【対魔忍RPG】――殲血の紅姫――心願寺紅 (unko☆star)
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その日。

心願寺紅(しんがんじくれない)は恩師、河原崎天心(かわらざきてんしん)の屋敷でもてなしを受けていた。

 

天心は80歳を過ぎた老人だが、かつては紅の祖父、心願寺玄庵(しんがんじげんあん)と肩を並べて戦った対魔忍であった。

 

紅の生家、心願寺一党は、対魔忍の総本山である五車(ごしゃ)にふうま一族が反旗を翻した“弾生(だんじょう)の乱”に巻き込まれ、五車を追放された一族だが、天心はそんな心願寺に多大な支援をした。

 

「かつての戦友がいわれなき罪で里を追われて、黙っていられるものか」

 

と、金銭的な援助はもちろんのこと、まだ幼かった紅の家庭教師を買って出、学問のほか対魔忍として生きるための様々な知識を与えた。

 

その交流は玄庵が没し、紅が一人前の対魔忍となった今でも、時おり紅を屋敷に招いて食事を共にする形で続いている。

 

紅も天心との語らいを

 

(まるで、おじいさまと話しているようだ…)

 

と感じ、普段のクールな性格からは想像がつかない、無邪気な子供のような面持ちで楽しむようになっていた。

 

 

 

「ところで、紅よ」

 

宴もたけなわとなったころ、酒で顔を赤くした天心が問いかけた。

 

「おまえもすいぶん立派な対魔忍になったが…そろそろ、身を固めた後のことを考えておくのじゃぞ」

 

「なっ…!そんな、き、気が早すぎます…」

 

「なにが早いものか。わしがお前の年頃の時には既に息子が2人おったぞ」

 

天心が紅に酒を注いだが、紅が慌てて盃を取ったためにほとんどこぼれてしまった。

 

 

「誰ぞ、気になる男でもおらんのかえ?」

 

「い、いえ、そ、そんな…」

 

しどろもどろになって顔を伏せる紅を、天心はニヤニヤと観察している。

 

「相変わらずわかりやすい反応をするのう、お前は…」

 

「せ、先生…。あまり、からかわないでください…」

 

「ふふ、すまんすまん」

 

「無論、私も興味がないというわけでは…いえ、今現在相手がいる、というわけでは、もちろん、ないのですが…その…」

 

わずかに言葉を詰まらせた紅だったが、すぐに小さく息を吸って吐き、顔を上げて真っすぐに天心を見据えた。

 

 

「しかし、今の私はおじいさまの遺志を継ぎ、魔のものどもから人々を守る対魔忍…。色恋沙汰にかまけている余裕はありません」

 

「ふむ…」

 

天心はつるりと自分の禿げ頭を撫でた。

 

「いや、すまなかった。お前の覚悟を甘く見ておった…」

 

「い、いえ…」

 

「幻庵も喜んでいることだろうよ。孫娘がこんなにも立派に遺志を継いでくれたのだからな…」

 

トマトのように顔を赤くした紅が天心に酒を注ぎ、天心はそれを一気に飲み干した。

 

 

「しかし、もし…。もし、お前の心が変わったときは…」

 

「そのときは、一番にわしに打ち明けてくれるだろうな?」

 

そう言って紅に微笑む天心の顔は、子供のようないたずらっぽさを含みつつも、どこまでも温かく、深い慈愛に満ちていた。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

それからまもなくして河原崎邸を辞去した紅は、使用人に車を出させるという天心の申し出を固辞し、夜風にあたりながら駅までの道を歩んでいた。

 

湿気を含まない、程よく冷たい風が、酒で火照った体を撫でていくのがたまらなく心地よい。

春から初夏へと季節が移るわずかな期間、梅雨入り前の数日だけ吹くこの風を、紅は心待ちにしていたのだ。

 

天心が終の住処に選んだこの町は田畑と雑木林のなかに民家が点在するといった様子の田舎町で、最寄り駅までは徒歩で20分ほどかかる。

道すがら、紅は先ほどの天心からの問いに想いをめぐらせた。

 

 

(誰ぞ、気になる男でもおらんのかえ?)

