真・恋姫†夢想 三国志的中華飯伝 ~特級厨師流琉~ (פסטה)
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序章「外史へ」
「出会い」


時は2020年、日本。

 

かのアッシジの著名なカトリック修道士である聖人フランチェスコからその名を冠した聖フランチェスカ学園。

周囲を森に囲まれた豪勢広大な敷地、礼拝堂に喫茶店などの十分すぎる施設、やれ「ですわ」やれ「ですわよ」だのと時代錯誤な言葉を飛び交わす女学生たち、そんな絵にかいたようなお嬢様学園から徒歩10数分。

 

敷地のはずれにあるボロ屋。ボロ屋、、、?

そうだ。決して誇張するまでもなくドヤ街の団地の方がマシに見えるこの建物。

聖フランチェスカその名の通りどこか格式高い雰囲気の漂う校舎や校庭のみてくれに反してこれがなんと男子寮なのである。

 

 

 

-----------------------7月19日 午前8時15分------------------------------------------

 

ピピピピッ‼‼‼  ピピピピッ‼‼‼

 

カチッ。

 

 

「う~~んっ!良く寝た。ってまずいぞこの時間は!さっさと用意して学園に行かなきゃな」

 

そんな男子寮を朝から漫画顔負けテンプレ的な寝坊をしでかし学園へと駆けだして行くこの男子生徒、のちに三国時代の乱世を生き、中国4000年の歴史にその名を残すことになる伝説の特級厨師、もとい今はただの聖フランチェスカ学園二年生、身長175cm、中肉中背やや筋肉質、彼女募集中、「北郷一刀」その人である。

 

「昨日の稽古に精を出し過ぎたか。梅雨も明けて朝から日差しが強くて最悪だ~!」

 

ここでの稽古とは剣道である。聖フランチェスカ学園はその名前からキリスト系の学校に思われるがその実、例えば男子寮のボロ屋のようにすべてがキリスト教感に則っているわけではない。一刀が日々鍛錬を重ねる剣道場も例外ではないのだ。

 

「稽古を頑張り過ぎて寝坊したとかスパルタじいちゃんにバレたらたまったもんじゃないな」

 

北郷一刀の家族は両親のほかに妹と祖父がいる。この祖父こそが一刀の言う「スパルタじいちゃん」である。一刀は聖フランチェスカの寮生なので家族とは長期休暇中の帰省以外で会うことはないが、このスパルタじいちゃんだけは別である。そう、スパルタじいちゃんは一刀の所属する剣道部の外部コーチでもあるのだ。

 

-----------------------7月19日 午前9時30分------------------------------------------

 

「今日の放課後は中国史の課外授業として本学の敷地内に隣接する歴史資料館に見学に行きます。放課後は忘れずに資料館入り口前に集合してくださいね」

 

一刀のいる教室にこだまする担任教師の声にお嬢様たちは真摯に頷きながら聞いている。

 

一方、一刀はうわべでは頷いて聞いているものの、心の中では今日の剣道の稽古がなくなったことを残念に思うのと同時に、敷地内にあるにもかかわらず最近はあまり足を運んだことのなかった資料館の見学という一抹の楽しみに胸を膨らませていた。

 

-----------------------7月19日 午後4時30分------------------------------------------

 

「いつぶりだろうな、ここに来たのは」

 

一刀は集合時間ちょうどに資料館に辿り着くと思わずそんなことを呟いていた。

一刀はもともと自分の興味に加え、スパルタじいちゃんの教えもあってか中国史とくに三国志を好いていた。

聖フランチェスカに入学してからも剣道の稽古の後にスパルタじいちゃんと資料館に行くこともあったが、最近はご無沙汰であった。

 

「それでは今から資料館に入って自分の好きな資料をひとつ見つけてください。見つけた人は各自解散でOKです。来週までにその資料について調べたことをA4レポート用紙3枚にまとめて提出してください。」

 

生徒の資料館見学の楽しみに浮ついた心を見透かしたように唐突に降ってきた課題に一刀は眉を顰めるが、お嬢様たちは「はい」と返事をするばかりである。一刀はその様子を見てため息一つ。どれだけまじめなんだうちの女子は、と。

 

 

-----------------------7月19日 午後5時50分------------------------------------------

 

「それではまた明日。さようなら」

「課題だりぃ」

 

と、ほとんどの生徒が各々の感想を口ずさみながら帰宅してゆく。

 

「やべ、久しぶりに来たせいか集中しすぎたな。俺もそろそろ帰るか」

 

一刀はちょうど春秋・戦国時代の資料室にいた。周りを見ればすでに一刀以外の生徒は一人もおらず、時計を見ればすでに閉館時間の午後6時の10分前。

 

「まずい、結局どの資料でレポート書くか決めてないぞ。適当に一つ決めてさっさと帰るか」

 

 

ピカッ

 

 

「ん? 何か光ったか?」

 

展示台の下をよく見ると、まるで巡り合わせたかのように何か光っている。

すると一刀は吸い寄せられるように近づいてはその光るものを覗き込んでみる。

 

「もう少し...手を伸ばせば...!よっしゃ取れた」

 

それは酷く錆び付いた小さな刀のようなものであった。

 

「なんだこれ。この資料館の展示物かな。でもこんなとこに落ちてるなんてことあるか?」

 

一刀は様々な疑問が浮かぶなか、もう一度その刀を凝視してみる。

 

「ん?何か書いてあるぞ」

 

一刀は錆び付いた刀の表面に刻まれた文字を懸命に読む。

 

 

『易牙之刀』、と。

 

 

「易牙ってあの易牙か?でもなんで・・・」

 

易牙とは春秋時代に五覇と謳われた桓公に仕えた伝説的な中華料理人である。人肉食のエピソードのほか中華料理の基礎を築いたとも言われる料理の鉄人だ。

 

「易牙は知ってるが、易牙の包丁なんて現存してたか?そもそも何でこんなものがうちの資料館に・・・」

 

 

刹那。

 

「また貴様か北郷一刀、その刀をよこせっ!!!!!!!」

 

突然、どこからともなく格闘技のように攻撃を繰り出してきたのは紫の瞳にベージュ色の髪をした面識のない男であった。

 

「あぶねっ!いきなり何すんだお前、それになんで俺の名前を知ってる!」

 

見たところ歳は一刀とそう変わらず見えるが、何といってもその風貌、見たこともない珍妙な装束をしている。

 

「さきの外史のこと、そして外史の管理者であるこの左慈のこと、忘れたとは言わせんぞ」

 

終始激しい感情をあらわにする左慈と名乗るその男はしきりに何かを訴えかけている。

 

「外史?なんのことだ?」

 

が、どこか話がかみ合わない。"この"一刀は金輪際「左慈」という男と面識を持った記憶がないのだ。

 

「どういうことだ。お前、本当に"北郷一刀"か?」

 

一刀からすれば何を当たり前のことを聞いているんだという気持ちだが、左慈からすればどうも納得がいかないらしい。

 

「もういい。その刀をよこせと言っている。それは貴様などに扱える代物ではない」

 

どうしてもこの刀が欲しいのか、またも一刀に襲い掛かってくる。

 

「やめろって!これは資料館のものだ。警備員を呼ぶぞ!」

 

幸い、多少の格闘戦ならスパルタじいちゃんの稽古で鍛えた体で自分を守ることは辛うじてできた。

 

「ちぃっ、往生際の悪い奴め。あまりことを荒立てたくはなかったんだがな」

 

すると、らちがあかないと決め込んだ左慈は目の色を変え、本気でいくぞと言わんばかりに独特な構えをとる。

 

「こうなりゃ仕方ないか!うおおお」

 

未だ状況も飲み込めないまま、一刀も構えをとると迅速な動きで差し迫る左慈に手を・・・

 

 

---------------------------------------ピカッ--------------------------------------

 

 

「くそっ!しまった!」

 

左慈との組み手の合間、左慈の進撃に反応しきれず咄嗟に易牙の包丁を持った手で攻撃を受け止めてしまったのだ。

 

すると、易牙の包丁が白く輝きだしたのだ。

 

 

「うわ・・・!」

 

眩い閃光とももに資料館や左慈の姿すら見えなくなり、一刀は気が付けば真っ白な光に包まれていた。

 

 

 

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-

 

時は一刀のいる現代から1800年以上遡り、舞台は古代中国の大陸へと移り変わる。

 

人はものを食べねば生きてはいけない。ならばその「食」を日々の楽しみとし、またより良い料理を作ろうと推敲するのは至極当然の行いである。

 

現代でも世界三大料理の一つに数えられる「中華料理」。中国烹飪史略でも神話の尭の時代から彭祖が作った羹が記されていたり、一刀の拾った包丁の持ち主の易牙の食人料理のエピソードが今もなお語り継がれるように、中華料理の歴史を辿ると話題が尽きない。

 

ある時、乱世に流れる数多の血を危惧した古来の帝が絶対的法令「大陸料理技術等級令」を制定した。それは料理人こそが大陸最高の職業であり皆が志すべき覇道であるとし、いかなる争いもより美味い料理を作ったものが勝者とする、といったものだった。その勝敗を決する方法、それが

 

料理戦(いくさ)」である・・・!

 

料理戦は双方の合意のもとに行われ、中立的立場の審査員(人数は問わない)が双方の作った料理を味だけでなく見た目、調理法、個性、芸術点などを総合的に評価し勝敗を決める。そして多くの勝利と名声、確かな料理の腕を兼ね備えたものは、法令に定められた料理人の階級:10級~1級の初級厨師、初段~5段の中級厨師、6~9段の上級厨師、そして最高段位である特級厨師までの道を駆け上がっていくのである。

 

そんな料理戦の文化がすでに隅々まで浸透している霊帝の時代。後漢王朝は宦官の権力が強まり宮廷料理人の暗殺、料理戦審査員への賄賂、忖度、勝敗捏造などが横行し、権力は失われ、腐敗しきっていた。

 

各地で大小さまざまな反乱がもはや日常茶飯事と化していたこの時代、乱世の予感に同調し、各地ですでに名のある者や腕に自信のある豪傑(料理人)は我こそはとそれぞれの料理に対する信念のもと旗を掲げたのだ。

 

世はまさに幾多もの旗が軋めく大陸料理大戦時代の幕開けである・・・!

 

 

-------------------------兗州陳留郡己吾県にて------------------------------------

 

「うわぁぁぁぁぁああああああああああ~~~~!!!!!!!!」

 

バゴォォォン‼‼‼‼‼‼

 

雄大な自然のなかにあるこの小さな村にはあまりに場違いな爆音が鳴り響く。

 

 

「ひゃぁっ!びっくりした。今の音はなんでしょう」

 

一刀の落ちた場所はちょうど村の一軒の家の裏小屋であった。ちょうどその家の厨房で日々の習慣である料理の鍛錬をしていた一人の少女はあまりの騒音についに鍛錬を中断し家の裏でへと回ってみる。

 

「いってて。あれ、俺助かったのか・・・?」

 

舞っていた埃が落ち着いたころやっと思考が回り始め、自分が生きていることを知りひとまず安心していた。

 

「家の裏のから音がしたからきっとこのへんのはず・・・」

 

時を同じく少女は裏手に着くと一目で裏小屋が壊れているのを発見し、急いでその場に向かう。

 

「うぅ・・・裏小屋が壊れちゃいました。それにしても何が落ちてきたんでしょう」

 

一方、一刀は誰かがこちらへと近づいてくる足音を察知し、

 

「だれかいるのか?助けてくれー!」

 

その声を聞いた少女はたいそう驚いた。まさかあのような爆音の正体が空から降ってきた人だとでも言うのか。

 

「って人!?あの、生きてますか・・・?」

 

「どうにか生きてるみたいです。見たところ体に問題はないみたい。もしよければこの材木をどかしてもらえますか?」

 

それを聞いた少女は少し安心すると素早く一刀の体が埋まった材木を取り払い、

 

「いきなりで失礼ですが、あまりこのあたりで見ない顔ですね。それにどうやったら人が空から降ってくるんですか?」

 

「いちおう、俺の名前は北郷一刀。聖フランチェスカ学園の二年生だ。」

 

一刀はここに落ちてくるまでの自分のことを洗いざらい話すと、少女はまったくピンと来ていない様子で終始困惑していたが話を一通り聞き終わると、背筋を伸ばし、

 

 

「私は典韋といいます。この村の料理人です!」

 

 

このとき、この出会いこそが後に大陸の乱世を治めた伝説の特級厨師の双璧と語り継がれる典韋もとい流琉と北郷一刀の2人のはてしなく長い冒険と外史の始まりであった。




というわけで、こんにちは。ぱすたです。
前からこういうの書きたかったなぁという脳内妄想を書き連ねていきます。
月一くらいの更新を予定しています。
物語を書くことは初心者なので気軽なコメントから辛辣なコメントまで、送っていただけるだけでも大変嬉しいです。
終始、駄文でありますが宜しくお願いいたしますm(__)m


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「理を知る」

「私は典韋といいます。この村の料理人です!」

 

典韋と名乗るこの少女の言葉を聞いた一刀は口をぽっかり空けながら、

 

「て、典韋・・・さん・・・ですか?」

 

「はい、たしかに私は典韋です」

 

自信満々にそう言う典韋(?)に一刀は思わず暫しの間考えこくってしまう。

 

(この子たしかに典韋って言ったよな・・・まじか?)

