戦姫絶唱シンフォギアAG・歌とメダルと13のコンボ (バルバトスルプスレクス)
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戸惑いと決意とタカトラバッタ

性懲りもなく新作上げましたシンフォギアベースにオーズです

予定としてはガングニールメダルやら神獣鏡メダルとかどっかのタイミングで出します

ビカソとかムカチリとかシガゼシサラミウオとかセイシロギンとかも出す予定です


 

 切欠は何気ないはずの日常の一ページ。

 そのはずだった。

 高校二年生の火山(ひやま)映司(えいじ)は下校途中でスーパーの特売を思い出し、進行方向を変えて目的のスーパーに足を運んだ。

 映司の家には居候が四人いる。元より両親との三人暮らしであったが、職業が『ちょっと言えない所で公安』な父親が世界各地を仕事で訪れてはその地で孤児を引き取り、今では七人家族。その為少しでも食費を浮かすため、朝刊の折り込みチラシと睨めっこしながら日々の献立を居候の一人と共に相談し合っている。

 今日が映司の買い物当番の日で、忘れたまま帰ったらどうなっていたか。思い出してよかったと安堵のため息を吐きながら、生鮮食品売り場でチラシに掲載されていた目当ての野菜を吟味して、会計を済ませたその時だった。

 自動車のスリップ音と痛々しい激突音が買い物袋を提げた映司の耳に届いた。それが単なる交通事故であるならば好奇心が働いて様子を見に行こうとしただろう。

 

「ノイズだーっ!!」

 

 誰かが発したその悲鳴と、避難警報のけたたましいサイレンを聞くまでは。

 認定特異災害ノイズ。ゆるキャラの出来損ないの様な外見ではあるが、ノイズは単なるご当地マスコットキャラクターではない。触れた相手を諸共炭化させる謎の生命体。

 文字通り生きた災害と言うべきか、それらは明確な意思や目的を持ち合わせておらず、ただ人間だけを狙って炭化させるだけ。その上こちらからの干渉、特に銃火器などの一切が効かないまさに災害。時間が経てば勝手に炭化するのだが、その時間まで逃げきれる保証は余りにも少ない。

 スリップ音の正体の電柱に激突して大破した黒い車から頭部に傷を負ったであろう一人の男がアタッシュケース片手に脱出するが、たちまちノイズの餌食になってしまった。炭化させられた男の手にあったアタッシュケースは、運悪く映司の足に直撃して転倒させた。しかもそのアタッシュケースが衝撃で開かれ、中身が飛び出していた。

 

「あっ…!ぐぅっ……!」

 

 赤、黄、緑色の生き物のレリーフが刻まれた三枚のメダルらしき物が装填された何か。それを視界に捉えた映司を突然の頭痛と謎のフラッシュバックが襲う。

 バックルのメダルを取り換えながら怪物たちを屠っていく戦士の姿。

 獅子のような頭の琥珀の戦士は、風をも超える速度で戦場を駆け抜ける。

 二本の角を生やした深緑の戦士は、分身に分身を続けては雷を撒き散らして制圧する。

 一本角の白銀の戦士は、両の剛腕でドラミングして重力を思いのままに操る。

 海の様な深い青の戦士は、液状化するその身で敵を翻弄しては二本の電気鞭を振るう。

 不死鳥を思わせる深紅の戦士は、大空を自由に飛び回りその身に炎を纏って大地を焼いた。

 白い身体に紫の装甲を纏った戦士は、絶対零度の世界を作り出し、生きとし生けるものの時間を止めた。

 ほんの一瞬の出来事でしかないのに大作映画を観終わったかのような錯覚に陥っていたが、兎に角戦い方は理解できた。あとは、実行するだけ。

 アタッシュケースから飛び出たアイテムの名は『オーズドライバー』。映司はそれを腰にあてがい、ドライバーから伸びた帯の、映司から見て腰の右側に現れた『オースキャナー』を手に取り、バックルを傾けてメダルを読み込ませる。

 

タカトラバッタ

 

「タカとかトラって……」

 

 いや、気にするのはやめておこう。

 今は、生き延びることを優先しなくてはならない。

 黒い装甲に頭部から脚部にかけて赤黄緑の三色のラインと胸のタカとトラとバッタのマーク。素顔はタカの意匠の仮面に包まれており、何者からもその表情をうかがい知ることはできない。

 両腕の折りたたまれていたトラクローを展開して、手近なノイズを切り裂いた。炭化されたのはオーズではなくノイズ。

 通常兵器ではすり抜けるだけなのだが、どういった原理かは理解できないが、考えるよりも手足を動かし生き延びる事だけだ。しかし喧嘩らしい喧嘩とは今までほとんど無縁だったため、技と呼べるものは一つもなくただ闇雲に腕を振るう。そうしていく内に、ノイズから受けるダメージ以上にオーズ本人の疲労が溜まり続けていく。オーズ本人も気が付かぬままに。

 

 

***

 

 

 特異災害対策機動部二課。通称特機部二(とっきぶつ)と呼ばれる組織の指令室ではノイズを観測していた。

 事の始まりは長野県松代にある組織の前身である風鳴機関本部に保管していたオーズドライバーの移送任務にあった。

 欧州の経済破綻の際の不良債権の一つだったそれの稼働実験の目途が立った矢先、本部に向かう途中の住宅街に入ったところでノイズの襲撃を受け、運転手の保護とオーズドライバーの回収のために、そしてノイズ殲滅の為に二人のシンフォギア装者を向かわせた。

 しかし、事前に持たせていた発信器が途絶えた事により運転手を助け出すことは叶わなかった様だが、それでもこれ以上犠牲者を出さない為にも二人を乗せたヘリの到着を急がせたのだが、その時彼らにとって信じられない事態が発生。

 

「し、司令!ノイズの反応とは別の特殊波形をキャッチしました!」

 

「直ぐに解析するんだ。現場の映像だせるか!」

 

「モニターに表示します!」

 

 手慣れた様子でコンソールを操作する藤尭(ふじたか)朔也(さくや)が、現場を捉えたカメラ映像を前面に備え付けらられた大型モニターに映し出した。同時に、藤尭の隣で特殊波形の解析を友里(ともさと)あおいも同じモニターに解析結果表示する。

 映し出されたのは映司が変身したオーズが逃げ遅れている人々を守りながら複数のノイズを相手に何とか立ち回っている所と、オーズの胸部に描かれた紋章『オーラングサークル』が並んで表示された。

 

「オーズだと!?」

 

 現場のカメラ映像と解析結果の内容を見て、驚きの余り思わず声をあげる組織の長たる風鳴(かざなり)弦十郎(げんじゅうろう)

 映像の中のオーズは戦い慣れていないようで、このまま戦い続ければいずれスタミナ切れになり、いずれノイズの大群に蹂躙される事になるだろう。

 誰がどんな理由で変身しているのかどうかは未だ定かになっていないが、少なくともノイズを相手取ってる時点で、逃げ遅れている市民の盾に自らなっている時点でこちら側の味方であることは間違いない。

 二人のシンフォギア装者が現場に到着するまでの5分間、弦十郎は努めて冷静に己の職務を全うする。

 

 

***

 

 

 もうどれ程ノイズを倒したことだろう。

 20体以上倒したはずだが、最初の数より増えてきている気がしてきた。

 蓄積していく疲労により、蹴りや拳の威力が徐々に落ちてきている事を痛感するオーズは、腰部左側にマウントされているメダルホルダーを開き、最初に目についたメダルをベルトに装填されているメダルと取り換えてオースキャナーで読み込ませる。

 

タカゴリラチーター

 

 トラをモチーフにした三枚爪トラクローを有した腕は、ゴリラをモチーフにした剛腕ゴリバゴーンに包まれた腕部に変わり、続けて脚部は跳躍力に秀でたバッタレッグから、高速移動能力が自慢のチーターレッグに変わる。

 オーズの数ある亜種コンボの一つタカゴリーターなのだが、オーズに変身している映司にはそんなこと知る由もない。

 この形態のオーズは高速移動からの力強い拳を繰り出すのが特徴である。

 だがそれでも、ノイズの群れは増え続ける一方で、それに伴いオーズのスタミナは減り続けるばかり。

 流石に死を覚悟するしかないのか、と諦めかけていたその時だった。

 

――Croitzal ronzell Gungnir zizzl(人と死しても、戦士と生きる)

 

――Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

 歌が聞こえた。

 凛として、美しく、力強い歌がオーズの頭上から響き渡る。

 オーズが視線を真上に向けると、上空からオレンジと青の二つの人影が見えた。その人影はそれぞれ槍と刀を手にしており、翼を持った飛行型のノイズたちを落下しながら撃破していく。それも、歌いながらだ。

 着地した人影の正体は、年格好が近い少女二人だ。その二人は歌いながら槍と刀を振るい駆逐していく様子から驚きよりも戦い慣れていると感じるほかなかった。

 

「そこのアンタ。大丈夫かい!」

 

「え?あー、うん。何とか!」

 

 何とも間の抜けた返事だろうかと独り言ちるオーズだが、何とか希望が見えた気がした。

 青い髪の少女が身の丈ほどの大剣を振るい、斬撃波『蒼ノ一閃』を放てば、複数体のノイズを巻き込んで炭化させる。

 オレンジの髪の少女が手にした槍の穂先を高速回転させて生み出した竜巻、『LAST∞METEOR』に閉じ込められたノイズ達も例外なく炭化させられた。

 

Scanning Charge

 

 脳に流れ込んだビジョンに従い、変身と同じ手順でオースキャナーでベルトのメダルを読み込んで必殺技を開放する。

 チーターレッグ内臓のブースターが展開され、それによる高速移動からのタカヘッドの視力強化によって上昇した命中力でのゴリバゴーンの乱射。ノイズ一体一体を的確に貫いていく銀色の手甲の頑丈さに思わず感嘆の声を漏らす。

 そして、最後の一体が炭化して戦いが終わる。

 ベルトのバックルを水平に戻して元の姿に戻る映司。変身解除と同時に溜まりに溜まった疲労により、足元から崩れてしまう。体中に嫌な汗が流れ出ており、直ぐにでも風呂に入りたかったが、どうもそんな願いは叶わなかった。

 突如として現れた黒服たちが流れ作業のごとく映司に手錠をかけ、車に乗せ、そのまま何処かへと発進する。急な出来事と疲労とで反抗する間もなかった映司が連れていかれたのはリディアン女子音楽院。比較的学費が安いとの評判の女子高なのだが、現在公立高校二年生の映司にとっては全くの正反対の場所のはず。

 そのまま映司は教員棟に連れられ、絶叫マシン並みの速度で降下するエレベーターに乗せられた先に待っていたのは……。

 

「ようこそ、火山映司君。人類最後の砦特異災害対策機動部二課へ!」

 

 シルクハットを被った赤いカラーシャツの大柄な男と、映司の登場を温かく歓迎する複数人の大人達。その中には剣を携えた少女と槍を構えていた少女の二人の姿もあった。しかし映司にはそれ以上に驚いたことがある。

 

「面倒なことに巻き込まれたな映司」

 

 苦笑いを浮かべながらわしゃわしゃと映司の髪の毛をかき回すのは、ワックスで固められた頭髪にがっしりとした体形の一人の男。火山雄二(ゆうじ)が軽く自分の職業、特異災害対策機動部二課の職員であることを伝えた。

 しかし、映司の一番の疑問は父親の仕事内容とかではなく、自分が変身したオーズについてだ。

 

「知っているなら教えてください。このベルトにメダルっていったい何なんですか?」

 

 懐から取り出したオーズドライバー。映司は手に入った経緯、更にその後の変身してからの事を語り終えると弦十郎と、彼の隣にいた特徴的な髪形の眼鏡の女性が答える。

 

「そのアイテムはオーズドライバー。かつて欧州において一国の王がオーズの鎧と称して使用していたとされていた聖遺物。近い内に我々が稼働実験をする予定だった」

 

「元々それにはノイズに対抗できるという文献もあったから、前々から準備は進めてたんだけど、難航しちゃってたのよ」

 

「それを俺が……」

 

 元から自分の物であるかのように稼働してオーズへと変身を遂げた裏で、多くの人たちに迷惑をかけたのではないかと落ち込む映司。

 だがしかし、弦十郎達は責めるどころか寧ろ体調を気遣って、即座に彼のメディカルチェックと、オーズドライバーの解析作業を職員たちに指示した。

 

 

***

 

 

 検査結果は翌日に出るとのことで今日のところはオーズドライバーは預けたままに、父親の運転する車で帰宅できたものの、既に日は沈んでおり、既に夕食の時間は過ぎていた。教科書やノートが詰め込まれているリュックサックと下校途中にスーパーで買った商品もレジ袋諸共幸いにも無事だっただけまだましであると思いながら、映司は自宅玄関のドアを開く。

 

「た、ただいまー…」

 

 申し訳なさげに帰宅の言葉を投げかけると、リビングの方からパタパタと二人の少女が映司を出迎えた。

 

「えーじおかえりデース!」

 

「映司さんおかえりなさい」

 

「ただいま切歌に調。ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった」

 

 短めの金髪のハツラツガールこと暁切歌と、黒い髪のツインテールで大人しい印象の月読調。火山家に居候している四人のうちの二人は、映司からレジ袋を受け取ると踵を返してリビングへと走り去る。

 二人の背中を見送って自室にリュックサックを置いて、ジャージに着替えてリビングに降りると、鈍い痛みが突然映司の額を襲った。

 

「おかえり。無事なら無事で連絡くらい入れなさいよ。ノイズが出たって心配したのよ」

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴがエプロン姿で左手にお玉を持ちながら映司の額を小突いたのだ。

 彼女とその妹のセレナ・カデンツァヴナ・イヴは十年前に雄二が海外赴任の際にその赴任先で引き取った孤児の姉妹。以来火山家の世話になっており、特に映司とマリアは同い年ということもあってか、互いに退屈しない時間を過ごしてきた。

 

「ごめんマリア。ちょっといろいろとあってさ」

 

 本当のことは言えずにお茶を濁す映司。まさかヒーローに変身して戦ってその後今まで謎だった父親の職場に案内されたと同時に歓迎パーティーを催されていたなんて。言っても信じられないような内容だ猶更言えるわけがない。それに今日の事は他言無用と言われてもいるため機密保持云々の為に誓約書も書かされた。

 だからこそ、多くは語れないし語ることもできない。

 既に映司以外夕飯を済ませているようで、洗い物を終えたであろうマリアはエプロンを脱ぎ、炊事の邪魔にならない様にポニーテールにしていた髪をほどく。この一連の動作に一瞬見惚れながらも映司は自分の分の夕飯の用意をする。

 鍋の中では明日の夕飯の分まで余裕はあるだろうカレーがほんのりと湯気を立たせている。

 

「で、さっきのいろいろについて教えてほしいんだけど?」

 

 一人遅めの夕食があっと言う間に尋問に早変わりしてしまった。

 やはり言わないとだめか。と、腹を決める映司は最大限言える事だけを語る。

 

「ノイズから逃げてるところを偶然政府の人に保護されてさ、ケガしてないかとか変なものついてないかとかで身体検査うけて。それで時間かけられちゃって」

 

「…それで?」

 

「ぐ、偶然父さんもそこにいてさ、家まで送ってもらったんだ。ただ父さんそのまま仕事に行ったみたいだけど」

 

「ふーん…」

 

 飲み物が注がれているカップを傾けるマリアから納得のいっていない疑いの目をむけられるが、嘘はついていない。実際に半ば拉致されたとはいえ保護されたともとれるし、身体検査もあながち間違っていない。

 そう言えば、とマリアが話題を変えることは尋問は終わる。

 

「私ね、卒業後はアメリカに移住しようと思ってるの」

 

「……え?急……だね」

 

「まだ決定したことじゃないのよ?でもね、今日私宛に手紙が来たのよ」

 

 そう言ってマリアは固定電話の脇に置いていた国際郵便の封筒を映司に手渡した。

 食事の手を止め、彼女に促されるままに封筒の中身を取り出した。折りたたまれた二枚の便箋には草書体の英文字が記されているが、生憎英語の成績は芳しくない映司であったが、それとは別に一枚の写真が同封されていた。

 中央には映司と出会う前くらいの幼い年頃のマリアとセレナ。その二人の隣には二人の成人男女と一人の老婆。場所は何処かの花畑。

 

「昨日届いたのよ。セレナは覚えていないかもしれないけれど、その二人が私たちのパパとママ。もう一人は差出人でここに来る前にお世話になった人よ」

 

「手紙の内容って?」

 

 神妙な面持ちで彼女が語ったのは、育ての親から届いたこの手紙にはアメリカに滞在しているマリアとセレナの両親と偶然連絡が取れたとの旨が書かれていた。ただ、何らかの理由で会えるのはマリアがリディアンを卒業してからとの事。更には切歌と調の両親についても話す必要があるので、マリアの卒業後には四人でアメリカに来てほしいと記されていた。

 些か信用性に欠ける内容ではあるが、マリア曰く「その人は嘘を言う人でもないし、筆跡だって間違いない」と言う。

 

「寂しくなるな……」

 

「え?」

 

 ボソリと呟いた本音を聞かれた映司だったが、風呂場からパジャマ姿で出てきた切歌と調がマリアに入浴を勧めてきた。今がチャンスと捉えると、皿の上の残ったカレーを掻き込んでキッチンに駆け、即座に皿とスプーンを洗い流し、部屋に逃げ込んだ。

 

「ちょっと映司……寂しくなるなって………そういうことで良いのよね?」

 

「どーしたデス、マリア?」

 

「お風呂入らないの?」

 

 逃げ込むことには成功したが、しっかりと本音は聞かれていた。

 

 

***

 

 

 翌日の放課後。校門を出たところで、緒川と名乗る青年に手錠を掛けられ、前日と同じように映司は連行され、同じようにリディアン内のエレベーターに乗り込み、連れてこられたのは二課本部にあるラボの一室。

 昨日の身体検査の結果は良好。ほんの少しのかすり傷はあれど、それ以外の裂傷などの外傷も骨や内臓の破損も無かった。炭化されなかったとはいえ、多くのノイズに袋叩きにされたはずなのにだ。

 

「大きな傷がなかったのはオーズの鎧の性能が大きいみたいね。変身の時に流れる歌の様な現象がシンフォギアでいう聖詠の役割を果たしていることは確かよ」

 

 一方のドライバーの方の解析も完了したようで、弦十郎と映司は目の前の眼鏡をかけた特徴的な髪形の櫻井了子技術主任による説明会を受けていた。

 その際に了子は映司にシンフォギアが何なのかを説明する。

 シンフォギア最大の特徴。それは身に纏う者の戦意に共振・共鳴し、旋律を奏でる機構が内蔵されており、更にそこに装者が歌唱することによってシンフォギアを稼働させるフォニックゲインを高めて、これによりシンフォギアはバトルポテンシャルを相乗発揮していくと言う。

 

「さて、ここまでで分からないことはあったかしら?」

 

「えと、つまり……オーズとシンフォギアは他人の空似みたいなものってことですよね」

 

「かみ砕いて言ったらまーそうなるかもしれないわね。歌いながら戦うのがシンフォギアで、変身するときに歌が流れるのがオーズってとこかしら。多々違いはあれど、私が『櫻井理論』の提唱者って事だけは覚えてくれるかしら?」

 

 続いてはドライバーの解析結果。映司以外が試しにドライバーを腰に当ててもベルトの帯が出現せず、逆に映司がドライバーを腰に当てた瞬間ベルト帯が巻かれたことから、マスター登録している為に映司以外はオーズに変身できない。もう一つはメダルホルダーにはメダルが複数枚内蔵されいていることが明らかになっており、変身者の意思に応じたメダルが取り出せるようになっている。

 メダルの内訳は赤黄緑灰青がそれぞれ三枚ずつ。レリーフは赤は鳥類、黄は猫科、緑は昆虫、灰は鈍重な動物、そして青は水棲系の生き物が刻まれていた。しかし、映司が視たビジョンにあった紫色のメダルがそこにはなかった。メダルホルダーの中にも入っていないようで、映司はそのことを弦十郎と了子に伝える。

 しかし先ほどの解析作業の際にくまなく解析したものの、それらしき反応は全く観測されなかった。

 

「さて、ここからが本題だ。映司君。君はオーズに変身でき、ノイズを打ち倒すことができる。本当は子供の君にこんなことは言いたくはない。だが敢えて言わせてもらう。日本政府、得意災害対策機動部二課として、あらためて協力を要請したい。火山映司、君のオーズの力を対ノイズ戦のために、役立ててはくれないだろうか?」

 

 差し出されたのは弦十郎のごつごつとした右手。彼の本音としては、子供である自分には戦うことはせず総てを忘れて元の日常を過ごして欲しいということ。しかし、ノイズに対抗できる手がある以上共に戦ってくれという建前もある。

 

「……少し時間を、考える時間をください」

 

 

***

 

 

「あらら、振られちゃったわね弦十郎くん」

 

 ラボを後にした映司の背中を見送って残念がっている様子の了子ではあったが、そんな彼女とは対照的に弦十郎は仕方がないと言いたげに腕を組む。

 

「茶化さないでくれよ。だが、幼い頃より鍛えてきた翼や、復讐のために戦う奏の二人とは違いある日突然覚悟が無いまま戦う力を手にしちまったんだ。むしろ、彼の力を手にした状況を鑑みれば彼の選択は間違っていないさ」

 

 確かに、と了子も一応は納得する。明確な目的がある二人と比べて、件の少年には戦う理由が見つかってない。ならば映司からドライバーを取り上げてすべて丸っと忘れなさいと言って帰すこともできよう。だがしかし、そんな選択肢は初めから存在しない。

 

「でも、お上はどう反応するかしら?ドライバーの件はもう報告したんでしょ」

 

「上は上で、彼を戦力の一つとしか見てないだろうよ。こっちとしては彼には戦いとは無縁の生活を送ってほしいってのが本音なんだがな」

 

 そう言って弦十郎も了子のラボを退室する。

 たった一人残された部屋の主は()()()()を光らせて舌を打つ。

 戦う覚悟がない青年と非情になれない同僚()にイラついていた。

 だが、そんなイラつきもPCモニタに表示した設計図を見るだけで直ぐに解消される。

 櫻井了子。否、彼女の中にいるその存在には目的がある。成し遂げなければならない目的が。

 必要なモノは時間をかけてでも集めなければならない。しかし、決行のその日まで焦ってはならない。さすればすべてが水の泡になる。

 その日が来るまで道化を演じよう。真実を知った連中がその時にどんな間抜け面をする事だろう。そう思うと彼女は小さく笑いだし、ついには我慢できずに高笑いをした。

 

 

***

 

 

 二課施設内の休憩スペース。その自販機横のベンチで映司は天井を見上げていた。

 ノイズから人を守れる力が自分にある。だが自分自身にそんな大役が務まるのだろうか。戦うことを選べばこれから幾度となく死の危険に晒されることだろう。しかし、オーズドライバーを扱えるのは映司ただ一人。誰かにその役目を押し付けることは不可能である。

 悩み続けては自分自身が納得のできる答えを見出せないまま、飲み終えて空になったドリンクの缶を無意識のうちに握りつぶしていた。

 

「お、いたいた。そこのアンタちょっといいかな!」

 

 快活な声音に気が付いた映司は視線を向けると、赤い長髪の少女がつかつかと歩いてきた。確か昨日青い髪の少女と交えて三人でノイズを駆逐していた少女だったはずだ。

 

「えーっと、俺……?」

 

「ああそうさ。風鳴の旦那から話は聞いてるよ」

 

「じゃあ昨日のも?」

 

 まーな、と短く返して彼女も自販機で適当なジュースを購入して、映司の返事も聞かず隣に座る。

 

「そういえば名前聞いてなかったな。アタシは天羽(あもう)(かなで)

 

「俺は火山映司」

 

 奏と名乗った少女は二度三度映司の名前を繰り返す。

 それにしても自分より少し年下のこの少女が如何にしてあの鎧を纏って戦えるのだろうかと戦う理由を彼女に訪ねる。

 

「復讐だよ、家族のな」

 

 あっけらかんに答える彼女の表情は朗らかな笑顔のままで、とても復讐心に駆られた人間のそれには見えない。驚く映司の表情を見て「今は違うさ」と付け加えて一気に缶の中身を飲み干した。

 その時、施設内のスピーカーからやかましい程に警報が鳴り響く。慣れていない映司がその騒音に怯む中、奏は先ほどまでの人当たりのよさそうな明朗な笑顔から憤怒の表情に変えて、戸惑い気味の映司に構う事無く脇目も振らず駆け出して、そのまま通路の先へと消えていった。

 次いでスピーカーからはノイズの発生を知らせるアナウンスが流れる。場所はそう遠くない市街地の一画。そこで映司は言い表せないほどの不安を抱いた。その不安感に駆られて通路を駆け、弦十郎と鉢合わせすると指令室へと続く道すがら映司は未だに答えが出せないことで謝罪する。

 しかし、弦十郎は責めるどころか寧ろもっと悩めなどと言って励ました。

 

「君が戦うことを悩んでいるのは、死の恐怖があるからじゃないのか?誰だって死ぬのは怖いさ。かく言う俺も、現場で戦う奏と翼もな。だが、逃げることは恥ではない。それも生きるためのはな」

 

 だから、映司がドライバーの所有権を放棄したとしても誰も責めることはないと付け加えて。

 気が付かない内に、やらない理由、出来ない理由を探していた映司。痛い思いも死ぬ思いも味わいたくないのに、目の前の大人はそれを否定しない。蔑まない。

 指令室を目前にしたところで、映司のスマートフォンに着信が入った。ディスプレイに表示されたのは切歌の名前。弦十郎から許可を貰い回線を開くと慌てているのか切歌の要領を得ない単語の応酬が繰り出されてきたが、セレナが切歌の代わって彼女の悲鳴に近い声を聞いた映司は途端を顔を青褪める。

 通話を終えると同時に、意を決し己のなすべきことを自覚した映司は覚悟を決める。

 

 

***

 

 

 まさか二日連続でノイズが出現するとは夢にも思わなかったマリアは現在、路地裏で息を潜めながら通りを闊歩するノイズ達をやり過ごしていた。

 たまたまセレナと切歌、調と合流した帰り道に突如として前触れも無く出現したノイズ。命からがら逃げ伸びて、己を囮にして三人からノイズ達を引きはがすことはできた。しかし、大人しく死ぬつもりはない。マリアには生きて両親と再会するという目標がある。それを成就するまでは死ぬわけにはいかない。

 タイミングを見計らっては見つからない様に出来るだけ遠ざかるということを繰り返していた彼女だったが、幸運は長続きせず、ふとした拍子で見つかってしまいまたも追われる羽目に。

 体力や運動神経には自身があるほうだと自負するマリアだったが、スタミナ切れと極度の緊張感により足がもつれ、開けた場所で倒れてしまう。更に運が悪いことに足がもつれた上に足首を捻ってしまったようだ。

 じりじりと距離を詰める一体のノイズ。その背後にはいくつものノイズ達が(ひし)めいているのがよく見える。

 誰が見てもマリア一人では覆しようもないこの状況で、歌の様な音が聴こえた。

 

タカトラバッタ

Scanning Charge

 

 何事かと思ったマリアが見上げると、空に赤、黄、緑の三色の光輪が浮かんでいるのが見えた。その三色の光輪を潜り抜ける黒い装甲に仮面を付けた何者かによって放たれるドロップキック、『キック』により、たったの一撃で十体ほどのノイズを一気に倒したのだ。

 

「ノイズを…倒した……?」

 

 ミサイルやら銃弾やらをも受け付けぬ特性を持つノイズをどういった原理で倒しているのかが理解できないマリア。彼女の目の前では一人の戦士が複数のノイズを相手に、両腕の三枚爪で立ち向かっていた。

 一体何者なのか。訝しげに見つめるマリアだったが、次第に視界がぼやけて最後には目の前が真っ暗になって意識を手放した。

 

 

***

 

 

 夢を見ていた。

 十年以上前の思い出。

 両親と自分と妹の四人で裕福でも貧しくも無い平凡ではあるが、それでも毎日を幸せに暮らしていた。

 しかし、何故だか両親の顔が影に隠され表情が読み取れなかった。

 寝る前に絵本を読み聞かせてくれたパパと、遠い昔から伝わる童歌(わらべうた)を教えてくれたママの二人の顔が見えなかった。

 

 

***

 

 

「パパ、ママ……!」

 

「あ、起きた?」

 

 日が沈み、辺りを茜色に染め上げた住宅地。先ほどまで見ていたはずの夢の内容が思い出せずにいたマリアは今、映司に背負わされていた。

 

「あ!こ、こら降ろしなさっていっつぅ…!!」

 

「足腫れてるみたいだったからね。家に着くまで我慢してよ?」

 

 聞こえているのかいないのか、痛みやら恥ずかしいやらで抵抗する気が失せたマリアは映司の背中に顔を埋める。同時に、「こんなに大きかったかしら?」と彼の背中をそっと撫でた。

 無事に逃げ切って帰宅し、切羽詰まった切歌やセレナから連絡を受けた映司が必死になって探し回り、足首を痛めていて気を失っていたところを発見して今に至ると説明を受けていたが、何処か腑に落ちなかった。映司の説明が下手とかそういう問題ではなく、何か隠しているのではないのかという疑惑が彼女にはあった。

 問い詰めようと思ったが、気疲れからかそんな気力は最早残っていない。

 対して映司は、背中に感じる二つの大きくて柔らかい感触に何とか反応しない様に必死に耐えていた。

 

 

***

 

 

「弦十郎さん。俺、変身します。戦います!」

 

 本日の業務を終え、以前から気になっていた映画を何作か借りた帰りで弦十郎は今日から仲間になってしまった映司の顔を思い出す。弱弱しく自身の置かれた状況に戸惑い悩んでいた表情から、自分のなすべきことを理解した決意に満ちた表情に変わっていた。

 また未来ある子供を戦場(いくさば)に向かわせてしまった事を後悔して。

 しかし、こうなれば自分達大人がすべきは彼らを支える事のみ。ならば、と気を取り直した弦十郎は新米の映司が死なない為にも自分の手で稽古を付けるべく帰路を急ぐ。借りてきたアクション映画を観る為にも。

 

 

 

 

続く



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別れと歌と緑のコンボ

二回目です

前回よりは短くなっておりますけどもご意見ご感想のほどよろしくお願いいたします


 

 軽い捻挫に近かったマリアの脚のケガ。程度が軽いことにほっと胸をなでおろしたのは映司だった。

 後遺症も残らず、それ以上に生きているだけでも儲けものだ。

 ただ軽い物とは言えケガはケガだというので、セレナ達三人の妹達に入浴の介護をされた上に着替えやら明日の支度やらを率先して張り切ってやってくれたものだから、断るに断れないし無下にするのも良心に来るものがある。

 映司に助けを求めるも、両手を合わせて愛想笑いを浮かべるだけだった。

 その日の夜。火山家の二階の部屋はベランダがつながっており、廊下を除けば出入りが可能になっている。そこでは時々、映司とマリアがベランダに出て雑談するのが寝る前の恒例になっている。それは今日も同じこと。

 

「俺がマリアを見付けた時?マリア以外誰もいなかったけど、誰かいたの?」

 

「ええ。確かに気を失う前に誰かに助けられたのよ」

 

 おかしいわねー。と顎に手を当て考え込むマリア。

 あの時搭乗させてもらった二課のヘリから飛び降りるのと同時に変身と必殺技の動作からの必殺キックをして助けのは俺です等と口が裂けても言えない映司。

 今話せることとしては「誰なんだろうね」とお茶を濁しながら昨日と同じように尋問されないことを祈るばかり。

 いつもの特徴的な猫耳ヘヤースタイルも、寝る時ばかりは解いてローポニーテールにしてシュシュで巻いている。月明かりに照らされた彼女の神秘的な美しさもあと一年で見納めか、とぼんやり横目に彼女の姿を捉える。しかしてその内面としては、リディアンでの凛々しく振舞う姿とは裏腹なのだが。

 

「そう言えば映司、昨日貴方寂しくなるななんて言ってなかったかしら?」

 

「っ?!き、聞き間違いじゃないかな?あ、でもこの習慣も結構長い事続いてるよね」

 

「そう言ってはぐらかす……でも確かに長いわね」

 

「もう十年だからね。最初は確か……そうそう、慣れない日本の環境に戸惑って眠れなくなったマリアが話し相手になってくれって言ったんだよね?」

 

「んなっ!そんなわけないでしょ!()がじゃなくて映司貴方がでしょ!無理してホラー映画なんか観て!」

 

「あ!それ言う?!それ言ったら――!」

 

「何よそれ!第一貴方ね――!」

 

「マリア姉さんうるさい!」

 

「映司さんちょっと静かにして!」

 

「というか二人とも早く寝るデース!!」

 

 

***

 

 

 今日もまた、何処かで誰かの悲鳴が辺りを埋め尽くしていた。

 幾度となく現れるノイズは逃げ遅れるか倒れた人間に次々にのしかかって諸共炭化させる特性がある。基本的にノイズの走行速度は成人男性並みではあるが、最も恐ろしいのはその身を矢のように変形して人を襲う能力もある。そうなっては死の確率が格段に跳ね上がるだけ。

 

タカトラバッタ

 

 矢となったノイズによる死を覚悟した男の前に、オーズは立つ。

 映司が戦うことを決意して、二課の所属になって一年が経過した。初変身時よりも格段に戦闘能力は向上されており、今では翼と奏の装者に並ぶほどの実力を有している。

 状況に応じ、的確なタイミングでメダルを代えるなどをして立ち回る。手数の多さがオーズの強みなのだ。

 そもそも何故ノイズの持つ位相差障壁をシンフォギアではないオーズが突破できるのか。シンフォギアの持つシステムには、攻撃が命中した瞬間に固有の振動を発生させることでノイズのその物を調()()し、強制的にこちら側の物理法則下に引きずり込んで位相差障壁を無効化する。対してオーズは、変身の際や必殺技の発動の際にオースキャナーでメダルを読み込む際に出る特殊音波振動により、シンフォギアと同じように調律する効果があるのだ。

 この説明を了子から受けたオーズこと映司は、彼女によって施されたオーズのインカム機能を用いて二課本部に連絡を入れる。

 

「こちらオーズ。見える範囲のノイズの掃討に終了しました」

 

『周囲にノイズの反応は見られません。翼さん達の方も相当が終了しています。お疲れ様、今日はそのまま帰る様にと司令からの伝言です。今ならまだ飛行機に間に合います!』

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 オペレーター友里あおいからの通信を終え、二課の後処理班と入れ替わるように現場から退却するオーズ。特設車両の陰で変身を解き、今日まで貯めた二課からの給金で購入したバイクを走らせる。目指すは空港、出発ロビー。

 今日でマリア達四人は日本を発つというのにノイズの反応が検知され、雄二は避難誘導に、そして映司はノイズ掃討の為現場に急行したのだ。掃討自体には手古摺ることは無くとも、数が多く倒し切るのに時間がかかり過ぎた。

 

 

***

 

 

 リディアンを卒業してから数日が経ち、今日で日本を発つこととなったマリアは妹のセレナと妹分の切歌と調の四人はベンチに腰かけながら飛行機の出発時刻を確かめ、出発のその時を待っていた。

 彼女ら四人以外にも見送りとして映司の母・小春(こはる)が、未だやってこない旦那と息子に腹を立てている。搭乗の時間まで余裕があることが分かると、小春はセレナら三人に適当なジュースを買ってくるように言って、代金を渡すと仲良く買いに行く三人の背中を見送った後でマリアに詰め寄った。

 

「ところでマリア。映司とキスの一つでもした?」

 

「な、何を言ってるの?!」

 

「あらやだ、二人そろって一歩踏み出せないのね」

 

 いきなり何を言い出すんだこの人は。

 そもそも映司はただの年が近いだけで兄とは思わなくとも弟とか、気の置けない友人とかそういう距離感でありつつ、でもちょっと気にはなる異性というのが映司に対するマリアの評価だ。

 しかしその返答に落胆し天を仰ぎながら息子とマリアのヘタレっぷりに嘆く小春。何だかんだ十年近く同じ屋根の下で火遊びの一つもしなかったのかと冗談めかして問いただしてみれば、「家が火事になるじゃない」と真顔で返してくるので呆れるしかない。

 

「アンタらね……二度と会えないかもしれないってのに、思い出になるような事の一つも作らないの?」

 

「思い出って言ったら皆で一緒に…」

 

「『皆』じゃなくて映司と二人でよ二人で。ほらよくあるじゃない、漫画とか映画とかで夏祭りに神社の境内の裏とか、海水浴場から少し離れた岩場の陰でとか」

 

 具体的な例を挙げてはみたものの、今一つピンと来ていないマリアに段々腹が立ってきた小春は彼女に耳打ちをする。途端に目を見開いて段々顔を赤くして顔を俯かせて、やっとかと言いたげにため息をついた。次は同じ質問を息子にもしてやろうと画策していると、お使いからセレナ達が缶ジュースを手に返ってきた。

 戻ってきた三人が顔を赤くしたマリアを不思議がっていたが、小春は適当にあしらってもう一度時計に目をやった。

 

 

***

 

 

 渋滞にはまりはしたがどうにか空港に到着出来た。出国ロビーに足を運んだ映司は歩きながら周囲を見渡してマリア達を探す。

 老若男女国籍問わず様々な始まりと終わりの物語が繰り広げられるその脇を縫うように歩き続ける事数分。事前に聞かされた搭乗時間まであと僅か。スマートフォンの画面をなでる事数回、小春との回線を開き彼女らの現在位置を聞き出してその場所へと歩き出す。幸い直ぐ近くのようで、小走りで移動する。

 

「っそい愚息」

 

「バイト終わったの?」

 

 出がけの際にノイズ掃討をバイト先でのトラブルと言い訳して出て行ったことを思い出して「まぁ何とかなった」と誤魔化して後頭部をかく映司。マリアに言われるまで忘れていた。

 よく見ると雄二はまだ来ていない。二課の方に直行したのだろうか。友里からの通信に炭化されとの報告がなかったのでその線は無いことは確かだ。

 時計を見やる。もう残された時間はあとわずか。別れの言葉を交わすチャンスは今しかいない。

 

「セレナ、向こうでも元気でね」

 

「はい、映司兄さん」

 

「切歌に調、友達たくさん作っておいで」

 

「ハイデス!」

 

「お手紙出しますね映司さん」

 

 三人と握手を交わした後は、マリアだ。

 

「え、と……マリア」

 

「何かしら」

 

 何か言おう、何て言おう、何を言おう。

 いざ言葉を交わそうとするも、セレナ達三人の時とは違いうまく言葉が出てこない。それでも、ここで何も言わないまま別れたら、悔やんでも悔やみきれない。

 

「……また、会えるよね」

 

「……ごめんなさい。まだそう言うのは分からないの」

 

「そう…だよね。ごめん……けどマリア!」

 

 これだけは言いたい。そう言おうとした瞬間、タイムアップを知らせるかの様に搭乗の時間となってしまった。時間が来たことに焦った切歌が調とマリアの手を取り、急いで搭乗口へと走り出した。そのあとをセレナが別れの言葉を投げて、彼女もまた切歌達と同じ方向へゆっくりと走って行った。

 好きだの一言も言えないまま、彼女たちは人ごみの中へと消えていった。

 この時の映司は知らない。彼女と再会するのに二年と経たないことと、最悪な再会になることを。

 

 

***

 

 

 数か月後。正式に二課の職員となった映司の主な仕事は、ノイズが出現した際に即座に対処する遊撃及び翼と奏のユニットであるツヴァイウィングのマネージャーを務める緒川慎次の補佐。専属の運転手を務めることもあれば、汚部屋と化している翼の自宅の掃除に洗濯することも。

 一度翼の自宅の片付けは本人に何故やらせて覚えさせないのかを疑問に思った映司が緒川に思い切って質問したところ、「覚えさせたとしても直ぐにまた散らかしますので」と本人の真横で苦笑交じりに答えた事があった。

 そしてこの日、映司が運転する車は今日行われるライブ会場の関係者用駐車場に停車する。

 降車して楽屋へ向かう翼達三人とは反対の方向へと向かう映司。去り際の彼が険しい表情をしているのを奏は見た。いつになく真剣な表情をしているなと独り言ちる。

 それもそのはず。今日のライブは世間一般的なライブではない。この裏側にてネフシュタンの鎧の稼働実験が行われる特殊過ぎるライブなのだ。

 ツヴァイウィングの歌唱と観客達によって引き起こされる高出力のフォニックゲインを以て、石化状態のネフシュタンの鎧を稼働させるというのが今回のライブの本来の目的だ。事前の予測では成功率は七割強。失敗するとは言い切れないし、成功するとも言い切れない確率ではあるが、そもそもの言い出しっぺである日本政府からの打診もあって今日(こんにち)に至る。

 今現在の映司の仕事は不審人物がいないかの確認と来場者の道案内が主だ。

 

「あの、すいません。このチケットの席ってどこに行けばいいんですか?」

 

「この場所だったら、この先の階段を上って直ぐだよ」

 

 

***

 

 

 ステージの中央で二人の歌女(うため)が歌い明かしているのを映司は観客席脇の通路から眺めていた。今のところ不審人物もいなければ、爆発物及びそれに準ずる不審物も見つかっていない。誰もいなかったから、何も無かったからと言って警戒を緩めて良い理由にはならない。

 インカムを通して緒川や、裏でネフシュタンの稼働実験を見守っている弦十郎達とも逐一連絡を取り合いながら観客席の脇を歩き続ける。オーディエンスの彼らは映司の存在には目もくれず、大いに盛り上がりを見せていた。

 出来る事ならば自分も観客として二人の歌を楽しみたかった映司だったが、次の瞬間最悪の事態が会場を襲う。

 突如として爆発するステージ。濛々と立ち上がる煙の中から現れるノイズの群れ。それに伴いパニックを引き起こす観客達の暴走。

 ステージの上では奏と翼が聖詠を紡ぎ、同時に映司もドライバーを腰に当てる。

 

タカトラバッタ

 

 変身完了と同時に、トラクローを展開し襲い掛かるノイズを一体一体しっかりと葬っていく。

 しかし、如何せん数が多すぎる。翼の『蒼ノ一閃』が広範囲に犇めく大多数のノイズ達を駆逐していくが、巨大な芋虫の形を模した強襲型ノイズが追加補充と言わんばかりに数多くの通常種を吐き出した。

 

Scanning Charge

 

 『キック』の一撃が強襲型の一体を貫いたが、まだ同タイプの強襲型は二体ほどいる。今も尚通常種を吐き出し続けているため、大したマイナスにならない。

 しかも、掃討と同時に観客達の救助と避難誘導やらも行わないとならない。現に、何人もの犠牲者が出ている状態だ。

 

「奏ちゃん、翼ちゃん!()()()を使うよ!!」

 

クワガタカマキリバッタ

ガーッタガタガタキリッバガタキリバ

 

 二人の制止も聞かず、オーズはタカメダルをクワガタメダルに、トラメダルをカマキリメダルに代えてオースキャナーで読み込んだ。

 こうして変身を遂げたのは、緑色の昆虫系メダルのコンボ。クワガタの大あごを模した二本角に橙の複眼、両腕にはカマキリの鎌を模した逆手持ちようの二振りの太刀。オーズ・ガタキリバコンボである。

 オーズのコンボと呼ばれる形態は、使用する三枚の同色のメダルを用いることでメダルのさらなる力を大いに引き出せるのだ。しかし、強大な力を引き出す反面変身解除後には途轍もない激痛もしくは疲労感に襲われるというデメリットが存在する。

 そんなガタキリバコンボの特性は50人の分身を生み出すこと。単純に人数が増えたことでこの能力により避難誘導も、怪我人の救助も行える。

 しかしそれでも、両手で水を溜めても隙間から漏れだすように、全員を救いきることは出来ない。

 どんなに人数を増やしても、ノイズに炭化させられたり、生き残りたいがために生まれる犠牲によって死ななくていい人々が死んでいく。

 

「生きるのを諦めるな!」

 

 ふと、オーズの視界の端で奏が叫んでいた。目をやるとそこには、胸から血が流れて服が赤く染まっている少女がいた。忘れもしない。その少女は開演前に映司から道案内を受けたあの少女だった。

 あの様子では長くもたないかもしれない。オースキャナーに手を伸ばした瞬間、奏の声で聞きなれない歌が紡がれる。

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 聖詠とは違うのは分かる。分かるのだが、これは歌わせてはいけない。

 だが、オーズの制止の声も、翼の悲痛な叫びも届かぬまま、最後の一小節が紡がれた。

 『絶唱』。それはシンフォギアの持つ力を装者が限界以上に引き出す歌。増幅したエネルギーをアームドギアを介して一気に放出するのだが、強烈にして強大なエネルギー量に比例して装者への生命に危険が及ぶほどに絶大な負荷をもたらす諸刃の剣。

 天に掲げた奏のアームドギアを中心に、強大なエネルギー波が会場を駆け巡る。一瞬にして会場内に蔓延っていたノイズは大小問わず総て炭化して消滅する。ただ、その代償は余りにも無視できないほど大きなものだった。

 力を使い果たし、膝から倒れ落ちる仲間に駆け寄る二人。

 大粒の涙を流す翼は、抱き上げた奏の表情を見て更に声を上げて泣きじゃくる。奏の視力が失われていた。弱弱しく伸ばされるその手をしっかりと両手で掴み取るオーズ。仮面に隠されていているが、彼もまた泣いていた。

 払った犠牲は、余りにも多すぎた。消えていった命は二度と戻らない。

 

 

***

 

 

 爆発の正体は励起したネフシュタンの鎧の暴走によるものであった。予定していたセーフティ値よりも大幅に超えたフォニックゲインの暴走により爆発。ノイズ出現の因果関係は不明にせよ、動乱の後に鎧は周囲の痕跡から何者かが火事場泥棒した可能性が残されていた。

 そして、絶唱を使った奏は今、彼女が救った少女と同じように緊急手術を受けていた。その手術室の前ではコンボの疲労で昏倒して今し方目を覚ましたばかりの映司はかすり傷しか負っていない弦十郎から顛末を聞いていた。因みに緒川も頭部に軽く包帯が巻かれはしたが軽傷で済んでおり、今はベンチの上で俯いている翼に寄り添っていた。

 搬送されて何時間たったか。手術中の赤いランプが今消えた…。

 

 

 

続く




次回から無印本編になります

お楽しみに


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喪失と目覚めと黄色いコンボ

前回のあらすじ。

幼馴染が日本を飛び立ち、戦士としての力量を備えたオーズこと火山映司。

彼はツヴァイウィングのマネージャー補佐として特異災害対策機動部二課に所属。

しかし、ライブの裏で行われたネフシュタンの鎧稼働実験の際に緑のコンボに変身するも、奏が絶唱を唄ってしまったのだった。

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは…!

タトバ

ガタキリバ

???

???

???

???


 

 今年もまた桜の季節がやってきた。

 二課が擁する医療施設の個室にて映司は花瓶の水を代え、窓を開けて部屋の空気を循環させる。

 心地よい春の風が桜の花びらと花の香りを運び込むと、より一層部屋の中に春の陽気で満ちていく。

 

「今日でもう翼ちゃんも三年生だよ。早いよね」

 

 ふと出た客人の切り出した世間話に、部屋の主も「そう言えばそうだなぁ」と明るく返した。

 そんな部屋の主の今の姿を見ても尚映司は努めて笑顔を作り続け、彼女に不安を悟らせてはならないよう明るく振舞い続ける。

 部屋の主、天羽奏は入院当初の見立てでは今後二度と戦場(いくさば)に立つことが出来なくなっていた。更には松葉杖なしにでは歩行も困難になっており、全盲に近い程に視力も大幅に低下。

 二年前の緊急手術は成功と言えば成功だったのだが、絶唱の代償が響き過ぎていた。

 元々シンフォギアには適合係数と言う物があり、適合率が高い人物を奏者または適合者と呼称される。しかし、天羽奏という少女はシンフォギアに対する適合率が低く、制御薬LiNKERの服用なくしてシンフォギアを纏うことは出来ない。そのLiNKERによって適合率を無理くり引き上げても戦闘を継続するのに制限時間が生じ、その上戦闘終了後には体内洗浄を施さなければならないのだ。

 そんな適合率が低い彼女が絶唱を唄えばどうなるか。

 後遺症により、彼女の視力に運動機能及び適合率は以前より大幅に低下。特に適合率の方はもうこれ以上LiNKERを投薬しても、上昇することなくシンフォギアを纏えない程に。

 幸いにもリハビリや治療を現在まで続けてきた結果、ステップを踏むことは無理でも走ることも出来れば、全盲に近かった視界もぼやける程度にまでは回復していた。

 

「じゃあ……俺、行くね?」

 

「今度は翼に来てくれって伝えてくれよ。何も見えないし退屈で退屈で」

 

 ベッドの上で身を起こしている奏の目は巻かれた包帯に隠されていても、気丈にふるまい続ける彼女がとても痛々しく見え、耐えられなくなった映司は奏の入院先である個室の病室を後にした。

 もしあの時、自分のこの手が届いていたら結末は変わっていただろうか。何気なく見た自身の手には、花瓶に活けた花の小さな欠片しかない。

 世間一般には二年前のノイズ災害で奏の負傷が原因とされ、事実上の解散を受けたツヴァイウィング。連日ワイドショーでもある事案と共に話題になり、この事を悲しむファン達の中には自殺未遂者も続出するまでになるまでに。

 

 

***

 

 

 街並みが曙の色に染まりだした頃。愛車を走らせる映司は、自宅である二課の社宅に向かっていた。

 マリア達が出国して一か月が経った頃から一人暮しを続けている。

 翼一人で活動するようになってから、彼女の部屋の掃除以外ですることが大幅に減り、ノイズに対する遊撃以外には生存者への支援活動を行っている。

 二年前のあのライブでの生存者たちは今、いわれのないバッシングを受けていた。犠牲者の内、その多くはノイズに炭化させられたのではなく、避難の際に起きた小競り合いによる死者の割合が多かった。後にいくつものワイドショーでこの事態が取り上げられたが、あたかも生存者全員が他者を犠牲にしてまで生き延びたとコメントされてしまった。これと同時期にツヴァイウィング解散の報道があった。

 これにより暴走した正義感に駆られた自称正義の味方達が、生還者達をこぞって叩き出したのだ。

 追い詰められて自ら命を絶った者、家を焼かれた者、居場所を追われた者。これが生存者たちの末路であるというのだからやるせない物である。

 今日も何軒かの生存者宅に赴いては、生存確認や生活支援を(おこな)い、二年前と比べて漸く落ち着いてきたことが分かって胸をなでおろした。

 しかし、映司一人で生存者全員の支援を行うのは容易ではないため弦十郎の提案により、遠方の地域には何人かの職員を派遣するとのこと。弦十郎とて今回の騒動に思うところがあったため、犠牲者遺族は勿論の事生存者全員に対し最大限の支援をする事を決めた。

 こうした努力は無駄ではなかったが、救えなかった、救いきれなかった家庭や命もあった。

 映司が受け持った家庭には奏が命がけで守った少女の家族もいた。

 どの家庭も悲惨で凄惨な目に遭いながらも、それでも今日まで必死に生きてきた。

 鍵を開けて部屋に入ろうとしたその時、二課からノイズ出現の知らせを受ける。郊外の住宅地に向けノイズの大群が押し寄せており、現在は一課が足止めをしているとのこと。

 連絡を受けた映司は駐車場に止めていた愛車にまたがって、現場に急行する。

 

 

***

 

 

 一課が奮戦するノイズが跋扈する件の現場。

 奮戦空しく時間は過ぎて行き、実弾も消費されるだけで成果に見合うことは無い。

 その時、上空から青い光が落ち、何処からかバイクのエンジン音が聞こえてきた。二課に要請していた装者とオーズが来たことが分かると彼らは即座に二人の援護に入る。

 

タカトラバッタ

 

――Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

「すみません、遅くなりました。ここは俺達が引き受けます!」

 

「了解した!」

 

 退却の号令を出して警戒を緩めないままに、幾つもの車両を後退させる。そのままシェルターの護衛に入る彼らを肩越しに見送って、両腕のトラクローを展開。大地を駆けながらすれ違いざまにノイズを一体一体切り捨てていく。

 掃討の最中でオーズは見た。隠しきれていない苛立ちに取りつかれている翼の戦いを。いつもならば冷静に、それでいてしなやかな太刀筋で素人目から見ても惚れ惚れする程。

 しかし、あの惨状の後からその太刀筋に怒りやら後悔などが含まれるようになっているとオーズは感じ取っていた。原因は奏しかいない。死ぬことは無かった彼女だったが、共に歌うことも戦うことも出来なくなり、寂しさにやるせなさが今の太刀筋を作り上げている。

 

「オーズ、呆けてないで援護を!」

 

「あ、ごめん!!」

 

 兎に角今の翼に映司の言葉はてんで届かないのだから、今はとことん暴れさせてやろう。無理に落ち着かせてもこちらに飛び火するのがオチだ。

 

 

***

 

 

 リディアンでの学生生活に慣れてきた立花響は学校が終わると、寮には戻らずに息を弾ませながらCDショップへの道を走っていた。

 今日は風鳴翼のCDの発売日。無論初回特典付きでなければ響自身納得がいかない。ソロになってからも衰えを見せない彼女の人気も相まって、この時既に二件近くショップを巡ってみたがどちらも完売。ならばと響は少し遠めのショップへと向かう。

 そうして走り続けると、小さな塵が風に乗って飛んでいくのが見えた。

 否、それは塵に非ず。

 何気なく視界に入ったコンビニの店内。そこでは幾つもの炭の山が無造作に盛られていた。

 

「ノイズ……」

 

 正解と言わんばかりに、何処からか突然湧いて出てきた災害の群れ。

 触れれば死ぬ。ただそれだけのシンプルな特徴。

 遅れて鳴り響くサイレンで我に帰った響は即座に逃げ出すが、視界の端に迷子らしき幼い少女が泣いているのが見えた。自然と身体は少女の方へと向かっていた。母親とはぐれたらしく、響は一緒にシェルターへと連れ走り出す。しかし、どの道を行こうにもノイズが行く手を阻み、梯子を上った雑居ビルの屋上にまで逃げ込んで一息ついて気持ちを落ち着かせようと呼吸を整える。

 しかし、安堵するには程遠い。二人を取り囲むようにノイズの軍勢が一歩一歩距離を詰めてくる恐怖に脅えながらも、響はあの日の言葉を思い出す。地獄のような日々を乗り越えられるように、何度も胸の中で繰り返し唱えてきたあの言葉。

 

「生きるのを……、生きるのを諦めないで!!」

 

 その瞬間、響の体から光が漏れだした。

 日が沈み、月の光が照らしだすという時分でらるにもかかわらず、それは例えるならば夜明けの太陽の如き輝きであった。

 

 

***

 

 

「アウフヴァッヘン波形って…!何かの間違いじゃないんですか?!」

 

 遥か前方で立ち上る金色の光を放つ柱目掛けて、現場に急行中の映司がハンドル操作の片手間にオペレーターの報告に信じられないと言いたげに叫ぶ。

 アウフヴァッヘン波形。それはシンフォギア展開稼働中において計測される特殊波形の一種。現在観測できているのは既に失われている天羽奏のガングニールと、風鳴翼の天羽々斬の二種のみ。その翼は今は映司とは別ルートをバイクで走行している。

 だからこそ、映司は驚愕する。あの光の柱から二年前のあの後失った筈の、塵となって消えた筈のガングニールのアウフヴァッヘン波形が検出されているのだから。それ以前に奏は歩くことさえ困難だというのに。

 腰に当てていたドライバーを傾けて、ハンドルを操作しながらオーズタトバコンボに変身する。あの光が何であれ、そこにノイズがいるのであれば倒すまでだ。

 

 

***

 

 

 響は自分の記憶の中で一番古い幼稚園時代に見ていた女児向け格闘魔法アニメを思い出していた。

 画面の中を縦横無尽に動いては悪者を倒す主人公達のコスチュームと、今の自分の格好が随分と似ていたからだ。状況が状況だけに恥ずかしがる余裕も無く、今は何処か安全な場所に避難したうえでこの子を母親に会わせる事だけを考えていた。

 普段とは違う跳躍力に加えてノイズを粉砕できる身体能力。更に知らない筈の歌を無意識のうちに歌っている上にやたらめったら腕や足を振り回せば最低でも死ぬことは無いだろう。だが、いずれは限界が来る。そうなってしまえば自分はおろか、抱えている少女も炭化させられるだろう。

 

ライオントラチーター

ラタラタ~!ラトラーター

 

 陽気な歌の様な何かが聴こえてきたかと思えば、眩い光を放つ琥珀色の風がノイズの大群に突撃して炭素を撒き散らしていた。

 次いで現れる風鳴翼。彼女も装束を身に纏い、その手に握った青い刀剣を振るってノイズを丁寧に駆除していく。

 トップアーティストとしての姿しか知らないから、歌手としての風鳴翼しか知らないから、歌いながら戦う彼女の姿に普段より一層見惚れてしまっていた。

 

「呆けない!死ぬわよ!」

 

「君はその子をお願い。あとそこから出来るだけ動かないで!」

 

Scanning Charge

 

「あ、はい!」

 

 状況が呑み込めない響が唯一理解できているのは、ド派手な技を繰り出す二人の雄姿がとても凄かったということ。

 

 

***

 

 

 戦闘後。元の姿に戻る事が出来た響は寮へと帰ろうとしたところ、拘束された彼女はリディアンの中央棟に連行されていた。

 オーズに変身していた映司は両手を合わせて申し訳なさげに愛想笑いを浮かべ、翼に至っては仏頂面のまま響に何ら興味を示さないようにしていた。

 急降下するエレーベーターの中で、映司と同じように愛想笑いを浮かべる響。

 

「愛想は無用よ。これから向かうところに微笑みは不要だから」

 

 しかし、翼からピシャリと窘められ、途端に表情を曇らせてしまう。

 先ほどの戦闘を思い出しながら、内心自分は何か人体実験の日検体にされてしまうのではないかと思い呪われているのではなかろうかと響は首を垂れる。

 この時映司が気持ちは分かるよと響の肩に軽く手を置いていた。

 やがて目的の場所に到着して扉が開くと、幾つものクラッカーが引かれて、弦十郎が初めて映司と会った時と同じような格好で響を出迎える。

 

「さぁさぁ、笑って、笑って!お近づきの印にツーショット写真!」

 

 次いで現れるのは自撮りモードのスマホを手にした櫻井了子。困惑する響など構いなしにピントを合わせていた。

 

「ええ!?嫌ですよ、手錠したままの写真だなんて!きっと悲しい思い出として残されます!それに、どうして初めて会う皆さんが私の名前を知ってるんですか!?」

 

「我々は特異災害対策機動部。通称二課の前身は、大戦時に設立された特務機関でね!調査も、お手の物なのさ」

 

 弦十郎の手の中で、安物の手品グッズから花が飛び出していた。

 ちょっとした悶着の後、軽い自己紹介が終わると有無を言わされずに響が今度は了子に連行され、施設の奥の方へと消えて行った。

 

「えっと、俺の時より強引ですよね。やっぱり、奏ちゃんのガングニールが原因なんですか?」

 

「まぁあながち間違っていないが、了子君からすればそうなんだろうよ」

 

 被っていたシルクハットを職員に手渡してソフトドリンクの入った紙コップを空にする弦十郎。アルコール類ではないのはまだ彼の仕事は終わらないから。

 新たなシンフォギア適合者の発見したことにより、お上宛に報告書を作成せねばならない。

 二年前に欠けた戦力が補充されたと喜ぶだろうが、現場に立つ映司らにとってあまり手放しに喜べる事態ではない。消失したはずのガングニールが突然湧いて出てきたかの様に、闘うことに不慣れな少女に宿り覚醒した。そして映司は立花響と言う少女を知っている。二年前の生存者の一人で、映司が支援担当している家庭で何度か会っている子で、何よりも奏が己を犠牲にしてまで救った少女だからだ。

 

 

***

 

 

 翌日の放課後。友人からの誘いを断らざるを得ない響は緒川に手錠を掛けられる形で、二課に訪れていた。今日は昨夜行ったメディカルチェックの結果が知らされる日でもある。

 意気揚々と現れた櫻井了子が指令室メインモニターを陣取り、自身の作成したデータ化された検査結果を表示する。

 

「それでは、昨日のメディカルチェックの結果発表!初体験の負荷は若干残っているものの、体に異常は、ほぼ見られませんでしたー。けーれーど、貴女が聞きたいのはそれじゃないわよね?」

 

「そうです。そうなんですよ、私や翼さんのあの力について教えてください!」

 

「うむ。天羽々斬(アメノハバキリ)、翼の持つ第一号聖遺物だ」

 

「せいいぶつ…?」

 

 聞きなれない単語をオウム返しする響。

 

「聖遺物とは、世界各地の伝承に登場する現代では製造不可能な異端技術の結晶のこと。多くは遺跡から発掘されるんだけど、経年による破損が著しくて、かつての力を秘めたものは本当に希少なの」

 

 先ほどまでモニターに表示されていた響の検査結果から、何処かの遺跡の画像とそこで発掘されたであろう数々の出土品の画像に切り替わる。博物館や郷土資料館、または教科書などでよく見る出土品が多く映っていた。

 

「天羽々斬も刃の欠片、ごく一部にすぎない。が、それとは別に文字通り完全な形で残っているのが完全聖遺物。映司の持つオーズドライバーがそれだ」

 

「久しぶりだね、響ちゃん」

 

「え、映司さん?!じゃああのライオンみたいなあれって……!」

 

「うん、俺だよ。というか、昨日の段階で気が付かなかったかな?」

 

 特異な環境下で知っている人物に会えたことで緊張がほぐれることができた響。

 引き続き行われる弦十郎と了子の説明によると、聖遺物の欠片に残ったほんの少しの力を増幅して開放するのが歌。それによって聖遺物は稼働するという。現に響もあの時胸の奥から歌が浮かんできたのだ。

 詰まる所、歌の力で活性化した聖遺物を一度エネルギーに還元し、鎧の形で再構成したものが、翼や響が身に纏うアンチノイズプロテクタ。それが、それこそがシンフォギアなのだ。

 

「だからとて、どんな歌、誰の歌にも聖遺物を起動させる力が備わっているわけではない!」

 

 強く言い放つ翼。原因が分かっている響を除いた面々は敢えて触れない様にする。

 そもそも何故響は聖遺物を持っていない筈なのにシンフォギアを纏えるのか。理由としては響の胸の傷。音楽記号にも似た左胸の傷だ。二年前のライブでの傷であることを知った翼は、一瞬目を見開くが、直ぐにと言うか先ほどよりも一層表情を強張らせる。

 次に映し出されるのは響の胸部レントゲン。心臓付近をよくみると、複雑に食い込んでいるが為に手術でも摘出不可能な程の無数の破片。調査した結果、この影はかつて奏が身にまとっていた第三号聖遺物、ガングニールの破片であることが判明する。途端に翼は気持ちを抑える為に一度退室する。

 

「あ、そうだ響ちゃん。君の持つシンフォギアについてだけど、出来るだけと言うか絶対に誰かに教えちゃだめだよ?この事が誰かの耳に入った時、家族や友達や君を知るいろんな人に危害が加わるかもしれないんだ。オーズドライバー(こ れ)もそう」

 

「俺たちが守りたいのは機密などではない。人の命だ。そのためにも、この力のことは隠し通してもらえないだろうか?」

 

 

***

 

 

 かくして、闘うことを決意した響。そのすぐ後にノイズの反応が出た為映司と翼が迎え撃って出たのだが、次いで響も自分の力を役立てようと直ぐに二人の後を追った。

 そんな事が起きたのがほんの五分ほど前である。

 

「危険を承知で誰かのためになんて。あの子、いい子ですね」

 

 俺には到底マネ出来ないなと付け加えた藤尭だったが、これに異を唱えたのは弦十郎だった。

 

「翼のように幼い頃から戦士としての鍛錬を積んできたわけではない。映司と同じようについこの間まで日常の中に身を置いていた少女が、誰かの助けになるというだけで命をかけた戦いに赴けるというのは、それは歪なことではないだろうか……」

 

「まぁ映司君は一旦は保留したけれど、結果的には今に至るわけだし。あの子も私たちと同じこっち側って事かしら」

 

 彼らの眼前のメインモニター。そこを大々的に占めるのはラトラーターコンボのオーズに変身したオーズが直線的な軌道でノイズを倒し、翼の放つ『蒼ノ一閃』が降りぬかれ蒼い光刃が飛ぶ。

 遅れて合流してきた響だが、映司の初戦時よりも危なっかしさは表れていないものの、それでも何とか戦っているようにも見える。

 取り越し苦労だったか。そう思う弦十郎達だが、突如として血相を変え藤尭達に後を任せると、了子の制する声すら無視して現場に急行する。

 無理もないかと言いたげな了子が振り返りった先。メインモニターに映っているのは、ノイズ掃討後に響に向け刀剣型アームドギアの切っ先を向ける翼の姿だった。

 

 

 

 

続く



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衝突と再会と白銀

前回のあらすじ

命に別状はなかったものの、天羽奏は今後二度とステージに立つこともLiNKERを服用して戦うことも出来なくなっていた

しかし、二年前のライブの生存者の一人立花響がガングニールの装者となってしまった

自ら戦いに身を投じようとする響に弦十郎は一抹の不安を抱くが……

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは…!

