世界の崩壊 -内なる声に目覚めよー (葱三昧)
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第1話  サタンへの手紙~発端~

初投稿です。勢いだけで押し切りたい(震え声)


「パパ、またあの手紙届いてるわよ」

 自宅でトレーニングを終えたビーデルは、汗を拭きながら父である世界の救世主に声をかけた。

「ああ? またか? いくらこの英雄・サタン様に憧れていても、さすがにしつこいだろぉ」

 今はミスターブウと名乗るかつての魔人とともに、リビングでくつろいでいたサタンは迷惑そうにビーデルの差し出す手紙を受け取った。

 

 

  『ミスターサタン様へ

   お願いします。私たちの村を助けてください。

   森に棲む獣の被害がひどくて、このままではトウモロコシ畑は全滅です。

   ハンターや警察も森に入ってやられてしまったのです。

   もう救世主であるサタン様しか頼れないのです』

 

 

 毎日のように届く山積みのファンレターの中に混じっていたのが最初。それ以来、三日にあげず同じような文面、しかし差出人の異なるこの手紙が届くようになっていた。今回に至っては子供の字のようである。

「ねえ、助けに行ってあげたら? 何なら私と悟飯くんで見てこようか?」

「ム! そ、それはイカン!」

 愛娘と最近急接近している孫悟飯という青年。セルゲームや天下一武道会、その後のブウとの戦いの中で、彼が只者ではないことはサタンにもわかっている。しかし、そうかといって娘をおいそれとやるわけにはいかない。

「そ、そうだ! ブウさん、どうですか? ちょっと旅行がてら行ってみませんか? トウモロコシっていう美味しい食べ物がありますよ!」

「トウモロコシ? お菓子か、それ?」

「お菓子ではないですが……」

「サタンが行くなら行く」

 サタンは胸を撫でおろした。これで少なくともビーデルと孫悟飯が二人きりで遠くに出かける、などという破廉恥な行為はする必要はなくなった。

「じゃあ、明日にでも出発しましょう」

 私もついて行っていいか、というビーデルの求めにも快く応じる。ブウがいれば二人であっても抱えて飛んでいけばあっという間だろう。

 

 

 

「着いたぞ、多分ここ」

 サタンが閉じていた眼を開けると、地図でブウに教えたであろう辺りに着いていたようだ。空を飛びながら教えた後は、かなりの速度をブウが出したので、はっきりとはわからないが、目印である大きな湖を通過したのはうっすらと見えたので間違いはないだろう。

 自分も飛べる、というビーデルだったが、ブウに抱えられた後はあまりの速度に目を瞑っていたようだ。サタンと同じく、空気の流れに寒さと痛さを感じていたのだろう。だらしなく地面に座り込んでいる。

 それでも空からの異様なこの来訪を覗きに来た村人の姿を認めると、サタンはさっと居住まいを正し、大声を上げる

「がはははは! 村のみんな! このスーパーヒーロー・ミスターサタン様が助けに来たぞ!」

 おお、とどよめきと歓声が上がり、近くの家々から村人がサタンの元へ駆け寄ってきた。お決まりの「サ―ターン!」の声に囲まれながら村人の話を聞く。

「最近、急にあの森に畑を荒らす獣が棲むようになってしまったのです」

 以前は森にそんな動物は棲んでいなかったという。ここしばらくの間に移り住んできたのだろう。しかし話を聞けば聞くほど、わざわざ自分が出張ってくる案件ともサタンには思えなかった。

「問題は、森に退治しに入った者が皆やられてしまったのです」

 確かに集まった村人たちの中に若い男性の姿はない。老人や女子供ばかりだ。

「ハハハ、獣退治は専門ではないが、このサタン様にかかればどんな狂暴なやつでも一捻りだぁーっ」

 

 

 村人に残り少ないというトウモロコシをわけてもらい、ブウはご機嫌で食べている。その代わり、というわけでもないだろうが、村の窮状を察していたビーデルがゼニーやら食料を入れたカプセルを村長らしき人物に渡していた。

「おい、これ美味しい。もっとないのか?」

 おかわりを求めるブウに、そのトウモロコシを荒らす獣が森にいる、退治しようと話を持っていった。

「村のみんな、もう安心だ! このサタンの一番弟子、ミスターブウがまずは森に入る! なあに、ミスターブウなら虎や熊でも相手にならんさ!」

 再び起こる歓声の中、ブウは森へ向かっていった。ビーデルも行きたがっていたが、サタンはそれを許さなかった。修行と称して鍛えるのは良いが、わざわざ娘を危険な場所へやる必要はない。それにかつての魔人ブウがいるのだ。

「しかし、遅いな……」

 村人に借りた森に一番近い農家で、酒を飲みながら待っていたサタンとビーデルであったが、ブウは一向に帰ってこなかった。陽は既に沈み、周囲は闇に包まれている。サタンもビーデルもブウの心配はしていないが、さすがに相手がわからない、ただの動物となると、ブウであっても見つけられないことは想像に難くない。

「えっ……! な、なにこれっ!」

 不意にそう叫ぶとビーデルは建物を飛び出した。ぽかんとしたサタンだったが、やや遅れて娘の後を追う。

 ビーデルは建物のすぐ外で、森を見つめ微かに震えている。

「どうしたんだ?」

「わ、私は悟飯くん達みたいに気をそんなに感じ取れないけど……こ、これは」

 その時、大地が震えた。いや、大地だけではない。空気までもが震えていた。

「わわわ、じ、地震だっ」

「違う!」

 慌てるサタンにビーデルはそう言い切ると、森を見つめ続ける。

「消えた……」

 そう呟くとビーデルは腰を抜かすようにその場に崩れ落ちた。

「な、なにが消えたって?」

 訳も分からないまま、サタンは娘を担いで家の中に戻った。まだビーデルは放心している。

「パパ……、悟飯くんや悟飯くんのお父さんに連絡を……」

 何とかそれだけ言い切るとビーデルは疲れ果てたように眠りに落ちた。

 夜が明けても、ミスターサタンの一番弟子、ミスターブウはとうとう帰ってこなかった……。

 




このサイトの空気も流儀もわからないまま投稿しています。もし何か不備があれば教えていただけると幸いです。


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第2話  集う戦士たち~犠牲~

「このあたりか……」

 ピッコロは上空から周囲を見回していた。

 昨夜、大きな気が二つ膨らんで、そしてすぐ消えた。一瞬のことではあったが、他の皆も感じ取ってはいるだろう。もしかするとおせっかいな奴らが何人か来るかもしれない。現にいくつかの気はピッコロを目印にするかのようにこちらに向かっている。

 地上に降りたが特に変わった様子はない。遠くに集落があるようだがごく普通の農村のようだ。

「ピッコロさん!」

「よう、おめえも来てたんか」

 賑やかな親子がスタッと目の前に降りてくる。

「孫、それに悟飯か。貴様らも昨日の気を感じただろう?」

「ああ、でっけえ気が二つ。すぐ消えちまったけどな」

「ええ、片方は……ブウだったような」

 そう、そのうちの一つはかつての魔人ブウであった者の気だ。とはいえ、ほんの一瞬。皆、その確信は持てていなかった。

「急いで神殿から覗いてみたんだがな。何もなかった」

「そっかぁ~ じゃあ、地道に探してみるしかねっか」

「と、とりあえずあそこの村に行ってみませんか。何か知ってるかも」

 悟飯の提案を受け入れ、三人は村へと向かって飛び立った。

 

 

「ご、悟飯くん? ……悟飯くんっ!」

 村の外れに降り立つと、意外な顔が三人を迎えた。

「ビ、ビーデルさん、ちょ、ちょっと落ち着いて」

 抱きついて涙を流すビーデルの体を離しつつ、紅くなった自身の顔を悟飯は背けた。

「おお、あなたがたは!」

「どうやら変わった先客がいるようだな……」

 どこかで聞いた声に建物の方を見ると、サタンが驚いた様子でこちらを見ていた。

「おー、サタンじゃねえか。おめえもここに来てたんか」

「いや、奴らは昨日、ここにいたと考えるべきだろう。ブウらしき気の件もある」

「な、なんにしろ、話を聞かせてくれる? ビーデルさん……」

 森に近い農家の建物の中に入ると、昨日までの顛末をビーデルは語り始めた。気を感じ取れないサタンはブウが遊んで迷子にでもなっているだけだ、と思っているようだが、ビーデルは大きな気がもう片方の大きな気に消されるのを感じたという。悟飯達に連絡を、と思っていたところへ彼らが辿り着いたので思わず抱きついてしまった、とも。

