戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜 (円小夜 歌多那)
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シンフォギア編
第一話


「……?」

 気が付くと真っ白な空間の中に私は浮いていた。何処を見ても白、白、白……おぅ、病みそうだ。

「白一色……寂しい場所だな……」

「仕方ないことさ」

「!?」

 私は零した呟きを聞かれてしまい驚いた。

 

「驚くポイントはそこか?! 急に私が現れたことには驚いてくれないのか? まぁ、どうでもいっか」

 どうでもいいんだ。驚くのも面倒だから有り難いけども。

 

「ハッハッハッ、いいのさ。細かいことは気にするな」

 

 軽いオッサンだ。突如現れた男は豪快にそう笑い飛ばす。が、そんなことはどうでもいいんだ。そんなことより気になることがある。

 

「さっきから人の心を勝手に読まないでくれませんか?」

 

「断る!」

 

「威張るな!」

 

 ふざけやがって、一回ぶっ飛ばそうかな。

 

「心が乱れてるな」

 

「誰のせいだと思っているんですか!」

 

「私だ!」

「だから、威張んな!」

 

 こ、こいつ、私で遊んでやがるな。クソジジイが、後で絶対殴ろう。でも、今は睨むだけにしておく。このままじゃ話が進みそうにない。

 

「はぁー……それで、貴方は誰なんですか?」

 

「神だ」

 

 また、こいつは一言で済ましやがってからに。神だ、って何だよ……って、え?……カミってまさか神話とかの神のことか? ……え、マジで?

「マジ」

「お前はいつまで一言で済ます気なんだよ!? てか、マジで神なのか!?」

 男……神が頷いた。今、私は神に向かってクソジジイと言ったのか!?

 でも間違ってないし構わないか。

「おいおい、構えよ」

 何か、神様が悲しそうな顔をしているが無問題(モーマンタイ)。そんなことより重要なことがある。何故私の前に神様がいるんだ?

「神を罵倒するのも問題だ」

「細かいことは気にするな」

「真似をするな!」

 えーい、鬱陶しい。とっとと話を進めさせてくれよ。

「それで、何故私はこんな所にいるのですか?」

「そんなもん簡単な話、お前が死んだからここにいるのだろうが」

 それはそうでしょうね。死んだ覚えありますからね。けど神と面会するようなことをした覚えはないんですよ。あ、それってつまりあれなのか?

「神様が私を態々呼んだということは、まさか二次小説とかいうのでよくある神様のミスってやつですか?」

 ちょっと期待して神様に聞いてみる。

「そんな訳ないだろう。あんな失敗してたまるか。一回でも大目玉物の失敗なんだぞ。それをあんな何度も何度も失敗してたら即刻クビになるわ!」

 へぇー、神の世界にもクビってあるのか。人間の社会だけの考え方だと思ってたが、強ちそうでもないみたいだ。

「じゃあ何故私を此処に?」

「お前は、運命は定められていると思うか?」

 また藪から棒だな。神様は突然そう私に聞いた。知るかと答えたいところなのだがそういうわけにもいけないんだろうな。神が真面目な顔をして私を見ているのだ。

「良くわかりませんが、ある程度は決まっているものだと思っていますよ?」

「ああ、その通りだ。人に限らずありとあらゆるモノに僅かだが運命が決められている」

 それがどうした? 神様は何が言いたいのだろうか?

「だが、お主は我らが決めた運命をほんの些細な事で外れた。たった一作のアニメという極々小さなことでな」

 ……知らないうちに私は運命に逆らっていたのか、いやはや驚いた。アニメを見ただけで運命に逆らえるなら日本人のほとんどが逆らっているんじゃないのか? それ に私は普通に生きてきたつもりだったんだがな。

「普通に生きた、どと良く言うな。今まで何も考えずただへらへらして怠けまくっていた10歳程度の子供が、たった一作のアニメを見ただけでどんなに変わったと思っているのだ」

 確かに変わったがそれほどではないと思うのだが。

「僅か数年で剣道、柔道、合気道、空手道といった有名どころからほとんど知られていないマイナーなものまでほぼ全ての武道において段保有者に、さらに一部では師範代の資格まで取って、仕舞には総合格闘技では何回も世界チャンプになったんだぞ。これの何処が普通の人生だ。誰がどう見ても異常だろ」

 振り返ったことは無かったけれどそんなことをしてたのか、確かに普通じゃないかも。そうか……『あの子』に憧れ私は気付かない内に随分と規格外な人間になっていたんだな。確かにあのアニメがなければ私は何もしないクズニートと呼ばれるダメ人間になっていたに違いない。

「でも、そのようなことで運命が変えられるなんて可笑しくないですか?」

「ああ。可笑しなことだ。あのアニメを見るのは決まっていたことであり、運命と呼ばれるものではあったのだ。なのに結果は我等が想定していた影響とは全く逆の影響を受けたのだ。実際は今お前が想像したような世界になるはずだったのだぞ」

 うわ~……考えたくない。よくわからないが運命に逆らって正解だったようだ。

 グッジョブ、生きてた頃の私!

「まあ、そんなものは小さなことだ。それよりもお前は我らの予想を遥かに超えたことをしでかしおった」

「はい? ……特別何かをした記憶は他にないのですけど」

 何とも言い難いが私はこれまで自分に正直に生き、後悔しない道を選んできただけだ。神に驚かれるほどのことはしていない。

「お前は死ぬ直前何をしたか覚えておるよな?」

「覚えてますよ」

 確か電車に轢かれそうになっている子供を助けるために飛び出して、それで轢かれたんだ。そういえばあの子、大丈夫だったかな?

「ぴんぴんしておるぞ」

「本当ですか! それは良かったです!!」

 突っ込んだまでは良かったのだが突き飛ばしたりはできなかったのだ。電車はすぐそこまで来ていたし子供は泣いてへたり込んでいて、突き飛ばす余裕は無く私は子供を抱きしめて衝撃から庇うだけで精一杯だった。ちょっと心残りだったのだが無事で何よりだ。

「死んだというのに良かったとは変わっている」

 子供が生かせたことを喜んで何が悪い。私はもう三十路間近だったのだ。某赤い彗星も言っていたが新しい時代を作るのは老人ではないのだ。若者の方が大切に決まっている。

「もう良いわ。それ以上は止せ。それでお前が助けた子供だがその子は未来で大き過ぎる偉業を為す子でな、それ故に我らは死の運命をその子に付けた。あの日の事故で子供は引かれ終わるはずだったのだが、そこにお前は現れ、その子の運命を切り替え身を呈し救った。お前を引き金に子供は運命に逆らったのだ」

「さらに、運動が苦手なその子にとってお前はヒーローのような存在だったのだ。憧れのヒーローが自分を庇って死んだ、日本のヒーローを死なせてしまったということを知ったその子は酷く悲しんだ。そして運動の苦手なその子は代わりに狂ったように勉学に励んだ。目標は唯一つ、自分のせいで死なせてしまったお前の代わりに勉学で世界の頂点に立つことだ。贖罪という奴さ」

 何時の間にかヒーロー扱いされてたんだな。子供を救おうとして私はあの子を苦しめてしまったのか。

「そうでもないぞ。誰もその子を責めることは無かったしな。それもまたお前の行動故だがな」

 ああ、そうか。そういえば昔から人助けのために無茶してたもんな。周りから危険な真似は止めてくれって怒られていた。

「そして未来のことだがその子はとある発見で賞を取り有名になり、お前が命懸けで救ったことを知った人々はその子を何と呼んだ思う」

 神様が問うが答えられるわけがない。

「子供は『英雄の子』と呼ばれておる。その後、次々とお前に助けられた子供たちが世界中で大活躍していることも分かった。化学、数学といった勉強から、職人や武術といった本当に様々な面でな」

「そしてお前が命懸けで救った子供たちは同志を集めて、嘗て無いほどの膨大な成果を残した。……我等が想定していたよりも遥かに大きなな」

 神様は呆れたような、困ったような、複雑な顔をしていた。

「死んだ甲斐があるってもんですかね?」

 思わず顔がにやけてしまう。どんな死に様を晒すかと思っていたが未来の為に死ねるとは頑張ったことは無駄ではなかったようだ。ただ子供たちの作る未来を見てみたかったというのはあるけどな。

「ふっ、やはり変わっているな。……だが、だからこそここに呼んだのか」

「???」

 神様が急に笑ったと思えば私のほうを向いた。その目は鋭く尖り私を捉えていた。

 そして神様は言った。

「運命から外れてなお、己が心のみでありながら見ず知らずの他者を救うために命を投げ出した勇気ある貴殿に我等神は敬意を表す。そして我等は貴殿の行く末を見てみたくなった。このまま輪廻を巡らせるのは惜しい存在だ。故に我等は貴殿を他の世界に転生させる!」

「てなわけでさっさと決めるぞ。時間を使い過ぎた尺がヤバい」

「尺って何だ!?」

「ツッコむな。時間が惜しいんだ。行く世界は何処がいい?」

 今のかっこ良かったセリフは何処にいった。凄くメタった気がするんだがなまあいいか。とっとと進めた方が良さそうだ。

「行く世界は当然“戦姫絶唱シンフォギア”の世界です」

「そりゃそうか。では、人間界でのテンプレ通り、3つの特典を付ける。さぁ、何を望む?」

 特典か……。確か凄い力とか頭脳を望むのが普通だっけ。でも

「荒唐無稽な願いでも構いませんか?」

「良いが、程度によるぞ」

「では一つ目、『私自身が完全聖遺物“ガングニール”“天羽々斬”“イチイバル”になること』」

「…………本気で言ってるのか? それをするには三つの願いでは足らんぞ」

 む~……あ、この手があった。

 ニヤリと笑う。

「だった“私には極一部の力しか使えない”ならどうです?」

「それなら何とか二つ分で手を打とう」

 良しっ! 何か一つ儲かった。三つで出来るかどうか不安だったが何とかなった。

「じゃが本当にそれでいいのか? その願いだとお前は人とは少し違う存在になってしまうぞ?」

「少し、か……。まあ、そうですね。でも構いません。私はもう後悔はしたくないので」

「そうか、お前がそれでいいならもう何も言うまい。で、もう一つはどうする?」

 あと一つ、自分を守る術が必要か。

「そうですね……。決して折れることなく欠けもしない特別な鎌を幾つかとそれに合う衣装で」

「できるが、ちゃっかり二つ願ってるな。まぁセットにしておいてやる」

「ありがとうございます」

「それでは『聖遺物になること』と『鎌と衣装』だな?」

 私は頷いた。

「良し、わかった。では行って来い」

「了解です。それではまた……?」

 今まであった足場の感触が消えた。……嫌な予感がするんだが。

「じゃあな」

 嫌な予感ほど良く当たるとは言うが嫌なもんだなっ!?

 足場に穴が開き落とされた。

「クソジジイィイ!! ここまで再現せんでいいっ!!」

「ハッハッハ、神を罵倒した罰だ」

 次に会ったら絶対殴ってやる。そう誓って私は為す術なく落とされた。

「頑張れよ。英雄王」

 神様の呟きを聞くものは一人もいなかった。




感想お待ちしております。
二話目は今日じゅうに投稿します。
大量のミスがあり申し訳ございませんでした。


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第二話

「ふぅー……」

 俺がこの世界に転生してから膨大な時間が過ぎた。

 どういうことかって? 聞きたいのは俺の方だよ。

 確かにここは戦姫絶唱シンフォギアの世界で、俺の願い通りに聖遺物になっていた。

 でも時代が可笑しかったんだよ!

 

 何だ、北暦って、しかも南暦や東暦まであるわ、他にもアセリア暦とか他作のまであった……

 バベルの塔の時代から始まったから千年程度だと思ってたのに、既に億を超えてしまってるんだ。

 

 昔過ぎんだろうが! あんのクソ神め次に会ったら容赦しねぇ!!

 っと……すまない。取り乱し過ぎたようだ。あの日を思い出すと我慢が利かないんだ。

 それと口調だが……何億年も生きてみろ。人(?)生、色々という奴だ。

 んで今、俺がいるのは日本のとあるライブ会場。漸く本編の始まりと言うわけだ。すべきことはただ一つ立花響という少女を守ること。ただし、ただ守るというわけではないけどな。

 私は立花響、13歳。何の変哲もない唯の中学一年生です。

 今、私はとあるライブ会場の入り口付近にいます。

 それで……友達を待っているんですが何故かいないんです。私よりもしっかりした子なんですけど……どうしたんだろ。とりあえず電話したほうが良さそうです。

 ワンコールでその子は電話に出ました。

「あ、未来?、今何処~? もう私会場だよ~」

 未来というのは私の親友で“小日向未来”。同じ中学のクラスメートでこのライブに誘ってくれた女の子です。

『ごめん! ちょっといけなくなっちゃった』

 へぇ~、いけなくなったんだ……て、えっ?

「ふぇえ~?! どうして? このライブは未来が誘ったんだよ」

 いきなりドタキャンですか? もう少し早く言ってくれたらいいのに会場に着いちゃってるよ。引き返したくても周りの目が怖いし。

『盛岡のおばさんが怪我してお父さんが今から車を出すって……』

「私良く知らないのに~」

『ごめん。『――手伝ってくれ!』はーい。今行くよ。本当にごめん。私の分も楽しんできて』

「うぇぃ……」

 そう言うと電話が切られた。未来の方も慌ただしいみたいで奥の方からドタバタ聞こえていた。事故だから仕方ないかな、

「はぁ~、私って呪われてるかも」

 何だか最近ついてない。溜息を吐きながらもゆっくりと進んでいく行列に一人並ぶ。

「……………一人?」

 こんなに人がいる中で中学生一人って、私大丈夫だよね。

 少し心配になりながらもやっぱり進んでいく行列に身を任せる私でした。

 

 あたしは天羽奏だ。ツヴァイウィングという二人組の歌手の片翼をやってんだ。

 んで、今はもうすぐライブが始まるってんで楽屋で待機してたんだが相棒が返ってこない。またどっかで塞ぎ込んでるのかねぇ。全く世話が焼ける。

 相棒を探すため楽屋を出た。

 探すのは隅っこの角やちょっとした影のあるところ、相棒は何かあると大抵そういう暗い所で丸くなってんだよな。

 

 そうやって捜していると案の定陰で落ち込んでいるのが見えた。

 ちょっと頑張るか。

「間が持たないっていうか何て言うかさ、開演するまでのこの時間が苦手なんだよね。こっちとらさっさと大暴れしたいっていうのにそれもままならねぇ」

「……そうだね」

 声が硬いな。緊張してんのがわかるほどだ。

 ちなみにこの緊張してる奴があたしの相棒の風鳴翼だ。今は緊張で情けないけど、壇上に上がればこの弱弱しさは消えて凛とした顔つきのスゲェ頼りになる奴になるんだぜ。

 ただ始まるまでは隅で震えてるだけで頼りにはならないんだけどさ。

 それで翼が緊張してるときはこうして茶化すのが一番良く効く。

「んー? もしかして翼緊張しちゃったり?」

「当たり前でしょ。櫻井女史も今日は大切な日だって「カァ~、真面目が過ぎるねぇ」……あうぅ」

「「……」」

 あれ? ミスった?

「奏、翼ここにいたのか」

 おお! 流石、弦十郎のダンナ良いタイミングだぜ。

 弦十郎のダンナってのはあたしの師匠みたいな人で名前は風鳴弦十郎、翼の叔父にあたる人でもあるんだ。

「司令!」

 翼が飛び起きた。

 流石にダンナの前ではうじうじしないか。ダンナはうじうじしてる奴が嫌いだから当然っちゃ当然。ダンナ、怒らしたらおっかないから。

「わかってると思うが、今日は……「大事だって言いたいんだろ? わかってるから大丈夫だって」……ふっ、わかっているならそれでいい」

「今回のライブの結果が人類の未来を賭けてるってことにな」

 わかってるってーの。何回同じ話をすれば気が済むんだか。ダンナも心配性だねぇ―……。

「むっ? すまん」

 ダンナの携帯に着信が入った。

「まいど~♪ 櫻井了子ですっ♪ こちらの準備は良好よ~」

「そうか、わかった。すぐに向かう」

 向こうの準備が出来たっつうことはそろそろ開演ってことか。

 とっとと準備しねぇといけないな。

「ステージの上は任せてくれ。翼行くよ」

「頼んだぞ」

「うん」

 あたし達は最終チェックをするために舞台袖に向かい、ダンナも向こうでしないといけないことがあるため別れた。

 そして何時からか翼が羨ましそうにあたしを見ているのに気付いた。

「どうした?」

「ううん、何でもない」

 

 何でもないことは無いだろう。ダンナが来たから大丈夫だと思ったんだけどやっぱり駄目だったのか。仕方ないね、全く。

「さって、難しいことはダンナや了子さんに任せてあたし等はパァーッと……」

 また、この子ったら……。

「えっ?!」

 後ろから翼を抱きしめてやった。あー恥ずかしいったらありゃしないよ。

「真面目が過ぎるぞ、翼ー。あんまりガチガチだとその内ポッキリいっちまいそうだ」

「…………奏」

 翼は温かいなぁ。あたしみたいな憎悪しかない奴とは全然違う。

「あたしの相棒は翼なんだからさ、翼がそんな顔してるとあたしまで楽しめないじゃん。もっと明るく行こうぜ」

「……うん! 私たちが楽しんでないとライブに来てくれた皆も楽しめないよね!」

 漸く笑った。あたし達はツヴァイウィング、両翼あって初めて一つになるんだ。楽しまないと来てくれた奴らに失礼ってもんさ。

「わかってんじゃねぇか」

「奏と一緒なら何とかなりそうな気がする。行こう、奏!」

 つい今まで落ち込んでたようには見えないな。

 引っ張るなってーの。

「ああっ! あたしとあんた、両翼揃ってツヴァイウィングは――」

「何処までも飛んで行ける!」

「「どんなものでも超えてみせる!」」

 声が綺麗に重なった。

 何時も言ってるセリフだから当然か。

 それじゃあ、ライブの開演だ。




次は土曜日か日曜日に投稿します。
あ、主人公の名前は第五話くらいになりそうです。

皆さま、間違いのご指摘有り難うございます。

ライブの惨劇は話の都合上1年早めさせて頂きます。


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第三話

「うわぁ~っ!」

 凄い人の数! 会場内に入った私の目に飛び込んできたのは見渡す限りの人でした。

 ツヴァイウィ……ウィ……ウィング? というグループは凄い人気があるみたいでまだライブは始まってないのに熱気がここまで伝わってくるほど暑いです。

 と、取り敢えずチケットに書かれている席を探そう。

 

「ふへぇ~、や……やっとついたぁ〜」

 …………疲れた。

 というのも席を探し始めてから10分以上がもう既にたっていました。

 もうここ広過ぎ。何番がどの辺にあるのかもわからないんだから仕方がないじゃないですか。頼りの未来は来てないし、一人寂しく探し回るしかなかったんですよ~。

 漸く席に着けた私は荷物の整理をしました。開演はもうすぐだから手短に済ませないとね。

 まずはライブの邪魔になりそうなものから持って来た手提げのバックに分けて入れる。未来に教えてもらった方法で順番に物を入れると今迄よりも沢山入りました。

おぉ! 持っていた小さな袋たちが全部入ってしまいました。

「やっぱり未来は凄いな~。こんなに入るんだ」

 未来に、代わりに買っておいてと言われたものや私が欲しくなったのが数点ずつあったのに綺麗に収まってしまったのです。

 うん。これからは無理矢理入れないで丁寧に入れることにしよう。

 そして今手元にあるのはライブには必需品だと未来に念を押された光る棒、商品タグ(?)にはサイリウムと書かれている棒だけです。

 これって何時折ればいいんでしょう。使ったことが無いのでどれくらい持つのかもよくわからないよ。ライブが終わるまでは大丈夫だとは思うけど……。

 辺りが急に暗くなりました。周りの観客たちも静かになったけれどそれも一瞬で、割れんばかりの叫び声を上げ始めます。さらに光る棒を折り始め次々と点灯させていくのです。

 それで漸く私も気付きました。この会場はドーム状で照明によって明るくなっていたのだからそれが消えるってことはライブが開演されるということにほかならないということなのです。

 すぐに気付けないなんて情けないよ、私……。

 曲が流れ始めました。色取り取りの照明が動き会場の中を照らしまわりその全てが会場の中央が照らされ白煙が立ち上がり、そして二人の歌姫が飛び出したのです。

 歌が始まりました。

「わぁ~っ!」

 言葉で言い表せないほどに二人はかっこよくて美しかったです。

 舞うように踊り続けるその姿は正に歌姫で、見ている観客も合わさり世界が輝いているかのように見えてしまいました。

 私は慌てて棒を点灯させます。既に観客は立ち上がっていて棒をテンポに合わせて振っていたからです。

「イェ~イッ!!」

 かく言う私も座って見ているだけなんて出来ずに立ち上がって棒を振りましたけどね。

 楽しい時間は長くは続かない。すぐに時間は過ぎてしまう。

でもこれは余りにも早い終わりでした。

 驚くほどすんなり入れた。

 流石、機械の体と行った所か。簡単にハッキングが出来てしまうわ、監視カメラも簡単に偽装できてしまうわで自分でも少し引くほどだ。

 どうでもいい感想は置いといて、とっとと探そう。売店には既にいないようだしどうやって探したもんか。

『ガングニール、天羽々斬の反応を確認。正常に稼働しています』

 脳内で声が聞こえた。

『そうでないと困る。そのまま聖遺物の反応は常にチェックしておいてくれ』

『畏まりました』

 これは少し(大体200年くらい?)前に作ったAIだ。

『あと、カメラが撮影している範囲内でいいから立花響の居場所を検索掛けられるか?』

『……エラー。不可能です。立花響の顔の情報が入っていません』

 そういえばそうだった。“俺”は顔を知っているがシステムが利用できるほど細かくは覚えてない。もう1億年以上前のことだ。機械になる前のことなんて流石に覚えていられない。

『とりあえず……中学前後の少女で検索掛けてくれ』

『えー、この量をですか?』

 いきなり砕けたな。今までの硬さは何処に行った。

『俺の一部の癖に拒むなよ』

『ひどーい、差別だー虐待だー』

『俺のメモリを大量に使いこんでそれに俺の演算の大部分使ってんのに勝手なこと抜かすな』

 どうやってかこいつは知らない間に疑似感情のようなものまで作り上げていたのだ。

 使っている量は元々三分の一ほどしか残っていない俺のストレージを半分近く埋めてしまっている。別にそれでも1ZB……つまり320GBのパソコン30億台分は余裕があるから構わないんだけどさ。……スーパーコンピュータを軽く凌駕してるな

 ん? 有り過ぎだ? 呵々、聞きたいのは俺の方だ。この無駄に多過ぎる容量のせいで整理するだけでもどれだけ時間が掛かると思っているんだ。

『この前した時って一日近くかけたんでしたっけ?』

 

『残念ながら一週間は掛かったよ』

『わぉ……マジですか』

 残念ながら大マジだ。

 演算処理で必要ないとサボっていたらド豪い目にあった。

 処理速度は落ちて動きにくくなり、旧世代のロボット並みのカクカクになってしまった。慌てて整理しようと思ったら中はカオス状態、何が何かサッパリな惨劇だ。

 こんな風になりたくなかったら。皆はしっかり整理整頓をするんだぞ。

『普通、そんな悲惨なことにはなりません。それより誰に向かって言ってるのでしょう?』

『さぁ? 何か言わなければいけない気がしただけだ』

『電波というやつですか?』

『多分な』

 話が大幅にずれてしまった。戻そうか。

『多過ぎます。他に特徴ないですか?』

『う~ん、確か髪は黄色に近い茶色だったはずだ。それと瞳も近い色だったと思う』

『これなら結構絞れますね。カメラもほぼ完全に移せているようですし運が良ければ見つかります』

 見つからないと困るっての。

『……検索結果126名です。表示しますか?』

 多いな。他の特徴は無かったか。

『あぁ〜、そういえば髪の長さもわかるな。確か肩にかからないくらいで癖毛が凄かったはずだ』

『もっと早く言ってくださいよ。それならば該当者は10名です』

 すまん。伝えるのをすっかり忘れていたんだ。

 該当した10人の中に立花響の姿がちゃんと映っていた。

『お~、流石だな。この子を登録して常に確認しといてくれ』

『了解しました』

 これで後は微調整をするだけで良くなった。

 だけと言っても微調整も大変だ。色々なリンクを繋いでおかないといけないからその設定もして、最適化の限定を設ける必要もある。問題は山積みだ。

 曲が始まったようだ。

『ネフシュタンの鎧と思われる反応を検知』

 問題はあれど何とかなるだろう。ネフシュタンの鎧の反応も現れたようだしそろそろか。

 そう思い動こうとしたのだが、唐突に建物が揺れ始めた。

「何だ?」

『検索、ノイズ反応なし。ただの地震のようです』

 ただの……ね。きな臭いったらありゃしない。

 ピシリッ……

「あぁん?」

 天井を見ると一ヶ所に大きな罅が入っていた。

 何か拙い気がする。

 一体何だ? 何か忘れている?

「―――ッ!!!」

 どうやら曲が終わったようだ。

 もうすぐ――ノイズが来……るッ!?

『ノイズの反応を検知。接触まで後十秒』

「しまった。これだ!!!」

 気付いた時には既に遅い、大揺れの振動が重圧となって全身に襲い掛かった。

 こんなので人が壊れることはない。でもそれは飽く迄、人だけの話だ。

 だが建物は違う。耐震性があってもこんな目に見えるほどの罅があっては効果がない!

「ぇ~ん! ぇ~ん! ママァ~!」

 女の子が泣いていた。無視なんてできるわけが無かった。

「未来を担う子供を死なせるわけにはいかないんだよ! ギア展開!」

『Mode fighter』

『身体強化、エネルギーを左手に圧縮だ。一撃で終わらせる』

『了解』

 踏み込んだ床が割れた。でもそんな些細な事は気にしてられない。

「間に合え!」

 子供と瓦礫の間に割って入る。

「撃ち砕け、掌底―波ッ!!」

 右手で瓦礫を掴みバランスを整え掌を撃ち出した。

 ドガン! ゴキャ!

 鈍い音が二つなった。岩は砕けたが一緒に俺の左腕も持ってかれてしまった。痛いがまだ大丈夫。まだ動ける。

「嬢ちゃん。大丈夫か?」

「う、うん。……!! お兄さんその手!」

「平気だ。別に気にすることは無い」

「――!」

「あ! ママだ! ママー」

 ふむ。親と会えたみたいだ。早く行かなければ……。

 大量の人の流れに逆らうように会場内へ走った。

「大丈夫だった?」

「うん! あのお兄さんが……? あれ?」

 ちっ、流石に多いな。逃げ出してきた人が多すぎて動き辛い。

『響の場所は変わってないな?』

『恐らく』

『良し。モードチェンジ』

『了解。Mode chenge. Mode sonic』

 体が軽くなるのを感じた。状況が分からない以上急がないと手遅れになる可能性がある。

 まだ、使ってくれるなよ!

 

 俺はライブ会場から少し離れたビルの中にいた。

 ここには研究所があり聖遺物の研究をしている。

「了子君、状態は?」

「極めて良好よ。問題ナッシング」

 研究部主任の了子君に聞くと頼もしい返事が返ってきた。

「そうか。皆、もうすぐ始まる時間だ。油断するなよ」

「「「了解」」」

 全員に声を掛ける。研究員の顔に疲れの色は見えない。

 ガラス越しに部屋の中央辺りにある完全聖遺物“ネフシュタンの鎧”を見る。こいつは人類の未来が掛かっているかもしれない代物だ。

『まだまだ行くぞぉォッ!』

奏と翼の映像が入っている。

「フォニックゲイン、想定内の伸び率を示しています」

 モニタリングをしていた研究員がそう言った。

「ふふっ、成功みたいね。お疲れ様~♪」

「お疲れ様でした」「よっしゃ」「終わった―」

 了子君がそう叫ぶと喝采があった。油断するつもりは無かったがその時気を抜いてしまった。

 室内に警報が鳴り響く。

「どうした!?」

 ネフシュタンの鎧からプラズマが発生しているのが見える。

「上昇するエネルギー反応、セーフティーが持ちこたえられません! このままでは聖遺物が起動……いえ! 暴走します!」

「急いで止めなさい!!」

「間に合わん! 皆伏せろ!」

 ネフシュタンの鎧は光を放ち爆発した。

「ラァァアッ!」

「てや!」

 二人の歌姫が次々とノイズを切り伏せていました。歌を歌いながら戦う姿も勇ましくてかっこ良い。

 何が起こったのか、それは二曲目が始まろうとしていた時でした。突然地震が起きたのです。

「あ、あれは何だ」

 誰かが空を指差しそう呟きました。

 始めは鳥に見えていたのですけれど、鳥にしてはやけに大きく空を覆うほどの数でした。しかも色がキモい。

 そしてまた地震が起きました。地面が盛り上がり中から何かが這い出てくる。

 って、何?!

「の…………ノイズだぁ!!!」

 そう声が上がると皆我先にと会場から逃げ出そうとするけれど私はそう出来ませんでした。

 地面から出てきたノイズが口らしき部分から大量の液体を吐き出すと、液体は分裂し形を変え別のノイズに変化しました。

 逃げなきゃと思ったけれど動けなかった。恐怖で足に力が入らなくなっていたのです。空から降ってくるノイズの雨で人々は貫かれ黒くなっていき、崩れていくのを見てしまったせい。

 話には聞いたことがありました。

 ノイズは存在が謎で建物などをすり抜けることができ無害だけれど、相手が人間の場合だけ触れると触れた場所から順に炭のようなものに変えられて、死んでしまうという話です。

 それは本当でした。たった今、私の目の前でノイズに突かれた人たちは炭のように黒くなって消えていく。

「あははっ、私ってやっぱり呪われてる~」

 あんな化け物から逃げ切れるわけがない。私は逃げることを諦めてしまった。けどまだ希望はありました。

 逃げずに会場を見ていた私が見たのは、今まで歌っていたツヴァイウィングの一人がノイズの群れに突っ込む姿でした。




ディランダルではなくデュランダル……でもなくネフシュタンの鎧が正解です。
(全く違った!?)
ごめんね、ネフシュタン。デュランダルと混合してたよ……。


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第四話・前編

Side 響

「―Croizal ronzell gungnir zizzl―」

 歌のようなものが聞こえたと思うとノイズたちが真っ二つに切り裂かれた。切り裂いたのはおそらく紅い髪の女の子、あの人は今歌っていた天羽奏さんだ。

 着ていた衣装が変わっている。

 フリフリの付いた服をきていたはずが、今は赤みがかったオレンジのスキンスーツを着ていて、足には鎧のような白い金属の足当て、靴は少し高めのヒールで、頭には角のみたいな尖りがあるヘアバンド、と変わった服装になっていた。

 極めつけはその手にある大きな槍みたいなものだ。

 まるで戦士みたいな恰好。

「あれ、何?」

「デェエイッ!」

 数体のノイズを切り裂くと奏さんはノイズの群れに矛先を向ける。

 ほ、本当に戦士でしたか……。

「いくぜェッ!」

 ― STARDUST ∞ FOTON ―

 槍を空高く投げ上げた。

 普通だったら奏さんの動きはありえない行動だ。でもありえない行動をしたのは投げられた槍の方であった。

「エエッ!?」

 どういう原理か槍が二つ四つと分裂していくのだ。そして増えた槍は空高くからノイズに向かって降り注ぐ。その光景は本当に小さな星が降り注ぐようでに見えた。さらにノイズを消し去った槍は自ら奏さんの手元に戻っていく。

 また何処かで新しく歌が聞こえた。あれは……翼さん?

 歌の聞こえる別の方を見ると翼さんが碧い光を纏いノイズを圧倒していく姿だった。

「奏ッ! 一人で無茶しないで!」

「大丈夫だって、心配すんな。翼はそっちを頼んだぜ」

「そんな!」

 離れた位置でありながら二人は話して戦っている。

 …………この時、私は選択を間違えた。

 私は戦う二人の歌姫に見惚れてしまったのだ。

 歌って踊って皆を楽しくさせるライブも確かに良かったけれど、今私の目の前でノイズと舞うように戦い、踊るようにノイズの雨を躱す彼女たちの姿のほうが何倍も何十倍も可憐でかっこいいと感じてしまったからだ……。

 奏さんが槍を振り抜きざまに私を見て、

「な、何やってんだ、お前!! 早く逃げろッ!!!」

 驚きながらも私を怒鳴りった。

 それが原因で奏さんの動きはほんの少しだけ止まってしまう。そのごく僅かな隙をノイズは見逃さなかった。

「奏、後ろッ!」

「しまッ!?」

 翼さんの叫び声で近くまでノイズが迫っていることに気付き、慌てて奏さんは右手で持っていた槍を振う。

――ガキッ!

 槍は鈍い音を立て一部が割れてしまった。

「チッ! 時限式はここまでかよッ!!!」

 彼女がそうボヤくと、槍は一回りほど小さくなり、鮮やかだったはずのスキンスーツが、黒ずんでいくのが見て取れた。

「クッソッがァアアァッ!」

 突如弱体化してしまった奏さんに、容赦なくノイズは襲い掛かり休む暇を与えない。今までは簡単に切り裂いて捌けていたはずの攻撃も小さくなってしまった槍では弾くことさえ容易ではなくなった。

 今すぐ逃げないと、見惚れている場合なんかじゃ無い。

 このままじゃ奏さんが……私は急いで出口に向かって走り出した。

「殺らせるか!」

 後ろを軽く見るとノイズの一体が私に向かって飛び掛かってきていた。でも奏さんは私とノイズの間に割って入り弾いた。

 私を庇うために槍を振るい、ノイズと衝突するたびに割れた槍は砕けてしまう。

「あっ!?」

 瓦礫に躓いてしまった。

 ……拙い、このままじゃ!?

 反射的に後ろを振り返る。そこで私が見たのは奏さんが私に飛び掛かってきた最後のノイズの突撃を受け止める姿と鮮やかな赤い飛沫だった。

「はぇ???」

「ッ!?」

 体に何かがぶつかって背中から地面に落ちたはずなのに痛くないのは何でだろう? 何だか瞼が重たい気がするし……。そして胸の辺りから何かが抜けていくような感じもする。

 ゆっくりと視線を落とし私の胸元を見ると、真っ赤に染まっていた。それに胸の真ん中あたりから大量の液体が止まることなく溢れている。

 …………これって血、だよね?

「おい! しっかりしろ!」

 奏さんが駆け寄ってきた。

 …………私、死ぬんだ。

「死ぬなぁッ!!」

 これが天罰なのかなぁ……逃げなかった……私の…………。

 14歳で死んじゃうのかぁ~。もっと生きたかったなぁ。こんなことならもっとママやパパと一緒にお出かけしとけば良かったよ。それに未来と一緒にライブを見たかったな。次こそは一緒にって思ってたのに……皆、ごめんね。

 私はゆっくりと瞼を…「生きるのを諦めるなッ!!!」…閉じなかった。

 奏さんの言葉が胸に響いた。もう死ぬんだ、と死を受け入れようとしていた私をその言葉が引き留めた。

 まだ死にたくない! 醜いって思われてもまだ生きていたい! 家族とだって会いたいし、未来とだってもっと沢山一緒にいたいもん!!

 生きたい、けれど瞼が凄く重たい。このまま目を閉じてしまったら死んでしまいそうなのはわかっているのに目を開け続けることが出来そうになかった。

「……いつかココロとカラダ、全部空っぽにして思いっ切り歌いたかったんだよな。今はこんなに沢山の連中が聞いてくれるんだ。だからあたしも出し惜しみ無しで行く」

 薄らと意識の中、奏さんの声を聴いた。

「取って置きのをくれてやる。絶唱を!!」

 彼女はノイズの方に向き直り一歩踏み出した。

「-Gatrandis babel ziggurat edenal-」

 大声というわけでもないのに美しく澄んだ声が壊れた会場内で木霊した。

「-Emustolronzen fine el barual zizzl-」

「-Gatrandis babel ziggurat edenal-」

「いけない! 奏ェ! 歌ってはダメェエエェェッ!!」

…………歌が、聞こえる?

『そうさ、命を燃やす最後の……!』

…………???

 奏さんが歌い終わる前に一体のノイズが再び私に向かって飛んできた。

(しまった! 間に合わないッ)

 

 …………これで終わりなんだ……ごめん、未来。

『勝手に! ……終わらせてんじゃ! ねぇェッ!!!」

 誰かの声がすぐ傍で聞こえた。

「生きるのを諦めるなッ!」

 天羽奏の声が聞こえた。

 もうここまで迫ってきてるのか。

 

 必ず運命を変える!

 

『…………歌が、聞こえる?』

『そうさ、命を燃やす最後の……!』

 ノイズの一体が動くのが見えた。

『エネルギーを右手に圧縮。左手の治療の優先度を最低に』

『了解。 Mode change. Mode fighter』

 散らばっていた聖遺物の破片を掬い中指の背に当てる。

『コネクト!』

『聖遺物“ガングニール”との接続確認。バイパス接続完了』

『これで終わりなんだ……ごめん、未来』

『勝手に……終わらせてんじゃ! ねぇェッ!!!」

 瞬時に響の前に飛び出て構えを取る。先のとはまた違う動きの少ない最低限の構え。それでも篭った力は先のよりも上回る一撃。

 拳を中心に集まったエネルギーが形を持ち始め蒼く狼のように見えた。だがそれだけではない。放出されるエネルギーは破片を通すことでさらに変換される。

「ノイズを喰らえ!――牙狼撃ッ!!」

――ミシッ……

 撃ち出された狼は牙を立てノイズに喰らい付く。右腕からは骨が軋む音が聞こえるが引く訳にはいかない。

「だぁァァラァアアアッ!!」

 腕の中から形容しがたい歪な音が鳴った。

 どうやら肩の辺りから骨が砕けたようで腕がぶら下がった紐のように揺れている。

意識が吹っ飛びそうになるのを堪え無理矢理叫んだ。

「いっけぇッ!!!」

『誰か知んねぇけど、助かったぜ』

「-Emustolron zen fine el zizzl-」

 ……そして奏は絶唱を歌い切った。

 奏の体が命の全てを焼き尽くすかのように、白い炎が激しく燃え、鎧が弾け飛ぶ。

 命を燃やし絶える唱、それが彼女たちの……絶唱である。

 そんなもの俺は認めない。子供が死なねばならぬ道などあってはいけない。後ろで倒れている響もそうだ。全てを掛けてでも全てを救ってみせる。

『絶対に二人を死なせるなよ! ガングニール! 奏とのシンクロ率を限界まで引き上げろ!』

『それをすればマスターに全ての負担が……』

『それがどうした! 全部の負荷は俺が引き受ける。これでも元は神の武器。こんなことで折れやしない。だからお前は黙って従え!!!』

『もう、横暴ですね、まったく。貴方が死ねば私は消えるってことを忘れないで下さいよ』

 わかっているさ。体が限界なのにも気付いている。でももう一言叫ばせてくれ。

「天羽奏、お前も生きるのを、 諦らめんじゃねぇッ!!!」

 その叫びを最後に、光が会場を白く染め上げた。




ゆったりし過ぎだと思ったので、今週は二話。

戦闘回ですが、上手く書けないな……。


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第四話・後編

 光は消え白い世界に元の景色を映した。

 つい今までライブ会場だったはずの場所にはライブのセットどころか照明も客の座る席さえもほとんど残っていない。

 そして蠢いていた100を超えるノイズも跡形もなく消し飛ばされていた。

 その場にいるのはたった四人、だが立っているのは、ただ一人翼だけだった。残り三名の生死は定かではない。

「奏ェエエエ!!」

 力なく倒れている奏に、翼は駆け寄った。

その時、空から複数のヘリが変わり果てた会場に着陸した。

「クソォオオッ! 救護班! 向こうに倒れている少女を最優先に全員を運び出せ! 奏は俺が運ぶ!」

 真っ先にヘリから降りてきたのは弦十郎だ。倒れている三人を見えて瞬時に指示する。普通であれば、絶唱を使った奏を優先にするはずが、彼が優先したのは響であった。それは奏の命を諦めたからなのか、それとも奏なら大丈夫だと信じていたからなのか、それは彼にしかわからない。

 ただ理由はどうあれ奏が命懸けで守ろうとした少女を死なせるわけにはなかったのだ。

 例え奏が生きていても、彼女を救い損ねたなら彼女は今よりもさらに苦しみ、一層荒れてしまうだろうということが、娘のように育ててきた弦十郎にとって想像しやすいことだったからである。

 響の胸からは大量の血が流れでていて、今もまだ少しずつ流れている。側で倒れる少年の方も、両腕が本来曲がることのない場所が、様々な方向にぐにゃぐにゃと歪み砕けていた。

 ただ曲がるだけでなくまるで軟体動物かのようになっている。

 ただそれでも見捨てることはせず弦十郎たちは全員を本部の抱える病院へ緊急搬送した。

「んっ……んんぅう~。んにゃ?」

 あっれぇ~? 目を覚ましたら知らない天井がある~。

 ここって天国ぅ~。せま~い。

 軽~く現実逃避。何があったんだっけ?

「あぁ~、そうだ…………って生きてる!? う~ん……みゅぃっ!?」

 頬を抓ろうと腕を動かしたけれど胸に激痛が入った。

 生きているかの確認には小さな痛みで良いのに激痛は酷いよ。でも生きてるって思うと我慢できないほどでもないかな。

 でもこれは~……

「お、起きれない」

 ここはおそらく病院。窓から入る日差しが眩しい。反対側にはベッドが一つあり誰かと同室であるのがわかった。けれどそれだけしかわからない。

「んんぅ~もう、ちょっと」

「お! 嬢ちゃん、目を覚ましたか」

 起き上がろうと頑張っていたところに男(女?)の子が入ってきた。どっちか判断が微妙なところな人です。口調は男っぽいけど、髪は長く、見た目は若干女の子よりの中性。服装によっては男でも女でも通りそう。男の子かな? 女の子かな?

「えっとどちら様?」

「ああ、ごめん。驚かせちまったな。あと、無理に体を起こさなくてもいいぞ」

「すみません……」

 凄い恥ずかしいところを見られてしまった。

 入ってきた子は雰囲気は私よりも年上のように見える。

「ずいぶん酷い怪我だったけど、大丈夫……ではなさそうだな」

「えへへっ」

 うん。全く大丈夫じゃないです。体のあちこちを打ったみたいですっごい痛いし、体中に砂を入れたような感じもあって手足がぞわぞわする。

 正直言って気持ち悪い。

「あれ? でも何で私の怪我が酷いって?」

「そりゃ、あの場にいたからな。でも意識がほとんどなかったみたいだから覚えてないのも仕方ないか」

 入ってきた子は隣りのベッドに腰掛けた。

 そういえば私以外にも誰かいたような……

 そこで漸く彼の異常さに気付いた。

 彼は肩から指先にかけてぐるぐるにギブスで巻かれているのだ、しかも両腕を。それに足首からは包帯が巻かれているのも見える。

「その腕どうしたの?」

「これか? ちょっと子供助けようとして振ってきた天井砕いたら一緒に砕けた」

「…………」

 彼はちょっとで腕が砕けたことをあっさり流してしまった。予想よりも軽い返答に私は唖然としてしまい言葉が出なかった。あそこの天井は確かコンクリートだったはずなんだけど、それを砕くって……

「……だ、大丈夫なんですか?」

「へーき、へーき。人よりも体は頑丈だからな」

「砕けちゃったら頑丈とか関係ないような……」

「ん、それもそうか」

 ……ガクッ。

「何を漫才みたいなことをやってんだ?」

「う、うっさい!」

 思わずズッコケてしまった。ベッドから転げ落ちそうになったけど彼に助けてもらって大丈夫だった。

 ただ恥ずかしい所を見られちゃったよ。顔が凄く熱い気がする。

「気を付けろよ。えーっと……そういえば名乗って無かったな。俺は聖踊(ひじりよう)。聖なる踊りって書いて、そう名乗ってんだ。あと言っとくけど俺は男だ」

 名乗ってるってどういう事なんだろ。

「……えっと立つ花が響くと書いて立花響(たちばなひびき)です。」

「響か、良い名前だ。立花さんこれからよろしくな」

「よ、よろしくです」

 彼、聖さんの言葉に少し引っ掛かったので聞いてみよう。

「あの……名乗ってるってどういう事なんですか?」

「ああ、俺は捨て子なんだよ。それで赤ん坊の頃からずっと孤児院で育てられてたんだ。この名前も捨てられた時に俺の傍に置いてあったらしい」

「そ、そうなんだ。ごめんなさい」

 聞いてはいけない話だったかも、素直に謝る。

「謝らなくてもいいぞ。別に単なる笑い話だ」

「何処が!?」

「呵呵。それがな、親が置いて行った紙はとても小さな紙だったんだけどさ」

 そう言うと彼はギブスの巻かれた両腕で大きさを表現する。言ったら悪いけどとても分かりにくい。

 もう勘で聞くっきゃない。

「えっと名前シールみたいなサイズ?」

 少し聖さんは考える素振りを見せると、

「その半分位かな。二文字がギリギリ入るサイズだ」

「小っさ!? 拾った人もよく見逃さなかったね……」

「呵々、それは俺も思った。でだ、そのせいで『聖踊』が名字と名前だったのか、それとも名前だけで、“せいよう”とかだったのかも分からないんだよな」

「うわー、大変ですね」

 それからもしばらく話は続いた。

 話をしていてちょっと驚いた。二、三歳は年上だと思っていた聖さんは私と同い年だったのです。

「信じられないです。本当に聖さんは13歳なんですか?」

 疑いの眼差しを聖さんに向ける。嘘をついてるようには見えないけど怪しい。

「嘘ついてどうする(嘘だけど)。まあ同い年とは思わなかったのは同じだがな(確信犯してたが)」

「それって、私が子供に見えるってことですか!?」

「おう、見えたぞ」

 この人、酷っ!? そんなハッキリ言わないで欲しいかな! 人が気にしてることをグッサリついてるよ。

 私も周りの人と比べると子供っぽいかなって思うことあるけどそんなキッパリ言い切らなくてもいいじゃん。

「子供っぽく見られたくないなら取り敢えず敬語を止めてくれ。()()()と合わさって俺より下に見える」

「グワッフ!」

 また言ったよこの人。もしかしてわざと言ってるの? 嫌がらせ?

「わかったから子供っぽいって言うのは止めて。これでも気にしてるんだから」

「そうか。すまん」

 悪気は無かったみたいだし許す。次に言ったらドウシヨッカナ~♪

「ブルル……ん? んん?」

「どうかしたァ?」

「い、いや、何でもない」

 何故か自分の顔がニコニコしてる気がするよ。おっかしいなぁ~。

 その時、扉が開き人が駆け込んできた。

「「「響!!」」」

「あ、お母さん。お婆ちゃんに未来も、どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ。心配させて。丸五日も眠ってたんだから。死んじゃうんじゃないかって、未来ちゃんもずっと心配してたんだからね」

 い、五日!?

「ご、ごめんなさい。五日も寝てたんだ。皆ありがとう」

「謝るのは私の方だよ。響がこんなことになったのも私が誘ったせいなんだから。私も行ってたら響が怪我することもなかったのに」

 未来が暗い顔をする。空気が凄く重たい。

「はぁー、何で皆暗い顔してんのかねぇ」

 聖君が随分無神経なことを言った。

 

「何「今は、響ちゃんが怪我したことを悲しむよりも、響ちゃんが目を覚ましたことを喜ぶべきじゃないんですか? 生きていることを噛み締めようとしてる響ちゃんを悲しませてどうする」……ごめんなさい」

 こ、怖かった。未来が怒ったの久しぶりに見た気がする。

 あと、ちゃん付けは止めて欲しい。

「だから暗いって明るく、明るく」

「聖君は明るいね」

「子供は笑ってる方が良いんだよ」

「同い年でしょ!?」

 同い年の人に子供って言われたくないよ。

「え!? そうなんですか?」

「そうだぞ。ってまだ名乗ってなかったっけ」

 そう言って聖君と未来は簡単に紹介を済ませた。

「お母さんたちは知ってたの?」

「ええ、初めてここに来た時に色々話したのよ」

 

「踊君が男なのは……」

 

「知ってたわよ?」

 

 え……。

「……私って五日間も寝てたんだよね?」

「ええ」

「聖君、何時から起きてたの?」

「五日前だ」

 可笑しい気がするのは私だけ? 私の感覚が可笑しいのかな? 未来の方を見ると顔が引きつっていた。

 良かった。間違ってないみたい。

「普通、年頃の娘を知らない男の子と同じ部屋で寝かせとく!? 親なら反対とかするんじゃないの!?」

「ふふふ、彼はそんなことするような子じゃないと思ったからよ。むしろ彼なら守ってくれそうだったから私がお願いしたの」

「はい!?」

 

「呵々、やっぱそうなるよな。俺も初め聞いたときは驚いた」

 カラカラと笑いながら聖君が言う。

「でも受けたんだよね?」

「役得?」

「ちょっ!? 本当に何もしてないよね!?」

「俺は何もしてないぞ」

「俺()って、()って何!?」

「ちょっとピーーが」

「ピーーって誰!?」

「聞きたいの?」

「聞きたくないです」

 聞いたらダメな気がする。

 聖君がニタニタと笑いながらこっちを見てくる。

 あっれ~、背筋が寒くなってきた~。

「そう、残ー念」

 

 それから今後のことを話してお開きになった。

 この言い方だと何か飲み会みたいだね~。病院だからそんなこと出来ないけどさ……はぁ~、イテテッ……。




主人公の名前が漸く発表出来ました。

今更ながら、主人公の性能だけはチートになりそうだ……戦うことは少ないからどうタグ付けしたものやら……

因みに、元の世界では世界最強とまで言われてましたが、この世界ではそんなにです。
だって、向こうには弦十郎のダンナや緒川さんなど沢山いますもん。

元の世界には忍者の末裔とか無傷で地面砕いて盾にできる人なんか流石にいないです。


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第五話

 あの日からはや三か月、胸の傷も痣が残るくらいに治った頃。

 体の麻痺はリハビリのおかげでほどほどなら動くようになりました。ただ歩けばガクガク、手を上げればブルブルで本当にほどほどですけど。

「まだ無理か~」

 今はお昼の時間です。お箸で食べたいのですけどやっぱりまだ無理みたい。

 む~……何か悔しいな~。

 今日も諦めてスプーンとフォークで食べるとしよう。

「呵呵、なぁ、響。自力で食えるだけまだ良いじゃないか。俺なんて漸く腕が使えるようになったところで指のほうは全然動かないんだぞ」

 そう言って踊君が両腕を上げた。

 前までは肩から先まで一本の棒だったけど今は右腕は手首を固定してるだけになり親指だけならピクピクと動くようにはなっている。

 左腕はちょっと巻いてるのが減ったくらいしかかわっていない。そう言えば不思議な治り方をしてるとお医者さんも言ってたっけ。

「そうだったね。えへへ、ごめん」

 ちょっと前まで、というか今も、踊君にリハビリも兼ねてご飯を食べさせたりしている。それまでは看護師さんが食べさせようとしてたけど、拒み続けるから隙をついて私が無理矢理食べさせたのだ。それからは大人しく食べさせられてます。

「響、聖君、元気にしてる?」

「失礼する。元気そうだな」

 お母さんと渋い声の男性が入ってきた。ああ、風鳴さんでしたか。

「げ、元気です」

「やぁ、いらっしゃい。おっさんが来るなんて珍しいじゃん」

「おいおい、おっさんはないだろ。俺もまだおっさんと呼ばれるほど年はとっとらん」

「む、では風鳴のダンナ?」

「(奏と似た呼び方だな)まあいいだろう」

 おっさん呼ばわりは悪いと思うけどダンナも大概じゃないかな……風鳴さんがいいならいいのか。

 う~ん。悩んでも仕方ないや。

「それで今日はどうしたんですか?」

「おっと、そうだったそうだった。お前のことについてだ」

「はい? どうかしたんですか?」

 踊君がどうかしたんだろ?

 踊君を見てもわかっていないようで首を傾げています。何だろ、凄くかわいい。静かにしてると踊君はかわいいなぁ。

「おいおい、お前のこれからのことだぞ。忘れるな」

「……あぁ!」

 踊君は静かに手を叩いた。かわ……じゃくて何の話か思い出したみたいです。

「お二人は踊の家のことは聞いていますか?」

「はい。聞いてます。確か家族がいないって」

「そうでしたか。それは良かった。一応私が保証人をすることにしたのですが如何せん私には既に一人養子がいて姪の面倒も見ていて、こいつを養うことができないんです」

 あ、話がわかってきた。

「それでこいつも馴染んでいる立花さんたちの家に住まわせてやれないかと思い伺った次第です」

「そうでしたか。……響はどうしたい?」

「へ?」

 何故かお母さんは私に振った。

「ふふふ、私は別に構わないのよ。響のリハビリも手伝ってくれてたし、支えてくれたみたいだからね。……ただ年頃の娘が同年代の男の子と一緒にいて耐えられるかなって、主に響が」

「あ~……って私が!?」

 何で私が襲う側にいるのかな!? 

 でも確かに一理ある。(あ、私が襲うのところは違うからね!)特に何も考ええないでに引き取っちゃえばいいと思ってたけど、よく考えたらこれって貞操のピンチ!?

 ……同年代の男の子…………うぅう……プシュー………………!

「響は嫌なの?」

「そうなのか……?」

 そんな目で見ないで。嫌なんじゃないからね。男の子なのに何でかわいいのかな!?

「違うからね。嫌じゃないよ、嬉しいよ! ……ハッ!?」

変なこと口走っちゃったぁぁあああ!?

「ふふふ、青春ねぇ」

「ちょっと!?」

 お母さんにからかわれるなんて思っても見なかったよ。

「私のことは良いから話を進めてよ」

「あら、そう? 照れちゃって」

 そこの二人、笑うな! 風鳴さんはまだ良いけど(いや、良く無いよ)踊君のせいなんだからね!

「では手続きをお願いします」

 漸く話が戻り、手続きに移った。何でこんなに恥を掻かなきゃいけないんだろう。やっぱり私って呪われてるのかな?

 風鳴さんがカバンから一枚の紙を取り出した。

 お母さんはその紙を受け取ると、

「これだけですか?」

 訝しげにそう聞いた。私も気になり横から覗きこませてもらう。

 うわ、少ない。ノートくらいの紙に数行しか書かれていない。あとあるのは署名欄と判子を押す所だけだ。

「お母さん、お母さん。ここ見て」

 最後の一文を指差し読み上げた。

「えっと……『なお、手続きはこの一枚のみとしその他一切の全ての責任は政府が負う』だって……」

「…………?」

 私とお母さんは同時に踊君を見た。当の踊君はにっこり笑って首を傾げている。

 かわ……じゃなくて、政府が責任を背負うなんて……踊君は何者なんだろう。疑う気はないけど、気になる。

 それから直ぐに正気に戻ったお母さんが書類にサインと判子を押し風鳴さんに渡した。

「確かにお預かりしました。それではこれで」

 風鳴さんは書類を受け取るとすぐに病室から出て行った。

「忙しい方なのね」

「みたいだね。……ねぇ、お母さんは何で判子を持ってたの?」

 先は気付かなかったけどさも当然のごとくカバンから判子が出てきたよ。何時もは家に置いてる筈なのに。

「出来る女の嗜みよ~。じゃああとは若い子たちでごゆっくり~」

「え゛っ!?」

 お母さんがオホホホと奥様笑いをして帰ってしまった。せっかく頬の赤みもなくなってきたのにこれじゃあ意味がないよ。また、顔が熱くなってきた。

「呵呵、何はともあれこれからもよろしくな、響」

「あ、うん。よろしくお願いします」

 この人なら心配しなくても大丈夫だった。

 邪推した私が馬鹿でした……。

「馬と鹿に失礼だぞ。馬鹿じゃなくてバカ、もしくはVAKA」

「どうでもいいよ! てか何でVA!? そこはBAじゃないの!? あと、心読まないでくれる!」

「BAKAよりVAKAの方がイラッと来るじゃん」

「確かにそうかもしれないけどどうでもいい!!」

 自分に向かって苛立たせる必要ないしね!

 あぁ……恥ずかしい…………。




踊君、響家の養子になりました。
子供好きの踊君(ロリコンではない)と響の本編までの二年は後日、閑話として投稿しますので、来週は高1からになります。


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第六話

 色々あったけど三年が過ぎた。

 本当色々あったよ……。

 

 その辺のことは置いとくとして、私は高校生になりました。

 入学したのは私立リディアン音楽院という学校です。この学校には私の憧れの人が通っているんですよ。そしてとてもレベルの高い私立なんです。

 

 ……今、誰か頭が悪いって言わなかった?

 事実、私は馬鹿ですよ~だ。そこは未来や踊君に頼み込んで教えて貰いましたよ。何度、阿呆だの馬鹿だの言われたか……はぁ~。

 そうして頑張った結果何とか合格しました。

 

 ただ頭の良い踊君は不思議なことに進学しないで働くみたいです。

 皆、驚いてたけど踊君なら行っても意味ないかという感じであっさり通っちゃった。大学入試の超難問は既にオール満点、大学院の研究なんかも暇つぶしと称して大幅に進めちゃうほどだから当然かもしれないけど。

 

 頭の出来が違い過ぎです。

 

 そして今は……

 

「はぁ~……」

 

「立花さん! 溜息を吐きたいのは私の方です! 入学初日で遅刻するとはどういうつもりですか!」

 

「えっと……そのぅ……子猫がですね、木に登ったまま降りられなくなっていたのを助けてて……それでぇ」

 

「それで?」

 

 先生が私を睨んだ。青筋をピクピクしているのが見える。

 そりゃー、入学初日に遅刻したのは悪いですけど子猫を助けるためだったんだから大目に見てくれても良いのに。

 

「ずっと木の上にいてお腹が空いているんじゃないかなって」

 

「た・ち・ば・な・さん?」

 

「は、はい! 申し訳ございませんでした!!!」

 

 土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。

 こ、怖すぎです。

 

「はぁ、まぁいいでしょう。今回は見逃してあげますが次はありませんからね」

 

「すみませんでした」

 

 先生にもう一度謝罪をして職員室から出ると教室に向かった。

 

 

 

「響、こっちだよ」

 

 教室に入ると未来が私を呼んだ。

 

「ありがと」

 

「普通、いきなり遅刻する? もしかして、また誰かを助けてたの?」

 

「えへへっ、ちょっと子猫をね」

 

 呆れたような顔で未来は私を見る

 私のことは何でもお見通しだな~。さっすが私の親友。

 

「響の趣味はわかってるけど、ほどほどにしなよ」

 

「ちょっとくらい良いじゃん」

 

「ちょっとって、……はぁ」

 

 未来に溜息を吐かれちゃった。人助けが好きなんだもん、仕方ないじゃん。

 

「皆さん、揃ってますね?」

 

 さっきの先生が入ってきた。この人が担任だったんだ。私の名前を知っているのも納得できる。

 

「貴方達の担任の――」

 

 先生の挨拶から始まったホームルームではこの学院の初連絡や今日の流れなどがあり、あと私達生徒の自己紹介もあった。

 

「――えっと、取り敢えず連絡は終わりよ。後は諸事情で遅れている私の補佐をしてくれる人を待つだけです」

 

 その補佐の人はそれからすぐに教室の扉前に来た。

 

「来たようですね。聖さん、入ってください」

 

 聖さんって言うんだ。聖さんね。

 え、聖? ……き、気のせいだよね。

 

 その人は扉を開けて入ってきた。

 

「遅れてすみません。皆さん初めましてこれから一年このクラスを補佐することになりました。聖踊です」

 

「踊君(さん)!?」

 

 ああ……予想が当たってしまった。

 何で踊君がここにいるの……。

 

「そこの二人、静かにしなさい」

 

 踊君に注意され大人しく……

 

「出来ないよ!? 何でここにいるの!?」

 

「普通に雇われたからだぞ」

 

 あっれ~、踊君ってまだ16だよね。教師になれないはずなんだけどな~。

 

「ちなみに言っておくが私は教員ではなく教務補佐であって言い換えるなら教師の卵と言ったところだから年齢はそこまで関係ないんだぞ。あと補佐とは言え、教える側の人に溜め口は使わないように」

 

「そ、そうですか。すみません」

 

 周りの人が私を見てくる。

 絶対、変な子だと思われちゃってるね。

 

「失礼ですが、立花さんとはお知り合いで?」

 

「ええ、私はそこにいる立花の義兄です」

 

「「「「「え!?」」」」」

 

 そこからは大変だった。先生も含めた質問攻め。答えられないことは無いけど質問が多過ぎてしんどかったよ。未来がいなかったらどれだけ掛かったか……考えたくない。

 

 

 

 

 漸くホームルームが終わり学校から解放された。でもまだ帰る訳にはいけない。踊君にはまだまだ聞きたいことが山ほどある。

 

「何で踊君が教師になってるの?」

 

「だから補佐だってば」

 

「補佐でも猛者でも何でも良いから何でここに?」

 

「ダンナに仕事が無いか聞いたら紹介してくれた」

 

 か、風鳴さんが犯人か!? あの人ったら何でよりにもよってここを推薦するのかな!? あの人にも私がここを目指してる、って言ってたはずなんだけど……はぁ~。

 

「踊君も受けないでよ。これから私は踊君とどう接したら良いかわかんないじゃん」

 

「校内で敬語を使ってくれてたら、どうでもいいだろ? 俺を敬う必要はないし」

 

「わ、わかった。頑張るよ」

 

 ちゃんと敬語を使い続けられるか心配だ。油断したら鉄拳制裁が待ってるんじゃ……」

 

「安心しろ。手は出さんよ。出すのは課題くらいだ」

 

「え゛っ!?」

 

 口に出てた!? って、まだ鉄拳制裁の方がましだった。

 課題は嫌だよ~……。

 

「嫌なら問題を起こさなければ良いだけだ。未来はいるのか?」

 

「踊さん何か呼びましたか?」

 

 踊君が呟くと唐突に未来が現れた。お、可笑しい、教室で待っててと言ったのに、何時からそこにいたんだろ。

 

「響のことを頼みたくてな。誰一人例外なく接するから響の手綱は任せたぞ」

 

「もちろんですよ」

 

「私は馬か!!」

 

「「似たようなものだろ(でしょ)」」

 

 ぐぬぅ~……。

 

「どうどう」

 

「私は馬じゃない!!」

 

 二人とも、酷い……。

 

「嫌なら自嘲しなさい」

 

「ついでに頭も使え」

 

「もう止めて! 既に響ちゃんのライフはゼロなんですよ! もう追い打ちかけないで下さい」

 

 心が串刺しにされて、もう再起不能です。折角の高校生デビューが~~……。

 

「それじゃあ、聖さん。そろそろ帰ります。さようなら」

 

「おう。さようなら、気を付けて帰れよ」

 

 未来に肩を貸して貰って学生寮に帰る。

 

 やっぱり私って呪われてるよ~。

 

 次の日からは凄い地獄だった。

 確かに言った通り踊君は、誰一人贔屓せずに他の生徒と何も変わらず接してくれた。でもそれが返って辛い。日頃の行いで接し方を日ごとに変えてくるのだ。

 ほんのちょっとの変化だから他の人にはわからない。けど長く一緒にいた私や未来にはわかるギリギリの変化、遅刻をしたり宿題を忘れると扱いがちょっぴり雑になっている。

 

 筆頭は勿論私です。誰かを助けようとして遅刻、宿題を未来に手伝って貰いながらも終わらせられず未提出、どっちも自業自得だけど何日も繰り返した結果……私の扱いが最低になってしまった。

別に雑なのは平気だよ。

 でもね、隣りには生徒の模範生とも言えるほど礼儀正しく誰に対しても優しい優等生、未来がいるんだよ。悪いことをして評価が下がるように良いことをすれば評価は上がる。未来の評価は私とは正反対に上がり続け最高に、一緒にいたら私が無駄に傷付くのだ。

 

 ……未来が眩しい

 

「友達の絆に罅が入れたいのかな~」

 

 いっその事、グレてやろうか……

 

「ち、違うと思うよ」

 

「その心は?」

 

「えっと、たぶん響にちゃんとして欲しいんじゃないのかな? 私と扱いの差を変えることで響がまともになってくれるのを願ってるんだと思うよ」

 

「私の趣味を知っているのに?」

 

 ほっとけないのだから遅刻もする。

 

「踊さんが言ってたけど、確かに遅刻で引いてはいるけど人助けをしたということでプラスもしてるって。基本は授業中の居眠りが問題らしいよ」

 

「え? そうだったの。知ってたなら教えてよ」

 

「響がグレそうになるまで言うなって」

 

「見抜かれてるだと!?」

 

 まさかここまで予想してるなんて……掌の上で踊らされるというやつなのかな…………。

 

「居眠りしないように気を付けてね。踊さんの前じゃ今までみたいに隠れて寝るなんて真似、出来るわけがないんだから」

 

「善処します」

 

 ほとんどの授業に踊君は出て何か作業をしている。基本は後ろにいて生徒が気にならないように息を潜めているため、存在を忘れてしまう生徒が続出し私もその内の一人です。

 

「そういえばあれって何をしてるのか、未来は知ってる?」

 

「あれって、何?」

 

「踊君って、何時も後ろで何かしてるじゃん。あれだよ」

 

「ああ、生徒の観察と授業の理解度チェックだよ。生徒にわかっていなさそうなところがあったら先生に報告してるんだって、勉強も教えたりもしてるよ」

 

「えっ!? そんなの聞いてないよ」

 

「聞かれない限り教えないのが踊さん流で、自分で考えて悩んでもわからないなら教えてくれるわよ」

 

 もっと早く教えて欲しかった。わからないことだらけで既に勉強が嫌になっていたんですけど。

 

「いつものことだからやってると思ってたけど、もしかして今まで踊さんに頼ってなかったの?」

 

「うん」

 

 未来が頭を押さえてしまった。

 

「それじゃあ、出来なくなるわけだよ。明日、踊さんにわからないことを聞きなさい」

 

「は~い」

 

 これで、宿題忘れも徹夜で勉強をして居眠りする必要が無くなるかもしれない。扱いも元には戻せるはず。

 

 ちょっと、希望が見えてきた。




試しに地文一文字開けやってみました。
読みやすくなりましたか?

今までと、今回のどちらが読みやすいか教えてください。意見の多い方を修正します。


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第七話

 4月が終わり5月半ば、翼さん(私の憧れの人です)に変な子と思われただろうこの頃――はぁ……――私の待ちに待った日がやってきました。

 

 翼さんのCDの発売日だ。

 でも、今は未来の課題のお手伝い。早く終わらせて買いに行かなくちゃ。

 

「ごめんね。響」

 

「ううん、気にしないで。まだまだ時間はあるから」

 

 手伝いと言ってもほとんど見てることしか出来ないんだよね~。何やってるのか今一理解出来ないのです。

 

「それにしても、今時CDの実物を買うのって珍しいよね。最近じゃもうネットとかでデータで販売されてるのに」

 

「ちっちっち」

 

 そう、確かにデータでも販売はされて現物よりも手に入れやすい。他にも端末にすぐに入れられるし場所も取らない、音源も凄く良い。

 でも……

 

「現物の初回限定盤はデータよりもより充実した特典がついてくるんだよ。しかもほとんど同じ値段で。だから、ぜ~ったい現物の方が良いじゃん」

 

「そ、そうなんだ。う~ん、響もずいぶん変わったね」

 

「ほえ?」

 

 何処か可笑しなとこがあった? まあ、昔と比べると背も伸びたし体じゅ……ゴホン、胸もちょっとは大きくなったけどそんなに?

 もしかして太った!?

 手足を見たり腰回りを触ってみたけど変わらないはず。

 

「もう響ったら、そうじゃないよ。雰囲気とか性格の話だからね」

 

「あ、そうなんだ。良かった~。でも、何処が?」

 

「う~ん、昔ならデータだデータだって言ってたのに、今は現物だって。それに翼さんのことだって全く知らなかったでしょ。行動も積極的になったし」

 

「あははは、そういえばそうだったかも」

 

 3年前のアレは色々衝撃的だった。初めてのライブでグッときたしあの後に起こった事件でも翼さんたちはかっこ良くて惚れちゃったんだよ。……性格は踊君のせいかな? 基本、踊君と一緒にいたから、たぶんそうだと思う。

 

「踊君って妙に行動的で引きずり回されたんだよね~」

 

「最近じゃ、響が引き摺ってたよね~」

 

「うっ……」

 

 ……未来も変わったよ。メッチャ毒舌になってる。ここ最近。未来の言葉が胸にグッサグッサ刺さってるんだけど……。

 

「響ちゃんのライフはまたもやゼロです。回復させてよ~」

 

「アハハハ」

 

 え!? 何その笑み。怖い……。

 

「あれ? でも、それだったら売り切れになっちゃうんじゃないの?」

 

「…………あ」

 

 あ、話を逸らされた。じゃなくて、しまった~!! 確かにそうだ!?

急がないとやばいかも。

 

「行ってきなよ。私は心配しなくても平気だよ。それに居てても見てるだけだよね」

 

「グハッ!!」

 

 その通りです。うぅ~、また刺しますか……クスン…………。

 

「逝ってらっしゃい」

 

「字、違わない!?」

 

 何か不吉なんですけど!? 大丈夫だよね? ただCD買いに行くだけだもんね。本当に大丈夫……だよね。……私って微妙に呪われてる感があるからな~……。

 

 アレ? ヤバくない!?

 

 何も起こりませんように。

 

     *****

 

 はい、何も起こらないわけないよね。でもこれは予想外かな!?

 

「ひゃぁあああ!?」

 

「追いつかれちゃうよ!?」

 

 わかっちゃいるけど、こっちはもう既に全速力なんですよ!

 何が起きてるかって? 私が聞きたいよ! 何でCD買いに来ただけなのにアレがいるのさ!?

 

「うわぁあぁああ! 来たよ!」

 

 抱えてる女の子が叫んだ。えっと、犯罪じゃないよ? この子はつい先拾った子で親と逸れたみたいで、泣いてて危なかったから、抱えてるだけだよ!

 って、今はそれどころじゃなかった。慌てて道を右に曲がる。するとそれが私が走っていた場所を通過した。

 

『ノイズ警報、ノイズ警報。住人の皆さんは直ちに避難してください』

 

「それ無理ぃぃいい!?」

 

 そう今、私たちはノイズに襲われているのです!

 

「どわっひゃぁあ!」

 

「きゃっ!?」

 

 ちょっとこれマジでヤバいって、死んじゃうって。

 

「ひぃいい!?」

 

 先からスレスレの所をノイズが通り過ぎてる。もしノイズが人間以外を擦り抜けてくれなかったら今頃18禁な状況だったと思うよ。

 

「お姉ちゃん、前! 前!」

 

「ううぇえ!?」

 

 前を見ると目の前に壁があった。車は急に止まれないって言うけどあれって人もそうだよね。だって……

 

「おおぅ……」

 

 止まれなかったもん。頭から突っ込んじゃったもん! うぅ~、痛い。

 

「大丈夫?」

 

「うん。お姉ちゃんは大丈夫だよ。大丈夫だけど……」

 

「「「「「………………」」」」」

 

 状況は全然大丈夫じゃ無い。むしろ悪化しちゃってるね。

 

「まぁ! 何という事でしょう。この視界に入りきらないノイズの数! 溢れんばかりのヘドロ色! さぁて! 響ちゃんはどうやって切り抜けるのでしょう?」

 

「……………」

 

「「「「「………………」」」」」

 

「止めて! そんな冷たい目で私を見ないで!」

 

 何でノイズにまで冷たい視線を向けられてるのかな!? 現実逃避くらいしたって良いじゃんか!

 

「お姉ちゃん……」

 

 そんな可哀想なものを見る目は止めて欲しい。

 

「ハァ……」

 

 そこ、溜息つかない! ……って誰!?

 何時からいたのか傍に黒いマントを羽織った人が立っていた。

 

「……そこを抜けると水路がある。まだ少し冷たいだろうがそこを通って行け」

 

 その人は手にした鎌で細い脇道を指した。あんな所に道があるとは思わなかったけ ど、どうやって行けって言うんだろう? 隙間なくノイズは並び、当然脇道の前にも屯している。

 

「こうするだけだ」

 

 そう言うとその人は徐に鎌を振った。

 

「「え?」」

 

 すると現代兵器が効かないと言われているノイズが真っ二つになり、灰になってしまったのだ。

 

「行け」

 

「は、はい!」

 

 ここにいても邪魔になるだけなのは明白なのでこの人の指示に従って脇道に行くと確かに水路があった。

 ここを通るんだよね。

 

「とう!」

 

 そう覚悟を決めて水の中に飛び込んだのは良かったけど、流れがキツイ。ちょっとどころかかなり速い。しかも何故か異様に深い。昨日、雨って降ってたかな!?

 えっ、ちょっ! 止めて!?

 

 ……ゴボゴボ。

 

「けほ、これはこれで死んじゃうって」

 

 わっぷ、子供が窒息しないように水面から持ち上げるけど、これじゃあ私が窒息しそうだよ。

 うげっ!? 水が……。

 

 

 

「げほっげほっ、死ぬかと思った」

 

 うぅ~寒。

 

 何とか上がれる場所に着いたけど、ここは何処? 避難所に行きたいけど真逆だった気がする。辺りを見ると遠くに工場があるのが見えた。あれくらい高かったら大丈夫なはず。

 

 よし、行こう。

 

 目標を決めたら即実行。これ大事なことだよ。

 女の子を背負って再び私は走った。



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第八話・前編

 カツンッ、カツンッ……

 

 今、一所懸命ハシゴを上ってます。

 もう、ノイズがしつこい。下を見れば結構いるのが分かる。まだ見つかってないから大丈夫だと思うけど早く登らないと。見つかったら一巻の終わり。逃げ道が無い。

 

「大丈夫だからね」

 

「……うん」

 

 背負った女の子に声を掛け懸命に腕を伸ばし次の段を掴む。

 あぁ……長い。まだ半分くらいしか登ってない。

 

「1! 2! 1! 2!…………」

 

 何度も手を伸ばして足を上げて何分間も休まず登り続けたことで私は、運が良かったのかノイズに見つかることなく最後の段に手を掛けた。

 

「ぅうん……しょぉお!!」

 

 な、何とか登り切った……。もうヘトヘト、あぁ~体中が痛い。明日は筋肉痛確定だろうな~。

 

「お、おねぇ……ちゃん」

 

「ん~? どうしたの?」

 

 横になって体を休めていたら女の子が私を呼んだ。怖かったんだろうね。まだ声が震えてる。

 

「あ……れ……」

 

「あれ?………………」

 

 女の子が私の後ろを指差したので何かと振り返ったそこには、

 

「「「「「「(^_^;)」」」」」」

 

 ノイズが大量にいた。いや、ノイズには顔無いから(^_^;)なんて顔してないけどね!? でも私にはそんな風に見えたんだよ。

 

「あれぇ~……」

 

 もう嫌だぁ~。

 前を見たらノイズ、横を見てもノイズ、上にもちらほらノイズが……流石に後ろにはいないみたい。

 それじゃあ、後ろには何があるでしょう?

 

 正解は!……何もありませ~ん♪ だって私が今頑張って登ってきたところだもん。行ったら最後30m以上の自由落下が待ってます。

 

 あちゃ~、響ちゃんたち詰んじゃった。

 

 …………現実逃避もこの辺で止めよう。何か虚しくなってきた。

 

 確かに詰んでるけど、そう簡単に諦めるわけにはいかないんだよね。この子を護るって誓ったんだ。

 この子だけでも絶対生かしてみせる。

 

「んっ!……あれ?」

 

 足が動かない! 今までずっと走ったりして休まなかったのと、気を抜いてしまったせいで足が震えだしていた。

 

「……こっちに来て」

 

 女の子は静かに従い、私の後ろに来た。

 

 手で無理矢理体を持ち上げて片膝立ちにする。足が動かないからどうだっていうんだ。まだ手は動かせる。

 

「大丈夫。絶対! お姉ちゃんが護ってみせる」

 

 片手で女の子を抱えてノイズを睨む。

 

“生きるのを諦めるなっ!!!”

 

 昔、私を助けてくれたあの人の声が思い出された。その時ノイズが動く。槍のように姿を変え飛び掛かってきた。

 

 ……そうだ。まだ私にはしたいことがたくさんある。未来ともっと遊びたい。お母さん達ともっと一緒にいたい。踊君にもまだ何も返せてない。それにあの日、あの時、あの場所で私を救ってくれたあの人達にまだ礼を言ってないんだ。

 

「まだ……死ねない!」

 

 地面に手を付いて横に転がった。間一髪、ギリギリのところをノイズが通り過ぎる。すぐに起き上がって他のノイズを見て、

 

「……死んじゃうの?」

 

 抱えた女の子が小さくそう呟いた。こんな子供に死んじゃうなんて言葉を言わせたらダメだ。この子を勇気づけるためにはどうしたらいいんだろう。私に出来ることは……

 

「……生きるのを諦めないで」

 

「え?」

 

「お姉ちゃんが絶対守るから、生きるのを諦めないで!!」

 

 あの人はとても優しくて、とっても力強い歌を歌ってた。私なんかが出来る、だなんて思ってないけど、それでもこの子のために頑張るんだ。

 胸の中が熱くなってきた。何だろう……この感じ。勇気が湧いてくる。

 

「胸の音を聞け。お前の思いを込めて詠えば良い」

 

 誰かの声が遠くから聞こえた。

 胸の音……この熱のことだろうか。私の思い……それはこの子を護りたい。ああ、そうだ。ただこの子を護りたい。それだけなんだ。

 この思いを込めて詠う?

 何も知らないはずなのに心の奥からメロディーが湧き上がってくる。歌が溢れてくる!

 

「-- Balwisyall nescell gungnir tron --」

 

 そう口遊んだ時、

 

「ガア゛ァァアア゛ァア゛ァッ!!!」

 

 私の中を激痛が襲った。

 心臓が貫かれるような痛みが走り悲鳴を上げてしまう。

 

「ア゛ァアァァァァッ!」

 

 真面な言葉も発せず、何とか薄らと目を開け胸元を見ると何かが大量に突き出していた。突き出す何かは次々と私に覆い被さった。ほんの一瞬のことだったけれど、私にとっては何時間も体を抉られているように感じた。

 

 そして最後の一つが私を包んだ時、光が辺りを照らした。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 痛みが治まり私はやっと目を開けることができ、貫かれた胸元を見ると……

 

「って、何コレッ!?」

 

「わぁー! お姉ちゃんカッコいい!!」

 

「カッコいいって……」

 

 服装そのものが変わっていた。制服を着ていたはずが、黒を基調にした胸元などがオレンジ色のピッチリしたスキンスーツ(?)みたいなのを着ていて、その上に白の小さなジャケットを羽織るというとても恥ずかしい恰好になっていた。

 さらに両手に半月型の大きなガントレットがあり、頭には角の生えたカチューシャ、靴は……何だろ? やけにごつい膝近くまである白黒のブーツだ。それと背中にも何か背負ってるけど何があるの? ……見えない。

 

 何はともあれやっぱり恥ずかしいよ~。体系がくっきり出過ぎじゃないかな……。

 

 ノイズの一体が動いた。

 咄嗟に女の子を抱えてジャンプ。

 

(あ、動いた!)

 

 動かなかった足が動いて感動したけど、それも一瞬。

 

「うぇええ!?!?」

 

「キャアァァー!」

 

 跳び過ぎだぁ!?

 少し横に跳ぼうとしただけなのに、勢い余ってノイズを跳び越え、床まで跳び出してしまった。そしてそのまま自由落下。

 

「何でぇ~!?」

 

 ドスンッ!!………………

 

「ん?」

 

 あれ? 案外、平気? おお! これなら逃げれるかも。

 

「…………」

 

 そう思ったけどまだ安心できないんだった。さっき自分で下にノイズがいるって言ってたじゃん。結局、また囲まれちゃってるよ!?

 幾体ものノイズが向かってくるのが見えて慌てて地面を蹴った、それも全力で……。

 

 結果私達は10m以上飛び上がりそのままタンクに激突してしまった。

 

「いったぁ~」

 

「だ、大丈夫?」

 

「うん……」

 

 頭から突っ込んだけどカチューシャが盾になってくれたみたい。ペタペタ触ってみると意外と硬く簡単には折れなさそうだ。

 よくわかんないけどこの服も丈夫だ。これなら行ける!

 

 タンクを蹴って何もない場所に!……!?

 

 飛び上がった直後、一体のノイズが私の前に躍り出た。

 

「うわぁあっ!!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 やっば!? 咄嗟に女の子を庇ってノイズを殴っちゃった。炭化しちゃう。痛そうだけど我慢して腕を切れば大丈夫かな……。痛いのヤだな…………。

 

 そしてそれは黒くなった後、砕け散った。

 

「へ?」

 

 間抜けな声を出してしまった。だって砕けたそれは私の腕じゃなく、ノイズの方だったんだもん。

 

「何が起こってるのかわかんないけど、この服って結構有能だ。恥ずかしいだけじゃないんだ!?」

 

「そ、そこなの?」

 

 そこだよ。こんな姿、踊くんに見られたら絶対笑われる。でもこの姿が役に立つなら我慢できそうだ。だから……今は戦おう。

 胸にまた新しい歌が生まれた。そして何処からかメロディーが聞こえる。

私は胸の音に従い歌い始めた。

 

「――――――――――ッ」

 

 その歌を歌うと体の中から力が湧き上がってくる。

 よし。拳を硬く握り締めて近くにいたノイズを殴った。それだけでノイズが砕けていく。

 一体、一体、また一体、近付くノイズを殴って、蹴って灰にしていく。

 

 ……どうしよう。数が多過ぎて、このまんまじゃ終わりそうにない。私の体力の方が先に尽きてしまう。女の子を抱え跳ぶ? ……無理。何処まで飛べるかわからないのにそんな無茶な賭けは出来ない。

 

 やっぱり壁を伝って走り続けるしかないかな。

 

 その時……

 

「-- Imyuteus amenohabakiri tron --」

 

 誰かの歌声が聞こえた。




今日は纏めて二つ投稿。
読んでもらえば、分かると思いますが、態々来週に引き延ばす意味がない話なのでご了承くださいな。


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第八話・後編

―響が襲われる一時間前のこと―

 

     *****

 

 響が走って出て行くのが見えた。

 そういえば今日があの日だったな。

 

「小日向、進んでるか?」

 

「よ……聖先生。はい! もうすぐ終わります」

 

「それは良かった。あと一時間もしたら先生たちは忙しくなるだろうからな。早めに終わらせられるなら大丈夫だろ」

 

 転生者とはえ何処で起きるかまではわからなかったけど、工場近くでCDを売ってそうな場所はここから一時間だった。

 でも、走って行ったみたいだからもっと短くなるかもしれないな。

 

「何かあるんですか?」

 

「ちょっとな。俺も行かなきゃならんだろうし、メンドいよなー」

 

「き、教師がそんなこと言って良いんですか?」

 

 聞かれなければ問題ない。それに例え聞かれたとしても……ネ。

 

「聖先生、黒いのが漏れてます」

 

 おっと、しまった。抑えて、抑えて。

 

「それじゃ、そろそろ行くよ。課題、頑張れよ」

 

「あ、待ってください。もう、終わりましたよ?」

 

「何?」

 

 確認すると本当に終わっていた。

 もう少し掛かると思ってたんだがもう出来たのか、……まさかあそこの大人たちよりも有能だなんてことないよな……。教師の想定していたよりも、正確かつ濃密に書かれているレポートを見て思ってしまう。

 これも俺の介入のせいか? 困りはしないが、小日向の処理能力が格段に上がってしまったようだ。

 

「な、何か間違ってました?」

 

「いや、何処も問題ないぞ。ただ、ここまで正確だと思ってなかっただけだ。これは俺が提出しておくよ。響が返ってきたらぶっ倒れるだろうから迎えてやってくれ」

 

「わかりました。ありがとうございます。そうしますね」

 

 未来が帰るのを見送って、校舎のとある場所に行く。

 

     *****

 

 そこには既に沢山の人がいて勿論目的の人もそこにいた。

 

「ちぃ~~っす」

 

 何時もの挨拶をすれば「ちっす」「ヤッホー!」「オツカレー」と様々な反応が返ってくる。

 

「遅かったな」

 

「すみません。担当の生徒から課題を受け取っていたので」

 

「うむ、そうか。すっかり馴染んだみたいだな」

 

「はい。皆、優しい子ばかりで、頭も良いですからね。年齢的に大丈夫か心配だったんですけど、何とかなってます」

 

 基本はクラス担任がやっているから、補佐に大した仕事が回ってこないからなんだろうけど。

 

「風鳴のダンナのほうはどうですか?」

 

「今の所、ノイズも出てない。平和だ。これがずっと続いてくれれば良いんだがな」

 

「ま、無理でしょうね。ノイズの生態が何一つわからない現状じゃ終わるなんて、期待できないです」

 

「嵐の前の静けさとでも?」

 

「わかりません。ですがそろそろ何かが起きても可笑しくないでしょう」

 

 俺が会いに来たのはこの人、3年前に俺を響の家の養子になるため協力してくれた風鳴弦十郎氏だ。響たちはこの人を政府家あたりだと思っているみたいだが、実際はちょっとだけ間違っている。政府関係ではあるが政治家ではない。

 

 ダンナは警察寄りであり、ここ『特異災害対策機動部二課』‐通称ノイズ対策本部‐の局長であり、ノイズ事件の責任者である。

 

「確かにそうなのよね~。最近平和すぎるのよね」

 

「ム、了子君か」

 

「ちぃ~っす」

 

 研究所にでもいたのだろう櫻井さんが入ってきた。

 あとどれくらいか確認するため携帯を見る。携帯のGPS機能と言うのは便利だ。響の居場所が簡単にわかってしまう。

 

 お、そろそろコンビニに着きそうだな。

 

「ダンナ、翼嬢は今何処に?」

 

「まだ学園にいてるがどうした?」

 

「ちょっと用事が出来たので確認したかっただけです」

 

「何?」

 

 弦十郎さんは不思議そうに見てくるがそれを無視して部屋から出る。向かった場所は本部内の車庫のようなところで、二課用の大型車や黒の普通車がある。そして一つだけ目立つようにバイクが置かれていた。

 

 これは風鳴翼専用のバイクだ。整備はしっかりされているが、もうすぐ必要になるのだし最終点検といこうかな。

 この時、こっそり通信を指令室に繋げておくのも忘れない。

 

 全ての車両の点検が終わったちょうどその時、警報が鳴った。

 

『どうした!』

 

『ノイズ出現! 工場の方角です!』

 

『ちぃいいっ。本当に嵐の前の静けさだったとでもいうのか!』

 

『……ノイズですか?!』

 

 翼が来たようだ。携帯を見れば響が工場に向かっているのがわかった。もうちょっとかな。

 

『親玉の居場所の特定まだか!』

 

『範囲が広過ぎます! 見つけられません!』

 

 そろそろ潮時かな。

 

「ああ~、ダンナ聞こえる?」

 

『踊か? どうした?』

 

「親玉なら工場に行く(・・)と思いますよ」

 

『何故そう言い切れる? それに行くとはどういう事だ?』

 

 呵々、その疑問も仕方ないことか。

 

「ノイズは聖遺物がある場所に向かう習性があるからね」

 

『そんな話聞いたことがないぞ。それにそれが正しいとしても、あの場所に聖遺物はないはずだ』

 

 そう言えば、まだ言ってなかったから仕方がないか。

 

「それはそうなんですが、響が工場向かって一直線なんですよねー」

 

 あ、そろそろタンクを登りきりそうだ。

 

『何!? どうしてそれを早く言わない!! 何故そんなに落ち着いているんだ!』

 

「え? だって響も聖遺物持ってますし、奏者ですし」

 

『どういう!?』

 

 新たな警報が鳴り響く。ごめんね、響。痛いだろうけど我慢してくれよ。

 

『そんな!?』

 

『いったい今度は何だ?!』

 

『この反応は! ……だ、第3号聖遺物、ガングニールです!?』

 

『ガングニールだと!?』

 

『それは!』

 

 ま、驚きますよね。こうなることを知ってたのは、俺だけだし。っと、そろそろ動かないと響が、というより響が連れているだろう子供が危険だ。

 

『急いで車両の用意を!』

 

「ダンナ~、もうやっときましたよ。翼も何時でも出れるように準備も終わってるぞ」

 

『まさかとは思うが、気付いていたのか?』

 

「そんな訳ないですよ。ただ響の不幸っぷりを知ってただけです。響って予定が大切であればあるほど事件に出会っちゃうんですよね。例えばダンナも知ってる3年前の時とか」

 

『そ、そうか……不憫な子なんだな』

 

 それが響なんです。今日の翼嬢のCD発売を本当に楽しみにしてたから、事件に巻き込まれちゃうのも仕方がないことなんですよ。

 

「あ、そうだ。ダンナ、今日発売の翼嬢の限定盤CD用意できませんか? たぶん響のことですから買い損ねると思うんで買っておいてやりたいんですけど?」

 

「わかった。用意しておこう。ただしお前の給料から差し引いておくぞ」

 

「構わないですよ。お金があっても使い道ないんで」

 

 何百年も前から世界中の銀行に預けているせいで……現在なら小国の二つ三つを支配できるくらいの額はあると思うし。……そういえば、ここ百年で使ったのはほぼ三年前のあの時一回だけだな。久しぶりに銀行に……。

 

 む、翼嬢が来たようだ。

 

「聖さん!」

 

「よう。響のこと頼んだぜ」

 

「はい!」

 

「あぁ、そうだ。もうすぐ奏は目を覚ませるはずだ。奏のことは俺に任せな」

 

「!!……お願いします!」

 

 響が目覚めてくれたならもうほんの僅かな時間で終わらせられる。

 エンジンは既に温めていて、何時でも出れる状態にしてある。翼はそれを確認するとヘルメットを被る。

 

「新しい後輩になるんだ。響<バカ>を導いてやってくれ」

 

「…………?」

 

 翼は何も返答せずにバイクを吹かせ走っていってしまった。

 

 頑張れ若者!

 

『貴方も頑張りなよ~』

 

 ん? AIか、久しぶりに話したな。

 

『誰のせいだと思ってるの!? 貴方の頼みを聞いてやってるんでしょ! はぁー……こっちの準備は終わったわ。後は向こうが準備できるのを待つだけよ』

 

 ふむ……後は時間だけが問題か。

 ま、取り敢えず今は響の回収に行きますか。




ね? 伸ばす必要のない場面でした~。

来週は漸くノイズ戦、第二号。上手くかけるか心配だ~。


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第九話

 歌が聞こえたと思った時、空からバイクが降ってきた。……て、何でバイクだけ? 歌の主は何処に?

 左右を見ても誰もいない。あれれ?

 

「お姉ちゃん! 上!!」

 

 女の子に促され、空を見上げると昔に見たことがあるようなのスーツを身に纏い、空中で何回転もする少女がいた。その人の靴から何かが飛び出す。

 

「--颯を射る如き刃 麗しきは千の花--」

 ― 千ノ落涙 ―

 

「わひゃっ!?」

 

 飛び出た小刀っぽい何かは、突如分裂して大量になって振ってきたんだけど。慌てて女の子を抱き寄せる。何処かで見たことあるような……

 

 振ってきた刃は全て私達を囲むようにして群がっていたノイズを串刺しにしてくれた。いきなりでびっくりしたけど、ちゃんと外してくれたみたいです。

 

「ハァアッ!!」

 ― 蒼ノ一線 ―

 

 少女は手にする刀を巨大化させると体を大きく反らし振り下ろした。すると青の鮮やかな斬撃が発生し、それは次々とノイズを飲み込んでいく。

 

「そこの少女! その子を連れて早く下がりなさい!」

 

「はい!」

 

 やっぱりこの声って……!

 少女が作ったノイズの穴を通り抜け、女の子を安全な場所に連れて行く。

 

「ここで待ってて。すぐに終わらせて早くお母さんに合わせてあげるから」

 

「うん!」

 

 女の子に背を向け一歩前に出る。そして構える。

 まさか踊君の護身術がこんなところで役立つだなんて思ってもいなかったなよ。

 

 しっかりノイズの位置を見極める。最も厚い所は……ここだ!

 

「ハイッ!

 

 ノイズの足(?)元ギリギリまで踏み込み、左足を軸に一旋! 回し蹴りィッ!

 数メートルを一瞬で縮めるほどの加速から生みだされた一撃は衝撃波を放ち、十体以上のノイズを抉った。

 

「うわぁ~……」

 

 自分でも引けるほどの恐ろしい威力が出ちゃったよ……それなのに体は全然痛くない。むしろ絶好調だ。ふっしぎ~……。

 

「お姉ちゃん、頑張ってー!」

 

 驚いてる場合じゃなかった。女の子の為にも、とっとと終わらせなきゃ!

 

「私も手伝います!」

 

「…………」

 

 私を一瞬ちらりと見たけれど、何も言わずそっぽを向いてしまった。ぁぁ……やっぱり可笑しな子って思われてるんだぁ……。うぅ、思った通り助けてくれた少女は翼さんだった。

 翼さんが中遠と離れた距離のノイズを切ったり刺したりして、近くの敵は私が殴って蹴散らす。即席のコンビにしては中々上手くいってるんじゃないかな? 

 

「おりゃっ!」

 

「ハァッ!!」

 

 襲い来るノイズを千切っては投げ千切っては投げ……なんて真似私には出来ないけど、一体ずつ確実に倒す。

 

 翼さんが最後の一体を葬ったと思った時、一際大きくムキムキなノイズがタンクの後ろから出てきた。そのサイズで今までどうやって隠れてたの!? それに何でムキムキ!?

 ノイズ……見たのは今回で二度目だけど、よくわかんない生物(?)だ……。

 

「確か、立花響だったな」

 

「ふぇいっ!!」

 

 ウソッ! 翼さんが私を知ってくださってる!? カンゲキだ~! 生きてて良かった。

 

「…………? お前は奴の気を引いてくれ。その間に私が斬る」

 

「わかりました! ヒットエンドランって奴ですね!」

 

「それを言うならヒットアンドアウェイだ。それは野球の作戦よ」

 

 あれ? そうでしたっけ? 奏さんに突っ込まれる日が来るなんて、嬉しいけど恥ずかしぃ……。

 

「さっさと行く!」

 

「はいぃ!?」

 

 翼さんに叱咤されてマッチョさんの足元に……うわ、デカッ!? 太ったガ○ダム?

 これって、効くかな? 試しに体を捻って右ストレート! マッチョさんの足を狙ったパンチは簡単に通り、足だけだったけど砕けた。

 

「モロッ!? て、うわわわ! ふにゅっ!?」

 

 見た目が丈夫そうだったので全力でやったから、地面に顔から突っ込んでしまった。あらら・・・・・・今度は地面がヘコンじゃった。頭に乗った砂を振り下ろして空を見上げる。翼さんが既に刀を大きくさせ振りかぶっていた。

 

「え゛っ? 私ごと斬る気ですか?! キャァアア!!」

 

 ギリギリの所で飛び退けられた。巨大化した刀は剣になりノイズを貫いた。もし引け損ねたら大変なことになってただろうな……。

 

「ふへぇ~……」

 

「ふぅー……」

 

 今度こそ終わったとお互いに肩の力を抜いたその時、遠くで影が動いたような……!?

 

「うそっ……危ない!!」

 

 運良く(私から見たら運悪く)遠く離れていて撃破されなかったノイズが、女の子のすぐ傍まで迫っていた。間に合わない!?

 

「……相も変わらず、詰めが甘い」

 

「ギャーッ!!」

 

 声が聞こえるのと同時に黒い風が走り、ノイズは切り裂いた。

 

「お兄……ちゃん?」

 

「貴方は……さっきの」

 

 ノイズの群れから助けてくれた黒マントの人だった。彼はゆっくりとこちらに顔を向ける。

 

「「!?」」

 

 フードから覗いた彼の顔に背筋が凍りつく。見えたのは骨だった。その姿を見て連想される言葉、それは、

 

「死……神……」

 

 翼さんが喉から声を捻り出した。でも、彼の顔をよく見ると頭蓋骨は唯リアルなお面だった。(それでもすごく怖い)

 

 誰も動くことが出来ない。訪れた静寂を打ち破ったのは翼さんだ。武器を構え一歩前に出る。

 

「何者だ!」

 

「…………」

 

 死神は何も答えない。

 

「何が目的だ? 答えろ!」

 

「…………」

 

 翼さんは再び問うけれど、やっぱり死神は返答せず黙ったままだ。翼さんの刀を持つ手に力が入った。まさか戦う気ですか? 一応、女の子を助けてくれた恩人なんだけど……。

 死神も鎌を手に構えた。そっちも!? もう戦うことが決まっていると言うほどに二人の闘気がこっちまで押し寄せてくる。

これは口出ししない方が安全そう。女の子を促し急いで避難する。

 

「……示せ」

 

「そういうことか。ならば、力尽くで、貴様が何者か教えてもらう!!」

 

 そう言って翼さんは瞬時に死神の目の前に迫る。けれど、死神は翼さんが刀を振る前に、鎌の柄で刀の腹を弾いた。

 

「くッ!!」

 

「……ッ!」

 

 そしてそのままの勢いで翼さんを切ろうと刃を振り抜くが、翼さんは驚異の反射を見せ、体を大きく捻り死神ごと飛び越えて躱してみせた。

 翼さんが着地と同時に刀を横に薙ぐと、死神は鎌の中心部で受け止め少し後ろに下がって、鎌を腰で一回転させ切り上げる。だが、翼さんは刀を斜めにすることで、鎌をいなし再び迫る。

 

「ハァッ!」

 

「ッ! ……ハッ!!」

 

 激しい攻防戦が繰り広げられる。刀と鎌は何度もぶつかり合い、火花を散らす。

 

 何十もの打ち合いの末、漸く勝負が動いた。翼さんが死神の鎌を弾き飛ばしたのだ。回転しながら鎌が何処かに飛んでいく。それを好機と、翼さんが猛攻を仕掛け、武器を失った死神は避けるしかなかった。

 

「しぶとい!」

 

 けれど、死神は全ての斬撃を紙一重のところで躱し続ける。業を煮やし翼さんが大きく振りかぶったその時、

 

「グッ!?」

 

 飛んでいったはずの鎌が翼さんの右肩を襲った。

 

 まさかこれを狙ってたの!?

 翼さんが死神の鎌を弾いたのではなかった。死神が鎌を投げたんだ。翼さんを切った鎌は死神の手に戻り、今までの仕返しとばかりに、豪快に鎌を振った。傷は浅いみたいだけれど、利き手ではない左手だけでは受け止められず、翼さんは壁にたたきつけられた。さらに追撃を掛けようと死神が走り出す。

 

「それ以上はやらせんよ」

 

 死神の頭上に人が降ってきて、その鎌を止めた、それも死神の持つ鎌とそっくりな鎌で。

 

「げっ!?」

 

「げっ、てなんだ。げっ、て。迎えに来てやったのに酷い言いようだな」

 

 思わず言ってしまった。でもそれも仕方がない。だって来たのが踊君だったんだもん。

 

「何で踊君がここに!? って、何をやってるの!?」

 

「…………」

 

 何故か死神が構えを解き鎌を下した。

 

「行くのかい?」

 

「……興が削がれた。だが、次は無い」

 

「呵々、次も何もお前に勝てる気はしねぇよ」

 

 何だか、踊君と死神が仲良さげに会話してる。えっと~、どうなってるの?

 

「ではな」

 

「じゃあなー」

 

「待って!」

 

「……?」

 

 叫んだのは女の子だった。去ろうとした死神が動きを止める。

 

「あの……名前を、教えてくれませんか?」

 

「危険だ「……ス」何?」

 

 慌てて翼さんが女の子を止めようとした時、死神が何かを呟いた。

 

「え?」

 

「ディバンス」

 

 ディバンス……略して、デス、ってね……。

 

「へぇ、今はディバンスって名乗ってるのか」

 

「お前はどうなんだ?」

 

「今も、昔も、ずっと変わらず聖踊さ」

 

「そうか。……蒼き防人よ。次に相見えるその日までこの勝負は預ける」

 

 そう言って死神は闇夜に消えてしまった。

 

「行っちゃった」

 

「そうだな。ま、そう遠くない内にまた合うさ。それより、響。その服(?)似合ってはいるが、寒くないのか?」

 

「え? うん。全然寒くないよ? いきなりどうした……の…………あ!」

 

 自分の今の格好を見ると、さっきのスキンスーツのままだった。踊君には絶対見られないように、って思ってたのに……ど、どうしよう!?

 そうだだ!! 確かあのホウホウナラ。

 

「……アタマヲナグレバ」

 

「ひ、響? 何か黒いモノが……」

 

「………ワスレテクレル・カ・ナ?」

 

「ヌオッ!?」

 

 避けちゃ、メッ! ダヨ?

 

「そ、それは流石に……」

 

「ゴメンネ☆」

 

「おい、ひび……フゴォッ!?」

 

 一人の少年がまん丸の月夜の空に舞った。

 

 フフフ、これくらいすれば忘れてくれるはずだよね。それにこれくらいはやらないと、やってられないよネ。



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第十話

「あの、聖君大丈夫ですか?」

 

「大丈夫に見えるなら眼科に行った方が良いですよ」

 

「やっぱり痛いですよね。ご愁傷様です」

 

 あははは、ごめんなさい……。一発やっちゃった後、我に帰って今は反省中です……。

 

「あったかいものどうぞ」

 

「ほえ? あ、あったかいものどうも」

 

 近づいてきた女性にお茶を頂いたのでほっと一息。フハァ~……。そう言えば、女の子は?

 

「ママ!!」

 

 丁度、お母さんと出会えた所みたい。お母さんも無事で良かったね。

 

「あのお姉ちゃん達が助けてくれたの! それとあのお兄ちゃん、昔助けてくれた時のお兄ちゃんだよ!」

 

 え? あの子、踊君の知り合いだったの?

 

「あー! あの時の女の子か。呵々、元気そうで何よりだ」

 

「知ってる子なのか?」

 

 制服姿に戻った翼さんが聞いた。どうやって着替えたんだろ? 元の制服に戻れないよ……。

 

「三年前のあの日に助けた子なんだ」

 

 そう言えば、子供を助けるために腕ごと天井を砕いたって言ってたっけ。こんな偶然ってあるんだ。助けられて良かったよ。

 

「礼を言うのは俺の方だよ。響の勇気になってくれてありがとな」

 

「???」

 

 女の子は首を傾げながらも、お母さんに諭され、軍隊っぽい人と安全な場所に送られていった。踊君の言うとおりだ。あの子がいなかったら、戦う以前に逃げることすら出来なかっただろうな。

 

「うわぁっ!?」

 

 不意に体が光り、制服姿に戻れた。びっくりした~、けど良かった。あの格好のまま帰らないと行けないのかと思ったよ。

 あと、翼さんに言わないといけないことがあったんだ。服も元に戻ったので、翼さんの元に駆け寄る。

 

「翼さん!」

 

「…………」

 

 なんだか、視線が冷たい。な、何かしたかな。

 

「あの~、実は翼さんに助けられたのは、これで二回目なんです。その、あの時も今日も、助けて頂いてありがとうございました!」

 

「二回目?」

 

「あの日、俺と一緒に近くに倒れてた子だよ。奏が助けた子、って言った方が伝わるか」

 

「あの時の……!」

 

 あれ? 何かさっきより、目が鋭くなってない? 目のハイライトが見当たらないんですけど……。

 

「…………い」

 

「え?」

 

 何か呟くと翼さんは離れていった。

 

「やれやれ………」

 

「? じゃあ、私もそろそろ……」

 

 私も帰ろうと思って振り返ると、サングラスを掛けた黒服の人がたくさん並んでいた。その真ん中には翼さんと踊君の姿もある。ついさっきまで隣にいなかった?!

 

「貴女をこのまま帰す訳にはいきません」

 

「へ? え!? 何ですか!?」

 

 一瞬で黒服の人たちに囲まれてしまった。私、何もしてないよ!?

 

「特異災害対策機動部二課まで御同行願います」

 

 ガシャンと大きな音を立てて大きな手錠のようなものを付けられる。こんな手錠初めて見た。鎖のように腕に自由がない、輪っか同士がくっついている、という変わった形をしている。それに重い。

 

 って、そんなことより何で手錠されなきゃいけないの?!

 

「すみませんね。貴女の身柄を拘束させて頂きます」

 

 謝るくらいなら、付けないで下さいよ~。

 

 そのまま、車に乗せられて何処かに拉致されてしまった。

 

 

 

「……何で学院に?」

 

 連れて来られたのは月明かりに照らされた学校。新しいはずなのに何か出そうな雰囲気があるよ……。

 車を下ろされ翼さんと踊君、サングラスをしていない黒服の人に連れられて来たのは、先生達がいる中央棟。そのまま奥に進みエレベーターに乗る。黒服さんが何かに端末をかざすと、扉が何時もより厳重にしまり、エレベーターが変形して取っ手がいくつも現れる。

 

「あの~……」

 

「危ないから、掴まって下さい」

 

 そう言って、黒服の人が私の手を取っ手に掴ませる。

 

「え? 危ないって!?」

 

「チャレンジャーなら、掴まる必要ないだろ」

 

 私、チャレンジャーじゃないからね!?

 

「聖さんも掴まってほしいんですが……」

 

 注意された踊君は、腕を組み堂々と立っていた。

 

「必要ない。俺は響ほど、軟弱じゃない」

 

 ムッカ! 軟弱だなんて言われちゃ黙ってられないよ! これでも踊君に言われて、 しっかり鍛えてるんだから!!

 掴んだ取っ手を離して、重心を少し下げて立つ。でもすぐに後悔したよ。踊君を見ると口元が笑っていたのだ。

 

 嵌められた!?

 

 エレベーターがゆっくり動き出し降り始めた。でもゆっくりだったのは初めの一瞬だけですぐに絶叫マシンかと思うほどに加速した。

 

「キャァアァアァアアアア!?!?」

 

 一瞬、体が浮かんだ!? 慌てて取っ手を掴んで踊君を見ると、悠然と立ち続けていた。どんな足腰してるのか本当に不思議だよ……。そして、このエレベーターは何時まで降り続けるんだろう。地獄行きじゃないよね……。

 

「そろそろだぞ」

 

 そう言って、踊君が窓を指す。

 

「スゴッ!?」

 

 見えたのはとてつもなく巨大な空間、壁には変な模様が一杯あり異様な雰囲気を醸し出している幻想的な光景だった。パイプがびっしり敷かれているのがちょっと残念。

 

 

 

 やっとエレベーターを下ろしてもらって、一つの扉の前に立たされる。

 

「逝ってこい」

 

「字が違うッ!?」

 

 イイエガオの踊君に背中から突き飛ばされ、扉が開く。

 

 パンッ! パンッ!!

 

 鳴り響く破裂音。私、齢16歳で死す……。ガクッ………………?

 

「て、あれ?」

 

 予想していた衝撃はこず、代わりに頭に当たったのは、パーティーグッズとかでよく見るヒラヒラしたものだった。

 

「ようこそ!! 人類最後の砦! 特異災害対策機動部二課へ!!!」

 

「……へっ?」

 

 派手な格好をしてそう叫んだのは、踊君の保証人の弦十郎さんだった。って、何でここに!?

 

「ハァー……」

 

「あははは……」

 

「呵々っ!」

 

 上から順に翼さんが頭を抱え、黒服さんは苦笑い、踊君に至っては大笑いだしている。

 

「さぁ! さぁ! 笑って笑って!」

 

「ハイ?」

 

 突如、綺麗な女の人が近付いてきて、肩に手を置いて携帯を上にかざす。

 

「お近づきの印にツーショットシャシン~♪」

 

「うぇぇぇええっ!?」

 

慌てて女の人から離れる

 

「嫌ですよ!? 手錠をしたままの写真だなんて悲しい思い出として残っちゃいます! それに、皆さんが私を知ってるのは、弦十郎さんがいるからわかりますけど何であだ名まで知ってるんですか?!」

 

 辺りを見回せば『歓迎! ビッキーさま』と書いてる看板がある……。可笑しい……、弦十郎さんも踊君も知らないはずなのに。

 

「元々、我々二課の前身は大戦時に作られた特務機関でね。調査などお手の物なのさ」

 

「んん~♪」

 

 そういう弦十郎さんの元に、さっきの女の人が……。

 

「ぬわぁ~! それ私のカバン!! 何が調査ですか!? 勝手に人のカバンあさったりして~!?」

 

 慌てて取り返そうとしたけど、意外とすばしっこい。てか、この手錠邪魔!

 

「……緒川さん、お願いします」

 

「はい……」

 

 

 

 カバンを取り戻して、手錠も外してもらった。はぁ、良かった。このまま拘束され続けるかと思ったよ。

 

「では改めて自己紹介だ。俺は風鳴弦十郎。ここの責任者をしている」

 

「それであたしは、出来る女と評判の櫻井了子、よろしくね」

 

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 自分で出来る女、って言っちゃえるんだ。凄い。

 

「君を呼んだのは他でもない。協力して欲しいことがあるのだ」

 

「協力……ですか? あ……あれはいったい何だったんですか!?」

 

 お二人に問いかけると、互いに顔を見合わせ、了子さんが私のほうに近づいてきた。

 

「貴女の質問に答えるためにも、二つばかりお願いがあるの。まず一つは今日のことは誰にも内緒♪ そしてもう一つは……」

 

 了子さんが私を抱き寄せる。何か嫌な予感が……。

 

「取り敢えず脱いでもらいましょうか♪」

 

「え……。だから、なぁあんでぇぇええっ!?」

 

 やっぱり、私、呪われてる……。



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第十一話

少しずつ原作から離れていきそうです……。


「ただいま~」

 

「響!! もうこんな時間まで何してたの!?」

 

 帰ってきてそうそうに、響が部屋の畳に突っ伏してしまった。

 

「また近くでノイズが現れた、ってニュースで言ってたよ。心配したんだから……」

 

「うん。もう大丈夫だから~」

 

 踊さんが言った通りに疲れているようで半分死んだような声を出した。何があったかは聞かないでおいてあげるけど大変だったみたい。

 

「はぁー、取り敢えず着替えたら?」

 

「そうする……」

 

     *****

 

「認めないッ!!」

 

 壁に拳を叩き付ける。

 

「あのギアは奏のモノだ。奏以外が使っていい代物じゃない!」

 

 立花……響! あいつがいなければ奏はッ!! 手が痛くても、何度も何度も壁を殴りつける。

 

「クソッ!!」

 

     *****

 

 ……翼の絶叫がここにまで聞こえた。これは急がないと響が殺されかねないな。

 

「♪♪」

 

 ブロック状の金属を切り取り削って、とある形を作り、導線やら何やらと色々組み合わせ、繋ぎ合わせる。

 

「あら~? ご機嫌ね~。何かいいことあったの?」

 

「ええ。まぁ、ちょっとですけどね」

 

 了子さんがレントゲン写真を持ってやってきた。

 

「響の体内、どうでしたか?」

 

「あの子、大変ね。体内が聖遺物で浸食されてるわ」

 

 了子さんがレントゲン写真を空いているところに広げ、見せてくれた。浸食か、そう見るよな。まぁ、実際は違うんだが、わざわざ今、言う必要はないか。

 えっと、あそこの端子はこれだったよな……。

 

「ここをこうしてっと」

 

「さっきから何をやってるの?」

 

「秘密ですよ。後のお楽しみってやつです」

 

「そう。それじゃあ、楽しみにしてるわ」

 

 今は時間がないのでね。作った端子をコンピューターに繋ぎ、調節する。これは調整に時間が掛かりそうだ……。

 

     *****

 

「ディバンス、か……」

 

 奴は何者だろうか。それに何故、踊は奴のことを知っている……。

 確か、初めて奴が姿を現したのは五年前の、奏を保護した時だったな。

 

     *****

 

「何故だ! 何故気付けなかった!!」

 

「怒鳴られてもわからないわよ! 

 

 その報告が入ったのはノイズが出現してから既に一時間以上が過ぎていた。今から急いでも生存者は見込めない……。

 

「すまない。翼、行けるか?」

 

「は、はい……」

 

 情けない! こんな子供に頼るしかないのか……。

 

「すぐに向かうぞッ!!」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 到着したのは、ノイズ出現から四時間。

 

「い、いきます!」

 

 翼がシンフォギアを纏い出撃した。

 

「俺達も行くぞ! 一人でも多く住民を救い出せ!!」

 

「「「「「八ッ」」」」」

 

 俺達もそれぞれの部隊に別れ、町に展開を始める。が、そこで気付いた。炭素化したものが少ないのだ。通常であればここら一帯にもノイズが戯れ人が襲われているはずだ。なのに、それがほとんどない。

 

「もしかして、軍の方ですか!」

 

 すると、一人の青年が駆け寄ってきた。

 

「生存者か!?」

 

「は、はい! 皆! 助けが来たぞ!!」

 

 皆だと!? 感極まった青年がそう叫ぶと、建物の陰から五十人近くの人が出てきた。こんなに生存者がいてくれたのか……。

 

「まだ生存者はいるのか?」

 

「はい。逃げ遅れた友人が、奥に何人も。今もまだ連絡が取れてます」

 

「そうか! すぐに向かうと伝えてくれ。皆、行くぞ!」

 

 急いで、一部の隊員に救助を命じ、残りでさらに奥に進む。

 救助できたのはおよそ百人ほど、人口と経過時間からみても、奇跡的な救助数。何故こんなにも生存者がいるんだ? 一体この街には何がいる?

 

「すまない。お前たちはここで住民の警護にあたってくれ。俺はこの先に進み、翼の援護に向かう」

 

 そして、この先にいる何かを調べる。

 

「翼、そっちの調子はどうだ?」

 

「少し、ノイズは多いけど、問題ありません」

 

「その辺りに何かいるかもしれん。気を付けろ」

 

「はい!」

 

 ノイズが見えてきた。確かに多いな……。これだけいるのに、生存者があんなにも? どうなっている。

 

「軟弱者どもよ! 拙者はここにおる! 殺せるものならば、殺してみせよ!!」

 

 翼がいる場所とは真逆にあるビルの屋上で黒いマントを羽織った男が叫んでいた。ノイズが一斉に針のように姿を変え、襲い掛かる

 

「馬鹿か!?」

 

 だが、どの一匹も彼の姿を捉えられなかった。左右に揺れ、時には飛びこえ近くのビルに着地し、弧を描くように全てを鮮やかに交わしていく。

 

「そろそろ、終わりにさせて頂こう」

 

 そう言った彼はマントの下から頭蓋の面を取り出し、フードで隠した顔に当てる。穴の開いた黒い瞳が一瞬光ったように見え、そして初めて彼は前に出た。

 

「参る!!」

 

 飛び上がるノイズの群れの隙間を駆け抜けた。その手には鎌がある。が、無茶だ奴らに現代兵器は効か……!?

 

「そんな馬鹿な!? ノイズを切っただと!?」

 

 瞬く間にノイズは切られ、炭素に変わっていく。どういう方法で切っているかは分からないが、奴は相当な手練れだ。

 凄まじい程の連撃を見続けていると、遠くで子供の叫びが耳に入ってきた。

 

「許さねぇエエエエッ!!! ブッ殺ォすッ!!!!」

 

 酷く憎悪の籠った声だった。その声を出したであろう少女――奏が目を見開き、悪意で顔を歪ませノイズに向かって走っていく。

 

「ゴロスッ!!!」

 

 だが、奏の足は落ちてきた男によって止められた。

 

「お主、そんなに奴らが憎いか?」

 

「ア゛ア! ニクイッ!!」

 

「ならば、待つが良い。もうすぐ、主に力を与えられる者達が現われるであろう。その者に頼めば良い。今は耐え、生きよ! そして己が力を高め、再び相見えようぞ!」

 

「…………ホン、とうか?」

 

「嘘はつかぬ。だから生きるのだぞ」

 

 そういうと、男は奏に背を向け、ノイズを狩り消えてしまった。

 

     *****

 

 あの後、すぐに奏を保護したのだ。あの時の奏は、手負いの獣のようだった。そう言えば、ディバンスにはあの時の礼をしなければならなかった。奴がいらんことを言わなければ、奏を苦しめることはなかっただろうに。

 

「あらん? 珍しいじゃない。貴方がしんみりしてるなんて」

 

「了子君か。ちょっとな」

 

「あら、貴方もはぐらかすの」

 

「も?」

 

「さっき、聖君にも後からのお楽しみってはぐらかされちゃったのよ。はい、これ。響ちゃんの検査結果よ」

 

 聖踊、か。彼の過去は我々二課が調べても何も知ることが出来なかった。何れ聞く必要がありそうだ……。

 

     *****

 

「響の帰りが遅いから、本当に心配したんだよ……」

 

 静かな部屋の中、未来が突然そう言った。

 

「ごめん……。でもありがとう。ちゃんと心配してくれるのは未来だけだよ」

 

「……踊さんは?」

 

「んん~、どうなんだろう? あの人なら、心配はしても笑ってそうだよ」

 

「……否定できないかも。でも信じてるからじゃないの? 響なら自分で出来るって。それは私には出来ないかなー」

 

「だったらいいな……」

 

 踊君はこっちの身も知らないでよく笑って、未来は何時も優しい。私にとって、踊君は明るい日輪で、未来は……。

 

「やっぱり未来は温かいな~」

 

「いきなりどうしたの?」

 

「小日向未来は、私にとっての日溜まりなの。私の絶対に帰る場所」

 

 私が絶対守りたい大切な場所。この力が何なのかなんて分からない。でも、この力で必ず大切な人たちを守ってみせる。

 

     *****

 

「……もうすぐ動いてもらうわ」

 

「…………」

 

「逆らうの? ここしか貴方に場所はないのよ」

 

「ちっ、わぁってるよ」

 

 携帯の電話を切る。

 

「おやおやァ~? 動くのデ~スカァ~?」

 

「五月蠅い! 喋りかけんな。気色悪い」

 

「これまた酷い言われようデ~ス」

 

 落ち込むピエロを睨み付ける。

 

「そんなに睨まないで下さいよぅ。ゾクゾクしちゃうじゃないデスカ~」

 

 へ、変態だ。マジで気色わりぃ……。とっととこいつから離れねぇと……。

 

「ンフフフゥ~」

 

 と、鳥肌が!? 寒気がぁあっ!?

 ピエロから見えない位置に着くと、即座に走って逃げた。



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第十二話

「重要参考人として、もう一度本部まで連行させてもらいます」

 

「へ?」

 

 いきなりそんなことを言われた。

 放課後、踊君に出された補習課題を終わらせて感動に包まれようとした直後、翼さんが教室にやってきたのです。そしてまた手錠をされ連れて行かれてしまった。

 

 

 

「やぁ。良く来てくれたね」

 

「さあさあ、座って、座って」

 

 全く良くないですよ……。そう言うなら連行しないで下さい。手錠なんてしなくても来ますから……。踊君も笑って見てないで助けてよね。

 

「それじゃあ、この間のメディカルチェックの結果発表♪」

 

 了子さんが映像を出して、説明を始めた。

 

 初体験の負荷は残ってるけど、体に異常はほぼ見られないらしい。でもほぼ……なんだ。

 

「そうね。貴女が聞きたいことはそんなことじゃないわよね」

 

「教えてくれませんか? あの力のことを」

 

 翼さんがペンダントを取り出した。

 

「あれは、天ノ羽々斬。翼の持つ第一号聖遺物だ」

 

 聖遺物? 何それ?

 

「聖遺物とは、様々な歴史に登場する、現在では到底造れない程の異端技術で造られた遺物だ。多くは遺跡から発掘されているんだが、如何せん遙か昔の産物で、大部分が破損してしまい、当時の力を保っているのは希少なんだ」

 

「この天ノ羽々斬りも刃の極一部の欠片に過ぎない」

 

「その欠片に残された僅かな力を引き出す唯一の鍵が特定振幅の波動なの」

 

「つまりは、歌。歌の力で聖遺物は起動するのだ」

 

 そう言えば、あの時も胸の底から歌が沸いてきたんだ。

 

「だからとて、どんな歌、誰の歌にも聖遺物を起動させる力が備わっているわけではないッ!」

 

 つ、翼さんが叫んだ。流石、歌手……耳がキーンとする。

 

「その通りだな。だから、聖遺物を起動させ身に纏うことが出来る者達を彼ら政府は適合者と呼ぶんだ。それが翼嬢であり、お前だ」

 

「どう? 分かってもらえたかしら? 貴女に授けられた力について」

 

「あの!」

 

 覚悟を決めて声を張って、言った。

 

「……全然分かりません」

 

 皆に呆れた顔をされてしまった。踊君に至っては恥ずかしそうに顔を覆ってしまう。仕方ないじゃん。わかんないものはわかんないんだから。

 

「いきなりは難し過ぎちゃいましたね……。だとしたら、聖遺物からシンフォギアを作り出す唯一の技術、櫻井理論の提唱者が私であることだけは「それだけ覚えてどうなりますか」……もう、失礼ね~」

 

「はぁ~、取り敢えず今は、シンフォギアにはノイズと戦う力があって、それを響は使えるということが理解できたら良いでしょ。櫻井理論などについては後日ゆっくりねっちょり教えたほうがいいと思いますよ」

 

「……それもそうね」

 

 ねっちょりって何!? 二人の笑みが若干黒く見えるのは気のせいかな……気のせいだよね……。

 ま、まあ、聖遺物については理解できたと思う。

 あれ? でも、よく考えたらそもそもの話、私は聖遺物を持ってないよ。なのに、どうして?

 

「これが何なのか、君にも分かるはずだ」

 

 弦十郎さんに促された踊君は、モニターの画像を切り替えX線の画像を出すと、心臓近くにある白い点を指した。

 

「あ、はい。三年前の怪我ですけど?」

 

「心臓付近に食い込んでいるせいで、手術でも摘出されなかった無数の破片。調査の結果、かつて奏ちゃんが身に着けていた第三号聖遺物、ガングニールであることが判明しました」

 

「「!?」」

 

 ガタッン!

 

 大きな音を立て、翼さんが壁に倒れ掛かった。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「問題、ありません」

 

 あぁ……凄く無理してるのが分かる。翼さんは頭を押さえ出ていく。やっぱり私の……。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 ……踊君、空気読もうよ。そっとしておいてあげようとか、思わないの?

 

「翼嬢にも関係がある大切な話があるんだが……」

 

“ウィーン、ウィーン”

 

「ノイズ、出現!!」

 

 これ、警報!? またノイズ……?

 

「ちっ、タイミング悪いな」

 

「行きます」

 

「待て!! 翼ッ!!!」

 

 弦十郎さんの静止も振り切り、翼さんが行ってしまった。

 

「あの! 私も行きます!」

 

「響君、我々に力を貸してくれるのか?」

 

「誰かがやらないと、ノイズの被害者はどんどん増えていくんですよね。誰かのためになれるなら、私も戦います!」

 

 すぐに部屋を出て、翼さんの後を追う。

 

     *****

 

 ……翼嬢も響も行ってしまった。

 折角のタイミングだったのに、どうしてこうなるんだか。

 

「誰かのため、ですか。優しい子ですね」

 

「はたして、それだけなのだろうかな。ついこの間までただの高校生だった子が、誰かのためにと命をかけられるというのは、異常なことだ……。それに、あの子の目は……」

 

 流石、ダンナ。気付きますよね……。俺のせいでもあるけど、響の精神状態は原作よりも非常に危ういバランスになっている。

 そしてそのことに本人が気付いてないのも痛い。このままでは、心が壊れる可能性だってある。ここで止めなければならなかったのに、少し時間を掛け過ぎた。

 

 今のまま、あの子に会えばどうなるやら……。

 

「聖君も気付いているのだろう?」

 

「ええ、でも俺には止められないんですよ。……ああ、そうだ。ダンナ、もし響が鍛えて欲しいと言ってきたら、引き受けてくれませんか?」

 

「? そうか……何か抱えているのだな。わかった。俺に出来ることなら、何でも手伝おう。ただし、その時は君も一緒にだがな」

 

 呵々。ダンナに教えを仰ぐってのはいいかもしれない。この世界じゃ、俺はあまりにも弱すぎる。

 

「それはありだたいです。その時は俺もお願いします」

 

「任せておけ。じっくり鍛えてやろう」

 

「翼さんがノイズと接触しました!」

 

 そろそろ戦闘が始まるみたいだ……。

 映し出された映像に目を向ける。ノイズは人のいない静かな路上に出現したようで被害は無さそうだ。それに大した数もいないようだし、二人いればすぐに終わらせられるだろう。

 

「…………協力が出来てませんね。あれじゃあ本来の半分くらいですかね?」

 

「どうにかせねばならんな」

 

「「ハァー……」」

 

 俺もダンナも同時に溜息を吐き、周りもやれやれと言った感じの雰囲気を出した。



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第一三話

「まいったな……」

 

 もう一か月以上、経ってしまった。今だに響と翼嬢の二人を同時に集められてない。

 ダンナに頼めば、無理やり集めてくれるだろうけど、二人に無理はさせられない。響はここ最近人助けのためと忙しく、翼嬢は歌手活動のために多忙な毎日を送っている。

 それに、俺だって教師補佐としての役目がある。生徒の手助けであったり、書類作りだったりと、様々な仕事をこなさなければならないのだ。

 

「あの、先生」

 

「ん? 小日向か。どうした?」

 

「響のことなんですけど……」

 

 未来は言おうかどうか躊躇っているようで、口ごもってしまう。

 

「その……響に何かありました? 最近、私に何か隠し事をしてるみたいで、何時もこそこそしてて……何だか、響が何処か遠くに行っちゃうんじゃないか、って心配で」

 

「呵々、大丈夫だ。響は必ず君の元に戻ってくるさ」

 

 絶対、道を敷いてみせる。……とは言え、その道を通って来れるかどうかは、未来に賭かってるんだけどな。

 

「踊さんは、響が何を隠してるのか知ってるんですか?」

 

「ああ、知ってるぞ。関係者だからな」

 

「あの! 教え「でも俺は言えない」……どうしてですか?」

 

「隠しているのは、響が自分で考えて、悩んで決めたことだから。俺がその邪魔をする訳にはいかないんだ。ただ忘れないで欲しいのは、響が悪いことをしてる訳じゃないってこと。何時か響は話してくれるから。その時まで待ってあげて欲しい」

 

「……わかりました。でも、絶対に響を守ってくださいよ!」

 

 守れって? 当たり前だ。守るに決まっている。義妹すら守れんで、子供の笑顔が守れるものか。

 ……でも、どうやってしようかまだ決まってないんだよな。

 

 

 ずっと悩んだが答えを出す間もなく、時は訪れてしまった。

 

     *****

 

 今日は、未来と『流れ星を一緒に見る』と約束してるんだよね。

 ああ~、楽しみだなぁ~。

 その時、携帯が鳴った。嫌な予感が……うぅ~……風鳴さんからだ……。

 

「もしもし」

 

『大至急来てくれ。ノイズが現われた』

 

 やっぱり……。私、やっぱり呪われてる~。

 もう夕方なのに~、間に合わなくなっちゃうよ~。未来に連絡しないと。電話を掛けるとすぐに未来は出てくれた。

 

「ごめん、未来。ちょっと用事が入っちゃって間に合わないかもしれない」

 

『……うん。わかったよ。でも待ってるから』

 

「ありがとう。頑張ってみる」

 

 本部に行くと既に翼さんは出撃してしまっていた。私も話を聞くとすぐにノイズを駆除するために現場に向かう。その時、

 

「俺も行く」

 

 踊君がそう言った。聖遺物を持ってない踊君が行ったとしても、危険なだけなのにどうしたの?

 

「小日向にお前と流れ星を見に行く約束をしたって、聞いたんだよ。ずいぶん楽しみにしてたし、響も急ぐんだろ? 戦えなくても人の救助は出来るからそっちは任せろ」

 

 踊~君~……ありがとう~! よ~し、頑張るぞ!! 未来と流れ星を見るんだ!

 

     *****

 

 もう太陽は沈もうとしていた。

 

「皆さん、行きましょう」

 

「うぃ。響、ノイズは任せたぞ」

 

 二課の人たちはそれぞれに別れる。私もギアを装着して、ノイズの団体のど真ん中に突っ込む。今日の私はいつもより荒れてるよ!

 

「テヤァア!!」

 

 拳を突き出し、数十体のノイズをまとめて吹き飛ばす。

 

「まだまだぁ!!」

 

 勢いを殺さずそのまま一気に裏拳でノイズを殴り、さらに回し蹴り、膝蹴りと繋げる。日が沈むまであと一時間あるかどうか。帰るまでの時間を考えれば、もうほんの僅かな時間しか残されていない。

 

「翼さんッ!!」

 

 いくらか進んだところでやっと翼さんに追いついた。周りの見ると、いたるところに炭の塊があり大量のノイズが翼さん一人に葬られたみたい。でも、翼さんも疲れているようで少し太刀筋にブレが見える。

 遅れた分もあるし私も頑張らないとね!

 

「そこ!」

 

「!……ちっ」

 

「酷い!? 露骨に舌打ちされた!?」

 

「五月蠅い! 黙って戦え!!」

 

「はぃ~!」

 

 翼さんが怖い……。大人しく翼さんの指示に従ってノイズを叩くことに専念しよう。ノイズの攻撃を左に避け右腕で地面に叩き付ける。さらに近くにいるノイズを捕まえ肘鉄をお見舞いしいくつかのノイズごと弾き飛ばし、炭に変える。

 

「ハイッ!!」

 --逆羅刹--

 

 翼さんも手にした刀で空のノイズを切り捨て、さらに地面に手を付くと足に取り付けられている折りたたみのブレードを展開し地上にいるノイズをまとめて裂いた。私にもアームドギアだっけ、そんな武器があったらよかったんだけどな。無い物強請りしてたら踊君に怒られそうだし止めよう。

 

 戦闘を開始してからほんの数分でノイズが殲滅された。

 

「これなら間に合う!!」

 

「響! 翼! 避けろ!!」

 

「え?」

 

 上を見上げると光の玉が目前まで迫っていた。翼さんはすぐに反応し躱すことができたけど、私は反応できなかった。

 

「くそっ!! 伏せろォォッ!!!」

 

 光の玉が爆発した。だが、爆風すら私には届くことはなかく、立ち込める煙が視界を覆い隠す。

 

「怪我は……ないか?」

 

「う、うん。ありがと、踊く…………え?」

 

 踊君の声が前から聞こえた。踊君が庇ってくれたんだ。煙は風に流されすぐに晴れた。踊君の姿が見えて礼を言おうと思ったのに、私は言葉を続けられなかった。

 だって、踊君の右肘から先が無くなっていたから……。

 

「大丈夫だ。すぐに下がれ!」

 

 踊君に怒鳴られ急いで後ろに下がる。

 

「何者だ!」

 

「……チッ」

 

 翼さんが光の玉が撃たれただろう森に向かって、小刀を投げつけた。それを躱すために隠れていた人が飛んで躱す。それは白い鎧を羽織った少女だった。

 

「それは、まさか! ネフシュタンの鎧!?」

 

 ね、ネフシュタンの鎧? よくわからないけど、翼さんはあの鎧のことを知ってるみたい。でも、翼さんが取り乱すなんて何でだろう?

 

「へえ? こいつの出自を知ってんだ?」

 

「三年前、私の不始末で奪われた物を忘れるものか。何より、私の不始末で奪われた命を忘れるものか!!」

 

 三年前に奪われたって……まさかあの日に奪われたの!? 奪われた命ってやっぱり奏さんのこと、だよね……。 

 

「まだ、あの子は死んでないぞ! 勝手に殺してやるな」

 

「だがもう!」

 

 翼さんの目が微かに揺れていた。踊君は舌打ちすると何かを呟いた。

 

「こうなるくらいなら、もっと早く無理にでも話しておくべきだったな……」

 

「ごちゃごちゃとうるせえなぁ!」

 

「させん!」

 

 痺れを切らした少女が、肩から生えている鞭のようなものを振るった。けど、すぐに反応した翼さんが刀の側面で打ち払う。

 

「クッ! ゆっくり話してる暇はないか……」

 

「ハァァアッ!!」

 

「ハッ!!」

 

 翼さんが刀を振り下ろすが、少女は簡単に反応し、鞭を張ることで受け止めた。そして勢いのなくなった翼さんの腹を蹴り飛ばしてしまう。

 私も戦うべき? 

 でも、あの子も人だよ。話し合うことが出来るはずなんだ。やっぱり、戦えない。止めないと!

 

「止めてください、翼さん! 相手は人ですよ。同じ人間なんです! 話せば分かり合えるはずです!!」

 

「「いくさ場で何を莫迦なことをッ!!!」」

 

 いくさ場でハモった!? って、なんでハモるの!

 

「貴女とは気が合いそうねッ!!」

 

「ハッ、だったら仲良くじゃれ合おうかッ!」

 

 再び翼さんと少女が戦い始まってしまった。

 

「クソ、流石に完全体との差は大きいか」

 

「ネフシュタンの力だなんて思わないでくれよな! あたしのてっぺんはこんなもんじゃねぇぞ!!」

 

「グッ!?」

 

 さらに力を上げた少女は翼さんを圧倒し始める。私は二人の戦いに割り込もうと、ずっと隙を待っていた。けどそのせいで、ノイズが近くに来ていることに気付けなかった。

 

「え!?」

 

「よっしゃっ!! 」

 

 いつの間にか後ろにいたノイズが、白い糸のようなものを吐き出した。

 な、何これネバネバして千切れない! いくらもがいても抜け出せないし、気持ち悪い。

 

「その子に渇けて、私を忘れないでもらおうかッ!」

 

「のぼせ上がんな人気者! 誰も彼もが構ってくれるなんて思うんじゃねぇッ!」

 

「俺も忘れるなよ!」

 

「ハッ! 片手で何ができる!」

 

 二人の戦いに怪我をしているのに踊君は割り込んだ。鞭を血で濡らしてでも、掴んで引き止めた。

 

「マ、マジかよ!?」

 

「呵々、片手でも意外と出来ることは多いんだぞ。隻腕、舐めんなよ!」

 

「ガァッ!?」

 

 少女が驚いた一瞬の隙を突き、鞭を引き少女に蹴りを決めた。さらに追撃を掛けようと突っ込んだが、そこでノイズが踊君の行く手を遮るように割り込んだ。

 

「無駄だ」

 

「何する気だ!?」

 

「踊君!?」

 

 けど、踊君は動きを止めずノイズに突っ込み、ぶつかって……そして炭に、ならなかった。

 そのまますり抜けた!?

 

「ウソだろ……!?」

 

「俺を止めるにゃ、実態の無いノイズじゃ無理なんだよ!」

 

「しまった!?」

 

「だったら、実態あるもので。ってねぇ?」

 

「ムッ!?」

 

 踊君の攻撃が当たる前で、ピエロが踊君のパンチを止めた。

 

「お前は……」

 

「久しぶりですねぇ~、聖踊君。サージェです」

 

「懐かしいな。……翼嬢、そっちの少女は任せた。俺はこいつに用がある」

 

「待て!!」

 

 すぐに踊君はサージェというピエロと場を離れた。その時、私を縛っていた糸が突然切り裂かれて、解放された。

 

「少し遅れたか?」

 

「貴様は!」

 

 後ろを見ると、死神……じゃなくてディバンスが立っていた。ディバンスに助けられたんだ。味方、なのかな?

 

「蒼き防人か。久しいな。む、其方が、雑音を出した者か? 済まぬが雑音は消させてもらった」

 

 え、雑音って何? ここにいた誰もが疑問に思ったけれど、すぐにそれが何なのか理解できた。さっきまでいたノイズが一瞬で塵になってしまったのだ。

 確かにnoiseを訳せば雑音だけど、だからって雑音は……。

 

「何時の間に!?」

 

「そこの若者よ。踊殿は何処へ向かわれた?」

 

「へ? あ、あっち、です……」

 

 踊君たちが去った方角を指さすと、そのままそっちに向かって行ってしまった。若者なんて呼ばれ方初めて聞いたよ……。すっごい古風な人(?)みたいだ。

 

「アアァ! クソッ。さっきから邪魔ばかり!! 取り敢えずぶっ飛べ!」

 --NIRVANA GEDON--

 

 鞭が一か所に丸まり、中に光る球体を作り出した。あれは最初の光の玉だ。翼さんはすぐに躱そうとしたけれど、地中から生えていた鞭に足を掴まれ動けなかった。

 

「クッ!」

 

 逃げるのを諦めた翼さんは刀を横に寝かせ、足のブレードを地面に突き刺すことで光の玉を受け止める。けれど、光の玉の威力は桁違いで天羽々斬はボロボロになり翼さんは膝をついてしまった。

 

「繰り返すものかと私は誓った……」

 

 刀を固く握りしめ支えにして翼さんは立ち上がった。



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第十四話

 日は沈み、月が顔を出そうとしていた。

 傷付き赤き血を流しながらを、風鳴翼は立ち上がった。

 

「繰り返してなるものか……!」

 

 固く覚悟を決めた様子で口を開いた彼女の背は、正しく防人と呼ぶに相応しい逞しく鋼の意志を灯した戦人の背であった。

 

「この身を一振りの剣と鍛えてきたはずなのに、あの日無様に生き残ってしまった……」

 

 でも……それは自身を省みぬ諸刃の覚悟。

 

「出来損ないの剣として恥を晒してきた。……だが、それも今日までのこと……奪われたネフシュタンを取り戻すことでこの身の汚名、そそがせてもらう!!」

 

「ハッ、出来るもんなら……なッ!?」

 

 少女は、翼の叫びを無視しさらに追撃を加えようとしたが、何かに縫い付けられたように体が動かなかった。後ろを振り返るも誰もいない。

 

 ― 影縫い ―

 

 翼の呟きを聞き慌てて自身の足元を見ると、そこには一振りの小刀が抜けないように深々と影に突き刺さっていた。その名の通り少女の影はその場に縫い付けられ、彼女自身の動きすら止めてしまったのだ。

 

「月が顔を出す前に、決着を付けましょう」

 

「歌うのか……絶唱を!」

 

 何をするつもりなのかに気付き、その大きな覚悟に少女戦慄し、頬から一粒の汗が流れ落ちた。その様子を見て満足げに翼は微笑む。そして、

 

「防人の生き様、貴方に見せてあげる」

 

 翼は響に向かってそう言った。何をする気なのと、問おうと響は口を開こうとしたが、既に翼は次の言葉を言い放っていた。

 

「貴女の胸に、焼き付けなさいッ!!!」

 

 翼は刀を持つ腕を天に向け翳す。響はその姿に見覚えがあった。そう……3年前のライブ事件の時、薄っすら残った記憶の中で天羽奏は同じように自身の武器を天に掲げ歌っていた。

 

「--Gatrandis babel ziggurat edenal--」

 

「え? ……この歌って…………」

 

 あの日の奏と同じ姿。そして、あの日奏が歌った歌。

 

「--Emustolronzen fine el barusl zizzl--」

 

「止めてください! それって奏さんと同じ!?」

 

 響の静止も聞かず、翼は歌い続けた。体は紫色淡く光り、剣からはほとんど明りの無かった地上すら染めるほどの強い光が放たれる。そして少しずつ少女のもとに近づいていく。

 

「--Gatrandis babel ziggurat edenal--」

 

「翼!! 命を無駄にするんじゃねぇ!!」

 

 その時、森の奥で戦っていたはずの踊が戻ってきた。だがその姿は悲惨なものだった。既に右肘から先を失っていた踊はさらに左腕を肩から失い、右足も深々と切り裂かれている。立っていることすらやっとの重傷だ。

 

「--Emustolronzen zen fine zizzl--」

 

 最後の一節を翼は歌ってしまった。口から血を流し、動けない少女の額に触れるかどうかというほどの距離まで迫る。そして笑みを深めた。

 

 漸く月が姿を見せた時、月すら上回る光量を持った一筋の蒼い柱が天に伸びていった。

 

「グァァアアアッ!!?」

 

「クリス!!」

 

 悲鳴が響いた。完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』を持ってしても、絶唱の威力は計り知れないようで鎧が砕ける音が聞こえる。永遠にすら思える一瞬が経ち、光は薄れていく。離れたところでサージェがクリスと呼んだ少女を抱えていた。鎧は砕け、身に着けていたスキンスーツの脇腹の片方が破れているのが見える。

 

「凄い……」

 

 響は初めてはっきり見た絶唱の威力に呆然と翼を見ていた。翼は絶唱を使ってもまだ立ち、響にその背を見せている。けれど翼の顔を見た響は反射的に後退ってしまった。流れ落ちる滝のように血涙を流しながら、笑みを浮かばせるその姿に恐怖したのだろう。

 

「私とて人類守護の務めを果たす防人、こんなところで折れる剣じゃ……」

 

「翼!!」

 

 翼が崩れ落ちるように地面に倒れた。それをすかさず残った右腕の一部で踊が受け止め寝かせる。するとすぐ傍で待機していたのだろう二課の医療班が駆けつけ、翼を運んで行った。

 

「何してるの!? 踊君も早く病院に行かないと!」

 

「俺は行かない。行っても意味がない」

 

 響は踊にも救護班を呼んで連れて行って貰おうとしたけれど、踊は優しく微笑むとそれを断った。

 その時、弦十郎が厳しい顔をしながら近付いてきた。

 

「…………」

 

「はっきり言ってください。私は答える覚悟が出来てますから」

 

 久々に踊は自身のことを私と言った。もう既に癖となっていた一人称を戻すことで、自身の覚悟を示した。その言葉の意味と覚悟を感じ取った弦十郎は重くなった口を開いた。

 

「君は、何なんだ?」

 

「今まで黙っていてすみませんでした。何時か言わなければと思っていたのですがずっと言えず、こうなるならもっと早く話しておくべきでした」

 

「はぃ?」

 

 そんなに頭が良くない響はぼんやりした話についていけず、奇声を発した。

 

「響君、可笑しいと思わないか? ノイズが人に触れると炭になる。それに人はこんなに血を流せば死ぬ」

 

「あ……!」

 

 今もまだ流れる血を見て弦十郎は言った。最初に腕を無くしてから、今まで止血する間もなくサージェと激しい戦い、さらにディバンスを巻き込んだ三つ巴の中、もう一方の腕を失い、足にも重症を負っている。少なくとも致死量の3Lは失っているはずなのに、それでもまだ会話し立っていた。それは異常なことだ。

 

「もう一度聞かせてもらう。踊君、君は何だ?」

 

「呵々。私は人ではありません。私はアンドロイド、いわゆる機械体です」

 

 二人とも唖然としていた。通信で聞いていた他の局員も動きを止め踊の言葉に耳を傾けた。

 

「アンドロイド!?」

 

「ヒューマノイドの方が正しいのかな? この体はどんな傷を負おうと潰えぬ限り死ぬことはないんです。それにノイズは人にしか影響がないので、私には通用しなかったんですよ」

 

「機械か。確かにそれならばさっきのことは理解出来る。だが、君は響君と共に成長してきた。それはどういう仕組みだ?」

 

 三年間、踊は普通に成長していた。機械にそんな高度なことはできないはずだ、と弦十郎は考えたのだ。

 

「可笑しなことではないでしょう? 私よりもより大きな変化をするものがあるじゃないですか」

 

「聖遺物……か。しかしあれは過去の遺物だ。今の技術に……まさか君は!」

 

「呵々呵々、はい。私は聖遺物と同じ時代、バベル最盛期に造られました」

 

「……信じられんが、事実なのだろうな」

 

「ね、ねぇ。機械なら何で踊君は三年前入院してたの?」

 

 今度は響からの質問だ。踊は三年前の怪我をゆっくり直していた。そのことが不思議見たいだ。

 

「それを説明するには私が生まれた時代を説明する必要があるから、長くなるよ。響は小日向と約束してるんだろ? 本部でしかできない話もあるし、明日にしたらいい」

 

「でも……早く話して置けばって……!」

 

「大丈夫。明日は大丈夫だから、行きな」

 

 踊はそう確信していた。

 

「……。わかった。じゃあ行くよ?」

 

「ああ、行って来い。風鳴のダンナ、お願いします」

 

「君はどうするんだ? そんな怪我だ。置いていくわけにはいかんぞ」

 

「私は平気です。しばらく夜風に当たりたいので」

 

 踊にそう言われ、弦十郎はしぶしぶ響を車に乗せ、家まで走らせた。漸く顔を見せた真円の月は空を優しく照らしていた。踊はしばらく月を見て不意に言った。

 

「そこにいんだろ? 木の後ろにいないで、出てきてはどうだ?」

 

「…………」

 

 そいつは姿を見せた。

 

「……呵々。どう言われても……私は貫くことしか出来ないんだ」

 

 踊の呟きを聞いたそいつは闇に溶けて行った。



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第十五話

「やっぱ、二人とも強―なぁ」

 

 流れた血のような液体を見て呟く。そしてさっき森で起きたことを思い出した。

 

 

 

「流石、踊君。片腕になっても動きが衰えませんね~」

 

「勝手なこと抜かすな! 十分落ちてるっての! グゥッ!」

 

 着地と同時に横に跳ぶ。するとその地面は抉れ穴が開けられた。威力も弾速も尋常じゃない。これは当たったら洒落にならんな……。だからと言って下がるわけにもいかないし、やるしかない!

 

「オラァァアッ!」

 

「ホイサッ、と」

 

 起き上がるのに合わせ、前に跳び正拳突きを繰り出す。だが、サージェに肘で僅かに機動を変えられ、さらに手にしていた拳銃を俺の顔に向けて発砲した。

 

「そこデスッ!」

 

「当たって、たまるかッ!」

 

 それに体を倒し首を傾けることで何とか躱し、体勢を立て直すついでに、今度は回し蹴りを繰り出す。反らせないことを理解したサージェは腕をクロスさせ防御した。

 

「甘いか!!」

 

「ふふふ。ありがとうございま~す!」

 

「な! しまった!?」

 

 俺の蹴りを利用して後ろに跳んだのか! やられた……。俺は隻腕なので、唯一の武器である鎌も上手く使えない。それに対して、サージェは五体満足で拳銃が二丁。これ以上離されないように攻めようと追撃を掛けたが、踏み込もうとした足場を撃ち抜かれたことで下がるしかなくなった。

 

「もしも貴方に右腕があったなら危なかったデスね~」

 

 本当にその通りだ。いつもであれば相手に隙を与えないインファイトで攻め立ててしまえるが、片腕がないせいで上手く軸に乗せられない。

 

「そう言うんなら、手加減くらいしてくれたっていいんじゃないか?」

 

「いやいや、ご冗談を」

 

 冗談なんか言ったつもりはないんだがな! うおッ!? さっきから間一髪だ。紙すら差し込む隙間がないほどにギリギリのところで躱していく。

 その時、もっと面倒な奴が現われた。

 

「拙者も混ぜて頂こうか!!」

 

 不意に現れた第三者の刃がサージェの背後に振り下ろされた。

 

「ディバンスさんじゃありませんか! これまた懐かしい!!」

 

「久しいな。サージェ」

 

「久々に三人が揃ったてのに、立場は全然違うか。お互い随分変わったな」

 

 サージェの背後を襲ったのはディバンスだった。

 懐かしいな……この三人がこうして集まるのはいったい何年ぶりだ?

 

「何年デスかね~」

 

「ふむ。余計なことは覚えぬ質でな。覚えておらぬ」

 

『もう5000年ぐらいですよー』

 

 その時、俺の中から声が漏れた。AIの声だ。

 

「AIちゃんデスか? お久しぶりデス」

 

『はい! サージェさん、ディバンスさん、お久しぶりです!』

 

「また急にどうしたんだ?」

 

『どうしたとは酷いです!! 皆さんが折角集まってるのに私だけ除け者なんて嫌ですからね!』

 

 除け者って、これでも今は戦いの最中なんだぞ。そんなこと言ってる場合じゃないっての。銃弾と斬撃は迫って来てるし、普通に話せるのが可笑しいんだよ。

 

 少しずつヒートアップしていき、少しずつだが躱しきれなくなってきた。

 

「フッ!!」

 

「チィイッ!!」

 

「そこデス!」

 

 ディバンスが鎌を振りすのを見て躱すのは諦めた。わざと前に出て柄の部分を腹で受け、ディバンスの胸に掌底を叩き込む。その間に後ろでサージェが発砲した。

 

「グゥ……ァアッ!」

 

「ナニ!?」

 

 弾丸を右腕の残った部分を盾に、一気に駆けより顔面を膝で蹴り飛ばす。

 

「後ろががら空きだ!」

 

「グァアア!!」

 

 やはり軽かったか! クソッ!! 不味い……もう左腕も…………。

 

「貴方も油断大敵デスよ!」

 

 空から銃弾の雨が降り注いだ。俺もディバンスも何発かの銃弾に貫かれてしまった。被害率で言えば、当然俺が一番大きいな。だが、

 

「これでバランスが取れた。ちったぁやりやすくなるってな!」

 

 腕が無くなったことで、重心が元の位置に戻り、蹴りに体重が乗せやすくなった。それに元々、俺は蹴りの方が強い。足の強度にエネルギーを回せば、下手に腕が残っているよりはマシだ。……と思ってみるが、まぁ、ただの強がりだな。

 

「守りが落ちてますよ?」

 

「わかっているさ!!」

 

 お前等相手に生半可な攻撃も防御も通用しない。それに時間も無いんだ。だったら、もういっそのこと防御は捨てる!!

 片足が大きく抉られたが止まれない。

 翼に絶唱を使わせる訳にはいかないんだ!!

 

「ハァァァアアアア!!!!!」

 

「何という力デスか!?」

 

「ヌゥ! ……これほどまでの力を。フ、敵ながら天晴れ」

 

 体を襲う痛みに臆することなく、間を詰め続ける。だが一歩遅かった。

 その時、世界が紫色に染まってしまった。

 

「これは!? ……畜生ッ!!」

 

「これまた厄介な」

 

「不味いデスね……」

 

『天羽々斬、絶唱開始を確認! 急いでください!』

 

「「「ああ!!」」」

 

 

 その時、全員の意識が一致した。俺は当然翼を守るため、サージェは雪音クリスを守るため、ディバンスは……理不尽な死を止めるため……か?

 それはどうでもいいか。

 

 足から血のようなものが抜けるのもいとわず、さらに加速させていく。足がもげてしまいそうだが、何時か治ると既に割り切っている。筋の何本かが切れるのを感じるとその片足が動かせなくなった。だが何とか三人の元に付けたから良しとしよう。

 

「翼!! 命を無駄にするんじゃねぇ!!」

 

 俺は残ったごく僅かの体力で声を張り上げた。今の俺には翼を救う術がない! 歌いきる前に止めないと!

 

 だが、そんな思いも裏腹に、俺の声を無視した翼は詠ってしまった。

 

「多少の中和くらいはさせてもらいますよ」

 

「貸し一つだ」

 

 歌いきる直前、追いついたサージェとディバンスが二人に駆け寄り、それぞれの武器を中心でぶつけた。

 

 伸びたのは蒼の柱。中和すると言っても絶唱の力は計り知れない。柱が昇るのと同時にサージェは苦しむクリスを抱えて引き離した。ディバンスは直撃をもらわないように、出来る限り鎌で捌いていたが、力に押し飛ばされ遠くの方まで飛んでいってしまった。

 

 何とか体勢を低くしたことで飛ばされなかった俺は、倒れそうになった翼を体で受け止め救護班に任せた。

 

 

 

「平和ボケしたつもりはなかったんだけどな……見事にやられちまった」

 

『踊は昔と強さは変わってませんよ。ただ、ディバンス達が想定以上に強くなっていたのが、敗北の要因です。それに腕もありませんでしたしね』

 

 それは言えてるが、ここ数十年の間、研究や実証ばかりで戦闘なんかは怠っていたのが、大きく離された原因だ。

 これは本格的に弦十郎さんの弟子入りをすべきだな……。

 

 さて、それよりも明日はどうやって説明したらいいか考えないと。

 聖遺物であることは言える訳がないし、ディバンスやサージェのことも言えない……、俺の立ち位置とその役目、後は奏のことを話せば今はいいか。

 月を見上げ、体を風に委ねる。マジマジと月を見たのは久しぶりだな。後ろに誰かが立ったのを感じた。ずっと盗み見られるのも嫌なので声をかける。

 

「そこにいるんだろ? 木の後ろにいないで、出てきたらどうだ?」

 

「…………」

 

 む、何も言わないが、素直に出てきたみたいだな。

 

 

 

『(あ……せっかく名前を考えたのに伝え忘れちゃったよ~……)』

 

 誰にも知られず、AIは嘆いていたとかいないとか……。



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第十六話

 あの後ちゃんと、未来との約束に間に合うことができた。

 翼さんや踊君のことを思うと素直に楽しめなかったけど、流星群はとっても綺麗だったな~。未来と一緒に見れて本当に良かった。

 それで、今は踊君に呼ばれて、何時もになってしまった司令室に眠っている翼さん以外の関係者が集められている。

 

「態々集まってもらってすみません」

 

 皆が集まると開口一番にそう言った。まあ、そう言われても誰一人返事はできなかったんだけどね。だって……

 

「もう直ってる!?」

 

「ん? ああ、これのことか」

 

 踊君は自分の腕を見て、ようやく周りが戸惑う理由に思い至ったみたい。あーとか、うーんとか唸って、何を思ったのかおもむろに右手で左肩を掴んだかと思うと、ガシャッと音を立てて引き千切った。……ひぃ!?

 

「だから機械だってば。それに直ったわけじゃないぞ。単なるハリボテだよ。ほい」

 

「キャアアァアア!?」

 

 千切った腕を投げつけないでくれないかな!? た、確かに中身はスカスカで軽いけどさ、怖いよ!

 り、了子さんはよく普通に触れますね!? 弦十郎さんもほ~、とか言って感心して見てるし……。

 

「あの、櫻井女史。そろそろ腕を返してもらえませんか? 片手じゃ話しにくいんですが」

 

「え~。もう少しくらいダメかしら。話すだけなら腕は必要ないでしょ?」

 

「残念ですけど、ちょっと入り用なんですよね」

 

 了子さんから腕を返してもらうと、またがシャッと音を立てて付け直した。ロボットものでよく聞くくっつく最中の音は嫌いじゃないけど、人の姿でされるとちょっと……ね。

 

「では聞かせてもらおうかな?」

 

「呵々、尋問って奴ですね」

 

 なんで踊君は楽しそうなのかな? 私には理解できないよ……。

 

「君がアンドロイドというのは本当なのか? 君の過去の三年のデータは全て入手しているが、特別可笑しな点はなかった。今のだけでは義手とも取れる」

 

「それはどうかしらね? 確かに、身体検査も一般的で普通、全くもって可笑しくはないけど、両腕とも義手なら可笑しいわよ?」

 

「えっと~、どうしてですか?」

 

「さっき持った感じだと重さは人の腕と大して変わらないけど、中身がなかったわよね?」

 

 気持ち悪かったけど、確かに軽かった。もっとも腕の重さなんて知らないけど。

 

「ねえ、踊君。本来ならその腕の中身は詰まっているはずなのよね?」

 

「勿論です。そうじゃないと戦えませんよ」

 

「……ッ!?」

 

 踊君がからかうように笑っていた。うっ………久し振りに踊君を可愛いと思ってしまった。目元を緩めてニコッと笑う姿はもう美少女だ。直視できない。

 

「なら、なおさら可笑しいわ。金属の塊を両腕に付けているのに60kgを超えないなんて有り得ないわ。どうやってやったのかしら?」

 

「本当に俺がアンドロイドだったなら、予想が立っているのでしょう?」

 

「ええ、まあね。デキル女ですもの。でも貴方の口から直接聞かせていただけないかしら?」

 

 二人だけで会話を成立させないで下さーい! 私たちは誰一人ついて行けてませんよー!

 

『南無です』

 

 ……え、誰ッ? き、ききき、気のせいだよね?

 

「ククク、電磁力で地球の磁場に逆らっていただけです。実際は500kgくらいだったと思いますよ? 他の検査は全部機器に介入して表示を変えてもらいました」

 

「またデタラメな……」

 

「呵々っ、自分でもそう思います」

 

 も、もう聞こえないし気のせいだったんだね。キョロキョロ辺りを見回してみたけど、私達以外に誰もいない。

 

「……ふぅ~」

 

「どうかしたの?」

 

「い、いえ! 声が聞こえたような気がして。でも気のせいでした」

 

『気のせいじゃありませんよー!!』

 

「「「!?」」」

 

 また聞こえた!? ど、何処から?

 

「む? AIか。いきなり喋らんでくれよ」

 

『もー。酷いですよー。いつもいつも私を除け者にしないで下さい!』

 

 踊君の中から聞こえてるの!? もう何でもありだね……。

 

「えっと……その声はなんだ?」

 

「今のは、昔俺が作った演算補助プログラムのAIです。気付けば色々なデータを取り込んだり作ったりして勝手に成長してるんです」

 

『皆さん、初めまして! 踊さんのAI、イアです!!』

 

「自分で名付けしてるし……」

 

『むー! ずっとAI、AI、呼ばれるのが嫌で一生懸命考えたんですから!』

 

「一所懸命、な。引っくり返しただけだろ。それにお前にも俺にも一生という定義はないぞ」

 

『そういえばそうでしたね。でもちゃんと考えましたよ。とある小惑星から取ったんですよ』

 

 機械だもんね。……じゃなくて、AIって成長するんだ。あれ? 話が変わってる……戻さないと。

 

「えっと。イアちゃんよろしくね。えっと、踊君がアンドロイドなのはわかったけど何のために造られたの?」

 

「お前のためだ」

 

「はぇ? ……えぇええッ!?」

 

「てのは嘘で、お前の胸の中にある聖遺物の管理のためだ」

 

「何だ……嘘なんだ……。ざん……じゃなくて。どういうこと?」

 

 あ、危ない。変なことを口走るところだった。頭を思いっきり振って言葉を追い出す。誰にも聞かれないで良かった。

 

「? まあいいや。俺は聖遺物の悪用を止めるために聖遺物と同時期に造られたんだ。それで、ずっと世界中を回って聖遺物のある遺跡の保護と監視をしてる」

 

「ならばここにいるのは危険なのではないのか? お前は監視しないとならんのだろ?」

 

「大丈夫ですよ。既にほぼ全ての遺跡は破壊しましたし、人類が発見した聖遺物についての情報は全て手元にありますので。それに世界でもここが一、二を争う最大の危険地帯なんですよ?」

 

 はい!? 何で日本が危険なの? 確かにノイズが多いけど、アメリカとかの方が危険なんじゃ。

 

「響は昨日戦っただろ」

 

「雪音クリスのことか……」

 

「間違っちゃいませんけど。あの子のほうではなく、あの子が使ってた物の方ですよ。あれが何だったか、響は覚えてるか?」

 

「し、知らないけど……強かった。そう言えば翼さんは完全聖遺物って言ってたような……」

 

 そう言えば私の中にあるガングニールも翼さんの天羽羽斬も聖遺物の破片って……。

 

「その通りだ。ネフシュタンの鎧と呼ばれるあの聖遺物は完全な状態で採掘された数少ない物だが、そのポテンシャルは破片のそれとは格が違う。まだ起動していないとは言え、ネフシュタンの鎧と同格のモノがこの国には3つもある」

 

「そんな筈はない。ヨーロッパから譲渡されたデュランダルと雪音クリスの持つネフシュタンの鎧の二つだけだ」

 

「ダンナが知らないだけで、もう一つこの国に持ち込まれています」

 

「何だと?」

 

「通称ソロモンの杖、その能力はこの世界とはズレた次元に納められた対人専用生命兵器ノイズを呼び出し、使役すること」

 

「「「!?」」」

 

 ノイズを操る聖遺物があるの!? それじゃあ最近のノイズの大量発生ってそのせいなんだ。

 

「それは違うぞ。まだ聖遺物の起動は確認していない。飽く迄、待ち運ばれただけだ。この国の異常は別にあるはずだ」

 

「もしそれが事実なら急ぎ回収せねば。起動すればどれほどの被害が出るかわからんぞ」

 

 考えたくもないよ。今のままでも沢山いるのにこれ以上増えるなんてことになったら……。

 

「それともう一つ、天羽奏のことですが」

 

「詳しく聞かせろ!」

 

 踊君が奏さんの名前を出した途端、弦十郎さんが肩を掴んで激しく揺さぶった。

 

「ちょ!? 落ち着いて下さい! そんなに揺さぶったら踊君が話せませんよ!」

 

「す、すまん」

 

「うぁ~……っとと、あ~響ちょっとこっちに来てくれ」

 

 踊君は解放されると私の手を引っ張りモニターの前に立たせた。わけがわからず踊君の顔を見つめる。

 

「ちょっと、すまん。胸を見せてくれ」

 

「へ!? いきなり何!? セクハラ!?」

 

 顔が熱い。何でここで脱がなきゃいけないのよ!

