Fate/Grand Devil (ユリゼン)
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序章 悪魔狩りの便利屋と星読みの台
#1 匿名の『合言葉付き』


 チンピラやゴロツキが彷徨く裏街にて、その店はあった。薄汚れた外壁に切れかけた赤いネオンサインは点滅し、一見すれば廃屋と見間違うほどみすぼらしい。

 しかしここには間違いなく人が住んでいる。

 

 『Devil May Cry』、裏社会では知らないものはいない凄腕の便利屋である。

 その主人である『ダンテ』はいつものようにジュークボックスから流れてくる音楽を聴きながら雑誌を読んで暇を潰していた。

 

 ーーーージリリリリリリリリンーーーー

 

 不意にデスクの上の電話機が鳴り響く。ダンテは姿勢を変えることなくデスクの上に乗せていた足でダンッと蹴る。そして浮き上がった受話器をキャッチして電話に出た。

 

 「悪いが今日はもう店じまいだ。また今度にしてくれ」

 

 そう言って受話器を放り投げる。放り投げられた受話器は弧を描いて電話機に収まる。

 そして背伸びをして再び雑誌を読み始めようとした時、扉が開くと同時に声をかけられた。

 

 「ダンテ、また依頼を断ったの?」

 

 ダンテに声をかけてきたのは右目が隠れた白い長髪に雪のように白い肌、そして白いドレスのような衣服を身に纏った少女である。

 

 彼女の名は『アナスタシア』、ここDevil May Cryの居候兼受付嬢である。

 

 「最近の依頼してくる奴らは俺のことを何でも屋か何かと勘違いしてるみたいだからな。そういった依頼は他所にしてくれってんだ」

 

 ダンテはアナスタシアに愚痴るようにそう言う。

 ここ最近舞い込んでくる依頼は『迷子の猫探し』や『買い物の手伝い』、『チンピラやゴロツキの退治』などどれもお門違いなものばかりである。なのでダンテは何かと理由をつけては依頼を断っていた。

 おかげで金欠といったらありゃしない。

 

 「全く、金欠だったら仕事を選んでる余裕なんて無いでしょう」

 

 不意にアナスタシアとは別の声が聞こえてくる。そして事務所の中に紅いリボンを付けた銀髪のセミロングに紅い瞳の、レースのように薄っぺらい黒紫の布を衣服のように纏った少女が入ってくる。

 

 彼女の名は『カーマ』、アナスタシアと同じくDevil May Cryの居候兼受付嬢である。

 

 「堕落する人間は好きですけど、貴方が堕落してしまっては困るんですよ」

 「安心しな。俺は週休六日は実行しているだけだ。仕事は仕事でちゃんとやるさ」

 「それが堕落だと思うのだけれど?」

 

 アナスタシアが痛いところを突いてくるが、ダンテは全く気にした様子はない。

 そんなダンテにアナスタシアがため息を吐いてから口を開いた。

 

 「………ハア、そんなことだろうと思ったから依頼を持ってきました。……もちろん『合言葉付き』です」

 「おいおい、それならそうと早く言ってくれよ」

 

 アナスタシアの『合言葉付き』という言葉にダンテの先ほどまでのやる気の無さは何処へやら、嬉々としてそう言う。

 

 「んで、依頼の内容はなんだ?」

 「依頼内容は『近いうちに人理に危機が訪れるから人理を救ってほしい』とのこと。依頼主は匿名ね」

 「ジンリ? 何だそりゃ?」

 「あなたにわかりやすいように言うなら、『人類の生存の証』といったところかしら?」

 「てことは、その人類の生存の証とやらに危機が訪れるから救ってほしいってことか? 大層な依頼だな」

 「でも『合言葉付き』で依頼してきたということは、なまじ嘘ってわけでもないのでしょう?」

 

 カーマの言う通り、『合言葉付き』ということはそれだけ確実に起こり得る事件ということになる。なので他の依頼と同様断るわけにはいかない。

 

 「……まあその辺りは実際にこの目で確かめればいいさ。それで、場所は何処だ?」

 「南極の標高6000mの雪山に魔術的に隠された国連承認機関………人理継続保障機関『フィニス・カルデア』。そこが依頼場所よ」

 

 アナスタシアの口から語られたのは、ダンテにとってこの上なく面倒な組織だった。

 

 

………

……

 

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア。

 ここは地球環境モデル『カルデアス』を観測することによって未来の人類社会の存続を世界に保障する保険機関のようなものであり、100年後に時代設定したカルデアス表面の文明の光を観測する事により、未来における人類社会の存続を保障する事を任務としている。

 

 そんな表には知られるわけにはいかない組織の中に、現在ダンテ達は潜入していた。

 なぜダンテ達が潜入などという普段なら絶対にしないであろう方法を取っているのかというと、ダンテ達はこういった組織からは()()()()()目を付けられており、正面から堂々と乗り込もうとすれば戦闘になるのは必須といえる。

 それを避けるために変装して裏口から潜入していたのだ。

 

 「……にしても、馬鹿みたいに広いなここは」

 

 白い清掃員みたいな服装に変装したダンテは、廊下と思われる通路を見回しながらそうつぶやく。

 

 「そうね。これだけ広ければ戦闘になっても問題は無さそうだわ」

 

 青い服に短パン、帽子といった普段とは全く違う服装に変装しているアナスタシアが物騒なことを言うが、全くもってその通りだ。

 なお、カーマはいざという時のためにダンテの影の中に潜んでいる。

 

 そんなわけでダンテ達が廊下を歩いていると、目の前に三人ほどの人影が見えた。

 一人はオレンジ色のセミロングをサイドテールにまとめた少女で、もう一人は薄紫のショートカットでアナスタシアと同じように片目が隠れた少女、そしてやけに髪がモサモサの貴族のような服装の男性だ。

 

 「…………」

 

 その三人のうち、ダンテは男性から()()()()()臭いを嗅ぎ取る。

 

 ()()のように、底知れない悪意に塗れた嫌な臭いを。

 

 「………ダンテ、どうする?」

 

 アナスタシアも嗅ぎ取ったらしく、剣呑な表情をしながら小声で聞いてくる。

 

 「……どうもしねえよ。正体がバレちまったら元も子も無いからな」

 

 アナスタシアの言葉にダンテはそう返す。ダンテ達が今やるべきことは依頼内容にあった『人理の危機』というものがどういうものなのかを知るところからだ。それがわからなければ依頼の解決しようがない。

 

 (さて、どうやって調べるかな)

 

 ダンテが調べる方法を考えながら歩いていると──────

 

 「ちょっと、そこの君」

 

 ──────後ろから呼び止められる。振り返ると先ほどの三人がダンテとアナスタシアを見ていた。

 

 「私達に何かご用でしょうか?」

 

 アナスタシアがすかさず三人に聞く。もちろん営業スマイル付きだ。まあダンテが反応するよりかはアナスタシアの方が向こうも警戒することはないだろう。

 

 するとモサモサの髪の男性が口を開いた。

 

 「君達は一体誰かな?」

 「ああ、私達は最近ここに就任した()()()()()()です。今持ち場に戻っているところでして」

 「ああ、そういうことか。なら呼び止めてしまってすまないね」

 

 モサモサの髪の男性は笑顔でそう言うと二人を引き連れて立ち去る。

 

 「……カーマ」

 

 その後ろ姿を見ていたダンテは不意に影の中にいるカーマを呼んだ。

 するとダンテの影からカーマがヌルリと上半身だけ姿を現した。

 

 「どうかしましたか?」

 「あいつらの後、特にモサモサの髪の男の後をつけてくれ。何か嫌な予感がする」

 「もし変な真似をしたら()っちゃっていいですか?」

 「その辺はお前に任せる」

 「わかりました。では何かあったら連絡しますね」

 

 そう言ってカーマはダンテの影から出ると、三人の後を追って姿を消す。

 

 カーマを見送ったダンテとアナスタシアは再び施設内の探索に戻った。

 

 

………

……

 

 

 カルデアに潜入してからしばらく探索していたが、想像以上の広さにダンテとアナスタシアは軽く迷っていた。

 この施設、体感的に地下へと広がっているようであり、何処まで広がっているのかさっぱりわからない。下手したら雪山どころか本当に地下まで広がっている可能性がある。

 

 「ダンテ、疲れたわ」

 

 途中の休憩所と思われる場所で、歩き疲れたであろうアナスタシアがそうこぼす。

 

 「俺に言うな。ここを造ったやつに言え」

 「知らないわ。私は疲れたのだからおぶりなさい」

 「あのなあ、いい年したおっさんがお嬢ちゃんをおぶってるほどヤバイ絵面は無いんだよ。だから自分で歩け」

 

 アナスタシアのワガママをダンテは軽く流す。このお嬢様のワガママはいつものことなので、ダンテも軽く流すことに慣れてしまった。

 

 「それよりも、本当にここで合ってるのか? 見た感じ真っ当な施設だぞ?」

 

 ダンテは疑問に思っていたことを口に出す。

 少し見て回ったが、このカルデアという機関はいかにもな怪しい研究などは行っていないようだ。こういったところほど裏で怪しい研究などをしてそうに見えるのだが。

 

 「そう言われても依頼の場所はここで合ってるのよ。それに『合言葉付き』である以上嘘というわけでもないでしょう」

 「………そりゃそうだよな」

 

 アナスタシアの言葉にダンテも同意せざるを得ない。何せ『合言葉付き』の依頼は内容が本当のことであり、そして危険な依頼であるからだ。

 なのでこの『人理の危機』という依頼も本当のことであると言えるので、何もせずに帰ることなどできないのだ。

 

 (どうしたもんかな………)

 

 ダンテがそう思った時────

 

 ────ドンッ! ズズズズズ……────

 

 ────何かが爆発したような衝撃と地響きが建物内に走った。

 

 「「ッ!!」」

 

 異変を感じ取ったダンテとアナスタシアはすぐに爆発元と思われる場所へと向かって走り出す。

 いくつもの廊下を走り抜け爆発元と思われる大広間に辿り着くが、そこはすでに火の海に包まれ、瓦礫が散らばっていた。

 

 「ダンテ!」

 

 するとモサモサの髪の男の後を追っていたはずのカーマがこちらに駆け寄ってくる。

 

 「カーマ、何があった」

 「やられたわ。あいつ、()()()()()()()()

 

 ダンテの言葉にカーマが苦虫を噛み潰したような表情でそう返してくる。

 どうやら奴はすでに先手を打っていたらしい。

 

 ダンテが口を開こうとした時、建物内にアナウンスが響いた。

 

 『観測スタッフに警告。"カルデアス"の状態が変化しました。"シバ"による近未来観測データを書き換えます。近未来百年までの地球において、人類の"痕跡"は発見できません。人類の"生存"は確認できません。人類の"未来"は保障できません』

 

 アナウンスは意味のわからない言葉を繰り返し流すが、一つだけ理解できたことがある。それは────────

 

 

 

 (これが依頼の『人理の危機』ってやつか………!)

 

 

 

 どうやらあの男が『人理の危機』を引き起こし、それによって人類の未来は消えてしまったらしい。

 しかし今までダンテが受けてきた依頼とは全く違う種類なので、現状では解決策が思いつかない。

 

 (どうする、どうすればいい………?)

 

 ダンテが解決策を考えていると、再びアナウンスが流れる。

 

 『コフィン内マスターのバイタル基準値に達していません。『レイシフト』定員に達していません。該当マスターを検索中………発見しました。適応番号48『藤丸 立香』、及び『アンノウン』をマスターとして再設定します』

 

 「ッ! アナスタシア、カーマ! 俺に掴まれ!」

 

 嫌な予感がしたダンテは二人に向かってそう叫ぶ。それにより二人はすぐさまダンテに掴まる。

 

 『アンサモンプログラムスタート。量子変換を開始します………全工程完了。『ファーストオーダー』実証を開始します』

 

 そのアナウンスの直後、三人の視界は光に包まれたのだった。




なぜダンテの元にアナスタシアとカーマがいるのかは、後の話で書いていきます。

また、アナスタシアとカーマプロフィールも後の話で書いていきます。


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#2 悪魔と魔術師

アナスタシア魔改造の回


「……おい、大丈夫か?」

 

 光が収まったのを確認したダンテは掴まっているアナスタシアとカーマに聞く。

 

 「え…ええ、なんとかね」

 「うぅ…脳天落としを喰らった気分です………」

 

 アナスタシアとカーマがそれぞれ返してくるが、どちらも問題ないようだ。

 

 ついでダンテは周囲を見回す。

 周囲は先ほどの施設とは全く違っており、見渡す限り炎と瓦礫しかない。

 まるで街一つを大火災が襲いかかっているような地獄絵図であった。

 

 「ここは何処だ?」

 「さぁ……日本であるのは確かなんだけど、どうも現実味が無いわ」

 「それに人の気配が全然しません。いくら大火災でも、人間の気配はしてもおかしくないはずですが」

 

 カーマの言う通り、本来なら避難していたり逃げ惑っていたりする人間の気配を多少なりとも感じるはずなのだが、この街からはそういったものが一切感じられない。

 まるで人間だけが丸ごと消え去ったかのような感じだった。

 

 「とりあえずまずは情報収集からだな」

 「そうね。その辺りの家に何かしらあるかもしれないわ」

 「そうと決まれば探すか」

 

 アナスタシアの言葉にダンテが同意して清掃員の服装を脱ぎ捨て、いつもの赤いコート姿へと変わる。アナスタシアもいつの間にか白いドレス姿へと変わっていた。

 そして早速移動しようとした時、カラカラと何か乾いたものが動くような音が聞こえてくる。

 音がした方を向くと、そこにはボロ切れを纏い、ボロボロの剣や槍を持った骸骨が群がっていた。

 

 「悪魔……じゃねえな。亡霊の類か」

 

 そう言いながら自らの名を冠する魔剣を呼び出そうとしたが、その前にアナスタシアに制された。

 

 「ダンテ、これらの相手は私一人で十分よ。わざわざあなたが手を下すまでもないわ」

 「そうか? なら任せるぜ」

 

 ダンテはそう言って魔剣を呼び出すのを止める。

 するとアナスタシアがダンテとカーマの前に出た。

 

 「……起きなさい、『ナイトメア』」

 

 アナスタシアがそう言った瞬間、アナスタシアの全身に紅い紋様が走る。それと同時にアナスタシアの足元の影が広がり、黒く染まる。

 そしてそこから拘束具を鎧のように纏ったゴーレムのような悪魔『ナイトメア』が現れる。

 

 

 そして悪夢による蹂躙が始まった。

 

 

………

……

 

 

 アナスタシアによる蹂躙が始まる少し前、少し離れた別の場所では薄紫色の少し露出が高い衣装に身を包んだ少女『マシュ・キリエライト』が、身の丈を越える大きな盾を振るって敵と戦っていた。

 

 「ヤァァァァァァッ!!」

 「グフォッ……!!」

 

 マシュが盾で突進したことにより、黒衣に身を包んだ敵の体勢が崩れる。

 

 「よくやった嬢ちゃん! こいつを喰らいな!」

 

 その瞬間を見逃さず、青髪の魔術師がルーンの呪文を唱える。それにより敵の足元から火柱が立ち昇り、敵を焼き尽くす。そして火柱が消えると、敵は金と白の粒子となって消え去った。

 

 「やりました先輩! 敵性反応消滅です!」

 

 マシュがやり切ったとばかりに笑みを浮かべこちらを見る。それに物陰で見ていた少女『藤丸 立香』は微笑みで返した。

 

 『レイシフト』というざっくり言えば過去へのタイムスリップをした立香達は、同じくレイシフトしていた『オルガマリー・アニムスフィア』所長と合流し、今後の行動方針を決めていた。

 しかしそこで敵の襲撃を受けてそのまま交戦、劣勢だったところに魔術師のサーヴァントであるケルトの大英雄『クー・フーリン』の助けが入って勝利することができたのだ。

 

 「おう、まずは一勝だな。嬢ちゃんはまだその体に慣れてねぇが、まぁそのうちに慣れんだろ」

 

 クー・フーリンがマシュに労いの言葉をかける。少し軽薄そうだが、面倒見の良い人らしい。

 するとオルガマリー所長が口を開いた。

 

 「おほん………初戦闘、よくやりました。マシュ・キリエライト、藤丸立香。先ほどは取り乱してしまいましたが次からは所長らしく、指揮に入っていきます」

 

 先ほどまで敵に襲われたことでヒステリーを起こしていた所長だったが、どうやら持ち直してくれたらしい。

 

 (でも、これからどうすればいいのかな………)

 

 立香がそう思っていると、所長が持っていた通信機が震える。

 

 『こちらロマニ! 良かった、繋がった!』

 「ロマニ!? そちらの状況は? 魔術師達は無事なの!?」

 

 詰め寄るように所長はドクターに問う。それに戸惑いながらもドクターはカルデアの現状を報告した。

 

 曰く、原因不明の爆発でマスター達の殆どが瀕死となりコールドスリープ状態であること。カルデアの職員も爆発に巻き込まれ少人数であること。その中には『レフ・ライノール』教授もいないということ。

 ドクターが指示を出しているのは自分よりも上の階級の人間がいないということ。

 

 現状を聞いて所長は頭を抱えた。

 

 「………わかりました。報告感謝します」

 『所長、それともう一つ報告があるのですが………所長達とは別に三人ほどがレイシフトに巻き込まれたみたいなんです』

 「────何ですって?」

 『はい。マスター認証に引っかからなかったため、おそらく()()()()()()かと思われます』

 

 ドクターのその言葉を聞いた時、立香の脳裏に浮かんだのは所長の説明会を聞く前に見かけた男女である。

 しかしあの時は二人しかいなかったはずだ。もしかして他にもう一人いるのだろうか?

 

 (そもそも、何であの人達の顔が浮かんだんだろう?)

 

 立香が疑問に思っていると、再び所長が口を開いた。

 

 「……わかりました。こちらで発見したら合流し、ファーストオーダーを続行します」

 

 所長はそう言って通信を切る。そして立香達の方を向いて言った。

 

 「今言った通りよ。どうやら私達以外にも巻き込まれた人達がいるみたいだから、もし発見したら一緒にファーストオーダーを遂行するわよ」

 「「はい!」」

 

 所長の言葉に立香とマシュはそう返す。

 こうして立香達は同じくレイシフトしてしまった人達を探しながら、この『特異点』を解決するために行動を開始した。

 

 

 同時刻、アナスタシアによる蹂躙が始まった。

 

 

………

……

 

 

 アナスタシアの中に眠るナイトメアによって亡霊共が蹴散らされた後、ダンテ達はとある大きな一軒家の中にいた。

 

 「「「…………」」」

 

 そこでダンテ達は信じられないものを見つける。

 

 それはカレンダーだ。

 一見すれば何処にでもあるごく普通のカレンダーである。

 

 

 

 ────2004年と書かれていなければ。

 

 

 

 最初は見間違いか何かだと思い他の日付が書かれているものを手当たり次第探してみたのだが、そのどれもがカレンダーと同じく2004年と書かれていた。

 

 それを見たダンテ達は『ここは本当に2004年の世界である』と信じざるを得なかった。

 

 「……つまり、あの『レイシフト』ってやつは過去にタイムスリップするやつってことか」

 「そう考えるしかなさそうですね」

 「でも、何のために過去にタイムスリップする必要があるの? それに『人理の危機』と一体何の関係があるの?」

 

 アナスタシアの疑問も尤もだ。

 過去の出来事は変えることができない。それなのに何故過去にタイムスリップするのか?