「まさかブウに悪の心が戻ったか?」

「サタンさんと一緒にいて、そうなるとは考えにくいですね……。それにそれだとやられてしまった気が誰か、という問題も残ります」

 悟飯の言うように、そもそも感じた気は二つ。サタンとビーデルがここにいることから一つはブウに間違いないだろう。では、彼と戦ったであろう気は誰のものか、と謎が残るのだ。

「しかし万一、ブウが暴れたのだとしたら、止められるのは孫と悟飯、後は……悟天とトランクスのフュージョンくらいだぞ。俺ではもちろん、ベジータでも厳しいだろう」

「とはいえ、他のみんなに伝えないわけにもいかないでしょう。父さん、界王様から皆さんに声をかけてもらえますか?」

「おお、まかしとけ」

 

 

 界王様を通じ、村に戦士たちは集まって来ていた。天津飯と餃子、クリリン、ヤムチャ。

 姿の見えないベジータはそもそも拒否、18号は子守、悟天とトランクスに至っては遊びが忙しいらしい、とのことだった。

 訝しがる村人には獣退治の助っ人、ということでサタンのお連れ様扱いで納得してもらっている。数が多いので数日かかりそうだ、とも。

「では、揃ったところでもう一度説明をしよう」

 ピッコロが場を取り仕切り、状況を伝える。とはいえ、ピッコロ自身も何が起こっているのか、わからないことは多い。

「要するに森にいる動物を退治しようとしたら、何者かがいたってことか?」

 クリリンが簡潔に内容を繰り返した。天津飯がそれを受けて続ける。

「その何者か、と魔人ブウが戦い、どちらかが死んだ……」

「そ、そんな奴ら相手に俺らが何をするっていうんだよ?」

 ヤムチャは既に怯えている。いや、口にしてはいないが皆そうなのだ。ピッコロやベジータでさえも敵わないレベルの話なのだから。

「戦わなくてもいい、何者がいるのかそれを確認せねばならん」

「またへんてこな宇宙人とかが来たんじゃねえのか?」

 悟空がピッコロに尋ねるが、ピッコロは首を振った。

「いや、サタンやその娘の話によると、この事件が起きたのはここ最近だ。さすがに地球に向かってくる者がいれば前もって気づいていたはずだ。どこかの宇宙人というのは考えにくい」

「セルみたいな人造人間ってことはないんですか?」

「ないだろう。神殿から覗いた限り、森にはそれこそ畑を荒らす動物しかいなかった。ネコかタヌキのような生物の群れだ」

「ああ、そっちなら俺でも何とかなるかな、はは……」

 悟飯とピッコロの問答にヤムチャが情けなく笑う。

「まあ、とりあえず森の中探してみっかぁ」

 悟空の言葉に皆、一様に頷く。村人との折衝役も兼ねてサタンとビーデルを建物に残し、一行は森に向かうことになった。

 

 

「うひゃー、派手に吹っ飛んでるなぁ」

 上空から近づくと、円状に木々が吹き飛ばされ、地面が抉られている場所があった。そこへ一斉に降り立つ。ヤムチャが中心に降りた時、悟空以外の皆は例の光景を思い出していたのは暗黙の了解である。

「思っていたより広いな……危険だが別れて探すとしよう」

 人造人間の捜索で腹を貫かれたヤムチャの例もある。先程、皆が思い浮かべた光景が齎した作戦として、戦闘力の高い悟空と悟飯、そしてピッコロの三人を中心に分かれることになった。

 悟空はクリリンと。悟飯とヤムチャ。

 そして戦闘力の劣るピッコロの元には天津飯、餃子と三人。

「何か見つけたら、以前のように気を高めよう」

「ああ、そういえばサタンの請け負った獣退治はどうするんだ?」

 ヤムチャは少しでも活躍したいのか、そんな質問を投げかける。

 ピッコロは元・神である。自然の生態系の変化に口も手も出さないが、人間が害獣とみなした生物を排除するのならば止める道理はない。ただし、あくまでも、メインは謎の気の捜索であることは皆に注意していた。

 

 

 

「おーい、悟空。何かいたかぁ?」

 数時間後、森の中を探索していたクリリンは上空にいた悟空に声をかけた。

「いや、さっぱりだぁ。なんもいやしねえぞ」

「だよな。ブウが分裂でもして遊んでたんじゃないのかなぁ」

 集合の約束の時間が近づいている。見つからなかった場合は、数時間で元の爆発地点に戻るよう取り決めていた。クリリンも浮き上がり、集合場所に戻ろうとする。

「お、悟空にクリリン! どうだった?」

 ちょうどそこへ同じように集合場所を目指す悟飯とヤムチャが近付いてきた。

「こっちはさっぱりですね、父さんたちはどうでしたか?」

「狼牙風風拳を使う相手すらいなかったぜ」

 ヤムチャは動物相手に本気を出すつもりなのか、冗談なのかわからない発言をしていたが、いずれにせよ両チームとも謎の気どころか畑を荒らす害獣すら見つけられなかったのだ。

「仕方ない、一旦帰りますか……」

 そうクリリンが声に出した刹那だった。

「ひっ!」

「な、なんだってんだ! このバカでけぇ気は!」

「マズイです! 急がないと!」

 凄まじい気が森の奥で膨れ上がった。そして空へ駆け抜けていく閃光――

 悟飯の叫びに我を取り戻し、皆その場へ向かうのだった。

 

 

――数分前

「天さん、何もいない」

「ああ、畑を荒らす生き物とやらもな……。だが餃子、気を付けろ。ブウが襲ってくるかもしれんのだからな」

 ピッコロの近くとはいえ、天津飯は気を抜けなかった。この三人では誰一人、ブウには勝てない。一瞬で三人とも殺される可能性すらあるのだ。

「ダメだな」

 空に昇っていたピッコロが降りてきた。何も見つからなかったようだ。

「ああ、その謎の気とやらは感じない。害獣もな」

 天津飯が報告する。餃子も近くでまだきょろきょろしてはいるが、実際には捜索は諦めているだろう。

「フン、しかたない……。戻るか。ああ、例の動物の群れならさっきそのあたりにいたぞ。特に珍しくもない昔からいるやつだ。名前は知らんがな」

「俺はわざわざ殺生したくはないな。もう暗殺をやめてから無闇に生き物を殺したくはない」

「でも、村の人困る。ボク、ちょっと見てくる」

 餃子がそう言ってピッコロの示した方へ向かう。ピッコロと天津飯もやや遅れてその後を追った。

「天さん、獣の群れ、いた」

 餃子が嬉しそうに叫んでそちらへどどん波を撃とうとしている。まだ追いついていないとは言え、天津飯の目には微かに森の中を走る数匹の生き物が映っていた。

「どどんっ!」

 餃子の気はそれほど大きくなっていない。ただの動物相手だ。気を溜めずに、軽く撃つつもりであろう。高く掲げた餃子の指が光った時だった。

「――っ!」

「グッ……」

 天津飯もピッコロも思わず、空中で静止した。いや、正確には動けなかった。一瞬にして巨大な気が膨れあがったのだ。

「まずい、逃げるぞっ!」

「チャ、チャオズゥ――!」

 叫ぶ天津飯とピッコロの目の前で、餃子の姿は空を貫く光の中で溶けていった……。

 



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第3話  界王神からの招集~危機~

「ピッコロさん!」

 空中で静止したままの二人の元へ駆けつけた悟飯達だったが、ピッコロも天津飯もまだ驚きと怯えの表情を浮かべていた。

 すでに謎の巨大な気は消えている。しかしそれがすぐ目の前で行われたことは間違いなかった。

「チャ、チャオズが……」

 何とか絞り出すように声を出した天津飯の言葉を受け、先程のエネルギー波で餃子が犠牲になったことが伝わる。

「ま、まさかあの動物が……」

 ピッコロも困惑しているようだが、例の害獣とやらが正体なのだろうか。

「お父さん! 先にいきます!」

 悟飯はその閃光が放たれた形跡の残る森の中へ突き進んでいく。

「ピッコロ! みんな連れて先に帰っててくれ!」

 悟空がその後を追う。現実にこの二人以外ではもはや戦力にはなれないだろう。それほどの威力がさっきのエネルギー波からは感じられた。

「悟飯、どうだ、おめぇなら勝てそうか?」

「わかりません……。戦えないことはない、とは思いますが」

 老界王神に潜在能力以上の能力を解放され、超サイヤ人にならずともかなりの力を有しているはずの悟飯ですら、余裕を感じない。みんなを吸収したブウすら圧倒した悟飯が、である。超サイヤ人3の悟空であっても戦うのがやっと、なのかもしれない。

