異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ (三代目盲打ちテイク)
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コラボ用キャラクター設定 ガチネタバレ注意
なので、ガチネタバレなので初めて読む人は読まないで飛ばしてください。
しかし、こんなガチなチートキャラがコラボに参加して大丈夫なのか心配です。
うちの十六夜が出るとか出ないとかそんな話があったので、とりあえず十六夜の設定も載せました。
《赤銅の華》
身長:160cm
体重:50kg
B88/W60/H89
血液型:A型
魔名:
生年月日:3月3日
位階:流出
太極値:80
聖遺物:
ルーン:束縛
大アルカナ:月
占星術:双魚宮
発現:覇道型
武装形態:人器融合型
咒:無天・赤銅の華
理 :永久不変摩訶鉢特摩
成層圏にまで達するほどに巨大な女の随神相。
胸の中心に釘が刺さり、鎌を持った下半身は赤い華になっている。この随神相で戦闘可能。成層圏から来る拳とかどう回避しろというのかレベル。鎌振るったり、花の形状の爆弾落としたりできます。
赤銅色の髪に翡翠の瞳を持つ見目麗しい少女。巨乳です。性格はマイペースでダウナー系。基本的にあまり動きたがらない。
過去のトラウマにより積極性を失っている。本来は誰にでも優しく、誰も彼もを抱きしめたい抱きしめたがりで寂しがり屋。
味音痴。家事が一切できない。絵がど下手。風呂嫌い。1人では何もできない。風呂にも入れません。とりあえず完全無欠の駄目人間。残念美少女。
過去のトラウマとは彼女が愛したもの、彼女を愛したものは呪いのせいかそのことごとくがいなくなること。そのため、本人がいるところでは他者の名前を呼ばない。
ギフトというか能力についての説明。
まず覇道神であるため、神格である。
格下の攻撃は一切が無効。何をしようとも効かない。
聖遺物
聖約・宿因の聖釘
エレナナーゲル・テスタメント
桜茉椿姫がその左手に宿す聖遺物。生まれた時から左手の甲に突き刺さっている。武装形態は人器融合型。
活動位階
触れずに相手をその場に縫い止める異能を得る。位階が上がるごとに身体能力が桁違いに上昇していく。
形成位階
形成――さようなら、過ぎ去った日々よ
Yetzirah―― Addio,del passato
左腕を中心に突き刺さった釘型の槍を形成するが、基本的に誰かを傷つける気は〇なのであまり使わない。
活動時よりも遥かに身体能力が上昇する。
創造
いわゆる必殺技。発現は覇道型。ひとりになりたくないという渇望から発現した他者を固定する絶対防御を付加する創造。
また、その場に釘づけにして他者の動きを止めることもできる。
欠点は攻撃能力がないことなのでサポート専門であることだが、味方であれば彼女の太極値を越えない限り無敵の防御を得ることが出来る上に敵を釘づけにすることも出来る仲間必須の創造。
詠唱
みんなと一緒なら、楽しい時を分かち合うことが出来る
Tra voi saprò dividere,Il tempo mio giocondo
楽しみの他は、この世は愚かなことで溢れてるから
Ciò che non è piacer,Tutto è follia nel mondo
楽しみ、儚く去る、愛の喜びとて
Godiam, fugace e rapido,È il gaudio dell'amore
咲いては散る花のように
È un fior che nasce e muore
二度とは望めない
Né più si può goder
だからこそ楽しもう、焼け付くような言葉が誘うままに
Godiam c'invita un fervido Accento lusinghier
Briah―
自由へと落下する椿の華
Sempre libera――folleggiar di gioia
流出位階
創造を永久展開して世界を塗りつぶす。
流出したら最後、自力で流出を止めることはできない。発現は覇道型。能力は愛する者、他者と永遠に過ごすこと。つまりは固定化であり、現状維持の法。
ひとりになりたくないという渇望から発現した法。ひとりになりたくないという渇望の底には誰かを愛したいという願いがある。
その法下では、誰も死なず永遠の時を彼女と共に過ごすことになる。その世界は、誰も死なず、怪我もしなければ病気にもならない。全てそのままの状態を維持し続ける。
そのため愛する者と離れることなく永遠を過ごすことのできるある種の楽園であるが、新しい生命が生まれることもなければ進化も成長もないある意味で地獄でもある。
ひとりになりたくないという渇望からか、本来は共存不可能な覇道神すら共存させるという極めて特異な特性を有する。
能力は創造を世界規模にしただけであまり変わることはない。
詠唱
ああ、全て終わった
Or tutto finì
喜びも悲しみも、もうすぐ終わりを迎える
Le gioie, i dolori tra poco avran fine
墓は、全ての者にとって終末
La tomba ai mortali di tutto è confine
私の墓には、涙も花もないでしょう
Non lagrima o fiore avrà la mia fossa
私の上には、名を刻んだ十字架もないでしょう
Non croce col nome che copra quest'ossa
ああ、道を誤った女の願いを聞いてください
Ah, della traviata sorridi al desio
どうかお許しください、神よ、御許にお迎えください
A lei, deh, perdona; tu accoglila, o Dio
ああ、全て終わった
Or tutto finì
流出
Atziluth――
夜の世界・堕落する華
Demimonde――La Dame aux camelias
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
原作主人公たる十六夜たちの設定も付け加えておきます。もう一度言いますけどガチネタバレなので最新話まで読んでから見てね。
名前:逆廻十六夜
描写はしてませんが、金髪にヘッドホンを付けた戦真館學園の黒の軍服の如き制服を来た少年。素の状態で出来ることとか身体能力とかはほとんど原作と変わらないです。夢を使えば更に強くなる。
また、この十六夜は両親がいて、カナリアファミリーホームは存在すらしません。
両親は言わずと知れた第二盧生たる男とその眷属であったポンコツ天才女。なので逆廻という苗字は偽名。
ギフト
正体不明
原作と違ってこれ原典とかじゃなく太極です。つまり椿姫が持っている流出と同じものです。
発現は覇道型。未だ無色であり、自らの色が分かっていない無形であるがために正体不明になっているだけ。
ただし十六夜なのでかなり強い。太極値は現在成長中。
邯鄲の夢
邯鄲を制して手に入れた夢の力。本来は夢の中で振るう力であるが。夢界八層をクリアした盧生かあるいはその盧生に許可をもらった眷属であれば現実に夢を持ち出せる。
大別すると五種、細分化して十種の夢が存在している。得手不得手によって人物ごとの個性が出るが、これらはあくまで基礎技能にすぎないため、誰でも十種の夢を使用出来る。
邯鄲の真髄とは、その中から特定の夢を選び、複数組み合わせて独自の力を生み出すという創造性――すなわち夢見る強さを問うものである
十六夜のステータス。最低が1で最高が10。十六夜は盧生なので全てがカンスト超えしている天才であり、超人。
戦術利用された邯鄲の夢に関連して、術者個人の戦闘技能ないしは熟練深度を判定する為の評価尺度である五常・
熟練度Lv.448
戟法 剛 100
迅 100
楯法 堅 100
活 100
咒法 射 100
散 100
解法 崩 100
透 100
創法 形 100
界 100
それぞれの説明。
身体能力を強化する夢である
剛は身体を硬くする防御特化型、活は負傷や疲労に対する治癒する夢。
物体操作やエネルギー段を放つ夢。
解法。
創法。物質の創造や操作を成す
これらの夢を使い分けながら戦う。基本的に戟法の中の剛と迅は同時に使う事は簡単。神髄は複数の夢を組み合わせて戦う事。
範囲回復をするならば楯法と咒法の散が必要。
解法は戟法と組み合わせる。攻撃に崩を使えば相手を物理的以上に破壊することができる。腕を消し飛ばしたりなど。
また崩を使えって重力をキャンセルすれば空も飛べる。
解法と楯法は互いに相克の夢であるため、組み合わせると何が起きるかわからない。
技
破段「破軍星――十六夜ノ月」
十六夜個人が思い描く“自分だけの夢”。つまりは固有技。解法の崩と創法の界の二つの夢を重ねて描いた、異能力を否定する空間を作り出す技。
その中では自分もその制約を受けるため完全な地力勝負となる。
理不尽を、不合理を、不条理を許さないという思想から生まれた夢であり、異能力と呼ばれる理不尽であり不合理であり不条理なものを否定する夢。
強大な力を持って生まれた十六夜だからこそ、思い描く夢である。
詠唱
「
――
破軍星――十六夜ノ月」
急段「天地開闢・
この急段への到達はある二つの技能に習熟したことを示すもので、それとは即ち「三つ以上の夢を同時展開すること」、そして「破段にて獲得した固有能力の更なる進化」を示す。
ただし発動には条件がいる。十六夜自身が他者を守りたいと思い、その守りたいと思われた他者が守られたいと思わず、自らも戦ういたいと思うことが必要。もっと言えば代表者として己も主張したいと思うことが必要。
そうすることにより他者との協力強制がなり急段は発動する。逆に言えばそれがなければ急段は発動できない。
紡がれる夢は破段と同じく解法、創法、そして、咒法もプラスして重ねている。
この急段の効果は効果範囲にいる者への十六夜の全能力の伝播と効果範囲にいる者の全能力の十六夜への付与である。
つまり、相手は十六夜の能力が使えるし、十六夜は相手の能力が使える。範囲内にいる味方が多いほど十六夜は強化されていく。
詠唱
――
天地開闢・
終段
盧生にのみ許された第六法。人類の普遍無意識である
盧生とはつまり、夢の果てに夢のキャラクターを現実に召喚できる召喚士。ちなみに阿頼耶とは十六夜自身であり普遍無意識への窓。どこか超然とした様子で喋る。アドバイザーでもある。
更に言うと盧生は現実だろうが、過去だろうが未来にすら干渉できる。夢の中なら未来から人を過去へと呼び出すこともできるし、過去から未来へ影響を与えることもできる。
また、盧生の眷属は盧生がいる限り不死になる。復活に時間はかかるが。
てなかわけで終段の説明の続き。古今東西におよぶ種別様々な神話的存在の具現、ないしは神話的事象の再現ができるのが終段。
ただし、終段で召喚できるのは本人の気質に合ったものだけであり、一柱召喚するだけでも相当に消耗する。気合いと根性でどうにかなる。
普通一柱しか召喚できないのを気合いと根性で複数召喚して殺し合わせて世界滅ぼすとかできる。
十六夜の場合英雄も召喚できれば神も召喚できる。ただし等しく善性を持つ者しか召喚できず、死神や悪魔、天災と言った理不尽の権化などは召喚できない。
仏類と相性が良かったりする。
詠唱
――終段・顕象――
決まった詠唱はなく呼び出す者の名前を言えば良し。原作元ネタでは
『唵・摩訶迦羅耶娑婆訶』
(オン・マカキャラヤソワカ)
『――終段・顕象――』
『大黒天摩訶迦羅』
(マハーカーラ)
な感じ。
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第一章 YES! ウサギが呼びました!
1
初っ端から修正。
椿姫がいたのは冬の諏訪原です。間違っていたので修正しました。
――いかないで、私をひとりにしないで。
まず感じたのは『
――求めしものは愛し愛され触れ合うこと。
愛し愛されればその全てが目の前から消え失せ一人になる、愛し愛されることができない。
ああ、なぜ、なぜ私の前からいなくなるのだ。私はただ愛したいだけなのに。
いかないで、いかないで、私をおいていかないで、ひとりにしないで。
だから、ここに永劫全てを引き留めよう――
ああ、全て終わった
Or tutto finì
喜びも悲しみも、終わりを迎える
Le gioie, i dolori tra poco avran fine
墓は、全ての者にとって終末
La tomba ai mortali di tutto è confine
私の墓には、涙も花もないでしょう
Non lagrima o fiore avrà la mia fossa
私の上には、名を刻んだ十字架もないでしょう
Non croce col nome che copra quest'ossa
ああ、道を誤った女の願いを聞いてください
Ah, della traviata sorridi al desio
お許しください、神よ、御許にお迎えてください
A lei, deh, perdona; tu accoglila, o Dio
ああ、全て終わった
Or tutto finì
夜の世界・堕落する華
Demimonde――La Dame aux camelias
それは悲しみだった。嘆きだった。懇願だった。
いかないで。いかないで。いかないで。置いていかないで、わたしを一人にしないで。
それは世界に響く
過ぎ去った幸せを思って、全てが終わったと嘆く子供の叫びだ。愛すゆえに一人になり、愛されるがゆえに一人になる。
超深度にて一人を願う彼の者に呪われた哀れな寂しがり屋の少女の叫びだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
世界のどこともしれぬ場所、特異点と呼ばれる穴の奥底。その超深奥に男の声が響く。女神の為を思った男の声が響くのだ。
「わかってはいるとは思うが、私はマルグリット以外どうでも良い。
だが、君は別だ。君は彼女の
故に哀れな君よ。寂しがり屋の君よ。
私は、マルグリットの幸せと同じくらい君の幸せを願おう」
どこか考え込むような、あるいは、どこか哀れむようなそんな声色で。男は安心するが良いという。
「だが、君は奴の成長因子であり、対極存在でもある。
君が存在する限りあの悲劇は繰り返される可能性があるというわけだ。
ゆえに、女神の黄昏の為に去って欲しい。
なに心配はいらない。随分と昔に作って放置していた箱庭のものだが、招待状を用意した。
女神の為に修羅神仏、悪魔を封じた箱庭だから退屈はしないと思うよ。
だから、君の為に今宵は
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
冬、その日の深夜、諏訪原は静寂に包まれていた。
誰しもが眠りにつき夢の一つでも見ているような時間。静謐さをたたえて、冬の冷えが段々と来るころアルファルトに覆われた道をコートを着た少女は歩いていた。
ぼさぼさの赤銅色の髪の少女――
「どこ……」
弱々しくか細い呟きは虚空に消える。答える声はない。
いつもは呼べば来るはずの男は来ず、冷たい風が吹き荒ぶ。
「どこに、いるの……」
再びか細い問いかけ、消え入りそうな問いかけを投げかける。いつものような返答を期待して。
だが、やはり期待は裏切られる。
誰もこの場には現れない。現れてくれない。そして彼女は気が付いてしまった。もう二度と彼は自分の目の前に現れてはくれないことを悟った。
「やっぱり」
悲しみはない。そんなものには慣れている。なぜならば、彼女が愛した人は、彼女を愛した人は、
ゆえに、これもまた当然の帰結。どのような意志があろうとも彼女が愛せば、彼女を愛せば、意味を成さない。彼女よりも格が低ければ、彼女の呪いに巻き込まれる。
呪い。そう一人になるという呪いに。ゆえに、赤銅の華は高嶺の華なのだ。孤高に咲き続ける華なのだ。
「…………」
帰ろう。
そう思い来た道を引き返そうと彼女はした。既に帰り道などわからないが、そんなことなど関係ないとばかりに歩き出そうとして、降ってくる白いものに気が付く。
雪だろうか、と思ったが違う。確かに季節としては冬であるが、まだそれが降る時期ではない。それに雪なんかよりも遥かにそれは大きい。
ひらひらと降ってくるそれは封筒だった。封をされた真っ白な封筒。椿姫は咄嗟にそれを受け取ってしまった。明ける気もなかったがそれは開く。
まるで、
いや、もし何もなくとも開いただろう。これは、既知ではない未知であったから。
『寂しがり屋の君へ。
これから先は女神の黄昏だ。甚だ勝手だと君は思うだろうが、女神の黄昏の為にこの場からは去って欲しい。
なに心配はいらない。随分と昔に作って放置していた“箱庭”のものだが、招待状を用意した。女神の為に修羅神仏、悪魔を封じた箱庭だから退屈はしないと思うよ。
そういうわけだ、君の為に今宵の
書かれていたのはそんな一文だ。
「――――!?」
そんな文章を認識すると同時に、足場が消失する。夜の闇から昼の光の中へと落とされて、そのまま重力に引っ張られるままに地面へと椿姫は落下した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
落下する笑いをあげる少年と少女たち。
だが、誰もこの後の心配などはしていない。誰も彼も、この程度で死ぬような人間ではない。
それに、下には水の膜がいくつも見える上に、湖まで広がっている。落ちているとはいえ幾層にも重なる水の層によって落下速度は落ちるだろう上に湖のよほど浅い場所に落ちたりしない限り大丈夫だろうと思われる。
水の膜を突き抜けて、湖に落下する。水柱が四つ。
ヘッドホンをした金髪の少年とお嬢様然とした少女と三毛猫をつれた少女が水上がってくる。
「し、信じられないわ!まさか問答無用で引きずり込んだ挙句、空に放りだすなんて!」
「同意だ、クソッタレ。場合によっちゃあれでゲームオーバーだぞ」
「大丈夫? 三毛猫」
上がってきた三人は三者三様に文句などをを垂れながら水気を切っている。
「じゃあ、一応同じ境遇なのだから自己紹介くらいしておきましょう。私は、久遠飛鳥(くどうあすか)よ。猫抱えてるあなたは?」
お嬢様然とした少女――飛鳥は粗方服の水分をきったあとに気を取り直して自己紹介を行う。
いきなり落とされるという理不尽かつ意味不明な事態において、少なくとも同じ境遇の仲間――一応の――に対してある程度の意志疎通をする事にしたのだ。
「春日部耀(かすかべよう)。以下同文」
で、最後にと粗野で野蛮かつ凶暴そうな金髪の少年へ名を尋ねる。
「そりゃどうも。粗野で野蛮かつ凶暴そうな逆廻十六夜(さかまきいざよい)です。
粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」
「そう。取扱説明書でも書いてくれたら考えてあげるわ、十六夜君」
「ハハ、マジかよ。じゃあ今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様。
てかよ、俺の記憶だったらもう一人一緒に落っこちてたはずなんだが、上がってこねえな」
「それ本当?」
そんな飛鳥の疑問に答えたのは耀であった。
「本当、今は水底」
「それ溺れてるってことじゃない。まったく、情けないわね。まあ、救助入ったみたいだしだいじょうぶでしょ」
「だな、大丈夫だろ」
「うん、たぶん大丈夫」
人が一人溺れているというのに三人は心配も動揺もしていなかった。なにせ、三人が岸に上がって来て自己紹介を悠長に行っている時、もう一人が溺れたことを察知して何者かが湖に飛び込んだことを知っているからだ。
おそらくはその
「はっ、はっ、はあ、はあ、お、溺れるなんて、聞いてないですよ」
黒いロングのコートを身に纏った赤銅色の髪の少女を抱えた月光を帯びたような髪色の兎耳が生えた少女が岸に上がってくる。
濡れたコートを脱がして、人工呼吸。慣れた手つきであることを見れば医療術の心得でもあるのだろう。滅多な事でもない限り蘇生は確実であろうと三人は判断した。ゆえに、
「ふむ、良い眺めだ。黒とはこれはまたエロい。
しっかし、尻あげて人工呼吸してるはずなのに、スカートの中が見えねえ、どうなってやがる」
十六夜はそう言って、人工呼吸されている少女と人工呼吸に集中している兎耳の少女の後ろに回りしゃがんでしきりにスカートの中を見ようとしていた。赤銅色の髪の少女の方は黒の下着でなかなかにエロかったが、どういうわけか兎耳の少女のスカートの中を見ることができない。
今、兎耳の少女は人工呼吸をするために前かがみになっている。彼女のスカートは非常に短い。
しゃがんだり、寝転がる勢いの角度であるならば普通、スカートの中の
だが、どういう理屈か知らないがスカートの中を見ることができない。
「あなたねえ。それよりもっと気にすることがあるでしょうに」
そういう風にスカートの中を覗こうとする十六夜に呆れたようにジト目を向ける飛鳥。どうしてそうまでして覗きたいのか。男という生き物は本当に意味が解らないという風。
「私的にはあの耳の方が気になるかも」
耀はそんなことよりも人工呼吸をしている方に生えている兎耳の方が気になるようだった。
そんな風に三人が話している間に、少女は蘇生する。
「――カハッ、……………………ここは?」
「よかったのですよ。こんなところで脱落なんてしてもらったら、本当、どうしようかと思っていたところなのですよ」
そんな風に兎耳の少女が安堵しているその背後に耀が忍び寄る。
絶好のチャンス。舌舐めずりなど三流のやること。一流であるならばさっさとさわりに行くとばかりに、
「えいっ」
兎耳を鷲掴みにする。引き抜かん勢いで。
「ふぎゃっ ちょ、いきなり!? いきなりですか!? 触られるかもとは思っていましたが、人の一大事をなんとか解決して、安堵したばかりの黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」
「好奇心の為せる業」
「自由にも程があります!」
「へえ? このウサ耳って本物なのか?」
「………。じゃあ私も」
次々と引っ張られる兎耳の少女――黒ウサギの耳。
「…………」
もう立ち上がるまでに回復した赤銅色の髪の少女までその耳を鷲掴みにして頬ずりしていた。
そんな風に黒ウサギの耳を弄繰り回して息絶え絶えの彼女を放って、
「さて、じゃあ、貴方のためにもう一度自己紹介しましょう。私は久遠飛鳥よ。で、溺れちゃったおまぬけさんなあなたの名前は?」
飛鳥がそう聞く。
「えっと…………」
しかし、名前を言うだけというのに少女は酷く考え込んでいた。まるで、名前を思い出そうとでもしているかのように。
「あ、桜茉椿姫」
「…………あなた、もしかして、自分の名前、忘れてた?」
恐る恐る、まさかそんなわけないはずよね、と飛鳥が聞く。
「…………………………」
対する少女――椿姫は無言。その沈黙が事実を肯定していた。
「ヤハハ、自分の名前忘れるとか面白い奴だな。俺は逆廻十六夜だ。そっちのお嬢様曰く野で野蛮かつ凶暴そうなので用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれ」
「春日部耀、こっちは三毛猫」
「えっと、よろしくお願いします」
「じゃあ、あとはそっちの兎耳のあなたね」
「あ、はい、私は黒ウサギと言います」
こうして、椿姫は箱庭へと降り立ったのであった。問題児と共に。
主人公は問題児+椿姫ちゃんです。
椿姫ちゃんの元ネタである椿姫ですがその小説の主人公の名前マルグリットなんです。そこからマリィ=椿姫となっております。
ちなみにこれキャラ作ってから判明して、友人と二人で大笑いでした。
あと、椿姫ちゃんは流出位階ですが、きちんと形成から流出まで詠唱を用意しております。
というわけで、始めてしまいましたが不定期更新です。感想や評価などわかりやすく目にみえるようなものがあれば歓喜して更新が早くなるかもです。
では、また次回会えましたら。
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2
「こほん、さあ、顔合わせも終わりましたし、説明を行いたいのですが、よろしいでしょうか」
そんな黒ウサギの言葉に十六夜たちは頷く。色々ふざけたりしていたが、どうしてこんな“世界”に呼ばれたのか、ここはどこなのか、色々と疑問だったのだ。
そのため特に反論などはなかった。
「それではいいですか、皆様。定例文で言いますよ? 言いますよ? さあ、言います!
ようこそ、“箱庭の世界„へ! 我々は皆様にギフトを与えられた者だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせていただこうと思い召喚いたしました!」
「嘘、それだけじゃない」
「へあ!? い、いきなり、なん、なんですか? 何も嘘など申しておりませんよ椿姫さん」
「嘘」
「桜茉とりあえず最後まで聞いてやろうぜ。まだ、何にもわかってないんだ。嘘だと判断するのはあとで充分だ」
「そうね、とりあえず情報を搾り取れるだけ搾り取るのが先かしら」
「そうだね」
あわわわと迫る四人に黒ウサギは後ずさる。逃げたい。非常に逃げたい。しかし、それは許されない。別に怖いことがあるわけじゃない。悪いことがなければただ話すだけでいいだけの話なのだから。そう悪いことがなければ。
嫌な汗が背中を伝う黒ウサギであるが、それでも何とか気を取り直して言葉を続ける。
「え、えっと、既に気づいていらっしゃるでしょうが皆様は普通の人間ではございません! その特異な力は様々な修羅神仏から悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。
『ギフトゲーム』とはその恩恵を用いて競い会う為のゲームでございます。そして、この箱庭の世界は強大な力を持つギフト保持者がオモシロオカシク生活できる為に造られたステージなのでございます」
その黒ウサギの言葉に目の色を変えるのは椿姫以外の三人だ。なぜなら彼らはその才能ゆえに、その恩恵故に、様々なしがらみを受けて生きてきたのだ。ゆえに、黒ウサギが語ったことは十二分に彼らの興味を引くに至った。
「そして、異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活するにあたって、数多とあるコミュニティに必ず属していただきます♪」
「いやだね」
「断固拒否するわ」
「私も」
「…………いや」
しかし、四人からは順繰りにコミュニティに属すことを拒絶する。なにせ、彼ら、タイプは違えども我が強い。いわば、問題児なのだ。誰かに従うなどまっぴらごめんの唯我独尊を地でいくやからたちなのだから仕方がない。
そもそも己の我を通すことができない時点で、覇を、願を吐けない時点でこの箱庭に招かれることなどありえない。ここに招かれるのは総じて覇を吐く者、己の中の自負であれ、願いであれを、世界に流れ出させることができる者だけが、この箱庭に招かれるのだ。
まあ、召喚された彼らはそれに当てはまるかどうかはわからないが、それでも我が強いことに変わりはない。
「属していただきます!」
それでも黒ウサギからしたら彼らは宝石であり、是が非でもコミュニティに属してもらわねば困るのだ。それゆえに、断固とした調子で言い、彼らの興味を少しでも引く為にギフトゲームについて説明をする。
ギフトゲーム。
それは修羅神仏、悪魔、あるいは人が行う大規模な遊びだ。己の力、あるいは神々から与えられた力、己の知恵で以て行う遊び。
ただの遊びではない。この世界で行われる全ての活動の根幹とも言える遊びだ。争いも、商品取引ですらこのギフトゲームが用いられる。
ギフトゲームで勝利すれば、"主催者"側から提示された賞品をゲットできるという簡単な構造。
ギフトゲームの内容については、修羅神仏が人を試すために開催するものだったり、商店街がイベントとしてやるものだったりと様々で、参加するのにチップをかける必要があるものなど多岐にわたる。
チップは金品、土地、名誉、人間、ギフト、様々だ。
大きなゲームともなれば修羅神仏入り混じったものになる。そして、そんな楽しげなゲームに参加するにはコミュニティに参加しなければならない。
「なるほどな」
ギフトゲームについて一通り聞いたところで十六夜がそう呟く。飛鳥と耀も似たような感じで聞いたことを反芻している。椿姫だけはクエスチョンマークを頭に浮かべて首をかしげていた。
そんな彼らの顔を順に見てからこほんと咳払いをしてから、
「さて、これで一通りの説明が終わりました。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答える義務がございます。何かご質問はありませんでしょうか?」
と質疑応答に入る。このままさっきの椿姫の嘘発言が流れればいいなーと思っているが、
「じゃあ、先ほど椿姫が嘘って言ったことについて聞きましょうか」
「うへえ、え、ええーとですね」
「さっさと言ってしまった方が楽」
「……はやく」
どこを見ても敵ばかりの四面楚歌。もう泣き出しそうな勢いの黒ウサギであるが、ここで負けたら終わりだと抗う気概を見せるも、
「その三人の言うとおりだぜ、さっさと吐けよ」
十六夜に睨まれて即座に白旗を振ることとなる。
「うう、わかりました。ですが、皆様にギフトを与えられた者だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせていただこうと思い召喚をしたことは嘘というわけではありませんよ」
「だが、それだけじゃねえんだろ。なに隠してやがる」
十六夜の一睨みと握られた拳。言わないと耳を引っ張るとその顔は告げている。
「うぅ、実は、――」
そうして黒ウサギが語ったのは彼女のコミュニティについて。
彼女のコミュニティはかつてかなり強いコミュニティであった。だが、魔王にギフトゲームで負け、一夜にしてコミュニティとして活動するのに必要なあらゆるもの人材、名と旗を奪われたノーネームとなったこと。
しかも、コミュニティには120人以上のプレイヤーでない子供たちがいて、生活に困っている。この現状を解決し、奪われたものを取り返すために異世界から四人を召喚したこと。
招かれるレベルのギフトを有していればかなりの高待遇を受けられることを隠し、落ち目どころかどん底のナナシのコミュニティに入れて事後承諾させようとしていたことを黒ウサギは明かした。
それを聞いて四人は、
「ヤハハ、魔王なんていんのかよ、流石箱庭面白そうじゃねえか」
「あら、上等じゃない。恵まれた生活に飽き飽きしていたところよ。その程度のこと構いやしないわ」
「私は友達を作りに来ただけだから」
「…………べつに、いい、むずかしいことわからないから」
そう言った。そんなことどうでもいいだろうと。
「み、みなさん! ありがとうございます! では、さっそく」
それに黒ウサギが感動を――まあ、何人か非常に心配になるようなことを言っているのだが――覚えていると、
「まあ、待てよ黒ウサギ。一つ聞かせろ」
「は、はい、どうぞ」
「まあ、魔王がいること確定してっから、ほぼ確信に近いんだが一応聞いとくぜ。
この世界は……面白いか?」
そんな十六夜の問いに黒ウサギは、
「――――YES!『ギフトゲーム』は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと保証いたします♪」
誰も彼もを魅了するような笑顔で答えた。
「じゃあ、決まりだ」
十六夜のその言葉を聞いて、ほっとしたような仕草をする黒ウサギ。今の今まで色々と気を張っていたが、騙すようなことをせずに――できなかったのだが――彼らをコミュニティに所属させることができたことにほっとしたのだ。
これで本当に復興への道を歩き始めたのだから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――チク・タク
――チク・タク
「――さて」
男は言った。
それは奇妙な仮面を被った男であった。
道化の如き姿であるが、一世代前の西洋貴族のようでもある。
奇妙な人物。
仮面と服装は彼をそう思わせる。
彼は決して自らを口にしない。見たままを口にせよと戯けて言う。容姿通りに、奇妙な男であった。
男の名はとある世界の極東の小さな島国に伝わる神なる獣の名。それがこの男のかつての名であった。
しかし、今その名前はない。その自分は既に砕けてしまっているから。彼の地、彼の街で。あるいは
――もっとも。
――彼に名前がなくとも問題はあるまい。
――彼にとっては名など幾つもあるさほど意味のないものであるし。
――かつても、名を知る者は決して多くはなかったのだから。
例えば――
魔王連盟と呼ばれるようになる魔王のコミュニティの重鎮であるとか、特殊な“瞳”を持つ者たちの群体コミュニティの幹部であるとか、生と死の境界に顕現する大悪魔とその騎士であるとか、名と旗を奪われ散り散りになったかつての英傑たちであるとか。
あるいは――
殺人さえ厭わぬ犯罪組織の重鎮であるとか。闇深くで蠢く結社の頭脳であるとか。
人はその仮面の名を呼ぶ。
即ち、『バロン』と。 もしくは、『バロン・ミュンヒハウゼン』と。
ただ、不用意にその名前を呼んではならない。
命が惜しければ。
彼の仮面の奥を想像してはならない。
命が惜しければ。
あらゆる虚構を吐き出すというその男は、 月明かりを帯びたような髪色の兎耳を揺らす少女へと語り掛ける。
小さな部屋。ソファー以外には調度品は何もない。壁に囲まれた部屋。
暗がりの密室。結界ともいうか。あるいは封印とも。
男の格好とは不釣り合いな普通の部屋だ。100の血濡れの眼が、見つめるだけのただ普通の部屋だ。
静謐なる内向の間と人は呼ぶ。
かつて栄華を極めたコミュニティあるいは未知なる結末を求める男の余技にて作られた部屋。
己が全てを見つめるというその部屋で男は眼前の誰かに語るのだ。
「さて。吾輩はここに宣言するでしょう」
――余計なる観測の開始と。
――無意なる認識の開始を。
――そして、異なる物語の幕開けを。
「これは、可能性の中にしか存在しえない儚き幻想に御座います。
しかし、あらゆる可能性はそこに確かに存在するのです。
これはそんな可能性の一つ。役違いの主演たちが、今、箱庭へと降り立つのでございましょうや」
男の声には笑みが含まれている。
対する眼前の者は無言。
「既に幕は上がっております。
いずれ、主演は舞台にあがりましょう。
ただ、一つ懸念を申し上げるなら、主演が主演として相応しいかどうかということですが、それは、吾輩には関係のないことでしょう」
空虚な部屋に男の声が響く。
対する眼前の者はやはり無言のまま。いや、微かに笑っているのか。
「成る程。
そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう」
対する男は高らかに宣言する。
「さあ、我らが愛してやまない人間と下賤なる修羅神仏、悪魔の皆様。どうか御笑覧あれ。
――全ては、ここから始まるのです」
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3
「さって、ちょっくら行くかね」
黒ウサギについて都市まで行くとき、最後列を歩いていた十六夜は肩をまわしながらそんなことを呟く。このまま大人しくついていくのもいいが、異世界なのである。完全無欠の異世界。
そんな場所でじっとしていられるほど十六夜は大人しくはなかった。そのため、気が付かれないように最後尾にいるのだから。
だが、軽く踏み出そうとして、身体が動かないことに気が付く。杭で身体を地面に固定されてるような不快感に囚われる。
「どこ、行くの」
「これがお前の力か?」
椿姫が妙にゴツイ篭手のような手袋に覆われた左手を十六夜に向けていた。言動からして椿姫がやったことに間違いはないらしい。
振りほどこうとしても振りほどけないことに十六夜は感心する。今まで自分を縛れるものなどなかったし、縛られても引きちぎれる自信があった。
なにより、逆廻十六夜という存在は、
「どこ、行くの?」
十六夜がそんな思考を一瞬で済ませたところで椿姫は同じことを聞いてくる。どこか鬼気迫る様子すらある。
十六夜は、軽く降参だ、と手をあげるように肩を竦めて、
「ちょっくら世界の果てに行こうと思ってな。一緒に来るか?」
まあ、そこにはついて来れたらなという言葉が入るのだが、ともかくそう聞いた。
「…………(こくり)」
彼女が頷いた途端、杭が引き抜かれたように身体が動くようになる。
「さて、行きますかっと」
と十六夜は地面を蹴る。人間は重力を振りきれないという言葉に全力で無視して軽々と木々を飛び越えて行く。
おっと、やりすぎたか? と十六夜は思ったが、背後を見れば、同じように飛び上ってくる彼女が見えた。どうやらかなり高い身体能力も持っているらしい。
「わひゃあああああ!? ちょ、ちょっと、おまちおおおおお!? 尻尾は、尻尾は駄目ですおおおおおおわっひゃああああ!?」
「ちょ、ちょっとおおおおお!?」
「うん、なかなか楽しいかも」
ついでに耀や飛鳥、果ては黒ウサギすら抱えて十六夜についていこうとしていた。
そこにはやはり鬼気としたものが感じられる。一人になりたくないというか、あるいは、置いていかれるのが嫌とでもいうような子供の如き“寂しい”という感情が感じられる。
どちらかと言えば呪いじみたそれがどうやら力の源泉であるらしい。
「まあ、いいか」
そんなことはいいか、と十六夜はそう断じる。なんにせよ事情は人それぞれなのだ。ゆえに、
「ついてこられるならついてきてみやがれ」
現状の焦点は椿姫が付いてこられるかである。異世界に来て最初の力比べではないにせよ、なんとも楽しくなりそうであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
数十分後、椿姫はこの世の終わりのような顔で項垂れていた。
十六夜との追いかけっこを行って、椿姫が一瞬、森にいた幻獣に気を取られている隙にまんまと先行されてしまい、更に椿姫の限界によってすっかり森の中で迷子と相成ってしまったのだ。
「うええええええん――――」
しかもその当の本人はマジ泣きの真っ最中。
『あああ、済まないお嬢さん。私が貴女の前を通ったばかりに』
現在、それを見かねた、気を取られることになった原因である一角獣のユニコーンに慰められている。しかも別にユニコーンは悪くない。
「あああもう、どうしてこう次から次へと」
そして、次から次へと噴出する問題に頭の痛くなってくる黒ウサギ。
「まあまあ、落ち着きなさいよ黒ウサギ。楽しかったじゃない。あまりいらいらしてると禿るわよ」
「他人にあんな風に運ばれるのけっこう新鮮だった。楽しまないとはげるはげる」
「はげません!」
もうこんな問題児嫌だ、と思うものの今一番の問題は十六夜である。迷ったと言っているが、黒ウサギがいる限り箱庭に戻るのは問題ない。
こんなところをうろついていれば強力なギフトを持った幻獣などにギフトゲームを挑まれそうだが、それも黒ウサギがいることによって挑まれることはない。
腐っても――別に腐ってはいないが――箱庭の貴族と謳われる月のうさぎの末裔なのだ。それくらいのネームバリューはある。
ゆえに、現状もっとも不味い状況であるのは十六夜なのだ。なにせ、これから先、十六夜が向かったあの辺りには特定の神仏がゲームテリトリーにしているのだ。
下手な神仏にゲームでも挑まれようものならばおわりだ。未だ十六夜たちの実力は知れないが、異世界から召喚されたニュービーが神仏のゲームをクリアできるとは思えない。
「もう、御三方ともかく私から離れないでついてきてくださいまし。どうやら十六夜さんはこの先にいるようです」
ともかく急いで十六夜の下に行こうと三人に言おうとして振り返ると、
「おー、おー!」
『ふう、ようやく泣き止んでくれたか』
「あら、なかなかよさそうじゃない。ユニコーン、さん、でしたっけ、よろしければ私も乗せてくださる?」
「私も、私も」
ユニコーンに乗る椿姫に、それに群がる飛鳥と耀。黒ウサギの話など聞いていないことは一目瞭然だった。
流石の黒ウサギもキレた。
「なあにをやっていらっしゃいますかあああああ!!!」
すぱーん、とハリセンの良い音が響く。
「良いですか、御三方。ここは危険なのです。ですから、急いで十六夜さんを連れて帰らないといけないのですよ!」
「あら、ユニコーンさんから聞いたのだけれど、あなたがいる限りそうとは限らないのでしょう? それに、勝手に出て行ったのよ? それくらいの責任は自分でとれるでしょ」
「ユニコーンと友達になりたかったのに」
「いたい、ぐす」
「い・いから、行くのですよ!」
有無を言わせぬ様子で、ずんずんと進む黒ウサギ、いの一番に続くのは置いて行かれたくないという椿姫で、その危なっかしげな足取りに飛鳥が心配しながらついていき、耀はユニコーンとの別れを惜しみつつ森を抜けて、水辺へと出た。
同時に地響きが鳴り響く。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
時間は少々戻り、一転、十六夜はというと。
「ついて来れなかったか。まあ、いいか。それよりてめえが水神ってわけか」
十六夜が前にしているのは、世界の果ての断崖絶壁に存在する箱庭を八つに分かつ大河の終着点。つまりはトリトニスの大滝である。
その目の前にいるのは身の丈三十尺は超えるだろう巨躯の大蛇であった。
水神。古来より水の神は蛇か龍である。水神の象徴として河童、蛇、龍などがあり、これらは水神の神使とされたり、神そのものとされたりする。
ゆえに現在十六夜の目の前にいる大蛇は水神としては一般的であると言える。そのため、その神格は与えられたものとはいえど低くはない。
法を流れ出させる神格ではなく、法そのものになる神格であるため、世界に影響はないが、強度という面においては遥かに高い。
前者もまた違う意味合いにおいて非常に厄介であり、真に神足りえるのは前者である。
ただ、どちらにせよ神格とは絶対者足りえることだけは確かである。
『ほう、珍しい小僧だ。いかにも、と名乗りたいところではあるが、私は水神の眷属である蛇神にすぎん
よ。それで、如何様だ小僧?』
「ハッ、なに、ちょっくら世界の果てを目指してただけだ」
『ほう、ますますもって奇特な小僧じゃ。じゃがしかしな、ここは私のテリトリーなのだ。易々と通してしまっては沽券にかかわる』
「だろうな」
さて、どうくる。と十六夜は蛇神の言葉を待つ。ただあまり期待はできないだろうと
『さあ、小僧試練を選ぶがよい』
「実に素敵な言葉をありがとう。じゃあ、
地を蹴る、蹴った地面が陥没するほどの力で。砲弾の如き速度にて、地を蹴った十六夜の身体は蛇神へと突撃する。
普通であれば無謀な突撃だと断じることができるだろう。ただの人間が神格に勝負を真正面から挑むとは蟻が人間に挑むのとそう変わりはない。
なにせ、神格とは人の形をした宇宙と言っても障りないのだから。実際、厳密に言えば違うのだが、人の形をした宇宙に何をしても無駄であることはわかるだろう。
つまりはそういうことだ。普通ならば砕けるのは十六夜の方。砕けずとも吹き飛ぶのは十六夜の方なのだ。いかに人を超えた力があろうとも、それは変わることのない摂理なのだから。
『な……ん、だと……』
だが、結果は蛇神が殴り飛ばされる。その拳のあまりの威力に轟音を響かせて倒れて巨大な水柱を立てるに至るほどに。
「見つけましたよ、って何をしいらっしゃいますかこの問題児様はあああああああ!?」
と、その時にようやく黒ウサギたちが到着する。
「なんだ、けっこう早かったな」
「早かったな、じゃないですよ! いったいこれは、どういう状況なのですか!?」
「なんか、偉そうに試練を選べるかって上から目線で素敵な御言葉をいただいてしまいましてねえ、だから、俺を試せるか試したってわけだ。まあ、見てのとおり結果は残念なことになったわけだが」
後ろに倒れている蛇神を指さす。
『貴様……、付けあがるな人間! 我がこの程度のことで倒れるか!! さあ、試練を選べ! 力、知恵、勇気のいずれかだ。』
蛇神が起き上がり、神としての矜持として試練を課す。
だが、その眼は明らかに怒りに燃えていた。事情を知り由もない黒ウサギたちだが、原因はわかる。というより原因は十六夜の先の言葉が全て物語っている。
ゆえに、怒りのままに突っ込んでこなかったことに感心しつつも売った喧嘩を相手は買った。だからこそ、十六夜が拳を握る。選ぶ気などないが、選ぶ試練など決まっている。
そんな十六夜を飛鳥が止める。
「あら、十六夜君。あなた、自分ひとりだけ楽しむつもり?」
「あ? なんだよお嬢様、まさかお嬢様もやりたいってのか?」
「当然、あなたひとりにこんな楽しそうなことさせるわけないでしょう?」
「同じく。私もやってみたい」
「…………?」
「ちょちょ、ちょっと、みなさん、今はそれどころじゃ!」
良いから黙ってろと三人の問題児は一喝。椿姫は綺麗な水辺で遊んでいる。
「退く気はねえってか?」
「当然」
「……オーケー、じゃあ、三人でそれぞれやることにしようぜ。俺は力だ」
「いいわ。じゃあ、私は知恵ね」
「勇気、わかった」
そういうわけで、それぞれ受ける試練が決まる。
感想をいただけたことが嬉しくてその勢いで完成させました。
しかし、どうしてこうなった、というくらいに展開が変わってしまいました。
試練三人でやることになっちゃった。どうしよう全然試練とか考えてないやどうしよう(おい
勇気はまあ、どうにでもなるし、力は原作通りでも構わない、しかし知恵はどうしたものか。
何か良い試練とか賞品であるギフトの案があればぜひとも提案ください。お願いします。
。
まあ、最悪さっさと蛇神様を隷属させちゃってもいいわけなんですけどね(悪い顔)。
で、我らがオリ主椿姫ちゃんですが、彼女は基本誰かの助けがないと生きていけない人種です。
はっきり言って子供ですね、箱庭生活で少しは成長するといいなあ。そして、早く彼女の戦闘に持っていきたい。早く詠唱を使いたい。
形成でもいいから。
まあ、とりあえず序盤の外道さんが出てくるまで待ちましょう。
ちなみのこの世界のギフト=永劫破壊的な補助輪であると考えておいてください。
では、また次回。感想や評価などを頂ければ更新が早くなるかもしれません。
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4
八命陣やってました。
甘粕大尉とキーラ様が大好きです
では、どうぞ
『ギフトゲーム名“蛇神の試練”
・プレイヤー一覧 “ ”逆廻十六夜 久遠飛鳥 春日部耀
・ゲームマスター “トリトニスの滝のむ主”白雪姫
・勝利条件 白雪姫に“力”“知恵”“勇気”を示す。
・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ ”はギフトゲームに参加します。
“トリトニスの滝の主”』
それは、ゲームの内容、ルール、賞品などが書かれたギフト。これに主催するコミュニティのリーダーが署名することでゲームが成立する。
契約は絶対であり、いかなるギフトも契約書類に背く場合無効化される。正式なゲームの開始。
十六夜が怒らせた蛇神とその十六夜含めた問題児三人によるギフトゲームが今ここに始まろうとしていた。椿姫は相変わらず水辺で遊んでいる。黒ウサギは、なんでこんな問題児様をぅ。と頭を抱えて唸っていた。
『これで、正式なギフトゲームだ。もし、お前たちが全ての試練をクリアできたのならば、どんな賞品だろうが授けてやる。
では、勇気の試練から始めるとしよう。まあ、安心せい、そこの小僧には怒り心頭であるが、それをゲームに持ちだすほど愚かではない。さて、準備は良いか?』
「いいよ」
『では、そなたの勇気を示して見せろ!』
「――!」
足元から噴出した水によって場を移動させられた。そこは遥かな滝の上。世界の果てのトリトニスの大滝とは比べるべくもないが、それでも大瀑布まではかなりの距離がある。そこを飛び降りろ。そういうことらしい。
蛇神。それは水神の眷属。その勇気の試練。勇気を示す行為とは何か。
水の恐怖。深みへと嵌る恐怖。水とは豊穣をもたらすものであり、全てを流してしまう恐怖でもある。ゆえに、勇気を示すとは深みへと己の意志で嵌ること。
単純なものであるが、それだけに勇気を試される。急造の試練であるため難易度は低いが、見たところ箱庭初心者であるところの少年少女たちに本気を出すなど神の風上にもおけぬだろうという矜持がある。
まあ、それでも十六夜を許せない辺り蛇神も器は小さいのだが。
「…………」
一方で耀はと言えば、黙って大瀑布を覗きこんでいた。それから軽く飛び降りた。ギフトがなかろうとあろうが問題ない。
というよりつい先ほど4000mも上空からフリーフォールしてきたのだ。この程度の滝の高さを跳べないはずがないのだ。
つまり試練にすらなっていないのだが。それも仕方がないだろう。なにせ上空4000mから落ちてきたことなど蛇神は知らないのだから。そもそもそんなこと知っていればこんな試練などしない。もっと別のことをやる。水に引き込んだりとかである。
飛び降りて水へと飛び込むことになる。どうやら安全面はしっかりとしてあるらしく、抱き留められるように水に受け止められた。
「……どや」
『……よかろう。勇気の試練はクリアだ。次は知恵だ』
「私ね」
飛鳥が蛇神の前に出る。
「それでどんな試練なのかしら?」
『ふむ、そうだな』
蛇神は少々考え込む姿勢をみせる。それからふと、視線をあげたかと思うと、飛鳥の前に四角に固めた水を差しだしてくる。
中には小さな宝珠が入っていた。というよりも宝珠を中心に固まっているようにも見える。どうやら宝珠自体が水を出しているらしい。
『水に触れずに取り出してみよ』
「水に触れずに取り出せば良いのね?」
『ああ』
「…………」
飛鳥は考える。
宝珠を取るには水に手を突っ込む必要がある。しかし、それではアウトだ。というより宝珠自体が水を出しているのだからその宝珠の作用を止めない限りは無理だ。
だからこそ知恵を使えということ。
これでも財閥の令嬢であったのだ。頭は回る。とふと思った。己の力について。黒ウサギに言わせればギフトというのだろう。己のあまり好きではない力。
有体に言えば飛鳥が口にしたことは実現する。いや、これは言いすぎだ。正確には彼女が発した命令を誰もに強制できる。
これで蛇神を言いなりにするのはどうだろうか。それで水を解かせれば万事解決である。
「…………」
――あまり、効くとは思えないわね。
人間以外の動物にも効くことはわかってはいるが、曲がりなりにも神格。神様に効くとは思えない。水などには当然効かない。
「さて、どうしたものかしらね」
ふと、思いついた。宝珠自体に命令してみるのはどうだろう。宝珠自体が水を出して水を固めているのならばそれを止めればいいのだから。
ものは試しと試してみることにした。
「宝珠よ、水の放出を止めなさい」
『なに――!』
ものは試しであったが、それはうまくいった。宝珠の水は止まり、ころんと地面に落ちる。
「はい、取ったわよ」
『…………いいだろう。とれたのは事実だ』
この無理難題に応えられるとは思わなかった蛇神であった。本人からしたら最高傑作だったのだが、あっさりとクリアされて納得がいない蛇神であった。
「よっしゃ、じゃあ俺だな」
『ふん、行くぞ、小僧!』
気を取り直して十六夜との試練。力の試練。普通ならば眷属を差し向けるが、自身を愚弄した相手。そんな相手は己で始末をつけたかった。
『水は美しい。ゆえに、我は約束は破らぬ。誓は違えん。
人の溺れ、地の沈み救うため、自由を奪われるること是非もない。
ならば、鐘を鋳て昼夜に三度かき鳴らし、我を驚かす約束思い出せ。
鐘鳴らぬなら想うままに天地をはしせん。
――太・極――
随神相――神咒神威・夜叉ヶ池 白雪の龍』
滝の水が巻き上がり、数十本の竜巻と化す。嵐を超える、暴力の渦。真に龍神となりたいという己の渇望によって生じた太極。
既に蛇の身ではなく、人型にて、その背後にそれは現れている。随神相。小さな山ほどの大きさなれど、本人の渇望が具現化したもの。つまりは、蛇の神そのものの姿。
本来ならば彼女に生ずるものではないが、眷属であるところの彼女であれば問題はない。随神相が巻き起こすは最大規模の大竜巻。三本の竜巻が絡みあり巨大な竜巻へと成る。
これを喰らえば、普通の人間ならひとたまりもないどころか、骨さえ残らないだろう。
だが、
「――ハッ――、しゃらくせぇっ!」
十六夜はその竜巻を一撃の下に消し飛ばす。
「嘘っ?!」
『馬鹿な!』
驚愕した声と視線が十六夜に集まる。
ありえない。格という意味合いにおいて、ある人物の太極に属している蛇神の格は擬似ながらも太極位。太極とは端的に言えば 法則 、即ちその世界に於ける絶対法であり、そうした決まり事を定めた張本人を指す。
無論、世に法則といったものは無限に近く存在するし、それら一つ一つが太極というわけではない。
例えば、刃物であるならば、それには切るという法則がある。火であれば物を熱する、焼く、燃えるという法則がある。そう言ったものは法則ではなく単なる物理。
重要なのは規模と密度。その法を構成する単位が宇宙という規模であり、ゆえにそれのみをもって独立した世界となり得るものをこそが太極。
すなわち、太極域に到達した者は人型をした宇宙そのものに他ならない。そして、そういった者たちを総称して「神格」と言うのだ。
この場合問題ななことはまがりなりにも神格に達している者の攻撃を、それよりも格において劣る者が相殺したことにつきる。
格、例えるならば戦いの土俵だ。この土俵が違う場合、低い位置にいる者は何をやっても効果がない。つまり格が低い者は高い者になんら影響を与えることができないのだ。
絵の中でどれだけ猛火を描写しようと、それが現実の人間を燃やせるわけがないのと同じことなのだ。
そして、太極同士の戦闘で何よりも重要になるのは自己のルールを押し付けられるだけの太極の地力であり、大なり小なり自分のルールを押し付けられる程度の力の拮抗があって始めてルールの内容が問題となるのだ。
単純に地力の差だとか、そんなことを言える次元の話ではない。何せ、相手は未だ、太極には至っていない。良くてその前段階どまり。格という意味合いにおいて、隔絶していると言っても良い。
だが、現に十六夜という男は目の前に跳躍してきている。その拳は己を打倒するものであると蛇神は悟る。
「まっ、中々だったぜオマエ」
その想像通り、大地を踏み砕くような爆音と共に懐に入り、胴体にその拳を叩き込んでくる。その威力はまさに界を割るほどのそれだ。
ゆえに、解せぬ。それほどの力を十六夜という少年は有してはいないはず。また、それだけの力を出すには詠唱という形で己の
その刹那、蛇神は気が付いた。彼の背後、睨むようにこちらを視る少女の姿を。その少女から発せられるのはまさに太極だ。
そして、その背後に箱庭世界の成層圏すら突き抜けたその先に大輪の華を幻視した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――2105380外門。ペリベッド通り・噴水広場前。
その前にダボダボのローブを着ている少年が一人。
彼の名前はジン=ラッセル。黒ウサギの所属するコミュニティのリーダーである。
現在、ここで新たな同志候補を迎えに行っている黒ウサギを待っていた。少々時間がかかっていることが不可解であったが、辛抱強く待っていると、
「ジン坊っちゃーン! 新しい方を連れてきましたよー!」
異様に機嫌の良い黒ウサギが戻ってきた。後ろには見慣れない人たちを連れている。
「お帰り、黒ウサギ。そちらの御四方が?」
「はいな、こちらの御四方がそうですよー」
「うん?」
何やら非常に機嫌が良い。どうしたのだろうか? とジンが怪訝に思っていると、
「見てくださいこれらを!」
水樹の苗と、
「女の人?」
「はい、なんとあのトリトニスの大滝の主白雪姫様ですよ!」
「え、ええええええ!?」
まさかの事態、予想外過ぎるその事態に、ジンは頭を抱えそうになった。
何はあともあれ、問題児四人組は箱庭へと入ることになったのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこはまるで深海の底に沈んだような空間だった。いや、あるいは真空の宇宙空間か。どちらかと言えば後者の方が正しくもある。
重く、暗く、冷たく、静か。およそ、温かみと呼ばれるものが何一つない闇のそこ。さながら正常な世界から切り離されたかのような場所。
一見すればそこは冥府や墓所、そういった類の場所にも思える。それは正しいのだろう、今は。なにせ、ここには今、生者がいないのだ。
だとすれば未だ異形なれど生命という括りに属する深海魚が存在する、あるいはしうる深海とは異なり、ここは真空の宇宙空間。
まあ、より正確に言うならばここにも存在している者はいるにはいる。ただ、それを生者と呼んでよいかは甚だ微妙なだけであって、いないわけではない。
だとすると深海の方がただ出しいようにも思えるのだがなにせ、いるのはただ一つ。影だけなのだ。恨み言のように蜿蜒と
これは、かつては無貌、じゅすへる等、数多の名で呼ばれ、日本帝国における神祇省――神祇、つまりは神々の祭祀と行政を掌る機関――により祟りの最上級、第八等指定廃神・
数多、八百万の様々な神がいる中で、欠片の利用価値すらないと判断された最悪の神。あるいは悪魔か。
あえて名で呼ぶとするならば
ただ、それが今、意味があるのかと言われればそうではない。なぜならばここには真に生者と呼べる者はいないのだから。必然、名がある意味もない。
忘れられ、ただ深く沈み、ここに在るだけ。今の彼の状態はそんなものだ。ただ、それでいいとも言える。ある一面から見れば。
なぜならば、彼は
ならばここで眠らせておくのが良いのだが、
「そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう」
と、その男はおどけたように口にする。
それは奇妙な仮面を被った男であった。道化の如き姿であるが、一世代前の西洋貴族のようでもある。
奇妙な人物。
仮面と服装は彼をそう思わせる。
彼は決して自らを口にしない。見たままを口にせよと戯けて言う。容姿通りに、奇妙な男であった。
男の名はとある世界の極東の小さな島国に伝わる神なる獣の名。それがこの男のかつての名であった。
しかし、今その名前はない。その自分は既に砕けてしまっているから。彼の地、彼の街で。あるいは
だが、あえて名を呼ぶとするならばそれが妥当。即ち、バロン。バロン・ミュンヒハウゼン。
「なに、今の俺には必要になる。つまりは、そういうことだ」
そして、もう一人。この場において最も生者でありながらも、その在り様からして生者というよりは魔王と称される男だった。
軍帽に大外套を翻した男。かつて
名は史実世界にも伝わっている。
かつて敗北し、全てを託した男が再び立ち上がろうとしていた。
「単純なことだろう。魔王がただ一度倒されたくらいで諦めるはずがない。俺の辞書に諦めるという言葉は存在せん。ゆえに、これは当然の帰結だ。
俺はまた見たいのだ。生涯見た唯一の真の強さを、あの男と同じ強さを再び見たいのだ。
ゆえに――」
甘粕が大外套を翻す、
「行くぞ、我がぱらいぞにて、ふたたびあの輝きを魅せてくれ。そして、謳わせてほしい。喉が枯れるほどに、人間賛歌を謳わせてくれ」
その背後で、
「滑稽かな、滑稽かな」
箱庭に迫る暗雲を思って。あるいは、何も考えずに。ただ笑うのだ。
そんなこんなで甘粕と神野が箱庭イン。甘粕さんそんなことしないだろうとか批評はなしの方向でお願いします。
なにせ原作で魔王のコミュニティ出て来たばかりで、適当な人材がいなかったんでうすよ
あと好きだからです。
男性キャラの中でトップで好きですね甘粕大尉は。同率で狩摩とハゲが来ます。
その次あたりにくらな君。それから柊パパ。なぜか愛しく思ってしまいますあの鬼畜。あとは鳴滝ですね。で、主人公と栄光が来ます。
神野は最終形態以外なら柊パパと同率です。最終状態は、うん、キャラがブレちゃったからノーカウント扱いです。
空亡? 奴は萌えキャラです。
女性陣だと断トツでキーラ様です。あとその他です。
というかDiesより八命陣の方が箱庭向きな気がしてならないとか思ったり思わなかったり。
さて、本編と次回のお話をしておきます。
本編の試練は、考えつかずあんなことになっております。というか最初のイベントで普通に通り過ぎる予定が既に狂って隷属化までしちゃう始末です。
まあ、それはいいのです、重要なことじゃない。重要なのはこれからです。
では、また次回。感想や評価を頂ければ嬉しくなって更新が早くなるかもしれません。
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5
その夜、ふと眠りの中から彼女は目を覚ました。絹の如き黄金の髪に真紅の宝石のような瞳の少女。箱庭の騎士と謳われた吸血鬼。即ちレティシア=ドラクレアは与えられた寝室のベッドから起き上がった。
何か予感があったわけでもない。何か約束があったわけではない。ただふと目が覚めたのだ。
「?」
何も変わらない。部屋の中は何も変わっていない。まがりなりにもギフトゲームの賞品。美しいとはいっても不埒を起こされることはないはずである。
それに侵入の気配すらない。ならば、どういうことか。
「こぉーんばんはー」
「!!」
そんな時だ。己の目の前に男が現れた。異形の男だった。漆黒の男だ。
知らず、レティシアは戦闘態勢を取っていた。ただ佇んでいるだけというのに。敵意は何一つ感じられないというのに、ただ嗤っているだけに見えるというのにレティシアの本能はここでこれを殺せと言っていた。
もとより侵入者だ。迎撃態勢を取ることに問題などあるはずはない。だが、一方で迎撃態勢など無意味であると感じてもいた。
「いやー、夜遅くにこぉっんなきれいな女の子の部屋に忍びこむなんて、僕すごーく、緊張してさあ、いや、参ったね、本当。どうやって登場してやろうか、すごく迷っちゃったよ」
そんな戯けたことを言っている男。
羽虫が、蝿が散々飛び回っているかのような否応なく嫌悪感を催す声でしゃべる男の顔は見えているはずなのに見えない。嗤っているとわかるのにわからない。
「何者だ、貴様。ここをどこだと思っている。何をしに来た」
声をかけるたび、質問をなげかける度、底なし沼に沈み込んでいくような感覚を覚える。これと長く一緒にいてはならない。それは明白だ。
なぜならば、いつの間にか空間が穢れていた。夜の静謐さなど皆無。どこもかしこも吐き気を催すかのような害虫が這いずりまわっている。辛うじてベットの上にはいないが、その外に一歩でも踏み出そうものならば生きたまま喰われてしまいそうであった。
それに男の気配自体が腐敗している。ここまで腐敗した何かに出会ったことがあっただろうか。記憶の限りない。
空間が爛れている。例えるならば大層美しい絵画に糞を塗りたくるかのようとでも言おうか。ともかくとして、目の前の存在がいる限りこの場は正常にはならない。例え帰ったところで正常になどなりはしないだろう。
これ以上の力でもない限りは。そして、現状、それができはするが、対してそれは意味を成さない。
なぜならば、この場を穢しているのは単純に彼に備わった本来の性質でしかないからだ。そこにいるだけで、その場にいるだけで全てを穢し堕とす。
まさに悪魔。魔王と自称していた己が烏滸がましいほどの邪悪だ。それでいてそんな性質を一切見せない辺りふざけが過ぎる。
「んー。何者か、さあ」
「ふざけているのか」
「いやいや、ふざけてなどいないさ。僕としては至極真っ当に答えているつもりだよ」
質問にさあ、とだけ答えるのがどこが真っ当なのか。いや、彼本人の性質を考えれば至極真っ当なのは当然なのかもしれない。
この異形はそういうものであることこそが真っ当なのだ。たとえるならば、深海魚だ。深海魚は何もかもが陸上の生物とは異なる異形だ。されど彼らにとってはそれがもっとも最適であり、もっとも当然な姿なのだ。
つまりは、これもそれと同一であるということ。ならばまともにとりあうこと自体が間違い。
「ならば、失せるがいい。私は気は長いほうではあるが、あまりおふざけが過ぎればどうなるかわからんぞ」
「おお、怖い怖い」
どの口が言うのか。嗤うその姿は怖いなどと思っているとは到底思えない。
「なに、僕は単なる演出家という奴でね、休業中だったわけだけど、この度晴れて復帰することになったのさ。いやー、久しぶりで僕、胸が高鳴っちゃうよ。ほら、ほおおら、僕の胸、どっき、どっき、してるだろ?
