ゲームキャスターさくら (てんつゆ)
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バトロワ編1

 今、私の目の前では天空から火の雨が降り注ぎ、その火の雨を避けるように大空を滑空する伝説のドラゴンが口から灼熱のブレスを吐いて地上を焼き払っています。

 

 地上ではゴテゴテの鎧をまとい宝石がキラキラと散りばめられた剣を手にした歴戦の戦士、派手な衣装と杖を持った大魔法使い、森の色をしたローブを羽織り遠距離から一撃必殺の矢を放つ幻の狩人などが巨大な土人形(ゴーレム)を相手に戦っています。

 

 ――――ここは紛れもない戦場。

 

 ただ一つこの戦場の異様さを表すのならば、全員が敵という事でしょうか。

 

 戦士も魔法使いも狩人もゴーレムと戦いながらもお互いに気を許さずに戦っていて、気を抜いた人はその瞬間一緒に戦っていたはずの人から攻撃を受けてしまい戦闘不能になっています。

 

 ――――ここで生き残れるのはたった1人だけ。

 

 強大な相手を倒す為に共闘をする人もいますが、あくまでそれは一時的な協力関係。

 

 後で敵になるのなら倒せる内に倒してしまう。

 

 と、そんな終末之日(ラグナロク)の様な戦闘が行われている最中、私はどうしているのかと言うと。

 

 

 私は茂みに身を隠しながら誰も気付かないでと天に祈りながら潜伏しているのでした。

 

 

 ただ勘違いしないで欲しいのは、これはあくまで勝ち残る為の戦略であって、戦うのが怖いとか最後の1人になるまで逃げ回って漁夫の利を得ようとかそんな事を考えているのでありません。

 あくまで今回は仕方く、そう仕方なくこんなチキン戦術を取っている…………と言うか取らざるを得ない状況になってしまった訳なのです。

 

 今回、雲隠れ忍者として最終局面まで生き残った私に出来る事は、物陰に隠れて相手の死角から必殺の刃で相手に攻撃する事。

 

 ――――なのですが、現在戦闘が行われている場所は平原。

 

 隠れる所など何も無い平原なのです。

 

 戦場の端っこの方にギリギリ隠れる事が出来そうな茂みが残っていたので、今はなんとかそこに隠れてどうしたものかと状況を見守っているのですが、さて本当にどうしたものか。

 

 どうしてあからさまに怪しい茂みにいるのに誰にも気付かれずにいれるのかと言うと、忍者の潜伏は景色と完璧に同化する事が出来るので、他の人からは誰もいないように見えているわけなのです。

 

 ただ少しでも動いてしまうと潜伏状態では無くなって相手から視認されるようになってしまうのと、潜伏状態になる為に必要な道具は全て使い果たしてしまっているので、私に残されたチャンスは本当に後わずかしかないので、慎重に慎重をかさねて行動しなくてはなりません。

 

 そうこうしている内に戦場の人数は少しづつ減っていき、残り10人いるかいないかといった状況になったのですが、勝ち残っている人たちはかなり強化されていて、私の攻撃でまともなダメージを与える事が出来るのかちょっと怪しくなってきました。

 

「…………どうしましょう」

 

 こうなったら後は玉砕覚悟で突撃して玉砕するしか無いのでは。

 

 と思っって動き出そうとした瞬間、私の目の前に魔法使いの人がやってきて足元に魔法陣を出現させて呪文の詠唱に入りました。

 

 これは、メテオ!?

 

 魔法使いの人が詠唱しようとしているメテオは戦場に隕石の雨を降らして攻撃する魔法です。

 

 当たってしまったら最後、どんな屈強な戦士でも一撃で倒されてしまう最強究極の魔法。

 

 ただし詠唱に膨大な時間が必要な為、詠唱中は無防備になって攻撃を受けた瞬間に詠唱が中断してしまうので戦場の端っこの方で隠れながら撃つのが一般的です。

 

 どうやら魔法使いの人は自分の勝利を確信して、前だけを見て詠唱をしています。

 

 今しか無いっ!

 

 防御の弱い魔法使いが無防備になって呪文の詠唱をしている。

 

 これは私に残された最後のチャンスです。

 

 私は潜伏状態を解き、一瞬で戦闘状態に切り替えて魔法使いの後ろから必殺の一撃を横一閃に繰り出しました。

 

「とりゃああああああああああああっ!」

 

「――――えっ!?」

 

 魔法使いの人は何が起こったのか理解する前に、その場に倒れました。

 

 今頃は私の事を見ながら凄く悔しがっていると思います。

 

 どうして、倒れているのに私の事を見ていられるのかって?

 

 説明してもいいのですが、今はそんな事よりも。

 

「――――ふうっ。近くには誰もいませんね?」

 

 私は念のために周辺を確認してみたけど、他の誰の攻撃の当たる範囲では無さそうです。

 

「よしっ。今のうちです」 

 

 私は魔法使いの人が倒れていた場所にいつの間にか出現していた宝箱をあけて中身を確認しました。

 

 

 

 私がやっつけたのは最大魔法が使える魔法使いだったので、持ち物もかなりいい物を持っているみたいです。 

 

「これだけあれば迅雷忍者にクラスチェンジ出来そうですね。これならなんとか…………」

 

 ――――グゴゴゴゴ。

 

 轟く轟音と共に真っ赤に燃える私の視界。

 

 急激に減っていく私のライフ。

 

 ……戦利品を漁っている最中、突然上空から襲いかかってきたドラゴンのブレスに焼かれ、私の存在は戦場から別の場所へと転送されて行きました。

 



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バトロワ編2

 ――――――――――――――――――――――ザザッ。

 ―――――――――――――――ザー。

 

「おかえり~、桜」

 

 現実世界に戻ってきた私を最初に出迎えたのは頭に装着したデバイスから聞こえる機械音声でした。

 

「…………また負けてしまいました」

「う~ん。別にこのゲームは勝つことの方が珍しいんだし、そんなに気にしなくてもいいとおもうけどなぁ~」

「それは……確かにそうなのですが…………」

 

 私は頭に装着していたデバイスのボタンを押すと目の部分を覆うように装着されていたバイザーが解除され、そこにはいつもの見知った私の部屋がありました。

 現実世界へと戻ってきた事を実感すると、それまでの余韻からか「ふぅ」とため息が口から漏れてしまいました。

 

「最後にビッグチャンスが巡ってきたと思ったのに残念です…………」

「アイテム入手にちょっと時間かけすぎたんじゃないかな~。終盤は派手になるから処理落ちにも注意しないといけないしね~」

「むぅ。やっぱりシャンティのオンボロスペックを早急に何とかしないといけないみたいですね……」

「ぶ~ぶ~。ボクはハードウェアは旧世代かもしれないけど、AIは最高クラスだよ~」

「安心してください。それは私が一番解ってます」

 

 どうして小学生の私が高性能のAIを持っているかと言うと、少し前に不思議な出来事があったからです。

 

 ――――そう、シャンティとの出会いはほんの些細な偶然だったんです。

 

 昔、本屋さんでブレマジのガイドブックを買った帰り道、私は嬉しさのあまり公園の真ん中でトリプルアクセルを決めてしまい、その反動で本が茂みの方へと飛んで行ってしまったのです。

 私が飛んでいってしまった本を茂みの中で探していると、茂みの中に小さく光る物を見つけました。

 

 なんだろうと思い手を伸ばすと、そこには何も書かれていない携帯デバイス用のAIカートリッジが落ちていたんです。

 普通AIカートリッジにはそれぞれ製造番号が割り当てられていて、番号を見たら何年にどこのメーカーが作ったのか瞬時に判別出来るようになっています。

 けど、このカートリッジには不思議な事にどこにも製造番号が見当たりませんでした。

 

 シールを剥がしたような形跡も無く、まるで番号なんて初めから無いかのようなまっさらなカートリッジ。

 

 不気味に思った私は、本を見つけ次第すぐにその場所を離れてセキュリティに連絡をしました。

 

 ――――そして数日後。

 カートリッジの事なんてすっかり忘れかけていたある日。私の元へ一本の電話が届きます。

 カートリッジの持ち主が現れず紛失届も届いていなかったので、所有権が拾った私の物になると言う連絡です。

 

 私がどうしようかと悩んでいるとセキュリティの人に「いらないならこちらで処分する事も出来ますよ?」と言われました。

 

 …………処分?

 

 本来なら持ち主の見つからないAIカートリッジは必要にしている人の元に行くか、何かの事情で使えなくなっていてもメーカーに送られて、修理やリサイクルされ新しく生まれ変わるのが一般的です。

 けれど、あのカートリッジにはメーカーロゴも製造番号も無かったので、そのまま廃棄処分されてしまうかもしれません。

 

 駄目です! それだけは絶対にダメです!!

 1度も起動されず、まだ誰のお手伝いもしてない可能性だってあるのに廃棄なんて、あってはいけないんです!

 

 そして、決断の時が迫る中、私の取った選択は―――――――。

 

「ん? どうかしたの桜? さっきからぼーっとしてさ」

「いえ。ちょっと昔の事を思い出してて…………」

 

 まあ小動物を拾ってきたので責任を持って世話をする…………みたいな感覚だったのかもしれませんね。

 

 ―――――っと、それよりゲームも一段落ついた事ですし、まずは着替えないと。

 

「キャスト・オフ!」

 

 私が声を発すると音声認識システムが起動して、体に装着していたダイブスーツがパージされ服の下から普段着のワンピースが現れました。

 

 ダイブスーツとはネットの海にダイブするスーツ。

 まあ名前通りの物なのですが、専用の服を着ることによって意識だけでは無く五感もネットの世界とリンクする事が出来るようになる服です。

 

 この発明によりネットの世界もより身近な物となり、第2の自分の世界として認識する人も増えてきました。

 安全面にも注意を配られていて、必要以上の負荷を体にかける事も無いので気軽にネットの世界で剣や魔法の世界で対戦をして楽しむ事も出来るんです。

 

「――――そういや桜。ボクがオンボロなのはともかく今の敗北で99連敗目だよ。あと1回で100の大台に乗っちゃうけど大丈夫?」

「うぐっ。オンボロって言ったことは謝るので、あんまり根に持たないでください……」

「別に根に持ってる訳じゃないんだけどな~。それはそうと、桜。そろそろ時間じゃない?」

「…………時間?」

 

 両手を上に上げ軽く伸びをしてから窓の外を見てみると、ちょうど空の色があかね色に変わり始めている時間でした。

 お昼過ぎから軽くゲームをする予定だったのですが、白熱しすぎて予定よりかなりの時間プレイしてしまっていたみたいです。

 

「…………あ~っ!? いけないっ、早く準備しないと!」

 

 私は大急ぎでパージしたダイブスーツの片付けを始めると、下から聞き慣れた声が聴こえてきました。

 

「さくら~。そろそろ良いかな~?」

「すぐに行きます~。―――――それではシャンティ、ちょっと行ってきますね」

「オッケー。それじゃあボクはスリープモードで休憩してるから、頑張ってきてね~」

 

 私は返事をしてから超特急で部屋を出て、そのまま階段で1階へと降りて行きました。

 



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バトロワ編3

私が1階に降りるとすぐに奥の部屋から誰かがやってきました。

 

 

「もうっ、今日は遅刻だぞ~」

「すみません。ちょっとゲームに夢中になってしまっていて――――」

「って、ウソウソ。ちゃんと時間通りだから安心していいわよ」

「…………まったく。脅かさないでください」

「ごめんごめん。急に桜の困った顔が見たくなっちゃったから。もうっ本当に桜はかわいいなぁ~」

「…………なんですかそれは」

 

 この眩しいくらいの笑顔でエプロンを身に着けた人物は私のお母さんです。

 私の家は「拳剣軒(けんけんけん)」という中華料理屋をやっていて、お母さんは店長兼接客でお父さんが料理長をしています。

 お店はそこそこ繁盛していて、店内はいつも常連さん達でてんやわんやになっています。

 なので夜になったら更にお客さんが増えて仕事が大変になるので、その間は私もお店のお手伝いをする事になっています。

 

「じゃあエプロン付けてからホールお願いね」

「わかりました」

 

 私はロッカーを開けて中にかけてあるエプロンを取り出して服の上から装着します。

 私のお店のエプロンは赤色を基調にしていて、中央にお店の名前と拳剣軒のマスコットキャラであるケンケンくんの刺繍がしてあってとても気に入っています。

 

 エプロンを付けた私がホールに到着すると、今日も常連さん達が沢山、沢山、たっくさ~ん来ていて、今日もとっても忙しそうです。

 

「桜、これを3番まで運んでいくがいい」

 

 厨房の方から私を呼ぶ声がしたので振り向くと、お父さんがチャーハンとラーメンと餃子がセットになった神竜セット3人分をオボンに乗せて、厨房の横に置いてあるローラーのついたワゴンへと置いているところでした。

 

「わかりました」

 

 私はそれをコロコロと押してお客さんの待つテーブルへと運んでいくと、そこには見知った顔がありました。

 

「おまたせしました」

「やっほ~、桜。今日は家族できたよ~」

 

 このテーブルに座りながらピースをしている元気な女の子は百地忍(ももちしのぶ)さん。

 私の学校のクラスメイトで、普段一緒にゲームで遊んでいる友達です。

 そして、家もご近所さんなので、ちょくちょくお店に来てくれる常連さんの1人でもあります。

 

 ――――私は料理をテーブルに配膳していると、忍さんがそういえばと何かを思い出したかのように話しかけてきました。

 

「そういやさっきデュオに誘おうとしたらプレイ中だったんだけどソロやってたの?」

「はい。ログインした時にフレンドが誰もプレイしていなかったので1人でやっていました」

「そっか、じゃあ後で一緒にデュオしない?」

「いいですよ。ではお店のピークが終わったら連絡するので、いつもの場所で落ち合いましょう」

「りょーかーい。――――っと、それじゃあラーメンが冷める前にいただいちゃおうかな~」

「ごゆっくりどうぞ」 

 

 私は一礼してからワゴンを押して厨房の方へと戻っていきます。

 そして厨房に到着すると、ちょうど他のお客さんの料理を作り終えたお父さんが私に声をかけてきました。

 

「桜。次はこれを5番テーブルまで運んで行くがいい」

「わたりました、すぐに持っていきます」

 

 ――――私はその後もわせわせと料理を運ぶお手伝いを続け、9時を回った当たりでお客さんの数も落ち着いてきたみたいです。

 

 



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バトロワ編4

「桜、もう上がっていいわよ~」

「は~い」

 

 私はお母さんに返事をしてロッカーへと歩いていき、エプロンを脱いでしまってから自室のある2階への階段を登って行こうとすると、ふとロッカーの脇に通販サイトのユニゾンからのダンボールが置いてあるのをみつけました。

宛名を見るとどうやら私宛の荷物みたいです。

なんだろ? と、私が思っていると厨房からお父さんの声が聞こえてきました。

 

「そうだ桜。お前宛の荷物が届いているから持っていくといい」

「――――最近注文した物と言えば…………あっ!? もしかして!?」

「そうだ。おそらくアレだろう」

「じゃ……じゃあ早くシャンティに見せてあげないと! では、お父さんまた後でっ」

「ああ。早く行ってやるといいだろう」

 

 階段を一段上に登る度に私の心が高なっていくのを感じます。

 

「ふっふふふ~ん。ユニゾンのダンボォ~ル~。最新、最新、ダンボォ~ル~」

 

 別にダンボールが新型な訳では無いのですが、自分でもよくわからない鼻歌を歌いながら部屋のドアを開けると、シャンティが珍しいものを見るような怪訝な表情でお出迎えをしてくれました。

 私はダンボールを部屋の真ん中に目立つように置いてうきうきでシャンティからの返事をまっているのですが、何故だかなかなか反応してくれません。

 

「――――――あの。シャンティはこの箱が気にならないんでしょうか?」

 

 シャンティは一瞬沈黙した後に普段より更に棒読みっぽい音声で話始めました。

 

「…………う~ん、なんだか面倒な事になる気しかしないんだけど。桜、何か良い物でも届いたの?」

「おおっ!? やっぱりバレてしまいましたか。くふふっ。では特別に見せてあげましょう! ―――――じゃっじゃ~ん」

 

 私がわっくわくでダンボールを開けると、そこには先日注文した最新型の携帯デバイスがででん! と輝きを放っていました。

 まあ実際に光っている訳では無いのですが、私の眼には燦然と輝いて見えるのです。

 なぜなら、なぜなら、なぜならばっ!

 この最新デバイスではブレマジが最高画質でも快適に動作するんです!!

 

 前まで使っていたデバイスは少し古いので、さっきのゲームみたいにここ1番という場面で処理落ちが発生してしまって何度勝利を逃した事か――――。

 けれど、この最新型さえあればマシンのスペックの差で負ける事はないのです!

 まあ、自分の実力不足で負ける事も多いのですが、その課題はおいおいと言う事で……。

 

 箱から取り出したデバイスは真っ白でまん丸な球体で、正面には猫の顔の様なデザインがしてあり上部には猫耳がついていました。

 目の部分は外部認識用のカメラになっていて、AIが自分の意思で自由に動けるようになっています。

 

「先日発売した最新型ネコ型携帯デバイス、NC-22型だね」

 

 シャンティは特に興味の無い淡々とした口調で型番を読み上げました。 

 

「むぅ。せっかく買ったんですし、もうちょっと驚いてくれてもいいと思うのですが…………」

「ねえ桜。一応聞くけど、それをどの端末で注文したのか覚えてる?」

「――――注文ですか? それは、そこにある端末………って、ああっ!?」

 

 そう言えばこれは今シャンティが入ってる古い端末で注文したので、注文履歴どころかいつ届くかといった配達記録も全部筒抜けになっているのでした。

「桜の得意気な顔、面白かったなぁ~」

 

「ううぅ~っ//////」

「――――まあ。それはそうと、早くデータの移行を始めない?」

「…………?」

 

 なんだかシャンティの様子がおかしいような。

 心なしかいつもよりそわそわしている気がします。

 ――――これはもしかして。

 

「…………あの。もしかしてシャンティも新型が楽しみだったのですか?」

 

 ビクッ。と突然旧端末のバイブレーション機能が一瞬だけ作動して、端末が机からおっこちちゃいそうになりました。

 どうやら図星だったみたいです。

 

「くふふっ。では忍さんをあまり待たせても悪いので早めにデバイスの交換をしますね」

「そうだね。じゃあ早速お願いするよ、桜」

 

 私は旧端末の電源ボタンを長押しして指紋認証するとヒューーンとシステムが終了していく音が聞こえてきて、完全にシステムがシャットダウンするとパカリと端末の蓋が開き、中からシャンティのAIが入っているカートリッジが顔を見せました。

 

 カートリッジには少し古いシールが貼ってあり、私の名前が書いてあります。

 シャンティとは初めて端末を買ってもらった5年くらい前からずっと一緒という事もあり、長年の思い入れもあって今では凄く大切なパートナーになってます。

 

 ――――私は新型猫型デバイスの電源ボタンを押すとデバイスマスターの登録画面が表示されたので、生年月日とパスワードを入力し最後に生体認証に必要な指紋の登録を済ませると、球体の後ろ側がパカりと開きAIカートリッジを取り付けるスロットが姿を表しました。

 そして、私は旧端末から記憶カートリッジを慎重に取り出すと、すぐに新型デバイスにスロットインします。

 

 最後に蓋を閉めるとデバイスがAIカートリッジの読み込みを始め、数十秒後にぴろんと読み込み完了の音が聞こえてきたと思うと、猫型デバイスが少しづつ宙に浮き始めました。

 上昇を始めた猫型デバイスは私の頭よりちょっぴりだけ高い位置で停止すると、その場でくるりと周辺を確認するかのように一回りした後に停止してしまいました。

 

 その後デバイスからは何も反応は無く、もしかしかして失敗してしまったのかと最悪の状況が一瞬だけ頭を横切ってしまいます。

 けれど、眺めているだけでは事態は変わらないので私は勇気を振り絞って話しかける事にしました。

 



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バトロワ編5

「…………あの。シャンティ、大丈夫ですか? 私が理解ります?」

「………………………」

 

 更に数十秒の沈黙の後、ギランと一瞬デバイスの目が光り、カメラのセンサーが私の姿を捉えてからデバイスの口についている本体のスピーカーから機械音声が聞こえてきました。

 

「ふぃ~。やっぱり新型は反応速度が違うね~。―――――って、どうかしたの桜?」

 

 シャンティはちゃんと私の事を認識しているみたいで、どうやら無事にデバイスの交換が終わったみたいです。安心した私は気が抜けてしまったのか、その場にペタンと座り込んでしまいました。

 

「その。記憶カートリッジを新しいデバイスの中に入れるのは初めてだったので…………上手く出来たのかちょっと緊張しちゃいました」

「なんかデータが沢山あって新しいデバイスに最適化するのに時間がかかってたみたいだね~」

「…………データが沢山? う~ん、写真や動画はそんなに頻繁に撮ってなかったと思うのですが…………まあ今度暇な時にデータの整理をした方がいいかもしれませんね」

 

「まあ無事にデータの移行も終わった事だし、そろそろゲームの準備を始めようか?」

「そうですね。では早速――――――」

 私は部屋の真ん中に立ち、右手を上に掲げながら音声認識でシステムを起動させる事にしました。

「では、いきます。シャンティ、クロスアップ!」

「オッケー、桜!」

 

 

 私が声を発するとシャンティのカメラが私の体をスキャニングし始め、体型データがデバイスに登録されると猫型デバイスのパーツがパージされ私の体に装着されていきました。

 そして、最後のパーツが装着された瞬間、私は変身ヒロインみたいなポーズを決めて準備は完了。

 

「桜花爛漫(おうからんまん) 風宮 桜 参上ですっ!!!!」

「ねえ桜。そのセリフとポーズ…………いる?」

「いるに決まってます!!!」

 

 まあ、ポーズするのは個人の自由なのですが、これをする事により私のやる気が当社比50%くらい上がるので、私に取っては結構重要なんです!!!!

 …………ただ、周りにあまりこの重要性を理解してくれる人がいないのは難点なのですが。

 

 忍さんなんて、棒立ちで「そうちゃーく」ってやる気の無いセリフを言うだけで終わらせてしまうので、いつか一緒にポーズを取ってくれる友達が出来たらいいんですが。

 

「……ふぅ。これが新しいダイブスーツですか」

 

 私は鏡の前に立ってくるりと回って新しい服を確認してみました。

 水色のロングスカートがひらりとひるがえりスカートに施された青い宝石のような装飾がキラリと鏡に反射して輝きました。

 

「前のクソダサスーツとは全然違います!」

 

 旧デバイスのスーツは妙にゴツゴツしていて、手動でパーツを分解させて自分の手で付けていく必要があったのでかなり面倒でした。

 それに頭部パーツは髪の毛が全て隠れる様なヘルメットでしたから、前のと比べるとかなり可愛くてカッコいいです!

 

 マシンのスペックが大幅アップしたのも嬉しいですが、それより見た目の性能が大幅アップした事に花丸をあげちゃいます!

 

 

 ――――ふぅ。それにしてもこのデバイスを買ってもらえるまでどれだけお店のお手伝いを頑張ったか。

 たかがゲームにそこまでするの? って思う人もいるかもしれませんが、私のやっているブレード&マジック バトルフィールドは今世界的に人気ナンバー1のゲームで、このゲームだけで生活しているプロの人も沢山いるくらい凄いゲームなんです。

 私もいつか大きな大会に出場するのが夢なのですが、そのためには自分の強さを表すレートを上げなければいけません。

 なので私は今日もこのゲームの練習をひたすらに頑張るのです!

 

 

 ――――ピピピピ。

 私が初めて装着した新型デバイスに浸っていると、突然誰かからの連絡を告げる着信音が左腕に装着しているパーツから鳴りだしました。

 

「桜~。忍から電話だよ~」

「忍さんから? シャンティ、ちょっと繋げてください」

「はいは~い」

 

 私はシャンティに通話に出る事を告げると私の前に小さな画面が表示され、私が言葉を発するよりも早く画面の向こうの忍さんが話だしました。

 

「やっほー、桜。もうお店のお手伝いは終わったの?」

「はい、今終わった所です。――――と言うか、こちらから連絡をする約束だった気がしたのですが」

「ごめんごめん。なんだか待ちきれなくてさ~。じゃあ私は先に広場に行ってるから急いで来てね~」

「わかりました。私もすぐに行きます」 

 

 私は画面をフリックして横に飛ばすと、通話画面がすうっと消えて忍さんとの通話は終了しました。

 

「――――そろそろ私もログインしないと、これ以上待たせてしまったらまた電話がかかって来るかもしれませんし」

 

 私はヘッドパーツの耳付近にあるスイッチを押すと、シャカっと目の部分をバイザーが覆いこれでネットの海にダイブする準備は完了しました。

 

「それでは。――――クロスワールド!」

 

 私はネットに接続する言葉を発すると、周りの景色が崩れるように少しづつ溶けていき形を変えていきました。

 そして数秒後、私の前には壮大なファンタジーの世界が広がっていたのです。

 



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バトロワ編6

 ――――ここは異世界ユグドラシル。

 

 剣と魔法で戦う私の大好きなもう1つの世界。

 この世界で私はいろんな姿になることが出来ます。

 かっこいい剣士にも華麗な森の狩人にも派手な服を来た大魔法使いにだってなれてしまうです。

 

 …………まあ、派手なアバタースキンを手に入れるには有料ガチャを引くかゲーム内マネーを貯めて購入するしか無いのですが、私はまだ小学生なので課金するお小遣いなんてそんなにあるはずもなく、毎日少しずつゲームをプレイしてゲーム内マネーを頑張って貯めている最中だったりします。

 

「――――と、そんな事より早く待ち合わせ場所に急がないと」

 

 私は小走りで急いで待ち合わせ場所に向かうと、そこには待ちくたびれた様子の忍さんが壁に背をつけてもたりかかりながら私を待っていました。

 忍さんの待っている場所の上には大画面のモニターが設置してあって、そこでは現在行われているゲームの1つが映っていました。

 

 状況から察するにこのゲームはもう終盤に差し掛かっていてそろそろ終わりそうです。

 私に気が付いた忍さんはこっちこっちを手を振って私に自分の居場所をアピールをしました。

 

「桜~。こっちこっち~」

 

 私もそれに答えるように忍さんの元へと歩いていきました。

 ちなみにこのユグドラシルの世界ではサクラ、忍さんはシノブと言うプレイヤーネームでゲームをプレイしています。

 

 まあお互いに本名をカタカナにしただけなのですが、漢字をカタカナにするだけでもゲームの世界にやってきた雰囲気は出ていると思うので問題はないですね。

 …………決してお互いに名前を考えるのが面倒だった訳ではありません。

 

「――――すみません、待ちましたか?」

 

「少しだけね~。――そんな事よりデュオの大画面で放映されるゲームがそろそろ始まるみたいからエントリーしない?」

「そうですね、では受付に行きましょう」

 

 このゲームでは1人用のソロ、2人でチームを組むデュオ、4人でチームを組むスクワッド、そして50VS50の団体戦があってこの中からローテーションでメイン広場の大画面で放映されるゲームが決まるのですが、今放送されているのがソロゲームなのでちょうど次がデュオが放映される番みたいです。

 

 自分のプレイを見せたくない人の為にここに放映されない非公開のゲームも用意されていますが、やっぱり人に見られてるって思うとプレイに緊張感が出てきますし、なにより勝負に勝った時に皆さんから凄いって称賛されるのがたまらなく気持ちいいので私はこの大画面に映るゲームの方が好きなんです。

 

 ――――私達が受付に行くとちょうど締切間際だったみたいでしたが、なんとかギリギリでエントリーに間に合いました。

 私達でちょうど100人目だったので、今回は抽選で外れる事もなさそうです。

 

「ねえ桜。そういや今回のルールってどんな感じだっけ?」

「ルールですか? えっと、簡単に説明するとですね―――――ムーブメントシュムックが一周するとグリモワールフィールドがスケールダウンするので、それまでにエレメタルアタッチメントをシェードチェインしながらマテリアルアーツなどを駆使して相手をオールアウトさせたら勝ちになるゲームです」

「…………は?」

 

 少し理解らない言葉があったのでしょうか。

 忍さんは目をパチクリさせながらイマイチ理解出来ていないみたいです。

 

「ですからムーブ――――」

「ストーーーーーーーーップ!」

「あの…………忍さん、どうかしましたか?」

 

「ねえ桜。その何とかムーブってチュートリアルで説明してたっけ?」

「その――なんとかムーブでは無くてムーブメントシュムックなのですが――――」

「そんなのどっちでもいいでしょ! 私そんな言葉聞いたこと無いんだけど」

 

「えっと、これは公式のガイドブックに書いてあった設定です。システムについてとても理解りやすく書いてあったのですが、その――どの辺が理解らなかったのでしょうか?」

 

 ちなみにこの公式ガイドブックはカイザーフェニックス書房から出版されているブレード&マジック パーフェクトガイドブックと言って定価は5000円もするのですが、総ページ数はなんと6000ページを超える大ボリュームで私がこのゲームをする上でのバイブルになっています。

 

 お年玉やお小遣いをコツコツと貯めて買ったこの本はもう10回以上は読み返していて、今では大半の内容が本を見ないでも言えるようになっている事が私の自慢の1つでもあります。

 

 こういう本は攻略記事だけ読んで設定はおざなりにする人もいるようですが、やっぱりゲームを楽しむ為には設定も全部理解した上で楽しまないとですね。

 

「どの辺が? じゃなくて全部よ、全部。もっと要点だけ理解りやすく説明してよね!」

「むぅ――――世界観に浸るためにはゲーム専用の言語で説明した方が楽しめるのですが――――そうですね、まず戦うマップを確認するのでメニュー画面を開いてマップを選んでください」

「え~っと―――――あっ!? これね」

 

 

 私達が何もない場所をタッチすると突然メニュー画面が空中に表示されて、そこの上の方にあるマップと書かれたボタンを押すと続けて地図が空中に表示されました。

 

「これが今回私達が戦うマップのホルホル高原です。初期からある一番基本的なマップですね」

「へ~。そうなんだ。ところでマップにいくつか建物があるみたいなんだけど、これは何だっけ?」

「それはこのマップにある火、水、風、土の4属性の神殿ですね。それぞれの神殿には装備を強くするアイテムが落ちているのですが、道中にある宝箱の中にも強化アイテムが入っている事があるので無理に向かわなくてもいいと思います」

 

 

 ――――説明を終えた私達はそのまま談笑していると、しばらくして私達の前にスタンバイの文字が出てきました。

 これを押したら私達は戦場へと転送されていく事になります。

 

「桜、準備はいい?」

「はい、いつでも行けます」

「よしっ、それじゃあ――――」

「レッツ、イグニッションです!」

 

 私達はスタンバイの表示を横にスワイプすると表示がGOに変更され私達の準備は完了しました。

 そして次の瞬間。私達の体は光に包まれて行き、船の様な乗り物の上へと転送されました。

 

 

 



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バトロワ編7

 

 ――――ここは大空を滑空する飛空艇の上。

 

 飛空艇の中には私達と対戦するチームの人たちがどんどんと転送されて来ています。

 

 ここにいるのはまだ全員ただの冒険者。

 どうしてわざわざ「まだ」なんて言葉を使ったのかというと、プレイヤーは対戦中にどんどんクラスアップしていきソードマスターなどの上級職になることが出来るのです。

 

 序盤は地味な技や魔法しか使えないのですが、終盤ともなると強力な攻撃が行き交うような戦場になって凄く派手な戦いになるんですよ。

 クラスは装備する武具によって決定されるのでアイテム運に見放されると終盤なのにあまり強くない下級クラスで戦う事になってしまいます。

 

 そう、さっきまでプレイしていた私のように……。

 けど下級クラスのままだと勝つのが絶望かというとそうではなく下級クラスには下級の良いところがありますし、上手く先手を取ることが出来たのならこっちが有利に戦いを進める事も出来るのです。

 

 ――――それにこれは噂なのですが、最終局面まで下級職で行くことが出来た人物にだけ手に入れる事が出来る伝説の隠し装備があるとか無いとか言われているので、それを手に入れる為にあえて下級職プレイをしている人達もいたりします。

 

 ――――私は飛空艇から体を少しだけ乗り出して下を覗き込みました。

 ちなみに現在の飛空艇はまだ空に停止していて、動き出すのはプレイヤー全員が転送されて来てからです。

 

 そこには広い森や草原が広がっていて、所々に大きな神殿がいくつか建っています。

 私は飛空艇の上から全体を見るこの景色がとても好きで、ついつい対戦の事を忘れて見入ってしまいました。

 

「桜、どこに降りよっか?」

 

 後ろから聞こえる忍さんの声に我に返り、対戦モードへと頭のスイッチを切り替える事にします。

 

「そうですね。今回は無難に――――わわっ」

 

 ――――ガコン。

 

 と音が鳴りゆっくりと飛空艇の上のプロペラが回り始めました。

 どうやらプレイヤー全員の準備が整って参加者が全員この船に乗ったみたいです。

 

 そして飛空艇は北へと向かってゆっくりと空を進み始めました。

 ゲームはもう始まってしまい、ここから先は誰かに倒されるか最後の1チームになるまでこの場所からはログアウトできません。

 

 他のチームの人がどんどん下に降りて行きます。

 

 私達も先を越されないようにすぐに動くべきか、それとも資材の沢山ある場所に降りて戦いで有利になるように行動するか、あえて資材の少ない誰も行かなそうな場所に降りて戦闘を回避するか――――今回の私達のプレイは放送されているから、なるべく長く残っていたいのでここは――――。

 

「よしっ、とりあえず今回は火の神殿の近くに降りよっか」

「――――え!?」

「それじゃあ桜、行っくよぉ~」

「――――あっ、忍さん!?」

 

 忍さんは私の制止を聞かずに1人で飛び降りてしまいました、

 デュオは常に2人1組で行動するのがセオリーで、バラバラに行動してしまうと2VS1になって圧倒的に不利になってしまうため私も続くしか選択肢はありません。

 私もすぐに忍さんの後を追い掛けて、飛空艇からダイブしました。

 火の神殿の中には沢山の炎を宿した武器がある人気スポットの1つです。

 

 つまり人気スポットと言う事は――――――。

 

 私は左右を見渡すと、私達以外にも沢山のチームが火の神殿を目指してダイブしているみたいでした。

 やはり最初からかなりの激戦になるみたいです。

 私はチームチャットを開いて忍さんに連絡を入れました。



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バトロワ編8

「忍さん。やっぱり人が少ない所から始めて様子を見た方がよかったのでは?」

「え~、でも強い武器があった方が楽しいし、炎系の武器は炎のエフェクトが出てかっこいいじゃん」

「それはそうなのですが、同じ事を考えているチームがかなり多いみたいです」

「大丈夫だって、それなら全部倒しちゃえばいいし」

「そんな無責任な」

 

 私達の視界に火の神殿が次第に近付いて来ます。

 このまま地面に激突したら大ダメージを受けてしまい落下ダメージだけでそのまま即退場となってしまうので、それぞれが用意したパラシュートなどの落下の衝撃をなくす道具を最初に使う必要があります。 

 

 けれど、あまり早くパラシュートを使ってしまったら落下速度がゆっくりになり目的地に辿り着くのが遅くなってしまうので、なるべく地上ギリギリまで引きつけてから滑空アイテムを使うのが最初のセオリーとなっています。 

 

「ふっふ~、おっ先ぃ~」 

 

 私より先に落下していた忍さんが一足先に滑空アイテムを使用しました。

 忍さんの滑空アイテムはホウキです。

 ゲームのシステム的に空を飛ぶことは出来なくてあくまで落下速度を遅くするだけのアイテムなのですが、忍さんの着ている魔女の様な服装と相まってまるでホウキに乗って空を飛んでいるかの様に見えて可愛いです。 

 

 ――――そして私は。 

 

「フライングブーツ、トランスフォーム!」 

 

 私が声高らかに叫んで靴のカカトをトントンと合わせると、私の履いている靴から翼が現れて空飛ぶ靴へとなりました。

 これも忍さんのホウキと同じく飛空艇から落下した時と高い場所からジャンプする時にしか使えないアイテムなのですが、羽の生えた靴ってなんだか魔法少女になったみたいな気分になれるので私がこのゲームで大好きなアイテムの1つだったりします。

 

 ちなみにアイテムを使う時にわざわざ叫ぶ必要は無いのですが、雰囲気は重要なので私は使う度に毎回これをやっています!

 

 滑空アイテムを使用した事によって私の落下速度もゆっくりとなりました。

 一緒に降りてきた人たちも皆アイテムを使い、ゆっくりと火の神殿に目標をしぼって向かっているみたいです。

 

 皆さんパラシュートやグライダーなど自分の好きな滑空アイテムを使っているので、落下シーンではそれぞれの個性が出てくるシーンです。

 たまにレアアイテムの派手でピカピカなアイテムを使っている人もいるのですが――――。

 

 私は周辺を念入りに見回して確認しました。 

 

「あの人はノーマル、あの人も――」

 

 ――――どうやら今回はレアアイテムを持っている人はいないみたいですね。

 

 どうしてレアアイテムを持っている人を探していたのかと言うと、レアアイテムを手に入れるにはゲームプレイで手に入るゲームコインを沢山貯める必要があるのです。

 まあ例外的に有料ガチャで低確率で手に入れる事も出来るのですが、それは置いといて。

 

 つまり何がいいたいかと言うと、レアアイテムを持っている人はゲームをやり込んでいる人が多いのです。

 やりこみ勢にいきなり出会ってしまってすぐにやられてしまう……なんて事もあるのですが今回その心配はなさそうですね。

 

 ――――と言っても。 

 

 今回は激戦区に降りるので、突然後ろを取られていきなりやられるなんて事にならないように注意しておかないと。

 

「桜~。この辺でいいかな~?」

「はい。着地する場所は忍さんに任せます」 

 

 ここまで来てしまったら私がどうこう言うより先行している忍さんに着地する地点も決めてもらった方がいいですね。

 私は忍さんが選んだ場所の近くに降りればいいですし。

 

 ――――忍さんがゲームをスタートする地点に選んだのは火の神殿の南西の辺りでした。

 火の神殿と言う名前なのですが、面積はかなり大きくて実質お城みたいな感じの建物です。

 火のお城という名前だとなんだか変な感じがするので神殿にしたのでしょうか? 

 

「よしっ、到着っと。それじゃあ先にこの辺りを探しておくね~」

「気を付けてください」

「大丈夫、大丈夫。私にまっかせなさ~い」 

 

 忍さんはそのまま近くにある屋上にある小屋へと入って行きました。

 外より部屋の中の方が良いアイテムがある確率が高いので、まずはそこから調べるのが序盤のセオリーになっています。 

 

「私も急がないと」 

 

 シュタッ。

 

 少しだけ遅れて私も火の神殿に降り立ちます。

 地上に着地したら靴の羽がふわっと宙に舞うように広がりながら消えていき、普通の靴へと戻りました。 

 

 空飛ぶ靴の効果が無くなった今の私は丸腰。

 武器はおろか使えるアイテムも何一つ持っていないのですぐにでも武器を探しに行かなくてはいけません。 

 眼の前にある小屋には忍さんが物資を探しに行っているので私は屋上を探す事にしました。



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バトロワ編9

 外は部屋の中にあるアイテムと比べると強力なアイテムが手に入る事は少ないのですが、それなりの武器が手に入るだけでも序盤では心強いのです。 

 

「えっと、多分このマップはこの辺りにアイテムがあると思うのですが―――――あっ、ありました」 

 

 私は道に落ちていたロングソードとウッドシールドを拾うと早速装備欄を開いて装備する事にします。 

 

 装備ランク的にはどこにでも落ちているような最低クラスなのですが、最初はこのクラスの武器を持っている人が多いと思うのでまあ普通と言った所でしょうか。 

 私が装備を終えた所で忍さんからボイスチャットが入って来ました。

 私が通話ボタンを押すと忍さんの声が聴こえてきます。

 

「もしもし桜? こっちに火の石とロッドがあったんだけど何に使うんだっけ?」

「――火の石ですか? えっと、確か装備に火属性を付与する道具ですね。それを使った武器を装備すると炎の剣を使う赤騎士か火の魔法を使うフレイムウィザードにクラスを変更出来るようになります」

「ん~と、どうしよっか?」 

 

 このゲームでは装備にサポートアイテムを取り付ける事によってクラスが決定され、それによって攻撃力が上がったり、武器から火が出るようになる特殊な効果を追加したりする事ができるのです。

 剣や弓に炎属性を付けて攻撃力を上げたり、杖で炎属性の魔法を使えるようにする感じですね。 

 

「そうですね――――私は剣と盾を拾ったので最初は戦士で行きますから、忍さんは後ろから火の魔法でサポートをお願い出来ますか?」

「ん、りょーかい。じゃあ私が火の石を使うね~。それとこっちの探索はもう終わったから回復薬を分けるからこっちに来て」

「――――わかりました、すぐに向かいます」

 

 私は忍さんの元へ向かいながらデュオプレイの役割を確認する事にしました。 

 えっと、確かデュオプレイの役割の組み合わせは基本的には3種類に分類されたはずです。 

 

 ――――まずは2人とも近接武器を使う攻撃型。

 ゲームになれていないと対戦相手に近付くのが大変な上級者向けの組み合わせなのですが、噛み合ったときの爆発力は最高クラス。

 一瞬で相手を倒せる場合だってあるんです。

 それに近接型だと盾や重い鎧が装備出来るので、防御力もあり不意打ちをされても生き残る事が出来る確率も高いですね。 

 

 ――――次に近接武器と遠距離からサポートするキャラで組むバランス型。

 今回の私達がこのタイプでどんな相手にも無難に立ち回れる初心者向けの組み合わせです。

 1人が前衛で戦ってもう1人が後ろから攻撃魔法やサポート魔法でバフをかけて戦う戦法が一般的ですね。

 魔法使いは魔法を使うたびにMPを消費するので、MPを回復するアイテムを使うのを前衛が守ったり詠唱に時間がかかる強力魔法を使う為の時間稼ぎを前衛が担う感じになってます。

 魔法使いの他に弓使いやガンナーが後衛を担当する事もありますね。 

 

 ――――最後に2人が遠距離の防御型。

 これは2人で遠距離武器を使って相手を近付かせない戦い方をする組み合わせです。

 遠くから一方的に攻撃出来るのでハマれば相手に近付かれる前にやっつける事もできるのですが、MPや銃弾などに気を付けて戦う必要があります。

 それに防御力の高い盾や鎧が装備出来ないので近接キャラに一度近付かれてしまったらかなり不利になってしまいます。

 なのでMP切れの時に回復アイテムを使っている時に距離を詰められるみたいな事が無いような立ち回りが求められているみたいです。 

 

 ――――後は例外的にどれにも属さない特殊なクラスの組み合わせがあるみたいですが、その組み合わせをしている人は会った事が無いので私にはよく理解りません。

 始めたばかりで対策がよく解らないのならお互い最後の1チームになって戦うしか選択肢が無い場合を除いて逃げるのがいいと思います。 

 

 私が忍さんと別れた場所に戻ると、そこには赤いローブに身を包み赤い杖を持った忍さんが待っていました。

 赤いローブからは小さな火の粉がスカートからこぼれ落ちるように舞っていて、赤い杖の先端からは炎がメラメラと燃えています。 

 

「あっ、桜~こっちこっちぃ。クラスチェンジってこれでいいんだっけ?」

「はい。属性付きのクラスになると服がその属性のカラーになるので解り易いですね」

「ふっふ~。大魔法使い忍ちゃん誕生って感じかなぁ~」 

 

 忍さんは杖を空に掲げてポーズを取りました。

 これはかなり調子に乗っている様子なので注意をしておかないといけませんね……。 

 

「――――あの、まだ初期クラスで強い魔法を使うことは出来ないので大魔法使いまではまだまだ先だと思うのですが」

「いーじゃん、いーじゃん。こういうのは雰囲気が大事だって」 

 

 先程はゲームの設定とかどうでもいいみたいな事を言っていたような気もするのですが、水を差すのもなんなのでここはスルーしておきましょう。

 

「ただ初期はマジックポイントが少ないですし回復するアイテムもそんなに無いので乱発だけは注意してくださいね?」

「解ってるって! 敵が出てきたら私の魔法でババーンとやっつけちゃうんだからっ!」 

 

 ……これは微妙に解っていない気がします。

 まあ初期はMPが少ないのですが、使える魔法もそこまでMP消費の激しいものは無いのでよほどの無駄打ちをするか連戦でもしない限りは自動回復だけでもなんとかなるとは思うのですが。 

 

「――そういや炎魔法って普通の魔法とは何が違うの?」

「炎属性がついていると属性をつけない初期のロッドの魔法と比べて火力がちょっとだけ高いです。それに低確率で炎症の状態異常を相手に与えたり、クラスが上がっていくとマップにあるオブジェクトに魔法を使ってマップを変化されたりする事も出来るようになったりしますね」

「へ~なるほどね~」

「それと後は――――――いけない!? 忍さん隠れてください!」

「え、ちょ、ちょっと桜!?」 

 

 異変を察知した私は忍さんの手を取って近くにある瓦礫へと身を隠すと、次の瞬間忍さんの頭があった場所の後ろの壁にどこからか飛んできた矢が突き刺さりました。 

 

「なっ!? 一体何があったの?」

「中距離からの狙撃ですね。矢を放った方向から考えると恐らく―――――――いました。忍さん10時の方角です」

「10時? えっと、10時って夜の10時?」

「……忍さん。それだと22時の方角です」

「ふぇ? 別にどっちでもよくない?」

「ダメです。夜だと寝ないといけない時間です」

「――それもそうね。オッケー、じゃあ朝の10時の方角ね」

「それでは相手の位置の確認を急いで下さい」 

 

 忍さんは瓦礫から少しだけ顔を出して横目で相手の位置を確認しました。 

 



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バトロワ編10

 

 

「ん~どれどれ~。あ、2人いるわね」

「デュオなので2人1組で行動するのが基本ですからね。幸い近くに他のチームはいないようなので、ひとまずあの人達との対戦を優先しましょう」

 

 忍さんは少し不思議そうな顔をしました。

 

「そういや桜。どうして私が狙われてるって分かったの?」

「――――それは足音です」

「…………ほえ? 足音?」

 

 私は足で床を叩くとコツコツと言う音がしました。

 

「ほら。神殿の床は石で出来ているので地面と比べてコツコツと足音が響くので解り易いんです」

「ふ~ん、そうだったんだ~」

「ですので――――――っと、またっ!?」 

 

 相手のもう1人が今度は私に向かって矢を放ってきました。

 けれど瓦礫がバリケードになってくれているので私には当たりません。

 恐らく隠れて中々出て来ない私達にしびれを切らして牽制の為に撃ってきたんだと思います。 

 

「――どうやら相手は2人とも弓を使っているようですね」

「えっと、両方弓って強さ的にはどうなの?」

「おそらく初期の中距離で最強。――――とガイドブックに書いてありました」

「ええっ!? なにそれ、絶対勝てないじゃん」

「忍さん。あくまで「中距離では」です」

「…………ん? つまりどういう事?」

 

「近距離まで距離を詰めてしまえば何とかなる…………かもしれません」

「かもしれないって? ――――つまりどういう事?」

「すみません。ガイドブックで対策は調べてあるのですが、あの組み合わせのチームと実際に対戦するのは始めてなので……」

「なるほど、そういう事。それで桜、対策は?」

「頑張って相手に近づく事が出来たら近距離は苦手なので近距離武器で簡単にやっつけられる…………と書いてありました」

 

「解った。……それで? どうやって相手に近づくの?」

「えっと…………「頑張って近づく」です」

「ふぇ? だからどうやって相手に近づくの?」

「その…………「頑張って」…………でしょうか?」

「……頑張ってでしょうか? じゃ無ーーーーい! 大体なんなのその対策。桜のガイドブックって本当に役に立つ訳?」

 

 忍さんがブチギレてしまいました。

 

「忍さん。私の魂の書物(ソウルブック)をあまり悪く言わないで欲しいのですが――――」

「じゃあその本に書いてある知識でなんとかやっつける方法を考えてよね!」

「…………そうですね」 

 

 

 おそらく無策で近づいて行ったら弓で狙い撃ちされてゲーム終了です。

 装備が揃っている後半ならともかくとして、まともな防具の無い前半だと一瞬でやられてしまうと思います。

 

 こうなったら、取れる方法はアレしか無いようですね。  

 

「――――忍さん。あの人達に近づく方法が浮かびました」

「ホント? それでそれで? どうするの?」

「まず忍さんが相手に向かって突撃します」

「解った。――――それから?」

「弓は一撃の攻撃力は高いのですが一部の例外を覗いて連射は出来ません。なので忍さんが相手の攻撃を受け止めている間に私が一気に近付いてやっつけます」

「…………」

 

「なにか作戦に理解らない所はありますか?」

「…………その。…………ねえ桜? もしかしてその作戦って私に囮になれって言ってるの?」

「…………え? もしかしなくてもそうなのですか、何か作戦に不備でも――」

「があああああああああっ。却下よ、却下。そんな作戦不備だらけじゃない。大体なんでゲームが始まったばかりなのに私だけ速攻ゲームオーバーにならなくちゃいけないわけ!?」 

 

 忍さんは立ち上がって私の立案した作戦に不満を打ち明けると、瓦礫から頭がはみ出してしまいました。

 このままだと相手から丸見えになってしまいます。

 

「忍さん。あぶないっ!?」 

 

 ――――ストン。

 

 私は無理やり忍さんを座らせると、即座に相手の弓が忍さんの立っていた場所を通過して後ろの壁に突き刺さりました。 

 

「ふぅ。間一髪です。全く、突然立ち上がらないで下さい」

「全部桜が変な作戦を考えたからじゃないの!」 

「むぅ。いい作戦だと思ったのに残念です」

「全然いい作戦じゃなぁーーーーい!」 

 

 はてさて、さてさて、この作戦が却下になるとこれからどうすればいいのでしょうか。

 相手も他のプレイヤーが来る前に場所を移動したいでしょうし、私達もできれば他の場所で装備を整えたいのですが――――。

 そうこうしている内に相手プレイヤーは少しづつ距離を詰めてきていて、このままだと瓦礫のバリケードで防げない場所まで移動されて狙い撃ちされてしまいそうです。

 

 忍さんの魔法で応戦しようにも相手より射程距離が少しだけ。そう、本当に微妙にほんのちょっとだけ弓の方が長いので遠距離戦をしようにもこちらがかなり厳しい状況になっているのです。 

 

「……仕方ありません。ここは最後の手段です」

「その。一応聞くけど、この状況でどうするわけ?」

「私の盾なら何発か弓を受け止める事が出来るので、私が突撃している間は忍さんはサポートをお願いします」

「…………えっと。ねえ桜? それって最初の作戦とあまり変わらない気がするんだけど?」

 

「そんな事は無いです。魔法使いの忍さんは3発くらい当たるだけでゲームオーバーになってしまいますが、戦士の私なら6発くらいなら耐えられると思います」

「……は?」

「盾の耐久値はウッドシールドなので3、4発といった所でしょうか? ですので相手までたどりつけるかは五分五分の勝負かと――――って、おや? 忍さんどうかしましたか?」

「どうしたもこうしたもな~~い!」 

 

 

 またもや突然立ち上がった忍さんをめがけて相手の矢が襲いかかってきたので、私は再び忍さんを座らせました。 



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バトロワ編  完

「大体そんなに攻撃を耐えられるなら最初から桜が行けばよかったんじゃないの?」

「いえ。実はそう出来ない重大な事情があったので――――」

「…………事情って?」

「遠距離2人に突撃するのは少し怖いです……」

「私ならいいんかい!」

「最初から火の神殿に突撃した忍さんだったら、相手に突撃するのも好きなのかと思ったのですが――――」

「それとこれとは話がちがーーーう」

「っと。忍さん、そんな事より相手が来ます」

 

 

 足音が少しづつ大きくなってきていて、相手チームが決着をつけようと私達に近付いて来ました。

 相手チームは私達の少しだけ手前で立ち止まり、様子を伺っているようです。

 

「忍さんは私の後ろについて来てファイアーボールを相手に撃って牽制してください」

「りょーかい。けど、動きながらだと当てにくいと思うんだけどいいの?」

「はい。相手の矢を放つタイミングを少しでも遅らせてくれるだけでいいです。それに遠距離攻撃同士がぶつかったら相殺されるので運が良ければ何発か消えてくれると思います」

「うん。わかった」

 

 本当にわかったのでしょうか。

 一応念を押しておかないと。

 

「…………それと、絶対に後ろから私に当てないでくださいね?」

「わ、解ってるわよ!」

「あとマジックポイントに余裕があればファイアーウォールで壁をお願いします」

「了解。覚えとく」

「それでは……………行きます!」

「おー!」 

 

 私達は呼吸を合わせて相手に向かって一気に距離を詰めて行きました。

 相手も予想していたようで先頭の私に向かって矢を放って来たのですが、最初の攻撃をなんとか盾で受け止めて矢を弾き返します。

 

 

「忍さん。この距離なら攻撃が届きます!」

「わかってるって! それっ、ファイアーボール!」 

 

 忍さんが私の後ろから相手の隠れている場所に向けて炎魔法を放つと、真っ赤が火の玉は真っ直ぐに相手に向かって飛んでいき、相手の隠れている瓦礫にぶつかった瞬間、バンッと音を立てて軽い爆発を起こして瓦礫に黒いこげ跡が残りました。

 

 

  

 相手も負けじと矢で反撃してきましたが、なんとか盾で防御して距離を詰めます。

 

 しかし、無理やり突撃しているせいでウッドシールドに次第に大きなヒビがはいってきました。

 この感じだと後1、2回攻撃を受けたら壊れちゃうかも。

 

 けど、後ろには忍さんがいるので私に出来る事は壊れないように祈る事だけ。

 お願いっ、もってください! 

 

 ――――しかし残念ながら私の願いは天には届かず、次の攻撃を受けた瞬間ガキンと音をたてて私の持っている盾は弾け飛んでしまいました。 

 

「桜!?」

「大丈夫です。まだ体力には余裕があります」 

 

 ここまで来たら後はただひたすらに真っ直ぐに進むだけ。

 殆ど被弾していないので、体力は十分なはず――――。 

 

「ふっふ~。だったら、ここはこの忍さんにまっかせなさ~い!」 

 

 私の体力を心配した忍さんが突然立ち止まり、その場でくるりと回転してから火のロッドを掲げると足元に紅い魔法陣が出現しました。

 そして出現した魔法陣の中に小さな火の粉が現れて、まるで踊っているかのようにメラメラと宙を舞い踊っています。 

 

 相手はそんな忍さんには目もくれず、まずは1人でも相手の人数を減らそうと私に狙いを合わせて弓を引き――――いっきに解き放ちました。 

 相手の放った矢が私の目の前まで到達した瞬間、詠唱を終えた忍さんが魔法を発動させます。

 

「出なさい! 何人の侵入を阻む真紅の防壁、ファイアーウォール!」 

 

 私に向かって放たれた矢は私に直撃する瞬間、突然現れた炎の壁によって阻まれ燃えながら消滅していきました。

 

 ――――よしっ、この距離だったらっ!

 

「桜!」

「理解ってます!」

 

 私は走っている勢いにまかせて炎の壁をジャンプして飛び越えると、相手の1人の頭上まで飛び上がりそのまま空中で剣を構えて落下しながら斬りつけます。 

 

「やあーーーーーーっ!」

「ぐはっ」 

 

 私は相手の1人を一撃でやっつけました。

 

「よくもやったな!」

「…………遅いです!」

 

 そしてすかさずもう1人へと距離を詰めて相手が攻撃動作に入る前に連続斬りを繰り出してもう1人も一気にやっつけました。

 

「やったね、桜」

「はい。かなりギリギリでしたが、なんとかなりました」

「じゃあ次行く?」

「ちょっと待ってください。どうやらランダムイベントが発動するみたいです」

 

 私達が勝利の余韻に浸っていると、突然ランダムイベントを知らせるアナウンスが流れて来たので物陰に隠れながら聞くことにします。

 

「1時間経過しました。ランダムイベント香川が発動。1時間以上プレイしているプレイヤーは全員敗北となります」

 

 …………えっ!? 

 まさか例のイベントが本当に導入されてたなんて!?

 

「さ、桜。ランダムイベント香川って何が起きるの!?」

「ランダムイベント香川…………それは」

「――――それは?」

「1時間以上遊んでるプレイヤーを強制的にゲームから退場させる恐ろしいイベントなんです!」

「ええっ!? なにそれ!?」

「…………なにそれと言われても。最近になって偉い人の1人にゲームを1時間以上プレイさせるなって人が現れて…………それでこのイベントがゴリ押しで導入されてしまって…………」

 

 直後、私達の体は空に吸い込まれるように浮かんで行き。

 

「きゃっ。なにこれ!?」

「忍さん。どうやら今回のゲームはここまでみたいです…………」

「ええ~っ!? まだ全然途中じゃん!?」

 

 ある程度の場所まで浮かび上がった後、私達は強制的にログアウトされ現実へと戻って行きました。

 

 やっぱりこのゲーム、大丈夫じゃ無いのかもしれません…………。



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お店を守れ!! ラーメンバトル編1

 ある日の昼下がり。

 

 

 

 私はお父さんに頼まれたお使いで、サポートデバイスのシャンティと隣町へとやってきていました。

 

 

 

 電車から降りた私は買ってくる物のメモを見て早速お店に向かうことにします。

 

 

 

 

 

 

 

「――――え~っと。まずはモーモー牧場で搾りたてミルクを買って、それから野菜帝国さんに行って適当な野菜を買う感じですね」

 

「ねぇ、桜。ところで今日は何の買い物に来たの?」

 

 

 

 後ろから付いてきてるシャンティからの質問を私は歩いたまま答えます。

 

 

 

「今度お店で出す新作ラーメンの材料です。とりあえずダシが出そうな物は全部鍋に入れて研究するって言ってました」

 

「…………そんなんで美味しいの作れるの?」

 

「もちろん作れます。なんたって私のお店のスープは4000年の歴史があるのですから!」

 

 

 

 

 

 ――――そう。私のお店で出しているラーメンスープはお父さんが中国にラーメン修行に行った時にラーメン仙人さんから譲り受けた由緒正しき秘伝のスープなのです。

 

 

 

 一節によると原始時代に恐竜の骨を煮込んでいたという説もあり、現代の料理会では再現不可能な味と言われている最強スープです。

 

 

 

 そのスープに色んな材料を組み合わせてちょくちょく新メニューとして出しているのですが、結局普通のが一番いいと言った評価に落ち着いて、なかなか新メニューが出来ないのがここ数年の悩みなのですが…………。

 

 

 

 なので、今回こそ新しいメニューを追加しないと! 

 

 

 

「お~い。カレーはいらんかね~」

 

 

 

 鼻を刺激するスパイシーな香りと威勢のいい声に足を止めると、道の脇にカレーの屋台をやっているお兄さんの姿が見えました。

 

 

 

 

 

「おおっ!? こ、これはかなり美味しそうです!!!」

 

「あれ? 今日は買い物のついでにライバル店の視察も行くんじゃなかったっけ?」

 

「――――あっ!? そう言えばそうでした」

 

 

 

 

 

 実は最近うちのお店の売上が落ちていて、その原因がどうやらこの隣町に出来た新しいお店にお客さんが取られているからみたいです。

 

 

 

 なので買い物のついでにライバル店の視察をする事も今回のお使いのもう1つの目的でもあるのですが――――。

 

 

 

 ここでお昼を食べてしまってはお腹いっぱいになってしまい、ライバル店でご飯が食べられなくなってしまいます……………。

 

 

 

 

 

「お嬢ちゃん。食べてくかい?」

 

「う……それは…………」

 

 

 

 

 

 私のお腹がグゥと悲鳴を上げカレーを買う事を急かして来ました。

 

 い、いったいどうすればいいんでしょうか…………。

 

 

 

「美味しいジュースもあるから飲み物だけでもいいから買ってきな?」

 

 

 

 お兄さんが出してくれたメニュー表にはカレーの他に、タピオカジュースもいくつか載っていました。

 

 

 

 

 

「…………ジュース? こ、これです!!!!!」

 

「あれ? ジュースでいいの?」

 

 

 

 どうやらシャンティは私がカレーの魔力に打ち勝った事を不思議に思っているようですね。

 

 ――――けど、私がそんなに諦めがいいわけ無いです!!

 

 

 

「はい。……では、ジュースをお願いします」

 

「あいよ~」

 

 

 

 お兄さんは屋台の後ろからジュース用のカップを1個取り出してパカッと蓋を開けました。

 

 

 

「それで、味はどうするんだい?」

 

「もちろんアレで!!」 

 

 

 

 私はカレーの入っているお鍋に指をさすとお兄さんはニヤリと笑い。

 

 

 

「ほう? わかってるねぇ」

 

「え!? 桜、どういう事?」 

 

 

 

 くふふ。どうやらシャンティは解ってないようなので説明してあげる事にしましょうか。

 

 

 

 

 

「シャンティ、知ってますか? 昔の人の名言にこんな言葉があります」

 

「…………だからどんな名言なのさ?」

 

「カレーは飲み物! つまり食べるのでは無く、飲んでしまえばお昼ご飯にはなら無いのです!!!!」

 

「な、なんだってー!?」

 

 

 

 私の天才的な閃きに驚いているシャンティを他所にお兄さんが注文を続けます。

 

 

 

「で? サイズは?」

 

「Sサイズ…………いえ、一番大きいポリバケツサイズでお願いします!」

 

「まいど!」

 

 

 

 注文を受けたお兄さんはレジの下にある10リットルのバケツを取り出し、そこにお鍋からカレーを並々と注いでいきます。

 

 

 

 そしてバケツにカレーを注ぎ終わると、上にバケツと同じ大きさを蓋をしてから大きめのストローを挿してカレージューズが完成しました。

 

 

 

「はい、お待ちどぉ!」

 

 

 

 どどん! とレジの前で存在感を放っているカレージューズ。

 

 ちなみに一番大きいサイズのバケツは持ち手が初めから付いるので、持ち運びにとても便利です!!

 

 

 

 

 

「それではシャンティ。お会計をお願いします」

 

「オッケー」

 

 

 

 シャンティにお店のコードをスキャニングしてもらい会計を済ませると、早速私はバケツを持ち上げて持ち帰る事にしたのですが――――。

 

 

 

「うぐっ。やっぱ重いです…………」

 

「そりゃ重いでしょ」

 

 

 

 私は頑張ってバケツを屋台の横にあるイートインコーナーの机に運ぶと、バケツを置いた瞬間、ギシッと机がちょっぴりきしんでしまいました。

 

 どうやらかなりの重量のようです。

 

 

 

「では早速全部飲みます!」

 

「ええっ!? 持ち帰るんじゃないの!?」

 

「シャンティ。こんな重たい物を持ち歩くとか正気ですか?」

 

「えっと、これを全部飲むのも正気じゃないと思うだけど…………」

 

「大丈夫です。なぜならカレーは私の大好物!! なので、これくらい全部食べ…………飲むくらい大丈夫なはずっ!!!」

 

「ねえ、今食べるって言ったよね? やっぱりそれご飯のつもりだよね?」

 

 

 

 私は両手を合わせて「いただきます」をしてから、精神を集中してカレーを一気に飲み始めました。

 

 

 

「だ、大丈夫なの、桜?」

 

「だ、だいひょうぶです!!!!」

 

 

 

 ストローから必死にカレーを吸い上げながら親指を立てて問題ないとアピールしましたが、流石にちょっと厳しいかも。

 

 

 

 

 

 ――――そして。

 

 数分による激闘の後。

 

 

 

 

 

 私は身長も体重も同学年と比べて平均以下でかなり小柄な方なのですが、何とか完食する事が出来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――後日。

 

 

 

 体重計に乗った私が悲鳴をあげ、ジムに通う事になるのですがそれはまた違う機会に。

 

 

 



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お店を守れ!! ラーメンバトル編2

 カレーとの勝負に勝利した私は容器をお店に返してから離れようとすると、さり際にカレー屋さんのお兄さんから声をかけられました。

 

「ところで君は、eスポーツは好きかい?」

「はい、大好きです。 ――――けど、それがどうかしましたか?」

「最近eスポーツで不正をする人が増えていてね、それで不正を取り締まる審判が導入される事になったんだ。君はちゃんとルールを守っているかい?」

 

 そう言えば、少し前の週刊eスポーツで審判団が結成されたって書かれていたような――――。

 

 ちなみに私は忍さんと対戦する時にしか不正プレイはやってないので実質0回です!!

 

「はい。ちゃんとルールは守ってるので大丈夫です!」

「……あれ? この前、忍と対戦した時になんかしてなかったっけ?」

「そうか、それなら良かったよ」

「いいの!?」

 

 それにしても、どうしてこのお兄さんは突然eスポーツの審判の話なんてしたんでしょうか?

 …………っと、そう言えば私はお使いに来てたんでした。

 

「すみません。お使いに行かないといけないので、もう行きますね。シャンティ、買い物ルートのナビお願いします」

「はいはいっと」

 

 画面にルートが表示された後、私はペコリと1回お辞儀をしてから駆け出しました。

 

「ルールはちゃんと守るんだよ~」

 

 一瞬お兄さんの胸元でなにやらバッジのような物がキラリと光った気がしましたが、私は買い物の事で頭がいっぱいだったので、その時は気にも止めませんでした。

 そして、私がその場所から離れて少ししてから誰かがお兄さんのお店にやってきたみたいです。

 

「杉田さん、探しましたっすわ。早速バトルが始まってるのでお願いしますわ」

「…………やれやれ。こんなんじゃ、おちおちカレーの販売も出来んな」

「そう言わんでくださいよ。出来たばかりで今はどこも人手不足なんですわ」

 

「わかってる。――――それより例のファイターの手配を頼む」

「ファイターの? でも、今日は大会の予定はありませんよ?」

「なに。今日は盛り上がるバトルがありそうな気がしてな。―――――出来ないか?」

「…………まあ、杉田さんがそう言うなら手配しときますわ」

「助かる」

 

 そう言って2人は街の奥へと消えていきました。

 

 ―――――――数分後。

 

 お使いで頼まれた物を全て買い終えた私は、もう1つの目的地であるライバル店の前に来ていました。

 

「…………ここが例のお店ですか」

 

 どうやら3階建ての中華料理屋さんで、ピークのお昼をちょっと過ぎてるとは言え店内にはまだまだ人がいっぱいいるみたいです。

 

「どうやら、うちのお店と同じくらい流行ってるみたいですね」

「――――こっちは3階建てだから、こっちの方が3倍流行ってないない?」

「そ、そんな事ないです。それに1階だけなら、うちのお店の方が流行ってますし、味なら絶対に負けてません!」

「その味を確認しに来たんでしょ? 早く入ろうよ」

「まったく。シャンティはうるさいですね…………そんな事くらい言われなくてもわかってます」

 

 私は早速お店に入り、店員さんの案内で席につくとメニューをパラパラと確認する事にしました。

 

「ふむふむ。基本的な物はほとんど抑えてるみたいですね」

 

 料理名の横にはサンプル画像があり、美味しそうな料理が沢山貼ってありました。

 

「おおっ!? シャンティ、ラーメンと炒飯のセットだとかなりお得みたいです!!」

「流石にそんなに食べられないんじゃないかなぁ…………。さっきカレーも食べたんだし、何か一品だけにした方がいいんじゃない?」

 

 私は自分のお腹を確認してみると、二品以上注文するのはちょっと厳しい感じでした。

 

「むぅ。確かにそうですね…………。仕方ないので今回はこの一番目立ってる特製ラーメンにしておきます」

 

 私はおそらくこの店の看板ぽい、メニューのど真ん中にでかでかと輝いている特製ラーメンを注文しました。

 

 ――――そして、数分後。

 熱々の特製ラーメンがテーブルに運ばれてきて、私の前にででんと置かれたのです。

 

「それでは早速、いただきます」

 

 こってり豚骨醤油のスープの上に麺が見えないくらいたっぷりのモヤシとキャベツが乗っています。

 野菜の下はどうなってるんだろうとキャベツをお箸でちょっとどけてみると、細めの麺が顔を見せました。

 ――――どうやらかなりのボリュームがあるみたいですね。

 

 とりあえずモヤシとキャベツをスープに少し浸してから食べてみると、こってりスープとシャキシャキな野菜のバランスが絶妙で、これとご飯があればずっと食べていられるように思えます。

 

 次にレンゲにスープをちょっとすくった後に麺を少しいれて、ミニラーメンを作りパクリと一口でいただきます。

 

「おおっ!? これは!?」

 

 なんでしょう。このスープは麺にも凄く合い箸がとまりません。

 

「…………ふぅ」

 

 結局スープも全部飲んでしまいました。

 ここが繁盛してる理由も分かる気がします。

 

「フフフ、満足していただけたかしら?」

 

 ラーメンの余韻に浸っている私に誰かが後ろから話しかけてきました。

 私は声がした方に振り向くと、真っ赤なチャイナドレスを着たお姉さんがゆっくりと私の方に歩いて来てます。

 

「えっと…………お店の方ですか?」

「ええ、私はこの店の店長をしているの。それよりあなた、拳剣軒の関係者でしょう?」

「――――ど、どうしてそれを!?」

「ライバル店の事くらいとっくに調査済みってわけ。それより私達の傘下にならない? 私達はこのラーメンで世界を征服するつもりなの」

 

 ――――せ、世界征服!?

 確かに世界が取れるくらい、凄く美味しいラーメンでした。

 けど…………。

 

「かなり美味しかったです。…………けど、この味は世界じゃ2番目ですね」

「はぁ!? じゃあ1番はどこの店なの!?」

「ふっふっふ。それは拳剣軒のラーメンです!!!!」

 

 ――――そう。

 確かに美味しかったですが、私の家のラーメンの方が美味しいと自信を持って言えます!!!

 

「では、私はこれで失礼しますね。シャンティ、お会計お願いしますね」

「りょーかーい」

 

 支払いを済ませた私はお店を出ようとしましたが――――。

 

「待ちなさい。そこまで言われたらこっちも引き下がれないわ。――――こうなったら勝負よ!」

 

 ――――店長さんに呼び止められました。

 

「…………勝負ですか?」

「ええ、どっちの店が上か勝負しなさい。まさか、逃げたりしないでしょうね?」

 

 正直面倒ごとはあまり好きじゃないですが、勝負を挑まれたからには逃げるわけにもいきません!!!!

 それにラーメンで世界征服なんて絶対に阻止しないと。

 

「わかりました。それでは…………」

 

 私は肩にかけていたカバンから1枚の紙を取り出して店長さんに見せつけました。

 

「お店の権利を賭けてeスポーツで勝負です。条件は負けたほうが勝った方の2号店になる事!!」

「ええっ。何で桜が権利書なんて持ってるの!?」

「こんな事もあろうかと金庫から持ってきました!」

「ちょ、勝手に持ってきたら駄目でしょ!?」

「別に勝てばいいのです! 勝てば!」

 

 どの道ここで負けて世界を征服されたら私のお店も取られちゃうかもしれません。

 だったら今ここで止める!!!!

 

「いいわよ。こう見えて私もeスポーツでここの店長にまで上り詰めた実力者。そう簡単に勝てるとは思わない事ね!」

 



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お店を守れ!! ラーメンバトル編3

 

 ――――外に出た私達は、少し離れて対峙しています。

 道行く人が何か始まりそうだと集まってきていてちょっぴり恥ずかしいですが、今はそんな事気にしている状況では無さそうです。

 

「それじゃあクラウンデュエルで勝負よ!」

「わかりました。では、クラウンデュエルで…………って、ええっ!?」

 

 ……………ク、クラウンデュエルって何でしたっけ?

 確か週刊eスポーツで見たことがあったような……………。

 

 そ、そうです。確か、私がよくやってるバトルロイヤルゲームの簡易版で最近になって審判団が結成されたとか…………。

 

「――――その勝負、私が引き受けよう!」

 

 私が戸惑っていると、お店の上の方から男の人の声が聞こえて来ました。

 見上げてみると、プロレスなどでよく見るレフリーの人が着ているレフリーウェアを身に着けた人が屋根の上で仁王立ちしています。

 

 

「高いとこから、こんにちわ! とうっ!!!!」

 

 男の人は3階の屋根から勢いよくジャンプしました。

 

「ええっ!?」

 

 そして、そのまま地面に何事もなくシュタッと10点満点の着地を決めると、キラリと白い歯を見せて親指を立てました。

 どうやら無傷の様ですが、いったいどうなってるんでしょうか。

 

「私はeスポーツの審判を務めるジャッジ杉田。今から始まるeスポーツで不正が行われないよう私がジャッジする!!!!」

 

 突然eスポーツの審判をやってくれる人が現れてしまいました。

 

 ――――それにしてもこの人、どこかで見たような気が。

 そう、それもかなり最近…………。 

 

「……………って、ああっ!? カレー屋のお兄さん!?」

「やあ、また会ったね」

 

 なんと大変。

 審判の人の正体は隣町に来た時にあったお兄さんだったのです。

 

「な、なんで審判なんてやってるんですか!?」

「実はこっちが本業でね。あっちは趣味みたいなもんさ。――――それで2人とも、私がジャッジする事に異議は無いかね?」

 

 お兄さんがジャッジしてくれるなら大丈夫な気がします。

 なぜなら、あんなに美味しいカレーを作れる人が間違った判定をするはずが無いのですから。

 

「はい。問題ありません」

「こっちは誰でもいいわよ」

「では、双方の合意が取れた所で―――――eスポーツフィールドオープン!!!!!」

 

 お兄さんが上に掲げた指をパチンと鳴らすと、どこからかアナウンスが聞こえてきました。

 

「eスポーツが始まります。近隣の方は衝撃に備えてください」

 

 直後、地面がゴゴゴと音を上げながら揺れ始めました。

 

「わわっ!?」

 

 振動に耐えられなくなった私は何とか近くにある針葉樹につかまり倒れそうになる体を支えると、そのまま今いる場所が上空へとせり上がって行きました。

 

「桜、大丈夫!?」

「な、なんとか大丈夫です。――――それよりこれは、なんなんでしょう」

「確かeスポーツフィールドって言ってなかった?」

「eスポーツフィールド? これが!?」

 

 私の知っているeスポーツフィールドはゲームセンターとかにあって、大きくてもUFOキャッチャー3個分くらいの大きさなのに、こんな街全体が変形していくタイプは始めて見ます。

 

「桜、あれ見てっ!?」

「えっ!? あれは…………モニター?」

 

 地面の下から超巨大モニターが少しずつ出てきました。

 ビルに備え付けてあるモニターもいつの間にか私の姿を映し出しているようです。

 

「きゃっ!?」

 

 ある程度上昇してから急に私のいる場所がガコンと止まり、目の前には学校のプールくらいの大きさのフィールドが広がっていて、反対側には店長さんが陣取っていました。

 

 そして、フィールドの丁度真ん中には審判である杉田さんの姿もあります。

 

「…………流石に間に合わなかったか」

 

 杉田さんは何やらそわそわした感じで周りを気にしているようですが、何かあるのでしょうか?

 

「では、今から試合をはじめ―――――」

「ちょっと待ってくださいよぉう」

 

 今まさに試合が始まろうとした瞬間、突然現れた誰かの「ちょっと待って」により開始が一時中断になりました。

 

「この試合、僕に実況を任せてもらおうか」

 

 試合を中断した人物。

 その人は胸にe-Sportsと書かれた緑色の派手な服を着ていて、肩には頑丈そうな肩パッドが付いていました。

 口元にはテレビ実況でよく見るマイクを装着していて、そこから拡張された声が周辺に置かれたモニターから流れ出しています。

 

「…………やれやれ、やっと来たか」

「ふぅ。まだギリギリセーフって感じかな?」

 

 その人は下にある円盤の様な物に乗ると円盤がゆっくりと浮かびあがり、私達のいるフィールドより少しだけ上の位置で止まりました。

 ――――ちょうどフィールド全体が見渡せる感じの位置でしょうか。

 

 その人の顔を見てみると、雑誌でよく見た事がある人でした。

 

「――――あ、あなたは確か!?」

「なに? 僕の事知ってるの? そう、僕はeスポーツファイター。eスポーツが行われる時に現れて実況するだけの、ただのファイターさ!」

 

 eスポーツファイター。

 それは大きな大会などで、ゲームの実況をして場を盛り上げてくれる人です。

 ゲームに関する知識量も凄くて、わかり辛い状況になったら解説もしてくれるスーパー実況ファイター。

 それが皆の憧れであるeスポーツファイターなのです。

 

 いつか大会で実況してもらうのが夢でしたが。

 も、もしかしてこれから始まる対戦の実況をしてくれるのでしょうか!!!!

 

「それじゃあ。早速バトルを始めてくれないかい? 実況の準備はもう出来てるから!」

 

 ファイターの準備も終わり、遂に対戦が始まろうとしています。

 …………って、よく考えたら私はクラウンデュエルのルールとか全く知らないじゃないですかー。

 

「あの……ちょっといいですか?」

「ん? なんだい?」

「私はこれをやるのは初めてなので、出来ればルールを教えて欲しいのですが…………」

「しょうなのぉ? それじゃあ特別に僕が解説してあげよう」

 

 おおっ!?

 憧れのファイターに実況だけではなく解説までしてもらえるなんて、これは正座して聞かないといけません!!!!

 私はぴょこんと正座をするとファイターがゲームの解説を始めてくれました。

 

「大人気対戦バトルロイヤルゲームのブレマジってやった事ある?」

「はい。大好きです!!」

「これはそのブレマジの対戦部分だけを切り取った対戦特化型ゲームなんだ。あっちは装備を集めながら戦うんだけど、こっちは始めから装備が集まってる。――――つまり、いきなり全力の戦いが始まるって訳さ」

 

 なるほど。

 あっちでは格上相手でも装備の差で勝ったり出来ますが、これは基本的に条件が同じになるって言う事ですね。

 最初に選ぶ装備で相性が出るかもしれませんが、そこまで差は出ないと思います。

 

 

「まず最初は対戦相手と相談して使用するクラスのリミットを決めるんだ。けど、あんまり低いと地味だし、高すぎたらすぐに決着がついちゃうから3くらいが丁度いいかな」

 

 確かにクラス1のスキルが使えない普通の剣士だと派手さは無いですし、最強クラスのレジェンドマジシャンだと魔法を1回撃っただけで勝負が決まるので、バランスを考えると2から5くらいが丁度いい感じでしょうか。

 

 

「次にライフ。これは相手に何回やられたら負けになるかを決めるんだ。チーム毎に設定出来て、最低が1で最大がミリオンだけどあんまり多く設定しすぎると、何時間も対戦する事になるから注意だ」

 

 …………ミ、ミリオンって1万って事ですよね?

 流石にそれは世界の命運を賭けた戦いでしか選ぶ気にはなれなそうです。

 チーム毎に設定出来るって事は複数VS複数の対戦も出来るという事でしょうか。

 

「そして、最後にフィールドだ。途中で対戦中に使えるアイテムが出てきたりフィールド効果を受けるかどうかを決めるんだ」

 

 超火力のハンマーや取ると無敵になったり巨大化したりメタル化するアイテムが出てくるって事ですね。

 格上の人とやるときや皆でわいわい遊びたい時はアイテムがあった方がいいかもしれません。

 

 フィールド効果も相手を上空に吹き飛ばす床に乗せてコンボに使ったり、触ると大ダメージを受けるトラップに吹き飛ばるなどありますが、私は何も無いシンプルなフィールドが好きです。

 

「それじゃあ説明も終わったし。ジャッジ、開始の合図よろしく!」

 

 ファイターが杉田さんに話を振ると、杉田さんはすたすたと前に歩き――――。

 

「それでは2人ともスーツの着用をするように」

 

 ――――スーツの着用を促してきました。

 

「シャンティ、行きます!!!!」

「オッケー、桜!」

 

 浮遊していたシャンティがパーツ毎に分離し、私の体に装着されていきます。

 そして、最後にヘッドギアを装着してバイザーを出してから、決めポーズ!

 

「桜花爛漫(おうからんまん) 風宮 桜 参上ですっ!!!!」

 

 こうして私の初デュエルが始まりました。



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お店を守れ!! ラーメンバトル編4

「それではクラウンデュエル、ファイトぉ!」

 

 ジャッジの杉田さんが上にあげた右手を下ろし、デュエル開始の合図がフィールドに響き渡りました。

 

「クラスリミット・スリー、ワン・ライフ、ノーマルフィールド・シングルバトル」

「クラスリミット・スリー、ワン・ライフ、ノーマルフィールド・シングルバトル」

 

 そして、お互いルールの確認を終えると、私の付けているバイザーに今回の対戦で使用するクラスを選択する画面が表示されました。

 

「――――なるほど。クラス3までとなると、結構選択肢がありますね」

「桜、あんまりゆっくりしてると制限時間で勝手に決まっちゃうよ!」

「…………制限時間?」

 

 画面をよく見てみると、右上あるゲージが時間とともに減少しているのが確認出来ました。

 つまり、選ぶのに時間を掛け過ぎたら今選んでる場所のクラスを強制的に使う事になるって事ですか。

 

 選択肢にランダム選択もありますが、これを選ぶのは余程腕に自信がある人か何も考えてない人でしょうね。

 

「どうする? とりあえず使いやすそうなのにしとく?」

「…………そうですね」

 

 最初に目についたのは相手に近づいて投げ飛ばすのを得意とするクラスでした。

 1回択を通したらそのままハメて勝利出来るのですが、サマソ使いを選ばれたら対戦ダイヤグラム9:1を付けられるので、シングル戦では使わない方が良さそうです。

 

 遠距離戦が得意なクラスもありました。

 相手からひたすら逃げて魔法や弓矢やレーザーで相手を削る感じですね。

 固定砲台みたいな感じで弾幕を張り相手を動けなくしてから、一撃必殺の特大ビームで吹き飛ばすクラスもあるようです。

 

 ――――遠距離ワンチャン超火力が好きな忍さんがいたらこの辺を選びそうですね。

 

 えっと、後は……………。

 

「さ、桜もう時間が無いよ!!」

「えっ!?」

 

 ゆっくりと選んでいたら、あと数秒でゲージが無くなりそうな長さになっていました。

 こ、こうなったら時間切れて変なのを選択するくらなら無難なやつで……。  

 

「決めました。これです!!!!」

 

 私が選んだのはフェアリーナイトの大剣スタイル。

 妖精の大剣と妖精の翼を持っているクラスで。

 

 攻撃力 B ++ 

 守備力 C ++ 

 速さ  B -  

 

 属性 風    

 

 適正距離 近~中距離

 

 スキル フェアリーステップ

     空中で1回だけ軌道を変えるジャンプが出来る

 

 といったオーソドックスな構成のクラスです。

 

「――――う~ん、なんというか、結構ありきたりじゃない?」

「べ、別にいいじゃないですか。何も考えずにビームでドーンみたいなのは忍さんに任せて私は堅実プレイがいいんです!」

「まあ桜がそれでいいならボクは別にいいけど。――――それよりなんで大剣なの? 妖精の剣と妖精の盾の方だったら能力オールBでバランスが良くて使いやすいんじゃない?」

「まったく。シャンティは解ってませんね。これにはちゃんとした理由があるのに」

「どんな?」

「剣より大剣の方が大きいから強いに決まってるじゃないですか!」

「ああそう……」

 

 …………ふぅ。

 クラスの選択も終わった所で店長さんの状態を確認すると、どうやらとっくに選び終わってフィールドで待ってるみたいです。

 

 私も早くフィールドにインしないと。

 

 ――――フィールドにインすると、四方をバリアの様な物で囲まれた狭い場所に出ました。

 それと同時にファイターの実況が聞こえてきます。

 

 

「やあみんな、お待たせ。クラウンデュエルの始まりだよ! 今回対戦するのは広裏軒の店長さんと風宮 桜ちゃんの2名だ。―――なんとこの桜ちゃん、今回がクラウンデュエルの初対戦みたいだけど、みんなで応援して盛り上げようね!!!!」

 

 下から凄い数の歓声がフィールドまで聞こえてきました。

 

「桜、凄い人数に見られてるみたいだよ」

「ええっ!? こんな事ならもっとカッコいいポーズを考えるべきでした」

「…………ポーズもいいけど、今はプレイでカッコよさを見せたら?」

「そ、それもそうですね。――――では、行きましょう!!!!」

 

 まずは出現攻め禁止の為のバリアから出てすぐに周辺の確認を行う事にします。

 学校の運動場くらいあるフィールドに3メートルくらいの高さの建物が無数にあり、それに隠れて店長さんの姿は見えませんでした。

 



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お店を守れ!! ラーメンバトル編 完

 

「……シャンティ、どうしましょう?」

「えっと、ボクに聞かれても困るんだけど」

 

 戸惑っている私にファイターがマップの説明を兼ねた実況を始めてくれました。

 

「ここはクラウンデュエルの基本ステージの1つ、コロニー7。無数にある建物はバリケードとして使ったり、上に乗って隠れてる相手を狙い撃ったり出来るぞ! 上空は屋根になって塞がってるからあんまり高く飛びすぎると、頭をぶつけちゃうから注意だ!」

 

 ――――なるほど。

 どうやら地形を防御に使って戦えば試合を有利に進められる感じですね。

 だったら私の選んだクラスはかなり良い選択かもしれません。

 

 何故なら2段ジャンプを使えば簡単に建物の上に回避したり他の建物に移動出来るので、地形を最大限に使えるクラスと言っても過言ではないでしょうか。

 

 ――――私は試しに2段ジャンプで建物の上に昇ってみる事にします。

 スキルを使った2回めのジャンプには羽が羽ばたくエフェクトが加わり、とてもかわいい感じの演出が追加されてました。

 

 建物の横を見たら上にあがる為の階段があり、ほとんどのクラスは階段をわないと駄目みたいですが私のクラスだと使う必要は無さそうですね。

 

「えっと、店長さんは…………いました!?」

 

 くふふ。呑気に建物の影に隠れてるようですが、ここから丸見えです。

 ここは速攻で近付いて一気に決めるっ!