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

???

???

???

???


 

 どうして、こんな事になってしまったのだろう。

 どうして、こうなってしまったんだろう。

 一緒に戦おう、共闘しようと翼に持ち掛けた響。奏に命を救われただけでなく、闘うための力も受け継いでいる事を知って、ノイズ掃討の手伝いが出来ればと考えていた。

 しかし、突き付けられた現実は違っていた。

 

「な、何を言ってるんですか翼さん!」

 

「貴女が言ったのよ、一緒に戦おうと!」

 

 『共闘』ではなく、『敵対』として捉えられてしまって一触即発の空気を生む。

 変身を解除していた映司が間に入って翼を落ち着かせるも、彼女は聞く耳を持たずに押しのける。

 

「そんな、私はただ()()()()()()()に……!」

 

 必死な響きの訴えが翼の感情を爆発させるには充分だった。

 血走った眼で刀を振るい、響を襲う。

 シンフォギアを纏って間もなさすぎる響はアームドギアの精製など知る由もないわけなのだが、翼にとっては些末な事。出さぬとあれば、強引にでも出させるまで。浮ついた心意気で戦場を駆けるなど、戦場に立てぬ奏の力を振り回そうなど言語道断。

 

「やめるんだ、翼ちゃ……!」

 

 何とか止めようとする映司だったが、どういう訳か身動きが取れないでいた。もしやと思い街灯によって生まれた自分の影を見て、納得がいった。

 『影縫い』と呼ばれるその技は、ナイフや銃弾などを用いて対象の影を地面に縫い付ける様に撃ちこむ事で身動きを封じるという。先ほど押しのけた時にしれっと撃ち込んでいたようで、よほど邪魔をされずに響を始末したいらしい。その証拠に響に対して大技、『天ノ逆鱗』を繰り出していた。

 アームドギアを大型バス程の大きさに変形させ、両足のブースターの推進力を加えたその技は主に強襲型に用いるべきなのだが、このまま行けば響は大けがでは済まされない傷を負うことにあるだろう。今のところ『天ノ逆鱗』を止められる手段は二つある。一つは白銀のコンボなのだが、影縫いで身動きを封じられているので使えない。

 

「フゥンッ!!」

 

 そしてもう一つは、生身でありながら拳一つで巨大な剣の切っ先を受け止める風鳴弦十郎である。

 弦十郎は気合を込めた叫びを一つ上げると、足元のコンクリートは広範囲に砕かれ、巨大な剣も粉砕する。ついでに彼の革靴も犠牲になったが、どう威力を操作すれば革靴だけの犠牲で済むのか疑問に思う映司をよそに、物語は進んでいく。

 

「この靴高かったんだぞぉ?映画何本借りられると思ってんだ」

 

「……すみません」

 

 響の謝罪の言葉は何に対してか定かではないが、取り合えず弦十郎が翼を引き連れて帰投して、映司は展開が解除されて制服姿のままへこたれている響に近寄った。

 

「帰ろっか」

 

 

***

 

 

 響がガングニールの力を顕現して一か月近く経った。

 未だ危なっかしい戦い方動き方をするものの、初日より戦えているようにも見える。それでもまだ逃げ腰なのはご愛嬌と言う奴ではある。そんな彼女のサポートに入っているのはオーズで今はクワガタ・クジャク・チーターからなる亜種コンボの一つ、ガタジャーター。

 ガタジャーターは頭部のクワガタヘッドから電撃を放ち、クジャクウィングで飛行、またはチーターレッグでの高速移動という組み合わせ。これならば、どの角度からでも響のサポートをしながらノイズの掃討も可能である。

 掃討終了後、翼と何度目かのコミュニケーションを試みるも、差し伸べた手を払いのけられ落ち込んでいる響を連れて映司はある場所へと連れ出した。その道中何かを勘違いしていたようで、顔を赤くしていたが目的の場所に到着すると直ぐに赤くしていた表情を元に戻した。

 

「ここは二課の擁する病院だよ。君に会わせたい人がいるんだ」

 

 弦十郎からの許可を得ていることも付け加えた映司は、慣れた様子で手続きを済ませると、響を引き連れて目的の部屋へと向かう。

 部屋の前まで来て、一瞬のうちに緊張し始める響。映司が彼女の視線をたどると、奏の名前が書かれたネームプレート。映司が連れ来たのは奏のいる病室。

 

「奏ちゃーん、入るよー」

 

 引退しているとはいえ、元ツヴァイウィングの天羽奏の見舞いと言うだけあって驚き戸惑い声すらも出なくなった響を引き連れている映司は、構うことなく入室する。

 部屋の主である奏は相変わらず包帯で目隠しされているとはいえ、退屈で仕方ないのかベッドの上で胡坐をかいていて些か行儀悪い格好でウォークマンから流れる音楽をヘッドホン越しに堪能している。目隠しされている為来客に気が付いていないノリに乗ってる彼女には申し訳なく思いながらも映司がスッと外す。

 

「ん?看護師さん?」

 

「俺だよ奏ちゃん。お見舞いに来たよ」

 

「なーんだ映司さんか。ノックぐらいしてくれよな」

 

「したよ。あ、今日はね奏ちゃんにお客さん連れてきたんだ」

 

 恋人だ何だと揶揄(からか)う奏をよそに映司は響の背中を押した。

 

「あ、ああ、あのぉ!ききき、今日はおひおひおおお日柄もよく!!」

 

 緊張のあまりたどたどしい口調になり、どんな話題で話すべきかを悩み、かといって挨拶くらいはマトモにしようとしても何を言えばよいのやら。二の句が継げぬ状況に陥ってしまった響の様子を感じ取った奏はカラカラと笑い声をあげた。

 

「面白い娘だねぇ」

 

「面白って?!」

 

「あ、やっぱり奏ちゃんもそう思う?」

 

「映司さんまでっ?!」

 

 この一連のやり取りで響の緊張の糸が解れてやっと本題に入ることに。

 翼からある程度話は聞いていたのか、奏は響の心臓部にかつての己の欠片が融合侵食されていた事に心を痛めていた。

 

「なぁ、響って言ったっけ。ごめんな、アタシがちゃんと守っていなかったばかりに」

 

「そ、そんなことありません。奏さんのおかげで私、今まで辛いことにあっても奏さんのあの言葉に励まされたんです」

 

 生きるのを諦めるな。もしこの言葉が無かったら、今の響はここにいないことだろう。そう思う奏は、響を近くまで呼び、映司を退室させる。出て行ったかどうか確認させた響の腕を引っ張って、上着の裾の方から手を突っ込んだ。そのまま何かを探る様に響の体を(まさぐ)って、突然この事で驚きながらも嬌声を上げている響など構うことなく漸く奏が手を止めたのは十分弱。

 

「痕、残っちまったんだな」

 

 響の左胸元の音楽記号に於けるフォルテの形状の傷跡を指先で撫でる奏。

 

「そんな落ち込まないでください奏さん。今まで感謝はしても恨んだことは一度もありません!」

 

「そう言ってくれるとこっちも助けた甲斐があるよ」

 

 直に傷を確かめるためとはいえ、せめて許可を取ってほしいと思う響であったが、似たようなスキンシップを幼馴染の親友小日向(こひなた)未来(みく)とつい先日やったことを思い出し次第に慣れていく。

 

「それは良いんですけど奏さん。いつまで私の服の下に手を突っ込んでるんですか?あの奏さん?奏さ、あちょっとど、何処を触って――!!」

 

 

***

 

 

 寮に帰宅して響は課題であるノイズ関連のレポートを纏めていた。

 レポートの形は問わないものの、大多数がノートPCを用いてプリントアウトしたレポートなのだが、響はあくまで手書きにこだわっていた。しかしここ最近のノイズ退治による疲労がたたり、ついついうとうとと舟をこいでしまう。

 そんな響を見守る未来が口を開く。

 

「響、寝たら間に合わないよ。そのレポートさえ提出すれば追試免除なんだからさ」

 

「う……ん。あ、だはーっ」

 

 どれ程頑張ろうと眠気に勝てる道理も無く、ペンを走らせても文字は線のままでレポートの作成は全く進みもしない。ついには力付いて頭から突っ伏した。

 

「だから寝ちゃダメなんだって」

 

「寝てないよ起きてるよぉ。ただちょっと目を瞑ってるだけ」

 

 人それを寝るともいうのだが、今の響の瞼の裏には、あの時自分に剣の切っ先を向けた翼の険しい表情が焼き付いていた。あの時何で奏の代わりになると言ってしまったのだろうか。同じガングニールを纏っていたからなのか、それとも――。

 その時響のスマートフォンに着信が入った。二課からだ。未来からはそれが響が朝と夜を間違えて設定したアラームかと勘繰られる始末。

 

「こっちの方は何とかしてよね」

 

 そう言って響に見せたノートPCの画面には、何年か前のこと座流星群の動画が表示されていた。

 流れ星、特に流星群を眺めたのはいつ振りだろうか。この二年間ゆっくりと夜空を眺める余裕も無かったため、今からとても楽しみにしている響。

 約束の指切りを交わして更にやる気を出していった。

 

 

***

 

 

 レポート作成中にかかってきた召集の連絡を受けて響は二課のブリーフィングに参加していた。彼女以外には、弦十郎や了子、映司に緒川と翼。そして二課のオペレーターの面々。

 

「どう思う?」

 

「いっぱいですね」

 

「いや、まぁそうなんだけどね」

 

 率直で素直な響の感想に思わず苦笑いを浮かべる映司。

 彼らの前面の大型モニターにはここ一か月に渡るノイズの発生状況を分かり易くまとめたものになる。映司がオーズとして戦い始めた時よりも短い間隔でノイズが発生しているのだ。

 

「そもそもノイズの発生が国連での議題に上がったのが十三年前からだけど、観測そのものはもっと前からあったわ。それも世界中に太古の昔から」

 

「そうなると、世界の各地に残る神話や伝承に登場する数々の異能は」

 

「ノイズ由来が多いってことですね」

 

 映司の言葉に首肯する二課司令。

 

「そもそもノイズの発生率は決して高くない筈なの。この発生件数は誰の目から見ても明らかに異常事態ね。そうなると、そこに誰かしらの何らかの()()が働いていると考えるのべきでしょうね」

 

 科学者の天を仰いで展開した推論に響だけでなくその場にいる全員の表情が強張った。

 もしその通りならば、一体誰が何の目的を以てノイズを操作しているというのだろうか。

 その狙いに心当たりがあるのか、翼がコーヒーを飲みきって答える。

 

「中心点はここ、私立リディアン音楽院高等科で我々の真上です。つまりはサクリストD…デュランダルを狙って何らかの意思がこの地に向けられている証左となります」

 

 『デュランダル』とは主に中世のフランスの叙事詩『ローランの歌』に登場する英雄のローランが持つ聖剣のことで不滅の刃の意味を持つのだが、そんな事つゆ知らない響はオウム返しするだけ。

 今響たちのいる場所よりも更に下層のアビスと称される最深部に保管され、日本政府の管理下にて二課が研究を行っている、ほぼ完全状態の聖遺物。それこそがデュランダルであると、オペレーター友里あおいが答える。

 

「それとは別に、翼さんの天羽々斬や響ちゃんの胸のガングニールのような欠片とかは、装者が歌ってシンフォギアとして再構築させなければその力を十分に発揮できないけれど、完全状態の聖遺物……つまり完全聖遺物は一度起動した後は100%の力を常時発揮して、更には装者以外の人間も使用できるだろう、と研究の結果が出ているんだ。映司のもつオーズドライバーも完全聖遺物だね」

 

「その節は大変お騒がせいたしました」

 

「とにかく、それがそれこそが!私の提唱した櫻井理論……なんだけど完全聖遺物の起動には相応のフォニックゲイン値が必要なのよね。ただ、映司君のオーズドライバーはその辺りはまた違うんだけれどね」

 

 友里、藤堯、そして了子の三人の言葉を聞いてもやはりピンと来ていない響。そのそばで九十度の角度で最敬礼している映司など気にしている余裕は彼女には無い。

 最後に完全聖遺物の起動実験を行ったのは、二年前。弦十郎は今の翼の歌ならばデュランダルを起動できるだろうと推論する。

 

「というかそもそも起動実験の認可なんて降りるんですか?日本政府も二年前の事があるから」

 

「それ以前の問題さ。安保を盾に米国が再三のデュランダル引き渡しを要求してきてるらしいじゃないか。起動実験どころか、扱いに関しては慎重にならざるを得ないよ。下手をすれば国際問題だ」

 

「重ね重ねお騒がせしてすみませんでした」

 

 最敬礼から土下座の格好になった映司など誰も気にする様子も見せない。

 

「それと、調査部からの報告によればここ数ヶ月の間に数万回に及ぶ本部コンピュータへのハッキングを試みた痕跡が認められているそうだ。流石にアクセスの出処は不明。それらを短絡的に米国政府の仕業とは断定出来ないんだ」

 

 そのハッキング元がいくら米国であることを匂わせていても、それがそうである確証がない限り公に訴える事も出来ない。

 かくしてミーティングは翼のアルバムの打ち合わせがある為お開きになり、緒川を引き連れて翼が退室した後、映司たちは休憩スペースにて一息ついていた。

 そう言えば翼にイギリスのレコード会社の話があったなと緒川から聞いていたことを思い出した映司は、視界の端で了子から耳を甘噛みされた響の様子を眺めていた。

 

「ところで映司さんて、いつからオーズに変身しているんですか?」

 

 そう言えば話したことなかったな、と映司は天井を仰ぎ見る。

 

「始まりは俺が高校二年生の時かな」

 

 下校途中で寄ったスーパーでの買い物帰りに起きたノイズの襲撃の際に、二課のエージェントらしき人物が炭化させられた際にその手から放れたドライバーが入っていたアタッシュケースが映司の手元に渡って変身。奏と翼の助力を得てノイズを撃退。

 しかし、その際にドライバーが映司をマスター登録したようで、今のところ映司以外が変身を試みるも、それ以前の問題でドライバーを腰に当てても帯が出ないのだ。映司からそれを聞いて変身したかったと残念がる響であった。

 

「でも、最初は俺戦うことをためらってたんだけど、あることが切っ掛けで俺は戦うことを決意したんだ」

 

「そのある事ってのはね響ちゃん、映司君が片思いしている娘が関係しているのよ?」

 

「了子さん?!やめてくださいよ恥ずかしい!!」

 

「しかも二年以上も前に日本を出たっていうのに好きだの一言も言えてないの」

 

「友里さんもやめてくださいよ恥ずかしい!!」

 

 

***

 

 

 何とか期限ぎりぎりでレポート提出出来た響であったが、未来が荷物を取りに行ってくれているその時、二課から支給された通信機の着信音が鳴り響く。

 ノイズだ。サッと通信機を取り出して回線を開くと弦十郎の声で出撃の要請が出た。既に映司も別の場所でノイズの掃討にあたっており、すぐには駆けつけるのは難しいとのこと。

 短く了承の返事を出して、響は一目散に現場へと駆けだした。

 着いたのは地下鉄入り口。現場は階段を下りた先の構内。地上にいながらも地下からの炭の独特な臭いが鼻に突いた。既に何人か犠牲になっている事だろう。人の営みを何の感情も無く、何のためらいも無く簡単に命を奪っていくそんな奴らに対して強い憤り見せる。

 そんな時に響のスマートフォンのバイブレーション機能が作動する。未来からの着信だった。

 

「あ、未来?ごめん……、急用が入っちゃってさ、今晩の流れ星一緒に見られないかも。うん。ありがとう、ごめんね……」

 

 通話を終えて駅構内へと振り返る。階段や壁を覆い隠すように地下から湧き出るノイズの大群。

 あれは敵だ。倒すべき敵だ。

 

――Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

 胸の奥から湧き出る聖詠を紡ぎ、次の瞬間にはガングニールのシンフォギアを響は纏う。

 そのまま階段を駆け下りながら我武者羅に拳を振るい、極彩色の災害を駆逐していく。

 

『小型の中に、一回り大きな反応が見られる。映司は無理だが、間もなく翼が到着する。それまで持ちこたえるんだ。くれぐれも無茶はするなよ』

 

「わかってます!」

 

 弦十郎からの通信に短く返しながらも一体一体ノイズを駆逐していく。その中で今までに見た事がない形状のノイズを見付けた。紫色をして、頭に葡萄(ぶどう)の房の様な物体を被ったノイズだ。

 しかし、今の響には冷静になる余裕などなく、仮称ブドウノイズの一挙手一投足に目がいかなかった。だからこそ、ブドウノイズの房から放たれた葡萄の実を模したいくつもの爆弾の衝撃により、崩れた天井の下敷きになってしまった。

 他のノイズが瓦礫の山を前にする中ブドウノイズはホームの方へと飛び跳ねながら進んでいく。

 

「見たかった………流れ星、見たかったァっ!!」

 

 シンフォギアを纏っていなければ今頃はミンチであったことだろう。己に積み重なる瓦礫の山を吹き飛ばし、感情を爆発させた響は怒りに身を任せたまま視界に入ったノイズを悉く殲滅していく。

 本来ならば親友と共に流星群を見に行けたことだろう。その為に溜まりに溜まった課題や追試を必死に片づけてきた。それなのに災害(ノイズ)はこちらの事を考えてはくれない。

 ブドウノイズを追いかけていく内に戦姫から戦鬼へと変貌する響。その表情は黒く塗りつぶされ、目は濁った血液の様な輝きを放っていた。

 

 

***

 

 

 言うなればキックの雨と称されるオーズガタキリバコンボの必殺技がその場にいたノイズを殲滅しきると、オーズはタトバコンボに戻り愛車を走らせた。

 目的地は響のいる地下鉄。先ほど来た通信によれば、彼女は今半暴走状態であるとのこと。奏がガングニールを纏っていた頃は暴走状態に陥ることは無かった。人一倍好戦的であることを除けば。

 ノイズの出現もあってか近隣住民も既に非難も終えている人通りのない国道をオーズが走っていたその時、突如として通りかかった公園の敷地内で爆発が起きた。これにより出来た穴から響が追いかけていたと言うノイズがオーズの視界に入った。逃すものかと、メダルを三枚白銀のメダルに交換する。

 

サイゴリラゾウ

サゴーゾサッゴォーゾッ!!

 

 白銀の猛き角、剛腕、そして大地を揺るがす脚。そのコンボは重力を支配する。

 サゴーゾコンボに変身したオーズはドラミングによる固有能力重力操作でブドウノイズを拘束。

 元来ドラミングとは、ゴリラが興奮したり緊張したりした際に後肢で立ち上がって大声を発しながら両腕で胸をたたいて音を出す行動である。その際に手は拳ではなく平手なのが正しいドラミングである。

 閑話休題。

 身動きも取れず宙に浮かんだままのブドウノイズは何処か人間臭く、不可視の拘束から逃れようと尚ももがき続ける。

 

「今だ、翼ちゃん!!」

 

 オーズが叫び、夜空に流れる一筋の流星が瞬けば、蒼い斬撃波がブドウノイズを両断。

 流星の正体は刀剣型アームドギアを携えた翼であった。程なくして響も合流するも、二人の間には未だに重い空気が漂っていた。

 

「私だって、守りたいものがあるんです。だから――!」

 

「――だから?ンで、どーするんだよ?」

 

 聞き覚えのない声した方を三人は一斉に見やるとそこにいたのは、サゴーゾとは別の白銀の鎧を纏っていた一人の少女がいた。

 オーズと翼はその鎧に見覚えがあった。いや、今の今まで一度たりとも忘れることは無かった。二年前のあの日、響の胸にガングニールの破片が突き刺さったあの日、奏が絶唱を使わざるを得なかったあの日行方不明になった完全聖遺物ネフシュタンの鎧だったからだ。

 

 

 

 

続く



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ネフシュタンの少女と弟子入りとデュランダル

前回の三つのあらすじ

一つ、響は不用意な一言で翼の反感を買ってしまう

二つ、未来と流れ星を見る約束をするもノイズ出現により叶わなくなってしまった

そして三つ、ノイズを殲滅したオーズ、響、翼の前に謎の少女が現れる。

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは…!

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

???

???

???


 

 これは今から五年前の事。

 長野県皆神山聖遺物発掘チームがノイズの襲撃を受け、その際に天羽奏14歳ただ一人だけが生き残った。

 ノイズを殺して殺して殺しつくし、例え地獄に堕ちようとも戦い続ける意思を持つ彼女ではあったが、血の滲む様な厳しい訓練を積んでも、制御薬が無ければ戦姫として装束を纏うことが叶わないほどに適合率が低かった。それでも彼女が戦い続けていられるのは何よりも家族の敵討ちと言う目標があるからこそ。

 しかし、闘い続けていく内にノイズを殺す為に紡いでいた歌が、いつの間にか誰かにとっての励ましの歌になっていたことが分かると、案外それがとても気持ちの良い事だと知ることができた。

 やがて翼と共にツヴァイウィングとしての活動を始めると、より歌うことが好きになっていき、それでも家族の仇も忘れないまま戦い、歌い続けた。

 あの日のライブの裏でネフシュタンの鎧が暴走を引き起こしたあの日の、絶唱を唄ったその瞬間まで。

 

 

***

 

 

「ネフシュタンの……鎧」

 

「へぇー。ってこたぁアンタ、この鎧の出自を知ってんだ」

 

 ネフシュタンの鎧を纏う少女は半透明のバイザーで目元を隠しながらも挑発めいた口調で翼の呟きに答えた。二年前の惨劇の後、何者かの手によって奪われた完全聖遺物。それが今犯人と思わしき少女がその身に纏って、尚且つ敵意をむき出しにしているのだ。

 普段から己を律し、沈着冷静な翼でさえ静かに怒りの炎を燃やさずにはいられないのだ。

 コンボをサゴーゾからタトバに変えたオーズ。彼の目から見ても、あれがネフシュタンであることは間違いなかった。

 

「ねぇ君。それ、何処で手に入れたの?」

 

「はっ。ご丁寧に誰が答えるかってんだ!」

 

 音を鳴らしながら怪しげに輝く楔状の鞭を振るい、弓や杖にも見えるアイテムを構えて威嚇するネフシュタンの少女。話し合いに乗じる様子もない彼女に、翼は大剣状のアームドギアを振り上げたたまま構えを取る。

 

「二年前、私達の不手際で奪われた物を、何より奪われた命を忘れるものか!!」

 

 ジリ、とお互いに距離を保って構えを取ったまま動かない。

 オーズもまた、両腕のトラクローを展開して敵の少女の左手に収まっている謎のアイテムを警戒して動けずにいた。

 思えばこの状況。響の中にある奏のガングニールの破片、その事件の原因となった鎧が今二年の月日を経て巡り合った。何とも奇妙で残酷な巡り合わせだろうか。

 あの時この手が、奏が絶唱を紡いだあの時無理にでも止めていたらと今日まで何度後悔したことか。

 

「やめてください翼さん!相手は人です、同じ人間です!!」

 

「「戦場(いくさば)で何を馬鹿な事を!!」」

 

 響の行動を咎め合った二人向き合って不敵に笑みを浮かべる。互いに気が合う様で、ネフシュタンの鎧の少女の攻撃を皮切りに防人の少女との戦いの火蓋が落ちる。

 しがみ付いている響を払い襲い掛かる鞭を避け、飛翔。宙に浮かんで一回して放たれるのは翼の得意技『蒼ノ一閃』で彼女はこれまでに多くのノイズを来た。一撃必殺とも言えるこの斬撃をネフシュタンの少女は難なく防御して見せた。

 次いで飛んでくるのは白銀の鉄拳。ガタゴリーターにメダルを交換したオーズの攻撃も鞭を払って防御。入れ替わる様に翼が接近戦を挑むが、隙を突かれて腹部に強烈な一撃を受けて後方に大きく吹き飛ばされた。

 

「(これが、完全聖遺物のポテンシャル。オーズの鎧と全く変わらない!)」

 

「翼ちゃん!」

 

「ネフシュタンの力だなんて思わないでくれよな。あたしの天辺は、まだまだこんなもんじゃねぇーぞ!」

 

 少女の格闘スペックは自身のスペックによるものかと仮面の下で苦い顔を浮かばせるオーズ。ネフシュタンの少女が右手に握られていた弓状のアイテムを掲げると、中心部の宝玉から放たれた稲妻から新種を含めた数多くのノイズがオーズと響を中心にして取り囲む。

 響を取り囲んでいるのは、水飲み鳥に似た形状のノイズ。嘴状の器官から粘着性の液体が響を包み込んで拘束する。

 

「ノイズを……操ってる?!」

 

 驚愕の声を上げるオーズの前には強襲型が一体召喚されていた。無限にノイズを生み出すタイプのこの強襲型はコンボを使えば軽々と倒せるだろうが、今日だけでもガタキリバとサゴーゾに変身している。例え別のコンボに変身して強襲型を退けてもそれ以前に通常のノイズを吐き出してしまっては気合だけではどうにもならない程の疲労感に襲われてしまうだろう。

 幸いにも召喚された強襲型は一体のみで、通常型を生み出す様子も見受けられない。これだけならば『キック』だけで事足りる。

 

Scanning Charge

 

 強襲型の踏み付けを変形したバッタレッグによる跳躍で避けるオーズ。空中で両足蹴りの体勢になると、強襲型との間に赤、黄、緑の光の輪が出現する。輪を潜る度に深紅の大翼と琥珀の爪のオーラが纏わって強襲型を貫いた。

 牙城の如く聳え立っていた強襲型は『キック』によって出来た風穴を中心に炭化され、風に乗って崩壊していった。やけにあっけなく倒すことが出来た事に違和感を覚えるオーズだが、次の瞬間強い衝撃が彼を襲った。

 新たに召喚された強襲型に踏みつぶされたのだ。

 これが変身前であればミンチなる前に炭化させられるだろう。

 物理的な重圧に耐えながら視線を翼とネフシュタンの少女へと向けると、完全聖遺物たるネフシュタンの鎧とのスペックの差があるからか、翼はネフシュタンの少女にいたぶられていた。

 

「のぼせ上がるな人気者ッ!誰も彼もが構ってくれるなどと思うんじゃねえよ!この場の主役だと勘違いしてるなら教えてやる。狙いはな、はなっから、こいつとそこのオーズドライバーを掻っ攫うことだったんだよ」

 

「私……を?」

 

 ネフシュタンの少女は愉悦に満ちた笑みを浮かべながら翼の頭を踏みつける脚に更に力を入れる。

 終始遊ばれていたのかと感づいた翼が悲劇を繰り返してなる物か、とその手に握ったアームドギアを天に翳して広域攻撃『千ノ落涙』を繰り出して、ネフシュタンの少女が避けた瞬間に距離を取る。

 拘束されている響は己の無力さを嘆いていた。物理的な重圧に苦しめられている映司(オーズ)を救う事も出来ず、翼と肩を並べて戦う事も出来ず、満足にアームドギアの起動すらも出来ない。ノイズから人々を救うことのできる力を手に入れて何でも出来る気になっていた。だが現実は、手段を手にしただけで他は何もないだけの事。

 尚も激しい攻防戦を繰り広げている二人。技の手数と鎧のスペックを活かし合う二人。

 壁としてネフシュタンの少女が複数のノイズを召喚しても、造作も無くあっさりと翼が駆逐していく。

 ネフシュタンの鞭の先に集まったエネルギー弾『NIRVANA GEDON』が放たれ、防御姿勢を取った翼に多大なダメージを与えてしまう。

 

「まるで出来損ないだな」

 

「あぁ、そうだ。私は確かに出来損ないだ。この身を一振りと剣と鍛えてきたのに、二年前のあの日から出来損ないの剣として恥を晒してきた」

 

 絶唱を紡いで戦うことも、歌うことも出来なくなった親友()。彼女の事を思いながら、痛みが走る体に鞭を打って翼は立ち上がる。

 

「しかし、それも今日までのこと。貴様に奪われたネフシュタンを取り戻すことで、この身の汚名を(そそ)がせてもらう」

 

「そーかい。出来るもんなら――?!」

 

 やってみな。そう言いかけたところでネフシュタンの少女は己の身が、まるで金縛りにあったかのように自由が利かなかった。もしやと思い振り返ると、そこには月光により生まれた陰に小太刀が突き刺さっていたのだ。

 先ほどの攻防の際に翼が投擲した小太刀。まさか弾き飛ばした物が今になって作用するなどと夢にも思わなかった。

 翼の技の一つ。『影縫い』。

 流れゆく雲と神秘的な輝きを放つ月が、夜空に漂っている。今流れゆく雲が月を隠さない内に翼は響に振り返ると、アームドギアの切っ先を向けた。

 

「防人の生き様、覚悟を見せてあげる!立花響。あなたの胸に、焼き付けなさい!」

 

「や……だ、……ばさ…」

 

 オーズの途切れ途切れの制止は届かず、翼はアームドギアを天に掲げて、絶唱を唄う。

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal

――Emustolronzen fine el baral zizzl

 

 身動きの取れない状態のネフシュタンの少女に一歩、また一歩と柔和な笑みを浮かべながら近づいていく翼。

 何とも言えぬ重圧を身体中に感じ取っていたネフシュタンの少女の肩を翼は両手で抑え込み、微笑みを向けて、絶唱を紡ぎきると同時に血を吐いた。

 忽ち起こるフォニックゲイン由来の嵐が、ノイズの跋扈する公園一帯を駆けめり生きた災害を一体残らず灰燼に帰していく。その中心部では絶唱のエネルギーの奔流を間近に受けたネフシュタンの少女は、苦痛の叫びをあげて強く吹き飛ばされた。

 壁に激突した少女は多大なダメージを受けながらも致命傷にはなっておらず、崩壊した鎧の調子を見ると強く舌を打って一目散に退散していった。

 

「翼さん!」

 

「翼ちゃん、大丈夫?!」

 

 やっと体の自由がきいた響と映司が翼に駆け寄ったのと同時に、弦十郎の運転する自動車が公園内に進入する。

 

「無事か、翼!」

 

 運転席から降りて開口一番。彼のその言葉に、翼はゆっくりと振り返った。

 

「私とて、人類守護の務めを果たす防人。こんなところで折れる剣ではありません……」

 

 目から、口からおびただしい程の血を流す歌女は尚も笑顔を繕うが、誰の目から見ても危険な状態。

 間もなくして倒れ込む翼。足元の血溜まりで窒息死しないように弦十郎と映司が抱き留める。

 

 

***

 

 

 緊急搬送及び緊急手術を受けて一命を取り留めた翼。しかし、容態が安定するまでは絶対安静と言うことから予断を許されない状況であると医師から告げられた弦十郎は背後の部下達と共に執刀医に頭を下げた後に鎧の捜索に入った。

 そのすぐ近くの休憩スペースで落ち込む響に、映司は自販機で購入した缶ジュースを差し出した。

 

「響ちゃんが気に病む必要はないよ。むしろ俺がもっと強かったら……」

 

「映司さんこそ気に病む必要はありませんよ。翼さんが自ら望み、歌ったのですから」

 

「慎次さん……」

 

 ふらり、と現れるのは翼のマネージャーである緒川慎次。彼の口から響に語られるのは奏の事。

 

「既に奏さんと面会は済ませていますよね?彼女がああなったのも」

 

「はい。奏さん本人から聞きました」

 

「二年前のあの日、ノイズに襲撃されたライブの被害を最小限に抑えるため、奏さんは絶唱を解き放ちました。命を落とすことはありませんでしたが、代償としてアーティストとしての活動も戦うことも出来なくなりました」

 

 それほどのデメリットがあるというのに、それでも翼は絶唱を解き放った。命を落とすやもしれないというのに、何が彼女をそうしたのだろうか。

 

「奏ちゃんの負傷を機に、ツヴァイウィングは事実上解散。俺は翼ちゃんと一緒に奏ちゃんの抜けた穴を埋めようと我武者羅に戦ってきた。その中で翼ちゃんは、同じ年頃の女の子が経験している遊びや恋愛を覚えず、自分を殺してまで自分自身を剣として生きてきたんだ」

 

「そして今日、剣としての使命を果たすため死ぬことすら覚悟して歌を歌いました。不器用ですよね。でもそれが彼女の、風鳴翼の生き方なんです」

 

 ポタリ、と響の目尻から熱い物が流れてきた。

 嗚呼、何て自分は愚かなのだろうか。風鳴翼と言う人間の内側を知ろうともせず、何故奏の代わりになろうと愚かな事を口走ってしまったのだろうか。

 

「僕も映司さんも貴女に奏さんの代わりになってもらいたいだなんて思っていませんし、そんな事は誰も望んでいません。ねえ、響さん。僕からのお願いを聞いてもらえすか?」

 

「え…?」

 

「翼さんの事を嫌いにならないでください。彼女をこの世界で一人ぼっちになんてさせないでください」

 

「……はい」

 

 

***

 

 

 翌日。リディアンの屋上にて響と未来はベンチに並んで腰かけて響は足元を、未来は流れゆく雲にそれぞれ視線を向けていた。

 

「最近響って一人でいる事、多くなったよね?」

 

「そう……かな?いや、そうでもないよ。私ってば自分一人じゃ何にも出来ないし。それにほら、この学校にだって未来が進学するから私も一緒にって決めたわけだし。というか、リディアン(こ こ)って学費がびっくりするくらい安いじゃない?だったら、お母さんとお祖母ちゃんには負担かけずに済むかなーって」

 

 あははと作り笑いを浮かべる親友を見て、何かを無理をしているんじゃないかと思う未来ではあったが、その何かを聞かずに響の手をそっと握りしめる。

 

「響、何か隠し事してるよね。だってわかるよ。響ってば無理してるんだから」

 

「やっぱり未来には敵わないなぁ。でも、ごめん。も少し私一人で考えさせて。これは、これだけは私が考えなきゃいけない問題だから」

 

 しっかりと親友の手を握り返して、彼女のその優しいぬくもりを響は直に感じ取っていた。

 

 

***

 

 

 それから数日経ったある日の事。

 弦十郎に弟子入りした響は兄弟子である映司と共に弦十郎指導の下、アクション映画を鑑賞した後にその映画の中で主人公たちがやっていたのと同じ修行を熟していた。

 誰もが知っている香港映画、埋もれた名作、そしてつい最近話題になった映画など数多くの映画作品から技の型を取り入れた特訓法は、弦十郎の座右の銘たる「飯食って映画見て寝る!」を地で行く物であった。

 今日は平日。今頃のリディアンでは授業中であるにも関わらず、未来に今日は休む旨の置手紙を書いていた響は庭木に吊るされていたサンドバッグに拳を打ち付けていた。

 

「そうじゃない。雷を喰らい、稲妻を握り潰すように打つ!」

 

「言ってること、全然分かりません。でも、やってみます」

 

 拳を構え、目標を見据える響の心臓がほんの一瞬だけ強く鼓動すると全力で打ち出した響の拳は枝ごとサンドバッグを向かいの池へと吹っ飛ばしていた。

 

「すごいよ響ちゃん。よぉし、俺も負けちゃいられないな!」

 

 少し離れた場所では、両手足に重りを付けて空気椅子の姿勢で両腕を前方に伸ばし、身体の至る所に水の入った湯飲みを載せた映司がかれこれ二時間近く同じ姿勢を保って響の成長に感心していた。

 同時に、ほんの少しの違和感を覚えていた。響の成長が早すぎるのだ。

 映司がオーズの力を手にして間もなくのころは、同じように弦十郎に弟子入りして、同じ内容の指導を受けていたはずだが、少なくとも映司がサンドバッグを殴り飛ばすのに一年近くも要していた。それを響は数日単位でやってのけたのだから、違和感を覚えない訳にはいかなかったのだ。

 

「よし、こちらもギアを上げていくぞ映司!」

 

「はい、弦十郎さん!」

 

 

***

 

 

 ネフシュタンの鎧。完全聖遺物たるそれは身に纏う事で強大な力を駆使し、飛行能力や破損しても再生するという性能を持ち合わせていた。それだけを見れば喉から手が出るほどに誰もがその鎧を手にしたがるだろう。厄介なデメリットが無ければの話ではあるが。

 ネフシュタンの鎧は装着者の身を侵食し、生命を喰らうという呪いがある。装着者の体内にその因子が侵食することで強大な力が得られるのだ。体内の因子を取り除くにはその身に高圧電流を流す必要がある。

 湖畔に聳える洋館の一室。整頓が行き届いているこの部屋で、二つ結びの銀髪の少女は部屋の固いベッドの上に倒れ込んでいた。衣食住の提供に争いを止める力をくれた女性から、折檻がてらに体内に残留している因子を高圧電流で除去してくれた。

 

「痛みだけが……痛みだけが人の心を繋いで絆と結ぶ」

 

 虚ろな瞳で教えられた言葉を暗唱し、噛み締めて深い眠りについた。

 少女が見る夢は決まって幼少期の記憶。凄惨たる絶望の渦に飲み込まれ、何もかもを失った幼少期。

 オトナがコドモを支配する戦火に塗れたバルベルデ。時が流れた現在でも戦火は収まらず、今も尚流す必要のない血が流れているはずだ。

 あの地で両親を失った少女は力を手に入れた。

 ネフシュタンの鎧さえあれば、無用な争いを止められる。世界から争いを無くすことが出来る。

 

「あたしが………あたしが全部争いの火種をぶっ潰してやるんだ。絶対に!」

 

 

***

 

 

「はぁーっ。朝っぱらからハード過ぎですよぉ」

 

 かつては映司もやり切った弦十郎考案のメニューをやり遂げた響は二課の指令室のソファーにうつ伏せの状態になっていた。普段味わうことのない疲労感に負けて最早立ち上がろうとする気力すら沸いてこない。

 

「頼んだぞ、明日のチャンピオン」

 

「凄いね響ちゃん。あそこまでついてこれるなんて」

 

 対して師匠役と兄弟子はと言うと、平然と涼しい顔をしてソファーに腰かけ響に励ましと賞賛の言葉を送る。

 友里から受け取ったスポーツドリンクで喉を潤し、一息つく響。体内から失われた塩分やらミネラルやらが補充されていく。

 

「あのー、自分でやると決めたのに申し訳ないのですが。何もうら若き女子高生に頼まなくてもノイズを戦える武器って他に無いんですか?映司さんのオーズドライバーとか、そうでなくとも外国とか」

 

「公式には無いかな。俺のオーズドライバーは仮にも完全聖遺物でもあるから、それ以外で完全聖遺物となるとネフシュタンを除いては殆ど無い……かな?」

 

「そうだな。日本だってシンフォギアは最重要機密事項として完全非公開だ」

 

 二人の解答を聞いて気にせず派手に立ち回っている響は苦笑いを浮かべる。思えば今日に至るまで結構わちゃわちゃと走って飛んだり跳ねたり悪目立ちしていた筈だ。初めてガングニールを起動したその日助けた女の子以外にも少なからず誰かが見ていてもおかしくはない。

 気が付かないだけで、誰に写真を撮られてネットにあげられているかもしれない。

 

「その点は大丈夫よ。情報封鎖も二課の仕事の一つだから」

 

 そう言えばあの親子に何か書類を書かせていたなと思い出し、取り敢えず安心する響。これならばネットの方も心配する必要は無さそうだ。

 

「だけどね、時々無理を通すから……今や我々のことをよく思ってない閣僚や省庁だらけだ。特異対策機動部二課を縮め、特機部二(とっきぶつ・突起物)って揶揄されてる」

 

「その上情報の秘匿は政府上層部の指示だってのに…」

 

「上も一枚岩じゃないってことですよねぇ」

 

 そこから響には難しい話が展開され、色々と難解でややこしい世界があるんだなと実感して再びうつ伏せになる。このまま気を抜いたら夢の世界へ旅立ってしまいそうになる。

 

「あれ、そう言えば了子さんはどうしたんですか?」

 

「永田町さ」

 

「永田町…ですか?」

 

 永田町。字面で見れば町の名前だが、その意味としては国会議事堂の事を指している。そこに了子は特異災害対策機動部二課本部の安全性と防衛システムについてを関係閣僚に対して説明義務を果たしに行っている。映司のオーズドライバーについての定期的な説明報告も兼ねてはいるのだが、予定している了子が戻ってくる時間が少し遅れているようだった。

 弦十郎が腕時計を見やって、今日の特訓は終了して響にシャワーを浴びるよう促して退室させる。

 

「さてと映司。お前、何か引っ掛かってる事があるんじゃないのか?とてもじゃないが、響君には聞かせられないような何かを」

 

「そう、ですね。けれどまだ確証がないんで、まだはっきりとは…」

 

「いや、構わんさ」

 

 では、と先ほどまでたっていた映司もソファーに腰を掛けて一息ついて語りだした。

 

「何ていうか、響ちゃんの特訓の成長が早すぎる気がして……。以前支援の方でご家族から響ちゃんの話を聞いていたんですが、格闘技どころか特にスポーツをしていたって話は出なかったんです」

 

「やはりお前から見ても違和感はあったか。心当たりがあるとすれば、響君の胸のガングニールの破片だろう」

 

 それ以外心当たりがないからな、と付け加えて弦十郎は腕を組む。

 響の心臓に寄生しているガングニールの破片。ギアペンダントも無しにシンフォギアを纏えるのはこれによるもので、それが急速的な成長に繋げているのではないか。もしそうであるならば、破片が響の身体を蝕んでいくのではないのだろうか。

 ともかく詳しい話は了子が戻ってからにして、弦十郎と映司は普段の格好に着替えるべく指令室を後にする。

 

 

***

 

 

「大変長らくお待たせいたしましたー……って、何で皆お通夜ムードなの?」

 

 予定の時刻よりも大幅に遅れて帰ってきた了子を迎えたのは険しい表情を浮かべた二課職員達と、不安げに眉を下げた響。

 広木防衛大臣が暗殺されたと弦十郎が短く語る。

 メインモニターにはそれを裏付ける複数の革命グループからの犯行声明が出されており、現在詳細を追っているとのこと。その上了子に連絡を何度か入れたのだが返事は無く、暗殺に巻き込まれたのではないかと響は心配していた。

 

「あ、壊れてたみたい。でも、心配かけて御免なさい。でもね政府から受領した機密司令は無事よ?任務遂行こそ、広木防衛大臣の弔いだわ」

 

 そう言って笑顔でアタッシュケースの中身を見せびらかした。二枚のSDカードがライトグリーンのケースに入れられている。ただしかし、そのアタッシュケースの一部に血痕が付けられていることに誰も気が付くことは無かった。

 それから程なくして、ブリーフィングルームでは二課の職員が大人数集まっており、彼らはそろって眼前のモニターに視線を向けていた。

 私立リディアン音楽院高等科、つまりは二課の本部の周囲に頻繁に出現するノイズの発生からみて、その狙いがアビスと呼ばれる本部最奥区画に厳重保管されているデュランダルの強奪目的と政府は結論付けたと了子は語る。

 

「移送するにも何処か見当はついているんですか?」

 

 映司の疑問は誰もが思い浮かんだことだろう。最先端技術をふんだんに盛り込んでいるのがここ特異災害対策機動部二課二課本部である。それ以上の防衛システムを有している場所はそうそう無いだろう。

 

「永田町地下の特別電算室。通称記憶の遺跡。そこならば……と言うことだ。どの道俺達が木っ端役人である以上はお上の意向に逆らえないさ」

 

 ともあれ、デュランダルの移送作戦は明朝五時を予定。なので、一応学生の身分である響を先に帰らせてブリーフィングは終了する。

 映司もこの後の仕事も無いので早めに帰宅する事となった。

 地上に出てバイクを走らせること三十分足らず。社宅の駐輪場に愛車を停め、エントランスの郵便箱を確認する。セールスの広告が入っているだけで、目当ての物は一つも無かった。

 マリア達が日本を発ってからと言う物、今日まで一通も手紙が届いたことは無かった。便りがないのは良い便りとは言うが、映司の心境としては無事それぞれの家族と再会したのだろうかと希望的観測と、もしかしたら向こうで恋人を作っていてこちらの事を忘れているのではないだろうかと言う悲観的観測が映司の中で対立しあっていた。

 セレナに切歌と調の三人はきっと良いボーイフレンドが見つかる事だろうとは今までに何度か思っていたが、マリアの場合は別だ。彼女の隣に恋人となる男性がいると想像しただけでも胸が痛む。片思いを自覚してからずっと、と言うより彼女たちが日本を発ってからずっとマリア以外の女性に興味は湧かず、帰国するという確証も無いにも関わらず、今度こそと告白する機会を伺ってきた。

 純粋な恋する乙女か自分は、と両手で頬を強く叩いて意識を明日の移送作戦に切り替える。

 

 

***

 

 

 時は流れて翌日。

 広木防衛大臣殺害犯を検挙する名目で検問を配備して一気に永田町まで駆け抜ける。実にシンプルな作戦内容ではあるが、デュランダルが奪われては意味がない。

 響が乗り込むのはそのデュランダルを載せた了子のコンパクトカー。その周囲を護衛の車で囲み、タトバコンボに変身した映司が殿(しんがり)を務め、弦十郎が上空のヘリから目を光らせるフォーメーションで永田町までの道のりを走る。

 作戦が決行してやっと半分の道のりである橋で、突然のアクシデントが起きる。

 一部の崩落から始まり、渡り切った先のマンホールが破裂。下水管を大量のノイズが進行していると予測された。

 

「弦十郎くん。これってちょっとヤバイんじゃない?この先にある薬品工場で爆発でも起きたらデュランダルは……!」

 

『さっきから護衛車を的確に狙い撃ちされているのは、ノイズがデュランダルを損壊させないよう何者かによって制御されていると思われる』

 

 インカム越しに届く同僚の声に小さく舌を打つ。

 

『だが、狙いがデュランダルなら、敢えて危険な地域に滑り込み攻め手を封じるって算段だ!』

 

「勝算は?」

 

『思い付きを数字で語れるかよッ!!』

 

 行き当たりばったりではないかと思う了子ではあったが、確かにそれ以外手は無いだろうとそのまま進路を件の薬品工場へと向けた。

 

 

***

 

 

Scanning Charge

 

「セイヤーっ!」

 

 損壊した護衛車から這い出た職員達に迫るノイズを『キック』で蹴散らせる。了子の車と大分引きはがされはしたものの、手の届く範囲で助けられる命を救ったオーズは再度愛車に跨って移動し始める。

 その道中でオーズは見た。飛翔するネフシュタンの少女の姿を。あの夜に見た杖を携えたネフシュタンの少女の姿を。

 

「あの娘まさかまた?!」

 

 今回のノイズもあの少女が召喚したものなら、彼女の目的は間違いなくデュランダルであることは間違いないだろう。しかし、年格好は響と同じくらいの少女が何故デュランダルを狙うのだろうか。そんな疑問が生まれたが、今はそれを考えてる時間すら惜しい。

 到着した時にはデュランダルが宙に浮かびあがりながらも淡い輝きを放って起動していた。

 目的の物を見付け、上機嫌なネフシュタンの少女が飛翔して手を伸ばすが、完全聖遺物は響の手の中に握られる。同時に光の柱が立ち上がり、朽ちていたデュランダルの刀身が元の状態に再生されていった。突如として起きたこの現象にオーズが、ネフシュタンの少女が、そして髪がほどけた了子が驚き、戸惑い、歓喜する。

 デュランダルが、完全聖遺物が起動し、握っていた響の顔が黒く塗りつぶされ理性は消え去ってしまった。獣の様な雄たけびをあげる響に苛立ったネフシュタンの少女があの夜と同じように大量のノイズを召喚する。

 

「駄目だ響ちゃん!」

 

シャチウナギタコ

シャシャシャウタシャシャシャウタ!>

 

 ノイズの存在に気が付いた響はネフシュタンの少女ごとノイズを滅する為に剣を振り下ろすが、水棲系の青のコンボ、シャウタコンボのオーズが両腕に仕込まれた電気ウナギ鞭と、タコレッグの吸盤により軌道をずらされる。しかし、その力の余波は凄まじく、直撃を受けていない筈のノイズは消滅し、ネフシュタンの少女は消滅こそはされなかったものの、大きなダメージを受けていた。

 タコレッグの吸盤で足元を固定して、電気ウナギ鞭で響の腕に巻き付いて逸らすと言うオーズにとって大きな賭けではあったが、ギリギリ成功できた。見るからに強大なデュランダルの力をサゴーゾコンボではとてもではないが受け止める事は不可能だったことだろう。実践でもすれば今頃ドライバーごと消滅した筈だ。しかし、シャウタコンボなら、固有能力である液状化があるから、最悪の事態を逃れる事は出来るだろう。

 やがて事態が収まった頃には、コンボの疲労によって変身が強制解除された映司は、瓦礫に背を持たれて眠っていた。

 

 

***

 

 

「――よって、デュランダルの移送計画は一時中断を決定しました」

 

「そう、ですか」

 

 二課の医務室でたった今目が覚めた映司に緒川が事の顛末を報告していた。

 

「すみません慎次さん、翼ちゃんの事で忙しいのに」

 

「いいえ。これがただの体調不良であれば小言の一つや二つは言いますが、コンボによる疲労では仕方のないことですよ。とはいえ、目が覚めたのなら精密検査を受けて問題がないようでしたら今日は早いですが上がって大丈夫ですよ」

 

 そう言って緒川はまた別の仕事があるようで退室。彼の背中を見送って映司の検査が始まった。

 

 

 

 

続く



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見舞いとお好み焼きとアーマーパージ

前回の三つのあらすじ

一つ、二年前に行方不明になっていたネフシュタンの鎧を纏う謎の少女が響とオーズに襲い掛かるが、翼の絶唱によりどうにか阻止することが出来た

二つ、絶唱による負荷により倒れた翼を見て響は弦十郎に弟子入りを志願する

そして三つ、デュランダル輸送任務の際ノイズの襲撃を受ける最中に響が暴走状態に陥ってしまった


Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???