 それにダンテ達が今いる場所は日本のようだが、2004年代にこんな大火災があった話など聞いたことがないし、あの亡霊共が大量に現れた話も聞いたことがない。

 

 

 つまりダンテ達が知る過去とこの世界の事実は、いろいろと噛み合っていないのだ。

 

 

 「……アナスタシア、この状況をどう思う?」

 

 ダンテはアナスタシアに聞く。するとアナスタシアが真剣な表情で口を開いた。

 

 「各地に『サーヴァント』の気配がすることから、おそらくここで『聖杯戦争』が行われていることは確かね」

 「……やっぱりか。どうも様子がおかしいと思ったんだ」

 「ただ、この聖杯戦争は狂ってるとしか言いようがないわ。普通ならあんな亡霊なんか現れないし、マスターである人間達が消え去ったのにサーヴァントが活動できるはずがない」

 「となると、『誰かがすでに聖杯を手に入れ、サーヴァントを操ってる』ってわけか」

 「そう考えるのが妥当ね」

 

 ダンテの言葉にアナスタシアが頷く。人間達が消え去ったことに説明はつかないが、この状況に『聖杯』が関わっているのは間違いないだろう。

 

 

 聖杯。

 それは手に入れたものの願いを叶える万能器。世の魔術師達はこの聖杯を手に入れるため、世界の歴史に刻まれた人物達の影法師『英霊(サーヴァント)』を召喚して奪い合いの戦争を行う。

 

 ダンテ達が今いる場所もおそらく聖杯戦争が行われている戦場となったのだろうが、先ほどアナスタシアが言った通りこの聖杯戦争はすでに歪な形へと変わっていると思われる。

 だとすれば、どういう形であれこの聖杯戦争を終わらせればダンテ達は元の時代に帰れるだろう。

 

 「カーマ、聖杯がどの辺にあるかわかるか?」

 「ここから少し離れた山から膨大な魔力が感じられます。おそらくそこに聖杯があるのかと」

 「そうか。そうと決まれば善は急げだな」

 

 カーマの言葉を聞いたダンテは立ち上がる。

 

 そしてダンテ達はその聖杯があると思われる山へと向かった。

 

 

………

……

 

 

 この特異点に眠る聖杯を守護するサーヴァント、セイバー『アルトリア・ペンドラゴン』との激闘の末立香達は辛くも勝利を収めることができた。

 

 その後『役目を終えた』ということでクー・フーリンと別れた後、立香達三人は聖杯の前にまでやってきた。

 

 「……ここまで来たのはいいですけど、これからどうしましょうか?」

 

 聖杯を囲む光の壁を見ながら立香はつぶやく。なんか触れたら一瞬で消えてしまいそうだ。

 

 「マシュ、聖杯を回収することはできる?」

 「あ、はい、やってみますね」

 

 そう言ってマシュが聖杯に近づこうとした時────

 

 「いやはや、まさかここまで足掻くとは。全く、人間の意地汚さには感服させられるよ」

 

 ────突然洞窟内に聞いたことのある声が響く。

 しかしそれは先ほどまでの優しさは無く、蔑みの感情がこもった声色だった。

 

 そして三人が見上げると、そこには行方不明になったはずのレフ教授がいた。

 

 「レフ! 生きていたのね!!」

 

 オルガマリーがすぐさま駆け寄ろうとするが、立香とマシュはオルガマリーを引き留める。

 

 「……所長、行っちゃダメです。あの人は…私達が知ってる人ではありません」

 「………所長、戦闘準備を。レフ教授...いえ、レフ・ライノールは敵です」

 「何言ってるの立香、マシュ? だってレフは今までカルデアに尽くして来たのよ!? レフが敵な訳ないじゃない!」

 

 オルガマリーは未だ信じられないといった感じで叫ぶが、立香は感じていた。

 彼が放つ底知れない悪意を。吐きそうになるほどの邪悪さを。

 

 そして次の瞬間、その一端を垣間見せた。

 

 「ククク、ハハハハハハハッ!!!!」

 

 レフは嗤う、自らを信じる盲目の少女を。

 そして蔑む、まるで父親に縋るようなその稚拙さを。

 

 「レ、レフ?」

 

 突然の変貌にオルガマリーが初めて怯えたような声を出す。

 そのオルガマリーを守るように立香は所長を抱き寄せ、さらに二人を守るようにマシュが盾を構える。

 

 それを見てレフは尚も嘲笑う。

 

 「全く、どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりだ。低能故に見込みなしと見逃してやった48人目のマスターにデミ・サーヴァントとなったマシュ・キリエライト。おっと、私の命令を無視して管制室に来なかったロマニ・アーキマンもいたか。本当に予想外のことばかりで頭に来る。その中でも最も予想外なのは………」

 

 そう言ってレフがゴミを見るような目でオルガマリーを見る。

 そして邪悪な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()、哀れな哀れなオルガマリー」

 「……え………? 何を、言って………?」

 

 レフの言葉が理解できず、オルガマリーだけではなく立香とマシュも呆けてしまう。

 

 「何を呆けている? 死んだことで頭の回転が遅くなったか? まあ、その不愉快さは変わらんがね」

 

 そんな三人を見てレフが愉快そうに嗤う。

 

 「実はね、オルガ。管制室の爆発、爆弾は君の足元に設置したんだ」

 「────えっ? じゃあ、あれは全部レフが...……なら今の私は…...? だって私はちゃんと此処にいるじゃない!?」

 

 レフの言葉を信じたくないがために狂乱するオルガマリー。

 それでも尚レフは嗤い続ける。

 

 「君は生前、レイシフトの適性がなかった。だが丁寧にも、トリスメギスは残留思念となった君をこうしてこの土地に転移させた。分かるかな? 君は死んだ事ではじめて、あれほど切望した適性を手に入れたんだ」

 「嘘よ……そんな…嘘………」

 

 オルガマリーは目から光を失い、譫言を発する。やがて眼からは涙が流れ始める。

 そんなオルガマリーを立香は抱きしめる力を強める。

 

 「所長、しっかりしてください! ここで弱気になってしまってはあいつの思うツボです!」

 

 立香はそう叱咤するが、オルガマリーが立ち直る気配は無い。

 

 「なら君達にさらなる絶望を与えるとしよう」

 

 そう言ってレフが手をかざすと、背後に孔が空き、その中に真っ赤に染まったカルデアスが現れた。

 

 「あれ、が・・・カルデアス? 嘘でしょう? なんで、真っ赤なの?」

 「信じられないようだが事実だよ。人類の生存を示す青色は一片もない。あるのは燃え盛る赤色だけ。未来が観測できなくなり、お前たちは“未来が消失した”などとほざいていたが実際は違う」

 

 呆然とするオルガマリーにレフが革命家を気取ったように話す。

 

 「未来は消失したのではない。焼却されたのだ。解るか? これは人類史による人類の否定だ。お前達は進化の行き止まりで衰退するのでも、異種族との交戦の末に滅びるのでもない」

 

 そう語るレフの口調は激しさを増していく。

 

 「自らの無意味さに! 自らの無能さに! 我らが王の寵愛を失ったが故に! 何の価値もない紙屑のように跡形もなく燃え尽きるのさ!」

 

 そう言った瞬間、突然オルガマリーの身体が宙に浮く。

 

 「所長!?」

 「え────身体が、浮いて────」

 「とはいえ、私はこれでも血も涙もない悪魔ではない。せめてもの慈悲だ。“君の宝物”で死ぬといい」

 

 レフはいつもの貼り付けた笑みでオルガマリーを見つめる。それを見たオルガマリーはこれから起こることを想像し、青ざめる。

 

 「や、やめて。お願い。だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ?」

 「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()。人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま地獄の死を味わいたまえ」

 

 オルガマリーの懇願を一蹴し、狂ったような笑みを浮かべるレフ。その問答の間にもオルガマリーはカルデアスに引き寄せられていく。

 

 だが、それを引き留めるものがいた。

 

 「ぬぅぅぅぅぅぅっ!!」

 「くうっ!」

 「藤丸、マシュ……!」

 

 立香とマシュがオルガマリーの腰にしがみつき、カルデアスに引き寄せられるのを阻止しようとする。

 

 「ふ、二人とも離して! あなた達まで巻き込まれるわよ!」

 

 オルガマリーは二人を巻き込まないためにそう叫ぶが、二人ともオルガマリーを離す気配はない。

 むしろしがみつく力が強くなった。

 

 「所長…あきらめないで……!」

 「あなたまでいなくなったらどうするんですか……!」

 

 立香とマシュはオルガマリーを引き留めながらそう叫ぶ。

 

 「あなた達…どうしてそこまで………」

 「そんなの所長と一緒に帰りたいからに決まってるからでしょ!!」

 「私もようやく所長と分かり合えたんです! なのでこんな別れ方は絶対に認めません!!」

 「……ッ!!」

 

 二人の叫びにオルガマリーが息を呑む。

 

 そしてゆっくりと口を開いた。

 

 「私だって……私だって嫌!! 死にたくない! もっともっと生きていたい!!」

 

 ────それはオルガマリー自身の『願い』だった。

 

 「やっと、やっと認めてもらえたのに! 頑張って、認めてもらえることが嬉しいってやっと解ったのに! 友達だって出来た! 立香も、マシュも! 私を対等に扱ってくれた! くだらなくても、一生懸命話を合わせてくれた! 私──マシュに謝ってない! 立香に任せきりで何も返せてない! やりたいこと、やらなくちゃいけないこと、たくさんあるのに! たくさんできたのに!」

 

 ────それはオルガマリーの『魂の叫び』だった。

 

 「やっと生きようと思えたのに!やっと自分なりに頑張ろうと思えたのに!こんな終わりかたなんて嫌ぁ! 友達を残して――死にたくないぃいぃい!!!」

 

 ────だからなのだろう。その叫びに応える()()が現れたのは。

 

 「「「ッ!?」」」

 

 突然洞窟の入口の方から黄金に輝く光の球体が飛んできて、オルガマリーの身体に直撃する。

 その瞬間オルガマリーの身体が一瞬光に包まれたかと思うと、先ほどまで引き寄せられていた力が嘘のように消えてなくなり、三人ともドサッと地面に落ちた。

 

 「ば、馬鹿な!? この反応、オルガが()()()()()()()!?」

 

 三人の様子を見てレフが表情を驚愕に染める。

 その直後、今度は無数の青い光が飛んできて、レフに襲い掛かる。

 

 「さあ、情欲の矢を放ちましょう。もはや私に身体はなく、すべては繋がり虚空と果てる。永久に揺蕩え、愛の星海────【恋もて焦がすは愛ゆえなり(サンサーラ・カーマ)】」

 

 そんな声と共にレフの周囲だけが一瞬だけ宇宙と化す。

 そしてその宇宙が消えると、レフが片膝を付いた。

 

 「い、今のは宝具…だと…!? サーヴァントは全て消滅したはずなのに……!?」

 

 

 

 「おいおい、こんな綺麗なお嬢ちゃん(レディ)達を消そうとするとは、男どころか人間の風上にも置けねえな」

 

 

 

 突然のことに呆然としている立香達の耳に、この場に似つかわしくない軽薄な声が届く。

 それと同時に何者かがこちらに向かってくる足音が聞こえる。

 

 

 そして洞窟の入口から姿を現したのは、鮮血のように紅いコートを身に纏った、先ほどカルデアの通路ですれ違ったあの男性達だった。




アナスタシアのバトルモーションを見てて思ったこと「ヴィイの代わりにナイトメアにしても違和感無くない?」


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#3 帰還

 「おいおい、こんな綺麗なレディ達を消そうとするとは、男どころか人間の風上にも置けねえな」

 

 洞窟内に姿を現したダンテは笑いながらモサモサの髪の男……いや、男だったモノに向かってそう言い放つ。

 今のやつは先ほどまでとは違ってもはや人間とは呼べないくらい禍々しく嫌な気配を放っていた。

 

 その男だったモノはダンテ達を見て『ありえない』といった表情を浮かべている。

 

 「バ、バカな!? なぜ貴様が、スパーダの息子がここにいるんだ!?」

 「あ? そんなもんこの人理とやらを救いにきたに決まってるだろ」

 

 男だったモノの言葉にダンテは面倒そうに返す。奴がこんなことを引き起こさなければ今頃ダンテは事務所兼自宅でのんびりと過ごしていた頃だろう。

 

 「あ、あの………」

 

 そんな時、後ろにいた薄紫の少し露出が激しい鎧を身に纏った少女が戸惑いながら声をかけてくる。

 ダンテは後ろを向き、笑いながら言った。

 

 「よく頑張ったな嬢ちゃん達。後は俺達に任せとけ」

 「は、はあ………」

 

 ダンテの言葉に少女は戸惑いながらもそう返してくる。

 それを見たダンテはアナスタシアとカーマに言った。

 

 「アナスタシアは嬢ちゃん達を守ってくれ。カーマは俺と一緒にあいつをぶちのめすぞ」

 「わかったわ」

 「任せてください」

 

 ダンテの言葉に全身に赤い紋様を浮かべたアナスタシアと、本来の力を引き出し大人の姿へと変わったカーマがそう返してくる。

 そしてアナスタシアは少女達の前に立って背後にナイトメアを召喚し、カーマは手足から青い炎を纏いながらダンテの隣に立つ。

 

 「その魔力にその霊基………貴様ら、サーヴァントではないな」

 

 男だったモノはアナスタシアとカーマを睨みつけながらそうつぶやく。

 するとカーマが鼻で笑いながら言った。

 

 「ハッ、だからなんだって言うんですか? 私達がサーヴァントだろうとサーヴァントでなかろうと、あなたを愛す(殺す)ことには変わりありませんから」

 

 そう言うと同時にカーマが手の平を男だったモノに向ける。その瞬間男だったモノの周囲に青い光を纏った黒い球体が無数に出現した。

 そしてカーマが手の平を握ると、黒い球体が一斉に男だったモノに向かって飛んでいく。

 

 「チィッ!!」

 

 男だったモノは魔術による火球で黒い球体を撃ち落とすが、それでも撃ち落としきれずに黒い球体を数個喰らう。

 それによってよろめいたところをダンテが右手に呼び出した魔剣ダンテで斬りかかる。男だったモノは魔剣ダンテが持つ力を感じ取ったのか、防ごうとせずに魔剣ダンテを避ける。

 しかし避けた先の上空にはカーマが身の丈もあるヴァジュラをかかげており、男だったモノがカーマの真下に来た瞬間、カーマがヴァジュラを投げつける。

 

 「グウッ!?」

 

 突然の攻撃に男だったモノは結界を張ってヴァジュラの直撃は防ぐものの、衝撃までは防げれず吹き飛ばされる。

 

 「おいおいどうした? さっきまでの威勢は何処にいったんだよ?」

 

 ダンテは魔剣ダンテを肩に担ぎながらそう言う。しかし男だったモノは何も言わずにダンテ達を睨みつけるのみだ。

 ダンテは魔剣ダンテを消すと、エボニーを抜いて男だったモノの頭部に向ける。

 

 そして引き金を引こうとしたとき────不意に空間が揺れた。

 

 「ッ!?」

 

 ダンテは驚いて男だったモノから一瞬目を離す。その瞬間を見逃さず男だったモノはダンテに向かって火球を放ってくる。

 

 「チッ!」

 

 ダンテは舌打ちしながら避けると、再びエボニーを男だったモノに向ける。しかし男だったモノの体がブレ始める。どうやら何処かへ逃げるつもりらしい。

 

 「悪いがここは引かせてもらおう。この特異点はじきに崩壊する。そうなれば貴様らは死ぬ。仮に脱出できたとしても人類の破滅の未来は変わらん!」

 

 そう吐き捨てて何処かへ転移しようとする。

 逃すまいとダンテはエボニーの引き金を引くが、男だったモノの肩を撃ち抜くも男だったモノを仕留め損なった。

 

 「ハッ、負け犬の遠吠えだけは一流だな」

 

 ダンテは鼻で笑いながらそう言ってエボニーをコート内のホルスターにしまう。そしてカーマと共にアナスタシア達の元へと戻った。

 

 「お疲れ様、ダンテ。惜しかったわね」

 「なに、次会った時は確実に仕留めてやるさ」

 

 アナスタシアの言葉にダンテはそう返すと、アナスタシアに守られていた少女達の方を向く。

 

 「よお、怪我はないか?」

 「は、はい、おかげさまで…………あの、失礼ですがあなた達は………?」

 

 薄紫の鎧に身を包んだ少女がそう聞いてくる。

 それに対してカーマが口を開いた。

 

 「別に答えてもいいですけど、ここにいたら全員お陀仏ですよ?」

 「そ、そうね。ロマニ、脱出の準備は?」

 『大丈夫だ! 今からそこにいる皆をレイシフトする!』

 

 そう音声が聞こえるのと同時に体が光に包まれ始める。

 

 そして視界も光に包まれ、ダンテ達はこの空間から脱出した。

 

 

………

……

 

 

 視界を染めていた光が晴れると、ダンテは先ほど飛び込んだ大広間に戻っていた。

 周囲を見回せば隣でアナスタシアとカーマが気を失って倒れており、少女達は職員と思われる人物達によって担架に乗せられて運ばれていた。その中には死から蘇った少女の姿もある。

 

 「アナスタシア、カーマ、起きろ」

 

 ダンテはアナスタシアとカーマに声をかける。すると二人は少し身動ぎしてから、ゆっくりと目を開けた。

 

 「あ、ここは……?」

 「カルデアだ。どうやらあの空間から戻ってこれたらしい」

 

 アナスタシアの言葉にダンテはそう返す。どうやら無事にあの異空間から戻ってこれたようだ。

 

 「この感覚は慣れそうにありませんね………」

 

 アナスタシアに続きカーマが片手で頭を押さえながら起き上がる。

 すると白衣を着た柔和そうな青年が近づいてきた。

 

 「あの、大丈夫ですか?」

 「ん? ああ、大丈夫だ」

 

 青年の言葉にダンテはそう返す。すると青年が警戒するように聞いてきた。

 

 「………あなた達は一体何者ですか? ここはカルデアの職員以外は入れないはずですが」

 「別に怪しいもんじゃない。俺達は『ある依頼』のためにここに来ただけだ」

 「ある依頼、ですか?」

 「ああ。『人理に危機が訪れるから救ってほしい』っていう依頼がな」

 

 ダンテがそう言い放つと、青年の表情が驚きに染まる。

 まあそうなるのも無理はないだろう。カルデアは先の爆発事件が起きるまでは人理に危機が訪れることを知ることができなかったのに対し、ダンテ達は何者かからの依頼によって人理に危機が訪れることを察知していたのだ。

 魔術師でも何処かの組織に所属しているわけでもないダンテ達が人理の危機を察知していたことに驚きを隠せない青年はダンテに聞く。

 

 「じ、じゃあ君達はこの『人理焼却』が起こることがわかっていたのかい!?」

 「いや? 俺はただ依頼にあった場所がここだったから来ただけだ」

 

 ダンテは肩をすくめながらそう返す。

 そのことに青年は胡散臭そうに見ていたが、やがてため息を吐いてから口を開いた。

 

 「………とりあえず君達がレフの仲間ではないことはわかった。今は状況が状況だし落ち着いたら君達のことについて聞かせてもらうけど、それで構わないね?」

 「ああ、全然いいぜ」

 

 青年の言葉にダンテはそう返す。

 すると青年は慌ただしく動き回る職員達の元へと向かって走っていった。

 その後ろ姿を眺めていると、子供の姿に戻ったカーマが口を開く。

 

 「ダンテ、彼らに自分の正体を話すんですか?」

 「普段ならバラさないだろうが、今回は状況が状況だ。俺達だけの力じゃ依頼をこなすことはできん。なら力を借りるためにも自分のことも話さないとな」

 「そーですか。まあ私はあなたの判断に任せるだけですよ」

 

 ダンテの言葉にカーマは投げやりに返し、そのまま適当な瓦礫の上に腰掛ける。アナスタシアはいつの間にかナイトメアを上半身だけ呼び出して、自分を腰掛けさせていた。

 

 (さて、これからどうなることやら)

 

 そう思いながらダンテも適当な瓦礫の上に腰掛けて、慌ただしく動き回る職員達を眺めるのだった。



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#4 邂逅

 異空間からカルデアに帰還し、職員達による後処理がひと段落着いた後、ダンテ達は対面するように立っていた。

 もちろんお互いの素性を明かすためである。

 

 「もう知ってると思うが、ダンテだ。Devil May Cryをやってる」

 

 ダンテは簡潔にそう述べる。それを聞いた白い長髪の少女が口を開いた。

 

 「……あなたの噂は私も聞いています。表向きは便利屋でありながら裏ではこの世に蔓延る悪魔達を狩るデビルハンター………そしてかの魔帝を封印した伝説の魔剣士スパーダの息子である、と」

 「所長、それは本当なのですか………?」

 

 白い長髪の少女の言葉に薄紫色のショートカットの少女が信じられないといった表情でそう聞いてくる。

 

 「ああ、ムンドゥスのクソ野郎を封印したスパーダは俺の親父だ」

 「………信じられません。悪魔はこの世界において神秘そのものなのに、それが実在するなんて………」

 「それが実在するんだよな。現に俺はその悪魔と人間の間に生まれた半人半魔だ」

 

 薄紫色の少女の言葉にダンテは肩をすくめながらそう返す。信じられないかもしれないが、こうしているのだから信じてもらうしかない。

 

 「じゃあ次は僕達の方だね。僕は『ロマニ・アーキマン』。カルデアの医療スタッフだ」

 「『マシュ・キリエライト』です。今は先輩の『デミ・サーヴァント』として契約しています」

 「えっと、『藤丸 立香』です。マスター候補としてここに来たんですが………」

 「あの野郎のせいで人類最後のマスターになっちまった、と。とんだ災難だな」

 「あはは………」

 

 ダンテの言葉に立香が苦笑いする。

 そして最後に白い長髪の少女が口を開いた。

 

 「私は『オルガマリー・アニムスフィア』。人理継続保障機関フィニス・カルデアの所長………いえ、元所長です。先程は助けていただきありがとうございました」

 

 そう言ってオルガマリーは頭を下げてくる。

 

 「気にすんな。それよりも身体の方は大丈夫か?」

 「え、ええ。検査を受けましたけど、何処も問題はありません。むしろ前よりも調子が良くなっているというか……」

 「そうか。そいつはよかった」

 

 オルガマリーの言葉にダンテはそう返す。何かあったらどうしようかと思っていたとことだ。

 

 すると今まで黙っていたカーマが口を開く。

 

 「じゃあ今度は私達ですね。サーヴァント・アサシン、真名をカーマといいます。どうぞよろしく」

 「カーマって……インド神話における愛の神じゃないか! 君そんなものを召喚したのかい!?」

 「そんなものって失礼ですね。そもそも私はダンテに召喚されていません」

 「ん? じゃあどうして君はここにいるんだい?」

 

 

 ロマニにそう聞かれたカーマの表情がピシリと固まる。言葉を探しているのか、目も泳いでいた。

 そんなことをつゆ知らず、ダンテが笑いながら答える。

 

 「ああ、それはこいつが()()を働いてな、俺がぶちのめして以来なんかついてきたんだよ」

 「ちょっとダンテ!? それは言わない約束でしょ!?」

 

 笑いながらそう言うダンテにカーマがポカポカと叩くが、子供の姿であるため側から見ると微笑ましい光景となっている。

 そんな生暖かい視線に耐えきれなくなったのか、カーマが顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 

 「あーもう! そうですよ!街の人を()()()あげようとしたらダンテにボコボコにされたんですよ!! しかも()()()()()言われたらもうついていくしかないじゃないですか!!」

 

 ヤケクソ気味に叫ぶカーマ。一応神様であるはずなのに威厳も何もあったもんじゃない。

 そのため生暖かい視線から可哀想なものを見るような視線へと変わっていた。

 

 するとその空気を変えるようにアナスタシアが口を開く。

 

 「では今度は私ですね。私の名はアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。()サーヴァントです」

 「元? それはどういうことなの?」

 

 アナスタシアの言葉にオルガマリーが疑問を口にする。

 それに対しアナスタシアが答える。

 

 「言葉通りよ。元々はサーヴァントだったけど、今は()()()()()()()()()()()()()ということ」

 「「「ッ!?」」」」

 

 その言葉に全員が驚愕する。

 しかしアナスタシアは気にすることなく続けた。

 

 「元々は私はとある魔術師に召喚されたの。でも私が召喚された理由は聖杯戦争に参加するためではなく、『ある実験』を行うためだった」

 「『ある実験』……?」

 「それは一体………?」

 

 アナスタシアの言葉に立香とマシュが聞く。

 アナスタシアは少し間を空けてから口を開いた。

 

 「『サーヴァントに悪魔の力を植え付ける』という魔導実験よ」

 「「「「!?」」」」

 

 アナスタシアの口から出た言葉にダンテとカーマ以外のその場にいた全員が驚愕の表情を浮かべる。

 

 「その魔術師は聖杯戦争を確実に勝ち抜くために、サーヴァントを無理矢理強化する実験を繰り返していた。そして行き着いたのがサーヴァントと悪魔を融合させるというものだった」