 

「おっと、ここで桜ちゃん。建物をジャンプで飛び越えながら、いきなり相手に突進していくぅううううう!?」

「さ、桜!? もうちょっと慎重に行ったほうが良くない?」

「問題ないです! 不意打ちでさっさと決めます!」

 

 店長さんが隠れている建物の上に到着した私は、そのまま店長さんの真後ろに着地するように降りて、大剣で横に一閃―――――しようと思ったら店長さんがどこにもいないっ!?

 

「あれ? どこにもいませんね…………」

「桜、下っ!?」

 

 シャンティの声に反応して身構えると、突然下から強い衝撃が体を襲ってきました。

 

「おおーっと。これはトラップによる電撃攻撃だーーーー! これ自体には大したダメージは無いけど、動きを拘束されるから追撃がくるぞーーーー!」

 

 ファイターの言った通り電撃自体にたいしたダメージはありませんが、どうやら電撃が収まるまでその場から動くのは無理そうです。

 私は電撃が収まるまでなんとか耐えようと思ったのですが、そう簡単にはいかないようで―――――。

 

「なんとここで、動けない桜ちゃんに向かって店長が突撃してきたぞーーー!」

「――――――くっ!?」

 

 店長さんは手に鞭を持っていて、中距離メインで戦うタイプみたいです。

 電撃トラップで相手を痺れさせてから、電撃の届かない距離から鞭で攻撃する感じでしょうか。

 

 …………って、呑気に観察してないで攻撃に備えないと!

 

 私は大剣を横に構えて盾代わりにして攻撃を防ぐ事にします。

 

「おおっと、桜ちゃん。ガードの姿勢を取って店長の攻撃を受け止めるきだーーーっ!?」

「真正面からの攻撃なんて――――」

「足元がお留守だよ!」

 

 突然足元に何かが巻きついたと思うと、私の体は逆さまになって宙に打ち上げられてしまいました。

 そして、店長さんもジャンプして空中で鞭による連続攻撃が始まります。

 

「こいつを喰らいな!」

「きゃうっ!?」

「おおっと、ここで店長の空中コンボ炸裂だああっ!? ラッシュ、ラッシュ、ラーッシュ! 体制を崩された桜ちゃん、まともに防御する事も出来ずライフがぐんぐん減っていくーーっ!?」

「こいつで、終わりさ!!」

 

 コンボの最後に強烈な一撃を受けた私は後ろに吹き飛ばされ、その衝撃で建物の1つが破壊されてしまいました。

 

「……かはッ」

「だ、大丈夫? 桜!?」

 

 ちょっと油断していまいましたが、まだここにいるって事は試合は終わって無いって事。

 全然逆転のチャンスは残ってますっ!!!!

 

 

「大丈夫ですシャンティ。それより残りのライフは?」

「――えっと。まだ余裕はあるけど、もう1回アレをくらったらやばいかも」

「つまりコンボをもう1度受けるのは危険だけど、単発なら数発は耐えられるって感じですか?」

「そだねー。けどあの攻撃は単発でも結構減るから、ガードより回避をメインにした方がいいかも」

「りょーかい、ですっ!!!!」

 

 とりあえず壊れた建物はバリケードには使えないので、ひとまずここから離れないと。

 

「どうやら吹き飛ばされた桜ちゃんは無事みたいだ。――――けど、そんな桜ちゃんに店長の追撃がせまるぞーーっ!?」

「桜、攻撃が来るよ!?」

「わかってますっ!」

 

 迫りくる店長さんの鞭を、私は二段ジャンプをしながらの後ろ宙返りでかわし、壊れてない建物の裏に緊急避難する事に成功しました。

 

「隠れても無駄よ! おとなしく出てきて、ついでに私のラーメンの味にもひれ伏しなさい!」

「さっきも言いましたが、私の家のラーメンの方が絶対に上なんです!」

「こっちは40年間継ぎ足した秘伝のタレを使っているの。40年分の歴史を味わって良くそんなデダラメが言えるわね!」

 

 …………40年?

 

 これですっ!?

 

 私は建物の上に飛び乗って店長さんを挑発する事にしました。

 

「くふふ。今40年と言いましたか?」

「そ、そうよ! だから――――」

「私の家の秘伝のタレは4000年前の物………つまり、店長さんのスープより100倍美味しいのです!!!!!!」

「な、なんですってえええっ!?」

 

 私は店長さんに指をさして宣伝すると、店長さんの顔に少しだけ動揺が見えました。

 

「…………ねえ、桜。タレの美味しさって古さで決まるの?」

「シャンティは黙っててください。それに100倍古いなら100倍の味が濃縮されてるに決まってます!!!!」

「そうなの?」

「むぅ。そんなに疑うなら1回食べてみますか?」

「…………いや、そもそもどうやってボクに食べさせるのさ?」

「だったら上からスープをかけます!」

「壊れちゃうよ!!!!」

 

 シャンティにスープの味を教える方法は後で考えるとして――――。

 店長さんへの精神攻撃に成功したので、今のうちに勝負を決めるっ!!

 

「おおーっと、桜ちゃん。建物からジャンプして店長の真上まで飛んでいったーーーっ!?」

「これで終わりっ!」

 

 しかし、店長さんは突然不敵な笑みを浮かべ。

 

「――――そうくると思ったよ!」

「おおーっと、店長バックステーーップ。そして、店長のいた場所には罠が設置されてるぞーーーっ!?」

「もう1回電撃を喰らいな!」

「私が同じ攻撃を2回も受けるとでも?」

「なんだって?!」

 

 普通ならあそこからジャンプしたら店長さんのいる場所までしかジャンプ出来ず、罠にひっかかってしまう。

 

 ――――けどっ!

 

「やあーーーーーーっ!」

 

 私は空を蹴って軌道を変え、店長さんへと猛スピードで突進していきます。

 

 

「なにぃっ!?」

「おっとここで桜ちゃんのスキル、フェアリーステップが炸裂ーーーーっ。空中で軌道を変えた事で床に着地してないからトラップが発動しないぞーーーっ!」

 

 ――――そう。

 私のスキルは空中でもう1回ジャンプして軌道を変える事が出来る。

 つまり、落下中に前方に向かってジャンプする事も可能なのですっ!!!!

 

「必殺、ウインド、ブリーズ、ブラストっ!!!!!」

 

 私の全力を込めた必殺の一撃が店長さんにクリーンヒットし、店長さんはフィールドの外にログアウトしていきました。

 

 そして、勝敗を決するジャッジ杉田さんの声がフィールドに響き渡ります。

 

「勝者、風宮 桜!!!!!」

 

 

 

 

 

 ――――次の日

 隣町に拳剣軒の2号店が誕生しました。

 



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飛行機墜落 高度1万メートル、フライトeスポーツ1

 町内会のくじ引きで特賞を当てた私は忍さんと忍さんのお姉さんの鳴海さんの3人で沖縄旅行に行き、現在は帰りの飛行機の中で私は観光ガイドを見ながらまったりしているのでした。

 

 

「ねぇ桜。さっきからずっとそれ読んでるけど飽きないの?」

「行けなかった場所が結構ありましたので楽しいです。それに次に行く機会があった時の予習にもなりますし」

「まあ桜が楽しいなら別にいいんだけど。――――あ、ナル姉写真見せて」

「ええ、いいわよ」 

 

 忍さんは余程退屈なのか、隣に座っている鳴海さんがスマホで撮影した写真を見せてもらう事にしたみたいです。 

 

「では、私は読書の続きでも―――――――おや?」

 

 観光ガイドのページをめくると広告をいくつか掲載しているページがあったのですが、私はそこに気になる広告を発見したのでした。

 

「忍さん。もうすぐ新作のデジタルカードゲームのサービスが始まるみたいです」

「へ~。ゲームバーでやったような微妙なやつ?」

 

 どうやら忍さんは写真を見る事でいっぱいで上の空のみたいです。

 

「いえ。これはトレーディング要素もあって、ルールも本格的な――――――」

 

 ――――――ガコン。 

 

 と音がしたと思った瞬間、一瞬飛行機がぐらついて乗客の皆さんがどうしたんだろ?とざわめき始めた後、しばらくしてからキャビンアテンダントのお姉さんが慌てながら私達の乗っているエリアの扉をあけて駆け込んで来ました。

 

「お、お客様の中にブレイド・アンド・マジックのプレイヤー様はいらっしゃいませんか?」 

 

 キャビンアテンダントさんは、なにやら神妙な面持ちで非常事態が起こったかの様にあたふたしています。

 私も一応プレイはしているのですが、どうしたものでしょうか。 

 

「――――ねえ、桜。私達ブレマジ出来るよね?」

「確かにそうですが、私達の腕前で大丈夫でしょうか。足手まといになる可能性もありますし、ひとまずは様子を見たほうが――――――」 

 

 

 私と忍さんがどうした物かと相談していると、後ろの方の座席から。

 

「私なら多少腕に覚えがあるが構わないか?」

 

 と、ぶっきら棒ながら少し凛々しさと幼さが合わさったような澄んだ声が聞こえてきました。 

 

「は、はい。誠に申し訳ないのですがお時間よろしいでしょうか?」

「ああ。ちょうど退屈してた所だ」

 

 声の人物は席から立ち上がりキャビンアテンダントさんの場所までてくてくと歩いて進んで行き、私達の横を通り過ぎた時に一瞬だけ目が合いました。

 フード付きのパーカーを深く被っていたので顔は良く見えなかったのですが、年は私達と同じくらいの小柄な男の子みたいです。

 

 少しだけ気恥ずかしくなった私は目線をそらして下を向くと、その人物の手には金色のカバーの本が持たれている事に気がつきました。

 

 ―――――――あれ? あの本どこかで見た事があったような…………。

 私は記憶の糸を辿っていくと、ある1つの限定書籍に辿り着いたのでした。 

 

「ああああっ!? それはブレマジ・ゴールデン・ガイドブック!!」 

 

 私は驚きのあまり座席を立ってしまいました。 

 

「きゅ、急にどうしたの桜?」

「な、何でもありま――――」 

 

 平常心を取り戻した私は再び席につこうとしたのですが、キャビンアテンダントのお姉さんが。 

 

「お客様もブレマジプレイヤーでしょうか?」

「い、いえ。私は――――」

「この本を知ってるって事はお前もやった事があるんじゃないか?」

「そ、それは――――」 

 

 あの人の持っている本はブレマジ・ゴールデン・ガイドブックと言って公式大会の上位入賞者だけに渡される表紙が金色に輝いている特別な本です。

 私もいつか手に入れたいと思っているのですが、なかなか大会に出る機会が無くて手に入らなかった本が突然目の前に現れたので我を忘れてしまいました。

 

「ねえ、桜。他にいなそうだし手伝ってあげたら?」

「そうですね。困っているようなので行ってきます」 

 

 私も覚悟を決めてキャビンアテンダントさんの場所まで歩いて向かい行きました。

 

「はい。私はそこまで上級プレイヤーでは無いですが、一応出来ます。あの…………後もう1人、私の友達も出来るのですが呼んできた方がいいですか?」

「いえ、操作端末が2つなので問題ありません」 

 

 操作端末? その飛行機の端末とブレマジに何か関連性があるのでしょうか。 

 

「それで、私達はどうすればいいんだ?」 

 

 

 フードパーカー君がキャビンアテンダントさんに質問をすると。 

 

「そうでした。ここではなく端末室で説明をいたしますので、少しご同行お願いします」 

 

 と、どうやら私達は端末室という場所に行くことになったようなので、私は忍さんと鳴海さんにちょっと行ってきますと目配せをしてからキャビンアテンダントさんの後をついて行く事にしました。

 

 忍さんと鳴海さんは呑気にいってらっしゃ~いと手を降って返してくれたみたいです。 

 

 しばらく飛行機の中を後ろの方へと進んでいくと、座席の一番うしろにカードキーで施錠されている分厚そうな扉が設置してあり、キャビンアテンダントさんが胸ポケットからカードを取り出しシャカッとカードを機械にすべらせて認証すると、扉に付いている赤いランプが緑色に切り替わって、ゴゴゴと重厚な音を立てながらゆっくりと少しづつ開いて行きました。 

 

「こちらです」

 

 私とフードパーカー君はキャビンアテンダントさんの後に続いて部屋の中に入ると、端末室には机の上に2個の鳥型デバイスが置いてありました。

 どうやらこの航空会社のマスコットキャラのツバサールくんがモチーフのデバイスみたいです。

 

 キャビンアテンダントさんは後ろの扉を閉めて声が他の乗客さん達に聞こえないのを確認すると、現在の状況を話してくれました。 

 

「実は先程の衝撃で飛行機のローラーを収納している場所のシステムがトラブルを起こしてしまい開かなくなってしまったのです」

「ええっ!? そ、それはかなりマズイ状況では――――ハッ!?」 

 

 思わず大声を上げてしまった私はしまったと思って急いで口を両手で塞ぎました。 

 

「すみません。ビックリしてしまって、つい…………」

「大丈夫です。扉は閉めてありますので他のお客様には聞こえませんから」

 

 どうやら扉がしまっていたおかげで何とか外には声が漏れなかったみたいです。

 次からは気をつけないといけません。

 

「ふぅ、危なかったです。――――それで、私達は何をすればいいんでしょうか?」

「実はこの飛行機のシステムにブレイドエンジンを利用しているので、メンテナンスをするのにはブレマジプレイヤー様の助けが必要なのです」

 

 ――――ブレイドエンジン。

 

 たしかブレイドアンドマジックのゲーム開発に使われたゲームエンジンで、その汎用性の高さから今では医療機器や車のナビなど幅広く使われているようになっていたとガイドブックで読んだ記憶がありました。

 

「なるほど、この飛行機はそっち系でしたか」

「はい。ですのでお二人には飛行機が空港に到着するまでの間にシステムのトラブル復旧をお願いしたいのですが―――――」 

 

 少し前にテレビで最近は飛行機の制御にもブレマジエンジンが使われたようになったと見た記憶があるのですが、まさか偶然乗ったこの飛行機に最新のシステムが搭載されていたなんて驚きです。

 

 確かゲームにログインしたら整備用のマップに移動して、マップ上にある飛行機の故障箇所に対応したオブジェクトに修理ツールを使うか非常用のスイッチを押すと正常に動作するようになる感じのシステムだった気がします。

 

「はい、大丈夫です。私達に任せてください」

「なら早速始めないか」

 

 時間が惜しいのかフードパーカー君はフードを脱ぐとフードの下から流れるような長い黒髪が滴り落ち、私はパーカー君の肩にかかった髪の毛を右手ですくう動作に見とれてしまいました。

 

 

 …………って、長い髪?

 少し変に思った私は正面に回って顔を覗いてみる事にすると、そこには……………。

 

「わわっ!? フードパーカーさんでした!?」

「―――――ん? なにか言ったか?」

「いえ、何でも無いです」

 

 ぶっきら棒な物言いと鋭い目つきからてっきり男の子だと思っていたのですが、どうやら女の子だったみたいです。

 



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飛行機墜落 高度1万メートル、フライトeスポーツ2

 

 

「それで、デバイスはこれを使えばいいのか?」

「あの。私のデバイスは飛行機に預けてあるので、出来ればそれを使いたいのですが――――」

 

 私は緊急時に慣れない端末を使うのを不安に思いキャビンアテンダントさんに尋ねると。

 

「でしたら奥のスキャナーにお荷物をお預けした際にお渡ししたカードキーを認識されると、フライト中ですがお客様のお荷物を一時的に返却する事ができます」

 

 

 と、特別に使うことを許可してもらえました。

 

「こっちも自分のが使えるならそれを使いたい」

 

 パーカーさんも自分のデバイスを使いたいみたいで、私達は奥に設置してある機械にカードキーを読み込ませると、機械が飛行機の荷物置き場とリンクして私達のデバイスが転送されてきました。

 

「あれ? もう着いたの?」

 

 スリープモードから復帰してちょっぴり眠そうなシャンティが呑気な声をあげました。

 けど、今は状況を説明している時間が惜しいので後で説明する事にします。

 

「シャンティ、緊急事態発生です。急いでゲーミングの準備をしてください」

「――――え!? 状況がよくわかんないけど、とりあえず解った」

「では、行きます。シャンティ、コンバージョン!」

「了解、桜。コンバージョンスタンバイ」

「スタート、アーーーップ!」

 

 

 私は急いでスーツを装着して、この飛行機の管理ネットワークに飛び込む準備を終え――――。

 

 っと、そう言えば決めポーズを忘れてました。

 

「桜花爛漫(おうからんまん) 風宮 桜 参上ですっ!!!!」

 

 ポーズがビシッと決まった所で、パーカーさんの方も携帯デバイスのスリープモードを解除して今から装着するみたいです。

 パーカーさんのデバイスは真っ黒な影の様な色をしたカラス型のデバイスで、とてもクールなイメージがしました。

 

「行くぞ、ハヤテ。コンバージョン!」

 

 掛け声と共にカラス型デバイスのパーツがパージされパーカーさんの体に装着されていき、最後にビシッとポーズを決めて装着が完了。

 

「色即是空(しきそくぜくう) 仙道――――くっ!?」

「きゃっ!?」

 

 パーカーさんのポーズが終わる前に一瞬飛行機が激しく揺れてバランスを崩してしまいそうになりました。

 早くしないと危ないかもしれません。

 

 ……………それにしても。

 

「ん? どうかしたのか?」

「いえ、そちらも装着した後にポーズをとっていたので――――」

「何を言ってる? 着替えた後にポーズを取るのは常識だろ?」

「えっ!?」

 

 これは思いもよらない場所で同好の士に会っちゃいました。

 やっぱり着替え終わった後のポーズの重要性も、理解る人には理解るみたいですね。

 

「…………それにしても」

 

 パーカーさんのスーツはカラス型デバイスと同じ黒を基調としたシュッとしたスマートな服装なのですが、インナーが真っ黒なレオタードになっていてちょっぴりえちえちな感じになっています。

 

「――――ちょっと派手な服ですね」

「そうか? たまに珍しがって見る奴もいるが、真っ黒で地味だと思ぞ?」

 

 まさかの無自覚!? いえ、もしかしたら邪な目で見てしまった私の方がおかしいのかもしれません。

 ――――けど、私が同じ服を着ろと言われたらちょっぴりどころじゃないくらい恥ずかしいような…………。

 

「そんな事より早く始めないか?」

「――――っと、そうですね。それでは行ってきます」

「どうかお気をつけてください。操作は基本的にはブレマジと同じですので、後は音声ガイドに従っていただければ大丈夫だと思います」

 

 一足先にパーカーさんがログインしていったので、私もすぐに後に続かないと。

 

「ではシャンティ。行きましょう」

「オッケー、桜。飛行機のネットワークに接続するね」

 

 私はキャビンアテンダントさんに挨拶をしてからシステムを起動させると、視界が一瞬真っ暗になった後に体全体が光に包まれていく感覚になっていきました。

 

 ――――そして、しばらくすると私は真っ暗な空間に立っていたのでした。

 

 



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飛行機墜落 高度1万メートル、フライトeスポーツ3

「…………ここは…………一体?」 

 

 手を軽く左右に広げてみると、コツンと何かボタンのような物に触れてどこからか案内音声が聞こえてきました。 

 

「修復システムを実行する為、キャラメイクを行ってください」

「…………キャラメイク?」

 

 前を見るといつの間にか私の前に小さなモニターが浮かび上がっていて、装備をいつくかのパターンから選択するみたいです。

 ブレマジは通常プレイだと装備は全て現地調達なのですが、ある程度装備を選んで始める事が出来るデバックモードみたいな感じなのでしょうか? 

 

「えっと、選べるクラスは――――――」

 

 どんな場面でもそつなくこなせそうな戦士、まあ無難と言えば無難ですね。

 そして、バブとデバフだけのサポート系で固めた魔法使い。

 

 ――――そう言えばパーカーさんと打ち合わせをしてなかったのでどんなクラスが得意なのか聞くのを忘れていました。

 

 パーカーさんの得意なのがサポートだった場合、2人共サポートになるのはちょっとバランスが悪いので止めといた方が良さそうです。

 

 …………なんとなくサポートは苦手なタイプのような気がしないでもないですが、人を言動だけで判断するのは良くないですからね。

 後は遠距離特化の弓使いと速度重視のスピードスターですか――――。

 

 弓使いは弓2人で砲台プレイしたり後方からのサポート役もこなせるので、戦士か弓が最終候補になりますね。

 スピードスターは速度重視なキャラなのですが、スピードだけを重視しすぎてしまっているため、他の能力が全て最低レベルの数値になっているので上級者向け…………と言うよりまともに使える人を見た事が無い気がします。

 

 

 まず攻撃力が最低クラスなので、接近戦になった場合相手より必ず多く攻撃を当てる必要が出てきます。

 

 ――――そして、何よりも厄介な事は守備力が最低になってしまう事です。

 私も前に数回使った事があるのですが、接近戦で相手に先制攻撃をしかけたはずが相手の適当に振り回した剣がカスッただけでやられてしまった事があります。

 他にも体力MAX状態から相手の矢がカスっただけで一気に0まで減ってしまったり、そんなに高くない段差からの落下ダメージでもゲームオーバーになってしまうなど。

 

 ――――と、まあそう言った感じで色々と難しい要素が沢山あって私には使いこなせないクラスでした。 

 

 

「とりあえず私は無難に行きましょうか――――」 

 

 私はクラスを選んでからモニターをタッチしてみると、私を囲んでいた場所が天井からフワッと溶けるようにちょっとずつ消えていき足元の床だけが残り、そこからバァっと緑色の草の生えた地面が一斉に広がっていきました。

 

 どうやら無事にメンテナンス用のマップにログイン出来たみたいです。

 

「――――遅かったな」 

 

 少し前の方からパーカーさんの声が聞こえてきました。どうやら私よりも早くクラスを決めて先に来ていたみたいです。

 私も結構早く決めたと思ったのですが、それよりも早いと言う事は得意なクラスがあって即決したのでしょうか。 

 

「すみません。待ちましたか?」

「少しな。それより急がないと飛行機が墜落するんじゃないか?」

「そうですね。それでは早速――――」 

 

 私はパーカーさんの場所に小走りで近づいて行きクラスを確認してみた瞬間。 

 

「どうかしたのか?」 

 

 ―――――飛行機の墜落を確信したのでした。

 

 

 

「あ、あの。もしかしてクラス選択を間違えてしまったのですか?」

「ん? 別に私は間違えてなんていないが、何かあるのか?」

「けど、そのクラスって――――」

「ああ。私はスピードの速いクラスが得意なんだ」

 

 パーカーさんのアバターはリアルの時と同じようなフード付きのパーカーを顔を覆うように深く被っていました。

 両手には小さめの小太刀が1本づつ握られていて、攻撃範囲の短さが見ただけで伝わってきます。

 

 鎧や盾など重い物は装備せず、武器も最低限の軽くて扱いやすい近接武器だけで戦うそのクラスは――――。 

 

「あの。どうしてスピードスターを選んでしまったのですか?」

「どうしてって。これなら相手の攻撃を全部避ける事が出来るからな。それに目的地に一番早く到着出来るクラスだろ?」

 

 私のクラスはそんなに早く移動できないのですが、もしかして1人で走っていってしまう気なのでは?

 

「その。出来れば移動速度は私に合わせて欲しいのですが――――」

「安心しろ。デュオはあまりやった事は無いが、敵と戦う時以外はチーム行動が鉄則と言う事は知ってる」

 

 つまり敵が出てきたら1人で勝手に突撃してしまう訳ですね…………。 

 

「敵は私が全部倒してやるから、お前は後ろで見てるだけでいいぞ」

「スピードスターは攻撃力はそんなに高くないのですが、えっと、その、大丈夫なんでしょうか?」

「攻撃力が低くても当たればダメージは通るからな。それに100回も攻撃を当てれば倒せるだろ?」

 

「――――このゲームの最大体力は100ですが、最低保証ダメージは2なので50回当てれば倒せますよ」

「そうなのか? それくらい誤差の範囲じゃないか」

 

 50回は誤差というレベルを超えていると思うのですが…………。それに守備力の高いタンク職相手に攻撃を一切受けずに50回も攻撃を当てるのはかなり厳しいのでは無いでしょうか。

 

「――――そう言えば、お前は弓を選んだのか」

「はい。一撃必中で行こうと思ってます」

 

 私は手に持った弓を前に突き出すようにしてパーカーさんに見せました。

 弓はロングボウなので少し遠く目の距離まで狙う事が出来ます。 

 

「矢なら余裕があるはずだろ? 好きに乱射しても最後まで余るんじゃないか?」

 

 普通のクラスならそれでも良かったのですが体力の少ないスピードスターに間違えて誤射で当ててしまったら致命傷になってしまいますし、当たり所が悪いと一撃必殺になってしまう可能性があるのですが…………。 

 

「ロングボウでの連射は難しいので今回は止めときます」

「そうか。まあ自分のやりたいようなスタイルで戦うのが一番やりやすいから好きにやればいい」

「そうします。――――では、さっそく目的地を確認しましょう」

 

 私はメニュー画面からマップを選択すると、私達の前にメンテナンス用の全体マップが表示されました。 

 

 



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飛行機墜落 高度1万メートル、フライトeスポーツ4

 

 

「えっと、私達の今いる場所がマーカーの付いているここで…………飛行機のローラー開閉スイッチがあるのが少し離れた場所にあるここです。目的地のマーキングは既にされているみたいですね」 

 

 私はマップの右上にある方位磁石で方角を確認してから軽く周りを見回してみると、白い四角のマークが遠くの方に見えてその下にはそこまでの距離が表示されていました。

 

「――――こっちの方に向かえばいいみたいです」

「ようするにこのまま真っ直ぐに進めばいいわけだな」

「そうですが一応NPCも何組かいるので、隠れて行けそうな場所があればそっちを優先に進んだほうがいいと思います」 

 

 

 キャビンアテンダントさんの説明だと、メンテナンスモードでは誰かが間違えてログインしてそのままスイッチを押されないようにセキュリティとしてCPUが何組か徘徊していると言ってました。

 

 けど沢山のCPUに一度に襲われてしまったらメンテナンスを行う人が目的地まで辿り着く事が困難になるので、それぞれのCPUはある程度の距離を取るように設定されているみたいです。

 

 なので一斉に襲いかかってくるような事はないので、確実に対処していけばそこまで苦戦はしないとの事です。

 

「まだ時間には余裕があるので、最初は慎重に進みま―――――って、あれ?」 

 

 私が全体マップを消してからパーカーさんの方を見ると、いつの間にかさっきまでその場所にいたはずのパーカーさんの姿は無くなっていました。

 

「こっちだ、早く来い」 

 

 どうやらパーカーさんは私の準備が終わるよりも早く、一足先に目的地の方向へと進み始めていたみたいです。 

 

「すぐに行きます」

 

 私は小走りで向かっていくと、突然足元に何かコツンと引っ掛かり転びそうになってしまいました。

 

「――――っと。あれ? 何か落ちているのでしょうか?」

 

 私は足元を調べてみると、回復ポーションのビンが1つ地面に転がっていました。

 これは私の物では無いので、おそらくパーカーさんが落とした物ですね。

 

「――――あの、ポーション落としてますよ?」

「ん? 私が必要な分はもう拾ったから、お前が使いたいなら貰っておけ」

「――――拾った?」

 

 地面をよく見るとポーションの他にも素材や武器が落ちています。

 どうしてスタート地点なのにアイテムがこんなに沢山あるんだろうと思っていると、茂みの隙間に鍵の空いた宝箱が2つ見えました。

 

「NPCが2人いたから倒しておいたぞ。こいつ等は特にこれといった物は持ってないみたいだな」

「倒すの早すぎです!!」

 

 大会で上位を取れるような人だとは思っていたのですが、流石にここまで出来る人とは思いませんでした。

 最初に言ってたように、これは本当に1人で何とかしてしまうかもしれません。

 

 ――――今回の私はサポート役に徹する事にした方がいいかもしれないです。

 

 前線はパーカーさんに任せる事にして、防具は軽めて動きやすさを重視したデフォルトの服で行くことにしましょう。

 だったら今は防具は拾わずに回復ポーションだけ貰っておけば良さそうですね。

 

 そして矢の素材になりそうな物を一通りと。

 乱射して間違ってフレンドリーファイアをしないようにダメージの大きめな矢をクラフト出来るようなのを中心に―――――ふぅ、こんな所でしょうか。

 

 ――――けど、アイテムの残り方が少し引っかかるような。ちょっと回復アイテムが余りすぎな気もします。

 

 

「――――――終わったか?」

「はい。ちょっとだけ道具を補充させてもらいました」

「ならすぐに行くぞ」

「あの。アイテムがかなり残っていたのですが、こんな序盤なのにNPCはアイテムを沢山持ちすぎじゃないでしょうか?」

「――――そういう事か。私はスピードポーションだけしか取ってないからな」

「ええっ!? 回復アイテムは1つくらい持って無いと危険なのでは?」

「このクラスに回復は必要無いだろ? それに早く動くために少しでも重量は軽くしておきたい」

 

 

 確かにパーカーさんのスピードスターは回復アイテムが必要無い…………というか1、2回攻撃を受けただけでゲームオーバーなので回復が出来ないと言うのが正しいのですが。

 それでも致命傷で助かった場合は回復アイテムを使って仕切り直しをする事が出来るので1つくらい持っているのがセオリーのはずなのに。

 

「回復ポーションの重量は誤差レベルだと思うのですか」

「誤差でも変わる事には違いないからな。その誤差の重量差でダメージを回避出来るかもしれないだろ?」

 

 私はスピード系クラスをあまり使わないので良くわかりませんが、愛用者のこだわりみたいな物なのでしょうか。

 

 私がマップをしまったあの一瞬でNPCを2人もやっつけたって事は重要なのだと思うのですが、とりあえず今はパーカーさんの戦い方を見てスピードクラスの使い方を学習させて貰ったほうがいいかもしれません。

 

 

「なら念のために私が少し多めに回復アイテムを持っておきますね」

「好きにしろ。必要ないと思うけどな」

 

 

 私は弓のストックをちょっとだけ減らして回復アイテムを2人分持っていく事にしました。

 たぶん後方支援がメインなら多分ギリギリ足りる本数だと思います。

 回復出来ずにやられてしまうのだけは避けないといけませんし…………。

 

 

「おまたせしました。今度こそ大丈夫です」

「ならすぐに行くぞ。時間に余裕があると言ってもゆっくりしている暇も無いからな」

「あっ。ちょっと待ってください」

 

 歩き始めようとしたパーカーさんを止めようと声をかけると、不満も焦りも感じさせない無表情な顔で私の方に振り向きました。

 

「どうした? 目的地にはマーカーが付いてるからこのまま真っ直ぐに行けば最短距離だぞ」

「確かに距離だけなら最短なのですが、この先は崖になっていて吊橋が1本かかっているだけなので渡っている最中に交戦してしまう可能性が…………」

「NPCは待ち伏せなんてしないから、渡ってる時に狙撃される事は気にしなくていいんじゃないか?」

「そうなのですが、NPCは私達の方に向かってくるので反対側から普通に橋を渡ってくる可能性も――――」

「その時は正面突破すればいいんじゃないか?」

「あっ。そんなに急がなくても――――」

 

 パーカーさんはそのままズカズカと進んでいってしまいました。  

 まあ決断は早い方がいいですし、非常事態になったら戻って迂回する事にすればいいですしね。

 それに結構歩くスピードが早いので、急いで追いかけないと置いてけぼりにされちゃいそうです。

 

 

 

 



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飛行機墜落 高度1万メートル、フライトeスポーツ5

 

 私達は道を少しだけ進むと吊橋のかけられている崖まで辿り着きました。

 向こう側を見てみると多分200メートルくらいここから離れています。

 当然ジャンプして向こうまで一気に飛んでいく事は無理なので、向こうに行くにはこの橋を渡るしか選択肢はありません。

 

 

 橋を見てみると風が強いのかギシギシと音を立てながらちょっとだけ左右に揺らされていて渡るのが少し怖いでが、ここまで来てわざわざ遠回りするのも時間がもったいなので覚悟を決めて進む事にします。

 

 ゲームのオブジェクトなので自然にロープが切れて落下する心配は無いのですが、橋の上で戦闘になって橋にダメージを与え続けると壊れてしまうので、そこだけは注意しないといけません。

 

 ちなみに普段のゲームでは炎魔法で橋を一気に燃やしてしまったり、穴を開けて落とし穴をしかけるみたいな事も出来たりします。

 

「ではNPCが来る前に早く渡ってしまいましょう」

「…………少し遅かったかもな」

「――――えっ?」

 

 

 なんと私達が橋を渡ろうとした瞬間、崖の反対側から2人組のNPCが出てきてこっちに向かって橋を渡ってきたのでした。

 

「橋の上で戦うのは足場が不安定なので、こっちまで来るまで待ちますか? もう少し距離が近づけば私の弓で狙撃する事も出来ますけど――――」

 

 橋を渡って来るのを狙う場合ぐらぐらと不安定に揺れているのを狙う事になるので少し命中精度が下がるのが難点ではあるのですが。

 

「相手は両方とも弓使いみたいだな。近づけば大したことはない、正面突破で行くぞ!」

「あの。弓相手はその近づくまでが大変なのですが―――――って、もう向かってる!?」

 

 

 パーカーさんは武器を構えたと思った瞬間に相手に向かって橋を駆けて行きました。

 この場所からだと私の弓も射程距離外なので、私もすぐに追いかけないと。

 

「――――っ、ととっ」

 

 吊橋に足を乗っけた瞬間、私はバランスを崩して落っこちそうになったのを必死の思いでロープにしがみついて何とか落下を回避します。

 

 ――――どうやら予想以上に不安定な足場みたいです。

 

 こんな足場でまともに戦えるのかな? とパーカーさんを見てみると、まるで平地を走っているかのような感覚でグラグラと揺れる足場を走り抜けていました。 

 

「――――急がないと」 

 

 パーカーさんが吊橋の半分くらいの場所に到達した辺りでNPC側の射程範囲に入ったみたいで、弓を構えてパーカーさん目掛けて矢を撃ち放ったのですが。

 

「遅いな」

 

 と、武器で弾くまでも無く体を横にステップさせると、シュッと音を鳴らしながらパーカーさんの真横を矢が突き抜けていきました。

 

 そして、予想通りパーカーさんのかわした矢はそのまま真っ直ぐ後ろにいる私の方へと直進してきたので、私も同じように横ステップでかわ―――――――。

 

「わわっ!?」 

 

 避けようとした私は不安定な吊橋に足を取られて、その場に尻もちをついてしまいました。

 直後、動けなくなった私のちょうど真上を矢が2本過ぎ去って行き、矢の1本が私の髪の毛をちょっとだけかすってしまいました。

 

 も、もうちょっと上に頭があったらヘッドショットで、ゲームオーバーになってました。

 

「――――この辺りがギリギリ矢の射程範囲みたいですね」

 

 私は体制を立て直して弓を構えるとNPCに標的を合わせます。

 不安定な足場で、更に標的も不安定に動いているので狙いを定めるのはかなり大変なのですが、頑張って当てないと――――。

 

 パーカーさんはもうNPCの目の前に到着していて、相手が反応するより早いスピードで回し蹴りをクリーンヒットさせ1人を吊橋の下へと叩き落としていました。

 

 けれど、NPCが落下する時に体が吊橋のロープに当たって橋が大きく揺れてしまい、その衝撃で私の構えた矢が少しだけ照準がずれて発射されてしまったのです。 

 

「ああっ!?」 

 

 誤射された矢はそのままパーカーさんの真後ろへと飛んでいってます。

 パーカーさんは後ろを向いているので誤射に気が付いていません。

 ここままだとパーカーさんに当たってしまいます。 

 

「危な―――――」

 

 私が言い終わる前にパーカーさんはまるで後ろにも目が付いているかのように危険を察知し、瞬時にNPCの後ろに回り込んでNPCを蹴り飛ばすと、パーカーさんが元いた場所とNPCが立っていた場所が入れ替わり、私の誤射した矢がNPCを貫きました。

 

 威力重視にしていた事と相手の防具が軽装だった事、それにパーカーさんの蹴りダメージもちょっとだけ加わった事でヘッドショットにはならなかったのですが、なんとか一撃でやっつける事が出来たみたいです。

 

 ――――それにしても後ろを向いていたのに私の誤射に一瞬で気がついてかわすなんて。

 

 もしパーカーさんと対戦する事になって後ろから攻撃するチャンスがあったとしても、当てる事は難しいかもしれません。 

 

「――――すみません。手元が少し狂ってしまいました」

 

 私は注意されるかと思ったのですが、パーカーさんの口から出た言葉は罵声などでは無く、落ち着いた口調でした。

 

「誤射は誰でもするから気にするな。それに半分はすぐ倒せなかったこっちの責任だ」

「私の方を見てたんですか?」

「そっちは見てないが、矢の音が聞こえたからな。それに足元が不安定だと狙うのが難しいんじゃないのか?」

「確かに難しいですが、次はNPCを頑張って狙うので安心してください!」

 

 私は頑張るぞ!のポーズをして決意を表明します。

 

「期待してる」

「あの。ちょっとだけアイテムの補充をしたいのですが――――」 

 

 

 吊橋の上にはNPCを倒した時に出現した宝箱が2つ置かれていました。

 ちなみに落下ダメージでやっつけた場合は落下する前にいた地点に宝箱が出現するので、どんどん突き落としても大丈夫です。

 

「そっちは補充しなくてもいいんですか?」

「ああ。今の装備で問題無い」

「では遠慮なく私が全部もらいますね」 

 

 これまで回復アイテムを多めに持ってきていましたが少し減らしてもいいかもしれません。

 それより矢の威力か命中精度を上げる物が何か……………あっ!?

 

 ――――私は宝箱の中に鳥の羽を見つけたので、何個か持っていくことにしました。鳥の羽を矢尻につけると矢が撃ちやすくなり、命中精度が上がって当てやすくなるからです。

 

「――――終わりました」

「目標まで後少しだ。急ぐぞ」

「はい。了解です」 

 

 私はメニュー画面を開きクラフトを実行して矢を改良しながらパーカーさんの後に続いて目的地への道を進む事にしました。 

 



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飛行機墜落 高度1万メートル、フライトeスポーツ6

 私達は何度かNPCを不意打ちでやっつけたり隠れてやり過ごしたりしながら順調に進んで行き、飛行機の開閉スイッチのある場所まで何とか辿り着けたのでした。 

 

 

 

「――――ここか?」

「そうみたいです。時間に余裕はちょっとしか無いですが、走って行けばじゅうぶん間に合います」

 

 私達がいる場所の前には広大な湖が広がっていて、そのちょうど真ん中に天まで届くくらいの高い塔がそびえ立っていました。

 塔の下の方を見ると地上から1メートルくらいの壁の所に丸い押しボタンがあったので、どうやらあのボタンを押すことが出来たらミッションクリアみたいです。

 

「――――あれか。最終地点なのにNPCが誰もいないのは気になるが、あれならこの場所からお前の弓で狙って当てれば押せるんじゃないのか?」

「私もそれは考えたのですが威力重視に矢をクラフトしてしまったので、直接当てたら壊れちゃうかもしれないです。それに新しい矢を作る為に今から素材を探すのはちょっと時間的に厳しいので、やっぱり直接押しに行くしか無いと思います」

「それしか無いか。――――何が起こるか解らない。慎重に行くぞ」

「サポートは任せてください」 

 

 

 塔と湖の間には1本の架け橋がかけられていて、後はまっずぐにその橋を走り抜けるだけです。 

 

「私が先行する。ついてこい」

「了解です!」 

 

 私達は湖のふもとまで到着しましたが、チャプチャプと水の流れる音が聞こえるだけで他の音は聞こえてきませんでした。

 隠れる事が出来る場所も見当たらないですし、塔の裏側にも何もないみたいです。

 

「――――静かだな」

 

 私達は慎重に架け橋を進んで行きましたが、心配とは裏腹に特に何も起きずに3分の1くらい進んでしまい、ちょっとだけ拍子抜けしちゃいました。。

 ここからならスイッチまで矢が届きますね――――っと、そう言えば攻撃力の強い矢しか無いんでした。

 

「…………ふぅ」

 

 私がちょっと気を抜いたと同時にピピピピとアラーム音が鳴ってちょっとビックリしたので状況を確認してみると、どうやらキャビンアテンダントさんからの音声チャットが着ているみたいです。

 

「――――もしもし。どうかしましたか?」

「お客様、もう少しで離陸体制に入ってしまいます。状況はどうなっていますでしょうか?」

「順調です。もうスイッチは目の前なので安心して――――」

「おい。何か来るぞ!」

「――――えっ!?」

 

 突然、地鳴りのような音が響き渡り、湖の底からクリスタルが2つ私達の前に立ちふさがる様に出現しました。 

 

「――――何か来るぞ!」

「お客様、何かトラブルでも?」

「すみません、いったん通信を終わります」

「お客様? お客さ―――」

 

 私はピッと通信終了のボタンを押してキャビンアテンダントさんとの通話を強制的に終わらせると、弓を構えて臨戦態勢へと移行しました。

 

「なんだあれは?」

「――――あれは召喚クリスタルです。イベントの時に使われていて―――――――ッ!? 下から来ます!!」 

 

 

 私は少し前に向かって矢を放つと、地面から少しづつ出現してきた人形の様な物の頭に矢を直撃させて、なんとかソレが出現する前に撃退する事に成功しました。

 

 

「クリスタルを壊すまでその周辺にモンスターが召喚されるオブジェクトです」

「―――ふ~ん。そんなのがあるのか」

「――――あの。召喚クリスタルが出てくるイベントはちょくちょく開催されていると思うのですが…………」

 

 

「あいにく私はイベントバトルに興味はないからな。―――それより、アレが湖の上だと私は攻撃できない。お前がなんとかしてくれ」

「そうしたいのですがクリスタルは耐久値が高めなので、今からだと壊すのはちょっと時間的にきつそうです。なので強行突破で行きましょう。援護するのでスイッチまで走ってください」

「任せろ!」 

 

 

 気がつくと架け橋の中間地点から向こうまでギッシリと水で出来た人型のモンスターが沢山ひしめき合うように道を塞いでしまっています。

 パーカーさんはなるべく戦わないようにモンスターの横をするりとくぐり抜けていき、戦闘をしないで進むのが難しそうなモンスターを私が狙撃で排除してスイッチへの通路を確保していきました。

 

 矢に羽を付けた事で命中予測地点のサークルが狙いやすくなった事で私のガバガバエイムでも何とか弱点に命中させる事が出来て一安心。

 

 …………と、思ったら予期せぬ出来事が起こってしまいました。 

 

「おい。何か変な音がしないか?」

「変な音? そういえば、架け橋の下から何か音が聞こえるような…………あっ!? 下がってください。下から何か来ます!」

「チィっ!」 

 

 パーカーさんは急いで後ろにバックステップをすると湖の下から大きな影が浮かび上がってきて、影の主は橋を壊しながらその正体を現したのでした。

 

「なっ!?」

「…………こいつ等の親玉か」

 

 スイッチまで後一歩と言う所で、私達の行く手を阻んでいる水属性モンスターのおよそ10倍はある巨大な敵が現れたのでした。

 

 

 確かモンスターが出てくるクリスタルからは低確率でレアなアイテムを落とすボスモンスターが出てくるので、余裕があればどんどん倒していくのがゲームのセオリー。

 

 …………って、今はそんな事はどうでもよくって。

 

「ボスだけに集中攻撃しましょう!」

「わかってる!」

 

 パーカーさんはスピードポーションを取り出して攻撃スピードを上げる事にしたみたいです。

 私もリジェネポーションを使って自動回復状態にして雑魚モンスターの攻撃は自動回復で何とか耐えてボスに攻撃を集中する事にしました。

 

「――――流石に固いな」

 

 パーカーさんは攻撃を4、5回連続で繰り出した後、ボスが攻撃モーションに入った瞬間にバックステップで攻撃範囲のギリギリ外に回避。

 そして、ボスの攻撃が終わってから即座に距離を詰めてまた攻撃を繰り出すヒットアンドアウェイ方式でダメージを与えていました。

 

 けど、パーカーさんのクラスは大ダメージを与えるのには不向きでボスと正面から戦うのはあまり得意では無い為、メインのダメージソースは私が弓を限界まで引いてパワーを溜めてからのタメ撃ちです!

 

「あとちょっと―――――これで、最後です!」 

 

 何回かの攻防の後、私の放った矢がボスを貫きボスモンスターは光に包まれながら消えていき、スイッチまでの最後の道が切り拓けられたのでした。

 

「…………間に合うか」

 

 パーカーさんはボスモンスターがいた場所に出来てしまった大穴をジャンプで飛び越えてスイッチまでの最後の直線を走り始めました。

 私は横目で残り時間を確認してみると、ボス撃破にかなり時間を使ってしまっていたようで、タイムアップ直前のアラートが鳴り出してしまいました。

 

 パーカーさんも状況を理解したみたいで、表情に焦りの色が伺えます。

 残り時間的にはちょっとだけ…………いえ、かなり足りないかもしれません。 

 

「こうなったら矢で直接狙うしか…………」 

 

 けど、スイッチが壊れてしまっては駄目ですし、もしかしたらパーカーさんがギリギリで間に合ってくれる可能性も…………せめて何か衝撃を和らげてくれるモノでもあれば…………。

 

―――――あっ?

 

 私はとっさに矢の衝撃を弱くする方法を思いつきました。もうこれしか方法は無さそうですし、悩んでいる場合じゃ無さそうです。

 

 私は矢を構えると、パーカーさんに向かって叫びました。 

 

「避けないでください!!」 

 

 パーカーさんはチラリとこちらを向いてどうしたんだ? と言った顔をした後、一瞬で状況を理解してくれたようで、軽く頷いてくれました。

 

「多分、大丈夫なはず――――」 

 

 私はスイッチに狙いを定めた矢を限界まで引いてから――――。

 

「行きます!」

 

 一気に矢を撃ち放ちました。

 

 矢はスイッチまでの直線を真っ直ぐに飛んでいき、このまま直撃したら間違い無く壊れてしまうと思います。

 

 ―――――けど、私とスイッチの中間地点にはパーカーさんが走っているのです。

 

 私の放った矢はパーカーさんを背中からつらぬき、その瞬間パーカーさんは光に包まれながらログアウトしていきました。

 

 ――――――そして、パーカーさんに当たった事で威力が弱まった矢はスイッチの少し前から失速を始め、落下しそうになった瞬間コツンとスイッチに当たりオープンの文字が画面に表示されました。

 

 そして、タイプアップのアラートが鳴り響く中、私の体も光に包まれながらログアウトしていきました。

 

 



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飛行機墜落 高度1万メートル、フライトeスポーツ完

 

 現実世界に戻った私はバイザーを解除すると、パーカーさんとキャビンアテンダントさんが出迎えてくれました。 

 

「――――あの。今はどうなってますか?」

「お客様、ありがとうございます。無事、ローラーの開閉口が開きました」

「それは良かったです」

「もう着陸直前で危険なので、この部屋の座席で待機をお願いします」

 

 よく見るとパーカーさんはすでに部屋の端っこになる椅子にシートベルトを付けて座っていたので、私もパーカーさんの横の席に座ってベルトを閉めました。

 

 カチッとベルトの閉まる音を聞いた瞬間、ひと仕事終えたような充実感が私を包みこんでこのまま眠ってしまいそうになります。

 

 ―――――っと、その前にパーカーさんに一言お礼をいっておかないと。

 

「あの。最後はすみません――――」

「あの状況ではあれしか方法は無かっただろ? それに私が同じ状況でも同じ事をしていたと思う」

「本当はもっと確実な方法があれば良かったのですが」

「それより何で最後に叫んだんだ? 何も言わずにあのまま後ろから撃っても良かっただろ?」

「その、なんとなく避けられてしまう気がしたので。それにフレンドリファイアはあまり良い行為とは言えませんから…………」

「あの時は前しか見てなかったから、後ろを気にかけてる余裕なんて無かったけどな」

「そうだったんですか? 序盤に私がミスショットしてしまったのを避けたのを見て、後ろからの攻撃は当たらないと思ってました」

「…………お前、よく見てたんだな?」

「――――え?」 

 

 私が話を続けようとした所で突然ガコンと飛行機の揺れが激しくなりました。

 どうやら飛行機が着陸体制に入ったみたいです。

 

「お喋りはここまでにしておくか」

「――――そうですね」

 

 疲れが限界にきてしまった私はちょっとだけ目を閉じると、ガタガタと揺れる飛行機がまるでゆりかごの様な心地よい物に感じてしまいそのまま眠りについてしまいました。

 

 

 

「――――様。――――お客様?」

「…………ふみゅ? ――――あれ?」

「お客様のおかげで飛行機は無事に着陸出来ました。後でお客様のご自宅に改めて伺いますね」

「――――えっと、ありがとうございます。ふぅ、どうやら無事に――――あれ?」

 

 私は隣の椅子を見てみると、そこに座っていたはずの少女の姿はすでに消えてしまっていたのです。

 

「――――あの、ここに座ってた人は?」

「用事があると一足先に降りてしまわれました。――――その、起こそうと思ったのですが、眠られていたので無理に起こす必要は無いだろうとそのまま…………」

「…………そうでしたか」

 

 もうちょっと話そうと思ったのですが、用事があったのなら仕方ありませんね。

 

 ――――私はベルトを外して立ち上がろうとすると、シャンティが何かを思い出したみたいです。

 

「そうだ、桜。さっきの子からボイスメッセージを受け取ってるよ」

「メッセージですか? ちょっと再生してください」

「おっけー」

 

 数秒後、シャンティに搭載されているスピーカーから音声が再生されました。

 

「今後対戦する事になるかもしれないが、その時に手は抜くなよ」

 

 …………え? それだけ!?

 

「手を抜かなくても勝てる気はしないのですが…………」

 

 私はキャビンアテンダントさんに、「ありがとうございます」とお礼を言ってから部屋を出て行きました。

 

「…………そう言えば、パーカーさんの名前を聞くのを忘れてました」

 

 

 ――――まあ、同じゲームをやっているのならそのうちまた会う機会があるかもしれないので、その時に聞けばいいですね。

 

 一応、再開の約束? のような物はした訳ですし。

 

 私はさっきまでの出来事を思い返しながら、忍さん達の待つ座席にゆっくりと戻って行きく事にしました。

 

 

 

 

 

 

 ――――とまあこの飛行機での出来事が私が大人気バトルロイヤルゲーム、ブレイド&マジックの全国大会に出場する最初のチームメイトととの初めての出会いなのでした。

 

 私は自室の椅子から立ち上がり。

 

「さて、今日はこれくらいにして休むとしましょう」

 

 と、ベッドで休もうと思った瞬間、突然部屋のドアがドタンと突然やってきた人物に勢いよく開かれたのでした。

 

「ちょーーーーーっとまったぁあああああ!!!!」

 

 ドアの向こうに立っていた人物は私に詰め寄るようにドカドカと部屋に入ってきて、私の目の前で止まったかと思うと。

 

「ちょっと納得いかないんだけど!!」

「忍さん。終わろうとしているのに、勝手に人の回想シーンに入ってこないで欲しいのですが…………」

「そんな事より何で私が最初のチームメイトじゃないわけ!!?」

「何でチームメイトじゃないわけ? と言われても、これにはちょっと色々と事情がありまして…………」

「色々って何よ! 私に何が足りないっていうの!」

 

 これは答えを間違えるとブチギレされそうなので言葉を選ばないと。

 

「それは……その…………実力…………とか?」

「うぐっ。痛い所ついてくるわね――――」

「忍さん、安心してください。きっとゲームが上達したらチームに入る事が出来ると思います!」

「そうね、それじゃあ私も頑張って全国大会までにゲームの腕を上げて―――――って、何で上から目線なのよ!」

「それは私がリーダーだからです!」

 

 ドドンと太鼓の音が聞こえるような感じで私は胸を張りました。

 忍さんはちょっとだけ後ろにたじろいた様ですが、すぐに気を取り直したようで。 

 

「そ、そうかもしれないけど、じゃあ私をチームに入れてくれても――――」

「そうですね。では忍さんにはオトリやマトや相手の攻撃を受ける盾の役割を―――――」

「さ~く~ら~?」

「…………すみません、冗談です。ただ全国大会は1チーム4人なので、忍さんを入れても後1人足りません」

 

 一応シングルの大会もありますが、私は団体戦で優勝を目指したいですね。

 

 

「それ以前にまだ飛行機で会った子もチームに入ってない気もするんだけど?」

「まあ、そのうち流れで入ってくれると思います」

「そんなんでいいのかなぁ」

「ともかく、残りのチームメイトはどんな人なんだろうとか、忍さんは無事にチームメイトになれるかどうかなど些細な謎を残しつつ――――」

「って、結局私はまだ確定じゃ無いわけね…………」

「忍さんが急に引っ越したり突然宇宙人に拐われたりする事になる可能性もありますから」

 

 eスポーツにトラブルはつきものですしね。

 忍さんが闇落ちしてラスボス化する可能性だって捨てきれません。

 

「そんな奇想天外な事なんてないわよ!」

「引っ越す可能性はあると思うのですが…………」

「無いから、ぜぇええええったいに無いから」

「し、忍さん落ち着いてください」

 

 私は必死にジタバタする忍さんをなだめました。

 

「ふんだ。絶対練習してスーパープレイヤーになってどうかメンバーに入ってくださいって言わせるんだから!」

「はい。忍さんには期待してます」

「本当かしら?」

「本当です」

「ならいいんだけど」

 

 ふぅ。何とか忍さんの機嫌が良くなってくれた所で、今回のお話はこれでおしまいですっ!

 

 

 



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格闘ゲーム編1 すぐ楽にしてあげます

 飛行機の事故から数日後。

 いつも通りの日常に戻った私は相変わらずゲーム三昧の日々を過ごしていて、今日は格闘ゲームのオンライン対戦で世界中にいる猛者の人達との対戦を楽しんでいるのでした。

 

「ああっ!? 今ちゃんと対空を出したのに!!」

「桜~。そんな事言っても画面は嘘つかないよ~」

「いえ、今のは本当に出したはずなのにおかしいです。絶対このゲームの入力判定はすごく厳しめに調整されてます!」

 

 私は耳元から聞こえるゲームサポートAI「シャンティ」の茶々を受け流しながら、再びゲームパッドを握る手に力を込めました。

 対空技が出ず予定外のダメージを受けてしまった私は状況を立て直す為に少し後ろにステップをして相手と距離を取り、牽制の為の飛び道具を放つコマンドを入力しました。

 

「こうして――――こうっ!」

 

 が、私が出そうと思ってた牽制技とは違う技が出てしまい、その隙を付いた相手の突進技が私の使っているキャラに直撃してしまいました。

 

「ええっ!? やってない。そんな技出して無いです!! このゲームの入力判定ガバガバすぎます!!」

「……ねえ桜。さっきと真逆の事言ってない?」

 

 相手の突進技で画面端まで追いやられた私は為す術もなく、相手プレイヤーに画面端限定の高火力コンボを決められ撃沈してしまうのでした。

 

「こ、こんなはずでは…………」

 

 画面上では相手のキャラが拳を上に突き上げ勝利者は自分だと勝ち誇ったポーズをして、そのまま攻撃の命中率などが表示される対戦のリザルト画面へと移行して行きました。

 

 ――――けど、このゲームは2本先取。

 1本取られたからと言ってまだ私の負けではありません。

 ここから2本連続で私が勝てば2勝1敗で私の勝ち越しになるのです。

 

「……今のうちにコマンド入力の練習をしておきましょう」

 

 次はコマンドミスで負けないように、私は同じ相手にリベンジを申し込む項目が表示されるまで下、斜め下、横、決定ボタンと技コマンドの練習をする事にしました。

 

「下、斜め下、横、決定。下、斜め下、横、決定と――――」

 

 しかし、この練習が予想外の事態を引き起こす事に…………。

 

「下、斜め下、横、決定…………はわっ!?」

 

 いつのまにかリザルト画面が終わっていて、下入力をした時にカーソルが再戦の下にある対戦終了へと移動してしまい、そのまま勢いで決定ボタンを押してしまったのでした。

 

「えっ!? ちょ、ちがっ!?」

「あれ? 勝てないから1戦で逃げるの?」

「い、いえ。今のはコマンドの練習で間違えて…………」

「あ~、はいはい。そういう事にしとくから別に気にしなくてもいいよ~」

 

 シャンティは画面にやれやれと言った感じのマーカーを表示して今の感情を表しました。

 まったく、こういう所だけ妙に人間ぽいというか。

 それにシャンティの音声はこころなしか楽しそうな感じに聞こえます。

 

「というか、キーディスを見れば押し間違いだとすぐ解るはずなのですが……」

「さぁ? ボクっておんぼろAIだし、そんなシステムあったかなぁ~」

 

 ――むぅ。少し前にオンボロって言った事をまだ根に持っているみたいです。

 これ以上言ってもからかわれるだけなので、ここで小休止した方がいいかもしれません。

 私はオンライン対戦一時中断の項目を選んでからシャンティに話しかけました。

 

「――――ふぅ。少し休憩します。シャンティ、ゲームを終了してください」

「オッケー、桜。じゃあデータの保存しとくね~」

「あの、最後のは保存しないでおいてくれると助かるのですが……」

「ズルは許しませ~ん。それに戦績は対戦毎にゲーム会社のサーバーに保存されるからそんな事しても意味ないと思うけど?」

「うぐっ。そう言えばそうでした」

 

 どんなゲームでも正々堂々とルールを守って楽しく遊ぶのが真のeスポーツプレイヤーでした。

 勝ち負けをズルするのはいけない事です。

 

 ――――私はヘッドギアの耳元に付いているボタンを押して目元を覆っているバイザーを収納すると、目の前の景色がゲーム画面からいつも見慣れた自分の部屋に代わり現実へと戻ってきた事が実感出来ました。

 そのまま装着しているゲーミングウェアをパージすると、体から離れたパーツが自動で集まっていき、全てのパーツの合体が終わると球体状の形に変わり宙をふわふわと浮遊しはじめました。

 

 それから私は負けた悔しさで震える手を何とかおさえながら無言でゲームパッドをテーブルの上に置きました。

 ふぅ。もう少しでゲームパッドを壁に投げつける所でしたが、そんな事をしたらパッドが壊れてしまうかもしれないので危なかったです。

 どんなに悔しい事になっても物に当たるのは絶対にいけません。これはゲームをやる上での必須マナーです。

 

 しかし、さっきの相手は明らかに格下だったのに一体何がいけなかったのか。

 私は色々と敗因を考えますがこれといった答えにはいたりません。

 これはそう。考えられるとしたら…………。

 私は1つの結論にたどり着きました。

 

「…………ラグいです」

「ん? 何か言った? 桜?」

 

 浮遊している球体のスピーカーからさっきまで耳元で聞こえていた声が聞こえてきました。

 シャンティはゲームをする時はゲーミングスーツとなり私のプレイをサポートしてくれる

のですが、普段は球体状になり生活のサポートをしてくれる万能ユニットなのです。

 

「さっきの対戦は凄くラグかったです。きっと実力では無く通信回線的な要因で負けたに決まってます!」

「ええっ!? でもディレイは1だったよ? ちゃんと数字が出てるのに言い訳は見苦しいなぁ~」

「いえ、ラグというのは数字では無く体感的な物なので、やってる私がそう思ったらラグいんです!」

「…………まあ、桜がそう言うならボクは別にどっちでもいいんだけど」

 

 シャンティは得意げに空中でくるりと回転して、私の文句を話半分で聞き流しているような素振りを見せました。

 

 



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格闘ゲーム編2 遊びは終わりです!

 シャンティのオンラインゲームのラグ論争をしていると、ふとある人物の名言を思い出しました。

 

「それにプロゲーマーのドララさんも言ってました」

「えっと、なんか言ってたっけ?」

 

 私はシャンティに指をさして宣言します。

 

「勝ったら実力! 負けたらラグっ! これはドララさんの自伝の帯にも書いてあった名言です!」

 

 ドララさんとは様々な対戦ゲームで活躍するプロゲーマーの1人です。

 総勢100キャラいるゲームで全てのキャラを使いこなし、大会の参加者全員に有利キャラを被せるという離れ業をやった事は今でも伝説の1つとして語られていますね。

 

 そのドララさんの自伝である「ド・ラグ」税込み2500円は私も購入し何度か読んで、今までの生き方に感銘を受けました。

 

「あ~、あの無駄に高かった本か~」

「いえ、あれは高いと言うか適正価格です。ドララさん関係の商品はある法則性があるので」

「……なにそれどういう事?」

 

 ふむ。ドララさんの事を知らないとは、これはシャンティを少し教育してあげないといけないようですね。

 

「ちょっと待っててください」

 

 私は本棚の前に移動し、そこから1冊の本を取り出しました。

 そして、パラパラとページをめくり目当てのページを見つけると、本を広げてシャンティに見せてあげました。

 

「これがドララさん監修のお菓子ドララ焼き1個2500円です」

「普通のドラ焼きの25倍!? 何が入ってたらそんな値段になるの!?」

「そしてこれがドララさん監修のスポーツカー1台2500円です」

「やっす!? てか安すぎて逆に怖いんだけど」

「最後にドララさん監修のゲームが2500円です」

「あ、適正価格のもあるんだね」

 

 ドララさんの2500へのこだわりをシャンティに教えてあげた私は本をパタンと閉じて自慢気に胸を張りました。

 

「…………ねえ、桜?」

「おや? どうかしましたか?」

「もしかしてただ2500って言いたいだけだったりしない?」

「おおっ!? 流石に気付いてしまいましたか。まあこれは知ってる人だけのお約束ネタみたいな物ですので気にしないでください。私が毎月買ってる雑誌にも定番ネタになってますし」

 

 ――――と、シャンティといつものやり取りをしていると、下の階からトントンと階段を登って来る足音が聞こえてきて、少ししてから私の部屋の扉が開け放たれました。

 

「さくら、ちょっといいか?」

 

 ドアの開閉と共に聞こえてきた声は普段着の上にお店のエプロンを付けたお父さんの姿ででした。

 

 

 

「おや? なにか用事ですか?」

「うむ。 実は桜に用があって来たのだ。店で使う材料が少なくなっていたので、お使いに行ってきて欲しいのだが頼めるだろうか?」

「いいですよ。丁度ゲームも切りが良い所で終わりましたし」

「終わったと言うか自分で終わらせちゃった感じだけどね~」

「あ、あれは事故です!」

「――ふむ? よくわからんが行ってくれるなら助かる。では桜の端末に買ってくる物リストと電子マネーを送っておくので後はたのんだぞ」

「わかりました」

 

 要件を伝え終えたお父さんはそのまま部屋を出て階段を降りていき、少ししてからシャンティに通知が来ました。

 

「あっ。送金と買い物リストが届いたよ」

 

 それを聞いた私は出かける準備をする為に帽子置きからお出かけ用の帽子を手に取り頭にかぶると、無駄にくるりと一回転。

 

「ねえ、桜。回る必要あるの?」

「あたりまえじゃないですか。気分をおでかけモードに切り替えるのに必要なんです!」

「ああそう…………」

「では、出かける準備も終わったので買い物に向かいましょうか」

「りょーかい」

 

 シャンティはふわふわと移動してきて、私の右肩のちょっと上くらいで停止しました。

 私の場所を探知して障害物を自動で避けながら周辺を浮遊する自動追尾モードに移行したみたいです。

 

 ――――私は部屋から出て階段を降りて1階に行くと、お店の準備をしているお母さんを見つけたので声をかける事にしました。

 

「ちょっと買い物に言ってきます」

「――――買い物? 何か欲しい物でもあるの?」

「いえ、お父さんに材料の買い出しを頼まれたので」

「あ~。そういえばそんな事言ってたかも」

 

 と、口元に人差し指を当てて、ちょっと前の事を思い出す感じのポーズをするお母さんの姿が微笑ましく見えました。

 

「何か他に買ってくる物とかあったらついでに買ってきます」

「ん~と。今は特に無いかな。せっかくお使いに行ってもらうんだし、少し位ならお釣りを好きな物に使ってもいいからね?」

「では帰りに本を買ってきます。…………っと。そういえば、今日って何日でしたっけ?」

「え? 今日は30日だけど?」

「30日…………あっ!? す、すぐに買ってきます!」

 

 私は早る気持ちを抑えきれずに外に飛び出て、目的のお店へと急ぎました。

 

「あっ。ちょっと桜。走ったら危な――――も~、そんなに慌てて行かなくてもいいのに」

 

 そんな私に自動追尾で付いてきたシャンティが話しかけてきました。

 

「そんなに慌てなくてもお駄賃は逃げないってば」

「いいえ、逃げます。ちょうど発売したばかりの本にとても欲しい物があるので急がないといけません」

「どうせまた変な本買うんでしょ? 通販でもいいんじゃない?」

「まったく、シャンティは解ってませんね。それに私が欲しいのは本屋さんで買うと特典があるので通販じゃ駄目なんです。今月の月刊永久コンボにはこの街のゲームセンターが特集されてるので絶対買わないといけません!」

「やっぱり変な本じゃん……」

 

 ――――ぱぱっと買い物を済ませた私は本屋さんに直行し目当ての本を探すと、どうやら最後の1冊だけ残っていたようで何とかギリギリで購入する事が出来ました。

 

 

 



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格闘ゲーム編3 飛んでキックして、どうしましたぁ!

 目当ての本を手に入れた私はルンルン気分で特大上機嫌です!

 

 

「ふぅ。危うく売り切れてしまう所でした」

「ねえ桜。その本ってそんなに人気なの?」

「大人気だと思いますよ。いつ買いに来ても1冊しか残ってないので、毎回ひやひやです」

「えっと、それって桜しか買ってないんじゃ……」

「そ、そんなはず無いです。確かに客層は偏ってるかもしれませんが、一部の本屋さんで大量に平積みされてるのをSNSで見ましたし!」

 

 ちなみに高田や中野のゲームセンターの近くにある本屋さんです。

 

「ふ~ん、そうなんだ」

「むぅ。なんですか、その興味無さそうな反応は」

「別に興味ないからね~。そんな事より、これからどうするの?」

 

 無理やり話を打ち切られたみたいな感じですが、ずっと立ち話してるのもなんですしこれからの予定を考える事にしました。

 

 本屋さんを出る時にお店の中にあった時計を確認したら予定してた買い物の時間よりちょっぴりだけ早く終わったので、後一箇所くらいは周れそうですが…………さてどうしたものか。

 

 ――――そういえば、さっき買った本の表紙に新作ゲームがどうのこうの書いてありましたね。

 一応確認しに行くのも悪くないかもしれません。

 

「では、ちょっとゲームセンターに寄っていきましょうか」

「いつもの所?」

「はい。ちょっと気になるゲームが出るみたいなので、入荷しているか確認したいです」

 

 私達は人であふれる商店街の道をしばらく歩いて行くと、4階建ての少し寂れた雑居ビルが現れました。

 

 大半の人は気にもとめずに通り過ぎていくのですが、普通の人とはちょっと違うオーラ出てる人達だけその雑居ビルへの入り口へと吸い込まれるように入ってます。

 

 私もその人達と同じように自然とビルの中へと入っていきました。

 入ってすぐ目の前にエスカレーターがあり、その少し隣にエレベーターがあるのですが、今の時間はエレベーター待ちの人が多く少し待たないと乗れなそうなのでスルーです。

 

 

 何より私の中ではエレベーターでゲームセンターに向かうのは甘えなので、いつも階段でゲームセンターに向かうことにしています。

 ちなみに目の前にあるエスカレーターは3階にしか行けないエスカレーターなので、目的地の4階まで向かうことが出来ず、うっかり乗ってしまったらまた1階まで戻って来なくてはならない罠になっています。

 

 何で1階から2階に行くエスカレーターや3階から4階に行くエスカレーターが無いのかは謎ですが、そのカオス度がマニア心をくすぐるのも否定出来ません。

 

 解っているのは1階からエスカレーターに乗って降りたら3階にいる。ただそれだけです。

 

 

 私も素人の時は間違えてエスカレーターに乗ってしまい、迷宮みたいなこのビルの中にあるゲームセンターが見つけられずに何度帰った事か……………。

 

 

 

 ――――と、いうわけで。私達はまず様々なテナントが立ち並ぶ1階の道を少し進み、左右に別れた道を右に曲がると上下に向かう階段が見えてきました。

 

 地下は食品や薬品を売っているフロアになっていて今は用が無いので、私達は階段を上に登っていきます。

 2階や3階も1階と同じ様な感じでカオスな店舗が並んでいるのですが、私はそのまま階段を4階まで登りきりました。

 4階に到着した瞬間。それまで感じていた人の気配がほとんど無くなり、代わりに背筋が凍る様な寒気が全身を覆います。

 

 

 それもそのはず、何故なら今私達の目の前には開いてるお店が1つもなく、シャッターが閉められたスペースが延々と続いていたのですから――――。

 

 あえて営業しているお店を上げるなら、目の前にある自動販売機くらいでしょうか。

 逆に電源の入っている自動販売機の存在が、このフロアが無人でも成立する事を物語ってる様な感じがして怖いです。

 

 ここにあるのはカラ、殻、空。すべてが空っぽな空虚な空洞。

 

 そして、どこかの通気孔から聞こえるのひゅーひゅーといった音がまるでオバケの動く音みたいに聞こえてきて恐怖心が体の底から湧いてきました。

 

「うぅ。何度来てもちょっと怖いです……シャンティいつものお願いします」

「はいはい。いつも何もないけど、怖がりの桜の為にやってあげますか」

 

 シャンティはそう言うと少し上昇した後に振動波を体から出し、振動波がこのフロア全体を包み込んでから沈黙し、シャンティからは何かを解析しているようなピピッという音だけが聞こえてきます。

 

「……あ、あの。まだですか? もうかなり時間が経ったような気がするのですが」

 

 無音で誰もいないこの空間では、まだ数秒しか経っていないのに私には5分以上経過したように感じました。

 ひやりと冷たい汗の一滴が床に滴り落ちで弾けたと同時に、シャンティが再び起動し声を発します。

 

「はいっ解析完了。今回も人体反応少数で霊体反応無しね」

「――――ふぅ。遅いですシャンティ」

「遅いって、1分も経ってなかったと思うんだけど?」

「10秒でしてください!!!」

「いや、流石にそれは無理だってば。そんなに待つのが嫌なら今度からサーチしないで行く?」

「うぐっ。それは…………ま、まあいいです。で、では行きましょうか」

 

 私は改めて周辺を見渡しましたが何度確認しても何もありませんでした。

 意を決して道を歩きだすと、無音の空間にコツコツと私の靴の音だけが反響して響き渡っています。

 

「ううっ。それにしても今日は台車の人はいないのでしょうか?」

 

 台車の人とは私の今いる4階から荷物を台車に乗せて下の階へと運ぶ人の事です。

 この階はテナントは少ないのですが倉庫として使っているお店が結構あって、たまに下の階の店員さんが荷物を取りに来るのです。

 

 その時一緒にこの階を進んでもらう事があるのですが、残念な事に今回はこの階に用があるお店の人はいないようで……………。

 

「まあ、いない事の方が多いからね~」

「シャ、シャンティ。う、後ろを見ててください。そ、それで何か変なのを見かけたらすぐに報告してください」

「はい、はい」

 

 シャンティには自動追尾モードの状態で後ろを向いてもらって、後ろからの驚異に備えてもらう事にしました。

 

 これで少しは安心して進む事が出来る…………はずっ!!

 

 



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格闘ゲーム編4 私は怖いです

 私は更に道を進むと、道沿いに何とか医院とか会議室とか書かれたプレートが目に入ってきました。

 

 ここにある会議室はそう滅多に使われないので人の気配は無く、病院はプライバシー保護の為か中が見えなくなっているので、この場所にいる孤独感が紛れる事はありません。

 

 ――――しばらくすると曲がり角に差し掛かったので、私は壁に背中を押し当ててゆっくりと向こう側を覗き見る事にしました。

 

「…………なにそれ? スパイごっこ?」

「い、一応安全確保の為です! それより後ろをちゃんと見ててください」

「は~い」

 

 私はそ~っと通路の安全を確認すると、どうやら曲がり角の先にも何も怪しいモノは無く、私が「ふぅ」と気を抜いた瞬間―――――。

 

「なにしてんの、桜?」

「ひゃわっ!?!?!?!?」

 

 後方からの突然の声に驚いた私は飛び上がりながら後ろを振り向くと、そこには良く見知ったクラスメイトの姿がありました。

 

「し、忍さん!? どうしてここに?」

「どうしてって。買い物に来て桜を見かけたから声をかけたんだけど…………」

 

 忍さんは胸の前で腕を組みながら呆れ顔で私を見返してきました。

 忍さんの隣には忍さんのサポートナビの「アルティフェクス」通称アルティを搭載した猫型デザインの球体型デバイスがふわふわと浮遊しています。

 

 

「まったく。変な物を見かけたら言って欲しいとお願いしたのに………」

「……忍達は別によくない?」

「てか、誰が変な物なのよ!」

「忍、落ち着いて」

 

 いつの間にやら私がからかって、ブチ切れた忍さんをアルティなだめるいつもの光景になっています。

 

「アルティも大変ですね」

「まあ慣れてるから大丈夫だよ」

「ちょっと。まるで私が悪いみたいじゃない!」

 

 突然の登場でちょっぴりビックリしちゃいましたけど、知ってる人に会えた事で少し心に余裕が出来たので忍さんに感謝です。

 

「そう言えば買い物に来たと言ってましたが、何を買ったんですか?」

「ふふん。知りたい? それじゃあ教えて――――」 

「やっぱりいいです」

「なんでよ! 聞きなさいよ!」

「よく考えたらそんなに興味ありませんでした」

 

 と言うか、手に持ってる袋にスポーツ用品店のマークが付いているので大体の察しはつきます。

 たぶん新しい靴を買ってゴキゲンなんだと思いますが、ここまで聞いて欲しいオーラを出されては逆に聞きたく無くなるもの。

 

 ――――さてどうしましょう。

 

「アルティ。忍さんは何を買ったんですか?」

「新しいランニングシューズだよ~」

「ちょっと! アルティじゃなくて私に聞きなさいよ!!」

「おっと、すみません忍さん。一体何を買ったんですか?」

「ランニングシューズよ…………って、もう知ってるでしょうが!!」

「ええっ!? 忍さんが聞けって言ったんじゃないですか」

 

 そんな感じで忍さんと何てこと無いやり取りを続けたのですが、いくら他に人がいないとはいってもあんまり長い間立ち話してるのもなんですし、ひとまずこの場所から移動しないと。

 

「あの、実は用がある場所があるのですが……」

「いつものゲームセンターいくの?」

「さすが忍さん。よく解りましたね」

「桜がこの階で興味あるお店って他にあんまり無いでしょ」

「そんな事ないですよ。たまに良くわからないお店を覗いてみるのも面白いですし」

 

 このフロアには怪しい人形や闇のゲームを売っているお店があるので、怖いものみたさで寄るのも気分転換になります。

 

「それより忍さんはこれからどうしますか?」

「私の用はもう終わったし、少しくらいなら付き合ってあげてもいいけど」

「本当ですか? では、一緒に行きましょう」

「桜1人だと心細かったからね~」

「むぅ。うるさいです、シャンティ」

 

 忍さんも一緒にゲームセンターに行ってくれる事になった事で気持ちが軽くなったのか、道を進む足取りも軽くなったような感覚になりました。

 もう怖くはありません。何故なら私の前には忍さんがいるのですから――――。

 

「ちょ、ちょっと桜。押さないでってば」

 

 私は忍さんを盾にぐいぐいと道を進み――――。

 

 すすみ…………あ、あれ? 何故だかなかなか進まなくなってしまいました。

 

「あの。忍さん、早く進んで欲しいのですが……」

「……なんで後ろに隠れてるわけ?」

「お化けが出てきたら忍さんに気を取られてる隙に逃げる為です!」

「はぁ……じゃあ後ろから来たらどうするのよ?」

「その時はシャンティを投げつけて前にダッシュです!」

「ボクを投げてもお化けには当たらないと思うんだけど……」

「だったら前と後ろ両方から来たら?」

「両方から? …………りょ、両方からは来ないので大丈夫です!」

「なによその謎の自信は……」

 

 忍さんはやれやれと呆れながらも私を庇いながら道を進んでくれました。

 

「あ。ゲーセンの音が聞こえてきた」

 

 忍さんの声に反応して耳を澄ませると、遠くから微かにゲームの音が聞こえて来ました。

 

「ふぅ。やっとつきました」

 

 足を進める度に少しづつ音は大きくなっていき、ある扉の前に辿り着くと中で遊ばれてるゲームの音がほとんど聞こえるくらいの大きさになりました。

 

 このフロアのお店は防音対策がそれなりにされているのですが、ここだけは扉越しでも中の音が漏れ聞こえているのでかなりの騒がしさが感じられます。

 

 扉の上の方には長山MOWと書かれているプラカードがかけられていて、扉の下の方にはメイド姿のお姉さんのイラストが描かれていました。

 

「では、忍さん。入りましょう」

 

 私は扉を開けてお店に入ると、大音量のゲームの音とゲームを遊んでいる人達の悲鳴が私の体を包み込みました。

 

「くふふ。やっぱりこのお店で永久コンボを食らってる人の悲鳴を聞くのは居心地がいいです」

「……さっきまで桜の悲鳴を聞いてた私は居心地が悪かったんだけど」

 

 私の前のこじんまりとした空間には、所狭しと色んな種類のゲーム筐体が並べられていました。

 

 



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格闘ゲーム編5 ここですか?

 

 私はVRゲームが大好きですがゲームセンターでコインを入れてやるゲームも家で遊ぶのとは違う楽しみ方が出来て大好きです。

 

 今日はお客さんの数は比較的少ない方ですが、それでもかなりギチギチにすし詰め状態になっていて通路を通るのすら大変そう。

 

 どうして私が怖い通路を通ってまでこのゲームセンターに来るのかと言うと――――。

 

「うぎゃあああああ」

 

 と、前方からお店に入ってきた時とは違う人の悲鳴が聞こえてきました。

 

 どうやら相手に完全無敵になるバグ技を使われて叫ぶ事くらいしかやる事が無くなったんだと思います。

 

 ――――そう。

 

 このゲームセンターには禁止ルールというものは存在しません。

 永久コンボ、ハメ技、バグ技、隠しボスなどが全て使用可能。

 

 筐体を叩いたりする人としてのモラルに関わるマナー違反は駄目ですが、ゲーム画面の中ではどんな事をしても誰も文句は言わないし、言わせない。

 

 この場所で価値があるのは対戦後に表示されるWINNERの文字ただ1つ。

 

 …………と、言う空気も無いわけでは無いですが、実は初心者向けの大会もちょくちょく開いてたりもして、新規獲得も積極的に行っている初心者にも優しいゲームセンターになっています。

 

「所で桜はなんのゲームやりに来たの?」

「クイーンオブファイターズの新作が稼働したみたいなのでちょっとやってみようかと」

 

 ――――クイーンオブファイターズ。

 通称QOFとは3人で1組のチームを作って対戦するゲームです。

 

 普通の格闘ゲームだと個々のプレイスタイルで個性を出すのが一般的なのですが、総勢60キャラから3人を選ぶこのゲームはチーム選びの時点から個性が現れると言っても過言ではありません。

 

 バランスよくチームを組んだり近距離特化や、はたまた遠距離特化にするなどチームの組み合わせは無限大と言っても過言は無いでしょう。

 

 ちょうどさっきまで行われていた対戦が終わり台が空いたみたいなので、私は負けて台を離れた人が座っていた台に座ってコインを投入しました。

 コインを投入するとゲームのタイトルを告げる音声が流れ、そのままスタートボタンを押すとニューチャレンジャーの文字と共に対戦相手に挑戦状が叩きつけられました。

 

 どうやら相手の人は使いやすいハイスタンダードキャラでチームを組んでいるので私は火力が高いキャラと相手を拘束するサポートが使えるキャラを使う事にしました。

 

 早速対戦が始まり私は後ろに下がって距離を取ると相手も同じように後ろに下がったみたいで、相手はそのまま牽制のためか飛び道具を撃って来ました。

 

 ――――どうやら堅実な立ち回りをするタイプみたいです。

 

 対戦をあまり長引かせたら厄介だと思った私は一気に勝負を決めるべく相手の飛び道具を前転で交わしながら距離を詰めます。

 

 相手は近付かれるのを嫌ってか無敵のアッパーカットを繰り出してきましたが、私はそれを見逃しませんでした。

 

 相手の攻撃を読んだ私はすかさずレバーを後ろに倒して攻撃をガードすると、ふわりと落下してくる隙だらけの相手に高火力コンボをおみまいします。

 

 タタンとテンポ良くボタンを滑らせ半分くらい体力を減らしてからサポートキャラを呼び出して相手を拘束してから更にコンボをもう1回。

 

 すると、満タンだったはずの相手の体力は私の高火力コンボで全て消し飛んだのでした。

 

「ふぅ。ロケテストで猛威を奮っていたコンボが修正されず、そのままだったみたいです」

「…………ねえ桜。このゲームいろいろ大丈夫なの?」

「もちろん大丈夫です。このゲームは3人で1チーム……つまり、1コンボで1キャラの体力を全て減らしても、チーム全体で見れば実質3分の1しか減っていません――――そう考えたら火力が低いまでありますね」

「いや、全然大丈夫じゃないでしょ」

 

 私はそのままロケテストをプレイした優位性を押し付けたゲーミングを続け、一段落した頃にこのお店の店長である所店長がやってきました。

 

「やあ桜ちゃん。絶好調じゃないか」

「あっ、店長お久しぶりです」

 

 久しぶりに店長に会った事で嬉しくなった私はいつもの言葉を投げかけました。

 

「ところてん!」

「おやめ」

 

 私の言葉に即座に反応した忍さんはツッコミを入れ、店長は苦笑いを浮かべました。

 所店長は昔、同居人に金目の物を全て持ち逃げされた過去があり、その時に生活が苦しくなり借金をして借金を返す為に比較的楽なゲームセンターの仕事を始めたという壮絶な過去があります。

 

 その重い過去の話を聞くと空気が重くなる事から「ところで店長はどうして店長になったの?」略して「ところてん」と聞いた人に対し「おいやめろ」こちらも略して「おやめ」と返すのがお約束みたいな感じになっています。

 ちなみに借金は店長や周りの人の頑張りで全て完済され、人望の高さが伺えます。

 

「どうだい新作は? 中々いい感じだろう?」

「そうですね。出来ればキャラが画面から消えたり必要以上にバウンドしたりするバグが見つかるともっと楽しめるのですが――――」

「いや、普通に遊びなさいよ…………」

 

 まあ最近はバグが見つかってもすぐにアップデートで修正されるので、そういった面白バグのあるゲームは中々無いんですけどね。

 

 

 



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格闘ゲーム編6 ネタ切れです!