 

 

いない、と言えば嘘になる。

現に、天心から話を振られたときからずっと、紅の脳裏にはある男の姿が浮かんでいる。

 

 

(ああ、もうアイツのことで頭が一杯じゃないか…。本当にわかりやすいな、私は…。先生に言われたとおりだ…)

 

(まあ、幼馴染だし…。長い付き合いならこういう感情を抱くのもよくある話…。うん、そうだ…別に私がちょろいとかそんなことではない…。うん…)

 

ぐるぐると思考をめぐらせる紅をからかうかのように、闇一面に蛙が鳴いている。

 

 

(しかし…アイツは私のことをどう思っているのだろう…?)

 

(そもそもアイツ、学園でも任務でも、いつでもどこでも女をはべらせて…。年ごろの男があんなに女とばかり関わって、何ともないのか…?)

 

(私も五車から追放されて以来、長く会っていなかったから全て知っているわけではないが…)

 

(…ひょっとすると、私が会わなかった間に、すでに――)

 

 

 

ふいに、紅が足を止めた。

注意深くあたりを見回し、耳をすませる。

 

(空耳か…?)

 

しかし、数々の死線をくぐり抜け、鍛えられた紅の聴覚が、こんどははっきりと剣撃の音をとらえた。

紅の斜め後ろには小高い丘があり、そのてっぺんに向けて石段が伸びている。

 

(たしか、この上は墓地になっていたはずだ…)

 

そうこうするうちに、今度は人のうめき声のようなものも聞こえてきた。

 

紅は身をひるがえし、風のように石段をかけ上がっていった。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

石段を登りきった紅の目に飛び込んできたのは異様な光景だった。

 

地面に倒れ伏す男が三人。

 

その傍らで、墓石に寄り掛かりながら肩で息をする男が一人。

 

全員が刀を携えていた。

 

「げほっ…!」

 

墓石に寄り掛かった男の目と紅の目が合うか合わないかの刹那、その口からおびただしい量の血があふれ出し、男は前のめりに転倒した。

 

「おい!」

 

すぐさま紅が駆け寄り、男を抱き起こす。

外傷はないが、吐血の量が尋常ではない。

そして、よく見ればその身に纏っているのは古ぼけた対魔スーツであった。

 

 

 

(この男、対魔忍なのか…?)

 

先に倒れていた三人が息を吹き返す気配はない。

紅はひとまず血を吐いた男を仰向けに寝かせ、応急処置を施しはじめた。

 

 

 

 




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紅は対魔忍の男を背負い、墓地からやや離れた場所にある古い倉庫に運び込んだ。

かつては地元の工務店が様々な資材を保管していた場所だったのだが、それが潰れてから現在まで借り手がつかず、敷地内は荒れ放題になっている。

 

男は紅より一回り大きな体格をしていたが、その体は驚くほど軽かった。

吐血はしたものの外傷はなく、持ち物は刀と大きなアタッシュケースのみであった。

 

(この男、ずいぶん前から病に侵されているらしい…。おそらくは、死病…)

 

他に倒れていた三人はいずれも峰打ちで叩きのめされており、放っておいても命に別状はない、と紅は判断した。

 

(つまりこの男は、病に侵された体であの三人と戦い、一切の手傷を負わずに峰打ちで仕留めたことになる…。かなりの手練れだな…)

 

周囲を警戒しながら、仰向けに寝かせた男の顔を改めて観察する。

 

太い眉に細い目、高めの頬骨といった“いかにも”な優男の顔立ちだが、いたるところに刻まれた皺がそれを10歳も20歳も老けて見えさせる。

髪は綺麗に整えてある一方で頬から顎にかけて無精ひげが目立っており、どうもちぐはぐな印象を受ける。

 

対魔忍として戦いに明け暮れた日々が、男の風貌をこのように作り変えてしまったのだろうか…。

 

 

 

「う………」

 

ふいに、男がうめき声を上げ、ゆっくりと目を開いた。

 

「目が覚めましたか」

 

「あ……」

 

「ご安心を。私も対魔忍だ。あなたをここに運んでからだいぶ時間が経ちましたが、どうやら追手はかけられていないらしい」

 

「対…魔忍……」

 

「はい。心願寺紅と申します」

 

「心願寺…?」

 

男が上体を起こす。

 

 

 

「もしや、“殲血の紅姫”…?」

 

「まあ…そのように呼ばれることも…」

 

殲血の紅姫とは、紅が必殺技“絶技・旋風陣”で敵をなます切りにし、全身に大量の血を浴びることから付けられた異名である。

無論、本人がそう名乗っているわけではないが――。

 

 

 