 

 夜明けを目前にした湖畔にて、ネフシュタンの少女…雪音クリスはデュランダルにより暴走を引き起こしたガングニールの装者の事を思い出していた。

 クリスの手に握られているのはネフシュタンの鎧と共に与えられた完全聖遺物ソロモンの杖。起動状態であったネフシュタンと違い、ソロモンの杖の起動にクリスは自身のフォニックゲインを以て半年の時間をかけた。であるというのに響はあの土壇場で、デュランダルを起動させたのだ。それだけでは飽き足らず、暴走を引き起こしその力を無造作に振るった。

 オーズの横やりが無かったなら、自分は恐らく今頃三途の川を渡り切っていただろ。そう思うった途端に全身の鳥肌が一斉に立ってしまう。

 

「あのっ、バケモノがッ!!」

 

 強く吐き捨てたのは恐怖か嫉妬か、あるいはその両方か。

 生命の危機からくる恐怖。自分が苦労して成し遂げた事を響があっと言う間に成し遂げてしまった事からくる嫉妬。

 それでもあの女は、フィーネは響を連れて来いと言う。

 

「このあたしに身柄の確保なんてさせるくらい、フィーネはアイツにご執心って訳かよ」

 

 思い出されるは幼少時の記憶。

 幼い頃両親と共に訪れたバルベルデ。両親は戦火に巻き込まれて即死し、一人残されたクリスは反政府ゲリラの捕虜生活を強いられていた。劣悪な環境下において、幼子が武装した大人に反抗などできるわけも無く、暴力の捌け口や性欲の捌け口に利用されていく。そうでなくとも監禁された部屋で衰弱死した子もいた。クリスにとって運がよかったのは、手を出される前に助けられたことだ。

 その時、クリスは誓う。両親を殺し、自分に地獄を味わわせる原因を作る戦争の火種を一つ残らず潰してやる、と。

 その彼女の背後には、朝日に照らされた喪服の様に黒い衣装の美女が一人佇んでいた。その人物こそ、フィーネ。

 

「わかっている。自分に課せられたことくらいは。ソロモンの杖(こんなもの)に頼らなくても、あんたの言うことくらいやってやらあ!」

 

 投げ渡された杖を涼しい顔のままに受け取るフィーネ。彼女の言いたいことは分かっている。これまでに二度命令に失敗している。次が最後のチャンス。

 

「あたしの方がアイツらよりも優秀だってことを見せてやる!あたし以外に力を持つ奴は、全部全部この手でぶちのめしてくれる!そいつがあたしの目的だからな!」

 

 啖呵を切って見せたクリスを見て、フィーネはただ笑みを浮かべるだけだった。

 

 

***

 

 

 リディアンのグラウンドを見下ろせる医療施設の廊下ではICUを出たばかりの翼が映司に支えられながら病室への道のりを歩いていた。

 一刻も早く戦線に復帰して自身に課せた使命を果たさなければ、この身を剣として生きてきた意味がないというのに。

 

「一応リハビリも兼ねてるけど、度を過ぎたら元の木阿弥水の泡だよ?」

 

「わかってます……けど!」

 

「それに二課の医療施設なら奏ちゃんがいるところでも良かったんじゃ……あっ」

 

「あって何ですか!違いますから、恥ずかしいとかそういうのではなく、回復したらいち早く学院に戻れるようにと!!」

 

「翼ちゃん、全部言っちゃってない?そうじゃなくて、ほらあれ見て」

 

 映司の示す先。リディアンのグラウンドを走り続ける響がそこにいた。一緒に走っている友人の未来が立ち止まって呼吸を整えている所を追い越して更に響は走り続ける。

 デュランダルの件もある為か、響自身己の力量不足を痛感しており、あの日からいつも以上に自分自身を鍛え続けていた。弦十郎からの指導もよりハードな物になっていき、それでも尚響は倒れる度に立ち上がり、鍛え続ける。

 

「さ、そろそろ部屋に戻ろうか」

 

 

***

 

 

 喪服姿の弦十郎に気が付いて了子は今日が広木防衛大臣の繰り上げ法要であることを思い出していた。デュランダル移送の件の事後処理や何やらでゴタゴタしていたあってすっかりと頭の中から抜け落ちていたからだ。

 広木防衛大臣は生前、何かと二課と衝突する事は度々あったが、それを抜きにしても最大にして最高の後ろ盾でもあった。

 現在二課本部は政府に提出していた改装案が通り、随所で改装工事が行われていた。

 しかし、と友里が当たりの厳しい議員連に反対されていたのではと疑問を呈していた。

 

「その反対派筆頭が広木防衛大臣だった。大臣は生前、『非公開の存在に血税の大量投入。無制限の超法規措置は許されない』と言っていた」

 

 決して小さくも無いため息を吐き出して、弦十郎は広木防衛大臣とのやり取りを思い出していた。そう言えば映司の件でも少なからず手回しをしてくれた。未だ返しきれていない恩があるというのに。

 

「そもそも大臣が反対していたのは、俺たちに法令を遵守させることで余計な横やりが入ってこれないよう取り計らっていたからだ」

 

 大きな力には相応の責任が要求される。昔見た映画にそんなセリフがあった事を弦十郎は思い出していた。

 

「広木防衛大臣の後任には副大臣がスライド。今回の本部改装計画を後押ししてくれた立役者でもある。あるんだが……」

 

 言い淀む長の姿を見て、副大臣があまり好ましく思えない人物であることが伺える。

 弦十郎曰く、件の大臣は協調路線を強く唱える親米派で日本の国防対策について米国政府の意向が通りやすくなるという事。そうなると装者の二人や映司に負担を強いる事になるだろう。

 

「まさかとは思いますけど、防衛大臣暗殺の件にも米国政府が関係しているんじゃ…?」

 

 友里がそう漏らした瞬間、火災警報が鳴り響く。どうやら何処かの区画で漏電による発火が起きたようで、現場確認に了子が指令室を後にする。口紅の付いた紙コップを残して。

 

 

***

 

 

 急用で手が離せないと言う緒川慎次に頼まれ、映司に案内されて翼が入院している病室の前で響は深呼吸し、意を決して扉を開く。

 

「っ!」

 

「あー…」

 

「何をしているの?」

 

 部屋の中の惨状を見て言い表せようのない恐怖を感じ取る響と、反対に「またか」と言いたげに苦笑いを浮かべる映司の後ろには、入院着の翼が立っていた。

 

「つ、翼さん!無事だったんですか?!」

 

「入院患者に無事を聞くって、どういうこと?というか映司さん、何か言いたいのならはっきりと言ったらどうなんですか?」

 

「いや、だって……ねぇ?」

 

 尚も苦笑いの映司の視界に映る翼の病室は、人為的に激しく荒れていた。

 脱ぎ散らかした衣服に下着、読みかけの新聞は倒れたカップから流れるコーヒーが染まり、花瓶の花は枯れたままほったらかしにされ、栄養ドリンクや消毒液が零れ、床の上に散らばる雑誌の上にも下着が散乱していた。

 尚も狼狽え続ける響は知らない。翼が片づけられない女である事と、片付けようとしても更に散らかしてしまう女であることを。

 事実を映司から聞いて安堵した響は部屋の掃除を買って出た。

 今年から寮生活という事もあって未来と協力し合って炊事や掃除を分担している。それもあってか、てきぱきと脱ぎ散らかしたままの衣服や下着を畳み、それ以外の空き瓶やら古新聞やらの処分は映司がゴミ袋にまとめて捨ててきた。

 

「もう……そんなの良いから」

 

「私、緒川さんからお見舞い頼まれてて。だからお片付けくらいはさせてください」

 

「私そういうところに気が回らなくて……」

 

 初めて見る憧れの人の羞恥に染まった表情を見てほんの少し得した気分の響。クローゼットに畳んだ衣服をしまい込んだところでゴミ出しに行っていた映司が缶ジュースを三本持って帰ってきた。

 

「はい、おしまいです!」

 

「お疲れ様響ちゃん。はいこれジュースどうぞ」

 

「あ、ジュースどうも」

 

「翼ちゃんはお茶とコーヒーどっちにする?」

 

「お茶を……でも、すまないわね立花。いつもは緒川さんや映司さんがやってくれるんだけど……」

 

「えぇぇっ?!駄目じゃないですか映司さん!」

 

「そうかな?俺が学生時代の時は異性の居候がいたから慣れてるけど……そんなに変なのかなぁ?」

 

 缶の中身を一口飲んで特に何のリアクションも出さない映司の脇で、翼は響の反応を見て自分が如何に世間からズレた方であると再認識させられていた。

 翼自身も異性である緒川と映司にずっとやってもらうままにもいかないと、常日頃自分自身に言い聞かせてはいる。しかしそれでも最終的には緒川や映司にやってもらうオチになってしまう。

 

「今はこんな状態でも、報告書を読ませてもらっているわ。私が抜けた穴を映司さんと二人で頑張っているらしいわね」

 

「そ、そんなこと全然ありません!いつも映司さんたち二課の皆に助けられっぱなしですし!」

 

 

***

 

 

 リディアンの図書室には音楽関連以外にも数多くの書物が多く、小説や歴史書だけでなくとも自己啓発本も所蔵されいている。未来が何気なく本棚から取った『素直になって、自分』もその一つ。

 最近響が一人になることが多くなってきた。初めのころは、二年前の惨状を克服出来たのだろうと思っていたが、それを抜きにしても付き合いが悪くなったと言わざるを得なかった。理由を言わずに一人になって何処へ行っているのだろうか。隠し事の一つや二つはあるだろうし、無下に踏み込むのはとても行儀がいいとは言えない。

 何気なく、外の景色に視線を投げ込むと、隣接する医療施設の病室で響と翼が笑顔で楽しく会話していた。なるほど、自分との約束を反故にしてまでリディアンのスターに会いに行きたかったのか。次第に嫉妬が胸の中を満たしていき、手に取った本を元あった位置に戻して、図書室を後にしていった。同じ部屋にいた筈の映司は認識しないままに。

 

 

***

 

 

「私の、闘う理由……ですか?人助け…ですかね」

 

 迷う素振りも見せずはっきりと語る響に翼はオウム返しで反応する。

 

「人助け…」

 

「だって、勉強とかスポーツは誰かと競い合って結果を出すしかないけど、人助けって誰かと競わなくていいじゃないですか。でも私には特技とか人に誇れるものなんかこれと言って一つも無いから、だからせめて自分に出来ることで皆の役に立てればいいかなーって」

 

 あははと愛想笑いを浮かべる響の独白を、映司と翼は少し困惑した様子のままその独白を聞き入っていた。

 

「きっかけは……あのライブなのかもしれません。奏さんが戦えなくなって、大勢の人が亡くなった二年前のライブ。でもあの日、私は生き残って今日も笑ってご飯を食べたりしています。だからせめて誰かの役に立ちたいんです。明日も明後日もその次の日もまた笑ったり、ご飯を食べたりしたいから人助けをしたいんです」

 

 振り向いて爛漫な笑顔を二人に向ける。「響ちゃんらしいね」とほほ笑む映司とは別に、「前向きな自殺衝動」と翼は冷静に分析する。

 

「誰かのために自分を犠牲にすることで古傷の痛みから救われたいという自己断罪の現れなのかも」

 

 映司には心当たりがあった。だからこそ、翼の分析にも納得が出来る。

 今も生存者の支援活動をしている映司。勿論響の家庭も支援対象であり、活動の最中で彼女は通っていた中学校で凄惨な虐めを受けていた事を知った。奇しくも同じクラスにいた将来有望で特に女子からの人気が高かった男子生徒が、ノイズにより他界。男子生徒を慕っていた女子生徒たちは生き残った響が何のとりえもないからと言う理由と、当時のマスコミの悪影響により虐めのターゲットになってしまったのだ。

 最近の活動では職を失いながらも他県で何とか再就職できた彼女の父親と面談したばかり。元々響の父親も一般的なサラリーマンであったが、響の事と会社の上司の親族にライブでの犠牲者が出た事が重なり自然と響の父親は迫害されていき、憔悴しきって蒸発しかけたところ引き留めて以来、今日まで交流が続いている。

 笑顔で振りまく様子とは裏腹に、中々にハードな二年間を過ごしてきたからこそ今の響があるという事に、映司は何処かやるせなさを感じた。

 

 

***

 

 

 お好み焼き屋『ふらわー』に一人訪れた未来を見て、店主の女性――通称おばちゃん――はいつも二人で来るはずなのにもう一人はどうしたのかを訪ねていた。

 あんなに一緒だったのに、いつの間にかどうして離れて行ってしまったんだろう。自立できるようになったと考えればまだ楽なのかもしれない。しかし今は、何の相談も無いままに事が進んでいき、何時しか自分はもういらないんじゃないか。

 ぐるぐると嫌な考えばかりが浮かんでいく未来に、おばちゃんは優しく語りだす。

 

「人間ね、おなかがすいているとロクな考えが浮かばないもんだよ。さ、今日はジャンジャン食べていきな」

 

 キンキンとヘラの擦る音が店内に響く。現在店内の客は未来一人。他には誰もいない。いつもであれば響も一緒のはずなのに、と直ぐにそんな考えばかりが浮かんでいき気分がずぶずぶと沈んでいく。今日はほかに客が少なくて良かった。恐らく今やつれた様な顔をしているに違いないから、見知らぬ人に見られでもしたらもっと嫌な気分に陥ることだろう。

 少しして出されたお好み焼きは広島においてはポピュラーなタイプ。店内のお品書きにも『広島のお好み焼き』と『の』を強調したフォントで記されているそのお好み焼きを食べ始める未来。

 今日はとことん食べてやろう。それでもした体重が増え過ぎたら八つ当たりしてやるんだからと一心不乱に未来は食べるスピードを速めて行った。

 

 

***

 

 

 お土産用に何枚か響の好きなお好み焼きを焼いてもらって帰路につく未来。ある程度腹も膨れて嫌な考えも気持ちも湧かなくなって、やっと冷静な気持ちを保てるようになれた。後は寮に帰って響としっかり話をしながらお好み焼きを食べるだけだ。

 すると向かい側から響が息を弾ませながら小走りでやってきたのが見えた。互いに手を振り合ったその時、二人の間に強い衝撃波が襲う。

 

「しまった、あいつ以外に人がいたのかっ!」

 

 ネフシュタンの鎧を纏ったクリスが上空で叫んだ。

 響に固執し過ぎたせいで周囲の確認をおろそかにしてしまい、関係のない人間を巻き込んでしまった。

 巻き込まれた未来はと言うと、ほんの少しの汚れが付いただけで大きな傷は無い。がしかし、クリスの攻撃で宙に舞った車が未来へと降りかかる。こんな危機を招いた張本人のクリスが鞭を使い車をどかそうとしたその時だった。

 

ライオントラチーター

ラタラタ~!ラトラーター

 

――Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

 ガングニールを纏った響が車を殴り飛ばし、映司が変身したオーズラトラーターコンボが未来を抱えて比較的安全な場所へと運んだ。

 

「え、あ……何がどうなって…?」

 

「後で説明するから、君はここから離れないでね」

 

 手短に済ませ、コンボによる疲労が来る前に頭部と胴体のメダルを交換。急ぎ響のもとへとオーズは急いだ。

 

クワガタクジャクチーター

 

 背面のクジャクウィングを展開し、飛翔するオーズ。降り立ったその場所では響とクリスが対峙していた。

 

「ドンくせぇ奴らがやってくれる!」

 

「ドンくさい何て名前じゃないよ!私は立花響15歳!誕生日は9月13日!血液型はO型!身長はこないだの測定では157センチ!体重は……もう少し仲良くなったら教えてあげる!趣味は人助けで、好きなものはご飯&ご飯!あと、彼氏いない歴は年齢と同じ!さ、ほらえい……じゃなかったオーズさんも!」

 

「ええっ?!俺もなの?!!」

 

「馬鹿かお前ら!!つか、何をとち狂って!!」

 

 これまでに二度も敵対していたというのに、何故ここにきて自己紹介をするのか。前回もその前も命のやり取りをしたはずなのに、何故だ。何が何だか分からなくなってきたクリスをよそに、響は続ける。

 

「私たちはノイズと違って言葉が通じるんだからちゃんと話し合いたいんだ!」

 

 覚悟を決めたのか、滲み出る雰囲気からは一切の迷いが感じられない。

 だがそれがどうしたというのだ。二振りの鞭をしならせ、響とオーズを絡めとろうとするも響は鞭を払い、オーズは鞭の間を潜り抜けクリスの手元を蹴り上げ、電撃と炎を纏わせた左拳が繰り出された。

 直撃を受けて後ずさるクリスに尚も響は語り続ける。語り合おう、戦ってはいけないと口に出すが、クリスは真っ向からそれを否定する。

 

「うるせえ……うるせえうるせえうるせえッ!!分かり合えるもんかよ人間同士がッ!そんな風に出来ているものかッ!気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ……っとに気に入らねぇ!わかっちゃいねぇことをペラペラと知った風に口にするお前がぁッ!!」

 

 激昂するクリス。凄惨な環境を生き抜いてきた彼女にとっては薄っぺらく青臭く、そしてとても腹立たしい。安穏(あんのん)と暮らしている奴がと唾棄するが、クリスは知らない。響もまたクリスほどではないにしろ、辛い二年間を過ごしてきた事を。

 頭に血が上り、冷静さを保っていた翼との戦いの時と違い、響とオーズの連携に乱されるままのクリス。大技『NIRVANA GEDON』が二連続で響を襲う。

 

「もってけ、ダブルだ!!」

 

 放たれるエネルギー球を前に、響は努めて冷静を保ち右腕の装甲を稼働させる。

 響にはアームドギアを形成する事が出来ない。ならば、形成する程のエネルギーを相手に直接ぶつければ良い。

 

「雷をぉぉぉぉぉ、握りッ!潰すようにィッ!!」

 

 腰部バーニアを最大限吹かして突撃。繰り出された拳がクリスの腹部に直撃して、ネフシュタンの鎧の装甲を砕く。その衝撃は凄まじく、殴り飛ばされたクリスは木々を巻き込んでなぎ倒し後方に大きく吹っ飛んだ。

 舗装した歩道をも抉り取るほどの衝撃。直撃を受けた鎧の装甲は地肌が見えるほどに損壊し、浸食による再生が始まっていた。身体の内側を侵食による激痛が走り、苦悶の表情を浮かべる。何とかして体勢を立て直さねば、と立ち上がろうとしたその時、胴体のメダルをカマキリに変えたオーズ・ガタキリーターが逆手に持った太刀の切っ先がクリスの眼前を捉えていた。

 

「もうこれ以上、戦うのを止めようよ」

 

「お前、バカにしているのか!あたしを……雪音クリスを!」

 

 展開していた太刀を収納して手の平を差し出したオーズに、クリスは吠える。しかし自分の名前をうっかりと明かしてしまうが、時すでに遅し。

 

「そっか、君はクリスちゃんって言うんだね。ねぇクリスちゃん。さっきも響ちゃんが言ってたように、俺達はノイズとは違って言葉を交わして話し合うことが出来るんだ。だってさ、俺達は同じ人間じゃない?」

 

 仮面の下では優しい表情をしている映司だったが、一方のクリスは激怒した。こいつもあの立花響と同じ能天気野郎であると、確信。オーズの胸部に鋭い回し蹴りを放つ。

 

「クセェんだよ!嘘臭ぇし青臭ぇ!こうなったらヤケだ。ぶっ飛べよ、アーマーパージだッ!!」

 

 瞬間、クリスの身体を纏っていた鎧は光となって周囲に拡散。熱量を持った矢となって辺り一面を破壊する。

 オーズもその直撃を受け、すぐ後ろの木の幹に吹き飛ばされる。合流してきた響もパージされたネフシュタンの欠片を避けながら、先程までクリスが立っていたであろう場所をオーズと共に凝視する。

 

――Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

 突如として、立ち込める煙の中でクリスが聖詠を紡ぎだす。それは紛れも無く、翼や響がギアを纏うのに必要な歌であった。

 

「この歌って……まさか!」

 

「クリスちゃんも…装者?」

 

 煙が晴れ、姿を見せた少女。白銀の装甲に楔状の鞭を持ったネフシュタンの代わりにクリスが纏っていたのは、赤白黒の装甲。

 

「歌わせたな……あたしに歌を歌わせたな?教えてやるよ、あたしは歌が大嫌いなんだよ!!」

 

 クロスボウ型のアームドギアを構えて、クリスは吠える。

 魔弓・イチイバル。それが、雪音クリスがその身に纏うシンフォギアなのだ。

 

 

 

 

続く



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イチイバルと不仲と雪音クリス

前回の三つのあらすじ

一つ、立花響は憧れの先輩が汚部屋の主であることを知ってしまう。

二つ、その様子を偶然にも目撃してしまった未来の心に影が差し始めてしまう。

そして三つ、ネフシュタンの少女こと雪音クリスが失われたはずの第二号聖遺物イチイバルを展開したのだった

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???


 

「歌わせたな……あたしに歌を歌わせたな?教えてやるよ、あたしは歌が大嫌いなんだよ!!」

 

 ネフシュタンの鎧を脱ぎ捨てたクリスが次に纏ったのは、第二号聖遺物・イチイバルのシンフォギア。両手に握られているクロスボウ型のアームドギアを構え、乱射。射撃戦に乏しい響は距離を引きはがされ、シャゴリーターにメダルを変えたオーズが至近距離のゴリバゴーン射出を試みるも、寸前で避けられ背中にクロスボウの連発を受けてしまった。

 次いで放たれるのは二門ある三連のガトリング砲を両手で構える『BILLION MAIDEN』の鉛球の大嵐。ネフシュタン装着時のイメージとのギャップに戸惑い何とか反撃の糸口を見つけようとするも、接近を許さないクリスの怒涛の銃撃に攻めあぐねている二人。

 

「どうしたどうしたどうした!さっきの勢いは何処にやった!」

 

 挑発を投げかけてくるクリス。木陰で銃撃をやり過ごしている二人には耳が痛かった。

 

「……こうなったら」

 

「コンボを使うんですか?!」

 

「そう、なるね。じゃもしもの時は頼んだよ響ちゃん!」

 

 シャチをライオンに、ゴリラをトラに変えてラトラーターコンボに変身。目くらましも兼ねているライオンヘッドの閃光・ライオネルフラッシュ。クリスが腕で視界を保護している間にすれ違いざまにトラクローの斬撃を浴びせる。この間一秒足らず。しかし二度目の方向転換時を狙われ、小型誘導ミサイル『CUT IN CUT OUT』が放たれる。

 

「やっぱりな、腕の爪使わねぇと減速も方向を変えることも出来ねぇんだ!」

 

 ラトラーターコンボと言うよりチーターのメダルによる高速移動は、自然と直線的な動きになってしまい、方向転換するならば大回りに旋回するか、クリスの指摘の様にトラクローで何かに引っ掛けでもしなければ減速することは叶わない。

 デメリットに初見で気が付くあたり、相当の手練れではないのかと訝しむオーズ。隙を見てはメダルを変えながら避け続けてクリスの視線を独占。三枚目を取り換えた時点で響が動いた。

 

「もしものッ時ぃっ!!」

 

 ガントレットを目いっぱい引き、人差し指、中指、薬指、小指そして親指の順番に指を曲げて拳を作り、クリスの背中を捉えた。

 その間には既にシャウタコンボにコンボチェンジしたオーズが両腕の鞭で殴り飛ばされたクリスを絡めとり、ジャイアントスウィングで投げ飛ばす。

 

「ちょせいっ!」

 

 空中に投げ飛ばされたクリスが『BILLION MAIDEN』と『MEGA DETH PARTY』の合わせ技を撃ち出した。シャウタコンボの特性による身体の液状化により、弾やミサイルは通り抜けるが響は違う。

 ウナギ鞭での防御も空しく二人そろって煙に包まれてクリスの餌食になったかと思えば、煙が晴れた途端に青い何かが現れた。

 

「壁……?」

 

 徐々に視線をあげるとそこには、腕を組んで見下ろしている人影があった。

 

「剣だ!」

 

 天羽々斬のシンフォギアを纏う防人・風鳴翼である。

 つい先ほどまで病院で杖を使って歩いていたはずの彼女は、恐らく途中まで緒川に送ってもらい、そこから詠唱を紡いでから『天ノ逆鱗』でクリスの攻撃を防いだのだろう。

 

「死に体でおねんねと聞いていたが、足手まといをかばいに現れたのか?」

 

 ニタリと口角を釣り上げる。前回の戦いでは絶唱を翼が使うまではこちら側が勝っていた。その上、病み上がりの相手に遅れなど取る物か。あの時は完全聖遺物ネフシュタンの鎧だったが、今の翼相手にはそうでなくとも十分に渡り合えるはずだ。

 意気揚々と皮肉を放っては見るが、当の翼は歯牙にもかけずに殊勝に返す。

 

「もう何も失うものかと決めたのでな。さて、無事か立花。私とて十全ではない、力を貸してくれるか?」

 

「いやいや、大丈夫なの翼ちゃん!」

 

「それは貴方もです。大丈夫なんですか、コンボを使うなどと」

 

「くっちゃべってんじゃねぇ!!」

 

 クリスの両腕のガトリングが火を噴いた。土砂降りの如く撃ち出された弾丸の嵐だったが、その僅かな隙を見つけた翼が縫うように避ける。

 落下しながらで何故弾丸の隙間を見付けることが出来たのか。疑問に思うもこれが本来の風鳴翼なのだろうと理解してクリスは舌を打つ。そこからの勝負運びは一度としてクリスに軍配が上がることは無く、銃弾は弾かれ、ミサイルの類は切り捨てられ、インファイトを持ち込んでも翼を圧倒することは無かった。

 

「(この女、以前とは動きがまるで――!?)」

 

 違う。瞬く間に背後を取られ、日本刀型のアームドギアの刃が首筋に当てられたクリスは理解する。これが本来の風鳴翼の強さなのだと。

 今の翼は十全ではなくとも万全であることに違いは無い。

 

「翼ちゃん、その子は…!」

 

「わかっています(刃を交える敵じゃないと信じたい。それに10年前に失われた第2号聖遺物のことも正さなければ)」

 

 その時だ。何処からともなく現れた有翼型のノイズがその身を弾丸の様に身をねじって翼とクリス目掛け急降下。単体ならばまだしも複数体降りかかって二人を襲う。

 すかさず、オーズが『オクトパニッシュ』で翼の身を、響がクリスを押し飛ばし身を挺して事なきを得た。これに「余計なお節介だ!」と響を突き飛ばすクリスの耳に、聞き馴染みのある声が突き刺さる。

 

「命じたこともできないなんて。クリス、貴女はどこまで私を失望させるのかしら?」

 

「……フィーネ!」

 

 オーズが、響が、そして翼が一斉に視線を向ける。そこにいたのは、金の長髪に黒い衣装とつばの広い帽子を身に着けてサングラスで目元を隠している一人の女性。一目見れば海外のセレブ女優の様な雰囲気を醸し出してはいるが、その手に握られているソロモンの杖の存在が女性が只者ではないことを示していた。

 フィーネと呼ばれた女性は一度もオーズ達に視線を向けることなく、クリスに冷たい言葉を投げかけたのだ。まるでお前は用済みだと言わんばかりに。

 

「こんな奴がいなくたって戦争の火種くらいあたし一人で消してやるッ!そうすればあんたの言うように人は呪いから解放されて、バラバラになった世界は元に戻るんだろッ!?なぁそうなんだろ!!」

 

 しかしフィーネは答えない。

 一切無言のままの彼女は、空いた手の平に光を宿すと先ほどまでクリスが纏っていたネフシュタンの鎧の破片を光に変えて回収していく。回収しきると今度は撤退の足止めとして大量のノイズを召喚し、姿を消した。同時にフィーネの後をクリスが追い、残された三人はノイズの掃討にあたった。

 疲労が出る前にシャウタコンボからガタキリドルにメダルを変えたオーズ。去っていったクリスの身を案じつつも、犠牲者が出る前にノイズを刈り取っていく。

 

Scanning Charge

 

「セイヤーっ!」

 

 電撃を纏った斬撃と蹴りがいくつものノイズを蹴散らしていく。

 総て倒しきった頃には、既にクリスは二課の索敵範囲を超えており、更にイチイバルの展開も解除されていることから探し出すのはとても難しいとのこと。イチイバルのアウフヴァッヘン波形が探知されればすぐにでも見つかるというのに。

 

 

***

 

 

 うまく状況が呑み込めないまま、いつかの響の様に二課本部に連れられた未来は緒川の説明を受け、何故響が理由をつけて度々学校を休んでいたのか、何故いつも一人になるのか。それらの理由を知っても尚、理解は出来ても納得がいかなかった。

 規則で相談することも出来ないと言うが、それでものけ者にされた感じが強かった。

 今未来はリディアンの寮に戻っていた。粗方の説明と誓約書のサインそして怪我を負ってないかの診察を受けた後、返されることとなった。響が帰ってきたのは未来の帰宅から一時間弱が経ってからだ。

 

「た、ただいま~…」

 

「おかえり。流れ星の時も変なメモ残して学校を休んだのも、あんな危険なことに関わってたからなんだね」

 

「ご、ごめん未来。でもね、言えなかったのは規則だけじゃなくて……」

 

「話しかけないで。いろいろあって頭の中がぐちゃぐちゃなの。悪いけど今日から当分の間響は一人で寝てて」

 

 二段ベッドの上で二人はいつも一緒に寝ていた。しかしそれも今日限りで終わりを告げた。

 

 

***

 

 

 一方そのころ。

 フィーネを見失ったクリスは迷子らしき兄妹の手を握って交番までの道のりを歩いていた。

 そもそも見失ったのならば屋敷に直行していれば自然とフィーネと鉢合わせするはずが、色々あって迷子の兄妹を交番に連れて行く事態になっていた。

 聞けばつい最近越したばかりで、気が付いたら父親と逸れたと言う。

 

「お姉ちゃん、うた好きなの?」

 

 無意識のうちに鼻歌を奏でていたようで女の子がそう聞いた。

 

「歌なんて嫌いだ(特に、壊すことしかできないあたしの歌なんかな)」

 

 やがて交番が見えた所で、自分達の父親が若い男と共に交番に駆け込む姿を見た兄妹二人はクリスの手を離れ一目散に父親のもとへと走り出した。

 やれやれ、この様子じゃ迷子になるはずだ。

 

「この度は何とお礼を申したら…」

 

「気にすんなって。たまたまだよ、たまたま」

 

「いえ、お役に立てて何よりです。お子さん見付かって良かったですね」

 

 ぶっきらぼうに返すクリスとは正反対に、若い男は丁寧な口調。その男の声に聞き覚えがあったクリスは訝しげに男の顔を横目で見るが、何処であったのか皆目検討がつかなかった。

 女の子から仲直りの秘訣を聞いて、すぐに退散しようとするクリスに若い男が声をかける。

 

「待って。フィーネの所へ行くの?」

 

「っ!何でお前が……まさか!」

 

 返答として、懐からオーズドライバーをチラリと見せる映司。完全聖遺物たるそれと彼の声に合点がいったクリスは表情を強張らせて距離をとる。

 

「お前、もしかしてあたしを付け狙ってたのか?」

 

「偶然だよ。でも、今戻ったらフィーネって人から命を狙われるんじゃないかな」

 

 去ろうとするクリスの手を取る。

 

「今はまだ俺達の事は信用できないかもしれないけど、俺ともう一人弦十郎さんって人が君の味方になる」

 

「うるせぇ!大人なんか信用できるか!」

 

 クリスに伸ばした手は払われ、彼女はそのまま振り返ることなく夜の街の中へと走って行った。

 

 

***

 

 

 二課の司令室で夜食の買い出しから戻ってきた映司がレジ袋の中身を当直の職員に配り切った後、弦十郎に馴染みの居酒屋に連れていかれ、そこでクリスと会った事を伝える。

 

「…気にするな映司。ただ時期が早かっただけだ」

 

「それは、そうですけど……」

 

 カウンター席で並んで座る二人以外に店内の客は奥の小上がりで出来上がっている中年サラリーマンが数人ほどだけ。どんちゃん騒ぎの彼らをよそに、映司はソフトドリンクが注がれているグラスの中身を見つめてクリスが最後に投げた言葉が映司の胸に深く突き刺さっていた。

 手は届いたはずだ。しかしクリスはその手を払って命を奪うかもしれないフィーネの元へと戻っていった。彼女の言うとおりであればフィーネもまた信用できない大人のはず。

 

「俺も彼女に手を差し伸べる。保護を命じられたのもあるが、大人が子供を守るのに理由はいらないだろう?」

 

「そう……ですよね」

 

 

***

 

 

 翌日のリディアン。

 昼休みの食堂で向かい合って食事をとる響と未来。昨日の事もあってか、いつもより授業に集中できない響は何度も叱責を受けた午前中。

 今日も何度か声を掛けようとしても暖簾に腕押し。

 

「あれ?二人とも喧嘩した?」

 

 安藤(あんどう)創世(くりよ)が響と未来のいつもと違う様子を見て、昼食の乗ったトレーを持って声を掛けた。その後ろにはいつも一緒にいる寺島(てらしま)詩織(しおり)板場(いたば)友美(ゆみ)の二人も同じように昼食の乗ったトレーを持っていた。その二人も創世と同じく響と未来の様子を心配していた。

 

「もしかして響バイトしてるんじゃないの?」

 

 何気なく言った友美の茶々に、未来は無言で席を立ち走り去っていき、その後を響が追った。残された三人が惚けた表情のままに。

 

「待ってよ、未来!」

 

 屋上で追いつくも、振り返ることもしない未来に響は必死に弁明する。

 

「その、今まで黙っててごめん」

 

「昨日のあれが、響の言ってた考えなきゃいけない問題?」

 

「………うん」

 

「……そう。ごめん、これ以上響の友達でいられない」

 

 踵を返して校舎内に戻る未来は、泣いていた。同時に響もまた、泣いていた。

 今まで日常を、戦える術がない誰かを、陽だまりを守る為に、己を鍛え上げてきた。憧れの先輩にも認められるようにもなった。であるというのに、その代償が響にとって余りにも大きすぎていた。

 

 

***

 

 

 日付が変わり、今にも雨が降りそうな空模様に太陽が昇り始めたころ、屋敷に戻ってきたクリス。フィーネがいるであろう部屋に差し掛かったところで、彼女の声が耳に飛び込んできた。

 

「流石にそろそろ潮時かしら。もうクリスは用済みね」

 

「用済みって……用済みって何だよフィーネ!」

 

 勢いよく蹴り開けた扉の向こうでは、いつもの様に全裸のフィーネがソロモンの杖を片手に握ったまま冷めた目でクリスを見つめていた。

 

「もうあたしはいらないって事かよ!アンタもあたしを物の様に扱うのか!もう頭ン中ぐちゃぐちゃで……何が正しくて何が間違っているのかわかんねえんだよッ!」

 

 一日と言う時間をおいてぶり返した感情が爆発していたクリス。フィーネに拾われてから、彼女を自然と慕うようになっていた。信じられる大人もフィーネのみ。それなのにもういらないとばかりに切り捨てられたのだ。

 

「そうねぇ。貴女のやり方じゃ争いをなくす事なんてできやしないわ。せいぜい一つ潰したとしても、また別の争いが二つや三つに増えるだけよ」

 

 信じたくなかった。いや、遅かれ早かれこうなるだろうと分かっていたはずなのに。

 

「カ・ディンギルは完成しているも同然。もう貴女の力に固執する必要はないわね」

 

 そう言ってフィーネはソロモンの杖で召喚したノイズでクリスを囲むと、眩い光に包まれてネフシュタンの鎧を纏う。その鎧は、クリスが纏っていた時は純白や白銀と言う表現に近かったが、フィーネの纏うそれは黄金の鎧。恐らくこの状態が本来のネフシュタンの鎧なのだろう。

 これが答えなのだと理解せざるを得なかった。屋敷から逃げ出したクリスにフィーネはソロモンの杖を掲げて後を追わせた。

 聖詠を紡いでイチイバルを纏い、追跡してくるノイズを振り出した雨の中、濡れる事を厭わず両手におさまっている拳銃型アームドギアで打ち抜きながら逃げ続ける。

 屋敷を出てすぐの森林地帯を抜け、住宅街に差し掛かったところでノイズの追跡が止むと、気疲れからかクリスは力尽き、イチイバルの展開が解け、その場に倒れて気を失ってしまった。

 

 

***

 

 

 暗い表情のまま登校する未来は、路地裏で山積みになっている炭の近くで倒れている人影を見た。

 直ぐに駆け寄って顔を覗くと、年格好は自分とそう変わらない少女。その少女が昨日響と戦っていたあの白銀の鎧を纏っていた少女であると理解するのに多少の時間は要したが、何故彼女がこんなところで倒れているのかを究明する余裕も無かった。しかし幸いにも、今この場所は不幸中の幸いと言うべきか、行きつけのお好み焼き屋のすぐ近く。

 体系の割にやけに軽いなと感想を漏らしつつ、開店準備中の『ふらわー』に訪れておばちゃんに簡潔に事の次第を伝えると、厚意で布団を用意してくれた。後の看病は未来が行い、先ずはクリスの服を脱がして、代わりにカバンの中から体操着を取り出して着せる。名札の辺りが後でビロビロになりそうではあるが、今はそんなことを気にしている暇はない。

 日が昇り、昼前の時間帯に差し掛かったところでクリスが目を覚ました。

 様子を見に来た未来が部屋に入って二人は名前を明かし合う。

 

「何であたしにこんな…」

 

 優しくしてくれるのか。そう問われた未来は迷いなく響の影響と答えた。

 硝子戸の向こうからおばちゃんが乾いたクリスの服を持ってきた。着替える前にクリスの身体を拭いていく。

 

「何も、聞かないんだな……」

 

 背中に残るいくつもの痣。これはクリスが幼少期、つまりは両親の死後に彼女の身柄を拉致した組織が付けた跡。フィーネからはネフシュタン対策の電撃を除いて暴力を受ける事は無かった。

 未来はそれらを知らないし、無理に知ろうとも思わない。

 

「私、そういうの苦手みたいで、今までの関係を壊したくなくて、なのに一番大切なものを壊してしまった」

 

 今でも思う。何で響にあんな態度を取ってしまったのだろうか。後悔に苛まれながらも、未来はクリスの介護を続ける。

 

「誰かと喧嘩したって事なのか?」

 

 乾いた服に袖を通すクリスの問いに未来は無言で首肯する。

 

「そっか。あたしには分からないな、友達いないから。地球の裏側でパパとママを殺されて、ずっと一人で生きてきた。友達どころじゃなかったんだ。たった一人理解してくれると思った人もあたしを道具のように扱うばかりで、結局誰もかもまともに相手してくれなかったのさ」

 

 いつだってクリスの脳裏に浮かぶのは、幼少期の記憶。それも両親の死後の事。

 

「大人はどいつもこいつもクズ揃いだ。痛いと言っても止めてと言っても聞いてもくれなかった。あたしの話なんかこれっぽっちもな……」

 

 今までフィーネ以外には聞かせる機会が無かった自身の過去を語る。何故自分から語ろうとしたのか分からなかったが、少なくともクリスから見て未来は好印象であったし、何よりも助けてくれた恩義もあるので、ついつい漏らしたくなった。

 

「なあ、お前その喧嘩の相手ぶっ飛ばしちまいなって。どっちが強ぇのかをはっきりさせたらそこで終了ってな。違うか?」

 

 粗暴な提案。しかし、微笑むクリスの表情を見て未来はそれが励ましであることを知ると、同じように微笑みを返した。

 

「優しいんだね、クリスは。もしクリスがいいのなら、わたしはクリスの友達になりたいな」

 

「何言ってんだ。あたしは……、あたしはお前たちにひどい事したんだぞ…」

 

 そんな時だった。二人がいる地域にノイズが出現したことを報せる警報がけたたましく鳴り響いた。

 しかしクリスは今までノイズを呼ぶ側であったため、その警報をまるで理解していなかったが、これがフィーネによるものであることは本能的に理解できた。狙いは自分であることも。

 未来とおばちゃんに別れを告げ、逃げ惑う人々の波を逆らうようにかき分け走る。

 自分はなんて馬鹿なのだろう。クリスは自分自身に苛立った。自分の為に無関係な人間が死んでしまうなんてあってはならない。

 誰もいない。人の営みが消えた交差点で、クリスは立ち止まり天を仰いで泣き出した。

 

「あたしのせいで関係のない奴らまで……あたしが、あたしのしたかったのはこんなことじゃない……ッ!けど、いつだってあたしのやることは……いつもいつもいつもいつもッ!!」

 

 裏目に出てしまうのか。

 項垂れている彼女を無数のノイズの群れが取り囲んだ。

 涙を拭い、クリスは立ち上がる。死んで償うよりも、生きて戦い続けることで償おう。

 

「あたしはここだ……ここにいる!だから、関係のない奴らのところになんて行くんじゃねえッ!」

 

 吠える。自分はここにいる。狙うならこの雪音クリスを狙えとクリスは吠える。

 幾つものノイズがその身を矢に変えクリスを炭化させるべく突撃。

 迎え撃つべく聖詠を紡ぐが――。

 

「Killter Ichaiva……ゲホッ!」

 

 疲労による呼吸の乱れ。最後まで聖詠が紡げずせき込むクリス。イチイバルのシンフォギアを纏えぬまま炭化させられる。

 

「ヌゥンッ!!」

 

 否。震脚でアスファルトを隆起させて拳で砕き、破片を撒き散らせてノイズを吹き飛ばす男が一人。

 

「今だ、映司!!」

 

 そして、白銀の鎧を纏う重力を操る戦士が一人。少女に迫る危機を払った。

 

Scanning Charge

 

「セイヤーっ!」

 

 サゴーゾコンボの必殺技、『サゴーゾインパクト』が多くのノイズを一掃する。両足のゾウレッグを変形させて浮かび上がった後急降下。それに伴い強い重力でノイズ達を無理矢理引き寄せて両腕のゴリバゴーンと頭部サイヘッドの鋭い角を叩きこむ。

 クリスを抱え、近くの雑居ビルの屋上に跳躍した弦十郎は彼女の身を案じた。

 余計なお世話だ、と言わんばかりに弦十郎を突き放して聖詠を紡いでイチイバルを起動する。

 

「ご覧の通りさッ!あたしのことはいいから他の奴らの救助に向かいなッ!」

 

「だがしかし!」

 

「こいつらはあたしがまとめて相手してやるって言ってんだよッ!!」

 

 幾つものビルの屋上に飛び移りながらノイズを殲滅するクリス。

 また、助けられなかった。去り行くクリスの背をただ見つめるだけの弦十郎は強く拳を握りしめる。

 その下では、サゴーゾコンボからタトバコンボにメダルを変え、周囲の警戒を強めるオーズに指令室から友里の状況終了の通信を受け、一旦変身を解除する。

 

 

***

 

 

 その後、新たに出現した音に反応する蛸に似たノイズの出現により、紆余曲折あって仲直りが出来た響と未来。

 弦十郎の計らいで未来は外部協力者として二課に登録されることとなり、以前の様に響との関係がギクシャクすることも無いだろう。

 

「これで当面響ちゃんの方は問題ないですね」

 

「そうだな。響君の方()な」

 

 指令室のソファーに向かい合って座る映司と弦十郎は、未だ消息がつかめないクリスの身を案じていた。

 信じていた人物に裏切られ、同時に今まで自分がしてきた罪を自覚してその重さに潰れかけている。自ら命を絶つという選択は決して取らないだろうし、何よりそうさせるつもりがこちらには無いのだから。

 

 

 

続く



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面談と復帰ライブとサヨナラ

前回の三つのあらすじ

一つ、ネフシュタンの鎧を纏っていた謎の少女の正体はイチイバルの装者雪音クリスであった

二つ、黒幕フィーネの登場と共にクリスは用済みにされ、その裏では響と未来との間にすれ違いが生じてしまった

そして三つ、響と未来が仲直りはしたが映司と弦十郎はクリスの身を案じていた

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???


 

「り、リディアンの地下ってこうなってたん……だね」

 

 高速エレベーターの洗礼を受けてグロッキー状態が続いている未来を引き連れて響は二課本部の案内をしていた。事前に弦十郎から許可を得、ある程度の範囲内で且つ映司も同伴と言う条件付きで。

 一応外部協力者でもある為、事情を隠さずある程度の情報を与える必要があったからだ。

 支援活動の為に度々響の実家を訪れる映司の事を未来は見掛けた事がある程度で、今日で漸く顔を合わせることが出来た二人。

 しばらく三人で通路を歩いていると、通路の奥の方から健診帰りの翼と付き添いの緒川マネージャーモードの二人と合流。

 

「紹介します翼さん。私の一番の親友の未来です!」

 

 エッヘン、と胸を張ってドヤ顔を決める響と何のリアクションも無い未来の二人に映司はついつい頬を緩ませる。つい最近までギクシャクしていたというのに、仲が良い事は良い事だ。

 そう言えばと、映司は中学生の頃を思い出していた。いつも仲が良い切歌と調が、ほんの些細な事で喧嘩しては気が付いた時には仲直りしているし、映司自身もマリアと言い合うような喧嘩をしても一日も経たないうちに喧嘩をしていた事さえ忘れていた。そう考えるとセレナは誰とも喧嘩をしていなかった。

 

「小日向……と、言ったか。立花はこういう性格故いろいろ面倒をかけると思うが支えてやって欲しい」

 

「いえいえ。響はちょっと残念(アレ)な子ですのでご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」

 

「え、私ってば貶されてるの褒められてるの?どっちだと思います映司さん」

 

「気にかけられているんだよ、きっと」

 

 思い出に浸りつつ、響からの問いを軽く受け流す映司。

 

「そう言えば師匠はどうしたんですか?今日はまだ一回も会ってないんですけど?」

 

「司令でしたら、借りてきた映画を返しに行ってるはずですよ」

 

「あーら何々?なーんの話?恋バナ?」

 

 櫻井了子が割り込んできたのは休憩スペースに移動した矢先の事だった。誰もそんな話はしていないのだが、了子がその話題を切り出した途端響と未来は了子の恋愛遍歴に興味を示し、翼は了子にそんなイメージが無くどちらかと言えば研究一辺倒かと思っていたと漏らす。

 

「そんな仕事人間じゃないわよ私は。これでも呆れるくらいに一途な乙女の恋だったんだから」

 

「乙女って…がっ!」

 

「慎次さ、…ぶげっ!」

 

 珍しく失言した緒川への折檻は隣にいた映司にまで流れ弾が行く。

 

「っと、そう言えば私まだやる仕事があるんだったわ。私の恋バナはともかく、映司君の恋バナもいい物よ~?」

 

 そそくさと映司をスケープゴートにして逃げ出した了子。文句の一つも言いたかった映司だったが、興味津々と言わんばかりに目を煌かせる響と未来。助け舟を出そうともせず、それどころか響と未来の味方に回る始末。

 映司の秘めた恋心を穿り回そうとする四人。特に響と未来の目が爛々と煌いており、逃げようとしても二人の背後には笑顔で退路を断つ緒川がいるから中々に逃げ出すことは叶わない。

 

「お、俺なんかよりも慎次さんとか翼さんとか――!!」

 

「論点をすり替えて逃げようだなんて思わない事ですよ」

 

 了子と同じ手を使ってみても、慎次によって封じられた退路をこじ開けることは出来なかった。

 

 

***

 

 

 ノイズの襲撃によって住民が一人も居なくなったマンションやアパートがある。

 かつては家族の団欒の場であったマンションの各一室も、今では見る影も無くカビや埃が見え隠れする惨状に変わり果てていた。

 住む場所を追われた雪音クリスがこのマンションを(ねぐら)にするのは当然の結果だった。廃棄されていた毛布に身を包み、その周囲には隙を見て盗み出したであろう飲食物の残骸が転がっていた。

 雨音だけの空間にドアが開いた。「フィーネか?!」と臨戦態勢を取ったクリス。ギアを纏うにしても聖詠を紡ぐ時間が惜しい。拳を握りしめ、入り口の陰に身を潜めて攻撃の隙を伺った。

 

「ほらよ」

 

 しかし姿を見せたのは、食料が入ったレジ袋を提げた筋骨隆々の男の腕。風鳴弦十郎その人である。

 何しに来やがった。そう言いたげに距離を取って拳を構えるクリスに弦十郎は柔和な笑みを浮かべてレジ袋の中身からあんパンを取り出して差し出した。

 

「君を保護しに来た。これでも元公安の御用牙だったんでな。それに、君の保護を命じられたのはもう俺一人になってしまったからな」

 

 しかし弦十郎が何を言おうともクリスは一切信用しようともせず、尚も警戒するばかり。

 そこで弦十郎は一口齧って断面を見せた。毒を盛っていない事が伝わっていたようで、クリスは弦十郎の手から半ば強引にあんパンを奪い取って齧り付く。

 

「当時の俺達は適合者達を探すために、音楽界のサラブレッドに注目していてね。天涯孤独となった少女の身元引受先として手を挙げたのさ」

 

 先ほどのあんパンと同じようにパックの牛乳にも弦十郎は一口飲んでクリスに渡す。

 

「……こっちでも女衒(ぜげん)かよ」

 

 かつてバルベルデで拉致されたこともあり、弦十郎もその連中と同じ人間だと思い込むには充分だった。しかしそれでも、弦十郎はあきらめず手を差し伸べる。

 

「俺がやりたいのは君を救い出すことだ。引き受けた仕事をやり遂げるのは大人の務めだからな」

 

「ふんっ、大人の務めときたか!余計なこと以外はいつも何もしてくれない大人が偉そうにしてッ!!」

 

 言い切らない内に窓ガラスを割って飛び出して聖詠を紡ぎ、雨に濡れたまま逃げ出した。

 離れていく彼女の背中をただ見つめる事しか出来なかった弦十郎。だが、諦めるにはまだ早い。今が駄目だったとしても次がある。

 何時しか雨が上がり、雲の切れ目から青い空が顔を覗かせていた。

 

 

***

 

 

 数日後。響と未来が翼を連れて遊び(デート)に出かけている頃、映司は茨城県の筑波に来ていた。

 待ち合わせは海沿いの喫茶店。今日は仕事の一環である人物と面談する予定があったのだ。

 この面談も、三か月に一度のペースで行っており、もう二年も続いている。

 

「お待たせしました。前回からお変わりありませんでしたか、洸さん」

 

「ええ。特に変りも無く、大きなケガも負ってません」

 

 立花洸は響の父親である。二年前のライブの件で職を失った彼は映司をはじめとした二課の支援もあって危険物取り扱いの資格取得出来、ガソリンスタンドに再就職を果たしている。

 本来ならば都内もしくは自宅近辺で再就職をすべきだったのだろうが、当時としては『他人を犠牲にしてまで生き延びた生還者の親』のレッテルが張られてたままであり、再就職活動も困難であった。そこである程度情報が浸透しておらず、例え浸透していても迫害されずに済みそうなここ筑波での再就職が決まったのだ。その際響たち家族とは一時的な別居状態になってしまっているが、今のところ家族仲が悪いと言った話を映司は聞いていない。

 ともあれ今日は洸の私生活や仕事面での話を調書をとりながら面談形式で聞き、ある程度終われば世間話。

 

「やっぱり思春期の娘と離れるとその……スレちゃわないか今でも不安なんですよ」

 

「そうですね、その点は大丈夫ですよ。響ちゃんはリディアンで新しい友達が出来たみたいで」

 

「そうですか……良かった…」

 

 安堵の表情を浮かべる洸は響の中学時代を知っている。凄惨な環境下、親友と呼べるのは未来だけで、上っ面なメッキの様な笑顔を浮かべる響。かつての洸の口癖『平気へっちゃら』を何度も何度も口にしている娘の姿を見て何度心を痛めた事か。

 再就職をはたしているとは言え、やはり洸には家を空けてしまっている負い目がある。いくら家族間で納得し合っているとはいえ、このままずっと洸の別居が長続きするのは望ましくなかった。

 

「はやく家族一緒になれるよう、俺達も出来る限りお手伝いいたします」

 

「はい、今後とも宜しくお願いします」

 

 

***

 

 

 時は流れ、翼の復帰ライブの日。二年前の悲劇の地での開催ではあるものの、チケットの当日と前売り分は既に完売。響と未来の二人も翼からお高めの席のチケットが手渡されている。

 間もなく開演の時間。会場を背に立つ映司は、オーズドライバーを起動し、メダルを三枚装填する。

 

『映司、本当にお前ひとりで良いんだな?』

 

「はい。今日の翼ちゃんにはステージの上で、応援してくれているたくさんの人の前で自分の戦いに臨んで、最後まで歌っていて欲しいんです。響ちゃんと未来ちゃんにも二年前に出来なかったことをさせてあげたいんです!」

 

『……そうか。やれるのか?』

 

「やります。戦います、俺!」

 

 通信を切って眼前の災害の群れに目を向ける。

 極彩色のその群れは、紛れもなくライブ会場のスタッフや観客に向かって進軍している。

 恐らくこの群れはフィーネが呼び出した筈だ。何のために呼び出したのかは不明ではあるが、迫る脅威は、飛んでくる火の粉は払うしかない。いや、払わねばならない。

 

「変身!!」

 

クワガタカマキリバッタ

ガーッタガタガタキリッバガタキリバ

 

 三つのメダル状のオーラが映司の身体を駆け巡り、一つに重なり合ったオーラはエンブレムに変わり、映司の胸部に収まってガタキリバコンボへの変身を遂げる。

 固有能力の人海戦術により、幾多のノイズに後れを取ることは無いだろう。

 電撃や斬撃を駆使して戦う一人にして五十人分の戦力。分身と違い、一人一人実体がある分裂能力。そのせいか使用後の疲労感は全コンボの中でも最も重い方だ。であるはずなのに映司がガタキリバを使用しているのは、響と翼の分までたった一人でも戦う事を決意したためだ。

 

――Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

 突然オーズの耳に届くイチイバルの聖詠。次いで飛来してきたミサイル群がいくつものノイズを葬り去っていく。一課の砲撃でなければ考えられるのは一つ。オーズが視線を向けた先に、予想通りの相手がいた。

 

「クリスちゃん?!」

 

 赤い装甲に特徴的なヘッドギア。両手に握られているのはコンパクトなサイズでありながらも、広範囲に複数の矢を放つ深紅のクロスボウ。イチイバルのシンフォギアを纏う、雪音クリスが戦場に現れる。

 

「勘違いすんなよな?別にアンタの手伝いをしてる訳じゃない。これはあたしのケジメだ」

 

「……分かった。一緒に戦おう!」

 

「お前人の話を聞いてないだろ!っていうか、お前が本体で良いんだな?」

 

 クリスはオーズには複数の形態を持ち、その中でもコンボと呼ばれる特殊形態がある事しか知らない。よしんば知っていてもサゴーゾコンボの重力操作とラトラーターコンボが高速移動形態と言うだけ。

 ともあれ、心強い助っ人が来てくれたことに嬉しくなって仮面の下で思わず笑みを浮かべたオーズは、更に気を引き締めて戦場(いくさば)を駆け巡る。

 広範囲に渡り、オーズの雷撃とクリスが放つ砲撃が多くのノイズを灰燼に変えていく。

 

 

***

 

 

 外の出来事などつゆ知らず、ライブ会場は風鳴翼の歌が、観客席からの声援や歓声によって、今や熱狂の渦の中にいた。

 完全復活と相成った翼はこの日のために用意した曲を歌いきり、客席を見回した。

 

「ありがとうみんなっ!今日は思い切り歌を歌って楽しかった!」

 

 二年前から昨日まで、奏と共に歌えなくなってから翼が歌う時は戦場(いくさば)に立つ時。シングルCDのレコーディングも自然と力んでしまい、見舞いの度に奏から堅いなと揶揄(からか)われることもしばしば。

 

「こんな想いは久しぶりで、どうしてか忘れてた。こんなにも歌が、聞いてくれるみんなの前で歌を歌うのが私は大好きなんだ!!」

 

 客席に向かって振った手に、観客達は歓声を上げて答える。その中には両の拳を突き上げて興奮状態の響と、そんな響の様子にほんの少し引きながらも両手のサイリウムを落とさない様にしっかりと握る。

 

「もう知ってるかもしれないけど、海の向こうで歌ってみないかってオファーが来ている。自分が何のために歌うのか、今の今までずっと迷っていたんだけど……今の私はたくさんの人に私の歌を聞いてもらいたいと思っている。言葉は通じなくても歌で伝えられることがあるならば、世界中の人たちに私の歌を聴いてもらいたい!!」

 

 今日のこのライブは、翼の海外進出を発表する場でもあった。具体的な時期はリディアン卒業後にはなるだろう。しかし、今日のこのライブを通して今まで拒否していたオファーを受ける決意を示した。

 

「私の歌が誰かの助けになると信じてみんなに向けて歌い続けてきた。だけど、これからはみんなの中に自分も加えて歌っていきたい。だって、私はこんなにも歌が好きなのだから!私のたったひとつのワガママを聞いて欲しい、許して欲しい!!」

 

 瞬間、観客席から応援の歓声が響き渡る。ここにいるファンの一人一人が祝福し、赦してくれている。誰もが翼の躍進を応援してくれているのだ。今日ほどアーティスト活動をやっていて嬉しく思える日は、奏が倒れてから今までにそうそう訪れる事はなかった。

 そして時同じくして、会場に迫るノイズの掃討が終了しており最悪の事態は回避できた。

 

 

***

 

 

 翼が輝かしいばかりの光に包まれた舞台に立っているならば、クリスは薄汚れた路地裏に蹲っていた。

 以前より益々自分と言うものが分からなくなっていた。自分から敵対していた奴と手を組んだことをケジメとしていたが、それでも何かモヤモヤとした気持ちがクリスの心を支配する。

 まるで中途半端な悪者だと自嘲する。

 

「あたしにとってあいつらは敵なのに、どうして手を貸しちまったんだ!」

 

 その疑問に答える者は誰もいないし、適切な答えがクリスの中にあるわけでもなかった。

 あるとするならば言い表せないモヤモヤ。ただ、それだけしか無い。

 頼れる人間が一人も居ない彼女には行く宛がない。弦十郎、または映司に頼る道も残されているだろうが、未だその二人は信用するに足りていない。だからこそ、フィーネの屋敷に足が向くのは当然の帰結なのだろうか。

 

 

***

 

 

 翌日。前回殺されかけたにもかかわらず、クリスはまた屋敷に戻っていた。

 思えば日本に来てからの殆どをこの屋敷で用済み宣言されたあの日まで過ごしてきた。そんな屋敷には夥しい程の襲撃の跡が残されていた。

 一体どこの誰がと思いながらも真っ先にクリスが向かったのはこの屋敷のメインとなるあの部屋。富豪の晩餐会に使われるようなあの部屋には、ネフシュタン因子を消滅させるマシン等多くの機器が多く設置されている。その中にはフィーネでしか開けられないデータファイルなどもある。

 息を切らしたままに到着したその部屋には、既に事切れていた武装した男たちが転がっていた。奥にある大型モニターには弾痕があり、その付近には広がって乾ききった血液の染みが出来ていた。

 この惨状を生み出したのがフィーネであることを理解しきる前に、弦十郎と映司そして複数人もいる黒服の男たちがぞろぞろと押し寄せてきた。

 

「大丈夫だよクリスちゃん。俺達は君がやったなんて思っていないから」

 

「そう。全ては君や俺達の側にいた彼女の仕業だ」

 

 バックルには既に白系のメダルが既に装填されており、いつでも変身出来るように警戒の糸を緩めない映司と優しくクリスの頭を撫でる弦十郎。彼ら以外の黒服達はそれぞれの遺体に近づいていた。遺体のそれぞれの襟には部隊章らしき小さなワッペンが縫い付けられており、そのデザインから彼らが米国政府の差し金であることが判明する。

 口紅で書かれた一枚のメモが不自然に一人の遺体に張り付いていた。『I LOVE YOU SAYONARA』と短い文章だけ。近くにいた黒服の一人が何気なくそのメモを取り外した瞬間、何処かに仕掛けられたトラップにより爆発が起きる。

 

サイゴリラゾウ

サゴーゾサッゴォーゾッ!!