「それにしても最近は色々と面白いゲームが沢山ありますね。ゲームセンターも家庭用も遊びたいゲームが多くて大変です」

「ちょっと新作が一気に出すぎて遊びきれないって感じもするけどね~」

「ちなみに2人は家ではどんなゲームしてるんだい?」

「基本的にはブレマジが多いですが、最近はグラファイもやってます」

「私も桜と似た感じかな」

 

 グラファイとはグランボールファイターズの略称で今日も一日グラボルファイのフレーズで有名な対戦格闘ゲームです。

 

 

「グラファイやってるんだ。――――そういえば今度、隣のフリースペースで大会があるんだけど、良かったら出ないかい?」

「私は別にいいけど桜は?」

「う~ん。グラファイはまだ練習中なので、またの機会にします」

「残念だなぁ。優勝者には賞金や豪華賞品も考えてるんだけどなぁ~」

 

 店長がチラッチラッと視線を向けて来ました。どうやら大会を盛り上げる為に少しでも参加者を増やしたいみたいです。

 

「けど、私はお金では……」

「ふっふっふ。そういうと思って、ちゃんと桜ちゃん向けの景品は用意してあるんだよね」

 

 そう言って店長はいつの間にか手に持っていた本を机の上に置きました。

 

「そっ、それはっ!? ご当地ゲームセンターガイドブック全国版!?」

 

 ―――――ご当地ゲームセンターガイドブック。

 それは、様々な地方にあるゲームセンターの名店やちょっぴり変わった迷店が網羅されている本です。

 

 それぞれの地方ごとに1冊づつ合計47冊刊行されていて、全部集めると幻の48冊目の全国版が現れるとかどうとか噂されていたのですが、まさか店長がそれを持ってたなんて。

 

「優勝したらこれをあげようかと思ってたんだけどな~」

「…………出ます!」

「おっ。出る気になったの?」

「目指すは優勝です! ――――ところでさっき私向けと言ってましたが他の人向けの景品もあるんですか?」

 

 まあ私はガイドブックにしか興味は無いのですが、一応他の景品の方がいい場合もあるので聞いておかないと。

 

「もちろんあるよ…………と、言いたいけど実はまだ景品を何にするか決めて無くてね。何か良いのがあればいいんだけど……」

「そのガイドブックを景品にすればいいのでは?」

「いやぁこれはちょっと他の人はあんまり興味ないんじゃないかな。実は昔お客さんからもらった物なんだけど微妙にレア物だからどうしようかと思ってたくらいだし」

「……てか、そんなの欲しいの桜だけでしょ」

「ええっ!?」

 

 このガイドブックの良さが解らない人がそんなにいるとは思えませんが、参加者が少なくて大会が中止になるのも困りますし。

 

 ――――ここは私がなんとかしたほうがいいかもしれません。

 

「では、私が店長の代わりに商品を用意しましょうか?」

「まぁ~た桜は無責任な事言うんだから。店長だって困ってるでしょ?」

「いや。こっちも悩んでたから何にするか決めてくれるなら助かるよ」

「ほら。店長もこう言ってる事ですし、私に任せてください! 皆が喜ぶのを用意します」

「……ちょっと心配なんだけど、まあ店長がそいうなら」

 

 

 ――――と、いうわけで。

 私がゲーム大会の景品を用意する事になったので、早速通販で良さそうな物を探して注文をして後は到着を待つだけになりました。

 

 せっかく店長が私のために良い物を用意してくれたので、私は大会を盛り上げる為にSNSやお店でいろんな人に声掛けを行い、その結果予想以上の参加者が集まってくれました。

 

 ――――そして数日後。

 ついにゲーム大会当日がやってくるのでした。

 

 

 現在私は大会が始まるちょっと前に忍さんと一緒にゲームセンターの隣にあるフリースペースへとやってきて店長と大会の段取りを確認しています。

 この場所はお客さんが場所の使用料を支払って好きな事をして遊んでいい場所になっています。

 

 今回の大会は皆でゲーム機を持ち寄って家庭用ゲームの大会を開く予定になっています。

 ちょうど今日最新パッチが配信されるので、バージョンアップ記念大会って感じですね。

 

「そういえば桜が用意した景品ってどこにあるの?」

「そろそろ届くと思います」

「えっ、まだ届いてないの!?」

「選ぶのにちょっぴり時間がかかっちゃって…………けど、配達予定は今日なのでギリギリセーフです」

 

 私達は景品を待っていると、突然シャンティから通知音が聞こえてきました。

 

「桜、なんか連絡が来てるよ」

「――――私にですか? とりあえず繋いでください」

「りょ~か~い」

 

 私はシャンティに通話するようお願いすると、シャンティの目からホログラフが映し出され、少しづつ人の形になっていきました。

 

 



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格闘ゲーム編7

 しばらくすると、そこに私が良く利用する通販会社からいつも荷物を運んでくれている運送会社の人の姿が映し出されました。

 

「おるか~?」

「はい。います」

「よーしおるな。道がちょい混んでるから少し遅れるわ」

「そうですか、あまり急いで事故にあっては大変なので、安全運転でお願いしますね」

「よっしゃ。あと5時間くらいでつくから待ってな~」

「それでは―――――――」

 

 ガチャリ。

 

 運送会社の人は要件だけ伝えるとそのまま一方的に通話を終了しちゃいました。

 

「ねえ桜。何か嫌なことを聞いた気がするんだけど?」

「予定よりちょっと遅れるみたいです」

「……大会開始っていつからだっけ?」

「えっと、ちょうど1時間後から…………あっ!?」

 

 こ、これはまずい事になってしまいました。

 今から一時間後に大会が始まって競技時間は長く見積もっても1時間………このままだと優勝者に景品を渡すことが出来ない可能性が……というか絶対に渡せないです。

 どどどどうしましょう。景品が届かずに大会を中止するわけにも行きませんし……こうなったら。

 

「ちょっと開始時間を遅らせるかい?」

「いえ、待たせすぎて帰ってしまう人が出てしまうかもしれません」

「じゃあどうするのよ?」

「予定通り行います!」

「ええっ!? でもそれだと優勝者に景品を渡せないじゃない」

「渡す必要はありません。私達の誰かが優勝すれば良いんですから!」

「ええっ~!?」

 

 そう。景品は優勝者に渡される。

 

 ――――つまり、私か忍さんか店長が優勝すれば誰かに景品を渡す必要がありません。

 自分で景品を用意して自分が貰う。

 私達にはこの自演作戦で行くしか選択肢はありませんでした。  

 

「店長。トーナメント表は出来てますか?」

「後は印刷するだけだけど?」

「ではちょっと場所を変更しましょう」

「ちょっと桜。ズルは駄目じゃない!」 

「いえ忍さん、これはズルではありません。世界大会でも身内と同じプールにいたら、潰しあい回避の為にある程度は位置を変更して貰えるので、むしろこれは世界基準です!」

 

 今回のトーナメント表は参加者名を全員入力してからトーナメントランダム作成ツールを使って作成しています。

 私は今回使う予定のトーナメント表のランダム作成ボタンを私と忍さんと店長が同じプールになる組み合わせになるまで押しました。

 

「残念な事に、これだと決勝で対戦する約束をしてる私と忍さんが2回戦で当たってしまいます!」

「……そんな約束した記憶ないんだけど」

「と、いうわけで。私が運営にお願いして違うプールに移動する事にします」

「それ自演じゃない!」

 

 トーナメントを円滑に進める為、事前に参加キャンセルした人の名前にはバッテンマークが付いています。

 私はトーナメント表を確認してバッテンマークが1番多い場所へと自分を移動させました。

 

 

「これでほとんど戦わずにプール抜けが可能です」

「そこまで露骨だと逆に清々しいわね……それで? 私はどうするの?」

「流石に2人とも不戦勝が多いと色々とまずいので、忍さんはそこそこ人のいるプールにしますね。そして店長はそのままの場所っと――――ふぅ。なんとか不正無く2人とも有利な場所に移動出来ました」

「むしろ不正しか無い気がするんだけど……」

 

 私は完成したトーナメント表を印刷してから時計を確認すると、どうやら丁度大会開始の時間のようでした。

 

「おっと、そろそろ大会の挨拶に行くから失礼するよ」

「了解です店長。では皆さん決勝トーナメントで会いましょう」

「仕方ない。あんまり自信ないけど、なるべく頑張ってみる」

 

 私達はひとまず解散して自分たちのプールへと向かって行きました。

 私が自分の対戦する机に到着した時にちょうど店長の開会の挨拶が始まり、大歓声の中大会がスタートしました。

 

 ――――さて、私の一回戦なのですが…………当然不戦勝。

 

「くふふ。余裕の勝利です」

 

 一応相手が来る可能性もあるので開始から少しだけ椅子に座って待つ必要があるのですが、予定通り誰も来ずにプール抜けへのコマを1つ進めました。

 そのまま2回戦も不戦勝でコマを進め、3回戦目でようやく私の初戦が始まります。

 

 ……しかし、ここで思わぬ誤算がありました。

 初戦ということもあり気持ちがあまり温まってなかったからか、初歩的なミスを何度かしてしまい勝てる試合を落としてしまったのです。

 

 ――――けれど今回の大会はトリプルエリミネーションを採用しているのでまだ大丈夫。

 トリプルエリミネーションとは途中で負けてしまっても負けた人用のトーナメントに移動して、そこで負けたら更に負けた人用のトーナメントに移動して累計2回負けたら大会敗退になる試合形式です。

 

 ルーザーズプールへと移動した私はそのまま対戦台に座ったのですが、どうやら私が対戦する予定の人は棄権したらしくルーザーズの1回戦も不戦勝で進む事になりました。

 その後もなんだかんだで私はいい感じにルーザーズプールを泳ぎきり、なんとかプール抜け目前にまで辿り着けたのでした。

 



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格闘ゲーム編8

 

「シャンティ、次を勝てば決勝トーナメントです」

「……なんかほとんど対戦してなかった気がするんだけど?」

「予想以上に欠席者がいましたからね。エントリーだけして大会に出ないのはあまり良いことではありませんが、やむお得ない事情の人もいるので仕方ないです」

「そんなもんなのかな~。…………っと、それより相手が来たみたいだよ」

 

 対戦台にプール最後の対戦相手が到着したので、私は握手をしてから対戦の準備を始める事にしました。

 

「よろしくお願いします」

「よろしく~」

 

 まあ準備と言っても今日はVRゲームでは無い普通の据え置き型の家庭用ゲームなのでパッドを本体に認識して完了なのですが。

 私はゲーム機にパッドを繋いで認識する時に今から使う本体が自分が家から持ってきた物だという事に気が付きました。

 

「…………おや?」

「あれ? 桜。どうかした?」

「いえ、なんでも無いです」

 

 パッドの認識が終わりボタンのセッティングを終えてからお互いに使用キャラを選び、プール最後の相手との対戦が始まりました。

 流石に最後まで残ってるだけあって、相手の人は中々の立ち回り能力とコンボ精度を持っているようでちょっぴりピンチかもしれません。

 

 私が押されている事を心配してか煽っているのか解りませんが、シャンティが私の周りをヒュンヒュンと飛び回しながら話しかけて来ました。

 必要以上に飛び回っているので少し気が散って鬱陶しいです。

 

「桜、桜、ほらゲージが溜まってるよ。早く超必殺技を出さないと!」

「あ~もう。うるさいですね…………超必殺技ならすぐに出してあげるので、じっとしててくだ――――ひゃうっ!」

 

 シャンティに気を取られてしまったせいで超必殺を出すタイミングを逃してしまい状況はさらにピンチになってしまいました。

 

「…………しかたありません。ここは――――」

 

 私は超必殺コマンドを入力しコマンド完成と同時にガードボタンを押しました。

 するとコマンドが成立した瞬間、数フレームだけ無敵になる超必殺が発動して相手をカウンターヒットで吹き飛ばしました。

 

「お~。桜、良いパナしじゃん」

「まだ行けます!」

 

 吹き飛ばした相手は地面に激突する瞬間受け身を取り、速いテンポで体制を立て直してジャンプ攻撃を繰り出してきました。

 

 私はもう一度超必殺コマンドと同時にガードボタンを押します。

 

 相手の人は攻撃をしないで私の超必殺ぶっぱなしを誘った様ですが、私のキャラはガードモーションをしただけでお互い何もしない膠着状況になり、私は何も攻撃をしてこない相手を投げ飛ばしました。

 

「お~。桜、よく我慢したね~」

「ま、まあこんなもんです」

 

 これはガードモーションキャンセルと言い、相手が攻撃をしていたら超必殺で反撃し、何もしてなかったらガードになるズル技です。

 

 本来は今日のパッチで修正されて使えなくなる技なのですが、私はアップデートをするのを忘れてしまっていて、1つ前のバージョンで持ってきてしまっていたのでした。

 

 今回のパッチはこのズル技の修正だけなので、誰も前のバージョンだとは気付かなかったみたいです。

 まあ今日の大会はアップデート記念日大会とは言いましたが、誰もアップデート版で大会するとは言ってませんから大丈夫でしょう。

 つまり、今回の大会はアップデート版が配信された日にするただの非公式大会なので前のバージョンが1つくらいあっても全く問題ない………………はずっ!!

 

 大会の注釈にも何らかの事情でアップデートが間に合わなかった場合、バージョンが異なる場合がありますの注意書きもありましたし!

 

 ――――私はズル技を駆使してなんとか勝ち上がり、プールを抜けて決勝トーナメントに進む事が出来ました。

 くふふ。店長にお願いして決勝からはバージョンが1つ前の私のゲーム機を使ってもらう事にすれば、私だけが有利な状態で対戦する事が出来そうですね。

 ただ決勝は大型モニターで配信するのでズル技は少なめにした方がいいかもしれません。

 

「あっ、桜。結果どうだった~?」

 

 私が対戦の後片付けをしていると忍さんがやってきました。

 

「ルーザーズに落ちてしまいましたが、プール抜けは出来ました」

「そうなんだ。こっちもギリギリでプール抜けは出来たわよ。ちなみに何勝出来たの?」

「ふっふっふ。5勝2敗で余裕の勝ち越しです!」

「4勝は不戦勝だったけどね~」

「実質負け越してるじゃない!!」

「勝ちには変わりないので問題ないです」

「まあ桜が満足ならそれでもいいけど……そういえば店長も勝ち残ったみたいよ」

 

 さすが破壊神と呼ばれてゲームバランスの壊れた部分を見つけるのが得意なだけあって、どんなゲームでも安定した強さのようです。

 

「そういえば店長はどこにいましたか?」

「え~っと、受付の辺りでみたけど」

「では私は少し店長と話したい事があるので、ちょっと行ってきます。それと忍さんにお願いがあるのですが、このゲーム機を決勝トーナメントの壇上に運んでおいてもらえますか?」

「これって桜が持ってきたやつ?」

「はい。慣れたハードで決勝をやりたいと思って」

「別にどれでやっても変わんないと思うだけど……まあ、誰のでやるか決まって無かったし別にいいけど」

「ではお願いします」

 

 私は店長の元に急ぎ決勝トーナメントで使うのを私の持ってきたゲーム機で行う事を告げました。

 そして数分後。

 壇上にゲーム機がセットされプール抜けを果たしたベスト8の8人が司会の人に呼ばれた順に壇上に登場します。

 1人1人舞台裏から壇上に出ていき6人目が出ていった後、舞台裏には私と忍さんだけが残りました。

 

 



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格闘ゲーム編9

 

「忍さん。もし決勝で当たったら最初のセットは本気でやって、次のセットからは流れに任せた必要のない対空多めでお願いします」

「なんでいきなり八百長の相談するのよ……決勝なら別にどっちが勝ってもいいんだし、本気で対戦してもいいでしょ」

「むぅ。それはそうなのですが、私が優勝しないとガイドブックが……」

 

 そうこうしてるうちに忍さんの名前が呼ばれて壇上へと出ていく事になりました。

 

「あっ、そういえば桜。あんたの本体、ゲームのバージョンが古かったからアップデートしといてあげたわよ」

「……えっ!?」

「まったく。桜の事だからどうせアップデート忘れてるだろうと思って確認してよかったわ。今回は細かい修正だけだったから良かったけど、今度から注意しなさいよね」

 

 その細かい修正部分が凄く重要だったのですが……。

 

「そんじゃ。おっさきぃ~」

 

 忍さんはそそくさと要件だけ伝えて、壇上へと向かってしまいました。

 普段協力ゲームをする時は私の事をよく分かっているので非常に助かっているのですが、今回はその事が少し裏目に出ちゃったかもしれません。

 

 ……まあ過ぎた事は仕方ないので気を取り直して対戦に備える事にしましょう。

 これまでの対戦で色々と布石は撃ってきたので、まだまだ使えるネタはあるのですから。

 舞台裏に1人残された私はなにやら得体のしれない怖さと緊張感に押しつぶされそうになりました。

 

「こ、こんな時は伝説のゲーム、スーパージェネシックアワーの動画番号を言って落ち着かないと。…い、13869948………13869948…………いちさん……」

「そして最後に、桜選手入場です!」

 

 3回目の詠唱の途中で私の名前が告げられました。

 まだ心の準備は完璧とは言えませんが、覚悟を決めて胸を張って舞台裏から壇上に向かうことにします。

 

 今回のは公式大会では無いのですが、大勢の人のが見守る中でゲームをするという事は思ってる以上に緊張して意識が飛んでしまいそうになります。

 今のうちに少しでもこの感覚になれておく事にしましょう。

 

 ……と、思いつつも結局頭の中が真っ白になってしまい、なんだがよくわからない挨拶をしてから壇上から降りました。

 壇上を後にした私はすぐにベスト8の決勝トーナメント表を確認すると、忍さんがAの1で店長がAの3、そして私が反対側のBの4になってます。

 

 Aブロックは忍さんと店長のどちらかが残ってくれたらいいのですが、Bブロックは私が勝ち上がらないといけないので責任重大ですね。

 

 どうやら時間も押しているようで、すぐに忍さんの試合が始まりました。

 

 ここからは1回負けたら終わりのルールになっているので、慎重な立ち回りでゲームをしないといけません。

 

 流れで大会に参加したとはいえ、忍さんも色んなゲームを得意とするマルチプレイヤーなのでかなりの熱戦を繰り広げています。

 

 忍さんのプレイスタイルは遠距離からビームを撃って相手を近づかせずに倒すといった、普段の忍さんの性格とは真逆の丁寧なプレイスタイルだったのでちょっと笑ってしまいました。

 

 相手との距離管理が完璧で、甘えた飛び込みは全て対空ビームで撃ち落としていたので思うように動けない相手の人はちょっとだけイラついてるようです。

 最後に忍さんの超必殺ビームが相手の体力を削りきり、決勝の1回戦は忍さんが見事勝利を収めました。

 

 

 

 ――――続く2回戦。重量キャラを扱う店長とスピードキャラを使う人との対戦が始まりました。

 

 超火力で一気に試合を決めたい店長と素早い動きで相手を翻弄したい相手の戦いは、店長のキャラが中々相手を捕まえる事が出来ずに攻撃の隙を疲れてチクチクと細かい攻撃を刻まれてしまっています。

 

 起死回生の大振りも待ってましたとばかりに前転でかわされてしまい、逆に相手の高火力コンボを受けてしまい敗北してしまいました。

 

 そしてBブロックの第1試合はトリッキーキャラを使う人が勝利し、最後は私の番。

 相手の人は私と同じキャラを使うみたいで、くしくも同キャラ対戦となりました。

 お互いにやりたい事は全て解っていて、やられたくない事も全て解っている完全に同じ条件の戦い。

 

 ………………と、思いがちですが。実は同キャラ戦でもキャラのダイヤグラムが有利になる場合があります。

 それは、キャラカラー。背景と似たようなカラーを選ぶ事でこちらの位置や攻撃がちょっとだけ把握しずらくなるといった…………まあ、ほとんど誤差みたいな物なのですが、少しでも相手より有利になる事が出来るなら私は迷わず使います。

 

 相手が使用するキャラを事前に調べていた私は、キャラ選びが始まった瞬間に速攻でキャラとカラーを選びました。

 ステージ選択権は事前にジャンケンで手に入れていたのでステージ選びも隙はありません。

 

 対戦内容は実力的にはほぼ五分といった感じでしたが、キャラカラーで見えづらい攻撃が何回かラッキーヒットしてくれたおかげて何とか勝利する事が出来ました。

 さて、試合はどんどん続きます。決勝進出を賭けベスト4まで残った忍さんの対戦が始まりました。

 キャラ的には忍さんの方が微不利といった感じですが、忍さんならやってくれるはずです!!

 

 試合はまず忍さんが距離を取って牽制にビームを撃ったのですが、相手は前転でくるりとビームを避けながら近付いてきました。

 

 忍さんは近距離でも意地になってビームを撃ち相手はそれを前転でかわしたと思ったら、実はビームを撃つ動作をしただけのフェイントで、忍さんは相手の前転の無敵が無くなった隙にコンボを叩き込みました。

 

「おおっ!? 忍さん、凄いです!」

「ご~ご~忍~」

 

 私とシャンティは少しでも頑張ってもらう為に観客席から忍さんに声援を送る事にしました。

 会場の皆も忍さんのスーパープレイに盛り上がっているようです。

 

 



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格闘ゲーム編10

 コンボで距離を離した忍さんはそのまま遠距離からのビーム攻撃を続けます。

 相手は攻撃を避けながら忍さんに近付いき、ゲーム開始時と同じくらいの距離になりました。

 

 同じ攻撃が何度も通用しないと思った忍さんは判定の強い攻撃を置いて一旦様子見をする事にしたようですが、相手はギリギリの所で攻撃を見極めてジャンプ攻撃からのコンボを決めてきました。

 

 試合はどちらが勝ってもおかしくないジリジリとした緊迫状態に。

 またもや近距離戦になりビームかフェイントかそれ以外の行動をするかの読み合いが発生しています。

 

 忍さんのフェイントに相手がつられて前転をして忍さんが勝利――――と思ったらちょっとだけ相手の前転のタイミングが早いような気が。

 ――――何だか嫌な予感が横切ります。

 

 相手は忍さんのフェイントを読んであえて早めに前転を出していて、忍さんのほんの少しのフェイントモーションの硬直を狙ってコンボを叩き込んだのです。

 

 このまま相手は近距離で忍さんを逃さずに攻撃を続け、近距離が苦手な忍さんのキャラは倒されてしまいました。

 

「ああっ!? もう少しだったのに」

「おしかったね~」

「これで負けられなくなってしまいました……」

「そんな事よりほら、すぐに桜の出番だよ。切り替えていこ」

「そうですね。で、では行ってきます。シャンティは忍さん達と応援お願いします」

 

 私は再び壇上に登りすぐに対戦が始まりました。

 次の相手はトリッキーな技を使い行動が読めないタイプです。

 攻撃も防御もそんなに強くないので一気に負ける事もあれば相手に何もさせずに一気に勝ちにも行ける、ようは安定しないギャンブルを続けるようなキャラですね。

 

 そういう不真面目なキャラと対戦する時にする事は決まっています。

 それは相手に真面目に付き合わない事。

 相手が当たれば大きいくじ引きをしているような戦いをしているのにこちらが真面目に立ち回っていたては相手の思惑通りになってしまいます。

 

 なので私は、相手が攻めてきた時は防御を捨ててこちらもくじ引きを引くような動きをする事にしました。

 

 ―――――そして、お互いに好き勝手動く運試し大会が始まり、ハチャメチャな展開になりながらも何とか勝利を手にするのでした。

 という事で決勝まで進んだ私は最後の準備が終わるまで忍さん達の元に戻る事にしました。

 

「な、なんとか勝ちました……」

「大会でやるようなプレイじゃないわね……」

「忍さん。そうは言ってもあのキャラ相手だと仕方ないです」

「まあ確かに私もあのキャラ相手だとちょっと荒ら目な感じになるとは思うけど」

「それより忍さん。忍さんに勝った相手はどんな感じでしたか?」

「どんな……って言われても速いキャラをいい感じに使いこなしてたって感じだったかな。コンボも難しいのを決めてたしかなり器用だと思う」

「なるほど。体力に余裕があっても注意した方がいいかもしれませんね」

「頑張りなさいよ? それに負けても事情を話せば景品受け取りを待ってくれると思うからそんなに気負わなくてもいいと思うし」

「大丈夫です。私には秘密兵器がありますから」

「秘密兵器?」

 

 私はカバンからアーケードコントローラーを取り出して膝の上に乗せて忍さんに見せました。

 

「これです!」

「あれ? 桜ってパッド派じゃなかったっけ?」

「実は店長から借りてちょっと練習してました。こっちの方がやりやすい事もあるので――――」

「ふ~ん? ……って、もしかしてそれ連射とかマクロとか仕込んでないでしょうね?」

「忍さん。いくら私でもそこまではしません……」

「ほんと~にぃ? だってこの前――――」

 

 私達の会話を決勝の準備が終わったとの会場アナウンスが遮りました。

 

「では、行ってきます!」

「それじゃ。私はここから応援するから。シャンティはどうする?」

「ボクもここから見てるよ」

「頑張るんだよ~」

 

 忍さん、シャンティ、アルティの声援を受けながら私は最後の決戦の地へと赴きました。

 最後の対戦相手は青いパーカーを着た人物で、フードを深く被って顔を隠していま―――――。

 

 …………おや? そういえばこの人どこかで見た記憶があるような。

 私はささっと対戦相手の前に移動して顔を下から覗き込んで確かめる事にすると、そこには。

 

「ああ~っ!?」

「…………? ああ。なんだお前か」

 

 飛行機事故を一緒に解決した少女の姿がありました。

 

「パーカーさん!?」

「……誰だそいつは?」

 

 そういえばあの時は名前も聞かずにお別れしてしまったのでした。

 

「えっと。その……」

 

 今聞くのもなんですしどうしたものかと考えていると、壇上の上のモニターにトーナメント表が表示されていたのでそこでパーカーさんのエントリーネームが目に入りました。

 

「カズキ……さん?」

「私の名前に何か問題でもあるのか?」

「い、いえ。前に会った時は名前を聞いて無かったので」

「そういえばあの時はバタバタしてたから、そんな暇なかったかもな」

「で、ではカズキさんと呼んでもいいですか?」

 

 どう見ても本名では無いただのエントリーネームなのですが、それでもあの時出会った時に聞けなかった名前が知れました。

 

「好きにしろ、桜」

「ええっ!? ど、どうして私の名前を!?」

「お前と同じ方法だよ」

 

 私はカズキさんの視線の先を見てみると、カズキさんの名前のちょうど反対側に私のエントリーネームがありました。

 なるほど。どうやらこれを見て名前を知ってもらえたみたいですね。

 ふふっ。お互いに名前が知れてちょっぴり嬉しくなりました。

 

「それよりそろそろ対戦の準備をしないか?」

「っと、そうですね。すぐに用意します」

 

 私はゲーム機にアーケードコントローラーを認識してからテーブルの上に置きました。

 そして、少し喉が渇いたのでカバンから水筒を取り出して一口だけ飲んでからアケコンの上に置きます。

 

 ……ふぅ。これで準備は万端です。

 キャラはお互いに今までと同じ、カズキさんはスピード特化で私は扱いやすいスタンダードキャラ。

 

 ステージも選び終わり、後は開始のラウンドコールを待つだけになりました。

 キャラとステージを読み込むNowLoadingの表示がいつもより長く感じます。

 

 呼吸を1つした後、ロードの文字が消え画面にはお城を上空から見下ろした画面が出てきます。

 そこからグイッとカメラが下がって城下にある町にズームして私達のキャラクターが画面に現れました。

 

 

 



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格闘ゲーム編11 このままでは終わりませんよ~

 そう。最後に選ばれた場所は城下町のステージ。

 お互いのキャラが対戦前の名乗りを上げてからラウンドコールが響き渡り…………今、対戦が始まりました。

 

 私が今まで取っていた開幕行動はその場でガードか後ろにジャンプしてから牽制の飛び道具を撃つことの2つです。

 

 負けたら終わりの大会でリスクの高い行動は取らない人が多いので、私もそれに習ってなるべく最初は様子見を心がけているのですが今回は攻める事にしました。

 

 なぜなら今大会で1度も見せてない開幕前ジャンプからの奇襲が決まれば一気に流れを引き寄せる事が出来、そのままの勢いで勝利まで行ける事も少なくないからです。

 

 予選はともかく本戦モニターで映った試合の私は開幕に全て下がっていたので、カズキさんも私が下がると予想してる可能性が高いからです。

 

 ――――勝負に出た私は前に飛んでから1番ダメージを取れる攻撃をくり出しました。

 

「……見えてるぞ」

「えっ!?」

 

 私の攻撃はカズキさんの対空技に対応され、攻撃を出していたせいでカウンターヒットになり予想以上のダメージを受けてしまいました。

 

「1度も見せてないのにどうして!?」

「見えたって言っただろ?」

「もしかして飛びを見てから対応された!?」

 

 ――やっぱり反応速度は人並み以上の物も持っているようです。

 対空を受けてしまったのは痛いですが、こっちもリスク承知での行動だったのですぐに切り替えていかないと。

 

 それに飛びが通らないならカズキさんの意識を上から横に移動させればいいだけの事です。

 飛び道具、牽制の置き技、投げを使って私は横から攻撃するぞと相手に思わせる事が出来れば上からの攻撃の対応がおろそかになるはず。

 私はブンブンと攻撃判定の大きめの技で牽制しながら飛び道具を撃つことにしました。

 

 私のキャラの牽制技は判定が大きい割に隙も少ないかなり優秀な技です。

 何回か撃った牽制が偶然ヒットしたのを確認してからそのままコンボに行き、なんとか残り体力が逆転して私がリードを奪いました。

 

「そろそろ行けるはずっ!」

 

 これで私の牽制からのコンボがそこそこの火力を出せるのをカズキさんに見せることが出来たので横を意識しなくてはならない状況になったはずです。

 

 私はジャンプで攻撃をすると上だけを見ていた序盤とは違い、横を見てから上を見た為か飛んだのを確認する事は出来たみたいですがコマンドの入力までは間に合わなかったようでカズキさんはガードで攻撃をしのぎました。

 相手に攻撃をガードさせる事が出来たのでまだこちらが攻撃を続ける事が出来ます。

 

 小技を刻み相手を固めながら投げか中段攻撃の択をかける。

 投げはカズキさんの超反応で投げ抜けされてしまいましたが、行動をフォローする為に一応牽制技を出しておく事にします。

 

「ちょっと近いですが多分大丈夫なはずっ」

「――――誰の前で甘えた行動をしてるんだ?」

「なっ!?」

 

 隙の少ない安全なはずの攻撃にカズキさんの最速の攻撃がヒットしました。

 

「2フレームの硬直に1フレームの攻撃で反撃して来た!?」

 

 安全だと思ってた所に痛い反撃。私の体力はもうどんな攻撃を受けても倒れてしまうくらいのギリギリしか残っていません。

 対してカズキさんはあと2回はコンボを入れないと倒せないくらは残っています。

 試合の残り時間もどんどんと減っていき時間的にはお互いにあと1コンボ入るかどうかしか残っていません。

 

 もう私に取れる行動は無い…………いや、最後の技が残っています。

 私のキャラにはとっておきの溜め技が残っていました。

 ボタンを押しっぱなしにする事で押した時間の分だけどんどんダメージが上がっていく技が。

 

 開始時からタイムアップギリギリまでタメる事で相手の体力を8割吹き飛ばす大技が!

 格上の人相手にボタンを押しっぱなしでずっと対戦する事はかなり大変です…………が、私はある道具を使った事でそれを解消しました。

 ボタンの上に置いた水筒が開始時からずっとボタンを押して最大威力に上がるまでタメてくれていたのです。

 

 この為のアーケードコントローラー、この為の水筒。

 あとはこの水筒を少しずらすだけで超火力の技が発動して逆転の一手になってくれるはず。

 

 …………まあ公式大会でこれをやると余裕で反則負けになってしまいますが、今回は何でもありの非公式大会なので大丈夫です!

 

 ただ、問題はその技をいつ使うのかです。タイミングを見極める? もしくは相手がミスをした時に叩き込む? …………いえ、こういう時に技をぶっ放す瞬間は決まっています。

 それは…………気持ちが高まった時っ!!!

 窮地に落とされた事で私の中のeスポーツぢからが高まってきているのを感じます。

 

 私の中から会場の音が消えてレバーを弾く音だけがはっきり聞こえるくらい集中もしています。

 やるなら今っ!!!!

 

「これが、私のeスポーツっ!!!!!」

 

 私が水筒を弾いた瞬間、武器を構えたキャラが突進し最大火力の攻撃をくり出しました。

 カズキさんのキャラが繰り出す攻撃を全て弾きながら突進を続けもう勝利は目の前。

 

 …………と、思った瞬間。

 画面にタイムアップの文字が表示されゲームが終了してしまいました。

 

「え? ええ~~~っ!?」

 

 どうやら技を繰り出す事だけに集中しすぎて残り時間が見えていなかったみたいです…………。

 

 

 ―――――とまあ、そんな感じでゲーム大会は幕を閉じました。

 そして、対戦が終わった私は運営の人や忍さん達と一緒に最後の準備を手伝う事にしました。

 

 



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格闘ゲーム編 完

「おつかれ、桜。激戦だったわね」

「……あと少しだったのに残念です」

「まあ相手もかなり強かったし仕方ないんじゃない?」

「そうですね。いつかリベンジしたいです」

「ところでさ。リベンジはいいんだけど、優勝の景品はどうするの?」

「………………あ」

 

 た、た、た、大変です。試合内容に満足してしまい忘れてましたが、景品の事をすっかり忘れていました。

 

「しかたないのでカズキさんには事情を説明して少し待ってもらう事にします」

「へ~。決勝に残ってたのカズキ君っていうんだ?」

「いえ。カズキさんは―――――」

 

 女の子ですと訂正する言葉を私は飲み込みました。

 カタカナのエントリーネームだけなので解りづらかったのかもしれません。

 

 なんとなく忍さんには秘密にしておいたほうが面白くなる気がしたので黙っておく事にしましょう。

 

「ん? 何か言った?」

「いえ、何も。それではちょっと説明してきます」

「りょ~かい。じゃあ私はこの辺の片付けしてるから」

 

 忍さんに後の事をお願いして私はシャンティと一緒にカズキさんを探すことにしました。

 一通り見渡して見当たらなかったので外に飲み物でも買いに行ったのかと思った私はお店の外に出ると、入り口を出た所で誰かと電話をしているカズキさんの姿を見つけました。

 

 電話中に話しかけるのは失礼なので通話が終わってカズキさんが画面を消してから私は話しかける事にしました。

 

「あの………」 

「どうかしたのか?」

 

 私に気がついたカズキさんは相変わらずのそっけない返事で返してきました。

 

「実は優勝商品なのですが…………」

「優勝商品? そうだ。それよりお前に頼みがあるんだけど、いいか?」

「頼みですか? はい。私に出来る事だったらいいですよ」

「すまないが、ちょっと急用が出来てすぐにでも行く事になった。私の商品はお前にやるから好きにすればいい」

「えっ!? 大丈夫なのですか?」

「別にお金や物の為にゲームをやってる訳じゃないからな。それにもう少しでお前の勝ちだったじゃないか」

 

 確かに後1秒タイムが残っていれば私の勝ちでしたが、eスポーツは画面の結果が全てです。

 

「そうかもしれませんが、勝ったのはカズキさんです」

「どのみち私は表彰式を辞退するからお前が優勝だ。気に入らないなら優勝商品は預かっておく事にすればいい」

「預かる……ですか?」

「お前の本分はブレマジだろ? まだお前とはブレマジで決着はついてないからな。今回のとあわせて次で決着をつければいい」

「そういう事なら、預かっておきます」

 

 カズキさんは急いでいるようで、すぐに建物の出口へと向かって歩きはじめました。

 けれど少しだけ歩いた所で立ち止まり私の方を振り向いて。

 

「そうだ。IDの交換をしておかないか?」

「いいんですか?」

「次に対戦する時に便利だからな。…………ハヤテ頼む」

「ふむ。そっちの赤饅頭に送ればよいのだな?」

 

 カズキさんは自分のサポートAIハヤテに頼みIDの送信を行いました。

 

「シャンティ。IDを交換してください」

「ブーブー。ボクは赤饅頭じゃないんですけど~」

「あの。そういうのはいいので早くしてください」

「解ってるって…………はいっ、送受信完了っと」

 

 一瞬でIDの交換は終わり、私のアドレスリストにカズキさんの名前が表示されました。

 これでいつでも連絡を取ることが出来ます。

 

「じゃあな」

「はいっ。ではまた」

 

 私はカズキさんの辞退を店長達に知らせると少しホッとしたような残念そうな表情をしていました。

 そして、すぐに表彰式が始まります。

 私の順位は2位でいつの間にか3位決定戦に勝利していた忍さんが反対側にある3位の文字の上に登っていました。

 

「こっ、これはもしかして、あの有名なあれっ1位がいないぞってシーンでは!?」

「はいはい。馬鹿な事やってないで上がる上がる」

「むぅ。もうちょっと遊びたかったのですが…………」

 

 私は忍さんに促されるまま2位の場所からひょいっと1位の場所に繰り上がり、忍さんは3位から2位の場所に移動して、4位の人が舞台裏から出てきて3位の場所に登りました。

 

 表彰式が終わった直後に宅配便の人が到着し、荷物が遅れてすみませんと謝罪されたので私は無事に届いたので大丈夫ですよと言いました。

 

 残念な事に1位では無かったのでゲームセンターガイドブックは次の機会にと店長にいわれてしまい貰うことが出来なかったのがちょっぴり残念ではあります。

 

 …………これはまたガイドブックを使って何かお願いされるかもしれません。

 けど今の私はとても満足しています。

 何故なら今日のイベントで新しい友だちが増えたのですから。

 

 騒がしい表彰式が終わり、いつかカズキさんとブレマジで遊ぶ事を思い描きながら忍さんと一緒に家に帰る事になりました。

 

 ――――そして数日後、カズキさんへのリベンジの機会が思いがけない場所で突然やって来たのです。

 

 



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リベンジマッチ1

 ある日の学校の休み時間。

 私と忍さんは少し前に実施したIQテストの結果が張り出されている掲示板の前にいました。

 

「え~っと、私の名前は…………あ、あった。桜はどうだった?」

「もちろんバッチリです!」

 

 忍さんの結果は真ん中よりちょっと下で、私はと言うと――――。

 

「なんと! IQ180で学年2位です!!!!」

「うっそ、凄いじゃん!?」

「くふふ。まあ普段からeスポーツで頭を使っているので、当然と言えば当然ですね」

「…………って、あれ? 180で2位って事は1位は?」

「それは――――」

 

 その瞬間、後ろの方にある売店の方から騒がしい声が聞こえてきました。

 

「こっ、これはエナモンのアブソリュートゼロ味!? オバチャン、これ10個ちょうだい!!!!」

「…………あんた、そんなに飲めないでしょ?」

「ううっ。言われてみればそうだったよ。――――――じゃあ、いつものエナモンとポテチのノゾミスペシャルで頼むよ! あ、もちろんポテチはコンソメでね!!!!」

「はいはい。ちょっと待ってな――――」

 

 売店のオバチャンさんは苦笑いを浮かべながらトレイにジュースの缶とポテトチップスの袋を載せて少女に渡しました。

 その子はそのまま売店の横にあるベンチで今買った物を食べようと移動を始めましたが、私達の存在に気付いてこっちへと小走りでやってきました。

 

「あっ!? 桜ちゃんと忍ちゃんじゃん。望と一緒にポテチ食べる?」

 

 この子は六道 望(りくどう のぞみ)さん。

 私と忍さんのクラスメイトであり、今回のIQテストで―――――。

 

「…………あんた、またやったわね?」

「ふっふっふ。望のIQは53万だよ!!!!」

 

 そう、今回のIQテストで1位を取った人物なのでした。

 

「はぁ。ここまで高いと逆に凄く感じないわね…………」

「望さん、毎回そのセリフ言ってますよね?」

「うん! だって望は、これを言う為に頑張ってるからね!」

 

 私の「2位 風宮 桜 180」の右には「1位 六道 望 530000」と絶対に同じテスト受けてないだろ! ツッコミたくなるような数字が並んでいたのです。

 

「あんた。毎回この数字だけど、もしかしてわざと取ってない?」

「うん。毎回53万で止めるのって結構難しくて大変なんだよ…………」

「――――えっと、普通にもっと正解すればいいのでは?」

「それは駄目だよ。望は宇宙の帝王に憧れてるから、この数字は絶対に譲れないんだ!」

「…………ああそう。じゃあ宇宙の帝王になる為に頑張りなさい」

「うん、頑張るよ!」

 

 本気で頑張りを表明する望さんと打って変わり、忍さんはちょっと呆れ気味な感じです。

 

「まったく。何で私の周りには変なのばっかなんだか……」

「くふふ。まあ類友って言いますし、忍さんの周りにそういった人が集まるのは仕方ないでしょうね」

「あんたもでしょ!!!!」

「ええっ!?」

 

 それからも3人で会話を続けていると、午後の授業を始めるチャイムが鳴り始めました。

 

「あっ。そろそろ教室に戻らないと!?」

「そうですね。それじゃあ望さんも一緒に戻りましょうか」

「あ、ちょっと待って」

 

 望さんは残っているポテチを一気に口に放り込んでむしゃむしゃした後に、炭酸強めのエナジードリンクで一気に流し込みました。

 

「望パワー、フルチャージ!!!! こうなったら誰にも負けないよっ!」

「いったい何と戦うのよ…………」

 

 それから3人で教室に戻る時、掲示板を横目に見ると3位の人の名前が気になって一瞬足が止まりました。

 

 3位 仙道 和希。

 

 …………せんどう…………わづき?

 

 そういえば、どこかでこんな感じの名前を見た事があったような――――。

 

「あれ? どうしたの、桜?」

 

 急に立ち止まった私を忍さんが心配して声をかけてきました。

 

「あ、す、すみません。ちょっとボーッとしてました」

「……まったく。授業中に居眠りしないように気をつけなさいよ」

「あっ!? ひらめいたよっ!? 桜ちゃん、だったらバレないようにマジックで目を書けばいんじゃない?」

「おおっ!? 言われみればその手がありました!?」

「無いわよ!!!!」

 

 それから、ちょっと眠い午後の授業も難なく終わり、帰りの時間になりました。

 

「それでは、忍さん。私はお店の手伝いがあるので、もう行きますね」

「りょーかい。こっちも部活があるから、そろそろ行かないと」

「――――それにしても最近は部活頑張ってますね?」

「まねー。最近お姉ちゃんが凄いから、私も負けてられないんだから」

「えっと、お姉ちゃんって鳴海さんですか?」

「ん? あ~違う違う。もう1人の方」

 

 …………もう1人?

 忍さんに他のお姉ちゃんなんて居たでしょうか?

 

「そういや、桜は会ったこと無かったっけ? この右側がそうよ」

 

 そう言って忍さんは端末を取り出して、1枚の画像を見せてくれました。

 そこには忍さんと鳴海さんともう1人、私の知らない人が笑顔で並んでいます。

 

「し、忍さんに私の知らない人がいたなんて!?」

「あんたは私の何なのよ…………」

「それはモチロン。お店の常連さんの1人です!」

「友達でしょ!!!!」

「おや? 忍さんは私の事を友達だと思ってくれてたんですか!?」

 

 私はにやけ顔をすると、忍さんは少し顔を赤らめて。

 

「べっ、べつにそんなんじゃ…………。は、はいっ。この話は終わりっ。じゃあ私は部活があるからっ!?」

 

 そう言って教室を飛び出して行ってしまいました。

 ふぅ。ちょっとからかい過ぎましたか。

 まあ、もう1人のお姉ちゃんの事はまた今度にでも聞くとして、私もそろそろ帰らないと。

 

 ――――私は自分の机のパソコンからログアウトすると、荷物をまとめて教室から出る事にします。

 

 階段をゆっくりと降りて行き下駄箱に着くと、校門に見覚えのある後ろ姿が。

 

「あ、あれはっ!?」

 

 突然、私の頭にお昼にみた掲示板の文字が浮かび上がってきました。

 カズキ…………かずき…………和希!?

 

「もしかして、和希さん!?」

 

 私は室内用の靴を下駄箱に投げ入れ、スニーカーを半分だけ履いた状態で駆け出して行きました。

 

 

 



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リベンジマッチ2

 

 

「あ、あのっ。和希さん!」

 

 和希さんは私の事に気が付いて足を止めて振り向きました。

 

「まったく、お前とはなにかと縁があるみたいだな」

「おんなじ学校だったなんてビックリです」

「――それで? 私に何か用でもあるのか?」

「その…………似てる人を見かけたので、もしかしてって思って声をかけたのですが」

「…………用が無いなら私は帰るぞ? それに連絡先は渡してあるから用がある時はそっちに連絡してくれ」

 

 そう言って和希さんは門から出てバス停の方に向かって行きました。

 

 ――――せっかくゲームが上手い知り合いが出来たのだから、もっと仲良くなりたいのに中々うまくはいかないみたいです。

 

 なにかきっかけでもあればいいのですが…………。

 

 あっ!? そう言えば一緒にブレマジで遊ぶ約束をしてたんでした。

 

「あのっ。今日一緒にブレマジやりませんか?」

 

 和希さんは再び足を止めてこっちを向きました。

 

「別に構わないが、18時くらいからでもいいか?」

「は、はいっ。では18時から一緒のチームで遊びましょう!」

 

 和希さんとチームを組むのは飛行機事故以来で凄く楽しみです。

 上手く行けば一緒に大会に出てくれるようになるかもしれませんし。

 

 …………と、思ったのですが。

 

「チーム? すまないが私はソロ専用なんだ。だから対戦プレイにしてくれないか?」

「ええっ!? この前は一緒にチーム組んだじゃないですか!?」

「あの時は非常事態だったからな。それに、いちいち仲間を気にしてゲームをするのは面倒だ」

「あの……そこを何とかなりませんか?」

「だいたい何でそんなにチームでやりたいんだ?」

「実は今、大会に一緒に出てくれるチームメイトを探してて、もしかしたら和希さんとは連携もバッチリかなーとか思って――――」

「あいにく私は大会もソロしか興味ないんだ。チームメイトなら他をあたるんだな」

 

 ――――ガガーン。

 

 速攻で私のチーム構成が崩れ去ってしまいました。

 和希さんが仲間になってくれたら、切り込み隊長として凄く心強いのに!

 

 こうなったらもうあれしかないっ!!

 

 

「あ、あのっ。だったら今から私と勝負してください!!」

「18時から勝負するだろ?」

「いえ今から和希さんと勝負するのはクラウンデュエルです。私が勝ったらチームで遊んで下さい!」

「…………」

 

 和希さんは少し考えてから。

 

「なら1回だけやってやる。お前が負けたらチーム戦は諦めるんだな」

「は、はいっ! では、対戦は学校のeスポ室を使わせてもらいましょう」

 

 私達は対戦をする為の施設へと向かって行きました。

 

 …………けれど。

 

「ええっ!? 全部使用中!?」

「ごめんね~。タッチの差で埋まっちゃったんだ」

 

 施設の管理人さんに聞くと、どうやら全ての部屋が使われているらしく、かなり待たないと順番は回って来ないとの事でした。

 

「ど、どうしましょう?」

「ここが駄目なら河川敷あたりでやればいいんじゃないか?」

「……河川敷で?」

「簡易フィールドならそれなりの広ささえあれば問題ないだろ?」

「そうなんですか?」

「…………? お前がクラウンデュエルやろって言ってきたんだが…………もしかして、やった事ないのか?」

「いえ。数回やった事はあるんですが……」

「まあいい。設定は私がやってやるから、お前はナビを呼んでこい」

「わかりました」

 

 私はシャンティに通信を入れて来てもらうと、和希さんと一緒に学校の近くにある河川敷へと移動しました。

 

 和希さんも自分のナビを既に呼んでいて、今はお互いに10メートルくらい離れた位置で対面しています。

 

 

「ルールはこっちが決めて構わないか?」

「はい。私はどんなルールでもいいです」

「だったら、まずはナビを装着しろ」

「わ、わかりました。――――では、シャンティ行きますよ!」

「ほいほいっと」

  

 変身した私はいつも通りの決めポーズ!

 

「桜花爛漫(おうからんまん) 風宮 桜 参上ですっ!!!!」

 

 そして、和希さんも続いてポーズを取りました。

 

「色即是空(しきそくぜくう) 仙道 和希 見参!」

 

 ああっ!?

 ついに…………ついに念願の2人での決めポーズをする事が出来ました。

 忍さんに何回お願いしても「い、嫌に決まってるでしょ!」と断られた2人での決めポーズが!!!!

 

 …………っと、それより今は対戦の事を考えないといけませんね。

 

 これからもずっと一緒にポーズを取って貰うために!!!!

 

 お互いにポーズが終わった所で和希さんが何やら設定をすると、バイザー越しに仮想フィールドが出現しました。

 

 

 これで対戦の準備は完了です。

 そして和希さんが対戦ルールを告げました。

 

「クラスリミット・フリー、ツー・ライフ、ノーマルフィールド・シングルバトル!」

「わかりました。クラスリミット・フ…………フリー!? スリーじゃなくて!?」

「――――どうかしたのか?」

「えっと……フリーって制限なしって事ですよね?」

「なにか問題でもあるのか? こっちがルールを決めていいって言ったのはお前だろ?」

「い、いえ。大丈夫です。…………では、クラスリミット・フ、フリー。ツー・ライフ、ノーマルフィールド・シングルバトル!」

 

 



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リベンジマッチ3

 私がルールに戸惑っていると、和希さんは私に聞こえないように自分のナビと会話を始めたみたいです。

 

 

「それにしても、和月よ。ライフを2個もくれてやるとは、ずいぶんと優しくなったものだな?」

「後で初見殺しって言われても困るからな。それに2回目までに対応出来なかったら、どの道こいつじゃ上には行けないさ」

「確かにそうだが、初見10秒でアレを防げる者がそんなにいるとは思えんが――――」

「こいつにやる時間は5秒だよ」

 

 かなり真剣な表情の和希さんに見つめられ、一瞬かなしばりにあった様な感覚になりましたが何とか自分を奮い立たせて覚悟を決めます。

 

 けど、その覚悟はまだじゅうぶんでは無かったみたいです。 

 

 何故ならルールの確認を終え、対戦に使うクラスの選択画面が表示されると、私はその数の多さに圧倒されて地面に倒れそうになったのですから。

 

「こ、こんなに沢山!?」

「桜、どれにするの?」

「え、えっと…………」

 

 和希さんが使ってくるのは多分スピードタイプ。

 だったら私も対抗して早いのを使う?

 

 それともスピードの早い攻撃にある程度耐える事が出来る防御重視?

 もしくは防御力の低いスピードキャラに1回攻撃を当たれば倒せるワンチャン火力キャラ?

 

 …………どれも正解でどれも間違っている気がします。

 

「シャンティ、私に会っていそうなクラスをピックアップしてもらえませんか? 大急ぎで!」

「まかせて!」

 

 ……ふぅ。シャンティのAIが無駄に高性能で良かったです。

 

 一瞬の沈黙の後。

 画面には20種類のクラスが表示されました。

 

「……まだ多くないですか?」

「いや、これはどれ選んでも桜に会ってるクラスだから問題ないって」

「…………そう言われても」

 

 ――――こうなったら直感で。

 

「じゃ、じゃあ、これですっ!!」

 

 私が選んだクラスは。

 

 

 フレイムマスター

 

攻撃力 SS

防御力 S-

速さ  AAA

 

適正距離 中~遠距離

 

 

特性

全ての火属性、炎属性、緋属性の魔法がマジック消費無しで使える

魔法の詠唱時間半分

火属性、炎属性、緋属性による攻撃を吸収

水属性、氷属性、彗属性によるダメージ1.5倍

 

 

 和希さんがどんな攻撃をしてくるのか分からないから、離れて戦えて防御もそこそこ高いこのクラスですっ!!!!

 

 …………まあ水系のクラスを使われたら即終了なんですが。

 

 今はそんな事は考えないっ!!!!

 

 和希さんはとっくに使うクラスを選んでいるみたいで、早速バトル開始です。

 

 

「じゃあ始めるか?」

「はいっ。では、はじめ―――――」

「ちょっと、まったぁあああああああああああ!!!!」

 

 声のした方に振り向くと、河川敷の上にある橋に男の人が立っていました。

 

「橋の上からこんにちは。とうっ!」

 

 その人はここから20メートルくらい高い橋の上からジャンプして、私と和希さんの近くに着地しました。

 

「この試合、私がジャッジを引き受ける」

 

 なんとeスポーツ公式ジャッジマンの杉田さんが突然乱入して来たのです。

 

「ど、どうしてここに!?」

「私はeスポーツが行われるなら、どこにいても駆けつける。それがジャッジマンの努めなのだ!」

「そうなんですか!?」

「二人共、準備はいいかね?」

 

 なんだかもう、すっかり杉田さんがジャッジをする空気になってます。 

 

「えっと……」

 

 私は別に構わないのですが和樹さんは大丈夫なんでしょうか。

 

「こっちは別にいいぞ。――――けど、せっかく来てもらったのにすぐ帰る事になるかもな」

「こっちも大丈夫です。それに、すぐ終わりになんてさせません!」

「それではお互いの合意も取れた事で――――」

 

 あ。一応、合意の確認はしてくれるんですね。

 

「クラウンデュエル、ファイト!!!!」

 

 杉田さんの合図と共に、私の意識が一瞬にしてゲームの世界に移動しました。

 そして、フィールドが見渡せるくらいの位置からゆっくりと落下していき、地上に足をつけた瞬間。

 

 

 

 

 

 ――――私はさっきまで居た場所とは全く違う場所に立っていました。

 

 



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リベンジマッチ4

「…………え?」

 

 瞬間移動した!?

 まだゲームは始まったばかりで、私は何もしてないのに何で違う場所に!?

 

 ――――――まず状況を整理しないと。

 

 私は瞬間移動とかワープ系のスキルは持って無いので、間違えてスキルを選んでしまった可能性は無い。

 フィールド効果も無いのでそれも違う。

 

 そうなったら和希さんのスキルの可能性が高いですが、相手の場所をランダムに変えるとか?

 チーム戦なら撹乱する事が出来ますが、シングルバトルでそんな事をする必要があるのでしょうか?

 

「桜、ライフ見てっ!?」

「…………ライフ?」

 

 私は自分のライフを確認すると、ツーライフのはずなのになぜかライフが1になっていました。

 …………設定ミス?

 

 いえ、確かに最初は2つあったはずです。

 つまり、降りた瞬間にやられた!?

 

 改めてステータスを見てみると左上に「リスポーンまで後3秒」と表示されていました。

 

 ……やっぱり1回やられちゃったみたいです。

 

 つまり、今は1回やられて別の場所から再度フィールドに出るまでの無敵時間という事。

 一瞬でライフを1つ失った事はショックですが、この少しの時間で対策を考えないと。

 

 おそらく和希さんは、またさっきと同じ攻撃で一瞬で勝負を決めに来るはず。

 

 ――――――だったらまずは、さっきの事を思い出す!!

 

 私は倒された時の事を頑張って思い出そうとしたけど、あんな一瞬の事なんて覚えてるわけありませんでした。

 けど、ちょっとだけ違和感があります。

 そう、一瞬だけ不自然に前に倒れたような…………。

 

 つまり後ろから攻撃された?

 

 だったら!!!!

 

「ここっ!!」

 

 私は後ろを振り向いて何もない場所に手に持った杖を打ち込むと、金属同士がこすり合う音と同時に和希さんの姿が現れました。

 

「ふぅん?」

 

 すかさず私は和希さんの足元に火柱を立てたのですが、後ろにバックステップをして難なく避けられてしまいます。

 

「やるじゃないか。花丸をやってもいいぞ?」

「…………あ、ありがとうございます」

 

 和希さんは薄っすらと全身が緑色に光っていて、距離を取ってしばらくしてからその光は消えてしまいました。

 

 …………スキルの効果が切れたのでしょうか?

 

 

 ちなみに和希さんの服装は、太ももが丸見えのかなり短めのショートパンツにおヘソ丸出しの半袖トップス。

 光のような真っ白な服が和希さんの長い黒髪とマッチして、凄く美人さんに見えます。

 鎧や肩当てなど重いものは一切身につけて無く、両手には少し派手な短剣を2つ持ってるだけで他の武器は見当たりませんでした。

 

 

 

 

「桜、相手の情報が解析出来たけどいる?」

「お願いします」

 

 和希さんの姿を見て使ってるクラスが判明したので、少しでも情報を得る為にステータスを確認する事にしました。

 

 

 

スピード・オブ・ライト

 

攻撃力 AA+

防御力 D-

速さ  SSS

 

適正距離 近距離

 

特性

 

壁走り

10段ジャンプ

相手に後ろから攻撃する場合、全て防御無視のクリティカルダメージになる

 

 

 

スキル

 

 

自分だけの刻

 

一定時間、超スピードで移動する事が出来る

再び使用するには、かなりのクールタイムが必要

 

 

 

 

 

 

 

「――――えっと、つまり始まった瞬間に超スピードで移動するスキルを使われて一瞬で倒された!?」

「スキルが切れる前に2回倒す予定だったんだけどな」

 

 和希さんの取った行動は、まず対戦が始まって2秒で私の場所まで移動して瞬殺。

 そして3秒のリスポーンタイムが終わった瞬間にもう1度攻撃してゲーム終了……。

 

「あ、危うく5秒で終わる所でした」

 

 スピードキャラで来るとは思ってましたが、試合まで超スピード展開に持って行こうとするとは予想外です。

 

 けど、距離が近距離から中距離になった事で、ここからは私のターン!

 

「反撃いきますっ! マーズ・メテオ!」

 

 私は火属性最強クラスの魔法をくりだしました。

 うねる爆炎の炎がフィールド全体を包み込み、灼熱の…………………。

 

「…………おや?」

 

 凄い魔法が発動すると思ったのに、なぜか魔法は発動しませんでした。

 私が不思議に思ってるとシャンティからの通信が入りました。

 

「桜、魔法の効果わかってる?」 

「実際使った事は無いですが、攻略ガイドで効果は把握してますよ?」

「じゃあ、ちょっと言ってみ?」

「炎を纏った隕石によるフィールド全体攻撃です!」

「上から降ってくるアレがそうじゃない?」

「…………あれ?」

 

 上を見上げると、大量の隕石がフィールドに降ってくるのが見えました。

 

 ……………そう、遥か彼方にっ!!!!

 

「発動してから効果が発生するまで、少し時間がかかるみたいだねー」

「…………少しというか、あれが来るの待ってたら試合が終わっちゃいます!?」

 

 それにしても爆炎系の魔法は発動してから時間がかかりすぎたり、魔力を全て使い果たして動けなくなったりとピーキーな性能の魔法が多すぎる気がします…………。

 



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リベンジマッチ5

 

 

「こうなったら、他の魔法で――――――」

「ちょっと詠唱が遅くないか?」

「えっ!?」

 

 私が魔法の詠唱を始めた瞬間、短剣を構えた和希さんが猛スピードで突撃してきました。

 スキルを使って無くてもスピードSSSの突進には、私のクイックスペルでの発動がギリギリ間に合うかどうかといった状況。

 それに和希さんくらいのプレイヤーになると、もし魔法が間に合ったとしても避けられるかも。

 

 こっちは一度詠唱を初めてしまっているので、いったん止めて防御系の魔法の詠唱を始める時間はもうないっ。

 

 ――――だったら!!!!

 

「フレイムボム!」

 

 私は和希さんでは無く自分の足元に魔法を投げつけ、爆風に乗ってその場から離脱する事にしました。

 

「ふう。これでなんとか―――――」

「なるのか?」

「はうっ!?」

 

 和希さんはジャンプ中にジャンプ。

 そして更にそのジャンプ中にジャンプして、まるで空を飛ぶように追いかけて来ました。

 

「特性の10段ジャンプ!?」

 

 私が吹き飛ぶよりも早いスピードでぐんぐんと距離を詰めて来ます。

 

「だったらッ!」

 

 

 迎撃用の魔法。

 なるべく範囲が広くて避けづらいので!

 

「フレアボール!」

 

 私は空中で詠唱をはじめ、運動会の大玉くらいの大きさの火炎の弾を投げつけました。

 

「そんな遅いのにはあたらないぞ?」

 

 フレアボールはダメージが高く範囲も広いのですが、大きめの弾がゆっくりと進むだけなので真正面からだと簡単に避ける事が可能です。

 なので、和希さんは難なく横に空中ステップをして火の玉を避けました。

 

 ―――――けど、これでいいっ!

 

「もういっかい!」

 

 私は再度フレアボールを放ち和希さんは涼しい顔で避ける。

 

「まだですっ!」

 

 同じことを繰り返す私に、シャンティから通信が入りました。

 

「桜、他の魔法の方がよくない? もう追いつかれちゃうよ!」

「大丈夫です。―――――これで、ラストっ!」

 

 和希さんは最後に私が放ったフレアボールを避けると、そのまま追いかけるのを止め地上へと降りていきました。

 

「な、なんとか10回使わせました…………」

 

 

 そう。ステップで避けるのもジャンプに数えるので、強制的にステップを使わせる事で和希さんの10段ジャンプを回数上限まで使わせたのでした。

 

 

 ―――――地面に着地した私はそのまま狙撃魔法の詠唱に入り、空中に狙いを定めたのですが。

 

「やっぱり、来ませんか」

 

 私は詠唱を中止して、ふぅと息を吐きました。

 

 和希さんが私の逃げた場所を確認する為に、ジャンプした所を狙撃で倒すつもりでしたが…………そう簡単にはいかないみたいです。

 

 

「シャンティ。和希さんがもう1度、超スピードのスキルを使えるまで後どれくらいですか?」

「えっと―――――だいたい2分後くらいかな」

「……2分ですか。それまでに何とかしないと厳しいですね」

 

 和希さんは防御を捨てて攻撃とスピードに特化したクラスを選んでるのにも関わらず、安定した勝率を誇っています。

 つまり、攻撃を弾いたり避けたりするのには絶対の自信を持ってて、そう簡単にはこっちの攻撃に当たってくれない。

 

 だったら避けられない攻撃をするしか無いのですが、誘導性の高い魔法も1回ステップされるだけで簡単に誘導を切られてしまうので、かなり厳しい状況です。

 

 チーム戦だったら味方と協力して避けられない攻撃をする事も出来ますが、あいにく今回は個人戦。

 

 誘導に頼らず自分のエイムを信じて攻撃を当てないと!

 

「桜、来るよ!!」

「――――ええっ!? もうっ!?」

 

 スキルのクールタイムが終わるまで待っててくれたら対策をじゅうぶんにする事が出来たかもしれないのに、流石にそんな時間を相手に与えるなんて事はしませんか…………。

 

 一瞬建物の影に和希さんの姿が見えました。

 

「やあーーーーーーっ!」

 

 私は狙いをつけて火炎の矢を打ち放ちましたが、和希さんのスピードを捉えることが出来ずに建物の壁に当たってしまいました。

 

「どうした? 壁でも狙っているのか?」

「――――くっ!? 当たらないなら、もういっかいっ!!!!」

 

 私は再び今使える中で最速の矢を放ちましたが、和希さんにはかすりもしませんでした。

 

「そんなので止まると思ってるのか?」

「止まらせます! それより走りっぱなしで疲れてませんか?」

「こっちはお前と時の流れが違うからな、そう簡単には疲れんさ」

 

 距離が縮まり遠距離から中距離になりました。

 

「この距離ならっ!」

 

 私は空中に巨大な箱を召喚して、違う魔法の詠唱に入りました。

 その直後、箱が開いて火の玉が扇状に広がりながら和希さんへと飛んでいきます。

 

 これは攻略サイトなどでおみくじボックスと言われている物で、高い誘導性と制圧力で適当に撃っても攻撃に引っ掛かってくれる可能性が高い魔法です。

 

 ――――そして、攻撃に引っ掛かってる間に強力な魔法によるコンボで一気に倒すっ!

 

 



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リベンジマッチ 完

 

 

 

 私は飛んでいく炎の挙動に全神経を集中しました。

 

「賭けは――――」

 

 和希さんは誘導する火の玉を難なく避けて。

 

「――――こっちの勝ちみたいだな。チップは全部もらって行くぞ?」

「まだルーレットは回ってます!」

 

 私は杖の先からビームを放ちました。

 狙いはもちろん――――――火の玉の飛んで無い場所っ!

 

 そう。私は和希さんが攻撃を避けてくれると信じて、魔法を放ったのです。

 

 ただ、和希さんが左右どっちに避けるのかは完全に運でしたが――――。

 私は2分の1の択を通すことに成功したのです。

 

「チィっ!?」

 

 防御力の低い和希さんは、私の放った攻撃で体力の全てを奪われました。

 

 

「桜、相手の移動スキルが回復しちゃったよ!?」

 

 シャンティが警告を発しました。

 どうやら和希さんのスキルのクールタイムが終わって、私が最初にやっつけられた行動をもう一度やって来る可能性が高いのですから。

 

 ――――――――けどっ!

 

「私の勝ちですっ!!!!」

 

 和希さんが超高速で私に向かってきた瞬間、私が最初に唱えた隕石がフィールドを埋め尽くしました。

 

 

「勝者。風宮 桜!!!!」

 

 そして、私の勝利を告げるジャッジ杉田さんの声が、フィールド上に響き渡りました。

 

 

「―――――――あっ」

 

 現実に戻った瞬間。

 緊張の糸が切れた私は地面に倒れそうになりましたが、いつの間にか隣に来ていた和希さんに支えられました。

 

「まったく。もう少し緊張感を持ったらどうだ?」

「す、すみません」

 

 私達はお互いにスーツを脱いで改めて向かい合うと、突然杉田さんのデバイスからアラートが鳴り始めました。

 

「おっと。どうやら近くて他の試合が始まるみたいだ。では、さらばっ!」

「お疲れ様です」

 

 そして、河川敷には私と和希さんだけが残りました。

 

「私の最初のライフを取ったレーザー、外したら負けだったんじゃないのか?」

「あそこは運にかけるしか方法がありませんでしたので。それに、最初から右に撃つって決めてましたから」

「どうしてだ?」

「友達だったら、右手で握手するのが基本ですっ!」

「…………まったく。とんだ挨拶だったな」

 

 私達は2人で笑いあいました。

 

「あの、それで約束なんですが……」

「――――ふぅ。わかってる。チーム戦をやればいいんだろ?」

「はいっ!」

 

 

 ――――――そして、今日の夜。

 

 私は、るんるん気分で和希さんと一緒にバトルフィールドに降り立ったのですが……………。

 

 

「ま、待ってください!?」

 

 私はひたすら突っ走る和希さんの後ろをついて走っていました。

 

 和希さんは2人チームなのにまるでソロプレイの様な動きをして、相手が2人でも持ち前の実力で圧倒しているおかげで私の戦闘は今の所ゼロ。

 

「欲しいのがあったら取ったらどうだ?」

「わかりました…………って、あっ、ちょっと!?」

 

 

 装備も下手に重い物を取ったら置いていかれてしまうので、最低限の防具と短剣のみ。

 

「ひゃうっ!?」

 

 スピード重視の装備だと突然飛んでくる石ころでも致命傷になりかねないので、緊張感は常にマックス。

 

 

 ―――――そのまま和希さんは1人で最後まで突き進み、私は後ろをついて行っただけで1位を取ってしまいました。

 

 

「なんとか1位を取れたな」

「……………もう全部、和希さん1人でいいのでは」

 

 チームを組むことは出来ましたが、チームプレイが出来るようになるにはまだちょっと先みたいです。

 

 

 

 



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きのこVSタケノコ 頂上決戦1

 ―――――ある休日。

 

 私はクラスメイトの望さんと一緒にお菓子を買いにコンビニに向かっていました。

 

「桜ちゃんは何買うの?」

「そうですね。やはりここは無難にコーラとタケノコの村です」

「望はエナジーモンスターとタケノコの村にするよ」

「やっぱりお菓子はタケノコの村が最強ですよね!」

「そだね~。たまにキノコも買うけど結局タケノコに戻ってきちゃうよ」

 

 しばらくしてコンビニに到着してそのままお店に入ろうとすると、入り口からお客さんが出てきたので私達はそのお客さんが出てから入る事にしたのですが―――――。

 

 

「………………おや? ちょっとさっきの人、おかしくなかったですか?」

「え? なんか変だった?」

「なんというか、その…………見慣れない物を持ってたような……………ああっ!?」

 

 私は違和感の正体に気付きました。

 

「さっきの人、キノコの森だけ持ってました!?」

「そ、それは確かにおかしいよ!? 普通の人類ならタケノコの村か、妥協してキノコとタケノコをセットで買うのに、キノコ単体で買うなんて絶対に変だよ!?」

「これは事件の臭いがします! 急ぎましょう!」

「ガッテンだよ!」

 

 私達は急いでコンビニに入店してお菓子コーナーに走ると、そこには大量のキノコの森が陳列されていました。

 

「た、タケノコの村がありません!?」

「ちょっと店員さんに聞いてくるよ」

 

 望さんはそのままレジにいる店員さんの所に行って。

 

「あの! 望のタケノコの村が無いんだけど!」

「…………別に望さんのでは無い気がするんですが」

 

 望さんにまくし立てられた店員さんはちょっとだけ困った表情を浮かべました。

 

「ごめんね~。タケノコは全部無くなっちゃって今はキノコしか無いの」

「それにしてはキノコが多すぎるのでは?」

「それが何か急にキノコしか入荷しなくなっちゃって、こっちも困ってるのよ」

 

 …………いったいどういう事でしょうか。

 

「すみません。今回は他のお店で買うことにします」

「ばいば~い。また来るね~」

 

 私と望さんがコンビニから出ると、ちょうど忍さんと鉢合わせしました。

 

「あ、忍さん。買い物ですか?」

「そ。ちょっと、お菓子を買いにね~」

 

 知らないかもしれないので、一応警告しといた方がいいかもしれません。

 

「忍さん。今はキノコしか売ってないので、気を付けてください!」

「……………は? あんた何言って」

「桜ちゃん、急がないと!」

「と、そうでした。それじゃあ忍さん、また今度」

 

 私達はそのまま走って他のコンビニに向かい、その場に残った忍さんは何がなんだかといった表情を浮かべました。

 

 そして忍さんはそのままコンビニに入って行き、お菓子コーナーの前で立ち止まり―――――。

 

「あれ? なんでキノコしか売ってないんだろ?」

 

 と、疑問の表情を浮かべながらも並んでいるキノコを1箱持って。

 

「……………まあいっか、私キノコ派だし」

 

 

 といってレジに向かって行きました。

 

 

 

 

 ――――――数分後。

 

 私と望さんは息を切らしながら別のコンビニへと到着しました。

 

「はぁ……はぁ………。流石にこのお店なら売ってるはずです…………」

「そ、そうだね…………は、早く買わないと3時になっちゃうよ………」

「3時を過ぎたらお菓子を食べれなくなってしまいます。急ぎましょう!」

「おー!」

 

 私達がコンビニに入ろうとするとまたお店から出てくる人がいたので、今回もお客さんがお店から出るのを待ってから入ろうとしたのですが―――――。

 

「うわあああああああ!? さっきの人もキノコ持ってたよぉおおおおおっ!?」

「なんだが嫌な予感がします…………」

 

 そのままコンビニに入ってお菓子コーナーへと進むと、そこには前のお店で見たのと同じようにキノコの森が大量に陳列されていたのです。

 

「ど、どうして、こんな事に?!」

「うわああああん。望のタケノコがぁあああああ」

 

 これはどう考えても異常事態。

 コンビニのお菓子が全部タケノコの村になるなら理解出来るのに、これは完全に常識の範囲を逸脱しています。

 

 

「これはきっとタケノコ派に対する宣戦布告に違いありません!!!!」

「そうだね。これは戦うしか無いよ!」

 

 私達はこれからの作戦を考える為に、いったん公園に向かう事にしました。

 

 ――――と、その前に。

 

「あの。飲み物だけでも買っていきませんか?」

「うう~。本当はお菓子も欲しかったけど仕方ないか~」

 

 改めて。私達はジュースを買ってから公園に向かいました。

 

 



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きのこVSタケノコ 頂上決戦2

 公園に到着してベンチに座った私達は喉が乾いたので、ジュースを飲むことにしました。

 

「ごくっ……ごくっ…………ぷは~。やっぱエナモンは最高だよ~」

「後はタケノコの村があれば最高でしたのに……」

 

 まあ今回はジュースだけにして、タケノコは次回のお楽しみにしておきますか。

 それに、お店が駄目なら通販で頼めばいいですしね。

 私は大手通販会社のユニゾンで注文する事にしました。

 

「シャンティ。ユニゾンでタケノコの村を2個注文してもらえますか?」

「オッケー………………あれ? 注文出来ない!?」

「……………え!?」

 

 またもや嫌な予感がします。

 

「シャンティ。注文画面を出してください」

「うん。じゃあ出力するね」

 

 私達の座っているベンチの前にホログラフのモニターが表示されました。

 

 私はタッチ操作でタケノコの村を検索すると、そこには該当無しとの表示が出てきました。

 

「タ、タケノコの村が全て無くなってます!?」

 

 ――――そう、全て無くなっている。

 売り切れでは無く、大手通販サイトから存在が消えていたのです。

 

 

「桜ちゃん、これっ!?」

 

 望さんは気になるニュースを見つけたみたいで、指を弾いて画面をこっちに飛ばして来ました。

 

「…………新社長就任?」

 

 実はキノコとタケノコは同じ会社が作っていて、どうやらその会社の社長さんが新しい人に変わったみたいですが――――。

 

「…………絶対キノコ宣言? ここにキノコの完全勝利を宣言し、タケノコを…………お店から抹消する!?」

「新しい社長がキノコ派で、タケノコ派を絶対に許さないみたいだよ!?」

「けど、社長がキノコ派でも会社にタケノコ派の社員も沢山いるはずでは?」

「えっと…………あっ!? これ見てっ! 逆らう社員は全員クラウンデュエルでやっつけちゃって誰も逆らえなくなってるみたい!?」

「ええっ!?」

 

 そういえばこの会社はeスポーツで社長を決めるってテレビで見た事があります。

 つまりeスポーツ最強の社長にクラウンデュエルを挑まれて…………勝てる社員がいない!?

 

 いきなり会社に乗り込んでも相手をしれくれるはず無いし、いったいどうすれば――――。

 

 

「あれ? なんか明日、新商品の発表会があるみたいだよ」

「…………新商品?」

 

 どうやら望さんはまた気になる記事を見つけたようで、そこには新商品キノコの森ロイヤルミルク味の発表会を社長自ら行うと書いてありました。

 

「こ、これですっ!?」

「ロイヤルミルク味か~。タケノコ派の望もこれはちょっと気になるかも」

「実を言うと私も……………ってそういう事じゃなくて! ここを見てください!」

 

 どうやら新商品の発表会は一般の人も入れるらしく、直接乗り込んで文句を言うにはうってつけのシチュエーション。

 

「明日、カチコミに行きましょう!」

「うおおおおおおおおおお。燃えてきたよ!」

 

 

 ―――――次の日。

 

 私と望さんは2人で新商品の発表会に向かっていました。

 そして、バスを降りて会場に入った瞬間、驚きの光景が私の目に入ってきたのです。

 

 なんと会場のお客さんの大半がキノコの書かれた団扇とハッピを着ていて、まだイベントが始まっていないのに大声援を送っていたのでした。

 

 まるでタケノコの書かれた団扇とハッピを用意してきた私が間違っているみたいな感覚に陥りそうになりましたが、勇気を振り絞って心を震え立たせます。

 

 私は間違ってません。なぜならタケノコ派が絶対正義なのだから!

 

 ――――ボリボリ――――ボリボリ。

 

「それにしても、なかなか始まりませんね」

 

 ――――ボリボリ――――ボリボリ。

 

「ふぅ。ちょっとタケノコの村を食べて落ち着かないと…………」

 

 ――――ボリボリ――――ボリボリ。

 

「……………………」

 

 ――――ボリボリ――――ボリボリ。

 

「あの。望さんはさっきから何をボリボリしてるんですか?」

「――――ん? 入り口で配ってた試供品だよ。桜ちゃんも食べる?」

「では1個ください」

「はいは~い」 

 

 望さんからお菓子をもらって食べてみると、濃厚なミルクチョコレートの味が口いっぱいに広がり……………あれ? ミルクチョコレート?

 

「望さん。ちょっと箱を見せてもらえますか?」

「――――箱? はいこれ」

 

 箱を確認すると、そこにはでかでかとキノコの森ロイヤルミルク味と書いてあります。

 

「って、キノコじゃないですか!!!!!!」

 

 …………あぶなかったです。

 危うくタケノコ派の私がキノコを認めてしまう所でした。

 

「もぐもぐ―――――でもこれ美味しいよ?」

「確かにそこそこ美味しいみたいですが、タケノコに比べたら3ランクは落ちますね」

「んじゃ、残りは望がもらうね~」

 

 ――――ボリボリ――――ボリボリ。

 

「…………あの。やっぱり後1個だけください」

「おけ~」

 

 私は仕方なく。

 そう、これはあくまで仕方なく、情報収集をする為にキノコの森を食べているのです。

 

 ―――――それからしばらくしてイベントが始まると、1人男の人がキノコのマスコットキャラを2人連れて舞台に登場しました。

 

 全身キノコ柄のスーツにキノコ柄のネクタイ。

 そしてキノコの形をした靴を履いて、髪型はキノコカット。

 

 私は確信しました。

 間違いなくあの人が社長さんです!!!!

 

「望さん行きましょう!」

「もぐもぐ――――あ、ちょっと待って、もうちょっとで食べ終わるから」

「……………」

 

 望さんが食べてる間も新作発表会は順調に進んでいき、どうやら質問コーナーが始まった辺りで食べ終わったみたいです。

 

 けど、このタイミングは逆にちょうど良かったかもしれません。

 



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きのこVSタケノコ 頂上決戦3

 

「他に質問ある人いるかな?」

「はいっ!!!!」

「じゃあそこの女の子」

「来ましたっ!? 望さん行きましょう」

「わかったよ!」

 

 私達はステージまで走り、社長さんに人差し指を向けて質問を投げかけました。

 

「質問です! どうしてタケノコの村をコンビニから消したんですか!」

 

 社長さんは少し沈黙し。

 

「ククク。まさかタケノコ派の残党が残っていたとはな」

 

 不気味に笑った後、語りだしました。

 

「小さい頃、俺は松茸が大好きだった。だがある日、松茸ご飯の素を買ったはずが何故かタケノコご飯の素が入っていた。それ以来だ、それ以来俺はタケノコを憎むようになった」

「分かるよ。望もエナモンのアブソリュートゼロ買ったのに何故かアトミックフレア味が入ってた事があったよ…………」

「…………あの。望さんも社長さんも、それはただの買い間違いでは?」

「うるさい。ともかく俺はお菓子でもタケノコを許さない。だから俺は世界からタケノコを消滅させるんだ!」

「しょ、消滅させる!? まさかそんな事を企んでいたなんて」

 

 ―――――こうなったらもうアレしかないっ!

 

「では、クラウンデュエルで勝負です!! 私が勝ったらキノコを販売停止にしてタケノコの村を復活させてください!」

「ほう? ではこっちが勝ったら?」

「その時は私がキノコのきぐるみを着て宣伝してあげます!」

「あっ、望はあのきぐるみは着てみたいかも」

「ふん。いいだろう。では勝負だ!」

「望さん。ここは2人がかりで行きましょう!」

「わかったよ!」

 

 キノコ派は社長さん1人に対してタケノコ派のこっちは2人。

 ここは数で押し切る!!!!

 

「ちょっと待ちなさい!!!!!!」

「――――――えっ!?」

 

 どこからともなく聞こえた、突然のちょっと待ったコールに対戦開始は一時中断となってしまいました。

 ――――それにしても、この声どこかで聞いた事があるような。

 

 

「ここよ!!!!」

 

 突然社長さんの後ろにいたマスコットの1人が歩いてきて――――って、これは!?

 

 

「し、忍さんどうしてここに!? というか、その格好はいったい!?」

「どうしてって、キノコの森のPRをするキャンペーンに応募して当選したのよ」

 

 なんとびっくり。

 突然の乱入者の正体は忍さんだったのでした。

 忍さんはキノコの森PRマスコットであるキノコンを着こなして、前がちゃんと見えるように顔の部分だけ出ています。

 

「まさか忍さんがキノコに心を支配されてしまっていたなんて…………」

「私は初めからキノコ派なんですけど!」

「忍ちゃんいいな~。望もそれ着てみたいんだけど」

「それなら後ろにあるから着てみたら?」

 

 私達は後ろを見ると、タケノコの森の宣伝マスコットであるタケノコンのきぐるみが用意してあるのを発見しました。

 

「あっ!? タケノコンじゃん」

「忍さんに負けない為に私達も着ましょう!」

「じゃあ望から着るよ」

 

 タケノコンのきぐるみは始めて来たにもかからわず、完全に私にフィットして凄くいい感じです。

 そう。まるでタケノコ派の為に存在しているような心地よさが全員を包み込んでいます。

 

 

 ――――そういう訳で。

 私達はタケノコンのきぐるみを着て身も心もタケノコになり、キノコ派との最終決戦の準備は完了しました。

 

「桜、やぶれたり!」

「…………えっ? まだ対戦も始まってないのに、忍さんは何を言ってるんですか?」

「まっ、すぐにわかるから見てなさい」

 

 忍さんの謎の自信は気になりますが、とりあえず今は早く変身しないと。

 

「シャンティ。コンバージョンです!」

「了解、桜。コンバージョンスタンバイ」

「スタート、アーーーップ!」

 

 音声認識で反応したシャンティがゲーミングスーツのパーツに変形し、私の体に装着され―――――。

 

「痛っ!」

 

 ――――るはずが。

 きぐるみを着ているせいで、うまく装着できずにパーツが頭にぶつかってしまいました。

 装着に失敗したシャンティは仕方なく元の球体に戻ってます。

 

「ああっ!? きぐるみを着てるからサイズが合いません!?」

「ふっふ~。どうやら私の罠にハマったみたいね!」

 

 まさかゲーミングスーツは私の体に合わせた設計になってるので、少しでも厚着をしたら着れなくなるという欠点をつかれるとは………………。

 

 けど、それならキノコンのきぐるみを着てる忍さんもゲームが出来ないのでは?

 

 ――――と思って忍さんを見てみると。

 

 

「あっ!?」 

「こっちは対策済みってわけ」

 

 なんと、忍さんは自分のナビのアルティを装着したままキグルミを着ていたんです。

 

「大変です望さん!? このままだとナビを装着出来ま―――――」

「ん? どうかした?」

「………………望さんは装着してからキグルミを着たんですね」

「え? だってそうしないと付けれないじゃん」

「…………そうですね」

 

 まさかの気付かなかったのは私だけ!?

 ――――けど、望さんが装着しててくれたおかげで何とかなりそうです。

 

「シャンティ。一時的に望さんのサポート端末登録お願いします」

「いいけど、パフォーマンスがだいぶ落ちるよ?」

「非常事態なので仕方ないです」

「非常事態というか、桜の自業自得じゃない?」

「…………う、うるさいですね。早くお願いします!」

 

 シャンティは「はぁ」とため息を付いてから望さんのナビと通信して、私の前に電子モニターと電子キーボードが表示されました。

 

 VRゴーグルでは無いので自分の戦ってる周辺をすぐに見渡す事が難しくて、行動もワンテンポくらい遅れてしまうのが難点ですが参加せず不戦敗になるよりはずっとマシです。

 

「社長、いいの?」

「べつに俺はどっちでもいいけど」

 

 忍さんが社長さんに私が望さんのサポート端末として参加して大丈夫か確認してくれて、レギュレーション的にもどうやら問題無いみたいです。

 

「では、勝負で――――――――」

「ちょっと待った! この試合、私がジャッジする!」

 

 勝負が始まる瞬間。突然謎の声が会場に響き渡り、対決が一時中断されました。

 



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きのこVSタケノコ 頂上決戦4

「誰です!?」

 

 突然キノコンがどしどしと私達の前へとやってきました。

 ちなみにキノコンのきぐるみは顔の部分が出ているので、近付いたら着ている人の顔がはっきりと判る仕様になってます。

 

「キノコの国からこんにちは!」

「あ、あなたは!?」

 

 社長さんと一緒にイベントに出てきた2匹のキノコンのキグルミの内、片方は忍さんだったのでしたが、なんと! もう片方はeスポーツジャッジの杉田さんだったのでした。

 

 

「私がジャッジして構わないね?」

 

 杉田さんは公平にジャッジしてくれて信頼出来る人なのですが、今回は―――――。

 

「嫌です!」

「な、何故だね?」

「キノコ派は信用出来ません!!!!」

 

 ――――そう。

 タケノコ派の私はキノコンのキグルミを着ている人は信用出来ないのでした。

 

「仕方ない。脱ぐからちょっと待ってなさい」

 

 そう言って杉田さんはキグルミを脱ぎだ……………ああっ!?