 

「あら、大胆」

 

「……いいから、胸の傷を見せろ」

 

「え? ああ、胸の傷のこと。もう、最初からそう言ってよ!」

 

 それでも恥ずかしいのは変わらないけど、渋々胸元を開けて傷が見えるようにする。すると踊君は何かの線を取り出した。片方の先っぽはよく見るケーブルで機械に接続し、もう一方は私の傷と同じフォルテの形をしていて、どうやってかそれを胸に付けられた。

 さらに踊君の腰辺りから線を取り出すと空いている部分に繋げる。

 

「AI……じゃなくてイア、モニタリングは任せたぞ」

 

『アイアイサー!』

 

 司令室いっぱいに張り巡らされた画面に棒グラフや折れ線グラフ、円、他にも英語と思うけどよくわからない大量の文章が下から上へと流れていく。踊君の指が忙しなく動いていると、不意に画面の中央に大きな真っ黒のウィンドウが開いた。

 3D画像のようで緑色の光が集まり何かを形作っていく。

 

「すごい技術ね……。流石、古代技術の結晶、というところかしら」

 

 しばらく見ていると、光が人の形に集まっていることがわかった。

 

『修復率 87%。まだもう少しかかりそうですね』

 

「そうか。了解した。響の方はどうだ?」

 

「え、私?」

 

『ちゃんと抑制してます。まあ、暴走しないわけではないので要注意ですけど』

 

 何でそこで私が出てくるのさ。て、暴走って何!? よ、抑制? 踊君は私に何をしたのかな?!

 

「……そろそろ説明してくれないか。これは何だ?」

 

「これって、酷い言い方しますね。奏嬢が聞いたら泣きますよ」

 

「何故そこで奏の名が出てくる。関係ないだろ」

 

 顔をしかめて弦十郎さんは踊君を睨み付けた。奏さんって、天羽奏さんのことだよね? ずっと病院で眠り続けてるって聞いたけど、これとどう関係があるんだろう?

 溜息を吐くと。踊君は光る人物を指して言った。

 

「この光は、天羽奏の魂です」

 

「「「何(ですって)!?」」」

 

 ……何で、私の中に奏さんが?!

 

「できれば翼がいる時に話したかったんですがね。語りましょうか。三年前のあの日俺がしたことを……」



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第十七話

 隠すべきことは隠して話を始めようか。

 

「まず、俺はあのライブの日、風鳴翼の持つ『天羽々斬』、天羽奏の『ガングニール』、そして敵方に奪われた『ネフシュタンの鎧』、この3つの稼働情報の収集のためにライブ会場に来ました」

 

 それとは別に響を守るってのもあったけれど、言わなくても良いことだ。

 

「そして確認できたら去ろうと離れた位置で眺めていた時、予想外なことが起こりました」

 

「えっと……ノイズの強襲……?」

 

「いや、違う。ノイズの方は出てくる可能性を考慮していたよ。でもそれよりも前に起きたことがあっただろ?」

 

「……地震か。そう言えばお前はその時に」

 

 あの地震は予想していなかった。あれさえなければもう少し穏便に出来ただろうし、ボロもなく動けていた。

 

「はい。そして地震が原因で起きた天井の崩落です。あれでその場にいたあの女の子を助けるために多くのエネルギーを使い果たし、さらに片腕が使えなくなりました」

 

 エネルギー切れで何とか走ることが出来る程しか残っていなかった。

 

「そして時間を使ってしまったため戦場に入るのに遅れ、入った時には既に奏嬢が絶唱を詠い、響は胸に穴を開けて血を流し倒れていました」

 

「ちょっと待て!! 響君の胸に穴なんて無かったぞ」

 

「……。一体のノイズが響を狙っていたのに気付いた俺は残った全てのエネルギーで撃退し、そして奏嬢は詠った」

 

 悪いけどダンナの質問は無視させてもらう。話には順序というのがあるんだ。

 

「櫻井女史。奏者と聖遺物には波長の適合が必要でしたよね」

 

「え、ええ。その通りよ。合わなければ使えないわ。ましてや絶唱なんて以ての外のことよ。死んでも可笑しくはないわ」

 

「……ッ!?」

 

「それでも天羽奏はまだ生きている」

 

「ええ。君はその訳を知っているようね」

 

 櫻井女史の鋭い視線が突き刺さる。科学者としてやはり気になりますよね……。

 

「はい。俺が介入したんです。ほとんど賭けでしたが、奏嬢が絶唱を詠い切る前にガングニールの波長を強制的に変質させ、奏嬢の波長に合わせたんです」

 

「……人の波長が合わないなら、聖遺物の波長を。ってことね。私たちとは真逆の発想だわ」

 

 まあ、その所為で気絶したんですがね。

 

「とは言え、波長を合わせたからといって肉体と精神のどちらもが無事なんてことはありえません。発生した負荷に肉体は耐えられても、精神が耐えられないことはわかっていました」

 

「それじゃあ、今の奏には……」

 

「精神、つまり魂のない器だけなんです。唯の植物状態ではありませんよ」

 

「じゃあ、奏さんは死んでいるのと同じじゃない!!」

 

 響が悲痛な叫びを上げた。室内に暗雲が漂う。

 

 ……魂がないことが=死と言うことじゃない。

 

「話は最後まで聞け。それを回避するための方法が一つある。俺はガングニールにその指示を飛ばしたんだ」

 

「……その、指示とは何だ」

 

「精神を肉体から引き離すこと、です。これは人道から離れた悪しき行為であることは承知しています。ですがそうする他に手がありませんでした」

 

 発動直前に精神を引き出すことに成功したガングニールはデータを一カ所に集め、その部分を飛ばした。

 

「……そして絶唱の発動によって、砕け散る破片と共に飛んできたそのコアをつかみ取り、響の胸の中に埋め込んだんです」

 

「ハイッ!? まさかこれって、踊君が入れたの!? ただの偶然じゃなかったの!?」

 

「すまなかった。でもあの時はそうするしかなかったんだ。さっき言ったようにお前の胸には大きな穴が空いていた。たとえ救護班がすぐに来ていたとしてもあのままでは間に合ってはいなかっただろう」

 

 そう言うと響は言葉に詰まって、静かになった。ダンナが軽く手を挙げ聞いてきた。

 

「だから、響君がガングニールを持っていることを知っていたのだな。君が響君の側にいるのはやはり?」

 

「ええ、恥ずかしながら責任を取るためですよ。仕方がなかったとは言え、響にガングニールを埋め込んだ責任があります。彼女は遅かれ早かれ適合者であるのはわかることですから、そのケアのため、そして奏嬢の魂を無事に返すためです」

 

「無事に?」

 

 元々肉体と精神は切り離してはならない一纏りの構造をしている。しかし無理に引き離してしまった。魂の修復が終われば、自動的に戻ってくれる。だが稀に肉体と精神が完全に結びつかないことがあり、下手をすれば魂が消滅する。

 それを防ぐためには俺も立ち会う必要があった。

 

「それからずっと響の状態をチェックして奏嬢の修復率を確認していたんだ、まさか三年も掛かるとは思ってなかったけどな。それにネフシュタンの鎧がもう日本に戻ってくるとは思わなかった」

 

「チェックって……ぐ、具体的には?」

 

 響が恐る恐る聞いてきた。

 

「? ただガングニールから送られてくるデータをまとめるだけだぞ」

 

「あ、そうなんだ。よかったー」

 

 何を思ったのか今度は安堵した。響の不思議な行動に疑問は感じたが、まあ話を進めたほうが良いか。

 

「残り13%。ガングニールも起動しているので、翼嬢が目を覚ますまでには修復できると思います。本当はこうなる前に翼嬢にも説明して起きたかったですが……」

 

 後悔先に立たず、か。昔の人はよく言ったもんだよ、全く……。

 

 せめて響が無理して笑わなくていられるように、立ち回らないとな。

 

 

*****

 

「ハァ~……」

 

 話が終わった後、私は一人、部屋を出て近くにあったソファーに腰掛けた。

 

 思いもしなかった踊君の話には色々と驚かされた。けれど、踊君は踊君だ。確かに初めは私の中にガングニールが在ったから一緒にいたのかもしれないけど、三年間の間ずっと私を心配して、近くで支えてくれたのは踊君の意志だと思う。

 それに……未来と同じで、踊君の側も私の守りたい大切で暖かい場所だから、踊君が何者かだなんて関係ない。

 

 それよりも心配なのはやっぱり、

 

「翼さんのこと、ですよね?」

 

「あ、緒川さん……。……はい。そうです」

 

 何時からいたのか、緒川さんが私の前に立っていた。緒川さんは手に持っていた何かを私に向けた。それは、まだ暖かい缶コーヒー。

 ゆっくり口を付ける。苦い……。

 

「絶唱について、もう聞きましたか?」

 

 絶唱……確か相手の子が言ってたような気がするけど、詳しくは聞いてなかった。絶唱って何なんだろう?

 

「詳しく教えてくれませんか?」

 

「わかりました」

 

 緒川さんから全てを聞いた。……正直信じたくない。絶唱というのは奏者の負担を度外視した諸刃の剣で、踊君曰く奏者の最後の歌らしい。それを奏さんは私を助けるために歌った。そして翼さんはあの日から今までずっと一人で詠い続けて、自分を責めてきたそうだ。

 

「そんなの酷すぎます……」

 

 なのに私は、翼さんのこと、何にも知らないで一緒に戦いだなんて……、奏さんのかわりになるだなんて……。私……、最低だ。

 

「翼さんのこと、嫌いにならないで下さい。翼さんを世界に独りぼっちになんてしないで下さい」

 

 緒川さんの顔は苦しそうに、辛そうに、歪んでいた。緒川さんも弦十郎さんもここにいる皆、翼さんのことを大切にしてるんだ。

 

「翼さん……泣いてました」

 

 翼さんは強いから戦い続けてきたんじゃないんだ。ずっと、泣きながら、それを押し隠して戦ってきたんだ。

 

「悔しい涙も、覚悟の涙も、誰よりも多く流しながらも、強い剣で在り続けるために。ずっと、ずっと一人で……」

 

 流星群の下で未来が言っていたことがやっとわかった。

 

『どんなに悩んで、考えて、出した答えで一歩前進したとしても響は響のままでいてね。変わってしまうんじゃなく、響のまま成長するなら私も応援する』

 

 あの時はどういうことなのかわからなかったけど、そうだったんだね。

 

『だって響の代わりはどこにもいないんだもの』

 

 私は、私のままで、いていいんだ。奏さんの代わりとしてじゃなくて、私……立花響として翼さんの横に立てば良いんだ。

 

「……私にだって守りたいものがあるんです! 私に守れる物なんて、小さな約束だったり何でもない日常くらいなのかもしれないけど! それでも私は、守りたいものを守れるように、私は私のまま強くなりたい!! だから!」

 

 私は力を入れて勢いを付けて立ち上がり、前を向いた。

 

「弦十郎さん、私に戦い方を教えて下さいッ!!」

 

 そこには弦十郎さんと踊君が立っていた。

 

「だそうですよ?」

 

「フッ。愚問だな。言っただろう受け入れると。響君、付いてこれるな?」

 

「ハイッ!!」




一往、踊君の嘘を織り交ぜた説明回。
まだそんなに原作から離れていない模様ですね。
踊君はこれからどう立ち回ることになるのやら……。


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第十八話

 次の日から私の修行は始まった。

 

 早朝、弦十郎さんの家に行くと、既に弦十郎さんと踊君は準備を終えて待っていた。すぐに用意された胴衣に着替えるとサンドバッグの前に連れて行かれた。

 

「取り敢えず打て!」

 

「「はい!」」

 

 言われたように何度も殴る。少し前から踊君に習っているためバシバシといい音が鳴った。踊君の方も同じかそれ以上の音が軽快に響いている。

 

「そうじゃないッ!」

 

 弦十郎さんに怒鳴られた。何処か可笑しいのかな……?

 

「稲妻を喰らい、雷を握り潰すように打つべしッ!」

 

「言ってること全然わかりませんッ!」

 

「安心しろ。俺にもわからん!」

 

 稲妻を喰らうって何ですか!? 雷をに、握り潰す? 困って、踊君をちら見したけどあっさりそう返された。もう! だったらやることは一つだよね。

 

「「でも、やってみます!!」」

 

 落ちてくる雷を思い出す。あれを喰らって、さらに握り潰す……。構えを取る動きに合わせ呼吸を整えて、私は右腕を引き絞る。踊君は逆の左腕を後ろに回す。私の背と踊君の背が合わさった。

 踊君の鼓動が聞こえる。……機械だからこう言うのは可笑しいのかもしれないけど、確かに聞こえた。その音を聞いていたら何故か力が湧いてくる。

 

 ……今なら、いける!

 

「ハァアアッ!!」

 

「オラァッ!!」

 

 拳がサンドバッグに当たる。サンドバッグは大きく拉げ、吊していた枝がと向かいの枝に落ちた。

 

「やったぁっ!」

 

「おうよ!」

 

 拳を踊君の拳に当てて、満面の笑み。でも喜ぶのはまだ早かったみたい。後ろから、パンパンとくぐもった音が聞こえたので後ろを見ると、イイ笑顔をした弦十郎さんがミットを付け構えていた。

 

「そろそろこちらもスイッチを入れるとするか」

 

 まだまだ大変そうだけど、やりきってみせる!

 

     *****

 

 とある城の一室、少女の絶叫が上がった。

 

「クリス……」

 

 やはり虚しいものですね……。すぐそこで少女が苦しんでいるというのに何も出来ないというのは。

 

「苦しい? 可哀想なクリス。 でも、貴女がグズグズ手間取るからよ。誘い出されたあの子をここまで連れてくれば良いだけだったのに、手間取ったどころか空手で戻ってくるなんて」

 

 ……それは仕方がないと思うのですがね~。ディバンスが相手側に付いていたのですから、クリス一人で勝てるわけがないでしょう。彼がすぐこちらに来たとはいえ、その前にノイズを一掃してくれちゃったようですし、絶唱も使われましたのですよ。

 

 ハァー、クリスを擁護してあげたいところですが、部屋の中には入れないので悔しいですが、聞いていることしか出来ません。

 

 

「これでいいんだよな……? あたしの望みを叶えるにはお前に従っていれば良いんだよな……?」

 

「そうよ。だから、貴女は私の全てを受け入れなさい」

 

 ……これ以上ここにいたら、私を押さえられる自信がなくなりそうです。離れましょうか。

 

「覚えておいてクリス。痛みだけが、人の心を繋いで絆と結ぶ、世界の真実ということを」

 

――ガキッ

 

 女の声が聞こえた時、口の中で何か音がしたような気がしますが気のせいでしょう。

 

 ……後日、私は奥歯が掛けていることに気付きました。

 

     *****

 

――一人になってから私は一層の研鑽を重ねてきた――

 

 光のない真っ暗な闇の中に少女の嘆きはただ寂しく虚空に溶けていく。

 

――数え切れないノイズを倒し死線を越え、そこに意味など求めずただひたすら戦い続けてきた――

 

 少女が目を開いた。その瞳に、色はない。

 

――そして、気付いたんだ。私の命に意味や価値がないってことに――

 

『そんなこと言うなよ』

 

 暗い闇に小さな光が生まれた。その光は大きくなり、一人の姿の形を取る。少女が待ち続け、そして乞い続けた、

 

「かな……で…………」

 

 天羽奏であった。奏の姿を見た翼の瞳から一滴の光が流れ落ちた。何処までも広がり蝕み続ける闇に負けない小さく儚いたった一粒の雫が、

――――ポトン

 波打った。

 闇の中に静かに響いた波紋が、暗く悲しい世界に広がっていく。黒一色の世界に蒼く煌めく色に染まる。静かなことに代わりはなかったが、その世界は孤独ではなくった。

 

「奏ェ!!」

 

「久し振りだな、翼」

 

 奏は飛びついてきた翼を優しく抱きしめて、泣きじゃくる翼の頭を撫でる。久しぶりの翼の温もりに目を細めた。

 

「相変わらず、翼は泣き虫で不器用だな……」

 

「そうだよ。私は泣き虫で不器用だよ。翼が倒れてから泣かないって決めてたのに……負けないって誓ったのに……」

 

「そういうことじゃなかったんだけどな……まぁいいや。見てたよ。絶唱、使ったんだな」

 

「え……何で、そのことを?」

 

 言い当てられ、翼は目を見開いて聞いた。すると奏も驚いたような顔をして見返して言い返す。

 

「踊から何も聞いてないのか?」

 

「踊? えっと、聖さんのこと? どうして奏が聖さんのことを知ってるの?」

 

「本当に何も聞いてないのか?」

 

「う、うん……」

 

 頭を抱えてしまった。何時もの冷静さは何処にいってしまったのか翼はどうしたら良いのか分からず慌てふためく。戦場に立つ少女もたった一人の親友の前では形無しだった。

 

「ちゃんと説明しとけってんだ。はぁ、時間ももったいないし、後で踊に直接聞いてくれ」

 

「あ、うん。わかった」

 

 ぼつりぽつりと、言葉を交わした。今までの穴を埋めるように翼はこの三年間に起こったことを語った。楽しむ余裕なんてなかったから報告みたいなないようばかりだったけれど、奏は笑いながら聞いていた。このまま時間が止まってしまえば良いのに、そう翼は思ったがそれを奏は許さなかった。

 

「そろそろ時間だな」

 

「……え?」

 

 楽しそうに語っていた顔が固まった。

 

「ごめんな。でも、もうすぐちゃんと会えるから、それまで皆のことを頼めないか?」

 

 皆が誰のことを示すのか、それはすぐにわかった。二課にいる人達だけじゃなく、そこには立花響と聖踊も含まれているのだ。翼は静かに、本当に静かに頷いた。

 

「頼んだぜ。あたしの後輩をしっかり導いてやってくれ」

 

「……わかったよ。だから……だから、奏も必ず帰ってきて」

 

「ああ。当然だろ」

 

 奏の姿は薄れ始めていた。現れた時とは逆に、光に代わって世界の中に溶けていく。奏が完全に消えてしまう前に翼は大胆にも奏を抱きしめた。

 不意に目から涙が零れそうになったけれど、もう彼女の世界が暗い闇に包まれることはない。

 奏は安心していける。

 

 だってそれは、別れを見送る、

 

「約束だよ!」

 

 大切な笑顔(翼の姿)が見れたから……。

 

 

 

『どうだった? 翼嬢の様子は』

 

「泣いてたよ。でももう大丈夫だ。あいつは気が弱いけど、ここの強さは本物だ」

 

 何処からともなく聞こえる声に自分の胸を指して強く応えた。見えてはいないだろうが、その様子に満足したようだ。

 

「ありがとな。助けてくれて」

 

『礼なんて言わないでくれ。俺がもっと早くお前の元にたどり着いていたら、あんな真似する必要はなかったんだ』

 

「でも、それじゃあ響……だっけ、会えなかったんじゃないのか?」

 

『それはないと思うぞ。あいつは結構な不幸持ちだからな。何かしらの理由をつけてガングニールを使うことになってただろうよ』

 

 酷いことに声の主は本人のいない場で、”不幸な響のことだから”と笑った。

 

「ひでぇ、兄だな。そう言うもんなのか?」

 

『呵々、そう言うもんさ。だから気にしないでくれ』

 

「わーったよ」

 

「後数日の我慢だから、もう少しだけ待っててくれ」

 

 一頻り笑うと、声の主……聖踊は去って行った。



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第十九話

「ここは……?」

 

 目の前に白い壁があった。いや、違うな。あれは天井か。隣には確か生体情報モニタと言う医療機器が備えられていた。

 つまりここは病院なのか……。何故私はこんなところにいるんだろう……。私はノイズと戦って、その後……。

 

「……ッ!!」

 

 そうだ。ネフシュタンの鎧を身にまとった少女に私は敗北したのだ。取り返さなければならなかったのに! 完敗だった。手も足も出ないほど力の差がそこにはあった。

 だからとて、負けたままでは終われない。私は剣だ。勝たねばならない。

 絶唱の影響か体の節々が痛むが、それでも立ち上がり外に出る。あれからどれ程の日が立ったか分からない。落ちた筋力はすぐに取り戻しさらに鍛えねば。

 向かった先は屋上だ。吹き抜ける風が私の髪を持ち上げる。誰もいない。とても静かな場所だ。ここなら少しくらい動いても気付かれまい。

 まだ私が幼かった頃、司令に教示を頼み教わった特殊な武術を思い出す。結局私や彼女には完全に会得することは出来なかったけれど、それでも今の私の糧になっているのは確かだ。今一度、初歩を見直してみるのもいいだろう。

 

「…………クッ!」

 

 ゆっくりと手を前に突き出す。たったそれだけのことで腕は悲鳴を上げた。ほんの僅かに体の軸がぶれ、体を支える足から力が抜け……。倒れるそう思った時だった。誰かが私の脇に腕を回して受け止めた。

 

「す、すみま…………ぇ?」

 

 振り向くとそこには信じられない人が立っていた。聖さんが必ず目を覚ますと言っていたけれど、心の何処かで諦めていた、私がずっと待っていた人――奏が笑っていた。

 

「よ! 相変わらず無茶してんな」

 

「う、うそ…………奏……なの?」

 

「おう。アタシは正真正銘、天羽奏だぜ! ……て、おいおい。折角帰ってきたってのに、何で泣くんだよ」

 

 奏に指摘されて気付いた。気付かない内に涙が溢れていた。

 

「どう……して…………」

 

 目の前にいるのは確かに奏だ。頭でも理解出来ているし私の心もここに奏がいるといっている。けれど、それが私には信じられなかった。

 

「どうしてって……。言ったろ。すぐ会えるって」

 

「早……過ぎるよ……」

 

 まるでいたずらが成功した子供のように無邪気で澄んだ笑み。起きる前に見た夢を思い出した。あれは、夢じゃなかったんだ。

 

「…………あ」

 

 私はあれを”私が作り出した都合の良い夢”だと思っていた。だからあんなに色々と話すことも出来たし、あんな大胆なことを……!!

 

「だ、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫だから心配しない……――ッ!」

 

 腕が、体がー!?

 何も考えず手をばたつかせてしまい、激痛に襲われた。あ、意識が……。

 

「お、おい! 翼!?」

 

 遠ざかる意識の中で見えたのは、大慌てで私を受け止める奏だった。

 

     *****

 

 翼が倒れるなんて思っても見なかった。受け止めるため腕を伸ばし支えたのは良いが一緒に倒れてしまった。

 

「……どうしたもんかね」

 

 はぁ……あたしだって目が覚めたのはついさっきなんだ。翼よりも随分長いこと眠ってたし、筋力なんて全くと言って良い程ないに等しいぞ。踊や他の皆がしっかり見ていてくれたから体がやせ細ったりとかはしていないけど、正直立っているだけでさえきついっての。

 しかも今は翼が乗っかっている。俗に言う膝枕だな。退かすことも出来ねぇし、まあ幸せそうに寝ている翼をカッタいコンクリートの上になんて寝かせる気もないから、そのままでいるしかないか。

 

「翼嬢も奏嬢もここにいたのか」

 

「しー」

 

「おう? 呵々、寝てるのか……。疲れてんだな。奏は立てるか?」

 

「ちと辛いけど、何とかってところだ」

 

 踊が来てくれて助かった。このままだったら尻が痛くなるところだった。踊が翼を背負うのを確認してアタシも立ち上がる。

 

「丁度良いし。このまま奏嬢の部屋に連れてくか。もうすぐ弦十郎のダンナや響がくるぞ」

 

「へぇ。ダンナとあの子が。ししっ、そりゃあ早く戻んねぇとな」

 

 三年ぶりになるんだったか? あたしからしたら数週間話せなかっただけな感じなんだけど、ダンナ達からしたら違うんだよな。

 あたしはあたしで背とか微妙にズレがあるし変な気分だ

 

「これからどうするんだ?」

 

 部屋に向かっている最中で、そう聞いてきた。

 

「?」

 

「力がない。それは君が一番分かっているだろ?」

 

「……ああ。確かににはもうあれはない。あれはあの子のもんだ」

 

 あたしが使っていた力は砕けて、今は響のもんだ。今のあたしには何もできることはない。理解してるさ。

 

「けどな。あたしは諦める気も、止まる気もねぇ。あたしは誓ってんだよ。ノイズを全部ぶっ殺して、家族の敵を討つ。そのためなら素手でだって殺ってやる。そして、もう誰にもあたしの大切なものを奪わせやしない」

 

 奴等は憎い。だけどあの頃みたいに憎しみだけで戦ってるんじゃねぇ。これはあたしが決めたあたしの意地だ。

 

「そっか。……『ならば、待つが良い。もうすぐ、主に力を与えられる者達が現われるであろう。その者に頼めば良い。今は耐え、生きよ。そして己が力を高め、再び相見えようぞ』」

 

「っ!?……何でそれを!」

 

 覚えている。あたしが憎しみに囚われていた時、あの死神があたしに向かって言った言葉だ。何で踊が知ってんだよ。て、そう言えば仲良さそうにしてたな。で、何で今その話が関係するんだ?

 

「呵ッ呵ッ!!」

 

 踊が豪快に笑った。大きな瞳を細め、どこか憎めない豪快な笑みであたしを見た。これが響の感じていた気持ちか……。確かに可愛いかもしれない。

 だが、翼の方がもっと! ……て、あたしは何を考えてんだ。ふぅー……一度落ち着こう。

 

「奏嬢、良く生きて帰ってきてくれたな。ディバンスから話は聞いていたんだ。『強さの意味を見つけられたなら、その時は頼む』と。……今がその時だ」

 

「なっ!? それじゃあ、あいつが言ってたのは踊のことだったのか!」

 

「じゃあ、あたしは……」

 

 ……無駄な努力だったってことになるじゃねぇーか。

 

「無駄じゃないよ。俺が渡せる力はとんでもなくピーキーなもんなんだ。適合していないガングニールを使いこなした経験はしっかり活かせるはずさ。それに、この力なら奏嬢に合うはずだから、そう嘆くなって。まあ、まだ用意できてないから待ってもらうことになるけど」

 

 あたしの心を感じ取ったように、すぐに踊は否定した。

 

「……なんだそりゃ。はぁ、そうかよ。別に慌てる必要ないけどさ、早めに頼むぜ」

 

「分かってるって。嬢も早く体力取り戻してくれよ。流石に今のままじゃ渡せなんよ」

 

 こんな状態で戦えるとか思ってねぇーっての、当面は筋トレとか走り込みになりそうだ。あ~あ、面倒くえぇな。

 

「ま、俺にもそれなりの考えはあるし、すぐに前線に戻ってこられるようになるさ。それが本当に良いのかは別の話だけどよ」

 

「こう見えてもあたしって、もう二十歳だぜ。あたしの好きなようにやるさ」

 

「そのうち三年間は寝てたろ。それに俺からしたらそう変わらん」

 

 ……そういや踊は聖遺物が出来た頃から生きてんだった。そりゃ変わらねぇな。

 

「ま、今は新たな仲間を含めて生きてることを噛みしめたら良いんだよ」

 

「そうだね~。ダンナや了子さん、それにあたしが救った命()とも話してみたいしな」

 

 扉の前に立った。中に複数の人の気配がする。軽く一度、深く息を吸いゆっくり吐く。心を静めてから扉を開け放った。

 

 

 

 そこには、あたしがずっと話したかった人達が待ってくれていた。




 長文になると少々見難くなるので、全て一字下げに変更いたします。
 指摘していただいた方、今までご覧下さった方々には大変ご迷惑をおかけします。


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第二十話

翼さんと奏さんが目を覚ましてから数日が経ちました。

あの日は翼さんが起きたことしか聞いてなくて、翼さんがいなくなったって聞いて本当に驚いた。しかも奏さんまでいなくなってて、誰かに誘拐されたんじゃないかって皆大騒ぎ。あの師匠まで凄く焦ってたよ。

けど踊君からメールが来てさらにビックリ!

言われた通りに奏さんの病室で待っていたら、なんと翼さんを背負った踊君と、意識を失っていたはずの奏さんが一緒に入ってきた。

皆最初は呆然として何にも言えなかったけど、目の前に起きていることが現実だと理解した時、そこが病院だってことも忘れて大騒ぎしてしまった。……私も忘れて騒いだんだけどね。しばらく話したら、奏さんも不意に眠ってしまった。踊君達が言うには急に体を動かしたからだそうです。

確かに考えてみると3年間も動いてなかった人が普通に動けるだけでも凄いことだ。

それで奏さんは不満だったらしいけどしばらく安静にしておくために数日を空けた今日、奏さんのこれからのことを話し合うために、奏さんの病室に集まった。

 

「全員集まったな」

 

集まったのは、師匠と了子さん、踊君に翼さん、それとマネージャーの緒川さんと私の六人。私が口出すことなんてないと思ったけど、二代目ガングニールの保持者として来るようにと言うことらしい。

 

「昨日も言ったが、奏おめでとう。そして、すまなかった」

 

「よしてくれ。これはあたしが選んだことさ。後悔なんざしちゃいねぇっての。むしろ力をくれて、戦う意味を教えてくれて礼を言いたいのはあたしのほうだ。あたしの我儘を聞いてくれて、ありがと。でも、あともう少しだけあたしの我儘に付き合ってくんねぇか」

 

「何を言ってるの! 奏には聖遺物は無いんだよ!!」

 

「そうですよ! 翼さんの言う通りです。何を仰ってるんですか!」

 

「……わかった」

 

「「司令!?」」

 

辛いはずのなのにそれを押し隠して師匠は奏さんに話を促した。うう……。私がいなかったらよかったんだよね…………。

 

「馬鹿なことを考えてないでちゃんと話を聞いとけ」

 

踊君に注意されて四人の会話に耳を傾ける。

 

「お前の我儘は昔から変わらんな」

 

「あんがとよ。ダン「だからと言って、全てを許すわけじゃないぞ」……わかってるって。皆の言う通り、今のあたしに力はない。でも」

 

視界に隅に映る踊君が静かに頷いた。そして奏さんは口角を上げた。

 

「あたしは諦めない。この手で奴らを根絶やしにしてみせる。そのためにあたしは旅に出ようと思ってる」

 

「旅、ですか?」

 

「ああ。ダンナからは学べることは学んだつもりだ。だから、あたしは世界を旅して鍛えたいんだ」

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

「……いいんじゃないかしら?」

 

空気のような感じになって何も話さなかった了子さんがここで口を開いた。周りの反対に焚いて、それは肯定的な言葉だった。

 

「ここだけではなくて世界に目を向けてみるのもいい機会じゃないかしら? 奏ちゃんは奏者の中でもトップクラスの実力を持っていたし、なくたって十分強いわ。ここに居続けるよりももっと勉強になると思うわよ」

 

「だろ~! 了子さんはわかってるー!」

 

「……………………俺も賛成です。記録資料に目を通しただけですが奏嬢は二人とは桁外れな技能を持っています。それに……言い方は残酷ですがここはノイズが多過ぎます。今のまま奏嬢をここに置いていて勝手に暴走されたら迷惑です」

 

誰も言い返せなかった。翼さんは言い返そうと口を開けたけれど、結局は何も言えず悔しそうに顔を歪めた。

……私も言い返せない。それでも言いたいことはある。

 

「そんなに急ぐこと無いんじゃないですか? 奏さんだってまだ病み上がりで体も万全じゃないですし、折角奏さんが起きて翼さんと話せるのに……」

 

三年間、ずっと翼さんは奏さんのために泣くことも我慢してずっと一人で戦い続けていたんだ。このまま行かせるだなんて酷過ぎる。

 

「まだいかねぇさ。流石のあたしでもこんな体じゃ行きたくても行けないっての」

 

「響なら知ってるだろ、俺がどれだけ子供を大切に、大事にしてるか。今すぐ行かせるわけがないだろ」

 

「あたしはもう二十歳だってば」

 

「精神は17歳とも言ったぞ」

 

(…………ややこしいなー)

 

まあ良いか、奏さんは奏さんなんだし、えっとそう言われてみたら踊君は子供が好きで(もちろんロリコンさんじゃなく)良く世話を焼いてたっけ。考えてみたらすぐに行かせるわけがないよね。

 

「しばらくの養成を置いて、しっかり準備してからだ。それまでは翼嬢と一緒にリハビリだな」

 

「1週間で仕上げてみせるさ」

 

「引きはしない、ということか。仕方ない好きにしたら良い。だがちゃんと戻って来いよ。これ以上俺達を……、翼を悲しませるなよ」

 

横を見ると、押してみたくなるほどぷっくり頬を膨らませる翼さんがいた。何時もの凛々しさが嘘のように目に大粒の涙を溜めて、奏さんを睨んでいた。

 

「う゛っ……あー、もう無理はしないからさ。許してくれよ…………」

 

翼さんが幼児退行した!? 良いもの見「(ギロリッ)」てません! 私は何も見ていません!! 見てませんったら見てません!

 

「絶対だよ」

 

「しし、当たりめぇだ!」

 

何とか話の決着がついてようやく一息つけるよ……。疲れた~。でもこういう時に限って何かあるんだよね……。私って呪われてるから……て、そんなわけな……

 

「む? ……俺だ。どうした?」

 

「あら? ……はぁ~い! もしもし、こちら了子で~す。どうしたのかしらん?」

 

「「何(ですって)?……デュランダルを?」」

 

あれ? デジャヴ?? デュランダルって聞いたことあるような気がするんですが。

 

「そちらもか。響君、出動要請だ。了子君の護衛として今からとある場所に行ってくれ」

 

……あぅ。私に休みは無しですか……。そうですか、そうですか。わかりましたよー。行けばいいんでしょ、行けば。

 

「……………………まったく……」

 

「声が漏れてるぞー」

 

「はひゃっ!?」

 

し、しまった。ちゃんと口は閉じとかないと。

 

「それと翼はここで休息していろ。踊、お前は二人が無茶をしないように見張っていててくれ。ダメージも残っているんだろう?」

 

「………………」

 

「ここは響に任せてやれって」

 

「……わかり、ました…………」

 

行きたそうに強い眼差しを向ける翼さんを奏さんが押さえてくれた。

 

「残念ながらです」

 

あっけらかんと言ってのけたのは踊君。無茶しそうな予感があるけどあんな酷い怪我だったし、大人しくしていてくれるはず。それに私がしっかりやれば、危険なことはする必要ないっしょ。

 

「何をしてるの? 早くいらっしゃい」

 

「あ、は~い! 今行きます」

 

よっしゃぁあ!! 頑張るぞー!!

 

     *****

 

で、やっぱりこうなるんだよね。

 

何度も繰り返す破裂音。金属と金属がぶつかり合う音と一緒に恐怖に震える悲鳴が聞こえてくる。

 

「ぬわぁぁあああーー!!」

 

イッターい! 頭ぶつけた……。

 

「狙いはやっぱりこれのようね」

 

隣にいる了子さんが指したのは一つのアタッシェケース。その中には何処かの国から受け取り移送中の完全聖遺物『デュランダル』が入っている。様々な研究を繰り返すも起動のきの時も反応を示さなかったらしくて、師匠達二課が引き継ぐみたい。

それを何処かから聞きつけた、

 

「!!」

 

ノイズと雪音クリスちゃんが襲いかかってきたのだ。それを了子さんのドライブテクニック、という名の爆走で回避を繰り返し、何とか生き延びている。

……まあ、何度も頭をぶつけたんで無事じゃないけどね。

 

「あらら。もうダメみたいね」

 

「な、何言ってるんですか! 諦めちゃダメですよ!!」

 

「そうは言ってもねぇ~、ほら」

 

了子さんのかけ声と共に車が急激に減速した。車のメータを見るとガソリンが残りゼロ……。

 

「ガス欠よ」

 

「えぇぇえええ!!!?」

 

まさかのここでガス欠。制御を失った車は回転し、壁に衝突して何とか止まる。

……ぁあ! もう、私がやるしかないよね。

 

「私が食い止めます! 了子さんは早く逃げて下さい」

 

拉げた車の中で、私は深く息を吸う。まだ翼さんや奏さんのように戦えないけど、ここで食い止めてみせる。

そして詠う。私の思いを乗せて。

シンフォギアが体を覆いつくすのを感じる。沸き上がる力を拳に乗せて、思いっきり振り上げる!

 

「りゃあ!!」

 

たったそれだけで金属の板が噛みまくったガムのように伸びて引きちぎれ、少量のノイズを巻き込んでふっ飛んだ。車から飛び出すとすぐに拳を突き出して構え、遅れて着いたクリスちゃんと対峙する。

……特訓を積んだ今ならわかる。この子は強い。ほんの一瞬の油断が命取りになる。

だけど私はあの子と戦いたくない。

 

「ねぇ。クリスちゃん。ちゃんと話し合えばわかり合えるはずだよ!」

 

同じ人なのに、ノイズと違ってちゃんと話ができるのに、何も分からないまま戦うなんて嫌だ。

けれど、クリスちゃんは……否定した。

 

「だから、話し合うことなんてねぇんだよ!!」

 

そして、振りかざされた鞭が私に向かって容赦なく振り下ろされた。



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第二十一話

地面が揺れ、強力な一撃に耐えきれずに砕け散り、そして……

 

「くぅっ! …………ハァッアッ!!」

 

「チッ!?」

 

……手首のガントレットが僅かに反らした。クリスちゃんの攻撃は確かに速くて重いよ。けどね……師匠のあの理不尽な速度で出されるパンチやキックに比べたら、まだまだマシな方だ。

踊君曰く、私は超攻撃型のインファイタータイプ。そして”お前は速くない”。そう言われた。踊君には劣るけど、これでも学内……どころじゃなく学園でもトップクラスなんだけど、ね!!

 

「ッ!? この前よりも動きが良くなってやがる」

 

「鍛えてもらったからね! よっと!!」

 

「クソッ!?」

 

氷の上を滑るように一息に間合いを詰め、拳を振り上げた。けれど矢鱈と頑丈な鎧に完全に防がれる。これは厄介だ……。

殴った拳の方が痛いだなんて……武器がないのは結構きつい。鞭と鞭の隙間を搔い潜り、何度も接近を謀るけど攻撃が届かない。

 

「ハッ!」

 

隙間がない!? 防ぐのも無理……でも見える! これなら躱せる。全力で後ろに飛び上がり、鞭の届かない遙か遠くまで一気に離れた。本当は、近距離型は敵に距離を開けさせない攻めが大切なんだけど、そうも言ってられない。

それに、速攻で攻めれば関係ないよ。着地と同時に前に踏み出す。少しでも距離を詰めるために。

 

「速ぇえっ!?」

 

「でえええええぃ!!」

 

気合いの咆哮を上げ、体を奮い立たせる。殴りはしない、叩き込むのは踊君から学んだ技。拳を握りしめるのではなく、掌を空間に添えて、

 

「掌ォオ底ィ波ッ!!」

 

「ぐぅぅ!? この鎧を抜いた!?」

 

「やるわね。響ちゃん」

 

込めた力を一気に撃ち出す。ちょっと鈍い痛みが走るけど、思った通り。あの鎧は衝撃までは流せない。ゼロ距離ならいける!

横から襲いかかる鞭を下がるのではなく、前に出て下に空いた僅かな隙間に滑り込んで進む。そしてここは私の手の届く距離だ。

 

「もう一発! 行きます!!」

 

「させねぇっ!!」

 

左右の腕に付けた鞭が素早く私たちの間に滑り込むと、何十にも折り重なり強固な盾に変化した。これじゃあ、届かない!? 盾に向かって勢いを加えた掌底を叩き込む。でも思った通りびくともしない。

 

「今のにゃ驚かされたけど、間に挟んじまえば関係ねぇよな!」

 

持たずに盾を使うだなんて卑怯だ!? しかも一撃で見抜かれるなんて、めちゃくちゃ厄介だ。左右で撃ち出した三連打まで受け止められた……。ど、どうしよう……この盾を貫けるほどの高威力な一撃なんか知らないよ。

 

「敵の目の前で考え事とは余裕じゃねぇか!!」

 

「ッ!?」

 

盾を解除した彼女が攻撃に転じた。これはやばい!? 躱しきれないし反らすことも出来そうにない。耐えるしかない、かな。……ううん。違ったよね。私に耐えるなんて向かないんだ。耐えるんじゃなくて……!!

 

「100万の気持ち、さぁ! ぶっ飛べ、このエナジーよ!!」

 

――カシャン……

 

私の思いを、体中に溢れる力を拳に込めて、鋼鉄の弓を引くように極限まで右腕を後ろに引き絞る。その時、右手のガントレットの後ろ側が自然と伸び、大きな隙間が生まれた。

これって……ガングニールが力を貸してくれてるんだ! だから、必ず、

 

「解放全開!」

 

迎え撃つ!!

 

「グゥッ! 何つう力だよ!? 破片のくせにこいつの力を押し返してるってのか!?」

 

「セェェエエエエイ!!!」

 

拳と二振りの鞭がここで始めて衝突した。最初は力が拮抗した。どちらかというと私の方が押している。けど、欠けた矛先と傷なき鎧。誰がどう見てもその力の差は歴然としてるや。少しずつ後ろに押し返され伸ばした肩や肘が悲鳴を上げる。

 

「くふぅ……。ハァッイ!!」

 

お互いの気持ちが限界まで高まったタイミングに合わせて、力を抜いた。当然鞭が迫ってくるけど、速さを欠いた攻撃くらいなら対応出来る! 棘が手に刺さるのも気にせず、手で純白の鞭を握りしめる。

これであの盾は仕えない! これで決まれ!!

 

「アタァッ!」

 

「~~ッ!?」

 

掴んだ鞭ごとクリスちゃんを引き寄せ、その腹に強烈な肘鉄を喰らわせる。声にもならない悲鳴を上げた彼女は勢いを殺す暇なく、地表を抉り地面を振るわせた。完璧に決まったはずだけど、構えは解かない。

この前みたいな失敗を繰り返すわけにも行かないんだ。

 

――――カタッ……

 

「ぁあああ!?」

 

その時、後ろで何かが!? 振り返る暇もなく、何かが体を穿った。い、意識は何とか保てたけど、何で後ろから?

 

地面からニョロリと顔を出していたそれは地中に引っ込むと元の場所に戻っていく。そこにはこの前よりも小さな閃光を抱えたクリスちゃん。あんなに自由に動かせるなんて卑怯な。じゃなくて、さっきからギリギリの状況なんだけど!?

 

「や、ヤバッ……」

 

「さっきのお返しだ!!」

 

腕を交差させて、両のガントレットで堪えるしかない。

 

「―ッ! …………ガハッ!!」

 

止めれるわけがないって……、背後にあった建物をクッションにすることでようやく止まった。けど私もここで限界かも……さっきの一発が響いてきたみたいだ。腕が重い。声が掠れてる……。ち、力が……。

 

「こいつで終わりだっ!!」

――NIRVANA GEDON――

 

躱せな、って、え? 辺りが急に暗く? ……上にあったのは砕けた建物の一部。私って、何時になっても不幸だよ~!

 

「流石にそれ以上、やらせるわけには行かないのよね~」

 

「り、了子さん!? な、何で前に!! 下がってください!!」

 

「ふふふ。大丈夫よ」

 

笑って眼鏡を外した。そして了子さんはその柔らかな手をかざすと、私たちを覆うように色鮮やかな丸い障壁が出現し、触れる全てを残らず打ち払った。踊君の右腕を奪った光さえも例外なく……。

その光景を見て、もう私は唖然と見つめるしか出来ないよ。了子さんって何者なんでしょう……。

 

「出来る女の嗜みよ♪」

 

「何処の女性の嗜みですか!?」

 

そんな真似が出来る女性が世の中に何人もいたら男性に居場所がなくなっちゃいます!

 

「まあ、そんなのはどうでもいいわね。響ちゃん、そんなところで寝てないでさっさと起きなさい」

 

「は、はい!」

 

どうでもよくはないけど、後回しにしよう。クリスちゃんだけでも厄介極まりないのに、いつ来たのかもっと面倒なのまで来てたよ……。

 

「ふっふっふっ。そう褒めないでください。ミス……ミス…………折花?」

 

「褒めてません! って、折花違ぁああああう!!! 立花です!! たちばな! 勝手に折らないでください!」

 

「すみませんね~。人伝からでしか貴女の名前を聞いたことがありませんので」

 

「喧しい!! 折花だろうと、菜花だろうとどうでも良いんだよ! 何でテメェがここにいんだ」

 

酷いよ、クリスちゃん……。名前って大事なことなのに……。クスン……。

 

「貴女が時間を掛けるからでしょう。ほら面倒なお方が来てしまったではありませんか」

 

「「え?」」

 

「嫌な予感的中か。翼嬢に感謝だな」

 

「何で……?」

 

頭を掻きながら現れたのは、黒ずんだ灰を被って煤けた人。私の兄弟子で、お義兄ちゃんで、先生の(卵の)、踊君だった。

翼さん達の監視役じゃなかったの?

 

「よっ、サージェ。邪魔しに来たぜ」

 

「帰っていただけませんかね?」

 

「無理言うな。このまま帰ったら翼嬢に何されるか……」

 

よ、踊君が顔を真っ青にして小動物のように震えだした。つ、翼さんは何をしたのかな。

 

「……苦労してるのですね。同情はしませんが」

 

「……暴走娘が3人もいるんだよ。同情されるつもりもないさ」

 

えっと……翼さんと奏さんと……後もう一人誰だろ? 了子さん?

 

「「「「お前(貴女)だよ(ろ)」」」」

 

わ、私? 思い立ったらすぐに行動するけど暴走したことは、ない!

 

「……課題を増やそうかな。そうだな、そうしよう」

 

踊君が嫌なことを呟いたような気がするのは気のせいに違いない。

 

「ふぅー、色々台無しだが、そろそろ本題に戻るか」

 

「ええ、そうしましょう。いい加減早く帰りたいですからね」

 

二人が瞬きの一瞬で気持ちを切り替え構え直した。

 

「「何をしている(のですか)? 早く構えて」」

 

「「んな、すぐに出来るか!?」」

 

そんなこんな感じで第2ラウンドが始まるんだね……。もうやだ、こんなぐだぐだ……。




――踊の追想――

何時かの暴走娘① 「ハッ! 困ってる人が! ちょっと行ってきます!!」
踊 「おい、授業中だぞ!? 何処行く気だ……って、もういない!?」

少し前の暴走娘② 「私は剣。私は剣。ワタs……」
踊 「め、目が怖いぞ……。ちょ、これ模擬戦だぞ。何でハバキリ出してんだ!?」

今し方の暴走娘③ 「やっぱ、じっとしてらんねぇ。ノイズ共はこの手でブッ殺す!!」
踊 「待て、コラ!! 素手でどうする気だ!? 」

――――――――

踊君も大概ですが、踊君に関わった人達も大変なことになってるようですね……南無。あ、因みに暴走娘③を止めたのは彼女の相棒なんだそうですよ。


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第二十二話

「アントラデイカンフジェスニル!!」

 

「ワゼカヘッセタム!」

 

 開幕一番、サージェと踊が意味不明な言葉を叫び互いの獲物を向け合い、撃鉄を、拳を振った。銃弾は叩き落とされ、殴る腕には幾筋の断裂の飛沫が吹き散る。だがそれでも彼らは進むのを止めない。

それは奇しくも敵同士に在りながら後ろに庇うべきものがいたから。

 

「響ッ!!」

 

「クリスさんッ!!」

 

「「任せて(ろ)!」」

 

 踊を盾に近付いた響は横に飛び出すとクリスに向けて一直線に駆け抜けた。右手のガントレットを触れば、あっさり動いた。

 

「またそいつか!」

 

 咄嗟の判断で後ろに身聞くと彼女の髪を撫でるように蹴りが掠った。鉄拳が来ると踏んでいた彼女にとって、響の出したサマーソルトは予想外。バク転の勢いを背に飛びかかった。だがクリスもそう簡単にやられはしない。

 

「キャッ!?」

 

 自在に操ることのできる鞭が響の足に絡みついていた。足を取られた響は為す術なく地面に……、

 

「させるか!!」

 

「ガハッ!」

 

 叩きつける前に踊の跳び蹴りがクリスの背を襲った。

 

「馬鹿、サージェ!! ちゃんと止めて!?」

 

 後ろを振り向くと、無傷のサージェが呆然と踊を視ていた。クリスもそれに気づき踊を視ると固まった。

 そう、踊は響を守るためにサージェに背を向けたのだ。態々それを見逃す程優しくない変人サージェは何度も引き金を引いていた。その証拠に踊の脇腹には6㎝程の大きな穴が空き血に似た赤黒い液体が溢れ出ている。

 それでもまだ……立っていた。

 

「踊君?!」

 

 拘束から解放された響は空中で体勢を立て直して着地した。

 

「気にするな! 俺は機械だと言っただろ!! 痛みなんぞない」

 

「そんな訳! ……わわっ!?」

 

 何か言おうとしたが豪雨の如く降り注ぐ銃弾の嵐に中断された。さらにその隙間を縫うように2本の鞭が振り落とされる。

 

「流石に不利か……!」

 

 響の前で堅く拳を閉じ腕で頭を庇う踊が小さく呟いた。

 

「私は大丈夫だから離れて! シンフォギアも纏ってるから平気だから」

 

「カッ! 嘘言うなよ。例えそれがあろうと痛いもんは痛いだろうが!」

 

「…………ッ!」

 

 その通りだ。いくらシンフォギアといえど、ダメージが完全になくなるわけじゃない。響は何も言い返せなかった。でも引っかからないことがなかったわけでもない。

 

「なら、よ「止まない雨はねぇってな……3、2、…………今! 突っ込め!!」……は、はい!!」

 

 踊のカウントに合わせるように豪雨は止んだ。サージェが弾切れを起こしたのだ。ほぼ反射的に踏み出されたその足は、かつて神の傍らで常に勝利をもたらした彼の槍の名を体現するように、刹那の時で10m以上合った間合いを貫いた。そして引き絞られた拳は敵を射貫く。

 

――正拳突き

 

 武術における初歩の初歩。見様見真似でも何となくなら出来てしまうほどに単純な技で、けれど初心者でも十分な威力の一撃を叩き出せる始まりの基礎が詰まったものである。

 果たしてそれが、人類の中で遙か上に立つ人物を師に持ち鍛えられた人物で、且つ新幹線の最高時速を大幅に超えた速度で繰り出されたとしたら……どうなるか。

 

「カハッ……!?」

 

「サージェ!」

 

 答えは簡単だ。さほど大きくない少女の拳から飛び出たそれはサージェの腹に突き刺さるだけに留まらず、余りに余った衝撃がサージェの体を上空に持ち上げ幾つもの建物を塵に返してしまった。

 

「よそ見してる暇はないぞ」

 

 一歩遅らせた踊がクリスの眼前に迫っていた。既にここは踊の距離だ。鞭に入り込む隙間はない。膝を曲げ体勢を落としながら体を捻る。そこから繰り出すのは遠心力を追加した上回し蹴りは腹に決まった。

 

「グフッ!?」

 

「ハァー……ハァー……」

 

 少しは返せただろうか――踊の頭にはそんな言葉が浮かんだ。今のでもまだ被害率は踊>>>サージェ≧響>クリスと言ったところで踊達の不利に変わりはない。脇腹から零れ落ちる赤黒い液体が常に状況を悪化させていた。

 

 そしてそのことに響が気付かない筈がなかった。

 

「やっぱり……、踊君だって痛いんじゃない!」

 

「ああ? 俺は機械だって言ってるだろ。痛みなんてない」

 

「だったら私の顔をしっかり見てよ! 出来ないでしょ!!」

 

 踊は目を向けられなかった。獰猛な笑みを浮かべ猛々しく敵を睨み付けている、ように見えるその顔は、響が感じた違和感の通り、偽りのものだった。その瞳は定まらず揺れ続けていた。その笑みは頬が引きつり固まっていただけで、その堅く固まった拳は痙攣していただけの単なる偶然でしかなかった。

 

 踊の体は疾うの昔に限界を超えていたのだ。機械だから痛みがない? そんな訳がない。人の定を止めたとは言え意識があり極限まで人に近づけられた存在だ。当然、人と同じように体に危機が迫れば危険信号が伝えられる。唯の情報として処理されるはずのそれは、人の魂を持つが故に痛みとして認識されてしまっていた。

 

 常人を凌駕するその罪深きタフさが、子を守るがために走り続けたその鋼よりも剛情な意志が、肉体から離れようとする意識を縛り付け、立ち続けさせた。

 

「お願いだから下がってよ! もういいから!! 後は私がやるから!!!」

 

 響の泣き叫ぶ声を聞いても彼は倒れない。むしろ、

 

「ハハハ……」

 

 笑った。

 

「だい、じょーぶ。……俺は、まだ……戦える」

 

 そして、掠れた声で言い切った。

 

「お前は、了子を連れて……先に行け!」

 

「そんなこと……!」

 

 揺れる体で拳を突き出す。

 

「かっこいいねぇ。けどさ、満身創痍なアンタ一人で、アタシ等二人を止められるとでも思ってんのか?」

 

 多少のダメージを受けたクリス達は高台に立ち各々の得物を突きつけていた。

 

「…………止めてみせるさ。………………信じてるぞ」

 

 意識を体の奥底に沈めていく。

 

「はぁああああ……!」

 

 そして、体内を駆け巡る液化した高圧縮エネルギーを震わせる。脇腹から吹き出すこともお構いなしに流れを激化させた。

 体中から迸る金色の光は何を示すのか、それは誰にも分からなかった。だがそんなもの、今の踊にはどうでも良いことだ。体の奥底から捻り出した力を従える。

 

「だぁあああっらっぁあああああ!!」

 

「うわぁあ!?」

 

 気付いた時には既に高台から半分以上の質量が消え去っていた。慌てて二人が飛び上がると、遅れて残っていた部分が砕けた。でも、それで終わりじゃない。

 

「奴は何処に?!」

 

「クリス! 後ろ!」

 

 飛び散る破片を足場に、踊は背後を取っていた。

 

「でやあああああ!!」

 

「ぐぅぅううう!?」

 

 足で閃を描く。何の技でもない唯の蹴りが大気を切り裂き真空の刃を生み出した。けれど鎧には罅を入れることすら叶わない。追撃させまいと鳴らされた撃鉄が踊の耳に聞こえる前に、放たれた銃弾は拉げ地面にめり込んでいた。

 

「行けぇぇえぇぇぇぇぇええええええええええええっ!!!」

 

 心配そうに見詰める視線を背に感じながら叫んだ。視線は消え、遠ざかっていく足音。

 

「クッ、させねぇ」

 

 鎧から伸びる鞭をしならせ響の後を追わせたが、半分も伸びぬ内に掴み取られた。半死半生どころか九死一生の微かな灯火で、二人を相手に互角以上の戦いを演じる様に、二人は知らぬうちに戦慄していた。

 何処かで見た戦闘民族のように留まることを知らない闘気は膨れあがる。

 

 …………………自身の体の限界すらも知らず。

 

「カハッ……」

 

 徐に血を噴いた。それも当然なことだ。彼の戦闘民族は最初から戦うことを目的にしているから出来ることであって、踊の体は他者の補助が前提条件なのだ。

 

 この力はいったい何処から捻り出したのか?

 

 ……答えは一つしかない。

 

 この体になる時、神と何と制約を交わした?

 

 ……“踊には”極一部の力しか使えない。

 

 それはつまり、踊以外の者達なら使える力が隠されていると言うことだ。1億を越える時の中で既に見付けていたのだ、封じられているその在処を。そして彼はついにこじ開けた。

 

 ……暴走という方法で。

 

 踊にはこの箍の外れた力は使えない。だから、彼は使わない。ただ漏れない様に押さえ込み、押し潰すだけだ。

 そして、金色の瞳が二人の姿を視界に入れる。

 

「何をしようというのですか!!」

 

「何だよ!? このえげつねぇ感じは!?」

 

「さぁ。これが俺の最後の足掻きだ」

 

 膨らみ続けた力は臨界に触れようとしてた。これが今出来る最大の奥義。最強の威力を誇る創世の輝き。

 

「始まりの時を…………」

 

「ま、まさか! クリス、全力でシールドを張りなさい!」

 

 幾十にも重ね掛けされた盾の前でサージェは色取り取な服の中にしまっていたありとあらゆる重火器類を、踊に向けてぶっ放しては地面に突き刺し即興の防壁をくみ上げていった。そして盾の裏側に潜り込む直前、最後に一番初めに撃ったミサイルに向け愛用のS&W M500の引き金を引いた。

 

「再び刻め、ビッグバン!!」

 

「うぐ!?」

 

 踊の内側から解放されたエネルギーの奔流と連鎖式に起こる衝撃が激突した。焼け石に水だったがそれでもないよりはマシだ。さらに防壁がほんの僅かに威力を削った。

 残りはネフシュタン製の盾とそれを支えるクリス、サージェのみ。

 

 この輝きは、何を生むというのだろうか。

 

「踊……君……?」

 

 研究者と聖遺物を抱えて走るガングニールの適合者にもその輝きと押し出された風は届いていた。




時系列が結構滅茶苦茶に……。
まあ、オリさんが裏で暗躍しまくるせいなんですがね。


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第二十三話

「つぅ~……、けほっけほっ。何ちゅう威力だよ。おい……無事か?」

 

「そうですね~。果たしてこれが無事と言って良いのか怪しいところですが、まあ何とか」

 

「全然大丈夫じゃねぇじゃねぇかよ!?」

 

 左半身が焦げてんぞ!? 何でそんなに平気そうにしてられんだよ。見ていて痛々しい。

 

「ああ、焦げてる部分は大丈夫です。ほらこんな風に」

 

 そう言うと無事な方の手で焦げをめくってみせた。中から見えるのは色の薄い肌。焦げたのは分厚く塗りたくってた白塗りだったみてぇだ。

 ……ピエロのメイクって全身にするもんだったか?

 

「クフフ。それにしても流石の一言に尽きますね」

 

「ちっ、……そうだな。まさかコイツの防御を抜かれるなんざ、思ってもみなかったよ。あ~あ、罅が入ってら。なぁ、さっきのは何だったんだ?」

 

「あれは、ビッグバン。まだ私が彼と共にいた頃の話です。もう9……いえ10はたったのでしょうか? その頃一緒に戦っていた同士の何人かが使っていた技です」

 

「あんなえげつない。技使う奴が他にもいんのか!?」

 

 何だその地獄。あたしのアレよりも危険なんじゃないか? んな、恐ろしい奴がわんさかいてたまるかよ。

 

「まぁ、話は後にしましょう。誰かが来る前に彼を探して戻りましょう。今、この状態で他のシンフォギア奏者に会ってしまえば一環の終わりです」

 

「そりゃー確かにそうだな、連れ帰ってあいつに渡しゃいいんだな」

 

「いえ、渡しませんよ。彼女は立花響を気にいっているようなので、そちらの餌にするつもりですよ。英雄ローランの聖遺物、デュランダルと共に。……クフフフフ」

 

 にやにや人の悪い笑みを浮かべてあたしやガングニールの適合者が滅茶苦茶にしてしまった町を荒らし始めた。

 

「…………ち、ちぃとやり過ぎたか?」

 

 主に目立ったのが、あたしがブチ空けてさらにあの適合者の矢鱈に重たいパンチでサージェが空けたビルの列だ。まだ立ってるのが不思議なぐらいに大きな罅割れが出来ている。

一部屋上は既にバッキリいっちゃてんのもあんな。

 

「クリス」

 

「ん? 見つかったのか?」

 

「いえ、そうではなくてですね。……少しばかりしなければならないことを思い出しまして彼を探しておいてもらえますか?」

 

「チッ、しゃあねぇな。けど、やんなきゃなんねぇことってなんだよ」

 

 まさか化粧直しとか言うんじゃねぇだろうな。もしそうだったら一発殴っても良いよな。良いよな?

 

「化粧直しを……あ、後ついでにあちらをハッキングしましょうか?」

 

「化粧が優先かよ!? 普通そこはハッキングが先だろ!」

 

「ハッハッハ。ご冗談を。女性でしたら化粧の大切さはご存じでしょう?」

 

「あたしは、んな面倒なもん使ってねぇ! てか、そもそもテメェ男だろ!!」

 

 ぜぇー、ぜぇー、何でこんなことで体力使わなきゃなんねぇんだよ……。

 

「………………化粧の大切さはご存じでしょう?」

 

「話を戻すんじゃねぇ!!!」

 

 あたしをおちょくってんのかコイツは……て、今度は何だよ!? 急に壁の隅で小さくなって、のの字っぽいものを書きだした……。

 

「だぁあ! ウゼェッ! わかったよ。好きにしやがれってんだ」

 

「じゃあ、後はよろしくお願いします。では!」

 

 い、一瞬で消えやがった。はぁー、しゃあねぇ。とっとと見付け……。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ちぃーっす」

 

 いたぁあああああっ!?!?!?

 何で気付けなかった……。寝そべってるからって、注意してたら気付けたはずなのに! 完全に油断した……。ああもう、サージェにかまけて鞭を手放すんじゃなかった。

 ……動けねぇー。

 

「「…………」」

 

 チッ、互いに動かないまま十数秒がたっちまった。いったいコイツは何がしたいんだよ……。やりたかねぇが、こうなりゃ……アレを使うしかねぇか?

 

「フゥー……」

 

 しゃあねぇ、一瞬で、けりを付けてやる!

 

「スゥー……ッ「ねぇ、いい加減に助けて欲しいんだけど……」ドヘッ!?」

 

 思わず転けちまったじゃねぇか。助けろってどういうこった。

 

「いきなり何だよ!? 邪魔すんじゃねぇ!」

 

「いや、ずっと助けてくれないかなと期待して見てたんだけど……」

 

「あん?」

 

「いやね、動けないんだよ。この上に乗っかってる岩を退けてくれたら嬉しいんだけど」

 

 よく見りゃ、背中に大量の瓦礫が伸し掛かっていた。コイツ、動かなかったんじゃなくて、動けなかっただけだったのかよ……。

 

「アタシの緊張を返せ……」

 

「???」

 

 イラッ。

 

「よぉーし、助けてやる。ああ、助けてやるよ。ありがたーく頂戴しろ。……命の保証はしねぇがな!」

 

「ん? んん?!」

 

 まとめてぶっ飛ばす! ネフシュタン!! 

 

「おりゃりゃりゃりゃっ!!!」

 

「にゅぉおおおお!?!?」

 

 変な奇声が聞こえるが気のせいだ。両手に持った鞭を縦横無尽に振り下ろす。目の前のあるもの全部粉々に砕いちまえ。

 ……ふぅ、取り敢えずこんなもんか。スッキリしたしそろそろ止めるか。

 

「ちっ、まだ原形留めてたか」

 

「ぅぉー……、殺す気か~。人質にするんじゃなかったのかよ~」

 

「あ、やべ。忘れてた」

 

 そういやそんな話になってた。まぁ、生きてるしいいだろ。取り敢えず、煤けたヨウ? だったかそんな名前の奴を持って帰るか。

 

「出来たら引きずらないで欲しいんだけど。あ、あと首の裾引っ張んないでくれないかな。首がしまルゲッ!?」

 

「うるせえ。黙ってろ」

 

 ちょびっと力を入れるだけで静かになった。あ、そういやサージェが何処に行ったか聞いてねぇな。はて、どうしたもんか。かといって、んなとこで待つ訳にもいかねぇし、あ~あ、メンドくせ-。

 

「んがんが!」

 

「んだよ。黙ってろって言っただろ」

 

「ゲホゲホ。……サージェを探してんのか? たぶん彼奴ならあっちにいると思うぞ」

 

 ちっ、素直に聞くのは危険だが当てもなく彷徨うよりはまだマシか。ガングニールの適合者は厄介だがもう一人は負傷して出てこれないはずだ。ま、何とかなるだろ。

 言われるままに着いた場所はあたし等が隠れ家代わりにしているとことのすぐ傍の空き家だ。一瞬バレてんじゃないかと思ったがそれは杞憂だった。

 

「おやおや~? クリスさんではありませんか。よく私がここにいると……ああ! 踊君じゃないですか。それなら納得ですね~」

 

「何でだよ!?」

 

 化粧を直し終えたみてぇで顔を真っ白にして、赤い瞳を怪しく歪めていた。

 

「そこはま~、踊君ですからね~」

 

「俺だからな」

 

 いや、訳わかんねぇよ! それの何処に納得出来る余地があるんだ!? 意味わかんねぇ。

 

「呵々ッ……イテテ」

 

「あらら、ビッグバンを使った反動ですね。クックック、よく原型が持ったものですね。ヤレヤレ」

 

 

 何でテメェ等は和んでんだよ……、敵同士だろが。

 

「では、踊君。縛られてください」

 

 唐突だな、オイ!? 今の和みは何処行った! せめてもう少し話を繋げやがれ!!

 

「あいよ~」

 

 テメェもテメェでまた素直だな……。普通、嫌がるもんだろ。

 

「そだ、サージェ。一つ頼まれてくんない?」

 

「良いですよ。何でしょうか?」

 

 お前もか!?

 

「ちょっと耳貸せ。………………ニョゴニョゴ」

 

「なるほどそれは面白そうですね~。分かりました」

 

 仲良く黒い笑みを浮かべて忍び笑いを上げる二人から一歩後退ったあたしは悪くねぇよな。

 

「まあその前に、やるべきことをやってもらいます」

 

「響がどんな顔するか楽しみだ」

 

「良い趣味してんな……」

 

「「イェーイ」」

 

「褒めてねぇよ! サージェも乗るんじゃねぇ!」

 

 もうやだ、コイツ等…………。誰か止めてくれ……。



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第二十四話

 突如襲った目映い光と突風に嫌な感じがして、了子さんを二課の人にお願いしてすぐに現場に戻った。けれどそこにはクリスちゃんやサージェは疎か踊君までいなかった。

 瓦礫に埋もれたりしていると思って探し回ったけれどその陰さえ掴めなかった。

 

『…………響君。戻れ』

 

「ししょう……」

 

 師匠に促され本部に戻る。

 

「立花……」

 

 まだ病院服を着たままの翼さんが部屋で待っていた。傍らに金属の棒があり一滴一滴ゆっくりと落ちる点滴が吊り下げられ、翼さんはそれにもたれかかっている。

 

「まだ寝て無くて、いいんですか?」

 

「私より今の貴女の方が酷い顔よ」

 

 何も映っていない真っ黒なモニターに映る私の顔は青白く染まり、何処かやつれているように見えた。

 

『ハ~イ。皆さん元気にデスカァ?』

 

 突然モニターに映像が映し出された。耳障りな人を嘲笑うような声と真っ白の背景、そしてギョロリと動く真っ赤な丸い何か。

 

『ウフフフ。どうも、サージェデース』

 

「そんな!? いつの間に、どうやって!? し、システムが乗っ取られました!」

 

「何ッ!?」

 

 映った丸いものが離れると、サージェの全身が映った。こっちの慌てる様子を知っているのかウフフフと笑い続け、まるで見えているかのように私に向け怖気の走る笑みを向けた。

 そして言う。

『こちらを見てくだサーイ!』

 

 サージェを映していた撮影機が右にスライドを始めた。その先にいたのは、頑丈な鎖に吊され、柱に縛り付けられた踊君だった。踊君は意識を失っているようで動かない。巻き付けられた鎖に体を預けていた。

 

『先ほどの爆発には驚きましたが、彼は間抜けですね。自爆同然でやって気絶、仕舞いにこうして捕まって。オホホホ』

 

「…………ッ!!」

 

 口の奥でギリリと歯が軋む音がした。

 

「何が目的だ」

 

『分かっているでしょう? 明日の夜、デュランダルを持って来てください。そこで交換しようではありませんカ』

 

 どんどん話が進んでいく。暴れ出そうとする心を落ち着けるので精一杯だ。許さない。許さない。許さナイ、ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナ………………。

 

『それではまた明日会いまショウ』

 

 …………ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ。

 

「立花……」

 

「ユルサナイユルサナイユルサナイ……」

 

「ッ!!」

 

 乾いた破裂音が鳴り響いた。左頬が何だか熱い。

 

「落ち着きなさい! 立花響!!」

 

 そっと手を添える。叩かれたんだ。

 

「何時もの元気はどうした! こんな処で落ち込んでいる場合じゃないはずよ。落ち込む暇があるなら今、貴女が出来ることをしなさい!」

 

「今、私に出来ること……?」

 

「それはね、一秒でも多く体を休めることよ」

 

 体を休める……。

 

「最初の一対二の戦いで体に深刻なダメージを受けているわ。出来ることなら二、三日は療養してもらいたい処だけど、止まる気は無いんでしょ? だったらすぐにでもぐっすり寝て、明日はとことん友達とわいわい騒ぎなさい。ここ最近、お友達とも遊べてないようだし少しくらい羽目を外した方が良いわ」

 

 そう言えば、友達付き合いが悪くなってしまっている。立て続けに出現するノイズと戦って、休む暇なんてほとんど無かった。

 

「明日は私も出る」

 

「そんな! 大丈夫なんですか?」

 

「怪我の方はもうほとんど問題ない。戦闘の勘も戻っている。それにあの二人相手に立花一人では勝てないだろう」

 

 わかっていた。私一人じゃまだまだダメだ。踊君がいなければクリスちゃんにもサージェにも勝てやしない。

 

「無理はするなよ」

 

「はい!」

 

     *****

 

 所変わって、ここは何時もの学舎です。昨日も一昨日だって来ているはずなのに懐かしく感じてしまった。まるで異世界にでも迷い込んだみたい。

 

「どうしたの? 響が落ち込むなんて、らしくない」

 

「私にだって落ち込む日くらい、ある……よ」

 

 私がもっと強ければ、こんなことにはならなかったんだ。

 

「踊さんはまだ来てないんだね」

 

「ごめん。私が弱いせいで……」

 

「え?」

 

「う、ううん。なんでもない」

 

 あ、危ない。未来を巻き込む訳には……。

 

「はい、皆さん。席についてください」

 

 先生が入ってきた。その横に何時もの人はいない。

 

「立花さん。聖先生は今どちらに?」

 

「え、えっとそれは……そのう……」

 

 当然聞かれた。でも答えられるはずが……。

 

「その質問、この私が答えましょう!」

 

 無駄に明るい声が窓の外から聞こえてきた。全員の注目が一カ所に集まる。そこにいたのはやっぱりあのピエロ。

 

「サージェ!?」

 

「やあやあ、昨日ぶりですね。元気にしてますか」

 

「何でここにいるの?!」

 

 こんなところで戦うつもりなの。警戒レベルを最大にまで引き上げる。学校の皆には、絶対指一本触れさせない。

 

「今日は、聖踊の代理で来ましたサージェです。彼は今日非常に大事な用事が入りまして、申し訳ありませんとのことです」

 

 満面の笑みを浮かべてそう言った。皆、呆気に取られる。勿論、私も思考が追いつくわけなくて……、追いついた時には絶叫していた。

 

 

 

 く、悔しいけどメッチャ教えるのが上手かった。踊君とは教え方が少し違うけど同じくらいわかりやすい。時間が空くとピエロらしくお手玉(なんと8個まとめて)していたり、玉乗りしたりマジックを見せたりと、見ている人を驚かし笑わせていた。

 一番驚いたのは、そこに箱の代わりがあったからというだけの理由で脱出マジックをして、成功させたことだ。何の仕掛けもされていない元々あった掃除用具入れだったのでそれはもう仰天した。ほぼ全方向から見ていて、後ろは壁があったがその向こうもまた教室なので当然人がいた。それでも見たものは一人もいない。下かとも思ったがロッカーの下もただ普通の床が広がっているだけだ。

 誰も見破れなかった……て、そんな話はどうでもいいんだ。

 

「響、あのサージェっていうピエロさんのと何かあったの? 何だか怖い顔してるよ」

 

「え、あ、ううん。何でもないよ」

 

 未来に嘘は吐きたくないのにな……。なんでこうなっちゃうんだろう。

 

「まだ、言えないんだね……」

 

「ごめん……未来。何時か必ず話せる日が来ると思うから」

 

「わかってる。それまで待ってる。だから、負けないで」

 

 言いたくても言えない。正しくジレンマという奴だ。いっそのこと聞いてくれたほうが……、はぁ……ダメだな、私。未来は私が話すのを待っていてくれてるんだよね。

 ……もうこれ以上、未来にあんな辛い顔をさせたくない。

 だから……、

 

「明日、必ず話すよ」

 

 私は心に誓いを立てた。教室を出る前にサージェの横を通り過ぎる。

 

「それでは今夜、約束の場所で」

 

「分かってる。必ず踊君を返してもらう」

 

 何があっても必ずだ。

 

     *****

 

「来たようだなぁ! お、アンタも来たのか」

 

「待たせたわね」

 

 昨日と同じ場所。崩れた廃墟、傾いた無数の柱、吹き荒れる風で舞う土煙。昨日の傷跡がそのまま残されている。

 

「デュランダルは持ってきて頂けましたか?」

 

「ここにあるわ」

 

 アタッシュケースを開き、その中に入った黄金の剣を見せつけた。

 

「聖は何処だ!」

 

「ハッ。アイツならあそこだよ」

 

 目が指したのは空、ではなく上空にあるタンク。そこに括り付けられた人影は眠っていた。

 

「さて、それを渡して頂きましょうか」

 

「それは出来ない相談だ。これを渡したとして無事に聖を話す保証はない」

 

 向かい合う4人の男女。

 その者達の名は、

 

「仕方ありませんね。では本気で行きますよ」

 

 サージェ、

 

「我が剣に懸けて、貴方達を倒す」

 

 風鳴翼、

 

「ハッ、イッツ・ショウタイム!」

 

 雪音クリス、

 

「……守って見せます! 皆を必ず!!」

 

 そして、立花響。

 

 今宵、ついに降ろされた戦場の幕が再び切り落とされた。

 

 

 

 二人の影が見守る中で……。



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第二十五話

 連続で鳴り響く金属音。舞い散る幾千の火花。酷く香る硝煙の匂い。そして大気を揺るがす破裂音。激しさを増す戦闘に辺りに残されていた瓦礫の内、タンクがある鉄塔を除いた全てが砂と化していた。

 

「貴女達、本当に人間ですか?!」

 

 サージェが疑問に思うのも仕方がない。サージェの撃った弾丸が翼には尽く切り払われて、響に至っては目で見て躱していた。そして今新たに撃った4発の弾丸までも躱してみせた。

 

「ハイッ!!」

 

「どうなってんだよ?! コイツは!」

 

 隙を突いた背後からの鞭を裏拳で弾き返す。さらに軸足を入れ替え、前に踏み出し前回見せた走りと遜色ない、いやそれ以上の速さで迫った。

 二本の鞭で張られた盾をその拳でこじ開け、響はクリスを殴り飛ばした。

 

「撃ち手が相手を近付けるとはな!」

 

 響の異常な動きに目を取られた一瞬で翼はサージェの懐に潜り込んだ。そして刃を瞬かせ切り飛ばした。だがサージェはやられたままで終わらせない。斬られざまにスーツの裾に隠していた小さな爆弾を大量に散蒔いていく。

 装填を終えていたS&Wの引き金を引いた。まだ振り抜いた勢いのまま動けない翼は、それを甘んじて受けるしかない。

 

「ガァァアアアアッ!!!」

 

 ……はずだった。咆哮が辺りに轟く。次の瞬間、虎のような細く鋭い目をした響が銃弾を握り潰していた。

 

「クソッタレッ! 化け物か?!」

 

 不規則に震う鞭の乱舞に爆弾を切り抜けた翼が割り込み、打ち払う。

 

「日々成長していると言うことですか……ッ!」

 

 こちらでは響が飛び交う銃弾を叩き落としていた。

 

「…………クリス、もう隠してはいられないようです。本気で行きますよ」

 

「五月蝿ぇ! あたしは使わねぇ!!」

 

 サージェが囁いたが、クリスはそれを拒んだ。何を隠しているのか二人が知る由もないが、翼は背筋を冷やす予感に警戒を強めた。さらに翼は別の不安も抱えている。

 

(何かをされる前に、一気に終わらせなければ……! これ以上は立花が危ない……)

 

 翼の中には戦いが始まった時からずっと気になっていたことがあった。昨夜の戦いから響が変わりすぎていることだ。何か対策が練れたわけでも、特訓したわけでもないのにも関わらず、二人を圧倒する今の響は翼の目から見ても異常だった。

 刀を構え直し、仇なす全て斬ると強いイメージを組み立てる。長時間の集中が必要で隙は出来るが、響の翻弄でついに銃弾1発通らなかった。

 

「これで決めさせてもらう!」

 

 極限まで高められた力の波がハバキリを青白く輝かせ、変形させた。

 

「蒼ノ一閃!」

――蒼ノ一閃――

 

 振り下ろされた刃から注ぎ込んだ力が離れ斬撃になる。狙いは当然、雪音クリス。これ以上厄介なことをされるのを止める目的もあったが、それよりもネフシュタンの鎧を取り返すためでもあった。

 轟音と共に舞い上がる砂埃が辺りを覆う。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 肩で息をする翼はまだ気を抜かない。まだサージェもいる中で刀を下ろす程愚かではない。だが、クリスに対する警戒は怠っていた。

 

「-- Killter ichaival tron --」

 

 砂塵の中から聞こえたのは、

 

(歌? ……!? そんな歌だと!)

 

「歌わせたな……あたしに歌を歌わせたなッ!」

 

 紅を基調にしたスキンスーツを着ていた。腕には独特な形をした赤いラインの入った黒の篭手を付けている。

 

「教えてやる。あたしは歌が大っ嫌いだッ!」

――QUEEN's INFERND――

 

 クリスが腕を振るのに合わせ両手の篭手が変形を始めた。機械音と共に部分ごとに伸び縮みを繰り返し、出来上がったのは二丁のクロスボウ。弓も番えぬまま徐にそれぞれの先端を向けたかと思うと、突如5本の桃色に光る矢が現れた。

 引き金が引かれる。

 

「グゥウウ!?」

 

 矢に見えるだけでその実体は当然ただのエネルギーの塊だ。聖遺物のエネルギーが途切れない限り何本でも精製できてしまう。何とか翼は驚異の剣捌きで当たらないように弾いていたが、響はそう簡単にはいかない。如何せん素手なのだ。

 一本の矢を弾くだけでも手に痛みが走り、気にならない程度ではあるが僅かな遅れが出てしまう。今はそれが幾十、例え小さな遅れでも積み重なってしまえば致命的になる。

 響は対応しきれず、腕を交差させて耐えることを選んだ。

 

「立花ッ!!」

 

 剣で捌くのを止めずに、響の様子を伺うことができたのは感嘆に値する。だが敵と同じ過ちを繰り返してしまったことに気付かないのは頂けない。

 

「撃ち手に距離を取らせてしまうとはね!」

 

 前方から矢と矢の間から放たれた銃弾が飛び出した。当たると確信したクリスは唇の隙間から歯を見せニヤリと笑う。しかし、それはすんでのところで止まった。

 

「甘い!」

 

 なんと飛び交う矢と一緒にまとめて斬り払ってしまった。

 

「貴方もです。言ったはずですよ。本気でやると」

 

「カッ!?」

 

 サージェの声は前から聞こえる。なのに翼は後ろから飛来した数発の弾丸に肩や背の肉を削られた。

 理解が出来なかったが足下の体に当たった数よりも遙かに多い銃弾を見て何をしたのかを悟った。

 

「跳弾か……!」

 

「ご明察です」

 

 サージェにとって、クリスの光を放つ無限の矢とそれを打ち払う時の破裂音は非常に有利に働いた。他よりも遙かに強い光の矢が銃弾がぶつかり合う時の光を塗りつぶし、破裂音が金属の打ち合う音を飲み込んでくれた。

 

「これほどの技術を隠していたとは……」

 

「別に隠していたわけではありませんよ。今くらいでしか余り有効ではありませんからね。クリス、早く終わらせましょう。……私はこれ以上戦うのは些か厳しそうです」

 

「わかってるよ」

 

 聖遺物かそうでないかの差が出始めていた。戦闘を始めてから既に1時間、歌い続ける立花や翼にも疲れの色は見えているが、それ以上に問題を抱えているのがサージェだった。

 もう手持ちの弾が全くと言って良い程残っていないのだ。完全フル装備で来ていたが、開幕から一時も途切れさせることなく打ち続けたことで予備の弾も、もしもの時用の換えの銃も全て打ち尽くした。

 残っているのは手慣れた二丁に残るたった6発だけ。

 

「ブチ抜くッ!!」

――BILLION MAIDEN――

 

 両手のクロスボウがさらに変化し白くなる。そして出来上がったのは2門3連のガトリング砲が二つ。クリスがトリガーを押すのと同時に各門ごとに高速回転を始め12の砲身から一斉に実弾が発射された。

 先のクロスボウよりも高密度かつ高速な弾速。さらに翼と響が近付くように展開される。今の響達ならば躱せないこともないが、そこで効いてくるのがサージェに残された6発だ。

 

「1つ! 2つ!!」

 

 精密に計算された弾はぶつかることで自身だけでなく周りの軌道を変化させる。刃が当たる直前で曲がられては流石の翼でも対応は不可能だ。誘導されるままに動いてしまった。

 

「立花、無事か?」

 

「……何、とか」

 

 響の限界が近い。焦燥が翼を襲う。

 

(私が弱いせいで……。もう翼さんを苦しめないように強くなるって、誓ったはずなのに! 私にもっと力があれば、翼さんに迷惑を掛けずにすんだのに!)

 

 響の渇望に答えるように背後で黄金の輝きが目を焦がす。出所は持ってきたアタッシュケースからだった。ケースは自然に震えカタカタと音を鳴らす。

 

「今度は何だ!」

 

 苛立ちを募らせた翼の怒鳴りにも気付かず、響は光に目を奪われた。振動に耐えきれず壊れたケースから現れたのは起動したデュランダル。

 

「おいおい、マジか。何で起動してんだよ……」

 

 驚いたのは当事者だけではない。それを映像で見ていた二課の構成員も驚きを隠せないでいた。

 誰も動かない中で、たった一人響だけが動いた。

 

「お願い……。私に……私に、力を貸して!」

 

 威風堂々と天を刺す剣の柄を握りしめた。響の中に沸き上がる力が始める。だが次の瞬間、響の内にあったナニカが暴発した。

 一瞬のことだった。今まで器用に混ぜてきた理性と本能の交響が、全く別のドス黒いナニカに塗り潰されてしまった。

 

「たち……ばな……?」

 

 そこにいたのはあらゆる全ての色の絵の具を混ぜたような得体の知れない不吉な黒い獣。黒でないのは、赤しかない目と真っ白の鋭利な牙。

 

「ガァァアァアアアアアッ!!」

 

 黄金に輝く剣と漆黒の主、対照的な二つが示す結末は……。

 

「全力で跳びなさい!」

 

 ……消滅。響はただ剣を横に振っただけだ。たったそれだけで辺りに積もっていた砂や、離れている森の一角が跡形もなく消え去った。

 予想外な破壊力に目を疑わずにいられない。

 

「ラァァアアァアッ!!」

 

 咆哮と共に響はデュランダルを掲げた。漆黒の獣から金色の光が天まで突き刺す。

 

「……ッ!? これは不味い!?」

 

 響が狙ったのはクリスだった。一斉の躊躇も見せず問答無用で振り下ろした。

 

「ネフシュタンではないというのに! クリスを守りますよ!」

 

 誰かに向かってサージェは叫び、何処からともなく先端に何かを付けた棒状のものを取り出す。その時、返事が空から返ってきた。

 

「分かってる! 響を止めるぞ!!」

 

「蒼き防人よ! 一時、下がれ!」

 

 降ってきたのは二人。縛られているはずの踊と死神ことディバンスだ。二人も同じようなものを手にしていた。

 

「せーの!!」

 

 誰かのかけ声に合わせるように同時に三人がそれを光にぶつけた。誰もがそんなもので止められるはずがない、折れると思っていた。けれど、それは耐える。激しく火花が飛び散っても、どれ一つ在り続けることを止めなかった。

 空中で受けた二人は勢いに負け地面に叩き付けられるも両足で地面を踏み抜き、後ろのクリスをサージェと共に庇う。

 

「……クリス、下がるのです。そう長くは……我々も、持ちません」

 

 狂い咆え叫ぶ響から力が緩まる気配が一切しない。三人がかりで止めに入っているのにも関わらず押されていた。

 

「援護する!」

 

 その時、光の側面にサイズは劣るが巨大で青白い光を放つ大剣が新たに叩き付けられた。垂直に下ろされていた軌道がほんの僅かに歪んだ。それが唯一の好機。

 

「デェェェエエエエエエィッ!!」

 

「ハァァァアアアアアッ!!」

 

 気合の怒号がデュランダルを左に追いやった。それと同時に鎌を放り捨て踊が駆け出す。転けそうな体勢になりながらも響はデュランダルを振るのを止めない。

 ……踊の意識が急速な加速を始めた。世界が遅くなる中で記憶に甦ったのは何時も響が戦う時に大切にしている言葉。

 

「届け! 全身全霊、この想いよ!」

 

 先に届いたのは…………

 

 

「心配掛けて、ごめん。…………ありがとう。届いたよ」

 

 機械に宿る魂の拳だった。



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第二十六話

 何とか黒い靄のようなものから解放した響を抱え上げる。出鱈目な力を無闇に使わされたせいで酷く衰弱していた。……もう少しマシな被害で澄むだろうと楽観視していた自分が恨めしい。響の指から零れ落ちたデュランダルを拾う。

 

「……今日のところは引きましょう」

 

「チッ」

 

 当たっていないとはいえ極度の緊張状態で疲弊していたクリスもサージェに体を預けていた。逃がすまいと翼が構え直したがそれを制して見逃させる。

 

「何故、邪魔を!」

 

「無茶するな。これ以上やっても返り討ちにあうだけだ。お前だって装着してるのもやっとだろ」

 

 翼嬢に睨まれたが簡単に言い負かせた。案の定、すぐに天羽々斬は結晶に戻ってしまい制服姿になった。……て、制服で来たのか。よく見れば響もかよ。着替えるくらいすれば良いのに。

 

「それではまた」

 

 えー、なんて言うわけにもいかないので苦笑いで見送った。一息吐きたいがその前に、ディバンスにはちゃんと礼を言っとかないといけない。

 

「さっきは響を止めるの、手伝ってくれてあんがとよ」

 

「別に気にするほどのことでない。拙者にも止めねばならぬ理由があったまでのこと」

 

 言いたいだけ言って、さっさと行ってしまった。もう少しゆっくりしてけっての。今更だがあいつって普段は何をやってんだろう。……そういや、一度も気にしたことなかった。

 

「それで立花の様態は?」

 

「まあ、平気だろう。……肉体的には」

 

『簡易チェックで申し訳ないですが大事ないです。……肉体的には』

 

 イアもこう言ってるんだし大丈夫なんだろう。……肉体的には。

 

「……どれだけ、肉体的には、を強調するの」

 

「あの声を大にして人助けが趣味と宣言出来る響だからな。一切の躊躇いもなく雪音クリスを叩き切ろうとしたり」

 

『なんの迷いもなく翼さんを切り捨てようとしちゃいましたし』

 

「『起きたら後悔で、精神はずたずたのボロボロですね』」

 

「どうして楽しそうなのかしら……」

 

 楽しく何てない。口調だけでも明るくしてないと後悔に呑まれそうなだけなんだ。響の背負った重しのほとんどは俺の責任だ。もう少し多く行動していれば、こんなに響を苦しめることはなかった。

 響のためと一歩引いて見ていたのは間違いだったのだろうか。自分の正体を隠すべきではなかったのかもしれない。全てを話していれば止められていたはずなのに……。

 

「聖。……お前が何を悔やんでいるのかは聞かないけど、それが貴方の信じた道なら貫きなさい。貴方のおかげで奏は今も生きているの。貴方の全てを否定しないで。……ふふ、私は何を言ってるのかしらね。先に戻るわね」

 俺の信じた道……か。

 

     *****

 

 目を覚ますと見たことがない……こともない真っ白な天井があった。

 

「おはよ~ごじゃいます」

 

 この天井、3年くらい前にも見たことあるな~。誰もいないけど取り敢えず言っておいた。……眠い。体を起こしたのは言いけど誰もいないし二度寝しちゃおうかな。

 

「あら。もう起きていたのね。気分はどうかしら?」

 

「だぁいじょぶで~す」

 

 開いた扉から翼さんが入ってきた。歩く度に揺れる蒼く長い髪が可愛い。

 ……えっ? つばささん? ……んへっ!?

 

「つ、つつつつ翼さん!?」

 

「ど、どうかしたの?」

 

 寝惚けと眠気を急いでブッ飛ばす。それと同時に昨日(?)のことがフラッシュバックした。

 

「ごめんなさい!!」

 

 気付けば土下座して、ベッドに頭を叩きつけていた。全力で翼さんやクリスちゃんを切ろうとしてしまったんだ。ううん、もしあの時、踊君達が止めてくれていなかったらたぶん本当に切っていたと思う。それくらいあの時の私はどうかしていた。

 謝ったところで許されるようなことじゃないけど、それでも謝ることだけはちゃんとしたい。

 

「……ふふふ。聖の言った通りね」

 

「踊君の言った通り、ですか?」

 

「怪我は問題ないけれど、精神がボロボロだろうって。私やあの子を切りかけたことを悔いているのでしょうけど、そんなに気にする必要はないわよ」

 

 翼さんが笑ったのを見たのは初めてで、掛けられた言葉はとても優しく嬉しかった。でもだからって気にしない訳にはいかないや……。私がもっと上手く出来ていたら、皆をあんな危険な目に遭わせることなかったんだから。

 自然と手が震えだした。

 ……あれは何だったんだろう。あの剣を持った時、凄い力が湧き上がってきた。でもその後は何が起こったのかさっぱりだ。やってしまったことは覚えているのにあの時何を考えていたのか全くわからない。自分のことなのに自分が恐ろしい。

 

「立花……」

 

「失礼します」

 

「……どうぞ」

 

 突然されたノックに、何も考えず普通に答えてしまった。今の声に凄く聞き覚えがあるような気が……。あ、あれ? コレやばくない?

 

「響? 怪我したって聞いたん……だ……けど…………」

 

「あ…………」

 

「あわあわ!?」

 

 ばっちり翼さんと目が合っていた。未来には話せないからって翼さんと友達(だと思いたい)になったことを話してないから、当然未来は戸惑うわけで……。あ、固まってる。

 

「み、未来さーん」

 

 目の前で手をひらひら動かしてみる。……けど反応なし。何だろ、嫌な予感しかしないんだけど。

 

「お、お邪魔のようね。これで失礼するわ」

 

 つ、翼さん!? ま、行かないで、私を一人にしないで!? 待ってくださ~いっ!? 本当にお願ぁ! ああぁ、行っちゃった……。

 

「うふふふ、ねぇ、響。説明してくれるヨネ?」

 

 ……未来はイッちゃったぁああああ!?

 

     *****

 

「命じたこともできないなんて、貴女はどこまで私を失望させれば気が済むのかしら」

 

 扉を開けた瞬間、冷たく冷え切った目があたしを射貫いた。

 

「フィーネさん! それが漸く帰ってきた子に対して最初に言う言葉ですか!」

 

 初めてだ。サージェが声を荒らげるなんざ。いつもの飄々として好き勝手やるお調子者の影が何処にもねぇ、そこにあったのは瞳の奥に怒りの炎を灯した男だった。

 

「邪魔よ。退きなさい。貴方にはまだやってもらうことがあるの。下がっていなさい」

 

 ……一発の銃声が響いた。

 

「……いい加減にしやがれ。私はクリスの武器であって、テメェの部下になった覚えはねぇぞ」

 

 あたしのすぐ横で、ノイズが炭になっていた。今まで聞いたことがない声を荒げぬ乱れた口調がおぞましいほどのプレッシャーを孕み、部屋全体に重く圧を掛けた。

 息をするだけでも苦しくなるほどの恐怖だった。

 

「……クリス。逃げるのです」

 

「何言って……ヒッ!?」

 

 見ていてイラッとする腹の立つ笑みを浮かべていたはずのピエロの化粧が醜く歪み、サージェの中の怒りを現していた。今のサージェに逆らってはいけない、そうあたしの中で何かが叫んだ気がした。けど、だからってこいつを置いて逃げるなんてマネはできない。

 気色悪い、なんて何かと理由付けて避けてはいたけど、こいつはあたしの祈りを初めて肯定してくれて、ずっと傍にいてくれた奴なんだ。そんな奴を見捨てるなんて!

 

「戦争の火種を消すのでしょう! もう誰かが戦争で涙を流さなくてすむように! 二度と貴女と同じ経験をする者が生まれないように!!」

 

「簡単に逃がすと思ってるの?」

 

「早く行きなさい! そして、生きるのです!!」

 

 サージェが言い切る時には既に、抱えられていたはずのあたしは窓から放り投げられていた。その一瞬で見えたのは数多の召喚されたノイズに囲まれ、手榴弾の栓を引き抜く姿だった。

 

「サージェェエエエ!!」

 

 爆風に煽られたあたしはそのまま海に落ちた。

 



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第二十七話

 はぁー……、鬱です……。

 

 未来と喧嘩してしまった。まあ、悪いのは全部覚悟を決められない私のせい。でもどう説明すれば良いと言うのさ。

 例えば……ノイズと戦う力を手に入れちゃったから戦ってるんだ、みたいな? ……うん、言えるわけないよ。ただでさえ未来には心配掛けさせてるのに、こんなこと言ったら余計に心配する。それに巻き込んで未来を危険に曝したくなんかない。

 せめて、クリスちゃんとサージェの問題を片づけて、後ろにいるだろう何かの……杖を持っている人をどうにかしてからじゃないと。

 でも、それでも、やっぱりちょっと辛いな……。

 

「心配掛けて、本当にごめんね……もう少しだけ待ってて」

 

 誰もいない真っ白の部屋の中に私の呟きは溶けていった。

 

 けど、私はまだ戦えるのかな……。自分の手を見ると小刻みに震えていた。翼さんに謝ったからと言って忘れられるようなことじゃない。踊君が見透かしたように私の心はぼろぼろだ。

 この間は運良くディバンスがいたから、踊君もすぐに動けて止められたんだ。でも次にまた同じことが起きた時、止められるかどうかわからない。うっすらした意識の中でも森を更地にしてしまったことを覚えている。

もしあれを町中でやってしまったりなんかしたら……、怖くて震えが止まらない。自分の力が恐ろしい。

寝ようと思ったけど無理だった。少しでも気分を晴らすために、院内を彷徨い歩いた。

 

「もう動いても大丈夫なのか?」

 

「あ、奏さん。もう大丈夫です。退院したんですね」

 

 声を掛けてきたのは奏さんだった。翼さんよりも遅いとは言え、医者も驚く程の早さで3年前と遜色ない身体能力を取り戻して、丁度手続きを終わらしたところみたいです。

 

「漸くな。本当はもうちょい早く退院したかったんだけど、ここの医者共がまだダメだって引き延ばされてさ」

 

 やれやれ、みたいな態度で肩を振るけど。それが普通だと思う。3年間も寝たきりだった人が一週間程度でリハビリを終わらせられるだなんて誰が信じられるでしょうか。何処か異常がないか、念入りに調べるのも仕方がないことです。それでもこの早さで退院できるのは奏さんの強い信念があるからなんだと思う。

 

「それで、奏さんはこれからどうするんですか?」

 

「あたしか? そうだねぇ……取り敢えず、聖のとこだな。その後は旅にでも行くか」

 

「へぇ-、そうですか……て、もう行くんですか!?」

 

 退院してすぐ直行ですか!? 旅支度が出来てるとは思えないけど……。

 

「ああ。それと。昨日のことは翼から聞いたぞ。何か大変なことがあったらしいじゃんか。他の奴等が頑張ってるってのに、あたしだけゆっくりしていんのは我慢ならねぇ。それにとっとと行った方が良さそうな気もするからな」

 

 奏さんの視線の先の窓から見えたのは、何処までも青く壮大な空と、人々の培ってきた努力の結晶とも言える建造物、そして草原で遊ぶ小さな子供達の姿。

 奏さんは誰よりも守りたいんだ、この窓から見える景色を。師匠から奏さんの過去は少しだけだけど聞いている。突然、家族を奪われる悲しみを知っているこの人は、ノイズに対する恨みがあるから一秒でも早く戦いたいんじゃなくて、他の誰にも自分と同じ経験をして欲しくないから一分でも早く戦いたいんだ。

 

“早く動けば動いたその分だけ誰かの命を救える”

 

 ……ああ、そっか。そうだった。

 

「奏さん。ありがとうございます」

 

「おう? いきなりどうした?」

 

「私、師匠の所に行こうと思います」

 

 私が戦う理由は最初からずっと変わってないんだ。困ってる人の助けになりたい。たったそれだけだった。そして今もノイズという未曾有の恐怖に怯えている人達が沢山いる。

 今、ここで立ち止まってしまったら絶対、翼さんに、そして何より奏さんに顔向けできなくなる。私の中にある小さな欠片は奏さんが命がけで守ってくれたから、今もこうしてこの胸の中にあるんだ。

 ガングニールを失っても奏さんはまだ進み続けているのに、それを手にした私が足踏みしている訳にはいかない。例えこの力がどんなに恐ろしいものであっても、私は変わらず前に進むんだ。困ってる人を、大切な人達を、私の帰る暖かい場所を守るために。

 

「へへ、そうか。私のいない間頼んだぞ、響」

 

「はいッ!!」

 

 何か忘れているような気もするけど、私は病院を飛び出しそのまま師匠の住む家を目指して走った。

 

 

「この戯け、大人しく入院しとらんか! それかせめて退院手続きを済ませておけ! ド阿呆!!」

 

「ごめんなさい……」

 

 何の手続きもしてなかったです、はい……。着いて早々、こってりねっちょり絞られた……。

 

「はぁー、やれやれ……君の熱意は伝わった。仕方がない。こちらで手続きはしておこう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 師匠のおかげで警察の厄介になるのは免れた。あ、でも二課って政府機関だから政府の厄介にはもうなってるんだ。……あれ? そっちのほうが問題じゃない?

 

「だがやるからには徹底的にやるからな」

 

「はい!」

 

 こうして力の制御を習得するため師匠との猛特訓が再び始まった。

 

 

     *****

 

 聖の奴はここ、懐かしの二課本部にある研究室にいるらしい。

 

「うっす。調子はどうだい?」

 

「んあ? おぉ、ちーっす! すこぶる良好だ。俺もあいつも」

 

 人懐っこい笑みを浮かべ、ニシシと笑うと強化ガラスの奥を指差した。

 

「そいつは良いや。早く直した甲斐があるぜ」

 

「ちょいと待ってな。今、フィッティングが終わったところだから。軽く熱処理はしとかいと」

 

 ガラスの先の部屋にが小さな特殊なガラスの筒が中央に一つだけある台の上に置かれていた。よく見ると筒の中に小さな石のようなものがある。聖がパネルに何か打ち込むと、筒の片側が動き白い煙が筒の中を満たした。

 

「冷めるまでもう少し掛かりそうだな。丁度良い。渡す前に一ついいか」

 

「何だ? 変なことじゃなけりゃ構わないぜ」

 

「呵々、そんな構える程のことじゃないさ」

 

 聖に言われて気付いた。聖のマジな目で咄嗟に身構えていたみてぇだ。けどそれだけ重いプレッシャーは掛かったのは事実だ。リラックスはしても適当に答えていい問いではなさそうだ。

 

「ここまでしてお前の戦う理由は何だ?」

 

 静かに告げられた問いに唖然とした。んなもん、最初から変わらずノイズを殲滅するためだ。と言おうとしたが、できなかった。

 家族を殺された恨みが心に根付いているのは分かる。それ以上にあたしと同じような経験を他の人にさせたくないという思いも強く主張しているのも気付いてる。なのにあたしは言葉に詰まった。

 

「残された時間は少ないが、この質問の答えは明確にしとけよ」

 

 不意に聖が中にあったそれをあたしに放り投げた。

 

「おいおい。聞いといて答えは聞かねぇのか」

 

「呵々、今すぐ答えて貰おうなんて思ってないよ。旅を終えた頃にでも教えてくれたらいいさ」

 

 受け取ったそれをポケットに突っ込んで、あたしは部屋を後にする。でもこのまま何も言わずに去るのは負けた気がしていやなんで、

 

「あんたらが戦うのはどうしてなんだい?」

 

 通り過ぎざま軽く意趣返ししてやった。

 

「…………これはしてやられたなー」

 

 うっすら聞こえた声にあたしは満足だ。



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第二十八話

 あれから約一週間が経った。まだ未来とは仲違いしたままで、あんまり面と向かって話せていないです ……。前までは二段ベッドでも隣り合って寝てたのに、今では上下に分かれて寝ている。少し寂しいです……。(え? それが普通? またまた何をご冗談を)

 もういっそ素直に有りのまま言おうとも思うんだけど、なかなか決心が付けられない。未来を巻き込みたくないって思いもあるし、このまま隠し事し続けるのも辛い! って気持ちもある。激しい板挟みにへとへとだよ ……。

 

 あ、そうそう、この一週間の間に奏さんは旅に出発した。踊君の元を訪れた後、翼さんと話してそのまま行ってしまったらしい。それに加え書き置きだけ残して、踊君までいなくなっていた。

 書き置きを読んだのは師匠一人だけで、師匠曰く何か必要な物を取りに行くとか。

 

 先日の無茶も顧みず、勝手に決めて勝手に何処かにいってしまった踊君に師匠は静かに頭を抱えていた。相変わらず踊君は気ままだ。そのせいで今日は早朝から師匠直々の呼び出しを受け、事情聴取的なことをしなければならなくなってしまった。だからとーっても眠たい。

 

「響さんも同罪でしたよね?」

 

 緒川さんににっこりスマイルでそう言われた。ムッて来たけど…………身に覚えがあり過ぎて反論の仕様がなかったです。……兄妹揃って気ままでごめんなさい。

 心の中で深々と頭を下げた。

 

 その時、久々にノイズ出現の喧しいアラームが鳴り響いた。

 

「ここって……!!」

 

 無事完全復活を遂げた翼さんと二人で現場に駆り出されて、着いた場所は私もよく行く商店街の真ん前だった。えっと、この商店街には『ふらわー』って言う美味しいお好み焼き屋さんがあって時間があるとよくクラスの友達達とよく食べにきている。勿論、未来とも一緒に……。

って、そんな物思いに耽ってる場合じゃなかった。

 

「市民の避難状況はどうなっていますか」

 

「現在、住人の6割の避難が完了。ノイズが広く散らばっており、避難困難区域が多数です!」

 

「わかりました。立花、ここは頼んだ!」

 

「はい!」

 

 既に現場を駆け回っていた別部隊からの報告を受け、翼さんは即断した。即座にシンフォギアをまとうと建物を飛び越え、別の場所の救助に向かう。

 見送りもほどほどに、私の心を震わせる。……歌える? そんな問いが聞こえたような気がした。でも、気には止めない。歌わないと皆を救えないんだ!

 息を吸い込み、歌を……。

 

「キャアアアァァアアアア!!」

 

 耳を突き刺すような甲高い声が聞こえた。女の人の悲鳴!! 声が少し籠もっていた感じから……建物の中からのはず。声自体も比較的近い距離だ。

 声の聞こえた方向を見渡すと、一つの建設途中のビルが目に止まった。根拠はない……けど、あそこのような気がした。

 

「迷ってる暇なんか、ないよね……」

 

 歌うことさえ忘れて、ビルの中に乗り込むことに決めた。

 

「誰かー! 誰かいませッ!?」

 

 何かいるッ!? 階段を飛び降りて上を見上げると……イカ? みたいなノイズがいた。強くもなさそうだし、速攻を仕掛ける!

 

「ァ……ムグッ!?」

 

 突然、誰かに口を塞がれた。驚いてそっちを見ると、何故か未来がいてさらに驚いたけど向けられたスマホを読んで冷静になる。

 

『静かに あれは大きな音に反応するみたい』

 

 私が読み終えるのと同時で未来は携帯をいじり文章を書き換えた。

 

『あれに追いかけられてふらわーのおばちゃんとあの子を連れてここに逃げ込んだの』

 

 未来の指差す方向には気を失ったおばちゃんと顔を赤くして倒れ伏すクリスちゃんだった。どうしてここにいるのかは気になるけど、それよりこの状況をどうするかが先決だ。

 シンフォギアをまとうために歌うと未来やおばちゃん、クリスちゃんも危ない……ここに来る前にまとっておけば良かった! どうしすれば……

 

「……ッ!」

 

 新たに向けられた内容を読んで一瞬思考が停止した。……あまりにも危険すぎる賭けで、思わずダメと叫びそうになった。すんでのところで抑えられたけど、あまりにもあんまりな方法だ。

 慌てて自分のスマホで返事を書いて、止めるように説得したけど、未来の決意は固くて変わらなかった。

 

「わたし、響にひどいことをした」

 

 突然、私の耳元でそう呟いた。意味が分からないよ……。悪いのは何も言わなかった私なのに、なんで未来が謝るの……?

 

「今更許してもらおうなんて思ってない。それでも一緒にいたいから」

 

 ただ、そう言うと私から離れていく。

 

「どう思われようと関係ない。わたし……もう迷わないッ!!」

 

 笑った未来は一人、大きな音を立ててビルを飛び出した。

 

 見送ることしか出来なかった……。ちゃんと未来に話していれば、私が迷ったりしなければ、未来にこんな危険なことをさせずにすんだのに!!

 私ももう迷わない! 全部打ち明けて、ちゃんと仲直りするんだ!!

 

「-- Balwisyall nescell gungnir tron --」

 

 クリスちゃんを背負って、おばちゃんを抱える。ありがたいことに天井は作りかけでほとんどないに等しい。

 何度も壁を蹴り調節することで、安全に外へ抜け出せた。

 

「響ッ!!」

 

 眼下に車が走ってるのが見えた。あれは師匠! 着地地点すぐのところに車を止めてくれたおかげで、すぐに二人を預けることが出来た。

 クリスちゃんのことで話す必要があったけど、それよりも大事なことがある。

 

「待ってて、未来。今、行くから!!」

 

 未来を探すために大地を駆け、空を裂く。止めたくても止められないのには理由があった。だって未来は……

 

『響聞いて わたしが囮になってノイズの気を引くから その間におばちゃんを助けて』

 

『ダメだよ そんなこと未来にさせられない』

 

『元陸上部の逃げ足だから何とかなる』

 

『何ともならないッ!』

 

『じゃあ何とかして』

 

 ついさっきの未来とのやりとりを思い出す。

 

『危険なのはわかってる だからお願いしているの』

 

 力強く微笑んで、

 

『わたしの全部を預けられるの』

 

 私を信じて、

 

『響だけなんだから』

 

 戦っていたから。

 

 そうだ。戦っているのは私一人じゃない……シンフォギアで誰かの助けになれると思っていたけど、それは私の思い上がりだ……ッ!

 助ける私だけが一生懸命なんじゃない。助けられる誰かも一生懸命。

 本当の人助けは自分一人の力だけじゃ無理なんだ。奏さんも踊君もわかってたんだ。だから、あの日、あの時、奏さんは私に生きるのを諦めるなと叫んだんだ。そして踊君はずっと私の傍にいてくれたんだ。

 

 今ならわかる気がする……ッ!

 

「キャァア!?」

 

 未来の声!

 

「誰かのためになら、人は強くなる!」

 

 そうだ、私が誰かを助けたいと思うこの気持ちは惨劇を生き残った負い目なんかじゃないッ!

「今の私の全てで、放つ歌声で」

 

 3年前、二人から託されて、私が受け取った……、

 

助けを求める人()の悲しみを、僅かでも消すこと出来たら!!」

 

 気持ちなんだッ!!

 

 崖から落ちる未来とノイズが見えた。ガングニールが力を貸してくれているのか、足のユニットが撃鉄を打つように私を加速させていく。立ちはだかる空気の壁を突き抜け、我武者羅に空を走った。

 右手のユニットを引いて力を込める。

 

 絶対、未来には指一本触れさせない! 指じゃないけど……ネッ!!

 

 ノイズの顔面を貫くと、炭化して砕け散った。でも、まだ終わりじゃない。

 

「私ト云ウ 音響キ ソノ先ニ!」

 

 未来の音が私たちの中に響いてくる。返したい。私たちと云う音を未来の中に響かせたい。だから、ガングニール! 貴方の音を私に、私たちに聞かせて!

 

 未来を抱きしめ衝撃から庇い、脚部のユニットを弾けさせ、背中のバーニアで少しでも勢いを殺す。

 

「優しさを、シングァゥトウィズアァス!!」

 

 着地は上々だった。

 

「ぬわぁぁあっ!」

 

「きゃっ!?」

 

「「アイタッ!?」」

 

 でも着地地点が微妙に坂になっていたことに気付かず、さらに体を通り抜けた余剰の力が地面を砕いたせいで、バランスを崩して転げ落ちた。

 もう、何とか助かったっていうのに……悲しいかな、最後は全く締まらなかった。

 

「イッタ~……。未来? 大丈夫?」

 

「イタタ……。うん、大丈夫だよ」

 

 未来も私も普通に起き上がることが出来た。お互い泥だらけだけど無事で何より。

 

「ありがとう、響なら絶対に助けに来てくれると信じてた。でもこんな形で助けられるなんて思ってなかったけど」

 

「ありがとう、未来なら絶対に最後まで諦めないと信じてた。あははは……、黙っててごめんね」

 

「だって、わたしの友達だもん。何時までも信じるよ。あ、でもちゃんと話してね」

 

 あははは……、釘を刺されてしまった。いや、既に話す覚悟は出来てるから良いんだけどね。

 

「わたしね、響が黙っていたことに腹を立ててたんじゃないの。誰かの役に立ちたいと思っているのはいつもの響だから。でも、最近は辛いこと苦しいこと全部背負い込もうとしてたじゃない」

 

 ……未来の言う通りだ。力が暴走する以前からずっと全部一人で抱え込もうとしていた。

 これ以上翼さんが傷つかなくていいようにって勢い込んで、奏さんが無理をしないですむようにって一人で突っ走って、踊君が捕まった時も翼さんのことをちゃんと見ないで一人で助けるんだって勝手に焦っていた。

 

「わたしはそれがたまらなく嫌だった。また、響が大きな怪我をするんじゃないかって心配してた。……実際してたし」

 

 じっとりと半目で睨まないで! 私ももう十分反省して無茶はしないようにするから。だからどろっとした視線を向けないで下さい! 怖いです……。

 

「はぁ……だけど、それは響を失いたくない私の我が儘だった。そんな気持ちに気付いたのに、今までと同じようになんてできなかったの」

 

 私って、こんなに大切に思われてたんだ。……私が巻き込まれた時点で、既に未来も巻き込んでしまっていることに全然気付けないで、一人置き去りにしてずっと苦しめてたんだ。

 

「ごめんね、未来。……全部話すよ。今まで起こっていたこと全部。必ず皆を説得して話すから」

 

「約束だよ」

 

「うん!」

 

 やっと未来と仲直りすることができた。

 やらなきゃいけないことは一杯あるけど、今日はもう良っか。久し振りに何のわだかまりもなく未来と一緒に眠れるんだから!!



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第二十九話

 いろいろと面倒ごとを済ませた後、私が未来とクリスちゃんに本部まで案内することになった。師匠たちは未来が来ることにあんまりいい顔をしなかったけど、無理を通してもらった。

 

「へぇ~……学校の地下がこんな風になってたなんて、信じられない」

 

「ほんとだよね。あ、ここが二課の中心の司令室だよ。ここのことを知ってから随分経つのに、今だに慣れないんだ」

 

 他愛もない会話を交えながら二課の事を説明していった。案内とは言っても全部知ってるわけでもないから曖昧に誤魔化してる部屋もあるんだけどね……。未来も気付いてるようで深く聞いてこないのがありがたい。

 

「…………」

 

「クリスちゃん、どうしたの?」

 

「クリス?」

 

 エレベーターに乗る前は舌打ちしながらも会話に混ざってくれてたのに、司令室に近付くにつれてどんどん口数が減り、気付けば黙ってしまっている。

 見ると何か悩んでいるのかうつむいて口をもごもごさせていた。未来もわからないみたいで二人でじっとクリスちゃんを見詰めていると、不意に顔を上げたクリスちゃんとバッチリ目が合った。

 

「……こんなところにあたしを連れてきて良かったのかよ? あたしはお前等の敵だぞ」

 

 見ていたのに気付いたクリスちゃんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。もごもごしてるのも可愛かったけど、真っ赤なクリスちゃんも可愛かった。……て、そうじゃなかった。

 

「へ? ……そう言えばそうだったっけ。まあ、良いんじゃないかな? 私は気にしない!」

 

「お前がしなくてもあたしが気にするんだよ!」

 

「何で?」

 

「そ、そりゃー、そのう……。……だぁあ! もうあたしは知らねぇからな!」

 

 あ、キレた。この子、口が悪いだけで根は素直な子だ。私と同じで踊君たちによく弄られるタイプだ。……あれ? 何故か目から汗が……。

 

「……なんだよ、その人を哀れむような目は」

 

「強く生きてね」

 

「どういうことだ?!」

 

 踊君がいなくても私の横には第2の踊君がニッコリ……

 

「まだ入らないの?」

 

 ええ、入りましょうとも! 私は何も見ていない! 決して「それ以上言ったらシメル」なんて恐ろしい笑みを浮かべた女の子なんて見てません! 見てないったら見てない!!

 

「説明無しか!!」

 

 クリスちゃんが何か叫いているけど、気にせずは背後に回って背中を押す。未来はクリスの腕を掴んで逃げられないように引っ張った。司令室に入ると破裂音が鳴り響く。

 

「んだ?! ……は?」

 

 咄嗟にクリスちゃんは構えちゃったけど中を見て唖然とする。未来も驚いたようで固まっていた。

 

「よ、ようこそ。防人の砦、特異災害対策機動部二課へ」

 

 おお! 初めて私が来た時と出迎え方は同じだけど、翼さんが先頭に立って出迎えてくださるなんて思わなかった。最初の頃の翼さんとは雰囲気がまるで違う。憑きものが落ちたように晴れやかな笑みをしている。

 やっぱり奏さんが元気になってくれたのが良かったのかな。物腰も随分柔らかくなったと思う。今のもちょっと照れが入っててクリスちゃんに劣らず凄く可愛い。

 なんと言ってもやっぱり普段凜々しい翼さんがちょっと挙動不審な感じを見せておろおろしてるところが、ギャップがあって良い! しかも、それを隠すため必死に普通を装って、さらに動きがぎこちなくなってしまってて凄く萌える!

 

「な、なんだ、立花。その顔は」

 

「ツバササンモエー……。……はっ!?」

 

「モエ? ……大丈夫か?」

 

「モエ?」

 

「クク……。ひ、響のバカ……」

 

 ものすごい言葉を口走ってしまったぁぁぁあああああ!? 周りから堪えきれなかった笑い声がちらほら聞こえてくる……。何という言葉を言ってしまったんだ、私の口は……。本人(+クリスちゃん)が萌えという言葉自体を知らなかったらしくて、それだけは本当に助かった。

 

 

「す、すまん、これ以上は……」

 

 ……師匠の言葉を皮切りに結局私は笑われた。意味の分からなかった二名は互いに首を傾げて不思議そうにしていてさらに笑いは激化していった。

 

 

 

「――ということだ。一往理解してくれたかな? 今の響君の状況を」

 

「は、はい。全部とは言えませんが、大体のことはわかりました。あの、踊さんも関わってるんですか?」

 

「ああ、そうだ。今はここにいないが俺たちと深く関わっている。その辺りのことは踊本人から聞いてくれ」

 

 笑いに笑った後、私と師匠を中心に今まで起こったことを未来に説明した。あの三年前の事故の時に私に起こったことから全部だ。けど踊君のことはほとんど言ってない。勝手に言うわけにもいかないし、言っても証明の仕様がない。実はロボットだ、なんてどう説明しろと。

 私たちは、引き千切られた腕を一日足らずで治したり、それを自在に付け外しする場面見たりしたからすんなり信じられただけで、踊君の構造については理解出来ないことだらけだ。出来るとしたら了子さんレベルの専門家くらいじゃないかな。

 ……て、了子さんは何処に?

 

「わかりました」

 

「すまんな。よし、次はクリス君についてだ。どうして二人は一緒に?」

 

 あ、それ私も聞きたい! ノイズの前だったから横に置いといたけど、凄い気になる! 

 

「4日ほど前、路地裏で倒れていたところを見付けたんです。酷い熱があって服もびしょびしょでほっとくわけにもいかなかったのでふらわーのおばちゃん、響が助けてくれた女性に部屋を貸してもらって看病してたんです」

 

「ふむ……。病院には連れていかなかったのか?」

 

「あの日、まだクリスが目を覚まさないようなら連れていこうと思っていたんですけど、取り敢えず叩いてみたら起きたので良いかなと」

 

「だから頭にたんこぶがあったのか……」

 

 クリスちゃんが頭のたんこぶを触ってしまって、若干涙目だ。

 

「病人を殴ったのか!?」

 

「響で慣れてますから」

 

 ……明後日の方向ってどっちだろう。

 

「そ、そうか。……ではクリス君、君の身に何が起きたのか話してくれないか?」

 

「………………」

 

 クリスちゃんは口を閉じた。不意に浮かんだ悲痛な表情が空気を重くする。誰も無理に急かそうとはせず、クリスちゃんのペースで話せるように静かに待った。それだけ、クリスちゃんが深く傷ついていることがわかったから。

 

 そしてしばらくして気持ちの整理を付けたクリスちゃんは語り出した。

 クリスちゃんとサージェに裏から指示を出していたフィーネという女性のこと、その人に裏切られ殺されかけたこととサージェのおかげで逃げられたこと、そしてクリスちゃんがしたかったことを。

 

「……カ・ディンギル」

 

「カ・ディンギル?」

 

「フィーネが言ってたんだ。それが何なのか分からないけど、そいつはもう完成してるとか何とか……」

 

 凄そうな名前……、ゲームにでも出てきそう。

 

「……それは、本当か?」

 

「チッ……、やっぱあたしの言うことなんて信じられないってか。……そりゃそうだよな、私はお前等の敵だもんな」

 

「いや、そういうわけじゃない。『フィーネ』、『カ・ディンギル』……。一体どういうことだ……、聖踊、君は何者なんだ……。何を掴んでいる?」

 

「踊君がどうしたんですか?」

 

 不意に出てきた踊君の名前、師匠以外の二課の人たちも知らなかったらしく怪訝な顔をしていた。

 

「『フィーネ』、『カ・ディンギル』、共に……踊の書き置きに気を付けろと書かれていた言葉だ。それと『ソロモンの杖』という言葉に聞き覚えはないか? 踊が言うにはこの日本に持ち込まれているらしいが、現実に見た覚えがないのだ」

 

「……あるぜ。あたしが起動させた、ノイズを操る為の聖遺物だ。でもあたしも良く知らねぇんだ。いつもあいつが使ってたから……」

 

 うむむ……、話がどんどん暗くなってく……。ここは頑張って話を変えますか!

 

「ところで了子さんはどうかしたんですか? こういう話なら了子さんが適任だと思うんですけど」

 

「昨日から連絡不通でして、今日もまだ出勤してないんです」

 

「ふむ……、そうか…………」

 

 ……あれ? これはこれで暗くなりそう? 私、ミスった? あ、でも了子さんなら大丈夫か。

 

「了子さんならきっと大丈夫です。何が来たって、私を守ってくれた時みたいにドッカーン! とやってくれます」

 

 あの時は凄かったな~。

 

「いや、戦闘訓練もろくに受講していない櫻井女史にそのようなことは不可能だ」

 

「うぇ? 師匠とか了子さんって人間離れした特技とか持ってるんじゃないんですか?」

 

「響、風鳴さんにもその了子さんっていう人にも失礼だよ」

 

「え~、でも素手でコンクリート叩き割ったり地面をくり抜いて畳替えし出来たりするんだよ?」

 

「……えっ?」

 

「それに了子さんも……ん?」

 

 小刻みな電子音、『CALL』?

 

『や~っと繋がった』

 

「……ッ!?」

 

 あ、通信か。

 

「了子さん、大丈夫ですか?」

 

「ええ、大丈夫よ。何かあったの?」

 

「……ならば良い。それより聞きたいことがある。カ・ディンギル、この言葉が意味するものは?」

 

 了子さんなら多分知ってるよね。

 

「カ・ディンギルとは古代シュメールの言葉で高みの存在。転じて天を仰ぐほどの塔を意味しているわね」

 

 ほへ~、天を仰ぐほどの塔ですか、……なんだ、必殺技的な兵器じゃないのか、残念。

 

「物騒な妄想を蔓延らせないの」

 

「てへっ」

 

『追加で説明するなら後に使われた言語、古代アッカド語でバブ・イリと言い、現在の時代に語り継がれるバベルの塔のことだ』

 

「踊君!?」

 

 いつの間にか新たに『SOUND ONLY』と書かれていて、勝手に通信が繋がっていた。

 バベルの塔ってッ!!

 

「…………なんだっけ?」

 

「響ったら……、えっと確か聖書に書かれていた話だったかな? 元々世界が一つの言語で成り立っていたとされる頃、人間を世界各地に散らばらせようとした神に反抗して建てようとした天まで届く塔のことだよ。因みに神様かその関係者か忘れたけど、こんな真似をしたのは人間が同じ言語を使うからだってそれを見た人が言語を幾つにも分けてしまったって言われてるの。そうでしたよね」

 

『おお、それであってるあってる。ここでは本当にあったことなんだぞ。あの日は世界が阿鼻叫喚となって大混乱に陥ってな、結構大変だった』

 

 ここでは? あの日? ……え? もしかして踊君、その頃から生きてたの!? いったい何歳なんだろ……。

 

「……色々ツッコみたいことはあるが今はいいとしよう。それで何者かがそんな塔を建造していたとして、何故俺たちは見過ごしてきたのだ?」

 

『いくつか理由が考えられますけど、聞きます?』

 

「ほう。聞かせてくれ」

 

『一つ、相手がウチよりも格段に高い能力を有した組織である。まあこれはないと思いますけどね。二つ、何かの建造に紛れ込まして塔を設計したものである。カ・ディンギルがどんな形かわからないことを考えると可能性は高いです。三つ、塔とは名ばかりで実際はそんなに大きなものじゃない。カ・ディンギルの意は、飽くまで天を仰ぐ高み、実際は天まで届く塔ではなく、何かの装置のようなものである可能性もあります。長時間打ち続けられるエネルギー砲を空に向かって撃てば塔のようにも見えますし』

 

 あ、確かに。以前翼さんが絶唱を歌った時、天に伸びる光も塔と言えないこともないかも。けど、もしそうだとしたら見付けようがない。

 

『ま、どうあれ大掛かりな装置であるのは変わらないさ。天まで届かせる必要がないってだけだ。おっと、こっちも色々立て込んでるんで切るぞ』

 

 もうやっぱり勝手だな……。

 

「……!! ノイズの反応を検知! ひ、飛行タイプの超大型ノイズが一度に3体、いえっ!? さらにもう1体出現!」

 

 4体も!? 何でこんな時に来るかな、もう少し未来に説明したかったのに!

 

「響、行って。わたしはここで響の帰りを待ってる。……響がどんな遠くへ行ったとしても、ちゃんと戻ってこられるように響の居場所、帰る場所を守っていたいから」

 

「私の、帰る場所」

 

「そう、だから行って。わたしも響のように大切なものを守れるくらいに強くなるから」

 

 不安もあったけど、打ち明けて本当に良かったと今なら声を大にして言える。信じて待っててくれる人がいるだけで私はこれからも戦える!

 だから、もう一度伝えたい。

 

「小日向未来は私にとっての日だまりなの。未来の側が一番あったかいところでわたしが絶対帰ってくるところ」

 

 翼さんがいて、クリスちゃんがいて、踊君や師匠たちがいて、そして未来がいるこの場所が私は好きなんだ。

 

「これまでもそうだし、これからもそうッ! だから、私は、ううん。私たちは絶対に帰ってくるッ!」

 

「ふふっ、そうだな。剣として、防人として誓おう」

 

「ハッ、あたしは誓わねぇ……な、なんだよその目は。お、おい!? なんで涙目なんだよ!? くぅっ……わ、わかったよ。誓えば良いんだろ、誓えば。ちゃんとこいつ等と帰ってくるからその……なんだ、別に心配する必要はねぇから、な」

 

 未来の涙に屈したクリスちゃんも一緒に誓ってくれた!

 

「よーしっ、ノイズ共をブッ飛ばすぞぉおおっ!!」

 

「「オオーッ!!」」

 

 翼さんは自前のバイクで、私とクリスちゃんは外のヘリを使って各地点のノイズを蹴散らすために出撃した。



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第三十話

『現在上空に現れたノイズ、共に東京スカイタワーを目指し進行中! 北東1! 北西2! 南1!』

 

『到達までおよそ40分! 皆さん急いで下さい!』

 

『了解! ……私は北東のノイズを抑える!!』

 

 ! ……敵は4。でも出現場所は3箇所、そして私たちは3人。バイクの翼さんが北東に行くなら、私が行くべき場所は当然、

 

「私は北西に向かいます! クリスちゃんは南をお願い!」

 

 北西しかない!

 

「バカか、お前は!? 飛べないお前がどうやって2体も倒すんだよ!!」

 

「大丈夫、大丈夫。なんとかなる!」

 

「なんとかっておい……!」

 

「いいから行って!!」

 

 クリスちゃんには先にヘリから落ちてもらった。

 

「お願いします。私をあのノイズよりも高く、限界まで近くに連れていって下さい!」

 たははは……かっこつけて、なんとかなるなんて言ってはみたものの、空を飛べず武器もない私には倒すってのは、実質不可能なんだよね~。翼さんも斬撃を飛ばす事が出来るけど、地上からじゃ届かないようで、どうしようもないみたい。

 私たちに出来ることは一人1体で少しでも長く時間を稼ぐことだけ。

 

「これ以上は限界のようです! もう少し近付ければ良いのですが……」

 

 下を見れば、飛行機のようなエイのような不思議な空飛ぶ物体がノイズをまき散らしていくのが確認できた。……あの大きなのもノイズ。おお、町がミニチュアサイズだ。

 

「いえ! これくらいならいけます!」

 

「……御武運を!!」

 

 息を整え、ヘリから落ちる。歌が自然と口から漏れる。着ていた制服は形を崩し内から姿を変えていく。

 自然落下の中で腕を後ろに引き絞る。ユニットも忘れずに伸ばしてェッ!

 

「はぁぁぁああああああ!!」

 

 ぐぅっ……堅いッ!? 弾き返ってくる衝撃が全身に叩き付けられ骨が震える。コレに耐えればいける! まだ止まらせない! ここで押し通す!!

 

「チェストォォォオオ!!!!」

 

 よっしゃぁあああ! 気合いの大勝利!!

 エイの背中に大穴を開けた。ちゃんと着地を成功させてから、空を見上げてボロボロと崩れる姿を確認して、

 

「1体撃破ぁっ!」

 

『浮かれている暇はない! 空の注意を引きつつ地上のノイズを殲滅、一匹も見逃すな!』

 

「ごめんなさいッ!」

 

 八方に注意を払い、謝りながらノイズを見付けては叩き潰していく。空を飛んでいるもう1体のエイはしばらく放置。……あれ? これじゃあノイズに謝ってるみたいだ。

 

『端から見たらそうですね』

 

「わひゃぁあっ!? イアちゃん!?」

 

『お久しぶりです。ホント、色々と』

 

 何で私の中からイアちゃんの声が!? まあ良いや。

 

『いいんですか……。あ、後ろに二匹お団子』

 

「お、本当にいた。テェエイ!!」

 

 イアちゃんのおかげで索敵する手間が省けた。空のエイノイズに集中できる。出会いざまに下から抉り取るようにアッパーを叩き込む。加減は辛いけど、結構な高さまで打ち上がるまで芥にならないから目があるなら少しくらい注意を引けるはずだ。

 

「ところで踊君は今どこに?」

 

『さぁ? 知らないです。少し前から響さんの中で待機してましたから。右前方、脇道にエビと団子が2と3』

 

「いつの間に!?」

 

『……一週間程前? その角の左に葡萄が』

 

 それってつまり踊君がいなくなる前に入れたってことだよね。そんな暇なかったはずなんだけどな……

 

『寝てる間にチクッと。それと、その緑の屋根の上にもエビが4匹』

 

「寝てる間っ!? 皆、私の扱いが酷い! それと心を読まないでくれたら嬉しいな!」

 

『それ無理♪ あと頭上に注意です』

 

「ふぬらべへっ!?」

 

 掠った!? 今、カシュってなったよ!? 言うのちょっと遅くなかったかな?! ……一瞬死んだと思ったんだから。怖かった。

 

『生きてるからいいじゃないですか。それに女の子がしちゃいけないような声が聞こえた気がしますが気のせいってことにしておきますから。……ふぬらべへっ!?て、ぷふ。……永久保存、永久保存。次の角右に曲がって10メートル先にちらほら』

 

「気のせいにしておいてくれたんじゃなかったの?! しかも適当!?」

 

 そして永久保存は酷い……。

 

『響さんの黒歴史に新たな1ページが刻まれましたね。お、逃げ遅れた人とノイズが一触即発中みたいです』

 

「やったね、みたいな感じで言わないで! 全く嬉しくないから。それに新たなってどういう意味!? んで、何でもないことのように超重要なことをさらっと流さないで!!」

 

 息も絶え絶えに大慌てで駆けつけて全力で殴り飛ばした。つ、疲れた……。作り主に似てこの子もずいぶん腹黒い。

 

『ここらノイズの一掃を確認。お、クリスさんが超大型を1体撃破したみたいです。あと2体ですね。まあ、まだまだ吐き出し続けるみたいですけど。』

 

「何ですと!?」

 

『P.S二匹の超大型がスカイタワー上空で合流しちゃいました♪』

 

「何ですとぉっ!?!?」

 

 くわぁあああ!! 何でそんなに楽しそうなのよぉぉおおお!?

 

『大丈夫ですって。そりゃまあ、危険かもしれませんけど別にスカイタワーに可笑しな熱源とかは今のところありません。ちゃちゃっと片付けたら良いんです』

 

「クリスちゃん頑張って!」

 

『いきなりなんだ!?』

 

 すぐに通信を繋げて祈った。戸惑うクリスちゃんをおいて翼さんにも無線を飛ばす。

 

『お久しぶりです、翼さん。そして初めましてクリスさん。イアです』

 

『む? 聖のところの子か。久し振りの挨拶といきたいが少々立て込んでいてな。後にしてくれないか?』

 

『誰かは知らねぇが邪魔すんじゃねぇ』

 

『酷いです! 折角、良いお知らせを持ってきたのに~。べ~っ、だ』

 

 私、放置ですか……繋げたの私……。

 

『どういう?』

 

『ふ~んだ』

 

「『『……』』」

 

『……わ、わりぃ』

 

 置いてきぼりは寂しいので無言の圧力だけは一緒に掛けよう。鬱憤は無限湧きのノイズで晴らしてやるぅぅうううう!

 

『仕方ないですね。一人暴走しちゃってる子はほっとくとして、落ちてくるのを除けば地上のノイズは全て消滅しました。人の反応もありませんし、いったん何処かに集まるのも手ですよ』

 

『協力感謝する。立花、雪音、一度集まるぞ』

 

『わかった』

 

「あ、はい!」

 

 急いで何処かの屋上に集まった。エイノイズもよく見えるし無限に雪崩れ落ちるノイズも目視できる。

 

『正しくヘドロの滝ですね』

 

 色合いだけなら虹色とか言えるんだけど、全色一様濁ってるから見ていて気分悪い。

 

「んなこたどうでもいいだろ。それより集まったのは良いがこれからどうするんだ? 任せろとか言っておきながら、1体しか倒せてねぇし」

 

「なんとかなる、って言ったけどなんとかするなんて言ってないもん」

 

「テンメェ……」

 

「仕方があるまい。我々の武器は届かないのだ。雪音に頼るしかない」

 

「おいおい、あんたともあろうお方がこんなあたしに頼るのか?」

 

「む? 嫌か?」

 

 これが感慨無量というやつか……。あの翼さんが誰かに頼るところを見られるとは。うんうん。

 

「こないだまでやり合ってたんだぞ。そんなに簡単に人と人がっ!」

 

「できるよ」

 

 顔がにやついたりしないように注意しながら二人を抑えてその手を取る。

 

「誰とだって仲良くなれるよ。へへへ、ずっとどうして私にはアームドギアがないんだろうって、いつまでも半人前はやだなーって思ってたんだけどね、でも今ならそうじゃないってはっきり言える」

 

 無い物ねだりはしないけど、それでもいつかは使えるようになりたいって心の何処かでずっと思ってた。けど違うんだ。私は初めからずっと持ってたんだ。

 

「何もこの手に握ってないから二人と手を握り合える。仲良くなれる。これが私のアームドギア。誰とでも繋ぎ繋がるこの両の手が私の力なんだって」

 

「砕いて壊すも束ねて繋ぐも力、か。ふふ、立花らしいアームドギアだ」

 

「このバカに当てられたか?」

 

「そうだと思う。そしてあなたもきっと」

 

「酷い言われようだな~」

 

 軽口をたたきながらも翼さんとクリスちゃんも手を繋いでくれた。

 

「しゃっ、イチイバルの特性は長距離広域攻撃だ。派手にぶっ放してやる」

 

「頼もしいな。2体まとめていけるか?」

 

「たりめぇだ。ギアの出力を引き上げて放出を抑えりゃ十分だ」

 

「だがチャージ中は丸裸も同然。減ったとはいえ増殖し続ける敵を相手にする状況では危険過ぎる」

 

 私たちがクリスちゃんを守ればいいってことだよね。

 

『つまり響さんが囮で、翼さんが殲滅、クリスさんが消滅するってことですね。ドゥーユーアンダースタンド?』

 

「理解してるから態々要約する必要なんてないよ!! しかも囮って言わないで、せめて盾とかもう少しマシな言い方してよ! あと何故読み聞かせ風に英語を使ったの?!」

 

『『なん……だと!?』

 

 なんですか、その私が英語を理解したのが信じられないとでも言いたげな顔は。これでも私は高校生なんですよ? 流石に中学生レベルの英語は理解出来るわ!

 

「……泣いていいですか」

 

 私の評価っていったい……。

 

「大バカ」

 

 グフッ……。

 

「超ドジ」

 

 グハッ……。

 

『真ヌケ』

 

「うわぁああああん!!」

 

 字が違うくせにぃぃいい。いいもん、またノイズに突っ込んでやるぅぅううう!

 

『……謀らずしも囮役が行ってくれましたね』

 

『……そうだな。では私も私の役目をするとしよう』

 

『……そうかい。……失敗しても後悔すんじゃねぇぞ』

 

「後悔なんてしないよ」

 

 ノイズの絨毯を踏みしめながら聞こえてきた二人の会話に交じった。クリスちゃんは純粋で純真で優しい子だ。拳と拳で語り合えなかったのは残念だったけどそれでもわかる。クリスちゃんならわざと失敗したりなんかしない。それに、

 

「クリスちゃんなら、私たちになら絶対出来る」

 

『どっからその自信が出てくるんだが……。ちゃんと守ってくれよ』

 

『任せろ』

 

「モチロンッ!」

 

 イアちゃんに索敵範囲をクリスちゃんのいる場所まで広げてもらい、地上に蔓延るノイズを殴った。片っ端から殴った。偶に蹴ったり頭突いたりしたけど、面倒だから殴ったことにして。

 数えるのもバカらしくなる程の数のノイズをぶちのめしたから、描写はcut!

 

『無駄に発音が良いですね……』

 

 多少なら英語は出来るっていうアピールだよ!

 どんどん地上に降ってくるノイズの数が減ってきた。それも当然、翼さんが降下中のノイズをまとめて蒼ノ一閃で切り捨てているからだ。

 哀れノイズ。負けるな……じゃなくて負けろノイズ。

 それじゃあ、あとは……流し目でクリスちゃんの様子を確認する。そろそろかな。4つのミサイルの準備は出来てるようだ。

 

「『託したっ!!』」

 

『派手にいくぜぇっ!!』

 --MEGA DETH QUARTET--

 

 

 ……そう言えば炭化したノイズってどうしてるんだろ。地上一面が銀世界ならぬ漆世界になってるんですけど。自衛隊とかその他諸々の公務員の方々、ご苦労様です。

 炭化って事はあれ全部炭なんだよね。それでクリスちゃんは巨大なミサイルとかその他諸々を撃ち込む気なんだよね。

 

 …………………………………………引火したらやばくない?

 

『燃えるかどうかはともかく、粉塵爆発はおきそうですね♪』

 

「クリスちゃん、くれぐれも地上を堕とさないように気を付けてね」

 

『???』

 

 あっるぇ~なんか背中から生えてるミサイルの後ろにミサイルポットらしきものが見えるんだけど気のせいだよね。あれってただの重しだよね、そうだそうに違いない。

 ポットから何かが飛び出す。しかもさらにその中からも小っさいのがぱらぱらと……あれもミサイルですね。はい。

 

 ……急げぇぇぇぇええええええええ!!!!

 

 身を挺して地上に降ってくる火の粉などを振り払う。いくらシンフォギアをまとってるからって熱い。しかも偶にミサイルの残骸があって痛い。ノイズ狩りよりも遙かに神経がすり減った。

 今までで一番頑張ったと思う。落ちてくる火の粉を落ちきる前に全部消火するとか何処の苦行だ、これは。もうこりごりだよ……。

 

「やった、のか……?」

 

「たりめえだ」

 

「ぜぇー、ぜぇー……終わったぁ~」

 

 ふへぇ、スカイタワー下で三人集まって一息吐く。早く部屋に戻ってゆっくりしたい。明日は筋肉痛が確定かな。

 あ、電話だ。元の制服に戻ったところで携帯がなった。お、未来からだ。

 

「もしも~し。終わっ「響ッ!! 学校が……リディアンがノイズに襲われ――ッ!」……え?」

 

 学校が……? 何で? どうして?

 

「どうかしたのか?」

 

「リディアン音楽院が襲われてるって……」

 

 あまりのことに私たちは言葉を失った。




 ……順番が滅茶苦茶なこの聖踊の織り成すシンフォギアの世界。次回から原作と大きく離れていくようです。もう残りもあと僅か、彼が導く物語、最後までお楽しみいただければ幸いです。


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第三十一話

 それは突然のことだった。

 響たちがノイズを退治しにいったあと、わたしはいつも通りの生活を、響の何気ない生活を守る為に普段通りの生活を心がけて、友達の三人の子たちと普通に話していた時だった。

 学校にノイズが現れたのは……。

 

「落ち着いて! 落ち着いてシェルターに避難して下さい!」

 

 前回ノイズと対面したことのあったわたしはまだ他の先生や生徒より落ち着いていて、すぐに避難誘導を買って出た。教室にいた人たちに呼びかけ動き出す頃には銃を自衛隊も駆けつけてくれた。

 けどどうにか出来るとは思えないのが現実だ。ノイズに現代兵器は効かないと聞いたことがある。

 そう考えると、皆に走ってもらい急いだ方が良いと思うけどそれで指示が通らなくなってしまったら、もっと困る。

 

 落ち着け……落ち着け……落ち着け……。

 

「皆さん、こっちです」

 

 自衛隊の人と最短ルートで案内を始める。でもずっと聞こえる銃声音が私たちの恐怖を掻き立て思うようにいかない。

 焦るな、落ち着け、と言い聞かせ何とか導いてきたのに、そんな私たちを嘲笑うかのように最悪なことが目の前で起こる。

 

 先頭でクラスを励ましてくれていた自衛隊の人が目の前で炭化した。

 

 突然壁に穴が空き、中から針のようなものが現れるとそのまま貫いたのだ。誰一人も反応できなかった。針はそのまま真っ直ぐ反対側の壁を破壊して見えなくなったけど、その衝撃は大きすぎた。

 

「あぁ……ぁ……」

 

 一人の子が頭を抱えて崩れ落ちた。ノイズに襲われて炭化したのではなく、ずっと堪えていた恐怖に呑まれてしまい、パニックに陥ってしまったのだ。

 その子はアニメが好きでよく響のことをアニメみたいと例えたりするほど好きで、たぶんこういう光景もアニメでなら見たことはあったんだと思う。でも彼女はちゃんと現実とアニメを分けて考えていた。

 

「皆、死ぬんだ……。もう、終わりなんだ」

 

 だからパニックになってしまった。だってアニメにしかないことだと笑っていたことが、目の前で起こってしまったのだ。それはアニメが現実になったということで、他にもアニメだけしかないと思っていたことが現実に起こるかもしれないということ。

 そして今の状況は最悪。

 アニメ知識が膨大な彼女にはどう映るか、自衛隊も戦えず響たちのことを知らない、そう考えたらもう救いのない悲劇しかない。

 

 だからって……巫山戯ないで!

 

「終わりなんて言わないで! まだ、私たちは生きてるの! 勝手に一人で生きるのを諦めないでよ!」

 

 頬を叩いてでも言葉を届かせる。こんなところで死んでたまるもんですか! 絶対生きて、響に会うんだから!

 

「皆、急ごう! 立ち止まってたって意味はない。皆で生きるのッ!」

 

 パニックに陥った子は何時も一緒にいる他の二人が抱え、私たちはシェルターに向けて走り出した。窓越しにひび割れた校舎が見える。守れないのは悔しい……、でも校舎はいつか立て直せる。だから私が守るべきなのはここにいる人たちだ。

 響の帰ってくる場所は私が守る!

 

「くっ……」

 

「ウソでしょ……」

 

 シェルターまであと少しというところで二足歩行するノイズと出会ってしまった。T字路でなんとか隠れられたからまだ見つかってはいないと思う。引き返せば何とかなるけど、シェルターが一気に遠ざかることになってしまう。

 ……皆はもう限界。遠ざかるわけにはいかない。

 

「(私が囮になる)」

 

「(何言ってるのよ!)」

 

「(ヒナ!?)」

 

「(大丈夫。私が見えなくなったら、皆でシェルターに駆け込んで)」

 

 皆の制止を遮り、私はノイズの前に立ちはだかった。響ほど反射神経が言い訳じゃないけど一度くらいなら躱してみせる。

 こっちを向いたノイズの形が液体のように崩れ、針のように尖り始めた。さっきのはあれだったんだ。世界が遅くなってくような感じがした。ゆっくりとノイズに背を向ける。

 

「させません。……皆さん大丈夫ですか?」

 

 ノイズの背後から女性の声がしたと思ったら、突撃寸前だったノイズが砕け散った。この人に見覚えがある。確か二課のオペレーターさんだ。

 

「こちらへ」

 

 戸惑いはしたけど素直に従う。ノイズが一匹もいなくて安全にシェルターまでいけてしまった。シェルターについた途端子たちが何人か倒れてしまったけど、安心したからなようで大丈夫みたい。意外なことにあの三人は倒れたりせず落ち着きを取り戻していた。

 

「あんな姿見せられたら、取り乱してたんていらんないわよ」

 

「ヒナ、かっこよかったよ」

 

「かっこよかったですわ」

 

 かっこいいなんて言われるのは響の役割だったから、ちょっと照れる。

 

「皆さん無事でなによりです」

 

「あ、ありがとうございました」

 

 シェルターを見渡せば生徒意外にも沢山の人がいるのがわかった。先生は当然として他にも住人の人や。……でも二課の人がいない?

 

「他の方たちはどうしたんですか?」

 

「ノイズと交戦中です」

 

「ノイズって現代兵器が聞かないんじゃ……」

 

「聖さんが送って下さったのです。対ノイズ専用の銃弾です。どういう仕組みかは本人にしかわかりませんが、世界中に残されている聖遺物の破片を利用してシステムと同じようにノイズの特性を無効化できるようになっています。でも弾丸の周りだけしか効果はありませんし、弾も僅かできついのですが……」

 

「聖さんってヨウ先生ですか!? あの人って何者……」

 

 安藤さんの言う通りだ。本当に踊さんって何者なんだろう……3年の付き合いでもよくわからない。あ、安藤さんっていうのは板場さん――アニメ好きの子――を運んでくれた一人だよ。それともう一人は寺島さんね。

 

「響たちに連絡は?」

 

「……いえ、まだです。現在彼女たちはスカイタワーにて戦闘中。今の我々に連絡手段はありません」

 

「そんな!」

 

「ち、ちょっとどういうことよ……。響が戦闘中って何よ!」

 

「そ、それは……」

 

 言って良いのかわからず女性を見る。でも彼女もどうするか迷っているようで何も言わない。

 

「話し、て……やれ……」

 

「し、司令!? ……ッ!?」

 

「弦十郎さんッ!? その怪我どうしたんですか!」

 

 二人の男性に背負われて、腹を血で紅く染めた弦十郎さんがシェルターに入ってきた。一応手当てはしているようで包帯が巻かれているけど、まだ完全に出血は止まってないようで少しずつ紅が拡がっているのが痛々しい。

 弦十郎さんをイスに下ろすと一人が携帯型の端末を動かし始めた。

 

「よろしいのですか?」

 

「隠し通せるようなことじゃない。現にここにいるべき響君たちがいないのだ。すぐにバレる」

 

「! スカイタワーのノイズ反応消失を確認! あちらの戦闘が終了しました!」

 

 説明する直前、端末を弄っていた人が叫んだ。

 

「そうか! 連絡は取れそうか?」

 

「残念ながら。通信の機能までは……」

 

「携帯なら届きませんか?」

 

 微弱だけど、圏外じゃない携帯を見せる。少しくらいなら電話出来るはず。

 

「……これに掛けるしかないか。試してみてくれ」

 

 響の番号はいつでもすぐ掛けられるように一番最初になるようにしていた。ワンコール、ツーコール、そしてスリーコール目がなった時、響と電話が繋がった。

 

『もしも~し』

 

 いつもと変わらないのほほんとした声が携帯越しに聞こえてくる。雑音が多く混じって聞き取りにくいけど、何とか繋がってる!

 

「響ッ!! 学校が……リディアンがノイズに襲われ――ッ!」

 

 じ、地震!? 今まで経験したことがないほど強烈な揺れに間違えて電源を切ってしまった。しかもどんどん揺れが大きくなる。

 

 いったい、今度は何が起こったの……?

 

 

     *****

 

 

「急いで学院にッ!?」

 

「どうしたん……!」

 

「? ……あ!」

 

 振り向いた翼さんが言葉を止めた。クリスちゃんもわからず後ろを向いて固まって、私も後ろを見て驚いた。

 

「踊君!」

 

「ディバンス……」

 

「サージェ!」

 

「「「……」」」

 

 しばらく見なかった三人がそこにいた。静かに立って私たちを見ていた。何だかいつもと雰囲気が違う気がする。

 

「無事だったんだな、サージェ」

 

 クリスちゃんは特に怪我をしているようにも見えないピエロのサージェを見て嬉しそうだ。それに比べて翼さんは微妙な顔でディバンスを見ている。あの人はよくわからない人だから、仕方ないちゃ仕方がない……。何度も助けてくれたけど、敵対したこともある。……まあ、敵対というかいきなり乱入してきて翼さんと乱闘して勝手に帰るだけらしいから、少し違うかもしれない。

 

「おい、……サージェ? 何か反応しろよ。いつものヘンタイな物言いはどうした?」

 

「「「……」」」

 

 ん? ……やっぱり何か変だ。誰も反応を返さない。顔もピクリと動かず無表情。不気味だ……。

 

『三機から不審な熱源反応感知』

 

 キ……?

 

『回避して下さい!!』

 

「「「ッ!?」」」

 

 慌てて左右に散らばった。さっきまで私たちが立っていた場所から後ろが削り取られている。その手前には拳を突き出す踊君と鎌を振り下ろしたディバンス、二丁の銃を構えたサージェがいて、三人が何をしたのかすぐわかってしまった。

 でも頭は追いつかないのが現状で、信じたくなかった。

 

「な、なんで……なんでなの? ……踊君ッ!!」

 

 さらに動き出す踊君の拳が私の横すれすれを通り過ぎた。拳圧で髪が何本か持って行かれる。武術だけなら何とか出来ると思ったのに、武術の動作以外が今までと全く違う。パワーは桁外れ、スピードもギリギリ目で追えるかどうか、しかも手足……だけじゃない、体全体がいつもの人肌の感じがなく金属的な硬さになっている。はっきり言ってガングニールでどうにか出来るかというレベル。

 他の二人を見ると、それぞれ翼さんとクリスちゃんで別れて狙いを付けたようだ。

 

『シンフォギアをまとって下さい。生身で勝てる相手ではありません』

 

「でも相手は踊君達だよ! そんなの出来ない!」

 

「フィーネの野郎が何かしやがったのか……クソッ!」

 

「止める方法はないのか?」

 

『……力尽くしかないでしょう』

 

 そ、そんなの出来ないよ……。



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第三十二話

~報告~
オリジナル技、オリジナル設定のタグを増やしました。


 今、響さんの前に踊さんが立ち塞がっていた。翼さんの前にはディバンスさんが、クリスさんの前にサージェさんが行く手を遮る。

 響さんは何度も呼びかけるけれど、誰も反応を返さない。ただ無言で襲いかかった、……シンフォギアをまとってもいない彼女たちに向かって。

 

「未来たちが危ないんだよ! 急がないといけないのに! 何で邪魔する……ッ!?」

 

 響さんは説得を試みたけれど、無情にも立ち並ぶビルに反響するだけで無駄に終わる。踊さんが距離を瞬時に詰め、その右手が響さんの頬を掠った。……ギリギリだ。当たる寸前でなんとか踊さんの手首に腕をぶつけたことで最悪を免れた。けれど人としての戦いを止めたあの方には勝てない。

 

「クソッ! どうしちまったんだよ……。うおっ!」

 

 姿は見えないけれど、クリスさんの体温が壁向こうに飛び込んだ。その直後に高速に突き進む高熱の線が空間を駆け抜け、クリスさんの逃げ込んだ壁や道路に歪んだ熱が生まれた。

 

「ック! ……何のマネだ、お前達! 何故私たちを攻撃する! やはりお前は、お前達は!」

 

 流石人類最強とされる人の姪御、防人と名乗るだけあってディバンスさんの鎌を押さえ込んでいる。でも困惑したままでは長時間は持たないだろう。

 

 ……だって彼も話を聞く気は無いのだから。

 

『……皆さん、戦って下さい。急ぐ理由があるのでしょう。沢山の人が貴女たちが来るのを待っているんです。それに……あの方たちをこれ以上苦しめないで下さい!』

 

「イア……ちゃん?」

 

『踊さんの思いは響さんが一番よく知っているはずです。彼が何を大切にしているのか』

 

 三年間、響さんは踊さんの傍にいたのです。苦楽を共にした貴女なら必ず。

 

「……子供の笑顔。私が初めて会った時からずっと子供は笑ってる方が良いって言ってたっけ」

 

『はい。その思いは何一つ変わっていません。本当はあの方たちも嫌なのです。今彼らのしていることは、守ろうとしている子供を傷つける行為。彼を悲しませないで。勝って皆の笑顔を守って下さい』

 

「…………」

 

『悩まないで下さい! 貴女たちの勝利を一番望んでいるのはあの方たちなんです。聖踊が本当に大切なら、皆さんの持てる全てで挑みなさい! 詠いなさい! 貴女たちの心を踊さんたちに届けてッ!!』

 

 私が頼んでいることが響さんたちにとって如何に残酷なことであるかはわかっているつもりだ。どんな関係であれ共に戦場を駆けた人と戦えなんて、私だって言いたくない。

 でもそれが彼らの望んだことだから

 

「……翼さん、クリスちゃん」

 

「……わかった」

 

「……やるっきゃねぇか」

 

 そして彼女たちは歌を詠った。

 

 

     *****

 

 

「こうして斬り結んでいるといつかのことを思い出す。……先延ばしの勝負が、このような日になるとはな!」

 

 何度も刀と鎌はぶつかり合った。技術はほぼ互角で互いに攻めあぐねている。

 常に斬る、と意思を込めて振るった刀は、正面から止められ鎌を斬るどころか傷一つ付けられた様子がない。いくら金属製の鎌とはいえ、斬り裂くことに特化した刀で傷一つ出来ないとは恐ろしい鎌だ。

 

「…………」

 

「貴様も何か言ったらッ……どうだ!」

-- 逆羅刹 –

 

「! ……ッ!!」

 

 右上から来る刃を刀の腹で流し、隙の出来た脇に脚部のブレードを叩き込もうとしたが一撃目は石突で打ち上げられ、揺らいだ二撃目は後ろに下がることで難なく回避された。

 遮るものが何もない広場、私が自由に刀を振れるように相手もまた自由というわけか……。

 

「間は取らせん!!」

 

 勢いに乗ったまま着地の反動も利用して床を蹴った。空いた間を塞ぐと共に突きを放つ。

 

「なっ!?」

 

「……ッ! ……!!」

 

 突きに柄の芯を合わせた!? 傾いた鎌に完全に遮られ、地面に縫い付けたかのような重量感で勢いが殺された。だが、ここ止まれば裂かれるのは私! そうはさせまいと、刀を寝かせ身と鎌の間に滑らせた。

 しかし予想外なことにディバンスは振り下ろすのではなく鎌を右へ振り上げる。

 

「しまッ!? カハッ!!」

 

 石突に脇を殴打され呼吸が一瞬止まった。衝撃で体が僅かに持ち上げられる。このまま鎌が振り下ろされれば拙い! 間に合え!

 

「ッ!!!」

 

「蒼ノ一ッ!」

-- 蒼ノ一閃 --

 

 撃ち出すことは叶わなかったが瞬時に巨大化したハバキリが盾になり真っ二つになるのは防げた。思った通りだ。ディバンスは私より対人経験が遙かに勝っている。そうなるとこの環境は私に味方をしているかもしれんな。

 

 ……ただ広いだけで隠れる場所のないこのような地は、普通細工が出来ない分強者が圧倒的に有利になるが、場合によっては逆に働く。

 経験が高いとはつまりそれだけ様々な戦場を歩んできたということだ。それは戦場にされた細工全てから生き抜いたということ。弱者から強者、凡人から天才までの多種多様な細工を知る者相手に下手な細工は立てるだけ無駄だ。

 まして相手に細工を張られたらそれこそ一巻の終わり、生憎私には細工を打開できるほどの器用さはない。

 それに私の対人経験は司令だ。しかも今と同じようなただ広い場所での真剣勝負。

 そう考えればこの状況は私にとってとてもやりやすい。

 

 構え直し再び攻撃に転じる。下から斬り上げ、さらに左脚部のブレードだけを出してもう一度下から追撃。斬り上げで鎌を弾いたことで避けざる終えなくなり、左手に避けた。

 ならば!

 

「そこ……」

 

 勢いの付いた流れで軸足になっていた右足がふわりと地面から離れた。それを感じた瞬間蹴り上げたような状態にある左足で目前の地面を踏み潰す。対の関係にある右足は当然対照的に上へと流され、つま先は天を指した。

 無茶な体勢なのはわかっていた。外した時のリスクが高いのも重々承知。だがそれでも決める! 真下から真上へ急速に引っ張り上げられたスピードそのままに振り下ろす加速を加えた。

 

「だッ!!!」

 

「ッ…………!」

 

 狙いはまだ上に上がり続ける奴の手だ。甲を捉えた踵が手を砕いた。力の入らなくなった手から鎌が滑り落ちてしまえば楽になったのだが、そう甘くない。すぐに左手で掴み直すと高速で回転させた。

 変な体勢の今、止める手立てはなく着いた左手で体を捻りその場から飛び退くしかない。

 ……来る!

 

「ッ! 同じ手は効かん!!」

 

 回転する鎌が弧を描き背後を取られた。右手の刀は背後に、脚部に仕舞われていた小太刀を逆手に振り上げる。

 思った通りどこからともなく現れた2本目の鎌が切り裂かんとしていた。

 だが対策はすでに出来ている。刀を向かってくる鎌にほぼ平行にして僅かに向きを下にずらし、小太刀は叩き付けるようにして右後ろに投げ飛ばす。

 

「行け!」

-- 千ノ落涙 --

 

 飛び上がりもう一本の小太刀を射出する。幾十、幾百に分裂した光る刃がディバンスの背を襲う。それも回転を利用した即興の盾に弾かれた。

 

「ッ!!」

 

 下!? 三本目の鎌を持ったディバンスが真下にいた。

 

「キャッ!?」

 

 ディバンスの馬鹿力に舌を巻きそうだ。ビルの4階以上の高さまで飛ばされた。だがそれすらも利用してみせよう。

 

「天ノ逆鱗……」

-- 天ノ逆鱗 –

 

 巨大化した両刃の剣が奴の胸を目指し落下する。これもまた拮抗した。衝撃で一部がへこむも決着はまだ付いてはくれない。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 先ほどのノイズとの戦闘が後を引き、体力の限界がどんどん近付いてきている。フィーネが何者かわからないが、雪音が捨てた鎧を二課が回収できなかったことを考えると恐らく奴が持っていると考えて良いはず……。

 カ・ディンギルの話を考えると、奴が何か細工してきたとしても可笑しくない。長引かせるわけにはいかん。

 

 ……次で決める!

 

 体を穿つような激しい痛みを意識の外へと追いやった。体に残されたエネルギーをかき集めこの手の中の刀に全て込める。

こんな場所で倒れるわけにはいかないのだ。立花が帰る場所である小日向という少女の元を大切にするように、私にも大切な帰る場所がある。それが二課なのだ。そして何より奏が帰ってくる場所でもある……だから、

 

「絶対に守ってみせる。例え貴様が私より強かろうと関係ない。必ず勝ち、フィーネを討つ!」

 

「…………」

 

「第1号聖遺物、天羽々斬。奏者、風鳴翼! これで終わらせて頂く!!」

 

 呼応するようにハバキリに色濃く蒼の輝きが灯る。そして対するディバンスが回す鎌から蒼白い圧が漂い始めた。奴もまたこれで終わらせるつもりのようだ。

 極限まで薄く細い太刀となったハバキリを、上段よりもさらに振り上げ地に当てる。ディバンスは片足を後ろに引き鎌を水平に構えた。

 

 風無き静寂が訪れる。言葉は交わさずとも互いに感じていたはずだ。ハバキリが最高潮になる時と鎌の圧が最大になる時は同時だと……。

 

「蒼ノ……一閃ッ!!!」

 

「…………ッッァ!!!」

 

 ゼロ距離で全てをぶつける。無駄に出来るエネルギーなど一片もない。一から十まで全てでせねばこの嵐は越えられない!

 

「デェエエヤァァアアアア!!!!」

 

「……ッ!

 

 前へ踏み込め、さらに前へ!