 「そ、そんなことが可能なのかい!?」

 「本来なら不可能でしょうね。………でも、私の場合は二つの要因が重なって可能となってしまった」

 「二つの要因………?」

 「ええ。まず一つは、私が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。そしてもう一つは私の中に()()()()()()()()()()()ということ」

 

 

 

 アナスタシアは生前はロシア皇帝の皇女であったが、最終的には兵士によって家族もろとも惨殺されたという悲劇の人生を送った。そのためさしたる逸話を持っておらず、サーヴァントとして現界してもこれといった力を持っていなかった。

 しかし召喚主である魔術師にとっては幸運だった。アナスタシアが力を持っていないということは、外部から力を植え付けても拒絶反応が起きることなく定着しやすいからだ。

 

 召喚されたアナスタシアは毎日魔導実験の実験体にされ、日々その身体を、その霊基を弄られ続けた。例え反抗しても契約の証である『令呪』がある以上、アナスタシアは反抗することもできなかった。

 

 

 

 二度に渡る陵辱にアナスタシアの中にあった負の感情が爆発、その負の感情に呼び寄せられたのが魔帝ムンドゥスが造り出した最凶最悪の悪魔『ナイトメア』であり、アナスタシアは自らの霊基を失う代わりにナイトメアと同化、サーヴァントから悪魔に生まれ変わったのだ。

 

 

 

 「その後の私はただ怒りや憎しみのままに暴れ回り、目に入るもの全てを破壊し続けた。そんな時にダンテと出会い、彼に敗北し、そして彼についていって今に至るわけよ」

 

 アナスタシアの口から語られた言葉に、その場にいた全員が呆然としていた。立香とマシュ、オルガマリーに至っては顔を青ざめさせている。

 

 それもそうだ。サーヴァントといえど、元は人間である。そんな彼女をまるで道具のように扱い、彼女を無理矢理人ならざるものへと造り変えたのだ。魔術に関わる彼らにとっては到底許せるものではない。

 

 「ああ、でも哀れみとかそういうものはいらないわ。私は自分が悪魔であることを受け入れているし、こうしてダンテと出会うことができたのだから、ある意味では感謝しているくらいよ」

 

 アナスタシアは毅然とした感じでそう告げる。実際彼女は自分のことを『不幸』だと思ったことはない。生前の出来事は『そういう運命だった』と割り切っているし、悪魔となったことも『ダンテのために戦う力を得た』と前向きに考えている。そのため自分を悪魔へと変えた魔術師にそのことは評価しなくもない。まあダンテと比べたら雲泥の差どころか比べる価値すらないのだが。

 

 

 アナスタシアの話が終わったところでダンテは口を開く。

 

 「まあそんなわけだ。よろしく頼むぜ」

 「え、ええ、よろしく………」

 

 いろいろと衝撃的なことが多かったのか、半ば呆然としたような感じでオルガマリーがそう返してくる。

 するとおずおずといった感じで手を挙げてきた。

 

 「あの、ダンテさん。聞きたいことがあるんですけど、いいですか……?」

 「なんだリツカ?」

 「どうやって所長……じゃなくて、マリーさんを生き返らせたんですか?」

 

 立香が聞いてくるのも尤もだ。

 魔術師じゃない彼女でも人を生き返らせることなんてできないことはわかっている。

 それにも関わらず、あの特異点で死んでいたはずのオルガマリーはこうして蘇った。一体どうやって蘇らせたのか、立香やマシュだけでなくオルガマリー本人も気になっていた。

 

 「ああ、それは『コレ』のおかげだな」

 

 ダンテがそう言って手をかざすと光が集まり、集まった光が消えると人の顔の形をした黄金の物体が浮いていた。

 

 「それは……?」

 「こいつは『ゴールドオーブ』。秘法によって生み出された死者を蘇らせる魔石だ」

 「なっ!? 死者を蘇らせるって、それはもう魔術どころか奇跡の域じゃないか!!」

 

 ダンテの言葉を聞いたロマニが驚愕の声を上げる。まあ魔術に関わるものならそうなるのも無理はないだろうが、ダンテ達からしたらそういったものは当たり前なものになっている。

 だってそういったものが街の至るところに落ちているし、最近に至っては気がついたらゴールドオーブが一個ずつ増えていたりもしているのだから。

 

 「でもおかしいのよね、さっきのゴールドオーブ」

 「おかしい、ですか?」

 

 アナスタシアのつぶやきにマシュが反応する。

 それに対してカーマが説明した。

 

 「本来ゴールドオーブは持ち主が死んだ時に初めて秘められた効果を発揮するんです。でもさっきのゴールドオーブはすでに死んでいた持ち主でもない人物に効果を発揮した。こんなことは初めてなんですよねぇ」

 

 

 「それについては私が説明しよう!」

 

 

 カーマの言葉に突然女性の声が返ってくる。

 声のした方を向くと、そこには右腕に巨大なガントレットを身につけ、身の丈以上もある杖のようなものを持った美女が立っていた。

 

 その女性を見てダンテは無意識に口にする。

 

 「………サーヴァントか」

 「おや、よく私がサーヴァントだってわかったね」

 「気配がカーマと同じだったからな。いやでもわかるさ」

 「ほう、気配だけでわかるとは。さすがはスパーダの息子だ」

 

 ダンテの言葉に女性が笑いながらそう返してくる。そのことにダンテは肩を竦めるだけだった。

 

 「では自己紹介しよう。私の名は『レオナルド・ダ・ヴィンチ』! 人類史に燦然と輝くダヴィンチその人さ!」

 「レオナルド・ダ・ヴィンチ? 何処かで聞いたことがある名前だな」

 

 自慢気に名乗る女性だが、ダンテはイマイチピンとこず首を傾げるのみ。

 すると見かねたアナスタシアが呆れ気味に口を開いた。

 

 「ダンテ、レオナルド・ダ・ヴィンチは『モナ・リザ』を描いた中世の芸術家よ」

 「ああ、それは聞いたことあるな」

 「ええ。まあ、まさか女性だったとは私も思ってもいなかったけど」

 

 ダンテとアナスタシアがそう会話していると、ロマニが苦笑いしながら口を開いた。

 

 「………あー、それなんだけどね。見た目は女性かもしれないけど、中身はれっきとした()なんだ」

 「あ? どういうことだ?」

 「カレは自分が描いたモナ・リザが好きすぎて()()()姿()()()()()()()()()()()()()()、生粋の変態なんだよ」

 

 ロマニから放たれる衝撃的な真実。見た目は女性だが中身は完全に男らしい。

 なるほど、これがジャパニーズHENTAIというやつか。

 

 「おおぅ、まさかこの万能人である私を知らない人がいるとは。今までの人生でも無かった衝撃だ」

 「むしろダンテにそれを求める方が無謀ですよ。何せダンテは興味の無いことにはとことん興味を示しませんから」

 

 衝撃を受けるダヴィンチにカーマが呆れながらそう返す。実際その通りなので何も言い返せないのだが。

 

 「ダヴィンチちゃん、それでそのゴールドオーブ?がおかしかったのはどういうことですか?」

 「おおっとそうだったそうだった」

 

 マシュの言葉に衝撃を受けていたダヴィンチの意識が戻る。そして説明を始めた。

 

 「さて、君が持っていたゴールドオーブというやつだが、アレは持ち主が死んだ時に『生き返らせる』効果を発揮するものでいいんだよね?」

 「ああ、そうだ。それがどうしたんだ?」

 「実はね、生き返ったマリーの身体を調べてみたところ、なんとマリーの身体は()()()()()()していたんだ」

 「………なに?」

 

 ダヴィンチの口から出た言葉にダンテは耳を疑う。

 生き返ったオルガマリーは聖杯と一体化していた? いつ、どうやって一体化したというのだ?

 

 その時、ダンテの脳裏に一つの可能性が浮かび上がる。

 それは本来ありえないことだが、それ以外だと説明がつかない。

 

 「………おい。まさかとは思うが、()()()()()()()()()()()()()とか言わねえよな?」

 「そのまさかさ。むしろそれ以外の可能性は無いと言っても過言ではないよ。おそらくそのゴールドオーブは聖杯を加工して作られたものだ」

 

 ダンテの言葉をダヴィンチは肯定する。

 浮かび上がった可能性は見事に当たっていた。確かにあのゴールドオーブは他とは少し変わっていたと思っていたが、まさか本当に聖杯でできていたとは。

 

 「これは仮説だが、ゴールドオーブの『死者を生き返らせる効果』と聖杯の『願いを叶える効果』の二つが組み合わさった結果、死者であるマリーの『生きたい』という願いに反応して生き返らせたんだと思うよ」

 「………なるほどな」

 

 ダヴィンチの仮説は突拍子もないものだが、ダンテは納得せざるを得ない。それ以外ではオルガマリーが生き返る要因が無いからだ。

 

 「聖杯と一体化したマリーの身体はもう生物としての枠組みから外れてる。簡単に言っちゃえば食事も睡眠も人間が生きるために必要なもの全てが不要となったということさ」

 

 果たして、それは『生きている』というのだろうか?

 人間として生きることが必要なことが全ていらない、それは『意思を持った人形』と同じなのではないだろうか?

 

 「ダンテさん、あなたが何を考えているのかわかります。ですがあなたが気に病む必要はありません」

 

 不意にオルガマリーが口を開き、ダンテの意識はオルガマリーの方に向く。

 

 「どういう形であれ、私はあの時『生きたい』と願い、あなたが持っていた聖杯はそれを叶えてくれた。それが人としての身体を失ったことでも、私はそれを受け入れています。………むしろあなたが持っていた聖杯をどういう形であれ、勝手に使ってしまったことには変わりありません。そのことを私は深くお詫び申し上げます」

 「………気にすんなよ。万能の願望機だかなんだか知らんが、俺からしたら『願い』は自分で叶えるからこそ価値がある。俺が持ってたところでビールの容器になるだけさ」

 

 申し訳なく言ってくるオルガマリーにダンテは笑いながらそう返す。どうやらオルガマリーはその身体を受け入れてみたいなので、要らぬ心配だったようだ。

 

 「ま、何にせよ世界はこうなっちまった。俺は依頼で、お前達はお前達の使命のために人理を救う。目的は一緒だ。これからよろしく頼むぜ」

 「ええ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 ダンテとカルデアを代表して元所長のオルガマリーがお互いに握手する。

 

 

 こうして焼却された人理を救うため、魔剣士の息子と魔術師達は立ち上がったのだった。




・カーマ
 基本的には原作と変わらないが、ダンテからの魔力を受けているため、その力は上級悪魔に匹敵する。
 こちらの世界戦ではカルデアではなく街一つを『大奥』に作り替えようとしたが、たまたまそこにいたダンテにボコボコにされて敗北する。
 またダンテに(無意識とはいえ)諭され、以降は『愛の神』としてではなく、『カーマという少女』としてダンテの元で生活するようになる。また、少なからずダンテに好意を抱いている。

 クラスはアサシンだが、ダンテから貰った魔力を解放することでビーストⅢ/Lへと変化することができる。
 ただしこの力はあくまでダンテとその仲間のためだけにしか使わない。



・アナスタシア
 原作と違い異聞体とは違う、純汎人類史のサーヴァント。
 クラスはエクストラの『復讐者(アヴェンジャー)』だったが、これといった逸話が無いためさしたる力も無かった。
 そのことに目をつけた魔術師によって無理矢理悪魔と融合させられ、ナイトメアと同化する。
 しかしそれによってサーヴァントから悪魔へと変わり、魔術師による令呪も通用せずに魔術師を惨殺、怒りや憎しみのままに暴れ回る。
 その時にダンテと出会い戦闘になるが敗北する。そしてダンテの優しさに触れて人としての心を取り戻す。

 以降はダンテの元で生活するようになる。また、少なからずダンテに好意を抱いている。


 暫定的なクラスはアヴェンジャーだが、現在はサーヴァントとしての力をほぼ失っている代わりに、悪魔としての力を得ているため、何の制限も受けずに行動できる。


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#5 召喚

……わたしは、わたしの子供達に拒絶されて、何も無い『虚無の世界』に追放された。

 

 なんで? どうしてなの? わたしはただ子供達を愛していただけなのに。

 

 いくら疑問に思えども、その答えを知ることはなかった。知ることなどできなかった。

 

 

 

 ────『あの人』が現れるまでは。

 

 

 

 いつものように虚無の世界で一人何かをするわけでもなくボーッとしていると、突然目の前の空間が裂け、そこから『漆黒の剣士』が現れた。

 

 ここは、この世界はわたししか存在せず、何者にも侵入することなんてできないはずなのに、一体どうやって………

 

 驚いているわたしを余所に、その漆黒の剣士は周囲を見回してから『ここにはお前一人しかいないのか?』とわたしに聞いてきた。

 

 わたしは答える、『この世界にはわたし一人しかいない』と。

 それを疑問に思ったのか、漆黒の剣士は再び聞いてきた。『なぜこの世界にはお前一人しかいないのだ?』と。

 

 わたしは漆黒の剣士に全て話した。

 かつて『原初の母』として子供達を生み出したこと。

 その生み出した子供達に裏切られて殺され、世界の礎にされたこと。

 そして世界の生態系が確立したために、自分は不要なものとされてこの世界に追放されたこと。

 

 その全てを話している間、漆黒の剣士は一言も話すことなく聞いてくれていた。それに釣られたのか、気づけばわたしは自分の気持ちも吐露していた。

 

 わたしはただ『母』として子供達を愛していただけだった。

 子供達と一緒にいられるだけでそれで良かった。

 子供達はわたしのことを嫌ってしまったのか?

 

 そんな悲しみや苦しみを吐露する中、漆黒の剣士は静かに口を開いた。

 

 『お前の子供達はお前のことを嫌ってなどいない』

 

 その言葉を聞いた時、思わず聞き返してしまった。

 

 『なんでそんなことが言えるの……?』

 『お前の子供達は未来を歩むために、あえてお前から離れることを決意した。これをいわゆる『親離れ』というらしい』

 『わたしをこの世界に追放したのは………?』

 『お前がいたらまたその力を頼ってしまうかもしれないと考え、自分達の力で進むためにこの世界にお前を追放したようだ』

 

 意外な事実に自分の気持ちが揺らいでいるのがわかる。復活したら今ある全ての生命を無に還し、新たな生命を生み出した母の座に返り咲こうと思っていたのに、その事実を聞いて想いが揺らいでしまう。

 

 わたしは確認するように聞いた。『子供達は今でもわたしのことを愛しているの……?』と。

 

 『愛している。『全ての生命を生み出した母親』としてな』

 

 その事実を聞いた瞬間、わたしは嬉しさのあまり涙を流してしまった。

 

 子供達はわたしのことを嫌ってなどいなかった。

 子供達はわたしのことを愛しているが故に離れていったのだ。

 

 そのことを知り、わたしの中に渦巻く負の感情は自然と消え去っていく。そして『自分はまだ母親である』という幸福感で満たされていく。

 

 『お前がやるべきことは子供達を見守ることだ。間違った道へと進もうとした時に諫めるのも、また母親の役目である』

 『諫める………』

 

 漆黒の剣士の言葉にわたしは不安になる。

 わたしは子供達を愛している。そんな子供達を諫めることはできるのだろうか?

 

 『真に愛しているのならできるはずだ』

 

 わたしの不安を見抜いたのか、漆黒の剣士がそう告げる。すると不思議なことにできるような気がしてきた。

 いや、やらなければならない気がしてきた。子供達が犯した間違いを正すのもまた母親の役目である。ならばたとえ世界を滅ぼすことになっても、それをやり遂げなければならない。

 

 『………これ以上は何も言う必要はあるまい』

 

 わたしが決意を新たにすると漆黒の剣士はそうつぶやき、踵を返そうとする。

 わたしは慌てて漆黒の剣士に聞いた。

 

 『あなたは一体何者なのですか?』

 『……私の名は『スパーダ』。人類を守るために同胞を裏切った反逆者だ』

 

 漆黒の剣士────スパーダはそれだけ言い残すと、空間を切り裂いて虚無の世界から消え去る。

 その名を聞いたわたしの胸の中には温かいもので溢れかえっていた。

 彼の姿が忘れられない。彼の声が忘れられない。彼のその在り方が忘れられない。

 そしてわたしは知った。

 

 

 わたしは彼に恋してしまったのだ、と。

 

 

 その後幾星霜の年月が流れた。

 その間もわたしはずっと独りだったが、彼の言葉により孤独感は全くといっていいほど感じず、子供達が日々進化し続けるのを嬉しく思っていた。

 

 

 

 そんなある日、いつものように虚無の世界で過ごしていた時、突然懐かしい気配を感じた。

 

 間違いない。彼の、スパーダの気配だ。

 わたしは居てもたってもいられず、彼の元へ行くことを決意した。

 そしてわたしは自身が持つ『権能』を虚無の世界へと置いて、彼の元へと姿を現した。

 

 

 

 

 ………しかし、そこにいたのはスパーダではなかった。

 彼はわたしにこう名乗った。

 

 

 

 『俺はスパーダの息子の『ダンテ』だ』、と。

 

 

 

………

……

 

 

 お互いの自己紹介が終わった後、ダンテ達は今後の方針を話し合った。

 

 ロマニの話によれば人理の焼却は『聖杯による過去の歴史の改竄』が原因らしく、特に人類歴史を決定づける『究極の選択点』である7つの特異点が直接の原因らしい。

 それを解決するのにはダンテ達がつい先ほど巻き込まれた『レイシフト』が必要となってくる。

 

 しかしそのレイシフトに適正があるのは立香とダンテの二人しかいない。そのため特異点を解決するのにかなりの時間を有する。

 

 「マスター適性者48番、人類最後のマスター藤丸立香。君はこの人類最大の試練に向き合う覚悟はあるか? カルデアの手足となり、眼となり、刃となり盾となり、狂い果てたこの歴史に立ち向かう意志はあるか? 人類の未来を背負う覚悟はあるか?」

 「…………」

 

 真剣な表情で問うロマニに、立香は顔を青ざめさせながら黙り込む。心なしか身体も震えている。

 

 そうなるのも無理もない。彼女は何の力も持たないただの少女だ。そんな少女がいきなり世界のために戦えと言われてもできるはずがない。泣き喚かないだけまだマシと言えるだろう。

 

 すると立香がゆっくりと口を開いた。

 

 「………ずっと、考えてました。ダンテさん達のように戦える力なんか無い私に何ができるのかな、と」

 

 その言葉に誰も何も言わずに聞いている。

 

 「……でも! こんな私でも世界を救えるのなら! 私は世界を救いたい! また皆が笑顔で過ごせる世界を取り戻したい!」

 

 少しの間を空けてから立香はそう叫ぶ。本当なら今すぐにでも逃げ出したい彼女は、それを堪えて狂った世界に立ち向かうことを選んだ。

 

 「へえ、なかなか見込みがありますね」

 

 決意を口にした立香を見て、カーマが感心するようにそうつぶやく。

 それに対しダンテは笑いながら返した。

 

 「そうだな。あの嬢ちゃんは立ち向かうことを決めたんだ。なら俺達も依頼をこなさなきゃな」

 「ええ、その通りね。依頼をこなせば報酬もたんまり入ってくるわけだし」

 「おいおい、それは言わない約束だろ?」

 

 意地悪く笑いながらそう言うアナスタシアにダンテは肩を竦めながらそう返す。

 何にせよ、ダンテ達がやるべきこともカルデアと同じだ。ならここは力を貸すことにしよう。

 

 「……ごめんなさい、立香。こんな重荷をあなたに背負わせてしまって………」

 

 立香の決意を聞いたオルガマリーが申し訳なさそうに言う。すると立香が苦笑いしながら口を開いた。

 

 「仕方ないですよ。誰かがやらなくちゃいけないけど、今は私ししかいない。なら私がやらなくちゃですから」

 「……ありがとう、立香」

 

 立香の言葉に弱々しいものであるが、オルガマリーが笑みを浮かべてそう返す。

 それを見たロマニが真剣な表情で口を開いた。

 

 「今の言葉で僕達の運命は決まった! 現時刻を持って『ロマニ・アーキマン』がオルガマリー元所長に代わり正式に司令官の任に就く! これより我等はオルガマリー元所長の決定の元、原初にして最終のオーダーを実行する!」

 

 この言葉にカルデアが沸き立つ。

 頼りなく破滅に浮いていた木の板は、今確かに漕ぎ出す船へと変わる。

 

 そしてロマニからオルガマリーに変わり、力強く宣言した。

 

 「ファースト・オーダー改め、人理修復を行う果てない旅、『グランドオーダー』! カルデアの名の下に決行を裁定します! 総員、自らの使命を全うしなさい! 皆、進み続けるわよ! 私達の明日に!」

 

 こうして残された人類による未来を取り戻す戦いが幕を開けた。

 

 

………

……

 

 

 さて、未来を取り戻すために人理修復の旅を行うことになったわけだが、まず今のカルデアに必要なのは『戦力』であった。

 現状カルデアで戦える人物はダンテ、アナスタシア、カーマ、マシュの四人のみだが、ダンテ、アナスタシア、カーマの三人は何者かからの依頼でここにいるのでカルデアの戦力として数えるわけにはいかず、またマシュはまだ自身に宿ったサーヴァントの力を十分に操ることができないので、カルデアの戦力は正直厳しいと言っても差し支えなかった。

 

 そこでまずは戦力を増強させるために、カルデアの召喚儀式を使って新たなサーヴァントと契約することから始まった。

 

 「基本的に任務ではマシュともう一人がレイシフトし、残りはカルデアに待機してもらいます。場合によっては戦闘時に必要に応じて呼び出してもらいます」

 「まあ妥当な判断だな。だが立香はともかく、俺まで召喚する必要があるのか?」

 

 ダンテは首を傾げながらそう聞く。

 ダンテにもマスター適性があるとはいえ、ダンテは後ろで命令するよりも自ら前に出て戦うタイプである。それに合わせられるのはアナスタシアとカーマの二人のみであり、新たにサーヴァントを召喚したところでダンテ達に合わせられるかどうかはわからない。

 

 「今のカルデアはたった一度の襲撃で陥落してしまうほど脆いからね。元所長も魔術は使えるけど、それでも戦闘には向かないんだ。だから戦力は多い方がいい」

 「なるほどな」

 

