区別がつけれたかは……微妙だ。

 ただ、僕らと同じ/覚醒し続けられた生徒達は、おおよそながら判別できた。

 

 

「―――アナタ達は、あちらのバスに乗って下さい」

 

 

 誘導係だろう女性に、落ち着いてるもキビキビとした雰囲気から先輩生徒だろうか、分けられたからだ。

 弾かれるいわれはないけど、前例から察しはついていた。気が強そうな/落ち着いた雰囲気の生徒たちも、ゴネらずに従っているところを見るに、『彼らも同じ』だろうと。

 指示されたとおり、指定されたバスへと向かった。

 

 中に乗り込むと、そこには―――、あまり再会したくない相手がいた。

 

 僕ら二人が目に入ると、意外そうに目を丸くし……すぐに険しくなった。

 そして―――

 

「―――ねぇ、そこのアナタ。どうして彼女がココにいるのかしら?」

 

 高慢ちき女/リサベータが、臆面もなく/わざとなほど皆に聞こえる声で、バスに乗り込んでいた誘導係だろう女性生徒に尋ねてきた。

 

「……『選別』を乗り越えたからです。ココにいるアナタ達と同じように」

「本当に?」

 

 真っ向から疑われ、誘導係は眉をひそめた。

 

「……ゴメンあそばせ。少し意外だったもので、つい疑ってしまいました」

 

 いちおうの謝罪をするも、承服していないのは明らかだった。

 さらに誘導係は、そこに『侮辱』を感じたのだろう、

 

「彼女の評価は、アナタよりも上でしたが?」

「「ッ!?」」

 

 すかさず、仕返しとばかりに漏らした裏事情は、他の生徒たちの瞠目まで引き寄せた。

 

 急な注目の的に、隣のメイシェンはビクリと怯えた表情を浮かべた。僕の方も、悪目立ちさせられたことに眉をひそめる。……ただ同時、思いがけない情報を幾つも得られた幸運は、確かだ。

 リサベータの反応、そして周りの狼狽ぶりからも、どうやら僕らの評価はかなり上位にあるのだと。

 

「……選考基準を教えて欲しいものですわ、是非とも」

「申し訳ありませんが、一般生徒には教えることはできません。【生徒会役員】のみの極秘事項です」

「つまり、アナタは知っているのね?」

 

 すかさず断言してきたリサベータは、同時、誘導係へ眼圧を強めた。

 その視線と言葉に、不穏な『力』まで乗せながら―――

 

「―――今ココで、私に『術』をかけるのならば、アナタは式典には出られなくなりますよ?」

 

 周囲が息を飲んだ最中、ソレを牽制/払いのけるように、誘導係が鋭く警告してきた。

 

 念威術/【魔眼】___。合わせた視線を通して念威をぶつけることで、相手を意のままにコントロールする術。かなり難度の高い術の一つで、奏者の血筋が関係してるとも言われてる特殊な術。

 ただ、一目見ただけで完璧なデグ人形に変えるほどの暴力は、虚獣にしかできない。一時的な金縛りすら高度。相手が武剄者なら、よほどの隙を突かない限り無効化されてしまう、最悪跳ね返される。コレ以外の術の方が欲しい結果をもたらしやすいので、こだわる必要もない。

 なので実際の使いどころは、『自白の誘導』といった尋問用の暗示。自分との間にある『精神的な防壁』を無いものと麻痺させることで、隠していた/そうしている秘密を話させる。コチラからの質問に、嘘偽りなく答えさせる。

 

 すぐに返された忠告/無効化された事実にリサベータは、焦ることなく力を/証拠を霧散させてしまうと、

 

「……まさか! ただお尋ねしただけですわ。そんな野蛮なマネなど、私がするわけないじゃないですか、先輩」

 

 満面の微笑みで、先輩への敬意を払うようにして、あからさまな嘘をついてきた。

 つかれた先輩は、とても不愉快そうに、けど垣間見せるだけの自制心をもって、顔を険しく睨みつけた。

 

 

 ふたたび流れる剣呑な空気……。間の空気がバチバチ爆ぜてるかのよう。僕らが問題の中心なはずなのに、なおざりにされてしまっている。

 いい加減、着席させてもらいたい……。はやくこの居た堪れない状況から一抜けしたい。

 誰もが/どちらも引きどころを見極めようとしていると、

 

「―――彼らが最後だ……て、どうした?」

 

 僕らの後ろからもう一組、合格者を連れてきた誘導係の男性生徒の戸惑い。

 ソレが水を差す形になると、

 

「……いえ、何でもないわ」

 

 女誘導係から、にらみ合いを止めてくれた。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 無事に?着席できると、バスが発進した。

 

 『選別』に合格した新入生たちをのせた特別バス……。とは言ってるが、座席の座り心地が良いわけでもない。乗客が少ないので広々と使えるも、他の新入生達に用意されたバスとあまり変わらない。加えて、バス内の空気もどこか張り詰めていて、見知らぬ他乗客と歓談を楽しむ気にはなれない。

 とは言うものの、そもそもお喋り好きではないので、コチラの方が気が楽だ。もっと言えば、もう少しピリピリと殺気立ってくれていた方が、わかりやすくて逆に心休まる。……どういう態度で接すればいいのかわからない状況というのが、一番堪える。

 

 

「―――アンタら、奴ら相手にどこまで粘れたんだい?」

 

 

 なので、この手のタイプの奴との腹の探り合いは、そう嫌いじゃない。

 ヘラヘラとした笑顔、な表情を貼り付けたような選別男子生徒①が、隣の座席から身を乗り出しながら尋ねてきた。

 

 無視してメイシェンに任せようと、従者らしく黙然としていようかと思った。けど……、急に話しかけられたことでか、ビクついてしまっていた。

 この張り詰めたバス内空気か、先の一触即発な一件か、彼女のキャパシティはかなり限界だったらしい。

 仕方がないので、『アンタら』と含まれてるのも思い出したので、前に出ることにした。

 

「……『奴ら』とは?」

「トボけなくてもいいぜ。ココにいる奴らは全員、知ってることだからな、たぶん」

 

 さりげなくな煽りを含んだ説明、だったけど、誰も表情を変えることなどせずモクモクと黙しているのみ。……ただし、耳だけはちゃんと傍だてているのは、わかった。

 

「お前たちはどうなんだ?」

「俺らかい? 俺らは制限時間まで、なんとか逃げ回っただけだよ」

 

 自嘲気味にそう言ってくるも、恥や衒いといった後ろめたさが見え無かった。……本当のことかどうかは、保留だ。

 

「……俺たちもそんなところだ」

「ソイツは嘘だね。あの高飛車なお姫様達よりも、『評価が上』なんだしな」

 

 女誘導係先輩のリーク情報……。思った以上に、飛び火してしまってる。

 

 さっとバス内に注意を向けた。どう答えるべきか、どこまで喋るべきか考える。

 隣のメイシェンを見ると……、動揺しているのがわかった。日常仕様のオドオドとは違う、急にスポットライトを当てられた困惑ぶり。こんな悪目立ち望んでないのに……。

 決めた。返答は、肩をすくめながら、

 

「なら、逃げ回り方がよかったんだろう。選考基準によく合致した、華麗な立ち回りだった」

「ハハッ! 自分でそう言っちまうかね」

 

 アンタ面白い人だね……。愉快そうに/気軽にそうおだててくるも、目だけは変わらない。むしろ、より浮き上がって見えてくる。

 わざと試したのか……。油断ならない奴。そう警戒を強めようとすると、

 

「―――俺は【ステンシル】。こっちは相棒の武者の【プルート】だ」

「おい!」

 

 いきなり自己紹介をすると、となり相棒/短髪大柄な武者らしい武者がたまらずか注意してきた。

 

「いいだろ? どうせ後でやることなんだ。これから同じ【小隊】の仲間として、親睦を深めるのは、さ」

「しょ、小隊に……入れるんですか?」

 

 思わずか、メイシェンが驚きをはさんできた。

 

 【小隊】=学園のエリート特殊部隊。

 侵入してきた魔獣との戦い/【都市間戦争】の際に、矢面に立って/生徒たちを指揮しながら戦う軍人たち。都市を可動させるための重要機関/部署の運営も任されていて、いわゆる『上級市民』と言ってもいい特権階級。

 入隊するためにはまず、生徒として学園で功績を上げて、『入隊試験』に合格する。次に各小隊の三軍の【候補生】として『仮入隊』し、実績と実力をつける。そして、功績をあげ現小隊員の推薦を得られれば、二軍の予備/補助部隊の【士官生】として『正式入隊』できる。さらに、部隊長に認められるか一軍に欠番がでれば、一軍の【幹部生】になれる。

 小隊人数は限られているので、必然狭き門。義務もあるけど特権も多いので、生徒なら誰でも目指さざるを得ない超高倍率。その小隊員に一回生を、しかも入学したての新入生を採用するのは、暴挙に近い驚き。……メイシェンが仰天してしまうのも、わかるというもの。

 

「そうさ。絶対に、てわけじゃないだろうけど、かなり高い確率で勧誘されるはずだ。しかも三軍の候補生じゃなくて、いきなり二軍の士官生参加でだぜ!」

 

 狭き門をすっ飛ばして、いきなり舞台に上げてもらえる。そんな分かりやすい高揚感を顔に出すも、やはりどこかが冷めているのが分かった。……なにか裏事情があるらしい。

 

「……事情通らしいな。どうやって知ったんだ?」

「うちの兄貴達からだよ。毎年、式典に向かう新入生を乗せた列車で、今後の学園生活を決める『ちょっとしたオリエンテーション』が行われる、てさ」

 

 ちょっとしたオリエンテーション……にしては、少しばかりやり過ぎだったはず。魔性まで引っ張り出してくるとなると、都市に重大な危険を及ぼしかねないのに、新入生に対処を任せてしまうとは……。

 

「ココにいる皆は、だいたい知ってたんじゃないかな? ……アンタらを除いて」

 

 また煽るように言うと、今度は幾人かが反応を示したのが見えた。……それは同時に、僕らに対する注目にも。

 あえてソコには触れず/逸らすように、尋ね返した。

 

「知ってたから、対応できた?」

「まぁな。呑気なピクニック気分じゃなかったから、てのはデカいよ」

「カンニング、てやつじゃないのか?」

「おいおい、そんな生易しいテストじゃなかっただろう? 

 それに、コネと賄賂だけで生徒になるような貴族様たちを排除するために、あんなことしたんだろうしな」

 

 

「―――ねぇ、いい加減黙ってくれない?」

 

 

 もっとお喋りしてもらおうとした矢先、水を差されてしまった。

 二つほど後ろの座席に座っていた、メイシェンのかつての友人、険しいけど童顔なツインテール。確か……ミィちゃん

 

「なんだい? 話に混じりたいなら、いつでも歓迎するよ」

「静かにして」

 

 愛想は欠片もなく切り捨ててくるも、どこ吹く風と、

 

「あいにく俺は、和気あいあいとした方が好きなんだ、こんな重苦しい静かな空気よりもな」

 

 ニコリと笑みを返した。

 

 険しげな無表情と強引な笑顔……。どちらも引かずにバチバチと、またバス内空気を悪くする。

 今回は前回のような偶然は望めない。ので、長引けば誘導係が介入/調停してくるはず。そうなってしまうと、もう大っぴらにお喋り=情報収集できない。のは、少々マズいことになる。

 どう切り出すか……。考えていると代わりに、

 

「―――わ、私もあんまり、おしゃべりは……得意じゃないです」

 

 メイシェンが水を差してくれた。……ただし、逆効果になってしまうような言葉。

 緊張が取れ/互いの注意が外されると、ステンシルは一瞬だけ目を丸くしていた。けど、すぐにニヤリと笑うや、

 

「そうだったなぁ。得意じゃないなら、仕方がないよなぁ。

 無理に誘って悪かったね♪」

「私はッ、―――チッ!」

 

 乗せられたことに気づかされ、舌打ちを漏らした。

 ミィちゃんはそれでも怒気は収まらないも、抑え込んでそのまま、もう我関せずとばかりに無視してきた。

 ステンシルの方も、邪魔者がいなくなってスッキリとばかりに無かったことにすると、それまで無視していたメイシェンに目を向けた。そして僕を見返して、何かを閃くと、

 

「アンタ、見たところ……彼女の従者かい?」

「……だとしたら?」

 

 言い当てられたことに警戒、するまでもなく/する風は装って返した。

 

「そう警戒してくれるな。ちょっと不思議に思っただけだよ。アンタほどの実力なら、従者なんてやらずに生徒になれるはずなのにな、てさ」

 

 相棒のプルートのように……。そう付け足して、たぶん相棒の株を少しだけでも上げてやろうとも。

 

 武剄者の生徒___。当然ながらいるが、念威奏者に比べると入学試験は難しい。このツェルニ/学園では、他の都市もその傾向があるように/常に戦乱の中にある帝都みたいな例外は除き、奏者を優先的に生徒にしている。

 武者の方が数はあるも、奏者の方が希少。武者は都市防衛の要になるも、奏者なら都市防衛を限りなく不必要にしてくれる。虚獣と同じ念威を扱えるので、敵意を逸らせる。そして何より、武者は修練と機会に恵まれれば誰でもなれるが、奏者は望んでもなれない。

 なので【従者制度】。生徒にならずとも、生徒になった奏者の護衛として、武者を入学させたも同然の制度がある。わざわざ入試するよりも、従者を選ぶ武者たちが多い。……『中途編入試験』も存在し、従者をしながら生徒になるチャンスまである。

 

「事情があってそうした。お前には関係ない事情でな」

「……そう嫌わんでくれよ。ちょいと好奇心が強いだけだよ、仲良くやろうぜ」

「生憎と、人付き合いは苦手なんだ。特にお喋りな奴とはな」

 

 今度はすげなく/かなり強引気味に断った。……この話題を続けてしまうと、少なからず僕の裏事情を話さざるえを得なくなる。

 

「……ハァ。取り付く島なしか。

 わかったよ、もうこの煩い口は閉じる! ただ……、名前だけでも聞かせてくれないかねぇ」

「後で直ぐにわかるだろう。事情通のアンタなら、すぐに」

 

 そうバッサリ断るや、それとなく顔まで逸らした。もう話しかけてくるな、と。

 その意を察してくれたのか/取っ掛りを見い出せなかったか、ステンシルは「やれやれ」と肩をすくめながら、今度こそ口を閉じた。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 バスが発進してからしばらく。皆がようやく、独特な空気になれ始めた頃合い。

 誘導係の先輩たちが立ち上がると、乗客一人ひとりに小さな封筒を配ってきた。……生徒だけかと思いきや、僕にもくれた、おそらく他にいるだろう従者たちにも。

 

 もらってすぐ、透かして中身を見ようとするも……見えない素材。裏地が黒色なのかもしれない。ただ、触った感触はわかる、硬いが平べったいカードみたいなものが……おそらく2枚ほど。

 封を切って確かめようとすると、閉じられてる紙口に【封印】の符呪が描かれ/込められているのがわかった。無視して破ってしまえるほど脆弱そうな符呪だけど/ゆえに、手を止めさせられた。……正しい手順を踏まなければ、中身を破損するタイプかもしれない。

 おそらく乗客誰もがソレに気づき、誘導係の出方を待っていると、

 

「―――先ほどお配りした封筒の中には、学園が保有している【虚獣夢界(ダンジョン)】の【第二級通行パス】と、これから所属してもらう小隊への【ゲスト用認証パス】が入ってます」

 

 皆に説明しながら、自分でももっていた封筒からソレらを取り出し、見せてきた。

 すると直後、手の中にあった封筒から、符呪が消えていくのがわかった。正確には、込められていた力が霧散していくのが。……どうやら、コレで大丈夫らしい。

 封を切って中身を取り出すと、そこには……誘導係と同じようなカードが二枚あった。

 

「認証パスは、式典終了後には使用可能な状態になります。が、通行パスの方は、明日の正午からとなります。どちらも無くさないよう、くれぐれもご注意ください」

 

 二枚のカードを見比べてみると、確かな分かりやすい違いがわかった。どちらも、錬金鋼(セレニウム)から変質させた薄い/折り曲げられるほどの擬似金属板だけど、中に組み込まれてる電子チップは別物。何より、表面に描かれている文字やら模様が違う。

 帝都の場合と違う、こういった入場制限がなかったので少し驚いた。……遺体処理/できれば葬儀費用さえ担保として払えば、誰でも入れる仕組みだったから。

 

「質問! 

 所属する小隊は、変更できるんですか?」

「可能です。が、変更後の小隊での待遇は、保証できません」

「どうして勝手に決めたの?」

 

 二人の生徒、別々の席に座っていた男女がそれぞれ、皆の疑問を代弁してくれた。

 

「……生徒会による戦略的判断です。次の【都市間戦争】で、かならず勝利するために」

 

 【都市間戦争】―――。その単語が彼女らから出てきたのに、驚かされた。周りをサッと見渡してみても、『気を引き締める』ことはあっても、『意表を突かれた』ようには見受けられないことにも。

 すでに創生鋼(セルニウム)の採掘権が無いツェルニに、『次』があるはずもないのに……。ここにいる誰も、隣のメイシェンでさえも、その次に備えている/意気込んでまでいる異常事態。

 

(やはり、現状を知らされてないのか……?)

 

 だとしたら、致命的過ぎる偽装だ。こんな未来有望な若者たちまで騙しきる。愚かさが極まって、逆に恐れ入る。ツェルニの執政官たちは、よほど凄まじい念威奏者を抱えている、あるいは夢幻を構築し浸透させることができた―――

 ハタと、思い出した/繋がった。……確かに、ココには使い手がいる。

 

(……だとしても、嘘はいずれバレる。暴動でも起きたら、ココは地獄になるのに……)

 

 最悪、全てが虚獣に飲み込まれ/作り替えられ/使役されての【廃都】へ。さらには、魑魅魍魎/死霊魔性/怪物魔獣たちが跋扈する【魔都】へと変貌し―――新しい虚獣が誕生してしまう。……ただ、そんな最低最悪に陥る前に、帝都か有力都市のどこか/合意の上での連帯でか、決戦兵器である【天剣】たちを派遣するはず。

 どちらにしても地獄だ。あまりにも市民たちの生命を/未来を無視している。……そう評価せざるを得ない、愚鈍な執政官たちだ。

 

 

 ……と、墓荒らしである罪悪感が、いささかは慰められていると、

 

「言い忘れましたが、認証パスの効果は明日の午後5時までとなっております。それまでに正式使用のパスと交換しなければ、『所属意思無し』とみなし無効とさせてもらいます」

 

 一日あまりで決断しろというのは、短いのか長いのか……。自分の将来あるいは家族子孫にまで関係してくる選択、なので少々短過ぎると言ってもいいだろう。おそらく、全ての小隊を/可能性を見て回っている時間は無いはず。正しい判断などできようがない。

 身に余る贈り物ではある、けど強引だ。……受け取る以外の選択肢を、限りなく潰している。

 

「……質問が無いようなら、以上になります。

 それでは、式典をお楽しみください―――」

 

 そんな締めくくりに合わせるように、バスは到着した。……窓を見ると、先に出発していたバスも同じく停車していた。

 

 

 

 乗降口が開き、乗客たちは各々降りていった。

 タイミングと座席の都合上、もあるけど別に、一通りココにいる乗客たちの顔を知っておきたい意図。早々に降りようとしたメイシェンを窓側に座らせていたので、不自然じゃない形で押さえれた。

 

 全員を見送り/顔と特徴を確認した。……気づかれると厄介なので、それ以上の探査は今後だ。

 最後のひと組が通り過ぎると、ようやく立ち上がりバスから降りようとした、

 

「―――できれば今日中に、返却した方が身の為ですよ?」

 

 その寸前、急に女誘導係が忠告してきた。

 

 ……何のことだ? 

 口には出さず視線を合わせるだけで答えると、ピクリと不快そうに眉が動いたのが見えた。

 

「持ち主の不注意もありますので、『停学』とまではいきません。が、『厳重勧告』はします。……今後の良好な学園生活のためにも、返却することをオススメします」

 

 軽い脅しに、ようやく合点がいった。……夢幻で没収した、この短剣のことか。

 現在は腰元の剣帯に収まっている短剣。携帯化できないので目立ってしまうも、そもそも仕様として鞘幅を調整できる剣帯を装着してる、短剣もギリギリ納刀することができた。

 

 返却してもよかったが、せっかく手に入れた武器。僕を殺そうとした相手の持ち物だ、わざわざ無事に返してやるいわれもない。

 それに彼女を見ると……ふと、良い考えが浮かんできた。ニヤリと不敵に笑いかけると、

 

「先の選別とやらば、合法なのか? 公にしていいものなのか?」

「…………いいえ」

 

 言いがたそうにも答えてくれた。……意外な素直さだ。

 先の一件もある。どこかしら/何かしらに対して誠実さを持っている先輩だろう。用意していた返答の中、その誠実さに相応しいものを返した。

 

「本人が訪ねてくれたら返すよ。なにせ、顔も名前も分かっていないからな」

 

 後ろ手でヒラヒラ、そう拒否すると、バスから降りた。……後ろからメイシェンが、謝りたさそうに/けど何も言わずオロオロとついてくる。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 バスから降りてしばらく、他の生徒たちの人流れについていきながら、入学式典が開催される【大講堂】へと向かった。

 そんな、綺麗に舗装されてる石畳の上を共に/無言ながらも歩いていると、

 

「―――あの……、返さなくてよかったんですか?」

 

 オズオズとメイシェンが、尋ねてきた。

 問われたことでか、浮かんできたことを聞き返してみた。

 

「……彼女が、『あの女』だった?」

「え? ……あ。

 スイマセン、そこまではわかりませんけど……お友達、なのかもしれないですし」

 

 そうだとは思う……。けど、そうとも限らない。だから、『赤の他人』だと切り捨てた。彼女も強行には追求できないので、あそこで終わりだった。

 『お友達』だった場合、不興を買うことになる。けど、そもそも初対面同士だ。印象に残す方が重要、良いか悪いかは後でどうにでもなる。なぜなら、

 

「アイツは、どういう形かまではわからないが、君を嫌ってるあの高飛車なお嬢様の友達を襲った。あの高慢に傷をつけれる相手……。ぜひ、()()()()()()()()()と思わないか?」

 

 味方は多いに越したことはない……。もう対決を避けられないなら、なおさらだ。できる準備は早めに揃えるべし。

 そんな含めた意図を察してくれたのだろう、合点がいった表情を浮かべていた。ただすぐに、

 

「……逆効果に、なるじゃないですか?」

「表向きは、な。でも、()()()()()でもあるだろ?」

 

 ソレが偽装になる……。相手が知らぬうちは、大っぴらには手が出せない状況を装えば、隅っこで手を結ぶのを見逃すしかない。

 これから手を結ぶ相手次第だけど、分からないようなら話はこれまで。手を結ぶ価値は、あまり大きくない。

 

 こんな算段が嫌いなのか、何も返さず/頷くこともせず、ただ少し俯き気味なメイシェン。

 その無言を『合意』と勝手に決めつけると、

 

「それっぽい相手が接触してきたら、すぐに連絡してくれ。どれだけ難癖つけられても、一人で交渉の場には行かないでくれよ」

 

 そう言うや、彼女から/人流れからも離れようとした。大講堂へは入らず、脇道へ向かおうとした。

 

「ど、どちらに行くんですか?」

「式典会場に従者は必要ないからな、君を即応でカバーできる範囲で、ブラブラしてるよ―――」

 

 会場で事が起きることは……、まぁありえないだろう。もう列車でやったことだし。厳粛な祝いの儀式に、トラブルはもちろんサプライズもお呼びじゃないはず。

 

 心許なくオロオロしてしまってる彼女をそのまま/後ろ手に、人ごみから離れていった。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 大講堂から離れ、脇道を進み歩くと―――、整備された庭園の遊歩道まで。

 周囲の人気が無いのを確認すると、まとっていた緊張を少しだけ外した。

 

 ブラブラと、それでいながらも地形を足で確認/記憶しながら、周辺探索・散歩―――

 

(―――さてと、これで学園に侵入できたは、いいけど……)

 

 これからが問題。まだまだ課題は山積みだ……。考えなければいけないこと、準備しておかなくてはならないこと諸々、新生活への期待の弾みより重みの方が多い気がして、ため息がこぼれそうになった。

 そこでふと……、気づかされた。

 

(…………入れ込み過ぎ、か?)

 

 どうせ裏切るのに、どうしてここまでする必要が……。もう、切り捨てても問題ないはず。ここまで無事に侵入できたら、あとはどうとでもなる。どうなろうが押し切れる暴力が、僕にはあるはず。

 なのに、その意思だけがない。……いや、さすがにそこまでではないが、確実に弱くなっていた。

 

 マズい事態か……?

 自問してみた。今からでも奮起して、『正道』に戻るべきか?

 

(……いいや、まだだ。

 あの奏者を見つけるには、ココで探るのが一番の近道だ)

 

 目処がついたら、すぐにでも? ―――。返す答えを、『弱気』と断じてくる。さらには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()では? とも。

 

 ……確かにそうだ。否定しきれない。今の僕には、信じれるものがあまりにも少ない、この身体すら偽物なのだから。ただこの意志/目的だけが本物。ソレを貫かないなど、話にもならない―――

 でも……、()()()()()だ。

 

「……取り戻してからだ。確実に、元に戻ってからだ」

 

 あの念威奏者なら、それでも用心は足りないかもしれない……。ボソリとも、あえて言葉に出してみると、迷いが少しだけ晴れたような気がした。

 実力は未知数、【天剣授受者】に比肩するかもしれない【魔人級】。攻めて来るならいざ知らず、逃げられたら捕まえられない、身体を取り戻せなければ共倒れしかない。いま爆走してしまえば、こちらの体力が尽きてしまう。相手の思うツボだろう。

 

(それに、彼女は優秀な奏者だ。正体をさぐるためには必要な人材だ)

 

 足でまといにならないことは、さきの夢幻列車でもわかった、むしろ助けになるほどだ。……探索では、また別かもしれないけど。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 うつらうつら当てどなく、自問自答を繰り返しながら、歩き続けた。

 

 決心は固まったようで、まだ迷っている。もう決まっていたと思ってたのに、まだ決まってなかった。選択の余地があることに気づく。

 不透明な今、偽物の自分、全てを裏切っているような罪悪感……。何もかも疑わないといけないけど、どこかで信じきってるものがある。ソレが何なのか、どうしても言葉にできない。してもいけないような気がして、迷う/フラフラだ。それでも怖さより、期待感がある。こんな複雑な色々ひっくるめて、どうにか解決できるだろう、と。

 たとえ全部がダメになっても、夢だけは見続けられる。ソレすらできなくなったら、この生命をオシマイにすればいいだけ……。深刻になりきれない、自分勝手で投げやりで、無責任だ。

 

(……僕は本当は、楽観的な人間なのかもしれない?)

 

 どうにも信じがたい/信じたくない……事実らしい。自称相棒/クラリーベルには、決して知られたくないことだ。

 そんな嫌な自分像を浮き彫りにしてしまっていると、

 

 

「―――そこからは、立ち入り禁止ですよ」

 

 

 背後から突然、声をかけられた。

 

 聞いたことのない少女の声。小さい声音なはずなのに、よく聞こえている。背後からの奇襲なはずなのに、なぜか害意を感じなかった……。どこかで、聞いたことがあった?

 とは言うものの、突然だったことには驚かされた。気づけなかった不注意/自罰の害意に背筋が強ばる。

 とそんな戸惑いは隠しながら、振り返ると、

 

「そこの壁に貼ってある【禁足】の符呪が見えませんか? アナタが今立ってる場所から、あと3mほど先にある地面の赤い線を越えたら、発動してしまいます」

 

 腰まである長い銀髪の美少女が、無表情ながらも忠告してきた。

 

 

 ―――…… 。

 

 

 その完璧な/人形じみた美形に、二重の驚き……。彼女が暗殺者だったら、今ので間違いなくトドメを刺されていた。

 それでもなんとか、衝撃から我を取り戻すと、

 

「……何か、隠したいことでもあるんですか?」

 

 強がりであることはバレバレな質問返しで、心の平行を取り戻そうとした。

 

「いいえ。ただその先に、ちょっとした【瘴気の澱】が発生しているんです。入学式典で忙しかったこともあって、浄化が間に合わなかったんです」

 

 だから、今は立ち入り禁止にしてる……。すぐ折れそうなほど細く麗白な指が示した先には、先述の壁に貼ってある【禁足】。そのさらに奥には、視界に入っただけで不快な気分を掻き立てる『黒い澱』。……ただおかげで、一気に平静に戻れた。

 

 【瘴気の澱】___。都市内に不定期に現れてしまう、持ち主不在の念威の凝り。あるいは、都市そのものの垢のような老廃物だとも。

 虚獣の触手たる魔性の夢幻域、とは違う。けど、市民から見た現象としては同じだ。放っておけば、ドンドン大きく強くなってしまい、中で強力な魔性を生み出し育てる。さらに放置し続ければ、近くの物・生物すらも飲み込んでしまう、都市を蝕み続ける。……都市のガン細胞とも言っていい、悪性腫瘍だ。

 今そこに発生している澱は、周辺を領域内に引きずり込もうとする段階/『赤』までは成長していない。近づいて触れなければ害のない/むしろ影に逃げようともする、魔性を懐胎している段階/未成熟な『黄』だった。

 

 危険なモノだけど、まだ部外者の僕が迂闊に触っていいものでもない。……澱はすぐに解消すべき腫瘍だけど、同時に『宝箱』でもあるから。

 澱の中の夢幻域には、危険な魔性が潜んでいるものの、錬金鋼も手に入る。まだ誰の色にも染まっていない/どんな設計図も組み込める無色の錬金鋼。あるいはもっと/微小ながらも、創生鋼さえも手に入る。現実に/都市に持ち帰れば、名誉だけでなくカネにもなる。……都市の片隅に住んでる武剄者/浪人/裏社会の用心棒たちにとって、生活費を稼ぐ真っ当な手段の一つだ。

 それは、この学園でも同じはず。ココではカネはあまり必要ないだろうけど、代わりに評価がある。『赤』ならともかく『黄』ならば、他人のナワバリを勝手に荒らしたと難癖つけられてしまう。

 

「よろしければ……、『浄化』を手伝ってもらってもいいですか?」

「……俺に、ですか?」

「他に誰がいますか?」

 

 それなのに目の前の美少女は、何のためらいも見せずに誘ってきた。

 

 思わず唖然としてしまうも、すぐ「コレは何か裏がある」との疑いがわいてきた。彼女に対しての警戒を強める。

 

「初対面の、散歩中の一般人相手に言う誘い文句じゃ、ないと思いますが?」

「アナタは武者でしょ? 立ち振る舞いを観察してたので、わかります、かなりデキる人だと」

 

 また思わずも、息を飲まされた。……どのくらい観察されていたんだ?