 

 風を巻き上げ位置が逆転し、背中あわせのようになった。どちらも動かず、音のない空間が拡がった。極度の緊張状態の中、変化は訪れる。

 

……パキッ。

 

 僅かな音がなり罅が入る。そして折れたのはハバキリだ。

 

「御見事……」

 

 だが、その膝を折ったのはディバンスだった。

 

「……この勝負私の勝ちだ」

-- 蒼ノ一閃・滅 --

 

 折れたハバキリを仕舞い、背を向けてその場を離れる。

 

 ちらりと見えた彼の隣には勇猛なる武人を立てるように三本の鎌が突き立っていた。

 



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第三十三話

「いい加減! 何か言ったらどうなんだよ!!」

 

 どっかの駐車場に入り込んで、クロスボウのアームドギアが変形した二丁の拳銃でアイツの肩を狙い撃つ。が、当たり掛けることなくさらりと身を捩って躱しやがった。

 

「……ッ!」

 

 嫌な予感に、すぐ横にあった柱の後ろに飛び込んで盾にする。それでもまだ嫌な予感は晴れない。急いで前転で柱から遠ざかった。直後に二発の銃弾が横から弾丸が突き抜けた。

いつもえげつねぇと思ってたけど、敵に回ったことで今まで以上に実感した。

 アイツの跳弾技術と空間認識力とかいうやつは化け物だ。柱の影で見えないはずなのに寸分違わずあたしがいる場所めがけて飛んでくる。

 

「チッ!」

 

 柱を移りながら乱雑に撃つ。特に狙いっていないためサージェはあたしと同じように柱を盾にしたり、そこらに駐めてある車に隠れることでやり過ごすしかない。

本当ならこんなマネしたかないが、あたしがアイツより優位になれんのはこれぐらい。惜しんでなんかいられねぇ。

 

「弾けろッ!!」

 

 付かず離れずの距離で駆け回りながら引き金を休まず引き続ける。でもアイツはそうすることができない。いくら技術が高かろうと弾数はイチイバルと違って有限だ。あたしの気力次第でイチイバルも弾切れを起こすことはあるが、それでも一人の人間が持てる数とは比べものにならない量、ってのは違わない。

 下手な鉄砲数打ちゃ当たる、ってな!

 目算でサージェの位置を測り、向きだけを合わせる。

 

「ッ……。……! ッ!!」

 

 4、50発撃って漸く1発掠った程度か……。ピエロの正装(?)っていうのか黄色いだぼっとした服が僅かに破れていた。

 

「チィッ……!」

 

こりゃ、自信無くしそうだ。下手な鉄砲つっても4~500mくらいまでなら飛ぶ鳥だって当てれんだぞ。それが精々50m程度の距離で当てられねぇとか……情けねぇ。

 

「ッ……うおっ!」

 

 右に躱そうとしたが直前で動きを抑えた。動いてたらやばかった……。動きを完全に読まれ、一歩先を狙われていた。冷や汗が止まらねぇ……。

 流石、あたしの師匠ってことかよ……。そりゃあたしの動きぐれぇ読めて当然か。軽く牽制を加えながらバックステップで急いで離れる。

 

「…………」

 

「どうしろってんだよ……!」

 

 気付けば頬が切れていた。撃たせないためと撃ち続けていた弾を利用された。何度も跳弾させてるため、威力が落ちていなきゃヤバかった。

 両手の銃を少し変化させ堅くする。本当なら腰のアームで鎧とかを作った方が良いんだろうが、動けなくなるとそれはそれで困る。向かい来る弾丸を側面で受け、火花を散らしながらも瀬戸際で受け流した。

 薄く白んできた駐車場内を切り裂くように真っ直ぐ銃弾は進む。立ち籠める硝煙が鼻についた。

 

 ……こうしてガン同士で殺りあってると、あの頃のことを嫌でも思い出しちまう。

 

『止まってはいけません』

 

 ああ……、そういやそれが初めてあいつに言われた言葉だったな。

 

……………………………………………………

………………………………

………………

 

 事の始まりは8年も前のことだ。あたしはパパとママに連れられバルベルデとかいう紛争地帯を訪ねていた。二人とも歌が好きで、歌で世界を救うんだ、なんて馬鹿な夢見て仕舞いにゃ二人とも小競り合いに巻き込まれ、ライフルで撃たれて殺された。

 それからは地獄だ。両親を殺した奴等に捕まったあたしは捕虜になり、牢屋のような部屋に入れられ働かされた。他にも何人もの子供が捕虜にされて食事も満足に与えられず、生きるか死ぬかの瀬戸際の生活だった。

 そんな地獄の生活の中でもあたしらは俯くことがあっても、誰一人泣かなかった。それは物言わぬピエロがいたからだ。あたしと同じように捕虜になっていたピエロはいつもニコニコ笑顔で俯いた奴らを笑わせようと必死で、誰かが小さく微笑むだけでも目聡く見付けて嬉しそうにして、失敗すると悲しそうな表情を浮かべてガクリと肩を落とし悩ましげな顔で次を考える。

 ピエロはずっと周りを見て倒れそうになった奴にさりげなく肩を貸して微笑んで、倒れてしまった奴には誰よりも早く駆けつけて手を伸ばす。頑張ろう、口で言わずに全身でそう語り、いつも支えていた。

 

「どうしてあなたは笑っているの?」

 

 あたしはそれが不思議でならなかった。親を殺され自由を奪われ誰も笑えない、救いのない地獄で何故笑い続けられんのか。だから聞いた。周りも興味があったようで顔を上げピエロを見詰めた。

 ピエロは何も言わずあたし等一人一人を指差す、……皆。

 悲しそうな顔をした、……悲しむ。

 次に自分を指差す、……自分。

 胸を強く握り悲痛な表情を浮かべた、……苦しい。

 静かに微笑んで両手を広げる、……皆笑う。

 両手を胸に当ててもう一度微笑んだ、……自分は嬉しい。

 そして最後にピエロはニコニコしながらあたしの頭を撫でた、……笑う。

 

『皆の悲しむ姿を見ると自分は今よりもずっと辛い。でも皆が笑っているとそれだけで幸せになれる。だから自分は笑っている』

 

 信じられない、そう思っていた。でもそれが真実だったとわかったのはそのことをすっかり忘れた5年も後のことだった。

 

 戦争も終わらず、あたしらの待遇も同じように虐げられ続ける日々。いや、国連軍の介入で戦況が傾き圧された奴等があたしらにより当たるようになっていて、失敗もしてねぇのに難癖付けて殴られた。

 そしてあの日も視界に入ったと言う理由で殴られた。

 5年間ずっと泣かずに従い続けていたけれど、パパやママを殺された悲しみや怒り、自由を奪われた憎しみ、何も出来ない悔しさに、今まで堪えていた涙が殴られた拍子に零れ落ちた。耐えきれず嗚咽が漏れる。

 それを見た奴等はあたしを嘲笑う。でもその笑みは一瞬しか保てなかった。

 

「……ぁあ?」

 

 殴った奴は変な声を上げ、血を噴いて倒れた。奴の後ろには手を真っ赤にしてドクドクと脈打つナニカを持ったピエロがいる。微笑みを浮かべていた白塗りの顔は日本で見た般若の面よりも醜悪で狂気に満ちる漆黒になっていた。

 見張っていた奴等が銃を向けるよりも早く奴等の首を引き千切り、落とした銃器で穴を開けていく。あたしら全員の恨みを晴らすように、容赦なく奴等の全てを蹂躙し始める。

 ピエロの変化に戸惑っていたけど、我を取り戻すと皆逃げだした。でもあたしは逃げなかった。例え逃げ切れてもあたし自身が納得出来ないと思ったからだ。血まみれのライフルを拾って、奴等を撃った。

 

 ――あの日が、あたしが銃を初めて手にし、人を撃った日で……。

 

 反動で肩がイかれそうになっても、構わず奴等からは狙いを外さず引き金を引く。命を懸けた銃撃戦、混乱の中で飛び交う銃弾がいくつか身体を掠った。そんな時、ピエロがあたしを見詰めている事に気付いた。攻められると思って顔を背けようとして、

 

「……止まってはいけません」

 

 そう初めて声を掛けられたんだ。

 

 ――初めてあいつの声を聞いた日だった。

 

 最初は誰の声かわからなかった。でもあたしに声を掛けてくるような奴はその場には一人しかいなくて見るともう一言、

 

「……進むも戻るも自由なのです。でもそこに留まってはいけません。――明日をその手に掴みたいのでしょう?」

 

 そう言われたんだ。

 

………………

………………………………

……………………………………………………

 

 ……あたしは明日を掴む為に戦うことを決めたんだ、他でもないあたしの為に。

 

 戦争の火種を全部ぶっ潰す。それが、あたしが選ぶべき道だと思ってた。けど、そうじゃなかった。あたしには道なんていう敷かれたもんなんかなかったんだ。

 

「そういうことだったのかよ……」

 

 壁に背を預け息を整えて、今更気付いた。

 

 あの時あいつが言いたかった本当の意味を。

今のあたしがいる場所は無限に拡がり何処とでも繋がれる樹海の中心部なんだ。動き出したと思っていただけで、あたしはあの日からずっと進むことも戻ることもできていなかった。ただその場に立ち止まって、見たくないもんから目を反らして、有りもしない道から逃げていただけだった。

 でも今のあたしならちゃんと前を向くことが出来ると思う。何処にでも行ける。前も後ろも、右も左も関係ねぇ。

 どんな場所でも、あたしの歩いた場所が道になる。

 

「……もう突っ立てるだけのあたしとはおさらばだ。誰かに守られるだけのあたしはもう止めだ。あたしの道はあたしが造る」

 

戦場で何を甘いことを、なんてあのバカに言ったあたしがねぇ……。人生何があるかわかったもんじゃねぇな。あいつに言われたように、あたしもどうやらあのバカに当てられてたみたいだ。

ゆっくり立ち上がる。

 

「今までのあたしなら絶対にしなかっただろうな……」

 

隙だらけ、戦場なら撃たれたって可笑しくない。それでもあたしは壁から離れサージェの前に立った。

 

「…………」

 

「第2号聖遺物、イチイバル。奏者、雪音クリス!!」

 

 こんなところで止まれちゃなんねぇんだ。あたしが犯した過ちはあたしの手で清算する。フィーネの野郎が好き勝手してしまったのはあたしが従って、お前を従わせてしまったからだ。

 

「サージェ、お前を倒してあたしは進む。今度こそ! あんたの言った、あたしの明日を掴む為に!」

 

 ……思い出せ!

 

 二丁の銃を一つに纏める。そして創造する、今まで造ったことのない、忘れてしまおうとしていた、あの日あの場で掴んだライフルを。そして両親を殺したあのトラウマでもあるライフルを……。

 

 心を解き放て!!

 

 あの時とはまったく違う深紅の銃が形作られる。銃身が数倍に伸び、後部が肘まで包み込むように大きな篭手が出来上がった。思っていた形と全く違うが手から伝わる感覚はあれと同質のものだ。

 どうしてかはわかんねぇ。けどこいつが……イチイバルがあたしに併せてくれてんだ。

 

「……!」

 

 サージェが構え終える前に軽く後ろに下がり、同時に引き金を引いた。互いの弾がぶつかって弾けて散る。

 

「これで終わらせる!!」

 

 あたしはここで初めて前に出た。距離は約30m、ヘッドギアからバイザーが降り幾つもの文字と数字が視界の一部で縦に流れる。急速に演算が開始された。

 ……たった一度で良い、この一発にあたしの全てを込める。

 サージェの持つ二丁の銃から薬莢が零れ落ちる。でもそれは事故ではなく、故意。覗き見えるそれぞれの銃口の向こうに赤みを帯びたピンクの光が集まっていくのが見えた。向こうもこれで終わらせる気だ。

 引き金を引かれるのが先か、あたし等の演算が終わるのが先か。

 

「そこだッ!!!」

 

「!!」

 

 モニターに赤い印が現れた。そして鳴り響く4発の爆破音……。

 

「………………カハッ!?」

 

 まとまったピンクの光線に飲み込まれ、壁に叩き付けられた。

 

「……」

 

 壁に出来た亀裂のおかげでめり込んでいた背中が外れて尻餅をつく。割れたバイザーの隙間から見下ろすサージェを見上げた。頭から垂れてきた血が目に浸みる。

 

「ヘヘ、やっぱ強ぇな……でも越えさせてもらうぜ」

 

 壁にもたれかかるようにして立ち上がる。

 

「フフフ……やっと、進み出せた……ようですね…………」

 

 原型の残っちゃいない二方向に捩れちまった銃弾を越えて、サージェの横をあたしは通り過ぎる。

 崩れ落ちていくあいつの胸の中央には緋色と化した一発の銃弾が突き刺さっていた。



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第三十四話

遅れました……。申し訳ないです。

ちょっぴり編集しました。


 男は拳で語る言葉があるそうだ。けれど、それは本当に男だけなのだろうか。女にだって拳で思いを語れるはずだ。だって今、私は……。

 

 

 

「たぁぁああアア!!!」

 

「ッ!!」

 

 勢いに乗った両者の拳が擦れ合い、お互に後ろに押し下がる。でも離れることはなく、ほんのわずか滑った程度で、その場で身体を捻り、蹴りを放った。でも踊君も全く同じ動きで打ち消され離れる。

 同じなのは当然だ。なんと言っても、踊君は私が師と仰いだ人で、同じ人を師に仰いだ兄弟子。戦い方や技は共通している。 ……練度とかは全く届かないけど。

 新たに 4本の筋が地上に描かれることになった。でもそれは既にある線の一分にも満たない。踊君の一撃を受け止めた時、また私の攻撃を受け止められた時、逸らし逸された余剰の力が抜けた時、私たちが動く度に長短深浅様々な線が刻まれている。

 

「デェイッ!!」

 

「 ……ッ! ッ!!」

 

「な!?  ……まだまだァアア!!」

 

「 ……! …… ッ!?」

 

 再び踊君の領域に跳び込み胸目掛け拳を突き出す。けれど届く前に踊君の腕に打ち払われ、浮き上がった身体に膝が入りかける。それに下げていたもう片方の手と足で押さえ、勢いを利用して上に飛び上がった。

 頭を下に踊君を見下ろして、狙いを定める。最高地点まで上がるのと同時に小さくてもここぞと言うとき頼りになるバーニアを噴かし、全体重を乗せた踵を振り落とす。

 当たっても歪にクロスさせ、ひねりを加えた腕とバネのように沈み込む足にほとんどが地中に流れる気配がした。

 

「 ……ッ!」

 

「かっ!? しまっ ……! うわっ …… 」

 

 硬直しているうちに、クロスさせていた右手を返すことで足を捕られてしまった。振り解く間もなく投げられビルに叩き付けられる。

 痛い、でも痛くてもまだ戦える。まとわり付く破片を振り払う。

 

「!」

 

「!?」

 

 踊君の姿を探すが、既に攻勢に転じていた。咄嗟に横に跳んで避ける。突き立てられた拳に壁は丸い穴を開けられていた。

 踊君の全ての動きが今までとは段違いだ。動きに付いていくだけでも正直かつかつ。

 

 これが、踊君の本気か……。

 それにしても、

 

「かったぁ~ ……」

 

 組み手のようなある程度加減したものじゃなくて、これは本気の闘いなんだ。当然、踊君は全力を出してくる。

 いくら踊君が人感あふれてても、限りなく本物に近い皮膚をしててもアンドロイドはアンドロイド。金属性のもので出来てるんだから、そりゃ硬いわけだよ。

 

「でも、負けられない!」

 

 側転やバク転で距離を稼ぎ構え直す。

 一瞬たりとも気は抜けない。踊君の全て、一挙一動だけでなく、彼の視線や息遣いにも意識を向ける。 そして動き出す。

 

「!!」

 

「ラァアアッ!

 

 足払い。それは跳んで躱された。続けざまに掌を地面につけての二度蹴り。一度目は逸れ、二度目は腕を盾にして止められてしまった。けどこれは予想内、踊君にほんの一瞬の硬直が出来た。

 そのまま立ち上がり裏拳に繋げ、踊君の腕を打ち上げる。

 

「ッ!!」

 

 踊君のガードに大きな隙間が空いた。

 

「そこだぁあああ!!」

 

 振りかぶり、一直線に踊君の腹に拳が突き刺さる。でも浅かった。踊君はたった半歩斜めに下がるだけでスルスルと服を擦らせ、そのまま甘いとでも言うように、

 

「!」

 

「ヴッ!? ……カッ!」

 

 懐に入られて頬に強烈な一撃をもらってしまった。口の中に鉄の味が拡がる。口元にヌルッとした液体を拭うと赤かった。あ、やっぱり血だ。

……結構一方的な状況だ。

 

『大丈夫ですか?』

 

「ゲホッケホッ……(まぁなんとかね )」

 

 今まで静観していたイアちゃんの声が聞こえた。

 ほとんど相打ちしているとはいえ、今まででまともに攻撃を受けたのは 8割方私の方だ。ガングニールが守ってくれている御陰でまだ耐えられているけど、このままじゃ、そう遠くない内にやられる。

 

『やはり踊さんは強いですね ……』

 

「 (うん…… 。初めっから強いのは知っていたけど、こんなに強いだなんて思ってなかったよ! )……くぅ!?」

 

 追撃で襲い来る連続パンチを全員を使ってとにかく捌いて受け流す。目が慣れてきて見えるようになってきたんだけど、だからって身体が追いつくかどうかはまた別の話でどんどん体勢が悪く ……

 

『響さん!』

 

「 ……ぬわっ!?」

 

「 ……ッ!?」

 

 足下の注意を怠っていたせいで何かに躓いた。気付いた時にはもう遅く、重力に逆らうことなく引かれるがまま後ろに倒れる。咄嗟に両手で掴んだのは眼前まで迫っていた踊君の腕で、驚いたことに、倒れる拍子に突進中で前のめりだった踊君を持ち上げていて背中から叩き付けられた。

 受け身を取れなかった私も痛いけど、自身の勢い付きで地面に叩き付けられた踊君にはより大きなダメージが入ったはずだ。

 

『余り参加したくはなかったですが、そうも言っていられないようですね。予想よりも遙かに踊さんが強くなっているようです。ここからは私も援護します』

 

「(お願いっ!)」

 

 イアちゃんがそう言うと、ガングニールが勝手に動き出した。別に分離して独立可動したとかではなく、手のユニットが小さく伸び縮みしたのだ。

 

「これって ……」

 

『ユニットに意識を向けられますか?』

 

「(え、えと ……やってみる)」

 

 言われたように意識をユニットに持って行く。するとそこに何かいることがわかった。淡く輝くあったかい黄色い光が溢れているような感じがする。

 

「(もしかしてイアちゃんなの?)」

 

『そうといえばそうですし、違うといえば違います。やっているのは私ですが、それが私なわけではありません。裏技というか荒技というか、無理矢理響さんとガングニールの中を流れるエネルギーに干渉しているんです。これぐらいしか出来ませんが後は説明しなくても分かりますよね?』

 

「(うん。大丈夫)」

 

 私が光に意識を向ければ簡単に動いた。それに併せてユニットも動く。踊君が立ち上がる前に光を動かすことに集中する。

 手で引っ張ったりしなくても勝手に引き絞られるユニットを見て、すこし感心してしまった。こんな状況でさえなければ声を上げて大喜びできたのに ……。

 

『踊さんの使う流しの技も肉体構造も強固です。恐らくただのパンチやキックでは当てても、ダメージが 1割程度にまでカットされていると思われます。ですが一定以上の破壊力を込めた一撃などであれば貫通できるはずです。現に体勢を崩しただけでただの叩き付けが有効になっていますし』

 

 立ち上がった踊君を見ると、無表情の顔にうっすらと苦痛の色が見えた。攻撃が通らない理由に流しの技なんてものがあったとは思わなかった。けどこれえで僅かに勝機が見えたかもしれない。

 考えてみると正面から防がれてはいない気がする。何度かした正面からのぶつかり合いも思い返すと一秒も当たることなく、一瞬のうちに内側に逸れた。そしてクロスさせて防がれた時も腕の捻りに誘導され地面にすっぽ抜けたような感じもあった。そして最後のあれも踊君は完全に躱さず、掠らせている。

 

『踊さんは決してとてつもなく硬いというわけではありません。ガングニールの一撃を叩き込められれば必ず抜けます』

 

 とてつもなく硬いと思っていたけれど、いくら瓦割りが出来る人でも大した勢いも付けずに瓦を叩けば痛いのと同じで、巧みに攻撃を流されて力が足りなくなっていただけなんだ。

 今までユニットを引けばいいだけだけど、そんな暇なんかなかったから使えなかった。でもイアちゃんが協力してくれている今ならその心配もない。

 

「 ……ッ!」

 

 たった一回しか出来ないだろうけど今まで以上に踊君の動きに意識を注ぐ、そして一気に攻め込んできた踊君が視え、黄色の光と共に左腕を振りかぶった。手で引っ張ったほうがもう少し伸ばせるけれど、触らずともちゃんと伸びてくれるのがわかる。

 後は踊君の拳に当てるだけだ。

 

「デェェエエエイ!!」

 

外側に逸れていく踊君の左拳ど真ん中にぶつかった。

 

 弾けるガングニールが拳に勢いをくれる。

 

そして私の力が踊君の力に打ち勝った。

 

「 ……ッ!?」

 

 けど、まだ踊君は倒れなかった。踊君は右拳を突き出す。そこには踊君の意思が込められているような気がした。何のためかは分からなくても、これが踊君の意志なんだと、なんとなく伝わってくる。何度もぶつかり感じたとても真っ直ぐで純粋な……、)

 

「ッ!」

 

「……うん」

 

 ……後悔の意思。

 私も右手を固く握り締める。本当は何の為なのかちゃんと説明して欲しい。でも、言葉で交さなくても、伝わるものがあると信じてこの拳に願う。

 

「第3号聖遺物ガングニール、立花響。踊君の声を聴くために、いきます!」

 

『……立花響が付き人、イア。大切な人達のために!』

 

 右手に私と、イアちゃんの思いを全て込める。後のことは後で考えればいい。今ある全てで踊君に応えたいから。腕を引き、ユニットを限界まで振り絞る。手では引けないくらい、後ろへ、遠くへ、私の身長よりも遥か先へ。

 互いの拳が光を放ち始めた。

 一方は太陽のように淡い黄に。

 もう一方は濃い山吹色。

 

 お互いの準備は整った。これが最後の激突だ。

 

「響けぇぇええええ!!!!」

 

『いっけえ!!』

 

「ッ!!!」

 

 一歩も引かない互いの全力で、辺り一面が吹き飛んだ。近くにあった建物も砕け散り、吹き飛んばされていく。それでも衝撃は止まらない。腕がぎしぎしと悲鳴を上げ、全身に危険を知らせる。けれど私は引いたりしない。踊君だって前に進み続ける。

 

 途轍もなく長いぶつかりは、針が一刻を刻んだだけの一瞬に過ぎなかった。訪れたのはやっぱり静寂だ。砂煙なんて立ち籠めることもなく踊君の顔がはっきり見えた。

 目と目が合う。

 

 そして、踊君は笑った。

 

「強くなったな」

 

 たった一言だったけれど、触れ合う拳が、踊君が言葉に出来ないくらいの喜びで満ちているのを教えてくれた。崩れ倒れかかる踊君を抱き留めて、まだ残っていた瓦礫にもたれかからせる。

 フィーネさんを止めたら、聞かせてもらうからね。だから今は、

 

「踊君、行ってきます」

 

 これだけ伝えたら良いかな。

 

 

 

 ……拳で誰かの言葉を聴けたのだから。



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第三十五話

くぅ……ほとんど原作のまま離せなかった……
原作をご存じなら、後半だけ読んでいただくだけでも十分かと思います。


 急いで駆けつけた少女達に待っていたのは崩壊した校舎の残骸と、狂って色を間違えたのか真紅の月だった。学院を襲っただろうノイズも既にいない。いつものように沢山の生徒の笑い声が響き、騒々しいくらいに人が集まっていたはずのその場所には誰一人いな……

 

「未来……? 皆……?」

 

「そんな……リディアンが…………ッ!」

 

 ……否。崩れた校舎の屋上にまだ女性が一人いた。

 

「櫻井女史?」

 

 櫻井了子。シンフォオギアシステムをはじめとする聖遺物を動作させる“櫻井理論”を提唱した人であり、特異災害対策機動部二課が誇る才女がまだそこにはいた。だが、何故こんな場所に生身で立っていられるのか。

 その答えを知っていたのは当人を除いて、一人いた。

 

「フィーネッ! これはお前の仕業かッ!!」

 

 彼女と共にいたクリスだった。

 

「フフ……、ハハハッ、アッハッハッハッ!」

 

 クリスの声を聞き、奏者を見下し彼女は嗤う。

 

「……そうなのか。……その嗤いが答えなのか。…………櫻井女史ッ!!」

 

「ああ、そうだよ! あいつこそあたしが決着着けなきゃいけないクソったれ」

 

「フフフ……、遅かったな」

 

 了子の髪が風に揺れる。含み笑いを浮かべ彼女の身体が光に包まれた。

 

「フィーネだ!」

 

 腰まで伸びる金色の髪。身に纏うのは金色の鎧。それもまた……ネフシュタンであった。

 

「……う、ウソですよね。そんなのウソですよね?」

 

 クリスの声を聞いてもまだ、響は信じることが出来なかった。響は了子にこれまで何度も体内の聖遺物について相談に乗ってもらっていた。それに加え、

 

「だって……だって私を守ってくれました」

 

 命を救われたこともある。けれど彼女の答えは無情だった。

 

「ふん。あれはデュランダルを守っただけだ。希少な完全状態の聖遺物だからな」

 

「じゃ、じゃあ、了子さんがフィーネというのなら、本当の了子さんは?」

 

「櫻井了子の肉体は先だって食い尽くされた。いいや、意識自体は12年前に死んだと言っても良い。超先史文明期の巫女フィーネは遺伝子に己が意識を刻むことで、その血を引く者がアウフヴァッヘン波形に接触した際、その身に記憶と能力が再起動する仕組みを施していたのでな」

 

「あ、アウ……アウ……?」

 

「アウフヴァッヘン波形、それぞれの聖遺物が個別に放つ波形のことだ。…………12年前とは、私が天羽々斬を起動させたあの日か!」

 

「フフ、その通り。12年前貴女が偶然引き起こした天羽々斬の覚醒が、同時に実験に立ち会った櫻井了子の裡に眠る意識を目覚めさせた。その目覚めし意識こそが、私なのだ」

 

 妖艶とでも言おうか、彼女は口元にうっすらと微笑を浮かべていた。奏者達は彼女の複雑に並べられた言葉を噛み砕き、理解する。

 

「……貴女が了子さんを塗り潰して…………?」

 

「フィーネと覚醒したのは何も私一人だけではない。歴史に記される偉人、英雄。世界に散った私たちはパラダイムシフトと呼ばれる技術の転換期にいつも立ち会ってきた」

 

「…………シンフォギアシステム」

 

 翼の中でそれはすぐに思い当たった。

 

「ハッ! そのような玩具、為政者からコストを捻出させるためのものに過ぎぬ」

 

 だが彼女にしてみればそれはただの金を集める為の遊びでしかなかった。

 

「なっ……!? ……お前の戯れなんぞの為に、奏は死線を彷徨ったというのか!!」

 

「あたしを拾ったのも、あいつを利用したのも、そいつが理由かよ!!」

 

「予想外の邪魔が入ったが、漸く準備は整った。そうさ、全てはカ・ディンギルのためっ!」

 

「「「ッ!?」」」

 

 大地は猛り咆哮を上げた。世界に何を訴えようというのか、地の底より轟きて、それは学院を突き破り聳え立つ姿を現した。

 

「これこそが地より屹立し天にも届く一撃を放つ荷電粒子砲、カ・ディンギル!」

 

「ほ、本当に兵器だった……。あれ? あれって地下の模様と同じ……?」

 

「く、そういうことだったのか……。道理で二課でも気付くことができないわけだ!」

 

 異様な模様が敷き詰められそびえ立つ塔、その模様は二課本部に向かう度に何度も見ていた景色と全く同じ。……二課そのものがカ・ディンギルだったのだ。どれだけ二課が優秀だったとしても、自分達の本拠地そのものが探しているものだとは思うわけがなかった。

 

「そんなもんでバラバラになった世界が一つになるとでも思ってんのか!」

 

「ああ、今宵の月を穿つことによってな!」

 

 空に登る紅い月がまもなく塔の真上に到着しようとしているのを見上げても、世界の統合と月の関係性は見いだせず戸惑う。

 

「あの小娘が言っていたことは概ね合っているが、私はただあのお方に並びたかっただけだ。そのためにあのお方に届く塔をシンアルの野にたてようとした。……だが、あのお方はヒトの身が同じ高みに至ることを良しとはしなかった。そしてあのお方の怒りを買い、雷霆に塔を砕かれたばかりか人類は交わす言葉まで砕かれる果てしなき罰、バラルの呪詛をかけられてしまったのだ」

 

 小娘とは恐らく未来のことだ。

 

「……月が古来より不和の象徴と伝えられてきたのは、月こそがバラルの呪詛の源だからだ。人類の相互理解を妨げるこの呪いを、月を破壊することで解いてくれる! そして、再び世界を一つに!」

 

「そのために私たちの学校を? ……未来や皆を?」

 

「……イかれてやがる。呪いを解く? ふざけんな! それはお前が世界を支配するって事じゃねぇか!」

 

「二人ともやるぞ!!」

 

「「はい!/ああ!」」

 

 聖詠――それは奏者である証。

 心に宿る色を映す思いの結晶を彼女たちは口吟む。

 

「-- Killter ichaival tron --」

 

「-- Imyuteus amenohabakiri tron --」

 

「-- Balwisyall nescell gungnir tron --」

 

 月に這い寄る闇の中、小さな光と共に彼女たちは己が魂の現身を纏いまっすぐ構えた。

 

「聖踊は気付いていたみたいだが、ついに間に合わなかったようだな。10体の大型ノイズにやられ(・・・・・・・・・・・・)、満身創痍のお前達小娘3人に何が出来る!」

 

 先の闘いからたった数時間。大破に近い損傷の修復はままならず、既にその身に纏うシンフォギアは傷付きひび割れていた。誰がどう見ても、どちらが不利なのかは一目瞭然だ。だが、今、了子……フィーネはなんと言った?

 

「10体の?」

 

「大型ノイズ、だと?」

 

「……やっぱり、そうだったんだ」

 

 あの場にいたのは最初に響が潰した1体とクリスが仕留めた3体の計4体。そして満身創痍になったのはノイズにやられたからではなく、踊達が前に立ち塞がったからだ。

 しかしフィーネはその場には10体いたと言った。出した本人が数を数え間違えるなどとは思えない。本当に最初は10体いたのだとすると、一体誰が半分以上ものノイズを倒したというのか。

 

 ……もうその答えは少女達の中に出ている。

 

「やっぱり、踊君達は操られてなんかいなかったんだ……」

 

 そんなことが出来たのは、ずっと姿を現さず、そして最後に姿を現した、熱い思いをその胸に詰めた彼らしかいないのだから……。

 

 

     *****

 

 

 誰もいない静かな戦場跡……。

 

「流石に連戦はちとキツいな……。よいしょっと」

 

 蒼白い火花を散らしながら人らしきものが一つ、おもむろに起き上がった。

 

「呵々ッ。俺はやっぱり負ける定めか。それにしても随分強くなったな……。二人はどうだった?」

 

「……うむ、いけるか。あの者の憑き物も漸く晴れたようだ。太刀筋に込められた信念は誠であった」

 

「――損傷は少なそうですね。……ええ、こちらも同じですよ。ふふふ、もう何も心配することはないみたいです」

 

 最初に起き上がった者と同じように、バチバチと火花を散らし倒れていた二人がゆっくり歩き寄ってくる。三人はそれぞれで身体の調子を調べていた。

 

『心配事はもう晴れましたか?』

 

「呵! ああ、大丈夫だ」

 

 何時ものように体内(・・)から聞こえてくる声にその人らしきものは応える。

 

「随分派手にやったな」

 

「んん?」

 

 そしてどこからともなく人が現れた。辺りの惨状を見て驚いているみたいだ。一つはボコボコと幾筋の穴がある更地、もう一つは気付かないうちにざっくり斬り捨てられ階層がズレてしまったビル群、そしてまた別の場所には白と灰色と茶色の煙が混じり吹き出す地下通路。一面が混沌と化している。

 

「「「『…………』」」」

 

 やった当事者たちも見渡してやり過ぎたことに気付いた。若干、ばつの悪い顔をしてそれぞれが別の方を向いて目を反らす。

 

「やれやれ……。ま、取り敢えず行こうや」

 

 女性に促され、彼らはボロボロの身体を引き摺り歩み始めるのだった。



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第三十六話

 激戦を耐え抜き欠けた刃が(フィーネ)の手にした鎖型の鞭を相手に鎬を削る。

 休まず熱され続け磨耗した銃口から弾丸が(フィーネ)の鎧の隙間を掻い潜らんと宙を舞う。

 そして、特別な武器を持たず思いを伝える為の身体のみでまっすぐ(フィーネ)にぶち当たっていた 。

 

 

*****

 

 

「ラァァアアア!!」

-- CUT IN CUT OUT --

 

 了子さんと斬り結ぶ翼さんを目眩ましに、クリスちゃんが小型ミサイルで空を覆い隠した。同時に私たちは左右から了子さんを襲う。

 

「フッ……!」

 

「……ッ!」

 

「っ……!?」

 

 けれど、了子さんは肩から伸びるクリスタルのような鞭でミサイルをなぎ払い、アメノハバキリの斬撃を受け止める。しかもユニットで叩き込もうとしていた私を避け、蹴り返してきた。

 打てなかったユニットを弾けさせて辛うじて直撃は免れたけど、いつものガングニールでもどれだけ耐えられるか分からない威力だった。今の半壊の状態じゃ、たったの一回ですら耐えられるかどうかも分からない。

 

「ソコッ!」

 

「させねぇ!」

 

 振るわれた鞭を間一髪のところでクリスちゃんがガトリング砲で撃ち落としてくれた。でも何百発と唸らせなければ一本も払えず、火力と威力の差が大き過ぎることはみて取れた。

 

「「…………」」

 

 後ろの二人と目が合った。互いに頷く。言葉は交わさなくても何となくで考えは伝わる。私は了子さんの傍限界まで近付き拳を引く。まだまだ慣れない方法だけど同時にガングニールに意識を回して、ちょっとだけユニットを下げる。

 

――拳を通して画くのは轟く雷。

 

 了子さんは私がこんなことを出来るようになっているなんて知らない。だから払い除けようと鞭をしならせた。

 

――師匠直伝、雷を握りつぶすようにッ!

 

「何ッ!?」

 

「アタァアアアッ!!」

 

 撃鉄を打つような轟音と同時に体の中の力が抜けるような感覚が襲う。でもちゃんと一発で相殺できた。驚く了子さんを余所にまだ後ろに引いていた腕を突き出す。

 何度も何度もユニットにエネルギーを送って、尽く鞭を迎撃した。

 

……遂に了子さんが下がった。

 

 残り少ないエネルギーから取り出し、踏み込む直前の脚部ユニットに込める。そして地面を踏み、弾け跳ぶ。

 

「グッ!?」

 

「ハイッ!」

 

 強力な反動で加速させた体で回し飛び蹴りを胸郭に叩きつけた。同時に脛当てが砕ける。

 でも、動きは止められたんだ。なら構うもんか。

 

「翼さんッ!」

 

「蒼ノ一閃!」

 

-- 蒼ノ一閃 --

 

 空を駆け、翼さんが碧い斬撃を落とす。今までのそれよりも遥かに薄く研ぎ澄まされ、それでいてなお濃い。地面を抉るように弓形を描き進む。

 

「クッ! 小癪な!」

 

--ASGARD--

 

 即座に組まれた何重にも重なる鞭の陣と拮抗した。

 

「まだ終わってないぞ!!」

 

-- 滅 --

 

 けれど、碧い斬撃に重ねるように振り下ろされた青く輝くアメノハバキリが溶け込み、色が歪んだ。叩きつけられた衝撃で最初の1枚が砕き散る。突き進む2色のコントラストがさらに2枚、3枚と了子さんを守る陣を打ち破った。そして、光の粒子を散らし蒼と化した劔が了子さんを守る最後の盾を捉えた。

 二段構えの蒼の瞬きが翼さんと共に少しずつ押し始める。

 

「はぁぁああアアア!!」

 

「小娘が、舐めるな!」

 

 翼さんの脇腹を鞭が突き抜けていた。何処から?その疑問はすぐに解決した。

 目の前で起こる信じられない光景があったから。

 

 ……壊れたはずの鞭が次々と再生していた。砕け散ったはずの菱形状の鎖が連なり元通りの姿を取り戻す。

 

「いったい……どういう、ことだ?……聞いた話と若干違う?」

 

 傷口を抑え立ち上がった。私はすぐに前に出て、後ろに庇う。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ。平気だ」

 

「ボサッとすんな! これ以上はもたせらんねぇぞ!」

 

「ごめん! すぐ行く!!」

 

 クリスちゃんが伸縮する鞭を撃ち落としていた。さっきのガトリング砲に代わって、撃っていたのは真紅の長い一丁の銃。

 

「チッ!」

--BLOOD CONFESSION--

 

 一発の重みが増しているようで数発で確実に鞭を止め、舌打ちをしながらも了子さんの動きを阻害していた。

 でも、よく見るとクリスちゃんが劣勢だ。一丁に減ったことで連射速度が落ち、集中力も欠き始めている。そして何よりも、イチイバルが悲鳴を上げていた。撃つ度にできる小さな亀裂が目立つ。

 急ぐべきなのはわかっていてもあと一歩が届かない。だから私は私のできることをするしかない。

 

「テェイヤッ!」

 

 恐れず進む、ただそれだけだ。例え両の腕の籠手が壊れても、両の足の脛当てが砕け果てても。

 

「巻き込まれんなよ」

 

 声と同時にまた小型ミサイルと噴き出す白煙が空を覆う。翼さんはすぐに下がった。けど私はまだ拳と脚を前に出す。

 鞭が唸りさえすれば、さっきと同じように払われてしまう。だからギリギリまで鞭を叩き潰す。

 

「邪魔だ!」

 

 了子さんの振るう鞭が増えた。ただの飾りだと思っていたトゲが鞭に変化した。

 

「立花!」

 

 翼さんの声で横に退いた。間を空けず蒼ノ一閃が全ての鞭を纏めて受け止める。もう了子さんにミサイルを止める手はない。

 

「いけっ!」

 

 大量のミサイルが地面を掘る。爆煙と砂塵で視界が悪い。でもそれは一瞬。煙は大気を切り払う刃や鞭、押し飛ばす拳で掻き消した。

 了子さんに目立った外傷はなし、か。

 まだ次がある!

 

「本命は、こっちだ!」

 

 肩に担ぐ二機の特大ロケットの片方が燻っていた火を吹いた。

 

……光を放ち明滅を繰り返すカ・ディンギルを指して。

 

「カ・ディンギルか!」

 

「ロックオンアクティブ!!」

 

 一直線にそれは飛ぶ。

 

「スナイプッ!デストロイッ!!」

 

 一寸の歪みもない。

 

「させるかァアアア!!」

 

 今までの余裕のない叫びを上げ、了子さんは中央に割り込んだ。煙を貫いて無数の鞭が躍った。

 

「もう一機は……な!?」

 

 そうだ。もう一機は何処に?

 

「……ッ! クリスちゃんッ!?」

 

「何をする気だ!?」

 

 カ・ディンギルよりも遥か上を目指して飛んでいた。クリスちゃんを乗せて。

 途轍もない高所、大気圏スレスのところでクリスちゃんは飛び降りた。

 

「血迷ったか!」

 

 月を背にクリスちゃんは体を広げる。

……月を、背に?

 

「--Gatrandis babel ziggurat edenal--」

 

 彼方より聞こえてくる詠う声。

 

「--Emustolronzen fine el barusl zizzl--」

 

 また、なの……?

 

「--Gatrandis babel ziggurat edenal--」

 

 また私から、私達から大事なものを奪うというの?

 

 小型ミサイルを撒いていた腰のユニットから小さな金色の粒が散らされ、ユニットは四枚の翅に別れた。

 深紅のアームドギアが二つの砲になる。

 翅の先から打ち出されたピンクの光の筋が粒に触れる度に曲がる。月の下に鮮やかな蝶が舞った。

 同時に放たれたカ・ディンギルの極光が大気を押しのけ月を目指す。

 

「止めて! クリスちゃんッ!!」

 

いくら叫んでも聞こえるはずがない。

 

「--Emustolronzen zen fine zizzl--」

 

 最後の一句を詠ってしまった。

 駆け登る砲撃に、クリスちゃんは赤の光を灯す銃口を突きつけて、その手の中にある引き金を引いた。蝶の翅が一斉に一点を射抜くが如く、向きを変えた。細い糸のように微弱な撃ち放たれたレーザーは、集っていくピンクの翅に包まれ光線となる。

 

「絶唱の収束!? カ・ディンギルを押し留めているのか!?」

 

 メラメラと滾る炎のように真っ紅な思いが波紋を起こす。それでも、そこまでしても、カ・ディンギルの砲撃は止まらなかった。生命の歌が薄れていく。思いを貪り生命を喰らってもまだ止められない。

……最後の一滴まで絞り出した紅の光は、

 

――――s。

 

……クリスちゃんを呑み込んで、月の橋を穿った。

 

「仕損ねた!?僅かに逸されたのか!」

 

 了子さんが悔しそうに言うがそんなのどうでもいい。

 

「そんな……」

 

 空を堕ちるクリスちゃんが見えてしまった。

 

「ぁぁ……ぁあ……いやぁぁあああぁぁぁああああっ!?!?」



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第三十七話

………………

…………

……

 

「へへへっ……」

 

「どうしたの?」

 

 学院を目指している時だ。クリスちゃんが突然笑った。

 

「んや。ちょっとな」

 

 状況は緊迫していても、何だかとても楽しそうに見えた。

 

「あたしにも夢ってのが出来たんだな、って思ったらよ」

 

「夢?」

 

「……足は止めるなよ」

 

 翼さんはそう言って、一瞬だけ速度を落として近づいてきた。翼さんも興味があるみたいだった。

 

「前さ、あたしは歌が嫌いだって言ったけど、あれ撤回する。やっぱりあたしは歌が好きだ」

 

「上手だもん。最初っから嫌いだなんて思ってないよ」

 

「私も思ってなどいない」

 

 翼さんとはまた違った力強い歌で爆発感が堪らない。

 

「っ……。う、うっせぇ……。パパとママが歌で世界を救おうとしたようにあたしも頑張ろうと思ったんだ!」

 

「照れたな」

 

「照れましたね。パパとママですって」

 

 顔の赤いクリスちゃんを見ながら、うふふと笑っていたのを覚えている。

 

「う、うるせぇえっ! んなもんどうでもいいじゃねぇか! そ、それでよ。てめぇのダチにも礼言っといてくれねぇか? もう一度、夢を見ようと思えたのはあいつのおかげだからよ……」

 

『いい大人は夢をみないかもしれない。でも、それって夢を諦めたからじゃなくて、夢を叶えている最中だからと思うよ。子供の時には見ることしかできなかった夢を、大人になったからこそ叶えられる。二人はそこに夢を見に行ったんじゃないんじゃないかな。多分貴女に夢が叶う姿を見て貰いたかったんだよ』

 

「……そう言われたんだ。思い返してみると、夢を語るパパとママは楽しそうだった。そのお陰でパパとママの思いをやっと受け取れた気がする。だからあたしは二人の夢を叶えたいと思えたんだ」

 

 ふへぇ、未来がそんなことを……。知らないうちに心配性な未来もすごくかっこよくなったなぁ。そんな風に感心したっけ……

 

「そっか。でも、未来は私だけの友達じゃないよ。もうクリスちゃんも未来の友達だよ。だって心に抱えてる思いを話せたんだもん。だからちゃんとクリスちゃんの言葉で言ってあげてよ。もちろん翼さんもです」

 

「ふふ、そうか」

 

「……ちっ、わぁったよ」

 

 なのに、なのにっ!!!

 

……

…………

………………

 

 

「もっと、もっと沢山話したかった。話さないと、喧嘩することも、もっと仲良くなることも出来ないんだよ! やっと仲良くなれたのに……。やっと自分の夢を見れたって、両親の気持ちがわかったっていってたのに……」

 

こんなの……こんなのって、酷過ぎる!

 

「はっ。見た夢も叶えられないとはとんだ愚図だな」

 

「な!?」

 

「愚かにも程がある。いつ誰がカ・ディンギルは一発しか打てないなどと言った。カ・ディンギルがいかに最強最大の兵器だとしても、ただの一撃で終わってしまうのであれば兵器としては欠陥品に過ぎない。必要がある限り、何発でも撃ち放ってこそ、最強最大の兵器!そのためにエネルギー炉心には不滅の刃デュランダルを取り付けてある。それは尽きることのない無限の心臓なのだ」

 

 ……さない。

 

「ッ! 嘲笑ったか……。命を燃やして大切な意志を守り抜くことを、お前は無駄と嘲笑ったのかッ!!」

 

「…………ソレガ……」

 

 ……さない。…るさない。ゆるさない。ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさなイゆるさナイゆるサナイゆルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ、イカサナイ……!

 

「ソレガ、夢ゴト命ヲ握リ潰シタ奴ガ言ウコトカァアアッ!!」

 

 殺シ尽クス!

 

 

     *****

 

 

「ちゃんと帰ってくるって、皆と帰ってくるって言ってたのに、なのにどうして……」

 

 モニターに、堕ちていくクリスが映った。壊れかけのマイクが、響の悲痛な声を拾う。

 

「お前の夢……そこにあったのか。そうまでしてお前が夢の途中と言うのなら俺たちはどこまで無力なんだ……」

 

 流れ落ちる星のように紅い光を散らす姿を見て、風鳴さんがもたれかかっている椅子に拳をぶつけた。

 

『雪音……』

 

 翼さんの呟き。響の嘆き。

 そして、

 

『ソレガ、夢ゴト命ヲ握リ潰シタ奴ガ言ウコトカァアアッ!!』

 

 咆哮……。

 

 響を黒い影が覆い潰した。人が発したはずの声は、重く深く轟き獣のようだった。

 鋭く伸びた綺麗な真白の犬歯が今は異様な恐怖を感じさせる。

 

「あ、あれが響……?」

 

『融合したガングニールの欠片が暴走しているのだ。制御できない力にやがて意識が塗り固められていく』

 

『まさか……っ! まさかお前は……立花を使って実験を……!?』

 

『実験を行っていたのは立花だけではない。見てみたいとは思わんか? ガングニールに翻弄されて、ヒトとしての機能が損なわれていく様を』

 

 過去にも……同じようなことが?

 

『貴様はそのつもりで立花をッ! 奏をッ!』

 

 奏って……ツヴァイウィングの天羽奏さんのことだ……。

 漆黒の響がその朱くギラつく目に了子さんと呼ばれる女性を捉えた。閃光の中に虚無が駆け、女性が咄嗟に張ったシールドに凹みが入る。

 動きにさっきまでの洗練された武はない。ただのケンカみたいに我武者羅で大振りなパンチ。

 女性の乱舞する鞭を掻い潜り、兎にも角にも直線に進む。

 

『もはやヒトに非ず! ヒトのカタチをした破壊衝動!!』

 

 四つ這いになり唸る響に女性は押されていることも気にせず、愉悦に富んだ嗤いを上げ続けた。

 

『ガァァアアアッ!!』

 

『……!』

 

 シールドになっている鞭の一本を片手で掴み取ると引き千切った。無理矢理開けた隙間にもう一方の腕を女性の胸に突き立てた。

 胸が縦に裂ける。ザックリ裂かれた胸から大量の血が、出ない。

 

むしろ女性は更に笑みを深めた。

 

『もう止せ、立花ッ! これ以上は聖遺物との融合を促進させるばかりだぞ!!』

 

『ガァァアアア!!』

 

 翼さんの静止を聞かず、静止をかけた翼さんにまで拳を振るってしまった。それを翼さんは剣で払いはしたけれど、乱暴に出された拳圧に押し負けて瓦礫の中を突き破り、飛んでいく。

 

「なんなのよ……これ…………。もう終わりじゃないっ!」

 

「「「「…………」」」」

 

 さらに追撃を掛けるために走る響を見て誰かが呟いた。これが私たちを守るために戦う姿なのかと叫んだ。誰もすぐに反論できなかった。あんな響、私だって見たことがないんだ。言いたくても今のあの響を見ると言葉に詰まってしまった。

 けど、それでも響ならちゃんと約束を守ってくれると信じている。

 

「……まだ終わってない」

 

だから私は答える、モニターに映る真っ黒な響と瓦礫を払い除け全壊してしまった一部の鎧を取り払った翼さんが対峙している姿を見ても。

 

「私は、最後まで響を、皆を信じる」

 

 響に向かい合う翼さんは静かにその手に握っていた刀を地面に突き刺し、離れて見る傷一つない女性を一瞥して吐き捨てるように言った。

 

『人のあり方すら捨て去ったか……』

 

 そして力を抜いて優しい目を響に向けて語りかける。

 

『立花、私はカ・ディンギルを止める。だから……』

 

 翼さんは動かず、響の拳をその胸で受け止めた。……ううん、そうじゃない。翼さんは響の拳を受け入れた。そして咆える響を両腕で抱きしめる。

 

『その手を納めてくれ。これは、束ねて繋げる力のはずだろ?』

 

 そっと手を取り言葉を紡ぐ。

 

『……立花響。奏から継いだ力をそんな風に使わないでくれ』

 

 その言葉と共に、響の動きが止まった。それを見届け彼女は女性を見る。口から垂れる一筋の血さえ拭おうとせず、突き立てた刀を手に足を前に出した。

 

『待たせたな』

 

 その姿は戦場に赴く直前の覚悟を決めた武士の如く、雄々しく凛々しい。その手に握る刀から揺らめく蒼の火が灯る。

 

『どこまでも剣と往くか』

 

『今日に折れて死んでも、明日に人として歌うために。……風鳴翼が歌うのは戦場ばかりでないと知れッ!』

 

『ヒトの世界に剣を受け入れる地など在りはしない!』

 

 互いの武器が交錯する。一瞬も止まることなく即座に刀を寝かせると、翼さんは女性の背後を取った。脚部から刃を出し蹴りを放つけれど、自在に動く鞭に遮られた。それにすぐ反応し手の中の刀を返して斬り飛ばす。

 それは大きな隙になった。

 女性のもう一方の手にある鞭が間髪入れずに下から襲いかかっていた。でも翼さんは上げたはずの刀をもう振り下ろし最下点で激突させた。当たると同時で翼さんが飛び上がる。

 

「上手い!」

 

 翼さんは自身に当たらない僅かなところまでを予測して、冷静に最小限の動きだけで鞭を捌き、そこで刀を上げるのを止めていたんだ。

 空中に身を躍らせ翼さんが刀を縦に振り上げる。この構えはさっき見たのと同じだ。

 

『蒼ノ一閃!』

 

『させるか!』

 

 速度が出ないうちに、しなる二本の鞭が刃にぶつかった。繰り返される激しい衝突に映像が荒く乱れる。さらに衝突に巻き込まれた砂埃が画面の上を舞い見辛くなる。

 

『目眩ましになるとでも……ッ!?』

 

 突如、煙に穴を開けて無数の青い線が降り注いだ。

 

『千ノ落涙か!』

 

 降ってきていたのは大量の蒼色の短刀だ。たぶん形が変わる刀の一部。最初の一振りを躱し、女性は振ってきた方向に向け盾を張った。軽々と弾かれたと思ったら、最後の最後に煙を真っ二つに裂いて巨大な剣が盾に突き立てられた。

 

『グッ……、初めから狙いはカ・ディンギルか!』

 

 翼さんは真っ赤に燃える二本の剣を手に、カ・ディンギル目指し飛んでいた。

 

『させるかァアアア!!』

 

 クリスの時と同じように、女性は焦りを見せ巨大な剣を横に鞭を大きく振りかぶり、無作為に飛ばした。普通だったら当たらなかったはずだ。でも翼さんは完全に背中を向け、真っ直ぐ上を目指していたせいで、一本の鞭が翼さんの脇を貫いた。

 吹き出す鮮血がモニター越しにも鮮明に映った。

 

『…………わ……は』

 

 火が散り、崩れ落ちていく姿を見ていることしか私たちにはできない。モニターを見ていた一人が口元を抑え、目を反らした。

 

――なに弱気なこと言ってんだ。

 

 マイク越しのようなそうでないような不思議な声が聞こえた気がする。

 

――翼。あたしとあんた、両翼揃ったツヴァイウィングなら何処までも遠くへ飛んでいける。そうだろう?

 

『どんなものでも、越えてみせる! ……立花ァァアアアッ!』

 

 幻聴が聞こえなくなった。その時、両手の剣に真っ青に燃え上がる荒々しい炎が覆った。落ちた分を取り戻すかのように、さっきまでとは比べものにならないくらいの推力を受けて駆け登っていく。後ろから迫る鞭を焼き尽くし、何人たりとも止めることの出来ない炎鳥が大空を羽撃いた。

 

『私の想いは……またしても…………』

 

 カ・ディンギルは強烈なエネルギーが中で暴走したことで爆発し消滅した。

 

「……天羽々斬…………反応途絶」

 

「身命を賭してカ・ディンギルを破壊したか、翼……」

 

 弦十郎さんは天井を見上げて呟いた。

 

「お前の歌、世界に届いたぞ……世界を守り切ったぞ……!」

 

 強く握りすぎたその拳からは大量の血がしたたり落ちていた。

 

「わかんないよ……。どうして、みんな戦うの!? 痛い思いして、怖い思いして、死ぬために戦ってるの!?」

 

「っ! そんなわけないでしょ! みんな痛い思いも怖い思いもしてる同じ人間だよ!  死ぬために戦ってるわけがないじゃない。……響たちはただ……ただ、誰にも同じ思いをしてほしくないだけ…………」

 

 事故に巻き込まれたことで沢山苦しんで、大切な人と生き別れ悲しんで、人との付き合い方がわからないと寂しげにもらす、私たちと同じで何も変わらない。ただ私たちよりも深い苦しみを知っているだけなんだ。

 でもそうだからこそ、響たちは戦っているんだ。

 

 画面の奥で制服姿に戻った響が倒れていた。その目の中に、いつでも明るい前を見る輝く煌めきはなかった。その瞳は諦めていた。

 このままじゃ響の心が……壊れてしまう…………。

 

「あっ! 格好いいおねぇちゃんだ!!」

 

「え?」

 

「こら! 勝手に入っちゃ!! ……あ」

 

 勝手に入ってきた女の子がそう叫んだ。その子のお母さんも一緒だ。

 

「響を……彼女を知ってるの?」

 

 モニターを見つめる女の子に問いかける。けれど女の子はモニターに見入り、代わりにお母さんが答えてくれた。

 

「少し前、うちの子はあの子に助けていただいたんです。ノイズ事件に巻き込まれて、はぐれてしまったこの子を、あの子は自分の危険を顧みずに助けてくれたんです。きっと、他にもそういう人たちが……」

 

「響の人助け……」

 

「ねぇ、格好いいおねぇちゃん、助けられないの?」

 

 私も助けたい。でも何が出来る?

 ……信じて待つのは今と同じ。それじゃダメ。ここで指をくわえて見てるより、動くべきだ。

 けど、私たちが外に行ってもあの女性には敵うわけがない。危険なだけだ。なら、私が響たちの為に出来ることは何がある?

 私ならわかるはず。響が今の校舎を見て思うことは……。

 

「……伝えれば良いんだ」

 

「「「「?」」」」

 

 私たちの死。

 

「風鳴さん! ここから響に私たちの声を、無事を知らせるにはどうすれば良いんですか?」

 

 響が戦うのは誰かを助けるためだ。誰かを傷つけるためなんかじゃない! そうだ……。今の響には戦う理由が、守るものがないんだ。だから抗おうとしない。戦おうとしない。

 

「校内のスピーカを使えばなんとか可能です……。しかしその動力は止まっていてどうにも……」

 

「私が行きます」

 

「何を言って! 「これは私のわがままです。だから、私が行きます」 ……だが」

 

「……私たちも行くわ」

 

 一緒にいた三人も立候補してくれた。それで風鳴さんが折れた。

 

「緒川、頼んだ」

 

「わかりました」

 

 緒川さんを先頭に私たちは動き出す。

 

 もう少し待ってて、響。

 



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第三十八話

     *****

 

「なんであたしの所に来たんだ……。お前はあいつの元にいくべきだったんじゃねぇのかよ」

 

「…………ふふふ。何か思い違いをしていませんか? 私の居場所は常にあなたの横ですよ」

 

 

     *****

 

「……助けてくれた事に関しては礼を言う。だが、お前が行くべきなのは私の元ではなく、あいつの隣だ。すぐに行け」

 

「ふ、間違って等おらぬ。拙者は汝のためにここにおる」

 

 

     *****

 

 翼さん……クリスちゃん……、二人とももういないんだ……。学校も壊れて、未来たちもいない…………。私は何のために戦っているの……。

 

「みん……な…………」

 

 なんだか、全部がどうでも良くなってきた……。了子さんが何か言っていた。そしれ髪の毛を捕まれて、蹴られて、投げられた……。でもそれももうどうでも良い。みんなのいない世界で生きたって意味がないもの……。

 もう、いいや。目を閉じてしま……

 

「――仰ぎ見よ――」

 

……?

 

「う……た…………?」

 

 眠らないで……、まだ私たちはここにいる? 

 

「未来、なの……?」

 

 ……負けないで。

 

「何だ? 何処から聞こえてくる、この不快な歌は……歌、だと?」

 

「……聞こえるよ。みんなの歌」

 

 わかったよ……。未来。

 

「私を支えてくれているみんなは、いつだって傍に……」

 

 私はまだ眠らない。

 

「みんなが歌っているんだ。だからまだ、歌える」

 

 みんなが待ってくれているから、眠れない。

 

「まだ頑張れる!」

 

 ガングニール、もう一度だけで良い。……お願い、力を私に貸して。もう一度立つために!

 

「戦えるッ!!」

 

「まだ戦えるだと!? 何を支えに立ち上がる!? 何を握って力と変える!? 鳴り渡る不快な歌の仕業か? そうだ、お前が纏っているモノは何だ? 心は確かにオリ砕いたはずだ。なのに、何を纏っている? それは私の作ったモノか? お前の纏うそれは一体何だッ!? 何なのだッ!?」

 

 私の全てを光が祝福してくれる。みんなの想いが私たちの中に集まってくる。

 

「私の前で、その不快な歌を、光を、放つなァアアアッ!!」

 

 もの凄い速度で迫ってくる一本の鞭。でも焦りはなかった。

 

……信じていたから。

 

「踊……」

 

「ッ!?」

 

 甲高い音と共に重い衝撃が拡がる。砂の舞う煙の中に桃色の結晶がきらきらと漂った。永遠に留まる煙がないように、風になびかれ砂が晴れる。

 

「聖、踊!」

 

「……待たせたな」

 

「踊君」

 

 踊君が私の前に立っていた。その背はオレンジに光る粒子に照らされている。

 

「行きな。待ってるぞ」

 

「……うん!」

 

 身体が自然に浮く。天に登る三つの柱の一つが私を包み、力が湧き上がって、虚ろだった身体全てに漲った。

 

みんなの歌声が私に負けない力を与えてくれる。クリスちゃんや翼さんにもう一度立ち上がる力を与えてくれる。

 

だから私は戦う。みんなの想いを力に変えて!

 

「シンフォギアァァアァアアアアアアッ!!!」

 

「高レベルのフォニックゲイン……これは3年前と同じ……」

 

 身体が軽い。まとっていた服は白く輝きを放ち、背中から生える一対の光のツバサが大気を叩く。

 

(んなこたどうでもいいんだよ!)

 

「念話までも……」

 

 四枚の羽根にバックパックがあった辺りからひらひらと2つのツバサが揺れる。その瞳は力強く、了子さんを射抜いていた。

 

「ちっ、限定解除されたギアを纏ってすっかりその気かっ!」

 

 了子さんが杖のようなモノを掲げた。禍々しい緑の濁った光が廃退した校舎をや人のいなくなった町、空を塗り替えてしまう。

 

(あいつは……ソロモンの杖ッ!)

 

(あれがそうなんだ……)

 

(ほぅ……)

 

 陸に蔓延り、雲のように空を埋め尽くすカラフルな暗色に唯々驚いた。もし町にまだ人がいたらと思うと恐ろしいけれど、そうじゃないのなら何体いようと恐怖なんかない。

 それよりも辛いのは、暴走していたとしても翼さんを傷つけてしまったことだ。

 

「翼さん……。わたし、翼さんに……」

 

 翼さんの胸に拳を突き立ててしまった。

 

「ふふ、どうでも良いことだ」

 

 でも翼さんはそう微笑んで、足のユニットから逆巻く二対のツバサを羽ばたかせる、

 

「立花は私の呼びかけに応えてくれた。自分から戻ってくれた。その自分の強さに胸を張れ」

 

「…………」

 

 傷のない胸に手を当てて、心強い言葉をくれた。

 

「一緒に戦うぞ、立花」

 

「……はいッ!!」

 

 翼さんから伝わるあたたかいもの……、

 

「クリスちゃん」

 

「へへ、任せな。まだまだいくぜ!」

 

 クリスちゃんから伝わるあたたかいもの……。

 

「イケッ!」

 

 地上を這う小さなノイズが針になり、突っ込んできた。でも蒼のツバサを前に斬り伏せられる。

 

(雑魚は任せろ)

 

(派手に咬ますぜぇっ! 来い!!)

 

切り離されたクリスちゃんのユニットが急速に変形を始め紅の兵器になった。丸みを帯びたフォルムに1対の爪と広げた鋼のツバサを持つ巨大兵器。それはクリスちゃんを乗せると火を吹かせ、空のノイズの膜に穴を開けた。

 

(ファイアッ!!)

 

--MEGA DETH PARTY--

 

 幾十の太いレーザーがノイズを貫き、自在に曲がって暴れ回る。隙間なく編み込むようにノイズの海を泳ぐ光は伝承に残る龍のよう。

 

 一辺もその輝きは衰えず、むしろ増していく。

 

(流石だな)

 

(すごい乱れ打ち!)

 

(全部狙い撃ってんだ……よっ!)

 

 気合を込めた一発が泳ぐ龍に正面から突撃し、炸裂した。ノイズが細かく散った光に当てられ、消し飛んだ。

 

(よぉっし! だったら私が!)

 

 拳に想いを乗せて……、

 

(てりゃりゃりゃりゃっ!!)

 

 大気の圧に叩きつける!

 

(これが私のォオオ!)

 

 本来不変であるはずの層に作り出した真空の隙間。どんなに大きくともそれはすぐに元通りになってしまう。でもその時、周りの空間を巻き込んで変化は急激。無を埋める為に吸い込まれる余剰の空気に私たちの力が混ざって、一つの礫が無の中を進む。

 

(乱れ打ちだァアアアアッ!!)

 

 地面に礫が当たる度に、爆発が起きた。どんどんノイズが消し炭になっていく。

 

(邪魔だッ!)

 

--蒼ノ一閃--

 

 片手で振り抜いた一閃が低空飛行していた大型ノイズをまとめて突き破り、容易く滅した。

 

((いくら出ても、今更ノイズで!))

 

(止められるなんて思わないでください!!)

 

 了子さんに目を向ける。もう諦めて欲しい。そう思ったけれど、了子さんの目は狂気に染まっていて、止まる気配がなかった。そして何かを叫び、掲げていたソロモンの杖を突き刺した。

 

「あぁっ!?」

 

「何を!?」

 

「えっ!?」

 

 ……自身の胸の中心に。

 

(ノイズに取り込まれているのか……?)

 

(ッ!? 違ぇえ! あいつがノイズを取り込んでるんだ!!)

 

 遠目ではっきりとは分からないけれど、何かをしている了子さんの元にそこら中に残っていたノイズが集結していく。次々集まるカラフルなノイズが捏ねくり回されて濃い赤紫の粘土みたいになってしまった。

 

(……間に合わなかったか)

 

(てめぇ、いつの間に!?)

 

 どうやって来たのか、いつの間にかクリスちゃんの外部装甲(?)の上に踊君は立って、ぐちゅぐちゅと嫌な音を立てるどろどろした半液体のそれを見下ろしていた。残っていた全てのノイズを飲み込んだそれは突如膨れ、噴水が湧くように液体を吹き上げ固まった。

 

(お、大きい……)

 

 飛行している私たちよりも遙か上に頭を持つそれは、なんとも表現し辛い姿だった。強いて言うならウナギとかそのあたりになると思う。細長い辺りは似ているし、エラのようなものもあるし。でもエラっぽいのが4枚くらいあったり首があったりして、例えにあんまり納得がいかない。

 見上げて見ていた頭の先端が赤く光った。何か嫌な予感がする……。

 

(拡がれっ!!)

 

(散れっ!!)

 

 クリスちゃんと踊君のかけ声を聞いてすぐにその場から離れる。私たちの丁度真ん中を光が通り抜けそのまま町の一角に着弾して、その一角が消滅した。

 

(ま、町が……)

 

(大丈夫だ。誰も死んでない。あたりにいた住民も全員無事だ)

 

 目をつぶって踊君は隣に来てそう言った。

 

「……なぁ、巫女の嬢ちゃんよ。そろそろ駄々捏ねんのも止めにしてくれないか?」

 

 私たちの前に出て、了子さんにそう問う。それは親がいたずらをした子を叱る時のような声色だった。哀愁を漂わせる声に、巨大な怪物は頭のサイドから鋭く伸びた髭のようなものからビームを出すことで返答した。

 

(止まるものか! 貴様等は逆さ鱗に触れたのだ。相応の覚悟はできておろうな!)

 

(ただでかくなりゃいいってわけじゃねぇんだよ!)

 

 一人勝手に飛び出すと、武装のカタパルトを一斉に開きレーザーやミサイルを次々撃ち始めた。巨大な的になったことで全弾命中する。けれど爆煙が晴れて見えたのは、鈍い光沢を放ったままの傷ひとつない怪物だった。     

 

(このぉッ!)

 

(私たちもやるぞ!)

 

(はいっ!)

 

 少し離れてから一気に接近して技を放つ。蒼ノ一閃と私の拳がその体に深い傷をつけたのを確認した。

 

(離れろバカ!)

 

 飛ぶ踊君に引っぱられて距離が開いた。慌てて腕のあった位置を見ると傷口は既に肉が盛り上がり綺麗になっていた。

 は、離れるのが一歩でも遅かったら呑み込まれていたかもしれない。

 

(ネフシュタンの能力に、デュランダルのエネルギー。制御にソロモンの杖か……)

 

(いくら限定解除されたギアであろうと、所詮は聖遺物の欠片から作られた玩具。参機の完全聖遺物に対抗できるなどと思うてくれるな!)

 

(聞いたか?)

 

「ああ。チャンネルをオフにしろ」

 

「おう」

 

 ……? 何かを閃いたらしい。そう言うと、二人は案を練るために顔を見合わせた。

 

「……なら欠片じゃ無ければいいんだろ」

 

「それってどういう……? ……って、なんで浮いてるの?!」

 

 今更ながら踊君が普通に浮いていることに気が付いた。余波で散っていたんだと思っていたけど、まだ光り続ける粒子も可笑しい。それに念話までも使っている。

 

(遂にこの時が来ましたねぇ~。あれが彼女たちの奏でる歌が起こした奇跡の形ですか)

 

 こつこつと森の先から軽快な靴音を響かせ、分厚い化粧に覆った灼眼のピエロが愉快げに現れた。

 

(未来を掴むための新たな一歩を踏み出したのだな)

 

 黒い羽織を靡かせ崩れた町から、白色の骸骨の面を被る凍眼の武士は瓦礫を払いのけ押し進んでくる。

 

(呵々、やっと俺たちの歩みの終着点だ)

 

 隣でたゆたう雷眼の教師が目を見開き、私たちの前に出た。

 

(随分とボロボロではないか。そんな死に損ない共に何が出来るというのだ)

 

(俺たちが出来ることなんかないさ。でもな、誰かを守るために何でもしようとする奴に力を与えることならできる)

 

(何を言っている……? 出来ることなどありはしない)

 

(それはどうかな)

 

(踊君、貴方達は一体、何者なの?)

 

((…………))

 

 一瞬の間を開け、踊君は深く息を吸い込んだ。

 

「我等が真名をその胸に刻め。我等が心火をその目に刻め!」

 

 ずっと気になっていた踊君の正体、前に聞いた話だけじゃ、納得出来ないことがいくつかあった。時間がある時に何回か聞いたけれど、結局はぐらかされてきた。それが漸くわかる。

 三人を照らす細かな粒子が増幅して、一片の濁りのない澄んだ三色の光で彼らを包み込んだ。ふわふわ浮き上がり、私たちと同じ高さで、私と了子さんの中心に並んで止まる。

 星々の輝きに劣らない光が弾け散るその時に、彼らは順に予想を越えた答えを返した。

 

「第一号完全(・・)聖遺物、天羽々斬。死聖神(ディバイン・デス)

 

「第二号完全(・・)聖遺物、イチイバル。聖なる者(サージェ)

 

「第三号完全(・・)聖遺物、ガングニール。聖踊」

 

 と……。



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第三十九話

 光明が消え見えた場所に彼らの姿はなかった。代わりにあるのは、三種の武具。ただそこにあるだけで、強い存在感を放つそれらは私を初めとする全員を驚愕させるのに十分過ぎるもので、了子さんも怪物の胸を開き直にそれを見た。

 

(そ、そんなバカな……何故……何故、それがここに…………。どういうことだ!!)

 

 私の前に投槍が深く彫られたルーンを煌めかせながら宙に浮き、翼さんの前で絶剣がその美しく栄える刀身で暮れゆく月光を映し顕現する。そしてクリスちゃんの前に魔弓が薄く垂れる一房の暁の日差しを受け、燃え上がる炎のように紅蓮に輝きなびいていた。

 

「響、翼、クリス」

 

 武具は再び光に崩れて人の形を取る。頭蓋の面や道化の化粧をしていない素顔を見せてくれた。

 

「え……?」

 

 彼らは瓜二つどころではなく全く同じ顔をしていた。私と了子さんは驚いて呆然としていた。けれど翼さんとクリスちゃんは目を鋭くさせて見るだけで、仰天まではしていない。

 

「踊く……ん? これはいったい……どういうこと?」

 

 皆踊君の姿をしているからどれが踊君かわからない……。とりあえず槍になっていた人に聞いてみる。その人の雷色の瞳が私の姿を納める様を見て気付く。この人が踊君だ。

 

「黙っていて悪かったな。俺たちは別々の存在じゃないんだ。本当はこの三種の神具で一つの存在、それをある目的の為に各武具ずつで分裂させたのがディバンスであり、サージェなんだ」

 

「…………」

 

「フィーネ。昔の貴女にならわかったはずです。俺の姓、ディバンスの名、サージェという言の意味。そこから導くことは出来たのですよ。世界を知りたい、あの方と長くいたいと思っていた貴女なら」

 

(……ッ!? 黙れッ!!)

 

「気付いたようですね。聖、Divine、Sage……皆、聖なるものの意。あの方に繋がる言の意なことに」

 

 ディバンス、ずっと略してデス、死神だと思ってた。でも元々略されてたんだ……。ディバイン・デスなんだ……。

 

「黙れと、言っている!!」

 

「黙るわけにはいかない」

 

 了子さんは手にした両刃の剣を振り指示を出す。そして胸が閉じられ、怪物の巨大なエラのような羽から100を越える褐色ビームが撃ち出された。それに同じ鎌を携えて踊君達は立ち向かう。

 

「でもその前に……。/*;@.%#……いや今はフィーネ、貴女の知らないことを教えなければなりません」

 

 聞き取れない不思議な発音で怪物の中の了子さんに話しかける。けれど彼女は聞こえていないのかその段幕に止む気配は一切ない。

 

「グゥ……」

 

「ガッ……!」

 

 打ち払う三つの鎌に傷はない。けれど捌き損ね躱せなかったものが何度も三人に傷を与えていく。

 

「ッ……、私たちが生まれた理由を……!」

 

「踊君ッ!?」

 

 ディバンスとサージェを狙っていたものも含めて、飛び交う全てのビームが一斉に向きを変えた。空中を踊るように乱舞し、鎌を盾に言葉を紡ごうとしている踊君に押し寄せる。……了子さんが踊君の言葉を拒んだんだ。

 いつの間にか踊君は一人称を私に変える。他人に礼儀を払う姿は初めて見た。師匠に払っていたのはあくまで敬意。いつもから遠く離れた態度でも、礼儀を払う姿は他よりも踊君の容姿に相応しく美しい。

 

(黙れ、黙れ、黙れ、黙レ、ダマレ、ダマレ!!)

 

「ハァァッアアアアッ!」

 

 小爆破を起こし踊君は切り抜ける。

 

『……きさ。……ひび……ん!』

 

「! イアちゃん!」

 

『聞こ……か? ……を……て!』

 

 念話とは違う通信系の声が耳に伝わった。必死に呼びかけてくるその声を聞くために。

 

『フィー……んを、了子さんをた……てくだ……! このままじゃ、あの方…………!』

 

肝心なところが聞こえない!苛立つ心を落ち着け呼びかける。

 

「聞こえないよ! 了子さんがどうしたの?!」

 

『……踊さんの……ちを、彼の……いを、ひび……の歌で……』

 

 私の声もイアちゃんには聞こえてない。イアちゃんはノイズが混ざり不安定な通信の中でも懸命に私の元に伝えてくれた。

 

『つな……めのその手で、みんなに伝えて……奇跡を紡いだ……ちなら、彼らが……だ貴女たち……必ずできる』

 

「……えっ?」

 

『最速で、最短で、まっすぐに、一直線に、胸の思いを伝えてください』

 

一筋の光線が踊君を貫いた。通信が途絶え声が断たれる。

 

「踊君っ!!」

 

(こ、こからは……貴女たちの戦い、です。もうベイバロンの……動きは見切れたで……しょう?)

 

「お前、あたしらのために!?」

 

(我等では救えなかった……。黙示録に記されし紅き龍を、堕ちた緋色の少女を……頼む)

 

「ディバンス……。お前の勇姿、この胸に確と刻み込もう。そしてお前の意志、この防人が受け継いでみせよう、この剣に懸けて」

 

 空で攻略の糸口を模索していた二人。手足をあらぬ方向に曲げてでも飛び続けた彼らが落ちていく。

 

(これが……俺たちの最後の餞別だ)

 

 粒子になって散る。一刻のために生き、生命の灯火を燃やす蛍のよう。三色の光が視界いっぱいに広がって、私たちの中に溶け込んだ。

 

(……!? 完全聖遺物を取り込んだ……!?)

 

「踊君……。うん、わかった。了子さんは私たちが止めてみせる」

 

【Lost…… 】

 

「わっ!?」

 

 いきなり目の前に文字が現れた。目の前というか目の中?瞼を閉じても映る。

 

【Reload, --GUNGNIR--】

 

【Connecting……】

 

【Welcome, --HIBIKI TACHIBANA--】

 

【--Start Fitting--】

 

 次から次へ文字が現れたり消えたりを繰り返す。そして全てのアイコンが消え、最後の文章が視界の中央に表示された。

 

【Access】

 

 造形に変わりがなくても、漲っていた皆の力が純化していく。

 

「やるぞ。雪音」

 

「あぁっ! 次で絶対に仕留めてやるぜ!」

 

(ちィイッ! だが、所詮は低位の聖遺物であることに変わりはしない。この不滅の刃と無限の心臓、双対の力の前には無駄!)

 

 ベイバロンと呼ばれた怪物から大量の触手が生えた。ツバサをはためかせ動き出す。速さは同等、でも小回りなら私たちの方が上。ガングニールから知らされる触手の位置を確認して、点と点を結ぶように空を直線に駆けて引っかき回す。その時、翼さんとすれ違った触手は否応なしに刹那の内で斬り捨てらた。

 見れば翼さんの足下に足場が出来ていた。羽撃つツバサは飛ぶためではなく重力に逆らうためだ。足を置いた位置で的確に現れるその足場は、翼さんのためだけに用意された無限に拡がる広大な舞台場。力で断っていた翼さんに本来の技で絶つスタイルを可能にさせていた。

 

(こざかしいマネを!)

 

 遂に来た。了子さんの意識が翼さんに向けられた。この待ちに待った指示のない一瞬の自動追尾に、急停止を加えて自分から真っ直ぐ、蠢く触手の中に突っ込んだ。前を塞ぐ全部を貫いて、外へ抜け出る。

 振り返ったそこにはぐちゃぐちゃに絡まって身動きの取れない触手が藻掻いていた。

 

「いっけぇええええ!!」

 

 数十本をまとめてぶん殴って消し飛ばす。後は、生えてくる直前のヤツだ。

 

「どりゃぁぁああああっ!!」

 

(虫螻共がッ!!)

 

 了子さんが操る触手は私と翼さんを執拗に狙う。不意で怪物の傍を離れた。

 

(おいおい。そんなにそいつらに構っちまっても良いのかよ! 上がガラ空きだぜッ)

 

(…………)

 

「ダメッ!? クリスちゃん! 逃げて!!」

 

 怪物の頭からまで触手が生えた。踊君たちが稼いでくれた時間で話し合った策は破られてしまった。身体だけじゃなくて頭からまで飛び出すなんて思ってもみなかった。もう既にクリスちゃんの機体は全てのユニットを解き放ち準備は万端で直撃するしか……。

 

(ニィッ、なぁんてな。……やっちまえ)

 

 急に機体が小さく格納され自由落下を始めた。

 

(なっ!?)

 

「うぇぇええ!?」

 

 驚愕の行動に唖然と言うか呆気に取られた。腹の底にまで響いてくる深く大きな音が聞こえたのは、その直後、怪物の手前だった。

 

「……油断したな。本命はこちらだ」

-- 蒼ノ一閃 滅破 --

 

 巨大な剣を振り下ろしていた。胸には大穴が開けられて中の了子さんの姿がはっきり見える。

 

(邪魔をッ! だが所詮は無駄な……!?)

 

 でもネフシュタンの鎧の恩恵を受ける怪物の前ではやはり無意味で、すでに修復が開始されていく。

 

「だーかーらー、油断しすぎだってぇーの!」

 

 紅い流星が穴に吸い込まれるようにして穴を通っていった。

 

「全部受け取りやがれぇッ!」

 

 中から起きる大爆発が、開閉する胸を細切れに千切るのはわかった。くねりと曲がるレーザーに死角がなくて何も見えない。でも二人はすぐさま次の一手に動き出していて、了子さんの思考を塞いでいた。

 レーザーが止み煙も晴れた時、開いた穴から翼さんも進入していた。しかも構えは整っている。

 

「ハァァアアアアッ!!!」

 

「ッ!?」

 

 了子さんの人外盾と剣の衝突の最中、遠くから離れて見ていた私は煙から何かが飛び出してくるのが見えた。

 

「そいつが切り札だッ! 正気を零すな、掴み取れ!!」

 

「えっ?」

 

 黒い煙から顔を覗かせ翼さんが叫ぶ。金色のそれは弧を描いて下に落ちていって全く届いてないんですけど!? しかも遠い!

 

「ちょっせえッ!!」

 

 数発の発砲音が音を奏でる。クリスちゃんだ! 落ちていくそれを弾いて距離を稼いでくれた。

 

「受け取りやがれぇええッ!!」

 

(させてなるものかッ!)

 

 怪物の触手が高速でそれを追いかれ始めた。どちらが先に取るか、たぶんここが勝負の分け目になる。負けられない!

 

(デュランダルは渡さん!!)

 

「渡すかぁぁぁぁああああああああッ!!!!!」

 

 金色の剣……デュランダルに、先に触れたのは……。

 

「コイツはあんたのもんじゃねぇぜ。了子さん」

 

 見たことのない鎧を纏う女性だった。



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第四十話

「もう少しゆっくり慣らしていきたかったんだがねぇ。まったくホントままならないね」

 

(な、何故だ……何故、お前がここにいる!? 何故ギアをまとえる?! いや、そもそも何故お前がギアを持っている?!」

 

 大地に降り立った女性は朱の長い髪をたゆたせて、朱金の甲冑に身を包んでいた。掴んだ剣を振りながら軽口を叩く。

 

「へぇ、コイツがこの大本になったって言うデュランダルか。確かにあたしにしっくりくるね……。ああ、でもやっぱりまだあたしじゃ使えないみてぇだ。ちぇっ、あいつの言う通りにするっきゃないのかよ。あーあ、もうちと時間がありゃ何とかなったのだろうによ」

 

 残念そうにデュランダルを振る手を止めた。

 

「翼ー! まさか折れたりなんかしてないよな。こうしてまた同じ舞台に立てたんだ。久々のセッションといこうじゃん」

 

「誰だ、あいつ……?」

 

 クリスちゃんはまだあの人と会ったことってなかったかもしれない。ずっと寝てて、起きたと思ったらすぐに旅に出ちゃって、行き違っちゃったんだ。

 

「……当たり前でしょ。ふふ、やっぱり近くにいてくれたんだね。私と貴女、両翼揃った私たちなら何処までも遠くへ飛んでいける。そうだよね、……奏」

 

「ああ、そうだぜ。あたし等ならどんなものでも超えられるさ」

 

「ええ!」

 

 こうして再び見ることが出来るなんて、夢みたい……。目から零れそうになった水を拭って、隣合わせに並んだ二人を見る。翼さんは地面に降りて、四枚のツバサを消して、そして奏さんの左側に。そして二人はゆっくり膝を曲げた。

 

「さぁ、し損なったいつかのライブの仕切り直しといこうぜ」

 

 二人は徐に立ち上がり、外に向けて片腕を振るう。

 

「す、すげぇ……」

 

 家一軒くらいなら覆い隠せてしまいそうなほど大きな片翼のツバサが、膨大の量の大気を押しのけて二人の背中から現れた。奏さんは右翼を、翼さんは左翼を延ばす。

 

「コイツを止めるにはどうしたらいいのかは、当然分かってるよな?」

 

「無論」

 

「なら、開演だ!」

-- Zwei Wing --

 

 私たちの歌が一度終わる。今から始まるのはそう、あの日あの時と同じ。

 二人はこの世界に問いかけた、何故に生くのかと。

 その大きく拡げられたツバサは力強く空を羽撃ち、世界の答えを聞こうとする。風は吹き荒れ、元の姿を忘れてしまった脈動の中を駆けた。風の流れに逆らわず流れに浚われた羽根は舞い散って、雪のように大空をその美しい純白で幻想的な景色を画いていく。

 この町を二人の詩が染める。崩れた町が二人が記した詩に応えようとしているみたいに、強く輝き出す。

 

「そんなものでッ!」

 

 二人は逃げない。私たちも動かない。だってあの二人が気持ちよさそうに歌っているんだもん。彼女たちは腕を伸ばしその歌を歌い続ける。

そして、全てのヒカリが一つの形になるときがきた。

 

「「神様も知らない、ヒカリで歴史を創ろう」」

-- Dusche Gegenlicht --

 

 朱と蒼、羽根が二色に彩られる。朱の羽根がレーザーを拒み、蒼の羽根が触手を絶やす。羽降る空間は怪物が立ち入ることを拒絶した。

 

「これほどのエネルギー量、やはりそのギアはデュランダルッ!? だが、いつ何処で手に入れた?!」」

 

「旅に出る直前に貰ったんだよ。確かそこの三人が争ってる間にデュランダルから抽出したってぇ話だぜ」

 

(エネルギーのみを結晶にしたというのか!? そんなもの出来るわけ……が!?)

 

「ニッ! 聖遺物が姿形を変えられるってのは、あんたが発見して発表したもんだろ。それに、目の前でも見てたじゃねぇか。あんたがいくら聖遺物のスペシャリストでも、聖達は聖遺物のエキスパート。起動さえしちまえばあいつにとっちゃ聖遺物の造形変化はお手の物ってわけさ」

 

「おいおい……あの時捕まってたのもわざとだったってことかよ……」

 

 クリスちゃんの呆れた声にただただ頷くことしか出来ない。すっごく心配してたのに……ウソだったって、なんか腹立つ。後で私の中にいる踊君を折檻しよう。

 

「さぁ、どうする? デュランダルを失った今のあんたじゃ、あたし等4人に勝つのは厳しいと思うぜ」

 

(このガキが! 舐めるなッ!! ネフシュタンの鎧がある限り私に敗北はありえない!)

 

「……やっぱりそうくるか。やれやれ……、翼、了子さんの足止めはあたしに任せな。響、頼んだぞ」

 

「わかった。……無理はしないで」

 

「! ……はい!」

 

 奏さんはデュランダルを私に投げて、激しく明滅を始めた。鎧の朱色のラインが唸り、瞬のうちに空の羽根が朱一色に染まる。

 

「……ンァッ!?」

 

 デュランダルを掴んだ瞬間、私の中を引き裂くような激しい衝動が暴れ回りだした。……意識が呑まれる……!? 何一つ抵抗も出来ないまま、私はデュランダルに意識を引きずり込まれた。

 

 

 

「……おい! ……っかりしろ、バ……!」

 

 気付けば真っ黒な闇の世界に私はいた。

 

「……識を強く持て! ……花、……前ならでき……!!」

 

 二人の声がとても遠く、彼方から聞こえる……。

 

――憎イ

 

(……ッ!? ……何!?)

 

――サクライリョウコガ憎イ

 

 頭の中に私ではない私の声が渦を巻いた。否定しても聞こえる声。

 

――フィーネガ憎イ

 

(違うッ! 私は了子さんを……憎んでなん……か……ぁ?)

 

 あれ? 思考が上手く……。

 

――学院ヲ壊シタ

 

(確……に、それ……悲……こと。でもだか……って……)

 

 何度も何度も、同じような言葉が頭の中で反響して、私が蝕まれていく。

 

――皆ヲ傷ツケタ

 

(それ……憎……んかない……)

 

――フィーネヲ潰シタイ

 

(……もう……! わた……なこと……ん……なんか……)

 

――フィーネヲ殺シタイ

 

(…………)

 

 ああ……もう、だめだ……。意識がどんどん遠のいていく。もう何も考えられない。考える気力が湧いてこない。いっそこのまま、この衝動に任せてしまえば楽になれるかもしれない。

 そう思ってしまった。皆の思いを聴いて皆の想いを背負っているのに、奏さんが一人で戦っているのにも関わらず抗うことを止めてしまっていた。

 

 

――がたがた五月蝿ぇんだよ。

 

 

 ……え?

 

――貴様、我ガ邪魔ヲスル気カ?

 

――テメェのご託はどうでも良いんだよ。聞け、響。外に耳を傾けるんだ。皆、お前を呼んでるぞ。

 

――失セヨ!

 

――はいはぁーいっ! ちょっとお邪魔ですよ~。静かにしましょうね。

 

(そ……と…………?)

 

 不意に現れた二つの光が私の周りでくるくる回る。私を覆っていた黒を切り裂いて邪を取り除いていった。閉ざされていた意識がはっきりしてきた。

 

「正念場だぞッ! 踏ん張り所だろうがッ!!」

 

「強く自分を意識して下さい! 昨日までの自分を、これからなりたいご自身の姿を!」

 

 ずっと私たちをサポートしてくれた六課の人たちの応援する声が聞こえた。昨日までの私、明日の私……。

 

「屈するな立花! お前が構えた旨の覚悟を私に見せてくれ!!」

 

「あたしらは、お前を信じてお前に全部賭けてんだ! お前が自分を信じなくてどうするんだよ!!」

 

 すぐ側から二人の声が聞こえてきた。私に託された、皆の思い……。

 

「あなたのお節介を!」

 

「あんたの人助けを!」

 

「今日はあたし達が!!」

 

 クラスの皆の声だ。助ける私だけが一所懸命じゃないって、わかってたはずなのに……、また私一人でなんとかしようとして諦めてた。

 

「姦しい! 黙らせてやる!!」

 

 ……かしましい? 皆の思いを込めた声がただかしましいだけなわけがない。皆の声が私を動かすんだ。

 例え、この身体を衝動が襲っても……私は皆の声がある限り!

 

「響ィィィイイイイイイイ!!」

 

 未来たちがいる限り!

 

「わたしだけの力じゃないッ! この衝動に――塗り潰されて、なるものかァァアアア!!」

 

 絶対に、揺るがない! デュランダルを天高く掲げる。

 

「これは!? その力……何を束ねた!?」

 

 デュランダル。光り輝き、焼き焦がせ! 皆に蔓延る雑音を、了子さんを縛るその歪んだ音を!

 

「響き合う、皆の歌声がくれたシンフォギアでェェエエエエッ!!」

 

-- Synchrogazer --

 

 全ての想いが詰まったデュランダルは、怪物よりもさらに大きな金光の刃を生み出した。

 そして一直線に真っ直ぐ進み、止まることなく怪物を縦に引き裂いた。



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第四十一話

「お前……何をバカなことを……」

 

「バカで結構、皆によく言われます。親友からも変わった子だ~って。でも、これが私のやり方なんです」

 

 私は倒れていた了子さんに肩を貸して歩いていた。誰に何て言われても、これが私なんだから止める気はさらさらない。皆に呆れたような顔をされたって、関係ないもん。

 綺麗だったから、夕日のよく見える場所で彼女を下ろした。

 

「もう終わりにしましょう、了子さん」

 

「私は、フィーネだ……」

 

「でも、了子さんは了子さんですから。きっと、私たちわかり合えますよ」

 

 敵対してたって、ちゃんとわかり合える。伝え合える。クリスちゃんのときのように、ちゃんと正面から向き合えば思いは届く。

 

「ノイズを作り出したのは……先史文明期の人間だ」

 

「……踊君から話は聞きました」

 

「ならば分かるはずだ! 統一言語を失った我々は手を繋ぐことよりも相手を殺すことを求めたのだ。そんな人間が分かり合えるものか! だから私は、この道しか選べなかったのだ!」

 

「お前ッ……!」

 

 了子さんは金の輝きを失ったネフシュタンの鎧に手を掛けた。桃色の鎖が揺れる。クリスちゃんが何かしようとしたけれど、翼さんが抑えてくれた。

 

「人が言葉よりも強く繋がれること、わからない私たちじゃありません」

 

「…………」

 

 了子さんは夕日に向かって歩みを進める。

 

「……! ハァァァアアアアア!!」

 

 そして振り向きざまに、鞭を振り下ろした。

 

「!」

 

 躱す。何の苦もなくただ躱し、そして胸の手前に拳を突きつける。別に当てる必要はない。これでもう勝敗が付くのだから、了子さんを傷つけることなんてない

 

「……ハァッ。私の勝ちだァアア!!」

 

「え?」

 

「なっ!?」

 

「うそっ!?」

 

 了子さんは私を見ていなかった。慌てて振り向いた。了子さんの視線の先にあったのは元丸い月とその欠片……、そして今なお、一直線に伸び続ける鎖の鞭。

 光線のように見せながら鎖は進み、やがて止まった。月の欠片に突き刺さることによって。

 

「何を!?」

 

「月の欠片を墜とすッ!! 私の悲願を邪魔する禍根はここでまとめて叩いて砕くッ!」

 

「バカか!? てめぇも巻き込まれて終わりだろうがッ!?」

 

「バカはお前達だ! この身はここで果てようとも魂までは絶えやしないのだからなッ! 聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形がある限り、私は何度だって世界に蘇るッ! どこかの場所、いつかの時代、今度こそ世界を束ねるためにッ! 私は永遠の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだァッ!!」

 

「…………」

 

 何度でも、か。

 

「うん。……そうですよね」

 

 いつの時代でも生くことができるなら。

 

「どこかの場所、いつかの時代、蘇る度に私の代わりにみんなに伝えてください。世界をひとつにするのに力なんて必要ないってこと、言葉を越えてわたしたちはひとつになれるってことを、わたしたちは未来にきっと手を繋げられるっていうことを」

 

 了子さんの胸に拳を当てる。

 

「わたしには伝えられないから。了子さんにしかできないから」

 

「お前、まさか……」

 

 姿勢を正して、笑いかける。

 

「了子さんに未来を託すためにも、私が現在を守って見せますね!!」

 

「ホントにもう……放っておけない子なんだから……」

 

 了子さんは紫の瞳に私の顔を映して、私の胸の傷がある辺りに指を当てた。

 

「胸の歌を信じなさい」

 

「はいっ!」

 

 あのままじゃどう考えても、直撃は免れないだろうな……。

 

「あんなものが落ちたら……私たちもう」

 

「もう、ダメなのかな……」

 

 計算結果も直撃だと予測されたらしい。これはもう、やるしかないよね。

 

「響……?」

 

「何とかする」

 

 宙を見上げる。大丈夫、まだ……私は戦える。

 

「ちょーっと行ってくるから、生きるのを諦めないで」

 

 皆に笑いかけて、私は大きくツバサを拡げる。

 

「ッ!? ノイズ反応を検知!!」

 

 まだ、生き残りがいたの? 月の落下の危機があるっていうのに……、でも三人がいれば大丈夫。……月に集中できる。

 

「……え?」

 

「し、信じられない……。そんなバカな……。し、司令……これを見て下さい」

 

「いったい何だ……!? 何だ、この馬鹿げたサイズと密度はッ!? 何故、月の上にこんなものがいるというのだ!?」

 

 月の欠片はゆっくりと本体から離れて進んでいた。徐々に軌道がずれたことで見えたその間からそれは姿を覗かせた。

 その姿は、はっきり見えた。……そう、はっきり見えてしまった。地上からだというのに、そのノイズは地上からでも目視できていた。出鱈目なサイズだと思っていたベイバロンまでもを遙かにしのぐ濁った斑模様の巨大。手足を持つそれは片手で月の破片を包み込み握り潰してしまった。

 

「あらら……、まさか月にまであれほどのノイズが潜んでいたなんてねぇ」

 

「やるしか、ないよね……」

 

「ひ……響?」

 

「……ぁれ?」

 

 唐突に身体を覆うガングニールが崩れ、元の制服姿に戻ってしまった。身体に溢れていた力が一度に抜けてふらつく。

 

「もう休め」

 

「……どうして、踊君」

 

「すまん」

 

 離れたガングニールは踊君の姿に変化する。そして彼は了子さんの前に立ち向き合った。

 

「……フィーネさん、私はとある方から貴女に伝言を預かっています。しっかり聴いて下さい」

 

「……なんだ」

 

「……『すまなかった』……」

 

「何……?」

 

 踊君は了子さんではなくフィーネさんにそう告げた。フィーネさんに変わった了子さんは踊君の意図が分からず怪訝な顔をする。

 

「……

 

『我は貴殿の事は知っていた。貴殿が我を崇めていることを、我の傍にいようとし、彼の塔を建てる計画に荷担していたことを。貴殿以外にも同じ目的をしていたものがいたことも我は知っている。だが我は全てを知るが故に罪深きものが数多いたのも知っている。あの日潰さねばそう遠くない時で世界に災いが持たされていたことも知った。故に我はこの選択を取るしかなかった。……本当にすまなかった。これまでの長き時、変わらず我を崇め続けてくれ、ありがとう』

 

と……」

 

「っ!? ……あのお方は私のことを知っていて、下さったのか…………」

 

「…………」

 

 踊君は静かに頷いた。

 

「……ずっと気に懸けていらっしゃいました。そして貴女の行う全てを見て、悔いておられましたよ。これで本当に良かったのか、と。それを知った私の原初の友が、その友のためにと使わせたのが私なのです。彼の方の声を代わりに届け、そして貴女が行った全てを捌く役割を為すために」

 

 踊君の雰囲気が一変した。人でも機械でもない、味わった事のない厳かな圧が私たちを呑む。

 

「…………了子さんを、どうする気なの?」

 

 それでも私は口を開いた。折角、和解できた了子さんとフィーネさんを守るために……。これからの未来を託したいから。

 いつものようにどこからともなく鎌を取り出す踊君の前に立ちはだかる。

 

「退いてくれ。彼女は捌かれねばならない。この世に廻る理を律するため」

 

「なんで今日なの! 何千年間も時間があったんでしょ!? ずっと時間があったはずなのに!! 折角、了子さんとフィーネさんの思いを聞けたのに……、未来を託そうとしてるのに。なんでその邪魔をするの!」

 

「……いいのだ。それが私の犯した罪の重さだ。その罰は受けねばならない」

 

「了子さん……?」

 

「聖踊。一つだけ、頼みを聞いてほしい」

 

「…………」

 

 了子さん……フィーネさんは私を押しのけて自ら踊君の前に立って、その捌きを受け入れた。それを踊君は黙った見つめる。

 

「罪を犯したのは私だ。彼女ではない。捌くのは私だけにしてくれ」

 

 何も言わず誰もいない横に向けて鎌を振った。

 

「?」

 

「……原初の友より授かった門だ。これを通った先が、貴女の罪を捌く場所。櫻井了子のことは気にしなくても良い。これは貴女を通すためだけに友が用意したもの。貴女の霊体しか通る事は出来ない」

 

 鎌の通った軌跡が裂け真っ黒な口が出来上がった。不意に踊君は空を見上げる。

 

「……早く通った方が良さそうだ」

 

「……そのようね」

 

 巨大ノイズがゆっくりとここ……地球に近づいてきていた。

 

「この門は直にしまる。急いげ」

 

「……ええ」

 

「フィーネさん!!」

 

 静かに彼女は門を潜る。

 フィーネさんは光り輝き、そしてゆっくり光を失う。

 

「……? これで良いのかしら?」

 

「ふぅ……、もう大丈夫です。貴女の大方はあちら側に向かいました。貴女は櫻井了子として、共にしっかり生きて下さい」

 

「……なんだか不思議な感じよ。私としての記憶も彼女としての記憶もあるだなんて」

 

「説明したいのは山々だけど、そろそろ限界みたい……。行かなきゃならない」

 

「え?」

 

 宙の先を見て踊君は一人、離れていく。

 

「……ディバンス、サージェ。行くぞ」

 

「御意」

 

「わかりました」

 

「「!?」」

 

 二人が現れたと同時に、翼さんとクリスちゃんが膝を突いた。

 ……私の時と同じで力が抜けてしまったみたい。

 

「みんなは、未来を創るのが誰なのか知ってるか?」

 

「……なんだ、いきなり…………」

 

「……そんなの今生きてる人たちでしょ?」

 

 踊君が何を言いたいのか、分からない。未来は皆で創るものだ。誰か特定の人が創るものなんかじゃない。

 

「そう、その通りだ。未来は現在(いま)を生きる人たちが創るんだ。じゃあ、現在(いま)を創るのは誰?」

 

「えっと……それは…………」

 

 言葉に詰まって、言い淀んだ私たち全員を見て、踊君は深くて優しくて暖かな笑みを浮かべ静かに言う。

 

「過去を生きた者たちさ」

 

 と……。

 そして彼らは背を向けて、宙に顔を向けていた……。



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第四十二話

「……戻ってこい」

 

 翼さん達から離れて、ディバンスとサージェはそっと踊君に触れた。彼らの触れた場所から波紋は広がり、二人は踊君の中に吸い込まれた。

 やがて波が静まると、踊君の後ろ髪は膝下まで伸びていて風にふわりとなびいて舞った。日の出の光と月沈む灯りを受けてきらきら輝いて美しい。そして自分の手を開閉させて、体を動かして自身の感覚を確かめた。

 

「…………」

 

「踊君……?」

 

 そして徐に瞼を閉じて、硬く握りしめた拳を自分の胸に当てた。

 

『インストール、成功しました……』

 

 私の中から小鈴のようなか細い声が聞こえた。

 

「イアちゃん……?」

 

 それは慣れ親しんだ声だった。けれど何時ものような明るさはなくて酷く震えていた

 

「イア、響を……俺の大切な人たちを頼む」

 

『畏まり、ました……』

 

 ……イアちゃんは泣いていた。見えない涙を隠そうと子供のように必至で取り繕ろって、嗚咽を漏らした。

 

「響、お前の道は茨の道だ。どんな苦行が待ち構えているか、俺にもわからない。でもお前にはたくさんの仲間がいる。決して踏みとどまるな。ガングニールがその拳に込める力は他でもないお前の信じる思いだ」

 

「最速で……最短で……まっすぐに……一直線に……」

 

「呵々」

 

 小さく踊君は笑うと私たちからどんどん離れていってしまう。そして離れれば離れるほど、今の踊君が負っている傷が目に付いてしまった。

 全身の至る所にできている不快亀裂。その開いた隙間からは切れた配線が姿を覗かせていた。さらに、踊君が足を前に出す度にジジジとモーターの音が漏れて聞こえ、何度も火花が飛び散った。

 それでも彼はゆっくり進み、空に手を延ばす。

 

「世界の境のその先で、起こした過ちを繰り返したりなんか絶対しない」

 

 小さく呟いた。

 

「俺の大事な教え子達に同じ悲劇をさせたりしない。愛する者たちを守りたい。全部守ってみせる。だから力を貸してくれ、デュランダル! ネフシュタン!」

 

 踊君の体から溢れ出る細かな光が、私の手の中にあるデュランダルと了子さんの纏うネフシュタンに繋がり結びつく。私の手からするりとデュランダルは離れていき、了子さんをいつもの白衣を着た服装に戻してネフシュタンを引き寄せる。

 そしてその二つを二人の時と同じようにして内部に取り込んだ。

 

「……ッガ! ぅゥ……グゥッ!」

 

『……ッ!!』

 

 さっきとは打って変わって二つを取り込んで踊君は苦しみ始めた。でも空に延ばした開いた手は下ろそうとはせず、ただひたすら苦痛に耐え続ける。

 

『魂が……崩壊していく……』

 

「ど、どういう意味よ、それ!? 先生はどうしちゃったのよ!?」

 

イアちゃんの声は全員に聞こえてしまった。友達の一人が私に詰め寄って、イアちゃんに怒鳴った。

 

『……踊さんはこれまで極限までその力の使用を制限することで、3つの聖遺物の制御を行っていたんです。それをさらに2つ、しかも制限すらしていない聖遺物を取り込むなんて無茶をして…………』

 

 踊君の身体中の亀裂が広がり始め、橙や紫など混沌と化した謎色の光が吹き出した。その勢いも不規則で、偶に起きる爆風のような激しい奔流が踊君の肉を削いでいく。

 

「……ハァ、……ハァ」

 

 私たちに休めと言ったくせに踊君の方が明らかに状態は酷くぼろぼろだ……。それでも踊君はそのままの状態を維持して、深く息を吐いて脱力した。

 

「響……、翼……、クリス……、奏……、了子……」

 

 そしてそう言った時、少しだけ踊君は振り返って私たちを見た……と思う。長く伸びた髪の隙間から覗いた瞳はとても白かった。……普段の暖かな優しい黄色でも、ひんやりした冷たい蒼でも、愉快げな荒々しい紅ですらもなくて、白く濁っていて誰の姿も映していなかった。

 

「詠ってくれないか? 世界を満たす……皆の、唄を…………」

 

「「「「「……ッ!?」」」」」

 

「……?」

 

「歌が持つ力は、世界を変える奇跡を起こす……。俺に、俺たちに力を……」

 

 言葉の途中で体勢が崩れた。でも踊君はそのぼろぼろの片足で大地を踏み締め、バランスを取って……、

 

「……託してくれないか」

 

 微笑んだ。

 すぐに何かわかってしまった。だってまだ私が飛べていたのなら、詠おうとしていた歌だったから……。奏さんから受け取って、翼さんに教えられて、クリスちゃんが繋いでくれた歌だから。

 踊君が頼んでいる歌……それは誰かの終わりを告げる悲哀の歌。

 

「……信念は揺らがないようね。」

 

「仕方ねぇ。本気みてぇだな」

 

「……ちっ、わぁったよ。……けど、死ぬんじゃねぇぞ」

 

「後悔はない、みたいね。ちゃんと生きて戻ってくること」

 

「……うん」

 

 それでも私たちはすぐに覚悟を決めた。踊君の選んだ道だから、私は彼を後押ししたい。

 

「……信じてる。私たちに残された全てを踊君に……!」

 

 踊君は地面を蹴って宙に浮かんだ。少しずつ加速しながら、月に向けてまっすぐ飛んでいった。どんどん早く遠くへ離れていって、その度に踊君から吹き出す光が色濃く染まった。

 私たちにできることはもう信じる事しかできない。だからせめて、胸の思いを込めて踊君のために詠おう。

 深く息を吸う。たったそれだけで詠いたい歌詞が自然と湧いてきた。ギアをまとっていなくても、胸の歌が教えてくれる。何の合図もしないで、ただ胸の鼓動に耳を傾け、口ずさんだ。

 

「「「「「--Gatrandis babel ziggurat edenal--」」」」」

 

 歌は綺麗に協和する。機械のようにぴったりで、でもとっても暖かく優しい和音が世界を伝う。自然と手が伸びて、隣にいた翼さんとクリスちゃんの手を握っていた。そして二人もまた奏さんと了子さんと手を繋いでいた。

 そして踊君の元に音が届いた時、その身体から漏れ出していた光が治まって、散らばってしまった色とりどりの粒子がその身を包んで踊君の影を覆い隠した。

 

「「「「「--Emustolronzen fine el baral zizzl--」」」」」

 

 ここにいる皆が、空を見上げる町の人たちの祈りが、私たちの歌に乗って天まで届く。

 幾つもの色が溶け合って出来た球が皆の歌を聴いて、大きく、大きく成長する。

 

「「「「「--Gatrandis babel ziggurat edenal--」」」」」

 

 自然と涙が零れ落ちていた。それは私一人だけじゃなくて、全員で、涙も拭かず尊ぶようにして飛んでいく球を見守り続けた。

 震える心が巨大な球に小さな亀裂を生んだ。

 

「「「「「--Emustolronzen fine el zizzl--」」」」」

 

 そして最後の一節が彼に神変を紡ぎ、力を呼び起こした。穏やかに広がる花のように音の風が天を越え、宇宙へ続く扉をこじ開けるきっかけを創り出す。

 

『……必ず守ってみせる。皆の明日を、時を生く子達の道を』

 

 光球は閃光を散らし、内に宿した灯は太陽すらも霞ませて、砕け散った砂塵の中で魂は覚醒した。

 

『絶えさせてなるものかァァアアアッ!!』

 

 その咆哮は星々を轟かせる。その姿は一対の巨大なツバサを持つ。明々と燃えて、轟々と自身を焦がす。羽撃つ姿、それは紛う事なく龍だった。私たちが倒した紅き龍と姿形は違っても、全く同じ龍が飛んでいた。

 

「赤き龍を……従えた?」

 

 月の破片を越えるノイズとそれよりも一回り小さな龍が向かい合った。

 ……そしてノイズの掌と龍の頭蓋が衝突した。

 

「勝つのよ……。貴方以外にそれを止める手立てはないのだから……」

 

 龍は後ろに羽ばたきノイズの周りを飛び回る。けれどそれをノイズは分厚く伸びた太い腕でその後に迫った。さらに腕先から濁ったミサイルのような線を撃ち出し、逃げる龍を襲い始める。

 ツバサを畳み、龍は螺旋を画いて宙を泳いだ。ミサイルの炸裂は龍を削り、姿を見えなくした。

 

「……お前はまだ、戦えるはずだ!」

 

 弟子を信じる師匠の声が空を突き抜けた。……汚れた光は切り裂かれる。龍は再びツバサを解き放つ。

 龍の体はエネルギー。何度傷ついてもエネルギーが溢れ続ける限り、必ず元の姿を取り戻す。何があっても途絶えたりしなかった。

 幾度もツバサを撃ってノイズの前に立ちはだかり、全身で押し返す。決して逃げず体当たりし続けた。何度もぶつかり、紅き龍は片翼をノイズに掴まれてしまても、龍はノイズの胴体に喰らい付き諦めない。グルグルと互いを振り回して、狂ったように暴れた。

 ノイズの振り下ろした腕が龍の背中を殴打する。ツバサをもぎ取ろうと引っ張った。

 

「行け、ディバンス!」

 

 喰らい付いた胴を離し、龍は体を縦に捻るとその長く垂れた尾の先でノイズの肩口を切り裂いた。鋭く尖ったその尾はこびりつく血を払う様にして付着した灰を振って落とす。そして刃に似た光沢を放ってみせた。

 片腕を失ってもノイズは今だ健在で、残った腕で龍の頭を殴りつけて大気圏まで龍を堕とそうとした。

 

「頑張れ、先生ェッ!!」

 

「負けないで!!」

 

 背面を穿ち、龍は大気圏すれすれで減速し持ち直す。そしてUの字を描いてノイズに向き直り、顎を開いた。

 青と藍の間に一際輝く星が生まれる。

 

「撃て、サージェッ!!」

 

 星々の熱を集めたような一粒の星の雫。それは赤黒く炎のように紅蓮に染まり熱線を撃ち出して、裏拳を放とうとしていた残ったノイズの腕を呑み込み消しさった。

 

「踊さん……」

 

 ノイズの残された全身から、大量の線が撃ち出された。……ノイズの最期の抵抗だ。出鱈目に撃ち出された線は360度、いや上下も含め全てを埋めた。

 それを龍は避けず、ツバサを限界まで広げて降り注ぐ線を受け止める。私たちを守るために地球に線が落ちぬように。

 受け止めた線の数は百を越え、龍はどんどん押されていた。さらに受ける度にどんどん小さくなって、光が弱まっていく。

 ノイズの叫び声、声自体は聞こえなくても強烈な振動は伝わって皆に恐怖を与えた。でもそれは立ち向かう龍の咆哮も同じだ。踊君の魂の雄叫びはずっと皆に勇気を与えてくれていた。だから誰も目を背けたりしなかった。

 助けられる人たちだって一生懸命だから、誰も戦う踊君から目を離さずに応援した。

 

『勝って! 踊さん!!』

 

 私に出来ること……。

 

――胸の音を聞け。お前の思いを込めて詠えば良い。

 

 自然とその言葉が頭に過ぎった。

 

「……そうだよね。今までと同じだよね」

 

 胸の傷に手を添える。きっと届くはず。だってここにイアちゃんが宿っているんだもん。離れていてもガングニールを通してイアちゃんは私の中にやってこれた。だったら私の声を踊君に送ることだって出来るはず、きっと伝わるものがあるはずだ。

 胸の音に全力で耳を傾ける。

 

「響?」

 

「……………………」

 

 違う、これじゃない。あれでもない。そう何度も間違えて、迷い続けて、

 

「…………………………………………………………!!」

 

 そしてやっと胸の音は教えてくれた。それは何時もと同じだった。けれど、それは貫き続ける私の証に違いなかった。

 だから私は詠う、私の始まりから今まで変わらずにいたこの音を。

 

(信じてる、踊君なら必ず勝つって。そして絶対帰ってくるって)

 

 だから……、絶えたままで終わらせちゃダメなんだ。次を始めないといけないんだ。

 

「響ったら」

 

「未来、離れてて」

 

 未来には離れてもらう。危険な目にあってほしくないから。深呼吸を繰り返して、息を整える。

 

「……何を」

 

『響さん?』

 

「踊君に届いて……」

 

 息を吸い込み、肺を膨らませた。そして私はゆっくりとこの音を響かせる。

 

「--Balwisyall Nescell gungnir tron--」

 

 始めを告げた私の聖詠を……。



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第四十三話

 ――英雄王、ここに再び……。

 

<――ERROR――>

 

 それは龍が地に堕ちようとしていた時だった。

 

(グッ……バイパスがイカれたか……。イチイバル、アメノハバキリ、共にエンプティー……)

 

 始まる以前から彼は傷を負い過ぎていた。前々から用意していた二つのケーブルが根元から切断され、不滅と無限の力の補給は既にない。唯一稼動しているのは踊の核であるガングニールのただ一つだけしかなかった。

 しかしその残量もわずかばかりだ。

 

(あと少しなんだ……。もう少しでいい。持ってくれ……。……守らなゃ、ならないんだ!)

 

 "魂を燃やす"、それが羽ばたいた彼の選んだ道だった。けれど魂の蝋燭には霞んだ陽炎で揺れるだけで灯火さえも灯れはしないかった。

 

「…………ッ!?!?」

 

 突如地上から伸びた光の柱が彼を包み内側から熱を与えた。熱く激しい熱情に思い合う友情、そして優しい愛情が彼の霞みに火を付けた。

 

『生きるの……諦めないで!』

 

 それは響の心だった。

 響の生命力が龍と化した踊の中へ次々と流れ込み、彼を振るわせる。

 

『ッ! 止めろッ!? 響ッ!!』

 

 それは歓喜ではなく焦燥……。聖踊という英雄の王と呼ばれた男の始まりに、その様は何処か似ていた。

 そして彼は気づいてしまった。響の命が消えてしまうかもしれないということに……。

 

『大丈夫……。誰も終わらせない。終わらせたままにしない。……私の歌は始めるためだから。私だって生きるのを諦めたりしない。ちゃんと踊君が生きて帰ってくるって信じてる。そして踊君の帰って来る場所を守りきってみせる。だから、私は死なないよ。だから……踊君も生きるのを諦めないで。私の全ては貴方の全て……』

 

『ッ!!』

 

 響から伝えられる力を踊は拒絶しようとした。けれど響の決意は堅かった。送り出す煌めきを激化させ太く濃く強くした。響の声が光と共に枯れた心に染みこんで、響から伸びた天の架け橋が太古に置き忘れた彼の礎を世界に呼び起こした。

 

 ――彼は今まで一度だって本当の勝者になれたことはなかった。守るために身につけたはずの彼の力はいつも誰かを傷付けた。他ならぬ自分の力が誰かを苦しめていた。人々の言う主人公というものに彼はなることはできなかった。支えもなく彼は一人涙を零して過ごしていた。だから彼は選んだのだ。

 ……自らが英雄と呼ばれることを。

 自身の力が誰かを傷付ける前に、自らに傷を付ける。誰かの痛みが自身の傷だと言い聞かせ、そうやって彼は自己犠牲にて守りたいものを守った。そしていつしか守るべきものに変わっていた。

 それはこの世界に来てからも同じだった。

 子供を救うと誓い自らの拳を砕いて進む。涙を流すもののために笑みを浮かべて自身を犠牲に差し出して……。赤き龍が世界に破滅をもたらす前に、自身の存在に破滅を与える。彼は一度も重要な戦闘で勝利を収めたことはなかった。重要な闘いになれば成る程、彼が立つ戦場には誰かの流す血があった。

 天羽奏、風鳴翼、雪音クリス、立花響……時に誰かが傷つき、時に誰かが涙を落とした。

 

 彼は落ちていく中、過去を顧みた。そして気付いた。たった一度だけ本当の勝者になれていたことを。それは……、

 

(響と共にいたこの瞬間……?)

 

 赤き龍ベイバロン……、町には甚大な被害をもたらしたが、踊が立った戦場で初めて誰も不幸に陥っていなかった。家は無くしても皆生きていて、確かに明日を見ていた。理由……、それはひたすら皆を信じる(バカ)がいたからだ。ずっと続けてきた響のお節介はそれを受けた人たちに助け合う心を育んだ。だから彼らは一人じゃないと知ることができた。

 もし響がいなければ、踊には町ごと葬る方法(ビッグバン)しか選択肢は残されていなかったはずだ。

 

(……俺の運命を響が変えたのか?)

 

 世界を左右する闘いで踊は必ず負ける。それが彼の生まれながらにして背負った不条理だった。だから彼はこっちに来てから戦闘を避けていた。

 ディバンスとして翼と相打った時は僅か数回の斬り合いのみで引き、自身の映し鏡である踊と打ち合った。サージェとして戦う時は必ず相手から距離を取りクリスの援護に回るように動き、唯一まともに戦ったのは同じく踊だけだ。

 踊としてもそれは同じ。翼と稽古で戦う事はあっても真剣を交えたことは一度もなく、クリスとの戦闘でも捨て身で二人の戦闘に割って入ったがすぐに自爆して強制的に戦闘を終わらせ勝敗は有耶無耶にした。

 そんな踊を響は変えていた。

 

『……すまん』

 

『えヘヘっ。でも、こういうときは……さ?』

 

『呵々、そうだな。……信じてくれてありがとう』

 

『どういたしまして』

 

 踊は響の想いを受け入れた。光が彼の中のガングニールに全部注がれていく。自然に龍の形が崩壊し、本来の踊の姿に戻る。

 くるくる漂う体を動かして、地球を背に巨大なノイズと向き合った。

 

(生きるのを諦めるな、か。……言ってくれる。ああ、わかったよ。足掻けるとこまでとことん足掻いてやろうじゃねえか)

 

 右腕を横に突き出す。

 彼方から歌が届いた。それは踊さえ知らない歌、……まだこの時歌われるはずのない歌だった。幾億の歴史を越えたその問いかけに踊は行動で応える。

 地上から伸びた光は腕を囲う純白の輪になり、その間でバチバチと弾け焔を凌駕する程の高熱のプラズマが迸った。

 

「―『―ぶっ飛ばせ、My Gungnir!―』―」

 

 その輪は真空の中、高速で回転していた。そして宇宙を漂う見えない煌めきをさらに引き寄せ収束させた。大気が流れるように渦を巻いて掻き込まれた煌めきは、歌が進むに連れて目に見えるほど膨れあがり、次第に踊の全長を越えて、太さも手首のみに納まりきらなくなり前腕を越える。

 

(最速で最短で一直線に……)

 

 踊は閉じていた手を一度広げて余計な力だけを抜いた。指先一本一本に神経を傾けて、徐に固く、硬く、そして堅く拳を握る。そうして、回り続ける輪が起こす雷と、感電して腕に起きた超振動を全て身体の中に蓄え、微塵たりとも逃がさずに耐え続けた。

 

『踊ももう一人じゃない! 私が、私たちが傍にいる!! だからっ!!』

 

 いつの間にか地上から駆け登る柱が虹色にきらきらと輝いていて、それを取り込む光の輪も併せて虹色に変化した。そして全ての光が注ぎ込まれた踊の背後を日輪が照らす。

 

『あぁ……必ずだッ!』

 

 踊は輪が覆う右腕を肩から前に突き出してノイズに向け、何も纏わぬ左手を自身の右肩に当てる。……次の瞬間、踊は渦巻く虹の輪を左手の側面で抑えそこから強引に腕を引き抜いた。

 股を大きく開き足を後ろに関節が痛んでも引き下げる。さらに腰は捻られ、骨格は軋み、リミットを越えてでも振り絞り続けた肩が悲鳴を上げた。虹の輪を塞き止める左手が激痛を訴え、手と輪の間を廻っていた静電気が引っ張られて逆さ円錐を描いた。

 

『だから勝って! 踊ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおっ!!!』

 

『必ず……勝つッ!!!!!』

 

 全ての現象を糧に踊は今まで蓄え堪えた力を解き放つ。

 蓄えた雷が静電気に引かれその拳は一時的に光と併走した。加え解放された振動が出鱈目な速さの振動のトリガーになり次元の壁までもを振るわせるほどになった。

 一瞬にして踊の拳はノイズの胸に突き刺さっていた。さらにその振動が内側からノイズにダメージを負わせる。だがそれでもノイズは崩壊には至らない。

 なのに踊は笑った。

 

(また会うその日まで、笑顔の『サヨナラ』だ)

 

 彼の背を追うように突如現れた虹の竜巻が踊ごとノイズを呑み込んだ。ノイズを瞬く間に切り刻み、それは外部からダメージを浸透させる。幾十秒もの間消える事なく在り続けた渦は、地球目前まで迫っていたノイズを跡形も残さず消し去った。

 

(絶対に……、絶対……に…………)

 

 …………その現象を生み出した英雄王諸共、昼夜の狭間に大輪の花を咲かせて……。

 

 

 

「……特異型ノイズの消滅を確認」

 

『ガングニール・天羽々斬・イチイバル・ネフシュタンの鎧・デュランダル……反応ロスト、確認……しました…………』



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第四十四話

 あの日からまだたったの二週間、既に町は元の風景をほとんど取り戻していた。

 跡形もなく消し飛んだビル群なんかも恐ろしい早さで工事は進んで、被害にあった町は活気に満ちていた。

 

「響……」

 

「ごめんね。待った?」

 

「ううん。私もついさっき着いたところだよ」

 

 私はある場所の傍に来ていた。そこには未来が待っていて、遅れてきた私に声をかけてくれた。他愛もない話をしてるとすぐに私たちが乗るバスが来た。

 

「じゃあ行こっか?」

 

「……うん」

 

 バスに揺られながら、外を見る。空は晴れて、顔を出したお日様が町を明々と照らしていた。けれど静かに進むバスは目映い光を遮って私を光から隠してくれる。

 

「わぁ~! 町もすっかり元通りになってきたよね~。あと半月もすれば直っちゃうかな?」

 

「う~ん……。確かにそれぐらいあれば十分かも。まだ二週間しかたってないのが信じられないよ」

 

「うんうん。私も信じられない。ついこの間合ったような感じとずっと昔のような感じがあって違和感がぬぐえないよ」

 

「ふふふ、それは違和感があって当たり前じゃない。何でどっちもあるのよ」

 

「あ、やっと笑ってくれた。未来ったら暗い顔しすぎ」

 

 ふざけたつもりはないんだけど、未来が笑ってくれたのでよしとしよう。暗い顔なんかしてたらダメだもんね。

 

「暗くならない響が可笑しいのよ……」

 

「元気だけが私の取り柄ですから!」

 

「威張る事じゃない」

 

 ずっと落ち込んだままだったら、なんか踊君にボコボコにされ……はしないだろうけど、こめかみをグリグリされるか追加課題とか理由付けて嫌がらせされちゃいそうだもん。それに踊君は誰かの悲しむ顔が嫌いだし。だから私はグッと親指を立てて笑ったんだけど、半開きの視線が前に恐れをなした私の言葉がブーメランのように帰ってきた。そのままズブリと胸に突き刺さってズキズキ痛い……。

 

「うぐっ! ま、まぁ、それに、あの人を信じてここを守り続けるって誓ったから。な、怠けてなんかいられないよ。ノイズだって出現率は減ったけど完全にいなくなったわけでもないしね!」

 

 そう、ノイズは未だに出現を繰り返している。とは言っても、この前までみたいにわらわら~っと湯水のように湧き出てくるなんてことはなくて数十匹が迷い込んでくる程度。それに被害もほとんどなくて死者も皆無だ。それもひとえにあの人が主立って開発をしてくれたおかげだ。了子さんがその後を率いで、ノイズ出現の前兆を9割くらいの確立で捉え少なくとも出現と同時に警報が鳴らせるレベルにまで二課の技術を進歩させた。

 

『ずっと水面下で行動してましたからね』

 

「ぬぇっ!?」

 

「響、うるさい。おはよう、イアちゃん」

 

『おはようございます。未来さん』

 

 突然の声、いくら馴染んでもこれにはいつまで経っても慣れないのだから仕方がない。わかってはいるんだけど身体がびくってなる。鏡越しに運転手さんと目が合ってしまった。

 

「あ、そういえば踊君ってずっと出掛けたけど、その間何をしてたのかイアちゃん知ってる?」

 

『ある程度は聞いてます。そうですね……、遺跡巡り、が適した言葉ですかね? 日本国内の各地に散らして封じた聖遺物から破片を回収してくると言ってました』

 

「二課のオペレーターさんが対ノイズ用の聖遺物で出来た弾丸を踊君が送ってくれたって言ってたよ」

 

『そうです。そうです。そのためです。一往、聖遺物の遺跡は踊さんが立てたらしいので、大体の場所は記録しているんだとか」

 

 聞けば聞くほど踊君には驚かされる。……これはむしろ呆れ? この町がほんの二週間で姿を取り戻したのも踊君の御陰だった。というのも町の立て直しの費用を踊君が全部引き受けたのだ。正確に言うと踊君から後を任されたイアちゃんがしたんだけど大本は踊君だから間違ってないはず。それでイアちゃんに踊君の財産を聞いてみたらそりゃもう吃驚した。

 だって踊君の財産が八千兆円は少なくともあるそうだもん。大体世界の保有する4割くらいが踊君の財産らしくて、イアちゃん曰く、しようとすれば世界経済を破綻する事が出来るとかどうとか……。でも踊君はしないかな? 忘れていたくらいみたいだし。

 

『私はしましたよ~。いや~、あの焦った顔は見ていて楽しかったです!』

 

「「悪魔!?」」

 

 何、この子恐ろし!? 笑顔で言い切っちゃった!? それからも踊君の話は続いて気付くと結構な時間が経っていた。

 

『次は~……』

 

「着いたみたいだね」

 

 バス停を降りてすぐのところ、そこが今日の目的地。似たような形をした石が並ぶ道を進む。私たち以外に誰もいなくてとてもここは静かだった。……自然と私たちの足取りは重くなっていた。ダメだってわかっていても、やっぱりこれを前にすると心が重たくなってしまう。

 目の前には一つの石が立てられていた。

 

「ずっとこれなくて……ごめんね、踊君」

 

 何も刻まれていない小さな墓石に、私はそう声をかけていた。ここに来たら言おうと思っていた言葉は他にあったはずなのに気付けばそう呟いていて、頬を汗のような水が流れていた。

 

「あれ? 何でだろ……。前がちゃんと見えないや……」

 

「響……」

 

 あの日宙に咲いた一輪の大花は花開くための対価を強いた。それを支払ったのが踊君だった。この墓の下に踊君はいない。もうこの世の何処にも彼はいない……。

 泣かないと決めていたのに、私は泣いていた。どんなに止めようと思っても溢れ出る涙は止まらなかった。未来も私に寄りかかって一緒に泣いて、イアちゃんも静かに嗚咽を漏らして……涙が涸れるのをただ待った。

 

「逢いたいよ……もう逢えないなんて……嫌だよ……ッ! 私、まだ踊君に何のお返しも出来てないんだよ? 初めて会った時からずっと……踊君に助けられてきたのにッ! 死んじゃったら、何も出来ないよ……」

 

「私だってそうだよ……。元を辿れば、響を危険にさらせたのは私のせい。もし踊さんがいなかったら、今頃響は……」

 

 踊君とあってから、たくさんの事があった。初めてノイズに襲われた日、それからの中学校時代、初めてノイズと戦った日、翼さんと言葉を交わしクリスちゃんと戦った日々、そして了子さんやフィーネさんとの対話……。私がこうして乗り越えられたのは、みんな踊君が支えてくれていたからだった。未来がいるからが大きな理由だけれど、それだって私と未来の間を取り持ってくれた踊君がいたからなんだ。

 踊君はずっと私たちを支えてくれていたんだ。やっとそれに気付けたのにもう手遅れだなんて……こんなのって……ないよ。

 

――キャァァアァアァアアア!?

 

「な、なにっ!?」

 

 反射的に私は飛び出していた。声の主は墓地から出てすぐの所で見付けることができて、その後ろにいるヤツも視界に入った。

 

『大型ノイズ!? そんな踊さんが組んだ探査網を抜けたの!?』

 

――ピリリリッ

 

「もしもし! 師匠?!」

 

『ノイズの出現パターンを検知した! 至急向かっ「もう目の前ですッ!!」なんだと!? どうなっている!!』

 

「ーーッ!? ……あ」

 

 師匠からの電話だった。でも既に目の前にいるので、そう伝えると師匠は声を荒げオペレーターの人たちに怒鳴り散らした。……あまりのうるささに思わず携帯を切っちゃった。すぐに二課にかけ直す。

 

――――…………

 

 何? 今の……。

 

『識別不明の高反応の発生を検知! 原因が恐らくこれです!!』

 

 一瞬、頭に響いた変な音。それがなんなのか考える前に、回線は繋がりオペレーターさんの声が聞こえてきた。

 

『響君、すぐに対処に当たってくれ。原因を突き止め次第、すぐに連絡する!」

 

「はいッ!!」

 

――――!

 

 歌おうとした時、また頭に音が響いた。さっきよりもそれははっきり聞こえて、風を切るような甲高い音がする。それは決して目の前の大きな猪っぽい何かが鳴らす音じゃなくて、金属の擦れる音に似ている気がする。

 歌うことすら忘れて、その音に耳をそばだてた。何故だかその音は心地よくてずっと聞いていたいと思ってしまっていた。そしてわかった。何でこんなにも心が和らぐのかを。

 

『ちょぉっと、退いて! まさかこの反応は……ビンゴ! やっぱりアウフヴァッヘン波形! それにこの波形は……! 響ちゃん空を見なさい!』

 

『何を言っている! そんなことよりもちゃんと目の前を見ろ! すぐに離れるんだ!」

 

「大丈夫です」

 

 了子さんの声に、師匠の怒鳴りに、たった一言まとめてそう応えた。言われる前から既に私は空を見上げていた。勿論目の前のノイズの事を忘れたわけでもないけれど、私は気にも止めず見上げて笑っていた。

 

「だって……」

 

 私に触れる直前で、ノイズの真上に何かが落ちてきた。巻き起こった突風が粉塵を巻き上げ視界を覆い、そして流れる風で煙は晴れる。

 

「聞こえたもん……!」

 

 そこにはもうノイズの姿は一欠片も残ってはいない。その中心に存在していたのは、

 

「……お帰り、踊君!!」

 

 たった一振りの槍だけだった。




 これにて聖踊の物語は一件落着です。
 ただし、これは彼の序章にすぎません。
 彼の歩んだ道はまだまだ続きます。
 しかしそれはまた後々で……。

………………
…………
……

 さて今までお読み頂きありがとうございました。
 語り部の歌多那でございます。
 とりあえず『戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜』は今回で(本編・一期の)最終話になります。
 この続きは早くて二月以降、遅くて四月の頭には始める予定です。
 けれどここで一つのアンケートをとらせていただきたいのです。
 
 ――――アンケート内容――――
  A)聖踊の続きのお話
  (IS×響編)

  B)また違うとある人のお話
  (リリなの無印編)

  C)同時進行
(ペースは交互?)

 ―――――――――――――――

 どちらも必ず語らねばなりませんが、その順番を皆様にお決めいただきたいのです。
 活動報告『これから語るお話アンケート』にコメントお願いいたします。期限は1月31日まで皆様の意見をお待ちしていますです。


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IS編
第零話


 激闘を制しフィーネの心を救うことに成功した奏者達と聖踊。
 新たな力に目覚め進化(むしろ退化?)した彼は共に闘う響の傍でしばしの休息に浸…………りたかった。
 ところがどっこい、意識が回復して早々に響諸共厄介ごとに巻き込まれる。
 始まって早々、いきなりで恐縮ですが、今回は最初と最後10行ちょっとだけ見ていただければぶっちゃけ十分です。

(後書きに読まなかった方のために本編で起きたことを纏めてあります)
 

 1クール振りです。長らくお待たせしました、
『戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜』
 の続編・聖踊第二部!
 前回同様、毎週日曜日午前零時更新。
 本編第一話は4月5日スタート!


 どーもぉー! 立花響です♪

 いやはや~、あれからさらに一月程がたっちゃったよ~。今は夏休みだーい!

 え? 飛びすぎ? だってたいしたこと何もなかったんだもん。それも仕方ないよ。けどそれじゃダメだよね。

 

「と言う事で踊君(ver.ランス)が振ってきてからの一月をダイジェストでお送りしま~すっ!」

 

「響……、いきなりどうしたの? 頭、大丈夫? 病院行く?」

 

 では言ってみよー!

 

「……て、み、未来? なんで私の手を掴んでるの? なんで引っ張……て、力強ッ!? 離しっ!?」

 

「大丈夫だからね。ちゃんと私が治して、ア・ゲ・ル♡」

 

「え? ちょ、怖っ、……………………ぎぃにゃぁぁぁぁああぁぁあああ~!?!?」

 

………………

…………

……

……

…………

………………

 

『それは……うわぁ……。…………あ、あれ? ……え、えーっと、取り敢えずどうぞ』

………………

…………

……

 

――あの日――

 

「お帰り~、踊君!」

 

『……………………』

 

「あれ? 踊くーん? ……あれ?」

 

『うーん……各人格データが破損してるようです』

 

「破損って、踊さんは大丈夫なの?」

 

『この程度なら、しばらく放っておけばほどよい感じに』

 

「ほどよい感じって……」

 

「なーんだ。よかった、よかった」

 

「それでいいの!?」

 

「ふぇ?」

 

 え、ダメだった?

 とまあ、なんだかんだで踊君が帰って(?)きた。

 

 

…………

…………

 

――翌日――

 

「サージェが帰ってきたってのは本当か?!」

 

「ええ、そのようね。でも人格が一部壊れているらしくて、回復にはまだまだ掛かるそうよ」

 

「そうか……」

 

「そんな落ち込むなって。イアだっけ? あのAIちゃんの話じゃすぐ元に戻るらしいぜ。気長に待てば良いんだよ」

 

「奏はこれからどうするの?」

 

「もちっと旅に出るつもりだ。てことで、じゃあなー」

 

「「もう行くの(か)!?」

 

「おう、当然だろ。いても暇だし」

 

((じ、自由すぎる……))

 

 クリスちゃんと翼さんにそう雑に告げると、デュランダルの破片を首飾りにして奏さんはまた一人で旅に出てしまったらしい。

 

 

…………

…………

 

――二日後――

 

「櫻井君のことだが……」

 

『やはり、クビですか?』

 

『どうでしょうね。私のやってしまったことはそれだけで済むようなことじゃないでしょう?』

 

「いや、そのまま二課にいてもらうぞ。君のような優秀な頭脳の持ち主は惜しいのでな。それに君とフィーネは別人、そうじゃろ?」

 

『え、えぇ、そうですが……。世界がそれを認めてくれるでしょうか?』

 

「ほっほっほ、世界については気にせんで良い。誰も君=フィーネとは知らん。唯一そのことを知っているのはアメリカじゃが、彼らは何も言えんよ。彼女の支援をしていたと大っぴらにするのと同義じゃからの」

 

『『た、確かに』』

 

 二課の後ろ盾の人が軽い感じで豪快に笑って言ったらしい。その後で頭を抱える司令と女史が目撃されたそうな。

 

…………

…………

 

――約一週間後――

 

「皆さんとこうしてまた学業を学べる……(寝てしまったので以下略)」

 

「もう学校が始められるなんて思わなかったよ」

 

『二課の本部も兼ねてますから当然ではないでしょうか』

 

「あ、そっか」

 

「でも、あと少しで夏休みだから私たちには関係ないけどね」

 

「おお! 夏休みぃ!!」

 

『その前に期末テストがありますよ』

 

「嫌だぁ……」

 

「ああ、響たちはお仕事で聞いてなかったんだっけ? 学校からの連絡で期末は簡易的な小テストで済ますんだって」

 

「なんと!!」

 

「ただ夏休みまでの課題が盛りだくさん」

 

「そん、な……、神は死んだというの…………」

 

「踊さんが直々に用意しておいてくれた解説付きの」

 

「おぉ、神はまだ見捨てていなかった!!」

 

「でも響の分は私が預かるね」

 

「なんですと?」

 

「踊さんに楽させるなって頼まれてるの。ごめんね」

 

「未来の鬼ぃ~、悪魔ぁ~……」

 

「……これシュレッダーに掛けちゃうよ?」

 

「ごめんなさい! 未来様!! どうかお慈悲を!」

 

『流石は未来さん! 響さんを完全に手懐けてます!』

 

 流石じゃなーい!!

 

…………

…………

 

――終業式――

 

「死ぬ……」

 

「ビッキー無事かー。まだ傷は浅いぞ-」

 

「うふふふふ……」

 

「未来、顔怖いわよ」

 

「あら、いけない。つい顔に」

 

「「「(なにこの子、怖い)」」」

 

「うぇ~い……」

 

 ぉおお……頭がー……。

 

……

…………

………………

 

『ということで、響ちゃんが壊れたのは未来さんのせいでした~』

 

「なんでだろう……。なんかこの言葉を言わなきゃいけない気がする」

 

『み、未来さん?』

 

「ふぇ……? み、未来? 何でそんな堅ーい握り拳を作ってるのかなー……。」

 

「プラチナむかつく」

 

「あの……、それ当たって痛いの私なんだけど。未来さーん、止めてはくれませぬでしょうかー……。あと、それ少し怒ってるって意味じゃなかったっけ!?」

 

「ふふふ」

 

 ニコッと未来は笑う。

 

「てぇぃっ♪」

 

「みぎゃぁあぁあああああ!?!?」

 

 

 

『む? 誰かが呼んでいる? ……て、あいつらは何をやってるんだ?』

 

『やっと目覚めましたか。お久しぶりです、踊さん」

 

『あ、ああ……』

 

 起きたらこの状況とは……いったい何がどうなってるんだ?

 フィーネと戦って、龍になって、ノイズと爆発して……ん、記憶及び記録はしっかりしているみたいだ。今の姿は槍……いや、ランスか。つまりガングニールの状態のようだな。

 

『元の姿には戻れますか?』

 

『…………いや、当分無理だ。エネルギーの残量が全くと言って良い程ない。ふむ、少しくらいなら出来ないこともないが持って数分といったところか?』

 

『そうですか……』

 

 そう答えながら体内(?)の確認を行っていく。エネルギーは大体総量の1%を遙かに下回っているようだ。はて? デュランダルにネフシュタンの鎧の反応? ……まさか、あのまま取り込んでしまったのか……。

 身体の構築が不安定だ……。このままだと一分も持ちそうにないな。

 

『それでこの状況はいったい?」 

 

『いろいろです』

 

『そうか。いろいろか』

 

 遠くで追い回されている響を眺める。イアもあの中にいるはずなのだが、響そっちのけで俺と会話しているみたいだ。……何気にイアも酷なことをする。

 

『起きてるなら、助けてよ!?』

 

『無理』

 

 テレパス機能は完全に停止していないようでイアを通して声が聞こえた。だが助けることはできない。

 だって動けないもの。

 

『薄情者ぉ~』

 

「待ちなさーい!!」

 

 久々の世界は思っていたよりもほのぼのしていた。町もすでに再建されているようで安心した。

 ……のだが、目覚めて早々こんなことになるとは思いもしなかった。

 

「あれ? なんか縮んでる!?」

 

「ん? こんなところで何をしているんだ?」

 

 変なもの(億年振りのおっさんの呼出)に巻き込まれ、世界移動する羽目になろうとはな……。




 読みにくかった、そう思った君に僕は拍手を送ろう。
 何故かって?
 だって書いた僕もそう思ったのだもの。

一同「『おい!』」

 文句は響に言ってくれ、僕は彼女のノリを可能な限り代弁しただけだから。

響「責任転嫁!?」

 今回は最後以外全部ノリで書いた。ちゃんとした本編はまた次回!

響「あ、逃げた!」

 さらば!!

PS.
じゅうようなことは

 聖踊・機人化が困難になる。ただ、しばらくすれば解決する
 櫻井了子・解雇されずそのまま二課で勤務することが決まる
 天羽奏・デュランダルの破片と共に再び修業の旅に出掛ける
                            』
のみである。


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第壱話

 激闘を制しフィーネの心を救うことに成功した奏者達と聖踊。
 新たな力に目覚め進化(むしろ退化?)した彼は共に闘う響の傍でしばしの休息に浸…………りたかった。
 ところがどっこい、意識が回復して早々に響諸共厄介ごとに巻き込まれて……!?
 
 てなわけで、1クール振りです。語り部の歌多那です。
 長らくお待たせしました、
『戦姫絶唱シンフォギア 〜子の為に人を止めたモノ〜』
 の続編・聖踊第二部スタートです!


 それはじりじり太陽が照りつける真夏のとあるお昼のことだった。

 海上に聖遺物のような反応が現れたと師匠に呼び出しを受けて、ヘリで現場に付いたのは良かったんだけど……。

 

「あれー、頭が可笑しくなっちゃったのかな……?」

 

「っ!? ついにあたしも焼きが回ったか? コイツと同類にまで落ちるなんてよ」

 

「……目を反らすな。これは現実だ」

 

「ですよねー……って、翼さんも酷い!?」

 

 貶されつつもヘリから空を見渡す。いったい何処の映画ですか、これは。世界一面ノイズがたゆたってるんだけど!? うわぁ~……地平線の彼方までノイズで一杯ですよ……。

 

「これじゃ中の様子も見えねぇ……」

 

「そうね……」

 

 余りの多さに吃驚したけど私たちがすることはいつもと変わらない。

 

「いつも通り、全部まとめてぶっ飛ばせば良いんですよ!」

 

「『アホか』」

 

「イタッ!?」

 

 クリスちゃんに頭を叩かれ、姿の見えない踊君に罵倒された。間違ってないはずなのに……、解せぬ……。

 

「お前は相変わらずの特攻バカだな……」

 

「まあ、それでこそ立花なのだろう」

 

「えへへ……ってそれ褒めてませんよね! 翼さんまで~……」

 

 どーせ、私は特攻バカですよーだ。しくしく。

 

『今回の作戦はこの先にある何かを回収することだ。幸いここにいるのは俺たち関係者だけで、わざわざ全部のノイズを相手にする必要はないぞ』

 

 声は私の胸元、胸の中からではなくて首に掛けた槍のペンダントから聞こえてくる。

 えっと、これは踊君が変形(?)した姿の一つです。何でもこの前の戦いで体内のエネルギーが99%を越える程の量を放出してしまったらし。今はその回復に努めているとか。

 人の姿だと回復と消費が同等で、余りにも回復に時間が掛かるから、エネルギーの節約のためペンダント型で過ごしている。

 踊君曰く要素をちゃんと残していればどんな形にでも変形できるとのこと。

 絶対(ガングニール)じゃないとダメってことでもないようで、(アメノハバキリ)(イチイバル)、取り込んでしまった(デュランダル)(ネフシュタン)でもちゃんとなれるみたいです。

 本人には言えないけど、気分次第で好きにデザインが変えられるアクセサリーとして重宝している。しかも無料だからお得でとってもお財布に優しい。

 

『何を呆けてる。ちゃんと話を聞いていたのか?」

 

「ええっと~……、と、とにかくクリスちゃんが蹴散らして、翼さんが穿って私が貫いたら良いんですよね!」

 

「…………間違ってはねぇな」

 

『間違っては、な』

 

「簡単な事のように言ってくれる……」

 

 あの時のような特殊状態――エクスドライブだったかな?――だったら本当に楽にすんだと思うけど、私も翼さんも空中戦が出来るようになったからそんなに大変でもないと思う。

 あの日以降私たちの纏うギアに多少の変化が起きたのだ。私の場合だと手足のパーツが一回り大きくなりギミックが増え、腰あたりのブースターの出力が格段に上がった。それと擦ってしまいそうなくらい長いマフラーができた。翼さんは足の所にスラスターが増設されてホバリングができるようになっている。それでクリスちゃんは……あれ?

 

「……クリスちゃんって白くなったこと以外に何かあったっけ?」

 

『火力は大幅に上がってはいるんだぞ。飛べんけど』

 

「……あ゙ん? 何か言ったか?」

 

「き、気のせいだよ」

 

 プロペラがうるさいのに聞こえた!? クリスちゃんの薄い目から逃れるようにノイズ達に視線を向けて歌を紡ぐ。

 

「覚えてろよ」

 

 にょえっ!? ……う、後ろから撃たれたりとかしないよね。ものすっごい不安なんですけど!? 手が滑ったとか言ってわざと撃たれるんじゃないかな!?

 殺気が痛い!

 

「魁は任せろ。雪音、援護を頼む」

 

「あいよ!」

 

 翼さんは踵にある折りたたみ式の刃を左右に展開して扉の前に立つ。

 

「立花はここで待機。合図を出すまでヘリを守っていろ!」

 

「ま、任せて下さい!」

 

 答えを返すのとほぼ同時で翼さんは一回りほど大きくさせた刀を上段に飛び出した。

 

「いざ、参る!」

-- 蒼ノ一閃 --

 

 開幕一発目で放たれたのは通常型の蒼ノ一閃。斬らずに穿つ蒼い道が混濁の世界に通った。迷うことなく翼さんはその中に飛び込んでいく。

 

「閉めてんじゃねぇ!」

-- MEGA DETH FUGA --

 

 扉ギリギリまで広げられた大型ミサイルが塞がる寸前の道を押し広げた。百発百中の腕前に驚きたかったのに、ヘリの中で躊躇なくミサイルを広げたクリスちゃんに私は吃驚した。

 ……ちなみに私はその時ヘリの壁にくっついてガタガタ震えていたよ。

 

「危ないから!?」

 

「ハッ! 心配すんな。フレンドリーファイアなんかしねぇよ。これくらい屁でもねぇ!」

 

「そっちじゃないよ!?」

 

 翼さんに当たるのではとかじゃなくて、ヘリに当たったらどうするって事だよ!? こっちを振り向くパイロットさんもしきりに頷いて同意してくれているし。それと煙い。急いでヘリ内の換気を促す

 翼さんは心配じゃないのかって? あの人なら爆風でもなんでも斬り捨てちゃうんじゃないかな、たぶん。

 

「こっち向いたぞ。んなとこにいてねぇでとっとと逝け」

 

「う、撃たないでね」

 

 その字の通りになりそうで怖いけど、泣く泣くヘリから飛び降りて一番手前のノイズを殴る。続けて丁度真横にいた鳥に裏拳で壁までお帰り頂く。良い感じに決まったと言って良いのか、鳥は灰になることなく壁中で立体ビリヤードを始めた。

 

「どうなってるの?」

 

『……位相の調律に乱れが生じている。恐らく中心部にある何かのせいだ。全員気を付けろよ』

 

 よく見れば斬撃や爆裂の中をするりと抜けるノイズが少なからず存在した。踊君の声で翼さんもそれを確認したけれど、少し反応が遅れてしまった。

 

「くっ!?」

 

「翼さん!!」

 

 そして高速で迫ったノイズは、酷くあっさりと翼さんを貫いて静かに海の中に沈んでいった。

 

「…………………………む?」

 

「え?」

 

『これは……、ッ!? 厄介な!!』

 

 翼さんは変わらずホバリングを続けている? 貫かれたはずの腹部を触れる翼さんの手に血は疎か灰すら付くことはなく、ちゃんと肉があって空洞もなかった・。

 

『条件は向こうも一緒だと言うことだ。この狂った調律は俺たち聖遺物の波長だけでなく、奴等の存在率の増減にも影響を与えているんだ。こっちの攻撃が通るか分からないように奴等の攻撃もまたどうなるかわからない!」

 

「んなのありかよ!?」

 

「なるぼど、確かにこれは厄介ね!」

 

 翼さんがそう言って3体のノイズをまとめて一閃したけど、斬れたのは2体だけで左端の1体は斬れてなかった。即座に延ばした足の刃でノイズに斬りかかると、今度はちゃんと斬り裂けて灰に還る。

 クリスちゃんはミサイルを片付けてマシンガンに持ち替えた。一発の弾丸で砕け散ることがあれば、すり抜けることも目の前で起きている。だから質じゃなくて量を取ったんだ。

 

「クソッたれ! ……おいバカ、作戦変更だ。すぐに突っ込んで中にあるもん止めてこい!」

 

「バカじゃないもん! って大丈夫なの? ここで私が抜けたら守りが」

 

「それくらいアタシがカバーする。だからさっさと行け! んなとこで手をこまねいてたって、どうせあたし等全員がジリ貧になるだけだ。あん中を正面切って乗り込めんのはお前しかいねぇんだよ!」

 

 中距離戦が封じられた翼さんは攻めあぐねていた。その手が、その足が作る軌道の先が翼さんの攻撃できる唯一の範囲、なのにそれをノイズはランダムにすり抜けてしまった。

 『剣を振り斬る』といういつも通りの普通の術が潰えた今、翼さんは簡単には前へ出られない。責めてしまえばいつか打ち漏らした半端なノイズによってその身が貫かれるのが目に見えているから。

 

「わかった。……ヘリをお願い」

 

「任せな」

 

 ニヤリと口元を歪め、臆さず瞳を滾らせていた。だから私はヘリを離れ空を蹴り飛ばす。上下を、左右を、そして行く手さえも防がれてなお引かないその背に声を飛ばす。

 

「翼さんっ!!」

 

「承知!」

 

 翼さんが刀を寝かせて空を滑って待っている。私なら出来ると信じてくれている。だから私はさらに早く、速く、疾く突き進んだ。

 そして色を失った世界の中で、私は目の前の背を追い抜いた。

 

「!!!」

 

 ノイズが一斉に私を見た。

 

 ……来るッ!

 

 そう思った時には既に私は身体を捻り上へ動いていた。刹那でノイズという矢が背面を通り過ぎる。ほっとなんかしてる暇なんかない。体勢を立て直すこともせず、もう足のユニットを弾けさせた。重力に逆らった足が天に向いて、私の胸と背を別の矢が僅かに掠った。

 勢いは止まることを知らずこの身体はただまっすぐ前に進む。右手のユニットで弾き身体を無理矢理下に押し出してクロスする矢を躱す。次の瞬間左手と右足を同時に弾かせた。脇下を通る矢に、傾けた首の真横を撃ち抜く矢、進めば進む程襲い来る矢は激しさを増していく。

 全身に掛かる重圧がユニットを弾く度にずっしりと重く伸し掛かった。

 

 でも、それでも、止まってたまるもんか!

 

「負ける……もん、か!」

 

 全方位を囲む矢の大群が私を呑み込む。

 けれど私には一つの傷もない。

 

『やらせません!!』

 

「おりゃっ!」

 

 私を隠すように左右を棚引いていた長いマフラーが螺旋を描いて直前で防いでくれていた。勢いを付けた逆回転でマフラーの外側にへばり付いたノイズを一気に振り払う。

 

「見付けた!」

 

 何千の矢を越えて見えたのはぽっかり空いた黒い穴と開いた懐中時計だった。

 

『ズレてるのは位相じゃない……! この世界そのものがズレているのか!? それに触れるな、響!』

 

「止めるんだぁああああっ!!!」

 

 残りの矢の隙間を縫って、時計を閉じた。

 世界を揺らすような強い波が球状に広がり一帯に振動を与える。

 

「今だ!!」

 

「うっしゃぁッ!!」

 

 声が聞こえると共に、駆け抜ける紅と蒼の流星が淀んでいた満天の空を彩った。

 

 任務完了、皆そう思っていた。でもまだ中心の黒い穴は閉じていない。誰かを待つように口を開けたこの穴の先にはまだ何かある。そしてこの先で誰かが待っているそんな気がした。

 

『響、行く気か?』

 

「もちろん!」

 

『私も巻き込まれるのですが……』

 

「ごめん!」

 

 穴の中に手を突っ込むと引っ張られ始めた。

 

「ちょっくら行ってきます! 未来によろしく言っといてください!」

 

「おい!?」

 

「……やれやれ」

 

 言いたいことは言えたし、逆らう事なく私は吸引する穴に身を任せた。

 

 

 

「久しいな、聖踊。待っていたぞ」

 

 えっと……、だれ?

 

 不思議な流れに身を任せひゅるると進んだ先は真っ白の世界だった。虚しくなるくらいただ白いだけの世界で20代半ばから後半くらいのおじさんが待っていた。踊君のお知り合いみたい。声を聞いてペンダントは独りでに浮き上ると、人の姿に戻った。

 

「そうだ、な!!」

 

「ぶへらッ!?」

 

 そして勢いよく飛び出した踊君はおじさんの顔面を真正面から殴り飛ばした。

 

 …………………………え? ……………………………………えぇっ!?



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第弐話

「いきなり何をする!?」

 

「俺は宣言した事をしたまでです」

 

 ふぅ。今度あったら絶対殴ると誓ってからざっと数えて1億年、やっと達成すことができた。つっかえが取れたようでとてもスッキリした気分だ。

 

「え、えっと~、その人(?)は誰? 」

 

「見た目はおっさんぽい神、中身は神っぽいおっさん」

 

「逆だ」

 

「おっさんは否定しないのですかい?」

 

「しまった!?」

 

 何でここに? と考えようかと思ったが、ここに来たのが偶然なんてことはないか。何か目的があって神様、もといおっさんは俺達を呼び出したのだろう。

 

「何処の神様なんです?」

 

「む? 北欧神話の神だ」

 

「それじゃあ、ガングニールと同じ神話なんですね」

 

「そうだの。ガングニールも北欧神話の投槍、何度か闘ったりもしたぞ」

 

 ちょっと目を離した隙に響とおっさんが意気投合していた。相手は仮にも神なんだぞ。もっと何かこう、例えば畏れとか敬う気持ちとかそういうのはないのか?

 

「それはクソジジイ呼ばわりして、上辺だけの丁寧語を使い、あまつさえ立った今儂を殴ったような奴が言っていいセリフじゃない」

 

 ごもっとも。

 

「と、そんなことより俺たちをここに呼んだのには何か訳があるのですよね?」

 

「そうだった。ちょいと面倒な事が起きたんで、君達に協力して欲しいのだ。頼まれてくれないか?」

 

「来てしまったのですから俺は協力しますが響はどうする?」

 

「勿論私もやる! 困ってる人を見捨てる事なんか出来ないもん」

 

 手を挙げて宣誓する様に軽く呆れる。あれでも神だからな? 困ってる神だから。……困ってる神ってのも嫌だな。

 

「すまんが、お前達には別の世界へ転生してもらいたい。そしてある悪神が転生させた者どもをどうにかして欲しい。場所はインフィニット・ストラトス――通称ISと呼ばれている小説の世界だ」

 

「テンセイ?」

 

「うむ、そうだ。お前達には一度魂に還ってもらい向こうで甦って欲しいというのだ。踊はすでに体験している。君の世界に行く時にな」

 

 思わず顔に手を当ててしまった。神が面倒というだけ合って、当然厄介なことだろうとは思ってはいたが、まさかの転生か……。そして思っていた厄介とは別の厄介まで運んでくんなよ。

 響が小首を傾げて俺を見ていた。

 

「……そなの?」

 

「何だと? この少女にはまだお前のことを話していなかったのか?」

 

「むしろ聞かせくれませんかね。いったい響達にどう説明すれば良いと言うのですか?」

 

 俺は元人間で神様に転生させてもらって聖遺物になりましたー、何て言ったら絶対変な目で見られる。メモリにバグでも発生しているかもしれないわ、とか言って十中八九櫻井女史に解体される。

 

「知らんがな」

 

「おい」

 

 この神は何ともまあ言いにくい事を事もなさげに言ってくれたな。……響も似たようなことしていたな、ついさっき。

 さて、どう説明しよう。もう隠すわけにもいかないが、難しい話をしたところで響の残念な頭で理解させるのも酷というものだ。できる限り簡潔になるよう努めるのが吉か?

 

「ほへぇ~、だから踊君にも魂があったんだね」

 

 説明する前に、手を打って一人勝手に納得していたんだが、これ如何に?

 

「踊君が真っ赤な龍になる時、踊君の魂が崩壊しかけてるってイアちゃんが言ってたよ。あの時は付喪神的な感じだと思ったけど、元々人間だったんだね」

 

「マジか」

 

 イアが俺の知らない間にさらに廃スペックを加速させている……!?

 魂を正確に感知する方法なんか俺も知らない。できてもその人の波長を読み取るくらいが限界だ。いったいイアは何処まで進化すれば気が済む。

 

「でも何で私たちの世界だったの? 偶然?」

 

「いや偶然じゃない。あまり言いたくなかったんだが、俺が生きていた世界から見た響達の世界はアニメ――作られた物語の世界だったんだ」

 

「なんと!? そ、それじゃあ、翼さんのあんなシーンやこんなシーンも!?」

 

「どんなシーンを想像している?」

 

「ライブとか!」

 

「確か……1曲だけなら」

 

「いいな~」

 

 怖がられたり睨まれたりするかと思っていたのだが、響は子供のようなきらきらした瞳を向けて好奇心を全開にして迫ってくる。

 

「俺はもともと響達のことを知っていて、それでいて皆を巻き込んだんだぞ? 危険な目に遭わせる事なく平穏に暮らさせる事も出来たのにも関わらずだ。それでも響は俺を怨まないのか?」

 

「へ? 私が、踊君を? ないない」

 

 あはははと笑って手をふりふりさせる。

 

「だって踊君が巻き込んでくれなかったら、奏さんや翼さん、クリスちゃんと出会うことが出来なかったんだもん。それに、踊君のことを知れて嬉しいからさ。それにずっと一人で頑張っていたんでしょ? フィーネさんのために」

 

「!? ……ああ」

 

「詳しいことはまたいつかちゃんと聞かせてもらうからね!」

 

 グッと聞こえる程強く親指を立てて、ニッコリと満面の笑顔で言われてしまった。

 

「おーい、そろそろ良いか? あまり時間がないものでな」

 

「あっ、ごめんなさい」

 

「すみません。確かISという世界への転生でしたね」

 

「うむ。そうだ。……このままでは様々な世界が消滅するかもしれんのだ。そっちのお嬢さんの世界も含めての」

 

 その言葉を皮切りに神は今起こっている全ての状況を語った。

 あまりに長いのでまとめると、そのISという世界には悪神によって甦った人間が複数人いて、その者達が自らの私利私欲を満たすためだけに世界を荒らそうとしているから俺たちに止めて欲しいと言うことらしい。

 

「勿論、タダでやってくれなどとは言わん。そちらのお嬢さんは当然として、お前にも一つ特典を追加しよう」

 

 そうして貰わないと困る。

 俺は問題ないが、響は何も受けていないのだ。敵となる転生者達は確実に貰っていると考えれんのに、何もなしでいかせられるわけがない。

 

「特典って?」

 

「常軌を逸脱する力を与えると言う事だ。……俺が聖遺物になれたのも特典があったからと言えばわかるか?」

 

「納得」

 

「で、どうするのだ?」

 

 そうおっさんに聞かれたが俺の分は考えるまでもない。

 

「俺のは聖遺物の仕様制限の緩和でお願いします」

 

 一往長い年月で全ての力を扱う方法を見付けはしたが、毎回毎回暴走させての特攻では身が持たない。しかも新たな聖遺物を取り込んでしまったことでその最大値がさらにえげつないことになり、暴走時の威力と帰ってくる反動が出鱈目に増してしまった。

 ……暴走の拍子に身体が弾け飛んでもおかしくないくらいに。

 

「星一つ消えてもおかしくない威力もでるようだからな。わかった」

 

「コワッ!?」

 

「そうだな、50%くらいに上げておくか」

 

「いいのですか?」

 

 高々一つ分の特典で50%は余りにも上げすぎだ。

 

「因みに今まではどれくらいだったんですか?」

 

「1%未満」

 

 ざっと50倍……。応用も利かせればそれすらも遙かに凌駕する力を発揮できるようになりそうだ。……最初から鎌じゃなくてこっちにしておけば良かったのではなかろうか……。

 

「聞くだけなら確かに上げすぎと言われるかもしれんな。だがその分エネルギーの減りも50倍になる。これまで以上に注意せねばあっとさえ言う間もなく枯渇することになるぞ」

 

「そう考えると使いにくそうかも」

 

「大丈夫です。そのくらい心得ています。向こうでなんとかすれば良いだけですし、そこまで馬鹿げたマネはしません」

 

 俺は武器であって、武者じゃない。そうそう前に出ることはないはずだ。……多分。

 

「次は君の番だ。3つ願うと良い」

 

「はぁーい。って、え? 3つもですか!? うーーーーん……、ふむむむ……、うん~~? ふぬぬぬ……」

 

 響は盛大に悩み始めた。首を捻り、頭を抱え、唸り声を上げては微妙な顔をする。

 協力してやりたいところだが、こう言ったものは自身にあったものの方が良い。口は挟まず見守っておこう。

 大分長い時間を掛けてやっと響は答えを導いた。

 

「良し!! これがいいかな?」

 

「どうするんだ?」

 

「踊君お願い!」

 

「「おい」」

 

 ただ考えることを放棄しただけ!? それの何処がいいんだ!? 力強く頷いたくせに、俺に全部丸投げしたよ、この子。

 いや、そもそも響一人に任せた俺が悪いんだ。そうに違いない。

 

「響にあった特典か……」

 

「わくわく、わくわく!」

 

 目を輝かせてこっちを見るな。この脳筋娘め……。目を突いてやろう、か?