 ロマニの説明にダンテは納得する。

 確かに今カルデアが襲撃されればまず間違いなく落とされるし、あの野郎が攻めてこないとも限らない。かと言って立香一人で召喚するにしても限度があるので、それをダンテの分で補うという形なのだろう。

 

 「OK、ならちゃっちゃと始めようぜ。それで、召喚に使う触媒はどうするんだ?」

 「それは私が用意するわ」

 

 そう言ってオルガマリーが瞳を閉じ、両手を前に差し出す。するとそこに黄金に輝くグラスが現れた。どうやらゴールドオーブの形をしていた聖杯はオルガマリーと一体化したことにより、彼女の形に合わせてグラスへと変化したらしい。

 

 「聖杯は『万能の願望機』。持ち主の『願い』に応じてその力を発揮するわけなのさ」

 

 聖杯を出現させたオルガマリーを見ながらダヴィンチがそう言う。どうやらオルガマリーは聖杯の力を利用して触媒を生み出すらしい。

 

 するとオルガマリーの聖杯から黄金の札のようなものが計画七枚現れる。どうやらこの札のようなものが触媒のようだ。

 

 「こ…これが形を為す、縁の符……『呼符』といったところかしら……」

 「疲労困憊じゃねえか。大丈夫か?」

 「あ…あなた達を戦場に送り出すもの……これくらいのことはしなきゃ……」

 

 苦笑いするダンテにオルガマリーは息を切らせながらそう返してくる。まあまだ聖杯の扱いに慣れていないので仕方のないことだろう。

 

 何にせよ、後はこれを使ってサーヴァントを呼び出すだけである。

 まずは立香が自分のサーヴァントを呼び出すところから始まる。

 

 「じ、じゃあ始めるね」

 

 そう言って立香は恐る恐るマシュの宝具である盾の上に呼符を置く。

 

 『サモンプログラム、スタート。英雄召喚、開始します』

 

 機械音声と共に盾の上に術式が展開される。そして光を放ち、現れたのは────

 

 「サーヴァント・アーチャー。召喚に応じ参上した」

 

 ────赤い外套を纏った白い髪の男だった。

 アーチャーと名乗った男は立香を見つけるなり、彼女に言う。

 

 「……ふむ、君が私のマスターか。まだ未熟者だがよろしく頼む」

 「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします。えっと、なんてお呼びしたらいいでしょうか?」

 「そうだな、気軽に『エミヤ』とでも呼んでくれたまえ」

 

 立香の言葉にアーチャー改めエミヤがフッと笑いながらそう返す。どうやら友好的なサーヴァントのようだ。

 

 そして再び術式が展開され、光が放たれる。そして現れたのは────

 

 「■■■■■ーーーーーッ!!!」

 

 ────筋骨隆々の大男だった。

 それを見たオルガマリーが興奮したように言う。

 

 「サーヴァント・バーサーカー、ギリシャの大英雄『ヘラクレス』よ!」

 「これがあの大英雄ですか……!」

 

 オルガマリーの言葉にその場にいた皆が驚いたようにヘラクレスを見る。一方のヘラクレスはというとバーサーカーゆえに理性が無いのか、ただただそこに突っ立っているだけだった。

 

 「えっと、その…よろしくお願いします……」

 

 おっかなびっくりに立香がヘラクレスを見上げてそう言う。ヘラクレスは立香に気がつき、その獰猛な目で見る。

 そして────

 

 ────グッ!────

 

 ニッと笑いながら親指を上に突き出す。どうやら立香のことをマスターと認めたらしい。

 そのことに立香もホッと安心したように息を吐く。

 

 そして三度目の術式が展開、光を放って現れたのは────

 

 「サーヴァント・ランサー、真名を『カルナ』という。よろしく頼む」

 

 ────黄金の鎧に身を包んだ白っぽい髪の青年だった。

 その青年を見たロマニが驚いた声を上げる。

 

 「『カルナ』! インド叙事詩『マハーバーラタ』に出てくる大英雄だ! かの『英雄王』や『太陽の騎士』と同格のサーヴァントだ! これはもう戦力としても百人力だぞぅ!」

 

 一人勝手にはしゃぐロマニを余所に、立香はカルナの前に立つ。

 

 「藤丸立香です。よろしくお願いします」

 「君が俺のマスターか。気を遣わなくていい。気軽に接してくれ」

 「は、はい!」

 

 少し強面だが意外と物腰が柔らかいようだ。立香もそのことに安心したらしく、ホッと一息吐いている。

 するとカルナがダンテのそばにいるカーマ に気がついた。

 

 「……カーマか?」

 「ええ、そうですよ」

 「お前がサーヴァントとして使役されているとは珍しいな」

 「勘違いしないでください。私はあくまでダンテと共に戦っているので、カルデアには力を貸しているだけです」

 「そうか。何はともあれよろしく頼む」

 

 どうやらカーマと知り合いらしいが、それはおそらく出典が要因だろう。まあ現在カーマはダンテ以外には興味無いので、あまり気にしなくてもいいだろう。

 

 「次で最後の召喚ですね、先輩!」

 「う、うん。じゃあ召喚するね」

 

 マシュの言葉に立香が緊張した面持ちで召喚サークルを起動する。

 そして光を放って現れたのは────

 

 「サーヴァント・ルーラー、『ジャンヌ・ダルク』! お会いできて本当に良かった!」

 

 ────白い鎧に身を包んだ金髪の少女だった。

 

 「ジャンヌ・ダルク! フランスの百年戦争で活躍した聖女ですよ、先輩!」

 「私も授業で見たことある!」

 

 ジャンヌの姿を見てマシュと立香がはしゃぐ。まあ見た目的には同年代かお姉さんといった感じなので、緊張が和らいだのだろう。

 

 「藤丸立香です! よろしくお願いします!」

 「はいマスター! 共に世界を救いましょう!」

 

 立香の言葉にジャンヌも笑顔でそう返す。

 

 何はともあれこれで立香の召喚は全て無事に終わった。見た感じ戦力としては十分だと思うが、それでも多いに越したことはない。

 

 「さて、今度は俺の番か。一体何が出るのやら?」

 「君が召喚するわけだから、あのスパーダが来てくれるかもしれないね」

 

 ダンテのつぶやきにダヴィンチがそう返してくるが、ダンテは首を横に振った。

 

 「それは天地がひっくり返っても無いな。親父は誰かに従うようなタマじゃねえからな」

 「むう……それは残念ね。もし召喚されたら()()()()にご挨拶しようと思ってたのに」

 

 ダンテの言葉を聞いてアナスタシアが残念そうにつぶやく。何やら不穏な言葉が聞こえたような気がしたが、ダンテは聞こえなかったことにして早速召喚サークルを起動する。

 

 光を放ってまず最初に現れたのは────

 

 「………召喚に応じ参上した。貴様が私のマスターというやつか?」

 

 ────漆黒の鎧に身を包み、漆黒の剣を手にし、漆黒のバイザーで顔を隠した、全身真っ黒けな少女だった。

 しかし少女からはその可憐な見た目に似つかわしくない、膨大な悍しい魔力が溢れ出ている。

 

 「あなたは………!」

 

 するとマシュが警戒するような声を上げる。

 

 「知ってるのか?」

 「………彼女は『アルトリア・ペンドラゴン』。かの有名な『アーサー王』その人であり、先の冬木で私達の前に立ちはだかった人です」

 「へえ、あのアーサー王か。まさか嬢ちゃんだったとは知らなかった」

 

 警戒するマシュの言葉にダンテは笑いながらつぶやく。

 するとアルトリアがマシュ達の方を向く。それに対して立香はビクッと身体を震わせ、立香のサーヴァント達が立香を守るように立ちはだかる。

 しかしアルトリアは何もしようとせずに口を開いた。

 

 「………ほう、貴様らは私のことを知っているようだな。だが私は貴様らのことを知らない。過去の私は会っていても、この私は初対面なのだからな。つまり貴様らにとって私は『同姓同名の赤の他人』というやつだ」

 

 アルトリアはそう言うと興味なさそうに立香から視線を外し、ダンテ達の方を向く。

 そしてそばらくすると徐にバイザーを外し、素顔を晒してくる。そして金色の瞳でダンテを見ながら口を開いた。

 

 「……なるほど、貴様がかの伝説の魔剣士スパーダの息子か。私の聖剣を預けるに相応しい」

 

 そう言って聖剣と呼んだ漆黒の剣を構えた。

 

 「これからは貴様の剣となり、魔竜の息吹の如く貴様の敵を蹴散らすことを誓おう」

 「おう。これからよろしく頼むぜ」

 

 アルトリアの言葉にダンテは笑いながらそう返す。

 そして再び召喚サークルを起動する。するとここで予想外の反応が起きた。

 

 「これは……クラス『アルターエゴ』です!」

 

 観測していた職員の一人がそう報告する。そのクラス名を聞いた皆は困惑の表情を浮かべる。

 それもそうだ。ダンテ自身初めて聞くクラス名なのだから。

 

 そして光を放って現れたのは────

 

 「……愛憎のアルターエゴ、『パッションリップ』です……。あの……傷つけてしまったら、ごめんなさい………」

 

 ────とても英雄とは思えない、弱気な少女だった。

 顔立ちはカーマとよく似ているのだが、胸はダンテが今まで見てきた女性の中でもダントツに大きく、そして何より両腕が少女の身体よりも圧倒的に大きい鉤爪状のものとなっていた。

 

 そんなサーヴァントの少女を見て皆言葉を失う中、ダンテはサーヴァントの少女に近づいて聞いた。

 

 「あー、お嬢ちゃんが『アルターエゴ』っていうクラスのサーヴァントでいいんだな?」

 「は…はい……あの、マスターの召喚に応じちゃったのはご迷惑だったでしょうか………?」

 「そんなことはないぜ。初めて聞くクラスだったから、つい聞いちまったのさ」

 

 泣きそうになりながらそう言ってくるサーヴァントの少女にダンテは安心させるようにそう返す。こうしてダンテの召喚に応じてくれるだけありがたいというものだ。

 

 「ああ、それとその腕。最高にカッコイイと思うぜ?」

 「ッ!!」

 

 ダンテが笑いながらそう言うと、サーヴァントの少女が驚いたような表情をする。そして直後に顔を真っ赤にしながら俯いてしまう。

 そしてバッと顔を上げて口を開いた。

 

 「……精一杯頑張りますので、よろしくお願いします! マスター!」

 「おう、よろしくな」

 

 そう言ってくるサーヴァントの少女ことパッションリップに、ダンテは笑いながらそう返す。

 するとカーマがジト目でダンテを見ながら口を開いた。

 

 「………相変わらずの女たらしですね」

 「そいつは違うな。俺はか弱いレディからヤバイ女まで大歓迎なだけさ」

 「それを世間一般では女たらしと言うのですよ」

 

 笑いながらそう言うダンテにカーマは呆れたように返してくるが、ダンテはこれっぽっちも口説いているつもりはない。分け隔てなく接するのがダンテの信条だ。

 

 そんなわけで三度目の召喚サークルを起動する。

 術式が展開され、光と共に現れたのは────

 

 「我が名は巴。余人には『巴御前』とも呼ばれることもありましたか。何はともあれ、戦働きのため参りました。よろしくお願い致します」

 

 ────銀髪を赤い紐でポニーテールに纏めた、和服の女性だった。しかし見た目は人間ではあるものの、その気配には人間ではないものが混じっている。

 

 「ダンテ、日本のおサムライさんよ。本物は初めて見るわ」

 

 巴御前と名乗った女性を見て、アナスタシアがはしゃぐ。たしか生前の彼女の父親であるニコライ2世は大の日本通であったらしく、アナスタシアの日本好きも父親の影響なのかもしれない。

 

 「まあ。私のようなものを見て喜んでくれるとは。こちらも嬉しく思います」

 

 はしゃぐアナスタシアを見て巴御前が微笑みながらそう返してくる。

 ダンテは巴御前に言った。

 

 「トモエか。よろしく頼むぜ」

 「はい。この身は『義仲様』に捧げたものですが、今この時はマスターの刃となりて悪しきものを斬り伏せましょう」

 「おっと、人妻だったのか。そりゃあ召喚しちまって悪かったな。旦那さんと水入らずで過ごしていただろうに」

 

 巴御前の言葉を聞いてダンテは苦笑いしながら謝る。すると巴御前が慌てたように言ってきた。

 

 「い、いえ! マスターが謝ることではありません! 私がマスターのその誇り高き魂に惹かれて召喚に応じましたので、マスターが謝る必要はございません!!」

 

 巴御前がダンテの召喚に応じたのは、ダンテのその誇り高き魂とやらに応じたかららしい。しかしダンテとしては別にそこまで誇りを持っているわけではない。

 ただ父親であるスパーダの誇りを受け継いだだけである。

 

 「まあ何はともあれ、これからよろしく頼むぜ」

 「はい、こちらこそ! ………あ、でも、その……夜伽とかの相手は………」

 「そんなもんやらんくていい。むしろやるな。ヤバイやつが二人いるんだからな」

 

 恥じらうような巴御前にダンテは額を押さえながらそう返す。なぜならそれを許してしまったら悪魔も泣き出す女二人(アナスタシアとカーマ)が襲いかかってくるからだ。現にその二人はその言葉を聞いた瞬間、ダンテのことを飢えた肉食獣のような眼で見てきている。

 

 するとオルガマリーが咳払いしてから口を開いた。

 

 「………これでサーヴァントの召喚は無事に終わったわね。では次の指令があるまで────」

 

 その時停止させたはずの召喚サークルが突然起動する。

 そのことに驚いていると、召喚サークルの光が激しさを増していき、さらには赤黒い魔力まで放ち始める。

 

 「ッ!! 皆衝撃に備えるんだ!!」

 

 異変を感じ取ったダヴィンチが叫ぶ。

 その場にいた全員が衝撃に備えて構えた時────

 

 ────ドォォォォォォンッ!!────

 

 ────爆発音と共に赤黒い光が弾け飛ぶ。そして光が収まると、そこには胸と腰を最低限隠した、青白い長髪に巨大な双角を生やした女性が立っていた。

 女性はゆっくりと目を開けると、星海のような瞳で周囲を見回す。そしてダンテと目が合うと、その表情を綻ばせた。

 

 「────ああ、ああ! ようやくあなたに再び会うことができました、スパーダ!」

 

 女性はそう言いながらダンテの顔に優しく触れる。どうやらこの女性はスパーダのことを知っているどころか、実際に会ったことがあるらしい。

 そのことに周囲が驚く中、ダンテは女性に聞いた。

 

 「……親父を知っているのか?」

 「……親父? あなたはスパーダではないのですか?」

 

 ダンテの言葉に女性が不思議そうに首を傾げる。

 

 「俺はスパーダの息子のダンテだ」

 「ダンテ………道理であの人と似ているわけですね」

 

 ダンテの言葉に女性は納得したようにそう返してくる。

 そしてダンテの顔から手を離すと、微笑みながら名乗った。

 

 

 

 

 「わたしの名は『ティアマト』。ただのティアマトです。どうぞよろしくお願いしますね」




・ティアマト
 突如としてダンテの前に現れた女性。本人曰く『何の力も持たないただのティアマト』とのこと。果たして彼女の正体とは.......
 なお、カルデアにおいて唯一スパーダと実際に会っており、ダンテの前に現れたのもスパーダの気配を感じ取ったから。




 タグの???はティアマトでした。
 
 なお、セイバーオルタとパッションリップはそれぞれチュートリアルガチャとピックアップガチャで初めて入手した金鯖なので、サブヒロインとして出させていただきました。
 それ以外のサーヴァントは作者の独断と偏見で決めさせていただきましたので、ご了承ください。


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幕間
#6 散策


今回は少し短めです。


 『グランドオーダー』が発令されてから、カルデアは慌ただしくなっていた。それもそのはず、人理修復のために七つの特異点を特定するため、スタッフ一同が動き回っているからだ。

 そしてその最初に向かう特異点が特定されるまで、ダンテ達は割り当てられた自室で待機していた。

 

 立香は一人用の部屋だが、ダンテはアナスタシア とカーマと同部屋だったのに加え、ダンテの召喚に応じたアルトリア・オルタ、パッションリップ、巴御前、さらには向こうから勝手にやって来たティアマトが『一緒の部屋じゃなきゃ嫌だ』と駄々をこねたので、仕方なく大人数でも過ごせる大部屋で生活することとなった。

 

 そんなわけだからダンテの生活する部屋は賑やかなもので────

 

 「おいマスター、腹が減ったぞ。何か食べ物を献上しろ」

 「あの、マスター……少し肩を揉んでもらってもいいですか……? ちょっと肩が凝っちゃって………」

 「この『すまほげぇむ』というのは興味深いですね! このような小さなものでここまで奥深いものができるとは驚きです!」

 

 ────見事なまでに寛ぎまくっては何かとダンテに構われようとしていた。

 

 しかしダンテは現在召喚に応じた三人ではなく、ティアマトと話していた。

 

 「………そうですか。スパーダは最期の時まで人間の味方をしていたのですね」

 

 ティアマトが憂いを帯びた表情でそうつぶやく。彼女はダンテの前に現れるまでずっと『虚数世界』という何もない場所にいたらしく、スパーダがたまたま訪れて以降ずっと彼のことを気にしていたらしい。

 

 「まあな。つっても親父はとんでもない置き土産を残してくれてな、おかげで何度も尻拭いをさせられたもんだ」

 

 ダンテはため息混じりにティアマトにそう言う。

 

 実際スパーダが遺したものによってダンテはバージルと殺し合いじみた兄弟喧嘩をしたり、変な宗教団体から狙われたり、かつてスパーダの知り合いだったという悪魔から決闘を申し込まれたりと、散々な目に遭ってきた。

 そしてそれらが落ち着いてようやくのんびり過ごせると思ったらコレである。

 

 ダンテの話を聞いたティアマトはクスクス笑いながら口を開く。

 

 「ふふ、スパーダはこちらでも変わらなかったようですね」

 「まあな。でも今でも誇りに思うし、尊敬もしている」

 

 ティアマトの言葉にダンテはそう返す。実際スパーダのことを今でも誇りに思っているし、尊敬もしている。周囲からは『スパーダを超えた』と言われるが、ダンテからしたらスパーダが成した偉業を超えることなどできないと思っている。

 

 「スパーダも幸せものですね。こうして今でも息子に誇りに思われているのですから」

 

 ティアマトの言葉にダンテは肩を竦める。こうして面と向かわれてそう言われると小っ恥ずかしいものがある。

 ダンテはそれを悟られないように立ち上がると、そのまま出入口の方へと向かう。

 するとティアマトが聞いてきた。

 

 「ダンテ、何処か行くのですか?」

 「ああ、っとっくら散歩でもしようと思ってな」

 「でしたらわたしもついていってよろしいですか?」

 「構わんぜ。じゃあ少し出てくる」

 「ええ、気をつけていってください」

 

 ダンテの言葉に幼い少女の姿のカーマがそう返してくる。

 その言葉を聞いたダンテはティアマトと共に自室を出て、カルデア内の探索に出た。

 

 

………

……

 

 

 カルデア内の探索に出たダンテとティアマトだが、先の爆破事件により大多数の職員やマスター候補が死亡、もしくは意識不明の重体による冷凍保存により、館内はガランとし静寂に包まれていた。

 また爆破事件の影響なのか、ダンテ達が潜入した時よりも薄暗く感じる。もしかしたら電力を供給する場所もやられたかもしれない。

 

 そんなわけで散歩がてら適当な区画に入るダンテ。するとそこにはオルガマリーとダヴィンチ、その他数名のスタッフがいた。

 

 「よお、こんなところで何してるんだ?」

 

 ダンテがそう声をかけると、オルガマリーとダヴィンチが振り向いた。

 

 「やあダンテ、こんなとことまでどうしたんだい?」

 「暇だったからな、ちょっとした散歩さ。ところで何やってるんだ?」

 

 ダヴィンチの言葉に笑いながら返したダンテはそう聞く。するとオルガマリーが難しい顔をしながら口を開いた。

 

 「実はレフの爆破によって発電システムにまで影響が出てて、電力が十分に供給されないの。どうにか解決したいんだけど、全然安定しなくて………」

 

 そう言ったオルガマリーの視線の先には、一心不乱にコンピューターを弄るスタッフの姿が。

 その光景を見ていたダンテはふと口を開く。

 

 「………要は電力さえあればいいんだな?」

 「え? え、ええ、莫大な電力が外部から供給されれば、電力の問題は解決できるんだけど……」

 「そうか。なら善は急げだ」

 

 オルガマリーの言葉を聞いたダンテはそう言うと、自分の中に眠る魔具の一つを呼び起こす。

 するとダンテの身体から魔力の球が一つ現れ、次の瞬間三つの首を持つ巨大な狼型の悪魔が現れた。

 この悪魔の名は『キングケルベロス』。かつて魔界の大樹『クリフォト』でダンテと戦い敗れ、魔具となった悪魔である。

 

 『ほう、我をこの姿で呼び出すとは珍しいな、我が主人よ』

 

 キングケルベロスが無機質な声でそう言う。

 そんなキングケルベロスにダンテは笑いながら言った。

 

 「今回はそっちの姿での力が必要だからな」

 『我の力が必要か。して、何をすればよいのだ?』

 「ちょいとお前の雷の力を分けて欲しいんだよ。ここの電力を安定させるためにな」

 

 ダンテがそう言うと、キングケルベロスがオルガマリー達の方を見る。オルガマリーとスタッフはおろか、ダヴィンチでさえも神秘中の神秘である悪魔、それも人語を解する上位級の悪魔を見て言葉を失っていた。

 しかしキングケルベロスは気にすることなく口を開く。

 

 『………ふむ、話は理解した。人理が焼却されてしまった今、ここが最後の砦であると。我は人間供がどうなろうが知ったことではないが、主人が力を貸すというのなら我もそれに従おう』

 

 キングケルベロスはそう言うと、のっしのっしと歩いて発電システムに近づく。そして片前足を発電システムに触れると、紫色の雷が弾ける。

 そして次の瞬間、発電システムがゴウンゴウンと駆動音を鳴らしながら動き出した。

 

 『これでここの電力は安定するはずだ。ついでに我が魔力も注いでおいた。到底消えることはあるまい』

 「……まさか我々が頭を悩ませていた問題を文字通り指先一つで解決してしまうなんてね。さすがは神秘中の神秘だ」

 