「危ないところを助けて頂き、有難うございました。私は大嶺志狼(おおみねしろう)と申します」

 

「刀をお返しします。それと、こちらも――」

 

「おお…」

 

大嶺は紅から差し出された刀よりも先にアタッシュケースに飛びつき、念入りに状態をあらためると、深い安堵のため息をついた。

 

「本当に…有難うございます。ほんとうに――」

 

言葉が嗚咽交じりになる。

 

(やはり、このケースに入った品物を運ぶ任務中だったのだな…)

 

紅が大嶺を病院に運び込まなかったのも、ひとえに彼の任務の支障になってしまう可能性を考慮したためであった。

運び屋としての任務は絶対秘匿が常識であり、安易に人の目に触れることは避けなくてはならない。

ここがセンザキであれば付き合いのある闇医者に診せることもできたのだが、田んぼと畑に囲まれた田舎町ではそうもいかない。

 

 

 

「助けて頂いたうえ、大変恐縮なのですが…。私、先を急がねばなりません」

 

「もう少し休んでいかれては…。随分、体を酷使されているようだ」

 

「ええ、まったくその通りで…。私の人生も、だいぶ残り少なくなっているようです」

 

そう言いながらも、大嶺の顔には微笑が浮かんでいた。

覚悟を決めた人間の顔に宿る、力強い微笑であった。

 

「ですが、これだけは…。これだけは、何としても送り届けなければならないのです」

 

「――そうですか」

 

 

 

大嶺は手早く身支度を整え、大事そうにアタッシュケースを抱えた。

 

「もう、お目にかかることは無いでしょうが…。このご恩、決して忘れません」

 

紅に向かって一礼し、頭を上げるか上げないかのうちに、その姿は煙となって消えていた。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

数日後。

 

紅はアジトに友人の篠原まりを招き、彼女の作った団子を楽しんでいた。

 

 

 

「ふむ、みたらし団子も手作りだとこんなに香ばしくなるのか…。この出来立ての味は、なかなか真似できないだろうな」

 

「そ、そうですか?えへへ…」

 

まりは顔をふにゃけさせ、紅の淹れた緑茶を口に含む。

この団子のレシピはとある人物の遺品から学んだのだが、彼女の真面目さも手伝い、今ではほぼ完ぺきに習得するに至っている。

 

 

「しかし、自分の家でこんなに山盛りの団子を見るのは初めてだな…。わざわざあやめや(かがり)のぶんまで作ってきてくれて嬉しいよ」

 

「えっ?」

 

「うん?もしかして全部私に作ってきてくれたのか…?」

 

「あ、いえいえ!もちろん、皆さんのぶんですよ!ええ!」

 

 

(わたし、いつもこれくらいは一人で食べちゃうけど…。やっぱり、食べすぎ、だよね…)

 

(うぅ~。紅さんに対してなんて恥ずかしいところを…)

 

 

メガネを手で上げ下げしながら作り笑いをするまりだったが、かえってそれが動揺していることをバレバレにしていた。

 

「そうだ紅さん、頼まれていたものなんですが…」

 

 

 

そう言ってまりがカバンから取り出したのは、赤いファイルだった。

表紙に『五車』の文字と五車学園の校章が描かれている。

 

「ありがとう。五車を追放されている身としては、あまり他の対魔忍について調べることは不得手なものでな」

 

「そんなこと言わずに五車まで来てくれたらいいじゃないですか…。これだって、校長先生がちゃんと許可して渡してくれたんですよ。紅さんなら安心だって」

 

「…そうか」

 

ファイルを受け取った紅の顔に微笑が浮かんだ。

 

「ただ…」

 

「なんだ?」

 

「その…大嶺志狼さんの資料、私も拝見したんですが…。どうやら紅さんと同じで、五車を追放処分になっているみたいです」

 

「追放されている…?」

 

「詳しいことはその中に書かれているんですが、その、かなり酷い事件を起こしてしまったらしくて…」

 

 

 

紅の脳裏に、あの夜の大嶺の姿が浮かぶ。

 

泣きそうになりながら礼を述べ、煙となって消えたあの男が、どのような事件を引き起こしたというのか――?