 

「シャンティ、大変な事に気付いてしましました」

「――――大変な事って?」

「私もキグルミを脱いだら良かったのでは無いでしょうか!」

「そ、その手があった!? ――――けどもうサポート登録しちゃってるから、この試合が終わってからじゃないとその手は使えないよ」

「そうなのですか? それなら仕方ないので、このまま行くしか無いですね」

 

 そうこうしている間に杉田さんはキグルミを脱ぎ終わり、いつもの審判服になりました。

 これだったら信用出来あそうです。

 

「では、ルールを決めるように」

「クラスリミット・スリー、フリーライフ、ターゲット破壊バトルだ」

「わかりました。クラスリミット・スリー、フリーライフ、ターゲット破壊バトル!」

 

 今回はお互いの陣地にあるターゲットを先に破壊した方が勝利のルールです。

 ライフが無くなっても無限に復活出来るのでデスペナを気にする必要は無いですが、復活するまでのリスポーンタイム中にターゲットを壊されてしまう事には注意しないといけません。

 

 ちなみにターゲットは社長さん忍さんチームがキノコのオブジェクトで私達はタケノコのオブジェクトを守る感じになっています。

 

 今回は防衛戦も兼ねているので、それを踏まえたクラス選びが重要になってきますね。

 

 

 ――――おそらく社長さん達はキノコに凄く思い入れがあるので、しょうもないキノコで戦うクラスを選択するはず。

 

 くふふ。相手の使うクラスが分かってるなら対策を組むのも簡単です。

 今回の私は望さんのサポート端末扱いで、私の使うクラスは望さんに変わりに選んでもらう必要があるので早く使うクラスを教えないと。

 

「では望さん。今回使用するクラスなんですけど―――――」

「あっ!? タケノコで戦うのがあるじゃん。これで、けって~い!」

「――――えっ!?」

 

 望さんの一存でタケノコで戦うタケノコナイトが選ばれてしまいました。

 

 

タケノコナイト

 

 攻撃力 D 

 守備力 C - 

 速さ  D+    

 

 適正距離 中距離

 

 スキル タケノコスピア

 槍の先端にタケノコが付いていてドリルのように回転する攻撃ができる

 

 

 

「あの。これはいったい……………」

「これは武器がぎゅいーーーーんって回転するんだよ!」

 

 望さんは右手を上げて笑顔で空想上のドリルを回転させてるみたいです。

 

「…………それは知ってます」

 

 まあ望さんが楽しそうなので良しとしますか。

 ゲームはモチベーションも大事ですし。

 

「それではクラウンデュエル、ファイトぉ!」

 

 ジャッジ杉田さんのラウンドコールと共に私の意識はゲームの中に―――――――は行きません…………。

 

 なぜなら今回はVRゴーグルを付けて無いので、目の前にあるバーチャル画面に私の姿をしたアバターが表示される感じになっているので。

 

「はろはろ~。望だけど、桜ちゃん聞こえる~?」

 

 ゲームが開始された直後、画面から望さんのボイスチャットが聞こえて来ました。

 

「はい、大丈夫です」

「そっか~、ちゃんと聞こえてよかったよ」

 

 ちなみに望さんは真横にいるのでボイチャを使う必要は全く無いです…………。

 

 ただ、こういうのをやった方がゲームの雰囲気は良くなるので、士気を高める的な意味でボイチャで話すのもありなのかもしれませんね。

 

 ――――とりあえず私は改めてマップを確認する事にしました。

 

 今回は相手の陣地まで無数の壁が存在していて、壁を避けて進む必要があります。

 壁は薄くて上に乗るには少し難しい感じになってるので、高い所から様子見や強襲するといった戦法は取れなそうですね。

 

 さて。相手をここで待ち伏せしてやっつけるか、勢いに任せて一気に攻め込むかどっちにするべきか―――――。

 

「ああ~っ!? 桜ちゃん、大変だよ!?」

「どうしました?」

「忍ちゃん達が!?」

 

 私が作戦を考えてると急に望さんの緊急事態を知らせる声が聞こえてきたので、前方を確認する事にします。

 どうやら忍さんと社長さんのコンビが凄い勢いでこっちに向かってきてるみたいです。

 

「ふっふ~。どうせ桜は小細工とか考えてるんだろうけど、おあいにくさま! 考える時間なんてあげないんだからっ!!」

 

 予想通り忍さん達は、キノコをミサイルのように発射して戦うクラスを選んでいるようです。

 忍さんの衣装は茶色と白のキノコカラーの服とキノコを模した王冠を被っていて、まるでキノコの王国のお姫様みたいな感じになってました。

 

 



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きのこVSタケノコ 頂上決戦5

 

 

「じゃあ俺から行かせてもらうぜ!」

 

 社長さんが手に持ったミサイルランチャーの様な武器からキノコミサイルを大量に撃ってきました。

 ミサイルは山なりに飛んでくるので、壁の向こう側からでも隠れながら攻撃出来るステージと相性のいい武器です。

 

 それに単発のダメージはそんなに高くはないですが広範囲に攻撃できるので、避けるのはちょっと難しいかもしれません。

 

 

「望さん、防御しましょう!」

「わかったよ!」

 

 私達はタケノコスピアを横にくるくると回してミサイルを弾き飛ばす事にしました。

 スピアは結構長いので前方のほとんどをガード出来る優秀な武器なのですが―――――。

 

「止まっちゃっていいのかな~? それっ! 狙い撃ちぃ!!」

 

 忍さんが壁の隙間から顔を出してキノコの形をしたスナイパーライフルで狙撃してきました。

 

 ――――バシュン。

 

 

「痛っ!?」

 

 忍さんの撃った弾は私のスピアでのガードが届いてない足元に直撃し、体力を大きく削られてしまいました。

 

 

 普段は一緒にゲームしているので気にした事は無かったのですが、忍さんの無駄に高いエイムぢからは敵に回すとかなり鬱陶しいかもしれません。

 

「うわあああああ。このままだと狙い撃ちされちゃうじゃん!!!!」

「た、退避ですっ!」

 

 

 このままだと体力が全部無くなるまで狙い撃ちされちゃうので、私達は多少のダメージは覚悟して忍さんの射程の死角になる壁に避難しました。

 

「桜ちゃん~。大丈夫~?」

「はい、なんとか大丈夫です」

 

 ――――けど、先制攻撃で体力を持ってかれたのは厳しいですね。

 不意打ちに成功した忍さん達は安定行動に切り替えたのか、少しづつ距離を詰めて着ている様子。

 

 早く対策を考えないと―――――。

 

 ボリボリ――――――ピロリ~ン。

 ボリボリ――――――ピロリ~ン。

 

 と、突然隣から何かを食べている音とライフが回復している音が聞こえてきました。

 

「…………あの。さっきから望さんは何をボリボリしてるんですか?」

 

 私は隣を見ると、どうやら望さんはタケノコを食べてライフを回復しているみたいです。

 

「ほえ? なんか美味しそうだったから食べてるんだよっ」

「美味しそうって…………。というか、そんな回復アイテムどこにあったんですか?」

「ここにあったじゃん」

 

 そう言って望さんはタケノコスピアを掲げると、なんと先端のタケノコ部分が無くなっていました。

 改めて望さんの食べているタケノコを見ると程よく焼けていて、ほくほくと湯気が出ています。

 

「もぐもぐ。これは攻撃を防いでいる時に、いい感じに焼けたみたいだねぇ~」

 

 私も自分の武器を確認してみると、こっちのタケノコもいい感じに焼けているようでした。

 そう言えば攻略ガイドに武器に付いてるタケノコを食べて回復する事が可能で、炎攻撃で焼いたりお湯で茹でたりしたら回復量があがるとか書いてあったような―――――。

 

 タケノコスピアからタケノコを取ってしまったらただの棒になってしまう気もしますが、ライフが0になるよりかはマシなので私もタケノコで体力を回復する事にします。

 

 当たり前と言えば当たり前なのですが、タケノコを食べて回復している時は無防備になるから、相手の攻撃範囲内では使えないので体力管理には注意しておかないといけません。

 

 ――――私はタケノコを食べ終わってから体力を確認すると、ほぼ全快状態になってました。

 意外と回復量は多いみたいです。

 

 けどタケノコを食べてしまったので、武器が心もとなくなってしまいま―――――。

 

 ポコン。

 

「おや? 今なにか音がしたような?」

 

 私は音のした方向を向くと。

 

「お~、流石タケノコ。食べてもすぐ生えてくるみたいだねぇ」

 

 どうやら望さんの武器からタケノコが生えてきたみたいです。

 そして、それからタイミングを少し置いて――――――。

 

 ポコン。

 と、なんと私の武器からもタケノコが生えてきたのです。

 

「どうやら基礎ステータスが低かったのは、回復が出来るからみたいですね。このスキルは結構使えそうです」

「う~ん。望は体力回復よりモンエナが出てくるスキルが欲しかったなぁ~」

「それはどんな効果なんですか?」

「凄く美味しいドリンクが出てくるよ!」

「それだったら私はタケノコの村が出てくるスキルが欲しいです」

「おお~。2つのスキルを組み合わせたら、ゲーム中にお菓子とドリンクで宴が出来るねぇ~」

 

 少しまったりした所で忍さん達の足音が大きくなってきたので、私達は急きょ臨戦態勢に切り替えました。

 

「あ~。なんか急に喉が乾いてきちゃったな~」

「切り替えてください!!!!」

 

 

 ふぅ。望さんのまったり空間はどんな時でも緊張感をほぐしてくれて助かるのですが、ずっとまったり状態になってしまう可能性もあるのが難点です。

 

「さくら~。隠れてないで、出てきなさ~い!」

 

 壁越しに悪役オーラ全開の忍さんの声が聞こえてきました。

 精神的優位に立っているので、余裕があるのかもしれません。

 

 近距離まで近付くことが出来たらこっちの方に分があるのですが、どうやって近付くのか

が問題です。

 

 

 様子をうかがっていると、バコンと私の隠れている場所の近くに社長さんの撃ったミサイルが降ってきました。

 

 やっぱりここは、こっちから攻めないと。

 

「望さん、二手に分かれて左右から攻撃しましょう」

「そだね。固まってたら範囲攻撃で同時にやっつけられちゃうよ」

 

 私達は壁に隠れて攻撃をしのぎながら左右に散っていくことにしました。

 忍さん達がこっちを無視してターゲットに向かっていったら後ろから強襲するといった手も考えたのですが、どうやら各個撃破で対応してくるみたいです。

 

 

「勝負よ、桜!」

 

 私の前に忍さんが立ちふさがりました。

 ――――けれど、これは逆にチャンスかもしれません。

 忍さんの癖はある程度わかっていますし。

 

 それに私が忍さんを何とか出来たら短時間ではありますが、望さんと一緒に社長さんと2VS1で戦えるのですから。

 

 こっちが攻撃するタイミングは忍さんが弾を撃ち尽くしてリロードする一瞬。

 その一瞬で一気に距離を詰めてこっちが有利な近距離戦でやっつけます!

 



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きのこVSタケノコ 頂上決戦 完

 私は壁に隠れながら少しづつ距離を詰め、壁の無い場所に差し掛かったら。

 

「当たりなさい!」

「当たりません!」

 

 ローリング前転の出始めの一瞬の無敵時間を利用して、別の壁へと移動していきました。

 

「――――ふぅ。そろそろ残弾も少なくなってきてるはず」

 

 カチャリ。

 と薬莢を入れ替える音が壁の向こうから聞こえてきました。

 

 チャンスは今ですっ!!

 

 私は壁から飛び出して突撃していくと、目の前にリロード中の忍さんの姿が現れました。

 そのまま隙だらけの忍さんに攻撃を繰り出すと。

 

「させるか!」

 

 社長さんの迎撃が飛んできたのでした。

 

「くッ!?」

 

 私は直撃を避けるため忍さんへの攻撃を中断して防御に切り替えると、その間に忍さんのリロードは終わってしまいました。

 

「ええっ!? 望さんは!?」

「ふははは。あの煩いやつか? あいつならすでに俺が倒した」

 

 忍さんをやっつけて救援に向かう計画が崩れてしまいました。 

 

「形勢逆転ってわけね。さあ覚悟しなさい!」

 

 今の私の状況は薄い壁を横に前に忍さん、後ろには社長さんがいて挟み撃ちされているような感じになってしまいました。

 

 忍さん達は私の前後から同時に銃弾による攻撃を繰り出してきたので、片方をガードで防いでもガードしてない後ろから直撃を受けてしまいそうです。

 

 絶体絶命のピンチに陥った瞬間、私は手に持ったタケノコスピアの先端をドリルのように回転させ壁に押し当て、そのまま壁に穴を開けて向こう側へと避難する事に成功しました。

 

 けど壁をくぐり抜けた瞬間、忍さんと社長さんの撃った弾がさっきまで私がいた場所でぶつかり合って大爆発を起こし、爆風で私は少しだけ後ろに押し戻されライフに小ダメージをうけてしまいましたが、直撃する事に比べたら全然許容範囲です。

 

「くぅ~。小賢しい事を」 

 

 壁の向こうから悔しがる忍さんの声が聞こえてきました。

 こういう時に忍さんが取る行動と言えば――――――。

 

「ちょっと、まちなさいよ!」

「えいっ!」

「――――わっ!?」

  

 予想通り忍さんは私の開けた穴から追いかけて来ようとしたので、私は待ち伏せして忍さんが現れた瞬間スピアで攻撃したのですが、どうやら野生の勘で危険を察知され避けられちゃいました。

 

「ふっふ~。そう簡単にやられてあげないんだから!」  

「こうなったら望さんが到着するまで退避です」

 

 私はそのままドリルで壁を開けながら急いで逃げる事にしました。

 

「社長、追いかけるわよ!」

「フハハ。追い詰めて粉砕してくれる!」

 

 私はそのまま画面端まで真っ直ぐに逃げて行き、目の前にある壁にドリルをつきたてると―――――。

 

 ピーッ。

 と、これ以上はエリア外なので進めないという警告が画面に表示されちゃいました。

 

「どうやらこれ以上、逃げられないようね!」

 

 私を追い詰めた忍さんは勝ち誇っているようですが。

 

「ん? そういや俺が倒したあいつはどうしたんだ?」

 

 どうやら社長さんは気が付いたようですが、もう遅いです。

 望さんにはやられた場合、復活したら一直線にターゲットに向かうようお願いしておきました。

 

 このステージは壁だらけでターゲットまで到着するのに大回りが必要なのですが、ドリルで壁を壊していけばすぐにターゲットまで辿り着くことが可能です。

 

 そして、壁を壊したら崩れる音でバレてしまうのですが、私が2人を画面端まで誘導した事でここまで音は聞こえません。

 

 

 ――――――私達からかなり離れた場所で望さんがターゲットに向かって爆進していました。

 

「とりゃああああ。ぎゅいいいいいいん! 全速ぜんし~~~ん」

 

 そして、ターゲットの前まで辿り着いた望さんは大きく武器を振りかぶって。

 

「うおおおおおおお。のぞみ・いんぱくとぉ!!!!!」

 

 一撃の元に粉砕しました。

 

「勝者、タケノコチーム!」

 

 ジャッジ杉田さんが勝利チームの名を叫び、私達の勝ちで今回のゲームは終わりを告げました。

 

 

 ――――――と、いうわけで。

 

「くふふ。これでコンビニのお菓子は全部タケノコの村です」

「くっ、仕方ない。俺も命をかけてキノコの為に戦ったんだ。約束は守ってやる」

  

 どうやら社長さんも観念してくれたようです。

 まあeスポーツで決めた事なので、そう簡単に覆す事は出来ませけどね。

 

 

 そういう訳で、私が勝利に浸っていると。

 

「あ~あ。これでキノコのロイヤルミルク味も無くなるのかぁ~」

 

 と、忍さんが呟いた声に反応した望さんが声をかけてきました。

 

「ねえ、桜ちゃん。ロイヤルミルク味のキノコだけは―――――」

「ダメです! どんなに美味しくてもタケノコ派とキノコ派は相容れない存在。なのでキノコは絶対に無しですっ!!」

 

 望さんはちょっとだけ悩んだ後。

 

「じゃあ望は今から両方派になるっ!」

「ええっ!?」

 

 まさかの反乱を企てて来ました。

 

「そんじゃあ。今からキノコ復活を賭けた対戦を桜ちゃんに申し込むっ!」

「だったら私も望に加勢するわ!」

 

 最後の最後にまさかの忍さん望さん連合が誕生してしまいました。

 こうなったら徹底的にやっつけて、わからせるしか無いみたいですね。

 

「くふふ。2人の弱点を完璧に把握してる私に勝てると思ってるのですか? さあ! 勝てるものならかかって来てください!」

 

 と、いうわけで。

 最後に急きょもう1回バトルをやる事が決定したのでした。

 チーム分けは。

 

 

 

 タケノコ派    私

 

 VS

 両方派      望さん

 キノコ派     忍さん

 どっちでもいい派 ロベルト

 

 と、なりまし―――――――。

 

 

「って。ちょ、ちょっと待って下さい。ロベルトって誰ですか!?」

「誰って。さっきそこで友達になったんだよ!」

 

 望さんはいつの間にか友達になっていた謎の外国人とハイタッチをして友情を深めていました。

 3対1はちょっと厳しいかもしれませんが、もう後には引けない状況になってます。

 ここまで来たら勢いで押すしかないっ!!!!

 

「…………ま、まあいいです。主人公の私がぽっと出のキャラなんかに負けるわけないので、3人まとめて勝負です!!!!」

 

 

 

 

 

 ―――――数分後。

 

「勝者。キノコ・タケノコ連合!」

 

 私は地面に倒れ伏していました。

 

「そ、そんな馬鹿な……………」

「…………いや、3人に勝てるわけ無いでしょ」

 

 耳元からシャンティの無慈悲な声が聞こえてきましたが、今の私にはそれに軽口で返す余裕はありません。

 

 忍さんと望さんにはそれぞれの弱点を付いた戦法で優位に戦えたのですが、ロベルトは見たこともないアメリカンなプレイで私を翻弄してきたのです。

 

 その事に戸惑ってる間に私は負けてしまいました。

 

 

 

 ―――――後日。

 コンビニにはキノコとタケノコが仲良く並び、お菓子コーナーに平和が戻ったのでした。

 

 

 



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私に投票してください! 生徒会長選挙バトル1

 本日、私はフローターを引きながら学校へと向かっていました。

 フローターとは伝説の運び屋コジマさんも愛用している荷物を運ぶ道具で、地面から数センチ浮いた鉄の板の上に荷物を置いたら自動で私の後を追尾してくれる便利な道具の事です。

 

 この道具のおかげで私でも大量の重い荷物を運ぶことが出来るので、お届け物をする時には欠かせません。

 

 学校の門をくぐり倉庫の前に到着すると、売店のオバチャンさんが私を出迎えてくれました。

 

「桜ちゃん。いつもごくろうさん」

「これも仕事ですから。では、ブツの確認をお願いします!」

 

 私は薄ら笑いをしながら悪っぽく言うと、オバチャンさんはちょっぴり苦笑いを浮かべな

がらフローターに摘んである鉄製の箱を1個持ち上げて箱を開くボタンを押しました。

 

「相変わらず美味しそうね~」

「お店の看板の1つですから」

 

 オバチャンが箱の中に入っている袋を取り出すと、中からビニール袋に包まれたラーメンの麺が出てきたのでした。

 

 どうして私が学校に荷物を運んで来たかというと、私のお店の中華料理店は定期的に学校の学食にラーメンを提供しているからです。

 

 ちなみに家のラーメンは生徒の評判はかなり良くて、学食の人気メニューの1つになってます。

 

「じゃあお代は後で振り込んでおくから」

「まいど~」

 

 それから私は荷物を倉庫に入れるのを手伝い、荷物が全て無くなったらフローターのボタンを押すと、ガシャンガシャンと変形を始め丁度リュックサックくらいの大きさになりました。

 

 コンパクトな大きさになったフローターを私はよいしょと背中に背負い、家に帰ろうとすると後ろからオバチャンさんに声をかけられました。

 

「そういえばもうすぐ学生選挙があるみたいね~」

 

 うぐっ。

 早く帰ろうと思ったのに捕まってしまいました。

 オバチャンさんの話はかなり長いので、日常会話をするだけでかなり疲れてしまいます。

 

 かといってお得意様なので無下にする事も出来ないので、適当な所で無理にでも切り上げて帰る事にした方が良さそうですね。

 

「そういえば、そんなのありましたか。私はあんまり興味ないので、すっかり忘れてました」

「ずっと生徒会長やってた子が去年卒業しちゃったから、今年から新しい子になるでしょう? オバチャン最近ずっとそれが楽しみでね~」

「――――はぁ」

 

 私の学校は4年生から会長に立候補する事が出来て、去年卒業した会長さんは4年生から6年生になって卒業するまで3年間ずっと生徒会長を勤めた凄い人です。

 

 流石に卒業してまで会長を続ける訳にもいかないので、今年からは誰か他の人が生徒会長になるのですが、果たしてどんな人がなるんだか。

 

 まあ生徒会長なんて誰がやっても同じですし、私には関係ない話です。

 

「ところで、桜ちゃんは立候補とかしたりしないの?」

「私ですか? ゲームやる時間が減りそうなので、予定は無いですね」

「あらそう? 桜ちゃんが生徒会長になったら毎日面白そうな事件が起こりそうなのに」

「そんなよく分からない期待をされても困ります…………」

 

 配達後の雑談も終わり、私は家に帰って行きました。

 

 ―――――次の日。

 私は朝起きてからいつも通り学校へ向かったのですが、どうやら今日は校門の前で誰かがスピーカーで演説をしているみたいです。

 

 そう言えば昨日オバチャンさんが生徒会選挙がどうとか言っていたので、たぶん立候補者の人ですね。

 

 校門に差し掛かると、演説をしている人物が私に気が付いてスタスタとこっちに歩いて来ました。

 

「あらあら、誰かと思えば桜さんじゃありませんこと」

 

 この人は中川麗華さん。

 私のクラスメイトの1人でもあります。

 有名な財閥のお嬢様で多少ワガママな所もありますが根はそこまで悪い人では無く、一般常識の無さを外から見てる分には逆に面白いまである人です。

 

「生徒会長に立候補するんですか?」

「あら、よく分かりましたわね。その通り、わたくしが次期生徒会長の中川麗華ですわ!」

「あの。まだ結果は出てないと思うのですが…………」

「おーっほっほっほ。そんなの結果を待つまでもなく、わたくしの圧勝で決まっているので、無駄な心配ですわよ」

「はあ、そうですか」

 

 麗華さんが会長になったら変な学則がいっぱい増えて面白い事になりそうなので、私的には別にいいかといった感じですね。

 それに麗華さんの家は学校に多額の寄付をしているので、理事長や校長先生すら逆らう事が出来ないので当選確定と言っても言い過ぎでは無いでしょう。

 

「そうそう。わたくしの公約一覧をまとめておいたので、是非後で見てくださるかしら。ス佐藤、例の物を」

「はい。麗華様」 

 

 麗華さんはパンパンと手を叩くと、おつきの生徒の1人の佐藤さんが手に持った端末を操作して私の電子学生手帳にデータを送信して来ました。

 

 多分さっき言っていた公約一覧のデータファイルですね。

 まあ全部見るのも面倒なので、暇な時間に適当に流し見してから削除する事にしましょうか。

 

 それから何事もなく授業が始まり、休憩時間に少し暇ができたので朝に麗華さんに無理やり渡されたデータを、ちょっと面倒だなと思いつつ見ることにします。

 

 早速バーチャルモニターにデータを表示すると。

 

「あれ? 何見てるの?」

 

 と、前の席の忍さんが話しかけて来ました。

 

「ちょっと朝に麗華さんからデータファイルをもらったので、一応見ておこうかと思って」

「あ~。それなら私も貰ったけど、まだ見てなかったわ。ちょうどいいから一緒に見ていい?」

「はい。それでは、一緒に見ましょうか」

 

 私は椅子をちょっと横にずらして2人並んで座れるくらいのスペースを開けると、忍さんは自分の椅子を私の机に持ってきて隣に座り。

 

「じゃあ開きますね」

 

 入力端末を操作してファイルを開くと、いきなり麗華さんのドアップの顔が全画面に表示され、私達はちょっぴりドン引きしてしまいました。

 

 



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私に投票してください! 生徒会長選挙バトル2

 

 

「…………なにこれ?」

「…………私に聞かれても困るのですが」

 

 顔写真の他には太字で明るい学生生活と言う文字と麗華さんの名前が書いてあり、更には何かの映像データの再生ボタンもありました。

 

「えっと、押しますか?」

「ま、まあ怖いもの見たさって事でいっちゃおっか」

 

 私は映像を再生すると、麗華さんが海辺で走ったり色んな服に着替えたりと言ったイメージビデオの様な映像が再生されていきました。

 

「…………これは選挙に関係あるのでしょうか?」

 

 自分大好きな麗華さんが自分の魅力を全校生徒に見せるける…………って感じの思惑なのかも知れません。

 

「あれ? なんか下に項目が無い?」

「――――下ですか?」

 

 私は下を見ると凄く小さな文字で公約一覧の項目が置いてあるのを見つけました。

 

「…………普通はこっちがメインなのでは」

「とりあえず見てみよっか」

 

 忍さんが画面にタッチして項目を選ぶと、麗華さんが会長になったら実行する事が100個くらい並んでいて、見てるだけで目眩がしてしまいそうです。

 

「え~なになに。朝の挨拶をごきげんように変更に、学食にフランス料理を追加?」

「なんか思った以上にどうでもいい事ばっかりですね」

 

 読むのが面倒になった私は画面を閉じようとすると、ふとある言葉が目に入り画面を閉じる手を止めました。

 

「あれ? まだ見るの?」

「いえ、ちょっと気になる文字がが見えた気がして――――」

 

 改めて見直してみると、なんと公約の下の方に学食からラーメンを無くすとの一文が書いてあったのです。

 

「なっ。なんですかこれは!?」

「学食のラーメン結構好きなんだけど、麗華が会長になったら無くなっちゃうってわけ!?」

「麗華さんに確認してきます!」

「あ、ちょっと。さくら~」

 

 私は麗華さんの場所まで急ぎ、早速問い詰めてみる事にしました。

 

「あの、今朝貰ったデータの事なんですが――――」

「おーっほっほっほ。わたくしのプロモーションビデオを楽しんでくださったのかしら?」

「いえ。そっちはどうでもよくて、公約の方なんですけど」

「わたくしの考案した100の公約ですわね? あれが全部実現されたらこの学校が素晴らしい環境になる事、間違いなしですわ!」

「その。ラーメンの所だけ取り辞めにする事は出来ませんか?」

「ラーメン? ああ、時々学食に出てくるアレの事ですわね。あんな庶民の食べ物、わたくしの口に合わないので一生学食から排除ですわ!」

 

 ええっ!? これは全く取り付く島がありません。

 説得するのも無理そうですし、こうなったら…………。

 

「わかりました。そっちがその気ならこっちも受けて立ちます!」

 

 私は麗華さんに宣戦布告すると、教室から出て職員室へと走って行きました。

 

 

 ―――――そして、職員室では休み時間の先生達が生徒会選挙の話で盛り上がっているみたいです。

 

「井上先生は誰が次の会長になると思いますか?」

「そうですね~。中川麗華さんが演説してるのをよく見ますが、他に誰が立候補してましたっけ?」

「前会長の妹さんも立候補してますね。真面目な子なんですが少し地味というか、派手なことをしてる中川さんに比べたら不利な感じも見受けますな」

「――――という事は、立候補者は2人だけなんですか?」

「今の所はそうですね。あと1人くらい立候補してくれないと、賭けが盛り上がらなくてつまらないですよ」

 

 先生たちが談笑を続けていると、突然ガシャンと扉を開く音が職員室に響き渡り。

 

「だったら私が立候補します!」

 

 と、私が職員室やってきたのでした。

 そして私は職員室に入っていき、担任の井上先生の机の前まで行き先生に要件を伝えます。

 

「あら? 風宮さんも立候補するの? 立候補の理由は?」

「はい。急に権力が必要になったので!」

「ふふっ。先生、風宮さんの欲望に忠実な所とか好きよ。――――じゃあ手続きはこっちでやっておくから後は頑張って!」

「任せてください!」

 

 ―――――と、いう訳で。

 

「第1回。選挙対策会議です!」

「わ~。…………って何であたしが巻き込まれてるのよ!」

 

 急きょ借りた会議室には私と忍さんの2人だけが居ました。

 

「他に暇そうな……………コホン。他に私を助けてくれそうな人が見当たらなかったので」

「暇そうって何よ! ――――まあ桜の家のラーメンが学食から無くなるのは寂しいから、手伝う事はいいんだけど」

「おおっ!? 流石、忍さんです!」

「べ、別に桜の為じゃなくてラーメンの為なんだから。そ、そこだけは勘違いしないでよねっ!」

「くふふ、ちゃんとわかってます。それじゃあ会議を始めましょうか」

「それで? まずは何をするの?」

「まずはこれを見てください」

 

 私は電子ボートに集めたデータを表示しました。

 

「麗華さん陣営のデータです。知っての通り麗華さんにはお付きの人が学校に何人かいて、その人達に選挙活動を手伝ってもらってるみたいですね」

「ふ~ん、そうなんだ」

「選挙に勝つのに人員は最優先! なのでまずは私達も仲間を増やそうと思います!」

「――――えっと。人を増やすのは別にいいけど、誰かあてはあるの?」

「任せてください!」

 

 ――――――私達は会議室から出て校舎の隣にある部室棟へと向かっていきました。

 

 

 



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私に投票してください! 生徒会長選挙バトル3

 

 この学校はいろんな種類の部活があるので、部室棟も校舎の半分くらいの大きさのかなり巨大な建物になっています。

 

 部室棟の入り口までやってきた私達は、入り口の横に設置されている端末に要件のある部屋番号を入力して呼び出し用のベルを鳴らしました。

 

 部室棟は生徒なら誰でも入れる校舎と違い、所属している部員しか部室のロックを解除出来ません。

 なので部外者はまず入り口のモニターで部室棟の入り口を解除してもらってから、1回使い切りの部室に入れるパスキーを発行してもらう事になってます。

 

「…………あれ? 反応が無いけど留守じゃない?」

「いえ。多分出るのが面倒なだけだと思います」

 

 私は呼び出しボタンを連打すると、10回くらい押した辺りでモニターが切り替わり対応する人物が出て…………くるはずなのに、誰もいない部屋の様子だけが表示されました。

 

「ああ~もう。望は忙しいんですけど!!!!」

 

 たぶんこれは通話する場所まで移動するのが面倒でリモコンで通話ボタンを押した感じですね。

 

「すみません。ちょっと話があるので、開けてくれませんか?」

「あれ? その声は桜ちゃん? う~ん。ま、いっか。じゃあ開けるから入ってきてよ」

 

 通話が終わりモニターが消えてから部室棟の扉が開き、端末からカードキーが出てきました。

 ちなみにこのカードキーはプラズマで出来ていて、30分以内に使用しないと自然分解されてしまうようになってます。

 

「…………もしかして、望を勧誘するの?」

「はい。絶対助けてくれるはずです!」

 

 私達は部室棟の中を進み目的の部屋の前まで辿り着き、横にあるカードリーダーにカードキーを差し込むと、カードキーはそのまま奥に飲み込まれていき扉のロックを示す赤いランプが緑へと変わり扉が自動で開かれました。

 

「おじゃまします」

「おじゃましま~す」

 

 私達は部屋に入ると、いろんなゲーム機や漫画が散らばった部屋の中にあるバランスボールの上で、寝そべっているような状態で漫画を読んでいる少女が現れました。

 

「桜ちゃんハロー。あっ、忍ちゃんもいるんだ」

「こんにちわ」

「あんたね~。たまには片付けなさいよ」

「じゃあ。今度片付けるよ」

 

 ここは望さんが所属している…………というか望さんしか部員がいない、ぐ~たら部。

 ひたすらぐ~たらする事を活動目的とした、何をするのかよく分からない部活です。

 

 なんでこんな部活が許されているのかと言うと、望さんが学年1位の成績を取っているから。

 この学校は実力を示したら、相応の報酬を与える事を校訓としています。

 

 ちなみに私も前のゲーム大会での優勝が評価されて、次の試験が免除になるみたいです。

 

「望さんは今度の選挙の事知ってますか?」

「選挙? う~ん、望はあんまり興味無いから、別に誰が会長になっても別にいいかな~って思ってるかなぁ~」

「そんな事では駄目です! この学校の生徒だったら誰が会長になるのかに関心を持たないと!」

「…………桜も最初は望と同じ感じだった気がするんだけど」

「あの。話の腰を折らないで欲しいのですが…………」

 

 忍さんの鋭いツッコミで話が一瞬止まりそうになりましたが、私は話を続ける事にします。

 

「という訳で、望さん。私も会長に立候補する事にしたので手伝ってください」

「え~。めんどいからパス~」

「ええっ!? なんでですか」

「だって望、やる事が沢山あるからそんな時間なんて無いし」

 

 望さんはそう言って部屋に散らかってる漫画やゲームの山を見渡しました。

 確かにこれだけの積み本や積みゲーを全部楽しむにはかなりの時間が必要かもしれませんが、望さんにはどうしても手伝って貰わないと私が困るので手段を選んではいられないです。

 

「では、こうしましょう。私が会長になったら水道からエナジーモンスターが出てくるようにします!!!!」

「ホントに!?」

 

 ふぅ。やっぱりエナモンには食いついてくれましたか。

 これはもう一息ですね。

 

「ちょ、ちょっと桜。そんな約束しちゃって大丈夫なの?」

「大丈夫です! 生徒会長になったらそれくらいの権力あって当然なので、絶対に実現出来ます!」

「おお~!? 頼もしいねぇ」

「くふふ。ついでに日替わりでコーラとローテーションにしましょう。そして当たりの日は、うちのラーメンスープが出るようにします!!」

「いや、それ逆に嬉しくないでしょ!」

 

 我ながらナイスアイデアです。

 水道からジュースが出てくるようになるのは皆の夢のはず。

 

「じゃあついでに学食にポテチも追加しようよ」

「そうですね。毎日ポテチとタケノコの村を学食で出してもらいましょう!」

「なんでさり気なく桜の好物を追加しようとしてるのよ! もっと他に無いの!」

「くふふ。忍さんの言いたい事は解ってますよ」

「…………私の言いたい事?」

「安心してください! 忍さんの好きなキノコの森も追加しますから!」

「そういう事じゃ無いでしょ!」

 

 それから少し話し合いが行われ、ジュースが無料でが出てくる自動販売機を設置する事で落ち着きました。

 

「う~ん。水道が全部エナモンになったら、プールの時にエナモンの海で泳げると思ったのに残念だよ…………」

「それは本当に嬉しいわけ…………?」

「まあまあ、忍さん。とりあえずこれで望さんが仲間に加わってくれたので、良しとしましょう」

「なんであたしがゴネたみたいになってるのよ!」

 

 ――――さて。

 人数も集まったので、とりあえずの方針くらいは決めないといけませんね。

 

 

 



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私に投票してください! 生徒会長選挙バトル4

 

 私達の強みと言えば…………あっ!?

 

「私達の陣営の強みを見つけてしまいました!?」

「ふぇ? なんかあったっけ?」

「私と望さんは前のIQテストで1位と2位を取ってます。なので高IQ陣営を……………」

「……………ん?」

 

 チラッと忍さんと目が合いました。

 

「すみません。やっぱり無しで」

「ちょっと! 今露骨に私の方見て「あっ」て思ったでしょ!!」

「いえ、なんというか……その。人には適材適所てきな物が…………そうです!? 逆に忍さんを相手陣営に送り込んで平均IQを下げるという手も―――――」

「あーそう。じゃああたしは帰ればいいわけね!」

「ああっ!? 待ってください!!!!」

 

 私は部屋を出ようとする忍さんに必死にしがみついて思いとどまってもらいました。

 

「んじゃあ、ゲーム好きを全面に出してアピールしてこうよ」

「それです、望さん! やっぱり私達と言ったらeスポーツです!」

「まあ、みんなゲーム好きだしね。あたしもそれでいいと思う」

「では方針も決まったので、明日から活動していきましょう」

「お~!」

 

 ――――――次の日。

 私はちょっぴり早起きして校門に向かうと、どうやら見知らぬ先客がいるみたいなので挨拶をする事にしました。

 

 知らない人でも挨拶は大事です。

 というか、逆に知らない人にこそ挨拶した方がいいですね。

 

「おはようございます」

「あっ、おはよ~。登校早いね~」

「ちょっと、やる事があるので」

「そうなの? 実は私もなんだ~」

 

 こんな朝早くにやる事がある?

 そういえば、この人どこかで見たことがあったような――――――。

 

「ん? 私がどうかした?」

「ああっ!? もしかして、生徒会長に立候補してる人ですか?」

「あ。私のこと知ってくれてるんだ。私は兎歩 律子(うほ りっこ)。実は去年まで会長だった人の妹だったりして――――」

「私は風宮桜です。ちなみにお姉さんの事は連絡掲示板で見たので知ってますよ」

「あはは。そう言えば、立候補の理由にお姉ちゃんの事を書いったっけ。あれもちゃんと読んでくれたんだ」

 

 律子さんは少しだけ照れくさそうに頬をかきました。

 

「まあ、ライバルの事は知っておく必要があったので」

「…………ライバル?」

「私も昨日、会長に立候補したんです」

「ええっ!? そうなの!? てっきり中川さんと2人だけだと思ってたんだけど」

「実はその中川さんにどうしても会長になって欲しくない理由が出来たので、急きょ立候補する事になりました」

「…………? よくわかんないけど、目的があるなら一緒に頑張ろ! 私もお姉ちゃんが守ったこの学校を良くしていきたいと思ってるから」

 

 

 ふむ。それなりにしっかりしてそうですが、麗華さんに比べたらだいぶ地味な印象を受けますね。

 それに現状では派手なパフォーマンスを続ける麗華さんの方に軍配が上…………。

 

 やっぱり私が頑張って会長にならないと、学食からラーメンが消えてしまいます!!!!

 

「そう言えば昨日は正門にいませんでしたね?」

「昨日? 昨日は裏門にいたよ?」

 

 この学校の入り口は正門と裏門があり、正門の反対側から通う生徒にわざわざ大回りさせないために裏門も開放しています。

 まあ麗華さんが地味な裏門の存在を知っているとは思えないし、知ってても使わないと思うので、麗華さんがあっちで活動する事はないでしょうね。

 

 

「おーっほっほっほ」

 

 私達が会話をしていると高笑いと共にリムジンが校門の前に到着し、降りてきた運転手の人が後ろのトランクから赤い絨毯をリムジンの扉の前に敷きました。

 

 そして、リムジンの扉が開け放たれると、そこから見知ったクラスメイトが出てきたのです。

 

「あら桜さん。もしかして、わたくしのお出迎えですこと?」

「…………なんでそうなるんですか。私も朝の選挙活動の挨拶です!」

「桜さんも立候補なさったの? おーっほっほっほ。わざわざ、わたくしの引き立て役になってくれるなんて殊勝な心がけですこと」

「負けませんから!」

「ま。せいぜい頑張りなさいな」

 

 そう言って麗華さんは校舎へと向かって行きました。

 

「あれ? 今日は朝の挨拶しないのですか?」

「挨拶? 昨日やって飽きてしまったので、今日から佐藤と鈴木に交代ですわ。じゃあ後は任せましたわよ」

「はい。麗華様」

 

 麗華さんはお付きの佐藤さんと鈴木さんに任せて、自分はさっさと歩いて行っちゃいました。

 

「あっ。桜、お疲れ~」

 

 そうこうしている内に忍さんも学校に到着しました。

 忍さんと望さんには朝の挨拶を手伝ってもらう事になってます。

 

「後は望さんの到着を待つだけですね」

「それなんだけど、望は来れないかも」

「ええっ!? どうしてですか?」

「ゲームのログイン履歴見たら最終ログインが朝の4時だったから…………」

 

 私は急いでフレンド登録している望さんのデータを確認すると、どうやら4時までオンラインゲームで遊んでいたようでした。

 

「…………これは学校も遅刻するのでは?」

「たぶん望のお姉ちゃんが叩き起こすだろうから、それは問題ないんじゃない?」

「それもそうですね」

 

 私もゲームに白熱しすぎて気付いたら外が明るくなっていたみたいな事もたまにあるので、徹夜でゲームしたい気持ちは痛いほどわかります。

 まあ寝坊してしまった事はどうしようも無いので、今日は望さんの応援は諦めて忍さんと2人で頑張ることにしましょう!

 

 



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私に投票してください! 生徒会長選挙バトル5

 

 ――――――それから私達は2人で登校して来る生徒に声をかけていったのですが、なんとそこには重大な誤算があったのでした。

 

 私が思っていたより選挙に関心の無い生徒が思いのほか多く、挨拶をしてもあまり良くない反応をされる事が多数。

 それどころか、こっちが挨拶をしても無視される事すらあったのでした。

 

 まあ私自信も立候補するまで全くと言っていいほど興味が無かったので人の事は言えないのですが、この感じだとその場のノリで適当に選んだり、何も考えずに目立ってる人を選ぶ人が多くなるかも知れません。

 

 …………こうなったら、やり方を変えたほうがいいかもしれませんね。

 

 

 ――――――午前中の授業が終わったお昼休み、私は食堂に即席のラーメン屋台でラーメンを作っていました。

 

「皆さん、いかがですか? 本日限定、出張けんけん軒です!」

「…………こんな所で何してるの、桜?」

  

 早速お客さんがやって来たと思ったら、どうやらそのお客さんは忍さんと望さんのようでした。

 

「なにって? 見て判る通り、ラーメン屋台をやってるのですが」

「だから何で屋台をやってるのよ!」

「おお~。これは美味しそうだねぇ~。じゃあ望はこのスペシャルラーメンの大盛りで頼むよ」

「まいどあり~」

「って。注文しちゃってるし!?」

 

 私は急いでラーメンを2個作るとトレイの上に乗せて2人の前に出しました。

 うちのお店で出してる物とほぼ同じの特製ですっ!!!!

 

「おまたせしました。ラーメン二人前おまちです」

「…………何で私のもあるわけ?」

「まあまあ、細かい事は気にしないで食べていってください」

「まあ別にいいけど。――――それで料金は?」

「おおっ!? 流石は忍さん。いい質問です!」

「普通は聞くでしょうが!」

「くふふ、聞いて驚いてください。なんと! 期間限定で無料なんです!」

「やった~。じゃあ、おかわりし放題じゃん!」

 

 飛び跳ねて喜ぶ望さんを横にいる忍さんがたしなめました。

 

 ちなみに代金が無料と言っても、麺と具材は私の家から無料で提供する事が前提になっているので私の家的にはかなり赤字なのですが、来月からの売上が0になるよりはマシなので、ここは赤字覚悟の出血大サービスですっ!!!!

 

 

「食べすぎは止めときなさいって。てか出張は今日だけって言ってなかった?」

「まったく。忍さんはいちいち気にしすぎですね」

「桜が適当すぎるんでしょうが!」

「と、も、か、く。これは私の家のラーメンの味を改めて皆に知ってもらう為に特別に許可をもらってやってる事なんです!」

「あ、一応許可は取ったんだ」

 

 流石に無許可だと学校に止められてしまいます。

 

「なので、2人もこのラーメンを学食から守る為に改めて食べておいてください!」

「わかったよ! 望、桜ちゃんの為に5杯食べる!!!!」

「そういう事なら、こっちもりょーかい。あ、お箸忘れてるわよ」

「おっと、すみません。すぐに用意します」

 

 私は2人のトレイに紙ナプキンを敷き、その上にお箸を置きました。

 

「…………なにこれ?」

「なにって紙――――――」

「その流れは1回やったからいいでしょ!」

「桜ちゃんの絵が書いてあるけど、どうしたのこれ?」

「もちろん選挙の為に作ったんです!」

 

 紙ナプキンには私のイラストと共に「私に投票してください!」との大きい字を書いておきました。

 

「自信作です!」

「こういうのって、やっていいの?」

「面白いし、別にいんじゃない? 望はこれ好きだよ」

「ビラ配りみたいな物なので大丈夫かと」

「まあ桜がいいなら別にいいけど。じゃあ私達はラーメンが冷めない内に食べてくるわね」

「ばいば~い」

 

 忍さんがトレイを持ち上げると、紙が一番はらりと落ちました。

 

「あれ? なんか落ちた?」

「ああ。それは無料券ですね」

「なんの?」

「私に投票したら使えるようになる、無料でラーメンセットが貰える券です」

「こっちはアウトでしょ!!!!」

 



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私に投票してください! 生徒会長選挙バトル6

 

 

 ――――忍さん達がテーブルに行った後も私はラーメン作りを続けました。

 予想通りというかなんというか、生徒会選挙に興味はなくてもラーメンに興味を持ってる人はいっぱいいたので、無料ラーメンで知名度アップ作戦は成功したみたいです。

 

 けど、私の作戦はまだ終わってません。

 なぜなら私の作ったラーメンの丼には、まだ秘密が隠されてるのですから!

 

 凄く美味しいスープを飲み終わってからが、隠し玉の登場ですっ!!!!

 

「ごちそうさま、さくら~。結構美味しかったじゃない」

「お粗末さまでした。…………って、スープが残ってる!?」

「ふぇ? 普通残すでしょ?」

「飲んでください!」 

「なんでよ!」

 

 まさか忍さんがスープ飲まない派だったとは想定外です。

 

「ふう。ごちそうさまぁ。すっごく美味しくてスープも全部飲んじゃったよ」

 

 どうやら望さんは全部飲んでくれたみたいです。

 

「スープもっと飲みたいんだけど、替えスープもらえる?」

「…………それは止めときなさいって」

「ところで忍さん。望さんの丼を見てくれませんか?」

「どんぶり? …………なにこれ?」

 

 なんと。丼の下には腕を組んで「このラーメンを作ったのは私です」と書かれた私のイラストを隠しておいたのでした。 

 

「これで、さり気ないアピールも完璧です!」

「おお~。こんな所に隠れ桜ちゃんはっけ~ん」

「てか、これって大半の生徒が気付かないんじゃ…………」

「そんな事ないです! きっと皆さん飲んで――――――」

「ごちそうさま~」

 

 そうこうしている内にどうやら他の生徒も食べ終わったようで、丼を返しにやって来ました。

 

「見てください、忍さん。普通はこのようにスープも全部――――――残ってる!?」

「ほら。やっぱり皆、飲まないじゃない」

「うぐっ。そんなはずは…………」

 

 もしかしてスープを飲むのが少数派だった可能性が?

 いやまさかそんな……………。

 

「ま、まあいいです。スープ以外はみんな完食してくれているみたいなので、美味しさを伝える事には成功しました!」

 

 私は屋台から出てマイクを持ち、スピーカーのボリュームをMAXにして学食中に伝わる声でアピールする事にします。

 

「どうですか皆さん。私が会長になったら、毎日このラーメンが食べれますよ!」

「いや、流石に毎日は飽きるから」

「望は毎日ポテチ食べてるけど飽きないよ?」

「あんたは飽きなさいよ!」

 

 ――――大成功に終わったと思われた無料ラーメン大作戦ですが、私に気付かれないように学食の壁に隠れてこっちを探っていた人物の姿があったのでした。

 

「ぐぬぬ。まさか桜さんがこんな手を使って来るとは―――――。鈴木、こっちも手を打ちますわよ!」

「はい。麗華様!」

 

 

 

 ―――――次の日。

 私はルンルン気分で学食に行くと、なにやら人だかりが出来ているようでした。

 

「おや? 今日はラーメンの無料フェアはやってないはずなのに――――」

「さ、桜。大変よ!!!!」

 

 学食の奥の方から忍さんが慌ててやってきました。

 

「忍さん。学食で走ったら駄目ですよ」

「今はそんな事どうでもいいでしょ! 麗華達が最高級フランス料理を配ってるの!」

「ええっ!? フランス料理を!?」

 

 人混みをかき分けながら奥へと進んでいくと、麗華さんが勝ち誇ったような顔で佐藤さんや鈴木さんにキッチンから料理を運ぶよう支持を出していました。

 

「おーっほっほっほ。皆さん。わたくしが会長になったら、本場のシェフが作った世界3大料理を毎日食べ放題ですわよ~」

 

 キッチンでは麗華さんお抱えシェフが凄い勢いで料理を作っているようです。

 

 これは大変な事になってしまいました。

 売店に並んでいる生徒の数が昨日私がやっていた屋台の時より多くて、今回の事でかなりの人が麗華さんに投票してしまいそうな気がします。

 

「まさか料理で生徒を釣るなんて、卑劣な手を使って来るとは」

「…………先にやったのは桜の方でしょーが」

 

 改めて行列を見たら前の方に見知った姿がありました。

 

「って、よく見たら望さんも並んじゃってます!?」

「まあ、ただで高級料理が食べれたらねぇ」

 

 普段めったに食べれない高級料理が目の前にあったら、私も飛びついてしまうかもしれませんが、今は心を無にして雑念を抑えないと。

 

「そ、そう言えば忍さんは食べたんですか?」

「あたし? ううん。あたしも食べたかったけど、今日はお弁当だったか―――――きゃっ!? ちょっと桜、急に抱きつかないでよ!?」

「さすが忍さんです! フランス料理の誘惑に負けないって信じてました!」

 

 忍さんは抱きつく私を必死に剥がそうとしましたが、感謝の気持を表す為にしばらくしがみついていました。

 

 けど、このままだとこっちの状況がかなり悪いので、何か新しい対策を考えなくてはいけないですね。

 

 



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私に投票してください! 生徒会長選挙バトル7

 

 

 

 ――――――放課後。

 

 急いで勉強道具をカバンに詰め込んだ私は、そのまま超特急で家へと帰る事にしました。

 

 そして、家に到着するとすぐに2階へと階段を駆け上がり、扉を開けて私の部屋に駆け込みました。

 

「おかえり~、桜。――――って、なんか今日は随分急いでるみたいだけど、どうしたの?」

「シャ、シャンティ。すぐにタグ検索をお願いします!」

「タグ検索? 別にいいけど何を探すの?」

 

 タグ検索とは荷物に取り付けたタグを探知して、部屋にある荷物の場所を即座に教えてくれる機能です。

 これのおかげで、あの本どこにしまったっけ? といった事が起こりにくいので私はほんどの物をタグ検索出来るようにしています。

 

 ただ、ほとんどと言ったのには理由があって、ごく稀に荷物からタグが外れてしまっている事があり、扉を開けたらタグが1個置いてあるだけといった事がありました。

 

 なので過信しすぎは問題ですが、適度に使う分には凄く便利です。

 

「この前プロレスの試合を観に行った時に貰ったマスクを探してください!」

「あ~あれか~。オッケ~、じゃあちょっと待ってて」

 

 実はこの前みんなでプロレスを観に行った事があって、その時に覆面レスラーの人が入場用のマスクを投げたのが私の方へ飛んできて、偶然手に入れた物があるのです。

 

「タンスの上から3段目にしまってあるみたいだよ」

「了解です!」

 

 私は言われた通りにタンスの引き出しを開けると、中から真っ赤なマスクが出てきました。

 

「――――ところで、なんで急にそんなのが必要になったわけ?」

「選挙に勝つのに必要だからです! そんな事より、シャンティ。すぐに出かけますよ!」

「えっ!? 出かけるって? それより選挙って―――――ええっ!?」

 

 私はシャンティをボーリング玉を掴むように、わしづかみにして部屋を出ていきました。

 

 

 ―――――そして、その日の夜。

 

 学校帰りの生徒が真っ暗な路地裏を歩いていると、突然マスクを付けた人物が目の前に現れました。

 

「だ、誰っ!?」

「そんなの今はどうでもいいです。それより私とゲームで勝負ですっ!!!!」

「ええっ!? なんでいきなりゲーム勝負なんて…………」

「問答無用です!!!!!」

「きゃああっ」

 

 

 

 

 

 ―――――数日後、朝の授業が終わった休憩時間。

 机にうつ伏せになって幸せそうにお昼寝をしてる望さんをボーッと眺めていると、前の方の座席から生徒達の話し声が聞こえてきました。

 

「ねえ聞いた? 例のブリザードサクラの事」

「…………ブリザードサクラ? なにそれ?」

「知らないの? 夜1人で歩いていると突然ゲーム勝負を挑まれて、負けたら次の生徒会選挙で投票する人を強要させられるって」

「え~っ。なにそれ~」

「あんたはゲーム下手なんだから。1人で出歩かないか、ゲームの練習をするかした方がいいわよ」

「え~。別に私は誰が会長になってもい~し」

 

 ふぅ。どうやら思ってたより噂が広まるのが早いみたいですね。

 これはまた何か―――――――。

 

 

「ねぇ、桜?」

「ひゃん!?!?」

 

 考え事をしていると、突然後ろから話しかけられて椅子から落ちてしまいそうになりました。

 

「し、忍さん。急に話しかけないでください」

「そんな事より、桜。また何か変なことやってないでしょうね?」

「変なこと? はて、何の事だかさっぱりです」

「…………まあ桜がいいならいいけど、あんまりやり過ぎないようにしなさいよ?」

「大丈夫です忍さん。ちゃんとバレないようにやってますから!」

「やっぱり何かやってるんかい。――――っと、それよりもう今週末が投票日だけど、大丈夫なの?」

「あれ? もうそんなすぐでしたっけ?」

「まったく。日にちくらい、ちゃんと覚えときなさいよね!」

 

 そう言って忍さんはカレンダーを表示したバーチャルモニターを、私の方に指で弾いて移動させました。

 

「本当です!? もう最後の追い込みの準備をしないと」

「そういや、学校掲示板で誰に入れるかのアンケやってたけど見てみる?」

「そういえば、そんなのやってましたね。では――――――」

 

 私がページを開こうとしたら、突然教室の上にあるスピーカーから声が聞こえてきました。

 

 

 

「おーっほっほっほ。皆様ごきげんよう」

「こ、これは麗華さんの声です!?」

 

 なんだか凄く嫌な予感が。

 

「ちょっと外を見ていただけるかしら?」

「――――外?」

「桜、あれっ!?」

 

 教室の窓から外を見ると、突然大型トラックが何台か学校のグラウンドに入って来ました。

 そして、綺麗に横一列に並ぶと一斉に荷台が開き、中には新型マテリアル・デバイスが入っていると思われる箱がずらりと並んでいたのでした。

 

「わたくしに投票してくれましたら、この新型デバイスをすべて学校に贈呈しますわ」

 

 ――――まさか最後にこんな隠し玉を出してくるなんて。

 

 

 

「さ、桜。大変!? 投票アンケートが!?」

 

 アンケートサイトを開いた瞬間、ダントツで麗華さんが1位になっていました。

 やっぱり授業で新型デバイスが使えるようになるのが、嬉しいと思っている人は多いみたいです。

 

「これは覚悟を決めた方がいいかもしれませんね」

「そうね。私に出来る事なら何でも手伝うから、遠慮なく頼っていいわよ」

「わかりました。では、麗華さんとは最終日に決着をつけましょう!」

「最終日でいいの?」

「もうこうなったら小細工は通用しないので、しっかり作戦を考えないと。それと、助っ人も必要なのでちょっと行ってきます!!!!」

「え、ちょっと桜。どこ行くの!?」

「助っ人の所ですっ!!!!!」

 

 私は急いで教室を出ると、廊下の一番端っこにある教室に走りました。

 

 



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私に投票してください! 生徒会長選挙バトル8

 

 目的の教室に辿り着いた私は窓から中を覗いたのですが、どうやら目的の人物はいないようです。

 教室にいないとなると、いったい何処に……………?

 

 そう言えば、屋上で謎の生徒が良く目撃されるって噂を聞いた事があった気がします。

 もしかしたら屋上にいるのかもしれませんね。

 

 とりあえず目的地を屋上に変更して階段を駆け上り屋上の扉を開くと、ふわっとした風が私の全身を包み込みました。

 

「誰だ!?」

 

 私に投げかけられた声の方を向くと、屋上の建物の影になって日の当たらない場所に1人の少女が立っていたのでした。

 

「…………何だお前か」

「こんにちわ和希さん」

 

 和希さんは右手に持ってた物を私に見えない様に後ろに隠しました。

 まあ見せたくない物を無理に見る必要も無いですしね。

 

「ところで、こんな場所で何してたんですか?」

「なに、ちょっと影遊びをしてただけだ」

「影遊び?」

「それよりお前こそ、何でこんな所に来たんだ?」

「おっと、そうでした。実は和希さんにお願いが――――――」

 

 

 ―――――――そして、数日後。

 ついに投票の日がやってきました。

 

 現在会場である体育館に設置してある投票箱の前には、麗華さんとそのお付の人達が数人並んでいて、どうやら投票にやって来る生徒を待っているようです。

 

「ついにこの日が来ましたわね」

「ここまで来たら、もう麗華様の当選は確実でしょう」

「おーっほっほっほ。当然ですわ。……………それにしても、誰も投票に来ませんわね?」

「みんな麗華様に投票するのに緊張してるのかもしれませんね」

 

 そこに突然、生徒が1人急いだ様子で麗華さんに走り寄って来ました。

 

「た、大変です。麗華様!」

「なんなの田中。騒々しい」

「そ、それが風宮陣営が体育館の入り口に陣取ってて…………」

「なんですって!? みんな行きますわよ!」

 

 麗華さん達が体育館の入り口に到着すると、そこには入り口の真ん中に仁王立ちをしている私の姿があったのです!

 

「さ、桜さん。一体何をしているんですの!?」

「おや? これは麗華さん。何って私はただゲームをしているだけですよ? ―――――ただし」

 

 私がボタンを押すと体育館の扉がゆっくりと閉じていきました。

 

「私に勝てないと、体育館に入る事は出来ませんけどね!!!!」 

 

 私は体育館のシステムを掌握して、私にゲームで勝った人しか入り口が開かないようにしたのです。

 

 私が取った作戦は、生徒を投票箱のある場所まで辿り着かせないこと。

 そもそも投票が出来なければ、麗華さんが当選する事はありません。

 つまり時間ギリギリまで麗華さんに投票する人を投票箱に近づかせずにここを死守。

 ――――そして、私に投票する人だけここを通せば勝てる!!!!

 

 

「これが私のファイナル・オペレーション。通せんぼ作戦ですっ!!!!」

「ぐぬぬ。こしゃくな真似を。……………はっ!? そうですわ。確か体育館の北側にも入り口はあったはず―――――」

 

 その瞬間、私達がいる体育館の反対側から巨大な爆発音と共に爆煙が立ち上りました。

 

「な、なんですの!?」

「くふふ。もちろん、そっちも対策済みです」

 

 

 ―――――体育館の北側の入り口で、大量の生徒を前に1人の少女が立ちふさがっていました。

 

「来ないのか? 別にこっちは100人同時に相手でも構わないぞ?」

 

 先程、圧倒的実力差を見せつけられて敗北した生徒が地面に倒れているせいか、他の生徒もなかなか対戦を申し込み辛そうな感じです。

 

 

 

 ―――――そして、体育館の非常口の前。

 

「うぉおおおおおおおおおおお。ここは望が絶対に死守っ!!!!! ―――――って、誰もいないじゃん!?」

 

 どうやら非常口は普段あんまり使う人がいないので、存在を知ってる人がほとんどいないみたいで暇そうです。

 

「まあいいや。ゲームでもして待ってよっと」

 

 と、望さんはポケットにしまってあった携帯ゲームを取り出して、遊び始めてしまいました。

 

 

 

 ――――――更に、管制室。

 ここはある意味、一番重要な場所かもしれません。

 

「あーもう。なんでこんな事になってるのよ!」

 

 ぶつくさ文句をいいながらも、しっかり守ってくれそうな忍さんでした。

 

 

 

 ―――――といった感じで、私の最終防衛ラインの布陣に抜かりはありません!

 そして私は迫りくる麗華さんの親衛隊を各個撃破していたのでした。

 

 

「うわあああっ」

「さあ、もう残ってるのは麗華さんだけです!」

 

 親衛隊の最後の1人をやっつけて、麗華さん陣営で残っているのは麗華さんのみになりました。

 

 流石に学校の生徒全員を相手にするのは厳しいので、麗華さんに投票しないっぽい人は事前に調べておいて何人かは通したのですが、それでもちょっと疲れてきたかもしれません。

 

 ―――――けど、残るは麗華さん1人っ!

 

「いいでしょう。最後にわたくしが相手をして差し上げますわ!」

「勝負ですっ!」

 

 

 

 麗華さんはすたすたと私の方に歩いてきてゲーミングの準備を終わらせ、ついに最終局面がやってきました。

 

「ところで桜さん。ずいぶんとお強いようですが、イカサマとかはしてないでしょうね?」

「…………やってませんが、何が言いたいんですか?」

「最後の勝負は公平に行いたいので、ジャッジに判定をやってもらおうと思いまして」

「ジャッジですか? けど、ジャッジなんてどこにも―――――」

「おーっほっほっほ。心配ご無用ですわ」

 

 麗華さんがパチンと指を鳴らすと、どこからともなく執事服を来た人物が現れました。

 …………というかこの人、麗華さんの執事さんだった気がします。

 

「さあ公平に勝負ですわ!」

「ええっ!? どう考えても麗華さんに有利なジャッジをするような気がするんですが」

「こう見えて萩野は国際審判のライセンスを持ってますのよ。桜さんは、そのジャッジに文句がありまして?」

「うぐっ。確かにライセンスを持ってるのなら信用は出来ます。でも…………」

 

 流石に麗華さんの身内がジャッジするとなると、少し不安は残ります。

 

「でしたら、桜さんが他のジャッジを用意する事が出来て? 出来ないのなら、このまま萩野のジャッジで開始ですわ!」

「そ、そんな…………」

 

 これは大ピンチになってしまいました。

 流石に今から協会からジャッジを派遣してもらうのは時間がかかりすぎます。

 それに麗華さんがジャッジが到着するまで待ってくれるとは思えませんし…………。

 

 ああっ。いったいどうしたら!?

 

 



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私に投票してください! 生徒会長選挙バトル9

「では、私がジャッジしよう」

「誰ですの!?」

 

 突然体育館の中から誰かの声が聞こえてきました。

 けど、体育館の中には誰もいないような…………?

 

 ちなみに今、体育館にあるのは無駄に大きい投票箱くらいです。

 …………あれ? 大きい投票箱?

 

「箱の中からこんにちわ!」

 

 突然箱の中から誰かが飛び出して来ました。

 

「あ、あなたはっ!?」

「私がジャッジを引き受けて構わないかね?」

 

 なんと箱の中には、神出鬼没のジャッジマン杉田さんが入っていたのでした。

 

「麗華さん。他のジャッジが用意出来たら、こっちがジャッジを決めていいんですよね?」

「ぐぬぬ、ちょこざいな。――――――まあいいですわ。わたくしに二言はありません」

「では勝負です!」

 

 今まで何度も公平なジャッジをしてくれた杉田さんなら、安心して戦う事が出来ます。

 

 さあ、私が会長になるまで後1人。

 こうなったら絶対に負けられません!

 

「では、対戦するゲームを選んでくれまたえ」

「わかりました。それでは―――――」

「お待ちになって!」

 

 私が自分に有利なゲームを先に宣言しようと思ってたのに、麗華さんにちょっと待ったコールをされてしまいました。

 

「桜さん。ゲーム選びはランダムにしませんこと?」

「…………ランダムですか?」

「ええ。ゲーム選びは天運に任せたほうが、天から2物を授かったわたくしにふさわしいでしょう?」

 

 言ってる意味はよくわかりませんが、あまりゴネて今の流れを止めるのも良くない気がします。

 だったら麗華さんの言ったとおりランダムにして、連勝の勢いがあるうちにやっつけた方がいいはずっ!

 

「わかりました。杉田さんランダムでお願いします」

「よろしい。ではルーレットスタートッ!」

 

 杉田さんの合図と共に画面に様々なゲームのタイトルが代わる代わる表示されていき、10秒くらい経ってから次第に表示がゆっくりになっていきました。

 ――――そして、画面が完全に止まり選ばれたゲームは。

 

「ゲーム決定! 今回やるのは。止まったら駄目よ!生き残りサバイバルゲームっ」

 

 うぐっ。

 よりにもよって、あまり得意じゃないゲームが選ばれちゃいました。

 

「それではゲームスタートッ!」

 

 心の準備が出来ないまま強制的にゲームが開始され、私達はバイザーを装着して意識をバーチャル空間の中へと溶け込ませていきました。

 

 

 そして次に私が目を開くと、200メートルくらいありそうな高さの場所に立っていたのでした。

 下を見ると、乗っただけで下に落下しそうなパネルが大量に宙に浮かんでいます。

 

 このゲームは例えるなら落とし合いでしょうか。

 

 1回乗ったら崩れてしまう足場の上で、どっちが最後まで一番下に落下しないでいられるかのサバイバルゲーム。

 

 ちなみに足場は4つの階層になっていて、1回落下してしまっても1つ下の階層に行くだけなので、3回までは落下しても大丈夫な感じです。

 

 それと武器などは無いので、直接攻撃みたいな事は出来ないようになってます。

 

 

 ――――といった感じでゲームの説明をしている間にゲーム開始のカウントダウンが始まっちゃいました。

 

 3、2,1――――――――GO!

 

「とおっ!」

 

 私は初期位置の1マスのパネルから水泳の飛び込みをするような形で最初のマップにダイブ!

 これで普通に落下してくる麗華さんよりほんのちょっとだけ早く降りる事が出来ました。

 

 けど、このほんのちょっとの時間がかなり重要だったりします。

 なぜならこの数秒間だけ早く行動出来る事で、自分の有利な足場を作れるのですから。

 

 一足先に降りた私は麗華さんが降りる予定の場所の方へと向かっていき、足場を荒らしてきました。

 

「ちょっと桜さん。わたくしの陣地に勝手に入らないでくださる?」

「このゲームに決まった陣地とかは無いです。というかむしろ全部私の陣地まであります!」

 

 麗華さんの開始地点付近の足場を一気に落として、そのまま1つ下の階層に叩き落とす戦法を取ったのですが、思いの外冷静に対処され上手い具合にかわされてしまいました。

 

 

 

 私が走り回ったせいでちょっと足場が少なくなってきたので、とりあえず後ろに後退する事にしようとしたら―――――。

 

 

「あの。ついて来ないで欲しいのですが…………」

「おーっほっほっほ。桜さんの陣地に進軍ですわ!」

「だから陣地とか無いんですって!」

 

 2人で同じ場所に固まっている事で、床が落下する数も倍のスピードで減っていってます。

 

 一応遠くに結構な数の足場が残っている場所があるのですが、ジャンプしても辿り着く事が出来ないくらいの距離に離れてしまっているので、もうあそこに行くのは無理そうですね。

 

 このままでは落ちてしまうのも時間の問題。 

 そういえば麗華さんの様子は………………。

 

「あれ? いない?」

 

 いつの間にか後ろにいたと思ってた麗華さんの姿が消えちゃってました。

 とりあえず落ちてしまわないように気を付けながら下の階層を確認してみると、悔しそうに飛び跳ねている麗華さんの姿が。

 

 …………どうやら先に落ちちゃったみたいですね。

 私の後ろにピッタリ付いてきていたので、私が1回踏んで落ち始めたパネルを誤って踏んでしまったのかもしれません。

 

 



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私に投票してください! 生徒会長選挙バトル10

 ともかくこれでちょっぴり有利になったので、少しでも上にいないと。

 

 私は落下する足場の上でジャンプして滞空時間を多く取る事で、少しでも長く足場に乗っている事が出来る「ぴょんぴょん作戦」を取る事にしました。

 

「ぴょ~ん。ぴょ~ん。っと」

 

 別に口に出して言う必要は特に無いのですが、私的にはジャンプのタイミングを取る為に必須だったりします。

 

 ――――――しばらくぴょんぴょん作戦を続けた結果、だいぶ最上段に留まる事が出来ましたが、流石にずっといるのは難しくて今乗っている足場が移動出来る最後の場所になってしまいました。

 

「ふぅ。これだけいれば、もうじゅうぶんですね」

 

 私は意を決して下へと降りると、走り回っている麗華さんの姿が見えました。

 …………というか、麗華さんが無駄に走り回っちゃったせいで足場がほとんど残ってません!?

 

「あら? 桜さんも足場を踏み外して落ちて来ましたの? 意外とおマヌケさんですこと」

「…………あの。私の場合は足場を踏み外したと言うより、足場が残ってない感じだったんですけど…………」

「そんなの些細な違いですわ! さあ第2ラウンドの開始よ!」

「第2ラウンドと言われても、麗華さんのせいですぐに終わっちゃいそうです」

「それは桜さんがすぐに落ちてこないから悪いんでしょうが!」

「ええっ!? 私のせいなんですか!?」

 

 なんか理不尽な言いがかりをつけられてしまいました。

 まあ今いる足場はもう駄目そうなので、あえて下に落ちた方がいいかもしれません。

 

 ――――私はなるべく真ん中の方に移動してから下の階層に落ちていくと、上から勝ち誇った麗華さんの声が聞こえてきました。

 

「おーっほっほっほ。第2ラウンドはわたくしの勝ちですわね!」

「だから第2ラウンドとか無いんですってば!」

 

 一足先に降りた私は、真ん中に飛び越えられないくらいの隙間が出来るようにパネルを落としてから場所を確保しました。

 

 それからすぐに「ぴょんぴょん作戦」をやってゆっくりと麗華さんが落ちてくるのを待つ事にします。

 

 ―――――そして数秒後。

 思ってるより少し早く麗華さんが落下して来ました。

 

「さあ第3ラウンドですわよ! …………って、あら? 桜さんの方には行けませんわね」

「必要以上に荒らすので、こっちに来れないようにしました」

「おーっほっほっほ。そんなにわたくしが怖いんですの?」

「…………まあ色んな意味で」

 

 麗華さんは走り回り、私はぴょんぴょんしている事で足場は圧倒的に私側の有利。

 

 ――――と、思っていたのですが、ここで事件が発生してしまいました。 

 

 もう大丈夫だろうと油断していたのか、その場ジャンプ……………つまり、ジャンプしてとなりのパネルではなく、落下して無くなってしまったその場所に留まるようなジャンプをしてしまった為、私は最下層へと落ちてしまったのです。

 

 

「あら? もう落ちてしまわれたの? これでわたくしの2連勝ですわね」

 

 着地してパネルがグラグラと揺れ始めたと思った瞬間、パネルが崩れ落ちて地の底へと落下して行きました。

 

 もうこの場所が最下層なので、ここで落ちたら敗北が決定してしまう為、ジャンプをする緊張感は上にある場所とは段違い。

 

 ただ、あまり緊張していては逆にミスをしてしまうので、心をしっかりと持たないと!

 

「こうなったら最後の手段です!」

 

 私は覚悟と決めて最下層を走り出しました。

 

 

 ―――――そしてしばらくして、上の層で走り回っていた麗華さんも乗ることが出来る足場が無くなり、最下層へと落ちてくるみたいです。

 

 

「では桜さん。最終ラウンドを始めますわよ!」

「別にいいですが、最終ラウンドはすぐに終わっちゃいますよ?」

「え? ――――ちょ、ちょっとこれはどうなってますの!?」

 

 

 そう。私は麗華さんが上から落ちてきそうな場所にあるパネルをあらかじめ全て落としておいたのでした。

 

 つまり最下層の足場が無いという事は――――――。

 

「い、いぃやぁああああああああ!」

 

 麗華さんはそのまま最下層より下まで落ちていき、姿が見えなくなった瞬間にジャッジから私の勝利がコールされました。

 

「勝者、風宮桜!」

 

 といった感じで最後の麗華さんをやっつけたら、ちょうど投票出来る時間も終わったみたいで、校内に下校を知らせるチャイムが鳴り響きました。

 

 



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私に投票してください! 生徒会長選挙バトル 完

 ―――――数日後、投票結果の発表日。

 勝利を確信した私は掲示板の前まで行くと、今回の選挙結果は気になっている人が多いのか、かなりの人数であふれかえっていました。

 

「さてと。結果は解りきってますが、一応見ておきますか」

 

 私は人混みをかき分けて、何とか掲示板の前に辿り着いてから見てみると―――――。

 

「そっ、そんなはずは!?」

 

 私や麗華さんを押しのけて、投票日直前まで空気だった3人目の立候補の律子さんが会長に当選していたのでした。

 

「おはよー、桜。残念だったわね」

 

 私が呆然としていると、いつの間にか後ろにいた忍さんから声がかけられました。

 

「おかしいです、忍さん。麗華さんに投票しそうな人をシャットアウトしたのに、こんな事になるなんて!」

「通した生徒のほとんどが、あの人を選んだんじゃないの?」

「……………あ」

 

 そ、それは盲点でした。

 

「あ、そうだ。学校のSNSに今回の書き込み結構増えてたけど、桜はもう見た?」

「いえ。まだ見てませんが」

 

 私はカバンの中にある携帯デバイスを取り出して確認してみると、校内SNSには――――。

 

 

中川麗華

 

お金で全部ゴリ押しするのはどうなんだろう

ワガママすぎるから無しで

 

風宮桜

 

eスポーツで全部ゴリ押しするのはどうなんだろう

ラーメンの味だけは認める

 

 

 みたいな感じの事が書かれていました。

 

 

 

「ラーメンだけは認めるって何なんですか!」

「でもこの生徒、桜に投票したみたいだけど?」

「そ、それなら別にいいんですが、それでもラーメンだけって―――――」

「そだね~。桜ちゃんには炒飯もあるから、ラーメンだけってのは望もどうかと思うよ」

「って、望さんいつの間に!?」

 

 忍さんに続いて現れた望さんは、手にポテチの袋を持っての登場です。

 

「あれ? 望、カバン持ってきてないの?」

「…………ん? ああ〜っ!? カバンとポテチ間違えて持ってきちゃったよ!?」

「いや、そうはならんでしょ……」

「でも今の望さんは、なってるやろがい! ですけど?」

「うがー。じゃあ今すぐ家に帰ってカバン取ってきなさいよ!!」

「ちっちっち~、忍ちゃんは分かってないなぁ~。今から戻ったら遅刻しちゃうじゃん!!!!」

 

 まさかの開き直り!?

 さすが望さん、侮れません。

 

「だったらポテチを机に置いて授業聞けばいいじゃない!」

「忍さん。それはちょっと無理があるかと…………」

 

 

 

 ―――――――といった感じで。

 選挙では負けてしまいましたが、麗華さんを会長にしない事には成功したので、私の家のラーメンは守られたのでした。

 

 まあ9割くらいは予定どおりといった感じですね。

 

 ちなみにどうして1割予定外だったかと言うと…………。

 

 ――――ガチャリ。

 私は学校の最上階にある部屋の扉を開けて中に入ると、部屋の奥にある大きな机に座っている女生徒が話しかけてきました。

 

「あっ、副会長。おつかれさま~」

「お疲れ様です」

 

 私はそのまま女生徒の隣にある机に腰を下ろしてバーチャルモニターの電源を入れると、大量の未読書類が画面を埋め尽くしていて、軽い目眩に襲われました。

 

 今回私がここにやって来たのは、この大量にある申請書に不備が無いのか目を通す仕事があるから。

 

 ―――――そう。

 私は前回の選挙で会長は逃してしまいましたが、何故か副会長に選ばれてしまったのでした。

 

 会長に比べて権力は無く、仕事だけは多い副会長なんて自体しても良かったのですが、会長にどうしてもと押し切られ、そのまま流れで副会長の役を押し付けられた形に。

 

 正直、かなり面倒です。

 面倒すぎるので適当に片っ端からOKのチェックを入れていく事も出来るのですが、あまり適当な事をやると学校の成績に関わるので、泣く泣く全部目を通す事に。

 

 …………というか、全部AIがチェックしたら楽なのでは?

 

 などと悪い事を考えつつも、あえてこういった事をやらせて生徒の能力を育てる目的もあるとかなんとか校長先生が朝礼で言ってたので、そういったズルは出来ない事になってるんですけどね。

 

「――――ふぅ。ちょっと水を飲んできます」

 

 私は生徒会室の外にある水飲み場に向かい蛇口をひねると、何故が水では無く茶色い液体が出てきました。

 

「おや? これは何でしょうか?」

 

 試しにちょっとだけ指に付けて舐めてみると、ほのかな甘味と口の中で軽く弾けるような刺激が――――――って、これは!?

 

 私は急いで生徒会室に戻って会長に報告する事にしました。

 

「あのっ。蛇口からコーラが出てきてます!?」

「えっ? 副会長の改革リストにあったから通したんだけど、駄目だった?」

「改革リスト? …………ああっ!?」

 

 そう言えば望さんを勧誘する時に勢いで作った水道コーラ化計画ですが、削除するのを忘れてました。

 てか、この人はどうして何の疑問も持たずに通しちゃったんですか!?

 

「せっかくだから副会長の改革も何個か実行しとかないとね~」

「…………ええっ!? よりにもよって何でそれを選んだんですか?」

「どれにするか選んでたら、偶然通った女の子に絶対これがいいって言われたんだよ~」

 

 ああ、多分それは望さんですね。

 タイミングが良いのか悪いのか。

 

「わかりました。水道の事は私がやっておきます!」

 

 机に座った私は、超特急で水道会社へと連絡して水道を元に戻す手続きをしました。

 まさか最初の仕事が自分の後始末から始まるなんて…………。

 

 …………ふぅ。

 どうやら会長の書類も私が目を通す事にした方がいいかもしれません。



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フォールガールズ1

「フォ~ル、フォ~ル。フォ~ルガ~ル。さあ、皆もフォールガールズを始めよう! なんと今なら無料キャンペーン中! 今すぐフォールガールズで検索ぅ!」

 

 部屋で有名ゲームプレイヤーの配信を見ていると、突然愉快な音楽と共に新作ゲームの宣伝動画が流れてきました。

 

「フォ~ル、フォ~ル。フォ~ルガ~ル……………はっ!? いつの間にか歌がうつっちゃってます!?」

「聞いたら歌いたくなるメロディーみたいだね」

 

 私が見ている動画配信は30分に1回くらいの割合でコマーシャルが強制的に流れる仕組みになっています。

 

 この強制的に見せられるという事が結構厄介で、AIが自動で見ている人が興味ありそうなCMを判断して流す為、過去に何度衝動買いしてしまった事か…………。

 

 今回も私が好きそうなゲームが新しく紹介され、早速興味をそそられました。

 

 ――――けど、今回は深く考えずにダウンロードしても問題なさそうです。

 何故なら今は無料キャンペーン中なのだからっ!!!!

 

 そんな訳で。

 

「シャンティ。さっきのゲームをダウンロードしてもらえますか?」

「そう言うと思ってもうダウンロード中で~す」

「流石シャンティ。私の事を理解ってますね」

「そりゃ振り付け付きで歌ってたからねぇ~」

「ええっ!? 私そんな事してましたか?」

「はいこれ録画」

 

 シャンティは画面の右側に小さい小窓を表示すると、そこには私が楽しそうに振り付けをしながら歌っている映像が流れてきました。

 

「も、もういいので止めてください!」

「は~い」

 

 画面が一瞬切り替わったと思ったら、私が踊っている映像が全画面で表示されました。

 

「え、ちょ、ちょっと。シャンティ!?」

「ごめ~ん。間違えた~」

「絶対、わざとです!」

 

 次の瞬間ようやく全画面が解除され、最初に見ていたゲーム配信の画面に戻りました。

 ちなみに私が見ているのはカスタムバーサスというゲームで、アフロヘアーをした主人公のアフロのモノマネをしながら配信をしている人のチャンネルを視聴しています。

 

 主人公の名言「アフロ感激ぃ」が去年に流行語大賞を取って、ネット界隈を騒然とさせるといった珍事件は記憶に新しいです。

 

「さくら~。ダウンロード終わったよ~」

「では、早速やってみましょうか」

「ちなみに複数人プレイも対応してるけど、どうする?」

「そうなのですか? だったら、誰かと一緒にやった方が楽しそうですね」

 

 私は連絡帳を開いて、一緒に遊んでくれそうな人に連絡することにしました。

 そして、数分後――――――。

 

「お待たせしました」

「こっちもちょうど今来た所だ」

 

 私はゲームのロビーに降り立ち、和希さんと合流したのでした。

 現在、忍さんは部活で、望さんは世界を救ってる最中…………まあ多分ゲームでだと思いますが。

 なので今回は和希さんと2人でのゲームプレイですね。

 

 フォールガールはミニゲーム集みたいな感じのゲームで、最初は100人同時にゲームを開始して、ゲーム毎に成績上位者だけが次のステージにすすめるといったルールになってます。

 そして、最終的に残った1人が優勝者。

 

 ――――つまり。

 途中のゲームで全部下位通過でも、最後のゲームで1位を取ったら優勝。

 おおっ!? なんて分かりやすいルールなんでしょう!

 

「そういえば、お前はこのゲームやった事あるのか?」

「いえ。実は今回が初プレイだったりしちゃいますが、和希さんも?」

「そうだな。実は私も前からちょっと気になってたゲームだったし、丁度良かった」  

「そうだったんですか!? だったら早速ゲームに参加してみましょう!」

「だったら、あそこの部屋がもうすぐ始まるみたいだし、あの部屋にするか?」

「では。とりあえずあの部屋で」

 

 ――――というわけで、早速最初のゲームにエントリーです!

 私達は人が沢山集まっているサークルに移動してサークルの中に入ると、上に表示されている現在の待機人数の表示が2人分増えました。

 

 今の待機人数は98人。

 ちょど有名格闘ゲームの名作ナンバーと同じ数字ですね。

 

 あと2人でゲームかいし――――――っと、ちょうど今誰かが2人参加してくれたみたいで、100人集まった事でゲームが開始されそうです。

 

 緑色のサークルが黄色になってロックがかかり、私達はロビーからゲームのスタート地点へと転送されて行きました。

 

 そして私が目をひらくと、目の前には沢山の人が……………あれ? なんで私の前に人が沢山?

 

「って、一番後ろ!?」

 

 最初のステージのスタート位置はランダムに選ばれるんですが、何でよりにもよって最後尾に…………。

 

「和希さ~ん。どこですかーーーー?」

「ここにいるぞ~!」

「えっと、声のした方は……………あっ!?」

 

 和希さんはまさかの最前列です!?

 なんで初プレイなのにこんなにクジ運に差が…………。

 

 ま、まあ決まった事は仕方ないですし、気を取り直してプレイする事にしましょう。

 

 



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フォールガールズ2

 最初のステージを突破出来るのは100人中70人。

 脱落する方が少ないので、普通にやったらまず大丈夫はなず。

 

 それに最初のステージは初プレイの人やゲームに慣れてない初心者も多いので大丈夫な………………って、私も初プレイの初心者でした!?

 

 

「一緒にいくか~?」

「いえ~。すぐに追いつくので、先に行ってて大丈夫で~す!」

 

 ふう。和希さんはかなり前にいるので、大きな声を出さないと聞こえなくて辛いです。

 

 そうこうしている間にスタートのカウントダウンが始まっていき、「GO!」の合図と共に、100人が一斉にスタートラインから飛び出してゴールを目指しました。

 

「ともかく今は和希さんに追いつくことを考えないと!」

 

 第1ステージはシーソーステージ。

 スタート地点からゴールまでに巨大なシーソーがいくつも設置されていて、それを上手くつかって80位以内でゴールに到達する事が目的です。

 

 最前列の人たちが走り出すとすぐに、1個目の巨大シーソーが現れました。

 和希さんが一番乗りでシーソーに飛び乗ると、和希さんが乗った方にシーソーが軽く傾きました。

 

 和希さん1人が乗っただけなら全く問題ないのですが――――――――。

 

「わーわーわー」 

「おい。やめろ! 押すな!」

「キャッ、キャッ」

 

 と、一気に大人数が乗ったしまった訳なので、シーソーは皆が乗った右側に大きく傾いていき、ほぼ垂直になるまで傾くと、そのまま乗った人全員は地の底へと滑り落ちていきました。

 

 ちなみにシーソーから落下しても少し前のチェックポイントに戻るだけなので、時間いっぱいまでチャレンジする事が出来ます。

 

 今は最初のシーソーなのでチェックポイントはスタート地点ですね。

 

「って、和希さんに追いつく前に追い抜いちゃいました!?」

 

 私が戸惑っている間もシーソーは左右に大きく揺れ、何人ものプレイヤーがずり落ちてしまっています。

 

 運良く自分が乗った方が上になったプレイヤーは先へ進む事が出来ていますが、運悪く人が多い方に乗ったら最後、そのまま多数のプレイヤーを連れて下へと落下しスタートへ強制送還される人もちらほら…………。

 

 ただ、このままずっとこの場所にいる訳にもいかないので、勇気を出してジャンプですっ!