 キングケルベロスの言葉を聞いてダヴィンチが苦笑いしながらそう言う。オルガマリーに至っては呆然としていた。

 

 『問題が解決したのであれば我は戻る。また何かあったら我を呼ぶといい』

 

 キングケルベロスはそれだけ言い残すと、魔力の球となってダンテの中に戻る。

 魔力の球が消えると、ダンテはオルガマリー達に聞いた。

 

 「これで問題はないな?」

 「ああ、君のおかげだ。感謝するよ」

 「そうか。なら俺達は散歩に戻るとするぜ」

 

 ダンテはそう言ってティアマトと共にその場から離れ、カルデア内の散策に戻った。



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#7 散策 その2

 ティアマトと共に適当にカルデアを散策し始めたダンテ。

 現在二人は適当な通路を歩いていた。

 

 「なるほど、現世の建物というのはこういう風になっているのですね」

 

 ダンテの隣を歩くティアマトはキョロキョロと周囲を見回しながら興味深そうにそうつぶやく。今の今まで何もない世界にいた彼女にとって、この世界にあるもの全てが新鮮なものである。

 大人の女性のような姿をしているのに反応そのものは子供なので、ダンテは微笑ましく思う。

 

 「? どうかしましたか、ダンテ?」

 「なんでもねえよ」

 

 首を傾げながらこちらを見てくるティアマトにダンテはそう返す。

 すると何処からか何やら良い香りが漂ってくる。

 

 「これは………誰かが料理してるな」

 「料理……人間達が生きていく上で必要な栄養分の補給行為ですね?」

 「まあそうなんだが、どっちかっていうと生きていく中での楽しみの一つだな」

 

 ティアマトの言葉にダンテはそう返す。しかしイマイチピンとこないのか、ティアマトは難しそうな顔をしていた。これなら教えるよりも実際に体験させた方がいいだろう。

 ダンテはティアマトを連れて良い香りが漂ってくる方へと歩き出す。そして辿り着いたのはカルデアの『食堂』だった。

 

 「む、君は確かスパーダの息子のダンテだったか」

 「そういうお前はエミヤだったか?」

 

 ダンテが良い香りの発生源である厨房を覗けば、そこには立香が召喚した弓兵のサーヴァント『エミヤ』がいた。どうやら良い香りの根元はエミヤが料理していたかららしい。

 

 「お前が料理するなんて意外だな」

 「なに、サーヴァントが料理しても何もおかしくはないだろう。元を正せば人間なのだからな」

 「それもそうか」

 

 エミヤの言葉にダンテはあっさり納得する。現にダンテのところにいるアナスタシアは元サーヴァントであるがスマホで写真を撮るにが好きだし、現サーヴァントであるカーマも甘いスイーツなどを嬉しそうに食べていたりする。それを考えればエミヤが食堂で料理していたところで何もおかしいところはない。

 

 「ところで、君達は何をしているんだ?」

 「ああ、散歩がてらカルデアを歩き回っていたら良い匂いがしてな。ちょっとここに寄ってみただけだ」

 「なるほど。現在カルデアは人が少ないからな、たとえサーヴァントであろうとできることはせねば。幸い私は料理ができる。なので司令官殿やダヴィンチ女史に許可を貰って食堂を管理させてもらうことにしたのだ」

 

 ダンテの言葉にエミヤがそう返してくる。確かに料理ができる人物がいればカルデアの食事事情も良くなるというものだ。

 

 「お前に一つ頼みたいことがあるがいいか?」

 「何かな?」

 「ティアマトが食事をしたことがないっていうからな。何か食べ物を作ってやってくれねえか?」

 「それはいかんな。人生の大半を損していると言っても過言ではない。少し待っていてくれ」

 

 そう言って厨房へと引っ込むエミヤ。

 ダンテとティアマトが適当な席に座ってしばらく待っていると、エミヤがおぼんを持ってダンテとティアマトの元に来た。

 

 「ありきたりなものだが、どうぞ」

 

 そう言ってティアマトの前に置かれたおぼんに乗っていたのは白いご飯に味噌汁、ほうれん草の卵とじというThe・和食といったメニューである。

 しかし初めて見る食事にティアマトは興味津々らしく、目を輝かせて自分の前に置かれたものを見ていた。

 

 「遠慮なく食べたまえ」

 

 エミヤがそう言うと、ティアマトはおぼんに添えられている箸を手に取る。そして白いご飯をひとつまみして、その口の中に入れた。

 

 「────ッ!」

 

 その瞬間、ティアマトは驚きのあまり目を見開く。

 

 初めての味覚。

 初めての食感。

 初めての至福感。

 

 なるほど、これが『食事』というものか。

 なんて、なんて素晴らしいものだろう!

 

 「すごく、すごく美味しいです!」

 「それはよかった。作った甲斐があったというものだ」

 

 ティアマトの言葉にエミヤがフッと笑ってそう返す。その間もティアマトは食事を続ける。

 終始無言で食べ続けるティアマトを、ダンテとエミヤは微笑ましく眺めるのだった。

 

 

………

……

 

 

 「~~~♪」

 

 食堂で初めての食事をしたティアマトは至福感に満たされたらしく、御機嫌な様子でダンテの隣を歩いていた。あまりの御機嫌さに鼻唄まで歌っているほどである。

 

 そんなわけでダンテとティアマトは再び散歩に戻る。

 しばらく歩いていると、何処からか金属同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 

 「? 何の音でしょうか?」

 「これは……誰かが戦ってる音だな」

 

 ティアマトの言葉にダンテはそう返す。そしてその金属同士がぶつかり合う音が聞こえてくる部屋に入った。

 

 するとそこは青空と草原という、何処からどう見ても施設内とは思えない風景が広がっていた。

 そしてその中央では立香が召喚したサーヴァントであるカルナとヘラクレスがそれぞれ槍と大剣で戦っていた。

 

 「む、お前はスパーダの息子のダンテか」

 

 するとダンテとティアマトが入ってきたことに気がついたのか、ヘラクレスとの戦闘を中断したカルナが近づいてきて声をかけてくる。

 

 「おっと、インドの大英雄サマにギリシャの大英雄サマか。声をかけてくれるとはありがたいものだ」

 「何を言う。人類のためにたった一人で魔界と戦ったかの魔剣士に比べたら、俺達など足元にも及ばん。それは再び魔帝を封印したお前に対しても同じだ」

 

 ダンテの軽口にカルナが表情一つ変えずにそう返してくる。

 しかしスパーダはともかくダンテとしては母の仇討ち兼気に入らなかったからムンドゥスの野郎をぶちのめしただけであり、そこまで言われるようなことはしていない。

 

 ダンテは話題を変えるようにカルナに聞いた。

 

 「ところでお前達はここで何してるんだ?」

 「ああ、せっかくギリシャの大英雄と相見えることができたのでな、一つ手合わせをしていたところだ」

 

 カルナの言葉に反応するかのようにヘラクレスがグッとサムズアップする。どうもこのバーサーカーは少し人間臭いところがある。まあそこが良いのだが。

 

 「そうか。まああんまやりすぎるなよ? リツカが心配するからな」

 「善処しよう」

 

 カルナの言葉を聞いたダンテが立ち去ろうとしたとき、不意にカルナに呼び止められる。

 

 「そうだ。是非ともお前とも手合わせを願いたいのだが、如何だろうか?」

 「生憎だが今はティアマトと散歩中でな。またの機会にしてくれ」

 

 カルナの言葉にダンテはそう返す。

 ダンテとしてもぜひとも神代の大英雄と戦ってみたいところだが、今はティアマトと散歩中なので、そちらをほっぽるわけにもいかない。

 

 「そうか。呼び止めてすまなかったな」

 「気にすんなよ。じゃあな」

 

 そう言ってダンテはティアマトと共にその場から立ち去る。すると再び金属同士がぶつかり合う音が響き出した。

 

 「ふふっ」

 「どうかしたか?」

 

 すると不意にティアマトが笑ったので、気になったダンテはティアマトに聞く。

 

 「いえ、大したことではありません。子供達の成長が嬉しく思えて、つい」

 

 どうやらカルナとヘラクレスが手合わせしていることを嬉しく思えたらしい。

 その姿はまさに子の成長を喜ぶ母そのものだ。いや、ティアマトにとっては全てが自分の子供なのだろう。

 

 「………」

 

 ふと、ダンテは母のことを思い出す。

 

 世界を救ったとはいえ悪魔であるスパーダと結ばれた人間の女性。

 女手一つでダンテとバージルを育ててくれた母。

 その最期はあまりにも呆気ないものであった。

 だからこそ、自分はデビルハンターとなり、母親の仇討ちのためだけに生きてきた。

 

 (だが、今は守らなきゃなんねえからな)

 

 雛鳥のようについて来る小娘二人に慕ってくる甥っ子、そして仏頂面でありながらなんだかんだ心配してくる双子の兄貴。

 

 今の自分には守らなければならないもの達がいる。そのためならば、敵が何であろうとぶちのめすのみだ。

 

 「どうかしましましたか、ダンテ?」

 

 不意にティアマトが心配そうに聞いてくる。それにより意識が現実に戻ったダンテは笑いながら言った。

 

 「なんでもねえよ。それより散歩の続きと行こうぜ」

 「はい」

 

 ダンテの言葉にティアマトが頷く。

 

 そして二人はカルデアの散策を再開した。



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#8 散策 その3

 食堂で小腹を満たし、神代の英雄二人の手合わせを見学したダンテとティアマトは、再びカルデア内の探索に戻る。

 

 「半人半神の英雄様か。大昔には本当に神様がいたんだな」

 「そうですね。まあ当時は神と人が同時に存在することが当たり前の時代でしたから」

 

 ダンテの言葉にティアマトがそう返す。悪魔は少なくとも2000年前よりも存在しているのは確かなので、そこにさらに神と呼ばれる存在がいたとなると、どれだけ混沌とした世界になっているのだろうか?

 

 「そう考えるとサーヴァントとはいえ、あいつらと一度本気で戦り合ってみてえな」

 「む、いけませんよダンテ。手合わせとはいえあなたが怪我してしまったらスパーダに合わせる顔がありません」

 

 ダンテのつぶやきにティアマトがムッとした表情でそう返してくる。どうもこいつはダンテに対して過保護気味である。まあ恩人の息子だからというのもあるだろうが、それにしては少しやり過ぎだと思う。まあダンテの気のせいかもしれないが。

 

 「そんな簡単に怪我なんてしねえよ」

 「わからないじゃないですか。相手は人間でありながら神の力を持っているのです。悪魔であるあなたの天敵なのですよ」

 「そんなベタな弱点なんかねえよ」

 

 なぜ悪魔だからといって神の力が弱点になるのだ? むしろそれなら攻撃を喰らったらどうなるのか知りたいものだ。まあこんなことを言ったらティアマトが烈火の如く怒るか、衝撃のあまり失神するかのどちらかなので、お口にチャックするのだが。

 

 「あら、お二人ともどうかされましたか?」

 

 すると不意に声をかけられる。声のした方を向くと、そこには立香が召喚したサーヴァント『ジャンヌ・ダルク』が立っていた。

 

 「おっと、救国の聖女様に声をかけられるとは光栄だな」

 「私はただ主の声に従って戦っただけです。それに比べたら人々の声を聞き、自らの意志で立ち上がった魔剣士スパーダの方が偉大ですよ」

 

 ダンテの言葉に笑みを浮かべながらそう返してくるジャンヌ。聖職者なのに悪魔を褒め称えていいのだろうか?

 

 「ところでお二人はここで何をなさっているのですか?」

 「なに、暇だったから散歩しているのさ。ジャンヌこそ何やってるんだ?」

 「私も暇を持て余していたので少し散歩をしていたところです。………ああ、そういえば」

 

 そう言ったジャンヌが急に真剣な表情になって話題を変えてきた。

 

 「先ほどスタッフの方が言っていましたけど、第一特異点がもう少しで特定できるそうですよ」

 「そうなるともうすぐでレイシフトするわけか」

 「そうなりますね。マスターの方はマシュさん以外は状況に応じて私達を呼び寄せるということになってますが、ダンテさんの方はどうされますか?」

 「特には考えてねえな。アナスタシアとカーマはついてくるだろうから、あと一人くらいを連れてく感じか」

 

 向こうで戦闘になった場合ダンテに合わせられるのはアナスタシアとカーマの二人のみなので、二人を外すという選択肢はない。というか何してでも二人はダンテのそばを離れないだろう。

 あとはダンテが召喚したサーヴァントから一人連れていくといった具合か。

 

 「ダンテ」

 

 そこで不意にティアマトが口を開いた。

 

 「『レイシフトするな』とかは言うなよ?」

 「むしろ逆です。レイシフトするならわたしもついていきます」

 

 その予想外の言葉にダンテだけでなくジャンヌまでもが驚愕する。

 しかしティアマトは二人を気にすることなく続ける。

 

 「あなたが人理を取り戻すために戦いに行くのは理解しています。なので『戦いに行くな』とは言いません。ならばわたしもついていき、ダンテのために戦います」

 「駄目だ………と言っても聞かねえよな」

 

 ティアマトの言葉にダンテはため息混じりにつぶやく。

 

 「わかった。その代わり危ねえと思ったら無理矢理にでも下がらせるからな」

 「ありがとうございます。絶対にあなたを傷つけさせませんから」

 

 ダンテの言葉にティアマトが決意の篭った口調でそう言ってくる。

 ティアマトがここまで強情になるのは、おそらくスパーダに対して何も恩を返せなかったから、せめて息子であるダンテを守ろうという想いから来ているのだろう。

 もちろんダンテもティアマトを傷つけさせるようなことはしない。

 

 「仲がよろしいのですね」

 

 ジャンヌがフフッと笑いながらそう言ってくる。それに対しダンテは肩を竦めるだけだった。

 

 「さて、じゃあそろそろ戻るとするか」

 「では、私そろそろ戻ります。いつでも戦いに行けるように準備しなければいけませんので」

 

 そう言ってジャンヌは駆け足で立ち去る。その後ろ姿を見送ったダンテとティアマトも自室へと戻っていった。

 

 

………

……

 

 

 カルデアの探索を終えたダンテとティアマトはアナスタシア達と合流すると、食堂で食事を取る。そしてダンテ以外はそのまま浴場へと向かい、ダンテは一人自室でのんびりと過ごす。あいつらと風呂なんかに入ったらアナスタシアとカーマ、あとティアマトに襲われかねない。

 

 そしてアナスタシア達が戻ってきたところで、ようやくダンテは一人で浴場へと向かった。

 

 着ていた衣服を脱ぎ捨てロッカーに放り込むと、戸を開けて浴場へ入る。そして湯船に身体を沈めた。

 

 「こうして風呂に入るのは日本以来だったか………」

 

 基本的にダンテはバスタブでシャワーを浴びるのみであり、お湯に浸かるというのは仕事で日本に行った時ぐらいである。

 それにしてもこの湯船に浸かるという行為、なかなかに良いものだ。こんなものまで無かったことにしてしまうとは、人理焼却というものは到底許せるものではない。

 

 ダンテが湯船に浸かっていると、不意にガラガラッと戸が開く音が聞こえてくる。どうやら誰かが入ってきたようだ。おそらく男性スタッフ辺りが来たのだろう。

 

 そう思いながら振り向くとそこには予想外も予想外、なんと人類最後のマスターである藤丸立香がいた。

 

 「………あん?」

 「………わあああああっ!?」

 

 一瞬の沈黙と共にお互いに硬直。

 ダンテはまさか立香が入ってくるとは思っておらず、立香の方はまさかダンテが入っているとは思ってもいなかったので、どちらも無防備な状態でいた。

 そしてその予想を裏切られたことによりダンテは呆け、立香は顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。

 

 「ダ、ダ、ダンテさん?!」

 「なんだ、リツカか」

 

 タオルで前をなんとか隠しながら慌てふためく立香に対し、ダンテはただそうつぶやくのみ。

 なぜダンテが年下の少女の裸を見ても動じないのか? それはカルデアに来る前からダンテがシャワーを浴びている時にアナスタシアとカーマが毎回素っ裸で突撃してくるから耐性ができてしまったのである。それを除いてもダンテは確かに女性は大歓迎だが、自分から襲いかかるようなゲスな真似はしない。

 

 よってダンテが立香に興奮することは微塵たりともあり得ない。

 

 「そんなところにいたら風邪引くだろ。早く風呂に入ったらどうだ?」

 「え、あ、はい!」

 

 ダンテの言葉に立香がハッとし、恐る恐るダンテの隣に浸かる。

 

 「「……………」」

 

 しばらく二人の間に無言の時間が流れるが、先に口を開いたのは立香だった。

 

 「あ、あの、マシュやオルガマリーさんから聞いたのですけど、ダンテさんって人と悪魔の子供なんですか?」

 「ああ、そうだ。親父が悪魔でお袋が人間だ」

 

 立香の質問にダンテはそう返す。すると立香が呆けたような表情で言った。

 

 「なんか意外です。悪魔と人間の子供だから角とか尻尾とか生えてるのかと思ってました」

 「お前のイメージはマンガとかアニメとかが混ざってるな。今どきそんな悪魔なんて少ない方だぞ。中には人間そっくりな悪魔なんかもいるからな」

 「あはは、そうなんですか………」

 

 ダンテの衝撃発言に立香は苦笑いすることしかできない。まあ魔剣士の息子がそう言っているのだから、実際そうなのである。

 

 「「……………」」

 

 再び二人の間に沈黙が流れるが、今度はダンテが先に口を開いた。

 

 「リツカ、緊張してるな?」

 「………やっぱりわかっちゃいますか?」

 「まあな」

 

 立香の言葉にダンテはそう返す。

 何せずっとそわそわしているし、表情も何処か固いのだ。誰がどう見てもすぐにわかるだろう。

 

 「………正直怖いんです。冬木の時はマシュやオルガマリーさん、クー・フーリンさんが力を貸してくれたからどうにかでぃたけど、七つの特異点全部が上手くいくかわからなくて………もし失敗しちゃったらどうしようって………」

 

 膝を抱え今にも泣きそうな声でそう言う立香。

 

 立香はダンテと違ってただの人間の少女だ。『世界を救う』なんて大義名分を一人で抱えるには荷が重すぎる。そのことはオルガマリー達もわかっているだろう。

 しかし立香はカルデア唯一のマスターであり、世界に残された最後の希望である。なので人理を元に戻すためには立香がやらなければならないのだ。

 

 

 

 

 ────とはいえ、ここぐらいでは弱音を吐くことも許されなければやってられないのも事実である。

 

 ダンテはポンと立香の頭に手を置く。そして口を開いた。

 

 「リツカに一つアドバイスだ。お前は『生き延びる』ことだけを考えろ」

 「生き延びることですか………?」

 「ああ。それだけ考えてれば大抵のことはどうにかなっちまう。生き延びることに慣れてきたら力を付ければいい。そうすればさらに生き延びることができるようになるからな」

 

 これは幼い頃から独りで生き続けてきたダンテの経験則だ。

 適当かもしれないが、『何がなんでも生き延びる』という想いを捨てなければ後のことはどうにでもなったりするものである。

 

 「……わかりました! 生き延びることを考えてやります!」

 

 ダンテの言葉に立香が少し元気を取り戻したのか、ふんすと鼻息を強くしながらそう返してくる。

 

 「その意気だ。それに俺達もいるからお前だけなんでもかんでも背追い込まなくていいぜ」

 

 ダンテは笑いながらポンポンと立香の頭を優しく叩く。やはりこういうガッツが無ければ何も成し遂げられないのだ。

 

 「さて、俺はそろそろ上がる。リツカも適当に出て休んどけよ?」

 「は、はい!」

 

 立香の返事を背に、ダンテは浴場から出るとバスタオルで身体を拭き、衣服を身に纏うと自室へと戻っていく。

 

 

 

 ────最初の戦いは、すぐそこまで迫っていた。



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第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン
#9 出立


 人理が崩壊してから数時間とも数日とも、とにかくそれなりの時間が経過した後、ダンテ達は管制室に集まっていた。ロマニを始めとしたスタッフ達がついに最初の特異点を特定したからだ。

 

 管制室にはダンテ、アナスタシア、カーマ、ティアマト、今回同行するアルトリア・オルタ、そしてオレンジ色のライダースーツのようなものを身に纏った立香とマシュがいた。

 

 「これ、着なきゃいけないんですか………?」

 

 少し際どい格好なために落ち着かないのか、そわそわしながら聞く立香。それに対しダヴィンチが口を開いた。

 

 「『レイシフトスーツ』はレイシフトの安全性を上げるものだからね。まあ安心したまえ、レイシフト先ではいつもの服装に戻ってるよ」

 「大丈夫です先輩! すごく似合ってます!」

 「あはは、ちょっと複雑………」

 

 マシュの言葉に立香は苦笑いする。そしてすぐにダンテ達の方を向いて口を開いた。

 

 「ダンテさん達は着なくてもいいんですか?」

 「彼らの場合は存在そのものが奇跡に近いからね。レイシフトに対しても非常に適性が高かったんだ」

 「まあ俺達にとっちゃいつもの格好が一番動きやすいってわけだ。………そんなことよりもだ」

 

 そう言ってダンテはある一点を指さした。

 

 「その白い動物は何だ?」

 「フォーゥ……」

 

 ダンテが指さした先であるマシュの腕の中にはネコだか犬だかよくわからない白っぽい動物がいた。そこそこカルデアにいるが、こいつを見たのは今日が初めてである。

 するとマシュが口を開いた。

 

 「あ、紹介しますね。この方は『フォウ』さん。いつの間にかカルデアにいたよくわからない生き物です」

 「よくわからないのか」

 「はい」

 

 どうやらマシュもよくわかっていないらしい。そのフォウはというと怯えているのか警戒しているのか、マシュの腕から逃れようとしていた。

 

 「あ、ダメですよフォウさん。ちゃんと挨拶しなきゃ」

 「フォウフォウ!!」

 

 マシュがそう言うが、フォウはそれでも逃れようとジタバタする。

 そんなフォウにダンテは笑いながら言った。

 

 「安心しろ、別に取って食ったりなんかしねえよ」

 「フォーゥ」

 