それでねえ、目的と言ったら、事前準備という奴だよ。いかな、僕でも事前準備もなしに演出をしようなんてマネはとてもとてもできないからね。
そして、僕が誰か、と聞かれたら、キミと同じただの奴隷だよ。主の命令に健気に尽くす忠犬というやつさ」
「…………」
どこからどこまでが事実なのか。全てうそか、全てが本当か。あるいは、その両方の混沌か。混沌。なんとも目の前の男を定義するには便利な言葉だ。
それでいて奴隷とぬかすということは何者かに隷属されているということに他ならないが、こんなのを放任している輩がまともなはずがない。ありえるならばどこかの魔王だろうか。
それが事前準備をするなど何かを起こす前触れだろう。
「あんめい、いえぞ、まりあ。というわけでぇ、キミにいい話を持ってきたよ」
「いい、話だと?」
「うん。なんと、君が心配で心配で夜も眠れないあのコミュニティに、なんと新しい人材が入りましたー! ワーワーぱちぱち」
「なんだと?!」
「新しい人材だよ。やったね、レティシアちゃん、コミュティ復興するかもよ。なにせ、神格でないのに神格を力でねじ伏せた少年が加入しちゃったんだから」
それは紛れもない福音であり、希望であった。神格を力でねじ伏せた人材の加入。それならばコミュニティの復興は成るかもしれないと
もしかしたら自身を賭けたギフトゲームに参戦し、勝利して己を取り戻そうともするだろう。
だからこそ駄目だとレティシアは思うのだ。神格を打倒した? 確かに凄まじいだろう。神格には神格という箱庭の常識を覆したのだから。
だが、その程度がなんだ。それではだめなのだ。過去に縋っても何も良いことなどない。茨の道なのだ。修羅の道なのだ。
確かに力はあるのかもしれない。だが、それがいつまで通用する。どの程度だ? かつての魔王のように蹂躙される程度では意味がない。
なにせ、今彼のコミュニティはスタート地点にすらいないのだ。いわばマイナス。三年前に魔王によって壊滅させられてしまった瞬間に彼のコミュニティは0へと堕ちた。そして、今では0どころかマイナスだ。
なぜならば名も旗印も彼らは持たないのだ。この箱庭で何よりも大事なものだ。名とは己であり、旗とはそれを外へと示すもの。
つまりは覇道の証。それがなければコミュニティはコミュニティ足りえない。名も無き者に箱庭は優しくない。
なんと無謀なことを憤る彼女に対し、さらに男は告げる。
「でも、キミがそれを見ることはない。ああ、なんて可哀想なレティシア。助けてあげてもいいんだよ?」
「なに?」
助けてくれる? 何の冗談だ。
目の前の男が人助けなどするはずがない。そんなことは幼子だろうとわかる。どちらかといえば怪我人の傷口に嬉々として唐辛子やハバネロを擦り込みそうな男だ。
それが助ける? まさか、実は優しい男なんだよとでも言うのだろうか。冗談を通り越しているとしか思えない。
「キミの持つ神格、これをねえ、僕たちに渡してくれるなら、ここから逃がしてあげられるよ」
神格。つまりは、太極。それを渡せば逃がしてやろうという。
「何が狙いだ」
「何が狙いもなにも、僕らは、純粋な好意でやっているんだよ。まあ、君がどうしても、やめてくれというのなら、帰るだけだよ」
「冗談だろう。お前のような奴がただで帰るとは思えない」
だが、神格を渡しただけで魔王から逃がしてもらえるというのならば破格だろう。それほどまでに今の自分を隷属させている魔王は強いのだから。
「まさか、僕はただ主人にお使いを頼まれた忠犬だと言っただろう? 君が、どうしても、嫌というのなら、
「…………」
自力では逃げられない。コミュニティは気になる。この取引は千載一遇のチャンスだろう。だが、
「断る。箱庭の騎士として、お前のような悪魔の取引など受けない」
「そうかい、じゃあ、僕は帰るよ。僕はね。あとは頼んだよセェェジー」
「………………」
「――――!?」
男が取り出したものを見る。それは重篤患者だった。肉は腐り、皮膚は爛れ、血は膿み黒ずんでいる。末期者。どうして生きているのかがわからないほどの憐れなものだった。ただそれでなおその眼は生を見つめていた。
生きたい、生きたい、生きたい。うらやましいんだよお前たちが。
正気ではいられないような苦痛の中でその男は、まだ生を望んでいた。
その刹那、蝿声とともに、何かが流れ込んでくる。それは記憶だった。誰かの記憶。
どこかの誰かの。
それは憎悪の記憶だった。目の前の重篤患者が彼の母を殺していた。いや、自らの妻を殺していた。
それでいて悲しまず、殺した自らの妻を創り化け物の贄とし、その前で笑っているのを見た。
それがなんなのかわからない。だが、それが目の前の重篤患者がやったことであることはわかった。
まさに外道。
「これぜーんぶ、ほんとでセージがやったことだよー。外道だね、鬼畜だね。どう思う? どう思う?」
悪魔が囁く。あんな映像嘘と断じれば済む話だった。だが、
「お前は、なぜ……」
そして、何がそうさせたのかと思った瞬間、
「ガフッ!?」
レティシアは血を吐いていた。腕が消える、足が消える。そして次々と身体の一部が消えていく。
変化は続く、肉体が消えていけば次は中身とでもいうように自身の中から何かが消失していく。
感情、精神、あるいは記憶。その一部が順々に消えていく。抵抗しようとするころにはレティシアは物言わぬ人形とかしている。
そうして、最後に己の魂の一部を奪われる。
それまで彼女が纏っていた強大な力が消えている。いや、奪われたというべきだろうか。
そして、失われた肉体を悪魔が元に戻す。これからだよ、とでもいうかのように楽しそうな笑みを浮かべて。
打って変わり、男の変化は劇的だった。重篤患者が消えている。いや、実際に消えてはいない。まだ目の前に立っている。だが、重篤患者ではなくなっていた。
隙のない凍結した鋼のような気配を纏った男だった。顔立ちこそ整っているが非人間的なほどその印象は温かみを感じない。
人間的な印象という意味では黒い男の方が幾分かはましだとすら言える。この男、決定的に人間として致命的に終わっている。
人間の方が悪魔に見えて、悪魔の方が人間らしいとはいかなるものか。ただ目の前に立たれるだけで全てを不安にさせる。
「なに、をした……ぐっ――」
「ふん、吸血鬼になる能力か。弱点が付与されるようだが、その代わり、強靭な生命力と力を得ることができる。これでようやく貴様に抱きかかえられる屈辱も終わりだ」
「あんめいぞ、ぐろぉぉぉぉぉぉりあす! アハハハハハ、いやー、親友が元気になって、僕は嬉しいよ」
目の前で起きている光景は目を疑うようなものだった。何せ、悪魔のような男が悪魔を叩き潰し、悪魔はそれを笑って受けているのだ。
「心にもないことを。わかっているのだろうな。俺に神格を奪わせたこと後悔するといい」
「是非とも、楽しみにさせてもらうよ」
「しかし、それでこの女はどうする。既に用済みだろう」
言外に殺せと言っている。奪うものは奪ったのだから。これ以上何を奪うというのか。
「いいや、セージ、早漏はいけないよ。そんなんじゃあ、女の子に嫌われるよ。まだ、彼女には使い道がある。それを我が主は所望しているのさ」
「ふん、勝手にしろ。俺は魔王を殺す。そういう契約だ。忌々しいが、今は従うしかないからな。この能力の試しついでに始末してやる。甘粕に言っておけ、その首、せいぜい磨いていろとな」
悪魔のような男が出ていき、悪魔が残る。ベッドの上で呻くレティシアを見下して、悪魔は告げる。
「わかったよー。まったく、彼も素直じゃないねえ」
響く怒号。断続的な揺れは紛れもなく戦闘のものであるとわかる。そこで振るわれている力は紛れもなく、己のものだ。
なぜならば、男の声で聞こえるのだ、己の
「んー、セージ、張り切ってるねえ。現実の身体で動けたことが、そんなに嬉しいのかねえ。さてと、用事も終わったし、僕も帰ろー。ああ、そうだ、レティシア。これで君は自由だ。好きにすると良いよ。
さんたまりあ うらうらのーべす
さんただーじんみちびし うらうらのーべす
おおぉぅ、あんめい――ぐろおおりああああす」
蝿の羽音、蟲の羽音と共に悪魔は消え失せる。だが、不浄はそのままに。爛れた部屋、膿んだ部屋はそのままに消え失せた。
あとにはただ、レティシアだけが残った。
テンション上がってかきあげました。
神野書くの楽しすぎてやばいです。正直、主人公たち書いているより楽しかったです。
箱庭に柊パパまでイン。さっそうとレティシアの太極奪っていきました。
いや、レティシアなら重篤患者見た瞬間憐れに思うのでもうカモです。
そして、レティシアですが、彼女の太極はDiesのものを使っております。吸血鬼、つまりはそういうことです。まあ、今やセージに奪われてしまいまい、原作以上の弱体化になったレティシア。果たしてどうなるのか。
更に、死病すらうつされてます。レティシアが持っているとあるギフトがなければ死んでますね。
弱体化激しいレティシアですが、私は別にレティシアが嫌いなわけではありません。むしろ、好きな部類です。
でも、好きだからこそです。これが私の愛です。
はい、そういうわけで次回は主人公サイドに話を戻して、そろそろ椿姫ちゃんを活躍させれればいいなあ、と思っています。
感想などがあれば嬉しくなって執筆早くなるかもです。
では、また次回。
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6
問題児一行は『ノーネーム』の居住区画の門前へとやってきた。すっかりと遅くなってしまったために、予定を全て明日に繰り上げて、とりあえず本拠にだけやってきたのだ。
そして、絶句することとなる。夕暮れ時であるが、その光景はどこまでもどこまでも見渡すことができた。まるで、目に焼き付けろとでもいうかのように。
それは一面の廃墟。
整備されていたであろう街路はボロボロの上に砂を被り、木造の建築物は軒並み朽ち果てて潰れ、街路樹は枯れたまま放置されている。
大地は枯れ果て、生命の欠片も感じられない。
「…………おい、黒ウサギ。魔王とのギフトゲームがあったのは────今から何百年前の話だ?」
十六夜の疑問はもっともだった。
これは数年いなかっただけで出来上がる光景ではない。
「僅か三年前でございます」
そんな常識に喧嘩を売った存在が
箱庭の魔王。それを一概に定義することは非常に難しい。何を魔王とするか。その根拠は善悪ではないためだ。
善悪などそれらすべては人の主観であり、神は全能たりえないがゆえに善悪を決めることなどできはなしない。
そもそも、その善悪二元論を定めた神は既にこの世界のどこにも存在せず、欠片の残滓がとある場所に残るだけなのだ。
そんなもので魔王は定義されてない。ならば、箱庭の魔王とは何か。この箱庭の法下における絶対権限を有する者。そして、それにより他者を害する者をこそ魔王と呼ぶ。
他者への害は魔王個人以外の全他者の意識によって決まる。即ち、普遍的無意識における多数派によって魔王と認められた者こそが魔王。
つまり、魔王とは魔王であるからこそ魔王なのだ。
その魔王の実力の一端が、目の前に広がっている。
「ハッ、そりゃ面白いな。いやマジで面白いぞ。
流石の十六夜ですら冷や汗を流す。それもそうだ。彼をして、ありえない光景が広がっていたのだから。
「………断言するぜ。どんな力がぶつかっても、こんな壊れ方はあり得ない。この木造の崩れ方なんて、膨大な時間をかけて自然崩壊したようにしか思えない」
更に周囲を見渡して、飛鳥と耀、白雪姫も廃屋を見て複雑そうな表情を浮かべ感想を述べる。
「ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃまるで、生活していた人間がふっと消えたみたいじゃない」
「………生き物の気配も全くない。整備されなくなった人家なのに獣が寄ってこないなんて」
「聞いてはいたが、酷い有様だ。水気の一切がない。生命の始まりたる水の一切が感じられないなど、異常を通り越してなんといってもよいのやらだ」
「……………………」
三人の感想は十六夜の声より重く感じられた。椿姫は何を思ったのか、黙りこくっている。ただ、その瞳は目の前の光景から離れない。いつになくその表情からは真剣さが感じられた。
ぽつり、ぽつりと黒ウサギは言う。
「………魔王とのゲームはそれほどの未知の戦いだったのでございます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないよう屈服させます。僅かに残った仲間達もみんな心を折られ………コミュニティから、箱庭から去って行きました」
「「「…………」」」
複雑な表情を浮かべる飛鳥と耀。わかってはいたがいざきいてみるとむごい物だと思う白雪姫。
しかし他二人は違った。
十六夜は笑う。目を爛々と輝かせて。ただただ面白いと快楽のままに笑う。
「魔王───か。ハッ、いいぜいいぜいいなオイ。想像以上に面白そうじゃねえか………!」
「…………」
椿姫は終始黙ったままであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その夜、水樹と白雪姫による水源の復活によりノーネームの水事情が解決し、風呂に入り寝静まった頃。椿姫が一人で風呂に入れないや一人で寝たくないなど色々と問題もあったが、とりあえずは――黒ウサギに丸投げすることで――解決し誰も彼もが寝静まった頃。十六夜とジンがコミュニティについて話し合っていた頃、ノーネームの居住区を大震が揺らす。
「うきゃあああ!? ななな、なんですかあ!? まさか、十六夜さんがまた何かやらかしたんですか!? ――って、あだだだだ! 耳は、耳はやめてくださいいい!」
「俺じゃねえよ」
「まったく、何よ人がせっかく寝ていたというのに侵入してきた不届きものは」
「一人、広場にいる」
「なんなんでしょうか」
「やれやれ、まったく、お前たちはこういう面倒事でも呼び込む星の下にでも生まれたのか」
飛び起きた十六夜、黒ウサギ、飛鳥、耀、椿姫、ジン、白雪姫の七人は即座に広場まで駆ける。大震の原因はそこにいることがわかったからだ。なぜならば、そこから強大な気配がしていたから。
そこにいたのは一人の男だった。軍帽に大外套を翻す男。大正時代の軍人然とした恰好をした男であるが、それが放つ気配は極大だ。気配のみで起こした大震など冗談だろうと思ってしまう。
「誰ですか、ここは我々ノーネームの本拠です。何か用ですか」
「これはこれは、お出迎え痛み入る」
その名を十六夜は知っている。史実において、陸軍憲兵大尉時代に甘粕事件を起こしたことで有名だ。知っている者は知っている。
だが、目の前の男が、それと同じ男だとは到底思えない。冷や汗が止まらない。これは不味い。この男は不味いと本能が警鐘を鳴らす。
そして、それは事実であった。
「俺は、かつて敗北した。ああ、あの負けは素晴らしかった。俺の憧れたあの男は見事に俺の
同じでなくてもいい。あれはあの男だけのものならばそれもまたよし。俺のぱらいぞが気に入らないのならば見せてくれ。お前の楽園を」
甘粕が何を言っているのかノーネームにはわからない。だが、この男が尋常でないことが分かる。
「さて、今日はとある少女の頼みでお前たちを試すためにやってきた。お前たちの輝き、彼女に見せてやれ」
男が手を天高く掲げて、叫ぶ。
「リトルボォォォイ!」
それは第二次大戦において、使用され日本国に多大な傷跡を残した兵器。アメリカが開発したウラン型原子爆弾。
如何なるギフトで作り出したのかはわからないが、あれが内包した威力を十六夜は知っている。ゆえに、身体は勝手に動いていた。
第三宇宙速度の跳躍。本気も本気。世界すら割りかねない勢いで地面を蹴り穿ち前へと跳躍くし、原爆が爆裂する数瞬の間でそれを第三宇宙速度で天高く投げ飛ばす。
だが、第三宇宙速度と言えども、限界はある。何よりも箱庭の中には天幕がある。ゆえに、天幕に阻まれる形でそれは爆発する。
直撃という直撃は避けたところで、それに意味は成さない。もともと上空約600mで爆発してなお焼失面積13,200,000m²、死者118,661人、負傷者82,807人、全焼全壊計61,820棟の被害をもたらした爆弾だ。
つまり、熱波、放射線、衝撃波が降り注ぐことになる。十六夜ならばまだ耐えられるだろう。だが、他の者は難しいはずだ。
如何な十六夜であろうとも衝撃波や放射線を殴り飛ばすことなど不可能。上空に投げられただけマシだと言える。
直撃していれば文字通り、十六夜だろうがなんだろうが跡形も残らなかったはずだからだ。
そんな十六夜以外が全滅しかねない中で、その
「みんなと一緒なら、楽しい時を分かち合うことが出来る
Tra voi saprò dividere,Il tempo mio giocondo
楽しみの他は、この世は愚かなことで溢れてるから
Ciò che non è piacer,Tutto è follia nel mondo
楽しみ、儚く去る、愛の喜びとて
Godiam, fugace e rapido,È il gaudio dell'amore
咲いては散る花のように
È un fior che nasce e muore
二度とは望めない
Né più si può goder
だからこそ楽しもう、焼け付くような言葉が誘うままに
Godiam c'invita un fervido Accento lusinghier
Briah―
自由へと落下する椿の華
Sempre libera――folleggiar di gioia」
それはひとりになりたくないという願いだった。ここにいてほしい。そう言う願いが溢れ出す。つまりは、対象の固定化。それが彼女の願い。
直後、直撃する衝撃。全てを焼き尽くす熱波に、全てを破壊する衝撃波、そして、全てを侵食する放射線が降り注ぐ。
何もかもが終わる。そう思われた。だが、
「なんだと?」
全員無事だった。被害はない。建物や地面は抉れてはいるが、全員
それを成したのが誰かは一目瞭然、
「誰も、いかせない。一人ぼっちは嫌だ。皆、一緒にいるのがいい。皆を愛しているから」
左腕を中心に突き刺さった釘型の槍を携えた椿姫。それを甘粕へ向ける。
「だから、そんなことしないで。私はあなたも
「ならば、これはどうだ、ツァ――」
「やらせるかよ!」
「やらせない!」
二発目など御免こうむると十六夜と耀が地を蹴る。何が何だかわからないのは同じであるが、それよりまずは目の前の脅威を退けるのが先。
渾身をもって甘粕をなぐりつける。第三宇宙速度にて放たれた十六夜の拳と、ギフトによって放たれた耀の蹴りは甘粕と捉える。
「ぐっ――良いぞ。お前たちの輝きは素晴らしい」
十六夜の拳と耀の蹴りによって開いた距離。それを詰める間は甘粕にとって絶好のチャンスだった。
「ロッズ・フロォム・ゴォォォッド!!!」
その名の通り、それは神の杖だった。アメリカ軍が核兵器に代わる戦略兵器として計画している事実上の軍事衛星であり、タングステン・チタン・ウランからなる全長6.1m、直径30cm、重量100kgの合金の金属棒に小型推進ロケットを取り付け、高度1,000kmの低軌道上に配備された宇宙プラットホームから発射し、地上へ投下するというもの。
単純な効果範囲や放射能による汚染を考えれば先のリトルボーイの方が被害は上だろうが、直上から放たれ、視認など到底不可能な速度で迫るそれを防げる者などいはなしない。威力もまたしかりだ。星が協力する一撃。
つまりは、星の一撃に他ならないそれ。
「上だ!」
「やらせない!」
「やらせるわけないでしょう! 水樹!」
「まずは受け止めるのが先か」
水樹と白雪姫の大量の水が壁となり十六夜の言葉に従って天を覆う。無論、神の杖がその程度で防げるわけもないが、足りない分は椿姫の創造がそれを受け止める。
全てが消え失せる危機に、椿姫の渇望は際限なく高まり、より一層愛しいものを固定化する。
結果、受けきる。神の杖を受けきることに成功した。
「レティシアよ、お前の仲間は素晴らしいぞ。これを防いだとあれば、少しは安心できるのではないか?」
「…………」
あまりの事態に絶句しているレティシア。神野に放り出された後、どうにかこうにか戻ってきた時に、甘粕と出会い、連れてきてもらい、彼らを試すまでは良かった。
それがいつの間にかこのような事態だ。意味がわからないにもほどがある。
そんなレティシアを放って甘粕は続ける。
「さあ、帰るが良い。仲間の下へ。これがお前の望みなのだろう?
では、また会おうノーネーム。今度は、試しではなく、勇気をもって、俺にお前たちの輝きをみせてくれ」
そして、甘粕が消えて、あとには多大な爪痕が残った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
深海のような深き場所。ある意味でそこは礼拝堂であった。ただし、ただの礼拝堂ではない。和洋折衷というように、ありとあらゆる宗派が混じり合い、元がなんだったかすら不鮮明に混沌としている。
かつてはカクレと呼ばれたキリシタンたちの礼拝堂であった場所。キリシタンを排斥する動きによって、カクレざるえなかった彼らによって変化させられた神々たちのなれの果てがここだった。
立ち寄りがたい場所だ。神聖な場所ではあるが、それと同時に深い恨みに淀んだ場所だった。誰かと話をする場所でも祈りをささげるような場所でもない。そんなことは断じて言えない場所だった。
そんな場所で神野は己の親友たる柊聖十郎と話をしていた。
「どうだいセージ、箱庭は」
「ふん、悪くはない。だが、良いというほどでもない」
「そうかい? 僕としては、結構、気に入ってるんだけどねえ。なにせ、ここには面白い奴らが多いからね」
「役にも立たん屑どもだ。それで、甘粕、貴様、今までどこでなにをしていた」
暗闇から甘粕が現れる。
「なに、少しばかり約束を果たして来ただけだ」
「ああ、あのコミュニティか」
「面白かったぞ。お前の息子のように大成するやもしれん」
「ふん」
聖十郎は甘粕の言葉に忌々しげに鼻を鳴らす。
「それで、次は何をする気だ」
「合コンだ」
「イェーい! せってぃんぐは上々ですよ」
「うむ、行くぞ、我が楽園、ねこみみ、いぬみみの園に向けてへ、進軍セリ」
消える甘粕と神野。聖十郎だけが取り残されるのであった。
感想にテンションあがってかきあげてしまいましたが、どうしてこうなったのか私でもわかりません。
気が付いたら甘粕が出て来てリトルボーイしてました。ノリと勢いに任せた結果がこれです。
そして、最後はシリアスに耐えきれなくなってしまった結果です。
実際は甘粕はリトルボーイで済ませる気でした。ノーネームの実力を見るだけでしたので。
ですが、無傷で防がれた上に、立ち向かってきて、ツァーリ・ボンバーを出す前に防がれて楽しくなってきたので神の杖ブッパです。
そのうち魔を断つ剣とか出してきそうです。確か神属性あったはずですし。
まあ、椿姫の創造が出せたので良しとしましょう。
ガルド? たぶん逆さ磔状態だと思います。そのおかげでノーネームは名声は得られません。
甘粕と神野と聖十郎のせいでノーネームは常にハードモード。いいね、楽しくなってきました。
あと、よくわからない電波を受信した結果のおまけ
「愛を語るか。ならば、この程度の愛を示してして見せろ!
私は全てを愛している
終段、顕正――
愛すべからざる、黄金の獣《ラインハルト・ハイドリヒ》」
甘粕がやらかした神々の黄昏で呼び出した神々は流出獣殿レベルだと聞いた時には既に頭の中で甘粕がやらかしてました。
ネタ終段。出ることはないと思うのでご安心を。
では、また次回。感想などがあれば嬉しくなって、更新が早くなるかもしれません。
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7
「んで、そこの超絶ロリ美少女は誰だ?」
いろいろと立て続けに起こって混乱している中、十六夜がレティシアを指しながら言う。
「あ、はい、彼女は以前のコミュニティの仲間でレティシア様です。レティシア様、彼らが新しいコミュニティの仲間です」
十六夜、飛鳥、耀、椿姫のそれぞれが自己紹介をする。
「よろしく、と言いたいところではあるんだが、まずは謝らないとな。すまない。神格を倒したというお前たちの力を試したかったのだ」
「奴は何者なんだ?」
「わからない。突然現れたかと思えば、
箱庭の為、同族すら殺し生きながらえるその精神は素晴らしく、弱りきり今は己のことが大事だというのに考えるのは仲間のこと。そんなお前の輝きが俺は愛おしい。ゆえに、俺がなんとかしてやる。お前の思い、断じて無駄になどさせんよ。
と言って、ここまで連れてきて、あんなことをしたのだ」
「そうですか」
何か情報がわかればいいと思ったが、そうはいかない。それでもここに生きて戻ってきてくれただけでもうれしいと思う黒ウサギであったが、
「ですが、なぜ、彼に頼ったのです。いえ、なぜ、そこまで
「…………ああ、これを見た方が早いだろう」
そう言って金と紅と黒のコントラストのギフトカードを取り出す。
「なんだそれ?」
「ええとですね、これはギフトカードと言って、ギフトを収納したり、自分のギフトを知ることができるカードでございますよ。
本当なら、昨日のうちに白夜叉様にどうにかできないかお願いしにいきたかったのですけれど、ギフトゲームのせいで行けませんでしたからね」
「つまりは、お中元?」
「お歳暮?」
「お年玉?」
「肩たたき券?」
「違います! って、最後のは明らかに違いますよね、椿姫さん?! ――って、これは!?」
ふっとギフトカードをみて、黒ウサギは愕然とする。残っているギフトは闇の賜物といくつかの武具のギフトだけであった。
「鬼種も神格もなくなっています?!」
「ああ、奪われた。つまり、今の私は少しばかり丈夫な人間と変わらんということだ。それに――ガフッ!」
刹那、レティシアが血を吐く。
「レティシア様!?」
「構わん。どうにも、何やら死病すらうつされたらしくてな。この通りだ」
「おい、黒ウサギ、とりあえず中入って話そうぜ、そっちの方がそっちのロリにも良いだろ」
「はい、十六夜さんの言うとおりです。とりあえず、お屋敷に入ってから――」
それから屋敷に戻り、レティシアの話を聞いた。
その話は十六夜たちにしてみれば信じられないような話ではあったが、それは黒ウサギにしても同じであったらしい。
ギフトどころか神格を奪い何らかの死病を移すであろうギフトを持った男。危険極まりない
己の事。己に移された死病のこと。それはどのような治療のギフトでも治すことはできないという。奪われた神格のせいだろうとレティシアは言っていた。相手の格が上がったせいで、ここにある治療のギフトでは格が足りないのだという。
他にも、他にも――。
そうやって、語られた話は恐ろしいものであった。ただ、核心に触れた部分は1つもない。どれもこれも表面的なものばかりであった。
「すまないな、敵の首領の名でも覚えていればよかったのだが、すまない。死病のせいで朦朧としていて覚えていないのだ、こほ――すまない」
「いえ、そんなに謝らないでください」
「そうです。僕らはレティシアが帰ってきただけで嬉しいよ」
「とりあえず危険な輩がいることがわかっただけでも幸いです。ジン坊ちゃん、私たちは明日、白夜叉様にこのことを報告しに行きます」
「わかったよ黒ウサギ」
「十六夜さんたちにもついてきてもらいますが、良いですか?」
「別にいいぜ」
「構わないわ」
「オーケー」
「…………(こくり)」
「では、今日は一先ずこのくらいにして寝ましょう。みなさん疲れていると思いますから」
黒ウサギの言葉で一先ずはお開きとなる。まだわからないこと、考えなければならないことは多い。甘粕正彦という男の事。レティシアが語った、ギフトを奪う男と、悪魔のこと。
だが、ひとまずは明日だ。ひとまず試練とも呼べる夜は終わったのだ。今は眠らなければならない。明日もまた生きるために。
一人、また一人と自分の部屋に戻って行く。十六夜ですら何も言わず部屋に戻っていた。最後に残ったのは椿姫とレティシアだった。
「…………」
「どうした?」
無言で見つめてくる椿姫にレティシアが聞く。しばしの無言のあと、彼女は何も言うことはなく、レティシアを正面から抱きしめて、抱きかかえる。
「お、おい」
レティシアが何を言おうとも椿姫は何も言わない。ただ強く幼児が寝るときに持つ熊や兎のぬいぐるみのように抱きしめて、椿姫は己の部屋にレティシアを連れてくる。
そして、そのままベッドにもぐりこんだ。それでもレティシアを椿姫が放すことはない。このまま寝ろということらしいが、何が目的なのかレティシアにはわからない。
答えは非常に単純で、一人で眠れないからだ。レティシアが来る前は黒ウサギを抱きかかえて寝ようとしたが、どうにも色々と大きすぎるという黒ウサギが聞いたら怒りそうな理由で色々と
もしく、レティシアに同じ匂いを感じたからなのかもしれない。同族殺しの魔王に。たった一人きりになった少女という姿に自分と同じものを感じたのかもしれない。
「すぅ、すぅ」
そんなことを言う気もなければ、既に眠ってしまった彼女に聞くことすらできない。ただ、不思議とレティシアは悪い気はしていなかった。
誰かと共に寝るなど久しぶりのことだ。人肌の温かさが、こんなにも心地よいものだったのかと思う。
「なんなのだ、お前は」
言葉に反してどこか呆れたような、どこか笑っているような。そんな声でレティシアは呟く。本当に悪い気はしない。
コミュニティが負けたあの日以来、初めて感じた気分だった。良く眠れるかもしれない。それにようやく帰ってきたのだと、実感しながら、目を閉じようとした、そのとき、
「さんたまりあ うらうらのーべす
さんただーじんみちびし うらうらのーべす
おおぉぅ、あんめい――ぐろおおりああああす」
楽しそうな蝿声が耳に響き渡った。
「――!?」
羽音が響く。羽音が響く。
それは幾千、幾億の蟲の合唱だった。耳障りで、不快で、不愉快な蟲たちの合唱。腐臭がする。汚臭がする。爛れた臭いが漂ってくる。目に映るのは蝿だ。ありとあらゆる種類の蝿が部屋を飛び回っている。飛び回っているだけではない、這いずっている。百足、蜚蠊、蜘蛛。ありとあらゆる害虫が身体の上を這いずっている。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚、ありとあらゆる感覚器官が嫌悪感を、不快感を出力し、空間が穢れていくのを教えくれる。
常人であれば悲鳴の一つでも上げるだろうが、生憎とレティシアはそこらの婦女子とは異なる上、そんなことをしようもならばその瞬間にその穴に蟲が殺到し、内側から食い破られることは目に見えている。
実際そうならなくともそんな蟲共の海の中で口など開けられるはずもない。目ですら開けたくないのだから。
あの悪魔がそこにいた。
「あんめいぞ、まりあ。
ごきげんうるわしゅう、お姫様。楽しい時は、過ごせたかい? 仲間との再会、感動、嬉しさ、安堵。そして、希望。
ああ、憐れなレティシア。このまま本当に自分は助かる、だなんて、思っちゃあいないよねえ。お姫様は、攫われてなんぼじゃないか」
「貴様――!」
杭が飛ぶ。反射的な行動で放ったが、判断は間違いではないだろう。あのまま近づかれていれば己はもちろんの事、椿姫まで巻き込みかねない。いや、既に巻き込んでしまっているのは確実だ。
ほとんど密着するようにして眠っているのだから。
「ああ、痛い、痛い」
だが、反射的に放った杭は効果を発揮しなかった。貫通し、相手の頭を砕いたはずが、砕けていない。蟲が集まれば元に戻る。
効果が本当にないのかはわからないが、表面的にはまったくの無意味であった。
「いきなり頭を吹っ飛ばすなんて、酷いじゃないか。僕の顔が台無しになったらどうしてくれるんだい?」
「鏡をみてからいうんだな」
「ふむ、それもそうだね。でも、それを言うなら、君の方だよ。全身にゴキブリを張り付けただけの服だなんて、大事なところなんて丸見えで、すごく、そそるよ。
ああっと、僕には、僕のまりあがいるんだ。それに、君はタイプじゃない。もうすこし、ぼん、きゅ、ぼんの方が好みだなー」
「ふざけている場合か。さっさとしろ、貴様の趣味に付き合っている暇はない」
暗がりから現れるのは神格を奪った男。そして、死病を押し付けてきた男だ。今だからこそわかるが、あの死病、ギフトで抑えてはいるのがやっとの死病は、あの男にとっては数十倍も希釈したものに過ぎないということが。
「セージ、セェェジ。言ったじゃないか、早漏は嫌われるって。これだから、せっかちはいけない。これも演出さ。純度の高い絶望は、希望のあとにこそあるんだから。しっかりと、整えないと」
「なら早くしろ。屑どもに来られても面倒だ」
「了解」
「き、さまら――」
「おっと、ごめんねえ。放っておいちゃってさあ。セージ、せっかちだからねえ。
じゃあ、さっさと、本題に入っちゃおう。なんと、キミ、箱庭の外に売られることになったよ。ワーワー、パチパチ」
「――――」
絶句する。言葉がでなかった。ただ、何よりも恐怖に震えた。
それは、まさに絶望への片道切符。今のレティシアは少し丈夫なだけの人間と変わりないものだ。吸血鬼という種族の残滓として吸血によるエネルギーの補給と日光への弱点はある。
なにせ、もともとそういうのに弱いからこそ、吸血鬼になりたいという渇望なのから。つまり、生き地獄だ、箱庭の外にでるということは。
売られるということは、更に誰かに所有されるということであり、つまりはそういうことだ。外に出られず、永劫、なぶられ続ける愛玩奴隷の完成だ。
「じゃ、そういうことで、セェェジー。逃げられないようにやっちゃって」
「ふん」
セージと呼ばれた男、柊聖十郎が無造作にレティシアを睨みつける。それだけで、レティシアの身体は石となっていく。
それが何のギフトであるか、気が付く前に、想ったことはただ一つだった。
――やめてくれ
また、ここから離れるのも、一人になるもの嫌だ。
だが、その願いは届かない。遥かな絶望の中で、思うことは仲間のことだった。
「あんめいぞ、ぐろおおりああああす!」
あとにはただ、蝿声だけが響いていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――チク・タク
――チク・タク
「――さて」
男は言った。
それは奇妙な仮面を被った男であった。
道化の如き姿であるが、一世代前の西洋貴族のようでもある。
奇妙な人物。
仮面と服装は彼をそう思わせる。
彼は決して自らを口にしない。見たままを口にせよと戯けて言う。容姿通りに、奇妙な男であった。
男の名はとある世界の極東の小さな島国に伝わる神なる獣の名。それがこの男のかつての名であった。
しかし、今その名前はない。その自分は既に砕けてしまっているから。彼の地、彼の街で。あるいは
――もっとも。
――彼に名前がなくとも問題はあるまい。
――彼にとっては名など幾つもあるさほど意味のないものであるし。
――かつても、名を知る者は決して多くはなかったのだから。
例えば――
魔王連盟と呼ばれるようになる魔王のコミュニティの重鎮であるとか、特殊な“瞳”を持つ者たちの群体コミュニティの幹部であるとか、生と死の境界に顕現する大悪魔とその騎士であるとか、名と旗を奪われ散り散りになったかつての英傑たちであるとか。
あるいは――
殺人さえ厭わぬ犯罪組織の重鎮であるとか。闇深くで蠢く結社の頭脳であるとか。
人はその仮面の名を呼ぶ。
即ち、『バロン』と。 もしくは、『バロン・ミュンヒハウゼン』と。
ただ、不用意にその名前を呼んではならない。
命が惜しければ。
彼の仮面の奥を想像してはならない。
命が惜しければ。
あらゆる虚構を吐き出すというその男は、 静かなる部屋の中で誰かに語り掛ける。
小さな部屋。ソファー以外には調度品は何もない。壁に囲まれた部屋。
暗がりの密室。結界ともいうか。あるいは封印とも。
男の格好とは不釣り合いな普通の部屋だ。100の血濡れの眼が、見つめるだけのただ普通の部屋だ。
静謐なる内向の間と人は呼ぶ。
かつて栄華を極めたコミュニティあるいは未知なる結末を求める男、あるいは、輝きを愛する男の余技にて作られた部屋。
己が全てを見つめるというその部屋で男は眼前の誰かに語るのだ。
「さて。吾輩はここに宣言するでしょう」
――余計なる観測の開始と。
――無意なる認識の開始を。
――そして、異なる物語の幕開けを。
「これは、可能性の中にしか存在しえない儚き幻想に御座います。
しかし、あらゆる可能性はそこに確かに存在するのです。
これはそんな可能性の一つ。新たな役者を交えての回転悲劇で御座います」
男の声には笑みが含まれている。
対する眼前の者は無言。
「既に幕は上がっております。
主演は舞台に上がり、序章は終わり、第一幕も中盤を過ぎ、終幕へと向かいつつあります。
懸念すべきは、相対する役者の程度でございましょうが、これは、我々の求めるものではありませんので問題はないでしょう。
記憶すら、我らの手中にあるのですから」
空虚な部屋に男の声が響く。
対する眼前の者はやはり無言のまま。いや、微かに笑っているのか。
「成る程。
そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう」
対する男は高らかに宣言する。
「さあ、我らが愛してやまない人間と下賤なる修羅神仏、悪魔の皆様。どうか御笑覧あれ。
――全ては、ここから始まるのです」
感想にテンション上がってかきあげました。
上げて、落とすのが一番簡単に絶望を与えることができるって、神野さん言ってた。
というわけで、上げて落とすを実行中。レティシアにとって仲間との再会ほど嬉しいものはないでしょうから、そこに付け込んで神野さんのダイレクトアタック。
基本セットの親友セージとともに物語を演出中です。
あと、真面目に主人公たち書かないとなと思ってます。そろそろ神野さんたちもくどいし、こやつらばっかで原作主人公たちの活躍がない。
まあ、これでペルセウス戦へのフラグが立ちましたから、大丈夫のはずです。
セージが石化のギフト使えてるので、ペルセウスがどうなっているのか、わかる人にはわかるんじゃないですかね。
ぶっちゃけると全員逆十字の磔状態。
難易度は原作なんて比じゃないくらい上がっております。
そして、久しぶりに登場のミュンヒハウゼン彼は彼で単独行動中。ときどき、変な部屋で誰かにかたってます。
次回は白夜叉を出す予定です。感想などがあれば更新が早くなるかもしれません。
また、質問も受け付けております。
では、また次回。
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8
翌朝、
「ふぁ? うん? うぅん?」
伸ばした手が空をきる。昨夜、確かにその手につかんでいたはずのぬくもりはなく、求めても空をきるばかり。
なぜ、と思う前に、またか、と思う。また、いなくなってしまったのかと。離さないと決めたのに。掴んでいたはずなのに。また、目の前から消えてしまった。
また、また、また。涙はとっくの昔に枯れている。悲しさは、もう深すぎて、感じられないくらいだ。
「ん?」
ふと、枕元に封筒を見つける。開いて見ると、そこにはどこか懐かしい文字で、
『安心したまえ。彼女は消えてはいない。まだ、取り戻せる』
そんな一文。それはつまり、誰かが奪っていったということで。
「…………」
それを胸に抱えて、ひとまずはもう一眠り。その刹那――、
「朝ですよ!」
黒ウサギにたたき起こされた。
その後、さっそくレティシアがいなくなったことが発覚。黒ウサギとジンは大慌て。せっかく戻ってきた仲間が再びいなくなったのだから。
「まあ、落ち着けよ二人とも。慌てたって金髪ロリは戻ってこねえぜ」
「十六夜君の言う通りよ。今は落ち着いて情報を集めるのが先でしょう」
「御二人の言うとおりですね。一先ず、白夜叉様のところに行きましょう。
階層支配者とは、箱庭の下層コミュニティの成長を促進することと、箱庭の秩序を守るために作られた箱庭特権階級の一つ。
多くの任務を担っており、魔王が現れた際には率先して戦うことが義務。その代りに多くの権力と主催者権限を持っている。
「なるほど、つまりはお偉いさんってわけだ。じゃあ、決まりだな。さっそく行くとしようぜ」
そんなわけで白夜叉のところに行くことが決まり、さっそく十六夜、飛鳥、耀、椿姫、黒ウサギ、白雪姫の六人で出発した。
その道中、思い出したかのように十六夜が、
「ああ、そういや、白雪はその白夜叉様ってのに神格をもらったんだったか」
「ああ、そうだ。まあ、既にそれは返上して、今は椿姫殿の神群に入っている。格という意味合いにおいては、彼女は白夜叉殿よりも遥かに格上だ。まあ、人格、その他は白夜叉殿の方が上だがな」
白雪姫の視線の先にあるのはきょろきょろしながら歩く椿姫だ。危なっかしいことこのうえなく、人にぶつかりそうになったことも何度もある。
今では意外に面倒見が良い飛鳥が手を引いている。
「確かに、白夜叉がどういう奴かは知らねえが、あいつよりはまともそうだな」
だが、それでも格は上だという。まったく信じられない話だが、神がいうのだから間違いないだろう。
「着きました、ここがサウザンドアイズの支店ですよ」
コミュニティ《サウザンド・アイズ》が運営している、箱庭の東西南北上層下層全てに精通する巨大商業コミュニティの支店だ。
暖簾をくぐり中へ入る。
「いらっしゃいませ御客様。何のご用でしょうか」
割烹着の店員が迎える。
「白夜叉様にお知らせしたいことがあり参りました」
「では、取次いたしますのでコミュニティの名をお聞かせ願いますか」
「うっ」
言葉に閊える黒ウサギ。予想していなかったわけでもないだろうに、何も考えてなかったようである。
「ノーネームってんだが」
「どこのノーネーム様でしょうか、旗印は?」
「うぅぅ」
ここに来て十六夜たちは理解する。旗も名もない己のコミュニティの惨状を。そして、店員がわざとやっているということを。
まあ、それはともかくとしても名も旗も持たない、言ってみれば身分を保証するものがない相手と誰が好きこんで商売をするのか。それが大手の商業コミュニティとなれば尚更だ。
「おーっす、邪魔するぜ」
赤い大剣を背負った、赤い髪の男だった。どこか傾いたような、現代風に言えばちゃら男にしか思えない男だった。
ただ、そんな男であるが、店員の反応は一目瞭然だった。ついでにいえば黒ウサギの反応もだ。
「さ、坂上様! これはようこそいらっしゃいました」
「おーう、どうも最近竜胆がつれなくてな。ここはやっぱ、白夜叉に相談しようと思ってな」
「はい、どうぞ、白夜叉様は奥にいると思われます」
「おう、じゃ、遠慮なく。で、お前さんらは? あまり見ない顔だな」
「あ、はい、私たちは」
「お、あんたは知ってるぜ。よく、サウザンドアイズの遊戯で審判やってるねーちゃんだろ。いつもあんたのスカートの中覗こうと思って頑張ってるんだが、どうやっても覗けなくてなあ」
「なんあななななな!?」
「あんたもか」
「ってことはお前も?」
「逆廻十六夜だ」
「坂上覇吐ってんだ」
十六夜と坂上と呼ばれた男が無言で握手を交わす。それはそれは熱い握手であった。
「っと、あんたらも白夜叉に用があんだろ? 来いよ」
「坂上様、彼らは」
「良いって、良いって、こんな可愛い女の子たちが困ってんだぜ? 力にならにゃ男がすたるってもんよ」
などと言って強引に黒ウサギたちを奥へと連れて行く。その途中で、
「ねえ、黒ウサギ、彼は?」
「はい、あの御方は坂上覇吐様といって、
などと話しつつ、奥の部屋に辿り着く。
「白夜叉、入るぞ」
覇吐が障子をあけた瞬間、
「いやあああああほおおおおおおお!! 黒ウサギィィィィ!!」
「うきゃああああああああああ――――!?」
部屋の奥から爆走してきた着物風の服を着た真っ白い髪の少女に黒ウサギは抱き着かれ、もといタックルを喰らって吹っ飛んだ。
「ちょ、ちょっと白夜叉様! 離れてください!」
黒ウサギは白夜叉と呼んだ少女の頭をむんずと掴むと投げ返した。弾丸の如く戻ってくる少女を十六夜が足で受け止める。
「お、おんし、飛んできた初対面の美少女を足で受け止めるとは何様だ!」
「十六夜様だぜ。以後よろしく和装ロリ」
「貴方はこのお店の人?」
呆れたようにため息をついて額を押さえる飛鳥が話しかける。白夜叉はちんまりとした胸を張って、外見に似合わない老君のような言葉遣いで答える。
「おお、そうだとも。このサウザンドアイズの幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼なら黒ウサギの発育の良い胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」
「引き受けません」
「是非とも見学させてください」
覇吐が是非ともという風にキリっとした顔で言う。
「引き受けませんと言ってるでしょう!」
「いや、ここは引き受けるべきだ」
「引き受けません! 十六夜さんまで何を言うんですか!」
「良いから、考えてもみろよ。お前が胸を一瞬でも生揉みさせるだけで、あの和装ロリはなんでもするっていってるんだぜ? だろう?」
「もちろんだとも」
「今は、なりふり構ってられる状況じゃないはずだぜ? それにギフトカードつってたか。アレももらいたいしな。階層支配者ならもってるはずだ。どうだ? メリットの方がでかいだろ。デメリットはせいぜい全員の前で生乳を生揉みされるくらいだ。問題ない」
自信満々にいう十六夜の言葉に一瞬騙されそうになるが、
「い、いいえ、騙されません。問題おおわりです! というか、なぜ、みんなの前で揉まれることが前提になっているのですか!?」
「チッ」
「チッ」
「チッ」
十六夜、覇吐、白夜叉の舌打ちが響いた。そして、三人で集まり相談を始める。
「どうするよ。和装ロリに主神様よ。黒ウサギ無駄にガードがかてえぞ」
「覇吐で良いぜ。そうだな、ここはやっぱり、俺が自慢のそはや丸で」
「おんしは黙っておれ、ここはほれ、常套手段でいくとしよう。黒ウサギなら報酬を増すと言われれば動くはずだ」
「なるほど、しかし、並みの報酬じゃ黒ウサギは動かねえだろ」
「よっし、それなら俺も報酬出せばいけるんじゃねえか?」
「確実性は増すだろうな。ふむ、それで行くとしよう」
「「「よし」」」
「よし、じゃありませんこのお馬鹿様! お馬鹿様、お馬鹿様!」
スパーン、とハリセンの良い音が響き渡った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「いやー、すまんすまん、黒ウサギをからかうのが楽しくてな」
「それには賛同するわ」
「左に同じく」
「………………(こくり)」
「うう、この問題児様方……」
そんなカオス空間から脱するため、その根本の白夜叉が咳払いをして仕切り直す。
「さて、改めて自己紹介をしておこうかのう。大方のことは聞いているだろうが、ワシはこのサウザンドアイズの幹部である白夜叉だ。そして、そこの黒ウサギのスポンサーでもある。色々と便宜を図っておるというのにこの黒ウサギときたら胸も揉ませてくれん」
「そいつはひでえ話だ」
「まったくだぜ」
「だまらっしゃい、この問題児様に駄目主神様! はあ、白夜叉様。今日来たのはほかでもありません」
「わかっておる」
「え?」
「今朝、なんとも不届きな手紙が届いてな」
白夜叉が袖の中から手紙を取り出す。それを黒ウサギが取ろうとして、白夜叉が引っ込める。
「悪いが、見せることは出来ん。控えめに言っても婦女子にみせれるような内容ではないのでな」
ゆえに、白夜叉が噛み砕いて伝える。
レティシアは預かった。箱庭の外に売るので、気に入らなければ取り返しにくれば。
と書いてあるらしい。ただ非常に噛み砕いたものであり、便箋が黒くなるほどに書き連ねられた愛の言葉は穢れにしか思えないものであり、読むだけで常人ならば目が爛れるかと思えるほどだったとは白夜叉の言葉だ。
「ハッ、挑戦状ってわけだ。で、どこのどいつだよ、そんなことしてくる奴ってのは」
「ペルセウスのルイオスだ。あやつめ、何を考えておる。最近ではわけのわからんことをしておる。サウザンドアイズの同盟であったが、脱退し、本拠地に立てこもるなど正気ではないぞ」
「悪魔にでも魅入られたのかもな」
十六夜の中でレティシアに聞いた話と今の話で仮説が組み上げられる。
どうにもきな臭い。挑戦状を送ってくるあたりどうにも試しているような気がする。背後で笑うのは十中八九悪魔だ。
レティシアの話にも出てきた
悪魔は人を堕落させる。希望へと持ち上げて、絶望へと叩き落とす。その深い悪感情を糧とする。レティシアに話を聞いて、朝早くに調べたことを思い出す。
とすれば、このタイミングでレティシアが攫われたこと、挑戦状を叩き付けてきたこと。無関係ではないだろう。
「ああ、そういや夜行が変な事言ってたな。ペルセウス座がおかしいとかなんとか」
不意に覇吐がそんなことを呟く。
「ペルセウス座が?」
「ああ、俺は半分聞き流してたんだが、どうにも異常があるらしい。歪み、いや、ギフトか。どうにも、不吉だそうだ」
「おい、白夜叉。ペルセウス座に関係するコミュニティはあるか」
「ああ、あるぞ。そういえば、ペルセウスの話を聞かん。ギフトゲームを開催すると言っていたが、それ以来音沙汰がない上に脱退までしたが、まさか」
「だろうよ。決まりだ。とりあえず、ペルセウスの本拠まで行ってみようぜ」
「いきなり本陣に乗り込む気? まあ、手間が省けていいかもしれないわね」
「面倒がなくていい」
「行く」
問題児四人が立ち上がる。
「ちょちょちょ、ちょっと、お待ちください! いきなりペルセウスとことを構えるのはサウザンドアイズに――!」
「構わんよ黒ウサギ。言ったろう。奴らサウザンドアイズを脱退しておる。その時から、怪しいとは思っておっのじゃが、まったく、こんなことになるとはな。
さて、おんしら、行くというのならばこれを持っていくと良い」
手渡されるのはギフトカード。
「本来ならばギフトゲームの報酬として渡さねばならんが、仕方あるまい」
「じゃあ、俺のツケってことにしといてくれよ白夜叉」
覇吐がそう言う。
「それで良いのか?」
「ああ、仲間が助けまってんのに、悠長に遊戯なんてやってられねえだろ? それに、お前らんとこには色々と借りがあるからな」
「ふむ、良いだろう。そういうわけだ。こやつに感謝するんだな」
「ありがとうこざいます覇吐さん」
「ありがとう」
「感謝するぜ」
「…………(ぺこり)」
「おお、なんだがむず痒いな。がんばれよ。他人のコミュニティの話に俺は関われねえ。けど、困ってたら力かすぜ。いつでもきな」
「本当に、ありがとうございます」
黒ウサギが礼をして、先に出て行った十六夜たちを追う。
「さて、どうなることやら」
「まっ、大丈夫だろ」
だが、箱庭に降りかかる暗雲を、白夜叉は感じていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこは深海の底のように息苦しく、圧迫される。
苦しい、苦しい、苦しい。
ここから出してくれ。
だが、幾度となくそう願っても、誰も叶えてはくれない。ここで動くのは己一人であると知っているからだ。
いや、正確には、何人もいるのだろう。
己の部下たち。何もかも奪われて、死病に侵されそこで這いずっていることしか出来ない部下たちだ。幾人死んだのか。まったく見当もつかない。ゆえに、ここは蠱毒の底だ。
毒、独、獨。
蟲と毒が這いずりまわって、犯している。
「く、ぉ」
苦悶の声と共に血が全身から吹き出し、骨が折れる。内臓に突き刺さり、そのまま背中から骨が出ている感覚を感じる。
正直なところ生きているのが不思議なくらいだ。しかも、それでは済まない。
「存外、しぶといな。これが英雄の末裔という奴か」
「セージ、キミにかかわると、ペルセウスも形無しだね」
「ふん、まったくの雑魚だがな。俺が使っている方が有意義だ。俺に使われているんだ、こいつらも満足だろう」
ふざけるな、という声は出ない。もはや声帯などとっくの昔に腐り落ちているのだから。だが、それでも生きているのは、ひとえに目の前にたつ者らへの憎悪に過ぎない。
全て奪われた。己のものが。だからこそ、許せぬ。過去最大規模で思うのは、復讐したいという憎悪だ。生じた力も、それに見合うものである。
だからこその悪循環。
「癪なことだが、俺は学んだ。俺の失敗は、あの役立たずの屑どもの全てを奪わなかったことだ。塵屑だろうが、塵も積もれば山となる。
その程度の山、崩せん俺ではないが、それが複数ともなれば面倒だ。感情は奪っても奪っても湧き上がるというのなら、その大元も、全て奪って消し去ってしまえば良い。
それに、こいつらの力はその思いとかいうものから来るのだろう? 好都合じゃないか。際限なく奪っても、また湧き上がり、新しい力を呼び起こす。
なんとも素晴らしい屑どもだ。せいぜい役に立てよ。お前はそのために生かされている」
「こ、ぉ、げ、どうが――――!!!」
かすれ声、搾り出した声もすぐに消える。出てくるのは膿と血のミックスジュース。神野辺りならば喜び勇んでもっと搾り出しそうなものだ。
柊聖十郎。
それがルイオスの目の前に立っている男だった。生まれたままに、生まれるがままに鬼畜外道な男。それが柊聖十郎という男であった。
「あんめいぞ、ぐろおおおりああああす。セージが楽しそうで、何よりだよ」
それを賞賛するのは紛れもない悪魔。膿み爛れた蝿声が部屋を満たす。
「ふん、そうでもない。そろそろこの屑は絞りつくしてきたらしいからな。やはり、この程度ももたんとは役に立たん屑だ」
「そう言うものじゃないよセージ。そこらへんのやつよりは十分もったじゃないか」
「大して変わらん。それで? あの女はどうした。遊んでいたのだろう」
「ああ、ほら、この通り」
磔のレティシア。残りのギフトすら奪われ、死病に侵され、死の淵にいる彼女を更に落とす。ぞくぞくするなどというものではない。これぞ悪魔。これぞ神野明影。
耳元でささやくのだ。悪魔のささやきを。
「仲間の為に、仲間がいるから。でも、そんな仲間を君は殺す。同族殺しの魔王。仕方がなかった? でも、選んだのはキミだ。キミがその手で殺した。
楽しかった? 殺すのは楽しかっただろう? 手の中に残る感触は、気持ちがよかったんだろう?」
「ちが、う、私、は――」
「まさか、仲間のため、箱庭の為、とでも言うつもりかい?
ああ、仲間、仲間、仲間。全部、ぜえええんぶ。仲間。そう他人の為。ああああ、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
本当は、欠片もそんなこと思っているわけないのに。君は、いつまで自分を偽り続けるつもりだい? 本当は、殺したくて、殺したくて仕方なかったくせに。
魔王になったキミは、本当に綺麗だった。
今のキミは、私は同族を殺した。でも、それは、箱庭の為。仲間の為。だから、許して。
ああ、醜い。醜い。仲間の為というのなら、じゃあ、キミが殺した同族は仲間じゃないっていうんだね。
酷い。酷いなあ、酷い。これじゃあ、キミに殺されちゃった同族が可哀想だ。
ああ、でも、そんなこと思ってもいないか。なにせ、キミは、彼らがどうしても許せなかったんだから。憎らしくて、憎らしくて、仕方がなかったんだから」
「ち、ぁ、う、ちが、う――!」
戒めから逃れようとレティシアが暴れるが、戒めはなおもきつく巻きつき、彼女の身体を傷つける。
「ああ、無茶しちゃいけないよ。君は、大切な、賞品なんだから。でも、安心すると良い。きっと、そんな酷いキミでも、取引先の人は大切に可愛がってくれるかもしれないよ。
男は、キミみたいな可愛らしい馬鹿な女が好きな駄目な生き物なんだからさ。
そーやって、悲劇のヒロインぶってれば、勝手に向こうからやってくる。ほら、案の定、キミのお仲間がやってきたみたいだよ」
ペルセウスの本拠へと向かってくるノーネームの面々。
悪魔はさあ、来いと嗤い。
外道は俺の役に立てと見下し。
レティシアは、来るな、とただ願った。
テンションとノリと勢いで、とにかく書き連ねております。
神咒神威神楽から覇吐登場。確か、こんな奴だったと思います。KKKはプレイしたきりで、結構忘れてますね。まあ、ドラマCDを聞きつつ、その他やりつつ、書いております。
白夜叉、覇吐、十六夜のトークは書いてて楽しかったです。
そして、気が付いたらまた外道共を書いてしましました。
憐れルイオス。ペルセウス崩壊です。いやー、やらかしております。箱庭が着実にぱらいぞに向けて全力疾走中。
神野さんが楽しそうでなによりです。うまく神野の煽りができてるといいのですが。
レティシアさんは色々と設定を掘り下げ、独自設定を付け加えたこともあってもう神野のカモです。
何度も言いますが、私はレティシアが嫌いなわけではなく、むしろ好きです。好きだからこそです。我が愛は破壊の情。愛するならばまずは壊そう。というわけです。
いえ、まあ、冗談はおいておいて、なんか外道inしたら無駄に被害がでかくなっただけです。
しかし、これ、魔王襲来編で、下手したらあいつが出てくるかもしれません。あいつとは萌えキャラのことです。
出てしまったらハーメルンの方々が憐れなことになりそうで、なりそうで。今から、たのし――いえ、悲しくて仕方ありません。
では、また次回。感想などあれば気軽にどうぞ。質問も受け付けてます。
どうにかこうにかハッピーな結末に持っていきたいものです。がんばれノーネーム。まじ頑張れ。
まあ、もしもの時は水銀おかんが卓袱台返しをしてくれるはずなので、それに期待しよう。
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9
それは、何もない地の底だった。かつては、神社として人々が参拝していた神域は今やその影もない。元々は神仏習合の時代に第六天魔王を祀る神社として創建されたものであるが、明治の神仏分離の際、多くの第六天神社がその社名から神世七代の第6代に祭神を変更した。
つまりは、ここは捨てられた神社、その祭神のなれの果ての行き着いた先。そもそも外の理により討ち果たされ、ただ因子のみ存在した第六天という概念が箱庭において創造されるにあたり、現実に沿う形で現れた結果がこれだった。そして、その渇望によって当然のように零落した。
ふつうならば、さぞ哀れと思うだろうが、されどその神に恨みはない。そもそも認識においては神ですらないのだが、その存在にある感情はただの喜びだけだった。
何もない暗闇であり、そこにはあるべきものがなにひとつない。命の温かみであったり、あるいは何もない冷たさであったり。そんなものがあるはずだが、ここにはなにもない。己以外なにもない。
自然ではない不自然であるが、ここではそれが正常だった。人にとっては確かにこれは異形だろう。奇形だろう。
しかし、ここにいる存在にとっては、これが望みであり、これが当然であるのだ。いかに奇形であろうが、それが最適であるならばその者にとっては当然なのだ。
己。我。個。究極、極限の自己愛。あるいは極大の偏重。
ただ唯一無二。ここにいるのは己だけである。己だけがあればいい。その他なんぞ、知らぬ、存ぜぬ。我だけあればいいだろう。それこそが望みであり、それこそが当然であるのだ。
だが、ああ、なんだこれは。
一人で心地が良い。何もない、ただ唯一一人の己で満ちていたそこに何かが落ちてきていた。初めて、己以外を認識した瞬間、
――いかないで、いかないで、私を、ひとりにしないで。
泣き声を聞いた。感じたのは不快感だけだった。
ああ、うるさいうるさいうるさい。なんだ、これは気色が悪いぞ。誰かといたい? 私を一人にしないで?