 

(典韋って三国志でしか聞いたことないぞ。見たところ何かのコスプレや、まして嘘を言ってるにも見えないし・・・そもそも三国志の武将が女の子なわけないだろ)

 

(そうだ、典韋ってたしか兗州の生まれだったよな。冗談半分で試してみるか・・・)

 

「あの、ちょっと聞きたいんですけど、ここってなんて地名ですか?」

 

それを聞いた典韋(?)はなぜそんな事を聞くのか皆目見当もつかないような顔をしながら、

 

「ここは兗州の陳留郡、己吾県です。それがどうかしましたか?」

 

その返答に一刀は驚いた。そういえばそうだ。目が覚めてからというもの、瓦礫に埋もれ、典韋と名乗る少女に助けてもらい、自分がひとまず生きてるという事だけで安心してしまったせいか"ここ"がどこかを見落としていた。

 

ひとまずあたりを見渡すとそこには歴史資料館どころか聖フランチェスカ学園もない。目の前に広がるのは少なくとも現代とは、そして日本とは思えない。それどころか時代錯誤な版築工法の民家と田畑、それから遠景にはカルスト地形の岩山が見える.

 

(うそだろ・・・?)

 

一刀は徐々に自分の置かれた状況を理解し始める。認めるしかない現実を。

 

(俺、三国志の世界にいるのか・・・?)

 

 

「て、典韋さん。落ち着いて聞いてほしいんですけど」

 

「まずはお兄さんが落ち着くべきかと・・・」

 

大きく息を吸って一度深呼吸をしたのち、一刀は、

 

「俺、たぶんこの村の人じゃないです。もっと言えばこの大陸の人じゃないです。この大陸から海で隔たれた東の国、日本という国から来たみたいで」

 

一刀の突飛な話にも典韋は思ったほど驚くことなく、

 

「日本?聞いたことないですね。でもお兄さんが言うことも納得できます。お兄さんの服、このあたりでは見たことありません。それに私が台所で鍛錬をしているときに急にものすごい音が聞こえたので裏手に回るとお兄さんが小屋に埋もれていました。こうでも言われないと納得できませんよ」

 

「でもお兄さんが空から降ってきたってことはその『日本』って天の国なんでしょうか。伝承にもそんな国、聞いたことはありませんが・・・」

 

あまりに互いの常識が異なると考えた一刀はこれ以上の混乱をうんではならないと踏んで、自分はひとまず「天の国の人」だという典韋の認識を弁解することはしなかった。

 

 

ため息ひとつつてみれば、ようやく自分の置かれた状況に納得し始めた一刀。

 

「そういえば典韋さんは『私は料理人です!』って言ってたけど、武将じゃないんですか?それとも今言ってた台所での鍛錬と関係あるのかな」

 

「何を言ってるんですかお兄さん。武術なんかじゃありませんよ。私はまぎれもなくただの料理人です」

 

一刀はようやっと自分が女の子版三国志ともいえよう世界に飛んでしまったことに納得したところだったが、ここでも新たな疑問が生まれてしまう。

 

(なんで三国武将の典韋が料理人なんだ?)

 

「あの、変な質問かもしれないけど、この大陸って戈や戟で戦ったりしないの?」

 

その質問に典韋は、

 

「昔は武力によって治世が行われたと聞きます。それでも今は料理こそが戦いです。この大陸で覇を唱えるなら料理ができなければ話になりません」

 

あまりに自分の知っている三国志とかけ離れた現実にまたも困惑を隠しきれない一刀。

 

「もう少し詳しく聞かせてもらってもいいか?」

 

こうして一刀は典韋からこの世界の理を聞かされることとなった。

 

 

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「ひとまずお兄さんはお金も身寄りもないでしょうから今夜は私の家に泊まってください。両親はもうこの家にはいませんのでおかまいなく」

 

一通りの話を聞かされたあと、ようやく頭の整理がついたと同時に典韋はそう言う。

 

「え、いいんですか?でもひとつ屋根に男女ふたりきりって」

 

「もう、そんなことはいいんですよ!どのみちこのままじゃ寝床もないじゃないですか。それに私は別の部屋で寝るので問題ありません」

 

典韋は笑ってそう答える。はじめ会ったときのまじめな雰囲気から一転、こうも女の子は表情豊かなのかと面食らった。

その笑顔に一刀は不思議と肩の力を抜いてしまう。

 

(あぁ、なんて優しい人だろう。この人がいればこの世界でもなんとかやっていけそうだ)

 

 

 

結局、この日は身の回りすべてを典韋にしてもらい、床に就く。

 

その晩、一刀は自分の置かれた状況に納得しつつもなぜ三国志の世界に飛ばされたのか?なぜ三国武将が女の子なのか?なぜ戦が料理対決なのか?様々な疑問が湧き出ては消える。

 

また、そんな右も左も分からない自分の面倒を見てくれる典韋、今日初めて会ったひとりの女の子に感謝しつつ、慣れ親しまぬ叉灰塗りの壁に囲まれた寝室で一人、泥煉瓦の天井を眺めながら眠りに落ちた。

 

 

・・・・

 

 

 




こんにちは、ぱすたです。

月一更新を目指すといいながら2話を書いてしまいました。
まだまだ序章で舞台説明が多く単調冗長ですね、申し訳ありません。
流琉が真名を明かすのも兄様呼びになるのももう少し後になる予定です。

それではまたm(__)m


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1章「覇道」
「はじめての料理と夢の始まり」


(すぅ・・・すぅ・・・ううん・・・)

(ご・しゅ・じ・ん・さ・ま❤ んちゅ~~~~んっ!)

(いかんぞ貂蝉、あまり大きな声を出してはご主人様が起きてしまう、ほれ見ろ。言ったそばから)

(うああああああああああああああああああああああ!!!!)

 

 

「んんっ・・・はっ!夢か。・・・・ってここどこだ!?」

 

一刀はなにか変な夢を見た気がしたが、それよりも起きた部屋がこれまで慣れ親しんだ聖フランチェスカの男子寮ではないことに一瞬驚いてしまった。

 

(そうだった、俺はもといた世界とは別の世界に飛ばされたんだった・・・)

 

気を取り直して軽く伸びをする一刀に、

 

「もう、朝からあわただしいですね。お兄さん」

 

振り返ればそこには身の丈一刀より20から30cmほど小さな少女。黄緑色のショートカットにリボンで縛ったアップバンクだ。黄金色のぱっちりとした瞳が可愛らしい。

 

一晩泊めてもらうことになったこの家の主の典韋さんだ。朝からもう元気そうで。

 

「天の国にいたときの夢を見ていました。さすがにこの大陸に来て1日じゃ慣れませんね」

 

そう言う一刀に、典韋は無理もないとその気持ちを悟ったのか、

 

「とりあえず朝食にしましょう、まだ献立は決めていないので有り合わせで何か作りますね」

 

そんな優しい言葉をかけてくれる。典韋のあまりに人間味のある優しさに、

 

「いや、昨日は身の回りのことをなにもかも典韋さんにやらせちゃいましたから今日は俺も手伝いますよ。これまでがどうであれ、今は俺もこの大陸の人間です。もう気持ちは落ち着きましたから」

 

一刀はこれ以上この典韋さんのやさしさに甘えてはいけないと感じた。

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

そうと決まればやるまでだ。一刀はさっそく典韋の力になろうと厨房に足を運ぼうとするが・・・

 

「じゃあさっそく厨房にっと・・・」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

突然そう典韋に呼び止められたので何かと思うと。

 

「ど、どうかしましたか?」

 

「ふつう許可なく自分以外の料理人の厨房には入ったりしませんよ。今回は私がお兄さんに手伝ってもらうからいいものの、他の料理人に同じことしちゃだめですよ」

 

普段の可愛らしい顔をした典韋さんが怒ってるとまではいかないものの、いつになく真剣な顔でそう言う。

 

「ごめんなさい・・・気が付きませんでした」

 

思わず一刀は面食らってしまう。

 

「いえいえ、私は問題ないので大丈夫ですよ。気を悪くさせちゃったらごめんなさい」

 

典韋は再び笑顔でそう言うと、一刀は考えを改めるようにして聞いてみる。

 

「それにしても、料理人にとって厨房ってそんなに気持ちのこもった場所なんですね」

 

「はい!料理人にとって自分の厨房は懐のようなものです。生まれてから死ぬまでそこで料理を作ることになる、まさに自分の居場所って感じです!」

 

典韋はその質問に胸を張って答えてみせる。厨房を語るその姿だけでも、料理人にとって厨房がどれほど大切な場所なのかを一刀は痛いほど思い知らされた。

 

(そうか、この大陸の料理人って職業は俺の国とは全く違うんだよな。これから気を付けないと)

 

 

 

 

 

-----厨房にて-----------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

この世界の厨房はもちろん、一刀の知る現代の厨房とは何もかも異なっており、そのすべてが新鮮に感じる。

 

典韋の厨房はというと、広くも狭くもなく、一見どこにでもある厨房に見えるが何やら高価に見える包丁やら料理素人の一刀が到底知らないような調理器具まで整然と陳列されており、そのたたずまいはどこか威厳に満ちていた。

 

昨日すでに典韋からこの世界の料理人の話は聞いていたが、いざ厨房にて料理人である典韋と相対すると一刀はその気迫に圧倒される。

 

「ところでお兄さん、自分の調理器具はもっていますか?包丁や俎板、鍋など・・・」

 

「な、なんにも持ってないですね・・・」

 

そういえばそうだ。料理を手伝うにしても自分の調理器具がなければ話にならない。

 

「あ、そうだ!」

 

そのとき一刀はこの世界に飛ばされる前の出来事を思い出した。たしか左慈と名乗る男に襲われた時、その手には『易牙之刀』を持っていたではないか。

 

(あれならもしかして・・・どこだ、どこにあるっ!)

 

体中をさすってみると制服のポケットに何か入っている。

 

「あった!これ、使えないかな?」

 

一刀は嬉しかった。こちらへ飛んできたときにどこかに落としたと思って焦ったが、その綺麗な包丁はポケットに不思議と綺麗に収まっていた。

 

(あれ、でもコレを見つけた時はたしか錆だらけだったよな?なんでこんなに綺麗なんだ?)