 ダンテがわしゃわしゃと撫でると、ようやく観念したのかフォウが大人しくなる。

 それにしてもこのフォウとかいうやつ、不思議なことにカーマやティアマトと似たような気配を感じる。しかしその当の本人達であるカーマもティアマトもフォウには全くと言っていいほど興味を示していなかった。

 

 (まあ気にすることでもないだろ)

 

 ダンテがそう結論づけると、ちょうどロマニが口を開いた。

 

 「君達が向かうのは第一の特異点。西暦1431年のフランスだ」

 「中世期のフランスで大きな出来事といえば百年戦争かしら」

 

 アナスタシアの言葉にオルガマリーが頷く。

 

 「ええ、そうよ。おそらくその最中に()()が起き、特異点となったと推察されるわ」

 「僕が方針のナビゲーション、元所長が遭遇したサーヴァントの真名の看破、レオナルドがサポートを担当する。立香ちゃん及びマシュは聖杯の探索、異変の調査をお願いするね」

 「「はい!」」

 

 ロマニの指示に立香とマシュが返事する。

 するとロマニがダンテ達の方を向いて口を開いた。

 

 「ダンテさん達はすまないが立香ちゃん達を護衛してくれ」

 「ああ。本来ガキのお守りは仕事じゃないが、今回ばかりはそう言ってられないからな」

 

 ロマニの言葉にダンテはそう返す。

 先ほど話し合ったのだが、特異点に向かった際には別々に行動するのではなく、一つに固まって行動することに決まった。というのも立香とマシュはまだ戦闘に慣れていないため、敵勢力と遭遇した際に大打撃を受ける可能性があるからだ。

 もちろん特異点を解決していくために戦闘は必須なので、敵の数が多い時はダンテ達が敵の数を減らし、残りの少ない敵を立香とマシュが倒すという算段である。

 

 「ダンテさん、その……よろしくお願いします」

 

 立香とマシュが緊張した面持ちでそう言ってくる。それに対しダンテは笑いながら口を開いた。

 

 「そう重く受け止めんな。リツカは昨日言った通り『生き残る』ことを考え、マシュはリツカを守るために敵をぶっ飛ばせばいい」

 「は、はい!」

 「わかりました! 不肖マシュ・キリエライト、先輩を守るために全力で敵勢力をぶっ飛ばします!」

 

 ダンテの言葉に幾分か気が楽になったのか、大きな声でそう返してくる。

 それに対してアナスタシアが微笑みながら口を開いた。

 

 「その意気よ。いざとなったら私達も助けます。だから安心して戦いなさい」

 「そうですよ。今回ばかりは堕落とか言ってられませんからね」

 

 アナスタシアに続きカーマも珍しく真剣な表情でそう返してくる。まあ事態が事態なので、ダンテとの楽しい生活を取り戻すためなら真面目にやるのがカーマである。

 

 「立香ちゃんのサーヴァントは待機している。戦闘になったらいつでも呼んでくれ」

 

 ロマニの言葉に立香とマシュは頷く。そしてレイシフトするメンバーはコフィンの中へと入った。

 

 『アンサモンプログラム、スタート』

 

 

 

 ────これより始まるは、破滅の運命に抗う者達の新たなる伝説。

 

 

………

……

 

 

 一瞬の宙を浮いたような感覚がした後、再び地面に足が着くような感覚がする。

 ダンテが目を開けると、映ったのは鬱蒼とした森の中だった。

 

 「レイシフトは成功したようですね」

 

 ダンテの隣にいるティアマトが周囲を見回しながらそう言ってくる。ティアマトの言う通り誰一人欠けることなくこの場におり、立香とマシュはレイシフトスーツからいつもの服装に戻っていた。

 

 「フォウ!」

 「フォウさん!?」

 

 すると突然マシュの首元からフォウが飛び出してくる。どうやらこの獣にもレイシフト適性があったらしい。

 

 (そういやレイシフトする時、こいついたっけか?)

 

 ふと疑問に思うが、アルトリアの言葉によって意識が現実に引き戻された。

 

 「マスター、上を見ろ」

 

 アルトリアの言葉にダンテ達は上を見上げる。

 そして次の瞬間、言葉を失った。

 

 

 

 

 

 ────何処までも澄み渡る青い空、その中央に光り輝く光帯らしきものが走っていた。

 

 『光帯………ロマニ、1431年にそれに類似したものがあった記録は?』

 『ありません。これは予測ですが、衛星軌道上に展開された何らかの魔術式かと思われます』

 『この人理焼却と何か関係があるのか………?』

 

 通信機器の向こうでロマニ達の声が聞こえてくる。そんな中、アナスタシアがダンテに声をかけてきた。

 

 「ダンテ、試しにナイトメアで撃ち込んでみる?」

 「………やめとけ。こういう時は下手に触らん方がいい」

 

 アナスタシアの言葉にダンテは珍しく慎重的な意見を返す。しかしダンテの言う通り、正体がわからないものを下手に刺激して余計面倒なことになったら手がつけられなくなるので、放っておけるならそれに越したことはない。

 

 「さて、ここでじっとしていても何も始まらない。そろそろ動いた方がいいと思うがどうだ?」

 『そうだね。幸いそこから少し離れたところに現地の兵と見受けられる反応がある。何かわかるかもしれないから接触してみよう』

 「よし、そうと決まれば善は急げだ。リツカ、マシュ、行くぞ」

 「「はい!」」

 

 ロマニからの指示により、ダンテ達は現地の兵がいると思われる場所へ足を向けた。

 



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#10 聖女

 1493年のフランスにレイシフトしたダンテ達、現地の人々がいると思われる場所へと向かっていた。

 

 「………妙だな」

 

 現地の人々がいると思われる場所へ向かっている途中、ダンテはそうつぶやく。

 オルガマリーとロマニの話によれば今の時代は百年戦争の休止期間らしく、どこも戦争は行われていないとのこと。

 

 しかしダンテの感覚は違和感を感じ取っていた。

 戦争が行われていないにも関わらず大地は荒れ果て、風には焦げ臭い臭いが乗っている。明らかに戦争が行われている証拠だ。

 それにはアナスタシアとカーマ、ティアマトとアルトリアも気がついているらしく、表情を険しくしている。

 しかし戦いに慣れていない立香とマシュは気がついていない様子だ。

 

 (こういう時に限って嫌な予感は当たるんだよな)

 

 そんなことを思いながら歩いていると、遠くに砦のようなものが見えてきた。

 砦は攻撃を受けているのか、壁の所々は崩れ落ち、黒煙が薄く昇っている。

 明らかに先ほどまで戦いが行われていたようである。

 

 「とりあえずまずは話を聞いてみるか」

 「でも言葉は通じますかね?」

 

 ダンテの言葉に立香がそう返してくる。

 それもそのはず、ここは中世のフランス。当然言語はフランス語のみであり、立香が話す日本語はおろか世界共通語である英語すら通じない。

 なのでダンテ達の言葉がこの時代の人間に通じる可能性は限りなく低かった。

 

 「でもやるしかないんですよねぇ」

 『はい。想いを伝えるのに言葉は大切ですから』

 『そうだ。例え時代も世界も違えど、言葉は大切だ。俺も言葉が足りず、よく周囲に誤解を与えてしまっていた』

 

 カーマのつぶやきに通信機越しにパッションリップとカルナが同意する。

 どちらにせよ話しかけなければ何もわからないので、ダンテ達は砦の中へと入っていく。

 

 砦の中には兵士や避難してきたであろう市民が多くいたが、その誰もが疲弊しきっていた。

 

 「これは…酷いですね……」

 

 砦の中の惨状を見たティアマトが悲しむようにつぶやく。

 ティアマトの言う通り砦の中の被害は外よりも明らかに大きく、所々が爪で抉られたような痕や牙でかじられたような痕、さらには炎で焼かれたような痕までも残っている。

 

 それは明らかに人間によるものではない痕跡だった。

 

 「これは……上空から襲撃を受けたか」

 

 砦の中の惨状を見てアルトリアが冷静に分析する。彼女の言う通りこの被害は明らかに上空から襲撃されたものである。そうでなければ外よりも中の被害が大きいことに説明がつかない。

 

 『まずは話を聞いてみよう。そうすれば何かわかるかもしれない』

 

 通信機越しにロマニがそう言ってくるので、それを聞いた立香が頷き、地面に座り込んでいる兵士に近づく。

 

 「ボ、ボンジュール。ちょっといいですか?」

 「お前達は………?」

 「えっと旅の者です。訳あってここに立ち寄ったのですけど、ここで一体何があったのですか?」

 

 辿々しいフランス語で会話する立香。兵士も少し怪訝そうでありながらも警戒するわけでもなく話してくれる。

 

 「……蘇ったんだ」

 「蘇った?」

 「ああ。聖女『ジャンヌ・ダルク』が蘇ったんだ。()()()()()()()────()()()()()()()!!」

 『本当なのですか!?』

 

 恐怖に染まった兵士の叫びに、カルデアにいるジャンヌが驚きの声を上げる。

 しかしそうなるのも無理はない。

 

 

 

 何故なら、この時代のジャンヌ・ダルクは()()()()()()()()()()()()

 

 

 

………

……

 

 

 一旦状況を整理するために一度砦の外へ出たら怨霊と思わしきガイコツ共が襲いかかってきたので、カーマとアルトリアに見守らせながら練習がてら立香とマシュに戦わせている中、ダンテはカルデアと通信していた。

 

 「この時代のお前はすでに死んでいて、蘇ってもいない。それで間違いないな?」

 『はい、神に誓ってありません』

 

 ダンテの言葉にジャンヌはそう返してくる。その言葉に嘘偽りは無さそうだ。

 

 「オルガマリー、ジャンヌのマテリアルを見せろ」

 『ええ、今転送するわ』

 

 その言葉の直後、ダンテが持っていた通信機にジャンヌのマテリアルが表示される。

 

 

 ジャンヌ・ダルク。

 元は田舎の娘だったが、敬虔な信者であったためにある時『神の声』を授かり、オルレアンを救うため旗を持ち、フランスに救世主として立ち上がった世界に名を知らしめた旗の聖女。

 その勇猛果敢な奮戦と与えられた啓示により、僅か一年という速さでオルレアンを解放した奇蹟を起こせし聖なる乙女。

 

 しかし彼女の尊厳は敵国であるイングランドに捕らわれ、ありとあらゆる手段を以て貶められた。

 賠償金惜しさに味方から裏切られ、「私は神の声を聞いていない」というその声を引き出す為に、ありとあらゆる冒涜と凌辱が行われた。

 精神も肉体も陵辱され、その最期は土に還る事すら赦されず、火炙りに処されたという悲劇の少女。

 

 

 「………あなた、ここまでされてよくルーラーになれましたね」

 

 

 ダンテと共にジャンヌのマテリアルを見ていたアナスタシアが若干引き気味にそう言う。むしろここまでされているのに真っ当な英霊でいられること自体が奇跡といっても過言ではない。

 普通なら憎悪に支配されて怨霊となるか、良くてアナスタシアと同じアヴェンジャーになるかである。最悪悪魔と成り果てる可能性だってある。

 

 『まあ当時の私が何を思って死んでいったのかはわかりませんが、少なくともこの私は憎しみを抱いて死んでいったりはしていませんよ』

 「………強いのですね。私とは大違い」

 

 ジャンヌの言葉にアナスタシアがそうつぶやく。しかしそれは仕方のないことだと思う。

 ジャンヌは自らの意志で戦争に参加して処刑された。それに対しアナスタシアは自分の意志とは関係なく兵士によって惨殺され、サーヴァントとして召喚されてからも魔術師によってその身体を陵辱された。

 ルーラーと悪魔になった違いはそこだとダンテは考える。

 

 (これは帰ったらアナスタシアを甘やかさなきゃいかんな)

 

 そう思ったダンテは話題を変えるように口を開く。

 

 「そうなると『竜の魔女』を名乗る聖女サマは一体何者だ? 兵士共の怯えようからして偽物とは考え難いが」

 『そこなのよね。ジャンヌの逸話にドラゴンが関係しているものは無いし、そもそもその時代にドラゴンは存在しないわ』

 

 ダンテの言葉にオルガマリーがそう返してくる。

 サーヴァントは基本的に生前の逸話に沿った力を持っていることが多い。それを踏まえるとジャンヌがドラゴンを使役することはあり得ないのだ。

 

 すると考え込んでいたティアマトがポツリとつぶやいた。

 

 「……可能性の話ですが、そのジャンヌ・ダルクが聖杯を所持しているとか………?」

 「………やっぱりそこに行き着くよなぁ」

 

 ティアマトの言葉にダンテはため息混じりに同意する。

 何をどう考えてもそのジャンヌが聖杯を所持しているとしか考えられない。むしろそれだからこそジャンヌがドラゴンを使役することができると考えられる。

 

 「そうなるとその聖女サマを探し出さなきゃな」

 『そうだね。当面の目的は例のジャンヌ・ダルクの捜索としよう』

 

 今後の方針が決まったところで、ガイコツ共と戦っていた立香達がちょうど戻ってきた。

 

 「ただいま戻りました」

 「おう、お疲れさん。勘は掴めたか?」

 「はい、盾による峰打ちの極意………見えたような気がします」

 「盾で峰打ちってのもおかしな話ですけどね」

 

 マシュの言葉にカーマが呆れ気味にそう返す。

 しかしあまり人を殺させるような真似をさせたくないので、その峰打ちが有効活用できるのならそれに越したことはない。

 

 戻ってきた立香達に今後の方針を伝えようとした時────

 

 

 ────── ギャアアァアァアァアァ!!!──────

 

 

 ────上空から耳をつんざく咆哮が響き渡る。それと同時に遠目に無数の黒い影がこちらに迫ってきているのが見えた。

 

 「やれやれ、噂をすればだな」

 『この反応、間違いない!! ワイバーンよ!!』

 

 オルガマリーの言葉通り、この砦に向かって無数のワイバーンが迫ってきていた。

 ダンテにとっては敵にもならないが、今の立香とマシュにとっては強敵になり得るだろう。さらに砦には戦えない人々もいるので、砦での戦闘は避けたいところだ。

 

 「……まあ、肩慣らしにはちょうどいいか」

 

 ダンテはそう言うと、エボニーとアイボリーを抜く。そして立香とマシュに言った。

 

 「お嬢ちゃん達は休んでな。ここから先はR指定だ」

 「リツカ、マシュ、見ていなさい。今からダンテが戦うわよ」

 

 ダンテの言葉にいつの間にかナイトメアを呼び出したアナスタシアが続けてそう言う。見ればカーマは愛用の弓矢を、アルトリアは黒い聖剣を、ティアマトは両手に赤黒い魔力を集めて戦闘態勢に入っていた。

 

 「It’s Show Time(ショータイムだ)!」

 

 ダンテは獰猛な笑みを浮かべると、ワイバーンの群れに向かって大きく跳躍した。

 

 

………

……

 

 

 主人からの命令により力無き人間共を蹂躙すべく砦を襲撃しようとしていたワイバーンの群れだったが、その群れに向かって一人の人間が向かってきている。すぐさまワイバーンの群れはその人間を標的に定めた。

 

 幼体とはいえ幻想種の最高位であるドラゴンにたった一人で挑むとは、何と愚かな人間だろうか。

 すぐにその身体を八つ裂きにしてやろう。

 

 ワイバーンはその人間に向かって牙を、爪を振り下ろそうとして────

 

 ──────ガガガガガガガガガガガガッ!!──────

 

 ────次の瞬間、無数にいたワイバーンの群れの大半が一瞬にして消え去った。

 どのワイバーンも全身に穴が穿たれ、地面に落下して絶命したのだ。

 

 突然のことにワイバーンの群れは混乱を来す。そしてすぐにその人間を殺そうとするが、その人間の姿が何処にも見当たらない。

 ワイバーンの群れがそれぞれ周囲を見回していると、何かを叩くような音が響く。音のした方を向くと、人間がワイバーンの一匹の背中に乗ってこちらを挑発していた。

 その愚かな行為に他のワイバーン達は怒り、その人間に向かって一斉に火球を放つ。しかし人間は軽々と避け、背中に乗られていたワイバーンだけが火球の餌食となった。

 

 人間はまるで空中を舞うかのようにワイバーンの攻撃を避け回っては、その悉くを穿ちワイバーンを殺していく。

 みるみるうちに数が減っていくワイバーンの群れは、いつしかこの人間に恐怖を抱いていた。

 

 

 ────いや、これは本当に人間なのか? 無力に、無様に逃げ回っていた人間共と同じ存在なのか?

 

 そんなことを感じたワイバーンの一匹もついに穿たれ、地面へと落下する。幸か不幸か、穿たれたのは翼だったので死ぬことは無かった。だが生き残ったのは自分しかおらず、その他は全て死んでいる。

 

 すると目の前にあの人間が現れる。そしてワイバーンの顔に得物を向ける。

 見上げたワイバーンは、見てしまった。人間の背後にいる赤黒い影を。人間ではないその姿を。

 

 

 ………ああ、そうか。こいつは人間なんかではない。ドラゴンよりももっと恐ろしいものだ。

 こいつは────

 

 

 次の瞬間、雷鳴のような音と共に最後の一匹だったワイバーンの眉間に穴が穿たれたのだった。

 

 

………

……

 

 

 無数にいたワイバーンの群れだったが、結局ダンテ一人で全て狩り尽くしてしまった。

 

 「あー……もうちょい楽しめると思ったんだがな」

 

 ドラゴンの仲間であるワイバーンだというのだから少し期待していたのだが、いざ戦ってみればそうでもなかった。まあこれに関してはダンテがもはや強過ぎるために、仕方のないことと言えるだろう。

 

 そのダンテの強さを見ていた立香とマシュは口をあんぐりと開けて言葉を失っていた。そりゃ空中で滅茶苦茶に動き回りながら撃った銃が全て命中しているのだから、そうなるのも無理はない。

 

 

 そんなわけで一匹残らず撃ち抜いたワイバーンは、食糧として全て砦にいる人々へと渡した。これだけあれば少しは活気が戻ることだろう。

 

 「それじゃあ例の聖女サマを探しに行くとするか」

 

 そう言って砦を出発しようとした時────

 

 「お待ちください!!」

 

 ────背後からダンテ達を呼び止める声が響く。

 ダンテ達が振り向くと────

 

 「えっ……!?」

 「嘘……!?」

 「……こいつはどうなってんだ?」

 

そこに立っていたのは、見間違うはずの無い人物である鎧を身に纏った少女────

 

 「お願いがあります……私にそのお力をお貸しください!!」

 

 ────オルレアンの乙女、ジャンヌ・ダルクが立っていた。



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#11 聖女の母

 レイシフトしたフランスで遭遇したジャンヌと共に、ダンテ達は霊脈のある場所へ移動した。召喚サークルを設置すると同時に、このジャンヌから話を聞くためだ。

 

 「ジャンヌ・ダルクが、もう一人……?」

 「────恐らくは」

 

 立香のつぶやきにジャンヌがそう返す。

 

 「私の現界……私がこの時代に現れたのはつい数時間前です。なので物理的にもフランスを襲う竜の魔女たりえませんし、もちろんそんな記憶もありません。……その、私の記憶が正しければ…ですが」

 「随分と曖昧な言い方だな」

 

 近くの木に背を預けていたダンテがそう口を挟む。すると通信機越しにオルガマリーの声が聞こえてきた。

 

 『それは彼女の霊基が不安定だからね。今の彼女はカルデアの彼女と比べて能力は軒並み低く、スキル等も使えない状態にある。恐らく現界したばかりな上に契約者となるマスターがいないからでしょう』

 「なるほど、つまりは『はぐれサーヴァント』というわけか」

 

 オルガマリーの説明を聞いたアルトリアがそうつぶやく。その言葉に対しジャンヌは頷いた。

 

 「お恥ずかしい話です。自分が英霊であるという自覚すらも薄い。言うなれば『サーヴァントの新人』のような気分なのです……」

 

 そう言ったジャンヌの表情は暗い。まあ訳もわからず現界してしまったのだから、そうなるのも無理はないだろう。

 

 「あの……ジャンヌさんはこれからどうするんですか?」

 

 立香がジャンヌに問う。彼女がなぜこの時代のフランスに召喚されたのかはわからず、やるべきこともない。ならこれからどうするのか、それがわからなかった。

 

 しかしジャンヌは強い決意を秘めた表情で口を開いた。

 

 「………それだけは決まっています。再びオルレアンを解放し、竜の魔女を排除する。啓示は無く、手段も見えず、ただ一人であろうとも、ここで背を向けることはできませんから」

 『よく言いました私!』

 

 ジャンヌの言葉を聞いたこちら(カルデア)のジャンヌが通信機越しにそう言う。幸い目の前のジャンヌにはその声は届かなかったので、余計な混乱は招かなかったようだ。

 

 とりあえず目的が同じであることがわかったので、ダンテ達はジャンヌに自己紹介する。そしてお互いに手を取り合ったところで、今夜は野宿するために召喚サークルを設置、カルデアから補給物資やエミヤによる手料理を受け取る。

 

 そして夜中。

 全員が寝静まる中、ダンテはパチリと目を覚ます。

 

 「…………」

 

 立香達が起きていないことを確認すると、ダンテは起き上がってその場から離れて森を出る。

 

 「行くのかしら?」

 

 不意に背後から声を掛けられる。振り向くとアナスタシアが立っていた。どうやらついてきていたらしい。

 

 「ああ、やり忘れたことがあったからな」

 「そう。なら私達は後で合流するわ」

 

 そう言って拠点へと戻っていくアナスタシア。その後ろ姿を見送ると、ダンテはバイク型の魔具『キャバリエーレ』を呼び出し、それに跨って走り出す。

 

 しばらくキャバリエーレを走らせて辿り着いたのは、昼間にワイバーンの群れの襲撃を受けた砦である。

 

 

 

 ダンテはずっと疑問に思っていた。

 竜の魔女とやらは行動を見るからにフランスへ復讐しているようである。なら都市部を狙って襲撃すればいい話だ。

 しかし竜の魔女とやらはザコとはいえワイバーンの群れをこんな小さな砦へと向かわせてきた。おそらくそこには何らかの意図がある。

 ダンテはそれを確かめるために砦へと戻ってきたのである。

 