極限まで一人を嫌う
なんだこれは気持ちが悪いぞ。他者を己と同じく扱うなど狂っている。白痴か、我の考える最高に、
お前らの言う
覇道にしろ求道にしろ、どれもが自愛の気を多分に含んでいるのが常だ。己を愛し、自他の関係を確立することで、そこに対し祈り合いなり譲れぬ渇望を生じさせるのが人というものだろう。
それを泣きながら懇願? 極限の阿呆か。そんなもので他者がついてくるなどあるはずもない。
いや、そもそも、
『俺に触れるもの全て、消えてなくなれ』
人型でしかなかった極限の唯我が外へと流れ出す。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ペルセウス。それは神話の時代、メデューサと呼ばれた怪物を討伐した功績により箱庭へと招かれたとされるコミュニティだった。
複数のギフトを繰り、メデューサを討伐した彼の功績は今、ギフトゲームとして体験することができる。
つまりは、ペルセウスの本拠である白亜の美しき屋敷、その最深部まで見つからずに忍び込み打倒する。
そのためノーネームの屋敷が霞むほどに荘厳で神聖そのものでペルセウスの本拠地はまさに圧巻だった。
「ここが奴らの本拠地か」
だが、今やそれは見る影もない。いや、いいや、違う。見た目という意味合いにおいては、以前と変わらない。
だが、雰囲気というか。ともかく、この場に満ちた気というものがありえないほど変質している。ありていにたとえるとするならば腐敗しているとでも言おうか。
「ですが、見る影もありませんね。なにか起きたみたいです」
「まあ、行くだけだ」
掲げられた契約書類によれば、このギフトゲームに参加できるのは十六夜、飛鳥、耀、椿姫、そしてコミュニティの旗印の代わりのジンだけであった。ルールなどなくただルイオスを打倒せよとだけが書かれている。
ペルセウスのゲームにしてはありえないことではあったが、屋敷の変質からしてこれは当然なのだろう。
「私が戦うことはできませんが、
「ああ、準備はいいか?」
「ええ、いつでも」
「大丈夫」
「問題、ない」
「大丈夫です、行きましょう」
ノーネームが屋敷へと足を踏み入れた。
刹那、
「おらあああああああ!!!」
十六夜が渾身の力で屋敷の床に拳を叩き付けた。仮にも山ほどの蛇神を殴り飛ばせるほどの威力で殴りつけられた床は、凄まじい衝撃でありえないことながらも反発と衝撃を順に伝え破砕する。
『うおおおおおお!?』
誰もいないはずの広間に声が響いた。それはノーネーム勢の声ではなく、ペルセウス側の兵士の声。
「はっ、やっぱりな。ハデスの兜っていやあ、透明になれる兜だ。挑戦状叩き付けて来た時点でそれつかって伏撃するくらい予想してんだよ。お嬢様!」
「わかってるわよ。水樹よ、薙ぎ払いなさい!」
持ってきた水樹から勢いよく水が放出され、刹那、打ち上げられた兵士たちを薙ぎ払う。激流に吹き飛ばされ壁に叩き付けられたペルセウスの面々であったが、流石はというべきなのか、立ち上がる。
「どうやらそう簡単に行かせてはくれないみたいね」
「そうらしいな」
「じゃあ、ここは私がやるわ。多対一なら私でしょう」
水樹の苗を抱えた飛鳥が前に出て言う。
「じゃあ、任せた」
「頑張って」
「無理はしないでくださいね」
「…………」
「御武運を」
十六夜は任せたとさっさと先へ進み、耀は小さな声援を送り、ジンは無理をしないように言って、椿姫は無言で抱きしめて、黒ウサギはその椿姫を引きずって、先へと進んだ。その扉の前に飛鳥は立ち、
「さて、来なさい。まとめて吹き飛ばしてあげるわ」
水樹が猛る。
飛鳥のギフトによってその
なにせ、相手は空を飛べば透明にもなれる。今の飛鳥にはそれらをどうにかする術などない。故に、全てを力任せに薙ぎ払う。
「もう一度よ!」
その瞬間、上空から剣が降り注ぐ。
「防ぎなさい!」
すかさず水樹が剣を吹き飛ばす。その隙に吹き飛ばされていたはずの兵士たちが水樹の水の網を掻い潜り飛鳥へと接近する。
「全員、そこで座ってなさい!」
水樹が間に合わないと見るや、すかさず命令を下す。それは絶対遵守される飛鳥のギフト。相手を支配する忌むべきもの。
だからこそ封じた己の異能。相手のギフトを操るものにしようとした。だが、今はそれどころではない。
死ぬことなどあってはならないのだ。己が死んでは椿姫が悲しむ。どういうわけかそれだけはしては駄目だと思うのだ。どのみち、仲間が悲しむことは必至だ。ならば忌むべき力だろうが使う気だった。
だが、
「え――――」
通じない。
今までこんなことなどなかった。それがどういうわけか通じない。
「っ――!」
だが、それでも相手は止まらない。咄嗟に横に跳ぶことで剣戟を躱し、再び水樹で相手を吹き飛ばす。水樹には効いている。
しかし相手には通用しない。格が違うから。本来であるならば彼女の格でも効いただろう。だが、
いや、そもそも、己の資質を生のままに飲み干せぬ者のギフトなど誰にも効かないだろう。
「くそ」
だが、それでもやるしかないのだ。
と、その瞬間、全てが石となった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――駆ける。
廊下を縦横無尽に駆け巡りながら春日部耀が疾走する。その姿はまさに獣の如し。迫る正面の敵を出会いがしらに昏倒させていく。
鼻も利けば耳も良く、それでいて超音波すら感知する春日部耀にとって、透明になったくらいでは意味を成さない。
そのうちに中庭へと出る。ある程度の広さではあるものの、一直線に突っ切れば問題はないような場所であるが、ここで耀の足が止まる。
「どうした?」
「いる」
十六夜が目を凝らすが相変わらず透明になっては目には見えない。だが、耀の目にははっきりと見えていた。
「ほう、気が付いたか」
虚空から声がする。兜をはずして、それは現れる。翼をもつ白馬に乗る黄金の剣を持つ者。すなわちペガサスとクリューサーオール。ペルセウスがメドゥーサの首をはねた際に、その流血が大地にしたたり、ペガサスと共に産まれた双子の兄弟。
「その小娘は鼻も利けば耳も良いらしいな。ふむ、ならばお相手願おうか」
「わかった。みんなは先に行って」
「ま、待ってください、さすがにクリューサーオールは!」
「春日部がやれる言ってんだ、今は先に行くぞおチビ」
「で、でも」
「行くぞ」
十六夜が渋るジンを抱えて無理矢理連れて行き、渋る椿姫を黒ウサギが抱えて中庭を越える。クリューサーオールは彼らを追わなかった。すぐに追えるからという自負か、あるいはこの先に待ち受ける者たちで十分だと悟ったのか。
どちらにせよ舐められていることに変わりはない。ゆえに、まずはこちらを向かせるのが肝要だろう。
耀は姿勢を下げる。ご丁寧に天馬で空を飛ばすに地に足をつけている。ならばまずはその余裕を取り去ろう。
幸いにも相手は鎧を着ている。重武装だ。動きはまず間違いなく耀の方が速い。ゆえに、突撃しフェイントをかけて左から攻める。
それを実行しようとして、
「え――――!!」
クリューサーオールが目の前にいることに驚愕する。重装歩兵にもにた重武装のくせになんてスピードと思う前に、本能が身体を後ろへと跳躍させる。
走る黄金の軌跡。黄金の剣が大気を斬り裂く。一瞬でも遅れていれば上半身と下半身はお別れをしていたところだろう。
無論、それで安心させるほどクリューサーオールは甘くなどない。跳躍した分を一歩で0にし、返す剣で黄金の剣を振るう。流れるような連撃が襲う。
まさにそれは完成された剣戟であった。どれほどの年月剣を振るってきたのかは知らないが、その剣の一振り一振りがまさに完全。完成していた。
だが、それを脅威の反射神経と本能だけで耀はそれを躱しきった。
「やるな。躱されるとは、思わなかった」
感心したように言うが、そこには感心の感情など感じられない。あるのはただ喜びだけだ。良い相手を見つけたという殺戮の喜びだけだった。
ゆえに彼女の超感覚は違和感を出力する。普通であれば、喜びの中でも意識あるものであるならば何かしらの感情がその裏には存在する。
だが、彼にはそんなものが全然ない。純粋と言えば聞こえは良いかもしれないが、それは自然ではない。
水に例えればわかるだろうか。自然界に存在する水は大抵が何かしら不純物が混じっている。大気中の塵であったり、川であれば砂の粒子であったり。
純水とは不純物を取り除いたうえで作られる人工物だ。ゆえに自然界の中に純粋な水つまるところの純水は存在しえない。
それと同じように人でもそれは同じ。何も知らない子供でもなければ感情が1つしかない純粋状態などありえないのだ。
だが、耀の感覚ではそれ以外が感じられない。不自然に、まるで本当にそれ一つしかないかのように。それだけを固めて作られたかのように感じられた。
「戦いの中で考え事とは余裕だな!」
「――――!」
その言葉に反応して、耀は跳躍する。それと同時にペガサスが疾走してくる。突っ込んでくるペガサスに合わせて耀はなんとかその背にまたがる。
その瞬間、己のギフトの中にある動物種の中で最も重量のある動物へと切り替える。刹那、その超重量にペガサスが耐え切れず落ちる。
そこに突っ込んでくるのはクリューサーオール。満面の笑みを張り付けて、黄金の剣を振るう。それを躱し、蹴りを放つ。
初めての反撃。超重量から放たれた蹴り。だが、クリューサーオールにはまるで効いていない。そもそも、まるで重量が違うかのようで、再度、蹴りを放つその瞬間、石化の閃光が降り注いだ。
今回は外道がいないので全然筆がのりませんでした。
戦闘はやはり難しいですね。文才が欲しい。戦闘なんかよりよくわからない理屈こねてた方が非常に楽ということがよくわかります。
その上、飛鳥の戦闘が一番面倒くさい。支配のギフトというかなんというかですから、トリッキーにならざるえないんですよね。はやくディーンが欲しいところです。
そして、耀のギフトについて考えていたら聖十郎の急段のようになってました。
耀が友達になりたいと思い、相手が耀に対して正の感情を抱けばギフトは発動します。聖十郎の等価交換とは違い、友情によるギフトのシェアということになりますかね。
そして、テキトーに考えた現在箱庭にいる奴らの太極値です、公式とは異なっていたりしますが、それはこの小説内での設定だと思っていてください。
だいたい30くらいの差だったらまだなんとかなるレベルと設定しています。
何かご意見などありましたら気軽にどうぞ。あくまでもテキトーなのでジョークとして見ていてください。
太極値(初伝)
波旬:測定不能
水銀:90
椿姫:85
覇吐:65
甘粕:55~80(ノリで変動)
セージ:40(69)
白夜叉:30(50)
レティシア:25(0)
白雪姫:20
ルイオス:8(69)
黒ウサギ:10
十六夜:10
飛鳥:5
耀:4
空亡:0
神野:0
では、また次回。
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10
十六夜たちが辿り着いたのは闘技場のような場所だった。もとは寝所だったと思える場所であるが、それはおそらくペルセウスの伝説に由来しているのだろう。
ペルセウスは眠っているメデューサの首を刎ねて殺したのだ。ゆえに、その決戦の場所は自然と寝所ということになる。それはペルセウス本来のギフトゲームが神話をなぞることにあるためだ。
しかし、もとは素晴らしい場所であったらしいこの場所ですら最初期に十六夜が起こした激震によって既に見る影もない。
天井は崩落し、床には瓦礫が散乱している。ただ、広さにしてかなり広大であったためにさほど気にはならない。戦うには十分だろう。
そして、その男は悠々と立っていた。
「よう、お前がラスボスか?」
「ああ、ルイオス=ペルセウスだ。ようこそ、挑戦者諸君。白亜の宮殿の最上階へ。ゲームマスターとして相手をしよう。安心しろ、賞品もそこにある」
ルイオスの背後、玉座のような場所にレティシアが座らされている。眠っているのか動きはないが、生きていることに違いはなかった。
ただ、それを見て安堵はせど黒ウサギには違和感がぬぐえなかった。というよりも、ここに来てから違和感を彼女は感じていた。気のせいかとおも思っていたのだが、ここに来てルイオスを見て確信に近い物に変わる。
ペルセウスのコミュニティはリーダ-に力が固まったコミュニティだと黒ウサギは知っている。それはどういうことかと言えば、リーダーつまりは目の前にいるルイオス以外はそれほどの相手ではないということなのだ。
だが、そう。ここに来て襲われた限りを見れば、なんともそうは思えない。あの兵士たちですら以前のペルセウスでは考えられないほどの力だったのだ。
簡単に言えば感じられる格が異様に高くなっている。格というものは努力でそう簡単にあげられるものではない。
だというのに、もとの数値はわからないまでもその格はあの白夜叉に匹敵しかねないレベルだ。明らかにおかしい。
そう、例えるならば純化されたような。不必要なもの、というよりはそう削ぎ落とされたという感覚。
しかし、それを気にしたところでどうにもならない。既に十六夜とルイオスの戦いは始まっているのだから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おおおおおおお!!!」
烈破の気合いと共にその拳を十六夜は振るう。その速度、実に第三宇宙速度。十六夜でなけば拳が赤熱してとけきるかのような速度でその拳は振るわれる。
だが、ルイオスはそれを焦ることなく、飛翔することで躱す。如何な速度、如何な威力の拳だろうともそれを放つのは人間であることを考えれば、当然の判断だった。
人間は飛べない。少なくとも十六夜は跳躍は出来ても飛ぶことはできない。もし屋根でもあれば十六夜が跳躍して届いたのだが、その十六夜の一撃によって天井は崩れている。ゆえに、高度に制限などなく十六夜の届かない場所にてルイオスは陣取る。
その手には炎の弓を握る。
「さて、目覚めろ、“アルゴールの魔王”」
そして、己の切り札たる魔王を呼び起こす。アルゴールの魔王。“メデューサ” 、“原初(リリス)の悪魔”などの仇名を持つペルセウスが隷属せしめた魔王。神話の怪物。
『GRAAAAAAAAAAAA――――!!』
咆哮が天を突く。
「――――ッ!」
それを聞いた黒ウサギや椿姫と共に後方に下がっていたジンは感じた。原初の恐怖を。その咆哮を聞いた途端、肉体が硬直する。いや、いいや違う。硬直しているのは精神。
明確な死がジンにまとわりつく。
全身が硬直し、呼吸が止まりそうになる。いや、止まっていたのかもしれない。酸素が脳に回らず、世界が回っていた。意志に反して身体は震え、がちがちと奥歯がなる。全くと言ってよいほど身体が動かない。
脳はただ恐怖という感情を発するだけの装置と成り果てていた。
生物の至上命題たる生きるということを実行するための呼吸というもっとも普遍的な動作すら忘れてしまったのだ。
瞬間的な呼吸困難で視界が歪む。天地が逆転し、歪む、歪む、歪む。意識が落ちかける、その時、
「大丈夫」
その肩を椿姫が叩いて引き寄せる。ジンはゆっくりと椿姫を見上げた。そこにはいつも通りの椿姫がある。咆哮など意に反さず、ただ前を見据えている姿にジンの恐怖もまた薄れる。
「す、すみません。ありがとうございます」
もしあのままであったならば意識を落としていただろう。あるいは命さえも。
「良い」
椿姫がルイオスを見据える。
「へえ、まあ、そうこなくっちゃなアルゴール!」
『GRAAAAA――」
ルイオスの命令にアルゴールが動く。その瞳、輝いて――閃光が降り注ぐ。それは石化の閃光だった。全てを愛するが、魔である己は全てを手に入れることはない。ゆえに、石化させて留めてしまおう。
そういう願いの光が降り注ぐ。仲間もいるだろうになんら気にせず屋敷全てを石化する。
だが、物言わぬ石など誰もいないのと同義。ゆえに、
「みんなと一緒なら、楽しい時を分かち合うことが出来る
Tra voi saprò dividere,Il tempo mio giocondo
楽しみの他は、この世は愚かなことで溢れてるから
Ciò che non è piacer,Tutto è follia nel mondo
楽しみ、儚く去る、愛の喜びとて
Godiam, fugace e rapido,È il gaudio dell'amore
咲いては散る花のように
È un fior che nasce e muore
二度とは望めない
Né più si può goder
だからこそ楽しもう、焼け付くような言葉が誘うままに
Godiam c'invita un fervido Accento lusinghier
創造
Briah―
自由へと落下する椿の華
Sempre libera――folleggiar di gioia」
対象を固定する。
すなわち、ここにいる者たちを永劫そのままの状態で固定する。
降り注ぐ石化の光。されど、そんなものに効果などありはしない。なぜならば、格という意味合いにおいて彼女はこの箱庭において破格なのだ。
ゆえに、その防御は無敵。
「まあ、そっちも二人でやってんだ。こっちも二人でやっていいんだよな」
「ああ、構わないさ。それでこそだアルゴール!」
『GRAAAAAAA――!!』
アルゴールの巨躯から拳が放たれる。それはまさに魔王の一撃だ。神格と呼ばれる超常の格。その存在はまさに人型の宇宙と同義。単一宇宙であれど、その質量は想像を絶するだろう。
もとより化け物という格に嵌っている彼女にとっては己の拳ですら常人にとっては致命傷だ。
「ハッ!」
だが、恐れることなく十六夜もまたそれに合わせる。その質量はアルゴールには遠く及ばない。だが――拳が合わさり、そしてアルゴールが吹き飛ぶ。
『GAAAAAAA――!?』
予想していた結果とは異なる結末。それも当然だ。格という意味合いにおいて、桜茉椿姫は隔絶している。
「なにしてるアルゴール。立て。そして、奴らを徹底的に潰せ!」
『GRAAAAAAAAA――――』
ルイオスの命令が飛ぶ。撥ねるようにアルゴールが起き上がる。放たれるのは蛇だ。己という概念の化身。
それが十六夜へと巻き付く。だが、
「しゃらくせえええ!!!」
『GYAAAAAAAA――――!!』
無意味。十六夜はそれを力ずくで引きちぎる。身が裂かれた痛みにアルゴールが悲鳴を上げた。
放たれる石化の魔眼。石化しろ、石化しろ、石化しろ。極大の願いが放たれるも、
「オラアアアアア!」
ただの拳一つで砕かれる。
「まあ、まあまあだったぜ」
アルゴールの懐へと入る。放たれる一撃。それは正中線を穿つ。その痛み、その衝撃にアルゴールは打ち上げられる。
「次はお前だぜ? さっさと降りてこいよ」
「チッ、役立たずが。まあいい、まだ駒はある。“目覚めろ。そして、殺せ”」
ルイオスの命令。そして、それは目覚める。
「これは!」
可憐な声でそれは謳い上げられる。
「かつて何処かで そしてこれほど幸福だったことがあるだろうか
Wo war ich schon einmal und war so selig
あなたは素晴らしい 掛け値なしに素晴らしい しかしそれは誰も知らず また誰も気付かない
Wie du warst! Wie du bist! Das weis niemand, das ahnt keiner!
幼い私は まだあなたを知らなかった
Ich war ein Bub', da hab' ich die noch nicht gekannt.
いったい私は誰なのだろう いったいどうして 私はあなたの許に来たのだろう
Wer bin denn ich? Wie komm'denn ich zu ihr? Wie kommt denn sie zu mir?
もし私が騎士にあるまじき者ならば、このまま死んでしまいたい
War' ich kein Mann, die Sinne mochten mir vergeh'n.
何よりも幸福なこの瞬間――私は死しても 決して忘れはしないだろうから
Das ist ein seliger Augenblick, den will ich nie vergessen bis an meinen Tod.
ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ
Sophie, Welken Sie
死骸を晒せ
Show a Corpse
何かが訪れ 何かが起こった 私はあなたに問いを投げたい
Es ist was kommen und ist was g'schehn, Ich mocht Sie fragen
本当にこれでよいのか 私は何か過ちを犯していないか
Darf's denn sein? Ich mocht' sie fragen: warum zittert was in mir?
恋人よ 私はあなただけを見 あなただけを感じよう
Sophie, und seh' nur dich und spur' nur dich
私の愛で朽ちるあなたを 私だけが知っているから
Sophie, und weis von nichts als nur: dich hab' ich lieb
ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ
Sophie, Welken Sie
Briah―
Der Rosenkavalier Schwarzwald」
レティシア=ドラクレア。黄金の吸血鬼が顕現した。夜を携えて。
え、なんか、ランキング見たらこの作品ランキング載ってるんですけど、え、なんで? と嬉しいやら怖いやら。
とりあえず嬉しくなったので更新。ちょっと短めですが、キリが良いので。やはり戦闘は難しい。さっさと外道書きたい。
レティシアの創造は皆さん大好きチンピラ兄貴のです。吸血鬼と言ったらこれ以外にないですからね。しかし、これのせいでレティシアの口からチンピラの声が脳内再生されてしまう。
いや、美女の姿で爺声のキャラとかいるんでいいですよね。うん、そういうことにしておこう。
神格というか色々奪われた彼女が創造を使える理由は、まあ、わかる人にはわかるんじゃないかなあ。
さて、次回でとりあえずペルセウス戦は終わる予定です。あくまで予定なのでどうなるかはわかりません。
では、また次回。
感想や評価などあれば嬉しくなって更新が速くなるかもしれません。
こういう展開がみたいなどの要望、ご意見も受け付けております。
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11
宮殿は薔薇の夜へと転じた。黄金の吸血鬼がそこにはある。美しき女性の吸血鬼がそこにはいる。
死森の薔薇騎士。いわゆる超必殺技にあたる。彼女の創造は少々特殊ではあるものの概ね覇道としては典型的だ。
この「夜」に居る人間は全て例外なく生命力をはじめとした力を吸い取られ、奪われた力の分、この空間の主であるレティシアが強化される。
「さて、命令だ。すまんな黒ウサギ、お前たちを殺すとしよう」
「レティシア様!?」
「ハハハハ、どういう気分? 助けに来た仲間に殺される気分ってさあ?」
「レティシア様に何をしたんですか!」
「何って、命令だけど? この俺の命令だぜ? 誰でも従うに決まってんだろ」
ごちゃごちゃと喋っている暇などありはしない。展開された創造と創造がぶつかる。
どちらも覇道の質。ゆえに、二つの異界がぶつかり合う。
「そういうわけだ。死んでくれ」
レティシアが駆ける。吸血鬼の身体能力を十全に発揮して。無論、駆けるのは本丸。ジンただ一人。そこに椿姫が立ちふさがる。
レティシアは躊躇うことなく拳を振るう。吸血鬼の剛腕から放たれるそれは普通ならば致命だ。
「留まって」
だが、それが椿姫を穿つことはない。椿姫の一歩手前、眼前でその拳は止まっている。強制的に。それは椿姫の創造のもう一つの効果。いや、そういうよりはもともとの効果。
対象の固定化。それはその場に固定化することすらも可能とする。1人になりたくないからこそ、誰も彼もを固定化して留めてしまうという願いからくる創造の力だった。
椿姫よりも格が上ならば抜けられるが、椿姫の格はそれ以上ゆえに抜けられぬ。
「やった! あとはレティシア様を正気に戻せば!」
「違う、黒ウサギ、この人、レティシア、違う」
「え? で、ですが、どこをどうみてレティシア様ですよ!」
「この人、レティシア、でもレティシアと違う。えっと、あれ、ん? ううん? あれ?」
「わからないんですかい?!」
ずざざーとずっこける黒ウサギであった。当のレティシアはというと、
「クク、そうだよ椿姫。よくわかったな」
「わかる。当然」
「なるほど、大したものだ。その齢でこの格、まったく動けんとはな。お前もだろうルイオス」
「くそ、ったく、こんなの聞いてねえぞ」
「だが、収穫はあったか。ふむ、なら一応、役に立ったかな。いや、あの男の事だ。そう思っていなさそうだ。おめでとうゲームクリアだ」
もはやルイオスもレティシアも動くことはできない。
「じゃあ、さっさとクリアするとしますか」
十六夜が跳躍する。アルゴールを足場にして足りない分を補ってルイオスを地面へと叩き落とす。更にトドメとばかりに踵落とし。
その瞬間、ルイオス、レティシアは粒子となって消え失せた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ゆらゆらと闇の中を漂っていた。寄る辺などなく、ただ漆黒だけがある場所を漂っていた。己すらもはっきりとせず。肉体があるのかどうかも不明。そもそも、ここがどこで自分が何で、どうしてだとかそういったことすら考えるまでもなくわからない。
なぜならばここには何もないから。そして、今の自分にもなにもないから。
「レティシア様! レティシア様!」
誰かが誰かを呼ぶ声がする。
誰の声だろうか。確かに覚えがある声ではあるが、どうにも思い出せない。呼ばれているのが自分ですら、もはや覚えてなどいないのだから。
いや、それでも呼ばれているのは自分なのだろうと思う。ただ思うのは一つ。辛い。応えたいのに応えられない。
『辛いねえ、辛いねえ。もう、キミはその声には――』
ふと、違う声が響く。前の声とは比べようがないほどの酷い声だ。蝿の羽音にしか聞こえぬノイズまみれの声。
だが、どういうわけかその声はするりと脳内に入ってくる。まるで声そのものが生きていて耳の中を這いずり脳の中に直接入ってきているかのように。
気持ちが悪い。何も思えない中で、それだけを思う。いや、いいや違う。思うことはそれではない。応えられない声に対するすまなさだとか、そういうのだ。
断じて蝿声などに思うことなどあるはずがない。だからここを出してくれ。この漆黒は駄目だ。この漆黒は全てをダメにする。全てを呑み込んで、喰らい尽くして、何もかもを失くしてしまうのだろう。
だからこそ、ふと感じた感覚。それに身をゆだねるのだ。
『わかっているのかい。もはや、キミは』
「わかっている」
声が出た。
「わかっている」
『何がわかっているというんだいお姫様。本当は何もわかってなどいないというのに。キミは自分が何者かわかっているのかい? こーんなところで、一人ただ浮かんでいるだけのキミが、本当は誰かだなんて、本当にわかっているのかい。その血塗られた手で誰かに触れていいだなんて本当に思っているのかい?』
「わかっている。自分が血塗られているとしても、それでも」
なぜならば、今もなお呼ばれているから。
「私は、――」
目を開く。
眼前一杯に広がるのは椿姫の顔だった。近すぎるくらいに近くで。いや、それよりも、なぜ彼女は自分に
まずはそこがわからない。何がしたいのだろうかということを考える以前にそろそろ苦しいのだから離してほしい。
だから、まずは椿姫の身体をぽんぽんと叩く。
「起きた」
「お姫様のキスで目覚めるお姫様。ちょっと違くねえか。てか、普通王子様だろ」
「あら、最近はこういうのもありなんじゃないのかしら」
「どうだろ」
「レティシア様!」
だが、ともかくとして、眠り姫は目覚めた。身体を苛む死病は既に手遅れなほどであったが、それでも生きている。これもひとえに椿姫のおかげだった。
彼女の太極へと入った。それによって偽神化したことによってなんとか生きながらえることに成功していたのだ。
とは言っても、どうしようもなく弱っているのは確かだし、この先戦うことなどできはしないだろう。
だが、
「いいんだよ。僕たちは君が帰ってきてくれた。それだけで満足だから」
「おいおい、おチビ。これくらいで満足してもらっちゃ困るぜ」
「あはは、そうですね。これからですもんね」
そう全てはこれからなのだ。
だが、ともかく今は、
「おかえりなさいませ、レティシア様」
彼女の帰還を喜ぼう。
今は――――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まずは、おめでとうというべきかな」
誰もいない暗がりで甘粕正彦はそう呟いた。誰もいない暗がり。黒い街で。
そこには誰もいない。果てしなく続く暗がりは、全てが黒く染まったのだと告げている。
かつては、世界すらも飲み込んだ漆黒。ここには何もない。ただ王が在るだけであったはずのただの黒い街。
――シャルノス。
けれど、かつて溢れる暗きモノはそこには居らず。門を求めて泣き叫ぶ夜泣き子も居らず。迷い込み、ただ己の心の為に逃げ惑う者もおらず。
蕃神は既に死に絶えた。神は死んだ。ツァラトゥストラもまたそう語る。かつて新世界を語った者もまた同じく。
今やそこには誰もいない。恐ろしき最後の幻想であった
ただ座して待ち続け、光に焦がれ続けた黒の王も。
誰一人してそこには存在しない。光もまた、届かずに、ただ、ここはただここに在るのみ。
狂気すらも飲み込む漆黒。飲み込まれ、消えるだけのただの暗がり。
だが、
「はは」
気を狂わせる暗がりの中で少女はただ何でもないように肩を竦める。
黒色に身を包む少女。黒い少女。黒い髪。黒い服。黒い眼帯は偽物というわけではなく本物で。輝く黄金瞳が虚空を見つめている。
かつては王がいたであろう茨の玉座を眺めて、ただ少女は嗤うのだ。そこにいない誰かを笑うのだ。あるいは目の前にいる甘粕を嗤うのだ。
「この程度で、おめでとうだと? 貴様らしくないな甘粕」
「そうかね。これでも、魔王らしく試練をクリアした勇者にはそれなりの褒美を与えれば、賞賛もねぎらいもする」
少女は肩をすくめる。ただその瞳が見つめるには仲間との再会を喜ぶ名無したち。
「そうかね。俺としては
役目があるからしぶしぶ従う。立たねば死ぬから嫌々挑む。誰かに言われたから。みんなやっていることだから。
彼らはそんな腑抜けたつまらぬ者どもではない。
「お前もそう思うだろう」
甘粕の問いが暗がりに投げられる。
――暗がりに男の姿が浮かぶ――
――黒い襟巻棚引いて――
――閃光が迸る――
――雷鳴が轟く――
「生憎とそうは思わない」
声と共に眩い光が迸る。
それは蒼色をした輝きだった。いつか見た輝きだった。
空の彼方に見えるもの。雷の輝き。
その輝きの中で腕を組む男が一人。腰には
棚引く黒い襟巻にはわずかに紫電が迸り、白い詰襟服は
彼は雷電だった。遠き空を駆ける光り輝く雷電であった。
「残念だ。人の輝きをこそ守りたいと言うお前ならば共感できると思っていたのだがな」
「見くびるなよ。確かに人の輝きをこそ守りたいと思うが、そのために好んで試練を与えようとは思わない。私は誓っている。彼の魔女に、全てを救って見せると。
魂が劣化するというのならば、まずは教えることから始めるべきだ。しっかりとバトンを渡すことが肝要だろう。
若人たちは、先達の引いた道を歩き、そして、学ぶ。お前の楽園は若人の可能性を否定する。それこそ輝きを否定することだ」
「ああ」
素晴らしい、と甘粕は笑う。
「気に入らないならば、向かってくるが良い。俺はお前にも期待している」
「だからこそ、俺は魔王として君臨したいのだ。あの輝きをもう一度みるために」
甘粕がその手を天へと掲げる。既にその身の準備は出来ている。
「お前の輝きを俺に見せてくれ! お前の輝き、その猛る輝きをこそ俺は愛でたいのだ。
汝、無垢なる刃ッ! デモォォオンベェイィィィィン!!!」
「───超電磁形態。来い。」
返答せずに、彼は、僅かに呟く。右腕を高く空へと伸ばす。
そこには、灰色の空すらなかったけれど、それでも。
――四方へと無限に広がる暗がり。もしその果てに至ったとしても、何もないはずのこの漆黒の空間に――
──二柱の巨大な鎧――
──姿を顕して──
―─閃光が弾ける──
まばゆい光とともに───
大地が叫び、暗闇と共に空間が裂ける。雷電が迸り、轟音と共に時間が砕ける。
光纏う鎧が現れる。それは白銀色をした輝きだった。
――闇色の輝きと共に、
大地が叫び、暗闇と共に空間が裂ける。闇の燐光が迸り、轟音と共に時間が砕ける。
闇纏う鎧が現れる。それは闇の如き色をした輝きだった。
それらは異空の果ての輝きだった。
片や空の彼方から来たるもの。片や人の幻想を紡ぎ生み出したもの。
今や漆黒に染められた空、それすらも超えて来る。あらゆる物理法則を従えながら姿を見せる、巨大な人型。
「おいおい、私を忘れるな。未だ、私は、どちらにもついていない。ならば、納得させてみせろ。お前たちの言う輝き、
――提案しよう、
――食事の時間だ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――チク・タク
――チク・タク
「――さて」
男は言った。
それは奇妙な仮面を被った男であった。
道化の如き姿であるが、一世代前の西洋貴族のようでもある。
奇妙な人物。
仮面と服装は彼をそう思わせる。
彼は決して自らを口にしない。見たままを口にせよと戯けて言う。容姿通りに、奇妙な男であった。
男の名はとある世界の極東の小さな島国に伝わる神なる獣の名。それがこの男のかつての名であった。
しかし、今その名前はない。その自分は既に砕けてしまっているから。彼の地、彼の街で。あるいは神々の箱庭ここで。
――もっとも。
――彼に名前がなくとも問題はあるまい。
――彼にとっては名など幾つもあるさほど意味のないものであるし。
――かつても、名を知る者は決して多くはなかったのだから。
例えば――
魔王連盟と呼ばれるようになる魔王のコミュニティの重鎮であるとか、特殊な“瞳”を持つ者たちの群体コミュニティの幹部であるとか、生と死の境界に顕現する大悪魔とその騎士であるとか、名と旗を奪われ散り散りになったかつての英傑たちであるとか。
あるいは――
殺人さえ厭わぬ犯罪組織の重鎮であるとか。闇深くで蠢く結社の頭脳であるとか。
人はその仮面の名を呼ぶ。
即ち、『バロン』と。 もしくは、『バロン・ミュンヒハウゼン』と。
ただ、不用意にその名前を呼んではならない。
命が惜しければ。
彼の仮面の奥を想像してはならない。
命が惜しければ。
あらゆる虚構を吐き出すというその男は、 月明かりを帯びたような髪色の兎耳を揺らす少女へと語り掛ける。
小さな部屋。ソファ以外には調度品は何もない。壁に囲まれた部屋。
暗がりの密室。結界ともいうか。あるいは封印とも。
男の格好とは不釣り合いな普通の部屋だ。100の血濡れの眼が、見つめるだけのただ普通の部屋だ。
静謐なる内向の間と人は呼ぶ。
かつて栄華を極めたコミュニティあるいは未知なる結末を求める男の余技にて作られた部屋。
己が全てを見つめるというその部屋で男は眼前の少女に語るのだ。
「さて。吾輩はここに宣言するでしょう」
――余計なる観測の開始と。
――無意なる認識の開始を。
――そして、異なる物語の幕開けを。
「これは、可能性の中にしか存在しえない儚き幻想に御座います。
しかし、あらゆる可能性はそこに確かに存在するのです。
至高なりしは我らが主。
男の声には笑みが含まれている。
対する何者かは無言。
「しかし、この世界において至高でありし者ですら、深奥の神にはまるで届きはしないのでしょう。
いずれ、彼の座には彼女が座るのでしょう。
唯一の懸念を申し上げるならば、彼女が解き明かしたヴァイスハウプト師の求めし方程式の在り処でしょうが、この観測においてはそれも必要のないもの。考慮すべきものではありませんね?」
男の声には嘲り我含まれている。
対する何者かは、無言。
「成る程。
そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう」
そうして、男は高らかに宣言する。
「さあ、我らが愛してやまない人間と下賤なる修羅神仏、悪魔の皆様。どうか御笑覧あれ。
――全ては、ここから始まるのです」
とりあえず一巻分の内容はこれで終了です。
相変わらず戦闘は難しいです。どうにかならないものか。調整が結構難しいですが、まだ一巻。このような勝利もあるでしょう。
そして、後半、甘粕とお爺ちゃんが出てきました。少女はオリキャラです。
甘粕がデモベ使ってますが、邯鄲でアニメ見て甘粕がよさそうだと思ったから使ったという設定ということにしておきます。つまりは、ノリです。
とにかく、ここでお爺ちゃんの超電磁形態をなんとかしてないといけないためなのです。二巻でノーネームが活躍できないので。
ちなみにお爺ちゃんの太極値は60の求道神です。
でも、お爺ちゃんしっかり書けるかな、書いてる途中でいっつもくらな君が出て来てしまうので色々と大変です。
二巻はまだ色々と決めてないので、何かご意見などありましたら気軽に書いてくださると嬉しいです。
では、また次回
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第二章 あら、魔王襲来のお知らせ?
1
ツッコミはあまりなしの方向でお願いします。
死。
かつての時代。死を考えると古来より
かつては死こそが始まりであり、終わりなどではなかった。忌むべき者ではなかったのだ。死というものは。
不思議なことに、それは全世界のどこにでも同じような話が存在している。それがある意味で覆ることになったのは1347年から1350年、つまりは14世紀の出来事があげられるだろう。
つまりは、
1347年から1350年にかけてミラノやポーランドといった少数の地域を除くヨーロッパ全土で流行し、当時の3割の人口が罹患して命を落とした死病。
当時は、ワクチン等の有効な治療策もなく、高熱と下痢を発症し、最期には皮膚が黒く変色し多くの人が命を落としていく様は、いかに人の命がもろく、現世での身分、軍役での勲章などが死の前に無力なものであるかを、当時の人々にまざまざと見せつけることとなったその病は人々の死生観に大きな影響を与えることとなった。
教会では生き残って集まった人々に対して「
だが、死への恐怖と生への執着に取り憑かれた人々には意味を成さず、その死者の怨嗟は次第にその当時の死生観を変えることとなった。
つまりは、死とは魔に取り付かれた結果であり、忌むべきものであるというものだ。寿命で死ぬよりも病で死ぬことの多かった黒死病流行による早死にの結果であろう。
そのため、それから幾許かの後、輪廻、再生、復活。これらの死生観は一時の間忘れ去られることとなる。
無論、後の世にて復活するものの、当時の死生観とはそういうものであった。それは、つまるところその当時八千万もの死者たちが行き場を失くしたことを意味する。
死の舞踏。八千万の死者はただ踊るばかりだ。黒死病を核として、それは神となる資格を得た。
それにより、八千万もの魂は、総体より切り離される結果となる。無論の事、その総体は巨大な蛇である故に、気が付かぬ。もとより、彼の蛇が望むのは女神だけであるがゆえに、その程度のこと気にするまでもない。
だからこそ、その八千万の怨嗟、怨念の霊群は箱庭へと堕ちる。願った怨嗟の重みが、ただ宇宙と成る可能性があることによって、完全に独立したのだ。その総体は八千万の霊群。燃料としての質は良くはなかったが量が量である。
だからこそ、それに方向性を与えてやれば良い。未だそれらは神足りえない。ゆえに。
「さんたまりあ うらうらのーべす
さんただーじんみちびし うらうらのーべす
きりやれんず きりすてれんず きりやれんず
おおぉぅ、あんめい――ぐろおおりああああす」
その蝿声が来る。異形の男。漆黒の男。虫が、蝿が散々飛び回っているかのような否応なく嫌悪感を催す声でしゃべる男。顔の見えない無貌の男。
神野明影。シンノカゲリ。
両腕を広げ、さながら扇動者の如く、その蝿声をまき散らす。
「さあ、起きる時間だよ。キミたちの恨み、素晴らしいそれを役立てる時が来たんだよ。
キミたちの恨み、晴らす相手、教えてあげるよー。
ほらほらー、死んだ恨み、晴らしたいでしょ? 晴らしたいよねー。でもだめ。教えないよ。それをすぐに教えちゃあ楽しみがない。
というか僕だって知らないから! あははは。
それにしても、キミたちも節操ないねえ。そんなに誰彼かまわず繋がっちゃって。バスターにビッチばかりじゃないか。いいねえ、いいねえ。ビッチ、ビッチ、ビッッチ! ああ、なんて良い響きなんだ。男なら、ときめかずにはいられないよねえ」
目覚めた。
いや、正確には起こされたというのが正しいか。というかたたき起こされた。嫌な声に。八千万もの霊群。かつて、太陽が眠りし時に死した者ども。神になり損ねた者たちが目覚める。
統結合され、誰が誰だか分らぬ中で、誰かになろうとして、誰かになった彼らの目の前にいたのは二人の男だった。男の形をした何かと大外套を纏った男であった。
「それにしても、これ役に立ちますかねえ主」
男の形をした何かがそう言う。起こしておきながらそんなことを言う。
それも当然だろう彼らの怨嗟すら
そもそも、これはそういうものではない。この蝿声は。
「どうだろうな。だが、どちらにせよ愉快だろう。これとて、その量は破格だ」
「あとは方向性ということですか」
「そういうことだ」
方向性。何せ、その総体八千万は統結合されてしまっている。それゆえに混沌としている。その状態は神野からすればかなりいい感じではあるのだが、混沌とした状態は神野のような者でもなければ全然有用な状態ではない。
なにせ、元が人であるかそれともそれ以外であるかの違いは差になるのだ。
甘粕が手印を結ぶ。
総体が身を結ぶ。ただ一つの姿へと。その瞬間、
「おほおおお!?」
神野の頭が消し飛んだ。
「うっさいのよ。人の頭の中で、ビッチ、ビッチ、ビッチ。あんた、それ以外に語彙ないの?」
絶対零度の視線で砕けた神野に向かって少女の姿をした何かがそういう。
「ないね」
蝿が集まり再び神野は元の姿に戻ると同時に再び砕ける。
「ああ、痛い、痛い。酷いなあ。本当のことを言ったまでじゃあないか」
「うっさい、キモいのよ」
「酷い、セェェジ! セェェジエモン! この子がいじめるよおーあははは」
「ええい、五月蝿いぞ。まとわりつくな蝿声が!」
いつの間にかそこにいた聖十郎の拳により神野が砕け散る。無論のこと、その程度で死ぬような悪魔ではない。次の瞬間には元通りになっている。
「ああ、酷い酷い。ちょっとー、僕の扱い酷くありません?」
「自業自得だ」
「自業自得ね」
「皆、仲がよさそうで結構結構」
「甘粕、貴様の目は節穴か」
「あんたの目、節穴じゃないの?」
「ふむ、これでも人を見る眼はあると自負しているのだがな」
いやそういうことじゃねえよ。というツッコミはさておいて、
「それで? この私を呼び出したからには何かあるってわけ?」
「さてな。呼び出したは良いが、特に何かしようというわけでもない。強制するつもりもない。ただ、お前たちの成したいことを成せば良い。在るのだろう。願いが。ここに堕ちるほどに願ったそれに俺は興味がある。
諦めなければ夢は必ず叶う。諦めなかったその果てに、お前たちは夢をかなえる権利を得た。さあ、成すと良い。俺はそれを応援しよう。八千万もの魂が願った復讐を。太陽への復讐を果たすと良い。それでは終われんのだろう」
「ええ、終われないわ」
少女の決意は全てを殺すことになりかねないというのに。人間賛歌を歌うこの男甘粕にとって、それは望むべくものではない。だが、それこそが望むものだろう。
死を与える者。それこそが彼女だ。とあるものを核として呼び出した彼女は純然たる神格として顕現した。生のままに神格だ。死を与える死の神だ。だが、これは
そして、不屈の思いでこの存在にまでなったそれを甘粕は好きで好きでたまらない。そういう輝きをこそ守りたいと切に願っているのだから。
そして、それ以上に、
「死の恐怖、死病の恐怖。それを乗り越える
ゆえに、折れてくれるな。我が友のように」
「あんたに目をつけてられた奴らに同情するわ」
「俺とて好きで殴りつけているわけではない。戦争も争いも好まんゆえに、それを自罰としている。そして、それ以上に乗り越えると信じているからこそ試練を与えるのだ。それから俺はお前のことも好いている」
「…………」
「死してなお、放り出されてなお、それでもお前たちは願ったのだ。己の死は認められない。生きたい。復讐したい。そして、それ以上にこの死は認められないがゆえに死を与えたい。
その果てに魔王になり、上をめざし、いつか誰かに討たれるとしても、構わない。
その覚悟、その勇気、俺ほど認めている者は天下におらんぞ。ゆえに、その覚悟を、勇気を燃やし続けろ。お前とて人だ。我も人、彼も人、ゆえに対等。
俺にできるのだ。セージもやっている。ならば、お前もできるはずだ。できんとは言わせん」
「呆れた馬鹿ね」
「良く言われる。さあ、始めようではないか。火龍の誕生祭だ。盛大に盛り上げるとしよう」
少女は呆れ。
べんぼうは嗤い。
逆十字は不愉快そうに顔をしかめて。
甘粕は大笑いして、暗闇へと歩みを進めるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――チク・タク
――チク・タク
「――さて」
男は言った。
それは奇妙な仮面を被った男であった。
道化の如き姿であるが、一世代前の西洋貴族のようでもある。
奇妙な人物。
仮面と服装は彼をそう思わせる。
彼は決して自らを口にしない。見たままを口にせよと戯けて言う。容姿通りに、奇妙な男であった。
男の名はとある世界の極東の小さな島国に伝わる神なる獣の名。それがこの男のかつての名であった。
しかし、今その名前はない。その自分は既に砕けてしまっているから。彼の地、彼の街で。あるいは神々の箱庭ここで。
――もっとも。
――彼に名前がなくとも問題はあるまい。
――彼にとっては名など幾つもあるさほど意味のないものであるし。
――かつても、名を知る者は決して多くはなかったのだから。
例えば――
魔王連盟と呼ばれるようになる魔王のコミュニティの重鎮であるとか、特殊な“瞳”を持つ者たちの群体コミュニティの幹部であるとか、生と死の境界に顕現する大悪魔とその騎士であるとか、名と旗を奪われ散り散りになったかつての英傑たちであるとか。
あるいは――
殺人さえ厭わぬ犯罪組織の重鎮であるとか。闇深くで蠢く結社の頭脳であるとか。
人はその仮面の名を呼ぶ。
即ち、『バロン』と。 もしくは、『バロン・ミュンヒハウゼン』と。
ただ、不用意にその名前を呼んではならない。
命が惜しければ。
彼の仮面の奥を想像してはならない。
命が惜しければ。
あらゆる虚構を吐き出すというその男は、 月明かりを帯びたような髪色の兎耳を揺らす少女へと語り掛ける。
小さな部屋。ソファ以外には調度品は何もない。壁に囲まれた部屋。
暗がりの密室。結界ともいうか。あるいは封印とも。
男の格好とは不釣り合いな普通の部屋だ。100の血濡れの眼が、見つめるだけのただ普通の部屋だ。
静謐なる内向の間と人は呼ぶ。
かつて栄華を極めたコミュニティあるいは未知なる結末を求める男の余技にて作られた部屋。
己が全てを見つめるというその部屋で男は眼前の少女に語るのだ。
「さて。吾輩はここに宣言するでしょう」
――余計なる観測の開始と。
――無意なる認識の開始を。
――そして、異なる物語の幕開けを。
「これは、可能性の中にしか存在しえない儚き幻想に御座います。
しかし、あらゆる可能性はそこに確かに存在するのです。
雷電の男もまた、再び舞台上に上がるのでしょう。巨龍の目覚めにはまだ遠いですが、これもまたそういうことなのでしょう」
男の声には笑みが含まれている。
対する何者かは無言。
「ただ何が起ころうとも我々には関係ありません。全ては可能性の中の幻想でありましょう。夢は夢、いつかは捨てなければならないのでしょう」
男の声には嘲り我含まれている。
対する何者かは、無言。
「成る程。
そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう」
そうして、男は高らかに宣言する。
「さあ、我らが愛してやまない人間と下賤なる修羅神仏、悪魔の皆様。どうか御笑覧あれ。
――全ては、ここから始まるのです」
今日はなんと私の誕生日です。また一歳、年を取ってしましました(´・ω・`)
というわけかはわかりませんが、このところ体調不良気味で、あまり執筆が進んでおりません。
リアルも忙しいので、更新が遅くなりそうです。
でも、最後まで頑張りたいと思います。
それで二巻目の開始です。これからも宜しくお願いします。
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2
今回は、日常と伏線回です。なので、外道は出ません。その上話も進みません。こんな体たらくですみません。
レティシア奪還より一ヶ月。
レティシアの処遇は、とりあえずメイドということに落ち着いていた。というのも、彼女を助け出した問題児四人、主に椿姫を抜いた三人による彼女の所有権の分配によりメイドをやることになったのだ。
死病の重篤者に何をさせているんだというなかれ。彼女の死病は完治こそ不可能であるが、その死病の格を超す椿姫の太極によってその状態にだけ固定化している。そのためこれ以上の悪化は一先ずは起こるはずもないためメイドとして働けている。
そんな彼女の朝の仕事は年長組の子供たちに交じっての朝食の用意と、
「うぅ~」
今現在、無理矢理起こして唸っている椿姫をなんとかすることだった。
「ほら、早く起きろ。朝食が始まってしまうぞ」
「ぅぅ~」
どうにも、この桜茉椿姫(おうまつばき)という少女はかなり朝に弱いのだ。起こさなければ自力で起きることなんてないのではないだろうかと思えるほどに。
そうやって起こしてみても、今目の前に広がっている光景と同じようにただ振り子のように左右にゆらゆらと揺れながら再び眠るか、唸り続けるかのどちらかである。
しかも、
「ほら、手をあげて」
起こしたとして、自分で着替えもままならない。どうにも動こうという意思はあるようだが、それに身体が付いていっていないようだった。
もぞもぞと動くばかりで、本当に朝は弱いらしい。そのため、レティシアのもっぱらの業務として彼女の着替えというものがある。
濡れたタオルで顔を拭いて、それから寝巻からの着替え。一ヶ月もやっていればさすがに慣れて、即座に終わらせることができていた。
「ほら、行くぞ」
「うぅ」
まだ唸っている。とりあえず、朝食の場にさえ付きさえすれば良い。そうやって食卓まで行かせれば、既に朝食は出来上がっている。
基本的に、ノーネームの食事は自由だ。そのまま部屋に配膳することもあれば、食卓で食べることもある。今回の場合、飛鳥と耀がそれぞれの部屋で朝食を摂っているらしく、この場にいるのは黒ウサギだけであった。十六夜は昨夜からジンと共に書庫にこもりっきりだ。
「おはようございます。椿姫さん」
「うぅ、おは、よう」
「あはは、相変わらず朝は弱いのですね」
「うぅ」
「とりあえず、いただきましょう」
そんな感じでノーネームの朝はそれぞれ自由に過ぎていく。
朝食のあとは基本的に自由である。コミュニティのことは子供たちがやるので、基本的に椿姫には仕事がない。
というか仕事を任せられない。皿洗いを任せれば皿を割る。洗濯をさせれば、びりびりに破る。料理をさせれば、この世のものとは思えないようなダークマターを生み出すなど、とりあえず家事全般ができないので、その手の仕事はなにもない。被害が甚大になるのだ。
そんな午前中、時折行われるゲームに参加したり白夜叉から来るゲームをしたりする日々であったが、今日は特に何もない。
白夜叉という存在を参考にして、魔王打倒コミュニティとしてジンを旗頭にして名声を稼ぐためにあくせくと問題児たちはゲームを戦って宣伝したりと働いていたわけであるが、この日は特に開催されるゲームもなく完全な休日であった。
「むう、暇?」
暇なのだ。椿姫は。レティシアも仕事で今はいない。いつも一緒にいるかと言えばそうでもなく、仕事で抜け出されたりする。それはそれで寂しい椿姫だが、一応、彼女のことも考えて無理強いはしていない。
よって完全な手持無沙汰であった。いつもならば、問題児三人の後ろにくっついてゲームに参加するか、レティシアに引っ張られてゲームに参加するかだったので、そのどちらもいない今はかなり暇だった。
趣味でもあれば良いのであるが、生憎と彼女に趣味と呼べるものは特にはない。誰かと一緒にいれればそれでいいのだが、子供たちは子供たちで仕事で忙しい。
「むぅ」
「あれ? 椿姫さま」
「ん?」
何をしようか考えていると、そんな彼女の背後から声がかけられる。振り向けばそこにいるのは狐耳の少女だ。
「え~っと、リリ?」
「はい、そうです。こんなところでどうかしたんですか?」
「こんなところ?」
はて、と周りを見てみると、そこはすっかり廃墟一色。いつの間にかこんなところまで歩いてきてしまっていたらしい。
「何も、考え事」
「考え事ですか?」
「暇、だから」
「お暇なんですか? それならお買いものに行きませんか。コミュニティの買い出しのついでですけど」
「行く」
願ってもない、と即座に椿姫は言った。
何度も言うが暇なのだ。だからこそ、椿姫はリリについていくことにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――2105380外門。ペリベッド通り
リリと共にやってきたのは通いなれたそこだった。今回行くのは商店街とも呼べる通り。ゲームに参加する際に何度か来たことがある通りであるが、それ以外の目的で来るのは初めてだった。
いろんな商業コミュニティの店があることがわかる。
「あれ、なに?」
「どれですか? ああ、あれは――」
始めてきたわけではないが、よく観察したことなどなかった。ゆっくりと見てみると意外にも面白いものが多いことが分かる。
箱庭由来の動植物などはその最もたるものだった。珍しいそれらに興味を持っては立ち寄ってそれをリリに聞いていく。
これも意外なことにリリは動植物に関しては詳しく、椿姫が興味を示すそれらについて答えることができていた。
ただ、どちらが子供なのだろうかという風な感じになってしまってはいたが。
「箱庭、面白い、楽しい」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「あっ、あれは?」
「どれです?」
何度目かになるその質問にリリが答えようとそちらを向くと、何やら人だかりができているようであった。
「えっと、あれはたぶん芸能系コミュニティの興行ですね。見たことない人たちですけど、たぶん、新興コミュニティの興行だと思います。サーカスと同じですよ」
「サーカス……」
そう呟く椿姫。言葉自体は知っているが見たことがないという風。
見れば、仮面の男がボールの上一輪車にのりその上でナイフによるジャグリングをやっている。その隣では、猛獣使いなのだろうか、ともかく黒い道化が猛獣に頭を後ろから噛み付かれながら笑顔で走り回っていた。
舞台の中央では鼻眼鏡に大外套を纏った男が様々なものをどこからともなく取り出して喝采を受けている。到底隠せないような巨大なものを出しては笑っていた。
「そこのあんたらも見たいなら見ていきなさい」
と、そんな風に見ていたからだろうか、12、3歳ほどのとんがり帽子を付けた赤紫の髪の少女が言う。どこか不本意そうな感じではあるが、それ以外は特に違和感などなく見ていくことを勧める。
「行く!」
「あっ」
さっさと行ってしまう椿姫。わき目もふらずというのはこういうのを言うのだろうというくらいの疾走だった。普段のとろくさい動きなどどこにやったのやら。というか、動けるなら普段から動けよと言いたいくらいのそれであった。
「何心配してるのかわかるから言うけど、お金なら気にしないでいいわよー。新興だから、宣伝替わりよ。見て宣伝してくれればいいわ」
「えっと、それなら」
とおずおずとリリも椿姫を追って席へと座る。サーカスも終盤にして佳境。それはそれは盛況に。
誰も彼もがこのコミュニティのサーカスを楽しんでいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そこは不思議な空間だった。さして広くも感じられないような漆黒の空間。いや、あるいは宇宙空間とでも言おうか。数多の輝きがそこにはあったが、まるで狭苦しい部屋のようにそこには限りがあるようにしか思えなかった。
そして、奇妙な事はもう一つ。上も下もないような場所で、数多の鳥居が複雑に組み連なっている。色もさまざま、形も様々なそれが組み合わさって連なって、無秩序な構造体を作り出していた。
いや、構造体ではないか。何の意味もない物体を形作っていたのだ。
「■■■■■■■」
声ならざる声にて、その空間に響く声。それは
そこにいたのは血の涙を流す異形だった。辛うじて人の形をしていることだけはわかるが、その瞳は赤く、黒く、憎悪に染まり、度を越えた憤怒によって血涙を流している。
それは、酷くおぞましい物だった。生きていることが不思議なほどにその肉体には亀裂が走り、その肉体を何かが蝕んでいる。そこまでしてなぜ生きているのかすらわからない。
いや、そもそもこれは生きているのだろか。もともといなかったものが無理矢理に己をつなぎ合わせている。そう考える方が自然だった。
そうして、わかるのは常人には理解できない域でそれが何かを願っているということ。純粋な思いだ。果たせなかった後悔というわけでもなく、悲嘆も、諦観も、悲憤すらもなく。そこにはただ、己を責める自責と自分自身を犠牲にする覚悟だけがあった。
「■■……」
ふと、それは視線をあげる。その先はただ虚空。されどそれの目には何かが見えているのだろうか。
「■■■■」
そこにある感情は嬉しさだったのだろうか。あるいは喜びか。浮かべていた憎悪とは違う何かがそこにはあった。
だが、再び視線を戻せば、そこに宿るのは憎悪だけだった。憤怒が噴出し、圧倒的な討滅の
「■■■、■■■■、■■■■■■■」
噴き出すのは討滅の意思。極大の何かに向けて放つそれは、しかして、その対象にすら気が付かれない。もとより、その対象が他人に気が付くことなどありえないが、それでも不快感は与えているはずだった。
気が付かれれば終わるだろう。そうでなくとも、その身は滅んだのだから。それをただ認められぬから繋ぎ合わせたに過ぎない。
――■■■■
ただ、それでも生かして帰すものか。必ず。いずれあれは彼女がいる限り成長し、そして、いつかこの庭と飛びだすだろう。そうなれば待っているのは破滅だけだ。
ゆえに、
「■■■■■■■■■■■■■■」
流れ出すのは祈り。ただ1人を思い続けるだけの祈り。ただ、誰かの幸せだけを願う美しき渇望。
認められない。一切合財の躊躇も躊躇いもない。ただの己の全てを差し出してでも、全てを引き受けよう。
どうか笑っていて欲しい。それだけが、願いなのだから。
だから、舞台の幕を上げよう。君のために、落ちて、堕ちて、墜ちて、どこまでも穢れてみせるから。
■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■
■■――
「■■■、■■■■■■■■■■■■」
そして、
「■■、■■■■■■■■■■■■■■」
人知れず、それは名を呟くのだ。
総てを包んでやりたいと無垢に微笑んだ女の名を。愛せば死ぬとわかっていながらも、自らの存在など比べ物にならぬほどその女を愛していたことをそれは今でも覚えている。
だが、哀れ、それは思い出せない。女の名も、繋いだ指の感触も、交わした逢瀬も、抱きとめた幸福も、何を語り何を託してくれたのか。一切合財みな総て死の瞬間に喪失している。
だが、それでも、己の生きる理由だけは忘れてなどいなかった。だからこそ、だからこそ、己の太極を開くのだ。
死ぬとわかっていても、それでも、
「■■■■■■■■■■■」
それは深き深淵で、ただ、人知れず戦う。愛しき何かを見つめながら――――。
さて、今回は軽い日常回。なんかどこかでみた三人組がなんかサーカスやってたように思いますが、気にしないで下さい。
後半は何か出てきましたが、とりあえず言えるのはこれはオリキャラだということだけです。
■の部分は二週目でないと聞けません(笑)。KKKをリスペクトしてこうなっております。
ネタバレでも知りたいという方がいらっしゃいましたら感想でもメッセージでも良いので言ってください。お教えいたします。
では、また次回。
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3
――数日後。
「…………ん……」
そこは不思議な空間だった。さして広くも感じられないような漆黒の空間。いや、あるいは宇宙空間とでも言おうか。数多の輝きがそこにはあったが、まるで狭苦しい部屋のようにそこには限りがあるようにしか思えなかった。
そして、奇妙な事はもう一つ。上も下もないような場所で、数多の鳥居が複雑に組み連なっている。色もさまざま、形も様々なそれが組み合わさって連なって、無秩序な構造体を作り出していた。
いや、構造体ではないか。何の意味もない物体を形作っていたのだ。
逆廻十六夜はそれを見た瞬間に夢だと確信する。夢とは記憶の整理であり、自身が見たことないものは見れない。
しかし、それはあくまでも現代でのお話。箱庭では何者かのギフトである可能性があるが、まさか、言っては悪いがこんな弱小コミュニティの為だけに夢に介入するようなことをしでかす者はいまい。
ゆえに、ただの夢だと思う。もしかすると、昨夜遅くまでノーネーム本拠の地下でひたすら未読の書籍を読み漁っていた為にこのような夢を見たのかもしれないと思う。
しかし、リアルな夢だと思う。所謂、明晰夢という奴だろう。しかし、故郷の町以外が出ることはほとんどなく、このような見知らぬ場所を夢に見るというのは久しぶりであり、心躍るものがあるのは確かなのだが、
「風情がねえよな」
そう言って視界の遥か先にあるものを見つめる。
『■■■■。■■■■■■■』
何かがそこにいた。夢の産物にしては異形に過ぎる。それは血の涙を流す異形だった。十六夜をしてそれの全容を認識することはできない。辛うじて人の形をしていることだけはわかるが、その輝く瞳は赤く、黒く、憎悪に染まり、度を越えた憤怒によって血涙を流している。
それは、酷くおぞましい物だった。生きていることが不思議なほどにその肉体には亀裂や皹が走り、その肉体を何かが蝕んでいる。そこまでしてなぜ生きているのかすらわからない。
いや、そもそもこれは生きているのだろうか。夢に整合性を求めるのは不可能だが、現実並みにリアルな夢とあって少しばかりそんな無意味なことを考えてしまう。
観察してみればわかるが、どうにも一度崩れたなにかが無理矢理に己をつなぎ合わせている。そう思えた。
『■■■■!』
そして、それが放つのは極大の憎悪の波動。
「ッ!」
その瞬間――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
眠りこけていた十六夜が目を覚ます。何か夢を見ていた気もするがすっかりと忘れてしまっていた。
「…………ん……御チビ、起きてるか?」
「…………くー…………」
「寝てるか、って、ん?」
「…………すやぁー…………」
いつの間にか、胡坐をかいた膝の上に椿姫の頭がある。
「おお、役得役得、まあ、御チビの方は俺のペースで読んでたから仕方ねえが、
「……むにゃ、もう食べられないよ、アルフレード……」
「幸せそうだな、おい。てか、アルフレードって誰だ……? まあいいか、しっかし」
ふむ、無防備に眠る少女というのは無性に悪戯がしたくなる。
「さて、ベタなところじゃ顔に落書きってところだろうが……」
生憎とペンがない。その上、椿姫に腕を掴まれて胸に挟まれた上に膝を枕にされ、ジンに肩に寄りかかられているこの現状。動くに動けない。
その代わりに良い感じに役得なので、このまま二度寝でも決め込もうかと思っていると、その時、十六夜の耳がどたどたと走ってくる足音を感じ取る。
「十六夜君、どこにいるの!」
「ん、お嬢様か…………――」
飛鳥が乱入してくる。とりあえずさっさと寝よう。という感じに二度寝を開始しようとした瞬間、散乱した本を踏み台に飛鳥が十六夜の側頭部へと飛び膝蹴り――別名シャイニングウィザードで強襲。
「起きなさい! ――って、ああ!?」
「んあ? ――んぎゃん!?」
十六夜へと当たるその瞬間、運悪く椿姫が起き上がった。飛鳥の膝の目の前に。結果、飛鳥の放ったシャイニングウィザードは椿姫の後頭部へとめり込む。
ただでさえ悪い寝起きを強襲されたことにより、受け身などもとよりとれるはずもなく、そのままの勢いで吹っ飛んでいく椿姫。
三回転半ほどしてから壁にべちんと激突してべちゃりと床に落っこちた。ぴくりとも動かない。
「………………」
「………………」
あまりの間の悪さに沈黙が場を支配する。
「え、ちょっ! 椿姫さん!?」
「うわ、飛鳥、さすがにこれはないと思うよ」
遅れて書庫に入ってきたリリと耀。リリはすかさず椿姫に駆け寄る。
「えっと、脈はあります」
「なら良いわね」
「いや、良くないですよ!?」
「あら、ジン君、起きたの。ならちょうどいいわ」
とりあえず生きていればいいのか、あるいは椿姫のその頑丈さは知っているからか。ともかく、飛鳥は特にシャイニングウィザードを椿姫に喰らわせたことなどなかったかのように腰に手をあてて叫ぶ。
「十六夜君、ジン君、緊急事態よ! 二度寝している場合じゃないわ!」
「おう、それはわかったが、とりあえず人を起こすのにシャイニングウィザードはやめとけ。椿姫は頑丈だからいいが、これが御チビだったら笑えないぞ」
「いやいや、椿姫さんでも駄目でしょう!?」
「いや、良く考えろよ御チビ俺らの中で一番頑丈なの
「人を盾にしようとしないでください! 十六夜さんなら受けても大丈夫でしょう!」
それはそうだが、それはそれだ。幾ら頑丈でも好き好んでシャイニングウィザードなんぞ喰らいたくない。そもそもなぜ起きぬけにシャイニングウィザードを喰らわねばならないのか。そんなのを喰らうくらいならば喜んでジンを盾にするだろう。誰だってそうする。
結果としては椿姫が受けてくれたので手間が省けた。ぴくりとも動いていないがあれで一番頑丈なのだ。攻撃力という面においては、条件をクリアしなければ飛鳥にすら劣るがこと防御ということになると椿姫は鉄壁を通り越しているほどに破格だ。
そんな彼女がシャイニングウィザードくらいでどうにかなるはずもなし。可哀想だとかそういう感情を抜きにすれば良い盾であろう。というよりはそれくらいしか彼女にできることがないのが残念なところなのだ。
「んで、こんな風にたたき起こそうとしにきたんだ。よほどの事なんだろうな?」
ジンをスルーして十六夜が飛鳥に聞く。そこには二度寝を邪魔された殺気が籠っているが二度寝を邪魔されたのは飛鳥も同じだったのでスルー。
結果、リリが怯えるだけであった。
「ええ、もちろんよ。これを読みなさい」
そう言って飛鳥が手渡すのは双女神の封蝋が施された招待状だった。開封されたそれを読む。
「双女神の封蝋ってことは白夜叉からか。なになに…………へえ、東と北の
「そうよ! 何があるかわからないけど、きっと楽しいはずよ! これは行くしかないじゃない!」
「ヤハハ、こんなことの為に俺は側頭部にシャイニングウィザードを喰らいそうになったってわけか?! おいおい、しかもなんだよ『北側の鬼種や精霊達が作り出した美術工芸品の展覧会及び批評会に加え、様々な"主催者"がギフトゲームを開催。メインは"階層支配者"が主催する大祭を予定しております』だと!? クソが、こりゃ是が非でも行くしかねえじゃねえか!」
「ノリノリね」
「ノリノリだね」
十六夜は獣のように身体を撓らせて飛び来て、いつもの制服に颯爽と袖を通す。準備は一瞬。やる気十分。
さあ行くぞ、と書庫を飛び出そうとしたところで
「さあ、行くぞ!」
「まっ、まま、待ってください!」
「そ、そうです! 待って下さらないと黒ウサギおねえちゃんが怒りますよ!」
すかさず止めるジンとリリであるが、
「「「だが断る!」」」
問題児三人が聞くわけもない。
「待ってくださいったら! うちのどこにそんな蓄えがあるんですか!? 此処から境界壁までどれだけの距離があると思ってるのです!? 散々黒ウサギからも大祭の事は秘密にと───」
「「「秘密?」」
あっ、しまったというジンの表情。だが、もう遅い。問題児はそのキーワードを聞いてしまった。この問題児たち、どこまで言っても自分本位である。そのため秘密とかによって蔑ろにされるたことを知ればばどうなるか。
そんなもの決まり斬っている。ゆえに、
「……そっか。こんな面白そうなお祭りを秘密にされてたんだね私達。ぐすん」
「コミュニティを盛り上げようと毎日毎日頑張っているのに、とても残念だわ。ぐすん」
「ここらで一つ、黒ウサギ達に痛い目を見てもらうのも大事かもしれないな。ぐすん」
ものすごくわざとらしい泣きまねで、ニコォリと笑みを浮べる。
隠す気のさらさらない悪意を前に未だ幼い少年少女はだらだらと汗を流す。哀れ、少年ことジン=ラッセルは
「よし、お嬢様、御チビ縛れ。簀巻きにして持ってくぞ。こいつがいれば白夜叉とも話しやすいだろ」
「“そこでじっとしてなさい”。
椿姫はどうするの?」
ここぞとばかりにギフトを使い覚えたばかりの亀さん系の縛り方でジンを縛りつつまだ気絶しているのかぴくりとも動かない椿姫を見ながら飛鳥が聞く。
「抱えて持ってくぞ。おいてったら一番面倒なのはたぶんこいつだ」
「それもそうね」
「じゃあ、誰がどっち持っていく?」
「私は無理よ」
「んじゃ、俺と春日部でじゃんけんでもするか。負けた方が御チビもってくってことで」
「絶対負けない」
そんなこんなで問題児一行は東と北の境界壁を目指すのであった。
ちなみに、勝ったのは十六夜だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――東と北の境界壁
――四〇〇〇〇〇〇外門・三九九九九九九外門
――境界壁・舞台区画。火龍誕生祭運営本陣
問題児たちが行動を開始するよりも幾分も前。
そこは赤い街だ。キャンドルスタンドが二足歩行で歩きまわり、色彩豊かなカットスタンドが煌めく黄昏の街。境界壁の影に重なるように設置された巨大なペンダントランプの朱色の温かな灯りが辺りを照らしている。
されど、どこかその男が立つ場所だけが深海の如く暗く感じられた。どこか見るだけで誰もを不安にさせるような男。
さながら重篤患者のような風情のあるその男。白のスーツとは真逆の闇を纏うかのような男、柊聖十郎は火龍誕生祭が間近に迫り賑わうこの街の中でどこまでも浮いていた。
されど、誰も彼に気が付かない。白昼堂々と道の真ん中でも歩いていようものならばサラマンドラの警備隊辺りに捕まりそうな男だというのに、誰一人として彼に気が付かない。
「こんなところで何をしている。逆十字」
その時、声と共に眩い光が迸る。
それは蒼色をした輝きだった。いつか見た輝きだった。
空の彼方に見えるもの。雷の輝き。
その輝きの中で腕を組む男が一人。腰には
棚引く黒い
彼は雷電だった。遠き空を駆ける光り輝く雷電であった。
「貴様か、
「生憎と、あの程度で諦める私ではない。それに、私はお前も救ってやりたいからな」
「ふん、殊勝なことだ。忌々しいんだよ、貴様を見ていると反吐が出る」
忌々しい何かを思い出したように顔をゆがめる聖十郎。
「俺を救う? なら寄越せよ、この世の全ては俺の為に存在している。お前も例外ではない。良いから奴らのように黙って俺の糧に成れ」
聖十郎の右手に空間をゆがめるほどの力が生じる。撃ち出されるエネルギー。それをテスラは躱す。
「………哀れな男だ。愛も情も、人の性に属するすべてお前は知っているだろうに。お前も、人の愛から生まれてきたはずだ。なぜ、それがわからない」
「愛は分かる。情も分かる。人の性に属するすべて、俺は余さず知っている。だが、俺は俺であるがままに鬼畜であるだけだ」
「…………」
「あるべきまま、あるべきように生きて何が悪い。お前たちは所詮、己というものを肯定できぬから下手な理屈を並べて悦にいっているだけだろう。
度し難い蒙昧な愚図ども。それならば俺が使ってやった方が幸せだろうが!」
「違うだろう。わからないならば、教えてやる。お前の救いは、それではないということを」
その言葉に呼応するように、ばちり、と空中を浮遊する白い男の周囲に雷光が迸って。
彼の首に巻かれた黒く長いマフラーが、生き物のようにうねりながら、雷電を瞬間的に増幅させていく。
かつての世界には存在しないはずの、とある機械のように、一気に膨大なエネルギーの”発電”を行う。
───そうして。
「
直後、膨大な電撃が、強烈な輝きが、真正面から振り下ろされ数秒後、鼓膜を突き破るような轟音とともに聖十郎へと突き刺さる。
だが、その程度では聖十郎は死なない。 五常・急ノ段。 その邯鄲は逆さ磔の十字を成し、六凶の内においても深度甚だ猛悪であるがゆえに。 戟法・楯法・咒法・解法・創法―――皆悉く魔人の域。極めし魔人である彼はこの程度では死なない。
もとより数十年もの歳月を死病と共に生きぬいた彼の願いは生きたいという原初の欲求に他ならない。ゆえにその
振り下ろされ槌は、光の欠片となって周囲に円状に霧散し、次々と消えていく。まるで花火のように。その中心で変わらず柊聖十郎は立っていた。
だが、誰一人、この惨状に気が付く者は、いなかった。
そして、ゆっくりと魔の手が忍び寄る。
第二巻の内容も順調に進行中。
外道も順調に暗躍中。
問題児も順調に行動中。
しかし、問題児たちの名声はガルドを倒していないので原作と違って魔王打倒のコミュニティだと全然宣伝できていないので別な理由で招待されています。
主に黒ウサギのおかげです。
外道共は聖十郎以外現在どっかでサーカス興行してます。
さて、だいぶ間が空いて聖十郎はこんなのでよかったかなと思う今日この頃。どうにも特典CDを聞きすぎて脳内に綺麗な聖十郎が出現しつつあるので、色々と大変です。
彼は現在北側で色々とやっております。
雷電おじいちゃんも色々と動いてますね。さて、どうなるかな。一応、彼の相手は聖十郎になります。なんかおじいちゃん=四四八にみえてきてしまって……。
しかし、勝てるのか、おじいちゃん……。
では、また次回。
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4
今更ですが、サブタイトルとかいりますかね?