 

 

 



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8年前、大嶺は東京の地下300m地点に存在する闇の無法都市“ヨミハラ”で潜入任務にあたっていた。

 

 

目的はそこで勢力を伸ばしていたとあるマフィアの調査。

当時、東京の繁華街で流行していた違法薬物の売買に関わっているという疑いがかけられており、政府から五車に調査依頼がかけられていた。

 

調査が進むにつれ、そのマフィアは独自に魔科医(まかい)と製薬工場を所持し、当該の薬物だけでなく、様々な危険物を生成、密売していたことが明らかになった。

 

大嶺をはじめとする調査チームは五車にこれを報告し、大規模な殲滅作戦が行われることになった。

 

マフィアをはじめとする闇の組織は、必ず一度の作戦で殲滅させなければならないとされている。

それができなければ、残党が寄り集まって新しい組織を立ち上げてしまうためだ。

 

その場合、“統率の取れたひとつの組織”が“統率されていない、制御不能ないくつもの組織”に分散してしまうことになり、かえって状況を悪化させてしまうことになりかねない。

 

調査チームはなおも極秘調査を続け、ようやくマフィアの幹部が集結するパーティーの日を突き止めた。

あとはその日に総攻撃をかけ、一網打尽にすればすべて終わるはずであった。

 

 

 

――しかし、作戦決行の日、五車の部隊が総攻撃を仕掛けるよりも前に、大嶺が単身マフィアたちのパーティーが行われていた会場に乗り込んでしまった。

 

 

 

大嶺は6歳になるマフィアのボスの息子を人質にとって会場に押し入るや否や、ボスの目の前で息子を両断し、激昂したボスと幹部たちを相手に大立ち回りを演じたという。

 

本隊が駆けつけてきたとき、現場にはすでに46人の死体が転がっていた。

マフィアのボスと幹部、その部下たちの亡骸もあったが、大半は事件とは関わりのない、民間の従業員たちであった。

さらにまずいことに、一網打尽にするはずだった幹部たちの相当数が逃亡してしまっていた。

 

 

 

民間人の犠牲、幹部らの脱出――。

 

五車が避けようとしていたすべての事態が、大嶺一人の凶行によって引き起こされてしまった。

 

 

 

懸念したとおり、逃亡した幹部たちはそれぞれが新しい組織を立ち上げ、ヨミハラにはさらなる混乱の渦がまきおこった。

さらに幹部らは、「ボスの仇を討ち、新たなボスとして箔をつける」と息巻いて、我先に大嶺の首を取るべく追手をかけた。

 

既に大嶺は行方をくらましていたが、こうなっては五車も大嶺を追放処分とせざるを得ず、事件は「発狂した抜け忍が単独で襲撃をかけた」という形で処理されることとなった。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

「その…紅さんは、大嶺さんをご存じなんですか?」

 

「いや…そういうわけではないが…。少し、名前を聞く機会があってな…」

 

とっさに嘘が口をついて出た。

 

 

 

作戦を無視した無謀な突入…。幼い子供を巻き込んだうえでの惨殺…。

対魔忍として、いや、人として許される所業ではない。

 

 

 

しかし――。

 

 

 

(どうにも、腑に落ちない…)

 

先日、礼儀正しく去っていった大嶺の姿と、資料に記されている大嶺の姿とが、どうしてもひとつにならない。

 

無論、紅が大嶺と会ったのはわずかな時間のみであり、それだけで彼が誠実な人間だと結論づけることはできない。

 

 

(だが、そもそもなぜ大嶺が凶行に走ったのか、動機がいまだに謎のままではないか…)

 

 

それについて五車がほとんど調査をしていないどころか、大嶺を探し出そうとすらしていないことも不自然だ。

 

 

 

「資料によれば、事件以前の大嶺はとくに問題を起こしたことのない、優秀な対魔忍だったようだが…」

 

「はい。そんな人がなぜ暴走してしまったのか、私も気になったんですが…。なぜか早々に調査が打ち切られてしまって、それっきりになっているようです」

 

「うむ…」

 

 

紅はファイルを閉じ、テーブルに置かれていた茶を静かに啜った。

先ほどまで湯気をたてていたはずのそれは、いつの間にか生ぬるくなっていた。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

それからひと月の間、紅は任務に忙殺される日々を送った。

このところセンザキでは怪しげな武装組織による犯罪が多発しており、街を仕切る顔役たちが血眼になって黒幕を探し回っていた。

 

顔役のひとり、“金崎銃兵衛(かんざきじゅうべい)”は紅の昔なじみであり、紅も進んで彼に協力した。

最終的に黒幕を突き止めることはできなかったものの、組織の拠点を叩き、一応は解決の形を見ることとなった。

 