 

 間一髪変身したオーズがドラミングで重力を操作して、衝撃を緩和し瓦礫の落下コースをずらし、黒服達を何人か引き寄せることが出来た。しかし、完全に救いきれていなかった。クリスは弦十郎が発勁で衝撃をかき消して救出していたが、少なくとも三人以上の黒服達が犠牲になってしまった。

 

「何でだよ、何でギアを纏えない奴があたしを守ってんだよッ!」

 

 殉職した同僚達を悼む映司の耳に、クリスの強い声が飛んできた。確かにクリスにはシンフォギアがあるし、オーズ相手に上手く立ち回れる技量も備わっている。しかしそれは違うと、弦十郎はクリスの言葉を訂正する。

 

「俺がお前を守るのはギアのあるなしじゃなくて、お前よか少しばかり大人だからだ」

 

 子供を守るのが大人の役目。弦十郎にとって、もとい二課に勤める大人達にとって当たり前の事でも、クリスにとっては非常識極まりない事。

 

「大人?大人だって?あたしは大人が嫌いだ!死んだパパとママも大嫌いだッ!とんだ夢想家で臆病者で、ぽっくりと死んじまって!あたしは、あたしはあいつらと違うッ!被戦地で難民救済?歌で世界を救う?笑わせんな、いい大人が叶いもしない夢なんかを見てるんじゃねえよッ!」

 

 声楽家と演奏家の両親との間に生まれ、愛情を注ぎこまれながら生きてきた彼女の人生を狂わせたバルベルデ。そこでクリスは大人と言う存在が如何に汚く、卑しく、恐ろしいかを身を以て知った。知らされた。だからこそ、戯言(たわごと)の様にしか聞こえない弦十郎の言い分を突っぱねた。

 しかし、それはクリスの本音なのだろうか。

 本当に両親を嫌っているならば、『パパ』や『ママ』と呼ぶことも無いだろう。

 

「大人が夢を、ね」

 

「本当に戦争をなくしたいのなら戦う意志と力を持つ奴らを片っ端からぶっ潰していけばいいんだ!それが一番合理的で現実的だッ!!」

 

「そいつがお前の流儀なら、そのやり方でお前は戦いや争いをなくせたのか?」

 

「……それは」

 

 同じことをフィーネからも言われていた。戦場(いくさば)で鞭を振るう度に、引鉄(ひきがね)にかけた指を引く度に戦いは収まることは一度としてなかった。

 ネフシュタンの鎧を纏い翼と交戦した夜も、デュランダルで暴走を引き起こした響の強大な力を見せつけられたあの日も、フィーネに切り捨てられたあの日も。収束するどころか、激化するばかり。

 

「大人が叶いもしない夢なんか見ないと言ったな。それは違うぞ、大人だからこそ夢を見るんだ。大人になったら背も伸びて力も強くなるし、財布の中の小遣いだってちったぁ増える。子供の頃はただ見るだけだった夢も大人になったら叶えるチャンスが大きくなって夢を見る意味が大きくなる。それに、お前の親はただ夢を見に戦場に行ったのか?違うな。歌で世界を平和にするって夢を叶えるため、自ら望んでこの世の地獄に踏み込んだんじゃないか?」

 

 何でそんなことが言えるのだと、言ってやりたかったクリスだが、言葉が詰まって中々口に出せずにいた。両親がどんな思いであの地へ渡ったのか。死ぬのが怖くなかったのか。

 

「何で……そんな…」

 

「きっとさ、クリスちゃんに見せたかったんじゃないかな?」

 

 変身を解除してドライバーを懐にしまう映司。クリスと同じ目線に屈む。

 

「夢は叶えられるってことをさ。さっきクリスちゃんが嫌いだって言ってたクリスちゃんのパパとママは多分君の事を大切に想ってたんじゃないかな?」

 

 推測ではあるものの、弦十郎と映司が語り聞かされた両親の本心を悟った瞬間、クリスは泣いた。バルベルデで泣ききり枯れたと思ってもう何年も泣くことはなかったから、何年振りかに泣いた。弦十郎は泣きじゃくるクリスを抱きしめた。我が子をあやす父親のように。

 

 

***

 

 

「カ・ディンギル!フィーネがそう言ってたんだ!」

 

 撤退準備を済ませた弦十郎達に引き留める様にクリスが唐突に言った。聞き馴染みのない単語を耳にして弦十郎と映司は彼女に向き直り話を聞く姿勢を取った。

 

「それが何なのかわからないけど、そいつはもう完成しているみたいなことを……」

 

 思い出したかのように言ったそれは、クリスが二課特に弦十郎達を信頼することが出来た証でもあった。ほんの数回の交流があったにせよ、彼女が心を開いてくれたことは確かだ。

 

「後手に回るのは終いだ。こっちから打って出てやるぞ!」

 

 今こそ、反撃の時だ。

 

 

 

 

続く



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塔と襲撃と超先史文明の巫女

前回の三つのあらすじ

一つ、廃墟となったマンションで邂逅する弦十郎とクリスだが、二人の手は交わることはなかった

二つ、翼の復帰ライブの裏では孤軍奮闘のオーズであったが、援軍に駆け付けたクリスの援護も甲斐あってライブの犠牲者を出さずに済んだ

そして三つ、フィーネの屋敷でクリスはようやく弦十郎達に心を開くようになっていた

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???


 

 二課指令室前面の巨大モニターに響と翼の顔が表示される。

 フィーネのアジトでもある屋敷から引き揚げた弦十郎達は本部に戻ると、解析班に屋敷での押収物とある物の照合を任せた。二時間弱程してそれが証拠能力がある物であると言う結果が出ると、すぐさま響と翼にテレビ回線を繋ぎ臨時のミーティングを開いた。

 

「収穫があったが……了子君は?」

 

 いつもなら既に出勤しているはずの時間なのだが、今日はその姿を未だ弦十郎は確認していなかった。

 友里が了子の出勤状況を短く伝える。まだ今日は出勤しておらず、それどころか連絡も無い事を。

 

「そうか……」

 

 顎に手を当て神妙な面持ちになる弦十郎とは裏腹に、『大丈夫ですよぉ!』と陽気に響がデュランダル移送の件で守ってくれた旨を語る。曰く、飛んでくるノイズを涼しい顔して結界を張ったというのだ。だから心配いらないだろうと言うが、それに異を唱える翼。

 

『いや。戦闘訓練もロクに受講していない櫻井女史に結界を張るなどと言うのは…』

 

『えーっ?師匠とか映司さんとか了子さんて人間離れしている特技とか持ってるかと思ってたんですけど』

 

「言っておくけど、俺にはそんな特技なんて無いからね?」

 

『やぁっと繋がったぁ』

 

 その時、了子からの通信回線。響と翼とは違いモニターに表示されている『Sound Only』と言うように了子の顔は映らない。寝坊した上に通信機の異常と言うが、今の状況下では些か都合が良すぎている。だが敢えて指摘せず、淡々とした口調で弦十郎は了子の安否を問う。

 

「急で悪いが了子君。カ・ディンギル……この言葉の意味を教えてくれるか?」

 

『カ・ディンギル……?確か古代シュメールの言葉で高みの存在。転じて天を仰ぐほどの高い塔を意味するわね』

 

 その通りならば、二課どころか一般市民に悟られず如何にして完成したというのだろうか。

 高い塔ならば、東京の一大観光名所スカイタワーがある。それ以上に高い塔が完成したとなれば誰も話題にしない筈がない。ならば塔ではなく、別の何かの比喩表現なのだろうか。

 折角得た情報であるというのに、一向に真相に近づけない。

 

「仮に、仮にだ。何者かがそんな塔を建造していたとして、何故俺たちは見過ごしてきたのだ?」

 

 誰しもが思うその疑問。弦十郎だけでなく、映司やこの場にいる二課のスタッフ、通信先の響と翼も同じ疑問を抱き始めていた。響と一緒にいる未来も『カ・ディンギル』を検索するもゲームの攻略サイトしか引っ掛からないとのこと。

 言うなれば誰も知らない秘密の塔。

 聖書におけるバベルの塔もある意味では『カ・ディンギル』とも言えるだろう。正確には分からないが。

 その時指令室内にノイズ発生のアラームが鳴り響く。

 藤堯と友里が反応を絞り込み、出現したノイズのパターンを特定する。トンボの様な形をした超大型サイズの空母型。敵の手掛かりについてのミーティングをしていた矢先のこれだ。タイミングが余りにも良すぎている。しかし、この状況で弦十郎の中である疑念が確信に変わる。彼はいつもの様に冷静に指示を出す。

 

 

***

 

 

 彼方に聳える東京スカイタワーを囲う様に円を描きながら飛行する大型ノイズの姿を確認した了子は、否フィーネは銃撃によるダメージが癒えると掲げていたソロモンの杖を降ろし、屋敷を脱出してから身を隠していた廃ビルの非常階段を下っていた。

 櫻井了子を演じるのはもう終わり。後は完成したカ・ディンギルの起動に必要なデュランダルを手に入れるのみ。

 過日のデュランダル移送作戦。あの日目にしたデュランダルを握り暴走状態の響が見せたあの輝きが、破壊力がフィーネの心を掴んで離さなかった。

 停めていた愛車に乗り込み、アクセルを踏んだ。向かうはリディアン、その地下に今も尚保管されているデュランダルを手に入れる為に。

 

 

***

 

 

 響と翼がスカイタワーで空中の大型ノイズに攻めあぐねている所に援軍として駆け付けたクリスが合流した頃、リディアンはノイズの襲撃を受けていた。

 特異災害対策機動部一課の武装した職員達が焼け石に水ではあるが、銃撃をしながら逃げ惑いながらも避難している生徒たちの盾となり、その退路を確保する。

 だが、一課の職員達は瞬く間に炭化させられ一人また一人と命を落としていく。

 やがてその魔の手が女子生徒達に襲い掛かろうとしたその時だ。

 

クワガタカマキリバッタ

ガーッタガタガタキリッバガタキリバ

Scanning Charge

 

 分裂能力を駆使するガタキリバコンボが流星群が如く、リディアン校舎を蹂躙する大小さまざまなノイズを悉く打ち倒していく。

 逃げ遅れた生徒がいないかを視線を巡らせては、その度に分裂体一体一体が駆け付けシェルターまで送り届ける。

 少し離れた所では未来が率先してクラスメイト達の避難指示を出していた。多くの女子生徒たちが彼女の指示に従いシェルターへと逃げだすが、仲の良い友人の創世達三人は響がいないことに疑問を抱いていた。三人は未来とは違い、響がガングニールを纏う瞬間を目撃していないから疑問を抱くのも当然である。

 

「ヒナ、ちょっとどこ行くのさ!」

 

「逃げ遅れた人がいないか探してくる!三人もはやくシェルターに逃げて!」

 

 友の疑問に答えず未来は学園の奥へと走り出す。そんな彼女とは入れ替わりに、一課の職員が三人を保護しようと駆け寄るが、運が悪い事に上の階からすり抜けてきたノイズが職員を炭化させるべくその身を矢に変えて突撃する。しかし、分裂した内の三人のオーズが飛来するノイズを電撃で撃ち落として事なきをえる。

 

「すまないオーズ、助かった」

 

「無事でよかったです。俺がシェルターまで援護します!」

 

 五十人のオーズ達の奮戦奮闘により、大群だったノイズの数も減りつつある状況。これだけノイズが出ていたならば、ソロモンの杖を手中に収めているフィーネが近くにいるはずである。

 中庭に立つ映司の視界の端で誰もいない廊下を走りながら逃げ遅れがいないかを懸命になって探している未来の姿を捉えた。合流しようと体をそちらに向けた瞬間、強い衝撃がオーズを襲う。

 

 

***

 

 

 校舎中を走り回り、逃げ遅れがいないか探して見て回る未来の前にガラスを割って吹っ飛んできたオーズガタキリバコンボ。

 未来はオーズのスペックを完全に理解しているわけではない。知っててもノイズを倒すことが出来るという位だ。

 

「っ!未来ちゃん逃げて。早く!!」

 

 切羽詰まった様子でこちらを見ずに、両腕のカマキリソード構えて彼は眼前の敵に注意を向けていた。

 その視線の先が気になっていたが、普段の映司からして滅多に出さない声音がこの場に止まってはならないと言っているようだった。来た道を逆方向に辿り、走り出す。

 今いるのは地下に二課の施設がある教員棟の二階と三階を繋ぐ踊り場で、何かが激しくぶつかり合う音、オーズが何かと戦っている衝撃音が耳に届く。気のせいか段々とその音が近づいてる気がしてきた。少なからず恐怖心を抱くが、それでも生きる事を諦めたりはしなかった。生きて響を迎える為にも立ち止まる訳にはいかないのだ。

 しかし、一階まで降り立った瞬間狙いすましたかのように天井に張り付いていた三体のカエルに似たノイズが未来に突撃する。だが、駆け付けた緒川によって間一髪炭化は免れた。

 

「危ない所でしたね。ですが、もう一度同じことは出来かねます」

 

 心配させまいと浮かべる緒川の笑顔。響から聞いた話ではツヴァイウィング時代からの翼のマネージャーであると聞かされていたが、それにしてはやけに場慣れしているように見えた。きっとこういう事態に慣れているのだろう。

 

「走れますか?三十六計逃げるにしかずと言いますッ!」

 

 先程襲ってきた三体のノイズは未だ顕在しており、今も尚未来と新たに現れた緒川を諸共炭化すべく再び襲い掛かる。逃げ続けてどうにかエレベーターに乗り込むことが出来た二人。いつもの様に高速で動く密室の中で、ガラス窓の向こう側に出現した何かを現した壁画が未来の視線を独占する。

 描かれているのは抽象的な楽器の様な絵や、何かに集う群衆の絵。以前響とこのエレベーターに乗った時に、響もあの壁画が何なのか気になっていたようで、職員の何人かに聞いてみてが目ぼしい答えは返ってこなかったという。元々あった遺跡なのか、新たに作られた装飾なのだろうか。緒川と言うと、通信機で今の状況報告をしていた。

 

「それよりも司令、カ・ディンギルの正体が掴め――!」

 

 その時だ。天井を突き破って黄金色の何かが現れて緒川の首を絞めつけてエレベーター内を揺らしたのは。

 黄金色の何かの正体はネフシュタンの鎧を纏うフィーネ。

 

「こうも早く悟られるとはな……きっかけは何だ?」

 

「塔なんてそんな目立つものを誰にも知られることなく建造するには、地下へと伸ばすしかありません。そんなことが行われているとすれば、ここ特異災害対策機動部二課本部の……そのエレベーターシャフトこそが『カ・ディンギル』!!そしてそれを可能とするのは櫻井了子……いいえ、フィーネ!貴女です!!」

 

「漏洩した情報を逆手に取ったか」

 

 エレベーターが目的の階に到着したと同時に、距離を取って脳天と心臓のある左胸にそれぞれ三発ずつ銃弾を撃ち込むが、ネフシュタンの性能により露出している肌は風穴どころか掠り傷すら出来ていなかった。流石はネフシュタンと言ったところか、と緒川は独り言ちる。

 そもそもクリスが纏っていた時点で驚異的な回復力を見せていた事もあり、銃弾をも通さない鋼鉄の皮膚も納得せざるを得なかった。

 すぐさま次の手に出ようとする緒川だったが、フィーネの鞭に捕らえられ締め付けられてしまった。

 徐々に締め上げる力を強めるのは楽に死なせないのと、苦痛に染まった呻き声が聞きたかったフィーネの嗜好なのだろうか。

 このままジッと怯えているだけにはいかない。響たちの様なシンフォギア装者ではないが、だからと言って何もしない出来ない言い訳にはしたくなかった。

 意を決してフィーネの背に体当たりを繰り出すも、大したダメージも無く帰ってきたのは肩越しに送られたフィーネの視線。

 

「麗しいな。お前たちを利用してきた者を守ろうというのか?」

 

 尚も緒川を縛り上げるフィーネは未来の顔に手を添えて、弄ぶかのように親指の先で唇をなぞる。

 金属特有のヒヤリとした感触と、射殺すように煌いている金色の眼がお前などいつでも殺せるぞと言っているように思えて恐怖で息が出来なくなりそうだった。

 

「疑問に思わなかったのか?何故、二課本部がリディアンの地下にあるのかを。聖遺物に関する歌や音楽のデータをお前たち被験者から例外なく集めていたのだ。その為のリディアンだ。その点、風鳴翼は偶像として生徒を集めるのによく役立ったくれたものよ」

 

 言われて初めて気が付いた。他の私立高と比べても学費は安く、お世辞にも頭脳が良いとは言えない響が入学できた事に。これでは自分たちはまるでモルモットのようではないか。それが事実なのかとフィーネ越しの緒川を見ると、彼は痛みに耐えながら未来から視線を逸らす。後ろめたい時に人間が良く使う行動。紛れもない事実であり、罪悪感を抱いている事を現していた。

 今までの自分自身だったら、直ぐにでも緒川達二課の職員達に敵意を向けていただろう。ほんの少しではあった以前響に向けていた時よりも激しく強く。

 しかし今は違う。響と正面からぶつかって、精神的に成長出来た今は違う。

 

「それでも、嘘を付いて本当のことが言えなくても!誰かの命を守るために自分の命を危険に晒している人達がいますッ!」

 

 風鳴翼。アーティストとしての立場とシンフォギアを纏った防人としての立場から、時にマイクを、時に剣を携え人々を勇気付けている。

 雪音クリス。響との関係に悩んでいたあの時、行き倒れていた彼女を助けたつもりが未来自身もクリスに助けられた。

 火山映司。彼は二年前の生存者達の手を取り、一人でも歩けるようになるまで諦めず手を伸ばし続けていた。彼のおかげで今も響は元気に過ごせている。

 そして立花響。一番の親友で、未来にとってのおひさま。趣味の人助けの延長で、ノイズからたくさんの人を守る為に戦っている。

 

「私は、そんな人を……そんな人達を私は信じ続ける!!」

 

「まるで興が冷める…!」

 

 自分の思い通りの反応が返ってこなかったことに憤りを見せるフィーネは未来に平手打ちをかまし、縛り上げていた緒川を壁に投げうち、アビスへと向かう。懐から通信機を取り出し、ゲートのロックを解除しようとしたところで、緒川に通信機を狙撃されてしまう。

 

「そこから先は絶対に行かせません」

 

 携行していた拳銃の弾が無くなっても、己が命に代えても緒川は立ち向かう。例え弾が残っていたとしても、銃弾を受け付けない相手には最早無用の長物に過ぎない。

 そんな彼の姿を鬱陶しいハエ程度にしか思えないフィーネは仕方なしに鞭を構える。

 

「待ちな、了子」

 

 突如として緒川とフィーネの中間地点の天井が音を立てて破壊されて崩れ去ると、瓦礫が巻きあげた粉塵の中から弦十郎がさながらアクション映画の主人公の様にその姿を現した。

 

 

***

 

 

 ノイズ達の襲撃と、フィーネとの激戦によって生じた瓦礫に埋もれ、身動きが出来ない程のとても狭い空間で火山映司は眠っていた。

 彼は二課調査部が集めてきた情報と弦十郎の口からフィーネの正体が櫻井了子である事を知り、彼女の真意を聞き出すべく奮闘するも、ネフシュタンの鎧を纏ったフィーネの桁外れな威力を持った猛攻の前に切り札である()()のコンボに変身する暇もないまま敗北してしまったのだ。

 ドライバーのサイドバックルのメダルケースから、妖しく紫色の光がほんの少し漏れ出している事も知らずに映司は眠り続ける。

 

 

***

 

 

「私を未だ、その名で呼ぶか」

 

 かつての同僚を前に、不敵な笑みを浮かべるフィーネ。

 

「女に手をあげるのは気が引けるが、この二人に手を出せばお前をぶっ倒す。それにな、調査部だって無能じゃない。米国の動きと様々な証拠をかき集めてお前に行きついていたのさ。後はお前を燻りだすためワザとお前の策に乗り、三人の装者達を動かして見せた」

 

「成程陽動に陽動をぶつけ、オーズを防衛に回したという訳か。だが、貴様にこの私を止められるとでもいうのか!同じ完全聖遺物たるオーズさえも退けたこの私を!」

 

「そうか、映司は……だがひと汗かいた後で、じっくりと話を聞かせてもらおう!!」

 

 弦十郎が踏み出したのと同時にネフシュタンの鞭がまるで意思を宿しているかの如く襲い掛かる。しかしその鞭を避けて、天井を蹴ってフィーネに接近して突き出された弦十郎の拳。ほんの少し掠っただけで鎧の表面に亀裂が生まれた。

 完全聖遺物たるネフシュタンの鎧。そのスペックを物ともせず生身で挑み尚且つ負傷すら与えられていないフィーネが再度鞭攻撃を繰り出すも、二本とも弦十郎にがっしりと掴まれ引き寄せられて強烈なアッパー攻撃を腹部に受けて倒れるフィーネ。彼女の明晰な頭脳を以てしてもとても理解できなかった。

 

「か、完全聖遺物を退けるだと……」

 

「しらいでか。飯食って映画観て寝る!男の鍛錬はそれで十分よッ!」

 

 そう言えばそうだったと、フィーネは思い出す。観る映画の多くが国内外問わずアクションモノで、劇中のバトルスタイルや修練方法を独自のやり方で取り入れて強くなるのが風鳴弦十郎の考案する鍛錬法であった。

 ならばと呼び出したのはソロモンの杖。どれだけ強くなろうとも、人間を炭化させるノイズの前では足止めは出来ても倒すことは出来ない。加えて、ここには壁や天井と言った制限がある。

 

「させるかッ!!」

 

 震脚により剥がれた床の一部だった破片を蹴り、フィーネの手からソロモンの杖を弾き飛ばす。

 

「ノイズさえ出てこないのならァッ!!」

 

 こっちのものだ。そう思ってとどめに入ったその瞬間だった。

 

「弦十郎くん!」

 

 悪魔の様なフィーネの表情が途端によく知る仲間の顔になると弦十郎の情の厚さが災いして、ネフシュタンの鞭がその腹部を刺し貫かれた。

 口から大量に血を吐き倒れた男から通信機を取り出して、フィーネは一人デュランダルの眠るアビスへと歩き出した。

 

「つくづく甘い男だ。どれ程必死に抗うも、絶対に覆せないのが運命(さだめ)なのだ。殺しはしない、お前達に死の救済など与えるものか」

 

 

***

 

 

 負傷した弦十郎を何とか指令室にまで運び込んだ緒川と未来。二人の登場にその場にいた職員達の支援は腹部に風穴をあけられた自分たちの長の姿を捉えていた。その戦闘能力は刑法や憲法に抵触しかねないと評判なのだが、それ程の強さを持つ弦十郎を誰が打倒したのだろうか。

 

「敵の狙いはデュランダル……そして敵の正体は、櫻井了子です!」

 

「嘘だろッ……!」

 

 その報告に驚かないものはいない。まさか最大の味方が最大の敵であったなど、一体誰が思うだろうか。しかもこの本部の基礎設計から携わっているので、いつ全システムを掌握されてもおかしくはない。

 一刻も早く対処すべく、響達装者と映司に連絡を取る。

 先に繋がったのは響の通信機。

 

「響っ!学校が……リディアンがノイズに襲われてるの!!」

 

 しかし詳細を伝える前に、本部のシステムはクラッキングを受けて照明も巻き込んでダウン。櫻井了子(フィーネ)が基礎設計したのだから、崩すのもお手の物だろう。携帯している通信機も沈黙しており、使い物にならなくなっていた。まるで雁字搦めにされたかの様な状況で彼らが出来る事は何もありはしないのだ。

 

 

***

 

 

 スカイタワー周辺に湧き出たノイズ達の掃討が終了た響と翼そしてクリス達の三人が、未来の悲痛な叫びの通信を受けてリディアンに戻ってきたのは既に夜の帳が落ちたころ。

 天には不気味に紅く光る満月が浮かび、その月明かりに照らされたリディアンの校舎は見るも無残に廃墟と化していた。

 

「そんな……未来、みんな…」

 

 自分の日常たる学び舎が見るも無残に崩れ去っており、そこに人の息吹は感じられなかった。一番信じたくはない考えが頭の中に過る。間に合わなかったのだろうか。瓦礫の影にはいくつもの炭の山が出来上がっており、

 しかしリディアンには万が一ノイズの襲撃が起きた際に使用するシェルターがあったはず。その翼の一言で気を取り直した響の視界の端で、倒壊した校舎の屋上に人が立っているのが見えた。まさか未来か。そう思いながら視線を向けるが、そこにいた人影は明らかに未来よりも長身で白衣着用していた。

 その人物は、櫻井了子。三人を心配している様子も、リディアンの惨状を嘆いているようにも見えなかった。代わりに見せたのは高らかに笑う姿。

 

「何故だ、何故嗤う櫻井女史!よもやこの惨状、貴女がやったというのか!その嗤いが答えなのかッ!櫻井女史ッ!」

 

「アイツだ。アイツこそあたしが()()を着けなきゃいけねぇクソったれのフィーネだ!!」

 

「嘘……」

 

 信じたくはなかった。夢であってほしいと響は願った。

 だがしかし、現実は非情である。目の前の女は光の柱に包まると金色の鎧、ネフシュタンの鎧を纏いだした。つい先日までクリスが纏っていた完全聖遺物。これが現実であると言わんばかりの状況に、響は強いショックを受けていた。

 

「もしや広木防衛大臣の暗殺も、デュランダル強奪の件も!」

 

「ああ、そうだ。それぞれアイツが米国の特殊部隊とあたしに命令したことだ!」

 

 そして響達は知らないが二課本部がカ・ディンギルのカモフラージュだったことも、クリスのイチイバルの出所等も含めて、全てはフィーネの掌の上で踊らされていた事。

 

「櫻井了子の肉体は先だって食い尽くされた。いいや、意識は十二年前に死んだと言っていい。超先史文明期の巫女、フィーネは遺伝子に己が意識を刻印し自身の血を引く者がアウフヴァッヘン波形に接触した際、その身にフィーネのしての記憶、知識、能力が再起動する仕組みを施していたのだ」

 

「十二年前……まさか!」

 

「そうだ風鳴翼。十二年前に貴様が偶然引き起こした天羽々斬の覚醒のその時、同時に実験に立ち会った櫻井了子の裡に眠る意識を目覚めさせた。それこそがこの私フィーネ!!」

 

 如何なる死を迎えようと、アウフヴァッヘン波形がある限り蘇る彼女はまさに亡霊と形容するにふさわしい。櫻井了子の意識が上書きされる以前も幾度となく同じように歴史に記される偉人や英雄として復活を遂げてきたフィーネ達は、パラダイムシフトと呼ばれる技術の大きな転換期にいつも立ち会ってきた。

 

「まさか、シンフォギアシステムも?!」

 

「そのような玩具(がんぐ)、為政者からコストを捻出するための福受品に過ぎぬ。全ては、カ・ディンギルの為に!!」

 

 大地が揺れる。かつては学び舎だったこの大地が隆起して、エレベーターシャフトとして偽装されたカ・ディンギルがその姿を現した。

 幾何学模様に楽器の様な壁画。観飽きるほどに何度も観ていた装飾の正体。それこそが、カ・ディンギル。一目で全体を捉えられない程に巨大なそれは月に向かってそそり立ち、怪しげに煌いてその存在感を主張する。

 

「これこそが地より屹立し天にも届く一撃を放つ荷電粒子砲なり!」

 

「そいつでどうバラバラになった世界を一つにするつもりだ!」

 

 クリスの問いに、フィーネは寂しげな表情を浮かべて幾千幾万の昔から抱いていた恋心を白状した。

 かつての超先史文明の時代、巫女だったフィーネはある人物に並び立つことを夢見て、シンアルの野に塔を立てようとした。が、そんな彼女の夢をある人物はヒトの身が同じ高みへと至るのを許さず、雷を以て塔を砕き、人々が交わす言葉さえも砕いてしまう。

 

「そして我々ヒトは、あの方から果てしなき罰、バラルの呪詛をかけられてしまったのだ。そもそも貴様らは何故古来より月が不和の象徴と伝えられてきたか理解しているか?それは月こそがバラルの呪詛の源だからだッ!人類の相互理解を妨げるこの呪いを今宵の月を破壊することで解いてくれるッ!」

 

 そして世界を再び一つに、相互理解の世界に戻す。

 しかしそれで世界は平和になれるのか。月が無くなれば、この()()は幾つもの天変地異に見舞われ、多くの死者が出る事だろう。

 

「呪いを……解く?それってよ、お前が世界を支配するって事かよ。安い、安さが爆発している!!」

 

 クリスが吠えた。果てしなく遠い時代から思い描いてきたフィーネの野望を安いと吐き捨てた。

 このまま過去の亡霊のいい様にしておけない。三人は胸の裡に沸き上がる聖詠を紡ぎ、拳を、剣を、銃をそれぞれ構えだす。

 

――Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

――Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

――Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

 琥珀色、空色、そして真紅の光が瞬いて三人の戦姫達が、戦場(いくさば)にその姿を現した。

 今ここに、人類の存亡をかけた決戦の火蓋が切られた。

 だが、この場にいる誰もは知る由もない。

 禁断の紫のメダルが覚醒しつつあることに。

 

 

 

 

 

続く



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月と暴走と不死鳥のコンボ

前回の三つのあらすじ

一つ、二課本部での会議中に突如として超大型ノイズが現れてしまう

二つ、クリスを手駒にしていた黒幕のフィーネの正体は櫻井了子。彼女はオーズと弦十郎を倒して、デュランダルが眠るアビスへと侵入してしまった

そして三つ、崩壊したリディアンの地下から巨塔カ・ディンギルがその姿を現したのだった

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???


 

 熾烈極める三人の戦姫と先史文明時代の巫女との激闘を再接続され表示されたモニター越しに固唾を飲んで見守っていたのは、弦十郎をはじめとした本部を放棄して脱出した二課の職員達と、未来と彼女のクラスの友人たち数人。リディアン地下に有事の際を想定して設けられた避難スペースで合流し、藤堯が持ち出してきた自前の端末でどうにか生きている回線に繋ぎ、今の外の様子を映し出したのだ。

 

「響、それにあの時のクリスも…!」

 

 モニターの中でクリスが牽制技の一つ『MEGA DEATH PARTY』を巻き散らかしフィーネの四方を囲むも、難なくフィーネに総て振り払われて爆散する。

 

「ヒナはさ、ビッキーがこんな危ない事をしているの知ってたの?」

 

 戸惑いの表情を浮かべる同級生たちに、未来は何も言わず弱々しく頷いてモニターに視線を戻した。

 創世達が戸惑うのも無理はない。自分たちの知らない所で新しく出来た友達が変身ヒロインの様な装束を纏い、命懸けの戦場を駆けているという深夜アニメにありそうな事など誰が想像できるだろうか。同時に、彼女たちの中で響の存在が揺らぎ始めていた。日中の学園生活で見せる屈託のない明るい笑顔を見せる響と、モニターの中で拳法の型を取る響がイコールで結べないからだ。

 それと同時に、以前二人の仲がすれ違った理由も大まかながら判明されて、ほんの少しではある物の理解することは出来た創世と詩織。だが弓美の心境は二人とは違っており、少なからずの恐怖心を抱いていた。

 

 

***

 

 

 撃ち出された多数のミサイルの正体は殺傷力の低い煙幕弾だった。視界を奪われたフィーネに反撃は許さないと煙の中から拳を構えた響と、得物を構えた翼が現れ、徒手空拳と剣術のコンビネーション。顔面を狙う響のハイキックをいなせば、アームドギアを構えた翼が突撃する。アームドギアを鞭で弾き飛ばされても即座に両足に備えられたブレードを展開。『逆羅刹』ならばそう簡単に弾き飛ばされる事も無ければ、絡みつこうとする鞭も両断できる。

 

「今に貴様らもオーズの後を追わせてやる」

 

 響の奇襲を片手間に防ぎながらせせら笑うフィーネの表情を見て翼は最悪の予感が当たっている事に苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべる。現に何処を見回しても、防衛に就いていたかもしれないオーズの姿は見当たらない。

 そんな戯言など欠片も信じたくない響と翼。二人に猛攻は尚も止まることなくフィーネの()()()()()()()()()()

 

「本命はこっちだ!ロックオンアクティブ!スナイプ、デストロォイ!!」

 

 そう叫ぶクリスの背には二基の大型ミサイルが装填され、照準を済ませて発射された。誘導性のあるそれは執拗にフィーネを狙い、最後には鞭で両断され、煙を上げて爆散。そのまま二基目のミサイルを探して周囲を見回すが、一向に飛来して迫ってくる気配は無い。まさかと思い視線を上げると、フィーネは忌々し気に強く舌を打ちたくなる光景がそこにあった。

 天に向かって飛翔し続ける二基目のミサイルの先端。クリスはそこにしがみついて軌道を操っていた。これにはフィーネどころか味方である響と翼も驚き困惑の表情を浮かべて、ただその行方を見守るしかできなかった。

 

「足搔いたところで所詮は玩具。カ・ディンギルの発射は止めることなど――!」

 

 不可能だ。そう言いかけたところでクリスの凛とした声での絶唱が、響き渡る。

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal

――Emustolronzen fine el baral zizzl

 

 絶唱を紡ぐクリスは成層圏を抜け出し、ありったけのリフレクタークリスタルを展開。それらすべてにフォニックゲイン由来の光のエネルギーが満たされて巨大な蝶の羽が出現。更に両手に握られた二挺のアームドギアの砲身が伸び、巨大化して、二つ合わせて大口径バスターライフルに変化してリフレクタークリスタルに充填されたエネルギーを銃身に満たしていく。

 チャージが完了し、一点収束されたクリスのビーム砲撃とカ・ディンギルの砲撃がせめぎ合う。しかし、例え聖遺物の力を持ち入れようとヒトの身であるクリスには拮抗し続ける程の力はあっても、押し返すほどの威力は持ち合わせていないようで、逆に押し返されてカ・ディンギルの奔流に包まれた。

 砲撃はそのまま月へと向かっていくが、側面を削る程の損害に押しとどめられた。クリスの絶唱は、文字通りの命がけの行動は決して無駄ではなかったのだ。

 そうして荷電粒子砲の軌道をその身を以て変えたクリスは、赤い流星となって堕ちて行った。

 

「仕留め損ねた!?僅かに狙いを逸らされたか!?」

 

「雪音……」

 

「せっかく……仲良くなれたと思ったのに、こんなの無いよ、嫌だよ、嘘だよ……!」

 

 呆然と立ち尽くす翼の隣で、地に膝を付け項垂れて悲しみに暮れる響。絶唱を唄い、超高度から落下して地表に激突してはいくらノイズから身を守るバリアコーティングが施されていようとも、その機能によって落下ダメージが軽減されていようとも、生存は絶望的である。

 

「もっといっぱい、もっとたくさんクリスちゃんと話がしたかったよ。だって話さないと喧嘩することも今よりもっと仲良くなることもできないんだよ?クリスちゃん夢があるって言ってたけど、私クリスちゃんの夢聞けてないままだよ……!」

 

「哀れだったな。自分自身を犠牲にして自分が描いた夢すらも叶えられないとはとんだ愚図だな」

 

(あざ)(わら)うか。命を燃やして大切な守り抜くことを、お前は無駄とせせら笑ったかッ!」

 

 命を賭して飛び立った仲間の行為を侮辱された翼は新たに呼び出したアームドギアを握りしめ、静かに燃え滾る怒りの炎を心に宿す。切っ先はフィーネに向けたまま。このまま自分も絶唱を唄い、フィーネ諸共黄泉の国へ心中しようとするが、今までに味わった事のないおぞましい程の殺気を感じ取って、その出所に視線を向ける。

 そこにいたのは、禍々しく光る赤い目と、体全体が文字通り黒く塗りつぶされた響だった。

 

「ソレガ…夢ゴト命ヲ握リ潰シタ奴ノ言ウコトカァッ!」

 

 暴走状態に陥ってしまった響は弦十郎との特訓で得た徒手空拳ではなく、獲物を仕留める獅子や虎の様な動き。両手の鋭くなった爪での切り裂きをフィーネに浴びせ続けるが、ネフシュタンの性能故かどれ程絶命してもおかしくない程肉体が斬り裂かれても瞬く間に傷が癒えていく。クリスの時よりも再生に要する時間が大幅に短くなっている。

 再生速度の違いを見せられて呆然とする翼だったが、あろうことか暴走響の視界に入ってしまい、黒く染まった拳が無情にも迫る。

 しかしその、拳を受け止めたのは三枚の()のメダルだった。それぞれが意思を持っているかのように浮遊しており、暴走響の興味を十分に引き付けたメダルはゆっくりと移動して、瓦礫の陰から亡霊の様に歩いてくる映司のドライバーに収まった。

 

「生きていたか。死にぞこないが」

 

「………変身」

 

 オースキャナーもメダルと同様に生命を宿しているかのように浮遊し、ひとりでに映司の代わってベルトのメダルを読み込んだ。

 誰かを守るために戦う彼の姿はそこには存在していない。今あるのは、紫のメダルに心を支配された戦闘マシーン。

 

プテラトリケラティラノ

プットティラァァノザウルゥゥス!!

 

 そうして出現した今までに無い三つの紫色のオーラが一つに合わさって映司の胸に吸い込まれたその瞬間、オーズドライバーを中心に氷結し始めた。やがて映司の身体を氷の結晶が包み込むと、間を置かずに結晶を内側から粉砕する一人の影が現れる。

 白いボディに恐竜を思わせる紫の装甲。頭部は翼竜プテラノドン、肩部装甲には角竜トリケラトプスの様な角が左右に一本ずつ、脚部は暴竜ティラノサウルスを思わせるほどに強靭さと鋭さを見せている。

 紫の三枚のメダルを用いたこのコンボの名はプトティラコンボ。フィーネすら知らないオーズの最恐の形態である。そんなオーズに完全に意識が向いた暴走響はフィーネと翼には目もくれず、唸り声を周囲に響き渡らせて突撃。相対するオーズも低く唸って迎え撃つ。

 眼前で繰り広げられる激闘に、フィーネの中の科学者としての(さが)が無意識の内に働いていて、オーズの状況を冷静に分析し始めた。

 

「(あのオーズの紫のメダル。もしやデュランダル護送の時が切っ掛けか?)」

 

 シャウタコンボの鞭が、デュランダルを握った状態で暴走する響に接触したあの日の事を思い出す。恐らくその際に響のガングニールから流れる相当量のフォニックゲインが、鞭を経由してドライバーに作用しいたのだろうと仮説する。

 だが現状ではその仮説を立証することは叶わないため、いつかの為の()()として()()することにして翼に向き直る。

 

「融合したガングニールの欠片が暴走を引き起こし、制御できない力にやがては意識が塗り固められていく。それが融合症例たる立花響の末路だ」

 

「やめろ、立花!私の言葉が分からないのか!!」

 

「無駄だ。最早そいつらはヒトに非ず。ヒトの形をした破壊衝動そのもの。下手に関われば貴様とて肉塊にされる」

 

「だとしてもだ。それでも私は声を掛け続ける、手を伸ばし続ける!」

 

 『千ノ落涙』が辺り一面に降り注ぎ、二人の動きを制限するのと同時に注意を一身に受ける翼。肩越しにフィーネに一瞥して視線を二人の方に戻した。

 

「もう止せ、立花ッ!これ以上は聖遺物との融合を促進させるばかりだッ!オーズもだ!貴方の手にしたその力は、ただ相手を倒す為の者ではない筈だ!」

 

 必死の呼びかけに二人は答える事も無く、ティラノサウルスの尾を模した部位・テイルディバイダ―で周囲の瓦礫等の障害物を破砕するオーズと、獅子や虎のような獰猛さを漂わせる暴走響がぶつかり合う。

 

 

***

 

 

「何なの………、何なのあの二人は!!もう終わり、何もかも……きっとあの二人は私達を殺しに来る!!」

 

 得体の知れない不安感と恐怖心に駆られ、半狂乱に陥ってしまった弓美。創世と詩織が崩れ落ちて泣き叫ぶ彼女を落ち着かせようとしても、

 

「そんな事無い!響も映司さんも私達を助けるために――!!」

 

「アレの何処が私達を助けるっていうの!!」

 

 涙目に叫ぶ弓美に未来の言葉は届かない。

 一方は数時間前のノイズ襲撃時にシェルターまで守ってくれたであろう男。もう一方がよく知るクラスメイト。その二人がいくら人助けの力を持っていても、今の暴走している二人が何かの拍子で自分たちを殺すのではないかと信じて疑わなかった。それほどまでに弓美は心に余裕を持つことが出来なくなっている証拠である。

 

「私は二人を信じる。絶対に」

 

 しかしそれでも未来は諦めずに信じ続ける。オーズは、響は絶対に何とかしてくれるという事を。

 

 

***

 

 

 ヒトであることを捨てて、文字通りの獣となった暴走響とオーズ。そしてその近くでは翼とフィーネが互いの得物で撃ち合っていた。

 しかし、状況は再生能力を持つネフシュタンの鎧を纏うフィーネに分があった。翼もフィーネと変わらない程に負傷しているが、天ノ羽々斬もといシンフォギアシステムには再生能力などと言う都合のいいシステムは存在しておらず、結果的に翼にだけダメージが蓄積されていくのだ。

 

「諦めよ。如何にこの私に斬撃を浴びせようとも、完全聖遺物の前では、再生能力を持つネフシュタンの鎧の前では玩具など役に立たぬ」

 

 切り裂かれたはずの心臓部が再生されたフィーネが不気味な笑みを浮かべる。

 

「雪音の時よりも早い…人の在り方すら捨て去ったか……ッ!」

 

「当然だ。私と融合したネフシュタンの性能だからな。面白かろう?」

 

 その時、カ・ディンギルが再度輝き始めた。まさか、と嫌な予感が翼の胸をよぎる。

 

「カ・ディンギルがいかに最強最大の兵器だとしても、ただの一撃で終わってしまうのであれば兵器としては欠陥品。必要がある限り、何発でも撃ち放てる。その為にエネルギー炉心には不滅の刃デュランダルを取り付けてある。それはまさしく尽きることのない無限の心臓なのだ」

 

 それを聞いた翼は、アームドギアを捨てて暴走響とオーズの間に入った。

 

「二人とも、私はカ・ディンギルを止める」

 

 暴走している二人がカ・ディンギルを止める事は恐らくは出来ない。絶唱を唄えば『天ノ逆鱗』でカ・ディンギルを破壊することは出来るだろうが、その為には幾つもの手順を踏まえる必要がある。

 その為に翼は、迫りくる二人を真正面から抱きしめた。

 

「立花、お前のこの手は束ねて繋げる力の筈だろ?映司さん(オーズ)、貴方のこの力は助けを求める誰かの手を取る為の筈でしょう?頼むから、力をそんな風に使わないでくれ」

 

 優しい声でそう語った翼は、『影縫い』で二人の動きを完全に止めた。これならば、テイルディバイダーで拘束を解除することは難しい事だろう。もしできたとしても、そうなる前に翼が決めれば済む話である。

 入院している奏の顔が脳裏に浮かんできた。もしかしたら永遠にサヨナラしてしまうかもしれない。先日海外進出の件を話したときは、悔しがったり喜んだりと賑やかな反応を示していた。時々意地悪してくる彼女だが、翼は、もし自分がいなくなったら奏はあの性格だから気丈に振舞っても、泣くときは隠れて泣いてしまうであろう場面を容易に想像してしまう。

 

「待たせたな」

 

「どこまでも剣と往くか」

 

「今日に、折れて死んでも、明日に人として歌うために、この()()()が歌うのは戦場(いくさば)ばかりでないと知れッ!!」

 

「ヒトの世界が剣を受け入れることなど在りはしない。在りはしないのだッ!!」

 

 翼は歌う。家族が、友が、仲間が生きるこの世界を救うために現時点で覚えている多くの技を駆使して徐々に、徐々にではあるがフィーネを追い詰めていく。

 『逆羅刹』で鞭を防ぎながら突撃し、隙が出来たところで得意技の『蒼ノ一閃』を放つも簡単に防がれてしまった。しかしそこは風鳴翼。如何に手を潰されようとも次の一手を用意することは忘れず、質量で攻める『天ノ逆鱗』が繰り出される。

 流石のフィーネも結界による防御技『ASGARD』を幾重にも張り、大質量の巨大剣を受け止めた。

 

「本命は……こちらだぁッ!」

 

 足場として繰り出した『天ノ逆鱗』の柄から飛翔し、新たに二振りのアームドギアを呼び出して刀身と足先から炎が燃え盛り、翼のシルエットを不死鳥に変えた。

 繰り出したこの『火鳥極翔斬』と呼ばれるその技は、フィーネの妨害を受けても尚飛翔し続け、エネルギーが臨界点を突破したカ・ディンギルを貫いた。

 激しい爆発が生まれるが、その煙の中から、その炎の中から翼が現れることは無かった。

 

「私の想いはまたも……!」

 

 破壊され燃え上がる塔を見上げてフィーネは今日一番の焦りを見せていた。

 どうしてこうなった。何故こんな結末になってしまうのか。また悠久の時を過ごさなければならないのか。屈辱と絶望を味わう彼女の背後では、正気を取り戻した響と、体が限界を迎えて強制変身解除を迎えて膝をつく映司が翼の決死の行動に涙を流す。

 

「ぁ……ぁ……翼さん……。そんな…………」

 

「まただ……また、俺は……」

 

 

***

 

 

「天羽々斬……反応途絶……ッ!バイタル……確認できません…」

 

 朔也が操作している端末に無情にもその一文が流れると、この場にいた人物たちは涙を流す者と悔しさを露わにする者に分かれていた。

 クリスのイチイバルも反応が途絶している事も合わせて、二人そろって生存しているかさえも疑わしい。

 二人をよく知る弦十郎は、未来ある二人の少女の安否を憂い、同時にフィーネを止めることが出来なかった自分を強く憎んでいた。もっと自分が非情になっていれば、あの時フィーネの芝居に手を止めていなければ、こんな事態にはならなかった。ならなかったはずなのに、と一人強く歯を食いしばる。

 

「身命を賭してカ・ディンギルを破壊したか、翼……お前の歌、世界に届いたぞ……世界を守り切ったぞ……守り切ったんだぞッ!」

 

「わかんないよ……ねぇ、どうして皆は戦うの?痛い思いして、怖い思いして、死ぬために戦ってるんじゃないのッ!」

 

 だが、誰もが皆弦十郎の様な心構えを持ち合わせてはいない。

 命のやり取りなんてアニメや漫画の出来事と捉えている立場にいる一般人の弓美は、どうして死んでるか生きてるかもわからない行動を翼は取ったのかを疑問に思い泣き叫ぶ。平時では例えにアニメを用いて茶化したりツッコミを入れる彼女だが、そんな事を言える余裕が無い。

 泣き続ける弓美に強く平手を打った未来が、同じく涙を流しながら強くしっかりとした口調で語りかける。

 

「わからないのッ?」

 

 未来は知っている。翼もクリスも、映司にそして響も根っこは自分達と同じ人間だ。泣けば涙は流すし、笑えば笑顔にもなれる。ここに来るまでの人生に大きな差異はあれど、特異災害(ノイズ)に対処できる力を持っていようと、皆普通の人とそうそう変わらないのだ。

 

「わからないの……」

 

 普通の人と変わらない筈の響達が戦うのはいつだって、誰かを守る為なのだと。

 未来のその真意を察することが出来た弓美は、膝から崩れ落ちて泣いた。

 

「司令!他の生存者の方々をお連れしました!」

 

「緒川さん、ありがとな」

 

 先程まで他の生存者の有無を確認して別行動を取っていた緒川が、合計十数人程のリディアンの生徒や近隣住民だけでなく、車椅子に乗って目元を包帯で隠している入院中の筈の奏を連れてきた。

 避難民の中で一番幼い少女、響のガングニールが覚醒した時に助けた少女がモニターに映る響に反応を示し、駆け寄った。

 

「あの、ビッキーの事知っているんですか?」

 

「はい。詳しくは言えませんが、うちの子はあの子に助けていただいたんです。自分の危険を顧みずに」

 

「響の人助け…」

 

 ふと弓美は少女に視線を向けていた。

 

「ねぇ、助けてもらった時怖くなかった?」

 

「こわかったよ。こわかったけどね、かっこいいお姉ちゃんが大丈夫だよって言ってくれたんだ」

 

 ――だから泣かなかったよ。

 爛漫な笑顔を浮かべて、弓美の質問に少女はそう返した。

 

「ねぇ、あのかっこいいお姉ちゃん助けられないの?」

 

 無理だ。誰もがそう言いかけて飲み込んだ。助けるとしても、一部の通路はふさがっているし、仮にあの場へ行けたとしてもフィーネに殺されるだけ。卑劣な罠により負傷した弦十郎でさえもだ。

 

「じゃあ、みんなで一緒に応援しようか。すみません、私たちの声を響達に届けるにはどうしたらいいんですか?響達を助けたいんです!」

 

「それならマイクの設備があるから、外のスピーカーに繋げればこちらの声を届けることは出来る。だけど、その為の電力が……」

 

「でしたら非常電源があります。そこを起動させれば」

 

「よし。藤堯は引き続き接続作業を続けてくれ。そして緒川お前は非常電源を頼む」

 

 指示に従った緒川について行く未来達四人は、中途半端に開いた扉の前に辿り着いた。残された隙間の向こうには電力復旧のための予備電源のブレーカーがある。床からの高さは緒川の様な成人男性の平均的な身長程なのだが、そこに通じるまでの隙間は緒川が潜り抜けるには狭すぎていた。

 全身の関節を外せば行けなくはないが、生憎緒川にはそんな芸当は持ち合わせていない。

 

「大人じゃ無理でもあたしならそこから入っていけるッ!アニメだったらこういう時は身体のちっこいキャラの役回りだしね。それで響を助けられるならッ!」

 

 先程の少女とのやり取りですっかり元の調子に戻った弓美が手を上げた。あの少女は響が戦いの中で救った尊い命。響は決して怖い思いをしただけではないと知り、反省していたのだ。

 

「でも、それはアニメの話で――!」

 

「アニメを真に受けて何が悪いのッ!ここでやらなきゃあたしアニメ以下だよッ!頑張らなきゃ、踏ん張らなきゃ非実在青少年にもなれやしないってのに、響の友達だってこの先胸を張って答えられないじゃないッ!」

 

 未来の制止もなんのそのと言わんばかりに饒舌になった弓美に創世と詩織も響を助けるために手を上げた。

 

「みんな、ありがとう……!」

 

 

***

 

 

 破壊され、崩れ落ちるカ・ディンギルの残骸を前にフィーネは苛立ちを爆発させていた。

 今までに荷電粒子砲にかけた時間や資金、労力の殆どが総て無駄になったのだ。よもや玩具に二度までも邪魔されるとは夢にも思わなかった。

 本来の計画であれば、月を破壊することでバラルの呪詛が解かれ、それと同時に重力崩壊を引き起こす。その惑星規模の天変地異を前に恐怖し狼狽える人類を片っ端から、聖遺物の力を振るうフィーネの名の元に帰順するはずであった。

 

「痛みだけが、人の心を繋ぐ絆ッ!たったひとつの真実なのにッ!!それを、お前は――お前たちはッ!」

 

 尚も叫びながら怒り続けるフィーネは茫然自失の響と、意識はある物のダメージが溜まりすぎて自分から動く事も出来ない映司を執拗にけり続ける。

 その姿はまるで、自分思い通りに動かないことに腹を立てて物に当たる子供のようであった。しかし実態はそんな生易しい物ではない。

 響の心は折れきっていた。立て続けに手を取り合った仲間が、友達が、学校が、そして陽だまりである未来もいなくなって、戦う理由を見失っていた。立ち上がることも、暴行を加えるフィーネに対抗する事も出来なくなっていた。

 

「もうずっと遠い昔――あのお方に仕える巫女であった私はいつしかあのお方を、創造主を愛するようになっていたが、この胸の裡を告げることはできなかった。しかし、ある時私が子の胸の想いを伝えようとするその前に私から、人類から言葉が奪われた。バラルの呪詛によって唯一創造主と語り合える統一言語が奪われたのだ。私は今日まで数千年に渡りたった一人、バラルの呪詛を解き放つため抗ってきた。どれほど時間をかけても、どれほどに肉体を喰らいつくしても、いつの日にか、統一言語にて胸の内の想いを届けるために……」

 

 怒りが落ち着き、欠けた月を見上げて吐露するはフィーネの一途な恋の独白。

 それを聞いていた映司には、少なからずのシンパシーを感じていた。マリアに対する恋心を自覚するのが遅すぎて、想いを伝える前に彼女はセレナ達三人と共に日本を発った。フィーネと比べると余りにもスケールが違い過ぎているし、会いに行ける可能性が無いわけでもない。だが、フィーネにはそんな可能性は映司のよりも低いのである。

 

「胸の、想い?……でも、だからって…」

 

「是非を問うな!恋心を知らぬ小娘が!」

 

「やめてください……了子さん!」

 

 声を出すのもやっとなその制止の声は勿論フィーネに届きはしなかった。仮に届く距離であったとしても、頭に血が上っている彼女には決して届かない事だろう。

 ならば、と映司はドライバーから零れ落ちた紫のメダルをケースに収納して、寝そべった状態で赤い三枚のメダルをゆっくりと一枚ずつ装填していくが、フィーネに感づかれてしまったようでネフシュタンの鞭で上半身を拘束されてしまった。これでは、変身することは叶わない。

 

「シンフォギアシステム最大の問題。それは絶唱使用時のバックファイアまたは後遺症にある。融合体であるお前が絶唱を放った場合、果たしてどこまで負荷を抑えられるのか研究者として興味深いところではあるのだが、最早お前で実験してみようとは思わぬ。私のこの身もお前と同じ融合体だからな。新霊長は私一人だけで、私に並ぶ他の者は全て絶やしてくれる」

 

 死なせない程度に痛めつける事に飽きたのか、それとも反応してこない響にほとほと醒めてしまったのか。どちらにせよ、響に対しての興味がすっかり消え失せていた。

 振り上げた二本の鞭の先にクリスが放った時とは違うエネルギー球を作り出したその時、地面から金色に輝く光球がホタルの様に天に昇っていく。

 

「何処だ、一体何処から聞こえてくる。この不快な――歌?いや待て……歌、だと……」

 

 何かの違和感を覚え動揺を隠しきれないフィーネ。映司を縛り上げていた鞭が緩んでいることにさえ気が付かない程に動揺していた。

 この歌の正体は崩壊している校舎に取り付けられていた数々のスピーカーから流れていた、リディアンの校歌を歌う少女たちの歌声であった。

 響にとって日常の象徴たるその効果はしっかりと彼女の耳に届き、耳を澄ませば未来の歌声も交じっている。

 

「聞こえる……聞こえるよ、皆の歌が……私を支えてくれている皆は、いつだって側に……皆が歌っているんだ……。だから、まだ歌える。頑張れる。戦えるッ!!」

 

「行こうか、響ちゃん。変身!」

 

「はい、映司さん!」

 

タカクジャクコンドル

タァァジャァァドルゥゥ!!