 閃光の発射点と思われる箇所では、わずかに木々が焼け焦げていた。前回と違い、空へ向けて撃たれたからだろう。その範囲は非常に限定的であった。

「気を抜くな、悟飯!」

「はい! ですが何も感じない……」

 周囲には何も気配を感じない。鳥たちすら先程の戦闘で逃げ去っているのだろう。先程まで鳴いていたナイチンゲールの声も聞こえなくなっている。静寂の中、森の枝だけが、その手を差し伸べるかのように二人の周りを包んでいた。

 不意に奥の草むらがガサガサと音を立てた。

「っ!」

 悟空も悟飯も身構えたが、そこからは大きな気どころか邪悪さのかけらも感じない。

「……ハハッ、なんだおめぇ、かわいいなぁ」

 草を分けて出てきたのは、何とも愛らしい生き物だった。猫のようでもあり、タヌキのようでもあり……。レッサーパンダと言われればそれが一番近いのかもしれない。

 その生き物はニャッと鳴き声をあげると、敵意どころか、警戒する様子さえも見せず、二人の元へ近寄ってきた。

「人に慣れてますね。もしかしたら、人間に飼われてたのかもしれませんね」

「おめぇ、これ食うか?」

 悟空が森へ向かう前に、ビーデル達からもらった飴玉を差し出すと、その生き物は目を輝かせ、器用に包み紙をめくると、飴玉を口に入れ舐め始める。

「この子、賢いですね……」

「ああ、でもまあ、こいつが例の敵ってことはなさそうだな」

 悟空がその頭を撫でると、気持ちよさそうにまた鳴き声を上げる。微笑ましい光景に悟飯も同意した。

「さて、とりあえず戻りましょうか。皆、心配しているかもしれないですし」

 まだ名残惜しそうに悟空たちを見つめるその生き物に別れを告げ、森の外の建物へ戻る。

「ああ、しまった。あの生き物、畑を荒らす害獣でしたね。どこかへ移動させた方がよかったかも」

 途中、悟飯がそう漏らしたが、悟空は然程気にはしていない。「そうか? ま、いっか」で済ませてしまっていた。そんな父親に苦笑しつつ、悟飯はまだ姿の見えぬ敵に思いを巡らせていった。

 

 

「どうだった?」

 戻るなり、皆が二人の報告を期待している。気を探っていれば、戦っていないことはわかるだろう。それでも何か進展はあったのか、皆は二人の言葉を待った。

「いやあ? なんか可愛らしいやつがいたくらいだったぞ」

 悟空の何とも頼りない報告を悟飯が補足する。

 直後に現場に降り立ったが、敵らしき姿は見えなかった。気も感じない。ただ畑を荒らす害獣らしき生き物がいて、人に慣れてるから頭を撫でてきた。その生き物はまた別件だろう、と。

「俺は神殿に戻ろうと思う」

 今後の行動を話し合う中で、ピッコロはそう言い出した。

「敵の姿は見えない上に、正直言うが俺たちでは戦えるレベルではない。悟飯はああ言ったが、今のところ、その動物しか可能性のある奴はいないのだ。ならば、それを神殿からずっと監視するしか無かろう」

 尤もな意見だった。

 餃子だけでなく、敵がブウではないとわかった以上、ブウもまたやられてしまったのだろう。餃子同様、細胞一つ残さずに……。

「俺は餃子の仇をとりたい。戦力にはならないのはわかっているが……このまま捜索に加えてくれ」

 クリリンとヤムチャ、天津飯にはサタンたちと残ってもらおうとしたが、天津飯は拒否した。ずっと共に歩んできた同胞を殺されたのだ。無理はないのかもしれない。

「わかった。だがぜってぇ無理はすんなよ」

 

 数日間、捜索は続いた。

 悟空、悟飯、天津飯の三人が謎の気の持ち主を追う。天津飯にはなるべくどちらかの近くにいてもらうように配慮はした。

 一方、クリリンとヤムチャは、こっそり他所で数頭ずつ熊などの大型の獣を狩ってきていた。サタンたちがこの村で仕事しているよう、装うためだ。ヤムチャの発案だったが、これはなかなか上手くいった。時間がかかりそう、と見せるだけでなく、退治が終わるまで、一旦村人たちに安全のため村を離れてもらう、という理由付けにもなった。畑を見捨てることを渋る者もいたが、サタンが説得し、わずかとはいえ収穫できるはずだった分はサタン自身が買い取ることで納得してもらった。

 本来ならサタンやビーデルにも避難してもらいたいところではあったのだが、サタンもブウを殺されたことで思うところがあるのだろう。森にこそ入ろうとはしないが、離れるとは言いださなかった。

「どうだ、ピッコロ?」

 クリリンは連絡役を兼ねて、神殿で監視を続けているピッコロの元を毎日訪れている。例の動物にさして変わった様子はないようだ。やはり夜な夜な畑にやってきてトウモロコシを食べ散らかしてはいるようだが。

「今日も進展なしかあ」

 クリリンは疲れたような安堵したような複雑な表情を浮かべていた。

「クリリン、すまんがみんなを集めてくれ」

 その日もいつも通り、新たな動きはなかった。しかしお互いの報告を終えると、ピッコロはそう要望した。

「界王神様が皆と話がしたい、と」

「やっぱり例の敵のことで?」

 クリリンの問いかけにピッコロは「わからん」としか答えなかった。神様と一つに戻り、その知識と能力の一部を継いだとは言え、界王神の考えはわからないのだろう。ピッコロの表情は彼も本当に話の内容を知らないことを物語ってもいた。

 

 

 

「皆さん、ご無沙汰しております。今日はお集まりいただいて有難うございます」

 神殿の広場で、キビトと二人分の声を重ねた界王神が集まった皆の前で丁寧に礼を述べた。

「フン、わざわざ俺様まで呼び出したんだ。何の用か知らんがとっとと話せ」

「もーパパ、またすっげー奴と戦えるかもしれないんだよ」

 今回はベジータとトランクスも半ば無理矢理連れて来られている。悟天もいれば、非戦闘員であるブルマの姿まであった。クリリンはベジータに直接ではなくブルマに話を伝えただけなので、もしかするとブルマが来ることでベジータやトランクスも何とか来てくれたのかもしれない。

「はい、では早速本題に入りましょう」

 緊張の隠せない面持ちの界王神はベジータの意見に素直に従った。

 

「この世界は今、崩壊の危機に瀕しています」

 

 界王神の発した言葉は、いつも通りとも言える危機を伝えるものだった。皆、驚きもあるとはいえ「ああ、やっぱり」といった感情があるのも否定できない。

「またとんでもねぇ敵が地球を狙ってきたってことか?」

 クリリンが思ったことをそう口に出す。

 

 

  世界の危機―― 地球の危機――

 

 

 ここにいるメンバーの大多数が、その難局を幾度も悟空を中心に乗り越えてきたのだ。正確にはもうクリリンやヤムチャのような地球人では参戦できないレベルではあるのだが。

「フン、くだらん。地球の危機など俺にはどうでもいい」

 既にベジータは興味を失っている。ブウや餃子が既に倒されていることを知らない彼にとっては、強敵との出会いですらないのだろう。

 しかし、ひとしきり皆が反応を示すと、界王神はゆっくりと繰り返した。

 

 

「いいえ、『崩壊』の危機、なのです」



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第4話  崩壊の声~認識~

 滅亡、絶滅、破滅……

 危機を表す言葉は様々あるだろうが、界王神の言葉を皆、反芻していた。恐ろしい敵が地球を狙ってきたのなら、巨大隕石が近付いてきているなら、『崩壊』ではないだろう。何よりそれは「地球の危機」だ。界王神の言う「世界の『崩壊』」とは異なるに違いない。