 急いで思い返してみるも……、思い当たれる節はなかった。

 自省が過ぎて不注意になっていたのは、否めない。けど、それでもだ。背後から見知らぬ人間に追尾されているのに気づけないほど、間抜けでもない。【剄探糸】はちゃんと展開していた。

 ()()()()、今まで掻い潜ってみせた/反応させなかった。……彼女もかなり、デキる人だ。

 

「……観察されてたのを気づけないような間抜けに、背中を預けられるんですか?」

「はい、アナタなら」

 

 事も無げに/どんな根拠があってか、全面肯定してきた。

 

 またまた唖然とさせられてしまうと、またまた閃くものがあった。……前から知っていた?

 つまり、追尾はただの確認。僕の情報はすでに収集済みだった。

 つまり―――、彼女は『関係者』だ。あの夢幻列車を仕掛けた側の人間。

 そしてさらに、その外見や纏っている空気感からも、彼女は武者ではなく奏者だと分かる。……仕掛けたどころか、あの夢幻を構築あるいは管理していたかもしれない奏者。

 つまり……、『デキる人』どころじゃない、『ヤバい人』だった。

 

 なので、答えは一択。……さっさと離れるに限る。

 

「……アナタなら一人で、外からでも浄化できると思いますが?」

「できます。でも、今は中からやりたいんです」

 

 アナタと一緒に……。真っ直ぐ過ぎる返答/強引さに、どうしようもなくされた。もうコチラも、『突っぱねる』しか選択肢がない……。

 初対面の、ヤバいとは言え美少女にソレを断行する……。そんな、健康な男児としては真っ当なためらいに、差し込むように、

 

「手間は取らせませんし、することもないでしょう。……その間、主人の身に何か危険が起きることも」

 

 さらりと、わざとらしさを感じさせない無機質さで告げられた事実に、確信にいたれた。彼女はやはり、関係者だったと。……代わりにもう、断る選択肢はなくなったけど。

 

 

 

 大きなため息一つ……。わざとも見せたけど、何の痛痒も感じてないご様子。

 そんなあまりの梨の礫に、むしろ吹っ切れた。すると一つ、「外見どおり中身も人形じみてるな」と思えるようになれた。

 

 も一つ、胸の内でパンッと頬を叩き、気合を入れなおした。

 切り替えると、

 

「―――中に潜んでるやつは、解析済みですか?」

「はい、【荒蜘蛛】の魔性が一匹です。まだ変態二回目の、成体なりたての個体です」

 

 まだ【魔眼】は使えなければ、【毒粘糸】の拘束力/毒性も弱い……。それでも【荒蜘蛛】/かの夢幻列車で遭遇した魔性の種族名と同じ。こんな都市上層内部/清浄度の高い都市部の、ソレも学園で自然発生するような魔性じゃない。

 そこまで分かってるのなら……。どうして一人で浄化しない? そんな愚痴がまた出そうになるも、正体を知られている以上は仕方がない/やるしかない。

 

「それでは、【穿開】します。準備はよろしいですね?」

「……いつでも良いですよ―――」

 

 ため息混じり/もうどうとでもなれと、剣帯から武器を抜き出した。……さきの夢幻列車で没収した、チンクエデア/手刀を模した短剣。

 同時、剄を流して/循環させて手に馴染ませた。すぐにも使えるよう/戦闘準備をしていると、

 

「その武器でよろしいのですか?」

「この武器だとよろしくないんですか?」

「……いいえ。アナタがそれでよければ、問題ないです」

 

 若干こちらの皮肉が効いたのか、ムスリとしかめっ面をさせることができた。

 ほんの少しだけ溜飲を下げることができると、

 

「…それでは、開きます―――」

 

 宣言と同時に、片手を剣印/ジャンケンのチョキの形にしながら、まっすぐ澱に差し向けた。

 チョキ、からの手の平を上に捻ってのグー、からの少し握りためて……パー。

 

 すると―――ボワンッ!と、澱が弾き広がった。

 人が一人入れるぐらいの楕円形までに、入口ができあがってしまった。

 

 

 

 詠唱なしの手印だけでの、穿開……。思わず唖然としてしまった。本当に、一人で外からでも潰せる=【圧壊】できる実力。

 

 お先にどうぞ―――。ヤバい美少女奏者が勧めてきた。

 奏者は後衛、武者の自分が前衛。……セオリーだけど、なんだか納得しきれない。

 

 大きくため息をつきながらも、また切り替え/油断大敵。

 開かれた異界の穴の中へと、踏み進んでいった―――

 

 

 ―――

 ……

 

 

 瘴気の澱の中―――。

 

 夢幻の中と同じ、言い知れぬ圧迫感と孤独を突きつけてくるような寒気が蔓延してる異空間、『よそ者』だと常に/全方位から警戒されているような村八分感。けど、創造主は別。ソレらの不快要素に加えて、人間に対する殺意が加味されている。

 それを端的に表しているのが―――、この赤黒い異界だ。

 

 夕暮れ時、とは違う、逢魔が時。闇の世界の触手に侵食されてる最中のような、血と臓物をイメージさせてくる不気味な色合いだ。

 加えて地面/壁/天上の材質も、現実のものとはかけ離れている。大理石に似た巨大なブロックが、幾つもピッタリと組み合わさっている、上下左右無関係に。真下も真上も地平線の先までも……、似たような光景が永遠と続いている。

 と言いながらも、自分が今立っているこの場所/地面だけは、現実と同じような重力方向になっている、目測で半径20メートル範囲のココだけは。

 

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■■!!』

 

 

 

 侵入して早々、脳みそまで掻き乱すような獣叫びの歓迎……。最高だ。大歓迎じゃないか!

 

 僕が侵入して数拍、ヤバ少女も侵入してきた。……この異界の不快さに、顔色一つも変えずの涼やかさで。

 実に頼りがいがある……と、言いたいけど、それは仲間だった場合だけだ。まだ赤の他人/初対面、よりもひどい最有力容疑者みたいな彼女だ。退路を絶たれてしまったような不安しかない。

 

「こういう魔性、ココでは頻繁に出現したりするんですか?」

「いいえ、このレベルのは稀です。

 先刻、かなり無茶な夢幻空間を展開したことが、関係してると考えられます」

 

 ……なるほど、そういうことか。

 夢幻列車で呼び寄せた魔性が、時間切れとともに夢幻が閉じてしまい/乗客も現実に強制送還され、所在無げになってしまった。眠らせた乗客達でブーストした夢幻でもあるので、元々は乗っ取るにも狭すぎる/脆弱すぎる、自分を維持してくれるだけの力が無い。なので、現実に弾き出された。でも魔性なので、身体を維持しきれず……霧散してしまう。そんな消滅の危機の中、どうにかしてたどり着いたのが、この澱だろう。

 実にご苦労な迷惑だ。悪運が強いこの魔性もだけど、こんなアクシデント/後始末を放置してしまう仕掛け人たちが特に。

 

「それでは、存分に暴れてください」

 

 そう応援?をするや、先と同じ「お先にどうぞ」と観客の立場へ。

 

「……助けてくれないんですか?」

「後詰めはしっかりやりますよ。断末魔で、仲間を呼ばれないようにも」

 

 つまり……ギリギリまで助けない。

 人形じみた無表情は、冷徹さを隠す仮面だったのかもしれない。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■!!』

 

 しびれを切らせたのか、巨大蜘蛛/【荒蜘蛛】が襲いかかってきた。

 そのノコギリ刃のような前足の一つを、大きく振り上げては―――、突き潰してくる。

 

 

 バックステップ―――よりも、前に踏み込んだ。蜘蛛の足の内側/懐に入り込む。

 ただし、ギリギリ過ぎたのだろう。背中に余波が襲いかかる。空振りで地面を砕いた際の礫を浴びる。

 

 短剣を盾にしながら、半身に。余波を利用してさらに懐奥へと侵入する。……衝撃の余波に全身を撫でられるも、すでに発現していた【活剄】と【装剄】で防いでいる。

 

 

 一気に無防備な懐まで侵入してしまうと、体を捻る。ながら、短剣を力強く―――ブゥンッ、横薙ぎした。

 剄で強化/硬度を高め、さらに短剣そのものに組み込まれてる【硬剄】で片手剣ほどに延長された刃。じゃっかんの反発感があるも、強引に押し切りきりキリ―――、薙ぎきった。

 

 

 蜘蛛の腹に、紫の一線が引かれた。

 

 ソレが内圧にまけ、中身の体液/臓物を撒き散らしてしまう―――寸前、もう一歩踏み込んで離れた。

 数瞬前いた場所に、盛大な紫の土砂崩れが起きた。

 

 

『■■■■イィギャァァァ―――!!』

 

 

 蜘蛛の大顎から、鼓膜を引きちぎるような悲鳴が放たれた。

 魔性の声は、耳障りすぎて音としても認識しづらい。けど、重傷のせいだろう、『激痛』の意味がこもっていたのが分かる。

 

 ソレは、蜘蛛に有効打を与えた結果。ではあるものの、同時にカウンターにもなる。特にココが、奴自身が支配している魔界ならば―――

 奴の激痛は同時、この魔界の痛み。その悲痛は全てに反響し、実体化してしまう―――

 

 

 荒蜘蛛を中心に、【衝剄】じみた衝撃波が、爆裂した。

 ハンマーで思い切りぶつけられたような衝撃が、襲いかかってくる―――

 

 

 察知し、ギリギリ逃げていたとはいえ……、避けきれない。

 また空中で半身に捻り返すと、ガードした。迫るカウンター衝撃波を、短剣の腹と交差した両手で受け止める―――

 

 奴の刃足の有効間合い。そこまで吹き飛ばされてしまう―――前に、踏ん張りながら弧を描いて散らす/逸らしていった。

 

 

 『悲鳴カウンター』が終息すると、次は『赫怒の反撃』。

 複眼全てを真っ赤に燃やしながら睨みつけるや、刃足による横なぎ払い―――

 

 バックステップ―――では間に合わない。

 巨大蜘蛛の重すぎる一撃を横っ腹で受け止めれば、輪切りにはされなくとも肋骨がダメになるのは、目に見えてる。かと言って、ジャンプして避けるのだけは……最悪だ。

 『怒り狂っての反撃』のように見えても、違う。蜘蛛の顔/特にその顎が、怨敵の僕よりもやや上空に向けているのが見えたから。身動きが取れない上空中に、毒粘糸を吹き飛ばして拘束してしまうつもりだろう。……次で結殺しようと、待ち構えている。

 

 コレが、魔性の魔性たる所以だ―――。

 外見は昆虫の蜘蛛に見えても、中身はまったくの別物。人間と同じほどの知能と悪意が詰め込まれている、悍ましい怨念の塊だ。特に、都市内に侵入してくるような魔性は、暴力だけでない策略を好む。

 なので―――、できることは一つだけだ。

 

 なぎ払ってくる一撃を―――、短剣で受け止めた。

 

 

 グゥン―――と、意識が身体からブレた/横に外れ飛んだ。

 受け止めきれない超重量/衝撃だと、頭より先に体が/構えた腕が教えてくれた。衝突した短剣も、悲鳴を上げてるかのようにギギィッと、不快高周波を放っていた。

 

 短剣が砕かれる寸前、肋骨を砕き内蔵まで押しつぶされる―――前に、動いた。

 刃の腹を斜めに、衝突点をわずかにズラした。

 

 蜘蛛の刃足は、その斜めに沿いながらズレ登っていく。腕と両足で踏ん張り切れるまでに、軽減しながら―――

 

 

 短剣の腹を伝うわずか/コンマ数秒の間隙。意識はまだ吹き飛ばされたまま……。

 けど、直感と鍛えてきた戦闘経験値。それらを信じきっての反射で―――キィンッ、はね上げた。

 

 短剣を振り上げると同時に、蜘蛛の刃足も真上へと跳ね上がった。

 

 

 急激なベクトル変化。予期していたのとは違う体の動き。

 攻撃を跳ね上げられた蜘蛛は、体勢を崩した。グラリぐらぐらと―――、よろめいていく。

 それでもギリギリ、たたらを踏んでこらえていた。

 

 人間だったら横転もの。受身も取れず頭を強打してしまい、コレで勝負は終わったも同然だろう。

 けど、蜘蛛は多足。横転することなどありえない。その強靭な本能からも、横転するなどの危険は何が何でも回避する。

 ただし、コレは魔性だった。その中に詰め込まれた知能と悪意が、蜘蛛本来の生存本能を邪魔する―――

 

 蜘蛛ならばありえない殺意が、自らに振り返ってきて、金縛り。……その場に居着いた。

 

 

 こじ開けることができた間隙/無防備。致命的な死角。

 超重量の一撃をはね上げた反動で、悲鳴をあげてる両足腰。そこに剄を流し込み/鞭をうって無理やり―――、発射させた。

 

 【旋剄】―――。周辺空気を巻き込みながら圧縮した剄を推進剤に、体を無理やり前方へと発射させた。

 

 

 文字通り飛ぶように、一直線に―――。

 今度は無防備な懐ではなく、驚愕と殺意にみちた頭部へ/額へと―――グサリッ、短剣を突き刺した。

 

 

 全体重をのせた一撃。短剣は深々と鍔元まで突き刺さった。

 同時、短剣に付与されてる【硬剄】を発動させた。突き刺さった刃から、さらに剄刃が頭部内へと突き伸びていく。―――【核】までに。

 

 

 剄刃の突端が触れ、さらに中へ中へと押し伸ばすと―――バキンッ、貫いた。

 同時、生じた幾重ものヒビ割れ。それらが走りはしり伸びていき―――、砕けた。 

 

 蜘蛛は悲鳴を上げる―――前、その大顎を開けたまま……停止した。

 反撃と、差し向けようとした他の刃足もピタリと、空中/ほんの目と鼻の先で止まっていた。

 

 

 

 

 完全停止―――。まるで周囲の無機物と同じように、ピタリと停止していた。

 

 その直後から―――ポロポロと、身体が崩れていった。

 体表から/傷口から徐々に、けどどんどん加速しながら、淡い紫の鱗粉じみたモノとなりながら、バラバラぱらぱらと舞い上がり拡散し―――……、霧散していった。

 

 

 全てが消滅しきる前に、着地していた。……僕を支えるだけの頭部は、真っ先に消えていた。

 紫の鱗粉が舞い上がる中/幻想的ですらある魔性の終着、その完全消滅する先を見送りながら……、まだ残っている問題へと切り替えていった。

 

 

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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呼出 後

 

 

「―――お見事です」

「どういたしまして」

 

 さも『当然の結果』とばかり、僕のことは全て承知とばかりの平静さは気になるも、臆面も出さず。短剣を納刀しようとした。

 そこでふと、刃の痛み具合が目に入った。魔性を直接貫いた後遺症。

 念威汚染など考えずに使った結果は……、『まだ大丈夫』だ。刀身に亀裂が入っているけど、刃足を受け止めはね上げた際だろう、設計図が入ってる核は無傷。あと2回ほどの戦闘/無茶な使用には耐えられるレベル。

 本当の持ち主のことが浮かんできた。返還する時どう言いくるめるか……。「この程度なら許容範囲だろう」と無視。そのまま納刀した。

 

「私の助けは、必要なかったみたいですね」

「ええ見事に、そうなりましたね」

 

 反射的にそう返すと、少し渋い表情になったのが見えた。……ソレを見て、軽い皮肉になっていたことに気づく。

 「大したことじゃない」と無視、この夢幻から出ようとすると、

 

「聞きたいことがあるなら、ココでお答えします。……私が答えられる範囲で」

 

 ヤバ少女から、報酬が渡された。

 

 足を止め、しばし考えた。何を聞き出せば良いのか……?

 逡巡は一時、今ココは二人だけの秘密の結界、僕の目的は決まっている。なら―――、大胆にいく。

 

「アンタ以上の奏者は、この学園にどれだけいる?」

 

 直球の問。僕の正体を晒す危険もあるが、それ以上の価値はある。……目の前の彼女なら、この質問に答えられるはず。

 その目算は正しかった。

 

「……両手で数えられる限り、です」

 

 微かにためらいがちながらも、その答えに嘘は見抜けなかった。……思った通り、彼女はこの都市/ツェルニでは指折りの奏者だった。

 

「彼らの名前と顔は? 得意な系統と使用可能な術、生徒になる以前からの来歴も含めて、全部」

 

 全ての個人情報が欲しい……。無理難題だけど、だからこそだ。コレができる相手だと見込んでる/評価してる、とのアピールも兼ねてる。

 伝わってくれたかは……、残念ながらわからない。奏者としての腕が良いこともあるが、そもそも元の性格も多分にあるだろう、彼女の表情から真偽は読み取れなかった。

 

「……全員は無理ですが、3人ほどなら可能です」

「アンタも含めて?」

 

 すかさずぶっ込んだ。あえてボカされた情報、彼女自身の実力の位置。

 先のためらいは、いったいどんな思惑を隠してのことか……。はんば挑むように待っていると、少し驚かれるも動揺することはなく、

 

 

「申し遅れました。私は18小隊所属の二回生、【フェリシア=エル=ロス】です」

 

 

 ペコリと小さく、会釈までしての自己紹介。10位以内にランクインしてる実力者だと表明してきた。……何ら奢ることのない口ぶり、こちらが拍子抜けしてしまった。

 

 もっと詳しく聞き出そうとする……前、今度は彼女のほうがぶっ込んできた。

 

「ココを出て直に、アナタの主人のメイシェン=トリスデンさんを通して、兄から話が来ると思います。その時は、どうかよしなに」

 

 頼むというよりも、義務として。あるいはもっと、「コレで私の責任は果たした」と言わんばかりに、微かながら冷たさを感じさせる言葉遣い。

 

 新情報に戸惑わされていると、立っていた足場がグニャリと、歪んだような不安定さ。

 さらに注意を向ける/周囲をさっと見渡すと、視界に映っている光景全てがくすんでいるのが見て取れた。魔性がいた時よりも、霞がたちこめたかのようにぼやけてきている。今はもう、僕らが立っている足場以外の空間/重力がないような外部全ては、空に貼り付けられたヘタな絵画/パノラマのように見えてしまう。

 

 夢幻の終焉―――。主である魔性が消滅したことで、夢幻もまた消滅しようとしている。あるいは、僕らを新たな主に据えようとも。

 奏者である目の前の彼女なら、できる。高度かつ、違法に分類されるだろう危険なことだけど、やれないことはない。ただ、武者である僕/不純物が中にいない場合を除いてだ。

 もちろん、彼女にそんな気は無いだろうなので……、秘密の話はここまでだ。

 

 開けていた/維持していた出入り口にそっと触れると……、巨大化させた。人が楽々通れるほどの大きさまで。

 

 お先にどうぞ―――。

 そう勧めるかのように、促してきた。

 

 聞き出したいことはまだまだあったけど……、勧めに乗るしかない。先に行かせて、出入り口を閉められたら敵わない。

 夢幻が完全崩壊すれば、中の人間も排出される。諸共に消滅させるほどの強力な夢幻は、魂レベルまで取り込んでいないとできない、まして武者だと不可能に近い。今回の夢幻では、元の出入り口の場所付近へ叩き出されるのみだろう。……ただちょっと、ビリッと頭痛がするだけ。

 さすがにそんな子供じみた嫌がらせ、やらないだろうが……、警戒するに越したことはない。外に出てからでも、問い詰めればいいだけだ。

 先に出入り口へと入っていった―――

 

 ……まさか、予想の斜め上をいかれた。

 踏み入って、懐かしい現実世界/先にいた大講堂裏手の庭が視界に戻ってきて……、振り返ると、

 

 

「―――それでは明日、訓練所でお会いしましょう」

 

 

 夢幻の中、残った彼女が向けた別れの言葉。

 それを最後に/内側から、出入り口を閉じてしまった。 

 

 閉ざされてしばらく、呆気に取られてしまったけど……すぐハッと、思い至った。

 【夢幻渡り】___。自分の夢幻と他人の夢幻を繋げて、移動する念威術。夢幻を展開できる奏者が使える高位の術。予め別の場所に自分の夢幻を展開しておけば、長距離をほぼ一瞬で移動できる。

 気づいた時にはもう、出入り口は影も形もなくなっていた。

 

「……やってくれたな」

 

 結局、いいように使われ/観察されて、あしらわれた。……約束した報酬情報も、彼女次第になる。

 ため息一つ/もう切り替えて、その場を後にした。

 

 

 

 ……しばらくすると、宣言通り、すぐにメイシェンから連絡がきた。

 

『―――あ、あの……、例の件です。

 講堂の二階のエントランスまで、来てもらって……いいですか?』

「わかった。一分以内に向かう」

 

 短く返事をすると、外部端末を切った。

 即座に目的の場所まで向かう―――

 

 

 ―――

 ……

 

 

 二階のエントランスまでたどり着くと/着くも、メイシェンの姿はどこにも見当たらなかった……。

 代わりに、厳しげな空気を纏った茶短髪褐色メイドと目があった。

 

 年の頃合は二十歳前後の妙齢、背は平均より低く顔立ちは整っている、可愛らしさによった美人だ。白を基調としたメイド服?…を着ているのも拍車をかけている。けど、ソレを感じさせない意志の強そうな眉と目/鋭い顔つき、気に入らない客にはスカートに隠し持っていたショットガンをお見舞いしそうなほどに。

 男であったら体格の良い生粋の兵士を想像させる。この豪華で清潔な大講堂内よりも、硝煙と土埃がまう戦場がよく似合う女性。

 

 一瞬の交錯、でも意味を感じさせるほどには印象深い。

 相手もソレで察したのか、予め知らせられていたのかもしれない、僕の方へと近寄ってきた。

 

「―――お前が、【レイフォン=アルセイフ】だな」

「……アナタは?」

 

 いきなりの断定口調に、おもわず質問返しするも、

 

「主の使いで来た。ついて来い―――」

 

 有無も言わさず指示するや、踵返して先に進んでいった……。強引過ぎるも、不思議と不快さを感じさせない自然さ。その姿が実に板についている。背中を見せて前を歩いているも、隙だらけなどにはなっていないところも。

 従軍経験があるな……。それも、末端の兵士ではなく部下に直接命令を下す立場の兵士、一・二年の短期派遣ではなく長期の駐屯軍としてだ。

 そんな彼女を、雇っている『主』。しかも、本人絶対不満だろうメイド服を着させてもいる……。それもたぶん、メイドはほぼ初心者/適正も無さそうであるにも関わらず。

 気を引き締めなければならない―――

 

「俺の主はどこに?」

「無事だ。この先にいる」

 

 会話を拒絶するような答え。……おしゃべりでも無いみたいだ。でも、だからと言って黙らせたいわけでもない。

 そっと周囲を見わたすと、講堂に入ってから気になっていたことが浮かび、聞いてみた。

 

「……もう式典は終わった?」

「いや、まだ続いている。後半部のガイダンスをやってる最中だ。―――着いたぞ」

 

 示された先にあったのは、二階の小部屋の一つ。部屋の位置と大きさ・豪華さ/清潔さから、応接室のような部屋だろう。奥にもう1部屋あるようだったが、手前の部屋を案内された。

 扉を開けてもらい、中に入ると―――

 

 

 

『―――ようこそ、【ロウファン=ヴォルフシュテイン】卿!』

 

 

 

 銀長髪の怪しいメガネ美男子が、僕の琴線に触れる忌名とともに、ニコやかにも歓迎してきた。

 

 明らかな罠、出会い頭の対戦車砲……。ギリギリ動揺は押し殺すも、すぐに返事を返せなかった。意味深な、動揺してしまったことを表明するような沈黙が流れてしまう。

 

 無表情の仮面の下、超高速で考えを巡らした。なんと答えれば良いか? そこにいるメイシェンにも怪しまれない答えは? どう返事をすれば隠しきれる―――

 沈黙の間が限界を超えそうになった時、閃いた。

 

「…………もしかして、俺のことですか?」

 

 眉をひそめ首をかしげながら、「なんでそんな間違った名前で呼ぶのか?」との不満を大いに込めた。……沈黙していたことにも、ちゃんと意味付けさせた。

 ソレは、すくなくとも及第点な返事だったのだろう。周囲に僕の『本当』を疑われることなく/その種や根も定着させずに、やり返してみせた。

 

「おや? ふむ……。

 なるほど!」

 

 しかし、銀髪メガネは動揺することなく/何か勝手に納得しては、むしろ顔をいっそう輝かせてきた。

 

「失礼。ようこそ、レイフォン=アルセイフ君!」

 

 改めての歓迎挨拶には、もう警戒心の不快しか浮かんでこなかった。……目の前の男との温度差も感じた。

 しかし、怪しいメガネは気にすることなく、自己紹介を始めた。

 

 

「私は、【生徒会】の副会長にして、第18小隊の統括者の【カリアン=エル=ロス】だ。これから君たちが所属する小隊の、総責任者だよ」

 

 

 ……衝撃は、あった。が、予期できたことでもあったので、顔にまで出すことはなく。

 問題だったのは、

 

「……所属するかどうか、まだ猶予はあったはずだが?」

「アレは、決まっていることを受け入れる心の準備期間、てだけの意味だよ」

 

 匂わせる程度だった事柄を、あっさり明言してきた。……何の悪びれもせずに。

 また唖然と、次に不快感が沸いてきて……ハタと、気づいた。

 もしや、コレがこいつの話術か? ……。とにかくコチラの注目を捉え続ける/自分の話題に誘導し続ける。その可能性/罠に気づくと、気を引き締め直した、垂れながしていた感情の栓を閉める。

 

「そうだったとしても、急な話だ。まだ式典も途中なはずだろ?」

「ソレは、君たちが最優秀な新入生であって、他の小隊に取られないための緊急処置さ」

 

 つまり、横紙破りなヘッドハンティング……。この会談そのものが、違法な可能性が出てきた。

 

「まさか、落第間近の二軍小隊員とはいえ、現役の生徒をあれだけ素早く倒した。のみならず、呼び寄せた魔性すら単独で祓った。さらに驚いたことに、生徒会が仕向けた本物のサポーターすら倒してみせた」

 

 そう評価しながら、顔をキラキラ輝かせていった、まるで僕らのファンか何かのように。……ただし、目の方はギラギラと、良からぬ企みがあると見抜けてしまう。

 

「あと10分ほど時間があれば、列車すら停めてしまったことだろう。ソレができなかったのは、ただただ生徒会の力不足なだけだった」

「あれは、停めちゃマズかったんだろ? 分岐点まで走らせないで停めると、乗客全員、永遠に夢幻に閉じ込められる危険があった」

「おや……、それすらわかってたとは!」

 

 また評価を上げてしまったが、気づいたのは現実に戻ってしばらくしてからだけど、あえて訂正せず。

 逆に利用して、薮を突っついてみた。

 

「コレはただの勘なんだが……、アンタは停めて欲しかったんじゃないか? ()()()()()()()にしたかったか?」

 

 根拠のない直感=ただの言いがかり……ではあるものの、確かな気がした。目の前のコイツなら、やりそうな手口だとも。

 

 指摘してみると……、どうやら的から大きくは外れてなかったらしい。隙のない笑顔が一瞬だけ停止したのが、見えた。

 ただし、ほんの一瞬だけだった。証拠には決してならない、気づいても「疑り深い」レッテルで黙殺できるレベル。さらに、

 

「―――素晴らしい。思っていた以上の逸材だ!」

 

 またまた褒める返し。

 やばい……、人心操縦の技量はたぶん、僕よりも格段に上手な男だ。あまりにも自然に、政治ができてる。この土俵では、勝ち目が見えてこない。

 そんな敗北な流れが見えてきたので、

 

「是非ともその力、我々と我らがツェルニのために、貸して欲しい」

「断る!」

 

 問答無用、ハッキリと断った。

 

 当然ながら、メイシェンにも驚かれた。どうして急に方向転換したのか、戸惑っている……。けど、押し通した。伝えられない/了解を得られないのは申し訳ないが、続ければ続けるほど不利になる、いっそココで切る独断を信頼してもらうしかない。

 無理強いの果てにあるのは、暴力的解決だけ。それだけはどちらも、避けるべきことだったから。……相打ち覚悟で、流れを変える。

 ソレは、おおよそ成功した。

 

「……即断だね。

 良ければ、理由を聞かせてもらえないかな?」

「アンタが信用ならないからだ。特に、【投影体(アバター)】なんて使って交渉しようとしてるところが、気に入らない」

 

 コチラの切ったカードに、策略男よりも横手に控えていたメイド(仮)が、大きく動揺を見せた。……ソレでただの直感は、確信に変わった。

 

 【投影体(アバター)】___。作り上げた自分の似姿を、現実空間に貼り付けて、あたかもそこに居る/動いているかのように錯覚させる念威術の一つ。拡張現実タイプの夢幻の簡易版。

 たいていは、術者自身の体に張り付かせて、外見や服装・声などを周囲に錯覚させるのに使われる。自分の身体を使えば、難しいとされる動きのぎこちなさは解消される。ただ、目の前のカリアンのように別の場所から、アバターのみを操り影人形のように動かすこともできる。あたかも自分が、目の前で話しているかのようにして。

 

 本当にソコにいる可能性はあった。それだけ影人形カリアンの動きには、疑いを挟む隙がなかった。けど、この部屋に入ってからのメイド(仮)の落ち着きぶり、敵に変貌するしれない僕に対しての警戒心/ボディーガードとしての意識があまりにも薄かった。その疑惑に、先の動揺ぶりが「是」と答えてくれた。

 さらに、もう一つ疑念があったけど……、ソレはまだ確信には至っていない。

 なので―――

 

「それについては、『申し訳ない』としか言えない。

 今現在私…の本体だね、持病が急に悪化していて、自室で療養中なんだ。動かせる状態にないので、失礼ながらも投影体を送らせてもらってる」

「そうだったか? でも、俺には一切関係ないことだよ」

 

 悪いが、交渉はこれまでだ―――。にべもなく切り捨てると、そのまま踵返した。後ろ手でヒラヒラと、部屋から出ようと扉に向かう。

 その手前、褐色メイドがさっと割り込んできた。

 

「―――話は最後まで、聞いたほうがいい」

 

 聞け―――。

 強引に縫い止めようとしている。けど隠れた奥には、僕への気遣いのようなものが見えた。従者としては失格過ぎる行為/メイシェンを置き去りに自分だけ立ち去るを、あえて断行している疑念でもあるだろう。

 ソレが僕の狙いと繋がってしまう前に、押し通してでも部屋から出ようとすると、 

 

 

「……ふむ。実に素晴らしい。

 気づいていないフリをして、部屋の外に出たら、()()()()()()()()()としたんだね」

 

 

 実に素晴らしい―――。

 背後の銀髪メガネに、気づかれてしまった。……思わず舌打ちが漏れた。

 仕方がないので振り返った。

 

「その様子だともう、私たちのおおよその居場所は、把握できたのかな?」

「ああ、隣の部屋だろ」

 

 仕方がないので白状もした。

 できるだけ穏便に、できるだけメイシェンの身の安全を確保したかったけど、こうなっては仕方がない。隣の部屋ならギリギリ、何か致命的なことをされる前には助け出せる。……嘘と誤魔化しに費やすエネルギーをカット、その時のためへ全集中させる。

 

「良ければ、理由を教えてくれないかな」

()()()()()()()()()()()()だ。彼女が作ってくれた影と、部屋の置物が作ってる影の角度が、微かに違ってる」

 

 僕からの指摘に、メガネは目を丸くし/熟考し……、真偽を確認した。

 

「ふむ…………、おぉ!? 確かにそうだ!