 

――Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

――Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

――Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

 朝日と共に現れた不死鳥が大空を舞い、三本の光の柱から蘇った三人の戦姫達の周囲を飛翔し続け、全身を包んでいた炎をすべて払うとそこには、黒いボディに真紅の装甲とバイザーと複眼を持ち、胸部のオーラングサークルは他のコンボの時と違い不死鳥の紋章に変化していた。

 

「まだ、戦えるだとッ!?何を支えに立ち上がるッ!?何を握って力と変えるッ!?この鳴り渡る不快な歌の仕業か?そうだ、お前がお前達が纏っているモノは何だ?心は確かに折り砕いたはずだ。なのに、何を纏っている?それは私の作ったモノか?それは何の聖遺物なのだ?!お前の、お前達の纏うそれらは一体何だッ!?何なのだッ!?」

 

「シンフォギアー!!」

 

「オーズだ!!」

 

 今ここに、限定解除(エクスドライブ)を手に入れた三人の戦姫達と、不死鳥の異名を持つ仮面の戦士が現れたのだった。

 

 

 

 

 

続く



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夜明けと黙示録と三枚のメダル

前回の三つのあらすじ

一つ、カ・ディンギルの射線を逸らすべく絶唱を紡いだクリス。しかし、月の完全破壊は免れたが、クリスは地表に激突してしまった

二つ、フィーネに敗れたオーズが突如として新たなコンボに変身。暴走状態に陥っていた響と激突してしまう

そして三つ、戦う気力と体力も残っていなかった四人が、リディアンの生徒達の歌により響達三人はエクスドライブに、映司は不死鳥のコンボに姿を変えた

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

プトティラ

タジャドル


 

 夜明けの空に舞う三人の戦姫と真紅の戦士。

 モニターに映る四人の雄姿を視界に収めるのはリディアンの校歌を歌い、響達に自身の無事を報せた未来達リディアンの生徒数名と避難してきた街の住人達。傍らでは響に助けられた少女が目を爛々と輝かせていた。

 一時的に視力を失っている奏はモニターを視る事は出来なくとも、この場で沸き起こる歓声で翼が立ち上がって戦う気力を取り戻したことを理解した。

 後輩たちが歌っている中で弦十郎から翼の敗北を聞いた時は何かの冗談ではないのかと、教えてくれた弦十郎に突っかかりそうにはなったが、例え今は負けたとしても、翼は必ず立ち上がると信じて必死に堪えた。そしてこの歓声を聞いた時には胸の中で渦巻いていた不安は消えていた。

 

「奏さん、翼さんたちが…!」

 

「ああ、分かってるさ」

 

 行け、翼。反撃開始だ!

 もう一度戦い歌う為に立ち上がっただろう友に向けて胸の中でエールを送る。目が見えない今の奏にはそれしかできないが、精一杯できる唯一の方法でもある。

 

 

***

 

 

 響達の纏うシンフォギアはそれぞれのパーソナルカラーが基調になっているのが特徴なのだが、今の彼女たちのギアは白基調にそれぞれのパーソナルカラーが差し色に変化しており、元来飛行脳能力を有していなかったシンフォギアに、新たに飛行能力を秘めた大翼(だいよく)が備わったのだ。

 その三人に並び立つのは三枚の鳥系コアメダルから変身したこのコンボは、オーズの変身するコンボの中でも紫のコンボに次ぐ火力を誇っている。頭部は通常のタトバコンボや亜種コンボ時と大きく変化、複眼も緑から赤に変色しており、赤いバイザーも出現している。クジャクの亜種コンボ時よりも飛行能力はけた違いな程に上昇している。

 それぞれの形態の名は、エクスドライブモードとタジャドルコンボ。

 

「みんなの歌声がくれたギアが、私に、私達に負けない力を与えてくれる!クリスちゃんや映司さん、翼さんにもう一度立ち上がる力を与えてくれる歌は戦う力だけじゃない命なんだッ!」

 

「今度こそ了子さん、貴女を止めて見せる!」

 

 不死鳥が描かれたオーラングサークルに添えた左腕に、バックラーの形状に似ているタジャドルコンボの専用武器であるタジャスピナーが召喚される。

 その時、響達三人の胸のマイクユニットからそれぞれ赤、青、黄色の光がタジャスピナーに流れ込んだ。疑問に思ったオーズが中を調べると、見覚えのない三枚のコアメダルらしきメダルが出現。黄色いメダルには槍と拳のレリーフが、青いメダルは日本刀、そして赤いメダルにはクロスボウがそれぞれ刻まれていた。それがガングニール、天羽々斬、イチイバルの力を宿したメダルであると推測した。

 

「二年前の意趣返しと言うのか……だが所詮聖遺物と言えど欠片如きがこの私に勝る等とっ!!」

 

 忌々し気に見上げるフィーネの視界に収まる四人の姿。特にクリスは超高度からの落下、翼はエネルギー臨界のカ・ディンギルへの激突に生じた爆発に飲み込まれそれぞれの生存は絶望的だったはずだ。それが今ではフィーネの頭上で負傷している様子も無いままに滞空しているのだ。

 原因が二年前のネフシュタンの起動実験と同様、沸き上がるフォニックゲインの高まりによるものだと瞬時に理解できたフィーネの頭にクリスの声が響き渡る。

 

――んなこたぁ、どうでもいいんだよ!――

 

「念話までもかッ!」

 

 自分の知らない未知の領域を見せ付けられて虫の居所が悪くなると量子化していたソロモンの杖をその手に呼び出してそれを高く掲げるフィーネ。

 

「限定解除されたギアを纏い、今更見慣れたコンボを遂げて何になる!」

 

 ネフシュタン由来のエネルギーをソロモンの杖に溜めながらの状態でフィーネは響達に念話で語り始める。

 

――そもそもノイズとはバラルの呪詛にて、相互理解を失った人類が同じ人類のみ殺戮するために作り上げた自律兵器――

 

――人が人を殺す為に?!――

 

――バビロニアの宝物庫は扉が開け放たれたままでな。そこから十年に一度の偶然を私は必然を変え、純粋に己の力として使役しているだけのこと――

 

 充填しきったソロモンの杖を掲げると、宝玉の部分から溜められたエネルギー球が発射されて花火の様に爆散した。

 拡散されたエネルギーは千を超えるノイズを生み出し、地を、空を埋め尽くさんばかりに増殖していく。町の方にまだ避難出来ていない人が何人かいるに違いない。今更過ぎる物量戦を仕掛けるを見るに余程フィーネには余裕と言う物が無いのだろう。邪悪な笑みを浮かべているようだが、その面の下は大いに焦っている事だろう。

 

「翼ちゃん、さっきはごめん。俺、暴走してたみたいで」

 

「意識があったんですか?!」

 

「うん。半分だったけど、本当にごめんなさい」

 

「え、映司さんだけの責任じゃないですよ!それを言ったら私だって翼さんに――!」

 

「もういい。二人は私の呼びかけに応えて自分から戻ってくれた。立花はその自分の強さに胸を張ればいいし、オーズは今後出来るだけ紫のメダルの使用を控えてもらえますか?」

 

「え、いや、あの俺変身した時のプロセス覚えてないんだけど?」

 

「控えてもらえますか?」

 

「……はい」

 

「それと立花、作戦行動中は彼をオーズと呼べと司令から言われて無かったか?」

 

「うっ、ご、ごめんなさい……」

 

 翼の指摘に項垂れる響ではあったが、フィーネはオーズの正体なんて分かりきっていると言うのに何故今更こんな指摘を受けなければならないのだろうかと思った所でうっかり念話に出そうなので飲み込んだ。

 

「身内ネタやってる場合か!後れを取るんじゃねーぞ!」

 

 四人が街を跋扈するノイズへと飛翔する。

 三人の戦姫達の歌が各々の出力を高めていく。今までは決定打にならなかった大型ノイズへ装甲を稼働させた響の拳が突き抜けて、後方の二体目も纏めて撃破する。それ程に威力は向上している事に驚きを隠せない響はすぐに次の大型ノイズに狙いをつける。

 その近くではビルの合間を縫うように低空で飛行するオーズが左腕のタジャスピナーから火炎弾を撃ち出して小型大型問わず撃破しつつ、クジャクの羽を模したエネルギー弾を広げて乱射。

 更にタジャスピナーを開き、内部にある七枚の銀色のメダル。セルメダルと呼ばれるその内の三枚を取り除き、ドライバーのメダルをタジャスピナーに再装填。蓋を閉じ、オースキャナーで読み込んだ。

 

タカクジャクコンドルギンギンギン

ギガスキャン!!

 

 突如としてタジャスピナーから炎が湧き出て、瞬く間にオーズの全身を包み込んで巨大な不死鳥が現れた。スキャニングチャージとは違う、三枚以上のメダルの力を開放して放たれるタジャドルコンボ特有の必殺技『マグナブレイズ』だ。

 

「セイヤーっ!!」

 

 燃え盛る炎に身を包み、やがて不死鳥となったオーズが一度に多くの空母型を貫き、その余波で眼下の通常ノイズ達を纏めて焼き尽くしてその全てが爆散する。

 爆散した空母型だった粉塵を突き抜けて現れたのは両手に握られたアームドギアを極限にまで変化させたクリス。

 

――やっさいもっさい!!――

 

 出来上がった大型飛行ユニットを纏う彼女が東北地方の祭囃子の掛け声に合わせて上空からビーム状の『MEGA DETH PARTY』を放てば、一発も外すことなく的確に駆除していく。浮遊する大型の空母ノイズが何度も小型飛行ノイズを吐き出すも、余すことなくイチイバルの餌食になっていた。

 

――すッごいクリスちゃん乱れ打ちぃッ!――

 

――全部狙い撃ってんだッ!――

 

――だったら私がぁ…乱れ打ちだァッ!――

 

 精一杯振りかぶった拳を振りぬいて眼下にいた地上を跋扈する通常型を複数体撃破。更に脚部のジャッキパーツを稼動させてのキックでまた別の空母型をも撃破する。

 続けて翼が強化された得意技『蒼ノ一閃』で空母型二体を葬り去ると、蔓延っていた多くのノイズが何処かへと移動を開始しているのが見えた。どのノイズもわらわらと同じ方角へと走ってはいるが、人間を襲うべく闊歩している様には見えなかった。

 

「どんだけ出ようが、今更ノイズ!」

 

 あたし達の敵じゃねぇと意気揚々にクリスが吠える。

 しかし、何の為にフィーネは悪足掻きの様にも思えるノイズの大量召喚を行ったのだろうか。

 考えられるべきは二つ。

 一つは圧倒的数による物量作戦。万をも超えながら尚も増え続けるノイズを以て、スタミナ切れを起こさせ倒すという戦法だ。だがしかし、先程もクリスの言う様に、召喚されているのは今まで散々倒してきたタイプのノイズだ。今の四人からしてみれば、恐れるに足らず。それをフィーネが分かっていないことはあり得ないので、これは無いだろう。

 そしてもう一つは、四人の注意を本命から逸らすこと。十分に注意を逸らせておいて、その間にとっておきの奥の手の準備に取り掛かり更なる切札を用意するのだが、カ・ディンギルが倒壊した今、更なる切札があるのだろうか。

 

「ぐぅぁ……がぁっ!!」

 

 その時四人の耳に突如としてフィーネの苦悶の叫びが届いた。

 見るとそこではソロモンの杖で自身の腹部を貫くと言う奇行にフィーネが走っていた。その上ネフシュタンの鎧の回復能力も機能し、杖と肉体が融合。更に残っていた多くのノイズが彼女を覆い始めた。

 ノイズに取り込まれているのかと驚く響に、そうではないとクリスが異を唱えた。

 

「取り込まれているんじゃない。あいつが……フィーネがノイズを取り込んでいるんだッ!」

 

 してやられたと吐き捨てながらも急いでフィーネの元へと急行する。

 ノイズ討伐の為にフィーネから随分と引き離されてしまった。まんまと彼女の策略に乗ってしまった四人は進路を阻む飛行型を蹴散らしながら飛行していくも、阻止するには余りにも遅く、フィーネは炉心としての役割を終えたデュランダルすらも吸収してしまう。

 そうして現れたのは、強襲型よりも、空母型よりも巨大な龍の様な怪物だった。

 今までに相手をしてきたどんなノイズとも比べ物にならない程の威圧感を全身で感じ取る四人だったが、龍はステンドグラスの様な装飾が施されている頭部から極太の破壊光線を吐き出して街を薙いだ。彼方では巨大な爆発が起き、赤く抉れた大地がその高すぎる威力を物語っていた。

 

(さかさ)(うろこ)に触れたのだ。相応の覚悟は出来ているのだろうな?」

 

 二射目を撃ち出す前に、四人はあらゆる角度から龍に目掛けて必殺技を叩き続ける。

 しかし響の強化された拳や蹴りが、クリスのフルバーストが、翼の斬撃波が、オーズの必殺キック『プロミネンスドロップ』が止め処なく龍に攻撃を仕掛けていくが、ネフシュタンの再生能力により深紅の身はどれほど傷つけられようとも、瞬時に傷一つない元の光沢を保ち続けている。

 その龍の体内でフィーネは静かにほくそ笑む。

 

――無駄だ!如何に限定解除されたギアであっても、所詮は聖遺物の欠片から作られた玩具。完全聖遺物に対抗できるなどと思うてくれるな!貴様らとは数が違うのだ!!――

 

 そのフィーネの念話でクリスと翼はあることに気が付いて互いに頷き返す。オーズは複眼がほんの一瞬だけ赤から紫に変化して元の赤い複眼に戻ると、紫のメダルと新たに生まれた三枚のメダルを取り出すと、ある策が浮かび上がって、それぞれ響に視線を向ける。

 三人の視線を受けて響は戸惑いを見せつつも意を決して応えた。

 

「えぇと…、やってみます!」

 

 視線を交わした四人が動き出す。

 オーズを先頭に、翼とクリスが続いて攻撃を再開する。再度放たれた『プロミネンスドロップ』に、最大まで威力を高めた得意技の進化版『蒼ノ一閃滅破』が龍の喉元を穿つ。すかさずそこに、再生能力が機能する直前に真っ先に内部に進入したクリスの絶え間ないフルバーストが龍の傷口を広げていく。続けて進入した翼とオーズが心臓部のフィーネと相対するが、狙いはその手に握られたデュランダル。

 今のフィーネにネフシュタンの主兵装たる鞭は装備されておらず、しかも攻撃のリソースが龍の方に割り振られているようで先程見せた戦闘スキルが今の彼女には無かった。

 

ギンギンギンギンギンギン

ギガキャン!!

 

 だからこそ、今この時がチャンスなのだ。

 セルメダルのみで繰り出されるギガスキャン技を左腕に纏い、オーズはフィーネの手中に収まるデュランダルを殴ってクリスへと弾き飛ばし、取り戻さんと伸びてくるフィーネの触手を翼が総て切り捨てていく。

 目には目を歯には歯を、完全聖遺物には完全聖遺物を。

 数でフィーネが勝るならその分減らせばいい。

 

「今だ、響ちゃん!!」

 

「そいつが切り札だ!」

 

 オーズと翼の合図に響は身構える。

 

「正気をこぼすな、掴み取れ!」

 

「ちょせいっ!」

 

 飛距離が足りず落下し始めるデュランダルをクリスが銃撃で響の元へと弾き飛ばし、距離を稼いでいく。

 響が手を伸ばす。以前デュランダル移送の際には暴走状態に陥ってしまい、甚大な被害を及ぼしていた。その時の記憶はハッキリと残ってはいないが、今の自分ならきっと大丈夫と己に言い聞かせてしっかりとデュランダルを掴み取った。

 瞬間、響の目が赤く染まると途端に体全体が黒く染まっていく。『全てを壊せ、殺せ、潰せ』と強い破壊衝動が剣を握る両手を伝い全身に纏わりついた。いくら限定解除され、通常時よりも多く溢れ出るフォニックゲインをその身に纏わせていても、破壊衝動はお構いなしに響の精神を蝕んでいくが、響は耐える。金色の輝きを放ち絶大な力を誇る聖遺物から来る破壊衝動を必死に耐え続ける。背中を押してくれている皆の為にも、共に戦ってくれている三人の心強い仲間たちの為にも。

 その時、リディアン地下シェルターの出入口を塞いでいたシャッターが吹き飛んだ。

 シャッターを蹴り飛ばせるまでに回復した弦十郎を先頭に、緒川ら二課の職員と友里の肩を借りている奏、リディアンに入学してからできた友達、そして未来が飛び出して、呑まれかけながらも抗い続ける響に声援を送った。

 

「正念場だッ!踏ん張り所だろうがッ!」

 

 腹部を貫かれて相当の痛みが支配している身であると言うのに、居ても立っても居られない彼は自分以上に苦しんでいる弟子の姿を見て腹の底から叫ぶ。

 

「強く自分を意識してください!」

 

「昨日までの自分を!」

 

「これからなりたい自分を!」

 

「ガングニールを信じるんだ!」

 

 緒川が、藤堯が、友里が、奏が響に声援を送る。響が二課に関わってから今日までずっと裏から支えてくれた仲間達や先輩が背中を押してくれている。

 

「屈するな立花ッ!お前が構えた胸の覚悟を私に見せてくれッ!」

 

「皆がお前を信じ、お前に全部賭けてんだッ!お前が自分を信じなくてどうすんだよッ!」

 

 翼とクリスがデュランダルを握る響に手を添える。

 初めはどちらとも衝突する事はあったが、アームドギアを生み出せない響だからこそ、何も握っていないこの手を諦めずに伸ばし続け、手を取り合って分かり合うことが出来た。

 今回もそうだ。ただ了子を、フィーネを倒す為ではない。邪魔な殻をぶっ壊して、その中の彼女に手を伸ばす。

 

「あなたのお節介をッ!」

 

「あんたの人助けをッ!」

 

「今日はあたしたちがッ!」

 

 リディアンで新たに出来た響の友達もまた、響の人助けを日ごろから見て知っていた。だから今度は、今回は彼女たちが響の背中を押す番なのだ。

 地表から送られる響へのエールに煩わしさを感じたフィーネが響達に触手攻撃を繰り出すが、響達を包むバリアフィールドによって阻まれる。ならば今度はと目標を地表の弦十郎達に切り替えて襲い掛かるが、そこはオーズが各コアメダルのギガスキャン技や大量に展開されたクジャクの尾羽を模したエネルギー弾ピーコックフェザーで阻止し続けて妨害も叶わなかった。

 そのフィーネの妨害攻撃に刺激されたのか、デュランダルからの強力なエネルギーがついに響の全身を真っ黒に染め上げた。完全なる暴走状態になってしまったら今度は地表にいるみんなが危ない。一帯に蔓延しているフォニックゲインと気力で必死に紫のメダルの沸き上がる破壊衝動を抑え込みつつフィーネの妨害攻撃を確実に防ぎ続ける。

 

「響ーっ!」

 

 小日向未来が響の名を叫んだ。

 瞬間、響の心と体を蝕んでいた黒い破壊衝動が瞬く間に胸の傷へと吸い込まれていく。あれ程にまで抗うので精一杯であったにもかかわらず、今ではすっかりと体の制御を完全に取り戻すことが出来た。

 振りかざすデュランダルの刀身に光がまとわり、天に向かって伸びだした。

 

「(そうだ。今の私は私だけの力じゃない、この衝動に――塗り潰されてなるものかッ!!)」

 

 暴走状態から克服し、金色の剣を掲げる戦姫。その姿に巫女は恐怖を覚えた。

 

「その力、……何を束ねたッ!?」

 

「響き合うみんなの歌声がくれたシンフォギアで――ッ!!」

 

 振り下ろされた光の刃『Synchrogazer』の威力の前に為す術もなく、龍の体が崩壊していく。

 余りにも強大な威力の前にネフシュタンの回復能力は追いつかない。

 その中で狼狽えているフィーネ。彼女がいる区画でも爆発が連鎖的に生じ、己が内包するネフシュタンの性能をフルに引き出そうとしても、完全聖遺物同士の衝突により生じる対消滅で回復効果を阻害しているのだ。

 

Scanning Charge

 

 そんな崩壊中の龍の体表を突き破って突入したのは、三度目に繰り出されるオーズの必殺技『プロミネンスドロップ』だ。その技は両足のアーマーが展開して猛禽類の脚を思わせる膝蹴り。しかし、ただ単に膝蹴りで終わらせずにオーズはフィーネの両腕を脚でしっかりと掴んで身動きを封じる。

 

ガングニールアメノハバキリイチイバルプテラトリケラティラノ

キャン!!

 

「その体、返して貰う!」

 

 オーズには知る由は無いのだがガングニールと天羽々斬そしてイチイバルのシンフォギアのアームドギアの彫刻が施されたメダルにはフォニックゲイン、紫の恐竜メダルには氷雪だけでなく『無』とも言うべき能力が備わっている。狙いはこれらのメダルによって引き出されるギガスキャン技で櫻井了子の肉体からフィーネの精神を引きはがす事。

 複眼が一瞬だけ紫に染まった際に見得た了子を救う唯一の方法。都合(タイミング)が良すぎる能力ではあったが、今はこの方法に賭けるしかなかった。

 反撃できないこの状態でフィーネの身柄を引きずり出し、そのままタジャスピナーを腹部に叩き付けた。奇しくもそこは、弦十郎が渾身の一撃を繰り出した箇所でもあった。

 

 

***

 

 

 大地が夕焼けの色に染まりだす。

 嘗ては多くの女子生徒の歌声が響いたリディアンの学び舎も、汗を流しながら駆け抜けたグラウンドも見るも無残に更地となって荒れ果てたこの大地を響とオーズの肩を借りてフィーネは弱々しい足取りで歩みを進めていた。

 身に纏っていたネフシュタンの鎧はデュランダルと共に完全に消え去って、その姿は直前に見せていた白衣姿の了子に戻っており、今の彼女からすっかりと覇気が消え去り別人のように様変わりしていた。そこに、先程まで見せていた先史文明期の巫女の面影は残っていない。

 

()()な事を……」

 

 仰向けに寝かされてポツリとつぶやく。

 何故とどめを刺さないのか、何故こんな自分を助けたのか。疑問に満ちた眼差しを受けた二人にはこれ以上フィーネと戦うことも、ましてや命を奪う事など望んでなかった。

 

「もう、終わりにしましょうよ、了子さん」

 

 仮面に覆われていて表情が分からずとも、声音からオーズには敵対の意思が現れていない。

 

「私はフィーネだ…」

 

 乱れた黒髪の隙間から鈍く煌く金色の眼。了子として接してきた時は色付きの眼鏡をかけていたのは、その瞳の色を誤魔化す為の物だったのだと二課の誰もが理解できた。

 

「言ったであろう?櫻井了子の意識は食い尽くしたと」

 

「そうですけど……俺にはそう思えないんです。クリスちゃんや弦十郎さんをいつでも殺せるはずだったのにそうしなかったのは…、クリスちゃんにカ・ディンギルの事を教えたのは…」

 

 本当は本の僅かながらに残っていた了子の意思が止めてもらいたかったのではないかと。そう言いたかったオーズに答えるつもりは無いとフィーネが手で制した。どちらもフィーネの思惑でしかなく、了子の意思は関係ないと、止めてもらいたかったわけでもないと返して彼女は視線をオーズから響へと向ける。

 

「何と言おうと、私にとって、私たちにとって了子さんは了子さんなんです。私たちはきっとこれからもずっと分かり合えます」

 

 響がフィーネの手を取ってクリスの時と変わらずに怒りや憎しみに流されず、同時に相手と分かり合おうと言う姿勢を見せる。

 そのやり方は、フィーネの取ろうとした行動とは正反対のものだった。

 クリスにも言ったように、フィーネは痛みで人と人を繋ぎとめようとした。

 そもそもノイズが如何にして生まれたのか。それが先史文明期の人間によって生み出されたとフィーネは語りだす。昨日まで分かり合い手を取り合っていた人間同士が統一言語を失った瞬間、敵同士になり殺し合う事を求めた。そう言った人間たちが分かり合えないと判断し、フィーネはこのやり方を選んだのだ。

 

「人が言葉よりも強く繋がれること。それが分からない私たちじゃありません」

 

 響の両手でしっかりと握り締められていたフィーネの掌がゆっくりと淡く輝き始めると次第に巫女の全身を巡って温かく優しい光が包み込む。オーズが最後に決めたギガスキャン技が今作用し始めた。櫻井了子の肉体が先史文明期の亡霊から解き放たれる。

 フィーネの最期か。ふいにクリスがそう呟くが、当の本人がそれを否定する。

 

「私は死なん。例えこの身が朽ち果てようと、魂までは朽ち果てない。聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形がある限り、私は何度だって世界に蘇る。それが何処の時代の何処の場所でも……それがこの私、永遠の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだ…」

 

 先史文明期の巫女を包む輝きが徐々に強くなっていく。

 

「じゃあ、最後に。蘇る度に私たちの代わりにみんなに伝えてください」

 

「この世界に痛みを与えるだけの力なんて必要ないってこと。俺達は言葉を越えて一つになれて、未来(みらい)にきっと手を繋げられることを」

 

「私たちにはそれを伝えられないから、了子さんにしか出来ないから」

 

「だから貴女に、未来を託します。()()は俺達が手を取り合って、守ってみせます!」

 

 オーズの手も重なった。

 今まで痛みや悲しみだけを伝えてきたのだったなら、次からは優しさは勿論強さと温かさを伝えてほしい。そう受け取ったフィーネは呆れながらも、微笑みを浮かべる。

 

「私からも最後に……胸の歌を信じなさい。そしてどれだけ伸ばした手を払われようとも、最後まで諦めないで」

 

 やがて完全に光に包まれると元の櫻井了子の身体だけが残り、先史文明期の巫女の魂は光の粒子となって、宵の明星が輝きだした大空へと溶けていった。

 だが、これで全てが解決したという事にはならない。

 クリスが命がけで絶唱を用いて荷電粒子砲を逸らしても、それによって生じた月の欠片。藤堯が持ち出した端末ではじき出した軌道計算によると、欠片の落下は免れないとのこと。

 激戦の最中で気にする余裕が無かったにせよ、このままでは()()は滅亡してしまうだろう。

 

「じゃあ俺、ちょっと行ってきます」

 

 危機感と絶望感が漂うこの場に相応しくないまるでコンビニに行くような声音でオーズは背面のウィングを広げ、落下し続ける月の欠片へと飛翔。そのまま成層圏を抜け出すと、オーズの鎧の性能か呼吸が地上にいるときと変わらず出来ている事に驚きつつも、迫る強大な欠片を見据えてオースキャナーを構える。

 その時、背後から三人の少女達が紡ぎ出す爽やかな歌が虚空に響き渡る。

 

――そんなに(ヒー)(ロー)になりたいのかよ?――

 

――映司さん、私たちを置いてけぼりにするなんてヒドイですよー!――

 

――まさかこんな大舞台で挽歌を歌う事になるなんて、想いもよりませんでしたよ!――

 

「皆……何でッ?!」

 

 たった一人で事を済ませようとしたオーズに呆れた顔して三人はここまで翔んできた。

 三人ともオーズが己の命を棄ててまで月の欠片を破壊するとは思ってもいなかったが、どうせやるならば手が多い方が良いだろうとのことで後を付いてきたのだと言う。

 色々と言いたいことがあったオーズだが、ここまで付いて来たのなら共に事に当たるしかないだろう。三人は絶唱を紡いで己のフォニックゲインを極限に高めていき、オーズはオースキャナーを構えた。

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal

 

Scanning Charge

 

――Emustolronzen fine el baral zizzl

 

Scanning Charge

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal

 

Scanning Charge

 

――Emustolronzen fine el baral zizzl

 

タカクジャクコンドルギンギンギン

ギガスキャン!!

 

 絶唱によるブーストで翼はアームドギアを肥大化させ、クリスは限界までミサイルを生み出し、響は両手足の装甲に内蔵されたハンマーパーツとジャッキを最大限引き伸ばし、オーズは三連続のスキャニングチャージで活性化させたベルトの赤いメダルを用いてギガスキャン。

 タジャスピナーから溢れ出る炎が四人を包み込む程の巨大な不死鳥が一瞬だけ形成されると、余剰エネルギーがオーズから響達に行き渡り、その剣に、その矢に、その拳に炎が宿る。

 そうして放たれる四種の攻撃。

 粉々に砕け散る月の欠片。

 口から血を流す戦姫達と、仮面に罅が走る不死鳥。

 命を賭けた四人の奮闘が、世界を救った。

 

 

***

 

 

 後にルナ・アタック事変と呼ばれるようになったあの日から、実に三週間の時間が経過。被害を受けた地区は未だに復興の只中にあり、未だに倒壊の危機が見える家屋がそのままの状態で放置されている。

 落下する月の欠片を破壊し、見事に世界を救った筈の四人は、事件後の捜索の甲斐も無く打ち切られて、作戦行動中の行方不明から死亡扱いになっていた。

 雨が降りしきる中、傘を差さずに手向けの花束を抱えて機密上の関係で名前も何も刻まれていない墓前で佇んでいるのは小日向未来ただ一人。弦十郎に渡した響の写真が目印にされているその墓を前にして、膝から崩れ落ちて泣き出した。

 響が死んだなんて未来には到底信じられる事ではなかった。未だに遺体が見付かってないから生きているかもしれないと昨日まで強く思っていたが、何も入っていない何も刻まれていないその墓を見て、響はまだ生きているかもしれないと言うその思いは無惨にも打ち砕かれてしまった。

 立花響はもういない。彼女は死んだのだと突きつけられている様で。

 いつの間にか雨は止んだものの、未来の内面は晴れないまま。

 その時、車のスリップ音と激突音が未来の耳に届いた。涙を拭ってその場に走ると、そこではジリジリと迫り寄せるノイズから一人の女性が大破した車から逃げ出していた場面であった。

 中学時代陸上部だった未来は、女性の手を取って駆け出した。

 諦めちゃダメだ。響達がつないでくれた今を無駄にしないためにも。

 入り組んだ路地に身を隠し、廃屋を抜けつつ二人は走り続けるが、未来に手を引かれている女性が限界を迎えていた。

 

「もう、ダメ………動けない…!」

 

 過度の緊張感が祟り、積もった疲労感が女性の体力を奪いその場に膝をついてしまった。

 未来が女性の方を見ると、その背後に続々と撒いた筈のノイズが徐々に姿を表しており、進行方向からもまたノイズが群れを成して二人を完全に囲んでいた。

 逃げ場がなくなったというのに、未来は諦めない。恐怖で蹲る女性を守る様に両手を広げ立つ。

 

――Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

 突如として未来の耳に届く()()。ノイズの群れを瞬く間に葬る四つの軌跡。

 もしかして、と視線を巡らせるとそこには、クリスと翼。オーズの変身を解いた映司。

 

「ごめん未来……色々と機密を守らなきゃいけなくてさ……未来にはまたホントのことが言えなかったんだ」

 

 そして、満面の笑顔を浮かべた響が皆揃って生きていたのだった。

 親友が生きていたことに未来は感極まって響に駆け寄って抱き着いた。

 

 

***

 

 

 感動の再会の一場面を見ていた映司。青春だなぁと年より臭い独り言を漏らして、先程まで腰に着けていたドライバーに目を落とす。あの戦いの最中に訪れた都合が良すぎた現象が気掛かりで、了子不在の今詳しく調べる事が出来ないでいた。今思い返してみれば()()()()()()()()感覚に近かった。これがオーズドライバーの完全聖遺物たる所以(ゆえん)なのだろうか。

 だがしかし、フィーネがいなくなろうと、ソロモンの杖が厳重に保管されようともノイズの発生は止まらない。事件は解決しても、ノイズが発生する限り映司達の戦いに終わりは無い。

 未来が命がけで守った女性には二課の女性スタッフが付いており、機密関連の念書を書かせていた。今回は間に合いはしたが、今後同じ様に救い出せるとは限らない。そうならない為にも、映司は改めて脅威に立ち向かうだけでなく、助けを求めている手を取り続ける決意を決めた。

 

 

 

 

 

第一部 完




今回で無印編は完結し、次回しないを投稿いたしましたらG編に入ります

前回の投稿から5か月経ってしまいました

自分自身初のシンフォギア二次なので、Blu-rayboxやXDUや様々なサイトでセリフやら何やらを確認しつつ今日でようやく無印編を完結する運びとなりました

これもひとえに皆様の応援のおかげでここまで来ることが出来ました

これからも応援ご意見ご感想をお待ちしております


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絶唱しないシンフォギアえにしんぐごーず

 

 『焼肉行こうよ』

 

「やきにーっく、やきにーっく!たべゴベバァッ!!」

 

「耳元で騒ぐな歌うなっつのバカ!」

 

「んもう、二人とも騒ぎすぎだって」

 

 市街地を走行する車内で軽いドツキ漫才が繰り広げられている中、助手席に座る未来はシート越しに響とクリスを窘めていた。

 事の発端は、ルナ・アタック事変の後にあった。

 事態の収束及び後始末やら何やらで、3週間近くの行動制限生活を強いられた映司と三人の装者たち。その中でも特に立花響と言う少女は幼馴染の親友に会えない辛さに悶えつつも、制限解除されるその日まで出された食事に味気無さを感じていた。栄養価は決して低くはない。低くはないのだが、味気ない病院食ほどではないものの、それでも質素すぎる食事に満足出来なくなってしまった。

 そしてつい先日行動制限が解除されるや否や、質素な食事で抑え付けられていた食欲を大解放すべく、制限解除のお祝いも兼ねて外食しようと響が企画を提案した。

 そこで何を食べに行くかを未来を交えて五人で相談することに。

 クリスはつい先日までフィーネの傀儡として、と言うかそれ以前に満足に食事を楽しむ余裕がなかったため、腹を満たすなら何でもよいとのこと。

 翼は己を律し日頃から食事制限をしている為、この際外食は寺等で質素な精進料理はどうだと些かズレた提案。

 しかしそこで、仲間外れは如何なものかと響が巻き込んだ未来は折角だからと焼肉を提案し、最終的には何故か決定権を有していた響が「じゃあ焼肉にけってーい!」と宣言したためにこうなった。

 提案すら出させてもらえていない映司が道中の運転を担当。当人は屋台のラーメンを希望していたのだが、大人しく引き下がることにした。

 目的地はファミリー向けの大変リーズナブルな価格で提供される個室のある焼肉店。休日になれば何組もの家族連れが席を埋める事だろう。

 今日は平日でもあるのだが、リディアンの再開及びクリスの編入まで休校なので響たちにとってある意味都合がよかった。

 目的の店舗に到着し、駐車場に車を停め店内に入ると平日だからか子供の声はせず、既に他の客が使用しているであろう個室は戸が閉まっており、肉の焼ける音と談笑の声とが入店と同時に映司たちの耳に入ってきた。

 因みに、有名人でもある翼だが、サングラスをかけてサイドポニーの髪形をハーフアップにして最大限『風鳴翼』である事を分からせないようにしている。よほどコアすぎるファンでない限り正体がバレる事は無いだろう。

 そして奏だが、未だに目を覆う包帯が取れる状態ではなく、リハビリの途中でもあったのでお留守番となっていた。

 

「先に飲み物だけれど、映司さんはウーロン茶にしますか?」

 

「そうだね。運転もあるし」

 

「あ、じゃあ映司さん私達はコーラで!」

 

「勝手に決めるなバカ。まぁ別にいいけど、メインはどうするんだ?あたしはあんまこういう所来た事無いんだぞ?そもそもどんな肉が置いてあるのかも知らないんだ」

 

「だったら取り合えず盛り合わせのセットを三つで、後は皆自由にって感じかな。俺はそうだなぁ……チキンバジルにエビマヨもいいなぁ」

 

「うーん、ねぇねぇ未来ー。大盛ご飯は当然としてビビンバはどっちにする?鮭の親子とー、キムチ」

 

「それ頼むなら大盛ライスはやめよっか」

 

「えー!それは無いよ未来ぅー!」

 

「待て立花。ビビンバとは確かご飯ものではなかったか?ご飯ものをおかずにライスを食べると言うのか?!」

 

「じゃ、もうそろそろオーダーするね」

 

 頃合いを見て店員呼び出しのブザーを押す。程なくして現れた店員に響がマシンガントークばりに注文していく中、こっそり財布の中身を確認し小刻みに震える映司。ファミリー向けで且つリーズナブルな価格とはいえ、この焼き肉店は食べ放題の店ではない。翼に最大限負担を掛けない様に配慮した結果、食べ放題のコースが無いこの店になったのだ。

 しきりに財布の中身を気にする映司の肩に翼は優しく手を置いた。

 

 

 『レリックメダル』

 

 エクスドライブモードのシンフォギアから流れ出たフォニックゲインがタジャドルコンボのタジャスピナー内に新たなメダルを生み出し、それが紫のメダルとの組み合わせによって、フィーネと櫻井了子を引き剥がす事が出来た。

 この日、二課仮設本部内のシミュレーションルームではオーズドライバーを装着した映司を中心に、響達装者三人と弦十郎をはじめとした二課のスタッフ数名が取り囲むように配置しており、その内の半数以上のスタッフが計器に目を走らせていた。

 

「変身!」

 

ガングニールアメノハバキリイチイバル

 

 レリックメダルと称されることとなった三枚のメダルで変身したオーズの姿は、頭部はオレンジの複眼で響のガングニールのヘッドギアのような突起が、腕部には翼の天羽々斬の意匠を持ち、脚部にはクリスのイチイバルのスカートアーマーが装備されていた。胸部のオーラングサークルには上からガングニール・アメノハバキリ・イチイバルのマークが描かれている。

 タトバコンボの様に歌が流れることは無かったが、レリックコンボと名付けられたオーズから流れてきたのは響の胸の歌の伴奏だった。シンフォギアは元来、装着者の意思や心象に応じて流れる旋律に装者が歌唱することでその真価を発揮する。しかし今のオーズには旋律が流れるどころか歌詞すらも浮かんでこないと言う。

 続いては仮想敵として複数体のホログラムのノイズを投影する。

 手刀を振るえば翼の得意技『蒼ノ一閃』に似た斬撃波が飛び、囲まれればスカートアーマーから『MEGA DEATH PARTY』の如き弾頭の雨霰。更にスキャニングチャージ技を行えば、頭部からヘッドギア状の部位からは響のそれに近しいフォニックゲインが発生。両手足に纏わり付くと、黄金色のオーラを発して威力が底上げされた斬撃波とミサイル群が打ち出された。

 続けて既存のコアメダルとの組み合わせが出来るかを試すも、スキャナーがメダルを読み込まない結果に終わる。

 そもそも、コアメダルは動物のレリーフが刻まれた面が表で、頭部用・胸部用・脚部用それぞれには一本線・二本線・三本線が刻まれている。だがしかし、レリックメダルに至ってはそれぞれのアウフヴァッヘン波形が刻まれているのだ。

 

「ふむ、そう言えばドライバーの上部の並んだ突起にも印があったな」

 

 弦十郎がふと思い出したその一言の通り、オーズドライバーの装着者側から見て上側に右から一本線・二本線・三本線の刻印が施されていた。

 今までは最初に見たイメージに基づいてのメダル交換だった為か、正に灯台もと暗し。以前了子に預けていた時は見落としていたのかそれとも然したる物でも無かったからなのか。

 兎に角モノは試しにと、三枚とも順番を入れ換えて再変身する。

 

イチイバルガングニールアメノハバキリ

 

 頭部にはクリスのヘッドギアに似通った装飾で赤い複眼、腕部にはガングニールのギアに共通しているハンマーパーツ、脚部には特徴的なブレードが両足の踵の外側が備えられていた。

 両腕を合わせると奏が纏っていたガングニールのアームドギアが生成され、元に戻せば目一杯引けて響と同じように可動する。

 脚を振り上げれば『逆羅刹』の如く刃が展開。更には大腿部の装甲から刀剣形のアームドギアが射出されてオーズの掌に収まった。これで槍と刀のコンビネーションが出来そうではあるが、用途が異なる得物を両手に携えた所でオーズには剣術の心得も槍術の心得もないので、当面の間は状況に応じて刀か槍かを使い分けるしかない。

 スキャニングチャージ技はクリスのと近しい擬似的なフォニックゲインが頭部のヘッドギアから両手足に流れて、ホログラムのノイズを一体一体的確に駆逐していった。ガングニールヘッドが攻撃力の上昇であるならば、このイチイバルヘッドは命中精度の上昇であることが分かる。

 

アメノハバキリイチイバルガングニール

 

 最後に変身したその形態は、青い複眼に翼の纏うギアのヘッドギアパーツが施され、腕部には用途に合わせて変化するクリスのアームドギアと酷似した手甲。脚部にはアンカージャッキが両足に一対。

 ホログラムのノイズが投影された瞬間に手甲が拳銃型のアームドギアに変形。クリス程ではないにしろ、両手に握られた得物で狙い撃つ。撃ち続ければ自然と連結してライフルに変形させる事も出来るようになった。脚部のアンカージャッキを駆使すれば、ウサギの様に跳び跳ねながら鉛玉の雨霰をばら蒔いた。バッタレッグみたいだなとオーズはふと漏らした。

 スキャニングチャージ技は脚部アンカージャッキを用いてムーンサルトの体勢からの早打ち。アメノハバキリヘッドには攻撃速度の上昇が認められた。

 組み合わせ次第では六通りの形態を持つレリックメダルを用いた特殊なコンボ。言うなればレリックコンボと名打たれたこの新たな力。

 そして、この力が後に起きる最大級の事変において最も重要な要素になる事をこの時はまだ誰も知る由は無かった。

 

 

 『暗躍』

 

 アメリカ某所の最近まで稼働していたであろう今や廃墟となったこの施設の一画で、左の肩に人形を乗せメタルフレームの眼鏡をかけた男が窓の外の稲光を見せる黒雲を眺めていた。

 不規則に轟く雷鳴など気に止める様子も見せず、人形に一度視線を交わすと背後に控えていた白髪の眼鏡の男にも視線を向けた。

 

「フィーネが消滅したのですね?」

 

 抑揚のない機械的なその声音に、白髪眼鏡の男はコクリと頷いて詳細を報告する。

 ネフシュタンの鎧、ソロモンの杖、そしてデュランダルの三種を用いてバケモノと化したフィーネ。限定解除された三人のシンフォギア装者達と現代に蘇ったオーズを相手取るものの、紫のメダルと新たに生まれた三枚のメダルによる攻撃で櫻井了子の肉体からフィーネの精神が解き放たれて消滅した。

 報告を受けて男・真木原(まきはら)清彦(きよひこ)は特に反応も見せず、窓の外へと視線を戻した。予定通りと言わんばかりの清彦の態度に、白髪眼鏡の男は慣れているのかやれやれと小さく呟く。

 彼らの間に置かれた無機質なテーブルの上は多くの資料で埋め尽くされているのだが、それらよりも強く目を引かれるのは(マル)(ノコ)のような形状をしたバックルのベルトと、オーズが所有しているのとは違う幾つものコアメダル。

 清彦はその中でベルトと三枚のメダルを迷わず手に取って白髪眼鏡の男に向き直る。

 

「計画を進めましょう。全てが醜く完成する前に、美しいままでの終末を」

 

 一際強い稲光によって写す出された清彦の影が、ゲーテの戯曲「ファウスト」に登場する悪魔・メフィストフェレスの様に、銀髪眼鏡の男、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスには見えていた。

 

 

 

次回 G編に続く



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再会と開演と黒いガングニール

シンフォギアAG

新章G編 始動

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???

???

???

???

???

プトティラ

タジャドル


 

 フィーネが齎したルナ・アタック事変から三か月。翼が出演する大型ミュージックフェス会場の一画で、翼のマネージャー補佐の仕事に就いている映司は、目の前の事象に困惑の表情を隠せないでいた。

 ケータリングの料理を前に反復横飛びをしながらタッパーに料理を栄養価を計算した上でバランス良く敷き詰めるのは今宵翼と共演する歌姫にして、二年半前に日本を発ったマリア・カデンツァヴナ・イヴ。デビュー二ヶ月弱で全米ヒットチャートに名を連ねるトップアーティストであるはずが、今映司の目の前では何かをぼやきながらタッパー詰めを続けるばかり。そんな彼女の前には、映司に向けてSOSの視線を送り続ける調理スタッフが一人。ちょっと助けてくれと言わんばかりの、雨の日に捨てられずぶ濡れになっている子犬の様な視線を送り続けている。

 会場地下の駐車場で二課所有の車を停め、先に下ろして現在控室で打ち合わせ中の翼と慎次の二人と合流しようと通路を進めばこの始末。

 何年か前、小学生の時分にバイキングレストランで似たような行動をしていた事を思い出した映司が声を掛けた。

 

「やぁマリア。久し振り」

 

 努めて朗らかな笑顔を出来る限り精一杯で浮かべる映司。

 一方、声をかけられたマリアはと言うと。油の差し忘れたロボットの様にゆっくりと振り返る。少々青褪めた引き攣った笑顔に冷や汗が一つ。久し振りに見るマリアの顔は舞台用の化粧が施されており、最後に会ってから大人の女性としての成長を遂げていた。が、まるで見られたくないものを見られてしまった時の様な見開いた眼の強張った表情が、その評価がややマイナス面に引っ張られていた。

 

「あ、あら。久し振りじゃない映司。二年半振りかしらね」

 

 タッパーを後ろ手に隠しはしたが時すでに遅し。先程までの奇行などまるで無かったかのように振舞うマリアは精一杯誤魔化してながら先程の光景を忘れろと言いたげに視線を向ける。こういう時のマリアの機嫌を損ねるとロクな事が起きない思い出が今までにあったから、取り合えず己の胸に留めておくことにした。

 再会の挨拶もそこそこに、向こうでの生活や家族と再会できたのかを聞き出そうとするが、時間が押し迫っているのかそれとも羞恥心からかマリアは食べ物を詰めたタッパーを両手にそそくさと自身の控室へと走り去っていた。

 余程タッパーにケータリング料理を詰め込むことが、世界の歌姫と言う立場上余りにも褒められたものではないからだろうか。

 そんな疑問を持ちながらも、映司は待ち人のいる場所へと歩みを進める。

 

 

***

 

 

「それで、会話の一つや二つしてこなかったんですか?」

 

 あてがわれた控室で、映司から先程交わしたマリアとのやり取りを聞かされた翼が首をかしげる。

 

「うん。何だかとても慌ててたみたいでさ……」

 

 反復横跳びしながらケータリング料理のタッパー詰めの事は本人の名誉の為に見なかった事にして、当たり障りの無い程度に一から順に説明した映司は最後に見たマリアの様子を思い出していた。彼女からしてみれば、立場上みっともない所を見られた事による羞恥心で占められていたに違いないだろう。

 しかし、立場の違いはあれど十年近くも共に家族として過ごしてきた仲なのだから、今更恥ずかしがる必要も無いだろうに、と映司は思う。口には出さない様にして。

 

「会話する程の余裕が無かったんでしょうね」

 

 ツヴァイウィングのデビュー以来この業界を見てきた立場での慎次の憶測はあながち間違ってはいないだろう。

 今日行われるライブ、『QUEEN of MUSIC』は最大規模の音楽の祭典。卒業後は活動の拠点を本格的にイギリスに移すことになる風鳴翼と、新進気鋭のアーティスト、マリア・カデンツァヴナ・イヴは今宵限りの特別なユニットを組んで臨む一大イベント。更には世界同時生継も兼ねており、これも二人のネームバリューによるものが大きい。

 そして今、本番の時を刻一刻と待つ翼の表情に緊張の二文字は見られない。或いは見せない様にしているのだろう。ツヴァイウィング時代から築いてきたキャリアの賜物である。

 その時、控室の外からマリアのマネージャーを名乗る抑揚のない男性の声がする。

 翼が入室を促すと、現れたのは肩に人形を乗せた無表情の男だった。

 

「おはよございます。私マリア・カデンツァヴナ・イヴのマネージャーを務めております、真木原(まきはら)清彦(きよひこ)と申します。本日はマリア共々よろしくお願い申し上げます」

 

 無表情無感情と言ったような語りで挨拶する清彦の差し出された手を慎次と映司が順番に握り返す。人形と一瞬だけ目が合って思わず映司は小さく驚いた。

 マリア本人は本番直前まで完璧に流れを掴んでおきたいとのことで、当人の代理として楽屋挨拶に訪れたマネージャーの清彦。あまりにも機械的な語り口調で、事務的な会話を終えた彼はにべもなく控室を後にした。

 清彦が去った後で、映司にはほんの少しの違和感が生まれていた。ケータリングサービスの前で反復横跳びをしていた彼女に時間に追われている様子や羞恥心はあれど今思えば、あの様子は都合の悪い相手に会ったような、予想外の事態(イレギュラー)に直面したかのような焦燥感と言えよう。

 そのまま映司の違和感は解消されないままに、翼のリハーサルの時間を迎えるのであった。

 

 

***

 

 

 会場の殆どを見下ろせる位置にあるVIPルームでは開演の時を今か今かと待ち望んでいるのは板場弓美。ぶんぶんと振っている両手にはこの会場で購入したサイリウムが、弓美のその動きに合わせて光の軌跡を描き出す。

 その背後には創世と詩織、未来の三人が備え付けの無駄に座り心地の良いソファーに腰かけ、弓美程興奮しないにしろ同じようにその時を待ち望んでいた。

 

「今日は本当にありがとうございます奏さん!」

 

「いいっていいって」

 

 ルナ・アタック事変終息の折、響達の代わりに何度もお見舞いに訪れた事もあって交流が始まり、何時しか奏と親しい間柄になっていた未来達四人。中でも創世、詩織、弓美の三人は新校舎に移転してから初めての秋桜祭での出し物で、このライブを参考に何か出来ないかと息巻いていたのだが、チケットの事前予約をするも即日完売。ダメもとで二課と繋がりのある響や未来そして奏の三人に相談をしたところ、奏経由で翼からVIPルームチケット五人分が送られ今に至る。

 今や奏は運動能力と視力が全盛期よりも低下しており、度が強めの眼鏡と杖無しの生活は困難となっていた。しかしそれでも彼女は逞しく、辛く苦しいリハビリを熟し続け先月やっと退院出来たばかりだ。

 

「それにしても、響もクリスも災難だったな」

 

 奏の言う災難とは山口県にある米軍岩国基地で起きたノイズの襲撃の事だ。

 そもそもその二人は、岩国基地まで完全聖遺物ソロモンの杖の護送任務に就いていた。その護送中にノイズの襲撃に遭うもつい今朝方漸く辿り着いた矢先にその襲撃が起きたのだ。

 現在は二課の用意したヘリでこの会場に向かっている最中。いくらヘリの速度が速かろうと、基地のある山口県からこの会場に到着するまでかなりの時間を要してしまうため、開演と同時に到着することは不可能である。奏の言う災難の正体こそがそれなのだ。

 開演の時間まであと僅か。

 まるであの時とは真逆だなと思う未来であった。

 

 

***

 

 

 翼から眼鏡の事を指摘された慎次と別れた映司は舞台裏で懐にオーズドライバーを忍ばせて待機していた。

 岩国基地で響達が遭遇したノイズの襲撃の際、多くの死傷者が出ただけでなく何故かソロモンの杖が紛失。事態が収拾した際に仮設本部で指揮を執っていた弦十郎が偶発的な物ではなく、何者かの手引きによって引き起こされた可能性があると推測したからだ。だが、確実な証拠は無く飽くまでも推測の域を出ない。

 翼には慎次がある程度はぐらかして事の詳細を伝えている。防人たる彼女故、この事態が気にかかってしまうのは想像に難くはない。しかし、今の彼女の戦場はこのライブだ。歌女としての風鳴翼の歌を今か今かと待ち望んでいる大勢のファンがいる。彼ら彼女らの期待に応える為にも、この場を疎かにしてはならない。慎次曰く、風鳴翼の歌は戦う為だけの歌ではないのだと言う。

 仮にこの会場内または周辺にノイズの反応が出たとすればその時は映司がオーズに変身して対処するだけの話。

 そして、程なくしてライブがスタートする。

 ステージにはレイピアの様な装飾が施されたマイクを手にする二人の歌女。

 風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴの二人が言葉を交わし、歌を紡ぎ出した。

 今日の為に書き下ろされた新曲『不死鳥のフランメ』を高らかに力強く歌い上げ、それだけでなくステージを駆けて観客席のファン達を大いに盛り上がらせる。更にそのステージでは炎が舞い、駆けるたびにステージの(へり)から火柱が上がり、二人の背後に設置された大型のモニターの液晶画面の中で不死鳥が啼いた。

 

『ありがとう、皆!私は、いつも皆から沢山の勇気を分けてもらっている。だから、今日はいつも私の歌を聴いてくれている人達に少しでも勇気を分けて上げられたらと思っている!』

 

『私の歌を全部世界中にくれて上げる。振り返らない、全力疾走だッ!ついてこられる奴だけついて来いッ!!』

 

 世界中で歓声が沸く。ヨーロッパにアメリカだけでなく中東やその他多くの国々で彼女たちの歌に多くの人々が魅了されている事だろう。

 ステージの裏で華々しく輝く幼馴染の姿を見て、映司は思わず感動の涙を流していた。

 

『今日のライブに参加出来た事に感謝している。そしてこの大舞台に日本のトップアーティスト風鳴翼とユニットを組み歌えたことも』

 

『私も素晴らしいアーティストと出会えた事を光栄に思う』

 

 壇上の二人が握手を交わすと更に歓声が沸いた。日米を代表するアーティスト二人と、彼女たちを心から慕う大勢のファン達の心が今一つに重なったことだろう。

 翼のファン達がマリアを賞賛し、マリアのファン達も同じように翼を賞賛する。

 

『私達が世界に伝えていかなきゃね?歌には力があることを』

 

『それは世界を変えていける力だ』

 

 日米二人の歌女が互いに賞賛し合う。歴史的瞬間に立ち会えた事で更に興奮する観客たちを見て、マリアは一瞬だけ表情を曇らせてステージの上を歩き出す。その彼女の表情は観客達は勿論、ステージ裏の映司にも隣にいた翼でさえも気づかない。

 

『そして、もう一つ』

 

 刹那。衣装を翻すマリアに応じる様に、会場の至る所に多くのノイズが緑色の閃光を弾けさせて現れる。数千に及ぶノイズの大群に映司はすかさずオーズに変身しようとするが、何か様子がおかしい事に気が付いた。

 元来ノイズは人間を標的に襲い諸共炭化する先史文明期の産物。ソロモンの杖の制御下でなければ、奏が絶唱を紡いだあの日、響の胸にガングニールの破片が突き刺さったあの日の様に多くの人たちが炭化させられてしまう。

 だが、しかし。

 

『……狼狽えるな』

 

 壇上から微かに聞こえたその一言が映司の耳に入ったかと思えば、その一言は更に大きな声で繰り返された。

 

『狼狽えるなぁッ!!』

 

 静寂。まるで一切の波紋すらない湖面の様な静けさ。

 壇上の歌姫の叫びが、パニックに包まれた会場内の観客達を静めさせた。

 よくよく見れば出現したノイズ達も何処か様子がおかしい。余りにも綺麗に並んでいる。綺麗に並び過ぎている。まるで次の命令を待ちわびている兵隊の様に、整列しているのだ。

 マリアと翼が壇上で何か一言二言言葉を交わしているこの隙に、静止しているノイズの駆除をすべく映司はタカ、トラ、バッタのメダルを(あらかじ)め装填したドライバーを腰に当ててタトバコンボに変身を遂げた。

 

サメクジラオオカミウオ

 

 同時に、オースキャナーが読み上げるものよりも若干くぐもった音声がオーズの背後で鳴った。

 振り返り見てみれば、そこには魚を模した槍を携え、胸部にはオーズのオーラングサークルとは違いサメとクジラとオオカミウオの三匹が向かい合うような紋章が象られていおり、それ以上に目を疑ったのは、腰の部位には丸鋸に似た形状のベルトに目が行った。

 胸部の紋章と同じ位置取りで三枚のコアメダルがはめ込まれていたのだ。

 

「三枚のメダル?!(オーズと似ている…?!)」

 

 元来完全聖遺物とは先史文明期の異端技術の結晶であり、現代の科学力を以てしても複製は不可能とされている。その性質はシンフォギアシステムのベースにもなっている為か適合者の紡ぐ歌に含まれるフォニックゲインにより活性化する。

 その前提があるならば、目の前の仮面の戦士もまたオーズと同類と言えよう。

 

「ポセイドンと申します。邪魔をしないでいただけますか、オーズ?」

 

 くぐもった声で槍を構えながらの自己紹介をする不審者を前に、オーズは両腕のトラクローを展開して臨戦態勢を取る。

 先に動いたのはポセイドンだ。携えた槍を巧みに操り、リーチの長さを活かしてオーズのクロー攻撃を捌いていく。

 ならば、とオーズはトラメダルからカマキリメダル、バッタメダルからコンドルメダルに入れ替え、蹴り技を交えて流れを変える。そこからコツを掴まれない様にコンボへの変身は控え、亜種コンボのみで応戦しつつコンボに変身するタイミングを探っていく。

 

『映司さん聞こえますか?』

 

「慎次さん、今俺不審者の相手してます!オーズと似た様な聖遺物かと――!」

 

『私たちはノイズを操る力を以てしてこの星の全ての国家に要求するッ!!』

 

 思われます。そう報告しようとして、ガタゴリタの亜種コンボにメダルを変えた矢先のことだ。

 その言葉が宣戦布告の言葉と理解すると同時に、かつて家族として十年近く過ごしてきたオーズ(映司)にとって衝撃的過ぎた。

 

――Granzizel bilfen gungnir zizzl(溢れはじめる秘めた熱情)

 

 更に信じられないことに、彼女の口からシンフォギアの起動に用いる聖詠が、聞き馴染みのない聖詠が紡がれたのだ。

 しかし、気を取られてポセイドンの重い一撃を背中に受け、壁に激突。(とど)めとばかりに喉元へ突き刺さんとする槍を、どうにか両の剛腕で押さえつけ事なきを得る。だが、現状は全くと言っていい程変わってはいない。

 幼馴染が世界各国に向けて宣戦布告しており、更には自分と同じようにメダルを用いる存在が襲い掛かってくる。何が何だか分からず理解が追い付かないオーズはポセイドンのされるがままに、ダメージを受けていく。亜種コンボのサウドルからサゴーゾのコンボに移行しようとメダルホルダーに手を伸ばす。

 

『私は、私たちはフィーネ!終焉(終 わ り)の名を持つ存在だッ!!』

 

 (いくさ)()に立つ為の黒い装束に身を包んだ歌姫が高らかに放ったその宣言に、恐らく世界中が震撼した事だろう。

 ホルダーに手を伸ばしかけて視線が完全に壇上へと向けられたオーズに、ポセイドンの槍による連続攻撃を受け、止めのオオカミウオを象ったオーラを纏った回し蹴りが炸裂した。

 

 

 

 

 

続く




新章始まりました

G編にあたるこの章には今回からポセイドンを登場させていただきました

勘の良い方ならば、前書きの追加された六行の『?』がどこでどう活躍するかが分かるかと思われます

そしてオリジナルキャラとしてドクター真木をモデルとしました真木原清彦ですが、何処かのタイミングで人形を落とした後のあのリアクションを入れようかと思います


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黒いガングニールと正体とコンビネーション

前回の三つのあらすじ

一つ、二年半ぶりにマリアと再会した映司だったが、歌姫となった彼女に対して僅かながらの違和感を覚えてしまう

二つ、新たなメダルと謎の戦士の出現に困惑する映司はオーズに変身して応戦する

そして三つ、マリアが黒いガングニールを纏いフィーネの名を高らかに語った

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???