そして、紅の手が空くのを待ち構えていたかのように、天心から夕食の誘いが来た。

恐らくは、厄介な任務につきっきりになっている紅の様子を聞き、陰ながら見守っていたのだろう――。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

紅は以前と同じように、河原崎邸への田舎道を進んでいた。

 

季節はすっかり梅雨へと移り変わっており、昼過ぎまで降り注いでいた雨に濡らされた地面から湿気が立ち上っていた。

じっとりと重い空気が肌にまとわりつき、夕暮れ時だというのに歩いているだけで汗ばんでくる。

 

この道を通ると否が応でも大嶺のことが思い出されるが、本人の行方も知れず、裏の情報網を使って探ってみても、まりから教えられた以上のことはなにも掴めなかった。

 

 

紅は、

(これ以上探ってみたところで、、私にはどうすることもできないかもしれない)

 

 

と思う一方で、完全には大嶺のことを忘れることができないでいた。

過去の非道な行いを知ってなお、それに対する五車の対応のほうに疑問が湧く。

 

 

なにより、自分と同じく故郷を追放されたものとして、大嶺に親近感のようなものを抱いていたのかもしれない。

 

 

やがて紅は大嶺と出会った墓地の近くに差し掛かった。

 

 

(………なにっ?)

 

 

あの日と同じように、その足がぴたりと止まる。

 

しかし、今回は剣撃の音を察知したのではなかった。

 

それは、普通の人間であれば気づかない程度の痕跡であったが、紅の鼻は戦場で幾度となく

嗅いだ、甘ったるく、不快なにおい――

 

 

――血の匂いを、はっきりと感じ取っていた。

 

 

考えるよりも先に、紅の足は階段を駆け上っていた。

 

 

 





うあああああ き…キン肉マンがプレイ・ボーイ本誌を練り歩いてる!


ってなるらしいスけど、別にタフが代わりにWEB送りになるなんてことにはならないんじゃないスかね
仮になったとしても、今のタフならむしろネットに移ったほうが盛り上がりそうな気もするんだ

猿先生は不死身なんだ




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墓地にはあの日と同じく、四人の人影があった。

一人は地面に倒れ、二人はその脇にしゃがみ込んでなにやらごそごそと手を這わせている。

 

もう一人――これはかなり大柄な男のようだ――は少し離れた場所で墓石に背を預け、二人の様子を見守っている。

 

 

「あ……?」

 

 

しゃがみ込んでいた二人のうち一人が紅に気づき、腰を上げた。

その両腕は鮮血で真っ赤に染まっている。

 

 

次の瞬間、紅の体は腰を上げた男の懐に潜り込んでいた。

 

「えっ」

 

男が二の句を告げる前に、紅の腰から抜き放たれた小太刀がその胴体を両断する。

 

 

ギイィィィン!!

 

 

――かに思われたが、離れた場所にいたはずの大柄な男が間に割って入り、間一髪でその刃を受け止めた。

 

 

「むうん!」

 

男が自らの得物を振るって紅の体を突き飛ばす。

紅はあえて敵の力に押されるままにし、空中でふわりと一回転して距離をとった。

 

「ひーっ!」

 

助けられた男と、その相方は腰を抜かしている。

 

「…行け。お前たちの手には負えん」

 

 

大柄な男の言葉を聞くが早いか、二人は脱兎のごとく逃げ出した。

一人はなにやら丸いボールのようなものを抱えていたが、それを見た瞬間、紅の瞳がかっと見開かれ、周囲に小型の竜巻がいくつも出現した。

これは紅の風遁の術で作り出されたもので、触れればたちまち肉を裂き、全身をバラバラにする真空の刃である。

 

 

ゴオオオオォォォ――!

 

 

「女。何者だ?」

 

 

みるみる大きくなる竜巻には目もくれずに男が尋ねる。

尖った耳、赤い眼、青みがかった肌――魔族だ。

先ほど紅を突き飛ばした得物も、幅広の両刃剣――いわゆるブロードソードであったが、刀身が血のように赤く、心臓の鼓動のように絶えず明滅していた。

 

「対魔忍、心願寺紅」

 

「なに…?」

 

魔族の男の目が鋭くなる。

なおも竜巻は巨大化し、今にも男を飲み込みそうになってる。

 

 

 

「“殲血の紅姫”の噂は聞いている。義に厚く、弱きもののために刀を振るう対魔忍だとな」

 