 

「脳筋? お、……そうか脳筋か。よかったな、響にぴったりなのがあったぞ」

 

「え、なんで!?」

 

「響のありとあらゆる限界を取り払ってくれ」

 

「まず一つ目じゃな」

 

「頼む」

 

「決まっちゃった!?」

 

 別にいいけど~、とか何か一人ぶつくさ言う響を置いて残り二つを考える。正直言って他に響に必要そうなのが全く思い浮かばない。

 

「それで、限界をなくしてどうなるの?」

 

「……努力し続ければいつかベイバロンでもワンパンで倒せるようになる」

 

「おお! …………………………………………………………………………ん? それ人?」

 

 …………。さあ、急いで二つ目を考えないとな。

 

「あのー、取消は……」

 

「無理」

 

「ですよねぇー。…………私、大丈夫かな」

 

 

 

 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

「二つ目はそれで本当に良いのだな? 確かにそれは極一部の相手になら強力なものになりえるが、ほとんどの場面では無意味だぞ」

 

「いいんです。それ以外が相手なら響は大丈夫ですよ。な?」

 

「うん! なんとかする!」

 

 確認すると頼もしい返事が帰ってきた。

 

「三つ目は「いりません」……ほぅ?」

 

「余計な能力を受け取っても戦いの邪魔になるだけです。響にはその二つがあれば十分過ぎます」

 

「ふむ、では三つ目は必要ないと? 折角のチャンス、君はそれでいいのか?」

 

「はい!」

 

 神の問いに響は迷うことなく大きく頷いた。

 

「変わった奴らだ。……よし準備できたぞ」

 

「? 何も変わった気がしないよ?」

 

「向こうに着いたら直に分かるはずだ。だが元々変化らしい変化のある異能の類いではないし分からないかもしれんが気にするな。ちゃんと変化している」

 

「はーい」

 

 いざ出発と思ったがその前に疑問が見つかった。

 

「今更ですが響の中の破片はどうなるのでしょうか?」

 

 除去されると響のアイデンティティーが……。

 

「私の個性ってそれだけなの?」

 

「そのままだ。魂に還すと言っても、元の肉体を向こうに送るために魂を避難させるだけであっちとそっちは同じ肉体だ。心配せんでもいい。お嬢さんの数少ないアイデンティティーはしっかり守るぞ」

 

「態々数少ないなんて言わないで下さいよー!!」

 

「響いじりも十分楽しんだしそろそろ」

 

「うむ。頼んだぞ」

 

「楽しまないでよ! って、うわ!?」

 

 ああ、やっぱりこれか。

 

「れっつごー」

 

「にょえぇええええぇぇぇえぇぇぇぇ…………」

 

 始まりの日と同じように俺たちは穴に落とされた。

 ……と、その前にペンダントに戻っておこう。

 

 

 

「クックックッ、さあ楽しませてもらうよ……」

 

 彼らの傍に嗤う影は既にいる。



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第参話

「気付いたら迷子になっていたと?」

 

「ふぁい……」

 

 今どうなっているかというと、丁度通りかかったお姉さん――織斑千冬さんという人に拾ってもらっておかきをいただいているところです。

 それにしても落ちてる感じが急になくなったと思ったら、町のど真ん中だなんて酷い神様です。しかも身体がメチャ縮んでるし……。くぅ、手を伸ばしても机の真ん中に置いてあるおかきに届かない……。

 

「ほら、慌てるな」

 

「わぁーい」

 

『精神は身体に引っ張られるのか……』

 

『身体が精神に引っ張られたようにも見えますね~』

 

『確かに』

 

 偶にはおかきも良いもんだね。パリパリしてておいしい。取ってもらったおかきを頬張る。

 ……あと、ちゃんと聞こえてるからね。

 

「家は何処だ?」

 

「…………えっと~」

 

 神様に何も聞いてない。踊君なら何か……。

 

『わかる?』

 

『何も言われてないな。前ので良いなら言うが』

 

『教えて~』

 

 不審に思われないようにテレパス機能を使って聞いてみる。

 

『野営』

 

「え゙っ?」

 

「ん?」

 

『またの名を野宿』

 

 うん。言い換えなくてもわかるから。私もそこまでバカじゃないから。

 じゃなくて野宿? この身体で? 元でもできるか怪しいのに5歳児くらいのこのお子ちゃま体型で、しかも一人で野宿?

 流石にムチャ言わないでほしい。

 

『へいき~、へっちゃら~』

 

「(流石に覚悟できてないから!?)」

 

「どうしたんだ? わからないのか?」

 

 千冬さんにどう言ったら……、ここは正直に話した方が良さげ?

 

「そのぅ……ないです」

 

「……」

 

 目を瞬かせて千冬さんが私を見る。こんな子供が家なしだなんて驚かない方が無理ですよね。踊君が話できたら良かったんだけどペンダントにお願いするわけには行かない。ちょっとシュールすぎる。

 こうなったらやけっぱち!

 

「あははは、色々あって家がなくなっちゃったんですよ~。お父さんもお母さんももういなくて、取り敢えず近くの山に籠もろうかなって」

 

 ごめんなさい、元の世界にいるお母さん……。お母さんも死んだことにしちゃいました。神様の頼みが解決するまで会えないのは間違ってないし私は悪くない。

 それにこの体で山籠もりもしたくないんだもん……。

 

「そう、か……。…………なら家に来ないか?」

 

「え、えっと、良いんですか?」

 

「家には君と同じくらいの弟がいるが、すぐに仲良くなれるだろう」

 

「ただいま~って、その子は?」

 

「丁度帰ってきたな。拾ってきた」

 

 扉から顔を覗かせた男の子は千冬さんに目元が似てて、彼女の言う通り今の私と同じくらいの年をしてそう。あ、目が合った。

 

「こ、こんにちは。立花響と申します」

 

「は、初めまして、織斑一夏です」

 

 そう言うと、一夏君は背負っていたランドセルを部屋に置きにいってまた戻ってきた。小さくなったのは分かってたけど……今の私って小学生の低学年くらいなんだ。

 千冬さんが時々私に話を振りながら一夏君に説明していく。

 

「じゃあこれから家に住むのか?」

 

「そうだ」

 

「よろしくお願いします」

 

 深々~とお辞儀して、なんだかんだあってなんとかこっちの世界での衣食住を貸して頂けることになりました。

 これで山籠もりしなくても良い! 一人でサバイバルなんてしたくない!

 

『…………むぅ』

 

 

 

 それからしばらくたって織斑家に馴染んできたかなと思っていたら、姉弟に連れられ外に引きずり出された。

 

「どこに向かってるんですか~?」

 

「行けばわかる」

 

「それはそうですけど~! 痛いです!」

 

「我慢しろ」

 

「助けて~!」

 

「早く行こうぜ!」

 

 逃げるとでも思われているのか、自分で歩けるのに千冬さんに腕を取られ引き摺られる。もうスカートが焦げるんじゃないかと不安になるくらいに盛大かつ高速に。

 最後の頼みがまさかの悪魔の囁きを……。

 

「そうだな」

 

「え、まだはやぅにゃぁぁぁあああああ!?!?」

 

 それで連れていかれた先は篠ノ之神社というらしい結構大きな神社のすぐ横の道場だった。ここも篠ノ之みたい。

 よ……良かった、焦げてない。

 

「ご、ごごは?」

 

「私が通っている道場だ。一夏もつい最近ここに通い始めたところだ」

 

「千冬姉、先行ってるから」

 

「ほへぇ゙ぇー」

 

『使われている木材などは新しいものが多いようだが使われている技巧は随分古い。この道場は歴史が深そうだ』

 

 木造の建物を見上げる私に踊君が元気に耳打ち(?)して教えてくれた。

 厳かな雰囲気を漂わせる建物に目を奪われていたのをどう捉えたのかわからないけど、千冬さんの案内で一夏君が進んだだろう道を辿る。そして奥の引き戸を開いた先には、

 

「メェェェエエエエンッ!!」

 

「ドォォオオオオオッ!!」

 

「ッ!」

 

 物凄く真剣に竹刀を振る人たちがいた。

 凄い気迫が入った瞬間身体にビリビリ響いてくる。気付かないうちに拳を握って臨戦態勢に入ろうとしていたのを慌てて抑える。

 

「どうしてここに連れてきたんですか?」

 

「お前、私たちのいない間何をしている?」

 

「そ、それはそのう……」

 

 慌てて何かないかと考える。けど普段の生活が生活だったから家でゴロゴロするのが性に合わなくて、いつも誰もいない時は庭で鍛錬していた。他には何もしていない。

 

「じーーーー……」

 

 これごまかせないやつだ。バレてないと思ってたんだけど、しっかりバレてましたか……。

 

「あははは。昔からやってる鍛錬をちょっぴり。あ、でも剣道はしたことないです」

 

「こんにちは、千冬ちゃん。一夏君より遅いなんて珍しいね。そっちの子は?」

 

 優しそうな男性がやってきた。師匠よりは線が細いけどがたいがしっかりしてる。師匠みたいなパワーファイターじゃなくて翼さんのようなテクニック系だ。

 

「すみません。この子は」

 

「立花響です! よろしくお願いします!!」

 

「元気な子だね」

 

 かなり強い。ゆったりした雰囲気だけど瞳の奥に潜んでいる鋭さと荒々しさは大きな力を持ってる。でも、それでもこの人の遙か上を行く目をした人がすぐ隣にいた。

 

「色々ありまして家で預かることになりました。幼いながらに武道の心得があるようなので見学させられないかと思いまして」

 

 千冬さんだ。ここ数日私を見る時の千冬さんの目が、稽古する時の師匠の目と重なること度々あった。そして背筋を迸る痛いくらいの感覚は師匠と対峙する時と同格で格が違う。

 あと2,3年くらいで師匠に並べるようになるんじゃないかな。

 

「こんなにちっちゃいのに心得があるなんて。いいよ~。ゆっくりしていってね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 師範の人が稽古に戻ったので中を見渡す。素振りをする一夏君とポニーテールの少女が目に入った。

 

「あの子は?」

 

 ポニーテールの少女を指差して聞いてみる。

 

「あいつは篠ノ之箒。師範の御子女で、中々に筋がいい。一夏の先輩だ」

 

「二人とも凄い逸材ですね」

 

「……。一夏と試合をしてみないか?」

 

「ホワイッ!?」

 

「一夏の良い相手になりそうだ」

 

 剣道なんてしたことないよ~。ど、どうしよう。

 

「一夏! 試合だ」

 

「わかった!」

 

 一気に話が進んでいき、私は胴当てを付けられて垂や小手を身につけて面を被らされてしまった。そして最後に竹刀を握らされた。

 ……重くないけど動きにくい。しかも視界が悪い。戦えるかな?

 

「よろしくな!」

 

「う、うん」

 

 ……どうしよう。踊君助けて!

 

『己が道で戦え』

 

 どういうことなの~……。

 

「初め!」

 

 

 

 最初に踏み込んだのは一夏だった。

 

「メンッ!」

 

「うぉっと!」

 

 縦に振り下ろされた竹刀を響は自分から前に飛び込むことで避け、一夏の後ろですぐに立ち上がった。

 すり足で今度は響が攻めに転じた。下からの胴への斬り上げを狙った。

 

「危ね!」

 

「ありゃっ?!」

 

 一夏が下がると響の竹刀は目標を失って空を切り、響の身体が持ち上がってしまいずっこけた。

 

「え?」

 

「いったぁ……」

 

 ゴロゴロと床を転がって手を付く。

 

「父上、一夏が相手をしているあの少女は?」

 

「立花響ちゃん。見学をしに来ただけの筈だったんだけど千冬ちゃんがね。まだ早かったんじゃないかな?」

 

「いえ、むしろ……」

 

 立ちあがった響はその場で力を抜いて息を吐いた。

 

「どうした?」

 

 不審げに一夏が問いかける。そんな二人の様子を見て千冬は口角を吊り上げた。

 

「……ここからが本番ですよ」

 

「止めた、止めた、止めたぁぁぁああ゙あ!!!!」

 

 響は矢庭に面を脱ぎ捨て、着ていた防具をまとめて放り投げた。



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第肆話

「お、おい」

 

「勝負を放棄するなど!」

 

「千冬ちゃん、これからが楽しみじゃなかったっけ?」

 

「そうですよ」

 

 視界良好、身体も軽い。やっぱり私はこうじゃなきゃ。踊君が言いたかったのはこういうことだったんだと思う。背中で結ばれてる紐が若干身体を捻るときに痛くて邪魔だったし、小手が大きすぎて竹刀が掴みにくかった。何よりも嫌なのは面が視界を塞いで首の動きの邪魔。

 そもそも痛くないのが嫌だ。いやだからって痛いのが言い訳じゃないよ。ただ痛いことを避けてたって強くなんてなれない。師匠達との稽古のときは防具無しの全力勝負で打撲程度の怪我なら(私だけ)必須だった。

 

「やるからには本気でやりたい。これが私の道だよ!」

 

 床を踏み締めて深く腰を落とした。

 

「! なるほど、響ちゃんは剣術ではなく武術を修めていたのか」

 

「これを使え」

 

 どこからともなく4つの物体が投げ込まれた。それを私は素直に受け止める。

 篭手と甲掛だった。竹のようなもので編まれていて、手足の甲と指の一部だけしか守らないとても簡素なもの。でも非常に軽くて動作の邪魔にならない適した形をしてる。

 

「いっくよー!」

 

「おう!」

 

 さっと両手に填めて拳を構える。一夏君が構え直すのを確認した上で一気に懐に踏み込んだ。

 

「はいっ! たぁっ!」

 

「くっ! デェイッ!」

 

 右から突きだした正拳は剣に遮られた。すぐに左に抜けて裏拳で胴を狙う。

 反応した一夏君は下がり縦斬りで応戦してきた。互いのケンが打ち鳴り、少し離れる。一夏君が次に狙ったのは手!

 

「よっ! はっと!」

 

「なっ!? こんのぉおおお!」

 

 腕を捻り竹刀を叩いて払う。そして肩くらいを狙って蹴りを打つ。しゃがんで躱されて振り返りざまに薙ぎで切り込んできた。両手を並べて受け、ふわりと下がって衝撃を霧散させる。

 

「これはもう剣道ではありません! 手で竹刀を受けるなんて!」

 

「いいや、あの子をよく見るんだ。箒」

 

 一夏君の先輩の箒ちゃんが師範さんに声をかけるのが聞こえたけれど、一夏君との試合を楽しむことに集中して聞き流す程度に留める。

 

「確かに手で受けるのは本来ならいけないことだけど、あの子はあの子なりの規則に従って闘っているんだよ」

 

 竹刀を振り抜いた隙を狙い、床に手を付いて回し膝蹴りを放つ。これで決まると思ったけど、私は慌てて身体を捻り反らして一夏君から遠ざかる。

 

「そのまま打てば確実に勝てていたのに、何故?」

 

「さっき一夏君の竹刀はどこにあったかな?」

 

「頭のすぐ横……、あ!!」

 

 ぎ、ぎりぎりセーフ。危うく足が使えなくなるところだった。

 

「そう。今のあの子にとって竹でできたものは鋼と同じようなものとして扱っているんだろうね。ずっと竹刀を止めるときは篭手の竹部分だけを使っているんだ」

 

 あれ? まだ1分くらいしか経ってないのにもう一夏君の息が荒れてる。流石に始めたばかりらしいしこれ以上続けさせるのはちょっと酷かもしれない。楽しむのはそろそろ辞めにして本気でいこうっと。

 

「はぁ……」

 

 瞼を落とし視界を削って、中段の構えをした一夏君だけを視据える。右手を前に左手を後ろに、踵を付けないように股を少し開く。

 

「雰囲気が変わった?」

 

「いよいよ来るか」

 

 そして、今できる最速で空いた隙間を埋め、左足で床を掴む。一夏君が動く前に、左手で竹刀を力で抑え込み動きを遮る。

 

「ハッ!!」

 

 そして、大気を巻き込んだ右手の掌底を一夏君のお腹に寸止めで突きつけた。

 

「そこまで!」

 

 う~ん、楽しかった。まだまだだけど一夏君のこれからが楽しみだ。尻もちを付いた一夏君に手を伸ばす。

 

「お疲れ~」

 

「サンキュ、響ってこんなに強かったんだな」

 

「すごい……」

 

「えへへ」

 

 照れますな~。周りからの拍手なんかがむず痒い。いつも師匠と踊君の三人だけで見てる人なんていなかったから恥ずかしい。

 

「見えたか?」

 

「見えんかった……」

 

「ちぇっ、早すぎ。折角スカートだってのに」

 

 ……あ。

 遠くから聞こえてくる子供の声で気付いた。私、スカートじゃん! 剣道だから問題ないって思ってたのに、思いっきり拳法で蹴ったりしちゃってた。

 

「一夏?」

 

「ん?」

 

 箒ちゃんが睨み付けて聞くけど一夏君はどこ吹く風、たぶん見られてないっぽそう。良かった踊君の二の舞にするところだった。

 

『怖いこと考えとりますですぞ』

 

『聖遺物をまとってないから大した恐怖にはならないはずだ』

 

『経験者は語る! ですね!』

 

『あれは痛かった』

 

 私の中で失礼な会話をよくするなぁ……。そうだ、焼却炉に入れれば少しは静かになるかも。そうだ、そうしよう。

 

『私もいれちゃいます?』

 

 ……止めときます。

 

「良い試合だったぞ。二人とも」

 

「響ちゃんっていったかな? 良かったら家に入門しないか?」

 

「そ、それはちょっと辞めときます」

 

 気にしないと思うけど師匠に悪いもん。鍛錬くらいなら一人で出来るしスパーリングは踊君に頼めば良い。それに私に武器は合いそうにない。

 

「それは残念、でもいつでもおいで。歓迎するよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「次は私が相手しよう」

 

「え゙っ、千冬さんとですか!?」

 

「さぁ、始めようか」

 

「いぃぃぃやぁぁあぁああ…………!」

 

 

 嫌になるくらいこってり絞られてきました。思った通り千冬さんはめちゃ強だった。それはもう死ぬんじゃないかって覚悟するくらい揉みに揉まれた。

 うわぁ、受け止めた両手がどっちもジャリジャリ痺れてる。私もパワーには自信あったのにあっさり押しのけられた。これが体格の差か!

 

「5才でこれほどの実力とは……」

 

「すげぇ! 千冬姉と打ち合えるなんて」

 

「信じられない……」

 

 もっと鍛えて強くなるぞぉ! そして千冬さんに勝つ! えい、えい、おー!

 

『『えーい、えーい、おー』』

 

 そこ、棒読みで言わない!

 

『『え~、え~、ノー!』』

 

「何で息ぴったり!?」

 

「「「!?」」」

 

「何でもないです」

 

 ……変な子じゃないもん。皆、そんな目で見ないでよぉ……。

 

『変な子じゃなくて、イタい子ですもんね!』

 

「…………うるうる」

 

「「「?」」」

 

 イタい子でもないやい。純粋な(のかな?)イアちゃんの口撃が私のハートをチクチクつつく。

 

「そっちの壁で休むと良いよ」

 

「そうします……」

 

 くったりしてると休んだ一夏君と箒ちゃんが試合を始め、次々と門下生の人が試合をしだした。師範さんも大変だ。一人で全部の試合を仕切らなきゃいけないなんて苦労してるなぁ。

 本当に箒ちゃんも筋が良い。周りの大人に引けをとってない。

 ……ところで千冬さん、貴女はどんなけ体力があるんですか。

 

『50人抜きですよ! 50人!」

 

「次っ!」

 

 一人、また一人と青年達が床に伏せる。あ、あれは現世の修羅だ。きっとそうに違いありません。

 

「ねぇ、君。ちーちゃんと真面にやり合えるなんて何者?」

 

「ふひぃっ!?」

 

 気配なく横からお姉さんが現れた。髪が長くばさぁっと広がってる。あと目の隈が酷くて怖い。

 

「束か。実験は終わったのか?」

 

「まだまだ~。ちーちゃんが年下の女の子と決闘してるって聞いたから見に来たのだよ~」

 

「そんな暇があるなら寝ろ」

 

「いたたたた~。こめかみに刺さってる~。ピギャァ!」

 

 実験ってことはこの人は研究者関係のようです。千冬さんは強制的に寝かせる気だ。アイアンクローがギシギシ頭蓋骨の軋む音が聞こえてくる。あと人が出したとは思えない奇声も

 

「またやってる」

 

「ま、またなんだ……」

 

「ああでもしないと束さんは何日も寝ないんだ」

 

「あの隈の具合からして三日は経っているな」

 

「えっと、箒ちゃんだったよね。初めまして立花響です。よろしくね」

 

「篠ノ之箒です。こちらこそ、よろしく頼みます。あっちは姉の束です」

 

 姉妹なんだ。……似てる? かな多分。妹にあっちって呼ばれるなんて可哀想に……。あ、堕ちた。

 

「きゅ~」

 

「ようやく寝たか」

 

 それは気絶しただけです。って、握力だけで人を気絶させるって千冬さんはどこの化け物ですか。いや、まあ、師匠と良い勝負ですけど……。コンクリで畳替えしできる人ですけど。

 千冬さんは目を回した束さんを隅に投げ捨てて試合する人集りに突撃してしまった。

 

 もう少し休んだら私も突撃しよっと。

 

 あ、そうだった。私の年齢は一夏君と同じ5才ということにした。年齢不詳はこれから先困ることになるからと踊君と話して決めたよ~。

 踊君は? 自分で何とかするんじゃないかな?



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第伍話

 こっちに着てから数ヶ月、私は学校に通うようになっていた。

 何でかは知らないけど何度か話す内に束さんに気に入られたみたいで、何をどうしたのか私の戸籍を偽造してもらってしまいました。それと同時に名字が立花から織斑に変わり、織斑家の次女になりました。

 

 昔は気付かなかったけど小学校って残酷だったとわかった。登校日から虐めを見付けてしまったのだ。しかもその対象が箒ちゃんでびっくりした。一兄(一夏君)と同クラスの気味悪い人がいつも頑張って庇っているけど辞めてくれないらしい。

 箒ちゃんは男子に男女とからかわれていたけど、正直意味が分からない。箒ちゃんはどこからどう見ても女の子にしか見えないんだけどな~。

 

 踊君が女男と言われてるみたいな感じならわかるのに。慣れて忘れてるけど踊君って女顔なんだよね。色素の薄くてすべすべの肌に整った顔つき、さらさらで綺麗な黒髪、無駄のない筋肉だけで細い身体、服装は中性的なものばかり。そして身長は女子の平均くらいな私よりも数㎝高いだけで低い方だし。いつか女装させてみたい。

 

 ……て、そうじゃなかった。意味不明な虐めを見過ごすわけにはいかないから私も参戦して穏便に済ませようと画策している。

 誰かを虐める人に容赦はしないよ♪ そう遠くない内に周りに迷惑が掛からないように最低限で最大な効果を持たせた反撃をしてみせる。

 

 あ、あと踊君も無事人の姿を取れるようになった。まだまだ本調子じゃないみたいで戦闘は長く出来ないみたいだけど。

 

 

 それで今は家にいるよ。一兄と箒ちゃんと一緒にお茶飲んでテレビ見てくつろいでます。

 

「どうしたらいいのだろう……?」

 

 でも、一ヶ所だけ空気がどんよりしてる。

 

「やっぱり箒ちゃんが落ち着くのが良いんじゃないかな? それかも少しはっちゃけるか」

 

「どういう意味だ」

 

 箒ちゃんって翼さんとクリスちゃんを足して3くらいで割ったあと、変なのがちょっと混ざっちゃったって感じがする。

 

「主にすぐ手が出る」

 

「う……」

 

「あー」

 

 ちっちゃいことですぐに殴りかかったりするんだよね~。自分が不利になると物理的に黙らせようとするのがいけないんだと思う。

 

「お前もよく手を出すじゃないか」

 

「手は出すけどすぐじゃないよ。それにやるときは当たらないよう寸止めしてるもん。……他者を守るべくして生まれしもの、それすなわち武道なり。だったかな?」

 

「なんだそれ」

 

「いつだったか私のお義兄ちゃんに教わった武者として忘れてはいけないことなんだ。たしか意味は、武道は容易に人を傷つけちゃうことができる危険なものだけど、大切なものを守るために昔の人が懸命に築き上げた尊いものだから決して汚さないようにって」

 

 武道が人を傷つけることを前提にしてあるのは仕方ないけど、それが守るためであることを忘れてはいけないんだ、そう踊君は遠い目をして語っていた。

 

「箒ちゃんは何のために剣道をやってるの? 今のように人を押さえ付けるため? それとも鬱憤を晴らしたいから?」

 

「…………」

 

 考え込んでしまった。こんな質問を5才の子にするのもどうかと思うけど……、って5才の子が話す内容でもなかった。

 

「ふ、二人ともテレビ見ろ」

 

 一兄に言われてテレビを見る。そこには白銀の鎧を着た人が次々とミサイルをぶった斬っている姿がやっていた。

 

「そうそう! こんな風に後ろにいる誰かを守るために闘うのが本来の武道だよ! 一兄、お手柄!」

 

「じゃなくて、よく見ろってば!」

 

「ふぇ?」

 

 えぇっと、なになに? 生中継、臨時ニュース? 

 へぇ、これドラマじゃなくてニュースだったんだ。日本近隣国にあるミサイルが何者かのハッキングで日本に打ち込まれたんだと。その数、合計2341発だって。

 中途半端だね。

 

「って、そうじゃない!? って、え、何で?」

 

「や、やべぇぞ。逃げねぇと!」

 

「そ、そうだ。急いで家に連絡を!」

 

 一回落ち着こう。座り直してお茶を一口すする。

 

「ふぅ」

 

「いやいや、何でそんなに落ち着いてんだよ!」

 

 いやぁ、人間って余りにも吃驚しすぎると返って落ち着くんだね。白銀の鎧を纏った人がミサイルを切り伏せる後ろで、すっごい見覚えのある黒い影がちらちら映ってるんだ~。

 カメラがその黒い影を追いかけて映した。

 

「死神?」

 

 やっぱりあれ死神だよね~。あの骸骨のお面も見覚えあるわ~。振り回してる何本もある鎌も同じだ~。

 …………何でそこにいるのかなぁ!? 踊君(ver.ディバンス)が!!

 

「はふ~、二千発も堕ちてくるならどこに逃げても結果は同じだよ。当たるも八卦当たらぬも八卦ってね。変なところで死ぬくらいならこの家で死にたい」

 

 実際はここが絶対降ってこない安全な場所とわかってるからなんだけど、流石に言えない。

 

「ひ、響……。……………ああ、そうだな。ここは千冬姉と響、箒との思い出が詰まった家だもんな。わかった。俺もここに残る」

 

「あぁあもう、一夏まで……。仕方ない、こうなったら一蓮托生だ!」

 

 皆ですっかり温くなってしまったお茶を飲んで時間が過ぎるのを待った。その時、コップがカタカタ音を立てていたのはご愛敬だよ。

 

 

 

 海上を飛び回る二つの人影があった。一方は白銀の鎧を身に纏い騎士となって空を翔り、もう一方は黒い布を身に当て武士として大気を踏む。

 鎧の中の少女は共に闘う黒い影を横目に捉えつつ手にした同色の剣でまた一つ降ってきたミサイルを斬り捨てる。

 

「(奴は何者だ?)」

 

 彼女が付けている鎧は正式名称インフィニット・ストラトス、通称ISというつい数ヶ月前に発表されたばかりの新技術で作られたマルチフォーム・スーツの一つの形だった。

 元が宇宙空間内での独立活動を目標に設計しているためか、そのスーツの性能は歴代の兵器とは隔絶したものだ。

 

「(天災が作ったこれに付いてきているだと?)」

 

 ミサイルの不規則な軌道を正確に読み、さらにそれに追いつくほどの機動力を兼ね備え、そして斬った時の爆風に耐えられる装甲にパイロットを守る絶対防御。

 彼女はそんな強大な力を持ったスーツを使ってミサイルを退けているのだが、その黒い影……ディバンスこと踊はだたの黒いマントを羽織っているだけで、飛び交うミサイルの側面を踏み台に動いていたのだ。

 

「(どういう神経をしているんだ?!)」

 

「よそ見をするな! まだ半分残っているぞ!」

 

「っ! わかっている!」

 

 少女の横を踊は駆け抜け、通り過ぎようとしたミサイルを鎌で断ち斬った。少女もすぐに目を向け直しミサイルの無力化に努める。

 

「(やれやれ、俺の身近にいる女性は皆して何でこうも詰めが甘いのかね)」

 

 弧を描くように投げていた鎌の一本を手に取り、踊は双鎌の演舞を披露した。

 

[297]

 

 少女が乗るISのモニターにそう文字が表示された。

 

「残り300弱だ。誰かは知らんが気張れ!」

 

「心得た」

 

 大小様々なミサイルももう残り僅かだ。二人の動きがさらに激しさを増し、加速していく。

 

「これで最後か……」

 

 先に撃たれた弾速の遅い大型と後から撃ちだされた小型が合流し、一つのダマのような塊になっていた。

 

「これで!」

 

「……八刃」(やじん)

 

 少女は剣を格納し、使う機会のなかった一つの試作品を右手に展開した。

 踊は周りを回り続ける鎌を全て手元に戻す。その数、全八本。

 

「終わりだ!」

 

「這巴!」(しゃっは)

 

 フルチャージされた大型荷電粒子砲が紅蓮の光線を放ち中央を突き抜ける。投じられた八つの鎌が空を滑り、巻き上がる爆炎の穴を埋めていった。

 

[Congratulation]

 

「ふぅ……。協力感謝する」

 

 警戒を解き空中にたゆたう。

 

「平和を守る。それが我が使命の一つ故」

 

「そうか」

 

 全ての鎌を回収して踊は港に降りた。

 二人はまっさらな空を仰ぎ見て去ろうとした最中、数隻の船が近付いてきているのを鎧のセンサーが捉えた。

 

「ちっ、今度は各国か……」

 

「む……」

 

『ハロハロ、ちーちゃん聞こえてる~? そいつらは死なない程度にヤっちゃって♪ あとそっちの黒いのも一緒に!!』

 

 どこから見ているのか少女からの通信がが入った。

 

「聞こえてるぞ~」

 

『む! これはちーちゃんと私の会話なんだから邪魔しないでよね!」

 

「そ、それはすまない……」

 

 ダダ漏れで聞こえてくる物騒な一方的会話は機械な踊の耳に問答無用で入っていく。居心地悪そうに身体を背け、溜息を吐いた。それは奇しくも少女のものと重なった。

 

「すまない。うちの天災が……」

 

「いや、構うことはない」

 

 仮面の下で苦笑いを浮かべて、一つのことを思い出した。

 

「ああ、そうだ。……千冬嬢、聞こえているならば束嬢、訳あって某の姿は曝せぬが一つ頼みがある」

 

「……なんだ?」

 

 訝しげに千冬は踊を見るが、通信相手が唯一ISを製作した篠ノ之束であることはすぐに予想が付くことと、そしてその束がちーちゃんと親しんで呼ぶのが自分しかいないことを悟り言葉を呑み込んだ。

 何故、自身がちーちゃんと呼ばれているのを知っているのかという質問と共に。

 

「響を頼む」

 

「知り合いなのか?」

 

「俺の大切な義妹だ。あいつは守られるだけの若輩者ではないが、それでも貴女のような導く人が傍にいてくれた方が安心できる」

 

「お前が傍にいればいいのではないのか?」

 

 それができれば、踊も姿を隠したりしない。

 踊はこの世界が『インフィニット・ストラトス』という物語の世界だということを知っている。そして千冬が動かしている機械もインフィニット・ストラトスと名付けられたのも発表会見で見聞きしている。それでいながらこの二つが無関係だ、などとは流石に言えまい。

 何かしらの大波乱が起きることは確実、それが起きる前に少しでも多くこの世界の状況を調べなければならないのだ。

 だから踊は分身であるペンダントを残すことくらいしかできなかった。

 

「すまない」

 

「良いだろう。……ただし、いつか顔を拝ませてもらうぞ」

 

「いつか必ず」

 

 話に折り合いが付いた。ここいらで話を切り上げ近付いてくる戦闘艦や戦闘機に意識を向ける。

 

「上空の衛星と空母を任せられるか? 戦艦と小型機は某に任せよ。そのまま大陸に向かう」

 

「私は問題ないが、お前のほうが出来るのか?」

 

「これでも水上走は得意だ。では、さらば!」

 

「…………響の周りは超人の宝庫のようだ。束、聞こえていたな。援護を頼む」

 

『アイアイサー!』

 

 各国から送り込まれた大量の兵器はたった二人の男女によって誰の血も流すこともなく殲滅された。

 

 

 

 この事件は後に『白黒士者事件(はっこくししゃ)』、『モノクロ事件』と名付けられ世界で語られることとなった。



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第陸話

 世界も随分変わってしまいました。

 

「一兄、準備できた?」

 

「はぁー……、なんで俺がこんな目に」

 

「私だって行きたくなかったよ……」

 

 白黒士者事件からもう何年経ったっけ……?

 今が一往15だから、あれからもう十年経ったんだ。世界が変わるのも仕方ないね。うんうん。

 

 今日から私は再び高校生に入学します。……んだけど、その学校がちょぉっとどころではなく行きたくない。私にはあわないことを強制させられるんだもん。

 どれもこれも一兄のせいだ。

 一兄がいらないことさえしてくれなかったらなぁ…………グスン。

 

「わ、悪かったって」

 

「……4枚」

 

「それは流石に……1枚で頼む」

 

「……じゃあ5枚」

 

「どさくさに紛れて増やすな! 誤魔化されるか!」

 

「ぷぅ~、……せめて2枚」

 

「ぐっ……、わかった。それで手を打とう」

 

 良し! 2枚ゲットォォオオ!

 え? 何の話をしていているんだって? えっと近くのお好み焼き屋さんの話だよ。ふらわー並においしく学生さんのお財布に優しいお好み焼き屋で、普通サイズが大体450円なんだ~。

 でもね、一兄。誰が普通と言った! 特大サイズ700円2枚だ!

 

『そっちの話はもう良いですから、本題に入りましょうよ』

 

 ごめんごめん。

 えっと、まず私たちが今日から行く高校はIS学園(正式にはISうんちゃらかんちゃら高等学校とかいう長い名前だった気がする)というISの操縦士を育成するための世界で唯一の学校で女子校です。

 何で女子校かって言うとISが女性にしか反応しないからです。一国を相手に出来る代物がそんな摩訶不思議なせいで、はた迷惑なことに世界も大きく変化しちゃって女性優遇になってしまいました。それとISを軍事利用しないようにってアラスカ条約とかいうのも締結されてます。

 その他にも色々あったけど、おいおいかよく分からないから飛ばしてっと、それで話は、一兄がしたいらないことだ。

 それは一兄がISを動かしちゃったということです。

 本来行くはずだった藍越学園の受験会場をどう間違えたらそうなるのか、一兄は盛大にポカをやらかしちゃって、IS学園が行っていたISの適性試験のほうに行くわ、そのままISを動かしてしまったのだ。

 世界初の男性適合者として題材的に取り上げられIS学園に入学することに、そして任せろと自信満々に張り切っていた一兄に一任していた私も巻き添いを受けて一緒にはいることになってしまったのだ。

 

「はぁ、行くぞー」

 

「はーい!」

 

 

 

「「「……」」」

 

 おぉー……皆の視線が一つに重なっている。それは当然だ。世界で一人目の男性適合者だもん。皆、見てしまうよね。

 

「……」

 

 一兄、がんばれ~。私は心の中から応援してるよ~。目の前の突っ伏してる人にエールを送る。

 

「……!」

 

 皆、熱い眼差しで見ているんだけど、その中にも色々なタイプの視線があるみたいです。何処かで見たようなポニーテールな美人さんは火傷しそうなくらい熱いガンを飛ばしてて、

 

「……!」

 

 あっちのブロンドのロングヘアをした娘は憎々しげドロドロしたあっちっちな視線を一兄に投げつけている。

 色々な人が集まってるな~。

 目の前の死にかけな人の観察をしていると前のドアが開いた。

 

「皆さん入学おめでとうございます。私は副担任の山田真耶です」

 

 黒板にウィンドウのようなものを浮かび上がらせて生徒とほとんど変わらない見た目の先生が教壇に立った。

 皆の反応は……。

 

「……」

 

 一兄に視線が固定されたまま、と。先生も周りの変な緊張感に固まってしまった。

 

「お願いします!」

 

 身振りじゃ気付かなそうだから、急いで先生に声で返事をする。首を曲げ私と目が合うと嬉しそうな表情を浮かべ学園の軽い説明を始めた

 

「――皆で助け合って楽しい3年間にしましょうね」

 

「はーい!」

 

「「…………」」

 

 私と先生の声だけが教室の中を虚しく響いた。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介お願いします。えっと番号順で……」

 

「はい!」

 

 一人目の子が立ち上がって、名前と趣味と何か一言だけを言ってすぐに座る。皆、一兄に興味津々で自分もその他の紹介も二の次みたい。他に言うことないのかよ、ってくらいあっけなく一兄にバトンが回ってしまった。

 

「……」

 

 反応がない。クラス一同の視線を集め気が滅入っているんだと思う。

 一兄の背中が助けてくれと叫んでいるように見えたけど、気のせいということにして見守る、という名目で見捨てる。実質後ろに居ても何も出来ないし面倒だし。

 顔が見れないのが残念だけどたぶん真っ青なんだろうな。

 

「織斑君? 織斑一夏くーん!」

 

「はいぃっ!?」

 

 一兄が跳ねた。勢い余ってこっちに倒れそうになるイスを優しく押し返す。そうしないと今度は前に吹っ飛ぶことになってしまうから。

 

「自己紹介お願いできますか?」

 

「は、はい!」

 

 恐る恐る一兄は立ち上がる。中央かつ先頭だから後ろを向くべきなんだけど、一兄は振り返ろうとしない。

 でもそれが正解だと思う。キラキラというよりギラギラした視線が数十も集まっているんだ。直視したらトラウマになりそう。

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします。……」

 

 一兄が葛藤してる。何か言うかそれとも座るか、でも迷ったところで周りの生徒がこのまま座ることを許さないだろうけど。

 深呼吸で息を整えた。覚悟を決めたみたいだ。観客は息を呑んで一兄の言葉を待つ。

 

「「「……」」」

 

 この状況で一兄は何を言う!

 

「以上です」

 

「自分のことも言えんのか、お前は!」

 

 ズガンという痛快な音が一兄の後頭部から教室内に木霊する。

 ビシッとしたお堅い黒のスーツに、凛々しい立ち姿。そしてこの容赦のない一撃。この人は!

 

「いってぇっ!? げ、千冬姉!?」

 

「バカもん! 学校では織斑先生と呼べ」

 

 今度はズガゴンと後頭部と前頭部から同時になる。あれは痛そうです。

 

「あ、やっぱり、月1、2回しか帰ってこない血躙愉せんぜぴゅっ!」

 

 ちゃんと先生って言おうとしたのにぃ~、叩くなんてひどぉい。後頭部が~、頭の中がグワングワンするぅ~。

 

「前半は否定せんが、そんな外道な行為をした覚えはない」

 

 ひょえっ!? 何で口頭なのに漢字の違いが分かったんだろ……。雰囲気ぴったりって思っただけなのに……。

 

「織斑先生。もう御用事はよろしいのですか?」

 

「ああ。クラスを押しつけてすまなかったな、山田君。……ふんっ」

 

「あうぇいっ!?」

 

「い、いえっ、副担任ですからこれくらいはしないとダメですから」

 

 俺の角が真っ赤に唸るぜぇ! 鮮血ヒャッハー! と叫びたそうにしている出席簿のギラツキを見てしまい、これ以上の愚痴ははるか彼方にお逃げいただいた。

 ま、まだ死にたくないもん。

 

「今日から諸君等の指導をする織斑千冬だ。君達を1年で使い物になるよう育てるのが仕事だ。逆らいたければ逆らえば良い。が、私の言うことは聞け」

 

 でたな、暴君発言。でもちー姉の眼力は常軌を逸しててその指示は常に的確なんだよね。だから本気で強くなりたいなら聞くのが正解。私はちー姉のそれに助けられた口なので反論も反発もしない。

 

「「「……キ」」」

 

 けど皆はそうじゃないだろうから、ちょっと心配でこっそりどんな様子なのか盗み見た。私と一兄以外がちー姉を見て身体を振るわせ口を揃えて、キと声を漏らした。

 キ? キって何? 気?

 首を傾げたのもつかの間彼女たちはそのまま次の語を放った。

 

「「「キャーーーーー!!」」」

 

「ひっ!?」

 

 慌てて耳を塞いだ。うう、今度はキーンと頭の内部が痛めつけられた。鼓膜ってどうやったら鍛えられるのかな……。

 黄色い悲鳴を上げた彼女たちは好き勝手に盛り上がる。

 

「本物の千冬様よ!」

 

「ずっとファンです!」

 

「踏んで縛って叩いて下さい!」

 

「変態は黙ってろ! お姉様ぁ~、抱いてぇ!!」

 

 あなたも十分変態では!? え、何このクラスの人たち、怖っ!?

 

「……はぁ、毎年よくもまあこんなに馬鹿者が集まるものだ。それで、お前は真面に挨拶もできんのか?」

 

 ま、毎年ですか、お勤めご苦労様です。

 

「いや、千冬姉、これでも真面目に」

 

 本日……えっと5度目? の殴打が今度は一兄の頭に落とされた。

 

「織斑先生だ」

 

「はい! 織斑先生!!」

 

 もう立派な脅迫だね、これは。敬礼しそうな勢いで一兄は背筋をぴんと伸ばした。あ、もうチャイムがなってしまった。

 

「続きは各自で済ませておいてくれ。ではこれから授業を始める、と言いたいところだが昨今世界各地で起こっている施設襲撃事件についての諸連絡を体育館にて行う。直ちに行け」

 

「「「はい!」」」

 

 男女別校だからこそできないこともないことを命じ、早々と私たちを教室から追い出した。

 

 

 

 久方ぶりであるな、この風は。

 しかし出来ることなら休暇として戻ってきたかったものだ。

 

「あやつは、何故これを忘れていくかな」

 

 褒められた行為ではないと知りながらも、あの娘がご厄介になっている家に不法侵入させていただき、それを回収した。確か今日からアイエスガクエンなる学舎に通うのだったな?

 仕方があるまい。

 

「このままここに置いておくのも不味かろう。某が一肌脱ぐとしよう」

 

 そうして某は一人、懐かしの義妹に会うため歩みを進めた。




前回話にて、ルビを振り忘れていました……
今頃になって修正しました。申し訳ありませぬ……。

訂正:
オリムラの漢字を間違えていました。
正しくは織斑でした。
度々申し訳ありませぬ。


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第漆話

「失礼させていただく」

 

 壇上でちー姉が黒武者と呼ばれる10年前の英雄――つまりディバンスもしくは踊君が起こしている襲撃事件のあらましを語っている時だった。背後から誰かの声がちー姉の言葉を遮った。

 

「貴様、何者だ!」

 

 誰かが声を荒げ皆の注意が後ろに向いた。

 

「警備は何してるの!」

 

「はっ!」

 

 壁際にいた教師の一人の叫びに、慌てて警備をしていた女性がその人に向かって走り出した。警備員が抑えかかる前にその人は並ぶ生徒全員に言葉を投げかけた。

 

「響、忘れものだ」

 

 と。……て、え?

 

「はて? ここにはおらぬのか? あの御仁が嘘を告げるとは思えぬのだが……」

 

「取り抑えろ!」

 

 見えないところでドタバタと激しい争いが行われているみたい。

 

「響、立花響、もしくはビッキー!」

 

「立花って、確か……」

 

 一兄が私を見る。私は無言で頷いた。急いで生徒に退いてもらって後ろに駆け出す。そして私は思う。

 私の高校生活に平穏はないのだろうかと……。あと泣きそうです。いや泣きたいです。泣いていいかな?

 

「大人しく捕まれ!!」

 

 やっとの思いで集団をかき分けて状況の理解に努める。

 ああ、やっぱり件の原因きちゃってる!? 何でいるのさ、踊君は!!

 警備員の一人がIS――確か打鉄とかいう甲冑のようなものに乗って、踊君を抑え付けようとしているのがわかった。

 すぐに声を上げる。

 

「だめ、逃げて! 警備の人!!」

 

 皆の訝しげな目が私を見るけれど、そんなの気にしてられない。当然、そんな一生徒の理解しがたい声にISを動かす人が聞くわけもなくそのまま踊君に飛びかかる。

 

「む、いたのなら早く返事をしてくれ」

 

「キャッ!?」

 

 口を尖らせて踊君は何事もなく言う。

 

「う、嘘……でしょ?」

 

「そんな……」

 

 だがその真横では警備員の人が床に横たわっていて、踊君の左手にはISの右腕部分が握られている。

 あーあ、逃げてって言ったのに……。

 

「え~っと……まず何でいるの? まさかまた教師になるとかじゃないよね……」

 

「それはない。ただ主の忘れ物を持ってきただけだ。元気そうで何よりだ。それで、こやつはどうすれば良いのだろうか?」

 

「さ、さぁ」

 

 もう一方の空いているはずの踊君の右手を見ると、掴みかからんとがしゃがしゃうるさいパイロットを失い動かなくなったはずISの左手と激しい格闘戦を繰り広げていた。

 

「いい加減にせんか」

 

 踊君はイラッときたみたいで打鉄を背負わず腕一本で反対側の床に叩きつけて黙らせてしまうのだった。

 

「ふぅ、ではさらば」

 

「あ、うん。……うぇっ!?」

 

「まだ某に何か?」

 

 沈黙したと思っていた打鉄が踊君を抱きしめた。そして懸命に持ち上げると人が乗る場所に填めた。

 

「なんだ。お主、某に乗って欲しかっただけなのか。それならそうと最初から言うてくれ」

 

「いやいや、無茶言わないであげて!」

 

 機械に話せって、そんな無茶を……。

 

――キュイ、キュイーン!

 

「……喜んでるね」

 

 うわ、皆の目が点になってる。

 

「どうするの? 踊君」

 

「「「ヨウ……君?」」」

 

「こいつが満足するまでは乗っていてやるさ。子供を放り出して旅するのは本末転倒というものだ」

 

 旅する理由も子供の平和だもんね。1億年前からある機械(踊君)からみたらほんの10年前に出てきた機械(IS)は子供か。よくわかんないけど。

 

「そこの小娘。そいつの知り合いか?」

 

「あ、ちー先生。えと、はい、そうです。お騒がせしてしまって申し訳ありません」

 

 壇を降りちー姉が傍に来る。

 

「織斑先生だ。……そいつは女、だよな?」

 

「え? やだな~、そんなの当然」

 

 皆が何故か安堵の表情を浮かべる。

 

「それなら「男ですよ」……なん……だと?」

 

「そりゃ、みたまん……ま……?」

 

「?」

 

 そこで踊君の姿を改めて見た。そしてその服装やらなんやらがおかしいことに気が付く。まず服装は柄のない質素な黒の着物に金色の龍が背に描かれた煌びやかな紫の羽織、くびれを目立たせるちょっときつめに縛ってある紅の帯。

 着物の重ね目からわずかに見えるすべすべな首筋に、丈が膝よりちょっぴり長いだけで見えてしまうすらりとした足首が妙に色っぽい。そして首元で一つに束ねた髪は腰よりも長く尻尾のように見え、打鉄から噴き出す風でふりふりしている。

 以前見た時よりも女性らしさを推して不思議そうに首を傾げる踊君はいつもより可愛かった。

 おぅ…………これじゃあ男と言い切れない。

 

「どこか変か?」

 

「全部変です」

 

「そうであるか……」

 

 しょんぼりした。たぶんこれでも踊君なりの正装のつもりだったみたい。

 

「……貴様。確か踊といったな。何をしにここに来た」

 

「先ほども述べたようにこやつに忘れ物を届けに来ただけです」

 

 手の空いた踊君は袖口から一つの金属を取り出す。

 

「あ! ペンダント!」

 

「置いていくな、愚か者」

 

「ごめんなさい……」

 

 胸元を触ると確かにペンダントがなかった。どんよりしてて家に置いてきちゃってたんだ。……踊君が勝手に乙女の部屋に無断で入ったとかは気にしないでおこう。

 

「暴れる気はないんだな?」

 

「こやつは知りませんが、某にはありませぬ。精々響を弄るくらいです。しかし、もしかしたら響が暴れるかもしれませぬ」

 

「なら辞めてよ!?」

 

「ふっ、それは出来ない相談だ」

 

 かっこつけても言ってる内容は最低だからね!? 本当に暴れるよ?

 

「ならいいだろう。……その時は私が直々に手を下せばいい」

 

「いくないですっ!?」

 

 横で出席簿を素振らないで下さい。私の頭の耐久値を消す気ですか!

 

「だが、後で詳しい事情を聞かせてもらう。今は後ろで黙っていろ」

 

「畏まりました。響の成長していない姿でも拝むとします」

 

 失礼な! ……いや、まあ、身長も体重もスリーサイズもリディアンにいた頃とまったく変わってないけどさ……。

 

 

 

 奇異の視線を一兄共々向けられて、しかも一人だけ保護者参観になってるから、私のSAN値は大変ピンチです。

 

「おーい、生きてるか?」

 

「一夏、響。久し振りだな」

 

「うぇぇー……」

 

「お前、箒か! 久し振り。6年ぶりか」

 

「覚えていてくれたのか……」

 

「おう、見たぜ。剣道の全国大会で優勝したんだってな。おめでとう!」

 

 あー……何処かで見たと思ったら……箒ちゃんだったんだー。

 

「な、何で知ってるんだ」

 

「新聞に乗ってたぜ」

 

 そう言えばそんなの読んだ気がしなくもない。

 

「箒ちゃぁ~~ん」

 

「な、何をする。や、やめ」

 

 取り敢えずその豊富な胸に泣きつく。

 

「見るな!」

 

「ふげ!?」

 

 うぇーん……。

 

「ふぅ……、こんなに響が取り乱す姿は初めて見た」

 

「あ、ああ、俺もだ」

 

「私の平穏がぁ~……」

 

 踊君めぇー……。

 

「そんなにあの踊って人のことが嫌いなのか?」

 

「そんなわけない!!」

 

 踊君を嫌う理由なんてない。

 

「好き、大好きだよ! いつも子供のために世界中を走り回って、どんなに苦しくても辛くても耐えて、ちょっぴり意地悪だけど優しくて強くて、ぼんやりした顔は綺麗で笑顔がとっても可愛い大好きな人!! でも今はムカつく」

 

 平穏は無理でも穏やかな生活くらいは欲しかった。ISという未知の領域に挑まなきゃいけないんだからさ~。

 

「おま……」

 

「……私もそんなに素直になれたら……」

 

「ふぇ?」

 

 周りを見ると殆どの人が顔を赤らめて私を羨望の眼差しで見ていた。あの朴念仁と呼ばれる一兄までもが同じようにしている。

 ……今、私なんて言った?

 

「…………………………ほにぇっ?」

 

「響さん大胆」

 

「響ちゃんはあの男の子がとぉぉおっても好きなんだね~」

 

 ここは教室。皆いる。私大声。皆聞く。

 

「…………ふみゃぁぁぁあああああぁぁあっ!?!?!?」

 

「ひ、響が壊れたぞ」

 

「げっ」

 

「皆、忘れろぉ!!」

 

「ちょ、辞め!? 誰かこいつを押さえつけるの手伝ってくれ! おい、暴れんな!」

 

 ぬがぁぁぁあああああ!

 

「おう、箒、響。久しぶりだな」

 

「き、貴様は……」

 

「よ、よう。桐生か」

 

「あはは、今虫の居所が悪いんだぁ。すぐに消えてくれないかな」

 

 桐生龍哉、彼は織斑一夏についで二人目の男性適合者だ。響ちゃんとは小学校に通う頃からの知り合いで自称天才、他称屑。

 皆に優しく人助けが趣味の響ちゃんでさえも関わりたくないと思ってしまうほどである。

 人の神経を逆撫でしてくるわ、気持ちの悪い視線をむけてくるわで、視界に入るだけで虫唾が走る。

 響ちゃんたちとは違うクラスのくせに何をしに来たというのだ。

 む?貴様は誰だと?

 私は語り部の円小夜だ。錯乱した響ちゃんのままでは「うがぁっ」や「ぶるぁあ」などしか語らないので出張らせて貰った。

 それでは失礼。

 

「やっぱさっきの踊とか言うクズのせいだろ?」

 

 大好きなのは大好きだけどそれは家族としての好きであって男と女としての好きじゃなくて、た、確かに踊君は強くて格好良くて悲しい時も辛い時もずっと傍にいてくれて応援してくれる優しい人だけど~……ふにゃ~………………、……あ゙ァアッ? 誰がクズだって?

 私の中で何かが切れた。

 

「部外所のくせに生意気だよな」

 

「……ッ!」

 

 ガンッ!と乾いた音が教室内を駆け抜ける。

 

「邪魔だ」

 

「そこまでにするのだ」

 

 桐生を襲ったのはちー姉の出席簿で、私の振りかぶった腕は踊君が受け止めていた。踊君の顔が私のすぐ目の前に……。すぐに顔を背ける。

 

「貴様の教室はここではない。3組の教室に戻れ」

 

「ちっ、何故この俺様が1組じゃねぇんだ……」

 

 何かブツブツ言いながら桐生は教室を出て行った。踊君はそれを見届けるとやっと私の手を離してくれた。

 

「何故彼がここに?」

 

 クラス全員の疑問を代表して誰かがちー姉に質問した。

 

「この男がISを動かすところは全員見ていたな。そのためつい先ほど公式に三人目の男性適合者として学園に入学させることが決まったのだ。そしてこいつを1組で受け持つことになった。挨拶しろ」

 

「承知。お初にお目に掛かる。某の名は聖踊。聖なる踊りと書いて聖踊であります。好きなものは童の笑顔、嫌いなものは童を穢すあらゆる全て。よく分かりませぬが、この学舎に通うことになりました。確かここは3ヶ年通うのでしたね?」

 

 ちー姉は首を縦に振って頷いた。

 

「明くる年以降、どうなるか分かりませぬがよろしくお願いいたします」

 

 そ、そんなぁ!?

 たった今、自覚すらしてなかったことを大声で口走ってしまったところだ。まだ気持ちがしっちゃかめっちゃかしてるのに、踊君がクラスメイトになっちゃうなんて……。

 周りからの生暖かい視線が私の身体を這いずり回る。

 

「織斑先生~、他のクラスではダメだったのですか~? このクラスには既におりむーがいるんですよ~?」

 

 お、おりむーって一兄のことかな?

 改造されてだぼっとしたゆるゆるの制服を着る女の子が格好と同じようにゆるーく聞いてくれた。

 

「それ俺か?」

 

「織斑だから、おりむー。可愛いでしょ~」

 

「確かに布仏の言う通りだ。だがこいつが何者なのかを我々教師陣も何一つ把握できていない。ならば唯一この男を知っている織斑響の傍において監視するのがもっとも安全であると我々は判断した」

 

 それはそうだと思う。私は暮らすため偽造の戸籍を作ってもらったけど、旅する踊君にはそんなの必要ない。何一つ存在の証を持たない踊君はこの世界にとっていないものと同義で、いくら調べても出てこないのは仕方がない。

 

「それなら指導室などがあるではないですか!」

 

「それはできない」

 

「何故です?」

 

「油断や機能の制限があったとはいえISに搭乗した腕利きの警備員を素手で無力化し生身でISを投げ捨ててみせた男だぞ。私以外に監視できるものがこの学園にいると思うか?」

 

「そ、それは…………いません」

 

 そういえば説明していなかったけど、ちー姉は8年前『モンド・グロッソ』というISの世界大会の初代優勝者だ。その次に行われた大会は色々あって途中棄権しちゃって優勝は逃したけど、それでも世界が認める最強の称号『ブリュンヒルデ』を持っている自慢のお姉ちゃんだ。

 この学園にいる他の先生たちのほとんどが国家代表かその候補生を務めていた人たちなんだけど、ちー姉みたいな大会上位入賞者は残念だけどいない。

 

「自慢などする気は殊更無いが、私以外の適任者がいないのもこのクラスに編入した理由だ。もし何かあったら私が責任を取る」

 

「あ、それなら大丈夫です。私も止められますから」

 

「「「え?」」」

 

「あー、昔から響は強かったもんな」

 

「そういえばそうだったな。道場で織斑村先生の稽古に付き合えたのは響一人だけしかいなかったな……」

 

「「「えっ!?」」」

 

 ほとんど勝ったことはないけど踊君とは今まで何度も本気の試合をしてきた。最後にやったのはもう5年も前だけど、その時だって何時間も掛けての惜敗だったんだ。絶対勝てる! ……だなんて自信はなくても、負けない自信はある。

 頭を抑える箒ちゃんに親指を立てて宣言した。

 

「2対1なら絶対勝てる!」

 

「それで負けたら折檻ものであるぞ」

 

 うぇぃ……踊君にぽっきり折られてしまった。

 

「それもそうか。ならそいつの面倒は織斑妹に任せる」

 

「ひゃい!」

 

 と、元気に答えたのは良いんだけど……、あれ? なんか選択を間違えたような気がする。いや、その前に気持ちの整理を付けてしまわないといけなかったんだ……。

 はぅぁ~……。



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第捌話

 一兄がISの教材を電話帳と間違えて捨てるなどというポカをやらかしていたことが明らかになったり、踊君が全くと言って良いほどISについて知らない(ただそのスペックについてだけは矢鱈と詳しい)ことがわかったりとあったけど(え、私? ……ちー姉に締められたとだけ言っておきます)比較的無事に2限は終わった。

 そしてつかの間の休息を満喫していると、

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 私の前に座っている一兄と席が用意されていないのでふらりと私の横にやってきていた踊君に向かって声をかける何処かの令嬢っぽい少女がいた。

 

「おぅ~……」

 

「ふむ……」

 

 でも、二人とも有意義(一人違う?)な時間を過ごしていてその声に気付かなくてぼんやりしてる。

 

「聞いていますの? お返事は?」

 

「む?」

 

「ん? あ、ああ、悪い。えっと何かな?」

 

 代表して一兄がその人に名前を聞く。すると何を思ったのかその子は信じられないものを見たとでも言いたげな目を二人に向けた。

 

「なんですの!? そのお返事は! この私に話しかけられるだけでも光栄なことなのですから、それ相応の態度というものがあるのではないのかしら?」

 

「いや、俺は君のことを知らないし」

 

「某から見たら貴殿は子供に過ぎないのだが……」

 

 ……そりゃそうだと思う。踊君って生きた年数だけなら曾々々々……(以下略)おじいちゃんなんだから、大抵子供でしょ。

 

「私を知らないですって? このセシリア・オルコットを! イギリス代表候補生にして首席で入学したこの私を!?」

 

「……代表候補生ってなんだ?」

 

「そこから!?」

 

 近くでおずおずと聞いていた人たちの腰が抜けた。いや、まぁ、確かにそういったことを知るための教科書を電話帳と間違えて捨てるくらいだから1ページも読んでないんだろうけどさ……。

 

「よくは知らぬが、言葉から察するにISのパイロットとして国の代表になれるかもしれないところにいる人ということだろう」

 

「あ、なるほど」

 

 言葉から推察くらいはしてよ……。一兄はお世辞にも頭が良いとは言えないけどそれでも悪いわけじゃない。私と同じくらいのレベルなのに。

 

「そう! いわばエリートなのですわ! 本来なら私のような選ばれた人間とクラスを同じくするだけでも奇跡なのですよ」

 

「へぇ、ラッキー」

 

「……響、高々その程度の金属塊を動かせる程度で何故(なにゆえ)この嬢さんは威張るのだ?」

 

 本気で分かっていない踊君は一人首を傾げる。私は踊君だからで片付けられるからいいとして、他の人が聞いたらその発言はいささか不愉快だと……。

 

「男でISを操縦できるときいてましたが、とんだ期待外れですわ。そして貴方にいたってはISのなんたるかを全く知らない世間知らずのようですわね」

 

 ああ……やっぱり。

 

「俺に期待されても困るだけなんだが……」

 

「過去にもちらほら見かけたことがあるが、怒り狂った彼奴等と比べたら……」

 

 ……翼さんもクリスちゃんも容赦しないからね。殺るときは聖遺物の使用も躊躇わず徹底的に殺っちゃうから。もちろん私も。

 

「まあ、それでも、私は優秀ですから、ISのことでわからないことがあれば……泣いて頼むのでしたら、教えて差し上げてもよろしくてよ。何せ私、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 

 …………え゙っ?

 

「あれ? それなら俺も教官倒したぜ? まぁ、避けただけで実質何もしてないから勝ったって言って良いのか分からねぇが」

 

「そ、そんなはず! わ、私だけと聞きましたが?」

 

「それって女子だけなんじゃねぇの?」

 

「いや、貴殿の話を聞くにそれは倒したとは言えないと思うのだが」

 

「そ、そうですわ!」

 

「ねぇねぇ、一兄、セシリアさん。ちょっと聞いて良い?」

 

 あんまり口を挟みたくなかったけど、凄ーく気になることがっできてしまったので間に割って入ることにした。

 

「たしか、織斑響さん、でしたかしら? 質問を許可しましょう」

 

「響でいいよ~。えっと教官を倒す倒さないって何の話?」

 

「試験の一環で受けてるだろ? ……ん? そういや変だな……? 響が負けるとは思えねぇのに……」

 

「貴方がどう思おうとちゃんと闘って教官を倒したのはやはり私だけなのですわ」

 

「えっと、うん。一兄、セシリアさんの言う通りちゃんと闘って教官を倒したのはセシリアさんだけだと思うよ」

 

「あ、そうか。相手が千冬姉だったらおかしくないか」

 

「ううん。それも違うの」

 

 一人納得しようとしていた一兄を否定する。だって、だって私は……。

 

「そんな楽しそうな試験受けてないもん!」

 

「「「「「え?」」」」」

 

「ふむ、やはりか」

 

「そんなことあるはずがありません!」

 

 あるはずがないって言われても~……。本当に私はそんな実技試験を受けてないんだもん。聞かされてもなかったし……。ちー姉に渡された予定にだって一行もそれらしいこと書いてなかった。

 

「免除されたとでも言うので!?」

 

 声を荒げるセシリアさんを遮るように丁度3限目開始を知らせるチャイムが鳴った。

 

「っ! また後で来ますわ!」

 

「あ、うん。またね~」

 

 捨て台詞のように言うと席に戻っていった。ちー姉が教壇に立つ時には席がないので後ろに居る踊君を除いて全員が指定された席に着いていた。

 

「授業を始める前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める」

 

 そう言うとちー姉は生徒一人一人の顔を見る。

 

「自薦、他薦は問わない」

 

「はいはい! それなら織斑君がいいと思います!」

 

 真っ先に一兄の名前が挙がった。たぶん理由は男だからだと思う。教材を捨てるなんていう暴挙に出ていた一兄が求められるのはそれくらい思いつかない。

 

「はい! なら、私は聖さんを推薦します! 織斑先生も認める程凄く強いんですよね!」

 

 次に挙がったのは踊君の名前だ。でもちー姉は顔をしかめ残念そうに言った。

 

「すまないが、聖にはさせられない。急遽入学が決まったばかりの、本人の前で言うのは悪いが危険人物だ。流石にクラス代表を任命するわけにはいかない」

 

 このIS学園に平然と侵入して全校集会に乗り込んじゃったですもんね~……。踊君を知っている私からしたら危険人物どころか学園の守護神とかになるんじゃないか、なんて思っちゃうわけだけど、知らない人からした恐怖の対象です。

 この件についてはどうしようないからゴミ箱に入れてしまうとして、私には聞かないといけないことがある。

 

「あのー……、一つ質問しても良いですか?」

 

「なんだ? 織斑妹」

 

「入試の時に試合があったって聞いたんですけど、私受けてないです」

 

「だろうな。私が辞めさせた」

 

「そんなぁ~……」

 

 帰ってきた返答は想像通りでした。資料から試合のことを除くなんて、渡したちー姉しかできないもん。

 

「闘うまでもなくお前の実力は知っている。時間と費用その他諸々の無駄だ」

 

 酷い……。折角の楽しみを奪うなんて……。机の上で鬱ってやる。

 

「他に推薦はいないか? それなら代表は織斑……「ちょっとお待ち下さい!!」……オルコットか」

 

 セシリアさんがバンッと机を叩いて立ち上がった。その顔は険しく怒っているように見える。

 

「そのようなもの認められませんわ! 男がクラス代表だなんていい恥さらしです! 私に、そのような屈辱を1年間味わえとおっしゃるのですか!? それにこの私を差し置いて試験免除など認められません!」

 

「……それはつまり?」

 

「実力から行けば私がクラス代表になるのは必然。私は態々このような島国までIS技術の修練のために来たのですから!」

 

 前を見ると一兄が肩をわなわな震わせていて、苛ついているのがよくわかる。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛で……」

 

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」

 

「なっ……!」

 

 一兄とセシリアさんが口論を始めた。当事者の一人である踊君は我関せずで、もう一人の当事者な私は話について行けなかった。私、ずっと特訓ばっかりやってるからあんまりテレビ見ないんだよね。それに見ても格闘技系の番組やご近所のニュースくらいで、世界情勢なんて気にしたことがない。

 先進とか後進とか言い争われても困る。

 ちなみにこのクラスで一番慌ててるのは柔和そうな副担任のまや先生です。

 

「あ、あなた! 私の祖国を侮辱しますの!?」

 

「先に言ってきたのはテメェだろ!」

 

「一先ず落ち着いてよよ。二人とも」

 

 ヒートアップして収拾がつかなくなりそうだから、二人の間に割って入った。

 

「「これが落ち着いていられるか(ませんわ)!」」

 

 不思議なことに帰ってきた返事はほぼぴったりです。止めに入るんじゃなかったかもしれない。私は攻め込んでくる視線を受けて後悔した。

 

「あなたは自国を侮辱されて平気なのですか!」

 

「うん、平気だよ? 私は私だもん。踊君は…………ごめん、関係なかったね」

 

「ああ、某は国という概念とは無縁に生きてきた故な……と、この学舎も規約だったか条約とやらで世界からほぼ独立していたのだったな」

 

 海上までふっつーに歩いて世界を旅してたくらいだもんね……。聖遺物まじ半端ねぇ! て奴なのかな?

 

「っ!? そんな!? 決闘ですわ! 私の祖国を侮辱した罪、償ってもらいます! 貴方方のその愛国心のなさに腹が立ちました! 私がこの手であなたたちを制裁しますわ!」

 

「受けて立ってやる!」

 

 一兄が決闘に乗ってしまった。

 これでも愛町心だったらちゃんとあるんだけどな……。未来たちと暮らすリディアンとか一兄たちと暮らす町とか小さいものならちゃんと。おお、……それを集めたら愛国心になるのか、なる~。

 

「すまぬが、某は辞退させて頂く」

 

 後ろから成り行きを見守っていた踊君はすぐに断った。

 

「は! 逃げますの? ただの臆病者でしたか」

 

「響の足下にも遠く及ばない今の貴殿等では加減の付けようがない」

 

「なっ?!」

 

 あっるぅぇえっ?! 何か今、私のハードルがぐんっと上がったような気がするんですけど!? ……私、IS動かしたのってまだ試験(適性テスト)の時の1回きりだから、それにその時やったことだって、歩くと軽く飛ぶ程度だから。

 それを聞いた瞬間、周りの人たちは笑い出した。

 

「聖さん? それ、本気で言っているんですか?」

 

「男が女より強かったのって、昔の話ですよ? いくら貴方がISを投げたって言っても、向こうが油断して手を抜いていただけですよ」

 

 ひぇっ!? 皆、ちー姉が言っていた『適任者が私しかいない』という意味を取り間違えちゃってる!?

 ちー姉の言葉の意味を『ISに乗らないで踊君に対処できるのは私しかいない』だと皆は勘違いしてしまってるんだ。本当にちー姉が言いたかった意味は『ISに乗ろうと踊君を対処できるのは私しかいない』という意味なのに……。

 

「………………はぁ、仕方あるまい。貴殿等が響を倒せたら闘うとしよう」

 

 長めの沈黙内で考えた踊君は溜息を吐いて受け入れることにしたみたいです。

 

「そんなことを言って本当は闘うのが怖いだけなのでしょう?」

 

「好きに思うと良い」

 

 踊君のせいで私のハードルが鰻登りで上がっていってる!? これ、絶対負けられないじゃん!? IS動かすのほぼ初めてだっていうのにっ!! 試験も受けさせてもらってないしね!

 

「話は決まったか? それでは1週間後の月曜放課後に第3アリーナで代表決定戦を行う。それぞれ用意しておくように。いいな!」

 

「「はいっ!」」

 

「は~ぃ……」

 

「聖、お前にも必ず闘ってもらう。オルコット、織斑兄、織斑妹のいずれか勝者とだ」

 

「……御意」

 

 え、何この逃げ場のない嫌がらせ。

 万が一あの二人に負けることでもあれば、私は踊君の折檻を受けることになってズッタズタのボッロボロにされちゃうのは必至。

 だから負けられないと意気込んだら、例え勝っても踊君と決闘しなきゃだめなの!? これじゃあ結局踊君にギッタギタのメッタメタにされちゃう。

 

 ……私、どのみち報われない!?

 

「それは良いことを聞いた。しっかりぎっちりみっちり用意しておこう」

 

 よ、踊君が……用意して…………ですと!?

 

「ひっ!? 織斑さんが真っ白に燃え尽きてる!?」

 

「すご~い。ひびきんの口からオレンジ色の魂みたいな靄が出てる~」

 

「いやいや!? そんなこと行ってる場合じゃないでしょ!? 織斑さん、気をしっかり持って! 織斑さんっ!!」

 

 ……………………ガクッ。

 

「響ぃぃいいいいっ!?!?」

 

 

 

 ありゃりゃ? 気付いたら何故か私は保健室に寝かされていた。

 うーん……、なんでだっけ?




響ちゃんの好きとはいったいいかなるものか……
家族としての好きなのか、異性としての好きなのか、 
それは誰にも分かりません。
本人さえも今だ無自覚ゆえ。


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第玖話

「私の部屋はど~こっかな~」

 

 長い時間寝ていたみたいで時間はとっくに放課後になってしまっていた。教室には戻ってみたけどもぬけの殻で、仕方なく部屋に行くことにした。

 ここIS学園は全寮制で生徒は付属の寮に入ることになっているんだけど、部屋割りは当日になってみないとわからないようになってる。見ず知らずの誰かといきなり相部屋になるわくわく感が待ってるのだ。

 さっき職員室に寄って、まや先生に部屋の鍵をもらってきたところだ。本来なら終わりのHRに渡されるんだけど、倒れてたので受け取り損ねた。

 

「1020~、1021~」

 

 もうすぐだ。鍵の番号は1025。1024、この隣だ。

 

「あーれー」

 

「よいではないか~、よいではないか~」

 

 と、扉の奥から何やら卑猥な声が聞こえてきます。こ、これは開けても良いのでしょうか? それとも聞かなかったことにしてしばらく立ち去ってあげるのがよいのでしょうか?

 ……私は少し葛藤しなければならないようです。

 

「……ま、間違いがあってもいけないよね……。よ、よし! お、お邪魔しま~す……」

 

 気合を入れて、恐る恐る閉められていた鍵を開け中を覗いて見てみましょう。

 

「……同じ部屋の織斑響でーす。よろし……くぅ……?」

 

 中では一人の少女がぶんぶん振り回されていた。

 

 ……オオカミ少年の尻尾にじゃれつかんがために。

 

「えっと……たしか本音ちゃんだったよね?」

 

「あ、ひびきんだ~。おかえりなさ~い」

 

 キツネのパジャマを着た女の子、布仏本音ちゃんだった。何でそんな格好? と疑問にも思うけど、それ以前に重大な不思議がある。

 

「……踊君はここで何しているの? あとそれどうやってるの?」

 

 どうして乙女の部屋に踊君がいるの? オオカミのパジャマを着ていたのは踊君だった。ふよんふよんと大きな尻尾を振って本音ちゃんの追撃を躱して遊んでいる。

 

「のほほんでいいよ~。む~、ちょっとくらいよいではないか~」

 

「しばらくここの部屋に寝泊まりすることになった。やってみたらなんかできた。あーれー」

 

 のほほんちゃん楽しそう……、じゃなくて!

 

「それ本当なの?! のほほんちゃんもそれでいいの?! あと結局なにをしたいの!?」

 

「千冬嬢の指示だ。勝手に何処か行かれるよりも彼女が管理する寮、それも響の部屋なら安心だそうだ」

 

「いいのだ~。ひびきんもよかったね。やった~! 捕まえた~、もふもふ~」

 

「ちっとも良くないよ!? それと聞き流してたけど、ひびきんは止めて、なんか新種のバイ菌にしか聞こえない!」

 

 踊君が部屋に泊まると言うことは、私は落ち着いて気持ちの整理を付ける場所を失うということになって……。部屋に行けば落ち着けると機体知ったのに、それをそうそう壊されてしまった。

 

「(好きな人と同棲だよ? あ、お邪魔だったら私は出て行くからね)」

 

「(いて下さい!)」

 

 尻尾を離して、ひょこっと耳元に現れてのほほんちゃんはそう配慮して……、って余計な配慮にしかなってない!

 み、みみみみ耳元でなんてことをいうのかな、この子は!? そんな気を使われたりなんかした日には、私倒しちゃう!

 

「はて?」

 

「……こ、この際一緒の部屋なのは仕方ないけど、寝るときはどうするの? ベッドは2つしかないんだよ?」

 

「そんなの当然、ひびりんと「気にしなくていい。俺は向かいに座っている」……えぇ~、それじゃひぃじぃに悪いよー」

 

 ……ひぃじぃ?

 

「大丈夫だ。そちらは二人で使ってくれ」

 

「ちぇ~っ」

 

 ベッドに身を預け寛ぐのほほんちゃんに戦慄した。のほほんちゃんと呼ばれるくらい不思議ちゃんだと思ってたら、お腹の中では結構な策士家ちゃんだったようです……。

 

「うわぁぁあぁぁああああ!?」

 

 うぇひゃっ? 隣の部屋から野太い悲鳴が……。

 

「聖! 助けてくれ!」

 

 扉を開けて飛び込んできたのは一兄だった。そう言えばあまりの驚きで鍵を閉めるの忘れてたっけ。ちゃんと閉めとかないと。

 

「どうしのだ、一夏殿?」

 

「ほ、箒が!」

 

「一夏ぁぁぁぁあああああぁああ!!!」

 

「ふぎゃっ!?」

 

 扉を閉めた途端、誰かが突撃を噛ましたよう……です。

 

「お、落ち着くのだ。篠ノ之嬢」

 

「離せっ! 私はコイツを成敗しなければならない!」

 

「わ、悪かった! この通りだ、許してくれ!?」

 

 はれほれりゃ~……とと、扉に潰されてないか鼻を確かめながら部屋を見る。鬼の形相をした箒ちゃんが木刀を振り回そうとして、それを彼女の横に立った踊君が慌てて握って抑えるという軽い修羅場になっていた。そして一兄は木刀の下で土下座して子鹿のように震えていた。

 

「だ~いじょ~ぶ~?」

 

 視界の下からにゅぅっとキツネなのほほんちゃんがのぞき込んできた。……うーん? たった今の今までベッドに寝転んでなかった?

 

 

 

「いったい何があったのだ?」

 

「い、一夏が……その、私の……着替えを覗いた……」

 

「有罪であるな」

 

「グィルティ~」

 

「大人しく斬られててくれたらよかったのに……うぅ、まだヒリヒリする」

 

「故意にやったんじゃねぇし、覗いてもねぇよ! 出てきたところに偶然居合わせただけなんだって!」

 

 仕様もない理由で私たちは巻き込まれ、私は無駄に痛い思いをしたみたいです。

 

「またやったの? こりないんだから……」

 

「まただと!? 以前にもこいつはやっていたのか」

 

「うん。何度もやってるよ~」

 

 ついこの間も私がお風呂から上がった時、本人曰く、気付かず侵入してきた。それ以前からも一兄は常習犯です。その度に右腕を唸らせてきたんだけどついに治らなかったみたいで残念です……。ガングニールでやれば治ったかな……?

 

『治る前に死にませんか? あ、でもバカは死ななきゃ治らないって言いますし……』

 

 おお、ナイスアイディアだよ。イアちゃん! その手がありました。箒ちゃんから離れて怯えている一兄の傍に優しく近寄る。

 

「一兄」

 

「お、おう。わ、態とじゃないからな。本当だぞ!」

 

「大丈夫大丈夫、わかってるから。だから、一遍逝ってみよ?」

 

 三途の川で扱かれてきたら治ってくれると、私、信じてるからね!

 

「グハッ!?」

 

「一夏っ!?」

 

 にっこり笑ってその腹部に握り拳をめり込ませて戯れ言を黙らせる。不埒者には制裁を! と言う奴です。目を回す一兄の脇に三指を食い込ませて持ち上げる。

 

「はい、これあげる。箒ちゃんの好きにしてね」

 

「あ、ありがとう?」

 

「む。ベッドの底に1寸先も見えなくなりそうな真っ黒な分厚い布とありとあらゆる縛り方を記した大全が貼り付けに」

 

「おー! お布団の下に身体を縛るには持ってこいなすごく長~いロープがあるよ~!」

 

 何であるか分からないものが阿吽の呼吸で遠慮なくお姫様だっこされた一兄の上に乗せられていく。なんでそんなマニアックな大全がベッドの下に隠してあるんだろう。まさか前年度の利用者の忘れ物じゃないよね……。

 

「では、また明日」

 

「おやすみ~」

 

「う、うむ。また明日だ」

 

 追い出すように帰っていただいたところで明日からのことを考えよう。

 ちー姉からもらった練習期間は1週間、それまでにしなきゃいけなことは色々あるけど優先すべきなのはISに慣れることだ。詳しいことは後で先生に聞くとして、日常で出来ることももっと増やさないと……。

 

「踊君、いいくらいのダンベルとかない?」

 

「ダンベルよりもウェイトのほうが良いだろう」

 

 ドシンッと踊君はパワーリストとアンクルを一組ずつ床に投げて置いた。

 

「凄い音~。どれくらいあるの?」

 

「それは一つで10kgだ。0.1kg刻みで今のところ0.5kgから25kgまで取りそろえているぞ」

 羽織の裾からドスドスと大量の重りが転がり出てくる。

 

「ど、どこにしまってたの~、それ~……」

 

「この羽織には細工がしてあってな。必要不要問わず使えそうなものを引っ掛けられるようになっている」

 

 広げて見せてくれた中には色んなものがはみ出していた。ペンにハサミ、のりにカッターに鋸があって、金槌なんかのいろいろな工具一式、あと紐。

 ……紐?

 興味本位で引っ張って見た。

 ……見なかったことにしよう。ゼンマイ仕掛けの動く爆弾なんか私は見てない。

 

「これはサージェが暇つぶしに作ったファロだ。イチイバルの薬莢から作った装甲に頭の先端しか燃えない紐がチャーミングポイントだ」

 

「ファロ! ファロ!」

 

「そっち!?」

 

 耳のような場所からアームが出て自力でゼンマイを回すファロを出して説明してくれた。

 踊君的には以外と牽制に使えるから重宝してるんだって。

 何故か知らないけど頭の紐に火を付けてその辺を歩かせておくだけでみんな自然と逃げてくれるからだそう。偶に近付かれる前にファロを撃つ人がいるけど、装甲が聖遺物の残骸から作っているおかげで傷はおろか凹みすらせずメンテもほとんど必要ないのもありがたいとか。

 え、何それ怖い。こう思っても仕方がないと思う。いくらなんでもそれは私でも逃げます。例え聖遺物を纏っていたとしても、銃弾弾いてテクテク迫ってくる爆弾とか恐怖以外のなにものでもないです。

 

「もう良いか? とりあえず明日はそれをつけて過ごせばいいだろう?」

 

「う、うん、そうする。毎日2kg増やす感じでお願い」

 

「おう、頑張れ」

 

「闘うかもしれなのに仲良いね~」

 

 まだまだ勝てる気がしないから、稽古をつけてもらう感じで当日は挑むつもりでいる。しっかり裏で少しでも長く戦えるように策は練るけど、だかれってピリピリしたりすることはないのだ。

 

「だって拳で語るのって気持ちいいんだもん」

 

 それに口で話すよりも素直に心からの思いをぶつけることができる。これまでどんな特訓を積んできたのか、どんな生活をしていたのか話したら長いことでも拳なら全部じゃないけどほとんど感じ取れる。

 それにスカッとするしね。

 

「ね! 踊君」

 

「それはない」

 

 残念なことにばっさりと否定されてしまった……。



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第拾話

 何の問題もなく、二日目の朝を迎えた。

 

「(おはよーございます)」

 

『(おはようございます)』

 

 静かに呟くとイアちゃんの声だけが頭の中に反響した。時刻は5時の半分にも満たない早朝で空はまだ夜明け色です。けどベッドの向かいで瞑想するように寝ていたオオカミさんと浴衣型の制服はすでになくて、いたのは隣のベッドを使って幸せそうに涎を垂らすキツネちゃんだけだった。

 起こすのも悪いので静かに着替える。

 

「(よしっ)」

 

 最後に踊君にもらったウェイトを手足に付けたのを確認して、もうすっかり日課になったランニングに向けてそっと部屋を抜け出した。

 

「(今日も一日頑張って行こーッ!)」

 

『(おぉー!)』

 

 付き合ってくれるイアちゃんと一緒に私は一人、校内の探検も兼ねて駆けだした。

 

 

 

「この地は子供がいるには物騒なものが多い……」

 

 某は学内に置かれている射撃訓練用の施設を訪ねていた。保管されていたほとんどの銃は実物のようで、弾丸の装填も済んでいる。数十あるがあまり使われた痕跡がないのがせめてもの幸いか。

 

「いや……、あのようなものを嬉々として扱っている時点で幸いも何もないな」

 

 戦場にも度々現れるISなるものを流行りのように扱う若者を考えると先が恐ろしいものであった。

 中に入ってしまえば誰にでも手に取れるようになっていた一つを手に取り確かめる。これは……ふむ。余り使われていないというのに、中は新品のように清掃が行き届いていた。隣に箱詰めされている薬莢や撃ち出す鉛も同様に綺麗にされている。これなら不発や暴発、腔発の危険性は極めて低いだろう。

 して、これを行ったのは……何者だ?

 

「おや? 君は確か入学式の時の少年か?」

 

「おお! 先の御仁ではありませぬか。先日はどうも有り難う御座いました。貴殿御陰で無事響と見えることが叶いました」

 

 うっすらとしか感じ取れなかった気配の持ち主は体育館の道を教えて頂いた用務員の御仁だったようだ。只者ではないとは思っていたがこれほどとは驚きである。

 

「それはなにより。それで、またどうしてこんなところに来たんだ?」

 

「某はまだここに来たばかり故、少しでも多くこの学舎の設備を見学させていただこうかと。御仁は何故ここへ?」

 

「唯の清掃さ。もうほとんど使われてないとはいえ埃は積もるからな。いざという時、不備があってもいけないだろ」

 

 なるほど、相当の手練れであるはずだ。銃というのは繊細な物であり、その整備は難度が高い。下手に手を加えるとすぐに壊れてしまう。それを精巧に成し遂げられるようになるということは、銃が身近にある生活を送る即ち戦場に近しいものを経験したことがあるということ。この御仁は某達と似た生活を送った時期があるのやも知れん。

 

「……御仁、これを使っても良いだろうか?」

 

「勿論だ。是非使ってやってくれ。このままここに飾り続けているよりもきっとそいつらも喜ぶはずだ」

 

 少し離れたところにある訓練場に連れて行かれると、慣れた手つきで御仁は端末を操作する。

 

「準備ができたぞ。思う存分撃ってくれ」

 

「感謝する」

 

 地中から三方向に飛び出す円盤を撃ち抜いていく。

 やはり某には射撃の腕は無いようだ。当たってはいるが中心にはほど遠い位置にしか当たらない。この反動とやらの小さな揺れで手元が狂い狙いは逸れる一方である。

 このような暴れ馬を使いこなすクリスやサージェの腕前が改めてわかった。

 む、外したか。

 

「響が乱れ打ちしたのもよく分かる」

 

 狙い撃つよりも取り敢えず撃つ方が確実だ。

 

「乱れ打ちはおすすめしないぞ。一往回避する方法はあるが、間をしっかり置かないと薬莢がはき出せず詰まりやすくなる」

 

「そうで御座ったか」

 

 そんなことが起これば戦場では命取りであるな。銃器はサージェらに任せておくほうが良さそうだ。某には剣と鎌さえあればそれで十分だ。

 一頻り撃ち終えたのを確認したあと、銃を分解する。そして銃内にこびり付いた溶けた金属を取り除いていった。

 

「ほう。精度に比べこちらは上手いな」

 

「某の輩に銃器を得意とする者がおるのだ。その者から教わった。使わずとも知っておいて損はないからと」

 

「そうだな。どんな知識であっても、知っていて損することはそうそうない。そいつの言う通りだ。おっと、そこからは俺がやろう」

 

「かたじけない」

 

 最低限の整備を終わらし御仁に……、

 

「と、そう言えば御仁の名を伺っていなかった。某は聖踊。この学園に通うことになった。して御仁は?」

 

「俺は轡木十蔵だ。見ての通り用務員をやっている」

 

 用務員にしては貫禄があるお方だ。彼を見ていると今は亡き朋等を思い出す。十蔵殿に銃を任せ某はその場を去ることにしよう。

 そうだな。またいつか時間が取れれば翼嬢に伝授するのもいいかもしれんな。

 

 

 

「どう思った?」

 

 踊が居なくなり一人となった轡木は一人呟いた

 

「……彼はいったい、何者なんでしょね。私に気づいた上で見て見ぬ振りをしていたみたい。隠密には自身あったんだけどな~、これでも更識の当主なのに」

 

 天井から一人の少女が降り立ち扇子を開いた。そこにはでかでかと?と書いてあり少女の心情が語られていた。

 

「やはりそうだったか。あまり気に病むなよ。あいつは只者じゃない」

 

「わかってます」

 

 轡木が踊の後ろから現れたのはただ清掃していたからなどではなかった。天井の少女、更識楯無を隠すために態と姿を見せたのだ。

 楯無の僅かな気配の漏れを感じ取った轡木はその気配に重ねるように自身の気配も零した。そして踊に視認されると共に完全に隠蔽を解き、その一瞬に楯無が気配を消す。

 それはプロさえ騙すことができるほどの完璧に近い方法だった。にもかかわらず踊は造作もないことのように見破った。

 

「それで何か情報は掴めたか?」

 

「それがまーったくなんにも。更識の情報網を持ってしても彼についてまったくわからなかったわ。このどの国にも聖踊とされる戸籍もないようなのよね~。残念ながらお手上げよ」

 

「戸籍がない、か」

 

 世界には200近い国が存在しているがそのどこにも彼らしきデータは残っていなかった。彼女はその事実がどれほど重要な情報であるか気づいていない。

 轡木の中にとある可能性が浮上したがそれを口をするには推論でしかないと押し隠し、楯無に一つ頼みをした。

 

「では織斑響を調べてみてくれないか? その子を調べれば何か分かるかも知れない」

 

「織斑響……織斑先生の妹さんですね。確かにあの子からなら何か分かるかもしれません。二人は昔から知り合い、何処かでその兆しが見付けられるかも」

 

「頼む」

 

「任せてください。この学園を守るのが生徒会長の役目ですから」

 

 『お任せ!』と書かれた扇子を口元にあて楯無は訓練場を後にする。得てせず踊の知らないところで響が弄ばれることが決まってしまったのだった。

 

 

 

「ヘクチュンッ!」

 

『風邪ですか?』

 

「うーん……違うと思う」

 

 走っていた響は急に来た悪寒に首を傾げる。

 

「おはよう。某も加わって良いか?」

 

「踊君、おはよう」

 

『おはようございます』

 

 訓練場を出たところで踊は響を見付け、ランニングに合流するのだった。



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第拾壱話

 ついに待ちに待ったような待ってないような非常に微妙な日がやってきました。

 

「私の拳が唸るぜ!」

 

「……ひびりんってそんなキャラだったっけ?」

 

「いやぁ、何となくノリで言ってみただけです」

 

 決闘会場の第3アリーナの控え室で私は燃えていた。

 ちー姉のためとはいえバイト続きだった一兄とは久々に闘いたかったし、代表候補生がどれくらい強いのか興味があったのでセシリアさんと闘うのも楽しみなのです。

 

『ルール等を確認する』

 

 控え室に設置されているモニターにちー姉の姿が映る。

 

『ルールは至って簡単だ。先にシールドエネルギーを0にした方が勝ち、特出した反則はなし何をしようが構わない。ただし禁止事項として勝敗が決した後の追撃、並びに試合中相手を死に至らしめるような行為やそれに類する行為があった場合、即座に危険と見なし試合を中止し失格とする。いいな!』

 

『『はい!』』

 

 ISに乗ったのだろう二人の顔がパネルの隅に並んで表示された。セシリアさんは堂々とした感じだったけど、一兄はまだ慣れない感じが残っていた。

 

「もうすぐ二人の対決が始まるね~」

 

「うん。見られないのが残念」

 

 肩をすくめて呟く。

 公平を期するために試合出場者は互いの試合を見れないように配慮されているのだ。本来ならアリーナの光景を映すパネルも今は沈黙して私とのほほんさんの顔を反射するだけしかしてくれない。

 ここにいない踊君もこことは別の控え室で私と同じように待機している。

 

「私が代わりに見て来てあげるのだー。じゃ~、またあとで~、応援してるよー。さらば~」

 

 長い裾をバタバタさせてのほほんさんは控え室を出て行く。

 静寂に包まれる部屋で一人、備え付けのイスから離れるとひんやりした地べたで座禅を組んで、試合開始のサイレンを聞き流した。

 

 

 

「最後のチャンスを差し上げますわ」

 

「チャンス?」

 

 名前の割にはそこまで真っ白ではないIS、日本政府が用意した専用機『白式』に乗った織斑一夏は、セシリア・オルコットと彼女の青いIS『青い雫|ブルー・ティアーズ』と向かい合っていた。

 

「惨めな姿を曝す前に今ここで謝罪するというのであれば許してあげてもよくってよ?」

 

「……そう言うのはチャンスとは言わねえ。それに謝る気もねえ」

 

「そう、残念ですわ」

 

「っ!」

 

 言うやいなやセシリアは手にしていた銃身の長い銃を一夏に向けて引き金を引いた。慣れない身であったが、ブーストの点火に成功した一夏は辛うじて飛び出してきた青い光の筋を躱すことに成功した。

 

「さあ、踊りなさい!」

 

 一夏に安堵を付く暇はない。第2、第3と豪雨の如くレーザーが上からさらに一夏を襲い始めた。

 

「私、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で! 行きなさい、ブルー・ティアーズ!」

 

 前後左右あらゆる方向から突き進むそれはセシリアとは別位置からだ。高速起動に苦しみながらも一夏は巻き上げられる砂塵の隙間から降り注ぐレーザーの根元に意識を向ける。

 

「な!?」

 

 そこには小さな板が浮いていた。先端の尖った部分からレーザーを撃っては独自に移動し、再びレーザーを撃つと繰り返しており、一夏を囲っていた。

 ーー自立機動兵器、通称ビットと呼ばれる操縦者の意識を受け単独行動と多角射撃を行う強力な兵器の一つだ。

 警告と共に無尽に飛び回る板の数が一夏の視界の隅に表示された。

 

「4つ……。何か武器はないのか?」

 

 ISに搭載されていた音声認識で白式に問いかける。

 通常だったらそんな必要はない。なんと言っても専用機だ。操縦者に合わせた武器が用意されているもので、説明も受けているはずなのだ。あくまでそれは通常だったらという話で、一夏の場合は違った。

 『政府から支給された専用機』そう聞くと聞こえは良いが、一夏がこの『白式』を受け取ったのは昨日の今日どころか数分前のたった今で、さらに「起動したな。良し行け』という無茶な要求を姉にされ、そのまま試合に臨むことになったのだ。

 当然武装について聞くことはおろか、調べることさえもさせてもらえなかった。

 白式は正確に一夏の言葉を受け取り、視界に投影されていたコマンドの中から次々と選択してWeaponと名付けられたブロックを展開してくれた。

 

「まずは近接ブレード、他に……ってこれだけかよ!? ちくしょうっ!」

 

 四の五の言っている場合じゃない一夏は頭の中に湧いてくる様々な文句を呑み込んでそのたった一つ格納してある武器を手元に呼び出した。

 

「やるっきゃねえってか!」

 

 雨の中、一夏はセシリアの懐に入ろうと前に突き進む。

 

「中遠距離型の蒼い雫に、剣で挑もうなど笑止ですわ」

 

 しかし止むことのない4本1組で迫り来るレーザーの束が近付くことを許さない。

 一夏が前に出ようとする度にその少し前をいずれかのレーザーが遮り、減速したところをさらに別のレーザーが追撃を掛けた。

 

「それでもやらなきゃなんねえんだ!」

 

 気合一喝、一夏は横にブーストを噴かせセシリアの周りを回る。素早い機動で追い駆けるビットを振り切ることは叶わなかったが、期待したように集中するビットは一夏の後を追う。

 

「……! ここだ!!」

 

 全てのビットが背後に付いたその時、一夏はさらに横に曲がり真っ直ぐセシリアの方に飛んだ。

 

「しまった!? ……なんてね。かかりましたわね!」

 

 セシリアの腰部にもまだビットが待機していた。一夏は嵌めたのではなかった、嵌められたのだった。

 

「お生憎様、ブルー・ティアーズはまだありましてよ」

 

 急遽、回避するために白式にブレーキを命じるが、既に準備の整っているビットの射程からは到底逃げられない。ビットから覗く大きな銃口からミサイルは飛びだした。

 

 

 

 二度目のサイレンが響いた。どうやら一兄の試合が終わったみたいです。

 

「さーて、どっちが勝ったのかなー?」

 

 再び電源が着いたパネルに意識を向ける。

 

「セシリアさんが勝ったんだ」

 

 WINER セシリアとだけかかれたパネル。流石にどんな戦いをしたとかは教えてくれないかー。ま、いいけどねっと。

 

「ということは、最初の相手はセシリアさんかな?」

 

 試合の参加者は3人なのでトーナメントではなく総当たり戦が採用されている。因みに踊君は私たちの中の勝者と最後に闘うことになっている。

 

「さ、頑張ろっと」

 

 準備するため、座禅を崩し立ち上がった。ISスーツというシンフォギアのスーツに似た服に着替える。ほとんど変わらないけどこっちの方が肌の露出が微妙に多い。ちょっと太ももがスースーする。

 

「これで良し」

 

 肩を回したりして変なところがないか確認してっと、ゲートに向かった。

 

「きたか」

 

「よ!」

 

「織斑先生。あ、一兄! お疲れさまー」

 

 腕を組んだちー姉と純白のISに乗ったままの一兄が待っていた。これが一兄のIS、格好いいじゃん。鳥のような翼に軽く拳骨を当てる。コツンと良い音が帰っていた。

 

「あとちょっとだったんだけどな。……何やってんだ?」

 

 次に一兄の身体を観察する。負けたといっても一兄は怪我らしい怪我はしていない。絶対防御があっても打撲の一つや二つするかなと思ってたんだけど、結構善戦したみたい。

 

「戯け、エネルギーに気を使わないからだ」

 

「ちゃんと確認したって。……1回くらいならできると思ったんだよ」

 

 ムスッとする一兄を横目において準備万端のISを見る。

 

「用意はしてある」

 

 鈍く光る甲冑の傍による。

 それだけでその子は起動した。

 

「よろしく、打鉄ちゃん」

 

 このISの名称を呼ぶ。

 これは学園が保有する訓練機の1つで、装甲は防具みたいな形で主な武器が刀という近接型、見た目通り武士のような姿をした機体だ。

 本来ならだけど。

 

「本当にそれでよかったのか?」

 

 今私が動かしているISは通常とは大幅に違う。

 まず左右に漂っていた盾のような肩当てがない。スカートのような左右の大きな垂れも取り払ってミニスカのような感じに。

 あと格納されている武器も全部外しておいた。闘ってる最中にいきなり出てこられても邪魔だもん。

 

「ちぃ~っすです」

 

「あ、踊君」

 

 ふらっと現れたのは制服を着物に改造してしまった踊君だ。

 

「何故お前がここにいる。控え室で待機しておくように言ったはずだ」

 

「響嬢に野次のお届けものでございます」

 

「受け取り拒否します。速やかにお帰りください。それか激励をください」

 

「ふ、それはできない相談デェスッ」

 

「何でよっ!?」

 

 いつも通りの返しに心が真っ二つにへし折られそうです。

 

「お前はいったいどこの迷惑業者だ」

 

「断ち花印でございマース」

 

 以後お見知りおきを、とでも言うかのように深々とお辞儀する踊君。いや、それって私の心を断ちに来たってことだよね!?

 

「踊ってそんなキャラだったのか?」

 

 義理でも兄妹は似るのか、ついさっきのほほんちゃんに同じようなことを言われた。

 

「響を弄るためならばどんなキャラにだってなってみせよう! それが私デェス」

 

「そんなことに努力しないでよ!」

 

「そ、それは辞めとけ!? ISで殴ったら洒落になんねえから!」

 

 思いっきり振りかぶった腕が白式に止められる。

 

「離して! 一回殴らないと気が済まない!」

 

「せめて降りてからにしろ!?」

 

「わかった!」

 

 踊君を殴るために打鉄から飛び降りようとした。

 

「試合だ、馬鹿者共」

 

「「ふぎゃっ!?」」

 

 したのだが、脳天に伝家の宝刀・出席簿が突き刺さった。

 どこから取り出したんですか!? ISの絶対防御抜いたんですけどその出席簿は本当に紙ですか!? あと何で踊君は受けてないんですか!?

 

「やれやれ」

 

「前途多難デスね」

 

「お前も含めてな」

 

 まだ頭の痛みが引かないうちに私はゲートの前にたった。

 

「いってきます……」

 

「負けても良いのですよ~。悦しい特訓が待っているだけですから」

 

 ま、負けられない!?

 24時間耐久組み手はやだ!?

 

「心配ご無用。今度は48時間でございまーす」

 

 それは絶対死ぬ!?

 負けられない理由が急激に強化された瞬間だった。

 

「お、おおおお織むら響、うううち鉄、い、いきます!」

 

 ガクガクしながら私はゲートを大急ぎで潜った。

 

「何が48時間なんだ?」

 

「苛ッ禍ッ過ッ」

 

 あ、あああ頭の中で勝手にされる変換は誤変換に違いない。う、うん、そうだ、そうに違いない。



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第拾弐話

遅れてしまって申し訳ありません。
ちょいと外が騒がしくなっておりまして……。
「言い訳はいいから、早くなさい!」
分かってます。ではどうぞ 


「待たせちゃったかな?」

 

 既に飛んでいたオルコットさんと同じ高さに並んで向かい合う。

 

「いえ、大丈夫ですわ。ブルー・ティアーズの修理がつい先程終わったばかりですの。予備のパッケージを用意しておいて良かったですわ」

 

 およ? なんだか雰囲気が丸くなった気がする。

 ほへー、一兄との戦いで何か変わったみたい。何か吹っ切れた感じがして今のほうが好感がもてます。

 

「この間は申し訳ありませんでした」

 

「ほえ?」

 

「貴国を侮蔑するようなことを……」

 

 ああー。確か決闘になった原因だったっけ。

 

「……そう言えばそんなこともあったね」

 

「そんなことって……、もしかして貴女忘れていらしたの?」

 

「うん」

 

「信じられませんわ……」

 

「てへへ、鍛錬が楽しくてついうっかり」

 

 観客の中からも「おい!」とでもツッコミの来そうな空気が漂ってくる。

 

『もういいか。さっさと準備しろ』

 

「はーい」

 

「いつでも構いません」

 

 地表に着地して、動きの制限のために付けていた手足のウェイト(合計88kg)を隅っこに放り投げた。

 

「それじゃあ!」

 

「行きますわよ!」

 

 構えを取る。

 

『初め!』

 

 ちー姉の合図と共に意識を切り替えた。

 

 

 

 響とセシリアの試合が始まった。

 

「なあ、聖、本当に俺たち控え室に行かなくて良いのかよ?」

 

 隣にいる同姓の男と俺の姉に問いかける。

 

「踊でいいですよ。なに気にすることはありませんよ。響が使っているのは訓練機、隠された武装もなくスペックも変わらない、見たところで何も問題ない武装ですから」

 

「織斑兄に関してはそうだが、お前は別だろう。オルコットと闘う可能性もあるんだぞ」

 

「いえいえそれはありえませんよ。響とセシリア嬢の差は大きいですよ。ほら、ごらんください」

 

「う、嘘だろ」

 

 踊に促されて試合に目を向けた俺は信じられないものを見た。

 

『よ!』

 

 地上にいたまま響は四方から放たれるレーザーを全て躱していたのだ。

 

『なっ!?』

 

 セシリアの焦る姿が映る。

 響はまるで後ろに目があるかのように背後から迫るレーザーの射線上から軽いステップで外れ、即座に上から撃たれたものにもしっかりと反応すると身体を捻って逃れた。さらに左右から飛んでくるビームも高跳びをするように背面で飛び越え、また時に下を潜ったりと悠々と躱す。

 そして試合が始まってから、響は一度もブースターを使っていなかった。

 

「どうして使わないんだ?」

 

 使えば反撃も簡単になるはずだ。

 体操の技の一つ、ロンダートからのバク宙と流れるような美しい動きで3本のレーザーの隙間を縫い、さらに着地からの伏せでレーザーに頭上を通らせる。立ち上がり様の渦のような回転で追撃の数本も受け流した。

 そして残心を残しゆっくりとまた構え直す。

 

「地面に足を付けて迎撃する。それが響の基本の戦い方だからですよ」

 

「でもPICとかいう装置で空中でも仮想の地面を用意できたぜ」

 

 空中じゃ腰を入れて踏ん張ることはできないと思ってたんだけど、意識してみたら硬い床を踏んでいるような感覚ができた。

 そのおかげでセシリアとの試合で良い線までいけたんだぜ。

 

「くく、確かに出来るようですけど、今の響のISにはそれができないんですよね」

 

「……肩部の推進翼を取り払ってしまったからな」

 

「なんでそんなことしたんですか!?」

 

「あいつにとって邪魔になるそうだ」

 

 どういう仕組みなのか分からねえけど、あれって4,50㎝ぐらい離れて浮いてるんだぞ? どう考えても邪魔になるとは思えないんだが……。

 俺が初めて起動したISは打鉄だったからどんなんだったか覚えてるけど、あの盾で左右が見えなくなるなんてことはなかったと思う。千冬姉も呆れているので同じ見解を持っていると思う。

 

「訓練機というのはどうしても動きにラグが生じてしまうのですよね。普通なら気にならない程度なんですが、響のような武闘派には致命的になりうるのですよ。それに浮いていると言うのも外す理由です。中途半端に離れていると距離が取りにくくなってしまって、避けたつもりが避けられてなかった、なんてことがざらにありますから」

 

 あー……確かに翼の先端がどのへんにあるかとかが曖昧で避けるときに結構苦労したわ。

 

「まあ、それ以外にももう一つ理由はある、のですが……おやおや、そろそろ終わらせてあげなければ可哀想ですね」

 

 試合を見ていた踊は説明を遮ってそう呟く。

 百式の補助で試合を見るとセシリアが涙目になっていた。

 

『どうして当たりませんの!』

 

 あ、あれは辛いだろうな。

 正確な射撃が持ち味のセシリアにとって当たらないのは凄い屈辱的なはず。アリーナに記されているブルー・ティアーズのエネルギー残量も半分以下でどれほどの数を撃ち、それを避けられたのかよく分かる。

 

「何でだ?」

 

 打鉄のほうは全く減っていなかった。

 喰らっていないのだから減っていないのは当たり前なんだけど1mmも減っていないのは変だ。動いているのだから多少は減っているはずじゃないのか?

 

「織斑教諭、マイクを使わせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

「個人間へのアドバイスは禁じられているぞ」

 

「いえ、アドバイスではありません。ただこのままではあの子が可哀想ですから」

 

「あの子ってセシリアのことじゃないのか?」

 

 踊は首を横に振ると、響……ではなくそこにいる別の何かを見る。

 

「わかった。ただしプライベート・チャネルではなくオープン・チャネルで行え。いいな」

 

「構いません」

 

 千冬姉が使っていたものを借りる。

 

『響! 楽しむのもいい加減にしなさい! それ以上はその子に悪いですよ』

 

『踊君?』

 

『わ、悪いですって!? わ、私を侮辱しまてますの!?』

 

 必至に狙い撃っていたセシリアが手を止めてまで金切り声をあげるのも仕方がないな。他人に哀れまれることほど悔しいことはない。でも踊が言うにはセシリアのことじゃないんだよな……。じゃあ誰だ?

 

『オルコット嬢のことではありませんから心配しないでください。悪いとはそっちの……打鉄という少女のことです』

 

 打鉄という……少女?

 

『何を言って』

 

『響、試合直前からPICを切っていますね』

 

『ぎくっ! アハハハ……バレてた?』

 

『当たり前ですよ、戯け。隠したかったらせめてウェイトを外さなければ良いものを』

 

『ちょ、ちょっと待って下さい! PICを切っているとはどういうことですの!?』

 

 1週間で叩き込んだIS関連の記憶を呼び起こす。

 た、確か正式名称はパッシブ・イナーシャル・キャンセラー、だったか? 慣性をなくすような感じの装置らしく、PICがあるからISは重力に逆らい上空に行くことも留まることもできると書いていた。

 鬼のような形相をしたセシリアが詰め寄ると響が一歩後退って逃げる。その時だ。

 

『ウェヒャッ!?』

 

 響が変な奇声を上げた。そのまま後ろに倒れて後頭部を強打する。

 

『おぅぅぅ……』

 

『当前の結果です。ISといえどその素材は所詮金属なのですよ。今までのように闘って耐えられるわけがないでしょう、流石ド阿呆ですね』

 

 突然打鉄の右膝から下が外れたのだ。

 

『ど、どうなってんだ?』

 

 辛うじてマイクは観客の気持ちを代弁した俺の呟きを拾いアリーナ全体に放送される。

 

『PICがあるのでわかりにくくなってますが、あれでも150kg近くの重量があるのですよ。そんな重量の塊が飛んだり跳ねたりする度に、あの小さな間接がどれ程の負担を耐えていたと思っているのです。瞬間的にはトンを越えていたときもありましたよ。流石にこれ以上続けたら打鉄が廃人になる』

 

「「「「『…………』」」」」

 

 言葉が出なかった。

 間接がトンの重圧にも耐えていたことにも驚きだが、よく考えてみて欲しい。それを動かしているのは何だ。……人だ。響だ。それってつまり響も一瞬かかるトンの重圧に耐えていたと言うことになるんじゃないか。しかもそれでいてセシリアの嵐のようなレーザーの雨を軽々躱してたってことに……。

 あと打鉄が廃人になるって言ったけど打鉄は人じゃないだろ。

 

『そ、そっか……。ごめんね、打鉄さん』

 

 どんなものにだって悪いことをしたなら謝るってのは良いことだけど、それでいいのか?

 PICを起動して響は片足で立ち上がった。バランスは腰のブ―スターでとっているみたいでうっすらと響の腰回りの空気が揺れる。

 

『オルコットさん! 悪いけど次で決めさせてもらうね!』

 

『受けて立ちますわ!!』

 

 響は地面を蹴りセシリアに向けて跳んだ。その速度は早くはないがセシリアが逃げられることができる程遅いわけではない。でもビットで狙うには十分過ぎる時間があった。

 重なることなく球状に並んだビットが響を取り囲んだ。

 

『お行きなさい!』

 

 一斉にビットが火を噴く。

 

『ッ! ここだぁああっ!!』

 

 叩き付けるような強烈な突風が吹いた。金属の焼ける音がする。そして爆発の音が木霊する。

 

「響!」

 

 見上げるとまた信じられないものを見てしまった。つくづく響には驚かされてばっかりだ。

 打鉄の左足は焦げて半壊していたが、まだ動いている。大破したのは4つのビットの方だった。

 

『まさかレーザーごと、ビットを蹴りましたの……!?』

 

『うおぉりゃぁああああ!!』

 

 打鉄の腰部や背のブーストが燃え上がる。蒼白い残像を残して響を空に向けて押し上げる。

 

「あ、アリーナのシールドバリアーを踏んでる」

 

 ISの絶対防御機能にも使われている不可視の防護壁に響は何の躊躇いもなく身体を預け深く沈みこんだ。

 そして崩壊していく左足と燃え尽きるブースターを糧に空を切り裂いた。

 

『く! まだですわ!』

 

 腰に隠されていたミサイルを積んだ二つのブルー・ティアーズが顔を出す。俺も掛かった罠だ。

 俺の時はこの白式の御陰で切り抜けられた。ISってのには経験を重ねることでそのパイロットに適した状態に進化するっていう機能があるんだが、それがミサイルに当たる直前で発動したんだ。一次移行という初期の設定待ちの状態から完全に個人専用に変わる現象で、その時にでる衝撃がミサイルの爆破を中和して助かった。

 でも響が乗っているのは訓練機でそういうのが起きないように設定されている。このままじゃダメだ! 逃げないと!

 

『それが……、どうしたぁあああ!!!』

 

 響は止まらなかった。ミサイルに臆することなくセシリアの眼前に迫る。

 

「ほう、正解だ」

 

「呵々」

 

 千冬姉が感心したように言う。踊も笑っていた。でも俺は信じられなかった。

 

「正解ってどこがだよ。当たったらお終いじゃないか!」

 

「今はまだ他に目がないから構わんが、そろそろ敬語を使え。お前の言う通り直撃したらほぼ間違いなく終わりだな。だがあの状況であんなものを撃ってみろ。吹っ飛ぶのはオルコットも同じだ」

 

「それに加えてあのビットは腰にくっつくような形で存在しているでしょう。そのため正面ど真ん中を真っ直ぐ進まれると案外死角になるんですよ。本人はド直球なだけで意図してないでしょうけどね」

 

 二人の言う通りだった。セシリアは撃つのを微かに躊躇い、それが勝敗を分けた。

 その零コンマ一秒の差が響を死角に押し込んだ。遅れてビットから飛び出したミサイルは響の脇を通り過ぎて爆発する。

 

『チェェエエエストォォォオオッ!!』

 

 もうセシリアを守るものはなにもない。全霊を込めて挑む響と悲鳴を上げてでもまだ操縦士のために動き続ける打鉄の拳がセシリアに炸裂した。

 

『勝者、織斑響!!』

 

 そう告げる声と共に打鉄の右腕は脆く崩れる。

 勝者達は背を地に預け、残された最後の四肢で天を指して最高の笑みを浮かべていた。



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第拾参話

「ごめんなさい……」

 

 試合が終わるとすぐにオルコットさんと一緒に先生達に回収されて、オルコットさんは医務室に運ばれたのに、私はゲートで仁王立ちする鬼の前に放り込まれた。

 

「山田君、打鉄の被害状況はどうだ?」

 

「は、はいぃ! えええっとダメージは……レベルEオーバー!? よくこれで動けましたね……」

 

「見事にボロボロですね。装甲にまで亀裂が入っています。……義妹がすまぬ」

 

 踊君は打鉄に近づくと装甲を撫でて労った。同じ機械として何か通じるものがあるのかも知れない。

 付き合ってくれた打鉄に黙祷を捧げ、一兄を見る。

 

「さて、次の試合は一夏殿対響ですが、どうします?」

 

「……止めとく。今の俺じゃ逆立ちしても響には勝てない。でも、必ず勝つ。今は無理でもすぐに追いつく」

 

「そうですか。呵々、君たちになら必ず響と肩を並べることが出来ますよ」

 

 一兄と戦えないのは残念です。すごく楽しみにしていたから……。けど、一兄がそう決めたのなら私は何も言わない。次の機会を望めばいい。

 

「一夏君の不戦敗ということは……、響さんの2勝で次は響さんと聖君の試合ですね」

 

 視線がぶつかる。踊君は鋭い犬歯を見せニヤリとする。

 

「よし、やりますか」

 

「おっけーっ!!」

 

 長い時間をかけて鍛練を積んだんだ。私は何処まで強くなれていてどれほど踊君に近づけたのかを知りたい。

 

「もう、待って下さい! 早く闘いたい気持ちはわかりますが、打鉄の修理には時間が掛かるんです! 借りられた訓練機はこの打鉄ともう一機のラファール・リヴァイヴだけしかありませんので、すぐには無理です!」

 

 あ、そうだった……。今から訓練機を借りるのもいいけど、それでも時間がかかるのは一緒だ。すぐに出来ないのか……。やる気になっていたから少しへこむ……。

 

「大丈夫です。私がラファールを、響はこの子を使います」

 

「この子?」

 

 踊君は懐から水晶玉のようなまん丸な玉を取り出し、手首を内側に軽くスナップを効かせ、

 

「さあ、初陣ですよ。イア」

 

 投げた。

 鋭い投球は落ちることなく、一直線に私の胸元にあるペンダントの中に吸い込まれていった。

 

「……え、吸い込まれ?」

 

 強い光が視界を埋めた。暖かいと言うか、熱い! 全身に熱が伝わっていく。

 

「はふぅ……、え、これって……」

 

「ニールハート、貴女の専用機です。愛称はイア、概要は全てこの子が教えてくれますよ。では、先に行ってますね」

 

「え、ちょっ……」

 

 何の説明も無しにラファールに乗って一人、先に飛び立ってしまった。残された私たちは呆気に取られる。

 

「……話は終わった後であいつから直接聞く。織斑妹、あの阿呆を叩きつぶしてここに連れて来い」

 

「はい!」

 

 翼がなく、ISとしては珍しい形をしていた。でも、私にはとてもしっくりきた。

 

『準備は万端です。Gungnir・Earhart、いつでも飛べます!』

 

「(イアちゃん!?)」

 

 ニールハートは、そのままとはいかないまでも、慣れ親しんだガングニールそのものだ。イアちゃんの声が頭の中に響いた。

 腰にある二門のバーニアを開く。

 

「ニールハート! 織斑響! 行きます!」

 

 踊君の後を追って私はピットを飛び出した。

 

 

 

 互いに飛ばず陸に降り立つ。

 

『ニールハートはガングニールをIS用にチューニングした機体です。ですのでサイズの変化が出来ないくらいで変化はありません。手足のユニットのみの力と防御のみに特化させた愚直型です。好きなだけ突っ込んじゃって下さい!』

 

「よっしゃぁああ!!」

 

「いきますよ」

 

 ニールハートの拳が飛んでくる拳銃の弾丸を殴り落としアリーナの地面に突き刺した。殴った感触は良好だ。高らかに響く拳骨は欠けることなく弾に打ち勝った。

 

「調節はしっかりできているようですね」

 

「これなら!」

 

「甘いですよ」

 

 響は第二射も同じように落とした。だが、その後ろに隠されていたもう一発が肩を突きへこみを入れる。踊の手にはいつの間にか二つの拳銃を握られていた。

 

「(この感じ、サージェ!)」

 

「さぁ! 楽しみましょうか!」

 

 紅の瞳に金のラインが幾重も走る。

 

「うそ……」

 

 二人が魅せる宴武に誰しもが驚愕する。

 

「「ッ!」」

 

 二人は互いに前に出る。銃弾とジャブの応酬に目映い火花が幾重にも咲き乱れる。すれ違い様に深く沈み込むと響はアッパーカットで地面ごと削り取ろうとするが、表面塗装一枚を剥ぐだけに終わる。

 立ち位置が入れ替わると同時、踊は前に突きだしていた片方の足だけで急停止させ、反転と共に響の横を狙い撃つ。

 

「ッ、ハァアッ!」

 

 響の脇を通り過ぎた弾は叩き落とされ宙に跳ね上がっていた先人達を踏み台に背後から襲い掛かった。不規則な弾道を躱すだけでも常人を凌駕するというのに、響は身体を捻った回し蹴りで離れ業を為す。

 僅かな踏み込みで立ち位置を修正し蹴り上げる足の甲に寸分違わず当てると、鋼の表面を滑らせ向かってきた勢いそのままに向きだけを変えて蹴り返した。

 

「ふふっ!」

 

 そんな曲芸で返された弾に向け、踊は冷静に左右の拳銃から1発ずつずらして撃ち込んだ。1発目は円錐の形をした弾の下に当たり軌道を斜め上に曲げる。次の2発目で垂直にさせるという、巧みの技で応戦した。

 その隙に響の間合いが踊を取り込む。

 

「セイッ!」

 

「ハッ!」

 

 右手の正拳突きを銃の側面で横に流し、即座に放たれた蹴りを片手の銃を捨て平で上に払う。響は流れた蹴りの速度を生かし踵を落とすが、響の周りをブーストで飛行することで踊は威力を最小限に緩和して、掴み取ると放り投げる。だが離れまいと響は全身のバーニアで勢いに抗いその場で止まり肘鉄を噛ます。

 この連撃に使われた時間は僅か3秒に及ばない。

 余りの速さに観客席にいる生徒の中で真面に動きを追えたのは武道の心得がある数少ない生徒と野次馬で来ていた他学年の先輩くらいしかいなかった。

 

「呵々、強くなりましたね」

 

「えへへ、ちー姉のお陰かな。みっちり鍛えてもらってるからね! じゃあ、そろそろ本気で行くから!」

 

『Knuckle Banker 起動します!』

 

 響の前腕にある真っ二つに裂いた竹のような筒型のパーツが後ろに伸びた。ついにニールハートの持つ唯一の武装をお披露目する時が来た。

 

「ドリャァアアアッ!!」

 

「おわっと!」

 

 横にスライドして難を逃れた踊は大気を抉り地面に大穴を開ける拳を見て思う。

 

「(やりすぎたかもしれません……)」

 

 と……。

 ISはセーフティーのために実戦(戦争)用と競技用という二つの設定が存在するのだが、それをニールハートのバンカー機能は軽く越えてしまった。

 踊が設定をし忘れたわけでもイアが設定を解いたわけでもない。

 考えられる要因はただ一つ、つい先程行ったPICなしでセシリアと戦闘したことだ。その経験がおそらく響を無駄に強くしてしまったのだろう。

 神様から受け取った特典が裏目に出てしまったようだ。地面が消し飛ぶ威力にラファールの……どころかIS全体で、絶対防御がちゃんと機能してくれるのか不安が過ぎった。

 

「『(一夏さん、闘わなくて正解でしたね……)』」

 

 ニールハートを用意した御二人は同じことを思い、闘わない選択をした一夏を静かに褒め称える。

 

「まだまだぁ!」

 

「チッ!」

 

 そんな思いに気づかず、両足のバンカーで瞬間移動のような高速起動を行う猪少女は出鱈目に攻め立てる。自分のためだけでなく、ラファールやラファールを整備することになる人たちのためにもあれに当たるわけにはいかない踊はひたすら回避に徹するしかない。

 どんどん低くなっていくアリーナの地表を余所に低空で争う二人は互いに焦りと激しさが増す。

 

「いい加減に当たってよ!」

 

「ちょっと、それは無茶というものではありませんかね!?」

 

 ほんの二十秒程度の攻防戦だが、バンカーの撃鉄を鳴らす度にニールハートのエネルギーが減り響は焦る。その度に目で追いきれるかどうかという速度で放たれる鉄槌が襲いかかり、当たればほぼ確実に大破するとわかる踊が焦る。

 二人は攻防の最中で少しずつ外へと逸れていく。

 

「そこ!」

 

「やむを得なませんね。……ぐぅっ!」

 

「うわっ!?」

 

 瞬時の判断で踊は何とか拳を流し、直撃だけは避け腕を取る。流しきれなかった衝撃が腕の装甲に穴を開けたが、掴んだ手は離さず片手で背負い投げ、手にしていた銃を切り替える。

 

「ほう、ラピッド・スイッチか」

 

「ほ、本当にあの子たち、初心者なんですかね……。それ以前に本当に子供なんでしょうか……」

 

 拳銃が消えると同時に大型のサブマシンガンが踊の手に握られる。

 

「ふぅ、チェックメイトです」

 

「まだ、終わらせない! 全部まとめて薙ぎ払う! 行くよ! ニールハートッ!! クロスバンカー、フルブーストッ!」

 

『りょ、了解(アリーナ大丈夫かな……)」

 

 足を杭にして響はアリーナの中心で止まる。避けきれないと告げる直感に躊躇いなく従い、迎え撃つため腕を重ねて両手のバンカーを一つに繋げる。

 ガングニールと同様のそれは彼女の意思に応え、振りかぶる拳から離れるとシールドバリアーすれすれまで遠い先まで伸びた。

 

 そして、そのトリガーが引かれる時、イアの不安は現実となる!

 

「いっっけぇぇぇえええええ!!」

 

 轟音と共にアリーナの内側には側面ギリギリまで窪みが穿たれ、1分足らずという瞬く試合の決着は付けられた。

 

『勝者、聖踊!』

 

 と……。




申し訳ありませぬ……

途中で途切れている部分があったでございます。


  少しずつ外に
         」

って、何なんでしょうね。
投稿直後見返して、目を丸くするという滑稽なことをやってしまいました。



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第拾肆話

「ぉぉうぅ……」

 

「だ、大丈夫か?」

 

 まだ目の前がチカチカクラクラする……

 

「略してメチクラするおぉ~……」

 

「「「余裕そうだな(ですね)」」」

 

「くて~……」

 

 どこが余裕そうなんだよ~。冷ややかな目で見る教師二人と兄に恨みを言いたいけど身体が怠く重たいので諦める。

 いっぱい動いたからお腹すいたなー……。

 

「そういう所ですよ」

 

「なあ、踊。何で最後響は爆発しちまったんだ? 俺には踊が銃を下ろしただけにしか見えなかったぜ?」

 

 回収されたニールハートを見るとその右腕は真っ黒に焦げ見るも無惨な姿になっていた。

 

「おやおや? しっかり見ているではないですか。その通りですよ」

 

「まさか欠陥か?」

 

「違うよ~……、ニールハートはちゃんと整備されて万全だったよ~」

 

『欠陥とは失礼極まりないですっ!』

 

 踊君は本当に銃を下げただけで、あの時は何もしていない。あと何時まで踊君はサージェになっているつもりなの?

 

「あの時は、ね~」

 

 最後の最後であんな仕掛けが仕込まれていたとは思わなくて、全力全開で絞った力を放つ前に炸裂させられたのだ。

 あの時はホントに死ぬかと思ったよ……。

 

「そんな怨めしげに見ないでください。くねくねしますよ?」

 

 えんr……あれ? かわいいかもしれない。ぱたぱた左右に振れる袖にヒラヒラ捲れる裾……やば、結構萌える。

 

「わかんねぇ……」

 

「ふふふ、悩むのです、若者よ。答え合わせは後ほどするとしましょう」

 

 踊君は朗らかに笑みを浮かべるとちー姉とまや先生の元に向かう。

 

「それでは行きましょうか」

 

「理解が早くて助かる」

 

「あ、それ私も付いていっていいですか?」

 

 このISについて話をしにいくんだろう。私も聞きたいので混ぜてもらう。

 

「えーと、よろしいのでしょうか……?」

 

「まぁ、いいだろう。これから自分が使う機体の話だ。当人が聞く分には問題ないだろう」

 

 やった。ちー姉に許可を貰えた。

 

「ありがとうございます! ということで皆、また後でね。ちゃんと考えておくんだよー」

 

 悩む一兄を置いて私たちは会議室のような話し合いの場に向かった。

 

 

「それで、これはなんだ」

 

 面談の時のように向かい合って席に着いて早々、ちー姉は机の真ん中に置かれたペンダントを指して踊君に問いかけた。

 

「何とはどのような質問でしょう?」

 

「まずは元になったペンダントがいったい何なのかを聞かせてもらおうか。このペンダントはISが生まれる前、響が家に来た頃から常に身につけていたものだろう。それがなぜISを格納できる」

 

「そちらですか。簡単に言ってしまえばオーパーツだから、ですね。このペンダントは古代の遺物なのですよ。それはもう遠い遠い過去の現在を越え未来を超過する技術で作られたものです。それくらい調整さえしてあげれば訳ありませんよ」

 

「……なぜそんなものを響が持っている」

 

「勿論あげたからですが。くく、私には必要のないものでしたからね」

 

 本当なんだけど真実ではない話で踊君は返答する。満面の微笑みが実にあざとい。

 

「……では試合前に投げたあの玉、私の見間違え出なければあれは」

 

「ふふふ」

 

「ISコア、なのだな。どこで手に入れた?」

 

 頭が痛いのか額を抑えつつも、ちー姉は目を細め踊君の胸の内を見透かさんとする。嘘は許さないという強い意志がひしひしと伝わってきた。

 受けているのは踊君のはずなのに隣で見ているだけの私や書記をしているまや先生のほうが緊張してるような……。

 

「どこでもなにもあのコアは自作の代物です。こう見えても私、機械には強いほうなんですよ。新しい物を製作するのは得意ではないのですが、既存の物であれば大抵は作れます。ISコア程度なら楽なものです」

 

 だろうね……。

 世界は違えど踊君は1億年前のオーバーテクノロジーで作られた遺物で、ここの色々進んだ科学技術でも足蹴にされちゃうほどの超絶技術が詰め放題のごとく使われてます。ISコアの一つや二つ造作もないことなんでしょう。

 あ、えっと、ISコアというのは、説明の必要性を感じないくらいその名通りで、全ての設定を司っているISの核と言える最も重要な機械のことです。

 これには絶対防御とかPICとかのとんでも機能を使う全ての基礎が詰め込まれているんだけど、中身が複雑すぎてこれを設計そ発表した束さんにしか作れないブラックボックスだと言われてます。

 ちなみにISコアは世界に467個しか存在せず、色々もめたらしい。それを踊君は当然の如く作れてしまうというのだからちー姉が頭を抱えてしまった。

 そんな代物にもかかわらず踊君(古代技術)から言わせればまだまだ赤子同然っぽいから困ったもんです。

 

「ああ、そうでした。これを作るためのサンプルとしてここの打鉄達で解析と軽く改良させてもらいました」

 

「……なんだと?」

 

「とはいえ、いくつか存在した設定の無駄を省いただけですがね。束嬢もまだまだ青いですよねー」

 

 マジですか、束さんとも既に面識あるの。それがディバンスとしてなのか踊君としてなのかは今のところ分からないけど、何をどうしたらあの人と仲良くなれるのか凄く気になる。怖いから聞かないけど。

 

「あいつがガキなのは認めるが、会ったことがあるのか」

 

「ええ、旅の途中で。顔を合わせる度、機械談に花を咲かせましたよ」

 

「あの天災が興味を持つとは……何をしたんだ?」

 

 聞いてしまった……。

 

「考えられる理由としては迷彩装置を見破ったとか、数十キロ先でのぞき見してるのを捕まえたとかが原因だと思います」

 

「いや。踊君この10年間いったい何してたの!?」

 

「大したことはしてませんよ。調べごとをついでにガキ狩り狩りをしていただけです。いやはやどんな場所でも人攫いとか多いですねぇ。お仕置きのし甲斐がありますよ。丁度その時に束嬢と目的が重なることがありまして、それから懇意にさせてもらってるんです」

 

 二人が協力するって、それは蹂躙か殲滅の間違いじゃないのでしょうか? 子供が絡めば容赦しない踊君と基本興味ない他人がどうなろうと知ったこっちゃない束さんのタッグ……、想像しただけでゾッとする。

 その人達は無事生きているのかとても心配です。

 

「そ、そうか。それで改造の件だが何も問題はないのだろうな」

 

「ありませんよ。本人にも了承は得ていますしね」

 

「そうか。ならいい」

 

「「いいんですか!?」」

 

 流石に我慢できずまや先生とツッコみを入れてしまった。

 

「学園側の了承をとってないんですよ!?」

 

「勝手に訓練機を使っちゃってるのはいいの!?」

 

 次の瞬間、私の頭にだけ出席簿が突き刺さった。

 

「敬語を使え」

 

「ど、何処からそれを……」

 

「聖、気を付けろ。束にしか作れないといわれているISコアを作ったと知られれば、世界が黙ってはいないだろう」

 

「私に挑む分には向かうところです。受けて立ちますよ」

 

 おぞましい何かを含ませ踊君は笑顔を浮かべる。その辺りで軽く話をまとめてしまって、ニールハートの構造についての話題に移った。

 

「次にニールハートのことだがいくつか質問をさせてもらうぞ」

 

 備え付けのモニターで保存された試合中継を見る。こんな風に客観的に見ると、長く感じた試合もたった1分しかなかったんだな、と実感させられる。

 バンカーを使い出した辺りなんて速すぎて映像がブレまくりだ。

 

「まず一つ、ニールハートは第3世代で良いな?」

 

 ちー姉のいう世代っていうのは時期的な意味もあるけど何を想定して製作されたかというので大まかに別れているらしい。

 第1が純粋な兵器で、第2が後付け武器による多様化、これが今の主流かな。そして現在試験段階の第3世代が特殊兵器の使用、だったはずです。詳しい内容は他の誰か専門の人にでも聞いてね。その辺の違いは全くわかんないです。

 

「まあ、そうですね。バンカーは特殊兵器に入るでしょう。部類は一夏殿の雪片弐型と同系統かと思います」

 

「一夏とセシリアの試合も見ていたのか……」

 

「客席の上からゆったり見せてもらいました」

 

「羨ましい……」

 

 雪片弐型っていうのは一兄のたった1つしかない専用武器の名前らしい。闘ってないからどんなのか私は知らない……。

 踊君だけずるい、妬ましい、恨めしい。

 

「では次だ。あの馬鹿げた威力はなんだ。まさかセーフティー設定をしていなかったのではないだろうな」

 

 バンカー機能を使いまくる私をピックアップして何度も見せてくる。

 

「それは私のミスです。ああ、でも私もちゃんとその設定はしたんですよ? この猪娘に合わせて最大出力でも絶対防御発生手前になるように制限していました。それをこの子はあんなおバカなことをした為、軽く上回ってしまったんです。迷惑極まりませんよ」

 

「えー、人のせいにしないでよ~」

 

「何を言うのです。貴女がPICなしで戦闘なんかしたのがそもそもの原因なのですよ。まさか忘れていませんか?」

 

「ふぇ? ………………………………あぁ」

 

「はぁー……」

 

 そんな一瞬で強くなるわけがない、なんて思ったけどそう言えば神様に何処までも強くなれるようにしてもらったんだった。

 いやはや、全く実感がなかったからすっかり忘れてた。

 流石に10年もたったんだもん。いちいち些細なことは覚えていらんない。

 他にもちー姉はいくつか質問し、踊君が答える、と繰り返した。最後の方は一兄を鍛えてやってくれーとか関係の話になってきたので、まや先生に切り上げてもらった。

 

「それでは失礼します」

 

「長々とすまなかったな」

 

「いえいえ、では」

 

 部屋を出たところで私のお腹が鳴った。

 

「お腹すいたー」

 

「皆さんを呼んで食堂に行きましょうか」

 

「さんせーい!」

 

 いったん部屋に戻り、のほほんちゃんを誘い食堂に向かう。

 

「わかんねぇ……」

 

「聖はいったい何をしたのだろう?」

 

「何度見ても彼に変わった動きは見当たりませんわ」

 

 食事もそっちのけで端末に映る映像を見て唸ってる人たちがいた。

 

「まだ答えを見つけられていないみたいですね」

 

「ちぃーっす」

 

「やほ~」

 

「二人ともやっと終わったのか。ずっと考えてんだけど全くわからねぇんだよ」

 

 映像を停止して皆の意識が私たちの方に向けられる。

 

「ふふふ、もっと観察眼を鍛えるべきですよ。……まあ、そう容易く見破られてしまうような動きをしたつもりもないのですがね。ではそろそろ答えといきましょうか」

 

「頼む」

 

 一夏が静止した端末を手にすると巻き戻す。

 

「一つ確認しますが、貴方達はどこを見ていたのですか?」

 

「どこって……、ちゃんと全部見たぜ」

 

「ええ。特に高速戦闘の所は重点的に見たのですがそれでも」

 

「あちゃー、それじゃあいつまで経ってもわからないよ。踊君が仕掛けたのはもっと前だからね」

 

「そんな素振りがどこにあったのだ?」

 

 踊君はとあるシーンで映像を止めて皆に見せた。

 それは試合が開始して二言三言会話して少しした場面だ。

 

「こんなとこから仕掛けてたってのか?」

 

 傍から見ると凄い無茶なことをやってたんだと自分のことだけど感心した。イアちゃんの補助があったからとはいえ、よく弾丸を見切れたものです。

 当たらなかったのは残念だけど、すれ違い様のアッパーへの流れがスムーズに出来ていてちょっとうれしい。

 

「踏み込みの時、少し沈みすぎです。余分に地面が抉れていますよ。あと2mmほど重心を上げた方が威力とスピードは上がります。それともう一つ、足の向きがいつもより15度外側にズレていますね。これでは本来の半分の威力も乗せられなかったでしょう。初戦とはいえニールハートは貴女の身体なのです。最低でも5度以内になるよう努力するのですよ」

 

「はーい……」

 

 見事に踊君がへし折ってくれた。満足はさせてくれないみたいです。解説と一緒に分析をして他にもいくつか改善点を指摘された。

 本題の踊君が仕掛けた罠のある場面直前でまた止めた。そしてアップで撮っているカメラからアリーナ全体を写す離れたカメラに切り替える。

 

「ここからです。皆さん、しっかり見るのですよ」

 

「おう」

 

 離れているので見えにくいが、私が銃弾を蹴り返しその返した銃弾を踊君が2つの銃弾で打ち上げた。

 

「え、ここがそうなのか?」

 

 下の方で私と踊君が高速バトルを繰り広げている最中にまた止めて、踊君がとある箇所を指差す。中央にキラキラ光る小さな粒が移っている。

 

「銃の弾、ですわね」

 

「そうです。これをよく見ているのですよ」

 

 私がバンカーを使い始まったカメラでも捉えきれない攻防戦が10秒と少し経った時、打ち上げられた弾が最高値に達し重力に引かれて落ちてきた。

 

「ま、まさか……!?」

 

 踊君に投げられて私がアリーナのど真ん中に着地した時、弾は私の上をくるくると落ちていた。

 

「そ、そのようなことが……」

 

 踊君が銃を向けチェックメイトです、と言った時、弾は私の数十㎝上の地点を落下している。

 

「ほぇ~……」

 

 私がトドメとバンカーを盛大に後ろに引っ張った時、その弾はもう数㎝のところまで迫っていた。

 

「まじかよ……」

 

 そして私がバンカーの固定を解除したその時、弾が伸びたバンカーの中を通過していこうとしている最中だった。元の位置を目指すバンカーは何も考えず機能通りに戻ってきて、自然落下で過ぎようとしていた弾を掬い上げそのまま溜めていた力を解放した。

 本来ならそのまま拳に伝わり前方へと炸裂するはずの溢れた力が、突如入り込んだ異物に集約されてしまいバンカーの内部で炸裂してしまったのだ。

 

「成る程……これがあったために試合が短くなったのですわね。銃を打ち上げてから落ちてくるまでの時間はおよそ30秒、その間の響さんの動き全てを支配していたのですか。これほどまでのゲームメイク……恐れ入りましたわ」

 

「広域にわたる状況把握能力に的確な判断、そして確実に実行する冷静さか……」

 

「そんなに褒めないでください。元々打ち上げたのは一番被害のでない確実な回避法だっただけですよ。バンカーの威力が当初想定していたものよりも倍近く上回ったために、急遽その予定を変えて取り入れた出来の悪い運任せの賭けでした」

 

 謙遜でもなく踊君は正直にそう言うと苦笑する。

 

「セシリア嬢との戦いや初期の跳弾回避でわかっていただけたでしょうが、響はずば抜けた空間把握能力と鋭い勘を持っています。打ち上げた弾をまだ捉えていた可能性もありましたし、私の動きで危険を感じ取ることもできたかもしれません。結局は起きなかった未来のことですが、失敗する確率の方が高かったのです。響が私に集中し滾っていたのが幸運でしたね」

 

「最近はずっと1対1の真剣勝負ばっかりだったから、途中から周りを見るのをすっかり失念してたんだよね……。はぁ~あ、セシリアちゃんの時はまだはっきり中・遠広域型だってわかっていたから何とか出来たけど、踊君相手じゃやっぱりな~」

 

 近距離戦を挑まれるとどうも私は相手の動きに集中してしまうみたいだ。イチイのサージェのなっているってわかっていたはずなのに、です。

 ノイズと闘っていた時は自然と視野が広くなっていたのにな。

 

「悩まなくてもすぐに慣れますよ。それに悪いことばかりではないのです。駆け引きというのを学ぶことができたはずです」

 

「うん。それは良く感じてる」

 

 この動きで相手がどう動くかとか、あの場合ならどうかとか色々先を考えることができるようになった。私がどうしようと基本ノイズは突進一択しか方法がないので、向こうにいたままじゃ駆けることも引くことも知らないままだったと思う。

 

「他に質問はありませんか?」

 

「じゃあもしあれがなかったらどうしてたんだ?」

 

「それは勿論……」

 

 少し気になる踊君の他の勝利法とはいったいいかに。どんな凄い方法を考えていたのかと、皆のどを鳴らして食い気味に興味を向けた。

 少し考えて踊君が出した答え、それは……、

 

「逃げます」

 

「逃げんのかよ!?」

 

「当たり前でしょう!! 掠った程度でラファールの装甲に大穴が開くのですよ?! 逃げるしかないでしょう! それ以外どうしろというのですか!?」

 

「……リザイン」

 

 聞きたくなかった回答でした……。



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第拾伍話

 決戦の次の日、教壇前にうきうきした副担任のまや先生がいた。担任のちー姉は当然のように後ろで睨みをきかせている。適材適所というやつです。

 

「というわけで、クラス代表は織斑君に決定しました」

 

「がんばれー!」

 

「クラスの命運は任せた!」

 

 うん。どんないいことがあったのか知らないけど行程がすっとばされた。そしてそれで良いんだ、クラスの人たち。あと命運は大げさだと思う。

 

「先生!」

 

「はい、何でしょう?」

 

 勢いよく手を挙げたのは一兄だ。ニコニコ笑顔のまや先生は兄の質問に耳を傾ける。

 

「何で俺が代表になってるんですか? 俺、全敗したんですよ。俺よりセシリアのほうが向いてるんじゃ……」

 

「それは私が辞退したからですわ。確かに、勝負は私が勝ちました。しかしあなたはまだISに乗り始めた初心者、私が勝つのは当然です。ですが、私も少々大人げなかった反省しまして、一夏さんに代表を譲ることにしましたわ。それにIS操縦は実戦が何よりの糧ですから」

 

「だそうですよ」

 

「セシリアわかってるぅ! 折角、世界で数少ない男子がいるんだから、持ち上げていかないとね!」

 

 腰に手を当てて堂々とセシリアさんは言い放つけれど、あれは建前だ。だってセシリアさんは一兄に向かって言っているのに、その目が明後日のほうに逃げてるもん。それに顔がビミョーに赤い。

 どうやら一兄のフラグメーカーが発動してしまったみたいです。出会ってから今まで何人の人があの力の犠牲になってしまったか数えきれません。

 ご愁傷様、セシリアさん。

 ……あれ? 私、結構注意しないといけないんじゃ……。ま、いっか。悪くても一兄が刺されるだけだし。

 

「いやいや! 待ってくださいよ! それなら響は」

 

「残念だったね、一兄! そもそも私は誰からも推薦も自薦も受けてないのだ! ただ巻き込まれただけなのさ!」

 

「そういやそうだった!?」

 

 ……セシリアさんのマネをして胸を張って言ってみたけど凄く虚しい。よく考えたら私は二人の喧嘩に巻き込まれただけだった。何で踊君と闘ったんだろ。へとへとになっただけで利益なし。

 まさかのハイリスクノーリターンだよ。酷いです。悪徳です。

 

「まあまあ、一夏殿、落ち着いて考えるのです。丁度良かったではないですか。強くなりたいのなら受けるべきですよ。実戦で掴むものは訓練の比ではありませんよ」

 

「うぐっ」

 

「強くなりたいのでしょう?」

 

「……わかったよ。でも本当に皆は俺なんかでいいのか?」

 

「「「「「オール、オッケー!」」」」」

 

 一兄が不安そうに周りを確認するけど、そんな心配はご無用。誰一人異論なく、むしろ一斉に親指立てて推し上げた。まや先生まで一緒にだ。あまりに息がぴったりで若干一兄が怯む。ちー姉だけは肩をすくめるだけでしなかった。

 

「…………ですが強くなれたでしょう?」

 

「まあね」

 

 ……怒られる程とは思わなかったけどね。

 視線が一兄に向けられたことで注目から逸れた踊君はそう私に耳打ちをしてゆるりと下がった。

 

「そ、それでですね」

 

 咳払いで再び注目を戻したセシリアさんは一兄に提案する。

 

「私のように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな私が操縦を教えて差し上げれば、それはもう「……生憎だが一夏の教官は事足りている。私が直接頼まれたのだからな」あら、貴女はISランクCの篠ノ之さんではありませんか」

 

「ランクは関係ない! 私が一夏にどうしてもと懇願されたのだ!」

 

 箒ちゃ~ん、一兄がぽかんとしてますよ~。頼みはしたんだろうけど、懇願した覚えはないといいたそうにしてるよ~。

 机に手を叩き付けて立ち上がり、箒ちゃんはセシリアさんに攻め寄る。あのせめぎ合う姿が恐ろしくて、誰も割って入れる気はせず、二人の口論は激化していく。

 

「まや先生頑張って!」

 

「無理ですよぉ~!?」

 

 教師なのに諦めるの早すぎじゃないですか!? せめて止めようとする姿勢くらいは見せてください。火花散らす殺気で肌がピリピリ痛い。

 

「座れ、馬鹿者」

 

 ズガンという撃鉄に似た音を轟かせ二人の少女の頭に硝煙のような煙が噴き上がった。……流石、血腐愉先生です。

 

「何か考えたか?」

 

「てへっ」

 

「ふん」

 

「アウゥ!?」

 

 笑って誤魔化せるような相手じゃなかった。割れるような痛みにのたうち回る。

 

「お前達のランクなど、私からしたらどれも平等のひよっこだ。その程度のことで優劣を付けようとするな」

 

 有無も言わさぬ眼光が二人を貫いた。

 

「前に言ったはずだ。代表候補生だろうと一から勉強してもらうと。下らん揉め事は10代の特権だが、今は私の管轄時間だ。自重しろ、小娘共」

 

「「は、はい」」

 

 どうやら私たちは鬼が居るのに洗濯してしまったみたいです。これ以上ちー姉を怒らせないようにしないと私の頭がへこむ。

 

「……なにか無礼なことを考えただろう」

 

 ひぅ!?

 

「そんなことはまったくこれっぽっちもありませんのことですよ」

 

「ほう」

 

 わ、私じゃなかったみたい。ちー姉の矛先は一兄の頭に狙いを定めていた。一兄の脳細胞を犠牲に助かった二人はそそくさと席に戻り、私も不満の意を片隅に追いやった。

 

 

 

 月出りて夜も更けし頃、学園から遠く離れた地にてそれは行われていた。

 

「おやおやおや、お待たせしてしまいましたかねぇ?」

 

 顔を歪めた影の道化師は設けられていた最後の空席を埋めた。

 

「まだ10分前だ。気にすることはない」

 

 その場に集う5つの影、その代表だろう漆黒のものが道化師に声をかける。そして席に居るもの達を順に見回していく。

 

「こっちにはもう慣れたか?」

 

「問題ない」

 

「あたいも大丈夫だよ」

 

 威風を背に堂々と鎮座する影はそう答え、ふてぶてしい態度を取る影も肯定の意で返した。

 

「ISなるものの登場から早10年、皆ももう気付いていると思うが漸くIS学園で大きくことが動き始めた。この機に乗じて動き出した勢力も数を増やしてきた」

 

 ISによりこの世界は変革された。今まで多くを占めていた男尊女卑の概念が一変し、女尊男卑となった。そして世界の基盤が国際IS委員会なるものが牛耳った。その危険性に一抹の不安はありはしたが、まだその辺りは彼らもさして気にしていなかった。

 だがそこから次々と起こり始めた問題には怒りを抑えられずにはいられなかった。

 女尊男卑になって早々に発覚したのは女性による男性への過ぎた高圧な態度、そしてそれを子供にすり込むように仕組まれた日常生活が構築されていたのだ。

 

「女尊男卑は仕方なかろう。元々人というのは天地を付けたがるもの故。されど、童を毒すような阿漕な行為を流石に見逃すわけにはいかぬ」

 

「出来ることならば奴等を我が剣の錆にしてしまいたいものである」

 

 自身の背を超す大剣を鳴らし影は頷く。

 

「殺しちゃなんねえっしょ。それで世界が変わったとしてもただの脅しにしかならねぇっての。その辺は今代の申し子に望み、託すしかないんじゃねぇか」

 

「であるな」

 

「歯痒いな」

 

 態度に比べて意外と思慮深い影は抑えが効かなくなる前に二人を諫める。

 

「そちらについては後回しです。注意しなければならないのはそれによって生じた裏の勢力です」

 

 道化の影は分厚い冊子を各々に配る。

 

「日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、ロシア、……ISを生んだこの国を初めとし世界を代表する大国やその他多くの小国でそれらしき勢力が止めどなく確認されています」

 

「確認できた組織はいくつだ」

 

「組織そのもので100を越え、それを纏めているであろう勢力数は3。一つは……」

 

 それは信じたくない内容であった。だがそれが事実なのは明確であるため彼らは受け止める。時が来るまで明かせないと悟る。

 

「最後は亡国機業、これは話すまでもないですね。50年程前から存在するという裏組織の筆頭です。残念ながらそれ以外のことは今だわからずなんですよね」

 

 現在亡国機業は世界各地で出現しIS関連の施設を襲いISを強奪しているらしい。影たちも尻尾を掴むため動いているが中々成果は上がらない。まあ八割方の理由はISよりも優先しなければならないことがあるためなのだが。

 

「やはり数が足りないか」

 

 ここにいる5人だけでは世界全土をカバーするには数が全く足りない。一大陸を一人で担っているようなものなのだ。何かを為すために手の空いたものを呼び出すことも少なくなく、何かを倒せば世界が平和になる程現実は甘くもない。どれほど足りていないか容易に想像できるだろう。

 

「何か方法が?」

 

「ああ。これを見てくれ」

 

 そう言って彼が取り出したのは何処かの文献だった。

 

「……ほほう。これはもしや」

 

「ニア1の確率で予想に間違いない。いつの間にか行方を眩ませていたあいつらだ。俺はこれからこいつを捜そうと思う。その間の防衛を任せて構わないか?」

 

「「「「是」」」」

 

「すぐに合流する」

 

 全員の賛成を受けられた長たる影は円卓を離れ海の彼方へ駆け出した。残されたもの達は必要な情報を交換して各々で散っていくのだった。



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第拾陸話

「今日は飛行操縦の実践を行う。セシリア、織斑兄妹、試しに飛んで見ろ」

 

「「はい!」」

 

 今、私たち一組はグラウンドにてちー姉の授業を受けています。その中で専用機を持っている私たち三人はよく呼ばれてる。

 セシリアさんはすぐに立ち上がりブルー・ティアーズを纏う。私も続こうと意識をペンダントに集中した。

 

「何をしている。早くしろ。熟練した者なら1秒かからないぞ」

 

 何か別のことを考えていたようで一兄は慌てて指示に従い、右腕のガントレットを前に付きだした。そこから広がる光の粒子が鎧を形作り、白式に変化した。

 たぶん1秒切ってる。凄く訓練したんだろうな、なんて感心したいところだけどそれどころじゃない。

 

「まだか、織斑妹」

 

 一兄が動く前から集中しているのに私はまだニールハートを欠片程しか展開できていなかった。何度も自主練で早くしようとしているんだけど、なかなかイメージが定まらなくてとても時間が掛かってしまってます。

 遅れること約10秒、ようやくニールハートの装甲が私を包んだ。

 

「もっと早くできるようにしろ」

 

「はい……」

 

 何をどうしたら早くできるんだろう……。はぁ……。

 

「飛べ!」

 

 セシリアさんと一兄が一斉に急上昇を始める。スペック上では白式のほうが速いはずなのにセシリアさんのほうが先に上空に到達し止まった。

 おおー、流石セシリアさん。

 

「何をしている! 白式のほうが出力は上だぞ! そして織斑妹、お前も何をやっている!」

 

「ふぇい? ……あ、私も飛ばなきゃいけないのか」

 

 どんよりしてる場合じゃなかった。

 

「しっかりしてよ~。ひびり~ん」

 

「ごめんごめん。行ってきま~す」

 

 さっきの失敗は取り敢えず心のロッカーに保管しておくとして、それじゃ行っちゃおう!

 意識をすぱっと切り替えて、私は軽く身体を落とし跳んだ。

 

「「!?」」

 

「よっ、ほっと、……えと、2人してどしたの?」

 

 二人に顔の高さが並んだのでいらない勢いを放り捨てて止まる。でもちょっと勢いを付けすぎて天地が反転してしまった。天井を蹴るようにしてもう一度反転し直す。PICってマジ便利です。重力と床がほどよく自在に作れる驚きの機能が大助かり。

 二人に顔を向けると、ハイパーセンサとかいう高性能カメラが化け物を見るような目で見ているのを鮮明に写した。

 

「は、速すぎですわ……」

 

「どんなイメージしてんだよ」

 

 普通にやっただけなのに……解せませぬ。

 

『仕方がありませんよ。必然的差というやつです。セシリアさんは代表候補生として長時間の訓練を行っていたとは思いますが、響さんは常に死と隣り合わせの状況下で必要に迫られていたでしょう? 命懸けの差は大きいです』

 

 ああ……、そういえばブーストが新設された当初、ガングニールに振り回されて壁に風穴を空けた覚えがある。あれは痛かったなぁ……。

 

『いつまでそこにいるつもりだ!』

 

 メガホンを持った箒ちゃんに怒鳴られた。隣を見ると2人が仲睦まじく(?)話していた。一兄はバランスをとるのに意識を半分くらい傾けてるからやっぱりどっちの好意にも気付かない。

 

『次は急降下と完全停止をやってみろ。目標は地表10cmだ』

 

 通信越しにちー姉の指示が入ってくる。

 

「ではまずは私から。一夏さん、響さん、よく見ていてくださいませ」

 

 セシリアさんは頭を下にすると一気に落ちて行き、ちー姉の指示通りちゃんと10cmのところで完全に停まる。

 代表候補生に選ばれるだけあって凄く上手です。あんなに上手くできるかな……。

 

「次は俺が行く!」

 

 一兄は背の硬い翼を少し閉じ盛大にブーストを噴かせた。

 見る見るうちに小さくなっていく一兄の背は停止の片鱗も見せず大地に吸い込まれるように……あ、吸い込まれた。

 

「うわぁっ……」

 

 爆音というか轟音というか取り敢えず、酷く痛々しい音を立てた一兄は頭から地表に突き刺さり地面に生えていた。

 

『誰がグラウンドに衝突しろと言った』

 

 そんな哀れな葦をちー姉は引っこ抜き容赦なく投げ捨て説教する。

 ……今、ちー姉素手で一兄ごとISを持ち上げたような……、き、気のせいだよね、うん、気のせいだ。きっとそうに違いない。

 気付けという平手打ちを片手間にちー姉は私を見上げた。次は私の番だということみたい。

 

「よし。……行きます!」

 

 一兄の開けた穴を避けるためちょっとずれた場所に移動した。

 ……一つのイメージを形にする。

 仮の足場を蹴り、空に描いた天井を踏み込む。狙いは上々地上に向け真っ逆さまのままバーニアを燃やし、落ちるのではなく隕ちる。

 これ誤字にあらずだよ。

 

『PIC改変成功しました。さあさあ! 一気に行っちゃいましょう!』

 

 まるで地上を目指す重力が数十倍に膨れ上がったように、さらに加速が上昇する。

 

「ふんっ!」

 

 足を突き立て地面を踏み鳴らす。一緒に大量の砂埃と振動を起きるけどちゃんと止まった。

 

「よしゃぁっ! 成功!!」

 

「じゃないだろ!?」

 

 ちゃんと成功したのに、どことなく顔の膨れた一兄に文句を言われてしまった。

 

「いや成功はしている。よく織斑妹の足元を見ろ」

 

 ちー姉の一声に足元に注目が集まる。胸を張りちゃんと地表から10cm浮いているのを見せつける。

 

「だがな、グラウンドに穴を開けるな」

 

「あはは……ごめんなさい」

 

 土踏まずあたりに大穴が空いていた。

 何をしたかっていうのは簡単です。ニールハートに厚底10cmの仮想の靴を履かせてみました。

 私は空を飛ぶのではなく空を踏台にして跳ぶイメージで飛行(跳躍?)しているので、ちょっとそこにアレンジを加えたら、意外といけてしまった。

 イアちゃん、グッジョブ!

 

「納得いかねぇ……」

 

「時間は、……まだあるな。折角の機会だ。武装展開の実演に移る。織斑兄」

 

「は、はい!」

 

 ちー姉の献身的調教の甲斐あってか悶々としていた一兄は即様反応した。

 一兄が集中するのに合わせ、白式の肩から指先へと純白の光が流れていく。1秒程で一振りの剣の形になった。

 

「ふう」

 

「遅い。0.7秒以内に展開できるようにしておけ」

 

 一兄の満足げな顔はあっさり歪む。落ち込む背中は哀愁に満ちていた。

 そんなものは知らんと、ちー姉は獲物をチェンジする。次はセシリアさんが餌食のもようです。

 

「オルコット」

 

「はい!」

 

 答えるや否や腕を横に振り、瞬時にライフルをその手に携える。精錬された滑らかな動きが様になっていて自然と目が奪われた。

 で、でも一つすっごく気になることが……。

 

「横に向けて、お前は一体誰を撃つ気だ」

 

 多分、私じゃないかな。

 立ち位置的にセシリアさんの銃口は熱心に私の眉間を見つめているもん。無意識に手を上げてしまったけど、し、ししし仕方ないよね。

 いくら私でも目前10cm程度のライフルはそうそう躱せません。流石に怖いです。

 

「……ヘ、ヘルプミー」

 

「ひ、響さん!? いらしたんですか!?」

 

「ヒドいっ!?」

 

 一兄に気を取られてるからって、着地からほとんど動いてないのに忘れないでよ……。

 

「次までに直しておけ。いいな」

 

「で、ですが、これが私の!「また味方に銃を突き付けたいのか?」」

 

 正論を返され押し黙る。

 

「ならよ~、身体を横向けりゃよくないのかい? 銃が前むきゃいいならレイピアの姿勢を習えばいいっしょ」

 

「そ、そんな乱暴な」

 

「まあ、片手撃ちに自信がないなら無理にするこたぁねぇーけどよ~。そこんとこどうよ、代表候補生さん?」

 

 踊君に煽られ顔がどんどん赤く染まっていく。なのに踊君は自重しない。そんなセシリアさんに向けてさらにダイナマイトを放り込む。

 

「他人に左右されて自分を捨てる負け犬ちゃん」

 

 それは流石に煽り過ぎ!? 赤を超えて青筋が幾つも立ってるぅっ!? セシリアさんの歪んだ笑みが『見せられないよ!』な状態になっちゃってる!? モザイクプリィーズ!

 

「……お前たち、何のつもりだ」

 

「守ってください!」

 

「「「「お願いします!」」」」

 

 クラス一同(+まや先生)は揃ってちー姉の後ろに避難した。

 

「やれやれ……そこまでだ。聖は言い過ぎだ。自重しろ。オルコットは自由にすればいい。構えを直すも立方を直すもどちらでも私はかまわん。ただし銃口は前にむけろ。わかったな」

 

「……はい」

 

「うぇい~っす」

 

 しぶしぶでも引いてくれたお陰で私たちは解放された。でも踊君が大人しくしてくれないと解決になってない。

 ちー姉が時計を確認した。まだあと5分ほど時間に余裕があり、思案したあとセシリアさんに新たに指示を出す。

 

「近接武装も取り出してみろ」

 

「そ、それは……ちょっと」

 

「どうしたできんのか」

 

「わかりました……」

 

 セシリアさんは涙目になりながらも手を光らせる。

 ………………?

 

「まだか?」

 

「うぐっ……、インターセプターッ!」

 

 ヤケクソ気味に叫んでようやく短剣を取り出した。

 

「実戦でも相手に待ってもらうつもりか?」

 

「ま、間合いに入れなければ何も問題は……」

 

「ほう。初心者2人にいとも容易く接近を許したスナイパーはどこの誰だったろうな」

 

「…………私です」

 

 ひゃ~……ちー姉、絶対楽しんでる……。セシリアさんのプライドが先端から秒速1cmくらいのハイペースでやすられていく。

 

「ついに出た。本性・血躙愉が……」

 

 一兄が何か呟いたけれど私は聞いてない。頷きたくなんてなってない。

 

「そうかそうか。まだ私の実習を受けたいか。よくわかった」

 

「やべっ!?」

 

 一兄が犠牲になってるうちに少しみんなから距離を取る。

 

『ニールハート、解除します』

 

 相手は待ってくれない、ちー姉の言葉は私の胸にも突き刺さっていた。

 ISの展開に十数秒もかかってしまうのはいくらなんでも遅すぎる。いつ何が起きてもおかしくないのに、今のままじゃただの足手まといだ。

 

「私は私のまま強くなる。でもちょっとくらい無理してもいいよね」

 

 その後、時間を忘れて何度も展開解除を繰り返し、出席簿の餌食になったのは言うまでもない。



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第拾漆話

投稿を忘れられていた響ちゃんと踊君が強さの理由に関するお話です。


 そそくさとクラスが準備を整えた食堂に一兄は放り込まれた。

 

「織斑君、クラス代表おめでとう!」

 

「え、あ、ありがとう?」

 

 不意打ちに頭が追いつかない一兄は間抜けな顔を晒す。けど私の時と考えたら全っ然マシです。だって手錠されてないもん。それに写真も撮られてな……、

 

 パシャッ!

 

 ……訂正します。見たことのないカメラマンさんがパーティーに混ざってました。

 いや、ホントどちら様ですか?

 

「あ、副部長! もう来てたんですか!?」

 

「当然よ! 新人! よく覚えて起きなさい! ネタは鮮度が命なのよ!」

 

 そうキメるとカメラマンは一兄の間抜け面をもう一枚パシャりと撮る。

 もう部活に入ってる人がいるなんて、て思ったけどそう言えば、箒ちゃんもすでに剣道部に入ってた。部活に顔を出さない幽霊部員だけど。

 

「だ、誰だ?!」

 

「はいはーい! 初めまして、織斑一夏君。新聞部副部長、黛薫子でーす! 今日は期待の新人くん達に取材しに来たよー。はい、これ名刺」

 

 部活ながらも本格的みたいでカメラを下ろすとその女性は名刺を一兄に渡した。読んで字のごとく新聞を作る部活で、中々外出できない学生たちの数少ない娯楽になっているそうです。

 後ろから名刺を覗き込んでいると、黛先輩と目があった。

 

「君は確か織斑君の妹の響ちゃんね。君にも取材させてもらうね」

 

「よろしくお願いします!」

 

 私意外とノリノリです。 20年生きて初めての取材にちょっと舞い上がってます。

 

「ではではまずは織斑君、クラス代表になった感想をどうぞ!」

 

 突き付けられたボイスレコーダーにたじたじになりながらも一兄は言った。

 

「…………………………まあ、頑張ります」

 

「えー、それだけー?」

 

 うん、わかってた。一兄ならそう答えるだろうって。自己紹介の時と同様、絞った答えはありふれた無難なものだった。

 そんな普通な感想を記者である黛先輩が認めるわけがない。

 

「ダメですか?」

 

「ダメ! もっといいコメントちょうだいよ~。俺に触れると日焼けするぜ、的なことじゃないとつまらないじゃない」

 

「日焼け程度で良いんですか!? そこは、俺に触れるとヤケドするぜ、じゃありませんでしたっけ!?」

 

 一兄、アウト~。

 

「うしっ! いいコメントどうもー」

 

「えっ?」

 

 巧みに操られオンオフを切り替えられるレコーダーに一兄の『俺に触れるとヤケドするぜ』発音が録音された。

 するとあら不思議。レコーダーにはクラス代表になった感想の答えが火傷するぜにすり代わってしまった。

 恐ろしきかな、報道者。

 ついでに一兄、女の子にとってシミの元になる日焼けって結構重要な敵なんだよ。程度なんていうレベルじゃない。

 

「汚ぇっ!?」

 

「じゃあ、次は……先にセシリアちゃんコメントちょうだい」

 

 私に来るかと思ったけど先輩はセシリアさんにレコーダーを向けた。

 

「私、あまりこう言った取材は好きじゃないのですが、仕方がありませんわね」

 

 咳払いを挟みセシリアさんは語り始める。

 

「まずは何故私がクラス代表を辞退したのかと言いますと「やっぱいいや」……ちょっと、まだ何も!?」

 

 が、すぐにマイクはオフになりセシリアさんから離された。

 

「長くなりそうだからこっちで書いちゃうね。よし、織斑君に惚れたことにしよう」

 

「そ、そんなわけ!」

 

 堂々と捏造宣言ですと!? あ、いやたぶん間違ってないとは思うけど、本人を目の前にして言うのは可哀想ではないですか!?