「オラ、よぅわからんけどさ。結局、悪い奴が来るんか?」

 考えるという行為が苦手な悟空が率直に疑問をぶつける。確かに事の真相は界王神に訊くしかないのだ。

「敵がいるかという質問に対してはわからない、とお答えするしかありません。ですが、地球以外の異星人が攻めてくる、ということはありません」

「チッ、もったいぶりやがって……。とっとと言いたくなるようにしてやろうか?」

 界王神の核心に触れない言葉にベジータは苛つきを隠そうともしない。しかし界王神はその恫喝にも静かに答えた。

「落ち着いてください、ベジータさん。実は……話をすることですら、崩壊を進めてしまう可能性があるのです」

「お、おい。ならなんで俺たちを呼んだんだよ」

 横からヤムチャが口を挟んだ。

「まあ、待て。そのギリギリを探りながら俺たちに伝えようとしてくださってるんだろう」

 たしなめるピッコロの言葉にヤムチャは黙り、ベジータも界王神の言葉を待った。

 しばしの沈黙の後、一つ大きく息を吐くと界王神は語り始めた。

 

 

 

 皆さん、この世界で精一杯生きていらっしゃいます。地球だけでなく、この世界で、です。ナメック星も今はなくなった惑星ベジータもそうですし、フリーザやブウに滅ぼされた星々もそうです。

 生を受け、その生を全うし――半ばで散る者も数多いらっしゃいますが――そして最期を迎える。すると今度はあの世で暮らしていくことになる。場合によっては、そこから新たな生として生まれ変わることもあるのです。

 それがこの世界の理です。

 ドラゴンボールはその理を歪めてしまう、ということもありますが、決して世界を崩壊させるものではありません。

 

 ですが今回はそういう次元ではないのです。強い敵がいるなら倒せばよい。ドラゴンボールで理が乱れ始めるのなら、使用を控え、元に戻せばよい。そういう考えそのものですらないのです。

 例えば、悟空さんや悟飯さん、ベジータさんやそのお子様方には私はとても戦って勝てるわけではありません。

 ですが、考えてみてください。

 紙に描いた悟空さんたちを破り捨てるのは私どころか、赤ん坊にだって可能でしょう。そもそも悟空さんたちより私を強く描くことすら可能なのです。

 

 ……よくわからない? そうでしょうね、私もこれ以上踏み込んで話をするのは躊躇っていますから。

 簡潔に言うとこの世界からすべての生も死も、意志も感情も、何もかもが離れてしまい、作り物の世界になってしまう、ということです。

 

 

 

「界王神様、私にはよくわからないのですが」

 押し黙って聞いてきた皆だったが、天津飯が一息入れた界王神に噛みついた。

「餃子はその崩壊の危機とやらのために殺されました。きっとブウも同じでしょう」

「な、なにっ、ブウがだと」

 ベジータは初めて知った事実に驚いているようだ。分裂前の太っちょのブウは、ベジータを上回る強さを誇っていたのだ。多少弱体化したとはいえ、ベジータでも苦戦は免れない強さである。そのブウがやられたとなると、『敵』がいるなら油断ならない相手ということだ。

「ドラゴンボールで生き返らせてやることはできます。ですが、結局何が起こっているのか、何故二人は殺されたのか、はっきり教えていただきたいのです」

 天津飯の目には強い決意が込められている。長年の同門で相方であった餃子のために、自分にできることを模索しているのだろう。

 

「では、今起こっていることからご説明しましょう」

 ようやく核心に触れる内容だ。既に悟空や子供たちはまともに聞いてすらいない。後で説明する、とピッコロは彼らを離れた場所で遊ばせるようにした。界王神もその方が話しやすいようであった。

 

 

「今、この世界に別の世界が混ざり始めています」

 

 

「別の世界?」

 皆が一様に声を上げ界王神を見る。こくりと頷くと界王神はその経緯を話し始めた。

 

 

 

 これはもう十数年前、になるでしょうかね。悟空さんやブルマさんが初めて出会った頃から、崩壊と交雑は始まっていました。

 深く考えずに発した一言や動作、そういったもので世界が綻び始めるのです。これは皆さんも知らず知らず、一度くらいはなさっています。

 例を挙げましょう。決して責めるわけではありません。

 

――クリリンさんと悟空さん

 鼻がない、ヤジロベーさんと声がそっくり、などとお話したことありませんか?

 

――ブルマさん

 レッドリボンとかいう軍に襲われた時でしたか、少年誌で言えないようなえ、えっちな……ゴホンゴホン。そんな発言にご記憶は?

 

――ピッコロさん

 セルと戦った時、「太陽拳は天津飯の技」とおっしゃいましたね。あなたはそれを見たことがありましたか? 悟空さんの太陽拳しか見たことがないのでは?

 

――悟飯さん

 グレートサイヤマン、でしたか? その際にかなり際どい事をされてしまっています。これは崩壊が進むので控えます。

 

――そして、ヤムチャさん

 あなたが一番、難しいのです。あなたは崩壊させる要素を出していません。しかし、それが何故かこの世界の崩壊を大きく進めてしまいました。

 

 

 他にも多々あるのですが、一つ一つは大したことのない発言や行動ばかりです。しかし、こういった綻びから他の世界が混ざり始めているのです。このままでは我々は、先程喩えた紙の上の自我のないモノみたいになってしまうのです。

 

 

「お、俺は何をしたんだ?」

 具体的に言われなかったヤムチャが狼狽しているが、皆は黙りこくっている。確かにそれぞれが思い当たることはあった。かといってそれを指摘されてもどうしようもないのだ。

「フン、で、こいつらのせいで崩壊とやらが進んだとして、だ。俺たちを集めて何がしたいんだ?」

「そ、そうだ。そして餃子やブウはその他の世界の奴に殺されたのか?」

 ベジータと天津飯が立て続けに問う。今回は界王神もしっかりと皆の目を見回して答えた。

 

 

「餃子さんとブウは、『内なる声』に目覚めた者に倒されたようです」

 

 

 初めて聞く言葉に皆が顔を見合わせた。誰も知っている者がいないことはお互いの反応で察することができる。

「真実の自分の心、とかそういうものでしょうか?」

 ピッコロの問いにも界王神は首を振った。

「私にも詳しいことはわかりません。ですがどうやら一人一人、いや動物の一匹に至るまで、その中に別の世界をいくつも内包しているようなのです。その世界を『内なる声』と呼んでおります。尤も前例のない事ですので、私が勝手に命名したものですが」

「で、その声とやらに目覚めるとどうなるんだ?」

 ベジータもどちらかと言えばこういう話は苦手なのだろう。結論を急ぐような姿勢が見える。いや、ベジータに限らず、皆武道家なのだ。小難しい理屈よりも自らが為すべきことを示してほしがっている。

「今のところ、『内なる声』に目覚めると、その内なる世界をこの現実の世界に持ち込んできてしまうようなのです。そしてその影響でさらに崩壊が進み、『内なる声』がまたどこかで覚醒していく……。その繰り返しです」

「いや、それであのブウを倒すとか……無理じゃないかな?」

 ヤムチャが思わず発した言葉だったが、確かにそれは界王神も不思議に思っていたようだ。いくら『内なる声』に目覚めたとはいえ、圧倒的な強さを誇るブウを倒すというのは想像しがたい。

「そうだな、それに確かに我々と似たような気を感じた。もし別世界というならば、異質な気として感じるか、そもそも感じることもできないだろう」

 ピッコロも同意する。確かにブウともう一つの気は一瞬とは言え、感じているのだ。それも気を感じることに慣れていないビーデルでさえも。

「ええ、そのあたりを探る必要はありそうです。ですが、今為すべきことは、その謎の『内なる声』に目覚めた者を見つけ、その内なる世界を封じることです」

「フン、結局そいつをぶっ殺せばいいんだろ?」

「殺していいものかは判断しかねます。『内なる声』に目覚めた者が死んだ場合どうなるか、はわからないのですから。可能ならば生きたまま、その内面だけを封じたい」

「つまり、その目覚めた者とやらを見つけ出せば、封印することは可能なのですか?」

 天津飯の問いに界王神は弱々しく頷いた。「策はある」と言っているが自信はないのかもしれない。

 が、そこで意を決したように界王神は厳しい目を全員に向けた。『内なる声』に目覚めた者同士は違和感としてお互いを認識できる可能性が高い、そう述べると、躊躇っていいたであろう一言を皆に告げた。