「……」

 

「そこに転がっている男は、我が主君の仇。それだけではない、年端もいかないご子息を嬲りものにし、無惨に殺めたのだ」

 

「………!」

 

「キサマの“義”は、そのような外道に肩入れするのか!」

 

「………くっ…」

 

一喝され、紅の顔に明らかな動揺が浮かぶ。

魔族は剣を構えようともしていないが、その佇まいには一分の隙もなかった。

 

 

それから、長いにらみ合いの時間が続いたが、竜巻の勢いは徐々に弱まり、やがて完全に消滅した。

 

紅が刀を下げたのを見て、魔族はくるりと踵を返した。

 

「仇討ちは済んだ。これからキサマと斬り合う意味はない」

 

ゆっくりと墓場の奥に消えていく後ろ姿を、紅はただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

やがて刀を納めた紅は、地面に倒れている男――大嶺の亡骸をあらためた。

 

遺体は身体の正面、左の肩口から右の脇腹にかけて袈裟斬りにされており、頭部は持ち去られていた。

おそらく、先程の魔族が一刀のもとに切り伏せ、絶命したところで従者たちが首を切断したのだろう。

 

 

 

「…っ!バカなっ…!」

 

 

 

遺体の腰に差された刀を見た紅の口から、思わず声が漏れた。

 

()()()()()()…っ!)

 

刀の鯉口は切られておらず、そもそも抜刀しようとした痕跡すらなかった。

 

 

不意打ちで打ち取られたのなら、別に不自然なことではない。

しかし、紅は先日、病を抱えた体で襲撃者を退けた大嶺の技量を目撃している。

()()()()()

 

 

 

そのとき、背後から階段を上ってくる足音が聞こえた。

紅は再度抜刀し、墓地の入り口に向かって身構えた。

 

「あっ……」

 

現れたのは、一人の女性だった。

背丈は紅と同じくらいだが、古ぼけた衣服を身に着け、全体的にやつれた印象を受ける。

女性はまず紅を見、その背後の大嶺の遺体を見つめ、再び紅に視線を移した。

一方の紅は刀を構え、じっと女性を警戒している。

 

 

 

「心願寺、紅様…でしょうか?」

 

長い沈黙ののち、女性が先に口を開いた。

抑揚のない、落ち着いた声であった。

 

 

「――はい」

 

「夫からお名前を伺っています。危ないところを助けて頂いたと」

 

「夫…?」

 

「はい。私は大嶺志狼の妻です」

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

紅は大嶺の妻――名は『澪波(れいは)』といった――と共に、遺体をとある寺院に運び込んだ。

 

「ここの住職さまは、夫の幼馴染でして…。こうなったときの手筈も、すべて整えてもらってあります」

 

そう語る澪波の口調には相変わらず一切の抑揚がなく、まるで人形が喋っているかのようであった。

 

 

(8年も逃亡生活を続けている男に、妻がいる…?)

(夫があのような形で殺されたというのに、この落ち着きぶり…。あの刀のことといい、不自然なことが多すぎる…)

 

 

「澪波さん」

 

紅が話しかけるが、澪波はじっと、白布をかけられた夫の遺体を見つめ続けている。

 

「志狼さんの過去を、調べさせて頂きました。8年前の事件のこと、五車から追放されたこと…」

 

「…そうですか」

 

「しかし、私にはどうしても信じられない」

 

 

ぴくり、と澪波の肩が揺れた。

 

 

「志狼さんとお会いしたのはわずかな間でしたが…。それでも、あんなにも誠実な方が事件を起こしたとは、どうしても思えない。今日のことについても同じです」

 

「先日、私は志狼さんがあの墓地で襲撃を受け、見事に敵を退けるところを目撃した。病で弱った体でです」

 

「しかし、今夜の志狼さんは、以前襲撃を受けたのと同じ場所にわざわざ赴き、一切の抵抗もせずに命を落とされたらしい。私には、わざと斬られたようにしか――」

 

言い終わるか終わらないかのうちに、澪波が紅の胸に飛び込んできた。

紅の服を掴み、顔をうずめ、わなわなと震えている。

 

 

「夫は……夫は、全て忘れろと言いました。紅さんと会った夜、私に()()を渡して……」

 

「ですが…ですが、私は、もう………!」

 

紅の手が自然と澪波の肩に伸び、ぎこちなくそれをさすった。

 