 いくら朴念仁の一兄だからって、流石に、

 

「流石にそれはありえませんって。な、セシリア」

 

「ありえないってどういうことですの!」

 

 …………まじですか。そこまでしてまだ気付かない一兄にもう匙を投げよう。私はもう織斑家の未来の不安に目を瞑ることにした。

 伊達や酔狂で朴念仁と呼ばれてないようです。

 

「ミスったかな~。ま、いっか。じゃあ次は響ちゃんと……聖君はどこかな?」

 

 キョロキョロ辺りを見回して先輩は踊君を捜していた。視界には入っていると思うけど気づいてないよう。

 

「……あのオブジェクトAです」

 

「え、あの駄菓子屋でもやってそうな人!?」

 

 ただそこにいて開け放たれた窓に肘をかけて、暖かな目で私達を眺める踊君を指差した。

 決して弱くはない風に髪の毛一本揺らすことなく、正座して一人湯飲みを手に乗せ固まっていた。

 

「ぼっち系?」

 

「そうじゃないですけど、パーティーの邪魔はしたくないそうで」

 

 心境はやはりおばあちゃんの立ち位置な模様で、元気にはしゃぐ孫を見て綻んでいるような雰囲気を溢れさせてる。

 

「あの~、踊君にも取材してもいいですか?」

 

「ああ、もちろんいいぞ。何でも聞いてくれていい。そうだな……響の失敗談でも語ろうか?」

 

「辞めてくれないかな!?」

 

 踊君は高校一学期分はもちろんのこと、なんでか中学の恥ずかしいことまで全て知っている。

 止めないと何を話されるか私の沽券に関わる。

 

「甘い。甘すぎるぞ、響君。カカオ99%のチョコレートよりも甘すぎる!」

 

「比べるものがそもそも苦すぎだよね!? 99%って申し訳程度でそれほとんどカカオだから! それなら私甘くていいかな!?」

 

「あたしはあんたの母君と亡き父君の遺言として赤児の頃からのことを色々聞いている!」

 

「お母さぁぁあああん!?!?」

 

 何話してくれちゃってるんですか!? しかもお父さん、遺言で娘の痴態を暴露ですか! もうちょっと話すことあったんじゃないの?!

 

「えっと……コメント、オケ?」

 

「うぇい……」

 

 落ち込んでいても取材は続く。て、落ち込んでる場合じゃない。踊君を監視しておかないと。

 

「じゃあ遠慮なく。クラス代表になった一夏君をどう思ってますか?」

 

 ちらりと視界を外し一兄の顔を見て考える。ちゃんとすぐに踊君に戻すのも忘れない。

 

「憧れ……てはないけど、頼りになる(かもしれない)自慢できないこともないお兄ちゃんです」

 

「それ褒めてんのか? 貶してんのか? おい、目を逸らすな」

 

 一兄みたいな朴念仁になりたくないもん。

 

『南無です……未来さん。この人ダメそうです』

 

 イアちゃんが勝手に胸の中に何かしまったような……気のせい?

 

「踊君はどう思ってますか?」

 

「からっからのスポンジみてぇな奴」

 

「もうそれただの悪口だよな!?」

 

 たぶん意味合いはスポンジが水を吸うように経験を糧に出来る可能性がある、なんだと思うけど説明不足すぎて、吸った水が乾いたようにしか聞こえません。間違ってもないし。

 

「ふむふむ。じゃあもう一つ、二人はどうしてそんなに強いの? 代表候補生のセシリアさんを一蹴してIS界最強の織斑先生も認めるほどなんでしょ?」

 

「いえいえいえいえ! 私たちなんてまだまだですよ。私たちなんかよりも強い人は世の中沢山いますよ」

 

 奏さんとか師匠とか身近な人だけでもそれはもう片手じゃ数えきれないくらいいっぱい。

 

「流石、期待の新人ちゃんね。同学年を雑魚呼ばわりだなんて」

 

「してませんから!?」

 

「はぁ……違いますよ。なあ、あんたさ強さの意味をはき違えてないかい?」

 

 ゆらりと立ち上がり、下から先輩を軽く睨む。身長はほとんど変わらないけれど、前のめりとなり先輩の瞳の奥、心理を見透かすように覗き込む。

 

「と、いいますと?」

 

「響の思う強さってのは腕っ節の強さとか目に見えるもんじゃないんよ」

 

 何を見たのかはわからないけれど、悪いものではなかったようで呆れながらも伝えた。

 

「あたしらの言う強さってのは、外じゃなくて内面……いわゆる心の強さってやつさ」

 

「……それでも二人はとても強いのでは?」

 

「まだまださ。己が身を防人とし一歩も引かず命を燃やせる奴はいるし、誰かの夢を為すために自身を詠う奴もいる。そしてなにより、嘘をついていたのにも関わらずただ信じているからというだけで、たった一人何も持たず敵陣のど真ん中を走り抜いた奴がいる。そんな奴等と比べたらあたしらなんか全然さ」

 

 希望を捨てたくないから争う私と違って未来は希望だけを見て抗った。

 普段の優しい未来の強くて熱い覚悟に萌えて、 ガングニールのバンカー機能(?)解放のきっかけをくれた未来にさらに燃えたのを、10年経った今でも鮮明に覚えてる。

 

「まあ、それでもあたしらが強いって言えるならそれは多分強くあろうと思ってっからだ」

 

「うん。そうだと思う。明日もまたこうして笑ったり、ご飯を食べたりしたい」

 

「この手で守りてえもんがある」

 

「「例え何があっても、最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に駆けつけるって、そう誓ったから」」

 

 12年前のあの事故で沢山の人が死んだ中、生き残ることができた私の選んだ生き方。誰かの脅迫でも強制でもない、私がしたい私だけの道だ。

 

「「一分一秒前の自分よりも今の自分は強くなるんだって、思ってるから強く見えるんだと思います/うぞ」」

 

 ほぼほぼ重なった言葉が無性に嬉しくて、私は気づけば踊君と拳を合わせていた。

 

「なるほど……。じゃあ、最後に4人とも並んで写真撮るから」

 

「はーい」

 

「まあ、別にいっか」

 

 今だ文句を呟くセシリアさんを引き連れ、一兄を中心に並ぶ。

 

「それじゃあ撮るよー。69/25*51/70は?」

 

「「「え、えっと……2?」」」

 

「ぶー、2.01でした~」

 

 それくらい見逃してほしい。パシャリとシャッターは切られ撮影が完了する。って、およ?

 

「いえ~い」

 

 シャッターが落ちる直前、私たちが答えるまでの僅かな時間でクラス全員がフレーム内に集結していた。流石はIS学園の生徒、恐るべき行動力と反射能力をお持ちのようです。ただのほほんちゃんだけ直前で躓いて踊君に抱えられていた。

 

「ありがとねー」

 

 取り終えるとすぐに彼女は去って行く。残された私たちはそのまま10時過ぎまで賑やかに楽しむのでした。



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第拾捌話

 一兄の女性泣かせのフラグメーカーっぷりが鳴りを潜め……もといほぼ立て尽くし手遅れになってきた今日この頃、中国の代表候補生が転校して来るらしくて一年生の中ではその話題で盛り上がっていた。

 当然盛り上がっていたのは一兄や私もです。どんな人が来るんだろうなんて想像したりもしていた。

 

「いぃぃっちかぁぁああぁあああっ!!」

 

「おう!?」

 

 どうやら一兄は女の子を泣かせるだけでは済まなかったようです。扉もまた木片という涙を散らし床に伏せられてしまわれた。

 何とか薄皮一枚で真っ二つを免れた扉は誰にも気付かれないうちに踊君が回収する。

 

「ひさしぶりね。一夏!響!」

 

 扉に跳び蹴りを噛ました少女は私の名前まで知っているよう。うーん? あ、確かに見覚えがあった。吊り上がりつつも愛くるさを残した目にツインテール、小さな身体と控えめなお胸。間違いない、この少女は……

 

「やっぱり、鈴ちゃんだ!」

 

「……なんか思い出す過程で貶されような気がするわ。特に私の逆鱗に触れるような不愉快極まりない何かで」

 

「き、気のせいだと思うよ」

 

 ひぃいぃっ!?

 彼女は凰鈴音ちゃん。幾つもの禁止ワードを持つ気性の激しい女の子で、言ったら最後、

 

「ああ、小さ「フンッ!!」

 

 ……ああなります。

 残像付きのアッパーカットを受けた一兄はべちょりと床に落ちた。

 引っ越してから一年くらい経つけど鈴ちゃんも随分強くなったな~。私でもギリ見切れかどうかの速度でアッパーを繰り出すなんて驚いた。

 

「ナンテ云ッタノ? ゴメンネ、イチカ。ヨク聞コエナカッタンダ。モウ一回逝ッテクレナイ?」

 

「い、いえなんでもありません!」

 

 ハイライト? 何それ美味しいの? と確認するかのように鈴ちゃんはハイライトを食べちゃったみたいです。かなりブラックな無表情が関係のないクラス全体まで緊張させる。一兄に至っては、驚異の反応速度を見せて敬礼で応えた。

 これ、強くなったって言うより、希少の荒れ幅に磨きが掛かっただけなのかも知れない暴走した時の私みたいな感じで暴れさせるとヤヴァイと心の底から警笛が鳴らされる。

 

『あれはヤバいですよ!? ビラッキーの再来ですぅ-っ!?!?』

 

 ……いやまあ、イアちゃん(ガングニールの底の住人)が騒いでるだけなんですけど。

 

「(で、ビラッキーて?)」

 

『ブ、ブラックビッキーこと暴走響さんのことです!』

 

「(私、そんな呼ばれ方してたの!?)」

 

『今付けました!』

 

「(今かよっ!?)」

 

 慌てふためきながらもしっかりボケを入れてくるイアちゃんに私はもう手を上げてもいいと思う。

 じゃなくて、今はそんなことより鈴ちゃんをなんとかしないと……、と思ったけどもう大丈夫みたいです。

 

「鈴ちゃん、鈴ちゃん」

 

「ナニヨ?」

 

「うっしろのしょ~めんだ~ぁれ?」

 

「ハァ? うげっ!?」

 

「朝礼の邪魔だ。お前は二組だろう、自分の教室に戻れ」

 

「す、すみません……。また後で来るから。逃げないでよ、一夏!」

 

 恐怖の権化……じゃなかった1年1組の出席簿はいつも通り平常運転の模様で今日も朝から元気です。速やかに立ち去る鈴ちゃんを見送るのもほどほどにして、さあ、急げクラスの皆! 早く席に着かないと奴の餌食にされてしまう。どたばたとまだ立っていた人たちが大慌てで席に着いた。

 その後の授業中では何度も箒ちゃんとセシリアさんが出席簿にガブリといかれた。理由はたぶん一夏関連かな。鈴ちゃん登場に驚異でも感じてるんでしょう。理解は出来るけどちー姉に声をかけられても生返事しかしないのはちょっと重傷すぎるんじゃないかなと心配になった。

 

 

 

「一夏、いったいあの女とはどういう関係か、しっかり説明してもらおうか」

 

「説明を要求しますわ」

 

「せ、説明って何をだ!? 今日は二人ともなんかおかしいぞ」

 

「一夏のせいだ!」

 

「一夏さんのせいですわ!」

 

「はい! ストーップ!!」

 

 放っておくとこのままお昼が抜きになってしまいそうな勢いだったので間に入らせてもらう。あと踊君に逃げられた。かたくなに席に座らず後ろで授業を受けているため巻き込まれることなく行ってしまったのだ。

 

「説明でも弁解でも折檻でも何でも良い好きにして良いから、まずは食堂に行こうよ。私、もうお腹ぺこぺこだよ」

 

「いや、何で折檻されなきゃ何ねぇんだよ! その前に助けろ」

 

「イヤです」

 

 フラグ立てる一兄が悪いんだもん。触らぬ朴念仁に祟りはないのだよ。

 

「……そうですわね。どこでもできることですわ」

 

「ああ、そうしよう」

 

 適当に食券を購入したあと、さらに一人の少女が立ち塞がった。

 

「待ってたわよ! 一夏!」

 

「鈴もかよ……。まあ、とりあえずそこを退いてくれ。響が限界だ」

 

 グルルルルゥ。

 

「ご、ごめん」

 

 私のお腹の唸りが鈴ちゃんを退けてくれたので、すぐに食堂のおばちゃんに渡して出来上がるのを待つ。

 

「あ、相変わらず、怖いわね」

 

「ああ……。どこぞの腹ぺこ王並だからな」

 

「今もなのか……」

 

 好き放題言われているけどまあいいや。だんだんと揃いつつある料理の数々にもう涎が止まりません。

 

「響はまだまだ掛かりそうだし先食べてこいよ。ラーメン伸びるぞ」

 

 鈴ちゃんが抱える盆には豚骨の香りを漂わせるラーメンが……。

 

「そうさせてもらうわ。……あげないわよ」

 

 じゅるり。……残念、ジト目で念を押されてしまった。一兄達の料理が出来上がる中、私はひたすら待ち続ける。皆のもおいしそうだったなぁ……。

 一兄の注文した日替わりランチにセシリアさんの洋食ランチ、箒ちゃんのきつねうどん……。

 

「なんだい響ちゃん、まだ注文しようってのかい。流石にお腹壊すよ」

 

「あ、いえ! 今日は大丈夫です。おばちゃん、いつも美味しいご飯、ありがとうございます」

 

「いいのいいの、これがあたしらの仕事さ。それにいいつも美味しそうに食べてくれる響ちゃんを見ててあたしらも幸せだからね」

 

 最後の一品を右手に置いた盆の上に載せてもらう。よぉっし、待ちに待った昼食タイムの始まりだ!

 

「いくら何でも買いすぎでしょ!? 八品って何よ!? 八品って!? 私たち全員分よりも多いわよ!?」

 

「いやぁ~、修業してると自然とこう」

 

「たった一年でどんなことしたら量が倍以上に膨れあがるのよ!」

 

 飯食って、映画観て、寝る! が師匠の教えですから。

 

「それで何故太らんのだ……」

 

「羨ましいところですわ」

 

「そのあと、映画の登場キャラの動きを真似してるからだと思うぜ。それも実写、アニメ問わずで」

 

 そうでした。見るだけじゃ分からないことだってあるから見ながらだったりその後だったり時間はまちまちだけど練習してるんだった。

 

「「「……無理(だな|です|わね)」」」

 

「いや、いくら私でも流石に数十メートル跳んだり跳ねたりはしてないからね」

 

 精々、鷹爪落瀑蹴(ようそうらくばくしゅう)くらいが限度だよ。あれくらいなら皆もできるよね。

 

「「『「「できるか!!」」』」」

 

 え、できないの!? 思っても見なかった周りの反応にちょっとたじろいでしまった。だってちー姉ができたんだもん。少なくとも一兄なら出来るはず。

 

「今、一人多くなかったか?」

 

「き、気のせいだよ。(イアちゃん!? 声漏らしたら不味いよ!)」

 

『あわわっ、ごめんなさい。内線にするの忘れてました」

 

 頭に響くのは変わらないのだけど、今度の声は一兄達には届かなかったみたい。

 

「そんなことより、鈴ちゃん。改めて久し振り」

 

 それでも踏み込まれたら困るので話題を強引にでも返させてもらう。本来の目的はこっちだからすぐに食いついた。

 

「そうだった。久し振り、鈴。いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気にしてるか? いつ代表候補生になったんだ?」

 

「そんな一遍に聞かれても答えられないわよ。アンタこそなにIS使ってるわけ? ニュース見た時牛乳噴いちゃったじゃない。私の牛乳返しなさい!」

 

「いや、知らねぇよ……。むしろ何で動いたのか俺が聞きてえくらいだって」

 

 ホント不思議だよね-。何で動いてるんだろう? あ、主人公だからか。納得……はできないや。視聴者にしかできない説明じゃダメですね。踊君に聞いてみたら分かるかな?

 

「そうそう。アンタ、クラス代表なんだって?」

 

「ああ、成り行きで仕方なく」

 

「ふーん……」

 

 鈴ちゃんはどんぶりを持ち上げて、ぐびぐびと残っていたスープを一気に飲み干す。レンゲはどうしたかって? そんなものは使いません。面倒だもん。私も使わないし。

 でも勢いよく飲むこともしない。熱いしよく味わえないから。鈴ちゃんがこういうことをする時はたいてい何か決意をした時だ。

 

「あ、あのさ。ISの操縦、見てあげても良いわよ?」

 

「そりゃ、助か「一夏に教えるのは私の役目だ!」」

 

 ドダダンとテーブルが叩かれ、隣と前にいた二人が立ち上がった。

 

「あなたは二組でしょう! 敵の施しなど受けませんわ!」

 

 また火花が散る幻想を見る羽目になるなんて付いてない。まあ、そんなの気にせず食べるのが私なんだけどね。チャーハン美味しっ。

 

「アタシは一夏に言ってるの。関係ない人は引っ込んでてよ」

 

「関係ならある。私が、一夏にどうしてもと頼まれたんだ」

 

「そはほ?」

 

「どうしてもとまでは言ってない」

 

 言い争いはどんどん激化していくのかと思ったけどそうでもなかった。

 

「と、ところで、一夏、あの約束、覚えてる?」

 

「ん?」

 

「ほら、酢豚の」

 

 そんな酢豚でわかる約束なんてあるわけが……、

 

「ああっ。あれか」

 

 わかっちゃった!? ホントにそんな約束したの!? あれかな? 日本で言う味噌汁的なあれ。

 

「鈴の料理が上手くなったら毎日に酢豚を……」

 

 合ってた!? 素直になれない鈴ちゃんがそんな告白めいたことをしてたなんて意外だ。聞いてた二人の表情が瞬く間に険しくなっていく。

 

「奢ってくれるってやつか?」

 

 ………………………………へっ?

 

「そうそう、それそ………………………………………はい?」

 

「だから、料理できるようになったら毎日飯をごちそうしてくれって約束じゃないのか?」

 

 それは流石にない。ごちそうする約束ってどんな約束ですか。そんな不利益しかない約束を払う側がするわけがないって。

 

「にしてもよく覚えてたな、俺。感心かんしぶほぉあ!?」

 

 ほぼ無音の平手が一兄を打ち抜いた。座っていたはずの一兄は見事な弧を描きぐりんぐりん回転しながら再びべちょった。今朝のあれよりも二割増しくらいに強い一撃に恐怖を感じる。だって、平手だよ? 面で力が拡散しやすいあの平手でだよ!? それが何で拳で放つアッパーよりも吹っ飛ぶの!?

 

「……………………最っっっ低!!」

 

「な、何がだ……」

 

「女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて! 犬に噛まれて死んじまえ!!」

 

 呆然としてる私たちを置いて鈴ちゃんは走り去ってしまった。それに瞳に涙を浮かべてた。

 

「……まずい。何か怒らせちまった」

 

「一夏」

 

「一兄」

 

 まあ一兄だから何時ものことと言えば何時ものことなんだけどさそれでも言わなければならないことはある。

 

「「馬に蹴られて死ね」」

 

 どうやって鈴ちゃんをフォローしたらいいんだろ……。

 

「どうかしたのか? 今、ツインテの嬢ちゃんが走ってったけど」

 

「踊く~ん……」

 

 丁度良いところに踊君がいた! 人生経験(前世的な意味含めて)豊富な踊君なら上手くフォローしてくれるかも知れない。子供好きだし。快く引き受けてくれそう。

 

「しゃあねぇな。一往声かけくらいはしとっけど、一夏もちゃんと謝っとけよ~。根本的解決はできねぇからな」

 

 あっさりやってくれて、大助かりです。実のところ私にはまだ恋とかそういうのはよくわからなくって、したこともない。だってまだ16歳(精神年齢はさんびゅふぁっ!?)……ふぅ、だもん♪

 可笑しくはないよね。ヨネ?



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第拾玖話

 いきなりながら申し訳ございませんです!
 第拾漆話の内容が第拾捌話になってしまってました。
 手元の話数と公開された話数に差があり何故だろうと確認したところ発覚しました。つい先程修正及び追加を行いましたので、こちらをお読み頂く前に拾漆話をご覧下さいますよう、なにとぞお願いいたしますでする。

 それともう一つ、これから投稿間隔を少しずつ短くしていこうと思います。目安的には毎回1時間程ずつです。今回は予期せぬ事態があったため出来ませんでしたが、次週は今週及び次週分の2時間、22時00分に投稿する予定です。

 これからも響ちゃんと踊君の応援、よろしくお願いしますです。


クラス対抗戦開始直前になったけど、残念ながら一兄は最後までなぜ鈴ちゃんが怒っているのかわからなかった。

 全校生徒-1くらい(何故か踊君が見当たらなくっているのかどうかわかりません)が見守る中、初戦のペアの決定が知らされる。

 

『織斑一夏vs凰鈴音』

 

 わぁお……、いきなり専用機持ち同士の対決みたいです。しかも一兄対鈴ちゃんっていう絶対誰か仕組んだでしょとツッコミたくなる人選に二度見して頬を叩いて確認してしまった。

 

「いきなり鈴ちゃんだなんてー。一兄も大変だね」

 

「ひびりんはどっちが勝つと思う~?」

 

 私は今のほほんちゃんと一緒に客席にいる。……あ、何気に客席で観戦するの初めてだ。この前は当然としてずっと前に来た時も面倒なことがあって見逃してしまったんだよね。

 

「うーん……、鈴ちゃんのほうが有利だとは思うけど、一兄の剣技は侮れないし……、あー、でもあれじゃ一兄が勝つのはけっこう難かも」

 

 一兄よりも先に準備を整えた鈴ちゃんが戦場に舞い上がった。

 そんな鈴ちゃんの手には双槍とでも呼べばいいのか、前後両方に青龍刀が取り付けられた鈴ちゃんの身の丈を超える武器があった。

 使い勝手の良さはわからないけど、ああいった特殊な武器は相当の訓練を培わないとまともに使いこなすことはできないらしい(踊君談)。両方に刃があるから強そうに見えるけど、実際の所刃の方向と振る向きが完全に一致しないと何も切れなくて(翼さん談)、振りミスると自分が切れちゃうこともあり踊君談)、届く距離も剣と変わらない(翼さん談――ただし自由自在に大きさを変えられるアメノハバキリには無用な悩み)とかデメリットのほうが多いみたい。

 でも鈴ちゃんにとって大切な試合に持ち込むほどなんだから、そんな沢山のデメリットを打ち消しさらに高度の技術を持っているんだと思う。まだまだ感の取り戻せていない一兄にはとても厳しい戦いになるんじゃないかな。

 

「それにあの肩でふよふよしてる二門も気になるし」

 

 下を向いてホバーリングしている球体の何か、何か撃ってきそうなんだよね~。

 

「もん? あれへんてこなブースターじゃない~?」

 

「たぶん違う気がする。勘だけど」

 

 遅れて一兄がピットを飛び出した。変わらず純白なISが日の下で燦々としていて眩しい。

 

「頑張って織斑君!」

 

「絶対勝つのよ!フリーパスのために!」

 

「勝って、私たちに貢ぎなさい!」

 

 ……私は何も聞いてない。だって私は二人の決戦に集中してるからね。

 

 

 

「行くぜ」

 

「かかってきなさい!」

 

 試合開始と共に一夏は駆け出した。

 あらゆる戦闘において手の読み合いというのは重要な役割を担い、IS戦においてもそれは然りであり、そうするべきだ。とはいえ一夏と白式のペアにはあまり必要がない……いや、それどころかむしろそんなことをすれば悪手である。

 

「はぁあ!」

 

 第一の理由は白式に搭載された武器。

 一夏は白式の推進を疎らに吹かし不規則な軌道で迫ると、唯一の武器たる雪平を手に振り下ろした。

 

「甘いわよッ!」

 

 だが鈴の持つ青龍刀に正面から相殺された。立ち止まる暇などは取らず、一夏は即座に身体を引くと二連、三連と彼女の機体『甲龍』に斬りかかる。

 中距離仕様の武器さえ持たない白式に距離を取るという選択肢はまずありえない。そんなことをすればどうぞ撃ってくださいと言っているようなものだ。

 セシリア戦の時のように所持している武器を知らないわけじゃない一夏は前に出ることを自ずと選び続けなければならない。

 

「まだだ!」

 

 斜めから落ちてくる青龍刀を肩につきそうなほど斜めに寝かせた雪平で流す。さらに剣を手放すと左手に持ち替え、身体の捻りで極限まで高めた遠心力で強烈な一撃を叩き込む。

 

「っう! やるじゃないっ! でもっ!!」

 

 流されたとわかるやいなや鈴は手を回し石突きにあたる部分の刃で相打たせると、雪平を基点に一夏を飛び越え、さらに無数の斬撃をもって離れた。

 

「チッ!」

 

 一夏が振り向いた先で、鈴の肩あたりを漂っていた二基の球体が眼を開いた。最悪の事態と判断し一夏は神経を今まで以上に研ぎ澄ませ鈴の動きに注視する……だが、そんな一夏を嘲笑うかのようにそれは目を光らせた。

 

「がはっ!?」

 

 突然の警告に追随するかのように何かが一夏の腹部に叩き込まれた。

 

「(何が!?)」

 

「今のはただのジャブよ!」

 

 目を白黒させているうちに姿のない拳が一夏の顔面を殴りつけた。

 

「(風?)……空気砲か!」

 

 当たる寸前に感じた周りに逆らい頬を撫でた違和の風に、たった二度で一夏はその正体を見破った。正確には衝撃砲といい、もう少し応用を効かせられるものなのだが甲龍の今の設定なら間違いでもない。

 それにどっちにしたとしても一夏にとって苦しい状況なのに違いはない。

 

「ぐっ!」

 

 そして悪手たる第二の理由が浮上し始めた。それは圧倒的に足りない練度。

 一夏は長年の怠りで剣士として1.5流ほどに落ち込んでしまっており、ISに至っては3流にも届かない初心者だ。

 見えない砲弾を完全に避けることは叶わず、直撃しないことが一夏のできる精一杯……………………………………のはず(・・・)だった。

 

「残念。所詮は男ってことね……」

 

 誰かが落胆の声を上げた。その言葉に会場は皆頷く。

 けれど、その声に頷かなかったものもいた。

 それは彼と共に歩んできたものであり、

 彼と共に培ってきたものでもあり、

 彼と力を交えたものでもある。

 彼女達は彼をよく知っている。彼はどんな時でもその眼差しを曲げないことを。

 だから今起きたことを素直に受け入れる。

 

「っ!! そこだっ!」

 

 彼と戦うものも知っていた。故に驚かない。彼が見えない砲弾を斬り裂いたということに。

 

「……もう慣れたってわけ」

 

「ふぅ……ヒヤヒヤしたぜ。おう、それはもう見切ったぜ」

 

 たった5つの砲弾で彼は慣れたという。観客が息をのむ中で、一夏は鈴の放ったさらなる5連の空気の塊を難なく斬った。いくら練度が足りなくてもそれを補う術が偶然にもこの時の一夏にはあったのだ。

 

「鈴の癖は覚えてるからな」

 

 長年、織斑千冬と過ごしてきた一夏は女子を見続けることにあまり照れを感じない。こと戦闘においては全くと言っていいほどなく、観察も優に行える。

 そこに加えて相手がセカンド幼なじみの鈴というのも味方している。去年とは言え普段をよく知っているからこそ、撃つ時の僅かな差異に早い段階で気づくことができた。

 そして聖踊というイレギュラーの介入を受けさらなる高みへと進み続ける立花響というイレギュラーの存在もまた一夏の力になった。彼女とはライバル的な関係で魂をぶつけ合った一夏があの負けを認めた日のまま暢気に過ごしていられるわけがない。

 視線と合わせれば今の一夏でも打ち払う程度不可能ではなかった。

 

「まあ、だからって全部見せたわけじゃないから構いやしないんだけど、ねっ!」

 

 鈴がほんの僅かな力を加えただけで、双槍は半ばで分断されて二刀流になった。

 

「今度は双剣かよ」

 

 衝撃砲を躱し一夏と鈴は空中で斬り結ぶ。

 

「はぁああっ!」

 

「うぉおおおっ!」

 

 互いに刃を振るい幾度となくしのぎを削りあった。衝撃砲の撃ち出される微かな音が鳴り止まない金属音の中に紛れて響く。その度に一夏は空気圧に耐え全身を仰け反らせて射線上から白式を引かせ完全に反応してみせた。

 だが手数も武装も有利な鈴に抗えるほどの実力を一夏は持ち合わせていなかった。いくら何でもたった一振りの剣だけで双剣双銃(砲?)を相手するのはその道を極めた者であっても厳しいものだ。一流に満たない今の一夏が腕だけで勝てるなど到底なし得ない希望でしかない。

 残された勝利への導はたった一つ。

 

「(……こうなったら)」

 

 不利を悟った一夏は一か八かの大勝負に打って出た。

 

「(やるっきゃねぇ!)」

 

 今までの超近接の激しい突貫戦が嘘のように、自分から大きく距離を取ると雪片を正面に構え直し、自身の周囲を静寂で包み込んだ。

 

「(あの目……来る!)」

 

 鈴の勘が危険を告げたと同時、一夏の背が轟きを起こした。次の瞬間、鈴の目の前まで一夏は攻め込んでいた。

 

瞬時加速(イグニッションブースト)ッ!?」

 

 瞬時加速、名の通り瞬間で加速する技法の一つで、叩き出す最高速度は通常を遥かに上回る。

 しかし、それには当然代償が伴う、それも3つ。空気圧で描ける軌道は直線しかなく、爆発時に使用されるエネルギーと体を守ろうと働くエネルギーもバカにならず、さらに急激にかかる重圧は回避時のそれと比べるのも烏滸がましいほどの差で乗り手の身体にあっさりと悲鳴を上げさせる。

 

「ぐぅっ!」

 

 そのため高度な技法として知られているのだが、どうしてそんなものを一夏が知っているのか?

 疑問は尽きないだろうが、実のところ本人もそれが瞬時加速と名付けられているのを知らない。というのも、この前の響の動きを少しでも取り入れようと試行錯誤してできたのがこれだっただけなのだ。

 色々解説を交えたがそんなことはすこぶるどうでもいいことか。今重要なのは一夏が高速で迫り、雪平の切っ先を鈴に向けているという事実だ。

 

「いっけぇええぇえええっ!」

 

 雪平の刃がガシャリと開くと共に、煌めく光明の鋒が姿を現した。白式の持つ単一能力(ワンオフ・アビリティー)、零落白夜が発動したのだ。

 それは嘗て姉である織村千冬を世界最強の座に導いた最強の力。凡ゆるエネルギーを切り裂く最強の戈であり、しかし自身を動かす源から剥奪し糧とする諸刃の剣ともなりうる業。

 これが決まれば一夏の勝利、決まらねば敗北は必至。

 一夏の全力を賭けた一撃……、

 

「な、何!?」

 

「……黒いIS?」

 

それは予期せぬ乱入者によって阻まれるのだった。



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第弐拾話

 空から振ってきた突然の乱入者に観客やら教師やらが大騒ぎです。戦々恐々として我先にと逃げ惑っている。しかも物々しいシェルターがこことアリーナの間を断ってしまって二人と侵入者が上手く見えなくなってしまいました。

 

「え、えっとぉ~……」

 

 隣で観戦していたのほほんちゃんも珍しくあわあわしてる。私も何が何やらで内心取り乱したい。もとい殴り込みしたい。

 いや、まあしないけどね。

 

『――いや、先生たちが来るまで俺たちが食い止めます』

 

 燃える一兄の声が聞こえちゃったから。邪魔しちゃいけないかなぁって。

 

「ちょっと、そこの二人! 早く避難しなさい!」

 

「あ! かいちょ~」

 

「かいちょ?」

 

 振り返ると、非常口を目指す観客たちの中からこっちをのぞき込んでいるきれいな人がいた。のほほんちゃんはやっほ~、なんて言って大きく腕を振る。

 

「って、本音!? この非常事態に何してるのよ! 早く手伝いなさい!」

 

「は~い」

 

 二人はお知り合いみたいです。何処かの部活の代表さんなのかな? のほほんちゃんは慌てていたのが嘘のように女性の指示を聞くと先生たちに混じり長い袖をパタパタ揺らして観客の誘導を始めた。でも「こっちだよ~」とか「いっそげ~」で気が抜けそうなゆったりしたものだけど。

 

「ほら、君も早く」

 

 うにょ、速い! ちょっと気をそらした内にもう真横に来ていた。私に似て活発そうな人、だけど多分私の何倍も賢そうな雰囲気……。じゃなくて、

 

「その、ごめんなさい。私はまだここに残ります」

 

「何言ってるの!? すぐに避難しなさい」

 

「できません。一兄や鈴ちゃんが闘っているのに私だけ逃げるなんてイヤですよ。私はここで二人を応援し続けます。かいちょーさんは他の人の避難を優先してあげて下さい」

 

 戸惑うかいちょーさんにそうお願いして、シェルターを眼前に一兄たちの戦闘に耳を傾ける。

 本当なら私も手伝った方が良いんだろうけど、十分人いるし行かなくても良いんじゃないかな。それに……、私は球状のシェルターに沿ってアリーナの外周を駆ける。

 

「……えっ?」

 

「ハッ!」

 

 非常口に向かって走っていた生徒に飛びついて横飛びに転がる。その後ろを射貫くように桃色の砲がシェルターを貫き客席に穴を開けた。

 

「大丈夫ですか? 急いで」

 

「は、はい」

 

 同級生かな? 青いリボンを付けた女の子を見送り、焼けてトロトロのシェルターから覗いてみる。シェルターがあってもちゃんと遮断フィールドも生きているようす。これら纏めて貫くってなんとも恐ろしや。

 

『遮断フィールドレベル4を確認。推定される威力はニールハートの全力と同格です』

 

「二人とも大丈夫かな……」

 

 フィールド越しに見上げると上空で飛び回る3つの影があった。数の利が霞むくらいの猛攻が二人諸共アリーナ内を滅茶苦茶に砕いていく。

 

「そんな……なんで、なんで開かないのよ!?」

 

「っ! 退いて! いったい何が?」

 

 避難口に詰めかけていた人たちが何だか騒がしい。

 

『……………………外部からの攻撃を検出。全通路完全閉鎖を確認。いわゆる袋のネズミ的な状況になっちゃってます』

 

「外部からの攻撃?」

 

『はい。恐らくあのISが学園のサーバに侵入しジャックしているのかと。こちらでもなんとか取り戻せないか試みますが、ガングニールの破片から派生したISのコアでしかない私だけじゃ時間は相当掛かりそうです』

 

 踊さんの中せめてもう少し多くのISコアを介することができれば、なんて愚痴をこぼしながらもアリーナ内のシステムを取り戻すべく電脳内を駆け巡ってくれる。

 残念なことに私にできることはまだない。だから私はさっきと同じように一夏の勝利を信じて待つ。

 

「勝って、一兄」

 

 

 

 この試合はアタシにとって、とっても大切な試合だった。……なのに、なのにこいつはその邪魔をした。

 

「だから、とっとと堕ちろぉおおお!!」

 

「おい! 鈴!」

 

 飛んでくるビーム兵器を躱しまくって分解した片方の青龍刀を叩き付ける。でもすんでのところで左に躱されすれ違わった。即座に反転して衝撃砲を構えたところで、

 

「危ねぇっ!」

 

 数十のビームが攻め寄っていた。一夏が助けてくれてなかったらと思うとゾッとする。アタシたちより倍近い巨体の癖に速度が全く劣ってないってのが厄介。しかも2m近い腕に取り付けられた幾つもの発射口にさらに肩のガトリング状の兵器の火力ときたら嫌になる。

 って、ん? なんか動きにく……………………っ!?

 

「~っ×&●%#$!?」

 

「来るぞッ!!」

 

 一夏はアタシを抱え上げながら、一つ二つと回避していく。当たらないのが不思議になるくらいの危うげな飛行だったけど、避けられているならそれで良い。

 

「打っ飛べ!」

 

 体勢を変えて一夏の腕の中から衝撃砲を撃ち込む。あっさりと避けられた。でも今ので嵐は止んだ。名残惜しいけど一夏に離してもらい青龍刀を構え直す。さらに必要なさそうな部位に供給するエネルギーを衝撃砲に割り振る。

 

「一夏! アタシが援護するから、アンタは突っ込みなさい! 武器それしかないんでしょ?」

 

「ああ! 頼む!」

 

 このデカブツも出てくんなら早く出てこいっての。アタシも一夏もさっきのもあってシールドエネルギーはもう100程度しか残ってないってのに。……て、そりゃそうね。何の目的か知らないけど態々乱入してくるんだから弱ったところでくるのが当然よね。

 

「させないわよ!」

 

 奴の腕がアタシらに向く前に、衝撃砲を撃つ。牽制としての役割が強いそれは当然当たらない。見えないってのが売りなのにこうも簡単に躱されると癪に障るけど、一夏が近づくための時間が多少稼げたんだから、それで良し。

 

「さぁさぁ、まだまだ行くわよ!」

 

「…………」

 

「ぉぉぉぉおおおっ!}

 

 逃げ道を奪うようにとにかく撃つ。撃って撃って撃ちまくる。空気塊の合間を縫って一夏が雪片を振り下ろし、それをちょっと横に動いただけで避けられ振った速度そのままに縦に一回転。ブースターを使い姿勢制御を行って振り向き様の薙ぎ払い、それも後ろに下がることで衝撃砲ごと回避され、またクルクル今度は横回転する。

 

「何、面白いように躱されてんのよ!」

 

「すばしっこいんだよ! グアッ!」

 

 ドデカい腕から放たれる裏拳が一夏を襲う。見たまんまの質量差があっさりと雪片ごと白式を吹き飛ばし、地面に叩き付けた。

 

「こんのぉおお!!」

 

 それを見たアタシは激情を抑えきれず背を向けていたデカブツに双剣で切りかかる。初撃は腕で防がれた。

 

「(堅い!?) ひぃぃ!?」

 

 どんだけ規格外なのよ……。日本刀(斬り裂く)青龍刀(叩き切る)も聞かないっての? しかもその破格の頑丈さを携えた腕に銃を取り付けるなんて誰よ、そんなバカなこと考えた奴は。危ないじゃない。

 

「鈴、無事か?」

 

「アンタのほうこそ、大丈夫なの? 結構良い一発もらってたみたいだけど」

 

「ああ。まあな」

 

 一夏も無事だったようで地表を滑って合流し、どうするか策を練らないと……。

 

「なあ、鈴。あいつの動きなんか機械染みてないか? 全然人の気迫ってのが感じらんないし、あれ本当に人が乗ってんのか?」

 

「はぁ!? 人が乗らなきゃISは動かな…………い? そういえば、さっきからアタシたちが話してる時って、全然攻撃してこないわね……」

 

 さっきの相手にとって不利になるような作戦会議の話も妨げず、さらには今の他人からしたらどうでもいいような会話にも、まるで興味があるかのように静観してる?

 

「……でも、そんな無人機なんて有り得ない。ISは人が乗らないと絶対に動かない、……そういうものだもの」

 

「仮に、仮にだ。もしあれが人間じゃなく機械が操ってたらどうだ?」

 

「何よ、機械だったら勝てるっていうの?」

 

 無人機なはずがない、と言いたいけれどただそれが常識だとされているだけでないとも言い切れない。けど、もし一夏の考え通り無人機だったとしてどこにそんな自信があるのかわからない。

 半眼で一夏を見ると、シッと息を吐い笑っていた。

 

「いける。人が乗ってないなら全力で打っ手切っても問題ねぇよな!」

 

「その自信はどこからくんのよ」

 

「千冬姉に叩きのめされて、響と肩を並べるために昔は色々とやったんだよ」

 

 今じゃこの様だがな、なんて軽く言うが納得したわ。世界最強の姉は勿論のこと人助けバカも妥協しないし……それに付き合ってたんなら何とかできそうね。

 

「わかった。で、作戦はどうすんの? まさか無いなんて言わないわよね」

 

「零落白夜で切る」

 

 エネルギー無効化攻撃、だったっけ。誰かが話してたのを聞いた程度だけど、確かにそれならあのガードも無力化できるかもしれない。でもさっきから攻撃を躱されてばかりの一夏はどうやって当てる気なのかしら。

 

「いくら強くても当たらなきゃ意味ないわよ」

 

「次は当てる」

 

 へぇ、言い切ったわね。だったら賭けてみようじゃない。

 

「いいわ。アンタの案に乗ってやるわよ。アタシは何をすれば良い?」

 

「あいつに向かって最大の衝撃砲を叩き込んでくれ」

 

「当たらないわよ?」

 

「俺を信じろ」

 

 一夏にそう言われたら、信じるしかないじゃない。甲龍のエネルギーの大半を注ぎ込んでチャージを開始する。

 

「じゃあ、さっそ「一夏ぁあっ!!」な!?」

 

 一夏が動き出そうとしたところで、後ろから叫び声が……て、あいつ確か一夏の。ISも持たないでこんなところにのこのこ出てきたりしていったい何のつもりよ、あのバカは!

 

「男なら、……男ならそのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

 マイクも使わずここまではっきりと聞こえる大声の持ち主に興味を持ったのかあのデカブツも箒とか言うのに視線を向け、さらに腕をって、マズ!?

 

「箒、逃げろぉおっ!!」

 

 間に合わない!

 今から攻撃に移ったところで発射を止められない。一夏が真っ先に動こうとした。遅れてアタシも慌てて甲龍に指示を飛ばそうと動く。多少は痛いでしょうけど、二人でなら抑えきれるはずだと。

 

「大丈夫! 二人はアレを止めて!!」

 

 また別の所から聞こえてきた声がアタシらを止めた。大声という程叫ぶのではないけれど、大きくてよく通る声だった。

 

「響!?」

 

 たぶんあのISの流れ弾からできたんだろう穴の前で仁王立つその目は強い眼差しをしていて強い意志を感じさせた。響なら真っ先に助けに行くだろうに今回は動かずアタシたちをじっと見つめる。そして歯を見せる満面の笑みで言った。

 

「こんな状況であの人が来ないはずがない」

 

「何言って、箒ィィイイイ!!」

 

 と。一瞬のよそ見で砲撃が撃たれてしまった。人なんか一瞬で蒸発させてしまえるほどの高密度で高温な人を丸々飲み込む巨大なビームが箒のいる中継室目指し真っ直ぐ伸びる。

 

「その通りだぜ、って言いたいところだけど、すまん。ちょっと遅れちったか」

 

 だが、呵々っ、と軽い笑いを放つ突如現れた何の変哲も無いただの打鉄にそれは当然の如く弾かれた。

 

「やっちまいな。お前のその剣で」

 

「踊! ああ、任せとけ! 鈴!」

 

「ええ! 最後は頼んだわよ!」

 

 響のもう一人の義兄の踊がビームを打ち払った。何で乗ってるのかとか色々聞きたいけど、そんなことよりあいつを倒すことの方が先決。衝撃砲に込めた許容量を超えたエネルギーを吐き出すために軽い前屈姿勢をとって衝撃に備える。

 

「って一夏!?」

 

「良いから、やれ!」

 

 いざ撃とうとした時、一夏がアタシの目の前に躍り出てきた。躊躇いはあったけど、あいつが撃てって言ったんだからアタシは信じて撃つ。信じろって行ったのは一夏のほうなんだからやるっきゃない。

 

「どうなっても、知らないからね!」

 

「んなもん、百も承知だっての! う、ウォォオオォオオオッ!」

 

 背中を押された一夏は前に押されていき、さらに目に見える程の衝撃がどんどん弱まっていった。

 予想外なことにこのバカはアタシの撃った衝撃砲を追い風にし、さらに白式のエネルギーにまで変換したらしい。後で千冬さんに無茶したことを怒られるだろうけど、本人が望んだんだし仕方ないわ。

 

「ハァアアアアッ!」

 

 爛々と灯る蒼い剣を携え、一夏はさらに瞬時加速で向こうのセンサーを振り切った。試合中に見せたものとは初速も込められたエネルギーも段違いのそれは刹那で標的の目前まで迫る。

 

「…………!」

 

 また、腕を盾に!

 

「遅ぇえ!」

 

 無手の左をその腕に掛けると、勢いで奴の真後ろを捉えた。振り上げた刃は片腕を斬り裂き、その背中に大きな深手を負わせた。

 それでもまだデカブツは機能を停止しない。身体をふらつかせながらもエネルギー切れを起こした一夏に腕を向けてエネルギーを充填させる。

 

「「一夏!」」

 

「狙いは?」

 

『完璧ですわ』

 

 デカブツに撃つ暇は与えられなかった。通信越しに聞こえた、一夏のクラスメートの専用機持ちの声と共に、突き抜けた一条の光線に打ち抜かれたために。



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第弐拾壱話

 呵々、嫌な予感的中で中々に冷やっとさせられた。まったく打鉄には感謝しねえとな。こいつが飛んできてくれてなかったら正直間に合わなかった。

 ちょっくら呼び出し掛けに出てる間に襲撃されるなんざ思ってなかった……わけでもねぇか。こうも簡単にここの防衛機能が突破されると思わなかったが正解だな。

 裏の世界、古株『更識』があるからと過大評価が過ぎたんじゃないのかね。まあいいけど。それよりも、だ

 

「…………浮かれてるところ悪いんだけどさ、まだ気を抜くにはちーっとばかし早いぜ」

 

「何言って?」

 

『そ、そんな!? アリーナの主導権、今だ解放されてません! 掌握されたままです!!』

 

 諸手を挙げて勝ちを喜んでるガキ共にそう忠告するのと同時に、まやさんから連絡が届いたらしい。見上げるのは青い空、見つめるは中に浮かぶ無数の黒い点。

 

「あと少しでいい。共に飛んでくれるな、打鉄!」

 

 キュインと小さくても力強い返事が返ってくる。どうやらこいつも、あたしらと同じ護りたいって思いを持つ変わり者らしい。

 だったらその意思に応えてやる。

 いつ尽きてもおかしくないと告げる印を外へと追いやり、あたしらは天へと翼を拡げた。

 

 

 

 踊が飛んだ、そう認識した次の瞬間、大量の何かが高速で落下してきた。いや、何かなんてのは本当は分かっている。たった今俺たち3人がかりでようやく1体倒すことができたISの同型機だ。

 

「踊ォ!」

 

「聖さん!!」

 

「聖!!」

 

 シールドの天辺に向けて飛び出した踊はあっさりと落下してきた奴等に巻き込まれて、シールドごと地面に叩き付けられた。

 いくらISを身に纏ってるからといってあんな勢いで地面に叩き付けられたら絶対防御なんてまともに機能しない。それも遮断フィールドを貫いた上となると皆無に等しい。

 

「呵……々……2機か。まあ、上等か……、まだ止まってくれるなよ」

 

 濛々と立ち籠める砂埃に紛れて、返答するかのように踊の声が聞こえてきた。掠れているが何とか無事のようだ。

 直後、煙の中から5体の乱入者が飛び出し煙から距離を取った。さっきのような観察している様子ではなく強く警戒しているのがありありと現れていた。

 

「打鉄ェッ!!」

 

 轟く咆哮と共に煙を掻き消し、踊は無人機たちの中に突撃を咬ます。両手に掴んだ大破して動かない無人機を武器にして。

 

「嘘でしょ……、あの一瞬で2機も潰したっての!?」

 

 腕を蛇のようにくねらせ、手首でスナップを利かせ無人機に無人機を叩き込む。いくら相手が堅いといっても、同じ物質で殴られたら互いに潰れる。が、踊の手にしているのはもともと壊れた物だから踊に何ら不都合はなく、無人機とわかっているからだろうか情けもなければ容赦もない。

 

「オラァッ!」

 

 取り囲んでいた2機の無人機を両手の無人機で殴り飛ばす。衝撃で片手の無人機の頭が引き千切れた。無人機と分かっていても目を背けたくなる光景でも、踊は止まらず器用に振り回すと放たれたビームを無人機の太い腕を盾にし弾く。

 その隙を突き攻め込んできた無人機が拳を……って、もうわけが分からなくなってきた。動いてる無人機をゴーレム、踊が手にしてる無人機をムチと呼ぶことにしよう。

 ゴーレムが拳を突き立てるも、踊はムチを身代わりに受けきった。

 

「凄い……」

 

 セシリアの感嘆を聞きながら、俺は踊との余りの力量の差を痛感していた。

 俺たちが3人で倒したゴーレムをあいつはたった1人で5体……いや最初のを含めて7体を相手に立ち回っている。それも訓練機である打鉄でだ。専用機を持ってるってのに自分が情けない。

 

「ハァッ!」

 

 爆発寸前のムチごとゴーレムを押し飛ばし、鞘に収められたままの刀を手に掴み直すと、そのまままとめて貫きゴーレムの核を抉り落とす。

 

「あと4……ガッ!」

 

「「「ゥッ!?」」」

 

 踊は爆炎を払い振り返ろうとしたが、その炎を抜いて突進を敢行したゴーレムの鋭く尖った指が脇腹に突き刺さった。ゴーレムは腕を真っ赤に染めてもまだ光を収束させ攻め立てる。

 

「クソッ!! エネルギーが足りねぇ……!」

 

 セシリアも鈴もその光景に呆然として、咄嗟に動けたのは俺だけだった。操縦者を守る絶対防御がちり紙でも破るみたいに簡単に突破され酷い出血までしてるんだ。驚くなって言う方が無理だ。

 なのに肝心の白式はさっきの一撃で完全にエネルギーを使い果たしていて、装甲が展開しているのが奇跡に近い状態で何もできなかった。

 

「舐めるなよッ!!」

 

 痛むだろう腹を庇うどころか気にもせず酷使して、踊は刺さった腕を支えに蹴りを見舞った。

 

「わ、私も加勢を!」

 

「来るんじゃぇえええッ!!」

 

「「「ッ!?」」」

 

 血反吐を撒き散らして発された大喝に自然と身体が震えた。

 

「ここはあたしが引き受ける!」

 

「ですが!「セシリア・オルコット!!!」」

 

 任せられるわけがないとセシリアは食い下がろうとしたが、踊は名を呼び黙らせた。

 

「テメェまで出てきたら、誰が二人を守るってんだ! お前がしなきゃならねぇのは、ここであたしと闘うことじゃねぇだろ!!」

 

 俺にも鈴にも、まだ闘う意思はあった。だが現実がそれを許さず、白式も甲龍も補給しなければ飛ぶことさえままならない。

 くそったれ! そう思わずにはいられない。もう少しせめて自力でピットに帰るだけの余力さえ残していればセシリアは踊の支援が行えた。俺が後のことを考えてさえいたら!

 

「ヴァカなこと考えてんじゃねぇだろうな? 帰れるだけは残していればとか、考えていたら、とかよ。…………自惚れんなよ、ド阿呆が」

 

 ムチ、もとい初っぱなで潰されたゴーレムを放り投げ、色々な格闘技をごちゃ混ぜにした俺のよく知る徒手空拳の構えを取った。

 踊もまた響の義兄なのだと理解させられる。同じ構えだった。家族になってすぐのあの試合の時に見せ、今までずっと変わらない妹と全く同じ独特の構え。

 

「全てを出し切って挑んだお前の行動は、誇ることはあっても悔いることなんざ1つもねぇ! それでも思うことがあるのなら次に繋げる事だけ考えやがれ!」

 

 そして踊は逃げろではなく引けと叫んだ。

 

 

「すまねぇ。セシリア、頼む!」

 

「お任せを!」

 

 悔しい思いを飲み込んで、俺と鈴はセシリアに肩を貸して貰う選んだ。少しでも早く進めるようにブースターだけを残し重りとなってしまう白式を格納した。部分展開が繊細な集中力を必要とされるからって甘えるなんてことはしない。踊に掛けてしまう負担と比べたらこれくらい屁でもないから……。

 

「ここから先は一歩も通さねぇ!」

 

 アリーナを這い回る重鎮の気概がゴーレムを縫い付けるのを背中に感じながら俺たちはピットに戻った。

 

 

 

 一兄が下がってからも激しい攻防は終わりを見せない。聖遺物のエネルギーを転用させてるからなのかわかんないけど、踊君はぎりぎり稼働できるラインを維持し続けて4機の無人機の足止めを続けていた。

 

「まだ取り戻せないのっ?」

 

『これでも精一杯やってるんですよぉ! 一体全体どこの誰ですか、こんなバカげたハッキングしかけて来やがる人は!?』

 

 さっきからずっとイアちゃんが管理棟の支配権を奪い返すために奮闘してくれている。それで指先が届く寸前までは何度も到達しているみたいだけど、後一歩のところで離れていくそうだ。

 しかも相手の援軍が来たせいで処理がさらに追いつかなくなってしまっているみたい。イアちゃんのデータが入ってるニールハートのペンダントも大量の演算を熟すために、酷い熱を帯びて火傷しそうなくらい熱くなっている。

 

「ああ、もう! なんでこんなに頑丈なのよ!」

 

 出入り口では会長さんが愚痴をこぼしながらも水色のISに乗っていて、ジリリリッと金属のすれる音を響かせドリルのような渦巻く水で扉を削っていた。物凄い音が鳴る割にはてんで水流の矛先は進んでる様子は見えない。

 ニールハートなら殴るだけで破壊できるのでは? と思うだろう(実際多分余裕)し私もそう進言してみたけど、会長さんに考える素振りすら見せずダメって両断されてしまった。向こう側にも救援の人がいるし、何よりアリーナを運営するための大切な機材が至る所に設置されてるから、殴り飛ばした勢いで破壊しちゃったら取り返しのつかないことになると言われた。

 最後にだめ押しで、最悪の場合爆発が連鎖してアリーナ消滅もありうるなんて言うから、閉じ込められた全生徒と向こう側の人たち全員から絶対にするなと釘を刺された。……クスン。

 

「もう少し頑張って……」

 

 やっぱり私は祈ることしか出来ないみたいだ。ニールハートと一緒ならこことアリーナを阻むシールドに穴を開けることができるから余計に悔しい。せめてあと1歩でも助走が付けられたなら駆けつけることができるのに!

 

「踊君……」

 

 情けなくて涙が出そうだ。

 

『………………………………詠いませんか?』

 

「へ?」

 

『やっぱりここで祈ってるだけなんてらしくないです。迷わず前を向いて一直線に走り続けるのが私の知ってる響さんです。確かに踊さんには使わないようにって止められてますけど、だからって響さんの一生懸命を曲げるのは間違ってます。それに信じて待つ(そこ)は未来さんのポジションですよ』

 

「それ未来に聞かれたら怒られるよ? ……でもありがとね」

 

 私はずっとこの世界に本来ないものだからってガングニールを使うことを遠慮していた。でもイアちゃんに言われて思い出した。未来が教えてくれた大切なこと。

 

――助ける私だけが一生懸命なんじゃない。助けられる誰かも一生懸命。

 

 だっていうことを。

 私の目の前に助ける人たちが懸命に抗っているのに、私はその人たちを助けることに必至になってなかった。

 

「いつもの私はどこに行った!」

 

「響ちゃん?」

 

 両頬にビンタを喰らわせる。……痛い。けどお陰で迷いは吹っ飛んだ。

 

「助けを求める皆が一生懸命なんだ。助けられる私が迷ってどうする! 皆さん! 離れていてください!」

 

 詰め寄せていた人の波に大きな隙間を空けて貰う。

 

「何をする気なの!?」

 

 待たせてごめん、ガングニール! 貴方の力を私に貸して!!

 

「すぅぅ……!」

 

 目一杯の空気を肺に取り込んで、私は駆け出した。

 

「(必ず皆助けるんだ!)」

 

 大穴を飛び越え、空の中で私は詠う。私の信じるこの胸の唄を……。

 

――Activate "Symphonic Room"――

 

 

 

 とある地より、日本を目指し海上を駆ける黒い影の姿があった。

 

「ッ!」

 

 船を追い抜き飛行機を置き去りに、そして前を飛ぶものを退け進む影の視界にはその地はもう捉えられていた。



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第弐拾弐話

「呵々っ……か、はは。これはキチーな。よくもまあこんなこと繰り返してこられたもんだね。けはっ!」

 

 先輩の真似して笑ってみたけどこりゃ酷ぇ。あーあ、口ん中が鉄味してら。口内に堪った血、っぽい先輩方が研究し検証を繰り返して作り出した燃料を吐き捨てる。

 脇腹は貫かれてるし、ビームも殴打も割と喰らっちまったせいで結構ボロボロだ。だってのにこれでも単純な破損率だけで見れば18%と優秀な域を保っている。実際、脇腹のん以外に目立った外傷はない。

 だがそれも戦闘力で見たら絶望を感じるほど下がっている。割合にして7割強だ。原因は単純明快、破損したってのが内面の間接ばかりだってだけ。修復作業も同時進行でやっちゃいるが、いつも通りの戦闘は出来ないに等しい。しかもあたしの専門武器もないからチョー辛ぇ。

 それに打鉄も限界が近いし、……わりぃ、今の嘘だわ。もう限界だ。シールドエネルギー残り9で何ができるかね?

 

「……ま、あと一回くらい耐えてくれるっしょ」

 

 そろそろ目を反らすのは止める。目の前から迫ってくるのは目映いピンク色の点の壁。死なない自信はあっけど、それでも痛いだろうな。……だが、とっくの昔にこれくらいのことは覚悟していたから構やしない。

 両肩の盾もどきをはぎ取り射線上に配置、不要なパーツも全部外して盾のかさ増しする。

 

「……へっ」

 

 手当たり次第にパーツを前に押しだし受ける衝撃を最小限に抑えて粗方流す。守るってのはあたしの領分じゃなくてね。無理に全部防ごうなんてしないし、そんなのは他の誰かにパスだ。あたしはあの盲目娘と共に闘った時のように痛みは全て耐えて耐えて耐え続けるのが性に合ってる。

 光が漏れ出る隙間から一瞬黒い影が覗いた。

 

「テメェだけは潰させて貰うぜ」

 

 仲間の鉄屑の援護射撃で隠れていた黒物は人が動かしていれば隙ありとでも叫んでいるのではないかと思うくらいにビームの真後ろでパンチを構え仰け反っていたが、当てが外れて残念でした。

 

「これくらい全部貰っといてやるよ。……だからテメェは」

 

「……!?」

 

 余所の奴ならビームを防いで反撃に移るんだろうが、あたしはあたしの核に従い行動する。反撃(カウンター)なんざ選ぶかよ。あたしがやるのは特攻(スーアサイド)! ビーム程度、ISに別途で用意されてる緊急用の絶対防御をフルに使ったってことにして生身で甘んじて受け入れてやる。

 黒物からしたら、盾を退けた瞬間目の前に出現することであたしを驚かせその隙にゴリンッ! ジュウ! とやるつもりだったんだろうが、むしろビームの中から肉を焼け爛らせ血をだらだら流したまま口元を歪ませ笑みを浮かべるあたしが出てきてこいつを動かした向こう側の人物が恐怖に戦いただろう。

 

「黙ってな!!」

 

 今できる最高の捻りを加え、庇護を捨て去り身体の全てで黒物の顔面に全力を叩き込む。激突で打鉄の拳に罅ができ、犇めき合う力で腕の肉は裂け血もどきは力を込めた先から好き勝手に肉を突き破り体外へ抜けていく。

 薄れそうになる意識を叱咤し押し切らんと踏み込む足に力を込める。

 

「……なッ! カッ!?」

 

「……!?」

 

 あと少しだった。押し切るすんでのところまで攻め込みながら、打鉄の腕が破裂であたしは為す術無く弾き飛ばされちまい、受け身も取れず壁に叩き付けられた。体内の空気が漏れる。

 肘関節が砕けちまったみてぇだ……。壁から剥がれ落ちたのはいいけど倒れ伏したまま立ち上がれねぇ。左手は腱が焼き切れたようで動かず、足も同様……悪けりゃ神経断裂してっかもしんねぇわ。

 

「……おいおい。マジかよ……」

 

 顔から火花出してる癖にまだ動けんのか。たはは、こりゃ参った。捨て身の突進とでも言えば良いのか、バカでかい推進力を拵えて火花を火炎に変えて突撃を咬ましてきやがった。

 しかもその勇士を称えるかのように傷の浅い三機は全門を開き絶え間ないビームの乱れ打ちで物理的な手段を持って後押しする。ビームが当たる度に黒物は炎を大きくし加速してマジでヤバい。

 

「(こんだけ時間引っ張ってやったんだ……。後は……託したぜ)」

 

 打鉄の絶対防御も切れ完全に解除されているのを確認した。だからあたしは辛うじて見える天に向けて一言だけ言葉を告げた。

 

「……先輩」

 

 と。

 

 

 

「……ああ、託された」

 

 そう目を閉じたサリュ――後輩に返し、目の前の二つになった物体を見送った。俺が見るのはピンクの光線。一刀のもとに蹴散らさんと今まで使い続けてきた鎌を振りかざそうとしたが、途中で止めた。

 この場を包み込む安らかな歌声が聞こえてきたのだ。アレに搭載していたとある力が発現したのが感じられた。そして世界が静寂へと調律されていく。

 

――Activate "Symphonic Room"――

 

 太陽のように暖かな目映い光球はアリーナのシールドを調律し光の触れる部分を無害なものへと変化させて真っ直ぐ一直線に降りてくる。そのまま光球は俺たちとビームの中間に降り立つと、迫り来るビームを調和して無効化させ掻き消した。

 

「これ以上は、もう誰も傷つけさせない」

 

 目の前にいたのは俺の相棒で俺たちにとって先導者のような少女、響だ。そして纏うっていたのは、

 

「って、ありゃ?!」

 

 聖遺物のガングニールではなくISのニールハート。この反応を見るにガングニールを纏ってでも、なんて思ったりしてたんだろう。本当なら別の機会で自分から気付いて使って欲しかったんだけどな。そのためにイアにも教えなかったし。

 今、響が使ったのはニールハートに搭載された奏者のための能力『Symphonic Room』、訳はそのまま『調律の間』とでもしてくれたら良い。能力も訳通りあらゆる波を調律し完全に無力化する、矛盾も起こる余地のない無敵のフィールドを張るというものだ。ビーム兵器はもとよりその効果範囲内にある全ての振動を無の状態に揃えるため物理的影響もそれ以外も全てが制限され無害のものと化す。

 なんだそのチート、とツッコミが入れられそうだがそう都合の良いものではないぞ。その効果は、『聖詠を詠い聖遺物を起動しシンフォギアを纏う』という一連の動作が染みついたためにかかる10数秒の起動の間だけだ。一度起動してしまえばそれ以降解除しない限り使うことが出来ない。

 要するに、"変身中は攻撃しない"という変身もののお約束を守らせるためだけの機能だと認識すれば良い。

 

「…………」

 

「あ、えっとよろしくお願いします」

 

 若干の取り乱しを経てやっと俺が隣に立っているのに気付いた。気付くと人々から恐れられている死神として、よそよそしく響がお辞儀してきた。正直な話これで隠せるのか甚だ怪しいが、響だからで片付けてくれることに期待して頷く。

 

「……1機、やれるな」

 

「任せてください!」

 

 出会い頭に1機両断したため残りは3機、機械故の連携は厄介だが孤立させてしまえば響でも対応はできるはず。

 

「ゆくぞ」

 

「はい!」

 

 合図と共に3体の先頭に立つ黒物を狙い高速な回転を与えて鎌を投げる。その速度は人なら視認できるかどうかの瀬戸際で当たるんだが、ISには見切れる程度なので当たらない。中心にいた奴には空中に逃げられた。

 だが、それで良い。

 

「本命は隣だ」

 

 真ん中の黒物が立っていた位置から手前3mほどの所で鎌の切っ先が地面に接触し、勢いよく跳ね上がった。軌道を大きく変化した鎌は俺の次の動作ばかり注視していた隣の黒物の腹部を容易く捉え、隅へと削りながら追いやる。

 そんな常識外れが起こればプログラムで動いている機械共は情報の処理に追われることになり、動きが一瞬止まった。

 俺たち2人が作戦を練るのにその一瞬で十分だ。仮面越しに目で策を伝え、響も目で了承の意志を送ってくれたのを受け取る。それだけで本当に一瞬ですんだ。後は速やかに行動に移るだけで良い。拳に力を蓄え、一息で前に踏み込む。

 

「ふっ!」

 

 まだ地上に残っていた1機の正面から高速で迫り、そして地面を蹴る。

 

「……ッ…………!」

 

 

 ……真上に。

 

「………………………………ふぅ、ごめんね!!」

 

「ハッ!!」

 

「「……?!?!」」

 

 俺のテンポに併せて腕を盾にしたようだが攻撃しなかったので前につんのめった。それも仕方ない。同素材でできた仲間が縦に斬り分けられたり、隣に立っていたヤツがただ投げただけの鎌にぶっ飛ばされたりで、俺の腕力は脅威と認識されているだろう。俺でも防御に力を入れる。

 守りが手薄なところに後ろから追走していた響の雷を握り潰すような自重無しの全力ニールハートのパンチが打たれた。。

 俺のほうも、上がりきるまでに何回転もし遠心力を多分に与えた裏拳で空に逃げていた叩き落とす。

 

「空中にいるからと響が相手になると思ったか?」

 

 呆れるな。IS開発機関の強襲犯として指名手配され、白黒のんでも空中戦闘ができるのは知っているだろうに……。ISがあるからって地上メインで荒削りな響にこっちを任せるわけがないだろ。

 

「ん」

 

 引き留めていた鎌が手元に返ってきた。浅くてもノコギリのように何十回もガリガリされたら深手になる。見れば、ブーストを使わずふらふらしていた。さっき見せたようなブーストなんて使えばボキッといきそうなくらい深い切れ込みが入っていて、ある程度の力を込めさえすれば蹴るだけでポッキリいきそうだ。ということであっちはそうすることにした。

 問題は裏拳で打撃を与えた方だ。背中の装甲に亀裂は入れられたがそれだけの損傷ですんでやがった。やはり頑丈すぎて笑えない。

 

「……まあ、笑う気も余裕も、そもそもこれっぽっちもないがな」

 

 この試合はガキ共にとって大事な試合だったってことはサリュから聞かされていた。だから俺も全ての調査を保留にして横槍を入れようとしていた阿呆を蹴散らすために同胞らと連携し警戒していたのだ。だがこいつらはこの横槍のためだけに予想外の位置に潜伏していやがった。

 

 太平洋のど真ん中などという面倒な手で。

 

 俺たちが陸地全土に網を張っていることに気付いた何処ぞの誰かさんは誰も近寄らない座標かつ深海の底に拠点を構えそこから襲撃を開始したのだ。やった人も目的も推測できるが、いくら何でも20機で攻めるのはやり過ぎだ。最初の1機は間に合うわけがなく、次の7機にゃ抜かれてしまった。俺を囲い足止めに動いた残りの12機は追いかけ回し羽根をもいで海に沈めておいた。

 

「すぐに終わらせよう」

 

 そして仕置きの時間を長く取ろう。サリュに預けていた鎌をしばらく返してもらい、二つの鎌を前後に構える。即興奥義、いってみようか。

 

「煉々!」

 

「……!?!?!?!?」

 

 不絶の刃を途切れることなく振るい続け至る所の装甲を削り摩擦で鎌が熱を帯びる。それでも構わず連々と斬っていくと刃先が燃料に触れ真っ赤に燃え上がった。だがまだだ。まだ、止まらない。そして延べ百回の斬撃をもって最高点へと上り詰めた。

 

「獄々」

 

 灼熱の炎が空気を多分に取り込み蒼く染まったその時がこの技の至極、すなわち極々へと至った証し。豪炎と化した二つの鎌は触れた先からバターのように装甲を溶かし、断面を黒焦げにして三枚に下ろすと焼き尽くす。

 放置した一機に目をやると、

 

「ドリャァアアアアア!!!」

 

 かつてのように歌いながら闘う響鬼にサンドバックにされ、最終的に右ストレートでKOされた黒物に衝突してポックリ逝ってしまっていた。




響の描写にしようとしていたのに、無理だった……。
近遠両用のゴーレムⅢや同じ遠距離型でもクリスちゃんのような小回りの利く戦闘ができる奴なら良かったのに、生憎今回のはビームしか取り柄のないゴーレムⅠ。
 いくらスラスターの出力が高くても遠距離過多で小回りが利かない近接適正弱の木偶の坊が、初っぱなから「生きとし生けるものの中で最強の男」や「頂点の代名詞」を師に持っている響に接近されてフルボッコにされないわけがなかった。


――響対ゴーレムⅠ(簡略)――

響の雷を握り潰すようなパンチ
 ゴーレムの装甲は凹んだ
ゴーレムのビーム乱射
 響は目の前にいて射程内に捉えられない
響の真下から抉り込むアッパーカット
 ゴーレムは弧を書いて吹っ飛んだ
ゴーレムのスラスター全開で逃げる
 響はバンカーのドーピングで回り込んだ
響の獅子が出そうな膝蹴り
 ゴーレムは真っ直ぐ地面に突き刺さる
ゴーレムは地面に埋もれて上手く動けない
響の……(以下ずっと響のターン)

 …………。
 あまりにもゴーレムⅠが不憫すぎて1000字すら書けなかった。



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第弐拾参話

 乱入者さんたちの沈黙を確認の上で、めらめら燃える鎌を振って火を払う死神さん(たぶん踊君本人)と拳を当てて互いに健闘を称えあった。

 

「お疲れ様でした!」

 

「お疲れ」

 

 いや~、アリーナは穴ぼこになっちゃったけど怪我人がいなくてよかったよかった。

 え? 踊君はどうしたんだって? やだな~、踊君(多分ディバンスでもサージェでもない人格)は怪我してるけど、あの人は人の枠に填まってくれてないもん。

 だから怪我人に含めません。

 だってほら踊君って腕吹っ飛んだのに次の日にはほぼ直っちゃってるくらい意味不明な自己修理能力を持ってるでしょ? 脇腹に穴開けた程度じゃすぐに治ると思うんだ。たぶん明日になればけろっとしてランニングでもしてるんじゃないかな。

 

「協力ありがとうございました」

 

「当然のことをしただけだ」

 

 知らない者同士と言うことになってるので他人行儀で久し振りの会話を楽しむ。

 

「それでもですよ。貴方のおかげで皆助かったんですから、お礼くらい言わせて下さい」

 

「そうか? なら俺からも言わせて欲しい。助かってくれてありがとうと、ここの生徒たちに伝えてくれ」

 

「わっかりました! 任せて下さい!」

 

 助けた側が礼を言うなんて、皆。はっ? て感じでぽかんとすると思うけどちゃんと伝えておくね! 面白そうだから。

 

「ではな」

 

 またねー、なんて言ったらちー姉とかの目が怖くなりそうなので背を向ける踊君を見送るだけにする。

 

「待ってくれ!!」

 

 だけど、踏み込む寸前で誰かが踊君を止めた。

 

「…………」

 

「ハァ、ハァ……あんたの名前を教えてくれないか」

 

 補給も修理も途中で終わらせた一兄だった。白式のスラスターが時々ぷすっとなるのはご愛敬……でいいんだろうか? ふらふらだけど無事に着地すると踊君の背中を見つめた。

 

「人に名を尋ねるならば己が名を先に名を名乗るものだぞ。織斑一夏」

 

「す、すみません。……て、知ってるんじゃないですか……。えっと、俺は織斑一夏です」

 

 まぁ、そこで寝てる踊君と同一人物だから仕方ない。

 

「俺はヴァルファだ」

 

 あれ? ディバンスじゃないんだ。死神繋がりでディバンスだと思ってた。

 

「(イアちゃん、ヴァルファの語源って?)」

 

『ちょっと待ってて下さいね~っと。ただ今検索中です。……あ、ありました。戦死者の父(ヴァルファズル)じゃないかと思われます。踊さんの核であるガングニールの持ち主、北欧のオーディンの呼び名の一つのようですね。死神に通ずるものとしてそう名乗ることにしたのではないでしょうか。あとディバンスさんはアメノハバキリを核にした人格の固有名なのでダメですよ』

 

「(踊君はいいの?)」

 

『総称なのでいいんです』

 

 へー。

 

「ヴァルファさん! ありがとうございました!!」

 

 一兄は踊君に向かい合うと深々と頭を下げた。

 

「ヴァルファさんの御陰で俺も妹もこうして生きていられます。貴方がいなかったら、俺たちはたぶん……殺されてた。千冬姉や皆とこんな風に暮らすこともできませんでした。本当に、本当に、ありがとうございました!!」

 

「……礼を言われるようなことはしていない。俺はお前たちの呼び声に応えただけで、それにお前の姉を棄権させてしまったのだろう? すまなかったな」

 

 ただそれだけ述べると踊君は今度こそ空の彼方へと姿を消した。

 

 

 

「死神……」

 

 奴の登場は復旧に当たっていた教師を固まらせた。

 それも当然だろう。奴はたった一人で世界中にあるIS関連施設を次々と襲撃しており、奴によってもたらされた被害は尋常ではない。

 奴の襲撃で潰された企業も膨大で、裏に少しでも関わりを持った者ならば知らぬものはいないと言われる世界最大の秘密結社『亡国機業(ファントム・タスク)』と並ぶ危険人物とされており、裏の者からは『隠れない亡国機業』と恐れられている。

 

 そんな奴が現れたことに絶望しなかったものはいない。……世界最強と呼ばれたことのあるこの私でさえもその例外ではなかった。

 

 奴が現れた時、アリーナ内部で戦えた者はすでに一人もいなかった。

 一夏と凰は補給と改修を行わなければならず動ける状態ではなく、オルコットも二人の護衛という役目があった。唯一戦っていた聖は7機という数の暴力に耐え内3機を撃墜、1機を中破させたが瀕死の重傷を負い打鉄は大破していて行動不能。

 

 未だ暴れる4機の無人機に加え彼の死神を止められるものなどいなかった。例え教師や3年の救援隊が駆けつけたとしても、訓練機程度では一蹴されるのが目に見えていた。

 

 だがそれは杞憂だった。

 我々の最悪の予想とは裏腹に死神は倒れた生徒を庇い、無人機を斬り裂いた。さらにマイクを通さずともはっきりと歌が聞こえてくると、フィールドを覆っていたシールドの一部に穴が開き、ニールハートを羽織った響が死神の隣に降りてきた。

 

 そして響はさも当然のように一言挨拶だけすると、共闘を始め3機の無人機を瞬殺した。不思議なことに響の動きに一片の迷いもなく二人の息は歴戦を潜り抜けた戦友のように一致していた。

 さっきの歌について事情を聞こうとおもっていたが、それ以外にもいろいろ聞かねばならんことが増えたようだ。

 

 場の制圧を終え死神が去ろうとしていたところを一夏が止め、頭を下げた。そして一夏の口から語られた話は私の知らない話だった。

 拉致され連れ去られただけで何もされなかったから「へいき、へっちゃらだ」と聞いていたというのに……。それが、殺されかけていただと? そしてそれを救ったのが死神? いったいどういうことだ?

 

 響だけでも辛いというのに、一夏にも尋問せねばならんのか。はぁ、……腕が鳴るな。

 

「それで制御は取り戻せたか?」

 

 だがそのあたりのことは後回しだ。優先すべきことは別にある。

 

「あ、はい! 黒いISの沈黙と同時にクラッキングも完全に沈黙。それにともないアリーナ内全ての指揮系統の掌握を確認しました。もう大丈夫です」

 

 巻き込まれた生徒等のメンタルケアとこれ以降の対策立てだ。

 

 今回は死神が味方として現れたことで事無きを得たが、そうそう都合の良いことが連続して起きてくれるわけがない。死神が助けに来るとは限らんし、来たとしても敵に回る可能性さえもある。

 早急に対策を立てる必要があるだろう。

 

「「「「ひっ…………!?」」」」

 

 頭の痛くなることが相次ぎ、私は無意識に指を鳴らしていた。

 

 

 

『あの~、響さん』

 

「(ん? どうしたの?)」

 

 あ、何だかすごーくイヤーな予感が……。だいたいイアちゃんが遠慮がちに進言してくる時って、良くないことがもう起こった後なんだよね~。

 

『一夏さん、オープン・チャンネル切ってませんよ』

 

 ほらぁ~~……、やっぱりぃ~……。

 あぁ、鈴ちゃんや箒ちゃんにどやされるぅ。そしてちー姉にお説教を喰らうんだろうなぁ……。

 

……ガタガタ。

 

 頑張って誤魔化したのに~!! 一兄のマヌケぇ!!

 

 はぁ、この前は面倒で飛ばしたけど、ここまで話されちゃったらもう飛ばすわけにはいかないだろうな。7年前のモンド・グロッソの裏で起きたちょっと悔しいあの事件の真相のこと。

 

 あ、あっれぇー? なんだか急に悪寒が……??



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第弐拾肆話

 騒ぎが一段落した後、踊君は緊急搬送された。

 大量のビームを残っていたちょっぴりのシールドエネルギーと絶対防御だけで受けきり、金属をほぼ素手で殴り飛ばしたんだから当然ちゃ当然なんだけど、ちょっと心配。機械だとバレないかが……。……でもよく考えてみたらあの二課でも言われるまで気付けなかったんだし平気そうです。

 あ、あと乱入してきた無人機――調べた結果やっぱり無人機だった――と闘った私と一兄、鈴ちゃんも念のために検査を受けることになった。んだけど、二人に少し疲労が堪っているくらいでなんにも問題なかった。

 私は攻撃をする暇さえ真面にあげなかったからへいき、へっちゃらです。

 その後の事情聴取でへとへとにされたんだけどね……。ちー姉の眼光恐ろしすぎ……、たぶん現存する生命なら皆我先にって逃げだすんじゃないかな。

 

「あの濁った目は怒った未来に通ずるものがある気がする」

 

『(お二人とも無茶ばかりする響さんのことが心配なだけなんですけど、本人はいつになったら気付いてあげられるのか……)』

 

 トホホ……、光を捨てちゃった目はトラウマものです。ちー姉は言うまでもないことだけど、未来がこれまた超超怖い。ガングニール着てるのに頭をガッチリホールドされて身動きが取れなくなった時は本気で死を覚悟したくらいです。

 あの時の未来の顔は早急に流すとして、えっと私はこの後どうしたら良いのかな。

 

「全部話すと良いと思うわよ」

 

「やっぱり?」

 

「逃がすと思いまして?」

 

「いちにいぃ~、へるぷみ~」

 

「逃がさんぞ」

 

「だってよ」

 

 うぇーい、やっぱりかー! 

 今、私たちはちー姉に続いて鈴ちゃんたちの尋問を受けています。皆、全部話すまで帰してくれそうにないです。

 

「うーん、何から話せば良いかな……」

 

「そうね……。まずいつのことなのか、ってことからお願いするわ」

 

「えっと7年前の第2回モンド・グロッソの決勝戦の日だよ」

 

「第2回とおっしゃいますと、織斑先生が放棄したのと何か関係が……?」

 

「あははは……、ちー姉があんなことしちゃったのも私たちのせいなんだよね」

 

 あの日の悔しさは絶対忘れない。もうちょっと私たちが強ければ回避できたのに、って何度思ったか分からないくらい思い続けてる。

 

「ちょっとドジ踏んで、二人共々お持ち帰りされちゃったんだよね~。しばらくがんばったんだけど数に押し切られちゃった」

 

「それって誘拐ではないか!?」

 

「ちっ、気付かれたか」

 

「可愛い表現で誤魔化すな」

 

 誘拐されたなんて情けないもん。翼さんとかクリスちゃんだと冷たい目とか嘲笑されそうだし……誘拐と言うのはヤダ。

 

「もうあと1年先だったら鷹爪落瀑蹴とかが使えるようになってたのにな~」

 

「(むしろそれが原因なのでは……)」

 

「(あたしもそう思うわ。確かあの日から急激に特訓量が増えてた気がする)」

 

「(気のせいじゃないぞ。響はあの日からそれまでの倍以上に量を増やしてた。……俺は流石にちょっと足したくらいで抑えたけど……)」

 

「その時に死神……ヴァルファでしたかしら? かつて黒武士と呼ばれていた方に助けられたのですね?」

 

「うん。でぃ……ヴァルファだったらしいよ」

 

 一兄から聞いた話と、聞こえてきた打撃音とか金属音で判断しただけで、メイビーな不確かなものだけど、ヴァルファはテレビで放送されてたから見間違えはしないだろうし、生身+鎌一本で犯罪組織を蹂躙できる人なんて踊君以外(この世界には)いないと思いたい。

 

「なんでそんな曖昧なのよ」

 

「いや~、大乱闘が過ぎちゃいまして、目が覚めたら目隠し手錠猿ぐつわに縄と拘束具のオンパレードで床に転がされちゃってました。なんで耳で聞くくらいしかできなかったんだよね」

 

 あの時は気付いたら目の前真っ暗でびっくり、それにすっごい怖かった。まあ、聞こえてくるのが阿鼻叫喚の悲鳴だけしかなかったからだけど……。

 

「一夏は見たのよね?」

 

「ああ。あの時のあの人は正しくヒーローって感じだった」

 

「いったいどんなのだったんだ?」

 

「響と一緒に何処かに連れ去られてさ。真っ暗な部屋でもう助けはない、って諦めそうになって、でもまだ千冬姉たちと生きたいって願った時だった。

 

 『貴様等か、子供の願いを邪魔するものは』

 

 そう言ってあの人は建物を粉砕して俺たちの前に現れたんだ」

 

 さ、流石、踊君。エスパーもびっくりなタイミングと言葉で登場したんだ。しかも部屋粉砕て、鎌使って無いんかい。まさかのパンチっすか、それともキックっすか。いやまあ、どっちでも凄いしか言葉が出ないけど。

 

「本当にヒーローのような登場の仕方ですわね。ですが、そうなるとどうしてそのようなお方が世間一般で騒がれている"死神"となってしまったのでしょう?」

 

「なんだよな。本当に事件起こしてる奴とヴァルファさんが同じ人なのか正直俺は疑ってる」

 

「性格だけ見るんだったら別人だって言えるけど、IS施設を襲ってる奴って真っ黒のマントを被っただけの生身だったんでしょ? そんな人が黒武士以外にいるとか怖過ぎるわよ」

 

「まあ確かに一理ある」

 

 ……踊君自体が一杯いるけどね。少なくとも4人は確実に。多分まだあったことのない人がもう1人はいると思うから、全部で5人かな?

 皆で首を捻って考えるけど、とある可能性を最初から除外して考えてる気がする。

 

「ねぇねぇ。逆に考えてみたらどうかな?」

 

「逆、ですか?」

 

「うん。ヴァルファって良い人?」

 

「良い人だろ。まさか響は本当はヴァルファが悪い奴で企んでるとか思ってるんじゃ…

「そんなことは思ってないから」じゃあどういうことだよ」

 

「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。じゃあ死神は良い人?」

 

「襲撃してるのよ? 悪い人に決まってるじゃない」

 

「そうですわ。我が国にも大きな損害が出ていますし、日本でも被害が出ているのですわよ」

 

「それじゃあさ、その被害を受けた研究院の人たちは良い人なの?」

 

「「それは勿論…………、あれ?」」

 

 そこにいた人全員が固まった。良い人だ、なんて私たちが言い切ることなんて出来ないもん。死神が建物を破壊し尽くして一般の目に付くほど大きかったから世界中に襲撃されたって話が広まったけど、そこで何の研究をしていたかった話はIS関連としか何処も発表してなかったりする。

 不思議だよね~。

 ……そのことに気付けたのは死神が踊君だって知ってたからなんだけどね。

 

「考えてみると確かに研究者が善だ、とは言い切れそうにないな。内容までは覚えていないが何かに関する研究を禁止する文面が、アラスカ条約で新たに記載されたという話を聞いた覚えがある。響の言う通り、真相は逆なのかもしれん」

 

「「「…………」」」

 

「やだな~、皆どうしたの? ヴァルファと死神が同じだったらって話でもしもの話だよ。そんな深刻に受け取らないでよ~」

 

「そ、そうね。もうこの話は止めにしてお茶にしましょ」

 

「そうですわね。そうしましょう。では私はお菓子を見繕ってきますわね」

 

「なら私はお茶を入れておこう」

 

「あ、俺も手伝う」

 

 話を分断して、私たちは残った時間をちょっとぎくしゃくしたお茶会で締めるのでした。

 

 

 

 どこかの暗い場所で一人の少年は呪詛を吐いていた。

 

「クソ、クソッ! たかがゴーレムに負けるとか使えねぇな、役立たずが!! あのクソ、 こんなクズ送りつけやがって!!」

 

 自身のISを地面に叩き付け少年は当たり散らす。このISが既存を遙かに凌駕する力を秘めていることに、自らが弱いということに、気づきもせず……。




 久し振りに登場したどっかの転生者さん(笑)。
 決して忘れてたわけじゃありませんよ。……たぶんですけど。
 前回のビッキーvsセッシーvsおりむー戦はクラス内でのことで参加しようなかったし、今回はゴーレムに瞬殺されたので書くことは無かった。
 次の回からはちょくちょく出るんじゃないかな?

「私たちのクラスだけ全力で避けてたからね」

 学内人気ランキングでは1年1組と極一部を除いて一夏と並んで大人気(解せぬ……)、ひぃじぃの人気は除かれた人たちからの人気は高いですが他の人からは不気味がられたり怖がられたりしています(不満大)。
 
 そして次回の投稿は初の金曜日、今から161時間後の金曜午後9時になります。
 正直死にかけてますが、これからもよろしくお願いしますですよ。


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第弐拾伍話

 無人機ことゴーレムの騒ぎで中止になっちゃったクラス対抗戦は後日修繕されたアリーナで各組1試合ずつ行われた。各クラス代表の力量を見極めるためだとか何とか……。でも一兄と鈴ちゃんの試合は行われてません。当人も機体もお疲れですし、力量も示せたから必要無しと判断された。

 ついでに3組からは急遽副代表が出場することになった。本来の代表、狂生(くるう)君(ありゃ? そんな名前だったかな?)は試合に乱入する前のゴーレムと戦闘を行おうとしたようで瞬殺されてボロ雑巾になっていたみたいです。

 踊君はマジで次の日に元気溌剌してました。あの時は先生も生徒も踊君の怪我を知ってる人たち皆で大騒ぎ。朝一で一兄たちが見舞いに行ったら絶対安静で保健室で寝てるはずがいない、校内を捜してもいない、見付かったと思ったら一人で黙々と拳術の稽古を行っていた。

 実際の所はちょっと違うんだけど……、

 

「やっぱりハズキ社製のがいいかな~」

 

「私はミューレイのかな。こっちの性能の方が良くない?」

 

「私はこれがいい~」

 

 その辺りの話はおいおいするとしてっと、あれから一月程が経ち少女たちはカタログ片手にわいわい騒いでいます。

 

「凄い悩んでるな……」

 

「それはそうだよ。性能は大事だけど女の子にとって見た目も大事なんだから」

 

 でも既に自分のがある一兄や私は関係なくがないので、皆を遠目で見ています。

 

「そういえば織斑君たちのISスーツって何処のやつなの? 見たことない型だけど」

 

 そんな暢気にしてたら急に矛先が私たちに向けられてしまった。

 

「俺のは特注品だ。男用のISスーツがないから、どっかのラボがつくったらしいよ。もとになったのはインなんとか社のストレートアームモデルって聞いてる。響のは……、そういや俺も知らないな。というかいつの間に変えたんだ? 前は普通に学校指定のだったよな?」

 

「うーん……、強いて言うなら踊君製? 残念なことにあれって私が用意したものじゃないんだよね~。ニールハートを正規の手順で起動したら勝手に着せ替えさせられちゃってるだけで、ぶっちゃけ私もよく知らないんだよね」

 

 言ってなかったけどあの日まで私は学校指定の紺色のISスーツを着てました。今は昔のように白黒橙の三色のガングニールカラーのものになっていて、鏡を見ても違和感がない姿になってます。

 いや~、戦ってる間は自分じゃ見れないし、ISの装甲で白いジャケットが再現されてるから中がどっちでも大抵の人には大差ないからすっかり忘れてた。

 

「え、聖君ってISスーツまで作れるの!?」

 

「まあ、そういうことになる、のかなぁ?」

 

 クラスの人にはニールハートを踊君が作ったと言うことを知らせています。勿論ISコア云々に関してではなくて、外郭の装甲とか武装の設計のことです。それだけでも十分すぎるけど先輩の中に似たようなことをした人がいたらしく大きな噂にはならなかった。

 

「作れないとは言い切らぬが、ニールハートのそれは別用に使っていたものを調整するために当てはめただけである。故に本来のものを作れるとは言えぬよ」

 

「あ、やっぱり?」

 

 結構な声量で話してたから聞こえていたみたい。後ろで立って瞑想していた踊君は私たちの所に来るとそう訂正した。

 別用のっていうのは間違いなくガングニールのことだと思います。もとになったペンダントも踊君が置いていったものだったし、あのISスーツはシンフォギアとISを結び付ける機能があるんじゃないかな。

 

「そうそう、聖君は織斑君のを頼まないの?」

 

「頼まぬよ。我はああいった密着した格好は好まぬ故な」

 

 あはは、踊君って大体ひらひらした服だもんね……。

 踊君は和服のようなゆったりした格好の方が好きで、洋服を着る時も一回りくらいは大きいものを選んでる。水着とかそういったぴったりフィットする格好をしている姿は見たことが無かったりします。

 踊君に掛かればISの制服は着物に姿を変えてしまったし、ヴァルファの時も全身を覆い尽くすほど大きなマントをはためかせて、ちらっと見えるマントの下だって邪魔にならない程度のゆとりがあるものだったし。

 

「でもそれって、機能的に悪いんじゃないの?」

 

「確かISは動かせても、反応速度が鈍るとかっていう奴だったよな?」

 

 私もよく覚えてない。電位がどうとかっていう話だった様な気がするけど……、うーん?

 

「ISスーツは肌表面の微弱な電位差を読み取り、操縦者の動きをダイレクトにISへ伝達する役割を行っています。また、このスーツは耐久性にも優れていて、一般的な小口径拳銃の銃弾なら完全に受けきることができるんです。あ、でも衝撃は消せないのであしからず。なので聖君もちゃんと着るようにして下さい」

 

 スラスラと教えてくれたのは我等が副担任まや先生です。

 

「山ちゃん詳しい!」

 

「一往先生ですから。……て、山ちゃん?」

 

「山ぴー、見直した!」

 

「今日が申込開始日ですから、ちゃんと予習してきてあるんですよ。……て、山ぴー?」

 

 まや先生の愛称がどんどん増えていく。まだ入学してから2ヶ月なのに既に8つ目です。慕われてる証拠なんだろうけど、最終的にいくつになるのかちょっと不安、あと見直したはおかしくよね? 今まで皆まや先生をどう見てたんだろ?

 ドジッ子? ……あ、納得。

 

「山田教諭、問題はありません。我の身体は少々特殊故にスーツがなくとも問題なく伝播可能、それにこの衣の強度も同程度に施しているため、それらの必要はありませぬ」

 

 機械だもんね~。わざわざ間に読み取らせる工程を挟まなくても直渡ししちゃえるし、耐久性だって踊君なら1から織ればできちゃうでしょうよ。

 でも認識、判断に人より時間を割くため最終的結果は特に変わらず卑怯とかにはならなかったりする。

 

「そんな体質………………。あ、でもそうでしたね。わかりました」

 

 あの日の戦いを思い出したみたいです。首を傾げながらも制服姿で打鉄を自在に操っていたのを見ていたので納得してしまった。納得しなければ踊君のインナー姿をわら……見ることができたのに。

 

「やっぱりマヤマヤの方が良かったのかな?」

 

「前のヤマヤじゃない?」

 

「あれは止めて下さい!!」

 

 話が逸れてる内に後ろであだ名会議がひっそり進行中。でもヤマヤになにかトラウマでもあるのか、聞こえるかどうかのこそこそ話にも関わらず物凄い反応で即拒絶した。

 

「と、とにかくですね。ちゃんと先生を付けて下さい。わかりましたか? わかりましたね」

 

「「「はーい」」」

 

「「「山ちゃん先生/山ぴー先生/マヤマヤ先生」」」

 

「先生を付けたら良いって訳でもありませんからね!?」

 

「「「きゃー! ヤマヤ先生が怒ったー!」」」

 

「もう! 止めて下さいってばー」

 

 あははは……、当分まや先生のあだ名は増えそうです。

 

「諸君、おはよう」

 

 賑やかだったのが嘘のように教室内は静まりかえった。よく訓練された軍人さんも舌を巻くくらい、迅速かつ精密な動きで足音一つ立てずに整列すると座席に付いた。

 

「今日から本格的に実戦訓練を開始する。訓練機とはいえISを使用しての授業になるので各人気を付けるように。ISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないように。忘れた者は代わりに学校指定の水着で受けてもらう。それもない者は、まあ下着でも構わんだろう」

 

 構います!! ちゃんと目の前下方と後方を見て下さい! 男いるんですけど!?

 クラス一同(踊君除く)に戦慄が走り、女子一同絶対に忘れないと誓った瞬間でした。

 

「では山田先生、ホームルームを」

 

「え、あ、はい!」

 

 隣で笑みを引きつらせていたまや先生に不意でバトンが移った。先生でもちー姉の前で油断しちゃダメみたいです。いつ指示が飛んでくるかわかったもんじゃないから、わたわたと教壇に上がった。

 

「ええっとですね。今日は皆さんに転校生を紹介します! しかもお二人です!」

 

「……え?」

 

 転校生? 二人? ………………マジですか?!

 

「「「えぇぇええええっ!?!?」」」

 

 いきなりすぎて理解が遅れたけど、すると同時にクラスのざわめきが唸るはうねるはで動揺が止まらない。三度のご飯より噂が好きな女子が多い中(勿論、私は前者優先です)、一切話題に上がらなかったなんて不思議です。

 

(て、なんでこのクラスに? ここには急遽入学した踊君がいるし、それに入るにしても普通分けるものなんじゃ?)

 

 ハテナは尽きないけど、ガラガラと扉を開けて入ってくる二人を見て理由があっさり分かっちゃった。

 眼帯を付けた一人はピリピリした空気を放っていて一匹狼のような子で、ちー姉みたいな人じゃないと教師でも簡単に足蹴にしそうな問題児っぽい。

 そしてもう一人が……。

 

「失礼します」

 

 踊君たちと同じ男の娘……じゃなくて、これじゃ一兄までそうなっちゃって気持ち悪いから、えっと男の子だったんだもん。




 25話にしてようやくシャル・ラウに突入です。











 ……ごめんなさい、五反田一家。


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第弐拾陸話

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。まだまだ不慣れなことも多く迷惑を掛けてしまうかも知れませんが、みなさんこれからよろしくお願いします」

 

 おぉ……、まさにザ・貴公子。立ち振る舞いは礼儀正しくて、嫌みのない綺麗な笑みがキラキラ眩しいです。体つきは男の子にしては華奢すぎるような気もするけど、私の基準が普通とは言える気がしないから、スマートと呼んで良いと思う。

 

「お……男?」

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方達がいると聞いて本国より転入してきました」

 

 一兄と狂生君と同じってことなんだ。ということで私は耳を塞ぐことにします。このクラス、だけじゃなく女の子というのはこういうとき大体同じ反応をするので。

 ……一兄の場合は違ったけど。

 

「き……」

 

「はい?」

 

 一兄を見ると何もせず呆けて見ているだけだった。まだ二ヶ月しか経ってないのにもう忘れてるみたい。こういう時のキっていえば……、

 

「「「「きゃぁぁああああ!!」」」」

 

 黄色い悲鳴です。抑えてもやっぱり耳痛い……。クリスちゃんのミサイルとかはへいき、へっちゃらなんだけどなぁ。

 

「はぁー、騒ぐな。静かにしろ」

 

 うわぁ、珍しいことにちー姉の顔に面倒くさいって感情がくっきり表れてる。

 

「皆さん、お静かに。自己紹介はまだ終わってませんから!」

 

 お隣の煌びやかな銀の髪をした一匹狼ちゃんに視線が移る。銀髪ちゃんは左目を眼帯で被い、開いている右目は兎のような赤をしてる。……その目の温度は著しく低いけど。

 印象は『軍人』かな。身長はシャルル君に比べてとても低く、小柄な鈴ちゃんより少し小さそう? なのに全身を纏っている冷ややかな鋭い空気は威圧を放ち大きく見せてくる。

 

「……………………」

 

 んー、何も語らない。腕を組んだまま前の女の子達を見下すようにして見たと思ったら、ちー姉に視線を固定してじっとしていた。

 えっとー、どう反応するのが正解なんでしょう……?

 

「……挨拶しろ。ラウラ」

 

「はい、教官」

 

 教官? 敬礼するんじゃないか、くらいの勢いで佇まいを正しラウラちゃんは素直に返事した。あ、ちー姉また面倒そうにしてる。

 

「ここではそう呼ぶな。私はもう教官ではないし、お前もここでは一般生徒だ。織斑先生と呼ぶように」

 

「了解しました」

 

 背筋を伸ばし踵をぴたりと合わせる姿はやっぱり軍人さんのそれです。ちー姉を教官と呼ぶってことはドイツ軍の関係者なのかな。この前話したアレ関連で一年くらいドイツで軍の教官をしていたんだけど、その時の教え子の一人なんだと思う。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「「「……………………」」」

 

 ……………………え、それだけ?

 

「え、えっと~、以上……ですか?」

 

「以上だ」

 

 ああ、まや先生が折られてしまった。何とも言えない空気を変えようと頑張ったのに、即答でぼっきりいかれてしまった。まや先生、ファイトです。

 

「っ! 貴様が!!」

 

「ん?」

 

 ラウラちゃんの真っ赤な瞳が一兄を捉えたと思うと、つかつかと一兄の目の前まで歩いていた。

 

 

 パシッ!!

 

「ッ!!」

 

「……銃を向けられたわけでもない初対面の者に、手を出そうとは随分と偉くなったものだな、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 一兄を叩こうと振り抜いた平手打ちを踊君が止めていた。

 

「ちっ! 貴様、何様……の……!?」

 

 学園側が座席を用意しようとしてくれているのに拒否し続け立って授業を受け続けている踊君を今の今まで認識してなかったみたいです。踊君の顔を見た途端、暴れようとしていたラウラちゃんは固まった。

 

「ひ、イート特別指揮官!?」

 

「一年ぶりになるか? 彼の戦場以来だな」

 

 踊君、顔広ーい。……とか言ってる場合じゃなさそう。何で軍の人と知り合い!? しかも指揮官って、結構上の役職のはずだけど何をしたの!? あとまた新しい名を名乗っちゃったの!?

 えっと……踊君でしょ、ディバンスに、サージェで、こっちの死神がヴァルファで、今度がイート……。うわ、これで5つ目。もう覚えるの大変です。

 

「踊君、踊君。ラウラちゃんとお知り合いなの?」

 

「うむ。ドイツにいた頃、阿呆の暴動に巻き込まれてしもうてな。事態を収めるために原因であったドイツ軍の膿を一掃したのだが、その後始末のため乗っ取るような形でしばらく軍の指揮を執ることとなってしまったのだ。この娘はその時に主力となってもらっていた部隊の隊長だ」

 

「「「……………………」」」

 

 開いた口が塞がりません。要するにテロに巻き込まれたのでドイツ軍をキレイキレイしてしばらく軍のトップにいたってことですね。

 ……本当に踊君10年近くの間何してたんだろう。知りたいような、知りたくないような……。もやもやする……。

 

「ほ、本当にイート指揮官なのですか?」

 

「であるぞ。だが、我の真名は聖踊だ。聖と呼ぶように。それと敬語は辞めてくれ、指揮官と付ける必要も無い。織斑教諭と同じくもう我は軍の関係者ではないのだ。我とお主は同じ立場であるのだぞ」

 

「は、はい! わかりました、イート殿」

 

「まあ、殿くらいはよいか」

 

 二人の転入生のことが気になりそわそわする空気になるはずが、踊君の深まる謎にざわざわする朝礼になってしまった……。

 

「とりあえず二人は席に、聖も戻れ」

 

 話の展開は予想外な方向にぶっ飛んでしまったけど、ラウラちゃんの一兄に向ける視線が鋭く痛いものなのに変わりはなかった。

 

「これでHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合、今日は2組と合同で模擬戦闘を行う。では解散!」

 

 その指示の後シャルル君は一兄が面倒を見ることになって、更衣室に連れて行かれた。もう一人の男、踊君は羨ましいことに着替えなくて良いので直接グラウンドに。私も着替える必要がないと言えばないんだけど、何するのかわからないのでやっぱり着替える。

 あ、廊下から物凄い騒ぎ声が聞こえてくる。朝礼終わりの僅かな時間だけでシャルル君転入は全校生徒に伝わったみたいです。

 

「(頑張れ、一兄)」

 

 胸の中でそっと呟くと何時ものように安全な部屋で私は着替え始めた。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「え~っと……、え~っとぉ~……」

 

 ただグラウンドで他の生徒を待っているだけだというのに、山田教諭は一人慌ただしく右往左往していた。いや、まあ、理由は分かっておるのだが……。ただ我にもどうしようもなくての。

 

「「…………」」

 

 我は真っ直ぐここに来ただけだ。着替えの必要があるものより早いのは至極当然のことで誰もいない。何もせず待っておると、次に来たのはやはりと言うべきか教師の御仁達。特に会話する内容もない故に黙って今後を思案することにしたのだが、それがいけなかったようなのだ。

 

「早く誰か来て下さ~い……」

 

 織斑教諭は何か考え込んでいるようで時折我を見ては身を震わす気配を噴き出す。懐かしみたくはないが、この気配は開戦直前のよく感じていた空気によく似ている。

 ……戦場を知らぬ山田教諭が怯えてしまうのも致し方あるまい。

 

「お前はいったいいくつの名を持っている?」

 

「はて? 何を仰っているのか分かりませぬが?」

 

「イート、確かにその者は1年余りドイツ軍に協力し一時は先導も行っていたようだな。だがそれ以前の経歴はまるでない。唐突に戸籍が出現しそして以後は忽然と消えている」

 

「…………」

 

 もう調べたか。海を隔てて尚変わらぬ情報収集能力、流石は世界の全てが集う拠点といったところか。……これ以上の詮索は不都合を招くこととなるやもしれん。此処いらで断たせていただくとしよう。

 

「そろそろその威圧を解いては如何ですか? 生徒が近寄り難そうにしておりますが」

 

 校舎の影からビクビク怯える級友がこっちを覗き込んでいた。

 

「……それはすまないことをしたな。だが、貴様からも痛い程に伝わってくるぞ?」

 

「なんと?! それは失敬」

 

 少々大げさに反応して今までの空気を祓い除けた。……しかし驚いたのは事実、我ともあろうものが封じた衝動に屈してしまっておったようだ。

 なんとも情けない。

 

「う、うぅ~、良かった……。まだ私生きてます!」

 

 そ、それほど我は高ぶっておったのか。山田教諭には悪いことをしてしもうた。

 

「山田先生、そろそろ準備をお願いします」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 続々と生徒が集まってきているのだが織斑教諭の命で山田教諭は離れていく。そして響や箒嬢等が余裕を持って来ては整列しているというのに、一夏殿とシャルル()は本令直前になって駆け込んできた。

 二人きりで何をやっていたのやら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、そうであった。デュノアの長には、後ほどゆっくりと話を聞かせて貰わなければならぬことがあった。

 何故己が娘を男装させたのかを。




踊さんのちょっとした(?)過去を織り交ぜて二巻突入です。


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第弐拾漆話

 二ヶ月の体験を経てちー姉監督の実戦訓練が今日から始まります。

 

「つぅ……、何かというとすぐにポンポンと人の頭を……」

 

「……一夏のせい一夏のせい一夏ノセイイチカノセイ……」

 

 元気いっぱいにいってみよー! て思ってたのにお隣のお隣と斜め後ろからおどろおどろしい怨念を感じます……。

 見なくても誰かわかる。セシリアさんと鈴ちゃんです。随分ギリギリに駆け込んできた一兄に詰め寄った結果、ちー姉の逆さ鱗にもたれかかっちゃったために無慈悲の代名詞出席簿(ネ……じゃなくて紙製)に捕食された。

 一兄を怨むのはいいんだけど時と場所は選ぶべきだったと思うな……。

 

「今日は少々予定を変更して戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力が溢れんばかりに漲っている十代女子もいることだしな。――凰、オルコット!」

 

 あらら、やっぱりちー姉にロックオンされてしまったみたい。

 

「な、なぜ私が?!」

 

「一夏のせいなのになんでアタシが……」

 

「専用機持ちはすぐに始められるからだ。いいから前にでろ」

 

 他にも専用機持ちはいるのに狙い撃たれ、二人とも不満そうです。

 

「お前ら少しはやる気を出せ。……あいつにいいところを見せられるかも知れないぞ?」

 

「やはりここはイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットの出番ですわね!」

 

「まぁ、実力の差を見せつける良い機会よね! 専用機持ちの!!」

 

 うまいこと乗せられてちゃってるよ……。踊君や未来にご飯で釣られまくってる私が言えたセリフじゃないけどね……、……二人とも料理が上手なんだもん仕方ないじゃん。

 

「それでお相手はどちらに? 私は鈴さんとの勝負でもかまいませんが」

 

「上等よ。返り討ちにしてあげるわ」

 

「慌てるな、バカ共。対戦相手は――」

 

 キィィーンと空気を裂く時みたいの音が上空から聞こえて?

 

「ど、ど、どどどいてくださ~いっ!!」

 

 声の主はまや先生でした。で、ラファールに乗ってます。……そこまでは問題ないんだけど、何で落ちてくるの!? ISを持ってない生徒は蜘蛛の子を散らすように大急ぎで逃げる。他の専用機持ちはISを部分展開して衝撃に備えた。

 ……ちなみに私は超特急で逃げましたよ。通常展開すら真面にできないのにそんな咄嗟になんて無理です。

 でもそこまでする必要はなかったみたい。

 

「やれやれ元代表候補生だったのであろう? そんな貴女が何をやっているのだ……」

 

「あれ?」

 

 踊君グッジョブ! 墜落寸前で高速なまや先生を抱え上げると、踊君はその力を回転に変えてバレエのように片足で優美に回って受け止めた。所謂、お姫様だっこって奴です。ちょっと羨ましいのはここだけのお話。

 

「す、すみません……」

 

「もう少し自信を持ってはいかがですか?」

 

「善処します……」

 

 教師が生徒からアドバイスをもらってる状況もおかしいけど、二人の実年齢的には数字を除けば間違ってないんだよね~。……素でISを持ち上げてる姿が異常すぎて私たちからすれば歳なんて気にしてる場合じゃないんだけど。

 

「いつまでそうしているつもりだ。山田先生、準備は出来ていますね?」

 

「あ、はい」

 

 ちー姉もそっち側でした。

 

「お前達もさっさと用意しろ」

 

「は、はあ…………、って、二人でですか?!」

 

「いくら何でも流石にそれは……」

 

 再起動を果たしたセシリアさんたちが詰め寄ったけどちー姉は淡々とと進める。まや先生もおどおどした態度は変わらないけど、ちょっとだけ瞳の奥に宿る目の色が変わっていた。代表候補生だったっていう話は噂話とかで何度か聞いたことがあったけど、本当だったんだ。

 

「安心しろ。今のお前達ならすぐ負ける」

 

「「なっ!?」」

 

 二人とも癪に障ったらしく闘志が剥き出しです。でも私もこの二人組(・・・)ならまや先生一人でも余裕だと思う。

 

「はじめ!」

 

 後先考えずセシ・鈴ペアが先に空へ上がった。まや先生は冷静に二人の動作を見て飛翔の動作を取った。

 

「やってやろうじゃないの!」

 

「手加減は致しませんわ!」

 

「い、行きます!」

 

 声だけでまや先生が緊張しているのがわかる。戦闘に自信がないとかそういった卑屈な緊張じゃなくって、たぶん見ている私たち生徒に伝わるかどうかとか、ちー姉のダメだしを受けない動きをしないととか、そういった感じの。

 先に仕掛けたのはセシリアさんです。飛び立った時に切り離していたビットで奇襲したみたいだけど、まや先生には然程の驚異になっていないっぽそうです。

 

「さて、今の間に……デュノア、山田先生の使っているISの解説をしてみせろ」

 

「は、はい!」

 

 空の戦闘を眺めつつシャルル君の説明に耳を傾けた。

 

「山田先生が使用されているISはデュノア社製の『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最後期の機体ですが、その性能は高く初期の第三世代型に劣らないもので、安定した性能と高い汎用性、また使用できる後付武装が豊富であることが特徴の機体です。そして特筆すべきは操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ぶことなく、搭載する武装に応じた近中遠防全タイプの役割に切り替えができるため、現在配備されている量産型ISの中で世界第三位のシェアを持っています」

 

「いったんそこまででいいぞ。……そろそろ終わる」

 

 ぼんやりと見てたけど、まや先生射撃うま。セシリアさんが可哀想なくらい見事に誘導されていく。精密射撃だけで言えばクリスちゃんを超えてるんじゃないかな。ビリヤードとかいう銃弾弾きみたいな反射神経とか別の能力も必要なのは除いて、だけどね。

 あ、鈴ちゃんとぶつかった。

 数の暴力って言葉があるくらい数に差があるとその分だけ相手より優位に立ちやすくなれるんだけど、連携が取れないとむしろ超不利になっちゃうんだよね~。冷たい目で見られてた頃の翼さんとの共闘でそれが身に浸みてます。相手がツンデレクリスちゃんじゃなかったらどうなっていたことか……。

 あの頃を懐かしんでる間に絡まっている二人の元にグレネードが投げ込まれて真っ逆さまに落ちてきた。

 

「うぅ……、まさかこの私が……」

 

「アンタ、何面白いように先読みされてんのよ……」

 

「鈴さんこそ、バカみたいに衝撃砲を撃ちまくるのがいけないのですわ!」

 

 罪のなすりつけあいが始まってしまった。専用機持ちとか代表候補生とかその辺りの威厳が暴落してる気がします。

 

「阿呆か、主ら程度の腕で山田教諭をどうこうできるわけがなかろう」

 

「「なんですって!?」」

 

 踊君がヒートアップする二人に水を差した。いや、油を注いだのほうが正しいかな。余計に怒りが増してる。

 

「織斑教諭、山田教諭は貴殿の(・・・)後輩ですよね」

 

「ああ、私の(・・)後輩だ」

 

 何だか随分と含みのある言い方です。

 

「やはりそうでしたか」

 

「どういう意味よ」

 

「わからぬか? 山田教諭はこの織斑教諭の(・・・・・)後輩だと申しておるのだ」

 

「それは担任と副担任なんですから山田先生が後輩だったとしても至極普通のことではありませんか」

 

 踊君が何を言いたいのかさっぱりわかりません。もうちょっと率直に言って欲しい。

 

「やれやれ、まだ気付かぬのか。代表候補生に選ばれる実力に、織斑教諭の後輩で年齢も近い、これだけあれば気付けるだろうに情けぬぞ。山田教諭は教師としての後輩だけでなく代表候補生として同時期に国家代表を修めていた織斑教諭の後輩でもあるのだよ」

 

「あ、ホントだ。時期がほぼ一緒だ」

 

「故に山田教諭は他の誰よりも近く織斑教諭の試合や訓練を見ることができた。そのような御仁が代表候補に成り立てのものに負けるわけがなかろう」

 

「ちなみに言っておくと、山田先生は同期の者達の中でトップの実力を持っていた。射撃だけに搾れば世界でトップクラスに入る程だ」

 

「そ、そんなことはありませんよ~! 私なんてダメダメで織斑先生にそんな風に仰っていただけるほどじゃないですから!」

 

「……とまあ、このように極度の緊張しいで卑屈なのが災いして国家代表にはなれなかったがな」

 

 ちょっと想像しようとしてみたけどまや先生に国家代表は合いそうになかった。観客の前でカチンコチンになってしまう以外の姿が想像できません。

 

「嘘でしょ……」

 

「し、信じられませんわ……」

 

 まや先生の予想外の腕前に二の句が出てこない。

 

「さて、これで諸君等にもIS学園教員の実力は理解できたな。以後は敬意をもって接するように」

 

 ちー姉がパンッと柏手をならしてくれた御陰で皆の意識が切り替わった。

 

「専用機持ちは織斑兄、織斑妹、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒと凰だな。それでは7人のグループになって実習を行ってもらう。各グループリーダーは専用機持ちと聖がやること。いいな? では分かれろ」

 

「よろしいのですか? 我がリーダーを修めさせていただいて」

 

「専用機持ちを退ける腕を持つお前が今更誰かに教わる必要があるか? (それにお前がその気になれば自分用の専用機を用意するのも容易いことだろ?)」

 

「まあそれもそうですね。織斑教諭の配慮感謝いたします。(その予定はないがの)」

 

 やっぱ踊君も教える側に立つんだ。ちゃんと教えられるかもわかってないのに、踊君に操縦を教えろとか言われたら私たちが困ることになるから助かります。それに教える人の人数もその分減るし万々歳です。

 

「織斑君、一緒に頑張ろう!」

 

「デュノア君の操縦技術が見たいな~」

 

「この馬鹿者どもが!!」

 

 あははは……、男子二人の元に好き勝手に密集していた女の子たちに雷が落ちてようやく本来の授業が開始されるのでした。



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第弐拾捌話

「では午前の授業はこれで終了だ。午後の授業では今使った訓練機の整備を行ってもらうので、昼休み終了後各人格納庫に班ごとで集合するように。では解散!」

 

「「「はい!」」」

 

 うだ~、疲れた……。特訓とか修練なんか好きだから人から教わることはよくしてるけど、人に教えたことはないからすごく苦労したよ。

師匠方式の感覚便りのやり方が私に合ってたのもあるけど、空気を踏み鳴らす感じでなんて言ったら班の皆から何言ってんの? って冷めた視線で串刺しにされた。

 でも私の班の問題は私が残念だったくらいで問題なく、セシリアさんや鈴ちゃん、あとデュノア君の班にいたっては羨ましいくらい快活に進んでいた。

 

「聖さんがISに好かれていることは知っていましたけれど、あのようなことまでできるなんて驚きましたわ」

 

 その一方で、一兄の班では故意のミスが多発しちゃって、踊君の班でも同じミスが起きたんだけど……

 

「あー、あれね。クラスの子から話は聞いてたけど今でも信じられないわ」

 

 そっか。鈴ちゃんは入学式の時はまだいなかったんだっけ。

 

「転入したばかりで、ISが独りでに動いてる姿を見ることになるなんて思ってもなかったよ」

 

 えっと交代の時にしゃがむのを忘れてしまった子がいたのだ。立ったままでは生徒が乗れないからって山田先生の提案で一兄が次の人を抱えて乗せたんだけど、それを踊君は前提から覆してしまった。

 なんと踊君がちょっとしゃがんでくれないかの、と軽くお願いしただけでISがウィーン! と元気な返事をして膝を折ったのです。

 踊君的には、ISが立ったままじゃ乗れないなら座らせたらいいじゃないか、と馬とか象にでも乗るかのような軽い気持ちで、ありえないことを平然とやってのけてしまったのだ。

 

「妙に聖は好かれてるよな。入学式の時にはISに乗っけられたし」

 

「え?」

 

「UFOキャッチャーみたいにガシッと掴まれてコックピットに運ばれてたんだよねー」

 

「どんだけ好かれたらそんなことになるのよ……」

 

 私だって聞きたいよ。ISを壊す側に立ってそうな踊君がなんでISに好かれてるんだろう……?

 わかんないことは考えてもわかんないから一旦保留してしまう。そんなことよりも今はお腹を満たすのが最優先です。久し振りに持たせてくれた弁当箱に手を付ける。

 踊君お手製の栄養満点ボリュームたっぷりの三段重ねはいつ見てもおいしそう。実際本当においしい。

 

「…………」

 

「箒? さっきから黙ってるけど調子でも悪いのか?」

 

「いや、なんでもない」

 

「ふーん、そうか」

 

 あの、一兄? 私にはちらっと見ただけでも箒ちゃんがふてくされてるようにしか見えないんだけど……。納得しちゃうの?

 

「ところで箒、そろそろ俺の分の弁当をくれるとありがたいんだが」

 

「…………」

 

 さっきの実習の時にそんな話をしてたみたい。

 確かたまたま早く起きたからお弁当を作ったんだけど、たまたま作りすぎてしまったので、たまたま二つあったお弁当箱に詰めてきたんだったっけ。

 話の中に有り得ないくらい偶然がバーゲンセールしちゃってるのに、そこは一兄の唐変木クオリティ。見事なまでにその部分だけ綺麗にスルーして理解してます。

 

「折角ならこれも食べなさいよ」

 

「おう?」

 

「酢豚よ」

 

「お! そりゃありがてぇ」

 

 いいな~。中華料理屋さんの娘なだけ合って鈴ちゃんが作る酢豚は中学の時から絶品だった。あれから1年も経ってると考えるとどれだけ美味しくなったんだろう。

 

「涎を拭きなさい。汚いわよ。全く……。そんな顔しなくてもちゃんと響の分も作ってきてるわよ」

 

「わーい! 鈴ちゃんありがとう」

 

「どーいたしまして」

 

「私のもどうぞ。今朝は少々早く起きられたのでサンドイッチを作ってみましたの」

 

「ッ!?」

 

「うわぁ……」

 

「ねね、私も1切れもらっていい?」

 

「「!?」」

 

「どうぞ召し上がれ。鈴さんとデュノアさんもいかがですか?」

 

「ごめんなさい。僕はこれだけでお腹いっぱいなんです」

 

「え!? え、えっとー、あたしはいいかな-。さっき売店でごはんもかってきちゃっから流石に食べきれないかもしれないし。それより一夏はお腹すいてるんでしょ? 箒に催促するくらいなんだから、セシリアのサンドイッチもぺろりと食べてくれるわよ、ね!」

「なっ!?」

 

 ………………ん? んん? なに、この既視感のある嫌な雰囲気。もしかして私、またどこかで地雷でも踏んだ?

 

「さぁ! どうぞ」

 

「……お、おう」

 

 手をガタガタ震えさせながら一兄はサンドイッチを手に取った。その笑みは満面のまま凍りついていて青白かった。

 

「いただきます……」

 

 そして観念して食べた一兄は百面相を始めた。赤に黄に紫と顔色まで変化しちゃってるし、いったいサンドイッチに何を挟んだらそんな惨劇になるのか不思議です。

 て、悠長に観察してる場合じゃないんだって。このままじゃ次に犠牲になるの私だよ。でもどうしようもない……。鈴ちゃんを見たらセシリアさんの死角で両手を合わせて黙祷を捧げていた。

 

「一夏さん、お味はいかがですか?」

 

 どう見てもよろしくないと思う。セシリアさん、一兄の顔をよく見てから聞いてあげてください。血の気がなくなってるから……。

 

「お、おう。いいんじゃないかな。ほら、響も食べてみろよ」

 

「うぇっ!?」

 

 差し出されたセシリアさんの見た目だけいいサンドイッチ……。一兄の身体からずっと噴きでてるヤバいくらいの汗でどれくらい酷いものなのかは想像しがたくない。でも言っちゃった手前今更受け取らないわけにもいかなくて渋々でも食べます。

 

「ハグッ!…………ッ!?」

 

 なにこの意味不明な味……、甘いくて辛いくて苦いくて酸っぱくて塩っぱくて渋いなんていう味覚全部を出鱈目に刺激する謎めいたもので、しかも鼻に抜ける匂いで嗅覚まで変になる。そして見た目がたまごサンドなのに食感がスライムっぽいのは何故だろう?

 なんだか視界が霞んで……。

 

「おぉ、皆ここにいたか。……ん? 響と一夏殿はどうかしたのか? 百面相の練習でもしているようだが」

 

「これよ」

 

「サンドイッチ? これか? もらうぞ」

 

「踊君、ちょ、スト……」

 

 気持ち悪くても言わなきゃと思ったけど、二足くらい遅かった。別の種類のサンドを口に入れていた。

 

「ハムッ。……む、グリコールだと? これは酷いな。これは誰が?」

 

「わ、私ですわ。酷いとはどういうことですか?」

 

 賢明に誤魔化した言いづらいことを踊君ははっきりともの申した。

 

「セシリア嬢、もう少し注意力を養った方が良いぞ。個人の自由ゆえ胡椒やカラシの量がいくら多くとも我は問わぬが、同じ塩だからと洗顔用の塩を代用にするな。口に入れるものに石けんを使うのは止めるように。それとマヨネーズを自作したようだが酢を入れすぎだ。しかも何故よりによって特に酸っぱいバルサミコ酢を持っているんだ……、塩は持っていないくせに。それと油と油落としを見間違えているぞ」

 

 ……たった1つのサンドイッチを作るだけでどんだけミスを詰め込んだら気が済むんだよう。外国人だからって調味料と洗剤の区別くらいはできてよ……。洗剤だったら特有の匂いがするし、混ぜれば泡立ちそうなんだけど……。

 

「……個性がありませんわ」

 

 そんな個性は滅んでください。

 

「君は死者を出したいのか? いや、この場合はむしろ君が先に死ぬかもしれんが」

 

「それはいったい?」

 

「今回は酸性と中性で問題なかったが、下手をすると調理中に中和で有毒ガスが発生していたかもしれんということだ。多少は中学の化学で習っておろう」

 

「「「あぁ~……」」」

 

「な、なんですか、皆して!」

 

 いつものセシリアさんしか知らなかったら、まさかで済ませられたのに今この手元にあるものを見てしまうと、ありそうで否定できない。

 

「次からは個性を求める前に安全を優先するようにな」

 

「はい……」

 

 しょんぼりとセシリアさんは答えた。

 

「そう落ち込むな。次に気を付けたら良いのだ。少ないかもしれないが、とりあえずこれでも食べろ。午後もまだあるのだぞ」

 

「え、ですがこれは……」

 

 そう言って取り出したのは踊君のお弁当だ。それは味の確認と食べてる体裁を保つためのものだから私が持たされたものの一段分の半分にも満たない少量だったけど、事情を知らないセシリアさんは当然躊躇った。

 

「気にするな。我はもともと食が細い故、昼はあまり食べんのだ。人がいる手前食すようにしているだけで抜いた方が断然体調は良くなる」

 

「それではお言葉に甘えていただきます」

 

 プロ顔負けの踊君の料理に目を丸くするセシリアさんの顔を楽しみながら、私たちはそれぞれの昼食を済ませた。

 

 

 

 放課後、のほほんちゃんがよく似た先輩に連れ去られてしまい、一人で部屋に戻ることにした。本当ならこのまま一兄の特訓を手伝う予定だったんだけど、件のあれで私も一兄も若干体調不良気味になってしまって、大事を取って今日は大人しく休むことになったのだ。

 その時、鈴ちゃんや箒ちゃんに「あの響の胃がやられた!?」と、どういう意味なのか非常に気になる驚き方をしてくれやがったので、詳しくO・HA・NA・SHIさせてもらったけど私は悪くない。

 

「ただいま~」

 

「おかえり」

 

「あれ? 踊君いたんだ」

 

 返事はないと思っていたからちょっとびっくりした。いつもは女子の部屋に一人長居するわけにも行かないとか理由付けて、ギリギリまで遠出してるのに。

 

「響に聞きたいことがあるのだ」

 

「なに?」

 

「シャルル・デュノアのことだ。響はあの者をどう思う?」

 

 態々聞くってことはシャルル君には何か後ろめたいことがあるんだとすぐに察した。そして私に気付かれることを承知で聞くのだから、踊君自身もシャルル君のことを悪い人だと思っていないのもわかったので、思ったままのことを話すことにした。

 まあ、気付かなくても話すことは変わらないんだけどね。

 

「シャルル君はとっても良い子だと思うよ。他の人との会話がちょっと余所余所しいというか無理してる感があるけど、打算があるようには見えないかな」

 

 偶に見せる暗い顔が気になる程度だ。

 

「そうか。やはり響にもそう見えるか。これはいよいよもって動く必要があるようだ」

 

「踊君たちのしてることは大体わかってるから、危険なことをしないでなんて言わないけど、あんまり無茶しないでよ」

 

「危険も無理も無茶もする奴が言えた台詞ではないと思うが」

 

「うぅ……、反省してます」

 

 心配して突いたそれは蛇のいる藪だったらしい。返された言葉に呻くことしか出来なかった。

 

「少しばかり用事ができた。少し出てくる」

 

「いってらっしゃい」

 

 私はずーんと落ち込んだのまま踊君を見送った。

 ……でもこの時ちゃんと踊君の顔を見ていたのなら、後に起きたあれに驚くことはなかったかもしれないな。その時の踊君の顔は怒りに満ちたちー姉にも劣らない、とても恐ろしい顔をしていたらしいから。



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第弐拾玖話

「えっとね、たぶん一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握してないからじゃないかな」

 

 唐突で失礼。今日は土曜日、デュノア君が転校してから数日が経ちました。

 

「そ、そうなのか? ……これでも一往わかってるつもりだったんだが」

 

IS学園では土曜日の午前中は理論系の座学が入っています。それで午後は自由時間になっているんだけど、土曜日はアリーナが全面開放されてるから大抵の生徒が実習に当ててるから自由っていう建前だったりもする。

 

「うーん、知識として知っているだけって感じかな。さっき僕と戦ったときもほとんど間合いを詰められてなかったよね」

 

「うぐっ、確かに瞬時加速も読まれてたんだよな……」

 

で、私たちもそんな生徒の集まりで、ついさっきまで一兄とデュノア君が試合をしていた。結果は二人の会話の通り一兄が完敗して、今はデュノア君のレクチャーが行われています。

 

「一夏のISは近接戦闘しかできないから、より深く射撃武器の特性を理解しておかないと試合じゃ使い物にならないよ。特に一夏が使う瞬時加速は直線的だからいくら速くても軌道予測は簡単なんだ」

 

「直線的か………………ん? 響はどうなんだ?」

 

「ふぇ?」

 

 一兄に名指しされて、確かにと思ってしまった。私に力を託してくれたガングニールもニールハートも曲線的軌道がとてつもなく苦手だ。できても腰のスラスターを使ってようやく数度変えれる程度でユニットやバンカーなんかホントに真っ直ぐだ。……撃槍だもん。

 

「えっと、響は…………………………規格外? 一夏以上に直線的だけど、信じられないことに瞬時加速に似た超加速を一回二回どころかエネルギーが持つ限り延々と連続使用できるし、それを衝撃として放つことで減速もできるから、人外染みた反射神経も合わさって軌道予測が難しいんだ。それはもう織斑先生に次ぐレベルって言ってもいいくらいに」

 

「そうなのですわよね……。後ろに回られたと思って動き出した時には、既に即時反転して目の前を横切るなんてことも少なくありませんし」

 

「あの人は予測の前に軌道そのものが見えないせいだけど、響も大概なのよね。この前だって、横を抜けらんないように槍で妨害しようとしたら、上に逃げられたし。……メートルもないギリギリの所で突きだしたのに躱すって、どこの化け物よ」

 

「私もちゃんとした人間だよ!」

 

 私が人間じゃなかったら、二課の人達はなんと呼べば良いのかわからないじゃないですか。師匠こと風鳴弦十郎はコンマ以下の駆け引きでノイズを制する動体視力と反射神経の持ち主だし、マネージャーの緒川さんも忍者の末裔で速さだけなら師匠以上、動体視力も師匠並みで、アーティストの翼さんは刀で銃弾切れるし、ツンデレなクリスちゃんだって自分は真面なんて言ってもビリヤードができるぐらい私なんかよりもよっぽど化け物染みている。

 うん。やっぱり私は普通の人間です。

 

『……ガングニール()の融合者なのを忘れてません? それに神様転生してますが?』

 

 ………………あっ。

 

『むしろ響さんが二課内筆頭なのでは?』

 

 ……だ、大丈夫。踊君が!

 

『元々、あの人は自分を人間だと位置づけていませんよ』

 

 …………そ、そんな……。

 

「ど、どうしたのよ? 急に落ち込んで」

 

「ううん。ちょっと突きつけられた現実が辛くって……」

 

「そ、そんな真に受けなくても」

 

 そうこうしている内に、一兄がデュノア君から一丁の銃を借り受けていた。

 

「確か白式には後付武装がないんだよね。それじゃあ、これを使って」

 

「お、おう?他のやつの武器って使えないんじゃなかったか?」

 

「普通はね。でも所有者が使用許諾をだせば、その人たちも全員使えるんだ。許諾は出来てるから一夏撃ってみて。射撃訓練スタートだよ」

 

「おう!」

 

 何処からその自信が湧いてくるのか、意気揚々と的を狙い撃った。

 

「うぉっ!?」

 

 ISなら多少相殺できるといっても反動はあるみたいで、へんな方向に飛んで行った弾に驚いていた。

 

「想像以上に反動でかいな。みんなこんなん撃ってんのか」

 

「もっと脇を締めて。左腕はこっちに」

 

 ISで浮けるから割とある身長差も関係なく、デュノア君は一兄の体を正しい姿勢に導いていく。

 

「あとセンサー・リンク出来てる?」

 

「銃器に使うときのだよな?さっきから探してんだけど見当たらない」

 

「普通は入ってるんだけど……」

 

「欠陥機らしいからな」

 

「そっか。仕様がないから目測でやるしかないね。その体制のままもう一度撃ってみて」

 

 外れたものの最初よりはずっとましだ。……かすっただけでも。

 

「どう?」

 

「んー……。なんかアレだな。とりあえず『速い』っていう感想しかない」

 

「うん。速いんだよ。一夏の瞬時加速も速いけど、弾丸は面積が小さい分より速い。だから軌道予測次第で簡単に命中させられるし外れても牽制にできる。いくら一夏が集中しても、心のどこかでブレーキがかかちゃうから余計にね」

 

「だからすぐに間合いが開くし、攻撃も止められないのか」 

 

「そうだよ。あ、そのまま続けて。1マガジン使い切っていいよ」

 

「おう。サンキュー」

 

 そして一兄はまた撃ち始めた。

 

「ところでデュノア君のISって、ラファールであってるの?」

 

「うん、そうだよ。あ、でも僕のは専用機だから先生が使っていたものよりもかなりいじってあるんだ。それにこの子の正式名も『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』で別者なんだ」

 

 デュノア君のラファールは訓練機と違って、ネイビーカラーの隠密っぽそうなのとは真逆の明るいオレンジや黄色がメインで、装甲も大幅に――それでもニールハートほど薄くない程度に――軽量化され動きを遮らない仕様になっていた。

 

「基本装備を幾つか外して、その上で拡張領域を倍にしてあるんだ」

 

「ほぇー……」

 

 機動性と戦術の幅が売りなのかな。戦闘方が近づいて殴るや近づいて斬るしかない私達には、臨機応変型は味方となるととても心強く、敵になると極めて厄介な子になる。

 敵にしないように心掛けたほうが良さそうだ。

 

「ねえ。ちょっとアレ……」

 

「ウソッ、ドイツの第3世代型?」

 

「まだトライアル段階だって聞いてたのに……」

 

 なんでだかアリーナ内が騒がしくなってきた。一兄の練習も一区切りついたから、ちょっと様子を……て思ったら、噂の人は私達を目指していたようですぐそこまで来ていた。

 

「やっほー、ボーデヴィッヒちゃん。どうしたの?」

 

「ちょっと、響さん!?」

 

「おい」

 

 むぅ……、無視されてしまった。

 ボーデヴィッヒちゃんの目に映っているのは一兄ただ一人みたいです。お話はいつでもできるから今日のところは引いときます。

 

「……なんだよ」

 

 出会い頭に平手打ちされそうになったこともあり、一兄の返事はすっごい不機嫌なものだった。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話は早い。私と戦え」

 

何がそうなったらそうなるんだか……。取り巻き化したもの同士で疑問符を浮かべ合う。

 

「イヤだね。理由がねぇ」

 

「貴様になくとも、私にはある」

 

 んー? どんな理由なんだろう?一兄がちょっかい出すとは思えないし…………ドイツ、ちー姉、軍人さん?

 ……あー、あれだ。そこまで考えてようやくわかった。ひそひそ声で前に話した三人の答えと照らし合わせてみよう。

 せーの、

 

「「「「モンド・グロッソの決勝戦」」」」

 

 疑う余地なく、満場一致でこのまえ話したあれが根っこだったらしい。

 悲しいけど、それだと恨まれても仕方ないのかもしれないや……。

 

 ……あれ? それなら私も当事者じゃん!?



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第参拾話

 あの人の命令である秘密を持たされて僕はIS学園に転入した。同じような境遇である態を装い、一つでも多く織斑一夏とその専用機の情報をリークするように指示されている。本当ならこんなことしたくない。でも所詮僕はあの人の愛人の子でしかなく、あの人達には逆らえない。

 指示に逆らえばどうなるかわからない。だから僕は織村一夏に近づくため、専用機持ちなのを利用して彼らの訓練に付きあうようにしていた。

 そして土曜、早く懐に跳び込み情報を流せと催促されていた僕にかつてないチャンスが訪れた。

 

「こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶんと沸点が低いんだね」

 

「……貴様」

 

 僕と同時に転入したラウラ・ボーデヴィッヒが一夏に発砲したのだ。

 一夏は油断もあって反応できずにいて、すぐ側にいた僕がシールドで弾きアサルトカノンを突きつける。

 ――一夏に恩を売ることに成功した。これで今までよりも大きな信頼を得ることが出来るだろう。そうなれば情報も手にしやすくなる。

 …………そんな打算を考えると、胸が痛んだ。理由なんて分かりきっている。利益を求めなければ人を助けることができない自分が醜いと理解しているからだ。

 でもそうしないと胸だけでなく、全身が痛むことになる。だから僕はこの打算を達するために動く。

 

「フランスのアンティークごときで私の前に立ち塞がるとはな」

 

「いまだに量産化の目処も立たないルーキーよりは動けるだろうからね」

 

 目を離さないようにシールドの位置を調整し、カノンに指を掛けた。

 

『そこの生徒! 何をやっている!!』

 

 でも撃つことはなかった。騒ぎを聞きつけたのだろう担当教師の怒鳴り声がスピーカー越しに水を差したのだ。

 

「……ちっ。今日は引いてやる」

 

 興が削がれたってところかな。あっさりと武装解除した彼女はゲートへと去って行った。驚いたけど、ありがたい。銃弾を浪費したとなれば、あの人達の小言を聞かなきゃならなくなっていた。……例え戦闘に理由があったとしても絶対に。

 

「一夏、大丈夫?」

 

「あ、ああ。助かったよ」

 

 一夏の表裏のない笑顔が僕に向けられる。もう僕には出来ない笑みはとても眩しくて、そして羨ましかった。

 

「喧嘩をするな、とは言わぬが場所と状況を弁えることをお勧めする。此度は問題にならぬが、本当に教師がいたらお前達停学処分になっていたかもしれんぞ」

 

「踊も来てたのか」

 

「着いたのは先程である」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒと変わるようにゲートから入ってきたのは聖踊という男。世界で3番目の男性適合者ということらしいが、その詳細はこの前本人が暴露したドイツでの活動しか明らかになっていない。

 僕は彼が少し苦手だ。あの全てを見透かしているかのような純粋な金の瞳が、怖い。身振りも手振りも彼の本音でその様には裏がない。だから恐ろしい。

 

「で、本当にってどういうことだ?さっき怒鳴られたぞ」

 

「あれはただの録音だ。先日説教している教師の声を拝借させてもろうたものを流したにすぎぬ」

 

「お、おお。用意周到だな……」

 

 別クラスの桐生龍哉のように不快な視線でも向けてくれれば距離を置けるのに、

 

「世の中何が役立つかわからぬからな。手にできるものは全て手元に置いてあるだけのことよ。世界というのは思いもよらぬ伝手が幸となる。デュノアの若君も励むのだぞ」

 

「う、うん」

 

 この人には暖かい善意しかない。変に距離を取ろうとすると、それが疑惑に繋がってしまう。しかも彼は僕の目的に……秘密に、気づいた上で、僕を心配してくれているんだと思う。

 

「おっと、そろそろ4時か。我は先に戻るが、響よ、頑張りすぎるでないぞ。そろそろハートが泣きそうだ」

 

「げ、もうそんなに経っちゃったの!?PIC戻しとかなきゃ」

 

 Passive Inertial Downerだったかな。特訓大好きっ子な響のために踊が組んだPICの亜種プログラムで、慣性操作の幅を限定し無意識に身体の負荷を無くさないようにより簡単に調整できるようにしたものらしい。

 いつからやっていたのかわからないけど、響はそれを使った状態で色々リアクションしていたみたいだ。しかもつま先立ちで。

 

 いったいあの二人は何なんだろうね。この前僕らも使わせてもらったけど、あれは普通の人間ができるようなことじゃなかった。PICがどれほど大切なのか痛感したよ。たった10%落とすだけで全然動けなくなってしまうなっちゃうなんてね……。まあ、ISの重量を言われてみると納得してしまったけど。

 あと僕の記憶違いじゃなかったら、PICの仕様ってたしか篠ノ之博士にしか理解不能なトンデモ構造で、ISコアのブラックボックスの中にあったんじゃなかったっけ……。

 

「俺たちもそろそろ上がるか?」

 

「うん、そうしよっか。どうせもうすぐ閉鎖時間になるし、これ以上続けると切りが悪くなりそうだしね」

 

「あ、銃サンキューな。色々と参考になった」

 

「それなら良かった」

 

 その後、一夏から一緒に着替えないかという誘いを受けたけど、何とか理由を付けて

 断り、僕はあの人に連絡を入れるのだった。

 

 

 

 あー、テス、テス。

 こちらフランス領デュノア社前、サージェがお送りしまーす。

 

『ふざけてないで真面目にして下さい、先輩』

 

 はいはい。まったく後輩君は先輩使いが荒いですね~。

 ではではこれまでに明らかになっているデュノア社並びにシャルル・デュノアの出生のご報告を。

 

『お願いいたす』

 

 まずデュノア社に関して、現在はまだ第2世代最後機のシェア率があるお陰で業界内で高い地位にいられているみたいですが、経営状況は劣悪。経営破綻間近ですね。これは第2世代の開発に時間を使いすぎたため第3世代の着手が他企業よりも遅れてしまったことが原因のようですねぇー。

 フランス政府からも形にならないデュノア社に業を煮やし、支援が大幅にカット、さらに次のイグニッション・プランでトライアルに選ばれなければ全面カットという危機的状況にあるらしいですよ。

 それを打破するために選ばれたのが、シャルル・デュノア。本名はシャルロット・デュノア。言わずもがな彼女は正真正銘の女性です。

 デュノアの社長と愛人の間に生まれた子どもだそうで、シャルロット・デュノアが生まれてまもなくデュノアを追われて母親と地方へ移籍。そこで静かに暮らしていたようですが、母親が2年前に他界し顔の知らない父親に引き取られ、非公式でISのテストパイロットになったようです。

 そして今回、中性的な顔立ちだったのを社の重役達に利用され、先の織村一夏の登場に便乗する形で男性適合者と偽りIS学園に転入することに。目的は織村一夏と各国の第3世代型の調査、および男性と振る舞うことでデュノア社の広告塔にすることらしいですよ。

 いやはや、呆れてものもいえませんねぇ。3年もの間ずっと世間を欺ける訳などないというのに……。しかも白昼の元に曝された時の被害を露ぞ考えていない。愚かしいにも程があります。

 

『デュノアの社長はどう考えておるのかわかりませぬか?』

 

 残念ながらまだ接触はできてないのですよ~。

 君もご存じの通り私たちは死神と呼ばれてはいますが、公にはできないもの達の粛清という大義名分を持っていますし、正面切って何故シャルロット・デュノアをシャルル・デュノアと名乗らせたのか、などと聞いてしまえばそちらの「聖踊」という存在との関連が露見しかねません。

 あくまでも断罪のついである必要があるのです。

 

『む、むぅ……。確かにそうであるな……』

 

 ふふふ、シャルロット・デュノアについては私にお任せ下さい。既に不正の尻尾は捕まえていますのでね。ドイツのようにキレイにしてさしあげましょう。

 

『よ、よろしくお願いいたします?』

 

 響たちのことはお願いします……。

 頼りにしてますよ、不滅の戦君。



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第参拾壱話

「何故こんな場所で教師など!!」

 

 それは朝のランニングを終えた帰りのこと、怒りを露わにした女の子の声が廊下に木霊しているところに居合わせてしまった。

 

「やれやれ……」

 

 憤ってるのがラウラちゃんで呆れてるのがちー姉だ。このまま聞かなかったことにしてお部屋に戻れたら嬉しいんだけど、残念なことにこの廊下を通らずに帰るには来た道を引き返し校舎を出て外をぐるっと大回りしなきゃダメになる。

 ちょっと面倒だし、ちー姉のことだから簡単にあしらってしまえそうなので待つことにする。ついでに聞き耳も立てちゃう。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。ただそれだけだ」

 

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」

 

 簡潔にちー姉は反すものの、わざわざ朝から突っかかる子が素直に聞く訳がなく不満をぶつける。

 

「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を! このような場所ではあなたの能力は半分も生かされません!!」

 

「ほぅ?」

 

「大体、この学園の生徒など教官が教えるに値する人物ではありません!」

 

 ちょっぴりムッとしたのはここだけの話、気持ちを抑え込んで吐き出されるラウラちゃんの思いの丈を聞き止めることに集中する。原因の一端は私にあるから、これくらい甘んじて受け入れます。

 

「ここの者達は意識が甘く、危機感にも疎い。ISをファッションかなにかと勘違いしている。その程度の認識しかもてない者達のために教官が時間を割かれるなど――」

 

「そこまでにしておけ、小娘」

 

 っ!? 軽々と千冬姉から放たれたプレッシャーは重く、空間が支配されたように錯覚する程凄味を含んでいた。直接言われたわけじゃない私でこれなのに、それを目の前で受けたラウラちゃんは身を竦ませ凍てき、言葉を失った。

 

「少し見ない間に随分偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りか。恐れ入る」

 

「わ、私は……」

 

 辛うじて口から零した声は震えている。恐怖に呑まれた、て言うのかな。圧倒的強者が放つ力への恐怖、そして崇拝するかけがえのない相手に嫌われるという恐怖。

 

「さて私にも予定がある。さっさと部屋に戻って用意をすませてこい」

 

 そして押し黙ってしまったラウラちゃんを急かしちー姉は職員室に戻

 

「そこの女子。盗み聞きか? とやかく言いたくはないが異常性癖は感心しないぞ」

 

「な、なんでそうなっちゃうんですか!? ちーね――うぎゅっ!!

 

「学校では織斑先生と呼べと言ったはずだが?」

 

「は、はい……」

 

 授業前くらいいいじゃん、なんて言うと出席簿の餌食に……って、なんでここに出席簿?

 

「そら走れ。こんなところで性癖をさらけ出している暇があるなら少しでも自習に当てたらどうだ。実技のトーナメントはともかく、このままでは学習面での中間で補習になるぞ」

 

「うげっ、じゃ、じゃあ失礼します。あと違いますからね!」

 

 忘れようとしてた"し"から始まるあれを聞きたくなかったので逃げる。そりゃもう走らないギリギリな速度で部屋に逃げ帰った。でも高圧な態度の裏でちー姉が意外とクラス一人一人に目を掛けているのを知れた朝でもあった。

 

 

 

「あの噂?」

 

 教室に入った途端皆から一斉に詰め寄らた。あの噂が本当なのかと聞かれるんだけど、そもそもその噂がなんなのやらわかりません。

 セシリアちゃん達も興奮してるみたいだし……また一兄が何かやったのかな、って隣のクラスのはずの鈴ちゃんもいる時点で原因が一兄なのは確定だった。

 

「その噂ってどの噂?」

 

「え、えっとー……」

 

「あ、あのそれはですね……」

 

「月末の学年別トーナメントとで優勝したら好きな男子生徒と交際できるって噂があるんだって~」

 

 二人とも顔を赤くして言葉に詰まってしまったから助かるんだけど、なんでほほんちゃんが知ってるのかな……、一緒の部屋にいて一緒に来たはずなのに。私、その噂初耳なんですけど。

 

「そ、そうなのですわ。それで話題の内、聖さんと織斑君の義理兄弟の響さんでしたら何か噂について知って――」

 

「俺がどうしたって?」

 

「「「きゃぁあっ!?」」」

 

「ちょっ、なん!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 一兄の登場に総毛立って、皆が私を押し出した。いや、ホントなんで皆揃って私を変わり身にするの! 別にそれ自体は構わないけどいきなり押すのは止めて欲しい。

 

「何の話をしてたんだ? なんか俺の名前が出てた気がするんだけど」

 

「なんでもな……くもないのかな? さいきッムグ!?」

 

 あーだ、こーだ、誤魔化しても面倒なのでスパッと聞いちゃえと思ったら、口がふさがれた。……あと鼻も。

 

「そんなことなくなくもなくってですわよ?」

 

「そ、そうアルよ、一夏の気のせいじゃないアルか? じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るわるわいね」

 

「そうですわね。わ、私もそろそろ席に戻りゃなしませんと」

 

「一体何なんだ? 二人とも言語が滅茶苦茶だぞ」

 

「いつもこんな感じよ」 ←セシリアさん

 

「いつもこんな感じでしてよ」 ←鈴ちゃん

 

 二人とも落ち着いてよ! 二人とも逆だから、口調入れ替わっちゃってるから! それと、

 

「ムゥー、ムゥー!」

 

 このままじゃ私死んじゃう。窒息死しちゃうからそろそろ呼吸させて下さい!

 

「あ、忘れてましたわ」

 

 こ、恋する乙女怖いです。危うく意識が刈り取られるところだった。勝手に押し出しといて、なんで私がこんな目にあわなきゃいないんだろう……。

 私呪われてるぅ……。あ、久々に使ったかも。昔はこの言葉口癖なんじゃないかってくらいよく使ってたのに最近思わなくなったなー。いつから……あべしっ!?

 

「何時まで立っている。すでに朝礼は始まっているぞ。席に着け」

 

「先に声かけて下さいよぉ~」

 

「知らん」

 

 今日は朝から2度もありがたい出席を取られてしまうとは……、うぅ、頭痛い。あと箒ちゃんが放つ怒気が怖い。瞑目し続ける踊君が不気味……。

 

 

 

「一夏、響、今日も放課後特訓するよね?」

 

「もちろん!」

 

「ああ、やるぞ。今日使えるのは……」

 

「第三アリーナだ」

 

「あ、箒ちゃん。許可取れたんだ?」

 

「なんとかな」

 

 廊下で揃って歩いていたら後ろから箒ちゃんが教えてくれた。今日もIS使用が認められたようで嬉しそう。

 

「なら早く行かないとな。折角箒も参加できるんだし時間がもったいない」

 

「今日は使用人数も少ないと聞いている。時間が空けば模擬戦もできるかもしれないぞ」

 それは良いことを聞いた。早く行けばそれだけ戦えると。

 

「燃えてきたぁっ!」

 

「「「響には戦わせない(よ/ぞ)」」」

 

「うぇっ!?」

 

 周りが危ないからと模擬戦を禁止されてしまった。上げるだけ上げて落とすなんてなんて嫌がらせ。ふてくされながらアリーナを目指す。

 

「なんか騒がしいな?」

 

「騒がしいと言うよりも、慌ただしい?」

 

 入り口に近づくにつれてアリーナ内にいた生徒達が出たり入ったりして、なんだか皆大慌てになっているみたい。

 何があったのか聞こうとしてもそれどころではない感じで進むことに。

 

「何かあったんだろうね。ちょっとこっちから見ていこっか」

 

 デュノア君が指差したのはピット側ではなく観客席側に続く廊下だった。ピットに直接向かっても良かったけど、デュノア君の言う通り上から見れるぶん観客席の方が状況確認は簡単だから、提案に乗って観客席へ足を運ぶ。

 そして階段を上りきった私はアリーナの中を見て、

 

「「なっ!?」」

 

「セシリア、鈴!!」

 

 ……切れた。



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第参拾弐話

 そこでは3人の生徒が戦闘を行っていた。

 内二人は犬猿の仲なのでは? と思われるほど、激しく争いいがみ合うセシリアと鈴だ。実際の所は一夏関係でライバル的な立ち位置ゆえに競っているだけで2人が不仲なわけではなく、現にこの戦闘では共通の理由で共闘していた。

 その2人と対している生徒はドイツ軍特殊部隊が1つ、踊の第5の人格イートと名乗るものが信頼した部隊の隊長であるラウラ。1対2の戦闘にも関わらず2人を嘲笑い、そして機体を半壊させるほど圧倒していた。

 

「どうした、もう終わりか?」

 

 この3人が争っているのは、ラウラがいくつも放った挑発の内のたった一言が原因だった。

 数しか能のない国や古いだけで取り柄のない国、なんてことも言われはしたがその辺りは別にどうでも良い。代表候補生としての態度を改めて考えることになったセシリアは勿論のこと、ただ必要だったからというだけで候補生になり、ラウラの誹謗もあながち間違ってないと思っている鈴には受け流せる程度の些細なことでしかないのだから。

 しかし、だ。ラウラが言った最後の言葉だけは聞き流すわけにはいかなかった。それはそうだろう。自分達の愛する者を『下らない種馬』などと言われたのだ。それをはい、そうですかで流せる奴が何処にいる? さらに言えば2人とも一夏関係で荒れる激情は人並みの堪忍袋の許容範囲を軽く超えてしまう量を沸々と湧き上がらせるのだ。

 そんな規格外の憤怒を無理矢理詰め込まれて袋の緒が爆ぜない筈がない。

 

「まだ、まだ! こんな程度で音を吐いたりしないわよね、セシリア」

 

「ハァ、ハァ……、私を、誰だと思っていますの? これくらい、余裕でしてよ。貴女こそ、私の足を引っ張らないでくださいませ」

 

 ISも身体ももうボロボロで立つのもやっとというのに、それでも2人は体を起こし互いを罵り合うことで心に発破を掛け奮起させる。

 

「ふんっ」

 

「「ッ!!」」

 

 直後、2人の中間を抉るように閃光が駆け抜けた。苦痛に顔をしかめてでもラウラから目を離しはしなかったために、左右へと散ることで難を逃れたが、閃光に抉り取られた地面を見るとその威力は容易に推して量れた。

 聖遺物製のニールハートのバンカー機能や対ISには絶大な効果を持つ白式の零落白夜には届かずも、IS武装中屈指の威力を誇っている電磁大砲『レールカノン』の一撃は2人の装甲を貫くには十分と言える。

 

「こんのぉっ!!」

 

 鈴が気合で天に哮り、そして両肩の二門の砲『龍砲』が共鳴し咆える。

 

「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな!」

 

 手をかざしただけでラウラを狙っていた見えざる砲弾が掻き消えた。

 

「くっ! いったいなんなのよ。こうも相性が悪いなんて……。」

 

 候補生でしかない鈴が知らないのも無理はない。中国が空間圧に干渉する武装を独自に開発していたように、ドイツにも同じように水面下で研究されている武器がある。

 だが鈴に考える暇はない。何かしらの妨害で無力化されるや否や、ラウラが攻撃に転じていた。

 レーゲンの肩に格納されていた一対のナイフが打ち放たれる。ナイフは通常では有り得ない複雑な軌道を描いたものの偶然放った1つが命中し、鈴の足下に突き刺さる。

 

「これ以上好きにはさせません! 行きなさい!」

 

「ハッ! 理論値最大稼働のフレキシブルならいざ知らず、この程度の練度で第三世代型兵器とは笑わせる!」

 

 セシリアの元を飛び立った2機のビットがラウラを囲み、その精確無比な射撃が狙撃を交えた射撃が開始された。だがその死角外からの射撃にもラウラは反応し避ける。あまりにもセシリアが正確すぎたのだ。さらにラウラには極一部を除けば他の誰よりも実戦経験というアドバンテージがあり、狙いを隠すことを真面に知らないセシリアは余りにも攻略しやすかった。

 先程と同様にラウラは腕をビットに向けた、それも左右で飛翔する2つ一片に。そして腕の延長線上とビットが交錯瞬間、時が止まったように2つはピタリと停止した。

 

「っ!?」

 

 『慣性停止結界(Active Inertial Canceler)』、ラウラの操るレーゲンが第3世代たる象徴を使用したのだ。PICの派生系に当たるそれは対象となるものの動きを完全に止めることができ、物理的要素には反則級の効果を発揮する。

 とはいえ欠点がないこともない。

 

「どういう原理かはわかりませんが、これで動きが止まりましたわね!」

 

 AICはその名の通り結界のようなものを張るため展開と維持にバカにならない集中力が要求される。いくら実戦経験があるといってもまだ15、6の子供でしかないラウラが止まってしまうのも無理はない。

 セシリアはそれを隙だと断定し、ビットの操作を止めライフルを構えた。が、果たしてどうだろうか?

 

「……貴様もな」

 

 確かにライフルの引き金は引かれた。だが、それとほぼ同時、ラウラのレールカノンも発砲されており引かれ合うようにして衝突した2つは互いを殺す。

 

「……えっ?」

 

 それこそが隙を生む一端となる。体勢を立て直しラウラの気がセシリアに向く瞬間を待っていた鈴の足下に何かが絡みつく。咄嗟に下を見るとそこには黒いワイヤーが……。

 いつの間に? ワイヤーに引っ張られる最中で考えたがその先端に括り付けられているを見れば答えは一目瞭然だった。

 

「「きゃぁっ!?」」

 

 ラウラの元に手繰り寄せられるワイヤーにナイフごと引き摺られ、鈴はそのままセシリアと激突させられる。

 

『『--警告(CAUTION)--』』

 

 2人のISが自身の損害が甚大だと我鳴り始めた。

 両機共にシールドエネルギーは極僅か。甲龍は右の垂れが熱で爛れ落ち、腕の装甲からは火花が、さらにさっきので左足と左翼のスラスターが拉げてしまっていて、ブルー・ティアーズも右足の装甲が役割を果たせない程に破壊され、よく見れば背中で漂っていたはずのビットの片翼が地面に突き刺さって停止していた。

 

「これで終わりだ」

 

「「ッ!!?」」

 

 既に結果は見えているはずなのにラウラはレールカノンを撃つことを躊躇いもしなかった。誰も間に合わない、誰にも止められない、誰もが見ているしかない。

 ただたった一人……、否たった一匹の獣は動いていた。

 

「……なにを…………やってるの…………………………?」

 

 見ていた生徒も当事者もその直前に歌を聴いていた。だから彼女がここにいてこうして止めに入ることに戸惑いはなかった。

 しかし目の前の光景は誰も想像していなかった。

 

「な、なんだ……、貴様は……!?」

 

 響がレールカノンをニールハートの掌で掴み取っていた。それは別に可笑しなことじゃない……、ただしそれは普通に展開していたのならの話だ。響が身につけていたのは受け止めた手を覆うガングニールの手袋、たったそれだけだった。

 

「離れ…………てて……………………」

 

「ひ、響?」

 

 最初に展開された手から順にニールハートの装甲が響の周りに出現していき、乱闘騒ぎを見ていた全ての者に恐怖を抱かせた。

 本来白であるはずの部位は赤黒く染まり、太陽のように暖かな橙も黒が禍々しいものへと変色していたのだ。ISが緩衝材として存在しているためかかつての暴走よりは幾分かマシではあるが、それでも一般から見たら恐ろしいものなのに変わりはない。

 

「響……、織斑響か! そういえば貴様もいたな。ちょうどいい、まずは貴様を下ろす。……ハァッ!」

 

 プラズマブレードを展開し瞬時加速で仕掛けるも響は拳骨一つで完璧に向かい撃ち、相殺どころかブレードごと殴り飛ばし発射口の根元を圧し砕いて押し返す。

 

「……ッ! …………ゥグガァァアッ!」

 

「ぐッ!?」

 

 仰け反り崩れた姿勢に理性の枷が外れ本能に忠実になった響は数回転で勢いの増した回し膝蹴りをラウラの腹部へと突き刺す。そして足が地面に着いたと思えば、吹き飛ぶラウラの眼前に。

 

「ちぃっ!」

 

 決して少なくない経験がなんとか告げた知らせは、ラウラを左へと滑らせた。それは正拳突きもどきを避ける結果へと繋がり、さらに続けざまに繰り出される裏拳を停止されることへと至った。

 

「グラァァッァアアア!」

 

「な!? 力尽くでこの結界から抜け出す気か!?」

 

 停止結界に囚われてなお、響は暴れることを止めない。普通そんなことで破壊できるような柔いものではないのだが、ほとんど野獣と言っても良いくらいに人から逸脱してしまった動きに対応できるほど柔軟性がなかったのだ。

 

「ガァァアアァアアアアアッ!!!」

 

「間に合え!」

 

 抜けられる前に仕留める、と驚きから意識を切り替えラウラはレールカノンの威力を最大まで引き上げそのまま砲弾を解き放つ。また響もAICを強制的に破り鋭く尖らせた指先をラウラへと突き立てようとしていた。

 

「「「響ッ!!」」」

 

 互いの全力が交錯するその時を見ていた者達は再び目を疑う光景を目撃することになった。ただそれは悪い意味ではなく、この場を抑える最強が割り込む瞬間であったためだ。

 

「やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

 どこからともなく現れては生徒に天誅を下す出席簿が大砲を斬り裂く。真っ直ぐ突き出された手刀の前には無造作に掲げられた片手があり、さも当然のように捕まれたと思えば地面へと叩き付けられた。

 

「き、教官」

 

「きゅー…………」

 

 蛇に睨まれた蛙とでもいいか、ラウラは鬼の形相をした千冬を正面から見る羽目になってしまって子兎のようにプルプル震えていた。響のほうはさっきの一撃で既にノックアウト済みで、踊や翼が暴走響を抑え込むのにした苦労はいったいなんだったのかと悲しくなるくらい、見事に伸びていてもうご愁傷様としか言えない。

 織斑千冬の実力の一旦を垣間見ることとなった人たちも人たちで唖然とか呆然とかいう言葉を置いてけぼりにした何とも言えない静寂な空気に包まれている。

 

「模擬戦をやるのは別に構わん。……しかしアリーナのバリアを破壊する事態にまでなられては流石に教師として黙認するわけにはいかん。この続きは次の学年別トーナメントでつけてもらおうか」

 

「は、はっ!」

 

 今までの威勢は何処に行ってしまったのやらビシッと敬礼し、そう答える。それを見届けた上で離れた所で待機していた一夏とシャルルに声を掛けた。

 

「織斑兄、デュノア。すぐに織斑妹も保健室に連れて行ってやれ」

 

「わ、わかりました」

 

 最後に辺りを見渡して千冬は宣言する。

 

「これ以降学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。いいな!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 パンッ、と千冬は手のひらを強く打ち鳴らす。銃声よりも大きなその音はアリーナ全体へと伝わっていくのであった。



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第参拾参話

「んみゅぅ……。うぇ?」

 

 目が覚めると見知らぬ天井が……、て思ったけどやっぱりそんなことはなくて今回は入学式の時にお世話になった保健室だった。

 んとなんでここにいるんだろ? 確か朝起きてご飯食べてちー姉に扱かれて昼にご飯食べてまや先生の授業を受けて夜ご飯を食べ……る前に特訓(お腹減らし)のため一兄たちとアリーナに行ったんだっだ。それで中がざわめいていたからちょっと見てみようと思って……、ん? そこから先の記憶がない。

 

「あぁ。私……、暴走しちゃったんだ」

 

 初めて暴走した時と体の気怠さがよく似ていたし、記憶がほとんど抜け落ちてるのもあって間違いないと思う。

 

「あ、響も目が覚めた?」

 

「鈴ちゃん! 怪我は大丈夫なの?」

 

「こんなもん平気よ! ……あたたっ」

 

 肩を回して強がろうとしたみたいだけど傷に障ったらしい。ぴくぴくとして呻きだした。突いたら楽しいだろうなと思うけど治った後に引っ掻かれそうだから今は止めとく。やる時は闇夜に紛れつんつんと。

 

「安静にしてるよう言われたでしょうに……」

 

「う、わかってるわよ~。……ハァ」

 

「セシリアさんは?」

 

「私も安静ですわ」

 

 そう答えるセシリアさんの顔には一方的にやられた悔しさが顕著に表れていた。1対1ならいざ知らず2人で戦って負けたとなるととっても悔しいものだ。初めてクリスちゃんと戦った時みたいな気分に陥ってるんだろうな。2人ともすっかり落ち込んでいる。

 

「お、皆起きてるな」

 

「やっほー、一兄」

 

「「一夏(さん)!?」」

 

 ガラガラと扉を引いて入ってきたのは一兄とデュノア君の2人、元気なことをアピールしたら一兄には苦笑されてしまい、

 

「2人はともかく響までもう目を覚ましてるの!?」

 

 デュノア君には目を丸くされた。暴走した時に何をしちゃったのかわからないけどそんなに驚くことじゃないと思うんだけど……、の前にあれからどれくらい時間が経ってるんだろ?