 

「えいっ!」

 

 私が乗ったほうに重心が傾き、その反動でバランスを崩して倒れそうになっちゃいました。

 

「わわっ!?」

 

 しかし転ぶと思った瞬間、ボフッと何かに支えられて私はバランスを取る事が出来ました。

 

「――――大丈夫か?」

 

 どうやら後ろから追いついた和希さんが私の体を支えてくれたおかげで、転倒しないで済んだみたいです。

 

「はい。なんとか…………って、またっ!?」

 

 助かったと思ったのもつかの間。

 和希さんが戻ってきたという事は、他の一緒に落ちた人もスタート地点から戻ってきた事になるので、シーソーは更に不安定に。

 

 ―――――けど。今は左右にそれなりの人数がバラけているので、攻略するチャンス!

 

「今なら右から上に登れそうだな」

「そうですね。今のうちに突破しましょう!!!!」

 

 と、安直な考えでちょっとだけ上になった方に向かったのですが、他のプレイヤーも考える事は同じのようで…………。

 

「おい。あっちから登れるみたいだぞ!」

「急げー!」

「もう落ちるのは、いやぁ~」

 

 みたいな感じでどんどん右側に移動して来た結果。

 右に上ったシーソーはプレイヤーの重みでどんどんと下がっていって、遂には水平よりも下になっていましました。

 

「お。落ちちゃいますっ!?」

「だったら左に行くぞ!」

 

 今度は左に向かった私達ですが、やっぱり今回も他のプレイヤーと考えが被ってしまったようで…………。

 

「こ、こっちだと落ちるぞ!?」

「キャー。誰か落ちてった~!」

「左! 左に行かないと!」

 

 と、さっきと同じ光景が。

 

「こ、このままだと永久ループです!?」

「まあ、こうなるだろうな」

「では次は右―――――」

 

 今回も皆が私達に続いて右に移動し始めた瞬間。

 

「と、見せかけて左ですっ!!」

 

 私は走るのを止め、その場に留まる事にしました。

 

 …………けれど。

 

「って。なんで皆こっちに残ってるんですか!?」

「そりゃそうだろ」

 

 てっきり皆が右側に移動すると思ったのに、私達みたいにフェイントを入れて左側にとどまったプレイヤーが予想より多くて、シーソーは水平よりちょっと上くらいの高さまでしかあがりませんでした。

 

「これだと上がれません!?」

「――――そうか? これだけあれば、じゅうぶんだろ」

 

 和希さんは少しだけ後ろに下がってから助走をつけて壁へとジャンプして、そのまま壁を蹴りながら駆け上がり、無事に最初のシーソーを攻略しちゃいました。

 

「おおっ!? 凄いです!」

「ほら、捕まれ!」

「はいっ!」

 

 私は和希さんの伸ばした手に捕まって、上に登り……のぼり……………。

 あれ?…………のぼ………れない!?

 

 和希さんに上に引き上げて貰う予定だったのに、体が全然上にあがっていきません。

 それになんだか体が心なしか重いような…………。

 

 



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フォールガールズ3

「おい。そんなに大勢つれてピクニックにでも行くつもりか? あいにく弁当は2人分しか用意してないから人数を減らしてくれないか?」

「ピクニック? ……………って、何してるんですかーーーー!?」

「私も連れてってもらうわよ!」

「じゃあ私も一緒にいく!」

 

 どうやら何人かのプレイヤーが私にしがみついてきて、そのせいで体が重くなって上に登れなかったみたいです。

 

 そうこうしているうちに、他にも私にしがみついて登ろうとするプレイヤーがどんどん集まって来て、シーソーの傾きが大変な事になっちゃってます。

 

「――――ふむ。どうやらこの手を離したら、かなりのプレイヤーに差を付ける事が出来そうだな」

「駄目ですッ! 絶対に離さないでください!!!!」

「そうは言っても、この状態で上がってこれるのか?」

「が、頑張るので、もうちょっと待ってください!」

 

 私は必死にジタバタして他のプレイヤーを引き剥がしていき、何とか軽くジャンプ出来るくらいの状態に持っていく事が出来ました。

 

 このままだと和希さんも巻き込んで落っこちでしまいそうなので、これがラストチャンス!

 

「えいっ!」

 

 ジャンプした私は必死に左手を伸ばして、何とか先の足場に引っ掛ける事に成功しました。

 

 それと同時にシーソーは一気に傾いて垂直になってしまい、乗っている人が全員落下してスタート地点へと戻されていきました。

 

「ふぅ。何とかなり――――――」

「こ、こうなったら道連れよ!」

「ええっ!?」

 

 安心した瞬間。

 なんと、1人落ちずに残ったプレイヤーが、私の足を掴んで私もろとも落下しようとしてきたのです。

 

「は、離してください!?」

「うるさい! お前も落ちろ!」

 

 和希さんは私の右手を掴んで引っ張り上げてくれているので、ここは私だけで何とかしないと!

 

 というわけで私は気合を入れながら登る事にしたのですが、

 

「ファイト~」

「…………ん? どうかしたのか?」

 

 和希さんはキョトンとした表情で私を見返してきました。

 

「ええっ!? もしかして和希さん、あの有名なCMを知らないんですか!?」

「知らないな。だいたいそれは今必要なのか?」

「崖を登るのには絶対に必要なんです! なので、私がセリフを言った後に和希さんは一発って言ってください!」

 

 と、いう訳で仕切り直しですっ!

 

「ファイトぉ~」

「い、いっぱ~つ!」

 

 気合満タン全力フルパワーを得た私は、なんとか上半身だけ足場に乗せる事が出来ましたが、足を掴んできたプレイヤーはまだしぶとく私の足を掴んだままでした。

 

 …………ここまでしぶといと逆に尊敬しますね。

 

「ま、まだ諦めて無いわよ!」

 

 その瞬間、垂直になっていたシーソーが1回転して水平に戻り、

 

「ぐふっ」

 

 そのまま私を掴んでいた人の頭に直撃して叩き落としちゃいました。

 

「け、計算通りっ!」

 

 私は胸を張って勝利表明をしたのですが、和希さんは私の無事を確認した瞬間、走り出してしまいました。

 

「だったら続きの計算は学校でやるんだな。私は遅刻しないよう急ぐぞ」

「あっ。ちょっと待ってください!?」

 

 まあ先のステージに進むのに人数制限があり、アピールしている時間があればどんどん進んだ方がいいので、私もゴールに急ぐ事にした方がいいかもしれませんね。

 

 

 今の所、私達の前を走ってるのは20人くらい。

 大きなミスさえしなければステージクリアなら余裕で出来そうな感じです。

 

 

 ――――しばらく平坦な道を進むと途中で道が2つに別れていて、それぞれの道の先に巨大シーソーが1台づつ設置してありました。

 

「どっちに行く?」

「ここは二手に分かれましょう。私は左に行くので、右は任せます!」

「了解だ」

 

 一緒の方向に行っても良かったのですが、やっぱり自分の力だけで突破したいって気持ちや、さっきと同じ攻略の仕方じゃつまらないってのもあったので、いったん分かれる事にしました。

 

 それに和希さんより先に攻略して待ってたら、ちょっとカッコいいかもってのもありますね。

 

 

 私の方にあるシーソーは相変わらず数人のプレイヤーが苦戦中で、お互いに相手を上に行かせないよう牽制しあってるようでした。

 

 まあ今回は人数も少ないので、ぱぱっとかわして余裕でクリア出来そうですね。

 

 私は人数の多い方に思いっきりジャンプして飛び乗ると、乗った側が一気に下に傾きます。

 そして私は、すぐに上にあがった反対側に移動すると、自分の足よりも低い位置に足場が見えました。

 

 あとは向こう側にジャンプするだけ。

 

「よしっ。せ~~の―――――」

「おっとごめんよ」

「…………えっ!?」

 

 ジャンプする瞬間。

 私は誰かに押し飛ばされ、その衝撃でシーソーから突き落とされてしまいました。

 

 手を伸ばしても掴めそうな物はどこにも無く、私はそのまま地の底へと落下していき、気が付いた時には和希さんと分かれた分岐点まで戻された状態に。

 

「おい。大丈夫か!?」

 

 突然投げかけられた聞き覚えのある声の方を向くと、そこには第2のシーソーを突破した和希さんの姿がありました。

 

「すみません。ちょっと失敗しちゃいました」

「待っててやるから、すぐに来てくれ」

「えっと…………」

 

 状況を確認すると、私が落ちてチェックポイントに戻されてからかなりの人数に追い抜かれてしまってるみたいで、私の到着を待ってたら和希さんもゴール出来るか怪しい感じが…………。

 

「私の事はいいので、先に行っててください! このままだと2人共リタイアになっちゃいます!」

「いいのか?」

「はい。絶対に追いつくので、ゴールで待っててください!」

「了解だ。絶対に追いつけよ」

 

 和希さんは後ろを向いて手を上にかかげながらゴールへと駆け出しました。

 

「――――私も急がないと」

 

 

 



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フォールガールズ4

 私はさっき落っことされたシーソーまで戻ると、結構な人数がシーソーの上でなんとか上にあがろうと切磋琢磨しているようです。

 

 流石にみんな1個めのシーソーで傾向を掴んだのか、絶妙なバランス感覚で先に進んでいる人もチラホラと。

 

「ちょっと急がないと本当に危ないかもしれませんね」

 

 けど、あんまり急いでまた落っこちてしまったら今度こそ敗退確実なので、タイミングを見極めて一発で突破しないと――――。

 

 私は呼吸を1つ吐いて焦る気持ちをリセットしてから、下がってきたシーソーへと飛び乗りました。

 

 それから一気に高い方へと走り勢いを付けてジャンプする事で、2個目のシーソーも無事にクリア。

 

 後はゴールまで走るだけ!

 

 最後の道は3つに分かれていて、左右は大回りだけど何も無い平坦な道。

 そして、真ん中の道には巨大なシーソーが横向きでは無く、縦向きに置いてありました。

 

 縦向きと言う事は奥側が下がっている場合は私の方からだと乗る場所がかなり高い位置にあがってしまって乗る事が出来ず、下がってくるまでずっと立ち往生する事になってしまいます。

 

 そして、乗った場合でも奥側に傾きすぎていると、シーソーの最後の部分が先にある足場より低い位置まで下がってしまい、足場に飛び乗る事が出来ずにそのまま下まで落下してしまう可能性も。

 

 残り人数を確認すると、もうすでにゴールしたプレイヤーもかなり多いみたいで、安定した遠回りコースを選んでたら、まず間に合わなそうな感じが……。

 

「――――うぐっ。2個めのシーソーで少し慎重になりすぎたかも」

 

 こうなったらここは、イチかバチかショートカットにかけるしか無いみたいです。

 ――――私は覚悟を決めて真ん中のルートへと駆け出しました。

 

 しばらくして最後のシーソーに辿り着くと、私と同じようにこのルートじゃないと間に合わなそうなプレイヤーが数人、シーソーの上でひしめき合っていました。

 

 無事にショートカットに成功したプレイヤーがいる中で、案の定ジャンプのタイミングがつかめずに落下していくプレイヤーも数名いて、どうやら簡単には向こう側に行かせてくれないみたいです。

 

 現在はちょうど私のいる方向と反対側に傾いてしまっている為、こっち側に傾いてくれるまでちょっと待つ必要があります。

 

 ――――ふぅ。

 

 リミットが刻一刻と迫って来る中で、ただ立ち止まっているのは普段よりも焦りが加速していく気がします。

 

 こうしている間にも1人、また1人と第1ラウンド通過者が増えていっている気が…………。

 

「早く…………早く降りてきてください!」

 

 直後。私の祈りが通じたのか、シーソーがゆっくりと私の方へと傾いてきました。

 よくみると、乗ってるプレイヤーが奥側に落っこちないように傾きを変えようとしているみたいです。

 

 ――――けど、思ったより傾けようとしてるプレイヤーが多いのか、このままだと傾きすぎてしまう気も…………そうなったらシーソーの一番端っこから向こう側への距離も開きすぎてジャンプしても届かないような。

 

「…………そうです!」

 

 私は今の場所からかなり後ろに距離を取ってシーソーが降りてくるのを待つ事にしました。

 

 ――――そして、シーソーが水平になった瞬間、おもいっきり全力でダッシュです!

 

 予想通りシーソーはかなり斜めに傾きました。

 例えるならそう、跳び箱の前にあるジャンプ台のように。

 

 私はそのままシーソーへとジャンプして飛び乗り、いっきに上へと駆け上がります!

 

 スピードに乗った今の私は暴走機関車。

 もう誰にも止める事は出来ません!

 

「どいてください!」

 

 そのまま途中のプレイヤーを弾き飛ばしながら、私はひたすらに突き進みました。

 私に突き飛ばされる人や避けようとして落っこちてしまった人もいましたが、振り返ってる暇なんてありません。

 

 今私がする事は前だけを見て走る事!

 

 シーソーの先端では、上にあがりすぎてジャンプで届かない距離になってしまった為、下がるのを待っている人が数人見えました。

 

 けど、今の私にはそんな距離無いに等しいです!

 

「やあああああああああああああっ!」

 

 先端で立ち止まっっていた人を後ろからタックルでどかして、そのまま大ジャンプ!

 

 勢いをつけすぎたせいか予想より大きなジャンプになってしまいましたが、まあいいでしょう。

 

「このままゴールまで行きます!」

 

 風を切る音と共にぐんぐんと近づくゴール。

 ゴールゲートの向こう側では、すでにゴールしたプレイヤー達が残ってるプレイヤーを応援しているようです。

 

 その中に1人。

 見知ったプレイヤーの姿がありました。

 

「もう少しだ。飛び込め!」

 

 どうやら和希さんはすでにゴールしてるみたいです。

 だったら私も絶対に続く!!

 

「間に合えええええええええええっ!!!!」

 

 ――――私がゴールラインに触れた瞬間。

 ステージ終了のコールと共に、次の対戦が行われる場所へと転送されて行きました。

 

 

 



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フォールガールズ5

 最初のラウンドを終えた私は気が付くと、第1ステージを通過したプレイヤー達を見下ろせる場所にいました。

 

 スタートの合図と共に第2ステージへと進んだプレイヤー達が一斉に走り出し…………。

 

「って。もしかして私、負けちゃってるじゃないですかあああああ!?」

 

 観戦モードになってしまった私は、とりあえず観客席から和希さんを応援する事にしました。

 

 

 ―――――――と、いう訳で。

 

「改めて第2ラウンド開始です!!!!」

「次は勝てるといいな」

 

 私は最初のゲームの事は忘れて、次のゲームに取り掛かる事にします。

 ちなみに和希さんは第3ステージまで進みましたが、あと一歩で最終ステージに進むことが出来ずに敗退しちゃいました。

 

「間に合ええええって言ったら、普通は絶対に間に合うはずなのにおかしいです!?」

「そんなんで間に合ってたら他のプレイヤーも全員叫ぶんじゃないのか?」

「それを言われたらそうなのですが、やっぱり気持ち的に必要と言うか…………」

「だったら次は本当に間に合うプレイをするんだな」

「そうですね。さっきの事は無かった事にしましょう!」

 

 私はさっきのゲームは練習という事にして、次が実質初戦という事にしました。

 なので私はまだ負けてません!

 戦績には残ってますが見なければいいのです!

 

「――――なんかノリが軽いな?」

「別に私が負けても世界が滅んだりしませんからね。常勝は求めず、気軽に勝った負けたで楽しむのが私のゲームライフです!!」

「…………ゲームのスタイルは人それぞれだが、なんかそれだと負けた言い訳にも聞こえるぞ?」

「――――うぐっ。ま、まあ次こそ1位を取るので大丈夫です! では今度はあっちの部屋でゲームを始めましょう!」

 

 私達はすぐにゲームが始まりそうなサークルへと移動して、その場で待機。

 そのまま少し待ったらすぐにメンバーが集まりゲームが開始され、私達はゲームフィールドへと転送されていきました。

 

 そして、万全を期して挑んだ2回目の第1ステージは特にピンチも無く順調にクリアする事が出来、私と和希さんは難なく第2ステージへと駒を進める事になったのでした。

 

「…………なあ。これなら普通にさっきのゲームでステージ突破にしてもよかったんじゃないか?」

「い、今から変えるのはいろいろ面倒なので気にしないでください」

 

 第2ステージへと転送された私達の前には小さめのサッカーフィールドが広がっていて、自分達の後ろと反対側には大きめのサッカーゴールが設置してありました。

 タッチラインとかは無く周りは全て壁になってるので、ボールが外に出て一時中断とかにはならないみたいです。

 

 最初のステージで結構な数のプレイヤーが脱落し、残りの人数が21人になったのでここで紅白戦を行って更にプレイヤー数を絞る感じですね。

 

 メンバーを確認したらどうやら和希さんとも同じチームみたいなので、ここを突破したら2人で最終ステージに進めそうです。

 

「なあ。残り人数って覚えてるか?」

「はい。ちょうど21人でした………………って、奇数!?」

 

 改めてメンバーを確認すると全員揃ってる相手チームとは違い、私達のチームはメンバーが1人少なかったのです。

 

「これは人数差マッチ!? ど、どうしましょう!?」

「心配するな。人数差があっても、私が2人分の役割をすればいいだけだろ?」

「そうですね。私も2人分の動きをすれば実質こっちの方が多いまであります!」

 

 私達が覚悟を決めると試合開始の笛がフィールドに鳴り響き、上からボールが降って来ました。

 

 はるか上空から落下してきているので最初はお米くらいの大きさでしたが、フィールドに近付くにつれどんどん大きくなって――――。

 

 おや? なんか思ってたより大きめなのか、予想以上に大きくなってるような?

 その後もボールはどんどん巨大化していき、落下してくる頃には――――。

 

「こ、これは!?」

「ふぅ。これだとサッカーじゃなくて運動会だな」

 

 大玉転がしで使うくらいの大きさの、巨大なサッカーボールが私達の前に現れたのでした。

 

「おい、もう始まってるぞ!」

「あっ!?」

 

 私が巨大なサッカーボールにあっけにとられていると、他のプレイヤーは一斉にボールへと群がり、相手ゴールへと一斉に押し始めました。

 

 

 スタートが一瞬遅れたので、その分だけ少しこっちの陣地に押し込まれてしまいましたが、半歩くらいの距離なのでまだまだ誤差の範囲のはず。

 

 ――――と、思ってたのに。

 なんかボールがぐいぐいこっち側に迫ってきている気が…………。

 

「人数差があるので、正面からだと力負けしちゃてます!?」

「だったら横から行けばいい!」

 

 和希さんがスッと集団から横に抜け、ボールの真横へと移動。

 その行動の意味を素早く理解した私は和希さんと反対側に移動します。

 

 2人が抜けて人数差が更に広がったボールは一気に私達の陣地へと転がって来ましたが、その瞬間に和希さんが横からボールに飛び蹴りをしたら、ボールは私の方向に転がってきたので。

 

「ここです!」

 

 すかさず私は転がってきたボールにタックルをして、相手ゴールへとロングシュート!!

 

 ボールは相手ゴールへと転がっていきましたが、私1人でのシュートはパワーが足りなかったようで、ゆっくりと転がるボールに追いついた相手プレイヤーの1人が体を張ってボールを止めちゃいました。

 

「ああっ!? もうちょっとだったのに!?」

 

 



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フォールガールズ6

 

「ゴールはすぐそこだ! 行くぞ!」

 

 和希さんは相手キーパーの前で止まったボールを勢いで押し込もうと、相手陣地に突撃していきました。

 それに押されてか、他の味方プレイヤーも全員防御を捨てて敵陣へとなだれ込んでいきます。

 

「これだと、こっちの守備がいません!?」

 

 けど、こんなチャンスはもう無いかもしれないので、今のうちにリスク覚悟で攻め込むのもありかもしれません。

 人数で不利な状況なので、無理矢理にでも点数を取ることができたら、後は時間いっぱいまで守備を固めて逃げ切りを狙う方が逆に安定行動の可能性も。

 

 ――――だったら。

 

「今が勝機です!」

 

 私も皆に続いて相手陣地に向かって行き、相手のゴール際で押し合いをしている後ろから最後のひと押しに必殺シュート!

 

「サクラ・ドライブ!」

 

 私の全身全霊をかけた必殺シュートが相手プレイヤーを吹き飛ばしながらゴールへと突き刺さり、私達のチームは見事先制点をあげました。

 ちなみにこのゲームには必殺技とか無いので、技名を叫ぶのはただの自己満足です!

 

「皆さん。後は戻って守りきったら勝ちです!」

「お~!」

 

 私達は相手の速攻に警戒してすぐに陣地に戻って守備固め。

 これでもう後は時間いっぱいまでこっちに来たボールをクリアしていくだけですね。

 

 ――――相手ゴールに入ったボールが奥にある穴に落ちて、そのままボーリング玉のようにセンターラインまで運ばれて、再び上空から降って来るみたいです。

 

 ただここで1つ問題が発生。

 安定かと思った私の作戦ですが、落ちてきたボールを見た瞬間なんとも言えない不安感がフィールドに漂い出したのです。

 

 ドカンと地面に落下したボールは不規則な動きでフィールドを飛び跳ね、プレイヤーはみんなどうしたものかと困惑しています。

 

「こ、これは!?」

「…………確かに、これもフットボールには違いは無いが」

 

 それもそのはず。

 なぜなら、落ちてきたのは球体のボールでは無く、縦に細長いラグビーで使うボールだったのですから。

 

 このボールは跳ねる方向が予想しづらいので、防御一辺倒だと予想外のバウンドに対応できずゴールを許してしまうかもしれません…………。

 

 ――――そして、大ピンチを迎えた私達に更に追い打ちが。

 

「どうやら今はおまけ付きらしい」

「に、二個目!?」

 

 なんと2個目のボールがゲームに追加されちゃいました。

 こっちはさっきと同じ大きめのサッカーボールですが、サッカーボールは狙いがつけやすいといった利点があるので、安心は出来ません。

 変則的な動きのラグビーボールと狙い撃ちのサッカーボール。

 

「これだと同時にシュートされたら片方を防ぐのは無理です!?」

「だったら撃たせなければいい。右は任せるぞ!」

  

 そう言って和希さんと数名のプレイヤーはラグビーボールへと向かって行きました。

 

「皆さん。こっちも頑張って止めましょう!」

「お~!」

 

 相手チームと私達のチームはそれぞれ二手に分かれて2つのボールへと走ります。

 

 サッカーボールに来た私達の人数は5人。

 そして相手も5人。

 

 人数が同じならテクニックで上回った方の勝ち。

 なんならこのまま追加点だって狙えるかもしれません。

 

 けど、丸いボールは基本的に正面からの押し合いになるので、お互いに全く動く気配がありません。

 さっきみたいに横から蹴飛ばそうにも、この人数だと横に行った瞬間押し込まれてしまう可能性も――――。

 

「こうなったら気合です! 気合で押し込みましょう!」

 

 ここはテクニック勝負は捨てて正面からの根性勝負です!

 こっちのチームは気合の入った人が多いのか、ちょっとずつですが相手の陣地へとグイグイボールが進んでいってます。

 

 同数ならこっちの方が有利!

 と、思っていたら私は重大な事を忘れていました。

 

 ――――そう。

 こっちが同数と言う事は、和希さん達の方は人数が1人少ないと言う事になるので…………。

 

「チィ、厄介だな」

 

 変則的な動きをするボールは人数差があると、テクニックでは補えきれない動きをするので壁にぶつかりながら少しづつこっちに迫ってきているのでした。

 このままだと、もうちょっとでシュートレンジに入っちゃうかも…………。

 

 

 

 ――――だったら、逆に打たせて止める!

 

「ちょっと4人で頑張れますか?」

「え? たぶん少しなら大丈夫だと思うけど――――」

「じゃあ任せましたっ!」

 

 私はチームメイトにボールを任せると、ゴール前に陣取りキーパーモードにコンバート。

 

「和希さん。1回打たせてください! その距離からなら絶対に止めてみせます!」

 

 和希さん達は私の方を確認してうなずくと、一斉にボールから離れる事で相手はバランスを崩して軽めのロングシュートが飛んできました。

 

 今の私はSGGK。

 桜・頑張り・ゴール・キーパー。

 

 ペナルティーエリアの外からのシュートなんて絶対に入れさせません!

 

「やあああああああああああ! ゴッド・セーブ!」

 

 私は体を大きく広げてジャンプして、転がってくるラグビーボールに体当たりを試みます。

 

 不規則に転がってきたボールですが、なんとか体の正面で捉える事が出来、そのまま相手ゴールの方へと弾き飛ばしました。

 

 そして、次は私が抜けて人数が少なくなった方からのロングシュートが飛んできます。

 私はすぐさま体勢を立て直して反対側にジャンプ!

 

「えええええええええいっ! キング・セーブ!」

 

 普通のボールはシュートコースが予測しやすいので難なくセーブ完了。

 ちなみにゴッドセーブとキングセーブはキングセーブの方が強いです。

 セーブぢからは神・王・星の順番で強くなってく予定なのでこうご期待っ!

 



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フォールガールズ7

 

 

「今です! 和希さん!」

「任せろ!」

 

 私はキーパーに専念する事にして、弾き飛ばしたボールを和希さん達にカウンターしてもらう事にしました。

 

「――――ふぅ」

 

 とりあえず小休止しながら状況を見極めつつ、今の私に出来る事と言えば。

 

「シャンティ。このゲームの操作説明って見れますか?」

「えっ!? 試合中だけど今から見るの?」

「他にも変なボールが出てこないか、今のうちに確認だけでもしておこうと思って」

「あ~。そういう事か~。オッケーすぐ送る」

 

 直後。私の前に電子モニターが表示され、このゲームで使うボールの一覧が出てきました。

 

「えっと。サッカーボールとラグビーボールの他にはピンポン玉? これはここだと普通のサッカーボールの大きさで実質サッカーですね。他には…………スイカ? 蹴った瞬間に割れちゃうのでは?」

 

 なんか予想以上に変なボールばかりだと思っていると、遠くからチームメイトの声が聞こえてきました。

 

「ごめん。そっち行った!」

 

 私は急いでチュートリアル画面を指で飛ばしてフィールドを見ると、相手ゴール手前でボールを奪われて逆にカウンターをされている味方の姿が確認出来ました。

 

 けど、ボール1個なら気合でなんとか―――――。

 

「すまない。止めてくれ!」

「えっ!?」

 

 なんと。相手ゴール直前でシュートを放った和希さんですが、不規則なバウンドでゴールポストに直撃して弾き返されたラグビーボールが、そのままの勢いでこっちがわへと飛んで来ちゃってます!?

 

 跳ね返ってきたラグビーボールとカウンターでのサッカーボールでの同時攻撃――――。

 

「かっ、体のどこかに当たってくださいっ!」

 

 必死にボールに飛び込んだ私でしたが、頑張りもむなしく勢いのついたボールに吹き飛ばされ、そのまま両方のボールがゴールに入り2ゴールを許してしまったのです。

 

 これで現在のスコアは1-2で相手チームが1点リード。

 残り時間もほとんど残ってないので、良くて同点、悪くて…………敗北。

 

「ちょっとまずいかもな」

「こ、こうなったら何とか同点に――――――おや? あれは!?」

 

 私は上を向くと、かすかにですが金色に輝くなにかが落ちてきているのが見えました。 

 

 その瞬間、私の中で逆転への一手。

 唯一勝利する事が出来る道しるべが浮かび上がって来たのです。

 

「和希さん、合わせてください!」

 

 私はゴールから飛び出して金色のボールが落下してくる場所へと移動して、和希さんもすぐ横についてくれました。

 

 さっき操作説明で確認した通りの物なら、あれは1ゴールで3点分の得点になるゴールデンボール。

 ゴールデンボールが落ちてきた事で、もうこの試合に引き分けは無くなりました。

 今後の展開はあれを決めて逆転か、決めれずに負けるか!

 

 …………まあ、相手に決められる可能性もありますが、今はそんな事は考えないっ!

 

「やああああっ。サクラ・ドライブシュート!」

「カゲロウ・ショットだあああ!」

 

 ボールがフィールドに着地した瞬間、私と和希さんの合せ技「ドライブカゲロウ・ツインシュート」を繰り出してボールを相手ゴールに蹴り飛ばしました。

 

 くどいようですが、技名を叫んでも威力がアップしたりはしませんが、今回は2人のタイミングを合わせるといって意味でとても重要だったりします!

 

 味方が相手チームを体を張って押さえつけてくれているので、ボールの前に残ってるのはゴールキーパーだけ。

 

「いっけええええええっ!」

 

 相手キーパーはどっしりと構えてボールを体全体でキャッチしようとしています。

 けど、私達の必殺シュートがそう簡単に止められるわけ――――。

 

 じりじりと相手キーパーが少しずつ後ろに押されて行きますが、ロングシュートだったせいかちょっとだけ威力が足りなかったかも…………。

 

 こうなったら無理やり押し込むっ!

 

「はいれええええっ!!」

 

 私はボールに突撃しておもいっきりダイビングヘッドして更に押し込みます!

 ―――――あとちょっと。

 

「これで終わりだ!」

 

 うしろから和希さんが走ってくる声が聞こえてきました。

 後はダイビングヘッドした私の足に和希さんがドロップキックで威力を上げたら決まりです!

 

 ―――――そう思っていたら、何かがゴロゴロと転がってくる音が後方から聞こえてきて、なにやら嫌な予感が。

 

「いったい何が?」

 

 ダイビングヘッドを止めて後ろを向くと、そこには凄い勢いで転がってきてるサッカーボールが見えて。

 

「ええええええええええっ!?」

 

 サッカーボールは私とキーパーもろともゴールデンボールを巻き込んでゴールへと突き刺さり、その瞬間ゲームの終了を告げる笛がフィールドに鳴り響きました。

 

「そ、そういえばボールは2個あったんでした…………ガクッ」

 

 いろいろありましたが、なんとかこのゲームも勝利で終わった私達は最終ステージへと転送されていきました。

 

 



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フォールガールズ 完

 ――――――そして、遂にやってきた最終ステージ。

 ここまで来たら優勝出来るのは、たった1人だけ。

 さっきまでチームとして戦ってた仲間も、今は全員がライバルです。

 

 目の前には長い長い坂道が続いていて、その坂道を一番上まで登った場所には巨大な王冠がキラキラと輝きを放っていました。

 

 最終ステージの目的はスタート地点から誰よりも早くこの坂道を駆け上がり、王者の証である王冠を手に入れる。

 それが出来た者が勝者ですっ!!

 

 最終ステージはスタートラインに横一列に並んでいるので、場所による有利不利はありません。

 ここで必要なのは障害物を乗り越えて進むテクニック。

 ――――と、ちょっぴりの運。

 

 

 優勝の決まる最終ステージだけあってか、他のプレイヤーからもピリピリとした緊張感が伝わってきます。

 

 空気を1つ吐くと、最後のスタートを告げるカウントダウンが始まりました。

 

 3―――2――――1――――今っ!

 

 全員そこそこのスタートダッシュを決め、私達は一斉に坂道を登り始めます。

 坂道の途中にはいくつかの壁が障害物としてプレイヤーの行く手を阻んでいますが、ここまで残ったプレイヤー相手に動かない設置物なんてほとんど足止めにはなっていません。

 

 だけど、このまま頂上まで何事もなく行ける訳も無く…………。

 

「な、何ですか!? この音!?」

 

 ゴロゴロと何かが転がってくる音が上の方から聞こえて来ました。

 それも1つや2つでは無く、沢山――――。

 

「いったい何が起こって……………ええっ!?」

 

 ――――私は坂道を見上げると。

 なんと大量の巨大なボールが、私達を通せんぼするかのような動きで転がって来ていました!?

 

 私は素早く壁の後ろに隠れて難を逃れる事が出来ましたが、避難するのがほんの少し遅れてしまったプレイヤーは、そのままボールと一緒にかなりの距離を戻されちゃったみたいです。

 

 戻されたプレイヤーもまだじゅうぶん巻き返す事が出来る距離なので油断は出来ませんが、ちょっとだけ優位に立つ事が出来ました。

 

 とにかく今は慢心しないで、少しでも上に行く事だけを考えたほうが良さそうです。

 

 ―――――壁の後ろで少しだけ待って、ボールの隙間が空くタイミングを見計らってから1つ上の安全地帯まで全力ダッシュ!!

 

 2個めの壁はさっきのよりちょっとだけ小さめでしたが、私1人なら余裕で隠れる事が出来そうです。

 

「これで大丈夫―――――」

 

 と思ってたら、私に少し遅れてこの場所に向かってくるプレイヤーが見えました。

 

「こ、このままだと、どっちかがはみ出ちゃいます!?」

 

 さっきの場所だったら2人くらいなら仲良く隠れる事が出来ましたが、この場所にもう1人増えたら必ず片方――――あるいは両方がボールに押し戻される事は確実。

 

「こうならったら仕方ないです。どの道最後に勝つのは1人だけ―――――だったら!!!!」

 

 私は後ろ向きになって身構えて、後ろからやってきたプレイヤーが壁に入ろうとした瞬間。

 

「え~いっ!!」

「え、ちょ、ちょっと何するの!?」

 

 私は後から来たプレイヤーを羽交い締めにして、壁からその人だけはみ出るようなポジション取りに成功しました。

 

「離してよ!」

「このままだと2人ともボールに当たっちゃいます。なので貴方だけ落っこちてくさい!」

「い~やぁ~」

 

 相手が予想以上に暴れてしまっている為、私はぐいぐいと後ろに押されちゃってます。

 

「こ、このままだと本当に2人とも!?」

 

 そうこうしているうちに、上の方から新しいボールが転がって来ました。

 

「こうなったらイチかバチかです!」

 

 私は相手が後ろに大きく動いた瞬間に拘束を止め、そのまま横にスッと移動すると、勢いに乗った相手は体制を崩しながら壁の外へと転び、その瞬間落下してきたボールと共に1つ下の壁の辺りまで押し戻されていっちゃいました。

 

「――――ふぅ。なんとか助かりました」

 

 周辺を見渡してみると、どうやら他の場所でも似たような事が起こってたらしく、最前線を走るプレイヤーがかなり絞られてしましました。

 

「あとちょっと!」

 

 私は壁から出て駆け出して先を見ると、もう前に壁は無いみたいです。

 

 ――――つまり、今後はボールが来た一瞬で安全地帯を見極めてその場所に移動する。

 その判断力の勝負!

 

「あそこは駄目…………あっちも駄目…………あっ、あそこならっ!?」

 

 ボールの転がってくる速度、飛び跳ねるタイミング、そして空中での滑空距離を頭の中で瞬時にシュミレート。

 そこから導き出された僅かな隙間にダイブすると、ボールはちょうど私の少し前で飛び跳ねて私の真上を通り過ぎました。

 

「これでもうゴールまで、私の邪魔をする物はありません!」

 

 私はすぐに立ち上がり、王冠まで続く最後の道へと駆け出します。

 最後の道は長い階段が左右に2つあり、左側から来た私はそのまま左にある階段を選びました。

 

 左の階段の先頭は私。

 そして、反対側の階段には――――。

 

「なんだ、やっぱりお前も舞踏会に間に合ったのか」

 

 予想通り最後には和希さんが立ち塞がって来るみたいです。

 さしずめ今の状況を例えるなら、舞踏会に履いていくガラスの靴を奪い合う2人のシンデレラ。

 

 ――――まあ目標は靴では無く王冠なのですが、シンデレラに例えたほうが可愛いのでそういう事で!

 

 現在2人の距離はほぼ同じ。

 …………やっぱりちょっと和希さんの方が早いかも。

 いえ。よく見たらこっちの方が、ほんのちょっと有利な気が…………って、そんな事はこの際どうでもよくって。

 

 横を向いてる暇があるなら前を向いて少しでも速く走るっ! 

 

 次第に近付いてくるゴール。

 長い道のりもやっと終わりかと思うと気が緩みそうになりますが、まだ決着はついてないので気は抜かないようにしないと!

 

 ――――と思ってはいたものの。

 心の中ではちょっと気が緩んでしまっていたようで。

 

「わわわッ!?」

 

 私はゴール目前で足がもつれて階段で倒れそうになりましたが、何とか右手を床に叩きつけようにしてバランスを取って最悪の事態だけは回避する事が出来ました。

 

 けど、その数秒のタイムが致命的だったようで、和希さんは私より一足先に階段の一番上まで登りきり、そのまま勢いよく王冠へジャンプ!

 

「もらった!」

「ああっ!?」

 

 …………して、和希さんが優勝すると思ったのですが。

 何故か和希さんは王冠をするりと抜けて、下へと落下していっちゃいました。

 

「……………えっと」

 

 私が戸惑っていると、後ろから他のプレイヤーが向かってくる足音が聞こえてきました。

 一応まだ距離的に余裕はありますが、あまりゴール前で待っていると煽りプレイだと思われてしまう可能性があります。

 

「とりあえず終わらせますか」

 

 私はそのままジャンプして王冠を掴むと優勝者を称えるステージへと移動して、数秒間与えられた時間で軽いパフォーマンスをした後、和希さんの待つロビーへと戻っていきました。

 

 ロビーに付くと少し不満げな表情をした和希さんが、壁にもたれ掛かりながら私の到着をまってくれてたみたいです。

 

「最後に掴む必要があるなら、事前にアナウンスとかやるべきじゃないのか?」

 

 ああ、それで最後にそのまま落っこちていっちゃったんですね。

 

「一応操作説明みたいなのがありますが、和希さんは確認しなかったんですか?」

「説明書なんて面倒なの見るわけないだろ?」

「ええっ!? 説明書はちゃんと読まないと駄目です! 非常時にロケットランチャーを撃つ時にも説明書だけは読まないといけません!」

「…………その説明書は撃つ方向を間違えるやつじゃないか」

 

 そんなこんなで私達はその後も何度かゲームを遊び、いい感じの時間になってから解散しました。

 

 …………えっと、その後の私の戦績ですか?

 ま、まあ、なんというか………ほどほどの勝率ですっ!

 

 



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人形列車 出発進行1

 ある日の昼下がり。

 私はベッドの上で寝転びながら旅行ガイドを読んで、なんちゃって旅行気分に浸っていました。

 

 本には豪華客船でのクルーズや飛行機での世界一周旅行など、様々なプランが載っていて読んでいるだけでもかなり楽しい気分になれます。

 

「おおっ!? 列車の旅も載ってます!? やっぱり、のんびりとした汽車の旅も憧れますね~」

「別にそんなのに乗らなくても、地下リニアなら一瞬で目的地につけない?」

 

 空想の中でのんびりと汽車に揺られていた私ですが、シャンティの一言で現実へと戻されてしまい、ちょっぴり不機嫌な感じに。

 

「――――まったく、シャンティは分かってませんね。こういうのは移動してる時間を楽しむ物なのに」

「桜ってゲームでは効率ばっか求めてるのに、ゲーム以外だとあんまりだよね?」

「まあゲームは相手を上回って勝つ事が重要ですが、旅行は過程を楽しんだら勝ちみたいな感じですし」

 

 私は再びパラパラとページをめくると、途中のページに旅行券が貰えるキャンペーンの告知を発見しました。

 

「こ、これはっ!? シャンティ、早速キャンペーンに申し込みましょう!」

「え~と、なになに。ゲーム大会で優勝した人に、のんびり列車の旅の招待券をプレゼント? ――――ねえ、桜。これ大会で優勝しないと貰えないみたいだけど?」

「だったら優勝すればいいです! なのでシャンティ、早速ゲームの特訓を始めますよ!」

「まったく現金だなぁ~」

 

 

 ―――――数日後。

 ゲーム大会で優勝候補だった身内に泣きついて何とか辞退してもらった事で無事に優勝出来た私の元に、見事のんびり列車の旅の招待券が届けられました。

 

 

「やりました。ついに、あの! 念願の招待券が!」

「あ~。まあ桜がいいなら別にいんじゃない?」

「…………なんですか、そのやれやれみたいな顔は? それにあの人は仕事が忙しくて優勝しても旅行に行ってる暇がないから、優勝しても景品は辞退するって言ってたじゃないですか!」

「じゃあ何であんな事したのさ?」

「決勝以外で当たったら負けちゃう可能性がありましたからね。それより、もうそんな前の事は忘れて今は旅行の準備をしましょう!」

「そんな前って昨日だった気がするんだけど…………」

「私は現在と未来しか見てないので、過去には縛られないんです!」

 

 

 ――――――それから私は、るんるん気分で旅行の準備を始め更に数日後。

 旅客列車が出発する場所へと到着した私とシャンティは、売店巡りをしながら出発までの時間を待っていました。

 

「やっぱり旅行といえばご当地グッズやご当地グルメは外せませんね。――――そして何より忘れてはいけないのは」

 

 デデン。

 

「ご当地ガイドブック!!!!」

 

 現在私は早速買ったガイドブックを手に、出発地の駅前を探索中だったりします。

 

「…………でもすぐに出発するんだし、それ買った意味あった?」

「違いますよ、シャンティ。逆にすぐ出発するからこそ、おすすめスポットが載ってるガイドブックが必要なんです! っと。こんな事してる間にも時間は過ぎていくので、早く次の場所に行かないと!」

「それで、次はどこに行くの?」

「――――えっと、ちょっと待ってください」

 

 私はガイドブックをパラパラとめくり良さげな場所を探すことにしました。

 ここで重要な事は、良さげなお店を見つけても遠くだったら見送る事。

 列車に乗り遅れてしまったらいきなり今回の話が終わってしまうので、そこだけは注意しないといけません。

 

「ラーメン屋さんは…………近いけど食べるのに時間が。お土産屋さんは…………ちょっと遠いですね。だったら…………あっ!?」

 

 ガイドブックのある文字を見つけた私は、目的地を即決しました。

 

「ここのパン屋さんにしましょう!」

「あ~。結構いいかも」

「なんとここは去年の駅前パン屋ランキングで売上1位だったみたいです! やっぱり売上が一番信用出来るのでここしか無いです!」

 

 そうと決まったら即行動。

 私はパン屋さんへと急ぎ、そこで一番売れている特製クロワッサンを持ち帰りで購入すると、ちょうどいい感じの時間になっていたので、そのまま食べ歩きをしながら列車に向かうことにします。

 

 買ったのはパンが1個だけなのですぐに食べ終わってしまいましたが、口の中がパサパサになってしまったので、何か飲み物が欲しくなりました。

 

「あっ!? ちょうどいい所に自動販売機があります」

 

 時間も無かったので、とりあえず目についた紅茶のペットボトルを1つ購入する事にします。

 

 ピッとボタンを押してから数秒後。

 キンキンに冷えたボトルが出てきたので、一口飲んで口の中を潤してから再び駅へと向かう事にします。

 ちなみに支払いは、私がボタンを押す瞬間にシャンティが会計用の電波を出し、自動販売機とリンクして自動お支払いモードで会計を済ませています。

 

「では、行きましょうか――――――わわっ!?」

「きゃッ!?」

 

 歩き出そうとした瞬間。

 前をよく見ていなかったので誰かにぶつかってしまい、ペットボトルがぶつかった相手の足元へと転がっていっちゃいました。

 

 

 



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人形列車 出発進行2

「す、すみません。大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、マリアはへいきだから。それより貴方の方は大丈夫?」

 

 自分の事をマリアと名乗る少女はフリル多めのドレスの様な服を着ていて、頭には水色の大きなリボンが結ばれていました。

 見た感じ年齢は私よりちょっと下かもしれません。

 そして、足元には黒猫を模したデバイスが人懐っこくじゃれついているのが見えました。

 私がじっと見つめていると。それに気が付いた黒猫さんは、警戒してかマリアさんの足の後ろに隠れちゃいました。

 

「はい。私は大丈夫です」

「そ。なら良かった」

 

 良かったといいつつもマリアさんは特に関心が無さそうな、そっけない感じがします。

 

「はいこれ。あなたのでしょ?」

「すみません。ありがとうございます」

 

 私はペットボトルを受け取ると、今度は落とさないようにカバンにしまいました。

 キャップをちゃんとしていたので、マリアさんにかからなくて良かったです。

 

「それにしても貴方ずいぶん荷物を持ってるけど、これから旅行にでも行くの?」

「おっと。気付かれてしまいましたか。そうです、実はこれから豪華列車ツアーにいっちゃったりなんかするんです!」

「…………豪華だっけ?」

「むぅ。私が豪華だと思えば豪華なんです!」

 

 私がシャンティのツッコミに応えているとマリアさんは楽しそうにクスクスと笑いました。

 

「…………えっと」

「ああ。マリアの事はマリアでいいわよ」

「わかりました。では私の事も桜って呼んでください。――――――ところで、マリアさんは何をしてたんですか?」

「お使いの途中なの。お父様が忙しいから、その代わりに行くのよ」

「そうなんですか。偉いですね」

「でしょう。マリアはいい子だから、お父様からの言いつけはちゃんとこなすんだから」

「それより桜。時間、時間!」

 

 慌てるシャンティに言われるまま時間を確認すると、少しゆっくりしすぎたのか列車の出発時刻がかなり迫ってきているみたいです。

 

「あっ!? すみません。せっかく知り合えたのに、もう行かないといけないみたいです」

「そうなの? けど、マリアもそろそろ行かないといけないし別にいいわよ」

「でわ、私はこれで」

「楽しい旅行になると良いわね」

「はいっ!」

 

 私は手を振ってマリアさんに別れを告げ、少し早歩きで駅へと向かう事にしました。

 

 ――――そして、私が走り去るのを見送ってから、マリアさんも目的の場所へと向かうみたいです。

 

「…………列車に乗るって言ってたけど。まさか、あの子なわけ無いわよね? ――――まあいいわ、マリアは荷物を受け取るだけなんだし。行くわよ、キティ・ノワール」

「にゃ~~ん」

 

 マリアさんは私を追いかけるかのように、同じ方向に歩いて行きました。

 

 

 

 ――――なんとかギリギリセーフで出発に間に合った私は急いで列車に乗り込み、ひとまず乗車券に書いてある客室へ行く事にしました。

 

 現在私が乗っているのは、長距離旅客列車「アルタイル・デネブ号」。

 出発駅から毎日一駅づつ列車は進み、その日に到着した場所を観光して次の日になったら、また次の駅へと列車の旅が始まるというのが今回の旅行プランです。

 

 列車の旅は退屈だと思うかもしれませんが、ゲームセンターや売店などそれなりに遊ぶ設備は揃っていますし、過ぎゆく景色を見ながら読書をするのも楽しそうです。

 

 2階には温泉も用意されているので、お湯に浸かりながら景色を眺めるのも良いかもしれません。

 

 

 チケットに書かれている番号の部屋の前に到着した私は、そのまま入り口のスキャナーにカード型のチケットを認識させると、引き続き身分証の提示を求められました。

 

「シャンティ。お願いします」

「オッケー」

 

 シャンティに内蔵されている私のパーソナルデータを端末に転送してもらうと、入り口のドアにある小型電子モニターに私の名前が浮かび上がりました。

 これでこの部屋はチェックアウトするまで私の許可無しで入る事は出来ません。

 

「では、入りましょうか」

「旅行のはじまり~」

 

 部屋に入ると、六畳間くらいの空間に机と椅子が用意されていました。

 お風呂はありませんが、奥にはシャワー室があり軽く汗を流すことは出来そうです。

 

「…………このボタンは何でしょう?」

 

 私はボタンを押すと椅子と机が床に収納され、横の壁からベッドがゴトンと出てきました。

 

「夜寝る為のベッドだね。てか桜、まずは部屋の説明見てからボタン押したほうがいいんじゃない?」

「そうですね。けど、その、なんというか。ボタンがあったらとりあえず押したくなっちゃうんです」

「…………気持ちはわかるけど、なるべく止めといた方がいいんじゃないかなぁ」

「まあとりあえず今は寝る予定は無いのでベッドは戻して、重い荷物をロッカーに入れる事にしましょうか」

 

 もう1度同じボタンを押すとベッドが壁に収納され、部屋はそこそこのスペースを取り戻しました。

 

「…………これは」

「あれ? どうしたの桜?」

「えいっ!」

 

 私は更にもう一度ボタンを押すと、またまたベッドが登場ですっ!

 

「おおっ!?」

「……なにやってるの?」

「なんか面白いです!!!!」

「別に桜が面白いならいいげど、あんまりやって乗務員に怒られてもしらないよ?」

「むぅ。それもそうですね」

 

 仕方ないのでこれ以上ベッド出して遊ぶのは止め、奥にあるロッカーに家から持ってきた着替えなどが入っているケースとカバンをロッカーに収納し、軽く一息っと。

 

 



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人形列車 出発進行3

「ふぅ。では荷物を置いて身軽になった所で」

「…………所で?」

「さっそく探検に行きましょう!」

「ええっ!? いきなり!?」

「中を一通り確認しておくのは重要ですから。それに何かあった時に役に立つかもしれませんし」

「それなら別にデータで確認するだけでもよくない?」

「もちろんデータでも確認しますが、やっぱり直接確認した方が面白いです!」

「……よくわからないけど、だったら今からデータ用意するね~」

「待ってください。その必要は無いです」

 

 私はカバンから1冊の本を取り出して。

 

「じゃじゃん。こんな事もあろうかと思って買っておいた、アルタイル・デネブ号の車両案内ガイドブックです!」

 

 私が自慢気に本を高々と掲げると、シャンティからまたかといった感じのオーラが伝わって来ましたが、もう慣れたので気にしません!!!!

 

「では早速行きましょう!」

「はいはい」

 

 私はガイドブックを手に列車の探索へと乗り出します。

 部屋から出ると自動で扉がしまり、すぐにオートロックがかかりました。

 

「ここはオートロックなんですね」

 

 まあカードキーがあればすぐに部屋に入れるようになるので、忘れ物をしてもすぐにカードをピッてやれば部屋に入れるので安心……………そういえば、カードキーってどこにありましたっけ?

 

 私はポケットに手を入れてみましたが右にも左にも何も入っておらず、手にはガイドブックを持ってるだけ。

 

「た、大変です!? カードキーを部屋に置いたまま出てきちゃいました!?」

「はぁ。どうせそんな事だろうと思って、ちゃんと持ってきてま~す」

 

 シャンティの上にはキラリと輝くカードが乗っていました。

 

「おおっ!? さすがですシャンティ!?」

「はしゃぐのもいいけど。これは忘れないようにしなよ」

「もう忘れないので大丈夫です。では、すぐに行きましょう」

 

 私はシャンティに乗っているカードキーを素早く手に入れ、すぐにポケットにしまいました。

 

「これでもう安心ですね」

「ポケットだと落とさない?」

「そんなベタベタな事するわけ無いので大丈夫です!」

 

 というわけで、私は早速隣の車両へと移動する事にしました。

 

「さて、客室車両の隣はっと――――」

 

 私は扉を開けて車両を移動するとそこには。

 

「シャンティこれはどういう事なんでしょう?」

「どうって?」

「えっと、つまり。客室車両から隣の車両に移動したらどうなるんです?」

「知らないの? 客室車両に到着するんだよ」

「ええっ!?」

 

 扉を開けたら新しい世界が広がっていると思ったのに、まるでコピー・アンド・ペーストしたかのように全く同じ世界が広がっていたのでした。

 

「……ちゃんとデータ用意してきたんじゃなかったの?」 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

 私はガイドブックをパラパラとめくり客室のページを開くと、確かに3車両が客室としてあてがわれていました。

 

「全部まとめて1ページで紹介されてるので気付きませんでした…………」

「まあ中身は全部同じだし、わざわざ何回も紹介する必要ないからね~」

「では。気を取り直して、今度こそ――――」

 

 私達は改めて更に隣の車両に移動するとそこには。

 

「ま、また!? 客室が!?」

「…………もうそれはいいって」

 

 ―――――そんなこんなで。

 今度こそ、本当に、間違いなく、絶対に、違う車両へと続く扉をくぐると。

 

「結構賑わってますね」

「ちょうどお昼だしね~」

 

 食堂車両へと到着したのでした。

 

 ここは1つの車両がまるごと食堂になっていて、真ん中にコックさんが2人いる調理場があり、その場所を囲むような感じでカウンター席が設置してありました。

 

 4すみには6人座れるテーブル席も用意されていて、家族や友人と来ている人も気軽に食事が出来るみたいです。

 

「なんか食べてく?」 

「――――えっと、そうですね」

 

 開いてる場所があるか確認すると、どうやらピーク時なのか全ての席が埋まっちゃってました。

 それに順番待ちの人も結構いるみたいで、結構な時間待たないと座れなそうです。

 

「もう少し後にしましょう。ちょっと前にパンも食べたので、まだ大丈夫ですし」

「ん。りょーかーい」

「ちなみに部屋にデリバリーもやってくれるみたいですね。今から注文したら探索が終わる頃に出来てると思うので、今回は部屋に届けてもらう事にしてもいいかもしれませんね」

「だったらそっちで良いんじゃない? ちょうどそこで注文出来るみたいだし」

 

 食堂の真ん中の方を見ると食券機みたいなのが置いてあり、どうやらここで注文したら部屋まで運んでくれるみたいです。

 部屋から直接頼んでもいいのですが、ここで注文出来るのにわざわざ部屋に戻るのも面倒だし、ぱぱっと頼んじゃいましょう!

 

 私は食券機へと向かい部屋のカードキーを認識させると食券機に情報が伝わり、後はボタンを押すだけでチッキンへオーダーが通知され、料理が出来たら乗務員さんが運んでくれる流れみたいです。

 

 ――――お届け予定は約20分後。

 列車内を見てまわってたら、ちょうどいい時間帯ですね。

 

 



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人形列車 出発進行4

「えっと、それじゃあ……………」

 

 メニューを軽くみただけでも、どれも美味しそうで何にするか迷ってしまいます。

 ここは無難にハンバーグ定食。

 もしくはラーメンや炒飯を頼んで、うちのお店と味を比べてみるのもいいかもしれないですね。

 あえて一発目から変わり種で攻めていくのもありかも…………。

 

「ううっ、こうなったら!」 

 

 私はガイドブックを開き食堂のおすすめランキングのページを開きました。

 

「決まった。これですっ!」

 

 私が選んだの一番人気のアルタイル定食!

 やっぱり迷った時は一番売れてるのを選ぶのが間違いないですね。

 

 これはハンバーグ、唐揚げ、ウインナー、フライドポテトなど人気のおかずが少しづつ盛り付けられている贅沢セットになってます。

 そして何より特徴的なのは、ご飯の形が私が今乗ってる列車の先頭車両の形をしたオニギリになっている事!

 さり気なく添えられているデザートのプリンが付いてるのも高ポイント。

 よく考えたら、もうこれしか無いってくらいのお弁当です。

 

「えいっ!!」

 

 指先に気合を入れてボタンをプッシュ。

 これで注文完了!

 

 ――――と思ったのですが。

 

「おや? ボタンが反応しません」

「もしかしたら壊れちゃってるかも。とりあえず乗務員さん呼んだら?」

「そうですね。とりあえずそうしますか――――」

 

 私は何気なく注文ボタンを連打したら、何故かその瞬間だけ正常に戻ったみたいで。

 ピッ、ピッ。

 と、2回注文ボタンが押されてしまいました。

 

「ええっ!?」

「何やってんの…………」

 

 そして下から出てくる2枚の注文終了のレシート。

 間違いなくアルタイル定食が2人分注文されちゃってます。

 

「え……えっと……そ、そうです。今日は凄くお腹が空いているので、1人だと足りないと思って、あえて。そう、あえて個注文しました!」

「だったらちゃんと全部食べなよ?」

「だ、大丈夫です…………たぶん」

 

 こうなったらなるべく沢山歩いて、少しでもお腹を空かせたほうがいいかも…………。

 

「で、では次に行きましょう!」

 

 その後も機内図書館や娯楽室など一通り見て回って、とうとう先頭車両まで到着しました。

 

「ふぅ。長い旅も遂にここで終わりです」

「ここまで来る必要あった?」

「ま、まあせっかくなので、全部見ていきましょう」

 

 私はそのまま先頭車両に入ろうと扉を開けるボタンを押したのですが、ロックがかかっていて動きませんでした。

 

「あれ? 開かないですね」

「お客さんは入れないんじゃない?」

「えっと。ちょっと待ってください」

 

 私はガイドブックを見ると、先頭車両は運転制御に使う機械が置いてあるので、一般の立ち入りは禁止されてると書いてありました。

 ――――まあ、当然と言えば当然ですが。

 

 ちなみに列車の運転は完全にオートなので、メンテナンスやトラブルがあった時くらいしかこの扉は開かないぽいです。

 

「これ以上は行けないので部屋に戻りましょうか」 

「そろそろ、お弁当も届いてる頃だしね~。――――2人分の」

「ちゃ、ちゃんと食べるので大丈夫ですっ!」

 

 私達はそのまま後ろへと引き返し、いま来た道を戻る事にしました。

 そして、いくつか車両を移動したら一般車両へと到着たのでした。

 

 この列車は客室以外にも普通の座席のある車両も用意されていて、一駅だけの旅を楽しみたいって人も気軽に利用出来るようになっています。

 

 座席にチケットを認識させる事で、その場所が次の駅までの指定席になり、空いてる席は入り口の電子掲示板に表示される仕組みになっているのですが、どうやら今回は全ての座席が空いているみたいです。

 

 まあ、私はここには特に用が無いのでそのまま素通りですが。

 

 ――――半分くらい歩いた辺りで急に列車がガコンと大きく揺れ、私は持っていたガイドブックを座席の下へと落としてしまいました。

 

「ああっ!? 私のガイドブック!?」

 

 直後。車内アナウンスが流れ、列車の揺れに対する謝罪の言葉が放送されましたが、今の私にはそんな事どうでもよくって――――。

 

「早く拾わないと!」

 

 私は体を屈めて座席の下を覗き込むように探すと、何とか目当ての本を見つける事が出来ました。

 

 

 

「ふぅ。危うく無くしてしまう所でした」

「そんなでっかい本とか普通無くさないと思うけど」

「そんな事ないです。少し前に…………あれ?」

「ん? 桜、どうかした?」

「いえ。何か奥に落っこちてる物が……………」

 

 手を伸ばしてそれを取ってみると、少し古めのトランクケースが出てきました。

 大きさは小旅行で使うくらいで、所々に宝石で綺麗な細工がしてあります。

 

「――――これは? 誰かの忘れ物でしょうか?」

「前に座った人が忘れていったのかもね」

「それにしても、だいぶ古い物ですね。売ったらかなりいい値段になるかも」

「…………売るの?」

「…………まったく。シャンティは私をどんな風に思ってるんですか。忘れ物は乗務員さんに報告です!」

「けど、それって本当に忘れ物なのかなぁ?」

「誰か他にお客さんがいたらその人のだと思いますが、この車両は誰も乗ってないので持ち主はもう列車を降りてしまったんじゃないでしょうか」

「まあ、持ち主が戻ってきて荷物が無かったら乗務員に聞くだろうしね~」

「ではさっそく、よいしょっと――――」

 

 私はトランクケースを持ち上げようとしたのですが、思ったよりずっしりとした重量があり持ち上げるのが少し大変でした。

 決して運動不足で体力が無いから重く感じたわけではありませんから!

 



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人形列車 出発進行5

「――――ふぅ。なんか思ったより重いですね」

「じゃあ置いていく?」

「いえ、持ち主の人にお礼を貰いたいので、持っていきます!」

「がんばれ~」

「…………シャンティは手伝ってくれないんですか?」

「ボクがどうやって手伝うのさ?」

「――――えっと。上に乗っけて転がすとか?」

「それは却下!」

 

 駅長室までは遠いので、とりあえず私の客室にトランクケースを持っていき、そこから通信をして乗務員さんに報告する事にします。

 

 なんとか頑張ってケースを客室へと運び、そのまま床に下ろすとケースの留め金が古かったせいか下ろした衝撃で空いてしまい、ケースの蓋がギイときしむ様な音を立てながら、ゆっくりと開いていきました。

 

「こ、これは!?」

 

 トランクケースの中には1人の女の子が眠るように入っていました。

 真っ黒なゴシックな服を着ていて、頭には黒い花のコサージュがついた帽子を被っています。

 顔は人だと思えないくらい整った顔をしていて、ずっと見続ける事も出来そうな、そんな魔性めいた感じが。

 

 けど、この子からは寝息も聞こえないし、ましてや動いてすらいません。

 いけない物を見つけてしまったという危機感から、冷や汗が頬を伝わりピシャリと床の上で弾けたような音が聞こえました。

 

「シャ、シャンティ。これは事件です!?」

「あ~。シリアスにひたってる所悪いんだけど、ちょっとこの子の手の関節部分見てみたら?」

「…………手?」

 

 私は女の子の服の袖をまくり手をあらわにすると、そこには人の物ではない作り物の関節が現れました。

 ………………ということはつまり。

 

「――――ふぅ。人形じゃないですか。シャンティ、あんまり私を驚かせないでください」

「いや、桜が勝手に勘違いしたんじゃん」

「そ、そうでしたっけ? ともかくこの子も早く持ち主の所に帰りたいと思うので、乗務員さんに連絡しましょう」

 

 私はトランクケースを閉めてから客室に設置してあるバーチャルモニターを表示して、乗務員さんと連絡する項目を選択しました。

 

 数回の呼び出し音の後、すぐに画面に乗務員と思われる人物の姿が出てきて、その人物から声が発せられました。

 

「お客様、どうかなさいましたか?」

「あの。落とし物を拾ったのですが、そっちに何か連絡とかいってませんか?」

「どのような落とし物でしょうか?」

「えっと、ちょっと古い黒のトランクケースです」

「かしこまりました。お調べしますので、少々お待ちください」

「はい」

 

 乗務員さんの顔が一旦サウンドオンリーの文字に切り替わり、画面からは愉快なリズムが流れ始めました。

 最初はボーっとその音楽を聞いていたのですが。

 

「も、もう耐えられません!」

 

 軽快なリズムに触発され、私の体は自然とダンスを踊り始めてしまいました。

 

「ふ~ん、ふ~ん。ふふふ~ん」

「…………なにやってるの?」

「な、なんか急に踊りたくなって。それに今は乗務員さんには見えてないので大丈夫です!」

「何が大丈夫なの!?」

 

 そして数秒後。

 

「お待たせいたしました。…………あの、……お客様?」

「はうっ!? え、えっと。大丈夫です!」

「あ~、これは空気読んで見なかった事にされてるね~」

 

 私は必死に平静を装ってモニターの前に早足で移動しました。

 

「お調べしましたが、トランクケースの届け出はありませんでした」

「そうなんですか」

「こちらでお荷物を預かる事も出来ますが、いかが致しましょう?」

「そうですね。ではお願いします」

「かしこまりました。では乗務員が取りに伺いますので、荷物の引き渡しをお願いします」

「わかりました」

 

 通信を終えると画面が消えたので、乗務員さんが来るまでの間待つことにしました。

 

「これでもう安心です」

「桜~。ご飯が届いてるよ~」

「では、食べながら待つ事にしましょうか」

 

 いつの間にか通路側にある保温ボックスにお弁当が届けられていたので、私は早速机にお弁当を移動させて、ちょっと遅い昼食を取ることにしました。

 

「えっと、飲み物は…………」

「さっき売店で買った紅茶でいいんじゃない?」

「そうですね。さっそく飲んでみましょう」

 

 私は売店で見かけたちょっと高めの紅茶のティーバッグをカップに入れた後、電子ケトルに水を入れ沸騰させてから、カップに注ぎ込みました。

 

「なかなかの香りです」

「蓋はしなくていいの?」

「おっと、そうでした」

 

 カップに蓋をして少し蒸らしてからティーバッグを取り出して紅茶を完成させると、ちょうど部屋のチャイムが鳴り、来客が来た事を私に知らせます。

 

「どうやら乗務員さんが来たみたいですね」

 

 入り口の様子を確認するモニターを表示すると、予想通りこの列車の制服を来た人物が立っていました。

 

「はい。もしもし」

「おるかーー?」

「はい。います…………って、運送屋のお兄さん!?」

「よっしゃおるな! はよドア開けてや~」

 

 私は急いで入り口に向かいボタンを押してロックを解除すると、こちらが開く前に運送屋のお兄さんが部屋の中に入ってきました。

 

 いつもはチャイムを押した瞬間に入ってくるのですが、ここはセキュリティが高く常にドアにロックがかかってるので、入りたくても入れなかったんですね。

 

  



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人形列車 出発進行6

「荷物もらいに来たで~」

「わかりました。ちょっと待ってて下さい」

 

 私はトランクケースを置いた場所までいって、運送屋のお兄さんに引き渡す為にトランクケースを持ち上げたのですが、なんか前より中身が軽い気が…………。

 

「あれ? なんか軽いような?」

 

 不審に思った私は一度床に下ろしてから、トランクケースを開けて中を確認してみると。

 

「ああっ!? 中身がありません!?」

 

 トランクケースの中のどこをみても人形の姿は影も形も残っていませんでした。

 

「シャンティ。どこに行ったかわかりませんか?」

「ボクに聞かれてもわからないって」

 

 この部屋はセキュリティが万全なので泥棒が入ったとは考えられませんし、ましてや少し目を離した一瞬で消えるなんてあるわけ…………。

 

「どないしたんや?」

「すみません。落とし物がどこかにいってしまいました。見つかったら連絡するので、また後で来てもらってもいいですか?」

「それは、しゃーないな。よっしゃ、じゃあ後でまた来るから見つかったら連絡してや~」

「はい。すみません」

 

 そういって運送屋のお兄さんは再び仕事に戻っていきました。

 本当にどこにいったんだろ? と改めて部屋の中を見渡してもどこにもありません。

 

「シャンティ。人形を探すので手伝って貰えますか?」

「しょうがないな~。まあ忘れ物を預かって失くしちゃっても大変だしね」

 

 絶対に部屋の中にあるはずなので、絶対に見つけないと!

 

 ――――と、その前に。

 

「とりあえず人形を探す前に、まずはご飯です」

「お弁当が冷めちゃうからね~」

「…………紅茶はもう冷めちゃってますけどね」

 

 私は仕方なくぬるくなった紅茶を作り直す為に飲もうと思ってテーブルにいくと。

 

「…………え? 紅茶も無くなってます!?」

 

 なんで紅茶も消えちゃったんだろう?

 

「シャンティ。私の紅茶飲みましたか?」

「ボクが飲める訳無いでしょ…………」

「じゃ。じゃあどうなって――――」

 

 私があたふたしていると、後ろからズズズ~と何かをすする音が聞こえてきました。

 宅配のお兄さんはもう出ていってシャンティは紅茶を飲めません。

 …………と、いう事はいったい誰が?

 

 私は恐る恐る後ろを向くとそこには――――。

 

「ちょっと、この紅茶ぬるいじゃない!」

 

 さっきまでトランクケースの中に入っていたはずの人形が、優雅に紅茶を飲んでいたのでした。

 

「茶葉はそこそこの使ってるみたいだけど、温度が全然優雅じゃないわ! すぐにいれ直してくれる?」

「すみせん。すぐにいれ直します」

 

 私はカップを受け取り、袋から新しいティーバッグを取り出した所で我に返り。

 

「って。なんなんですか、この状況はーーーー!?」

 

 勢い任せにバンと机を叩きながら状況の整理をする事にしました。

 人形はそんな事お構いなしに、新しい紅茶はまだかといった表情を私に向けてきます。

 

「…………えっと。にん……ぎょう……ですよね?」

「そうよ! 私は格式高いローランド製のドールなんだから!」

「そんな事言われても、私は人形の事はあまり詳しくないんですが…………」

「ええ~~っ。なんで知らないわけ!?」

「はいは~い。そんな事もあろうかとちゃんと検索してま~す」

 

 シャンティはそう言って検索して出てきたデータを空中に出力してから、私の方へと投げてきました。

 私はそれを指で止め、一通り目を通す事にします。

 

「ええ~っと、ふむふむ」

 

 ローランド人形。

 巨匠ウヴェ・ローランドによって作られたファッションドール。

 主に観賞用として愛されている物で、世界中にファンも多く存在している。

 

 ただし可動性の高さや細部にわたる精巧さから価格も決して安いものでは無く、高い物では数万ドルで取引されている物も存在する。

 

「すっ、数万ドル!? 」

 

 改めて人形をよく見ると、確かにぱっと見だと人間と間違ってしまってもおかしくないくらいの精巧さで作られていて、高額で取引されているのも納得してしまいます。

 

「どう? 私の高貴さが理解ったかしら?」

「シャンティ。落とし物は無くしちゃった事にして、この子を貰う事にするのは駄目でしょうか?」

「いや、誘拐は駄目でしょ…………」

「いえ。この場合はどちらかと言えば、捨て猫を保護する感じだと思います!」

「ちょっと! 勝手に私を捨て猫扱いしないでくれる?」

「おや? もしかしてワンちゃん派ですか? 私はネコちゃん派なんですが、これは困った事になってしまいました…………」

「いや。そういう事じゃないと思うんだけど…………」

 

 とりあえず紅茶を入れ直して差し出すと、人形は「まあ、これなら及第点をあげてもいいわね」と、そこそこご満悦な様子で紅茶を飲み始めました。

 

「うぅ。まだ一口も飲んでないのに、2パックも無くなってしまいました…………」

「別にあなたは駅前でペットボトルの紅茶を飲んでたんだからいいじゃない」

 

 …………え?

 

「な、なんでそれを知ってるんですか!?」

「なんでって? 見てたからよ?」

「…………見てた? さっき目を覚ましたばかりのはずでは!? いったいどこから見てたんですか?」

「どこからって言われても…………あれ? 私どこから見てたんだろ?」

 

 人形は頭を抱えながら記憶をたどり始めましたが。

 

「ちょっと寝起きだから覚えてないだけかも。――――ま、そのうち思い出すでしょ」

 

 と、あっさり思い出すのを止めて、再び紅茶のカップに手を伸ばして残りを飲み始めました。

 

 



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人形列車 出発進行 了

 

 

「そういえば何でトランクケースの中に…………って、それも理解らないですか?」

「えっと……………うん。やっぱり思い出せないかも」

 

 …………これは私の中の厄介な事に巻き込まれそうセンサーがビンビンに反応しています。

 今すぐ乗務員さんに連絡してこの子を引き渡せば、気ままな列車旅行に戻る事が………………けどっ。

 

「そういえば、名前を聞いていませんでした。――――あの、あなたの名前は何て言うんですか?」

「…………名前?」

 

 もしかして名前も覚えてない!?

 

「桜、トランクケースに何か書いてあるみたいだけど」

「ケースに?」

 

 シャンティが何か気づいたようなので、私は人形が入っていたトランクケースを見てみてると、フクロウの紋章の下に名前が書いてあるのを見つけました。

 1文字だけかすれていて読めない文字がありましたが、読める文字だけ読んでみると――――。

 

「リニス? 1文字消えてしまってますが、これがあなたの名前でしょうか?」

「えっと…………たぶん、そう……かも?」

「では呼び方がわからないと不便なので、これからはリニスと呼びますね」

「うん。別にそれでいいわよ。かわいい名前だし気に入った」

「それと、私の事は桜って呼んでください」

「わかったわ、桜」

 

 とりあえず呼び方も決まったので、私は改めてリニスに問う事にしました。

 

「――――それで、リニスはこれからどうしたいんですか?」

「どうって?」

「乗務員さんに頼んで持ち主を一緒に探してもらう事にしてもいいですし、何なら私は何も見なかった事にして、次の駅で降りて好きな場所に行ってもいいですよ?」

「いきなりそんな事言われても困るんだけど…………けど、そうね。今やりたい事なら1こだけあるわ」

「なんですか?」

 

 その時、私のお腹がぐうとなりました。

 

「ずっと眠っててお腹が空いてるんだけど、なにか食べる物ない?」

「…………あの。人形でもお腹が空くんですか?」

「ちょっと! 私をその辺の人形と一緒にしないでくれる? 動くのだってエネルギーが必要なんだから!」

「そもそも何で動けるんですか…………。まあ私もお腹が空いたので、とりあえずご飯にしましょうか。こんな事もあろうかと、ちょうどお弁当も2人分用意してあるので」

「…………ちょうどって。間違えて2回押しただけでしょ?」

「け、結果オーライだからいいんですっ!」

 

 それから私達は少し冷えてしまったお弁当を温めなおし、ちょっぴり遅めのご飯を食べる事にしました。

 そして少し高めの紅茶を飲みながら小休止。

 

「ふぅ。やっぱり高い紅茶は違います」

 

 正直ペットボトルの紅茶と味の違いはわかりませんが、なんとなくそれっぽい事をいってみたり。

 

「それで? ご飯も食べ終わったけど、これからどうするの?」

「一応トランクケースを拾った事は連絡してあるので、私達は何か違う所からアプローチ出来たらいいのですが、ケースに書いてある名前も1文字消えてしまっているので名前から探すことも難しそうです…………他には」

 

 リニスの入っていたトランクケースを軽く調べてみましたが、他に手がかりになりそうなのは名前の近くにあるフクロウの紋章くらい。

 

「この紋章に見覚えとか無いですか?」

「さあ? けど、この紋章は優雅な私が入ってたのに相応しい可愛さね」

「確かに優雅な箱詰めでした」

「…………桜。それ使い方間違ってない?」

 

 まあ、これも一応調べてみますか。

 

「シャンティ、この紋章を画像検索して貰えますか?」

「オッケー。ちょっと待っててね~」

 

 ただトランクケースの出どころが理解っても、持ち主がその辺にあった適当なケースを使った可能性も大いにあるので、あんまり期待は出来ませんが。

 

 ―――――それから少しして検索が終わったシャンティが検索結果を伝えてきました。

 

「あったよ~。ほぼ100%一致したから間違い無いと思う」

「それで、どこのメーカーのだったんですか?」

「う~ん。メーカーって言うか、――――まあ詳細を渡すから見てみてよ」

「はぁ?」

 

 私はシャンティから出力されたホロデータを受け取ると、そこには少し古びた建物の画像が映っていました。

 

「――――えっと。これは教会ですか?」

「うん。聖梟教会って言うんだって。ほら入り口の所にこれと同じ紋章があるでしょ?」

「…………入り口? あっ!? 確かにおんなじのがあります!?」

 

 メーカー品だったら誰にでも手に入れる事が出来ますが、流石に教会のシンボルマークが付いている物を一般の人が手に入れるのは難しいはず。

 

 それに直接的には関係してなくても、何らかの関わりがある可能性は非常に高そうです。

 

「ここって何処にあるんですか?」

「結構いろんな所にあるみたいだね~。いちばん行きやすい所だと……………ここから4駅先の所かな」

「…………あの。次の駅の辺りには無いんですか?」

「一応あるけど、駅の近くにはないかな~。それに4駅先にある場所は結構大きめな所だから、どうせ行くならそこがいいかなって」

「確かに大きい場所の方が情報は多そうですからね。了解です。だったらまずはそこに行ってみましょう」

 

 ふぅ。なんとか現状の目的地が決まりました。

 

「リニスもそれでいいですか?」

「……………」

 

 おや? 返事がありませんね。

 

「――――あの。私達の話を聞いてましたか?」

「ふぇ? なんか面白くなさそうな話してたから、優雅なおやつタイムを楽しんでたんだけど邪魔しないでくれる?」

 

 私がリニスの方に振り向くと、満面の笑顔でプリンを食べている姿が見えました。

 手に持った容器の中身はすでに半分以上無くなっていて、横には空になったプリンの容器が置いてありま…………。

 

「って、それ私のプリンじゃないですかーーーーーーー!?」

「え? 残ってたから代わりに食べてあげたんだけど?」

 

 リニスは私の制止を聞かず、そのまま残りのプリンを全てスプーンですくってから口を大きくあけ、ひとくちで全部食べちゃいました。

 

「ああ、せっかく最後に取っておいたのに…………」

 

 絶望のどん底にいる私と正反対にリニスは幸せの絶頂にいるかのような、うっとりとした笑顔を浮かべています。

 

「あと1個くらい欲しいんだけど、追加のは無いかしら?」

「無いです! てかあったら私が食べてますっ!」

 

 まあ、食べてしまった物を今更どうこう言っても戻ってこないですし…………。

 

「よしっ。決めました!」

 

 私はカバンからおもむろに次の目的地のガイドブックを取り出して。

 

「こうなったら、次の場所で美味しいお菓子をいっぱい食べる事にします!!」

「なになに? 美味しいお店に行くの?」

「はいっ。任せてください!」

「あ。これまた体重計の上で悲鳴あげるパターンだ」

「シャンティ。何か言いましたか?」

「何も言ってませ~ん」

「では、早速ガイドブックで良さそうなお店を探しましょう!」

「お~!」

 

 私達は雑談をしながらガイドブックを読み進めます。

 そして、しばらくしてから列車が停まり車掌さんのアナウンスが流れ始めました。

 

 どうやら列車が無事に目的地に到着したみたいです。

 

 そんなこんなで私達は最初の目的地、札幌に到着しました。

 



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人形列車 雪菓子の律1

「到着っと」

 

 目の前に広がる真っ白な足場にジャンプして飛び乗ると、サクッとした心地の良い感触と共に私の体が少しずつ地面に沈んでいきました。

 

「おおっ!?」

 

 沈んだ足を上げてみると、そこには私の履いている靴の裏側がくっきりと残っています。

 

 ――――そう。

 ここは紛れもない雪国。

 

 私達は札幌の大地に降り立ったのでした!

 

「桜ぁ~。ちょっと待ってよ~」

 

 少し遅れて1人の少女がやってきました。

 

「えいっ!」

 

 少女も私と同じように、まだ誰の足跡も付いていないまっさらな雪の上にジャンプして、自分の靴型を残してご満悦の様子。

 

「わ~。一面雪景色で綺麗ね~」

「一番いい時に来たかもしれませんね」

 

 今のリニスはスカートと上着の袖をちょっと長めにして、ぱっと見では人形って分からないようにカモフラージュしてあります。

 意思を持った人形が動いてたらビックリしちゃいますからね。

 

 そして今の時間は16時を少し回ったくらいなので、まだまだ余裕で観光する時間があります。

 ちなみに今日の予定はこの駅で一泊してから明日のお昼ごろに列車が出発するので、夕食は各自好きなお店に行くか、列車の食堂を使うか選ぶ感じになってます。

 

「ちなみにいくら綺麗だからと言って、雪を食べたらお腹を壊しちゃうので駄目ですよ?」

「もぅ、そんな事しないわよ!」

「その。リニスはずっとトランクで寝てたので、もし忘れてたら大変かなって思って」

 

 人形もお腹を壊しちゃうの? って事は一応置いといて。

 

「まあよく考えたらそんな事する人なんていませんよね」

 

 直後、後ろの方から何かを言い争うような声が聞こえてきました。

 

「ちょっと、お嬢ちゃん。雪なんて食べたらお腹壊すから駄目だって!」

「え~。だって美味しそうじゃん。それにシロップをかけたらかき氷に大変身するかもしれないし!」

「いや、絶対にそうはならないからね。ほら、あの屋台でかき氷買ってあげるから」

「いいの!? じゃあそっちにするよ!」

 

 ………………えっと。

 

「…………そ、そんな人はほとんどいないと思うのですが、たまにいるかもしれませんね。けど、絶対にマネしちゃ駄目ですよ」

「世の中にはいろんな人がいるからね~」

「ねえねえ、桜。そんな事より早く例のお店に行きましょうよ!」

「そうですね。さっきのやりとりは聞かなかった事にして早速向かいましょうか」

 

 そういえば聞き覚えのある声だった気がしないでも無いですが、まあ多分気の所為ですね。

 

 ――――私達はちょっとだけ雪が降り出した道を、足元に気をつけながらゆっくりと目的地に向かって歩き出しました。

 一歩足を進めるごとに足元からザクザクと心地の良い音が聞こえてきて、それが楽しくて歩くのがちょっぴり愉快になっちゃいます。

 

「さ~くぅ~らぁ~。まだお店につかないの?」

 

 待ちきれないのか、リニスが到着を急かしてきました。

 

「多分もうちょっとです」

「う~ん。列車の中で見た時はすぐ隣だったのに、歩くと結構遠いのね」

「まあ地図で見るのと実際に歩くとでは、かなり違いますからね」

 

 リニスは文句を言いながらも楽しみの方が勝っているようで、自然と目的地に向かう足が早足になってる気が。

 

 ――――そんなこんなで私達は真ん中に大きな噴水がある広場へと到着しました。

 広場の中は噴水を中心に囲むような形でいろんな屋台が出店されていて、沢山の人で賑わっています。

 

 ちょうどいい時間に到着したのか、公園に設置されている証明が少しずつ灯っていき、公園の中が幻想的な雰囲気に包まれるようなライトアップがされていきました。

 

「わぁ~。すご~い」

「凄く綺麗です!?」

 

 ガイドブックで予め見ていたのでこうなる事は知っていましたが、やっぱり実際に見るとなると感動はかなり違ってくる事を思い知らされました。

 

「えっ!? 桜、なにあれ!?」

「なんですか? ……………あっ!?」

 

 ライトアップされるまで気が付かなかったのですが、広場の中にはいくつかの雪像が作られているみたいでした。

 いろんな動物やアニメのキャラクターを模した雪像があり、これを眺めているだけでも楽しめそうです。

 

「あれは雪で作られた像ですね」

「ふ~ん。溶けたりはしないの?」

「公園には空調フィールドが展開されていて、常に適温になってるので溶けないですよ」

「そうなんだ~。桜って物知りなのね」

「――――くふふ。まあそれほどでも無いですが」

 

 私はガイドブックをさっと後ろに隠して、リニスに見えないようにしました。

 カンニングがバレてしまっては自慢できなくなっちゃいますからね!

 

 とりあえず私達はそのまま目的だった特製プリンが売られている屋台を探す事にして、数分後になんとか見つける事が出来たのですが……………。

 

「…………これ並ぶの?」

「えっと………」

 

 流石にガイドブックでおすすめのお店として紹介されていたからか、屋台には凄い人数が並んでいて、このまま並んだら他のお店があんまり並べないかも…………。

 

 このままだと美味しいおやつハシゴツアー予定が、最初の1店だけで終わっちゃうかもしれません。

 

「こうなったら予定変更です。まずは人が少ないお店から周りましょう!」

「そうね。本には他にも沢山お店が載ってたんだし、後でもいいかも」

「では早速どこに行くか決めないと――――」

 

 私は後ろに隠していたガイドブックを出して、他の良さげなお店を探す事にしました。

 

「あれ? ねえ、桜。いつの間に本を取り出したの?」

「え、えっと…………。今カバンから出したんですが、どうやら早すぎてリニスには見えなかったみたいですね。実はガイドブック早抜きコンテストで優勝した事もあるので!」

「そうなんだ。すごーい」

 

 うぐっ。

 純粋な眼差しが痛いです。

 

「…………すみません。今のは冗談です」

「ふぇ? そうなの?」

「えっと。それより良さそうなアイス屋台を見つけたので、ここに行きませんか?」

「ほんと!? わぁ~、楽しみかも」

 

 私達は人混みをかき分けながら新しい屋台に向かう事にしました。

 



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人形列車 雪菓子の律2

 

 園内がライトアップされてお洒落空間になってからも更にどんどん人が増えてきていて、少し進むのも大変になっています。

 

「あら? 桜じゃない」

「――――え?」

 

 人混みで騒がしい中、私の後方から透き通る様な声が聞こえてきました。

 その声に反応して、いったん足を止めて後ろを振り返るとそこには――――。

 

「マリアさん!? 何でここにいるんですか?」

 

 列車の旅に出る少し前に、自動販売機の近くで知り合った少女が立っていました。

 

「何でって。マリアも旅行を楽しんでるのよ?」

「あれ? マリアさんはお使いを頼まれてたんじゃ?」

「そうだったんだけど、頼まれた物が手に入らなかったの。だからお家に帰るまで列車旅行を楽しんでるってわけ」

「なるほど、そうだったんですか」

「ね~、さくらぁ~。話なんてしてないでアイスぅ~」

 

 急に立ち話を始めた私に待ちきれなくなったのか、リニスが会話に割って入って来ました。 

 

「あら? 桜のお友達かしら?」

「はい。実は列車で友達になったんです」

「私はリニス。あなたも桜の友達なんだ」

 

 マリアさんはリニスの名前を聞いた瞬間、なにかを思い出したかのように一瞬だけピクリと反応しましたが、すぐに普段のちょっぴり背伸びした女の子の表情に戻りました。

 

「マリアよ。桜とは列車に乗る前にちょっと知り合っただけで、友達ってほどじゃないかもね」

 

 マリアさんはちょっぴり意地悪な笑顔を浮かべました。

 

「だったら、今からお友達になりましょう!」

 

 私は笑顔で手を差し伸べると、マリアさんは驚いた顔をしながらも少し笑って。

 

「そうね。2回も会ったんだし、もうそんなに知らない仲じゃないかもしれないわね」

 

 と、ちょっぴり戸惑いながらも私の手を取って握手してくれました。

 にへらとした笑みがこぼれ、今の私を鏡で見たら相当面白い顔が映っているかもしれません。

 

 ――――ふぅ。ともかく、これで新しい友だちゲットです!