「亡き夫には、叱られるかもしれません…。しかし…どうか、どうか私の話を聞いていただけませんか…?」

 

 

 

澪波が語り終えたとき、夜が明けた。

紅が寺院を後にし、門前までさしかかったところで、背後から澪波の凄まじい号泣が聞こえてきた。

 

僧侶たちがなにごとかと飛び出して来たが、紅は振り返ることなくその場を去った。

 

 

 

 



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紅は一度センザキに戻って衣服をあらため、この日の午後に再び河原崎邸を訪れた。

屋敷の門を叩くと、すぐに駆けつけてきた使用人が紅を座敷に通し、やがて天心が満面の笑みをたたえてやってきた。

 

「昨夜は大変失礼いたしました。急な任務で…」

 

「いやいや、対魔忍とはそういうものじゃよ。しかし、こうも早く来てもらえたということは、無事に厄介ごとを片付けられたということじゃな」

 

「いえ、まだこれからです」

 

 

そう言って紅は、天心にアタッシュケースを差し出した。

 

 

「なんじゃ、これは…?」

 

「ご存じのはずです。これは先日、先生が大嶺志狼様に渡したお金なのですから」

 

 

天心の老顔が、火鉢の灰のような色に変わった。

 

 

「大嶺さんは昨夜、ヨミハラのマフィアの残党に討ち取られました。いえ、わざと討たれました」

 

「なっ…」

 

「いえ、私に打ち明けられたのは大嶺さんの奥様です。大嶺さんは最期まで先生への義を通し、一人で全てを背負って命を落とされました」

 

「奥様…澪波さんから、全てを聞きました。先生の過去の過ちについて――」

 

紅が淡々と告げる。

座敷に通されてからずっと、紅は天心と目を合わせていなかった。

 

 

「それは、口にするのもおぞましい鬼畜の所業――」

 

 

 

 

「異 常 性 愛 者」

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

河原崎天心には、幼児性愛の嗜好があった。

はじめて女児を毒牙にかけたのは17歳の時。それ以来、()()()()()幼子を襲い、凌辱し、何事もなかったのようにそれを隠蔽することを繰り返した。

 

これらの所業が表ざたにならなかったのは、ひとえに天心が優秀な対魔忍であったからに他ならない。

五車にも、戦友の心願寺玄庵にも知られることのない、まさに秘密の趣味であった。

 

しかし、天心が妻を持ち、父親となり、やがて孫も生まれるころになると、天心のなかの悪魔も徐々に力を失っていった。

 

 

だが、一度身を焦がした邪悪な炎は簡単には消えない。

 

 

 

8年前、大嶺が凶行に走ったあの日、天心はヨミハラで一人の少年に出会っていた。

一人で路地をうろついていたため、迷子かと思って声をかけたのだが、運悪くこの少年の外見は天心の“タイプ”であった。

 

瞬く間に、数十年前に消えたかに思えた黒い炎が天心を包み、悪魔が蘇った。

 

 

(ぼうや、迷子かい?おじいちゃんがお家を探してあげよう)

 

(迎えが来るまで、おじいちゃんの部屋で休んでいきなさい。新作ゲームもあるよ)

 

 

天心は少年を安ホテルの一室に連れ込んだ。

 

 

(さあ、おじいちゃんの言うことを聞いてくれたらゲームをあげるよ)

 

 

(オチンチン見せて)

 

 

それから数時間にかけて、天心は少年を嬲りつくした。

しかし、数十年ぶりに解き放たれた悪魔の劣情は激しく、かつては無意識にしていたはずの力の加減を完全に忘れてしまっていた。

 

天心が我にかえったとき、目の前には頸を折られ、糸の切れた人形のようになった少年が横たわっていた。

 

 

(事故で人を殺めてしまった。死体を隠してもらいたい)

 

 

大嶺が任務でヨミハラにいることを知っていた天心は彼を呼び寄せ、死体の処理を命じた。

かつては自らで行っていたことだが、今の自分にかつてのような優秀な対魔忍としての能力が備わっていないことを、先ほどの行為で実感していたためであった。

 

(孤児だったお前を拾い、五車に移ってからも援助を続けていたのは誰か…忘れてはおるまい?)