 

 

「そこで皆さんの『内なる声』を解放したいのです」

 



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第5話  声への目覚め~解放~

 戦士たちは精神と時の部屋にいた。

 いや、ブルマもいるのでデンデとポポ以外の神殿にいた者は、の方が正確かもしれない。大勢で入ったことで扉は消えてしまっているが、超サイヤ人3なら外に出ることができるのを確かめた上でのことだった。煽てると退屈していた悟天とトランクスは喜んで確認のためにフュージョンし、精神と時の部屋から時空に穴をあけて戻ってきたのだ。

 ちなみにサイヤ人が大勢いるため、食料も大量に持ち込んである。

 

「では、始めます」

 悟空と悟飯、悟天父子。ピッコロ、ベジータとトランクス、クリリンにヤムチャ。それに何故かブルマも一緒に界王神の前に並んでいた。『内なる声』で重要なのはその世界であり、戦闘力ではないという理由だった。本当ならば、チチやヤジロベーをはじめ、サタンやビーデルなど信頼のおける人すべてに試したいが、この解放自体が崩壊の危機が進む危険な賭けである、という。今、ここにいるメンバーに絞ったのだろう。

 

 

「はい、終わりました」

「え?」

 何も起きた様子がないまま、一瞬で界王神は儀式の終わりを告げた。

「何も難しいことをするわけではないのですよ、扉を少し開くだけです」

 そう言われても実感も何もない皆はどう対応してよいか困惑していた。ベジータに至っては界王神に殴りかかるのではないかと思えるほどだった。

「では、これから実際に『内なる声』を感じ、その世界との交信……とでもいうのでしょうか、それを高めていただきます」

 界王神はそう告げると、ブルマに頼んでおいたホイポイカプセルを取り出した。先程、ゴテンクスが穴を作れるかの確認をしている間、界王神はブルマにさまざまな道具を食料と同時に用意してもらっていたのだ。

 投げられたカプセルからは、木刀や真剣などの武器から、およそ戦闘に使えないようなものまで雑多なものが詰まっていた。

「では皆さん、思い思いの道具を手に、自ら沸き起こる感情に身を任せてみてください。暴走しないように私が少し制限をかけるようにしますが……」

「よくわからんけど、やってみるか」

「そうだな、お、野球道具もあるぞ」

 クリリンとヤムチャが道具の山に近づいたのをきっかけに皆がその場に集まり始めた。ベジータだけはくだらない、といった表情を浮かべて、その様子を眺めていたが。

「皆さん、これから『内なる声』を解放した心の中には、色々な衝動が浮かんでくるはずです。ある程度はその衝動に従っていただいてもまだこの世界は大丈夫です。ですが、一つだけ、絶対にしてはいけないことがあります」

 今まで以上に、厳しい表情を浮かべた界王神が禁じたこと。それは

 

『絶対に具体的な名を呼んではいけない』

 

というものだった。これをしてしまうと、世界の崩壊は一気に加速し、もう止めることができなくなってしまう、という。それほどの危険を冒してまで、この修行とも言えぬ行為をする価値はあるのだろうか、とすら思える。

 

 

「やはり、ヤムチャさんが一番ですか」

 数分もすると、悟天やトランクスとヤムチャは野球をして遊び始めた。プロ野球の世界にいたこともあるヤムチャだから、野球の技術は巧みで、少年たちも夢中になっているようだった。

「ヤムチャが一番、ですか。しかしやはり、とは?」

 まだ何も感じていないのか、ピッコロが界王神に問いかける。近くにいたクリリンも話に興味を示している。

「彼は直接、崩壊につながる言動はしていません。しかし、ヤムチャさんが実はあなた方の中で最も『内なる声』が漏れ出ているのです。そして、彼の『内なる声』の世界は非常に数多く、複雑に絡み合っています」

「わかんねえなあ、ヤムチャさんのどこがなんだろう?」

「クリリンさん、あなたも見てきているのですよ。あなた方がベジータさん達サイヤ人と戦った時もです」

「ああ、サイバイマンだっけ? ヤムチャさんが俺の身代わりみたいに……」

「そう、その時の彼の予感。嫌な予感がしたのでしょうが、その感じ方が『内なる声』に引かれてしまっているのです。そして今、まさに彼がしている野球も」

「野球ですか? 地球で遊ばれているただのスポーツですよ」

思わずピッコロも口を挟んでしまう。しかし界王神は首を横に振って話を続けた。

「彼は皆さんに劣るとはいえ、超一流の格闘家です。お金のために働く必要もないでしょう。ましてそれが野球である必要性は全くないのです」

「そんなぁ、予感も野球も偶然でしょ?」

「ええ、クリリンさん。確かに偶然、深い意味はないのかもしれません。ですが、それでも彼が『内なる声』に引きずられてしまっているのもまた事実なのです」

 理解しきれない二人がヤムチャと子供たちとの戯れ合いに目を向けた時だった。

 

「よし、じゃあこれは打てないだろう? くらえっ……! だい――」

「ダメです! ヤムチャさん!」

 ヤムチャが何かを言おうとした途端、界王神が大声で叫んだ。ヤムチャも何かを感じたのか、続く言葉を飲み込んだまま、バットを掲げて待つトランクスと捕手の真似事をする悟天に向けて白球を投げ込んだ。

「ヤムチャさーん、どこへっ」

 トランクスの身体目掛け、有り得ない速度で向かってくるボール。一般人のスピードなら目にも見えないレベルだろうが、トランクスをはじめ、ここのメンバーであればただの速球だ。かわすのも受け止めるのも簡単な遊びでしかない。

「えっ?」

 しかし、その球はトランクスが躱すのに応じるように、変化した。

 そしてそのままバットの先端にあたり、ポップフライとしてヤムチャが捕球したのだ。

「ふふ、どうだトランクス、これは打てないだろう?」

「すっげぇ! ありえない曲がり方してバットに当たったよ今!」

「僕にも教えてよー」

 

 はしゃぐ子供たちを確認し、界王神は胸を撫で下ろした。ピッコロとクリリンも少し感じることができた。

 今のヤムチャは明らかに、ヤムチャ以外の能力を持っている――

 そんな感覚があったのだ。これが界王神の言う『内なる声』なのだろう。ヤムチャのそれを見たことで、クリリンやピッコロにも何か心の奥底で動き始めるものがあるのも感じられた。

「おや、お二人も感じ始めたようですね。そのままその声と向き合ってください。でも、今のヤムチャさんのようにくれぐれも名を呼ばぬように」

 

 

 

 

 数時間もすると、皆がそれぞれ何かを感じ始めているようだった。とは言え、個人差なのか、やる気の問題なのか、それとも『内なる声』の世界とやらの内包量なのか、興味を示そうともしないベジータや、未だ何も見いだせず、瞑想しているだけのピッコロのような者もいる。

 

「では、皆さん一度よろしいでしょうか」

 

 界王神は皆を集め、一人一人の前でゆっくりと何かを感じている様子だ。

「さすが、というべきでしょうか。ほとんどの皆さんが『内なる声』を感じ、そしてそれを屈強な精神力で抑えていらっしゃいます。これならば例の目覚めた者を見つけ出すこともできるでしょう」

「そうは言われても、オラたちまだ何にも実戦で使ってねえぞ」

 確かにイメージトレーニングに近い形式であるだけに、皆が何かを感じていてもそれを使いこなせるかはまた別の話である。そして、その謎の目覚めた者とは、今ある戦闘力だけでなく、この力を以て闘うことになるのかもしれないのだ。