 

「包丁は持ってたんですね。それではお兄さんはその包丁を使ってください。俎板などは私の替えを用意しますので」

 

 

(見たことない包丁です。それにあの包丁、なにか・・・)

 

 

そう言うと典韋は一刀の分の料理器具を一通り用意すると、厨房の奥から典韋の身の丈ほどもある大堤のようなものを持ってきた。

 

 

「なんだそれ・・・!」

 

「これですか?私の愛用する俎板の『伝磁葉々』です。この俎板はすごいんですよ、きっと大陸中を探してもこんなにいい俎板はそうそう見つかりません」

 

なんとこの巨大な円柱状の"それ"は俎板だと聞いて、一刀は驚くしかない。

 

「なにがそんなにすごいんですか?」

 

「まぁ見ててください」

 

典韋は朝食に使うであろう食材の中から魚を一尾と野菜を適当に1つ取って俎板に乗せて捌いて見せる。

 

 

 

すると・・・

 

「すごい!俎板の上の魚が活き活きし始めたぞ、それに野菜もさっきより新鮮に見える」

 

 

なんということだろう。朝揚げの川魚であろうか、これまでピクリとも動かなかったその魚は『伝磁葉々』の上では鱗は輝き、口をパクパクさせている。野菜に至っては表面のみずみずしさからその発色まで鮮やかに見える。

 

「そうです、この伝磁葉々はその上に乗せられた食材が本来持っている魅力と美味しさ、新鮮さといったあらゆる可能性を全て引き出すんです!」

 

(すごい。すごすぎる。この世界の料理人っていったいどれだけのこだわりと技術を持っているんだろう)

 

 

「料理人にとっては調理器具も本当に大切なんですね」

 

「そうですよ、厨房が私たち料理人の居場所なら調理器具は自分の分身です。その人の調理器具を見ればどんな思いで料理をしているのか、どれほどの腕をしているのか全部わかっちゃうくらいです!」

 

典韋は目を輝かせながらそう語ると同時、すこし遠くを見ながら、

 

「これは昔、私の大切な親友と料理の鍛錬をしていたころ、一緒に紫檀を削り取って作ったんです。この伝磁葉々には紫檀の木霊が宿っていると言われています」

 

紫檀といえば三大唐木の1つで最高級の材木だ。表面が滑らかで虫や菌がわかないことで知られており、仏壇や数珠などにも使われる。

 

「この小さな村にも他に料理人が居るんだ。その子とは今も鍛錬してるの?」

 

 

(そういえばこっちに来てからまだ典韋さんにしか会ってないんだよな。ほかにも料理人ってたくさんいのかな)

 

 

「いえ、あの子はいま・・・」

 

グツグツグツグッツじゅわ~っ!!!

 

「ん?何か言った?」

 

「なんでもありません。それよりお粥ができあがったみたいです。」

 

中国文化圏では一般的な朝食の家常海鮮粥だ。

ふつう具材と米、少し多めの水で炊きだすのが通例だが典韋は具材を一度煮立ててから粥に馴染ませる回鍋式であるらしい。

 

「ふつうの海鮮粥は具材と合わせて炊き出しますが、私は必ず食材ごとに煮立てて最後に合わせます。これは食材ごとに一番おいしくなるような加熱時間があるからです。もっと言えば同じ食材でも1つ1つに適した加熱時間がいちばんです。それを見抜くのも料理人の腕の見せ所ですよ」

 

話を聞くと、なんでも典韋は調理法だけでなく食材も露店や商人から買うときでさえすでどう調理するかを先に考え、食材を吟味しているらしい。それどころか産地だけでなくその土地の土壌・気候・農家の技術も見抜き、最もよい入手経路で食材を仕入れているらしい。

 

ただの日常の1日の朝ごはんだと思っていた一刀。しかし典韋のこだわりと技術は尽きることなく一切の妥協はない。

 

「私は先に残りの野菜に火を通しつつお粥の火加減を調節してますね」

 

典韋の厨房での立ち振る舞いは手際の良いなどという言葉では言い表せないほど。

 

ジュウウウウッッッ!!!!  しゅわっっ!!!

 

典韋はその小さな身体で大きな中華鍋を大きく振るい、湯に野菜を通している。ともすれば竈の炎を火吹竹で絶妙な加減に保っている。

 

(まだこの世界の料理人を知らないけれど、典韋さんってもしかしてすごい人なんじゃないか?)

(調理器具や厨房だけじゃない。典韋さんは料理の腕も半端ない・・・!)

 

「それじゃあ一刀さんも残りの食材を切ってください。海鮮粥ですので、烏賊、葱、生姜をお願いします」

 

(手伝ってくれるのはうれしいんですが、大丈夫でしょうか・・・って私としたらなんて失礼なことを!)

 

そんな考えが浮かんでしまった典韋は、一刀に悟られぬようそのような思案を心の中で払拭した。

 

 

 

一刀は、典韋の厨房での立ち回りを見てからでは自分が包丁を持つのも緊張してくる。

 

(よく考えたらまずいぞこれ。もし俺がなにか失敗したら典韋さんの料理を台無しにしてしまうぞ。めっちゃ緊張するなぁ・・・)

 

一刀は若干手を震わせながら俎板の上に烏賊を1匹乗せると包丁を握り・・・

 

その瞬間。

 

 

 

(あれ・・・?食材の切り筋が・・・見える!?)

 

 

 

易牙之刀と書いてあるその包丁を握ると、まるでその食材の味を損なわない最良の切り方が頭に浮かんでくるよう、いやこの包丁が教えてくれているのだ。

 

思わぬ事態に緊張も解れた一刀は剣道仕込みの集中力で目の前の烏賊に包丁を一太刀入れる。

しかし、

 

(あれ?切れ味が滑らかなのは確かなんだけど、うまく包丁が入らない・・・くそっ!)

 

一刀の包丁捌きを気づかれぬよう注視していた典韋はその一太刀を見逃さなかった。

 

(烏賊の耳を下に向けて胴横から入れるあの太刀筋・・・しかもあの烏賊の発色は食べごろに達していて肉質の硬さを考えれば私も同じように太刀を入れるはず。明らかに料理経鍛錬者のそれだ)

 

(でもおかしい。食材の見る目や太刀筋は玄人さながらなのに、うまく刃を入れられてない。どういうことでしょう。あの包丁を扱いきれていない・・・?)

 

「あのう、お兄さんにひとつ聞きたいんですけど、天の国ではよく料理をしてましたか?」

 

「いや、俺は学生寮・・・えっと宿場みたいな場所に住んでたから料理は全くしなかったよ」

 

「でもよくテレビの料理ばんぐ・・・えっと他の人が料理をするのは見たことあるからそういう偏った知識はあるかもしれないね。例えば、烏賊は生食なら一度氷で〆ると味が甘くなるとか、バター醤油で炒めるとおいしいとか」

 

「バ、バター・・・ですか?」

 

「あぁそういえばこっちの世界にはまだない食材もあるのか・・・いや俺のいた世界では世界中の食材や調理法をみんなが当たり前のように知ってたんですよね。わけわかんないこと言ってごめんなさい」

 

 

(・・・え?お兄さん、ほんとに料理人じゃないの?この包丁の太刀筋、食材を見る目、なにより私だけじゃない、この大陸でまだ誰も知らないような料理の知識を持ってるみたい・・・)

 

 

典韋はその心の内に秘めていた夢を想う。

 

 

(私・・・この人となら、もしかしたら・・・)

 

 

「典韋さん、この茹で上がった野菜と烏賊、混ぜちゃっていいですか?」

 

「は、はい!そうしたら完成です。お皿に盛り付けましょう!」

 

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「おお、できた!いただきます!」

 

「いただきます」

 

まず典韋が一口食べ始める。

 

「うん、今日のはまずまずですね。お兄さんはどうですか?」

 

典韋は可もなく不可もなくといった感想だが、一刀にとっては期待と不安でいっぱいだ。

 

(俺が少し手伝ったとはいえ、ほぼ典韋さんが作ったようなものだもんな。俺の切った食材、大丈夫かな・・・)

 

一刀はできたての海鮮粥を散蓮華で少し掬ってほおばる。

 

ぱくっ

 

 

 

「・・・・・・うまっ!!!なんだこりゃ!!!???」

 

あまりの美味しさに一刀の頭が追い付かない。

 

(いままでお粥なんて風邪をひいた時しか食べてこなかったけど、こんなに美味いお粥があるのか?いや、たぶん聖フランチェスカ専属の料理人でもこんな美味いの作れないぞ)

 

(粥の炊き加減も具材と合わせることを想定してかやや硬めで塩加減もちょうどいい。具材は食べただけで俺の切った烏賊が悪い意味で存在感あるぞ。。。典韋が切った他の食材はまるで切り目の細胞が切れてないくらい舌触りが滑らかで。ゆで加減も本当に食材に合わせてるんだなぁ)

 

「そんなに美味しかったですか?これもお兄さんが手伝ってくれたおかげですね」

 

「いや、まじでそんなことないです!ほんとに!」

 

「ふふ、そんなことありますよ」

 

一刀は申し訳なさそうに肩をすくめると、お互い笑いながら楽しく食事を進めた。

 

-----その晩--------------------------------------------------------------------

 

一刀は身支度を整え、たった1日だがお世話になった部屋を見渡す。

 

(ここに泊まるのももう終わりか。典韋さんの料理、本当に美味しかったな)

 

「典韋さん、今日も俺が手伝えたのは朝食の料理だけでした。なんだか申し訳ないというか・・・」

 

今日もこの世界で生きる自分に無力感を感じながら典韋に話しかける。

 

「そんなことありませんお兄さん!昼間だって家の周りの雑草を抜いたり部屋の掃除をしてくれたじゃないですか。私、すごく助かってます」

 

典韋は心からそう言って聞かせる。

 

「そう言っていただけると嬉しいです。でもこれからはもう自分で何とかしないと・・・今日までお世話になりました!」

 

そう言って深く頭を下げると、一刀は小ぎれいになった部屋に背を向けて戸を開けて行こうとする。

 

「ちょ、ちょっとどこに行くんですかお兄さん」

 

典韋は慌てて一刀の袖を引き、ひとまずそこに繋ぎとめる。

 

(典韋さん、本当にやさしいな。この世界に来て最初に会ったのが典韋さんで本当によかった。)

 

「もともと俺がここに泊まるのも昨晩一夜だけって約束でしたから。これからなんとか寝れる場所を探してみます」

 

一刀は後腐れの無いようもう一度頭を下げて出て行こうとする。

 

 

 

 

「待ってください!」

 

「私、全然迷惑なんかじゃありません。お兄さんが良かったらこれからもここに泊まってください。一人の料理人として、お兄さんがお腹がすいてそのへんで野垂れ死ぬなんてことさせるわけにはいきません」

 

典韋は思わず少し大きな声で一刀を呼び止めた。

 

一刀は驚いた。しかし同じくらい嬉しかった。昨日初めて会った異国の自分にこうも優しくしてくれるなんて。

 

「いいんですか?でも俺まだこの世界のことよく知らないし、何か役に立てるか分からないです

けど」

 

「問題ありません。よかったらこれから毎日私が作る料理の味見をしてください。自分以外の人の感想ってとても貴重なんですよ」

 

「それに・・・」

 

突然、典韋は少し恥ずかしそうに下を向いて黙ってしまった。

 

「どうかしました?」

 

一刀が尋ねると、意を決したのか、

 

「私、お兄さんに話したいことがあるんです・・・!」

 

そう言って頭をあげると、そこには一刀が彼女と会ってからたった2日、短い間だが彼女の色々な表情を見てきた。

典韋は、そのなかでも一番に真っすぐな目をしてこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

『私の夢を聞いてくれませんか』

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、この日の晩だ。

この晩の会話こそが、この外史の本当の始まりなのであった。

 

-----

 

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こんにちは、ぱすたです。
やっと導入が終わったと思いきやまだまだ背景設定の説明不足です(汗)
次話では典韋がひそかに持っていた夢の話と、一刀の今後の方針を決める話にしようかなぁと考えています。
真名呼び兄様呼びの解禁も近いです。
季衣の話は今回でもったいぶってますけどまだ登場のさせ方は考えてません(笑

そういえば今作では俎板となってしまった「伝磁葉々」ですが、原作では遠方の敵ならまだしも、接近戦だと流琉の担いでるCGから察するに殴りつけるんですかね・・・?