 砦の中に入ってみれば先ほどまでの辛気臭い雰囲気は何処へやら、多少ではあるが活気が戻っていた。

 ダンテが砦の中を歩いていると、ふと一人の女性に目が向く。その女性は一般の農民のようなのだが、なぜか………ジャンヌと同じ気配がする。

 周囲の人々の表情は明るいのにその女性だけは暗い。苦しんでいるようにも見える。

 気になったダンテはその女性に声をかけた。

 

 「Hey、大丈夫か?」

 「!? あなたは………」

 「ああ、ただの旅人さ。周りは明るいのにお前だけ暗かったから声をかけさせてもらった」

 

 驚く女性にダンテは笑いながらそう返す。そして隣にドカッと座った。

 しばらく無言が続くが、先にダンテが口を開く。

 

 「………竜の魔女が気になるか?」

 「……ッ!!」

 

 その言葉にビクリと肩を震わせる女性。この上なくわかりやすい反応であった。

 

 「そりゃそうだよな。何せ竜の魔女はフランスを滅ぼそうとしている復讐者。次に襲ってくるのはここかもしれねぇ」

 「あの子は……ジャネットはそんなことをしません!!」

 

 ダンテの言葉に女性がそう返してくる。その言葉には怒りの感情が篭っていた。

 

 

 

 それもそうだろう。何せこの女性は間違うことなき()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「ああ、別にジャンヌを貶すために言ったわけじゃない。あいつの勇姿は知っているからな」

 「は、はあ………?」

 

 笑いながらそう言うダンテにジャンヌの母親はよくわからないといった表情を浮かべる。まあ『ジャンヌはサーヴァントとして現界している』と言ったところで信じることはないだろうから言わないのだが。

 

 「それで、一体何をそんなに暗くしてんだ?」

 

 ダンテがそう聞くと、ジャンヌの母親は少し間を空けてから口を開いた。

 

 「………あの子は『主の啓示』を受けてフランスのために立ち上がりました。そして私も喜んであの子を送り出した。………でも、あの子の結末は魔女の烙印を押されて火刑に処されるという救いの無いもの」

 

 ジャンヌの母親の言葉をダンテは口を挟むことなく聞き続ける。

 

 「今でこそ思うのです。『主を否定してでもあの子を止めるべきだったのではないか?』と………」

 『お母さん………』

 

 ジャンヌの母親の懺悔にカルデアのジャンヌが悲しげに声を漏らす。

 何が正解だったのかなどダンテは知らないし、知ろうとも思わない。だが、これだけは言えるだろう。

 

 「……あいつは死ぬ時まで『誇り』を持っていたことだろうよ」

 「え………?」

 「竜の魔女はともかく、『ジャンヌ・ダルク』という小娘は『フランスを救いたい』という想いを抱いて戦いに出た。そして『フランスを救った』という誇りを抱いて死んだ。それだけは変わりない」

 「……ジャネット………」

 

 ダンテの言葉にジャンヌの母親は静かに嗚咽を漏らす。

 

 「さあ、お嬢さんはもう帰って寝な。今夜は冷えるからな」

 

 そう言うと嗚咽を漏らしながらも頷いて立ち去るジャンヌの母親。

 ジャンヌの母親の姿が見えなくなったところで、通信機からジャンヌの声が聞こえる。

 

 『ダンテさん、ありがとうございます。私の代わりにお母さんに言葉を伝えてくれて』

 「気にすんな。俺は思ったことを言っただけだ」

 『フフッ、ではそういうことにしておきますね。ところで、ダンテさんは何をしにここに戻ってきたのですか?』

 「ちょっとやり忘れたことがあっただけだ。『備えあれば憂いなし』って言うだろ?」

 

 ダンテはそう言いながら魔剣ダンテを手に持ち、魔力を篭める。すると魔剣ダンテの刀身から紅い魔力でできた剣『ミラージュソード』が無数に現れ、四方八方へと飛んでいく。

 

 

 ────これでやるべきことはやった。あとはその時が来るのを待つだけだ。

 

 ダンテは魔剣ダンテをしまうと、その場に座ったまま仮眠を取った。

 

 

………

……

 

 

 ────どれほど時間が経っただろうか。気がつけば夜は明け、朝日が昇っていた。

 

 「……来たか」

 

 ダンテは短くつぶやく。

 遠くからこちらに向かってくる無数の気配。そのうちの一つは禍々しい魔力を帯びており、さらにはサーヴァントの気配も感じる。

 

 ダンテが欠伸を漏らしながら砦を出れば、遠目にこちらに向かってくるワイバーンの群れと、一体の巨大な黒いドラゴンの姿が見える。

 

 やがてドラゴンの口に魔力が集まっていき、こちらに向かって魔力の球を吐き出す。

 

 

 ────そして次の瞬間、ダンテのいる砦が巨大な爆炎に呑みこまれたのだった。



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#12 黒い聖女と従僕

 巨大な爆炎に飲み込まれた砦。

 幻想種の頂点に君臨するドラゴンによるものなので、普通なら跡形も無く吹き飛ぶことだろう。事実、ドラゴンに砦を吹き飛ばすように命令したもの達は砦が跡形も無く吹き飛んだことを信じて疑わなかった。

 

 そして黒煙が晴れて姿を現したのは消し飛ばされた砦の跡──────ではなく、煤一つ付いていない無傷の砦だった。

 予想外の光景に襲撃者は驚愕する。その隙が仇となり、空中に突然無数の赤い魔石が出現し、流星の如くワイバーンに襲いかかり大半を消滅させる。

 突然の反撃に襲撃者達も反応が遅れ、赤い魔石の直撃を許し地面に墜落する。

 

 そしてそこで目にしたのは禍々しい魔剣を携えた、真紅の悪魔だった。

 

 

………

……

 

 

 ダンテの予想通り敵はこの砦を襲撃してきたが、ダンテが予め設置しておいたミラージュソードを礎とした魔力障壁によりドラゴンの攻撃は防がれ、さらに魔具『Dr.ファウスト』によるレッドオーブの雨を降らせたことで敵勢力の大半を消し去り、さらには襲撃者達にもダメージを与えることができた。

 

 

 ────そして今、ダンテの目の前には漆黒の衣服と鎧を身に纏ったもう一人のジャンヌ・ダルクが睨んできている。

 

 「おいおい、これが噂の『竜の魔女』だって? こいつは聖女というよりただの不良娘じゃねえか」

 

 ダンテは魔剣ダンテを肩に担ぎ笑いながらそう言うが、黒いジャンヌは歯軋りをしながらダンテを睨むだけだ。

 するとダンテのそばに野営していたアナスタシア達がナイトメアの力による空間の移動を行なって姿を現した。

 

 「あら、本当に襲撃してくるなんて恐れ知らずな聖女サマね」

 「滑稽ですねぇ。あの程度の攻撃で消せるとでも思ってたんですかぁ?」

 

 黒いジャンヌの姿を見たアナスタシアとカーマがクスクスと笑いながら煽りまくる。それにより黒いジャンヌは見てわかるほど青筋を浮かべていた。

 

 

 「……ああ、目障りだわ。耳障りだわ」

 

 不意に黒いジャンヌがそうつぶやく。声は剣呑であるが、その目は怒りや憎しみといった負の感情で満ちていた。

 

 「何も疑いもせずに周りから祭り上げられ、都合の良い代弁者に仕立て上げられていた愚かなジャンヌがいるのもそうだけど……何よりあなたがここにいるのが気に入らないのよ、()()()()()()()!!」

 「おっと、竜の魔女サマも俺のことを知ってるのか。それは光栄なこった」

 

 黒いジャンヌの言葉にダンテは仰々しくお辞儀する。そのわざとらしい態度に黒いジャンヌの怒りはさらに高まり、もはや爆発寸前だ。

 

 

 しかしそこでこちらのジャンヌが戸惑いの表情を浮かべながら、黒いジャンヌに問いかけた。

 

 「あなたは……あなたは本当に私なのですか……?」

 「………ハッ」

 

 ジャンヌのその問いに冷静になったのか、黒いジャンヌが鼻で笑う。そしてジャンヌを見下しながら口を開いた。

 

 「まさかこんなにも愚かだったなんて、本当にあの時の私はどうかしていたわ。当然でしょう? 国のために戦ったのに、国は私を『魔女』として殺した。だから私は『竜の魔女』としてこのフランスに復讐するのです」

 「だからって、人理を滅ぼすのはおかしい!」

 

 笑いながら話す黒いジャンヌに立香がそう叫ぶ。すると興が削がれたかのようにつまらなさそうに黒いジャンヌが口を開いた。

 

 「………何、あなたが例の人類最後のマスター? 戦いのたの字も知らない小娘が? ほんとくだらなさすぎて笑う気も起きないわ」

 「俺からしたらお前こそ戦いのたの字も知らない小娘だと思うけどな」

 

 ダンテのチャチャに再び青筋を浮かべる黒いジャンヌ。そしてついに怒りが頂点に達したらしく、怒りに満ちた声でつぶやいた。

 

 「……ええ、決めました。今決めましたとも。そのウザったい口を今度こそこの砦もろとも焼き尽くしてくれる!」

 

 そして黒いジャンヌは手を掲げて口を開いた。

 

 「来なさい、我が従僕(サーヴァント)達よ!!」

 

 その瞬間、ダンテ達の周囲を取り囲むように四体のサーヴァントが姿を現す。その光景に立香とマシュ、ジャンヌは身構えるが、ダンテ達は相変わらず笑みを浮かべたままだ。

 

 「ほう、復讐者の真似事だけでなく、マスターの真似事までしているようだな。サーヴァントを従えれる気分はどうだ、炎上女?」

 「黙れぇッ!!!」

 

 愉悦の笑みを浮かべたアルトリアの挑発がトドメを刺したらしく、黒いジャンヌの怒りが頂点どころか限界突破する。それと同時に黒いジャンヌが従えるサーヴァント達が襲いかかってくるが、アナスタシア、カーマ、アルトリア、ティアマトの四人が飛び出してサーヴァント達の進攻を防ぐ。

 

 「オルガマリー、あいつらの真名を探れるか?」

 『ええ、全力で探るわ! そっちも気をつけて!』

 

 ダンテの言葉にオルガマリーがそう返してくる。

 

 こうして初めてのサーヴァント戦が火蓋を切って落とされた。

 

 

………

……

 

 

 アナスタシアは鉄製のドレスを身に纏った女性と思わしきサーヴァントと交戦していた。

 サーヴァントが手や杖を振るう度に血のような魔力が襲いかかってくるが、アナスタシアはその尽くを大鎌や槍に変化させたナイトメアで防ぐ。

 

 『クラス・アサシン、真名を『カーミラ』。またの名を『エリザベート・バートリー』。『血の伯爵夫人』と呼ばれ、ハンガリーにて多くの少女を拷問の上に殺害、その血を浴びた吸血鬼伝説のモデルとなった女性』

 「少女の生き血を浴びて永遠の若さを求めた哀れな女性ね」

 

 オルガマリーの言葉を聞いたアナスタシアはカーミラの攻撃を尽く防ぎながらそうつぶやく。

 それに対してカーミラは不敵な笑みを浮かべた。

 

 「……あなたのその白い肌、とても素敵だわ。その身体に流れる血はさぞ美しい赤なのでしょうね」

 「残念だけど、私の血はもう真っ黒なの。だから浴びたらその美しい肌が醜く焼け爛れてしまうわ。────ああでも、今のあなたにはさぞお似合いでしょう。だってあなたはサーヴァントはおろか、人としての道も踏み外しているのだから」

 「────言わせておけば!」

 

 アナスタシアの言葉が琴線に触れたのか、カーミラの攻撃が激しくなるが、アナスタシアの前では全てが無意味に終わる。

 

 悪夢の皇女と血の伯爵夫人の戦いはさらに苛烈を極めた。

 

 

………

……

 

 

 カーマは現在、十字架の杖を携えた女性のサーヴァントと交戦していた。

 女性が杖を振るう度に光弾が放たれるが、同じく青白い光弾で打ち消しては巨大なヴァジュラを操って反撃する。

 

 『クラス・ライダー、真名は『聖マルタ』。かの救世主を歓待し、救世主の言葉に導かれて信仰の人となった人物。フランスに移り住んでから人々を苦しめる暴虐の竜を祈りと十字架によって動けなくし退治したことで有名よ』

 「へぇ、かの救世主と親交のある人物ですか」

 

 オルガマリーの言葉を聞いたカーマはそうつぶやくが、マルタは何も言おうとせずにカーマに向かって杖を振るってくる。カーマはその杖をヴァジュラで受け止めると、ニヤニヤと笑いながら口を開いた。

 

 「哀れですねぇ。人々を救うはずの聖女が魔女の手先として救うべきはずの人々を殺し回る。このことを知ったらかの救世主も嘆き悲しむんじゃないですかぁ?」

 「あのお方を侮辱するなぁ!!」

 

 カーマの挑発にキレたマルタが杖を振るいカーマを吹き飛ばすが、カーマは空中で一回転し軽やかに着地する。そして指をクイクイッと挑発する。

 

 愛の女神のヴァジュラと主婦の守護聖人の杖がぶつかり合う金属音が響き渡った。

 

 

………

……

 

 

 アルトリアはサーベルを操る騎士と斬り結んでいた。

 アルトリアの黒い聖剣と騎士のサーベルがぶつかり合う度に火花が飛び散る。

 

 『クラス・セイバー、真名はおそらく白百合の騎士『シュヴァリエ・デオン』。ルイ十五世が設立した情報機関『スクレ・ドゥ・ロワ』のスパイだけでなく軍所属の竜騎兵連隊長やロンドンでは最高特権を持つ特命全権大使等も務め、フランスの王妃とも面識があった伝説的な人物』

 「男装の麗人…いや、女装の貴人か。どちらにせよ親しみを感じるな」

 

 オルガマリーの言葉にアルトリアはそうつぶやく。そして斬り結びながらデオンに向かって口を開いた。

 

 「しかし、かつて王妃が愛したフランスに牙を剥くとは、貴様が敬愛する王妃に対するこれ以上の裏切りは無いだろうよ」

 「知ったような口を聞くな!」

 

 アルトリアの挑発に怒ったデオンの剣撃が激しくなるが、アルトリアは涼しい表情でデオンのサーベルをいなしていく。

 

 黒き騎士王の黒き聖剣と白百合の騎士の白銀のサーベルの斬れ味が劣えることはなかった。

 

 

………

……

 

 

 ティアマトは漆黒の衣装を身に纏った金髪の男性のサーヴァントと交戦していた。

 金髪のサーヴァントは持っていた銃槍だけでなく、自らの身体を変化させたり、無数の杭を出現させたりと多彩な攻撃を仕掛けてくるが、ティアマトは己の魔力で作り上げた光弾やレーザーで反撃する。

 

 『そのサーヴァントのクラスは安定してないから判明してないけど、攻撃方法を見る限り真名はおそらくルーマニアの王『ヴラド三世』と思われるわ! 凄絶な貴族への粛清と敵国に課した串刺しの逸話をもち、『吸血鬼』のモデルとされた人物よ!』

 「ほう、我が委細を語るか」

 

 オルガマリーの言葉が耳に届いたのか、ヴラド三世が感心するようにつぶやく。その間も苛烈な攻撃がティアマトに襲いかかる。

 

 「見たところ、貴様も我と同じ怪物。それがなぜ無力な人間共に与する?」

 「簡単なことです。それは私が『母』だから」

 

 自分は全ての命の『母』だ。『母』であるなら子供達を救い守るのが使命である。

 

 「それにあの人(スパーダ)は世界を救い護った。ならば私はあの人(スパーダ)が護った世界を守ります」

 

 ティアマトはそう言うと、魔力を右手に収束させる。そして光を放ったかと思うと、ティアマトの右手には魔剣スパーダに瓜二つの大剣が握られていた。

 

 「────なので、あなたはここで仕留めます」

 「────おもしろい。我が首を捉えてみるが良い」

 

 そう言った瞬間、ティアマトの大剣とヴラド三世の銃槍がぶつかり合う。そして二体の怪物は再び激戦を繰り広げた。

 

 

………

……

 

 

 四人がぶつかり合っている中、ダンテ、立香、マシュ、ジャンヌの四人は黒いジャンヌと戦闘を行なっていた。

 

 「おぉおぉおぉお!!!」

 

 憎悪と憤怒を形にした乱打がマシュの盾を打ち据える。

 

 「くうぅうぅ!!」

 

 一撃一撃が重いために、一歩ずつ後ろに後退りしてしまう。しかしこれ以上退がってしまうと立香が殺されてしまうため、マシュは力を振り絞って懸命に耐える。

 

 すると横からダンテが魔剣ダンテを振るい、黒いジャンヌを吹き飛ばす。しかし当たる瞬間に黒い槍で防いだのか、傷が付くことはなかった。

 

 「邪魔するなぁッ!!」

 

 黒いジャンヌは今度はダンテに標的を定め黒い槍と黒い炎で襲いかかるが、ダンテはその全てを魔剣ダンテで受け止めていく。

 

 「おお怖い怖い。そんなにキレてると美人が台無しだぜ?」

 「黙れぇぇぇぇっ!!」

 

 ダンテの軽口によりさらに攻撃が激しくなるが、ダンテが圧されることはなかった。

 さらにここでジャンヌが明後日の方向から飛び出し、黒いジャンヌに襲いかかる。ジャンヌが襲いかかってきたことに気がついた黒いジャンヌはダンテから離れると、ジャンヌの攻撃を受け止めた。

 

 「づぅぅうぅうぅう!!」

 「あぁあぁあぁあぁ!!」

 

 鍔迫り合う旗と旗。

 白と黒。

 救国の聖女と竜の魔女────

 

 「邪魔をするな!! オマエなんてどうでもいい!!」

 「マスターは、やらせない!!」

 

 「やああああっ!!」

 

 ジャンヌと黒いジャンヌが鍔迫り合いをしていると、マシュが黒いジャンヌを吹き飛ばそうと突撃する。

 

 「邪魔だぁあぁあぁあ!!!」

 

 その瞬間黒いジャンヌから紅蓮の業火が放たれ、周囲を一瞬にして焦土に変える。

 

 「焼かれろ! 燃えろ! 塵になれッ!!」

 「先輩!」

 「マスター!」

 

 立香を守らんとマシュとジャンヌが業火を受け止めるが、業火はさらに勢いを増していき、いよいよ二人にも限界が訪れる。

 

 

 ────しかし立香は慌てることなく口を開いた。

 

 

 「────みんなを守って、『ジャンヌ・ダルク』!!」

 「────お任せを、マスター!!」

 

 その言葉と共にカルデアから呼び出されたジャンヌが立香の目の前に現れる。そして一切の穢れの無い白き旗を掲げた。

 

 「我が旗よ、我が同胞を護りたまえ! 『我が神は此処にありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 その瞬間、聖女の祈りが結界となって紅蓮の業火から三人を護る。

 

 「今です、ダンテさん!!」

 「良くやった、嬢ちゃん」

 

 ジャンヌがダンテの方を向くと、そこには魔剣ダンテに大量の魔力を帯びらせたダンテの姿があった。

 

 「こいつを喰らいな」

 

 ダンテがそう言って魔剣ダンテを振り抜くと、魔力が斬撃となって黒いジャンヌに襲いかかる。

 突然の護りと攻撃に虚を突かれていた黒いジャンヌは反応が遅れ、ダンテが放った魔力の斬撃が直撃し吹き飛ばされる。そして片膝をつきながらも着地すると、忌々しそうにこちらを睨んできた。

 

 「痛い目を見ないうちにとっとと帰りな。今回は見逃してやる」

 

 ダンテは魔剣ダンテを消すと、笑いながらそう言う。

 今はまだ決戦の時ではない。立香の戦力が整った時こそが決戦の時だ。

 

 「────そうですね、今回はここまでにしておきましょう」

 

 そう言うと黒いジャンヌはワイバーンを呼び出し、その背中に飛び乗る。

 

 「あなたたちの惨めな健闘に嘲笑を。よく頑張りました。あなただけのようですね、厄介なのは」

 

 そう言うと黒いジャンヌを乗せたワイバーンは大空へと飛び去る。

 

 「さようなら……虚仮にしてくれた礼は、必ず返してやる!!」

 

 それだけ言い残し、黒いジャンヌの姿は消える。それと同時に四人と交戦していたサーヴァントの気配も消え去った。

 

 こうして初めての戦闘はこちらの勝利で終わり、砦にいた人々を守ることもできたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────素敵、素敵! なんて素敵なのでしょう! まるでおとぎ話の勇者のよう!」

 「一人滅茶苦茶なやつがいるなぁ。本当に会うのかい?」

 「もちろん! お話ししたいわ! 仲良くしたいわ!」

 

 「────だって私の宝を護ってくれたのだもの!」




レッドオーブってデビルメイクライの世界だとただのお金的アイテムだけど、Fate視点で見ると簡単に悪魔を召喚できるとんでもない触媒ですよね。


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#13 出会い、そして恋バナ

 黒いジャンヌ達を撃退し、手がかりを掴むべく次の街へと移動している途中、ダンテ達一行の前に珍妙な二人組が現れた。

 

 「偉大なる魔剣士の御子息にオルレアンの奇跡ジャンヌ・ダルク! それに小さく素敵なお二方! どうか私の話を聞いてもらえませんか?」

 

 突然現れた銀髪に赤いドレスのような衣服を纏った可憐な少女が鈴の音のような声でそう言ってくる。

 そしてこちらの言葉をを聞く前に勝手に名乗り出した。

 

 「はじめまして! 私はマリー、『マリー・アントワネット』! クラスはライダー! あなたたちとたくさんお話ししたいと思いましたの! つもるお話は、あなた方の秘密の場所で行いたいの。私のわがままを聞いてくださらないかしら?」

 「僕は『ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト』。クラスはキャスターだ。とりあえず僕らは君達の敵じゃあない。怪しい身分だがそれだけは断言しよう。こっちはクズ、あっちは褒め殺しが上手な人たらしなんだけどね」

 「ひどいわアマデウス! 人たらしなんて言い方、私は皆が大好きなだけなのに!」

 

 自己紹介してきたはいいが、勝手に盛り上がる二人組。敵意等は感じられないので、とりあえず黒いジャンヌの仲間ではなさそうだ。

 

 「リツカ、この二人組はどうする?」

 「敵ではなさそうですし、霊脈を設置したところに連れていっても問題はないかと」

 「よし、ならさっさとキャンプ地に戻るか」

 