「では、皆さん同士で組手をなさいますか? 名を呼ばないならそれくらいの許容量はこの世界にまだあるはずです」

「組み手かぁ、いっちょやってみっか」

 悟空が軽い調子で界王神と話を進め、いつの間にやらお互いに組み手をすることになってしまった。

「では、あくまで組手、というか修行の一環ですので対戦は自由にしましょう。どなたとどなたが組むか、そういうものも自然に惹かれ合うはずですから」

「ふふ、この戦いでなら勝てるかもしれん」

 能天気に新しい力を試したがっている悟空と、妙な自信を持ったヤムチャ。その横でクリリンは回復役のデンデを連れて来れないものかピッコロと相談していた……。



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第6話  目覚める異能~組手~

この辺からやりたい放題です


「よし、ベジータ! オラとやろうぜ!」

 ヤル気満々の悟空はそう声を掛けたが、ベジータはフンと鼻を鳴らすとブルマの元へ寄っていく。

「くだらん遊びはお前らどうしでやるんだな、ブルマ、腹が減った。何か作ってくれ」

「もうベジータったら。材料は何があったかしら」

 困ったような表情を浮かべながらブルマは材料を探し始めた。

「しょうがねえなあ……おい、ピッコロ、クリリン! おめえらはどうだ?」

「よ、よし。久しぶりに悟空とやるか」

「俺は遠慮しとく。まだ自分の力がわからん」

 クリリンが応じると、皆がその戦いに注目する。戦闘力を基にしたただの闘いならば、見るまでもないだろう。しかし『内なる声』とかいう謎の力を試しあう組手なのだ。様子を探る意味合いもあった。悪態をついたベジータですら、遠目で様子を窺っている。

「よし、いっくぞー」

 掛け声とともに悟空の髪の毛が逆立つ。

「いっ!? 超サイヤ人かよっ」

 慌てるクリリンだったが、悟空はにやりと笑う。すると黒髪のまま、その毛がまるで針のようにクリリンに向けて飛んできたのだ。

「な、なんだよこれっ」

「あちゃー外れたか。やっぱ気功波の方が使いやすいかもな」

 悟空の言う通り、スピードも威力も大したことは無さそうだ。しかし確実に、その光景を見た全員が、別の世界の存在を感じていた。

「よ、ようし、次は俺の番だ。えっと、衝動的に名前を言っちゃいけないんだよな……」

 怯みながらもクリリンが構えをとる。

「ん? クリリンの構えはなんだ?」

「あれは、カラテとかいうやつでは?」

 皆が疑問に思う中、クリリンが気を高める。しかしその気は異質なものであった。

「いいっ、クリリンなんだよその気は」

 対する悟空も戸惑っているようだが、クリリンは構わず突進し、見たことのない打撃を繰り出してくる。

「この気は……霊力だっ!」

 普段と異なる種類の気をまとったクリリンは、悟空にカラテと呼ばれる技を浴びせ続けていた。

「あの霊力とか言う気は……体の基礎能力を上げているようだな」

 冷静にピッコロが分析するが、基礎となる戦闘力が違いすぎて、クリリンの攻撃は悟空にすべていなされている。

「よし、オラも本気出すぞ! 一、二……」

 距離を取った悟空が数を唱える。

「三っ!」

「な、なにっ」

 悟空の叫び声と同時に大爆発がクリリンの周囲を襲った。爆発波と違い、不意に空間が爆裂したのだ。クリリンは避けることもできず、まともにくらいその場に倒れ込む。

「はにゃ……」

 悟空に殺意がなかったからか、クリリンはそこまで大きなダメージを受けたわけではなかったが、その衝撃で一時的に戦闘不能になったようだ。

 

「フン、カカロットの奴め。雑魚相手に何を遊んでやがる」

 遠目に見ていたベジータはブルマの料理を待ちながらその光景を見ていた。

「ベジータおまたせぇ、お好み焼きにしたでぇ」

「でぇ?」

 ブルマの異様な言葉遣いにベジータは違和感を覚えたが、見たことのない料理の方に意識が引きずられた。

「これは?」

「お好み焼きっていうのよ。食べてみて」

 言葉遣いの戻ったブルマをちらちらと眺めながら、その円形の食物に手を伸ばす。

「これは……!」

 ソースと生地の絶妙な絡み合い、そして熱の通った具材の旨味、鰹節のほのかな香り、そしてマヨネーズのアクセント。

「うまい! おい、ブルマもっとこのオコノミヤキとかいうものを作れ」

「はいはーい、そう言うと思ってたわ」

 ブルマはそう言うと鉄板の元へ向かう。慣れた手つきで生地を触ると、円形の生地が固まり、くるくると回転しながら宙を舞っていた。

「お、うまそうだなー。オラにもくれよ」

 匂いに釣られた悟空や子供たちも集まり、サイヤ人たちはお好み焼きに夢中になっている。

 

 

「仕方ない、俺たちでやろう」

 残ったヤムチャと天津飯が向かい合う。二人が戦うのは例の天下一武道会以来だ。

「久しぶりじゃないか、天津飯」

「ああ」

 お互いが笑い合うと、ヤムチャが仕掛けた。

「いくぞっ! 新・狼牙風風拳!」

「え?」

 突っ込んでくるヤムチャに対し、天津飯はその攻撃を躱しつつ、顔面に一撃を入れる。

「くっ、ぶったな!」

「いや、ヤムチャ、あのな……」

「もう一度だ! ハイ~~~ッ」

 しかしまたしてもヤムチャの牙は天津飯に届かなかった。足元を払われ、再び顔面に拳を喰らう。

「二度もぶった!」

「待て、ヤムチャ。普通の攻撃をしてどうするんだ」

「あ……そ、そうか。すまない、つい」

 そもそもの趣旨を忘れているヤムチャに溜息をつくと、道具の山を指さした。何かをお互いに使おうということなのだろう。ヤムチャも頷くと、目星をつけていた剣を手に取った。

「あー、あれ勇者の剣みたいじゃん、かっくいー」

 遠くでトランクスがヤムチャの剣を見て叫んでいる。ヤムチャも手慣れた様子でその剣を肩にかけた。

「俺は元々盗賊で、曲剣を使ってたからな。こういうのは得意だぜ」

「なるほど、では俺もそうしよう」

 天津飯は足元の木刀を拾うと、正眼に構える。

「お、そうか。お前も元殺し屋だもんな。剣は慣れてるってことか。よし、いくぜ」

 ヤムチャが剣を構えて突っ込むが、木刀を巧みに使う天津飯にすべて払われている。殺し屋だからなのか、それとも彼の『内なる声』なのか、天津飯の剣技は見事なものだった。

「では、今度はこちらから行かせてもらおう」

「く、さあ、きやがれ」

 距離を取り直した天津飯は、木刀を構える。

「突き突き突き突きぃ!」

「な、なんだとっ」

 凄まじい速度で繰り出される突きの嵐がヤムチャを襲う。辛うじて防いではいるものの、その勢いにヤムチャが押されつつあるのは明白だった。

「どうした、ヤムチャ! 貴様の声とやらはまったく聞こえないぞ! 今のままだったら貴様は虫けらだ!」

「ちっ……やるっ」

 下がりながらヤムチャは後方に跳んだ。迂闊に跳び上がってはいけない、と過去に忠告した記憶を、離れて見ていたピッコロは微かに思い出している。天津飯も追い打ちをかけるべく、飛び込んでいく。

「くらえっ!」

 初めてヤムチャから違和感を覚えた。その違和感を知りつつも、天津飯は突きを繰り出そうとする。その時だった。

 ヤムチャの掌からエネルギー波が飛び出す。

「この期に及んで気功波だとっ?」

「今だ! くらえっ」

 躱すのに体勢を崩した天津飯にヤムチャの剣が襲い掛かる。左腕の肉を僅かに抉ったと同時に再びヤムチャは気功波を放ち、天津飯と距離を取った。

「くっ」

 着地し、なんとか体勢を立て直したものの、ヤムチャに斬られた箇所がおかしい。まるで凍り付くかのような痛み――

 確認した天津飯は目を疑った。喩ではなく、実際に傷口は凍り付いていたのだ。気を高めることで溶かすことができたが、あの攻撃をまともに喰らったら気を高める間もなく、凍死するだろう。

「氷の能力をもった剣ってやつだな、形勢逆転だ」

 確かに先程まで一方的にヤムチャを攻めていたはずの天津飯が、氷の攻撃で一撃も喰らってはいけない状態になってしまったのは事実だった。

「悪いな天津飯。俺はずっと負け続けでな……。俺は……勝ちたい!」

 ヤムチャはそう言うと剣を構えつつ、掌を天津飯に向けかめはめ波も繰気弾もあるぞと威嚇する。

「そうだな……確かに貴様は負け続けていた。だが勝利の前に戦う意義に目を向けてみろ。そうすれば負け戦とてそれなりに楽しめる」

 そう呟くと、天津飯は木刀を捨てた。これはあくまで組手である以上、天津飯が戦闘の意思を示さなければ襲い掛かるわけにはいかない。

「どうした、降参か?」

「まあ、待て。先程の突き……蒼い雷とでも命名したかったが、あれでは敵いそうにないのでな、本気で行かせてもらう」

「何を恰好つけてるんだ、それなら俺は勇者ヤムチャとか山吹色の悪魔とか名乗ろうか」

 ヤムチャの軽口を流しつつ、天津飯が道具の中から握ったのは、一振りの刀であった。ヤムチャや未来のトランクスのものとは異なり、ヤジロベーやピラフ一味の狐、そしてレッドリボンのムラサキ曹長などが使っていたタイプで、刀身に波紋を持つ美しい剣である。