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「誓い」

『私の夢を聞いてくれませんか』

 

 

 

 

そう切り出した典韋はひと際真剣なまなざしで一刀に語りかける。

 

「一刀さんに昨日お話ししたようにこの大陸は今にも乱世をむかえようとしています。いま私たちのいるこの村も昔に比べて賊に襲われる回数も多くなっています。事の発端はお兄さんも知っているように宮廷の悪政です。洛陽では桓帝の代より宦官との権力争いが絶えず、いまや12代目皇帝である霊帝は政に関心がなく、側近の張譲や趙忠を筆頭とする宦官ら十常侍によって権力が掌握されています。宮廷ではより高級で美味しい食材を手に入れようと何進をはじめとして民に重税を課してはお金を巻き上げています。街の補修や警邏も怠り地方豪族の意見も聞く耳を持ちません」

 

先ほどまで典韋の家を出て行こうとしていた一刀は典韋の話にすっかり聞き入っている。

 

「そして今では乱世を予期した各地の豪傑の料理人が大陸に和を唱えようと立ち上がっています。その気持ちは私も同じです!」

 

だんだんと話が見えてきた一刀。そして典韋は一刀の予想するところそのままに、

 

「私、料理でこの大陸を正しい在り方に導きたいんです。お兄さん、私といっしょに料理道(はどう)を歩んではくれませんか?」

 

当然、二つ返事ではいと言えるはずもない一刀は、

 

(言いたいことは分かるが、いきなり大陸の乱世を治めようと言われてもそう簡単に返事はできないよな)

 

「あの、典韋さん。典韋さんの夢はたしかにわかりました。でもなんで俺なんかと一緒なんですか?典韋さんの料理の腕なら一人でもきっと通用しますよ。それに今日の朝食を作っていて分かる通り、俺なんてきっとこの世界の料理人と比べたら手も足も出ませんよ」

 

「そんなことありません!私がお兄さんといっしょがいいのはちゃんと理由があります。今朝のお兄さんの包丁捌き、あれは絶対に初心者ではできない動きでした。それにお兄さんと話していると、この世界の私たちの知らないような料理の知識も持っていると思います。いまはまだまだかもしれませんが、修行をすればきっと、いや絶対にすごい料理人になれます!」

 

見た目の幼さを感じさせない典韋の理路整然とした物言いについに一刀は、

 

(なんだかスパルタじいちゃんの言葉を思い出すな・・・『剣道とは剣の道、すなはち単に強くなるだけではいかんのじゃ。人を信ずる心それすなはち優しき心こそ真に持つべき強さじゃ。』)

 

もういつも通っていた聖フランチェスカも住み慣れた街もすごく遠くに感じる。けれども本当に大切な思い出や言葉はどんなに離れていても心に刻まれているものだ。

 

(『それを返せと言っている!!!』)

 

思い返せば突然変な男に襲われて、この世界に来て、典韋さんに出会って、今までのことが偶然ではなく(えにし)なのだとしたら・・・

 

(じいちゃん、やっとじいちゃんの言葉の意味が分かった気がするぜ)

 

 

「わかりました。俺は典韋さんについていきます。そこまで俺を信じてくれた人を裏切ることはできません。」

 

「そ、それじゃ・・・」

 

「もしこの世界に困っている人がいるのなら、そしてその人たちを助けるのに俺が力になれるのなら、俺は自分にできることを全力でやりたいです」

 

一刀ははっきりと告げた。

 

典韋は太陽のようににっこり笑って、

 

「ほんとう・・・ですか!ありがとうございます!改めてよろしくお願いしますね、兄様!」

 

「こちらこそよろしく・・・っていまなんて?」

 

「どうしたんですか兄様。私、なにか変なことでも言いましたか?」

 

「いやその『兄様』ってなんなんですか?」

 

突然自分の呼ばれ方が兄様になって驚かない人がいるだろうか、いやいない。

 

「何って、兄様は兄様ですよ。これから私たちはともに志を同じくする仲間なんですよ。もう他人じゃありませんから、兄様でいいんです!」

 

「いやだからって兄様ってのは・・・」

 

「い・い・ん・で・す!心の中のもうひとりの私が兄様と呼べと訴えています。あとさっきからのその敬語ももうやめてください」

 

(兄様、よく見るとかっこよくて、私より年もきっと上で。なんだか本当のお兄ちゃんみたい・・・って何を考えてるんですか私は!)

 

流琉はまるで他の世界の自分が一刀を兄様と呼んでいたかのようにしっくりきたらしい。

 

「やめてっていわれても、そんないきなりは」

 

「それから兄様はこれから私のことは真名で呼んでください。私の真名、『流琉』を兄様に預けます」

 

「真名ってそれも昨日教えてくれた真に信頼できる人にしか預けない名前てやつか。じゃあ流琉、でいいのかな」

 

「はい!それから私は呼び方こそ兄様ですが、兄様も私に真名を教えていただけるとうれしいのですが」

 

 

ここで一刀は困ってしまう。なぜなら一刀は生まれてこのかた、自分の真名なるものを聞いたことがないからだ。

 

(まずい、どうしよう。今のこの雰囲気、明らかに互いに真名を預けて親睦を深める場面だよな・・・)

 

(しかたない・・・)

 

「えっと、俺の世界の人はその真名ってやつを持ってないんだよね。でも親しい人は互いに下の名前で呼ぶんだ。だから俺の名前『一刀』を真名と思って受け取ってくれ」

 

「真名がないなんて珍しいですね。でも、わかりました。それで、これからのことなんですけど、まずは特級厨師を目指して鍛錬しましょう」

 

「それも昨日聞いたやつか、たしか各州で開かれる特級厨師認定試験で優勝すればいいんだっけか」

 

「はいそうです。特級厨師認定試験は4年に一度開催されます。各州の腕利きの料理人がこぞって参加するため予備試験と本試験の二つに分かれています」

 

流琉は昨日一刀に話したよりももっと詳しく教えてくれる。

 

「なんだかすごいな。やっぱり特級厨師になるのってかなり難しいのか?」

 

「はい、間違いなくこの大陸最難関の試験と言っても良いでしょう。認定協会の試験官から言い渡された無理難題なお題の料理を作り、自他ともに認める美味しい料理が作れなければいけません」

 

「それに一回の認定試験で特級厨師になれるのは多くても2,3人ですが、予備試験の参加者を合わせると数百人にもなりますから」

 

その言葉を聞いた一刀は思わず少ししりごみしてしまった。

 

「す、数百人の中から四年に一度に2,3人って・・・並みの実力じゃ無理だな」

 

「だからこそ意味があるんです。この乱世の時代だからこそ、料理で平和を取り戻すには特級厨師くらいの実力がなければ不可能です」

 

「逆に言えば特級厨師であることが看板にもなる、だからこそその実力も確かなものってわけか」

 

「そうです。この大陸の料理人の階級は10級~1級の初級厨師、初段~5段の中級厨師、6~9段の上級厨師、そして最高段位である特級厨師となっています。この階級は過去の特級厨師認定試験の結果や普段の料理戦の番付で認定協会から交付されます」

 

一方、流琉はすでに認定試験のことをよく知っているのか淡々と解説して見せる。

 

一刀はそういえばと思いついたように、

 

「ちなみに流琉はいま何の階級なの?」

 

(今朝の流琉の料理を見た限り、この大陸でも指折りの料理人に違いないはず・・・)

 

「私は5段の中級厨師です」

 

(え・・・?)

 

一刀は驚いた。今朝食べたあの珠玉の一品を作った流琉にしてみてもこの大陸にはまだ上がいるのかと。

 

 

「え、流琉の実力で中級なの・・・?そりゃ特級厨師なら天下も治められそうなわけだ」

 

「そうです。さらにその認定試験があるのが今年。今から約半年後です」

 

「って半年後!?割ともうすぐじゃないか」

 

「たしかに時間はあまりありません。けれど兄様ならきっと特級厨師になれます。だから私と特級厨師を目指しましょう!」

 

そうだ。いまの実力でダメなら努力して強くなればいい。今までの剣道の稽古だってそうだったじゃないか。

 

「おう!そうと決まれば明日から練習だな」

 

一刀ははっきりとそう言って気持ちを新たにする。

 

「もちろんです!それじゃあ今日はもう夜も遅いので寝ましょう。おやすみなさい兄様!」

 

そう言って嬉しそうに駆け足で自分の部屋へと戻っていく流琉。

 

一刀は手に持っていた荷物を部屋に広げ、寝床に大の字になって横になった。

 

「料理戦に特級厨師か、きっと平坦な道じゃないだろうな。けど・・・もう俺は一人じゃないんだ。流琉といっしょなら、きっと頑張れるはずだ」

 

そう呟くと一刀は眠りについた。

 

 

 

 

 

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翌朝。

 

 

「わぁぁぁぁ!!!!!」

「逃げろぉぉぉ!!!!」

 

 

微睡の中、一刀の安眠を妨げるのは外から聞こえてくる悲鳴と怒号であった。

 

「んっ・・・・はっ!いったいどうした?」

 

時を同じく一刀の部屋に急いで走り込んでくる流琉。

 

「兄様たいへんです!」

 

「いったいどうしたんだ流琉!」

 

一刀はすかさず流琉に問うと、一刀にとって思わぬ答えが返ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

「村に賊が・・・賊が来ました」

 

 

「なんだって!!??」

 

これから特級厨師を目指して鍛錬をしようと思った朝に。一刀にとって最悪の目覚めであった。

 

次回。一刀、はじめての料理戦!




こんにちは、ぱすたです。
やっと流琉って呼べましたね。兄様呼びも健在です。
次回は一刀にとってはじめての料理バトルですが、相手はお察しのとおり恋姫シリーズではモブキャラでありながら地味に最古参キャラというあの3人です。
それではまたm(__)m


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2章「陳留郡己吾県」
はじめての料理戦(前編)


「村に賊が・・・賊が来ました」

 

 

 

 

 

流琉のその一言でこの日の朝は一刀にとって最高の目覚めから最悪の目覚めに変貌した。

 

「とりあえず賊はまだここから遠くにいるかと思います。兄様も私と一緒に来てください」

 

一刀は流琉に言われるがまま外の様子を見に行く。

 

 

 

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流琉の家から少し離れた村の入り口にて。

 

 

 

「アニキ~今回はこの村の食糧庫を襲うんすね?」

 

「ああそうだ、この俺が欲しいと言った物は何でも手に入れんだ。まずは食糧庫にある食い物をありったけかっさらえ。ついでにいい女もいたら捕まえてこい、老人と男は殺せ。わかったなチビ、デク!」

 

「わかりやした~!」

 

「わかったんだなぁ」

 

その手勢、数十人と思しき賊は首謀者の3人とみられるアニキ、チビ、デクを筆頭に村の前に陣取っていた。

 

アニキと呼ばれる賊の頭と見える男は、口ひげをちょびっと生やした目つきの悪い、如何にもな悪党面でありながら、身の丈160cmほどのお世辞にも強そうには見えない図体だ。

 

チビと呼ばれる首謀者の一人はこれまた悪だくみを顔に書いたように口元をゆがませる身の丈150cmほどの文字通りのチビである。

 

最後にデクと呼ばれる首謀者の男は身の丈180cmを超える大男だが、田舎訛りの独特な話し方に加えてどこか鈍臭く、いかにも木偶の坊といった印象だ。

 

「お前ら、いくぞ!」

 

アニキの一言を合図に賊は流琉の村に容赦なく侵入し、女と食糧庫を目当てに暴虐の限りを尽くさんとしていた。

 

 

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「なんだ、これ・・・」

 

一刀は流琉と共に村の避難所に向かっていると、見開けた道に出た。その道は村の主要な交通路であったようだが、すでに賊に荒らされており、生きているとも死んでいるとも不明な負傷者が道に横たわって居たり、民家が軒並み荒らされていた。

 

「なんで、こんな・・・」

 

一刀はあまりに凄惨な光景に言葉を発するのがやっとであり、この光景を見て初めて自分がどんな世界に来てしまったのかを思い知ったのだ。

 

(本当に・・・乱世なんだな。俺はこれからこんな世界で生きていくんだ・・・)

 

「兄様、この景色を目に焼き付けてください。兄様の居た天の国がどんなところかは知りませんが、これが今の大陸の現状です」

 

一刀は、自分の居た日本とははるかにかけ離れた現実を叩きつけられた。

人々は今日明日を生きるので精一杯なのだ。

いつ死ぬのかも分からないのだ。

世は乱れ、為政者は腐敗し、弱きものから死に絶え、強きものが生き残るのだ。

 

(これが・・・本当の三国志の世界なんだな・・・くそっ!)