???

???

???

???

プトティラ

タジャドル


 

「ガングニールだとッ!?」

 

 特異災害対策機動部二課仮設本部作戦指令室では観測されたアウフヴァッヘン波形の結果に弦十郎の驚きの声が響き渡っていた。

 かつての奏の戦装束にして、今や響の心臓に宿る聖遺物。欠片さえあれば同じシンフォギアがあってもおかしくないのだが、櫻井了子(フィーネ)でなければ形にすることは不可能である。もっとも、そのフィーネは既にこの世には存在しないので、新たなガングニールのシンフォギアが今後現れるにしても、既に作成済みの物がある場合を除けばそれは恐らく無い事だろう。

 前面の巨大モニターに表示された解析結果を覆い隠すようにスーツ姿で蕎麦を勢いよく啜る男の顔が映し出された。今は亡き広木元防衛大臣と同じく二課の心強い後ろ盾の一人、日本国外務省事務次官の斯波田(しばた)賢仁(まさひと)である。

 

『弦の字、厄ネタが暴れてるのはこっちだけじゃなさそうだぜ?』

 

 箸の先を向けてくる斯波田。彼が言うには米国某所にある聖遺物研究機関の一つで大きなトラブルが起き、施設自体は廃墟と化し、保管されていたデータは復元が困難な程破損されていたそうだ。

 更にはフィーネとはまた別の誰かによる痕跡が残されていたという。そのフィーネがルナ・アタック事変で暗躍した先史文明期の巫女なのか、今日本でマリアが名乗り出した組織名なのかは今のところ不明である。

 

「クリスちゃんと響ちゃんの到着まであと30分です!」

 

 振り向きながら叫ぶ藤堯朔也。彼は今その二人と共に行動している同僚の分まで仕事をこなしている。彼とその他の職員達から、オーズが謎の存在であるポセイドンとの交戦中で、会場内に現れたノイズの対処が出来ないでいる報告も上がっている。

 30分以内に解決、または30分間持ち堪えて欲しいと願う他無かった。

 

 

***

 

 

 舞台裏でオーズとポセイドンが戦闘を繰り広げられている報告を緒川からインカム越しに受け取った翼は、第三のガングニールとも言うべきシンフォギアを纏う戦姫を睨む。

 チョーカーの下に隠した天羽々斬のギアペンダント。一度(ひとたび)翼が聖詠を紡げば、天羽々斬のシンフォギアを身に纏うことが出来、観客席を支配しているノイズを一体残らず駆逐することが出来る。しかし、未だに観客達は避難できないままで、各国政府に向けて開示された櫻井理論には装者の正確な情報は記載されていない。今ここでシンフォギアを纏えばどうなるかを知らない翼ではない。

 そうとは知らず黒いガングニールを纏うマリアはレイピアに見立てたマイクを通して己の要求を高らかに宣言する。

 

『我ら武装組織フィーネは各国政府に対して要求する。そうだな、差し当たっては国土の割譲を求めようかッ!もしも24時間以内にこちらの要求が果たされない場合は各国の首都機能がノイズによって憮然となるだろうッ!!』

 

 宣戦布告。誰もがそう受け取らざるを得ない宣言に翼は驚愕し、各国政府はどよめき、斯波田は蕎麦を啜りつつ一笑に付した。

 

「どこまで本気だと言うのか……!?」

 

「私が王道を敷き私たちが住まう為の楽土だ。素晴らしいとは思わないか?」

 

 切っ先を向け、自信満々に答えるその様子で翼はマリアが伊達や酔狂ではないのだろうと観察する。

 

「何を意図しての騙りか知らぬが――!」

 

「私が驕りだと?何を以て驕りだと?」

 

「そうだ。ガングニールのシンフォギアは貴様のような輩に纏えるものではないと覚えろッ!!」

 

 もう我慢の限界だ。かつては本物の姉妹の様に触れ合った奏が纏い、今や一人でも多くの人を救うべく手を差し伸べる為に響が纏うそのガングニールを悪用し、己が欲を満たさんばかりに振るうマリアが許せない。

 今すぐにでも首元のチョーカーを解き放ってギアペンダントを晒しだしてやろう。そうチョーカーに指をかけたその時、慎次の「待ってください翼さんッ!」という必死さが滲む制止の声が翼の耳に届く。

 

『今動けば、翼さんがシンフォギア装者だと世界中に知られてしまいますッ!』

 

「ですが、この状況ではッ――!」

 

『風鳴翼の歌はッ、戦いの歌ばかりではありません!傷付いた人を癒やし勇気づけるための歌もあるのです!』

 

 その言葉に漸く冷静さを取り戻すことが出来た翼であったが、状況は一転せず膠着状態の(ただ)(なか)にある。

 好転するその瞬間まで如何に粘り続けるか。思案し続ける中で翼の中で疑問が生じた。

 今目の前にいる歌姫マリアが以前映司から聞き出した人物像と一致していないのだ。

 引っ込み思案な世話焼き、成績優秀眉目秀麗、少し抜けている節もある、そしてトマトが苦手。厳しくも優しい所謂オカン系女子と言う印象を持っていた。であると言うのに、今そこにいるのは傲慢さを秘めた黒いガングニールの装者としか形容できなかった。

 どうしたものか、どう動くべきなのか。頭の中で持ちうる知識や経験則を総動員して現状を打破する手立てを考えていた。が、それをマリアは煮え切らないと判断して次の一手に打って出た。それは、この状況下では誰もが想像し難い事だった。

 

『今より、会場の観客(オーディエンス)諸君を開放する!速やかに引き取り願おうかッ!!』

 

 

***

 

 

「いけませんね、これでは予定が合いません」

 

 壇上で予想外のセリフを吐き出したマリアにポセイドンが視線を向けた僅かな隙をオーズは見逃さなかった。

 頭部のメダルをライオンに変えて即座にライオンヘッドの効果である強力な閃光ライオネルフラッシュでポセイドンの拘束から逃げ出したオーズは再度メダルを読み込ませた。

 

Scanning Charge

 

 両腕のウナギウィップでポセイドンを拘束し、ライオネルフラッシュで動きをさらに鈍らせてからのコンドルレッグの鋭い両足蹴りがその背をえぐった。衝撃でポセイドンが体勢を崩したことで形勢逆転。

 距離を取り間合いを保ちながら壇上へと向かうオーズだったが、倒しきれていなかったポセイドンによる槍の追撃が再び襲い掛かる。

 

「先ほどはやられましたが、今貴方を向こう側に行かせるわけにはいきません。この場でその命を絶ってもらいます!」

 

「だとしても、あなたを突破してマリアの所へ!」

 

「行かせるとお思いですか?」

 

 何度目かの激突。

 ラウドルからシャウドル、合間を縫って漸くシャウタコンボに変身。同じ海洋生物のメダルを用いた戦士二人。方や一振りの槍を、方や二振りの鞭をその手に握りしめ何度も何度もぶつかり合って火花を散らす。

 オーズのコンボ形態はそれぞれ特殊な固有能力を有している。例えばサゴーゾコンボならば重力操作、ガタキリバコンボは50人にまで分裂というコンボ(ごと)に非常にバラエティに富んでいる。そして今オーズが変身しているシャウタコンボの固有能力は液状化。

 ポセイドンが大振りの一撃を繰り出した瞬間に液状に変化して、ポセイドンの脇をすり抜けて壇上へと飛んだ。

 

 

***

 

 

 時間はほんの少しだけ遡る。

 オーズがポセイドンの拘束から逃げ出せた頃、人質となっていた観客達が会場から全員退避しはじめた中で、壇上のマリアはインカムの向こう側の同志たる恩師からの叱責を受けていた。

 

「このステージの主役は私。人質なんて趣味じゃないわ」

 

『だからと言って血に穢れる事を恐れないで。()()調()を向かわせていますので、作戦目的を履き違えない範囲でおやりなさいマリア』

 

「了解先生(マム)、ありがとう。そしてごめんなさい」

 

 やがて、観客席から未来達を含めて全ての観客達が避難しきって無人となり、ノイズだらけの会場を見渡して寂し気にため息をマリアは軽く漏らす。

 

「帰れるところがある。かつては私にもあった筈なのに」

 

「マリア……貴様は一体……?」

 

 典型的な悪役にも思えた先ほどの光景と、今目の前にいるマリアの行動に違和感を覚えざるを得ない翼は困惑した表情を浮かべる。恐らく今目の前にいるマリアこそが映司から聞かされた人物像と一致することだろう。

 だがしかし、そのマリアはすぐに挑発的な笑みを浮かべて翼に向き直る。

 

「さぁ、観客は皆退去したッ!これでもう被害者が出ることはない。それでも私と戦えないというのであれば、それはあなたの保身のためッ!!それにあなたにはその程度の覚悟しかできてないのかしら?」

 

 かつては響に対して強く覚悟を問いかけていた翼。それが今では逆に自分が覚悟を問われる番となってしまった。ここまで言われたら歯噛みする事しか出来ない。未だ中継は繋がったままで、慎次がどうにかしてくれるまで天羽々斬を纏うことは出来ない。

 結局鞘走れないままの翼にマリアのレイピアマイクが襲い掛かる。しかし翼とて鍛錬の一環として武芸を嗜んでいる身だ。ガングニールのシンフォギアを纏うマリアを生身で打ち倒すことは不可能だが、刃の切っ先を逸らすことは出来る。

 そのままカメラが回っていない死角にまで行けば、天羽々斬を纏うことが出来るはずだ。舞台袖の関係者通用口なら監視カメラはあれど、中継カメラは無い。

 残すはあと一歩。それさえ越えれば。

 しかし、投擲されたマリアのレイピアマイクを飛び越え着地したその時、ヒールが折れ翼はバランスを崩してしまう。

 

「貴女はまだステージを降りることは許されないッ!」

 

 更にそこに追い打ちとしてマリアの回し蹴りを受けて後方へと派手に蹴り飛ばされた。

 そのまま行けば置き去りにされ崩れたままの会場設備の山へと激突することだろう。そうなれば良くて軽い打撲、悪ければ骨折の重傷を負うことになるだろう。

 

「勝手なことをッ!」

 

 翼の落下予測地点に今まで石像の様に静止を続けていたノイズ達数体がわらわらと集まりだした。マリアの小さな叫びがアクシデントである事を物語っていた。

 これで最悪の未来は炭素分解されると言う物に確約されてしまった。

 

「決別だ。歌女であった私に。さぁ聴くが良い、防人の歌をッ!!」

 

――Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

 会場内を翼の聖詠が響き渡ったのは、裏で緒川が世界各国への中継を強制切断して間もなくのこと。眩い光が爆ぜ、天羽々斬のシンフォギアを纏った翼が『蒼ノ一閃』と『逆羅刹』で群がるノイズ達を切り捨てた。

 

Scanning Charge

 

 そしてポセイドンをすり抜けて駆け付けたオーズの『オクトパニッシュ』が翼の背後を陣取ったノイズを駆逐する。

 

「中継が切断されてるのって、もしかして慎次さんが?」

 

 両手の鞭をしならせて背中越しの翼に確認がてらに真実を問う。

 

「むしろ緒川さん以外に出来ますかッ!」

 

 返事しながらの『千ノ落涙』で残ったノイズを駆逐しきった。

 残るは壇上のマリアと彼女に合流したポセイドンのみ。

 

「いざ推して参るッ!」

 

 刀剣型のアームドギアを手に、マリアと対峙する翼。直ぐ近くではシャウタコンボから亜種コンボのガタゴリバにメダルを変えたオーズがポセイドンに拳を突き立てる。

 翼の流れるような剣技一つ一つを靡かせているマントで受け流しながらカウンターを仕掛ける。同じガングニールと言えど、バトルスタイルは突撃型の二人と違い、カウンターを主体としたバトルスタイル。それは紛れもなく(パチ)(モノ)ではない事を物語っていた。

 

「まさかこのガングニール、本物か……!!」

 

 思わず出た翼の一言に、表情を崩さずそれでいて誇らしげにしながらもマリアは攻撃の手を止めはしない。

 

「ようやくお墨を付けてもらった。あぁ、そうだ。これが私のガングニール!何ものを貫き徹す無双の振りッ!!」

 

「だからとて、私達が引き下がる道理などありはしないッ!!」

 

 激しい戦闘の最中、二人の歌女の攻防は平行したまま長引いていた。

 マリアは決め手に欠け、翼は反撃の手立てを見付けられずに拮抗。その状況を覆すべくオーズが翼の援護に向かうも、ポセイドンがその行く手を阻み続けている為に否が応でもポセイドンの相手をせざるを得なかった。

 更に間が悪い事に、オーズの疲労がピークを迎えていた。完全な疲労を迎える前にメダルを取り換えたとはいえコンボを使用し、更に亜種コンボでの戦闘が長引いた事と蓄積されたポセイドンからのダメージが原因だ。

 

「私を相手に気を取られるとはッ!!」

 

 漸く反撃の糸口を掴んだ翼が、『天ノ逆鱗』に次ぐ威力の新技『風輪火斬』を繰り出した。二振りのアームドギアを双刃刀の様に柄で連結し、刀身に炎を纏わせるその技で、マリアとの距離を一気に縮めていく。

 オーズの足止めをしていたポセイドンも壇上で繰り広げられ、今や終焉を迎えようとしていたマリアと翼の光景に気を取られていた。ここでこの好機を逃さまいとオーズは即座にオースキャナーでベルトのメダルを読み込ませた。バッタレッグで跳躍し、クワガタヘッドから流れ出る電撃を両の剛腕に纏わせて撃ち出す。

 炎の剣と稲妻の剛腕がそのまま相手に直撃するかと思われたが、翼に向かって桃色の丸鋸が、オーズのゴリバゴーンに緑色の刃が複数枚飛んできた。

 攻撃をやめ、翼握った剣を高速回転して丸鋸防ぎ、オーズはポセイドンへの警戒を緩めないままに攻撃の発信源を探る。

 

「もう一度ッ!」

 

「行くデースッ!!」

 

「……何でッ!!」

 

 翼とオーズの真上から二つの影が躍り、『α式 百輪廻』と『切・呪リeッTぉ』と呼ばれるばら蒔き技を繰り出した。

 それら二種の技を切り抜けてオーズは間の抜けた声を漏らした。今日一日でオーズは、火山映司は何度信じられない場面に遭遇したことだろうか。ノイズを従いガングニールを纏ったマリアから始まり、未知のメダルで変身する謎の戦士、そして二年半前にマリアやセレナと共に渡米した妹分二人が装者として現れた。それだけでなく、オーズの正体に三人が気付いていないとは言え、かつての家族に刃を向けてきたのだ。

 

「切歌と調……何で……」

 

 小さく出たオーズの疑問が耳に入らなかった二人は揃ってマリアの隣に並び立つ。

 

「危機一髪」

 

「まさに間一髪だったデス!」

 

 月読調と暁切歌。この二人もまた映司の家族であり、マリアと同じようにオーズの知らぬ間にシンフォギア装者となっていた。

 今まで手紙のやり取りが無かった事に対する疑問が晴れたのと同時に、何故こんな状況になってしまったのかとオーズは不安がる。

 

「ベストタイミングでした。教授には感謝しなければなりませんね」

 

「三人に救われなくても、あの二人から後れを取るような私ではないのだけどね?」

 

 これで戦力差は倍に広がってしまったオーズと翼。このまま戦いが長引いてしまえば、()()に勝機は永遠に訪れない。

 そう、オーズと翼の二人だけならば。

 

「貴様らはそうやって見下ろしてばかりだから勝機を見逃す!」

 

「今だ、クリスちゃん!!」

 

 気が付けば会場の上空には響とクリスを乗せたヘリが浮遊しており、イチイバルのシンフォギアを纏うクリスとガングニールのシンフォギアを纏う響が飛び降りる。

 

「土砂降りなぁぁっ、十億連発ぅッ!!」

 

 挨拶代わりに繰り出されたクリスの『BILLION MAIDEN』。その名の通り10億もの鉛球が彼女の両腕に握られたガトリング砲から吐き出された。

 それだけでなく、間髪入れずに響の拳がステージの表面を砕いた。

 今ここに、六人の装者と二人の仮面の戦士が邂逅する。壇上のマリア達は威圧的な空気を纏いながら、オーズや響達を見下ろしていた。ポセイドンも槍の切っ先を降ろしてマリア達に倣う。

 

「ねぇ、もうやめようよ。今日出逢ったばかりの私たちが争う理由なんて無いよ、無いはずだよッ!!」

 

 ダイナミックな登場をし、突き出した拳でマリア達ではなくステージ表面だけを抉った通り響は争いを基本的には好まない性格だ。だからこそ、一番最初に切った彼女の手札は『対話による和解』だった。奏の負傷により荒んでいた翼や、フィーネの尖兵として現れた雪音クリスとも分かり合うことが出来た。その過程で拳を交える事もあったが響の努力は結果として実り、今では(いくさ)()で共に肩を並べられるまでになった。

 

「今世界がどうなっているかも知らないクセしてそんな綺麗事……!」

 

「そうデス。綺麗事で戦う奴の言うことなんか信じられるものかデス!!」

 

「それに、理由がないのはそちらでしょう。ですが、こちらにはそれがあるんですよ」

 

 苛立ちを見せながら響を拒絶して睨み付ける調と切歌。それとは別に呆れた声音で語るポセイドン。

 それでも尚、響は対話を続ける。話し合えば分かり合える事を知っているし、実現もできた。

 

「そんなッ!私たちは話せば絶対分かり合えるよッ!だから私たちが戦う必要なんか――!!」

 

「何も言うな偽善者ッ!世界には貴女が言う様に全員が全員対話で分かり合おうとする人よりも、薄っぺらい笑顔を振りまいて私腹を肥やす偽善者が多いッ!!」

 

 強く吐き捨てた言葉と共に調の頭部ウィングバインダーが展開され大量の丸鋸が『α式 百輪廻』として降り注ぐ。

 反論はされても攻撃されることは予測していなかった響だったが、オーズのクワガタヘッドの雷撃がそれらを撃ち落として事なきを得る。

 

「しっかりするんだ、響ちゃん!」

 

「!?」

 

「まさかその声……」

 

「映司……なの……?!」

 

 オーズがバックルを水平に戻して変身を解いた。彼の背後ではクリスと翼の抗議の声、インカムを通してくる弦十郎の怒号が飛んできたが、今の映司にそれらの言葉は届かない。

 

「久しぶりだね、調に切歌。マリアはさっきぶりだね」

 

「映司……まさか貴方があの時の……」

 

 この時マリアは思い出していた。リディアンの二回生だったあの日、ノイズに囲まれて絶体絶命の状況だったあの日の事を。そして、その日の夜に映司がたどたどしくお茶を濁していた事も。

 最悪な再会となってしまった事で、辺りは重苦しい空気が漂っていた。マリア達の背後ではポセイドンが何のアクションも見せずただ目の前の出来事を茶の間でドラマを見るかのように傍観に徹していた。

 

「何で三人がシンフォギア装者になったのかは聞かないよ。俺も皆に俺がオーズだったことをずっと隠し続けてきたからね」

 

「えーじ……」

 

「映司さん」

 

 先程まで響に見せていた威圧感もすっかりと消え去り、マリアと映司を交互に見やって狼狽える切歌と調。響達三人もまた警戒の糸を緩めないまま待機していた。

 

「調、響ちゃんは偽善者なんかじゃないよ。響ちゃんは自分に出来る精一杯を今も頑張っているんだ。アメリカ(むこう)で何があったかは分からない。でも、響ちゃんを偽善者なんて呼ぶのって、もしかしてすっごく嫌な事とか辛い事があったんじゃないかな?」

 

 単なる予想でしかない映司の言葉が図星だったのか、調は一度視線を逸らしてウィングバインダーを稼働し、『γ式 卍火車』を八つ当たり気味に繰り出した。

 小型で複数の丸鋸で面の制圧するのとは違い、アームに繋がれていた巨大な二枚の丸鋸を投擲する。

 

「駄目ッ、調!!」

 

 マリアの叫びで我に返った時には、二枚の丸鋸を止める手立ては既に残されていなかった。

 しかし、バックルからメダルを取り出していなかった映司は即座に変身。二つのゴリバゴーンを射出して相殺する。

 それが皮切りになって調は響に、切歌はクリス、マリアは翼に攻撃を仕掛けて、残されたポセイドンとオーズもまた互いに得物をぶつけ合う。

 

「彼女達は最早貴方の知る人間ではありません。我々の目的の為、貴女には今ここで」

 

「そんな事ッ!!」

 

クワガタウナギコンドル

 

 剛腕が瞬く間に電気鞭に、ゴツゴツと角張った脚はしなやかさと鋭さを兼ね備えた真紅の足へと変わる。しかし、如何にメダルを交換しようとも、メダルそれぞれの真価を発揮するコンボでなければ、勝機は薄い。だが、今日も既にシャウタコンボに変身しており、これ以上コンボ状態を維持してしまってはオーズの心身がボロボロに崩壊してしまう事だろう。例え違うコンボに変身してしまえば、より最悪の結果が訪れる事だろう。

 その時だ。会場の中心で強い緑の光が瞬いたかと思えば、巨大なイボ状のノイズが蠢いて生理的に不快な叫びにも似た鳴き声を発して現れた。今までにない種類のノイズ。それはかつてソロモンの杖を使役していたクリスでさえ初めて見る大型のノイズ。

 そのノイズに何のリアクションも示さないマリアが両腕を組んで奏と同じようにガングニールのアームドギアを射出し、黒い槍のその穂先が左右に割れた。

 

「アームドギアを温存していた……だとッ!!」

 

「マリア、一体何を?」

 

 矛先を大型のノイズに向けると、光線技である『HORIZON†SPEAR』で貫いた。

 直撃を受けた大型のノイズは上半分が爆ぜ、破片が周囲に散らばった。同士討ちをして一体何が目的なのか疑問を抱くと、破片のそれぞれが再生されて元の大型のノイズに再生された。最初に召喚された個体も元の状態に再生し終えていた。

 迂闊に攻撃して欠片さえ残ってしまえば分裂再生を繰り返す非常に厄介なタイプ。

 一気に欠片すら残らない程の広域かつ高威力の攻撃を繰り出さなければならない。

 

「絶唱です!」

 

「立花まさか、()()を?!」

 

「馬鹿言うな訓練でもマトモに使えなかったんだぞ!!」

 

「大丈夫、俺がフォローに回るから。赤のコンボでなら……!!」

 

タカクジャクコンドル

タァァジャァァドルゥゥ!!

 

 オーズが不死鳥のコンボに変身を遂げ、タジャスピナーに三枚のレリックメダルを装填。そして肝となる響達三人は手を繋いで絶唱を紡ぐ。

 

「S2CAトライバースト!!」

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal

 

――Emustolronzen fine el baral zizzl

 

ガングニールアメノハバキリイチイバルギンギンギン

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal

 

――Emustolronzen fine el zizzl

 

キャン!!

 

 絶唱を唄いきり、溢れんばかりの高濃度フォニックゲインが七色の輝きを放って生成される。三人の装者達の負荷はオーズのギガスキャン技で軽減しており、血涙を流すことも吐血することもない。

 やがて、ルナ・アタック事変で月の欠片を砕いた時よりも大量のフォニックゲインがオーズを通して響に収束されていく。

 

「スパーブソングッ!!」

 

「コンビネーションアーツッ!!」

 

「セットハーモニクスッ!!!」

 

「今だ、響ちゃん!!」

 

 オーズの合図で響は両腕の腕部ユニットを右腕に連結し、内臓のタービンを高速回転させて更にフォニックゲインを凝縮させていく。その間に収束しきれていない漏れ出たフォニックゲインが大型のノイズの表皮を引きはがして、本体を露出させる。

 人差し指、中指、薬指、小指、そして親指の順に拳を握り、精一杯天に向かって拳を突き上げた。

 

「これが私たちの絶唱だぁーッ!!」

 

 吹き上げる七色の輝きを放つ成層圏ギリギリまで届くほどの巨大な竜巻が大型のノイズを塵一つ残さず消し去った。

 聖遺物と融合している立花響だからこそ出来る大技がこのS2CAトライバーストである。自身以外の絶唱により生じたエネルギーを調律と制御することで可能となるのだが、故に相応の負荷が集中してしまう。しかし、その負担はレリックメダルを使用したオーズのギガスキャンで分担される。レリックメダル自体フォニックゲイン由来で生まれたメダルである為なのだろうが、それでもオーズ自身にも響と同じ量のダメージが行ってしまう。

 七色の虹が止むと同時にオーズの変身が強制的に解かれ、そのまま映司は意識を失い地に倒れてしまった。間を置いたとはいえコンボの負荷とS2CAのサポートに回った際に引き受けた分の負荷が要因だ。

 フィーネの名を冠した組織。新たな装者達と謎のメダルの戦士の登場。そして、ノイズ襲撃のどさくさに紛失したソロモンの杖の行方。幾つもの課題の前に、つかの間の平和は瞬く間に崩れ去ってしまった。

 

 

 

 

続く



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不穏と飢餓と戦う意味

前回の三つのあらすじ

一つ、黒いガングニールを纏ったマリアは各国政府に向けて宣戦を布告した

二つ、慎次の機転によりようやくシンフォギアを纏うことができた翼だったが、マリアと同じくシンフォギア装者となっていた調と切歌

そして三つ、分離増殖機能を持つ大型ノイズに、オーズと響達装者らはコンビネーションS2CAを繰り出して窮地を脱したのであった

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???

???

???

???

???

プトティラ

タジャドル


 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ率いる武装組織フィーネの宣戦布告から一週間が経った。

 その間ノイズの発生も相手側のアウフヴァッヘン波形も観測されない実に不気味な一週間だった。コンボやS2CAの疲労で意識を失った映司が目を覚ましたのは三日前。不用意に変身を解き、その上無防備にも生身を晒した事で静養も兼ねて今は自宅謹慎させている。

 二課仮設本部の作戦指令室では、偵察任務中の慎次の通信が届いていた。会場近くで乗り捨てられたトレーラーを調べていたところ、反社会勢力とのどうにもキナ臭い物資のやり取りが記録されていた資料を今し方入手したとのこと。記録からすると、食料や医薬品に医療機材等の物ばかりで、いかがわしい物が何一つないのが却って怪しいと言わざるを得ない。現在慎次はその組事務所から通信しており、引き続き捜査を続行すると言う。

 慎次からの通信を終えた弦十郎の胸中では、新たに現れた三人の装者と謎の仮面の戦士がしこりのように残っていた。特に三人の装者はオーズ変身者である火山映司とかつて同じ屋根の下で暮らしていた事は、部下である火山雄二や映司本人から聞いていたため、過日のライブで見せた様子と全くイメージが違っていたのだ。こちらの方も詳しく捜査しなければならないなと小さく漏らして、自身の仕事を続けていた。

 

「特異災害対策機動部二課司令の風鳴弦十郎です。折り入ってお願いしたいことがございまして……」

 

 

***

 

 

 ルナ・アタック事変の折、リディアンは校舎やグラウンドがカ・ディンギルの屹立により荒れ果ててしまって使い物にならなくなり、今ではかつてはミッション系の廃校となった女子校跡地を新リディアンとして再開していた。

 秋桜祭を数日後に控えたここリディアンの教室で、響は授業中上の空になっていた。

 もう一つのガングニールは紛れもない本物。ならばそれを纏うマリアにも、響とは違う戦う理由があってもおかしくない。響の戦う理由は()(までも)人助けの延長になる。それは初めてガングニールを纏ったあの日からも変わらない。だからこそ、調の放った「偽善者」の一言がチクリと胸を刺す。

 

「立花さん」

 

 だとすればマリアの戦う理由は何だろう。移動に使っていたヘリの中で観た中継で言っていたあの宣言が理由と言うには余りにも突拍子が無さ過ぎた。それに、と映司の話とではギャップがあった。もっと詳しい話を聞いてみようにも映司自身は謹慎中で、そもそも住んでいる所さえ知らない。そしてもう一方のマリアと言うよりかは武装組織の方は二課が現在捜索中でどの道訪ねようもない。

 

「立花さん?」

 

 今日まで一週間と言う時間が経過しており、その間見付かっていない事から余程上手い事隠れているのだろうか。オーズと同じように三枚のメダルで変身する戦士もいるからそれも関連しているかもしれない。

 

「立花さんッ!!」

 

 もやもやと生まれては解消されない疑問にふけっている響には、担任教諭の雷が落とされたのだった。

 

 

***

 

 

 同じ日の夜。廃病院のシャワールームで轟音を耳にした武装組織フィーネの三人の装者達は、メインモニターが設置された区画へとバスローブや薄着で駆け付けていた。

 モニターの前に陣取る三人の男女がマリア達に気が付いて、その映像をマリア達に見せた

 

「ッ……!!」

 

 モニターに映るのは黒い体表に赤いラインが走ったこの地球上のどんな生物とも似つかない醜悪で凶悪な見た目をしていた怪物。

 頻りに吠えては、何かに苦しんでいる様に頭を抱えて壁や床にその身を打ち付けて暴れまわっていた。

 

「これが伝承にも描かれし共食いすら厭わないネフィリムの飢餓衝動ですか?」

 

 三人の男女の内、銀髪にメタルフレームの眼鏡をかけた男、ドクターウェルと通称されている男が、残りの二人に問う。聖遺物研究を専門としているが、ある理由から車椅子生活を余儀なくされるナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ教授と、マリアのマネージャーであった、真木原清彦。

 

「いえ、今は彼女が懸命にそれを抑えているのです。ですが、私達には完全にそれを制御できるわけではありません。飽く迄ネフィリムは鍵でしかないのです」

 

「ええ。全てはフロンティアの為に」

 

 気味の悪い人形に目配せする清彦の脇を通り抜け、画面を食い入るように見るマリアは頻りに同じ名前を呟いて泣き崩れた。静かに咽び泣くマリアの肩をナスターシャは何も言わずそっと手を置いた。

 泣き崩れた姉貴分の姿に切歌と調はつい目を背いてしまう。

 この一週間、マリア達三人の心は晴れないままだった。敵に回したシンフォギア装者達にかつて共に暮らした家族が味方についていたのだ。これから先幾度となく相対する時が来るだろう。やり辛くなると不意に呟きたくもなるのを抑え込んで切歌と調は精一杯清彦を睨む。

 

「八つ当たり気味に睨まないでください、切歌さんに調さん。フィーネからオーズの変身者について全く聞かされていませんでしたから。それよりもそろそろフロンティアの視察の時間でしょう」

 

 人形を乗せている腕に着けている腕時計で時刻を確認して、清彦は静かに言った。鬱陶しい視線を送る子供二人を遠ざけたかった事もあるが、一番は計画遂行ただ一つ。

 目的地へはマリア達装者三人とナスターシャと清彦の五人。後の留守はウェル一人に任された。

 嗚咽を漏らし続けるマリアを宥めながら切歌と調を連れてナスターシャは「留守は任せましたよ」と一言残して奥へと消えていった。

 程なくして、暴れまわっていた映像内のネフィリムも落ち着きを見せ、今は体を丸めて眠っていた。

 

「さて、撒いた餌に気付く頃合いですね」

 

「ドクター真木原、まさかあの時トレーラーを乗り捨てろと言ったのは……!」

 

「貴方は手段を選ぶ立場ではない筈ですよ。貴方一人では英雄にはなれません、私が貴方の夢を応援している事を努々忘れない様に」

 

 冷たく淡々と言い切る男の背中をただ見ているだけしか出来ないウェルは、苛立ちを隠せずに地団駄を踏んだ。

 ウェルは清彦を嫌っている。肩に乗せた人形と同じく無機質で人間味が全く見えない清彦を嫌っている。しかしながら、聖遺物研究についてはナスターシャに及ばないものの、独自のルートでオーズの所持していないコアメダルを入手して、更にはオリジナルのドライバーを開発する機械技術の知識も豊富であった清彦の才能には少なからず称賛はしている。

 しかし、とそこでウェルはふと疑問に思う。

 オーズのベルトは完全聖遺物と聞いている。だが、ポセイドンドライバーが人の手によって生み出された今、その前提は果たして正しいと言えるのだろうか。コアメダルが仮に励起している完全聖遺物ならば、その真価を開放する為に解放機となるドライバーは人の手によって作り出されたと考えるのが自然だ。

 だが、オーズのドライバーは聞けば800年以上前の欧州にかつて存在していた国の王が使用していたとされており、完全聖遺物と称するには些か若い方だ。ならばコアメダル自体が完全聖遺物と考えるのが自然だろう。

 

「さて、僕の方も準備に取り掛からねば」

 

 一旦考えるのをやめ、()()()()()()を手にして彼もまたその部屋を後にした。

 

 

***

 

 

 夕暮れ時の新リディアン校舎内を走る一人の影。

 二回生にしては真新しい制服に袖を通すは雪音クリス。二課の計らいで編入した彼女は、両親が他界してから失われた日常を謳歌する事になったのだが、ルナ・アタック事変まで過酷な状況下で過ごしてきたため、違和感だらけの学生生活も悪くないなと思っていた矢先の事だった。

 息を切らし、時折身を隠しながら何かから逃げ続けていた。追っ手を意識するあまり前方確認を怠ったクリスを待っていたのは、来る文化祭の準備をしていた翼との衝突事故だった。

 

「雪音か。一体何を慌てて…」

 

「しっ、あたしは今追われてんだ」

 

 まさかフィーネの装者達が動き出したのかと、一瞬身構える翼だったが、追っ手の正体はクリスのクラスメイトらしき三人の女子生徒。それぞれ眼鏡にカチューシャとポニーテールが特徴的な活発な印象の三人組だ。

 

「ったく。どいつもこいつも、あたしを日常に引き込もうとしやがる。なんやかんや理由付けてあたしを行事に巻き込もうと一生懸命なクラスの連中だ」

 

「そうか?存外雪音もまんざらではない様にみえるな」

 

 何処がと言いたくなるが、それが事実でもある為クリスは強く言い返す事が出来なかった。

 

「それよか、フィーネを名乗る謎の武装集団が現れたんだぞ?あたしらにそんな暇が――って、そっちこそ何やってんだ?」

 

「見ての通りだ。雪音が巻き込まれかけている学校行事の準備だ。どうせだ、手伝ってくれるな」

 

 廊下に散らばった飾りつけの材料を段ボール箱に戻す翼は、その一部をクリスに見せる。

 翼はクリスの一年先輩である。その先輩から手伝えと言われれば無下にする訳にはいかないが、クラスメイトから逃げ切る良い機会であるので不承不承ながらに了承するしかなかった。

 翼に連れられた先の教室内でペーパーフラワー作りを手伝わされているクリス。

 

「それで、どうだ雪音。まだこの生活に馴染めないのか?」

 

「思春期で年頃の娘と頑張って会話しようとする父親か。まるで馴染んでない奴に言われたかないね」

 

 ぶっきらぼうに返してみるが、あながち間違っていないのも事実。

 今までの自分の生活とのギャップが激しくて違和感を覚えずにはいられない。だが、それでいて『平和(日常)』と言う日の光がクリスの心を照らし、居心地の良さを教えてくれた。

 案外悪くないものだなとついにやけてしまう。

 その後は翼の最近仲良くなった女子生徒と、クリスを探していた女子生徒達も加わって飾り付け用のペーパーフラワーは予定よりも多く早く完成した。

 

 

***

 

 

 その日の深夜。

 緒川から得た情報を基に、極僅かではあるものの人の出入りがあったと言う廃病院を前に響達二課の装者三人は立っていた。

 見るからに()()()な雰囲気を醸し出す建物ではあるが、愚痴の愚の字も言っていられないので三人は意を決して足を踏み入れた。

 かつては人々の怪我や病気を癒して施設も今や見る影もなく、季節外れのお化け屋敷のように朽ちていた。

 成る程、アジトにするならもってこいの場所だなと三人はそれぞれ思いながら奥へと進む。怪しくも薄暗い通路を進み続けていく中で、身体が徐々に重くなったような気がしてきた三人の視界に、赤い煙とノイズが突如として現れた。

 

――Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

――Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

――Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

 三人の戦姫が聖詠を紡ぎ、クリスの胸の歌が廃墟内に響き渡る。挨拶代わりの鉛玉の十億連発が続々と出現するノイズを駆逐していき、奥へと向かう。

 響の拳と、翼の(つるぎ)がクリスを死角から狙うノイズを蹴散らし、その制圧力を活かすコンビネーション。

 いつもであれば現れたノイズは当然三人の連携に為す術も無く塵芥と化す。だがしかし、今日は違う。

 弾丸に貫かれたはずのノイズは、そのまま駆逐されずに逆再生の如くその身が蘇る。

 翼の得意技『蒼ノ一閃』の斬撃波も効果を見せない。

 今までになかった事象に困惑するクリスに翼はハッとある事に気が付いた。

 

「そうか、ギアの出力が落ちているのかッ!?」

 

 辺りを漂う赤い煙が原因であることを見抜いたところで打開策はS2CA以外に何もない。だが、今ここで使ってもオーズタジャドルコンボのレリックメダルを用いたギガスキャン技が無い状態で使ってしまえば軽減される事の無いバックファイアが響一人に襲い掛かる事になる。

 

「だがオーズがいたとしても、この煙が消えぬ限り絶唱の威力が規定値に届くとは限らない!」

 

「そう言うこった!」

 

 展開されたスカートアーマーから『CUT IN CUT OUT』を射出。限られた広さの空間で大火力技を繰り出そうものなら瓦礫の下敷きと言う結末を招く恐れがある。ならば威力が抑えられているのであれば、元々の火力は低くとも数が勝負の技を繰り出せば良いだけの事。

 いつもの三倍以上撃ち出してようやくノイズの掃討を完了したクリスが一息つくと、通路の奥の方からオレンジ色の光が見えた。それは響と翼の二人にも見えている。

 未だ消えない赤い煙の向こう側、灯りが何一つない真っ暗な闇に包まれたそこに、オレンジ色の光がゆらりと動く。

 その正体が異形の怪物であると理解したのは、響達の眼前に迫って鋭い爪を振り下ろした直後だった。

 思わず拳で迎撃する響だったが、その怪物は翼の斬撃とクリスの銃弾すらもものともせず、怪物は響達から距離を取って三人の様子を伺っていた。

 

「アームドギアで迎撃したんだぞッ?!」

 

「なのに何故炭素と砕けない?」

 

「もしかして、ノイズ……じゃない?」

 

「意外と(さと)いものですね、立花響さん。雪音クリスさんもお久しぶりですね」

 

 暗闇からゆっくりとした歩調で現れたウェル。響とクリスはまるで幽霊でも見たかのように驚きの声をあげて困惑する。

 一週間前の宣戦布告のあの日、ソロモンの杖とともに消息を絶ったドクターウェル。当初は出現したノイズによって炭素分解されたのではないかと憶測が飛んだが、実際問題件の人物は生存しており尚且つ紛失したはずだった。

 

「簡単なトリックですよ。あの時、ソロモンの杖はアタッシュケースの中ではなくコートの内側に忍ばせていたんですよ」

 

「ソロモンの杖を奪う為に、自分で制御し自分に襲わせる芝居を打ったと言うのかッ!」

 

「まぁ騙したことに関してはすみませんでしたね。ですが、バビロニアの宝物庫よりノイズを呼び出し制御することを可能にするなどこのソロモンの杖をおいて他にありません。そしてこのネフィリムもまた我々の計画に欠かせない大切なピースの一つなんですよ」

 

 掲げて見せた弓に似た形状のその(ほう)(じょう)は間違いなくクリスやフィーネが振るい、数多のノイズを使役していたソロモンの杖。

 

「ふざけんな!そんなもん騙し取ってるって事ぁ、ロクでもない考えだってことは分かってるんだ!」

 

「クリスちゃん、駄目!」

 

 それはかつて己が犯した過ちの象徴。口車に乗せられていたとはいえ、抹消することのできない罪の証を見て、途端にクリスは激昂。サイドスカートアーマーからマイクロミサイルを乱射してしまう。しかし、ギアの出力が低下したことにより生じるバックファイアがクリスの体を蝕んで激痛を走らせた。結果打ち出したマイクロミサイル群は暴発して廃墟に火の手が上がる。

 その生じた隙により、ウェルは怪物・ネフィリムを収納したケージを上空に召喚した気球に似た飛行型ノイズに投げ渡した。そのノイズの周囲を別の飛行型ノイズが囲んでおり、編隊を組んでケージを提げたノイズを護衛する様に飛び去って行った。

 これで一仕事終えたと言わんばかりに一息ついたウェルは、響達に対して両手を挙げて降伏の意を示した。

 

「くっ、雪音と立花は博士の確保を!あのノイズは私が追う!!」

 

『無理はするなよ翼!今映司の謹慎を解かして現在急行中だ』

 

 絶刀・天羽々斬のシンフォギアは機動性に富んでいる。故に強化された走力は難なく飛行型ノイズに追随する。走り続けながら『蒼ノ一閃』や『千ノ落涙』で一掃することも可能ではあるが、いつの間にか召喚したのか、それともあらかじめ召喚していたのか通常型のノイズが行く手を阻んで中々思うように追いつくことができない。

 徐々に差が開き続けるその時だった。いくつもの雷撃と炎の弾丸が翼の後方から地上の通常ノイズ達を灰燼に帰したのだ。

 それがオーズによるものであると翼が認識した時には、すぐそばを風が通り過ぎた。

 オーズの亜種コンボの内、もっとも映司が好んで使うガタジャーター。高速移動、三次元立体飛行、そして万能な火力の三拍子がそろった亜種コンボの一つ。

 閃光とまでいかずとも、オーズの高速移動で徐々にケージを運ぶノイズとの距離を詰めていく。

 

『飛べっ、オーズ!』

 

 やがて最後の一体となった飛行ノイズ。しかし、陸路は途切れすぐ先は海。

 背面のクジャクを展開する。チーターの脚で得た助走を付けて飛翔。

 

『仮設本部急速浮上!』

 

 インカムから弦十郎の声が飛び、同時に海面から二課の仮設本部である大型潜水艦の船首が飛び出した。

 助走をつけたオーズが飛翔し、仮設本部の船首を足場に一気に距離を詰める。

 炎の弾丸と雷撃が一瞬にして飛行型ノイズを撃破して、ケージが落下する。

 

「これかッ!」

 

 が、間髪入れずに手を伸ばすも、突然現れた槍が伸ばしたオーズの腕に直撃した。

 その槍は矛先が海面に突き刺さるように浮いており、天に向けられた柄へ黒いガングニールを纏ったマリアが降り立った。

 

「マリア……!」

 

 オーズがマリアと同じ視線で滞空する。彼女の手にはネフィリムが入ったケージが提げられており、険しい表情も相まって「はい、どうぞ」と差し出して貰えるとは一ミリも思っていないオーズは、浮上した仮説本部の甲板に降り立つ。

 程なくして、拘束したウェルを連行した響とクリスも翼と合流して日の出をバックに佇むマリアを視界に捉えていた。

 

「時間通りですよ、フィーネ」

 

「フィーネ……だと?!」

 

 ウェルのその言葉に、クリスが驚きの声をあげた。

 その名はルナ・アタック事変の首謀者にして、三人のシンフォギア装者とオーズ達との戦いの末に敗れ、その魂は光になって消えた先史文明期の巫女。

 

「終わりを意味するその名は我々組織の象徴であり彼女の二つ名でもあるのです」

 

「そんな……じゃあ、あのマリアさんは……」

 

「よもや彼女が……!」

 

 マリアこそ、新たに目覚めし再誕したフィーネ。そう宣言したウェルの表情は含みのある笑みを浮かべたままで、焦りの様子すら見せていない。

 肉体は違えど、先史文明期の亡霊が今に生きるオーズ達の前に立ちはだかる。

 

『……やれるのか?』

 

 オーズの身を案じた弦十郎の声が、インカム越しに届く。

 

「彼女はフィーネなんかじゃないです。マリアはマリアです」

 

イチイバルガングニールアメノハバキリ

 

 コアメダルからレリックメダルに入れ替えたレリックコンボに変えたオーズと、ケージを提げたままのマリアが、甲板にそれぞれ降り立った。ルナ・アタック事変の際にフィーネを打ち倒す鍵となったこのコンボでなら、とオーズはそう判断した。

 

「いいえ、彼女はフィーネですよオーズ。遺伝子にフィーネの刻印を持つ者を魂の器とし永遠の刹那に存在し続ける輪廻転生システム……リインカネーションッ!」

 

「じゃあアーティストだったマリアさんは……」

 

「さぁ、そこまでは」

 

 ウェルの言う通りならば、かつて櫻井了子の魂を喰らい塗りつぶした様に、黒いガングニールを纏う彼女もまた魂を塗りつぶされたことだろう。

 そのウェルの言葉は、甲板のオーズの耳にも届いていた。しかし、オーズにはどうしてもそれが真実とは思えず、かぶりを振って頭の中からウェルの言葉を追い出した。

 両者ともに槍状のアームドギアを生成してぶつかり合う。

 この戦場を埋め尽くすのはマリアの胸の歌。そのとマントを用いた攻撃も相まって(にわか)()()みのオーズの槍術を軽々といなし、徐々にオーズを追い詰めていく。

 槍を収めたオーズは大腿部から日本刀型のアームドギアを二振り生成し、柄を連結してこちらも接近。

 

「フッ!」

 

「セイヤー!」

 

 マリアの刺突とオーズの斬撃が真正面からぶつかる。激しい金属音が海原に響き、戦いの余波で甲板にダメージが走り、仮説本部の船体の損傷具合が進んでいく。このままでは潜航に支障が出てしまうだろう。

 

『オーズ、マリアを振り払うんだ!』

 

 弦十郎の指示が飛び、オーズは足を振り上げ脚部ブレードを展開。翼の『逆羅刹』の様なカポエラをベースとしたスタイルではないが、真っ向からではなく側面からの攻撃で最大限マリアからの攻撃の軌道を逸らしながら攻めに転じていく。

 

「このまま!」

 

「くっ、ふざけるなぁッ!!」

 

 意思を持ち合わせたかのようなマント攻撃で強制的に距離を取られ、体勢を立て直すが急接近するマリアに対処できず距離を詰められ超至近距離からの斬撃を受けたオーズは派手に吹っ飛ばされてしまう。

 変身解除までにはなりはしなかったが、マリアが優位のまま戦況は変わらないままだった。

 

「何やってんだよアイツは。こうなりゃ白騎士のお出ましだぁッ!」

 

 ままならないオーズの姿に業を煮やしたクリスがクロスボウ型のアームドギアを生成してマリアに照準を向けたその時、突如降り注ぐ丸鋸と緑色の影がクリスと響に襲い掛かる。

 二度目の会敵。それが月読調の『α式 百輪廻』とイガリマを纏った暁切歌であると理解する。

 

「なんとぉ!イガリマぁッ!!」

 

 胸の歌を唄う切歌がクリスに肉薄して絶え間ない近接攻撃を繰り出した。廃病院での赤い煙によるデバフ効果が続いているのもあったが、執拗に切歌が距離を詰めてくるので、弓を(つが)える(いとま)が今のクリスには無かった。

 同様に響にもシュルシャガナを纏う調が縦横無尽に脚部の内臓式ローラーユニットで地を駆け巡りながら、頭部バインダーの機能を巧みに使い、響を近づけさせない戦法を取っていた。

 二人の助太刀に入るべく動き出そうとした翼には、ポセイドンが行く手を阻む。コアメダル由来の純粋な高威力の斬撃を前に、流石の翼も暴挙に徹するしかなかった。

 あらかじめクリスと響、二人の不得手な距離を理解している上で、装者としてのキャリアもある翼を足止めし、瞬く間にソロモンの杖もウェルの身柄も切歌と調そしてポセイドン達の手中に収まった。

 

「時間通りでした。ですが、こちらとしては些か物足りない位でしたがね」

 

「これ以上は時間の無駄です。今は貴方を回収に来たまでです」

 

 にべもなく無機質に答えるポセイドンのその返答にウェルは肩をすくめた。

 

「くそったれ……適合係数の低下で身体がまともに動きゃしねえ……」

 

「でも、いったい何処から……?」

 

『装者出現の瞬間までアウフヴァッヘン波形、及びその他シグナルの全てがジャミングされている模様ッ!』

 

『俺たちが持ち得ぬ異端技術……ッ!』

 

「櫻井女史がいない今がこれ程に厄介とは……!」

 

 ことごとく後れを取っている事に歯噛みするしかない二課の装者とスタッフたち。

 甲板の方ではオーズをいつでも下せる筈のマリアが、わき腹を押さえて苦い顔をしていた。

 

「(こちらの一撃にカウンターを仕掛けるなんて……!)」

 

 最後のマリアの一撃。その瞬間にオーズも右拳の一撃を繰り出していたのだ。しかし、軸がぶれて決定打にはなりはしなかったが、痛み分けの度合いで済んだ。

 相手の思わぬ一手に表情を変えず、努めて余裕のなさを見せないようにするマリアのインカムに、ナスターシャからの通信が入る。

 

『マリア、そろそろギアが重くなっている頃合でしょう。適合係数が低下しています。ネフィリムはもう回収済みですから今は戻りなさい』

 

「時限式ではここまでなのッ!」

 

「ッ!時限式って、まさかマリアッ!?」

 

 インカムの通信は聞こえていないが、強く漏れたマリアの独白がオーズの耳に入る。

 かつて、先代のガングニール装者の天羽奏は、適合係数の低さからシンフォギアを纏う為にLiNKERを服用する必要があった。これにより、制限時間が付いてしまうがその時間内であれば、聖詠を紡いでその身にシンフォギアを纏うことができるのだ。ただし、服用すればするほどにその身を内側から削っていく副作用もある為、戦闘終了後には体内洗浄を施す必要もある。

 そしてそれをマリアも服用しているのであれば、奏と同じ道程を辿ってしまうことだろう。

 見れば彼女の身体に紫電が走った。時間切れを示す警告。

 問い詰めようとするが、牽制として放たれた『HORIZON†SPEAR』の火線を腕部ユニットで弾いて距離を詰めるが、マリアは垂直に飛翔するとまるで見えないロープに垂れ下がっているように浮遊していた。その直上では朝日に照らされながら揺れる何かが浮かんでいた。

 

「待って!調ちゃんたちは何の為に戦うの?」

 

 帰還準備の調と切歌に響が疑問を投げかける。一番ダメージを負っているクリスに肩を貸していた。

 

「正義だけでは、綺麗事だけでは守れないモノを守るために」

 

「それが、私達フィーネの戦う理由ですよ」

 

 調の答えにポセイドンが補足する。彼はウェルを小脇に抱えて即座に跳躍。姿を見せた大型輸送機エアキャリアの後部搬入口に着地する。次いで調と切歌も牽引ワイヤーで乗り込んだ。

 マリアを含んで五人の乗り込みが終わると後部搬入口のハッチは閉じて、そのまま機体は真東へと飛行を開始した。

 逃さまいとオーズがレリックメダルからコアメダルに替え、タジャドルコンボに変身。クリスが両手のアームドギアを拳銃型からスナイパーライフル型に、そしてヘッドギアを可変させてスコープ機能を起動して新技『RED HOT BLAZE』の照準を合わせる。

 だがしかし、エアキャリアは周囲の風景に溶け込んで消えた。タカヘッド・ブレイブの強化された視覚情報を以てしても、それは完全に捉えられることは出来なかった。

 

 

 

 

続く



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大義と祭りと飢餓の怪物

前回の三つのあらすじ

一つ、秋桜祭を控えたリディアン校舎で同級生に追われていたクリスは不承不承ながらも翼と飾りつけの手伝いをしていた

二つ、武装組織フィーネのアジトを襲撃した響達二課のシンフォギア装者。彼女たちはそこで謎の怪物を目撃する

そして三つ、マリアが新たなフィーネと明かされるも、映司はレリックコンボに変身するも結果的に彼女達に逃げられてしまった

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???

???

???

???

???