 

 天津飯はそれを片手で握ると、ヤムチャに向け、水平に寝かせる構えを取った。もう片方の手は刀の上に沿えられている。

「今度のは先程の遊びとは違うぞ、本物の刺突だ」

「ハン、どんなものか見せてみろってんだ」

 勝利を確信しているヤムチャだったが、天津飯の初動でその自信は崩される。

「な、速いっ!」

 天津飯は水平に刀を構えたまま猛然と突っ込んでくると、凄まじい一突きを放ってきたのだ。かろうじて、再びヤムチャは後方へ跳びあがり、その突きを躱したかに見えた。

――が

 天津飯はその刺突を勢いを殺さず横薙ぎに切り払う。その刃はヤムチャを完全に捉え、血飛沫が天津飯に降り注いだ。

 

 

 

「くそう、また負けちまったか」

 界王神に回復をしてもらったヤムチャはその場からいったん離れ、カプセルに入っていた椅子で作った観戦席に座り込んだ。クリリンも既に回復させてもらっていたようで、同じようにこの場で観戦していたらしい。クリリンがデンデを連れてこようと提案していたが、キビトの能力で界王神も回復が使えるようだった。

「後はピッコロとベジータ、悟飯と子供たちがまだ、だな」

「でもヤムチャさん、それがピッコロが」

 クリリンの弁によると、ピッコロは戦わないようだ。その代わりにちょっと走ってくる、と言い残して駆け出して行ったらしい。

「なんだ、それ?」

「わかりませんよ……それも『内なる声』なんですかね。それと実は子供たちは危険すぎると判断したようで、界王神様は声を解放をしてないそうです」

 そんな話をしていると、急にベジータが二人に怒鳴りつけた。

「おい、貴様ら! 喜べ、俺様が相手してやる」

 先程までとは打って変わって急にヤル気に満ち溢れている。何事かと悟空たちの方を見るが、どうやら食事はもう終わったようだ。悟飯とベジータとで戦うはずだったのだろうが、何故かヤムチャたちに声がかかったのだ。

「俺が行こう。クリリンはここで見ていてくれ。俺はまだすべてを出し切ってはいない」

 ヤムチャはクリリンをその場に残し、ベジータと悟飯の元へ向かった。

「三人のバトルロイヤルか?」

「いや、俺も混ぜてもらおう。まだ何か残っている気がするんだ」

 天津飯も加わり、四人が戦うことになった。とは言え、サイヤ人二人を相手するには現実の戦闘力が不足ということで、天津飯とヤムチャはコンビを組むことになった。

「なあ、悟空。なんでベジータは急にヤル気になったんだ?」

 四人が戦いの形式を確認している間、クリリンが悟空に尋ねる。

「いや、それがよぉ。みんなで飯食ってたらベジータの奴、急に『人参なんか入れるな!』って叫び出してさ」

「人参? あいつ、人参食えないのか?」

「いやあ、そんなことはなかったと思うぞ? 好き嫌いしてるの見たことねぇしな。でもブルマが『ちゃんと修業したら人参抜いてあげる』って言った途端、ああなっちまった」

 カカロットだから……とクリリンは脳裏に浮かんだ冗談を口にしかけた。が、なんとか自重し、もしかするとピッコロもベジータも何かに目覚めたのかもしれないと思い直す。クリリンとヤムチャに声を掛けたのは「一番目覚めているヤムチャさんと戦うことが、最も効果的に『内なる声』を感じることができる」と界王神が言っていたからのようだ。

「よし、はじめるぞ!」

「パパ―がんばれー」

「兄ちゃん、まけるなー」

 悟空とクリリンの会話の横で、四人の闘いが幕を開けようとしていた。

 



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第7話  ヤムチャの奮戦~宇宙~

「さて、では道具はどれを使いますか」

 ヤムチャが先程とは違う形の剣を見つけて手に取る。勇者だか悪魔だかの悪ノリを続けているのか、それとも本気なのか、マントまで身に着けている。天津飯は先程と同じ木刀のようだ。まだ何かができる、と思っているのかもしれない。

「よーし、ヤムチャさん、天津飯さん、ベジータさん、いきますよ!」

「フン、付き合ってやろう」

 ベジータは興味なさ気に天津飯の前に立ち、同じく木刀を手にした。ヤムチャ対悟飯、天津飯対ベジータの構図である。

「いけっ!」

 まず仕掛けたのは悟飯。先程の悟空同様、髪をまるで針のように変化させて飛ばしてきた。

「親子で同じ世界を持っているようですよ、僕たちは」

「なるほど、牽制としては十分に面倒な技だな」

 髪の針を躱しながら、ヤムチャが反撃を試みる。とは言え、手にしているのは剣である以上、先程と変わらない攻撃にしかならなかった。この程度では悟飯には通じないだろう。だが、ヤムチャには剣の効果が理解できていた。先程の氷のように、この剣にも力が込められている。問題はこれが悟飯に通じるかどうか、である。

「お父さんの真似をしてみるか……一……」

「ヤムチャさん、まずい! あの技は避けられない!」

 悟飯が謎の数字を唱え始めるとともに、クリリンが叫んだ。何が爆発するのかわからないが、あの技を喰らった時は、何かが自分に向けて飛んできたのではなかった。そう、自身の周りの空間が爆発したとしか思えなかったのだ。防ぎようがない、敢えて言うなら高速移動で躱すしかないが、髪の攻撃で動きを制限されているヤムチャにはそれは無理そうに思えた。

「二……三!」

 轟音と共にヤムチャの周囲の空間が爆発し、熱波がクリリンの元にまで届く。別世界の能力云々ではなく、純粋に攻撃として非常に厄介なものであった。

「あっさり終わってしまいましたね……」

 念力とでもいうのだろうか、謎の気をいまだ発している悟飯が勝利を確信したときだった。

 轟音が再度響き渡る。

 今度は爆発ではなく、雷鳴であった。

 爆発の残した煙の中から現れたヤムチャの振りかざす剣から雷が迸る。

「ひ、ひいいいい、雷ぃ」

 何故か悟飯は雷に異常に怯え、その場に蹲った。

「ヤ、ヤムチャ……お前どうやって」

 闘いながら観戦していた天津飯とベジータも驚いている。

「このマントさ。熱を防ぐ効果がある。雷はこの剣からだな。どうやら俺の中にはこういう道具を使いこなす世界があるようだぜ」

 それにしても悟飯の怯えは計算外だったようで、攻撃したヤムチャ自身も首を傾げている。まるで小さな子に戻ったかのように雷を恐れ、震えているのだ。

「うーん、爆発の能力? その世界の弊害かな?」

「兄ちゃん、かっこ悪い……」

「げげ、あの技使ってるとあんな弱点できるのかぁ。オラも気をつけねえとな」

 悟天にまで失望され、悟空にあやされながら、悟飯はあえなく退場となった。

 

「では、第二ラウンドだ。お前らはさっき言ったように二人がかりでいいぞ」

 ベジータが天津飯とヤムチャに対峙する。

「さっきまではどうだったんだ?」

「全然だめだな。色々試してみてはいるが、どんな攻撃もベジータはあしらってしまう。やはり格が違うのかもしれん」

 そうは言うものの、天津飯は木刀から手を離さない。攻撃力で言えば先程の刀の刺突の方が有効なはずだが、まだ何かを探し求めているようだった。

「まだその木刀で来るのか? もう五回は試しただろう? 無駄だ」

「どうかな……次が六回目だ。本命を叩きこんでやるっ!」

 そう言うと天津飯は木刀を手に不規則に身体を回転させる。それに応じ、木刀も彼の身体の周囲を巡る。

「ほう、なかなかだ。剣の技としては隙がない」

 舞うように回転しながら剣を振るう天津飯に対し、ベジータは近づけなかった。尤も剣で闘うからであり、実際にはエネルギー波一発で終わってしまうのはお互い承知の上。あくまでも自身の『内なる声』を高める訓練なのだ。とは言え、何の効果も上がらない攻撃では意味がなかった。