 

一刀は歯を食いしばりながら流琉の後に続いて避難所に向かう。

 

「流琉、いままでこの村に賊が来たときはどうしてたんだ?」

 

「いつもはこの村の農夫や商人が力を合わせて抵抗していました。村の近辺に異変があれば食糧庫の備蓄を隠したり、子供や老人は避難所や家の中に隠れてしのいでいました」

 

「みたところ、今回は派手にやられちゃってる感じか。どうすれば賊を追い払えるんだ」

 

一刀がひとりでにそう呟くと流琉は苦虫を噛みしめたようにどもってしまう。

 

「それは・・・」

 

(言えないよ。今まで自分は逃げてたなんて。)

 

流琉の表情が苦心のそれに変わった。

 

(今までは・・・ただ隠れていただけだけど・・・力になれなかったけど・・・)

 

流琉はこれまで自分が何もできなかった後悔を思い出す。料理で大陸を幸せにしたいと言いながら、賊が来ても助けられなかった。大切な人を失った。その後悔が胸を締め付ける。

 

それと同時に、一刀の言葉が心に響き渡る。

 

(『うめえええええええ!典韋さん!俺こんなに美味いお粥食べたこと無いよ』)

 

(『わかりました。典韋さんがそこまで俺を信じてくれるなら、俺も典韋さんの思いに答えます』)

 

流琉の目が光を取り戻す。一刀の言葉に胸が高鳴る。

 

(兄様が私の背中を押してくれた。私はもう・・・一人じゃない・・・!)

 

流琉は気が付いたのだ。一刀の言葉が、流琉は一人じゃないよと。流琉は自信を持っていいんだよと、教えてくれているような気がしたのだ。

 

 

 

 

「料理戦で決着をつけましょう」

 

 

 

流琉はこれまでの自分を払拭するかのようにそう言い切ってみせる。

 

「料理戦って、まさか」

 

「はい。賊の首領と料理で戦います。もう二度と、この村の人を悲しませたりしない。もう二度と、こんなことはさせない!」

 

流琉の強い意志を感じ取った一刀もその気持ちに答えようとする。

 

「俺も何か力になれるか?」

 

「もちろんです。兄様もいっしょに料理戦に挑んでください。この世界に来たばかりで不安かもしれませんが、私がなんとかします」

 

「たしかに俺にとってははじめての料理戦かもしれないけど、この状況じゃそうも言ってられないよな、やるしかない!」

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁ!離してください!!!!!」

 

二人の決意が結ばれたと同時に、二人のもとに女性の悲鳴が。

 

「兄様、こっちです」

 

二人は性急に悲鳴の聞こえた方へ向かうと、

 

 

「なぁいいじゃねぇかよ、その身体好きにさせてくれよ。一晩中気持ちいいことしようぜ・・・?」

 

「アニキ、そんときは俺にもヤらせてくだせい」

 

「気持ちいいこと、ヤりたいんだなぁ」

 

アニキ、チビ、デクの3人に身体を拘束され、泣きながら助けを乞う村の女の子。

賊の3人は嫌がる女の子に欲情し涎を垂らしている。

 

「その子から手を離してください!」

 

流琉は怒りを露わにしながら賊に訴える。

 

「なんだぁ、お前?」

 

「これ以上好き勝手に村を荒らすのはやめろ。それにその子から今すぐ離れろ。その女の子だって嫌がってるだろ」

 

一刀も恐怖心を押し殺して強気に出る。

 

「アニキ、こいつらどうしやすか?」

 

「どこのどいつか知らねえが、男に用はねえ、殺せ。だが、横にいる女はチビだが顔は良いな。連れてけ」

 

賊のアニキの何気ない一言を流琉は聞き逃さなかった。

 

「チ、チビって言いましたね。あなたたちは絶対に許しません!」

 

「る、流琉、落ち着け」

 

流琉はチビと言われるのがよほど嫌なのか相当怒っている様子で、思わず一刀は流琉を宥める。

 

「で、お前ら二人で何ができるってんだ?あ?」

 

賊のアニキの脅しに対して流琉は全く動じずに言い放つ。

 

 

「料理戦で勝負してください」

 

 

「・・・おい、聞いたか。こいつこの俺様に料理戦を挑んできやがった」

 

「おいそこのチビ、お前このアニキが陳留山賊界の料理頭って呼ばれてるの知らねぇのか?」

 

「こっちはダテに賊なんざやってねぇんでな。俺だけじゃねぇ。チビもデクもそれなりの腕だぜ?」

 

賊の一味は料理の腕にさぞ自信があるのか流琉と一刀を完全に下に見て嘲笑っている。

 

 

「あなたも料理人なら料理で実力を示してください」

 

流琉はそう切り返すと、

 

「上等じゃねぇか。それならこの料理戦、お前が負けたらその身体、一生使い物にならなくなるまで弄んでやる。もちろん、横の男には死んでもらうぜ?」

 

「構いません。それではもしあなたたちが負けたら今まで村を襲った罪をすべて償ってください。今後一切この村に近寄らないと、賊をやめると誓ってください」

 

賊が提示したあまりに残酷な条件にも臆することのない流琉に、一刀は小声で問いかける。

 

「流琉、いくらなんでもその条件はまずいだろ。俺はともかく、流琉が・・・」

 

「だいじょうぶです、兄様。人を悲しませるような賊の作った料理に私たちが負けるはずありません」

 

交渉成立とみた賊のアニキは大声で賊たちを寄せ集める。

 

「お前ら景気づけだ!いますぐ全員ここに集めろ。俺たちの料理の力、こいつらに味わわせてやるぜ」

 

 

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-----

 

一刻も経たぬうちに村の広場に料理戦の準備が整う。

 

民衆のうち立会人となった、特級厨師認定協会の同州陳留郡出身の呉懿が料理戦の説明を始める。

 

審査員は公平性を保つため村からは大老が、賊からはデクが選ばれた。

 

「アニキ、チビ、がんばるんだなぁ」

 

「ああ、典韋や。どうかこの村を救ってくれぃ・・・」

 

お題は料理人の得意料理に有利不利が出ないよう、籤引きにより決定。

食材も流琉の村の特産品を双方が使用し、審査員は完成した料理がどちらの料理か知らずに食べ、より美味しいと感じた料理の旗を掲げることとなった。

今回は料理1品の一本勝負だ。引き分けの場合は再度籤引きにより2品目で勝敗を決する。

審査員は調理の様子を見ることはできないが、調理時間や調理法に規定はない。

 

 

呉懿からの説明が終わると、向かい合った厨房に立つ一刀と流琉は戦前の名乗りの前口上を唱える。

 

「性は典、名は韋。憎き賊を打ち破らんとする料理人の名、その穢れた魂に深く刻んでおきなさい!」

 

「俺は北郷一刀。まだこの大陸は知らないことだらけだけれど、悪いやつを許す理由はない!」

 

いつもの流琉からは想像もつかない猛き口上に続き、一刀もなんとか名乗りを終えた。それに合わせて民衆からは幾多もの声援が聞こえてくる。

 

一方、賊の厨房にはアニキとチビ。正式な料理戦などやったことがないのか、礼儀作法もまるで知らない様子で。

 

「お前らガキどもに名乗る名前なんてねぇんだよ。分かったらさっさと泣いて帰りやがれ」

 

賊のあまりの野蛮さに民衆は怒りと呆れの表情。他方、賊の一味は大盛り上がりである。

 

「それでは兗州が特級厨師認定協会のこの呉懿が、この料理戦しかと見届ける!」

 

呉懿の一声に、騒がしかった会場は一気に静けさと緊張感を持ち始める。

それを合図に籤入れから呉懿は一本の竹簡を引いて見せた。

お題の料理を決めるのだ。

 

天高く上げた竹簡に目を通した呉懿は

 

 

 

 

「これよりお題は『炒飯』に決した。これより料理戦を開戦する!」

 

 

 

 

こうして一刀にとって初めての料理戦、流琉にとってはかつての自分を超えるための料理戦。

 

陳留郡己吾県の存続を賭けた戦の、その開戦の狼煙がいま上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???「流琉、だいじょうぶかなぁ? でも、ボクと鍛錬で張り合ってたくらいだし心配しなくていっか」

 

 

 

 




こんにちは、ぱすたです。
料理戦がはじまりましたね。
アニキ、チビ、デクも健在です。

呉懿は割とノリで登場させました()

流琉と一刀はどんな炒飯を作るのでしょうか?

俺も楽しみだわ(まだ考えてない)←おい


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はじめての料理戦(後編)

「お題は『炒飯』に決した。これより料理戦を開戦する!」

 

 

 

 

呉懿の合図で始まった料理戦であったが、一刀は初めての料理戦ともあってか動きが固い様子だ。

 

「簡単に言えば、審査員が賊の作った炒飯より俺たちの作った炒飯の方が美味いって感じれば勝ちなのか」

 

料理戦の規則を反芻しながら一刀は流琉を見た。

 

「流琉、お題は炒飯ってことだけど、どうする?」

 

「まずは食材を吟味しましょう。大丈夫です、制限時間もないことですし私たちのペースでいきましょう」

 

一刀の若干緊張した面持ちを感じ取った流琉は、緊張をほぐしてくれるかのように優しく指示してくれる。

 

早速と言ったように流琉は米を手に掬って状態を確認した後、竈に火をつけ始めた。

 

一刀も厨房に並べられた食材の中から流琉に言われた鶏卵と葱、調味料に塩と胡椒、醤油を手に取った。

 

「卵に葱に、え~っと、どれがいいんだろう」

 

食材選びの肝心さは流琉と料理を作った経験から既に重々身に染みてはいたが、それでも自分の知識不足は否めなかった。

 

(葱はともかく卵は中身が見えないから違いなんて分からないよな・・・)

 

 

が、

 

 

 

「そうだ!」

 

一刀は自分の記憶を懸命に掘り起こし、閃いたと言わんばかりに卵を天に翳した。

それを見た流琉は、一刀の意図が分からず、

 

「兄様、なにをしてるんですか?」

 

「ほら、流琉もやってみて」

 

よく分っていない様子の流琉は、一刀に言われるがまま卵を両手に持ち、空に掲げてみる。

 

 

すると、

 

 

「あっ!」

 

一瞬で何かに気が付いた流琉は一刀のやろうとしていたことに勘付いた。

 

手に持った同じ卵であるはずの一方は黒ずんで中が見えず、一方は日の光に当てると黄身が透けて良く見えるのだ。

 

「黄身が透けて見えるものと黒ずんで何も見えない卵があるでしょ。たしか透けて見える卵が新鮮なはずだよ」

 

すかさず流琉は碗にその2つの卵を割ってみると、透けて見えた方の卵は白身に濁りがなく、黄身の色味も上々。

しかしながら黒ずんで中身が見えなかった卵は白身に沈殿が滲み、黄身の色もどこか淡い。

 

「ほんとだ!これも天の国の知識なんですね」

 

流琉はまたも一刀の天の知識に感動し、すごいすごいと興味津々。

 

一刀はというと、まさか自分の居た国の、自分の居た時代の料理の知識がここまで役に立つのかと少し照れ笑い。

 

「次は葱か、え~っと」

 

慣れない料理戦とはいえ、一刀はもっと流琉の力になろうと今度は葱を選ぼうとすが、この時代からすれば未来人である一刀といえども、所詮はただの学生であり、持ちうる知識にも限界はある。

 

一刀はどうしようかと迷っていると、今度は見かねた流琉が鮮度の見分け方を教授してくれる。

 

「兄様、葱は緑と白がはっきり分かれていて、切り取った根元が悪くなっていないものが新鮮ですよ」

 

「さすが流琉、ありがとう」

 

(兄様は料理戦は初めてなんだから、ここは私が先導しないと)

 

こうして一刀と流琉は互いの強みを最大限に活かしながら、協力して料理を作ってゆく。

 

「では葱の下処理は私が、兄様は調味料を必要な分だけ取り分けておいてください」

 

炒飯完成までの工程を粗方決めると、流琉は持ち前の伝磁葉々で葱を刻んでゆく。

 

(今までこの村の人たちが大切に育てた野菜。ずっと私たちが食べてきたお米と卵)

 

(この村の食材のことは私がこの大陸で一番よく知っているはです!)