 なんと鋭い観察力だ! いや……ちょっと違うか、この場合は君の機転だな!」

 

 素晴らしい―――。ちょうど窓からの光が当たる側のソファ。あえてそちらを選び、さらには執務机のカリアンに近い場所まで詰めて座った。奥手な性格に加えて、よく知らないも力を持ってるだろう赤の他人との交渉事で独り、そんな不自然すぎる行動をあえてとったメイシェン。……脱帽ものだ。

 僕の方も、一応は【夢幻】への警戒はしていた。つい数分前にもやられたこともあって、怠ってはいなかった。ただし建物内、しかも歴史がありながらもしっかりとした造り、学園の権力者なら簡単に夢幻を展開できてしまう好条件な物件だ。さらに、人気がない個室とあれば、夢幻でない方がありえないほど。窓のない完全な密室だったのなら、そもそも入室しなかっただろう。……強すぎる警戒心の隙を突かれた。

 奏者の彼女は、それを一目で看破。僕にだけ届くメッセージ/違和感を作り、あとは助けを待ち続けた。

 

「君たちはまだ、出会って日が浅いというのに、とても互いを信頼してるんだね」

 

 良いチームワークだ……。カリアンの高評価に、改めて気づかされた。一連のコレは、互への信頼に基づくチームワークだったと。

 驚く、よりも戸惑わされてしまった。あまりにも僕の意図とは違う、他人から見える僕らの関係、ソレ以外に表現しようのない現状の結果……。『罪の意識』のようなものが内側からもたげて、口の中が苦くなる。

 そんな無言の動揺は、気づかれてか無いのか、

 

「バレてしまったのなら、仕方がない。コチラにきてもらってもいいかな?」

「……始めからそのつもりだ」

 

 どうしてか挑むように、今度こその/本当の招待を受けた。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 隣の部屋。先の部屋と全く同じ作り、調度品までピタリと合致している応接室。

 

「―――自己紹介は……、改めてする必要もないか」

 

 同じ執務机から、席を立ちながら来訪を歓迎してきたカリアン=エル=ロス。……全く悪びれる様子もなく、感情を読ませない微笑のまま。

 

「ちなみに、コレも投影体だ。……私の本体は自室のベッドの上だよ」

 

 先に白状してきた秘密に、驚いてしまう気持ちも押し殺さざるを得なかった。

 二つの投影体を全く同時に動かした。あるいはもっと、投影体を通してもう一つの投影体を操作していた……。並みの奏者には、この好条件な建物だったとはいえ、まず不可能な超技量。目の前の男は、僕が探している奏者なのかもしれない。準備が不十分な状態で遭遇してしまった、そんな恐れが沸いているも。

 

「私からのオーダーは、まだ有効だ。……受けてくれるかな?」

 

 直接、何の装飾もない勧誘……。意図が読めず、眉をひそめた。今度は本物のメイシェンも、理解できずに困惑を露わに。

 なのでこちらも、正攻法で踏み込んだ。

 

「……なぜ報酬の話をしないんだ?」

「渡せるものは、自己満足の機会だけだからだ」

 

 名誉やカネを、求めてはいない……。とは暗に言うものの、用意できないわけではないのは、その自信に満ちた佇まいから伝わった。僕らをたてるため、誇りのようなモノを穢さない配慮だろう。

 僕は、おそらくメイシェンもだろう、高潔でも熱血でもないので現物の話で気に障ることは微か。でも、その『微か』への配慮分、黙って続きを聞くことにした。

 

「我が18小隊は、ここ最近できた急造の小隊でね。三軍や二軍や控えすらいない、実行部隊だけの超弱小小隊だ」

 

 苦笑しながら言うも、自嘲の歪みはなかった。

 ただの事実。「今は」との、望む未来へと進む意志の確かさがある。

 

「加えて言うなら、去年の学期末あたりに小隊長が重傷で入院、他の主要メンバーの2人も別の小隊にヘッドハンティングされてしまってね、存亡の危機にもある」

 

 君らが入隊してくれないと、18小隊は消滅してしまう……。軽々しく言われるも、大ピンチだ。

 メリットよりもデメリット、リスキー過ぎて賭けにもならない。……唖然としてしまう。

 

「幸い、私には力とカネと小狡さがあった。君らが本来所属するだろう第3小隊から、我らの18小隊へと変更するのは、そう難しいことじゃなかった」

 

 本来あったはずの未来に、メイシェンが目を丸くしていた。……そしてほんの少し、落胆の色合いを見せた。

 小隊についての情報は、まだ街の噂程度しか集めていない。けど、望む限りの好条件だったのはわかった。

 ということで、コチラの返答は決まった。

 

「……話にならないな。

 脅しがダメなら同情を買うとか……、『恥知らず』と思わないか?」

「ふむ、素晴らしい! 我が事ながら実に的を得た表現だ!」

 

 逆に悦ばれた……。どうにも掴みどころが無い。続く手を出せない/させてもらえない。

 話の主導権を握れずにいると、

 

「では、『恥知らず』の名に相応しくもう一つだけ、約束しよう―――

 

 

 我らが都市の魂、【電子精霊ツェルニ】に会わせよう」

 

 

「「ッ!?」」

 

 また予想の斜め上をいく答え。僕らの目的そのものが、その口から出てきた。……隠しきれず、息を飲んだのが顔に現れてしまった。

 

「通常時は、なぜか【天剣・ヴァルゼンハイム卿】が謁見すら許してくれない。が、小隊員なら特別に許可される。【都市内対抗試合】で、総合成績第8位以内に入れた小隊員のみだけどね」

 

 つまり、第一軍で活躍していなければ、どこの有力小隊に所属していても不可能……。超弱小ながらも、18小隊ならではのメリットだ。

 図らずも明かされた、もう一つの大目的への道。謁見を望まない生徒の方が稀/士道不覚悟ともなるので、いくらでも誤魔化せる。けど、あまりにも良すぎる暴露タイミング。……目の前の男は、いったいどこまで掴んでいるのか?

 

 探り出してやる―――、とはしたいものの、止めた。

 口八丁・腹芸は奴の土俵だろう。迂闊に手を出せば、もっと情報を引きずり出される、そのための撒き餌だったのかも。もしくは、ハッタリだったものに確信を与えてしまう恐れすらある。今は何もしないで、傷を最小限にとどめるのがベターだ。……焦る気持ちは抑え切った。

 

「ちなみにその謁見は、天剣の『譲渡儀式』も兼ねてる、なんて噂もある。……上手く勝ち進めば、【天剣授受者】になれる未来すらあるよ♪」

 

 都市の守護者にして、精霊の守人……。そこには、『市民の生存』は含まれていない。その非人道的なまでの強制力は、嫌になるほど知っている。……それでもソレは、あらゆる武者たちの羨望の頂点。

 おちゃらけながらも、僕を揺さぶるのが明らかな罠。そんなものには乗ってやらず、ただジトォ~…と見返した。

 

 何の反応も見せずにいると、すぐに一変、緩ませた空気を引き締めてきた。

 

「最後に、コレは正式に一軍に所属した小隊員のみに明かされる秘事だけど……、

 ツェルニにはもう、セルニウム採掘権は存在しない」

「え…………、ほえぇッ!?」

 

 仰天のあまりか、メイシェンが飛び上がった。机にガンッ!と、膝をぶつけてしまうほどに……。その狼狽ぶりに、なんとか平静さを保てた。

 

 やはり、知らなかったのか……。やはり、知らされていなかった。そしてやはり、知っていながら隠していた。

 目の前のカリアンは、『人道に対する罪』で未来永劫に断罪されるべき者達の一員だった。

 そんな前情報を知っていたので、狼狽することなどなかった。けど、次の告白には瞠目してしまった。

 

「でも、()()()()()()()()()()()()()()。いや、()()()()()と言ったほうがいいいだろう。

 その戦争に勝利できれば、ツェルニを存命させることができる」

 

 断定して告げてきた情報に、一瞬呆然としてしまった。……そんなこと、ありえないことだったから。

 そんな常識を返そうとするも、目の前のカリアンから見えてくるのは……、ハッタリではなかった。何かしらの事実に基づいた、確実なことだと。

 

 それでも、疑いを入れることはできるも、しなかった。

 いや、できなかった。喉まで出かかって……、飲み込んでいた。

 自分の行動に困惑するも、同時に気づかされた。自分の中に、『女王の勅命』を忌避している躊躇いがあることに。『彼女』だけを見つめているわけではなかった不純さに―――

 

(……勅命? それに、『彼女』て……――― )

 

 ―――、ッ!?

 

 

 戦慄が、背筋を走りぬけた―――。

 大切なはずなのに、朧げになっていた。顔や名前すらも、忘れかけていた。()()()()()()()()()()()()()()()()、かのように。

 自分にかかっていた呪いの魔の手が、こんなにも侵食していたとは……。顔を強ばらせていたのが、周りにも見えていたことだろう。

 

 幸いなことに、全てを悟られたわけではなく、カリアンは何事も見抜かなかったかのように続けて言った。

 

「―――その戦争の最中、ただの指示待ちの末端兵士になるか? それとも、打って出れる小隊員になれるか? ……今ココでしか、選択できない」

 

 残念ながらね……。そう匂わせるも、謝罪する気はない。悪罵を背負ってでも前に進むと、決定してしまった。

 その決意に押されてか、メイシェン共々に、出ようとした愚痴は抑えつけられた。カリアンの狂気にのまれそうになる―――

 

「―――そこまで分かってるのなら、なぜ市民の避難をしなかったんだ?」

 

 そんなバクチなんかしていないで―――。だからこそ、溜め込んでいた真っ当な心情をぶつけ返した。

 

 僕自身もまた、目の前の男とさほど変わらないだろう。詐欺師か盗人かの名違いだけ。……それでも、できればこんなことしたくはなかった。

 別の方法があるのならそちらを選ぶ。採掘権が無くなった直後、都市を捨てるか他の都市に帰順するかを選ぶ。市民の生命を第一に行動してくれていたのなら、今僕がしていたのはただの墓泥棒だったはず。死者は冒涜するかもしれないけど、生者を虐殺するような外道をするハメにはならなかった。……その不満をそのままに、押し付けた。

 コレもまた最低なことだ。けど、誰かが言わねばならないこと。面と向かって、このスカした銀髪メガネに。……今ここでは、僕しかいなかっただけだ。

 

 そのカウンターは……、なかなかに効果てきめんだった。

 微笑みを崩さなかったカリアンは、はじめて苦顔をみせていた。

 

「……気づけた時には、もう取り返しがつかなかった。やるしかなくなってた。逃げ場はどこにもない……。

 どれだけ微かな可能性だろうとも、勝つ以外に我々の生き残る道は、ない」

 

 『我々』、なんと大きな主語なことか……。口にも出してやろうとするも、自覚はしていた様子が見て取れて、止めた。

 代わりに、

 

「ソレは、他人の不始末なのか? それとも、()()()()()()()()か?」

 

 先ほどの言葉。曖昧にぼかされたことを、ハッキリさせようとした。……罪悪感を刺激する、勢いに任せて。

 ソレは、僕自身の目的にも繋がる問。もしも後者だったのなら、目の前のカリアンこそ探していた奏者、その可能性がより高くなる。

 

「……ソレはもう、問わないことにしている。『全て背負うためにココにいる』のだと、覚悟が揺らいでしまうからね」

 

 しかし、帰ってきたのはまた、どうとでも取れる答え……。自分が奏者でないことが悔やまれる。【魔眼】を打ち込んでいたら、違った/求めていた答えだったのかもしれない。

 

 打算が顔を出してしまった僕にできるのは、ココまでだった。

 けど、

 

 

「―――わ、私が助けたいのは、家族と友人と親しいご近所さん達だけで。それ以外の人は……知りません」

 

 

 メイシェンは違った。

 普段のように、オドついた様子など見せず。けど、搾りだすようにして吐き出した真情は―――

 

「できれば、助けたいとは思います。でも、助けられなくなる危険を冒してまでは……、やりたくないです」

 

 ハッキリと言い切るも、露わになるのは苦い俯き顔。自分の言葉で自傷したかのようで、痛みに耐えている。

 向けられた相手でないものの、驚かされた。いや、短い付き合いながら彼女のことは何となしに掴めていた。『そうだろう』とは思ってはいたけど、いざ言われると驚いてしまう不思議。……僕でもそうだったから、カリアンも悠然さを止められていた。

 

「……誠実な意見、ありがとう。

 安心して欲しい、我々もそうだったよ。おそらく、小隊員になった者たちも、初めはその規模だっただろう」

 

 小隊員になれば、自然とそうなっていく……。職責が、本来の願いをより高める/歪める。

 

 最悪なことだけど、事実だ。自分の願いに相応しくない職務につけば、どんどん歪められる。カネのため生活のため、同じ職場の人間のため……。本来の自分の願いがわからなくなるほどにも。

 そこに意志の強さは関係ない。むしろ、弱いからこそそんなドツボに嵌る。そもそも強ければ、そんな罠には嵌らない。……彼女と僕の、数少ない共通点だろう。

 加えれば彼女の場合、『断れない』。誰であれ、かけられた期待には応えてしまう/無視できない。嵌りたくなくとも引きずり込まれてしまう。……おそらく、多分な優しさが故に。

 なので、

 

「……なぜ、アナタは逃げなかったんですか? その力も機会も、あったはずなのに」

 

 どうして……? できるのは、ただ確認のみ。8割方は確信できているだろう直感を、相手の口から言葉にして欲しいだけ。

 ソレが彼女の選択ならば、それでもいい。僕の目的には反していないので、口を挟めることでもない。ただ、どうしてか……、飲み込み難いモノに顔が苦くなった。

 

「端的に言うと……、『愛』だな。私が生まれ育った、この都市に対しての」

 

 およそ目の前の謀略男とは、無縁の単語が出てきた。……ただ、ソレ以外にはありえない答えでもある。

 

「付け加えるなら、『チャンス』だと思ったからだ。

 誰もが匙を投げたこの都市を、救える。もしもソレが叶ったのなら、一時的な【執政官】どころじゃない、永世の【国家主席】になれる未来がある」

 

 男なら誰もが憧れる、位人臣を極めることができる……。それはツェルニだけの話じゃなく、この世界そのものを激震させうる革命でもある。人類史に名を残すとしたら、現代ではこれ以上ないほどの偉業だろう。……全ては、『できたら』の夢物語だ。

 そんなカリアンの誇大妄想に、唖然とのまれる……というより呆れ気味に、水を差した。

 

「……妄想話の腰を折って悪いが、俺は彼女の従者だ。たしか小隊員は、それも一軍は生徒しかなれないんじゃなかったのか?」

「ああ、そのことなら問題ないよ。君は明日から、武芸科の生徒だ」

 

 気軽にも重大な暴露に、つい訝しんだ。

 

「別にコレは、君らを招待したほどの横紙破りじゃないよ。あらかじめ、テストに合格した従者たちは武芸科の生徒にすると、取り決めていたんだ。……ただ、奨学金のランクはDだけどね」

 

 そこは、ちゃんと無理を通してAランクにしておいたよ……。学費全額免除に、月々の生活費も無料支給。カネを払いきれずに退学させられてしまう心配は、コレで無くなった。

 ありがたいことだけど、怪しさがこみあげてもきた。資金面の補助を名目に、こちらの自由を拘束しようとしている。そんな策略の臭いがプンプンする。……どうすべきかは、今後の課題だろう。

 

「―――私は、自分が狂っていることは、自覚している。この愛のためには、どんなモノも利用する冷酷さも。……正気の人々からは、決して理解されないだろうことも。

 だが今、この都市にはそんな血濡れた狂人が必要だ。この滅亡を回避するためには、小奇麗な常識人などお呼びじゃない」

 

 僕らというより、他の何か/不条理に対しての宣戦布告。邪魔だてするなら躊躇わないと、強行であることを隠さない。―――僕らの18小隊入りは、決定された。

 

 反駁はしたかったけど……、できなかった。言葉が見つからない。

 でも、どうすべきかはもう、僕らの中でも決まっていた。……僕らも、カリアンのことを悪しざまには言い切れない。

 

 心は「やめろ」と叫んでる。でも、理性がその手を……握っていた。

 

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

原作「フェリ」は、今作では「フェリシア」と改名させました。「フェリ」は、略称・愛称として使用予定です。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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面談

 

 ―――話は以上だ。おって連絡する

 

 そんな一方的なカリアンの言葉を最後に、応接室から退出した。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 大講堂から出て門庭の噴水広場まで、周囲が静かに/二人きりになるとようやく、胸の内でため息を漏らした。

 するとぼそり、メイシェンの方から切り出してきた。

 

「―――従者契約。もう意味なくなっちゃいましたね」

 

 【生徒】になったから……。そういえばそうだった。他の情報が衝撃すぎて影が薄かったけど、彼女にとっては問題だろう。

 何と言うべきか、少し考える間を置いてから、

 

「……それは、『俺を解雇する』て意味?」

「へ? ……い、いえ! そういうわけじゃなくて……」

 

 最後は言葉を濁した。……俯き加減な様子から、なんとなしに察せられる。

 なので改めて、向き直すとハッキリ、

 

「君と奴が天秤にかけられるのなら、俺は間違いなく君を選ぶ」

 

 奴は、背中を預けるに値しない……。利用はさせてもらうけど、信頼はしない。たぶんお互いにそうだろう。今の僕にとって重要なのは、カネや力よりも信頼だ。

 驚かれる/何か言い返される間を置かずに、

 

「契約は続けさせてもらう。……君がよければだけど」

「も、もちろんです! 

 コチラこそ、改めてよろしくお願いします!」

 

 ペコリと/深々と、お辞儀までされた。……少し大げさすぎるので、苦笑が漏れてしまった。

 

 

 

 ふたたび先を歩く、今度は肩の荷が少しだけ軽くなって。門庭を抜けた先にある商業区の店々に目がいく。

 まず目に付いたのは、もっとも手前に建てられている喫茶店。落ち着いた/歴史あるだろう大講堂前に相応しい老舗な雰囲気を醸しながら、大多数が若者である生徒達が気軽に出入りできそうなオープンカフェ。……今は式典最中なのでか、客はいないものの、開店じたいはしていた。

 

 情報収集にうってつけだな―――。どうにかして店員と、欲を言えば店主とも懇意になれれば、この学園の表裏とわず事情に通じられるはず。

 どう仕留めるか? 頭の中で色々と算段をつけていると、

 

「―――ロウファン=ヴォルフシュテイン」

 

 メイシェンがつぶやき気味に問いかけてきた。

 突然ながらもその名前に、ピクリと反応してしまった。……たぶん、傍目にもわかってしまうほどに。

 

「どういったご関係なんですか?」

 

 真っ直ぐに問いかけてきた。その裏にある意図を読み取ろうとしたが……、やめた。そこにはただ、僕の中にコベリついてる強張りが見えただけだった。

 少しだけ考える素振りで調子を戻すと、尋ね返した。

 

「……逆に聞きたいんだが、どんな人物か心当たりは?」

 

 今できうる限りの最上の誠意/『知らない』との含意。

 その答えにメイシェンは、驚き戸惑い……訝しんできた。けど、僕の様子から『嘘』を見いだせなかったのだろう。

 どう答えるべきか少し悩まれるも、ただ言葉通りにしてくれた。

 

「……帝都グレンダンの天剣ヴォルフシュテインの授受者です。

 帝都史上最年少と言われてる授受者で、虚獣【ベヒモス】と【雷蜃】【アウラクネ・丁型】の討伐に、海賊連合【ワゴウ】の殲滅。聖都シュナイバルとの都市間戦争の際には、聖天騎士【ガイウス=ニルヴァーシュ=アントーク】を一騎打ちの末に討ち取った―――」

 

 辞書か教科書をなぞるような説明に、驚愕を隠せないで目を丸くしていると、

 

「他にも色々と戦績はありますが、今からちょうど3年ほど前…といってもツェルニでの時間軸ですが、虚獣アウラクネから受けた『死の呪い』のせいで、お亡くなりになってしまったとか」

 

 短い生涯でしたが、多大な功績を残した天剣授受者……。最後にそう、締めくくった。王宮直属の広報機関が、帝都のみならず全世界へむけた()()()()()()()()を。

 たった一つ違いは、その名前が『()()()()()=ヴォルフシュテイン』で無いことだけだった。決して、義兄ロウファンではありえないことなのに。

 

 あまりのありえない答えに、真っ先にメイシェンの正気を疑ってしまうも……、違った。目の前の彼女に嘘はない。

 彼女の伝聞情報が間違ってるのか? ……確かめる必要はあるけど、ここツェルニだけでは望み薄だろう。そのたった一つの大きな違いを精査するには、帝都に戻らなければならない。

 そんな困惑の中、思い出せた自分の現状に、ふと繋がるものがあった。―――今の僕は、ロウファンそのものだ。

 

(……歴史まで、おかしくなってるのか?)

 

 僕とロウファンが入れ替わっている……。絶対にありえないことだけど、『もしも』としては幾ばくかありえること。ロウファンであっても、同じような戦績は残せたはず。そして今、()()()によって自由に動かせる手駒となったこともあり、女王の勅命によってここツェルニに単独派遣もされたはず。

 そんな()()()()()()()に今、僕はいる―――

 

 ……その仮説が浮かんだだけで、背筋にゾッと寒気が走った。

 敵奏者を見くびってなどいなかった。けど、評価が甘かった。

 

(この奏者、もしかしたら【デルボネ】さんと同じ……【魔人】なのか?)

 

 帝都が保有している最古にして最強の念威奏者、天剣キュアンティスの授受者【デルボネ=キュアンティス=ミューラ】。

 その莫大すぎる念威量と繊細すぎる支配力は、人間の限界を超えた。人間でありながら/天剣の加護も無しに、虚獣の領域へと突破できた超越者【魔人】の一人だ。……帝都に心身を捧げている彼女にソレはあまりにも不敬な蔑称なので、【賢者】と呼ぶのが帝都民一般的。

 

 ……最悪な推察に、思わず目を背けたくなる。

 魔人が相手なら、虚獣と殺し合うのとほぼ同じだ。ソレも、帝都のサポート無し/天剣も使えない/援軍無しでとなると……、笑いがこみ上げてくる。元授受者とはいえ、荷が重過ぎはしないか?

 とは言うものの、『やるしかない』。……どうにかするしかない。

 

「……悪いが、俺はそいつを知らない、奴がなぜ俺をそう呼んだのかも分からない。

 ただ、よく似た名前の人物には心当たりはある。―――俺の義理の兄だ」

「……お兄さん?」

「そう、俺が()()()()()()()()だ」

 

 もう、10年以上前に……。ちょうど、ヴォルフシュテインの選定式の時に、最後のライバルとして。

 

「もし兄が今も生きていたら、その尊名を受け継いだはずだった」

 

 もちろん、そうじゃなかったからありえない話だ……。だから、知らない相手。()()()()()()()()()()()。ココは夢幻の異世界なのだから。

 

 

 

「―――ありがとう」

「……え?」

「『なぜ殺したのか?』、聞かないでいてくれて」

 

 答えられないし、答えたくもない過去。ただの興味本位では、教えたくなかった。

 僕からの先手に、もう過去話をする空気でもなくなった。手持ち無沙汰な沈黙が始まる前に、

 

「さて! 連絡がくるまで少し時間はあるだろう。

 俺は学園街を一通り見物してくるが、君はどうする? 寮で休んでるか?」 

「……色々と整理したいので、寮で休ませてもらおうかと―――」

 

 

「―――アナタ達、少しいいかしら?」

 

 

 突然の呼び止めに、思わずも視界にうつした。

 ソコに/前方に待ち構えていたのは―――、先にメイシェンに因縁をつけてきた金髪ツインテールの少女。背丈も他色々と小柄なのに、デンと仁王立ちしては居丈高、おまけになぜか険しげでもある。

 声をかけた以上、もう自分が中心だと確信もしている様子。ソレがどうしてか/癇に触ったのか、あえて無視してやろうと

 

「……もしかして、【結界】作りのため?」

「へ? あ……。

 い、いえ! それは後日改めてやるので、今はただ荷物ほどきだけで―――」

「ちょっと!? ガン無視とはイイ度胸じゃない!」

 

 慌てた少女の姿に、溜飲が下がった。……ニヤケそうになるも、ギリギリ胸の内だけに収めた。

 

「何の用だ? 確か……ミィちゃんだったか?」

「なッ!? 

 ……アンタなんかに、『ちゃん』付けでよばれる覚えはないわよッ!」

「悪いな。まだ自己紹介されてないんで」

 

 肩をすくめての茶化すような言い分に、「そんな言い訳つうじるとでも!」と睨みつけてきた。

 けど、僕だけでなくメイシェンにも向けた睨みに、気づかされた。彼女が紹介したはずと思い込んでいたことに、自分の口からハッキリとは言っていなかったことに、向けていた怒気の幾分かを押さえ込んだ。

 

「……ミフィル。【ミフィル=ロッテン】よ!」

「そうか。

 それじゃ、はじめましてロッテンさん。では良い一日を―――」

 

 次を遮るよう、脇を抜けてそのまま退散しようとした。

 それを遮るよう、黒短髪の大男が立ちふさがってきた。

 

「コチラは名乗った。せめて名乗り返すのが礼儀だろ?」

 

 渋めの低い声音。言葉ほど威圧感は無いものの、そもそも声に含まれてる『圧』が、冗談や茶化しを黙殺してくる。

 大柄かつ分厚い筋肉の鎧、静かだけど鋭い風貌、熊と狼と人間が混合されたかのような様相。ゆったりとしてるはずなのに隙がない、臨戦態勢が染み付いてるような振る舞いからも、腕のたつ武剄者だとわかった。声に剄を乗せることもできただろうに、あえて抑えてる。やらないのにこの圧力を保てるほどの実力者。

 ただその容貌には、微かな老いの兆候があった。完治しきれてない傷跡/片目を縦断してる斬傷まである。あえて残しているのかもしれないが、そんな『騙し』を愛用するようなタイプには感じなかった。

 ―――そんな観察結果もあって、帝都で慣れ過ぎていたこともある、常人なら怯んでしまっただろうが、

 

「悪いな、無学なスラム育ちなもので、上級市民の礼儀なんてよくわからないんだ」

 

 立ち止まりはしたものの、軽口は返した。……どう反応するか/どういう男なのか、見極めるためにも。

 驚かれることなく、かと言って眉をひそめられることもなく。ただ黙して僕を見返すのみ……。こちらの意図が読まれたからか、あまりやって欲しくなかった返答だった。警戒レベルをもう一つ、追加しなければならない。

 どちらも黙って、腹の探り合いをしていると、

 

「れ、レイフォンさん! もう……大丈夫ですよ」

 

 メイシェンが止めてくれた。

 ソレが互いの退き所にもなった。静かだけど緊迫していた空気が、霧散していった。

 

 

「……ふん! 忠実な従者だこと。

 もしかして本当に、()()()()()()()()()()からなの?」

 

 あからさまな含みの嘲り/挑発。無視すれば一番良いことだったけど、やはりどうしてか、先ほどの疳の虫がまた沸いてきた。

 ニヤリと不敵な笑みをつくり、隣のメイシェンを引き寄せるよう/軟派な優男っぽく肩に手をかけた。

 「ひゃぃッ!?」と飛び上がるほどビックリされるも、あえて無視して、

 

「なるほどな! アンタはメイシェンに比べて『小さい』から、彼は俺ほどには仕事熱心じゃないのかぁ」

「なッ! 『小さい』て何の…………、ッ!///」

 

 僕の含みを察してしまい、抱き寄せる際にプルリと揺れ動いてしまうことで注目せざるを得ないメイシェンの『立派なソコ』を見てしまい、一気に赤面された。

 そんな彼女の赤面ぶりを見たメイシェンも、何事が起きたのか察してしまい、湯気を噴き出すほど真っ赤に俯いていた。……ソレがさらに、ミフィルの『勘ぐり』を確かなものに変えてしまうと、分かっていても。

 

「へぇ…、恥じ入るだけの『器』はあるみたいだな」

「う、器!///

 て、なに言って………………、 ッ!?」

 

 ソレでさらに気づいた/気づいてくれた。自分が嵌められたことに、『下品』な心の内を晒し続けてしまったことに。見下そうとした相手に、逆に見下されてしまった末路に、舌打ちをこぼすのも隠せなかった。

 反撃とばかりに怒気をむけてくるも、逆に心地よかった。溜飲が下がったような気分に、見下すような笑はそのままにしていた。

 ……そんな、ただ損耗し続けるだけ/落とし所を見失ってる主人を助け出すためだろう。微かに苦笑を浮かべながら、

 

「―――少しだけ話がしたい。立ち話もなんだから、あそこの喫茶店ででも」

 

 護衛だろう大男の提案に、とりあえず互いに矛を収めた。

 

 

 ―――

 ……

 

 

 店外のテーブルに座り、すかさずやってきてくれた店員に軽めのドリンクを一つずつオーダーし終えるや、

 