プトティラ

タジャドル


 

「(神獣鏡(シェンショウジン)の機能解析の過程で手に入れたステルステクノロジー。私たちのアドバンテージは大きくとも同時に儚く脆い……)」

 

 自動操縦に切り替えて、予め決めていた次の拠点へと飛行する機内でナスターシャはコンソールに備え付けられているギアペンダントに目をやった。

 群馬県皆神山で発掘された聖遺物。魔を祓う光を放ち、その応用として光の屈折率を操り光学迷彩のように周囲の風景に溶け込むことが可能になる。現在エアキャリアはその力により目視は勿論センサーなどの機器類からも補足されない状況にある。これもまた、先史文明期の巫女・フィーネの置き土産。その際の駄賃が天羽奏の両親と妹の命である事はナスターシャは知らない。

 

「急がねば……、儚く脆いモノは他にもあるのだから……」

 

 吐血混じりの咳をするナスターシャ。その掌にべっとりと付いた血を見て、表情を一層険しくする。

 残された時間はとても限られている。急がねば計画の全てが水泡に帰してしまう。

 

 

***

 

 

 エアキャリアの一室。シンフォギアの展開を解くマリア達三人に続いて、ポセイドンはベルトを取り外してその変身を解いた。

 

「切歌さん。貴女の言いたいことは分かりますが、ここで私に八つ当たりをしても何も変わりませんよ」

 

 無機質な口調。無機質な表情。胸ポケットにしまい込んだ人形を肩に乗せた清彦はメガネの位置を直す。懐にポセイドンドライバーをしまい込んでその場を後にする。続けてウェルもマリア達三人に申し訳なさげに会釈して清彦の後を追う。

 今やアジトを追われた一行は飢餓衝動が抑えられているとはいえ、ネフィリムの餌である聖遺物は手元になく、今まで与えていた物は恐らくは二課が押収しているはずだろう。

 残された三人、特にマリアは掌に爪が食い破ろうとするほどに拳を強く握っていた。

 自分たちには大義がある。その大義のためならば、たとえかつての家族と刃を交えようと構わないと誓ったはずなのに。

 

「(覚悟はしていたと思っていてのに、出来てないと言うの。私も映司も……)」

 

 出来ていたと思っていたつもりだった。だが実際には、実質痛み分けで終わり勝っても負けてもいない。

 非情にならねば、と自らに言い聞かせながら慕ってくる妹分二人に作り笑顔を見せて何も言わずに抱きしめた。

 

 

***

 

 

 コンボの疲労が癒えきっていないにも拘らず、映司は仮設本部甲板でエアキャリアが飛び去った方向を眺めていた。もう見えていないというのに、それでも視線はそらさずにずっと同じ方向を眺めたまま動かなかった。

 

「映司……」

 

 又聞き程度であるものの、映司とマリアの関係を知らぬ弦十郎ではなかった。同時に映司の気持ちも心なしか理解できた。フィーネに塗りつぶされた了子を前にした時も、非常になり切れず不意を突かれて返り討ちにあってしまった。

 ここで下手な慰めや喝を入れるのは簡単だ。言葉を投げかけること自体誰でもできるが、傷付けられた心を癒すのは容易なことではない。

 

「弦十郎さん、稽古をつけてもらえますか?」

 

「映司……?」

 

「俺、マリアはマリアのままだとか言ってましたけど、どこかでそれを信じ切れずにフィーネに使ったメダルで変身したのに、結局勝つことは出来ませんでした。でも、それでもマリアはフィーネに塗りつぶされていないってことは確かです!」

 

 振り返って見せた映司の顔。決意を新たに迷いのない目に何かを見出した弦十郎は二つ返事で了承。更に響達も喜んで協力してくれた。意気揚々の響と翼に、ややあきれた様子のクリス。通じないなら通じ合うまで手を伸ばせ続けばいいだけのこと。

 だがその前にまず、響達の登校時間が差し迫っていた。

 

 

***

 

 

 数日後。仮設本部潜水艦内部で弦十郎が斯波田事務次官から情報提供を受けている時同じくして、新リディアンでは秋桜祭が開催されていた。

 規模は一般的な高等学校のそれよりも規模はさほど変わらないが、リディアンは音楽院である通り音楽に関する催し物に一際力を入れており、特に一番は音楽堂を利用したカラオケ大会だろう。勝ち抜き戦で行われるそれは最終的に勝ち残った挑戦者の要望を生徒会が叶えると言うもの。

 なので、挑戦者の殆どは部費の増量や同好会の新設、設備の追加。また、過去には異性との出会いの場を求める生徒もいたが、エントリーの時点で却下された事もあった。

 響の級友の三人組、特に板場弓美がアニソン同好会設立の為に創世と詩織を巻き込んでエントリーしており、音楽堂の壇上ではアニメ『電光刑事バン』の登場人物に扮した三人が主人公と怪人、女幹部の衣装でその主題歌を三人で歌っていた。

 観客席に座る響と未来もこのアニメを好いており、級友たちの歌に聞き惚れていた。

 同じころ、新リディアン敷地内の食べ物屋台が並ぶ通りでは、タコ焼きの包み片手に食べ歩く切歌と調の姿があった。

 

「楽しいデスなぁ。どの屋台も美味しいものばかりデスよ調ぇ」

 

「じー…」

 

「な、何デスか調?これは……、そう、作戦。作戦デス!」

 

「作戦……?」

 

 実のところ、調には切歌の言う作戦が只の食べ歩きにしか思えなかった。マリアがリディアン高等部の生徒だった三年間に映司と彼の両親と五人で来たその当時と同じように切歌が食べ歩きに夢中になっていたからだ。自信満々に、取って付けたかのようにペラペラと語る親友に調は半信半疑の目を向ける。

 

「人間誰しも美味しいモノに引き寄せられるものデスッ!学院内のうまいもんマップを完成させることが捜査対象の絞り込みには有効なのデスッ!」

 

 自信満々に決めポーズまでして言い切った切歌だったが、膨れっ面で睨む調の威圧されてたじろいでしまう。

 しかし、切歌とて自分たちの使命を忘れた訳ではない。

 マリアの事、ネフィリムの事。そしてそれらと同じくらいに大切な事。だが、それらの為にも二課の装者たちのギアペンダントをどうにか入手する為の妙案が中々に浮かんでこなかった。はてさてどうしたものかと腕を組んで思案していると通路を歩く風鳴翼の姿が二人の視界に入った。

 

「切ちゃん、鴨葱!」

 

「なんデスとぉ!」

 

 ツキが回ってきた。二人はそそくさと木陰や柱の陰に身を隠しながら先を歩く翼を見失わないように尾行する。時折振り返って見つかりそうになるも、間一髪危機一髪のところでギリギリ見つかりはしなかった。業を煮やした調がシュルシャガナのギアペンダントを握りしめたその時、翼が誰かとぶつかったようで彼女の軽い悲鳴が二人の耳に届く。

 

「一体なん……雪音か?」

 

「た、助けてくれ、追われているんだ!!」

 

「やはりそういうことか。私も先程から誰かに見張られている気がしていた……まさか、フィーネの」

 

「いや、そうじゃ……っ!!」

 

 慌てふためきながら翼の背に隠れるクリス。そこに現れたのは、切歌たちは知らないが先日からクリスを追っかけてくる彼女のクラスメイト三人だった。

 切羽詰まった三人のその様子が柱の陰からよく見える。

 

「お願い、雪音さん!」

 

「これから出る子が急に出られなくなっちゃって!」

 

「もう雪音さんしかいないの!」

 

 代打としてではあるがクリスに出て欲しくて当日も追っかけてまでするその三人の表情には懇願の意が表れており、事の重要さが受け取れる。

 しかしクリスには壇上で、しかも多くの見物人の目の前で歌った経験がない。それならその経験がある翼に出てもらえば良い。様子を見ていた切歌と調も翼の歌唱力を知らないわけではないので、その通りだとついつい頷いてしまう。

 その旨を伝えても、そもそも翼はクリスの一学年上の先輩であり、出る予定だった生徒はクリスのクラスメイトの一人であるためお鉢が回ってきたらしい。そのまま話を聞いていくうちに、切歌の頭の中で妙案が浮かび始めていた。

 

 

***

 

 

 新リディアンの講堂でクリスが歌い終え、切歌と調が飛び入りで挑戦を叩き付けていた丁度その頃、海沿いの倉庫群の一つに格納されているエアキャリアの中で、ブリーフィングルームとして使われている一画で、マリアは暗い面持ちで半壊状態のギアペンダントを両手で握りしめていた。

 事情を知っている身であるウェルとナスターシャは、そんな彼女の様子を見て今はそっとすべきかと二人は顔を見合わせてると、仕掛けていたセンサーが何かに反応してモニターに幾つもの映像が表示された。

 

「本国からの追手がもうここまで……!」

 

 表示された映像には武装した米国の特殊部隊らしき集団がマリア達がいるエアキャリアに徐々に近づいていく様子が映し出されていた。

 

「もうここが嗅ぎ付けられたのッ!?」

 

「ま、異端技術を手にしたといっても僕たちは飽くまで素人の集団。訓練されたプロを相手に立ち回れるなどと思い上がるのは虫が良すぎますよ」

 

 お手上げだとばかりにウェルが言った。確かに三人の装者は二年半前までは学生の身であり、ポセイドンに変身する清彦も元々は武闘派ではない。そんな彼らが徒党を組んでもたかだか付け焼刃に過ぎない。ナスターシャに至っては下半身不随であり、ウェルも清彦と同様だ。

 

「踏み込まれる前に攻めの枕を押さえにかかるとしましょう。マリア、排撃をお願いします」

 

「そんな、先生(マム)!排撃って……相手はただの人間ッ。ガングニールの一撃を食らえばッ!」

 

「そんな悠長なこと言ってる場合ではないですよ?」

 

 画面から轟く米国特殊部隊の断末魔。

 ポセイドンに変身した清彦が己の得物を振るい、襲い掛かる敵を切り捨てていく。血飛沫が舞い、肉片をまき散らして返り血を浴びる。

 一方的な蹂躙を前に、反撃の糸口すら見付けられない彼らは母国語で命乞いの言葉をポセイドンに投げかけていた。

 

『命乞いをしないでいただきたい。時間の無駄です』

 

 足がもつれ、腰が抜け、立つこともままならない米国特殊部隊の部隊員達はポセイドンの前にいとも簡単に殲滅されてしまった。

 その様子をモニター越しに観ていたマリアは思わず両手で口を押えていた。喉の奥からすっぱいものが込み上げてきそうになるのを必死に抑えていたが、ポセイドンが変身を解かずに倉庫の外へと歩き出して行く光景を見て、何やら嫌な予感がし始めたマリアは端末を操作して外に設置されていたカメラの映像を映し出す。

 表示された映像には自転車に跨った中学生らしき三人の野球少年達だった。

 

『おやおや?』

 

 機械的で無機質なポセイドンのその言葉にどのような意味が込められているのか。それが分からずに三人の野球少年達はポカンとした表情をしていた。

 

「やめろ、真木原……!」

 

 得物である槍を地面に突き刺し、背面に隠していたソロモンの杖を取り出したポセイドン。彼の次にとる行動が容易く想像できたマリアは画面の中のポセイドンに叫ぶ。

 

「その子たちは関係ないはずだ!止めろ、真木原!止めろっ、止めろォオオッ!!」

 

 彼女の前に通信用のマイクがあったとしても、マリアの嘆願がその耳に届こうとも、ポセイドンは恐らく聞く耳を持たなかったことだろう。掲げられたソロモンの杖から三体のノイズが召喚された。

 幼い命が一瞬の内に、断末魔の叫びも、命乞いも何も出来ないまま炭素と消えた。

 直後にマリアの慟哭が室内に木霊する。自身の甘さと弱さが多くの命を奪ってしまった。自分が出ていれば、この様な結末を迎える事はなかった事だろう。今の彼女には泣くこと以外に何もできなかった。

 

 

***

 

 

 秋桜祭のカラオケ大会に飛び入り参加した切歌と調。ツヴァイウィングの『ORBITAL BEAT』を高らかに歌い上げると、米国からの特殊部隊に襲われたとナスターシャから通信を受けて審査を受けずにそそくさと会場を後にした。

 しかし、旧リディアンには何度も行ったが、ここ新リディアンの校内は今日が初めてな訳で、あっさりと響達に囲まれてしまった。

 

「ここで戦うことで貴女たちが失うもののことを考えて」

 

 調の吐いたそれは紛れもない脅迫の言葉だった。

 切歌と調がギアを纏えば来場者を人質にすることも出来、響達がギアを纏えば機密の観点から非常にややこしく面倒な事態を招いてしまう事だろう。

 

「よく言う!そんな汚いことを言うのかよッ!さっき、あんなに楽しそうに歌ったばかりのその口でッ!」

 

「今はこの場で戦いたくないだけだから……」

 

「だから決闘デスッ!然るべき決闘を申し込むのデェスッ!」

 

 ビシィッ!と効果音が付きそうな勢いで響達に指さした切歌。その行動から行き当たりばったり感が滲み出る様子に戸惑いながら根っからの平和主義である響は双方を落ち着かせようとどっちつかずな態度を見せてクリスと切歌から突っ込みを受けた。

 

「と、とにかく!決闘の時間と場所はこちらが指定するデス!!顔を洗って待ってるデスよ!」

 

「切ちゃん。顔じゃなくて首だよ。さっきの言葉、ハッタリじゃない」

 

 去り際にそう言い残して新リディアンを後にした二人の背中を、二課の装者達は黙って見逃すしかほかなかった。

 

 

***

 

 

 僅かながらにノイズの反応があったとの仮設本部からの連絡を受けて現場に急行した映司が目にしたのは、バラバラにされた遺体と炭の山だった。遅れてやって来た二課のスタッフや慎次も交えて現場検証を行うと、ここに間違いなくエアキャリアが停留されていた形跡があった。

 遺体はそれぞれ鋭利な刃物によって殺害されていた。詳しい検死結果はまだだが、それがマリアによるものではなく、ポセイドンによるものと考えた映司。素人目で見ても遺体の切断面が滑らか過ぎており、刺突が主のガングニールの矛先では出来ない芸当であった。

 その隣では慎次が弦十郎へ連絡をいれていた。

 

「……はい。では」

 

「慎次さん。検死結果ですけど、やはり鋭利な刃物によって両断されていたようです」

 

「本部の方でも例のガングニールの解析結果が出たそうで、僕と映司さんに戻ってくるようにと司令から連絡がありました」

 

「黒いガングニールの、ですか?」

 

 

***

 

 

「黒いガングニールから観測されたアウフヴァッヘン波形と、響ちゃんが纏うガングニールのアウフヴァッヘン波形を照合した結果、この二つはトリリオンレベルで一致。つまりは双子というかクローンね」

 

 大型モニターに表示された黒と黄色の二つの波形。それぞれが一つに重なり合い、一つの波形図になる。ピッタリと一致した画像が表示され、各部に殆ど誤差がないことを表しているが、映司や装者達の視線や注意はそれどころではなかった。

 出るところは出て引っ込んでるところは引っ込んでるグラマラスなボディ。特徴的に纏め上げた長髪。ピンクフレームの眼鏡。

 

「あらぁ?ちょっと、私の話聞いてないんじゃないの?」

 

「あ、いや……えっと……」

 

 解析結果報告は勿論聞き逃してはいない映司ではあるが、その報告した人物にどう反応すれば良いのか、どんな表情をすれば良いのか分からなかった。

 彼と同じように響と翼も、さらに言えばクリスも鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべ、ポツリと映司が問いかける。

 

「何で……何で()()さんがここにいるんですか?!」

 

 櫻井了子。

 ルナ・アタック事変の黒幕である先史文明期の巫女フィーネ。十二年前、天羽々斬の覚醒(めざめ)と共に意識を塗りつぶされたとされていた。

 しかし、その精神は完全に消えてはなかったのだ。紫のメダルとレリックメダルのギガスキャンの効果によりフィーネの精神が引きはがされて、櫻井了子元々の精神が復活した。その際に自分がフィーネであった十二年間の記憶が一切なく、まるで浦島太郎の様な体験をし、響や映司達が隔離されていたその間は日本政府の監視下での入院生活を過ごしていた。

 フィーネとして暗躍していた期間に犯した罪を償う意味で現在了子は異端技術の対策アドバイザーとして仮釈放。少なくともこれで武装組織フィーネ、(もとい)F.I.S.への対抗策を持つことが出来た。

 

 

***

 

 

 飛行中のエアキャリア内でナスターシャは好転しないこの現状に顔を歪ませていた。

 本国からの追手に補足されてしまい、またいつ新たな部隊に追われるかもわからない。

 

「(しかし、依然としてネフィリムの今の状態ではフロンティアの起動など夢のまた夢。セレナの為にも、貴女は全てを受け入れたのではないのですか、マリア)」

 

 思い出されるのは二年ほど前の事。

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴがその身を犠牲に家族を救った。

 

 

***

 

 

 白亜の巨体に大きく裂け牙を剝き出しにした大顎。

 歌を介せずに強制覚醒した生体型完全聖遺物ネフィリムがF.I.S.の施設の中で暴れ回っていた。

 剛腕を振るい、近くにある物を破壊し。その巨躯に鉛弾をいくら受けようとも皮膚を切り裂き血を流すどころか弾力のある肌に阻まれ、大したダメージはなかった。

 

「もはやこれまで……。やはり強制的に目覚めたのが仇となりましたか」

 

 聖遺物研究を専門とし、米国連邦聖遺物研究機関F.I.S.に席を置くナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ教授は爆発と崩壊の只中にある施設からの脱出を試みていた。彼女のそばにはマリアとセレナ、そして切歌と調がおり、命の危機に瀕していた。

 シンフォギア装者とオーズがいる日本に後れを取るまいと焦りだした米国政府のタカ派が間接的に招いたこの事態。既に強制停止信号を送り込んでも、暴れまわるネフィリムに対して何の効果もなく、それどころか電子機器のほとんどが火を吐いて爆発を起こしている。

 もはや逃げる事しか選択肢がなかったナスターシャが四人の手を引くも、我先にと逃げ出した役人達が彼女を押し飛ばして通路の奥へと消えていき、爆発の炎だけが帰ってきた。

 逃げ道は残されていない。炎に焼かれるか、白亜の怪物の餌食になるかの二択しかない。

 

「…………姉さん、先生(マム)をお願い!」

 

「待ってセレナ!貴女一体何を……セレナァッ!」

 

 握りしめていたギアペンダントから何かを感じ取ったのか、セレナは姉からの静止の声と妹分二人の声にも反応せず、単身ネフィリムへと駆け出す。

 その行為は勇気か無謀か。或いはその両方を胸に、聖詠を紡いで純白のシンフォギアをセレナは身に纏う。

 百合の花の様な美しい装飾が施された戦装束を纏い、臆することなく白亜の怪物へと歩みを進める。

 癇癪を起して暴れまわる幼子を優しくあやすかの様に、微笑みを崩さずにいた。

 死にに行く表情ではない。湧き出る恐怖心をひたすらに隠し、一歩一歩ゆっくりと確実にネフィリムへと歩みを進める。

 

――Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 絶唱。誰に教わらずとも、シンフォギアを纏う者ならば唄うことが出来る諸刃の剣。

 最後の一小節を唄い切ったその瞬間、セレナとネフィリムを包み込むように眩い光と衝撃が起こり、次第に建物内を包み込んでいった。

 衝撃と光がやみ、火の手が消え去り、視界を取り戻したマリアはセレナに近づいていく。ネフィリムは純白の身体が鈍く黒ずんでいた。それと相対していたセレナはネフィリムに向き合ったままでマリアにはセレナの表情が読み取れない。

 

「セレナ!せれ……ッ!!」

 

 振り向いた我が妹の顔を見て、駆け寄ったマリアは思わず足を止めて絶句する。

 全開の目と微笑みを浮かべる口の端から鮮血を流していたのだ。

 

「姉さん……よかっ……た」

 

 既に体力の限界だったのか、力なく倒れこむセレナ。だがしかし、マリアがセレナを抱きかかえるよりも、それ以前に触れるよりも先に、大口を開けたネフィリムが最後の力を振り絞りセレナをその口に取り込んだ。

 味わうように咀嚼することもなく、ネフィリムはセレナ諸共待機状態に退化してしまった。

 

「セレナァァァァッ!!」

 

 残されたのは砕けて半壊状態になったギアペンダントと、基底状態にリセットされたネフィリムだけ。

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。17歳を目前としたこの日、世界からその姿を消した。

 

 

***

 

 

 周囲が茜色に染まりだし、切歌と調は荒れた大地を駆けていた。

 エアキャリアとの合流地点となっているここで、二人はマリア達との合流を果たした。

 

「成程。つまり貴女達二人は、二課の装者達に決闘を申し込んだということですか」

 

 肩に乗せた人形に目を向けながら切歌と調の報告を受けた清彦。

 全体的に見れば、切歌と調のやったことは決して得策ではない。下手を打てばイガリマとシュルシャガナのギアペンダントを奪われたかもわからないのだ。それだけでなく、勢い任せに決闘を申し込んだまでなると独断専行の域を越していた。計画変更を余儀なくされる恐れすらある程に。

 だがしかし、清彦はそんな二人を叱責して罰するどころか、一度考え込む素振りを見せるとウェルからソロモンの杖を取り上げた。

 

 

***

 

 

「ノイズの出現パターンを検知ッ!」

 

 二課仮設本部発令所で藤尭の声が上がった。

 それがソロモンの杖によるものであるのは明らかである。

 

「古風な真似をッ!決闘の合図の狼煙とはッ!」

 

「藤尭、場所を絞り込めるか?」

 

「出ました。東京番外地、特別指定封鎖区域――!!」

 

「カ・ディンギル跡地だとォッ!!」

 

 ルナ・アタック事変の折、カ・ディンギルが屹立した際に壊滅状態になった旧リディアンの敷地。

 今では住所を定める番地の一切が剥奪され、日本政府の管轄下に置かれ特別指定封鎖区域となっている。また元の住所が戻るのは十年か二十年先か、或いはそれ以上の月日が必要になるだろう。

 その土地を決闘の舞台とする辺り、やはりフィーネと浅からぬ因縁が自分達にはあるようだ。

 

「マリア……」

 

 誰に言うでもなく映司が小さくポツリと呟いた。

 

 

***

 

 

 現場に到着した頃には、ルナ・アタック事変の際に土星状になってしまっている月が上りだしていた。

 カ・ディンギル跡地。現在解体作業が進められているこの場所に、一際場違いな装いの男が映司達を待ち受けていた。

 映司と翼はその男を知っている。あの日、翼とマリアのコラボライブでマリアの代わりに楽屋挨拶に来た肩に人形を乗せた男、真木原清彦だ。

 

「お待ちしておりました。二課の装者の皆さんと映司さん」

 

「マリアのマネージャーの真木原さん?貴方が何でこんなところに?!」

 

「それにつきましては、これをご覧に入れてもらいましょう」

 

 映司の問いに答えるように清彦がスーツの内側から取り出したのは、映司達が見知ったポセイドンのベルトだった。装着されたベルトのバックルには、三枚の水棲系のコアメダルが既に装填されており、瞬く間に清彦の身体を三種のメダルのオーラが包み込んだ。

 

「……変身!」

 

サメクジラオオカミウオ

 

 その変身は、オーズのものとはかなり違うものだったが、そのスペック自体はオーズを軽く凌駕する。

 さらにポセイドンはソロモンの杖を掲げ、雑兵のノイズを召喚して槍を構えた。

 

「あの!切歌ちゃんと調ちゃんはどうしたんですか!」

 

「あの二人に出る幕はありません。さぁ、あなた方のメダルとギアペンダントを大人しく渡してもらいましょうか」

 

「寝言は寝て言えってんだ!」

 

 

――Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

――Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

――Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

「変身!」

 

クワガタカマキリバッタ

ガーッタガタガタキリッバガタキリバ

 

 三人の装者達がシンフォギアを纏い、映司がガタキリバコンボに変身を遂げて一気に駆け出した。

 ガタキリバ固有の必殺技『ガタキリバキック』で召喚されたノイズの大半を撃破すると、すぐさまオーズはメダルをカマキリからゴリラに、バッタをチーターに替えて、高速で移動しながら紫電纏う剛腕で壁となるノイズ達を打ち砕き、そのままポセイドンへと駆け抜けていく。

 行く手を阻むノイズは響が殴り、翼が切り捨て、クリスが悉く撃ち抜いていき、ようやくオーズの剛腕がポセイドンに迫る。対するポセイドンもそう簡単にやられる訳もなくオーズの剛腕を槍で軌道を逸らして回避する。

 

「何が目的なんですか、貴方達F.I.S.は何が目的で!マリアがフィーネであることも何か関係があるんですか!」

 

「目的ですか。特別悪巧みをしているわけではありません。私達は月の落下から多くの無辜の命を可能な限り救い出し、この世界を美しいままの終末を望んでいるのです」

 

 淡々と冷たく語るポセイドンの答えに、オーズ達四人は困惑の声を上げるしかなかった。

 クリスが命がけで逸らしたカ・ディンギルの砲撃は月の表面の一部を削り取るだけに留まった。その後は三か月もの間各国機関が月に大きな影響がないかを計測している。仮に落下する結果が出たとすれば、簡単に隠し通せるものではないだろう。

 

「月の公転軌道は各国機関が三か月前から計測中の筈ッ!」

 

 その事は二課に所属している翼達も周知の事実。仮にポセイドンの言うことが事実ならば、既に何らかの情報が日本政府を通じて二課に届く筈である。

 

「落下などと結果が出たら黙って――!!」

 

「黙っていますよ」

 

 遮って出たポセイドンの言葉に、翼達は思わず息をのむ。

 

「対処方法の見つからない極大災厄などさらなる混乱を招くだけ。不都合な真実を隠蔽する理由などいくらでもあるのですよ」

 

 その時ふと、オーズは思わず月を見た。今の今まで気のせいだと思い込んでいた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてポセイドンは、オーズ達が月に一瞬だけ注意が向けられた瞬間、陰に置いていたケージからネフィリムを放つ。

 ネフィリムは純粋な強力の身で翼とクリスを圧倒し、響に肉薄する。

 援護に向かいたいオーズだが、ポセイドンの追撃がそれをさせてくれない。

 最初に廃病院で見た時よりもその身は大きく成長していたネフィリム。相対していた響は重くなったネフィリムの一撃一撃を躱し続け、どうにか反撃の糸口を掴もうとしていた。

 一方、ネフィリムの一撃で気を失ったクリスを抱きかかえていた翼だったが、水飲み鳥に似た形状のノイズの粘液にからめとられてしまっていた。

 

「さて、ルナ・アタックの英雄、立花響さん。貴女はその拳で何を守るのですか?」

 

 オーズと互角に渡り歩いてその片手間に響とネフィリムの間にノイズを召喚するポセイドン。紫電纏うオーズの剛腕を槍でいなし押さえ付けながらソロモンの杖の能力をフルに使い続ける。

 しかし、響にはいくらノイズが増えようと関係なかった。両腕のハンマーパーツを最大限引き、威力と小回りを重視した拳でノイズ達を一掃。腰部バーニアによるブーストで再度ハンマーパーツを引き伸ばした左拳をネフィリムに繰り出した。

 

「何も守れはしない。そうやって君は誰かを守るための拳で大勢の名も知れぬ誰かを、貴女自身の偽善が死に追い詰めるのです!!」

 

「ッ!?」

 

「駄目だ響ちゃん!退くんだ!」

 

 以前月読調から突き付けられた『偽善』という単語に反応してしまった響。突き出した拳の威力が徐々に弱まっていき、オーズの叫びも届く前に大口を開けたネフィリムに食いつかれてしまった。

 一瞬。ほんの一瞬動揺した響は、間が抜けた声を漏らして自身の左腕を見る。肩と肘の間までがネフィリムに噛み付かれていた。

 次の瞬間、何のためらいもなく、ネフィリムは響の左腕を食いちぎった。

 

 

 

 

続く



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暴走と近付く死期とオーバーヒート

前回の三つのあらすじ

一つ、秋桜祭のステージで高らかに歌い上げたクリスに、調と切歌が挑戦状をたたきつける

二つ、その秋桜祭の裏側ではポセイドンによる殺戮が繰り広げられていた

そして三つ、清彦の言葉に動揺し、気を取られた響の左腕がネフィリムに捕食されてしまった

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???

???

???

???

???

プトティラ

タジャドル


 

 月が煌めく夜の荒野に鮮血が舞う。

 食いちぎられて切断された響の左腕の断面は赤い噴水と化しており、恐る恐る視線を向けて痛みが来るより早く響は漸く状況を理解する。

 その様子をエアキャリアでモニタしていたマリア達。

 清彦の、ポセイドンのやり方に憤りを覚える切歌。以前から生理的に受け付けない真木原清彦と言う男の人間性と肩の人形の不気味さが、今回に限っては限界点を突破するほどに怒りを覚えていた。聖遺物の欠片を餌にすると言っていたが、よもやギアを纏った人間の腕ごと食わせる程に。

 そんなやり方に疑問を抱いたマリアが部屋を後にしようとするが、行く手をウェルに阻まれ、ナスターシャの静止の声が飛んだ。

 

「どこへ行こうとするのですマリア」

 

「真木原を止めるだけよ!()()、貴女も分かるでしょう!アイツのやっていることは決して正しくない。人の命を弄ぶことが、そんなことが私たちの為すべきことなのですかッ!!」

 

「あたしたち、正しいことをするんデスよね……」

 

「間違ってないとしたらどうしてこんな気持ちになるの」

 

 以前響の事を偽善と切り捨てた切歌と調も次第に自分たちの行いに疑問を抱き始めていた。

 昨日までは自分達の行動に何ら疑問も浮かばずにマリアの為に、セレナの為に、そしてナスターシャの為にやって来たが、画面に映る響の様子を見て自分達の中で何かが揺らぎ始めたのを感じた。

 

「その優しさは今日を限りに捨ててしまいなさい。私たちには微笑みなど必要ないのですから」

 

 静かに、それでいて強い口調で三人に突き刺す様に語るナスターシャの目は険しかった。片方の目を眼帯で隠しているにも関わらず、その険しさは鋭かった。

 既に戻れないほどに突き進んでいた。実感がなかったというよりかは自覚が足りていなかったマリアは、縋る様に半壊のギアペンダントに目を落とす。

 

「何もかもが崩れていく……。このままじゃいつか私も壊れてしまう……映司、セレナ……私はどうすればいいの……?」

 

 耐えられない現実に心を痛めるマリアは蹲る事しかできなかった。

 

「しかし、ちょっとばかし厄介な事態になりそうですねぇ」

 

 ふと呟いたウェル。彼が観ていたモニターには左腕を食いちぎられた響の胸の傷が金色に輝き出していたのだ。その光は程なくしてどす黒く変色していき、やがて全身を包み込めばあろうことか失われた左腕が何事もなく生え変わる様に再生した。

 

 

***

 

 

「これは厄介なことになりました」

 

 ネフィリムが響の左腕をゴリゴリと音を立てながら咀嚼し飲み込んだ。そこまではポセイドンの予定通りだ。生体型完全聖遺物ネフィリムは言うなれば自律稼働する増殖炉。他のエネルギー体を暴食し取り込む事でさらなる出力を可能とする特性を持つ。彼の、彼らの目的の一つにはそのネフィリムを用いてフロンティアを浮上させる事。

 しかし、今この瞬間、立花響の暴走と言うポセイドンにとって最大級のイレギュラーが起きたのだ。

 

「例の観測記録にあった暴走ですか……ネフィリムを退かせるしか――!」

 

 ありません。そう呟こうとしたポセイドンだったが、突如として攻撃の手を完全に止めたオーズに違和感を覚えた。両腕をだらりと垂らし、両の膝を地につけ、俯いた状態となっているオーズの姿に不思議と戦意を喪失している様子は見られない。警戒するに越したことはないのだが、早いところネフィリムと共に撤退しなければ総てが水の泡だ。

 ポセイドンがオーズから視線をネフィリムに一瞬だけ移したその瞬間、オーズのメダルホルダーから三枚の紫のメダルが飛び出して強制的にオーズを紫のコンボへと変身させた。

 

プテラトリケラティラノ

プットティラァァノザウルゥゥス!!

 

 白いボディに紫の装甲。響の暴走に伴い、ルナ・アタック事変に於いて発現したオーズの最恐形態プトティラコンボ。

 その紫のコンボはポセイドンにとって未知過ぎていた。このコンボの存在はフィーネが消滅したルナ・アタック事変から程なくして情報を得たのだが、出現したのがその時一回だけで明確なスペックは氷結能力を有した暴走形態であることのみでそれ以上の情報は無い。

 状況はあっという間にポセイドンの不利に傾いていた。

 ネフィリムは暴走した立花響と対峙。オーズの足止めをしていたはずが今度は自分が足止めを受けていたポセイドン。状況は一気に逆転してしまった。

 

「理性を捨て、本能を剥き出しにするのが紫のコンボですか……!」

 

 構えるより早くオーズが動いた。下半身に備わっているテイルディバイダーの一撃がポセイドンに襲い掛かる。

 咄嗟に槍で防御を試みるも間に合わず、何の役にも立たない塔となり果てたカ・ディンギルに激突するポセイドン。出鱈目な威力だと内心毒づくと、これ以上の戦闘に意味はないと悟り、ネフィリムへと合流しようとするも、先回りしていたオーズのスキャニングチャージ技『ブラスティングフリーザ』を無防備にも受けてしまった。

 

Scanning Charge

 

 カ・ディンギルに磔にされたポセイドン。抜け出そうにもオーズの頭部の大翼、エクスターナルフィンの羽ばたきによる氷結と肩部の伸縮自在の角、ワイルドスティンガーにより身動きが取れずに脱出もままならない。

 最後に先程よりも高威力のテイルディバイダーの一撃を受けて吹き飛ばされ、ポセイドンはここで初めて変身解除にまで追いやられてしまった。初めてオーズに敗れた清彦はそれでもソロモンの杖を手放しにはせず、それを支えに立ち上がる清彦だったが、ネフィリムを蹂躙し始めた暴走響を目の当たりにして絶叫する。

 

「止めなさい、立花響!ネフィリム(そ れ)を失ってしまっては、取り返しのつかない事になるんですよッ!!」

 

「(何だ、あの男の慌てた様子は?ネフィリムはそれ程までに奴らにとって重要な存在なのか?)」

 

 硬化した粘液にクリス共々拘束されている翼は清彦のまるで別人になったかのようなその様子に困惑せざるをえなかった。身体の自由がきいていれば直ぐにでも清彦を組み伏せて身柄を拘束できると言うのに、中々どうして硬化した粘液から抜け出せない。

 せめて腕の自由くらいは取り戻したい彼女をよそに、オーズは清彦を軽く払いのけて暴走響とネフィリムとの三つ巴の戦いに身を投じていた。またあの時と同じかと臍を嚙む翼の視界に、肩に乗せていた人形を紛失したらしい清彦の姿が入った。

 

「ナイ!ナイヨ!!クライヨ、ミエナイヨ!メガネナイヨ!コワイ、コワイヨ!!ボクハシレタヨ!」

 

 奇声を上げながらオーズに払いのけられた際に吹っ飛んだ人形を探す清彦の奇特な様相に思わず視線を奪われた翼は、そのまま清彦が闇の中へ消えていくまで唖然とした表情を浮かべていた。

 人が一人消え失せようと、獣達は戦いを止めることはなかった。

 一番優位に立っていたのはオーズだ。固有能力の氷結能力と言うアドバンテージがある分、相手の動きを制限し、強烈な一撃を食らわし続けていく。取り分け、一番ダメージを負っているのはネフィリムだ。オーズと違って特異な能力はなく、暴走響よりも俊敏性が劣っているためにサンドバッグと化していた。

 やがてネフィリムは抵抗する力を失っていき、オーズに首を掴まれて吊り上げられてしまった。その少し離れた場所では、体の半分以上を氷塊に包まれた暴走響が拘束を解くべく我武者羅に暴れているが、直ぐにはその拘束は解かれることはないだろう。

 

「……何だよ、これ」

 

 意識を取り戻したクリスが報告でしか知らない紫のオーズのコンボがもたらす惨劇を目の当たりにして戦慄する。暴走響を見るのは初めてではなく、その凶暴さも知らない訳ではない。だが、それすらも容易く拘束出来る氷塊を生み出すオーズが少なくとも異常事態であることが本能的に理解できた。

 

「紫のコンボは危険だってオッサンが言ってたはずだろ!だってのに何でオーズの奴はそんな危ねぇモンに変身してるんだ!」

 

「分からない。だが、立花の暴走に応えるようにあのコンボに変身した。フィーネとの戦いの時もそうだった」

 

 眼前ではとどめを刺すべく、オーズが片方の手でネフィリムの心臓部に狙いを付けて貫手の構えを取る。普段のオーズならまずやらない構えだ。

 

「えーじ……に…ぃ……さん……」

 

「ネフィリムが人の言葉を……?!」

 

「話した……だとッ?!」

 

 今までに知性の欠片すらも見せなかった暴食の怪物が、途切れ途切れの拙い日本語を口走った。儚さと若干の幼さを感じた柔らかな女性の声に近かったが、クリスと翼以上にオーズは狼狽え怯えていた。そこで翼は「まさか!」と思わず声に出した。

 

「知っているのか?!」

 

「以前オーズから聞いていたが、マリアには妹が、血の繋がった実の妹がいると!奏と同い年らしいその妹の名はセレナ・カデンツァヴナ・イヴ。だが、日本を発つ時にはいた筈のセレナの姿がなく、ネフィリムから発せられた言葉にオーズが反応したところを見ると……!」

 

「嘘だろ!仮にそうだとしても話が飛躍し過ぎだ!」

 

 クリスが反論したくなるのも無理はない。翼が語ったのは妄言に過ぎない憶測でしかなかった。

 確証と言えるものが無く、状況でそう判断するほかなかったのだ。

 狼狽えて膝から崩れ落ちると、それに伴いオーズの氷塊の拘束力が低下。自力で脱出した暴走響は爪を立て、雄叫びをあげ、ネフィリムの背後を強襲する。

 逃げる暇もないまま心臓を抜き取られたネフィリムは音を立てて崩れ落ち、暴走響はネフィリムの心臓を無造作に放り投げると、今度はお返しとばかりにオーズに狙いを付けた。

 

「よせッ!立花ッ!もういい、もういいんだッ!」

 

「お前、黒いの似合わないんだよッ!」

 

 漸く自力で拘束を解いた翼とクリスが二人がかりで暴走響を押さえた。暴走を続けているかと思われていたオーズはプトティラコンボのまま微動だにせず、項垂れたまま。

 しかし、事態は緩やか収まっていく。

 突然、まるで電池が切れた踊る人形のようにピタリと暴走響の状態は沈静化し、リディアンの制服姿で左腕も健在の響に戻った。そこから間髪入れずにオーズの変身が自然に解かれ、沈黙していたネフィリムは黒いボディを溶かして意識を失っている状態の亜麻色のロングヘアーの女性だけがその場に残された。

 

 

***

 

 

 懐かしい夢を見ていた。

 二年前のツヴァイウィングのライブで起きた地獄の様な惨劇で重傷を負った響は懸命なリハビリの結果、元の体調に回復したのだが、そこからが本当の地獄だった。

 生存者に対する誹謗中傷が、響達家族にも襲い掛かってきたのだ。

 心無いマスコミによる偏向報道。事実を歪曲した週刊誌の記事。そしてそれら二つが生んだ誤解からくる周囲からのバッシング。

 父親譲りの『へいきへっちゃら』精神と、親友の未来のサポートや映司達の支援があって今日まで乗り切ることが出来た。

 そんな夢から覚めた響が最初に見たのは、「はやく元気になってね」と短いメッセージが綴られた未来からの手紙。

 

「(私のやってることって、調ちゃんたちが言うように偽善なのかな。私がどんなに頑張っても、誰かを傷付けて悲しませることしかできないのかな)」

 

 シンフォギアを手にして今まで最短で最速で一直線に突っ走ってきた響だったが、その今までを否定されると自分という人格まで否定されるような思いが沸き上がってきた。

 努力は報われるなんて言葉もあるが、今の響には全くと言っていいほど響かない。

 ゆっくりと身を起して目が覚めた事を報告しなければと動いた響の胸元から、入院着からはだけた胸元の傷から黒い塊がポトリと落ちた。かさぶたかと思ったが、それにしてはやけに簡単に取れた上に血も滲んでいなかった。しかもよくよく見たら何かの結晶の様に思える。

 この結晶も報告しなければとベッドから降り立つ響は、自分が使っていたベッドの隣に眠る見覚えのない女性に気が付いた。

 

「……誰、なんだろう?」

 

 

***

 

 

 藤尭による再計算の結果、やはり月自体の落下がそう遠くない未来に実現するという結果が二課仮設本部の巨大モニタに表示される。

 清彦の言葉に偽りはなかった。

 更に詳しいデータの必要性を各国政府の各機関に要請するも暖簾に腕押し。日本政府からも同様。今の二課はF.I.S.同様孤立無援に等しかった。もっともフィーネの魂から解放されたとはいえ、櫻井了子の存在は二課にとって切り札になり得ても、実際にフィーネから被害を受けた側からしてみれば良い顔をしないのも当然である。

 各機関との通信を終えた弦十郎は了子を引き連れ、翼と映司を呼び出してシャーレに収まっている何かの結晶の様にも思えるサンプルを見せた。

 

「何かの結晶……?」

 

「メディカルチェックの際に採取された響君の体組織の一部だ」

 

「身に纏うシンフォギアとしてエネルギー化と再構成、つまりガングニールを繰り返し纏ってきた結果、響ちゃんの体内の浸食深度が進んできているの」

 

「生体と聖遺物がひとつに溶け合って……!」

 

 これで食いちぎられた左腕が暴走した瞬間に再生したカラクリが理解できた翼は、これにより新たに生まれた疑問を二人にぶつけた。

 

「この融合が立花の命に与える影響は……?」

 

 しかし、弦十郎も了子も翼と映司から顔を背けて、その様子で映司は悟ってしまった。

 

「もしかして、響ちゃんはこのままだと」

 

「遠からず死に至る」

 

「残念だけど、心臓に突き刺さっているガングニールの欠片を全て除去しない限り……」

 

 言外に助かる道はないと宣言している了子の診断結果に、翼は静かに動揺し、驚愕する。

 

「だったら、俺達が響ちゃんの分まで戦うだけです。負い目なんかじゃありません。でもきっと、響ちゃんを救う手立ては決してゼロじゃないと信じて!」

 

「映司……」

 

「映司君。今の段階では響ちゃんの死期を遅らせる事しか手立てはないのよ?」

 

「それでも、です!」

 

 

***

 

 

 翌日のリディアンの敷地では秋桜祭の名残も徐々に消え、いつもの穏やかな日常を謳歌しながら片付けをする級友たちを見下ろしながらクリスと翼は、気丈に明るく振る舞う響の様子に本の少しの不安さを垣間見た。

 ネフィリムに食いちぎられた部位を手に取って凝視する翼。あの時は肘まで切断されていたはずなのだが、今の響の左腕、制服の上着の袖を捲くって見たその個所には何一つ不審な点が見つからない。

 

「立花、本当に大丈夫なんだな?よもや私たちを安心させようと気丈に振る舞っているつもりではあるまいな?」

 

「なぁ、もしかしてオッサンから何か言われたのか?」

 

 いつもと雰囲気が違う翼の様子に違和感を覚えたクリスが問う。今の翼が、まるで初めて会った時のつっけんどんな態度に戻っている様な気がしたからだ。

 

「手強い相手を前にしていちいち暴走しているような半人前をまともな戦力として数えるなと言われたのだ。戦場(いくさば)に立つなと言っている。足手まといが二度とギアを身に纏うなッ!」

 

「正気か?暴走ってんなら映司の奴はどうなんだ!アイツだってこの馬鹿が暴走したのと同じタイミングで紫のコンボになって暴れ回っちまってたんだぞ!おいッ、何とか言ったらどうだッ!」

 

 クリスは響の現状を知らない。ガングニールのギアを纏う度に死期が迫りくる事を。

 

「オーズの暴走は立花の暴走をトリガーとしている。なればたかがしれている立花の助力など無用と言う事だッ!」

 

 奏が唄えなくなり、響がガングニールを纏って間もない頃の様に翼は敢えて(いくさ)()から響を突き放す。

 

 

***

 

 

 同じころ、旧リディアン跡地では清彦が吹き飛んだ人形を探し求め右往左往していた。

 普段は冷徹な印象を見せる彼だが、いざ人形を失えばその印象はガラリと変わり、惨めで滑稽な人間になっていた。

 ソロモンの杖を支えに歩き回る彼に、奇声を上げ続ける気力は既にない。

 足を踏み外して緩やかな崖を転がり落ちたところで、清彦は己が探し求めていた人形を見つけることが出来た。

 その人形はネフィリムの心臓を椅子代わりに足を組む格好で岩陰に隠れるように置かれていた。

 まるで誰かが故意に置いたような不自然さがあったが、冷静さが消え去っている清彦にはそれを考える余裕はなく、それどころか喜びの声を静かに上げるだけ。

 

 

***

 

 

 食料調達がてらに清彦の捜索をウェルから頼まれた切歌と調は、未だに復興が進んでいない商店街をあてもなく歩いていた。

 あの夜、モニタ越しにオーズと暴走響に蹂躙される光景を見て何度も止めろと叫び続けた二人。マリアは何も出来ない自分に嫌気がさして塞ぎ込み、ウェルは何も言わず画面から目を逸らす。

 ネフィリムにはセレナが取り込まれている。であるというのにオーズ達はそのことは知らず、その上こちら側から真実を伝える手段がない。無理と分かっていてもモニタに向かって叫び続ける二人だったが、ナスターシャの容体が急変してしまった。

 幸いにもウェルが医療知識に長けていた事もあり、応急処置を施して事なきを得たが、その時には一時間近く時間が進んでおり、モニタ内ではポセイドンの姿は見えず、ネフィリムもオーズ達の姿も見えなかった。

 そして今日になって漸くエアキャリアから出ることが出来、ウェルを探すべく、旧リディアンへの道を歩いていた。

 

「おなか減ったデスよぉ……」

 

「もう少し頑張ろう切ちゃん」

 

 目的の場所までの道のりはかつて何度か通ったこともあってか、自然と迷うことなく二人は歩みを進めていた。

 ただ、今日はまだ昼食どころか朝食すら済ませておらず、手近な飲食店を見ても、殆どの店舗は避難済でもぬけの殻。もし人がいて営業中だとしても、今の二人に持ち合わせはなかった。

 

 

***

 

 

 午前中で授業が終わり、下校中の響達。創世が響の励ましとして行きつけであるお好み焼き屋ふらわーへの道を歩いているその最中の事だった。

 三台並んだ黒いセダンと映司のバイクが響達の前を走り去り、カーブの向こう側の復興地域に行ったかと思えば突然の爆発が起きる。只事ではない事態に居ても立っても居られない響が無我夢中で走り出し、次いで未来達が響の後を追う。

 

Scanning Charge

 

 赤、黄、緑の光の輪を潜り抜け繰り出された『キック』が清彦の呼び出したノイズ数体を撃破していたオーズ。響達の姿を確認した彼はすぐに逃げるように叫んだ。

 

「響ちゃん!来ちゃだめだ、未来ちゃんたちを連れて早く逃げて!」

 

「残念ですが、誰一人として逃すわけにはいきません」

 

 右手に掲げるはソロモンの杖。左手に抱えるはネフィリムの心臓。不気味な人形を肩に乗せた清彦は更にノイズを召喚し、未来達へとけしかけた。最悪なことにオーズとは距離もあり、行く手も阻まれコンボチェンジの暇すらない。

 咄嗟に未来達の盾になる響の姿に、オーズは一抹の不安を覚えた。炭化させられる結末ではない。

 

――Balwisyall nescell

 

「ガングニールッ……トロォォン!!」

 

 響の突き出した拳が戦闘のノイズを穿った。

 通常、生身の人間がノイズに触れれば生きたまま炭化させられ塵と化す。

 しかし、響は違う。

 彼女の右腕から全身にかけて、徐々にギアをその身に纏っていく。

 

「生身でノイズに触れてその上……駄目だよ響ちゃん」

 

 融合による浸食が進んできている証左だ。突き出した拳の威力はそのままに、響の拳を受けたノイズは瞬く間に塵と化し風に乗って消えていった。

 

「この拳も、命も、シンフォギアだ!!」

 

 二課仮設本部でもガングニールのアウフヴァッヘン波形を確認していた。

 本来戦うべきではないコンディションの響に弦十郎達にも緊張が走り驚愕する。

 遠からず響がガングニールの力を行使することは想像に難くはなかったが、あまりにも早すぎた。いうなれば予測可能回避不可能という事態だ。

 

「響ちゃん!駄目じゃないか!」

 

「オーズさん。でも私、今力が漲っているんです!」

 

 その言葉通り、響の身体は淡い黄金色の光を放ち、側を漂う落ち葉が瞬く間に火に包まれる。

 

「想像以上の浸食。命を削ってまで歌い続けますか」

 

 対して至って冷静なままの清彦はソロモンの杖から絶えずノイズを召喚し、ポセイドンへと変身する。

 暴走していなければ勝機はあると踏んだのだろう。ポセイドンはオーズが自力でプトティラコンボに変身しないと推測している。たった二件の事例から立花響の暴走に伴い強制変身していた。自力での制御に至っていないから自らの手でそのコンボに変身はしないだろうと予測していた。

 戦場を響の胸の歌が包んでいた。

 響は未来達に迫るノイズを殲滅し、オーズはメダルをトラからゴリラに、バッタをコンドルに替えポセイドンに肉薄する。

 

「清彦さん。俺は貴方に聞きたいことがたくさんあります!何でネフィリムからセレナが出てきたんです!何でマリア達がシンフォギアを纏っているんです!答えてください!!」

 

「知ってしましましたか。どうやらセレナさんはそちらで保護しているようですね」

 

「答えてください!」

 

「義理はありません」

 

 オーズとポセイドン。互いの必殺技が正面からぶつかり合い拮抗する。若干ではあるもののポセイドンの威力が弱まっていた。

 心当たりがポセイドンにはあった。だが退けられないほど弱体化しているわけではない。

 一方の響は有り余る程に湧き出てくるパワーを存分に発揮し、未来達が逃げ切れるまでノイズを駆逐していく。

 最後の一体を葬り去り、オーズと合流して新たにノイズを出される前に二人の拳がポセイドンを捉えた。変身解除にまで追い込めば身柄を拘束出来ることだろう。

 

「何とッ、ノコギリ!」

 

 だが、二人の拳はポセイドンを打ち破る事なく、調の纏うシュルシャガナの巨大な丸鋸によって阻まれてしまった。

 

「この身を鎧うシュルシャガナはおっかない見た目よりずっと汎用性に富んでる。防御性能だって不足なし」

 

「それでも全力の二人がかりでどうにかこうにか受け止めているんデスけどねッ!」

 

「調!切歌も!」

 

 ポセイドンを庇うように現れた二人は、それぞれのアームドギアを展開し盾となってオーズと響を睨み付けていた。敵対の意思を宿しているようにも見える二人の行動にやっぱりかと小さく独り言を漏らすオーズ。

 

「調に切歌、セレナは俺達の方で保護している。だからもう真木原なんかに!!」

 

「えーじは黙ってるデス!」

 

「確かに真木原は外道な手を使い、人の命を弄ぶ人間。だけど映司さんたちは真木原から月の落下を聞いたはず。私たちは落下を阻止するその為に!」

 

 譲れない物が二人にはある。真木原についていけば月の落下を阻止でき、その手立てがあるのだと言う事だろう。

 そこまで汲み取ってもオーズと響は賛同出来なかった。

 

「その為には、真木原の力が必要なんです。だから、今は見逃して下さい映司さん」

 

 切実な調の語りに嘘はないと判断してもオーズには見逃すと言う選択が取れなかった。ここで見逃せばポセイドンはまた倉庫でやったようにまた別の場所で多くの人を殺害しかねない。確証は無いにしても、切り捨てられた遺体の断面と今ポセイドンが持つ槍の切っ先を照合出来ればそれは明確になることだろう。

 これ以上ポセイドンによる犠牲者を増やさないためにも、オーズは響と連携して調と切歌も含めて捕らえなければならない。

 しかし、行動を起こす前に響が突然苦しみだした。何事かとその場にいた面々は視線を響に向けると、彼女の体温が更に上昇し、胸元の傷を中心に黄金の結晶が湧き出ていたのだ。熱気は側にいたオーズは勿論少し離れた未来やポセイドン達にも微かながらに熱を感じていた。

 

「その様子では時間切れの様ですね。調さん、切歌さん撤退しましょう」

 

 先に動いたのはポセイドンだ。ソロモンの杖で大量に召喚したノイズを壁に逃げ出し、激しい突風が起こったと思えばポセイドン達三人は片手を上げた体勢で宙に浮いていた。

 エアキャリアが光学迷彩で滞空していることに気付いていても、オーズ悔しげに吐き捨てた後ガタキリバコンボに変身し、ノイズを一掃。その頃には既にポセイドン達は既に去った後だったが、シャウタコンボに変身し、シャチヘッドから大量の水を放水する。

 

「いやッ!響……響ぃッ!!」

 

「止せ、今近付いたら火傷じゃすまないぞッ!」

 

 響の身を案じた未来が先に避難している創世達と別れて引き返し近づこうとするが、イチイバルを纏ったクリスが制止する。シャウタコンボの流水でも冷却が間に合わず、強い熱気を放ち続けていた響に不要に触れてしまわない為にもクリスはしっかりと未来を引き留めていた。

 更に遅れて来た翼が跨がったバイクを用いた『騎馬ノ一閃』で給水タンクを両断し、中から残っていた大量の水が響へと流れ落ち、タンクが空になったときにはギアは解かれて元の制服姿に戻った響は意識を失い、未だに熱気を放った状態で倒れ伏していた。

 

「結局私たちは立花に無理を……救えなかった」

 

「救えなかっただぁ?あんたら、この馬鹿がこうなるとでも知ってたのかッ!」

 

 その怒りの混じった問いに、変身を解いた映司も翼も視線を逸らすことしかできなかった。

 

 

 

 

続く



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目覚めと不安と後悔

前回の三つのあらすじ

一つ、ネフィリムとの戦闘中響は左腕を食い千切られて暴走状態に陥ってしまい、更にオーズもプトティラコンボに変身して暴走状態に

二つ、響の体内ではガングニールの融合浸食が進み、遠からず死を向ける事を映司と翼は知る事となった

そして三つ、清彦の召喚したノイズから級友たちを護るべく、響は命が削られていくことを知らずにその身にガングニールを纏った

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???

???

???

???

???