――箱庭二一〇五三八〇外門居住区画・“ノーネーム”農園跡地
じゃりっ、と砂を踏みしめる音がむなしく響き渡る。見渡す限り廃墟。荒廃した土地が広がっている。これがかつて何よりも緑豊かで生命に溢れていた場所だと誰が信じるだろうか。
今や、それは過去の栄光であり、見る影も形もここには残ってなどいない。全て、奪われていた。その場所に黒ウサギとレティシアは佇んでいた。
「酷い物だな。本当に、いつ見てもそうだ。ここがあの農園区とは信じられん。砂と砂利しかないじゃないか」
地面の砂を手で掬いながらレティシアは呟く。
「ですが、白雪姫様もいらっしゃって、水の都合は付きました。これから農園を復活させて行けば良いのです」
「そうだな」
三年前とは比べものにならないほどにノーネームは落ちている。マイナスの負債は未だプラスにはならない。なにせ、プレイヤーが四名だけの彼らに頼り切った、いや、依存しているとすらいえるレベルで頼って現状なんとかなっているのだからプラスに行くはずもない。
水の都合はあれど、土地を復活させるのは莫大な時間がかかるだろう。なにせ、土地が死んでいるのだから。
それほどまでに強大な魔王。それでいて、足跡すら掴ませない。
荒廃した土地や居住区をみて、その力は時間を操作する類のものであると予測する。星の運行すら捻じ曲げる
まず間違いなく、箱庭最強クラス。かつて、時の運行を左右するほどの力を有した者は、かつて一人だけいた。
箱庭史上最悪のゲーム“ ”において、挑戦者を最強最悪に挑ませる為に己を犠牲にした神格。今はなき、最高神格の一人が、星辰すら止めてしまったという。
かつて八百万の大神の主神六柱がその総力を決して挑み、その背後に潜む最悪を倒してようやくゲームを終わらせることができたと彼女らは白夜叉から聞いている。
「…………」
「…………」
沈黙は、聞いた話を思い出したからだろう。そして、それに近いと思われる実力の魔王を倒せるのかという不安もあったのだろう。
だが、その一方で問題児ながらあの四人ならば何とかなるのではないかとも思う。
と、そんな時だ、
「黒ウサギおねえちゃん! レティシア様!」
そこにリリが走ってくる。
「どうしたですか? まさか、また十六夜さんたちが何かやらかしちゃったとか、ないですよね?」
「あ、あの、ええと、これを渡せと」
どうやらそうであるらしい。黒ウサギは覚悟を決めて開いてみる。
「ええと?」
それらを三人で見て、
「な、何を言っちゃってますか、あの問題児様方はああああああ!!」
黒ウサギの絶叫が響き渡った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
というわけでその件の問題児はというと、サウザンドアイズ支店で、ノーネームお断りを健気にも実行する店員を押しのけて、白夜叉の部屋へと突入し、さっさと北へ送れと要求を突き付けていた。
「いや、おんしら、あの招待状は黒ウサギあってのものだぞ? あの黒ウサギの豊満なBodyがあってこそだ」
「こっちにも豊満なBodyならあるぜ」
十六夜は白夜叉に背負っていた椿姫を突きつける。
「ほう! B88/W60/H89! これは、なかなか」
「見ただけでわかるとは、流石だな白夜叉」
「舐めるなよ小僧。今まで、幾人ものBodyを見て来た私だからこその技よ」
何やら変態共鳴が起きていた。
「おいおい、それなら俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」
「おい、覇吐、いつも言っているだろう。入る時は主人に断りをいれろとあれほど。申し訳ありません白夜叉様、この馬鹿が失礼を」
そこに覇吐と見慣れない女性が入ってくる。いや、女性というよりは少女だろうか。態度だけは一人前なチンチクリン。そんな印象を飛鳥と耀は受けた。
無論、十六夜は違う。
彼の額に一筋の汗が流れた。圧倒的だった。あの覇吐と同類だとかそんな次元ではない。あの覇吐がまともに見えるほどの次元。それほど隔絶した何か。
つまり、度し難い変態であると。
……いや、神格であると。十六夜は一瞬で視抜いた。それは同類が感じる圧倒的な渇望の表れだったのかもしれない。
「いや、おい、そこのお前」
「俺か?」
「そうだ。お前、今、ものすごーく、失礼なことを考えただろう」
「ああ、考えたぜ、和装ロリその2」
「そうかそうか、素直でよろしい。って、誰が和装ロリだ! しかもなんだ、その2って、まるで、私がそこらへんのモブキャラみたいな扱いではないか!」
むきーと怒り出す少女。いや、和装ロリその2。もとい八百万の大神が一柱御門龍水。
「そんな怒んなよ龍水。今日来た目的はそんなんじゃないだろ」
「覇吐に諌められた……、って、いの一番にふざけ始めたお前が言うな-!」
怒鳴って肩で息をしながらも、ひとまずは目的を果たすことにしたのか、まじめな顔になって白夜叉へ向き直る。
「白夜叉様、やはり北によからぬ者が入り込んでいると夜行様が」
「やはりか、ふむ……」
白夜叉は考えるように視線を彷徨わせて、十六夜とそれに抱えられている椿姫で止まる。
「(これはある意味僥倖かもしれんな)」
「北に私が赴くのもよいが、後手に回る可能性も考える必要があるとなれば」
戦力は多いに限る。
八百万の大神には東の留守を任せる必要があるため北に行かせるわけにもいかない。
「おんしら、私の頼みを聞くならば先の要求、北へ送ってやらんこともないぞ?」
「北に行けるならなんでもいいぜ」
「危険でもか?」
「あら、それこそ望むことよ」
「同意。コミュニティの宣伝になる」
「むーむむーむ!!」
さるぐつわをされて亀さん系の縛りをされているジンは不穏な空気というか嫌な予感を感じて騒ぎ始めるも、誰も彼のことを気にも留めない。
「よかろう! その心意気あっぱれよ。ならば連れて行こう」
「よろしいのですか白夜叉様、彼らは――」
龍水が本当に大丈夫なのかと問う。
感じる限り、彼らの実力は高くはないだろう。この箱庭において戦いにおいて重要となるのは個人の格だ。ただ一人椿姫ならば龍水が知る限り及ぶものがないほどの格を持っている。
だが、ほかは違う。太極にも至っていない者たち。素養はあるのだろう。だからこそ、ここでつぶしてしまっていいのかとも思う。
「問題なかろうよ。あくまでも保険であるし、何よりそこの十六夜は神格を殴り倒した童だ」
「確かに、それはそうですが」
「よいよい、ただ一人の格が隔絶しておるのだから問題なかろうて。それに、もう遅いぞ」
既にここは北である。そう白夜叉は告げた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――東と北の境界壁。四〇〇〇〇〇〇門。三九九九九九九門、サウザンドアイズ旧支店
熱い風が頬を撫でる。そこは既に彼らが見知った場所ではなくなっていた。いつの間にか高台に移動した“サウザンドアイズ”の支店からは、街の一帯が展望できる。
赤の街。赤壁と炎、それからガラスの街。
東と北を別つ天高くそびえる巨大な赤壁。境界壁。
「おいおい、こりゃまた……」
十六夜ですら驚くほどのそれ。
彫像されたモニュメント、ゴシック調の尖塔群のアーチ。巨大な凱旋門。
ああ、まったく、これは未知だ。そう既知ではない。
「はは、こいつは良いなおい。良い既知じゃねえもんを見たのはここに来て以来だ」
「すごいわ、なんていうか、言葉がでない」
「うん……」
「むーむー!」
「くく、気に入ってもらえたようで何よりだのう。じゃが、おんしら、これくらいで驚いておっては此れから先大変じゃぞ」
未知なるものに感動する十六夜。
遠目からでもわかるほどに色彩鮮やかなカットガラスで彩られた歩廊に瞳を輝かせる飛鳥。
黄昏の輝きを放つ街の匂い、音、風を感じる耀。
――だが、それに浸る余裕は彼らにはなかった。
「見ィつけた――のですよおおおおおおおおおおおおお!!!!」
轟音を響かせて、それは降ってきた。人型。それが黒ウサギであると三人は瞬時に察する。なぜならば、しっかりと彼女の特徴である耳が見えていたから。
ゆえに、その直撃を避けることに成功する。
「――うぎゃっ!?」
だが、咄嗟だったゆえに抱えていた椿姫を取り落とす。地面へと叩き付けられて驚くも彼女に傷はない。
そんなことよりもまずは気にすべきことがある。
怒髪天で怒る黒ウサギである。
「お嬢様、春日部! 逃げんぞ!」
十六夜は一番に逃走を選択した。少なくとも現状において、彼女を打倒するのは難しいと判断したのだ。
自らの実力ならば問題はないだろう。だが、飛鳥と耀を連れてでは不可能だ。ならば、別々に逃げる。それに限る。
だが――
「逃がしませんですよおおおおおお!」
有りっ丈を込めて跳躍した耀の足を緋色の髪を戦慄かせた黒ウサギが掴む。そのまま空中で彼女の体重を利用して振り回し地面へと叩き付ける。
もちろん、緩衝材として白夜叉を挟み衝撃を緩和することは忘れない。如何に怒り心頭であってもここで使い物にならなくなられは困るのである。
黒ウサギの思考は急速に考えを巡らせていた。白夜叉が何やら叫んでいるが無視だ。そんなことを考えている暇はない。だからこそ別のことを考える。
来てしまった以上は仕方がない。ならば、時点の妥協案を見つけることが肝要だ。
つまり、来たからにはノーネームの宣伝と有用なギフトを手に入れること。それが目的となる。それはレティシアも了解済み。
無論、こちらに来てギフトゲームをするという以上、それは彼らへの妥協点。彼らの妥協点ではない。彼らが黒ウサギに妥協しなければならない点は、ひとまず捕まり大人しくお説教を受けること。
そのため全力で彼らを捕まえること。それが目標。
「行きますよおおおお!!!」
まずは問題児筆頭たる十六夜を捕まえる。
飛鳥は彼ほどの身体能力はないため問題ない。十六夜に抱えられての移動であるが、いずれどこかで分かれるだろう。
そうなれば捕獲は簡単であるし、十六夜が妨害してこようが腐っても――別に腐ってもないが――月の兎であるのだ、十六夜くらい抑えて見せる。
だからこそ、失念していた。もう一人、問題児がいることを。能動的問題児ではなく受動的な問題児がいるということを。
そう、桜茉椿姫。彼女は問題を引き起こしはしないが、問題を連れてくる、あるいは問題の方がやってくる問題児であるということを。
既に、この場所からいなくなっていることを彼女は気が付かなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ここ、どこ?」
さて、ここはどこだろう。
椿姫は見たこともない通り、いや通路を人知れず歩いていた。十六夜の抱えられて落とされて、気が付けばよくわからないところにいたのである。
誰かに呼ばれたような気もするが、よくわからない。
どこか暗がりを思わせる。いや、ここは地下だろうか。光りの届かない、いや、光の少ない場所。いったいなぜ自分はこんな場所に来たのだろうか。
誰かに連れられて来たわけでもない。おそらくは偶然だ。偶然このような場所に落ちのだ。マンホール的な何かに偶然落ちたのだろう。つくづく運がないというか、誰かといると一人になってしまうのは変わらない。
椿姫は不安げにしながら、
「あすか? よう? いざよい? くろうさぎ?」
今最も近しい場所にいる彼ら名を呼ぶ。
――返答はない。返答はない。
暗がりに吸い込まれ、自身の声すら返ってこないのだ。
「…………」
――大丈夫、大丈夫
そう必死に、必死に心の中で唱えながら、彼女は歩き出した。
「ん……?」
と、いくら歩いただろうか、わからない、一分かもしれないしもっとかもしれない。実際はそんなに経ってすらないのかも。そんな感覚も曖昧になる暗がりで、彼女は白い何かを見つけた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
瞼を開けて――
彼は一瞬だけ、彼にあるまじきことではあるが、呆けた。
暗がり。北側につきものなキャンドルスタンドすらない。在るのは小さな妖精だとかが出す光だけ。うっすらとしたそれ。
自身がいた場所ではない。だが、そう離れてもいないだろう。彼はそう結論付ける。ならば、ここはどこだろうか。
地下だろう。おそらくは。あの戦いのあと、崩落に巻き込まれてしまった。不甲斐ないがそこで意識を失ったのだろう。
敵性存在はない。まだ生きている。そして、自分は仰向けに倒れている。
襟元は開かれていて、後頭部には柔らかな感触があった。
それはいつか感じたもので。ああ、またか、とも思ってしまう。
いや、すぐに彼はそれを否定する。違う。
不満そうにしながらも、それでも自分を送り出してくれた少女は、ただ変わらずにいるはずなのだ。こんな醜態を晒していてはまたいつかのように心配されて自分を追ってくるだろう。
相変わらず未熟な己に想うことはあれど、ひとまずは膝を貸してくれている誰かに礼を言うべきだろう。
そう思って、目を開ける。
おそるおそるこちらを覗きこんでくる黒い色の瞳がふたつ。あの男と同じ色だ。一瞬、あの男が自分を膝枕しているなどという酷い想像をしてしまったがすぐにそれは違うとわかった。
黒色が違う。あの男とは違う。もっと無垢で優しげな色をしている。
見つめ返して――
「だいじょう、ぶ?」
あの時の彼女と同じ言葉を少女に告げられた。
本当、遅くなり申し訳ありません。
リアルが忙しく執筆時間がなかなかとれないなかチマチマ書いてるので、これからも遅くなりそうです。
ゆっくり更新していきますので、これからも宜しくお願いします。
感想があれば気軽にどうぞ。嬉しくなって更新が早まる現金な作者なので。
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5
「だいじょう、ぶ?」
あの時の彼女と同じ言葉を少女に告げられた。それに多少苦笑のようなものを浮かべて、
「ああ」
「よか、った」
自らの助手である少女であればきっと大丈夫に見えません、とでも言うだろうが、この少女は違うようだ、とテスラは思う。
もちろん、
タイプが違う。それだけのことだ。
それに、タイプが違っても輝きは違わない。彼女もまた輝きを持っているのだ。
「えと、起き、れる?」
「ああ、大丈夫だ」
そう言ってテスラは起き上がる。
消耗はしているが、動く分には問題ないだろう。
立ち上がり、椿姫へと手を差し出す。きょとんとした彼女であるが、しばらく彼の手を見つめたあと、握った。
彼女の手を引いて立たせて彼女へと向き合う。
「改めて礼を言おう。おかげで、助かった」
「なにもして、ないよ?」
「それでも、助かったのは事実だ。さて、まずは地上に出るとしよう。いつまでもこのような場所にいるのは良くない」
地下道。どこか洞穴のようにも思える場所。暗がりには危険なものが出る。昔はそうでもなかったが、今はそう。特にあの男。邯鄲を手にした男が再び立った今は。
そういうわけで、二人は地上へと向かう。その時、
――轟音が響き渡った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
十六夜と黒ウサギが行っているギフトゲーム。ルールは単純だった。互いに触れた方が勝者。単純だ。それゆえに、勝負は地力が勝っている方が勝つ。
そういう勝負と相成っていた。
箱庭を創設、いや、今の箱庭を形成するに至った帝釈天の眷属である黒ウサギについて来れている十六夜とがである。
勝負になる次元に二人は立っていないはずだ。如何に黒ウサギが本気でないにせよ、これは異常であったが。
だが、それだけに黒ウサギもまた楽しいと感じていた。
本来ギフトゲームとは神々の遊戯。始めた動機は怒りであったり、懲らしめようとしたであったが、始まってみれば悪くない。
それは十六夜も同じようで、
「ヤハハ、楽しいなおい!」
「そうでございますね! では、捕まってくださいませ!」
「捕まえてみろよ!」
空中。足場のない場所に十六夜は追い込まれた。その瞬間、十六夜が時計塔を蹴っ飛ばした。巨大歯車の集合体たる時計塔は十六夜の蹴りによって吹き飛び、歯車の雨を降らせる。
「は? はあああああああ!?」
何が起きたのか一瞬フリーズする黒ウサギ。だが、即座に理解する。あのお馬鹿はやらかしたのだと。逃げられないならば捕まえられないようにすればいい。
うん、実に単純な論理である。わかりやすい。
で、どうしたか。
時計塔を蹴っ飛ばした。轟音と共に蹴飛ばされた時計塔は吹き飛び歯車が飛び散っている。このままでは見ている観客に被害が出るだろう。
何もしなければ。
そう、黒ウサギならば全てを迎撃することが出来る。それだけの武器を持ち、ギフトを持っている。何より、誰かの為になりたいという、月の兎の渇望は、危機に陥っている人がいればいるほど、その力を増す。
だが、そうすれば黒ウサギは負ける。瓦礫を排除している間に接近され、捕まる。
人を助けて勝負に負けるか。勝負に勝って人を見捨てるか。
月の兎が選ぶ選択肢などただ一つ。
そこまで計算しているとしたら実にあくどい。ある意味で信頼の裏返しともいえるか。こんな状況でなければ素直に喜ばしいことであるが、
「ああもう! このお馬鹿様あああああああ!!
形成――
月色の髪は緋色へと転じ、その手には雷電を放つ神具を形成する。帝釈天より授けられた秘術によって、形成されるそれ。
同時にそれを投擲しようと投擲態勢に入ったところで、
――轟雷が鳴り響いた。
それはいつか見た輝きだった。
己の持つ神具の輝きではなく、より鮮烈に輝きを体現する男がそこにいた。
箱庭において正義を成す男がただ一人、その身から発電を行い雷電を放ち全ての瓦礫を打ち砕いていた。
「やれやれ、だ若人たち。元気なのは良いことではあるが、限度を知るべきだ。それに、まずお前は力の使い方から知るべきだろう」
「あ、あなたは!? って椿姫様!? いないと思ってたらなんでテスラ様に抱えられてるんですか」
「むぅ、おろす」
「ああ、すまない。急を要するので抱えさせてもらった。大丈夫か?」
「もんだいない」
そんなやり取りをしているよそで、ちゃっかりと十六夜は黒ウサギに触れて勝利し、ニコラ・テスラについて聞いていた。
「うぅ、無効です、無効ですよー」
「そんなことよりだ。あいつはなんだ。相当できるな」
「えぅ、はい、彼はニコラ・テスラ様。雷電王、雷電公、ペルクナスと呼ばれる箱庭最強クラスの神格でございます!」
「へぇ、ってことは強いんだな」
「ええ、それはもう。私の疑似神格・金剛杵なんてめじゃないほどの雷電の力を――って、ちょちょっと! 流石に不味いです、いや、駄目ですから! 戦うのはなしです!」
「わかってるって、ちょっと拳骨を合わせてくるだけだって」
「いや、それアウトですからあああああああ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「まったく、何、さっきの音。びっくりしちゃったわ」
不意に轟いた轟音にびくりとした飛鳥。
彼女は黒ウサギに見つかったあとは十六夜と別々に逃げていた。
「でも、本当に綺麗ね」
硝子の回廊や、数多のキャンドルスタンドにステンドグラスは見たこともなく華やかだ。
戦後間もない頃を生きていた彼女には、見たこともないもの、食べたことのないものばかり。
実に退屈しない。
もはや逃げていることすら忘れて楽しんでいた。無意識のうちに下へ下へ。もっとも神に近く。神から遠く、それでいて呪いをその身に宿すがゆえに、それを自覚してないがゆえに、ここが■■と最も近い場所であるためにそこへと彼女は落ちた。
全てが黒に染まった。それに彼女は気づけなかった。
――いや、いいや。違う。気付けなかったのではない。気づけないのだ。
神ならぬ身では。黄金ならざる瞳では。
その場所がどこなのかすら気付けることはない。
そこは不思議な空間だった。さして広くも感じられないような漆黒の空間。いや、あるいは宇宙空間とでも言おうか。数多の輝きがそこにはあったが、まるで狭苦しい部屋のようにそこには限りがあるようにしか思えなかった。
そして、奇妙な事はもう一つ。上も下もないような場所で、数多の鳥居が複雑に組み連なっている。色もさまざま、形も様々なそれが組み合わさって連なって、無秩序な構造体を作り出していた。
いや、構造体ではないか。何の意味もない物体を形作っていたのだ。
ここに至って、彼女は何かを自覚する。それは二つの何かを。
そこには二つの何かが存在する。
そこにいたのは血の涙を流す異形だった。辛うじて人の形をしていることだけはわかるが、その瞳は赤く、黒く、憎悪に染まり、度を越えた憤怒によって血涙を流している。
それは、酷くおぞましい物だった。生きていることが不思議なほどにその肉体には亀裂が走り、その肉体を何かが蝕んでいる。そこまでしてなぜ生きているのかすらわからない。
いや、そもそもこれは生きているのだろか。もともといなかったものが無理矢理に己をつなぎ合わせている。そう考える方が自然だった。
そうして、わかるのは常人には理解できない域でそれが何かを願っているということ。
もう一つは、蹲り痩せ細った何かだ。燃えるような瞳が指の合間から覗く。それは、増悪を宿していた。
ただ一人であれば良い。他などいらない。討滅の意思。全てを消し去るという破格の意思。1人でありたという自己愛が吹き荒れていた。
ことここに至った今、彼女もまた気が付く。気が付くだけの素質を有しているがゆえに。
「え……?」
まず感じたのは莫大な圧力だった。二つの意思。二つの願い。己が持つものと同質のそれでありながら、それは遥かに隔絶していた。
流れ出す二つの意思。ぶつかり合い、喰いあっている。
「なに。これ」
聞いたことがある。似たようなものは。偽物のレティシアと椿姫が戦っていた時にこれと同じようなことが起きていたという。規模が段違いであるが。
『おーおーようやく、ここまできやがったかおせぇぞ。こちとら生き恥晒して待ってたんだぜ? まっ、これでようやく■が言ってた始まりにこぎつけたってこった』
「え?」
そこに新しく何かの存在を感じ取る。いや、何かの残滓だ。わからないほど小さい何かの残滓が彼女に語りかけていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
暗がり、暗がり、暗がり。
ここは暗がりだった。漆黒、そうとれるだろう。何せ、ここには何一つありはしないのだから。
いや、いいや違う。
「…………」
ここには少女の形をした何かがある。
死を思う者がある。
深き、深き、瞑想をしている少女。ペストと呼ばれる少女は、かつり、という音に閉じていた目を開く。
そこに立っていたのは男だ。見知った男。自らを呼び起こした男。甘粕正彦という人間だ。
「何か用?」
「いいや、用というほどの事はない。ただ少々見に来たまでのことだ」
「そう……。ねえ」
「何だね?」
「あんた、一回倒されたんでしょ」
「ああ、あれは痛快だったぞ」
「それ、負けた奴の台詞じゃないわね」
「そうかね? あれだけの準備をし、あれだけの覚悟で臨み、そして、敗れた。
全力だった。紛れもない全力で以て俺は奴に受けて立った。負ける気などなかった。
だが、
実に痛快だった」
そう語る甘粕は笑みを浮かべている。それがペストには理解できない。そもそも、この男、常人に理解しろというのが無理なのかもしれない。
いや、そうではないか。理解できるからこそ、理解できないのだ。
「人々の輝きを愛している。ゆえに劣化させたくないからこそ、試練を与える。理解できるだけに、理解できないわね。ほんと」
甘粕は肩をすくめる。それは自覚している。
「で? 敗れたのになんでまた今更動き出したの?」
「彼らが来たからだ。
ならば、俺が眠ったままでどうする。俺が立ちふさがらんでどうする」
かつてのようにはいかないかもしれない。かつてのようにはならないかもしれない。
だが、どうしようもなく期待してしまうのだ。
かつてと同じ敗北を。
そう、かつて前人未到を踏破して見せたあの勇気を。
もう一度見てみたい。
そう言って甘粕は――。
どうもお久しぶりです。
リアル忙しくて死にそうです。そのためクオリティ下がってるかも。折を見て改稿などしていきたいと思います。
とりあえず、今回は色々と伏線をばらまく回。そろそろ襲撃開始しようかなーとか思ってます。
牛歩更新ですが、頑張ります。ではでは。
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6
『ギフトゲーム名 『造物主達の決闘』
・参加資格、及び概要
・参加者は創作系のギフトを所持。
・サポートとして、一名までの同伴を許可。
・決闘内容はその都度変化。
・ギフト保持者は創作系のギフト以外の使用を一部禁ず。
・授与される恩恵に関して
・“階層支配者”の火龍にプレイヤーが希望する恩恵を進言できる。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームを開催します。
“サウザンドアイズ”印
“サラマンドラ”印』
春日部耀と桜茉椿姫は白夜叉によって薦められたギフトゲームに参加していた。
造物主達の決闘。製造者の存在する創作系ギフトを持つ者たちの祭典である。この北において過酷な環境に耐え忍ぶために恒久的に使える創作系のギフトが重宝されているのだ。
その技術や美術を競い合うためのゲームがしばし行われる。造物主達の決闘もその一つである。
耀の“
十分勝ち抜けるだろうと踏んでの参加であった。
また、桜茉椿姫も創作系のギフトを持っていた。それは彼女の左手にあるもの。ゴツイ篭手のような手袋に覆われた左手、そこには釘が突き刺さっている。
ノーネームの誰にも見せたことのない、生まれた時からそこにあるという釘は、製作者不明ながらも聖人の動きを止めることのできるほどに強大な恩恵である。
白夜叉にすすめれた二人は耀をメインに据えて、椿姫をサポートとしてギフトゲームに参加した。今行われている試合は、最後の決勝枠の争いであった。
相手は“ロックイーター”のコミュニティに属する自動人形《オートマター》、石垣の巨人であった。
「椿姫!」
「ん、とめ、る」
耀の掛け声とともに椿姫はその左手を向ける。手袋を外したそこには確かに白い釘が突き刺さっていた。耀はそれを一瞥して、彼女が力を行使するのを待つ。
その間、動かない二人に対して石垣の巨人がその巨大な腕を頭上へと振り上げる。そして、その体勢のまま動きが止まる。
耀はギフトによって跳躍力を兎へと変化させ、石垣の巨人の頭上へと跳躍し、その瞬間、瞬時に体重を象へと変化させ、落下の力と共に巨人を押し倒す。
轟音を轟かせて巨人が舞台へと倒れる。その瞬間、割れんばかりの歓声が巻き起こった。
『お嬢おおおおおおおおおおおおお!!!』
椿姫に抱えられていた三毛猫は耀の雄姿に雄叫びをあげていた。傍目にはニャーニャーと言っているだけだが、耀には聞き分けられたのだろう。彼女には聞き分けられたのだろう。目配せと片手をあげて微笑を見せた。
宮殿の上から見ていた白夜叉が
「最後の勝者は“ノーネーム”出身の春日部耀と桜茉椿姫に決定じゃ。これにて最後の決勝枠が用意された。決勝のゲームは明日以降の日取りとなっておる。亜遂行のゲームルールは……ふむ、ルールはもう一人の“
白夜叉がバルコニーの中央を譲る。現れたのは深紅の髪を頭上で結い、色彩鮮やかな衣装を幾重にも纏った幼い少女。
彼女こそが星海龍王の
炎の龍紋をと龍となり炎の如き情熱を燃やし続ける
華美装飾を身に纏った彼女は堂々と挨拶する。
「ご紹介に与りました、北のマスターたる・サンドラ=ドルトレイクです。東と北の共同祭典・火龍誕生祭の日程も、今日で中日を迎えることが出来ました。
然したる事故もなく、進行に協力してくださった東のコミュニティと北のコミュニティの皆様にはこの場を借りて御礼の言葉を申し上げます。
以降のゲームにつきましては、御手持ちの招待状をご覧下さい」
観衆が招待状を手に取る。書き記された文字が分解され、新しい別の文章を紡ぎだす。
『ギフトゲーム名 『造物主達の決闘』
・決勝参加コミュニティ
・ゲームマスター・“サラマンドラ”
・プレイヤー・“ウィル・オ・ウィスプ”
・プレイヤー・“べんぼう”
・プレイヤー・“ノーネーム”
・決勝ゲームルール
・お互いのコミュニティが創造したギフトを比べ合う。
・ギフトを十全に扱うため、一人まで補佐が許される。
・ゲームのクリアは登録されたギフト保持者の手で行う事。
・総当たり戦を行い勝ち星が多いコミュニティが優勝。
・優勝者はゲームマスターと対峙。
・授与される恩恵に関して
・“階層支配者”の火龍にプレイヤーが希望する恩恵を進言できる。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームを開催します。
“サウザンドアイズ”印
“サラマンドラ”印』
此れにて本日の大祭は御開きとなった。
日も傾き始め、巨大な境界壁の影から街が包み始める。黄昏時を彷彿させる街の装いは宵闇に覆われ、昼の煌めきとは別の姿を見せ始める。
月明かりを遮る赤壁の街は、巨大なペンダントランプだけが唯一の標としてゆらゆらと灯りを燈している。
悪鬼羅刹が魍魎跋扈する北との境界壁は、夜の街に姿を変えて目覚め始めるのだった。
そんな時、耀と椿姫以外のノーネームの面々は飛鳥を捜索していた。彼女はここに来て十六夜と別れてから姿が見えないのだ。
「どこへ行ったのでしょうか。危ないことに巻き込まれていなければ良いのですが」
「ったく、どこに行ったんだ?」
「それもこれも、十六夜さんが逃げたせいなんですよ!」
うがー! と怒髪天な黒ウサギであるが、十六夜はそれをスルーしつつ捜索を続ける。この手の捜索は耀が居れば早い。あの優れた五感はこういう時に便利だ。
「わかってるって、だから真面目に探してるだろ」
「そうなんですが、彼女に何かあったら」
「あいつも力がないわけじゃねえ。今は、信じて探すぞ」
「はい」
屋根の上を跳び回り二人は飛鳥を探す。しかし、一向に飛鳥は見つからない。日も落ちつつある今、ここで見つからなければ厳しいことになる。
「くそ、見つからねえ」
「そろそろあちらも終わったはずです。ここは、いったん耀さんと椿姫さんと合流して――」
「おいあれを見ろ!」
「あれは!」
境界壁を掘り進んで作られた洞穴の展示会場の前に飛鳥が立っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『――つうわけで? オレら今、大変なわけよ。あの糞野郎がいる上に、面倒な奴まで入り込んでいやがる。このゴミ箱、そうとうやべぇんだぜ? しかも、あいつはもう限界だ』
声が響いている。男の声だ。頭の中でそれは響いている。
知らない声だった。知らない声だ。けれど、それは不快なものではない。不快な声色ではあれど、その声事態に邪悪な気配は感じられないのだ。
『だからこそ、あいつに幕を引いてやってくれ』
もう一つの男の声。低い、まるで重戦車のような声が響く。
それに答えることは何一つできない。どうこたえてよいのかも。そもそも、これは答えを返すようなものではないのだ。
これはただの残滓だ。飛鳥の眼にもそれは明らかだった。消えかけた幽鬼と。それが今、響いている声の主だ。両の面を持った鬼と黒の甲冑が何かを言っている。
だが、飛鳥には何も答えることはできない。神ならざる身では。黄金ならざる瞳では。
声が止み、静寂が全てを支配する。その時、
「飛鳥さん! 飛鳥さん!」
「――え、あえ?」
黒ウサギに揺さぶられ、飛鳥の意識は覚醒を果たす。
「え、黒ウサギ? あれ、私……」
「はあ、良かった。見つかってほっとしました。いったいここで何をしていたのです?」
「えと」
黒ウサギに言われて、考えるが何をしていたのかわからない。何やら、頼まれたような気もするが、わからない。
「まあ、無事でよかったぜ、お嬢様」
「あら、心配してくれていたの?」
「ああ、黒ウサギがな」
「Yes! とっても心配したのですよ」
「そうなの、ごめんさい」
「とりあえず、戻りましょう」
三人はサウザンドアイズ旧支店に戻ってきた。
「ただいまですよー!」
「黒ウサギ、飛鳥、見つかった!」
「よかった」
「ちょ、ちょっと」
ひしっ、っと抱き着く椿姫に耀。抱きすくめられた飛鳥は困り顔だ。そこに白夜叉がやってくる。
「おお、無事であったか。よかったよかった。全員そろっておるようじゃし丁度良い。皆、集まってくれ。おんしらを連れてきた理由を話そう」
「ようやくか、気になってたんだ」
「? なんの話でございますか?」
黒ウサギが何の話ですか? という風に首を傾げる。
「そう言えば、黒ウサギは追ってきただけじゃから知らんか」
「俺たちがこっちにくる条件として、白夜叉を手伝うことになってんだよ」
「また、勝手に」
だが、やってしまったものはどうしようもなく。一先ずは話を聞いてみることにして、ノーネームの面々は白夜叉の部屋へと集まった。
「さて、何から話したものか。まあ、まずはこれを見てもらった方が早いかのう」
白夜叉が一枚の封書を差し出してくる。代表としてジンが受け取る。
「――そんな……」
内容を確認したジンの表情が絶望の色に染まる。
「ジン坊ちゃん?」
「おい、御チビ、何が書いてあった」
十六夜がひったくるようにして封書をジンの手から奪い、それを全員の前で広げて見せる。そこにあったのはただ一文。
『火龍誕生祭にて、“魔王襲来”の兆しあり』
ただの一文。だが、“魔王”という存在の意味をしる者にとって、それはまさに死刑宣告にも等しかった。
誰も彼もが絶句する。魔王という存在の理不尽を知る黒ウサギは絶句し、調べていた十六夜もまたいつになく神妙な顔つきで黙っている。
飛鳥や耀も魔王という存在についての危険性は聞かされているため、暗い顔をしていた。椿姫だけがきょとんとした表情をしている。
十六夜が鋭い目つきのまま、白夜叉へと問い返す。
「魔王とは、意外だったぜ。マスターの跡目争いだとか思ってたぜ」
「ククッ、おんし、そんなこと思っておったのか。まあ、確かにそうだろうな。魔王など早々予想できるわけがない」
「なら、なんでわかったんだ?」
「“サウザンドアイズ”は特別な瞳を持つ者が多くてな、幹部の一人が未来予知をしたのじゃ。そやつから誕生祭のプレゼントとして送られたのが、その予言というわけじゃ」
「なるほど、で? この予言の信憑性は?」
「石を上に投げて、下に落ちる程度には正確じゃな」
白夜叉のたとえに皆が呆ける。それも当然だ。石を上に投げれば落ちる。それは常識である。この箱庭に置いて重力を操る者は確かにいるが、それは恩恵の力であって、力を解けば石は下に落ちる。
自然現象として確立されているのだ。それは必然であり当然の現象である。ゆえに、その例えはつまり、予言は必ず当たると言っているも同義だった。
「それは予言か? 上に投げれば落ちるのは当然だ。未来予知なんかじゃなく、未来視だろそれ」
「あながち間違いじゃないかもしれんが。まあ、そこは重要ではない。重要なのは、魔王の襲来が必ず起こるということじゃ」
「なるほど、で? 俺らに何をさせようってんだ?」
「魔王が開催するであろうゲームの攻略じゃない。魔王とてこの箱庭の
「な、なぜ、それをノーネームに?」
白夜叉の言葉にジンが口を挟む。名前を奪われ、旗もないコミュニティになぜわざわざそのようなことをさせるのか。
「ふむ、まあ、そうじゃのう。覇吐たちに任せた方が確かに手っ取り早いのは確かではある。じゃが、あ奴らは私の留守を任せておるからのう。それに、早々奴らは動かせん。特に、この北ではな。
一人で対処できるかどうか微妙な線らしくてな、おんしらを呼んだわけじゃ」
「で、ですが……」
「まあ、いいじゃねえか御チビ。これはチャンスだ。御チビを旗頭にしたノーネームは、魔王討伐コミュニティとする。その初戦としては上出来なくらいだ。宣伝にもなる」
「……そうでしたね」
名と旗を、いつか取り戻すために。全ての魔王を打倒する。それが十六夜とジン=ラッセルで考えた、全てを取り戻す為の方法。
「わかりました、“ノーネーム”は魔王襲来に備えて、協力したいと思います」
「ふむ、まあ、そう気張ることも無い。魔王はこの私が相手をするからな」
「そうか」
どこか不服そうな十六夜。いや、何かを企んでいる顔だった。
「なんじゃ? 露払いでは不服か?」
「いや、箱庭の魔王がどの程度のものか見るのにいい機会だ。ただ――」
「ただ?」
「――ただ、どこかの誰かが、偶然、魔王と鉢合わせして、偶然、倒してしまうかもしれないが、良いよな」
十六夜はそう言った。
約一ヶ月ぶり、お久しぶりです。
はい、相変わらず忙しいながらもちびちびと執筆をつづけております。
今回はノーネーム中心の回でした。次回は、温泉回を予定してます。ええ、皆さま、温泉回です。
男祭りになるか、それとも女の子がうつるのかは不明。ただし椿姫ちゃんの裸はニートによって完全規制入っているので、無理かもしれません。
いや、予定は未定なんですけどね。
では、また次回。牛歩更新ですが、感想などくれると喜んで更新が早くなるかもです。
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7
キャラ崩壊、謎理論注意。
さて、話も終わったところで、白夜叉の部屋からノーネームの一団が出ると、そこには割烹着姿のいつもの店員がいた。
彼女は、ノーネームの一団を一瞥する。特に椿姫を。地下道にひょんなことから転がり込んでしまった上に、ギフトゲームまでこなした彼女は薄汚れている。
他の面々も似たような者で、暴れてしまったり皆少なからず汚れている。さて、それを確認した店員は、
「お風呂へ、駆け足、今すぐです――!!」
椿姫の首根っこをひっつかみ、ノーネームの一団を追いたてるようにして風呂へと叩き込み、八重歯をむき出しにして大一喝。
「いつまでも、そのような薄汚れた格好で、“サウザンドアイズ”の店舗の中にいることなど言語道断! 衣類は此方へ! 洗濯します! 解れは修繕します、新品どうようにして返して差し上げますから、感謝してください!
――はい? 一人で入れない? 誰かに面倒を見てもらいなさい! ――は? 任せる? 掴んでるからって――ああ、もうわかりました、さっさと行ってください! 店が汚れるでしょうが!」
追い立てられるようにして男子連中は男湯へ放り込まれ、女連中もそうされる前に湯殿に飛び込むようにして入り、あとから服をはぎ取られた椿姫を抱え、湯あみ着に着替えた店員が入ってきた。しれっと白夜叉もいるが、店員は気にしないことにした。
本来ならばノーネームにここまですることはないのだ。もう主人が今更客人と共にお風呂に入ることんど本当に今更なのである。
「まずは身体を清めてからお入りください。
さて、あなたは私が洗いますよ。良いですか、ほらかけますよ」
さっさと汚れを落としてしまおうと店員が桶で水を掬いかける。
ばしゃりと、かけると、あまり慣れていないのか、それとも熱いのかいや、いやと暴れる。
「んん」
「こら、暴れない。大人しくなさい。もう! 年頃の娘が一人でお風呂入れないって、どういうことですか! ほら、洗いますよ。まずは、髪からですからね、眼を閉じてなさい。沁みますよ」
「んん――」
椿姫の必死の抵抗も空しく、髪を洗われてしまう。
「あら、意外に手入れされてる。なんですか、ああ、あの生意気な少年が洗っていると。って、何をやらせてるんですか! 年頃の男に女の子が肌を見せるものではありません! というか、本当は嫌って、少年に洗われることじゃなくて、お風呂が嫌ってことですか!」
「カリオストロは――」
「――言い訳は言わない!」
「むぅ」
反論も駄目らしい。その頃にはすっかり観念したのか、もうされるがままである。この辺りの判断は早い。十六夜や黒ウサギに洗われる時もそうである。
逃げられないと観念すれば、あとは速く終われるようにされるがままになるのだ。
「けれど、結構、うまいこと洗っていたのですね。生意気ですねあの少年。んん、なるほど癖が強いのですね。だからこんなボサボサになる、と。ストレートにして差し上げましょう。
――はい? 気持ち悪いからやめて? ダメです。私が洗うからには完璧にして差し上げます。せっかく、綺麗なキャラメル色の髪なのですよ、勿体ない」
などと小言を言いながらも丁寧な手つきで髪を洗っていく。薄汚れていた髪はみるみるうちに綺麗になる。泡をお湯で流すと、長い髪を束ねてタオルで巻いてしまう。
「はい、髪はこれで良し。では、身体ですね。洗っていきますよ。まずは背中からですね。あ、こら、くすぐったいからって身体をよじらない。うまく洗えないでしょう! ……はい、良いです。次は前ですが、自分で洗えますか? 無理? はあ、わかりました、洗いますから、こちらを向いてください。
む、大きい。っと、ほら、手を出して、はい、次はばんざいしてください。――はい、良く出来ました。はい、お腹、あ、こら、動かない!」
最後にばしゃりとお湯で泡を流せば見違えるほどに綺麗になった椿姫がそこにいた。
そんな彼女らの様子を湯船から見ていた黒ウサギたち。
「あはは、椿姫さんのお風呂嫌いには困ったものですよ」
「まるで、あの店員さんがお母さんみたいね」
「うん、お母さんかも。というか、やっぱり大きい」
自分の慎ましやかな胸を見て、椿姫を見る。圧倒的敗北である。まあ、黒ウサギは大きいし、飛鳥もそれなりである。
少々、女としては落ち込む。
「あやや、耀さんは大きさを気にするのです?」
「あら、意外ね」
「いや、あんなのとか、黒ウサギのを見せられたらね」
「ああ、そうね」
確かに、と飛鳥が同意する。
「むむ、そうでございますか? 皆さまそれぞれ魅力がございますから、気にするほどのことはないと思うのですが」
「あら、良いこというわね黒ウサギのくせに」
「黒ウサギの癖に生意気だぞ」
「私が何かしましたか!?」
さて、そんなやり取りを見守る白夜叉はというと、
「ふむ……飛鳥は15歳とは思えん肉付きじゃの、鎖骨から乳房まで豊かな発育をしているのにヘソのボディラインには一切の崩れが無く、されど触れば柔らかな女人の肉であることは間違いなく、しかも臀部から腿への素晴らしい髀肉を揉みほぐせば指と指の間に瑞々しい少女の柔肌が食い込むこと間違いなし。
黒ウサギもそうじゃ。飛鳥以上にたわわに実った二つの果実はむしゃぶりつきたいほどの熟れ具合だというのに、ボディラインはやはり崩れなく、されど適度についた肉まさに女人のそれ。臀部は小さいながらも確かに詰まっており、揉みほぐせばしっかりと指の合間に柔肌が食い込む。甲乙つけがたいの。
じゃが、相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の耀の髪から滴る水が鎖骨のラインをスゥッと流れ落ちる様は視線を自然に慎ましい胸の方に誘導させられる。慎ましやかながらも、ボディバランスは良く、むしろ健康美に溢れて良い。
むむむ、これはこれは、ふほほう」
そこで一拍おいて、椿姫へと視線を移す。今現在、店員に洗われている彼女であるが、その姿はしっかりと見ることが出来る。むしろ、早く終わるようにだらりとされるがままの姿は何一つ隠されていない無垢な姿をさらしている。
寧ろ見ることが罪に思えてくる、そういう禁断の果実をかじってみるのを止められない。そんなことを思うのは神としてどうなのかという葛藤もあるが、今はやはり探求というなの至高の座へと至ることを考えるべきではないのだろうか。
つまり、椿姫や黒ウサギたちを見るのは探究であり、知の深淵へと向かう崇高な行為であるのだ。決して不純な動機があるわけではない。
やましい行為ではない。それどころか神としては、下々の者を観察し、無事に生活しているのか、そういうのを見守るのも崇高な仕事であるはずだ。
だからこそ、皆の健康状態を把握するのは義務であり、決してやましいことではない。そう、決して。
などとよくわからない自己弁明に走り、さっそくとばかりに椿姫に視線を動かした。
ただよう湯気の向こうを見る。はやる気持ちを抑え、湯気の合間から覗くその柔肌を見らんと目を見開く。
「お、おおお! 黒ウサギに勝るとも劣らぬたわわに実った乳房は実に見事。それでいて全体的に細く華奢でありながらも、身体バランスはまさに黄金比と言っても過言ではない。その肉体から醸し出されるのは色気というよりは母性か。むむむ、これまたタイプが違って、実にみご――たあ!?」
「白夜叉さま!?」
どこからともなく飛んできた桶にぶち当たり白夜叉が湯船に沈む。
大慌てな黒ウサギたちを尻目に、店員は椿姫を洗い終わった。
「はい、終わりです。では、私は出ますので――」
そう言って出て行こうとする店員を椿姫が掴む。
「ん、いっしょ」
「私も入るのですか? しかし――」
「ああ、良い良い、入って行け、良い物をみせてもらったからのう」
いつの間にやら復活してどことなく下品な顔を見せる白夜叉。
「はあ、わかりました」
そんなわけで、みんな楽しく入浴タイムであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さて、所変わって男湯。ジンと十六夜の二人は脱衣所でさっさと服を脱いでいる時、女湯との仕切りに顔を押し付ける男がいた。
ボロボロのローブを纏ったゆらめく影のような姿をした長髪の女のような顔をした何かだった。
「見えん。なんだ、この壁は。
私はこんなもの知らない。だが、私は諦めない。何度でも繰り返す。さて、さっさと撮ってアルにもっていってやろう」
などと言いながら壁をよじ登って行く男。
「よし、見えた。いた、お――――む、いかん、あまりの興奮で、意識が飛んでしまった。む、鼻血が。おや、アルの女神をそのようなよこしまな目で見るとは」
手に桶が生じ、それを投げた。
「さて、いつまでも脚本家が舞台にいるのはいけない。戻るとしよう。女神の黄昏は直ぐそこだ。どうか、私を許して欲しい。こうすることしかできない愚かしい私を。そして、どうか、彼を救ってほしい」
そう言って男は消えた。
その時、十六夜とジンが入って来た。2人はそのまま風呂に入り、そそくさと上がった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ、いいお湯ですね、我が主」
所変わりすぎて、もはやどこにいったのかすらわからない場所で湯船につかっている黒い男――神野明影。頭にタオルを乗せて、すっかりとくつろぎの姿勢である。本当にこいつ悪魔かという光景であった。
その隣には同じくタオルを乗せた甘粕がいる。己の肉体を恥じることなく誇示しているのはまさに日本男児といったところか。
「そうだな。これぞ我が国のもっとも偉大な文化と言える」
「ですよねー。セージも来ればよかったのに」
「フッ、そういうな。我が親友は、あれで照れ屋なのだ。きっと、我らがあがったとにこっそり入るに違いない。そんなことよりもだ、重要なことがある」
真剣な声色で甘粕が言う。何があるというのだろうか。
「この露天風呂は女湯と繋がっている。今、女湯にはペストがいる」
「主ー、“それ”なんか、すごーく、倒錯的というかー、犯罪的じゃありません?」
甘粕の考えを読み取った神野がそう言う。
「犯罪的行為こそ燃えるものがある。むしろ、壁が高ければ高いほど、燃えるというものだ。
犯罪的? 笑止! 男の熱いリビドーを抑え込み、牙を抜き無害な草食系が尊ばれる世の中など間違っている。そんなものは男ではない。俺は断じて、認めん。男ならば、女湯を覗く気概を俺に見せろォォ!」
「うわーなんかノリノリだよ」
「さあ行くぞ! 我が
壁に手をかける。この程度乗り越えることが出来ずして何が男か。世の男子は草食系と言われる。そんなものは男ではない。女と風呂に来て、覗かないなど男である以前に人としてどうなのだという話だ。
男であるならば覗け。女は見られてこそ輝く。
無論、そんなことが普遍的な事実であると述べるつもりは断じてない。だが、甘粕という男にとっては事実であった。見るのならばみられる覚悟はある。
ようは覚悟の問題なのだ。見られたくないなどというのは甘えである。常に見られていると意識し、己を磨くことことが肝要であるのだ。
常に、己を磨き上を目指す。諦めず夢に向かうように。それこそが人。我も人、彼も人。己はやっている。ならば、相手もそうだろう。
だからこそ、覗く。特別な力などいらない。ただ己の肉体のみで、高い壁を登る。どこにも掴む場所などありはしない。だが、それでもだ。
諦めない。絶対にあきらめない。諦めなければ夢は必ず叶う。
そして、彼は夢に手をかけた――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「嫌な予感がする」
女湯の中で、ペストは虫の知らせを感じ取った。嫌な予感。そう、嫌な予感がするのだ。
甘粕がいきなり風呂を作り出して、入っていることからして何やらおかしいというのに、ここにきてこの虫の知らせである。
良いことがあるはずがない。
「覗き、来そうよね、あいつなら」
あの男ならば来るだろう。あの男はそういう男だ。目の前に山があったから登る。壁があったから超える。あれはそういう男なのだ。
主人公的な男とでもいうべきか。あの男は魔王を自称しておきながらどうしようもなく主人公であるのだ。
だからこそ、こういう場合。男と女が風呂に入っている状態。そして、仕切りに区切られているという状態は、男の中では覗くという行為をしろと言っているものであると、結合された記憶の中に一つが告げている。
ならば、あの男は来る。あれは、そういう男だ。
「良いわ、来るなら来なさい」
別にみられたところで恥ずかしいなどと思うこともない。神格であるのだ。その精神はとっくの昔にそんな常人の思考から外れた場所にあるのだ。
ゆえに、隠すことなく壁へと向かう。
そして――。
感想もらえたので、頑張って書いてみました。
お風呂回。話はまったく進んでません。まあ、良いよね。
椿姫のサービスシーンはないと言ったなあれは嘘だ(キリッ!