 

「そういえば旅行って、もしかしてマリアさんもアルタイル号に乗ってたんですか?」

「ええ、そうよ。気ままな1人旅ってわけ」

 

 探索してた時には会いませんでしたが、多分部屋でくつろいでいたか入れ違いになってた感じでしょうね。

 意外と乗客も多かったので、見逃してたかもしれません。

 

「だったらこの先の街でも一緒になりますね!」

「フフ、そうね。けど、マリアは1人で行動するのが好きだからもう行くわね」

「ええっ!? 一緒に行動してくれないんですか?」

「マリアは自分の行きたい所しか行きたくないの。それじゃあ、ごきげんよう」

 

 マリアさんはスカートの端を掴んで、軽くお辞儀をしてここから去ってしまいました。

 そして、立ち去る時にマリアさんの首から下げているフクロウの彫刻が掘られてたアミュレットが、軽く風に揺れた時に私と目が会って優しく鳴いているように感じました。

 

「ほぇ~、何か猫みたいな子ね~」

「そうですね。自由気ままって感じがします」

 

 マリアさんの足元を見ると、猫型デバイスがじゃれ合うようについて行ってるのが見えました。

 凄く可愛いデザインで何だか子猫が一緒に歩いてるみたいに思えます。

 

 …………ん? マテリアルデバイスを持っているって事は、もしかしてマリアさんもゲームをするんでしょうか?

 

 これは今度聞いてみた方がいいかもしれませんね。

 ひょっとしたら一緒に遊べるかもしれないですし。

 

 ――――それからマリアさんと別れた私達は、人混みをかき分け目的のアイス屋台の前へと到着しました。

 人はそこそこ並んでますが、すぐに順番が回ってきそうなので最初のお店はここで決定です!

 

「では並びましょうか」

「アイスっ! アイスっ!」

 

 …………しかし、ここで私はある重大な事実に気が付いてしまったのです。

 

「あの。そういえばリニスはお金とかって…………」

「え? お金?」

 

 やっぱり持ってるわけ無いですよね…………。

 ああっ。列車の外での買い物は私のお小遣いで払う事になっているので、無駄使いをするわけにはいかないのですが。

 

「ん? どうかした?」

 

 流石にここまで来てやっぱ駄目とは言い辛いので、私が2人分の支払いをするしか無さそうですね…………。

 

「いえ、なんでも無いです。アイスは3段でいいですか?」

「何段まで行けるの?」

「えっと。最高は10段って書いてありますね」

 

 ガイドブックにはグラグラで倒れそうな10段アイスを絶妙なバランス感覚で支えている店長さんらしき人物の写真がありました。

 

 

 

「じゃあ私も―――――」

「駄目です!」

「ええ~っ!? なんでぇ~」

「屋台のメニューに素人は3段まで書いてありますよね? これは慣れてない人が10段アイスを食べようとすると、こぼれ落ちて大変な事になっちゃうからなんです」

 

 それに値段も倍くらいになってしまうので、私のお小遣いも大変な事になっちゃいます。

 

「う~ん。それなら仕方ないかぁ…………」

「とりあえず3段5段みたいな感じで、順番にステップアップしていきましょう!」

 

 そういう事で3段と5段のおまかせアイスを注文して、リニスには3段のアイスを渡すと。

 

「あ~っ。桜だけずる~い」

「私は中級者ですからね」

「じゃあこっちも5段にしてよ~」

 

 みたいな感じで、うらめしそうに私のアイスを見つめてきました。

 

 うぐっ。

 このままだと凄く食べづらい…………。

 

「…………すみません。こっちも5段にしてください」

「あいよー」

 

 3段アイスを5段にして渡すとリニスは満面の笑みで受け取り、早速パクリとアイスを食べ始めました。

 それに続いて私も一番上に乗っているバニラアイスをパクリといくと、バニラビーンズの甘い香りが口の中いっぱいに広がって自然と顔がゆるくなっちゃいます。

 

 



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人形列車 雪菓子の律3

 ――――そんなこんなでアイスを食べながら次はどこの屋台に行こうかなとお、後ろから。

 

「10段アイス1つ、全部乗せでっ!!!!」

 

 と、アイスのプロの注文が聞こえ、周囲にいるお客さんからどよめきの声があがりました。

 

「じゅ、10段!?」

 

 10段アイスを1個も落とさずに食べ切れる人なんて、そんなに多くはありません。

 万が一、誰かにぶつかってしまったら全部落っこちちゃう可能性だってあります。

 こんなに人が多い中で、誰にもぶつからずにバランスを取って10段アイスを食べ切れる人なんているわけ…………。

 

 ――――いったいどんな猛者が!?

 

 興味を引かれた私はその人物を確認するためにアイス屋台に振り向くと。

 

「――――あれ? なんで桜ちゃんがここにいるの?」

 

 そこにはよく見知ったクラスメイトの姿がありました。

 

「…………あの。どちらかというと、それはこっちのセリフなんですが。望さんこそ何でここにいるんですか?」

「おお~、質問に質問で返してくるねぇ~。望は冷たい物が食べたくなったから本場まで食べにきたんだよ!」

 

 よく見ると望さんの右手にはさっき買った10段アイス、そして左手にはバケツくらいの大きさのかき氷を持っていました。

 

「私は列車旅行で来たんです。というかそんなに冷たい物ばかり食べて大丈夫なんですか?」

 

 望さんは両手に持っている物を確認してから何かに気が付いたみたいで。

 

「ああーーっ!? アイスとかき氷で冷たい物が被っちゃってるじゃん!!!!」

「…………むしろ10段アイスだけでアイスがかなり被ってる気が。それに両手が塞がってたらかき氷は食べれないんじゃ」

 

 登場した瞬間、ツッコミが追いつかなくなっちゃってます。

 

「ああ、それはダイジョブ、ダイジョブ。――――えいっ!」

 

 そう言って望さんはアイスを勢いよく上にあげると、その勢いで一番上のアイスがピョンと飛び跳ねて地面へと落下。

 

 それから望さんは落下地点へと移動して大きく口を開けて待っていると、そこにアイスが見事ホールインワンして、見事に両手を使わずにアイスを食べる事に成功したのでした。

 

「――――もぐもぐ。ふっふっふ~、名付けて! のぞみんジャンプ!」

 

 ジャンプしてるのは望さんでは無くアイスの方な気が…………。

 

「わ~、凄いわね~。よしっ私も!」

「あれはプロの技なのでマネしないでくだい!」

 

 リニスが失敗してアイスを床に落としてしまう未来が見えた私は、必死でマネする事を止めました。

 

「――――あれ? ―――――桜ちゃん――――――その子は――――――だあれ?」

「あの。別に一言喋るたびにアイスを食べなくてもいいのでは?」

 

 そのまま「のぞみんジャンプ」でアイスを全部食べた望さんは続くかき氷も飲むようにして平らげ、両手に持ってた冷たい物は瞬く間にきえちゃいました。

 

「私はリニスよ! 見てわかる通り高貴なローラ…………むぐっ」

 

 私は自分の事を人形と言いそうになったリニスの口を素早く塞ぐと、私の手の中で両手をジタバタと振って暴れ出しました。

 

「あれ? どしたの?」

「いえ、なんでも無いです。この子は列車で知り合ったお友達です!」

「むぅ~。むぅ~」

 

 流石に状況判断が早い…………というかどんな状況になっても楽しむ望さんでも、喋る人形を見たら流石に大騒ぎしそうなので、とりあえずリニスの正体は秘密にしておかないと。

 

 口をふさいだ手を離した時に小声で人形である事は言わないように耳打ちすると、「なんでぇ」と頬を膨らませながら不満げな表情を見せましたが、後で他にも美味しいものを買ってあげる事を約束すると「それならいいわ」と納得してくれました。

 

 食べ物をあげたら簡単に釣れるチョロいキャラだというのは解りましたが、だんだん要求がエスカレートしていってる気もします…………。

 

「ところで望さんはこれからどうするんですか?」

「ん? 望はアイスとかき氷を食べて満足したからもう予定とかないよ?」

 

 あ、本当に冷たい物だけ食べに北海道まで来たんですね。

 

「だったら私達と一緒に見て回りませんか? リニスもそれていいですよね?」

「いいわよ。特別に2人目の従者になる事を許してあげる」

「…………2人目? ちなみに1人目は誰なんです?」

「え? もちろん桜に決まってるじゃない」

 

 いつの間にか1人目の従者にされちゃってます!?

 

「よくわかんないけど、望はそれでいいよ」

「よ~し、けって~い。桜、早く次のお店に行きましょうよ!」

「…………もうそれでいいです」

 

 それから私達は3人で夜の屋台を食べ歩き、人も少なくなって来た所でそろそろ最初に行ったプリン屋台も人が少なくなってるだろうと思い、最後のシメにとプリン屋台へと向かう事にしました。

 

 

「では最後の屋台に行きましょう!」

「お~~!」

 

 しかし屋台へと近づくにつれ、なんだか周りの温度が熱くなっている様な感じが……。

 

「あれ? なんだか暑くないですか?」

 

 一面雪景色なのに、何故か私の額から汗が地面に滴り落ちました。

 

「うぅ。さっき食べたアイスがお腹の中で溶けちゃいそうだよ」

「それに何だか周りの様子もおかしい気が…………」

「桜、あれっ!? 雪像がなんかおかしくない!?」

 

 何かに気が付いたリニスが指をさした方を見ると、雪像が溶け始めていて崩れそうになっているのが見えました。

 

「わあああああああ!? 溶けちゃってるよおおおおおっ!?」

 

 私達から少し離れた場所に運営本部らしきテントがあり、そこではスタッフの人が大慌てで何処かへと連絡しているみたいです。

 

「ちょっと行ってみましょう!」

 

 私達は運営本部のテントに向かって駆け出しました。



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人形列車 雪菓子の律4

 

「あのっ! どうかしたんですか?」

「ちょっと、空調が壊れちゃったみたいなんだ。―――――けど、安心していいよ。すぐに代わりのが…………」

「おるか~?」

「おっと、丁度来たみたいだ。すぐに直すから待っててね」

 

 そう言ってスタッフの人は宅配のお兄さんが持ってきたパーツを受け取って、運営本部の隣にある空調システムの壊れた部品と交換したのですが…………。

 

「会長! 駄目です、機械は直ったんですがエネルギーが足りません!?」

「よし! だったらすぐに補充だ!」

 

 スタッフの人が空調システムにエネルギーを補充する為に使う機械を台車に乗せて持ってきて接続すると、軽快な音楽と共に画面に楽譜のような物が表示されたのでした。

 

「会長、大丈夫なんですか?」

「今はプロゲーマーがいないんだし、私がやるしか無いだろう?」

「わかりました、お願いします!」

 

 会長さんはエネルギー補充開始のボタンを押してゲームを始めたのですが…………。

 

「ぐはっ!? わ、私では難しくて無理だっ」

 

 と、始まった瞬間にミスを連発してしまい、上手く補充出来なかったエネルギーが会長に直撃して吹き飛ばされちゃいました。

 

「か、会長!?」

「…………き、君。プロゲーマーの到着はまだかね?」

「流石に急だったみたいで、到着にはまだちょっとかかるみたいです。…………やっぱり中止にした方がよくないですか?」

「仕方ない。お客さんに怪我があっては大変だし、少し早いが今回は終わりに―――――」

「ま、待ってくださいっ!!!!」

 

 私は会長さん達の元へと駆け出しました。

 

「だ、誰だね君は?」

「私にやらせてください! 絶対に成功させてみせます!」

「このゲームをやった事はあるのかい?」

「はいっ、1つ前のバージョンですが、SSランクまでは取った事があります!」

「会長!」

「し、しかしお客さんにやらせる訳には…………」

「大丈夫です!!!!」

 

 私は必死になって会長さんにお願いすると、何とか熱意が伝わったようで。

 

「わかった。だが1台でエネルギー補充をするとなると失敗した時の負担が大きいから、3台に分けてやるんだ。確か予備の機械があったはずだね?」

「はい。すぐに持ってきます!」

 

 スタッフの人が倉庫へと走り、すぐに持ってきた追加の2台が空調システムに接続されました。

 

「だが、あいにくとここにいるスタッフは全員ゲームが得意では無いんだ。せめて少しでもゲームが出来る人物がいれば…………」

「じゃあ1個は望がやるよ!」

 

 望さんが名乗りを上げ3台ある機械のうちの1台の前に立ちました。

 望さんは独特のリズム感を持っていて、それと楽曲がピタリとハマれば高得点を連発する事が出来ます。

 

 …………まあピタリと合わなかった場合は散々な事になるのですが、今回はそうならないよう祈るのみっ!

 

「だったらもう1個は私がやる!」

 

 最後の1台はリニスが名乗りを上げました。

 芸術性の高い人形なので、音楽にも精通している……………はずっ!

 

 てか、他に適当な人もいないですし、今はこれがベストメンバーです!

 

 全員が配置につき、ゲームのスタンバイ画面を開きました。

 

 私が担当するゲームは大工の鉄人。

 どんどん流れてくる釘や木材にあった大工道具を選択して音を出すゲームです。

 重要なのはトンカチで手を叩かない事。

 間違えて手を叩いちゃったら痛くてしばらくゲームができなくなっちゃいます。

 

「さあ! やーるよおおおおおおお!」

 

 気合じゅうぶんの望さんが担当するのはダイゴの達人。

 ダイゴになりきってカッコいいポーズをタイミングよく取るゲームです。

 

 ポーズの判定はゲーム機の前に付いているミニカメラが行うのですが、カメラ自体の性能があまり良いとはいえず、ちょっと大げさ気味にしないと判定されない事もあるのですが、元気いっぱいな望さんなら多分必要以上にポーズを取ってくれるはず。

 

「えっと。こ、これでいいの?」

 

 リニスが担当するのはポップコーン・ミュージアム。

 楽譜に合わせてとうもろこしをフライパンに入れてポップコーンを作るゲームです。

 

 これはたまに出てくるキャラメルを組み合わせて得点をアップさせるのが特徴ですね。

 

「―――――では。行きますっ!」

 

 私達はお祭りを終わらせない為に一斉にゲームを起動しました。

 みんな楽しみにしてたのに、機械の故障で終わらせちゃったら駄目です。

 それに、このままだとプリンの屋台も行けなくなっちゃいますから!!!!

 

「やっ! えいっ!」

 

 一応それなりにやってたゲームなので、私はそこそこ良いスコアを叩き出せています。

 

「ていやー! とりゃー!! ウォーーーッシュ!」

 

 望さんもキレキレのポーズを披露しています。

 

「えっと…………これなら! ――――そ、そっち!?」

 

 予想外だったのは、初プレイのリニスが結構上手かった事です。

 ただの食いしん坊人形じゃないみたいですね。

 

 ――――そんな訳で楽曲も終盤になり順調に終わると思いきや。なんとここで事件が。

 

「あ。あれっ!? タイミングが!?」

 

 そう。

 最初は特に気にならなかったのですが、後半になり音楽も楽譜も激しくなって来たので、他のゲームと音が混ざってしまい、タイミングがちょっとずれてしまうのでした。

 

「あ、あれっ!? ちょっと…………。違うっ!?」

 

 そのまま後半がグダグダになったままゲームは終了し、規定ポイントに届かなかったようで………。

 

「はううっ!?」

「うぎゃあ!?」

「きゃあっ!?」

 

 溢れたエネルギーが私達の体を軽い電気ショックくらいの衝撃で突き抜けていきました。

 

 

 



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人形列車 雪菓子の律5

 

 崩れ落ちそうになった体を台を掴んでなんとか踏みとどまると、私達を心配したスタッフの人が駆け寄ってきました。

 

「だ、大丈夫かい?」

「はい。な、なんとか」

 

 台を3個に分割した事で衝撃は3分の1になっていますが、流石にもう1回失敗するとちょっと厳しいかも――――。

 というかもう雪像が溶けちゃうので、ギリギリあと1回プレイ出来るかどうかみたいな状況になっちゃってます。

 

 すぐにゲームを始めるべきですが、もっかい同じ事をするだけだとまた最後で失敗ちゃうかも…………。

 

 ――――なにか。

 そう。この状況を少しでも改善出来る何かがあれば…………。

 

「あら? なかなか面白い事をしているのね」

「…………え?」

 

 声のした方を見ると、わたあめを持って立ってるマリアさんの姿がありました。

 足元には相変わらず黒猫デバイスが、頭をすりすりしてじゃれついています。

 …………黒猫デバイス? そうです!

 

「マリアさん、ちょっと来てください!」

「えっ!? いきなりどうしたの?」

 

 私はマリアさんの手を引いて運営本部まで連れ込み状況を説明すると、すぐに理解してくれました。

 

「ふ~ん。そんな事になってるんだ」

「マテリアル・デバイスを持っているって事は、マリアさんもゲームは得意ですよね?」

「ま、それなりには出来るわね」

「だったら私達を手伝って貰えませんか?」

 

 マリアさんはちょっとだけ悩む素振りを見せてから。

 

「仕方ないわね。ちょうど退屈してたし、今回だけ特別に手伝ってあげる」

 

 と快く引き受けてくれました。

 もう時間も残ってないし、そうと決まれば素早く行動しないと!

 

「あのっ。予備の端末ってありますか?」

「あるけど、空調システムは3台以上繋げる事は出来ないよ?」

「はい。それで問題ないです」

 

 急いでスタッフの人に予備端末を運んでもらい、空調システムの隣にすぐにセットしてもらう事で、現在は横並びの3台の端末とそれと向かい合うように1台の予備端末が設置されている感じの配置になってます。

 

「では、行きましょう!」

「まかせてよ!」

「よ、よ~し。次こそは…………」

「せいぜい足を引っ張らないくらいには、頑張るわ」

 

 マリアさんに担当してもらうゲームはタクトタクト・エボリューション。

 タクトを操って指揮者になりきるゲームです。

 このゲームの特徴はなんといっても、他のゲームと楽曲リンクが出来る事。

 

 つまり。

 楽曲がごちゃごちゃに混ざって迷っても、指揮者が導いてくれる事でそれぞれの演奏に集中する事が出来る……………はずです!

 

「それで、最初は誰のサポートをしたらいいのかしら?」

「まずは慣れてないリニスのサポートをお願いします!」

「わかったわ。それじゃあよろしくね」

「う、うん。サポートお願い」

 

 初プレイの時もそんなにミスはしなかったのですが、今回はマリアさんのサポートが入った事で、なんと序盤はノーミスで折り返す事が出来ました。

 

 そして次は少し疲れてきた望さんへのサポート。

 

「ふっふっふ。望のビートについてこれるかなぁ~?」

「ふぅん? ずいぶん元気な子ね」

 

 中盤は数回ミスしてしまいましたが、これくらいならまだじゅうぶん許容範囲内です!

 

 最後は一番難易度が高い私に付いて指揮棒を振ってもらう事にしました。

 

「あと少しです!」

「フフ、なんだか楽しくなっちゃったかも」

 

 激しくスクロールする楽譜は目で追うだけでもかなり大変なのですが、マリアさんのおかげて自然と手が目的の場所に導かれているような感覚になり、かなりいい感じで進み――――。

 

「これが最後っ!」

 

 楽曲を終える最後のボタンを気合を入れてッターンと叩くと、音楽が消えた後すぐにリザルト画面へと以降して、空調システムへとエネルギーが充填されていきました。

 

 もうやれる事は全て終わったので、私に出来る事はこの画面を眺める事だけ。

 

 手を合わせて両目を閉じて祈りを捧げると、ジャンという音と共にエネルギーが充電されてる音も消えました。

 

 私はゆっくりを目をあけると――――――。

 

「や、やりました!?」

 

 空調システムへのエネルギー充填は成功し、すぐに冷たい風が私の頬を撫でてきました。

 ミッション完了を確認した会長さんがすぐに私達の元へと駆けつけてきて、私の両手を掴んでブンブンと振りながら感謝の気持ちを伝えてきました。

 

「よ、よくやった君達。これで最後までお祭りが続けられるし、雪像も安心だ」

 

 スタッフさん達も運営テントの中で喜びを分かち合っているようです。

 

「じゃあ、マリアはもう行くわね」

 

 そういってマリアさんはすぐにまた何処かへと行こうとしました。

 流石に急すぎるし引き止めないと。

 

「え!? もう行っちゃうんですか?」

「だってもうマリアの出番は終わったでしょ? それともまだ他に何か用があるのかしら?」

「…………えっと」

「じゃあ、望達と一緒にご飯を食べに行こうよ!」

 

 何処かのラーメン屋さんのチラシを持った望さんが笑顔で登場です。

 

「そ、そうです! 祝勝会でラーメンを食べに行きましょう!」

「…………ふぅ。わかったわ。マリアがここまでするのはレアなんだからね?」

「くふふ。SSRゲットです」

 

 ――――というわけで。

 それから私達はスタッフの人達が大変そうだったので装置の後片付けを手伝う事にして、ちょうど片付け終わった時にはお祭りもちょうど終わりの時間を迎えたので、夕ご飯のラーメンを食べにラーメン屋さんに向かう事にします。

 

「…………あれ? そういえば何か忘れているような?」

 

 何か凄く重大な事を忘れてしまっている気がします。

 



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人形列車 雪菓子の律 了

 そもそも何で私は空調システムを直そうと…………。

 

「ああああーーーーーっ!?」

「わわっ!? 桜ちゃん、急に大きな声出してどうしたの?」

「望さん大変です! 特製プリンの屋台にまだ行ってません!」

「ああっ!? そういえば忘れてたよ!?」

「急ぎましょう!」

 

 私達は急いでプリン屋台へと走ったのですが。

 

「…………………あ」

 

 屋台には売り切れと書かれた紙が貼られていて、お店の人は片付けを始めていました。

 

「…………そ、そんな」

「…………望のプリン」

「あ~、いたいた。探したわよ」

「――――え?」

 

 後ろを振り向くと、そこには何か黄色い物が入っている入れ物を4個持っているリニスの姿が。

 

「どうしたんですか? 今の私達はプリンが買えなくてスーパーしょんぼりモードなんですが…………」

「だからそのプリンを貰ってきたんだけど?」

「ああああーーーーーっ!? それは紛れもなく、望のプリン!?」

「な、なんでリニスがそれを持ってるんですか!?」

「私達が空調システムの修理したから、そのお礼にってお店の人から貰ったのよ」

「やったああああ。じゃあ一番上は望のね~!!」

 

 望さんは凄い速さでプリンを1個奪い去り蓋を開けて早速食べ始めちゃいました。

 

「はい。これ桜の分ね」

 

 そう言ってリニスは私の手にプリンの容器を乗せます。

 ああっ!? もう手に入らないと思っていた幸せが、今私の手の中にっ!!!!

 

「あ、ありがとうございます!」

「そして、これは貴方の分ね」

 

 残った2個のうち片方を後からやって来たマリアさんに渡すとマリアさんは、

 

「ふふ、ありがと」

 

 と軽く笑顔を浮かべながら受け取り、全員にプリンが行き渡った所で早速おやつタイム。

 

「いただきます!」

 

 はむっ。

 基本はシンプルなカスタードプリンなのですが、最初に興味をそそられたのはカラメルソースがかかってない事。

 それなのに甘くて濃厚なコクもあって、なめらかふわトロな食感が口の中いっぱいに広がっていくらでも食べ続ける事ができちゃいます。

 一口…………もう一口と、ああっ!? 手が止まりません!!

 

「…………おや?」

 

 いつの間にか私の持っていた容器が空になっています。

 

「こ、これは能力者による攻撃では!?」

「わわっ!? 望のプリンもいつの間にか空になっちゃってる!?」

「こうなったら、また来るしか無いですね」

「そだね。けどプリンはもう満足したし、次はラーメン屋に行こうよ」

 

 それからチラシに乗っているコードをスキャンして、シャンティのナビでラーメン屋さんへと向かい、しばらく歩くと4階建てのビルの1階に店舗を構えているお店を発見しました。

 

 まだお店の中に入ってないのに10メートルくらい先にある店舗から食欲をそそる味噌味スープの香りが漂ってきて、まるでお店に吸い込まれる様に私達はラーメン屋さんへと入って行きます。

 

 お店の中はテーブル席無しの全てカウンター席になっていて、食券機や注文用の端末は見当たらず、どうやら店員さんに直接オーダーを伝えるみたいですね。

 カウンター席にはメニュー表が立てかけられていて、数種類のラーメンが写真と共に載っていました。

 

「いらっしゃい。ご注文は?」

「んじゃあ、望みは一番上にある、この札幌ラーメンで!!!!」

「では、私も同じでお願いします」

「え~と、え~と。うん、私もそれで!」

「マリアも同じでいいわ」

「あいよ、札幌ラーメン4丁ね」

 

 数分後、届けられたラーメンを食べていると、突然望さんが何かに気が付いたようです。

 

「あああああああっ!?」

「おや? 望さん、どうかしましたか?」

「望の札幌ラーメン………札幌が入って無いじゃん!?」

「ええっ!?」

「ちょっと、聞いてくるよ!!!!」

「あっ!? 望さん!?」

 

 そう言って望さんはラーメンを作っている親父さんの所にラーメンを持って走って行き、親父さんに詰め寄りました。

 

「あのっ! 望の札幌ラーメンに札幌が入ってないんだけど!!!!」

「ああ、札幌入れ忘れちゃったか~。はい、これくらいでいいかい?」

 

 そういって親父さんは平たいお皿を取り出して、どこからか取り出したサッポロポテトをお皿に乗せました。

 …………もしかして似たような注文が過去にもあったのかも。

 

「ええ~。もうちょっと欲しいなぁ~」

「ふぅ、しょうがねぇなぁ。だったら袋ごとやるよ」

「やったーーーーー!!!!!」

 

 こうして。よくわからない質問をしに行った望さんは、お菓子の袋を持ちながら笑顔で帰ってきました。

 

「札幌いっぱいもらっちゃったよ!」

「…………よかったですね」

「桜ちゃんも札幌いる?」

「では少しだけ」

「あああ~っ、ずる~い。私にも頂戴よ~」

「えっと、マリアさんはどうしますか?」

「マリアは遠慮しとくわ」

 

 そのまま望さんは袋を逆さまにしてラーメンにドボドボとサッポロポテトを入れちゃいました。

 

「名付けて。札幌サッポロラーメン!」

「…………ちゃんと残さないで食べましょうね」

「もちろんだよ。それに家でもたまにやってるし」

「実践済み!?」

 

 ラーメンを食べ終わって外に出ると、突然冷たい夜風が吹き付けてきましたが、熱々のラーメンを食べたばかりなので、まだまだ体はポカポカです。

 

「そういえば望さんって、いつの電車で帰るんですか?」

 

 駅へと歩きながら、ふと気になった疑問を聞きました。

 

「………………ん? あああ~~~っ!? そういえば帰りの電車予約するの忘れちゃってるよおおおお!?」

「ええっ!? どうするんですか!?」

「ど、どうしよう? 望はまだ瞬間移動覚えてないのにぃ」

「…………てかどう頑張っても使える様にはなら無いと思うんですが」

「だったら私達と一緒の列車で帰る事にしたら?」

 

 いっぱいになったお腹を擦りながら少し離れて後ろを歩いていたリニスが提案してきました。

 

「けどこんな急にチケットなんて取れるんでしょうか?」

「あ~。それは大丈夫かも」

 

 シャンティが今回の列車ツアーのチケットに書かれている概要文を出力してくれたので読んでみると、そこには予備のベッド貸し出し可能の文字が。

 どうやら部屋には複数人で宿泊可能みたいですね。

 

「では、望さん。私達と一緒に列車で帰りませんか?」

「いいの!? じゃあお礼にサッポロポテトあげるよ」

「…………親父さんに追加のお菓子もらってたんですね」

 

 列車に戻った私達は早速乗員さんにリニスと望さんが私の部屋に泊める事をお願いし、なんとか了承を取る事が出来ました。

 けど急だったせいかベッドの用意が間に合わず、今回は3人で同じベッドで寝る感じになりそうです。

 

 ――――夜も遅くなり、そろそろ寝ようと思っていたら突然どこかから通信が入って来ました。

 ちなみに2人はお疲れモードなのか、すでにベッドで寝息を立てています。

 

「さくら~。和希から連絡だよ~」

「和希さんから? わかりました繋いでください」

「オッケ~」

 

 通信を繋げるとバーチャルモニターが表示され、和希さんの姿が現れました。

 

「今いいか?」

「はい。大丈夫ですけど、どうかしましたか?」

「今、日光にいて明日帰るんだが、ついでだしお土産でも買おうと思ってな。何か欲しい物はあるか?」

「別になんでもいいですが、手裏剣饅頭は1度食べてみたいと思ってました」

「了解だ。それじゃあ切るぞ――――」

 

 そういえば日光って…………。

 

「ちょ。ちょっと待っててください!」

 

 私は列車のツアーガイドを開き次の目的地を確認してから、モニターの前に戻りました。

 

「すみません、やっぱりお土産は結構です。それより明日、私からいい報告があるので楽しみにしててください」

「なんだ? ゲームショップの割引クーポンでも当たったのか?」

「…………いえ。そんなトボけたのでは無くもっと良い事です」

「よくわからないが、それなら楽しみにしとく」

「くふふ。絶対ビックリするので期待しててください!」

 

 通信を終えた私はベッドに向かい、少し崩れたシーツを直してから2人の寝ている真ん中へと潜り込みました。

 ――――ふぅ。なんだか明日も楽しい事が起こりそうな予感が。

 

 それからすぐに睡魔がやってきて、私は3秒で夢の中へ。

 

 次の列車の目的地は忍者の里、日光です!

 

 



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人形列車 鉄亜鈴城1

 列車旅行の途中で意思のある人形リニスと出会った私は、最初の目的地でクラスメイトの望さんと同じ列車に乗っていた乗客のマリアさんと一緒に事件を無事に解決し、次の乗車駅へと向かうのでした。

 

 

 

 

 

「…………んっ…………し、忍さん、そんな事したらプロゲーマーの大安売りになっちゃいます!? …………………………およ?」

 

 心地よい汽笛の音で目を覚ますと、そこはガタガタと揺れる列車の中でした。

 

「まさかあんな夢を見るなんて…………」

 

 大きくアクビをしながらベッドから体を起こそうとしましたが、どういう訳か全く体が動きませんでした。

 それに何だか体全体が重いような気もします。

 

 ―――――そう。

 これはまるで重力を操る能力者に動く事を封じられたかのような感覚。

 

 どんどん私を押し付ける力も強くなり、このままでは息をする事すら困難になってしまいそうです。

 そんな絶望的な状況を脱出する為に、私が取った行動は―――――。

 

「…………あの。望さん、そろそろどいて欲しいんですが」

「…………ふぁああ。…………あれ? なんで桜ちゃんが望の部屋にいるの?」

「というか、どちらかというとここは私の客室なんですけど」

「…………あれ? そうだっけ?」

「そうなんです」

 

 望さんもアクビをしながら寝ぼけた頭を整理すると、2分くらいしてようやく今の状況を理解してくれたみたいで、体を半回転させて私の上からコロリとベッドの端っこへと転がって行きました。

 

「じゃあ、おやす~」

「二度寝!?」

 

 そのまま望さんは眠りに落ち、幸せそうな顔ですやすやと寝息を立てながら再び夢の中に。

 

「さて、では私ももうひと眠りっと…………」

 

 掛け布団を深めにかぶり、目を閉じてさっきまで見てたよく分からない夢の続きを見ようとしたのですが。

 

「はーい。起きる時間ですよー」

 

 と、ピピピという耳障りなアラーム音と共に夢の世界に行くのを阻止する存在がありました。

 

「ああああーーーー! もう、うるさいです!」

 

 私はバッとベッドから起き上がり、完全に目が覚めてしまいました。

 

「桜がお寝坊さんにならないようにお願いされてるからね~」

「むぅ。もうちょっとくらい寝かせてくれても良かったのに」

 

 望さんとリニスもさっきので起きただろうと横を見てみると、2人はまだ寝ているみたいでした。

 

「あれ? さっきので起きてない?」

「桜が一番嫌がる音声パターンのアラームだから、2人にはそうでも無かったんじゃない?」

「…………無駄に高いスペックを、全力で嫌がらせに使わないでください」

 

 2人を起こさないようにベッドから出た私はそのまま鏡の前までいくと、そこにはボサボサツンツンヘアーで半目状態になっている自分の姿が――――。

 

「…………えっと、ドライヤーはっと」

 

 少しぼやけている視界で洗面所に向かうと、向かいにあるシャワールームの入り口が見えました。

 

「そういえばシャワールームがあるんでした」

 

 せっかくだし朝からシャワーを浴びる事にしました。

 服を脱いでシャワールームに入り、お湯が出てくるシャワーヘッドの場所を確認したのですが、何故かどこにもシャワーヘッドが見当たりませんでした。

 

 シャワールームの中にあるのは、お湯を出すボタンと温度を調節するボタンのみ。

 

「…………これは? あっ!? もしかして最近話題の電子シャワーかも!?」

 

 電子シャワーとは最近開発された新しい規格のシャワーで、微弱な電磁波を上部にある装置から放出して体の汚れを落とす事が出来る物です。

 

 水を使わないので使った後にタオルで体を拭く必要は無く、シャンプーも必要無いので髪が痛む心配もありません。

 

 唯一欠点があるとしたら設置費用が少し高い事。

 まだ開発されたばかりなのでそんなに安く製造する事は出来なくて、一部のホテルなどでしか導入されていないのですが、まさかここで新商品を試す事が出来るなんて凄く運がいいです。

 

 

 温度を適温に調節してからボタンを押すと、シャワールームの上の方から光の雨の様な物が降り始めました。

 

 手で触れてみると、確かに暖かくて本当にお湯みたいな感じです。

 最初はちょっぴり怖かったですが、すぐに楽しくなってしばらく電子シャワーを浴びていると。

 

「さくら~。いつまでシャワー浴びてるのさ~」

 

 と私を呼ぶ声が聞こえてきたので時計を確認してみると、どうやら20分くらいシャワーを浴びていたみたいです。

 

「そろそろ、でま~す!」

 

 返事をしてからすぐにシャワーのボタンをオフにするとすぐにシャワーは止まり、電磁波を中和するための風のような物が下から吹き上げてきて、体に付着した余計な電気を飛ばしてくれました。

 ちなみに、こっちも凄く気持ちがいいです。

 

「ふぅ。予想以上に良くて中々抜け出せませんでした」

 

 

 

 数秒後。安全が確認されてからシャワールームのロックが解除され、私は外に出て鏡を覗き込むと、ワシャワシャになっていた私の髪の毛は電子シャワーによって見事ストレートパーマをかけたかのように真っ直ぐになってました。

 

 ――――そう。

 ゴンさんやデーモン閣下と同じくらい真っ直ぐな感じに!

 

「って、さかだってる!?」

 

 電気を帯びた私の髪の毛は、下敷きで頭をこすった時みたいに重力に逆らって天を目指してます!?

 

 流石にこのまま外に出たらロックミュージシャンだと勘違いされちゃうかもしれないので、急いで最大風速のドライヤーを使って全力で髪の毛を重力の支配下へと戻す事に成功しました。

 

「…………ふぅ。これでよしっと」

 

 なんとか元通りになって一安心。

 

「…………それにしても電子シャワー恐るべしです!」

 

 シャワールームの入り口を見ると光に反射してキラリと光り、またいつでも来なと私を誘っているように見えました。

 

「今度使う時はちゃんと時間を見て長時間使わないようにしないと」

 

 



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人形列車 鉄亜鈴城2

 洗面所の窓から外を見ると動いていた景色が止まっていて、車内アナウンスが流れ始めました。

 どうやら駅に到着したみたいです。

 

 止まった時にベッドの方から「ぐえっ」と悲鳴が聞こえてきたので、たぶんどっちかが列車が止まった衝撃でベッドから落ちたんだと思いますが………。

 

 まあ気にしない事にします。

 

 お寝坊さんなのが悪いのですから!

 

 洗面所から出ると、望さんは早速冷蔵庫からジュースを取り出して寝起きの一杯を楽しんでるみたいでした。

 

「あっ!? 桜ちゃん、おはよー」

「おはようございます」

「なんか望、正義のプロレスラーになって悪いレスラーにフォールしてた夢を見たよ」

 

 多分押さえつけられてたのは私です…………。

 

「それは大活躍でしたね」

「けどあとちょっとで3カウント取れたのに急に謎の乱入してきた人に1回起こされちゃったんだ」

 

 多分そっちも私です!?

 

「それより朝食にしませんか?」

「おっ、いいねぇ。ステーキでもカツ丼でも、ど~んとこ~い!」

 

 朝から全力ご飯を食べようとする望さんに続いて、まだちょっとだけ眠そうなリニスがやって来ました。

 

「ふぁあああ。私は紅茶とエッグベネディクトがあれば文句は無いから」

「…………2人共わがまますぎです。ちゃんと朝食はとっておきのを用意してるので、座って待っててください」

「は~い」

「仕方ないわね。今回はそれて我慢するか~」

「出来れば朝食は毎回軽めにして欲しいんですが…………」

 

 私はカバンの中を探していると、後ろから望さんが話しかけて来ました。

 

「ところでとっておきのって何?」

「ヒントはカリカリした食感の牛乳をかけて食べるものです!」

「コーンフレークじゃん!?」

 

 朝食用に持ってきてたちょっと高めのプレミアム・コーンフレークの入った箱をカバンから取りだして、プラスチックのお皿に分けて後は牛乳っと――――。

 

「あっ。望はモンエナかけるから牛乳はいいから」

「わかりました」

 

 私は2つの容器に牛乳を流し込み、望さんはエナジードリンクをコーンフレークにかけて朝食が完成しました。

 

「けど、これだけだと物足りなくなくないかしら?」

「ふっふっふ。リニスは甘いですね。これを見てくださいっ!」

 

 私はコーンフレークの箱を後ろに向けて、そこに書いてあるグラフを見せました。

 

「ほらこの五角形のグラフを見てください。コーンフレークは栄養バランス満点でカルシウムやビタミンが一杯取れるので、むしろ朝食はコーンフレークだけで良いまであります!」

 

 たまに10角形のもありますが、今回私が用意したのは五角形です。

 

「それ自分の得意な部分を書いてるだけじゃない?」

「いえ、むしろ得意な物が5個もあるんです! 自己紹介カードに得意な事を5個もかけるんですよ? それにコーンフレークはパフェのかさ増しにも使えるので特技が1個増えて合計6個です!!!!」

「望はパフェのコーンフレーク好きだけど、後1段高くしたら流石に動くよ!」

 

 っと、そういえば重要な事を忘れてました。

 

「2人共、ちょっと食べるのを待ってください」

「え? なんで?」

「隠し味を忘れてました~!」

 

 はてなマークを浮かべたリニスを後ろに私はカバンまで走り。

 

「え~と。これじゃなくて…………あ、あった!?」

 

 カバンの中の目的の物を見つけたので、すぐに人数分用意して2人の元へと戻りました。

 

「さあ、これを付けてください!」

 

 3人で並んで赤いスカーフを付けてから腕を組み、マスコットキャラの真似の決めポーズ!

 

「なにこれ、おもしろ~い」

「お~。やっぱコーンフレークといったらこのポーズだねぇ~」

「これで美味しさ100倍です!」

 

 ポージングをして「例の腕を組んでる猫」になりきった事で、もう私達の中でコーンフレーク以外の朝食という選択肢は完全に消えました。

 

 

 

「いただきま~す」

 

 ちゃんと食前の挨拶も忘れないように言ってから、実食です!

 スプーンでシリアルと少量のミルクを同時にすくうと、シリアルについているお砂糖とミルクに溶けあって甘い砂糖ミルクが完成。

 

 サクサクした食感がコーンフレークのメインではありますが、サブの主役とも言える砂糖ミルクの存在も忘れてはいけません。

 

 砂糖ミルクがあるから汁物を挟まなくても口の中がパサパサにならずに、どんどんコーンフレークを食べ進める事が出来るのですから!

 栄養グラフの五角形の一部を牛乳が担当している事もあり、栄養価も満点。

 最後に牛乳だけ残った場合も美味しく飲む事だって出来ます。

 

 ――――といった感じのコーンフレークの素晴らしさを2人に説きながら朝食を食べているのですが、どうやら2人はこういった事にはあまり興味は無いらしく、普通にカリカリと味だけを楽しんでる感じでした。

 

 これは明日の朝食もコーンフレークにした方がいいかもしれませんね。

 私は少し前に動画サイトでコーンフレーク特番を見て製造者の顔まで思い浮かんで食べてるというのに。

 

「そういえば他の味は無いの?」

 

 一番最初に食べ終わった望さんが、食べ散らかしたコーンフレークの欠片を口元に付けながら話しかけてきました。

 

「あとはチョコ味のを持ってきてます」

「じゃあ夕ご飯をそれにしよっか」

「流石の私でもコーンフレークを夕飯にするのはちょっと…………」

 



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人形列車 鉄亜鈴城3

 ――――朝ごはんを食べ終わった私達は、早速出かける準備に取り掛かりる事にします。

 

「さてと、今日はどうしようかなっと」

「ねえ桜。またアイス屋さん行きましょうよ」

「アイスもいいですが、今日は他のお店にしませんか?」

「――――他って例えば?」

「ここの辺りには羊羹の美味しいお店があるみたいです」

「あ~。そういえば列車の中で「忍者ようかん」って書いてある看板見たかも」

「…………? リニスはずっと寝てたので、多分夢の中で見たんですね」

 

 私はガイドブックのページをめくると、最初のページにさっきリニスが言った忍者羊羹のお店紹介がされているページがありました。

 

「あれ? 本当にあります」

 

 現在列車は駅に止まっていて、外の景気は見れないはずのに。

 まあ忍者ようかんとか良くありそうな名前ですし、偶然夢で見たお店と一致しただけだと思いますが。

 

「そういえば今日も望と3人で回るの?」

「そうですね。一緒に回ったほうが楽しいですし」

 

 そういえば、和希さんがこの場所に来てるみたいなので、どこかで落ち合うのも面白いかも。

 みたいな事を考えながらガイドブックのページを更にめくり、良さげな場所をピックアップ。

 

「わああああ!? 大変だよ!?」

 

 のんびガイドブックを見ていると、突然、望さんが大声をあげました。

 まあこういう時の望さんの大変はあんまり大変じゃない事が多いのですが。

 

「どうしました?」

「望の髪の毛がボンバーしてる!?」

 

 望さんの髪の毛を見ると、確かに数カ所寝癖で飛び跳ねている箇所がありました。

 けど、そんなに爆発っていうほど大変な事にはなってない気も…………。

 

「だったら洗面所にドライヤーがあるので、使ってきたらどうですか?」

「ドライヤーあるんだ。じゃあちょっと行ってくるっ!」

 

 そういって望さんは洗面所へと走って向かい。

 

 ――――――数分後。

 

「おまた~」

「結構長かったですね……………って、ええっ!?」

「…………ん? どったの?」

「どうかしたも何も、最初より大変な事になっちゃってます!?」

 

 なんと、望さんは髪の毛が逆立った状態で洗面所から出てきたのでした。

 

「ああこれ?なんか面白そうなのがあったから使ってみたんだよ!」

「…………望さん。たぶん使い方間違ってます」

「えっ!? そうなの?」

「電子シャワーは髪の毛をロックにする装置じゃないです」

「まあ髪の毛セット出来たし、問題なぁ~し」

「ええっ!?」

 

 そのまま望さんは鼻歌を歌いながら出かける準備をする為に、部屋にある端末を操作し始めました。

 

 この列車は衣類貸し出しのサービスもやっていて、自分の身体データを送った後にデザインを選択すると、選んだ服をレンタルする事が出来ます。

 

 デザインの種類もかなりあるので、旅行の時に服を持ってこなくてもすむのはかなり助かりますね。

 

「んじゃ、ごんすけ。後はやっといて~」

「にゃわ~ん」

 

 望さんは服のデザインを選んでから、自分の所有する猫型マテリアル・デバイス「ごんすけ」に自分の身体データとレンタル料金の支払いをお願いしました。

 

 データの送受信が完了してから数秒後。

 部屋にあるクローゼットに頼んだ服が到着したようで、早速望さんは着替え始めました。

 それから服を着替え終わった望さんが私達の前にやってきたのですが―――――。

 

「おっ!? ピッタリだよ。望、1回こういう服着てみたかったんだぁ~」

「なんか、あんまり可愛くな~い」

「…………なんでそんな服があるんですか」

 

 望さんは肩パッド付きの世紀末的な服装で消毒液を上に掲げて。

 

「汚れは消毒だよっ!」

 

 とドヤ顔で謎ポーズをして今の気分を全力でアピールしました。

 

「…………あの。他になんか無かったんですか?」

「あったけど、望の直感が今の髪型に合うのはこの服しか無いって訴えてきたんだよ!」

「合ってると言うか、他にその髪型に合う服装が無い気が……」

「じゃあこれで、きっまり~」

「ええっ!?」

 

 ま、まあ望さんが楽しそうなので、このままで行きましょう。

 

「あっ。そういえば顔を洗うの忘れてたよ。ちょっと待ってて」

 

 そう言って望さんは再び洗面所に行き――――。

 

「ただいま~」

 

 顔を真っ白にして帰ってきました。

 

「…………あの。顔を洗ってきたんじゃ」

「ふっふっふ~。なんか小麦粉が置いてあったから、それで顔を洗ってみたんだよ!」

「なんでそんなのが洗面所にあるんですか!?」

「ああ。それなら私がお砂糖と小麦粉間違えて買っちゃったから、とりあえず洗面所に置いといたんだけど」

「そもそもなんで洗面所に…………というか、どうやったらお砂糖と間違えるんですかーーーー」

 

 一度に変な事が沢山起こりすぎて、処理しきれない状況に。

 こうなったらもう超法規的措置を取るしか無いです!

 

「…………見なかった事にしましょう」

 

 私はツッコミを放棄する事を選択しました。

 あんまりここで遊んでたら観光する時間が無くなっちゃいますから!。

 

 

 

 ――――そういう訳で出かける準備をちゃちゃっと済ませて、私達は列車から降りて駅の改札へと向かう事にします。

 

「あの。そんな格好で歩いててロックミュージシャンと間違えられても知らないですよ?」

「そうなったら、望が頑張って歌うからダイジョーブだよっ!」

「ノリノリです!?」

 

 そして、駅から出た瞬間。

 ビシッとスーツを着こなした女性が私達の元へとやって来ました。

 

「ねえ、少しいいかしら? 貴方からロッカーのオーラが感じられるわ。ちょっとバンドのオーディション受けてみない?」

「すみません。私達は――――」

「ふっふっふ~。どうやら望のオーラがばれちゃったみたいだねぇ~。じゃあ桜ちゃん、望はちょっと用が出来たからこれで」

「えっ!? ……あの。ちょっと、望さん?」

「んじゃね~」

 

 そう言って望さんはスカウトマンの女性と一緒に、どこかへと行ってしまいました。

 

「ねえ桜。望、行っちゃたけどいいの?」

「たぶん列車の出発までには戻ってくるので、大丈夫です…………たぶん」

 

 一応、望さんにはサポートAI「ごんすけ」を搭載したデバイスが一緒について行ったので、何かあった場合は緊急通信が入ってくるはずので、そんなに心配する必要は無いと思います。

 

 



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人形列車 鉄亜鈴城4

 というわけで、しばらくリニスと2人で行動する事になりました。

 

「あら? あなた達も今からお出かけなのかしら?」

 

 途方に暮れている私達の後ろから、列車から降りてきた人物が話しかけて来たので振り向くと、水色のフリフリのドレスに大きな赤いリボンを頭につけた、すまし顔の女の子がやってきました。

 

「おや? マリアさん、おはようございます。私達はこれから羊羹を食べに行くんですが、マリアさんもどこかに行くんですか?」

「ええそうよ。マリアも何か甘い物を食べに行こうかと思ってたんだけど。…………そうね、桜達と一緒に羊羹を食べに行くのも面白いかも。ねえ、良かったらマリアもご一緒してもいいかしら?」

「はい。では一緒に行きましょう。リニスもいいですか?」

「別にいいわよ。人数が多い方が色んな種類を楽しめるし」

「…………そっちが目的ですか」

 

 と言うわけで。

 私達は今から3人で行動する事になっちゃいました。

 

「じゃーーん。ようかん団、誕生です!」

「いえーい!」

 

 みたいな感じで3人でポーズを取ったりなんかしちゃったりしながら、仲良く道をすすんでいると、マリアさんがリニスの顔を見ながら何か思う事があったみたいで、話かけました。

 

「それにしても貴方って凄く整ったかわいい顔をしてるのね。フフ、まるでお人形さんみたい」

 

 みたいと言うか本物のお人形さんなんですが…………。

 ちなみに、そう言ってるマリアさんもかなり美人さんな感じです。

 

「そうでしょ。そうでしょ。ふふん、好きなだけ褒めてもいいわよ」

 

 リニスはかなり上機嫌な様子で、ステップがちょっとだけ軽やかになりました。

 人形は可愛いって言われるのが仕事みたいな感じなので、可愛いと言われる事が人よりも特別な意味を持ってるのかもしれません。

 

「う~ん。なんとかしてお持ち帰り出来ないかしら」

「毎日甘いもの食べさせてくれるなら良いわよ」

「流石にちょろすぎます!?」

 

 後で甘いものに釣られてどこかに行かないように注意しとかないと。

 

「なーんてね、冗談よ。貴方が本物のお人形なら良かったんだけど」

 

 びくっ。

 流石に気付かれて無いですよね?

 

「マリアさんは人形が好きなんですか?」

「そうよ。マリアはお人形を集めるのが好きなの。マリアのお部屋は色んな種類のお人形がたーっくさんあるんだから」

「そうなんだ。ちょっと見てみたいかも」

「だったら今度見に来てみる? あなた達ならマリアのパーティに来ても絶対に楽しめると思うわ」

「いいんですか? ちょっと今はやる事があるのですぐには行けませんが、機会があったら絶対に行きます!」

「フフ。じゃあその時を楽しみに待ってるわ」

 

 マリアさんは楽しそうに笑い、いつかパーティに行く約束をした所でちょうど私達の目的地である「忍者ようかん」と書かれたのぼり旗が見えてきました。

 

 のぼり旗の横にある木造の建物の前には、買った後にすぐ食べる事が出来るようにテーブルと椅子が置かれたスペースがあります。

 日除けと雨対策の為の大きめの傘もテーブルの横に立っているので、雨の日に雨音を聞きながら食事を楽しむことも出来そうです。

 

「おじゃましま~す」

 

 笑顔で先陣を切って扉を開けてお店の中に入っていったリニスに続いて、私とマリアさんもお店に入って行きます。

 

「いらっしゃいでござる」

 

 お店に入ると、さっそく忍び装束に身を包んだ店員さんがお出迎えです。

 望さんがいたら凄く喜ぶシチュエーションでしたが、多分あっちはあっちで楽しんでると思います。

 

「わ~。ござる、ござるぅ~。ねえ桜、ござるって何?」

「ござるは方言の1つですね。この辺は忍者が多いのでござるを使う人が多いんだと思います」

「へ~。そんなんで、ござるかぁ~」

「そうなんです。でござる」

 

 さてと。

 ござるも堪能したので、次はメインの羊羹を堪能しないと。

 

 

 ショーケースにはいろんな羊羹が並んでいて、どれも凄く美味しそうです。

 全部食べたいですが、流石にそんな事をしたらお腹が大変な事になってしまいますし、お財布ももっと大変な事に。

 とりあえず1個だけ注文するとしたら…………。

 

「すみません。このお店で一番売れてるのを1個ください」

「一番でござるか? だったらこの忍者羊羹でござるな」

「では、それでお願いします。ちなみに忍者羊羹って何が入ってるんですか?」

「忍者でござる」

「ええっ!?」

 

 ニ、ニンジャ?

 もしかして忍法小人化の術を使った忍者さんがこの中に!?

 

 …………って、流石にそんな事あるわけ無いですね。

 気になりすぎるので、これは是非とも食べて確かめないといけません。

 

「あっ!? 私はこれがいいかも」

 

 リニスが選んだのは栗羊羹です。

 パット見でもわかるくらい大き目の栗が沢山入ってて、栗だけでも満足出来そうな感じがします。

 

「では、お会計をお願いするでござる」

「お会計? 桜ぁ~」

 

 そう言えばリニスはお金を持って無かったんでした…………。

 

 



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人形列車 鉄亜鈴城5

「ふぅ。わかりました。すみません、会計は私と同じでお願いします」

「あら? その子お財布忘れたの?」

 

 マリアさんは私が2人分のお支払いをする事をちょっと怪訝に思ったようでした。

 

「はい。ちょっと事情があって…………」

「だったらマリアが3人分払ってあげるわ」

 

 ―――――え。

 これは私にとってかなりありがたい展開なのですが。

 

「ほ、本当にいいんですか!?」

「ええ、前の場所で楽しませてくれたお礼よ。退屈しながら帰ると思ってたんだけど、あなた達のおかげで少しだけ楽しませてもらったし」

 

 正直、私にとっては面倒なだけでしたが、こんな嬉しい事が待ってるとはあの出来事も無駄では無かったと言う事ですね。

 なにより私のお財布が助かるのが凄く大きいです。

 

「ではお言葉に甘えて、お願いします」

「オッケー。それじゃあマリアは――――――この水ようかんにしようかしら」

 

 マリアさんの注文も決まり、そのままマリアさんは足元にいる猫型デバイスにお支払いをするようにお願いをしました。

 

「それじゃあ。キティ・ノワール、お支払いお願いね」

「にゃお~ん」

 

 黒い猫ちゃんの形をしたデバイスがひと鳴きすると、店員さんのいるレジに代金の送金を知らせる音が鳴り注文は完了。

 後は羊羹を受け取ってから外にある食事スペースに持っていくだけです。

 

「まいどあり~でござる」

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 マリアさんは商品を受け取らずにお店の外へと歩いて行っちゃいました。

 

「あれ? 商品貰うの忘れてませんか?」

「もうそこの忍者さんが運んでくれたわよ」

「…………運んだ?」

 

 お店の外のテーブルを見ると、何故かそこには私達の注文した羊羹とフォークが3人分置いてありました。

 

「ええっ!? いつの間に!?」

 

 流石忍者さん。

 目にも止まらぬスピードで運んでくれるなんて、侮れません。

 それにしてもマリアさんは支払い終わってからすぐに外に行ったって事は、マリアさんには運んでた所が見えたんでしょうか?

 だとしたら凄い動体視力です。

 

「さくら~、何してるの~? そんな所に立って無いで、早く食べましょうよ~」

 

 おっと。今はそんな事は別にどうでも良かったですね。

 急がないと羊羹がリニスの口の中に逃げてしまいます。

 

 

「すぐいきまぁ~す!」

 

 私は急いでお店の外にあるテーブルまで走って、空いている椅子に座りました。

 

「別にそんなに急がなくても羊羹は逃げないのに」

「…………だったら、どうして私の羊羹がそっちにあるんですか」

 

 そう。私が到着した時には、均等に置かれていたはずの羊羹が何故かリニスの前に2個あったのでした。

 

「これ? 桜がいらないなら貰っちゃおうかな~って思って」

「やっぱり逃げるじゃないですかーーーーー」

 

 ふう。油断も隙もないですね。

 

 私はサッと忍者羊羹のお皿を私の前に避難させ、最悪の状況になる事を回避しました。

 

「これで安心です」

「ねえ。良かったら少しづつ分けて食べない?」

「なるほど~。確かにそうした方が色々楽しめていいかも」

「はい。私もそうしようと思ってました」

 

 マリアさんの提案に従い、私はフォークを横にして羊羹を三等分に切り分けようとしたのですが、中になにやら硬い感触が。

 

「あ、あれ?」

 

 そう言えば店員さんが中に忍者が入ってるとか言ってたけど、もしかしてこれがそうなのかも。

 私はちょっとだけフォークで切る力を強めると、ストンと羊羹の一番下まで下ろすことに成功してなんとか切る事が出来ました。

 

「いったい何が入ってるんでしょうか?」

 

 2つに割った羊羹の片方を軽く横にどかして断面図を見てみると、人の頭のような物が入っていました。

 

「ま、まさか本当に小さい忍者さんが!?」

 

 恐る恐るフォークでつついて見ると、カツンと硬い感触がします。

 やっぱり切ってた時にフォークが止まったのはこれが原因だったようです。

 

 …………というか、もしかしてこれは。

 私は小さい忍者さんを指で触ってみるとザラザラと粉の様な物が指先に付き、それをペロリと舐めてみると、とろけるように甘い味がしたのでした。

 

「忍者羊羹の正体は忍者の形をした砂糖菓子でしたか」

 

 私は更にもう一箇所に切り込みを入れて、いい感じに三等分にしてから改めて見てみると、そこにはバラバラにされた忍者さんの形をした砂糖菓子がありました。

 

「…………これは」

 

 こんな状態になってしまっては、流石に見栄えはいいとは言えないかもしれませんが、問題は味です。

 

 ――――そう。これはこのお店のナンバー1商品。

 だったら絶対に美味しいに決まってます!

 

 2人もちょうど3つに切り分け終わったようなので、早速トレード開始です。

 

「では、まずはこの忍者羊羹をどうぞ」

「ふ~ん。忍者の形をしたお砂糖が入ってたのね」

「あっ。私は顔の部分がいい」

 

 では、全員に行き渡った所で早速食べてみましょうか。

 

「いただきま~す」

 

 砂糖菓子は少し固くてフォークでさすのが大変だったので、羊羹のあんこの部分をフォークで軽く刺して持ち上げてから口へと運ぶ事にしました。

 

 少し固い練り羊羹と砂糖菓子の歯ごたえが絶妙なバランスでマッチしていて、更にはひと噛みする度にお砂糖が崩れて口の中いっぱいに甘さが広がって行くので、このままずっと噛んでいられそうな気がします。

 

「わ~。あま~い」

「流石、売上1位の味です」

 

 忍者羊羹を堪能した後、お茶を一杯飲んで味をリセットしてから栗羊羹と水羊羹も続けていただき、私達は至福のひとときを3人で過ごしました。

 

「それじゃあマリアはもう行くわね。2人共楽しかったわ」

「あれ? もう行っちゃうの? まだ食べてないのいっぱいあるのに」

 

 たかる気まんまん!?

 

「この後、お人形屋さんに行く用事があるの。今日ならいつでも良いって言われてるんだけど、流石にずっと待たせるのも悪いから」

「そうでしたか、ではまた後で」

「またご馳走してね~」

「それじゃあ、ごきげんよう」

 

 羊羹を楽しみ終わって人形屋さんへと向かって行くマリアさんを、私達は手を振りながら見送りました。

 

 さてと。次はどこのお店にいこうかなっと。

 

 



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人形列車 鉄亜鈴城6

「あ~、美味しかった~。次はどの羊羹屋にいく?」

「…………あの。流石に同じの連チャンはきついです」

「ええ~っ!? 桜は羊羹嫌いなの?」

「羊羹は大好きですし、むしろ羊羹が嫌いな小学生はいないと思ってます。けど、他にも美味しいのは沢山あるので、次は違うジャンルのお店に行きましょう」

「えっ!? 他にもこんな美味しいのがあるの?」

「はい。この辺りは和風なお菓子を売ってるお店が多くて、お団子やお饅頭も美味しい…………ってガイドブックに書いてあったので、間違いないです!」

「へ~。そうなんだ。じゃあ次はそのお店にゴーね」

 

 私はガイドブックを開いて次に行くお店を探しながら、ついでに和希さんと合流しようと思って通信を入れる事にしました。

 

「そうだ。シャンティ、和希さんと通話を繋いで貰えますか?」

「オッケー。…………はい、つないだよ~」

 

 ――――数秒後。

 私の前にホログラムの画面が表示され、画面の中央には和希さんの顔が映っていました。

 

 くふふ。今から近くにいる事を教えてビックリさせちゃいましょう。

 普段クールな振る舞いをしていても、流石に私がこの場所にいる事だけは予想出来ないはずっ!

 

「和希さん、今ちょっといいですか?」

「別に構わないが、どうかしたのか?」

「少しお話をしたいと思って。ちなみに今は何をしてるんですか?」

「見てわからないか? お前と電話をしているんだ」

「…………いえ。そういう事じゃなくって、今どこにいるのかと――――――」

「ここだよ」

「…………え?」

 

 明らかに通話越しじゃなく真後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには――――――。

 

「わわわっ!?」

 

 忍者の服装をした和希さんが、カラス型マテリアル・デバイスのハヤテと一緒に立っていたのでした。

 

「か、和希さん!? どうしてここに!?」

「どうしてって。合流する予定だったんじゃないのか?」

「えっと、確かにそうなんですけど、そうじゃないです! 何で私がここにいる事を知ってるんですか!?」

「どうしてって、位置情報を見たらすぐに場所が出てくるだろ?」

「……………あ」

 

 そうでした。

 和希さんとはお互いにフレンド登録をしていて、待ち合わせに便利って理由で位置情報も共有してたのを忘れちゃってました…………。

 

「では、そういう事で!」

「あ、おい!?」

 

 驚かせるつもりが逆に驚かされてしまい、恥ずかしくなった私はその場から走り出し、近くにあった建物の影に避難しました。

 

「ふぅ。これで大丈夫…………」

「…………お前は何をしてるんだ?」

 

 避難したつもりが、何故かすぐ後ろに和希さんの姿が。

 

「ひゃうっ!? なんでこの場所が!?」

「位置情報を見たって言ったろ?」

 

 隠れる事が出来ないと悟った私は今の状況を和希さんに説明すると、和希さんは「そういう事か」と納得してくれました。

 

「そういえば、いつ頃から私が旅行中だって気が付いたんですか?」

「昨日通話した時点で、線路の上を高速で移動してたからな。通話の最後に面白い笑いも浮かべてたから、多分ここに寄るんだろうって思っただけだよ」

 

 つまり、最初からバレちゃってたって事ですか。

 

「それでそっちは知り合いなのか?」

 

 和希さんは私の横を見ると、そこにはズズーと茶碗でお茶を飲んでいるドレス姿の女の子がいました。

 日本茶とドレスの組み合わせは、一見ミスマッチに見えて案外合っているような気もします。

 

「この子はリニス、列車で知り合いました」

「よっろしくぅ~」

 

 リニスは茶碗を持ってない方の手で横ピースして答えました。

 

「そしてこっちは仙堂和希さん。同じ学校に通っている同級生です」

「よろしくどうぞ」

 

 といった感じで自己紹介が終わった所で、一番気になって事を聞いてみる事にします。

 

「あの。ところで和希さんは、なんで忍者の格好をしてるんですか?」

「あっ!? もしかして、この子もござるなの?」

「…………ござる?」

「いえ。こっちの事なので気にしないでください」

「別に忍者の里で、忍者の格好をするのは当然じゃないか?」

「た、たしかに!?」

 

 言われてみれば変わってるのは、普通の格好をしてる私達の方なのかも。

 だったらここは、郷に入っては郷に従えの精神で。

 

「こうなったら私達も忍者の格好をしましょう!」

「えっ!? ござるになれるの!?」

「はい。なれるで、ござる!」

 

 ―――――と、いうわけで。

 私達は貸衣装屋さんに行って忍び装束を2つレンタルして、早速着替えちゃう事にしました。

 

 まず鎖かたびらは重いので、袴の上に編み目の入ったインナーを着てから上着を羽織ります。

 それからスニーカーをわらじに履き替えてから頭巾を被って、忍者の完成!

 

「わ~い。ござる忍者でござる~」

「おおっ!? かっこいいです!」

  

 ちなみに和希さんは緑色で私は赤色、そしてリニスは紫の色の付いた忍び装束をまとっています。

 お店には金色やレインボーカラーの忍び装束も置いてあって、派手なカラーも人気があるみたいでした。

 

 どう見ても忍ぶ気なんて全く無いカラーリングですが、今の時代に忍者が忍ぶ必要とか全く無いですからね。

 むしろオシャレに気を使ってる方が、現代の忍者に相応しいまであります。 

 

 



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人形列車 鉄亜鈴城7

「では、服も着替えた所で」

「ところで?」

「記念写真を取りましょう!」

「いえ~い!」

 

 せっかく全員忍者になったので、記念に写真を撮っておかないと。

 

「それじゃあ、いくよー?」

 

 シャンティの撮影システムを起動してから、皆で揃って決めポーズ!

 

 

 ――――パシャリ。

 とフラッシュの光と共にシャッター音が響き、シャンティのメモリーに私達の思い出が刻まれました。

 

「サカリ忍軍、結成でござる~」

「なんだそれ?」

「たぶん全員の名前の最初の文字から1文字とってるのかと」

「ねえ、桜。忍者って何をするの?」

「――――えっと。何をするって言われても困るんですが」

 

 忍術なんて使えないし、悪の忍者がいるわけでもないです。

 さて、どうやって説明するべきか。

 

「忍者がやる事ならあるぞ?」

 

 和希さんは「当然だろ?」みたいな表情で、忍者の格好でやる事に心当たりがあるみたいです。

 

「…………あれ? なんかあるんですか?」

「そもそも私はその為に、ここに来たからな」

「ふ~ん。そうなんで…………」

 

 って、何だか凄く嫌な予感がします。

 ここは話題を変えて、お団子屋さんに行くことにしないと。

 

「あの。それより今から、お団子を…………」

「えっ!? 忍者がやる事あるの!?」

「なっ!? ちょ、ちょっと待ってくだ――――」

「なんだ? 興味があるなら連れてってやるぞ?」

「いえ。別にそこまで―――――」

「もちろんあるわ! じゃあ次はそこにしゅっぱーつ!」

「ええっ!?」

 

 私の進言も虚しく、意気投合した2人は次に行く場所をそそくさと決めてしまって、その場所へと向かって行きました。

 

「ほら、さくら~。早くしないと置いてっちゃうわよ~」

 

 別に置いてって貰っても全然問題なかったのですが、流石に旅行先で1人で行動するのも寂しいので、私は渋々と2人についていく事に。

 

 

 ――――そして、数分後。

 私は何故かアスレチックステージのスタート地点に立っていたのでした。

 

 この施設の名前はTASUKE。

 伝説のスーパー忍者タスケが、ここを使って修行をつんでいたとかいないとか言われている場所で、今では観光名所の1つになっているようです。

 

 ガイドブックにも特集されていたのですが、運動系の施設には全く興味が無かったので読み飛ばしていました。

 

 過去にテレビで見たりゲームでプレイした事はあるのですが、実際に自分がやった事なんて勿論1回も無く、最初のステージすらクリア出来る気がしません。

 

 私がスタート地点から中々スタート出来ずにとどまっていると、エリア外から声援が聞こえてきました。

 

「さくら~、頑張れ~」

「最初のステージは簡単だから、気楽に行け~」

「どこがですか!?」

 

 スタート地点からゴールまでの直線には木で作られた様々なアトラクションが設置してあって、挑戦者の行く手を遮ってきます。

 

 下は全て池になっているので落下しても大怪我はしませんが、それでも高いところから落ちるのは怖い事に変わりありません。

 

 ただ唯一私にとって助けになった事は、広場の後ろに大きなお城が建っていた事。

 気持ちを城下町で忍術の練習をする忍者に切り替える事で、なんとか乗り切ってみせます!

 

 私は忍者。私は忍者。私は忍者……………よしっ! これで行けるはずっ!

 

 軽く深呼吸をしてからスタート地点に設置してあるボタンを押すと、ブザーの音と共にゲートが開き、制限時間のカウントダウンが始まりました。

 

「ま、まあとりあえず行ける所まで…………」

 

 スタート地点から少し走ると早速最初のアトラクションがあり、50メートルくらいの池にいくつかのイカダが少し間隔を開けながら浮いている場所に到着しました。

 

「まずは、これをジャンプするんですね」

 

 走るスピードを調整しながら、踏切から最初のイカダに向かってジャンプ!

 ジャンプをする時は特に問題はありませんが、問題は着地する時です。

 

 私がイカダに足をつけた瞬間。

 

 バシャン。

 

 と水しぶきを立てながらイカダの重心が少しだけ傾いて振り落とそうとしてくるのを、私は前に体重をかけて四つん這いになって倒れる事でなんとかイカダにとどまる事に成功しました。

 

 ちなみにルール上では倒れても水に体の一部が触れなければ、失格にならないようになってます。

 体が水に触れた瞬間にセンサーが反応して失格を告げるアラームがなる仕掛けになっていて、現在アラームは鳴っていないのでセーフみたいです。

 

 忍者の里の割には、アスレチックが最新のセンサーで管理されているのはどうなんだろう?

 みたいな感想は考えない様にしておきましょう。

 雰囲気も大事ですが、安全も大事ですからね。

 

 イカダの揺れが収まったのを確認してから、そのまま次のイカダに向かってジャンプ!

 最初のアトラクションだからなのか難易度的にはそこまで難しくは無く、少し時間を使えば特に危なげない感じでクリアする事が出来ました。

 

「まだまだ、これからだぞ~!」

「ご~ご~!」

 

 2人の声援を聞きながら、私は次のアトラクションへと走ります。

 



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人形列車 鉄亜鈴城8

 階段を駆け上がると一番上には地面に刺さった棒にロープがくくりつけてあり、どうやらこれでターザンのようにして向こう側へと飛ぶみたいです。

 

 向こう側へ渡れるチャンスは1度きり。

 何故ならジャンプする事が出来なかったらロープは池の真ん中で停止するので、後は池に落下するしか無くなるからです。

 

  ロープを棒から外して体全体でしがみつく様に持ってから、助走をつけてジャンプ!

 水面スレスレをしなるロープが走り、池の向こう側にあるロープで出来た壁がぐんぐんと近づいてきます。

 

 後はタイミングを見計らって……………飛ぶっ!!!!

 

 ロープから手を離すと、振り子の原理で得た力で私の体は横に流されながら宙を飛んで行きます。

 

 ジャンプしたタイミングは完璧!

 角度もじゅうぶん!!

 

 ―――――しかし、ここで予期せぬ問題が発生してしまったのでした。 

 それは……………私の運動能力の無さ!!!!

 

「…………あ、あれっ!?」

 

 後は手を伸ばして壁のロープを掴むだけだったのですが、伸ばした手は虚しく空を掴み、私は逆さまになりながら池へと落下して行きました。

 

 目の前に迫る水面。

 水没まで秒読み段階になった瞬間。

 ふいに目の前の景色が静止して、私の体が水の中に沈むのを回避できました。

 

「――――おや?」

 

 右足に何かが引っかかっている感触があったので見てみると、逆さまになった時に偶然右足がロープに引っかかり宙ぶらりんの状態になっていました。

 

「あ、危なっ!? ねえ、これからどうすればいいの?」

「そのままロープを手で掴め!」

 

 なんとか体をジタバタさせながら両手で網目状のロープを掴み、そのまま上半身が上になるようなポジションに体の向きを変える事にしました。

 

 そのままゆっくりとロープの壁を降りて行き、なんとか2つめのアトラクションもクリアする事ができました。

 

 

「ふぅ。ギリギリセーフでした」

「あとちょっとだぞ~」

「そのままクリアしちゃえ~」

 

 2個クリアした事でだいぶ自分に自信をつける事が出来、今の私は憧れのミスタータスケになったような気分です。

 

「えっと次のアトラクションはっと」

 

 このまま勢いにまかせてクリアを狙う私でしたが、最後に最大の敵が立ちふさがって来たのでした。

 

「………………こ、これは!?」

 

 今私の目の前には1つの壁があります。

 ただの壁ならば問題は無いのですが流石に後半に出てくるだけあって、そんなに生易しい物ではありません。

 

 普通に手を伸ばしただけじゃ届かない高さ。

 そして頂上部分が少しだけクルッと反り返っているので、一番上を掴むだけでも大変そう。

 

 そもそもここまで来るのに体力を使いすぎているので、走って飛ぶ事すら難しいです。

 

 迫りくる時間。

 残り少ない体力。

 身長の低い私にとって絶望的な高さ。

 

 全ての状況が私に不利に働きかけて来ましたが、今の私はミスタータスケ。

 こんな壁なんかに負けません!

 

 ちょっとだけ後ろに下がって助走を付けてから大きくジャンプ!

 そのまま大きく手を伸ばして頂上を掴もうとしましたが――――――駄目っ。

 

 私は壁の前にストンと落下し、相変わらず目の前には高い壁がそびえ立っていました。

 

「…………これは無理なのでは?」

 

 諦めようと思った瞬間。

 

「さくら~。頑張れ~」

「手は届いてたぞ~」

 

 と、和希さん達の声援に励まされ、ちょっぴりだけ元気が戻った私は、呼吸を整えてもう一回チャレンジする事にしました。

 

「えっと。確かゲームでは、あの場所からあのタイミングで…………」

 

 あんまり意味は無いかもしれませんが昔やったTASUKEのゲームを思い出し、それと同じタイミングで飛ぶ事にします。

 

 ゲームで攻略法を探してる人もいるとか聞いた事もあるので、全く無駄では無いはずっ。

 

「行きますっ!」

 

 私は最後の体力を振り絞って走り出し、ゲームと同じタイミングでジャンプ!

 

「やああああああああああっ!」

 

 そして、なんとか右手だけ頂上を掴む事に成功しました。

 

「掴んだっ!」

 

 後はこの手を絶対に離さないようにして登りきるっ!

 

 左手を伸ばして何とか両手で掴む事で安定度をアップ。

 そして、腕の力だけで体を持ち上げます。

 

 体重が軽い事が良かったのかギリギリで上半身だけ持ち上がったので、そのまま倒れるようにして何とか上半身が頂上に乗りました。

 後は足を大きくあげて下半身を気合で持ち上げ、私は壁を何とか登りきりました。

 

「や、やりました。ミスターTASUKEの勝利です!」

 

 壁の頂上でガッツポーズした瞬間。

 タイムアップのブザーがフィールドに鳴り響きました。

 

「……………あれ?」

 

 

 壁の上からステージの先を見てみると、まだいくつかアトラクションが残ってるみたいです。

 

 ―――――つまり。

 

「か、壁を登って満足してしまいました…………」

 

 壁から降りた私はそのままステージの端っこにあるスイッチを押すと、池の底から橋の様な物が浮かび上がって来ました。

 

 どうやらここを歩いてステージの外に出るみたいです。

 橋を渡り、ステージから出る時に参加賞のタオルを係員さんから受け取り、私は2人の待つスタート地点へと戻る事にしました。

 

 



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人形列車 鉄亜鈴城9

 

「惜しかったね~」

 

 途中でリタイアした私をリニスが出迎えてくれました。

 次の走者の和希さんはスタート地点に立っていて、もうすぐチャレンジするみたいです。

 

「はぁ………はぁ………。というか、私レベルなら壁をクリア出来たら勝利でいいのは?」

 

 自分の予想以上の結果に驚いていると、突然シャンティに誰かからの通信が入ってきました。

 

「さくら~。通信が来てるよ~」

「通信? 誰からですか?」

「えっと。望からだけど」

「わかりました。繋げてください」

「はいは~い」

 

 通信を繋いでホログラムの画面を表示すると、そこには必要以上にアップになっている望さんの姿がありました。

 

「はろはろー。望だよっ」

 

 望さんは列車から降りた時のロックミュージシャンのような格好をしてました。

 

「…………望さん。まだその格好をしてたんですね」

「これからお城でカラオケコンテストがあるんだよ!」

「そうなんだ~。頑張ってね~」

「うん。頑張るよ! …………ってか何で桜ちゃん達は忍者の格好してるわけ?」

「忍者の里なので、どうせなら忍者の格好をするのも悪くないと思ったんです」

「ござる、ござる~」

「おお!? いいねぇ~。望も後で忍者になりたいな~」

「だったら望も後で私達みたいに忍者の修行をしましょうよ」

「修行ってそこのアスレチックみたいな所?」

「あれ? 何で望さんがアスレチックの事知ってるんですか?」

「え? だってここから見えてるし」

 

 そういえば通話の最初にお城にいるとか言ってたような。

 

「シャンティ。望遠鏡モードでお城を見て貰えますか?」

「お城って、あそこに見えてるのでいいの?」

「はい。お願いします」

 

 通話画面の横に新しい画面を出してお城の天守閣を拡大すると、そこには望さんの姿がありました。

 それに気付いた望さんは、こっちに向かって手を振って答えます。

 

「あっ。みんなそこにいたんだ」

 

 ちなみに望さんの視力は10.0なので、あっちはマテリアル・デバイスの機能などを使わなくても余裕で直接こっちの様子が見えてるみたいです。

 

「望みさ~ん。出番ですよ~」

 

 通信越しに誰かが望さんを呼ぶ声が聞こえてきました。

 

「あっ!? そろそろ望の出番みたい。ちょっと行ってくるよ」

「では後でこっちで合流しましょう」

「ばいば~い」

 

 望さんとの通話が終了してから数秒後。

 すぐに和希さんのチャレンジが始まりました。

 

 和希さんは持ち前の身軽な身体能力を活かし、本物の忍者のような立ち回りでどんどんステージを進んでいきます。

 

「わぁ~!? ねえ桜。あれが忍者?」

「そうですね。実質忍者です」

 

 私が登るので精一杯だった壁も1回でてっぺんを掴み、体を振りながらジャンプして一回転しながら着地をするといった離れ業も披露してくれました。

 

 その後も和希さんは危なげなくステージを進み、時間にかなり余裕がある状態でファーストステージをクリアしちゃいました。

 

「よーし。次は私の番ね」

 

 和希さんがステージから降りると、続いてやる気満々のリニスがスタート地点に立ってステージ攻略に挑みます。

 

「なあ。あいつはどれくらい動けるんだ?」

「多分、私と同じくらいですね。ファーストステージクリアは難しいと思います」

「だったら少しでも進めるようにアドバイスしてやるか」

 

 私達の声援を受けながらリニスの挑戦が始まりました。

 そんなに動けないだろうと思ってた私の考えとは裏腹に、無駄のない動きでどんどんアトラクションをクリアしていってます。

 

「なんだ。結構やるじゃないか」

「そ、そんな。ただの食いしん坊だと思ってたのに、動ける食いしん坊だったなんて!?」

 

 そのままリニスもファーストステージをクリアして、ゴール地点でVサインをこちらに向けてきました。

 私も良くやったとピースを返したのですが、なぜだか和希さんは難しい表情を浮かべています。

 

「…………何かアイツ。動きに無駄が無かったな」

「あの。そんなに良いプレイスタイルだったんですか?」

「良いと言うか、全ての行動が完璧なタイミングだった。身体能力がそんなに高くないみたいだからタイムは普通だけど、失敗する気配すら感じなかったぞ」

「そうなんですか」

「あんな人間離れした奴を見るのは久しぶりかもな」

 

 ギクリ。

 さすが和希さん、鋭いです。

 

「いえ~い。2人とも見てた~?」

 

 私の心配なとつゆ知らず。

 ステージをクリア出来てごきげんなリニスが帰ってきました。

 

「はい。ちゃんと見てましたよ」

「ふふん、さっすが私の従者ね。…………っと。そう言えば出口でスタッフの人からカード貰ったんだけど、これって何なの?」

 

 リニスの手には忍者の絵の付いた、黒色のカードが握られていました。

 

「それはセカンドステージの参加証だな。この先にあるセカンドステージに入るのに使うんだが、ついでだし行ってみるか?」

「そうですね。せっかくなので、行きましょうか」

「行くでござるぅ~」

 

という訳で、私達は次のステージへと進む事にしました。



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人形列車 鉄亜鈴城10

 和希さんに案内されるままに道を歩いていくと、体育館くらいの大きさの建物が見えてきました。

 

「見えるか? あれだぞ」

「次は室内なんですね」

「へ~。ここも結構人がいるのね~」

「まあクリア出来なくても見学は出来るからな。とりあえず中に入るぞ」

「そうですね」

 

 まず先頭の和希さんがゲートの前に行くと、入り口のセンサーが反応して通行止めのバーが上がり、中に入れるようになりました。

 

 リニスも続いてゲートをくぐり、最後に私もゲートをくぐろうとすると―――――。

 

 ピピーッ!

 

「はうっ!?」

 

 警告音と共にゲートの横にあるバーが下がってきて、私の入場を拒んで来たのでした。

 

「ええっ!? なんで!?」

「桜はファーストステージをクリアして無いからじゃないかしら?」

「…………あ」

 

 2人が続けてクリアしたので忘れてましたが、そういえば私は壁を登った所でタイムアップになっちゃったんでした。

 

「横に観戦用の入り口があるから、そっちからなら入れるぞ?」

「…………そうですね。私は観客席から応援してるので、私の分まで頑張ってきてください」

「まっかっせて~」

 

 2人の入場を見送った後、私はシャンティと一緒に観客席へと続く階段を登って行くことにしました。

 

 階段を登りきり観客席への入り口をくぐると、そこにはセカンドステージに挑まんとするチャレンジャーを応援する観客の熱気で溢れかえっていました。

 

 観客席は会場の真ん中に作られたアスレチックステージを囲むように作られていて、7割くらいの席が埋まっている感じです。

  

 少し上の方にはプレイヤーの様子をアップで映すモニターも用意されていて、直接見るかモニターで見るか二通りの楽しみ方が出来そうです。

 

 流石にセカンドステージだけあって、ファーストステージよりもかなり難しくなってるようで、今もアトラクションから滑り落ちたチャレンジャーが池に撃沈して失敗になってました。

 

「…………本当にあれをクリア出来る人がいるんですか?」

「少ないけど、ちょくちょくいるみたいだね~」

 

 シャンティの出力してくれたデータを確認すると、確かにクリア出来ている人が何人かいるようで、人類の可能性が見えた気がします。

 

「あっ。次は和希の番みたいだよ」

「本当です!? 和希さ~~~ん。がんばれ~~~~~!」

 

 私が今座っている2階席からアスレチックステージまではかなり距離があって、和希さんまで声が聞こえるのかわかりませんが、私は必死に声を出して応援しました。

 

 声が聞こえたのか、和希さんは一瞬だけこっちをチラリと見てから集中してステージへと挑みはじめます。

 

 和希さんはリアルでもスピードタイプなのか、飛んだり跳ねたりする場所は順調にクリアしていきましたが、純粋にパワーを必要とする場所はちょっと苦戦しちゃってるみたいです。

 

 それでも何とか得意ゾーンのアドバンテージを活かしてギリギリでゴールへと滑り込み、なんとかクリアしてくれました。

 

「おおっ!? 凄いですっ!?」

 

 どうやら和希さんが今日始めてのクリアプレイヤーみたいで、お客さんの盛り上がりも最高潮!

 

 歓声に包まれる中、和希さんは「ふぅ」と息をひとつ吐いてクールに去っていきました。

 

 

 そして次はリニスの番。

 流石に2人連続で女の子という事で驚きを隠せない人は多いようですが、和希さんが良い流れを作ってくれたので、勢いに乗ってクリアして欲しいですね。

 

 スタートのブザーが鳴り、勢いよく飛び出していくリニス。

 

 しかし、何故だかファーストステージを正確無比な動きでクリアした時とは別人みたいなぎこちなさで、序盤から大苦戦しているみたいです。

 

「あれ? 調子が悪いんでしょうか?」

 

 そのままリニスは細い道を渡っている時に足を滑らせて水の中へと落下してしまい、セカンドステージでリタイアになってしまいました。

 

 2人の挑戦が終わったのでとりあえず私達は合流する事にして、私は建物の入り口で2人を待つことにしました。

 

 少し舞っていると、最初に和希さんが1人で歩いてやってきました。

 

 

 

「おや? 1人だけですか?」

「あいつは服が濡れたから乾燥機で乾かしてから来るんだとさ」

「そうだったんですか」

 

 リニスが来るのを待ちながら、近くにいた和希さんなら何か不調の理由をしってるかもと思ったので聞く事にします。

 

「あの。そう言えばリニスに変わった様子とか無かったですか?」

「別に変わった様子は無かったぞ。ただ知らなかっただけじゃないのか?」

「――――知らなかった?」

「最初のステージは全ての器具を知っていた。そして、ここにあるのは知らなかった。私にはそうとしか見えなかったぞ」

 

 どういう事でしょうか。

 私はてっきり室内が苦手だと思ったけど、そうじゃない?