 事実、間合いを詰めたところでベジータの手刀で簡単に天津飯の木刀はその手から床に転がった。

「フン、なかなかだが、俺様に通じるとでも思ったか。スイカでも割って食うための技だな」

 怯む二人に満足したようにベジータは笑い出した。

「はーっはっは! それでいい、所詮貴様らの力などそんなものなのだ。さっさと終わらせて飯にするぞ」

 そういうとベジータも木刀を捨てる。そして超サイヤ人になるまでもなく、目の前の天津飯を叩きのめそうとした時だった。

「なっ」

 いくつもの拳がまるで流星のようにベジータに襲い掛かる。不意をつかれ、受け止めきれなかった数発を喰らい、ベジータは後ずさった。

「ヤムチャさん、すげえ!」

「ヤムチャだと?」

 クリリンの声にその拳の主がヤムチャであることを知る。

 確かにヤムチャは先程のマントや剣を捨て、徒手空拳でそこにいた。その身体からはまたこれも異質な気が立ち籠めている。

「貴様、その気は……」

「なんだろうな。気とは少し違う。まるで体内に宇宙を感じるようだ。だが、これなら貴様とも戦えそうだ」

 言うや否や、またしても拳の雨がベジータを襲う。どういうわけか、距離があるはずのヤムチャの拳が目の前に実体として襲い掛かってくるのだ。そしてその速度はベジータですら躱しきれないものだ。

「く、しかし貴様の攻撃力では……」

「さあ、これならどうかな」

 ベジータの発言を待っていたかのように、今度はその拳が集中して巨大な彗星の如く、変化した。

「な、ぐあああ」

 まともに喰らったベジータは吹き飛び、ヤムチャがベジータをダウンさせるという、居合わせた皆が信じられない光景を眼前に映し出している。

「ひえー、すげえなヤムチャの奴」

「パパー、負けるなー」

 外野の声にヤムチャが気をよくしていると、ベジータがのそりと起き上がる。その顔には怒りではなく、不気味な笑みが浮かんでいた。

「なるほど……界王神の言ってていたことの意味はこういうことか。おい、貴様ら、ここの道具を使ってみてもいいんだったな」

「あ、ああ……あくまで修行だからな」

 呆気に取られている天津飯が答えると、ベジータは道具の山から使い道の無さそうな鎖を取り出した。

「鎖? 謎の目覚めた奴とやらを捕まえた時に縛るための物じゃないのか?」

「くくく、ヤムチャごときにでかい顔をさせるわけにはいかん」

 ヤムチャを睨んだベジータの気が変化していく。その気から受ける感覚は、まるで彼の目の前のヤムチャそっくりだった。

「な、ベジータも、だと」

「貴様の攻撃で、俺の中のその声とやらが目覚めたようだ。世界の危機などに興味はないが、せっかくの新しい技だ。遊び程度に付き合ってやろう」

 ベジータが手にした鎖を掲げ、気を入れると、鎖がまるで生き物のようにヤムチャに襲い掛かってきた。

 舞空術で空に逃れるが、鎖はヤムチャを執拗に追う。躱しても逃げてもどこまでも追いかけてくるのだ。

「ハハハ、無駄だ! とっととこのネ――」

「ベジータさん! 言ってはいけません!」

「ちっ、界王神か。そういえばそうだったな。まあヤムチャが倒れるのも時間の問題だ」

 界王神に注意を受け、それにこたえながらも、攻撃の手を休めるほど、ベジータは闘いに不慣れではない。何度か先程の拳の嵐で鎖を叩き落としては来るが、彼の優勢は目に見えてきた。

「二対一でいいんだったな」

 不意に横から強力なアッパーカットが繰り出された。

「なっ」

 虚をつかれ、まともにその衝撃を受けたベジータは浮き上がり、再度その背を地に着けた。

「天津飯、だと」

 一撃を放ったのは天津飯だった。その身からはヤムチャ、ベジータと同じ不思議な気が発せられている。

「貴様も、か」

「助かったぜ、天津飯」

 ヤムチャも戻り、不思議な気を纏った三人が睨み合う。

「あいつら、すげえ技持ってるんだなあ、オラも使えねえかな」

「無理でしょう。『内なる声』はあくまでその人だけのものです。何故かあなた方父子は同じでしたが……。悟空さんの爆発もなかなかの技だと思いますよ」

「でも、雷が恐くなるんじゃなあ」

 そんな会話がなされる中、三人は子供たちの声援を受けてお互いの技を繰り出していた。どうやら、あの不思議な気は彼らの使う気と相性がいいのかもしれない。実戦で有効とも思えるレベルで使われていた。

「ハハハ、この気と俺様本来の気、両方使いこなせるようになれば!」

 ベジータは鎖を操りながら、エネルギー波を挟んでくる。ヤムチャや天津飯にはそこまでの才覚はなかったのか、この攻撃には防戦一方になっていた。

 天津飯は右から飛んでくるエネルギー波を、ヤムチャは左方の鎖をあしらうのに必死だった。

「ぐっ!」

 エネルギー波を弾く天津飯に鎖の一撃が入る。ヤムチャが拳の嵐で落とし損ねたものだ。

「拳の幕が薄いぞ、なにやってんの!」

 拳を弾幕のように張るヤムチャに対し叫んだものの、ヤムチャも必死に対応しているのだ。これ以上は望むのが酷である。

 だが、天津飯は感じていることがあった。もしかしたら気のせいかもしれない。修行になるかどうかもわからない。が、試すのは今しかないような気もした。

「おい、ベジータ」

 天津飯は意を決して、語りかける。

「なんだ、降参か?」

「お前は何のために戦っている?」

「ふざけたことを……。俺はサイヤ人だ。闘いこそが……」

 そう言いながらもいつものベジータらしさは確かに薄まっているように思えた。

 天津飯とヤムチャ。

 二人ともこの同じ世界を共有したからなのだろうか、感じていることがある。

 

――あのベジータは闘いを望んでいないかもしれない

 

 勿論、普段のベジータならあり得ない。それどころか一瞬で殺されてしまうような疑問と問いかけだ。しかし、同じ不思議な気を纏ってから、なぜかそう感じるようになった。ヤムチャはそれより早くそんな違和感を覚えていたようだが、いずれにせよ、闘うことを望むというよりも、闘う意義を無理に追い求めている感覚すら受けるのだ。

「俺には信念がある。自身の役目を全うすること、全力を尽くすことだ。いまは餃子の無念を胸に、世界の崩壊を止めることだな。先も言ったが、負けるわけにはいかないが、負け戦でも戦う信念がある。貴様にそれはあるのか」

「な、なにを馬鹿なことを……」

 明らかに動揺するベジータ。彼もまた『内なる声』に影響を受けてしまっているのだ。まるで新米の軍人に薫陶を授ける上官の如く、天津飯の語りかけは続いた。

「そ、それでも俺はサイヤ人の王子だ!」

 動揺の中、放ったベジータの鎖がヤムチャを襲った。

「見えるっ! そこっ!」

 しかしヤムチャはその動きを予測していたかのように、鎖を次々と躱していく。同時に拳をベジータに向け飛ばすという普段の彼からはかけ離れた機動性と攻撃を見せた。

「がはっ!」

が、躱した鎖はヤムチャを追うかに見せかけ、無防備だった天津飯の背中を貫く。

「そこまで!」

 深手を負った天津飯を見て、すさかず上げた界王神の声で戦闘は打ち切られた。

ベジータはさっさと食事に向かったが、やはりどこか悩んでいるようでもあった。

 

 最強を目指し、その夢をことごとく強敵に打ち砕かれ、常に最強に一歩届かなかった孤独な戦士。

 その境遇が彼の内なる世界とシンクロしたのかもしれない。

――なんのために戦うか

 ベジータだけでなく、俺や他の皆も同じ問を受けたのかもしれない。界王神の回復を受ける天津飯を見守りながら、ヤムチャはそんな想いを抱いていた。



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