しかし、どうしてこうなったと言わざるを得ない。テンション上がりすぎて自分でもわけわからないことになりました。
なんで、ノーネーム、男どもの描写失くして、甘粕と神野の風呂シーン書いたし。
でも、楽しかったです。
では、また次回。感想とかもらえると嬉しいです。
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8
コミュニティの名前を修正しました。
日は昇り、昨夜のあれやこれやの痴態もなかったことにして黒ウサギが舞台中央に立つ。これより始まるは決勝。『造物主達の決闘』。火龍誕生祭のメインゲーム。
黒ウサギは精一杯に息を吸って、
『長らくお待たせいたしました! 火龍誕生祭のメインギフトゲーム・“造物主達の決闘”の決勝を始めたいと思います! 進行及び審判は“サウザンドアイズ”の専属ジャッジで皆さま、お馴染み、黒ウサギがお務めさせていただきます♪』
宣言と共に満面の笑みを振りまく。そこは流石黒ウサギ、慣れたもので自慢の笑顔を振りまいた。すると、歓声というよりは、それ以上の奇声が舞台を揺らす。
「うおおおおおおおおお!! 月の兎が本当に来たあああああああぁぁぁああああ!!」
「黒ウサギいいいい! お前に会うために此処まで来たぞおおおおおおおお!!」
「今日こそスカートの中を見せてもらうぞおおおおお!!」
「そうだこれが、漢というものだ! 溢れんばかりの情熱。これこそが俺が守りたいものだ! 行くぞ、
『うおおおおおおおおおおお!!!』
割れんばかりの熱い情熱を迸らせる観客たち。燦然と輝くのは『L・O・V・E 黒ウサギ❤』の文字。それを先導する何者か。
黒ウサギは笑顔を見せながらも、へにょりとウサ耳を垂れさせて怯む。敵に怯むことはないが、これは怖い。とてつもなく怖い。それに邪だ。
いや、邪というよりは純粋すぎるのだ逆に。純化された感情は力となる。ここはそういう世界であるのだ。そのため、非常にどころか、相当怖いもののここで引くことはできない。
『さ、さあ!』
若干声が上ずったことは見逃すことにしよう。
『それでは入場していただきましょう! 第一ゲームのプレイヤー・“ウィル・オ・ウィスプ”のアーシャ=イグニファトゥスと、“べんぼう”の神野明影です!』
歓声と共にプレイヤーたちが舞台上に上がる。異色なプレイヤーばかりであるが、お祭りの高揚はそのあたりの違和感を抜かしてくれる。
まずは“ウィル・オ・ウィスプ”のアーシャ=イグニファトゥス。ツインテールの髪と白黒のゴシックロリータの派手なフリルのスカートを揺らしながらも愛らしく壇上へと上がる。
それに追従するのは轟轟と燃え盛るランプと実体のない浅黒い布の服を纏う、人の頭の十倍はあろうかという巨大カボチャ――ジャック・オー・ランタン。
「YAッFUUUUUUUUUUuuuuuuu!!!」
「おーおー、盛り上がってるねえ。ね、セージ♪」
反対側から現れるのは闇そのものという風の黒い男――神野明影と白のスーツとは真逆の闇を纏うかのような男――柊聖十郎だ。
特に聖十郎の方は忌々しげな様子だった。
「ふん、下らん。なぜ、俺がこのような糞の役にも立たないゲームなどというものに参加せねばならん」
「えー、いいじゃないかーセージィ。ボク、一人で出るの寂しいーんだよー、あははは」
「毛ほども思っていないことを言うな蝿声が」
「あはは、何を言うんだいセージ。ボクほど、人恋しいと思う生き物は、いないって言うのに」
「お前ら、私を無視すんなー!」
そんなくだらない言い争いをしていて無視されたアーシャは怒り心頭である。
「おい、審判、さっさと始めろ。一秒でもこんな場所にいたくもない」
『へ? あ、は、はい! で、では、皆さまご静粛に! これより白夜叉様より、舞台に関してご説明があります』
しんと静まり返った舞台。
「協力感謝するぞ。――さて、それではゲームの舞台についてだが……そうじゃのう、皆の衆、手元の招待状を見てほしい。そこに、書かれているナンバーが四四八〇になっておるものはおるか。おればコミュニティの名を叫んでおくれ」
ざわざわと観客席がどよめき、
「ここにわよ。“楽園の創造”のコミュニティが招待状を持っているわ」
先ほど観客を先導していた男の隣に座っていたとんがり帽子を付けた赤紫の髪の少女が招待状を掲げている。一瞬で、その前に移動した白夜叉が御旗と招待状を確認する。
「ふむ、おめでとう。おんしはどのようなゲームが見たい?」
「そうね、初戦だし、単純な決闘が見たいわ」
「ふむ、そうじゃのう。よかろう。決勝の舞台は決定じゃ! それでは皆の者、御手を拝借」
白夜叉に倣い、観客も全員が手を前に。そして、柏手一つ。
その所作一つで、世界の全てが一変した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
変化は劇的であった。どこまでも堕ちていくかのような感覚。聖十郎や神野からすれば慣れたような感覚だ。夢に入るような、そんな感覚。
それが終われば別の場所に立っている。巨大な石橋の上であった。その上に、四人は立っていた。
ついで、四人の間に亀裂が走り、そこから現れた黒ウサギが“
『ギフトゲーム名 『石橋の上の決闘』
・勝利条件 一、対戦プレイヤーの戦闘不能
二、対戦プレイヤーのギフト破壊
三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)
・敗北条件 一、対戦プレイヤーが勝利条件を一つ満たした場合。
二、上記の勝利条件を満たせなくなった場合』
「――以上、“
その宣言がなされゲームが始まる。
誰もが、どのような戦いが繰り広げられるのか、楽しみでしかたがなかった。誰もが決勝の舞台へと目を向けている。
誰もがこれから誇りある戦いが繰り広げられるであろうことを、疑っていなかった。
――ゆえに
「下らん」
「え――」
――誰もが、開始とともに起きた光景を認識できなかった。
少女の影がばらばらと、崩れ落ちる。だるま落としさながらに、脚が、腰が、胴が、首が、アーシャの全身がばらばらと、ばらばらと。
迸る鮮血を撒き散らし、発崎となった身体がゴミのように橋から捨てられ、ぽちゃり、と水に落ちた音を響かせていく。
「――ああああああああああぁぁァァッ!」
ジャック・オー・ランタンが慟哭する。幼子を死なせた業火と不死の烙印を持つ幽鬼が哭いている。
誰も彼もが、その光景を信じられない。何らかの幻覚のギフトか。本当は死んでいないかもしれない。だが、その場に残る血が、撒き散らされた臓物が、ああ、何もかもがリアルすぎる。
そんなものを観客全員に見せ続けられるほど目の前の男は強力な格を有しているだろうか。そもそも、白夜叉にまで、そんな光景を見せられ続けることなど不可能だろう。
ゆえに、これは現実であると全ての者に、伝えている。
「あーあー、やっちゃったよセージ」
「遅かれ早かれこうなるのだ。ならば、さっさとやってしまえば良いだろう。この俺の時間を無駄に使うことなど許すものか」
「貴様らああああ!」
ジャック・オー・ランタンが聖十郎へと詰め寄る。
「何をそう憤っている。俺はゲームのルールに従っただけだ。対戦者の戦闘不能。見事に満たしただろう」
「殺す、ことなどなかった! まだ、子供だ」
「何を言いたい。どうして阿呆のように吼えている。皆目見当がつかんぞジャック・ザ・リッパー」
「――なぜ!?」
聖十郎の解法の透によって、ジャック・オー・ランタンの正体などとっくの昔に暴いている。この場において格を制限されたジャック・オー・ランタンなど見通すのは容易い。
「あーあー、ツマンナイナー。せっっかく、期待してたのに、こんなつまんないのがジャック・ザ・リッパーだなんて。幻滅だなー」
蝿声が嗤う。
抑えていた全てを彼は解放した。空間が爛れる。橋が汚染される。全てを糞の便所に落としたかのように。正常であった空間が、爛れ腐り落ちていく。
「馬鹿な! ありえん! なぜ気が付かなかった!」
その事態に白夜叉が叫ぶ。だが、もう遅い。
――創界が成る。
空が歪む。大気が軋む。黄昏、朱き街が見えざる手でかき混ぜられていくかのように、全てを内包した舞台区画そのものが陽炎のように揺らめき始めた。
「さあ、ペスト、舞台は整ったぞ」
想像を絶する域で紡がれる甘粕の創法は、全てを超えて空間を組み上げていく。並行して発動した解法は障子紙のように白夜叉の世界と彼女が魔王対策で施した全ての術を貫き、全ての者をペストのいる場所へと導く道筋を創り上げた。
夢も現実も関係なく。かつてのように、時代も、並行する別宇宙の事象にさえも手を伸ばす。盧生とこういうものであると、見せつけるように、そして、かつてのと同じく教えるように。
「さあ、お前たたちの描く
石垣の街が現れる。
ここではないどこか。異界は箱庭の全てを呑み込むほどに巨大でありそして、そこに響くのは祈りだった。
死を願い、死を与える神格のイノリ。
「死よ、死こそがただ一つの救済
間もなく全ては死にゆき苦痛は消え去る
私をただ死なせてくれれば良い
私自身に死を与えるよう、願ってくれれば良い
なのに、お前はもう一度、生に舞い戻れと言う
この上ない苦痛に満ちた日々に戻れと
これがお前の礼ならば、私は奉仕しよう
終焉をもたらし、あなたの苦悩を終わらせてあげる
その傷口に剣を突き立てて
深く、深く、柄が見えなくなるまで
苦悩諸共、殺してあげる
それこそが、この上ない救いの奇跡だから
――太・極――
神咒神威――神霊・黒死斑の魔王」
刹那、世界の全てが死に絶えた。
感想を燃料に創造を発動しました。
少々短いですが、切りが良かったので今回はここまでにします。
さあ、外道が動きだし、ついに物語は佳境を迎えることとなります。
果たしてノーネームはこの自体を解決することが出来るのか。それは作者にもわかりません(おい)。
ちなみに、聖十郎がアーシャバラバラにした時にどうやって近づいたのかというと、宣誓が読み上げられている間に解法つかって近づいてました。
では、また次回。
感想などありましたら気軽にどうぞ。感想は燃料になり、創造が持続します。
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9
日は沈み、落ちて消え、瞬く間に世界は夜となっていく。月齢を無視した銀盤の満月が空を覆い、周囲に血臭と腐臭が充満する。
未だ、朝という時分でありながら、そこは既に真夜中へと転じていた。
辺りを這い回っているゼリー状の粘塊は、人体から搾り出し、あげく何百年も放置したような血と臓物。常人であるならばその臭気に脳が溶けてしまうだろう。
この腐り果てた血の海で、真っ当に呼吸していたならば須らく常人は狂っていたに違いない。
「始まったか」
その男は全てを見ていた。極東風の純白の軍服に身を包んだ若い男。長く黒いマフラーを首に巻いて、腰と手に、機械の帯を捲いた世界の敵。
理由があったとはいえ、見ていることしかできなかった己を責めながら。まったく、どうしてこう自分は、と。
いいや、それは言い訳だ。それに、心配はいらない。あそこにはあの少女がいるのだ。錆びた黄金。赤銅の華。一人の寂しがり屋。彼女ならば、心配はいらない。
ならば、自分は自分のすべきことををすれば良い。
状況は良いとは言えないが、それは問題ではない。今や自分には救うべき輝きが星のように存在するのだから。
今までとは比較にならない、圧倒的な虚脱感が全身を蹂躙している。だから、どうした。
――だから、どうした。
その程度で止められていると思っているのならば、括目するが良い。これが、雷電。これこそが雷電。この程度、この夜で、自然の空から振り注ぐ翠色の雷電を止められるというのならば止めてみるが良い。
白い男は不遜に立っている。腕を組み。その身に雷電を纏って。
その前に立つのは金髪の吸血鬼。紅く、朱く、赤くその瞳を輝かせ、
「吼えるなよ死にぞこない。
レティシア=ドラクレア。かつて見た箱庭の騎士。一見すれば洗脳の類を施されているようにも思えるが、直感的に違うと分かる。これが今の彼女にとっての中庸。
かと言って姿が同じだけの偽者とはどうしたって思えない。発言、そして存在感があまりにもリアルだから。これは紛れもなく本物であり、そして同時に本物ではない。
「ふむ、確かに。あの男にやられた傷は手痛いものだ。だが、私は負けない。今や、私には尽きることのない輝きがある。ならば、負ける道理などあるはずがないだろう」
そう負けるはずがない。己には、尽きることのない
ならばこそ、今こそ、見せよう。己のイノリを。
「私の犯した罪を
彼女ほど知っている者はいない
私がこの世に望みをつないだ理由も
彼女がいたからこそだ
愛を込めてお前の笑顔を思おう
人はもっと自由でなくてはならない
この輝く両眼で希望の憧れを心に燃やして
その瞳を見つめ、お前の声を聴こう
お前の想いを伝えてくれ
この生が続く限り、この空が続く限り
お前の勇気を称えよう
――太・極――
神咒神威――天翔る雷電の王」
――雷電が輝いて
――轟雷が鳴り響く
――それこそが彼の輝き
白き男はいつか見た輝きとなる。まさしく、正しく。それは彼であり、雷電であった。雷電であり彼であったのだ。
中空へ浮かぶ5本の剣状の発光体。雷電で形成されており、実体があるのは黒色の柄部分のみ。
「そうか。ならば、枯れ果てろ」
一気に出現した杭、杭、杭。ここは奴の胃、腹の中——何処からでも出現する杭の数は、もはや数えることすら出来ないだろう。
十本? 百本? 千本? いいや、万を超えて生い茂る薔薇の夜。
飛んでくる杭も、繰り出される拳も、蹴りも——目視することはほぼ出来ない。深い闇が保護色となり、攻撃の筋を隠している。
「遅い」
だが、それら全て魔人の域でしかない。常人であれば、例え残像であろうとも見ることすらできないほどの速度域。
だが、そう、だが、しかし。白き男にとっては、まったく問題ではない。持前の高速思考すら、今や必要ないのだ。
なぜならば、彼は雷電であるから。
――閃光が走る。
吸血鬼が繰り出す攻撃全て、彼には届かない。閃光となった彼には。
雷速。それは光と同速。つまりは、光速。例え、吸血鬼となり、基本性能が向上しようとも、光を超えて動くことなどできはしない。
光の剣はひとりでに舞って、吸血鬼へと襲い掛かる。
縦×1。横×1。斜×1。突×2。
発雷とは異なる弧描く光剣は、自在に、握る者もなく次々に襲い来る。時に同時に、時に呼吸をずらしながら。
だが、人ならざる吸血鬼。この程度では、死なぬ。何より。ここは彼女の夜。彼女の森。吸い尽くした魂はいかほどあるのか。
それらすべてを殺し尽くすまで彼女は止まらない。
「止めよう。そして、元の場所に帰るが良い」
言葉に呼応するように、ばちり、と空中を浮遊する白い男の周囲に雷光が迸って。
彼の首に巻かれた黒く長いマフラーが、生き物のようにうねりながら、雷電を瞬間的に増幅させていく。一気に膨大なエネルギーの”発電”を行う。
───そうして。
「
膨大な電撃が、強烈な輝きが、真正面から振り下ろされる。
「――!」
彼女の反応は早い。男ほどでないにしても、彼女もまた超常の存在である。また、ここは彼女の異界である。
その中を自在に移動することなど雑作もない。男の背後、死の荊棘が割れ開き、中から金髪の鬼が現れる。
血が滴る杭を生じさせ、放たれる。
だが、当たらない。それもそうだ。雷速である。だが、それでいいのだ。避けたその場所。ばちりと帯電するその場所に女は既にいる。
放たれる拳。闇にまぎれ、それを見ることはできない。それでも、
「無駄だ」
その拳は空を切る。
彼の両手に嵌められた機械籠手(マシン・グローブ)には新たな輝きが宿り。
「痺れるでは、済まされんぞ」
帯電する男の右手。
「
周囲一帯を呑み込む閃光を生む。
「グアアアアアアアァァァ――――」
焼ける。焼ける。焼ける。
吸血鬼が焼ける。炎の如き雷電の熱。火、銀、光、流水、、十字架、腐食。火に分類されるだろう焼ける痛み
いかに不死を謳い、どれだけ生き汚さを発揮しようと、この衝撃に耐えられるはずがない。女が血を吸う鬼である以上、世界唯一の本物だと自負する以上、絶対的な理からは逃げられないのだ。
そもそも、地力という面において、両者は隔絶していた。彼女が行使した創造と彼が行使した太極。その隔たりは大きいなどという言葉では言い表せない。
まさに次元違い。次元の低い相手は高い相手になにをしようとも意味をなさない。帝釈天が法をしいている現状において、それは不変的法則ではなくなってはいるが、世界の法則である以上、全てを変えることはできない。
値にして30。それほどの差であれば覆すことは可能だ。ただ、それは彼女がもう一つ上の段階であればこそだ。
彼女が流れ出して言れば。真に神格であったのならば。この結果は覇道である彼女に分があっただろう。
しかし、結果として夜が朝へと戻る。吸血鬼は跡形もなく消えている。死んだというわけではあるまい。あの状態であれば死はさほど意味をなさない。持ち主が死んでいないのだ。持ち物が死ぬということはない。
「さて、時間を使いすぎた。急ぐとしよう」
あの男を止めるため、男は再び閃光となる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「オオオオオオォォォォオオオオオ――――!!」
地獄の劫火を有する幽鬼が咆哮する。それは、奪われた者が順当に奪った者に抱く怒りという感情であった。
もはや、人を導く者は狂ってしまった。怒りの中でも感じるのは討滅の意思であり、そして、それは根源的な恐怖からきている。
理解不能。だからこそ、怒りというヴェールに包み込み、そして、立ち向かう。
柊聖十郎という人間を前にして、正気を保てる者などそうはいない。何せ傍から見れば生きているのが不思議なほどの病人だ。健常に生まれた者にとってその身は凶兆そのものであり、否応無く死を感じさせる存在なのだから根源的な恐怖を抱くのは自明の理だろう。
だからとて、誰もが知る子供好きであり、子供に愛せれていた悪魔であるジャック・オー・ランタンが子供に対する非道を許せるはずもない。
それに、
「なぜ、それほど憤っている。まったく理解が出来んぞ」
性根が腐りきっている。いや、固より、うまれた時からそうなのだから、腐っているという表現は正しくない。これこそが柊聖十郎であるのだ。
「お前など人ではない!」
「フン、ルールに従ってやったというのに、その言いぐさ。まったく程度が知れる」
やめろ、しゃべるな。それ以上、その汚らしい口を開くな。
放たれる白の拳。されど、それは柊聖十郎を傷つけることはない。
完成された体術。数十年、生涯をかけて研鑽された体術によって、ジャック程度の拳など柊聖十郎を害することはない。
「なんだ、それは、まったく話にならんぞ。この俺の手を煩わせているんだ、せめて俺の役に立て」
持っているのだろう。ならば、出せ。奥の手、お前の全てを出せ。出すが良い。
「……わかりました」
瞳の中に憤怒を滾らせ最後通牒の様に問う。地獄の劫火のように燃える怒りの中で、なぜ、この男はこのようなことをするのだろうかという疑問をぶつけるて。
「なぜ、このようなことをするのです。何か原因があるのですか」
「あるわけがないだろう。俺は生まれたままに鬼畜であるだけだ」
「……無垢な子供の心を踏みにじって、その良心に何一つ訴えるものが無いのですね?」
「何度も言っているだろう屑が。あるはずないだろう。俺の役に立たない塵に何を思えというんだ。阿呆か貴様」
「そうですか……ならば、是非もないッ! お前は“ウィル・オ・ウィスプ”の御旗を前に一番やっちゃいけねぇことをした!!!」
子供を守ることを掲げて来た“ウィル・オ・ウィスプ”にとって討たねばならない仇敵がそこにいた。
「いざ心して受けろ! この私オレの“パンプキン・ザ・クラウン”の試練を‼」
『ギフトゲーム『JacK the Monster』
参加条件 一、幼子の殺傷履歴のある者。
二、幼子を理用して悪徳を働いた者。
・参加者 柊聖十郎(ゲームの妨害をするものは殺害化)
・ゲームマスター ジャック・ザ・リッパ―
勝利条件 一、主催者“パンプキン・ザ・クラウン”の打倒。
二、歴史を紐解き"ジャック"の謎を解け。
敗北条件 一、参加者はゲームマスターに殺されると敗北。
二、ゲームマスターは己が何者かを暴かれる度に力を失い、最後は敗北する。
宣誓 参加条件を満たした者に執行する限り、この試練が正当であることを保証します。
“聖ペテロ”印』
ジャックはカボチャの頭蓋から炎の中心で佇み、やがて人の姿になっていく。真紅のレザージャケットと野獣を思わせる荒れた亜麻色の長髪。そして両手には血塗れのナイフを逆手に構え、殺気が充満した瞳。
そこにいたのは誰もが知っている陽気な笑い声を聞かせてくれたカボチャの紳士では断じてない。
深淵を見たような鋭い眼差しは“契約書類”に記された殺人鬼そのものだ。
切り裂きジャックジャック・ザ・リッパー。かつてイギリスを震撼させた連続殺人鬼がそこにいた。
「
その手に握るナイフをジャックが聖十郎へと振るう。
極限の体術がそれを躱す。
「なるほど、それがお前の奥の手とやらか」
危機的状況に落ちているはずの聖十郎はされど、笑みを崩さない。さも、滑稽なものを見るかのような余裕を持った暗い瞳は、まったくもって変わらない。
極大の殺意、極大の怒りを放つ殺人鬼を前にして、紛れもない強者を前にしてこの男は何一つ眉一つ動かさない。
「死に晒せ!!」
血濡れのナイフは炎に包まれ、斬撃は一直線上にあった全てを薙ぎ倒す。
流石の柊聖十郎もそれは喰らう。だが、極限の資質を持つ魔人の男がこの程度で倒れるはずもない。楯法の活によって受けた傷はみるみるうちに修復される。
「なるほど、先ほどの紙切れで、己を晒すことによって自身を強化するのか。良いぞ、それを俺に寄越せ」
柊聖十郎は看過する。ジャックの力を。“主催者権限”。実に面白いものだ。魔王が持つ者。そして、聖十郎が持っていないものだ。
――羨ましいぞ、そいつを寄越せ。
ゆえに、柊聖十郎は己の夢を駆動させる。ジャックが己に抱く怒り、そして、その中にある彼に対する興味が、協力強制となる。
「
刹那、ジャックは聖十郎の背後に、逆さ十字を見た。それは残虐の限りを尽くされ、血肉も魂も尊厳ごと奪い取られて吊るされた刑死者の磔。
そして、その瞬間、ジャックは地面へと倒れ伏す。
「カハッ――!?」
血を吐く。身体が何かに蝕まれている。
――理解不能。
何をされたのかすらわからない。
「やはり、最初から奪えはせんか。まあいい、全てを奪い尽くすだけだ」
見えざる手がジャックへと伸ばされる。それに触れられた瞬間、ジャックの腕が消える、脚が消える。内蔵が消える。
奥へ、奥へと伸ばされる手。肉体が
そこでジャックは気が付く。
相手の力は奪う事だと。そして、何かを押し付けることであると。何を押し付けられているのか。ジャックにはわかる。
病だ。死病の病。白血病、末期癌、脳腫瘍etc.。ありとあらゆる死病。不治の病が肉体を犯していく。今の今まで健常であった己の肉体が膿、腐っていく。
「ガアアアアアアアアァァァ――――」
怨嗟に満ちた絶叫が、埋め込まれた病巣から精神汚染まで引き起こした。そして、犯された精神すらも柊聖十郎は蹂躙する。
意識が、記憶が、全てが奪われていく。奥へ、奥へと。更にその奥へ。精神、記憶、心、そんなものはいらないとばかりに乱雑に、ただ奥へ、魂の奥底へ、そこにある全てを奪うために、柊聖十郎は手を伸ばす。
そして、全てを奪い去って行く。
逆さ磔にされたジャックだけが、残る。あとには何も残らない――。
感想来たので頑張りました。感想は励みです。ありがとうございます。
しかし、流石に深夜まで書くと眠い。
さて、今回は72歳とジャックさんがバトル。そして、ジャックさん散るの巻。
確か外道はこんな感じで良かったはず。良かったよね? 一応、見返したけど、これで嵌るはず。
しかし、ジャックさん逆さ磔されちゃったし、ちゃくちゃくとノーネーム強化フラグが折られていっている気がしないでもない。
次回は飛鳥と耀の番ですね。ここからは怒涛のバトル展開です。バトルは正直苦手です。
一応、飛鳥の相手は神野さんです。
耀はまだ決めてませんが、聖十郎でも良いかな。確か、原作で耀さん病で倒れてたし。
十六夜は椿姫と共にペストと戦ってもらいます。黒ウサギは耀が聖十郎と戦って負けたら、そのあとに聖十郎と戦ってもらいます(ゲス顔)
まあ、そのあたりは未定。白夜叉の描写とかいろいろ入れるかもしれません。真打はまだまだ来ません。
甘粕さんはラスボスなので今回も様子見。
では、また次回も宜しくお願いします。
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10
気が付くと、そこは見知らぬ街のどこかであった。どこかの屋敷の中。こんな状況でなければゆっくりと見て回りたいものであるが、周りに人はおらず、ただ一人で久遠飛鳥は立っていた。
ここに来る前の状況。最悪と言っていい惨状。惨たらしい死の現状。死を覚悟した。死が広がって行く感覚。あれはまさしく死そのもの。
あの中で死に呑まれたはずだ。死んでいなければおかしい。だが、生きている。ゆえに、これは敵が施した何かであると彼女は察することが出来た。
だが、この状況で彼女に何ができるのだろうか。ふと、気が付くと部屋の中には茶器がある。ここでお茶会でもするのだろうか。まさか、そんなはずがないだろう、とそう思っていると。
虚空から響くものがある。
「さんたまりあ うらうらのーべす
さんただーじんみちびし うらうらのーべす
さんたびりごびりぜん うらうらのーべす
まいてろきりすて うらうらのーべす
まいてろににめがらっさ うらうらのーべす」
それは蝿声。無数の蝿が飛んでいるかのように煩わしく、汚らわしく、汚らしい声で、歌われる。地獄の底から響く声。あるいは、地獄で叫ぶ悪鬼の声。
いや、いいや。違う。そうではない。そんな
飛鳥は知れず身構える。来る。絶望を演出するものが来る。
顕れたのは異形の男。漆黒の男。虫が、蝿が散々飛び回っているかのような否応なく嫌悪感を催す声でしゃべる男。顔の見えない無貌の男。
神野明影。
両腕を広げ、さながら扇動者の如く、その蝿声をまき散らす。それは悪意の集合体。身構えた身体が動かない。
だが、この男に屈することをプライドが許さない。
「やあ、飛鳥ちゃん、いらっしゃーい」
さながら何人もが輪唱しているかのような声で神野はそう言った。
「……あなた、何者なのかしら。ただものじゃ、ないようだけど」
「んふふ、そんな気丈にふるまっちゃって、セージがやったこと見て、動揺してるのに、まったく、可愛らしいねえ、君は」
「……ただものじゃあ、ないみたいね」
絨毯が腐っている。銀装飾が溶け崩れている。それがただそれがいるだけで床と壁面に亀裂が走り、そこから汚らわしい黄ばんだ粘液がじくじくと滲み出ていく。
これが普通であると言われたら、この世界は終わりだろう。
音が聞こえる。キチキチと、それは蟻が顎を擦り合わせるかのような軋みの音。
空気が震える。わんわんと、それは蝿が飛び回っているかのような無数の震動。
怖い、汚い。おぞましい。
にやにやと笑っている双眸のみが異彩を放つ。だが、そのコントラストは芋虫がのたくっているかのようにしか思えない。
悪魔。そうその言葉がしっくりと来る。これこそが悪魔。人が描いた悪魔のイメージが具現化した存在。まさにそう、真に悪魔というものだろう。
そこでふと、彼女は遥か昔に聞いた話を思い出す。祖父に聞いた、話を。
『よう聞いとけや。よいよ、真面目な話じゃけえ、これだけは、聞いて覚えとけ。
第八等廃神・蝿声厭魅。壊され、燃やされ、廃棄された神仏。廃神、祟りそん中でもやれん相手じゃ。実質的な被害言うん意味じゃったら、空亡の方が上じゃが、おまえに関わるならおそらくはこっちじゃ。
八百万の神々の中でも役に立たん糞野郎じゃけえのう。おるだけで、全て腐らす悪意の塊。そんなヤツじゃ。そう難しゅう考えんと、てきとーにやれや。それで案外うまくいくもんじゃけえ
まあ、何があろうとこのわしの裏は神じゃろうが、仏じゃろうが絶対取れんがのう』
もうほとんど掠れた記憶の中で、煙管を加えた祖父はそう言っていた。全てを腐らせるような悪意の塊。まさに目の前の男ではないか。
ならば、これは、自分が相手をするべきということなのだろうか。
「ん? どうかしたのかい? そんなに熱くボクを見つめるなんて。もしかして、惚れちゃった?! 困るなー、ボクには、心に決めた人がいるんだー。でも、どうしてもっていうなら、先っぽだけなら、付き合ってあげてもいいけど~ あはははっ」
「気色悪い男ね」
「お褒めに与り光栄の至り。さて、ほうら、飛鳥、そんなところに座ってないで、こっちに来て一緒にお茶でもしよう」
「おあいにく様、あなたのような方とお茶をするほど私は暇でないの。早くみんなを探して合流しないといけないから」
じりじりと、背後へと下がる。あの男の傍になど一分一秒でもいたくない。だが、逃がしてはくれないだろう。
自分には十六夜や耀のような身体能力などないのだから。だから、
「“動かないで!”」
己の恩恵(ギフト)を用いる。忌避している力もこの場においてはそんなこと関係なかった。ここから逃げる。そのために用いる。
だが、
「う、動けな――なーんちゃって♪ 何かしたかい?」
「え……」
ギフトが効かない。確かに自分は己の力を行使したはずだ。だが、効果を発揮しなかった。思い出すのは黒ウサギとの会話。
格が上の相手には力が通じないという事。つまり、あの相手は自分よりも格上であるということ。己の力は通用しない。
つまり、自分には戦う力ながないということ。己の存在意義が揺らぐ。そして、その揺らぎを神野明影は見逃さない。
そして、彼に力を行使した。ゆえに、行使されるのも道理。揺らぎを利用して、その奥底へといともたやすくそれは入り込み、全てを見るのだ。それこそが悪魔。彼女が思う、人の心に入り込み、人を惑わす悪魔という偶像その物。
もとより、人の無意識から生まれた悪魔という存在。ゆえに、それは正しく悪魔である。それくらい容易い。
「へぇ、随分と良い御身分だったんだねぇ、飛鳥。君が命じれば、なんでも思い通り。生まれた時から、勝ち組。いいねえ、いいねえ」
「な――!」
「さぞ、いい気分だったんだろう? 生まれながらにして特別。誰もが彼もが、キミに跪く。まさに女王様じゃないか。ねえ、どんな気分だったんだい? 人を意のままに操るっていうのはさあ」
「その口を今すぐ閉じなさい!」
悪魔は嗤う。ああ、面白い、面白いと。実に良い。実に好みであると。
こんな相手ほど
「恵まれた自分。特別な自分。人とは違う自分。そして、そんな自分が大っ嫌い。自分は望んでない力をもらったヒロイン気取り。
こんな力いならいの、こんな力ない方が良い。私は、こんな力なんて望んでないの。私を見てほしい。
自覚がある分、辰宮のお嬢様よりはマシだけど、自覚がある分、気取ってるよねえ」
「やめなさい! ――」
「おっと、うんうん、ボクの役割は、これじゃあ、なかった。
屋敷が消える。その代わりに、川底に沈められる。土砂崩れが起きる。飛鳥は、それに飲みこまれた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「飛鳥? 椿姫? 黒ウサギ? 十六夜?」
春日部耀は一人で見知らぬ場所に立っていた。最後にできたあれ。そう死が広がって行くのを見た。全てが死に包まれたはず。それがここにいるというのはどういうことか。
いや、そもそもここは死が広がる前に出来上がった空間だ。どこかの街。古い街だ。少なくともどこかの外国の街をもとにしているのだろう。石造りの建物などあまり見たことがないため、どこかはわからない。
「匂いは……する。黒ウサギのだ。こっちか」
己身体能力を駆使して、彼女は街の屋根へと飛び乗って匂いのする方へと向かう。黒ウサギのほかに感じたのはあの、アーシャを殺した男の匂い。
否応なくあの光景が脳内にちらつく。それを振り払うようにして耀は走る。
「急がないと」
耀は屋根の上を駆けようと足を踏み出した瞬間、手には黒の“契約書類”。
「ハーメルンの笛吹き男? ――え?」
そして、世界から音が消える。目の前にはあの男がいた。周りに五体バラバラにされて、森の繁みの中や木の枝から子供を吊り下げている。
狂気がそこにはあった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「この状況は、まずいです、まずいですよ!」
月の兎が街を駆ける。その手には黒く輝く“契約書類”。死の霧と共にばらまかれたそれ。そして、それを掴んだ瞬間に場所が移動した。
『ギフトゲーム名『The PIED PIPER of HAMELIN』
・プレイヤー一覧 現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画にて存在する生者
・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター 太陽の運行者 星霊 白夜叉
・ホストマスター側勝利条件 一、全プレイヤーの屈服及び殺害
二、真実の伝承が砕かれること
・プレイヤー側勝利条件 一、偽りの伝承を砕き、真実を示せ
宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
“楽園の創造”印』
参加プレイヤーが生者。黒ウサギの耳で感知できるのは“サラマンドラ”の頭首であるサンドラ、ノーネームの一団と白夜叉くらいだ。そう、つまり、それ以外は全滅したということだ。
最悪以外の何物でもない。というよりは、あれほどいた観客も“が死に絶えたということその事実の方が重くのしかかる。
「おい黒ウサギ!」
「十六夜さん!」
と、屋根の上を跳躍しているところで十六夜と合流できた。
「おい、これは魔王が来たってことで良いんだよな」
「はい、この黒い契約書類が証拠です」
「なるほどな、……偽りの伝承を砕き、真実の伝承を示せ。ギフトゲームの題名から考えてハーメルンの笛吹き男か」
「ええ、そうですね」
ハーメルンの笛吹き男。グリム兄弟を含む複数の作者によって記録された民間伝承で、この伝承は、おおよそ1284年6月26日に生じたと推定される、ドイツの街ハーメルンの災厄について伝えている。
「ってことは、ここはハーメルンの街になるわけか?」
「おそらくはそうでしょう。まさか、それ以外の場所を舞台にするとも思えません。一筋縄ではいかないでしょう。今は、合流し、皆で事に当たるのが――」
「黒ウサギ!」
いきなり十六夜が黒ウサギが倒れる。
「どうした」
「い、いえ、急に、眼が」
「なんだ? 何も聞こえねえぞ」
「十六夜さん? もしかして」
「ああ、くそ、そういうことか」
ハーメルンの伝承である。
1284年、ハーメルンに「鼠捕り」を名乗る色とりどりの布で作った衣装をまとった男がやって来て、報酬と引き換えに街を荒らしまわるネズミの駆除を持ち掛けた。
ハーメルンの人々は男に退治の報酬を約束した。すると男は笛を取り、笛の音でネズミの群れをおびき寄せ、ネズミを残さず溺死させた。
しかし、ネズミ退治が成功したにもかかわらず、ハーメルンの人々は約束を破り、笛吹き男への報酬を出し渋った。
そのため、男は怒り街を去るが、再び戻ってきて、今度は子供をおびき寄せ、130もの子供を連れ去ってしまったという。
問題はそこではなく、物語の異説によっては、足が不自由なため他の子供達よりも遅れた2人の子供、あるいは盲目と聾唖の2人の子供だけが残されたと伝えられている。
この場合、連れ去られた子供たちがいなくなった街がここであり、つまりここに残っている者とは取り残されたもの。ゆえに、眼と耳のどちらかが奪われたということなのだろう。
しかも、脚に違和感がある。
「最悪だな、機動力と、視覚と聴覚のどちらかを奪われたってことか。俺が聴覚で、黒ウサギが視覚ってことか」
しかし、これではっきりした。敵はハーメルンの笛吹き男の伝承に則って行動している。ならば、偽りの伝承とは、伝えられている伝承の中にあるのだろうと十六夜は判断する。
いくつか伝えられている伝承の起源。それを砕かなければいけないということ。そして、その中から真実を見つけ出さなければならないということ。
考えていると地響きとともに、山が崩れる。流れる川が氾濫する。自然災害。そして、その上空に浮かんでいる黒い男。
「確か、自然災害説ってのはあったよなあ。ああいう伝承の起源説に対応する事象や敵を倒せってことになるのか?」
確証はないがおそらくはそういうことだろう。
「十六夜さん! 私の権限で、ギフトゲームを一時中断することが出来ます。不正や不備があれば――」
十六夜はそれを読唇して読み取る。
「やめとけ。おそらくだが、敵はそういうのもわかっててやってんだ。不正や不備なんてあるはずがない。なら、敵にみすみすチャンスを与えるようなもんだ」
「しかし――」
「まあ、確証はないが、色々と仮説はある。おそらく、ハーメルンの伝承の真実を示せればいい」
「ハーメルンの伝承ですか」
「ああ、今、土砂崩れと川の氾濫があった」
「あの轟音はそれですか! っ! いけません、あそこに誰かいれば、助かりません!」
確かに、土砂崩れや川の氾濫に巻き込まれれば助からないだろう。十六夜や黒ウサギのギフトを用いればそれらは簡単に砕ける。
「駄目だな。もし、あれが真実の伝承だったりしたら、俺らの負けだ」
「ですが!」
「春日部はそう簡単にくたばらないだろうし。お嬢様だって、それなりだ。そんなことよりもだ。今は、真実の伝承を探す方が先だ」
血が滲むほどに拳を握りしめながら十六夜はそう言った。
連日更新記録を更新中。皆さまの感想が励みになります。
さて、今回はちょっといろんなところで、いろんな伏線を捲いております。
ハーメルンのゲームは色々と変更がありますし、結構無理矢理な感もありますがご容赦下さい。
聖十郎はかなりはまり役なんですけど神野だけがどうしても難しい。
神野じゃなく萌えキャラさんの方がこの場合はいいんですが、それをやると飛鳥さんが本当に残念なことになるので、本当いや、マジで力不足ですみませんとしか言いようがないです。
さらに、椿姫ちゃんがいたら即行で終わってしまうのでゲームを魔改造。
帝釈天の法下なので、ゲームの演出にはどんなに太極値が高かろうとも従わなければならないという設定で乗り切ります。
さて、十六夜たちノーネームはこのゲームをクリアすることができるのか。
実は、答えは既に今回の話で出てます。
それに気が付けるかどうかですね。まあ、気が付いても、その他をなんとかしないといけないんで大変なことには変わりないですが。
では、また次回。
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11
後半のバロンさんの語り場でのBGM 漆黒のシャルノスより OST - Um Thrathnona
You Tubeで検索れば出て来ると思います。
太極とは、それを定義した者の魂に属した色を帯び、その理をもって他の全てを塗り潰すもの。万象を型に嵌める法則そのもの。
己が法則で森羅万象を制圧する太極と、己が法則のみ森羅万象から外れるという太極である。この法を色と呼び、それを決定するのは人の想念。我は何々がしたい、何々になりたい。そうした祈りや願い、つまり渇望と言われるものが、太極を発生させる原動力となる。
よって、型に嵌めるとはそういうことだ。己を象徴する渇望をもって、自らが願う宇宙の在り様を決定する行為に他ならない。
そして、今ここに二つの色、理、己の法則で森羅万象を制圧する太極が流れ出す。
「死よ、死こそがただ一つの救済
間もなく全ては死にゆき苦痛は消え去る
私をただ死なせてくれれば良い
私自身に死を与えるよう、願ってくれれば良い
なのに、お前はもう一度、生に舞い戻れと言う
この上ない苦痛に満ちた日々に戻れと
これがお前の礼ならば、私は奉仕しよう
終焉をもたらし、あなたの苦悩を終わらせてあげる
その傷口に剣を突き立てて
深く、深く、柄が見えなくなるまで
苦悩諸共、殺してあげる
それこそが、この上ない救いの奇跡だから
――太・極――
神咒神威――神霊・黒死斑の魔王」
それは死を与える太極。
「愛している、愛している、愛している。ゆえに、私はあなたたちに死を与える。それこそが、私にできる最大の奉仕」
それは死を想う渇望の発露。死こそが救済。死こそが幸せ。死を与えることこそが全ての救う。あなたを愛しているからこそ死を与える。
愛しているのだ。お前たちを。恨みもした。悲しみもした。怒りもした。だが、それ以上に、私たちで良かった。病におかされたのが私たちでよかった。
生きる苦痛を知っている。病の苦痛を知っている。生きることは苦痛だ。だから、そんなものにあなたたちを残してはいけない。
だから、死を。死こそが救済。死を想い、死に抱かれて、無明の安息へと誘おう。
「いや、一人は嫌。みんなで一緒が良い。誰かがいなくなるのは、もう、見たくないから。みんな、ここにいて欲しいから」
ゆえに、
それは悲しみだった。嘆きだった。懇願だった。いかないで。いかないで。いかないで。置いていかないで、わたしを一人にしないで。
超深度で願われる全てを繋ぎとめる楔の法が今、流れ出す。
「ああ、全て終わった
Or tutto finì
喜びも悲しみも、もうすぐ終わりを迎える
Le gioie, i dolori tra poco avran fine
墓は、全ての者にとって終末
La tomba ai mortali di tutto è confine
私の墓には、涙も花もないでしょう
Non lagrima o fiore avrà la mia fossa
私の上には、名を刻んだ十字架もないでしょう
Non croce col nome che copra quest'ossa
ああ、道を誤った女の願いを聞いてください
Ah, della traviata sorridi al desio
どうかお許しください、神よ、御許にお迎えください
A lei, deh, perdona; tu accoglila, o Dio
ああ、全て終わった
Or tutto finì
流出
Atziluth――
夜の世界・堕落する華
Demimonde――La Dame aux camelias」
流れ出す。渇望が。
創造位階の異界と理が全世界で永久展開する。それこそが流出。己が世界となること。世界を己とすること。自らの渇望を流れ出させ、それによって世界を塗り替える法。
世界=己。己を世界の一部と認識するのに留まらず、己こそが世界であるという破壊的なまでの自負と傲慢さの極致。創造位階が永続的に展開しないのは、ひとえにその精神と魂がこの境地に達していないからである。
だが、桜茉椿姫という少女は幾万もの回帰の果てで生まれながらにしてこの領域へと達した。ゆえに、魔王が流れ出させ、開いた太極へと対抗できる。
神気が走る。神威が流れる。その一瞬にして全てのものが現状の状態に固定化される。死を与える理と全てを固定化する理が互いに流れ出す。
これが覇道太極という名の神咒神威。完成した暁には宇宙を覆う、正真正銘の神業だ。その規模、威力、総てにおいて、異界の具現という奇跡に懸ける想いの重量が桁外れている。
そして、その背後に浮かぶのはただ成層圏すら突き抜けて、胸の中心に釘が刺さり、鎌を持った下半身は華になっている女と、死の霧を纏う笛吹き男の姿が具現化する。
世界を覆う
そして、愛しき者の意思をそれは確かに感じ取った。異界にありながらも確かに感じ取ったのだ。愛しき者の願いを。響き渡る、先を照らす光のように心地のよい声を。
『■■■■■』
もはや、顔も、握った手の柔らかさも、抱きしめて、拒否されたあの日々ですらもはや欠片も覚えてはいない。
だが、それでも血涙を流し、一撫でしただけで身体が引き裂かれバラバラになりそうな程にひび割れた異形は、それでもなお歓喜の叫びをあげる。
彼女に抱かれているという感覚。それは、数万の回帰の中で待ち望み、今や、幾千年待ち望んでいたもの。誰も彼もを包み込み、引き留め抱きしめるもの。
だからこそ、それは同時に相対する者ですら抱いている。
『ヤメロ、ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ。
気持ち悪いんだよ塵虫が――!!』
憎悪にまみれた叫びが木霊する。滅人滅相。ここから生かして返さない。抱きしめる者。一人を拒むものをそれは許しはしない。
だが、そんなものを異形は許さない。
『■■■■。■■■■■、■■■■■■■■■!!』
淀み、もはや何もうつさなくなった瞳に宿るのは確かな討滅の意思。破滅を待つばかりの停滞の中に沈んだ魂が奮い立つ。
『■■■、■■■■■■■、椿姫』
イノリは駆動し、鬩ぎ合う。
愛しき者の為に――。
愛する者は叫ぶのだ。寂しいと。寂しがり屋の彼女の為に。
「一人は嫌だから。皆、ここにいて欲しい」
「死よ、死こそが救済。こんな苦しい世の中にあることこそが地獄。だから、殺してあげる。それこそが救いの奇跡だから」
天高くを飛翔する、それは巨大な笛吹き男。黒い霧の彼女の随神相。振り下ろされるその極大の拳。死の概念そのものである拳。振れれば最後、何があろうとも死を与え全てに幕を引く。
全てを終わらせたい。苦しんだ。苦しんだ。生前は病に侵され、誰からも見捨てられ、苦しみの中で死んだ。
恨みも辛みも全てが混ざりあり、感じたのはただ一つ。死の安息だけが一致していた。死よ、死こそが救済。
死は素晴らしい。苦痛もなく、何もかもが穏やかな闇に包まれる。ならば、死をあたえよう。愛しているから。私たちはそれでも愛していたから。
だから、与えよう。全ての者に死を。死こそが救済であるから。
「いや」
だが、いやだと、椿姫は首を横に振る。
認められない。死は別れ。絶対の別れ。私の愛した者は全てが死んでいなくなる。愛しているのに。愛したいのに。愛してほしいのに。
愛は全てを奪っていく。でも、嫌だ。一人は嫌だ。そばにいてほしい。愛したい、愛してほしい。全てを抱きしめたい。
幼子のような祈り。寂しい。行かないで、一人は嫌だ。極限の域で願われるのはただ一人が嫌だという子供の泣き叫ぶ声。
だが、だからこそ、超深度で思われるそれは、全ての者に楔を打ち込む。もうどこにも行かせない。何があろうとも傍にいてほしいから。
そして、どこにも行きたくないから。
振り下ろされた拳。それは避けることすらできない。
だが、避ける必要などない。超深度で行かないで欲しいという願いが駆動する。
それゆえに、椿姫は死なない。願いにおいて、想いにおいて上回らねば傷をつけることすらできない。それでも、分の悪い勝負ではなかった。
彼女は一人だ。己の魂のみでここにいる。対して、彼女は八千万の総体と、舞台区画において取り込んだ観衆たち全ての魂を保有している。
その質は確かに椿姫には遠く及ばないだろう。それでも燃料の量が莫大だ。それだけの総体において拮抗している。
「私も!」
そこにサンドラの炎が奔る。されど、
「効かないわ」
神の位階に属する者には、人や人もどきの業などあらゆる意味で通用しない。ゆえにその座へ至らずして、どのような策と力を重ねようが結果は蟷螂の斧にもならぬ。絶対法則——神格は神格しか斃せないのだ。
神の位階ですらない者には神を倒すことはできない。幼き彼女では未だ、その域にない。
如何に椿姫に守られていようとも。ただそれは固定化されているだけに過ぎない。彼女は椿姫の軍勢ではない。
軍勢を変生する特性を彼女は有していない。流れ出す渇望によって染め上げた魂を、己が幕下に集わせ率いることなど彼女の願いではない。ただそこにいてほしいだけなのだ。
率いることなど彼女には出来ない。これを有しているのは歴代でもただの二柱のみ。彼女はその特性を持ってはいない。
渇望の特性上、誰も彼もを認めるという特性から、覇道神を共存させる特性は有しているものの、今の状況において、それはこの状況を解決しうるものではない。
それはペストという存在ですら許容していることに他らならないから。
ゆえに、この勝負は平衡を辿る。互いにお互いを傷つけることなどできない。
咲き誇る花と笛を吹く男。
流れ出す、流れ出す、流れ出す。
全ては未だ、何一つとして始まってはいないのだ――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――チク・タク
――チク・タク
「――さて」
男は言った。
それは奇妙な仮面を被った男であった。
道化の如き姿であるが、一世代前の西洋貴族のようでもある。
奇妙な人物。
仮面と服装は彼をそう思わせる。
彼は決して自らを口にしない。見たままを口にせよと戯けて言う。いつもの通りに。まさに容姿通りに、奇妙な男であった。
しかし、存在があるという事は存在するという事である。
男の名はとある世界の極東の小さな島国に伝わる神なる獣の名。それがこの男を示す名であった。
しかし、今その名前はない。その自分は既に砕けてしまっているから。彼の地、彼の街で。あるいは神々の箱庭ここで。
あるいは、砕けていないのかもしれないが。
――もっとも。
――彼に名前がなくとも問題はあるまい。
――彼にとっては名など幾つもあるさほど意味のないものであるし。
――かつても、名を知る者は決して多くはなかったのだから。
例えば――
最も新しき
あるいは――
全力を求め、破壊の慕情を抱く黄金の獣であるとか。刹那を愛し、ただ変わらぬ日常をこそ尊んだ永遠の刹那であるとか。
もしくは――
果て無き未知を求めて回帰する水銀の蛇であるとか。
人はその仮面の名を呼ぶ。
即ち、『バロン』と。 もしくは、『バロン・ミュンヒハウゼン』と。
ただ、不用意にその名前を呼んではならない。
命が惜しければ。
彼の仮面の奥を想像してはならない。
命が惜しければ。
あらゆる虚構を吐き出すというその男は、 対面する何者かへと語り掛ける。
小さな部屋。ソファ以外には調度品は何もない。壁に囲まれた部屋。
暗がりの密室。結界ともいうか。あるいは封印とも。
男の格好とは不釣り合いな普通の部屋だ。100の血濡れの眼が、見つめるだけのただ普通の部屋だ。
静謐なる内向の間と人は呼ぶ。
かつて栄華を極めたコミュニティあるいは未知なる結末を求める男、もしくはその両方の余技にて作られた部屋。
己が全てを見つめるというその部屋で男は眼前の何者かに語るのだ。
「さて。吾輩はここに宣言するでしょう」
――余計なる観測の開始と。
――無意なる認識の開始を。
――そして、異なる物語の幕開けを。
「これは、可能性の中にしか存在しえない儚き幻想に御座います。
しかし、あらゆる可能性はそこに確かに存在するのです。
流れ出す二つの理。どちらもまた、深い深い、愛を有しているのでございましょう」
男の声には笑みが含まれている。
対する何者かは無言。
「どちらが塗りつぶそうとも、何も変わらないことは、承知でしょう。全ては彼の者の掌の上の出来事でしかないのですから。
一つ懸念を申し上げますれば、彼の者が残した者が42番目がうまく機能するかですが、それは我々には関係のないことでしょう」
男の声には嘲り我含まれている。
対する何者かは、無言。
「成る程。
そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう」
そうして、男は高らかに宣言する。
「さあ、我らが愛してやまない人間と下賤なる修羅神仏、悪魔の皆様。どうか御笑覧あれ。
――全ては、ここから始まるのです」
皆さまから燃料を頂いたのだ、頑張らんでどうする! 創造――死世界・凶獣変生!
てなかわけで、創造を駆使し、なんとか0時までにかきあげれた! 展開が決まっているのと、あと、刹那・無間大紅蓮地獄を聞きながら書いたからテンション上がって早くかきあげることが出来ました。
さて、ようやく椿姫ちゃんの登場です。白夜叉様? 黒死病は太陽の寒冷期に流行したので、眠ってます。
流出対決。しかし、対決になりません。固定化するだけですからね。仕方ありません。
そして、軍勢変生なんてなかった。ぶっちゃけ、これあると真面目にいろんな敵が悲惨な事になりかねないので、カット。
固定化してるけど偽神化はしてないということで一つお願いします。むしろ固定化だけでも強すぎて。
なにせ椿姫ちゃんこの箱庭で最高の格の持ち主ですからね。あの白夜叉より格上ですからね。縛るしかないの(泣)。
この辺りの戦闘バランスの調節が非常に難しいです。誰か、何か良い意見ないでしょうか。
次回は、十六夜か外道のターン。ジン君が空気ですが、大丈夫です。ちょっと、アマッカスが何かしてるだけですから。
というか、下手したら耀が達磨落としにされかねないということに今思い至りやべえってなったのはここだけの話。
では、また次回。
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12
時は少し戻る。
春日部耀の前にはあの男柊聖十郎が立っていた。周りには木々があり、そこには五体をばらばらにされた子供が無惨に吊るされている。
そんな凄惨な光景の中で、その男はただ立っていた。何事もないかのように。いや、これで正しいのだろう。この男にとっては、自分以外など役に立つか立たないか。使える屑か、使えない屑の違いしかないのだ。
隙のない凍結した鋼のような気配を纏い、顔立ちこそ整っているが非人間的なほどその印象は温かみを感じない。
酷薄、冷厳、威圧的な容姿ながら、幽鬼のような不確かな存在感を滲ませて、ただそこにいるだけで、すべてを不安にさせられる。
身構える。ただ自然体で立つ男。いいや、自然体なのか? どういうわけか聴覚が機能しない。何かに奪われただとかそういうことではないため、おそらくはゲームの仕様という奴なのだろう。
ゆえに、それ以外。それ以外の鋭敏すぎる感覚が、男を正確に捉える。壊れたままに完成された歪で奇妙な偉丈夫を捉える。
獣の本能が叫ぶ。近づきたくない。ここから逃げたい。これは駄目だ。感じ取った。はっきりとした気配。死の気配。
ただの死の気配ではない。濃密なまでにそこにあるのは、獣がもっとも嫌がるものその物。それは病。病魔の気配だ。
死病の気配がする。一見、健常にしか見えぬ男。ただ全てを見下すかのような傲慢さをたたえた男であるが、その内情の一端を耀はその鋭敏な感覚によって捉えた。
この男はもはや手遅れなほどに病に侵されている。今はただそれに力によって蓋をしているだけであって、もしその蓋が外れれば最後、この男は死ぬのだろう。
獣は何よりも病に敏感である。自然に生きる者としてそれゆえに、この男が放つ病魔の気配に気が付いたのだ。
だが、それでも耀は己を奮い立たせる。ここで倒す。偽りの伝承。
ハーメルンの笛吹き男について諸説あるうちの一つに、130人の児童を誘拐し、「口に出して言うのも憚られる目的」に用いたという説がある。
しかし、事実と断言するこの説に対して出典を提示していないし、少なくともその120年以前から現れている物語のバージョンを無視している。
つまり、これを真実の伝承と言い張ることはできないのだ。そして、その男の象徴として
母親が顔芸しながら無駄知識を披露してきたのを覚えておいてよかったと耀は思う。
そして、拳を握るのだ。あの男を倒す。それこそが勝利のカギであると信じて。そして、何より。子供を殺したこの男が許せないから。
「おい、来るのならば早くしろ。試してやると言っているのだ。早く来い」
ならば行こう。
「はあああああ!!」
握りしめた拳を振るう。ありとあらゆる生物の力を用いて、地を割らんほどに蹴って拳を振るう。
しかし、その拳は柊聖十郎を捉えることはない。そんなことは関係ない。当てるまで、ただ拳を振るう。百発だろうが、千発だろうと関係なく。
ただ目の前の男を倒す。それだけを考えて拳を振るう。
拳の弾幕を瀑布の如く、一撃ごとに岩をも砕く威力を乗せて叩き込む。それはおそらく、この箱庭においてたたき出した最高の速度と重さを塗り替える。
ただそれでも届かない。聖十郎の身体、服にすらかすりもしない。聖十郎は一貫して棒立ちだ。構えを取っていないどころか、指の一本すら動かしていない。
決勝の舞台で見せた極限の武術はその片鱗すら感じられない。まるで、外見と性格だけ残して
棒立ちで立っているだけにも関わらず、全ての攻撃の尽くが弾かれていた。まるで、男の前面に見えない壁でもあるかのように。
紙より薄く、だが、山よりも分厚い断絶がそこにはある。それだけ、自分と男の立っている場所がかけ離れているのだと証明しているかのように。
だが、それでも諦めない。ここで諦めるような者はノーネームにはいない。
極限の戦闘の中でただ己の感覚のみを研ぎ澄ませていく。純化する。その極限の集中の中で、耀の感覚はついに、男の一端を掴み取る。
知らぬはずのそれ。だが、確かに母から聞いたはずのそれ。いつか、この木彫りをもらった時に感じたのと同じものを感じる。
つまり、これは男が夢を使っていることに他ならない。だからこそ、それを春日部耀が持つ獣の本能は感じ取った。
柊聖十郎――五常・急ノ段ニシテ極メテ危険。
ソノ邯鄲ハ逆サ磔ノ十字ヲ成シ、箱庭ニオイテモ深度甚ダ猛悪ナリ。
現状ニオケル戦力差ハ歴然ユエニ、勝機皆無ト断定スル。
戟法・楯法・咒法・解法・創法。邯鄲ニオケル五常楽、皆悉く魔人の域。
自ラノ器ト比ベルマデモナク、死ヲ覚悟シテナオ、逃ゲルコト叶ワヌ。
「ッ――!」
思わずその猛攻を止めてしまう。死を覚悟して逃げられないのだ。勝機すらない。それでなお生きているのはなぜか。
柊聖十郎がただ遊んでいるだけに他ならない。
だが、そう、それで諦められるほど良い子ではない。伊達に問題児はやっていないのだ。
相変わらず聖十郎は動かない。もはや動く意味すらないのだろう。
「あああああ――!!」
空を切る轟音を響かせて拳を振るう。速さでは傷をつけられない。ならば、重さに比重を置く。バランスをとっていた均衡を重さ一辺倒へとかえる。ただ重く、何より重い動物へと自らを変化させる。
渾身を込めて打ち出した右拳がついに見えない壁を貫いた。しかし、結果は――。
「やはり、屑は屑か。世代を経て、少しは役に立つ屑くらいはなるかと思ったが、やはり変わらんか。むしろ劣化している。序でもない塵とは、まったく、これに何が期待できるというのだ」
耀の拳を無造作に止めて、侮蔑を露わに、嘆息していた。
さして力を込めていない。なんらなにもされていないはずが、耀の全身を激痛が駆け巡る。一歩も動けなくなる。
「下らん。実に下らん。これでは、あの南瓜頭の方がよっぽどマシだ。まあ良い。わずかでも期待をかけた俺が愚かであったのだ。この茶番に幕を引くとしよう」
聖十郎の手に莫大な熱量が集まって行く。誰が見ても弾を放とうとしていることは明白であった。逃げようにも動けない。
「く、ぅ」
あれを受ければ死ぬだろう。どのように火に強い動物、幻獣の力を借りようとも。それに対して、諦めるのか? 獣の本能は既に負けを認めている。勝てない。
獣は強さに敏感だ。己よりも強きものに獣は喧嘩を売らない。弱肉強食の世界で生きるための生存術。
だが、春日部耀は人間だ。人間は死に瀕した時。求める。
「いや、誰、か」
助けを。死の回避を。救済を求める。
死を前にして、求めた。助けを、その刹那、
――雷鳴が轟く
「輝きを持つ者よ。尊さを失わぬ、若人よ。 お前の声を聞いた。ならば、呼べ。私は来よう」
――黒い襟巻棚引いて――
――閃光が迸る――
――雷鳴が轟く――
声と共に眩い光が迸る。
それは蒼色をした輝きだった。いつか見た輝きだった。
空の彼方に見えるもの。雷の輝き。
その輝きの中で腕を組む男が一人。腰には
棚引く黒い襟巻にはわずかに紫電が迸り、襟服は遠い異国の軍装と似たような意匠で。
彼は雷電だった。遠き空を駆ける光り輝く雷電であった。
――そして――
――彼の瞳、輝いて――
――周囲に浮かぶ剣、五つ――
「絶望の空に、我が名を呼ぶがいい。
――雷鳴と共に、私は、来よう」
「ハーメルンの笛吹き男の伝承。子供を攫い残虐非道の限りをつくし磔にした。これは間違いだ。そのための根拠も、裏付けもなんら示されてはいない。
ゆえに、この伝承は偽りだ」
「だから、どうした。
「ああ、そうだ。ゆえに、私はお前の前に立っている」
雷電の剣が一振りが耀の前に浮かぶ。
「そこにいると良い若人よ。お前は良くやった。あとは、私に任せるが良い。心配はいらない。輝きで溢れるこの箱庭にいる限り――私は負けない」
光と共に白い男が駆ける。聖十郎が放つ熱線は剣の一本によって防がれた。
「ゴハッ!」
放たれる拳。超常の域にて行われる高速戦闘。
救いたいからこそ、彼を慈しみ、その救えぬ性すらも肯定し受け止める聖者。白い男は己は聖者ですらない罪人というだろう。
だが、それでも、その善性はまさしく正義の味方なのだ。誰も彼もを救うというのは、つまるところ、誰も否定しないということに他ならない。
清濁併せ持つのが人だ。悪はあるだろう。外道はいるだろう。鬼畜は生まれるだろう。だが、だからどうした。
敵対した相手であろうと、自分を傷つけようとした相手であろうと、「助けて」と言われれば決してニコラ・テスラは見捨てることがない。
助けてと言われたわけではない。だが、誰よりも救いを求めている男をニコラ・テスラは見捨てない。何より、再び救えなかった不甲斐ない自分に怒っている。
「お前はここに生まれた。ならば、輝きを持っていないはずがない。生きたいと願ったお前の願いはまさしくお前の輝きだろう」
今や、全ての悪感情の先は全て己なのだ。だからこそ、聖十郎の急段が、逆十字が形作られることなどありえない。
「ワケの分からんことを、抜かすな愚図が」
放たれる聖十郎の拳。その一撃は、完成された武術のそれである。創法を用い、左手に剣を作り出す。かつて奪い取ったはずのそれ。雷電の剣をそれで弾く。
何も急段だけが、全てではない。奪い取ったものがある。それらを十二全に使いこなし、役立てることができるからこそ柊聖十郎であるのだ。
完成された武術が光を先読みする。如何に速く動こうとも、人間が可能とする攻撃動作というのは限られる。それを見切れば、光の速さだろうとも見切ることは可能だ。
放たれる拳や剣を見切り、全てを防いでいく。一瞬のうちに数十、数百の拳と剣が交差する。
もはや、耀のレベルではこの見ることすら叶わない。ただ剣に守られていることだけがわかる。
「すごい……」
どちらが追い詰められているのだろう。
どちらもが追い詰められているのだろう。
その時、全てを包み込む神威の奔流が来る。
空に咲く大輪の華。
「椿姫?」
そして、笛吹き男。まるで死神だった。
その瞬間、一つの決着がついた。
勝負の行方はひとえに、拒むか拒まないか、この差だった。
彼女の抱擁を
太極を拒むことによりそれに抗うということが必要になったために、柊聖十郎は敗北した。偽りの伝承は砕かれる。
「チィ――」
憎々しげにニコラ・テスラを睨む聖十郎。しかし、何も言わず、彼は消える。伝承が砕かれたことによって彼はこの創界に存在できなくなったのだ。
死んだわけではない。眷属は盧生が生きている間は死なない。
「いつか、またまみえるだろう。おそらく、その相手は私ではあるまい。若人よ、それまで輝き続けるが良い。ここからはお前たちの番だ」
そう言って、ニコラ・テスラは閃光となり、雷を轟かせ雷電と化して空へと駆けて行く。
創界を成す者の下へと。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「偽りの伝承、偽りの伝承……」
どういうわけか眠りから覚めない白夜叉をそのままに
そもそも、今だハーメルンの笛吹き男の伝承において何が真実であるのかわからないのだ。
ジンがこの街に来て見たのは自然災害と、吊るされた子供たちであった。
「子供の誘拐と自然災害……子供の誘拐は、裏付けがないから違う」
ならば、自然災害か、と言われれば首を捻る。
“契約書類”を見返す。
「偽りを砕き、勝利条件は真実の伝承を示すこと。真実の伝承を砕けば負ける」
あまりにも勝利条件が漠然としすぎていて、成立していないように見える。
そもそも、この伝承が何が真実か決まっていないのだ。つまり、これは相手が真実だと思っていることに他ならない。
何を真実とするのか。自然災害、人さらい。他には何がある。
ジンは考える。自分にできるのはそれだけであるから。
さてさて、始まりました。
耀と聖十郎のバトル。参考は四四八との最初のバトルですね。
とりあえず、勝てませんでしたが、危ないところで72歳さん登場。
急段使わず殴り合いにて、あと太極に抗っちゃった聖十郎さんの負けで決着です。
次回は飛鳥と神野。
十六夜君はそれが終わったとにペストと戦ってもらう予定です。
ジン君は裏で謎解き中。
では、また次回。
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13
何も見えなかった。何もかもがわからない。何かに呑まれたのだろうか。山崩れ、洪水。ハーメルンの笛吹き男の伝承だと、耳元で蝿声が囁いている。
偽りを砕いて真実を示せ。ただし、真実を砕くと駄目であると蝿声が言っている。
だが、今更どうしろというのだろうか。久遠飛鳥に力はない。誰も彼もを支配する忌むべき力は通用しない。
いや、それも当然か。己の性質を生のままに飲み干せない者など、誰にも勝てないのは道理。自分自身を否定する者が、自分自身を全幅に肯定し、ありのまま悪魔として存在している神野明影に勝てるはずもないだろう。
あの悪魔が言っていたことは間違いではない。
久遠飛鳥という人間はどうしようもなく、自分の力が、いいや、自分が好きではないのだ。生まれた時から恵まれた自分が。特別で、誰もが信頼を置き、誰もが、無条件で好意を抱くこんな自分が。
誰もが自分の言うことに従う。口を開くと人間であれば無条件で自分に好意を抱き、全幅の信頼を置く。一度この能力の影響下におかれた存在は、自分に対して一切の負の感情を抱かなくなり、自分の言動に対して全く疑問を持たなくなってしまう。
自分の望んだことは全て叶う。叶わないことなんてない。全てが手に入り、手に入らないものなんてない。
最初から成功が約束されている人生。
そんな人生が楽しいだろうか。幸せだろうか。
答えはどちらも否だ。少なくとも久遠飛鳥にとっては。
初めから成功が決められている人生など何が楽しいのだ。初めから成功するとわかっている。つまり、達成感がない。初めから成功するとわかっているのだ。
それは作業にしかならない。達成感もなにもない。誰かと協力して何かを行うということもそう。自分は何もしなくていいと言われ、全て他人が終わらせてしまう。
真面目にやらねばいい? 普通ならばそうだろう。だが、そうではないのだ。どんなに不真面目にやっても。最終的に何もやらなくても、最終的に全てうまくいく。勝負事ならば負けたことすらない。
まるで世界の方がそうできているように。この箱庭でもそれは変わらない。自分は戦いに負けたかもしれない、だが、最終的に勝負には全て勝っている。
いつもそう。最終的に、勝っている方に自分はいるのだ。負けもなく、ただ全てに勝ち続け、幸せだと思われる人生を歩む。
そんな自分が堪らなく嫌いだった。こんな力など望んでいない。だからこそ、全てを捨ててここに来たのだ。そして、その結果がこれだ。
必要のない力。必要とされたのはその力。自分なんて誰も見ていない。力が効かないとなれば、それは己の存在意義の消失だ。
いらない力なのに、いる力でもある。この力がなければ自分は何もできないのだ。
なんという自己矛盾か。そして、今の己は一人で孤高を気取っていた己は、今や、人とのつながりを知り、酷く弱くなっている。
何よりも怖いのは、必要とされなくなること。
そして、そんな不安を悪魔は見逃さない。
「ほんと、君ってアレだよねえ。自覚がある分、本当に酷い。自覚がなけりゃあ、まだ救いでもあったんじゃないかなあ。
でも、君は気取ってるだけ。物語のヒロイン気取りも大概にしておけよ。私だって苦しんでるの。こんな力いらないの。なんで、私を見てくれないの。
そうやって悲観し続けるのは楽しいだろうね。そんな風にヒロインぶってれば、相手から気にかけてくれるんだから。
それこそ、君が嫌うようなものだけど、それをやってるってことはさあ、君って実はまぞなんじゃない。嫌よ嫌よも好きのうちとか、そんなこと言っちゃう変態なんでしょ。
あはははは、飛鳥ちゃんはまぞ、嫌いなことをすすんでやるのが好きー」
蝿声は嗤う。
しかし、それを何かをすることはできない。もはや、身体は動かない。飲まれてただ、死を待つばかりであった。
偽りの伝承というのもわからない。戦後間もなくから来た彼女にはその知識がない。ただその知識がないことを責めることはできない。全てはただ、自分が悪いのだ。
役に立たない自分はもう、ここでいなくなってしまった方が良いのかもしれない。その方が、良いのかもしれない。特別な自分が嫌いだった。何もできない自分も嫌いになった。
自分なんて好きになれるはずがない。
「いかないで」
そんな時に、聞こえる、
抱きしめられる。行かないで、行かないでと泣き叫ぶ彼女の声。
「ああ、そうね」
自分が嫌いだ。けれど、そんな自分でさえ、好きで、いなくなって欲しくないと言ってなく人がいる。なら、自分はいなくなっては駄目なのだろう。
それくらいは、わかる。それくらいは義を通さなければならない。それくらいは知っている。
「みんな、私を見ないでー。でも、見られちゃう。嫌だ、嫌だ。嫌よいやよも好きのうちー。あははは、まーぞ、まーぞ、飛鳥ちゃんのまーぞ」
悪魔が何かを言っている。
低俗な言葉だ。聞くに堪えない。それを止めることなどできない。止めたいと思うほど悪魔にとっては、好都合。
でも、止めなければ。もはや動けない。ハーメルンの笛吹き男の伝承なんて、知らない。でも、この悪魔が真実なはずがない。だから、砕く。
「んー、これは、あの女の子かな。ああ、良いなあ、良いなあ。なんて綺麗なんだろう。こんなに綺麗なものにはさあ、糞を塗りつけたくなっちゃう。だって、ボク悪魔だもん♪」
何の力もないけれど。
けど、けど――諦めない。いかないでと言われた。
だから両手を伸ばす。精一杯。
――両腕を伸ばす。
手を伸ばす何かを掴むために。何かを、何かを。
だが、何にも届かない。己の手は既に限界まで伸ばされているから。ここには黒以外何もないから。
ここから出ることは不可能。そもそも、自身がどうなっているのかすらわからない。細腕では到底、それは不可のだった。
――かわりに――
――かわりに別の両手が伸びて――
「喝采せよ! 喝采せよ!