 

大嶺は渋々ながらも承諾し、天心は急いでヨミハラを脱出した。

不幸な少年が、お忍びで家を抜け出していたマフィアのボスの息子だとわかったのは、この後のことであった。

 

 

たとえ遺体を秘密裏に処理できたとしても、マフィアのボスは血眼になって息子の行方を捜すだろう。

そしていずれは真実が明らかになり、天心に追及の手が及ぶはず。マフィアの捜査網は人間界の警察など及びもつかないほど強力なのだ。

 

 

かくして、大嶺は自分ひとりにマフィアの目を向けさせるため、あの大芝居を打った。

全てが済んだのち、妻の澪波にもなにも告げずに出奔したが、澪波もまた対魔忍の出であり、すぐさま夫の居場所を突き止め、地の果てまでも供をすると誓った。

 

それこそが、8年前の真実である。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

「大嶺さんは戦災孤児だったところを先生に保護され、五車の対魔忍となったのちも援助を受けていたそうですね。事件を握りつぶしたのも、同じように先生が恩をかけたものたちの仕業でしょう」

 

「…帰れ」

 

紅から目を逸らしたまま、天心がぼそりと呟く。

 

 

「夫は最期まで先生に尽くし、先生からのご恩に報いようとしました。そのことを忘れないで欲しい…と、澪波さんから伝言を預かっています」

 

「帰れ」

 

「本日参ったのは、澪波さんからの伝言をお伝えするためと、このお金をお返しするためです。どうか――」

 

「出ていけ!!」

 

天心が声を張り上げ、仁王立ちとなった。

紅は畳に両手をついて残りの言葉を告げた。

 

「どうか、大嶺さんのことを、忘れないでください。失礼致します」

 

 

 

座敷を後にしようとする紅の背中に向けて、天心が震える声で呼びかけた。

 

「おのれと、おのれの祖父がわしから受けた恩を忘れるなよ。よいか」

 

 

「もちろんです。今日の私があるのは、すべて先生のおかげ。なにがあろうとそれは変わりません。……しかし、ひとつだけ」

 

紅が振り向き、この日はじめて天心の目を見据えて言い放った。

 

 

 

 

「天心先生………あなたはクソだ」

 

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

数日後。

祖父、玄庵の墓前に詣でる紅の姿があった。

 

 

どんよりとした鉛色の空から、霧のような雨が延々と落ちてくる。

紅の表情もまた、そのような空模様を写し取ったかのように暗かった。

 

 

(天心先生がしたことは、許されるべきではありません…。ですが、結果的に私は、大恩ある方を裏切ってしまったことに…。私も、おじいさまにも…)

 

 

(しかし…。私の…私の“義”は…)

 

 

 

ふわり、と誰かの手が頭を撫でた気がした。

 

 

 

頭に手をやると、それは近くのヤマボウシの樹から落ちた一枚の葉っぱであった。

 

(おじいさま…)

 

 

紅はヤマボウシの葉を墓に供え、両手を合わせて祖父の墓を拝んだ。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

それから半年のうちに4度、紅は刺客の襲撃を受けた。

 

刺客たちは傭兵くずれのごろつきであったり、プロの暗殺者らしき手練れの部隊であったり様々だったが、紅は決して命を奪うことなく、すべて一人で退けた。

 

誰が刺客を送り込んでいるのか、その見当もついていたが、誰にもそのことは話さず、ただひたすら敵を追い払い続けた。

 

それはまるで、たった一人で恩人の罪を背負い続けた大嶺志狼の姿そのものであった。

 

 

 

そして年が明けた2月、紅は従者の槇島(まきしま)あやめから、天心が脳梗塞で急死したことを知らされた。

 

「明日から、静かになりそうだな…」

 

恩師の死に対して、紅はただ一言呟いたのみであった。

 

 

 

 

その日以来、刺客の襲撃はぴたりと止んだ。

 

 

 

 

 





「異常性愛者」「あなたはクソだ」というインパクト抜群の猿語をなんとかして使ってみたいな~、と妄想を膨らませたらこんなSSができあがりました。


待ち伏せは剣客商売のなかでもとくに好きな作品なんですが、三冬の妊娠が公になったり、又六が本格的に秋山親子の相棒になったり、シリーズ全体で見てもターニングポイントになった一遍だと思います。
ドラマ3期のラストエピソードでもありますね。
というか、収録されている9巻自体が名作揃いというか…。「討たれ庄三郎」や「冬木立」も大好きなんですよね…。



サマーガチャ第2弾の話はするな。ワシは今メチャクチャ機嫌が悪いんじゃ。



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