「―――式典の最中、誰と話をしていたの?」

 

 いきなり本題を突っ込んできた。

 

「前半部までは出席していたけど、休憩が明けての後半部には、アナタの姿がなかった。バックレた奴らは何人かいたけど、アナタはそんな性格じゃない。

 『何かある』と探査してみたら、講堂の二階の応接室に入ったのがわかった。けど、()()()()()()()()()()()。何が起きたのかまではわからなかった……。私の探査を拒絶しきるだけの【結界】があった証拠ね」

 

 先手をとって淡々と、理詰めでせめてきた。……言い逃れも嘘も許さないとばかりに。

 【結界】か……。密談の場をつくっただろうことは、分かっていた。外から盗み聞きできないような処置を施していたと。でも同時、大抵のそんなものを突破できるとの自負が、彼女にはある。つまり導き出せるのは、ソレが彼女の奏者としての得意分野であり、現状の力量でもある。

 

「アナタ達の姿を捉え直せたのは、講堂のエントランスだった。この私の従者【ロイター】が目の端で捉えてくれたおかげ」

 

 誘ったのに注文もせず、着席もせずに主人の背後で黙立している大男の名前。

 二人はどんな関係なのか? どんな馴れ初めで主従関係になったのか? ……気になるところだけど、今知っておくべきは別のこと。彼は彼女の『護衛』として機能しているということだ、異質さを無視して準臨戦態勢を保ち続けている。

 職務に忠実、主人とは違う方向で事実のみを優先してる。実に厄介な相手だ……。誤魔化しが通り難い、コチラも気が抜けない。

 

「……なぜ君に教えなきゃならないんだ?」

教えたくないことなの?」

 

 質問と同時に、【魔眼】の発動―――。眉をひそめるより前に、目を丸くさせられた。あまりにも速攻すぎる……。

 黙ったままでいると、

 

「……へぇ、やっぱりアンタ、かなり腕が立つみたいね」

「そういう君は、奏者にしてはかなり短気だな」

「ごめんなさいね。知りたいことがあると、つい出ちゃうの」

 

 だから普段は、このメガネをかけて抑制してる……。胸ポケットにぶら下げてるソレを示しながら、あえて付けていなかった弁明はせずに。

 正直すぎる答えにか、腹が立つのを通り越して、呆れてしまった。隣のメイシェンにそっと目配せで、「こういう奴なのか?」と聞いてみると、苦笑しながら頷かれた。

 

「……ま、話の内容はだいたい予想はついてる。問題は『誰』だったかだけど、ソレもすぐに調べはつく」

 

 一応直接聞いてみただけ……。何かしらのハッタリを疑う所だけど、言葉通りの意味だとわかった。

 目の前の彼女にとって重要なのは、情報の鮮度と正確さ。相手が敵か味方は二の次で、どう思われるかなど知ったことではないのだろう。

 

 与し易くはあるけど、あまり舐めてかかると逆に振り回され、刺される。スピードに違いがあると、常に念頭に置かなければならない敵だ。

 そんな警戒の質を調整していると、

 

「―――もしかして、心配してくれたの?」

 

 無防備だけど真っ直ぐな指摘。

 悪意の欠片もないソレに、ミフィルは眉をピクリと動かされた。その勢いのまま言葉を/罵倒に近いだろうモノを吐きつけようとしたが……、寸前で飲み込んだ。

 

「……そんなわけないでしょう。ただの……敵情視察よ」

 

 切り捨てるような言葉はしかし、視線を逸らすのと同時に出された。……事実追求に余念のないはずの彼女に、唯一あらわれた躊躇い。

 メイシェンと彼女の関係―――。過去に何かがあったのだろうことは、もう察せられた。これで二度も直接警戒してきた相手でもある、もう放置はできない、詳しく知っておくべき事柄になった。

 ただ同時、ソレはメイシェンとの今後の関係性にもかかわってくる。聞き出すだけで悪印象を持たれてしまうかもしれない秘密だろう。機が熟すのを待つか、別の関係者から聞き出すかだ。

 

「どこに入隊するにせよ、用心は欠かさないことね。

 あの選抜試験は、ただ切符を渡されただけ。乗りこなせるかどうかは、現場の小隊員が決めることなんだから」

 

 浮かれて油断したら、即座に切られる……。自分の躊躇いを、切り捨てるかのような警告/助言。

 そんなのだから、ムッとむくれるかすれば収まったのに、メイシェンは素直に頷いた。おそらく助言と受け取って、感謝もこめながら。……ので、座りが悪くなってしまったミフィル。

 そんな誤解がつくりだした微妙な空気は、注文を届けてくれた店員に助けられた。それぞれの前に、注文のドリンクを並べていく。

 

 仕切り直しとか、ストローでズーズー吸い上げるミフィルと、美味しそうにチュルチュル飲むメイシェン。

 そんな二人が、ゴクリと飲み干したのを見計らうと、

 

「言いたいことはそれだけか?」

「そう? なら、お言葉に甘えて―――。

 アナタの正体は? どうしてメイの従者になったの?」

 

 気軽な空気で、いきなり核心を突いてきた。……心構えをしてたから動じずにいられるも、初見なら動揺が出てしまったかも。

 答えるべきか悩む。言わなくて良いのなら喋られないけど、そうも言っていられない相手/状況。どうすべきか……。

 ふと、浮かんできた。

 

「魔眼を使わなかったな。大した興味もないことか?」

「……一度見抜かれたんですもの、続けざまには出ないわよ」

「それじゃ、初っ端でぶつけてこなかったのは何故だ?」

 

 自分から敵対を宣言したのだから、一番探らなきゃならない情報のはず。それなのに後回しにした、ついでとばかりに聞いただけ……。彼女の思惑と行動には齟齬がある。

 痛いところを突いたのか、質問返しに苛立ってか、僕の中の何かを訝しるように睨んでくると……、小さくため息混じりに、

 

「……腕前はあるかもだけど、自信過剰なところがキズね」

 

 かなりの酷評をもらってしまった。嫌味ではなく、彼女なりの評価基準に則ってだろう答え。

 僕の方も驚かされた/懐かしくも新鮮な気分。本心から面と向かってそんなことを言ってくる輩には、ここ十数年遭遇してこなかった。どんな裏事情があるのか、逆に警戒してしまう。

 考えを巡らせていると、

 

「やっぱりいいわ。聞く必要もないことだし」

「……なるほど! 短気な性格てのは、当たってたみたいだな」

 

 

「―――あの、すいません」

 

 

 ミフィルが険しげに何かを言い返そうとする前に、通りからの少女の声に遮られた。

 思わずも皆振り向くと、そこには―――、先刻出会ったばかりの銀髪美少女がいた。

 

 あまりの人形じみた異質な雰囲気に、皆が呆然と注目し続けてしまう。そんな中、初対面じゃなかったので免疫があった僕は、「なぜ今ココに?」との疑念を浮かべることができた。

 そんな思考を巡らせている中、さらにもう一つ/微かな違和感に気づかされた。……彼女、こんなに目つきが鋭かったか?

 おそらく僕に対しての、敵意のようなモノまで感じ取ってしまうと、

 

「レイフォン=アルセイフさんと、メイシェン=トリスデンさんですね。

 用があります。一緒に来て頂けませんか?」

 

 言葉上では穏やかな誘い、でも含意には「ついて来い」との命令文。

 上級生かつ小隊員の証/胸ポケットにつけてる銀色のバッチを身につけてる彼女。いくら強引な割り込みとはいえ、さしもの短気ツインテールも渋い顔を向けるのみ。僕の方も、話すこと/今聞き出したいことはもう無い。……お誘いに乗ることにした。

 メイシェンにも目配せで確認すると、「了解です」との返答。

 

 ズズりと一気にドリンクを飲み干してしまうと、空のコップをそのままに、テーブルから離れた。疑惑先輩美少女の後についていった。

 置いて行かれたミフィル達は、「仕方がないわ…」と憤懣を飲み込むも、店内からの店員の眼差しに気づき……、気づいた。

 ドリンク代、奢らされた―――。ちゃっかりメイシェンもそうしていた所を見るに、先の密談とは違って、小気味よい会談で締めくくれた。

 

 

 

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 

 軽くノックすると、すぐさま返答がきた。

 

「―――入りたまえ」

「失礼します」

 

 病室の扉/患者に配慮したスライド式のソレを丁寧に開けて、入室。

 そこには、体に負担がないよう緩やかに湾曲してるセミダブルベッドの上、艶やかな銀長髪の美男子がゆったりと体を横たえていた。……病身である今、初見の人間だったら美女にも見えただろう。

 そういった色恋沙汰にはとんと疎い/興味もわずかなので、気になるのは綺麗な外面よりも腹の真っ黒さだ。いちおうは『味方』との立ち位置だけど、どこか緊張を強いられてしまう相手/上官。……なので表情も、厳しげなモノになっているのだろう。

 

「……随分な格好だね。今日はひさしぶりの休日だというのに」

 

 何のことかわからず、ふと我が身を見返して、「そう言えばそうだった」と思い出せた。……病室にこの汚れた格好/戦闘服は、失礼だったかもしれない。

 謝罪しようとか思ったが……、止めた。そんなこと気にする相手ではなかったし、そんな上司だから部下に収まっている。

 

「街に発生していた【異界】の駆除をしていました」

「街? それなら、生徒会が責任をもって対処してたはずだけど?」

「いえ、【学園街】ではなく、【市民街】のほうです。

 去年も3個ほど、出現したとの都市警の報告書を読みましたので」

 

 学園には独自の情報網があって、収集能力も分析力も都市随一だろう。けど、ツェルニは広い、都市内全てをくまなく網羅するなどできず、必ずどこかに漏れがある。小さな事件など切り捨てられてしまいがちだ。……情報担当官たちの怠慢も。

 なので、各街区を担当している都市警察の尽力が必要になる。けど、特権意識を大なり小なり持ち合わせてしまっている生徒だと、都市警の力を借りることを『恥』だと無視してしまいがちだ。ソレこそ本当の恥だと思うが、いまは仕方がない。……いずれはしかと、糺していかねばならない。

 

「……その程度なら、君が出向く必要はなかったのではないのかな? 【ギルド】や都市警に任せてよい程度だ。逆に『獲物を横取りされた』と難癖もつけられてしまう」

「確かにその通りですが……、()()()()()()()()()との噂を小耳に挟みました。万が一があってはならないと、勝手ながら出陣させてもらいました」

「【ハーレイ=サットン】君も一緒にかい?」

 

 コチラの含み嫌味をサラリと流して、逆に問い詰められてしまった……。やはり、油断ならない人だ。

 そんな警戒心が滲んでしまったのか、

 

「責めてるわけじゃないんだ。むしろ、褒めたいぐらいだよ。君の直感と行動力もさる事ながら、『仲間を頼ってくれた』その成長ぶりをね」

 

 そう言って、極上の微笑みを重ねてきた。

 コレで何人(いや何十人か?)、女性たちを篭絡してきたのだろうか……。身内だと、諸々ただ辛い。

 

「……申し訳ありません。次からは、報告してからにするようにします」

「時間がある時だけで良いよ。即応が求められている戦況だったのなら、事後報告で十分だ。君の判断を信頼している」

 

 秘密主義のアナタから言われても……。正直に反論すべきか、いつも迷う。黙ってることで『肯定』と決めつけられても、たまらないし。

 

 ため息と愛想笑いをこらえて、努めて事務的無表情を取り繕っていると、「挨拶はこれまで」とようやく本題にはいってくれた。

 

「先程、新しい隊員をスカウトした―――」

 

 コレだ―――。傍に控えていた看護師兼メイドさんが、一冊のファイルを/履歴書らしき書類を渡してくれた。

 受け取って目配せで了解を得ると、開いて中身を見分した。

 どれどれ、フムフム―――、ん? こいつは何処かで―――……、ッ!?

 

「私としては決定事項だけど、君なりにも試してくれないか? その時、『君の判断を優先する』との嘘も使っていいよ」

 

 …………冗談でしょ? 

 質の悪いドッキリを期待して見直してみるも……、そうではなかった。

 よりにもよってコイツが、()()()()()()()()()()()()コイツが、私達の新しい小隊員になる/する―――。頭が真っ白になる。何も考えられず、ただただ凝視するだけしかできない。足元までふらつきそうになるも、それだけはギリギリ抑えられた。

 

 呼吸を整え、平静さを幾分か取り戻すと、改めて上司を見返した。……これはいくらなんでも、悪趣味なのでは?

 喉元までその罵倒が出てくるも、寸前で止めた。目の前の上司であっても、『このこと』は知らないはず。……知っていたとしても、『知らなかった』とシラを切られたらそれまでだ、私からは一切教えていないのだから。

 苦いものを一気に飲み下すと、代わりに別の嫌味で晴らす。

 

「……邪推かもしれないですが、かなり『強引な手』を使ったのですか?」

「いいや、大したことない手だよ。……私としては、だけど」

 

 ……聞かなかったことにします。

 知らない方が身の為だろう。知れば知るだけ、この人との関係が悪くなるだけだ。……いや、悪くしてしまうだけだろう。

 

「これで対抗戦にはでられる。勝てるかどうかは、私と君の腕の見せどころだ」

 

 期待してるよ―――。ニヤリと不敵に、この一点だけは共感できる想いを、見せてきた。

 

 ……そうだ。この世界でワガママを貫くには、私はまだまだま力不足だった。

 私の願いに共鳴して協力し合える、そんな都合が良い他人などいない。その時々に偶然重なり合えたチャンスを、逃さず掴むだけだ。そうやって辿っていかなければ、たどり着けないのだから。他を全て拒絶したら何も成せない。たとえ目の前の男のような秘密主義者でも、ただ一点でも信じられる想いがあれば、繋がなければ。

 先に飲んだのとは、別種の苦味を飲み尽くすと、

 

 

「―――必ず勝ちます。そしてなにより、ツェルニを救ってみせます」

 

 

 この手で―――。今後こそ。

 目の前の上司/カリアンに対しての宣言、よりも、私自身に対しての誓約。

 私【ニーナ=アントーク】は、今度こそこの手で、都市の魂を救ってみせると

 

 

 

 

 

_

 




長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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入隊 前

 

 

 互いに無言で、銀髪の少女先輩の後ろについていった。

 短気ツインテールの追求から離れるために従うも、疑惑の残る相手。もう当初の目的は果たせたので、そろそろハッキリさせにいく。

 

「―――先輩、俺たちはどこに向かってるんですか?」

 

 尋ねてみるも、銀髪先輩は振り向きもせず。ただ「ついてくればわかる」と命じるがごとく、前へ進み続けていく。

 

 学園・前庭の商店街区から離れ、学生寮区とはまた別方向。学園に来る前に叩き込んでいた地図によれば、武芸訓練区へと向かっているはず。

 生徒たちが、その体と技を鍛えるための訓練区画。個人鍛錬のための小訓練所から、団体同士の模擬戦闘まで行える中訓練館、都市戦や虚獣戦の想定戦闘まで行える大訓練場まで。……エリートたる小隊員が優先的に使うことが許可されているエリア。

 つまりは、小隊員の詰所みたいな場所に案内してくれる、ということだろう。あまりにも早すぎる対応は気になるものの、筋は通る。無愛想なのは性格か、それとも無理やりすぎる推薦に納得していないのか……。

 

(全ては、彼女が()()()()()()()()()()()()()としたら、だけどな)

(ぇッ!? ……どうして分かるんですか?)

 

 従士契約を通してのメイシェンとの内緒話。すぐ先を行く疑惑先輩には聞こえないはずだけど、驚きが漏れたのを心配してか、耳打ちのような小声で聞き返してきた。

 

(ただの直感、確証は無い。

 が、『コレ』ですぐにわかるはず―――)

 

 腰元の剣帯から、列車で奪った短剣を掴みそっと抜き出すと、

 

「もしかして、『コイツ』を返してもらいたいんですか――― 」

 

 何気ない様で言い終わるやいなや、抜き出していた短剣をシュン―――と、投擲した。疑惑先輩の背中へと。

 狙いは肩口辺りだ。完全に後ろを向いている相手では、躱しきれないはず―――

 

「……ッ!?

 くッ――― 」

 

 しかし―――ギリギリで察し、躱した。その場で半回転捻り/沈ませながら、軌道から逸らした。

 

 良い反射神経だ。……()()()()()()良すぎるほどに。

 短剣は、肩元を少し切っただけで、あさっての方向へと飛んでいった。

 

 

 疑惑先輩は戸惑いと、それ以上の怒気を押さえ込みながらも、はじめて真正面で相対してくれた。

 

「…………どういうつもり?」

「ただ、返そうとしただけですよ。

 それと―――()()()()()()

「? 

 なんの冗談……を――― 」

 

 僕がいまだに伸ばしている腕/剣印にしていた指先。目を凝らさなければ/剄を通わせなければ見えないように隠蔽していたけど、気づかれたらしい。指先から真っ直ぐ、自分の肩近くを通りその後ろまで伸びている、剄糸の存在を。

 けど、もう遅い。引き寄せるために剄を使った、その違和感でようやく気づいたのだから。

 明後日に投げ飛ばしたはずの短剣が、再び飛び戻ってくるのが―――

 

 短剣はグサリ―――と、ガラ空きの背中に突き刺さった。

 

 直後、体を仰け反らした銀髪美少女先輩は、苦悶の表情を浮かべ―――、破裂した。

 まるで風船のように、急速に/顔貌まで崩れるほど膨張するや……パチンッ!と、破裂音とともに一気に外見が変わった。

 

 

 

 露わになったのは、先ほどとは似てもにつかない容姿/肩までの黒髪の褐色肌、容貌に至っては中型の肉食獣を思わせる鋭利で静かな瞳。……変装していても、隠しきれなかった彼女の本当の部分。

 首から下げていた/小さなペンダント型の【変化身】の符呪が、ひとりでにボロボロと砕けていった。

 

 ソレをチラと見て、舌打ちしたさそうに眉間にシワを寄せるも、すぐ飲み込み/冷静に向かい直し、

 

 

「―――どうして、気づけたの?」

 

 

 変装前よりも低めの声質で、種明かしを要求してきた。

 それは、隣のメイシェンも同じだった。いきなりの異常行動からの異常な結果に、戸惑いを隠せないでいる。

 別段隠すことでもない。今後のためにも種明かしすることにした。

 

「本物のフェリ先輩とは、もう顔合わせしていた」

「ッ!?

 …………抜かったわ」

 

 その答えに初めて、おおきく舌打ちをこぼし……嘆息した。

 僕の方も、その『偶然』に舌を巻いていた。ソレが無かったら見破れなかったはず。少なくとも、こんな好条件の場所では。

 

(……もしかして、予見してたのか?)

 

 第一印象でしか無いものの、そう思わせる何かを感じさせる人だった。あるいは、彼女の兄/カリアンが見抜いて布石を打ったのかとも。……嘘先輩もおそらく、そう判断しているのだろう。

 嘘先輩は、強ばっていた肩の力も落とすと、

 

「……自己紹介は必要?」

「お願いします」

 

 間髪入れずの求めに、観念してかため息一つ、

 

「第3小隊所属の【サツキ=ハンター】よ。あなた達二人を小隊に勧誘に来たの。……あと、私のナイフを返してもらうため」

「『ハンター』?

 もしかして……、ナツキのお姉さん!?」

「あら? 覚えていてくれて嬉しいわ、メイシェン。

 見ない間に随分大きくなったわね、……色々と」

 

 メイシェンの『色々』を眺めて/我が身と比べてか、愚痴のように。……確かに、年上にしては小柄すぎる、全体的に。

 加えて、思い出せた、彼女の妹/ナツキとは一度会ったことがあると。そのおぼろげながら覚えている容姿容貌と比べてみると、確かに姉妹な共通点はあった。……ただ、目の前の彼女が『妹』だと言われた方が、すごく納得してしまうけど。

 

 知り合いということで、和やかな空気になりかけていた。持っていこうともされる気配に、釘を刺すことにした。

 

「『勧誘』ね……。ぬけぬけとよく言える。

 『拉致』の方が、合ってると思うが?」

 

 続いて『監禁』も加わるかもしれない。……最悪だと『抹殺』にも。

 現状の再確認に、女性陣から眉をひそめられるも、

 

「おおかた、案内した先に脱出不能な罠でも仕掛けてるんだろう? 俺たちの返事がどうであれ、もう居るよりもいない方が都合が良いから。ソレがこんな早々と、まだ街中で目論見も正体もバレてしまった……。

 あからさまな時間稼ぎしなくちゃならないぐらいには、予定外のことだったんだろ?」

 

 すぐに退散しなかったのは、挽回のチャンスを伺っているからだろう。失敗と受け止めて踏ん切れないだけか、問答無用ならどうにかできると驕ってる可能性もある……。どちらにしても、個人プレーじゃない、集団の/おそらく『第3小隊』の総意への忠誠心によるものだろう。

 踏み込みすぎれば、しっぺ返しを喰らってしまう……。手負いの獣のようなものだ。メイシェンに目配せで、じゃっかんの方針修正/できるだけ穏便に済ませると伝えた。

 

「―――俺たちが聞きたいのは、一つだけ。

 どうしてそこまでして、18小隊の結成を邪魔する?」

 

 すぐさま強硬手段に打って出た動機は、そのため以外だとは考え難い。僕らがまだ/有望視されているもひよっ子であること、すでに出会っていた偶然がなかったのなら、かなり成功率は高かったはず。……強引なれど無理じゃなかった。

 僕らからの疑念に、少し驚いたかのように目を丸くされた。図星だったからか、思ったよりも冷静であったからか。

 そして少し黙って考え込むと、観念したように教えてくれた。

 

「―――この都市、ツェルニ存続ため。あの男の都政への影響力を、弱めるためよ」

 

 当たり障りのない、半分は予想していた答え/大義名分だ。……何も教えていないのとほぼ変わらない。

 なので、もう少し突っ込んでみることにする、

 

「あのカリアンて色男は、随分嫌われてるんだな。……フラれた逆恨みかい?」

 

 煽り文句をぶつけてみると、かなり嫌な顔をされて、無視された。……安っぽい面食いだとは思われたくないらしいことは、わかった。

 

「今のツェルニで都市対抗戦なんて強行すれば、真っ先に犠牲になるのがスラム街、アナタの…私たちの故郷よ」

 

 強調してきた、自分も同じ想いなのだと、メイシェンの翻意を唆してくる。

 隣で微かに動揺をみせてしまっている相棒。マズい空気を変えるためにも、

 

「……対抗戦は【橋】の中だけでやるものだろう?」

「通常はね。でも、セルニウムの備蓄が足りないツェルニに、まともな【橋】を作れると思うの?」

 

 常識で冷まそうとするも、実に理屈の通った返答に黙らされた。

 改めて考えさせられると、カリアンの話には無理があった。いくら備蓄をすべて投入しての捨て身、だとしても、まともに【橋】を作れるとは考え難い。そもそも、そんな捨て身な背水の陣に誰が賛同するのか? 自分たちが助かるための備蓄まで供出させる絶対命令権を断行できるのか? できたとしても妥協が挟まり、『一部の犠牲』は仕方がないに落ち着くのでは?

 

 僕も帝都で、散々味遭わされてきたことだ―――。不快な過去、今思い出しても煮え滾るモノが沸いてくる。僕らを奪い殺し、今も死地へ急き立ててくる核燃料。

 共感してしまいそうになると、

 

「……第3小隊の方々は、犠牲の無い方策なんですか?」

「ええ、その通りよ」

 

 ハッキリと明言してきた。

 

「具体的には?」

「とても簡単なことよ」

 

 詳しいことを知りたいなら、招待を受けて……。あからさまな勧誘文句。

 迷わされたメイシェンが、目を合わせてきた、「どうする?」。……答えは決まっている、「ダメだ」。

 

 ハッキリしている致命的なことが、2点。

 まずは、こんな公衆の面前で言えない『秘密』であること。あるいは、当事者である彼女が口に出せば言質となり、第3小隊ならびに協力者達が不利になってしまうか。どちらにしても、誰もが両手をあげて賛同する正道では無いことは、確かだ。

 次に/最も致命的なことは、彼女の当初の目的は『拉致』だった。ソレが使えなくなったら次善策として、自発的な勧誘にすり変えた。僕らの賛意が得られないことを見越しての策略をした。……そんな外道をする相手は、9割がた信頼に値しない。

 知り合いだったのかもしれない。けどソレは、過去の話だ。メイシェンと目の前の女が抱いている考え方は、同じラベルは貼られてるものの、全くの別物になっている。

 

 そんな理屈を叩き込んでやろうと思ったけど……寸前、止めた。

 メイシェンと目合わせて、却下の意を伝えると、「了解」が確かに返ってきた。加えて、僕が繋げて出そうとした理屈を、すでに理解していた気配も。そのさらに奥に、彼女の迷いの核があると。……あえて言葉に/表に出すのは、あまりにも無神経な気がしてしまった。

 どうしたものか……。黙って考えていると、

 

「……どうしたの? ただ一緒に来てくれるだけでいいのよ。それで皆が助かる」

 

 しびれを切らしたのか、策略女の方から急かしてきた。

 微かに動かされた眉に、彼女の焦りが見える。コレ以上の策が無いことの証だろう。あるいは、かなり善人に見積もって、『本当の強硬手段』の発動をギリギリでせき止めている。

 もしもそうだったとしたら、いや微かでもその可能性があるのなら、無碍には断れない。……おそらくソレが、女主人様の考えでもあるのだろう。

 

 どうしたものか……。改めて考えさせられると、

 

「………………わかったわ。考える時間は必要よね。

 今日の夕暮れ時、今から5時間と3分ほどなら待てる。それまでに決断してちょうだいね―――」

 

 その時のために、ゲスト用の通行パスを渡しておくわ―――。肩を落としてのため息まじり、ポケットから取り出した二枚のカード/ちょうどバスで渡されたのと同じような規格のモノを差し出してきた。

 

(……ここが妥協点だろう)

 

 どうせ無視すればいいだけ、カードもすぐに捨ててしまえばいい。

 どうして諦めたのか? 不審なことではあるものの、コレ以上この膠着をどうすることもできないのは伺えた。とりあえずの最低目標が『迷いの楔を打ち込む』だとしたら、達成されてる。ソレが彼女の妥協点だったのだろう。

 

 メイシェンに目で確認すると、「コレでいいよ」と。

 主人が認めたのなら、もう何も言うことはない……。ただ、従者として最後まで警戒、彼女はその場に/カードは自分が受け取ろうと、近づいていった。

 

 しかし、そのカードを受け取る―――寸前、女の口の端が僅かに上がったのが見えた。まるで、ようやく獲物が罠にかかったのを悦ぶかのように―――

 

(ヤバい―――)

 

 嵌められた!? 

 その直感が寸前、手を止めてくれた。

 けど……、全身を退かせるまでにはいかなかった。

 僕が居ついてしまっている間、女は差し出していたカードを表返し、見せてきた。

 

 そこに描かれていた墨絵は、通行パスではありえないものだった―――

 念威を宿せる特殊な文字列/文様、鍵穴を象ったかのような外枠に、中心には6本指の手のような何か。……ソレらが示す具体的な意味は分からずとも、似たようなモノは何度も見せられてきた。

 

 【魔界転身】の符呪―――。札を見た相手を、強制的に夢幻空間に引きずり込む。

 あらゆる符呪にも言えるけど、奏者が念威を込める/発動条件を満たさなければ、ただの不気味な絵柄の札だ。これだけ強制力がある符呪なら、奏者が直々に使うのがセオリー。だけど、力量があるのならその限りじゃない。武者である目の前の女であっても、使うことができる。……ただし、彼女も同じく対象だ。

 

 符呪が発動―――。札から念威特有の幽明な光が溢れると、中心に描かれていた悪魔の手が、大きく大きく具現化した。ただの文様のはずなのに、まるで生きてるかのように軋む/蠢く。

 一度発動されたら、逃れることはできない……。この手は僕の/対象者の視界にだけ、意識の上にだけ刻まれた呪い。対象者以外には見えないし触れられない。対象者を夢幻に引きずり込むまで、どこまでも追いかけてくる、逃げれば逃げるだけ強く/凶悪にもなる。

 ただ、引きずり込むだけだ。他に害を及ぼすことはなく、ソレで呪いは達成される/消える。……されるがままにした方が無難だ。

 

 ため息一つ/諦めて、メイシェンへと振り返ると伝えた、「すぐ戻るから心配するな」。

 自分の身の安全を最優先に―――。間違っても、僕を助けるなどはしないように、ソレがお互いのためにもなるから。

 ……そんな言葉の全ては、さすがに伝わらなかっただろう。けど、ニュアンスは読み取ってくれたはずだ。……そう信じるしかない。

 切り替えて/覚悟を決めると、悪魔の誘い手を受け入れる―――

 

 

 

考えることは、同じですね―――

 

 

 

 どこかからか響いてくる、無機質な少女の声が、遮らなかったのなら。

 

 今にも飲み込まんとするほど、すぐ目と鼻の先で悪魔の爪指が覆い尽くしている。あと数秒にも満たない僅かで鷲掴まれ、夢幻に/用意された檻に引きずり込まれるも……、そこでピタリと静止していた。

 まるで、凍りついてしまったかのように。()()()()()()かのように―――

 

 気づけた直後、視界に映る全てに薄青色のフィルターがかかっていた。先まで地上にいたはずなのに、急に水中となったかのように。……あるいは、死後の世界か。

 いったい何が起きたのか? ……脳みそが答えを弾き出す前に、また別の女性の声音が響き渡った。

 

 

『―――アナタ方がやろうとしているのは、緩やかな集団自殺だ。誇りのない人生など、屍と変わらない!』

 

 

 先ほどの無機質な囁きとは打って変わって、凛々しげな宣言。

 声のした方向に振り向くと、その何も無いはずの空間が歪んでいた。歪みは渦となり、巻きつづけるとその捻じれから、幽明な青白い輝きが溢れ出てくる。光は瞬く間に大きく大きくなり、渦すべてを染色してしまうと―――

 そこには、金髪の女武者が現れた。

 

 その宣言と同じように凛々しく、堂々とした立ち振る舞い。軽武装かつ胸のふくらみが見えなかったら、美男子とも映ったかもしれない。

 中でも目を惹かれてしまうのは、その眼光の力強さだ。太陽でも詰め込まれているかのように、自身だけでなく視えるすべてを輝かそうとしている。ソレは彼女が纏う剄にも反映されていて、白金色に近い色合いに輝いている。

 

 たてつづけの乱入者に動揺が臨界まで達しようとする。表にまで溢れ出そうになる寸前、幸運にも閃いた。思い至れた。

 夢幻【無下間】―――。コンマ数秒以下の時間の狭間をこじ開けて作る夢幻空間。周囲のあらゆる光景が、まるで凍りついてしまったかのように見えるのが特徴だ。……まさに目の前のように。

 ただ、凍りついているのは自分たちも同じだ。自由に動き回れてるのは意識だけで、本当の体はキチンとそこに止まったまま、見えなく錯覚させているだけだ。……なので、視える光景には何も干渉できない。

 

 策略女の罠にはまる寸前/まさに刹那、別の夢幻にかっさらわれた。

 どうやって? ……不可解すぎるタイミングの良さへの疑念が沸いてくると、先ほどの女武者が自己紹介してきた。

 

「出迎えが遅くなって済まない。私は、18小隊隊長代理のニーナ=アントークだ」

「ッ!?」

 

 ……『アントーク』だと!?