 

村の存続を賭けた料理戦。

流琉は村のみんなが必死に努力して育てた食材を見ながら考える。

 

人の大切な食材を奪い取り、暴虐の限りを尽くさんとする賊に負けてはならない。

そのための自分の最大の強みは「食材に対する親しみ」だと。

 

 

「典韋ちゃんの包丁さばき、はやい!」

「がんばれー!がんばれー!」

 

 

伝磁葉々の紫檀の艶めきと流琉の鬼気迫る包丁捌きに、流琉を良く知る村の民衆だけでなく、流琉を知らない近隣の村人も、しだいに応援の声が大きくなっていた。

 

他方、呉懿は2人の実力を見定めるようにして注視していた。

 

(典韋とやらはたしか前回の兗州特級厨師の試験に出ていた娘であったか。持ち前の紫檀の俎板だけでなく調理道具も良いものを揃えている。しそしてそれだけでなく道具に見劣りのしない食材に対する審美眼と実力だ。)

 

(隣にいるあの男はたしか北郷一刀と言ったか。兗州では見ない顔だな、新手か?)

 

 

 

ちょうどその時、

 

 

 

「じゃあ残りの葱は俺が切っておくから、流琉は米と鍋を頼む」

 

 

 

そのやり取りを見逃さなかったのは呉懿。

 

(先程は中身の見えない卵の鮮度を見事見破っていたが、今度の包丁捌きは如何様にか。)

 

 

 

一刀は中断した流琉に代わって『易牙之刀』で葱を切る。

しかし前回と同様に太刀筋は見えているが一刀の方が上手く扱えないまま結果として人並みの微塵切りにした葱が出来上がった。

 

(北郷一刀、なぜ葱など切るのに包丁の入れ方を血迷っているのだ・・・。よもやあの包丁・・・)

 

 

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そのころ賊たちは厨房でアニキとチビが淡々と調理を進めていた。

 

「アニキ、野菜はもう切り終わりましたぜ」

 

「米も炊けた頃か? んじゃ、鍋あっためて油で炒めて完成だな」

 

「お前ら見てろよ、この俺の鍋さばきとお玉の動きをよぉ!」

 

そう啖呵を切ったアニキは鍋に火を当て油を注ぐと、米、葱、溶き卵を一度に加え、豪快に鍋を動かしてはお玉でご飯を転がしている。

 

「村を守るだか特級厨師だか知らねぇが、俺らに勝負を挑んだこと後悔させてやるぜ」

 

もちろん特級厨師どころか認定試験すら受けたことのない賊には流琉の背負うモノなど分かるはずもなく、舐めきった様子で眈々と料理を進める。

 

「すげぇやうちのアニキ」

「いけいけぇ!」

 

アニキの派手な鍋さばきに賊一派はみな雄叫びを上げて場を盛り上げていた。

他方、村の人々はこれまでの仕打ちに怒りを滲ませながらその様子を横目で見ていた。

 

 

呉懿はというと、賊の料理に興味もないのか控えめに一瞥するとため息一つ。

 

 

「この勝負、すでに決着はついているようなものよ」

 

と、呉懿以外誰にも聞こえないような声で独りそう呟いた。

 

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それから少し経ち、双方の調理も大詰めを迎えた頃。

 

 

「米、炊けたみたいだ。流琉、そっちはどう?」

 

「中華鍋もよく温まってきましたよ。それじゃあ油を入れて炒めましょう」

 

一刀と流琉は残りの工程、米と具材を炒めて完成といったところ。

徐に流琉は溶き卵と油をほぼ同時に鍋に投入した。

 

「油は食材と同時に入れるんだね」

 

「はい、その方が仕上がりが良くなります。鍋は熱く、油は温くが美味しい炒飯の基本です」

 

一刀は鍋をの中を覗くと、確かに流琉の言った通りで、鍋はこれでもかと高温に熱してあり、その証拠に卵は一瞬で固形へと変化した。その一方であえて温度を低くした油が潤滑油のように卵をコーティングする役割となって卵が一切焦げ付かない。

 

「見ててください兄様」

 

賊になど絶対に負けまいと、流琉は賊のアニキに負けず劣らず豪快な鍋さばきで投入したご飯に塩、胡椒を混ぜ合わせると、米が玉にならないよう丹念にお玉で解し慣らした。

 

(米が鍋の上で舞ってるみたいだ)

 

一刀も思わず魅了されてしまった流琉の姿に民衆も火がつけられたのか応援の声も益々大きくなる。

 

 

「こっちもすげぇぞ!典韋ちゃんがんばれー!」

「負けないで!典韋ちゃん!」

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

こうして双方完成までもう間近といったところ。先に鍋を置いたのは一刀と流琉。

 

「完成です!」

 

時をほぼ同じくして賊の方からも声が上がった。

 

「こっちもできたぜ」

 

呉懿は双方の炒飯の完成が宣言されるのを見計らうと審査員の大老とデクのもとへ2つの炒飯を運んで行った。

 

「大丈夫・・・だよな」

 

「自信を持ってください兄様。はい、これどうぞ」

 

ここまできてもやはり不安を払拭しきれない一刀に、流琉は自分たちの作った炒飯を中華蓮華に一口乗せ、一刀の口に放り込んだ。

 

「んんっ・・・ぱくっ」

 

「う、うまっ!今まで食べた炒飯で一番うまいぞこれ!」

 

「えっへん、そうでしょう!だから大丈夫ですよ、兄様っ」

 

さすがに安心したのか、一刀はまっすぐ審査員の方を見つめていた。しかしその口元は先ほどまでの不安の色とは反対に、少しにやついているように見て取れる。

 

これは先ほどの味見が俗にいう「あーん」であったことに一刀が少し照れてしまったからだというのは内緒の話である。

 

呉懿は審査員のもとに料理を運び終えると、判定に偽りがあってはならないという意味での宣誓を行う。

 

「実食する者は己の舌に正直であると、大陸2000年の歴史に誓うか」

 

「誓います」

「誓うんだなぁ」

 

大老とデクは厳かに答える。

 

「ふん、勝ちは決まったようなもんだろ。あんなガキに俺が負けるはずがねぇ」

 

アニキは自信満々の表情で実食の時を今か今かと待ち構えている。

 

・・・・・・・・

 

そして会場が一気に静まり返り、みなその時を察する。

 

「では実食!」

 

呉懿の合図に大老は1つ目の皿に盛りつけられた炒飯を頬張る。

 

「まずはこちらから。うん、これは・・・いかにも炒飯といった味じゃのぅ」

 

続いてデクも同じ1つ目の炒飯に手を付ける。

 

「ぱくっ。ふつうの炒飯なんだなぁ。」

 

そして2人は2つ目の炒飯を食べ始める。

 

最初に口を開いたのは大老だ。

 

「こちらの炒飯、さきほどの炒飯よりも明らかに米がパラパラしていて食べやすいのぅ。卵も柔らかく、葱もみずみずしく良い味合わせじゃ」

 

デクも続いて口を開く。

 

「うわぁこの炒飯、油がしつこくなくて美味しいんだなぁ。米の炒め具合も、葱と卵の火の通りもさっきの炒飯より何倍も良いんだなぁ。何杯でも食べられるべ、これ。」

 

1つ目の炒飯とは打って変わって、2つ目の炒飯は2人ともぺろりと完食してしまった。

 

「判定が決まったようだな。それでは2人にはどちらの炒飯がより美味しかったか判定してもらう。旗を上げよ!」

 

2人は同時に、より美味いと思った皿の前に置かれた旗を揚げる。

 

そこには・・・・・・・

 

 

 

 

 

「典韋・北郷一刀」

「典韋・北郷一刀」

 

 

 

 

会場が一瞬静まり返る。その静寂を破ったのは流琉。

 

「兄様、やりましたね!!!!」

 

それと同時に会場の民衆は歓喜の雄叫びを上げる。

 

「うおおおおおおおおおおおお典韋ちゃんありがとう!!!!!!」

「やっとこの村に平和が・・・!」

「典韋さん、ありがとう!!!」

 

鳴りやまぬ歓声、中には待ち望んだ平和の訪れに涙する人まで。

 

・・・・・・・・・

 

そのころ審査員席では大老が静かに涙を流していた。

 

「典韋よ、そなたはこの村の英雄じゃ。ほんとうに美味しい炒飯をありがとう」

 

大老からすれば自分の判定一つでこの村の進退が決まるといった場面。安堵の気持ちと典韋への感謝の気持ちに涙が止まらない。

 

一方、デクは落胆の表情を浮かべながらも、

 

「そんな・・・アニキが負けるなんて。でも、あいつらの炒飯ほんとに美味しかったんだなぁ」

 

デクからすれば、アニキの料理の方が美味しいと言えなかった悔しさでいっぱいになるはずだが、一刀と流琉の炒飯のあまりの美味しさにどこか清々しい様子だ。

 

・・・・・・・・・

 

「嘘だろ・・・俺が料理で負けたのか・・・? そんなはずはねぇ!」

 

「ア、アニキどこ行くでやすか?」

 

アニキはチビを連れて一刀と流琉の厨房まで行くと、鍋に残った炒飯を一口頬張った。

 

「な、なな、なんだこりゃ!うめぇぇぇ!!!!!こんな美味い炒飯食べたことねぇぞ」

 

「ほんとだ、めっちゃうめぇですぜ、これ。これじゃあ俺らが負けるのも仕方ないんじゃないっすか?」

 

アニキとチビは一刀と流琉の炒飯を一口食べた途端、その美味しさに潔く負けを認め、自分の厨房へ帰っていった。

 

そのとき呉懿は賊のアニキに向かって静かに言った。

 

「貴様ら、料理戦の誓約は分かっているだろうな。もう略奪なんか辞めて賊から足を洗え。あやつらの炒飯を食べて分かっただろう。性根の腐った今のお前らにはあの炒飯は作れやしない。ここの刺史には俺から開墾の地と農夫の増員を申し入れておく、お前らはまず田畑を耕し食材を作ることから始めることだ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

一刀はというと、隣で喜ぶ流琉と勝利の喜びを分かち合いながらも、初めての料理戦を無事に終えた達成感に包まれていた。

 

(これが料理戦・・・すごい熱気だ!)