 えっと……、へぇ、まだ2時間程度なんだ、日付も変わってないし。

 

「千冬姉に叩きつけられてたけど、もう大丈夫なんだな。これは絶対防御を褒めるべきなのか響のタフさに呆れりゃいいのか……」

 

「……暴走してなかったら危なかったかも」

 

「どうしたの?」

 

「ううん、なんでもない」

 

 暴走したあとのことをそれとなく2人に聞いたら、いつものとは随分違いがあって驚いた。真っ黒にはなってなくて白がなくなっちゃった程度ですんでいたらしく、無差別感も形を潜めた感じ? とにかく壊すと言ったこともなかったようだ。

 

「何はともあれ2人が無事で良かった良かった」

 

「まあ別に助けて貰わなくても良かったんだけどね」

 

「そうですわ。あのまま続けていたら私達が勝ってましたわ」

 

 あらら、さっきまでの素直さはどこに行っちゃったのやら。

 

「お前らなぁ……。響がやってなかったら……はぁ、まぁいいか。2人とも怪我が大したことなくて良かった」

 

「「ふんっ」」

 

「たく、元気だな」

 

 2人の強がりに一兄も呆れてる。でも2人がなんでこんな態度を取るのかは一兄みたく朴念仁じゃないからわかる。

 

「好きな人に格好悪いところを見られちゃったんだもんね」

 

 温かい目を2人に向けているデュノア君の呟きはとても的を射ていた。

 

「な、なななななにを言ってるのか全然わからないわね?! こ、これだから北欧人は

困るのよ」

 

「べべ、別に私はっ! そ、そう言う邪推は止して欲しいですわ!」

 

 要するに2人とも恥ずかしいのだ。しかも人伝じゃなくて途中からだったけど私が暴走するまでずっと直接見ていたし、2人とも凄く慌てている。

 

「ん?」

 

 でもやっぱりその辺は慌てるだけ無駄だったりする。本人が聞き取れなかったみたいだから。一番近くにいたはずなのにね~。

 一兄はしばらく不思議そうに首を傾げていたけど、聞いても仕方がない、もしくは自分とは関係ないことと判断してしまった

 

「ま、先生も落ち着いたら帰っても良いって言ってるし、しばらく休んだ……ら?」

 

 ドドドドドッ!

 急に床が揺れ出した。最初は遠くて気付かなかったけどこの揺れは妙に重たいプレッシャーを放ちどんどん近づいてきていた。一兄も何だと眉をひそめ震源っぽい方向に目を向ける。

 そしてその震源は扉を挟んだ向かいに到達するや否や、

 

「ひぇっ!?」

 

 ドガーンッ! と吹っ飛んだ扉が私の真横を通り過ぎ、壊れた入り口からは大量の生徒がなだれ込んできた。隣に倒れてる鋼鉄とまではいはないけど、それでも金属製の扉がくんねり拉げていて、すれすれの所にいた私は心臓がばくばくです。

 木製だけでなく、金属製の扉まで宙を舞うこの学園に恐怖を覚えるのは私だけじゃないと思う。

 

「「「一夏君!」」」

 

「「「デュノア君!」」」

 

 鬼気迫る突撃に私たちが固まっていると、先頭にいた1人の子が一枚の用紙を突きつけてくる。えっと、なになに? 

 

「『今月開催する学年別トーナメントではより実践的模擬戦を行うために、2人1組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする』……へぇ~、ペア戦になったんだ」

 

 さっきのが原因なのかな? それともこの前のゴーレム騒ぎのせい? うーん……どっちもか。2人で戦ったのに連携が全然で1人にあしらわれてしまい、逆に集団戦を掛けられ危険な状況に陥ってもいる。

 本来ならモンド・グロッソに関する内容を優先したいはずだけど、こんな状況じゃ学園側も悠長なことは言ってられないんだろうな。

 

「「ペア戦……」」

 

 一兄もデュノア君もいきなりのことに戸惑っていた。

 

「一夏君、私と組みましょう!」

 

「デュノア君! 私と組んでくさい!」

 

 そんな2人に追撃を掛けるように現れた子たちは手を伸ばす。

 

「え、えっと……」

 

「あー……、悪い。俺はシャルルと組む」

 

「あ、うん。そうなんだ。だからごめんなさい」

 

 ちょっと迷った素振りを見せたけど一兄はデュノア君を選んだ。可笑しくない筈なんだけど、困っているデュノア君を助けるように動いたように見える一兄の挙動のどこかに違和感を覚えた……気がする。

 うーん? 何だろう?

 

「まあ、他の人に組まれるくらいよりは……」

 

「ちぇーっ」

 

「織斑君とデュノア君……、これはこれでむしろ……あり!」

 

「ねぇよ」

 

 大体は納得、一部は不満たらたら、さらに極一部は腐フフなもよう。即座に一兄が否定するものの既に不気味なことを呟いた子は聞いてなかった。いわゆる自分の世界ってやつにどっぷり浸かり込んでいた。

 

「ふく、何とかなったか」

 

「……一夏あ」

 

「あたしと組みなさいよ! 幼馴染みなんだから」

 

「それでしたら同じクラスである私が!」

 

 ほっと一息、デュノア君も礼を言おうとしていたけど、さっきの子たちと同じくらいの勢い――それも総合的な勢い――で狩人のような目で攻めていた。傷に障らないと良いんだけど……。

 

「ダメですよ」

 

 ふぇっ!? 陽炎のように唐突に掛けられた声に驚いたのは私だけじゃなかった。皆揃って目を見開いていた。

 

「先程おふたりのISの状態を検査させて貰いましたけど、ダメージレベルがCを超えています。当分は修復に専念しないと、後々とんでもない欠陥が生じますよ。ISを休ませる意味でも、今度のトーナメント参加は認められません」

 

 いつもより真剣……っていったら失礼だけど、普段からは考えられない強い口調に気圧されて、2人とも大人しくなる。Cを超えて運用すると後で困ることになるっていう話は聞いたことがあるし、代表候補生となるとその辺も詳しいのだ。

 

「わかりました……」

 

「は~い……」

 

 あっさり大人しくなってくれたのでもう大丈夫かな、と思ったら一兄が爆弾を落としてくれやがった。

 

「ところで、なんでラウラとバトルすることになったんだ?」

 

 うん。その一言で、鬼のように怒った2人にズタボロにされてしまったのは言うまでもないことだと思う。

 唐変木もいい加減にしないと近い将来後ろから刺されるよ、と忠告するべきなのかな……。



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第参拾肆話

 6月も終盤、大会の日が訪れた。

 

「やあ。響、箒、調子はどう?」

 

「うん、バッチリだよ。デュノア君達には負けないから!」

 

「問題ない。一夏、負けんぞ」

 

「俺だってそう簡単に負けられねぇさ。やらなきゃならねぇこともあるからな」

 

 準備も終わり待合所でペアになった箒ちゃんと対戦表の発表待ちをしていると、一兄・デュノアペアがやってきた。二人とも気合十分で当たったら楽しい試合になりそうな予感がします。

 あ、ちなみに踊君もちゃんとこの大会に出場する、のほほんちゃんとペアで。連携で考えたら私と踊君で組んじゃえば良いんだけど、流石にそれをしちゃうと誰も勝てなくなっちゃうから話し合うまでもなく組もうとはしなかった。

 私と踊君がペアを組んだとしたらワンチャン可能性があるのは滅茶苦茶仲が良くなった鈴セシリアペアくらいじゃないかな。……犬猿の仲だし、二人とも怪我で出場できないけど。

 

「それにしてもすげぇな」

 

 備え付けの大型モニターを通して映し出される観客席の様子を見た一兄が思わずといった風に言葉を漏らした。

 

「大人も暇なんだね」

 

「そんなわけないでしょ! 3年生のスカウトや、2年生の一年間での成果を見るためとかであの人達も仕事で来てるからね!」

 

「「「へー。ご苦労なこって」」」

 

「三人とも、ちょっとはねぎらってあげてよ!?」」

 

 可哀想なものを見る目で見ようとしたら、流石に会社の事情ってものを知っているシャルル君に怒られちゃった。

 

「お、きたきた……、まじか」

 

「うげっ!?」

 

 発表された組み合わせを見て呻いてしまった。

 

 まずは第1試合。織斑(兄)・デュノア VS ラウラ・桐生

 そして第2試合。織斑(妹)・箒 VS 聖・布仏

 

 絶対これ誰かの意志が介入してるでしょ!? 初っぱなから大本命の組み合わせじゃないですかー! 初っぱなから専用機持ちが総出とかそれじゃ盛り上がりに欠けるんじゃ……。残ってる専用機持ちは二人とも休養中で、代表候補生も他のクラスにあと一人いたはずだけど、それもまだ作成中だって言う話だし、これで良いんだか……。

 

 …………ところで桐生って誰だっけ?

 

 

 

「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

 

「ああ、本当にな。俺も同じ気持ちだぜ」

 

 試合開始まで後、5秒程。

 一夏がラウラとにらみ合っている横で、僕はもう一人の相手、桐生龍也君に意識を向けて戦術を練っていた。

 正直に言っちゃうと桐生君相手なら特に必要はないんだけどね。一夏に、ラウラと一対一で戦わせてほしい、と頼まれたので万が一がないように用意しておくだけだ。

 

「よろしくね。桐生君」

 

 その一環として、少しでもこっちに意識を向けさせておこうと桐生君に話しかけたのだけど、それは失敗だった。

 

「こちらこそ。よろしくな、シャルルちゃん(・・・)

 

「……え?」

 

 にやける桐生君のその反しに、僕の頭は真っ白になってしまった。

 そして一時の間も置かず試合の開始を知らせるブザーが響き渡る。

 

「ハァッ!」

 

 気付いたら桐生君が目の前まで迫ってきていた。慌ててシールドを前に出してなんとかその一撃を防いだけれど、シールドに大きな傷跡ができてしまった。

 しかも自分でもわかるほど動揺が酷い。頭の中には何故や何時なんて疑問がひっきりなしに湧いて出て、試合に集中しきれてないのがイヤでもわかってしまう。

 

「へへっ、やっぱそうか」

 

「なっ!?」

 

 鎌を掛けられた!?

 油断した! 余りにも自信満々に告げた様から既に知られているものだと思ったのに、そうじゃなかったんだ!

 考えてみたら当たり前のことだった。僕は基本一夏や響たちと一緒に行動していて、彼とは廊下で数回すれ違った程度の関係でしかなかったのだ。そんな彼に僕の正体が気付けるはずがないじゃないか。

 でも後悔してももう遅い。目の前の男に僕が女の子だってことを知られてしまったのだ。どうやっても誤魔化しきれない。

 

「イレギュラーばっかで困ったけど……、漸く俺様の時代が来た」

 

 不気味な笑みを浮かべると桐生君がプライベートチャンネルを繋げてきた。

 

「なあ、学園生活は楽しいか?」

 

「……なに?」

 

 突然の質問に戸惑うも撃つ手は止めない。いや、むしろだからこそ余計に絶対に止められない。

 桐生君には既に何百というラファールに積んだ多種多様の武器が放つ銃弾を浴びせているのだ。ちゃんと命中しているのをラファールだって捉えているのは確認済み。それなのに桐生君が平然と聞いてこられるってことはつまり、これまでの攻撃が全く効いていないってことだから。

 特にあの左腕の十字の盾が堅すぎるんだ。しかも時折返されるレーザーらしきものの威力が信じられないくらいに高い。ここで少しでも弾幕を薄くしてしまったら簡単に押し切られるのが目に見えていた。

 だから少しでも策を立てるための時間を稼ぐために僕はあえて話に乗ることにした。

 

「女なのに男の振りさせられて織斑一夏に近づいてさ、自分のしたいことができずにそれで良いのか?」

 

「そ、それは……」

 

 それで良い、とは言え返せなかった。僕だって、できることなら女だって言いたい。男の振りはイヤだって言ってしまいたい。そう思ってしまうことがあったから。

 

「俺なら上手くことを運べるぜ。お前が女だって言っても誰にも文句が言えない状況を作ってやる。織斑なんか捨てて俺と来いよ」

 

 彼は僕を助けようとしてくれている、そう思わせるようなセリフだった。……並べられた言葉の上辺だけなら。でも彼の言葉を反芻すると言外に告げてられていることがわかってしまった。

 この条件を飲んで俺の女になれ、さもないと全部バラし学園にいられなくするぞ、そう彼は言っているのだ。飲んでしまえばこんな男の伴侶にされ、飲まなければ性別を偽り世間を騒がせたことを考えると死刑、運が良くて終身刑ってところかな。

 はははっ、どっちもイヤだな~。

 

「ま、この試合中くらいなら待ってやるよ」

 

「ッ!?」

 

 突然体勢が崩れた。大きく精神が揺らぎをブースターが検知してしまったんだ。慌てて直そうとしたけど、できてしまった隙は大きくて放たれたレーザーに直撃……、

 

「シャル!!」

 

 強い衝撃が僕を襲った。でもシールドエネルギーには影響がなくて、それは一夏が僕を抱えて飛んでいた。

 

「一夏、どうして……、ラウラは?」

 

「何とか躱してな。相棒だろ? 助けるのは当たり前だ」

 

 ヤバい、泣いちゃいそうだ。ラウラだって強敵のはずなのに、それでも僕も見ていてくれたことが嬉しかった。

 

「シャル、何を言われたのかはわからねぇけど、無理すんなよ。後は俺に任せとけ」

 

 桐生君と同じように一夏も笑った。でもそこには桐生君の時のような不快さは一片も感じられなかった。ただ純粋に僕のためを思って言ってくれているんだと思えた。

 でも、だからって!

 

「そんなわけには!「俺なら大丈夫だ」……一夏」

 

 僕を離すと一夏は一人で追いかけてくる二人の元へ戻っていった。

 僕も行かなきゃ、そう思っているのに体が動かない。今の僕に出来たのは手を伸ばすことだけだった。

 

「私も随分舐められたものだな!」

 

「お前等程度、俺一人で十分だ」

 

「調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 ラウラ一人でもキツいはずなのに、一夏は二人を相手に挑発して挑む。無数の翠のビームに翻弄され、ワイヤーとナイフの暴力に曝され、極めつけは白式にとって天敵にあたるAICに止められても、一夏の目には諦めはなくあったのは勝つという強い意志だけだった。

 

「ウオォォォッ!!」

 

 ライフルを握る手に力が籠もる。

 このまま戦えば桐生君に僕の正体をバラされるだろう。そうなった後に起こることを考えると確かに怖かった。でも、それ以上にこのまま一夏が傷ついていくのを見ている方がもっとイヤだ。

 どうせ逃げ道が無いのなら、僕の人生を狂わせたあの人を道連れにできる道を選んでやる。

 例え僕がどうなろうとも、関係の無い一夏を巻き込むわけには行かないんだ!

 

『……貴方方の娘シャルロット・デュノアに何故あのようなマネをさせたのか、聞かせて貰ってもよろしいですか?』

 

 強く決意を固めたその時だった。

 あの人たちの会話が聞こえてきたのは……。




 ついにこの日が来た。
 週2回投稿の開始を告げる鐘が鳴るぅうううっ!

「……すでに瀕死状態で、投稿日時もわけわかんなくなっちゃってるのにね」

「キリが良いてだけで、一日丸々削るらしいからな。放っておくしかあるまい」

「そうよ。ぐうたら生活が響いて曜日感覚なんかがズタボロなだけよ」

「いくら本当でも、そんなこと言っちゃだめだよ」

 そこいらないことは言わない!
 あと最後のが一番胸に刺さってるから!!

「「「「嫌なら生活態度を改めろ」」」」



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第参拾伍話

 暗い暗い闇夜の中で、私はリズムを刻みましょう。塞がる塀は飛び越えて~、幾重の瞳は移せない~、っと。

 

「フフフッ、時間は掛かりましたが準備も整ったことですしそろそろ乗り込むとしますかね」

 

 後輩君からの催促が日に日に増して大変でしたが、ようやく解放されますね。そびえ立つ大きな建造物――デュノア本社の正門で一度足を止める。

 デュノアの父がいるであろう上と悪行を働く下を処理する算段を整えるためです。

 踊やデス辺りでも呼べたなら上下で分担するなんて手が使えたものの、今の私は死神、人知を越えたった一人で様々な場所を瞬時に襲撃していくものと知られているため、二人の死神を同時に動かすわけにはいきません。そのようなことをすれば活動に大きな影響が出てしまうでしょうし。それに後のことを考えるとね。

 ふふ、ここから先はいつも以上に慎重にそれでいて世界へ拡散させるため大胆に、で遂行しなければなりません。

 

「社長さんの動向を知るためにも、やはりここはまず下を押さえるべきですね」

 

 下、それは一階や二階という下位層という意味ではなく、文字通りの下、それもB1やB2という地下駐車場よりもさらにその下、本社の設計図にも載せられていないB4階以降の悪戯の温床となっている場所です。

 日夜非人道的実験が行われ、幾千万の裏金を用い幾多の兵器が作られているそこは私が調べきた外道を超えるものを隠しています。

 何故そんなことを知っているのか? フフ、すでに一度進入してますからねぇ。その時に粗方の情報的証拠は押さえさせて貰ったのです。では今回の意味はないのでは、と思うでしょうが、あながちそうでもないのです。

 情報的証拠はあくまでも見聞でしかありません。なのでいくらああだこうだと他者が声を荒げたところで物的な証拠を消されてしまえば全て無意味。それに私は死神なのです。こそこそ忍び込んで物を世に出すなどと言う恥ずかしいマネはできません。

 故に私は彼の鎌を手に構える。

 

「さぁ、パーティーの始まりといたしましょう!」

 

 門を切り伏せる。当然警報がけたたましく鳴りますが、そんなもの関係ありません。細切れの鉄柱を踏み越え社内へ……は行かずその少し手前で鎌を真下に振り下ろす。

 B1、B2、そして1階分のセメントを切り崩し、降り立った隠し層。わざわざここを選んだのにもちゃんと訳があります。本来ならば真っ暗といっても過言ではないでしょう場所、月明かりに照らされ見えてくるのは…………大量の銃火器。それもIS用ではなく人が使うことを前提にした物のみ。

 

「まずは一つ」

 

 これが私たち死神の情報的証拠というものの使い方。襲撃時に物的証拠を効率的に集める糧とし、そして全てを知っていると対象者に告げる福音となす武器とする。

 誰にも入ってこられないように残っていた天井を大まかに切り落としてしまう。それと扉の位置を確認し……ふむ、一つのようですね。

 部屋を後にし、入れないように出入り口も瓦礫で塞ぐ。これでもうこの場所の隠滅は出来ません。

 

「次々参りましょうか!」

 

 捕まえに来た屈強な男は石突きで首を穿ち意識を刈り、また数名いるIS乗りは刃で武器を斬り捨て無力化して通り過ぎる。前情報で仕入れていたISの兵器化計画の証拠となる部屋を出入り不可に変えていく。

 そして残りは後一箇所。

 

「チッ、虫酸が走る……」

 

 おっと、いけない。素が出てしまいました。

 そこに広がっていたのは牢獄、中を見ると傷だらけの者ややせ細った者など男女様々な者が収容されています。……それも子供ばかりが。

 

「……みなさん、もう大丈夫ですよ」

 

 全ての鉄格子を潰す。

 

「……だ、誰?」

 

「死神――尊き死を司りし者です」

 

「死に……神さん?」

 

 あ……、これは少々失敗してしまいましたね。一人の少年に問われたのでいつも通り答えたのですが、このような状況で死神などと名乗っては怯えられてしまいます。

 どうしたものかと思った矢先、少年の表情を、そして言葉を聞いて唖然としてしまった。

 

「そっか……」

 

 とても安らかで嬉しそうな笑みを少年達は浮かべていました。

 

「僕達……やっと死ねるんだね」

 

 そしてそう涙を流して呟いたのでした。

 

「死なせなどさせません。絶対に私がさせません!」

 

「……え?」

 

「このような場所で惨めな死を君達が遂げる謂われなどありはしません。私は尊き死を司る者、悪しき死はさせて堪るものですか!」

 

 死んだ魚のような目をしてしまっている少年たちを先導して、上に……。

 

『残念だったな、死神。ここに来たのが運の尽きだ。殺れ』

 

「私の邪魔をするな」

 

『な……に……!?』

 

 複数の巨大な何かが戯れ言をほざいていたような気もしますが、所詮塵芥でしかないものです。気にしない。一閃で黙らせる。

 

「うそ……。あの化け物を一撃だなんて……」

 

 全てを輪切りにし地上へ出る。そこで見たのは警報に呼ばれて何百人の警官が武装し正門前に鎮座している姿です。それも皆、私が正しき義を持つ者と判断し『死神の襲撃』があるかもしれないので待機した方が良いとリークしていた騎士た乗り手の方々。

 皆突然現れた数多くの子供達を見て目をしばたかせていますが、まぁ良いでしょう。

 

「お行きなさい。彼らなら君達を守ってくれるでしょう」

 

「し……死神さんは、どうするの?」

 

「私にはまだ為さねばならぬことがあります。なに、心配することはありませんよ。さぁ」

 

 少年達を促し警官たちの元へ送り出す。デュノア社内にいるものは誰も手を出そうとはしません……、いえ、出すことはできません。

 今ならまだ、少年達を保護したと言えば言い逃れができますからね……望み薄ですが。それにこの状況で撃ち殺そうなどとすれば、死神の討伐を目的にしたポリス全てを敵に回すということになるのです。

 いくら悪事に手を染めているからと言っても、一企業でしかない彼らが対死神用の超重装備で完全武装したポリス相手に立ち回れる、なんてことは天地がひっくり返ろうとありえない。

 彼らが言い逃れる術はただ一つ。

 死神たる私を捕獲し罪を着せる。

 それだけです。

 

「まぁ、させるつもりはありませんがね」

 

 そろそろ時間も良い頃合いです。上へ参るとしましょうか。

 あぁ、それと……、ローラン・ブランシャール、貴様だけは必ず……ね。

 

 

 

「……ようやく私たちも終われそうだ」

 

 最上階、社長室に到着したその時、部屋の主人はそうそっと呟いた。

 

「待っていたよ、死神……いや、ヴァルファ君」

 

「おやおや、これは意外デスね。他の皆様方は逃げたというのに社長ご本人やその奥様が未だ残っているとは驚きました。それに、待っていた、とは?」

 

「いつか貴方が来ることを予想してました。貴方はとても優しい人のようだから」

 

「…………」

 

 扉を塞ぐように一人の女性が部屋を訪れる。

 

「私たちだって伊達や酔狂で社長に就任しているわけじゃ無いからね。君が何故このようなことを繰り返しているのか、理解しているつもりだよ」

 

「断罪されるとわかっていて、自らここに残っていたと?」

 

「ええ。ここの地下を見て来たのならわかるでしょう。これは私たちの責任だから……」

 

 やはりこの人たちは……。密かに笑みを零してしまっていた。ぶかぶかな袖に仕舞っていた通信機のスイッチをオンにする。準備は、できてますよね。

 

「まだ貴方方は語らねばならぬことがあるはずですが? ……貴方方の娘シャルロット・デュノアに何故あのようなマネをさせたのか、聞かせてもらえますね?」

 

『『『『Oui』』』』

 

 体内をその一言が駆け抜けた。

 

「君のことだ。もう調べがついているのだろう? 他企業の第三世代型の情報を集め、そして織斑一夏、世界で数少ない男性適合者を調べさせるためさ」

 

「……あなた」

 

 彼の妻は悲しげに呟く。しかしその顔は夫に着いていくという覚悟が現れていました。たった一つの大切なもののために。

 

「いいんだよ。これが真実だ。ヴァルファ君、満足頂けたかな?」

 

「……それで本当に良いのですね?」

 

「ああ」

 

 彼の魂の在り方はとても高貴なものなのが伝わってきます。そして本当に美しい、暖かな祈りを胸に秘めているのがわかってしまいます。

 ここで自分が死ぬのだと覚悟を持ったその上で……。

 

「後悔は、しませんね」

 

「くどいぞ」

 

 しかし、だからこそ私は彼の嘘を見逃すことができない。非情だと睨まれたとしてもあの少女のために、彼の支柱を砕く一鉄の杭を打ち込む。

 

「本当にこのままあの子に誤解されたまま死んでも良いのですね」

 

「……ッ!」

 

 真剣に彼の目を見つめて、そう問いかける。

 

「…………そうですか。ではその思いを胸に死になさい」

 

 彼の内から滲み出る葛藤が、強く握り締める拳の中から血となって流れ出る。その姿を見た上で、私は鎌に、差し込む月明かりを当てて振り上げる。

 そして一気に振り……、

 

「……良いわけが! 大切な娘に嫌われたまま死にたい親が何処にいる!!」

 

 首筋に触れたその時に、涙と共に零れた彼の悲痛な叫びが私を止めた。

 



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第参拾陸話

「だがこうするしか、なかったんだ……」

 

 何度も何度も水音を立てて、ようやく彼は真実を語ることを決めてくれました。

 

「もう10年以上も前の、まだ私がデュノア社を父から引き継ぐ前の話だ。私と今の妻、そしてシャルロットの母は親友で、そして私たちはお互いに愛し合っていた」

 

 彼らの関係を知らない今の社員はシャルロットを『愛人の子』と呼び蔑んでいましたが、やはり本当はそうではなかったのですね。

 彼と妻、彼と彼女、そして妻と彼女。当時の彼らはお互いが好きで好きで、大切な一つの家族だったそうです。

 ですが当時の社長、つまり彼の父親がそれを認めなかった。一夫多妻制をフランスが認められていないというのもありますが、その人は彼に、どちらか一人を決めもう一人を捨てろ、と命じた。

 

「勿論、私も猛反発したよ。デュノアの性を捨てる覚悟もあった。でもね、彼女たちはそうじゃなかった」

 

「私たちはこの人にデュノアの社長という栄誉を私たちの我が儘で捨てて欲しくなかった。この人のために生きようって誓っていたから私もあの子も身を引こうとしたの。本当なら私が引くべきだったのにね……。あの子は私よりもよっぽど頑固者で、折れちゃいけなかったのに私が先に折れてしまった!」

 

 メイクが崩れるのも忘れて妻は泣き崩れた。二人とも知らなかったのだ、彼女がシャルロットを身籠もっていたことを。

 

「私たちがシャルロットを知ったのは、彼女が倒れたという風の便りを耳にした時だったよ。でもその時にはもう手遅れだった。彼女の体は医者でもどうしようもないほどに酷使されていて、手の施しようが無かった。私たちは、彼女に、シャルロットを立派に育てるための代償を一人で払わせてしまったんだ!」

 

 本来ならば、それは自分達が支払わなければならない役目だったと、彼らは嘆いた。自分が情けなかったせいで、大切な人を一人きりにさせてしまい、さらに自分達の娘でもある子を一人で育てさせることになってしまったと。

 

「資金面での支えだけでもしたかった!」

 

 机に拳を叩き付けて、彼は叫んだ。当時から落ち目にあった会社の社長だったとしても、彼女を助けるためなら、金を捻り出すために頭を下げることも地べたを這いずることでさえも、彼らにとって些細なことと言えた。

 

「だから私たちは、彼女に出来なかった分の全てをシャルロットにしようと誓った」

 

「それが、彼女を向こうへ送ることですか」

 

 彼らの過去を考えると意味がわからないかもしれない。だが、彼を取り巻く環境を知るとそれは一変する。

 

「ああ、その通りだよ。本当ならあの子を引き取らず何処かもっと良い人たちの元で暮らして欲しかった。けれど私が不甲斐ないせいで、沢山の犯罪に手を染めてしまったこんな下らない会社に招くことになってしまったんだ。こんな場所に彼女を置いておきたくは無かったというのに」

 

 地下で行われていた行為が表沙汰になったとき、シャルロットがデュノア社を好きでいたらどうなっていたか。

 考えるまでもありませんね。響の直感も認める『優しい』心をしたあの子なら、迷うこと無く悪事に手を染めることでしょう。そうなればあの子も犯罪者として投獄されることになります。

 だから彼らはシャルロットに辛く当たった、デュノアを嫌うようにするために。

 

「そしてIS学園にはミス・織斑のような良き人たちが沢山いてくれる。もし何かあったとしても彼女たちなら任せられる、そう思ったんだ。それに……」

 

「それに、自分達を悪の温床として死ぬことで、あの子は女性であることを否定されてIS学園に無理矢理いれられた悲劇の少女として、偽称の罪に問われることはなくなる。……ですね?」

 

「ああ。本当に情けないよ。こんなことしか、シャルロットのためにしてやれないなんて……」

 

「今日、私はここにこれて良かった」

 

「……ハハ、酷いね。君は」

 

 不謹慎だとはわかっていても彼らにそう言わせてもらう。

 

「いえ、そうではありません。私はただ貴方の真意を知ることができたことが嬉しいんです。誰かを想う尊いものを垣間見ることができて幸せなんです。これで心置きなく、咎人を討つことができます」

 

「何を言って……?」

 

「貴方方の想いを踏みにじった者を私は許さない。平和を蝕むものは私が必ず排除する」

 

 私は鎌を下ろし静かにその場を去……、ああそうだ。二人には悪いですが最後に爆弾を置いていくことにしましょう。

 

「良かったですね。シャルロットさん」

 

「「……えっ?」」

 

 通信機を見せびらかしながら、備え付けのテレビの電源に触れて今度こそ私はその場を後にした。

 

 

 

 知らないうちに目から涙が零れ落ちていた。ずっと嫌われているんだと思っていた。愛人から生まれた邪魔な子なんだと思っていた……。

 

『大切な娘に嫌われたまま死にたい親が何処にいる!!』

 

 でも、そうじゃなかった…………!

 初めて聞いた、あの人の荒ぶった声。それは僕を大切な娘だと言いたいという悲痛な叫びだった。

 

「そ、そんな!? どういうことだ!?」

 

 もう、恐怖なんて無かった。これからがどうなってしまうかわからないけど、あの人たちが愛してくれているんだと思うと、

 

「つ、作り物だ、作り物に決まってる!」

 

 どうして桐生君がそんなに動揺するのかはわからないけど、でも僕はあれ偽物なんかじゃないと言い切れた。

 静寂なスピーカーから漏れて聞こえてきたのが、本来なら聞こえてきてはいけない、たった今している僕達の試合の解説者の慌てている声だったこと。そして何より、あの人たちと会話しているのが、あの正体不明神出鬼没の黒き武人、死神だったこと。

 

「そ、そう作り物だ! 我が社を陥れるために誰かが仕組んだ悪戯だ! 誰だこんなマネをした奴は!」

 

 客席から非難の声が……。ハイパーセンサーを通して捜すとデュノア社の重鎮、ブランシャールが醜く喚き散らしている姿を見付けた。それだけで、あの人たちがこんなことをしなければならなくなってしまった原因がわかってしまった。

 でもそれは後だ。僕が直接問い詰める。それよりも、今は目の前の、一夏の頼みを叶えたい!

 

「ッ!? グッ!」

 

「一夏」

 

「シャル……」

 

「ごめん。僕はもう大丈夫。桐生君は僕に任せて」

 

「……ああ! 頼む!!」

 

 一夏が羽撃ち、僕たち二人が取り残された。

 

「ま……また、イレギュラー、だ……と!?」

 

 アリーナの巨大モニタに目を向ける。……やっぱりだ。彼のIS『ZGMF-X10A フリーダム』のシールドエネルギーが減っていない。

 

「(ブースターの操作をセミオートからマニュアルにシフト。剰余分のシステムをフリーダムのモニタリングに移行!)」

 

 能に負担が掛かってしまうけど、あの日々に比べたら!

 

「イッケェエエッ!!」

 

 右手でライフルを構え、左手でマシンガンを握る。そして、全部撃ち放つ。何でかしらないけど、狼狽えている今がチャンスなんだ。少しでも多く削って、弱点も見付けてやるんだ!

 

「チッ! だが、この程度の攻撃がフリーダムに効くかよ!」

 

 盾も構えず呆然としていたところを、残っていた数百の弾丸が襲いかかる。なのに、シールドエネルギーの減少率は微々たる……、いや、今一瞬減っ……た?

 

「ああ、そういう!」

 

 偶然減らした一発、それは装甲と装甲の隙間の剥き出しになった部位に当たった。効かなかった原因は装甲ってことだ。それさえわかれば、やりようがある!

 

「俺様の言うことを素直に聞いていれば良かったものを!」

 

「お断りだよ!」

 

 一気に近づき、最中でライフルからスライサーに持ち替える。そして逆手に持ったそれを振り抜く。

 後ろに避けられたけど、さらに……ッ!?

 

「嘘ッ!? レーザーの剣!?」

 

 レーザーを曲げるだけでも最近やっと実用化されたって言うのに、桐生君が腰から取り出した手のひらで包み込めるほど小さな筒から生み出されたのは、間違いなくレーザー系の熱エネルギーだった。

 直撃はしなかったけど、掠ったスライサーが蕩けた。

 

「レーザーなんてちゃちなもんと一緒にすんじゃねぇよ! ビームサーベル!」

 

「ビーム!?」

 

 同じものを取り出し、二刀流となって無尽に振るってきた。でも彼自身が初心者だったのが幸いして、掠ることもなく回避できた。

 

「ちょこまかと!」

 

 今度はライフルを、ってそうなるとあっちもビーム!? 離れたら不味い!

 

「うぐっ!」

 

 一定の距離以上離れないように無理でも何でもとにかく動き回る。ビームやレーザー兵器の速度は質量兵器と比べると途轍もなく早い。けど、それを扱うのは人間だから、その人の動体視力よりも早くそして奇抜な動きさえできれば避けられる!

 

「いい加減に当たれ!!」

 

「断る! 僕は一夏と約束したんだ! 一対一で戦える舞台を整えるって! それにあの人が!」

 

 身体中が痛い。息が苦しい。でも、それでも僕は……諦めない!

 

『負けるな、シャルロットォオオオオッ!!!』

 

「なっ!? シフトダウンだと!?」

 

 あの人の声がアリーナを包んだその時、フリーダムの純白の装甲が、蒼く輝く翼が、灰色へと褪せていく。

 

「父さんが信じてくれるから!!」

 

 振り抜かれたサーベルの横を駆け抜けた。そして僕は残されたラファールの最後の武装を展開する。

 それは父さんから言われて積め込んでいただけで、ただの一度も使ったことの無かったもう一振りのスライサー。

 

「絶対に、勝つんだぁぁァアアアッ!!

 

 今までとは比べものにならない程の刹那の時間で呼び出したそれを、僕は真っ直ぐ突き立てた。

 



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第参拾漆話

 シャルル君、改めシャルロットちゃんが決着を極めるほんの少し前、一兄はラウラちゃんと熱い戦闘を繰り広げていた。

 

「っ、……来るっ!」

 

「また外した!?」

 

 ラウラちゃんの懐に迫ろうとしていた一兄の機体が不意に下がった。直後その場の空気が不自然に歪曲する。

 またAICを使ったんだ。でも一兄は何度となく発動する姿を見てこれたことで、ラウラちゃんがする発動までの予備動作と大まかな発動可能範囲を掴めていた。……まぁ、範囲を掴んだのは白式のほうだけど。

 

「ウオォオオ!」

 

「くっ、させん!」

 

 雪片弐型の刀身とレールガンの砲弾が大気を揺るがす。折角近づけたのに反動で一兄が押し戻されてしまい、その間にラウラちゃんが体勢を整えてしまった。

 やっぱり剣一本しかない一兄が攻めあぐねてるみたいだ。

 射出された2本のナイフに追われながらも器用に振り向き様で斬り払って、一兄は再び接近を試みた。けど、またも立ち塞がったAICという壁に引かざる終えなくなる。

 

「ひびりんなら、どう切り抜ける~?」

 

「うーん……。ニールハートなら反応できない速度と軌道(※無理矢理)がだせるから懐に飛び込むこともできそうだけど、白式だったらー……」

 

 のほほんちゃんに聞かれたので、ちょっと考えてみる。白式のスペックじゃ反応できない動き、ってのは難しいだろうから……。ならいっそのこと当たることを前提にした方がいいかもしれない。

 

「うん。私なら……肉を切らせて、骨を断ちにいくかな」

 

 お、一兄が小細工無しでまっすぐ進んでいく。

 

「いくら動きを止めれるからって、それもまたエネルギーなら切り裂けるよな! 白式、零落白夜発動!」

 

「無駄だ」

 

 ラウラが手を振り翳す、僅かな光を放つ剣では無くそれを持つ腕を指すように。

 

「確かにその無効化を使われてしまえばエネルギー体であるAICも解けてしまう。だが、それはあくまで触れた時のみ。触れさえしなければどうということはない無い! 喰らえ」

 

 ゼロ距離と言っても過言じゃないくらい近距離でカノンがぶっ放された。停止させられ躱すことのできない白式にズドンと鈍い音が炸裂した。

 

「あわわわっ! おりむーが!?」

 

 噴き出した煙がもくもくと漂い現状を覆い隠してしまう。誰もが嫌な予想をし、残念そうに試合を見る中で、煙の底が大きな口を開き一兄を吐き出した。

 意識を失ったように一兄は瞼を閉ざしていて、重力に引かれるまま真っ逆さまに落ちていく。

 そして二人の勝負が決し……ない。

 

「待ってたぜ、この時を!」

 

「なにっ!?」

 

 地面に当たる目前で、力強い瞳がラウラちゃんを射貫いた。その次の瞬間、一兄の姿が霞と化す。

 姿を追えたのは何人いたかな。色々人間離れしてるちー姉や(ここ大事)私とかほんのごく僅かだったと思う。ハイパーセンサーを使っていても、完全に勝った気で余韻に浸っていたラウラちゃんは大多数、見失った側にいた。

 一兄は既にラウラちゃんの背後にいた。さらに手にした刃は青白い煌めきを目一杯放っていた。瞬時加速と零落白夜のエネルギー消費は大きいと思うけどその欠点を差し引いても、今この場においては絶大だ。

 

「ぐわぁぁああっ!?」

 

 たったその一振りで二人の残りエネルギーは逆転した。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 でも疲労は一兄のほうが溜まっている。それも当たり前か。

 さっきのシーンで一兄がやったのは私の考えと同じ、肉を切らせて骨を切る、だった。

 ラウラちゃん本人が気付いているかわからないけど、あのAICと言う機能、集中力が切れてなくてもラウラちゃんが攻撃しようとした時にほんの少し誤差の範囲内で早く解除される。一兄はその小さな小さな欠点を突いたのだ。その時間で確実に体を後ろに倒せたことで受ける圧を流してしていた。結果受けたダメージは大幅カットてわけ。で、その分が精神的疲労となって出たのだ。

 でもそれくらいの疲れなんかで簡単に折れたりしないよね。

 頑張れ、一兄。

 

 

 

 何とかイーブンに持ち込めたか?

 速やかに零落白夜を解除した雪片を握り直す。

 

「……………………」

 

 ん? どうしたんだ?

 ラウラの様子が何処か可笑しい。さっきまで俺を親の敵のように睨んでいたのに、それが嘘のように消えていた。別に落ち着いてくれたとかならいいんだが、どうやらそうでもないらしい。

 ラウラの目はそれでもまだ俺の方に向けられているのだ。にもかかわらず、その目は俺を映しているようには感じられなかった。俺の後ろ見ているわけでもなく、また俺の前を見ているのでもない、この世の何処にも視線が合っていないような感じがするのだ。

 言いようのない不気味さが背筋を這い上がってくる。

 

「あっ……」

 

 今までの戦闘で緩んでいたのか、ヒラリと今までラウラの左目を覆っていた眼帯が落ちていった。その先に隠されていたのは綺麗な金の瞳だった。戦場で何を思ってんだと自分にツッコみはしたものの、見惚れてしまったのは事実だ。

 でもその瞳が、俺や俺の後ろの世界を映した時、その内に異様な禍々しいものが燃えだした。

 

「あぁぁぁぁぁぁああぁああああ!?」

 

「なん……ガァッ!?」

 

 突如レーゲンから湧きだした黒い液状の物体が腹の装甲に突き刺さり壁に叩き付けられた。同時に肺の空気が押し出され、呼吸が滞る。

 絶対防御は何処に行ったんだよ……。痛む腹を押さえ何が起きたのか前を見ると、そこにラウラはいなかった。そこにいたのは真っ黒な鎧を着込み、これまた同じく真っ黒な刀を手の中に収めた黒一色の女性、のような姿をしたものだった。

 なのに、俺はその姿に既視感を覚えた。

 

「千冬……姉?」

 

 ああ、そうだ。千冬姉とそっくりなんだ。それも今のではなく世界大会に出ていた頃の現役時代の姿と。

 

「ッ!」

 

 黒いISは驚いている暇を与えてはくれないらしい。うねうねと蠢いていた黒い液体が凝固した矢先、刹那で数十メートルという距離を詰められていた。

 真っ黒の刀を中腰に当てて、居合いを彷彿とさせる構えをしていた。ちっ! 間に合え!!

 

「グゥッ!」

 

 辛うじて雪片弐型を間に挟め、直撃だけは避けられた。だがその超速で放たれた一閃は腕に重く伸し掛かり、弾き上げられていた。信じられないことに姿形だけでなく、太刀筋まで同じ。しかもその刀まで同じ姉の武器、初型の雪片。

 黒いISが振った勢いで移し取った構えは上段の構えだった。この流れは――ッ! ヤバい!?

 

「白式!」

 

――ゴゥッ!!

 

 鋼鉄の鎖で縛ったままトップスピードのF1に引き摺られるような衝撃に全身を投げ入れ、後ろに吹っ飛ぶ。派手に地表を転がった。シールドエネルギーが底をついたらしいな。地面に激突した体の至る所で焼けるような痛みがあった。

 今の緊急回避が最後の力だったんだな。白式が光と共に腕の中へと戻っていく。……ありがとよ、白式。

 ちょっと困った。手にしていた武器が消え去ってしまった。

 

「でも、……それがどうしたってな!」

 

 俺にはまだこの響から習った無手の構えがある。

 それに今の俺は激情が煮え滾ってんだ。立ち止まってられるかよ。

 

『いいか、一夏、響。刀は、力は振るうものだ。振られるようでは、技術とは言えない』

 いつだったか、俺と響で初めて真剣を持った時、千冬姉が語った言葉だ。あの時手にした容赦の無い鋼の重さを今でもしっかり覚えてる。

 格好いい、とか綺麗、なんて感想は何処にもなかった。その冷たい存在の重圧を俺は忘れない。

 

『この重さを振るうこと。それが持つ意味を考えろ。それが強さになる』

 

 その時の千冬姉の眼差しは、厳しさと優しさ、相反する二つを合わせて持っていたっけな。

 ……そんな姉の武器を真似し、姿を真似て、剰え剣の術までもを真似た。それだけならまだ許せたんだ。だが、こいつはその姉の誇りを暴力に使った。それが許せない。

 

「一夏!」

 

「シャル! 勝ったんだな」

 

 ふらふらとシャルが隣にやってきた。

 

「なんとかね……。あれはいったい?」

 

「わからない。でもあれは千冬姉のデータからできたものみたいだ」

 

「ちょっ、一夏何する気なの!?」

 

 俺が前にいこうとしたら、シャルに見咎められてしまった。

 

「ん、ちょっと一発ぶん殴ってくる」

 

「ISもなしに素手でそんな無茶だよ!」

 

「大丈夫だって。これでも無手の戦い方は学んでる」

 

「だからって……、あぁ、もう! わかったよ。まったく……。でもちょっと待って。普通のISには無いけど僕のリヴァイブならコア・バイパスでエネルギーを送れるはずだから、僕の分のエネルギーを受け取って。残念だけど僕にはもう武器が残ってなくてね」

 

 よく見るとシャルの乗るラファールは傷だらけだった。桐生との闘いもこっちと同じくらい激しかったんだな。

 

「頼む」

 

「任せて。でもその代わり約束して。絶対に負けないって」

 

「勿論だ。あんな劣化コピーに負けられねょ」

 

 ラファールから次々とエネルギーが送られてくる。

 

「じゃあ、負けたら明日から一夏は女子の制服で通ってね」

 

「……いいぜ。なんてたって俺は負けないからな」

 

 全てのエネルギーを受け取り終わった。

 

「勝つ」

 

 展開するのは剣と右篭手だけでいい。

 そして俺は静かに偽りの千冬姉(ラウラ)に向き合った。



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第参拾捌話

 二つの刀剣が真っ赤な火花を撒き散らしアリーナの中心で乱舞していた。

――片や白、片や黒。

――片や剣、片や刀。

――片や男、片や女。

 全く異なる二人、生まれた場所も生きた世界も類似しない。しかしその二人が放つ剣技は同じもので、憧れた人物も同じ、一人の女性であった。

 

「ウォオオオ!!」

 

「~*#%$@!!」

 

 片腕のみで武装し生身で抗う男が咆える。全身が機械に呑まれた女が奇声を発する。

 振り上げた右腕で繰り出す剣筋は寸分の狂いなく全く同じ軌道を通り衝突する。圧されたのはやはり生身の男――一夏だ。だがその体から溢れ出る気迫を見ると女――ラウラ(黒いIS)よりも遙かに勝っていた。

 弾かれる勢いに逆らわず体をコマに見立て、一太刀の力に上乗せする。

 

「負けて……、堪るかよぉおおっ!」

 

 再び見えた二つの横薙ぎの刃、今度は互いに不動だ。織村千冬のデータから産み出された黒いISは元より、その弟である一夏の一挙一動にも織村千冬の姿が、いやその魂が宿っていた。

 

「グゥッ……ァアアアアッ!!」

 

「=”~#$!?」

 

 熾烈な打ち合いを制したのは、魂を引き継ぎし者(一夏)だった。黒いISが落とす全力の袈裟斬り(叩き付け)に刃を潰されながらもその上を滑らせる。

 黒いISの懐に遂に一夏が入り込んだ。

 

「零落白夜……発動」

 

 一夏から沸き立つ意志が鋭く洗練されたものに変わるにつれて、ただ散っていくだけだったエネルギーが一つの指向性を見せ始めた。その手から放たれた輝きが最高潮に達したその時、その剣から従来の厚みが取り除かれていく。ただただ薄く鋭く尖ったものへと収束していく。

 それは正しく今の一夏が渇望した姿だった。

 姉の技が最も煌めく至高の存在。

 

「よく見やがれ! これが!」

 

 実体刃を捨てて弐型が選んだのは先代の姿である。振り上げられた蒼白の一閃は偽りの雪片を紙の如く斬り裂いた。

 

「千冬姉の、本当の雪片()だ」

 

 天上から振り下ろす縦一文字の斬撃が、黒を断ち切った。

――一閃二段の構え。

 それは篠ノ之道場で千冬と箒から一夏が最初に教わった剣術の初歩であり、千冬(オリジナル)の繰り出す剣術全ての根底だった。だが上辺だけのコピー体でしかない偽物はそれを理解していなかった。故に対応できなかった。

 残心も雑多に一夏は即座に雪片を手放す。ISの裂け目から意識を失ったラウラが滑り落ちたのだ。

 

「おっとっと」

 

 地面にぶつかる前に両手で抱え上げた。ふぅー、と深い一息を吐いて肩で息をする一夏を後目に役目を終えたと言わんばかりに雪片がブレスレットの中へと消えていく。

 同時にまだ部分展開していた篭手も仕舞おうと……。

 

「GYAAAAA!!」

 

「ッ!?」

 

 したその時だった。突然、真っ二つに切り開かれ操縦者も失ったISが咆え、液化し崩れゆく腕を振り上げたのは。

 だがそれは未遂に終わった。もう奇跡としか言えないほどに、偶然が折り重なったのだ。

 ラウラを抱えていたことで普段より一夏の体勢が低かったこと、驚いて下げた足が滑ったこと、まだ篭手を仕舞っていなかったこと、雪片を先に格納していたことでほんの少しエネルギーに余裕があったこと。

 それら全てが重なったことで、迫っていた爪先は白式の篭手に阻まれ二人はそれに触れられず(・・・・・)にすんだ。

 動き出した化け物を潰すために一夏がしたのは一つの構えだ。

 

「邪魔をするなっ!」

 

 シャルロットのお陰で使うことがなくなったと思ったんだけどな、なんて一夏は心の中で苦笑を浮かべていたのはさておいて、今度のそれは剣技ではなく無手の拳技。

 億の時を生きた義兄から義妹へと伝わり、信念を通し続けるその義妹から伝えられたもう一つの一夏の誇り。

 やってみないかと誘われた時は、普通の人間には無理、と笑って型だけしか学ばなかったが、今の一夏はそれを放てる確信があった。

 岩石をも打ち砕くその一撃を。

 

「ぶっ飛べ! ――掌底破!!」

 

 一夏は響みたく気なんて摩訶不思議なものを使えない。しかし今は白式という気と似たようなことができる摩訶不思議エネルギーを扱う武具を宿していた。

 これなら気の代用になるのでは? という若干浅い考え(本人はいたって真面目)で使ったそれは、間違いでは無かった。

 

「GIIGAAA#~*%(@!!」

 

 一夏から流れだす意志が白式と重なりその掌を通して黒い液体の中へと激しく伝播する。耳が劈かんばかりの奇声を上げようと、黒の身体はブクブクと沸騰する水のように気泡で膨れあがり、そして遂に爆散した。

 織斑一夏の完全勝利。

 

 

 

 

 そして、幕が、閉じれば良かったのに…………。

 

 

 

 

 自身の教えた技を一夏が完璧に使いこなし、立ち塞がるものを打ち抜いたその様に響は独り、周りが引く程にガッツポーズを決めて喜んでいた。しかしその胸の内では、警笛が酷くがなり立っていて、変に思われないようにそれとなく周囲に意識を回して考えていた。

 

「(なに? このやな感じ……。まさかまた前みたいに何かあるの……)」

 

 だが不意に、何の前触れも無くはためく布の音を耳にしてその思考は遮られる。

 

「ふへぇ~、間に合った間に合った。みなさん、どもね。ちぃ~っすね」

 

 あ、うん。遮られるどころじゃなかった。完全に停止してしまった。その姿は会場にいる者なら誰もが知る世界でもトップクラスの有名危険人物――死神(ヴァルファ)だった。だが、そうであるのに、なんだそのお気楽な登場は。その場の全員が心の中でツッコんだのは仕方ないことだった。

 

「えっとえっと、それじゃあ早速だけど、この耳障りなのはもらってっちゃいますね」

 

 可笑しなことを言う。目障りならまだしも、既に戦闘は終わりもう随分静かになったというのに、いったい死神は何が耳障りだというのだろう。言われた一夏が不思議そうにしていたがそれを無視し、背を向けると死神は鎌を構える。

 それは宛ら野球選手のバッターよう。明らかに長い鎌を、しかも石突き間近を握って、豪快に振りかぶり片足を持ち上げる。

 そして鎌から聞こえてはいけないはずの大気が押し潰されるような鈍い音を奏で、盛大にフルスイングした。

 

「うおっ!?」

 

 アリーナ全体を烈風が駆け巡る。その勢いは文字通りの強烈な風圧を放ち、人一人抱えた一夏までもが吹き飛ばされそうになっていた。台風で言う目の位置にいたために"されそう"ですんだが、前にいたらと思うと……一夏はゾッとする。

 まぁ、一夏のことは何処かに捨て置き、見なければならないのは風だ。アリーナやレーゲンの表面から次々と黒い斑点を巻き上げては死神の前にダマとなるようにかき集めていった。

 

「んと……、この辺で良いかな~。よ~いしょっと」

 

 大体が集まり丸い球となったところで死神は後ろに下がり、距離を取る。腰や膝を曲げたり伸ばしたりと身体を温め始め、そして背筋を伸ばすようにして、おもむろに鎌の頭を地面に触れさせた。

 

「夏のお兄ちゃん、そこにいたら危ないよ~」

 

「へ?」

 

 人懐っこい声で一夏に話しかける。だが危ないなどと良いながらも待とうなんて優しさがないのは、フードの隙間から覗かせた三日月状の口元がひしひしとお知らせしてくれていた。

 

「……よっこい」

 

 一夏が呆けている間に、死神は後ろに立て掛けた鎌に真っ直ぐ天を仰がせる。

 たった今まで吹き荒んでいた竜巻が今度は線になって襲いかかってくる……、そう思い至ると慌てて一夏は止み始めた風の中を突っ切り避難する。

 

「せの」

 

「――――の?」

 

 死神もとい素体となった踊本来の腕力と重力に物を言わせた過剰すぎる暴力がアリーナ中心に突き立てられた。波紋のように衝撃が広がったが一夏たちが思い描いた程のものではなく、肩透かしを食わされたような気になってしまう。

 しかしそれは死神にとってまだ途中の段階だ。この鎌の切っ先に込められたエネルギーは死神という弾丸を撃ち出す撃鉄でしかない。

 音でさえ彼方に置き去るほどの超速でぶっ飛び、そんな最中に豪快な回転を見せつける。…………大半が視認することさえできていないのだが。

 

「せっ!!」

 

 かけ声が聞こえてきたその時、和紙でも突いたかのように容易く、フィールドを覆うシールドに穴が開いた。

 内部の振り下ろしで外部に影響を与えたのかと、技術関係者らは死神の一刀を見て興奮した。だが、特筆しなければならないものが聞こえてこず首を傾げる。そして気付いた者から順に目を見開き唖然とした。

 

 特筆しなければならないもの――それは避難を促す警報だ。

 技術者の推察が真実で空から槍のような何かが落とされたのだとすると、前回のゴーレム騒ぎと同様に、いやその経験を踏まえればさらに高等な警報がならされても良い状況の筈なのだ。

 それが反応を示さないとなると、考えられるのは内側からの影響しかなく、それでいて外側から開けるように見せたということになる。

 はて、それはいったい如何様にしてなせるというのだろう?

 

 その答えはガリガリと磨耗していく球が示していた。

 

「……空間を断ったとでも言うのか!?」

 

 是。乱れ狂う内部の暴風を見て呟いた誰かの言葉が正しく的を射たものだった。

 死神が鎌を通して斬ったのは黒い球ではなく、黒い球が存在している空間自体だったのだ。恐ろしい程に瞬間で断ち隔てられたことで生まれた直線状の真空が、シールド外からの大気をも引き寄せ穴を開けるという事象を引き起こした。

 人工物が侵入しようものならそれが敵だと判断できるだろうが、あって当然の天然物が重くなったとしてもそれが攻撃だと誰が予想できようか。現に監視塔ではシールド発生装置の異常として処理され、即座に再構築されている。

 

「ふへぇ~……、これだけやってようやくだなんて、やんなるなー」

 

 地に足を付けて死神はぽつりと嘆息を漏らした。それは誰にも聞かれることなくシールド内に舞い散る灰色の塵芥に吸い込まれて消えていく。

 

「ま、いっか。……夏のお兄ちゃん! 今度はボクもちゃんと顔見せに来るからねー!」

 

「ん? なんだって?」

 

「しししっ、さ~ねぇ」

 

 聞いていた以上の難聴っぷりに思わず笑いそうになっていたが、歯を食いしばってはぐらかしてしまう。どうせいつかわかることだから、と。

 

――――……遅い

 

「ごめんごめん。じゃねぇ~」

 

 人の声のようになびく風のお便りに一人謝ると、死神は現れた時のように何の前触れもなく灰色の世界だけを残し、消え去った。

 ……前回のように飛び立つことなく、シールドに何の影響も与えず、解けるようにして。

 



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第参拾玖話

――ここは?

 

 そこにいたのは少女一人だけだった。

 風景なんてものはなく曖昧に光が歪曲する不思議な世界だった。

 

――そうか……、私は破れたのだな。

 

 夢の中でここが夢だとわかる、なんてことはないとラウラは思っていたけれど、不思議とその直前の記憶が鮮明に残っていた。……そのせいか変な声を聞いてからはプツッと途切れていたが。

 

――意外なものだ。もっと憎しさや恨みでどうにかなるものだと思っていたのだが、存外そうでもない。むしろ清々しいと言ったくらいだ。負けて良かったとさえ感じる程に。

 

 ラウラは折角夢の世界にいるのならと、あの日――織村千冬と出会えた日のことを思いだし、自身の変わり果ててしまった瞳にそっと手で触れた。

 

――あの頃の私はこの目のせいで『出来損ない』の落款を押されてしまったのだったな。だがこの目があったからこそ、教官や指揮官と会えた。

 

 『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』、超高速戦闘状況下における胴体反射の強化を行うためにナノマシン投与の処置を受けた肉眼、それがラウラの金目の正体だ。しかしこの金の目は失敗作だった。

 本来の彼女の目は右と同じ赤をしていて、何の問題もなくこの処置が成功していたのなら金に染まることはなく、必要な時だけに色を変えるものとなるはずだった。ところがこの目に移植した際あるはずのない拒絶反応を起こしてしまったのだ。

 その結果がこの目の色だ。そしてもう一つ、常時活動を続けるという欠陥を抱えることになった。

 

――あの時は頭が可笑しくなりそうだった。教官の『それなら眼帯でも付ければいいのではないのか? いや、それでも治まらないのか?』という何気ない呟きを聞いた時は、天命を受けたような気がしたものだ。世間を知らない私は眼帯なるものを知らず、あの時は教官にいったいどんなものなのかと問いただすような真似をしてしまった。今思い返すと恥ずかしいことをした……。

 

 千冬から内容を聞き出したラウラはガーゼを目に当て固定すると、今までが嘘のように痛みのほとんどがなくなった。その後ラウラがどうなったかは語るまでもないだろう。彼女の今の部下が何故か持っていた光を通さない藍色の眼帯を付けかえてからは、より一層だ。

 

――そう言えば、教官が帰られる時にこの眼帯を頂いたのだったな。この私の初めての宝物を。

 

 その頃には既に、ラウラにとって千冬は大きな存在となっていた。だからこそ千冬が一夏のことを嬉しそうに話し、照れくさそうに語る姿に、嫉妬した。

 

――今ならあの時の心の意味がよくわかる。ヤキモチというやつだ。それがいつの間にか憎悪になってしまっていた。……ふむ、羨ましいと言う感情は憎いとなるのか。実体験すると理解しやすいな。

 

 一つ賢くなったと思い至るラウラだったが、その辺りの思考は横に退ける。

 

――私は彼と出会い、闘い、そして敗北し、理解できた。何故教官のような方があのような顔を見せたのか。そして教官たちが伝えようとしていた強さというのが、どういったものなのか。

 

 いくつもある強さの定義、誰一人として同じ解のないその内の一つを一夏は見せつけた。

 

――ん? なんだ、ここ?

 

 夢の中なら何でもありだな、と呆れるもののそれほどまでに強烈な出会いだったのだと思うと不思議でも何でもないのだろうか。ラウラはそう結論付けて問いかけてみた。

 

――強さとは何だと思う?

 

 と。

 

――それが俺にもまだよくわかんねぇんだよな。でも最近は心の在り方なんじゃないかって思うんだ。自分がどうありたいかを常に思い続ける、それが強さに繋がるんじゃないかって。

 

――そう、なのか?

 

――でもそう思わないか? 自分がどうしたいのかもわかんねぇ奴は、強い弱い以前に歩き方を知らない奴と一緒だろ。

 

――歩き方……。

 

――どこへ向かうか、どうして向かうのか。ま、やりたいことをやったもん勝ちってやつだ。遠慮も我慢も、あんまりしすぎても損するだけだぞ。

 

 姿は見えないがたぶん一夏はニヤリとして言っただろう。

 

――やりたいようにやらなきゃ、人生じゃねぇよ。

 

――なら、お前はなぜ強くあろうとしていられる? どうして強い?

 

――ははっ、俺は強くねぇよ。俺はまったく、強くない。

 

 羨望の問いはばっさりと切り捨てられた。あれほどの力を持っていながら、強くないと言い切られ、ラウラは理解できずぽかんと呆ける。

 

――俺にはまだ『答え』ってやつを見付けられてない。自分なりの『答え』を見付けた千冬姉にはまだまだ敵わないし、たぶん闘う理由を持って『答え』に指を掛けてる響にも俺の手は届かない。

 

 千冬の強さは他の誰よりも長く一緒にいた一夏が一番知っている。そして響も、一夏の知らない世界で闘う意味を考えて拳を握る理由を悩んだ。その『答え』はまだ出ていないのだけれど、一夏よりもよっぽど多くの歩みを進めている。

 だから自分は強くないのだと、ラウラに告げた。

 

――それでも俺が強く見えるなら、それは……

 

――それは?

 

――強くなりたいから。

 

 一夏はそう言いながら、いつか響と踊が語った二人の知り合いのことを思い出していた。果たしたい何かのために、命の限りを尽くす人たちの話を。

 そしてそんな彼女たちは一夏のやりたい夢を為した人たちでもあった。

 

――俺は誰かを守ってみたいんだ。自分の全てを使って、自分のためじゃなくただ誰かのために闘ってみたい。……いや、闘いたい。

 

 その強い意志にラウラは自然と惹かれていて、知らないうちに曲がった世界でその姿を求めていた

 

――そうだな。だから、お前も守ってやるよ。ラウラ。

 

 一つの世界が砕け散る。歪みのないまっすぐな暖かい世界がラウラを迎え入れた。そしてその先で笑顔を浮かべ待っている少年を見て……

 

 ラウラは恋に落ちた。

 

 

 

「うっ、ぁ…………?」

 

 ぽかぽかとした光に包まれるような不思議な感覚に、ラウラは目を覚ました。

 

「気がついたか」

 

 寝起きが悪いようでしょぼしょぼとした目で声の主を捜す。軍人として訓練に明け暮れたラウラは、寝覚めが良いほうなのだが珍しくその時は寝惚けていた。

 声の主と目が合った。

 しばらく見つめ合い、静かに時間が流れ、

 

「……”~I($#"~!?!? き、教キピィッ!?」

 

 意識の覚醒に従い、千冬と長らく見つめ合っていたことを理解し暴走した。……すぐに変な悲鳴を上げてヒクヒクしていたが。

 

「安静にしていろ。全身に無理な不可がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。暴れるな」

 

 微妙に心配があるものの千冬はもう用は済んだという雰囲気を出して去ろうとした。けれどそこは流石元教え子、千冬がはぐらかそうとしていることに気付いて問いかける。

 

「……何が、起きたのですか?」

 

 ラウラは上半身を無理矢理起こす。ピリピリなんて可愛らしいものではない、バチバチと感電したような痛みが全身を駆け抜け、顔をしかめたがそれでも聞きたいという意志をオッドアイに強く宿らせまっすぐ見つめた。

 

「……一往、重要案件で機密なのだがな」

 

 前置きだけは置いて、特に迷うことなく千冬は説明を始めた。

 

「VTシステムは知っているな?」

 

「はい……。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム……。過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムですよね。ですがあれは……」

 

「そう。IS条約で現在どの国家、組織、企業においても研究、開発、使用の全てを禁止されている。それがお前のISに積まれていた」

 

 世界トップの動きをトレースするシステム、それだけを聞いたなら非情に魅力的なものだった。提唱されたばかりの頃は世界はこぞって研究を試みていた。だが研究は即座に廃止されることになる。

 よく考えればわかることだ。

 今のラウラの状態を鑑みるとわかるだろうが、ISが世界トップのパイロットの動きを真似すると言うことは、そのISを使っているパイロットもその動きをしなければならないということになるだ。世界トップに一パイロットの肉体が付いてこれるはずがない。

 

「巧妙に隠されていたがな。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意志……願望。それらが揃うと発動されるようになっていたようだ」

 

「……」

 

 ラウラの手がぎゅっとシーツを握るのが千冬の目は捉えていた。しかし何も言うことはせずただ話し続ける。

 

「現在学園はドイツ軍に問い合わせている。近々委員会の強制捜査も入るだろう。……何も問題がなければ、だが」

 

「私が……望んだから、ですね」

 

 何を、とは言わなかった。けれどあの時の姿を思い出せばそれが何かなんてことはわかる。俯いたラウラが何を悔やみ苦しんでいるのかを、千冬はちゃんと受け止めた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はいっ!!」

 

 どんなに落ち込んでいても身体に染みついたものが取れることはない。教官と慕う人に名前を呼ばれると、反射的に背筋を伸ばして顔を上げ、そして千冬の目を見てしまう。

 千冬からしたら、教師と生徒としての付き合いとは少々離れたものなため、何とか止めさせたいと思っているのだけど、今回だけはそれが良かった。

 しっかり赤と金のラウラの目を見て問いかける。

 

「お前は誰だ」

 

「わ、私は……、私……は…………」

 

 『私は』の後に続く言葉をラウラは言うことができなかった。

 たった一言、『私です』と告げればいいだけなのに、言えなかった。

 

 他人になることを望んでしまったから……。

 

 ラウラは自分の意志で自分自身の存在を否定してしまったのだ。今更どの口で『自分は自分だ』と言えるのだろうか? もう自分は誰にもなれないのだと悟っていしまい、喉を詰まらせて嗚咽を漏らしそうにいなる。

 

「誰でもないなら、丁度良い。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。他の誰かが決めた『ラウラ』ではなくお前の決める『ラウラ』に。何、時間は山のようにあるぞ。なにせ三年間はこの学園に在籍しなければいけないからな。その後も死ぬまで時間がある。たっぷり悩めよ、小娘」

 

「あ……」

 

 普段のちふゆ(変換はご想像にお任せします)な振る舞いの多い口から、励ましの言葉が出てくるなんて思ってもいなかったラウラは口を開けて固まった。

 

「ふふ、ではな。ああ、それとお前は私にはなれないぞ」

 

 千冬はそのまま仕事に……、と思ったところでどたどたと廊下を走るバカの音が聞こえてきた。

 どうやらそのバカはここを目指しているようで一直線だ。やれやれと嘆息して何時も通り出席簿を取り出す千冬。……どこから取り出したのかは聞いちゃダメ。

 バンッ! と扉が開け放たれるやいなや、これまたバンッ! と出席簿がバカの頭を捉えた。

 

「痛いです……」

 

「……何をしているんですか。山田先生」

 

「あ、そうでした! 織斑先生、大変なんです! 聖君が! 聖君が!!」

 

 無謀にも山田先生は千冬を捜して廊下を走っていたらしい。……教師でありながら、ちふゆな教師を捜しているのに。

 痛みもそれなりに、あたふたしながら山田先生はポケットから通信端末を取り出し何かを訴える。やけに混乱しているせいで何を言いたいのさっぱり伝わらないが、付き合いの深い千冬は余程のことがあったのだろうとそれをのぞき見ると……

 

『今日この日をもって、ドイツ軍を解散する』

 

 そこにはドイツ軍の消滅を宣言する踊の姿が映っていた。



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第肆拾話

 ようやく長く続いた戦闘パートが一旦の幕を閉じました……。7話も戦いが続くなんて……。
 流石、踊君。勝手なことをして下さるよ……。


 我は再び帰ってきた。この独の地に。

 死を宣告せし姿でなく、(聖踊)としてでもない、我という個として。

 本来ならば我が朋の名を名乗り、悪行を侍らす不届き者の断罪もこの手でせねばなるまいが、其れはは我が私怨でしかあらぬこと。其方は死の者として今晩にでも告げる。

 故に今から告ぐは我が罪の精算がために。

 腕を掲げねばその柄に届かぬ程の巨の剣を大地に突き立てる。

 

「……我は己が過ちによりて、共に生くと定めし共が名と彼の身に懸けて誓いを穢してしもうた。故に我は共に贖おう。この身の全てを懸けて、この罪、我がこの手にて償おう……」

 

 膿を廃しきったと我が怠慢してしもうたために、我を手伝うてくれた娘を苦しめる羽目になってしまった。

 故に我は此度の戦、あの娘に捧げる聖戦となす。

 ドイツ軍本拠の眼前、数多の鉄の荷車と羽根付きに囲まれた中で、我宣言す。

 

「今日この日をもって、ドイツ軍を解散する!!」

 

 地面を突き砕き、我が武を正面へと振り抜いた。

 

 

 

 そしてわずか3時間ばかりが過ぎ、天上を超えてから始まった内戦はドイツ軍の降伏によってその日が沈む前に終結した。

 

 

 

「調子に乗る出ないわ。畜生が」

 

――バルバルバル……

 

 空を飛んでいるのは撮影していた報道局のヘリだけ。

 再び最初の剣を地面に突き立てた姿勢に戻ったイートの辺り一面には、ぶつ切りにされた戦車や斬られたり潰されたりと悲惨な戦闘機、それと申し訳程度のISの四肢が累々と転がっている。

 鉄の荷車こと戦車はイートの振り回す暴力で豆腐のように斬られ、そのままゴルフボールの如くナイスショットでやりたい放題に飛ばされ、羽根付き呼ばわりされた戦闘機はそんな飛んできた戦車の残骸に下敷きになったり、軍に辛酸を舐めさせられていた一部のIS部隊や戦闘機部隊なんかの反旗を翻した人達に総攻撃を受けて墜落し、軍側のIS部隊はイートとあの人(仮+笑)が無双し特に被害なく即壊滅した。

 仁王立っていた踊の後ろに数機のISが降り立つ。

 

「すまないな。このような争いに巻き込んでしまって」

 

 彼女たちの顔を見ずとも誰なのか既にイートはわかっていた。何せ短い期間と言えど部下だった者達なのだから。

 

「そのようなことはありません! 軍のやり方には我々も常々疑問を抱いておりました。そして今朝方、隊長の身に起きたことも聞いています。これは私たちが選んだことです」

 

 イートと言葉を交わす女性だけでなく、その後ろで頷く女性達も拳を強く握り震えていた。激しい怒りを堪えるために……。

 もう気付いているだろう。彼女たちの隊長がいったい誰なのか。

――『黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)

 ラウラ少佐が率い、イート特別指揮官が最も信頼した元ドイツ軍部隊の精鋭たちだ。

 

「それだけではありません!!」

 

 後ろの一人が声を荒げて、イートに訴える。

 

「あいつ等は、ラウラ隊長を貶めるだけでなくその罪を! 私達に、クラリッサ副隊長に押しつけたんです!!」

 

 その女性は人一倍感情の振れが大きかったようだ。涙という雫が頬を伝わった。

 

「そうであったか……。すまない。我のせいだ。私がもっと深く根絶出来ていたならば、このようなことにはならなかった」

 

「あ、頭を上げて下さい! 本来ならこれは正式に軍に所属している我等がしなければならないこと! 旅人の貴方には感謝こそすれど、怨むことなど何一つありません!」

 

 深々と頭を下げるイートに元部下達は大慌てだ。クラリッサが声を掛けるもイートは一向に下げ続ける。

 そうして生まれたあうあうとした空気が両者の周りを取り囲むのを見かねた者がいた。

 

「そう言う訳には……「謝ることが常に正しいとは限らない。そういうものだぞ、若者よ」……! ヴァルファ殿!?」

 

 もう一人の援軍、死神ヴァルファが彼らの向かいにゆらりと現れた。

 

「貴公も忙しであろうに……。協力、感謝いたす」

 

「だから下ろさない。こっちも一段落付いたところだったから、ちょっと出張ってみただけさ。ナイスファイトだったぞ」

 

 再び下げようとした頭を抑えイートに拳を出させると、ヴァルファは拳を突き出してその健闘を称えた。

 

「呵々! ではな、少女諸君!! まだやらなきゃならぬことが多々あるので先に失礼させていただく。……お前の名に恥じぬ、絢爛たる闘いだった。さらばだ、聖戦(ジハード)!」

 

 暴れたいだけ暴れ、言いたいことだけを声高らかに咆え、彼の本来の読み名で呼ぶと、ヴァルファは颯爽と去って行った。

 

「……ふっ、やはりしっくりくるものだな。正しく呼ばれると。さて、我も急ぎ帰るとするか。教諭には黙ってきてしもうたのでな。どやされに行かねば」

 

「あ、はい。確か、ラウラ隊長と同じIS学園に所属されていらっしゃるのですよね。隊長のこと、よろしくお願いします」

 

「我よりも適任者が向こうに居る。案外、近いうちに相談されるかもしれぬが、できることはしよう。我等の全てを掛けて」

 

 獰猛なウインクとでも表せば良いのか、頼もしいのか恐ろしいのか疑問の残る笑みを見せて青年もまた帰って行った。

 

 

 

「凄ぇ……。千冬姉並にあいつも化け物染みてんな……」

 

 食堂で飯食いながら、俺たちいつものメンバーで哀愁を漂わせていた。

 何故かって?

 そりゃそうだろ。付いていたテレビのニュース番組でドイツの内戦の報道を始めたからって何気なく見ていたら、戦車を叩き上げる踊の姿が映ったんだぞ!? あの時は余りに驚いて吹きだしそうになった。

 しかも踊はドイツ軍を相手に一人で戦争をふっかけ、死神と3割に届かない反乱軍を背にし3時間で内戦を勝利で終結させたらしい。それも生身、ドントユーズISでだ。踊が強いことはわかっていたが、ここまではっきり見せられたらそりゃ凹む。

 

「踊君だからとしか言えない」

 

 響だけだ、呆れてるだけですんでるのは……。

 最後まで飛んでいたヘリが何か話している踊達にズームアップする。残念なことにこそこそ声に距離が離れているのもあって会話は拾えてなかった。

 ……のだが、死神が去る時楽しそうに発した大声だけは拾ってくれた。

 

『呵々! ではな、少女諸君!! まだやらなきゃならぬことが多々あるので先に失礼させていただく。……お前の名に恥じぬ、絢爛たる闘いだった。さらばだ、聖戦(ジハード)!』

 

 ジハード? 死神は踊をそう呼ぶと立ち去った。

 

「あ、そっか……。だからわからなかったんだ」

 

「どういうことだ?」

 

 手を打って何かをシャルが納得する。できることなら俺にもわかるように説明して欲しいところだ。

 

「うん。ずっと気になってたんだ。どうしてフランスとドイツは隣同士なのに踊のこと――正確にはイートだけど――誰も知らなかったんだろうって」

 

「そういやそうだな……。フランス政府がザルとか?」

 

「ううん。そうじゃなかったんだ。ちゃんとその情報はフランスにちゃんと入ってきてて、僕も何度か聞いていたんだ」

 

「ん? んん??」

 

jihad(ジハード)ってね」

 

 それってさっき死神が言ってた言葉だな。たしかどっかの国の言葉で聖戦だったか? ……踊にピッタリだな。まさに聖の戦いってか?

 

「聖戦って言うくらいだから、僕達フランスはそれを何かの隠語と考えていたんだ。まさか人の名前だったなんて思わなかったよ」

 

 ちょっと想像してみる。絶対俺もするわ、……しかも真っ先にしそう。

 

「でもなんだってそんなことになっちまったんだ? ジハードとイートじゃ全然違うだろ」

 

「あはは、仕方ないよ。国によって発音って少しずつ違うでしょ? ドイツにも独特の発音があってね。そのせいなんだ」

 

 聞くと、大体の言語はアルファベットをローマ字発音すれば大体は何とかなるのに、ドイツは本当に特殊だった。

 

「jは日本語でヤ行の音。hは前の母音を伸ばす長母音。語尾に付くdはtの音に、英語でいうところの過去形のdの発音みたいなのかな。ドイツ語っていうのはそんなふうになってて、それでこのジハードを発音するとyiiat(イーアト)、言いやすく発音が変わってイート。流石に気付けないよ」

 

「面倒くさ!? でもなるほどな……」

 

 シャルは博識だな。よくドイツ語の発音もできるとか。

 

「そんなことはどうでも良いのよ!」

 

「明日からもっと特訓しませんといけませんわ!」

 

 だ、代表候補の二人がなんか燃えてらっしゃる……。いったいどうしたというんだ。

 

「こんなに差を見せつけられたのよ! じっとなんかしてられないでしょ!」

 

「鈴さんの仰る通りですわ! 代表候補生たる私が差を付けられたまま終わるわけにはいきません! 一夏さんもそうでしょう?」

 

「だな。確かに乗り越えなきゃなんねぇ壁のでかさを改めて思い知らされたけど、だからって諦めるわけにはいかないもんな。やるからには追い抜かねぇと」

 

 壁は大きい方が燃える、それが男って奴だ(……鈴もセシリアも女だが)。とりあえず明日から特訓増やしていくか。

 

「……やっぱり踊君は、何処まで行っても聖なんだ。そだ、ちょっと調べてみようかな……。……あはははっ」

 

 そう決心している隣で、響は一人でぼそぼそと何か呟き一人で苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「……やっぱり踊君は、何処まで行っても聖なんだ。そだ、ちょっと調べてみようかな……」

 

『調べるの私ですけどね』

 

「……あはははっ」

 

 こんなやりとりが一夏の隣では行われていたそうな……。

 




 これ以上戦いが続くとへとへとぐだぐだになる(え? もう既に? アーアー、聞こえなーい)ので最後のドイツ軍戦はばっさりカットしてしまいました。
 後半の件、イートの正式名、ジハードの発音は飽く迄この世界限定の話です。例え間違っていても気にしちゃ、めっ! です。フランス語も珍しい発音するじゃん、ってツッコミも、めっ! です。

 そして近況報告~
 シンフォギアライブ2016、今更ながら2月27日の先行に通りました! けれど28日のほうは落ちてしまった……。トホホです……。

「一個通ってるんだから良かったじゃん」

 確かにそうなんだけどね。でも折角東京に行くんだから二日とも見たかったんだよ。

「休日は家から出ない癖に?」

 グワッフぅ!? それは言わないお約束……「してないよ?」……。

 そ、そんなことより『戦姫絶唱シンフォギア ~子の為に人を止めたモノ~』を読んで下さっている中にも、ライブを見に行く人がいるのかな? 
 また三日と半日後に、最近ちょっと気になる円小夜がお送りしました~、てことでさらばです!

「あ、逃げた」

 あ、あと感想も待ってます。

「それだけは言っていくんだ……。皆、またね~」」


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第肆拾壱話

「それじゃあ転校生を紹介します。まぁ、みなさんもよく知っている子なんですけどね。では、シャルロットさんどうぞ」

 

 今日も転校生(笑)が来ました~。シャルル君がシャルロットちゃんに転性しただけなんだけど。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

 服の中に隠していた濃い目の長ーい金髪を出して首本で縛ったいるくらいです。制服はまだ届いてないので男性用のまま……あ、でもさらしは付けてないみたい。女性特有の膨らみがあるのがわかる。どうやって隠してたんだろうってくらい大きいのが二つ。

 

「おかしいと思った。シャルル君美少年過ぎるんだもん。美少女なら納得。これからよろしく」

 

「だよね~。でも美少女は美少女で結構アリ?」

 

「えっ?」

 

「「「アリアリ」」」

 

「えぇっえ!?」

 

 このクラス、どこまで行ってもブレないなー……。もう男女見境なくなってるんですけど……、それで良いの? …………て、私も特に問題ないや。

 

「ちょっと待って! そう言えばこの前から男子も大浴場が使えるようになったんじゃなかったっけ?」

 

「あ、そういえば一緒に出てくるのを見た気が」

 

「「「「「…………!?」」」」」

 

 某ダンボールな傭兵さんが見つかった時のような効果音が鳴った気がする。そして聞こえてくるのはグギィ、グギィと金属がすれるカウントダウン。

 あ、これアレだ。一兄南無なヤツ。

 

「イィィイイチィカァアアアァアア!!」

 

 うわぁ……、また扉が……。鈴ちゃんは扉になにか怨みでもあるのでしょうか……? 靴跡がくっきり残るほど勢いよく蹴られて、また涙を流していた。

 

「そこんところ、どういうことか説明して貰えるかしラ?」

 

 あー、また踊君がそっと回収してる。いつもご苦労様です。

 

「いや、それは!」

 

「死ネぇえェェエエ!!」

 

 風が気持ちいな~。

 

「えっ、ちょっ!? 問答無用か!?」

 

「……ふっ!」

 

「AIC!?」

 

 おぉー、もう扉が直ってる。さっすが、踊君仕事が早い。

 

「さ、サンキュー、ラウ――むぐっ!?」

 

 あ、一兄とラウラちゃんがキスしてる。えんだー! って叫んだら良いのかな? え? ……………………キスぅぅぅううっ!?!?

 なんと言うことでしょう。あの朴念仁で唐変木なお兄ちゃんがキスしてる!? 生まれてこの方16年(+グヘホゥッ!?「コリナイネ?」)な私は一度も経験ないのにぃー!

 ……いいなぁ。

 

「うぉ! せ、セシリア!?」

 

「オホホホホッ、ワタクシとしたことが外してしまいマシタエワ」

 

「っ!」

 

 今度はピンク色の光線が目の端を……って、熱っ、眩しっ!? てか怖っ!? 今の当たってたらお陀仏になっちゃってたんですけど!?

 セシリアさんの目にハイライトがない、ですと!? 誰か、描き忘れてますよ!?

 

「くそぉっ!? なんでこうなるんだ、よっぉっと!? うわぁっ!?」

 

 一兄が窓から逃亡してくれると思ったら、窓に触れようと伸ばしていたその手の前を銀色の一閃が奔った。え、あれ真剣じゃん!? しかも篠ノ之道場で似た柄を見た覚えがある気が……。

 

「逃がすと思っているノカ?」

 

 うわ、箒ちゃんまで!? ……予想してたけどさ! 辻斬り万歳な目をした箒ちゃんが剣を正面に構え一兄のみを真っ直ぐ睨み付ける。傍にいる私たち一般生徒に見向きもしないで。

 

「わ、悪い。シャ……ル? あ、あのぉー、その手に持っていらっしゃるのはなんでしょうか?」

 

「にこっ」

 

「に、にこっ……?」

 

 そして見直したら一兄がシャルちゃんのおっきな胸にダイブしていたんだ。うん。後ろとか横とかいろんなところから、ブチッって音が聞こえちゃったね。

 しかもされたシャルちゃんは恥ずかしがる前になぜかわっかんないけど盾殺し(シールド・ピアース)なるパイルバンカーを構えてらっしゃる。

 

「うぉっ!?」

 

 間一髪で避ける一兄。

 でもその先にもプッツンした子がひーふーみ-。このまま一兄にいられると私たちの命に関わりそうです。

 ってことで、最終手段、いってみよー!

 

「一兄!」

 

「ひ、響っ! 助け「無理!!」……せめて言わせろよ!?」

 

 一兄の腕を掴み片足を思いっきり後ろに踏み込む。その方向には私が何をしようとしているのか読み取った踊君が既に行動してくれていた。

 

「100パー全開! イっちゃえ! (一兄の)ハート(物理)のゼンブ!」

 

「え!? ちょっ待っ! いくらなんでもこんな覚悟はできて!?」

 

 踊君の開けた窓から一兄をポイした。

 ぐるんぐるん回って飛んでいく一夏、我ながら天晴れな投げっぷりができた、と自負しちゃいます。すごーく飛んでいくのにあんまり落ちてない。

 あ、白式を展開した。

 

「「「「「あぁっ!? 待てっ!!」」」」」

 

 次々と逃げた(捨てられた?)一夏を追って窓から飛び出していく乙女達。1対5の凄絶な鬼ごっこが幕を開けた。

 

「よしっ。これで教室の平和は他も保たれたよ!」

 

「「「「一人の命が絶たれたけどね!?」」」」

 

「よくやった、織斑妹。では授業を開始する」

 

「「「「放置っ!?」」」」

 

 やったー。ちー姉に褒められた。

 

 

 

「ひ、酷い目に遭った……」

 

「自業自得だよ」

 

「どういうことなんだよ……」

 

 あの後、五体満足で振り切ってきた一兄に文句を言われたけど気にしない。だって一兄が気付けば良いだけの話だもん。さっきのラウラちゃんの行動も妹や小さい子みたいな好意だとしか思ってないそうだし……。

 

「「「「「一夏(さん)! ちょっと来(い/なさい/て)!!」」」」」

 

「…………おぅ」

 

「が、がんばってー」

 

 ぐわしっ! と掴まれ誘拐されてく一兄を手を振って見送る。

 

「響、久し振りだな」

 

 すれ違うようにして踊君が来た。って、あ、この感じ!

 

「やっぱり踊君だ!」

 

「呵々、おう。俺だ」

 

 今まで聖ーズだったのが久し振りに私のよく知る踊君本人が目の前にいた。姿形は変わんないけど、やっぱりいつもの踊君が一番安心する。

 

「えっと……、何年ぶり?」

 

「あの事件以来、こっちには戻ってきてないからな……。9年ぶりくらいだ」

 

「うへ、もうそんなにたったんだ……。それで、どうしたの? 改まって会いに来るなんて何かあったの?」

 

「ようやく奴さんの尻尾が掴めてたんで、ちょっと休息しに来ただけだ。周りの奴等からも働き過ぎだって怒られたしな」

 

 働き過ぎなのは聖ーズ全体じゃないかな? それに休息って言っても結局試合とか事件とかで休めてなさそう。何名か大怪我してたし……。

 

「ところで尻尾って、なんの?」

 

「…………本気で言ってるのか?」

 

 冷たい目で見られ、「うん」と答えると頭を抑えてなんか呆れられてしまった。

 

「なんで俺たちがここに来たと思っている?」

 

「あ……!」

 

 そう言えば悪神だか邪神だったか面倒な神様が転生させた人たちを何とかするんだった。

 

「そでした。進捗はどんな感じ?」

 

「小物は皆、既に投獄済みだ。あのおっさんの話だと50人だったから……残りは10人だな。内1人の『ローラン』を騙った者は今ジハードが追っている最中で、他にも響も知ってる『桐生龍也』、こっちは牢獄送りにできるほどの罪がないせいで手をこまねいてはいるが、待っときゃいつかボロを出すだろうからこっちも問題なし。しかしその他のがな、ある大物組織に属しているために手が出せない状況だ。深追いしすぎると逃げられる」

 

 やれやれ、と肩をすくめて踊君は呟く。

 

「忘れててごめんなさい……」

 

 ど、どうしよう。すっごい大変そうだった。踊君でも攻めきれない組織があるなんて思ってもみなかった。これ、私も手伝った方が……?

 

「言っておくが、手伝おうなんて思うなよ。潜入、工作、と隠密過多なこっちに響がいても宝の持ち腐れだ。響は一夏たちの傍にいてくれ」

 

 あはっ、私にできそうなことがなかったや。こそこそ隠れて? ムリムリ、全力全壊が私のやり方でだし。

 

「それに響が傍にいれば俺も安心だからな」

 

「あんしん?」

 

「この世界、やっぱ織斑一夏がこの世界の中心、主人公みたいだ。あの世界の鍵が響だったようにあいつが未来の鍵になる」

 

「あ、やっぱり? じゃなきゃこんな女子校に入学することにならないよね」

 

 それに一夏の周りばっかで事件起こるし。それで違ったら世界どうなってんの? って話です。

 

「勿論俺もするつもりだが、響には一夏たちを鍛えてもらいたいんだ。これから先、どんな事件が降りかかるかわからない。その時、あいつらが後悔しなくてすむように」

 

 そう言った踊君の目は悲しそうだった。他の踊君にはない本当の愁いの表情。私の知らない、ディバンス達(踊君以外)も知らない前世でのことなんだと思う。

 

「そろそろ教室に戻るぞ」

 

「うん」

 

 何時か話してくれるかな?



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第肆拾弐話

 俺は今、デパートにいる。

 何故そうなった、だって? 俺が教えて欲しいぞ。いや、俺もどういう経緯でそうなったのかはわかっているんだ。ただな……。

 

「おぉ! 手を繋いでる」

 

「むぅ……」

 

 俺はいるのか?

 

 

 

 事の始まりは今から2時間ほど前に遡る

 

 

 

「踊君! 出掛けるよ!!」

 

 死神業もお休み、学業もお休みという俺がこの学園に来て、いやよく考えてみるとこの世界に来てからか……、初の何もない休日。そんな一日を贅沢にのんびりして過ごそうと思っていたのだがな……。

 何年経っても落ち着かない元気っ娘は部屋に突撃してくると制服を脱ぎ捨てた。

 

「ちょっとは女性としての嗜みも持って欲しいものだ……」

 

 何処へ行こうというんだか……、何の説明もされてないが響が出掛けたいというのなら、俺はそれに付き合うまでだ。

 啜っていたお茶を置いて正座を崩す。

 

『響は何を選らんだ?』

 

『薄い桃色のホルターネックのキャミソールと白のワンピースです』

 

 イアから送られてくるデータを確認して服を選ぶ。

 基は紫が良さそうか、……濃い色よりも白に近いものにしよう。柄は胸元から駆け抜ける熱を運ぶ風の筋、色は黄色から橙へと下に向かって濃く。帯は黒にしようか。

 

「呵々。このような晴れ着をまた着れる日が来るとは……」

 

「踊君、準備できた……って、またスッゴい格好を…………」

 

「そんなに変か?」

 

 俺を見て響は固まった。やはり変なのか? ディバンスの時に変だと言われたらしいからと、自分なりに調整を加えてみたのだが、まだダメか…………。やはり着物がダメなのか?

 

「う、うううんっ!? そんなことないよ! よく似合ってる。…………似過ぎなくらい」

 

「そ、それなら良いが……」

 

 手を危ないくらいぶぉんぶぉんと振っていうもんだから、最後に何を呟いたのか聞き取れなかった。

 聞きたいところだが、戦場にいるのとはまた別の危険があると何かの拍子に欠けた記憶メモリが告げてくるので止めておこう。

 

「それで、何処へいくんだ?」

 

「そうだった! 急がなきゃ!!」

 

「むっ?!」

 

 俺の腕を掴むと颯爽と響は駆け出す。正した衣服が乱れてしまうので止めて欲しいのだが、今更だと諦めた。

 

「おまたせ!!」

 

「お姉様! 遅いです。既に嫁達が言ってしまったではないですか」

 

 顔に張り付いた髪を退けて見たのは、頬を膨らませていかにも怒ってますというオーラを出すラウラ嬢だった。

 

「大丈夫! 踊君がいるから」

 

「おぉ! お義兄ぃ……さ、ま?」

 

 何故、そこで俺?! 全く状況が飲み込めないが、響に説明を求めも要領を得ないだろうから、仕方ない少し加速して整理してみるか。

 

――ムッ!

 

 まず響とラウラ嬢からだ。先程のラウラ嬢の言葉遣いでわかるだろうが、不可思議なことに響はラウラから『お姉様』と呼ばれるようになった。……あぁ、先に言っておこう。『姉貴』か『姉御』だろというツッコみは無駄に命を散らすことになるからするなよ?

 ラウラ曰く日本では尊敬できる女性のことを『お姉様』と呼ぶのだそうだ。しかも『嫁』の妹だから丁度いいだろうとのこと。その場合ラウラの妹にもなるはずなんだが。

 そして誰がそんな嘘を吹き込んだのかという問いに、胸を張ってクラリッサだと答えてしまうものだから誰も嘘だと訂正できなかった。

 継いで俺も『指揮官』から『お義兄様』に呼び名がクラスアップした(したのか?)。ラウラ嬢改め吹き込んだクラリッサ嬢曰く男性なら『お義兄様』なのだそうだ。『お兄様』は断じて違うらしい。どうでも良いな。

 それで最も重要なのは嫁は誰か。……義理の妹の義理の兄(つまり凄く薄い関係)の一夏である。原因はやはりクラリッサ。日本では伴侶にしたい人を『俺の嫁』と称すのだ、という巫山戯た戯れ言で唆したせいで、何とも不憫なことになってしまった。

 話を戻そう。取り敢えず先に言った一人は一夏らしい。そうなると他はあの嬢ちゃん達の誰かで二人きりと言ったところか。そうでなければ響もラウラ嬢も普通に混ざれるだろう。

 なるほど。結論、俺に尾行の片棒を担がせたいらしい。

 

――ふぅ。

 

 こっちに来てから発見した機械な身体の活用法、思考加速を終えて息を吐く。

 

「二人とも。ISは身につけているのか?」

 

「モチロン! お守りだもん」

 

「は、はい! お義兄様(?)。しっかり潜伏モードにしてあります!」

 

 敬礼して答えるのも、疑問系なのも今は見逃すとして、潜伏(ステルス)モードは頂けない。

 

「ハァ、ISを貸してくれ。響もだ」

 

 ふたりのISを借り受け、設定を軽く弄る。弄ると言っても、潜伏モード――所謂、携帯のGISに値するIS同士のネットワークをオフにする機能――を解除し、現在地をアリーナに偽装するだけだ。……なんとまぁ。

 

「戯け。尾行するのにステルスにするバカが何処にいる」

 

「それではすぐシャルロットに気付かれてしまうではありませんか!」

 

 まぁ、確かにシャルロット嬢なら確認を怠りそうにないな。だがそうなると余計に使わない方が良い。

 

「よく考えろ。何も知らない相手なら問題ないが、シャルロット嬢はお前達が専用機持ちだと知っているだろ? 普段から隠さずにいるものが行き成りステルス化して見つからなかったらどう考える」

 

「それは…………、おお! 隠れなければならない場所か状況にいる……、つまり尾行をされている可能性があると!」

 

「そういうことだ。それに一人でもアリーナにいれば他の奴等が隠れていても隠密の訓練と勘違いして警戒は緩くなる可能性がなくもない」

 

 説明を終えたところで二人にISを返し、待っていたモノレールに乗りこむ。

 

「見つけられますよね……?」

 

 そう聞いてきたラウラ嬢は捨てられた子犬のような目をしていて不安げだった。

 あまり乗り気になれなかったが、やる気を出すか。成り行きでもラウラ嬢の義兄になったのだ。なら、妹の願いくらい叶えてやるさ。

 

「任せておけ。すぐに見つけてみせる」

 

 そう言ってラウラの頭を撫でる。

 さて一夏、シャルロット嬢の行動パターンを……、いやこの場合もう一組の居場所を予測したほうが良さそうだ。

 

 

 

「ほ、本当にいました!」

 

「あまり騒ぐな。気付かれるぞ」

 

 目的の人物を見付けて舞い上がるのを諫める。

 

「さっすが踊君、ドンピシャ。箒ちゃん達もマジでいたんだ」

 

「さっき見た時に甲龍やティアーズの反応がなかったからな。いるだろうと思っただけさ。それにこっちの方が捜しやすいしな」

 

 目を丸くする響に答える。

 俺たちがまず見付けたのは怪しい……、とにかく怪しい三人組。言わずもがな箒、セシリア、鈴の三名だ。昼真っ盛りで賑わう街中で看板に隠れるという無理のある行動を取っていた。

 ここら近辺の掲示板などに不気味な三人組として多いに呟かれている程だと言えばどれほどかわかるだろう。……あれが国家代表候補なんだから世も末だ。

 

「おぉ! 手を繋いでる」

 

「むぅ……」

 

 もう俺はいらないだろう。帰ってはいかんかね? 前の三人もそうだが、俺たちも十分目立ち始めている。目立つのは好きではないというのに……。

 俺の気持ちが通じたかのように一夏たちが一つの店に入っていく。少し遅れて前三人も突入した。

 

「水着売り場?」

 

 二人の目的はここだったのか。

 

「あ、そっか。もうすぐ臨海学校なんだ」

 

「臨界学校? 世界の狭間にある学校か……、また凄いところに行くんだな」

 

「ぜったいそれ字が違う!? 臨海! 海を臨むやつだから!? 決して世界じゃないから!」

 

「なんと!? それはつまらぬ……」

 

「ただの学校行事でそんな恐ろしい所に行くわけないから!」

 

 それなら水着も必要になるか。

 三人組に10秒ほど遅れて入店したが、ちょっと面白い気配を感じた。

 

「……ほぅ? この気配。呵々、意外な先客がいたようだ。ラウラ嬢、良かったな。御姉様もいるみたいだぞ」

 

「なんだと!? 御姉様がここに!!」

 

 良かれと思って知らせたはずが、ラウラは戦場の戦士にも引けを取らない洞察で店内をくまなく探し出した。そこまで必至にならんでも。

 ――御姉様。もう一人しか残ってないだろう、一夏と響の関係者で姉としたえそうな人物となれば。

 

「なんだ、お前達も来ていたのか」

 

「こんにちは、織斑教諭、山田教諭。先生方も水着の新調ですか?」

 

 当然この人だ。そうでないと困るがな……。聖遺物観測用のセンサーさえ震わせる程のオーラを放てる人物が世の中そうそういてもたまったものじゃない。

 

「はい。ふふ、聖君達もそうなのですか?」

 

「いえ、俺たちは今のところ違います」

 

「あれ? それじゃあどうして『も』なんですか?」

 

 山田嬢は首を傾げるも、織斑嬢は気付いたようだ。

 

「あそこのカーテンを開けるとわかります」

 

「さ、流石に不味いですよ!? 着替えてる最中だったら……って、織斑先生!?」

 

 躊躇なく俺の指差した個室のカーテンを開け放つ。

 

「何をしているバカ者が」

 

 呆れた様子を隠せない織斑嬢の目の前にいたのは当然、尋ね人の一夏とシャルロット嬢だった。

 んでだ、恥ずかしいのはわかるが山田嬢と響ちょっと五月蝿い。他の客に迷惑だ。それとラウラ嬢は羨ましそうにしない。変なものに毒されてはならんぞ。



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第肆拾参話

「まぁ、まぁ、落ち着いて下さい、織斑嬢」

 

 説教が終わるのを待とうかと思ったが、いくら待てども治まりそうにない。むしろ織斑嬢の小言は待つ程に激しさを増していっているな。流石に何時間も見ている気はないので、間に入ることにした。

 

「誰が嬢だ」

 

「いいじゃないですか。今は学外、それに休日なんです。教師の立場は今日はお休みと言うことで。俺も外では貴女を教師と呼びたくありませんので。それに織斑嬢も怒ってばかりの休日を過ごしたくないでしょう? ここはませたガキの遊びということで勘弁してあげてはどうですか?」

 

「…………仕方ない。今回だけは見逃してやる」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 それにしても一夏のやつ……いくらISを持っているからとて注意を怠りすぎだな。自分を監視している者に気付く素振りもないとは……。また誘拐されても俺は知らんぞ。

 

「こそこそするのはここまでにして、そろそろ出てきた方が良いぞ」

 

 放置するのも可哀想なことになりそうなので、一つ棚を挟んだ向かい側に隠れる子達に声を掛ける。しゃがんでまで隠れなくとも偶然を装って合流したらいいものを……。

 

「そ、そろそろ出ようと思ってたわよ」

 

「え、ええ。その通りですの。タイミングを測っていただけですわ」

 

「う、うむ」

 

「鈴にセシリアに箒まで!? 何でここに……」

 

 他の客からは注目されまくっていたというのになんで気付かないかね~。やれやれだ。

 それにしても……大所帯になってしまったものだな。数えてみると一夏を始め10人になっていた。このままじゃ邪魔になりそうだし、折角ここまで来たんだ。いっそのこと必要なものを買っていってしまうか。

 

「響、いくぞ」

 

「はぇ?」

 

「一塊になっても仕方ないだろ? あいつらはあいつらで何とかしてもらうとして、買うもの買って帰るぞ」

 

「お義兄様、私は……その…………んぅ?」

 

 ラウラ嬢が何か言おうとして口ごもり、躊躇う素振りをするのだが、わざわざ言わせるほど俺も変な嗜好はも持ち合わせていない。

 呵々と笑い、ラウラ嬢の頭を撫でて言葉を遮った。

 

「言わずとも良い良い。お前はお前のしたいようにしな。……ただし、後悔しないように積極的に行くんだぞ」

 

「ふぁ、ふぁい!」

 

 いやはや初心だな。耳元でそっと囁くと真っ赤になってしまった。それでも元気な返事が聞けて満足、満足。

 

「あ、おい! 踊達も一緒に……」

 

「遠慮させてもらう。一夏よ、ラウラ嬢のことは頼んだぞ」

 

 一夏が止めてくるが、それを無視して俺たちは団体から離れた。

 

「何を話してたの?」

 

「老人のお節介。もしくは義兄の節介だ」

 

「んー?」

 

 新しい妹のために-、ってな。

 

「ま、良いじゃないか。気にするな。さて、まず何が必要だ?」

 

「はーい。水着は……、一兄達の後にするとして、タオルとか洗面用具とかかな?」

 

「了解、なら行くか」

 

 

 

 水着以外で女性に必須らしい各種を買いあさった後、俺たちは服屋に来ていた。響が服を見たいらしい。うーん……、やっぱり洋服ばかりだな。

 

「この服かわいい! こっちもかわいくていいな~。こっちは大人っぽくなれそう」

 

 ふりふりで裾の短いワンピースや縞模様のシャツ、ドレスのような黒のスカートと目移りが激しい。

 

「踊君! 踊君! どう、似合いそうかな?」

 

「あまりこういうのはわからないが……、似合ってると思うぞ」

 

「えへへっ」

 

 ガングニールも含めて響は黄色のイメージが強い。しかし伊達に美少女とされる子達の輪に入ってないと言うことか、赤や水色などどの服とでもよく似合っていた。

 色々な服を見たり試着したり、そして偶に俺と服を重ねたりしては楽しそうにする響を見て、俺は安心した。

 

「響もちゃんと女の子らしい一面があったんだな」

 

 ……1つおかしいのは別として。

 

「それはどういうことかな」

 

 色気より食い気を地で行っているように思えてならず、女として大丈夫なのか心配していたのだが杞憂だったようだ。変なセンスもしていないみたいで、ただ着飾るのを最低限にしていただけなんだろう。

 

「うわっ、高っ!?」

 

 ……食費代に服代が圧迫されている感が半端ないというのは言ったら負けか?

 

「どうしたんだ? 買わないのか?」

 

「うん。今回は止めとく……」

 

 妹というのはどうしてこう胸に仕舞いたがるのかね。このくらい兄に頼ってくれれば良いものを。

 

「色々試着させてもらっといて何も買わないは失礼だろうが、まったく」

 

 響が気に入ったように見えた中から上位3つと、俺に合わせられた中で最もマシな物を選んだ。

 

「店員さん、この4点でお願いします」

 

「は、はい! ありがとうございます! ですが……」

 

 店員が少し困った表情をする。買ってもらえるのは嬉しい、けれど合計額を考えるととても学生には払えるものじゃない、と言ったところか。

 

「大丈夫です。会計しちゃって下さい」

 

「え? 踊君!?」

 

「これくらい気にするな」

 

 6つの数字がならぶ画面を見て響が慌てるが、んなもん知らぬ。袖の中に仕舞っていた厚みが微妙に異なる薄い包みを二種類取り出してレジに置く。そして反対の袖からはちょっと大きな赤丸白地の蝦蟇口を落として手に持つ。

 

「ー♪」

 

 消費税って面倒くさいなんて思いながらも、鼻歌交じりに小銭を取り出す。面倒でも久々の買い物なのだ。小銭を出すという動作が懐かしくて楽しいのだよ。ちょっとくらい舞い上がらせてくれてもいいだろう。

 

「ちょ、ちょうどお預かりします。」

 

「どうもありがとうございました」

 

 詰めて貰った紙袋を手提げ、呆けた響を連れて店を出る。

 

「……よ、踊君。踊君」

 

「ん? なんだ?」

 

 復活して早々、響が躊躇いがちに声を出した。俺を見る顔がどこか引きつっているように見える。

 他に欲しい服があったんだろうか……、やはり聞いてから買うべきだったか? しかしな……。

 

「踊君って普段いくら持ち歩いてるの?」

 

「え?」

 

「なんであんな大金がぴったり出てきたのかなーって」

 

「あぁ、なんだそんなことか。他に欲しい服があったわけじゃないのか」

 

「それはないよ! 全部、私が良いなって思った服だったよ!」

 

 詰めよるかのような強い物言いで、俺の目が狂ってなかったことを教えてくれた。

 

「そうか。そんなに不安そうにするから心配したぞ」

 

「ごめん、ごめん。聞いて良いのか迷っちゃって。……そ、それでいくらくらい持ち歩いてるの?」

 

 聞かれたのでちょっと考える。でも面倒なので計算の方はしなくても良いや。

 

「日本内なら1万から20万の入った封筒が2組と、千から九千までを入れてる封筒が2組、後は、各硬貨10枚入った蝦蟇口が一つだ。ああ、勿論買い物に行く時だけだぞ」

 

「…………………………何でそんなに持ってるの!?!?」

 

「世界中を回ってると金は自然と集まるし、しかも使わないからな」

 

 悪人からちょこちょこっとしたりはしてないぞ? 大昔やっていた傭兵業的な感じで、極稀に来る死神宛ての救援を受けた礼金だ。全部現金先払いでしていて、預ける銀行もその国以外の世界各地に振り分けているため足も着くことはない。

 

「さ、後は水着だったな」

 

「うん」

 

 こうして当初の目的も第二の目的も忘れて、俺は響と共に今日という休日を楽しんだのだった。



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第肆拾肆話

「んんぅ……、にゅう……」

 ……………………眠い。のほほんちゃんもねてるし……もう一眠り。

「すぴー」

「サボるな、バカ」

「うべし!?」

 ぼ、暴力反対……。

 睨んだ先には制服(まさかのミニ浴衣改造……夏仕様?)に着替えて、長い髪に付いた水分を取り除いていた。

「うぅ……、あれ……シャワーでも浴びたの?」

「ん。ちょっと波を斬ってたら、潮風でちょっとな」

「…………朝っぱらから、何やっちゃってるの!?」

 今更な気がするけどここIS学園は小さな島を改良してできているので、周りは海で囲まれていて少し歩けば海に行けちゃえる。でも少々問題がある。

 周囲が完全に断崖絶壁なのです。皆が臨海学校で海に行くのを楽しみにする理由でもある。海がすぐそばにあるのに、飛び込めば最後生きて帰ってこれるのか心配になるくらい険しい崖な上、落ちた先にも尖った岩が水上に出てる分と透き通った水中内にもわんさかあるという地獄な状態で使用不可。

 泳ぎたいというフラストレーションが溜まる一方なのだ。掛けを見下ろして溜息を吐く生徒がちらほら見つけちゃうくらい。

「ほら、さっさと着替える。10年近く続けた日課をサボるんだな? 響がそれでいいなら構わないんだ。……今度ダンナに会った時にしっかり報告しておいてやるだけだから」

「行く! 行きます! すぐ行きます!? だからそれだけは勘弁して下さい!」

 いつぞやの踊君との24時間組み手も嫌だけど、師匠との100回組み手(休み無し)はもっと嫌だ!? 気絶しても踊君が無理矢理起こすし……、骨が折れてもイアちゃんが直す(あの時ほどガングニールの回復力を怨んだことはない)し、……あれはホント生きた心地がしないんだよ……。

 急いでジャージに着替えて部屋を出た。

「行ってきます!」

「おう。がんばれよー」

 眠気? そんなものとっくの昔に逃げ出した。

 やっとこの重さにも慣れてきたなー、なんて外周3週目を走りながら感慨にふけっていた。付け始めてから2ヶ月、長らくお世話になっている手足の重りはあれからもゆっくりと新調を続けて一つ45kgになってた。

 人一人よりちょっと軽いくらい。だけどここまで重くなると走るのがちょっと難しくなってきていた。

「うわっとと……、でもやっぱり次にいくのはもう少ししてからにしようっと」

 私の身体よりも遙かに重い重りなので、腕や足を振る度に身体が前に後ろに引っ張られちゃうのだ。左手は後ろに戻したいのに前に行き、右手は前に出したいのに後ろに引かれて……、躓くわ、転けるわ、で散々なことになったもんです。

 よく海に落ちなかったね、って言われたこともあったなー。

「んーぅっ、にゅぅ……、疲れた」

 走り始めてから小一時間ほどたった。それでもまだまだ生徒が起きてくる時間にはほど遠い。空いた時間はこれまた日課な校舎歩きでクールダウンです。

 朝早くの校舎ってホント静か。それでいて夕方のようなおどろおどろしい雰囲気はないし、差し込む朝日でとっても爽やかなんだよね。

「なのに何でかな。一箇所だけ不自然に暗いんですけど……」

 明暗的に言えばちゃんと明るい。……でもどう見てもその明るさが扉の隙間から漏れ出す人工的な青白い光なのだ。しかも蛍光灯的な上からじゃない、パソコンとかそう言った系のあんまり目によろしくない光です。

 ちょっと近づいてみる。

…………カタカタカタカタ。

 タイプ音が聞こえてくるから、ちゃんと人はいるみたいだ。でも覗き込んだ部屋の蛍光灯は灰色で随分暗かった。

「……これでも…………ダメ…………」

 女の子発見。

 とても集中しているみたいで、私が近寄っても気付かないや。眼鏡をブルーライトで輝かせるその子はパソコンに向かい合ってひたすら英語のようでそうじゃないような謎言語を入力し続けていた。

 ……二つのキーボードを同士に利用して。

「うわ、すごっ」

「っ!? だ、だれっ!」

 自分のバカ、思わず口に出してしまった。折角少女が没頭していたのに、水を差しちゃって申し訳ない。

「ご、ごめんなさい。邪魔しちゃったよね……」

「あ! いえ……、私の方こそ…………突然……怒鳴っちゃって…………すみません……」

 おぉ、なんて良い子なんでしょう。私が驚かせてしまったのが悪いのに、文句も言わず謝ってくれるだなんて……、ちょっと感動です。雰囲気真っ暗なのがちょっと気になるところだけど。

「……あの! 毎朝……外を走ってる人……ですよね?」

「そうだけど……、私のこと知ってるの?」

「……よく……、あそこから…………見える」

 指差された窓の外は私がよく走ってるルート上の景色を映していた。

「あ、ホントだ。全然気付かなかったよ」

「ここは……暗いから」

 いやいや、それでも驚きだよ。これでも私、人並みよりは気配察知――正確には空間把握らしい――だってできる。そうじゃないと好き勝手出てくるノイズに対応できなかったもん。

 それなのに気付けないって、相当影が薄いのかな?

「……失礼なこと…………考えてない?」

「き、気のせいだよ」

 顔に出ちゃったのかな。じっとりした目がブスリと突き刺さる。

 て、ん? どこかで見たことあるような……。あの水色の癖毛にすごく既視感があるような気がします。

 この子とあった覚えはー……あ、そう言えば。

「まだ自己紹介してなかったね。初めまして織斑響です」

 ふかぶかーと頭を下げてお辞儀する。

「っ! お……、おり……むら…………って」

「そだよ。ちー姉の義妹で一兄の義弟の響とは私のことだー」

「…………ぷ」

 一瞬怖い目をしたので、ブイブイとおちゃらけてみたら笑ってくれた。うん、やっぱり笑ってる方が可愛いよ。

「私は……更識……簪」

「簪ちゃんか。可愛い名前だね」

「あり……がど……」

 簪ちゃんと親交を深めながら部屋の中を見回す。何だか機械がいっぱいだ。あと装甲がまばらでコードが剥き出しのIS(仮)がそこにいた。

「この子は?」

「私の……専用機…………打鉄……弐式。……未完成」

 しょんぼりと教えてくれた。何か問題でもあったのかな、ってあったから乗り手の簪ちゃんが作ってるんだよね。

 特に考えもなく剥き身のISコアを撫でてみた。

 ……あ。

「簪ちゃんはすごくこの子に信頼されてるんだね」

「……え?」

「弄って貰ってる時が楽しいんだって」

 手足を調整するのがくすぐったかったり、装甲を付けてもらった時が嬉しいとか。色んな想いが伝わってきた。でもそれは全部簪ちゃんに対する感謝で占められていて、嫌なんてない。

「ISと……話せるの?」

「ううん、話せないよ。でもなんとなくわかるんだ」

 イアちゃんのお陰かな? 他の子はわからないけど、この子の伝えたいことが胸に響いてくるのです。

「あ、もうこんな時間だ。そろそろ帰らなきゃ」

「? ……まだ十分、時間……あるよ」

「流石にジャージのまま授業にはいけないよ。それに汗も流したいし」

「そっか……、じゃあね」

「またね~。あ、そうだ。私は全然だけど、すっごい助っ人紹介するね」

 ニールハートを作った踊君なら打鉄弐式のアドバイスもできるかもしれない。打鉄の改造もできるくらいだし。

「……いらない。一人で……する」

「うーん、そっか。わかった。でも次、絶対紹介するから。アドバイス程度だけでも聞いたみなよ。その子も早く完成して簪ちゃんの力になりたいって言ってるよ」

「…………………………わかった」

 凄い葛藤して認めてくれた。よし、取り敢えず帰ったら話してみよっと。

 部屋……整備室を飛び出して部屋へと駆けだした。



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第肆拾伍話

 響から更識簪という少女を頼まれた翌日、早速俺たちはその簪なる少女がいるという整備室を訪れた。

 

「ちぃーっす! 簪ちゃんいる?」

 

 殴るようなノックが扉を襲う。しかも叩くだけ叩いて返事は待たずに、乱暴に扉を開け放ちやがった。

 問答無用かい!

 

「ひぃっ……!」

 

 そりゃ、怯えるよな。簪らしき子は打ち込み途中のモニターを盾にして縮こまっていた。あまり響の周りにはいなかったタイプの子で、小動物的性格と言えば良いのだろうか、ちょっと引っ込み思案な子なんだろう。

 しかしこの子を見ていると、昔共に戦場を駆けた無垢なる盟友を思い出す。こういった子は心を覆う堅殻を破ると、大きく化けるんだよな。

 ちょっと楽しみだ。

 

「どうしたの?」

 

「お前のせいだ。戯け!」

 

「あだっ!?」

 

 その辺りは横に置いといて、取り敢えず怯えさせた元凶を成敗しておく。

 

「……あ、織斑……さん? ……と、えっと…………」

 

「響と同組の聖踊だ。すまないな、驚かせてしまって、更識嬢……で間違いないか?」

 

「……は、はい。私が……更識、簪です…………て、えぇええっ!? に、入学式の時の!?」

 

 赤みがかった瞳と目が合った。

 あぁやはり、それがその子を見た時の俺の感想だ。その赤い瞳と遺伝による空色の髪は俺たちが幾度となくかち合ったある親子ととてもよく似ているのだ、同名字をした『更識』の前当主の御仁とその後を継いだ娘さんと。

 

「あの、来て……いただいて、恐縮なのですが……、響さんに言ったように……私は一人で、します」

 

 会話が苦手なのかおどおどとしてすぐに視線を反らされてしまったが、それでも強く言い切った。

 

「呵々、そのことは響から聞いてるさ。心配せんでも手出しはしないぞ」

 

 製作途中の打鉄の発展型をざっと見たが、良い腕をしている。今は詰まって手を拱いている状況でも、超えれば完成も間近に迫るだろう。

 

「? ……なら、なんで……」

 

「えっへっへ、何を隠そうこの踊君、こんな形しちゃってるけど私の専用機を作った人なのだ! だから簪ちゃんの助っ人になれるんじゃないかなって!」

 

 間違ってないが、響が自慢することではない。

 

「……えっ? ひ、聖さんってパイロットなんじゃ…………」

 

「俺は確かにパイロットもしているし教員たちからもそう思われているが、メインは技師寄りだ。乗り手なら真っ先に俺用のISだって作っているさ」

 

 実際は作っても無意味になるだけだからなんだが……。

 それと言うのも、俺は複数の人格で交代しているためだ。響の専用機を作ったように俺用の専用機を作ること自体は可能なのだが……、各人格で武装が違う俺たちではそれぞれで適合率が変動してしまうのだ。

 それなら一人ずつ作れば、とも考えられるのだがそう言うわけにもいかないのが現実だ。

 いくらなんでも人格を交代する度に別の専用機を使っていたらおかしいだろう? ISコアは限られた数しかない。なのに一人で複数を占めているなんてことになると、世間の目を誤魔化しきれなくなる。

 実際、響の件だけでも相当面倒なことになった。これ以上厄介ごとは勘弁願う。

 

「あ……、確かに、そう……ですね」

 

「だがそう考えると、俺とさら……いや簪嬢は重きが違うだけで似ているのかもしれないな」

 

「!? …………そ、そうですね。立場は、近い……かも」

 

 パイロットをメインにするか、技師をメインにするのか。その差があるだけでどちらもできるというのは一緒だ。これは大きな強みになるな。何せ改良するにも動かすにも無茶と無理の境界線がわかるのだ。どっちになってもパートナーとなる相手の立場がわかるから信頼関係が一層築き易くなる。

 驚いた拍子に簪嬢と目が合った。

 

「呵々! 最近の俺は時間が有り余っているからな、何か困ったことがあったらいつでも相談に乗るぞ」

 

「だったら私たちの特訓にも付き合ってよー」

 

「うむ。しばらくは協力するぞ。あいつらには教えておきたいこともあるし、何より暇だし」

 

 他の奴等に暇を言い渡されてしまったからな。特にすることがない……。

 

「でも……私は…………」

 

「あぁ、一人でしたいのはよくわかっている。でもそれじゃ視野が狭くなってしまうぞ。どんな天才だって何かの外的影響は必要なんだ。俺にとっての響然り、世界の兎にとっての最強然り、そして恐らく、君の姉もね」

 

 向こうで会った時なんて、妹を巻き込まない為に! と叫ぶくらいだ。姉の心、妹知らずか?

 

「……っ! 考えて……みます……。……あ「何時でも来い。歓迎するぞ」……ぅっ……」

 

「ああ、そうだ。響、先に一夏たちの所に行って、全員が集まれる日を確認しておいてくれないか? 俺の都合はいつでも大丈夫だから、次は参加すると伝えといてくれ」

 

「うん。わかった。絶対だからね! ドタキャンはぶっ飛ばすから! それじゃまたね、簪ちゃん。また明日!」

 

「え? あ、うん。……また明日」

 

 疾風のごときダッシュで響は部屋に帰っていく。

 ふぅ、可哀想な言い方をするが、厄介払いはできた。今なら心置きなく簪嬢とも話ができるだろ。地べたに腰を下ろして簪嬢の視線と合わせる。

 

「響も行ったことだ。俺に聞きたいことがあるんだろ? それとわざわざ無理して丁寧に言う必要はないぞ」

 

「やっぱり、私の家のこと……知ってるん……だ」

 

「まあな。家なしの俺は裏にも通じる機会が多いのさ」

 

「そう言えば……、聖君の家族は……」

 

「その通りだが、暗くなるようなことじゃないぞ」

 

 嘘というのはこういう時が本当に辛い。信じてもらえるのはありがたいが、悪いことを聞いてしまったと、悔やむ顔をされると胸が痛む。

 

「わ、わかった。あの聖君はお姉ちゃんのことを、知ってるの?」

 

「少しだけな。だが、それ以上に君たちの亡き父君のほうがよく知っている。向こうで何度も話したことがある」

 

「お父様と!?」

 

 敵としても味方としても、聖踊としても何度も会った。……基本世間話か、娘の自慢話がほとんどだったが……。

 

「だから簪嬢が更識の家をほんの少し嫌っていることも」

 

「お父様、知ってたんだ……」

 

 そりゃ父親なんだ。娘の変化に気付けたって不思議じゃない。

 

「で、散々愚痴られた」

 

「お父様……」

 

 父親というのは、何時の時代も娘で悩むのだろうな……。だからと言って子育ての経験がない俺に相談されても困る。……ああ、一時期娘扱いされいたからか。だがそれは黙っておこう。

 

「そろそろ準備しないと朝礼の時間に間に合わなくなるぞ。簪嬢は大丈夫なのか?」

 

「も、もうこんな時間!? え、ええっと……!!」

 

「呵々、大丈夫。後の片付けは俺がやっておくから先に帰って良いぞ」

 

「で、でも……!」

 

「俺はこのまま行くだけで、時間は十分あるんだ。ここは俺の暇つぶし、ってことで任せてくれ」

 

「……じゃあ、お願いします」

 

 そう言って簪嬢も部屋を後にした。

 

「それじゃあ、ちょっくらやりますか」

 

 一人静かになった部屋で、片付けついでに打鉄弐式のコンソールを開く。

 

「ふむ……」

 

 俺はまず既に構成されているプログラムを開き、次々と中を確認していった。直せる点は多々あれど致命的なミスはない。精々反応が遅延するくらいで、完成した後にでも書き換えたら終わることだ。

 次は作成途中のものを開いていく。

 

「……………………ここか」

 

 とある箇所で手を止めた。エラーの原因、詰まってしまっている理由を見付けたのだ。ここからだ。他にもあるだろうとそこを基点にして関係性を洗い出す。

 「一人でしたい」と言われたが、「何もするな」とは言われていない。それに前情報があるのとないのとでは、簪嬢から相談された時にできる対応が変わってくる。

 

「こんなものでいいか。……打鉄弐式、良い主を持ったな」

 

 全ての整理を終えて、俺も部屋を後にした。

 

――…………キーーン!

 

 扉が閉まりきるその時、そんな頷くような音が聞こえてきたとかいないとか……。



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第肆拾陸話

遅れてしまって申し訳ありません。
最近体調が優れずペースが落ちてしまいました。


「行くぞ! 踊!!」

 

「ああ、どこからでも掛かってこい」

 

 短いやりとりを終えると、一兄は全速で空を駆け抜け、踊君と刃を交えた。

 

 はてさて行き成り始まった模擬戦、臨海学校が間近に迫る中いきなり何してるの、って話だけど今日は踊君交える約束の特訓日なのです。

 ……準備? 後でします。

 

「ウォオオオオオっ!」

 

「突貫力は流石の一言に尽きる。だがしかし、それだけで崩せるほど俺は甘くないぞ」

 

 面を打つように天辺から振り下ろされた一太刀を、踊君は事もなく片手持ちのただの鉄刀で払い、空いた手で掌底を打ち込んだ。

 織斑家で育った人の特徴……なのかな。この一家、不思議なことに戦う時は基本愚直に真っ直ぐだったりする。極々稀に小細工をするくらい? あ、ちー姉がしてるのはみたことないよ。ほとんど初撃で終わるもん。やる暇がない。

 

「グゥッ! まだまだ!」

 

 芸がない、そう言われちゃってもおかしくないほど一兄はとにかく攻め続ける。マシンガンのような怒濤の連撃……なんだけど、懐に踏み込むことは敵わない。

 

「一夏が遊ばれている。さすが御義兄様です」

 

「これが剣舞というやつか……!」

 

 踊君が剣まで使いこなせることを知らなかった皆がとても驚く。そして気負わずゆるりとした動作で尽く刃の上を滑らせ、優美にたゆたう姿に、見ていた私たちの目は釘付けです。

 まるで手に持っているのが長い棒のように斬らず斬らせずを貫き、細々としたシューっという金属の擦れる音だけ残して、一兄だけが遠くへ押し出される。

 踊君の動作は最小限、対する一兄はブォンブォン振り回される。エネルギーの差は目に見えて広がっていく。

 観客の私たちも一兄を応援したけど、結果は一兄の惨敗だった。

 

「やっぱ、踊は強ぇな! ってか、剣までかよ!?」

 

「こう見えても俺はいくつかの武を修めているからな」

 

 いくつもでしょうが! 拳術、剣術、槍術、銃術、鞭術、鎌術、動きの基盤には柔術や武術、他にもボクシングや空手、カポエラなんかも選り取り見取りで取り込んでいる。か、で表せるほど少なくない。

 あ、沢山習得してるからって強いわけじゃないよ。全部やって中途半端が集まるより、一つを極めた方が良い。踊君みたいな全部やってそつなく熟せる人は例外です。

 

「もっと鍛えなきゃなんねぇか……」

 

 一兄が目に見えて落ち込んでる。

 こう見えて一兄の戦績はとても悪いのです。そりゃあ、中・遠距離が主立つメンバーの中で近接オンリーなんだから仕方がないちゃ仕方がないこと。でもだからって諦めない、そこが一兄の良いところ。

 

「一夏、ただ真っ直ぐなだけじゃ何もなすことなんかできないぞ。その程度じゃ誰にも勝つことは無理だ」

 

「けどよっ!」

 

「お前と、織村千冬、響とは違うのはわかっているだろ。目標にしたところでその極意ができなければ目指したところで意味はない」

 

 え、何それ。そんなの知らないよ?

 ピットに戻ってくる途中、一兄に踊君がそう声をかけていた。

 

「極意とかあったの?!」

 

「ないない」

 

 お隣の鈴ちゃんに大層驚かれたけどそんなものない。……まさか、『雷を握り潰すように』、じゃないよね? あれが極意だったらちょっとやだな……。あれは重たい一発を叩き込むためのイメージでしかないし。

 

「織村千冬の瞬撃をただ近付き斬っているだけだと考えてないか? 響の乱撃がただ雑に飛び跳ねているだけだと思ってないか?」

 

「……違うのか?」

 

「……違わないはず」

 

 それのどこが極意なんだろ。どう考えても私は適当に突っ込んでいるだけの気がする。悲しいかな踊君に褒められるようなことはしてない。

 

「本人が気付かないのも無理ないさ。何せ二人ともそれができて当然だと考えているんだから」

 

「いやそれ、極意って言って良いの……?」

 

「問題ない。極意、すなわち武の核心ってことだ。だから理解の有無は関係ないんだ。そうだな……、『雷を握り潰すように』って昔ダンナの教えであったろ?」

 

「うん」

 

 これが以心伝心ってやつか!? あれ? ちょっと違う? ま、いいや。それついさっき考えたところです。忘れるわけがない、師匠の教えの一つだ。

 

「あれを明確に言葉に出来るか?」

 

「無理です!」

 

 『言ってること全然わかりませんッ!』であの時も通したくらいです。説明しろとか無茶言わんで下さい。

 

「俺も無理だ」

 

「無理なのかよ!?」

 

「期待した、私たちの気持ちを返して下さい!」

 

 一兄達から非難の野次が飛んできた。でも無理なものは無理! あの感覚はホントに『雷を握り潰すように』としか表現のしようがない。

 

「す、すまん。そんなに期待することだったか……。て、そうじゃない。話を戻すぞ。つまりそういうことだ。頭では理解しようがしまいが、身体の奥底で根付くもの、それが極意になるんだ」

 

「して私の極意とは如何ように?」

 

「自分の体感と経験を性格に把握すること。自身の持つ動体視力、反射神経、思考力、柔軟性、もちろんその他の全部総じてだぞ」

 

 それが極意? なんか肩透かしを受けた気分。これでもまだまだ精進しないと、と思うくらい振り回されてるのに……。

 

「単調な動きのみで織斑教諭は加速した世界を制しているが、あの背景には相手の一挙一動から数多くある可能性の動作を読み取り自信の行動に反映する、という並外れたことをやってのけている」

 

「それって洞察力とか反射神経がずば抜けて良いってことだろ。どうせ俺には真似できねぇよ」

 

 自分にはないものを突きつけられて、ふてくされてしまった。ちー姉の出鱈目度は普通じゃないから私は割り切っているので大丈夫。

 

「それもあるがよく考えろ。ISのだせる本当の意味での最高速とあの人の出している最大は一緒か?」

 

 「えっと確か……、パイロットの安全を無視すればISによっては後付けのブースターパックと同等の速度を手に入れられる、だったはずだったよね」

 

「そんなにでるのか!?」

 

「うん。使った後死ぬ程身体が痛くなるらしいから止めた方が良いけどね」

 

「それを回避するために把握することが大切なんだ」

 

 おお、なるほど全速出したところで自分の限界以上のことはできないってことか。車を想像したらわかりやすいそうだ。

 アクセルを踏めば踏む程速度はぐんぐん上がっていくけれど、いくら力一杯ブレーキを踏んだって許容範囲ってものがある。ピタッと止まるなんてことは不可能、運が悪いとスリップです。でもちゃんと止まることを意識してアクセルを調整すれば、多少前に出るけど安全に止まれる。

 

「そう言えば昔、御姉様の真似をしようとして選手生命を殺したバカがいたらしいが、そういうことだったのか」

 

 怖っ!? それってつまり踊君が先に教えてくれてなかったら一兄が同じ道を辿っていたかもしれないってことだね!?

 踊君、気付いてくれてありがとう!

 隣で一兄も青い顔して拝んでいる。

 

「そして響は受ける反動を流す柔軟性と即座に次へと意識を切り替え相手との距離を適切に捉え動き続ける視野の広さを理解している」

 

 今度は私の番だ。へぇー、そうなんだ、としか思えなかった。

 当たり前のようにしていたことだから全然気付いてなかったんだもん。でも言われてみるとそうだった。戦う時は天地がわけわかんなくなるくらい飛び跳ねてるというのに、不思議と相手を見失った経験が少ない気がする。

 ……神出鬼没で変幻自在なノイズを相手にしてたらそうなっちゃってもおかしくない、のかな。

 

「…………」

 

「丁度良い機会だ。皆に行っておくぞ。他人を真似するなとは言わない。むしろ真似して相手を学び自分の糧にしろ。そして自分に合った戦い方を見いだすんだ。世界の天辺に位置する奴等は皆そうやって上り詰めてんだから」

 

 世界には星の数ほど戦い方なんてあるってことだね。私やちー姉の戦い方は合わなくっても一兄に合った戦い方が何か必ずあるはず。

 まぁ、そんな風に考えるわけだけど……、見いだせってねぇ……。学ぶも何もそれ以前に、

 

「そんなに言うなら最初から踊君が参加してくれたら良かったんじゃないかな。学ぶも何も一兄に一番近い戦い方ができるの踊君だけだよ?」

 

「「「「「確かに」」」」」

 

 踊君がいないと学ぶ相手がいないんだもん。

 

「……………………すまん」

 

 呆然として見つめられたかと思うと頭を抑えて謝られた。

 

「よし。一夏、よく俺の動きを見て学べよ。セシリア嬢、相手を頼めるか?」

 

「任せてください!」

 

 そして踊君は一兄以外とも模擬戦を始める。

 結果? 勿論、踊君が連勝したよ、苦戦もしたし私を除いてだけど。……ただし刀一本しか使わずに…………だけどね。

 



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第肆拾漆話

「くてー………………」

 

「響さん、大丈夫ですか?」

 

 くへー……………………。

 

「ほっといて大丈夫だぞ。自業自得だ」

 

「そうなのだ~」

 

 うるさいな……、寝かせて下さい。

 

「偉そうにすな」

 

「うにゅあ!?」

 

 おぉぅ……、眉間に何か堅いものが叩き付けられた。でも眠気は飛ばないや。……おやすみ~。

 

「な、何があったのですの?」

 

「最近連日で訓練していただろ?」

 

「ああ、ちゃんと休めなかったのですね」

 

「それならまだ良かったんだけどな。そうじゃないんだ。……このバカは、昨日の夜になるまで完全綺麗さっぱり用意してなかったんだ。全部後回しにしてやがった。それで完徹して出発直前ギリギリまでドタバタしてただけ」

 

「忘れてただけだもーん……すかぁ~」

 

 ちょぉっと一兄たちとの特訓が楽しくて、ちょびっと後回しにしたら忘れちゃっただけだもん。忘れてたわけじゃないもん。

 

「さんざん言っただろうが。それにのほほん嬢も目の前でやっていたはずだが?」

 

「……くー」

 

 耳が痛くなってきた。これはあれだ、頭痛のお友達に違いない。私は風邪を引いたんだ。て、ことで私は寝ました。

 

「そうか、風邪か。なら皆に移さないように向こうに着いたら部屋に軟禁だな。皆、安心してくれ。俺が責任を持って監視する」

 

「ごめんなさい。私が悪かったです。だから勘弁して下さい」

 

 折角の海を取られちゃ叶いません。いつものように座席の上でも即刻土下座する。

 

「まったく謝るくらいなら素直に反省しろ」

 

「はぁーい……」

 

「ほれ。着いたら起こしてやるから静かに寝とけ」

 

「わぷっ!?」

 

 どこからともなく出てきた毛布に飲み込まれた。

 ……て、重っ!? でかっ!? 私の身体がすっぽりどころか座ってるイスまですっぽり入る程の巨大だった。しかも結構もふもふでちょっと暴れたくらいじゃ抜け出せない。 顔を出すのも一苦労です。

 

「へふぅ……。いきなりひどいよ」

 

「しらん」

 

「むぅ……」

 

 まぁ、いいけど。もふもふして気持ちいいし。よく寝れそう……だ……すぴーぃ。

 

「あ、暑くないんですの?」

 

 んにゅぅ……、セシリアさんの声もどんどん遠くなっていく。

 

「最新技術を駆使して熱は籠もらないようになってるから大丈夫なはずだ。悪くても響なら蹴飛ばすさ」

 

「そ、そうですの」

 

 もこもこサイコ~……・

 

 

 

「響ー、着いたぞー」

 

「あと1時間……」

 

「わかった。一夏、響は海に行きたくないらしい。ここに置いていってあげよう」

 

「お、おう」

 

「にょっわ!? 行く! 私もすぐ起きまぁぎゃぅ!?」

 

 ぅぁ……頭打った……。えぇっと、イス? ああ、そうだった。ここバスの中なんだ。イスがあるのも当然なのか。

 隣を見るとおっきな旅館が鎮座していた。あ、もう皆降りてる。私が寝ている間に置いて行かれたみたいです。

 

「早く行くぞ。教諭がお冠だ」

 

「うげ。それはやばい」

 

 毛布を包んで……、踊君の着物化したズボン(スカート?)の下に放り込む。……て,あの中どうなってるんだろ。簡単に入る質量しとりませんよ。

 手持ちの荷物を抱えていざ行かん。鬼の元へ!」

 

「良い度胸だな」

 

「わぴっ!」

 

 降りたところに落雷一発。頭を引き裂くような痛みが駆け抜ける。

 

「バカのせいで申し訳ありません。それでは、ここが今日から3日間お世話になる花月荘だ。全員、このバカのようなことをして従業員に仕事を増やさないように注意しろ」

 

「「「「よろしくお願いしまーす!!」」」」

 

 ちー姉のお言葉の後に続いて、全員で挨拶する。この旅館には毎年お世話になっているらしくって、ちー姉とも顔見知りなもよう。珍しい敬語を聞いた。

 姦しいのにも慣れたもので、にこにこして女将さんは丁寧にお辞儀する。

 

「はい、こちらこそ。今年の1年生も元気があってよろしいですね」

 

 歳は30代くらいかな、笑顔の中に確たる信念が感じられる。向きは違えどこの人も強い人なのは違いない。

 

「あら、彼らが噂の?」

 

「ええ、まあ。その内の一部です。今年は3人男子がいるせいで迷惑を掛けてしまいます」

 

「いえいえ、そんなお気になさらず。それでは皆さん、お部屋の方へどうぞ」

 

「「「「はーい!」」」」

 

 わらわら、ぞろぞろ、生徒ほぼ全員が部屋へ一直線に駆けていく。あ、あまりにも走りすぎる子はちー姉の餌食になってる。

 

「ね~ね~、おりむ~、ひびりん」

 

 この不思議な呼び方をするのは、間違いなくのほほんちゃんだ。真っ先に部屋に行くと思ったんだけど、まだ残ってたんだ。見ると異様にゆっくりとした速度で走ってきていた。残ってたというか、置いてかれたんだね。

 

「む~、なんかひどいことを言われたよ~な……? ま、いいや~。おりむ~のお部屋はどこなの~? しおりにものってないのだ~」

 

 うん? ごそごそとカバンをあさってしおりを確認。あ、ホントだ。一兄の名前がない、……踊君のもだ。ちなみに私のはのほほんちゃん達と同じ部屋です。

 

「いや、知らない。踊は聞いてるか?」

 

「残念ながら俺も知らん。織斑教諭に聞いてこい」

 

「そりゃそうか。千冬姉なら知ってて当然か。ちょっくら行ってくる」

 

 しばき終えて憤然としたちー姉のもとに向かった行く。

 

「踊君はいかないの?」

 

「どうせ、教諭らと同じ部屋になるだろうさ。態々聞く必要はない」

 

「……わかってるなら教えてあげようよ」

 

「直接聞いた方が確実だろ。それに俺は部屋を利用するつもりはないから、どこでも問題ないのさ」

 

 空を見上げて踊君は呟く。

 

「とりあえず、響も荷物を置いてきたらどうだ。皆行くようだぞ」

 

「わわ、ホントだ。また後でね! 皆、待ってよ-!」

 

 また置いてかれそうなので荷物を抱えて部屋に向かった。

 

 

 

 やれやれ。一体全体、この場合俺はどうしたら良いのかね。

 他の者達が着替え等で誰もいないはずの中庭に行くと、一人の少女がうさ耳片手に地面を掘っていた。それも制服でも水着でもない、不思議な国に迷い込んだ何処ぞの少女のような青と白のワンピースを着ていて、学園関係者ではないのが一目瞭然な人が、である。

 

「何時もながら、何をやっているのやら」

 

「わっ!? やっぱバレちゃったか~。やぁやぁ、よっくん、おひさだね。本当に久しいねー」

 

「ああ、久し振り。それで何をやってるんだ? 束嬢」

 

「わっはっはー。箒ちゃんといっくん、ひーちゃんを驚かす細工中なのだよ」

 

 はた迷惑なことを……。

 とは言いつつも、それを止めようとしない俺も同罪か。

 

「よしできた! 箒ちゃん達には絶対言っちゃダメだからね! 言ったら酷いんだから!」

 

 少女が釘を刺されたが、わざわざ言うか。言わずともあの三人なら気付くだろう。

 

「じゃぁね~。また後でね!」

 

 少しくらい落ち着くことを学べば良いのに。ばたばたした勢いそのままに少女は姿を眩ますと天へと飛んでいった。

 

 ……あの娘がはっきりと姿を見せるとはな。

 困ったことに、この旅はただの旅では終わってはくれなさそうだ…………。



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第肆拾捌話

 おお、海が蒼い! 空が青い!

 それでいて真っ白でモクモクした雲やにょきっと突き出す小岩が、ちょっびっとしたアクセントになっていて景色が良い。

 

「やっぱ海は最高だぁーっ!」

 

 海を眺めてわいわい騒ぐ人たちに混じって叫んでしまった。当然山彦は帰ってこない。海だもん。

 まぁ、いいや。スッキリしたところで後ろを振り返る。

 およ? 遅れてきた鈴ちゃんが耳を押さえてしかめっ面していた。いけないなー、せっかく海に来てはしゃげるのにそんな怖い顔しちゃ。

 もしや私の素早さをがくっとさげる気か!? でも残念だったね、私を怯えさせたくばちー姉の般若か未来ののっぺりマスクくらい持ってこないと効かないよ!」

 

「未来って子は誰だか知らないけど、それ本人の前で言ったら泣くわよ」

 

「うぇっへっ!?」

 

 口に出ちゃってた。鬼はいないよね!? 聞いてないよね!?

 

「いないから、そんなにキョロキョロしない」

 

「ほ……」

 

 死んだかと思った。イアちゃんも言ったらダメだよ。

 

『言いませんよ。ファイルに保存するだけです』

 

 ファイルって……いったいどんなファイル? こんなの溜めたって意味なんてないよ?

 

『響さんおd……もしろファイル~。主に響さんの未来さんに関する(失礼な)考えや発言を音声・映像付きでまとめたファイルになってます』

 

 ねぇ、今なんて言った? 恐ろしい言葉が聞こえた気がするんだけど!?

 

『禁則事項です♪』

 

 すぐに消しなさい!!

 

『ヤーです』

 

 ウッガァー!

 

「いきなりどうしたのよ。体調でも悪いんじゃない? 踊でも呼んできた方がいいのかしらね?」

 

『是非!』

 

「……ん?」

 

「わーっ! わーっ! 何でもない。何でも! あぁあっ、一兄だ! セシリアさんとなんか二人で良い雰囲気になってるよ!」

 

「ぬわぁんですって!! いぃいいっちかぁあああっ!」

 

 誤魔化すために、一兄には犠牲になってもらった。ごめんね、一兄。後でちゃんと骨は拾ってあげるからそれで許して。

 砂浜を猛ダッシュする鈴ちゃんを見送り、カッコーンと宙を舞う一兄に黙祷してっと……、よし遊ぼう。

 

「ダメだよ、響。一夏を身代りにしちゃ」

 

「いやぁ~、面目ないっす」

 

 しかし、回り込まれてしまった! く、私の海がなんか遠い気がする。ミイラを引き連れたシャルちゃんをどうにかしないと、行けそうにない。

 

「……何そのミイラ」

 

「これ? ラウラだよ」

 

 ミイラを見る。頭と覚し丸い部分から銀色の髪が生え、左右で揺れていた。銀髪はクラスにも学年にも一人しか見覚えがない。知らないだけかも知れないけど、シャルちゃんの周りにいるってなると、ホントにこのミイラはラウラちゃんみたいだ。

 顔が見えなくなるくらいミイラしてるのに、見て分かるほどに弱々しくなっていてちょっとびっくり。。

 

「どったの?」

 

「聞いてよ! ラウラってばせっかく可愛い水着に着替えたのに、自分には似合わない、って隠しちゃったんだよ。部屋から連れてくるだけでも大変だし……」

 

「と、とりあえず引きずってでも一兄の前に出してみたら? 一兄の感想次第で変わるんじゃないかな?」

 

 疲労困憊気味なシャルちゃんにアドバイスもどきをしておく。一兄ならどうにでもできるだろう。ラッキースケベ的なことかセクハラ的なことをしそうだけど、今に始まったことじゃないから気にしない。

 悪いことにはならないだろうし。

 

「そうだね。行くよ、ラウラ」

 

「……うぅ」

 

 よし、二人とも一兄に押しつけることができた。何がどうなったらそうなるのかわかんないけど、鈴ちゃんを背負って海から上がる一兄にサムズアップしておこう。

 ……睨まれた。

 

「今度こそ! いざ行「響」……、今度は誰!?」

 

「少し良いか?」

 

「うぇい……。」

 

 次は踊君だった……。尋ねるような効き方をしながらも拒否権のない質問に頷くしかない。う~み~ぃ……!!

 

「? ……響、会ったか?」

 

「へ? 誰と?」

 

 踊君、私そんなに超人じゃないよ。1を聞いて10を知るとかできない一般人です。せめて主語下さい。できたらもうちょっと名詞とか修飾語とかもあったらうれしいな。

 

「会ってないならいいんだ」

 

「いや、だから誰と!?」

 

 一人で完結しないで欲しい。このままじゃ私が後でもんもんとする羽目になるんだけど。

 

「気を付けろ。この旅、何か嫌な予感がする。一往、警戒しといてくれ」

 

「え、あ……ちょっ!? だから誰となのー!」

 

 去らないで! 言うだけ言って行っちゃうとかただの嫌がらせ! 結局、誰のことを話してるのか教えてもらえず砂浜を後にしてしまった。しかも嫌な予感とか不吉な言葉を残していく始末です。

 いったいどこの何を警戒したらいいんでしょうか。海の中? 空? それとも陸? そしてそれは機械的なことなのか生物的ことなのか……うん、まったくっわかりません。できる気がしない。

 

「ま、いっか。なんとかなるよね」

 

 今は遊ぶんだ! 海に突撃だぁ!

 

「ひびりん、ひびりん! ひびりんもバレーしようよ! 今、おりむーと織斑先生が決戦を繰り広げているのだ~」

 

「後で行くから! お願い、離してー! おーよーがーせーてー!」

 

「いいからいくのだ~」

 

「あーれ~~」

 

 キツネなのほほんちゃんは普段の姿からは想像できないくらいえげつない力を発揮して、まったく逆らえなかった。キツネに掴まれたよー……。やっぱり海は遠かった!

 

 

 

「やるぞ、響!」

 

「うん!」

 

 連れ去られた結果、一兄とタッグで担任ペアと対決することになってしまった。もうこうなったら自棄っぱちです。ビーチバレーを楽しんでやる!

 

「行きます!」

 

 まや先生のサーブからスタートした。

 一兄が腕で受けて跳ね上げる。すぐにボールの下に入ってパスを上げて……、流れるように一兄がスパイクを放つ。

 

「おらぁっ!」

 

「甘い!」

 

 けれどあっさりちー姉にレシーブされ、まや先生がネットギリギリに迫る高いトスをした。そして狙い澄ましたかのように鬼が飛び上がる。

 

「ふんっ!」

 

「なんのぉ!」

 

――バッシーン!!

 

 流星のように突き抜けようとする道筋に、なんとか腕を差し込んで落下を防いだ。でも腕が痛い。恐ろしいことに柔らか素材でできたボールがバスケットボール並に堅かったのだ。

 あんまり受けたくない。

 

「…………ビーチバレーってあんな音が鳴るものだっけ?」

 

「おぉー! たっかーい!」

 

 運良くほぼ真上に上がったボールはネットを優に超えて……倍くらいありそうな高さまで飛んでいた。

 ホントおかしな腕力してらっしゃるよ。

 

「一兄!」

 

「任せろ!」

 

 上に跳ねたと言っても結構な距離が風に流された。でもボールに動きを合わせていた一兄が跳び込んで辛うじて球を繋いだ。

 

「いっけー!」

 

 今度は私の番! 空いたスペースを狙って、スパイク!

 

「させません!」

 

 まや先生がブロック。いつものドジッ子な雰囲気のないまや先生も織斑先生に負けず劣らず強い。

 そこから激しい攻防戦が始まり、時間いっぱいまで楽しんだ。

 結果は2対2で決着付かず。3点先取制だったんだけどね、一試合に10分20分掛かっちゃって、気付いたら時間が来てしまっていたのだ。

 ちょっと残念。けど勝てたかどうか怪しいからこれはこれで良かった……のかな?

 

 後は晩ご飯で騒いで、女子会で騒いで寝るだけです。

 でも何か忘れてるような…………? ま、いいや。

 

 

 

 

 

 

 ……あ、結局海に入り損ねたんだ…………。



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第肆拾玖話

 それは私がすか~とお風呂で暖まった帰り道での出来事です。

 なんと…………、

 なんと……!

 なんと!!

 

 覗き魔がいっぱいいた!?

 

 しかもそれぞれがもぞもぞ動いてて不気味だ。しかしこの覗き魔たちは男じゃなさげ(貸し切りの学内にいたら問題だけど)、その後ろ姿にすごーく親しみを覚えるのは気のせいであって欲しい。

 バレないように通り過ぎてしまいたいところです。

 

『――んっ! す、少しは加減しろ……!」

 

『はいはい。千冬姉、久し振りだからって緊張してる?』

 

『そ、そんなわけあるか』

 

 ……気のせいだ。気のせいに違いありません。

 まさか姉弟でそんな禁忌なことをするわけがないよね。これは幻聴で、あれは幻覚。気のせい気のせい。

 顔が熱くなってるのも私の勘違い。

 

『それじゃ、次は……』

 

『……あぁ、ちょっと待て』

 

 私は何も知りません。それじゃあ、皆さんさようなら~。

 

「何をしている、馬鹿者ども」

 

「「「「「「へぶし!?」」」」」

 

 きゅ~……。……巻き込まれた。

 なんと言うことでしょう。この部屋の前は通っただけで運が尽きる鬼の間だったらしい。や、そもそも今朝からどん底か。

 

「あは、あははは……」

 

「こんばんは……織斑先生」

 

「し、失礼しましたー!!」

 

 私とラウラちゃん以外が逃げ出した。ところが残念、ちー姉からは逃げられない。人生、諦めることも大切なのだよ。……どうでもいいことだったらだけど。

 

「盗み聞きとは感心せんが、まあいい。入っていけ」

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

 予想外の言葉に皆が驚いた。

 

「えっ!?」

 

 が、私一人っだけ意味が違った。

 だって帰って寝たいんだもん! 徹夜して寝たのは移動中のバス内で小一時間ほど。予定では海で軽く泳いで晩ご飯まで寝るつもりだったのに、海に入り損ねるわ、ビーチバレーに巻き込まれて寝損なうわで、もうくたくたです。

 他の子がいなきゃお風呂では溺死しかけたし……。

 

「ああ、そうだ。一夏、まだ聖が部屋に戻ってきていないらしい。私の代わりに探してきてくれないか?」

 

「踊が? わかった。ちょっと行ってくる。皆はくつろいでってくれ。まぁ、難しいかもしれないけど」

 

 踊君は着いた時に言ってたように本当に部屋を利用してないようだ。体よくおしつけられた事に気付かず一兄が探しに部屋を出て行く。残ったのは女7人のみだ。

 女3人で姦しい……、プラス女4人だとどんなことになっちゃうのやら。

 

「おいおい、ここは葬式か通夜か? いつものバカ騒ぎはどうした?」

 

「い、いえ……」

 

「織斑先生とこうして話すのは……」

 

「初めてですし……」

 

 ありゃ? 多いと寧ろ逆転するのか。あはは、みんなカチコチだ。

 

「ちー姉、ちー姉。誰も先生の前でバカ騒ぎなんてできないと思うんだけど……」

 

「そういうものか。……まぁ、取り敢えず何か飲め。奢ってやる」

 

 そう言うとちー姉は近くに備え付けられていた冷蔵庫を漁りだした。ぽけーっと見ていたら、視線がチラッとある一点に向けられるのを見てしまった。げっ、睨まれた……え? なんでそんなニヤリと笑うのでしょうか。

 

「こんなところか。気に食わないのがあれば好きに交換してくれ」

 

 渡された缶ジュースにそれぞれ満足したみたいで、特に交換はせずに飲み始めた。でも私が持たされたのは何語かわからない赤色の文字で書かれた真っ黒パッケージなお飲み物。ヤバスな雰囲気ダダ漏れです。代えさせてもらおっと。

 

「私は、遠慮させて~……」

 

「はっはっは、そう遠慮するな」

 

 あれ、おかしいな……。交換は好きにして良いんじゃなか……。はい、これで満足です。泣きそうになりながら皆に助けを求めた。すぐに目を反らされてしまった。そしてじっくりパッケージを読んでいたシャルちゃんの顔が真っ青なのがすごく気になるのですが……。

 

「うぅ……。いただきます……。ズズズッ」

 

 …………。

 

「(#=(%"#$#)=(゚□゚」

 

「ひ、響!?」

 

 からいからいからいからいからいからいからいからいからいかライカライカらいからイカラからいからいからいからいからいからァババババババ……!?

 

「どうだ。目が覚めただろ」

 

「ふぇ……ふぇふぁ、ふぁふぇふふぉひ……、ひひ、ほうへふ……」

 

 口の中も外だけでなく喉や胃までちょう痛い。呂律が全く回りません……。

 

「何言ってるかさっぱりだ」

 

「ふぁふぇふぉふぇいふぇふは!」

 

 うぇ~……、文句も言えない。

 

「さて、飲んだな」

 

「「「「「え?」」」」」

 

「ふぃ~!」

 

 飲ませたくせに~!

 ニヒルな笑みを浮かべるとちー姉は再び冷蔵庫に手を伸ばす。おもむろに取り出したのは一つ星輝く缶だった。そしてプシュッ! と景気の良い音を立てさせると、ゴクゴクと喉を鳴らして噴き出す泡ごと飲み出した。

 

「ふむ。本当なら一夏に一品作らせるのだがな……。我慢するか」

 

 規則に厳しいちー姉がビールに舌鼓を打つのに皆唖然としてる。ラウラちゃんとか目を瞬かせたり目を擦ったりして、自分の目を疑っている。

 

「おかしな顔をするなよ。私だって人間だぞ。酒くらい飲む。それともなんだ。私は作業オイルを飲むような物体に見えるか?」

 

 ちょっと想像してみよう。尽く生徒の不義を締め上げていくちー姉がオイルを煽る姿を。……似合ってるぅウグッ!

 

「そら手が止まっているぞ。もっと飲むが良い」

 

「…………!!!」

 

 ぱたぱた! 口に突っ込まれた缶を押しのけることも出来ず劇物が胃の中に押し込まれる。の、喉が! 喉が焼けちゃう!