 ココで聞くとは思わなかった、まさかの家名。ただ同じ名だったと思いたい、あまりにもありえない偶然なのだから。

 しかし……、相対してくる彼女の風貌には、そう思わせてくるモノがある。かつて死闘を繰り広げた『彼』とダブって見えてしまう。

 そんな動揺はおくびにも出さず……とはいかなかったけど、相手に不審がられるほどあからさまではなかったはず。ただ黙って、今は様子を伺う/セオリーにのっとる。

 

「彼らは既に、18小隊の小隊員だ。多重在籍は都市法でも認められていない。残念だが、お引き取り願おう」

「……ソレが、あなた達のやり方?」

「そうだ。……お互いにな」

 

 共感は示しながらも一歩も退かず。断れば戦うだけと、そして自分たちが必ず勝利すると、優位さを押し付けてきた。

 ソレはサツキも十分に理解しているだろう。それでもメンツゆえにか、焦りでも怒りでもなく平静に最後まで計算して……、諦めた。

 

「……いいわ、今は退いてあげる」

 

 ナイフも返してもらったし……。背中に刺したはずの短剣/変装が破れたと同時に弾かれ落ちて、今は元の持ち主の手の中で転がされている。

 そのナイフを携帯用の圧縮型に/盗んだ僕ではできなかった形態変化をさせると、腰の剣帯へ実に滑らかな動作で収めた。そして、髪を後ろに跳ね上げる動作とともに―――チリぃン、小さな鈴の音色を響かせた。イヤリングに偽装/付属された何かを。

 

 その残響が薄れて消えた……直後、ヒト一人おさめられるほどの巨大な【転移門(ワープポータル)】が、彼女の背後に出現した。

 ほぼ同時、彼女もトンッとバックステップして、ポータルへと飛び込んだ。彼女を受け止め包み込む―――

 

「それじゃ二人共、また近いうちに―――」

 

 【夢幻渡り】___。おそらく仲間の奏者が開いたポータルから、安全圏へと退避してしまった。

 

 

 

 【無下間】の弱点___。敵を強制的にも引きずり込めるけど、簡単に抜け出せてもしまえる。領域半径は10メートルあるか無いか、その外壁を抜ければすぐ脱出できる。敵が奏者だったら、わざわざ夢幻渡りのチャンス/逃げ道を与えることにも。また、相手がいないと/自分ひとりでは展開できない。ので、相手が拒絶したらすぐに崩壊しはじめる。……今回の場合は、彼女一人が抜けても自壊したりはしない。

 ただし一つ長所。夢幻は重ねがけできるも、無下間の重ねがけはほぼ不可能。ゆえに、先取りされたらまず展開できない。味方や敵を一瞬にして自分の領域に引きずり込める、敵性夢幻への対抗策としてよく使われる。

 なので―――

 

「―――『助けてもらった』てことになります?」

 

 無下間を展開してくれたおかげで、敵性夢幻に引きずり込もうとする悪魔の手も、目の前で凍りついてしまっている。……もちろん、まだ解呪されたわけじゃない。のでこの無下間から出れば、あの手は再び/すぐ引きずり込もうとする。

 

「そうしたかったが……、どうやら自力で対処できたようだな。

 恩着せがましくみえてしまったのなら、謝ろう」

 

 そう言うや言葉通り、頭を下げてきた。

 

 ……生真面目な人だ。

 当然演技なのかもしれない。けど、素でやっているようにも見えてしまう。……潔癖そうな佇まいが、そう思わせるのか?

 少なくとも誠実な振る舞い。なら、コチラもそう返すのが礼儀だろう。 

 

「罠にかかったのは事実ですよ。助けてくれなかったら、相手の陣地に引きずり込まれてた。……彼女の護衛としては、あまり褒められたことじゃなかった」

 

 状況の二転三転に困惑しているメイシェンへ、軽く謝罪。……護衛は自分一人、まだ自分たちの安全圏を作っていない現状で、彼女を独りにするのは危険極まりない下策だった。

 すでに戦況は、僕一人の手に負える段階を越えていた。援軍を求めるか、逃げ腰でいつづけるかを選ばなかったのは、僕の驕りによるミスだった。そもそもあの時/カリアンに、護衛を求めるのが最良だった。……自戒しないと。

 

「確か…フェリ先輩ですよね。この無下間を展開してる奏者は。

 姿が見えないようですが、まさか……遠隔で展開してるんですか?」

「ああ、お前たちに渡した18小隊の通行パスを通して、間接展開してる」

 

 指摘されてはじめて、ポケットに収めていたカードに意識を向けると……確かに、念威の波動があった。微弱になるよう隠蔽されてるも、発動している/触れるほど近くにある以上は隠しようがない。……メイシェンのカードにも、何かしら施されていたようだった。

 

(いつの間に……)

 

 おそらく最初からだろう。さらに加えれば、僕と偶然を装って出会った時に、すぐに起動できるようスイッチを押したか。あるいはそもそも、どのカードにもこういった裏機能が仕込まれてたのかもしれない。

 思わずも、胸の内でため息がこぼれた。……彼らの本気度を、過小評価しすぎてた。

 

「ほ、本当に……そんなことを?」

「現に展開され、私もココに飛ぶことができた」

 

 信じがたいことだがな……。最後にこぼした苦笑交じりに、違和感がでてきた、二人は仲間なのでは? 

 我関せず/黙したままのフェリ先輩。ソレらで推察、二人の仲は思っていたよりも親密ではない? 『仕事の同僚』に近い冷めた関係か? ……何かしらの溝があるのは間違いない。

 

「……このまま18小隊の【部室】まで招待してくれる、てことでいいですか?」

「その方が早いだろう? その『手』についても、コチラで処理できる」

 

 凍りついてる呪いの手。執行者にして同じ対象者のサツキが消えたことから、奏者の仲間に解呪させるつもりだろう。すでに無下間に囚われてしまった手は、自分の身を危うくする『逆呪い』になってしまう。フェリ先輩ならソレを端緒に、個人情報を搾り取ってしまうことだろう。

 ただし、『できる』のであって『やる』わけじゃない。僕らが彼女の指示に従う限りおいては、だ。……僕らにはもう、選ぶ自由がない。

 

「俺たちの意思は無視で?」

「……ソレについては、申し訳ないと思っている」

 

 言葉だけの謝罪……とまで冷淡ではなかった。聞く耳は残してくれてる。

 感謝すべきなのか、上から目線だと腹立つか……。彼女はいわば中間管理職だ。なら、悪いのは上司の方針だろう。

 沸いてくるモノは一旦棚上げに、別の疑念を解くことにした。

 

「はじめからやらなかった理由は?」

「少しでもこの街の空気を味わって欲しかった。落ち着いて考える時間も」

 

 ……大人の判断だ。良心と職務を少しでも一致させようとの努力の結果。外見通りの人物だった。

 

 今はもう聞きたいことはないので、一応メイシェンにも振ってみた。……彼女も、今はこれだけで良いと頷き返した。

 僕らの無言に、「了承」を読み取ったのだろう。女武者/ニーナ先輩は、空を見上げながら、もう一人の先輩に指示を出した。

 

「フェリ、このまま全員を【夢幻渡り】してくれ」

『了解です―――』

 

 簡潔なその言葉の直後、視界がグニャリと歪み始めた。

 さらに捻れねじれていくと、できた渦の境目から大小さまざまな【夢幻蝶】が溢れ出てきた。歪みきった視界を、幽明な鱗粉で満たしていく。

 それらが視界すべてを覆い満たすと、白い輝きがすべてを染め上げ/占領していき―――

 

 ―――

 ……

 

 。

 

 

 ___再び視界がクリアになると、そこには……全く別の光景が映っていた。

 

 

 

「―――ようこそ、我らが18小隊の【部室】へ」

 

 

 

 といっても、まだ再現した夢幻空間だが……。夢幻渡りした先なのだから、夢幻なのだろう。ただし、さきほどの無下間とは違う夢幻の中、肌を泡立てくるような違和感/夢幻特有の不快感は微弱になっている。……時間の流れも、現実時間どおりのモノだろう。

 

 サッと辺りを見渡してみた。

 広さは半径5メートルぐらいの立方体内、一般的よりも小さめな道場に近い。地面は強化コンクリート製で、壁も天井も同じだろう。天井付近の壁には幾つかの通風孔、天井には一体型のエアコンと警報装置類に、監視カメラが2台隅に設置されている。

 壁の一面だけはほぼ全面のガラス張りで、外の様子がコチラからも見えるはずだけど、今は曇り過ぎていて見えない。……そういう機能が元々備わっているのか、夢幻の設定としてかはわからない。

 そして、何より気になるのは、目の前の彼女以外の小隊員ならびに部員が見当たらないことだ。……ここに連れてきたフェリ先輩すら見当たらない。

 

「そして、早速で悪いが……、お前たちを試させてもらうぞ」

 

 好みの武器を選べ―――。そう宣言するや、ニーナが向けた手の方向の壁に、無数の極小さな/青白い半透明のポリゴンじみた立方体が何もない空間から溢れ出した。高さ胸ほど/横は背丈ほどの長方体になるまで占領するや、今度は中心から消え始める。と同時に、色合いと質量をもった棚のような何かが出現してくる。

 そして、すべての立方体が消えるとそこには……、多種様々な武装錬金鋼(ダイトアームズ)が立てかけられてる武器棚が、露わになった。

 

 いきなりの宣言と見せられたソレら、導き出される意図に、思わずも眉をひそめた。

 

「…………どういうつもりです?」

「言った通りだ。監督が推薦しただけの実力があるのか、私自身で試す」

 

 カリアンは認めても、彼女はまだ認めていない……。本心は渋っているのかは、憮然としているだけの彼女から見えてはこない。

 

「俺たちはもう小隊員なんですよね?」

「そうだ。だが、隊員としてどう扱うかは、私に一任されてる」

 

 評価が悪ければ、待遇も悪くなる……。背任にならない職務ギリギリ、上司からのイジメ黙認な職場。

 ため息は出ない、むしろ変に気を使わなくていい安心感がある、規律よりも実力と実績を重視してくれるとも言える。実に馴染み深い空気だ。

 ただ一つ、

 

「……断ったとしても、ココから出してはくれない?」

「察しがよくて助かる」

 

 ちなみに、彼女も同じくだ……。急に名指しされてか、ビクリと強張った。さすがの彼女も、緊張しているのだろう、人質になったようなものだから。

 ソレは少し過小評価しすぎだと、

 

「……わ、私が手を出してもかまわない、てことですよね?」

「もちろんだ。―――できるのならな」

 

 フェリ相手に、どこまで張り合えるか……。確実に格上の相手。加えて、その相手が先に展開した夢幻の中での戦い。

 試験にしては、あまりにも不利な状況だ……。仕掛けた彼女たちが勝てるように仕組んでる、少しばかり大人げないほどに。ただの新入生いびりなのかとも、勘ぐってしまう。

 

 本当の狙いは何だ? ……考えるも答えは出ない。分からなくても、戦いは強制される、心理的な負荷までかけられてる。

 でも、やるしかない―――。ココは戦場、ならば迷いは棚上げ/切り捨てて、迫り来る危機の排除に神経を注ぐ。

 そっと契約紋に力を流すと、ニーナには聞こえない(…はず)念話をメイシェンへ、

 

(どこまでなら抵抗できる?)

(!?

 …………たぶん、5秒ほどなら。心身に干渉はされないよう保護できる、ぐらいですけど)

 

 それも初発に限り、次からは保証できない……。申し訳なさそうに、と思ったけど少し外れた。悔しそうな色合いを、抑えきれずにか滲ませていた。……競争や闘争心とは無縁と思っていたけど、奥底の真相はそうではなかったらしい。

 控えめすぎる評価とは思う。けど、未だ姿も捉えられない格上、底が見え無さ過ぎる力量差。そこまで萎縮させられてるのは、事実だろう。彼女自身の守りすら、危ういのだから。

 ソレで十分だ……とは、さすがに言い切れない。目の前のニーナの実力とて不明な現状だ、フェリとのコンビネーションまで考えたら、瞬殺される最悪すら浮かんでくる。けど/だからこそ、無いよりははるかにマシだ。

 

(パスはこのまま繋げておく。その『5秒』の使い時は、俺の判断に従ってもらう)

(……わかりました)

 

 彼女には戦局の見極めができない、とは言わない、むしろ優れてるほどだ。コチラの指示など必要なく、最適な機会を見抜いて確実に援護を送ってくれるはず。

 けど、5秒だ。そして、これからやる戦いの形式は、決闘だ。戦術眼よりも戦闘技能、前線でぶつかる僕が判断する方が無難だ。……そんな諸々を理解してくれてるのが、彼女の了承から受け取れた。

 

 緊急作戦会議終了。ニーナに気取られてしまう前に、

 

「俺たちの方がかなり、不利な気がするんですが?」

 

 自然な不満をぶつけて逸らすと、

 

「……当然だろ。

 知らされた資料通りなら、お前は私よりも()()()()()()だ」

 

 『試す』とは言ったが、『公平に』とは言っていない……。胸を借りる気で、全力でぶつかる!

 

 ……驚いた、自分からそんなことをバラしてしまうとは。

 そして、繋がった、この不利な状況を作った意図も。気合と恐れと緊張が入り混じった、戦意に満ちみちたその眼光には、ハッタリも冗談も読み取れない。

 さらに繋がる、彼女はやはり第一印象通りの人間なのだと。ただ『弱い』ことで、その高潔さを捨てることをしない人物だとも。―――かつて戦った人物とも、重なって見えてしまうほど。

 その時の僕は、今の彼女のようには振舞っていなかった……とも。

 

 

「……勝負の方法は?」

「【剣舞】だ。序曲は【天秤の1番】での重ね打ち、その後は乱取りでいい」

 

 フェリが奏で上げたこの『戦舞台』が、祓われるまでだ―――。

 

 夢幻の別名=戦舞台、虚獣の力を人の手によって=念威をもって奏でられた異空間。その猛き荒ぶる想いを身に宿し舞い、和魂へと昇華する。虚獣と人との調和をもたらす者。それが武剄者ならぬ()剄者の本来の姿。

 今では古風過ぎて、誰もまともに考えてすらいないだろう理念。剄の現実的な武力/暴力にしか目がいっていない。どうやって魔獣たちを滅ぼすか、どうやったら夢幻空間からもっと富を奪取できるか? それしか考えない。恥ずかしながら僕も、その一人だ。……僕の人生は、ほぼソレしかない。

 なので当然、

 

「……すいません。俺、ほとんど剣舞できません」

「なに!?

 ……基本の一番もか?」

「はい……。できるのは、【雄羊】と【魔蠍】の一番だけです」

 

 舞曲の知識は12曲とそれぞれの4部曲、すべて知ってはいる。けど、形だけだ、まともに誰かと型稽古したこともない/時々の剄の流し方もわからない。なにより必要もなかった。まして剣舞ともなれば、最終的に勝敗を決するその二曲以外できなかった。……なかでも【天秤】は、一番苦手だ。

 素直に白状すると、少しばかり訝しがれるも、信じてくれた。

 

「……まぁ、仕方がない。剣舞は止めにしようか。

 ただの乱取り。どちらかが戦闘不能になるか、私が『それまで』と思うかまでだ」

 

 彼女を納得させるまでか……。あくまで『試験』、試される僕らに決定権は無い。わざと/さっさと負けたりしたら、今後の待遇は極めて悪くなるだろう。

 僕はそれでも構わない。この都市の生死は最優先事項じゃない。でも、メイシェンはそうはいかないだろう。彼女との縁は、まだ切るべきじゃない。

 

「……一つだけ、約束してください」

「なんだ?」

「彼女への攻撃はしないで欲しい」

 

 あくまで乱取り/決闘形式というのなら、前衛の武剄者同士の競い合いだけでいい。武剄者が負けたら実質敗北は決まる。……一部の例外を除いて。

 僕かニーナのどちらかが倒れたら終了。矢面に立つのは僕だけだが、ペアとしての試験は十分達成できる。……同時に、僕の方はフェリ先輩を狙うかもしれない、とは含ませておいた。

 そんな従者の鏡ブリと小賢しい悪知恵。どちらも読み取られてしまったかは分からない。けど、一瞬のキョトンからの走り抜けた苦味に耐える顔つき。『意外だった』とは伺えた、他にも何かありそうだけど、残念ながら見極められず。

 

「……お前次第だ。

 あまりにも手を抜くようだったら、そういう戦術も考慮に入れる」

 

 脅しつけてくるも、8割方やらないだろうことは分かった。僕もまた手を抜かないと、読み取ったがゆえに。……信頼に応えないわけには、いかなくなった。

 

 もう説明は終わりと、決闘の準備にとりかかる。まだ戸惑いを払いきれていないメイシェンにも、無言ながら覚悟を決めてもらうように。

 深呼吸一つ……。僕も迷いを/ためらいを捨てる。

 ココなら/フェリ先輩ほどの奏者がつくる夢幻空間なら、かつあの食えない色男カリアンの指示ならば、個人情報を一部晒しても大丈夫だ。秘匿されるだろうし、明かすことで少しは関係性向上にもつながるはず。例え最終的には敵対しようとも、今は必要だ。

 腰の剣帯に収め続けていた、自分専用のダイト。ココまでずっと温存してきたけど、今は使い時だ。

 

「……どうした? 

 まさか、素手でやるつもりじゃないだろうな?」

「ソレも少しだけ考えましたが……、さすがに止めました。

 ココに並んでるのを使わないだけです。自前のモノがあるので―――」

 

 サッと慣れた手つきで抜き出すや、握り締めるとほぼ同時に剄をソコに流し、

 

 

武装展開(レストレーション)―――」

 

 

 簡易起動鍵語を発した。

 その言葉と僕の剄に反応し、手の中のダイトが煌き/膨らみ、形状を変えていった。そして質量も、ズッシリとした/よく手腕に馴染んだ重みがかかる―――

 

 わずか二秒弱。手の中には、ひと振りの刀ができあがっていた。

 

 愛刀【征雷】___。養い親より譲り受けた武器。鋒に向かってなめらかに反っていく黒鉄鋼の細身の刃/カタナ。

 この独特な形状、特に他の武器に比べて強度が無いゆえ、使い手の技量/独特な体捌きを要求してくるキワモノだ。武芸が盛んな/実戦力を重要視している帝都では、体術・短剣・槍が主流、カタナを好んで使う流派は皆無だった……。ゆえに必然、片隅にて廃れていく運命だった。

 しかし、僕が天剣として虚獣・【卍蜃】を討ち取った出来事から、日の目を見ることができた。満身創痍の無我夢中、かの絶死の大雷撃を切り払えたことで、武剄者たちはこぞってその『技』を習得しようと流行した。無銘だったこのカタナにも、【征雷】という泊がついた。

 ……だからと言って、武器そのものに神通力があるわけじゃない。ただの何の変哲もない軽量の武器/刃だ、もっと他に使い勝手も性能も良い武器はある。ここぞの窮地の/今のような、験担ぎのようなものだ。

 

「―――なるほど、確かに資料通りの武器だな」

 

 珍しい武器を見せられての、淡白な反応。どういうことか納得までしている。……嫌な想像がまた当たってしまった。

 

(コレまで調べあげてたのか……)

 

 本当の自分によく似すぎた名前を聞かされた時、まさかとは思ったけど、確信があったらしい。

 どうやって調べたのか……。ものすごく気になるも、今は目の前に集中だ。

 ニーナも、太ももの剣帯から両手に一つずつダイトを抜き出すや、

 

「レストレーション・01―――」

 

 起動鍵語とともに、両手のダイトが形質変化する―――

 

 変化の先、現れたのは―――、無骨な黒鉄鞭/【打狗鞭】だった。

 

 【打狗鞭】___。都市警察が愛用している武装錬金鋼。重量感ある黒鉄鋼の棒ながら、しなり撓む打撃武器。頑丈さと使い勝手の良さ、我が身と背後の人間たちを守るのに適している武器だ。

 彼女の手の中にあるのは、一般基準のモノとはちがったものだった。環状の膨らみが幾つも波打ってる、ではなく、鍔元から突端までグルグルと螺旋状の渦巻きが盛り上がっている。そしてその溝には、黒鋼と似てるが違う赤味のある黒、別の金属/おそらく赤銅鋼が使われているのが見て取れた。

 

(何か仕掛けがあるのか……)

 

 頑丈さが売りの鉄鞭は、強度が最も高い黒鉄鋼で作るのが主流。軽量化や撓み具合/修復力/剄の伝導性などなどの調整のため他の金属を混ぜることはある。けど、基本は黒鉄鋼だけで作る/見た目もそうなる。……その簡単な作り故にも、広く普及している。

 念頭に警戒を置いておくと、

 

「準備はいいか?」

 

 私はできてる―――。全身と二つの鉄鞭に循環し煌めいている剄が、言葉よりも如実に語っている。もういつでも、爆発できると。

 高すぎる戦意にいささか違和感を覚えるも、やるしかない。勝つことよりも認められること。下手な時間稼ぎなどしたら、逆効果になってしまうだろう。……相手のペースに乗るしかない。

 

 胸の内でため息をつくと、軽く目を閉じ心を整え……切り替えた。

 征雷をソッと中段の構えに据えると、ボゥッ―――と一気に、剄を全身に燃え広がせた。体は軽やか/手足は力漲り、五感も冴え渡っていく。

 ソレを征雷にも注ぎ込むと、まるで一心同体になったような融合感。軽く酔いそうになる/いつもの感覚/冷え冷えとしているのに心地よくもある懐かしさ。そのフィードバックに馴染んでくると―――、心と身体が何かの臨界を超えるまで研ぎ澄まされたのがわかった。

 

 

 俺もいつでもいい―――。言葉にせずの眼光だけ/剣気で伝えた。

 差し向けられたニーナはゾクリと、少し表情をこわばらせるも……ニヤリ。まるで肉食獣のような獰猛な笑みを返してくると、

 

「ならば……、本気で行くぞ――― 」

 

 吼えるような掛け声とともに、戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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入隊 後

 

 部室の控え室から、夢幻と重ねた訓練所の様子を眺めていると、

 

「―――やっぱりコレ、やり過ぎなんじゃ……」

 

 議論を蒸し返してしまうけど、やはりどうしても気になってしまう……。デカくて厳しい図体ながら、オロオロと戸惑っているハーレイさん。

 彼の性格上、本気で新人たちのことを心配しているのだろう。……こんな『やり過ぎ』を断行する隊長代理さんは、もちろんのことだ。

 

隊長代理殿(ニーナ)が決めたことだ。『徹底的にやって勝利する』てな」

 

 なら後は、黙って成り行きを見守ってやるだけだろ……。人生の先輩としてのアドバイス/男としての心持ち、だけど、どうしても軽々しく見えてしまう。あまり素行のよろしくないシャーニッド先輩らしい、日頃の心がけ故だろう。

 

 一般的に見ればやり過ぎだろうが、部隊長としての戦略視点では、『正しい判断』だと評価できる。武剄者としての誇りやら先輩としての気合うんぬんの精神論は、もちろん下らないわけじゃないけど、ソレを抑えての決断でもあるだろうから。

 彼と違って、まだ付き合いの短い/同部隊員でしかない自分には、ヘタなこだわりに囚われてない方がマシだ。……今までの実体験を加味すれば、、非常に助かると言ってもいい。

 

「フェリちゃんも、そこんところのガムシャラさを評価してるから、こうやって手を貸してるんだろ?」

「……私はただ、無意味な労力と無駄な時間を省きたいだけです」

 

 やるなら本気で、一瞬で終わらせる―――。ダラダラ伸ばすのは性にあわない。過程を楽しむよりも早く結果に至りたい。

 同じ部隊員。その義務は果たすも、それ以上はしない。互いにたがいを歯車だと見ている方が、気が休まる。……他人はとても鬱陶しい。

 だから―――

 

「おっと!?

 …………初っ端で仕留めにいくのか?」

「へ? それて……、ッ!? 

 フェリちゃん、ソレはさすがにやり過ぎだよ!?」

 

 『ちゃん』付けは止めてよ!? ……思わず喉元まででかかったけど、グッとこらえた。かわりにキツく睨みつけてやった。

 

「命令通り、彼女を全力でサポートするだけです。……もしも食い違ってたとしても、私の責じゃないですね」

 

 私を使うとは、こういうことだから―――。ただ言葉通りに、意を汲むなど知ったことじゃない。それ以外は全部、やりたいようにやるだけ。

 

「……そういうことなら、俺の出番は無くなりそうだな。

 あ~ぁ! せっかく今日のために、デートの約束反故にしてきてきたのになぁ~」

「コレですぐに終わりますから、新入生でもナンパしたらいいんじゃないですか?」

 

 至極どうでもいいように言うも、本人は「その手があったか!」と顔を輝かせていた。……どうせ懲りない人なので、もう何も言ってあげることは無い。

 

「さて……、これで終わり―――」

 

 念威を込めて/術を編む、タイミングを合わせると―――術を放った。

 

 絶対に避けられない。武剄者同士の近接/高速戦闘の中であっても、タイミングをほぼ確実に合わせやすい瞬間。

 まだ様子見をするしかない初撃―――での決殺だ。『まさか!』との意表を突くハメ技。……大人気ない躊躇いのなさも含めて。

 

 術は上手く発動。即座に武剄者の新人を縛り上げ、空間に固着させた。

 しかし―――

 

「おぉッ!?」

「ほわッ!?」

(なにッ!? ―――)

 

 逆に、こちらのほうが驚かされることになるとは……。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

「ならば……、本気で行くぞッ! ――― 」

 

 吼え声と共に、踏み込んできた。

 その場の床を小爆発させたかのような突進。3メートルはあっただろう彼我の距離を一足飛びで詰めてきた、剄技を使っての縮地。弾丸のような踏み込みだ。

 飛び込みながら、片方の鉄鞭を突撃槍のごとく突き刺してくる―――

 

 あまりにも単調な攻撃、避けるのがセオリーだろう。見えているのなら、全身に剄が充足もしているのなら尚の事だ。躱してのカウンターで沈める。

 ただし、彼女の持ってる鉄鞭は二本だ。当然ながら対応策はあるだろう。生半端に躱すのは危険だ。

 警戒は最大限、突き刺さる寸前に体軸を横にスライドさせた。

 

 ほぼ無拍子での躱し/体軸移動。ニーナは発生しただろう残像へと、突き刺してしまう。

 ガラ空きの側面。視界には捉えてるだろうが、意識はまだ追いつけていないはず。こちらも、突進で発生させた暴風にわずかばかり引き釣り込まれそうになるけど、体幹をブラされるほどじゃ無い。

 青眼に構えていた刀をそのまま、横薙ぎに振る。彼女を上下二つに輪切りにする斬撃。……未熟な使い手ならコレで終いだ。

 斬撃はそのまま、彼女の背中へと滑りこんでいく―――

 

 

 けど寸前/突如、全身に電撃のような痺れが走った。横薙ぎしようとした手腕は、その電撃で筋硬直/急停止させられていた。

 急激に襲いかかったその痺れは、息まで詰まらせる。うめき声まで喉で詰まらされ、全身が金縛り以上の氷漬けにあったかのような異常事態―――

 

 幸い、体の急停止の中でも、思考だけは回転しつづけれた。

 いったい元凶は何なのか? どうやって引き起こされたのか? なぜ僕の防御を突破することできたのか? ―――

 幾つも沸いてくる疑問。そこに推論と経験則を叩き込んでは、解決していった。

 そうやって、導き出された回答は―――

 

(念威術の拘束か!?)