 

そんな一刀たちの前に現れたのは呉懿。その手には一刀と流琉の作った炒飯と賊の炒飯が。

 

「二人とも、お疲れ様。見事な料理戦だったね。改めて私は名を呉懿という、兗州特級厨師認定協会の役員が一人だ。よろしく」

 

呉懿は賊を打ち破った一刀と流琉に賞賛の言葉と尊敬の眼差しを向ける。

それに応えるように一刀と流琉も各々自らを名乗った。

 

「一刀くんに典韋さんだね。そうだ、一度君たちの炒飯をいただいても良いかな。賊の方は既に味見済みなんだ」

 

「はい、ぜひ食べてください!」

 

自分たちの作った料理を食べたいと言う呉懿に、流琉は気前よく中華蓮華を渡した。

 

「それでは、はむっ。・・・なるほど」

 

「お、お味はどうでしょうか」

 

流石は認定協会と言ったところか、威厳に満ちた表情の呉懿に若干の威圧感を感じながらも、流琉は呉懿に感想を求めた。

 

蓮華を置いた呉懿曰はく、

 

「私は実食する前から君たちの勝利を確信していた。理由は2つだ。まずは食材。賊も君たちと同じ食材を使ってはいたが、そこには足りないものがあった。それは食材に対する愛着だ。どんなに料理が得意であろうが、食材を熟知し、食材を愛せない料理人に美味い料理は作れない。その点で言えば、典韋さんはこの村の食材の大切さを身に染みて知っていたのだから負けるはずがないのだよ」

 

呉懿は厳かな表情で今回の料理戦を批評してみせる。

 

「2つ目の理由は今実食して分かった。それは一刀くんと典韋さんの純粋な料理の腕だ。まずは卵と葱、これは恐らく適切に鮮度の良いものを選び抜き、かつ丁寧な下処理のもと調理されたものだと一目でわかった。卵に一切の焦げがなく、葱の食感も損なわれていない。さらに注目すべきは米だ。賊の米は無闇に力を込めて炒めたせいで米粒が潰れてしまっている。一方で君たちの炒飯は米が油で保護されていて形が損なわれていない。これを実力の差と言わずして何と言おうか」

 

なんと呉懿はたった一口食べただけで一刀と流琉の料理をここまで分析して見せたのだ。一刀は呉懿の批評を聞いて瞬時に呉懿が只者ではないと知り、思わず尋ねる。

 

「呉懿さんって何者なんですか?やっぱり認定協会ってことは料理も得意だったり・・・」

 

すると流琉が間髪入れず、

 

「に、兄様無礼ですよ。呉懿さんは兗州が特級厨師の一人です。並みの料理の腕じゃあ認定協会になんて入れないんですよ」

 

「ご、呉懿さんって特級厨師だったんですか!?」

 

流琉の一言に驚いた一刀は思わず大きな声を出してしまう。

 

「驚かせてしまってすまない。それはそうと、賊の作った料理だと気が引けるかもしれないが、後学のために食べ比べてみると良い」

 

呉懿は自分が特級厨師だと驚かれ慣れている様子。

そして、呉懿に言われるがまま賊の炒飯を食べる一刀と流琉。

 

「ぱくっ。・・・あっ全然違う」

 

「ほんとだ・・・同じ食材で同じ料理を作っているはずなのに、こんなにも違うんですね」

 

一刀と流琉は僅か一口食べただけで自分たちの作った炒飯との歴然とした違いを感じ取った。

 

「どうやら分ったみたいだね。君たちもこれから特級厨師を目指すのなら、たくさんの料理人と出会い、そしてこの兗州だけでなくもっと広い視野を持つべきだ」

 

「そうだな、程立という者を知っているか? 私の知り合いなのだが、生まれが東郡東阿県で兗州の中でもかなりの腕利きだ。とりあえずその程立に会ってみると良い。きっといい刺激になるだろう」

 

呉懿は親切なことに、知り合いの料理人を教えてくれた。

一刀と流琉はひとまず陳留で修行したのち、東郡東阿県を目指すこととした。

 

(君たちはきっと大陸に名を馳せる料理人になる。期待しているよ、一刀くん、典韋さん)

 

威厳に満ちた呉懿の表情とは裏腹に、呉懿は心の中では一刀と流琉を激励していたのであった。

 

 

 

 

 

(それにしても、一刀くんの使っていたあの包丁、あれはいったい・・・)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

その後は、今が絶好の機会だろうと呉懿と流琉の計らいで、村民に一刀を紹介する運びとなった。

その後は村に賊が襲ってくることもなく、かつての賊は懲罰として田畑の開墾に従事し、食材の大切さを学んだのであった。

また、近隣の村の者や商人も見物していたため、二人は「陳留郡の山賊狩り」として料理の腕が認められ、その見聞は瞬く間に陳留郡に広がることになった。

 

 

????「流琉も強くなったね。それじゃあボクも頑張らないと!」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

こうして一刀は民衆の歓声の中で、はじめての料理戦を終えたのであった。




こんにちは、ぱすたです。

はじめて料理戦を書きました。いかがだったでしょうか。
食材の豆知識や調理法は実際にぼくが書籍で勉強したものですので良かったら覚えておくと役に立つかもしれません。

突然出てきた呉懿ですが、恋姫原作での登場がないためキービジュアルや声は脳内補完でお願いします。

程昱(風)についての言及がありましたが、そのうち登場させます。
許チョ(季衣)は当分先になります。


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3章「東郡東阿県」
程立、相対す


黄河なくして大陸に文明なし、と誰かが言った。

太古の黄河文明に代表されるように、自然には水と緑の恵みを、人々には水路や運河として文化発展の助け舟を、この黄河は与えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

水面に映るは旅人ふたり。

 

「ようやく黄河か、かなり歩いたな」

 

一刀は流れゆく黄河の水流を眼前としていた。

移ろいゆく中華2000年の歴史を腰を据えて見てきた黄河。

はたして一刀の目にはどう映ったであろうか。

 

「はい、この黄河を越せば東郡東阿県は目と鼻の先です」

 

黄河が映したもう一人の旅人である流琉が言う。

 

陳留郡己吾県にて山賊を成敗してからひと月ほど経っていた。

 

というのも、料理戦の後に呉懿から程立との面会を進められた後、ふたりがまず最初に始めた事と言えば修行だ。

さしずめ、一刀は初めての料理戦で厨房の緊張感やら隣にいた流琉の鬼気迫る立ち振る舞いに威圧されたか刺激されたかで、料理戦の後に自ら流琉に修行を志願したくらいだ。

他方、流琉も久しぶりの料理戦で勝利を飾ったものの、その年不相応の生真面目な性格からか慢心することなく、むしろ一刀からの修行の誘いに喜んで頷いた。

 

それから二十日ほど経った頃か、修行がひと段落した頃合いに一刀は思い出したように呉懿の件が頭に浮かんできた。

 

「そういえば流琉、この前の料理戦で呉懿さんが言ってた程昱って人、どんな人なんだろう」

 

「そうですね、私が参加した前回の料理戦ではお見受けしませんでしたから、なんとも」

 

「俺、この世界に来てから流琉以外の料理人に会ったことが無いから楽しみだ」

 

ふたりが陳留から出発したのはそれからすぐのことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グキッ!!!!!!!!

 

「いってええええええええええーーーーーーーーーーーーーー!」

 

絶叫。

 

「兄様、もう少し我慢してください。こうやって伸ばすと足の疲れがよく取れるんですよ」

 

結論から言えば一刀の足は歩くことなどもう辞めにして何処ぞの足湯で労を癒したいと言わんばかりに消耗しきっていた。

陳留から東阿県までの距離を考えれば当然である。

この大陸の旅は電車や車でちょちょいのちょいなんて生ぬるいものではないのだ。

地に足をつけて歩けば、陳留から東阿県までは寝ずに歩こうともまる2日かかる。

例えば一日八刻ほど歩くのなら6日はかかる計算であり、いくら剣道で鍛えた肉体とは言えども一刀の身体が疲弊するのも無理はない。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと旅を甘く見てたみたいだ、もう少し休憩したら出発しよう」

 

???「おうおう、そんじゃひとまずこれ飲んどきな兄ちゃん」

 

「おう、ありがとな。これは?」

 

「これは鳩麦を煮立てた汁だぜ。こいつぁ足の浮腫みに効くから長旅にはもってこいだ」

 

「なるほどハトムギかぁ。って、おい。・・・・・だれですかあなた!?」

 

この時ふたつのことが同時に起きていた。

ひとつはこの謎の少女の出現で、一刀の足の柔軟運動に疲れたのか川岸まで顔を洗いに行こうとその場から立ち上がった流琉はちょうど一刀に背を向けた状態になっており、一方の一刀も地べたにうつ伏せの状態であり、ふたりからすれば黄河の地縛霊が突如降臨したかのような驚きと恐怖で這う這うの体。

ふたつめはその少女の話し方で、少女は全く口を動かすことなく、さも頭の上の珍妙な置物が話しているかのように振る舞っている。

 

 

 

 

「おう兄ちゃん、ずいぶん良いつっこみじゃねぇか。俺はホウケイ。そういう兄ちゃんは何て言うんだい?」

 

この置物、ホウケイとやらがあまりに自然に名乗り出たもので、この奇怪な状況も相まってふたりが次は自分たちの番だと気付くのに幾許かを要した。

 

「お、俺は北郷一刀。陳留から東阿県まで旅をしてる」

 

「わ、私は典韋です。陳留は己吾県の料理人です」

 

「で、あのー、つっこんだほうがいいのか迷ってたんですけどその下の方は・・・」

 

他人の頭に乗った置物に至極まじめに自己紹介するなど人生であと何回あるだろうかなどと考えていた二人は次に視線を下の少女に移した。

よく見ると身長は小柄で流琉と同じくらい、瞳は翡翠色で額を出した薄黄金色の髪は若干の撓みを持たせながら、その長さは少し屈めば地面に着きそうなほどで、全身を俯瞰すれば水色の目立つ長めの服装と相まって不思議と調和の取れた印象だ。

ともすれば額には緊箍児のような装束、右手には飴ちゃん、極めつけは頭の上のホウケイだ。

 

 

 

 

「個性的すぎる・・・」

 

 

 

 

紛れもなくこれが一刀と流琉の感じた印象であろう。

 

「こらこらホウケイ、しゃべりすぎて風が自己紹介する機会を失ってしまったのです」

 

「風は程立というのです、東阿県では県令のもとで政を学んでいます」

 

「えええええええええええええええ」×2

 

 

 

どうやらこの少女が程立であるらしい。風とはおそらく真名であろう。

 

呉懿さんから聞いていた程立の情報だけで勝手に料理の鉄人のような想像をしていた二人であったが、その程立が目の前の不思議な少女ちゃんであることに二人は驚いた。

さらに話しを聞いているうちに、どうやら出会いがしらの突飛な印象に反して、まことしやかに落ち着きがあり常識人だと分かると二人はまたも驚いた。

 

今日はいったい何回驚いたことだろう、と二人は思う。

 

(とりあえず程立さんがまともな人だと分かってよかった・・・)

 

 

 

 

「ホウケイってなんなんですか?」

 

「ホウケイは宝譿、風は風です」

 

「つまり腹話じゅ・・」

 

「おい兄ちゃん、野暮なことは言うもんじゃねえぜ」

 

 

 

 

 

いや、やっぱり変わっている。

 

これが二人の出した結論であった。

 

 

 

 

 

「いやはや呉懿さんからそんなことを。それではひとまず風の家に行きましょう。黄河の渡り船はこっちですよ、陳留の山賊狩りさん」

 

これまで経緯を話すと、程立は大変理解が速く、長旅で疲れただろうと二人を程立の家へと招き入れた。

ついでに言えば、先の山賊との料理戦で着いた通り名がしれっと知られており、この大陸の風評の広がりの早さにやや面食らった。

 