 

「さて、もう一度問うぞ。私はそんなオイルを飲むような物体に見えるか?」

 

「い、いえ! そういうわけではありませんわ!」

 

「そ、そうですよ。そんなわけがないですよ!」

 

 …………ピクッ、ピクッ。

 

「ひ、響ー!」

 

「お姉様-!」

 

「さて、前座はここまででいいだろう。そろそろ肝心の話をしよう」

 

 これが、前座だと……!? なんということだ。私は前座で死にそうになったらしい。本編に入ったら、私どうなっちゃうんだろう。

 

「お前ら、あいつのどこが良いんだ?」

 

 あ、良かった。私には関係のない話だ。ゆっくり休めそう。

 

「わ、私は……ただ昔よりも腕が落ちているのが腹立たしいだけで……」

 

「あ、あたしだって腐れ縁なだけで……」

 

「く、クラスの代表としてしっかりしてほしいだけでして……」

 

 箒ちゃんを皮切りに、視線を向けられていた鈴ちゃんとセシリアちゃんも口々にもごもごと言った。でも本音とは真逆のことで誤魔化そうとしてる。

 

「ふむ、そうか。ではそう一夏に伝えておいてやろう」

 

「「「言わなくて大丈夫です!」」」

 

 が、そんなものちー姉には通じない。酔っ払いに弄ばれて大慌てです。身から出た錆を綺麗に剥がれていた。

 

「えっと……、優しいところです」

 

 遅れて顔を真っ赤にしたシャルちゃんが呟いた。

 

「強いところでしょうか……」

 

 ラウラちゃんも迷いながら答えた。

 

「あいつは誰にでも優しいぞ。それに弱いだろ」

 

「ははは……、そうなんですよね」

 

「私よりは、ずっと強いです」

 

 一兄だしね~。

 

「それなら、聖だって似たようなものだろ。どう違う? 強さなら比べものにならないほどのものがあり、目立たないがあいつも優しい。そこのところどうだ、響?」

 

「ふぇっ!? ふぇーっと……、そう、でふね……。踊ふんは、ほっへも優しい人です。わはひひたいにすふに手をはすわけしゃないでふへど、ひふも見守ってふれてるって感しさせてくれまふ。ふかひいひめはへへふぁほきも……」

 

 あれ? なんか皆が微妙な表情を浮かべてる。

 

「これ飲みなさい」

 

 鈴ちゃんから飲みさしのオレンジジュースを貰ってしまった。

 

「私のも飲め。今のは何とか理解出来たが、何を言ってるかほとんどわからん」

 

「僕のもどうぞ」

 

「私のもやろう」

 

「私も「「「「「お酒はダメですよ!?」」」」」……それもそうか」

 

「あひはほう?」

 

 忘れてた。

 受け取ったジュースで口を冷やす。おぉ……生き返るぅ~。

 

「それでなんて言ったの?」

 

「えっと……踊君はとても優しくって、いつも見守っていてくれる人だよ、って。私が虐められてた時もいつだって傍にいてくれたんだ」

 

 いやー、懐かしいな~。あの頃は大変だった。

 

「響さんが虐めを?」

 

「ちょっと意外かも」

 

「私の知るお姉様とはかけ離れているな」

 

 同感。あの頃の私が今の私と会ったら多分ビックリしちゃうだろうな。

 

「そうだったのね。だからあたしをほっとけなかったわけね」

 

「うん。除け者にされる悲しさや寂しさはよく知ってるから。……そして、誰かが傍にいてくれる嬉しさや喜びも、ね」

 

 どんなに辛くても、踊君が、未来がずっと傍にいてくれたから、私は今もこうして笑える。だから今度は私の番だ、そう思った……のかな。よく覚えてないや。

 

「ああ、響の言う通りだ。お前と一夏がいてくれたから、私は救われた。今更かもしれんが、その……感謝する」

 

「ど、どういたしまして」

 

 えへへ、なんかこう面と向かって真剣に言われるとちょっと照れるや。

 

「…………ちょっと待て。それはいつの話だ? 響が虐められている等という話はきいたことがないが」

 

「うぇへ!? そ、それはもう物凄く前で、ちー姉や一兄と合うよりもずっと前の踊君と一緒にいたころの話です」

 

「そうだったのか……。何があったのか聞かせてくれないか?」

 

 ちー姉に詮索されてちょっと焦った。何とか誤魔化せたから良かったけど、言わないわけにはいかなさそうだ。

 

「うん。えっと……」

 

 どこから話そうかな……。




次回は、
長い間語れずにいた空白期間のお話、具体的には第五話から第六話の3年間のお話になります。


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第伍拾話

遅れて申し訳ありません。
やることが多すぎて時間が足りない……。


「えっと、ことの始まりは私が行ったライブで起きたある大きな事件が始まりなんだ」

 

 悩んだ結果、踊君との出会いから始めることにした。

 未来という親友とライブに行こうと約束して、急遽その子が行けなくなって一人でいくことになったこと。それでも何のかんのあって会場に入れて、ライブに聴き惚れられたこと。そしてその時ノイズに襲撃を受けたことを話した。

 もちろん、ノイズのことはテロリストてきな何かで誤魔化したよ。こっちにはいないものを伝えるのはまずそうなので。

 

「だがいったい何故それが虐めの原因になるのだ?」

 

 ラウラちゃんがわけがわからんといった風に首を傾げた。箒ちゃんと鈴ちゃんも同じみたい不思議そうだ。

 私もこれだけでわかる気がしないけど……

 

「その……被害は…………どのくらい、なのでしょう?」

 

 成績トップ層の二人と先生してるちー姉は流石に違った。その可能性にも思い至ったみたいで顔を青ざめさせ、またしかめさせていた。

 

「……観客関係者延べ10万人のうち……死者、行方不明者は3万人、です」

 

「さ、3割も…………しかし……」

 

 逆に考えれば7万人は生き残ったということになる。最悪なことに変わらないけど、それだけだったならそこまで怨まれことなく済む話だった。けれど、その被害率があまりにも偏り過ぎていた。

 

「観客だけだと……3万人中2万7千人が亡くなりました」

 

「「「「「「っ!?」」」」」」

 

 ほとんどの死者が観客だったのです。

 それは仕方がないことだけどね。だって、関係者はあくまで屋内で仕事していたのだ。逃げるとなると沢山のルートを知ってるから観客よりも素早く脱出できるのだ。現に死者のほとんどが誘導なんかを行っていた警備員が主らしいし。

 それに対して、観客だけどそもそも逃げ道が限られていた。野球場とかサッカー場なんかと同じで、詰まらない程度しか出入り口がなかったのだ。ぽこぽこ出入り口があっても無駄だし、それならいっぱい入れられた方が運営も客も嬉しい。でもそれが仇となってしまったわけです。

 ノイズが直接の原因になった行方不明者は翼さんと奏さんのお陰で数百人程度で少なかったけど、出入り口が少ないせいで、押しかけた観客が将棋倒しのようになってしまい、沢山の人が圧死した。しかも直前に起きた地震が原因で建物自体も崩壊が起きていて、無事だった者も逃げられず死を迎えた。

 

「生き残った3千人は大変だったでしょうね……」

 

「ううん。そんなにだと思うよ。生き残った人は大体初めのうちに逃げれた人ばかりらしいよ。それにほとんどの矛先は私に向いたからね」

 

「何故だ? そのような被害生き残るだけでも奇跡と言えるのではないのか?」

 

「えっと……私が会場にいた唯一の生存者だったんだ」

 

 踊君は観客してたけどお金を払わず不法侵入してたからには上がらなかった--元々人ですらなかった--けど、正規手続きから入った私は情報が残っていて、どうやって掴んだのか世間様に晒し者にされてしまった。

 しかも会場を脱出したんじゃなくて、ノイズが暴れた会場内に瀕死な状態で発見されて、九死に一生を得たことも一緒に、都合の悪い部分だけ抜いてという嫌がらせ付きで、だ。

 

「この胸の傷もその時に出来たんだ」

 

 浴衣を崩して胸をはだけさせる。

 

「爆発(?)で飛ばされた時の破片が突き刺さっちゃって、あの時は死んだと思ったよ。でもその時助けてくれた人に『生きるのを諦めるな!』て怒られちゃって、運良く私は生き残ったんのです。後遺症でしばらく身体のほとんどが麻痺しちゃったのは大変だったけど」

 

 信じられない、その気持ちが悲しくなるくらいびしびし伝わってくるんですが、ちょっと酷くないでしょうか? 凄く頑張ったと思ってくれても良いのにー。

 

「それで3ヶ月頑張ってリハビリを終えて待っていたのが--」

 

「虐め、だと言うのか!?」

 

「あっはっはー……」

 

 そうなのです。あの日々は色々大変だった……。

 

「(私の)教科書が消えたり、(誰かの)カバンが消えたり、(私の)イスが消えたり、(誰かの)席が消えたり、(私の)表札が消えたり、(誰かの)家が消えたりして」

 

 特に家が消えた時は本当にビビった。いつものように通学路を帰ってたら、一角だけなくなってたのだ。普通だったら引っ越して取り壊した、で終わる話なんだけど、家が建っていた場所がコンクリートで滑らかに埋め立てられてて木片一つ残っていなかったんだよ。

 朝行く時は普通にあった建物が帰りになくなる恐怖がわかる? しかも! しかも、だよ! 隣の住民たちにも悟られず、違和感なく消えたのだ。

 あの時はあまりにも怖くて、踊君の布団に潜り込んじゃったけど、今では良い思い出だ。

 

「信じらんない、なんでそうなるのよ! 全身規模の麻痺なんて年単位の時間を掛けてもそう直らない症状なのよ!? それをたった数ヶ月で終わらせたのに何で?!」

 

「えっと、確か犠牲者の中に同い年の優秀な子供がいたらしくって、何故その子じゃなくて、何の取り柄もない私が生きているんだー! て感じでね」

 

「ただの逆恨みではないか!? そのような戯れ言で虐めになっただと!?」

 

 箒ちゃんは憤慨したけど、私は既に吹っ切っちゃって案外平気だったりします。その時は確かにムカついた。けど、すぐに化けの皮が剥がされて失墜したからざまーみろと思った覚えがある。

 

「まぁまぁ。あの頃はホントとっても辛くて苦しい毎日だったけど、それがあったから今の私があるんだ。だからへいきへっちゃらだよ」

 

「響はやっぱり強いね」

 

「いやいや、そんなことないない。未来や踊君が支えてくれたからあれを乗り越えられたんだよ。私一人だったらすぐにポッキリしてた。現に二人がいても『私は生き残るべきじゃなかった』って、自殺を考えたこともあったから」

 

 どんなに嫌がらせを受けても未来が横にいてくれて、どんなに恐ろしいことが起ころうとしても未然に踊君が防いでくれていた。……でも当時は全然気付かなくって、そんなことを思ってしまった。

 

「響も辛い人生送ってたのね」

 

 む、過去形にされてしまった。確かに今は辛いか辛くないかで言えば、辛くない。むしろ誰かに「ありがとう」って、言われる生活ができて幸せです。でも、人任せにして先送ってた問題が帰ってきてて辛いのも事実。

 所謂、ジェットコースターの最高点まで登り切った時みたいな感じの凄い番かな。凄く平坦なんだけど、目の前には地獄まで落ちそうな下り坂が見えていて、なのにどうしようもない理不尽な状況を想像してもらえば良い。

 つまり未来進行形なのだ。送ってたんじゃなく、送ってるわけでもなく、今から送りに行くのです。…………やだなー。

 

「その状況からよく立て直せたな」

 

 小さな感心だった。でもここまで話したならあの日のことを話しちゃおう。

 

「お父さんが死んで、踊君に平手打ちされたのがきっかけ、だよ」

 

 あの日の平手の痛みは今になっても思い出せる。首の骨がベキッと鳴るくらいの勢いだった。…………あれ? 私、結構命の危機にあったんじゃ……、き、気のせいだよね。

 

 

 

 今日の天気とは真逆の雨が土砂降りで、嵐一歩手前まで天気が崩れていた日のことです。

 いつもの如く私は沢山の嫌がらせを受けた。いつもなら、へいきへっちゃらって強がって流していたのだけれど、その日だけはできなかった。

 もう既に心が折れていたのだ。前日にお父さんの死を踊君に告げられたことで……。皆を心配させないように私も平気を装ってはいたよ。けど無理だった。いつ終わるかわからない……、いや本当に終わるのかすらわからない日々を過ごせる程の意志が残っていなかった。

 そして踊君とも喧嘩してしまったのだ。

 

『苦しむな。なんて無責任なことは言いたかないが、もっと気楽に生きな。自分が死んで他の誰かが生きた方が良かったなんて思ってんじゃねぇよ』

 

 踊君が言った言葉だ。それは正しい。だってあんな事故を未然に防ぐ事なんてできるわけがなく、私は偶然生き残れただけだから。本来なら気に病むことではないのだ。

 でもそれを私は認められなかった。当時の私は本当に劣等生だったんだもん。運動はイマイチで勉強に至ってはボロボロ。療養もあってさらにどん底だった。本当に私ではなく優秀な人が生きてたら良かったのに、そう思ってしまってたんだ。

 一方的に責めて八つ当たりしてしまった。踊君が助けてくれた人だってわかっていたのに。自分が嫌になって逃げ出した私は、屋上で死のうとしてた。

 

『失礼する』

 

 だったかな。屋上のベンチで雨に穿たれていた時、追いかけてきた踊君がビックリするくらい気軽に屋上に侵入してきた。濡れることに躊躇いもなく晴れの日同様真っ直ぐ近づいて、私の前に立ったのだ。

 嫌になりすぎて、殺意が湧いていたと思う。それくらい声が禍々しかった。

 そして、踊君に叩かれた。

 

『忘れているようだが、俺も生き残りなんだぞ?』

 

 殴られた気分だった……いや、叩かれたけど。

 

『もしあの日、あの場所に、お前が生きていてくれなかったら、俺はずっと一人だった』

 そう言われたのです。私は何もできないって思っていた中で、言われて嬉しかった。

 踊君は一人で生きていくと決めていたらしい。でも私がいたことで拾われて、家族の温かさを知れたって、言ってくれた。

 

『だから、自分が死ねばなんていうな』

 

 似合わないことに、ちょっぴり泣いてしまったよ。

 

『響は一人で抱えすぎなんだよ』

 

 いつから聞いていたのか、未来までやって来て励まされた。

 泣いて泣いて泣きまくって、そうしたら笑えるようになったんだ。

 

 

 

「それで踊君に言われたの。

 『死んで償えることなんかない。死んだもののために生きる人たちのために抗うことが償いになるんだ』

 て」

 

 その言葉が私の目標になった。

 

「その時になって、やっと思い出したんだ。生きるのを諦めるな、って言ってくれた人のことを。それで知ったんだ。その人が行方を眩ましたこと」

 

「……え?」

 

「私を助けた時の影響で寝たきりになっていたの」

 

 私が些細なことで悩んでる間、ずっと自分を助けてくれたヒーローのような人が生死を彷徨っていたのだ。その人が救えただろう命の事を考えると自分が嫌になる。

 

「だから私は決めたんだ。手を伸ばそうって、どんなに遠くっても絶対届かせようって。それで遅刻とかしまくっちゃっていっぱい怒られたけどね」

 

「人助けにそのような意味があったのか……」

 

「うん。今はもうその人も元気で世界中飛び回ってるけどね」

 

 奏さん今頃何してるんだろ~。

 

「で、なんの話をしてたんだっけ?」

 

「…………えっと、踊の話だったんじゃなかったっけ?」

 

 あ、そうでした。

 

「そんなこんなで踊君はとっても優しいのです。変なところも多いけどいつだって皆を支える力持ちなのですよ」

 

「強引にまとめたわね」

 

「いや~、面倒になっちゃって」

 

 伝えきれないし、伝えられないし、……眠たいし。

 

「流石はお義兄様ということですね」

 

 ラウラちゃんが納得してくれたので助かった。これでようやく寝れる。

 

「さて、では一夏のことでも話すとするか」

 

「酷っ!?」

 

 うぅ……、まだまだ夜は長いらしい。




この話で響は盛大なミスを沢山しました。
さて全て気付ける方は何人いるでしょうか?


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第伍拾壱話

「ぐろぉ~……」

 

「今日も朝から死んでるね~」

 

 わっはっは、と楽しそうに言わないでほしい。二日連続寝不足でホントに辛いんだよ~。師匠の教えもあるのに~。

 

『「飯食って、映画見て、寝る!」 は教えじゃないかと……』

 

 教えになってるからいいのだ。

 

「全員、集まったな。これより訓練を開始する。それでは各班に別れ振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストを開始しろ」

 

 合宿二日目の今日はISの武装の取り付けやら動作確認やらを行う日になってます。悲しいことに私と一兄はほとんど関係ない話だけどね!

 ちー姉の眼光に一斉に散り散りになった。

 本国から色々送りつけられた鈴ちゃんなんかは鬱々しく、逆に大量の武器でマルチ対応してるシャルちゃんはウキウキしてる。

 

「ああ、篠ノ之。ちょっとこっちに来い」

 

「はい!」

 

 およ? ちー姉が個別の指示を出すなんて珍しい。いつもはまや先生に任してるのに。

「お前には今日から専用――「ちぃ~~~ちゃぁ~~~~~ん!!」……ハァ」

 

 砂浜を抉り、ずぐぁーー!! と砂を撒き散らし蒼いウサギさんがたぶん二足走法――頭が砂面すれすれでどう走ってるのやら……――で間を詰めてくる。それも無謀なことにちー姉目掛けて迷わず一直線に。

 

「やぁやぁ! 会いたかったよ、ちーちゃん!! さぁ、ハグハグしよう! 一緒に愛を確か――べふぅ!?」

 

 さっすが、ちー姉。ダイビィーングを見事片手でキャッチした。ボールは頭、グローブは鉄の爪(気の迷い)。これがホントの顔面キャッチか。

 

「あばばばば!? 潰れる! 潰れちゃう! 束さんの天才的な頭が挽かれたお肉になっちゃう~。ちーちゃんの愛が気持ちいよ~」

 

「キモい」

 

 べちょ! ちー姉はトロンとし出したウサギを捨てた。

 

「私を捨てるなんてとんでもない!」

 

 復活はやっ!?

 勇者千冬にウサギさんはそうどこかで聞いた忠告を述べて飛び上がった。

 

「やぁ!」

 

「……どうも」

 

 今度のターゲットはお隣で顔をしかめる箒ちゃんらしい。さらに苦々しさを増して対応する。

 

「えへへっ! 久しぶりだね。こうして合うのは何年ぶり? 大きくなったね、おうきちゃん! 特におっぱいが!」

 

 ズガンッ! ……おぅ。

 

「殴りますよ?」

 

「な、殴ってから言ったぁ~……。しかも、日本刀の鞘で叩いた! ひどい! 箒ちゃんひどい!」

 

「よくやった」

 

「ちーちゃんのドS!」

 

 ズドンッ! ……やっぱあの人、度胸あるな~。

 

「素手の方が痛い!? なんでか鞘より痛い!?」

 

「あ、あのぉ……、ここは関係者以外立ち入り禁止なのですが…………」

 

「あっはっは! 珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者というなら、一番はこの私において他にはいないよ」

 

「え、あっ、はい……。そ、そうですね……」

 

「IS学園関係者となれば、無関係でしょう!」

 

 ズッドンッ! ……凄く、鈍いです。

 

「よっくんの手ってどうなってるの!? ちーちゃんの鉄拳より痛いよ!? 私の頭を何だと思ってるんだよぉー! ぷんぷん!」

 

 あえて言うなら神鉄製だから? でもあんな三連発に平然としてる頭も凄いよね。普通、頭割れてるよ。ちゃんと手加減してるのが三人の愛情表現なのかね……。踊君との関係が気になるところだけど。

 

「「「木魚」」」

 

 ……んぁっれ~?

 

「ひーちゃ~ん、皆が虐めるよぉ~」

 

「よしよ~し。お返ししま~す」

 

「うぇっ!?」

 

 と、冗談はここまでにして本題どうぞ。……別に巻き込まれたくなかったとかじゃないよ。ホントだよ。

 

「そろそろ自己紹介くらいしろ。うちの生徒が困っている」

 

 他人事のように後ろで頷いてるお二人。貴女たちも含めた三人のせいですよ。

 

「皆、ひどーい。もー……。めんどくさ……くないです。はぁ、私が天才の束さんです、はろー。はい、終わり」

 

 言うだけ言うと、くるりんと服を見せびらかせる。何年経っても束さんの愛くるしい姿はお変わりないようだ。垂れ耳がかわゆいです。――にゅふふ、クリスちゃんに付けたら似合うかも。

 妄想に浸ってる合間に目の前の女性が誰なのか伝播したようです。

 ウサギさんこと、篠ノ之束さん。何度か話にも上がった気もする箒ちゃんの姉の天災さんだ。ISを作ったっきり行方知れずなんだけど、何しに来たんだろう……不安だよ。

 

「もう少しまともにできんのか、お前は……。そら一年、手が止まっているぞ。これのことは無視してテストを続けろ」

 

「むぅ~、らぶりぃ束さんって呼んでもいいんだよ?」

 

「荒ぶりぃ束さん?」

 

「こらぁー!」

 

 ひゃー。

 

「ところで、姉さん……」

 

「あ、そうだった。ではでは、大きなお空をご覧あれ!」

 

 束さんは背景にびしっ、と書きたくなるほど様になる仁王立ちポーズで天を指差した。いろいろ気になるお年頃の生徒も何や何やと空を仰ぐ。

 

「斬ったらまずいよなぁ~」

 

「わかんないけど、まずいんじゃないかな~」

 

 踊君の目には既に何かが見えてるらしい。私にはようやっとちっちゃな点が見えてきたところなのに……。

 ひゅるるる~~。大気を押しのけて物凄い勢いで塊が迫ってくる。皆が急いで波際を離れた所に、豪快な水しぶきを上げて着水した。

 ……金属の塊? 目映く銀色に輝くと、よく見る間もなく瞬時にぱかりと開いた。それで肝心の中身はというと――

 

「じゃっじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』! ほとんどのスペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」

 

 おぉ! 真紅だ。真っ赤な装甲が眩しいや。――ん? 今、束さんはさらっととんでもないこと言わなかった? 現行ISを上回るとか何とか……。

 

「さぁさぁ、箒ちゃん! 早速フィッティングとパーソナライズを始めようじゃないか! ほらほら、早く早く」

 

「……お願いします」

 

「お願いされました~!」

 

 ポケットから取り出したリモコンをピピッと操ると、装甲を支えるアームが動き出す。一緒に赤椿も動き膝を折った。

 そして箒ちゃんが乗り込んだ。

 

「実際はある程度のデータをいれてあるから、更新するだけなんだけどね。さて、ぴ、ぽ、ぱ」

 

 軽い口調にあわない光景が広がる。空中投影のディスプレイがひーふみー……6つに、同じく空中投影のキーボードが……これも6つ。もう何をやっているのかさっぱりです。整備科志望の子達が興味深げに見つめていた。

 

「あの専用機って、篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけなのに」

 

「だよね-。なんかずるよねー」

 

 一部の生徒からそんな言葉が聞こえてきた。それに一番早く反応したのは、意外なことに世間に興味のない束さんだった。

 

「おやおや、異な事を言うね。歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなんて一度もないよ。そ・れ・に、そんなこと言ったらひーちゃんも一緒なんだよ。よっくんの身内ってだけで、ニールハートを手にしたんだから」

 

 そうなのです。だから諫めることが私にはできない。まぁ、踊君に押しつけられたもんだけど。

 

「…………いよいよ予感が本格化しだしたか…………。響、サボってないでさっさと始めるぞ。追加武装がないからってアップグレードがないわけじゃないぞ『ガングニールとハートの共鳴率を上げるぞ』」

 

 イアちゃんを通して踊君の指示が飛んできた。どうやら私もしなきゃなんないことがあったみたい。

 

「ほいほ~い」

 

 でもその辺りは踊君におまかせです。どこから取り出したのやら投影機でディスプレイとキーボードを呼び出すとケーブルでダイレクトに繋ぎ、こっちもカタカタ打ち出した。内容はこっちの方が原始的、ていうのかな? 束さんのがパソコン的画面なのに対して、こっちは文字の羅列が淡々と横並びしている。

 もち、わかんないのは一緒だけどね。

 

「やはり連続使用が鍵か? 人と聖遺物の適合係数、聖遺物とISの共鳴率、となると人とISとで繋がる何かが必要となる、か。こればかりは俺が口出ししていい話じゃないな。……安心しろ、調律だけはやり遂てみせる……」

 

「???」

 

「いつかわかる時が来る、としか言えないぞ」

 

「んー、わかった」

 

 聞く前に釘を刺されてしまった。

 諦めて待ってようと思っていたんだけど、何やら不穏な気配が……。

 

「おっ、おお、織斑先生! たいへん、たいへんです!!」

 

 いつになく取り乱したまや先生が駆け込んできた。



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第伍拾弐話

「状況を報告しろ」

 

 旅館最奥にある大きな一室に入るなりちー姉はそう問うた。

 

「はっ! 今から2時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れ暴走、監視空域を離脱したとのことです」

 

「報告! 衛星の追跡に成功! 『銀の福音』を補足しました。現在、ここより2キロ先の空域を通過する模様です」

 

 空中にいくつもの資料が投影していきながら、既に中にいた教師が次々と報告をしだした。薄暗い中で淡く輝くディスプレイ、そして画面相手に錯綜する人たちを見ていると、とっても懐かしい気分になる。

 二課の司令部も厳戒態勢中ってこんな感じだった。皆、元気にやってるかな~。

 

「本部からの通達。教員は訓練機を用い対象領域の封鎖を、排除を専用機保持者が行うようにとのことです」

 

「「「なっ!?」」」

 

 顔を綻ばせてる場合じゃなかった。まさかの役回りが回ってきてました。

 軍事開発の暴走ISを相手に学生が対応するなんて……。でも代表候補生やってる皆が、当然といった感じで受け入れているのからすると、こういう非常事態の解決ってのも専用機持ちの義務なのかもしれない。

 それでも学生にさせることじゃないと思う。…………学生ながら巻き込まれただけで月消滅の危機に立ち向かった私が言えたことじゃないけど。

 

「……状況を確認した。これより『銀の福音』改め仮称『福音』と名付け、作戦会議を始める。意見のあるものは挙手せよ」

 

「はい!」

 

 ちー姉の視線が私たちに向くなり、即座にセシリアが手を挙げた。

 

「対象IS……福音の詳細スペックデータの開示を要求します」

 

「わかった。ただしこれらは二ヶ国の最重要軍事機密だ。決して口外しないように。漏洩した場合、諸君等には査問委員会による裁判と最低2年の監視がつけられることになる」

 

「了解しました」

 

 ぼんやりしてても仕方がないので私も混ざる。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……私のISと同じく、オールレンジ射撃が行えるということですわね」

 

「攻撃と機動の両方を特化してるようね。厄介だわ。スペック上ではあたしの甲龍を上回ってる」

 

「特殊武装も曲者って感じがするね。本国からリヴァイブ用の追加パッケージがきてるけど、連続での防御は厳しい気がする」

 

「それでいてこのデータだけでは格闘性能が未知数。持っているスキルもわからん。偵察は行えないのですか? もしくは格闘性能に関するデータとなりそうなものは?」

 

 画像がないので分かり難いけど、特殊武装がエグいのがよくわかった。砲数36門の全方位射撃ってなにさ。下手に近づくとすぐにバンされそうだ。数的に翼に仕込まれてると見るべきかな。

 

「無理だ。この機体は現在も超音速飛行を続けているようだ。最高速度は2450キロを超えるとなるとアプローチは一度が限界だろう。データも取れていない」

 

「そうですか……」

 

「そもそも暴走状態じゃデータなんて無意味だよ? 常に格上って考えた方が……、いや、デタラメ、かな?」

 

「どういうことだ? 織斑妹」

 

 ラウラちゃんに忠告したら、皆の視線が突き刺さった。

 

「暴走すると動きがおかしくなるって話なんですけど……。えっと、普通なら痛みなんかで関節の動く領域が決まってるけど、暴走しちゃうと身体の負荷は度外視になっちゃうのでなんでもありな感じになるんです。だから挑むならデタラメって考えて、前情報はないほうがむしろ良いよ、ってだけです……。ハイ……」

 

 暴走した私を止めた皆が言うんだから間違いない。お前はホントに人間か? て怨みがましく愚痴られたのは多分一生忘れないだろう。私は歴とした人間です(たぶん)。

 

「なるほど……。確かに考えられない話ではないな」

 

「このスペックで出鱈目な動きをされたとしたら……厄介過ぎるわ」

 

「一回きりのチャンスでそうなりますと…………、やはり一撃必殺の攻撃力を持った機体で短期決戦を望むしかありませんね」

 

 私から視線が外れ、お隣に向いた。私も釣られて隣を見る。

 

「…………はい?」

 

 あー、一兄と白式ならなんとかなりそう。

 

「あんたの零落白夜で落とすのよ」

 

「それしかありませんわね……。ただ、問題は――」

 

「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね」

 

 そうなのだ。白式は近接オンリーで動き回らなきゃならないので遅いわけじゃないのだけど、零落白夜に必要なエネルギーを残すとなるとちょっと無理がある。

 

「え、俺がやるのか?」

 

「「「「「「当然」」」」」」

 

 他の人のは当然として私のニールハートでも一撃ってのは厳しそうだもん。単純な破壊だけならなんとかなできなくもないけど、砲撃の突破も合わせるとだいぶ落ちちゃうし。

「織斑兄、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」

 

「…………やります」

 

 覚悟を決めたみたいだ。迷いを振り払って強く頷いた。

 

「よし。これより具体的作戦の内容に入る。現在この中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

 

「それなら、私のブルー・ティアーズが可能です。ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきており、超高感度ハイパーセンサーも同様です」

 

 強襲用って……、いったい何を想定して作っているんだか……。あれ? でもなんかそんな速度重視の競技があるんだっけ?

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

 

「20時間です」

 

「ふむ。それなら適任――」

 

 超音速下、つまりニールハートのバンカー移動に色を付けた速度プラス曲線移動ってことだから……、うにゅ……20時間もやりたくないや。

 なんて思っていると、部屋に響き渡る妙に明るい声があらわれた。

 

「ちょいと待ったー! その作戦ちょっと待ったなんだよ~!」

 

 声に聞き覚えがあるのにどこにもその姿がない。皆で周囲を探すけど……やっぱいない。はてさてどこに? 

 

「ここだよ~」

 

 天上から生えていた。

 

「山田先生、ちょっとそこの鉈を取ってくれませんか」

 

「あっ、はい……って、何する気ですか!?」

 

「ちょっと草狩りするだけです」

 

 まや先生が普通に渡しそうになってたのを慌てて戻す。

 

「とうっ。ちーちゃんったら~、私は引っこ抜くウサギさんだよ」

 

「それもおかしいです」

 

 逆さまから落ちたのに空中で一回転を決める、とかいう無駄に見事な着地を見せてそう宣った。

 

「そんなことより、ちーちゃん、ちーちゃん! もっと良い作戦が私の頭の中に、ナウ・プリンティング!」

 

 ナウ、プディング? 今、頭の中にプリンが? なにそれ怖い。

 

「プディングじゃなくて、プリンティング、プリントね。頭の中にできてますよ、ってことだよ」

 

「おお、なるほど」

 

 シャルちゃんに後ろで教えてもらう。

 

「ここは断然、赤椿の出番だよ!」

 

 後ろで脱線している間に話が進む。

 どうやら束さんは赤椿を推しているらしい。難しい話はわからないけど、要約するとパッケージなんか無くたって展開装甲をちょちょいと弄れば超高速移動ができるそうだ。

 ところで、展開装甲って?

 シャルちゃんに目で尋ねてみたけど、首をふった。他の皆もわからないと。

 

「説明しましょう! 展開装甲とは、この天才束さんが作り上げた第四世代型ISの基本装備なのだよ」

 

 ほー、第四世代型の。

 

「それは凄そうだね」

 

「凄そう、じゃないわよ!? 世界でようやく第三世代の実用化の目処が立ったところ、今も競争を行っているところなのよ!? それを、既に第四世代が実現してるなんて……」

 

「ち・な・み・に。いっくんが使ってる白式の雪片弐型にも使われてまーす。試しに私が突っ込んだ。あとあと、よっくんが一から独自に作り上げたニールハートのバンカーにも利用されてるよ」

 

「「えっ」」

 

 ひょえー。てことはニールハートも第四世代ってこと? あ、でも踊君は第三って認めてたっけ? うーん。どっちなんだろ。

 

「それで、赤椿の調整にはどれくらいかかる?」

 

「7分あれば余裕だね」

 

 驚きすぎて皆の疲れた感が半端ない。それでも指揮官となったちー姉は思案し作戦を決定した。

 

「本作戦の目的を伝える。本作戦では、織斑兄・篠ノ之の両名による目標の追跡および撃撃墜とする。作戦開始は30分後。各員、直ちに準備に取りかかれ!」

 

「了解」

 

 ちー姉が掌を打つなり、バックアップを担う教師陣が必要な機材の調整を始めた。さらに封鎖組の教員は運んできた訓練機の元へ移動を開始した。

 そして作戦から外れた専用機持ちも各々で作業の手伝いなんかをして……。

 

「手の空いているものはそれぞれ運搬など手伝える範囲で行動しろ。作戦要員はISの調整を行え。もたもたするな! そこの織斑兄妹!」

 

「「はいっ!?」」

 

 名指しされてしまい大慌てで逃げる。そしてまや先生なんかと荷物運びに精を出すことに。

 はてさて、なんかヤバーい予感がひしひししてるな~。二人だけで大丈夫なのか凄く心配だ。踊君が言ってたことも気になるし……、て、あれ? 踊君がいない。あ、でも専用機持ちじゃないから仕方ないのか。でも、ちー姉に言われて着いてきてたような……。

 ん??? 気のせいだったのかな?




いつもお読み頂き、ありがとうございます。
ちょっとばかし表が忙しくなってしまったため、ここ1月ほど休載するかもしれません。
遅くとも二月には再開しますので、申し訳ありませんが少しばかりの間お待ちいただきますようお願いいたします。


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第伍拾参話

 私たちにできる準備は終わった。

 後はもう出撃する二人が海を前に佇む背を見ながら、作戦開始時刻まで待つくらいだ。まぁ、急ごしらえで足りないことも多いんだけど、そもそも30分じゃどうしようもないのでそのへんは諦めた。

 

「そろそろ時間だ。二人とも準備は出来ているな」

 

「「……はい」」

 

 教師陣の指揮を執り終えたちー姉が岸にくるなりそう二人に声を掛けた。少し反応が遅れたけれど、ちー姉は咎めない。二人がただ佇んでいるだけではなく、立ったまま瞑想していたのだと気が付いているから。

 流派特有なのかな。自然に身を委ね精神を落ち着ける、それさえ出来るなら立振舞は関係ないらしい。

 

「来い、白式」

 

「行くぞ、赤椿」

 

 鎧袖一触の白を纏うのは一兄、

 疾風迅雷の紅を纏うのは箒ちゃん。

 

 ……紅白まんじゅう食べたいなー。

 

 ………………

 …………

 ……

 じゃなくて!

 ちー姉との最終確認を終えたので声を掛ける。

 

「箒ちゃん、頑張って。一兄がバカやったらフォローお願い」

 

「任せておけ」

 

「おい、俺が失敗するのは断定かよ!」

 

 一兄が喚くけど無視です。普段皆にボコボコされてるから油断しないでしょ。心配なのは箒ちゃんのほうだ。束さんの腕は信頼してるけど一時間程度の訓練でできるほど実戦は甘くない。ま、私の時と違って途中があるからまだマシだけど。

 それに打鉄の経験がどこまで生きるのか……、第二と第三(三.伍?)の世代差だけでも随分あるのに、第四との差なんて考えるまでもない。

 一兄のことでも考えて、気を紛らわせたほうが良いでしょ。

 

「まあ良いけどよ……。箒、先生も言ってたようにこれは訓練じゃないんだ。実戦じゃ何が起こるかわからない。十分に注意しろよ」

 

「無論、わかっているさ。何だ、怖いのか?」

 

「そうじゃねぇって……」

 

「ははっ、心配するな。お前はちゃんと私が運んでやる。大船に乗ったつもりでいればいい」

 

「…………」

 

 ……あ、これダメなやつだ。不安の倍率がドンッと増した気がする。

 

『一兄、一兄、さっきはああ言ったけどさ。箒ちゃん、ヤバいよね』

 

『ああ、わかってる。浮かれすぎだ』

 

 イアちゃんにお願いして一兄に個別で発信すると、そう反ってきた。一兄も気付いていたみたい。専用機をもらって嬉しいのはわかるけど、箒ちゃんがとても舞い上がっているのだ。

 

『あんなんじゃどんなことをし損じちゃうかわからないよ。私たちじゃ追いつけない。だから一兄、箒ちゃんのサポートお願いね』

 

『任せろ。ちゃんと無事に帰ってくる』

 

 私たちが心配した視線を送っているのにも気付かず、箒ちゃんはにやにやしたまま作戦の時間が来てしまった。

 

「今回の作戦の要は一撃必殺だ。短期決戦を心懸けろ」

 

「「了解」」

 

 速やかに二人は準備――箒ちゃんの背に一兄が乗った。

 

「作戦、開始!!」

 

 ちー姉の号令を引き金に、二人は大海へと飛び立った。

 

(二人とも、無事に帰ってきて)

 

 

 

 ゆらゆら揺らめくこの空を斬り裂いて一機の銀の鳥が羽撃いていた。

 

『見えたぞ、一夏!』

 

『……ああ!』

 

 その鳥の斜め後方より紅白の二人の戦士が、超音速をさらに上回る速度で追いかけている。相対する二つの速度、距離を合わせると接触まであと10秒といったところか。その時、紅……篠ノ之箒操る赤椿がさらに加速し急速に間を詰めていく。

 

『うおぉおおっ!!』

 

 赤椿から白……白式が離れ、一夏が瞬時加速を起動させる。超音速の世界の中でさらなる超音速に至った。

 それと同時に銀の福音が振り返った。減速も起こさない反転で、次には身構える。一瞬の迷いを覗わせるもすぐに振り払い、一夏は零落白夜を発動し、光を纏った刃を振り翳した。

 

『敵機確認。回避モードへ移行』

 

 だが、刃は届かない。回線を通し抑揚の欠いた機械音声が発されるや否や、滑るように福音が横に移動し光る刃をミリ単位で避けた。機械が故の異常な操作ということか。

 

『箒! 援護を!』

 

『任せろ!』

 

 初心者ながらも、良い判断を下した。一回きりのチャンスを逃したが援軍の来ない今、短期決戦の選択は正解だ。

 下手に距離を取られる前に果敢に一夏は攻め続ける。さらに箒が打突と斬撃を織り交ぜたエネルギー刃で逃げ道を奪っていく。

 

『くそっ! 当たらねぇ!』

 

『ええい、すばしっこい!』

 

 それでも妖精のような軽やかな舞いに翻弄され上手く捉え切れない。

 

『箒!!』

 

『ああ!』

 

 短い会話が二人の間で繋がれた。それだけで、一つの作戦が発案実行に移される。

 一夏の振った雪片が躱された。だがそもそも今のが当たるなんて期待、既に二人ともしていない。福音が引くと同時に追うようにして左右から挟み込んだ。

 

『……!』

 

 そして下がった先で福音が動きを止めた。学習プログラムでも組み込んでいるのだろう福音は短い戦闘から確実に回避できる距離を割だしてしまっていたがために。

 追撃とは少し異なる行動に僅かながらラグが生じた。一夏一人ならどうしようもない距離だ。しかし彼の向かい側には箒がいる。

 

『空裂! 雨月!』

 

 大きく広がったエネルギーの輪が福音を囲う。薄くなっても攻性は攻性、上下左右が防がり空いた道は前後の一夏たちが迫る二方向のみ。

 

『これで! 終わ――『敵対機の危険度を修正。迎撃モードへ移行。銀の鐘(シルバー・ベル)、起動』――りっ!?』

 

 彼の音声が淡々と告げた。そして福音は行動に移る。迫り来るどちらかを正面に捉えるのでなく、左右の肩をそれぞれ向ける形で。

 突然の変化に戸惑うが悩んでる暇はない。なにかされる前にこちらから先に、と言わんばかりのトップスピードで切り抜けようとブーストを噴かす。

 このチャンスを逃すわけにはいかないのだ。

 

『一夏!!』

 

 だが、福音の輝く翼に、声を荒げた箒の叫びに、一夏はその意志を即座に投げ捨てる。人の身では重かろう慣性の重圧に潰されそうになりながらも、下方へと身体を投げ飛ばした。その直後、幾十の小さな粒が通り過ぎ……爆散した。

 

『ま、マジかよ……』

 

 放出された光弾の数に呆れるしかない。一つでも当たれば大ダメージは必至というのに、それが一度の放射で30は下らない量を撒き散らすともなれば同情ものだ。

 攻守が一瞬にして切り替わる。

 俗に言う段幕ゲーか? 福音の左右それぞれで必死な回避が見受けられた。箒はまだ余裕がありそうだが、一夏が軽く絶望感を漂わせている。やはり迎撃方法が剣一本ではキツいものがあるか。……それでも躱せているのは努力の賜物と言えよう。

 

『くっ、近づけねぇ!』

 

『任せろ! 赤椿ならこのくらい!』

 

 第四世代だったか? 篠ノ之束の力作の性能に物言わせ光の弾幕を出鱈目に回避し接近を始めた。足らない技術を性能で補うというなんとも情けない光景ながら、確かに刃を届かせる。

 

『ナイス、箒!』

 

 一瞬途切れた弾幕を見逃さず、一夏も距離を詰めていく。

 問題点はまだまだ多いが及第点は与えてもよさそうだ。

 

『こいつで…………っ!?』

 

 予感は所詮予感。外れることもある。そう思っていた。だが、一夏は距離を詰めるのを止め、わざわざ福音の目の前――直前まで箒のいた場所までブーストを吹かせた。

 逃げ道を失い弾幕も荒くなった福音にトドメをさせたはずだというのに、一夏は目聡くも優しい行動を行ったのだ。

 

『一夏、お前何をやって!?』

 

『船がいるんだよ!!』

 

 福音が向けた翼の先端が捉えていたのは一隻の船。教師陣が封鎖して尚この場いるということは何処ぞの密漁船なのだろうが、それでも一夏は庇う。長い戦闘で心許ないエネルギーを躊躇無く注ぎ込み、起動させた零落白夜で斬り払った。

 

『密漁船だろう!! そんな犯罪者庇って何になる!』

 

 作戦が失敗すればそれ以上の被害が起きるかもしれない、と箒は暗に告げる。その考えは間違っていない。間違ってはいないのだ。だが、決定的に間違っている。

 

『そんな寂しいこと言うなよ、箒』

 

 小を切り捨て大を救う。それは正しい。しかしそんな考えは軍人だけが持っていれば良い話だ。

 ――目の前のものを助けるために力を揮う。

 とまでは言わないが、小一時間前まで一般生徒だった箒が力を得たからと切り捨てを考えることはない。

 

『力を手にしたら、弱いヤツのことが見えなくなるなんて……どうしたんだよ。らしくない、全然らしくないぞ』

 

『!? わ、私は……』

 

 一夏の愚か者が。その当たり前の言葉が心を穿つ杭と化す。気付かされた事実が箒に致命的な動揺を引き起こしてしまった。それは隠しきれない大きな隙になる。

 同時に発信された一つのパターン反応が状況を悪夢へと誘った。

 

「――――――ぃ!?」

 

『え…………?』

 

 密漁船と思われる船で何かが起きた。船内から誰かが飛び出して何かを叫んだのだろう。ここからでは見ることも聞くことも出来なかった。だが偶然にも、その姿を直に目撃した箒の顔から血の気が失せ、握った刀が指先からするりと落ちて散っていく様で、そんなものはわかりきってしまった。

 

――急げ! 急げ! 急げッ!!

 

 圧し掛かる水の分子共を薙ぎ払え。眠る装甲に火を叩き込め。

 

 あぁ、悪夢は余りにも重なりすぎた。

 

『何が……、っ!?』

 

 それを見た一夏は剣も捨てて駆け出す。瞬時加速が貴重なエネルギーを一滴も残さず喰らい潰していく。それでも止まらない。止められない。

 一夏の視界の奥で福音が動いていた……翼をかざし砲口をたった一点、箒のみを狙った一斉射撃の体勢に。

 

『箒ィィイイイイッ!!』

 

 真っ直ぐと飛んだ一夏は迫り来る光の前から箒を庇う。

 

『…………いち……か?』

 

『ウグゥ……ァ!』

 

 白式の装甲が容易く砕けていき、膨大な熱が一夏を侵食していく。激しい痛みが一夏の身を襲っているのだろう。間に合わぬこの身が情けない。

 

『一夏、一夏!!』

 

 巻き起こる黒い煙幕の中で、銀の鐘を受けてなお原型を留めていた白式も粒子となって散り始めた。煙を貫いて現れた一夏も疾うに意識を失い、自然にされるがままに落ちていく。すぐに箒が追いつき抱え上げた。

 懸命に揺さぶり声を掛けるが反応はない。何をどうすれば良いのか、もう考えることすら彼女にはできなかった。そんな彼女の背に向けて鬼気迫る声が轟いた。

 

『箒ちゃん! 一兄を連れて今すぐ逃げてっ!!!!!』

 

「ガァャァアアアッ!!」



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第伍拾肆話

 それは皆さんがお二人の戦闘をモニタリングしていたときのことです。一つの反応を検知してしまいました。

 

(そんなまさか!)

 

 その存在は以前から検知されていました。ですがこのタイミングでそこに現れるなんて……!

 

「――ぅっ!? ん? ん?」

 

 やはり!? その知らせとほぼ同時に響さんが身体を震わせました。何故かはわかっていなくても、第六感とも言える鋭い勘を持った響さんが感じる程となるとこれは……。

 

――Detect

――Detect

――Detect

――Detect

――Detect

…………

……

 

 ッ! 何度やっても結果は同じですか。いよいよもってこれは現実なようです。

 

『ヤバいです、ヤバいです、ヤバいです!! ヤバいですぅッ!!!』

 

「だ、だれだ!」

 

 本来なら秘匿しておかなければならない音声を張り上げました。軍人であるラウラさんがISを構え警戒を始めるのは当然のこと、ですが構いません。このままではお二人が死んでしまうでしょうから。

 私個人の存在がバレるくらいのことで躊躇ってる暇はないのです。すぐに与えられた緊急コードを発令しました。

 

『Emergency! Emergency!』

 

「な、なによ? 何がどうしたのよ?!」

 

「イアちゃん!?」

 

 気のせいですませられなくなって響さんが私――胸元のペンダントを目を丸くして見ました。

 

「響、この声を知っているのか?」

 

『そんな話をしている場合じゃありません!!』

 

 私の話とかどうでもいいことです。余計な話をし出しそうなので音声を挟んで打っ手切らせてもらいましょう。

 

『すぐにお二人を撤退させて下さい!』

 

「「「「はぁっ!?」」」」

 

 その言葉に皆さんが呆れる中で響さんだけは顔を険しくさせました。

 

「! 何があったの?」

 

『パターン検知! 過去のデータを元に検索、適合率98%』

 

 眉間に皺を寄せて尋ねた響さんの目がその言葉だけで戦場に立つ防人の眼差しに変わりました。

 

「っ!? ちー姉、ちょっと退いて!」

 

「おい、響!?」

 

 私の言葉を聞いて響さんは千冬さんからマイクを奪い取りました。ですが使い方がわからないようで手間取っています。

 

「うにゃぁああ! 使い方がわかんない! 急がなきゃ行けないのに!!」

 

『落ち着いて下さい! こちらで起動します!! その間に踊さんに連絡を!』

 

「うん、お願い!」

 

 こればかりは踊さんが気付いてくれていることを願うしかありません。大急ぎでハッキングを仕掛ける。

 

「そんな!? システムがハッキングされてる!? すぐに対処を」

 

『邪魔しないで下さい! 貴女方は一夏さん達を殺したいんですか!!』

 

 掌握に成功。プログラムの書き換えを開始!

 

「凄い……」

 

 皆さんから見れば突如モニターに黒い画面が現れ0と1の羅列――俗に言うプログラミング言語になる前の機械語というものが高速でスライドされていくだけです。しかしここにいるのは一流の教師で当然技術者もいて、その内の一人が私の作業を見て感嘆を漏らしました。

 

『箒ィィイイイイッ!!』

 

 あと少しという所で、響さんの耳を通して劈くような切羽詰まる声が聞こえてきました。続いて重く締め付けるような振動がスピーカーを通って何秒間も室内を震わせるのでした。

 

『一夏、一夏!!』

 

「そ、そんな……。白式の信号が……消えました」

 

「う、嘘……」

 

 叫ぶ箒ちゃんの声に混ぜるようにしてそう告げられました。でも一夏さんはまだ死んではいません。

 

『まだです! まだ脈はありますし、魂だって健在です! すぐに避難させれば! すぐに治療を施せばまだ間にあいます!』

 

「ダメ、踊君に繋がらない!」

 

『ああもう! こんな時に何をやってるんですか、あの人は! 仕方ありません。こちらの準備が出来まし……ッ! 急いで下さい! 反応が膨らんでます!』

 

 もう私たちはてんやわんやです。奴等を相手するには他の人たちは戦力外。姿の見えない私の指示は聞いてもらえないでしょうし。

 すぐに起動したマイクに顔を近づけて響さんは叫んだ。

 

「箒ちゃん! 一兄を連れて今すぐ逃げてっ!!!!!』

 

 と……。

 

 

 

「ガァャァアアアッ!!」

 

 甲板に聳え立つ全てを薙ぎ払い、それは初めて世界で産声を上げた。鋼に包まれた隙間からは幾十の濃淡を持つ橙に塗り潰された肌を覗かせ、そんな汚物色ののっぺりした頭部で嘲るように真っ赤な口腔を大きく拡げて。

 

「ッ!? な、なん……だ……」

 

 丁度一夏の重みで沈んだ頭上を太く赤黒い閃光が空間に穴を穿つ。余波だけで箒の手から主導権を奪う凶悪な一条の光は何処までも真っ直ぐに伸び……彼方先の真っ白なたゆたう雲を跡形無く掻き散らした。

 慌てて襲撃者を見て、箒はその頬を引きつらせた。どんよりと鈍い光を飾った鋭利な鉤爪ではなく、両肩に乗った巨大で鋭角な砲でもなく、全身に空いた無数の穴から銃口でもない……、今のを放ったがためだろう煙がその口から零れ出ていることに。

 

「ガヒャァアッ♪」

 

「くっ!?」

 

 狂った奴の一歩は船を半ばで折り砕き、海に強烈な波紋を伝播させ津波を引き起こす。だが悠長に驚いている場合じゃない。

 既に箒の目の前にそいつがいたのだ。爪を突き立てんと振り翳していた。

 

(避けられ……っ!)

 

『箒ちゃん!!』

 

『篠ノ之!!』

 

 今頃になって漸く繋がった衛星回線で響達の目に映ったのは……

 

 

 

 

 

「――これ以上……やらせて、なるものか……!」

 

 

 

 

 

「…………カァ?」

 

「もう……、誰も……俺の前で!!」

 

 隻腕の打鉄を纏い、素手で爪を握り締める踊の姿だった。

 

「箒、一夏を連れてすぐに戻れ」

 

 その背にいつもの飄々とした様はない。その背が魅せるのは響しか知らない、ただ『子を護る』と誓い拳を握った戦士の後ろ姿。押し切らんと込め続けられる力に屈することなく淡々とそう言った。

 

「だが!?」

 

「ここにいられると邪魔だと言っている。ガキは黙って引っ込んでいろ」

 

「カァァアアアアアァッ!」

 

「ちっ……ハァッ!」

 

 迫るもう片方の鉤爪を、さらに装甲を解除した細腕で弾きその顔面に掌を突き立て海底に叩き落とす。長い髪は荒々しく乱れるも純白の腕は変わらない。

 

「急げ!」

 

「しかし……!」

 

「……なら、こいつを使え。こいつは俺が巻き込んでしまっただけだから。一緒に連れて帰ってやってくれ」

 

 何かを伝えようとする箒の言葉を遮って、踊は意をくみ取りそう答える。だが言われた方は目を見開いて戸惑った。

 当然だ。なぜなら……、その答えが箒の意図とは余りにもかけ離れていたのだから。

 

「二人を頼んだぞ。打鉄」

 

 箒はただ踊を、訓練機でここに来た踊を置いていくわけにはいかない、その思いで声を発したのだ。

 なのにそれを踊は静かに微笑みを向けると、完全に解除した打鉄を箒に投げ渡した。

 本来ならぶつかるはずのそれは、あろう事かまだ残量が残っていたにもかかわらず紅椿を強制的に待機状態に移行させ、優しく箒の身体を包み込む。

 まるで踊の願いを聞くように優しく護るように、そして踊がくみ取った『赤椿のエネルギー残量は底を付き、帰還することも叶わない』という虚偽を真実に反るように。

 連れを失った踊は重力に引かれ海の上に着水し沈……むことなく瞬く間に海面を飛沫立たせ離水していた。

 

「させないと言ったはずだ」

 

 振り抜く踊の拳が捉えたのは交差した福音の腕。

 どうやら踊を前にまだ性懲りもなく福音は子供二人を狙おうとしていたらしい。しかし何の補助も受けず自身の感覚のみで見つけ出し、一対のスラスターでさえ抗うことを許さない打撃を突きつける。

 

「行け! 箒!!」

 

「……っ! すまない」

 

 二つの驚異の沈黙の隙に踊は怒鳴りつけた。常人離れした動きに呆け、そして自分がこの場にいても邪魔になるだけだと痛感して、箒はその言葉に従った。悔しそうに、それでいて何処か安堵したような表情を浮かべて箒はその場を後にする。

 

「ハァアアアアッ!」

 

「ガァア゙ァアアッ!!」

 

『敵対機修正。危険度……エラー。完全殲滅モードに移行』

 

 我鳴り轟く衝撃の嵐はまだ始まったばかりだ。



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第伍拾伍話

「し、信じられない……」

 

 衛星から届けられる映像を見て、誰かが呟いた。

 

「本当に……奴は人間なのか……」

 

 それは二機の人造兵器を相手に、海のど真ん中で立ち回る一人の生身の人影を捉えた映像です。その人は海面に点々と波紋を浮かべ駆け回る。

 

「あ、あれは……エネルギー弾、ですわよ……ね」

 

 そして襲い来る幾十の光弾、幾線の閃光を足場に空で拳を奮っていた。

 

「危ない!!」

 

 その人の背後を狙うように気持ち悪い色をした腕から爪が突き出された。けど身体をくの字に折り曲げて回避すると、その出鱈目に太い腕に指を食い込ませて逆立った。

 

――追撃をさせないよう離れないため?

 

 そう思わせた動きは見事に私たちを裏切った。

 そのままその人は急速降下で前に倒れる。食い込んだ指を緩めることなく、むしろさらに力を込めて空を蹴ってまで前から落ちる。

 気持ちわ(ry――面倒いから以下ノイズ(仮)でいいよね。配色そっくりだし、イアちゃんもノイズとほぼ同一っていってるんだし、てことで――ノイズ(仮)が悲鳴を上げる。

 ガッチリと固定された腕が回転の影響で180度以上に大きく捻られていたのだ。ノイズ(仮)に関節? とは思わなくもないけど大体の物体って思いっきり捻るとブチッといくわけで……。

 あと少しでねじ切れるところで、もう一方の腕がその人の胴を捕らえた。叩き落とされ海上を水切り滑っていく。

 

『――聞こえるているな? 響』

 

 さも当前のように向こうから回線が繋げられた。

 

「うん。聞こえてるよ、踊君」

 

 ここのマイクはイアちゃんのお陰で起動しっぱなしだ。

 だからちゃんと声は届いた……はず。後ろで皆が息を呑むのがわかったけど、それ以上に今目の前にある映像のほうが重要なので踊君の声に集中する。

 

『グッ! …………もうこいつが何かは気付いているな』

 

「ノイズ、なんだね」

 

 海面を無数の光弾が埋め尽くし炸裂を始めた。それでも踊君は、針に糸を通すような辛い衝撃の隙間を縫いて走り続ける。

 

 誘われてる!?

 

 私が発見した時にはすでに手遅れ。信じられないことに縦横無尽に敷き詰められた抜け道は全部ブラフだった。

 踊君の逃げた先には20を超える光弾が鎮座していて、追い立てていた分も合わせたら100に迫る量だ。

 

『ッ!』

 

 一面が真っ白の泡で包まれ――!? 白を祓う突風を吹かせノイズ(仮)が瞬時に飛び込み一つの穴ができる。

 その穴に意識を向けた次の瞬間、画面にも納まりきらない程の巨大な波紋を海面にも空にも生み出して、互いの拳を突き出す姿が映った。

 互いに譲らぬ拮抗状態に見えた。けど踊君の腕の辺りには、鮮血もどきが舞っていた。

 

「いったい何がどうなってるのよ!? ノイズって何よ! さっきの声は?! アイツはいったい何なのよ!!」

 

 皆の驚きや戸惑いを代弁するように鈴ちゃんが私を睨んだ。振り返ると他の人たちも似たような感じです。

 でも鈴ちゃんやセシリアちゃん、シャルちゃんにラウラちゃん、そしてちー姉の目は他の誰よりも鋭く殺気立ち、この場にはいない束さんの憤怒の気配が漂ってきていた。

 

「それは……」

 

 でも私には説明ができなかった。仕方ないじゃん! 私だって今の状況がわかってないんだもん!

 こっちの世界にいないはずのノイズがいるとか思わないし、踊君やイアちゃんのことは機密だもん……。

 いや、そうじゃなくても上手く説明できる気はしないけど……。

 

『遙か昔、先史文明期の人類によって造り出された対人専用殺戮兵器通称ノイズ、それが奴の正体です。そして私はイア。響さんの搭乗するニールハート、正式名ガングニール・イアハートのアーティフィカルインテリジェンス……AIです』

 

 回答に詰まっていると、ペンダントを点滅させながらイアちゃんがそう答えた。……て、光るんだ。こんな状況だけど、隠されたギミックにちょっとビックリ。

 

『(置いてかれたせいです)』

 

「(ごめんなさい)」

 

 胸の中で怒られてしまった……。そんなことはつゆ知らず代表したちー姉の視線が胸に注がれた。

 

「彼はいったい何者だ」

 

『聖踊……。私の生みの親であり、ノイズ殲滅に効果ある唯一の構造を持つ真槍の機人です』

 

 イアちゃんに説明はお任せして踊君の戦いに向き直る。1対2の攻防は苛烈さを増していた。

 高速の連打が交差する中、ノイズの力に圧し負け踊君が弾き飛ばされた。でもすぐに体勢を立て直し、今度は離れて危険物を巻き放題の福音との間を一息で詰め飛び蹴りを。そして息継ぐ暇無く直後に現れたノイズの口撃に曝され皮膚を焦がしながら、その脳天を踵で打ち抜いた。

 ……あれ? 今、何か変な感じが?

 

「キジン?」

 

『ロボット、アンドロイド、ヒューマノイド、機械生命体。呼び方は多種多様ありますが全てに通用しどれにも属さない……ただ人なら去る者とご理解下さい』

 

 イアちゃんが解説していると不意に外が切羽詰まる怒鳴り声で騒がしくなり始めた。

 

「報告します! 篠ノ之箒、織斑一夏、両名が帰還しました。篠ノ之箒に外傷はありませんが、織斑一夏は危篤……現在緊急オペが行われています」

 

 扉を開けた先生から告げられたのは二人の帰還だった。けど内容は最悪に近い。作戦失敗だけなら今後の対策次第で何とでもなるのに、一兄の危篤という現実は私たちの背に重く圧し掛かった。

 

「イアちゃん、一兄の状態わかる?」

 

『そうですね……。一夏さんはおそらく生死の狭間に滞在しているのかと。3時間から4時間といったところでしょうか』

 

「……そうか」

 

 イアちゃんの診断を受けてちー姉は知らせに来た先生に何か小さな声で指示を出す。そしてすぐにモニターに顔を向け直した。組んで隠した拳をギチギチと鳴らして。

 

「戦況は」

 

「聖君が圧されている模様です……」

 

 送られてきた映像を見る限り戦闘そのものは互角でどっちが優勢かなんて決められないほどのものだ。

 けど止まれば最後沈んでしまう踊君は動き続けなければならなくて、浅くない怪我をいくつも負った身体からは動く度に赤い液体が噴出していた。

 

 有利なのがどっちかなんて火を見るよりも明らかだった。

 

『すま……ない、皆。説明、頼んだ』

 

「ふぇ?」

 

 踊君が福音を蹴飛ばした。強烈な一撃は何十メートルどころか何百メートルも彼方先へ遠ざける。でもそのせいで僅かに踊君の動きが停止した。

 それを見逃してくれるほど奴は甘くない。薄く研がれた5本の爪が踊君の腹に叩きつけられた。

 踊君の姿が消える。衛星の監視から外れたんだ。後を追ってノイズも火を吹かせた。

 

「映像どうした!」

 

「福音と正体不明機が分裂したためエラーを起こしたようです。どちらを追うか指示を!」

 

「そんなもの決まっている! 聖の追跡を――『その必要はないみたいですよ』――それはどういう……ッ!?」

 

 大太鼓よりも深く締め作るような衝撃が旅館全体を貫いた。

 

「な、なになに!?」

 

「どったの!?」

 

 慌てて部屋を出るとさっきよりも騒ぎが大きくなっていた。

 室内待機を命じられて退屈していた生徒達が今の喧騒(ネタ)に食いつかないわけがなかったのです。窓やら扉やらから身を乗り出して同じ方向を見ている。

 丁度コの字隙間で砂がモクモク漂っている。あれがさっきの原因らしい。

 

「何あれ!?」

 

「そ、そんな! なんでアイツが!?」

 

 一人の生徒が指差した先には奴がいた。まっすぐこの場所を目指し接近してくる。ノイズがこっちに向かってるって、ことは……。

 

「キャアアァアッ!?」

 

 砂煙を見ていた生徒が悲鳴を上げた。

 

「こいつは……俺が仕留める」

 

 一般人、それもまだ成人もしてない子供が見るにはグロテスクすぎる姿だったから。血管一本でぶら下がっていた右腕を引き千切って、頭の左上部失った踊君がそこに立っていた。

 

「だから響、アイツの……銀の最期の願い、叶えてやってくれ」

 

 それだけを言うと踊君は大地を踏み締め上体を低く落とした。

 

「それってどういう?!」

 

「ここから先は通さねぇ! ……共に海に散ろうや」

 

 私が質問しきる前に踊君は足を伸ばした。何十トンの力で押し込めていたバネが突然解放されたかのように、迫っていたノイズごと風になった。

 私にもイアちゃんにも残像さえ認識できない速度で消えたのだ。今見ていたのが幻だったといえば納得出来てしまうくらい。

 でも現実なのは間違いない。それは天に届かんばかりに高く高く登った水柱が証明していた。



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第伍拾陸話

「ここから先は遠さねぇ!」

 

 自分の体がどれほどの数の限界を超えた先にいるのか、理解していた。

 10分を優に超える戦闘で酷使し続けた体は崩壊に迫っている。確認はしていないが巡っている疑似神経の大半が断線しているようで、人体形式ではまともに動かすことはできないくらいだ。

 今は動くパーツに雷撃を加え体外から強制的に稼働させている。そんなことをしてるせいで崩壊が近いわけなんだが……、問題無い。

 

 既に覚悟は出来ている。

 

 嘗て1度、いや皆の協力を受けたあの日も合わせれば2度、今からやろうとしている同じ事をしているのだ。

 やれるさ。

 

 体内の至るところをスパークさせた。

 

 激痛? ――シャットアウトだ。

 

 必要な道を造り出す。強大な力を逃がさないために、動こうとしない力を叩き起こすために。

 使い物にならない神経を焼き尽くし、より多くのスペース確保に努める。全身に廻っていたエネルギーを心臓のある一点で塞き止めた。

 

 身体の異常を検知? ――知らぬ。

 

 後ろに居る子供達を守るために、目の前にいるノイズだけは必ず倒す。

 ISを身に纏ったノイズの強さははっきり言って異常だった。

 50%の機能しか俺は完全聖遺物の機能を利用できないいために、これまで出現したノイズでも数十回のダメージを与えなければならなかったが、こいつには既に百回以上与えている。なのに朽ちない。

 

 以降の稼働に深刻なダメージを与える可能性あり、強制停止――却下だ!

 

 さっきからピーチクパーチク喧しいシステムを黙らせる。イアがいかに有能なサポーターだったのかがよくわかるな。

 

――さぁ! 暴走の始まりだ。

 

「共に海に散ろうや」

 

 解き放ったエネルギーが倍となって全身隅から隅まで余すことなく埋めた。今度は外に逃がさない。全ての力を体内で発揮させる。

 地面を蹴る。ただそれだけでノイズの許容を超えた。加速した意識の中で俺はノイズの頭に手を掛ける。そして海に……海底に叩き付けた。

 

「#$)”~!」

 

「ッ!? ……ゴガッ」

 

 視界が泡で!? ノイズだからと油断した!

 さっきから咆えていたとしても所詮は異次元生物。大した量の気体は取り込めないと踏んでいたのだが見事に裏切られた。

 咄嗟に腕に力を込め握りつぶしにかかったものの、ほぼ無抵抗なままで鋼の爪が腹を突き破った。

 呵々ッ、人間だったら即死ものだな。ドデカい風穴からは淀んだ光の飛沫が噴き出し、脱力感と喪失感が全身を襲い崩れそうになる。

 

 だが……

 

「(止まって、なるものか)」

 

 まだ俺の左手は諦めていない。必ず倒すと根性見せて握り続けてくれているのだ。これで心が敗北を認める? ……ありえない。

 あってないようなものからいくら減ろうと変わらないのと同じだ。今更傷しかない身体に新しく傷が増えたくらいで、魂の誓いを、掲げた誇りを阻むことは出来ない。

 

「(子供の未来はもう奪わさせやしない。俺の失態なんかで、絶対に!!)」

 

 抜けていくなら抜ければいい。それすら利用するだけだ。

 体外に出ても結びつきが完全になくなるまでには時間差があった。そこを突く。まだ生きている演算器全てを持って、道を引く。

 何も為せぬ右肩なら全て受け入れてくれると信じ、迷わない。

 

 集った光は輝きを取り戻し深海で羽撃き明るく照らす。確かな感触と共にそれは金色の右腕となった。

 

「(これで終わりだ!!)」

 

 そして世界は金に包まれた。

 

 

 

「踊くーーーーん!!」

 

 踊君が海に消えたすぐ後のことだ。

 ……海が金色に煌めいた。青空にある太陽よりも激しく目を焼くような強大で猛烈な瞬きが世界を彩った。

 

『正体不明機の反応消滅』

 

 わかりきった知らせが耳に飛び込んできた。

 あんなのが出来るのは踊君だけで、その一撃は一つの街を吹き飛ばすほどの威力と同等かそれ以上なのは必至です。それにノイズが耐えきれるはずがない。

 でもそれは同時に、

 

『…………聖踊の通信が、切れ……ました』

 

 踊君が暴走させたということ。

 前回は運良くクリスちゃん達が見付けてくれたけど、今回は海の中でそう簡単に回収することができない。

 消滅はしないと信じてる。けれど踊君の最期に言った、共に海に散ろう、という言葉が頭の中で何度も反芻されていた。

 

 

 

「……そ……ぅそ、……クソ、クソッ!!」

 

 私は何度も拳を叩き付けた。それこそ血が出るほど何度も、何度も、何度も! 

 

「何が大船に乗ったつもりだ! 何が一夏の隣に立てるだ! ……何も出来なかった…………」

 

 力を手に入れたつもりだった。これなら響にも、あの聖とだって渡り合えると思っていた。

 しかし現実は私の思い抱いていたものとは全く違った。

 確かに姉から貰った赤椿の性能は他を圧倒するほど高性能だ。シールド無効を除けば火力も機動力も白式に勝っていたし、聖の使う訓練機と比べればそれこそ月と鼈ほどの差があった。

 私の腕も剣道は全国大会で優勝するほどにあり、篠ノ之流剣術も多少は修めており自信がある。

 

「……ちくしょう…………!」

 

 なのに私がやったのは一夏の足を引っ張ることだけだった。

 気付かないうちに私は自分勝手に赤椿とならできると思い上がっていたのだ。周りを見ることを忘れ、闘う意味も忘れ、己の剣すら見失っていた。

 何度も視界に入っていたはずの船には目もくれず、指摘された後でも切り捨てようと思ってしまった。

 

「私がしていれば……!」

 

 もしもあの時、私がちゃんと対処していれば、一夏が零落白夜を使うことがなかったはずだ。そして直後見た光景――人が灰になる姿を見て思考を止めてしまった私を狙った福音の攻撃を防げたんだ。

 さらに後に出現した化け物からは聖に護られた。それも本来なら性能の高い赤椿がしなければならないことを遙かに劣る打鉄を使ってだ。

 そして一夏の手当てのためだと言い訳して、私はその場を逃げだした。

『…………聖踊の通信が、切れ……ました』

 

 な……に…………。

 

 

 

 会議室は重い空気に包まれていた。

 

「「「「……………………」」」」

 

 正体不明機を撃破したことに喜ぶ暇もなく、聖踊の反応が途絶したことに。

 何処かで聖なら、と期待していたのかもしれん。複数のゴーレムが乱入した事件において多くのゴーレムを破壊し、専用機持ちをまとめて相手にしても渡り合える実力のあるあいつなら倒してくれるのではと。

 

「響さんは……、大丈夫でしょうか」

 

 聖が人ではないとしても、響にとって奴は一人の義兄なのだ。私たち以上に深い絆を持っていただろう。

 そのような人物が海底に沈んだなどどれほど辛いことか。私たちには想像することしかできない。

 

「各自一度部屋に戻って休め。以降の作戦をどうするかは私たちで決める」

 

 全員を追い出して息を吐く。

 響のこともあって強がってはいたが、あいつらも一夏の危篤だけで精神面に大きなダメージを受けていた。汚い大人のやっかみに巻き込むことはない。

 

「織斑先生も少し休んだ方が」

 

「何を言っている。私は兵器だ」

 

「イ、イントネーションがなんか変ですよ!?」

 

 山田もおかしなことを言うようになったな。

 

「そんなことはどうでも良い。作戦を立て直すぞ。既にここの戦力は大幅に落ちている。今回は学園側からの援護要請や最悪断念も視野に入れて行う」

 

 一夏と聖の脱落で主力が欠けた。さらに最新機持ちの箒は自信喪失。響は茫然自失でさらに火力は激減だ。残っている4名だけで作戦を組まねばならない、か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……、嘆くの終了。よし、行こう!」



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第伍拾漆話

 ズーンと沈んでる間にお天道様はお休みになられたみたいです。お空は真っ暗――でもないや。空気が綺麗だからかお星様で深く静かな蒼空だ。

 

「よし、行こう!」

 

 パンッと両頬に一発咬ます。

 くよくよしたって何も始まらない。どうせ踊君のことだから、散ったところで放っておいてもひょっこり顔を出すでしょ。死にかけるのは毎度のことだし、心配させられた分はそん時にぶん殴ってお返し願う。

 だから今は踊君の頼みを聞くとしますか。

 

「と思ったけど、何したら良いんだろう?」

 

 たしか……最後の願いを叶えてくれ、だったかな。はてさて何のことなのやらわかってないから、勘を頼りに相談タイム。

 

「ねぇ、イアちゃん。ずっと気になってたんだけど福音ってホントに無人機なのかな……?」

 

『提出された資料を見るに無人機だとのことですが……。現実とのスペック差を考えると正直なところ虚偽である可能性も十分考えられますね』

 

 イアちゃんも同意見なんだ。着眼点違ったけど。

 

「福音の動きが気になるんだよ。なんか妙に人間らしい、ていうからしすぎる? 挙動はメカメカしててちぐはぐなのに、曲がる時の背中の反り具合とか躱す時の腰の捻り具合とか不自然なくらい自然な量しか曲げてないんだよね。何でだろ……」

 

 いや、無人機だから毎回限界まで曲げろなんて言わないよ。不要な時もあるだろうし。でも見てたらもやっとした。

 

「あ、もやっとで思い出した。あの時の踊君もらしくなかったんだ」

 

 パンチも大振り、キックも大振り。ピョンピョンしなきゃいけないにしても信じられないくらい隙だらけだった。

 

「最後のお願いかー。踊君も縁起でもないんだか……ら…………?」

 

 …………あれ? 最後の願いって……踊君のだっけ?

 

『どうかしましたか?』

 

「ちょっと聞きたいんだけど、踊君は誰の願いを叶えてくれって言ってたっけ?」

 

『福音の、とのことですが? それが何か?」

 

 福音の……、福音ってISだよね。もしかしてISにも意志がある?

 

『それはそうでしょう。ISがコア・ネットワークなる電脳世界で繋がっていることはご存じですよね。個となる意思を持たなければ見境無く共有して、世界中で同一の物が構成されてしまうじゃないですか』

 

 な……なんですと!?

 

『まぁ、ニールハートは機密だらけですので完全独立して一切のやり取りを行ってないのですがね』

 

「それって弄った踊君も当然『知ってます。良くお話ししてますよ』……」

 

 福音にも意思があるなら……、それを踊君が理解出来るのなら……。

 

――高速の連打が交差する中、ノイズの力に圧し負け踊君が弾き飛ばされた。

 

 違う。

 

――でもすぐに体勢を立て直し、今度は離れて危険物を巻き放題の福音との間を一息で詰め飛び蹴りを。

 

 ここも違う。

 

――そして息継ぐ暇無く直後に現れたノイズの口撃に曝され皮膚を焦がしながら、その脳天を踵で打ち抜いた。

 

「あっ……!」

 

 息継ぐ暇無く直後に現れた(・・・・・・・・・・・・)!?

 

「もしかして……!」

 

 1対2じゃなくて、1対1対1だったとしたら。ノイズが福音まで狙ってたとしたら。それを踊君が阻止するためにあんなに隙を曝してたのだとしたら……。

 

「イアちゃん! すぐに福音のこと調べて!」

 

『は、はぁ……』

 

「たぶん、人が乗ってる!」

 

 それも福音にとって、最後……ううん、違う。命の全てを懸けた最期まで護りたい人が!

 

『っ! わっかりました! 5ZBのクラスタリングで進化した私の全力、見せてあげます!!』

 

 え、イアちゃんがまだ進化してた……だと!?

 5ZBがどれくらいかわかんないけど、取り敢えず米軍の皆さん、ご愁傷様です。

 

『――異常検出。テストパイロットデータ照合開始。100の運用試験日時との適合者、5を超える者なし。実行不能日67件あり。内パイロット必須事項55件――』

 

 よくわかんないけどやっぱり裏があったみたい。

 

『……見つけた。故意に削除された米軍所属テストパイロットデータ一件あり』

 

「うわぁ……。惚ける気満々ってこと。イアちゃんよろしく」

 

『はいですよ。この私から隠し通そうなんてこと電脳世界においては不可能だと言うことを教えてあげます。復元開始――――クリア。はい、ロード成功です」

 

 さっすが、イアちゃん。踊君すら呆れさせる自己進化をし続けてきただけのことはある~♪

 

 

『ナターシャ・ファイルス。件のISを専用機として持ち、米軍テストパイロットとして所属。ハワイ沖での試験以降の消息は不明。銀の福音の暴走後、軍にデータを削除されたようです』

 

「ってことは福音の願いは……」

 

『はい、間違いなく……』

 

「『ナターシャ・ファイルスの救出』」

 

 米軍め……。もし成功してたら一兄たちが人殺しになるところだったじゃん。失敗したら地獄、成功しても地獄って……、後で一発ぶん殴ってやる。踊君が!

 

「そうとわかったら、急がなきゃ。福音が待ってる」

 

『ちゃんとニールハートで行って下さいよ? 長期飛行は向いてませんからね』

 

「うぐ、わかってるよ。……すぅっ! ――♪」

 

 控えめな声で世界に私という音を響かせていく。

 胸元から溢れ出す暖かな光が身体を包み込んだ。そして腕先を覆うように半円の柱を付加したガントレットが構成され、足には爪先を黒の鋼で強化させたブーツが現れる。

 そして角のようなのが生えたヘッドギアが装着されると、最後に足下で擦れてしまいそうなほど長いマフラーが翼のように首元で左右に棚引いた

 

「行くよ――「ちょっと待ったぁああああ!!」――ふぇい!? うげしッ!」

 

 は、鼻打った……。

 

「抜け駆けなんてさせないわよ。あたし達だってアイツをぶっ飛ばさなきゃ気が済まないのよ」

 

「そうですわ。一夏さんにあんな大怪我をさせた落とし前は、きっちり付けさせて頂きませんと」

 

「鈴ちゃん!? セシリアさん!? それに――」

 

「ふふふ、本当に二人の言う通りだったね。追い込んでるかと思ってたのに。ね、ラウラ」

 

「心配は無用だったというわけか。幼なじみとはすごいものだな」

 

 シャルちゃんもラウラちゃんも……。

 

「あいつの妹なら私なんかよりもよっぽど早く立ち直れると思っただけだ」

 

 箒ちゃんまで。

 

「大丈夫、なの?」

 

「問題ない……とは言わないが、響ほどじゃない。お前は2人の兄を――」

 

「あはは、それこそ大丈夫だよ。私の義兄ちゃんは皆、頑丈なんだから」

 

「ふっ、違いない」

 

 既に5人ともISを身につけ準備万端なようだ。待機してた子達は勿論のこと、赤椿も改修済みで全快らしい。

 これほど心強い味方はいない。けど今回に限ってはあんまり手放しで喜べないや。

 

「心配することなんてないわよ。アンタと……ええっと……イアだっけ? あんた達の話は大体聞かせてもらったから理解してるわ」

 

「あのISの中には人が乗ってるってことでしょう? でしたらなおのこと私達がいたほうがより確実に救うことが可能になると思いますわよ」

 

 それはそうかも……。

 

『では問いますが、貴女たちは福音の動きに付いていくことが可能なのですか?』

 

「箒の赤椿以外では無理だな」

 

「けど、僕達は6人いるんだよ。そんなスペック差ぐらい作戦一つで簡単にひっくり返してみせる。1人で一世代差を覆すのに比べたらね」

 

 シャルちゃんの言葉は妙に説得力があった。

 ……あ、わかった。

 何の着なく闘ってたけど、よく考えたらシャルちゃんの専用機は簪ちゃんの未完成機(打鉄弐式)と違って、完全に個人用にカスタマイズされただけの訓練機(ラファール)だったはず。

 他の専用機と違って先代の機体なんだ。

 凄く納得した。

 

『! ――わかりました。響さん』

 

「うん!」

 

 イアちゃんもその答えに満足したみたい。同意の声が胸に伝わってきた。

 

「みんな、お願い。私と一緒に、踊君と一兄の仇を取るため、そして福音の最期の願いを叶えるために、力を貸して下さい」

 

「「「「「もちろんだ/よ/ですわ」」」」」




書けば書くほど長くなる~
第肆拾漆話から既に10話……orz


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第伍拾捌話

――暗い世界だ。

 

 浮くも沈むも分からない何もない黒の世界。暖かみも冷たさも感じられない無の世界。いつ終わるともわからない永久の世界。

 

――だが、それで構わない。後は若者の仕事だ。もう老兵の出る幕はない。

 

 ノイズは潰しておいたやった。こっから先、何を為すもお前の勝手だ。

 

――だろう? …………達よ。

 

 聞こえることを信じ、『聖踊()』はそっと呟いた。

 

 

 

『作戦開始まで残り5秒! ――3、2、1、オペレーション・スタート!』

 

 イアの言葉を口火に遠く離れた場所で光炎の砲哮が上がった。

 

「初弾命中。引き続き砲撃を行う!」

 

 1対の門を肩に担ぎ4枚の強固なシールドに包まれたラウラとレーゲンは隙無く交互に、確実に狙い撃った。

 今のレーゲンの武装は普段とは大きく違う。メンバー内最高火力の砲撃パッケージ『パンツァー・カノニーア』、以前までのラウラなら選ぶことはなかった銃器を装備していた。

 

「『接触まで残り4000……3000、情報より早い。』」

 

 福音が接近を始めてから僅か数十秒で残り1000mを切る地点まで迫っていた。

 無論、レールカノンの砲撃は止めていない。むしろ撃ち始めの頃よりも間隔を限界まで搾り高速化していた。

 だが福音の翼から放たれるエネルギー弾は4,5発で相殺できるほどの威力を秘めていて、怒濤の連射に撃った半数以上が意味を為せなかったのだ。

 威力も機動力も予測データの上を行った。

 

「『しかし(だが)イアさん(イア)の予測とドンピシャですわ()!』」

 

『――セシリア!』

 

「お任せ下さい!」

 

 躱すことの出来ない福音の突撃は突如空より襲撃した蒼いランスに弾かれた。

 6機のビットをスラスターに差し替え新たなパッケージをインストールしたブルー・ティア―ズとセシリアだ。ティアーズ用パッケージ『ストライク・ガンナー』、乱戦の心得がないセシリアが選んだそれが推し上げる性能は……紛う事無く機動力。

 垂直に飛来し海へ突き刺さろうとしていた機体がラウラの目の前で完全に勢いを変換し、蒼い筋を残して反転した。

 そして高速下の中でセシリアは迷わず星屑と名付けられたライフルの引き金を引く。

 

『――! 敵機Bを確認。迎撃行動に移る』

 

 僅差で福音が避けた。脚部の表面が多少焦げたが被害はその程度だ。先刻の戦闘で経験を得た福音からしたら無に等しい。

 ライフルから放たれる速射も難なく躱し攻撃に転じる。

 

「ふふ、デュノアさん!」

 

「任せて!」

 

 それは不意。福音の意識の外、背後から大きな衝撃が突き立てられた。

 

『敵機Cを確認』

 

 ご名答。セシリアと同様に気配無く現れたのはシャルロット(Charlotte)とラファールだ。組み込まれたパッケージもお初の代物だったが、先の2人とはまた別の機能に特化した物だった。

 2丁のショットガンを近距離かつ無防備に浴びたはずの福音は前に体勢が傾いた程度でしかなく、機動力は依然そのままでシャルロットからもすぐさま距離を取って、『銀の鐘』を起動し多面射撃へと反撃に出た。

 

「おっと、悪いね」

 

 セシリアがラウラを引っ張る形で適正距離に離れる中で、シャルロットがけはその場に留まった。

 躱せない?

 そう。確かにラファールの発揮できる加速では目の前に押し寄せる弾の壁から逃れるほどの距離は稼げない。

 しかしシャルロットとラファールには、端から避ける必要なんてない。

 2枚一組の光の盾がシャルロットと弾の間に境界線が引かれ、数多くの光弾が直撃し炸裂した。

 

「この『ガーデン・カーテン』は、そのくらいじゃ落ちないよ」

 

 だが盾を構えたままでシャルロットは無傷だった。

 それもそのはず、実のところこの盾、枚数的にはレーゲンに劣っているも性能面は遙か上位に座しているものなのだ。

 いくつもの銃火器を外すことで漸くインストール可能なこのパッケージは、対実弾用と対光学用で二種、さらにそれぞれが大小で2枚あり、合計4枚で成り立っている。

 そして各盾は単独でラウラの装備する4枚と同格の役割を果たせるほどの強度を誇り、どちらかに特化させたり優先させたりと2枚を重ねることであらゆる状況で使い分けることのできるほどのものだった。

 『銀の鐘』もその例外にならない。光に込められたエネルギーは前面の盾に大幅に散らされ、襲いかかる衝撃も2枚目が綺麗に呑み込んだ。

 

『――優先順位を変更』

 

 シャルロットのアサルトカノンから逃れんとすればセシリアが、

 

 セシリアの高速機動射撃を止めようと狙い澄ませばラウラが、

 

 固定砲台と化したラウラを潰そうとすればシャルロットが。

 

『現空域の離脱を最優先に』

 

 綿密に組み上げられた3人の連繋が確実に福音を消耗させていき、想定通り遂に福音のシステムに逃走を選ばせた。

 

『『『鈴(さん)!!』』』

 

「任せなさい!!」

 

 福音が進んだ先の海面が不意に爆ぜた。

 中から現れたのは禍々しく形を変えた衝撃砲を肩口に浮かせた鈴と甲龍。姿を海上に曝すや否や、閉ざされた門が開き4門の砲口を伸ばした。

 甲龍の機能増幅パッケージが一つ、破壊力一点特化『崩山』が火を噴いた。……元来の不可視ではなく、文字通り真っ赤に燃え上がり全てを焼き尽くしそうなほどの強烈な炎の塊を。

 

『――回避不能』

 

 一撃の重さだけに全てを注ぎ込んだ甲龍の破壊力は断トツだ。

 今まで大して揺らがなかった福音が初めて衝撃で打っ飛び、高く高く雲へと打ち上がった。

 

『行ったわよ!』

 

 雲の切れ目から紅の鋼が覗いた。

 

「わかっている! ハァアアアッ!」

 

 クルクルと回転していた体を立て直したところの福音に刀が振り下ろされた。箒と赤椿の新人ペアだ。長年培ってきた剣術と授かったエネルギー刃を用い怒濤の連撃で福音と落下しながら打ち合った。

 

『そろそろよ!』

 

『あぁ!』

 

 だがある高度を切った途端、箒は二振りの刀を福音に叩き付けると離脱した。

 

『行け!!』

 

 遙か遠く場所から1人の少女がクラウチングスタートを決め、海面をただ真っ直ぐ走っていた。

 僅かしかない飛行機能をフルに使い、ガンッ、ゴンッ、とブーツを荒々しく鳴らし、あらゆるISを置き去りにする速度で駆け続けていた。

 そして今、戦場に到達する。

 

「テェェイッ!!」

 

『――ッ!?』

 

 響とニールハート(ガングニール)が最も慣れ親しみ、師匠直伝の最強の拳が、最速最短一直線で突き刺り近場の島に大穴を穿った。

 今頃、福音は混乱の極みにいるだろう。

 忍ぶ気も隠れる気もない真正面から突っ込んできた響を認識できなかったのだ。そのため福音の認識ではもうすぐ海に叩き付けられるという予測しかしておらず、既に島に叩き付けられていたという結果は想定外どころの騒ぎではなかった。

 

「陸地ならこっちのもの! 皆、一気に攻めるよ!」

 

 響の合図で6人が一斉に動き出す。響が正拳突きや回し蹴りなどの武術で打撃を加え、箒が剣術で挟み込んだ。

 すぐさま不利を悟り福音は福音は翼を拡げたがシャルロットとラウラの連射重視の武装に阻まれ余り高所へは逃げられない。

 そして速度でセシリアが福音を攪乱し、破壊力重視の鈴が福音を削る。

 

『――離脱不可。撃滅行動開始』

 

 いくつもの攻撃に曝されながらも福音の翼が瞬いた。

 

「箒は僕の後ろに!」

 

「すまない!」

 

 白式の展開武装と同じ方式を用いエネルギー効率がすこぶる悪い箒を、シャルロットが背に回し庇う。

 鈴はセシリアに掴まり光弾を振り切り、ラウラは元々ある距離の利を使い被弾を最低限に4枚のシールドで防いだ。

 

「当たるかぁっ!」

 

 空間把握能力を遺憾なく発揮して、雨のように降り続ける光を響は縦横無尽に陸地のみで避け、引かずにむしろさらに近づき続けた。

 

『――!?』

 

 福音が慌てて響への弾幕を厚くしたがすでに遅い。多少のダメージですり抜けた響はもう目の前だ。その鉄拳が福音の頭部に吸い込まれた。

 

『今ですッ!』

 

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 トドメと言わんばかりに、各自が出せる最高火力を構える。地面に張り付き動けないものを相手に外しはしない。

 

 破壊の砲が福音を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

『――――――――――――まも……る……ん…………だ――!!』

 

 されど、最期の願いはまだ終わらない。



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第伍拾玖話

「皆、無事か?」

 

「ああ、大丈夫だ。やった……のか?」

 

 ちょっと全力ダッシュで荒れてしまった呼吸を落ち着けて皆と合流する。

 

「箒ちゃん! もう、そんなこと聞いちゃダメだよー。こういう時にそんなこと言っちゃったらえっと、なんて言うんだっけ? ほら一兄も良くやる奴のお仲間の」

 

「ああー、フラグが立つって奴ね」

 

『――――護るんだ!!』

 

「「あっちゃー」」

 

 聞こえてきたのは機械の音声、なのにとても強い思いが込められた声だった。

 

「なんだ!?」

 

「福音さんの強化フラグがたっちゃったんじゃない?」

 

 派手に爆発して煙たい空気が碧い光で消し飛んだ。

 

「っ! まずい、この光は『第二形態移行(セカンド・シフト)』か!?」

 

「それって結構ヤバいかも……」

 

 まだ見ぬ第二形態と戦闘ですか。

 専用機持ちでもそこそこの人数しか達していない、形態移行(フォーム・シフト)の第二段階。

 それまでの経験から導き出されるその能力は第一を大きく凌ぐものなのだそうだ。そしてその意味は私たちからすればいやんなるくらい絶望的です。

 何せ、たったの今の今まで相手をしていた私たち全ての動きから生まれるというわけでありまして、ことこの戦闘においては私たちの動きに完璧に合わせてくるってことなのでありますよ。

 しかも……

 

『エネルギー増大、測定不能! 皆さん、攻撃に備えて下さい!』

 

 イアちゃんでも予測が付かないと来た。

 

「――ッ!」

 

 嫌な予感に従い拳を突き出すと、高速で飛び出してきた何かとかち合った。

 

 ――100%じゃ全然足りない――

 

「うぐっ!」

 

 それは福音の拳。恐ろしい力を秘めたそれに、迎え撃った私は丸ごと圧され地面を削らされていた。

 

 ――だけど、叶えてあげたい。だから!――

 

「響ッ!」

 

 引く訳にはいかない。何度も両拳を打ち合って競る。

 

「ダァアアアアッ!!!」

 

 ――120%でも200%でもいくらだって出してみせる!――

 

 

 

 響さんが福音さんと殴り合って引きつけてくれてる。

 だから私はその間に皆さんに指示を送ります。

 

『私も援護します! 今のうちに散開し体勢の立て直しを!』

 

 福音さんの急進化に愕然としてした5名の頭に大声を叩き込み覚醒させる。

 遠距離支援を任されているラウラさんと防衛の要を担うシャルロットさんがいち早く動き、フォーメーションを正した。

 

「すまない。助かった。……これより響の救援に入る! 行くぞ!」

 

「「「「了解!」」」」

 

『はいっ!』

 

 流石、現役軍隊長さん、戦況を見る目は確かなようです。これなら指示はお任せして、私はスペックデータの更新に努めたほうが賢明ですね。

 

「箒、2人に追いつけるか?」

 

「…………」

 

『箒さんと赤椿の性能なら不可能ではありません』

 

 迷いを見せた箒さんにそう助言した。

 進化で格段に性能が上がってはいるようですが、それでも天災さんのお手製なだけあって赤椿の推定される最高スペックにはまだ届いていなかったのです。

 箒さんが引き出せさえすれば、ですが。

 

「し、しかし……!」

 

「迷ってる暇なんてないのよ! このまま響一人じゃ、あの子までやられる」

 

 箒さんたちの目の前では互いの腕に亀裂が入るほどの激しい殴り合いが繰り広げられていました。

 セシリアさんとシャルロットさんが狙撃しようとしているのですが、刹那で攻守や位置が立ち代わるせいで何もできないでいる。

 その中で響さんの体内に眠るガングニールが叫びを上げて急速に稼働を始めました。

 

『(何か嫌な予感が……)』

 

 お二人のタイミングを計るのと同時進行で響さんの身体データを測る。そして過去のデータと掛け合わせ予感の究明を急ぐ。

 

「うをぉおおおっ!!」

 

 外内ともにそれといった損傷は無し。外的影響も見受けられず……。

 まさか暴走の前兆? ……でも精神は安定。不可解な振幅は検出せ……した!?

 

「これなら、どうだ! ――ッ! ハァッ!!」

 

『――ッ!』

 

 一瞬感情が大きく膨れたかと思ったら、信じがたいことに拳の威力が跳ね上がった。同時に動きのキレも鋭くなり福音さんから余裕を奪っていく。

 絶対おかしい。これ以上響さんに余力はないはずなのに……。

 

『内部に損傷あ、えっ? 消失!? まさか、響さんっ!?』

 

「響がどうした!」

 

「ご……ひゃく、パーセントだぁああああアッ」

 

 過去の文献で見た何処かの世界にいる宇宙人なんかが使ったらしい技のように、赤くはないけれど響さんの身体内で能力が異常な上昇が起きいていた。

 ガングニールの稼働はこのせいということですか!

 

『箒さん。迷っている暇はありません!』

 

 崩壊に再生が間に合わなくなったために、響さんの口元を伝い真っ赤な血が外に零れ出た。

 

「響! ……やるしかない! デヤァーーーッ!」

 

 二人のど真ん中に箒さんは刀を突き刺した。

 

『今です!』

 

「シャルロット、弾幕を張るぞ! セシリアは誘導! 鈴は響と箒の加勢に入れ!」

 

「任せて!」

 

「わかりましたわ」

 

「やってやろうじゃないの!」

 

 広がった空間に一斉射撃を行いさらに距離を拡げる。そして逃げないように遠距離仕様の装備を持っているラウラさんたち三人掛かりで抑え込んだ。

 

「ごめん、ありがと」

 

「礼を言うのは私たちのほうだ。響が庇ってくれていなかったら全滅していた」

 

「そ。今度はあたし達が頑張る番よ。アンタはちょっと休みなさい。随分無茶したようじゃない」

 

「えへへ、これくらい、へーきへっちゃ、ら?」

 

 むんずと響さんは力こぶを作って笑う。のですが、

 

――パカッ! ……ぴゅー

 

「「「………………」」」

 

 き、気まずい空気が流れてます。

 

「「大人しくしてようか」」

 

「はぃ……」

 

 青筋立てた二人に大人しく止血されて響さんが島の林に身を移す。

 

「うぐぁっ!?」

 

 突然、青白い光が空を一瞬塗り替えたのを観測した途端、重なり合う2枚で鉄壁を誇っていた『ガーデン・カーテン』が砕け散りました。

 

「シャルロットさん! うぅっ!」

 

 響さんに追随する格闘能力に高度な機動力だけでも厄介だというのに、ただ直線状に散るだけだった『銀の鐘』までもが強化され、指向を付与できるようにまでなっているというのですか……ッ!

 いけない!

 

『鈴さん! セシリアさんに向けて崩山を! 早く!』

 

「えっ!? いいけど、どうなっても知らないわよ!」

 

「ちょっと、こんな時に本気ですの?! キャァアアッ!?」

 

 すぐに鈴さんは撃ってくれました。

 そしてまっすぐ進んだ砲はセシリアさんに……ではなくそのすぐ後ろ背中に着弾しようとしていた一粒の光を撃ち抜いた。

 連なる爆発物は連鎖してセシリアさんを追っていた全てを一掃する。

 

「させん!」

 

 鈴さんを庇って箒さんが福音と剣を交えた。

 

「――――――――ァァッ!!」

 

 けれど、打ち合えたのはわずか二回。

 拳に『銀の鐘』を纏うという荒技で、福音は赤椿のアドバンテージを覆し剣を弾いた。そこに叩き込まれる鉄拳は重く、鋭いものだった。

 

「やらせるかぁっ!」

 

 その一撃が箒さんに届くことはなかった。

 直前に箒さんの身体は突き飛ばされていたから……。

 

「鈴ッ!? 何故だ!?」

 

 鈴さんが身を挺したことで。

 

「はん……。勘違い……してんじゃないわよ。イアが赤椿ならっていうから、やっただけ。あたしは……赤椿を助けただけよ」

 

 突き立てられた拳は容赦なく甲龍の草摺を粉砕し脇腹を抉っていた。さらに地面に叩き付けられた鈴さんの身体は痣ができ変色していた。

 

「グゥッ!」

 

 ISの支援を受けても鈴さんは立ち上がることができなかった。候補生と言っても一介の少女にすぎない身体には余りにもその傷は深い。

 けれどそのことを知らない福音はあの人と同じ存在だと考え、完全に動けなくなるように加減した先程の砲()を鈴さんに向けていた。

 

「――――――ISの一撃というのは……例え、絶対防御と……言えども、これほど痛い、のだな」

 

「アンタ……!?」

 

 死はすんでのところで防がれた。

 

「闘え! 篠ノ之箒! 後ろは全部、私が引き受ける!」

 

 シールドを失い機体も半壊してなお、ラウラさんは叫んだ。

 

「隊長のアンタが何やってんのよ! アタシなんかより、箒を助けることに――「これは、私の贖罪だ!」――え?」

 

「私は決めていたのだ。いつか何かが起きた時は必ず守ると!」

 

 ずっと閉ざしていた金の左目を開きラウラさんは鈴さんの、皆さんの盾となった。

 幾十の光に焼かれながらも鈴さんを抱え上げ、撃ち落とされたシャルロットさんの腕を取り、地上に不時着していたセシリアさんと響さんと合流する。

 

「必ずッ!」

 

 戦えるのはもう箒さんしかいない。

 あれから4時間……、まだ来ないというのですか!

 

「ハァアアアアッ!!」

 

 赤椿が一際強く輝き、箒さんの身体が前に押し出され再び二つは衝突した。

 紅蓮の輝きと蒼穹の煌めきが鎬を削る。

 唐竹と鉄槌、薙ぎと裏拳、刺突と正拳、次々と繰り出される互いの技が触れ合う度に空気が震撼した。

 

『――!』

 

「うがっ!」

 

 終わりは突然に訪れました。

 膨れあがるエネルギーが爆ぜたのです。

 二人の距離が大きく離れる。

 先に動けたほうが勝つ、それは見ていた誰もが理解した。

 そして体勢を立て直し攻撃に転じたのは…………

 

『――La――』

 

 ……福音でした。



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第陸拾話

「同じ轍は踏まねぇよ」

 

 間に合った。まだ、守れる。俺の為したいことはまだ終わってない。

 

『まったく……遅いですよ。どれだけ寝かせたら気がすむんですか』

 

「い、いち……?」

 

 どんな理不尽からでも守ってみせる。信じて託してくれた踊のためにも気付かせてくれたあの子のためにも。

 

「俺の仲間は、誰一人もやらせねぇ!!」

 

「一夏、なのだな……。体は、傷は……!」

 

「わりぃ。待たせたな。……て、なんだ、泣いてるのか?」

 

「泣いてなどない……」

 

 何でもないように目元を拭って振る舞う箒なんだが、その目は赤くなっていた。心配させちまったんだな。優しく頭を撫でてやる。

 

「やっぱ持ってきて正解だったな」

 

 箒の髪は乱れていた。意識を失う直前に見ただけだから自信はなかったけど、その髪にはいつものリボンがなかった。

 俺がもう少し上手く庇えてたら燃えちまうことはなかったんだけどな。

 

「……リボン?」

 

「誕生日おめでとう。こんな誕生日にしちまって、悪い」

 

 話に上がんなかったし、響でさえ忘れてたみたいだけどさ。この臨海学校二日目ってのは7月7日で、七夕の日でそして箒の誕生日なのだ。

 このまま延々としてたんじゃ、祝う時間が無くなっちまう。せめて晩飯くらいは普通の時間を……て、IS学園に入った段階で普通ってのも曖昧か? まぁ、いいや。

 笑って過ごせる時間は作ってやりたい。

 だから、

 

「話は聞いてる。さくっと片付けて、パイロット救って、とっとと帰ろうぜ」

 

 向かってくる福音を視界に捉え、翼に携えた特大スラスターに烈火を灯す。

 

「再戦と行くか!」

 

 互いに迫り合い、俺は右手で掴んだ雪片弐型を振り抜いた。

 それを福音はひらりと高飛び上を行く。

 

「まだだ、雪羅!」

 

 左手に思いを響かせると、白式の腕が震えた。そして鈍い音を立て深蒼の爪がセットされた。

 誰かに渡される新武装なんて、ちゃちなもんじゃねぇ。こいつは、第二形態移行(セカンドシフト)した白式が作り上げた俺のためだけの新武装で、名は『雪羅』。俺の意思でいくつもの姿に展開し……白夜を纏う。

 

「ハァァアアッ!」

 

 雪片一本を振る半分の間隔で抜いた爪が福音のシールドを削ぎ、展開した零落白夜の閃光がエネルギーを一気に無効化していった。

 だが浅い。

 確実に止めるにはもっと深く、より広く削らなければ意味はねぇ。

 

『敵機の危険度を修正。最大攻撃を展開する』

 

 目標は逃げ、エネルギー翼から光の弾を……ていうには竜巻状に蠢く団塊を広範囲に放出し始めた。

 

「だったらこっちは……」

 

 視界に映る雪羅の項目を操作しモードを変更する。開いていた爪が閉じ甲から光の膜が浮かんだ。

 

――雪羅、シールドモードへ移行。相殺防御開始。

 

 甲高い音を鳴らし仇為す光をなかったことにしていく。

 多変式武装『雪羅』が光を放つ時、全てが零に落ちる。……その分、自身も零に落ちていくって問題はあるが……それは俺の使い方次第だから気にしない。

 

『――危険度をさらに上昇修正。最優先排除機体に選定する』

 

「そう来なくっちゃな!」

 

 雪羅の爪を開き、そのまま甲にくっつける。中から現れるのは丸い筒だ。それを福音に向け命じる。

 

「撃て!」

 

 ブラストモードとでも言えばいいか?

 筒から飛び出したのは荷電粒子の塊だった。近接オンリーで困ってたから大助かりってな。

 さしもの福音もこれには予想外だったらしい。一度ぶつかってたのが功を奏して、射撃がないと判断していた福音に諸に突き刺さった。

 だがこれは一回キリの使い捨て。俺の腕じゃ二度目は無理無理。

 さっさと爪に切り替えて飛行を開始する。

 

「ちっ!」

 

 小回りはやっぱり羽根の翼の方が容易でまっすぐ一辺倒じゃ当たらなかった。けどな、そんなもん踊に嫌と言うほど叩き込まれたんだ。

 大型化した4機ものスラスターは伊達じゃない!

 

「行くぜぇえええ!!」

 

 瞬時加速で一気に接近する。当然福音がほぼ直角に曲がるだけで無駄になってしまう。だがそれは以前までの俺たちだったらの話、今はもうその限りじゃ終わらない。その次がある。

 

――二段瞬時加速(ダブル・イグニッション)

 

 これが俺なりのやり方だ。

 最高速度をそのまんま維持し、俺の体が鋭角に曲がる。いくら動きが複雑だろうとこっちも複雑に動く。

 油断した福音の装甲に傷を増やす。

 

「あぶねっ!?」

 

 二振り目はエネルギーの翼とぶつかって弾かれた。こいつの翼は近接武器にもなるらしい。厄介すぎんだろ……。

 高速で変わっていく景色の中、福音の縦横無尽に二段階加速は追いついてくれている。だが如何せん攻撃が全然通らなかった。

 エネルギー残量にはまだ余裕がある。これなら零落白夜との併用も可能だが……俺に扱いきれるか?

 

「……迷ってても仕方がねぇか! やるぞ、白式。雪片弐型――零落白夜発動!」

 

 刃渡りが倍に伸びる。

 本当なら一瞬だけの展開がしたいところだが、生憎俺にそんな高等技術はない。だから扱い慣れた剣だけで気持ち節約する。

 ピピッ、と不意に謎の通信が割り込んできた。……IA? 無視するのも悪いので繋いでみる。

 

『一夏さん、聞こえますか? 私は響さんのアシストをしてるイアというものです。これより雪羅さんと零落白夜のモニタリングと効率化を図りますので、思う存分やっちゃって下さい』

 

 響のアシスト? 初耳だが嘘ではないらしい。

 通信が切れるのと同時に現れた予想稼働時間が思っていた以上に長く、今も秒単位で減っていくはずのそれが1.1秒くらいかけて減っている。

 

「なら、お言葉に甘えてこっちに集中させてもらうぜ」

 

 さっきまで感じていた焦燥が晴れていた。それに併せて動きが1回目と2回目の間隔が気持ち短くなる。

 その差はでかく、福音を的確に捉えれるようにまで俺を推し上げていた。

 

「おりゃあああ!」

 

 初めて片翼を斬り捨てた。

 

『――!』

 

「ぐっ!?」

 

 しかしもう片翼はすぐに反転されて刃が届かない位置まで逃げられ、そして次に接近できた時には両翼で羽撃いていた。

 次こそはと意気込み、斬る。

 ――再生。

 

 斬る!

 ――再生!

 

 斬る!!

 ――再生!!

 

 斬る!!!

 

 ………………

 …………

 ……

 

 ――再生!!!

 

「しぶてぇ!?」

 

 いったい何回同じ行為を繰り返したのかわからないくらい斬りまくった。なのにこいつは落ちない。

 

「翼とはいってもエネルギーの塊を切り落としてんだぞ。いい加減エネルギー切れを起こしても良いんじゃねぇのかよ。こっちが先に尽きちまいそうだ」

 

 どんだけなんだよ、軍用ってのは!

 8割強あったはずのエネルギー残量はもう優に2割を切って、予測稼働時間は持って3分だけ。

 しかも強制転換で蓄積した負荷が全身を蝕ばみ焼けるように痛い。

 いっそのこと全員で撤退して後はお偉いさんに丸投げでもするか?

 ……あぁ、それが一番確実で安全だな。

 

 

 だが、俺は千冬姉(ブリュンヒルデ)の弟だ。この背には俺の誇りだけでなく織斑千冬の名が乗ってんだ。

 そんなみっともないマネだけは絶対できねぇ、したくねぇ!

 

「九分九厘失敗するとしても、一厘の大成功に全てを賭ける」

 

 爪状の雪羅にも零落白夜を発動させる。これで稼働時間が一気に短くなった。逃げるだけのエネルギーは消え去った。

 そこからさらにエネルギーを消費し、4機のスラスターに許容限界までエネルギーを集約する。

 

「一回で良い。最後まで持ってくれたら……っ?!」

 

 がくん、と全身が重くなった。

 そして視界に表示された文字は――

 

――Empty

 

 エネルギー切れを示していた。

 

「(くそっ、クソッ! あとちょっとだってのに! みっともねぇな……俺ってやつは! アイツがここまでお膳立てしてくれたって言うのに……、あの子が応援してくれたって言うのに……、箒にあんな格好つけたって言うのに!」

 

 全部無駄にしちまった。

 俺がいくら足掻こうと白式は鋼の塊となって落ちていく。深海に沈んでいく。

 ……もうどうしようもない。

 

『なんだ、不貞寝か? 呵々、もう諦めたのか。軟弱なものなのだな、今時の若者というのは』

 

――うるせぇ。仕方ないだろ。どうかしようにも、白式にエネルギーが残ってないんよだ。

 

『ほう。エネルギーがのぅ。この若者はそんなことをほざいておるが……。呵々! 寝言は寝ていえ、だそうだぞ』

 

――は?

 

『ほれ、空を見上げてみい。耳を澄ましてみい。目のない耳のない()にも見えて聞こえているのに、目があって耳もあるお前に届かないわけがないだろう?』

 

 そもそも俺は誰と話しているのだろうか? 普通なら思うはずのその疑問は、その時の俺には浮かばなかった。

 ただ言われた通りに、空を見ようと顔を上げていた。耳を澄ましていた。

 そして目に映ったのは、日だまりのように暖かな一面に広がる黄金の光、聞こえてきた旋律は儚げでありながら優しくも心奮わす歌だった。

 

「まだ、終わってない! 手を伸ばせ、一夏!」

 

 光の中で箒が俺に向かって右腕を懸命に伸ばしていた。

 だから俺も剣を手放して腕を伸ばす。

 そして両手が確かに触れた。

 

――ドクンッ。

 

 全身が脈動した。力が湧き出してくる。溢れてくる。確かに尽きたはずの白式のエネルギーも復活し満タンになり満ちている。

 滾り震える心が全身の痛みを消し飛ばした。

 

「これならやれる! ありがとな、箒。聞こえたぜ、みんな」

 

 中途半端で燻っていたスラスターを噴かせ、箒を連れて空に上がる。

 島を見ると血を流しながら二本の足で立ち、手を組んで歌を歌う響達がいた。

 今度はもう失敗しない。絶対成功させてやる。

 警戒する福音を前に、吐き出してすっからかんのスラスターを再チャージする。そして余りあるエネルギー全部を駆使して雪羅と雪片弐型を……て、

 

 し・ま・つ・た!?

 さっき手放して海に置いてきちまったよ、どうすんだ俺!?

 

 くそっ、こうなったら雪羅の爪……で、てなんだこれ? 槍?

 俺の左手が俺の知らないうちに白式の全長よりも長い山吹色の槍を握っていた。……何それ、怖い。

 

『やれやれ。とことん締まらん若者だな。老骨に鞭打って声を掛けてやったというのに、まだ鞭打つか。このドSめ』

 

「誰が、ドSだ! てか、槍が喋った!?」

 

『んなこたぁ、どうでも良いんだよ。雪片の代わりくらい()がしてやる。だから、さっさとあの嬢ちゃん達を止めてやれ、一夏!』

 

 槍の中程まである穂が真っ二つに縦に裂け開くと、先端の刃がスライドして前後を護る鍔となる。かと思いきや穂が回転を始め、次に動きを止めると先端のないランスのような形に変わっていた。

 呆然としていたら大口の開いてしまった先端のド真ん中から見慣れた青白い光がちらついているのが見てた。

 何がどうなっているんだか、聞きたいこと(あと文句もだ。俺はノーマルだ!)は山ほどあるがこの槍の言う通り今はいい。

 

「うぉおおおおおっ!」

 

――瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 

 一息で懐に入る。だがすでに福音は移動していてそのライン上には存在しない。

 

――二段瞬時加速(ダブル・イグニッション)

 

 ここまでは同じ。さっきまでの繰り返しに過ぎない。だからさらに先に進む。

 

――三段瞬時加速(トリプル・イグニッション)

 

 体が挽肉になりそうだ。ここまでくると空気の質量ってのが如何に恐ろしいものなのかわかる。

 支払った代償に結果は応え、福音の一歩先に出た。でもまだ足りない。もう一つ限界まで堪ったスラスターが残っている。

 

「これで、終わりだぁあああっ!」

 

――四段瞬時加速(クアドラプル・イグニッション)……。

 

 完全に副因の虚を突き、目の前に躍り出る。

 何がどうなり、どこまでいくのか。謎の槍に全てを委ね槍を振り搾った。

 留められていた零落白夜の輝きが解き放たれ穂先から一直線に刃が姿を露わにした。……何十メートルかつ幅も数メートルという鬼畜仕様の姿を。

 

『……回避不能。絶対防御、機能……す…………ぅ』

 

 横一文字に振り抜いた槍はすっぽりと光の中に福音をご招待し、機能停止に追いやった。光がなくなった後に残ったのは一人のパイロットだけ。

 慌てず騒がず……て、わけには流石に行かず大慌て大騒ぎで落ちる前に抱えて死んだりしてないか確認する。

 振った俺が言うのもなんだけど、あれはない。パイロットごと消し去る気なのかと振ってる最中生きた心地がしなかった。ちゃんと完全な零落白夜で良かったぞ。

 任務……じゃねぇな。むしろ背任行為で拳骨もんか。

 でも濁しちまった自分の跡を綺麗に片つけられたんだ。満足して俺たちは全員(・・)揃って帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで横一文字に振り抜いた時、なんか微妙に尋ねられたような気がしたのは俺の気のせいだよな? ……よな?



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第陸拾壱話

ライブ行ってきましたでっすよ〜
響さんも皆さんもお疲れ様でした

そして……
(後書きに続く)


「あ、一兄。その槍、私が持っとくよ」

 

「そうか? 助かる」

 

 怪我した鈴ちゃんも抱えていた一兄から元通り……元ってどんなかわからないけど……になった槍だけ預かる。

 そのついでに真っ赤な鈴ちゃんにサムズアップ♪

 

「――――っ!?」

 

「???」

 

 にしてもこんなすぐに発見されるとは思わなかったな-。また夏休みぐらいまで行方知れずになると覚悟してたからちょっと拍子抜けです。

 こつこつ突っついてみたけど無反応。こっちは変わらずなんだ。

 ま、見つかってくれてた方が助かるからいいんだけどさ。

 

………………

…………

……

 

「作戦完了――と言いたいところだが、お前達は独自行動により重大な違反を犯した。けが人も出ているときた。帰ったらすぐに反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」

 

「うぇっへー」

 

「教師に対してその態度とは余裕だな、織斑妹。お前の分だけ内容を追加しておいてやろう」

 

「ごめんなさい!」

 

 帰還したらお化けも凍っちゃいそうなくらい冷たい空気に出迎えられてしまった。

 腕組み仁王立ちで待ってるちー姉まじ怖ス!

 そして今、私たちは30分くらい正座して、降臨した雷神血躙愉様からの稲光を受けてます。

 

「…………」――ピクッピクッ

 

「…………に、にぱー」――ガクガクブルブル

 

「あ、あの織斑先生。もうそのへんで終わりにしましょうよ。こ、これ以上は傷に響きますから」

 

「ちっ……」

 

 こ、怖かった……。舞い降りた女神様(まやっち)にお祈りを捧げとこう。

 

「それじゃあ、みなさんまずは水分補給をしっかりしてください。ただでさえ夏で危険なんですから、ちゃんと意識しないと急に気分が悪くなっちゃいますよ」

 

 はーい、とみんなで返事をしてスポーツドリンクを受け取る。

 体勢も崩していいとのことなので、立て掛けた踊君に撓らってもらいもたれかかる。

 でも口が遠いのなんの。

 傷はすっかり治ってるけど、活を叩き込み暴れた体は全身の至るところで筋肉痛を引き起こしていた。肘が全然曲がりません。

 

「ストローください……」

 

「あらあら、ごめんなさい」

 

 長いストローをさしてもらってちゅーちゅー吸う。

 うーん。じれったい。

 

「…………」

 

「………………? な、なんでしゅか?」

 

 淡々と見つめてくるちー姉に変な日本語を出してしまった。

 

「……しかしまぁ、よくやってくれた。よく、無事に帰ってきた」

 

 なんかちー姉が照れくさそうな顔をしていたような……、確認しようと思ったけどその前に小さな悲しみが言葉の隅から零れた。

 

「まだ終わってないんだよな。あいつもすぐに見つけ出してやんないとな」

 

 ……ん?

 

「ダメですよ。それは私たち先生のお仕事です。皆さんはゆっくり休んでいて下さい」

 

 んん? ……んんん?

 

「しかし、踊は私たちを庇って!」

 

 なんか箒ちゃん達がヒートアップし始めた。……もしかしなくても、みんな気付いてない?

 

「あの~…………」

 

「そうだ。響もじっとしてなんかいられないよな!」

 

 そんなじっともなにも……

 

「もう踊君見つかってるんですけど……」

 

 ポン、ポン、ポン、チーン。

 

「「「「「「「……はいっ?!」」」」」」」

 

 たーっぷり時が止まってようやく動き出したら叫ばれた。本格的に耳も鍛えるべきかな……。

 じゃなくて、一兄は寝てたし仕方がないのかもだけど、皆の前でちゃんと話したよね?

 

「えと……あの時、イアちゃん言ったよね?」

 

『ええ、確かにちゃんとお伝えしましたよ。踊さんは真槍(・・)の機人ですって』

 

「ま、まさかそれって……」

 

 皆の視線が私の背もたれに向けられた。

 

「うん。この槍が踊君だよ? てか一兄も話してたじゃん」

 

「あの時の声が!?」

 

「おーい。よーうくーん、起きてるー?」

 

 背中を揺さぶりぎしぎし撓らせる。やっぱりこうなっちゃうと当分反応は返ってこないかな……。

 

『――なんだ、響? もう少し寝かせてくれ。エネルギーの補充をしたいのだが』

 

 おお! 返ってきた!?

 

「あ、あれって……物理的の話だったんだ。思考的な話と思ってたよ……」

 

「わ、私もですわ」

 

 なんでか皆の目が白黒してる。

 

「本当に踊なのか?」

 

『ああ。そうだが……。信じられないのも無理ないか。仕方がない。響、ちょっと離れていろ』

 

 言われた通りに槍から背を離す。そしたら槍が光り出した。

 

「あまり回復できないからやりたくはないが信じてもらうためだ。これで納得出来たか?」

 

 そして光が散ったそこには……

 

 

 

 なんと!!

 

 

 

 着物幼女がいたぁあああああ!!!!

 

「なんでさ!?!?」

 

「省エネだ」

 

 幼稚園児くらい? 膝丈くらいのロリ(性別的にはショタ?)踊君が袖を垂れさせて私たちを見上げていた。

 

「これで信じてもらえただろうか? 一往、これは俺……聖踊(わたし)の小さい頃の姿なのだが」

 

「あ、ああ」

 

 踊君、いや、よう君の上目遣い、なんて破壊力!? さすがのちー姉が折れた。まや先生に至っては顔が綻んでる。たぶん私も。

 

「どうした?」

 

 ちょっと踊君を抱え上げて膝に乗せてみる。

 筋肉痛なんてなんのその~。

 いやされる~。

 

「ん? ん?? ん???」

 

「て、ほっこりしてる場合じゃないですよ」

 

 あ、そうでした。一兄を追い出して、よう君は……うとうとしてるから終わった人と当分待ってる人でほっこりしよう。

 

 

 

「ねー、ねー。結局、なんだったの~?」

 

「ダーメ。機密だから」

 

 のほほんちゃんを中心に数名の女の子がシャルちゃんたちに群がって話を聞き出そうとするけど、軽くあしらわれていた。

 

「でもね~。あんなのやあんなのを見ちゃうと気にならないわけがないよ~」

 

 唯一群がられてない私、の隣の幼女を皆が見つめる。

 

「あれ、聖君だよね。腕、千切れてなかった?」

 

「もう! 食事中に止めてよー!」

 

「その前に何でちっこくなってんの!?」

 

 ちっこい手でちょこちょこ食べてるよう君に遠慮して近づいてこないだけなんだけどね。

 

「あの化け物くらいは話しても良いと思うぞ? 隠せることでもないし、どうせ帰ったら学園側から正式に公表されるはずだぞ」

 

 だったら詳しい話は後日学園でまとめて、と言うことで皆落ち着いた。

 

「………………………………」

 

「…………おぅ?」

 

 あー、でも一兄の隣の箒ちゃんが借りてきた猫を被ったような落ち着きようでちょっと怖かったな……。

 どうせ一兄が何かいらないことしたんだろうけど……。

 

 

 

 波打ち際で一夏と箒は二人きりで静かに景色を見て、何かを語らっていた。何を阿呆なことを話して行動したのか、いつものバカ騒ぎが繰り広げられている。

 無茶無理通した響の姿は流石になかった。今頃ようぐるみを抱き枕に夢の中に旅立ってることだろう。

 そんなもの達を眼下に置いて、一人の女性が手すりに腰掛け無邪気に笑っていた。

 

「ふむふむ、紅椿の稼働率は48%かー。よっくんやひーちゃんが良い刺激になったかな?」

 

 服装はどこかの不思議な少女、でも頭に乗っかるものは不思議な少女が追いかける動物の耳である。なんとも変わった格好をしてるのは紅椿の制作者、篠ノ之束そのものです。加えて小さなお鼻で楽しげに唄っていた。

 

 

「それにしても白式ってばふっしぎ~。まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて、まるで――「『白騎士』のよう、だな。コアナンバー001にして発の実戦投入機、お前が心血注いだ一番目の機体にな」――やぁ、ちーちゃん」

 

「おう」

 

 薄暗い森の奥から千冬は音も立てず姿を現す。身を包む漆黒のスーツは背景を纏い静かな威厳を主に与えている。

 

「ところでちーちゃん、問題です。白騎士はどこに行ったのでしょう?」

 

「白式を『しろしき』と呼べば、それが答えなのだろ」

 

「ぴんぽーん。さっすがちーちゃん、わかってる~」

 

 互いに背を向けあい顔を見合わせることなく穏やかに会話は続けられていく。

 

「それにしても不思議だよね~。あのコアは私がちゃんと綺麗さっぱり初期化したはずなのに、一番最初の機体の特徴を残してて二番目の機体ちーちゃんの『暮桜』のワンオフ・アビリティーを引き継いでるなーんて」

 

 そうなのだろうと感じていてもその謎は誰にも解決することは出来ない。

 

「まっこと不思議な話であるよな」

 

「! ……お前も来ていたのか」

 

「呵々、始まりの二人が集うておるのに、もう一人が寝ているわけにはいかぬ話であろう?」

 

 滑るように摺り足で道を分けて、純白の着物を羽織りこぢんまりした幼女もどきはその場を尋ねる。

 

「やっぱり君が黒武士くんなんだね。……………………よっくん」

 

 是であるよ、そう答えてようはニッコリ笑った。表裏隠さず立ち振る舞う姿から放たれる風格は見た目の先入観を容易く裏切るほどに強く隔絶したものがある。

 初めて海側から目を反らし二人を見た束は、口元歪めて行った。

 

「二人ったら格好逆だよ~」

 

 前にも似たようなことを言われたな、なんて感慨深いものは余所に踊も千冬も自身の格好を見直す。

 白と呼ばれた女性が漆黒を着て、黒と呼ばれた男性が純白を着る。

 うむ。見事に逆である。

 

「であるな。されどこれはこれで時の趣というのがあろう」

 

「ふ、まあな」

 

「ぶーぶー、それじゃあ束さんがかわんないみたいじゃないか~」

 

「「事実だろ」」

 

「てへっ」

 

 そんな下らない話をしてても時間はあっという間に過ぎ去る。

 

「ん……そろそろ行かなくちゃ。ねぇ、ちーちゃん」

 

「なんだ?」

 

 今まで座っていた手すりの上に立つと、耳をピクピクさせて束は二人に問う。

 

「今の世界は楽しい?」

 

「そこそこにな」

 

「そうなんだ。じゃあ、よっくんは?」

 

「呵々、楽しんでるぞ。世界というのは不思議だらけ。一世界を一方から見ただけで飽きるにゃ持ったいないものがある。まぁ……」

 

 振られて踊は本当に楽しそうに笑う。

 

「ふーん……、そっか」

 

 遙か遠い空から吹き抜ける風が三人の隙間を通り過ぎ草木を唸らせた。

 

「――――――――」

 

 ザー、ザー、と擦り合わせる音の中で束は何かを呟いて、そして霞のように消えていった。

 

「……余り悔いるでないぞ、束嬢」

 

「……あいつなら大丈夫だ」

 

 残された二人は彼女の未来を祈り、宿に戻る。女性は弟の眠る部屋で休むため、幼女は妹の抱き枕にされるために。





シンフォギア4期決定おめでとうございます!
これでしばらくは生きる目標に困らない!

「困っちゃダメだよ!?」

ひゃっひゃっひゃー!
フォニックゲインが体内に満ち満ちてやる気がだだ漏れデェス!

「それ漏れちゃダメなヤツだから!?」

おっと、いけない……


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第陸拾弐話

前回、4期決定と言ったな。
アレは嘘だ。




祝! 4期5期決定!!!

もはや決定しすぎじゃないか!?
監督さん達が倒れないかどうか心配になるのは私だけ?


 体が…………痛いです。

 

「ひぐぅえぇ……」

 

 座席に座るのも一苦労だったよ……。

 

「あ゙ぁ-……いつつ」

 

「一夏、ここ開いてるよ」

 

 ぐっへー、と背もたれに体を投げ出してだらけてるところに、おじいちゃん化した一兄もやってきて偶然開けられていたシャルちゃんの隣席に座った。

 ホント偶然だよ。血で血を洗う聖戦なんんて私たちは見てない

 

「……やれやれ、機械の体でも寝違えるってあるんだな……」

 

 膝の上に置いたよう君が首や背をさすってる。なんか珍しいものを見た気分です。

 

「響はまだ分かるけど……二人はどうしたの?」

 

「一夏殿のは響のと似たようなものだ。肉体の限界を超えて瞬時加速を連続しようしまくった後遺症だ。俺のは……まぁ、なんだ。別件とだけ言っておく」

 

「ん?」

 

「すっごい気になるんだけど……」

 

 おかしいな……。よう君から冷ややかな視線が突き刺さる。

 とはいえ半月目なジト目+上目遣いだから怖くない。むしろ可愛い。

 

「イアちゃん、響は何したの?」

 

『(よう君抱き枕からの鯖折り、そのままお腹にヘッドバット)』

 

「響、それは無いと思う」

 

「ふぇ!? ……いつぅー」

 

 わかんない所でディスられた!? 聞こえないようにしてしてまでイアちゃんはいったい何を言った。そして私はいったい何をした。

 

「こっち、こっち~。このバスだよ~」

 

 むー? 聞き覚えのある声がバスに搭乗してきた。

 珍しいことがあるもんです。あののほほんちゃんが非常事態でもないのに、誰かを引率してるみたい。

 

「ここね。ありがとう」

 

 続いて乗り込んできたのは女性。それも眩しい金髪でスタイル抜群な外国美人さんです。あんな人旅館にいたっけと騒がしくなるのは当然だけど、昨日のメンバーは顔だけは知った人だった。

 それにしても、もう起きて大丈夫なんでしょか。

 私の体がイカれちゃうくらい殴り合って、一兄も激痛にさいなまれるくらいの高速展開をやって、それで私たちが休んでる間もずっとISを運用してたのに……。

 羨ましいぐらい頑丈な体しってるぅ~。

 

「あれがおりむーだよ~。んでんであのちっちゃいのがひーじーだよ~」

 

 二人に用があるんだ。

 たしかナターシャさんだっけ?

 

「貴方が織斑一夏君? それでそっちの子が聖踊君……思ってたより小さいわね」

 

「大きさなど関係ない。闘うのはISであって、奏者ではない。乗り手の姿形は問うまい」

 

「それもそうね」

 

 それで納得しちゃえるんだ……。

 あと今のよう君は踊君じゃなくて、よう君。これ大事!

 

「えっと、あなたは……?」

 

「私はナターシャ・ファイルス。銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の操縦者よ」

 

 よっしゃ、正解! ちゃんと名前覚えてた。

 

「ちゅっ……。これはお礼。ありがとう、白いナイトさん」

 

 ふぁっふぉぅ……。

 な、なななナターシャさんのくちびるが、うぃちにいの……ふぇ!? 世界が真っ暗に。

 

「見せられないぞ」

 

『ようさん頑張って下さい! うぶきさんが居なくなったら未来さんに怒られちゃいます』

 

 なぜそこで未来!? うぶきさんって何!?

 む~。折角大人な世界が見れそうだったのに……。

 

「え……あ……え……?」

 

「ふふ、少年ちゃんもありがとう」

 

「俺もか?」

 

 よう君もデスと!? 手、邪魔!! 見えない。

 

「落ち着け、サージェ化してるぞ」

 

「目をグリグリしないで~。痛いー」

 

 いたたた……世界がぼやけて見える。って、ひぅ!?

 一兄の背に修羅がいた。それもたくさん。

 

「はっはっはっ」

 

「イーチーカー?」

 

「蹴り飛ばされる覚悟は」

 

「できてますわよね?」

 

「ちょっ、お前らいったいなにを!?」

 

 あわわわ……。怖い怖い。

 体がすくみ上がりお隣の子と一緒に震える。バス内の温度がガクッと下がった気がする。

 

「ぎゃぁああーーーー」

 

「「「「「「合掌」」」」」」

 

 よう君もご一緒に。

 皆でパンパン。

 

 

 

 ふふ、面白い子達だったわね。

 

「おいおい、な火種を蒔いてくれるなよ。ガキの相手をするのは大変なんだぞ」

余計

 あらあらお冠ね。バスを降りたところであのお人と出会ってしまった。

 

「思っていたよりもずっと素敵な男性だったから、つい」

 

 世界最強の女性と謳われるミス・オリムラ。

 

「……それで、昨日の今日でもう動いても平気なのか?」

 

 彼女が言っているのは昨晩のことだ。

 意識がなかったからよくわからないのだけれど、私たちは随分と無茶なことを繰り返し行っていたらしい。

 でも私の体には全くと言っても良いほどに異常がない。

 

「えぇ、問題ないわ。あの子が護ってくれたから」

 

 それはずっと一緒にやってきた大切な銀の福音(あの子)が全ての負担を引き受けてくれていたから。

 痛かったでしょうね……、辛かったでしょうね……、怖かったでしょうね……。

 

「やはりそうなのか?」

 

「あの子は私を護るために、望まない戦いに身を投じた。コア・ネットワークの遮断に、強引な第二形態移行。あの子は私のために自分の世界を捨てたの」

 

 ……許せない。

 あの子はただ飛びたかっただけだった。なのに外部から侵入した何者かがあの子を狂わせた。正常な判断を奪い全てのISを敵に見せかけ襲わせた。

 

「必ず追い詰め、この報いは絶対受けさせる」

 

『意気込んでるところ水を差すようですまないが、その前に軍を抜けることをおすすめするぞ』

 

「?」

 

 今の声は?

 

「聖か? 何か知っているのか?」

 

『残念ながら元凶は知覚していない。だが軍の対応が気に食わん。人命よりもメンツを優先し、新たにで出会えた友を蔑ろにされるのは見過ごせない』

 

 彼、バスの中に居たわよね……。どうやって話しかけてるのか、気にならないのかしら?

 千冬さんが無駄だというように私を見て頭を振った。

 

『イアがハッキングを仕掛けたところ米軍はナターシャ・ファイルスという人物の存在を抹消しようとしていたらしい。一夏殿らが救い出したことで所属しているというデータだけは直されているが福音もろとも闇に葬る準備は万端のようだぞ』

 

「……そう」

 

 今更のことなのね……。

 なんとなく察して彼の話を聞くことにした。そして言われたのは予想していたことだった。

 

「坊やには理解出来ないかも知れないけど、それが軍なのよ」

 

 国を守るのが軍の務め。一軍人のために国民を危険に曝すわけにはいかない。私たち軍人は軍人になった頃から切り捨てられる覚悟ができているものだ。

 

『………………………………………………そうなのかもしれないな』

 

 彼の言葉に目の前にいる千冬さんが息を呑んだ。

 

『俺は坊やなのかもな。どれほどの時間を過ごそうと俺は正式な軍って奴には属したことはなかった。そういう大人のやり方、というもののは経験したことがない』

 

 時間が経てば嫌になるくらい突きつけられることになる、とも言おうかと思ったけれど止めておこう。子供に聞かせる話じゃないわ。

 でも彼は続けてこう言った。

 

『だが、そんな下らないやり方なんぞこっちから願い下げだ。真のOTONAというのはな、どんな状況にあってもガキを守り通すものだ。一人のガキを切り捨てなければ得られぬものに価値などありはしない』

 

 清々しいほどに真っ直ぐな言葉だ。

 

『簡単な逃げ道ばかり選ぶ者に付いていっても破滅するだけだぞ』

 

 反論できなかった。

 人を切り捨てるというのは自分が切られるかもしれないということだけでなく、誰もついて行けなくなる、ということも起こりえるということ。

 前者なら歯車に物が詰まったようなもので取り除くだけで組織は回り続ける。けれど後者は歯車その物が無数にないような状態だ。組織は空回る。

 彼の言う通りだ。このまま軍にいても近い将来、私は破滅することになるだろう。

 ……でも、私はそれで構わない。

 

「……それでも、今は軍の力が必要なのよ」

 

 あの子を狂わせた元凶を突き止めるためには軍の肩書きが不可欠なのだ。私個人ではハッキングどころかISの解析すらままならないし、様々な技術者との連携も取れない。

 元凶を見つけるためならどんなに環境が悪かろうと耐えてみせる。

 

『そうか……。ならば選別だ。気が向いたら頼ると良い』

 

 彼の言葉が聞こえなくなると同時に、携帯が振動した。

 

「くっく、奴が坊やか。お前も凄いことを言う」

 

「あら? 事実じゃない。見た目通りでないとしてもまだ16でしょう? まだまだ子供よ」

 

「どうなんだろうな」

 

 何がおかしいのかしらね。

 

「……気を付けろよ」

 

「ご忠告どうも。仇を討つまでは死なないわよ。じゃあね」

 

 最後にそう話してバスから離れる。

 さてさてこれからどうやって探そうかしら?

 

 

 ……と、その前にメール見とかないとね。




今回にてIS編は終了です。
軽い空白期を挟んでから聖踊の最終章へと参る所存です。


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空白期~一時の休息(?)~
第1話


大幅に遅れること30分強。
申し訳ないです。
今回からしばらく空白期になりますです。
前回の時に書いておけば良かったです……。加筆しておきましたので気が向いたら見てあげてください。


 やってきました夏休み!

 面倒くさい事後処理や反省文、トレーニングに期末再テスト、皆みんな終わらせて無事夏休みに突入だぁあああ!

 え? つい最近このやり取りを聞いたような気がする? あと無事じゃない?

 気のせいです。

 気のせいったら、気のせいです。

 

「さぁ、響。楽しい楽しいお勉強の時間だぞ」

 

「ちょーーっと、誰かが助け()を呼んでる気がするから行って……」

 

「逃がさないぞ?」

 

「ですよね~」

 

 よう君が鬼過ぎて泣きそうです。

 どっさり山積みされた教材に私は囲まれていた。本来なら海に行ったり山に行ったりって楽しい行事が沢山のはずが、この仕打ちは酷いと思う。

 

「他の生徒達よりも随分と多くのアドバンテージがあるはずが当然の如く追試を受けてきた生徒のこの教師に対する仕打ちはどうなんだ?」

 

「……だってISの実技試験があったんだもん」

 

「元々文句なしの満点だと千冬殿に告げられていたはずだが? そして一般試験に力をいれるように言われていたはずだが?」

 

「うぅ……」

 

 はい。自業自得です。

 渋々渡された課題に手を付ける。

 山積みと言っても大体が参考書なんかで解かなきゃいけないものじゃないのが数少ない救いなのかなぁー。

 

「そう自暴自棄になるな。今日中に全てのノルマが達成できたら明日は解放してやる。先日、ご老人の厚意でこんなものを頂いたのでな」

 

 よう君の手に握られていたのは二組のチケット。這いつくばって確認したところ今月できたばっかのウォーターワールドの前売り券。聞いた話じゃ人気ありすぎて当日券を手に入れるだけでも何時間も並ぶとか何とか……。

 

「何でよう君がそんなものを……?」

 

 海だって真面に泳がなかった……あ、私もだ……のにプールのチケットを持ってるなんて意外すぎ。

 

「この前助けたおばあさんにもらったんだ。くじで当たったんだがあたしゃつかわんからお嬢ちゃんもらってくれんかって」

 

 ……あ、お嬢ちゃんなのね。

 

「考えるのは勝手だが手は止めないことをお勧めしよう。早くしなければこの話はなくなるぞ?」

 

「頑張る!」

 

 うおぉおおおおおお!

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 ネクストデイ!

 無事、完遂。やったね、プール!

 

「といいたいところなんだけど……」

 

「ふぅ……」

 

「はぁ……」

 

「見事に空気が淀んでるの~」

 

 笑い事じゃない。

 いざ入場したら偶然にも鈴ちゃんとセシリアちゃんがいたのです。それだけなら良かったのに後ずさりするくらいご機嫌斜めなようで……。

 何でー? 聞いてみたけど聞くだけ無駄だったよ。私たちの知人女性が怒る原因は大体一緒、案の定一兄でした。

 ドタキャンかつ説明不足のダブルパンチを両名同時にやっちゃったらしい。

 ホント一兄、近い将来女性に刺されるんじゃないかな……。

 

「恨み辛みはどっかその辺にポイして泳ご!」

 

「そんな気分じゃありませんわ……」

 

「折角来たんだから泳がなきゃ損だよ! それに体を動かせばちょっとは嫌なことも発散できるよ」

 

「アンタと一緒にすな」

 

 うぇ!?

 

「でもそうね。このまま帰んのも癪に障るし。で、ようはどうしたの?」

 

「たぶん……。あ、あれだ」

 

 ポニーテールの乗った浮き輪が流れるプールでゆらゆら流されていた。その上でフリルスカート付きの翡翠色したビキニを着たよう君がうっつらしてる。

 

「相変わらず女の子してるわね……」

 

「男の子用の水着を買いに行ったはずが気付いたら店員に買わされてたんだって」

 

「不憫ですわね」

 

 格好を気にしないよう君だからってのもあるんだろうけどね~。

 プールに飛び込んで回収しとく。変な目をした変態さんたちが手を出したら大変だ、主に変態さんたちが。

 

『では! 本日のメインイベント! 第一回水上ペア障害物レースが午後1時より開催します! 参加希望者の方は12時までにフロントで手続きをお願いいたします』

 

 おお! なんだか面白そうな催しがあるみたいです。

 これは是非参加しなければ!

 

『優勝賞品はなんと沖縄旅行5泊6日! 奮ってご参加下さい!』

 

「「……!!」」

 

 ひぃっ!?

 

「これは……!」

 

「……参加しなければ!」

 

 二人が憤怒の炎に燃えてる。

 

「変なことにならないことを祈るのみだな」

 

 ふっふっふ、と恐ろしい笑顔を浮かべる二人をなんとかいなしてエントリーをすませた。

 ペアはもちろんよう君です。

 

「本当に俺が出ても良かったのか? 見た感じ皆女性で統一されているようだが?」

 

「鏡を見てから言おっか」

 

「うむ……」

 

 よう君は自分の格好を見て黙った。バレなきゃ男の娘は女になるのだ。

 

「それではルールの説明です。舞台はこの50×50メートルの巨大プール! その中央にある浮島に渡り最初にフラッグを取ったペアが優勝です。なお、コースはご覧の通り円を描くようにして中央の島へと続いており、その途中途中に仕掛けられた障害は基本的にペアでなければ突破できないようになっています。ペアの協力、ふたりの相性と友情に期待しております!」

 

 広いステージを一望する。

 うーん、泳いでいくのは無理なのか。ワイヤーでリアルに浮いちゃった島にはたどり着けそうにない。そもそも水中に落ちた時点で最初からやり直しなんだけど。

 それにショートカットも………………。

 

「よう君、よう君」

 

「投げられてはやらんぞ」

 

「やっぱりできちゃうんだ?」

 

「余裕でな」

 

 今のよう君は設定30キロくらいで軽いし、ちっちゃいから投げやすい。私の腕力なら届くんじゃと思ったところマジで投げれちゃうらしい。

 私もやろうなんて思ってないけどね? 楽しみたいもん。

 

「それではいよいよレース開始の時間です。皆さん、用意は良いですか? 位置について! よーーい……」

 

 本気は厳禁。コースが沈んじゃう。ある程度加減してぎゅっと足場を踏む。よう君は突っ立ったまま時を待つ。

 

――パァンッ!!

 

 空砲が室内に木霊する。

 

「行くよ、よう君!」

 

 選手同士の妨害ありありのレースだそうだから注意しながら行かないとね。

 

「まぁ、待て」

 

「うぴゅ!?」

 

 いきなり足を掴まれた。

 ちゃんと注意を払っていたのに、思わぬ強敵がいたようです。真の敵は私のすぐ側に居る!?

 なんてバカなことやってる場合じゃなくて、私の足を掴んだ人……よう君を睨む。

 

「何するのー」

 

『なんだ、なんだぁー! いきなりペア間でケンカか!? て言うかあの子供凄い!? どう見ても身長差は50センチくらいあるのに片手で止めているー!?』

 

「目的は景品ではなく楽しむことだろう。真っ先に飛び出てしまったら妨害もなにもあったものじゃない。場が展開されるまでここは我慢だ」

 

「なーるー」

 

 一旦勢いを抑えてステージを見回す。始まってすぐだから先頭集団は先に言ってないけど意外なことが一個あった。

 鈴セシペアがちょっと遅れてる。

 

「あの二人は年代的に運動能力が高いからな。初期妨害対象として多くのものから狙われていた。そんじょそこらの妨害で邪魔できるような甘い二人でないから突破はできるが、それでも遅れが生じる」

 

「でも私たちはなかったよね?」

 

「片方が小学生()だからな。小学生相手に妨害行為なんてしたとあったら観客の目が恐ろしいことになるぞ」

 

「ふむふむ。なるほど」

 

「それに遅れていけばちらほらいる妨害組も俺たちを狙わざる終えなくなる。その時にまとめてやってしまえば残りも向かってきてくれるさ」

 

 鈴ちゃん達が2つ目の島に到達して、勢いよく放水してる噴水もどきの中を一気に駆け抜けていく。

 先頭の人は3つ目……折り返し地点にさしかかってる

 

「そろそろ行くか」

 

「やっと~。追い上げるよ!」

 

「うむ」

 

 1つ目の島目掛けてダッシュ!

 ぷかぷか浮いた小島を止めて渡れってことだけど、ちゃんと中央踏めば動かないし沈まない。

 だ~から飛び越える~。

 

「よっと」

 

 さらによう君が私の上を飛び越える~ぅぇっ!?

 

『あの二人、いったい何者だぁああ!? 先頭を追いかける高校生ペアも物凄いですが、こっちはそれ以上だ!!』

 

 妨害さんたちがやってきた。

 掴みかかろうとしてくる人は腕でそらして投げ捨てる。飛びかかってきた人は慌てず騒がずひらりと躱す。

 よう君は取り敢えず掴んで投げる、掴んで投げるを繰り返す。大のおとなが宙を舞った。

 先行していたよう君が浮き道の半ばで反転した。私は真後ろを走って突進する勢いで距離を縮める。

 

「響!」

 

「よう君!」

 

飛び込みダイブ!からのよう君の巴投げ。私は高く高く飛ばされた。

 

「ひゃっほうー!」

 

「ハッ!」

私が空で上下を修正する最中によう君が1人2つ目の障害……水鉄砲を発勁で放つ衝撃波でかっ消して進んでいく。

そしてそこでようやく私は浮き道の端に着地した。で、すぐに第二に渡って逃げる。

先に行ったよう君が水を粉砕してくれるから超安全な場所になってるからとっとと抜ける。

後ろでは浮き道が大きく波打ってひっくり返ってしまった。落ちてく参加者の悲鳴がわんさか聞こえてくる。

大変だねぇ~、やったの私だけど。

 

『止まらない!止まらない!怒涛の速さで先頭を追い上げる2人をさらに追い上げる2人!最初の遅れはハンデと言うのか!?』

 

 普段やってる訓練と比べたら障害も妨害も軽いもの。ちょっと足場が悪いくらいでもたついてたら学生はつとまりません。

 ぬるぬる床も段差も軽く流して最後の関門、浮島に渡れ。

 

「こんのぉー!」

 

「ウオォォォオオオオオ!」

 

「鬱陶しいですわ!」

 

「グレェェエエェエエエイ!」

 

「それなら私は! モォォオオオオオン!」

 

 バトルを繰り広げてる二組に頭から飛び込んでみた。

 

「「グオォォオォオッ」」

 

「ありゃ?」

 

 ただのヘッドスライディングだったつもりがムキムキペアがプールに落っこちてしまった。強そうなのは見てくれだけだった……。

 

「も、もう追い上げてきましたの?!」

 

「あとちょっとだっていうのに!」

 

 何、その出口目前でドラゴンに通せんぼされたようなリアクションは?

 

「「その通りだからよ!?」」

 

 解せぬ……。

 

「……無理ね」

 

「……しかありませんわ」

 

 あ、この2人プライベートチャンネル使ってる。

 作戦会議を終えた2人と向かい合う。

 広がっていく剣呑とした空気が一瞬だけプールを黙らせた。

 

「いま!」

 

 2人が踏み込んだ。

 私も身構えて備えたんだけど……

 

「?」

 

 逆方向に走っていってしまった。置いてけぼりにされることコンマ3秒、気付いた。

 先にフラッグを取るつもりなのだと。

 

「待てーーー!」

 

 浮いた島にはそう簡単に上れるもんじゃないんだけど、鈴ちゃん達ならなんとかしそう。だからちょっと急ぐ。

 て、よう君はどこ行っちゃったの?

 

「頑張れ、3人とも~」

 

「頑張れじゃなくて手伝ってよ!」

 

 見上げたところ(・・・・・・・)によう君はいた。人ごとなのにムカッときたので怒鳴っておく。

 

「「「……………………」」」

 

 ……今、おかしなの見なかった?

 もう一度見上げる。よう君がワイヤーにもたれかかってだらけていた。

 そこはまだいい。よう君の反対側を見ると旗が刺さってはためいている。

 なんかすでにいる!?

 

「俺は取らんぞ。優勝に興味は無いからな~」

 

 それを聞いた途端、先頭がさらに早くなった。ちょっとセシリアちゃんが前に出てるかな? でも負けたくないので私もちょっと走りに力を入れる。

 水面に振幅10センチくらいの波が出来るのはご愛敬ってことでよろしく。

 

「このままでは!?」

 

「セシリア! そこで反転!」

 

「ふぇ!?」

 

 鈴ちゃん、それはないんじゃないかな!?

 私の目の前で行われた行為、それは!

 

 

 セシリアちゃんの顔面を踏む。

 

 

 私を振り切るには確かにそれが手っ取り早いかもだけど、あれはどう考えても鈴ちゃんの独断だ。

 今は落ちてくセシリアちゃんを捕まえて一緒に水中に飛び込んでおこう。

 

「取ったぁアアアア!!」

 

「やれやれ……、仲間内で何をやっとるか」

 

 よう君の手が鈴ちゃんの足首を掴み軽く引っ張った。フラッグを手にした鈴ちゃんは喜びで隙だらけだ。前に大きく倒れた体は修正なんかする暇もなく頭からプールに落っこちた。

 

「ふふっ……ふふふっ……フフフフフッ! 今日という今日は許せませんワ! あろうことか、私の……ワタクシの! 顔を踏み台にするなんて!!」

 

 きゃーー。

 突如荒ぶった波に流される。そして強い光が放たれるとセシリアちゃんの周りに何かが浮いていた。

 どう見てもBTです。本当にありがとうございました。

 て、言ってる場合じゃない!?

 

「はっ、やろうっての! ――甲龍!!」

 

「ちょっ!? やめ、もち付いて!?」

 

 仲間割れで両者がISを展開してしまった。しかもどっちも撃つのに躊躇いがないから手に負えない。一般客がとっても危険だ。

 

『な、な、なんとぉ!? ふたりはまさかIS学園の生徒なのでしょうか! この大会でISを、それも2機見られるとは思いませんでした! ……え、でも、あれ? ルール的にどうなんでしょうか……?』

 

 こうなったら仕方ない! 私もやるしかない!

 

「ニールハート!」

 

 唄歌う、身を滾らす彼の唄を。

 

『まさかもう一方の女子高生まで!? これはいったいどうなってしまうんだ!?」

 

 空気砲にビット兵器に徒手空拳。三者三様の技がプールを揺らす。

 

「動きが止まればこちらのものですわ!」

 

「この距離なら衝撃砲の方が早いのよ!」

 

「どっちも撃たせないから!」

 

 2人が武器を発射しようとするど真ん中に割り込んで、全力のラリアットを狙う。

 

「「「おぉぉおおお!!」」」

 

 そして接触……

 

「そろそろ止まれバカ共が」

 

 しなかった。

 

「「「ぼあgじゃgskdj」」」

 

 い、息できない……。

 

「ひどいよ。よう君……」

 

「暴れるのが悪い」

 

 何をどうやったのか、鈴ちゃんとセシリアちゃんの意識は一撃の下に刈り取られていて引き摺られて陸に投げ捨てられた。

 あ、起きた。

 

「貴様ら、白昼堂々良い度胸をしてるじゃないか? 緊急でもないのにISを展開するどころか一般の前でとは恐れ入る。IS学園の生徒としての自覚がないのか? それ以前に国家代表候補生としての誇りもないのか? なんとかいったらどうだ?」

 

 よう君がマジギレしてる……。

 

「響も逃げられるとは思うなよ? 今だからこそまだいいが、本来ならそれを白昼に曝すということがどういう意味を持っているのか理解しているよな? だというのに使うとはどういう了見だ?」

 

 3人仲良く正座させられて叱られる。

 

 

――――ガミガミガミガミ

 

 

「申し訳ない。司会のお人。この賞品は返上させて頂きます」

 

「えっと、よろしいのですか?」

 

「建物に影響がなかったとはいえ、あのバカ3人が騒ぎを起こしてしまったのは事実です。あの2人には手にする資格がありませんし、私たちペアは参加したかっただけですので

必要ありませんから」

 

「そうでしたか。わかりました」

 

 場所を事務所に移してよう君が迷惑行為の代償として賞品を返す。

 隣にいる誰かが物欲しげな目で見ていたけれど、優しさの欠片もない笑顔で黙殺されていた。

 

「迷惑を掛けて申し訳ありませんでした。学園から迎えも来たようですのでここで失礼させて頂きます」

 

「困ったお姉さんをもって君も大変ね」

 

「もう慣れました」

 

 それはどういう意味かな?!

 

「失礼します。IS学園から来ました織斑です」

 

「一夏!?」

 

「一夏さん!?」

 

 問いただす前に邪魔が……じゃなくて迎えが来た。驚いたことに一兄だったよ。来れなかったんじゃなかったの?

 

「待たせたか?」

 

「ちょうど説教も終えたところだ」

 

「そっか、そりゃ良かった。じゃあ帰るか」

 

 帰り際に一兄と鈴セシちゃんの間に一波乱あったことは言うまでもないことだよね。

 

 

 

 ち・な・み・に

 後にも開かれることになるこの水上ペア障害物レースには一つの伝説が生まれたらしい。

 3機のISをひねり潰す幼女とかいう末恐ろしい伝説が……。



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第2話

気付いたら二部構成になっていた。
だが後悔はしていない。
――後書きに続く――


「…………む?」

 

 学園に出された山ほどの課題の大半を終わらせた8月も始まったばかりの今日この頃。

 暑さにだらけていたら、隣でよう君がなんか唸った。

 

「よう君?」

 

 呼んでみたけど返事がない。

 天上の隅っこのあたりに顔は向いてるけど、特に何かを見てるわけではないようで虚ろになってる。

 案の定、目の前で手を振っても反応はないすぺっ!?

 

「何をやっとる」

 

「あう……、意識あったんだ」

 

「並列思考だ」

 

 く、油断した。機械なんだからそれくらいできても当然だった。何故気付かなかった、私。

 

「いたた……。それで突然どしたの?」

 

「なにやら妙な気配を感じた。懐かしいようで初めてのような、そして体内で起こったような体外で起きたような酷く曖昧なものだ」

 

「全然わかりません」

 

「俺にもさっぱりわからん。だから少し調べてくる。課題は溜めるなよ」

 

 はーい、と元気に返事するとよう君はさっさと部屋を後にした。

 

「ふっふっふ…………遊ぶぞー!」

 

 まずは一兄に突撃を仕掛けようかな~。

 

『勉強は……』

 

「あーとーでー」

 

 いざ行かん!

 

 

 

 いなかった……。

 

「しょぼーん」

 

 一兄の部屋は空っぽだった。まだ朝早いっていうのにどこに行っちゃったんだか……。つまりません。

 仕方ないので街をぶらり徘徊しよっかな。

 あ、そうだ。

 

「困ってる人を探しに行こう!」

 

 入学してからほとんど学園敷地内で一日を過ごさなきゃいけなかったから趣味の時間が全くなかったんだ。

 思い立ったが吉日ってことで、行って――

 

「――の前に私服に着替えなきゃね」

 

 さすらいのお助けマンが特定できちゃう格好だったら夢がないもんね。

 動きやすい服装ってことでタンクトップに短パンでお着替え完了。ボディバックにサイフは入れたしハンカチ、ティッシュも忘れてない。

 手早く確認を済ませて今度こそ行ってきます。

 

 

 

「あ、響も出掛けるんだ?」

 

「そだよ~。シャルちゃん達もどっか行くの?」

 

 駅でばったりシャルラウちゃんと出会った。

 ほぅほぅ、シャルちゃんは白のワンピースですか。夏にぴったりなとっても涼しい格好です。でもやっぱりふりふりしてて動きにくそうだ。

 それに比べてラウラちゃんはとっても動きやすそう。ちょっと袖が長くてズボンもふっくらしていて見た目は暑そうだけど通気性は抜群なのでとっても着心地が良い生地を使ってる。

 え? 何でそんなに詳しいのかって? それはね……

 

「なんで制服なの!?」

 

 私もよく着る学園の制服だからです。

 

「なんでと言われても、私は私服を持っていないからだ」

 

 いや、ババンと胸を張って言われても……。

 

「あはは、そんなわけで今からラウラの私服を買いに行くんだ。響は?」

 

「ちょっと街を散策に」

 

 困っている人が勿論助けるけど、街を知らずに助けるのは中々に大変なのでまずは知ることから始めないいけないのだ。

 意外と人助けも奥が深いのです。

 

「なら僕達と一緒に行く?」

 

「いいの? 行く行く!」

 

 やったね、仲間が増えたよ。

 

 

 

 デパート着!

 

「前に来た時もそうだったけど、ここって凄い人多いよね」

 

「うむ。紛れるには丁度良い数だ」

 

 出て行く人も入ってくる人もすっごい数。押し流されちゃいそうでちょっと怖い。そして隣の銀髪少女の発想もちょっと怖い。

 

「この付近にはここ意外場所がないからね。あと危険なことを考えるのは止めましょうねー」

 

 私たちの呟きにシャルちゃんは器用に反応して、シャルちゃんは手にした雑誌と目前の案内板を見比べてる。

 なんかこのやり取り懐かしい。

 未来と出掛けた時もよくしてたっけ? 多分、今シャルちゃんがやってるのは最短路計算だ。ここで全部決めておいたら無駄がないんだとか。

 ファッションに疎い私で楽しむために、未来も入る前に必ずチェックしてた。

 そう言えばあれからもう10年経っちゃったけど、向こうだとどれくらい時間が経ってるんだろ……。

 

「……うん。この道順なら無駄はないかな」

 

 もしかして向こうも10年経ってみんな大人になってたりして…………うわぁ-、それはやだなー。

 でも、神様の計らいで1年くらいなら……、あ、ダメだ。それだと私留年確定しちゃう。未来と学年がズレてしまう。

 できることなら挽回できる2,3ヶ月以内であってほしい。

 

「最初は服から見ていって、その後ランチ。午後からは雑貨とか小物を見ていこうかと思うんだけど、2人ともそれでいい?」

 

「よくわからん。任せる」

 

「右に同じくです」

 

「…………ラウラが2人に増えた気分だよ。僕一人で大丈夫かな……」

 

 行き当たりばったりな私に言われても困るのです。

 

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。イアちゃんもいるから」

 

『そうですよ。安心してください。見た通りもともと響さんは素材が良いですし、勧められたものはほとんど大人しく着られてくれますから愉しいですよ』

 

「イアちゃんもこう言ってるし! ………………ん?」

 

 なんかおかしな気もしたけど、いっか。

 

「はぐれちゃうと合流するの大変そうだね。手、繋いでいこっか」

 

「う、うむ」

 

 シャルちゃんがラウラちゃんの手を取って握る。

 

「それじゃあ、私はもう一方!」

 

「あ、ああ」

 

 俯いてしまったラウラちゃんの空いてる手と繋がる。一瞬見えた顔は真っ赤だった。

 

「どうしたの?」

 

「……何でもない」

 

「何でもないんだ」

 

「そうだ」

 

「「ふふふふ」」

 

「――――――っ」

 

 照れるラウラちゃんをあたたかな目で見つめること数分、一つ目のお店に辿り着いた。

「まずはここだよ」

 

 覗き込んでみるとけっこうな賑わいを見せてる。セール中ってのもあるんだろうけど、人気のあるお店みたいです。

 外から見てても始まらないってことで入店、一人の店員と目が合った。

 

金髪(ブロンド)……、銀髪(プラチナ)……、それにまさか天然の茶髪(ミルクティー)……!」

 

 ミルクティー?

 いやぁ、流れ的に髪のことなんだろうっていうのは想像が付くけど、それでもミルクティーって……。しかも天然だったらどうだっていうんだろう。

 

『最近注目のヘアカラーの一つなんだそうですよ』

 

 へー。でもそんなに珍しいの?

 

『そうですね……。響さんのようなはっきりした茶色でありながら淡さを併せ持った髪は、体内に居着いてからすれ違ってきた人の中には同色天然の方はご家族以外では見た覚えがありません。数万人いたライブ会場でも確認できた中では響さんお一人でした』

 

 なんと!? 私の髪って地味に珍しい色だったんだ……。もうちょっと大切にしてあげよう。

 ふわふわ髪の事実に驚きながら店員さんと見つめること数瞬、その店員さんが何故か戦慄き他の店員さんやお客さんからも注目されていた。

 不快じゃないけどなんかそわそわする。

 どうしようかとシャルちゃんに目配せを……、と思ったその時店員さんの手から紙袋が滑り落ち……

 

「とう!」

 

――すとん。

 

 ……ていくので私はダイブしてキャッチしていた。

 せーふ。

 

「えっと……」

 

 ただどっちに渡せば良いかわからない。この紙袋は店員さんの隣のお客さんが買った商品みたいでそっちに渡せば良いのかな……? でも店員さんから手渡した方が……あ、だめだ。この店員さんトリップしてる。

 

「はい、どうぞ」

 

「ど、どうもありがとうございます」

 

 お客さんに渡しとこう。

 

「流石、お姉様。素晴らしい反射神経と瞬発力です」

 

「お姉様呼ばないで」

 

 くぅっ、戦場では響って呼んでくれてたのに……。

 

「……ユリ、お客さんお願い」

 

「は、はい……店長」

 

 呼ばれた女性がまるで戦場に送り出すようにその店員さんの背に応える。

 ……え、店長さん?

 

「ど、どどどどのような服をお探しで?」

 

「えと、とりあえずこの子に似合う服を探してるんですがいいのありますか?」

 

「こちらの銀髪の方のですね! 今すぐ見立てみせましょう! はい!」

 

 超速で店内の服が飛び交う。トップスを選んでボトムスを……と思いきやトップスを替え、と何度も繰り返すのを待つ。

 そしてついにコーデに納得した店長さんが一着のセットをラウラちゃんに見せた。

 

「どうでしょう?」

 

「……わから――「ないはナシで」――むぅ……」

 

 シャルちゃんの先制攻撃。

 ラウラちゃんに会心の一撃。ラウラちゃんは言葉に詰まって拗ねた。

 

「せっかくだから試着させてもらったら?」

 

 間を置かないシャルちゃんの追撃。

 

「い、いや、めんど「くさいはナシでね」――うぅ……」

 

 トドメのシャルちゃんの追い討ち。

 ラウラちゃんのメンタルはポッキリ折れた。ラウラちゃんは涙目になった。

 普段クール系なラウラちゃんの子供っぽい仕草にきゅんきゅんしながら、私は試着室に送り出してあげる。

 そして出てきたラウラちゃんは、

 

「着替えてないの?」

 

 そのままだった。大きさがあってなかったのかな?

 

「もしかしてお気に召さなかったでしょうか」

 

「い、いや! そうではない。そうではないのだが……その、も、もう少し可愛いのが…………」

 

 そうラウラちゃんはもごもごとお願いした。

 

「「「『「――――っ!?」』」」」

 

 なにこの生き物、萌え死にそう。

 

「任せて下さい!」

 

「僕も手伝います!」

 

 それから楽しく見立てていき一つの愛らしいコーデが出来上がった。

 顔を赤らめて恥ずかしがってもじもじする姿に思わず、お持ち帰りぃぃぃ! と叫びたくなったけど、よく考えたら持ち帰ったところで寮生活だから意味なかった。ざーんねん。

 

「それじゃあ次は響だよ」

 

「私も?」

 

「当然だ。私だけこんな思いをしたままでなるものか」

 

 今の私の格好はちょっと濃いクリーム色の英字付きタンクトップ(おへそが見えそで見えないのがポイント)と膝上の気持ち長めのショートパンツ。

 こんな私がどう変わるのかな?

 

「まずはこれ」

 

 ちょこっと待って渡されたのは白の半袖Tシャツと薄い藍色のダメージジーンズ。そして濃い緑で袖無しのロングトレンチコートにオレンジのキャップだ。

 せっかくだから自分流にアレンジして来てみよっと。

 皺をつけると不味いのでTシャツには手を加えない。代わりにジーンズを膝下まで捲り上げておいて、コートは前を閉じずに羽織るだけに。見せる方針で着崩した。最後にキャップを被って腕を組む。

 

「こんな感じでどう?」

 

 キリッとした感じで登場してみると、私を見た人たちがほんのり赤くなった。

 

「……かっこいい」

 

 見ていたお客さんの意見が聞こえてきた。

 

「凄く似合ってる!」

 

「まさに戦場に立つ勇士という感じだな」

 

 似合ってるのは嬉しいけど、私服としてどうなのか複雑です。でもかっこいいのが気に入った。おサイフと要相談しよう。

 

「今度はギャップに挑戦」

 

 満足するだけしたら即行次の服を渡された。

 今度のは垂れた赤いリボンが可愛いゆるっとしたふわ襟付きのブラウスと緑……ぱすてるぐりーん? で水玉模様のロングワンピースです。

 いろんな名前があって頭が混乱してきた。

 あと黄色いリボンがたゆたう麦わら帽も預かった。

 

「私とは思えないくらいすごい清涼感」

 

 着てみたところ、清楚な雰囲気が漏れ出していた。木陰で涼んでそうなイメージがする。実際の中身は太陽の下で走り回ったり川に飛び込んで暑さを乗り越えようとするタイプなのに。

 

「どうかな?」

 

「凄く可愛いよ」

 

「うむ。良いと思うぞ」

 

 意外と好感触?

 

「「でも、笑える」」

 

 ふわふわした服はツボに入ると言われてしまった。

 性格とは正反対なのに似合ってるから想像するとおもしろいって。

 

「ほかにもまだまだ一杯あるよ。今度はラウラだよ」

 

 なんだかシャルちゃん生き生きしてるな~。

 

 

………………

…………

……

 

 

「ふぅ……疲れたな」

 

「まさか最初のお店であんなに時間を使うとは思わなかったね」

 

「うん。何時間ぐらいいちゃったんだろ?」

 

 ラウラちゃんのを中心に結構な服を買い込んでしまった。当然、私は一着だけですけど。

 お昼時になってしまったので今はオープン照らすのカフェでランチ中。

 

「店員さーん! このスパゲッティ追加お願いしまーす!」

 

「……まだ食べるんだ」

 

 追加すること四人前目、これくらいは食べなきゃ満足しないのだ。

 

「それで午後からはどうするのだ?」

 

「生活雑貨を見て回ろうと思うんだけどいいかな? 僕は腕時計を見に行きたいんだ。日本製の時計ってちょっと憧れがあって」

 

「腕時計か」

 

「うん。ラウラはなにかないの?」

 

「ふむ……」

 

 4品目のミートを口に運んでる間に、日本製の話になってる。あんまし関係ないけど同じ日本人として鼻が高くなる気持ちです。

 

「日本刀だな」

 

「「ん?」」

 

 聞き間違い、だよね。

 

「御姉様も使っていた剣の一つ、日本刀。あれほどに薄く鍛えられ斬るために全てを注ぎ込んだあの刃は実に見事だ」

 

 ……合ってた。ラウラちゃん、それ生活雑貨じゃないよ。

 

「そ、それじゃあ響は僕らの国で何か欲しいと思うのってある?」

 

「うーーん……美味しいもの?」

 

「もう響まで……、はぁ……二人ともホントに女の子?」

 

「踊君じゃないんだから女です」

 

 失礼しちゃうな-、まったく。もきゅもきゅ。

 

「……こんなのどうしろっていうのよ…………」

 

 私のお助けセンサーがびくんと反応した。

 シグナルの発信者は隣にいた女性です。二十代後半くらいでスーツを着ている。たぶんいつもならビシッと着こなしていりのだろうその女性は、ほとんど手を付けてないのに冷め切ってしまったペペロンチーノを前に深い溜息を吐いて沈んでいた。

 

「ねぇねぇ、二人とも」

 

「お節介はほどほどに、と言いたいところですがお姉様には無駄なのですよね」

 

「いいよ。響の生き方のことは一夏から聞いたことあるから。それに僕もほっとけないし」

 

 へへ、良いお友達を持って私は幸せです。

 了解を得られたのでどんよりしてる女性の前に立つと声を掛けた。

 

「どうしたんですか?」

 

 いつだってどこだって困ってる人が居るなら笑って手を伸ばすのが私です。

 

「……………………」

 

 沈みすぎてて気付いてもらえてなさそう。

 でも私はめげないよ。どんなにはねのけられちゃったとしても手が届くまで私は手を伸ばし続けるのだ。

 

(『肉体言語という手段に出なければ素晴らしいんですけどね~』)

 

「あの、何かあったんですか?」

 

 再度声を掛ける。今回はもうちょっと耳元近くに迫ってから気持ち大きめに。

 

「え?! ――あ、いえ――――――――!?」

 

 よかった。今度は気付いてもらえた。

 でも何故か私や後ろで見守ってくれてる二人を見ると固まってしまった。

 うーん、困った。何に悩んでるのか聞きたいのに聞けない。一往、悩んでるのは確かなんだし先に私から距離を縮めてみよう。

 

「私にできることなら手伝いますよ」

 

 声を掛けた途端、がたんっ! とイスが跳ね上がった。そして女生徒の距離が物理的に縮まって目と鼻の先に……。

 そして気付いたら手を握り締められていた。

 

「な、なら!」

 

 くわっ、と目を開いて私の姿を映す女性は口も開いた。さっきまで消沈気味の空気を出して人とは思えない勢いだ。

 若干、引いてる私に女性が言った。

 

「ウチでバイトしない!?」

 

 なんて予想と違ったことを。




――前書きより――

響のコーディネートができたから!
ただ服の型に種類がありすぎて、響もだいたい似合ちゃって
イメージ通り書けなかったのが無念だ……。
スタイリストの方々やファッションコーディネーターの方々には脱帽です。


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第3話

キャロルちゃんの追加曲を初めて聴いたら涙が止まらなくなってしまった……。


――一方その頃――

 

「ふむ。やはりさっきの反応はこいつからか」

 

 踊は締め切った部屋で何か小さな物を弄っていた。

 

「この歪む感覚は覚えがある。初期構造もあいつの作った物とほぼ同じだ。呵々っ、やっぱり奴も最後まで天才だったと言うことか」

 

 まだ響達……シンフォギアが動き出すよりも遙か昔に出会ったある変わり者の話だ。

 色んな街を旅し見聞を広めるのが好きな底抜けのお気楽者でよくいろんな物を発明してはバカをしていたそうだ。

 踊もよく巻き込まれてすすだらけにされていたらしいのだがよく笑っていたのだとか。

 それで踊の言う似ている物というのはそんな変人から最後にプレゼントされた発明品である。

 時空を超えるスッゴい発明ができたと言って渡された代物だったのだが、結果は失敗。特に何も起きずそれ以降会うことも叶わなかった。

 しかし今踊の目の前にあるのはその完成形だ。それも根底はその変人が組み上げた物をそのまま使っており、変人の理論が正しかったことを示している。

 

「気付かないうちに俺も転移をしたことがあったりしてな」

 

 時を刻みだした懐中時計を片手に、踊はくくくっと笑みをかみ殺していた。

 

 

 

「お客様、@クルーズへよーこそー!」

 

 おしとやかなメイド服でお出迎え~。

 

「さぁ、こっちのお席にどうぞ~」

 

 お客をテーブルにお通ししてお水とメニューを届けたら、次へ参りまーす。

 さて今私たちが何をしてるかというと、メイド&執事喫茶のお手伝いです。カフェで会った女性がこのお店の店長さんで、頼まれちゃいました。

 ここの店員さんが急に止めちゃったんだとか。なのにお偉いさんが着ちゃうからさー大変ってところで私が声を掛けてこうなった。

 離れた所ではラウラちゃんがメイド服でドMホイホイしてたり、シャルちゃんが男装執事で女の子を骨抜きにしたりしてる。

 

「店員さーん! 注文お願いしまーす!」

 

「はいはーい!」

 

 ちなみに! 私のお客さんは普通だからね? 変な想像とかしないでね。

 

「響ちゃん、三番と五番テーブルの片付けお願い!」

 

「お任せ!」

 

 往復するのが面倒なのでまとめて持ってっちゃえ。

 他のテーブルでも空いたお皿を頂いてく。併せて30枚くらい掌に乗せることになったけどいまいち重くないや。

 

「四番テーブルにお願いします!」

 

「お任せー!」

 

 コーヒー運んで、オムライス運んで、グラタン運んで、ポテトフライ運んで、……やばヨダレ出てきた。

 

「よかったら、メイドさんも食べます?」

 

「いいんですか!?」

 

 わーい!