 

「あっ!? いたいたぁ。2人共おまたせ~」

 

 すこしたってから、服を乾かし終わったリニスがやってきました。

 

「残念でしたね」

「な~んか。体が上手く動かなかったのよね~」

「まあ、こんな日もあるだろ。それよりこれからどうするんだ?」

「えっと。これでステージは終わりなんですか?」

「あと1つあるけど、別に他に行きたい場所があるならそっち優先でもいいぞ?」

「いえ。せっかくここまで来たんですし、このまま最後までチャレンジして行ってください」

「そうね。私も和希が完全制覇する所はみたいかも」

「…………別にクリア出来るって確証は無いんだが。まあ、やれる所まではやってみる」

 

 私達は和希さんが最終ステージに挑むのを見守る事にして、最終ステージが設置してある広場へと向かう事にしました。

 

 



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人形列車 鉄亜鈴城11

 ――――そして数分後。

 観客席で見守る私達の前には最終ステージに挑まんとする和希さんの姿がありました。

 

 最終ステージに挑む前にはお城の方から花火が上がるのが恒例らしく、ドカンと言う音と共にいくつかの玉が上空へと打ち上げられて、綺麗な花を咲かせています。

 

「わ~。凄いわね~」

「いい眺めです」

 

 最後の大玉花火の打ち上げが終わり、ついにスタート!

 

 ……………と思いきや、何だか花火の打ち上がる音が止まりませんでした。

 

「おや? 今回は大サービスなんでしょうか?」

「ねえ、桜。空の模様が消えちゃってるわよ?」

「………えっ!?」

 

 花火が上がる音は聞こえるのに、どういう事か上空には花火が破裂して出来る模様が見えません。

 それどころか、爆発音がどんどん大きくなっている気が…………。

 

「…………いったい何が?」

「あれっ!? なんか、お城から煙が出てない?」

「…………煙? 本当です!? 」

 

 爆発音と共にお城から煙が立ちのぼり、お城を観光していたと思われる人達が一斉に外へと避難して来ました。

 

「確かお城には望さんがいます!?」

「ちょっと行ってみましょう!」

 

 私達は急いでお城に向かい、近くにいたスタッフの人に状況を聞く事にしました。

 

「あのっ。いったい何が起こったんですか?」

「カラオケ大会で使ってた火薬の量をスタッフが間違えたみたいで、爆発しちゃったみたいなんだ」

「ええっ!?」

「それで、避難状況はどうなってるの?」

「ほとんどの人は無事に脱出は出来たみたいなんだけど、ただ――――」

 

 な、なんだか嫌な予感が。

 

「その時にステージで歌ってた女の子が1人だけ取り残されてしまったんだ」

 

 私は祈るように一番上にある天守閣を見ると、そこには見知った少女の泣き叫ぶ姿がありました。

 

「うわああああああああん。助けてぇえええ、うぉ姉ちゃあああああん!!!!!」

「望さん!?」

 

 状況は一刻を争う緊急事態です。

 

「消防隊はまだなのか?」

 

 最終ステージに挑もうとしてた和希さんもやって来ました。

 

「連絡はしたんだが道路がかなり渋滞しているらしくて、まだしばらくは来れないみたいなんだ」

「そ、そんな…………」

「チィ。だったら私が救援に向かう!」

 

 お城の中に突入しようとした和希さんでしたが、スタッフの人に止められました。

 

「や、やめたまえ。さすがに今から中に入るのは危険だ」

「なら見捨てろって言うのか?」

「そうは言ってない。もうすぐ消防隊がくるはずなんだ。だから危険な事はしないで待ってて欲しい」

 

 …………何か。

 何か私達に出来る事は無いんでしょうか。

 

「だったら水をかけたらいいんじゃないの?」

 

 リニスが水で火を消す事を提案しましたが、スタッフさんは首を横にふって。

 

「そうできればすぐにでもしたいけど。さすがにそんな大量の水を急に用意する事なんて出来るはずが…………」

「水ならそこに沢山あるじゃないか?」

 

 和希さんはTASUKEのファーストステージを見つめ、そこには落下しても怪我をしない為に用意された大量の水で出来た水たまりが沢山ありました。

 

「だったらあの水を使いましょう! あとは水をお城にかける為のホースがあれば…………」

「ホースなら水遁の術のアトラクションに使っている物がある。急いで準備しよう」

「お願いします!」

 

 スタッフの人は急いで水を発射する機械を用意して、給水ポンプをファーストステージの水たまりへと投げ入れました。

 

 後は消防隊の人たちがくるまで、少しでも火の勢いを弱めます!!

 

「発射!」

 

 ホースの横に付いているボタンを押して水を発射。

 …………するはずが、何故かホースからは水が一滴も出てきませんでした。

 

「あ、あれ? これ壊れてないですか?」

「いや。これは昨日使った時は問題なかったから、そんなはずは…………」

「おい。燃料が空っぽだぞ!」

「ええっ!?」

 

 本体にあるゲージを確認すると、燃料メーターの針は0の所を指し示しています。

 

「ね、燃料は無いんですか?」

「確か倉庫にいくつかあったはずだ。急いで取ってくる!」

 

 そう言ってスタッフさんは倉庫に向かって走っていき、その場には私達3人が残りました。

 そうしている間にもお城の炎は激しさを増して、いきどおりのない焦りが差し迫ってきます。

 

「ど、どうしましょう?」

「どうするもなにも。燃料が無かったらそれは使えないだろ?」

「そうなんですが…………」

「まったくオンボロなんだから!」

 

 リニスが機械をポコンと蹴ると、機械の上の部分が開き何かを入れる場所が出てきました。

 そこには何故かチクワの様なマークが貼ってあります。

 

「なんだこれ?」

「変なマークが付いてるわね」

「こ、これは!?」

 

 私は自分の記憶を全力で思い出し、ある答えにたどり着きました。

 かなりありえない仮説ですが、もうこれに賭けるしかありません。

 

「そう言えばガイドブックで読んだ事があります。チクワをエネルギーにして作動する機械が昔ありました!」

「…………なんだそれ?」

「エネルギー効率が悪いとかですぐに生産中止になったのですが、多分これはその後期モデルの燃料とチクワどっちでも可動するタイプです!」

「けど、そんな事が解ってもチクワなんてどこにも無いわよ?」

「あそこにあります!!!!」

 

 私は観光ガイドに乗っているお城のページを開き2人に見せました。

 

「あそこに昔住んでいたお殿様が大のチクワ好きで、天守閣でチクワがお土産として売られてるんです。だから、天守閣に沢山あります!」

「それで、そのチクワをどうやって持ってくるんだ?」

「シャンティ。望さんのごんすけに通信してください!」

「オッケー。――――繋いだよ!」

「望さん、聞こえますか? 望さん!!!!」

 

 それからしばらくして、涙顔の望さんがモニターに顔を見せました。



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人形列車 鉄亜鈴城12

「うわあああああああん」

「落ち着いてください、望さん。そこにお土産のチクワは置いてありますか?」

「ぐすん。ぐすん。…………チクワ? えっと、チクワなら沢山あるけど…………」

 

 ふう。

 なんとか燃料の確保は出来たみたいです。

 

「望さん。チクワを私達のいる場所まで向かって投げてください!」

「………え? なんでそんな事…………」

「いいから早くっ!」

「…………わ、わかったよ。え~~~いっ!!!!」

 

 しばらくして空から沢山のチクワが降ってきたので、私達は急いで集めチクワ投入口へと入れました。

 

 ―――――そして。数秒後。

 ガタンガタンと鈍い音を立てながら機械が少しづつ動き始め、ホースから水が吹き出して来ました。

 

 

「これで行けます!」

「だったらここは2人いればいいな? 後は任せるぞ!」

 

 和希さんはお城の下まで走り、鉤縄をぐるぐると勢いよく回してから空へと投げ、天守閣へと鉤縄を引っ掛けました。

 

「中が危ないなら、外から行けばいいだろ?」

「わかりました。私達でサポートします!」

「私はチクワを集めるので、リニスはホースで和希さんが登りやすいように火を消してください!」

「ふふん。まっかせてぇ~」

 

 和希さんが外を登って望さんの救出に向かい。

 リニスがホースで火を消し。

 私は放水するのに必要な燃料代わりのチクワを集める事になりました。

 

「望さん、頑張ってください」

 

 私はお城から落ちて来るチクワを必死になってかき集め、どんどん機械に入れていきます。

 それに答えるかのように、機械は全力でホースから水を出し続け、なんとか和希さんはお城の半分くらいまで上りつめました。

 

「あと、ちょっと」

 

 最後の気力を振り絞りチクワを集めていると、突然ガキンと金属がぶつかるような音が聞こえてきました。

 

「…………え!?」

 

 音のした方を見ると、鉄アレイが地面に激突して地面に大きなひびが入ってました。

 

「な、なんですかこれ?」

 

 ガキン。

 と、また金属がなにかに激突する音が聞こえてきます。

 

「…………いったい何が?」

「おい。上を見ろ!」

 

 和希さんの言葉にハッとなり上を見ると、何やらチクワに混じって他の物も降ってきているみたいです。

 

「…………あれは? 鉄アレイ!?」

 

 望さんを見ると、かなり焦っているからか、チクワに紛れて鉄アレイも投げているみたいでした。

 

「シャ、シャンティ。望さんに通信を!?」 

「オッケー。…………桜。駄目みたい。なんかもう通信に出る余裕が無いみたい」

「ええっ!?」

 

 仕方ありません。

 こうなったら鉄アレイを避けながらチクワだけを取る事にしないと。

 

 大丈夫。

 少し前にチクワを避けながら鉄アレイを取るゲームをやった事があります。

 

 だから今回はそれを再現すればいいだけ。

 TASUKEでもそれが出来たので、今回も絶対に上手くいくはずっ!

 

「桜。危ないからヘルメットくらい付けた方がいいんじゃない?」

「そうですね。お願いします」

「了解。ヘルメットモード起動!」

「シャンティ、コンバージョン!」

 

 私はヘルメットの形に変形したシャンティを被り、鉄アレイの衝撃を抑えながらチクワ集めを続けます。

 

 落下予測地点のサポートをしてもらいながら集める事で、鉄アレイをギリギリで避けながら集める事が出来ています。

 

 ―――――そして、しばらくして。

 和希さんがお城の外壁を登りきり、天守閣へと到着しました。

 

「おい。大丈夫か!」

「うわああああああああん、助けてよおおおおおおお…………って、あなたはだあれ?」

「私は桜の………………。桜の友達だ」

「桜ちゃんの友達? えへへ。ありがとー、助かったよ」

「すぐに降りるから掴まれ」

 

 そう言って和希さんは望さんの体をロープで自分の体と固定して、望さんの猫型デバイスごんすけが望さんの頭の上にぴょこんと乗ってから―――――。

 

「じゃあ行くぞ?」

「わかったよ!」

 

 燃える天守閣からジャンプして飛び出しました。

 

「来い、ハヤテ!」

 

 和希さんがカラス型デバイス・ハヤテを呼び、落下しながら掴む事で落下スピードを減速します。

 

 さすがに完全に落下スピードを無くす事は出来なかったようですが、そのままアスレチックの池まで滑空してボシャンと水面に落下して、なんとか怪我をするのだけは回避できたみたいです。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 私とリニスが到着すると、水底から影が浮かび上がってきて。

 

「ぷはぁ」

 

 と和希さんと望さんの姿が顔を出しました。



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人形列車 鉄亜鈴城  了

 ――――――それから、20分くらい後。

 

 燃料を取りに行ったスタッフさんと消防隊の人達が到着してお城の消火活動を始め、なんとか火は全て消化される事になりました。

 

 流石に疲れてしまった私達はそのまま列車に戻る事にして、みんなで銭湯で汗を流してから休む事にします。

 望さんとリニスはかなりお疲れモードなのか一足先にベッドで寝ちゃってます。

 

「そう言えば和希さんはどうやって帰るんですか?」

「どうやってって、歩いて帰るつもりだが?」

「…………いや。ここから私達の街まで100キロはありますよ?」

「来る時も歩いて来たから同じことをするだけだろ?」

 

 もしかして和希さんは超人なのでは?

 

「あの。だったらこの列車で帰りませんか? 私の部屋に泊まれる人数にはまだ余裕があるので」

 

 和希さんは少しだけ考えてから。

 

「いいのか?」

「はい。沢山で旅行した方が楽しいですし!」

「なら、言葉に甘える事にする」

「わかりました。では追加のベッドの手配をしますね」

 

 私は乗務員さんに連絡しようとしたのですが、和希さんは。

 

「いや。私は壁で休むからいい」

 

 といって壁にもたれ掛かかりながら3秒後に眠ってしまいました。

 

「ええっ!?」

 

 ま、まあ和希さんが問題ないならいいのですが。

 

「では、私も…………」

 

 私も休もうと思ったら、ピピピと誰かからの通信を告げる音が聞こえてきました。

 

「さくら~。忍から通信が来てるよ~」

「わかりました。つなげてください」

 

 シャンティにお願いして通信を繋げると、画面に忍さんの顔が写りました。

 

「やっほー、桜。どう? 旅行楽しんでる?」

「はい。いろんな事がありましたが、望さん達と一緒に楽しんでますよ」

「あれ? 望と一緒に行ってるんだっけ?」

「いえ。旅先で偶然あっただけです」

「ふ~ん。そうなんだ~」

「そう言えば、忍さんは部活の合宿でしたっけ?」

「そ。明日までだけどね。終わったら適当に観光して各自帰る事になってるから、私もちょっとした旅行って感じかな~」

「じゃあ、明日はお互い旅行を楽しむ感じになりますね。お土産も期待してます!」

「そっちも私のお土産忘れないでよね~」

 

 それからしばらく忍さんと会話を楽しんだ後。

 私は眠りに付きました。

 

 

 

 

 

おまけ さしさしトーク

 

 

さ「はい、という事で。ここでおまけターイム」

 

し「わー(パチパチ)」

 

さ「ところで忍さん。この小説のジャンルは何ですか?」

 

し「え? VRゲーム〔SF〕だけど?」

 

さ「そうです。けど今回はVRゲーム要素が全くありません。これは緊急事態です!」

 

し「いや。今更かもしれないけど、過去にVRゲームしなかった回も結構なくない?」

 

さ「うぐっ。確かにそうかもしれないですが。VRゲームを扱ってる以上、次回はVRゲーム  多めでいきます!」

 

し「別に無理してゲームしなくてもいいと思うんだけどなぁ」

 

さ「いえ、絶対にゲームします。無理やりにでもゲームやります!」

 

し「そんなんだから、無理やりな展開になるんでしょ!」

 

さ「というわけで、VRゲーム〔SF〕(現時点)に恥じないような展開になるので、乞う   ご期待!」

 

し「(現時点)ってなんなのよ…………」

 

さ「ゲームをやらなくなって、ジャンルが変わるかもしれないからです!」

 

し「おい」

 

さ「というわけで人形列車編も残す所あと1エピソード」

 

し「あ、次で終わりなんだ」

 

さ「次回。ラストエピソード、人形使いにレーーーーッツ、コンバイン!」

 

し「農機具!?」

 

 



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人形列車 人形使い1

幕間 ヒトガタの夢

 私は今、モヤが立ち込める何処とも理解らない場所を歩いています。
 ぼーっと前だけを見て進んでいくと次第にモヤが晴れてきて、どこかの高台のような場所で立ち止まると、ぼやけて見えなかった景色が一瞬にして現れました。

「…………えっ?」

 私の前には何かによって破壊された建物がいくつも倒れていて、まるで廃墟をみているような気分です。
 
 廃墟の真ん中には広場が…………。
 いえ。ソコにあったモノが全て消えて広場になってしまっている場所があって。
 その広場には1人の女の子が立っていました。

 女の子は凄く悲しげな顔をしていて、まるでこの惨状が自分のせいだと言いたそうでした。

 女の子は空を睨みつけながら、天に手をかざすと―――――。

 世界が白い光りに包まれて全てが消えてしまいました。

 



「……………………ここは?」

 私は気が付くとベッドの中にいました。

「…………夢? まったく、夢ならもっと楽しい夢を見たかったのに」

 時計を見るとまだ夜中の3時を回ったくらいで、良い子はまだ寝てなくちゃいけない時間ですね。
 まあ私が良い子かどうかは置いといて。

 手を伸ばして大きなアクビをすると。

 ポタリ。

 と水滴がしたたり落ちて、シーツに薄いシミを作りました。

「これは…………汗?」

 どうやら凄く汗をかいてしまっていたようで、手にはびっしゃりと汗がついていました。

「ふぅ。これは今日も朝からシャワーを使った方がいいかも…………」

 すぐ近くから寝息が聞こえてきたので横を見ると、いつの間にか私のベッドに潜り込んでいたリニスが幸せそうな顔で寝ていました。

「…………そういえば夢で見た女の子に似ているような?」

 たしか物を抱いて寝ると、それに宿った記憶が夢に出てくるとかなんとか本で読んだことがあった気が…………。

 つまり私がさっきまで見てた夢はリニスの記憶…………って、流石にそんな事は無いですよね。

 それに嫌な夢を他人のせいにするのは良くないです。

 ―――――ひとまずの目的地である教会までの駅は後2駅。
 リニスと遊ぶ事が出来るのは次の駅で最後かもしれないので、寝不足で遊べないみたいな事になったら大変です。

 私は今度はいい夢が見れたらいいなと思いながら、再び眠りに落ちて行きました。




 私達が寝ている間も列車は進む。

 振り返る事も無く、ただひたすらに前に。

 最後に待つ終着駅に向かって。

 

 

 

 

「さくら~。おっきろ~」

「ぎゃふっ!?」

 

 私の今日の目覚めは、突然仕掛けられたフライングボディプレスによって訪れました。

 不意打ちで技をかけてきた不届き者の正体を確かめるべく眠たい目を少しずつ開けていくと、そこには何故か不機嫌そうな表情をした女の子がいました。

 

「…………あの。なんでそっちの方が不機嫌なんですか?」

「だって桜が起きないと、朝ごはんが食べられないじゃない」

 

 部屋に掛けられている時計を確認すると、時刻は朝の8時をちょっと回った所。

 どうやら少し寝坊しちゃったみたいです。

 昨日変な夢を見たせいで夜中に起きてしまったからかもしれません。

 

 というか絶対そのせいです。

 私は悪く無いです!!

 

「まったく。今日は変な夢は見るわ、無理やり起こされるわで散々な日です」

 

 私は軽く背伸びをしながら「ふぁああ」とあくびをして、ベッドから降りました。

 

「あっ!? お寝坊さん、はっけ~~~ん!」

「ウサギに時計でも取られたのか?」

 

 私が起きたことを確認した和希さんと望さんが挨拶してきました。

 どうやら私以外はすでに全員起きているみたいです。

 

「すみません、寝坊しちゃって。別に私を待たずに先に食べて貰ってても良かったんですが」

「私はそれでも良かったんだが、そいつが皆一緒じゃないと嫌だって聞かなくてな」

「リニスが?」

「やっぱり皆で食べたほうが美味しいじゃない」

「うん。望も皆で一緒に食べた方がいいと思うよ」

 

 そう言いながら望さんは朝ごはんが待ちきれないのか、ポテチをボリボリと食べていました。

 

「あの。お菓子を食べるとご飯が食べられなくなっちゃいますよ?」

「ちっちっち~。望レベルになるとお菓子は別腹になるから大丈夫だって~。それにお姉ちゃんがいない今じゃないと朝ポテチを楽しめないし~」

「あっ!? じゃあ私も朝ポテチ貰おっかな~」

 

 リニスも望さんからポテチを分けて貰って、朝ごはん前なのにお菓子を食べ始めちゃいました。

 

「まったく。しょうがないですね」

 

 けど。私が起きるまで待っててくれたのは、ちょっぴり嬉しいです。

 

 みたいな事を考えながら、私はふと机の上を見たら皆でゲームをしていた形跡がありました。

 

「あれ? ゲームをしながら待ってたんですか?」

「ああそれ? 実は桜ちゃんを起こす係をそれで決めてたんだよ」

「…………どうせならボディプレスをしない人が良かったです」

 

 机の上には勝敗表も置いてあって、そこにはゲーム大会の名前も書いてありました。

 第1回 ねぼすけをフライングボディプレスで起こす係 決定戦…………と。

 

「ボディプレスされるの確定!?」

 

 それから私達は朝食を食べるスペースを空ける為に、机の上のゲームを片付けてから何を食べるか決める事にしました。

 

「えっと。朝食はどうしましょうか?」

「じゃあ私はチーズケーキがいい!」

「…………それはおやつです」

 

 ポテチを食べて更にケーキまで食べたら本当におやつだけでお腹いっぱいになってしまいます。

 

「そういえば。さっき部屋の端末におすすめメニューが届いてたぞ」

「端末に?」

 

 和希さんに言われるまま、私は部屋に設置してある端末を操作してホログラム画面を表示すると、軽快な音楽と共に期間限定 お好み焼き弁当の広告ムービーが流れはじめました。

 

「おおっ!? これは凄く美味しそうです!」

「じゃあ私はこれ~」

「望もこれにする!」

「私は何でも良いぞ」

「わかりました。では、お好み焼き弁当3個とナン弁当にします!」

「ああ。それで構わない」

 

 …………………えっと、この状況は。

 

「――――どうかしたのか?」

「やっぱりお好み焼き弁当を4つ注文します」

 

 忍さんだったら「何で私だけ違うのよ!」ってブチギレツッコミが飛んで来たのに…………。

 

 流石、和希さん。

 クールなスルーっぷりです。

 本当にどのお弁当でも良かったんだと思いますが、せっかくだし全員同じのにしましょう。

 

 という事で、ムービーの最後に出てきた注文画面から数量を4にして注文を確定。

 

 ―――――そして、待つこと数分後。

 部屋に設置してある配送ボックスに、調理場からベルトコンベアーで何かが運ばれてきました。

 

 配送ボックスを開けると、そこには出来たてほっかほかのお弁当が4つ置いてあったので、とりあえずテーブルに運ぶ事にします。

 

 配膳を終えると、和希さんが麦茶2個と紅茶1個とジュース1缶を冷蔵庫から取り出してオボンに乗っけて持ってきてくれたので、飲み物の用意も完了。

 

 では準備が全部終わったので。

 

「いただきま~す」

 

 早速、朝食を食べましょう。 

 

 お弁当の蓋を開けると、箱の中にはご飯とおかずのお好み焼きが半分ずつ入っていました。

 真ん中には大きめの揚げたミートボールみたいなのも乗っていて、こっちもなかなか美味しそう。

 

 多分お好み焼きを最初のおかずに食べて、中盤にミートボールでアクセント。

 ――――みたいな感じで食べる為に用意されている物だと思いますが、私はそんなコックさんの思惑には乗らず、いきなりミートボール直行です!!

 

「では、早速」

「おおー。桜ちゃん、いきなり攻めるね~」

「ここは最初から真ん中に置いてあるメインので行きます!」

 

 ミートボールを取って口に運び、軽く味わってからお好み焼きへ。

 …………と思ったのですが、なんだかちょっと食感が普通のミートボールとは違うような。

 

 ミートボールにしては中身がとろりとしてホクホクしてて、中心部には他の具材が…………。

 

「ああっ!?」

「わわっ。もう、急にどうしたの?」

「大変です!? ミートボールだと思ってたのに、たこ焼きでした!」

「…………そんなの別にどっちでもよくない?」

「全然違います! たこ焼きって解ってたたら最後のシメに取っといたのに…………」

「望は逆に先に食べる派かなぁ~」

 

 真ん中のがたこ焼きだと判明した瞬間。

 望さんは箸でたこ焼きを掴んで食べ始めました。

 

「あっ!? ほんとだ」

「今回は考えが甘かったです」

「え? どういう事?」

「お好み焼きと言えば大阪」

「広島風もあるけどね~」

「そして、お好み焼きと一緒に入ってる丸いものと言ったら、たこ焼きしかないじゃないですかーー!」

 

 まあ食べてしまった後で今更どうする事も出来ないので、こうなったら駅に付いたら速攻でタコ焼き屋さんに行かないと!

 

 私は少しだけしょぼくれながら、次にお好み焼きを食べる事にしました。

 

「こ、これは!?」

 

 豚玉。

 …………いえ、これはイカも入ってるミックスお好み焼き!?

 

 なるほど。

 これだとおかずがお好み焼きだけなのも納得がいきます。

 豚とイカの絶妙なバランスが最高で、ご飯を食べる手が止まりません。

 

「ごちそうさまでした」

 

 今回のお弁当はかなり当たりです!

 



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人形列車 人形使い2

 想像以上の美味しいお弁当に満足していると、列車が止まりアナウンスが流れ始めました。

 

「到着したみたいだな。これからどうするんだ?」

「えっと。テーマパークに行こうと思ってるんですけど、他に行きたい所とかありますか?」

「望は食べ歩きツアーがしたいなぁ~」

「あっ、それもいいかも!? ねえ、桜。どっちも行くってのは?」

「――――流石に時間的に厳しい気が」

「じゃあ二手に分かれて後で合流する事にするか?」

「そうですね。本当は皆でテーマパークに行きたかったんですが、他に行きたい所があるならそっちに行った方がいいですし」

 

 ―――――――と、いう訳で。

 桜、リニスチーム。

 和希、望チーム。

 に分かれて午前中は行動して、夕方頃に落ち合う事になりました。

 列車から降りてしばらく歩くと、それぞれの目的地へと誘導する電子案内板が出てきたので、ここでいったん別行動です。

 

「んじゃ、また後でね~」

「終わったら連絡する」

「はい。楽しんで来てください」

「それじゃあ、望。お土産よろしくね~」

「おけー。じゃあモダン焼きを買ってくるよ」

「また粉もの!?」

 

 2人と分かれてから私達はテーマパーク行きのバスが出発するバス停まで行くことにしたのですが、ちょっと知ってる気配を感じた私はとっさに足を止めました。

 

「ちょっと止まってください!」

「あれ? 急にどうかしたの?」

「このパターンも今回で3回目。なので多分この先には……………」

 

 私は壁に張り付きながら向こう側を見てみると、売店で買い物をしている忍さんを発見。

 

「ほら。やっぱり忍さんがいました」

「あの子も桜の友達なの? だったら――――」

「はいストップ!」

「はい?」

「毎回旅先で友達と会うのは2回で終わりにして、今回はあえてスルーする事にします!」

「ええっ!? せっかくあそこでスタンバってるのに!?」

「スタンバっててもですっ! ―――――という訳でシャンティ。ステルスゾーン展開!」

 

 私は手を前でクロスさせるポーズを取りながらステルスモードの発動を指示し、誰からも察知されない状態になりました。

 

 これでもう忍さんどころか道行く人にだって姿を見られる事はありません。

 

「これで安心です。それじゃあ行きましょうか」

 

 私達は人にぶつからないよう注意しながらテーマパークへの道を進みました。

 予想通り誰も私の事を見る人はいなくて、なにか可笑しいと思っても何事も無かったかのように皆が自分達の目的地へと足を進めています。

 

「わ~。ほんとに桜を見る人が誰もいないね~」

「なんとか成功したみたいですね。これで忍さんに気付かれる事も…………あれ?」

「どうしたの?」

「ちょっと見失っちゃったみたいです」

 

 ステルスモードは姿を隠す事と引き換えに、視界が悪くなるといった弱点があるのが難点です。

 本当は光学迷彩の機能のついたキグルミでもあれば良かったんですが、あいにくそんな都合のいい物なんて無いので、現状のこれでなんとかやりくりしないと。

 

 まあ忍さんの姿が見えないって事は、たぶんどこか他の場所に移動して行ったんでしょうね。

 そういう訳で、もうステルスモードは解除しても良さそうですが、一応念の為に出口まではこのまま解除しないで進みましょう。

 

「ふう。とりあえず忍さんには後で連絡する事にして―――――」

「………………あたしがどうしたって?」

「えっ!?」

 

 突然後ろから忍さんの声が聞こえてきました。

 私の姿は見えてないはずなのにどうしてバレたんでしょうか…………。

 

「てかそんなの取りなさいよ」

 

 忍さんにステルスモードを強制解除され、私の姿が現れました。

 

「ああっ!? 私のステルスダンボールが!?」

「こんなんでステルスになるわけ無いでしょ!!!!」

「そんな事ないです。スネークはダンボールで完全に隠れて基地に潜入してましたし、私もさっきまで誰にも見られませんでした」

「それは誰にも見られてないんじゃなくて、見なかった事にされてただけでしょうが!」

「ええっ!? そんなはずは…………」

「それにダンボールの後ろからシャンティがついて行ってたから、桜だって事もバレバレだったんだからね!」

 

 ま、まさか完璧だと思ったステルスモードにそんな弱点があったなんて。

 

「わかりました。次からはシャンティも入れるくらい大きいダンボールを用意します」

「よけい不審になるだけでしょ!!!!」

 

 忍さんにバレてしまったので不要になったダンボールを折りたたんでいると、リニスが話しかけてきました。

 

「ねえ桜。バレちゃったけど、これからどうするの?」

「そうですね。というか、そもそも何で忍さんがここにいるんですか?」

「え? 昨日の通信で部活の合宿に行ってるって言ったじゃん。それで合宿が終わったからちょっと買い物して帰ろうかなって思ってたんだけど」

 

 そういえばそんな事いってたような?

 

「えっと。今後の予定とかってどうなってるんですか?」

「特に決まってないけど?」

「じゃあ、あなたも一緒にテーマパークに行きましょうよ!」

「そうですね。暇な忍さんもいれて3人で遊んだら楽しさも3倍です」

「暇ってどういう意味よ! ―――――って、そっちの子は桜の知り合いなの?」

 

 そういえば忍さんは初見でしたっけ。

 私は列車で知り合った少女の事を忍さんに説明して。

 

「あー、そうなんだ。よろしく」

「うん。よろしくね~」

 

 あっさり友達になってくれました。



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人形列車 人形使い3

「ねえねえ。それより早くテーマパークに行きましょうよ!」

「テーマパークってユニゾンランドの事?」

「そうですけど、忍さんは行ったことあるんですか?」

「前に家族で1回だけね~。最近になってVRエリアが出来たって聞いてちょっと気になってたし、ちょうど良かったかも」

「では、案内は忍さんにおまかせして良さそうですね」

「忍。ガイドよろしく~」

「そんなに詳しい訳じゃないんだけど、まあここは忍さんにまっかせなさ~い」

 

 そんな訳で忍さんが仲間に加わって3人でテーマパークに行く事になりました。

 地下通路をわいわいと進み。

 途中にあるお店で気になったお菓子を3人で分け合いながら進んでいくと、ファンシーなマスコットキャラの描かれた看板が私達の前に現れました。

 

「なにこれ変な顔~」

「確かこれはマスコットキャラのユニゾンくんだったかな」

「そう言えばガイドブックで見た事があります。全世界マスコットランキングでは16位の人気でした」

「…………なんか微妙な順位ね」

 

 私達はユニゾンくんのユニゾンランドはこの上と書かれた看板の横にある階段を上がっていくと、そこには――――――。

 

「おおっ!? これは!?」

「わ~。すご~い」

「う~ん。やっぱ何回来ても楽しそう」

 

 夢の世界の入り口が私達を出迎えてくれました。

 

「じゃあ、さっそく入ろっか」

「忍さん。ちょっと待ってください」

「ふぇ? 入らないの?」

「えっと。確かここは――――」

 

 私は列車のチケットに書かれている事を確認してから、2人に伝えました。

 

「やっぱり今回の旅行のチケットで、ここに入れるみたいです」

「えっ!? そうなの?」

「今はお試しキャンペーン中で3人までなら入場料は無料で入れますね」

「じゃあ桜。あたしの分もよっろしくぅ」

「それでは忍さん。これを使う為に、私に誠意を見せてください!」

「ただで使わせてくれるんじゃないんかい!」

「――――と、思いましたが。園内の案内で手を打ちましょう」

「まあ、ジュースくらいならおごったげるわよ」

「いえ~い、じゃあ後でお願いね~」

 

 何故かリニスにジュースを奢ってもらう権利を取られちゃってます!?

 

 それから私達は入口ゲートまで行くと、ホログラムの案内AIが表示され音声案内が流れてきました。

 

「ようこそ。夢とサイバーな世界、ユニゾンランドへ」

「あの。子供3人でお願いします」

「お支払い方法はどうされますか?」

「このカードで」

 

 カードをかざすと、オートスキャンが始まりカードの内容を読み込み始めました。

 

「確認が終わりました。連動キャンペーン中なので、入場料は無料になります」

 

 ここで重要なのは「入場料は」という事です。

 つまり、中で食べ物や飲み物を買うのは別料金なので、使いすぎには注意しとかないと。

 リニスが忍さんから奢ってもらうジュースだけで満足するとは思えないのですし。

 

「ありがとうございます」

「では、ご一緒に入場なさるお客様全員でゲートにお入りください」

「忍さん、リニス。こっちに来てください」

「オッケー」

「えっと。これでいいの?」

 

 2人がゲートに入ると、すぐに生体データと危険物の持ち込みが無いかの確認が始まりました。

 特に問題も無くすぐに入場出来ると思ったのですが―――――。

 

 突然、ピピーーーッとエラー音が周辺に鳴り響き、スキャンが中断されました。

 

「えっ!? なにっ!?」

 

 突然の出来事にあたふたする忍さんに説明するかのように、音声ナビによるエラー内容の説明が始まります。

 

「お客様の1人に健康状態不明の方が1人確認されました。このまま入場する事も可能ですが、医師による診察をおすすめします」

 

 ……………健康状態不明? 

 ああっ!?

 

「ちょ、ちょっと大丈夫なの?」

 

 画面を見ると、私と忍さんの健康状態は良好。

 そしてリニスの健康状態を表す所にエラーの赤文字が点滅してました。

 

「えっ? 私は全然平気だけど?」

「確かに体調が悪そうには見えないけど…………。桜、どうすんの?」

「本人が大丈夫って言ってるので、別にこのまま入場していいんじゃないですか? それに今から病院に行ってたら、ここで遊べなくなっちゃいます」

「う~ん。確かにそうなんだけど…………。いい? ちょっとでもぐわいが悪くなったらすぐに言いなさいよ? 園内の医療室に連れてってあげるから」

「本当に大丈夫だと思うけど、じゃあその時はお願いね」

 

 まあリニスは人形なので病気にすらならないので、どちらかと言ったら私達よりも健康までありますが。

 運動系の部活をやってる忍さんは私より怪我や病気に気を使ってるので、こういった場面で心配してくれる事が多いです。

 

「えっと。では、このまま入場します」

 

 私は受付ナビにこのまま入場する事を告げると。

 

「かしこまりました。お客様の入場を歓迎します。ようこそユニゾンランドへ」

 

 音声ナビが流れてから入場ゲートがゆっくりと開閉を始め、目の前に夢の世界の景色が広がり始めました。

 

「おおっ!? これは!?」

「やっぱここって、何回来てもいいかも」

「あっ!? 遠くにお城もあるんだ~」

 

 ゲートをくぐって最初の場所にある広場は沢山の人で溢れかえっていて、遠くに見えるお城までの道も人がいっぱいでした。

 

「私は前に来た時に行きたい所はだいぶ周ったから、気になってるのは新しく出来たVRエリアくらいだけど、桜達は行きたい所とかある?」

「だったらあそこの売店に行きましょうよ。なんか美味しそうなお菓子を買ってる人がいっぱいいるし!」

「いきなりお菓子!?」

 

 と言いつつも。

 私もテーマパークで売ってる長いチュロスは興味があったので、まずは食べ歩きから始めるのもいいかもしれません。

 

 



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人形列車 人形使い4

「仕方ないですね。食いしんぼさんの為に、まずは売店から行きましょうか」

「あれ? 桜はお菓子いらないの?」

「もちろんいります!!!!」

 

 そんなわけで私達は売店に向かい、チュロスを3個買ってかじりながらテーマパークを周る事になりました。

 

 こういう場所は食べ歩きも楽しみ方の1つですからね。

 

「じゃあVRエリアに行きましょうか」

「いいの? 別に後からでもいいけど」

「私もVRエリアは気になってましたし、リニスもいいですか?」

 

 リニスに確認すると。

 

「美味しいお菓子があるなら、はたしはどこでもひぃ~」

 

 と、チュロスをもぐもぐしながら了承してくれました。

 VRエリアは名前の通りVR空間がメインなので、お菓子はあんまり無いと思いますが、多分なにか適当なのはあると思うのでまあ大丈夫でしょう。

 

「ではシャンティ。VRエリアまでナビをお願いします」

「ルートは最短でいい?」

「えっと…………なるべく売店が見えないルートで」

「りょーかい」

 

 最後にリニスに聞こえないくらいの小声でルート設定の追加情報をシャンティに伝えてから、私達は目的地へと歩き始めました。

 

 道中。売店に吸い寄せられそうなリニスをなんとか嗜めながら進むのにちょっぴり骨が折れましたが、これも無駄遣いを最小限にする為なので頑張らないと!

 

 

 

「ふぁああ。なんか眠くなってきちゃったかも」

 

 歩いている途中。

 リニスが目をこすりながら小さいあくびをあげました。

 

「ん? もしかして体調が悪くなった?」

「…………たぶん、ぽかぽか陽気に当てられて眠くなっちゃっただけかと」

「仕方ない。じゃあ私が付くまでおんぶしてあげるから、ちょっと寝たら?」

「シャンティ。目的地までの予想到達時間は?」

「えっと…………。後10分くらいだね」

「では10分仮眠を取って、それでも眠かったら休憩所に行く感じでいいですか?」

「うん。そうすりゅ~」

 

 リニスは忍さんの背中に倒れ込むようにもたれ掛かり。

 

「おっとと」

 

 忍さんがなんとか落っこちないように体を受け止めた瞬間、眠り始めました。

 

「あれ? この子、結構軽いわね」

「…………忍さん。あんまり体重の事を言うのは失礼かと」

「し、仕方ないじゃない。本当に凄く軽いんだし」

「そう思っても口に出さないのがデリカシーという物です!」

「う、うるさいわね! ほら、さっさと行くわよ!」

「あっ!? 待ってください」

 

 リニスをおんぶしているとは思えないスピードで、忍さんは歩き出しました。

 

 ふぅ。

 ともかくこれで、VRエリアにつくまでお菓子の心配をしないで済みそうです。

 

 

 ―――――そして。

 ついにやってきたVRエリア。

 

 この場所はエリアすべてが壁で覆われたドーム状の建物になっていて、中の様子どころか音さえも外に聞こえてきませんでした。

 

 入り口は何箇所かあるみたいで、私達が今いるのはユニゾンランドの入り口から直行で辿り着く事が出来る第1ゲート。

 

 新設されたばかりのエリアだからか、入り口はかなりの数のお客さんが長蛇の列を作っています。

 

「わ~。やっぱ新しく出来ただけあって凄い人ね~」

「ちょっと多すぎです」

「ふぁああああ。……………あれ、ここは?」

 

 忍さんの背中でぐっすり寝ていたリニスが目を覚ましました。

 

「あっ!? 起きたんだ。もう大丈夫なの?」

「…………えっと。うん、もう眠気は無くなったかも」

「けど、もうちょっと寝てたほうが良かったかもしれないですね。エリアに入るだけでもかなり待たないと駄目そうです」

「たぶんこの人数だと一時間待ちくらいかな~」

「他の入り口に行ってみますか?」

「う~ん。他も同じくらい並んでたら移動する時間が勿体ないし、ここでいんじゃない?」

「シャンティ。入り口の混み具合を調べる事は出来ませんか?」

「流石にそれはちょっと無理。飛行機くらいの高さまで飛べたら確認出来ると思うけど」

 

 シャンティは浮遊型デバイスなのですが、基本的には地面から2メートルくらいまでしか浮遊出来ないようになっています。

 

 和希さんが持っているような飛行型デバイスならある程度の高さまで飛ぶ事が出来ますが、テーマパーク内では安全の為に高度制限が設定されてるので、どっちにしろここでは高くは飛べないんですけどね。

 

 

 

 そんな訳で。

 身長の高い人がギリギリ頭をぶつけない位の高さがシャンティの飛行限界なので、今の私達に他の入り口の様子を確認する手段はありません。

 

「ねえ桜。3番ゲートが空いてたからそっちに行かない?」

 

 突然のリニスの言葉に、忍さんはハテナマークを浮かべました。

 

「あれ? なんでそんな事わかるの?」

「空いてるのが見えたからだけど?」

「いや。どうやって見るのよ」

「えっと。なんでか解らないけど見えた…………気がする」

「…………もしかして、まだ寝ぼけてる?」

「まあまあ、忍さん。リニスはなんか不思議パワーがあって、離れた場所の事が解ったりするんです」

 

 と言ったら。

 忍さんが白い目で見つめてきました。

 

「…………って、なんですか。その「ゲームのやりすぎておかしくなった?」みたいな顔は!」

「じゃあ、どういう事なのか説明しなさいよ!」

「うぐっ。確かに説明しろって言われたら、なんか前に似たような事があったとしか言えませんが、ともかく大丈夫なので行きましょう!」

 

 忍さんに熱意を伝えると、なんとか伝わったようで。

 

「――――ふぅ。仕方ないわね。まあここより少ない場所があればいいし、何個か周ってみるか」

「たぶん2個先の3番ゲートまででいいですよ」

「ねえ桜。歩くなら、またさっきのお菓子を買ってよ」

「………………」

 

 まあ何も持たずに歩くのもなんですし、仕方なくチュロスを皆でもう1度購入する事にしました。

 ただし今回はスモールサイズです!

 

 



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人形列車 人形使い5

 ――――それから数分後。

 私達はVRエリアの3番入場ゲートが見える場所に到着しました。

 

「あ。本当にすいてる」

「ほら。やっぱり私が言った通りじゃないですか」

「…………なんで桜が自慢気なのよ」

 

 移動時間を入れてもかなり短縮出来たので、そのままスイスイと入場ゲートまで進む事が出来ちゃいました。

 

 そして、VRエリアの入り口につくと音声案内が聞こえてきました。

 

「ようこそVRエリアへ。このエリアでは専用ゴーグルを使ってお楽しみいただく仕様となっております。それでは皆様、ゴーグルをお取りください」

 

 音声案内が終わると近くに設置してあるボックスのロックが解除され、中から頭に装着するヘッドギアみたいな物が出てきました。

 

「えっと。これをつければいいのね?」

「じゃあ早速つけましょうか」

「そうちゃ~~~く!」

 

 つけてみると、まるで測ったかの様にジャストフィット。

 

「おおっ!? 何故かぴったりです」

「…………入り口でデータ取ったからでしょ」

「ああ。そういえばそんな事してましたね」

 

 ちなみに入る時に取った生体データは、後で第三機関によって責任を持って削除されるのでプライバシー的な事も安心です。

 

「右側に付いているボタンを押してからエリアに入場されると、新しい世界が広がります。それではVRエリアをお楽しみください」

 

 私達は音声案内に従いヘッドギアの横に付いているボタンを押すと、額にあるバイザーが目線の高さまで降りてきました。

 

 半透明なバイザー越しに向こうの景色が透けて見えているので、普通に歩く分には全く問題は無い感じですね。

 

 多分エリアに入ったらこのバイザーに…………っと、それは入ってからのお楽しみで、今は考えないようにしときましょう。

 

「ほらほら。早く行きましょうよ」

 

 忍さんもわくわくが抑えられない様子なので、早く行くとしましょうか。

 

「そうですね。レッツゴーです」

 

 そして、私達がVRエリアに足を踏み入れると――――。

 

「わわっ!? 何か飛んでる!?」

「これは凄いです」

 

 空には飛竜やユニコーンが飛び交い、アトラクションの屋根にもファンタジーの世界で見るような妖精が羽を休めていました。

 

「これって全部VRなんですよね?」

 

 私は試しにボタンを押してバイザーを引っ込めるとすぐにドラゴンや妖精の姿は消え、普通の遊園地が現れました。

 

「あっ!? ほんとに消えた~」

 

 リニスもバイザーを引っ込めて見えてる映像がバーチャルな物だと確認し、

 

「バイザー取ったら音とかも消えるんだ」

 

 忍さんも続いて現実との違いを楽しんでます。

 

 ―――――と、言うか。

 このエリアに入ってきた人のほとんどが同じ事をしているような。

 

「なんかもう入っただけでお腹いっぱいになりそうです」

 

 このエリアのテーマは現実とVRの融合。

 専用バイザー越しに風景を見る事によって、まるで現実の世界にファンタジーの世界の住人がやってきたみたいな映像が見れるようになります。

 

 そして、なにより凄いのは空調機能と連動した体感システム。

 エリア内に無数に設置された空調機能がそれぞれの専用ゴーグルと連動する事によって、ドラゴンが近くで羽ばたけば軽い風圧が体を覆うように吹いてきたりするんです。

 

 他にもドラゴンが炎を吹けば温風が、氷の精霊が近寄ってきたら冷風が吹いてきたりと、使い方は多岐に渡ります。

 

「さくら~。面白いのあったわよ~。それっ!」

 

 突然、忍さんが何かを投げてきたので、とっさにキャッチした瞬間。

 

「冷たっ!?」

 

 手に凄く冷たい感触がしたので確認してみると、どうやら缶ジュースみたいでした。

 

「…………あの。急に缶を投げたら危ない気がするんですが」

「でもそれ、バーチャルのやつだけど?」

「えっ!?」

 

 確かに缶を握った手は凄く冷たいです。

 けど、この缶には重さが感じられませんでした。

 中味が空っぽ?

 

 ―――――いえ。

 上部にある蓋は空いていないので、まだ中味はあるはず。

 

 試しに缶を耳元に持っていって軽く上下に揺らしてみると、確かにちゃぷちゃぷと音がしています。

 

「これがバーチャル?」

 

 試しにバイザーを外してみると手に持っていた缶は消え去り、冷たい感触も無くなりました。

 

「本当です!?」

 

 それからバイザーを戻すと、手の中に再び缶が出現して冷たい感触も元通り。

 

 ――――そういえば、このエリアはバーチャルとの区別が付きづらいって理由で、缶ジュースとかの販売はしてないってガイドブックに書いてあったような気がします。

 

 一応水道はあるので喉が渇いた時でも大丈夫なのですが、今は特に行く必要は無いですね。

 

「ねえねえ。これって飲めるの?」

 

 好奇心旺盛なリニスがさっそく缶を開けると、プシュッと音を立ててから白い煙が出てきました。

 なんか本当に飲めちゃいそうな感じです。

 

「それじゃあ飲むわね」

 

 私と忍さんが見守る中、リニスはジュースを一気に飲むと。

 

「うへ~。味がしない~」

「う~ん。やっぱ味は無いかぁ~」

「流石に重さと味は無理かと」

 

 私達はVRゲームで味の無いアイテムを飲んで回復する事は慣れてますが、始めて飲んで戸惑う人の気持ちも分からないでは無いです。

 

 かくいう私も最初に飲んだ時は変な感覚に混乱して、速攻でジュースを飲みにいったりしました。

 

 最近は味覚を錯覚させて味を認識できるVRも出てきましたが、まだまだ無味無臭が基本ですね。

 

 ちなみに重さは重力制御である程度は再現する事も出来なくはないです。

 

 けれど人が多い場所で同時にそれぞれ違う重力制御をやると、システムの負荷が膨大な事になって最悪システム自体が落ちてしまう可能性があるので、大規模なフィールドでの運用はまだまだ先になりそうです。

 



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人形列車 人形使い6

「とりあえずアトラクション行こっか?」

「そうですね。どこも楽しそうですが―――――」

「ピャーオゥ!」

「…………あれ? 今何か聞こえたような」

 どこに行こうか相談していると、どこからか突然「ピャーオゥ」とハイテンションな鳴き声が聞こえてきました。

 

「ピャーオゥ!」

 

 また同じ鳴き声が。

 

「な、なんなの今の鳴き声!?」

「そう言えばどこかで聞いた事があるような…………」

 

 私は記憶を探ると、あるストリーマーが配信していたゲームタイトルを思い出したのでした。

 

「も、もしかして。あれは伝説の!?」

「あっ!? ちょ、ちょっと桜。待ちなさいよ!」

 

 私はいちもくさんに鳴き声がする方へと駆け出しました。

 

 私が向かった先には小さめの休憩所があり、遊ぶのに疲れた人が何人か椅子に座って休憩しているようでした。

 ちなみにVRエリアは目が疲れやすいので、休憩所は他のエリアよりも多めに作られています。

 

 休憩所に到着した私は、早速バイザーを外してバーチャルリアリティ要素を解除すると。

 

「ピャーオゥ!」

 

 空を飛び交うドラゴン達の咆哮が聞こえなくなり、謎のハイテンションの鳴き声だけが近くから聞こえてきました。

 

「こぉおおおお、らあああああ!!!!」

 

 そして忍さんの咆哮も近くから聞こえてきました。 

 

「なんでいきなり休憩所に直行なのよ!」

「忍さん。グリグリちゃんねるを知ってますか?」

「…………ストリーマーのグリグリがやってるチャンネルだっけ?」

「そうです。そのグリグリさんが少し前に配信で言ってた、懐かしゲームをこの場所で発見しました。その名も―――――」

「ピャーオゥ!」

 

 と、ハイテンションボイスをバックにタイトルを宣言します。

 

「アザラシちゃん。ピャーオゥ!!」

 

 …………おや?

 なんだが反応があんまり良くないような。

 

「…………あの。アザラシちゃん。ピャーオゥなんですけど」 

「VRエリアでVR関係ないゲームやってどうすんのよ!」

「忍さん逆です。VRエリアでVRを楽しまないといけないなんて、決まりはありません!」

「な、なんだってーーーー。って、そんなわけあるかーーーーー!じゃあなんでここに来たのよ!!!!」

「うぐっ。勢いで押し切れると思ったのに」

「ほら。あの子も待ってるから、すぐ戻るわよ」

 

 私の手を引いて連れて行こうとする忍さんに、私は必死で抵抗しました。

 

「い、1回だけ。1回だけやらせてくださいっ!」

 

 引きずっていくよりはゲームをプレイさせた方が楽だと思ったのか、忍さんは私を掴んでいる手を離し。

 

「仕方ないわね。けど、1回だけなんだからね?」

 

 とワンコインだけ遊ぶ事を許してくれました。

 

「それじゃあ、すぐにやってきます!」

 

 ゲーム筐体の前まで走った私は、ポシェットからガマ口財布を取り出して、その中に入れてあるコインを1枚取り出しました。

 

 昔のゲームは電子決済に対応していないので、硬貨を持ち歩くのはゲーマーの基本ですね。

 この筐体には電子決済が出来る外付けの装置が付いていましたが、それでも硬貨を入れてゲームを遊ぶのが過去のクラシックゲームに対する礼儀だと思っているので、硬貨導入口が付いているなら私は迷わず硬貨を使います!!!!

 

「スロットイン!」

 

 硬貨を入れるとデモ画面からタイトル画面に切り替わり、「アザラシちゃん。ピャーオゥ」とタイトルコールが流れました。

 

 ちなみに最初のアザラシちゃんが子供の声で、ピャーオゥが動物の声で再生されてます。

 

 この筐体には画面の他にはボタンが1つしかついていません。

 つまり決定しか存在しないこのゲームでボタンを押したら、もう後戻りは出来ないと言う事。

 

 私は大きく息を吐いて覚悟を決めてからボタンを押すと、アザラシちゃんの前にお皿に乗ったおやつが高速で左から右にスライドしていってる画面が表示されました。

 ―――――なんだか回転寿司みたいな感じです。

 

 ハズレやそこそこの点数がもらえるお菓子も見えますが、ここは高得点狙いでお城みたいなケーキの1点狙い!

 

 まわっているおやつのタイミングを測り――――。

 

「今っ!!!!」

 

 私は完璧なタイミングでボタンを押すとお皿の回転がゆっくりになっていき、アザラシちゃんの前には。

 

「が、頑張ってくださいっ!」

 

 巨大なケーキが止まり。

 

「来ました!!!!」

 

 ――――――そうになったと思ったら、不自然に1マス横にスライドして小さめのアップルパイのお皿が止まりました。

 

「…………ぴゃ、ぴゃーお」

 

 アザラシちゃんは心なしか不満そうです。

 

「こうなったら、もう1回やって次こそは――――――」

 

 新しい硬貨を取り出そうとしましたが、手にはお財布が握られていませんでした。

 

「1回だけって、言ったでしょ!!!!」

 

 私が連コインするのを見越してか、忍さんに取られちゃってます!?

 

「あと1回。あと1回だけ、なんとか」

「これ以上待てるかーーーー。シャンティ、預かっといて」

「まかされた!」

 

 シャンティの背中の部分がパカッと開き小物収納スペースが出てきて、忍さんはそこに私のガマ口財布を投げ入れた瞬間、ロックがかかっちゃいました。

 

「ああっ!? 私のお財布」

「待たせてるって言ったでしょ! ほら、さっさと来る」

 

 まあ1回はプレイする事が出来たので、今回はこれで満足した方がいいかもしれませんね。

 

「――――――また来ます」

 

 私はアザラシちゃんにしばしの別れを告げ、リニスの待っている場所へと向かう事にしました。

 



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人形列車 人形使い7

 ―――――数分後。

 リニスが待ちくたびれていると思ったのでちょっぴり早足で向かうと、そこにはドレスを着た金髪の少女と談笑しているリニスの姿がありました。

 

「おや? マリアさんも来てたんですか?」

 

 少女は私達に気が付くと、軽く微笑みながら話しかけてきました。

 

「ごきげんよう、桜。もぅ、こんな小さな子を1人にしたら駄目じゃない」

「すみません。ちょっとレアゲーが気になってつい。けど、マリアさんが見ててくれて良かったです」

「私は子供じゃないんですけどー」

「あれ? もしかしてその子も桜の知り合い?」

 

 そういえば忍さんとは知り合いじゃないんでしたっけ。

 

 そんな訳で。

 2人にはぱぱっと挨拶を済ませてもらい、友達になってもらいました。

 

「ふ~ん。てか旅行中に2人も知り合いが出来たんだ」

「1回ゲームで遊んだら、みんな友達です!」

「ねえねえ。そんな事より早くどこかに行きましょうよ」

 

 まあずっと立ち話してるのもなんですし、話すにしてもアトラクションに並びながらにした方がいいかもしれないです。

 

「何か乗りたいアトラクションとかありますか? 私はさっきゲームやったのでみんなで決めていいですよ」

「あたしは派手目なのがいいかな~。巨大なモンスターとかがいっぱい出てくるようなの」

「私は皆で盛り上がれるのがいいかも」

「あら? だったら丁度いいのがあるけど、マリアに任せてもらえるかしら?」

「そうなんですか? じゃあ最初はマリアさんのおすすめの場所にしましょうか?」

「うん。あたしは別にいいよ」

「おなじく~」

 

 ―――――というわけで。

 私達は案内されたアトラクションの前に到着しました。

 

「ここよ」

「あっ。これなら得意分野かも」

「忍さんがいれば何とかなるかもしれませんね」

「う~ん。あんまり可愛くはないけど、皆で盛り上がれるならいっか」

 

 今並んでいるアトラクションの名前はシューティング・コースター。

 VRゴーグルを付けたまま4人乗りのジェットコースターに乗って、光線銃の様なデバイスを使って出てくるモンスターをやっつけながら進むアトラクションです。

 

 光線銃でモンスターをやっつけると点数がもらえて、一定以上のポイントを手に入れた状態で最後まで行くと記念品が貰えるみたいです。

 

 つまり派手なモンスターがいっぱい出てきて皆で盛り上がる事も出来る、両方の意見を取り入れたアトラクション。

 

 ――――それから待つこと30分くらい。

 私達の順番になったので、そのままキャストの人に案内されジェットコースターへと乗り込みました。

 

 座り方は私とリニスが前でマリアさんと忍さんが後ろの配置にしました。

 これはシューティングの得意な忍さんを後ろに配置する事で、前列の私達が撃ち逃したモンスターを撃破してもらう為です。

 

「それではお手元にあるモニターでコースを選択ください。コース決定後すぐに乗り物が発進しますので衝撃にお気を付けください」

 

 運営キャストさんの案内に従い乗り物の真ん中を見ると、コースを決定する電子モニターが付いていました。

 

 どうやらこれで難易度を決めるみたいです。 

 

「えっと。難易度はどうしますか?」

「最初だし簡単なのでいんじゃない?」

「マリアは一番難しいのでも良いわよ?」

 

 まあ初プレイなので、忍さんの言う通り簡単なのから始めるのがセオリーですね。

 コースは全部で3種類用意されていて、左から「らくらくコース」「ふつうコース」「げろげろコース」とありました。

 

「そうですね。では――――」 

 

 私はらくらくコースを選ぼうとしたら横からリニスが。

 

「あっ!? なにこれカエルみたい」

 

 と、げろげろコースを選択しちゃいました。

 

「えっ!? それは多分意味がちが――――――」

 

 私の言葉が終わる前に、ジェットコースターは最初からトップスピードで発進しました。

 

「ちょ、ちょっと。あんた達、なに選んだの!?」

 

 げろげろコース。

 多分カエルのげろげろでは無く、吐いてしまうって意味の使い方な気がします。

 

「ふふっ。もう来るみたいだけど、よそ見してていいの?」

「ええっ!?」

 

 マリアさんが銃を構えた瞬間。

 目の前を覆い尽くすくらいの、空を飛ぶ骸骨の群れがいきなり現れました。

 

「み、みんな構えてください!?」

 

 私達も急いで銃を構え、すぐに骸骨に向かって光線を発射して撃破していきます。

 けど、流石に数が多くて、全部倒すのはきついかも…………。

 

「ふっふ~。ここはこの忍さんに、まっかせなさ~い!」

 

 忍さんは狙いを付けてトリガーを引くと、光線は骸骨のど真ん中を撃ち抜きました。

 

「いえ~い!」

 

 その後も一発必中で敵をどんどん撃破していってくれたおかげで、何とか最初のモンスターは全部やっつける事が出来ました。

 

「ふ~ん。あなた結構やるのね」

「ふふん。まっ、こんなもんかな~」

 

 後ろでマリアさんが忍さんに称賛を送りました。

 私も気合を入れないと!

 

「リニス。私達も頑張りますよ!」

「う、うん。まかせて」

 

 最初はビックリして照準がブレちゃったけど、もう結構慣れたから次は大丈夫なはず。

 

 一呼吸すると、ジェットコースターは体育館くらいの大きさの広間へと到着しました。

 広間には崩れかけの大きな柱が何本か立っていて、ちょっぴり怖い空気が空間を包んでいます。

 

 ――――そして。

 すぐに第2波がやってきました。

 

 次の敵は布を被って空を飛んでいるオバケです。

 こっちに一方的に向かってきた骸骨とは違い、左右に不規則に揺れているので少し狙いをつけづらいかも。

 

 けど、さっきよりマトが大きいので何とかっ!!

 

 私はオバケに狙いをつけて引き金を引くと、光線がオバケに向かって飛んできオバケに命中。

 

「ええっ!?」

 

 …………すると思ったら。

 オバケは柱の後ろに透けるように避けて、私の攻撃は大きな柱に阻まれてオバケには当たりませんでした。

 

「そ、そんなはずわ!?」

 

 まさか柱がただのオブジェクトじゃなくて障害物だったなんて。

 けど、もう理解った!

 

 オバケが隠れるタイミングを把握して――――。

 それから。

 

「ここっ!?」

 

 出るタイミングも把握っ!!!!

 私の光線は柱の影から出てきた瞬間のオバケをとらえ、貫きました。

 

「よしっ!」

「やーるぅ!」 

 

 隣にいるリニスとハイタッチを交わして、残っているオバケもタイミングを合わせて撃ち抜く!

 

「――――ふぅ」

 

 2個めのステージではかなり得点を稼ぐ事が出来ました。

 



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人形列車 人形使い8

「桜。なんか見えて来た!」

 

 ジェットコースターは更にスピードを上げ、遠くに巨大な門が見えてきました。

 扉は私達を歓迎するかのようにゆっくりと開きだし、完全に開ききった瞬間、ジェットコースターが門を通過しました。

 

 門をくぐったら、目の前には真っ暗な暗闇だけ。

 10秒くらい暗闇でジェットコースターの振動する音だけ聞いていたら、突然ボウと火の玉が浮かび上がってきました。

 

「ふふ。どうやらここが、ボスステージって感じね」

 

 10個くらい浮かんだ火の玉は円陣を取って周りだし、円陣の中に魔法陣が現れると。

 

「な、なんか来る―――――きゃっ!?」

 

 ぐわんとジェットコースターか激しく振動した後に、目の前に王冠を被った巨大なオバケが出てきました。

 

「わっ!? おっきい」

「でっかいなら、そのぶん当てやすいじゃん」

 

 さっそく忍さんが先制攻撃を繰り出します。

 ボスキャラなだけあってそれなりに素早く動き回ってますが、忍さんの言う通り迫力を出す為に体が大きいから当てるのは簡単そうです。

 

 光線がボスに当たりそうになった瞬間。

 ボスの体がシュワっと霧のようになって、光線はボスに当たらずに後ろの壁に弾かれて消えてしまいました。

 

「ちょっと、当たりなさいよ!」

 

 連続ヒットが途切れた忍さんはブチギレモードに入っちゃいました。

 

 けど、さすがに倒せない様な調整はしてないと思うので、どこか攻撃が当たる場所はあるはず。

 目立っているのはボスが被ってる王冠くらいでしょうか?

 

「ぼーっとしてていいの? ボスから攻撃が来ちゃうわよ?」

「えっ!?」

 

 攻撃が当たりそうな場所を探していると、マリアさんがボスが攻撃モーションに入った事を知らせてきました。

 

「げ、迎撃準備ぃ~!」

「お~!」

 

 ボスが放つ火の玉を光線で撃つと、カンと音がなって方向がずれて私達が乗っているジェットコースターの真横を素通りして行きました。

 

 ボスが攻撃する瞬間。

 ちょっとだけ隙きがあったので試しに王冠を撃ってみましたが、王冠も光線が当たる瞬間に霧のようになって当たりませんでした。

 

「えっ!? ここじゃない!?」

 

 おかしいです。

 他に攻撃が当たりそうな場所なんて無いのに。

 

「桜どうすんの。攻撃が当たらないじゃない!」

「あら? どうやら出口が見えて来たようね」

 

 はるか遠くに光に包まれた場所が見えました。

 たぶんあの光がこのアトラクションのゴールで、あそこに飛び込んだらゲーム終了。

 

 なんとかしてあそこに着くまでにボスをやっつけないと!

 けど、どうすれば――――。

 

「え、え~い!」

 

 自衛で精一杯のリニスが撃った光線がボスの攻撃の1つを弾き、それが偶然ボスの王冠に当たると。

 

「ぐぎゃあああああ!」

 

 とボスはダメージが入ったリアクションを取ったのでした。

 

「あそこです! ボスの攻撃を弾いて王冠に当てたら倒せます!!!!」

「なるほど。そういう事ね」

「ふっふ~。弱点が解ったらもう怖いものなんてな~い」

 

 あとは時間との勝負です!

 

 私達は全員でボスに攻撃を与え続け。

 

「これが最後っ!」

 

 私がゴールギリギリで放った攻撃で何とかボスを撃破する事が出来、私達全員にボス撃破ボーナスが均等に入りました。

 

 

「って。私が倒したのに!?」

「いや。むしろ一番ダメージを与えたのはあたしなんだんだから、あたしに一番ポイントよこしなさいよ!」

「ま、マリアはポイントなんてどうでもいいんだけど」

「…………そう言いつつ、なかなかのハイスコアな気が」

「いえ~い。しょうりぃ~」

 

 ゴールに到着した私達はジェットコースターが完全に止まったのを確認してから、スタッフの人に安全装置を解除され乗り物から降りました。

 

「ふぅ。超エキサイティングでした」

「皆様お疲れ様でした。3番のお客様は規定ポイントをクリアされたので、景品のプレゼントがあります」

「あ、あたしか」

 

 どうやら高得点を取った忍さんだけプレゼントを貰えるみたいです。

 私も欲しかったですが、こればっかりは仕方ないですね。

 まあ頼み込んだら「し、仕方ないわね! そんなに欲しいなら今回だけ特別にあげてもいいわよ!」とか言いながら貰えそうな気もしますが。

 

「では、私達は先に降りてるので下で落ち合いましょう」

「ん、オッケー」

 

 いったん忍さんと別れた私達はアトラクションの出口の階段を降りる事にしました。

 

「わっと!? ちょっと歩きにくいかも」

「だったらマリアの手につかまる?」

「ううん。大丈夫」

 

 少し階段の足幅が大きめなので、体の小さなリニスは降りるのがちょっぴり大変そう。

 

 苦戦しながらも何とか一段づつ降りていき、やっと一番下が見えてきました。

 

「あ~。やっとついたぁ~」

 

 階段の終わりが見えたリニスは「ふぅ」と呼吸を吐いて安堵の表情を浮かべています。

 けど、気を緩めすぎたのか。

 

「きゃっ!?」

 

 あと残り3段くらいの場所の階段から足を踏み外し、転んでしまいました。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 倒れているリニスに駆け寄ると、スカートが少しまくれてしまい人形特有の球体関節があらわになってしまっています。

 

「あっ!?」

 

 他のお客さんに見られないように急いでスカートを正したのですが――――。

 

「みぃ~ちゃったぁ~」

 

 階段の上にいるマリアさんが少しだけ悪い表情を浮かべた気がしましたが、すぐに普段のおすまし顔に戻りました。

 

「なるほど。だから見当たらなかったんだぁ」

 

 コツン。

 

「もうっ。桜がもうちょっと上手く隠してたらマリアもお休みを楽しめたのに」

 

 コツン。

 

「けど、こうなったらマリアも言いつけを守らないといけなくなっちゃった」

 

 と、マリアさんはゆっくりと階段を降りて来ます。

 

 どうしようかとパニックになっている私にマリアさんは何かを差し出して来ました。

 

「クスッ。どうしたの、桜? 飲み物でも飲んで落ち着いたら?」

 

 状況の整理が出来ないまま、私はマリアさんに言われる通りにジュースの入った缶を貰いました。

 キンキンに冷えている赤い色の缶ジュース。

 

 そして、プルタブを開けようとした瞬間。

 

「あれ?」

 

 なんとも言えない違和感に気がついて手を止めました。

 

「あら? 飲まないの?」

「いえ。ちょっと…………」

 

 少し落ち着かないと。

 なんで私はジュースを飲もうとしたんだっけ?

 …………それはマリアさんに渡されたから。

 

 ジュースが冷えているのは特に問題はありません。

 そういう風になっているから。

 

 そもそもVR越しに見えるバーチャルなジュースなら入ってすぐに忍さんに渡されたので、あるのは知っています。

 

 というかバーチャルのジュースを飲む必要は全くありま―――――いえ、違和感はそんな所じゃなくて。

 

 まるで本物の様な缶ジュース。

 持っただけで、中身が沢山入ってるのが解るくらいの……………。

 

「あっ!?」

 

 違和感に気がついた私を、マリアさんは嬉しそうな表情で言葉を待っているように見えました。

 

「なんでこれは重いんですか?」

「なんでって、ジュースだからでしょう?」

「いえ。このエリアは飲み物の持ち込みは禁止ですし、エリア内で買う事も出来ません。なのに何でこんな物があるんですか?」

「……………ふふっ。あはっ。あんまり大騒ぎにするなって言われてるけど、こうなったら仕方ないわよね」

 

 マリアさんは頭に付けているVRエリア用のVRゴーグルを外してから投げ捨て、首からぶら下げているペンダントを掲げました。

 

「神の力の欠片を我に。エスカレーション」

 

 突如ペンダントが輝きを放ち、私は目を開けていられなくなりました。

 そして。光が収まったと思ったら、マリアさんは見たこともないマテリアルデバイスを装着していました。

 

「桜。その人形兵器はマリアが貰っていくわ」

「えっ!?」

「さあ、ゲームの時間よ」

 

 マリアさんにデバイスを強制接続されて急に勝負を挑まれたので、自分のマテリアルデバイスを装着する時間などありません。

 

「桜!?」

 

 数秒でデバイス間の無線接続が完了し、私は園内の汎用VRゴーグルを使って対戦する事に。

 

「くっ!? シャンティ、音声サポート、リンク開始! 超特急で!」

「まかせてっ!!」

 

 何とか園内ゴーグルとシャンティとの緊急通信をリンクした瞬間、マリアさんとのゲーミングバトルが始まりました。

 

 



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人形列車 人形使い9

 バトル開始のアラートが鳴るとVRゴーグルに映る景色が一瞬にして真っ暗になり、再び映像が表示された時には、私はバトルフィールドに立っていました。

 

 最新テーマパークと言っても、個人に貸し出されるVRゴーグルはそんなに高性能な物ではありません。

 

 なのであんまり激しい動きをするクラスを使ったら、処理が追いつかずにフリーズしちゃうかも。

 

「桜。使うクラスは?」

「なるべくいろんな状況に対応出来て、処理の軽いので!」

「じゃあ、フェアリーナイトでいい?」

「オッケーですっ!」

 

 クラスを選択して私の服がフェアリーナイトの物になったのを確認してから、私はセーフティゾーンからバトルエリアへと足を踏み入れました。

 

 対面では、すでに戦う準備が終わったマリアさんが私を待ち構えています。

 

「やっと来たわね。マリア待ちくたびれちゃった」

「何でこんな事するんですか?」

「ひみつ。けど、マリアに勝ったら教えてあげる」

「じゃあ、すぐに説明してもらいます!」

 

 マリアさんの手には大き目の四角いカバンが1つあるだけで、武器らしい物は見当たりませんでした。

 

 あのカバンで殴る?

 ………………のは流石に無いとして。

 

 多分カバンの中に武器を隠してる感じですね。

 けど、なんでわざわざカバンに武器を隠してるんでしょうか?

 

 対戦が始まってからカバンから武器を取り出すくらいなら、最初から出してればいいのに。

 

 フィールドを確認すると、周辺には触れたら爆発する爆弾が沢山浮いていました。

 威力の高い攻撃で爆弾まで運ばれたら、ガードしてても爆風で大ダメージを受けてしまうから注意しないと。

 

 一応壁もありますが、薄くて攻撃を数回防いだら壊れちゃうくらいの耐久値しか無さそうなので、非常時の防御くらいにしか使えなそうです。

 

 マリアさんは最初にいる場所から全く動く気配がありません。

 

 もしかして、このままタイムアップまで動かない?

 …………いえ。流石にそんな事は無いはず。

 

 動きたく無いなら遠距離キャラで狙撃すればいいのに、そうしないって事は何か準備をしているのかも。

 

 だったら準備が終わる前にこっちから仕掛けるっ!!!!

 

「やああーーーーっ!」

 

 私は大剣を構えて突撃してマリアさんに斬りかかると、マリアさんはカバンを振り回す様にして私の斬撃を弾きました。

 

 バシンと予想以上に重さの乗った攻撃に大剣が弾き飛ばされそうになったのを、剣を握る手に力を入れてなんとか武器が無くなる事だけは回避。

 

「くっ」

「そんな大振りじゃマリアには当たらないわよ?」

 

 それにしてもカバンから武器を出すんじゃなくてカバンを振り回して攻撃してくるなんて。

 

 これはマリアさんはカバン振り回しマスターの可能性がありますね。

 

 ともかく今は中身に注意しながら戦わないと。

 

「もしかしてこれの中身が気になってる?」

 

 考えてる事が読まれちゃいました。

 

「ふふ。じゃあ頑張ってる桜に、特別に見せてあげる」

 

 私は何が出てきても対処出来る位の距離をとってから、壁に背を向けて後からの攻撃にも備えました。

 

「じゃーん」

 

 マリアさんはカバンの上についているロックを外すと、パカッとカバンが縦に開き、そのまま中身を私に見せつけるように見せてきたのですが…………。

 

「…………え!? 何も入ってない!?」

 

 その直後。

 後ろから急に大きな音が聞こえてきて、気付いたときには背中に強い衝撃を受け、私は前方に吹き飛ばされました。

 

 そして、私が吹き飛ばされた方向には浮遊する爆弾が。

 

「かはっ!?」

 

 爆弾に当たった瞬間。

 爆風で地上から30メートルくらい上空に吹き飛ばされ、そのまま私は受け身を取ることも出来ずに地面へと激突してしまいます。

 

 不意打ちとステージに配置されているダメージオブジェクトてのコンボで予想以上のダメージを受けてしまいました。

 

「どうしたの? 見たいって言うから、せっかく見せてあげたのに」

「べ、別に思ってただけで見たいとは言ってません!」

 

 私が不意打ちを受けた壁を見てみると、大きな穴が空いていて向こう側の景色が見えていました。

 



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人形列車 人形使い 10

 もしかして壁の向こう側から違うプレイヤーに攻撃された?

 

 …………たぶん違う。

 

 流石に他のプレイヤーが乱入してきたらアラートで気付くから、遠隔操作系のビットとかでの攻撃かも。

 

 それより気になるのは壁に空いた穴の大きさ。

 直径30センチくらいの穴が開く攻撃ならそれなりのダメージを受けるはずなのに、私が受けたダメージの大半はエリアダメージによる物。

 

 つまり、マリアさんの攻撃では致命的なダメージは受けていない。

 

 とりあえず今は壁の後ろに隠れて様子を見たほうがいいかも。

 リニスだったらあれくらいの穴をくぐってショートカットが出来ますが、私の大きさでは……………。

 

 あれ? これはもしかして。

 

 私は耳を澄ますと、私のでもマリアさんの物でも無い小さな足音が聞こえていました。

 その足音は私の近くにある壁の後ろで止まり、少ししてから――――。

 

「そこっ!」

 

 私は壁から出てきた物の攻撃を剣で弾いてそのまま壁に投げ当てると、壁にあたった瞬間カランと木の音が鳴りました。

 

「くすっ。思ったより早く気づかれちゃった」

「やっぱり人形使い!?」

 

 

 ドール・アクター

 

 攻撃 D

 防御 C

 速度 E

 

 

 能力

 

 小さな手助け 人形を自由に操る事が出来る

 

 

 

 本人の能力値はそんなに高くはありませんが、このクラスの特徴はなんと言っても擬似的な2対1で戦える事。

 何もない平原ならともかく、遮蔽物があるマップだと常に隠れている人形にも気を付けておかないと、さっきみたいに見えない場所からの不意打ちされ放題になっちゃいます。

 

 

 冷静に対処していってもいいのですが、もう体力も残り少ないしこうなったら!

 

「行きます!」

 

 私は人形が復活する前に剣を構えて突撃し、マリアさんはさっきみたいにカバンで剣を弾こうとしてきました。

 

 ――――けど。

 今回はそうはいかないっ!

 

 私はあえて剣を弾き飛ばされ、そのまま勢いを付けたまま大振りをしたマリアさんに体当たりをして、両手で捕まえました。

 

「ふ~ん。そういう事」

「今はこれしかっ!」

 

 目標は後ろにあるダメージオブジェクト!

 私はそのままマリアさんと一緒にダメージオブジェクトへと突進し、マリアさんの体が爆弾に触れた瞬間に爆発が起き、そのまま他の爆弾も連鎖するように爆発。

 

 直後。

 私とマリアさんのライフは同時に0になり。

 

「この試合。ドローゲーム!」

 

 いつの間にか現れていた、eスポーツジャッジの人の判定が終わる前に―――――。

 

「リニス。逃げます!!!!」

「え? ええっ!?」

 

 私は困惑するリニスの手を無理やり取って、逃げるように駆け出しました。

 

 

 ――――――そして。

 私達が去った後に1人だけ残ったマリアさんは。

 

「あ~あ。逃げられちゃった」

 

 まるで逃げられたのが予想通りといった表情で、何処かと通信を始めたのでした。

 

「キティ・ノワール。陽子に連絡してくれる?」

 

 数回のコール音の後。

 マリアさんの前にバーチャルモニターが現れました。

 

 モニターに映っているのは20歳くらいの女性で、画面に出た瞬間マリアさんが口を開く前に話だしました。

 

「全く、急にどうしたのです? こっちは貴方が受け取れなかった物の捜索で大変なのに」

「あらら、それは大変ね。けど、もう安心していいわよ」

「…………どういう事ですか?」

「だって、もう見つけちゃったんだから」

「なんですって!?」

 

 モニターの女性はアップでマリアさんに迫りました。

 

「けど、聞いてたのと違うからちょっと驚いちゃった。陽子は動かないって言ってたのに」

「つまり、あれが動いていたと言うんですか?」

「そうよ」

 

 女性は少し考え込んでから、「ふぅ」とため息を吐いて状況の整理を始めます。

 

「解りました。詳細は不明ですが、何かのきっかけてまた動き出したのかもしれません。――――それで、その人形は今どこに?」

「逃げられちゃった」

 

 「てへっ」とまるで悪気が無いようにマリアさんは現状を報告すると。

 

「マ、マリア! あなたは一体なにをしてるんですか!?」

「だって仕方ないじゃない。マリアは1人なのにあっちは沢山いたんだし」

「た、沢山!? 数が多いとは言えマリアが苦戦する相手だなんて…………。分りました。捜索隊をすぐにそちらに派遣するので、後は貴方が指揮してください」

「了解。みんなにはなるべく早く来るようにお願いしておいて」

「それとマリア。貴方には言いたい事が――――」

 

 プツッ。

 

 マリアさんは一方的に通話を終了しました。

 

「ふふ。これから楽しい事が始まるのに、陽子のお小言なんて聞いてたら楽しめなくなっちゃう」

「うにゃ~ん」

 

 マリアさんの足元で黒猫の形をしたデバイスが鳴き声をあげました。

 

「さ、行くわよ。キティ・ノワール。もうすぐ舞踏会が始まるから、急がないと遅刻しちゃう」

 

 マリアさんは私と戦った時に使ったマテリアルデバイスを解除してから、ゆっくりと歩き出しました。

 

 

 

 



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人形列車 月の色1

「はあっ、はあっ…………い、急いでください!」

 

 私達は全力で走ってVRエリアの出入り口に辿り着くと、ゲート前で音声案内が流れ出しました。

 

「VRエリアから退出なされる際は、ゴーグルの返却をお願いいたします」

 

 音声案内後に返却口が開くのを確認してから、私達はVRゴーグル返却口に投げ入れるように返してエリアを後にする事にします。

 

「ふぅ。なんとか逃げ切れました」

 

 マリアさんは私達を追いかける素振りすら見せなかった気がするので、逃げ切れたと言うより逃されたと言った方が正しいかもしれませんが。

 

 とりあえず今は安全みたいだから、現在の状況を整理しないと。

 

「ねえ、桜。マリアは私の事知ってたみたいだけど…………」

 

 リニスはちょっぴり不安げな表情を浮かべたので。

 

「大丈夫です。またマリアさんがゲーミングを仕掛けて来ても、私が守りますから」

 

 と、私は腕まくりをしながらウインクをして、私に任せなさいポーズをリニスに見せました。

 

「ふふっ。なにそれ~」

「決意の現れです!」

 

 まあ決意表明だけしても現状は良くならないので、まずは行動しないと。

 

「やっぱりマリアに私の事聞いてみる?」

「けど本当に答えてくれるでしょうか? 一応バトルで勝ったら答えてくれるとは言ってましたが、勝てるかどうかは本当に際どいです。それにもしマリアさんが悪い人だったら、負けたら大変な事になっちゃいます」

「う~ん。だったらどうすれば…………」

 

 今後の事を考えていると、突然通信を伝えるアラームが鳴り響きました。

 

「さくら~。忍から通信きてるよ」

「わかりました。とりあえず繋いでください」

 

 通信を繋げると、ドアップの忍さんがまくしたてるように話しかけてきました。

 

「くぉるぁあああああ。何で降りたら誰もいないのよ!」

「すみません。忍さんの事、忘れてました」

 

 けど、こうなったら忍さんに本当の事を言ったほうが良いかもしれません。

 それに和希さん達にも。

 

「シャンティ。グループトークをお願いします」

「和希と望でいいの?」

「はい」

 

 私は和希さんと望さんのデバイスとも通信を繋げ、これまでの事を説明しました。

 

「…………はぁ。また面倒な事になってんのね」

 

 画面の無効の忍さんは、ため息を吐きながら面倒くさそうな表情を浮かべています。

 

「のぞみ的には面白そうだからあり!」

「あり! じゃないでしょ! てか、なんで望がここにいるのよ!」

「ふっふっふ~。それはねぇ~」

「…………あの。それは後でお願いします」

 

 無理やり止めないと、このままずっと話しちゃいそうです。

 

「あれ? そういえば、そっちの子もどっかで見たような――――――」

 

 忍さんは少しだけ記憶を辿り。

 

「あっ!? もしかして格ゲーの大会にいた?」

「――――そういえば、あそこで1回会ったな」

「桜と関わると、ろくな事にならないから気を付けた方がいいわよ」

「もう慣れた」

「2人共、私をなんだと思ってるんですか」

 

 時計を確認すると、16時を少し過ぎた所でした。

 

「で、これからどうするわけ?」

「一応考えはあります。――――シャンティ、次の駅に向かう列車の時間を教えて下さい」

「ちょっと待ってて。……………えっと、一番早いのだと17時のがあるみたい」

「私とリニスはもう旅客列車には戻らずに、違う列車で最初の目的にの教会に向かう事にします」

「本当にそこに行ったら何とかなるのか?」

「わかりません。けど今は手がかりを当たって、少しでも前に進まないと」

「まあ何ともならなかったら、その時考えたらんじゃない?」

「適当すぎてしょ!」

「だけど今はその考えで行動するのが1番いいかもな」

 

 私はリニスの手を握るとちょっと戸惑いを見せつつも、すぐに力強く握り返してくれました。

 

「私達はこのまま駅まで向かう事にします」

「だったら私達もすぐにそっちに向かう事にする。足止めくらいなら出来るだろ」

「あたしもすぐに追いつくから、待たずに行っていいわよ」

「わかりました。では行きましょう、リニス!」

「うん。みんな、駅までお願い」

 

 全員で頷いて、決意を表します。

 

「あーーーっ。ちょっと待って、望まだ食べ終わってないんだけど」

 

 駆け出そうとした瞬間。

 望さんの声にガクッと転びそうになりましたが、何とか踏みとどまります。

 

「望。あんた何か食べてんの?」

「じゃーーん。これだよ!」

 

 望さんのモニターに山盛りのフライドポテトが映りました。

 流石にこれを全部食べるのには、かなり時間がかかる気が。

 

「なら先に行くから、お前は食べ終わってから来い!」

 

 言い終わると和希さんの顔が表示されていたモニターが消え、すぐにグループトークから退出しましたとのメッセージが表示されました。

 

「望さん。和希さんの言う通り急いで食べて喉に詰まったら大変なので、ゆっくりでいいですよ?」

「わかったよ!」

 

 望さんは親指を立てるポーズをしてから、大量のポテトを手づかみで食べ始めました。

 

「それじゃあ、解散します」

 

 流石にこのまま望さんを眺めているのもどうかと思ったので、部屋の解散を選択するとバーチャルモニターが消え、グループトークが終了。

 

 



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人形列車 月の色2

 ――――――それから急いで駅に向かっていると、前方から誰かが走ってこっちに向かって来てるのが見えました。

 …………あれは。

 

「あっ。和希!?」

「待たせたな」

「いえ。凄く早いです」

 

 ふぅ。和希さんが来てくれたら百人力です。

 

「さくら~」

 

 後ろからの呼び声に振り向くと、どうやら忍さんも私達に追いついてくれたみたいです。

 

「急いで来てあげたんだから、感謝しなさいよね」

 

 そう言ってる忍さんですが、かなり飛ばして走ってたのにあんまり息切れしてない辺りに、普段から部活で運動している成果が見受けられました。

 

 後は望さんが来てくれたら全員揃いますが、流石にもうちょっと時間がかかるかも。

 

 

 そんな感じで和希さんと忍さんが合流してくれて安心する私でしたが、そんな私達を壁から覗き見している人物の姿がありました――――――。

 

「ふふん。やっぱり最速一番手は、音速で見つけたこの私みたいね!」

 

 その人は上着のポケットから通信機みたいな装置を取り出して、ボタンに手を伸ばした瞬間。

 

「そこか!!!!」

 

 和希さんが凄い速さで懐から1枚カードを取り出して投げつけると、カードは隠れている人が持っていた通信機に突き刺さり、その勢いで通信機が地面に落下。

 

「えっ!? いったい何が!?」

 

 私が突然の出来事に何が起きたのか分からず動揺していると、和希さんが一歩前に出て壁の向こうの相手に言葉を投げかけました。

 

「かくれんぼなら、見つかったら出てくるのがルールだろ?」

 

 少しだけ沈黙が流れた後。

 隠れていた人が。

 

「ふ、ふん。言われなくても、音速で行くわよ!」

 

 と言いながら、無駄に素早い動作で私達の前に姿を現しました。

 

「あっ!? あのデバイスってもしかして!」

 

 謎の人物の装着しているマテリアルデバイスは全体的に青色でカラーリングされていて、上着とスカートには白いラインが入っていました。

 そして、肩の部分には自分の所属先を示すような感じで、金色で十字架の様な紋章が付いています。

 

「マリアさんと同じデバイス!?」

「ふーん。いたずら猫の事を知ってるって事は、やっぱりあんた達で正解って訳ね」

 

 謎の人は右手を私達に突き出し、要求を述べてきました。

 

「こっちの要求は理解ってるでしょ? 大人しくその子を渡したら、今回は見逃してあげてもいいわよ?」

「な、なによ。急に出てきて! そんな事、出来るわけ無いでしょ!」

 

 啖呵を切りかえす忍さんでしたが、相手は何故か凄く余裕な感じで笑みまで浮かべちゃってます。

 

「いいのかしら? 私が通信機のスイッチを押したら仲間が音速で駆けつけて、貴方達はすぐに包囲……………って、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 私は仲間を呼ばれる前に、この場所から逃げる事を選択。

 反対側に方向転換し戦う気マンマンの忍さんの手を引きながら、謎の人に背を向けて走り出しました。

 

「ふん。私から逃げられるとでも思ってるの!」

 

 謎の人が私達の居場所を知らせようと、通信機を拾おうとした瞬間、和希さんが謎の人の前に立ちふさがりました。

 

「和希さん!?」

「お前達は先にいけ!」

 

 私は頷いて和樹さんに後を託して、その場から逃げる事に成功。

 そして和希さんは相手に向き合い、ゲーム勝負を持ちかけます。

 

「仲間に連絡したかったら、私にバトルで勝ってからにするんだな」

「ぐぬぬ。いいわ、あなたなんて音速で倒してあげる!」

「音速が光速に勝てると思ってるのか?」

 

 その一言が相手の癪に障ったのか、ちょっとだけブチギレモードに。

 

「言ってくれるじゃない。だったら私の本気を見せてあげる!」

 

 謎の人は首元から取り出したペンダントを掲げて叫びます。

 

「ディス・パージョン!」

 

 言葉が終わると装着していたマテリアルデバイスが消え去り、黄色いブラウスに赤いホットパンツのカジュアルな私服姿に。

 

「どうした? こっちの不戦勝でいいのか?」

「言ったでしょ、本気を見せてあげるって。 来てっ! フミンバイン!」

 

 空がキラリと光り、上空から戦闘機が……………いえ、戦闘機の形をしたマテリアルデバイスが凄い速度でやって来て、真横にホバー状態で停止しました。

 

「これで私の勝利は揺るがない! フミンバイン、コンバージョン!」

 

 音声に反応した戦闘機型デバイスが変形分離して体に装着されていき、最後に決めポーズ!