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「どうぞー」

 

程立は二人を連れて東阿県の家まで連れて行くと、いつもの飄々とした物言いで中へ案内した。

 

東阿県の街並みはというと、実のところ己吾県と大して変わり映えなく、あわよくば旅行も兼ねてと考えていた一刀は出鼻をくじかれた。

 

「そういえば程立さんと呉懿さんって面識あるんですか」

 

「かつての兗州刺史、橋瑁さん繋がりですね。今は東郡太守なのでお兄さんたちも良く知ってると思います。風は役人仕事の出先で何度か橋瑁さんとお話したことがありますから、呉懿さんと橋瑁さんが特級厨師協会であることを考えれば風を知っていてもおかしくありませんね」

 

「ところでお兄さん、飴ちゃんは好きですか」

 

突然急接近してきた程立に一刀の迎撃は間に合わず、あっさりとふところへの侵入を許し、程立の顔が一刀のパーソナルスペースを度外視した至近距離にあった。

 

「いやそれ食べかけ、いや舐めかけっ」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください程立さん。なにしてるんですか」

 

「おやおや、ちょっと揶揄うつもりでしたがやりすぎてしまったようです」

 

戸惑いと当時に赤面した表情の一刀。してやったりの程立。

その様子を横で見ていた流琉は仮にも男女ですよと二人に念を押すと、一刀は俺は悪くないだの何の。

 

しかし一刀の話をよそに自分の胸に手を置くと、流琉のなかに何ともいえない感情が芽生えていたことを自覚したのもこの時であった。

 

(あれ、なんだろうこの気持ち。なんだかちょっと悔しいような・・・)

 

 

「あの、程立さん」

 

「はいはーい、どうしましたか典韋ちゃん」

 

 

 

もともと程立さんから料理の話を聞く予定の旅であったが、気が付けばこう言っていた。

もっと段取りというものがあったはずだ。

 

 

「私と料理戦、してくれませんか」

 

 

流琉がその気持ちの正体に気づくのは当分後のことである。




約1ヵ月ぶりです、ぱすたです。
イリヤの空やらうた∞かたやら夏色キセキやら夏のアニメを見返していたら1ヶ月も経っていました。
今回書いていて感じたのは風はホウケイと合わせてセリフを書くのが難しいということですね。
あとは地の文の表現をちょっと勉強したので色々遊んでみました。
もっとかっこいい文体で書きたいものですね。

ではまた次回('ω')ノ


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典韋vs程立(前編)

「私と料理戦、してくれませんか」

 

流琉の口が動いたのと自分がいま何を言ったのかを理解したのはほぼ同時であった。

 

先程まで飴ちゃん一つで程立の掌の上で踊らされていた一刀は、突然の流琉の宣戦布告に、文字通り他人の掌の上で踊りなど踊っている場合ではないといった具合で問い質す。

 

「流琉、いきなり料理戦って本気かよ」

 

「私は本気です!」

 

 

(わ、私なに言ってるんですか!勢いまかせにとんでもないことに・・・)

 

仮にも一人の料理人たる流琉は、その動揺など絶対に程立に悟られまいと表情には出さなかったが、奇しくも今回は相手が悪かったか、程立は流琉自身ですら理解できていない事の真意に気が付いたようで、微笑ましいかなとでも言うかのようなにこやかな笑顔を流琉に向ける。

 

「乙女の恋路は譲れねぇってか、典韋ちゃん」

 

「こらこらホウケイ、そこは言わぬが花というものですよ」

 

「ち、違いますよ程立さん!」

 

ホウケイもとい程立の一人芝居にもいい加減慣れた流琉は、ホウケイ自体にはもう何も言わず、必死に程立の推測を否定した。

 

が、傍から見ればこの時、自分の顔が赤面しており、その慌てっぷりだけでも既に程立の言い分を肯定してしまっているということは、当方の流琉には知る由もなかった。

 

「すまん、なんで乙女がなんたらって話になってるんだ?」

 

「なんでもありません!!!」

 

無論、これまでの人生で女性との交際経験もなく、女と言えば真っ先に思い浮かぶのは同じ剣道部の女学生が気合の入った甲高い声と共に道場で竹刀を打ち合う姿くらいの一刀には、乙女の会話などに耳をそばたて内容を案じる機敏さなど持ち合わせているはずもなく、すっかり置いてけぼりであったが、かといってその会話に入ろうともいかないので、一刀にできることと言えば話の本筋を元に戻すくらいが限界だった。

 

「あのぉ、とりあえず典韋ちゃんからの料理戦の申し入れは受けましょう」

 

「お兄さんはこの料理戦の立会人と結果の証人になってもらいましょう。ここで料理をするなら風たち以外に見物人はいませんし、ましてや認定協会の人もいませんからね」

 

「じゃあ今回は流琉と程立さんの1対1ってことでいいんだな」

 

「はい、兄様は何も手伝っちゃだめですよ」

 

「それじゃあ流琉、頑張れよ」

 

「・・・はい!」

 

こうして流琉は、実力未知の程立との料理戦、もとい無自覚にも負けられない女の闘いに挑むのであった。

 

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今回の料理戦は以下のように取り決められた。

 

流琉と程立の一騎打ちで一品勝負。

調理の制限時間は一刻半。

料理題目は一刀のその場で思いつきで「かに玉」に決定。

材料は料理戦開始までに各々仕入れることとした。

味見と判定は一刀が行う。ただし、通例では審査員は調理過程は見ないことになっているが、今回は一刀が料理人見習いである点を考慮して、今後の成長のために二人の調理過程を好きに見てよいことになった。

特級厨師の認定協会への結果の通達は地方役人でもある程立が行うこととし、その結果の信憑性を、審査員と見物人を兼ねた一刀が保証するという段取りだ。

 

 

 

 

 

 

 

「兄様は芙蓉蟹が好きなんですか?」

 

「その『芙蓉蟹』ってなんだ、流琉」

 

「もう兄様ったら、兄様の言っていた『かに玉』のことですよ、大陸の言葉では芙蓉蟹っていうんです」

 

「へぇ、だから最初にかに玉って言っても通じなかったんだな。しかも天津飯もないみたいだし」

 

料理戦の打ち合わせの時にかに玉を提案した一刀であったがなぜか懇切丁寧に説明しなければ伝わらなかったのは、ひとつに大陸ではカニ玉という料理名は存在しないということ、ふたつに天津飯が日本発祥だと言うことを知らなかった一刀が、説明の例えに天津飯を引き合いに出してしまったことに起因していた。

 

「お兄さんに典韋さん、そろそろ準備はいいですかー」

 

料理戦の直前にもかかわらず程立はいつもの緩い雰囲気と口調をそのままに、準備していた食材を厨房へ広げはじめた。

 

「こっちはいつでも。流琉は?」

 

「はい、問題ありません」

 

流琉も程立の家にある厨房に食材をせっせと準備していた。

もちろん程立と同じ厨房は使えないので、程立が昔、修行用にと作った別屋根の厨房を借りることとなった。

 

「それでは双方の準備が整ったみたいだ。これから料理戦を始める」

 

程立と流琉からの提案により、せっかくの機会だから料理戦の取り仕切りもやってみろと助言を受けた一刀は、先の料理戦の呉懿さんに倣って進行を務めた。

 

 

暫しの沈黙ののち、

 

 

 

 

「それでは、はじめ!」

 

 

 

 

 

瞬間、このまま涅槃に至るのかというほどに微動だにせず一点を見つめていた流琉とと程立の双方が一斉に調理を始めた。

 

まず一刀は流琉の厨房を観察することにした。

 

芙蓉蟹は大まかに料理の構成を分類すると、玉子、具材、そして餡の3つに分けられる。

 

流琉は玉子には鶏卵2つ、具材は欠かせない蟹のほか、長葱、椎茸が並んでいた。そして餡に使うであろう調味料は塩、胡椒、醤油、だし汁、砂糖、調理酒、胡麻油、とろみをつける葛粉だ。

 

「流琉、順調?」

 

「わっ兄様、気づきませんでした。いまのところは順調ですよ」

 

先の料理戦で厨房に漂う緊張感を知っている一刀は流琉に話しかけていいものか迷っていたが、いざ話しかけてみると自分が見学に来たことも気づかないほどの集中力を発揮していたらしく、実際調理は順調なようで安心する。

 

「俺が学べそうなところ、何かないかな」

 

「そうですね、うーん。例えば蟹の調理ですかね、見ててください」

 

何か少しでも知見を広めようと流琉の調理を見守る一刀。

 

今の工程は蟹を茹でるところだ。

 

流琉が蟹を鍋に入れた瞬間、流琉は火力を一気に引き上げた。そして茹で上がるとすかさず蟹を冷水に浸して保存していた。

 

「これは、」

 

「はい、蟹の茹で方の最大のコツはお湯の温度と冷水〆です。蟹を鍋に入れた瞬間、お湯の温度は当然少し下がりますよね。これが良くなくて、できるだけ一定の高温で茹で続けることが理想です。そうして茹で上がった蟹を冷水で〆れば蟹独特の食感と旨味を最大限に引き出せるんです」

 

すごいなと思った。

 

呉懿さんから程立との面会を進められた後、ひと月ほど流琉と修行していたわけだが、確かに一刀は流琉からたくさんの技術を取り入れようと努力していた。

 

しかし、こうして今も流琉の調理を見れば、未だ自分の知らなかった技術を流琉はたくさん知っているんだと知り、改めて一刀の中での流琉の尊敬をより大きなものにした。

 

「あれだけ鍛錬を積んだんだ。頑張れ、流琉」

 

「はい!まかせてください」

 

程立のところへ向かうため、いったん流琉のもとをはなれる。

 

一刀の応援の声はたしかに流琉に届いていたように思われる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「おやおやお兄さん、見学の時間ですかー」

 

「ああ、何か少しでも学べればいいなと思って」

 

と言いつつ程立の厨房を見ると、一刀は即座に流琉との決定的な違いに気が付いた。

 

食材だ。

 

程立は玉子に鶏卵ではなく鶉の卵が4つ。餡には塩、砂糖、胡椒、調理酒、胡麻油、葛粉とここまでは流琉と同じだが、加えて現在進行形で鍋には大量の生姜とともに鶏ガラのスープを煮立てていた。

そして具材だが、流琉は蟹、長葱、椎茸であったのに対し、程立は蟹、長葱、ハトムギだ。

 

「やっぱり典韋ちゃんとは食材がすこーし違いますか?」

 

「ああ、よく分かりましたね。これはどういう意図が?」

 

「簡単なことです」

 

いつもの飄々とした物言いと仕草はたとえ調理中であってもそのままに、程立は自らの計らんとする策略を話し始めた。

 

「『食べた人が幸せになれる』、これが料理のすべてなのです」

 

「なんかものすごい哲学的な話ですね」

 

 

 

「・・・いやぁ、この話は典韋ちゃんとも一緒に3人でお話しした方がいいかもしれませんね」

 

「?」

 

程立のあまりに抽象的な解説も途中でお開きとなり、『食べた人が幸せになれる』という言葉だけが一刀の中に残った。

 

その後も一刀は流琉と程立のふたりの厨房を見回った。

 

それから一刻も経たずして、双方の芙蓉蟹が完成し、一刀の目の前に配膳された。

 

 

 

 

「それでは双方の料理が完成したので実食に移ります」

 

一刀による、初めての料理戦の実食が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『食べた人が幸せになれる』、これが料理のすべてなのです」

 

 

 

 

程立の真意に気が付いたのはその直後、一刀が二人のかに玉を実食した時であった。




こんにちは、ぱすたです。
今月わずか2回目の更新となってしまいました。
旅行に行ったりエロゲしてたりと、執筆以外の趣味に引っ張られてしまいました(汗

さて、程立の伝えたかった料理の意図とは何だったのでしょうか。
後編に続きます。

ではまたm(__)m


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