プトティラ

タジャドル


 

「フロンティアの封印を解く聖遺物神獣鏡(シェンショウジン)と起動のためのネフィリムの心臓。そしてそれらを以て開くフロンティアの封印されたポイントも既に特定済みです」

 

 機械的に語る清彦。エアキャリアの一画で彼の口から語られるのは目標達成までもう少しであると言う事実。

 確かに必要不可欠な材料は充分と言える程に揃ってはいるが、本当にこれらだけでフロンティアの封印が解かれるのかと切歌と調は半信半疑の表情を浮かべる。二人の後ろには半壊したギアペンダントを握り締め暗い表情を浮かべていたマリアと、そんな彼女を心配そうにナスターシャが見ていた。

 

「しかしドクター真木原。準備は既に最終段階に入っています。一旦彼女達装者には休息を与えてはいかがでしょう。本番でヘタレてしまっては元も子もないのでは?それにそろそろ食料の調達も視野に入れないと」

 

 ウェルの言うことも一理はあった。

 ここに来るまで二課の装者とオーズ相手に幾度(つるぎ)を交えた事か。加えて場数の少なさと経験の浅さもあってかマリア達の精神状態は少なからず不安定になっているのだ。

 清彦もそれは理解しているようで、少し考える素振りを見せる。だがすぐに結論を出したらしく、小さく息をつくと静かに口を開いた。

 

「……分かりました。それでは認めましょう。ただしくれぐれも問題は起こさないようにお願いしますよ?」

 

 眼鏡の位置を直し、肩に乗せた人形と視線を交えてから清彦は踵を返して部屋を後にした。その後を追うようにしてウェルもまた部屋を出て行く。

 

 

***

 

 

「伝えるのが遅くなってしまったが、君達には知っておいてもらいたいことがある」

 

 仮設本部医務室で未来とクリスに突き付けられた衝撃。

 響の物らしきレントゲン写真は心臓を中心に体の至る所に罅のような赤い筋が伸びているように見えた。誰がどう見てもそれが途轍もなく危険な状態であることは確かだ。

 

「これは二年前響君の心臓に突き刺さったガングニールの破片。その破片は響君に力を授けているのと同時に、今も尚彼女の身体を蝕み続けている……!」

 

 弦十郎から語られた現実に未来は呼吸をすることすら忘れ、クリスは自分には何も出来ないという無力感に打ちひしがれて八つ当たりぎみに手近な椅子を蹴りつける。

 

「何だよ!これじゃああいつは、あのバカはずっとこのままなのか!?何か方法は無いのかよオッサン!!」

 

「……すまない。俺達にはもうどうすることも出来ないんだ……」

 

 絞り出すような声で謝罪する弦十郎の声を聞いて、クリスは悔しさと怒りが入り混じった複雑な感情を抱きながら歯噛みした。

 纏い続ければ命を削っていく。それが響の置かれている状況だった。

 

「だからこそ君達にも、響君を護って欲しい」

 

「……はい」

 

 戦う為の力も術も持たない未来は、ただ力なくそう答えるしかなかった。

 

 

***

 

 

 クリスと未来が弦十郎から響の容体を知らされた頃。二課仮設本部の医療区画にある病室の一つにて、映司はベッドの上で眠り続けているセレナの寝顔を見下ろしていた。

 安らかな表情で眠る妹分の顔を見て安堵しながらも、ネフィリムと同化していたことを知らなかったとはいえ、紫のメダルで暴走していたことに後悔を覚えていた映司は悔しさから拳を強く握る。

 

「彼女の容態は至って良好よ。ケガらしいケガもないから」

 

 慰めるように優しく語る了子はセレナを挟んで映司の反対側でタブレット端末の画面に表示されたいくつかの項目にペンを走らせていた。

 主治医の如く語る彼女の言うように、顔面や手首足首に目立った外傷は見当たらなかった。

 

「ただ、謎なのはどうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なのよね?」

 

 事の始終は了子も録画データで確認している。オーズが暴走してネフィリムを蹂躙している場面も、その後に暴走状態の響によってネフィリムが心臓をえぐり取られて倒されその肉体を溶かしてセレナが残った場面も。

 了子の中で生まれた疑問はどうして食いちぎった響の左腕は残らず、セレナだけが傷一つ無い状態で残ったかだ。少なからずセレナがネフィリムに補食されたと仮定しても、解けない謎が多すぎてにっちもさっちも行かない。フィーネに乗っ取られてから解放されるまでに得た知識を照らし合わせても答えを導き出せずにいる。

 

「セレナちゃんが早いところ目を覚まして渡米してからの事を一から事情を聞きたいところなんだけど、いつ目を覚ますかは分からないわね」

 

 現状では打つ手無しと言わんばかりに溜め息をつく了子はタブレット端末の画面を閉じると椅子に深く座り直した。

 

 

***

 

 

 切歌と調を買い物に送り出したマリアはナスターシャを伴って潜伏している山中にある湖畔を歩いていた。束の間の休息とはいえ、その胸中には今まで積りに積もった自分自身に対する不甲斐なさが占めており、中々晴れるものではなかった。

 それはナスターシャも薄々感づいていた。ある理由でマリア達四人を呼び出し、セレナがネフィリムを鎮め、その日からたった三年足らずで装者に仕立て上げ、米国を欺き、月の落下を防ぐべくネフィリムを含めた幾つかの聖遺物を強奪し、今日(こんにち)にいたるまで、装者達を時に優しくされど厳しく母親の様に見守ってきた。だからこそ、マリアの迷いが見てとれるのだ。

 此処等で手を打つことにしよう。清彦にもウェルにも知られず今日まで練り上げたあの手を。

 その為には――。

 

「マリア、よくお聞きなさい。貴女には世を欺く為にしたくもないことをさせてしまいました。ですが、もう充分です」

 

先生(マム)?」

 

「思えば貴女達の両親を騙って手紙を出した事がそもそもの間違いでした。このような事態が起こらないようミスターヒヤマに貴女達を任せたというのに……」

 

「そんな!先生(マム)は悪くない!悪いのは……!!」

 

「もう、フィーネを演じる必要は無いのです。セレナが二課に保護されていることも確認出来ています。もう、終わりにしましょう。各方面を牽制する為にフィーネの名を騙り、その結果でかつて共に暮らしていた家族と刃を交わす事態になってしまいました」

 

先生(マム)ッ!」

 

「フィーネの魂など、初めから貴女には宿らなかった。ただ、それだけの事なのです」

 

 神輿を担ぐことを終わりにしよう。ナスターシャは慈愛に満ちた笑顔をマリアに向けるも、マリアの心に薄い(もや)がかかったかのように表情を暗くして俯くだけだった。

 そんな二人を木陰から不躾に覗き見る清彦一人。マリアとナスターシャに気が付かれることなく、彼はメガネの位置を整え、エアキャリアへと足を向けた。

 

 

***

 

 

 買い物帰りに解体工事の現場で鉄骨の落下に巻き込まれかけた報告を切歌と調から受けたマリアは、有無を言わさず二人をウェルに診せてエアキャリアの操縦桿を握っていた。

 月が輝く闇夜を飛行する中、操縦席のマリアはセレナがネフィリムに取り込まれてからの事を思い出す。

 戦いとは無縁の日々を過ごしていたはずなのに、幼き日に観た変身ヒロインの様な装束を纏い、いつの間にか来る日のためにホログラムのノイズを狩る訓練を続ける日々が始まった。

 実の両親にも会えず、日本にいる映司達にも手紙も出せず、ただただ戦う為の訓練ばかり。そして纏う度にLiNKERを投薬せねばならず、戦況が終了する度に血液検査だけでなく、酷い時には体内洗浄処置を施さなければ激しい苦痛や嘔吐に苦しめられる事になる。それをマリア達は三年も経験している。

 だがマリア達はそれでも耐えるしかなかった。月の落下を阻止し、同じくネフィリムからセレナを取り戻すこと。その二つを目標にマリア達は耐えてきた。自分自身を偽り、かつての家族に牙を向けてしまった今も。

 しかしここまで来たらもう引き返せない。迷いで自分を殺すくらいならば、偽りで自分自身を塗り固めるほうが遥かにマシだ。もう二度とあの日犠牲になってしまった少年たちの事を思い出し、マリアは操縦桿を握りなおした。

 

 

***

 

 

 同じ頃、二課仮設本部の医療施設内の響の入院に使われている区画で、弦十郎が響達三人の装者達に一枚の画像データを映し出したディスプレイを見せていた。

 心臓の脇に謎の物体が力強く反応している。それは響のレントゲン写真である。

 

「体内にあるガングニールがさらなる侵食と増殖を果たした結果、新たな臓器を形成している。これが響君の爆発力の源であり、同時に命を蝕んでいる原因だ」

 

 言うなればギアペンダントの役割を持つ臓器。この臓器が響がガングニールの装者たる所以なのだが、初めて聖詠を紡いだあの日よりも、初めてガングニールのシンフォギアを纏ったあの日よりも欠片の浸食は治まるどころか進み続けている。

 力を与える代償として命が削れていく。その事実を三人の装者達は黙って聞いていた。

 

「つまり、胸のガングニールを活性化させる度に融合してしまうから、今後は()()()()ギアを纏わないようにしろ、と……たはは、たはははは」

 

 笑って誤魔化すことしかできない響。実感が沸かないという事ではない。分かり易く死に怯え泣き腫らして生を欲する様を見せ付けるよりも、「自分は大丈夫だ」と弱みを見せない選択を取ったのは、未だに彼女の奥底に眠る二年前から背負ってきた歪みからくる空元気に近いものだった。

 己に降りかかった惨事をまるで他人事のように振る舞うその様子の響に、翼は敢えて強い言葉をぶつけた。

 

「いい加減にしろ立花ッ!"なるべく"…だと?寝言を口にするなッ!今後、一切の戦闘行為を禁止すると言っているのだッ!!このままでは……死ぬんだぞ立花!!」

 

 落涙。自らを剣とする翼の眼よりあふれた物。いつもの凛々しさがかき消されており、響は一瞬息を飲む。

 かつてのガングニールの装者、天羽奏もまた戦場で命を落としかけていた。運命が違えば、翼は彼女と永遠の別れを経験していたことだろう。しかし奇跡的にも奏は今も生きている。かつての様に装者と歌女それぞれの戦場に立つことは出来なくなったが、今も変わらず交流を続けている。

 しかし、今回の場合はそれよりも深刻なのである。

 

「そこまでにしときなって。このバカだってわかっているんだ」

 

 仲裁に入ったクリスは響の空元気を見破っていた。響との付き合いは翼よりも短いクリスだが、響の人間性をある程度理解は出来ている。

 その仲裁で落ち着いたのか翼は無言で部屋を出ていった。彼女の背中を見送って、弦十郎は響の頭を優しく撫でる。

 

「心配するな。今俺や了子君達がフィーネの遺したデータを基に治療法を模索しているところだ」

 

 最後に安心してくれと付け加えて最大限響の不安を取り除かせるように優しげな笑みを浮かべた弦十郎。

 師の励ましを受けた響はただ力なく頷く事しか出来なかった。

 その時、モニタの表示が切り替わり了子の顔が映し出された。

 

「どうした了子君」

 

『弦十郎君、例の娘目が覚めたから来てもらえるかしら?』

 

 

***

 

 

 昏睡状態から目が覚めたセレナ・カデンツァヴナ・イヴ。

 医療ベッドの上で了子から簡易的な検査を受け、特に異常が見られなかったため、彼女は了子と弦十郎そして映司に日本を発ってからの事を語りだす。

 

「アメリカの空港で私達四人を待っていたのは、私達の本当の両親ではなく、ナスターシャ教授……私達は先生(マム)と呼んでいました。先生(マム)は私達に両親達が別の場所で待っていると言って、迎えの車に乗り込んで少ししたら変な音と匂いがして、そこからゆっくりと意識が遠のいていったんです」

 

「もしかしたら催眠ガスか何かね。でも教授がそんなことをするかしら?」

 

「知っているのか了子君」

 

「あくまでフィーネから受け継いだ知識でしかないの。真木原に至ってもそう」

 

 恐らくはフィーネに意識を乗っ取られた時期に何度か会った事があるらしい。内心そう思った映司はセレナに続けるように促した。

 

「目が覚めたら知らない施設でした。そこで私達四人は両親に会うことも出来ず次期フィーネの器として集められたと知ったんです。私達は何度も両親に会わせて欲しいと、日本に住んでる映司兄さん達や友達に手紙を出したいと言っても、聞き入れてくれませんでした」

 

「そうだったんだ。手紙が来なかったのはそう言う……」

 

「私達四人は一度だって映司兄さん達と日本で過ごした日々を忘れたことはありません」

 

 便りが来なかった理由を知り、不謹慎にも安堵の表情が浮かびかけた映司。同時に、初めてオーズに変身したあの日の夜にマリアから聞いていたナスターシャの人物像の違いに違和感を覚えた。

 

「あと覚えていることは、ネフィリムを止めるために、私がシンフォギアを纏って絶唱を唄ったところまで。これで全部です」

 

「ねぇセレナちゃん。ウェル博士とか真木原について何か知ってることはあるかしら?」

 

 その了子の質問にセレナは首を横に振った。

 どうやら心当たりがないらしい。

 より詳しい情報が欲しかったが、セレナの体調やメンタルを考え今日はここで事情聴取は終了。映司達三人が退室しようとしたところで、セレナが映司を呼び止める。

 

「映司兄さん、マリア姉さんを助けてください!私、ネフィリムの中からマリア姉さんが苦しんでいるのを感じたんです!だから!」

 

「うん、大丈夫。俺達が何とかするから、セレナはここで身体を休めて」

 

 ね、と最後につけ足して映司は軽くセレナの頭をなでると、再び弦十郎と了子の後に続いてセレナの病室から出ていった。

 

 

***

 

 

「長野県皆神山より出土した神獣鏡。鏡の聖遺物であるその特性は光を屈折させて周囲の景色に溶け込む鏡面迷彩と古来より伝えられる魔を祓う力。聖遺物由来のエネルギーを中和する神獣鏡の力を以てしてフロンティアに施された封印を解除します」

 

 エアキャリア操縦席のコンソール中央に装填されているギアペンダント。神獣鏡のギアペンダントはガラスケースに収められており、エアキャリアの機能を通じ、機体本体から射出されたリフレクタードローンを経由して何もない海面に向けて紫色の光線を照射する。

 その先には目標たるフロンティアが海底で眠っており、うまくいけば封印が解かれるはず。

 固唾をのんで見守るウェルと装者達三人。緊張感に支配されている四人とは対照的に、あたかも先の展開が分かっているかのようにすまし顔の清彦とナスターシャ。

 

「こ、これでフロンティアに施された封印が解ける……解け……ない……?」

 

 照射された海面は泡立っただけでそれ以上の現象は起きなかった。

 一体何が足りなかったのかと焦りだすウェル。切歌と調はウェル程焦りはしなかったが、なぜ浮かび上がらないのかと疑問を持つ。

 

「出力不足ですよ」

 

「如何に神獣鏡の力と言えど、機械的に増幅した程度ではフロンティアに施された封印を解くまでには遠く至らないということです」

 

 清彦とナスターシャは予め知っていたかのように冷静に原因を解説する。

 そもそも、聖遺物が本来のポテンシャルを発揮させるには相当量のフォニックゲインが必要なのである。シンフォギア装者達が戦姫としてその装束を纏うのも同様。

 

「まさか貴方方は知っていたのですか?!」

 

 声を荒げたウェルの抗議が飛ぶ。

 彼の夢は英雄になること。月の落下から多くの民をフロンティアで救う英雄に。

 元よりその夢は少年期から変わらない夢だ。しかし、歳を重ねるごとにその夢が如何に困難であるかを否が応でも知り、挫折を経験することとなる。

 

「聖遺物の権威である貴方方が、この地を調査に訪れて何も知らないはずなど考えられないッ!この実験は今の我々ではフロンティアの封印解放に程遠いという事実を知らしめるためにッ!」

 

「ええそうですよ。ドクターウェル、貴方は生半可な結果で英雄になりたかったんですか?」

 

 冷たいその声に、ウェルは一気に怒りが覚め、ゆっくりと清彦に視線を向ける。無機質な表情に感情の籠っていないその眼に、ナスターシャに向けていた怒りは即座に消え去った。

 ウェルの本能が逆らってはいけないと警鐘を鳴らしていた。清彦には逆らうことが出来ないウェルは大人しくするほか無かった。

 清彦は挫折したウェルに英雄になる夢への道のりを提示した、ある種の恩人である。それとは別に清彦の人間味のない不気味さもあってウェルは彼の言いなりになる他ない。

 

「さて、ならば探すしかないようですね。神獣鏡の装者になり得る人物を」

 

 ギアペンダントを見下ろしながら清彦はそう言った。

 

 

***

 

 

 翌日。二課仮設本部では月公転軌道の再計算結果が割り出されていた。

 結論から言えば米国から提出されたデータは捏造されたものであった。

 清彦が暴露したようにいずれ月は落下する。明日明後日とまではいかなくとも、一年先十年先には地球に激突する未来は変わらないとのこと。

 しかし、だからと言って二課に月の落下を阻止する手立てはない。如何に奇跡にも等しいエクスドライブモードで自力で押し返しても、如何にオーズの紫のコンボ暴走状態であっても、阻止するには力が足りなすぎるのだ。

 だが、F.I.S.はネフィリムを以て阻止すると言っていた。それは落下に対する手立てがあるということ。

 

 

***

 

 

 東京スカイタワー。

 ルナ・アタック事変ではカ・ディンギルではないかと思われたそこで、ナスターシャが座る車椅子を押しながら歩くマリアがいた。

 

()()、一体ここで何を?」

 

「マリア、よくお聞きなさい。私達がしてきたことはテロリストの真似事に過ぎません。真に為すべきことは月がもたらす災厄の被害を如何に抑えるか。違いますか?」

 

「つまり、今の私達では世界を救えないと?」

 

「その通りです。ドクターウェルはともかく、ドクター真木原に対する信頼が消えている今、恥を忍んででも手を取るべき相手と手を取らなければなりません」

 

 ナスターシャの真意が読み取れないマリアだったが、二人を待っていた黒いスーツ姿の男達を見て即座に理解してしまった。

 男達は米国政府の回し者。謂わば敵である側の人間だ。そうであるにも関わらず、ナスターシャは彼らと握手を交わしていた。その光景が信じられないマリアは、ただただ呆然とするほか無かった。

 

 

***

 

 

 同じ頃、エアキャリアの停泊している森の中で、切歌は膝を抱えてあの買い物帰りの日を思い出していた。

 人気のない解体現場で休憩していた切歌と調。おやつに買っておいた菓子パンを頬張っていたその時、疲労が抜けきっていない調が倒れこみ、更にその上から複数の鉄骨が落ちてきた。咄嗟のダブルパンチで聖詠を紡ぐ間もなかった切歌は調に覆いかぶさったのだが、桃色の障壁が自分達を覆っていたのだ。突き出した()()の腕を起点として。

 

「(あの時のあのバリア……もしかしたら、リインカーネーションってやつデスか?でも、マリアがフィーネじゃないんデスか?もしそうなら、あたしの魂にはフィーネが宿ってて、いつの日にかあたしは……)消えちゃう……デスか?」

 

 もし今この状況が只の里帰りであったのなら、仲の良かった友達と日が暮れるまで目一杯楽しんで、映司達火山家に帰り腹一杯のご飯を食べて、七人で団欒の時間を過ごしていたことだろう。

 だが、現実は真逆だ。

 装者になった自分達は清彦達の引っ提げた大義名分を以て米国や世界にケンカを売ったのだ。しかし、年少の立ち位置にいる切歌と調は巻き込まれた形にはなるが、これも多くの人間を救うためだと必死に自分自身に言い聞かせるしかなかった。

 装者になる過程で垣間見たF.I.S.の汚い大人達の横暴さや傲慢さに耐えなければならない時もあった。自分達四人の内の誰かがフィーネの依り代になり得るかもしれないと、F.I.S.の名前も知らない偉そうな大人達は言っていた。

 実の両親に会えると信じて日本を発ったはずが、何故今こんなことになってしまったのだろうか。

 

「切ちゃん?こんなところにいた。ご飯できたよ」

 

「おー、お腹が減りんこふぁいやーだと思ったらもうそんな時間デスか!調、お昼は何ですか?」

 

「298円」

 

「滅多に食べられない御馳走デース!!」

 

 さっきまでの不安を押し隠し、火山家に世話になっていた時期に滅多に食べる事が出来なかった少しお高めのカップラーメンに歓喜の声を上げる。

 

「……切ちゃん、ドクターたちは?何かの任務?」

 

「気味の悪い方なら知ったこっちゃないデス!もう一人の方も見てないデスけど、あの二人なんかほっといてさっさとご飯にしちゃうデスよッ!」

 

 

***

 

 

 ナスターシャから異端技術の情報が記録されたメモリーカードを受け取った男達。大事そうに懐にしまい込むと、リーダー格の背後に控えていた部下達が一斉に拳銃を構えだした。咄嗟の事にギアペンダントに手を駆けるマリアをリーダー格の男はせせら笑う。

 

「やめたほうがいい。こちらは貴女が唄うよりも前に命を奪うことが出来る」

 

 男達の狙いはナスターシャの持つ異端技術であった。その為に以前からナスターシャに味方であると騙し今日この日を迎えた。

 二度も米国政府の後手に回ってしまったことで如何に自分達が組織を名乗るに値しないかを否が応でも知ってしまう。

 双方で睨み合いが続くその時、窓の外で飛行型のノイズが姿を現し、瞬く間に男達を炭の山に変えた。

 

 

***

 

 

 スカイタワー近隣の建物の屋上で、ソロモンの杖を構えるのは真木原清彦ただ一人。

 

「ナスターシャ教授、貴女の行動を知らぬ私ではないでしょう。私を出し抜いて米国に売ろうと考えるから、こうなるんですよ」

 

 遠巻きにノイズの大軍を眺めながら清彦はポツリとそう呟いた。

 

 

***

 

 

 最早交渉も和解もなくなったこの状況で、マリアは黒いガングニールを纏いナスターシャを伴って脱出を図る。しかし、またも武装状態の米国の特殊部隊が現れ行く手を阻む。

 無秩序に放たれる銃弾の嵐をマントで防ぐマリア。彼女の背後にはノイズから逃げ惑う多くの一般市民。だが、流れ弾を完全に防ぐことは叶わず、目の前で一人二人と巻き添えを喰らって倒れていく。

 その中には命を奪われた人もいた。

 

「私の……私のせいだ!!」

 

 非情になってさえすれば、悪になることを厭わなければ、覚悟を決めていれば少なくとも今程の犠牲を出さずに済んだことだろう。

 後悔の念に囚われているマリアは、自身と特殊部隊に対する怒りに駆られていた。

 半ば八つ当たり気味にキックやマントで次々と昏倒させ、その最中に逃げ遅れた一般市民をノイズから防いでいた。

 

「――狼狽えるな。狼狽えるなッ!行けッ!」

 

 その言葉はマリアが自分自身に向けた言葉に他ならない。

 初めて風鳴翼とステージで歌ったあの日あの時も、マリアは自分自身に向けて叫んでいた。

 それは言葉通り、あの時の観客達に向けた言葉でもあり、悪になることを恐れず、非情になるべく己を叱咤し鼓舞するための言葉でもあった。

 逃げ遅れた人間が誰もいない事を確認して、マリアはナスターシャを抱えるとマントを操作して上階へと移動する。

 

 

***

 

 

 同じ頃、響と未来がいるスカイタワーにノイズが出現したと連絡を受けた映司は、愛車を走らせて現場へと急行していた。

 展望デッキ付近には飛行型と空母型のノイズが編隊を組んで多数の小型ノイズをばら撒いていく。

 

「変身!」

 

クワガタコンドルチーター

 

 亜種コンボ・ガタジャーターに変身し、急停止したバイクを踏み台にして急上昇。降りかかる幾つものノイズを焼き払い、展望デッキへと向かう。しかし、如何せん数が多く中々に辿り着くことが出来ない。

 小型を吐き出し続けている空母型に狙いを定めたオーズだったが、統率されているような動きを見せる飛行ノイズ達に進路も退路も徐々に塞がれていき、孤軍奮闘するも焼け石に水。

 

『もう少しで翼とクリス君が到着する。それまで耐えてくれ!』

 

「了解です!響ちゃんと未来ちゃんは?!」

 

『避難しているという情報はこちらに届いていない。恐らくはまだスカイタワー内部のどこかにいるはずだ!』

 

 仮設本部にいる弦十郎からの通信を受けて間もなく、展望デッキのいくつかの個所で小規模の爆発が断続的に起きる。

 ふとオーズが展望デッキを見ると、外壁が破壊され内部構造が剥き出しになっており、そこには今にも落ちそうになっている響と、落ちないようにその手を掴んで離さずにいる未来の姿があった。

 

「そんなっ、何とかしないと……!」

 

 響は歌う度に、その身にシンフォギアを纏う度に命を削ってしまう。オーズはそのことを知っているからこそ、今の響と未来が如何に危険な状況かが即座に理解できる。

 

クワガタカマキリバッタ

ガーッタガタガタキリッバガタキリバ

Scanning Charge

 

 ガタジャーターからガタキリバにメダルを代え、円形に広がる様に繰り出された『ガタキリバキック』の雨霰が多数のノイズを葬っていく。分裂した50人の内の本体はスカイタワーの支柱にカマキリからウナギに、バッタからタコのメダルに代えて張り付くと、再びクジャクのコアメダルに代えて響と未来がいるであろう展望デッキへと飛び立った。

 迫るノイズを避けながらもすれ違いざまにクワガタヘッドの雷撃を浴びせて、突き進む。

 

「響ちゃん、未来ちゃん!大丈夫?!」

 

「オーズさん!私と未来なら大丈夫ですから、ノイズをお願いします!」

 

「ダメ、響!私が、私がが響を守らなきゃッ!私だって、私だって……響を守りたいのに……ッ!」

 

「未来ちゃん……ッ!?」

 

 救出の手を貸そうとするオーズだったが、狙い澄ましたかのように響と未来を飛行型のノイズがその身を鏃の様に身を捻るのが見えた。

 即座に雷撃を放って撃ち落としていくが、二人を救出する余裕すらなかった。

 

「二人ともゴメン、もう少し耐えられる?」

 

「平気です!でも、二人ともゴメン!!」

 

 突如として、未来の悲鳴にも近い絶叫がオーズの耳をつんざいた。

 響が未来の手を放して落下したのだ。

 

「響ちゃん!……未来ちゃん、早く避難するんだ!響ちゃんは俺が!!」

 

「はい!響をお願いします!」

 

 通路を走っていく未来の背中を見送って、オーズは急降下を開始した。

 背面のクジャクウィングを折りたたみ、重力に身を任せて落ち続ける響との距離を縮めていく。

 オーズは響の考えを何となくだが察している。聖詠を紡ぎギアを纏って着地すると言うことを。

 

「響ちゃん、手を!」

 

 オーズが響に向けて右手を伸ばし響がその手を取ると、そのまま抱き寄せてクジャクウィングを広げてゆっくりと着地する。遅れて現着してきた二課の職員に響の身柄を任せ、再び展望デッキへと飛翔するが、先程までのよりも規模の大きい爆発が起きた。

 そこは、先程まで未来がいた階層だった。

 

 

 

続く



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後悔と自棄と歪鏡

前回の三つのあらすじ

一つ、響の命を蝕む現象を知り、クリスと未来は途方もない無力感に打ちひしがれてしまう

二つ、昏睡状態からセレナが目覚め、映司達に日本を発ってからの出来事が語られる

そして三つ、スカイタワーから落下する響を助けたオーズ。しかし、未来が残った階層では突如大規模の爆発が起きてしまった

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???

???

???

???

???

プトティラ

タジャドル


 

 翼、クリスが遅れて合流し、ノイズの完全掃討が完了したのち、映司は爆発が収まり火の手が無くなった展望デッキで生存者の捜索活動を行っていた。彼以外にも複数の二課職員も作業にあたっている。

 その中で彼らが見付けたのはノイズによって出た犠牲者らしき炭の山。それだけでなく銃殺された死体に、その下手人であると思われる意識を失っている武装集団。

 その武装集団の装備は以前フィーネの屋敷で転がっていた死体のそれと似通っていた為、ある予感が映司の脳裏をよぎった。

 

「弦十郎さん、映司です。生存を見付けたんですが、恐らく米国の特殊部隊かと思われる気を失っている集団を発見しました。目が覚める前に拘束して武装解除しておきます」

 

『分かった。済み次第引き続き捜索に当たってくれ。まだ未来君の安否が不明だ』

 

「分かりました」

 

 ぎこちなさの残る手順で手足を拘束し、他の職員たちにその身柄を任せて、映司は再び捜索活動に戻った。

 その最中で映司はひどく悔いていた。

 何故あの時に未来の手を取り響を助けに行かなかったのか。

 何故展望デッキで爆発が起きることを予測できなかったのか。

 後悔ばかりが映司の中で渦を巻き、選択を誤ってしまった自分自身を責めていた。

 

 

***

 

 

 捜索の結果、小日向未来の生死は依然不明のままであり、身元を明らかにするものは何一つ残されていなかった。それとはまた別に、監視カメラの映像から黒いガングニールを纏うマリアと、米国の特殊部隊との戦闘の模様が記録されており、流れ弾が一般人にまで襲い掛かった様子もあった。

 以前の倉庫群でポセイドンに殺されたであろう米国の特殊部隊と今回の事を鑑みて、一度は敵対したものの何らかの理由で和解の場を設けたが、何らかの理由で再び敵対。そう弦十郎は結論付けた。

 弦十郎達から少し離れた位置にある車両には項垂れる響と、元気付けようとする友里の姿があった。

 

「あったかいもの、どうぞ。少しは落ち着くから」

 

 友里がコーヒーが注がれたカップを手渡すが、陽だまりを失った響には「あったかいものどうも」と返す気力は残っていない。響もまた後悔の念に苛まれている。

 何故自分は未来の手を放してしまったのだろうか、と。

 

「私にとって一番あったかいものは……もう……」

 

 

***

 

 

 鈍い音が、エアキャリアの一画で低く響き渡る。

 マリアは後悔の念に苛まれていた。無力化したとはいえ、相手が銃器を武装していたとはいえ、ギアを纏った状態で槍を振るってしまったのだ。一歩間違えたら清彦と同じくこの手が血で染まっていたのかもしれない。だが、そんなリスクを背負わなければ、もっと多くの一般人が犠牲になっていた事だろう。

 強化ガラスに拳を突き立て、嘆き悲しむマリア。

 そんな彼女を嘲笑うかの様で、それでいて冷徹なままの目をした清彦が肩に乗せた人形と目を合わせて冷たく吐き捨てる。

 

「浅はか過ぎたのですよ。個人の感情を優先し、己の使命を捨てて米国政府に尻尾を振るなど……。マリアさん、貴女は幼馴染と、かつての家族と刃を向けたくないと恐れ、後戻りできないというのに迷いに囚われたまま前進する事もせずただただその場で踏みとどまるばかり。良いですか?私達の使命は月の落下からネフィリムとフロンティア、これら二つを以てして一つでも多くの生命を救うことにあるのです。それが分からない貴女ではないでしょう?」

 

「……マリア」

 

「(この外道、どこまでマリアを追い詰めれば気が済むデスか)えーじと戦いたくないのはあたしも調も同じデス!」

 

 切歌がマリアを庇い立てるが、清彦は何のリアクションも示さないままソロモンの杖を携えてその部屋を後にした。

 清彦と入れ替わる様に入室してきたウェルはどこかばつの悪そうな表情をしていたが、マリア達の様子を見て清彦がまた何かやったのかと悟る。

 

「ドクターウェル。貴方は今までどこにいたのです?」

 

 脱出の際に愛用していた高機能車椅子を失ったナスターシャが、遅れてやって来たウェルの顔を見てそう言った。

 ウェルは申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべながら背面に指さしてマリアに苦言を呈す。

 

「すみません、ドクター清彦にちょっと。それよりもマリア、貴女はとんでもない落とし物を拾ってしまいましたねぇ…」

 

 

***

 

 

 スカイタワー周辺のあぜ道で緒川が二課から未来へ贈ったはずの物らしき水没した通信機を発見したその日の夜。

 二十四時間営業の大手ファミレスチェーン店のボックス席ではクリスと翼、そして映司の三人が向かい合っていた。

 

「何か頼めよ、奢るぞ。コイツが」

 

「コイツて……」

 

 口いっぱいにナポリタンを頬張り、ケチャップまみれにした口周りを映司に紙ナプキンで拭かれながらクリスは翼に向けて言った。

 

「結構だ。夜の9時以降は食事を控えている。なので映司さんもお構いなく」

 

 そう言って翼はそっぽを向いて辞退する。それは遠慮からくるものではなく、アーティストでもある彼女は自身の体型や体調を維持する為に食事制限を課しているからだ。

 しかし、クリスはそんな翼の流儀を知る由もなく、黙々とナポリタンをすすり続ける。

 

「響ちゃんや未来ちゃんの二人が心配なんだよね?」

 

 翼は人一倍責任感が強い方である。それは自他共に認める翼自身の生真面目過ぎるが所以の性格だ。

 

「ええそうです。寧ろ愉快でいられる道理がない!F.I.S.のこと、立花のこと、そして……仲間を守れない私の不甲斐なさを思えば……ッ!」

 

 彼女の脳裏では戦う事も共にステージに立つ事も出来なくなった奏の姿がよぎる。あの時から遥かに強くなり、より多くの人を救うことが出来る程に成長したと思った。いや、思い込んでいた。

 実際には、ノイズを掌握するソロモンの杖は依然清彦達の手中にあり、響はガングニールの浸食が進み、歌い続ければ命が削られ遠からず死ぬ運命にある状況。さらに未来に至っては生死不明。これでは笑顔を振りまきながら「ウマいウマい!!」と料理を食べ進めることなど出来やしない。

 

「ま、呼び出したのは一度一緒に飯を食ってみたかっただけさ。腹を割っていろいろ話し合うのも悪くないと思ってな」

 

 ナポリタンを完食してドリンクバーで淹れてきたホットコーヒーが注がれたマグカップに手を伸ばして一息つく。ほのかな苦みに味覚がリセットされたところで、クリスは翼に更に語り続ける。

 

「なぁ、あたしらいつからこうなんだ?目的は同じはずなのにてんでばらばらになっちまってる。もっとこう連携を――」

 

「雪音。腹を割って話すならいい加減名前くらい呼んでもらいたいものだ」

 

 取り合ってだな。と言いかけたところで翼が遮った。傍から見れば論点ずらしのそれだが、翼にはそんな意図は全くなかった。

 以前からクリスがフィーネ以外を名前で呼ばない事が気になっていた翼の、ほんの些細な疑問。

 しかし、クリスは素直になれないのか気恥ずかしいのかしどろもどろになり返答に困っていた。

 

「では映司さん、私はお先に失礼します」

 

「分かった。クリスちゃんは俺が送ってくよ」

 

 ほんの些細な疑問が思いの外役に立った翼はクリスの引き留めようとする様子も見ずに店を後にした。

 

「結局、話せずじまいか……」

 

「でも、今はそれで良かったのかも知れないね。まだ翼ちゃんも、心の整理が出来てないんだよ多分」

 

 映司は何となくではあるが、翼の様子に心当たりがあった。二年前の奏の件もあって翼は人一倍響の状態に過剰に反応しているのだから。

 

 

***

 

 

「つまり、あのまま講和が結ばれてしまえば私たちの優位性は失われてしまう。だからこそ、あなたはあの場にノイズを召還し会議の場を踏みにじって見せた。ですね、ドクター真木原」

 

「ええ、そのつもりです。その為にも払うべき犠牲は払ったつもりですが?」

 

 悪びれる様子もなく淡々と語る清彦は、ナスターシャの聴取を受けていた。

 ある程度身体に負荷がかかり、予備の車椅子を用意して清彦を呼び戻したのは一時間ほど前の事。

 

()()、切歌、調。偽りの気持ちでは世界を守れない。全ては力。力を以て貫かなければ正義を為すことなどできやしない。世界を変えていけるのは清彦だけ。ならば、私は真木原清彦に賛同するッ!」

 

「何ヤケを起しているのですかマリア。自暴自棄にもほどがあるでしょう」

 

「そうだよマリア。だって、それじゃ力で弱い人たちを無理矢理押さえ込むってことなんだよ……」

 

「そんなの嫌デスよマリア」

 

「それがあなたの選んだ道なのですね、マリア・カデンツァヴナ・イヴ」

 

 四人に咎められて多少の罪悪感と居た堪れなさがあるのか、即座に視線を逸らしてしまうマリア。

 

「後の事は、私にお任せください。ドクターウェルは来客の対応と引き続きナスターシャ教授の面倒をお願いしますよ」

 

 しかし、清彦だけはまるで興味が無くなったかと言わんばかりに、いつもの様に人形と視線を合わせると、ポセイドンドライバーとソロモンの杖を手に部屋を出る。

 清彦が出ていって間もなくナスターシャが体調を崩して咳き込んだ。もはやマリア達には時間が残されていないのだ。

 

 

***

 

 

 ある日の仮設本部。響達三人の装者達と映司は弦十郎に呼び出されていた。

 

「師匠、これは……?」

 

 弦十郎から手渡された水没していて壊れている通信機を手にした響がそう言った。

 

「スカイタワーから少し離れた地点より回収された未来君の通信機だ。水没するまで一定の速度で移動していた事から、未来君は爆風で吹き飛ばされたのではなく何者かに拉致された可能性がある。つまりは――!」

 

「師匠ッ!それってつまりッ!」

 

 未来は死んでいないということ。

 

「こんなところで惚けてる場合じゃないってことだろうよッ!さて、気分転換に身体でも動かすかッ!」

 

 吉報を知らせる弦十郎のその言葉に、響は虚勢からではない心からの明るさを取り戻し、「はい!」と返した。

 それとはまた別に、映司にもある事実が伝えられる。

 

「了子君達がスカイタワーから回収した防犯カメラ映像を解析した結果、そこではナスターシャ教授とマリア君の二人が米国政府の人間とコンタクトを取っていたことが分かった」

 

 メインモニターにその映像が再生される。

 米軍の特殊部隊と思わしき集団からの銃撃をガングニールのマントで防ぎ、合間を縫って接近してハイキックやアームドギアの柄で特殊部隊員達を無力化していく様子が映し出されていた。

 

「なぜ二人がこの場にいたかは不明だが、恐らく未来君を連れ去ったのは彼女達によるものと考えている」

 

 ここで未来の通信機の件がつながった。ギアを纏った状態であれば二人の人間を抱えながら崩落するタワーから脱出することなど訳ない。その過程で故意か偶然か未来の手から通信機が放れていったのだ。

 

「さて、気分転換に身体でも動かすかッ!」

 

 吉報を受けて心からの明るさを取り戻しうずうずしている響の様子を見て力強く弦十郎が言った。

 F.I.S.の装者達やポセイドンとの再戦の時に後れを取らない為にも。

 始まりは夜明けと共に海岸線での走り込みだ。体育教師のような出で立ちの弦十郎がリードを取り、ジャージ姿の響達が後を追う。響や映司そして翼は慣れている様子で駆けるが、クリスはスタミナ不足からか少し遅れ気味である。

 走りながら弦十郎が香港映画の主題歌を高らかに歌い出す。装者達が戦場で歌うように、弦十郎も同じように歌う。

 

「何でオッサンが歌ってんだよ!そもそもソレ何処の国の何の歌なんだよ!色々と大丈夫なのか?!」

 

 そのクリスの疑問に誰も明確に答えず、ついには響が弦十郎と共に歌い出す。

 そこからは弦十郎考案のアクション映画トレーニング。劇中で主人公が行った修行や修練などを取り入れたトレーニング法である。逆立ちし腹筋で身体を持ち上げ桶に水を移し、水の入った茶碗を身体に乗せて站椿(たんとう)、冷凍室で買い取った肉をサンドバッグに見立てて拳を打ち立て、ビールジョッキ一杯の生卵を飲み干すなどの過酷なものだった。

 一通りトレーニングを終えたクリスは、一息つきながら物思いに耽っていた。

 

「(どいつもこいつもご陽気で……あたしみたいな奴の場所にしてはここはちょいとばかし暖か過ぎんだよ……)」

 

 

***

 

 

 エアキャリアの一画。半壊しているギアペンダントを片手に、沈鬱な表情をするマリアは童歌を口ずさんでいた。

 物心ついた頃から唯一覚えているそれは、火山家に引き取られてからも時折ひとりで両親に会えない事に対する寂しさを紛らわす為に何度も歌った事もある。

 

「……どうかした?」

 

「いえ、その……ありがとうございました……」

 

 マリアの視線の先、かつてはネフィリムを囲っていたケージの中に未来は閉ざされていた。

 オーズが落下する響へと急降下した際、ニアミスでマリアが通路を駆ける未来の前に現れたのだ。実に神がかりな程のタイミングのずれだろうか。

 火の手が回り崩れ落ちかけているタワーから救出された未来はエアキャリアついてからずっとケージの中に閉じ込められていた。

 

「あの…どうして私を助けてくれたのですか?」

 

「さあね。ただ妹を……セレナを思い出したからかもね」

 

 二年前のあの日。マリアにとって今後の生涯に於いて一切忘れることは無い。

 純白のシンフォギアを纏い、絶唱を用いてネフィリムを待機状態に戻すも直前に取り込まれたセレナの姿を。火の手が上がっていようがいまいが、状況は似たようなもの。あの時は思わず足を止めてしまいトラウマが出る程の悔やむ結果になってしまったが、それでもマリアは未来へ向けて手を伸ばした。

 

「セレナ……映司さんから聞いたことがあります。マリアさんの妹なんですよね」

 

「ええそう」

 

「そう言えば彼女は今二課が保護しているんでしたよね?」

 

 そう言ってきたのはウェルだった。しかしセレナの存在は知っていても現在の所存については知らない未来は「みたいです…」とお茶を濁すしかできない。

 

「さて、まだ自己紹介が済んでませんでしたね。初めまして、僕の事はウェルと呼んでください。経緯と親しみを込めてドクターウェルでもウェル博士でも構いませんよ」

 

 にこやかに語り掛けるメタルフレームの眼鏡の男に少なからずの恐怖心と懐疑心を抱く未来。

 

「おやおや、僕ってそんなに怪しいですかね?」

 

「貴方って鏡と言うものを知らないのかしら?」

 

「これは手厳しい。では、少しお話しませんか?少なくとも、僕は貴女の味方です。きっと貴女の願いを叶えてあげられるかもしれません」

 

 そのウェルの言葉に、にこやかに語り掛けるその男の表情に未来は一縷の望みをかけるのだった。

 

 

***

 

 

 翌日のエアキャリア。進路は再びフロンティアの眠る海域に舵を取っていた。

 未明にナスターシャの容態が悪化する事態が起きていた。ウェルの尽力により事なきを得たが、これは即ちタイムリミットが間近であるということだ。ここまで来れば手段を選ぶ余裕もないということ。

 

「お誂え向きに米軍の哨戒艦艇。丁度いいですね、手始めに彼らには海の藻屑になってもらいましょう」

 

「正気ですか、ドクター真木原!」

 

 真っ先に異を唱えたのはウェルだ。彼の夢は英雄になること。だが今ここで米軍の艦艇を手にかけてしまうのは自身の夢が遠ざかってしまう事を危惧していた。しかし、それでも依然として清彦の考えは変わらない。

 

「けど、世界に私たちの主張を届けるには格好のデモンストレーションかもしれない。甘さを、今この瞬間に己の甘さを切り捨てなければ!」

 

 覚悟を決めたというよりは自暴自棄に近いマリアのその言葉に二人の妹分は戸惑っていた。スカイタワーでの一件がマリアをそうさせた事を知る由もない。眼下では哨戒艦艇の甲板に清彦の召喚するノイズの群れと、それらによって引き起こされる惨事が繰り広げられており、納得がいかない調はマリアに詰め寄った。

 

「ねぇ、こんなことがマリアの望んでいることなの?弱い人たちを守るために本当に必要なことなの?」

 

 その問いにマリアは何も答えない。唇を嚙んで血を滴らせながら痛々しく笑みを浮かべるだけ。それがあからさまなマリアの無理であることに気が付くと調は手動でハッチを開ける。

 

「待つデスよ調!」

 

「ごめん切ちゃん。でも、マリアが苦しんでいるのなら私が助けてあげるんだ」

 

――Various shul shagana tron(純真は突き立つ牙となり)

 

 切歌の制止を振り切り、落下しながらLiNKERの投与と聖詠を紡いだ調はその身にシュルシャガナのシンフォギアを纏い、『α式 百輪廻』で広範囲に広がりつつあるノイズを一掃する。

 着地してからはバインダーから巨大な丸鋸を繰り出して切り捨てていくその姿に、残された切歌はそのまま調に続くように飛び降りる前に、ウェルに詰め寄った。

 

「ドクター!今から言うものをとっとと用意するデスよ!!」

 

 いつになく鬼気迫る少女に気圧されて英雄志望の男はこの後の準備も終えてない事をぼやきつつ言われるがままに指定されたものを切歌に手渡した。

 

「僕としてはこういうことはあまり褒められたことでは無いと思いますが、何よりも貴女らしくありませんよ切歌さん」

 

「こうでもしないとあたしは皆を護れないデス!」

 

 そう言って切歌も調と同じようにエアキャリアから飛び降りて聖詠を紡ぐ。

 

――Zeios igalima raizen tron(夜を引き裂く曙光のごとく)

 

 落下しながら己のアームドギアを展開し、その手に握り締め着地と同時にノイズを切り捨てた。小手先の技ではない力任せに振り下ろした鎌の一閃の先には息が上がり始めた調の姿があった。

 

「切ちゃん!」

 

 親友の登場に安堵したのか、やや曇り気味の切歌の表情にも気が付かずに駆け寄った調の首筋にチクリと薬物が投与される。

 それが何なのかを理解する前にギアの展開が解かれて、調はその場でペタリと座り込んでしまった。

 切歌がウェルに用意させたのはアンチLiNKERが充填された注射器。そしてアンチLiNKERはシンフォギアとの適合係数を人為的に上げるLiNKERとは正反対である適合係数を下げる効能がある。以前廃病院で響達二課の装者の適合率を強制的に引き下げた実績がある。その時はガス状でギアの展開解除には至らなかったが、今回は直接体内に液体として注入したため展開解除にまで至ったのだ。

 

「調。もしかしたらあたしはあたしじゃなくなってしまうかもしれないデス。そうなる前に何か遺さなきゃ調に忘れられちゃうデス。例えあたしが消えたとしても世界が遺れば、あたしと調の想い出は遺るデス。だから、あたしは真木原のやり方で世界を守るんデスッ!もう……そうするしか……」

 

 他はない。そう言いたげな曇り切った表情を見せる切歌。その覚悟を決めたかのような表情に、調はエアキャリアの中で見たマリアの面影を重ねてしまった。

 

「切、ちゃん……?」

 

 その時だ。突如として海面が爆ぜた。仮設本部が撃ち出したミサイルからギアを展開した翼とクリスだ。遅れてシャウタコンボのオーズが登場。

 そこからが早かった。

 切歌は翼を迎え撃つもあえなく無力化。調もクリスに押さえ付けられ、残されたノイズはもれなくオーズが『オクトパニッシュ』で一掃する。

 一瞬にして詰みに追い詰められた二人に、クリスが強い口調で語り掛ける。

 

「おい、真木原の野郎はここにいないのかッ!ソロモンの杖を使うアイツはどこにいやがるッ!」

 

「ここにいますよ雪音クリスさん」

 

 音もなく現れたポセイドン。その手にはソロモンの杖が携えられており、彼の背後には新たに召喚されたノイズが蔓延っており、それぞれ勝手に動き回ることなく主の命令を待ちかねていた。

 両腕の鞭をしならせ、ポセイドンを見据えて出方を窺うオーズはじりじりと距離を詰める。

 

「ああそうでした。私達の方で小日向未来さんを保護しています」

 

「人質にしているって言いたいんですか、貴方はッ!!」

 

「いえ、違います。彼女は私達の大切な客人であって、人質でも駒でもありません。マリアの勝手な救助活動には些か呆れましたが、それに比べてドクターウェルは良い仕事をしてくれたものです。今、貴方方二課にお返ししましょう」

 

 パチンとポセイドンが指を鳴らすと、上空で瞬く間に紫紺の光球が生まれた。

 

――Rei shen shou jing rei zizzl(鏡に映る、光も闇も何もかも)

 

 次いで聞こえてきたのは聖詠。それも誰もが聞き覚えのないものだ。だが、問題は聖詠の内容ではなく、誰がその聖詠を紡いだということ。

 閃光がやみ、七人目の装者が今ゆっくりと甲板に降り立った。

 その装者の名は、小日向未来。

 

 

 

続く



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鏡とメダルと箱舟

前回の三つのあらすじ

一つ、スカイタワーの一件で後悔の念に駆られる映司と響。その裏では非常になり切れないマリアの慟哭がエアキャリアに響く

二つ、未来の生存の可能性を得て、二課の装者と映司は弦十郎の特別特訓を受けるも、クリスに不安な感情が生まれた

そして三つ、神獣鏡のギアを纏った未来が、映司達の前に姿を現した

Count the Combo 現在オーズが変身したコンボは

タトバ

ガタキリバ

ラトラーター

サゴーゾ

シャウタ

???

???

???

???

???

???

プトティラ

タジャドル


 

 神獣鏡のシンフォギアを纏った未来の姿をエアキャリアのコクピットから見下ろしているマリアとナスターシャの二人は、どういうことかとウェルに詰め寄った。

 装者に仕立て上げるために助けたわけではないというのに。装者に纏わせるために神獣鏡のギアペンダントを用意したわけではないというのに。

 ウェルの方に向き直ったナスターシャが真意を聞きだした。

 

「魔を祓う神獣鏡はフロンティアの封印解除に必要不可欠なパズルのピースではありますが、ギアとして纏えばヒトの心を惑わす力をも有しています。ドクターウェル、何故アレをあの少女に?」

 

 しかし、ウェルは二人のいずれの視線とも合わせないままに語りだす。

 

「彼女は親友をこれ以上戦わせまいと思いながら自分自身にはどうすることも出来ない事にやるせなさを感じていたそうです。一番の親友なのに、一番側にいるはずなのに、と」

 

 

***

 

 

「少しお話しませんか?少なくとも、僕は貴女の味方です。きっと貴女の願いを叶えてあげられるかもしれません」

 

 柔和な笑みを浮かべるその男に未来は一縷の望みにかけて胸に秘めたモヤモヤを吐き出した。

 

「私の親友は、戦う度、歌う度に命が削れて言ってしまうみたいなんです。でも親友は、響は困ってる人を見捨てることが出来なくて、ノイズが出たら、助けを求める手があったら」

 

「迷わず取ってしまう。結果として自身の命の炎が消えようとも」

 

 かつての経験から自殺願望染みた自己犠牲からくる立花響の人助け。

 どれ程他人から迫害を受けようともその手を伸ばし続ける親友の姿が痛々しく、ただ後ろから見ている事しか、ただ側にいる以上の事も出来なかった。あのライブの惨劇とその後の地獄の様な日々から、今日までずっと。

 

「僕に一つ手がありますが、どうですか?」

 

「手、ですか?」

 

 差し出されたウェルの手を信用してよいのか迷いを見せていたが、やがてその手を未来は取った。

 しかしこの時、いつの間にかマリアがいなくなり、清彦が音もなく現れていたことに二人は一切気が付いていなかった。

 

 

***

 

 

「リディアンの生徒はシンフォギアへの適合が見込まれた装者候補達であることは聞いていましたが、もしやドクターウェル。貴方の生成したLiNKERによってあの子は――」

 

「まさか違いますよ。そもそもLiNKERを使ってほいほいシンフォギアに適合できれば誰も苦労はしませんよ。装者量産し放題です」

 

 それ以前に適合できるシンフォギアに限りがありますが、と最後に付け足したウェルの言うとおりである。仮に無制限な程にシンフォギアとLiNKERがあったとしても肝心の適合者または投薬して初めて適合者になれる歌女がいなければ宝の持ち腐れとなってしまうだろう。

 もっとも、投薬したからと言って戦場をすぐにも駆けるなどと言う事はそうそうできない。そこはあくまで個人差の話なのだ。

 

「ならば如何にしてあの少女を装者に仕立て上げたのですか」

 

「愛ッ!ですよ」

 

「何故そこで愛ッ?!」

 

 ウェルの返答を思わずオウム返ししてしまうナスターシャ。そこまで深い付き合いではないから科学者のステレオタイプであると勝手に決め込んでいたが、ウェルと言う男はどうやらその型にハマらない人種のようであった。

 

「LiNKERがこれ以上級友を戦わせたくないと願う想いを神獣鏡に繋げてくれたのですよ。恐いくらいに麗しいとは思いませんか?」

 

 眼下に見える神獣鏡のギアを纏った未来の姿を見て、ウェルは一抹の不安を覚えていた。彼女の後頭部にある中央部に赤黒いレンズが収まった機材には、小日向未来の身体だけでなく精神すらも蝕んでしまう恐れがあるからだ。あくまでもウェルは彼女が望んだ手段を与えたに過ぎない。

 ダイレクトフィードバックシステムと称されるそれは基本構造自体はウェル考案の物だが、戦闘経験のない未来が易々と二課の装者に奪還されぬよう真木原が改良を加えていた。これにより、今の未来はガングニールを纏ったばかりの頃の響よりも高い戦闘能力を有している。

 しかし、神獣鏡の真に恐ろしいのはそこではない。

 

 

***

 

 

「――行方不明となっていた小日向未来の無事を確認。ですが……!」

 

「無事だとッ!?あれを見て無事だと言うのかッ!?だったらあたしらはあのバカになんて説明すればいいんだよッ!!?」

 

 哨戒艦艇の甲板で翼とクリスそしてオーズは未知のシンフォギアを纏い、獣の様に咆哮する未来の姿に驚きを隠せずにいた。今までに見たことのない紫紺のギアを纏い、手には扇やメイスにも似た巨大な鉄塊を携え、装甲の大部分は脚部に集約しており、背中からは二対の帯が触手の様に蠢いている。

 そこにいる未来は翼達の良く知る少女とはあまりにも違い過ぎていた。色合いもそうだが彼女の纏う雰囲気がどことなくオーズのプトティラコンボめいていた。

 

「脳へのダイレクトフィードバックによって己の意志とは関係なくプログラムされたバトルパターンを実行。流石は神獣鏡のシンフォギアと言ったところでしょうか。それを纏わせるドクターウェルのLiNKERもいやはや見事なものですね」

 

「真木原さん!貴方は何でこんなことを!」

 

 腕をゴリラに変えたシャゴリタの剛腕がポセイドンを捉えた。弦十郎の特訓を経て、威力を増したオーズのその剛腕はいとも容易くポセイドンの装甲を通して清彦へとダメージが通りやすくなっていた。

 弦十郎の教え『飯食って映画観て寝る』の通り、食事を通して身体の調子を良くし、映画を観る度に劇中のアクションを模倣して技を身に着け、深い眠りについて心身の休息を促す。

 まさに心技体と言えよう。

 

「こちらにも信念がある。とだけ言っておきましょう!」

 

 そう言ってポセイドンは徐に取り出した橙色のメダルとバックルに収まった三枚のメダルを取り換える。

 

コブラカメワニ

 

 その音声が流れるや否や、あろうことかポセイドンの装甲に付けられたオーズからの攻撃の跡が綺麗さっぱり消え去り、まるで変身直後の様な状態にまで回復していた。

 しかし、オーズの様に姿形を変えるコンボチェンジとは違い、ポセイドンの胸部の紋章も姿形も変わっていない。

 

「また違うメダル…?!」

 

「私のベルトは貴方の物とは違いこの姿しかなれませんが、この姿のまま別のメダルの恩恵を受けられるのですよ」

 

 そういってこんどはまた別のメダルを取り出して、先程と同じようにバックルのメダルと取り換える。

 

エビカニサソリ

 

 得物の槍を投げ捨て蟹のハサミを模したオーラに包まれたその拳でオーズに肉薄するポセイドン。

 単発の威力ならオーズの方に軍配が上がる筈なのだが、カニのメダルの効力故に互角に渡り歩いていた。

 そこから少し離れた場所で、経験の差からクリスに軍配が上がっており、『BILLION MAIDEN』と『MEGA DETH PARTY』の嵐が未来を包み込んだ。間髪入れずに瓦礫の山の上で倒れ伏した未来に近付き、その後頭部に寄生しているかのように装着している機材に手を伸ばした。

 これさえ外せばこっちの物だ。そう思っていたクリスだが、ポセイドンが思い出したかのように衝撃的な言葉を吐いた。

 

「ああ、そうでした。言い忘れてましたが、乱暴にギアを引きはがせば接続された端末が脳を傷付けかねませんよ」

 

 その突然とも言える忠告に本の一瞬だけ気を取られたクリスは、立ち上がりメイスと鉄扇の機能を兼ね備えたアームドギアを構え立ち上がった未来に気が付くまで反応が遅れてしまった。

 『閃光』。その名の通り紫色の光線が連発してクリスを襲う。間一髪避けられたものの、どうやって未来を開放すべきか戸惑った。

 戦場を未来の胸の歌が包み込む。同時に彼女の脚部ユニットが稼働し、円を描くように扇状に開いた鏡の反射光が収束し始める。

 

「デェエエエッスッ!!」

 

 叫びは抗議の物か、はたまた親友の実を案じて出た悲鳴か。その光は間違いなく調まで焼きはらう事だろうと本能的に感じ取った切歌の叫び。今はギアを纏っている翼に引き留められていてどうしようもない。

 

「だったらリフレクターでェッ!!」

 

 『流星』。強大な紫紺の光線は、調の前に立つクリスが作り出したリフレクタービットによる琥珀色の防壁に阻まれた。

 

「調ぇ、今のうちに逃げるデスッ!フィーネに消し去られる前にッ!」

 

「フィーネ…だと!」

 

 先史文明期の巫女。ある目的のもとにカ・ディンギルを以て月を打ち砕かんと画策し、そして敗れた者の名だ。肉体は死んでもその魂は不滅であり、彼女の血を受け継いだ子孫が強いフォニックゲインをその身に受けた時、肉体の精神を上塗りするかの如く復活する。

 そして今のフィーネはマリアを依り代として復活しているとウェルが言っていた。むろんそれを忘れる翼ではなかったが、紫紺の光に押し負けているクリスを見てすぐに思考を切り替えた。

 

「イチイバルのリフレクターは月をも穿つ一撃すら偏光できるッ!そいつがどんな聖遺物から作られたシンフォギアか知らないが、今更どんなのぶっこまれたところで……」

 

 パキリ。不意に幾つものリフレクタービットが砕け散る。

 

「――って、何で押されてんだッ!?」

 

 純粋な威力であればカ・ディンギルの砲撃より遥かに劣る筈の紫紺の光は、徐々にクリスのリフレクタービットを食いつぶしていく。

 

「無垢にして苛烈……魔を退ける輝く力の奔流……これが神獣鏡のシンフォギア……ッ!」

 

 二課側は知らない神獣鏡の禍祓いの力を知る調の独白。それこそが神獣鏡の真価なのである。

 徐々に崩壊していくクリスのリフレクタービット。その崩壊速度は早まっていき、光の奔流がクリスを飲み込むのも時間の問題。

 その時彼女の眼前に巨大な壁が突き刺さる。それが翼の『天ノ逆鱗』であると理解する頃にはクリスは襟首を掴まれ調共々翼に救助されていた。

 

「呆けないッ!!」

 

 脚部ブースターによる推進力と連続で打ち出す『天ノ逆鱗』を盾として使い退避行動をとるが、逃げ切れる保証はない。

 左右のいずれかに避けようにも薙ぎ払われる恐れもあり、その際に減速しようものなら忽ち焼き尽くされることは想像に難くない。

 なれば、と背後ではなく目の前に『天ノ逆鱗』を突き刺して駆けあがった。

 結果、上空に避けたことで『流星』の奔流に飲み込まれる事なく逃げ切る事が出来た翼達であった。

 

「もう止めるデスッ!調は仲間ッ!あたしたちの大切な――」

 

「仲間と言い切れますか?私達を裏切り敵に利する彼女を、月読調を仲間と言い切れるのですか?」

 

 翼からのマークが外れた切歌が言うが、未来は答えないまま今度は切歌をターゲットに変えた。

 

「ハッキリと仲間であると断言出来ますか?私たちを裏切り敵に利する彼女を、月読調を仲間と言い切れるのですか?」

 

「違う……あたしがちゃんと調に打ち明けられなかったんデス……あたしが調を裏切ってしまったんデス……ッ!」

 

 オーズを相手取りながら語るポセイドンの問いに切歌は弱弱しい声音で返す。

 

「切ちゃんッ!真木原のやり方では弱い人たちを救えないッ!」

 

 翼とクリスに並び立つ調は唯一にして無二の親友に説得を試みた。

 自分たちが欲しかったのは、やりたかったことは何だったのか。それを切歌に思い出して欲しいと願う調。方法や手段はまだ他にあるかもしれないと。

 

「そうかもしれません。何せ我々はかかる災厄に対し、あまりにも無力です。シンフォギアと聖遺物そしてメダルに関する研究データはこちらだけの専有物ではありません。しかし、仮にアドバンテージがあるとすれば――せいぜいこのソロモンの杖ッ!」

 

 隠し持っていたソロモンの杖を天に掲げ、さらに多くのノイズを召喚するポセイドン。

 周囲の米国哨戒艦艇に降り注いだ動く災害は情け容赦なく米国軍人たちに襲い掛かる。

 先に動いたのはクリスだ。彼女の歌が戦場を包み込み、彼女の撃ち出した銃撃がノイズを悉く駆逐していく。この災禍を引き起こしたのはソロモンの杖を携えているポセイドンこと真木原清彦なのだが、そもそもソロモンの杖を励起したのはクリスの歌だ。フィーネに唆されたとはいえ自分がこの状況を間接的に引き起こしているのであると、強い責任感を感じているのだ。

 

「(ソロモンの杖がある限りはバビロニアの宝物庫は開きっぱなしってことかッ!)」

 

 この時、無意識の内にクリスは自身の強すぎる責任感に駆られていた。

 

 

***

 

 

 責任感と罪悪感に押しつぶされかけているクリスがノイズを討ち、アンチLiNKERにより人為的に適合率が下げられた調の身柄を慎次に託した翼が切歌と対峙し、ガタキリバコンボにメダルを代えたオーズがポセイドンに『ガタキリバキック』を繰り出した。

 仮設本部でのやり取りをインカム越しに聞いていたオーズはこれから起きるある人物の()()()()に仮面の下で困惑しながらも、コンボのタイムリミットに気を配りつつ目の前のポセイドンを見据える。

 

「これまで何度貴方と剣を交えた事でしょうか。そろそろ倒れてもらえませんかッ?!」

 

「こっちの……セリフだぁッ!!」

 

 今までにこの二人の間で決着らしい決着はついていなかったが、これ以上戦いを長引かせる理由が二人には無かった。

 ポセイドンの思惑など知ったことでは無いオーズはポセイドンを撃破した後に清彦の身柄を捕縛し、彼のベルトやメダルを押収した後、仮設本部でのやり取りにあった()()()()が起こる前に未来を止めなければならなかった。

 しかしながらポセイドンの変異的なメダルの入れ替えによる戦法の前にオーズは焦る他なかった。

 

シャシャシャウタシャシャシャウタ

 

Scanning Charge

 

 コンボチェンジと同時に繰り出した『オクトパニッシュ』が、バックルのメダルを元のサメとクジラとオオカミウオのメダルに戻して最大の一撃を繰り出さんとするポセイドンの隙を突いて拘束し直撃する。

 今までならばポセイドン側が逃げ切る形であったが、弦十郎のトレーニングを経た今のオーズならばそんな結末は生ませなかった。

 必殺技である『オクトパニッシュ』は両腕のウナギムチで対象を拘束して引き寄せて、一つに束ねて回転するタコレッグで貫くドリルキックである。

 

「これで、終わりだーッ!!」

 

 その時、オーズの身体が青色の淡いオーラに包まれた。ほんの一瞬、刹那とも言える程に一瞬の内にだ。しかし、その事実を誰も認識することもなかった。

 かくして、ポセイドンを変身解除に追い込ませることに成功したオーズだったが、オーズ自身もギリギリの状態であと少しでも戦闘が長引いていればコンボの疲労によって勝敗は入れ替わっていた事だろう。

 息も絶え絶えな様子で変身を解いた映司は『オクトパニッシュ』のダメージが残っているだろう清彦から視線を外さずに本部に連絡を入れた。

 

「……映司、です。ポセイドンの……、真木原の無力化に…」

 

『こちらでも確認している。今緒川さんが向かっているから映司君はそこで待機してて。可能なら対象の確保を。それと、ついさっき響ちゃんが未来ちゃんを止めに……』

 

「え…?」

 

 インカム越しに届いた藤堯からの報告に戸惑った映司はふと、空を見上げた。

 無数ものリフレクタービットが紫紺の光を乱反射する中、身体中から黄金の結晶が突き出しても尚未来を救わんとする響の姿がそこにあった。会話の内容が聞き取れないが、徐々に大きくなっていく黄金の結晶が響の命を蝕んでいることは明らかだ。

 そして、響が未来をもう二度と離さないとばかりに抱きしめて、その二人を神獣鏡の光が、魔を祓う清めの光の奔流が響と未来を包み込む。

 

「作戦は成功です。封印は解除され、フロンティアが浮上するのです!」

 

 映司の背後で清彦が語ると突如として海が割れ、遺跡の様にも見える人工造形物がゆっくりと浮き上がっていく。

 それは仮設本部として使っている潜水艦よりも、今自分達が足場に使っている米国の哨戒船よりも遥かに巨大で映司にとって充分過ぎる程に衝撃的だった。清彦の言う通りフロンティアならば、彼らの目的がいよいよ大詰めなのだろうと判断するに難くない。

 

「貴方の身柄を拘束します。抵抗は――ッ!」

 

 その瞬間、映司の意識は何者かの手によって刈り取られた。

 

 

 

続く



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