実に見事だ、素晴らしい!
諦めずに手を伸ばす者ほど愛おしいことはない」
どこか、遥かな暗がりの中。ただ己の創界を見下ろす大外套の男は、それを喝采する。
「人間賛歌を謳わせてくれ、喉が枯れ果てるほどに」
喝采する、喝采する。
ついに、来た。この時が。待ち焦がれたとこの時が、ついにやってきたのだ! 今こそ、彼の理を超越する者の生誕だ。
そのために、続けたのだ。そのためだけに、続けてきたのだ。
「帝釈天よ、記録するが良い。
彼女は昇るぞ、黄金螺旋階段を上り、その先へと」
男は叫ぶ。叫ぶ、叫ぶ。
数千の双眸が己を見つめる暗がりで、ただ魔王である人類における最終試練となったその男は、ただ、だた――。
「さあ、お前の輝きを俺に見せろ」
喝采する男がただ一人。大手を広げて、ただただ、その到来を待ちわびたとばかりに。
それは、支配者。それは箱庭における魔王そのもの。それは、敗北者。及ばなかった前人未到を踏破した者。
甘粕正彦。
彼は、今も、歩み続ける。己の全てが、彼の者に届くまで。
今も、今も。
超越を目指して、人類を劣化させぬために。
そして、天上に座す者もまた、また、この時を待ちわびていた。
「――――!」
大いなるもの。高き者。流れ出し座した者。ただただ、慟哭し次代を任せる器を待ち続けるもの。これぞ神。まさしく、正しく、箱庭の座に座る者。
偉大なりし帝釈天。
慟哭を続ける者は、ついに、ついに、待ちわびたその時を記録する。
「ついに、ついに開いたか!
待ちわびたぞ、この時を!
さあ、行け、行くのだ、尊きモノ!」
その場所に、行くのだ、と。
そうだ、そうだ。
行くのだ。開いた門の先。窮極の門の向こう側まで。
「それだけを望んだ。さあ、行け。
一にして全、全にして一となるまで。
失われたものをその手にするまで、その手を伸ばしてくれ
そうすれば、私は――」
手を伸ばす、手を伸ばす。
もはや伸ばす手すらなく、掴むものすらないというのに。
それでも、その手を伸ばそうとする。
とどかぬ、全てに慟哭しながら――。
いつの間にか土砂と水の底から這い出している。目の前にはあの黒い悪魔。
「おや?」
そして、飛鳥の代わりに別の両手が伸ばされている。
――鋼鉄で出来た腕
――飛鳥の意思に応えるように伸ばされて
暗闇を引き裂くように伸ばされる歪にゆがんだ両手。五本指の鋼。
指関節が蠢き、リュートを奏でるかのように鳴り響く。
「なんだい、それは?」
――これは、なに?
何かが飛鳥の背後にいる。
鋼は飛鳥の腕ではなく、背後にいる誰かのもの。
――飛鳥の背後、その背に鋼の彼がいた。
鋼を纏った何かいる。視力を失っている飛鳥には見えないがいることはわかった。
目を瞑り、仮面を被った鋼の鎧をまとった誰か。
それは軽く神野が放った黒爪に両手を伸ばしている。蠢くように伸ばされていく。
自由に。その手は空間を裂いて。伸びていく。
鋼色が、5本の指を蠢かせて現出する。
――分厚く鋭い黒爪が幾本も空を裂く。
――速い。目では追えない。
もとより目を失っている今、何かを見るという行為は意味をなさない。仮に見えていたとして、生身の体では避けきれまい。
鋭い反射神経や高い身体能力を備えた耀や、超常の力を持った十六夜、帝釈天の眷属であり高い力を持つ黒ウサギ以外には。
もしも爪を避けられたとしても、それにまとわりついたまとわりついた死塊の粘液に犯されて殺される。死それこそが不変の結果。
しかし、生きている。
飛鳥はまだ。
傷ひとつなく、立っている。
神野の黒爪が裂いたのは虚空のみ。
知らず、声が出る。ただ結果に対して。
「……遅いわ」
「――。あはっはは! あはははっはははは、まるで解法を受けたみたいだ。でも、ざんねーん。こんなんじゃ、ボクは死にませーん!」
ただ蝿声の男を見つめる。自分の眼ではない。自分の眼は今、見えないから。だから、鋼の彼の眼を通して。
見つめるだけで目が爛れ、脳が恐怖に侵される。見ているのだから見られている。けれど、未だ飛鳥は死んではいない。死なず、彼の眼を通して奥底を覗き見る。
「いやん、そんなにみつめて、ボクにほれちゃった? こまったなー、ボクにはこうと決めた人がだねえ」
「喚かないで」
鋼の彼の眼が教えてくれる。目の前の存在がどういうものか。
「第八等指定廃神・
極小の何かが寄り集まった群れ。その何かを定義するなら、昆虫に喩えるのがもっとも近い。
その身を構成する粒子の一つ一つが汚らわしく、同じ世界に存在するのが誰であっても許せなくなるような影であり、邪悪なエネルギーそのもの」
己にはあれを殺しきる力ない。けれど、けれど。
「彼にはある」
彼、鋼の彼。名前も知らない。けれど、わかる。彼が何をできるのか。私の想いを彼はくんでくれる。
「悪意の塊。唯一の殺害方法は、存在する可能性を奪い去り、消し去ること。
なるほど、確かに、人には貴方を倒すことはできないようね」
「んーんー? 何を言っているんだい?」
「でも、鋼の彼は人ではない。私の背後に佇む鋼の君。
私は貴方にこう言おう。
広がる腫瘍の如く、彼を殺し尽くしなさい」
―――――――――!
――死ぬ、死ぬ死ぬ――
――まるで病巣に侵されたが如く、ありとあらゆるものは死に絶える
――歪にゆがんだ両の手、それは自らを締め上げる首輪。
全てのものがもつそれは、例外なく自分自身を殺す。
自壊させる。これが彼の能力。例外などない。なぜならば鋼の彼はそんなものを認めてなどいないから。
ありとあらゆる幻想、その可能性に至るまでを自滅させる。自らの手で、存在を許さないがゆえに、存在させない。
悪魔という極限の神野も例外ではなく。砕かれて、消え去る。断末魔さえなく。
――全てが死に絶えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
十六夜は見ていた。雷鳴が轟くのを、土砂と水が全て消えるのを。
「誰かが二つ伝承を砕いたな」
「そ、そうみたいです! 私の素敵耳によれば、耀さんと飛鳥さんです! テスラ様が人さらい説を、飛鳥さんが自然災害説を砕きました」
所謂お姫様だっこ状態の黒ウサギがそういうのを十六夜は読唇術で読み取る。
「なるほど、確かにその二つは誤りだろうな」
「じゃあ、真実の伝承は、最後の魔王ですか?」
「いや、それはねえだろ。あいつがやったのは死の霧。死の霧ってことで連想できるのはおそらくは何かの病か何かだ。じゃねえと、黒い霧なんて出て来ねえ。
となると、黒死病あたりだ」
「なるほど、黒死病も確かにハーメルンの伝承でありますね」
「だが、あれも違うだろう。偽りの伝承を砕けってことは、砕けるようになってるはずだ」
黒死病はハーメルンの笛吹き男の伝承の成立時期から考えても後なのだ。ゆえに、あれも違う。そうなると、あの三人の敵と数が合わない。
つまり、真実はそれ以外にある。
「一つ可能性があるが、まずはあっちだ」
十六夜は走る。魔王の下へと。
やはり、神野に煽らせるの難しいな。特に飛鳥だからっていうのもありますが。ま、まあ、奴はまだ本気じゃないですし(震え声)。
聖十郎と甘粕はまあ、動かしやすいんですけどね。神野は世良さんいないから、どうしようもない。
てか、やってたら飛鳥がいつのまにか辰宮のお嬢様みたいになってた。しかも、なんか狩摩も交じってるし。
さあ、次回こそペストと十六夜のターン。
あと数話で終わらせる予定。そう長々とやってもあれですからね。キルラキル見たくテンポよく行きます。
ただ、明日は更新できないかもしれません。日刊更新できる人ってすごいですねと思いました。
私はこれくらいで限界ですね。
というわけで明日はお休み。明日以降は……どうなるかわかりませんが。頑張ります。
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14
「あの二人がやられたようね」
ふと、ペストがそう呟く。まあ、問題はない。彼らはそうとわかるように用意したのだから。あからさまに間違いであるとわかるように配置したのだから。
だが、ここから先は違う。
「さて、来たようね」
十六夜が来る。もっとも警戒すべき相手。同じく覇道流出の椿姫はそうでもない。確かに彼女の格は破格だ。
だが、
それゆえに、ここからは互いの地力勝負になる。彼女の太極が上乗せされた己の地力での戦いだ。
それならば、己の方に分がある。だが、ペストはそうは思わない。相手は神格をも殴り倒した男。おそらくは想像の上を行くだろう。何よりも、同類の匂いがする。
だが、変わらない。全て殺す。死こそが救済であるから。このような苦しい世の中であるからこそ、死という安らぎを与えよう。
それは逃げだろう。だが、それもまた選択だ。彼女の願うただ一つの
全てのものが幸福でいられるように。
そんなものは押し付けだ。だが、神なんてそんなものである。己のルールを他人に押し付ける自己中心性があってこそ、神格は神格足りえる。
ゆえに、目の前の少女はそれを除いて気に入らない。そうではないだろう。私の考える最高に、平伏し従うがいい。
それこそが覇道。ゆえに、目の前の
だからこそ、彼女の
死、死、死。
死の霧が迫る。何もかもを殺す死の霧。
「ハッ! 泣き言言ってんじゃねえぞ、オラァ!!」
だが、十六夜はその霧を殴り砕く。
己の中の夢を彼は駆動させる。ただ二つの夢。父と母から教えられた、夢だ。
邯鄲の五常楽、戟法と解法。恩恵を砕く
そして、もう一つ。無形のものがもう一つだけ。
だが、
「甘い!」
放たれる死の拳。随神相から放たれるそれ。
「しゃらくせえ!!」
十六夜は、殴り飛ばす。そんなもの人間の所業ではない。太極にも流出にも至っていないはずの存在が、なぜこのようなことができる。
神格は神格でしか打倒することはできない。それはこの世界の不変の法則(ルール)。彼の偉大なりし帝釈天ですら、その法則の全てを呑み込むことは出来なかった。
それをなぜ、ただの少年が突破する。
剛腕が大気を裂く。その一撃は大地を砕く。
「チィ――」
浅く舌打ちをして、死の霧を放つ。
その理は死の塊。何も複雑な事はなく、霧として可視化した死の概念に触れたものは一撃の下に粉砕される。
それは単なる破壊ではなく、物事の歴史を終焉させる所業。すなわち、万象には発生と同時に終わりがあり、開始の幕が上がっている物語なら幕を下ろすことで強制的に終わらせる極点移動。言わばご都合主義の具現である。
ゆえにこれは物理破壊のみならず、僅かでも歴史という時間が流れた概念総てに及ぶため、死の霧を受けて無事でいられるのは以下のものだけ。
すなわち、発生から時間の停止した存在か。ペストと同質の死そのものである存在か。あるいは単に、強度で上回る存在か。
この三つである。
十六夜はどれにあてはまるだろうか。発生から時間の停止した存在か。
――否。
それが出来たのは星辰すら止め得た神格のみ。
では、ペストと同質の死そのものである存在か。
――否。
それならばペストがわかる。同質の色。同類。わからないはずがない。だが、その感覚を彼女は感じていない。
ならば、最後、強度で上回れている。椿姫という後押しによって、砕いている。なるほど、確かにそれは道理ではある。彼女の固定化は、強度という面においても、時間の停止という面においても満たす。
「ああ、なるほど」
そして、ペストはそこに思い至る。
――太極・無形
名も色もないからこその正体不明の太極。ギフトカードですら見抜けぬのは道理だろう。あれは、色を見るのだ。名を見るのだ。
だからこそ、正体不明。正体が定まっていないのだから当然だろう。エラーでもなく、それは必然であったのだ。
もっとも新しき神格であるからこそ、その事実をペストは看過する。色が定まっていなかった自分を知っていたからこそ、気が付いた。
同類であることを。
「あんた、最初から外れてんじゃない」
「あん? なんのことだ?」
「自覚もないっての?」
「知るかよォ!」
殴り飛ばされる。その一撃は、第三宇宙速度すら超える。その拳は確実にペスト本体へと攻撃を喰らわす。
「クッあ――」
だが、それにしてはありえない。
仮に、彼が太極位階であったとして、それが無色で定まっていないのであれば、型に嵌った太極位階の者を傷つけることも攻撃を防ぐ事も不可能。
まだ、何かがある。ペストが凝視する。その先に、
『――■■■■――』
「ッ――!」
幻視する。異形の姿を。永劫ただ存在し続けたい何か。ただ彼女と共に永劫を過ごしたいと願った異形が吠えている。この北の大地に眠る何かの存在を彼女は感知した。
居るのだ。何かが。彼の背後に。椿姫という破格ではない、もう一つ。何かが。ありとあらゆる怨念を纏った何かが。
「オラァ!!」
本来ならば。通常の神格を十六夜は打倒できない。だが、この北という場に限り、それはない。彼に手を貸す存在をペストは認識した。
甘粕ではない。あの男は確かに、この手の、主人公というものが好きだ。倒せない強敵と相対し、それでも諦めずに戦おうとする主人公こそが彼が求めるもの。
そして、それ以上に公平な男である。何に対しても平等だ。だからこそ、一方に手を貸すことはしない。仲間であろうペストであろうともそれは同じこと。
だからこそ、何かがいることがわかる。強大な何かが。
「なによ、なんなのよあんたは――!」
「逆廻十六夜様だよ!」
握りこぶし。ただのそれが死の霧を砕く。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ああ、素晴らしいな。死の恐怖。死病の恐怖。それは原初の試練だ。人が闇を克服し、そして、医学が発達した現代ですら今だに克服しえない恐怖だ。
お前ならばわかるだろうセージ」
「フン――」
甘粕の問いに聖十郎は答えない。
そのような問いわかりきっている。今もなお、死に苛まれている聖十郎にその問いは無意味だ。
「しかし、無粋だ。泣き声に誘われたな。あれでは、相手にならんか。ふむ、そうだな。
ならば、もう一つ、試練を追加しようではないか」
甘粕が手印を結ぶ。
輝きを魅せてもらった。ならば、もっとだ。もっと輝けるはずだ。だからこそもう一つ試練を。死病を超えたその先。
お前たちならば見せてくれるのであろう。期待はそのまま、神気へと変わる。
――
今ここに邯鄲における五常楽。最後の第六法が紡がれる。そうやすやすと使えるはずのない秘奥。それをこの男はノリで使っている。
ノーネームの輝きを誇るために。この男は、本来必要とする工程すら飛び越えた。もとより、彼の敗北より甘粕という男は努力してきた。
強く強く、あの輝きの為に。もう一度、立ち上がるために。足りない全てを補うために。ゆえに、英雄は既に神話の一部となった。
だからこそ、彼の終段の更にその奥へと、至ったのだ第七法。前人未到のそこへと。
「
お前たちの輝きを俺に見せてくれ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
莫大な神気の奔流。それは、天空から落ちてくる。
「なに!?」
「ああ、まったく、あの男は」
天空から墜ちてきたのは、黒い竜の顎だった。まさに月をも飲み込む暴食の太陽さながら、信じられない域の巨体の龍。それが、ペストすら呑み込む勢いで、咆哮を轟かせる。
聞いた全ての者が死にたくなる。そんな咆哮。まさにそれが彼の龍の権能。
「龍であるならば!」
「私が!」
「加勢するとしよう」
サンドラが向かう。火炎を纏い。その轟炎を振り下ろす。黒ウサギとどこからか現れた
それだけを見れば、問題はない。ペストを十六夜が抑えている今、あの巨大すぎる怪物は討伐できるだろう。
だが、今もなお、天空に生じた穴から現れようとしているのは軍団であり、龍はその一柱でしかないことを十六夜は知っている。
しかも、それだけではない。それは一部であると十六夜は看過していた。先ほどの龍震も大元から流れた副産物だ。本当の脅威は少し死にたくなる程度のものではない。
途轍もなく魔的なものが這い出してくる。
「目、いや、それよりも!」
それは閉じられた瞳。そして、その瞼をいつくもの異形が取りついて開こうとしている。理屈抜きであれを開いてはならないと十六夜は悟る。
「バロールの瞳か!?」
あれに見つめられれば最後、十六夜だろうと、例え神格であろうとも、死ぬ。あれよりも格が低ければなどという次元ではない。
あれを出した何者かのおかげで、あれはどのような神格だろうと殺すようなものになっている。帝釈天の法もあって、椿姫本人ならばまだしも、その太極下にある格の低い者は死ぬ。
あれは、そういう魔眼となっている。
「チィ――!」
「行かせないわよ。私は別に死ぬのはいいの。死ねば良い。生きるのはつらいでしょう?」
「くそ!」
ここに来て、形勢は逆転どころかひっくり返った。もはや、ゲームクリアだとかそんな次元ではない。
「大丈夫。大丈夫だよアルフレード、私は、みんなにいてほしいから。だから、頑張るよ。心配しないで」
だが、忘れてはならない。ここにいるのは全てのものを逝かせたくない大輪の華。その瞳が危険であると彼女は本能的に察する。
誰よりも己を一人にするものを嫌がるから。
ゆえに、
「止まって」
彼女の随神相が動く。その瞳を無理矢理に閉じる。開かせない。釘を突き刺す。
しかし、それだけだ。軍勢全てを留めて固定するには、帝釈天の法が邪魔をする。軍勢は無理矢理にその瞳を開かせようとする。
「させません。月の兎の力、見るのです!
月色の髪は緋色へと転じ、その手には雷電を放つ神具を形成する。帝釈天より授けられた秘術によって、形成されるそれ。
紫電を放つ神具。それが形成するのは“叙事詩・マハーバーラタの紙片”からくる帝釈天インドラの槍だ。紫電の槍。ブリューナクとはいかないが投げると稲妻となって敵を死に至らしめる灼熱の槍を再現する。
しかし、眼が見えない。それを投擲しようにも当たらなければ意味がない。目が見えずとも彼女には耳がある。何より、
「右斜めもうチョイ上!」
仲間がいる。何より、彼らの為に戦いたいと思う
春日部耀が投擲体勢の黒ウサギに告げる。どこに投擲すれば良いのかを。獣の本能が探し出す。彼女の人としての心眼が探し出す。
フォーモリア。あの魔神の軍勢。バロールの瞳を滅ぼすにはどこを撃てば良いのかを彼女の心眼は探し出す。
しかし、そこに迫る魔神軍勢。魔の声をあげて彼女らに迫る。
「煩い、喚かないで!」
だが、彼女らにその牙は届かない。暗闇を引き裂くように伸ばされる歪にゆがんだ両手。五本指の鋼が遠ざける。
「飛鳥さん!」
「飛鳥!」
「間に合ったわね。あいつらは私に任せて、あなたたちはあっちのでっかい眼を!」
「わかりました!」
飛鳥が向き直る。鋼の彼――イクシオンの眼がその存在がなんであるかを教えてくれる。
「フォーモリアの軍勢。確かに、私はあなたたちに何もできないでしょうね。でも、鋼の彼は人ではないから。
だから、私はこう言うわ。我が奇械イクシオン。腫瘍の如く、奴らを殺し尽くしなさい」
両の手が伸びて、全てが自壊する。
まるで病巣に侵されたが如く、ありとあらゆるものは死に絶える。歪にゆがんだ両の手、それは自らを締め上げる首輪。
全てのものがもつそれは、例外なく自分自身を殺す。
自壊させる。例外などない。なぜならば鋼の彼はそんなものを認めてなどいないから。
ありとあらゆる幻想、その可能性に至るまでを自滅させる。自らの手で、存在を許さないがゆえに、存在させない。
「幕引きよ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
戦いの裏でジンは回答へと辿り着いた。
「答えは、最初からここにあったんだ」
街の外へと。答えは単純だ。答えは最初から契約書類の中に記されている。
「コミュニティ、楽園の創造。なるほど、そのまんまだ」
ハーメルンの笛吹き男の伝承。子供達は東ヨーロッパの植民地で彼ら自身の村を創建するために、自らの意思で両親とハーメルン市を見捨て去ったとする伝承。
この主張は、ハーメルン製粉村のような、ハーメルンと東方植民地周辺の地域それぞれに存在する、対応する地名によって裏付けられている。この説でも笛吹き男は、運動のリーダーであったと見なされている。
つまるところ、このギフトゲーム勝利条件は単純だ。全ての偽りの伝承を砕いたうえで自らの意思で街の外に出ること。
たったそれだけだった。
はい、書き上げられたので、更新。
最終決戦BGMアラヤを聞きながら勢いにまかせて執筆。
本当にノリと勢いで書き上げました。
なんというか、もうすみません。なんかもうすみません。
三巻で色々と説明しますので、それまでご容赦を。
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15
ジン=ラッセルは走っていた。既にそこはハーメルンの街の外。皆が戦っている中、彼は小高い丘の上へと向かっていた。
そこにはただ一人男が立っていた。大外套を纏った男。軍装に軍刀、軍帽の圧倒的な男であった。ノーネームの居住区を襲撃した男であった。
穏やかに微笑を浮かべているというのに、ジンは動けない。本能が最大の警鐘を鳴らす。ただ個人の意思が常軌を逸して突き抜けたために、その枠組みを飛び越えてしまった超越者である。逃げろ、逃げろ、逃げろ。
最初から屈伏していた。膝が笑う。もはや、この男の前に立っているという事自体が一種の奇跡なのですらないのかとすら。
だが、ジン=ラッセルは逃げない。逃げれないのではなく、逃げなかった。己が勇気を振り絞り、男の前に立つ。甘粕正彦という男の前に、立つ。
「よく来た。やはり、お前であったなジン=ラッセル」
「……あなたが、甘粕正彦で良いんですか」
「いかにも。俺が、甘粕正彦だ。正真正銘。この舞台を作り上げてた張本人である」
大外套を翻し、彼はそう言った。繕う言葉はなく、ただ真実だけを彼は告げた。繕う必要もないのか、あるいは、繕う事に意味などないと彼は知っているからか。
どちらにせよ、好都合であった。
「なぜ、なぜ、あなたはこんなことをするのですか」
ジンは決死の覚悟で目の前の男に問いかける。甘粕正彦へと。
彼こそが、全ての元凶。楽園の創造を示すただ一つの回答。彼こそが、このゲームにおいて、楽園の創造を象徴する者。
だからこそ問う。なぜ、このようなことを行ったのかを。火龍生誕祭。誰もが楽しみにしていたはずの祭りを、なぜ、このような地獄に変えたのか。
彼の真意。彼という存在。彼というものを知る。それはジン=ラッセルの仕事。力はない。だからこそ、彼というものの本質。敵を知る。
それが旗を率いる者としての務めだと信じて。
「戦争が好きなのですか? 争いが好きなのですか? 人を殺すのが好きなのですか! だから、こんなことをするのですか! あなたのせいで何人の人が死んだと思っているんですか!」
人が死んだ。それをジン=ラッセルは許容できない。誰にも死んでほしくない。それはかつて離れ離れになった人たちが残したものですら。
それが彼が先達に教えてもらった戦の真。彼の戦の真。だからこそ、彼は立ち上がったのだ。新しく始めるのでもなく、ただ立ち上がった。
修羅の道を進むことを決めたのだ。誰も死なせないために。生きて、生き残って、次へつなげる。己の背で。
先達の教えを次に繋げる為に。それが紡いできた絆だと信じている。
だからこそ、彼の問いの答えをジンは理解できなかった。
「戦争は好かん。争いもだ」
「ならば、なぜ」
なぜ、こんなことをしているのか。戦争も争いも好かんというのならばなぜ、その真逆のことをしているのか。
「勘違いをするな。俺は戦争も争いも好かん。差別、貧困。弱者は虐げられ、様々な悲劇。いわば不幸だ。俺はそれを憎んでいる。道端で子供が犬のように打ち殺され、腐って行く世の中など、正しいはずがないだろう」
「え……」
それは、どうしようもなく正しいことで。至極真っ当だった。どこにもおかしいところなどありはしない。狂人の発想でも、悪人の戯言もそこにはない。ただ善人が語る善性だけがそこには介在した。まことの善。
これこそが主役というもの。だからこそ、なぜと思う。
「だが、同時にこうも思うのだ。そうした理不尽があるからこそ、人は強く、美しく在れる。友の為、家族の為、身を捨ててでも許せぬ悪に立ち向かう心。恐怖に屈せずに立つ信念。
つまりは、勇気だ。覚悟だよ。
今こうして、俺の前に立ったお前のように。ああ、美しいぞノーネーム。やはり、お前たちは愛おしい。我が愛しの男のように、俺の前に立ったお前を俺は愛している。その輝きをこそ守りたいと切に願う。
ゆえに、俺はこうしてお前の前に立っているのだ」
わからない。この男が何を考えているのか。おかしいだろう。単純に考えた守りたいと願っているのならば、そう在るべきだろう。魔王などという破壊の天災になどならないだろう。
「簡単なことだ。劣化させたくないのだ。腐らせたくないのだ。お前たちの輝きを。一度負けたくらいで、この俺が、魔王が諦めるとでも。諦めんよ。諦めん。俺の辞書に諦めるという言葉はありはしない。
ゆえに、我が
ああ、そうか。この男は根本的に人間を信用していないのだ。性悪説。全ての者が生まれた時から悪であるという説。
だからこそ、試練を与え、それに立ち向かう勇気でもって、善性とする。彼はそういうつもりなのだ。
「人は、人は、そんなに弱くありません!」
「然り。お前もそうであるように、確かに自立できる人間はいるだろう。だが、世界を見てみろ。
自分は守られている、故に如何なる危険もこの身を害し得ないであろう―――そのような愚劣極まりない認識によって、匿名を用いた誹謗中傷や「施し」紛いの公民権運動を引き起こし、論理整合性の破綻した愛護活動の引き金となる」
「しかし、それは、相対的、結果的に見れば良いことではないのですか」
誰も自分に危害を害しえないということは、それだけ世界が平和であろうということだ。そういうことを気にすることなく暮らせることは、人類の理想ではないのか。
確かに匿名の誹謗中傷は悪いことだろう。だが、施しでも運動をやることには意義がある。論理整合性が破綻していようとそれを行おうと行動することは悪いことではないはずだ。
――いいや、違う。本当はわかっている。
「何が良いものか。そんなもの脳に蛆の湧いた阿呆どもだ。腐っているのだよその性根が。人間のあるべき輝きが失せている。
人の人たる在り方とは、人の命が放つ輝きとは、決してそのようなものではない筈だ。
―――我も人、彼も人。故に対等。そのことを常に弁え、覚悟と責任を絶えず胸に抱いた上で、雄々しく立派に生きるべきではないのか。そして元来、人とはそういうものではなかっただろうか」
「…………」
そうだろう。確かに、そうなのだ。甘粕正彦の言っていることは確かに正しいことだ。
ジン=ラッセルには、彼を否定する言葉を持ち合わせていなかった。それだけ、彼の言っていることは正しいのだ。
そう、“正しい”のだ。
人は安寧に身を浸せば、生来抱えた惰性のために、その美徳を自ずから手放してしまう。腐るのだ。平穏は人を腐らせる。安寧は人の牙を抜く。
忘れさせるのだ。危険に対して、試練に対して、向かっていこうという気概をなくしてしまう。それが平和だった。
対して、試練、危険、危機に直面した時、人は輝きを見せる。
日本を襲った地震が分かりやすい。大津波が来て多くの死者を出した。そんな未曾有の危機に際し、人々は普段はやらない募金やボランティアをやり、普段は見向きもしない外国の人間はエールを送ってきた。まさに、一致団結して、目の前の災害を乗り越えようとした。
もし、地震が起きなければこんなことは起きなかっただろう。隣国が武装をしているというのに、その武装を放棄させようとする論が出ること自体が腐っていることに他ならない。
一度殴られねばわからぬ木偶たちが蔓延っているのだ。
「ゆえに、必要とされているのは試練である。立ち向かい、乗り越え、克服すべき高い壁に他ならない。希求されるのは即ち、それらを掲げ、人々に試練を授ける魔王だ」
「だから、あなたは――」
「然り。だからこそ、俺は魔王として君臨している。
俺に抗い、立ち向かおうとする雄々しい者たち。その命が放つ輝きを未来永劫、愛していたい。慈しんで、尊びたいのだ。守り抜きたいと切に願う。
絶やしたくないのだよ。お前のように立ち上がる人間を。お前たちのように諦めず、前に進もうとする人間を。
だからこそ、俺に人間賛歌を謳わせてくれ、喉が枯れ果てるほどにッ」
それは、とても正しく、それは確かに、人間を想った言葉に他ならない。
人間を愛している。ゆえに、放っておけない。劣化させたくない。その輝きをこそ愛しているからこそ、殴りつけてでも更生させよう。
甘粕が言っているのはそういうことだ。試練を与え続けて、それに立ち向かうことを忘れさせないようにする。劣化などさせない。
この男の思想の一端をジンは理解した。
ゆえに、
「あなたの意見は正しいのでしょう。でも、あなたの意見は認められない」
「だが、ただ否定するだけでは意味があるまい。それ相応の根拠、お前の意思はどうだ?」
「僕は、あなたが嫌いです。だから、あなたの意見を認めません」
その言葉に甘粕は一瞬、呆け、そして、大笑いした。
「なるほど、確かに、嫌いな人間の意見など是が非でも認められんのは道理か。なるほど、面白い。良いだろう。お前の意思、しかと聞き届けた。
だが、今回だけだ。次は、お前たちの意思を持ってくるが良い。俺はそれをいつでも受け止めよう。
――ふむ、あちらも頃合いだ。今日の逢瀬はこれまでだジン=ラッセル、ノーネーム。またいずれ会おう、お前たちが来るのを俺は待っている」
そう言って、甘粕正彦は、創界に解けるようにして消えて行った。
ゲームは終わり、全ては終わった。
だが、同時に、始まったのだ。今、この時に――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――チク・タク
――チク・タク
「――さて」
男は言った。
それは奇妙な仮面を被った男であった。
道化の如き姿であるが、一世代前の西洋貴族のようでもある。
奇妙な人物。
仮面と服装は彼をそう思わせる。
彼は決して自らを口にしない。見たままを口にせよと戯けて言う。いつもの通りに。まさに容姿通りに、奇妙な男であった。
しかし、存在があるという事は存在するという事である。
男の名はとある世界の極東の小さな島国に伝わる神なる獣の名。それがこの男を示す名であった。
しかし、今その名前はない。その自分は既に砕けてしまっているから。彼の地、彼の街で。あるいは神々の箱庭ここで。
あるいは、砕けていないのかもしれない。砕けたものが一つになったのかもしれない。まあ、砕けているのだが。
――もっとも。
――彼に名前がなくとも問題はあるまい。
――彼にとっては名など幾つもあるさほど意味のないものであるし。
――かつても、名を知る者は決して多くはなかったのだから。
例えば――
最も新しき
あるいは――
全力を求め、破壊の慕情を抱く黄金の獣であるとか。刹那を愛し、ただ変わらぬ日常をこそ尊んだ永遠の刹那であるとか。
もしくは――
果て無き未知を求めて回帰する水銀の蛇であるとか。一人になりたくないと泣く大輪の華を愛した男であるとか。
人はその仮面の名を呼ぶ。
即ち、『バロン』と。 もしくは、『バロン・ミュンヒハウゼン』と。
ただ、不用意にその名前を呼んではならない。
命が惜しければ。
彼の仮面の奥を想像してはならない。
命が惜しければ。
あらゆる虚構を吐き出すというその男は、 対面する何者かへと語り掛ける。
小さな部屋。ソファ以外には調度品は何もない。壁に囲まれた部屋。
暗がりの密室。結界ともいうか。あるいは封印とも。
男の格好とは不釣り合いな普通の部屋だ。100の血濡れの眼が、見つめるだけのただ普通の部屋だ。
静謐なる内向の間と人は呼ぶ。
かつて栄華を極めたコミュニティあるいは未知なる結末を求める男、もしくはその両方の余技にて作られた部屋。
己が全てを見つめるというその部屋で男は眼前の何者かに語るのだ。
「さて。吾輩はここに宣言するでしょう」
――余計なる観測の開始と。
――無意なる認識の開始を。
――そして、異なる物語の幕開けを。
「これは、可能性の中にしか存在しえない儚き幻想に御座います。
しかし、あらゆる可能性はそこに確かに存在するのです。
一つの幕はついにひかれ、新しき幕が新しき舞台にて上がるのでしょう」
男の声には笑みが含まれている。
対する何者かは無言。
「彼の地に眠る狂いし龍。切り離され、今だ、あの地にて眠るそれは、ついに目を覚ますのでしょうか。
唯一懸念すべきは、彼の地を治める者の存在ですが。それにはあの悪魔が対応するのでございましょう」
男の声には嘲り我含まれている。
対する何者かは、無言。
「成る程。
そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう」
そうして、男は高らかに宣言する。
「さあ、我らが愛してやまない人間と下賤なる修羅神仏、悪魔の皆様。どうか御笑覧あれ。
――全ては、ここから始まるのです」
甘粕とジン君の弁論大会。
ジン君は意見もなにも出せず惨敗。
てか、甘粕の思想これで、よかったっけ? と戦々恐々としてます。何度も原作見返しましたけど、あの人の思想を真に理解出来ているのか、心配です。
甘粕が帰ったのは、ペストの舞台であったし、ノリでフォーモリアとかしちゃったので、多少満足したのでしょう
いや、という事にしておいてください。ここでラスボス戦とか、狩摩いないんでマジで勘弁してください。全滅します。
で、とりあえず、これで決着。ペスト戦どうなったって? 十六夜が殴り飛ばしました。以上。
フォーモリアは、黒ウサギがなんとかしました以上。
いや、すみません。色々とこれ以上やっても蛇足にしかならなかったので、ちょっとカットしました。
次回から三巻ですが、多少展開などの構築とか設定とかいろいろしていきたいので、多少時間かかるかもです。
では、また次回。
あ、今日は、感想返しができないので、感想が来たときは、出来れば18日にまとめて返したいと思います。
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第三章 空を亡ぼす龍の目覚め
1
その回廊は静寂に支配されていた。時間にして深夜を回ったくらいであり、誰も彼もが眠りについている時分であろうことを考えればそれも当然のことであるが、この場所は意図的にそれが強められていた。
ここはアンダーウッド。巨躯の水樹と、河川の隣を掘り下げて作られた地下都市。それらを総じた場所の名前。
ここはその奥。実質的にこのアンダーウッドの代表者とも言うべき者が住まう場所であった。
大樹を形成して造られた回廊は、磨き上げられた大理石にも劣らぬほどに美しい光沢を放ってる。そこには沁みや汚れなどあるはずもなく、木ということもあって不揃いであるはずの木目すらも全てが統一されて美しさを際立たせている。
中央に敷かれた絨毯が視覚効果によってこの空間の広大さを強調していた。いや、実際にこの空間は広い。伽藍とさえいる。
「んん、この感じ、懐かしいねえ」
神野明影はその一般の民家であれば丸ごと入ってしまうだろう横幅や、吹き抜けから降り注ぐ満天の星空の煌めきに一抹の懐かしさを覚えていた。
自らの役割は何も変わらず、再びこのようなことになろうとは思いもしなかったと思うものの、やはり、これは予想通りなのだ。
ゆえに、ひとまずはこの場の主に会いに行かなければならない。
大樹を形成した回廊は終わりを告げて、そこは水晶の回廊へと移り変わる。そこに感じるのは間違いなく神聖なそれ。そんなものが醸し出されているということは主が並みの者ではないことを示している。
かつてと同じように、ここにいるのは王族だ。それも並ではない。連綿と紡がれたまさしく伝説の血脈。かつての龍を彷彿とさせるそれは勘違いなどではないだろう。
これはそういう血筋の居城。ゆえに、
「さんたまりあ うらうらのーべす
さんただーじんみちびし うらうらのーべす」
その居城、犯されざる聖域を黒き放射能たる彼は蹂躙する。
堕とし、穢すことこそが全てである。億の蝿声を引きつれて、罪の魂が破滅を謳う。
かつてと同じように、貴婦人をエスコートする紳士的な静けさで、されど、どのような強姦魔をも上回る無恥と暴食の限りを尽くす。
絨毯が腐る、水晶の装飾は溶けて崩れ、彼が歩くだけで、床と壁面に亀裂が走り、そこから汚らわしい黄ばんだ粘液が染み出す。
大樹の回廊の時に封じ込めていた邪気をここぞとばかりに吐き出す。大樹を殺すわけにはいかないという彼なりの気遣いである。
アンダーウッドを残しておかなければならないのだから、仕方がない。なにより、これがあんなものの上に居城していなければこのようなまどろっこしいことをしなくて済むのだ。
まったく面倒なことであるが、ようやく大樹ではない水晶の居城へと入ったのだ。ゆえに、吐き出す。全てを。己という全てを吐き出して穢す、汚す、ケガス。
そうして塗りつぶされた意匠は一言で言えば便所だ。これ以上の言葉などありはしないし、これ以下の言葉もまた存在しない。
そこは全ての下位。まさしく、底辺のご不浄だ。遥か高みで、民衆を導き復興を指揮してきた者の威光を演出していた空間は、一瞬にして糞尿のこびりついた腐臭を放つ便所と成り果てた。
まさしく悪魔の所業。冒涜もここまでくれば神業的と言えるが、この程度の事神野明影にとっては指を動かすほどの手間ですらない。
存在そのものが悪魔であり、冒涜という概念が姿を持った存在であるところの彼にとって、冒涜的に尊き者を穢すことなど朝飯前である。
わんわんと羽音のように木霊するオラショの奔流は、明らかにキリスト教の聖歌でありながら、異形にゆがめられていることからも、彼の存在が冒涜であることの証明に他ならない。
そんな彼の前進を止める者はいない。旅団級、下手をすればそれ以上の戦力は楽に収容できるであろう城でありながら、衛兵どころか使用人の姿すらない。
かと言って罠すらもなく、大樹から直接来られることからも、鍵どころか門すらありはしない。防備という考えなどないその様は、明らかに論外でしかなく、恐れをなした者たちが総出で逃げ出したと嘲笑されたとしても仕方がない。
しかし、事実はまったくと言っていいほどに真逆である。そんなもの必要ないという絶対的な強者。それがここにいるのだ。絶対的な強者の前に防備など必要ない。それがいる限り、危険など裸足で逃げ出すのだ。
「……ん?」
ゆえに、それを証明するかのように、一瞬にして、腐り果てた便所のような空間は、元の神聖な荘厳さに充ちた空間へと塗り替えられる。
悪魔の侵攻は止められた。
「うんうん、さすが、そうでないと逆に困る」
無論のこと、神野の力が敗退したというわけではあるまい。穢れはこの男が常時垂れ流しているようなものにすぎないのだ。呼吸と同じ、無意識のものなのだから、その強さなどたかが知れている。
だが、それだけに、裏を返せば神野の呼吸を止めたことに他ならない。それはかつてと同じ二度目のこと。ゆえに、これくらいはできなくちゃと彼は嗤う。
そして、最後の扉を開ける。
「こんばんは」
そして、そこにいた女に声をかけた――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
オオオオォォォォォ――――
木霊する、木霊する、木霊する。
さして広くも感じられないような漆黒の空間。いや、あるいは宇宙空間とでも言おうか。数多の輝きがそこにはあったが、まるで狭苦しい部屋のようにそこには限りがあるようにしか思えなかった空間に
上も下もないような場所で、数多の鳥居が複雑に組み連なっている。色もさまざま、形も様々なそれが組み合わさって連なって、無秩序な構造体を形作っている。そこに二つの
――滅尽滅相
俺はただ、一人になりたい。俺は俺で満ちているから、俺以外のものは要らない。
――滅尽滅相
彼女を脅かすもの、彼女を一人にするもの尽く、生かして帰さん。
互いの目指すものはただ一つ。己を抱きしめる気持ち悪いもの。己が愛すただ一人の女神。
ゆえに、それらは対立している。一方にしてみれば、ただ目の前で邪魔をする塵であり、一方にしてみれば、全ての元凶たる邪悪であった。
そして、一度流れ出した大輪の華を感じた両者は、かつてないほどに猛っている。
「アアアアア、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い――――」
極限の唯我、曰く第六天と呼ばれるはずだったもの。波旬。
自らを一度でも覆った、あの忌まわしき両腕の感覚が消えてなくならない。むしろ、強まっている。ああ、気持ち悪い気持ち悪い。気持ち悪い。
掻き毟る。掻き毟る。掻き毟る。ガリ、ガリ、ガリ。
自らの身体を掻き毟る。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。流れ出す唯我は、それの存在を感じるだけで、かつての力を取り戻していく。
かつて、この箱庭において、自らを抱く何かを叩き潰そうとした時と同じように。一人になるために。その
瞬く間に周囲を漆黒の闇に染め上げ、黒の渇望が相手を引き裂かんと溢れ出す。常軌を逸した渇望が増幅しながら圧を増し、邪の波動で相手を圧迫、外から軋ませひしゃげさせる。
その最中において、血涙を流す、つぎはぎの異形は、不敵に笑っていた。かつて忘れた全て、ああ、思い出した。
大輪の華を見たその瞬間。彼女の抱擁を受けたその瞬間に、確かに、彼は思い出した。己の名を、己の女神を。
外宇宙から飛来し、ただ一人の女神を愛した男は、今、まさにその
「ああ、どうか笑っていて欲しい。君に泣き顔は似合わないから。どうか笑っておくれ。俺が全てを賭けてこの悲劇を終わらせるから。
君を縛る忌々しき呪いも、悲しみも、孤独も、全て俺が引き取るから。君が愛した全ての人もみんな幸せにしてみせるから。
どうか笑っていて欲しい。それだけが、俺の願いなのだから。
だから、舞台の幕を上げよう。君のために、俺は落ちて、堕ちて、墜ちて、どこまでも穢れてみせるから。
どうか見ていておくれ、俺がこの物語をハッピーエンドで終わらせてみせる。
それが、キミへと捧げる俺の愛だから」
ゆえに、流れ出す。
「大きな災厄に想いが至るまで
bis du das Unheil errätst
何でも望むものを言って欲しい
so bittet, was ihr begehrt
その宝は、貴女に災いをもたらすだろう
Zu deinem Unheil wahrst du den Reif
どんなに時が経とうとも、その持ち主に死が下るように
zu zeugen den Tod dem, der ihn trüg'.
その呪いが解けたのなら
befrein wir dich von dem Fluch.
貴女は、きっと、安心するだろう
Froh fühlst du dich dann,
ならば、たとえどんなひどい呪いが織り込んであろうとも
flochten sie wilde Flüche hinein
俺が全てを斬り裂こう
zerhaut es den
そして、君を抱きしめ
ihn zu umschlingen,
君に抱きしめられたい
umschlossen von ihm,
流出
Atziluth――
寂しがり屋の愛する君の為に
Selbstopferung Brunnhilge」
かつて、アルフレードと呼ばれ、外宇宙から飛来した者は、愛する寂しがり屋の為に、己の全てを賭けて戦っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――チク・タク
――チク・タク
「――さて」
男は言った。
それは奇妙な仮面を被った男であった。
道化の如き姿であるが、一世代前の西洋貴族のようでもある。
奇妙な人物。
仮面と服装は彼をそう思わせる。
彼は決して自らを口にしない。見たままを口にせよと戯けて言う。いつもの通りに。まさに容姿通りに、奇妙な男であった。
しかし、存在があるという事は存在するという事である。
男の名はとある世界の極東の小さな島国に伝わる神なる獣の名。それがこの男を示す名であった。
しかし、今その名前はない。その自分は既に砕けてしまっているから。彼の地、彼の街で。あるいは神々の箱庭ここで。
あるいは、砕けていないのかもしれない。砕けたものが一つになったのかもしれない。まあ、砕けているのだが。
――もっとも。
――彼に名前がなくとも問題はあるまい。
――彼にとっては名など幾つもあるさほど意味のないものであるし。
――かつても、名を知る者は決して多くはなかったのだから。
例えば――
最も新しき
あるいは――
全力を求め、破壊の慕情を抱く黄金の獣であるとか。刹那を愛し、ただ変わらぬ日常をこそ尊んだ永遠の刹那であるとか。
もしくは――
果て無き未知を求めて回帰する水銀の蛇であるとか。一人になりたくないと泣く大輪の華を愛した男であるとか。
人はその仮面の名を呼ぶ。
即ち、『バロン』と。 もしくは、『バロン・ミュンヒハウゼン』と。
ただ、不用意にその名前を呼んではならない。
命が惜しければ。
彼の仮面の奥を想像してはならない。
命が惜しければ。
あらゆる虚構を吐き出すというその男は、 対面する何者かへと語り掛ける。
小さな部屋。ソファ以外には調度品は何もない。壁に囲まれた部屋。
暗がりの密室。結界ともいうか。あるいは封印とも。
男の格好とは不釣り合いな普通の部屋だ。100の血濡れの眼が、見つめるだけのただ普通の部屋だ。
静謐なる内向の間と人は呼ぶ。
かつて栄華を極めたコミュニティあるいは未知なる結末を求める男、もしくはその両方の余技にて作られた部屋。
己が全てを見つめるというその部屋で男は眼前の何者かに語るのだ。
「さて。吾輩はここに宣言するでしょう」
――余計なる観測の開始と。
――無意なる認識の開始を。
――そして、異なる物語の幕開けを。
「これは、可能性の中にしか存在しえない儚き幻想に御座います。
しかし、あらゆる可能性はそこに確かに存在するのです。
今ここに、新しき舞台の幕が開けましょう」
男の声には笑みが含まれている。
対する何者かは無言。
「彼の地に眠る狂いし龍。切り離され、今だ、あの地にて怨嗟を吐き出し続ける魔性は、ああ、今こそはと願い願っているのです。
唯一懸念すべきは、倒されてしまわぬかですが、まあ、それはそれで良い余興になるでしょう」
男の声には嘲り我含まれている。
対する何者かは、無言。
「成る程。
そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう」
そうして、男は高らかに宣言する。
「さあ、我らが愛してやまない人間と下賤なる修羅神仏、悪魔の皆様。どうか御笑覧あれ。
――全ては、ここから始まるのです」
第三章第一話、更新!