 

 ココにはいない、けど現実には確かに存在している、彼女の相方/凄腕の念威奏者。

 初衝突に合わせて/コチラの心身の『強張り』を利用して、念威術を差し込んできた。

 

(クソっ! こんな芸当までできるのかよ……)

 

 神業……とまではいかないけど、マグレでできることでも無い。確かな技量と眼力が必要だ。特に、『試す』とか宣言しておきながら、初撃で決めようとするような胆力(腹黒さ)が。 

 文句をぶつけてやりたいも、結局はソレに至れなかった自分が悪い。……諦めるしかない。

 

 念威の拘束はさらに、体の操縦権にまで侵食していく―――……

 

 

 ……と思いきや、表面/体表の拘束に留まっていた。

 しかも、僅かな瞬間だけ。横薙ぎのカウンターを止める抑止力しか表していなかった。氷漬けにされてしまったような圧迫感も、すぐに剄が循環/充足することで吹き飛ばしている。

 

 奇妙すぎる手心に戸惑う……、暇もない。

 半回転するニーナ。もう一本の鉄鞭を袈裟斬りに、叩き込んできた―――

 

 金縛りをうけなければ、相討ちだったろう反射にまで鍛え上げた追撃。術による一時的な全身停滞は、こちらに守りを強制させてくる。

 刀を斜めに/片手も添え支えて、鉄鞭の一撃に備えた。

 

 衝突の直後、巨大なハンマーにでも殴りつけられたかの様、体から意識がズラされたような衝撃が襲う―――

 

「―――くぅッ!」

 

 呻きを漏らされながら、吹っ飛ばされた。

 衝撃をほぼ全身に散らしての受け手。それでも、鉄鞭の重量と剄による強化、その場で踏ん張りきれなかった。

 

 

 受けた刀はなんとか衝突に耐えた、けどその激震が手腕を硬直させる。足腰にも痺れが伝染し……、動けない。

 追撃をほぼ見事にたたき込めたニーナは、さらなる追撃を繰り出してくる。逆の鉄鞭をもって、フェンスを乗り越えるような捻転とともに、上段打ち下ろし――― 

 

 大波のような終撃。渾身の力を込めただろうソレは、正面からまともに受けれる重圧じゃない。

 けど……、痺れて動けない身体。避けることはできない。そもそも、もう間に合わない。

 なら―――、やれることは一つだ。

 全身の剄絡を瞬間燃焼。剄技として練り上げる工程を省く。循環している剄そのものを推進剤として、発火させた。

 

 【旋剄】―――と呼ぶには、あまりにも弱すぎる推進力。あまりにも人体を損なう未熟な剄技。けど、動かない身体を無理やりにも動かすには、十分だ。

 襲いかかるニーナの大波の根元へと、全身を飛び込ませるには―――

 叩きつけられるギリギリ、押し飛ばされるようにして、転がり逃れた。

 

 

 ゴロゴロと、上下左右がわからなくなるほどの緊急退避中。すぐ近くで破裂した爆音によって、叩き戻された。

 無理やりゆり戻された頭/意識を上げると、両脚と片手で転がりを掻き止める。そして、まだちゃんと握り締めていた愛刀を前に構え直した。

 見直した視界の先には、つい先ほど立っていた床に、小規模なクレーターをつくりあげたニーナがいた。……振り返る/見返してくるその表情には、驚きがにじみ出ていた。

 

 その隙に反撃を―――といきたいが、先の反動が全身を蝕んできた。

 全くの無防備/超近距離で幾つもの爆弾を破裂させたようなモノだ。全身が筋肉痛を泣き叫んでいる。風邪をひいたかのような悪寒にも苛まれている。……反撃の前にまず、剄の再充填が必要だ。

 痛みを隠しながらの再充填/循環。剄が浸透していくと、すぐさま悪寒は薄らいだ、痛みも徐々に消えていく。

 

 あと十数秒ほど安静にしていれば、元の状態まで回復させられる。けど……、そうはさせてもらえなかった。

 ニーナが再び、こちらへと突貫してきた―――

 

「ハアアァァァーーッ! ―――」

 

 先の初撃と同じ、片方の鉄鞭を突撃槍のごとく、真っ直ぐに激突してくる突貫。まだ本調子じゃない今では、躱しての反撃など狙えそうにない。

 かと言って、『避ける』選択は考えもの。あの突貫を繰り返されるだけ。いずれは隅にでも追い込まれて、アウトだ。……きっと試験の評価も最悪だろう。

 後の先手をとる。そのためには、意表を突かなけれながならない。

 なら―――、床についた手と両足に、剄を込めた。高速で剄技を練り上げる。

 

 衝突する寸前、全身の筋肉も撓めてたわめて畳みきっての……、跳躍。

 同時、【旋剄】&【衝剄】も噴射、一気に急上昇させた―――

 

 

 背丈の3倍ほどはある跳び上がり。真下でニーナが、僕を見失っているのが見えた。

 しかし……、それも一時のこと。

 すぐに気づかれ、跳んだ真上を見据えてきた。不発に終わった鉄鞭突貫を、もう一度構え直す、次は僕が逃げた上空へ向けて―――

 再度放たれる前、コチラも既にカウンターを用意していた。

 

 跳び上がりながら、肩に担ぐよう構え直していた愛刀。剄を流し込み/剄技も練り上げて、刃に宿した。

 剄の煌きを帯びている刀。剄技を込めたソレを虚空で一閃、袈裟斬りとともに発射した―――

 

 【閃断】___。斬撃の形にまで圧縮した衝剄の一種。斬撃武器を通して使うことが多い戦闘剄技。斬れる間合いを延長するタイプ/【鋭水】もあるけど、今回使ったのは斬撃をまっすぐ飛ばすタイプ/【烈風】。

 真下のニーナの下へ、剄の斬撃を投げ落とした。……ひとつだけではなく、三つを。

 空中で回転しながら、三つの閃断・烈風を連続発射―――

 

 

 襲いかかる閃断に、ニーナは急な方針転換。両の鉄鞭を交差させての守りの構えを取った。

 

 そして一閃―――、身体を横スライドさせて躱した。

 

 次の二閃―――、斜めへと受け流した。

 

 けど最後の三閃―――、左右どちらにも逃げ場が無く、正面から受け止めざるを得ない。

 

「ぐぅっ!? ―――」

 

 閃断の重さに呻くニーナ。腕だけでは足りず、堪えきるため両足にも力を込めた。

 押しつぶさんとする力にあがらい、負けじと押し返していく―――

 

「…ぉぉおあああーーーッ! ―――」

 

 

 コレで決まるはずはない……。閃断を終えての落下中、着地しての『次』を考えていた、もっと有効で致命的な攻撃を。

 その最中/唐突に、頭の中で通信がなった。

 

(レイとん、私を盾に使ってください!)

 

 従士契約を通しての通信―――。突然のメイシェンの切迫した声に戸惑わされる。

 けど、戦闘中における優先思考、わからないことは棚上げ/目の前の瞬間に集中すること。考えずただ脇に置いてしまうと、必要な剄の補填を急いだ。

 

 着地するやすぐ、ニーナが閃断を打ち払った。

 同時に、彼女の周囲に白い土煙が噴出。舞い上がり包み込み―――、姿が覆い隠された。

 

 

 何が起きた……。異常すぎる現象に一瞬、思考が空白になった。

 けどすぐ、脳みその奥から答えが引きずり出された。

 

 【煙霞】___。ニーナ周辺の視覚情報をジャミングし、見えづらくしてしまう念威術。

 僕の脳や神経をクラッキングしての幻影、とも考えたけど、さすがに戦闘中の武剄者の防衛機構は簡単には破れないはず。……できているのならもう、この試験自体が出来レースにしかならない。

 しかし、光学迷彩処理をするのではなく、わざわざ土煙にした……。なぜ手間のかかる方法を? 周辺一帯ごと見えづらくした理由は何なのか?

 その答えは、土煙から飛び出してきたニーナが教えてくれた、()()()()()()()が―――

 

(分身か!?)

 

 ―――に見せかけた、念威術だろう。

 夢幻の中だろうと/どれだけ凄腕だろうとも、実体をもった分身を瞬時に造り出すなどできない。直に触れたり剄をぶつければ、すぐに消える幻身でしかない。

 3人のうち誰か? 突貫してくる中央と、死角を縫いながら迫り来る左右―――

 

 答えは、よく見れば分かった。

 

()()()()()()だ――― )

 

 3人全て、本物の人間ではありえない、画像のアラが所々に生じていたから。……急造品の欠点だろう。

 では、本物はどこに? ―――ひとつしかない。

 

 

 刀を下段に構え、力と剄を溜めた。目の前まで接敵している幻影は無視。

 鉄鞭が突き刺す/叩きつけられる……を通り越して、まだ立ち籠っている土煙を見据えた。そこにまだ隠れているだろう4人目/本物へ向かって、溜め込んだ力を一気に―――振り抜いた。

 

 【閃断・烈風】―――。虚空への切り上げと同時に発射した。通常の烈風より鋭角な弧に、より遠くに/より速く/より威力を集中させた形。

 土煙に隠れたままのニーナを、叩き出せるほどの―――

 

 

 放った閃断が土煙へと衝突。高密度の剄に反応して、念威の煙幕は一気にかき消された。

 中のニーナが明らかになる/慌てて防御している姿が映るはず―――

 

 しかし……晴れ渡ったそこには、誰もいなかった。閃断は煙を晴らしたのみ。虚しく背後の壁を破砕した。

 

(ッ!? ……これもフェイクか)

 

 5人目がいたとは……。読みが外れた。

 攻めるでも守るでもなく、身を隠す選択。第一印象やら刃を交わせての感触から、正義感があって真っ直ぐな性格、そんな急転換ができるとは思えなかった。

 

 すぐに警戒を一点から視界全てへ。愛刀も青眼に/何処からの攻撃にも対応できる構えへ直し、身を潜めてるだろう彼女の襲撃に備えた。

 念威術によって隠れているのなら、剄を高濃度に練り上げる/剄技を繰り出す直前には露にならざるを得ない。僕に接近すればするほど、隠れ場から漏れる剄を察知しやすくもなる。……いくら死角からの襲撃だとしても、無強化の一撃では必殺にはならない。

 警戒しながら改めて、『隠れる』選択を取った彼女の意図を思考した。ただの時間稼ぎか、それとも別の思惑があるのか……?

 

 思考の果てに、閃いた。……戦慄した。

 その直感を信じて、警戒網をその場所へ―――彼女が立っていた()()()()へと向けた。

 

 

 高濃度の念威の網の目の奥底/背丈二体分ほどの地下に、人型大の剄の煌きがあった。一度見たら忘れそうにない色の輝き。……彼女はそこにいた。

 さらに、両の鉄鞭を前で交差しながら、一点に剄を凝縮している。高出力の剄技を練り上げて―――

 

(ッ!? やばい―――)

 

 緊急回避―――。とっさに横へと跳んだ。

 直後、立っていたその場所へ、ニーナの巨大な衝剄が炸裂―――

 

 

 まるで巨人が跪いたかのような音と爆風が、地面から天井へと突き抜けていった。

 

(…………危なかった)

 

 ほんの一瞬判断が遅れていたら、やられていた……。死の感触の冷たさに、ゾワリと肌が粟立っていた。

 このまま終われば/僕を見失えば上等。だけど、そうはいかないだろう。すぐに知らされてしまうはず。

 

 すぐ体勢を整え、足に剄を溜めては練り上げ―――連続【旋剄】。

 立ち止まらず、高速で動き回り続けた。

 

 

 地面だけに限らず、壁や天井にまで。体そのものをバウンドさせ続けるかのようにしての、立体高速移動。

 

 空間を支配している敵奏者の目を眩ませるためだ。武剄者の超人的な動きは、同じ武剄者の感覚でなければ捕捉できないもの。……少なくとも、ピンポイントで位置座標を捕捉されることはなくなる。

 捕捉されなければ、突然の金縛りにはあわない。やられることは限られてくる。―――次の一手はコチラの自由だ。

 旋剄を連続で放ちながら同時、愛刀にも剄技を練り上げていった。

 

 

 僕の居場所は分からない。相手の居所はハッキリしてる。

 地面の分厚い念威の壁は邪魔だけど、念威術/【奈落舞台】を発動させてる以上、今僕が駆けている地面の耐久力は大幅に激減している。壊して突破できないことはない。脆弱な部分を突ければ、この遠距離からでも攻撃は通る。―――特大な一発をお見舞いしてやれる。

 駆けながら、弱そうな部分を把握した。愛刀への剄技もそろそろ充填完了。予想通り僕を見失っているのか、沈黙を続けているニーナたち……。

 

(やるか―――)

 

 この一撃で、仕留める。

 見抜いた脆弱箇所へ跳ぶ。捕捉される前にそのまま、剄技を叩き込もうとした―――

 

 しかし―――寸前、いきなり()()()()()()()

 僕が踏みしめていた所のみならず、全ての地面が崩落している。

 

 

 急に足場を失って、つんのめりそうに体勢が崩れた。剄も乱れて、旋剄の発動もわずかばかり遅れた。

 その間隙、共に落ちていく崩壊した地面が、無数の青白いポリゴン状の欠片となり溶け消えていくのが見えた。そしてその奥底に……、再び僕を捕捉しなおせたニーナの姿も。

 

 

 刹那の邂逅は、旋剄をもってちぎった。ニーナの方も、鉄鞭への剄の練り込みに集中して。……双方ともに、次の激突に備えるために。

 

 旋剄の推進力をもって、一気に奈落の地面に足をつけた。

 着地と同時に、次の旋剄を噴射―――

 

 

 ニーナへの突撃をするには、距離もタイミングも悪い。

 いま練り上げた剄技では、仕留めるほどには至らない。一拍ほど用意が早かった/ドッシリと待ち構えている彼女の守りを突き破るには、出力不足だ。……先手を取るつもりが、逆に後手に回ってしまってる。

 このままでは―――。激突の後、フェリ先輩の餌食になるだけだ。

 

 どうする―――。視界の先に、『答え』が映っていた。

 同時、先に投げかけられた助言も、つながった。

 なら―――、やるべきことは一つだ。

 

(メイシェン、5秒だッ!)

 

 頼むぞ―――

 叫ぶとともに、抑えていた体内の剄の奔流を解き放った。

 

 ボワッと、体がふた回りは膨張したかのような拡張感。そのすぐ後に、焼けつくような電流が全身を駆け巡る―――。

 まるで、万能の神にでもなったかのような高揚感。全身の細胞が活性化、以上に沸騰しているのがわかった。

 剄を最高出力で創出/最高速度で循環できている状態だ。本気の戦闘時のスタイル、だけど今までは抑えるしかなかった。コレを把握されてしまったら、すぐに対処されて……切り札が減ってしまう。

 ()()()()()()()()()()()()()()―――。今が使い時だ。

 

 

 旋剄―――ではなく、応用技の【竜旋剄】。

 発動と同時、体から自重が激減。ほぼ無重力状態のような軽さに満たされた。

 一歩踏み出すだけで、視界の光景がブレた。それでも見ようとしてか、赤色に染まった視覚映像が眼球に映し出される。

 

 赤色の高速世界の中、空間中を駆け回る―――

 攻め入ることはしない、ただ上下左右に僕の姿を追わせるだけだ。高速の動きで翻弄したところで、死角に潜り込めるほど甘くは無いだろう。次の一撃必殺のための時間稼ぎだ。

 視覚の中心、ニーナにソレが把握されてるのは、直感できた。何が襲い来るかは分からないが、待ち構えて弾き飛ばすだけと、意識を完全に切り替えている。……隙など突きようがない。

 そしておそらく、何とか凌ぎきってみせるだろうことも。

 

 だからこそ―――、無理やりにも隙をこじ開けなければならない。

 胸の内でカウントしながら、必殺の剄技を高速で練り上げていった。

 そのカウントが4秒きった頃合に、目的の場所へと飛び込んでいく―――。()()()()()()()()へと。

 

 僕の姿を追いかけつづけていたニーナは、その時はじめて、メイシェンの姿を真正面から見た。ようやくハッキリと焦点があった先にいたのが、僕ではなく彼女に。

 ニーナの瞠目が、メイシェンに釘付けにされる。隠れた背後からでも分かった。―――僕から初めて、注意が外れた好機。

 その隙を見逃さず―――、跳躍した。

 

 

 中空に躍り出ると、愛刀を両手に握り直し、肩に振りかぶった。

 

 そして、練り上げた剄技を発動、高濃度に圧縮された剄の奔流が吹き震え―――爆光。

 その眩く輝く刃をそのまま―――、振り抜いた。

 

 

「ウオオオオォォォーーッ! ―――」

 

 

 【轟剣・虹重ね】―――

 雄叫びとともに放った渾身の一刀は、巨人の鉄槌のごとく、ニーナを圧殺する威力をもって叩きつけていった。

 

 

 

 

_




長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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新入隊員

スーパー猫の日に間に合わなかった……


 

 多重展開の【轟剣】による打ち下ろし斬撃。

 できあがったのは―――小規模なクレーターな破壊痕。

 加えて、【奈落】のおかげで脆弱になった底の境界面にもヒビが入り、大量の夢幻蝶が現れては、乱舞している。

 

 現実世界への流出/侵食―――。もはやこの夢幻空間には、かの奏者の絶対支配権は無い。彼女らの優位性は崩れた。

 なれど……舌打ち。

 

(4重のつもりが、3重だけか……)

 

 正確に言えば、2重と7割ほどだ。いつもの調子なら4重は繰り出せたはずなのに……。

 亀裂だけしか入れられていない。当初の思惑では、この一撃で大穴を穿って完全破壊してしまうつもりだった。これでは、復元の余地を残してしまう。

 

(……出力が落ちてるのか?)

 

 体表へ顕在させられる剄、あるいは瞬間的に引き出せる剄の総量が、明らかに減退している。潜在している剄の総量にはあまり不具合を感じていなかったので、見落としてしまった。

 この身体は、元の自分の身体よりも劣化している―――。そう考えるしかない。あるいはまだ/楽観的に考えれば、使いこなせていないだけか……。

 

 

 悔やむのも焦りも一時。すぐに切り替えると、いまだ不動の構えでコチラを見据えてるニーナと相対し直す。

 戦意にあまり乱れのない彼女に、刀の鋒と睨みで訴えた、「まだ続けるか?」

 返答は―――ニヤリと、肉食獣のような笑み。規律厳しそうな軍人気質な第一印象とは違う、どこまでも戦い抜こうとする蛮族的な勝利への飢えだ。

 

 ソレに気圧される代わりに、胸の内でため息をついた。……現状の盤面は、気迫で覆せるほど不安定じゃない。

 これ以上は『試験』にならないはずだ―――。そう改めて無言で訴えてみると……カチャリと、ニーナは構えていた鉄鞭を下ろしていた。

 そしてさらに―――

 

 

「―――降参だ。私の負けだな」

 

 

 武器を剣帯に収め、両手を上げてきた。

 その顔には依然、戦意は陰っていないものの、そこまでしたのなら言葉通りだろう。

 

「……試験は合格、てことですか?」

「その通りだ。予想していた以上の結果だよ」

 

 まさかこんなやり方で勝ってしまうとは……。自嘲は表情だけ、ただただ賞賛のみ。コチラの健闘を祝ってくれた。

 

「なら……、すぐにココから出してもらってもいいですか?」

「もちろんだ。ただ、フェリの夢幻は濃度が高い。この不安定な状態で解除すると、【漂流】してしまう怖れがある。良くても戻った直後、かなりの頭痛と吐き気に襲われる。

 奏者の彼女なら大丈夫だろうが、お前は当たってしまう。……私の傍まで来てくれないか?」

 

 すぐに裏を読もう/だまし討ちを警戒するも……、さすがにソレは無いだろう。降参宣言の手前、いくらなんでも卑怯すぎる。

 こじ開けた『亀裂』から現実へ出られる保証は、無い。これほどの使い手なら、戻る手前で別の夢幻へと引き釣り込む荒業も、やってのけるかもしれない。……改めて、自分の不甲斐なさが身に染みる。

 

 背後のメイシェンに目で了承を取ると、それでも警戒は解くことなく/刀は収めず、ゆっくりと近づいていった。

 

「用心深いのは良いことだが……、さすがに疑り深すぎないか?」

 

 呆れられたけど……、仕方がない。こんな無茶ぶりをさせられた後だと、仲良しこよしではいられない。

 

 さらに近づく、ニーナの間合いだろう距離にまで……踏み込んだ。

 彼女に反応は無い。さすがにちょっとした強張りは見えるも、奇襲を仕掛けるほどじゃなかった。

 

 僕が一方的に斬れる間合い、彼女に戦闘継続の意思は無い。ソレをハッキリさせると、こちらも刀を剣帯に収めた。

 戻してくれ―――。

 目だけで言うと、ニーナも頷いた。

 

「フェリ、夢幻を解除してくれ」

 

 虚空に向かってそう言うや、『……わかりました』。そんな渋々な返答が聞こえたような気がした。

 

 コレでようやく終いか……。ようやく気が抜ける。

 そうふと/ほんの少し、肩の力を抜いて待ち構えていると―――、

 

 

 

「レイとんーーーーーッ!!! ――― 」

 

 

 

 いきなり背後から、メイシェンが叫びながら駆けてきた。

 それでも足りなかったのか、手前で飛び込んでは―――ダイブしてくる。

 

 何事だッ!? ―――。奇妙すぎる行動に目が点になっていた。

 

 しかし直後、その切迫の意味が分かった。

 僕の足元から伸びる、巨大な()()()()()()()()の奇襲で―――

 

 ダイブしてきた彼女を受け止めさせると、ほぼ同時、悪魔の手腕は僕らを握りつぶしていた。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 

(ここは……、何処だ?)

 

 握りつぶされ、引き釣り込まれた場所は―――、別の夢幻空間だ。現実とは明らかに違う不快な圧迫感/居心地の悪さが確信させてくれる。

 次に『どうやって?』も、分かった。この強制試験をやる前、僕にかけられた【魔界転身】の念威術をそのまま、解き放ってきた。対象を任意の夢幻空間に引き釣り込むまで追い続ける呪法。……凍結して、首輪を付け替えて無力化したと、約束したはず。

 だから残る問題は、『どうして?』だ。……場所はどこでも同じ、危険地帯だった。

 

 自分と周囲を観察/分析して、心理的な衝撃から回復すると、ようやくもう一つの/腕の中の大問題に気づけた。

 

「ッ!? 

 メイシェン、無事か!?」

「は、はい……。レイとんは?」

 

 心身ともに問題なし、いつものメイシェンだ。

 

「問題ない。……予想していたよりも重かったが」

「へぁ? 

 …………あッ!? ___」

 

 アワアワと急に僕から離れるや、顔を真っ赤にしながら俯かれた。

 

 思わず、顔がほころびそうになっていた。彼女には驚かされることばかりで、かなり対等な扱いをしてきてしまったけど、こんな年相応な反応をされては……ホッと和まされてしまう。

 ただ―――、そんな和やかな空気は、すぐに吹き飛ばされた。

 

 

 

「―――やっぱり、気づきましたね」

 

 

 

 いきなり投げかけられた無機質な少女の声に、思わず振り向かされた。

 そこにいたのは―――、銀髪の美少女。先の講堂裏手でみた小さな先輩だった。……今度こそ本物だ。

 

 コチラは困惑を押し殺しての警戒全開、なれど相手は一見無防備そうにしているのみ。

 罠にかけた……、とは思えないほどの無機質さ。そうでしかない現状なのに、赤の他人であるかのような雰囲気。奏者特有の感情を抑え付けた無表情とも違う、元から欠落しているような人形に近しい白面。だからか、敵意も持たずに他人を傷つけられる。

 意図が読めない、次を先読みできずの焦りに蝕まれていると、

 

「どうして私が、あの時こうするて、分かったんですか?」

 

 ようやく気づけた。その注目が向けられているのは、僕ではなくメイシェンだったと。

 戸惑うメイシェンを無視して、

 

「隊長の初撃が彼に繰り出された時も同じ。アナタは、分かったからこそ飛び込んだ。

 彼だけなら脱出不可能だったけど、奏者であるアナタがいれば、活路が見いだせる」

 

 ただ純粋に、尋ねているだけ……。図らずも、先の試験での引っかかりを解消してくれたけど、黙って成り行きを見守る/活路を見出すことに集中。

 そんな僕の意図/緊張を察してくれたのか、メイシェンが時間稼ぎをしてくれた。

 

「……こ、コレは試験、なんですか?」

「個人的な興味ですが、そう捉えてもらっても構いません」

 

 チラリと目で尋ねてきた、どうすべきか?

 僕の答えは決まってる。そのままやりたい事をやればよし。

 

「で、では……まず、ココから出してください」

「先に答えてください。満足いく答えなら、すぐに開放します」

 

 二の句が継げない返答に、閉口させられてしまう。

 僕らの警戒を読んでの先手封じ、という理由では無さそうなのに、結果はそうなっている。……やはり何を考えてるのか、分からない。

 メイシェンも読めずか、次に何を口にすれば良いか分からないで戸惑い続けている。

 

「―――ただの興味本位なら、悪趣味過ぎるな」

 

 なので、フォローを出した。

 時間稼ぎはもう無理。分からないのなら、攻めたてるしかない―――

 

「アンタの隊長が、俺たちを『合格』だと言った。試験はコレで終わりだと、負けを認めた。それなのにアンタは無視して手を出してきた。……みっともないと思わないのか?」

 

 事実を重ねての常識論。

 ためらうことなく大義をぶつけてみると―――、意外な反応が帰ってきた。

 

「……確かにそうですね。

 で、ソレが何か?」

 

 ……と思ったけど、やっぱり彼女らしいモノが投げ返された。

 思わず呆れた。眉までひそめてしまいそうになるも、()()()()()

 僕らはその前提を隠しながら常識をぶつけるも、彼女は見誤らなかっただけだ。……本当に分かっているのかどうかは、自信がない。

 なので、食い下がることにした。

 

「俺たちはこれから、アンタを『先輩』と呼べそうにないぞ」

「アナタたちに『これから』があるんですか?」

 

 冷徹な返答。例え気圧してくる雰囲気は無かろうとも、この解釈は間違えられないだろう。……これ以上は、もう交渉不可らしい。

 ため息一つ……。呼吸を整え/心を切り替えると、丹田に力を込めた。体内に眠る大量の剄を一気に―――発火させた

 

 

 【活剄】―――。全身から吹き出した剄が周囲の空気を揺るがす。この夢幻を構成している念威ともバチバチ反発し合い、まるで紫炎を纏っているかのような現象が起きている。

 

 今できる最大出力の活剄/完全臨戦態勢。

 噴出を安定させ、現れた色を確認すると……『紫』からあまり変色していない。

 思わず舌打ちがこぼれそうになった。コチラの剄の噴出だけでは、彼女の夢幻はビクともしないほど強固な証……。

 そんな怖れと焦りは抑えつけると、

 

 

「―――俺の前に姿を現しているのに、その態度。

 そんな危機感の無さじゃ、逆立ちしたって分かりっこないね!」

 

 

 活剄で強化した声音と気迫で、逆に脅しつけた。

 

 立場はすでに逆転してる。

 この夢幻が彼女の絶対支配領域だろうとも、奏者が露わになっている/前衛である武剄者すらいない現状、今の僕だけでも踏みつぶせる。……メイシェンを守りながら、を除けば。

 そんな僕のヤル気が、正しく伝わったのだろう。向けてくる彼女の視線に、注目以上の何かが現れたのを見て取ると、

 

 

「―――そちらの興味も、ありますね。

 アナタと私、いったい()()()()()()()()?」

 

 

 ……残念ながら、帰ってきたのは交渉決裂。彼女もヤル気満々だ。

 

 一触即発―――。緊迫した空気が張り詰める。ソレは夢幻か体内からか、微かになりつづけていた雑音がかき消された形でも、現れていた。

 どちらも動かず/動けず、次の手と決め手を脳内でしのぎ削り続けた。震えだしそうになる手足を抑えつけながら/瞬きも惜しんで、自分に勝利を呼び寄せようと集中する―――

 

 

 

「―――む、夢幻空間の完全支配は、『心の無防備さ』と裏表ですッ!

 ソコでは全て、支配した奏者の意図が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですッ!」

 

 

 二人に割り込む/仲裁するように、メイシェンが叫んできた。

 敵奏者も思わずか、必死な彼女に目を向けると、

 

「……その弱点は知ってます。だから、自分で一からつくった夢幻ではなく、『訓練場』のフォーマットをそのまま崩さずに使ったんです。漏れても存在維持のルールで、自動修正させるために」

「そ、その修正が間に合わなかったんです! 先輩の念威が大きすぎて」

 

 空間完全支配=心象風景の漏出―――。他人に見せたい表層の幻想、ではなく、思考や情動などプライベートな深層域が、露わになってしまう。特に戦闘などの緊張が強いられる場だと、次に何をするのか予兆が現れてしまう。

 力はあるけど未熟な奏者が陥る弱点。相手は人間/自分もまた人間、その事実を忘れて傲慢になりすぎると、手痛いしっぺ返しを喰らう……。奏者たちが肝に命じ続けなければならない鉄則だ。

 目の前の凄腕が、ソレを怠ってしまったということだけど―――

 

「……確かに、漏出値の事前確認作業は、完璧だったとは言いがたい……。

 『見えるわけがない』、とは言い切れないですね」

 

 ただ―――。メイシェンを見据えてきた。その胸の奥に秘めているだろう、何かをエグり出すように目を細めると、

 

「アナタの得意分野は『攪乱系』で、『探査系』では無いと思ってましたが……、違うんですか?」

「ッ!? 