 

「最速、音速、ナンバーワン。我は音速の菜々子」

 

 音速の菜々子と名乗った人物は、さっきまでの落ち着いたカラーリングとは正反対の真っ赤なマテリアルデバイスを身につけています。

 

「これはさっき付けてた支給品と違って、私のスピードについて来れるようカスタマイズされた音速デバイス。そして、この速さについてこれなかった人はみんな対戦した後に私をこう呼ぶの。音速の菜々子って!」

「…………だったら私もそう呼ぶ事になるのか?」

「当然。音速で呼ぶ事になるってわけ」

「そいつは音速で遠慮したいな。――――――来い、ハヤテ! コンバージョン!」

 

 和希さんも続いて自分のマテリアルデバイスを装着。

 

「神速の閃光ここにあり! 仙堂 和希、見参!」

 

 お互いにデバイスのセットアップが終わり対峙すると、菜々子さんが両手を広げて前に出し、和希さんに見せつけました。

 

「どうした? 手相を見て欲しいなら占い屋に行ったほうがいいぞ?」

「10秒よ! 10秒で終わらせてあげる」

 

 それを見た和希さんも対抗して片手を広げて相手に見せます。

 

「だったら、こっちは半額セールだ。急がないと売り切れるかもな」

「ぐぬぬ。もう、これ以上の警告は必要無いみたいね」

「すまない。アラートを切ってたから、お前の警告音が聞こえなかったみたいだ」

「これ以上の問答は無用のようね。バトル!」

 

 お互いのデバイスの通信接続が終わり、2人の景色はゲームの中へと移行して行き。

 そして――――――――。

 

「音速の菜々子、参る!」

 

 菜々子さんが名乗りを上げた瞬間。

 

「セントラル・エッジ!」

「きゃああああっ」

 

 一筋の光が瞬きをするよりも早くフィールドを貫き、直後。

 

「勝負あり!」

 

 とジャッジが試合終了を告げるコールをあげました。

 

「なんだ。口だけじゃなくて本当に早いんだな。対戦を終わらせるスピードが」

 

 



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人形列車 月の色3

 対戦を終わらせた和希さんがゲーム終了を選択して現実世界に戻ると、耳元からサポートAIハヤテの声が聞こえてきます。

 

「和希。予告より4秒もズレているぞ?」

「こいつが早すぎるのが悪い」

「なんだ、言い訳か? 予告したのなら時間通りに終わらせるのが強者というもの。どうやら、まだまだ精進が足りないみたいだな」

「――――ふぅ。わかった、次はもう少しゆっくりやる事にする」

「うむ。対戦前に相手の力量を完全に把握できるようになれば、お前より早い奴と対戦する事になっても大丈夫だろう」

「そんな奴がいれば良いんだけどな」

 

 ドサリ。

 と突然、何かが崩れ落ちるような音が聞こえ、和希さんは音のした方を向くと。

 

「気絶したか」

 

 敗北した菜々子さんがその場に倒れ込み、これで仲間に連絡される事も無くなり一安心。

 ――――――と、思ったのですが。

 

「…………あ」

 

 どうやら倒れた時に通信ボタンに覆いかぶさる形になってしまっていたみたいで、通信機越しに声が聞こえてきました。

 

「菜々子、なにかあったの? ちょっと、菜々子!?」

「…………和希よ。やっぱり、詰めが甘かったみたいだな」

「そうか? この場所に集まってくれるなら逆に好都合だろ?」

「ふむ。そういう考えもあるか」

 

 そういう訳で。

 和希さんは装着したデバイスを解除しないで、この場所にやってくるであろう菜々子さんの仲間の足止めをするみたいです。

 

「ハヤテ。連戦行けるか?」

「そんな事、聞くまでもないだろう?」

「じょうとう!」

 

 しばらくして音速の菜々子さんの仲間だと思われる人達が数名やってきて、倒れている菜々子さんを確認すると、さっそく和希さんにバトルを挑みかかってきました。

 

 複数 VS 和希さん1人の超絶ハンデバトルの形になっちゃってますが、和希さんなら絶対に耐えきってくれるはず。

 頑張ってください!

 

 

 ――――――――と、いう訳で。

 音速の菜々子さんの相手を和希さんに任せて、駅へと向かっている私達はどうしているかというと。

 

「あっ!? 桜ちゃん達はっけ~ん。こっちこっち~」

 

 ちょうど望さんと合流した所だったりします。

 

「ちょっと、望! そんなに大きな声出したら気づかれちゃうでしょ!」

 

 忍さんの声の方が大きい気がします。

 

「それと、口の周りに食べ残しがついてるから、これで拭きなさいよ」

 

 ポケットティッシュを取り出して、望さんの口についているケチャップをぐしぐし取ってあげるフォローも完璧です。

 

「ありがとー。忍ちゃん」 

「べ、別に望がだらしないからやってあげただけなんだらから!」

 

 とりあえず忍さんがティッシュをゴミ箱に捨てに行ってる間に、少しでも呼吸を整えないと。

 

「それにしても、リニスちゃんも大変な事になってるねぇ~」

「大丈夫よ。なんたって私には頼もしい従者がいっぱいいるんだもの」

「お~。それは心強いね~」

「…………たぶん、望さんも人数に入ってます」

「そなの? …………って、あれ? そう言えば和希ちゃんは?」

「和希さんなら足止め役を引き受けてもらってます」

「なるほどぉ~。和希ちゃんは強いから安心だね」

 

 そうこうしてる間に忍さんが戻ってきました。

 

「ほら、行くわよ!」

「も、もう少しだけ休憩しませんか?」

「そんな事してたら時間に間に合わないでしょ! ほら、さっさとしなさい!」

「それじゃあ元気になるために、望のモンエナあげるよ」

 

 望さんから貰ったエナジードリンクを飲んで、ちょっぴりだけエナジーを回復。

 これでまた少しは走れるはず。

 

「ふぅ。では行きましょうか」

 

 それから私達は必死で走ると、駅が見えてきました。

 ―――――列車までもうちょっと。

 

「いたわ!?」

 

 私達に向かってくる人物が1人。

 …………と、いう事はつまり。

 

「見つかった!?」

 

 そして更に私達を見つけた子の後ろから別の人物が現れました。

 

「2人もいる!?」

「望。行くわよ!」 

「わかったよ!」

 

 忍さんが前に出て、呼ばれた望さんもそれに続きます。

 

「桜達は先に行きなさい!」

「うん。わかった」

「2人共、頑張ってください!」

「ここは望が通さないっ!」

 

 私とリニスは忍さんと望さんの2人にその場を任せて駅に向かって走り出しました。

 そして私達が行くのを確認した忍さんは、自分のゲーミングサポートAIアルティに音声入力。

 

「アルティ、コンバージョン!」

「了解」

 

 すぐにマテリアルデバイスが変形して体に装着。

 そして忍さんに続いて望さんも、頭に乗っかっている猫ちゃん型デバイスに向かって音声入力をしました。

 

「行くよっ、ごんすけ! コンバァ~ジョン!」

「にゃわ~ん!」

 

 ごんすけがひと鳴きしてから、茶トラ猫カラーのデバイスがパーツに変形して、望さんの体に装着されました。

 

「最強、無敵、勝利! ここから先は望の時間!」

 

 そのまま手を広げながらくるりと横に回って。

 

「六道 望、大登場!!!!」

 

 みたいな感じでポーズとセリフもバッチリ決めちゃってます。

 けどなんか不満があるみたいで、望さんは微妙な表情で忍さんを見つめました。

 

 



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人形列車 月の色4

「う~ん」

「……………ん? 望、どうかした?」

「ねえ。なんで忍ちゃんはポーズしないの?」

「べっ、別にいいでしょ、そんなのしなくても!」

「え~。せっかく望がやる気を出してたのに、これじゃあ気合が入らないよぉ…………」

 

 そんな忍さん達がゴタゴタしている間に対戦相手の2人もデバイスの準備を始めるみたいです。

 

「神聖なる霊鳥よ」

「私達に勝利を」

「エスカレーション!」

 

 2人は私達が使っているような普段一緒に行動しているタイプのデバイスでは無く、どこからか転送されてきたデバイスを装着し、ゲーミングの準備を完了させ2人でポーズを決めました。

 

 ―――――そして、それを羨ましそうに見つめている望さんの姿が。

 

「ほぉらぁ~。あっちはちゃんとやってるのにぃ~」

 

 実を言うと、望さんの実力はやる気に左右されすぎるのが難点です。

 絶好調の時はやる気補正だけで本来の実力の500%以上の力が出せたりもするんですが、その逆も。

 つまり調子の悪い時は極端に動きが悪くなってしまうんです。

 

 忍さんもその事は知っているので、あんまり望さんのテンションを下げる事はしたくは無いはず…………。

 

「…………アルティ。ディスパージョン」

「は~い」

 

 音声に反応したアルティは忍さんの体に装着されているマテリアルデバイスを解除して、元の姿に戻りました。

 

 ――――――そして、忍さんは「はぁ」と深いため息を1つ吐いてから。

 

「行くわよ、アルティ! コンバージョン!」

「了解。マテリアルデバイス・トランスフォーム」

 

 みたいな感じで気合を入れた掛け声を発すると、再びアルティが分離して忍さんの体に装着。

 

 そしてちょっぴり頬を赤く染めながら、「ビシッ!」っと指差しポーズ。

 

「ね、狙った相手は外さない! 百地 忍よ!」

 

 みたいな感じで何とか決めた感じなんですが。

 

「…………う~ん。30点?」

「望がやれって言ったから、やったんでしょ!!!!」

「わ~。忍ちゃんが怒った~!?」

 

 と、望さんの一言でブチギレた忍さんは望さんを追いかけはじめました。

 

 あっけにとられた忍さん達の対戦相手は、その場でおいかけっこを始めた2人を見つめていましたが、「ハッ」とすぐに目的を思い出して通信を接続。

 

「私達を無視するなーーーー!!!!」

「勝負よ!」

「望! ちゃんとやってあげたんだから、真面目にやりなさいよ!」

「おっけー、おっけー。望に任せてよ!」

 

 全員のデバイス間の接続が終わり、全員の見ている景色が同時にゲームの世界に変化していきました。

 

「アルティ。クラスはいつもので行くわよ!」

「了解。マジックガンナーだね」

「それじゃあ、望もいつもので!」

「…………にゃ、にゃわん?」

 

 なぜか望さんの言葉にごんすけが困惑しています。

 

「望。なんか変な設定とかしてないでしょうね?」

「う~ん。特に何もしてないと思うんだけどなぁ………………」

「じゃあ、なんでごんすけが困ってるのよ!」

「それは、え~と……………ああ~っ!?」

「なんか思い出した?」

「よく考えたら、望。いつものとか設定して無いじゃん!?」

「…………は?」

 

 望さんは基本的にその場のノリで使うクラスを決定していたのでした。

 

「ちょっと! すぐに対戦が始まるから、早く決めなさいよね!」

「え~。そういわれても、こんなにあったら迷っちゃうよ」

 

 そうこうしているうちに出撃ゲージもあと僅か。

 

「別にどれでもいいでしょ!」

「ちっちっち~。忍ちゃんは分かってないなぁ~。タッグ戦はクラス相性とかあるんだよ?」

「じゃあ相性のいいのを選びなさいよ!」

「そうだねぇ~。それじゃあ――――――」

 

 そして出撃ゲージが0になる瞬間。

 

「よ~し。だったら望はこれっ!」

 

 パッと目についたクラスを選択すると、両手にそのクラス特有の装備品が現れました。

 

 忍さんの選択したクラスは。

 

 マジックガンナー

 

 攻撃 A++

 防御 F

 速度 D

 射程 超・長距離

 

 魔力を込めた銃弾で戦う遠距離クラス。

 

 火力と射程距離に特化しているので、相手を遠距離から一方的に倒す事が出来る。

 反面。防御は薄く速度も遅い為、近接クラスに接近を許したら何も出来ずに一方的にやられる可能性が高い。

 

 遮蔽物に隠れたり、味方に守ってもらいながら固定砲台として戦うのが基本的。

 

 1発の火力の高い銃弾を扱うから連射は出来ずリロード時間も長いので、高いエイム命中率が求められる中級者向けクラス。

 

 

 

 そして望さんの選んだのは。

 

 

 にゃんにゃんテイマー

 

 攻撃 C

 防御 B

 速度 D

 射程 近~中距離

 

 猫ちゃんを召喚して戦うクラス。

 召喚した猫ちゃんには能力があり、それを上手く使えるかが勝負の分かれ目。

 

 

 対戦フィールド 山岳

 身を隠せる樹や岩が多め

 

 忍さん達は下 相手は山頂からのスタート

 



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人形列車 月の色5

 使用クラスの選択が終わり、フィールドに降りた瞬間。

 忍さんは銃についているスコープを覗き込み、相手の位置を超速で把握してから一気にトリガーを引いて先制攻撃っ!

 

「もらいっ!」

 

 スナイパーライフルの銃口から炎を纏った銃弾が撃ち出され、はるか遠くにいる相手に向かって直進。

 いきなり不意打ちが決まると思いきや、着弾する直前にステップで避けられてしまいました。

 

 ――――――けど、マジックガンナーの強さはここから。

 避けられた銃弾が地面に着弾した瞬間に爆発し、相手に爆風ダメージを与える事に成功。

 

「やっぱ知ってたか」

 

 マジックガンナーの強さはゲームが開始した直後に先制攻撃出来る事。

 遠距離攻撃に注意していない相手だったら、そのまま攻撃が直撃していきなり大ダメージを与える事だってできちゃうんです。

 それに攻撃に気がついても爆風を避けられずに、少量の爆風ダメージを相手に与えた状況で対戦を始める事も出来ます。

 

 マジックガンナーと対戦する時は、最初の爆風ダメージはほぼ受ける事が前提で対戦を組み立てる必要があり、相手にするとかなり厄介。

 

 ――――――なのですが。

 実は相手も同じクラスを選択していたら、お互いに最初の狙撃が直撃して2人とも瀕死の状態で対戦が始まる事になってしまったり、相手が速度重視の遠距離クラスだったらこっちだけ一方的に攻撃される可能性があります。

 

 それと、一番厄介なのが反射を使われた場合で、撃った銃弾が反射でそのままこっちに戻ってきて逆にこっちだけ壊滅状態になってしまう事も………。

 

 だから最初は様子見する事も選択肢としてはありなんですが、なんと言っても今回はタッグバトル。

 忍さんがスナイプしてから防御力の高い望さんが前に立ってガードする事によって、最悪の状況にだけはしない作戦を取ったようですが、どうやら今回の相手は遠距離攻撃も反射もしてこなかったみたいです。

 

「望。居場所がバレたから移動するわよ!」

「分かったよ!」

 

 忍さんの前でガードをしていた望さんは防御姿勢を解除して、ひとまず忍さんと一緒に近くにある岩陰へと走りました。

 

「遠距離がいるってバレたから、多少のダメージ覚悟で速攻しかけてくるかも」

「も~。ちゃんと当てないと駄目じゃん」

「う、うるさいわね。少し削ったんだから良いでしょ!」

 

 安全を確認した忍さんは、先制攻撃で空になった魔弾を補充し、すぐに次の狙撃に備えます。

 

「望。相手の位置は?」

「さっきの場所からちょい右だよ」

「オッケー!」

 

 すかさずもう一度火炎弾をシュート!

 今回も直撃はしなかったものの、爆風ダメージで体力を削る事には成功です。

 

「よしっ。このまま削り倒すっ!」

 

 そのまま遠距離攻撃だけで敵をやっつようとするのですが、そんな簡単にいくはずも無く―――――。

 

「あっ!? 二手に分かれたよ!」

「まとまってくれてたら楽なのに」

「じゃあ望は右の人の相手してくるから、もう1人は忍ちゃんお願い」

「えっ!? ちょっと待ちなさいよ!?」

「うおおおおおおお! 望、出陣っ!!!!」

 

 望さんは早速相手に向かって駆け出して行きます。

 

「まあ相手が遠距離クラスじゃないからいっか」

 

 と忍ぶさんが安堵した瞬間。

 

「わああああああっ!?」

 

 望さんの元に突然無数の矢が襲い掛かってきたので、望さんは転がるように岩の影に退避しました。

 

「…………相手は中距離か。てか望も一気に近付きすぎでしょ!」

 

 相手の1人は中距離連射型のアーチャー。

 単発高火力型の忍さんとは真逆の、手数で相手を圧倒するクラス。

 

 適当に攻撃をバラ撒いても相手の体力を削ったり足止めしたりも出来るので、初心者にもおすすめのクラスです。

 

 そのアーチャーに隠れている岩の近くを矢の雨が降り注いで、動けなくなっている望さん。

 

「う~ん。あんなインチキ能力使われたら勝てないよぉ…………。よ~し、こうなったら望も能力を使って反撃だーーーー!!!! いでよっ! ホワイトのぞみん!」

「にゃ~ん」

 

 掛け声と共に、白い猫ちゃんが登場。

 望さんの能力は自分の位置と白猫の位置を変える事。

 

 使い方によって強くも弱くもなる中級者向けの能力です。

 

「よぉし! それじゃあ、あっちの岩まで行ってみよ~!」

「にゃ~ん」

 

 猫ちゃんに号令をかけて、とりあえず安全な場所に移動する事にしたのですが――――。

 

「あああーーーーっ!? そっちじゃないよ!?」

 

 そう。

 森の賢人と違って猫ちゃんの行動は基本的に気まぐれ。

 思った場所には移動してくれないのでした。

 

「…………まあ、あっちでもいっか。 ホワイトのぞみん!」

 

 望さんは能力を発動して、ひとまず安全地帯に避難成功と思いきや。

 

「ふぅ。これで大丈夫…………って、また勝手に行っちゃったよ!?」

 

 猫ちゃんはまたお散歩を再開しちゃうのでした。

 

「も~、しょうがないなぁ~。もっかいホワイトのぞみん!」

 

 望さんはその場のノリですぐに能力を発動して、また違う場所へと移動。

 

 



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人形列車 月の色6

 ―――――そして数分後。

 

「なんで戻って来てるのよ!」

 

 気付いたら忍さんの隣にいたのでした。

 

「望にそんな事いわれてもね~。そこはホワイトのぞみんに聞いてよ」

「にゃ~ん」

 

 お散歩に満足したホワイトのぞみんは、足元で毛づくろいをしています。

 かわいい猫の仕草にほんわかムードの2人ですが、そこに突然相手の攻撃が。

 

「わあああっ!? やられちゃう~!?」

「ちょっと! 望が戻ってきたから集中攻撃されちゃってるじゃない!」

 

 忍さんが岩陰から狙撃しようと覗いた瞬間、矢の連射が襲ってきて反撃は少し難しそうです。

 それにホワイトのぞみんも突然の出来事にビックリして、どこかに逃げ出しちゃいました。

 

「こうなったら強行突破よ!」 

 

 忍さんは銃を開いて、中に入っている火炎弾を投げ捨ててから徹甲弾をリロード。

 外しても爆発で範囲攻撃が出来る火炎弾と違って、徹甲弾は特殊効果無しの銃弾です。

 その代わり威力がとてつもなく高いので、命中させる事が出来たら火炎弾以上のダメージを与えて一気にゲームを決める事も。

 

「狙い撃ちぃ!!!!」 

 

 忍さんはダメージ覚悟で狙撃!

 銃弾は相手を捉える事には成功しましたが―――――。

 

「ミスった!?」

 

 ダメージを受けながらのエイムだったので、狙いが少しだけずれてしまいヘッドショットは失敗。

 ある程度のダメージは与える事は出来たけど、さっきの狙撃中にかなり体力を削られてしまったので、もう1回同じ事をやるのは無理そうです。

 

「忍ちゃんが外したせいで、大ピンチじゃん!?」

「あ、あれは仕方ないでしょ!」

 

 実際攻撃を受けながらの狙撃はプロゲーマーでも難しく、当てられただけでも凄いレベルなんですが、さっきの場面では一撃必殺しないと状況は変わらなかったのでかなり厳しい状態でした。

 

 そして、相手は少しずつ距離を詰めてきて、やられるのも時間の問題に。

 

 数秒後。

 ついには忍さん達は完全に包囲されて、相手の攻撃でバリケードにしている岩も崩れそうな状況になっちゃってます。

 

「さあ、これで貴方達も終わりよ!」 

「それはどうかしら?」

「なにっ!?」

 

 勝利を確認した相手に忍さん達は反撃に出ます。

 

「行くよっ! 忍ちゃん!」

「まかせた!」 

「にゃ~ん」

 

 はるか遠くの樹の上から猫の鳴き声が聞こえてきました。

 どうやら逃げたホワイトのぞみんが樹の上に登っているみたいです。

 

「望はホワイトのぞみんの気まぐれ効果発動ぅ!」

 

 猫ちゃんの行動は気まぐれ。

 ――――――そして、能力も気まぐれ!

 

「この効果で他のプレイヤーの位置とホワイトのぞみんの位置を入れ替えるっ!」

 

 ホワイトのぞみんが天高くジャンプして最高到達点になった瞬間、ホワイトのぞみんの位置と忍さんの位置が入れ替わりました。

 

「上からなら障害物を無視して攻撃出来る!」

「それはこっちも同じ!」

 

 アーチャーは上空で防御する事が出来ない忍さんに向かって矢を発射。

 忍さんは避ける素振りを見せず、銃を構えます。

 

 アーチャーの放った矢が忍さんに直撃すると思った瞬間。

 矢の勢いが無くなり、そのまま下へと落下していきました。

 

「ふっふ~。ここから先はあたしだけの距離!」

 

 ここは中距離クラスでは決して届かない遠距離クラスだけの場所。

 

「マジックガンナーのスキル。イーグルアイ発動! この効果で超・長距離でも精密狙撃が可能になる!」

 

 そしてスキルを発動してスコープのズーム倍率を上げる事によって狙いをより正確な物に。

 

「狙い撃ちっ!」

 

 空中から放たれた徹甲弾はターゲットを貫き、まずは1人撃破。

 

「やられた!?」

 

 そして、相方がやられて動揺している隙に。

 

「もっかいホワイトのぞみんの効果発動! 対戦相手の位置とホワイトのぞみんの位置を入れ替える!」

 

 アーチャーを最初に忍さんがいた位置。

 つまり、望さんの真横に転移。

 

「のぞみんアッパぁー!」

 

 攻撃範囲に入ったアーチャーに望さんの必殺アッパーが炸裂し、残り体力を全て削りきり。

 そして――――――。

 

「勝負あり!」

「いえ~い」

 

 審判のゲーム終了の判定がされた瞬間。

 望さんが忍さんとハイタッチを交わし、忍さんチームの勝利で幕を閉じました。

 

 



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人形列車 月の色7

 私が駅の改札ゲートをくぐった瞬間、列車の出発を告げる汽笛の音が聞こえてきました。

 

「桜、もう出ちゃう!?」

「今は乗る事だけ考えましょう!」

 

 人の数がまばらな駅の中を必死に走り、なんとか列車に飛び乗った瞬間扉が閉まり、列車は次の駅に向かって走り出しました。

 

「な、なんとか間に合ったぁ~」

「滑り込みセーフです」

 

 乱れた呼吸を戻す為に、軽く深呼吸をして息を吐いていると緊張の糸が切れそうになったので、これはいけないと思い軽く息を止めると。

 

「けほっ、けほっ」

 

 みたいな感じで軽くむせちゃいました。

 

「さ、桜。大丈夫?」

「だ、大丈夫です。それよりここで立ったままだと疲れるので、とりあえず座席に座りましょう」

 

 入り口の丁度目の前にある座席が空いていたので、私とリニスはその場所に座る事にしました。

 ちなみにこの列車は自由席になってるので、好きな場所に座ってオッケーです。

 

 列車にはそれなりの人が乗っているみたいですが、みんな疲れているのか話し声とかは全く聞こえてきません。

 

 まあ静かな事は良いことなので、このままゆったりと窓から見える景色を見ながら駅に向かう事にしよう。

 ――――――みたいな事を考えながら隣の席を見たら、少し不満げな表情をしたリニスがいました。

 

「どうかしたんですか?」

「ねぇ、桜。ちょっとこの椅子、角度急すぎない?」

 

 私は別に問題ありませんが、言われてみたら確かにちょっとだけ急な気がしないでもありません。

 

「じゃあ、ちょっとだけ後ろに倒しましょうか」

「えっと。このレバーを引けばいいの?」

「ちょっと、待ってください。一応後ろの席に座ってる人に確認しないと」

 

 立ち上がるのが面倒なので座ったまま後ろに声を投げかける事にしました。

 

「すみませ~ん。ちょっと席を倒してもいいですか~?」

「…………」

 

 へんじがない。

 

「すみませ~ん!」

 

 もっかい聞いてみても後ろの席どころか、全ての座席からの反応がありません。

 仕方ないので、立ち上がて座席の座る所に膝を乗っけて後ろの席を覗き込むと、そこには――――――。

 

「にん…………ぎょう?」

 

 かわいいアンティークドールがまるでお客さんの様に座席に置かれていたのでした。

 人形はただ真っ直ぐに前だけを見つめていて、リニスと違って動く気配みたいなのは全くありません。

 

「どうかしら? マリアのお人形」

「!?」

 

 ビクンと反射的に声のした方を見ると、一番うしろの座席にマリアさんが座っていました。

 

「かわいいでしょう? ちゃんと挨拶だって出来るのよ」

 

 マリアさんは座ったまま指を少し動かすと、それに反応して私の後ろにいる人形が立ち上がって、軽くお辞儀をします。

 その時に何かが光に反射してキラリと光ったのでよく見てみると、どうやら人形とマリアさんの間に細い線が通っているみたいでした。

 

「…………糸?」

「けど、この子達はマリアがお願いしないと動いてくれないの」

 

 もう1度指を動かすと、お辞儀をした人形がパタリとその場所に座り、再び動かなくなりました。

 

「ふふ。その子みたいに自分の意思で動けるお人形って素敵よね」

「なんでリニスが欲しいんですか?」

「あらら。忘れちゃったの? それはマリアに勝ったら教えてあげるって言ったじゃない」

 

 マリアさんは立ち上がってから両手をクロスさせると、この車両の席に座っていた人形達も一斉に立ち上がりました。

 

「桜。もう逃げ場所は無いわよ?」

「リニス、前の車両に行きましょう!」

「うん。わかった!」

 

 私達は襲い掛かって来た人形を何とか避けて1つ前の車両に避難。

 

「ふぅ、ここなら他にも人が…………」

「桜。ここも全部」

「えっ!?」

 

 私達が入ってきたのを確認した瞬間。

 全ての座席から人形が立ち上がり、一斉に私達の方に視線を向けました。

 

「次に行きましょう!」

 

 私達は必死に更に前へと走りましたが。

 次の車両にも人形。

 そして、その次の車両も乗客は人形だけ。

 

 ――――――そう。

 まるでここはお客さんが全て人形の人形列車。

 

 そして、とうとう一番前の車両へと到着した私達は運転席を覗き込むと。

 

「じ、自動運転!?」

 

 そこには運転手の人の姿は無く、画面には次の目的地だけが映し出されていました。

 

「とりあえずドアを閉めましょう」

 

 運転席に入ってから扉を締めてロックもかけたのですが、マリアさんならこれくらいの扉なんて物ともしないで、こじ開けてきそうな怖さが私の不安を掻き立てます。

 

 マリアさんは子猫が捕まえた獲物で遊ぶかのように、ゆっくりと私達のいる場所まで歩きはじめました。

 

「なにか。なにかマリアさんを足止め出来そうな物は!?」

 

 ひと通り周りを見てみましたが、そんな都合のいい物がこんな場所に置いてあるはずありません。

 

「桜。マリアが2車両先まで来てる!」

「ええっ!? もうそんな場所まで!?」

 

 これは急いで対応を考えないと………………って、あれ?

 どう頑張ってもこの場所から2つ先の車両の状況を見る事なんて出来るはずが。

 

「あの。今更ですが、どこからその情報を手に入れてるんですか?」

「よくわかんないけど、さっきビュンって飛んできた」

「ビュンって…………」

 

 透視能力…………なら今でも向こうの様子が見れるはず。

 一瞬だけ情報が手に入るみたいな状況といえば…………。

 

 その時。

 一瞬だけ空の上で光る何かが飛んでいるのを見つけました。

 

「…………あれは?」

 

 肉眼では見れないくらい遠くに光っている何か。

 

「シャンティ。あそこで光ってる物をズームで表示してもらえますか?」

「あそこ? ああ、あれね。ちょっとまって」

 

 私の前にバーチャルモニターが表示され、映像が少しずつアップに切り替わっていきます。

 そして、それは数回のズームの後に姿を現しました。

 

 



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人形列車 月の色8

「こ、これは!?」

 

 人工衛星。

 いえ、先端に何かの発射口があるので軍事衛星と言ったほうが正しいかもしれません。

 テーマパークでマリアさんがリニスの事を人形兵器って呼んでいたので、多分これと関係性がある確率はかなり高いと思います。

 

「リニス。これに見覚えは?」

「無い…………けど、なんだろ。見てると何かが私の中に入ってくるような変な感覚がする」

「これが見た情報がリニスに来てるって事は無いですか?」

「ちょっと待って、1回確認してみる」

 

 リニスは目を閉じて集中し、直立状態で動かなくなりました。

 

「…………あの。大丈夫ですか?」

 

 心配になった私が話しかけると。

 

「見えた!」

「えっ!?」

「空からこの列車が見えたわ」

 

 リニスは目を閉じたまま今の状況を話してくれました。

 

「だったら空からこの状況を何とか出来そうな場所とかを探せませんか?」

「えっと…………。近くに何とか出来そうな場所は無いかも」

「そ、そんな」

「けど、空から何とかする事は出来そう!」

「それは一体どうやって」

「衛星についてる銃口からレーザーが撃てるみたい」

「ええっ!?」

 

 ま、まさか人形少女なだけじゃなくて、サテライト系人形少女だったなんて…………。

 なんか属性盛りすぎな気がします!?

 

「けどそんなの撃ったら大変な事になりませんか?」

「出力を最小にすればそんなに被害は出ない…………はず」

「はずって…………」

 

 その時コツコツと靴音が聞こえて来たので見てみると、マリアさんが私達の真横の車両の扉を開けて入ってきました。

 

「わ、分かりました。だったら出力最小で列車の連結部分だけ焼き切ってください! 出来ますか?」

「うん。やってみる」

 

 リニスは集中を初め、マリアさんが車両の真ん中くらいまで歩いて来た時。

 

「いっけー!」

 

 空が煌めき、雲を突き抜ける一筋の光りが私達とマリアさんの真ん中の場所に直撃。

 そして、凄い音を周囲に響かせながら列車が2つに分担されていきました。

 

「や、やりました!」

 

 進む力を無くしたマリアさんの乗っている車掌は少しづつ私達の車両との距離が開き始めていき、これでもう一安心。

 と思ったのに、マリアさんは何故か楽しそうな笑顔を浮かべています。

 

「あらら。列車を壊しちゃうなんて、桜ってば悪い子ね。けど、こんな事でマリアをどうにか出来るなんて考えてるなら、ちょ~っと甘いんじゃないかしら」

 

 マリアさんは両手に付けていた糸を外すと、一緒に歩いてきた人形はその場に一斉に崩れ落ちました。

 そして、その場所から走りだし、焼き切れた連結部分の場所まで辿り着くとその場所からジャンプ!

 

「ええっ!?」

 

 その勢いのまま、私達のいる運転車両の屋根に着地を決めちゃいました。

 

「あはっ。あんまり騎士を舐めない方がいいわよ」

 

 もう何処にも逃げ場所は無い。

 こうなったら私に出来る事はただ1つ。

 

「シャンティ。こうなったら迎え撃ちます。リニスは下にいてください」

「え、桜。大丈夫なの?」

「任せてください! シャンティ、コンバージョン!」

「気合いれていくよ~」

 

 私はマテリアルデバイスを装着してから、上に付いている窓を開けて車両の屋根の上へと登ります。

 

 屋根に登ると、マリアさんが仁王立ちをしながら待ち構えていました。

 

「ふ~ん。ここで決着をつけるってわけ」

「にゃ~ん」

 

 マリアさんが笑うと、足元から黒猫型デバイスが顔を覗かせました。

 

「来なさい、キティ・ノワール。コンバージョン」

 

 マリアさんの音声認識に反応したデバイスは分離変形を初め、体に装着されていきます。

 

「うにゃ~ん。闇夜で輝く翠玉(エメラルド)。悪戯子猫、マリア・ローランド」

 

 テーマパークで見た神々しさを感じたデバイスとは真逆の真っ黒なデバイス。

 多分こっちがマリアさんの全力本気の専用デバイス。

 

「どうかしら? マリアのデバイス、凄く可愛いでしょう?」

 

 頭には猫型デバイスの頭部の猫耳をつけ、更にお尻の付近にあるワイヤーが尻尾みたいな感じでゆらゆらと揺れていて、子猫みたいなマリアさんの性格を連想させるようなデザインをしています。

 

「こ、こっちだってスペックだけなら、無駄に高いです!」

「知ってる。だからマリアもとっておきを出したんだから」

 

 多分前よりも格段に強くなってるはず。

 覚悟を決めてからマリアさんと対峙して、バトルを始めようとした瞬間。

 

「待てぇ~い! その勝負、ワシが預かった!」

 

 と気迫のこもった声が聞こえ。

 線路のはるか彼方から汽笛の音と共に列車が近づいてきました。

 

「あ、あれはっ!?」

 

 列車の上には審判服を着た人物が腕組をしながら立っています。

 そして、私達の列車と反対側からやってきた列車が交差した瞬間。

 

「とうっ!」

 

 ジャンプして無理やりこっち側に飛び乗ってきました。

 私とマリアさんの丁度真ん中に着地したその人は、立ち上がってから軽く首元の蝶ネクタイの位置を調整した後で手を掲げて宣言します。

 

 ダンディな口ひげに公認ジャッジの身分を表すバッジが審判服の右胸で輝いている事から、この人の身分が本物のeスポーツジャッジである事を物語っていました。

 

「この試合。不正がおこなわれ無いようこのワシが審判を担当する! お前達、異論はあるまいな?」

「別にいいわよ」

 

 流石にマリアさんが不正をするとは思えませんが、ジャッジがいた方が安心して対戦だけに集中する事が出来ます。

 

 …………ただ、それより気になる事が1つだけありました。

 

「―――――あの。ちょっといいですか?」

「どうした? このワシの審判に不満でもあるのか?」

「いえ。それは大丈夫なんですが、1つだけ質問してもいいですか?」

「よかろう。試合前に疑問を残してゲームを始めても、満足なプレイが出来んだろうしな」

「ありがとうございます。では――――――なんで最初にマリアさんに襲われた時に助けてくれなかったんですか~! 和樹さんの時も忍さんと望さんの時も毎回ジャッジの人がいたのに何で誰も助けてくれないんですか~」

 

 ジャッジの人は目を閉じながら私の質問を聞き、聞き終わった瞬間に目を開いて私をみました。

 

「そんな事もわからんのか。この未熟者めがぁ〜!」

「ええっ!?」

 

 も、もしかして私が間違ってた?

 

「ワシ等はあくまでジャッジ。個人のいざこざなど知った事では無いわ!」

「な、何だって~!?」

「たとえ宇宙からの侵略者が来ても公平にジャッジを行う。それがワシ等の仕事であり、誇りなのだ! 解ったのなら、さっさとゲームを始めるがいい!」

 

 微妙に納得出来ませんが、どっちにしろマリアさんとは最初から戦うつもりだったから、今は対戦する事だけを考えないと。

 

「なに。試合中の安全はこのワシがeスポーツ協会の責任を持って保証するから安心するがいい」

 

 …………つまり、試合後の安全は保証してくれないんですね。

 

「――――ふぅ」

 

 私は軽く深呼吸して平常心を取り戻してから、マリアさんだけを見つめました。

 

「シャンティ、行きます!」

「桜。今度は勝てるよ!」

「ふふ。第二幕も楽しみね」

「にゃわ〜ん」

 

 ついにやって来た、この旅の締めくくりを飾るマリアさんとの最終決戦。

 

 時速300キロで走る暴走列車の上でのeスポーツが始まります!

 



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人形列車 月の色9

月の魔術師 (ムーン・マジシャン)

 

攻撃 C

防御 C

速度 C

適正距離 中距離

 

特性 モードチェンジ

 

 

 これまでいろんなクラスで対戦をして、私に一番合っているのはこのクラスという事がわかりました。

 

 近距離相手でも遠距離相手でも距離を調整すれば互角に戦える中距離。

 能力は相手の出方に合わせて切り替える事が出来る対応型スキル。

 攻撃はダメージより誘導性と範囲を重視して、相手に当てる事を1番に。

 

 これが今の私の最適解!

 

 今回のフィールドは前と同じ壁が多めのステージですが、ダメージトラップの類は無く、勝つには直接攻撃を当てて体力を削るしか無さそうです。

 

 バトルフィールドに降り立つと、マリアさんがテーマパークで対戦した時と同じ姿で現れました。

 

「マリアの人形劇、第2幕かいえ~ん」

 

 マリアさんは早速手に持ったトランクケースを開き、中から人形を召喚します。

 もうトランクケースの中身は解ってるから普通に出した?

 ――――――いや、違うっ!

 さっきと同じだったら、わざわざデバイスを変える必要なんて無いはず!

 

「シュート!」

 

 私は杖の先から光の玉を複数召喚すると、それは後ろに向かって飛んでいき、超スピードで襲ってきた何かに当たり、玉が弾けてソレにダメージを与えました。

 

「やっぱり、複数いた!?」

「せいか~い、けど良く分かったわね」

「ゲーマーに同じハメ技は2回通用しません!」

 

 それにしても。1体動かすだけでも大変なのに、自分以外に2体の人形を自由に操作する事が出来るなんて、かなりの処理能力を持ってるみたいです。

 

 召喚したらオートで単純な攻撃をしてくれるアシストスキルだったら、何も考えずに召喚して戦えるのですが、人形の操作は全て自分。

 

 フィールドの人形の位置を全て把握して、全ての人形で最適な行動を実行する。

 単体ではそんなに強くはないので同時操作が必須にもかかわらず、慣れていないと人形どうしで相打ちをしてしまう可能性もあります。

 

 専用デバイスのサポートがあるとは言え、私が同じ事をするのはちょっと無理かも。

 

「それじゃあ続けましょう」

 

 マリアさんの3方向からの同時攻撃。

 正面のマリアさんが両手でトランクケースを持ちながら突撃してきて、左右からはマリアさんの操る人形が短剣を片手に突進してきます。

 

「シュート!」

 

 右側の人形に弾道誘導魔法「トラッキング・シューター」で射撃し。

 

「ウエイブ!」

 

 左側の人形には、杖の先端を地面でこすりながら発動する地を這う光の波「ムーン・ウェイブ」で牽制。

 

 ――――そして、前方には。

 

「ラウンド!」

 

 地面に杖を叩きつけ、叩きつけられた場所を中心に広がる衝撃波を出す「ラウンド・ムーン」でマリアさんを迎え撃つ!

 

「見えちゃった」

 

 マリアさんはトランクケースを大きく振りかぶり、私の攻撃にタイミングを合わせて振り下ろすと、攻撃同士が相殺して私の放った衝撃波が消滅。

 

 そしてマリアさんの攻撃は終わらず、そのままトランクケースが私を襲ってきます。

 

「くっ!?」

 

 なんとか杖でしのぎきると、左からムーン・ウエイブの波をジャンプで避けた人形の攻撃が。

 

「シュート!」

 

 なんとかマリアさんを押し返してから誘導魔法を放つと、魔法の弾は空中で人形に当たり地面へと落下しました。

 

「なんとかしのぎ………………ふぐぅ!?」

 

 背後からの突然の衝撃に私はガードする事が出来ず、大ダメージを受けてしまいます。

 

「さ、三体目!?」

「ふふ。お人形がだぁい好きなマリアが、二体だけなはずないでしょう?」

 

 それからマリアさんはダメージから復帰してよろよろと立ち上がった私を、人形3体と一緒に囲い込み。

 

「これで幕引き。 シャルマント・タンツェン!」

 

 必殺スキルを発動し、同時方向からの一斉攻撃。

 

「きゃあああ!?」

 

 景色が回る。

 前後左右。全ての方向からの衝撃が同時に来て防御が出来ない。  

 

 必殺スキルをまともに食らってしまった私はそのまま後方に吹き飛ばされ、フィールドの壁に激突しました。

 

「桜、大丈夫?」

「な、なんとか」

 

 耳元から聞こえてくるシャンティの声で、飛びそうになった意識をなんとか現実に引き止めます。

 

「…………月?」

 

 大の字になって倒れている私の目には黄色い月の色が映っていました。

 

「シャンティ。月はいつから出てますか?」

「えっと。ついさっきだから、まだ出てからほとんど経ってないかも」

「了解ですっ!」

 

 マリアさんが追撃してくる前に急いで立ち上がり、状況を確認。

 思ったより吹き飛ばされてしまっているみたいで、途中の壁もいくつか倒れてしまっています。

 前方の視界にはマリアさん1人だけ。

 という事はつまり人形は私を囲むように展開していて、もう1回必殺技をしかける気なはず。

 

 ―――――だったら!

 

「モードチェンジ!」

 

 杖を掲げてスキル発動!

 音声に反応した杖は変形を始め、先端が尖った形に姿を変えました。

 これにより攻撃パターンを追尾範囲型から収束直線型に変更。

 

 ―――――スキルを使われる前にこっちから仕掛ける!

 

「ライジング!」

 

 杖の先から収束型レーザー。ライジング・レイノスを照射。

 超スピードで進むレーザーはマリアさんを捉え、壁を巻き込みながら後方へと吹き飛ばします。

 

「やりました!」

 

 よしっ!

 これは大ダメージ確定です!

 

「はっずれ~。シャルマント・タンツェン!」

「……………え?」

 

 気を抜いた瞬間。

 

「―――――ぐふっ!?」

 

 三方向からの同時攻撃に再び吹き飛ばされ、体力ゲージもあと僅か。

 

「な、なんで!?」

 

 吹き飛ばしたはずのマリアさんの方を見ると、そこには人形が1体倒れているだけでした。

 

「位置変更? ううん、違う!」

 

 改めて私が吹き飛ばされた場所を見ると。

「ふふ。ど~れだっ」

 

 マリアさんが3人並んでいました。

 

「人形を使った疑似分身!?」

 

 つまり最初に私をふっ飛ばした時にすでに能力を使っていて、立ち上がった時に見たのはマリアさんに化けた人形だった?

 そして私が攻撃を当てて安心している間に死角から接近して、残った2体の人形と連携攻撃を。

 

 流石に数が3人に減っているからその分ダメージは少なくなっていましたが、次を耐える事が出来るかはかなり微妙なラインです。

 

 とりあえず人形を1体倒して、再び起き上がって来るまでのインターバル待ちの今の状況が攻め時っ!

 

 カチャリ。

 

 と杖を構えて狙いをつけましたが…………。

 

「くっ!?」

 

 どれが本物か分からないので、攻撃してもダメージを与えられる確率は3分の1。

 そもそも油断を誘う為にわざと当たったさっきと違って、攻撃を避けられる可能性だって…………。

 

「あらら? どうしたの? 早く攻撃してこないと駄目じゃない」

 

 マリアさんは自分から無理には攻撃してきません。

 

 ―――――そう。

 何故なら時間が経てば倒れた人形が復帰して、その人形もマリアさんの姿になったら本物に攻撃出来る確率が4分の1になってしまうのだから。

 

「シャンティ。チャージは?」

「えっと…………20%くらい」

 

 まだ20だけ……………。

 ううん。今は20%もあればじゅうぶん!

 出し惜しみしている余裕なんて全く無いっ!

 

 私はステップして後ろに数歩下がり、なるべく広い場所に移動。

 

「これが私の奥の手 (ワイルドカード)!」

 

 そして杖を構えて音声コードを入力。

 

「月の光よ収束し、世界を白き輝きに!」

 

 それからすぐに、杖から発射シークエンスを告げる音声が聞こえてきます。

 

「デバイスを月光砲モードに移行」

 

 杖が砲口の大きい形に変形。

 

「ムーンライトエナジー変換開始」

 

 そしてチャージしたエネルギーが圧縮され、全て杖の先端に収束。

 

「アーマー、レギンス、ロック」

 

 アーマーから噴出した杭が地面に突き刺さり体を固定。

 

「エネルギー変換完了。緊急冷却開始」

 

 杖の先端からエネルギー変換が終わって不要になったカプセルが飛び出し、同時にエネルギー変換で発生した熱をその場所から排熱。

 

「オールクリア」

 

 杖に付いているランプが赤からグリーンに変わり、排熱も完了。

 

「照らせ、月光!」

 

 私の中に残っている全魔力が杖の先端に吸い込まれ、収束された光が更に輝きを増し。そして―――――。

 

「月光砲!!!!」

 

 光が私の前、全てを包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月光砲

 

 

高火力

チャージ時間長い

使ったら魔力残量ゼロ

発射中移動不可

 

総評 火力は高いが成約多すぎの欠陥技

 

 

 



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人形列車 月の色10

「はあっ…………はあっ…………」

 

 威力に耐えられなかった杖は半壊し、使い物にならなくなっていました。

 魔力を全て使い果たしたから、もう魔法を使う事は不可能。

 

 けど現時点で審判の判定がされないので、まだゲームは続行中。

 と言う事はつまり……………。

 

 緊張感に包まれながら、私は棒としての意味しか持たなくなった杖を強く握りしめる。

 

「ちょっとビックリしちゃったかも」

 

 崩れた瓦礫の壁を吹き飛ばしながらマリアさんが飛び出てきて、10点満点の着地を決めてからスカートに付いた汚れを軽く払いました。

 

 チャージが足りなかったので、まだ体力が1割くらい残っているかも。

 

 ―――――いえ。

 足元に人形が2体転がっているので、攻撃が当たる瞬間この2体の人形でガードしていたら、2割以上残っている可能性だって…………。

 

「ふふ。時間切れまで逃げて、今回も引き分けにする?」

 

 残り時間を確認しましたが、流石に今の状態で逃げ切れるようなタイムは残っていません。

 

 マリアさんの人形は時間経過で復活。

 比べて私はもう魔法が使えない。

 

 マリアさんはゆっくりと近づきながら勝ち誇った顔で宣言しました。

 

「これで、マリアの勝ちね!」

「――――それはどうでしょうか?」

「どういう事かしら?」

「こういう事ですっ!」

 

 私はメニュー画面からリタイアを選択。

 

「そこまで! 勝者、マリア・ローランド!」 

 

 ジャッジがマリアさんの勝利を告げた瞬間バイザーを外すと、列車は駅のホームに突入していきました。

 

 ――――そう。

 別に私の目的は勝負に勝つことでも、ゲームのタイマーが0になるまで逃げ切って引き分けにする事でも無く。

 

 列車が駅に到着するまで時間を稼ぐ事なのだから。

 

 列車の天窓から落っこちるように中に入り、近くにある棒に捕まって列車が止まる衝撃に備えます。

 

 そして、列車が駅に停車したのを確認すると、リニスと一緒に扉が開くのを恐る恐る待つことになりました。

 

 これは流石にこんな人がたくさんいる場所では襲っては来ないだろうって、お願いに近い賭け。

 

 走るのが完全に止まった列車は、警笛を鳴らしてからゆっくりと扉を開いていきました。

 そして扉が完全に開き終わると、そこには1人の人物が私達を出迎えます。

 

「ナイスゲーム。なかなか良い試合だったぞ」

「あの。マリアさんは?」

「あやつなら列車が止まる前に飛び降りて、どこかに行ってしまったわ」

「―――――そうですか」

 

 もうこれ以上のゲーミングは無いと思った私は、マテリアルデバイスの装着を解除してから列車から降りる事にしました。

 

「ちょっと待て。あやつから言伝を預かっているから聞いていくといい」

「マリアさんからですか?」

「うむ。次に会った時もゲームで遊ぼうと言っておったぞ」

「……………」

 

 流石にしばらくは会いたく無いような…………。

 

「さくら~。早く行きましょうよ~」

「えっと…………」

 

 私達が降りた列車を見ると先頭車両以外が無くなっていて、駅にいるお客さんがかなり困惑しています。

 

「後の事はワシに任せていくがいい」

「えっ!? いいんですか?」

「なに。良い対戦を見せてもらったお礼だ」

 

 ジャッジさんは親指を立てて、キラリと白い歯を見せました。

 まあ私達がここにいても出来る事は状況説明くらいしか無いので、ここはお任せするのがいいのかもしれません。

 

「すみません。では、お願いします」

 

 私達はジャッジさんの言葉に甘える事にして、列車を後に目的地の教会を目指す事にしました。

 

「シャンティ、目的地までのナビをお願いします」

「オッケー」

 

 駅の門をくぐり外にでると、街頭が夜の街を作っています。

 辿り着けるかちょっと心配だけど、ナビさえあれば問題ないと思います。

 

「ついたよ」

「って、早すぎです!?」

「いや、だってすぐそこだし」

「すぐそこ?」

「ねえ、桜。あれの事じゃない?」

 

 リニスが指をさした方を見ると、なんと目的地は駅前徒歩2分の場所にあったのでした。

 

「えっと…………確かに同じ紋章です」

 

 リニスの入っていたカバンと紋章と教会の入り口上部に付いている紋章を見比べると、デザインは完全に一致。

 

「どうやらここで間違いないみたいですね」

 

 教会の大きな扉を押すと、ギイギイと鈍い音をたてながらゆっくりと開いていきます。

 時間が遅いからなのか礼拝に訪れている人は1人もいなくて、唯一中にいた神父の格好をした男の人が、私達の来訪に気が付くとゆっくりと近付いてきました。

 

「あれ? こんな時間にどうかしましたか?」

「あの。このカバンなんですけど」

 

 私は神父さんにカバンの紋章を見せると、納得した様子で。

 

「なるほど。君が報告にあった子だね」

 

 と、何か合点がいったみたいな表情を浮かべました。

 

「…………報告?」

「もうすぐ準備が終わるみたいだから、ちょっとだけ待っててくれるかな?」

「…………準備?」

「――――あれ? もしかして何も聞いて無かったりする?」

「えっと」

 

 キョトンとしている私に状況を理解した神父さんは、現在私が置かれている状況を説明してくれるみたいです。

 



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人形列車 月の色 完

「ちなみに、その子の事はどれくらい知ってるんだい?」

「衛星レーザーを撃てる!」

「自分で答えちゃってます!?」

 

 まあ自分の事は自分が一番解っているとは思いますが。

 

「ちょっと違うかな。正確には君は、衛星の遠隔メンテナンスをしてもらうために作られたんだ」

 

 あんまり自分の事解ってなかった!?

 

「そうだったんだ」

「けど。軍事衛星の兵器も自由に動かせちゃう事が分かって、君は自分の意思で眠る事を選んで、聖梟教会が管理する事になったんだけど…………覚えていないかい?」

「そう言えば、そうだった…………ような?」

「多分長期スリープ中に無理やり覚醒したせいで、一部の記憶がまだ曖昧なんじゃないかな?」

「つまり常時ねぼすけさんって事ですね」

「あっ。ひっど~い」

「一応、今後の対応は教会所属の人形師と相談する感じになるんだけど」

「…………人形師?」

 

 私がハテナマークを浮かべた瞬間。

 教会の奥にある扉が開き、コツコツと足音を立てながら誰かが講堂に入ってきました。

 

「待ったかしら?」

 

 幼くも威圧感が隠しきれていない声。

 私はこの声を知っている。

 

「あっ!? ちょうどその人形師の子が来たみたいだね」

 

 青い修道服を着ていて、頭に被った頭巾からは綺麗な金髪が見えていました。

 足元にはじゃれつくように猫型のマテリアルデバイスが付き添っています。

 

「ごきげんよう」

「マリアさん!? どうしてここに!?」

 

 身構える私に、神父さんが「はぁ」とため息をついてからマリアさんの方を見ました。

 

「…………やっぱりまたマリアが何かして、面倒な事になってるんだね」

「別にマリアは何もやってないわよ? それに、その子を渡してって、ちゃ~んとお願いもしたんだから」

「…………それで、渡す理由も言わずに力ずくで受け取ろうってなったわけ?」

「だっていちいち説明するのって、とっても面倒なんだもの」

「いや。どう考えても、今の状況の方が面倒な事になってるでしょ! 菜々子達には後でちゃんと説明しておくんだよ?」

「なら後で差し入れでも持っていくわ」

「…………あの。これは一体どうなって」

「警戒を解いていいよ。この子の身分は僕とこの教会が保証するから」

 

 結論から言うと、マリアさんは本当にこの教会に所属する人形師で、呪いの人形や遺跡などから発掘された異物を専門に扱う専門家でした。

 

 ただ本人にクセが強いというか気まぐれと言うか、今回の事も普通に人形を回収するだけだと退屈だから、あえて騒ぎを大きくしたとかどうとか。

 

 私が偶然列車の中でトランクケースを見つけて勝手に持っていった事で、マリアさんが回収出来ずに今回の騒ぎになったので、半分くらいは私のせいかもしれませんが…………。

 

 ちなみにマリアさんの存在は、その特殊性から教会の中でも一部の人しか知らなくて、トランクケースの受け取りも間接的に行われる予定だったみたいです。

 

 落とし物の届け出が無かったのもトランクケースの中身が中身なので、あまり外部に知られてはいけなかったから。

 

 まあ本来の目的地へと届ける事が出来たので、今回は結果オーライって事で!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――それから数日後。

 日常生活に戻った私は自分の部屋でゴロゴロしながら、月刊 闇のゲーム列伝を読んでいちゃったりします。

 

 そして、先日の旅行で知り合った人形少女はどうしているのかと言うと――――。

 

「さくら~。お菓子のおかわりは~?」

 

 同じく私の部屋で、のんびりと棒状のお菓子を食べているのでした。

 声の方を向くと、机の上には空になったお皿が2つ。

 

「って、私のお菓子が消えちゃってる!?」

 

 中途半端にスリープから解除されてしまった為、不安定な状態ですぐにまた長期スリープ状態になると記憶がどうなるのかわからないので、ひとまず記憶が完全に戻るまで様子見をすると言う結論に。

 

「ちょっと追加のお菓子を取ってきます」

「私のもお願いね~」

「ふぅ。仕方ないですね」

 

 私は部屋から出て1階への階段を降りていきます。

 

 今回の旅行で得たものは、不思議な友達が出来た事と――――――。

 

「さくら~。お客さんの注文受けてきてくれる~?」

「は~い」

 

 今の時間はお客さんが少し多めなので、ちょっとお手伝い。

 ロッカーにかけてあるエプロンを付けると、すぐに水とおしぼりを持ってお客さんの待つテーブルへと持っていきました。

 

「ご注文は?」 

「そうね。紅茶とトーストをもらえるかしら?」

「…………うちは喫茶店じゃないです」

 

 テーブルには金髪でフリルのたくさんついたドレスを着ている少女の姿がありました。

 普段はリニスの近くにいて守護役として悪い人から守る事にしてるとか。

 

「食事が終わったら私の部屋に来ますか?」

「遠慮するわ。マリアはこれから駅前のお店に、新しいお人形を見に行く予定があるから」

「いきなり職務放棄!?」

 

 ――――――不思議な常連さんが増えた事です。

 

 

 



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人形列車 おまけ

だいたい100文字で終わる人形列車編

 

 

 

 列車旅行券を手に入れた私は、うきうきで駅へと向かったのですが……………。

 

「ああっ!? 乗り遅れちゃいました!?」

 

 私が走り去る列車を見送る中。

 客席に現れた1人の女の子が、椅子の下に置かれたトランクケースを取り出しました。

 

「ええ~っと。あった、これね」

 

 その子はトランクケースを回収すると、つまらなそうにしながら客室へと戻って行くのでした。

 

「あ~あ。なにか面白い事でも起きたら楽しかったのに、なぁ~にも事件が起きなくて退屈ね」

 

 

 

 人形列車 完

 

 

 

 

 

 教会の1日  伝説の音速娘

 

 

 

 「おっと。今更武器を構えても、もう遅いわ!」

 

 音速のスピードで竹刀を振り払うと、目の前にいる相手は音もなく崩れ落ちた。

 私はそのまま規定の位置まで戻って、戦った相手に感謝の意を込めた礼をしてから訓練場を後にする。

 

「ふぅ。やっぱり今日も私が最速のようね」 

 

 ここはある組織の訓練場。 

 みんな一流のエージェントになる為に訓練してるんだけど、もうここの訓練生で私の速さについてこられるのは誰もいないみたい。

 

 休憩所に着くと知ってる子がいて、入室した私に気付くと話しかけてきた。

 

「ごきげんよう。今日の訓練はもう終わったの?」

「まだだけど少し休憩に寄っただけ。それより、そっちは何してるの?」

「マリアはヒロ神父に頼まれて、唐揚げを作ってきたの」

「ふ~ん」

「美味しそうだからって、食べたら駄目よ?」

 

 テーブルの上を見てみると確かに唐揚げが置いてあったので、マリアが目を離した隙に音速で1つだけ掴んでつまみ食いしてみる。

 

「ん。まあまあね」

 

 どう頑張っても冷凍唐揚げの味だけど、小腹がすいている今だとこれくらいの方が丁度いい。

 

「あれ? 僕の唐揚げは?」

 

 少し遅れて祭服を着た神父がやってきた。

 けどお生憎様。

 唐揚げは音速で頂いたから、今更返してくれって言ってももう遅いわ。

 

「唐揚げならテーブルに置いといたわよ」

「ああ、これね。……あれ? けど1個足りなくない?」

「あら? カラシ入りのを1つ忘れたかも。すぐ用意するから、ちょっと待っててくれるかしら?」

「も~、頼むよマリア~。今日のドッキリで使うんだからさ~」

 

 マリアは私とすれ違った時に少し悪い笑顔を見せながら「だから言ったのに」と言い。

 直後、私の口の中を言葉に出来ないレベルの辛さが襲いかかって来た。

 

「ん~!?」

 

 私は急いで水飲み場まで走り、思いっきり水を飲み込む。

 

 ……あんの、いたずら猫。

 知っててわざと隙を見せたな。

 

 もう食べちゃったから遅いわ! ……って言うつもりだったのに、まさか「あ~あカラシ入り食べちゃったんだ~、けどもう遅いからちゃんと食べなさいね」みたいなもう遅い返しをされるなんて。

 

 ――――そして数日後。

 正式なエージェントになった私のデビュー戦。

 いたずら猫の手伝いってのは気に入らないけど、私は自分の使命を果たすのみ。

 

 対面にいる奴はパーカーを深く被っていって顔はよく見えないけど、誰が相手でも音速で倒すだけ。

 

 私と戦う事を後悔しても、もう遅い!



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飛翔せよ! アメリカンラーメン1

 ある日の夕方。

 部活帰りの忍さんが自宅への帰り道を歩いていると――――。

 

「あれ? こんな所に屋台来てるんだ」

 

 道の外れに1件の小さなラーメン屋台を見つけたのでした。

 

「ちょうどお腹も空いてるし、ちょっと寄ってみよっかな」

 

 ラーメンを食べたいのなら私のお店に来ればいいのに、その時の忍さんは不届きにも新しく発見した屋台へと入って行きます。

 そして屋台ののれんをくぐると、かわいい店員さんが新しく来たお客さんをお出迎えしました。

 

「いらっしゃいませ~」

「って、桜!? こんな所で何してるの!?」

「なにって、見てわかる通り屋台ですけど?」

 

 ――――そう。

 この屋台は私の家がやってる拳剣軒の出張屋台なのでした。

 

「注文はどうしますか?」

「じゃあこのアメリカンラーメンを1つ」

「よろこんで~」

「…………って、何でこんな所で屋台やってるのか言いなさいよ!」

「じゃあ作りながらでいいですか? 実は――――」

 

 私はラーメンを作りながら忍さんの質問に答える事にしました。

 

 ――――なので、ここからは回想シーンで数日前に遡ります。

 

「桜、ちょっといいか~?」

 

 お父さんに呼び出された私は1階に降りていくと、開店前のお店のテーブルに1杯のラーメンが置いてありました。

 

「…………これは?」

「これは桜が旅行に行ってる時に、アメリカで習得してきたアメリカンラーメンだ」

「ア、アメリカンラーメン!?」

 

 いつの間にお父さんも旅行に行ってた!?

 

「…………あの。それより、その間のお店は?」

「無論休業中だ。――――なに、このラーメンが売れたらすぐに休業中の売上など取り返す事が出来るから安心するがいい」

「ええっ!?」

 

 と、いう訳で。

 新作ラーメン開発の為に休業していた分の売上を取り戻す為に、私は別の場所でお店を構えて営業する事になったのでした。

 

「ふ~ん。そんな事があったんだ」

「店舗を増やして売上げアップです!」

「…………それにしては、あたし以外のお客さんいないみたいだけど?」

 

 忍さんが左側を見ると、誰も座っていない座席が2つ。

 

「うぐっ。い、一応これから沢山来る予定です!」

 

 そんなこんなで丁度ラーメンが出来上がったので、忍さんの前に出来たて熱々のラーメンを出します。

 

「おまちど~さまです」

「へ~。これが桜のお父さんがアメリカに行って出来たラーメンか~」

「食べ終わったら、口コミ宣伝お願いします!」

「美味しかったらね~」

 

 忍さんはズズーと一気に麺をすするように食べ終え、スープを半分くらい残した状態で箸を置きました。

 

「…………あの。それで味はどうでしたか?」

「ん。結構美味しかったし、また食べてもいいかも」

 

 よしっ!

 とりあえずの高評価にホッとして胸をなでおろし、これなら行けそうって自信もゲットです。

 

「それじゃあもう行くわね」

「まいど~」

 

 忍さんはレジにカードをかざして支払いを済ませると、屋台から出て帰って行きました。

 

 

 

 ――それから数日後。

 

 忍さんはまたラーメンを食べに屋台に来てくれたのでした。

 

「あっ!? あったあった。…………って、あれ? なんかちょっと屋台が伸びてるような?」

 

 忍さんはそのままのれんをくぐって屋台に入ってくると、空いてる席が1つとお客さんが座っている3つの席がありました。

 

「いらっしゃいませ~。―――――おや? 忍さんでしたか」

「ねえ、桜。ここって座席3個じゃなかったっけ?」

「おかげさまで4つに増築出来ました!」

「ふ~ん。良かったじゃん」

「はい。――――それで注文はどうしますか?」

「えっと、じゃあ今回は大盛りにしよっかな」

「かしこまりました」

 

 それから私はラーメンを作って忍さんに提供し、前と同じく完食してから忍さんはお店を後にしました。

 

 

 

 ――――それから更に数日後。

 

「…………なにこれ」

 

 またまた私の屋台に来てくれた忍さんの前には、巨大な建物が建っていたのでした。

 扉の前に止まると自動で扉が開き、中に入ると2階へと続く階段が。

 

「売上が予想以上に良かったので、2階建てにしちゃいました!」

「増築しすぎでしょ!!」

 

 

 

 

 ――――――更に時は流れ。

 

「と、いう事でこれが最終形態です!!!!」

「てか何であたしが呼ばれてるのよ。何も無いなら帰るけど?」

「まあまあそう言わずに、とりあえずこれを見てください」

 

 河川敷に忍さんを呼び出した私は、目の前に覆いかぶさっている布を取ると、そこには――――。

 

「じゃ~ん。屋台に飛行機能をつけてみました!」

「…………いや。何に使うのよ、これ」

「屋台の屋根の部分ついてる4つのプロペラを「人力」で回すことによって、空での営業が可能になるんです!」

「ああそう…………って、人力!?」

「おおっ!? 流石忍さん。そこに気付いちゃいましたか!?」

「いや。明らかにおかしい言葉が入ってたでしょ!」

「では説明も終わったので、早速中に入りましょうか」

「えっ!? ちょ、ちょっと」

 

 忍さんと一緒に屋台の中に入ると真ん中に自転車が1台設置してあり、そこから屋台の四隅に向かってケーブルがいくつか伸びていました。

 

「それでは忍さん。お願いします」

「……………………はい?」

「いえ。だからこの自転車は忍さんの体格に合わせて調整してるので、忍さんがこぐんですけど?」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何であたしが――――」

 

 ここですかさずグイッと近づいて、まくしたてます。

 

「忍さん。最近少し太りましたよね?」

「な、なによ急に。だ、だいたい何で桜がそんな事知ってるのよ!」

「最近注文するラーメンが大盛りになってました」

「…………うっ」

「いくら服で隠しても、私の目は誤魔化せません!」

 

 私は忍さんのお腹に指を差すと、忍さんも降参してくれて。

 

「……はぁ。分かったわよ! こうなったら自転車でも何てもやってやろうじゃない!」

 

 と快く引き受けてくれました。

 

「では、行きましょう!」

 

 さっそく忍さんに自転車のサドルに座ってもらって、ペダルをおもいっきり回してもらうと、屋台の上についているプロペラがゆっくりと回転していき――――。

 

「っとと!?」

 

 ガコンとちょっとだけ斜めに傾いてから部屋全体が浮いていき、ある程度上昇すると部屋の角度が水平に保たれました。

 



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飛翔せよ! アメリカンラーメン2

「では、アルティ。外部カメラの映像を映してください」

「はーい」

 

 忍さんのマテリアルデバイスに搭載されているAIアルティにお願いして、外部カメラとリンクしてもらい、忍さんの自転車の前に外の様子が見えるバーチャルモニターを表示してもらいます。

 

 ちなみに高度はペダル、方向転換はハンドルで決定するので、屋台の操作は全て忍さんにお任せする感じになってます。

 

「それで、どこに行けばいいの?」

「まずは町内を一回りしてもらえますか?」

「オッケー」

 

 しばらくして河川敷から住宅街に到着したので、宣伝開始です。

 

「では早速。ポチっと」

 

 私は壁にあるボタンを押すと、屋台の外に付いている巨大モニターから宣伝用の映像が流れ出し、同時に屋台の下部が開いて、そこからチラシが地上へとまかれ始めました。

 

「くふふ。これでお客さんが沢山きて大儲けです」

 

 それからしばらくすると屋台に備え付けてある電話がリンリンリンと鳴り始めました。

 どうやら早速注文が来たみたいです。

 

「もしもし。こちら、出張! 拳剣軒です」

「あの。チラシに書いてある、アメリカンラーメンの出前をお願いしたいんだけど……。本当に大丈夫なんすか?」

「もちろんです! すぐにお届けします!」

「じゃあ、こっちの住所は―――――」

 

 お客さんが通話越しに言った住所はそのままアルティにインプットされ、忍さんの見ているモニターに目的地へのルートが表示されました。

 

「まいど~」

 

 注文の電話が終わったのでそのまま受話器を置いて通話を終了させ、早速ラーメンの準備開始です!

 

 まずはお鍋にたっぷりの水を入れてからコンロの上に置き、クッキングヒーターのボタンを押して点火!

 

 その直後、ガコンとIHコンロとどこかが接続された音がしました。

 

「ちょ、ちょっと桜!? なんか急にペダルが重くなったんですけど?」

「…………さあ? 気の所為じゃないですか?」

 

 ちなみに接続されたのは、忍さんが必死にこいでくれている自転車とだったりします。

 これでこの屋台で使う電気は全て忍さんに自転車で作ってもらう事になったので、何と光熱費無料で使い放題!

 

 後はお湯が沸くまでの時間に丼やラーメンスープの準備っと。

 

 冷蔵庫から鶏ガラなどの材料を取り出して、鍋に入れてしばらく煮込むのですが――――。

 ここでちょっと時間短縮。

 

「そして、こっちが煮込み終わって完成したスープです!」

 

 鍋を隣に置いてあるあらかじめ用意しておいたスープの鍋と交換して、スープ作りは完了。

 

 なので後はこのスープを温めるだけですね。

 

「では、もう1回。スイッチオンっと!」

 

 スープをコンロに乗せてから点火ボタンを押すとまた大きな音がして、更に何かが接続されました。

 

「ふんぐ!? ちょっと! 絶対何かしてるでしょ!」

 

 ふぅ。

 これ以上は流石に隠せませんね……。

 

「忍さん」

「な、何よ?」

「頑張ってください!」

「いや、答えになってないでしょ!!」

「というか忍さんが頑張ってくれないと、落っこちちゃいます」

「それは解ってるけど、自動浮遊モードとか無いわけ?」

「えっと。本当はつけたかったんですけど、色々とやってたら予算が無くなっちゃって…………」

「え? 外にあるモニターとか、付ける余裕はあったんでしょ?」

「ですから、宣伝モニターをつけたから予算が無くなったんです」

「無駄なもんつけるなああああ!!!!」

 

 ――――しばらくしてお湯が沸騰したのを確認すると、すぐに麺を茹でてから熱々の秘伝スープに入れ、最後にメンマやチャーシューのトッピングをして特製ラーメン完成!

 

「ではシャンティ。お客さんの家まで配達をお願いしますね」

「は~い」

 

 鉄製のボックスにラーメンを入れて蓋を閉めると、ボックスの中にあるアームががっちりと丼を掴んで溢れないように固定。

 

 それからボックスの上にあるくぼみにシャンティをセットする事で、簡易宅配ドローンの完成です。

 

 準備がすんでから出前用ハッチが開き、お客さんの元にラーメンを届ける為、シャンティが出動しました。

 

「ふぅ。順調な滑り出しです――――」

 

 最初の注文が終わり安心した直後。

 リンリンリンとまた屋台の電話が鳴りました。

 

「おっと、次の注文が来ました」

 

 その後もひっきりなしに注文の電話は続き、「飛びます! 出張、拳剣軒」は大盛況で初日の営業を終えました。

 

「では忍さん。河川敷に戻りましょうか」

「ふ~。やっと休憩できる~」

 

 河川敷に無事着陸した私達はそのまま近くに借りている倉庫に屋台を運ぶ事にします。

 ――――っと、その前に。

  

「忍さん。お疲れ様でした」

 

 私は忍さんを労う為に、コップに私特製の烏龍茶を注いで渡しました。

 

「ん。ありがと」

 

 おっと。

 忘れないうちにアレも渡しておかないと。

 

「忍さん。これを」

 

 私は袖の下から封筒を取り出して忍さんに差し出しました。

 

「ん? なにこれ?」

「今回のお給料です」

「いや、別にいいって」

「……でも」

「ん~。だったら代わりにラーメンでいいわよ」

「わかりました。だったら特盛で用意します!」

「じゃあそれでよろしく~」

 

 私は具材山盛りの超特製ラーメンを忍さんに振る舞い、その日は解散しました。

 そして、私はその後も忍さんの助けを借りながらしばらく営業を続け、売上は順調に上がっていきました。

 



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飛翔せよ! アメリカンラーメン3

 ――――――ある日。

 

 注文する時にラーメン以外にメニューは無いのかって聞くお客さんが多かったので、現在はスーパーで絶賛買い出し中です。

 

「えっと。後はお米を10キロ買って――――」

 

 私はお米にはそんなにこだわりは無いので、とりあえず売上1位のお米を買ってさっさとお会計を済ませないと。

 

 そんな感じでお米コーナーにやってきたのですが、あるチラシが目に止まり私は足を止めました。

 

「こっ、これはっ!?」

 

 ――――そう。

 チラシには私の良く知った友達の姿が映っていたのです。

 

「なんで望さんがここに?」

 

 なんと! そこには満面の笑顔で米俵を持っている望さんがいました。

 

「いつからお米作りを!? てか、これって」

 

 ノゾミヒメ。

 それが望さんが作ったと思われるお米の名前でした。

 

「自分の名前をつけちゃってる!?」

 

 そして、お米の袋にはドヤ顔の望さんがプリントされていて、かなり出来に自信があるみたいです。

 

「――これは買うしか無いのでは?」

「ちょっと望に連絡してみる?」

「いえ。こういうのは味を確かめてから感想を言ったほうが喜ぶと思います」

「確かにそうかも。じゃあ今回買うのはこれにする?」

「はい。せっかくなので、ちょっと多めに買っていきましょう」

 

 と、いう事で。

 私はノゾミヒメを20キロ購入して屋台へと運び、さっそく今日の営業開始です!

 

「それでは忍さん。お願いします」

「オッケー」

 

 今回も自転車でスタンバイしている忍さんに屋台を飛ばしてもらう事になってます。

 

「あっ。ちょっと待ってください」

「ん? 別にいいけど、どうかしたの?」

「ちょとこれを設置しようと思って」

 

 私はダンボール箱から炊飯器を取り出しました。

 

「じゃーーん。これでチャーハンが作れるようになります!」

「あ、メニュー追加するんだ」

「これもお店が好調なおかげです」

「じゃあ飛行システムも何か追加したの?」

 

 ………………あ。

 メニュー追加の事だけで頭がいっぱいで、すっかり忘れちゃってました!?

 

「ではさっそく炊飯器を設置っと」

「こらー。やっぱり忘れてるんじゃない!!!!」

「……その。次はかならず追加するので」

「まったく。次は絶対にやりなさいよ?」

「はい。メモ帳に書いておきます!」

 

 とりあえず炊飯器をキッチンの横に置いて、コンセントに接続っと。

 

 …………あれ? そういえば炊飯器を追加したら更に電気消費量が上がって忍さんの負担が増えるような……。

 ま、まあ。忍さんならなんとかしてくれるはず…………たぶん。

 

「じゃあ今日はどこに行くの?」

「そうですね。数日前に行ったマンション街がかなり売上がよかったので、今回もあそこにしましょう」

「りょーかい」

 

 私達はマンション街に向かいすぐに営業を始め、今回も順調に売上を出していってのですが、突然なにかの接近を知らせる緊急アラートが鳴り始めました。

 

「えっ!? ちょっと、桜。何があったの?」

「何かがこっちに近付いて来てます!?」

「何かって何よ!?」

「アルティ、映像出せますか?」

「はいは~い。すぐ出すね~」

 

 すぐにメインモニターの横に接近者をアップで表示した小さなデジタルモニターが表示され、そこに映っていた物は――――。

 

「や、屋台!?」

 

 なんと私達と同じ空を飛ぶ屋台が、凄いスピードで近付いて来ていたのでした。

 

「な、なんで他にもこんなのがあるのよ!?」

「多分この屋台が儲かってるって聞きつけて、参入してきたんだと思います」

「どうするの? ライバルがいたら売上減っちゃうじゃない」

「大丈夫です。私のラーメンが負けるはずは―――――はうぁ!?」

 

 ガン!

 と、突然強い衝撃が屋台を突き抜け、ぐわんと屋台が大きく揺れて私は尻もちをついてしまいました。

 

「い、いったい何が!?」

 

 状況を理解出来ずにいると、突然外部からスピーカーで拡張された音声が聞こえてきました。

 

「がーっはっはっは。今日からこの周辺の空はワイのビッグバンラーメンが占拠した。落とされたく無かったら、今すぐのけい!」

「はぁ? そっちがその気なら、こっちもやってやろうじゃない!!」

 

 相手の挑発に乗った忍さんは負けじと屋台をぶつけ返し、状況はどんどん大変な事に。

 

「し、忍さん。このままだと屋台が壊れちゃいます!?」

「だったらどうするのよ?」

「ちょっと説得に行ってきます。忍さん、あの屋台に近付けてもらえますか?」

「いいけど、無理そうなら私に任せないさいよ?」

 

 忍さんに謎の屋台の横に付けてもらい、私はそのまま敵地へと乗り込む事にしました。

 ロープを体に巻いてからハッチを開けると、強い風に押され少しだけ後ずさり。

 

 ちょっと怖いですが…………これもお店の売上の為!

 

「えいっ!」

 

 まずは大きな筒のついた砲台からワイヤーの付いた吸盤を発射して相手の屋台と固定。

 

「よしっ、後は――――」

 

 あっちの屋台までジャンプ!!!!

 

 …………みたいな事は流石に出来ないので。

 1人用の小型ゴンドラをワイヤーに接続してから乗り込み、ゴンドラの操作ボタンを押すとゆっくりと空中を進み始めました。

 

 入り口までたどり着いてから、外側についている緊急開閉ボタンを操作して扉を強制開放。

 そして開閉が終わって安全を確認してから、シャンティと一緒に突入開始!

 

「だ、だれや?」

 

 突入に気が付いたライバル店の店長が立ちはだかって来ました。

 

「ここはワイが商売するって言ったやろ?」

「いえ。むしろ私のほうが先に始めてたので、この一帯は私の物です!」

「ほう? そこまで言うなら覚悟は出来てるみたいやな? だったら――――」

「ゲーミング勝負です!」

 

 お互いにマテリアルデバイスを装着して、光速無線通信をリンク。

 

「バトル!!」

 

 すぐに店長さんとの対戦が始まり、そして――――。

 

「クランク・インパクトぉ!」

「な、なにぃ!?」

 

 VRハイパーもぐら叩き勝負に勝利した私は、無事ビル街での営業権利を勝ち取り、その日もまずまずの売上で営業を終えました。

 

 



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飛翔せよ! アメリカンラーメン 完

 ――――後日。

  

「ふぅ。まさかライバル店が現れるなんて、思いもよりませんでした」

「これからもどんどん増えるんじゃない?

「これは、そろそろ潮時かもしれませんね」

「じゃあもう終わりにする?」

「いえ。最近は売上がかなり順調なので、後ちょっとだけ続けます!」

「う~ん。まあ桜が続けるっていうなら、後少しだけ付き合いますか」

 

 と、言う事で。

 今回はちょっとだけ早めに営業開始する事にしました。

 材料も半分くらい使い切り、一安心。

 

 ――――みたいに思っていたんですが、ここでまたもや緊急事態発生!? 

 

「きっ!? 緊急警報!?」

 

 突如アラート音が室内に響き渡りました。

 しかも音はどんどん増えていってます。

 

「あーーーもう。うるさああああい! アルティ、早く消しなさいよ!」

「は~い」

 

 あまりの煩さに耐えかねた忍さんがアラート音を強制ミュートして、ピタリと音が消えました。

 けど。異常事態が発生した事には変わりがないのでレーダーで状況を確認する事にすると…………。

 

「えっ!? こんなに!?」

「ちょっと、桜。いったいどうなってるのよ?」

「てっ、敵影多数です!」 

 

 レーダーには画面を覆い尽くすほどの敵影が映ってました。

 

「映像出たよ」

 

 シャンティが映像を表示すると、無数の屋台が空を飛びながらこっちへと向かって来ていました。

 

「…………どうすんの、これ?」

「こうなったら各個撃破です! 忍さん。この前みたいに、また横につけてもらえますか?」

「いいけど。あれ全部やるわけ?」

「もちろんです! さあ、行きましょう!」

 

 それから私は片っ端からeスポーツ勝負を挑み、1個ずつ確実に敵機を撃沈!

 

「くふふ。味では負けてもeスポーツでは負けません!」

「はあっ……はあっ…………。いや。味で勝負しなさいよ……」

 

 流石の忍さんも数が多くて疲れてきてるみたいですが、残りあとちょっと。

 

 ――数分後。

 そんな訳で全てのライバル屋台を撃破したので、残りの営業開始っと。

 

「では忍さん。またビル街に行きましょうか」

 

 ……おや?

 何故か忍さんからの返事がありません。

 

「――あの。忍さん?」

「…………も、もう駄目ぇ」

 

 忍さんは自転車からどさりと崩れ落ち、大の字になって息を荒げています。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ごめん、桜。ちょっと休憩させて」

 

 どうやら少し疲れただけみたいです。

 まあ忍さんなら少し休憩すればすぐに体力が回復するので、私は今のうちにラーメンの準備でもして待つことにしましょうか。

 

 そんな訳で冷蔵庫に材料を取りに行こうと思った瞬間。

 

 ガコン。

 と、突然屋台が斜めに傾きはじめした。

 

「えっ!?」

 

 それに外の景色を見ると、なんだが少しづつ下へと下がっていってるような。

 

「桜! 動力不足だよ!」

「動力不足…………? ああっ!?」

 

 この屋台は忍さんの自転車をこぐ力だけで浮いているので、その忍さんがこぐのを止めたら…………。

 

「た、大変です!?」

 

 やっぱり忍さんの言う通り自動浮遊システムを優先するべきでしたが、今はそんな事を後悔している暇なんてありません。

 

「こ、こうなったら私が!」

 

 私は忍さんの代わりに自転車にまたがり思いっきりこぎはじめましたが、運動不足の私がなんとか出来るはずも無く。

 

「あーーーーれーーーーー」

 

 屋台はそのまま下に流れている川に激突して、大破。

 

 そんな訳で再起不能になった私の「飛びます! 出張、拳剣軒」は閉店する事になっちゃったのでした。




カクヨムコンテストの為、1ヶ月くらいこっち優先

https://kakuyomu.jp/works/16816452218410301254


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