ようやく、出したかった人も出せたし、ここからが本番です。
さて、色々とまだまだ決めかねていることがあるので、更新はゆっくりになりそうです。
とりあえず、三巻の内容のほとんどは十六夜と椿姫の過去編になります。
アンダーウッドでの一幕は、ほとんどないかも。
そこらへんまだ決めかねているので、何か意見あれば言ってくださると嬉しいです。
では、また次回。
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2
それは、一度は鎮められたはずであった。
神は祀り、鎮めるものであり、拝跪し、畏れ、敬うもの。
――曰く、
かつて、それは一度、忘れ去られ、腐り、美しかったはずの黄金の身を膿や毒血に濡らして、ただ忠を求めた。
そして、それは叶えられたのだ。
だが、箱庭は
ゆえに、神格でありし空ヲ亡ボス龍もまた、ここに招かれた。かつて、大震災という天災の畏れを功績として。
ゆえに、それは腐ってなければならぬ。
黄金は錆てなければならぬ。
その身を膿みと毒血に濡らして、ただ求めるだけの荒御霊でなければならぬ。
捧げられた忠は奪われる。いいや、別たれる。ただ二つに。捧げられ、浄化された黄金は地に残り、畏れとしての総体たる空亡の龍は、百鬼を引き連れ箱庭へと落とされた。
嘆きは純化する。
何たる悲劇か。ゆえに、求める忠を。我に捧げろ。
――忠、忠、忠。
浄化され黄金に輝いていたはずの我が身は腐りきっている。それが龍には耐えられない。かつて一身に受けていたはずの信仰はいつしか消えた。ここには何も残っていない。
荒ぶる御霊。それだけがここにはある。忠はない。忠は、ありはしない。
――
求める。求める。求める。
唱える真言は、その願いの全て。
病を癒やせ、その原因を祓え、御仏の慈悲を垂れろ。
つまり、病の癒しを求めている。
――癒せ、癒せ、癒せ。
もはや、その
生き残った神格がいたとして、それがどうなるというのだ。空亡を殺すことはすなわち、大地の死を意味する。
荒び、狂い、病んだ彼の龍は、それでも大地そのものである。箱庭に落とされた際、そういう風に顕現した。箱庭の大地そのものとなっているのだ。
そして、地脈は病んでいるし狂ってはいるが、その機能までも失っているわけでは決してない。
ゆえに、これを相手に「戦う」という発想自体がずれている。
もし、これを殺したのならば、それは大地の死を意味するのだ。ゆえに、殺してはならぬ。敬い、称えて、忠を捧げるのだ。
それ以外に、これを止める方法はない。
ゆえに、これは止められぬのだ――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――そこにいた女に声をかけた。
神野明影は扉の向こう側にいた女に声をかけた。
「こんばんは」
「ええ、こんばんは」
最奥だと思っていた部屋の向こう側にはもう一つだけ部屋があった。そこはまるで闘技場かと見まがう程の空間であった。余計な調度品は一切なく、円形の部屋の天井は開いていて、そこから星と月明かりが降ってくる。
最低限度、調度されたその部屋はまさに闘技場であったのだろう。いや、正確に言うならば選定所というべきか。
このアンダーウッドの主に謁見する者を選定するための場所。ゆえに、目の前の女は選定官か。
背が高く、燕尾服に身を包んだ女。中性的であり、美男子にも見間違う男装の麗人。彼女は、静かに閉じていた目を開く。
その手は腰の剣にかけている。
「このような夜分に我があるじにどのような用でしょうか」
「んー、それは君に言うようなことじゃないかなあ機関人間。ボクは、君の主に話がしたくて来たのさ」
「通すとでも。あなたのようなものを我があるじに近づけると思うのならば出直してくると良い」
「そうはいかないのさ」
「ならば、力ずくでお帰り願います」
彼女は腰の剣を抜いた。細身の細剣を構えて、斬撃を繰り出す。鋭く、鋭く、何より鋭い、その剣閃。されど、その一撃は神野明影には通用しない。
斬られた先から、突かれた先から、その全ては蟲が離散するように散開し、すぐに元の形へと戻る。
だが、女は攻撃を止めることはない。鋭く、鋭く、鋭く。ただ鋭く、その一撃が届かないのであれば、届かせるとでも言うように繰り出す、繰り出す、繰り出す。
その全て通用しないとばかりに、神野明影は嗤う。こんなものなのかと、彼女を守る
女の機関で形作られた感情回路が熱をあげる。それはさながら怒りのように、剣閃はただただ鋭さを増す。
そこに譲れないものがあるから。だからこそ、守るとでも言うように、彼女の剣閃は鋭い。
神野明影は動じない。空間を、犯す。犯して、犯して、犯し尽くす。円形の部屋の半分が腐り爛れ、糞尿を撒き散らした便所のような有様へと成る。
それでも女は動じない。蟲一匹潰さずに、その中心である神野明影へと肉薄し切りさく。その鋭さは始めの比ではない。
鋭く、鋭く、鋭く。どこまでも鋭くなる剣閃。段階的に、徐々に。
神野はそれを嘲笑う。
「あ? ――――」
だから、己の首が飛んでいるのは、神野明影にとっては予想外の出来事であった。しかし、予想外なだけであって、問題はない。
「んん、少し侮っていたかな。まさか、首が飛ぶとは思わなかったよ。どうやったんだい?」
首は霧散し、元に戻る。
「…………」
女は答えない。ただ、返答の代わりに鳴るのは駆動音。機械が駆動する音が響く。
それは鼓動だった。全身を機械へと取り換えた女の脈動。それこそが彼女の生の輝き。駆動するのは、数式だった。
彼女だけに許された現象の数式。いや、より正確に言えば、彼女の与えられし権能の一つ。未だ、本気ですらない。
ゆえに、闇であり、病みである神野明影を斬れない道理はないのだ。
『サラ、良い。ここまで招け』
「はい、わがあるじ」
突如としてサラと呼ばれた女の動きが止まる。
「どうぞ、神野様」
「んー、良いのかい?」
これから楽しくなりそうだったのにと神野は残念そうに嗤う。
「はい、わがあるじがお待ちです」
「じゃあ、遠慮なくー」
神野が開いた扉の向こう側へと入る。空間は汚染されない。意図して彼がやめていたのだ。ここから先にいる者は神野にそういうことをやめさせることができるほどの人物だということ。
――そこは黒い街。
――そこは玉座の間。
――そこにいるのは紛れもない黒の王。
『用件を話せ』
燃える三眼が神野を見据える。
ここの主。アンダーウッドの真なる主。
表向きは先ほどの機関人間が主とされているが、違う。この三眼の黒い男こそが王。かつて暗き場所にて全てを統べていた王。
「では、簡単に話しましょう。ノーネームを収穫祭に招待してほしいのです」
神野は王にそう言った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「むぅ~」
さて、いきなりではあるが
「むぅ~」
それもこれも原因は数時間前に遡る。簡単に言ってしまうとアンダーウッドの収穫祭に参加することになった。だが、主力全員で行って拠点に人をおいておかないのは危ない。
甘粕や逆十字と言った危険勢力がこの箱庭に潜んでいるという状態であるからには、それ相応の戦力を残しておく必要があるのだ。
そのため、行ける主力メンバーは黒ウサギとジンを含めて四人。つまり問題児と椿姫の四人の中で誰か二人が居残りになる。
問題児と椿姫は当然のように残りたくなかった。問題児三人はそんな楽しそうなイベントに行かないという選択肢はなく、椿姫は誰とも離れたくないといった理由で揉めた。
それはもうもめにもめた。殴り合いの
仕方ないなと問題児が譲歩して他の奴らが行うギフトゲームに参加し、それによるコミュニティへの貢献の大きさによって優劣を決めて、もっとも大きな貢献をした者二名が収穫祭に最初から参加することに決めたのだ。もちろん居残り組も途中参加する。
より長く収穫祭を楽しみたい問題児たちはこぞってギフトゲームに出かけた。椿姫も離れたくないと頑張ることにしたのだ。
だが、誤算があった。魔王事件の際、開いた彼女の太極は箱庭全土を覆った。そのまさに女神の抱擁の如き太極は箱庭にいる全ての者が感じ取り、随神相もまた全ての者が目撃した。
随神相の大きさはそれだけで神格の強さを表すと言っても良い。成層圏すら突き抜けた随神相を持つ椿姫を相手にゲームをしようとするものは東区画の箱庭第七桁2105380外門にはいない。誰も負けるとわかっているゲームを挑む者はいないというわけだ。
そういうわけで、椿姫は現在参加できるゲームがなくて困っているところである。白夜叉ですら椿姫にゲームを紹介することはできないとのこと。
「むぅ」
ゆえに三度可愛らしく唸る。だが、唸ったところで誰かが助けてくれるわけではない。助けてくれる者はいないのだ。もう、ここには。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「では、飛鳥さんと耀さんが行くという事でいいですね」
「ああ、しゃーねえ」
結局、手柄を立てることが出来たのは飛鳥と耀であった。耀は農業区を耕す為のギフト、飛鳥はそれを手伝う精霊たちを仕入れて来ていた。
十六夜と椿姫はほぼ同じ理由でギフトゲームを断られたために手柄なし。順当な結果と言えた。黒ウサギは悔しがっていたが。
「じゃあ、行ってくるよ」
「行ってくるわ」
そんなわけで黒ウサギらはさっさと行ってしまったわけである。
「さて、居残り組はどうすっかな」
数日暇となった十六夜たち。さて、どうしたもんかと十六夜は思案する。また図書室にでも籠って本を読んでもいいのだが、そういう気分でもない。
「それならば主殿の昔話でもどうだ?」
そう言うのは椿姫の膝の上に抱えられたレティシアだ。
「俺の?」
「ああ、深い知識に強大な力。そのような者の過去だ気になるものは多かろう」
「そう言って一番気になってるのは自分だろ?」
「否定はしない。暇ならば良いだろう?」
「そうだなあ。じゃあ、そうするか」
そういうわけで十六夜の昔語りの始まり。
すっかりと遅くなって申し訳ない。
さて、あまり話は進まず。一体何をやっているんだ私はと思うけど、外道共が元気そうなので私も元気です。
不定期更新で次回がいつになるかはわかりませんが、できるだけ頑張ります。
では、また次回。
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3
少しだけ昔の話をする前に言っておかなければならならいことがある。明晰夢というものを知っているだろうか。
そう十六夜がレティシアと椿姫の二人に問う。
「めーせきむ?」
椿姫は知らないようだった。
「睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことだな」
レティシアがそう説明するが椿姫は首をこてんと傾げる。
「まあ、詳しくは説明してもわかんねえだろうが、夢を見てると自覚していて、夢を自由に操れる状態のことだ」
「すごい」
「俺は、それを生まれた時から見ててな」
都合十年間、逆廻十六夜と今は名乗る少年は、生まれた時から明晰夢を見続けている。夢はいわば人生のB面とも言うべき状態でありないことが考えられない。
この状態が普通。ゆえに、疲労もなければ眠れていないという感覚もない。意識の連続性を保ったまま逆廻十六夜という少年はこの十七年間を生きてきた。
「そんなことがありえるのか?」
「ありえてるからなあ。それなら証明する手段もあるぞ?」
「そうなのか主殿?」
「ああ、寝ればいい。お前らも。俺が許可すりゃお前らも夢に入れる」
なんだ、それはと思うものの、それはそれで興味がある。幸いにも天気の良い昼下がり、昼寝をしてみるには良いかもしれない。
もしかしたら遠まわしにはぐらかそうとでもしているのかもしれないともレティシアは思った。
まあ、そうであってもそうでなくとも、十六夜が出来るというのならばそれは本当にできる。それくらいには信用している。
ならば、やってみるのも良いか。と考えていると十六夜はどこからか持ってきたシートを木陰に敷いて既に寝る体勢。
ちゃっかり椿姫を腕枕しているし、片側を指して手招きしている。行動の速さに苦笑しながら椿姫とは逆側の腕を借りる。
十六夜の匂いに少しばかりどきりとしてしまうのはなぜだろうか。助けられたからか。多少は鍛えられてはいるもののそれほど頼もしい肉付きではないが、鍛えるべきところはそれなりに鍛えているらしく少しばかり乗せた額に当たる胸筋は堅い。
黒ウサギと違って寝心地という意味ではあまり良くはないが、十六夜の雰囲気もあってかどこか安心できる。
「すぅ」
椿姫に至っては既に眠っている。
「おー、役得役得」
「まったく、主殿はこれがやりたかっただけではないのか?」
「ヤハハ、否定はしねえよ。でっかいのとちっぱいの二重の感触を一気に味わう機会なんて早々ねえからな。んじゃ、夢にご案内と行きましょうか」
そう言って目を閉じさせられる。そうして、ゆっくりと夢に落ちて行った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
どことも知れぬ空間。それは、闇を讃える礼拝堂。かつてカクレと呼ばれた切支丹共の巣窟をなぞらえて作られた場所。
内装は荘厳でありながら冒涜的だ。篝火を形成し、それにくべられているのは仏像、神像。古今東西の神仏が火にくべられ燃やされている。
それでいてただ一つ輝くのは男の石像だ。磔にされた男の石像。汝ら、全ての父と称される神。全て愛する者。
その隣にあるのは蛇をかたどった何か。陽炎のように滲みその存在を捉えられはしないが、ぼろをまとった男のようにも見える。あるいは影か。
なんにせよこの場においてそれが意味をなすことはない。もっぱらこの中で動くのは黒い男と赤紫の少女、それと軍装の男だ。
特に酷いのは黒い男。嫌らしく蝿声を鳴らしながら男の石像に糞を塗りたくっている。あるいは油性ペンで顔に落書きをして面白いことにしていた。
教科書に落書きする小学生のような扱いではあるがカクレと呼ばれた切支丹たちが見れば憤死ものの光景だ。
それを楽しそうにやる男が神野明影。それも当然のこと。むしろ冒涜という意味合いにおいてこんなものまさに遊びでしかないのだ。
嫌らしくいじらしく、滑稽で憎たらしい顔があった。だから糞を塗り付け、
神野にとっては平常運転。それをげんなりした顔で見ているのは赤紫の少女――ペスト。破れた魔王は、眷属として蘇り今、ここで軍装の男――甘粕の前に座っていた。
「それで、こんなけったいな場所で何をするっての?」
敗北で落ち込んでいたのにまた起こされて何をやらせられるというのか。しかも、復活の際、なんでか裸。
恥ずかしいったらないが、甘粕の手前恥ずかしがるなど愚かな行為。自信がないから恥じるのだ。自信がないのは努力が足りていないことに他ならない。
恥ずかしくない肉体を維持しているし作ろうと努力している。ならば見せることに羞恥など介在する余地がない。
そんなものは原動力としてくべてしまえ。それでより美しくなるのだ。それでこそ人。諦めずに邁進してこそ甘粕に追いつける。
と、まあ、そんなことはさておいて、
「何、少しばかり暇になったのでな。昔話というのも良いかと思ったわけだ」
「ふぅうん、珍しいわね。あんたがそんなこと話すなんて。昔話なんてもんとは相当かけ離れていると思ってた」
甘粕ならば昔を振り返らず前に前進する男だ。過去よりも今を見据えている男である。過去を悔いるよりもそれをバネに前進どころか跳んで行く男。
ならば、そんな男がなぜ昔話などしようと思ったのか。ペストとしては、聞いてみたい事柄ではある。
「否定はせんよ。昔を悔いるよりもそれを反省し、次に活かしてこそだ。過去とは事実そういうものだろう。人の歴史は失敗の歴史だ。失敗から学んでこそ人。同じ愚を犯すことほど愚かしいことはない。昔を語るのは他人に同じ失敗をさせないためだ」
「なら、なんで?」
なおのこと今話すべきことでもないだろう。別に、失敗をしたわけではない。打倒されたがあれは純粋に自分の力不足であったのだ。
それならばもっと深く、深く、より深く
ゆえに、意図不明瞭。今、話すべきことではない。
「なに、昔話と言っても俺の幼少期などではない。話すのはあの男の事だ」
お前を打倒した男のことだ。そう甘粕は言った。
「…………なるほどね」
なるほど、ペストは納得した。
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず。お前は己を知った。ならばこそ、彼を知るべきだ」
「それで、ご丁寧に昔話をしてくれるってわけ? 随分と親切ね」
「何、頑張ったで賞という奴だ。働きには相応の報酬を与えるべきだ。それでこそ社会というものも、コミュニティというものも成り立つ」
対価に報酬。成果にはそれ相応の報酬というものを用意せねばならない。昔話はそれの代わり。
「それ、あんたが別に語りたいだけじゃないの?」
「否定はせんよ。
「で、私なわけね」
それはそれで少しばかり嬉しいような複雑なような。まあ、あれらが昔話などする奴らでないことだけは確かだ。
だからこそ、これは気まぐれ。単純にノリ。そういうノリ。今は、そうしなければならないというおぼしめしでもあったのか。
「良いわ、聞かせて」
なら聞いてみよう。昔話とやらを。逆廻十六夜が関与するという昔話を。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目を開く。それは眠りに入ってからの覚醒プロセスではない。ある意味で覚醒ではあるが、覚醒というには肉体の覚醒ではなく精神での覚醒と言うべきだろう。
開いた視界に広がるのは夢に入ったのと同じ光景。されど、見覚えのない建物や場所があるように見える。ノーネームの敷地の中に高層ビルだとか、学校だとか、果ては金髪の女性の写真やら足形だとかそういったものが置かれた何やら気持ちの悪い思念を感じる部屋だとかそういったものがあった。
まさに夢の光景とはこのことだろう。レティシアが知らぬものがたくさんあるし、知っているものもある。
他人の
「――これは、夢、か」
「おう、夢だぜ?」
そこには十六夜がいる。夢の産物ではない確かな気配をもって。
「主殿、これは……」
未だ、体験しても信じられないとはこのことか。
「夢の中だな。ここじゃイメージしだいでなんでもできる。親父はここを邯鄲とか夢界とか言ってたけどな。まあ、こんな感じの世界で俺は十七年間B面として過ごしてきたわけだ。ヤハハ、羨ましいだろ?」
なるほど、ここで過ごすならば知識など人の数倍は勉強できるのだから知識豊富にもなろう。
「確かに、これはある意味羨ましいな」
ここならばイメージ次第で何でもできると十六夜は言う。ケーキなんてものを創りだしたり、あるいは超常的な力を使ったり。
「この感覚、主殿が使っている力か?」
「正解だ」
邯鄲の夢と呼ばれる技能。超常的な力を操る技術のことで、大別すると五種、細分化して十種の夢が存在している。
「お前らもここなら使えるぞ? まあ、得意不得意はあるだろうが」
得手不得手によって人物ごとの個性が出るが、これらはあくまで基礎技能にすぎないため、誰でも十種の夢を使用出来る。
「おー」
椿姫が何やら創りだして遊んでいる。
「少し遊んでみるか? せっかく来たんだ、昔話でつぶすってのも勿体ねえだろ?」
「ふむ、では主殿ご教授願おうか」
身体能力を強化する夢である
「ふむ、この感覚は久しぶりだな」
レティシアが跳躍する。高く高く飛び上っていた。弱体化して久しい充足感。その身が空まで届かんばかりに跳躍できるというのは久しぶりで笑みが出る。
この夢は自らの運動神経や筋力というもっとも馴染みの深い感覚に干渉する力のため、現実でのスペックと比例しやすいのだ。
今は下がってはいるもののもともと最高クラスのスペックを持つ吸血鬼。イメージさえできればこれぐらいはお手の物。
「むぅ」
しかし、身体能力は高いもののどこか抜けている椿姫はそれほどうまくこの夢を使えないでいた。
「次は楯法だな」
剛は身体を硬くする防御特化型、活は負傷や疲労に対する治癒する夢だ。
「これは、どうなっているのかわかりづらいな」
「うーん?」
使って見た感想は微妙。吸血鬼として再生の力があったレティシアは活が創造しやすいがどうにも堅というのはわかりにくい。
そもそも傷がなければ意味はないし、攻撃する者がいないのだから使っても意味がない。
「んじゃあ、夢っぽいのに行くぜ?」
「おおー!」
「ふむ、これは楽しいな」
魔法のイメージで光の球を飛ばしてみたり、広げて絨毯爆撃なんてこともできる。夢らしい夢だった。
「んじゃあ、次だな。見せた方が早いか」
そう言って椿姫の方に手を置いて夢を流し込もうとした瞬間、
「――っ!?」
何かの波動を感じて寸前でやめる。あのまま断行していれば自分は死んでいただろうことがわかる。だらだらと夢であるのに流れる汗がその証明だろう。
ゆえに、対象を変更。非常に残念ではあるが、口惜しくもあるがこればかりはどうしようもない。十六夜の本能が警鐘どころかぶっ壊れる勢いで警戒している。まずい。いつもならば笑って断行するところを止めるくらいにはやばい。
だから、レティシアの肩に手を置いてその夢を流し込む。深くではなく表面。有体に言えば服だけに。効果は即座に現れる。
「え、っちょ――!?」
「ふむ、赤とはまた」
綺麗に服が溶けて消える。上はきっちり素肌まで下はパンツと靴下だけは残す徹底ぶり。髪の毛で隠された
きょとんとして、気が付いていきなりのことに羞恥に身を隠そうとするまできっちりと堪能した。
「解法って言ってな。今見せた
十六夜が消えて現れる。面白いだろー、とは言うがレティシアは必至に服を作って着ていてそんな余裕はなかった。
「主殿! 脱がすなら脱がすと前もって言ってくれ! こちらにも心の準備がだな」
何やら混乱して言ってはならないようなことを言ってはいけない相手に言っている気がするがそんなこともわからずに、十六夜はしっかりと言質取ったと笑みを深めるばかり。
「んで、最後。レティシアもやってたが、物を創りだす夢だな」
創法。物質の創造や操作を成す
「ふむ、なるほどな」
「んじゃ、まあお前らのステータスでも見てみるか」
いい機会だし、と十六夜が提案して二人は了承する。
「わたしから、わたしから」
「良し、じゃあ椿姫からな」
「主殿変なところまで見るなよ」
「わかってるっての」
見るなと言われたら見る以外に選択肢などないだろう。
――桜茉椿姫
熟練度Lv.1
戟法 剛 1
迅 1
楯法 堅 5
活 8
咒法 射 5
散 8
解法 崩 3
透 2
創法 形 10
界 10
中々に偏ったステータスだ。創法しかも、界が高い。太極に達していることが関係しているのか。そんなことを考えながらスリーサイズと身長、体重まで見た。実に立派な果実をお持ちである。
とりあえず、最後の情報は隠して、ステータスのみを適当な石版にでも表示して見せてやる。
「おー」
喜んでそれを抱きしめる椿姫。
「んじゃ、レティシアな」
「何やら邪な気がするぞ」
「気のせい気のせい」
――レティシア・ドラクレア
熟練度Lv.1
戟法 剛 8
迅 9
楯法 堅 1
活 10
咒法 射 7
散 8
解法 崩 5
透 6
創法 形 7
界 2
なかなか高水準にまとまっていて良いのではないだろうか。堅と界を除いて高水準。流石は吸血鬼と言うべきところだろうか。
ついでにスリーサイズと身長、体重なんかも拝借。うん、わかっていた。同じく見せてやる。
「こんなもんだな」
「なるほど、私はこんなものなのか。では、主殿はどうなのだ?」
自分のステータスを見て興味がわいた。自分のステータスが良さげなのは椿姫のを見たらわかる。では、十六夜はどうなのだろうか。
「俺か?」
――逆廻十六夜
熟練度Lv.448
戟法 剛 10
迅 10
楯法 堅 10
活 10
咒法 射 10
散 10
解法 崩 10
透 10
創法 形 10
界 10
絶句の全方位型だった。
「…………」
「俺様だぜ?」
その一言でなぜか納得できてしまうのが十六夜たる所以だろう。
「んじゃ、まあそろそろ昔話でも始めますかね」
ひとしきり遊んだところでそろそろ本題へ入る。十六夜の昔話へ。
お待ちどうさまです。いえ、お待たせしてすみません。
そして、まったく話進まないですみません。
いや、書いてて楽しかったんです。出来心だったんです。
今更夢の説明するとは私も想定してなかった。
でも、後悔はしてません。ステータスは適当に割り振りました。私の勝手なイメージ。
個別の夢なんてまったく考えてないです。二人の破段、どうしようか。
まあ、それはさておいて次回は本当に昔話します。ええ、おそらく、たぶん。
次回もいつになるかはわかりませんが、ゆっくりやって行きます。
では、また次回。
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4
「俺は、まあ、結構普通の家に生まれたと思ってたんだよな」
「ほう?」
十六夜という少年は、自分に厳しく何よりも厳格な父と優しいどこか抜けた母という平凡な家庭に生まれた。ごく一般的だと思っていたし、それほど変わりがあるものでもなかった。
それなりの家庭。至って普通の家庭だ。近所付き合いもよかった。父の幼馴染の女性が経営している蕎麦屋には良く行って蕎麦を食べさせてもらったりするほどには付き合いがあった。
「な、ごく普通の家庭だ。何もおかしなところはなかった」
「ふむ、しかし、そうではないのだろう?」
「ああ、そうだ」
明晰夢を見ることもまあ、ないわけではない。見続けるというのは明らかに異常ではあるが、それはそれだ。別におかしいことではない。
まったく普通の家庭でないとわかったのは、彼が小学校に入学したその日の夜の事であった。十六夜はその日も明晰夢を見た。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
いつもと変わらない鎌倉の街並みが広がる。そこは自分が生まれてから過ごしている町のはずだ。しかし、どこかいつもと違う。そうまじりあっているというのが正しい。
まるで
気にすることなく歩いていると行き着くのは鶴岡八幡宮だ。いつもの遊び場とでも言おうか。ここが一番落ち着くのだ。
だが、そこには先客がいた。見たことも無い女だった。白に黒の混じる髪に千信館の制服を来た女。
「ようやく来たか十六夜君」
そんな女が自分の名前を呼んだ。さて、とりあえず母親に言われていることは一つだ。知らない人と話はしない。
父親にも言われていることだ。ただ、夢の中で人が出て来るとは予想外で、少しばかり動きが遅れたのと、その存在がリアルに過ぎたために十六夜は声をかけてみることにした。
「あなたは?」
「ふむ、君の父君の友人と言っていいのかな。うん、友人だ」
「……怪しい」
「む、どこがだ? きちんと制服を着ているし、どこも怪しいところはないと思うのだが?」
少女ははて、どこが怪しいのだろうか、と頬に指を当てて首を傾げる。
この女、アホなのだろうか?
「まさか、怪しいのか? それならば言ってくれ。君の父君にも言われていることなのだが、どうにも私はそういうのに疎いらしくてな」
「…………とりあえず、こんな状況で、親父の知り合いと言われて、はいそうですかと信じられるわけがないだろう」
「ならば、どうやれば信じてもらえるだろうか? 一応、十六夜君の父君には、君がここに来た時の説明役を仰せつかっているのだが……」
「説明?」
「うん、そうだ。ここがどこで、君がなんなのかということをだ。まさか、こんなに早くとは思いもしなかったし、私で良いのかとも思うが、確かに私が適任ではある」
邯鄲の夢と盧生について、おそらくはもっとも詳しいのは逆十字を除いては親父殿か私、あるいは父君本人だと、彼女は呟く。
だからこそ、ここは私であるのだと彼女は言った。まさか盲打ちに任せるわけにはいくまいとも。
「…………信用できねえな」
「そ、そうだ、これだ、これを見せればいいのだ!」
そう言ってがさごそと制服のポケットを探り始める女。
「あれ、どこへやったか。む、ああ、ここだったか」
そう言って自分の胸の谷間を探り始める。そして、そこから取り出したのは一枚の写真だ。
「これが証拠だ」
そう言って手渡してくる。体温に触れていたために微妙に生暖かく、汗でもかいていたのか多少湿り気のあるそれを嫌々ながら受け取りつつそれを見る。
そこに映っていたのは確かに自らの父親と母親。それから友人たちと目の前の女だった。
「合成か?」
「失礼な。私にそういうことが出来ると思っているのか?」
「いいや、思わない」
一目見ただけでわかる。それくらいには人を見る目があると十六夜は幼いながらに自負している。父親が偉大なのだから、それくらいは出来なければならないだろう。
なにせ、母親はどこか抜けている。頭は良いだろうし、何事にも天稟を持ってはいるのだが、如何せん素が馬鹿なのだ。
だからこそ、しっかりする。明晰夢で勉強やらなんやらで精神が他者よりも先行しているのだから当然だろう。
「まあ、一応は信用しておいてやるよ」
もしものときは奥の手を使って逃げればいいのだ。
「おお、良かった。なら、説明を始めたいと思うのだが、如何せん初めから説明するとなると時間がかかる。十六夜君の疑問に答える形で答えていきたいのだがどうだろう?」
「良い」
「では、まずは何を聞きたい?」
――少女について
――この場所のこと
――自分とは何か
――何も聞かない
まず聞くならばこの場所のことだろうか。いや、まずは、
「あんたの名前は?」
「ああ、そうか。失念していた。石神静乃という。気軽に静乃と呼んでくれて構わない」
「俺は、知ってるんだよな?」
「うむ、知っている。十六夜君。しかし、あまり名乗らない方が良いだろう。特に、君の父君の名は有名だ。特にこの世界ではな。だから、そうだな、別の名を名乗ると良いだろう。十六夜という名は良いから、そうだなあ……よし、逆廻だ。逆廻十六夜とでも名乗るのはどうだろう?」
いや、どうだろうと言われても……。そもそも、なぜに苗字を変えねばならないのか。
「その理由は数多あれど、有名すぎるのが原因だ。その苗字は、特にな。何せ、まさに英雄なのだからな。まあ、バレる奴にはバレるのだが、それでもあからさまに名乗り続けるよりは少しはましだ」
しかし、親からもらった大事な名を変えるというのはいささかながら抵抗がある。
「まあ、それは良いのだ。重要なことじゃない。それよりも時間がないから、説明に入りたいのだが、とりあえず何を聞きたい?」
ならば場所の事を。
「ふむ、ではこの場所のことだな」
この場所。夢の中なのは間違いない。ここを人は
――エリコ
「ここは人と夢を共有できる階層だ。君がいた明晰夢が連続していたのは第二層ヨルダン」
「夢界……なんだってこんなもんがあるんだ?」
「それを説明するにはまず邯鄲の夢というものについて説明せねばならない」
邯鄲の夢。有体に行ってしまえば、唐代の故事を基にした歴史のシミュレーションであり、そこから悟りを開く為の行のことだ。もっと簡単に言ってしまえば超人を生み出すシステムと言ってもいい。
ただし難易度が半端ではない。その代りと言っては何であるが、見返りもまた莫大だ。ただし、それが出来る人間は限られている。
夢界とは、それが行われる場。八層からなる夢が階層構造を取った夢の世界のことだ。
この場所が作られたのは一人の男の願いからである。ある意味では副産物ともいえる。ゆえに、理由を説明しろと言われてもある男の願いとしか言いようがない。
「どうだろう、だいぶ噛み砕いてはみたのだが、理解は出来ているだろうか?」
七歳児にする話ではないが、ここに来てしまった以上。次に進む可能性はあるのだ。だからこそ、その危険性を知っておく必要がある。
特にここから先は危険なのだ。
「ああ、理解できている」
七歳児ながらも、偉大な父の背中を追いかけているのだ。これくらい理解できなくてどうする。
「良し。なら次だ。君という者について。といっても私は君自身については詳しいわけではない。君の中に眠る資質。いや、もうすでに開きかけている資質についてだ。盧生という資質について」
「……盧生」
「ああ、そうだ」
盧生とは邯鄲を制覇し、その先にある人類と言う種が生み出した意識に触れることを許された者のことだ。
つまりは有資格者。選ばれし者と言ってもいいかもしれない。まあ、そんな高尚なものではなく、単純に人の善悪を呑み数万年にすら達する邯鄲の歴史シミュレーションを受け止めることのできる資質を持った者のことだ。
狂的なまでに夢は諦めなければ必ず叶うと思っている者たち。そして、夢を自在に扱える者たちのことでもある。
そして、これが重要なのだが人が生み出した悪魔や神、英雄と言った数多のイノリを現世に顕現せしめることのできる召喚師を盧生という。
「それが俺か」
「ああ、そうだ。君にこの説明をしたのは、これからのことに備えねばならないからだ。おそらく君は邯鄲からは逃れられない。そのうち、また階層を降りることになる。ここから先は死地になる。死線を潜り夢を越えた果てを目指すことになるだろう」
そう言いながら静乃は思うのだ。
邯鄲をめぐること。それには本人の意思は介在せず。そこに存在するのは、ただ
邯鄲の夢。夢界の第八層イェホーシュアの向こう側に存在する、人の意志の介在しない存在。それを第一盧生は座と呼んだ。
邯鄲の果て。阿頼耶識のその向こう側。それすら内包した世界という括りの外側。あるいは、中心。曼荼羅の中央。太極。神座。
そこに至れる者はどうやら盧生と似たような資質を持っているらしい。つまりは目の前の十六夜もそうであり、
「…………」
「おい、静乃、おい」
「な、なんだ?」
「どうかしたか」
「い、や、何でもない。なるべく食いとめては見るが、ここから先に行くことがあったら気を付けてくれ。ここから先は――」
「あー、言わなく良い。攻略法が分かってるゲームなんて楽しくねえからな」
そう十六夜が行ったとき、それがリミットだったのだろう。夢から覚める感覚。朝へと光が立ち上って行く感覚を受ける。
「うむ、時間だな」
「そうだな……」
「では、十六夜君、達者でな」
「まあ、あんたもな」
そう言って十六夜は朝へと帰って行った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ」
「おーおー、お疲れさんじゃのう」
「先々代か」
静乃の前に現れたのは煙管を手に将棋盤で将棋を指している男。青の羽織を羽織り、手には謎の意匠を施した男だ。
将棋を差しているが、それが尋常ではない。通常の将棋は八種類の駒を使用して行うが大将棋は29種類の駒を使用するのだ。
その全ての動きを覚えておかねばならずできる人間など限られている。静乃にしても何かの本で読んだ程度。それを目の前の男は一人で黙々とやり続けている。
駒の動きは合っているのか。ただ一人で駒を動かし続ける様は何も考えていないようにも思える。事実何も考えていないのだから当たっている。
「余計なことをしないでもらいたい」
「さて、俺は何もしとらん」
「あなただろう。彼をこんなにも早くここまで呼んだのは」
さて、どうだったか。男はそんなことを言う顔はあげない。別に考えてやっていることではないのだから、何かやったとしてもすぐに忘れてしまう。
「まったく。あのような子供に何ができるというのだ」
「それでも大将の息子じゃ。よいよおもろいことになるにきまっとるやろ」
「それでは困る。まったく、これだから盲打ちは」
そう言いながらもわかってはいるのだ。静乃も。時間はないのだろう。彼が動いたということはそういうことだ。
神にも仏にも、悪魔ですらその裏を取れない盲打ちが動いたということはそういうことなのだ。だからこそ、出来ることをしなければならない。
響く咆哮。獣の咆哮。人獣の咆哮。闇に煌めく黄金瞳。やれやれ、相性が悪いというのにここで相手をせねばならないのがなんとも言えない。
そも、手駒すらない上に、さっさと卓袱台返ししてきそうな相手。そんな相手に男は静観を決め込んでいて。
「ほれ、若いもんが頑張らんかい」
「あなたは、本当に!」
文句を言いながらもやるしかないのだから仕方がない。やれやれ、まったく。本当にまったくだ――。
活動報告で直ぐに更新は出来ないと思ってましたが、意外に書けてしまったので更新します。
十六夜の過去編はまだまだ続きます。
というか今更ながら戦神館の新作の体験版やってますが、聖十郎が日常パートやってるだけで糞笑えるんですけどww。
もう、爆笑で全然進まなかったです。
そして、静乃可愛いですね。戦神館女性勢の中で今のところトップですよ。あ、キーラ様は別枠です。
なにはともあれ楽しみですね。
今回静乃を出したのは、万仙陣が出た時用の伏線です。どうするかは未定なのですが関わらせる気満々でございます。
え、ノブ? 奴は序盤から出てるから。
次回も時間かかるかもしれませんが、ゆっくりお待ちくださると幸いです。
では、また次回。
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5
「それで、どうなったのだ?」
「特になんも? それから三年くらいはなにも起きなかったな。静乃ってやつにはそれ以降会わなかったしな」
「静乃……か」
石神静乃。その名に聞き覚えがないと言われればレティシアはあると答えることになるだろう。かつてノーネームの名と戦の真が奪われる前に。
その中に仲間としてその名は確かにあったのだ。
「それで、どうなったのだ?」
「変化があったのはそれから三年くらいかね――」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
十六夜が十の齢を数える頃。変化が訪れたのはこの頃だ。同じように夢に入った。変化はそこから始まった。まず時代が古い。
何か、そうまるで
そして、同時にここが死地であることも本能的に察した。百年前。ここはそうそんな時代。かつての動乱の時代。
いつかの彼方において、男と男が夢と夢を語り己の意思をぶつけ合った時代。その前章。そうつまりは、眷属共が跳梁跋扈する夢の空間。
曰く、倒せ、打倒しろ。かつての英雄が超えたそれ。二番煎じ、三番煎じ? いいや、違う。なぜならば、英雄たちはただの一度も彼ら全てを相手にしたことはないのだから。
だからこそ、一人で、眷属全ての相手をすること。これこそが前人未到の偉業となるだろう。ゆえに、ぶつかり合うが良い。
この先にこそ、お前の始まりは在るのだ。
「このような子供が我らの相手だと?」
赤い衣に身を包んだ少女。美しき銀の髪をなびかせて、黄金瞳が輝いている。可憐な妖精のようにも思える容姿。
されど感じるのは圧倒的な覇気。そうまるで、強大な獣と相対したかのよう。以前、母親がドジって動物園のライオンの檻の中に落とされた時以上の威圧感。
「宗冬、宗冬?」
「はい、ここに」
「ああ、宗冬。あの子供が相手のようですが」
「はい」
「それに間違いはなくて?」
「誓って」
甘ったるい匂いをさせる美女がと、眉目秀麗な男が一人。貴族と執事。尊い血を感じさせる高貴な二人組。
ただ目の前にいるだけで感じるのはこの女への好意と全幅の信頼を置きたいと思うような圧倒的な甘ったるさ。あまりの甘さに酔いそうになる。
対する男の方もやばい。執事という戦闘要員でないなどと楽観などできない。そもそも腰に差したサーベルがそれを許さない。
鋭利な刃物。女と見まがうほどの秀麗な男だが、例えるならばそれだ。目の前にだけは立ちたくない。
「よいよ人使いが荒いの大将。そりゃあ俺の好きにやってもええっちゅうことか?」
更にまだいる。青の羽織を羽織った男。両手に奇妙な紋様を持つ男。どこまでも何も考えてないように思える男。
だが、十六夜が幻視するのは巨大な盤面と釈迦の掌。浮かぶ三つの仮面が不気味ではあるが、その一つ一つから感じられる殺意とも言うべき波動は大きい。
「さんたまりあうらうらのーべす」
蝿声を吐き出す黒い影。何かはわからないがありとあらゆる蟲の集合体。不浄。もはやそれ自体が歪みであり淀み。
これに対して定義する言葉はただの一つしかありえない。悪魔。まさに全人類の悪魔という概念を固めたような存在。吐き出す言葉はまさに冒涜のそれ。
「下らん。実に下らんぞ。その程度でしかないなら、俺の糧になって果てるが良い。お前も、それが本望なのだろう」
次いで現れるのは幽鬼のような男。何よりも濃い死の気配。死病の気配。これの傍にだけはいたくない。何があろうとも、これの傍では正気ではいられないだろう。
そんな気配の中心。吹き上がるのは死病。黒い血液と膿み。だからこそ、寄越せ、寄越せ、寄越せ。そう叫ぶ極大の生への渇望。
「唵 呼嚧呼嚧 戰馱利 摩橙祇 娑婆訶」
そして、今まで出てきた奴ら全てが霞む極大の破壊がやってくる。もはや、敵などと思うべくもなく、これはもはやそういうものではない。
災害。例えるならばそうそれ。人間が抗う事が出来ない極大の自然の脅威。憤る大地の発露。これと争う事自体間違えなどのだと十六夜は瞬時に悟る。
「さてのぉ、坊主」
話しかけるのは羽織の男。
「そういうわけじゃ。坊主、ここから帰りたい言うんなら、俺ら全員倒すしかないけぇ。よいよ、たいぎぃことじゃが、まあ、気張れや。こん夢越えれば、あとは大概どうにかなるでのぉ!」
――来る!
そう確信した瞬間。十六夜は己の身体を戟法と楯法で強化する。迅と堅。堅く速く。その場を離れた。その判断は正しく、そこに落ちてきたのは鶴岡八幡宮そのもの。
建物を地面から引っぺがし投げられたと理解にはあまりにも非常識な光景。だが、ここは夢。非常識なことなど起きる。
現に、今のこの状況こそが非常識なのだ。
「ぐおおおお!?」
そして、十六夜を襲う銃弾の雨霰。楯法を使っていたからこそ凌いだが、当たっていれば致死は免れない。いつの間にか兵団に囲まれている。
さながら一個の生物のように動く軍集団。
だが、それだけに集中のしていられない。
「行けや、
動く三つの仮面。それらは同時に人型を取った。夜叉の面を被った長髪の女がその手から無数の刃を放つ。
飛翔する刃。それを跳ぶことで躱せば背後からの強襲を受ける。見えない気配もない。だが、確実に何かの攻撃を受ける。
そこから逃げれば現れる鬼面を被った、まるで幾星霜も風雨に打たれ、一切の無駄が消失した巌の如し佇まいの
振り上げられた拳。打撃が来る。そう思いガードしようとするも、針孔を通すが如き精度にて放たれた拳は十六夜の腹を撃ち貫く。
「カッ――!」
練度が違う。圧倒的な練度で放たれた拳はたとえ楯法で強化していようともそれを撃ち貫く。
「休む暇はないぞ、少年! 詠から破に上がれないならここで潔く死がいい。そちらの方が幸せだろう」
「っ――!」
そう休む暇はない。放たれる剣閃。その鋭さはなによりも鋭い。右のサーベルから放たれる剣戦は速く鋭い。
反撃をしようとしても避けられ、そこにカウンターで一撃をもらう。そも、攻めようとするには手が足りない。力が足りない。
敵が入れ替わり立ち代わりで十六夜の目の前に立ち、その行動を潰す。
「おい、屑。あまり俺の手を煩わせるな」
放たれる熱線。躱せばそこに悪魔がいる。
「あはははは」
蝿声を撒き散らし、それは糞まみれの槍を放つ。
「この!」
このままでは負ける。今、ここで生きていることこそが最上の奇跡。そんなもの長続きなどするはずがないだろう。
そもそも、敵は未だ本気ですらないのだ。だからこそ、武器がいる。
武器だ。創法にて創形する。それくらいは出来る。問題はタイミングと何を創りだすかだ。現代に生きる十六夜が武器として扱えるものなどこの拳くらい。
ならばそれを強化すればいいのかと言えば違うと答えざるを得ない。なぜならば、拳において強化などメリケンサックくらいしか思いつかない。あとはボクシングのグローブ。
鉄製にでもすれば強いだろうが、そんな紛い物がこの場で通用するなどありえない。ならばこそ、真に武器がいる。
頭に浮かぶのは刀やナイフなどの刀剣類。それも良いだろう。あるいは銃。夢の中ならば敵を追い続ける銃なんてものを創形することが出来る。
しかし、そんな子供だましではダメだ。そんな武器ではない己の手足の延長上として、この場をしのぐための武器を作る必要がある。
ならばなんだ。
剣山が生え、極められた拳が襲い、影の一撃が振るわれる。剣閃が翻り、圧倒的な力と数の暴力が襲い魔人と悪魔の一撃が虚空を斬り裂く。
それらすべてを嘲笑い廃神がその激震を引き起こし夢を割る。世界が壊れゆくかの如き衝撃ではあったが、今だ十六夜は健在。
単純に運というわけでもなくただ極限の集中と己の才がその結果を搾り出す。諦めない強い意志と、父母から受け継いだ仁の心。
諦めない。孝を成す為にも。だからこそ、今だ。全ての攻撃が集中した今、この瞬間こそが勝機。片手間などなく全ての夢をただ武器を創ることに傾ける。
紡ぐのはただ二つの
その結果は――
「おおおおおおぉぉおぉおおお!!!」
十六夜、生存。
凌いだ。
剣閃を斬り裂き、打撃を受け止め引き寄せ奔流をせき止める。その手にある二つの武装。右手に鋭い刀を。左手には
攻撃と防御。二つを兼ね揃えた。今、ここに十六夜という少年は攻めへと転じる。
身を低く、放たれる剣雨を旋棍を回転させることで弾き返す。己の意思に従うように旋棍は回る回る。同時に右の刀は迫る拳を斬り裂いた。
身体が動く。そこに宿る意志、あるいは記憶かもしれない。それが十六夜に教えてくれる。こう使うのだと。両親の如く優しく、厳しく。
いいや、教えられていたことをまるで思い出しているかのようだ。戦の空気に己が順応するにつれて夢は駆動し、身体は動く。
放たれる銃撃。画一された実力。今更そんなものが通用するはずもない。三千の兵団。それらすべてを薙ぎ払い切り飛ばす。
「その程度で良い気になるなよムシケラが」
放たれる熱線。それを切り裂き病みの男へと接近する。
「おおおお!」
振るう刀。男は無論、その程度躱すまでもないと受け止める。見えない壁。防がれたとわかるや否や跳躍。
背後に迫る気配のないそれに旋棍を引っ掛け投げるように剣雨への盾とする。突き刺さる剣雨。見えない何かが現れ、そこに刀を這わせた。
それを足場に着地。目の前にいるのは夜叉面の女。
「おらあああああ!!」
渾身の一撃。斬撃が大気すら斬り裂く。それと同時に走る激震。悪魔の笑いが木霊する。極黒の大穴が地面を穿ち激震が大地を割る。それによって一撃が避けられた。だが、追撃はしない。
余裕がないのは変わらない。戦えている事実は、単純に相手が本気でないことと自分の資質が破格であるからと気が付き始めた。
だからこそ、欲は出さない。
「それでこそだ。だが、まだまだ軽い」
放たれる剣閃。鋭く流麗に流れるような剣の舞。それを剣では受けず左手の旋棍で受ける。剣の腕は相手の方が上、ゆえに剣で受けるという愚は犯さない。
そこで、感じるのは違和感だった。軽い。動きがおかしい。攻撃しているのに聞いていない。己の一撃は確実に強化されている。
だが、それがどうしたとばかりに。まるで羽毛にでも撫でられたかのように男には届かない。そして、ただ息を吹きかけられただけで吹き飛ばされる。
「そういうことか」
戦の中で急速に磨かれていく心眼が捉えたのは相手の夢。
軽い、軽い、軽い。
百合香お嬢様への愛情以外、この世の全てが総じて羽毛の如く軽い。ゆえに、この夢は軽くする。己の周囲の全てを軽く。
事実軽いのだ。ただ一つの思い以外、この世に見える全て、己の背負うものに比べたら軽い。軽すぎるぞ。
まるで羽毛だ。羽毛が何をしたところで人に危害を加えることなどできはしない。攻撃をしたいのならば、それ以上の
そう言わんばかりに鋭い突きが放たれる。対して軽くされた十六夜はそれを受けるだけで吹き飛ぶ。
「ぐっ!」
「ほうれ、坊主、もっと気張らんかい! お前の戦の真はどんなもだら!!!」
「ぐはっ!」
高資質の環境操作によって放たれる雹の雨。
「そんなものか貴様! 我が子らを殺した罪はこんなものではないぞ!」
「ぐはっ!」
赤い死神がその強大なまでの力と巨体でもって全霊の一撃を叩き込む。
臓物が潰れ、骨が砕け血反吐を吐くも、それでも今だ十六夜は生きていた。それでもこのままでは死ぬことにかわりはない。
なんという理不尽。この世の尺図。圧倒的な理不尽にさらされた時人の選択肢は単純だ。諦めないか、諦めるか。
ただそれのみ。
――諦める
――諦めない
選ぶものなど決まっていた。
またも、書けてしまったので投稿。
しかし、あれだ。うん、ごめん、十六夜君。まさかこんなことになるとは思いもしなかったんだ。
まさかのボスラッシュ。本編四四八ですらこんなことにはならなかった全ボス対面の一対六という超絶ボスラッシュでございます。
十歳児やることじゃねえなとか言いつつ書いてしまった。というわけでちゃっちゃと破段顕正してもらおう。
こんな理不尽をぶち破るそれが十六夜君の破段になると、いいなあ。あまり考えてはないのだけれど。
でも、ここ乗り越えてもまだ第五層、六層、七層が舞ってるんだよなあ。次で馬鹿、両親、獣殿……うん、これは酷い。
そして、万仙陣PV2でなんだか南天ちゃんがいろいろと言っていたので、うちのセージさんが奮起したらしいです。
セーゾ「何を言っている屑が。この俺が百年前、貴様らに敗れた頃と同じだと思ったか阿呆め。俺の敗因はただ一つだ。盧生などという下らぬ物に縋ったことだ。ああ、忌々しい。盧生などと言うものが至高の座だと思ってしまった自分が愚かしいわ虫唾が走る」
あかん、こんなんなったら誰も勝てなくなるw。
というわけで次回もゆっくりお待ちください。
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6
――南区画の箱庭7759175外門“アンダーウッド”
そこはなによりも美しい場所だ。巨躯の水樹を中心として町には翠色の水晶で作られた水路が広がっている。
大瀑布が立てる水音はまさしく生命の鼓動そのもの。何よりも圧倒的であり、それでいてこの場に調和していて不快感などは感じず涼しさと生命の力強さを感じさせる。
「すごいね」
「ええ、本当」
その水源である巨躯の水樹を見上げて耀と飛鳥が呟いた。大口を開けてなどとみすぼらしいマネを晒すことはなかったものの気分はまさに田舎から都会に出てきたおのぼりさんだ。
なんとも可愛らしいな、と黒ウサギは笑顔。ただ内心は少しばかり暗く、一緒に来れなかった十六夜と椿姫を想う。
今度は全員で来ようと心に決めて、今は主催者に会いに行くことにする。今回の収穫祭の主催者は
これだけの規模の収穫祭を起こせる程度には大きな力を持つコミュニティだ。
「ふふ、お二人とも、そんなに上ばかり見ていては転びますよ」
「大丈夫、ちゃんと気は使ってる」
「うっ、こういう時、私のギフトって役に立たないのよね」
まさか奇械を出すわけにも行くまい。彼の視界を使えば飛鳥とても上を見ながら前を見るという芸当ができないわけでもないが、そんなことの為に出しては力の無駄というものだろう。
あれをここで出すと
病みではあれど、飛鳥の意志に従ってくれるものの見ていて気分が良いものではないだろう。捻じれた腕は常に首を絞め続けているという図は。
そもそもそういう問題でもなくここで使うのがまずいのだ。ここに眠る存在を彼女は見つけていた。このところそういう感覚が拡張されているような気がする。
常日頃から働くというものでもないが、それでもこの地に立った瞬間から気が付いた。何かが眠っていることに。
それを起こしてはならない。
命が惜しければ。
そんな致命的な気配。ゆえに、この場ではあまりイクシオンを使うつもりはなかった。その代りとなるギフトは一応持っている。
未だ、自らの本質を受けれることは出来がたいが、それでも受け入れる努力はしようとしているのだ。それが祖母との約束でもある。
祖父は適当にやれやと無責任であったが、それでも一応ある程度の護身術くらいは教えてもらえた。まあ、使う機会がないような物凄い狭い範囲の土地殺しの術。
そんな外法だ。使う機会があったらあったで怖いものだ。と、そこまで考えて、
「そう言えば春日部さんは、新しいギフトを手に入れたのよね?」
そう言えばと思い出す。
「うん、そうだよ?」
「まだ、それについて詳しく聞いてなかったわね」
名前くらいは聞いた。
「うーん、私も詳しくは聞いてないけど、なんでもこの箱庭に充ちてるものを使って使う技的な?」
「あ、やはりそうなのでございますか?」
それに反応したのは黒ウサギ。
「知っているの黒ウサギ?」
「YES! 知っているでございますよ。
能力強化とあわせて異能を得られるギフトのはず。高位ギフトのはずなのでよく手に入れられましたね」
「うん、なんかそこらへんにいた凄い人と勝負してね」
そんな女子トークからはぶられているジン君はというと、
「みなさん、そろそろですよ」
そろそろ到着するので全員を此方へと引き戻す。
街中を歩いている間に、収穫祭の会場へと続く回廊へとやってきた。ここから先はアンダーウッドの中核をなす地下都市となる。
未だにここは前夜祭ではあるが、出店や展示物は既に数多く出展している。天然の自然から生み出される光とは違い、様々なギフトで生み出された人工の光が輝く地下都市はまるで宝石箱のようでもあった。
螺旋状に形作られた地下都市はそこまで深くはないものの、壁沿いに造られている都市の広さで言えば、地下とは思えないほど広い。
この地下都市、ノーネーム一行はこの中腹部分を目指していた。エレベーターを使ってそこまで上るとそこにいたのは、綺麗な女だった。
サンドラに似た赤い髪をくくり上げて燕尾服を着ている褐色の肌をした男装の麗人。女ですらほれぼれとするような女は、一行を見ると頭を下げる。
「ようこそいらっしゃいました。ノーネームの方々。私はサラ=ドルトレイク、『一本角』の頭を拝命している者です」
そう丁寧な物腰で彼女は言った。
「ドルトレイク? サンドラさんの?」
「はい、姉となるでしょう」
似てはいるが、似てないとはこれいかに。
「長旅お疲れ様です。何分人手が足りにもので迎えにも行けず申し訳ありません。本来ならばウィル・オ・ウィスプの代表もお招きしていたのですが」
前回の魔王騒動の際に参謀とメンバーを失ったウィル・オ・ウィスプは今回は不参加だった。それは黒ウサギたちにしても不本意なことだった。
「仕方ありません。あの様な事があったのですから」
「聞き及んでいます。ともあれ、まずはこちらへ。ゆっくり話をしましょう」
そうやって彼らは奥へと案内されるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――諦めない。
諦めるものか。そう不退転の意思がある。このような理不尽に対面した際にどうするかなど決まっていた。己の全霊を賭けて立ち向かう。
父もまた、理不尽に遭遇した際諦めなかった。祖父でさえ死病に侵されていながらも生を諦めなかった。ゆえに、自身も父のように、祖父のように立ち向かう。
尊敬する男たちの背を見て、彼らの行為が無駄ではないと証明するために。この程度の理不尽で諦めてなるものか。
「俺は諦めない! できる、できないじゃねえ。やるんだよ!」
諦めずにその手を伸ばす。その思いに夢は、その歯車を回し駆動する。
「
――破段・顕象――
「破軍星――十六夜ノ月」
夢が駆動する。それはただ一つ、十六夜だけの夢。高資質に彩られた二つの夢が最高純度で駆動する。曰く、理不尽を、不合理を、不条理を許さぬ。
つまりは、夢の否定。解法の崩と創法の界によってなされた一つの夢が駆動する。二つの夢を掛け合わせた五常楽・破ノ段。
創界を成し、その中にいる者全て夢を否定する。駆動する夢を失くし、そこにあるのはただ己のみ。夢や神気などそこにはなくただあるのは人のみ。
我も人、彼も人。ゆえに、夢などという理不尽、不合理、不条理を使わずに立ち向かえ。己の力のみによって立つ漢の夢。
例外ではない。創界を成す十六夜すらも夢の恩恵を失うということ。創界を成すことはできるが、それ以外の力は使えない。
夢などなくとも、人は立ち向かえるのだと証明するために。
「ごはっ!? こ、これは、貴様ァ! なに、をしたアアア」
病魔に侵された男が慟哭する。夢でしか生きれぬ男。しかし、男として立ったのだ。前に。ならば対等。病? なんだそれはそんなことどうでもいいだろう。
誰であれ前に立つならば平等だ。そこに上も下もなく、人は平等である。ゆえに躊躇いなく拳を前へ。握りしめた拳をただ突きだす。
「ご、ハァ!?」
連続で放たれるのはただの拳。しかし、男には避けることすらできない。ただただ黒く染まった穢れた血潮を吐くだけ。
ただ風が凪いだだけで男の骨は砕ける。拳が当たれば血管が破裂し、内臓が軋み淀みうねり機能を失っていく。
男に抵抗などできはしない。半死半生の男だろうが十六夜は手加減などしない。目の前に立ったのならばそれは対等であるから。
上も下もなく、あるのは単純に相手への尊敬の念だ。その資質、そのうちに抱えたものゆえに前に立つのは常に父親ただ一人。
しかし、ここでは前に立つ者がいる。だからこそ、彼らを尊重し敬い忘れない。始めて出会った平等な相手ゆえに。
そうして、呆気なく幽鬼の男は倒れ伏す。もとより夢で支えていた命であるがゆえに。そして、消え失せた。
「しかし、この夢、地力で勝らねば勝ちはないだろう」
そこに迫る鋭い剣閃。大気を空間すら刺し貫く刺突。辛うじて躱すも貫いた大気が頬を斬り裂く。そこにあるのは積み上げてきた年月の差。
「だろうな!」
そんなことくらいはわかっている。そして、地力がこの場で最も劣る者であることも自覚している。だが、だからどうした。
そんな理不尽など殴り飛ばせ。やれないじゃない、やるんだよ。
「こんなところで、止まってられないんだよ俺は!」
死ねない。未だ、父には孝を返しておらず、母は目を離すと心配だ。できは良いくせにどこかズレたあの母親から目を離すわけにはいかない。
ゆえに、ここで止まれる道理はなく。そもそもこんなところで死ぬ理不尽など認めないと夢は駆動している。
「――っ!」
放たれる拳、蹴り。それは先ほどまで素人のものだったのが今はどうだ。洗練されている。急速に。突きは剣の腹を正確に叩いて逸らす。
そして、引き戻す隙に懐へ。服の襟をつかみ、インファイト。剣の間合いの内側へ。そのままその涼しい顔面を殴り続ける。
相手もまた同じく殴り合いとなる。あとはもはや根性勝負だった。そして、根性ならば誰にも負けないのが十六夜だ。
また、それだけでなく、定まらぬ無色の宇宙がそこにはある。
「なる、ほど。これほど、か」
関心したのはその資質の高さ、それとその先にある宇宙にだろう。執事はそのまま粒子となって消えて行った。
従者の消滅と共に主もまた消え失せる。
「舐めるなよ人間風情が!」
強大な手が唸る。それは三千人もの人間を接続して作られた究極の超獣。それは夢などではなく、禁忌により製造された狂気。
魔性の全て。冥府魔道に堕ちた人の業。それは獣性を投影した概念的な夢の像ではなく、現実的な物理的存在であり解法の類すら通じない。
本来、バラバラ死体の集合でしかないそれらが黄金瞳の力により一つの生命体として駆動している。全長数十メートルを優に超えるその巨体は絶叫だけでも砲撃並みの破壊をまき散らし、巨腕は一撃であらゆるものを粉砕する。
これが人の究極とでも言わんばかりに。ただ一人の男の
こんなものまともになぐり合えるわけがないだろう。だが、それでもだ。拳を握る。諦めない。寄って立つ夢はそう言っている。
結果、殴り飛ばす。
「ナ、ニィイイイイイ!?」
外れている者だからこそ、資格を持つ。この邯鄲はそういう邯鄲。ゆえに、資格を持つ者の強さが、そこにある。
急速に覚醒していく天稟は凄まじく、“それ”と共に彼の中に眠る資質もまた目覚めている。初めから外れているこの少年の拳は今のこの場において全てを打ち崩す。
「見とるか大将。こいつは、とんだ鬼子じゃ。鬼才、いや、そんなもんじゃないでよ。まったく無色のくせしてとんだ奴じゃ」
そう言いながら男は自分で消え失せた。最初からやる気などなかったかのように。
「はあ」
こうして、全ては終わった。いや、始まったのだ。
とりあえず、こんな感じになりました。
十六夜の破段は、こんなもんです。夢の否定。というか特殊能力の否定というか。まあ、地力勝負に持ち込む破段です。
一度発動してしまえば制限時間まで発動した本人ですら夢が使えなくなると言う謎仕様。
それでも太極無形な十六夜君の地力なら勝てるという。まあ、邯鄲に入った時点で格の概念が解消されるという設定なので、そこまで圧倒的なことは出来ないんですが、ここから階層を経るごとに格を手に入れていく感じような修業場と邯鄲は化しております。
次の相手、さて、ボスラッシュときたら、次はあの人でしょう。あの大馬鹿野郎に登場願いましょう。
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7
――チク・タク
――チク・タク
「――さて」
男は言った。
それは奇妙な仮面を被った男であった。
道化の如き姿であるが、一世代前の西洋貴族のようでもある。
奇妙な人物。
仮面と服装は彼をそう思わせる。
彼は決して自らを口にしない。見たままを口にせよと戯けて言う。いつもの通りに。まさに容姿通りに、奇妙な男であった。
しかし、存在があるという事は存在するという事である。
男の名はとある世界の極東の小さな島国に伝わる神なる獣の名。それがこの男を示す名であった。
しかし、今その名前はない。その自分は既に砕けてしまっているから。彼の地、彼の街で。あるいは神々の箱庭ここで。
あるいは、砕けていないのかもしれない。砕けたものが一つになったのかもしれない。まあ、砕けているのだが。
――もっとも。
――彼に名前がなくとも問題はあるまい。
――彼にとっては名など幾つもあるさほど意味のないものであるし。
――かつても、名を知る者は決して多くはなかったのだから。
例えば――
最も新しき
あるいは――
今もなおその玉座に座る黒の王であるとか、遍く空を駆ける雷電の白い男であるとか。
もしくは――
果て無き未知を求めて回帰する水銀の蛇であるとか。一人になりたくないと泣く大輪の華を愛した男であるとか。
ともかく、彼を知る者はその仮面の名を呼ぶだろう。それが彼という者が持つ名というものの中で今の彼を表現するものであるから。
そう即ち、『バロン・ミュンヒハウゼン』と彼を知る者は彼を呼ぶ。
ただ、彼の名を知ったとして不用意にその名前を呼んではならない。
命が惜しければ。
力なき者が彼の仮面の奥を想像してはならない。
命が惜しければ。
あらゆる虚構を吐き出すというその男は、 対面する何者かへと語り掛ける。
小さな部屋。ソファ以外には調度品は何もない。壁に囲まれた部屋。
暗がりの密室。結界ともいうか。あるいは封印とも。文字通りこれは封印だった。
男の格好とは不釣り合いな普通の部屋だ。100の血濡れの眼が、見つめるだけのただ普通の部屋だ。数多くの眼が開いては閉じて、ただ中にいる者を見つめる。
静謐なる内向の間と人は呼ぶ。
かつて栄華を極めたコミュニティと、永遠を愛する華と過ごすことを望んだ男が作り出したもの。かつては何かの封印だった場所。
己が全てを見つめ、己だけになるというその部屋で男は眼前の何者かに語るのだ。
「さて。吾輩はここに宣言するでしょう」
――余計なる観測の開始と。
――無意なる認識の開始を。
――そして、異なる物語の幕開けを。
「これは、可能性の中にしか存在しえない儚き幻想に御座います。
しかし、あらゆる可能性はそこに確かに存在するのです。
しかし、今ここにあるのはただの過去だけ」
男の声には笑みが含まれている。
対する何者かは無言。
「彼の者の過去。あの者の過去。全ては時間の彼方。いいえ、しかしてそうではないのです。
あなた方にとっては昨日のことでも、吾輩にとっては先のことかもしれないのです。その逆もまたあるのでしょう。
ここはそう言う場所。知らないはずはないでしょう?」
男の声には嘲り我含まれている。
対する何者かは、無言。
「成る程。
そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう」
そうして、男は高らかに宣言する。
「さあ、我らが愛してやまない人間と下賤なる修羅神仏、悪魔の皆様。どうか御笑覧あれ。
――全ては、ここから始まるのです」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
思わず、ほぅ、と感嘆の息を吐いてしまうほどその紅茶の香りは良かった。一口、口をつけてもそれはまた同じ。