 そ、それは…… 」

 

 言いづらそうに口ごもった。……得意を当てられてのオドつきとは違う、『何か』を隠している証拠だ、おそらく切り札に近しい何かを。

 今後のため僕としても聞き出したいけど、目の前の敵奏者抜きでだ。こんな無理やりでご相伴に預かる形も、最適とは言えない。……今は助け舟を出すべきだろう。

 半歩ほど前へ、かばうようにすると、

 

「そこまで教える必要が?」

 

 彼女の優秀さと、アンタの不手際さが重なった……。話の流れから導き出せる結論。当たり障りの無い答えでしかないけど、納得するしかない一般論。

 そんな無理矢理なまとめに、敵奏者ははじめて表情を変えた。眉をひそめたのがわかった。

 

 無視はできる。でもコレで、()()()()()()()()()()()選択肢は、なくなった。僕は彼女をかばいながら戦う必要がなく、二対一の不利な戦況になってしまった。もう強気にゴネることはできない。

 そんな現状/自業自得な末路を叩きつけるよう、わざとらしくニヤリと、嗤いも見せつけた。……敵奏者の眉が、いっそうひそめられる。

 それでも、全てご破産に自爆する、そんな危険もあったけど―――、杞憂だった。

 

「……ここでソレを確かめてみたいものですが……、()()でしたね。

 答えては、もらいました。なら次は、私が約束を果たす番―――」

 

 ほんの小さくため息混じり。鍵の手印/人差し指と中指を絡めた指先を頭上まで上げて……クルッと、虚空で半回転ひねった。

 

 カチリッ―――。開錠めいた音が響きわたった。

 すると直後、僕らと敵奏者の間に、縦長の楕円の渦が発生した。超高速で渦巻き続け―――……、白く輝く異空への穴となった。

 

 

「今度こそ、現実への扉です」

 

 

 悪ふざけは、もうしません……。少しハードな冗談だった。そう言いたいのだろうけど、全く空気や表情すらも場違いすぎる。

 全て本気だったとしか思えなかったのに……。思わず、メイシェンと顔を見合わせた。どこまで本気なのか/そもそも本気があるのか、謎すぎる先輩だ。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 

「―――改めて、第18遊撃小隊へようこそ」

 

 お前たちを歓迎しよう……。

 先の『試験』で使った訓練所に酷似した広間が、壁のように張られた強化ガラスの向こうに見える控え室/観客室。空調管理やら記録映像の機器が部屋の端に、折りたたみ式のパイプ椅子の束と机がさらにその隅にピッタリと畳まれて置かれている。他には救急器具らしき物品が壁際にキレイに備え付けられてる。……必要最低限のものしかない。

 とても淡白な場所だ。人の息遣い/ゴミ付いた汚れみたいなモノがあればまだマシだったけど、残念なのか幸いなのか、掃除と整頓が行き届きすぎてる。新品から目新しさを抜いた無機質な感じで、居心地はあまり良くない。

 

「メンバーを紹介しよう。

 奏者のフェリシア=エル=ロスに、狙撃手の【シャーニッド=エルプトン】先輩―――」

 

 よぉ! ……。ストレートな金髪ロン毛/手足も長いスラリとした長身/サングラス風なシャレたメガネをつけた軟派そうな男が、遊撃小隊員の制服越しからもにじみ出てきている。さらに拍車をかけるよう、軽薄そうにメイシェンへアイコンタクトもしてきた。腰のガンベルトと収まっている武装ダイトがなかったら、決して遊撃小隊員だとは信じられなかったことだろう、決して。

 

「このデカブツは、メカニックサポーターの【ハーレイ=サットン】―――」

『で、デカブツはないよぉ……』

 

 見た目とのギャップがありすぎる弱気な機械音声に、思わずも驚かされてしまった。

 

 そこにいたのは、2メートルは超えているだろう鋼鉄の準巨人だった。手を伸ばしたら、天井に指が届いてしまうほどの背丈。

 さらに、筋骨隆々で重厚感ある体型。人型戦車のような暴力を感じさせ、首から上にあるウサギに似せたような頭部でも、恐ろしさを軽減しきれていない。そこにただ立っているだけでボディーガード役を全うできそうな威圧感。だけど今は……、頭二つ分は低いニーナに合わせるよう背を丸めていた。おまけに、声変わりする前の少年みたいな音声が出てきた。……『サポーター』という紹介に幾分か納得できた。

 

「そして私、隊長代理の【ニーナ=アントーク】だ」

 

 以上だ……。

 

 

 簡単すぎるメンバー紹介の後、小さな沈黙が流れた。

 ソレは、僕らが当然するだろう『返事』を期待しての間であることは、わかった。カウンター待ちのように身構えてる風なのも、証拠だろう。おそらく、いつでも受け止めると、紹介しながらも覚悟を示し続けていたことだろう。

 

「俺は前衛で、メイシェンは彼女のサポートを担当て、ところですか?」

「……そうだ」

 

 期待には答えず、障りの無いことを尋ねてみると……やはりだった。表情が少し険しくなってきた。

 先の『試験』の当てツケだ。このままギリギリまで焦らしてやろうと、あえて無視を決め込もうとするも、

 

 

「い、医療サポーターがいないのは……どうしてですか?」

 

 

 メイシェンが封を切ってしまった。……残念だ。

 ただ、彼女の質問は外堀を埋めるようなモノだ。ニーナは何かをグッとこらえるよう、それでも平静さを保ちながら、

 

「……外部委託している。信用できる相手だ」

 

 身の内の恥の一部をさらけ出した。……短くハッキリと、余分なことまで言わない。

 あまり趣味はよろしくないけど、話の流れに合わせると、

 

「専属じゃないのは?」

「できないからだ」

「そ、そんなことあるわけが―――」

「ソレが、我が小隊の問題点の一つでもある」

 

 言われる前に、自分からさらけ出してきた。

 

「現在は、カリアン会長のゴリ押し…もとい、議会との交渉で何とか保たれているが、本来なら前学期には潰されていてもおかしくはなかった―――」

 

 廃部寸前の弱小小隊……。カリアンからも聞かされていた問題点。改めてニーナの口から/嘘を感じさせない言葉で聞かされると、先に免疫をつけておいて良かった。

 

「実働メンバーを集め、今学期中に何らかの実績ならびに都市への貢献がなされなければ、取り潰されることが決定している」

 

 だからそんな小隊には、大事な医療サポーターが配属されない……。もちろん控えの二軍も、先が保証されていないのだから。

 切ない事実を改めて受け止め直すと、

 

「……まだ無事だったときのメンバーは、どうしたんですか?」

「重傷を負って入院中か、他の小隊に再配属されている。……ソレが、18小隊が延命できた理由の一つでもある」

 

 ニーナも口に出し続けてはいたくないのか、謎かけてきた。あのカリアンが、延命できると確信できるだけ/誠実そうなニーナを納得させるだけの根拠……。答える義理はないけど、思考が巡る。

 ハッキリとしたモノが浮かばず、黙っていると、

 

「使える人材を他小隊のベンチで腐らせるよりも、弱小で死にかけとはいえ、活躍できる権限だけはあるオレ達が必要だったてわけさ。大多数の人間にとってな」

 

 会長殿の交渉力には脱帽ものだ……。代わりにシャーニッド先輩が答えてくれた。

 その通りだとしたら、確かにそうだろう。その程度の大義で皆を丸め込んで見せたのだから、コネも話術も一級品だ。

 ただソレ以外、一度作ったモノを壊すのは面倒だ、そんな怠惰が幅を効かせていたゆえだとしたら……危険な兆候だ。都市の滅びの予兆だといってもいい。

 

「功績さえ上げれば、人材も資金も集まってくることだろう。……お前たちには期待してるぞ」

 

 ……頭が痛い。

 要は、俺たち頼り。しかも、前任者の残した多額の借金を払わされることになってる、超マイナスからのスタート。優秀な若者達の未来が、老朽化したシステムに潰される……。最悪だ。滅ぼした方が正義と思えてしまう。

 悪いと思っているのだろうけど、顔には一切出さずに相対し続けるニーナ。その誠実さを前にすると、より一層ため息がこぼれる。思わずも、憐れみが沸いてくる。

 

 ただ……、()()()()()()なことだ。

 この都市が滅びようが延命しようが、二の次。最優先事項は、この都市の核/電子精霊ツェルニを誰よりも早く獲得し、帝都グレンダンに届けることだ。

 改めて当初の目的を思い出すと、冷静になれた。愚痴など不要だ。

 なので今、やるべきことは、

 

「―――なら一つ、尋ねたいことがあるんですが?」

「なんだ? 私の答えられる範囲でなら、答えよう」

 

 予想通りの快諾に、さらに勢いをつけると、

 

 

「彼女が起こした先ほどの一件には、どう落とし前をつけてくれるんですか?」

 

 

 何事も無かったかのように立ってる彼女/フェリ先輩へ、糾弾した。

 今までずっと無視してきたけど、忘れたわけじゃない。ニーナ自身もなぜか、無かったこととしてメンバー紹介をしてきた。それぞれの思惑で置き去りにしてきたけど、ようやく話題にあげた。

 当然、何かしらの謝罪をしてくれるかと……思えば、

 

「―――特に、何も無い」

 

 ニーナも当然と、期待を裏切ってきた。

 

 さすがにソレは……。納得できない。侮辱に捉えられてもおかしくない。フェリ先輩へのえこ贔屓、というよりも媚びへつらいですらある、彼女は部下であるはずなのに。

 これから多大な重責をかける僕たちに対して、するべき対応ではないはず……。隊長として信用できなくなる。顔をしかめながら、そんな不満を返そうとしたら、

 

「彼女自身の問題だからな。アレを命令違反だと自覚できてる程度には大人で、その意味が理解できない程度には()()()()彼女の」

 

 本人の前で、あからさまな酷評をしてきた、見捨ててるような冷たさをもって。

 普通人なら、腹から何かが沸いてきて言い返したくなる罵倒。彼女はそんな一般には当てはまらず、我関せずと聞き流すのかも―――と、期待のような諦めのような印象を抱いていたけど、

 

 

「―――ソレ、どういう意味ですか?」

 

 

 感情の乏しそうなフェリ先輩が、微かながらも明らかな、不快と分かる感情をニーナに向けてきた。

 

 驚いた、狙ってけしかけたことも含めて……。隊長は、先輩のことを把握していたのか?

 続く成り行きを見守ると、

 

「もともと会長のテコ入れで小隊入り、やりたくもないのに小隊存続のために所属してもらっていた。そんなお前の気持ちはわかっていたが無視してきた、申し訳なかったと思っていたんだ。

 だから、次に私の命令を無視したのなら、小隊をやめてもらっても構わないぞ。……どうやら彼女なら、お前の代わりを十二分にこなしてくれるみたいだからなぁ」

 

 最後にうっすらと、嗤いを見せてきた。

 その意味を読み取ってか先輩は、すぐに反応/ムッと顔をしかめた。

 

 弱味を掴まれて、どうすることもできないので不満が顔に現れる……。とても常人らしい、人間味のある反応だ。

 本当に有効なのか? 信じきれずにいると、

 

「…………わかりました。できるだけ善処します」

 

 渋々ながらも、謝罪の言葉が返ってきた。

 

 出てくるはずの無いモノができてきた……。思わずも目を丸くさせられた。どんな魔術を使ったんだ?

 驚きのままニーナを見つめていると、

 

「もう一声言わせたいのなら、そうさせるが……どうする?」

 

 私としてはオススメしない……。僕としても、コレ以上はいらない。もらっても恨み付きではかなわない。

 他のメンバーからも、クスクスと忍び笑いがこぼれていた。

 

 

 

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、おまちしております。


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新人歓迎会

 

 

 

「―――まずコレが、正式な小隊員用の認証パスだ」

 

 渡されたのは、今まで持っていた仮パスとは違う、正式なパス。ペラペラなカード型、ではなく指輪の形をしたものだ。

 どんな指太な大男でも入れられるサイズ。持った具合/金属な見た目なのにゴムみたいな柔らかな材質感、何より指輪の裏に描かれている独特な紋様から、ダイト製だと分かる。指にはめれば紋様に剄が流れ/満たされて、ジャストフィットしてくれる形状変化の特性。

 

「専用の制服と防具一式はまだ来てないが、明後日までにはできる。それまでは、前のメンバー達が残してくれたお古だが、サイズの合うものを使ってくれて構わない」

 

 もちろん、そのまま予備として使い続けてもらっても……。隣りの着替え所/ロッカールームを指差して、そこに保管してあると。

 

「武装ダイトについては、専用のモノがあるから不要だろうが、本使用と訓練用の二本が支給される。どちらも刃引きか緩衝処置が施されて、殺傷力が抑えられているモノだ。

 小隊員は武装ダイトの常備を許可されているが、装備できるのは訓練用のみだ。ソレ以外を装備するのは違法、警邏に見つかったら罰則かかなりの罰金が科せられるぞ」

 

 罰則か……。悪くない。あえてやり続ければ、合法的に小隊を辞めることができるかも。

 小賢しい考えを半ば本気で練っていると、

 

「何か特別な仕様でも、あるんですか? 例えば……、位置情報が自動送信される、だとか?」

 

 メイシェンからの指摘に、ニーナは少し嬉しそうな笑みを浮かべながら答える。

 

「ソレはどちらかというと、この指輪の方に埋め込まれてる機能だな。

 武装ダイトにあるのは、殺傷力の抑制の他に、武装展開の外部からの強制ロック機能だ。特定の条件と資格を持ち合わせてる者が命じれば、即座に発動されてしまう」

 

 安全装置……。どこの国でも同じ。個人で自由に扱える暴力を保有してるがゆえ、社会はソレに制約をかける。

 ただ正直、そんなモノでは足りないはず。破ろうと思えば破れる、別の抜け道もある、システムには常に穴がある。結局の枷は、エリートとしての自制心だろう。

 なので、メイシェンが作った流れに便乗して、

 

「隊長のソレは、訓練用のものですか? それとも本使用?」

 

 イタズラ心を含めながら、確かめることにした。

 尋ねられたニーナは、ほんの少しためらいを見せるも答えてくれた。

 

「コレは……、本使用だ。このハーレイお手製の改造もされてる」

『先の試験では、あんまり活躍できなかったけどね……』

 

 残念と、わかりやすくも含ませてきた。……自慢げというよりも、ションボリ気味で。

 確かに、鉄鞭にしては独特なあの形状の謎は、最後まで分からずじまい。ハーレイの言葉を信じるなら、視界から消えていた時に発現していた、わけではなかったらしい。そしてもう一つ、先のような戦闘場面では活躍させられない機能だった、とも。

 気がかりなれど、いま追求すれば不審がられるか……。この話はそれまでと、こちらも引き下がることにした。

 

「他にも、小隊員としての特典と義務が色々とある。が、ここで私が口で説明するより、この小隊員用の【生徒手帳】に分かりやすく書かれてる―――」

 

 面倒なので、コレを見ろ―――。手のひらサイズの小冊子を、渡してきた。

 まさかの古風/貴重な紙媒体……と思いきや、それは数ページ分だけ。最後の少し厚めページは紙ではなく別の素材/電子表示板になっていた。かさばる形状なれど、携帯情報端末と同じ。

 買い揃えているので必要は無い。他人から渡された端末を使うなど、露出癖でも無ければ不利益でしかない行為だ。けど……、渡された以上は常備しなければ疑われる。身分証明と一体化していたらなおのこと避けられない。コレを中継ポイントにプライベートを覗かれる危険を、常に持ち合わせていないといけないことに。

 

 思わずため息が出そうになった。分かっていながらも避けられない、ドンドン枷を嵌められていくみたいだ……。

 

「18小隊独自の特典は……、今は無い。あるのは、先にも言ったとおりの急務だけだ。早々に都市への何らかの貢献か実績を見せること」

「あるといえば、あの副会長殿だろうなぁ。俺らが頼めば、大抵の無理難題は通してくれるだろうよ」

 

 ただし、願いに見合った以上の代償は取り立てられるが……。シャーニッド先輩が、皮肉を隠すことなく込めながら教えてくれた。

 まだ深い仲などでは決して無いものの、ありえる事だと共感してしまう……。ただ/だからこそ、

 

「彼とはそのぉ……、友好的では無い?」

 

 僕らよりも付き合いの長いはずの隊長達も、同じ嫌悪感なのが気になった。一応は同僚なはずなのに、出会ってからの距離感を保ち続けるのは、無難とはいえない。印象と経験則からしか言えないものの、そんなヘタを打つような人物とは思えなかった。

 

「信用はしているが、信頼はしていない。副会長はかなりの…秘密主義だからな」

「フェリシア先輩に対しても、ですか?」

 

 妹に対しても……。急な話題の対象替え/あえて踏み込んでみるも、

 

「……私にこそ、とも言い換えられます」

 

 さして堪える様子なく、答えてくれた。……ただ若干、不満が滲んでいるような気はした。

 

 彼らの兄妹関係には、何かわだかまりがあるのか……。僕がカリアンに対して有利になれる何かが。

 ニーナ達を見渡してみるも、ソレは確かなことだと表れていた。

 コレは、もっと探ってみるべきか―――。警戒されるだろうが、メリットに傾く。続けて尋ねようとすると、

 

「さて! 事務的な話はコレで終わりだな。

 次は、穏やかな方の歓迎会をしよう―――」

 

 ニーナがニコやかに破顔しながら、新人たちへの説明を終了させてきた。

 

 話が閉ざされ、胸の内で舌打ちした。……もう後で頃合を見計らって、聞き出すしかない。

 そんな打算で黙ることにしていると、

 

「ま、待ってください!? まだ学園に来たばかりで、荷ほどきも済ませてなくて―――」

 

 メイシェンが慌てて、待った!をかけてきた。

 

 彼女らしからぬ積極性に一瞬呆然としてしまうも……、確かにだった。

 慌ただしさで麻痺させてきたけど、ここに来たばかりだった。荷物なんてほとんど無いけど、これからの仮住まいぐらい確認しておきたい。というかそろそろ、腰を落ち着けて休みたい、一息ぐらいつきたい。……気づかされると、かなりの疲労感があった。

 なので僕も同意見だと、視線でニーナに要望してみるも、

 

「構わんさ。こういうのはノリの方が大事だ!

 荷物はコチラでしっかり保管してやる。ほどきについては終わったあとだ。女子寮への案内ついでに、私とフェリが手伝うぞ!」

「……私も、ですか?」

 

 当たり前だ―――。これから先輩になるんだからな!

 

 朗らかな強引さに、メイシェンは二の句が継げないでいた。僕の方も、頭を抱えるしかない。……コレはもう、断れない流れだ。

 

「シャーニッド先輩オススメのバーだぞ。料理も酒も旨くて、なにより値段がお手頃価格だ! ……先輩にしては健全な場所だから、安心してくれていいぞ」

「もっと面白くて刺激的なところはあるんだが……、新入生にはちょうどいい店だろう」

 

 今後機会があったら、紹介してやろう―――。言葉通り、こなれた遊び人な雰囲気がよく似合う。

 

「他の小隊はまだ勧誘と採用の最中だろうからな。気兼ねなく特等席で飲めるぞ!」

 

 さぁ皆、いくぞ! ―――。

 そのまま先頭を切ろうとするニーナを、「せめてその武装だけは外していきなよ…」とハーレイが留めてくれた。

 ただ「…確かにそうだな」と、ニーナはさして格好を気にしてる様子もなく。「少し待っててくれ――」とロッカールームへと消えていった。

 

 ため息を隠しきれずにつく彼の様子に、二人の関係を読み取ってしまうと、「君らも着替えてくるといいよ」と勧められた。それまではココで/ニーナにも待たせるから、とも。

 指摘されて改めて、自分たちも彼女のズボラさを咎められない格好なのに、気づかされた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 目が覚めるとそこには―――、見知らぬ白い天井があった。

 周囲には、簡素なベッドが等間隔/壁沿いに5対ほど、その横には腰ほど小荷物置き場。大部屋の隅には、四角箱の古いタイプのテレビジョンが設置されていた。……それ以外には何もない。

 テレビに映っているのは、この都市のニュース番組だろうか。帝都の標準語とは別の言語だが、キャスターらしい女性と別の場所の映像が同時に映っている様子から、内容が推測できる。大音量ではないけどソレしか音源の無いここでは、離れたここからでもよく聞こえる。

 

 自分の現状確認―――。指先はさすがにうごくも、手足を動かすのがダルい。無理に動かそうとすれば鈍い痛みが体中に駆け巡っていく。……とくに、右腕の肘あたりから。

 目を向けるとそこには―――、注射針。細い透明なチューブが伸びて、背丈ぐらいの棒の上にこぶし大のパックが吊るされている。点滴が打たれていた。中身がなんなのか知りたいけど……、もう大分注入されてしまっただろう現状、諦めるしかない。

 

 それでもマシかと、針を外してやろうとして―――ガンッと、左手が何かにひっかかった。痛みによるものではなく、手首に嵌められた拘束ベルトによるものだと、ようやく気づけた。

 足元にも注意を向けると……やはり、両足も同じような拘束がかけられていた。

 

 私は今、何処とも知らない病室の中、この粗末なベッドに拘束されている。身動きがほぼできない現状……。どうやら私、囚われてしまったみたい。

 けど、

 

(この程度で、私を拘束できるなんて―――)

 

 甘すぎる。

 全身気だるく、何より不明すぎる現状なれど、この程度の拘束具など引きちぎってやれる。ソレが第5階梯の武剄者というものだ。

 

 呼吸を整え、丹田に意識を集中。そこから全身へ伸びる大小様々な剄脈を感じては、剄を循環させていく。そして一粒一粒の体細胞へ剄を浸透させては、活性化―――。いつもの要領/【活剄】の手順、何の問題もない。

 しかし―――、気づけた。なにかがおかしい?

 いつまでたっても、十分な剄を練り上げられない。

 そもそも、丹田に蓄えているはずの膨大な剄を、感じられない。何らかの重傷を負ってその治療のために消耗した、とは考えられるも、減りすぎている。あまりにも少ない。というかコレは―――

 

(もしかして………………、無いのッ!?)

 

 ど、どういうことッ!? ―――。はじめて戦慄が沸いた。自分の寄ってたってきた支柱が一本、いつのの間にかなくなっていた不安。

 長年の修練の末に蓄えてきた剄、ソレが全て無くなっていた。

 

 厳密には、全てではなかった。

 武剄者としての最低ラインを大きく下回っている、一般人レベルの剄の総量。なので当然、活剄など発現できない。手足の拘束具を引きちぎるなど無理。全身の疲労感を払拭することすらままならない……。

 再度確かめてみるも―――……、やはりだった。

 私は今、武剄者ではなくなっている。

 

(…………一体、何が起きてるの?)

 

 とてつもない喪失感は保留。漏れそうになる嗚咽も封殺。

 全身脱力しながらも、頭は回転させつづけた。何か、なにが原因なのか―――

 

 そんな困惑の最中、いきなり病室の扉が開く音が響いた。

 さらにコツカツと、床を鳴らす足音が近づいてくる。 

 身をこわばらせながらも待ち構えていると、私のベッド脇までやってきて、

 

 

 

「―――目が覚めたようだな」

 

 

 

 見知らぬ男が、声をかけてきた。

 

 低めながらもよく通る声音。大声ではない普通の声量なのに、周囲全ての人間の耳に伝わる。何より、聞かなくてはならないと居住まいを正させる威厳ある声質。喉や声帯が活性してる武剄者ゆえ、とも違う。大勢の前での演説慣れしてる、政治家か軍の指揮官特有のモノだ。

 声の主を見上げてみると……、やはりだった。腹の読めない岩のような顔つきをしている禿頭の男。

 着ている服装は、ワイシャツにネクタイにベストにダークグレーのシングルスーツと、品格のある紳士的なワンセット。高度な特権を振るえる公務員、な見た目をしているけど、醸している厳しげな雰囲気は軍人に近い。

 

「……さすが、かの帝都からの刺客、ロンスマイヤ家のご令嬢だけあるな。

 体は()()()()()なのに、己の魂だけはしかと保持できてるとは」

 

 見定めながら、さらに考える。彼が要求するだろうこと、私がやらなくてはならないこと/できること。現状で最適な、次に出すべき返事は―――

 

 

「…………何も話しませんよ」

 

 

 素直に拒絶、拷問も尋問も無意味だと。

 

 知りたいことはある、不満は山ほどある。

 けど、目の前の禿頭は答えてくれないだろう。確かめる術もない。

 そもそも、私をこんな目に遭わせただろう元凶に、話し合いの余地など微塵もない。すぐに解放するのが当たり前、まして拘束などしているのだから……、『敵』以外の何者でもない。

 敵は抹殺すべき―――。殺人ですらない、駆除の対象だから。

 

「構わない。もう知りたいことは知った」

 

 …………なら、なぜ生かしてる?

 訝しる視線だけで返事。冗談で嬲るのが趣味な相手とは思えない。

 

「お前が()()()()で『沈黙』を貫けるのか、それとも『負け惜しみ』をぶつけてくるか。どちらの人物なのかを、確かめたかった」

 

 まっすぐ鋭く、貫くような視線で見定めてくる。コチラの腹の奥底まで焼き尽くすような炎が、その瞳の奥に見えた。

 普通なら目を逸らしたくなるようなソレは、しかし……私には馴染みあるものだ。むしろありがたい。不明瞭すぎる現状の混乱の中、ようやく一息つけたような気分。

 なのでか、黙秘し続けようとしたけど、気が変わった。

 

「……『合格』とでも言いたいんですか?」

 

 茶化すように、までは流石にいかなかった。我ながら冷徹さがにじみ出てしまったか……。

 

(……あれ? なにかが―――)

 

 おかしい……。違和感に気づかされる。

 先の第一声とは違う、病上がりのかすれ声だったからと思い過ごしたけど……、違った。全く違う。

 私の口から出たその声は、私が知っている私の声音とは別物だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 再びの戦慄。押し殺した喪失感と繋がり、恐ろしげな何かを引きずり出してくる―――

 

「『不合格』の方が好みだったか?」

 

 禿頭の返事に、ハッと呼び戻された。

 

 全て保留、今は考えない……。動揺が顔にまで表れない内、障りのない皮肉を返した。

 

「評価できる立場にいるとでも?」

「驚いた、不合格の方が好みか?」

「ええ。今すぐその首をへし折って、静かにテレビを見たいぐらいには」

 

 そしてプイと、顔も背けた。

 気まぐれのお喋りもこれまで、そもそも話すことなど何もないのだから……と、強がりを通した。

 そのハッタリが、功をなした。

 

「なぜソレができなくなっているのか? 今お前が、知らなければならないことだな」

 

 禿頭自身から、必要な情報を晒してきた。……罠とは知りつつも、顔を向けざるを得ない。

 

 改めて禿頭を見定めてみると、先の情報の含意が浮かんできた。

 

「……貴方たちの責では無い、と?」

「利用はさせてもらっている、ある程度は」

 

 隠すことなく教えてきた。彼らにもまた、敵対せざるをえない何かが邪魔しているのだと。……私に有利な情報を。

 だからだろう、

 

「できれば協力してもらいたい。その力も理由も、お前にはあるはずだ」

 

 従属関係、ではなく協力関係。……上っ面だけは。

 

 見定めながら、断った場合を考えてみた。生じるメリットとリスクを、今の私にどれだけ有意義なのかを。

 答えは……、残念ながらすぐに出た。

 

 

「―――私に、何をさせたいのですか?」

 

 

 一時休戦。今は従い機を伺う。……全て把握したのなら、すぐに切り捨てる。

 

「いい返事だ。飲み込みが早くて助かる」

 

 当然とばかりに私からの了承を受け取るも、質問には答えず。立ち去ろうとした。

 そんな背を訝しりながら見送ると、

 

 

「追って指示する。まずはゆっくり休んで、万全になれ―――」

 

 

 背中越しにソレだけ告げるや、入ってきた出入り口から立ち去っていった。

 

 

 

 

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学生生活
編入


ダイジェスト版で、お送りします。

22/8/9。最後段落を加筆


 

 

 ―――目覚めは……、最悪だった。

 

 

 

 夢を見た。自分が殺される夢だ。

 そしてなにより……、大切な人が殺された夢だ、目の前で。

 ソレは決して、あってはならないことだ。ソレを避けるがために僕は、ここに来たのだから。

 だから、今度こそは必ず―――……

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 

「―――あ、あのぉ……その腕、大丈夫……ですか?」

 

 

 

 ぼんやりとたゆたっていた中、彼女の声で目を覚ました。

 そして目覚めるやすぐ、自分の現状が思い出されていく。ゴミまみれ、傷だらけ、特に右腕は―――

 

「は、早くお医者さんに看てもらった方が、良いと……思いますけど?」

「ぇ? 

 …………あぁ、そうだな」

 

 血だらけかつ何より、あってはならない歪み方をしている右腕。痛覚も潰れているのか/無意識にも遮断したのだろう、高熱を発している重いゴム塊を肩からぶら下げているとしか思えない。

 自分の重傷なのに他人事。声をかけた見知らぬ彼女を見直し……、まだボンヤリしていたことに気づかされた。

 

(……何をしてるんだ僕は、シャンとしろ!)

 

 ココは敵地の真っ只中。少しの油断が死につながる。……先の横断列車でのことがそうだったように。

 すぐさま胸の内で喝を入れ、平静さまで叩き上げると―――、さらに気づかされた。

 

 ―――彼女とはどこかで、出会ったことがある……?

 ありえない既視感。ここは陸上界で、そもそも初めて訪れた都市。他人の空似にしてもありえない。

 そもそも、どうして今そんな感情が沸き起こってくるのか? ……疑えば疑うほどおかしな現状だけど、直感は抗し難い、正しさを否定しきれない。

 なので、

 

 ―――僕は彼女と、どこかで出会ったことがある。

 そう仮定してみると、驚くほどすんなり腹に収まる。どころか、何か安堵に近い暖かな感情まで沸き起こってくる。直感が正しかった、というだけでなく、()()()()()()()()()()()()()とまでに……。

 その感情には蓋を閉めて棚上げ。現実的な対処に専念しようと、声をかけてみると、

 

「―――医者の当ては、あるか?」

「へ? ……あ! 

 そ、それは……」

 

 言いよどまれた。……その戸惑いから、あることが見て取れる。

 彼女と医者には、深い関係がある。彼女自身は医者ではないだろうが、近しい誰かがそうなのだと……、どうしてか直感できた。

 

 ふたたびの直感に、目眩が起きそうになるも……、今はすべて棚上げだ。

 無理を押し通せば、連れて行ってもらえる。今の僕には/敵から逃れるためには、医者と隠れ家が必要だ。……彼女との遭遇は、不幸中の幸いと言えるだろう。

 けど―――

 

「……悪い、忘れてくれ。―――」

 

 その場を/彼女から離れる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()から―――。離れなければならない。

 

 自分から背を向けて、その不合理さに戸惑う。彼女は利用すべきなのに、そうできない/したくない衝動がある。

 今日まで生き抜いてきた中、抱えてきた信念やら他人からの優しさを裏切ってきたことは、幾度もあった。あえて踏みにじるまではしないものの、必要とあれば躊躇うことなく、感情を抑制することができるようになっている。……そんなことで今更、この使命に逆らうことなど無い。

 ただ万が一、あり得るとすれば、ソレは―――

 

「ど、どこに行くんですかッ!?」

 

 振り捨てた背に、声をかけられた。追いすがられもしてきた。

 驚愕するのを押さえ込むと、代わりに、

 

「俺に構うな」

「で、でもその怪我じゃッ!?」

「構うな! さっさと消えてくれ」

「そ、そんなこと……できませんよッ!」

「近づくなッ!! ―――」

 

 怒気を込めて振り返りざま―――、彼女の首筋を掴んだ。

 今にも締め潰すかのように、頚動脈に爪もたてて……食い込ませる。

 

「……片腕でも、このままお前を首り殺すぐらいは、簡単なことだ」

「うぐぅ―――…… 」

 

 苦しそうに悶える。

 その声もさる事ながら、握る手からも凄まじい不快感が沸き起こってくる。まるで僕の根幹が、この行為を拒絶しているかのように……。

 

 暗く/黒く心を沈ませながら、苦しみ恐れてるだろう彼女を見据えると―――、見入られた。

 その瞳の奥に、あるはずが無いモノを見てしまったから―――

 

 

 

 遠くから追手だろう男たちの声が聞こえた。

 鋭敏にしていた聴覚が捉えた情報。列車が横転墜落しただろう、ここから数ブロックは離れた場所。そこには多種様々な騒音がひしめいているので、そこまで分析力の無い僕にはその全て読み解くことは不可能だけど、そこからあえて離れようとする音ぐらいは分かる。すぐに近くまでやってくるはずだ。……もう見つけてきたか。

 慌てるも一時だけ、すぐに開き直る。……今の僕らの状況を見られたら、どうあっても見咎められる。例え追っ手でなかったとしても、だ。

 

(だったら、このまま―――)

「―――ッ!?」

 

 彼女が急に、抱きついてきた。

 思わず抱き止めされると、気づく。ソレは、()()()()()()()()()()()()だと。……このスラム街だろう場所には相応しい、発情した恋人同士の振る舞いだとも。

 

 

 

 

 

(―――い、行きましたか?)