 立香の言葉にダンテはそう返す。そして奇妙な二人組を連れて霊脈を設置した場所へと戻った。

 

 

………

……

 

 

 「では改めまして────私はサーヴァント、真名は『マリー・アントワネット』。マスターのいないふらふらサーヴァントです。どんな人間かは、あなた方の目と耳でしっかり吟味していただければ幸いです」

 「『ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト』。僕も右に同じ。召喚された自覚も、自分が英雄である自覚も薄い。そりゃあ学校の音楽室に肖像画があるのが当たり前くらいな偉大な人だとは思うが、それでも数多いる芸術家の一人にすぎないというのに」

 

 改めて自己紹介してくるマリーとアマデウス。歴史上の人物に詳しくなく、興味もないダンテでも知っている人物であった。

 

 「なら今度はこちらですね。私はマシュ・キリエライト。デミ・サーヴァントで、残念ながら真名はわかっていません」

 「藤丸立香です。まだど素人のマスターです。で、こちらが────」

 「ダンテだ」

 「サーヴァント・アサシン、真名はカーマ」

 「アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。元サーヴァントの現悪魔です」

 「セイバー、アルトリア・ペンドラゴンだ」

 「私はティアマト、ただのティアマトです」

 「よろしく、素敵な皆様方! 人数がすごく多いけれど、頑張って名前を覚えるわ!」

 

 ダンテ達の自己紹介を聞いたマリーが笑顔でそう言ってくる。

 見た目通りの天真爛漫でお転婆娘だが、不思議と悪くない。自分よりもおしゃべりな奴が大嫌いなダンテがそう感じるのだから、マリーのこの明るさは生来のものだろう。

 

 「そういや気になってたんだが、なんで俺がスパーダの息子だってわかったんだ?」

 

 ダンテはかねてより気になっていたことを聞く。サーヴァントと初めて会った時も向こうはダンテがスパーダの息子であることを知っていた。なのでダンテはずっと気になっていたのだ。

 その疑問に対して答えたのはアマデウスだった。

 

 「ああ、それは聖杯から与えられる知識だね」

 「聖杯から与えられる知識か?」

 「そうだ。サーヴァントが現界する際、それと同時に聖杯から世界に関する情報が与えられる。無論僕達にもね。その中で必ず与えられるのが『魔剣士スパーダの伝説』だ。何せ彼は人理焼却に匹敵する世界の危機をたった一人で救った、まさに英雄の中の英雄だからね」

 

 なるほど、それで様々な英雄を召喚する聖杯がサーヴァントにスパーダの情報を与えているために、初めて会うにも関わらずダンテがスパーダの息子であることを知っているのか。

 

 「まあいい。それでこれからどうするつもりだ?」

 『それなんだけど、そこの二人が現界しているということは他にも現界しているサーヴァントがいるはず。黒いジャンヌ達よりも早く見つけ出しましょう』

 

 ダンテの言葉にオルガマリーがそう返してくる。立香の戦力を補充するためにも他のサーヴァントを見つけ出すのが最善だろう。

 

 

 そんなわけで、ダンテ達は新たな二人を加えて再びサーヴァントを探すこととなった。

 

 

………

……

 

 

 日も沈んだ夜、霊脈を設置した場所ではちょっとした賑やかな話し声が聞こえてきていた。

 それはレイシフトしてきた立香達にマリーを加えた女性陣のものである。夕食がてら「仲良くなるためにもお話をしましょう!」とのことで、こうして賑やかにお話をしているのだ。ちなみにダンテ、アルトリア、ティアマト、アマデウスの四人は周辺の見張りのためにこの場にはいない。

 

 「女の子達の集まりだもの! やっぱり恋バナがいいと思うわ!」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべるマリーの言葉に誰も反論しない。というよりこの場で今後の戦いの話をするのは野暮というものである。

 

 「えっと、その……恋バナというものは初めてでして……」

 「あはは、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ただ楽しくお話するだけだから」

 

 少し緊張気味のマシュに立香が苦笑いしながらそう言う。とはいえ立香もまた恋バナをするのは何気に初めてだ。しかもその相手は歴史上の偉人に加え愛の神を名乗る少女。果たして上手く話せるだろうか?

 

 「うふふ、マスターも緊張してるのね」

 

 そんな立香にマリーがニコニコと笑顔を浮かべながら声をかけてくる。どうやら緊張していることは見抜かれていたらしい。

 

 「ええ、まあ。学校の教科書に載っているような人達と恋バナなんて、今でも信じられないというかなんというか……」

 「大丈夫よ。今ここにいる私達はただの女の子だもの。そんなに緊張しなくてもいいわ」

 

 微笑みを浮かべながらそう言うマリー。相手の緊張を和らげるのは彼女特有のスキルか何かだろうか?

 

 「ねえマスター? マスターはここに来る前に恋愛とかしたことはないの?」

 「私ですか? うーん……なんとなく『好きだな』って思った男子は何人かいましたけど、告白したことはないですね」

 

 マリーの質問に立香が答える。

 立香は今は人類最後のマスターとはいえ、本来はまだ女子高生だ。なのでまだ青春を謳歌する年齢である。

 カルデアに来る前もクラスメイトと恋バナで盛り上がっていたものの、実際に恋愛はしたことはない。というのも()()()()()()()毎日バイト三昧で、あまり遊ぶ時間がなかったからだ。

 

 「そうなの……では良い人と出逢えるといいわね!」

 「そうですね」

 

 マリーの言葉に苦笑いする立香。果たして良い人と巡り合うことはできるのだろうか?

 

 「アナスタシアやカーマはどうかしら? 好きな人とかはいたの?」

 

 「「ダンテね(ですね)」」

 

 マリーの言葉に即答するアナスタシアとカーマ。

 

 「ダンテはこんな醜い怪物となった私を当たり前のように受け入れてたの。だからダンテ以外の人間に目移りすることは天地がひっくり返ってもありえないわ」

 「私は皆から『愛の神』だのなんだのと身勝手に持て囃されて利用されてきました。ですがダンテだけは愛の神ではなく、カーマ()として見てくれた。なので私は自分の愛をダンテだけに向けることにしたのです」

 「まあ! ダンテさんはそんなに素敵な人なのね! 私ももっとお話してみたいわ!」

 

 アナスタシアとカーマの言葉を聞いてはしゃぐマリー。どうやらさらにダンテのことをお気に召したらしい。

 

 「でも気をつけなさいね? ダンテったら息を吐くように口説き文句を言ってくるから」

 「しかもたちの悪いことに、本人は無自覚なんですよね」

 「そうなの。私も惚れてしまったらどうしましょう?」

 「「「あはは………」」」

 

 

 女性六人による恋バナはその後も盛り上がっていく。

 今は人理が焼却されたかつてない危機であるが、それでも一時の安らぎは許されるだろう。



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#14 語らい

 命あるものは眠りにつき、命なきものが動き出す夜の時間。

 立香達が静かに眠りについている中、ダンテは木を背もたれにしながら夜空を眺めていた。

 

 

 「────アイツには確かに憎しみがあった」

 

 

 昼間に戦った黒いジャンヌ・ダルク。

 国に裏切られ、国への復讐を行う聖女。

 目に映るもの全てを憎悪する復讐の塊。

 

 確かに彼女の憎しみは本物だ。しかし同時にダンテはその憎しみに()()()を覚えていた。

 

 「黒いジャンヌの憎しみは()()()()()()()()()()()………」

 

 あの黒いジャンヌの憎しみは表面上だけで、『心の底から憎い』というものが感じられない。永い時間の末、スパーダの血を憎むことが本能となってしまった悪魔と真逆とも言ってしまってもいい。

 

 だとしたらあの黒いジャンヌの憎しみの元は何だ? 違和感の正体は何だ?

 

 「………まあ今考えたところでどうしようもないか」

 

 ダンテは考えるのを止めると、そのまま眠りにつこうとする。

 しかし、そこへダンテに話しかけるものが一人。

 

 「もし、偉大なる魔剣士の御子息様?」

 「あん?」

 

 声のした方を向けば、そこには昼間に出会い共に行動するようになったはぐれサーヴァントであるマリーがニコニコと笑顔を浮かべながら立っていた。

 

 「うふふ、マリーさんです! 夜分にお姿を見かけたので、ついお声をかけてしまいました」

 「マリーか。こんな夜中にどうしたんだ? トイレならここじゃないぜ」

 「ああ、いえ違うの。先程までジャンヌやマスターとお話ししていたのだけど、皆眠ってしまったので。けれど、友達が増えた昂りがおさえきれなくて………それで、もしよかったらあなたのお話を聞かせてくださらない?」

 

 どうやらダンテ達と出会えたことが嬉しくて、まだ誰かとおしゃべりしたいらしい。まるで遠足が楽しみで眠れない子供そのものだ。

 

 ダンテは笑いながら口を開いた。

 

 「ああ、いいぜ。何が聞きたい?」

 「何がいいかしら? あなたの楽しかったことは聞きたいし、大変だったことも聞きたいし………ああ、たくさんありすぎて困っちゃうわ!」

 「そうかそうか、そんなに聞きたいか。ならとっておきの話を聞かせてやろう」

 「まあ! それは楽しみだわ!」

 

 ダンテの言葉にマリーが喜ぶ。

 それを見たダンテは上機嫌になり、とっておきの話(主に親父の失敗談やお袋の尻に敷かれていたこと等)を話し始める。

 

 ダンテが一つ一つ話をする度にマリーはクスクス笑っていき、そしてついには腹を抱えて涙を浮かべながら爆笑し始めた。

 

 「あ、あはは! ま、待って! 本当に待って! おかしすぎて死んでしまいそうだわ!」

 「おいおい、こんくらいで音を上げてちゃあこの先ついてこれないぜ?」

 

 ヒィヒィ言いながら爆笑するマリーにダンテも笑いながらそう返す。人々の間では伝説の魔剣士として褒め称えられているスパーダだが、ダンテから見ればよくお袋の尻に敷かれていたイメージしかない。まあそれは家族だからこそ知っているスパーダの姿だから、こうして話すことができるのだ。

 

 「ウフフ、でも意外でした。魔剣士の御子息様はかの魔剣士様のことを慕っていらっしゃいますのね」

 「あん?」

 「だって偉大なる魔剣士様のことを話してる時、あなたはとっても素敵な表情をなさっていらしゃったから」

 

 マリーが微笑みながらそう言ってくる。自分としては尻拭いさせられてきた仕返しにスパーダの恥ずかしい話を暴露していたのだが、どうやらマリーにはダンテがスパーダのことを慕っているように見えたらしい。

 まあでも、それは当たらずとも遠からずだ。

 

 「………まあな。親父はあんなんだったが、俺は誇りに思ってるし今でも尊敬している。周りは俺のことを『スパーダを超えた』とか言ってるが、俺としては親父を超えることなんざできねえと思ってる」

 

 力はスパーダを超えているだろう。しかしスパーダが成した偉業は超えることができない。だからダンテは今でもスパーダのことを誇りに思っているし、尊敬もしている。バージルも口には出していないが、同じことを思っているだろう。

 

 「じゃあ、今度はあなたのお話を聞かせてくださらない?」

 「俺のか?」

 「ええ。だって偉大なる魔剣士様のことは知ることができたけど、まだ魔剣士の御子息様のことは何も知らないのだもの」

 「………仕方ねえな。なら俺のことも話してやるよ。それと俺のことはダンテと呼んで構わん。魔剣士の御子息様なんて大層な呼び方は性に合わんからな」

 

 そうしてダンテは今までのことを語り出す。

 

 ごく普通の家族として幸せな生活を送っていたこと。

 ムンドゥスが復活し、母親を殺されバージルと生き別れたこと。

 復活したムンドゥスを倒し、母の仇を取ったこと。

 依頼のために訪れた街で甥と出会ったこと。

 そして生き別れたはずのバージルと再会し、何度も兄弟喧嘩という名の殺し合いをしてきたこと。

 

 「────そんなわけで、今もじゃじゃ馬娘二人と一緒に便利屋をやってるのさ」

 

 そう言って自分のことを語り終えるダンテ。その間珍しくマリーは一切口を挟まずに静かにダンテの話を聞いていた。

 

 「……素敵」

 「あん?」

 「とっても素敵。だってあなたの人生はすごく刺激的だもの。かつての私のような決められたレールの上を歩いているわけではないのだから」

 

 そう言ったマリーの表情は何処か儚げであった。おそらく生前の自分の人生を思い出しているのだろう。それに関してダンテは口を挟むことはない。

 

 「ねえ、ダンテ? 私も彼女達のようにあなたの元に行くことができるかしら?」

 「どうして俺の元に来たいんだ?」

 「あなたの話を聞いていて、あなたのすぐそばであなたが紡ぐ伝説を見届けたいの。………駄目かしら?」

 「そいつはなんとも言えねえな」

 

 マリーの言葉にダンテは肩を竦めながらそう返す。

 

 「俺の元に来るか来ないかを決めるのはお前の意志次第だ」

 「私の意志次第……」

 「ああ。もし俺の元に来たいんだったら、自分の運命を跳ね除けてでもお前の方から来るんだな。そうしたら喜んで迎え入れるぜ」

 

 ダンテがそう言うとマリーがポカンとした表情になる。そして笑顔を浮かべて口を開いた。

 

 「────ええ! ありがとう! あなたの呼び声が聞こえたら何が何でもあなたの元に行くわ!」

 

 そう言った次の瞬間、ダンテの頬に何か柔らかいものが触れる。

 それがマリーの唇だと理解するのに、ほんの少しだけ時間を要してしまった。

 

 「─── あ、ごめんなさいダンテ! 私、つい癖でベーゼしてしまうの。無礼でした、ごめんなさい」

 「……こいつはたまげた。まさかお嬢ちゃんからの不意打ちを受けるなんてな」

 「お嫌でしたか………?」

 「まさか。俺はか弱いレディからヤバイ女まで大歓迎だ」

 

 そう言いながらわしゃわしゃとマリーの頭を撫でるダンテ。

 女運にはなかなか恵まれないが、こういうもなかなか悪くない。まああの二人がこのことを知ったら悪魔も泣き出すほど怒り狂うだろうが。

 

 

 夜はさらに深け、このまま穏やかに朝を迎えると思われていたが────

 

 「「!」」

 

 ダンテとマリーは同時に気配を感じ取る。

 敵、おそらく昼間戦った敵サーヴァントの一体だろう。どうやら皆が寝静まった夜を狙ってきたらしい。

 

 「私、皆を起こしてきますわね!」

 「ああ、頼む」

 

 走って皆を起こしに行くマリー。

 その後ろ姿を見送ったダンテは立ち上がり、敵サーヴァントの気配がする方へと歩き出したのだった。



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#14 狂気の守護聖人

 「────こんばんは皆様、寂しい夜ね」

 

 長い紫髪、引き締まった肢体を露にする神聖な雰囲気を湛えた女性サーヴァントが目の前に相対する。

 先ほど戦ったライダーのサーヴァント、聖女マルタである。

 

 「──── 参ったな。囲まれてるぞ。くそっ、嫌だなぁ。害するために発せられる音って言うのは……甲高いトランペットみたいだ」

 「わかるのですか? アマデウスさん?」

 

 アマデウスの言葉にマシュが聞く。

 彼の言う通り、ダンテ達を囲むようにして無数の死霊やワイバーンがあちこちにいる。

 

 「そりゃあ解るさ。僕は音楽一本で英雄になった男だぜ? 空気の波を読むなんて字面を読むが如しさ。マシュにリッカ、ジャンヌの寝息に生体音、寝返りの音や胸が衣服を擦る音、下着が股ぐらに食い込む音まで完全に僕の記憶野に蓄音済みさ!」

 「「「なっ──!?」」」

 

 アマデウスの発言に顔を真っ赤にさせる立香、マシュ、ジャンヌ。ダ・ヴィンチといい、偉大な人物は変態しかいないのだろうか?

 

 「無礼者、私の身体は髪の毛一本までダンテのものです。今すぐ私の情報をそのお粗末な頭から消しなさい」

 「ダンテ、この変態音楽家の頭を撃ち抜いていいですか? 大丈夫、すぐに終わらせますから」

 

 一方のアナスタシアとカーマはアマデウスに対して殺意満々である。所々変な言葉が聞こえたような気がしたが、この際気にしないことにする。

 

 「皆さんごめんなさい。監督役の私が謝ります。でも我慢して? 彼から音楽をとったら変態性しか残らないのだもの!」

 

 マリーが一応代わりに謝罪するが、正直フォローになっていない。まあフォローできないことをやらかしているので、アマデウスを擁護するつもりはない。

 

 「もちろんスパーダの息子とマリアが真夜中の密会で仲睦まじく話してるのもバッチリ聴いてるぜ? 本当ならあらん限りの下ネタ罵倒を叩きつけてやるところだが、残念なことにスパーダの息子はマジで『汚い』音が聴こえないんだ」

 「当たり前よ。ダンテはとっても紳士な方だもの!」

 

 アマデウスの言葉にマリーがそう反論する。

 その気持ちは嬉しいのだが、今ここでそんなことを言ってしまうと────

 

 「ねえ、そのお話を後で詳しく聞かせてくださらないかしら?」

 「お礼はもちろん私達の愛をたっぷりあげますよ?」

 

 ────アナスタシアとカーマがニッコリと笑みを浮かべながらアマデウスに詰め寄る。どうやらダンテが自分達に何も言わずにマリーと二人っきりだったことに激怒しているようだ。

 

 「君達二人に話したいところだけど、さすがの僕でも今だけは口を閉ざすこととしよう」

 

 幸いアマデウスは二人がマジギレしていることに身の危険を感じたらしく、ダンテとマリーの会話を話すことはしなかった。

 まあ後で無理矢理に聞き出されるのだろうが。

 

 「……よい仲間達ね。私達とは大違い」

 

 ダンテ達のやりとりを見て清らかに笑うマルタ。とてもあの不良娘の手下とは思えない。

 

 「あの不良娘がマスターじゃ、お前達の仲がギスギスするのも頷けるな」

 「ええ、本当にそう」

 

 ダンテの言葉にやはり清らかに笑いながらそう返してくるマルタ。

 すると険しい表情を浮かべていたジャンヌがマルタに問う。

 

 「……何者ですか、あなたは?」

 「何者……? そうね、私は何者なのかしら? あのお方の言葉を聞いて聖女たらんと己を戒めていたのに、こちらの世界では壊れた聖女の使いっ走りなんて」

 「壊れた聖女……」

 「ええ、彼女のせいで理性が消し飛んで凶暴化しているのよ。今も衝動を抑えるのに割と必死だし」

 

 どうやら黒いジャンヌは召喚したサーヴァントを凶暴化させているらしい。それでもこうして自我を保っている辺り、マルタの精神は相当強靭なものだ。

 

 「だから罪無き人々を殺すのは仕方がなかった、そう言いたいのかしら?」

 「……返す言葉もないわね。無実でありながら野卑な兵士に惨殺された皇女様」

 

 アナスタシアの剣呑な言葉にマルタは申し訳なさそうにそう返す。

 理由はどうあれ、彼女達は罪無き人々を殺した。その事実が消えることはない。

 

 「ならどうしてここに出てきた? 懺悔でもしに来たのか?」

 「まさか。懺悔をしに来たわけでも、命乞いをしに来たわけでもない。ましてや『仲間にしてください』なんて口が裂けても言えないわ。いつ後ろから刺されるかわからない危ないサーヴァントと一緒にいたって、気が休まらないでしょう?」

 「なら、どうして………?」

 「……本当はあなた達の監視が役割だったのだけれど、最後に残った理性が『人類最後のマスターを試すべきだ』と囁いている。だから私はその理性に従って、あなた達に試練を与える」

 

 そう言ったマルタは先ほどとは打って変わって真剣な表情になる。それと同時に抑えていたであろう魔力を解放した。

 

 「あなた達の前に立ちはだかるは“竜の魔女”。()()()()()に騎乗する、災厄の結晶。私ごときを乗り越えられなければ、彼女に刃が届くことはない」

 『邪悪な竜? ────まさか、嘘でしょう?』

 

 マルタの言葉にオルガマリーが何かに気がついたのか、声を震わせながらそうつぶやく。

 

 『いえ───有り得ないわ、()()()()()()()()()()なんて……』

 「………なるほど、『ファヴニール』ですね」

 

 オルガマリーの言葉を聞いて、いつの間にか戻ってきていたティアマトがそうつぶやく。どうやらその究極の悪竜とやらのことを知っているらしい。

 

 「知っているのか?」

 「ええ。悪竜や邪竜の代名詞。財宝を護り、災厄を振り撒くもの。それがファヴニール」

 

 ダンテの言葉にティアマトがそう返す。どうやら黒いジャンヌはそのファヴニールとやらを従えているらしい。

 

 「私を倒しなさい。躊躇いなく、正義の刃を私の胸に突き立てなさい」

 

 そしてマルタは十字架の杖を掲げて口を開いた。

 

 「我が真名はマルタ! さあ出番よ、大鉄甲竜タラスク!」

 

 そう言い放った瞬間、地響きと共に地面から巨大な竜が姿を現す。

 巨大な甲羅、太い六本足、強靭な牙と爪、それらを兼ね備えた姿は対峙するものを圧倒させる。現に初めて対峙する立香とマシュは身体を震わせていた。

 

 

 ────しかし、ダンテは違う。むしろ獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

 「ドラゴンか。今まで悪魔どもは腐るほど殺してきたが、ドラゴンとやり合ったことはなかったな」

 「まあ現代に悪魔を除けば幻想種なんて存在しないしね」

 

 ダンテの言葉にアナスタシアも特に恐れることなくそう返す。

 そして立香とマシュの方を向いて言った。

 

 「安心なさい。あなた達には皆がついています。なのであなた達は彼女が施した試練に全力で応えなさい」

 「は、はい!」

 「わかりました!」

 

 アナスタシアの言葉に立香とマシュが気を引き締めてそう返す。

 

 「ならリツカとマシュはジャンヌと共にマルタの相手だ。ティアマトとアルトリアはマリーとアマデウスと共に雑魚どもの一掃、俺とアナスタシアとカーマでドラゴン退治だ」

 

 ダンテの指示に皆が頷く。

 

 

 こうして狂気に蝕まれた聖女との戦闘が幕を開けた。



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