口内を爽やかな風が通り抜けるが如く。それは直ぐに鼻孔へと伝わり、二つの意味で香りを楽しませてくれる。
銘柄も何もわからない箱庭の茶葉であるが、それでもこれは良いものなのだろうということはわかった。また、それだけでなく淹れた者の力量もまた素晴らしい。
ただの素人が同じ紅茶を入れてもここまで見事な紅茶を入れることはできないだろう。飲むもの全てに思わず感嘆させてしまうほどの紅茶を味わえるとはまさか思いもしなかった。
「気に入ってもらえたようですね」
どこか感情を感じさせないサラがそう言った。ノーネーム一行は頷く。これを気に入らない者などいないだろう。
そんな風に思えるほどには極上の紅茶だった。更にサンドイッチなどの軽食や、スコーン、ケーキ類といった菓子もあり皿に盛ったそれらが三段重ねのティースタンドにおかれているのだが、飛鳥はそれにも内心大はしゃぎだ。
アフタヌーン・ティー。ロー・ティーとも呼ばれるイギリスの喫茶習慣だ。礼儀作法などもあり、ある意味でコミュニティの代表もいる公式の場ということもあってまさかいつものようにはしゃぐわけにはいかないだろう。
その手の作法は一応習っている。これでも財閥の元御令嬢。そう言う場の空気は好きなものではないにしても、慣れてはいる。その経験のおかげであまりテンションが上がらない飛鳥に対して、
「ええ、とてもおいしい紅茶でした。ねえ、春日部さん?」
「うん、おいひい」
耀はひたすらに食事にくらいついていた。作法はどうしたと言われてもしかないくらいハムスターの如く軽食で口を一杯にして呑み込んではまた口に含んでいた。
いったいどこにそれだけの量が入るのか不思議だ。ただ失礼にあたらないかだけが心配であったが、
「まだまだある。もっと食べると良いでしょう」
サラの方はまったく気にした様子もない。まあ、公式の場とは言っても私的でもある。先日の魔王がらみの一件。
サンドラを助けたということもあっての礼と収穫祭についての話し合いなのだ。あまり堅苦しくしなくてもいいのである。
それでも固く考えてしまうのは、育ちだろうな。祖父に言わせればもっと自由にやれと言うのだろうが、あれほど自由な乱機動は自分には無理のような気がする。
性格的な意味合いだ。それでも全てに勝ってしまうあたり血のつながりというのはあるのだが。
「さて、では、話でもしましょう。あまり堅苦しいのはなしで。紅茶を楽しみながら」
そうサラが切りだしジンと黒ウサギが中心に話を進めていく。途中でブラック・ラビット・イーターの繁殖に成功したとかそういう話もあったが、飛鳥と耀のファインプレーによってスルーさせることに成功したりした。
そうして話し合いは終わり、前日は終わり収穫祭は始まる。陽の光の届かぬ地下都市。大地の胎の中。収穫祭は始まった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その男もまた舞台を始めるのだ。
その男、曰く魔王。曰く甘粕正彦。最強にして始まりの盧生は、箱庭にて己の楽園を目指すために進撃する。
異なる世界。異なる場所。今度こそ本懐を遂げよう。人々よ奮起せよ。それこそが望み。人の輝きをこそ愛でていたい。
今度は自ら自身の力で。そのためにまずはそこへ至ろう。そのためにはもう一人。ああ、もう一人だとも。
そうでなくてはならない。ゆえに、試練だ。乗り越えて見せろよ。その戦の真を示せ。かつて負けて満足はした。
だが、たたき起こされたとあってはもう一度。そうでなければ眠れはせん。
『――終段・顕象――』
ゆえに、迷わず進軍する。楽園はすぐそこだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――!」
変化をノーネーム一行感覚担当たる耀と黒ウサギの鋭敏な感覚は察知した。ゆえに、彼女らは直ぐに飛び出していた。特に春日部耀は速かった。そこで見たのは街の一角で建物や人を襲う巨人の大軍。
悲鳴が耳に響く。そこで何もしないなど彼女にはできなかった。少なくとも幻獣たちの多いこの場所を壊されるなど彼女らには我慢ならない。
「行きましょう。何が起きているのかわかりませんが、助けを求める者たちを見捨てるのは箱庭の貴族としても、帝釈天の眷属としても認められません」
「うん、行こう」
「飛鳥さんたちは、あとから来てください。私たちは先に行きます」
「ええ、わかったわ。無茶はしないでね」
「了解でございますよ! って、 ああ、耀さん速いです!」
春日部耀は跳躍した。そのまま建物を駆け抜けていく。この程度、もともとの身体能力でも可能であるが新たなギフトを得たことによって更に上昇した身体能力の前には雑作もない。
風を切って凄まじい速度で駆け抜けていく。比較的高水準の
もともと持っているギフトと併せてその身体能力は既に今の黒ウサギに並ぶほど、いや追い越しているだった。
「行くよ」
地下都市外縁にて耀は巨人の軍勢へと接敵する。拳を握り、それを巨人へと叩き付けた。体格の差が大きすぎるゆえにダメージにはならないと思われた一撃はしかして、巨人を宙へと浮かせるに至る。
何が起きたのか誰も正確に理解などできなかったししたくなどないだろう。少女が巨人を殴り飛ばすなど何の冗談だ。
しかし、そんな冗談のような光景が連続する。疾走する一人の影。獣の如く身を低く、地を駆ける獣。その
しかも、それが未だ本気でないなど誰が信じるだろう。蹴りが放たれる、巨人が飛ぶ。拳を振るえば幾人もの巨人が地に伏している。
「凄いです耀さん!」
黒ウサギもまた同じく負けてはいない。己に許された権能、眷属の許可。ゆえに猛る雷電。かの雷電王には及ばずともその一撃にて巨人の意識を刈り取ることなど雑作もない。
今も助けを求める者はここにある。ゆえに月の兎は身を捧げるのだ。その渇望は駆動する。祈りは駆動し、深まり力となるのだ。
雷電が奔り、月色の髪を緋色に燃やして月の兎が疾走する。その手にあるのは自らの持つギフトの一つ。振るえば雷電が奔る。
大軍勢がただ二人の少女によって蹂躙されていく。そんな光景など神話の中でも稀なものだ。ただの少女がそれを成しているなどその光景は凄まじい。ゆえに、あの男は歓喜するのだ。
そして、嬉々として試練を投下する。それがどのような結果になるかなど考えてもいない。お前らの輝きをもっと見せろ。
『――終段・顕象――
――刹那、大気を光線が切り裂いた。
「なっ!?」
しかし、そこには何もいない。放たれた光線は大気を斬り裂き大地を砕いたというのに目には何も映らない。それでも確実に何かが存在していた。
紛れもない神気。堂々たる存在感、あふれんばかりの違和感。それなのに、実際のところ目にすることは不可能。
そこから導き出される神の名を黒ウサギは知っていた。
「これはエジプト神群の一柱!?」
名をメジェド。打ち倒す者の名を持つ神。
「なにそれ?」
耀にはとんと聞き覚えのない名前だった。いや、母親がなんか顔芸しながら今はこれが旬なのよとかいって下手な絵を見せてきたような覚えがあるような気がしないでもない。
その時は、あの顔芸が面白すぎてまったくと言ってよいほど話を聞いてなかったので覚えていないのだ。あの顔芸は卑怯だと思う。なにせ、あの歳で新作を出してきたのだ。そりゃ笑いをこらえるので必死だった。
「メジェド神様です。エジプト神群のおひとりで、オシリス神の館に住んでおられます。そして目で敵を倒す、だがその姿は見えないといった神様なので間違いはないと思います。
あの様な光線を放つ神格など結構限られるのでございますよ」
その上姿が見えずとも独特の気配がある神格と言えばメジェド以外にはない。わかりやすく図解すると、
耀は微妙な顔をした。
「神様にしては貧相?」
「えっと、それについてはノーコメントでございます。って、うわっ」
そんなこと言っている間に光線の二射目が来る。不可視の神であろうとも、気配は追える。神の気配は独特で分かりやすい。
しかし、放たれる光線は強力無比であり、近づくのは困難。気配で終えるとはいえ漠然とした場所しかわからない上に、巨人までいる。
急いで倒さねば街に被害が出る。それだけは避けねばならないだろう。今なお放たれる光線を躱しながら黒ウサギへと告げる。
「黒ウサギ、私やるよ」
耀は己のギフトを使うことを決めた。疾走し、言葉を紡ぐのだ。スイッチを切り替えるように。その拳を振るいながら、神を打ち倒す為に。
「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」
だが、このギフトについて知る者は一様に、馬鹿げていると吐き捨てる。出力の上昇幅が莫大という事はそれすなわち基準値と発動値の値がかけ離れすぎていることに他ならない。
それはつまり、反動を受けているということにほかならず、激痛が全身を苛んでいることは想像に難くない。されど少女はその小さき身を崩れ落としはしなかった。
莫大な痛みの中で彼女はただ立っている。疾走している。風となって大気を裂いて。そして、未だ言葉は紡がれているのだ。
「宣誓する豊穣なる母なる大地。混沌こそが全ての始まり、そこから始まったのだ。彼女こそ混沌より出でて天と海、暗黒と愛を生み全ての母となったもの。
一つ目、百腕の巨人。狡猾な蛇と数多の魔神。交わりは穢れ汚き醜き獣を生んだ。子は幽閉され、悲しみは怒りへと変わる。
巨大なる鉄の鎌にて復讐しろ。王位を簒奪し、平穏を取り戻すのだ。全ての事象は我が身の上で。我が身の全ては民のもの。ゆえに、我が身は大地である」
紡がれる
「
発動する
大地が隆起し、彼女の求めに従って形を変えていく。大地操作の星辰光。高い拡散性、操作性、干渉性によってなされる超常の現象。
大地が全ての敵を喰らい尽くす。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「「――急段・顕象――」」
中学に入学したその日。いつかのどこかだと思われる戦艦の上。今ここに極大の試練が姿を現す。それは魔王と英雄。
最強にして始まりと、第二にして仁の者。対極の英雄。
あるいは三人なのかもしれないが今現状、この場において十六夜が相手取る必要があるのは二人。大外套とインバネスをはためかせ、制帽をかぶった軍服と制服の
手印を結び、己の夢を顕象させる。
「
「
両者共に夢の根源にしている概念は希望であり、勇気であり、気概であり、仁である。 それがどのような心の動きから喚起されるかが問題なのだ。
人知を超えた夢と夢、終末さながらの光景を前に彼らを如何にして鼓舞できるか。絶望を払拭させる覚悟の根源は何になるのか。
顕象させた主義の象徴がその属性を発揮して、己が無意識に支持者を取り込むための拡大を開始する。最初の刹那で展開された効果範囲はこの領域に再現されている関東一円。
更にここから徐々に勢力圏を広げ、この領域全てを呑み込むことになる。
魔王は自分の脅威と与える試練を通じて他者を正しく導こうと願っている。急段の射程圏内に使用者の力に恐怖し、追い立てられる者がいることによって協力強制は成り立ち発動する。
英雄は自分の姿を通じて他者を正しく導こうと願っている。急段の射程圏内に使用者の姿を通じて正道を行こうと願っている者がいることによって協力強制は成り立ち発動する。
今現在、両者の支持者は半々。しかし、今やその問題は問題ではないのだ。この場合、この両者が共闘していることが問題となる。
本来ならばこれは選挙なのだ。二つの主張に対し、賛同者を募っていくことによって自身を強化し、相手を打ち倒す。
両者の急段とはそういうもの。しかし、それを相手取るのは十六夜。そう、つまり二人を相手取るには己の主張でぶつかる他ない。
どちらかの主張に傾けば、相手が強化される。今現在、十六夜は英雄の急段に嵌っている。憧憬、標、進むべき正道への希求を抱いている。
ああ、なぜならばこの英雄こそが十六夜の父なのだから。ゆえに、そう当然のことだろう。更に、魔王の急段にも嵌っている。
理不尽の権化たる魔王の姿に忌避を感じ奮起しようとしている。どちらも正道であるがゆえに嵌るのだ。その背にあこがれ、その姿に対して負けないように奮起するからこそ両者の急段に嵌る。
「行くぞ、お前の輝きを俺に見せてくれ!」
「ああ、今回ばかりは俺もスパルタだ!」
「「行くぞ――!!」」
十六夜の過去編を続けようと思ったらいつの間にかアンダーウッド編を書いていた。
自重を捨てすぎた気がしないでもない。
シルヴァリオヴェンデッタがかっこよすぎたのが行けない。いや、体験版しかしてないのだけれど、耀の強化案が浮かばなかったのだから仕方がない。
でもかっこいいからいいや。ということで、裏でやっぱりノリで色々とやっちゃう甘粕大尉。
正田卿がメジェド神を甘粕に使わせようとしたとかそんな話があったので、出しちゃいました。
結構強いメジェド様。しかし、次回以降はたぶんやられてるはず。不可視だけど、不可視でも問題ない二人が相手してるから相性悪い。
不可視以外に何も描写ないから、気配までは消せないだろうということで言ってます。
あと、実は光線による被害は飛鳥お嬢様が防いでおります。奇械イクシオンの第二の技とか使ってます。
え、終焉の腕という名のマッキーパンチを使って。
では、また次回。
さあ、逆襲を始めよう。
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8
「まあ、そういうわけで今の俺があるわけだな」
そう言って十六夜は過去語りを締めくくった。
「なんとまあ、色々とあれだな」
「ヤハハ、そう言われるとは思ってたぜ」
「それで? その二人にはどうやって勝ったのだ?」
「ん? そりゃ、まあ俺の主張をぶつけて? いや、死んだらなんか戻されて勝てるまでひたすらぼこぼこにされた。まあ、その後も大概酷かったんだがそれでもなんとか最下層まで行って」
信じられないという思いがあった。あの十六夜がぼこぼこにされたというのが信じられない。
「ヤハハ、俺も若かったんだぜ?」
「今も十分若いだろう主殿」
「ヤハハ、そうだった。まあ、俺の過去なんてそんなもんさ」
軽く言うが十分凄まじいことをしていると言える。幼少期からおかしな世界で戦うなど常人ではどうやっても不可能なことだ。
そこはやはり十六夜というべきなのだろう。
「それじゃあ、次はお前の番だぜお姫さま?」
「どうしても?」
「おう、俺が話したんだ。お前の過去話話せる奴でいいから聞かせてくれよ。此処に来る前に何をやっていたのかをな」
「……わかった」
ゆっくりと彼女は語る。これはとある男との思い出の日々。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――同一時刻。
――状況最悪。
アンダーウッドの炎に包まれていた。それがただ一度の攻撃で起きたことだと信じられるだろうか。ただの一度。防いだと思った攻撃。それが終わりではなかった。不可視の神の一撃は全てを焼き尽くす。
本来ならば時代を支えるはずの炎の
「――――」
世界が血で染まっている。地獄とはかくあるべきだとでも言わんばかりに。此処こそが地獄、これこそが地獄絵図。
悲鳴を上げて逃げ惑う人、人、人。それを牙が、爪が引き裂く。地獄の使徒あり。全てを地獄へと誘う使徒あり。巨人、あり。
全ての阿鼻叫喚、全ての絶望を混ぜ込んだ魔女の窯の底。ぐつぐつと煮えたぎる窯の底ゆえに逃げ場など
建物が倒壊する。そのたびに悲鳴が上がり、紅い華が咲く。死骸は例外なく炎に包まれて燃えている。油分が大気を汚染し、燃える死骸は酷い瘴気を撒き散らす。
肌に張り付くのは死体から出た魂の如き瘴気。生者を呑み込む死者の手招き。お前も来い、お前も来い。そう絶望の中で死者が叫んでいる。
さながら、それは地獄の窯の中のような光景だった。現実ではありえない、駆逐されたような光景。だが、それは確かに現実だった。
右を見ても、左を見ても、炎が燃えている。燃えていない場所ないし死骸がない場所もない。死体の博覧会会場と言われても信じられることが出来そうなくらい石畳の上は赤く染まっている。
しかも、現在進行形で死体が増えていっているというのだから恐ろしい。おおよそ考えらえる以上に絶望に薪がくべられている。
「あ、ああ」
その中でジン=ラッセルはただ深く絶望していた。綺麗だった街並みは一瞬にしてぼろぼろと化した。ただ一筋の光と魔震が街を引き裂いたのだ。
それでも生きているのはひとえに幸運だったからだろうか。ともかくとして生きている。いいや、守られたのだ。
「あ、飛鳥さん!」
目の前には倒れた少女ただ一人。弱い己をかばったのだ。全身が酷く焼けている。死んでいないのが奇跡の状態。
「ああ、ジン君無事、みたい、ね」
それでなおジンを心配する飛鳥。イクシオンは使えなかった。殺せない相手に対して即死の一撃も自死の両腕も使えない。
だからこそ、こうなった。己の持てる技量にて死にかけ、アンダーウッドの大樹によって再生されかけていた地脈を手繰り寄せてそれで防いだのだ。
だが、それが限度。
それでもジンが無事ならばやるだけのことはやれたのだろう。
「は、はい!」
ジンは自らを呪う。何もできない。ジン=ラッセルには何もできないのだ。そう痛感した。そう痛感させられた。
だからこそ、ジン=ラッセルはこの場を離れることを選択した。何をするにも体勢を整える。それが純粋な恐怖から来る判断だとしても。間違いではない。
その小さな身で飛鳥を抱えて走る。その時に何かを踏む。それは人だったものの眼球だった。全身を嫌悪感が駆け巡る。
「あああ、あああ――!」
声にならない悲鳴を上げた。既に精神は限界。それでも走る。肉体もまた過剰酷使によって筋繊維が一本、また一本と千切れていく音が聞こえている。それでも走る。
足だけは止めない。生きたい。生きたい、生きたい。生きて、勝つのだ。それは人間の純粋な本能。生存本能。種の保存として、己の保存としての当たり前。そして、ジン=ラッセルの意志。
しかし、純粋であるがゆえに運命は彼を逃しはしない。
「――――っ!?」
目の前に炎に四方を囲まれたそこに少年と少女。子供二人。幻想種の二人。倒れた少女を抱える少年。それはまだ、生きている。それと目が合ってしまった。
「あ――」
重ねて言う。運命は彼を逃しはしない。そもそも誰も彼もをここから逃すことを運命は許していないのだ。
他に交じるものなどない欲求、想いを運命は聞き届ける。そもそもこの状況にして混じるものなどある方がおかしいのだ。願いはどこまでも届く。
ゆえに、それが純粋であればあるほど呼び寄せてしまうのだ。さあ、絶望しろ。それこそが望むものであり、それを乗り越えるお前たちを見たいのだ。
至るは破滅への道。
「
呼び寄せる極大の邪神。
「六算祓エヤ、滅・滅・滅・滅、亡・亡・亡ォォォ!」
求める。求める。求める。
唱える真言は、その願いの全て。
病を癒やせ、その原因を祓え、御仏の慈悲を垂れろ。
つまり、病の癒しを求めている。
――癒せ、癒せ、癒せ。
更に重ねよう。運命は、誰も、逃しは、しない。
「あ。あああああ」
突如飛来する魔震と炎の一撃。莫大な熱量が爆ぜ、魔震の一撃が大地を抉り割る。絶望の劫火。肉をあぶる火も意に介さず。
咄嗟に、ジンは子供二人と飛鳥をかばうようにする。結果、己の肉を炎があぶる。限度を超えた激痛を脳は認識すらできない。
事態は一向に好転の兆しを見せず。地獄を創りだした者の首魁の手によって更なる地獄へと加速度的に落ちていくのだ。
落ちてくるのは焼死体であった炭と魔震に砕かれた血しぶき骨、肉。極大の極限の焔によって一瞬にして炭化してそれらはさながら花吹雪のように舞い散る。
もはや目の前にあるのは死ただ一つ。ここまでジンや飛鳥、ただの子供二人が生き残っていること自体が奇跡に近い。
逃げろ、逃げろ、逃げろ。ジンの本能が逃げろと叫ぶ。逃げろ。とにかく本能がここから逃げることを叫び続ける。
だが、断言する。不能、不可能。いかに不退転の決意を示そうとも、逃げようにも力がなければ意味がない。力がなければ何も守れないのだ。
ただかの竜頭が降れるだけで全てが飛び散り砕け散って行く。ああ、無情。何者を救うために命を賭けるもまだ足りぬ。
意志、覚悟、根性。そんなものが通じるのは小説の中だけの話だ。現実問題、それではどうにもできない事態が必ず存在する。
その時頼れるのは地力だけ。積み上げた自らの力のみ。ゆえに、力の足りぬ者は死ぬ。呆気なく、何の感慨もなく無残に死ぬだけだ。
しかし、ある意味でそれは幸運なのかもしれない。死ねるのだ。恐怖を長く感じることがないのだから。
一度屈してしまった膝はもはや立ち上がることなどない。地面についた膝は張り付いたかのように動いてはくれない。
せめてもの慰めは、最後の最期で子供の盾のような格好で死ねるという自己満足が存在するくらい。ああ、なんと矮小な。
そんな卑小で矮小な身でよく魔王を倒すと吐いたものだ。自虐、自嘲。ああ、内心の草原を既に走馬が駆け巡っている。
「そこまでです!」
その瞬間、爆音とともに紫電が爆ぜる。
「黒ウサギ!」
救済の輝き。されど、堕ちた神に通ずるはずなく。招来された神に通ずるはずもなく。
「ジン、ぼっちゃん、逃げてください」
されど立つことは忘れない。かつて人の為に焔の中にて自らを焼いたのだ。未だ、半身が焼けただけ。まだ半身がぐちゃぐちゃになっただけだ。
ならばまだ戦える。月の兎の献身はこの程度ではない。ただ一つ全身から血を流しながらそれでもなおこの少女は立ち続けている。
「逃げて!」
黒ウサギが立ちふさがる。
「無理だ」
それは微かな、されど絶対の希望。
閃光が煌(きら)めく。
それはいつか見た輝き。遠き空にて遍(あまねく)く煌めく紫電の輝き。
だが、それでは足りないのだ。ああ、まさしく。あれこそが希望の光なのは間違いない。その姿、まさしく不動にして絶対の盾。全身に傷を負いながらも敵を見据える姿はまさに英雄そのもの。
だが、それでは足りないのだ。絶対的に足りない。黒ウサギだけでは足りない。
「大丈夫だよ、私もいるから」
大地が隆起しその牙を叩き付ける。
「耀さん!」
大地からあふれ出る百鬼夜行を斬り裂いて現れる人獣。その身を自らの血で赤く染めながらも立ちふさがる姿は流石としか言いようがない。
その身に星辰光の反動を受けているというのにただこの少女は気合いと根性でこの場に立っているのだ。
しかし、それでもジンの心をしめる不安は消えてはくれない。この状況。どうあがいたところで二人では無理だ。
二柱の神に加えて、そうここには二柱いる。メジェドのほかにもう一柱。どこからともなく現れた魔震を手繰る龍の荒御霊が。
それから逃げるように現れる魑魅魍魎の類。ひき殺しかねない勢いでにげるそれらもまた脅威でしかない。
着実に確実に削られていく二人。足手まといがいるからこそ、どうあがいたところでまけなのだと言われているような気がした。
「……ああ、本当、ゆっくり休めもしないのね」
「あ、飛鳥さん! 動いちゃ!」
「黙ってて」
自らのギフトカードから取り出したるは数千本の短刀。即ち金気。それらすべてを放る。あとは特殊な札を用いて即興ながらもこれで完成。
土行を通じ、相生導く金気の楔。五行太極を通じて陰気を操る業が、ここに成る。祖父から教わった一時的な龍脈殺しの外法。
「あ? アアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ」
苦しみ悶える龍神。これは当然のこと。霊道を断ち切り、気を乱すと言う均衡の崩壊。ここはそういうことがやりやすい土地なのだ。
地脈に干渉しやすく加工しやすい風に
土地を枯らして災禍を招く外法ゆえもっとも忌み嫌った術法。だが、ここで使わなくていつ使うのだ。祖父から聞いたもっとも憐れな龍神に対して使うならば今だ。
見ろ、絶叫をあげる龍神を。効果は絶大。如何に強大な存在だろうとも、地脈が機能不全になれば知覚というセンサーをかき乱されたも同じ。
だからこそ、見失う。今、この場にいる
そして、飛鳥はそれに満足しない。
「龍 穴 向──尋龍点穴。
虫共、道を開けなさい!!」
龍脈から霊気が噴き出す。地の間欠泉は強引に百鬼夜行を引き裂き、巨人すら薙ぎ払う。
神を敬う忠によってそれは神すらも押しとどめる。
更にはこの地に入っていた時から敷設しておいた地形を利用した霊的防御の展開。別段備えていたわけではないものの、飛鳥はこの地に入った時から感じていた神に対する一応の保険として敷設していた陣。
それ今、この場における彼らの命を長引かせる。
「――――」
だが、それがどうしたというのだ。百鬼夜行を退けたところで、もう一柱。目くらまししたところで魔震の被害が消えたわけではない。
不可視の神の熱線は容赦なく降り注いでいる。
人間がこんなどうしようもない化け物に勝てるはずがないだろう。勝てるのは、物語の主人公のような英雄だけだ。
そう、英雄とは常に最後に現れる。屍山血河の最奥で積み上げられた死骸の舞台の上で初めて英雄は踊れるのだ。
だからこそ、それは今だ。今、語り部となる存在がいる。英雄を英雄として語る存在がいて、そして守るべき小さな命がある。
ならばこそ今だ。英雄の誕生劇、屍山血河の舞台は完成した。さあ、今こそ、英雄譚の最終幕が始まる。悲劇の最期を痛烈な希望が照らす。
英雄の誕生。極大の絶望を払い英雄となるべく運命づけられた男が今戦場にて運命と相対する。
「そこまでだぜ」
不可視の何かを殴り飛ばす轟音と共にそれは舞い降りる。それは微かな、されど絶対の希望。
「大丈夫。わたしが皆を抱きしめるから」
誰もどこにもいかせないただ一つの
ああ、まさしく。あれこそが希望の光であった。その姿、まさしく不動にして絶対の盾。背を向け敵を見据える姿はまさに英雄そのもの。
この劫火の中、この戦場の中。未だ無傷、汚れ一つない学生服とコートを翻して、二人の英雄がここに現れる。
すなわち、逆廻十六夜と桜茉椿姫。ノーネームを代表する最強の二人が今ここに、舞台へと上がる。
やばい、やっといてなんですがやりすぎたとかそんなもんじゃねえw。
なんだ、これもうね、過去話書こうと思ったらこんなドシリアスだよ。
前にシルヴァリオヴェンデッタの体験版に触発されて書いたお話を改変して使って見ましたが、いやあ、空亡とメジェドは強敵ですね(絶句)。
まあ、椿姫ちゃん来たし、大丈夫、大丈夫。
しかし、飛鳥は働き過ぎでしょ。流石、あれの孫に設定しただけはある。
三章とか四章は耀のターンかなと思ってたのに飛鳥の方が仕事してるなあ。まあ、まだまだこれからこれから。
だって、地獄はまだまだ続きますもん。
でも、その前に椿姫ちゃんの過去編かなあ。どうしようか悩むところではありますが、とにかく次回も甘粕方式、つまりノリと勢いで書くのでどうかよろしくお願いします。
いつになるかは未定ですが。
では、また次回。
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今こそ語れ、それは旧き世界の物語。男と女の物語。悲しい悲しい回転悲劇の一幕。これは大輪の華と永遠の男の物語。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それはいつかのどこか。始まりは、世界のどこか。いつかのどこかである日、流行り病で家人が全滅した屋敷の中で発見された。
大層憐れに思われた幼子は孤児院に引き取られることになる。憐れな彼女に孤児院の人間は愛を注ぐことにした。
しかし、彼女が預けられた孤児院は次の日には彼女以外が皆殺しにあった。彼女以外が彼女の前で皆殺しにあったのだ。
再び、彼女は別の施設へと移されることになる。その施設もまた彼女以外が全滅することになった。天災により彼女以外が死んだのだ。
またその次も、その次も、その次も。彼女の行く先々で、彼女の周りにいる者が死んでいく。彼女に関わった者、彼女を愛した者。
すべて消えていく。いつしかそんな彼女を人々は嫌悪し、忌避し、恐怖し、彼女は誰とも触れ合うことなく育っていく。
ある日、いくつになるかわからない預けられていた施設が潰れるも、忌み嫌われた彼女はどこにも引き取られることなく誰に看取られるでもなく、おそらくは家族を病死させた病によって誰もいない暗がりで人としての生涯を終えた。
彼女は一人、己の世界で生き続ける。ただ一人己の異界で過ごし続ける。永遠の孤独を。そして、ある時、一人の男と出会った。
「ああ、そうか。私の女神の
永劫の固定。ある意味で彼女に抱きしめられると言える。だが、それではない。望む終末は彼女ではない。
なぜならば、彼女は私の女神ではないのだから。
「だれ?」
カール・クラフト、あるいはメルクリウス、もしくはカリオストロ。そう呼ばれるこの世界の所謂神。そんな男がそこにいたのだ。
初めて、話しかけてくれた人。触れあえた人。勝手にお風呂に入れようとするいじわるな人。いなくならない人。
それからもう一人。
「やあ、アルフレード。久しいな。もっとも、これがどれほど昔に交わした言葉なのかは正直忘れてしまったのだがね」
割烹着を纏った男がそう目の前の男――アルフレードに言う。
「お前か、カリオストロ、いいやカール・クラフト? メルクリウス。どうよべばいいのかな、水銀の蛇。あまり時間は経っていない昔なのはお前だけだ」
それらは旧知の間柄であった。
「お好きに。その権利は君にある。私と君だ。好きにすればいい。こちらは今、少し忙しい」
「何がだ? お前の女神に関係があるのか?」
「ああ、我が愛しの女神の
「ああ、それで似合わない恰好をしているのか」
頭に三角巾を巻いて割烹着を着ている主婦スタイル。胡散臭い軍装の男がそんな格好をしているというのは甚だ違和感しか感じない。
彼の自滅因子たる黄金の獣が見たらあまりの未知に何を思うだろうか。
「ふふふ、これを着ていると彼女は喜んでくれるのだよ。君も来ると良い」
「では、行こう。お前の女神に会うのは気が引けるが同位体とやらならば良いだろう」
そして、二人は出会った。
「むぅ、カリオストロ、どこ行ってたの寒い」
「こらこら、まったく。裸でいれば寒いに決まっているじゃないか」
「――――」
一目彼女を見た瞬間、
全身を駆け巡る衝撃にアルフレードは打ち震える。ゆえに、跪くのだ。やっと見つけた。
こうして永遠を過ごす意味を、意義を見つけたのだ。
跪く。ああ、どうしてこの少女を前に立っていることなどできようか。できるはずがないだろう。この少女を前にして、立っていることなどできはしない。
熱い鼓動が胸を打つ。これが恋なのか。永遠不変のこの身にただ一つ、楔が打ち付けられたかのよう。ああ、なんたることだ。
「カール、酌み交わそう、喜びの酒杯を。美しい華と共に。飲もうじゃないか、甘いときめきが恋を鼓舞するんだ。抗いがたい眼差しが私の心を誘うがゆえに。
だからこそ、私は君にこう言おう。あなたに恋をした。どうか跪かせて欲しい、花よ」
それが出会い。永劫を過ごす、男と女の出会い。
「やだ」
思わずそう言ってしまったのを誰が攻められよう。大爆笑しているメルクリウスはさておき、固まっているアルフレード。
「私が失敗したのだ。君が成功するはずがない」
「五月蝿いぞカール。お前の宇宙に風穴あけてやろうか」
「できるかね? 君はただの永遠だ。私の宇宙に風穴を開けたいのであればそれを外側に流れ出させない限りは無理だろう」
「カリオストロ、だれ?」
「いきなりで驚いたかね。彼はアルフレード、私の友人だよ」
「カリオストロ、友達いたんだ」
こんな胡散臭いに友達なぞいるはずがない。
「いるとも」
「いないだろう」
「君は少し黙っていたまえ。暗黒天体ぶつけるぞ」
「やれるものならやってみろ」
「むぅ、けんか、だめ」
楽しい日々だった。彼がいて、彼女がいて、彼がいる。楽しい日々だ。誰もいなくならない。永遠にそんな日々が続くだろうと思われていた。
メルクリウスが用意する歌劇を影からアルフレードと共に見守る日々。彼の悲願が達成されるその時まで。
数万の回帰を二人で永遠に過ごそう。
「なあ、椿姫」
「なに、アルフレード」
「いい加減アルって呼んでくれてもいいんだぞ?」
「そう。ねえ、アルフレード。さっきカリオストロが呼んでたよ」
「…………」
彼女は人の名を呼ばない。本人を前にして。あるいは親愛を示す略称を使わない。名を呼べば、いなくなってしまうから。
だが、それでも彼はいなくならないと誓う。永遠だから、永劫だから。しかし、永遠なんてものはなく、人は幻想にはなれない。
だからこそ悲劇は起きた。彼の水銀の蛇が己の悲願を達成したその時に。
「ねえ、アルフレード」
「うん? どうした椿姫?」
椿姫の問いかけにアルフレードが笑顔で答える。
「アルフレード……アル、大好き」
「えっ? 今――」
思いもよらないもので。そしてたまらず振り返って――。
「ミツケタ、ミツケタミツケタミツケタ―――」
ちょうどその時、絶望が訪れた。
「っ!? 椿姫!!」
「ああ、なぜだ? 潰したはずなのに不快感が消えてなくならない。……そうかお前か。お前もか。ああクサイクサイクサイクサイイクサイ。消えてなくなれ塵屑どもがぁ!!!」
「ぐっ! 危ない!!」
それの拳を体で受け止めて、そして砕けた。
「がっ!?」
「アル!?っ!?」
消えていく。体が、魂が、存在が、砕けて消えていく。全てが消える。もはや少女は叩き潰された。残った男の残骸は、ただ少女の名を呼ぶ。
「つ……ばき!!」
自らの存在を繋ぎとめるかのように、声を絞り出して少女の名前を呼ぶ。
「ああ、そうだよな。こんなの、こんな……のは」
許さない。認めない。彼女と過ごした日々が、彼女の笑顔が、彼女の愛が、こんなものに消されるなど。
だからこそ。終わらせてなるものか。永遠に、永遠に、永遠に、愛する少女と永遠に。刹那に何度も言われた。そんなものはないと。永遠になんてなれないと。わかっている。だけど、それでも。
「く、そ!!!」
少女との永遠を求めよう。少女の名を叫びながら、アルフレードは自らの理を流れ出させる。それはたった一人の少女に捧げた詩。さみしがり屋の君の側に、永遠に居続ける。ただそれだけを願い、誓った詩を。
永遠に
In Ewigkeit
たとえ刹那の時だろうと
für eine Stunde
私が貴女の腕に抱かれれば
n deines Arms Umfangeni
私と貴女は呪われるでしょう
wärst du verdammt mit mir
私は貴女に幸せをもたらすために、ここに来たのです、
Auch dir bin ich zum Heil gesandt,
貴女が、あの憧れから目を背けないのであれば
bleibst du dem Sehnen abgewandt
貴女に幸せは決して与えられない
eh jener Quell sich dir nicht schliesst.
泣きながら、それに焦がれているのを私は見た。
nach dem ich jammernd schmachten sah;
私が貴女に救いをあたえます
Frevlerin, biet ich auch dir.
神のごとき貴女をどうか愛させて欲しい
Lass mich dich Göttlichen lieben,
貴女が私に道筋を示してくれるなら
zeigest du zu Amfortas mir den Weg.
私が愛と救いを貴女に与えます。
Lieb' und Erlösung soll dir werden,
流出
Atziluth――
人型の永遠でしかなかった宇宙が流れ出す。
「よくやった、こんな結末、認められない。ああ、認めるものか。私の女神も、お前の女神も、叩き潰したアレなど認めるはずがないだろう」
過去最高純度で流れ出すかつての法。永劫回帰。回帰する。それは幸せな日々へと。そして、男は全てを
そうして、回帰した果てで椿姫もまた箱庭へと送られる。彼の存在の■■因子であるから。だからこそ、永劫の男もまた箱庭へ降り立っている。
「椿姫の為に、お前をここで滅ぼす」
闘争は未だ続いている。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――時刻現在
奮起するノーネームを見てこの男はまたやらかす。
「ああ、良いぞ。そんなお前たちだからこそ、俺は好きなのだ。愛しているのだ。お前たちの輝きを永劫絶やしたくないと思っているのだ。
ゆえに、俺は今こうしてここにいるのだ。我が愛しの男に習い、俺もまた挑戦者であるように。だからこそ、お前も俺と同じ道を進むと言うのであれば、その意志を俺に示せ」
――終段・顕象――
悪で在れ。悪で在れ。悪で在れ。
現れるは三頭竜。悪で在れと型に嵌められた偉大なりし悪が、最も古き人類最終試練がここに顕現する。さあ、楽園はそこだ。
「さあ、俺も行くとしよう。待っているが良い第六天、お前の宇宙など俺も認めんよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
柊聖十郎の前にいるのは巨大な竜だった。それは、竜の眷属たる女の神性。このアンダーウッドの大地で眠りについた龍。
「さて、いい加減目覚めろ。俺に手間をかけさせるな」
今、ここに目覚める龍。
さあ、地獄は加速する。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「今行くぞ」
ニコラ・テスラが向かうアンダーウッドへ。壊滅しかけているそこへ。しかし、漆黒の空が全てを覆い尽くす。
「行かせんよ。ペルクナス。お前の力は届かない。お前の意志は守られない。お前は誰も救えない。
残 念 だ っ た な!!」
提案しようペルクナス。
――食事の時間だ。
女の身体から出るのは数式。クルーシュチャの方程式。喰らう牙。もはや、ここから先何人たりとも通さぬ。
特にペルクナス、お前は。
そう言っている。
椿姫の過去編を凄まじいダイジェストでお送りしました。
とりあえず、書くべきことは書いたはず。
現在体調不良で頭痛が酷く、熱もあるという状態なので間違いとかあるかも。クオリティもお察しですし。元気になったら修正します。
とりあえず更に地獄を加速させます。ダブル人類最終試験とか、龍三体の三者面談とか。メジェド神のビームとか。
この状況に飛んでやってくるニコラテスラさんは足止め喰らってます。
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10
地獄だ。ここは地獄だ。だからこそ、今こそ立ち上がれよ雄々しき者たち。そんな声が響いている。試練に立ち向かえ輝け雄々しき者たち。
そんなお前たちを愛しているのだ。そんな声が響いているのだ。愛したいのだ。お前たちを。忘れたくないのだ。
「認めるかよ。お前のその思想。今度は俺が否定してやるよ。お前の意思を他人に押し付けんなよ。何をして、どうするか主張を決めるのはお前じゃない。こいつら自身だ」
だからこそ、認めるものか。
十六夜が守りたいと思う者たちはここにいる。だが、守られたいと思う者はいない。
「なあ、お前ら。違うよな」
そう問う。
「ええ、違うわ。十六夜君。私は、守られたいなんて思わない。言いたいことが山ほどあるもの。だから、力を貸して。私は、誰かに投票して戦ってもらうなんてまっぴらよ。
私の意見は私が言うわ」
飛鳥がそう言う。
「うん、私も。自分のことは自分でやるって決めたから。私も一緒に戦うよ」
耀もまた同じく。
「わたしも頑張る。もう、誰もいなくなったりさせない」
椿姫もまた決意した。
「私も負けません。十六夜さんたちに任せきりでは月の兎の名が泣きますから」
「ぼ、僕も! 僕も一緒に戦います!」
皆の言葉に十六夜は笑う。どいつもこいつも、まったく良い奴らだ。だからこそ、ここに協力強制は成る。
誰も彼もが試練に立ちあがった。だが、そこにあるのは甘粕の思想ではなく、ただ自らの思想をぶつける為に。
「へっ、ならお前ら全員、一緒に行こうぜ!
――急段・顕象――
天地開闢・
急段が発動する。ここには彼の支持者がいるから。展開された急段の範囲はこのアンダーウッド全域。そこに十六夜の声が響く。
お前らはどうするのかと。力のない者には力を貸そう。だからこそ、立ち上がれ。お前たちは誰か他人に任せていいのか。
ここはお前たちの街だろう。お前たちが作り、はぐくんできた街だろう。それを他人に守らせていいのか。
皆が選んだ代表者が戦うのではない。皆が代表者になる。阿頼耶に選ばれた盧生に任せるのではなく、全人類が代表。
人類の代表が個人であって良いはずがない。だからこそ、十六夜は誰も彼もを人類の代表にすることを選んだ。
その中で自身の特異性が薄れても構わない。人類の意思は自分たちで決めるのだ。それに同意した者に十六夜は自らの力を伝播する。
そして、伝播された者は繋がり、その力は十六夜へと伝播する。
「力がみなぎる。これが十六夜君の夢」
「凄い」
「へえ、これがお前らの力か。面白いな、ヤハハ!」
「いやいやいや、みなさん! そんなゆっくりしていて良いのでごすか!」
「お嬢様があのデカブツ止めてるし、もっとヤベエ神様たちが来たからな」
「え?」
「ほら、見てみろよ」
曙光の輝きがそこにはある。
「俺らはあいつの相手だ」
「――急段・顕象――」
もう我慢ならないとでもいうかのように響く声。
「
甘粕正彦が今ここに魔王として降臨する。ノーネームを前にして、もう我慢ならないと――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
輝く曙光。これぞまさしく夜の闇を照らす夜明け。天照輝きだ。
「行くぞ、覇吐! 甘粕だとか言う魔王にこれ以上好きにさせてなるものか。私の益荒男ならばここで奮起して見せろ」
「おうよ! 見てろよ竜胆俺のかっちょいい活躍ってやつをよ!」
傾く男と、勇ましき女。坂上覇吐と久雅竜胆。共に、
そんな相手に対してメジェドが即死の視線を放つ。そんなものを受ければ如何に神だろうとも、いいや神だからこそ死ぬ。
なぜならば神の怨敵を殺すことはすなわち、同族たる神をも含むからだ。
「
朱の大剣振るいて、相手の一撃を受ける。そして、返す。簡単に言えば覇吐が行っているのはこれ。例えるなら覇吐の総体を五百と仮定する。そうすると覇吐は死ぬ。
しかし、桃花・黄泉返りは受けた受けた相手の力を増幅し、千五百の力を発生させる。うち五百の力を使って覇吐は蘇り、残った千の力を対象に跳ね返す。
本来は歪みに対するものであるものの、今現在この箱庭における歪みとはギフトと呼称される。つまり、このメジェドの一撃もまた返せるということ。
そうでなければここには来ていない。
「おらああ!!」
返した一撃がメジェドを貫く。その一撃は覇吐の分も含めて、更に十六夜の急段に嵌っている為に十六夜の力も乗ってメジェドを消し飛ばす。
その瞬間、現れる三頭竜。悪であれ悪で在れ、悪で在れ。地獄の瘴気が噴き出す。全てを消し飛ばす勢いで吐き出される悪の念。
しかし、ここにいるのは二人だけではない。
「「
地獄に響く二つの声。
「
すなわち
その涙落ちて神となる これすなわち
ついに
劍の刃より滴る血 これ
――太・極――
まず走る斬撃。斬るという概念そのものである斬撃が奔る。ただの一刀。神性すら付与されていないただの刀。
その一撃が悪で在らんとした神を切り裂く。容易い。なぜならば己は剣であるから。遍く全てを斬る。そう在ろうとした神であるから。
曰く、経津主。その名は壬生宗次郎。女性のような細面ではあるが、彼の放つ斬撃はもはや斬撃と呼ぶ代物には程遠い。斬撃、いいや切断の極致だ。
これはそういう神威。遍く全て例外なく切り裂く神威。斬れないものなどただの一つもなく、ただ一振りの刃として剣として遍く全てを斬るのだ。
莫大な殺意が飛翔する。極大の斬気。もはや振るった刃に距離など関係ない。距離という概念すら斬り裂いて彼の斬撃は三頭竜へと届く。
「まったく、先に飛び出していきすぎですよ二人とも」
まったくこれだから覇吐さんは、とあきれたように呟く彼の端で首を飛ばされた三頭竜の傷口から這い出す異形共。
その数数千、数万。かつての鬼の如く、這い出す狂気。しかし、もう一つの祈りがそれを打却する。
「ここに
我が身に
いと速やかに
天の
唵・
ここに帰依したてまつる 成就あれ
――太・極――
神咒神威――
無限に拡大された可能性の奔流が、異形を押し流し破却する。陽炎のごとく揺らぎ、実体と幻影の違いはもはや存在しない。
数多の彼女は全て実体であり幻影でもある。例え倒されたとして、生きる可能性があるならば彼女は死なない。
これはそういう神威。摩利支天。名は玖錠紫織。圧倒的なまでの才気を持った女武芸者が無限の可能性を武器に戦場へと踏み込む。
その踏み込みの衝撃は、爆発に等しい轟音と共に大地を揺るがし
「あんたもね、宗次朗」
「いえ、紫織さんほどじゃないですよ」
「しかし、厄介ねあれ。倒しても倒しても沸いて出て来るわ」
「幾らでも斬れて良いのですが流石に面倒ではありますね。あまり斬り応えもありませんし」
「ならば、ここは我らの出番かな龍水」
「はい、夜行様!」
滅するには、傷口を残さずに滅却する以外にはない。ならば簡単だ。
二人の男女にはそれが出来る。
「ざんざんびらり、ざんざんばり、びらりやびらり、ざんだりはん
つくもふしょう、つかるるもふしょう、鬼神に王道なし、人に疑いなし
総て、一時の夢ぞかし
ここに天地位を定む
八卦相錯って往を推し、来を知るものは神となる
天地陰陽、神に非ずんば知ること無し
計都・天墜――凶に敗れし者、凶の星屑へと還るがいい」
男摩多羅夜行の声が響き渡ると同時に世界に隔絶した現象が引き起こされる。夜行にしか出来ない夜行だけの咒を紡ぎ出し、それに合わせて太極が揺らめく。
組み替えられる森羅の理が軋みながら、夜摩の万象が位相を変えてこの世界へ顕れる。夜行が紡ぐ咒に、蠢く指に合わされて中天から嵐の乱雲が穴を穿たれ、徐々に広がる。
まるで何かを通すための道を開いたかのように、そこに集中する極大の神気は天井を震わせそこに巨大な穴を穿つ。
最後に、咒力の密度は幾何学的に膨れ上がり、咒法が励起される。夜行の呼びかけに答えるかのごとく、計都彗星の威容が宙の果てから燃える大火球と化して迫り来る。
大質量でもって押しつぶす。その術もはや既存の術法体系を逸脱し彼独自のものとかしている。地下だろうが関係はない。
彼が呼び寄せ天墜させるのだ。太極位の陰陽術。星が降る。大質量の流星が三頭竜へと堕ちる。
神格六柱。かつて箱庭を救った御神の威光は遍く全てを照らす――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「が、ハッ――」
「フン、この程度か
ボロボロの膿と血に塗れた鎧武者一人。幽鬼のような男に首を掴まれて死に体だった。この騒乱を収めるべく彼女は奔走した。
しかし、今や燃えるような紅い舞踏仮面と流れるような銀髪のポニーテールに黒い髪飾り、精密な意匠が施された白銀の鎧を纏う女性騎士の姿はここにはない。
ここにあるのは死病をうつされ、腐りきった肉袋と化した憐れな女がいるだけだ。
「あーあー、まーたやってるよ飽きないねセージ」
「フン、俺には俺の目的がある。お前にも邪魔はさせんぞ蝿声」
「うんうん、この僕が親友である君の邪魔をするはずがないじゃあないか。寧ろ応援しているくらいだよ」
「ならば今すぐ俺の目の前から消えろ蝿声。貴様の声など聴くに堪えん。ここには俺だけあればいい」
フェイス・レスを捻り潰しセージは巨竜を引き連れアンダーウッドを進む。消え失せろ塵共。俺の糧に成れ。
滅尽滅相――俺以外の全て尽く消え失せろ。ここには俺だけ在ればいい。
「手に入れるぞ。第六天。貴様の力、俺がもらってやる。そして、俺の上に立つ屑ども全てその座から引きずり降ろしてくれる」
虫唾が走るんだよ。何が神だ。なぜお前らはそうなのだ。この俺の上に神などあるはずがないだろう。俺を生かさぬ神ならいらん。俺を生かさぬ世界ならいらん。
地獄は続く。生まれた希望は加速度的に増し、そして、
タジャドル・隼様企画の超コラボ始まりました。
タイトルはロストボックス ~問題児の集結~です。どうぞ読んでみてください。うちの椿姫ちゃんが出る予定です。どんな風にでるのか今から楽しみです。
それからなんとか体調も戻ってきました。皆さまにはご心配おかけしました。
さてそういうわけで本編について。
第七天参戦。満を持して参戦。とりあえずメジェドとアジさんを一瞬で退場させてもらいました。
ぶっちゃけると、私こいつらあまり好きじゃないんですよね。いえ、キャラ的には好きなんですけど、こいつらの太極の詠唱が非常に面倒で、面倒で。
ルビ振らないと読めないとか、もうね。うん、作業量倍化で大変なんです。だから今まで出なかったし、出てもねアレだったのに。今回は、うん。
しかも、だいぶ神咒神威の記憶薄れててキャラとかあれなのに。
という愚痴でした。こいつらの太極ルビ振るの大変過ぎでちょっと愚痴りましたすみません。
とりあえずかなりの戦力アップ。こいつらのおかげで厄介なメジェドさんとアジさんが一発退場
そら切断の太極でぶった切って可能性で押し流して、KEITOTENTUI☆。してたら勝てる。
これで勝てないのは糞野郎くらいです。
これでもこいつら箱庭の中で最上位クラスの求道神ですし。覇道神には負けるけど。
それから十六夜の急段。
四四八や甘粕のように自分が代表になって支持を受けて戦うのではなく、全員を代表にしてみんなでこの先の為に戦おうというもの。
十六夜の全能力の伝播と他者の全能力の十六夜への付与が実際の効果。アンダーウッド中なのでアンダーウッドの全員が十六夜化して、アンダーウッドにいる全員の能力が十六夜にプラスされてます。
ええ、あの第七天の奴らもこの急段に嵌ってますね。あれ、十六夜が超チート化してないかこれ。
協力強制は十六夜が守りたいと思い、相手が守られたいではなく自分も戦う、つまり代表になりたいと思うことによって急段が発動します。
さて、次回は甘粕戦。いきなりラスボスが我慢ならないと出てきちゃったよ。どうすんだよこれこの十六夜に甘粕勝てるのかよとかやりつつ、空亡をどうにかするために飛鳥と耀による地脈の大規模工事が始まります。
とりあえず、飛鳥仕事しすぎ。
そしてセージは、もうやばいところに足突っ込んでる。これ冷泉パターンかと思いきやセージだからなあ。
フェイス・レスさんは地味に箱庭から退場しました。逆さ磔にされました。ジャックさんのお隣です。実は、あの魔王だったり牛魔王だったりが逆さ磔の餌食。そのうち白夜叉も取り込みに行くよ。セージが実は一番手の付けられないことになっていく。
おい、まじ問題児原作どこ行った。
な感じですが、これからもがんばります。
いつになるかはわかりませんがまた次回。
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11
桜茉椿姫は歩いていた。全てを抱きしめながら。抱きしめる。抱きしめる。もう誰もここからいなくなって欲しくないから。
だからこそ、不快感を露わにする男と巨竜が彼女の前に現れる。
「ああ、忌々しいんだよ。特に貴様だ。何を上から目線で抱きしめるなどと言っている。虫唾が走るんだよ」
柊聖十郎の前に立つ少女。抱きしめたがり寂しがり屋の桜茉椿姫。忌々しい女を前に男が己の渇望を流れ出させる。
「開けよ地獄よ、その口をそして呑み込め
Schiudi, inferno, la bocca ed inghiotti
お前の創造したものを全て腹の中に
Nel tuo grembo l'intero creato
邪悪さと そして流血を
Scellerata, - insanguinata.
夜の闇、急いで消し去れ
Scellerata, - insanguinata.
大地と天のすべての光を
Ogni lume in terra e in ciel.
すべての傷を癒し新しい命を
D'ogni ferita, Che nova vita
飲み干すぞ その輝きを
Vuotiam per l'inclito
飲み込め 燃え上がらせろ その骨を!
l'ingoia... Fiammeggian quell'ossa!
お前は、それだけの為に生かされている
Sie werden nur dafür bewahrt
流出
Atziluth――
簒奪する死者の逆さ磔
Trionfo La luce langue」
流れ出す極悪の渇望。己の上に立つ全て引きずりおろし、奪いつくし己の逆さ磔にくべてやると祈りが駆動する。
流れ出す。己の上にある座の存在を知ったがゆえに、求道でしかなかったこの男は覇道となりて流れ出す。
創造位階における異界とルールが、永続的かつ全世界に流れ出す。これは錬金術における基本であり奥義である“全は己、己は全”を究極的に体現したもの。
すなわち、世界=己。己を世界の一部と認識するのに留まらず、己こそが世界であるという破壊的なまでの自負と傲慢さの極致。
何より、奪い尽くした逆さ磔の贄共が流れ出し、軍勢となりて生じるのだ。このアンダーウッドの大地を貫く巨大な逆さ磔こそが彼の随神相。
逆さ磔を担ぐ死神こそが彼。お前らの
太極を喰らう覇道。全ての太極を喰らい尽くす覇道。そして、自らの力とする自己愛が生じさせる求道的覇道。
塵屑でしかない貴様らが生きて、この俺が死んでいいはずがない。お前らが持っているもので俺が持っていないものがあるはずがないだろう。
寄越せよ。お前らはそのためだけに生かされている。何よりも強く、何よりも思い続けた強靭な意志がありとあらゆるものを凌駕することを許す。
「駄目、駄目。いなくならせない。みんなにここにいてほしい」
そんな他者廃絶の祈りに椿姫は反発する。あなたも抱きしめる。誰もいなくならせない。だからこそ、その祈り、この状況において誰よりも輝く。
「ああ、全て終わった
Or tutto finì
喜びも悲しみも、もうすぐ終わりを迎える
Le gioie, i dolori tra poco avran fine
墓は、全ての者にとって終末
La tomba ai mortali di tutto è confine
私の墓には、涙も花もないでしょう
Non lagrima o fiore avrà la mia fossa
私の上には、名を刻んだ十字架もないでしょう
Non croce col nome che copra quest'ossa
ああ、道を誤った女の願いを聞いてください
Ah, della traviata sorridi al desio
どうかお許しください、神よ、御許にお迎えください
A lei, deh, perdona; tu accoglila, o Dio
ああ、全て終わった
Or tutto finì
流出
Atziluth――
夜の世界・堕落する華
Demimonde――La Dame aux camelias」
ぶつかり合う二つの覇道。鬩ぎ合う二つの世界。二つの覇道のぶつかり合い。随神相の逆さ磔を持った死神が動く。
振るうその逆さ磔。奪い尽くした全てがそこにはある。塵屑ほどの価値しかないそれではあるが、かつての神格共。
ゆえに、投げればそれなりの価値がある。それゆえに奪った神格を柊聖十郎は躊躇いなく椿姫へとぶつける。
大質量。ただ一つの宇宙。全てが石になれ。その祈りが超高密度の石化光となって椿姫を襲う。
「――っ」
しかし、揺るがない。その身は永遠なれば。みんなと一緒にいつまでも、何があっても離れたくない。だからこそ、その身は永遠に固定される。
巨大な釘に打ち付けられて、誰も彼もが彼女の傍で永遠を過ごすのだ。だからこそ、石化の光など意味を成さない。
「フン、この程度か屑が」
ならば、次だ。逆さ磔にされた
獣の奔流。それはまさに軍勢。流れ出す渇望によって染め上げた魂を、己が幕下に集わせ率いる力。これは支配による従属させたもの。
逆さ磔の人形共。意志などなく、そこにあるのはただ支配された人型のみ。だが、その魂まで奪い尽くしたそれは柊聖十郎という破格の魔人の存在により擬似的に流出位階にまで押し上げられている。
塵屑でも使い手が違うのだ。柊聖十郎という男はまぎれもなく天才だ。その思想、思考、魂。その全てが悪であり、外道であるがその魂は死において生きたいと願い続けた魂は、その暗く淀んだ極悪の渇望は何よりも強い。
だからこそ、お前らを使ってやると言わんばかりに支配し、流出位階にまで押し上げる。使い手がこの男であるからこそ、塵屑ですら流出位階にまでなるという証明。
塵屑だろうと、柊聖十郎という男ならばそれがなんであれ十全に使えるということ。
獣の奔流が来る。それは黄金における全力の突撃と比べる間でもないが、それでもこのアンダーウッドを消し飛ばすことぐらいわけがないほどの威力を内包している。
だからこそ、停める。
「……止まって。みんな抱きしめてあげるから」
止まる。止まる、止まる。釘に打ち付けられたかのように、彼女が望めば全ての者の動きが止まる。ここにいて、そこにいて、いなくならないで。
だが、
「気持ちが悪いんだよ、この抱きしめたがりが!」
帝釈天の方が全ての邪魔をする。本来ならば隔絶された椿姫の格に柊聖十郎では相手にならない。しかし、この箱庭において例外が通る。
皆で遊びたい。平等に。そのイノリにおける太極、その法は、世界の大前提すら塗りつぶした。だからこそ、対抗できる。
擬似流出の獣の奔流は止まらない。押し流し椿姫へと殺到する。
「うぁ――」
傷つける。傷つける。それでも抱きしめようと手を伸ばすのだ。
ああ、気持ちが悪い。俺に触れるなよ。貴様に抱きしめられるいわれなどない。貴様の愛などいるものか。
増大する逆さ磔の覇道。流れ出した渇望が箱庭を覆う。支配されれば最後、全てを奪われる。貴様らが持っているものを寄越せ。
加速度的に触れる逆さ磔の犠牲者。お前ら全員、羨ましいんだよ。俺が死ぬわけがない、お前ら屑が生きて、俺が生きれぬはずがないだろう。
ゆえに、寄越せ、お前らの持っているものを。俺が持っていないはずがないのだから。奪う、奪う、奪う。
その命、そのギフト。全てを奪い尽くす。逆さ磔にくべられろ。その骨まで燃やし尽くせ。輝きを寄越せ。
全てを引きずり降ろし、簒奪する逆さ磔。
「だめ、だめ」
いかないで、行かないで、いかないで。どこにも誰もいかせない。そこにいて欲しいから。純粋な願いが駆動する
止める、停める。彼女の力に触れれば、永遠その場に固定される。意識はある、魂もある。死んではいない。
世界を飲みこむ覇道。大輪の華に抱かれて、誰も彼もをそこに留める。争う者も、今まさに消えようとした命すら、ここに留めてしまう。
逆さ磔にされようとしていた者すらも、全てその場に留めて生かす。誰もどこに行ってほしくないから。
「あなたも、私が抱きしめる」
「うるさいぞ塵が。上から目線で抱きしめるだとふざけるな。俺の上に、お前らがいるはずがないだろうが、堕ちろ」
赤い血が舞う。それは椿姫のもの。逆さ磔の残滓共が大挙して押し寄せ椿姫を傷つけていく。防御などできず、ただ血を流す。
それでも、手を伸ばすのだ。抱きしめたいから、一人になりたくないから。
千日手。決着がつかない。傷を負ってもその場に在り続ける椿姫は攻撃が出来ない。彼女に他者を攻撃するという概念がないゆえに。
だからこそ、ここにはもう一人の神格を必要とする。本来は共存できぬ覇道を共存させることができるゆえに、もう一人。
彼女を守護する者が必要だった。そして、ここには一人、神格がいた。
「行きます」
赤の軍装。陸軍服を纏った女が来る。サラ=ドルトレイクがゆく。己の渇望を流れ出させる。機械の肉体。
己の身体は機関のそれ。だが、それでも魂は人だ。感情回路が熱を持つほどの願いは確かにあるのだ。ならばこそ、彼女の願いもまた流れ出す。
「彼ほど真実に誓いを守った者はなく
Echter als er schwür keiner Eide;
彼ほど誠実に契約を守った者もなく
treuer als er hielt keiner Verträge;
彼ほど純粋に人を愛した者はいない
lautrer als er liebte kein andrer:
私を焦がすこの炎が 総べての穢れと総べての不浄を祓い清めてくれる
Das Feuer, das mich verbrennt, rein'ge vom Fluche den Ring!
自分との間を、剣で分け隔てて
schied er sich durch sein Schwert.
明るく、高く、炎よ、燃えよ!
Hoch und hell lodre die Glut
あの日のように清らかに
Wie Sonne lauter
どうか微笑んでください
an dem weihvollen Paar!
流出
Atziluth――
世界を焦がす――機関の炎
Muspellzheimr Lævateinn」
それは、愛だ。黒の王へと捧げる従者の愛。景観は一変し、対峙する三人を残して周囲は赤き灼熱の国へと変じていた。
ここはまるで溶鉱炉。あらゆるものが溶けて燃え、沸騰して熱風と化す。出口などない。避難場所もない。地平線すら揺らぐ、灼熱の世界。
機関が見せる。ただ一つの輝き。それは世界を焼く炎。燃やし尽くせ、燃やし尽くせ。こちらに振り向かぬ主。
それでも永遠に彼の下でその漆黒で燃える三眼に焼かれたい。見据えられて、焼き尽くされても構わない。燃える三眼に見据えられて焼かれるのであればそれで良いのだ。
ゆえに、この世界は炎。全てを焼き尽くす焔の世界。椿姫によって固定化された者以外全て灰燼と化す。それはすなわち、拒否し続ける柊聖十郎が燃えること他ならず。
巨龍が燃える。燃える、燃える燃える。全てを燃やし尽くす劫火が全てを焼き尽くす。逆さ磔など関係がない。
強大な炎が燃える。
「ぐ、ごああああああ」
燃える、燃える、燃える。
「あーあー、セージ、これは君の負けだよ」
「ふ、ざ、け――」
「うんうん、今回は相手が悪いよ。なにせ、黒の王様の従者だ。ただでさえ強力なのが、あの急段に嵌っているから更に強くなっちゃってるんだよ。だからさあ、ここは素直に退いておこうよ」
蝿声が嗤う。蝿声が嗤う。ここで退いて立て直そう。そっちの方が面白いから。なにせ、次は、あれが動くのだ。
ああ、楽しみだ。どんなべんぼうが生まれるのか。だからこそ、ここで柊聖十郎を退場させるのは面白くない。
だからこそ、神野明影は柊聖十郎を回収した。闇に消える。蝿声を撒き散らしながら。
「逃げましたか」
サラは逃げた二人をみてそう言う。まだここには残っている相手がいるのだ。十三番目の太陽を穿て。そんな条件を出した巨龍が。
かつて、かの魔王レティシア=ドラクレアが残した最後のゲーム。中断されたゲームがここに再開される。
『下がれ、サラ』
だが、そこに現れる三眼の王。
「はい、わが主」
『提案しよう、ドラクレア。食事の時間だ』
三眼の王が提案する。
『――城よりこぼれたかけらのひとつ
クルーシュチャの名を以って
方程式は導き出す
我が姿と我が権能、失われたもの
喰らう牙
足掻くすべてを一とするもの』
ぐるりと取り巻く文字のような黒い群れは、男の影から吐き出され、周囲で蠢き回転し、不規則な幾何学模様を描き出す。
クルーシュチャ方程式の名で呼ばれる自らへの戒めを大脳で紐解き、あまねく万物を砕き呑み、鏖殺することを許された黒色異形の“腕”を伸ばす。
何もかもが関係ないとばかりに漆黒の腕が竜を喰らう。それは見る者が見たならばわかったことがある。例えば、黄金瞳を宿すものだとか。
そうそれは数式。複雑に絡み合った数式の咢が竜を喰らう。男の胴体部の亀裂からずるりと伸ばされて、巻き付くように巨竜を取り込み、押し潰す。
そして、全ては消え失せた。
ノーネーム側反撃の巻。
椿姫ちゃんは頑張ってけど、彼女ってあれなの戦闘用キャラじゃないの。攻撃するって概念が抜けちゃってるのでこういう結末しかなかった。
そのうち攻撃も覚えてほしいところ。
さて、サラが使ったのはみなさん大好きなアレの改変です。もうサラさん魔改造しすぎて原型が一切残ってないです。
一応、言っておくとサラさんは原作のサラと同一人物。ただし、機関人間になっています。
漆黒のシャルノスというスチームパンクシリーズのモランと立場は同じですね。
そして、黒の王が巨竜をむしゃむしゃしました。
本当、テンプレ戦闘は楽ですね。
次回は、飛鳥が働いてくーぼーをなんとかします。
耀も働くよ、主に土木工事要員として。
次回はいつになるかわかりません。というか万仙陣プレイするのでおそくなることは必至です。
まあ、ゆっくり待っていてください。
では、また次回。
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