 

 不安そうな声で確かめてくる。……後ろが見えないから、仕方がないことだ。

 イイ香りやら柔らかい感触やら鼓動の高鳴り……などなど、上げれば多々あるも、あまりの突然さ/強制されている現状。乗れないどころか反転して、

 

「…………なんのつもりだ?」

「ヘ? ……あッ!?

 す、す、スミマセン――― ッ!///」

 

 訝しむような低音に、慌てて離れた。……赤面しながら。

 

 助けられた―――。そんな義理など、何ひとつも無いのに。むしろ見捨てる/あの追っ手たちに助けを求めたほうが良かったはず。

 意味不明すぎる行動に、戸惑いを隠せず黙って見つめてみると……、気づけた。先に見いだせたモノの正体を、どうして目の前の彼女にソレがあったのかを。

 だからだろうか、

 

「―――医者の場所まで、案内……してくれないか?」

 

 我ながら弱々しげに、彼女の手を借りることにした。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 

 また、とてつもない既視感に襲われた。

 

 

「―――ココが、そのぉ……施療院です」

 

 

 初めてなのに見たことがある……。驚きは内心だけで抑えると、

 

「見た目はボロボロですけど、腕は確かなので、安心してくれると―――」

「もしかして……、君の実家か?」

「ぇ? ……えぇ!?

 な、なんでわかったんですか!?」

「別に……、ただの当てずっぽうだ」

 

 やっぱりか……。既視感は正しかったらしい。

 

 建付の悪い扉をあけ、中に入ると―――カランカラン、呼び鈴が鳴る。

 すると、家の奥間から、

 

「―――ん、お客さんかい?

 悪いな、急ぎじゃなかったらそこでしばらく、座っててくれねぇか……て――― ッ!?」

 

 ヨレヨレの白衣を着た無精ひげの中年男が、覗かせていた横顔に驚きを浮かべた。

 座っていた椅子からコケそうになるのを寸前で抑えると、僕らの方へ足早に来て、

 

「おいおい! びっくりしたぞメイ」

「た、ただいま……、お父さん」

 

 おう、おかえり! ―――。ニカリと、不器用ながらの笑顔で歓迎してきた。

 

 外見上では、親子と判断するのが難しい二人。奥手そうなメイシェンが、気のおけなそうな空気を作っているところを見ると、叔父か養父なのかもしれない。

 ……そんな見て分かる事以上に、また訪れた既視感。施療所をみてもあったので、心備えはあったけど、不安を掻き立ててくる。

 

「色々とつもる話はあるが……、今はそっちが重要そうだな」

 

 後ろの僕を一目見るや、何気ない風を装っていた右腕の重傷を、見抜かれた。

 まだ予断はできないけど、応急処置ていどの治療なら任せられる医者だ。……これもまた、既視感に寄るところか?

 今はそんな不安は棚上げにすると、

 

「……アンタは、腕の良い医者だと聞いた」

「ここいらじゃな。……他にいねぇからなぁ」

 

 あっけらかんとした皮肉ネタには付き合わず、懐から財布/カード形態の錬金鋼(ダイト)を取り出すと、必要な剄を通した。

 

「―――前金だ。何も聞かずに治療してくれ」

 

 言うやいなや、財布から大量の貴金属のメダル/何処の都市でも使える通貨を机の上に溢れ出した。

 帝都グレンダンでは闇医者に支払う相場、プラスかなり色もつけた代金だ。もっとタカってくるのならもう少しは譲歩してやってもいいけど、これで十分なはずだ。

 

「だ、ダメですよ!? もう頂いたのに―――」

「―――終わったら、もう半分を渡す」

 

 慌てて辞退してくるメイシェンを無視して、医者と交渉を続ける。

 このタイプの財布は、僕固有の剄と生体認証でしか中身を取り出すことができない。最悪僕を殺して奪ったとしても、取り出せないのなら価値はない。さらに、トラップが仕掛けられているのが常なので、開錠できる人材と場所は自ずと限られてくる。

 そんな警戒心を察してか無視してか、

 

「……わかった、できる限りのことはやろう―――」

 

 こっちに来い―――。奥の施療室へと案内された。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 

 いちおうの治療が終わると、二階の客間に案内された。

 

「―――す、少し散らばってますが……、この部屋を使ってください」

 

 案内してくれたメイシェンが一階に降りていく。

 

 部屋の中の安全確認―――。順々に調べていくと、化粧台に置かれている姿見に目がいった。

 その鏡を覗き込むと、そこには―――別人の顔姿が写っていた。

 よく見知っているけど、今ココには絶対にいるはずの無い人物/義兄のロウファン。その彼が、自分の鏡像としてそこに写っている

 

 

 驚愕と同時に、納得感。……不思議なことに、落ち着いている。

 そんなありえない鏡像、今の自分がそうなっているということは、ココが夢幻空間だとの証拠/敵の罠にハマっているも同然だ。さらに。今の今までソレを認知できずにいたほど精密かつ自然すぎる夢幻。事前情報になかった超絶な/魔人級の念威奏者の罠の真っ只中にいる……というのにだ。

 思考停止とは違う、ただありえないほど落ち着いてしまっている、まるで前にも同じ状況になったと知っているか如くに。……逆に、ソレこそが不安材料だけど。

 

(……やはり、いったん自殺してみるか?)

 

 夢幻から強制離脱できる荒業。

 危険で後遺症も残るけど、罠に嵌まり続けるよりはマシだ。最悪なのは、ココが夢幻ではなく現実だった場合だけだ。……その場合、本当に死ぬだけになる。

 

 やるか―――。腰元から万能ナイフを取り出し、その鋭い刀身を覗き込む。

 そしてすかさず、首筋にあてた。

 

 

 怖れはない、躊躇う必要もない。直感が正しいと告げてくれている。

 けどなぜか……、やる気がでてこない。

 正しいけど、同時に無駄なことだと、諦観がにじみ出ている。ソレがこの手/自殺を止めてくる。

 

 なぜだ? ……。疑念を投げても、出てくる答えはない。

 小さくため息をつくと、ナイフを腰元の鞘に戻した。

 

 

 

 トントン……。内側で自問している中、遠慮がちなノックが聞こえると、

 

「―――あ、あのぉ……。シーツとか毛布、必要そうなもの一通り持ってきました」

 

 ココで療養するのに必要な物品を、わざわざ届けにきた。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 傷の療養のため、なし崩し的にも居候することになったその夜―――、このツェルニの都市警察らしき奴らの訪問があった。

 二階の客間からも、メイシェン達と彼らの会話が漏れ聞こえてきた。

 

 ―――横転事故を起こした都市間列車の()()を回収している。___

 

 見かけたそれらしいモノがあったのなら、直ちに都市警あるいは最寄りの交番に報告するように。もしも、そのままネコババするような真似をすれば、すぐに判明する。その時は……、()()()()()()()()()()だろう、とも。

 遠巻きながらの脅し文句。医者たちの返答次第で、すぐに窓から逃げ出す準備はしていたけど、

 

 ―――わかりました。見かけたら必ず報告させてもらいますよ。___

 

 まぁ、もう無くなってるかもですがね……。皮肉げな苦笑とともに、ココでは『落とし物』はほぼ100%返ってくることは無いと、スラム街の『常識』を仄めかしながら。

 それを聞いた都市警たちも、難しそうにしながらも同じような苦笑をこぼしていた。中には肩をすくめて呆れている奴までも……。

 そのまま強制家宅捜査されることもなく、帰っていった。

 

 都市警たちの態度から、彼らのような『末端までは知らされていない』と、この地域に当たりはつけているが『正確な居場所は把握できていない』ことが分かった。まだココは安全だ。

 そして何より、医者の受け答えの様子から、『今は僕を差し出すつもりは無い』ことも分かった。ソレが医者としてのプライドか、はたまた、ココで暴れられて万が一でも娘/メイシェンを人質にでもされたら困るからか、あるいはもっと違う理由か……、分からない。

 故にだろうか、ここを出る前に『口封じ』しておかなければと、そんな合理的な考えが浮かんできてしまったのが……、ひどくバツが悪い。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 

 翌朝、何事もなかったかのように朝食を共にした。

 

 

「―――粗末なもんだが、食っておけ」

「『粗末』て…………、ひどい」

「へ? ……ぁ! 

 い、いやマズイとかじゃなくて、素材的な意味でだな―――」

 

 父娘の何気ないだろう会話に、断る糸口を見失ってしまった。

 

 敵地での作戦実行中で、現地の食材を食べるなど、毒殺されても仕方がない愚策だ。

 それにそもそも、僕レベルの武剄者になれば、傷の回復速度と食事から取れる栄養はあまり関係ない。消化にかかずらわなくて良くなる分、むしろ早くなりもする。完璧な療養という点では、必要なことだろうけど……、現状では全く不必要だ。

 つまり、部屋に引きこもっていた方がマシだった。けど、

 

「―――お、お口に合うかどうか、確かめて……もらえませんか?」

 

 そこまで引き下がられると、引きこもることもできない。

 内心でため息つきながら、一口食べてみると―――

 

「………………、甘い」

「だろッ! やっぱ甘いよな!」

「そ、そんなはずは……」

 

 我が意を得たりの医者に、納得いかずのメイシェン。

 別にことさらマズイわけではなかった。料理の見た目からの印象と、実際の味覚との差異があっただけ。なので、二人の反応にはどう接せればいいのか戸惑ってしまう。……普段からメイシェンの味付けは「甘い」傾向にある、ということだろう。

 

 

 …………そんなことは、どうでもいい!

 こんなことをしてる暇はない。僕にはやるべきことがある。

 

 

「―――世話になった」

 

 

 ダンッと叩きつける/断ち切るように、残りの治療費を食卓に置いた。

 

 急な真面目ぶりに一瞬目を丸くされるも、

 

「……まだ、完治にはほど遠い状態だが?」

「必要な剄脈は繋がった。使う分には問題ない」

 

 重傷だった右手をグーパーしてみせた。

 まだまだ戦闘行動などできない状態だけど、日常行動ならできる。そしてできるのなら、いざとなれば戦闘でも使えるということだ。……現状でここまで治せたのなら御の字、【凝剄石】の効果さまさまだ。

 

「……詮索はしない、そういう契約だったな」

「そうだ。覚えていてくれて助かる」

 

 はやく受け取れ……。これで契約は終わり、ママゴトに付き合うのもこれきりだ。

 努めて冷淡に告げるも、医者は意に返している様子はなく。かえってわざとらしくも「う~む…」とうなるや、

 

「俺がココから急に消えると、困る常連客が何十人もいる。……ここいらだと、代わりの医者はなかなか見つけられないんだよ」

 

 つまり、彼らの急な不在が僕がココにいた証明になり、敵へも伝わってしまう。ここいらの近隣住民に、密告するなと言い聞かせるのは不可能に近い。加えれば、そうやって逃走した彼らが、次の街で上手く馴染んで生活できるかといえば……、難しいだろう。

 夜逃げはできない。かといってただ居座り続ければ、すぐにボロがでる。もらった治療費をすぐに使えば足がついてしまう。彼らの身の安全は脅かされ続ける……。どうしようもなく詰んでいる。

 そのための契約、身の安全と引換の多額の治療費。割に合わないとごねられても、互いに困るだけだ。そして困れば……、暴力に訴えるしかなくなる。そしてそんなことは―――、

 

「……そこまで面倒をみろ、と?」

「カネだけじゃ、解決しづらい問題だな」

 

 我が意を得たりと、カラカラと笑う医者。……思わずも、睨みつけそうになった。

 そうすべきなのに、そうしない/する気が沸いてこない。使命感で押し通せばいいのに、あえて避けてた。倫理観やら同情とは違う、それらに無理やりでも繋げようとする『何か』が、僕の奥底に巣食っている。

 

 切り捨てる選択はできず、かと言ってこれからどうすべきかは浮かんできた。回り道にはなるものの、ちゃんと使命にも繋がっている道筋が。

 だから……、仕方がない。仕方がないことだから、

 

「―――何が望みだ?」

 

 ニヤリとまた、医者に笑われた。

 そして、驚くべき要求を突きつけてきた。

 

 

 

「メイの【従者】に、なっちゃくれないか?」

 

 

 

 ……

 

「………………、本気か?」

「大マジだ」

「ちょッ!? お父さんソレは―――」

「【生徒】の従者だ。これ以上ない身元証明になる。

 お前さんにとっても、悪くない話だろ?」

 

 僕が『何らかの犯罪者』だとは察しているはず。都市警察が家宅訪問までしてきたことからも、かなりの重罪を犯したのだとも。―――それなのに、だ。

 正気の沙汰じゃないので、常識を思い出させてやることに、

 

「……俺は出会い頭に、彼女を殺そうとしたぞ?」

「おっと! ……そうだったのか?」

「へ? ……ぁ! 

 …………うん」

「ほほぉ! そうかそうか。

 そりゃぁ、なんとも……。衝撃的な出会いだったなぁ!」

 

 『衝撃的な出会い』……。そんな言葉で包み隠せると?

 あり得なすぎる無責任さに、頭を抱えそうになりながら、

 

「……いつ裏切って殺すかも知れない初対面の男に、大事な娘を預けられるのかて話だぞ?」

「できるさ。お前さんが今、俺の目の前にいるからな」

 

 自信満々に告げられた。

 

 言われた直後は唖然としたけど、すぐに察することはできた。

 そんなヤバイ状況にあったのに、今は大人しく従っている。いつでも裏切れたのに、今もってそうしていない。無事に父娘は再会し、僕は多額の治療費を払って立ち去ろうとしている……。この一連の現状が、僕の『倫理感の高さ』を証明してしまっている。

 ただここで問題なのは、これからもそうするとは限らないことだ。ソレは考えなけれならない最大の問題で、今までのことは何の保証にもならない。むしろ、騙すための偽装にもなりかねない。

 つまりこんな要求は、狂人かゲス野郎がすることなのに、

 

「これ以上は、ビタ一文も譲るつもりはない! ……お前さんも、腹をくくるしかないぞ」

 

 メイシェンにとって良き父親でもあろう目の前の医者は、迷うことなく僕に娘を任せてきた。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 

「―――す、すいません! あんな無茶なお願いをして……」

 

 

 ―――少しだけ、考える時間をくれ……。

 そう言って一日ばかり猶予をねじ込ませると、「外の空気を吸ってくる」とも。 

 もちろん、まだ外は危険、おまけに逃げられる心配もある。この街に相応しい衣服に着替えて変装したけど……、メイシェンも同行された。

 名目として、僕は情報収集、彼女の方は医者からのお使いだ。僕の右腕とか色々な傷の治療のため、必要な薬剤がきれたとかなんとかで。

 そんな道すがら、ゴミゴミと汚れていながらも生き生きともしている、スラム特有の街並みをともに歩いていきながら、自宅が見えなくなった頃合いでいきなり、謝罪してきた。

 

「……必要なことなんだろ? 君にとって」

 

 そこまで切羽詰ってた、てだけの話……。意表を突かれただけ、腹を立てるほどでもない。取引としても悪いだけじゃない。

 そんな理屈を込めて「気にするな」と言うも、

 

「…………そんなつもりじゃ、なかったんです」

 

 申し訳なさそうに、俯かれた。

 言葉通りの意味か、それとも何かを秘めているのか、ハッキリと分からない。そもそも、そんな謝罪などする必要はなく、横柄に無視したとしても釣り合いは取れる取引内容だ。弱気にへりくだるのは、不利を背負い込むだけだ。……そんな全てを分かっていながらも、あえてそうしているように見えてしまう。僕の観察眼がそう告げている。

 さらに加えれば、

 

(「つもりだった」方が、マシだったんだけどな……)

 

 咄嗟で『アレ』ができる方が、恐ろしい……。どこをどう見ても厄介な男を、都市警を欺いてまで匿える神経は、とてつもなく図太い。それでいて外見/振る舞いは、どうみても小動物にしかみえないギャップ。しかも、ソレをすべて反射的にやりながら、もう納得している柔軟性……。悩ませていた違和感/既視感に一本、筋道が通った気がした。

 

 お使いの帰り道。あとは自宅に戻るだけの道から、あえて別の道へと外れいった。

 

「ほぇ? どちらに……て、ッ!?

 そ、そちらには行かない方が―――」

 

 この地区を管轄する都市警察の官舎があるから……。だからこそだ。

 引きとめようとあわあわしているメイシェンに、

 

「ならココで別れることになるが、いいよな?」

 

 従者になる話は却下。僕は僕のやり方で押し進む……。含まれていただろう多分の善意を、踏みにじる。

 一瞬絶句されるも、

 

「……その腕じゃ危険、ですよ?」

「奴らはまだ、『俺』を狩りだそうとしてるわけじゃない」

 

 付け加えれば、彼らに指示してる奴らも『逃げる俺』を探している……。なら、虎口に入れば虎児は得られる。都市警察こそがこの窮地の脱出路にして、使命をはたす近道にもなる。

 僕の本気/狂気をさとってか、二の句がつげられずにいると、

 

「それじゃ、短い間だったが世話になった―――」

 

 従者は、もっとマシな奴に頼んだ方がいい……。彼女とはここまで。繋げられた奇妙な縁をバッサリ断ち切ろうとした。いくら彼女でも、もう引き止められない。

 背を向けて別れる―――直前に、

 

 

 

「―――そこにいるのは、もしかして……、メイシェンか!?」

 

 

 

 褐色の若い女警察が、親しげに声をかけてこなければ。

 そんな彼女ががそのまま、僕らに駆け寄ってくると、

 

「久しぶりじゃないかメイシェン、養成学校入学以来だな!」

「【ナツキ】……」

 

 メイシェンの古馴染か……。友人と言ってもいいのだろうけど、戸惑いを隠せないでいるメイシェンから察するに、どうも互いに温度差がある様子だ。

 

「今年の卒業名簿に、お前の名前があった時は驚いたし、なにより嬉しかったぞ。……まさか本当に、生徒になってみせるとはなぁ。

 ずっと帰ってこなくて心配していたが、入学前の里帰り、てところか?」

「え、あ……うん。そんなところ……かな」

「そうかそうかぁ。

 もしかしたらと思って、入学祝いのプレゼントを用意しておいて、正解だったぞ!」

 

 あいにく、今は持ち合わせていないんだが……。ソレに何より、タイミングも悪かった。

 少しバツが悪そうにするも、

 

「色々と積もる話があるから、どこかで腰を落ち着けたいんだが……、そうもいってられなくてな」

「警察の、仕事?」

「そう、緊急のな。……学園の【風紀委員】からの指示で、見回りに駆り出されているんだ」

「―――どんな指示が出されてるんですか?」

 

 興味をそそられる内容に、話を割り込ませた。

 傍にいた僕の存在を知っていながら無視していた女警察は、それで初めて気づいたとばかり、顔を向けてくると、

 

「……お前は誰だ?」

「彼女の父親に世話になった者です」

 

 ぼかしながらも、メイシェンの傍にいた理由も含めて教えた。

 さすがにその程度では納得してくれないのか、

 

「ここいらじゃ見かけない顔だな」

「目につくような派手な顔はしてないので」

「……身分証をみせろ」

 

 ここに―――。懐から偽造パスポートを取り出し/見せた。

 偽造とはいえ、無からつくりあげた架空の人物じゃない。かつてこの都市に存在していた住民の中、似通った顔立ちやら生い立ちの人物を、少しだけ僕に寄せて作り替えたモノだ。真偽を織り交ぜた質の良い偽造パスポートゆえ、こんな末端ではまず見破られることはないはず。

 ……はずだったけど、

 

「―――右腕は、見せたくないみたいだな」

 

 それ以外のことで、疑われてしまった。

 隠してはいたのに、見破られてしまった。気づかれないようにと、左手で見せたのがいけなかったのか……。今は反省しても仕方ない。

 

「……ソレも、必要なんですか?」

「見せてみろ」

「ナッキ! ……怪我、してるのよ?」

 

 メイシェンがフォローしてくれた。……事実だけど、彼女の口から言えば話も違ってくる。

 けど助け虚しく、追求は続けられた。

 

「風紀委員からの新たな指示が、『重傷を負ってる武剄者の若い男』を手当たり次第に調べ上げろ、とのことでな、ちょうど右腕が重傷のお前は捜査対象になる」

 

 まさか、もうそこまで手が回ってるとは……。見込みが甘かった。

 あるいはただ、目の前の彼女がマジメ過ぎる&有能なだけ、なのかもしれない。……スラムの警察には似合わない、まだ汚れきっていない目をしているし。

 

 胸の内でため息一つ。……仕方がない。

 彼女相手には、ワイロは逆効果だろうし……、仕方がない。

 

「……分かりました、見せればいいんですね―――」

 

 手荒なマネだけはご勘弁を……。できるだけ作り笑いを浮かべながら、命令通りにした。

 右腕を、握手を求めるようそっと差し出した。

 ソレを女警官が、掴み/調べ上げようとする―――直前、グンッと引き寄せた。

 

「ッ!? ―――」

 

 そして、よろめき倒れる女警官を抱きとめるようにしながら同時、その胸にある急所/剄絡穴【命門】を―――点穴した。

 

「―――ぅッ!?

 おまえ、は――― 」

「―――悪いな、少し眠っててくれ」

 

 耳元にそっと、囁くように告げると……、彼女の意識は落ちた。

 

 

 

 ―――

 

「ど、どうしたんですか!? 大丈夫ですか!」

 

 気絶させた女警官を抱き抱えながら/訝しむ周りの目に合わせて、心配するフリ。

 メイシェンも察してか、近づきしゃがみこむと、

 

(ど、どうするつもり……なんですか?)

(どうして欲しい?)

 

 困惑させられている彼女に、冷徹に選ばせた。

 

(このまま所轄に駆け込んで潜入の端緒にするか、君の父親の施療所に向かって彼女を味方に引き込んでしまうか、だ)

 

 ちなみに『この場に放置する』選択もあるけど、どちらにとっても不利益にしかならない……。どっちかしか選べない。どちらも最善でない二択から。

 さらに最悪なのは、考える時間はわずかしかない。……いくらココでも、誰かが心配して介入してきてしまう。ソレは面倒が増えるだけで、誰にとっても最悪な4番目の選択肢だ。

 

 彼女が迷った末、選んだのは―――

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 

「―――悪いことは言わない、今すぐ自首しろ」

 

 急いで連れ帰って/仰天する医者は無視して黙らせて/椅子にがんじがらめに縛り付けて、目覚めさせるやいなや、実に警察官らしいセリフを吐いてきた。

 色々と端折っての必要なだけ。色々と察したり考えたりしてくれた結果、ムダを省略してくれたのだろう。なので僕の方も、

 

「どうして俺が、自首しなくちゃならないんだ?」

「それは……」

 

 続けようとするも、言葉が濁った。意表をついたまっとうな質問には、答えなど用意できない。

 品を良くしすぎたことが、裏目に出てしまった。粗暴だったり熟練だったりすれば、悪態ついてゴネて時間を稼ぐ選択があっただろうに……。大いに助かった。

 『公務執行妨害』などの下らない言い訳が出てくる前に、

 

「君は風紀委員の犬か、それともちゃんとした警察官か?」

「ッ!? 

 …………何が言いたい?」

「彼らは、俺に脅されて協力させられてると、思ってるのか?」

 

 遠巻きながらも立ち会っているメイシェンたちに、目を向けさせた。……この状況で黙ったまま、何もしないでいる彼女たちを。

 隠しきれず眉をひそめてしまう女警官に続けて、

 

「彼らは幸運を掴もうとしてるだけだ、抱えてる問題を一気に解決できるとびきりのな。……君は、ソレを邪魔しようとしている」

 

 彼女が考えただろう理由を、僕なりの言葉で表に出してやった。

 ソレは見事に当たったのだろう、警戒の怒気が顔に表れてきた。

 

 そのまま勢いで、否定の言葉でも返そうとするも……、ぐっとこらえた。苦いながらも飲み込みきると、代わりに出してきたのは、

 

「…………ソレは、本当に『幸運』なのか?」

「どうなるかは、彼女次第だ。……俺は彼女の恋人でもなければ、幼馴染でもないからな」

 

 出会って数日の関係……。つまり赤の他人も同様。ビジネスライクな関係だ。

 つまり、互いに利益がなくなったら、それまでだ。僕はソレを『幸運』と訳したが、目の前の彼女は……どうだろうか。

 

「もし君が彼女に協力するのなら、俺を『幸運』へと矯正しやすくなるだろう」

 

 現地警察官は、願ってもないスパイになるけど、同時に潜入捜査官にも早変わりしてしまう。彼女を操作しなくちゃならない負荷分、親友だろうメイシェンの安全度は高まっていく。……ただの正義漢なら、コレで飲み込ませられたことだろう。

 けど目の前の女警官は、そんな分かりやすすぎる打算だけでは、納得してくれなかった。

 

「メイシェン、本当にこんな得体の知れない奴を雇うつもり……なのか?」

 

 そうじゃない! と答えて欲しそうに尋ねるも、

 

 

「―――アナタじゃダメなの、ナツキ」

 

 

 メイシェンが返したのは、女警官への拒絶だった。

 

 ソレには、僕の方も驚かされた。まさかあのメイシェンが、こんなにもハッキリと/傷つけるのもかまわず断るとは……。やはり、どうにも読み切れない。

 そしてソレは、女警官にとってショックなことだったのだろう。何も言い返せず、悔しさを堪えるように目を瞑ると……しばらくして、

 

「…………わかった、協力してやる」

「条件は?」

 

 すかさず詰めた。考える暇は与えない。……打算の色が見えた。

 戸惑いを押し殺しながら、用意していただろう答えを返してくる。

 

「まずこの拘束を外せ」

「……そんなことで良いのか?」

 

 さっさとやれ! ―――怒気を露わに要求してきた。

 何を仕掛けるつもりか、ソレで察してしまうと……あからさまにもため息一つ、

 

「―――はぁ……、わかった。

 ソレは、俺から君への要求でもあった――― 」

 

 穏やかに告げながら近づく、そのまま縄を解いてやるために眼前まで接近すると―――、代わりに拳を腹にめり込ませた。

 

 

「がばッ!? ――― 」

「―――『もっと用心しろ』ていうな」

 

 

 拷問はしないと、タカをくくっていたのか? ―――甘い打算の報い、今後の立場を教えてやるためにも必要なのに。

 分かりやすい暴力だけど、ちょうど横隔膜の動きを乱すポイントを狙った、痛みだけでなく呼吸も苦しくなることだろう。

 

「レ、レイフォンさん!? ……やり過ぎです」

 

 ゴホッゲホッとくの字になりながら喘鳴する友人に、思わず駆け寄ろうとするメイシェンを止めた。……まだ教育は、終わっちゃいない。

 痛みと呼吸困難でそれどころじゃない隙に、要求していた拘束を解いてやった。

 

「さて、拘束は外したぞ。条件を聞こうか」

 

 最後の縄を解くや、床に倒れこむ女警官。……まだ自力で立てないほどのダメージだったのだろう。

 そんな彼女を嬲るように見下していると、衝撃も収まってきたのだろう、弱々しげながら/殴られた腹を抑えながら立ち上がった。

 仕返しにも一発、殴り返してくる代わりに、

 

「……メイシェンを傷つけたら、ただでは済まさんぞ」

 

 掠れた声音での脅しに、頷くでもなく黙って首肯。

 代わりに、

 

「必要な時は連絡する。それまでは、ココで起きたことは無かったように振舞ってればいい」

 

 行けよ、もう巡回の時間だろ―――。もう興味は失せたとばかり、追い払うように。

 

 そんな雑な扱いに、怒りも沸いてくるだろう。睨みつけられ続けていると、

 

 

「―――ナッキ! 巻き込んでしまって……ごめんなさい」

 

 

 メイシェンからの謝罪に、振り上げかけた拳を抑えた。

 そして呪詛でも吐き捨てるようにして……、施療院から出て行った。

 

 

 

 ―――

 ……

 

 

 ナツキが出て行ったすぐ後―――パシンッ!

 頬に一発くらった。

 

 

「―――二度と、あんな真似しないで下さい」

 

 

 いつものオドオドではなく屹然と、静かな怒りを込めて宣告してきた。

 振り向いた様子からこうなることは分かった。けど……、あえてビンタされた。寸前で止めるなど容易かったけど、今回だけはされるべきだと。

 感情任せなら、好都合だ―――。との打算があったからだ。けど、どうもソレだけじゃなかったのが、向かい合っているメイシェンの微表情から読み取れた。止められるとの想定が外れての驚きと、ソレすら飲み込んでの態度/宣告。……また謎が増えた。

 だからコチラも、用意していた全てのセリフを消して/改めて言葉を選んで、

 

「……あの警官に、ここまでしてやる価値があったのか?」

「友達を助けるのに、理由なんていりませんッ!」

 

 あまりに当たり前過ぎる答えに、虚を突かれてしまった。

 だから、反射的にも「嘘をつくなよ」との嘲りが喉元まで出てきた。けど直前、必死で正直な彼女が目に映り……、別の答えが浮かんできた。

 

「……あまり背負い込まない方がいいぞ。君にとってはもちろんだが、友達にとっても不幸になるだけだ」

「ッ!?

 そ、そんなことは―――」

「―――あ~二人共、痴話ゲンカはその辺で終いにしてくれねぇか?」

 

 本心からだろう戸惑いぶりが露わに漏れるも、父親の割り込みで止められた。

 あまりのタイミングに、すぐ睨み気味で確かめてみるも……、その内心は読み取れなかった。本当に勘違いしているだけのように、見えてしまう。

 

 

 水を差されたことで、小さくため息をついた。……また別の機会にするしかない。

 

「……おい! どこに行くんだ?」

「あの女警官を監視してくる」

 

 出て行けと命じたばかりの彼女を/だからこそ、監視しやすくなる。油断している、とまではいかないだろうけど、現状の本心は把握できるはず。これから十全に使いこなすためには、必要な調査だ。

 そんな説明も言い訳もせず、そのまま追いかけようとすると……、さすがに止められた。

 

「……必要なこと、なんですか?」

「安心しろ、気づかれないようにやる―――」

 

 ただソレだけ、欲しがっていただろう言質は与えず、議論の余地なしと振り切った。

 

 背を向けると一抹、胸にチクリとしたけど、必要で押しつぶした。

 何時だってそうしてきたように、今回も同じだ。その痛みが正しさの証拠でもあると、納得させる。

 

 

 

 

 

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長々とご視聴、ありがとうございました。

感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。


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