 

「メイドさーん! こっちのもどう!」

 

 ここのお客さん、気前の良い人でいっぱいでしあわせでふ。

 

「いやされるわ~」

 

「コラコラ……」

 

「餌づけされてない?」

 

「あれはあれで人気がありそうだからいいのではないか?」

 

 わう?

 

 それからも大体2時間くらいおつまみもらいながらお仕事を熟していたところちょっと面倒なお客さんがやってきた。

 

「全員、動くんじゃねぇ!」

 

「きゃぁああ!?」

 

「いらっしゃいませ~。3名様でお間違いありませんか~? お席はこちらになりまーす」

 

 まぁ、気にしないけど。

 覆面なんか付けてザ強盗犯な格好で銃を見せびらかして入ってきたけど、店内に踏み入れた時点でお客さんなのです。なのでマニュアル通り席にお通しする。

 

「あ、どうも……じゃ、ねぇ! 舐めてると撃つぞ!」

 

「立ち食い希望ですか? 良い場所あったかなー」

 

「普通の席で良いわ!」

 

 もう、我が儘だな。

 

『あー、犯人一味に告ぐ。君たちは既に包囲されている。大人しく投降しなさい。繰り返す――』

 

 近所迷惑な人がいたもんです。外で騒ぐなんて非常識です。

 

「ど、どうしましょう兄貴! このままじゃ、俺たち全員!」

 

「うろたえるんじゃねぇっ! 焦ることはねえ。こっちには人質がいるんだ。それにこいつもある」

 

――パァアアンッ!

 

 銃口を天井に向け一発。一つの蛍光灯が破裂し何人かのお客様が悲鳴を上げて震えた。もう後で掃除しなきゃ。

 

「おい! 聞こえるか警官ども! 人質を安全に解放したければ車を用意しろ! もちろん追跡者や発信器なんか付けるんじゃねぇぞ!」

 

 また一発。

 

「他のお客様の迷惑になるような発砲はお控え下さい」

 

「アァン!?」

 

「……迷惑にならない発砲ってあるの?」

 

 お水とメニューを取りに行くとラウラちゃんが準備してくれてた。

 

「持ってくよ~」

 

「いや、いい。私が行こう」

 

「そう?」

 

 矢鱈と氷を入れたコップを……水は? あ、行っちゃった。

 

「…………」

 

 そして氷しか入ってないコップをトレーに乗せてお客3人に無言で突き付けた。

 

「……なんだこれは」

 

「水だ」

 

「ふざけてんのか!」

 

「水だ。飲め。――――飲めるものならな!」

 

 ラウラちゃんがそう言うとトレーが傾き、氷が宙に放り出された。くるくる舞ういくつもの氷がラウラちゃんの掌に隠れ、弾けた。

 

「ぐわっ!」

 

「うげっ!」

 

「じふっ!」

 

 すごい。初めて見た。今の指弾ってやつだ。3人の各部位に突き刺さり、悶絶してる。

 

「く、くそ! ふざけやがって!」

 

 中程さんが銃口をラウラちゃんに向けた。感想としたらあーあやっちゃった、かな。軍人さんに銃は向けるもんじゃない。

 小柄で細身な体型とは裏腹に、踏み出した一歩は強かな心を幻想させ瞬く間に腕の下に滑り込んでいた。そして直下から放たれる回し蹴りは手を巻き込んで銃に炸裂し、さらにそのまま二段目に続く跳び蹴り――しかもヒールの爪先という尖ったところが彼の頬を穿ち抜いた。

 うわぁ、痛そ。痙攣してるし。

 

「こ、この!」

 

 残った2人が乱射して応戦する。……のだけどラウラちゃんはソファーや机、だけでなくドリンクサーバーなんかも盾にしてやり過ごした。

 

「うろたえるな! ガキ一人すぐに――」

 

「――残念だけど、一人じゃないんだよねぇ」

 

 おっと、ここで執事のシャルちゃんも参戦だ!

 華麗に突き出された飛び膝蹴りが大柄さんの後頭部を殴打し脳を揺らした。そして突然のことに驚いて固まる小物さんの腕を取ると、するりと後ろに回って捻り上げ抑え付ける。

 その時、グギィグギュィと怖気の走る音は空耳だったことにしときます。

 

「目標2、制圧完了。――そっちはどうだ?」

 

「大丈夫だよ。目標1、目標3、制圧完了」

 

「二人ともかぁっくいぃ」

 

 小さく拍手をしてると目の隅でむくりと動くものがあった。

 

「ガキが……舐めんなァァアアアア!!」

 

「――っ!」

 

 まだ動けたの!?

 立ち上がり振り向き様に大柄さんは風を起こすほどの強烈なボディーブローを放った。鈍重なのが幸いしてシャルちゃんに当たることはなかったけど、吹いた風は体勢を崩すには十分すぎるものだった。

 

「シャルロット!」

 

 即座に踏み込み零距離に迫ったラウラちゃんが鋭い拳を打ち込んだ。

 なのに……

 

「効かねぇナァア」

 

 平然としていた。

 たぶん防弾チョッキのお仲間だと思う。聞こえてきた堅い音的に板でも詰め込んだタイプ。

 うーん……

 

「ちぃっ!」

 

 ラウラちゃんが下がり始めた瞬間、大柄さんの銃がまた火を噴いた。ラウラちゃんの頬が少し切れてしまった。

 

「…………………………………………ブチッ」

 

 どんな人が相手だろうと|店員(メイド)さんになったからには等しくお客様として相手をするのがお仕事です。

 でも流石にこれ以上は許せないカナ?

 仏ノ顔モ三度ガ限界ナンダッテ。

 

「ネェ……言イマシタヨネ?」

 

「またガキか! 邪魔なんだよッ!」

 

 裏拳が私の顔面に当た……らない。その前に右手の甲で受け止めた。

 

「――なにっ!?」

 

「他ノオ客様ノ」

 

 手を反して腕を握る。

 

「ゴ迷惑ニナルヨウナ発砲ハ」

 

 左足を引き、無手の左を脇の下に置き力を練り込める。

 圧縮した力で腕が震えそうになるけど全部我慢してさらに高みを目指す。

 悪いのは忠告を無視した大柄さんの方なんだから、これくらいは良いヨネ!

 

「ゴ遠慮シテ下サイ……テ!!」

 

――ドウン…………

 

 吸い込まれていくように音の波が周囲に広がる前に消えていく。

 

「ゴハッ……」

 

 軽く胃酸をまき散らしながら大柄さんが沈んだ。

 

「ふぅ」

 

 

 良かったー。無事成功です。

 掌底破徹し……略して掌底徹。

 この技はフィーネさんと闘った時に痛感させられた強固な防御能力に対抗するためのもので、10年……もしてないけどそれでも5、6年ぐらいずっと覚えようと鍛え続けていました。

 いつも岩とかを相手に特訓して成功率は半々だったんだけど上手くいってホント良かった。もしミスってたらバンッてなって18禁の光景になるところだった。

 

「ねえ、ラウラ」

 

「……なんだ?」

 

「これからは響も怒らせないようにしよっか」

 

「……同感だ」

 

 あらら……、イスも机も穴だらけです。ジュースも零れて床がドロドロ。掃除するの大変だな~。

 

「……お、俺たち助かったのか?」

 

「い、生きてる……?」

 

 なんかお客様が騒がしい……て、そっか。

 

「お騒がせして申し訳ありません。すぐに(散らばった破片を)片付けますので皆様方はごゆるりとお待ち下さいませ~」

 

 ちゃんと謝っておかないと。せっかく来て頂いたのにうるさくしちゃった。

 

「……このまま掴まってムショに行くくらいなら、いっそ全部吹き飛ばフッ!?」

 

 しつこい。

 なんか言おうとしていた大柄さんの顔面に私が裏拳を突き刺して黙らせる。

 

「(スゴい……。あの人ただの癒やし系じゃなかったんだ……!)」

 

「(なにあのメイドさん、カッケェーんすけど! マジで強盗を片付け(・・・)た)」

 

 うん?

 掃除しようと思ったら何故か皆から拍手をもらってた。

 ……不思議だ。

 

「ふむ。日本の警察は優秀だな」

 

 また大量の警察官(お客さん)が流れ込んできた。余りの人が犇めき合い過ぎて店内の掃除ができない……。

 

「二人とも落ち着いてないでまずいよ! 僕達代表候補生で専用機持ちなんだから、公になるのは避けないと!」

 

 私は違うんだけど……。

 

「国に属さない専用機持ちはもっとまずいでしょ!」

 

「それもそうだな。このあたりで失敬するとしよう」

 

 反対はできなさそうなので大人しく失礼することにします。どたばた喧騒としてるのを利用してこっそり私たちは店を抜け出すことにした。もちろん服は回収して。

 

「マスコミ多いね」

 

「ふむ……どうするか」

 

 でもやっぱり報道陣は早いのなんの。交通規制も乗り越えてカメラを回して待機していた。

 

「だったら上に行けばいいよ」

 

「「え?」」

 

 裏道から覗き込んでいたラウラちゃんとシャルちゃんを小脇に抱えて、いざジャンプする。

 いや~、壁キックって便利な技だよね。簡単に屋上に到着した。

 

「このまま少し離れたとこまでレッツゴー!」

 

「ちょっ!? 待っ!?」

 

 何件ほど飛んだかわかんないけど離れた場所まで屋上を伝って移動する。途中シャルちゃんが騒がしかったけどすぐに静かになってくれたので問題なし。

 

「このへんならいいかな?」

 

「はい。もう大丈夫かと思われます。どこに行ってもお姉様はお姉様ですね。感激しました!」

 

 敬礼されるようなことはしたつもりないよ?

 師匠や踊君もよくやる人助けの序の口だから。

 

「死ぬかと思った……」

 

「そんな大げさな~」

 

「(……響に取ったらね)……色々あったけど、後はどうしようか」

 

 あまりにも

 

「なんでも~」

 

「任せる」

 

 二人一緒に丸投げです。

 頑張れ、シャルちゃん。

 

「もう、二人して……。あ、そうだ。公園行かない?」

 

「公園?」

 

「うん。この近くに公園があって、そこにクレープ屋さんがあるんだって」

 

「クレープ!」

 

「うわ!? そんな食いつかないでよ」

 

 午後のおやつー♪

 

「構わないが、何故クレープなのだ?」

 

 クレープ、クレープ~。

 

「お店の人に聞いたんだけどそこのクレープ屋さんで『ミックスベリー』を食べると幸せになれるっておまじないがあるんだって」

 

「ほぅ……」

 

 公園に着いてクレープ屋さんはすぐに見つかった。帰宅中なのか学生さんが沢山いて目立っていたのです。

 

「あれだね」

 

「じゃあ早速――「おじさん! ミックスベリー3つ!」――早っ!?」

 

 即行飛び込んで注文する。こう見えてもさっきの話はちゃんと聞いてたんだよ? ただクレープが頭の中で踊ってたわけじゃないのだ。

 

「ごめんよ、お嬢ちゃん。ミックスベリーは売り切れちまったんだ」

 

 なんと!? それは残念です。なら――うん?

 

「そうですか……」

 

「ふむ」

 

 ラウラちゃんもってことはやっぱそういうこと?

 あ、頷いた。

 

「了解。じゃあ、いちごと『ぶどう』を2つずつお願いします!」

 

 そういったらおじさんがにやりと笑った。

 どうやら正解みたい。

 

「構わんけど、お嬢ちゃん達3人なんだろう? 大丈夫かい?」

 

「もち! 2つくらい余裕でぺろりです」

 

「食い意地張ってるなー」

 

 お会計はラウラちゃんと半分こです。

 

「面倒だから1個は2つまとめて包装しちゃって下さーい」

 

「あいよー」

 

 いちごはシャルちゃん、『ぶどう』はラウラちゃん、そしてダブルは私がいただきです。

 

「ミックスベリーが売り切れだなんて残念」

 

「そうでもないぞ。ほら、食べるといい」

 

 ラウラちゃんがシャルちゃんの口に『ぶどう』のクレープを差し出す。

 いちごとぶどうまとめてガブリ。うまうま。

 

「ありがと。でもどういうこと?」

 

「シャルちゃん、ラウラちゃん! これ一緒に食べるとしあわせだよ~」

 

「そうか。では私も」

 

 シャルちゃんのクレープにラウラちゃんがパクッとかぶりつく。

 おっと、見てる場合じゃなかった。出来立てクレープだから中身がとろけて零れそうになってる。

 良い具合に混ざったところに今度はバクリ。

 

「確かにな」

 

「え? え?」

 

 シャルちゃんはまだ気付いてないみたいだ。

 

「あの店にはそもそもミックスベリーはなかった」

 

「でもお店の人は確かにミックスベリーって……」

 

「お姉様の持ってるものをよく見ろ。それと厳密には『ぶどう』のクレープというものもあの店にはなかったぞ」

 

「いやいや、ちゃんとこうして『ぶどう』は…………あ、これって『ブルーベリー』? まさか……」

 

 私の手の中で混ざったいちご(ストロベリー)ぶどう(ブルーベリー)のクレープを見てやっと思い至った。

 

「そだよ~。ストロとブルーでミックスベリーってこと」

 

 気付いたのはホント偶然。他の味を選ぼうとしてメニューの隅から隅まで探してた時にないことに気付いたのです。色んな味に目移りしてなかったら私も気付かなかったと思う。

 

「そっか。『いつも売り切れのミックスベリー』ってそういうおまじないだったんだ……」

 

 皆でシェアすれば幸せは一杯ってことですね。……シャルちゃんの顔が真っ赤になってるのが相当気になるけど黙っておいてあげよ。

 頑張れ、恋する乙女ってやつですな。

 

「あー、美味しかった。それじゃあ帰ろっか」

 

「う、うん。そうだね」

 

「はい。お姉様!」

 

 ラウラちゃんの呼ばれ方がお姉様で固定化されないことを願いつつ私たちは学園に帰還する。

 

 

 

「響、町歩きは楽しかったか?」

 

「あ、よう君! うん、楽しかったよ!」

 

「それはそうだろうな。なんせ学業をサボって遊びほうけたのだからな」

 

「あ゙ぁっ」

 

 今日という一日の終わりはまだまだ遠いみたいです……。



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第4話

「響、旅立つ準備だ」

 

「はーい………………………………はい? ハイッ!?」

 

 え、いきなりなに?! タビダツ……て『旅立つ』だよね。いやいや、何がどうなってそうなった!?

 先日の脱走から数日、缶詰にされていたところなんの前置きなくそうよう君が言い放った。

 私も私でふっつーに準備しようとしていたから驚きです。

 

「来ればわかる。さっさと手荷物まとめろ」

 

「えーーーーーー……」

 

 説明無しにどう準備しろと言うんでしょうか。せめて期間の目安くらいは教えて欲しいところです。それに数日以上かかるならちー姉に許可取らないといけないし。

 

「すでに織斑嬢から許可はもらっている。それに荷物も最低限、手荷物だけで十分だ」

 

 許可取ってるのに最低限で良いってどういうことだろ。

 尋ねたいことは一杯あるけど諦めよう。よう君はいくつもの紙袋を手提げて武装済みだし、ちんたらしてたら荷物なしで行く羽目になりそうです。

 

「こんなものでいい?」

 

 サイフなんかの本当に必要なものだけをウエストバックに入れておいた。もしあとで他にも必要な物があったら、よう君に払わせるだけです。

 最低限と言ったのはよう君だもん。責任は取ってもらう。

 

「あとこれも持っておけ」

 

「……携帯?」

 

 渡されたのはいつ使っていたか覚えてないくらい昔に使ってた携帯だった。まだ現役でさくさく動くけどやっぱり圏外です。

 使い道は無いと思うんだけどな……。

 でもよう君がわざわざ渡すんだから意味はあるはず。とりあえず今はポーチのポケットに突っ込んどこ。

 

「では行くぞ」

 

「はーい」

 

 どこに行くのかはわかんないけどとりあえず外に――

 

「そっちじゃない」

 

「……え?」

 

 よう君に引っ張られて引き釣り込まれた……いつの間にか増設されてたクローゼットの中に……。

 

「ひょぇええぇぇえぇええ!?!?」

 

 

 

 はぁ……。

 

「ちゃんと元気にしてるかな……」

 

 あの子ってよく食べるけど、すぐに偏っちゃうから心配です。でもあの人と一緒だからちょっとは気を付けてくれてるとは思うけど。

 

「はぁ……、どうしてるかな……響」

 

 まだいなくなってから三日しか経ってないのに……心配で心配で堪りません。

 

「小日向、またここにいたのか」

 

「あ、おはようございます。翼さん」

 

「ああ。おはよう」

 

 翼さんには迷惑掛けちゃってるな……。

 翼さんはあの日から時間があるといつも私の所に来てくれてます。

 響たちが選んだことだから責任はないはずなのに、止められなかったのは自分だからって責任を感じているのです。

 

「よ、よぉ。偶然だな」

 

「ふふ。偶然だな、雪音」

 

「偶然だね。クリス」

 

「な、なんだよ……二人して」

 

 クリスも毎日会いに来てくれてます。本人曰く『偶然』だそうですけど……ふふ。

 2学期からはリディアンの生徒になれるそうで今は忙しいはずなのにね。

 

「皆に心配させて……、帰ってきたらお仕置きしなきゃね」

 

 二課の人達も帰りを待ってるんだから。

 

『……翼さん、クリスさん! すぐに出動をお願いします。過去に類を見ないノイズパターンが検出されました!』

 

「「了解!」」

 

 また、現れたんだ……。

 

「んな顔すんなって。あのバカがいないくらいでどうにかなるほどあたしらは柔かねぇよ。どんな相手だって返り討ちだ」

 

「雪音の言う通りだ。立花が帰ってくるまでは……その後も私たちが必ず守りぬく」

 

「……お気を付けて」

 

「ああ!」

 

「おう!」

 

 そして私は二人を見送った。

 

 

 

「高い、高い高いタカイ!?」

 

「何をそんなに焦ることがあるのだ?」

 

「そんな真顔で聞くことじゃないよ!?」

 

 クローゼットに引き摺られること一瞬、私たちは物凄いところに出現していた。

 もっと具体的に言うとお空に浮かぶふわふわの雲のさらに上、たぶん大気圏と目と鼻の先くらいの上空に……。

 そして現在地球の大地目掛けて落下中です。

 

「どうするの!? このままじゃ地面とこんにちはして、私ぺちゃんこだよ!?」

 

「響なら問題ないと思うのだがな……。仕方がないか」

 

 よう君はいったい私を何だと思っているんだ。

 落ちてく最中、よう君が私の傍に寄ってきてくっついた。そっかよう君ならパラシュートくらいなれそうだ。

 

「お前こそ俺を何だと思っているんだ。そんな機能でき……なくもないが面倒だ」

 

「してよ!? ……きゃう!?」

 

 ぐぐんと落下速度が上がった。体感的には3,4倍くらいとかいう割と洒落にならないぐらいの上昇率です。

 

「上げてどうするのぉぉぉぉぉおおぉおぉぉおおお!?」

 

「じれったかっただけだ。意味は無い」

 

 ないのかよ!?

 

「きゃぁぁぁああああああ………………」

 

「そして」

 

――ズドンッ!

 

「問題も無い」

 

 もういろんなものが怖すぎてわけがわかんなくそりそう。

 特によう君の頑丈さが怖い。あの勢いで落ちてなんで問題ないの? 今のくらいの衝撃でもよく怪我してるじゃん。なのに平気とかどういう区分になってるんだろう……。

 

「目的地とはだいぶズレてしまったが問題はなさそうだな。響、携帯を」

 

 どこぞの草木が生い茂る平野に落ちたのを確認したのち頼まれた。

 

「えっとちょっと待って。すぐ取り出す……か…………ら?」

 

 なんか背中が丸まってるし、ぶら下がったバックも口が下向きそうで漁りづらい。あとよう君の幼顔がやたらと近いのは気のせい……じゃない!?

 ちょっとここで深呼吸。

 よし。自分の体勢を確認してみよう。

 足下から順に。

 足はふらふらできるから、地面に付いてないもよう。

 そして膝。膝の下に違和感あり。よう君の左腕が挟まってるみたいです。

 お尻や腰は特に問題なし。

 んで背中はよう君の右腕が支えてる。ついでに手が私の右肩に後ろからかかってる。

 

 はい。どう見てもお姫様だっこです。本当にありがとうございました。

 

「ちょっ! うぇ!? おろひっ!?」

 

「行き成り暴れるな。落ちる……あ」

 

「うぇひ!?」

 

 痛い……。でにちょっと落ち着いた。

 気を取り直していつもの携帯を取り出す。

 

「……あれ? 圏外だ」

 

「そっちじゃない」

 

 言われて取り出したもう一つの携帯は……

 

「アンテナ立ってる!?」

 

 ちゃんと繋がった。一体全体これはどゆこと?

 

「問題なしと。なら行くか」

 

「うん。――っ!」

 

 背筋を嫌なものが走った。これは最近感じたのとまったく同じ!

 

「なるほど……。予定していた座標よりもズレていたのはこいつ等のせいというわけだったのか」

 

 背中合わせになるとよう君は踊君になり腕を横に突き出した。そして指先で大気を捻った。

 

「やるぞ。響」

 

 出現したのは絶対に壊れない一振りの鎌。

 

「うん」

 

 私も闘う体勢に入る。呼吸を整え口ずさんだ。

 

「――――♪」

 

 

 

 異常なノイズパターンを検出してすぐに翼たちには出動を命じたが、如何せん距離が遠かった。

 

「間に合うでしょうか……」

 

 ノイズの出現地が人里から離れた平野だったために今のところ被害は出ていない。しかし二人が到着するまでまだ30分以上かかる。

 その間に奴等が進行してくる可能性は十二分にあった。

 ……無事でいてくれ。

 

――ピーッ! ピーッ!

 

「今度は何だ!」

 

 いかん。心頭を滅却せねば……。

 焦りが言葉に乗ってしまっている。

 

「どうした!」

 

「新たな信号をキャッチ!」

 

「またノイズだとでも言うのか……」

 

 クソ! 響君が欠けたことで奏者が足りないというのに!

 噛みしめていた歯からギギギと音が零れ出た。

 

「違います! ですが、これはいったい? 了子さん!」

 

「こちらに回して頂戴。これは……アウフヴァッヘン波形に近い……。でも何故こんなに不安定に……いいえ、そうじゃない? 波形が混ざっている? おそらくどこかに特定できる波形があるはずよ! すぐに調べて!」

 

「了解!」

 

 またも未知の波形だというのか……”

 

「いったい何が起きている……」

 

 

 

「踊君でも苦戦を強いられたタイプのノイズもいっぱい……。相手にとって不足なし、だったらいいなぁ~」

 

 いつものいっぱい、新型いっぱい。不足どころかむしろ手に余りそう。

 

「呵々! 案ずるな。俺たちならやれるさ」

 

「へへっ。うん。私たちならできる!」

 

 両の拳を打ち付け気合を込め、徒手空拳で構えを取る。

 脚部ユニットを展開……。

 

「さぁ……行くよ、ニールハート!」

 

 そして空に向け爆発させる。

 

「タァァアアアア!」

 

 一機は確実に堕とす!

 あるかどうかは別として、空中にいたやつの脳天に踵落としを喰らわせそのまま私は地上戦に持ち込んだ。

 

「邪魔だ!」

 

 私の背面で、地の上を行った踊君はいつものを一文字に下ろして3機を相手に斬り結んでる。

 

「時間は掛けてらんないの! だからとっととそこを退いて!」

 

 ノイズの爪と私の拳が相対する。でもかち合わせない。爪の下……脇まで腕を差し込んで振り上げる。

 その懐はガラ空き。だ

 

「――ここ!」

 

 腕部ユニットを開き胸に右の拳を徹す。その場でわずかに浮いた身にさらに左の掌を打ち回し蹴りを脇に突き立てる。

 

「次!」

 

 大量に突っ込んできたいつものは拳の連打で塵に還し、度々襲い来るISノイズを払い除け攻め続ける。

 その最中に傍で爆音が響いた。とっさに引くとその前を赤黒い熱線が通り過ぎた。

 

「わっとっと、そう言えばこんなのも使ってきたっけ。割と洒落になんない威力してるよ」

 

 しかも仲間諸共ってやつみたいです。ISノイズの数だけ熱線が飛ぶから、四方八方縦横無尽で不規則だ。

 そしてどんどん草原が焼け野原に変えられていく。

 

「踊君! 急がないと!」

 

「わかっている! ――こっから先は全壊で行く!」

 

 踊君は両手で握った鎌を地面に立ててそう宣言した。

 

「未完の大技、響かせようぞ」

 

 踊君を中心に突風が吹き荒れた。

 

「機魂の共振」

 

 踊君の手元から太陽のような光源が流れていき片鎌の刃はだんだん包み込まれていく。全てが光で覆われたその時、片鎌であったそれは柄を伸ばし倍ほどの刃を宿す両鎌へと至ていた。

 

「ハァッ!」

 

 一閃、それだけだった。けどそれだけで一機のノイズが真っ二つに崩れた。

 

「……すごっ!」

 

『響さん、呆けてる場合じゃありませんよ! 踊さんがおっしゃっていたようにあれは未完です。今の踊さんでは1分ほどしか維持できません』

 

 短っ!?

 余計な時間はないってこと。

 

「だったら私たちも一気に!」

 

『はい!』

 

 踊君の放つ熱量に気を取られてるISノイズに拳を、それもエネルギーの大出血サービス特盛りで引いたバンカー付きの重たいのを見舞ってあげた。

 こっちも一撃で屠れた。

 

「ウオォオオオオッ!」

 

「ドリャァアアアアッ!!」

 

 一度鎌鼬が吹くと数機のノイズの上半身と下半身がお別れし、一度轟音が鳴ると数機のノイズが消し炭になる。

 汚物は消毒だ~!

 なんて言いたいところだけど見た目と違ってお互いそんな余裕はない。

 よく考えて欲しい。

 数回攻撃してやっと倒せるのを一撃で倒せちゃうんだよ? もし間違って当たったり当てちゃったりしたら…………考えたくない。

 でも長いこと一緒に居るからどう動くかは分かる。

 

(――熱線、避けられない。なら!)

 

「払うだけ!」

 

 右手を突き出し、触れる直前でバンカーを爆ぜさせた。その衝撃で熱線を相殺する。

 熱線を抜けた先では3機のノイズが待ち構えていたが、目前まで瞬時に踏み込んで装填の完了した左拳と両足のバンカーで殴り蹴るで黙らせる。

 

『ラスト2! 左上方から来ます!』

 

「っ!」

 

 イアちゃんのアナウンスで意識を左方に向けて距離を見る。

 ほとんど不意に近い極限状態だった。でも胸で紡ぐリズムが一つの音色の存在を感じてる。だから私は音に身を任せて、体を後ろに倒しそして外へと開いて捻る。

 鋭い爪は首筋に触れようとした。

 

 その時、一陣の風は吹き抜ける。

 

「ラスト1! ぶっ飛ばせ、響!!」

 

 それは踊君がもう1機のISノイズを斬るために振った鎌の斬撃。

 私の体の前を縦に進んだ風はISノイズの爪を切り捨てた。もうこのノイズが私の首に触れることは叶わない。

 

(――後は私の番)

 

 倒れ行く体を支えようと宙に浮いていた足が大地穿つ撃鉄になる。地上すれすれまで曲げて沈んでいた腕が天を仰ぐ銃身を魅せる。

 

「ハァァアアアアアアッ!」

 

 そして鉄拳という名の弾丸で天を射貫いた。



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第5話

「は、波形増大! ノイズの反応が次々と消失していきます!」

 

「うそ……! しょ、照合完了。適合する聖遺物あり!」

 

「こいつは……! 帰ってきたのか……!」

 

 学園の地下深く戦場を見つめる大人達の元に、

 

 

 

「黄金色の槍の柱…………!」

 

「おいおい! まさか、あいつらか!?」

 

 航空機のツバサに立ち戦場を見定める奏者達の元に、

 

 

 

「……?」

 

 そして寮の屋上でただ一人の親友の帰りを信じ待ち続ける少女の元に、

 

 その風の調べは吹き抜ける。

 

「響?」

 

 

 

「ハァー」

 

 極限まで燃やし高熱を放つ装甲を冷却する。滾った体も一緒に落ち着ける。

 

「……。ふぅ、片付いたな」

 

「みたいだね。おつかれさま~」

 

 踊君が巻き戻しのように鎌を消してよう君に戻る。

 

「立花……なのか?」

 

「ほぇ?」

 

 凄く懐かしい声が後ろに降り立ったの気がする。

 後ろをちらり。蒼くて艶やかな髪がぶわっと棚引いてた。その横ではほんのり紫な銀髪ツインテール(先っぽは何故か4つだけど)な女の子が……。

 

「つ、翼さん? クリスちゃん?」

 

「お前、帰ってきたのか!?」

 

「え、え? ホントに翼さんとクリスちゃん? いや、え、どうなって……もしかしてこれは夢!?」

 

「違うわ」

 

「おうふ! 痛い………………ゆ、夢じゃない」

 

 拳骨ならぬ踵骨。楽だからって踵落としはないと思う。やるならせめて靴は脱いで欲しかった……。

 

「こんなバカは他にいないよな」

 

「ああ。安心しろ。こんなバカは他にはいない」

 

「二人とも酷いよ!」

 

 10年ぶりにあったって言うのに二人してバカにしてーっ!

 ………………あれ? 10年経ったにしては変わってないような?

 

「だろうな。恐らくこっちでは数日しか経っていないはずだぞ。翼嬢、俺たちが時計に引きずり込まれてから今日で4日目じゃないか?」

 

「え、ええ。その通りだけれどいったいどういう? いやその前にお前、聖か?」

 

「形は小さいが紛れもなく聖踊だ。なんなら響の成績でも高らかに歌ってやろうか? たぶんダンナなら答え合わせしてくれるはずだぞ」

 

「私関係なくない!?」

 

 なにゆえよう君の証明に私が傷つけられなきゃいけないの!!

 

「……おま!? そこまで成績悪かったのかよ」

 

「ち、ちがっ! ……わなくもないけど…………」

 

「ふむ。立花の成績を知ってると言うことは聖なのだな」

 

 そんな方法で確認しないで下さいよ~!

 クリスちゃんにまで呆れられちゃったよ……およょ~……。

 

「どうせすぐに」

 

「わかることだ」

 

 二人して虐めてくる……。

 誰か癒やしを!

 

――ぷるぷるぷる、ぷるるるるる

 

「はい、もしもし?」

 

『あ、やっぱり繋がったー! もしもし、響?』

 

 こ、この声は!?

 

「み、未来……なの?」

 

『うん! そうだよ。帰ってきたんだね。おかえり』

 

 最強の癒やしキターーーーーー!!

 私が求めた時にかけてくれるだなんて……さすが未来、私の――! ムフフ。

 

「うん。ただいま」

 

『今までどこに行ってたのか、後でちゃんと話してよね』

 

「はーい」

 

『ふふふ、お買い物行かなくちゃ。早く帰ってきてね。響』

 

「了解であります!」

 

「こいつ完全に胃袋掴まれてやがる……」

 

「しっかり手綱は小日向が握っているようだな……」

 

 未来が買い物!

 うぇっへっへー、これは腹の虫がなりますなぁ~。

 

 

 

「うわー……懐かしい~」

 

 母校……たぶん母校であってるはず……リディアン音楽院を一望する。

 流石に島を改造して作られたIS学園よりは小さいけど、それでもここは国家クラスの案件を担う一拠点。

 改めて見るとやっぱり大きい。

 

「懐かしいってお前ら3日来てないだけじゃねぇか」

 

「いや~、色々あったんだよ」

 

「呵々、なにせ濃密濃厚な3日だったからな」

 

 エレベーターを使って高速落下。そして奏者揃ってご帰還です。

 

「皆さんお久しぶりであります! ……て程でもないんだっけ? えっと奏者立花響、ただいま戻りました!」

 

「心配したぞ、響君、踊君」

 

 おお! 懐かしの師匠です。相変わらずの真紅のシャツ、あ、でも半袖バージョンだ。流石の師匠でも袖まくりじゃ乗り切れなかったみたいだ。

 

「いや~、ご心配おかけしました」

 

「元気そうで何よりだ。とりあえず休むと良い。先程ノイズと闘っていたのだろう?」

 

「はい、どうぞ。冷たい麦茶よ……あったかいものじゃなくてごめんなさいね、ふふ」

 

「ありがとうございます。今はあったかいものはだいじょぶです」

 

 あったかいものは未来でチャージ済みです。

 友里さんからお茶をもらって喉を潤す。ついでにはふぅ、と一息いれる。

 

「聖、いろいろと聞きたいことがある。かまわないか?」

 

「もちろん」

 

 備え付けのソファーやイス各々の過ごしやすい場所に腰掛けて比較的楽な体勢を取る。寝転びたい気分はあるけど我慢です。

 真剣な顔して話す二人を前にそんなことできるほど肝は据わってない。強面のおっさんと超ロリッ子幼女が真面目に顔をつきあわせて話してるのに笑い転げそうになるのも我慢です。

 

「俺たちが何処にいたのか、未確認パターンのノイズはどんなだったのか、それとガングニールの定まらない波形がどういうことか、ですよね」

 

「ああ。それとその姿についてもだ。いったい何がどうなっている?」

 

「この姿はただの節約です。理由は後で話していたらわかります。先のノイズもガングニールについても全部俺たちが飛んだ先でのことが原因なので後回しと言うことで」

 

 よう君と目が合った。ちゃんとニッコリスマイルとポーズで丸投げを訴えとく。私に説明なんてできません。

 

「…………、君たちはどこに行っていたのだ?」

 

「…………俺と響はこの時計の影響で、こことは異なる世界へと渡っていたのです」

 

 よう君の言葉に二課のメンバーは驚き半分、呆れいっぱい、その他もやもやと反応でちょっとカオスなことになってしまった。

 でもそこは二課。異世界在住のノイズを相手にしてるだけあってすんなり順応しちゃった。すぐに落ち着いてよう君の話に耳を傾ける。

 そしてよう君が語っていく。

 

………………

…………

……

 

 私たちが向こうの世界で10年過ごして学校にも通っていること、

 

「つまり今の響さんの精神年齢はにzy――(ry」

 

………………

…………

……

 

 その世界ではISなる特殊兵器があって今ニールハートとしてガングニールと連携してること、

 

「立花さんに長期飛行や絶対防御が追加……まさしくお――(ry」

 

………………

…………

……

 

 そしてそのISを纏った新種のノイズが現れたことを。

 

「それをワンパンて……やっぱこいつばk(ry」

 

………………

…………

……

 

 ついでに生徒を守って戦い抜いたよう君がこうなったってこともおまけで。

 よう君が一通り話し終えると、クリスちゃんや緒川さん達が変になっていた。

 

「「「ひ、ひぇぇ……」」」

 

「ドウシタノ?」

 

「「「なんでもありません!」」」

 

 物凄く怯えてらっしゃる。とくに何かあった覚えはないんだけどな~……いったいなにがあったんでしょうね?

 

「ああぁ……ゴホン。新型のノイズか……強さはいったいどれ程のものだった?」

 

「動きが複雑になってタフだったけど、そこまで強くなかったと思います」

 

 ちょっと時間がかかるくらいで、踊君が手こずったのが驚きなくらいだ。

 

「それは響が奏者としての本領を発揮できているからだ」

 

 でもよう君はそう前置きすると一台のプレート端末を取り出した。それをちょこちょこっと操作すると二枚の画面が宙に飛び出して表示される。

 

「まずはノイズ。説明するまでもないですがノイズは本来こことは異なる次元位相に存在する生命体です。そしてこちらの世界で現象を引き起こす時にこちらの世界との接触を図ります」

 

「そしてそれを防ぐためにシンフォギアシステムで調律してこの世界で討っているのでしたね」

 

「その通り。一方、IS。こちらは世界の次元空間に干渉し操縦者と外界の間に境界線を引いて絶対的な防御機能を実現させているのです」

 

「どっちも次元を扱ってんのか……?」

 

「なるほどね……。それは確かにようちゃんが手を訳のも無理ないわね」

 

 ……ちゃん付け? ま、まぁいっか。

 クリスちゃんの呟きで、了子さんはどうしてなのか気付いたみたいです。

 

「いい?」

 

 了子さんは備え付けの冷蔵庫の元に行くとおもむろに氷の入った冷凍室を開いた。

 

「この中をノイズの世界として」

 

 中から1つの氷を取り出すとそのまま机の上に置く。

 

「この氷は世界に溢れ出たノイズ。時間が経てば自然と消えていく……それが今までのノイズね」

 

 机の上に水たまりを作って氷は小さくなる。

 

「けどここに……」

 

 次に了子さんはビールジョッキを掴んだ。

 

「ISという次元を操るものを使って」

 

 そういうと了子さんは別の冷凍室を開いて

 

「ちょっと待て、それは俺の!」

 

「男がガタガタ小さいこと気にしなーい」

 

 いつから入ってたんだろうキンキンに冷えたジョッキと入れ替える。

 

「ノイズ界を再現してあげると~」

 

 カランコロンと音を立てながら氷は冷えたジョッキの中に入った。

 しばらく観察してもほとんど変わらず、机の上に置いた氷が溶けた後でもジョッキの氷はしっかり形を残している。

 

「長時間世界に残存することができるってわけよ」

 

 さすが了子さん、わかりやすい解説どうもです。

 

「そしてその逆、ノイズの位相世界にISが引っ張られているのもあります」

 

「なにか不味いの?」

 

「お前が一番わかっていることだろう……。シンフォギアの下位といえど、ISは一機で旧兵器をまとめて相手に出来るほどのスペックを秘めているのだ。それがノイズと同位相になるということは――」

 

「……我々が使えるシンフォギアシステムを介さない攻撃を一切受け付けることがないということ、か」

 

「そういうことです」

 

 そ、それは大変だ。

 もともと効いてなかっただろって意見はなしにして、よう君一人じゃ戦えないってことだよね……。

 戦力大幅ゲインです。

 

「しかし旧兵器とは要するに刀のような武具、銃器などだろう? ISとやらにどこまで通用するか?」

 

「大丈夫に決まっている。確かにお前たちの使う武器は旧型の姿をしている。しかしそれはお前たちのイメージから形を作っているからであって、内包するものは別格だ。機能だけならISさえも凌駕可能だぞ。まぁ、絶対防御やシールドエネルギーなど安全機能がないからそれが良いとは言えんが」

 

 それに自在に飛べるし。

 う~ん……どっちもどっち。

 

「安全なんかにゃ興味ねぇな。あたしらはいつだって命懸ける覚悟は出来てんだ」

 

「心意気は雪音と同じだ。だが、だからといって訓練にまで懸けるのは止めてくれないか? 張り切ってくれるのは嬉しいが、怪我でもしていざという時に動けなくなられては困る」

 

「うぐ……」

 

 クリスちゃんも二課にずいぶん馴染んできたんだねぇ~。最初はあんなにツンツンしてたのに……。

 遠い昔のことのようだよ~。

 

「(実際、昔のことなのだが……)」

 

「……ふぇ?」

 

 よう君の微妙な視線が向けられてる。目を合わせるとぷいっと目を背けられてしまった。

 

「それで今の話を聞いた限りだと二人はまた向こうにいくのか?」

 

「はい。こちらの戦力は翼嬢とクリス嬢で十分なはずです。しかし向こうには奏者は居らずこのままではノイズは野放しに、それに向こうには守るべきガキも多く居て義弟のようなガキもいるもんで。見捨てるわけにはいきません」

 

「ふっ、そいつは会ってみたいな」

 

「俺としては義弟の姉と会って欲しいところですね。向こうの世界で人類最強と呼ばれてる人で、見立てではダンナと同格ですよ」

 

「ほぅ、人類最強か。一度は手合わせしてみたいものだ」

 

 ちー姉と師匠の手合わせ…………うわ、ちょー見たい。

 ISと聖遺物がタメを張れて、それにさらにタメを張って増さる二人の激突なんて、すっごい胸アツです。

 

「おっと、もうこんな時間か」

 

 時計を見るともう夕方。すっかり話し込んじゃったみたい。早く帰んないと未来に怒られちゃいそうだ。

 

「ダンナ、響は……」

 

「ああ、聞いている。そろそろ解散するとしよう。長い間付き合わせてすまなかった。未来君にも悪いことをしてしまったな」

 

「いえいえ! お気になさらず。それじゃあお先に失礼します! 翼さん! クリスちゃん! また明日!」

 

 許可も出たとこで部屋を飛び出してエレベーターで学舎に戻る。そのまま全力ダッシュで寮まで駆け抜ける。

 そしてエレベーター……はいいや。登っちゃってるし待つのじれったい。

 IS学園の訓練で培った身体能力をフル活用して4,5段飛ばし+壁キックでサクッと登る。……あ、エレベーター追い抜いてる。

 記憶は朧気だけどたしか部屋はこの階にだったはず。

 

『ここで合ってますよ~』

 

「覚えててくれてどうもです」

 

 未来の待つ部屋の前に立つ。ここを開けた先に未来が待ってる!

 

「ただいま、未来!」

 

「ふふ……。お帰り、響」

 

 私はもぎゅっと未来を抱きしめた。




問題ないけど前回後書きを書き忘れてしまった。
踊君の使った技がいったいなにか気付いてくれた人はいてくれるのだろうか……。
そして次回(予定)、響の身に最大級の不幸が!
(ぜひ予想を~)


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第6話

 とりあえず寝覚めの一言。

 

「久々の未来の温もり、暖かかったです」

 

「い、いきなりなに言ってるのよ」

 

 思ったことを素直に言ってます。

 

「も、もう。はい、これ着替え! 今日もやるんでしょ?」

 

「わぷ!」

 

「私は朝ご飯の用意してるから、早く着替えて行ってきなさい」

 

「ふぁーい」

 

 顔に覆い被さってるジャージに着替えて体を伸ばす。軽くストレッチもして解しとかないと。余計な疲労が堪んないようにしないとね。

 それじゃあ日課のランニングに出発です。

 そして早く未来のご飯を食べるんだ。

 

「行ってきま~す」

 

「いってらっしゃい。気を付けてね」

 

 いつもなら顔を覗かせて見送ってくれるんだけど、今日はしてくれないみたいだ。

 うぇへへ……、まだ顔が赤いんだろうな~。

 

 かる~くダッシュ。

 

「確り続けているようだな」

 

「師匠、おはようございます!」

 

 途中で師匠と鉢合わせたので一緒に走ることに。

 

「ほぉ、十年というのは事実のようだな」

 

「?」

 

「つい数日前までとは筋肉の付きがまるで違う。無駄なく洗練されている」

 

「一度だってサボったことありませんから!」

 

 師匠に褒められたー!

 ブイブイ、なんて喜んでると後ろから魔の手がやってくるらしいから後ろを確認、良し問題なし。

 

「つい最近、俺が叩き起こさなかったら二度寝していたのはどこの誰だったかな。……それと残念、上だぞ」

 

「わぁっ!?」

 

 しゅたっとよう君が降ってきた。しかも師匠には聞かせてはならない恐ろしい言葉を吐きながらです。

 

「ほぅほぅ。それは興味が引かれる話だな。聖、その辺り詳しく聞かせてもらえないか?」

 

「ええ。もちろん構いませんよ」

 

「それ、言わない約束……!」

 

 はわ、はわわ、はわわわわっ……!?

 

「…………久々に稽古を付けるとしようか」

 

 やっぱりいつ見てもおおきいです、…………………………師匠の壁は。

 

 

 

「ただいま~……。疲れたぁ……」

 

 もうくたくた。

 玄関に倒れ込むのも仕方がありません。

 でも玄関の向こうから未来の手料理が私を呼んでいる。今日は和食なんだ。ほかほかご飯に食欲もそそられます。

 学食も美味しいんだけど、やっぱり私は未来のご飯が一番です。しかも私用に特盛りにしてくれてるから超幸せ。

 うぇへっ、うぇへへ……天にも昇れそうな気分……。

 

「こらっ。ちゃんと手を洗ってきなさい」

 

「はぅ!?」

 

 叩かれた手を見てびっくりする。完全に無意識で手を伸ばしていた。

 恐るべし未来の手料理! 私の手を容赦なく誑かす!

 

「しつこい」

 

 ごめんなさい。すぐに洗って……

 

「仏の顔は三度って良い言葉だと思わない、響?」

 

「はい! すぐに手洗いうがいしてくるであります!」

 

 め、目がマジだった。

 まれに現れるハイライトのない目でやる未来のニッコリスマイル。あれには並大抵の琴で逆らっちゃ行けない。最悪の場合、ご飯とお小遣いが取り上げられてしまう。

 

「洗ってきたであります」

 

 大急ぎで爪の中までピカピカにして席に着く。

 

「よし。……いただきます」

 

「いただきます」

 

 早速メインの焼き鮭にかぶりつく。ちょっぴり塩味濃いめで、これはご飯が進みます。続いてお味噌汁……おダシはしっかりでも味付けは薄めと健康指向な一品。鮭とよく合ってて飲みやすい。

 

「はぐはぐっ!」

 

「……響はまた出掛けるんだよね? えっと……IS学園だっけ、向こうの学校に」

 

 お椀の白米が半分になった頃、未来が唐突に切り出した。

 

「うん。向こうでもノイズが現れちゃったから、対処できる誰かがいないといけないんだ」

 

「それは響じゃないと行けないの?」

 

「う~ん……。別に私じゃないと、てわけじゃないかな。でもやりたいんだ。他の誰かに任せるんじゃなくて、私がこの手で」

 

 ま、ノイズがいなくても私は向こうに行ってたと思うけどね。神様の頼み事もなんとかしないとだし……。

 

「そっか……」

 

「でも心配しないで。いつだってちゃんと帰ってくるから」

 

 どれくらいのペースでできるかはわかんないけどまたこんな風に未来とご飯を食べれるはず。

 

「けふぅ……。ごちそうさまでした」

 

「お粗末様でした」

 

 いや~美味しかった。

 仲良く片付けを済ませたらしばらくなにもせずただくつろぐ。……といっても今日の予定が全くないからなだけなんだけど。

 

「これからどうしよっかな~」

 

 なにせ帰って来れるだなんて思ってもいなかったんだもん。やりたいことが大量のようなまったくないような感じになっちゃってる。

 10年ぶりで3日ぶりというのがネックだよ……。

 およ? お客さんがきたみたいだ。

 

「はーい!」

 

 未来が玄関に迎えに行く。

 

「あ、ようさん。おはようございます」

 

「おはよう。響も部屋にいてるか?」

 

 よう君でしたか。

 

「どうかしたの~?」

 

「いや別に慌てることじゃないんだが、今後の身の振りについて二課で話そうかと思っていてな。二人に予定が入っているのか確認しにきたんだ」

 

 さっき師匠と一緒に居たじゃん。その時に話してくれたら良かったのに……。

 

「私がお邪魔しても良いの?」

 

「当然だ。むしろ居てくれないと困る。未来は響の保護者だろう」

 

「いやいや、違うで「わかりました」みくぅ~!?」

 

 わかられっちゃった!?

 

「響も早く着替えなよー」

 

「え、あ、うん……」

 

 まぁ、未来ならいっか。

 

 

 

「ダンナいるー?」

 

「来たか。こっちはもう揃っているぞ」

 

 翼さんとクリスちゃんがいる。

 ……ああ、そっか。私が向こうに行った後はこっちのことを2人に任せることになるんだ。そのことかな?

 昨日とはちょっと違って長机に向かい合って座る。私はど真ん中で隣は未来とクリスちゃん、向かいはよう君でその横に師匠と翼さんです。

 

「聖」

 

「うぃ」

 

 言われてよう君はいつぞやのミニ浴衣(子供用var)から生足を覗かせてイスの上に正座した。

 

「翼嬢たちには既に話しているのだが、近いうちに俺たちは再び向こうの世界に向かう予定なんだ」

 

「そのことなら響から聞いてます」

 

「それは良かった。なら話が早い。今回無事に世界間移動が可能になったので、今後もある程度のペースでこちらと向こうを行き来しようかと考えているんだがその話をしたくてな」

 

「へー、世界の移動ってそんなに気軽にできるもんなのか?」

 

「普通は無理だ。恐らくクリス嬢たちにも利用はできない。これは出生が特殊な俺とその影響下であの始まりのゲートを潜ってしまった響だからこそできることだ」

 

 そう言えばこっちに来る時は神様とあってないや。それと関係があるのかも……。

 

「異なる世というのに心躍るが残念だ。それで、私たちとしては長期休暇の時に戻ってくるという認識だったのだけれど?」

 

「私もそう思ってたんだけど……違うの?」

 

「響がそれでいいなら俺はかまわんが、リディアンはどうする気だ?」

 

「あ゙っ」

 

 言われてみればそうでした。

 

「それで俺は1日置きで世界を行き来しようかと思っている」

 

「いやいや! そんな無茶苦茶な!? 私、過労で死んじゃう!」

 

「そもそも出席の問題はどうするつもりだ」

 

 そうだ、そうだ!

 私はノーマルだ。2人に分身出来るとかそんな忍者みたいなことはできません。

 

「その辺りなら大丈夫です」

 

「なん……だと!?」

 

「リディアンの副担任はいったいどこの誰で何者だ? リディアンのバックは? そしてここの上官は?」

 

 副担任→よう君で完全聖遺物の集合体。

 バック→日本政府。

 『ここ』こと特異災害対策機動部二課の上の人→日本政府。

 

「……ハッ!?」

 

「お前という奴は……、なんと言うことを考えるんだ……」

 

「二課に交渉してもらうことも可能だが、なにより……ニコッ」

 

 よう君ったらなんてイイ笑顔を浮かべるんだ。脅し上等の文字がちっちゃい背から盛大にはみ出て見えます。

 従わなかったら最低5機の完全聖遺物で嗾けると言わんばかりのイイ笑顔です。

 

「じゃ、じゃあIS学園のほうは?」

 

「担任とその友達を思い浮かべてみろ」

 

 ……世界最強(ブリュンヒルデ)のちー姉と、世界切っての大天災束さんです。うん、この2人に逆らえる者はいない気がする。

 

「それに学園そのものがどの国家にも属していないために出席等の判断は学園に委ねられていて、俺にはその学園トップの人とも知り合いだ」

 

 よう君の交友関係ひっろ~い……。

 

「根回しは完璧ってことだな。もう諦めた方が賢明じゃねぇか?」

 

「いや、まだ問題はあるよ! 授業の進捗度が違ってくるはず」

 

「残念。俺がいる。副担としてリディアンの授業に介入できるし、向こうでも千冬嬢と話し合えば一般教養は全て調整可能だ。異なる授業の音楽と実技は、別で俺が教えれば良い。そもそもどっちも教える必要がほとんどないだろう。奏者の経験で十分得ている」

 

 そ、そんな……!

 

「で、でも両方行くなんて流石の私でも過労で倒れちゃうかもしれないし、休学とかじゃだめなの……?」

 

「響がそうしたいならそれでもかまわないが……」

 

 意外と簡単に引いてくれる。これならなんとか回避できそう!

 

「響は翼嬢の卒業式にでたくないんだな……」

 

「うぇ!?」

 

「……そうなのか?」

 

「響はせっかく同じ学校に編入してくれるクリス嬢の後輩になりたくないんだな……」

 

「……へーぇ?」

 

「うぇうぇ!?」

 

「響はいつも支えてくれる未来と一緒の学年にいるのが嫌なんだな……」

 

「うぇうぇうぇっ!?!?」

 

「…………ひびき?」

 

 皆の泣きそうな視線が胸に突き刺さる。

 

「そうか……。仕方ない。ダンナ、響の休学手続きを――「ちょっと待ったぁぁぁああああああぁっ!!」――♪」

 

「やっぱ休学はなし。やります! どっちの学校にも通ってみせます! 頑張って入ったんだから翼さんの卒業式にはちゃんと出たいし、クリスちゃんを先輩として弄りたいし――「どういう意味だ!」――未来と一緒に学校に通いたいもん!」

 

 休学なんて……もったいなくてできない!

 

「「「「イエーイ♪」」」」

 

 あっれー!?

 さっきのうるうるがウソのように皆がハイタッチを交わしてる。その中には未来まで混ざってるし……。

 このためによう君は未来や翼さんたちを呼んだの!?

 

「図ったな、よう君」

 

「効果は抜群だ、てな」

 

 仰る通りです……。

 

「まぁ、何日置きで行き来するかは追々決めるさ。それに万が一の時には俺が二つの世界の橋になるからそこまで心配することはない」

 

「信じてるからね……」

 

 辛くない生活を送れることを祈るばかりだよ……。

 

「さて、そうとなったら早速……。未来、ちゃんと持ってきてるか?」

 

「はい。ちゃんとここにありますよ」

 

 そして未来はカバンの中からヤツを取り出した。

 

「そ、それは!?」

 

 どさりと重たい音を立てて机の上に積み上げられたそれは!

 

「響の夏期課題。あと1ヶ月もないけどファイトだよ、響」

 

「……………………」

 

「だから言っただろう? しっかりやっておけと」

 

「誰がそんなの予想できるかぁぁぁぁぁああああああああああ!!!?」

 

 その日、私の課題は倍に跳ね上がった。

 

「やっぱり休学したいかもぉ~……!」




響の不幸・答え
第1、響二つの学校を同時に行くことになる
第2、課題が二倍になる

そして第3、響がまだ気付いていない事実。
定期試験が二倍になる

頑張れ、響。
踊君に負けるな。


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第7話

「よし。これでなんとかなるだろ」

 

 決定より2日、我が家に新たな機材が設置された。妥協たっぷりな不安しかないものが……。

 

「失敗とかしたらシャレになんないんだけど……」

 

 部屋の奥、左の壁ど真ん中にもでんと佇んでるのは幅1m厚さ10cmほどの鳥居みたいな門。よう君の話では、こっちに来る時に通ったのと同じものだから大丈夫、とのことなんだけど、私は忘れてません。

 通って早々、大気圏に放りだされたこと。

 

「あんな経験もうイヤだからね」

 

 自分の意思ならともかく不意打ちは勘弁願いたい。

 

「仕方がないな。もうすぐなんだが、まあ少し早いが調整してみよう」

 

「最初からしといてよ!」

 

 よう君ったら失礼なことに私が我が儘を言ったみたいに肩をすくませやがりましたよ。言わなかったらそのままやる気だったらしい。

 目を離すとサボりかねないので監視しないと……。

 

「はいは~い。ひびきちゃん、ようちゃんいる~?」

 

「了子さん!?」

 

「ああ、来てくれたか」

 

 差し入れ片手に了子さんは家にやってきた。そしてしげしげと興味深そうに設置された装置の観察を始める。

 そうだ。了子さんって言う心強い人がいた。ガングニールなんかのシンフォギアシステムの基礎を築き上げたこの人もいればもっと安全なものを作ってくれるはず!

 

「当たり前じゃない。未知の技術をあれやこれやさせてくれるんでしょ? これは心が躍るわ」

 

 ……あ、あれやこれ?

 

「出来る女の手腕、期待してますよ」

 

「まっかせなさ~い」

 

「…………………………あぁ……ダメなきしかしない」

 

 むしろ狂人が増えてしまったんじゃないかな……。

 

 

 

「んで、それがいったいどうなったらこうなんだ……」

 

「いや~、巡り巡ったらこうなっちゃった」

 

 余りの居心地の悪さに部屋を抜け出してから一時間ほど、出会った人を引き連れてあるマンションの一室を訪れた。

 それで私たちの前にいる子がその部屋の主なんだけど、今日はなんだかカリカリしてる。

 

「お前のせいだよ! あたしんちは溜まり場じゃねぇ!」

 

 ひゃ~、クリスチャンが怒った~。

 

「クリス、ごめんね。いきなり押しかけちゃって」

 

「い、いや、別にあんたが悪いんじゃないし、それにあたしだっていやってわけでもねぇし……」

 

「意外と綺麗にしているのだな」

 

 そう言えば翼さんって掃除が苦手な人だっけ~。

 えへへ~、このソファー寝心地良いかも……。

 

「意外ってどういうことだ! ……て、ちょっと待てい! あんたはなに勝手に人のもん漁ってやがる!」

 

「クリスちゃ~ん、なにかおかしない~?」

 

「お前は厚かましいんだよ!」

 

「あだっ!?」

 

 とか言いつつも梨をくれたよ。

 当たった眉間はジンジン痛むけど、わざわざ今が旬の梨を選んでくれるんだからクリスちゃんマジ天使です。

 

「んー♪ おいしー」

 

「汚したら承知しねぇからな!」

 

「気を付けます」

 

「雪音にこんな趣味が……」

 

「だから人のん見んな!」

 

 クリスちゃんったら忙しない。翼さんから俊敏な動きでファッション誌を取り上げて、本棚に突っ込んだ。

 

「たく、油断も隙もあったもんじゃねぇ……。親しき仲にも礼儀ありって言葉を知らねぇのかよ、こいつらは……」

 

「「「………………!?」」」

 

 クリスちゃんの口から出た言葉に涙が出そうになってしまった。

 

「あん? あたしには似合わねぇ言葉だってか?」

 

「クリスの口から……!」

 

「親しき仲だと……!」

 

「言ってくれるだなんて!」

 

「………………ぅっ!?」

 

 イエーイ、思わず3人でハイタッチ。

 

「いちいちそんなことで盛り上がってんじゃねぇ!!」

 

 わー、また怒った~。

 

 

 

「今日は良いものを見せてもらったわ。異世界の技術に異なる時代の異端術、未知の分野は最高ね~」

 

「俺としても助かったぞ。如何せん古い記憶のために手の付けようがなかった部分も多くあった。了子氏のお陰で問題なく行けそうだ」

 

 特に世界転移の理論が危なかった。俺の分野ではお門違いも甚だしく、もしフィーネの知識を持ち合わせた了子氏がいなければ出たとこ勝負をしていたところだ。

 ……響には聞かせられんな。

 

「分解・解析・再構築、か……。呵々、どんなものも起源は同じと言うことか」

 

「ええ、そうよ。どんなものも分解してみなきゃ始まらない。外から見てるだけじゃどうにもならないものなのよ」

 

 それはそうだ。外だけできてもそれはただのハリボテでしかない。

 そうは思うが……、夜闇に浮かんだ月を見る。

 変わらず欠けたままだ。

 

「だからと言って月を壊そうとしないでもらいたいものだ。やるなら再構築が容易なものだけにしてくれ」

 

「それは私じゃなくてフィーネに言ってちょーだい。それにそんな容易に直せちゃ呪詛は解呪できないんじゃないかしらね。またね」

 

 終始陽気だった了子氏が帰っていくのを見送った。

 

「……それもそうか」

 

 そして欠けても損なわれない大きな月を視界に納めて、俺はそっと天を仰いだ。

 

 

 

 にたにた笑う月の下、大地を突き抜けさらに底で幾人の生命が魂の限りを尽くし激しい攻防を繰り広げていた。

 ある者は追い、ある者は逃げ、

 またある者は激しい死闘の末にどちらもが動くことの出来ない硬直へと陥り、

 そしてまたある者は敵であったものと魂で語り手を結ぶ。

 

「――っ! す、スゴい、狂気!」

 

「これが初代……!」

 

 道の先から零れ出た微かな気配に、逃げる男女が身を震わせた。

 

「何とおぞましい波長だ」

 

「ハッ! ビッグな俺様にはんなもん関係ねぇ!」

 

 追う少年のうち1人は起こらんとしている事態に焦りを覚え、もう一人は………………バカだった。

 

「私たちも急ごう!」

 

『おう!』

 

 新しい友達ができた少女はその子を残して一人先に進む。

 

 

――この先に何があるのかを、彼らは知っている。

 

 

 

――だが、彼らはまだ知らない。その先で何が起こるのかは……



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第8話

 10年の一緒にいられなかった時間を埋めるように、未来や翼さんクリスちゃん達とやりたいことをやりまくっていたらあっという間に一週間が経った。

 私の我が儘に付き合わせちゃって申し訳ないなって思ったけど、今更だと笑われてしまったよ。ちょっと解せません。

 ……それで今日が学園の外泊許可の期限なので一旦向こうの世界に渡ることになりました。見送りは一緒に住んでる未来だけ。

 

 二課の人達が薄情なわけじゃないからね?

 

 ただ世界間移動がこっちの自室と向こうの自室で完結しちゃってるから心配することがない、かつ1日,2日のインターバルを開ければ問題なく転移できちゃうので意味がないだけなんです。

 

「気を付けてね。響のことをお願いします」

 

「うむ。任せよ。この身尽きようと必ず守ってみせる」

 

「もう、怖いこと言わないでよー!」

 

「それはすまん」

 

 よう君も私も荷物は行きとほとんど変わらない。

 変わっているのはよう君の紙袋の中身がこっちの世界のお土産になってるくらいだ。

 ……こっちのものを持ってって良いのか不思議なところなんだけど、そこのところどうなんだろ。

 

「起動するぞ」

 

 ウィーン……ううんちょっと違う、うぃよーん? うぃえぃぇん? なんとも表現しにくい音を起こして、門型装置のど真ん中におっきな穴が空いた。

 うわ、リアルお先真っ暗。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

 意を決してよう君と一緒に穴に飛び込んだ。

 世界の狭間はまるで宇宙君官途か深海にいるような感じ、なんだと思う。どっちも経験したことないからそうだとは言えないけど、特に何か別の力が働くわけでもなく入った勢いそのままにま~すぐ進んでいく。

 

「どれくらいかかるの?」

 

「空間の固定を図ったからな。あと30秒くらいといったところだ。……む?」

 

 変化が起こったのはまさにその時。

 

「うぇ?!」

 

 ぐんっと何かに引っ張られるような強い力が横向きに加えられた。掴むところがあるわけもなく、私たちはどこかに引きずり出された。

 

「うにゅっ!?」

 

「よっと。またイレギュラーか。さて今度はなんだ?」

 

 私が顔から張り付いている横でよう君は無事に着地して辺りを見回す。

 

「イテテ……。ここどこ?」

 

 狭間と同じくらい真っ暗。でも重力があるから世界の何処かに入るはず……。

 

「どこかの洞窟……、いや遺跡の内部のようだな」

 

 よう君が山吹色に発光して周囲を照らしてくれた。

 周りは見たことのない絵文字もどきがずら~っと並んでる石でできた通路だった。

 

――うぉぉおぉおおおおっ!!!

 

「何か聞こえたね」

 

「向こうの方からだな。……懐かしい気配もすることだし行ってみるか」

 

 奥に進んでいるのかはたまた外に出ているのやら、さっぱりだけど声した方に向かって歩く。

 一歩歩みを進めるごとに聞こえてくる音はどんどん大きく盛大に盛り上がっていく。音の発信源に到着したので入――

 

「ぎゃぁぁぁああああぁぁぁあぁあぁぁああっ!」

 

 るぅ!?

 どんな肺活量したら出せるんだって聞きたくなるくらい物凄い巨大な声が部屋から溢れて遺跡内に轟いた。

 女子高生30人でもあんな声量は出せなかった。い、いったいこの中にはどんな人がいるんだろう……。

 感心した様子のよう君が先に入り、私も続いて入った。

 

「ありゃ? 真っ暗」

 

「まったく……、世の中どうなっている……。目が腐るような光景ばっかだな、おい」

 

 また目隠しされてる!?

 いったい私の前では何が繰り広げられているんだ!

 

「な……!? こ、こんなところに……一般人だと……!」

 

「す、すぐに逃げて下さい!!」

 

 えっと何がどういう状況? 一般人がいたらいけない空間らしいけど、目を塞がれちゃってるからどうしようもないし……。

 

「おいおい、しゅわっちなにやってんだ、こんな所で……。確かに前に厚着しすぎだから少しは脱げ、と言ったが何も全裸になることはないだろ……。露出狂の変態にでもなってしまったのか?」

 

「………………………………スッポンポンじゃないか!!」

 

「驚くくらいならとっとと服着ろ、変態」

 

 あ、解放された。

 おおぅ、包帯っぽい者をグルグル巻きにしただけの半裸の男性が目の前にいる。素っ裸で数人に囲まれたがる……なるほど、これは露出狂だ。確かに一般人の私がいちゃいけない場所だ。

 

「断じて違う! いつもいつも俺で遊びやがって! 今日という日は許さない、ひじっ……? ………………ひ、…………………………ひじ、………………………………………………………………………………………………………………………………………………ヒジリぃぃいいいいぃっ!?!?!?」

 

「わぁっ!?」

 

「む」

 

 すっごい……声圧? 吹き荒れる突風に髪が乱れて引っ張られてすっごい痛い……。

 

「な、何故、お前が……こ、ここに?!」

 

「さぁ? 気がついたらここにいたな。久しぶり~」

 

 よう君は気さくに話しかけるけど、しゅわっちさんったら酷い怯えようです。いったいよう君は彼に何をしたんだろう。

 

「鬼神が……怯えている?」

 

「ど、どういう?」

 

「くっ!」

 

「あ」

 

 しゅわっちさんがホントにしゅわっちと飛んでいってしまった。しかも硬そうな……というか絶対硬いだろう岩を砕きながら。

 

「しゅわっち飛べるようになったんだな……。やっぱ人類ってすごいよな」

 

「えっと……行っちゃったけどいいの? 知り合いなんでしょ?」

 

「ああ。別に好きな時に会えるから平気だ。それに、あの月があるってことは他にも知り合いが結構いると思うぞ。生きていたらだが……、おぉ? あれはシニ君のだな」

 

「あの月? ……うぇ!?」

 

 み、三日月が笑ってる!? こわっ!? 目も口もあってにたにた動いてるしいったいどうなってんの?! ひぃっ! 目が合った!?

 そして床下からは頭蓋骨の厳ついお面を付けた蛇もどきがしゅわっちさんを追うように上に登っていく。

 

「なるほど……異世界だったのか」

 

「今気付くことなの!?」

 

「呵々っ! てっきり月が進化したものだと思っていた」

 

 どんな進化したらああなるっていうんだろう。

 月が口開いて笑うわ、目がぎょろぎょろ動いているわ、よく見たら赤い液体も口から流してるしで、進化の域を超えてるよ……。

 

「お、おい! 大丈夫か、キッド!」

 

「しっかりして、ブラック☆スター!」

 

「おっと、それよりもこっちのほうが重要だな」

 

「そうでした」

 

 ……? あれ? 人、増えてない? いや、変わってないのかな……? いや、でもさっき大きな人もいたような……?

 

「いいもの見つけたぞ」

 

「ゲ、ゲコゥ……」

 

「カエル?」

 

 よう君の手の中にはカエルが一匹。

 

「その子のどこがいいものなの?」

 

 とりあえずほっぺにある黒い点をつついてみる。鳴き袋がないから雌みたいです。

 

「あの少女らが取り込み中のようだから、いったいこれはどういう状況なのか教えてもらえないか?」

 

 手でにぎにぎしながらよう君はカエルさんに聞いた。

 

「ゲ、ゲコゲコ」

 

 当然答えが返ってくるはずもなく……、いったいよう君はどうしちゃったんでしょ。

 

「仕方がない。響は知ってるか?」

 

「え、なにを?」

 

「ゲ、ゲコ?」

 

「カエルって焼くと鶏肉みたいになっておいしいんだそうだぞ」

 

 ニッコリイイ笑顔でよう君がそう言った。

 それはどういう意味でいったんだろうね。もし私が何でも食べると思ってるならそれは偏見だ。気にならないでもないけど食べるんなら普通に鶏肉を食べます。

 

「ゲコッ!?」

 

「いくら私でも食べないからね。……食用のカエルだったとしても」

 

「誰がドブガエルよ!! ……あ」

 

 ……………………!?

 

「よ、よう君よう君! カエルしゃべった!」

 

「慌てるな。こんな姿をしているがこの子も人だ。ようやくしゃべったな、エル嬢」

 

「え、えるじょう? それによう……ひじり……、う、ウソ!? ようお兄さん!?」

 

 煙を上げてカエルが本当に人間の女性になった。そしてそのままよう君に抱きついて泣き始めた。

 

「おう、久しぶりだ。元気にやってる……のか?」

 

「お兄さぁぁぁああん!!」

 

「皆、大丈……夫?」

 

「どうなってんだ、こりゃ……」

 

 また新しい人が部屋に入ってきちゃったよ……。



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第9話

「案ずることはない。二人ともただの重い魂酔いだ。死にはせんよ」

 

 泣いてる女性を引きはがして、よう君が倒れ込んだ☆の痣がある少年ブラック☆スター君と三本の白いラインの入った少年キッド君の診察を行う。

 命に別状はないようなので一先ず安心です。……重いのにただのですませちゃっていいのかは別として。

 

「2,3日安静にしたらこの二人ならすぐに治るだろう。一度起きてしまえば安静にする必要も特にない」

 

「よかった~……」

 

 いつの間にかいた忍者っぽい衣装の少女、椿ちゃんが深く息を吐いた。ブラック☆スターという子がとても大切なんだとよくわかります。

 

「き、貴様が何者かはわからんが……感謝しよう。動いても大丈夫なんだな」

 

 その隣でキッド君が立ち上がった。

 

「今がどうでどんな状況なのかは知らんが止めておけ。今の君じゃしゅわっちには指一本触れることは叶わないと思うぞ」

 

「わかっている! だが、それでも僕はやらなければならないんだ!」

 

 見てわかるほど満身創痍なのに彼は譲ろうとしなかった。

 当事者じゃない私にわかることはないけど、でも誰にも譲りたくないって思う気持ちは私もよくわかる。どころかよくやって呆れられてる始末だよ。

 それによう君だってちゃんと理解してるしね。

 よう君が止めてるのは、ただただ死にかけで行くのは止めろ、てことなだけです。

 

「やっぱシニ君のせがれってことなのかね……。しゅわっちのアホたれ……いったい何をやったんだ……」

 

 穴の空いた空を見上げてよう君は疲れたように嘆いた。

 

「あ、あの! 少し聞いても良いですか?」

 

「ん?」

 

 そうよう君に声を掛けたのは2人を追いかけてきた私と同年代くらいの少女だった。その子は何故か恐ろしいものを見た時のような目を向けて声を震せてる。

 

「さっきから聞いててずっと気になってたんですけど……、しゅわっちってまさか……そ、そんなわけないですよね~……」

 

「ああ、そうか。シニ君にせがれができるくらいの月日は経っているのか。分かるはずがなかったな。……しゅわっちってのはさっきの露出狂のあだ名だ。あいつ名前が阿修羅だろ? 堅苦しいからしゅらっちと呼んでたんだが気付いたらしゅわっちになってたんだよな」

 

 阿修羅、しゅらっち、しゅわっち……わからなくもない、ことありません。まったくわかんないです。しゅらっちで徹してあげたらよかったのになんでよりによって光の巨人が飛び立ちそうな効果音になってしまったんだ。

 さっきの人も災難です。

 

「……ま、まじかよ。このガキ、いったい何者なんだよ…………」

 

 少女の隣に立つ柄の悪い少年が……て、いたっけ、こんな人……。

 

「ただのシニ友だぞ。あ、そうだ。あれが動いているのなら繋がるかもしれないな……。鏡持ってないか?」

 

「こんなのでいいなら」

 

 手のひらに納まるコンパクトの手鏡を渡すとよう君は息を吹きかけて鏡を曇らせた。そして曇った鏡に指を走らせる。

 

「何してるの?」

 

「たしか……42(シニ)-42(シニ)

 

「う、うそ……なんで!?」

 

564(コロシ)……よし繋がった」

 

「なんと!?」

 

 鏡が波打った。そしてよう君を映していたはずが波に合わせて一気に別のものを映し始めた。

 

「ハロハロ、シニ君おっひさ~」

 

「うっす! ちゃっす、うい~す。おっひさ~、ひー君。……………………え? ひー君?」

 

「呵々! 何百年ぶりだろうな。元気してた?」

 

「もちろんだとも。君の方こそ元気そうでなによりだよ。突然音信が取れなくなって死んじゃったんじゃないかって心配したんだよ~」

 

 ノリが軽い骸骨が現れた。と思ったけどよく見たらお面だった。なのによう君を見た途端ぽけっとした形になって話す度に形が変わっていく。

 

「君は全然変わらないね~。むしろ幼くなってない?」

 

「そういうシニ君はデフォルメ化でもしたのか? いろいろあってな」

 

「僕もだよ」

 

 2人だけで話が盛り上がり始めちゃってる……。早く私たちが待ちぼうけをくらってることに気付いて欲しい。

 

「ところでそっちのお嬢さんは? それにマカちゃん達とも一緒のようだね」

 

「おお、そうだった。こいつは響。コッチ風に言うなら職人に当たる子かな」

 

 職人?

 私は特に何かを作れる人じゃないんだけど……、どっちかと言うと壊す派だし。でもここの人たちがそれを知るわけもなく私を見て少し驚いていた。

 

「それで、こっちはシニ君――じゃなくて死神だ。特に名前はない」

 

「初めまして、立花響です。よろしくお願いします!」

 

「うんうん。よろしくね~」

 

 死神……だから頭蓋骨のお面をつけてるんだ。そしてこの人(?)を見てるとディバンスたちを思い出すな~。あとやっぱりこの人(?)ノリ軽い。

 

「それでマカ……とは彼女のことか。偶然会っただけだぞ。それとさっきしゅわっちともあったぞ。露出癖に目覚めたみたいでちょっと心配しなきゃならんが、元気なことはいいことだな」

 

「……………………全然良くないんだけど~」

 

 そしてついでとばかりによう君がさっきの阿修羅さんのことを話したら死神さんはげんなりしだした。

 やっぱり裸で外を駆け回る変態さんは早急にお縄につくべきと言うことですね。

 

 

 

 詳しい話は鏡の間で、と言うことで居合わせた少年少女らとその教師2名につれられて死武専なる学校にお邪魔することになった。

 

「人が武器になって、その武器を用いる人が職人さんか-」

 

 部屋に付くまでにマカという少女を中心にこの世界のことを頭に入れておく。まだ異世界について話して良いのかの判断を付けていないのでその辺りはぼかして、だが。 

 

「な、なかなかにスプラッターな学校なんだね」

 

 何かしらの要因で怪物と化したモンスターを退治するというのには目を輝かせた響も、悪に堕ち殺しなどに悦を感じる存在の討伐なんかもしている、という話ではちょっと引いていた。

 かく言う俺もガキに殺しをさせているのに引かずにはいられない。

 

「これからどうなっちゃうんだろ……」

 

「大丈夫、私が付いてるから」

 

 ん? 沢山の生徒とすれ違う中、2人の生徒に目がとまった。

 

「ほぅ……」

 

 最後に会った時はいたく嫌っていたが数百年の年月で考えを変えてくれたらしい。

 

「呵々、魔女とも上手くやれているみたいだな」

 

「――っ!?」

 

 エル嬢が袖の中で怯えているが彼女が大げさなだけだったようだ。

 

「この学園には魔女がどれくらい在籍してるんだ?」

 

「え? いないよ。学内どころかこのデスシティーにだってもういないって」

 

「なに? ……シニ君は、この死武専とやらは魔女をどのような存在だと教えているんだ?」

 

「人々の命を脅かす敵」

 

「危険極まりない存在だ」

 

「もちろんこもn――「違います」――の……」

 

 ………………………………どうやら俺には他に優先させなければならないことがあるようだ。

 

「すまない。先に行っててくれ」

 

「え、よう君!?」

 

 全員を送り出して来た道を一人引き返す。少々離れてしまっていたが人気のない場所でセンサーが良好な場所だったためにすぐ発見できた。

 

「い、今、たしかに魔女って……!」

 

「お、落ち着いて、キム。それはたぶんメデューサのことでキムは気付かれてないわよ。だってあなたはソウルプロテクトを掛けているのよ」

 

「蒼い顔して、大丈夫か?」

 

「ッ!? だ、大丈夫。なんでも……!!」

 

 比較的落ち着いていた少女が俺を見ると臨戦態勢をとってしまった。俺には闘う意思などないのだが果たして聞いてくれるかね。

 

「や、やっぱりこの子気付いてる!」

 

「だ、大丈夫。私が何とかする!」

 

「む、ちょっと待て。武器を納めてくれ。話を聞いてくれ」

 

 少女の腕が赤く熱を帯び始めるので慌てて手を当て押し留める。4桁程度で焦げるほど柔な体をしていないとは言え熱いものは熱かった。

 

「聞きたいことがあるだけなんだ」

 

「き、聞きたいこと? そんなこといって私たちを油断させる気でしょ!」

 

「そうではない。ただ死武専は楽しいかどうかを聞きに来ただけだ」

 

「はぁ? 意味わかんない!」

 

「キム! 相手の話に乗るな!」

 

 この分からず屋ぁああああ!! と、するわけにもいかんよな。はてさてどう説得したらいいものか……。

 

「待ちなさい! キム・ディール!!」

 

 ……意外と何とかなりそうな予感。



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第10話

 肝心のよう君がいないまま私一人で死神さんのお部屋に着いてしまった。

 知らない人の中に放り込まれてしまったわけだけど、まぁ死神さんも周りの大抵の人が軽いか変な人だから助かったよ。

 あっさり打ち解けて、今は死神さんからこの世界に来ていた頃の踊君のことを聞かせてもらえることになったところだ。

 

「ひー君と初めて会ったのは死武専ができるずっと前、鬼神・阿修羅が誕生するよりも前のことだよ~」

 

「え、あのガキ俺等より年上?」

 

「詳しく覚えてないけど1億は超えてるんだって」

 

 ソウル君の呟きに答えたら、皆のぎょっとした顔が一斉に私を見た。驚いてないのは死神さんだけだ。

 

「立派な老人だね~」

 

「あはは、たまに自分のことを老人とか老兵って呼ぶくらいですから」

 

 都合の良い時だけ、て注釈が入るけど。

 

「それで確か合ったのは何処かの森だったかな? 偶然迷子の世話をしてるところにばったり出会ったんだよ~。いや~あの時は参ったな~。戦闘する羽目になっちゃったし~」

 

 踊君と死神さんの出会いは勘違いから始まったそうです。

 当時のことを思い出すと死神さんがげんなりしたけど、今に繋がる良いことでもあったんだって。

 今の子供の書いたような丸っこいデフォルメお面と違って、その頃死神さんが使ってたのは風化した骸骨そっくりなあまりにもおどろおどろしいものだったやつらしくって、ばったり出会った迷子が盛大に泣いてしまったそうだ。

 そしたらなんということでしょう。当然のごとく颯爽と駆けつける踊君の目の前には、泣いた子供と泣かせた怪しい大人、という構図が出来上がり。

 踊君目線からしたらそれはギルティ決定です。

 

「あの時は結局4,5時間ぐらい戦い続けたんじゃないかな~。決着も付けられなかったんだよね」

 

「し、死神様と互角!?」

 

「うんうん。彼の強さは本物だよ~」

 

 聞いてる生徒さん達が驚くけど、私も同じくらいビックリしてます。雰囲気とっても優しい人っぽそうなのに踊君と互角ってことにです。

 でも当時の踊君だからそこまで強くないのかな……?

 

「あの時は僕も若かった~」

 

「――!?」

 

 そんなことなさそうです。

 のほほんとした声とは裏腹にナニかとんでもないものが垣間見えた気がします。それも師匠以上のスゴいやつ。

 ……どんどん私も人間離れが進んじゃってるような……いや、気のせい気のせい。

 

――ズガンッ!

 

 こんなほのぼのとした空気は唐突にけたたましい重低音に邪魔される。

 悲しいことにいつものことです。もう慣れた。

 

「はふぅ……」

 

「久し振りだな、死神ィ」

 

 ごめんなさい。ウソ付きました。こんな怒った踊君、私知りません。

 別れた時はよう君だったのにやってきたのは踊君――いやもっと大人な踊君になってる。それでも美人なことに変わらない……ていうのはどうでもいい話だった。

 能面のようなニッコリ張り付いた笑みを浮かべて、ドスドスと一歩ずつ近づいてくる。

 

「すこーしばかり学内を見学させてもらったが、面白いことをやらせているようじゃないか」

 

「あ~、子供達を闘わせちゃってること? ごめんね~、ひー君からしたら辛いことかも知れないけど仕方がないことなんだ。できることなら僕だってやらせたくはないんだよ? でもこんな世の中じゃ子供達自身が自衛の力を持つことだって必要なの」

 

 死神さんの意見に激しく同意します。だって変態が空飛ぶ世の中だもん。自衛手段なしに日常生活が送れるとか到底思えません。

 私の世界も一兄達のいる世界も多少変わってるんだろうけどモラルある社会であってくれたことに、凄く感動してる。

 

「違う。それは子供達が子供達自身で選んだこと、おもしろがることなどでは断じてない」

 

「? だったらなんでそんな怖い顔して……」

 

「あれから400年とか500年とか経ってるようで、面を替えるくらいの意識改革が行われたのだと思っていたのだがな。本質は何一つ変わっていないらしいな」

 

 閉じられた瞼を薄く開けて鋭く尖った切れ長の目を向ける。そして太陽のように眩い瞳が真っ直ぐに死神さんを捉えた。

 

「一発殴らせろ」

 

「へぼっ!?」

 

 いきなり私たちの真横で爆風が吹き荒れた。

 中心地なんて言わずもがな、踊君の右拳が死神さんの仮面を捉えていて遠くまで殴り飛ばしていた。

 

「いきなり何するの!?」

 

「何するじゃない。さんざん言ってきたというのにまだお前は魔女は全て悪と考えているらしいな。そしてそれを子供に教えているそうだな」

 

「事実だからね~。今回の鬼神阿修羅の復活も魔女が原因なんだよ? それに魔女は皆破壊の因子を持っている。生かしておく訳にはいかない」

 

 ちょっとムッとする話だ。魔女さんのことを全然知らないから言うことはできないけど、少なくとも地下であったカエルさん――じゃなかった、エルカさんは悪い人じゃない。

 精一杯生きててちょっと泣き虫なだけの普通の女性だった。

 チラッと見ただけの私がこう思うくらいなんだから長年こっちにいたことのある踊君がどう思うかなんて明白です。

 

「たしかにお前の言う通り魔女は因子を持ち悪である者もいる。討たねばならない危険なものもいる。だが――」

 

「君もわかってることだよね?」

 

「――ふざけるなよ」

 

 踊君の放つ怒気がさらに重くなった。お肌がピリピリして、マカちゃん達も身を震わせる。死武専の先生2人に至っては本気で構えた。

 

「それは一部のみ。魔女たちは少々自身の欲に忠実なだけで話せば改善できるものたちばかりだ」

 

「それはない。話してわかるようなやつらなら最初からそうしている」

 

「お前が最初に問答無用で魔女を攻撃したのが原因だろうが。敵意を剥き出しに攻めておいて簡単に話し合いに応じるわけがない。殺されると思うに決まっておろう。話を拗らせたのはお前だよ」

 

「…………」

 

「魔女だって人と変わらない。善も悪も両方の面を兼ね備えている。今の現状を引き起こしたのは他でもない死神であるお前の責任だ。現にこの街の暮らしが楽しいと言う魔女の子もいる。これ以上その子を苦しめるなよ」

 

「え? 魔女の子?」

 

 不意に顔を和らげると扉の方を見た。

 

「もう大丈夫だぞ」

 

「ど、どこが……?」

 

 踊君の声を受けて一人の女の子が顔を覗かせた。

 

「キム!? なんで……」

 

「や、やっほー」

 

「エル嬢も」

 

「う、うん」

 

 キムと呼ばれた女の子の肩に緊張の面持ちで一匹のカエルが乗った。

 

「「ソウルプロテクト、解除」」

 

「「「――!?」」」

 

 二人がそう呟くや否や何人かが肩を跳ねさせる。でも何が変わったのやら私にはわかんないけどね。

 

「本当にキムが魔女?」

 

「うん……」

 

「カエルも魔女になれんのか!?」

 

「これは化けてるだけよ!」

 

「テメェ、あん時の!」

 

「ちょっと、落ち着いて!?」

 

「%☆#$□&’!?」

 

 皆、取り乱しすぎ。てか最後の人なんて言った!?

 

 収拾がつかなくなった部屋にパァンッと弾けるような音が響き渡った。

 

「慌てすぎだ」

 

 踊君の柏手だ。目の前でしたわけでもないのにそれはねこだましのように全員の思考を一瞬止めた。

 

「彼女らのような子を見てもまだ魔女は全て悪だと言い張るか?」

 

「……う~ん…………」

 

「これでもまだ言うのなら俺の知りうる限りの者たちを呼ぶぞ」

 

 ……それは立派な脅しなんじゃないかな。

 

「はぁ……、たしかに僕も早急すぎたのかもしれないね。キム君みたいな魔女さんもいたんだね。ごめんね」

 

「え!? いや私がただ変わってるだけで、そんな死神様が頭をさげるようなことじゃないです!?」

 

「でも! 世界には悪い魔女もいるのは事実、彼女らを討伐するのを止めるつもりはないからね」

 

「結構。俺もそれを止めさせようなんて思っていない。善と悪を見極めろと言ってるだけだ。とりあえず俺の知る限りで分けてみたぞ」

 

 踊君が分厚い紙束を放り投げた。

 

「?」

 

「昔のことで変わってしまったものもいるとは思うが、これは依頼に出されていた魔女の中で俺が知っている善魔女のリストだ。対話を始めるには丁度良いだろ?」

 

「……君、こんなに魔女と知り合いだったんだね」

 

「お前から逃がすのに苦労したぞ」

 

「そんなことしてたんだ。道理であの頃は全然見つからなかったはずだよ……」

 

 素直に紙束を受け取ると死神さんは肩を落として疲れたような溜息を吐くのでした。




原作はどうしただって?
踊君の前で子供を苦しめる存在(原作)など許されぬのです。

……え、オックス君はどうなっちゃうんだって?
たぶん頑張ってくれるんじゃないかな。


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第11話

何故だろう……
前回消える前は確かに1話で押さえられていたはずなのに、書き直したら2話に分かれてしまった……


「どうしよっか……」

 

 死神を殴り飛ばした翌日、俺と響は死武専内の食堂で暇をもてあましていた。

 いや、次元転移の用意をしなければならないから実際は暇なんて言ってる場合ではない。だが必要な材料が午後にならないと全て揃わないということで、暇になってしまっているのだ。

 

「おーい! ケンカだ、ケンカ! ブラック☆スター達がケンカ始めるってよ!」

 

「お、またか!」

 

「およ?」

 

「なんだと?」

 

 ここまで聞こえてくるほどの声量で生徒の一人が叫んでいた。さらに聞こえてきたのは、またという楽しそうな返事だ。

 いやいや、待て。なんでそんなに楽しそうなんだ? ケンカが起きているんだろう。誰か止めろよ。

 響を見ると丁度視線が交わった。響も頭にハテナを浮かべていたようだ。

 

「ふむ。行ってみるか」

 

「うん」

 

 意見一致で決まりさきほどの生徒を追いかける。辿り着いたのはまさかの正門玄関の真ん前だった。

 こんな人の往来の激しい場所でケンカするとは恐れ入る。それに見物客も多く誰も止めようという気は無いらしい。

 

「全員、準備は出来ているな」

 

 なんだ、教員が立ち合っているのか。それなら生徒が平然と見ているのも頷ける。これはケンカというよりも決闘だな。止めるのは無粋だと理解したので、より近くで見ておこうと観客の間を縫って最前列を目指した。

 

「で、今日の相手は誰なんだ? やっぱキッドか? それともキリクか?」

 

「そ、それが……あのヒーロなんだ」

 

 抜けた先には向かい合う4人の少年がいた。

 

「しかもブラック☆スターだけじゃなく、キッドとキリクも同時に闘うらしい」

 

「はぁ?! あのへっぽこヒーロが!?」

 

 ブラック☆スターとキッドは知っているが、2人の少年は生憎知らん……いや、キリクとやらは見た覚えがある。……確かキム嬢に話しかけていた響のヘッドギアのような意味不明なとんがりヘアをした少年の友達だった、気がする。

 しかし対峙するヒーロという少年はまったく知らないな。立振舞からして大した実力者ではなく、正直ブラック☆スターやキッドの足下にも及ばないだろう。

 

「何やってんのあいつ、身の程を弁えろよ……。あの学園トップクラス3人に挑むとかバカか?」

 

「ち、違うんだ。ヒーロが挑んだんじゃなくって、ブラック☆スター達が挑んだんだ」

 

「は? あいつらがなんで?」

 

「わかんねぇけど、ヒーロがバケモンみたいに強くなってんだよ。もう10人以上の職人がやられてる」

 

 その手に持っているのがあのバカでなければ。

 

 話していた野次馬も他の者もそれが何か知らないらしい。だから代わりに俺が言葉をついでやる。

 

「聖剣エクスカリバー。あの剣が原因だ」

 

「エクスカリバー? て、あのアーサー王伝説のエクスカリバー?」

 

「世界が異なることを忘れてないか。まぁ、発揮する能力は同等と考えて差し支えないだろうが」

 

 顔色の悪い教師の合図で決闘が開始された。

 

「いくぜぇぇえええっ!!」

 

 初手はブラック☆スター。その姿は旧友にそっくりだ。暗器に含まれる小太刀を手にし一気に間を詰める姿はまるで生き写しのよう。

 さらに左右に分かれて後に続いたキッドの二丁拳銃とキリクの……ボクシンググローブのような二つの拳固を振り翳した。

 

「遅いよ」

 

「早っ!?」

 

 しかし当たる一瞬手前、少年は消えるような超速で3人をまとめて避け立ち位置を逆転させていた。

 

「今度は僕の番だ」

 

 その場で少年はバカリバーを振り上げると無造作に地面に叩き付ける。なんの精練もされていない素人同然の振りだ。普通なら恐怖でも何でもない吐き捨てるような一閃未満の代物だというのに、それは簡単に地面を砕き破壊の波を巻き上げた。

 そして見切ろうとしていたブラック☆スターや、ブロック体勢を取って備えていたキリクだけでなく、死神のみに扱える特殊な守備の構えで警戒していたキッドまでもをすべからく呑み込んだ。

 

「まだだよ!」

 

 辛うじて受け身に成功していたブラック☆スターの目前に不意に現れると何もさせぬままにさらに二筋の斬撃を加えて吹き飛ばした。

 

「ブラック☆ス……ガァッ!?」

 

 それを目で追ってしったキッドの意識が僅かに揺らいだ。一瞬だがそれは大きな致命的一瞬だ。

 叫ぼうとしていたキッドの下腹に高速下の膝蹴りが突き立てられ浮き上がった。吐き出た胃酸が地面に散るよりも早く、棍のように振り下ろされた剣に打たれ地面にめり込んだ。

 

「ハハッ! 見たか、これが僕の力だ!」

 

 否、それはバカリバーの力だ。ヤツは職人が持つ魂の波長を極限まで引き出し、さらに数十倍に膨らませて自在に操る才を持っている。その恩恵を受けているに過ぎない。

 とはいえ消えるような速度や圧倒する力は驚異だ。…………だが俺たちからすればその程度でしかない。

 

「ま、マジかよ……」

 

 キリクが悪態を吐いた。まぁ、彼は仕方がないか。まだまだ成長段階の彼らではアレを超えるのはキツかろう。

 

――しかし、

 

 立ち上がることを期待し俺はじっと見守る。

 

「「…………」」

 

――お前達2人ならこの程度越えられない壁ではない。

 

 死神の血を、星の血を、俺の認めた奴らの血を引き努力を怠らず生きてきたのならただの勘違い少年に負けることはありえない。

 なのに、なのに、

 

「こ、これが聖剣……」

 

「強過ぎる……」

 

 立ち上がらなかった。

 そしてあろう事か情けない言葉を吐き、無様に泥で膝を汚しやがった。

 

「勝てねぇ……」

 

 まだ若いからと納得しようとしていた。だが俺のもここらが我慢の限界だ。俺の堪忍袋のようなものの緒は切れた。

 

「ふざけるなよ」

 

「よ、よう君?」

 

 響が止めようとするのを目で制し、膝を突いたままの2人の前に立ち塞がった。

 

「き、君!? 何をしている、危ないぞ!」

 

「やれやれ、僕の活躍の邪魔をしないでくれるかな?」

 

「黙れよ、クソガキ」

 

 騒がしいガキに殺気を混ぜた視線を突き立てる。たったそれだけでガキは呑まれたらしく一切の動きを止めた。

 

――……こんなものに屈するというのか、こいつらは!

 

 心の底から怒りが沸々と湧いてくる。

 

「情けないにも程がある。この程度で負けを認めるか。先代達が泣いているぞ」

 

 キッドは死神という俺やダンナを優に超える者の倅だ。そして能力は完全に引き継がれている。条件が揃うまで万全に発揮できないという難点はあれど、バカリバーを持っただけの素人になら増されるはず。

 

「んなもん知るかよ!」

 

 しかしキッド以上に怒りを覚えるのはブラック☆スターだ。素で破天荒を行く様、その目に映る気概、滾った魂が放つ闘志。彼のあらゆる全てに星達の輝きが宿っていた。それはキッドに全く引けを取らない才で、キッド同様に受け継ぐ力は絶大なもののはずなのだ。

 だが彼はあろうことかそれを拒み、狂人のような殺意に溢れた目で俺を睨んだ。

 

「……何?」

 

「過去なんざ関係ねぇ。俺は俺だ! あんな奴らと一緒にすんじゃネェ!!」

 

「聞き捨てならんな。自分の先祖を、俺の認めた旧友達を否定する気か」

 

「たりめぇだ!」

 

 あいつらほど素晴らしい奴らなんてそういないと思うんだが……、それとも何か? 星族の役目にかまけて蔑ろにされたりでもしたのか? あぁ、……あいつらの一族なら十分あり得そうだ。

 苛立ちはまだまだ続いているがそういうことなら押し込める。

 しかし否定させたままでは先には進めなかろう。だから軽くお節介を焼いておくことにした。

 

「やれやれ。お前が何を思っているのかわからないが、一つだけ言っとく」

 

「……?」

 

「自らの意思で世界を股に掛けた星族(・・)を俺は誇りに思っているぞ」

 

 この時、俺は選択を誤ってしまった。

 ほんの軽い応援のつもりだった。『否定しているのが全体の一面に過ぎず、他の誰かから見た面はまた違っている』と遠回しに伝えられたら良い。そう思っていた。

 

 だが、俺は知らなかった。

 ブラック☆スターのこれまでのことも、歴史上に記される星族のことも…………。

 もしこの時俺が何も言わず頭を振る程度で済ましてやっていればあいつがあんなことにはなることはなかっただろう。

 後悔してももう遅い。

 

『あなたの方こそふざけたことを言わないで下さい!!』

 

 ……まぁ、後悔してやる気など這いずるGにかける情けと同じ程無いのだがな。



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第12話

くそぅ……書きたいのに圧倒的に時間が足りない……!
しかも胃から腸に掛けての地味な痛みが頻繁になってきてて困る。いやはや人間の体って面倒くさい……。
2話投稿のかわりに1.5倍投稿です。


『私はあなたをもっと立派な人だと思っていました。なのによりにもよって……!』

 

「ん?」

 

 ブラック☆スターの武器、椿が刀身を介して俺を睨んだ。

 

「……星族ってなんだ?」

 

「おまっ、あの暗殺集団を知らないのか!?」

 

 観客の集団の中で誰かがそう言った。

 

「金さえ積めば殺しだろうとどんなことだろうと平然とやる最低の集団だ。余りにも非道な行為を繰り返したために死神様たちが全滅させたって……」

 

「ブラック☆スターが……その生き残り?」

 

 まだ生身の人間だった頃に打たれた雷のような激しい衝撃が俺の中を駆け抜けた。

 

「……何かの間違いではないか?」

 

 同じ名を名乗る別の星族である可能性もなくはない。だが星族のブラック☆スターが見せる憎らしげな表情はそれが事実であると告げていた。

 信じたくはないが移り変わる時間の中で変化してしまったのだろうか……。

 少なくとも俺の記憶の中にいる星族は安易な殺しを法度とし非道を穿つ者達の集まりだった。

 ……それにブラック☆スターから感じた気配は間違いなく魂に継承されたものだ。外道に堕ちたものに受け継がれ続けるとは思えないのだが……。

 その時思い出した。

 数多の家系が煌めく星に誓いを立て生まれた『星族』の中にどうしようもないクズ家系が所属していまっていたことを。

 

「……一つ聞かせろ。歴代の頭領の中で、白に関する名を持った奴はいたか?」

 

 もしもあの『白()』が元締め『星』に入り込んでしまったのだとしたらありえない話じゃない。

 

――『白()

 

 その家系は善も悪も無差別にあらゆる全てを抜き取り無に帰そうとする狂ったやつらの集まりだった。当時は俺が目を光らせていたため何もさせないようにしていたが、この数百年もの間野放しにしてしまっている。

 奴らが何もしていなかったなどありえるわけがない。

 こそこそ話していた奴に目線を向ける。だがそこまでは知らないようですぐに反らされた。周りを見たが誰も知らないのか返事は返ってこない。

 

「俺が知っている。先代の名は――「ホワイト☆スター」――ブラック☆スター……っ!」

 

「親父の名だ」

 

「……そうか。すまない。悪いことを言わせてしまったな」

 

 だが納得した。全部そういうことらしい。

 あいつらの温情に免じて忠告ですませてやっていたというのに…………!

 

「…………な」

 

 あのバカリバがいるだけでも許しがたいというのに、いったいこの世界はどれだけ子供を穢せば気が済むんだ。

  シニ君もシニ君でバカをしてやがったのもあって、怒りのボルテージは沸点間近だった。それをガキ共が滾らせてくれたせいで俺の堪忍袋ってヤツはもうイカちまってるんだ。……もうこれ以上、溜めてくれると思うなよ……。 

 

「……屑共ガァァアアアアア!!」

 

「ヒィィイイイ!?」

 

 だが今は天に吼えるだけですませておく。ただし、この世界のどこかで命を弄び嘲笑っているだろう白喰の屑に聞かせるように聖遺物補正を極大にさせて。

 

「……ハァ……ハァッ!」

 

 少しは気が落ち着いた。

 本当なら怒りに任せて元凶を叩きのめしてしまいたいところだが、俺にはそれ以上にしなければならないことが他にある。

 

「ブラック☆スター、よく聞け。お前の先祖が築いた真の星族は、そんな外道行為をするために集まったのでは断じてないし、その継いだ魂はこんなことで後れを取るような軟弱なものでもない」

 

 それは、白が蝕む前の本当の星の集いを伝えることだ。闇の中で光を放ち続けたあいつらの勇士を穢させたままでいてたまるものか。

 呆けていたブラック☆スターの首を曲げ俺の目を見させる。

 

「俺の旧友でお前の先祖の初代頭領『流星(シューティング☆スター)』が星族――星闇一族を創始したのは、裏に蔓延る悪鬼羅刹の畜生共から表に住まう者たちの平温を守るためなんだよ」

 

「『っ!?』」

 

 いつの時代でも悪事ってやつは何処かで起きている。星闇一族が創始された当時だって例外ではなく、多くの悪事が横行されていた。

 それをシニ君が許すことは当然ないのだけれど、いくら死神といってもその影響力が届く範囲には限界があった。手を掴みきれず零れ落ちてしまう者たちが少なからずいてしまうのが現状だった。

 それをなんとかするために、立ち上がったのが流星だ。

 お偉いさんどもの訳の分からない理由で害されていく人々の生活を守るために強くなり、殺しなどに快楽を覚え溺れたものを打ち払うべく世界中を走っていた。

 

「ついでに言うとだ。俺はあいつの息子の『新星(ライジング☆スター)』っていう二代目頭領と併せて『表の死神、裏の流新星』なんて呼んでたくらい強かったんだぜ」

 

 神に匹敵しうる人間なんて俺の知り合いの中じゃあの親子くらいのものだ。風鳴のダンナと緒川殿のタッグを上位互換した感じと言えばわかるだろうかね?

 

「そんなの信じられないね! 君の言うことが本当なら死神様が知らないわけがない」

 

 「そーだ、そーだ」という野次も飛んできた。シニ君なら何でも知ってるなんて無茶な考えに囚われていないだろうか……。

 言わないでおくけど、何でも知ってるならしゅわっちがマジでしゅわっちしたり変態になることはなかったんだぜ。ああなる前に止められてただろう。

 それにだ。

 

「そもそも俺が協力して徹底的に隠し通していたからな~。あいつ極度の照れ屋で助けた相手にさえ姿を見せようとはしなかったし、完全無名を貫徹していた。……そのツケがこんなところで廻ってきてたんだよな」

 

 せめて俺が向こうに戻る前にシニ君の前に突きだしておいてやれば、白喰に勝手をされることはなかっただろうと今更になって悔やまれる。

 

「お前が先代らのことを怨むのは仕方が無いことかも……しれないどころじゃないな。むしろ盛大に怨め。俺も怨む。てか後で潰す。でも初代たちは怨まないでやってくれないか? そしてできることなら歪められてしまった流星たちの遺志を継いでやってほしい」

 

「……チッ」

 

 訝しげに見つめるブラック☆スターに笑みを向けると何故か舌打ちされてしまった。

 

「んなもん……、知らねぇよ」

 

「呵々ッ!」

 

 俺の頼みは今からじゃ随分前の話だ。わかるわけがない。それにブラック☆スターの在り方と近代の星族に大きな差があることから星族の学びも一切無かったのだろう。

 だが、

 

「安心しろ。例えお前が知らなくとも、死神が知らなくとも」

 

 だからこそ俺は頼むのだ。

 

「俺が知っている。友の代わりは、俺が務める」

 

 穢れ無き星の再誕を。

 

「死神の息子に、鎌職人の嬢ちゃん。お前らもよく見てろ。てめぇらの先人の力、示してやるよ」

 

 それにふらついてる倅や後ろで見ている嬢ちゃんにも教えておきたいことがあるし、

 

『む。何やら嫌な予感が……』

 

「黙れ、クサリバ―」

 

 なにより俺の目の前でガキを穢してくれたヴァカな屑と簡単に誑かされてヴァカをやっている屑がいる。

 そこらも全部まとめて解決して一石五鳥ってな。

 

「てなわけで、椿、リズ、パティ、ソウル! 俺に力を貸してくれ」

 

「「『……え?』」」

 

 

 

「ま、マジかよ、あいつ……」

 

 目の前に立つ子供の背に魅入り、誰かが声を震わせた。

 だが勘違いする事なかれ。声を出さなかっただけで他の者たちも皆同じように驚きに目を見開いていた。

 居合わせた誰もが驚愕することを目の前の子供(よう)はやっていたのだ。

 

『ま、マジでいけんのか』

 

 背に負った片鎌(ソウル)が刀身の中で冷や汗を流してた。

 

『すごーい! 皆いる~』

 

『お、おう……。なんか返な感じだな」

 

 左手に提げた(パティ)は楽しげに、帯に挟まれている姉の(リズ)は気まずげに内なる世界の感想を述べている。

 

『すごい……! これだけの数を抱えているのに安定してるなんて!』

 

 そして右手で逆手に持った小刀(椿)は扱う子供の器の巨大さに戦慄した。

 

「エクスカリバー、そしてヒーロと言ったか? 仕置きの時間だ」

 

「君がいったい何様のつもりなのか分からないけど、……頭が高いよ?」

 

 ヒーロが颯爽と消えた。ブラック☆スターらを意図も容易く吹き飛ばしたのと同じ手だ。高速で彼の背後に現れており、既に聖剣を翳している。

 

「図に乗るな、青二才が」

 

「な!? ぐべらっ!?」

 

 誰もが当たると思った一振りだったが、ようはその場を動くこともせずただ頭の後ろに回した小刀一本で流してしまった。

 ブラック☆スターらにも対応できなかった力と奢っていたヒーロにとって動揺が隠しきれないその顔に、ようは振り向き加速させた手の甲を張り付けぶっ飛ばす。

 

「残念だったな。確かに威力も速度も俺の上を行くのかもしれないが、それだけでどうにかできるほど俺は容易くない」

 

「ま、まぐれだ!」

 

「――ロードスター」

 

 そう小さく呟くとようは上体を落とし拳銃をしまうと、その手を胸の前に置き二本の指をまっすぐ立てた。

 それは死武専生にはお馴染みの『ブラック☆スター』が取る独特の構えと瓜二つだった。先人らの姿を示すと言ったのだからそのことに何も違和感はない。……当人と、唯一彼の生まれと育ちを知る教師を除いて。 

 

「信じられん!? その構えが星族初代の武術だというのか?!」

 

「ど、どうしたんですか? 同じ一族なんですからおかしなことはないんじゃ……」

 

 傍で見ていたマカが首を傾げるのを受け教師は開いた口を閉じることも忘れて答えた。

 

「あいつを育てたのは俺や死神様なんだ。ブラック☆スターのあの武術はあいつ自身が考え造り出した独自のもので、星族とはなんの関係がない、はずなんだ」

 

「え!?」

 

 停止からの超高速でヒーロが飛びかかる。それも剣を振るのではなく、両手で握り脇で立てる突きの構えでだ。ヒーロの頭の中にはこれが決闘だということを完全に失念していたのだ。

 速さのみで特化されてはさしものようでも対応するのは困難を極める。現にようは何も動くことができず、胸――それも心臓を一突きにされていた。

 見ていた何人かの生徒が悲鳴を上げ恐慌に落ちかけた。

 

「ふっ、それは残像だ」

 

「消えっ……ふぇぶ!?」

 

 だがそんな生徒を置いてけぼりにしてようの体が崩れて大気に溶けていく。そして当たり前のように無傷の姿でヒーロの後ろに出現するやそのドタマを盛大に蹴飛ばした。

 

『し、信じられない!? 私との共鳴なしで絶影を!?』

 

 今、ようが行ったのは絶影という一つの技だ。それはブラック☆スターも使うことのできる技ではあるのだが、椿と魂の共鳴を経てようやくできる大技のはずだった。

 

「異な事を言うな。まさかブラック☆スターは一人でできないのか?」

 

『当たり前です! いくらブラック☆スターでもそんな人間離れした動きができるわけがありません!』

 

 椿は当然のことを言ったはずなのに、ようは文句でも言いたそうな半目で間違ったことを言ったような対応だ。ブラック☆スターをどんな風に見ているんですか、と問おうとした椿だったが、次のようの返しに次の言葉が消え去った。

 

「初代も二代目も普通にやってたぞ? それに俺のは未完成だ。あいつらはただ残像を残すだけではなく、任意で残す部分を選んでいたし残像の残っている時間や残す光の色なんかも自由自在だった」

 

 え、なにその化け物。

 この言葉ほどここにいる全ての人の心境を代弁してくれる言葉はないだろう。例外として二人の凄さに興奮しているやつもいるが。

 

「俺様の先祖すげぇえーー!」

 

「おぅ。俺は今後もいろいろあるから共鳴の力借りるけど、お前は単体でそれくらいできるように目指せよ~」

 

「「「「頼む、止めてくれ!」」」」

 

 居合わせた人々の懇願具合は半端ではなかった。それもそうだ。ブラック☆スターがどれほど手に余る問題児か、というのは想像しがたい話ではないだろうと思う。そんな子がさらに死神様と同等の強さになってしまった、なんてことになると巻き添えを食らう周りとしては堪ったものではない。自身を守るためにも必死になるのは必然だ。

 

「どんな学校生活を送っているのか聞かせて欲しいところだな……」

 

 でもそのことを知らないようは首を傾げるしかなかった。

 

「ありえない……、ありえない、ありえないアリえないありエナイアリエナイ! 僕は聖剣に選ばれた勇者ダ!!」

 

「おいおい、どんだけ余所様の人格破綻させたら気が済むんだよ。あんのクサレバ―……。ふぅ、じゃあ次はキッドと姉妹の模範にでもなるかね」




可哀想なヒーロ君。ヴァカめヴァカめうるさいクサリバーなんかとかかわってしまうから、よう君の八つ当たりに巻き込まれることに……。
まぁ、全部覗きやらなんやらで好き放題しまくり決闘騒ぎなんかを起こしたヒーロ君の自業自得なんですけどね。
でもヒーロ君のために皆でよう君にその事実を知られず終わることを祈って上げましょう。
感想お待ちしておりま~す。


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第13話

 今、私たちの目の前で三十二人のよう君による羽根付きが行われています。

 え? 決闘はどうなったのか?

 同じくちゃんと私たちの目の前でやってますよ。

 

「ぐふぁっ!?」

 

「どうした。聖剣に選ばれた勇者なのではなかったのか?」

 

「そぅぶふぅっ!」

 

 ね。

 どこか一人のよう君が羽子板(小太刀・峰(椿ちゃん)二丁拳銃(リズちゃんとパティちゃん))を振り抜き、羽子(ヒーロ君)が舞う。そして羽子が堕ちていこうとするのをボレーで叩き起こ上げるだけ上げて、即座にスマッシュで落とし、バウンドしたところを次はストロークで弾き飛ばす。で、また羽子を堕としにかかって起こして落として弾くという繰り返しが続行される。

 

「よう君が化け物過ぎます……」

 

『その代わり消費量が半端じゃなく、全聖遺物を総動員してももって3分程しか戦闘維持できませんけどね』

 

 そ、そうなんだ。それでも十分な気はするけど、完全に化け物染みてるわけじゃないってことがわかってちょっとほっとしてしまった。

 あといつになったらキッド君の模範になるんだろ……。

 ぽかすか良い音が響き渡る中で沢山のよう君が一斉に口を開いた。

 

「エクスカリバーも随分と弱くなったみたいだな」

 

『むぅ……。おい、小僧。何をやっている』

 

「で、でも!?」

 

『ヴァカめ。今こそ私の伝説を見せる時ではないか!」

 

「!! ……はい!」

 

 挑発に乗せられた一人と一本が光の翼を解き放ち、無駄に仰々しい漢字で羽根付きから脱出した。よう君もよう君でそれを拒もうともせず大人しく見送る。

 

「――ようやく飛んだか」

 

 これから反撃、と行くはずのヒーロ君よりも、深く獰猛な微笑みを浮かべたのはよう君だ。その笑みのするところがなんなのかそれはすぐにわかった。

 

「リズ、弾丸の特性変化は可能か?」

 

『あ、ああ。できるっちゃできるけど……いつも一定にしてっからあたしも大して自信ないし、パティーなんか多分論外だと思うぞ』

 

『うぇひひっ!』

 

「その当たりは俺がやるから気にすることはない。二人は学ぶことに集中してくれ。それにしてもキッドはこの辺りをしていなかったのか。これほど有利な武装はそうないというのに、もったいない」

 

 小太刀を仕舞ったよう君は両手にそれも逆手で銃を持ち小指を引き金に添える。さっきのキッド君と同じ持ち方だ。

 珍しい持ち方だけど普通に持つよりも近接戦闘も併せて意識したものなんだそうです。銃身で打ち銃弾で切る、がやり方なんだとか。でもそれも武器がリズパティちゃん、つまり魔武器っていう早々壊れないものだから使える技だ。普通の武器なら銃口曲がっちゃいます。……イチイバル製なら壊れないだろうけど。

 先にヒーロ君が動いた。

 相変わらずの超高速でよう君の目の前に迫ると、さらにそこから左右に複雑な軌道を描いて攪乱を始めた。時折、鎌鼬のような光の刃が猛威を奮い辺りを切り刻んでいく。

 それでもよう君には届かない。添えるように銃を当てるだけで、揺らぐ風のようにゆらりゆらりとなびいてやりすごす。

 

「調整完了、3種生成完了」

 

「そんな!?」

 

 一瞬よう君の体が幾十にぶれた。ホントに一瞬のことですぐに戻ったけど、元に戻ったその場所ではエクスカリバーを振り下ろしていた最中のヒーロ君を、よう君は手の甲を合わせるように二丁の銃身を重ねてエクスカリバーの側面を白羽取っていた。

 よう君の手の先で交差していた銃身があるべき位置へ戻るために内を目指し外へ駆け出した。

 伝説の剣を破壊するのはよう君でも簡単じゃないかもしれません。でも壊れないのが必ずしも良いとは限らない、それを証明するかの光景が目の前で繰り広げられた。

 

「うわぁぁあああ!?」

 

『すごいすごーい!』

 

『マジかよ……!?』

 

 折れないがために振った剣の勢いは持ち主が請け負うとことになる。

 ピタリと止められたことでヒーロ君の体勢はボロボロです。さらによう君が腕を開くにつれて剣に回転の力が加えられて自由な鳥から束縛された鉄球に早変わり。前回まで開かれ剣が解放されたその時、振り回された鉄球(ヒーロ君)は投げられた。

 きりもみ回転でヒーロ君が地面を抉り転がっていく。

 

「今度はこちらの番だ」

 

 両銃口から1弾ずつ弾が放たれた。ヒーロ君は何とか立ち上がって体を隠すように側面に隠れて受け止め弾いた。

 

「まずは通常弾。ここから派生させていくぞ。よく見ておけよ!」

 

 ヒーロ君を視界に閉じ込めて、キッド君に指示を飛ばす。ブラック☆スター君に続いてやっとキッド君の実習が始まった。

 

「最初は速度を殺し硬さと回転力に重きを置いた直硬弾」

 

 確かに第二派は遅かった。でも即撃ちされたので剣で前を塞いでいたヒーロ君は見ることができず、こちらも剣で防ぐことにせざる終えない。

 ゴィンという鈍い音が響く。

 そして……、

 

「な、なんで!?」

 

 なんとギィィーンという音を絶え間なく鳴らしていた。見ると、当たって弾けるはずの銃弾は全く勢いを衰えさせず障害物に当たり続けている。それもかなりの威力のようでたった2発でヒーロ君が身動きできなくなっていた。

 

「撃ち出すのは撃ち手の信念。確かな歩みで自我を徹し続ける硬き意思を込めれば、決して屈さぬ直線を引く。故に彼の名は直硬弾。さて、次はこいつだ。威力を捨て硬さを落とし速度に重きを置いた柔奏弾」

 

 よう君はさらにその場で引き金を引いた。……ヒーロ君はまだ剣を盾にしているのにもかかわらず真正面から、しかも同じ直硬弾ならまだ弾けるかもしれないところを、威力も硬さも削った新しい弾2発だけで、です。

 さっきよりも何倍も速い柔奏弾はまっすぐまっすぐ一直線にヒーロ君の方向へ進んでいく。

 そして剣と、すれ違った(・・・・・)

 

「何者にも手折れぬ強かさを持ちあらゆる逆境を受け流す柔らかな意思を込めれば、世界に浸透する音を奏す。故に柔奏。そいつは……」

 

 当たらなかった弾がそのままいったら当たるのはもちろん地面だ。でもそれはただの地面じゃない。それはヒーロ君がやたらめったらに振り回して出来上がってしまった、でこぼこしてえぐえぐなフィールドの曲がってるところだ。

 構えたヒーロ君を嘲笑うかのように横を通った弾は、わざわざ柔奏弾と名付けられたそれは、名の通り威力も硬さも無いのでズガンともガキンとも鳴らず弾けることもなく地面に当たると、弾んだ。

 

「んがっ!?」

 

「跳ねる」

 

 弾んだ柔奏弾が地面の傷口を跳ねて背中に衝撃を与えた。威力が弱くても銃は銃だから衝撃があるわけで、抑えていたエクスカリバーは傾いてしまい今まで止めていた直硬弾が解放されることになる。

 真っ直ぐ進み続けようとする弾はぐさりと貫かないまでも体の深くまでダメージを徹してようやく朽ちた。

 

「今度は直硬柔奏のバーゲンセールだ」

 

 クリスちゃんに若干影響された気がしなくもない言葉を吐き出してよう君が連射を始めた。その勢いはガトリング砲に迫るくらいほどでもう私の目じゃ区別ができないくらいの猛攻で、さっきよりも凶悪なものになっている。

 どっちかだけでも大変なのに、これらは組み合わせることで真価を発揮するものだった。

 出だしは柔奏弾過多で弾同士で干渉させることで上からでも降り注ぐというなんともあくどいものに、中盤では直硬弾が多くなり、柔奏弾に気を取られている相手に重撃を叩き込むという役割と跳ね返らない壁となって柔奏弾の動きを複雑化するという凶悪な役割を果たし、最後はまんべんなく撃ちこんで囲いを作る。

 

「し、信じられん。なんという魂コントロールだ。僕にあんなマネができるのか……」

 

「キッド君なら絶対できる! よう君が今やってるのだって、キッド君ならできるって信じてるからやってるんだよ。だから大丈夫、だいじょーぶ」

 

 目指さないといけない場所の高みを知って打ちひしがれている人がいたので応援しておいた。

 その間によう君の構えが微妙に変わっていて、二丁銃を一つに合わせると正面のヒーロ君に向け、膝を曲げ腰を落として二つの銃口を突きつけていた。

 

「これが最後の弾、名は吸束弾。……最果ての弾丸だ!」

 

 引き金は引かれ二つの弾が飛び出した。どういう原理か二つはクルクルと螺旋を描いて一つの塊のようになって突き進んだ。そして一つの直硬弾に追いつくとその回転力を奪うように力を高め、さらに直硬弾が朽ちると他の直硬弾の方へと向かうように機動を変えた。

 それとほぼ同時に先を行って飛び回っていた大量の柔奏弾のほとんどが吸束弾に向かうように方向を変化させており、超高速回転に至り始めているところに身を掠らせると回転力に磨きをかけ、描く螺旋の直径を狭めていく。

 

「意味はそのままだ。あらゆる全てを胸の内に吸い込み受け留める意思を込めれば、全ての思いを力に変える束を為す」

 

 既存の全ての力を吸収集束させた螺旋はさながら横這いの竜巻のよう。

 地平線や水平線なんて区切りでさえも一つにするかのごとく勢いでヒーロ君に襲いかかった。

 

「うぐぅ……」

 

「呵々、人の上に立ち共に歩んでいく死の神としてこれほど尊き者はないと思わないか?」

 

 呻くヒーロ君を前にしてよう君は屈託のない笑みを浮かべていた。

 

「ふむ、少々やりすぎたか? これではソウルの出番が望み薄になってしまいそうだ」

 

 いやいや、もう今更感ぱないです……。



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第14話

「………………」

 

「まだ、だ……」

 

 とっくに渦巻いた暴風で刻まれズタズタエグエグと悲惨だった広場は、人が垂直に寝ても余裕があるほどの大穴を一直線に伸ばしてさらに無惨なことになっちゃっていた。

 そんなやりすぎ光景を生み出した張本人もばつが悪そうに明後日の方向に視線を投げ捨てて見て見ぬ振りをしてらっしゃる。でも、聞き取れたのが奇跡とも言えるほどに微かなその音を耳にして、よう君は現実に向き直った。

 

「ほぅ……!」

 

 そして驚きを覗かせて感嘆の息を吐いた。

 

「まだ、……負けて……ない…………」

 

 だってヒーロ君が立っていたから。

 

 ちゃんと自重して手加減も加えていたとしてもよう君は誰の目から見てもやり過ぎだった。何かよう君のご機嫌を損ねるようなことをしたからこうなっちゃっているんだろうけど、それでも最初の『星族』という一族のことを伝えるためにやっていたことだけでも十分すぎるくらいだったと思う。

 けどよう君はそれですませず、半端じゃないもの――伝説の剣で力や何やらがマシマシになっていたのだとしても意識を刈り取るには十分過ぎる代物をぶち込んでしまった。

 なのに彼は立ち上がっていた。

 

「どうやら俺は見誤っていたようだな」

 

 だから、よう君は素直に賞賛し謝った。そして手に持っていた二丁の銃を小太刀とは逆の位置にまとめて挿すと背の鎌を抜く。

 

「どうやら、出番が来たようだぞ」

 

『チッ、やっとかよ。待ちくたびれて寝ちまうところだったぜ』

 

「呵々、それは上々。英気を養えたことだろう。俺は鎌の扱いに関してだけは雑だからな。折れてくれるなよ」

 

『ちょっ、おい? 今、ものスゲェ嫌な話を聞かされた気がするんだが……うぉっ!?』

 ソウル君の言葉がちょん切れる。その代わりに聞こえてきたのは風を切り裂く音が生温く聞こえてしまうほど鋭利な甲高い金属を擦る音だ。

 そこら中にありながらもないのと同じ空気というものを、手首の回転だけで摩擦させてよう君は鳴らしていた。回された鎌は余りに高速で1枚の円盾にしか見えなくなっていて、中の人がうめき声を上げているような気がしなくもない。

 

「最後の仕上げといこう。俺の鎌職人の技と我流がどこまで役立てるかはわからんが、しっかり学んでいくといい。数百年前の初期版というのも中々に得るものがあるだろうし、鎌の固定概念も崩せることだろう。…………それにこいつの芯も腐っているわけではなさそうだしな。バカリバーなんぞに穢されるのは勿体ない」

 

 最後の呟きは小さくて上手く聞き取れなかったけど、よう君は最後の人マカちゃんに向けて言うと鎌の柄ど真ん中を握り締め石突きを突きつけた。

 

「来ると良い。元職人の先輩としてお前の相手をしてやる」

 

「負けない! 僕は聖剣に選ばれた勇者なんだ!」

 

 ヒーロ君が翼を生やして前に飛んだ。よう君も併せて前に跳ぶ。そして剣と鎌の柄が衝突した。真っ直ぐ流すことも考えずにぶつかり合うことで二つの力がまっすぐ持ち主の方に伝わっていった。ヒーロ君は盛大に体勢を崩していて、一方のよう君も多少姿勢を…………わぉ。

 

「鎌というのは回転力を用いる武器。押し合い圧し合いする武器じゃない」

 

 鎌はよう君の手から離れすぐ後ろで独り廻っていた。そしてよう君自身は何の影響もなく右手を振り下ろした体勢でぶつかり合ったのがウソのよう。……いや、さっきのは私の勘違いだったからウソとかホントとかないんだけど。

 ヒーロ君とぶつかったのは鎌だけだったみたいだ

。鎌を振った風に見えていたけど実際は投げていたようで、今のよう君の体勢はいわゆる野球の投球した直後といったほうが正しいと思う。

 

「こういう使い方もできる」

 

 振った勢いで後ろに突きだしていた手を回転する鎌の中のに差し込むと、回る速度に合わせて腕で絡め取って掴まない。そのまま返し刀で腕を振り上げて距離も大きさもバラバラな幾線の軌跡を空に描いた。

 

『いかんっ!』

 

 ヒーロ君の体が咄嗟に後ろに跳ね飛んだ。ヒーロ君の驚いた顔を見るにエクスカリバーさんが勝手に動かしたんだと思う。でもそれは凄く良い判断だった。

 もし今のが当たっていたら当分腕が動かせなくなっていたかもしれない。よう君のことだから一日安静くらいで治る怪我で済ませるとは思うけど、誰かが真っ赤に染まる光景は見たくない。……灰になるのはもっと見たくないけど。

 

「まだまだ終わらんぞ」

 

 よう君の手に高速回転する柄の先端が掛かる直前で振りかぶった。そして先端が手に納まると投げた。横距離にして4,5m、高さも含めれば15mくらい。さっきとは違う本当の投擲です。ブーメランのように回転して最初は地面すれすれを水平に進みんでいたのが急上昇で一息で襲いかかる。

 それをヒーロ君は斬り上げすぐ下のよう君目掛けて振り落と……す直前で大きく仰け反った。

 

「呵々、よく見つけたな」

 

「くぅっ!?」

 

 恐ろしいことによう君がほぼ真上から鎌を捕まえて大車輪を敢行していたのだ。それをコピー紙1枚くらいのすれっすれの隙間でヒーロ君が避けたのだけど、避けられたにしてはよう君は嬉しそうな反応を見せる。

 そして地面に着地するのかと思ったら器用に刃の先端と柄の末端を地面に当てて一輪のタイヤとなって転り、また上空に飛び上がった。

 

「このぉっ!」

 

 ヒーロ君が切り払いで応じようとするもそれは悪手だ。刃に当たったよう君は回転の勢いでさらに真上に上がってしまう。再び空を制したよう君は自身の回転を止めて鎌だけを両手で8の字に盛大に回しだした。

 これからよう君が始めようとしているのが何か何となく察せてしまった。たぶんいつかテレビ中継もされていたあれだ。

 案の定、よう君は鎌をヒーロ君から大きく外れたところに投げる。

 

「え、こんなところで失敗!?」

 

「……ふふ」

 

 いけない。マカちゃんが目を白黒させて驚くもんだからつい笑ってしまった。マカちゃんの冷たい視線が痛い。

 

「ごめんごめん。いや、あれって失敗にも見え無くないけど、失敗じゃないんだ。ちょーっと鎌が一本だけっていう縛りがあるから変な感じがしちゃうかもだけど、あれはよう君のトンデモ技の始まりだよ」

 

「トンデモ技?」

 

「そそ、ほら始まるよ」

 

 見上げ直すと、無手になったよう君がヒーロ君目掛けて真っ逆さまに落ちていくところだ。

 

「こんなところでミスをするなんてね! やっぱり僕は勇者なんだ!」

 

「相手のミス程度で自身を勇者と呼ぶか。暴論だな。それに……」

 

「負け惜しみを!」

 

「ヨウ君!」

 

 無手のよう君目掛けてヒーロ君が一気に間を詰める。さらに近づく距離に呼応するように直視すると目が痛くなっちゃいそうなほど聖剣が眩く光りだした。

 そして最悪な未来を幻視したのかマカちゃんが声を張り上げた。

 

 たぶん見た目通りの大技の一つなんだろうなとは思う。思いはするけど……、

 

「ミスではないぞ」

 

「それでも無駄に終わっちゃうんだろうなー」

 

「「え?」」

 

 偶然にもよう君の呟きと被ってしまった。あと素っ頓狂な声もついでに被る。マカちゃんのはその奇抜な光景に、ヒーロ君のは自分の受けた衝撃に、っていう違いはあるけど。

 

「うぐぉぁっ!?」

 

「まったく、後ろがガラ空きだな」

 

 ヒーロ君の背中に垂直で叩き付けられた鎌を回収してよう君は口先をとがらせ不満をたらたらと零した。

 

「いやいや、そうなるように誘導したのよう君じゃん」

 

 でも意図してやったくせに文句を垂れるのはどうかと思う。長年付き合ってきた私でも引っかかるようなよう君の誘導にど素人がどうしろというんでしょうね。

 

「ど、どういうこと?」

 

「よう君って結構自由自在に鎌を操れるんだ。鎌をブーメランにしてるって言ったら良いのかな? ちゃんと限度はあるけど限度内なら距離も時間もほとんど好き勝手できちゃうんだよね」

 

 それが顕著に表れていたのは踊君が『死神・ヴァルファ』となる前、『黒武士・ヴァルファ』と呼ばれたあの白黒士者事件の八鎌流だ。鎌を足伝いに大空を謳歌していたのをよく覚えている。

 それに加えて誘導技術、こっちは私との久々の試合でやっちゃってくれた鉛球一個の大番狂わせのやつです。

 初見ってだけでもキツいのにプラス二つ重ねっていう鬼畜っぷり、しかも素人相手とか鬼でもしない所行じゃないかな。文句言うのはヒーロ君だと思います。

 

「よう君がヘンテコなところに投げたのも、素手になって真っ逆さまに落ちたのも、それ以前のよう君を払おうとしてヒーロ君が剣を振っちゃったことも、地面をコロコロしたのだって、全部この一瞬のための布石だった……つまり手のひらで踊らされていたと言うことだよ」

 

 ヒーロ君が地面に墜落し、少しは慣れたところによう君は着地する。

 

「そろそろ諦めたらどうだ? 小手先でやる技術じゃどう足掻こうと叶わないのはもう理解しただろう」

 

「ま、まだだ!」

 

 鎌を地面に突き立てると、よう君はヒーロ君に負けを認めるような風に諭した。今更感がぐんっと上がったのは気のせいじゃなく、まっこと事実。できればもっと速くしてあげて欲しかったくらいだ。

 

「現実から目を背けるな。駆け引きも真面にできない者に勝てるわけがないだろう。小手先は(・・・・)諦めろ」

 

「よう君も思いっきり反らしたくせに何を言ってるんでしょうね」

 

「響ちゃん!? 聖君が睨んでるから静かにしてて!?」

 

 はーい。

 

「まだ……」

 

『ヴァカめ。この男の言う通りだぞ。今のキミでは小手先は通用せん。小手先は(・・・・)な』

 

「?」

 

「呵々、全力の一撃でかかってこい。何の遠慮もない魂の全てを尽くす一撃で。それなら技術なんてものは関係ないだろう?」

 

 よう君は足を肩幅ほどに開くと地面を踏み鳴らし鎌を肩に担ぐ。その瞬間、よう君の存在感が激増した。

 

「後悔しても知らないからな!」

 

 ヒーロ君のも同じくらいに肥大化する。何がどうなっていうるのかすっごく不思議です。だれか教えてください……。

 

「魂の共鳴/機魂の共振」

 

 あぁ、よう君の手にしている鎌が分厚く大きな薄藍の両鎌になったを見たらなんなのかわかった。ついこの間叫んでたあれらしい。

 エクスカリバーも輝きが一層増してうざいくらいになってる。

 

『おいおい。だいぶ乱れてんじゃネェか。マカと初めてやった時より酷ぇ有様だ。てか、キコンってなんだよ。俺がいんの忘れてんじゃネェだろうな』

 

「む? そうか。今はお前がいたのだったな」

 

『おい、コラ。ふざけんな!』

 

「すまない。昔はこんなに武器化できるものが少なくてな。いつも通りやってしまった。……ソウルの口ぶりから察するに魔女狩りはしたことがあるのか?」

 

『あ、ああ。マカとなら何度も……』

 

「それは助かる。俺のこいつは感じてもらった通り未完成だ。完成例を知っておきたかったんだ」

 

 そう言えば未完の大技って言ってたっけ? あれでも十分な性能を発揮してた気がするけど、さらにその上があるんだ……。

 

「行くぞ」

 

『おう。任せときな』

 

「『魂の共鳴!!』」

 

 まだ膨れるものなんだと驚かされた。刃は極限まで薄くなり巨大さも格上になっている。アレには触れちゃ行けないと本能が危険を訴えてくる。

 こっちに来てから頻繁に『魂』がどうのって話を聞くことからたぶん魂に攻撃する何かなんだろう。私が相手するのは非常に危険な部類に入りそうだ。

 

「これが全力!」

 

「今できる最高をもってお相手しよう」

 

 極光とでも言ったら良いのか天にも届きそうなほどの光を携えてヒーロ君はエクスカリバーを掲げる。対するよう君は高密度高純度の鎌を背に回して深く腰を落とした。

 

「うぉぉおおおおおっ!!」

 

 雄叫びと共に極太の一振りが落とされた。合わせるように静かに極薄の一閃が煌めき衝突した。圧倒的質量が押し潰そうとよう君に伸し掛かる。

 でもそれは決して果たせない。

 いくらそれが伝説の武器でもそれは絶対だ。

 

「まだまだ精進が足りていないな」

 

 だってよう君はさらに上位(神様)の武器なのだから。

 極太の光は、極限まで圧縮された濃藍の光に打ち払われた。

 

「そん…………な……僕が負けた……」

 

 打ちひしがれ地面に手を付いた彼の姿はなんとも惨めだった。調子付いていたのがそもそもの始まりっぽそうだけど、それでもよう君に徹底的に潰されるほどのことではないだろう。

 

「ははっ、やっぱり僕はへっぽこなんだ……。伝説の剣を手にしたのにこんなあっさりまけるなんて、完敗するなんて……。職人に向いてないんだ」

 

 ヒーロ君が自棄になり始めてる。急いで止めさせないと面倒なことになりそうな予感……!

 

「何を言っている。最後に見せたお前の目はとても良かったぞ。若者よ」

 

「え?」

 

 でもそれを留めたのは蹴落としたよう君だった。落とした張本人とは思えないくらい朗らかに笑いヒーロ君に向けて賞賛を送る。

 

「俺は正直な話、二度目で終わったと思っていたんだぞ。一度目では狂っていたのも考えて余計にな。だがキミは俺の予想を超えて強い眼差しで俺を睨んだ。そして最後も全力だった。俺が嘘を吐いて半端なことをするかも知れなかったのに俺を信じ疑う素振りもなかった」

 

「……」

 

「お前は十分職人としての素質を持っているさ。技術はてんでダメダメだがそこは時間が解決してくれる。そんな聖剣に頼る必要はない」

 

 ヒーロ君の手から剣を取り上げる。

 

「まったくガキを誑かしよってからに。これは仕置きな」

 

『ちょっと待て、止めっ!? いくら私でもそんな方向には!?』

 

 エクスカリバーの切っ先と柄を掴むと思いっきり曲げ始めた。相当鬱憤が溜まってたんだね。高速で前に後ろにほぼ直角に曲がってる。

 

『ギャーー!』

 

 その叫びを皮切りに剣が静かになった。まさか剣上体相手に意識刈り取れるとは……指すが問うか何というか……。

 

「ちょっと待ちなさいよ!!」

 

「ん? あ、ああ、キムか。どうかしたのか?」

 

 睨むだけで殺せちゃいそうなくらい怖い目をしたキムちゃんが見物人を押し分けて前に出てきた。よう君もちょっと引いてる。

 

「なんでこいつが良い奴風にまとめてんのよ! ふざけないでよね!」

 

「だが事実だ。こいつの目はそんじょそこらの奴とは一線を画いている。時間を掛ければ未来はある」

 

「でも覗き魔よ!」

 

「…………なに?」

 

 ノゾキマ?

 

「だからこいつは更衣室に忍び込んだ覗き魔なのよ!}

 

「…………ほぅ?」

 

 さびたブリキの人形のようなかくかくした動きでよう君が振り返った。その顔に浮かべていたのは満面の笑みで感情は……何処に置いてきたんだろうね、なにももってない凍土と化していた。

 

「詳しく、聞かせてもらえるかな?」

 

「え、とそれ……は……」

 

 視線を右往左往させ挙動不審。手振りも身動きもごちゃごちゃで見事な慌てっぷり。

 

「響、判決は?」

 

「もちろん、ギルティー」

 

 まずは腐った性根をたたき直すところから始めよっか。

 

「『ギィャァーーーーーーーー!?』」




ちなみにその後ヒーロ君が学園に復帰できたのは半年後だそうです
(どうでもいいことだけど)
そしてヒーロ君の強化フラグが地味に立った
(ただし登場させる気は毛頭ない。そしてどれくらい期間がかかるかも言ってなかったりするw)


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第15話

またも一回跳んで申し訳ありませぬ……。
寝不足、不健康、過労が祟ってしばらく草臥れてしまいました。
まどマギイースターにガルフレ(♪)イベ、バトガイベ……
やれやれ……、やることが多くていけないね。

「自業自得だよ!?」

 何を言うでか。シンフォギアのスマフォゲームの製作が決定しているのだぞ。音ゲーの可能性もアクションゲームの可能性も他にもいろいろあるのに、どれの対策せぬまま自堕落に生き恥をさらすなど私にはできない。

「さ、左様ですか……」

 皆様もいろいろ可能性のあるジャンルに慣れ親しんでおきましょう。

……あと、貯金もしとかなきゃ。


『いやぁ~、お待たせしちゃってゴメンネ~。やっと揃ったよ~。……あれ? なんかひー君縮んでない?』

 

 何の前触れもなくしゃべり出した手鏡はよう君が顔を合わせるやそうそう意気揚々と疑問を吐露った。

 

「気にするな。ちょっとお前の愚息らに教育を付けてきただけだ」

 

「あ、そーなの? いや~、僕がしないといけないことなのに悪いねぇー。ひー君には面倒掛けちゃったかな~」

 

「勘違いするな俺がやりたいからやっただけで、別にシニ君のためでないぞ」

 

 ふわっとした謝罪が取り付く島もなく冷たくあしらわれる。偶然かかわっただけで何か思惑があったわけでもない気まぐれだとよう君は言う。

 でも、よう君はっきり言ってたよね。いくつかあった理由の中にキッド君が死神さんの子供なのに情けない姿をさらしてるからだって、そんな感じのこと。それでキッド君の模範も務めてたんだから、よう君の冷たい言葉が心にもないことなのは簡単に分かる。

 つまり私が何を言いたいのかというと……。

 

「ツンデレ乙」

 

「何か言ったか?」

 

「何にもー」

 

 納得いってない感じはあるけどふくれっ面のよう君はそれ以上は聞いてこず、いぶかしむ視線だけ残して簡単に引き下がった。

 うーん……さらにちっちゃくなったことでよう君の挙動が幼児退行した気がします。

 つい今朝方までは元気な小学生サイズをしていたよう君ですが、さっきの大バトルを経て今では4歳前後のちんまり園児になってしまってます。

 ロリコンをさらに下回るく……げふんげふん、ペドさんが喜びそうな見た目でほっぺはぶにぶにしてて気持ちいい。

 

『何はともあれ、本当にありがとね~。それで、これが頼まれてたのだよ。じゃ、またね~』

 

「ふぁっ!?」

 

 手鏡から枕ほどのダンボールがにゅっとでてきたんですけど!? え、なに、どうなってるの? 物理法則とか質量的なのとかその他もろもろどうなっちゃってるの。しかも平然とよう君は出てきたダンボールを空中で掴んで担ぎ上げてるし……。

 こ、これがこの世界の常識なのか……。

 

「いや、それ非常だからね。死神様は常識枠に入れちゃダメな方だから」

 

 声に出さずに戦慄してると横から的確なツッコミを入れられてさらに戦く。

 

「マカちゃんってサイコメトラーが!?」

 

「ありません! あんなおっきなリアクションしてたら誰でも分かります」

 

「え、なんなに?」

 

「うん。鏡の中から荷物がって驚いた顔してたと思ったら、でもこれが常識とでも言いたげな納得顔するんだもん」

 

 どんなけ私の顔は表情豊かなんだろ。鏡でちょっと確認……あ、死神さん通信で使ってるんだった、残念。

 ぺたぺた顔を触ってみるけどやっぱわかんない。お店の窓ガラスに向けて映るかと思ったけどよく見えなかった。

 

「……自分の表情って何処まで細かいんだろうって顔を窓ガラスに向けてどうしたんだ?」

 

「わかっちゃうの?!」

 

「? なにがだ?」

 

 ポパンと聞こえてきそうなくらい盛大に疑問符を浮かべてよう君が首を傾げた。話の流れについてけない幼女のようにあどけなさでホントにわかってない感じだ。

 

「ううん、何でもない何でもない」

 

 これ以上この話を掘り下げたら私にはあんまり良くない話になりそうなのでここらで切り上げておこう。

 

「そんなことよりそれって?」

 

 よう君が担ぎ上げたものを指差して聞くとよう君は軽くそれを振って教えてくれた。

 

「これか? ちょっと向こうの座標を特定するためのただのオモチャだ」

 

「オモチャじゃないよね!? それすっごい大事なものだよね!?」

 

「別になくてもいつかは帰れる」

 

「そんなに気長にいられないかな!?」

 

 よう君からしたらそりゃ一瞬の時間のことかもしれないけど私からしたらまぁまぁな時間になるし下手したら一生浮浪者になることに……。

 それは絶対イヤです。

 

「それにそれでバイオがハザードな世界に行っちゃったりしたら怖いじゃん」

 

「俺と響にウイルスが効くとでも?」

 

「なんで私までそんな人外設定が?」

 

「呵々、ガングニールが拒めばウイルスなんてイチコロだ。現に風邪一つ引いた覚えもないだろう?」

 

「たしかに!?」

 

 てっきり○○は風邪引かないとばっかり思ってた。まさかのガングニールの仕業だったと……。健康なのは良いことだけど、全然嬉しくないです。むしろこんなところでも人外っぷりが明らかになって悲しいところ……。

 薬のない風邪にも効いちゃうとかガングニール薬とか名打って売ればけっこう儲けられたりして。

 

「金属生命体(笑)を大量生産しても良いなら俺は拒まん」

 

「良くないです。……え、今なんて言った?」

 

「さぁ?」

 

 な、なんか聞き流してはいけないことをさらっと言われた気が……。

 

「ふむ、そろそろ行かねば今日中には終わらせられなくなるな。すまないが、響はここで待っていてくれ。ちょっと知り合いに会いに行ってくる」

 

「あ、うん。わかった、いってらっしゃい」

 

 問い詰めなきゃいけないことを言われたのに、それをする間もなくよう君は背を向けて街の外に行ってしまった。私も普通に送り出してしまっていた。

 

 

 

 少々、気を抜きすぎていた。

 余り響を不安がらせるようなことは言わぬようにしてのだがな……。まぁ、当の本人が気付いていないのが少ない救いか。

 こちらも早く手を打っておかねばなるまい。

 

「まぁ、それも帰った後の話だな。今は帰ることだけに集中すべきか」

 

 響らと別れ1人向かったのは遠い昔に友と巫山戯て建てた遺跡痕風建築物。たしかBLUWだったか? BLUE……? いや、これは青か。会話でしか聞いた覚えがないな。とりあえずブリューという名の魔道具を保管している場所だ。

 最後に見た姿とほとんど変わることなく今もまだ強大な磁場嵐が極寒の世界に吹き荒れていた。

 

「ふむ……。流石はエイボンというところか」

 

 エイボン、それがシニ君との共通の友……まぁ、シニ君は友という関係ではなかったはずだが……の名だ。中々に探求欲豊富な奴で数多の作品を手がけている。向こうの世界で言うとフィーネや束嬢に似た性質を持った奴、とでも言えば良いだろう。

 でも危険度的にはあの2人よりも何倍かはマシだ。あの2人は作った者で世界が破壊されようが破滅しようがどうでもいいという厄介な思考持ちだったが、こっちは作った結果がどうなるか事態は気にせずも正しき使い方をするものにもって欲しいという意思事態は持っていた。

 とはいえ意思があるだけで悪人が持っても我関せずの姿勢を貫いたがな……。

 

『何時までそこにいるつもり? そろそろ入ってきたらどうかな』

 

「ああ、すまない。すぐに行く」

 

 地場嵐の奥からノイズの激しい声が聞こえてきた。

 流石は死神が統べる世界とでも思えば良いのか……長生きの奴が多い。疑いもせずにやってきたがやはりこの地でずっと生きていたようだ。

 呵々、それにしても1世紀超えで会える知人がいるのは嬉しいものがある。

 

「久し振りだな。エイボン」

 

「久しいね。聖」

 

 久々の再会を果たした相手は相変わらずヘンテコな格好をしていた。奇術師とでも言えばよいのか、面白味と風情が混合する不可思議な黒の法衣は奇抜の一言に尽きる。

 

「元気にしてたか?」

 

「……ああ。君も壮健そうで何より」

 

「「……………………」」

 

 会話が続かない……。

 それも仕方がないことか。サージェならともかく俺も無闇に話したがる方ではないし、エイボンも余計なことをしたがらない性格をしている。弾む会話でないかぎり沈黙になるのは必然だった。

 積もり積もる話は何かあるに違いないが、本題に入って盛り上がってからでも遅くはない。いや、そうした方が良い。

 ぐだぐだ取り繕って変な発明品を持ち出されたら敵わん。

 

「早速で悪いが少々協力して欲しいことがあるのだが良いか?」

 

「かまわないよ。何の用なのかな?」

 

「ちょっと異世界転移のー……術式か機具でも作ろうかとな」

 

「…………………………………………………………………………ほぅ、異世界?」

 

 おっと目の輝きが変わった、比喩的じゃなくリアルな意味で。剣道の面みたいな格子状の隙間ごしに覗いていた細長の吊り上がった二つの光点が大きさを増して熱い視線を送ってくる。

 

「やっぱり世界転移は成功させていたか」

 

「無論だよ。だけど、異世界までは考えていなかった」

 

「そう悲観するな。俺もつい昨日まで考えたことがなかった」

 

 なんということだ! とでも叫びだしそうなほどの感情の震えを見せるので一往俺が特別思い至ったわけではないことを言っておく。

 

「どうやら俺は異世界の住人だったらしい。ここ数百年はいるべき世界にいたのが偶然が重なったことでまたここに戻ってきた。……いや、戻ってこれたのは素直に喜びたいのだぞ? だが俺にも俺の連れにも行かねばならぬ世界が他にもあって、なさねばならぬことがあるのでな。ここに長居するわけにはいかないのだ」

 

「……だから帰る手段を求めるのか」

 

「うむ。再びこの世界を訪れることができるようにするためにもエイボンの叡智を貸して欲しい」

 

「……良いよ。機材はあるのかい? 設計図は?」

 

「代用可能なものはシニ君に頼んで用意してある。基礎設計も他世界で使用したものがある。ある程度は転用できるはず」

 

「そうか、死神が……。つまりあとは私の知るこの世界の特有を適用すれば良い、と言うわけだね」

 

「話が早くて助かる」

 

 ISの世界からシンフォギアの世界、またその逆を行うために必要だったのはISという核とシンフォギアシステムという核の知識だった。

 どちらの第一人者でないがために一度目はノイズの影響を受け大幅に転移が狂ってしまった。だが帰りは比較的に確かなルートを形成していた。結果として歪んでしまっているので説得力はないが、それは確かだ。しゅわっちの狂気の爆発が重なったのが悪い。

 話は戻してこの世界の核。これはおそらく職人と武器関連だろう。そうなると責任者はこいつだけ。人の血に武器の因子を取り込ませ魔を生んだエイボンしかなり得ない。

 

「元があるし今晩中に終わらせるぞ」

 

 早く帰らねば千冬嬢に拘束される時間が延びそうなのでな。



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第16話

失礼、予約投稿に失敗してしまいました……。


「うぇ?!」

 

「む? そこな少女よ。人の顔を見ていきなりいったい何事……だ?」

 お天道様がようやく全身を出した頃、研究者の地味なハイテンションから解放された帰り道だ。

 俺の顔を見てしかめ面をする少女に出会った。見た目年齢的に言えば今の俺より上でつい先日までよりは下くらい。

 普通なら誰もいない早朝を満喫している子供の邪魔をしてしまった、と謝罪し早々に立ち去ってあげるところだ。……たとえそれがどんな反応だったにしても。だが、それはあくまで平時限定の話、今目の前にいるヘビッ子は全くの別だ。

 

「……少女の身体を乗っ取って何をしている、メデュー。返答次第ではサイフにするのも辞さないぞ」

 

 ゴーゴン三姉妹だっただろうか?

 旧友の一人の三人娘の通称で、名前はクモッ子のアラネとヘビッ子メデュー、サソリ少女のシャウ、だったはず。

 三人共が魔女界でもなかなかに強力な魔の使い手で、よく相手をさせられて疲れさせられたものだ。…………毒蜘蛛も毒蛇も毒蠍もどれ一つ効くことはなかったが。

 

「いくら私のお肌がキレイだからって遠慮させてもらうわ。それと私はメデューじゃなくてメデューサよ。……それにしてもやはり生きていたのね、聖兄さん。それと、なんとなく言わなきゃいけない気がしたから言っておくけど、私の姉妹はアラネとシャウじゃなくてアラクネとシャウラよ」

 

「む? そうだったか。それはすまん、メデュー。昔からメデューとばかり呼んでいたからすっかり忘れていた……。それでアラネとシャウは元気にしてるか?」

 

「……メデューサだと言ってるでしょう。はぁ……アラクネは貴方が逃がしたせいでうざいくらい元気よ。シャウは……あの子は死武専の子たちにやられちゃって今は魂が保管されているわ」

 

「あの子が……。いや、おかしな事でもないな。結構狂気走らせた子だったし……。終ぞ治らなかったのか」

 

 できそうなら跡で回収して説教しよう。治るなら良し、治らねばぶった切るだけの話だ。問題ないな。

 

「それでメデューはその少女の身体を乗っ取って何をしているんだ? ああ、しゅわっち……じゃなくて阿修羅の封印を解いた時にいろいろあったのは聞いている。それを踏まえて話を聞かせてもらえるか?」

 

 あ……しまった。しゅわっちと話をしにいくのを忘れていた。後で行かねばな……。

 

「聖兄さんには関係の無い話よ」

 

 やれやれ、突っぱねられてしまった。時間も限られていることだし、あの手で行こうか。

 

「そうか。なら仕方がないな」

 

「え? ちょっと何を……!?」

 

 小さい身体では普通に抱え上げるのはできないので足を掬い上げて両手で抱える。

 

「一刻も早く少女を解放してやって欲しいところだが、そういうわけにもいかんのだろう? 魔力が底を突いているのを見るに無理に離すとメデュー自身の存在が消えかねない、といったところか。魔力が回復するまで時間はたっぷりある。話はその間にゆっくり聞かせてもらう。もちろん死武専でな」

 

「……ほんとお節介な人ね。でも下ろして下さらない? いくら私たちが幼い姿をしてるからって、私も貴方も立派な大人でしょう。流石にこの格好は……」

 

 顔にほんのり赤みを射し込ませそう言われたが止めるつもりは毛頭ない。

 下ろせば逃げ出しそうだし、何より帰りが遅くなる。小脇に抱えるなどの持ち方もあるが身長差で擦りかねないし、落とす恐れもある。

 それに背中には既に物があって背負うのもできないし。

 

「なに、安心しろ。幸いまだ人はいないし移動中に誰かに見られると言うこともそうそうない。あぁ、それと口は開くなよ。舌噛むから」

 

 ……最近、休む機会が減ったなぁ。

 そんなことをしみじみと考えながら大地を踏み抜いた。

 

「きゃぁぁぁあああああ!?」

 

 

 

――ぁ……ぁ……

 

「……なんか聞き覚えのあるような」

 

 よう君が帰ってくるまで暇なので、ちょっと先生に頼んで生徒に紛れさせてもらってます。そこでブラック☆スター君とか他にも何人かの人との決闘を制して遊んでいたら、なじみ覚えのあってしまう旋律が微かに耳に入ってきた。

 

「な、なんだ?」

 

 音のする方向に顔を上げてちょっと左右を確認。

 ……みっけ。不思議そうに首を回す人たちに指差しでお知らせする。上空のさらに遙か彼方にあるってことを。

 

「……?」

 

 それは黒っぽいちっちゃな点です。でも目を懲らすまでもなくどんどん見えるようになっていく。だってこっちに向かってもんのすごい勢いできてるんだもん。

 たぶん通ったんだろうな~、と思える辺りの雲が局所的に歪み、戻るを繰り返してる。空気を斬り裂くという次元じゃないね、もう大気割っちゃってない?

 あの人の腕の中で巻き込まれた人も運が悪い……。…………………………え? 腕の中?

 よう君が誰かを抱えていた。

 

「いや、べつにようくんがだれとどんなことをしててもいいんだよ? ようくんのじゆうだから……でもあんなおさなそうなこをおもちかえりとかないよね? まじでろでりなひとだったの? そりゃあ……あはははははははは…………」

 

「響ちゃんが壊れた!?」

 

 わたしはこわれてない。わたしはこわれてない。わたしはこわれてないわたしはこわれてないわはひはこわれてないわたぉわれて……

 

「到着っと」

 

「ようくんようくんそのコハダァレ?」

 

「? ……そう言えばこの子はだれなんだ? メデュー」

 

「レイチェル、と呼ばれていたわ」

 

「だそうだ」

 

「はい?」

 

「め、メデューサッ!?」

 

 え、……どゆこと?

 

………………

…………

……

 

「つまりこの子……改めメデューさんはよう君の古いお友達の娘の一人で、今は訳あってレイチェルちゃんの身体に寄生してると」

 

「メデューサよ」

 

「うむ。それで引きはがす必要があるのだが、その場合魔力不足でメデューの存在が壊れかねなくてな。それにこの子の家を俺は知らない。変なところで切り離して泣かせるより、シニ君に尋ねて分かっている状態のほうが良かろう」

 

「だからメデューサよ」

 

「他にもメデューのしようとしていたことを聞き出す必要もあるからな。出先でする訳にもいくまい」

 

「だからメデューサだと……」

 

「ああ……、なんかメデューさんが企んでたんだっけ?」

 

「言ってるでしょう!!!」

 

「うぇひっ!」

 

 あらら、怒られてしまった。

 

「俺の中ではメデューはメデューだ。今更変えるつもりはない」

 

「メデューって響き、かわいいもんね」

 

「貴方が貴方なら、その連れも同じなのね……」

 

 疲れた様子で肩を落とす幼女Ⅱの脇に手を射し込んで抱え上げてみる。よう君とはまた違った抱き心地がしていいかも。

 

「……もう好きにして」

 

「あのメデューサが投げた!?」

 

「そのまま響はメデューをシニ君のところに連れていってやってくれ。その間にここらにいる魔女ッ子を呼びかけてくる」

 

「了解であります」

 

 出会って早々だけど授業を抜け出して死神さんの部屋に向かいましょう。

 

 

 

「ゲコッ!? なんでメデューサがここにぃ~、ゲコブッ!?」

 

「なんでって、俺が連れてきたからだが」

 

 よう君に連れられて来たエルカさんはメデューさんを見るや異様なほどに全身から汗を滴らせ、逃げ出さんと回れ右で駆け出す、前に足を取られて床に張り付いた。

 

「まぁ、案ずるな。ちょっと魔力を分けてもらうだけだから」

 

「い、いやよ!? そんなことしたらわたっわたし!?」

 

「あらあら、どうしたかしたの?」

 

 メデューさんの捕食者のような歪んだ笑みが向けられる。受けたエルカさんは半狂乱でオタオタしてる。

 まるでヘビに睨まれたカエルのよう? あ、使う魔法的にもヘビでカエルだった。なるほどエルカさんにとって天敵なのか。

 

「大丈夫だ。メデューには何もさせんよ。中にあるのも含めて」

 

「……気付いていたの」

 

「当然。メデューのやりそうなことくらい予想できる。魔造兵器の基礎を組んだのが誰か忘れたか?」

 

「お兄ちゃん/聖さんが作ったの!?」

 

 刺々しい視線が襲いかかるもよう君は笑い飛ばして平然としてる。さらにエルカさんや一緒に来て言葉を失ってたキムちゃんが驚愕するようなことを言ったらしい。

 言葉だけでなんとなくわかるけど、よう君の多岐性にはもう呆れるのも億劫になってきた……。

 

「うぃ。自壊させることもできるがどうする?」

 

「回収するわよ」

 

 エルカさんの中から斑模様のほぼ二次元なヘビがうねうね出てきた。紙にでも書いたような曖昧な立体感をしてるなんて見てたらメデューさんの腕に張り付いてタトゥーになってしまった。

 この時、着脱自由なタトゥーとか儲けられるんじゃ、なんて外れたことを考えてしまった私は俗世に汚されてしまったということなのでしょうか……。ちょっと落ち込む。

 

「エル嬢とキムはメデューの魔力補充を頼む。シニ君、レイチェルって子の身元確認できないか?」

 

「ちょっと待っててねぇ~。いま死人君に確認させるから~」

 

 鏡の中に死神さんが一旦消える。

 そういえば言ってなかったかも。死神さんって普段は鏡の世界で暮らしてるんです。鏡渡りなんて能力があるそうで鏡電話やダンボール渡しもその一端なんだとか。

 

「お待たせ~」

 

「……お、終わったわよ」

 

 死神さんがぬっと出てくるのとエルカさんが息を吐くのは同時だった。

 

「その子は少し前に捜索願が出されてたよ。今、ママさんに連絡を取ってもらってるよ~」

 

「一往、メデューサの魔力は大体戻ったわよ。本当に大丈夫なんでしょうね……」

 

「そうか。じゃあ早く送り届けてやらないとな。心配ならエル嬢は下がってても良いぞ。後は俺がやるから」

 

 エルカさんが心配そうにするのを余所によう君はメデューさんと目を合わせる。

 

「返してやってくれるな?」

 

「…………いやといったら?」

 

「強制退去だな」

 

 にこりとよう君が笑った瞬間、よう君の右手がバチバチャァッ! と聞いたこともないような通電音で唸りを上げた。

 

「ブラック☆スターの完成された魂威を元に作ってみたんだが、丁度良いのがなくて試せてないんだよなぁー」

 

「…………」

 

 湯気の漂う右手をふりふりと振って楽しそうに告げた。その横顔はついさっきメデューさんがしてた笑みと同等以上の迫力を持って上下関係を明確にしている。

 ニコニコしてるよう君を見ていたメデューさんの体が不意に二つにぶれた。でもすぐに戻る。またぶれる。

 メデューさんの色がどんどん曖昧になっていき、そして完全に二つに別れると片方の体が地面に……

 

「おっと」

 

 吸い込まれる前によう君が抱えた。

 手折れなかった方は大きくなっていって女性の姿で色が固定された。

 

「メデューのほうは大丈夫そうだな」

 

「ええ。魔力は全然足りないけどこの子じゃ仕方ないもの」

 

「少なくて悪かったわね!」

 

「あら、貴女のこととは一言も言ってないのだけれどね?」

 

「ムキーーーッ!!」

 

 大人な色気を醸し出しつつ無邪気さを残す女性がメデューさんの本当の姿なんだ。こめかみの辺りから長ーく伸びる左右の髪を胸元でクルクル巻くとよう君を見た。

 

「これで良かったわね?」

 

「うむ。シニ君、メデューのことを頼んだ。俺はこれからこの子を送り届けて、あとこいつの設置に行かなきゃならんので。もしメデューが何かアホなことを……シニ君のことだから大丈夫だとは思うが、したら響を頼ると良い。そんじょそこらの職人や武器より断然強いから」

 

「えっ?! 私、魔法とかそんな予備知識皆無なんですけど!?」

 

「響の対応力なら余裕だぞ。それに……な」

 

 満足げなよう君は最後のほうの言葉を濁すとククっと笑いをかみ殺した。

 

「あらら? このまま放置しちゃうけい?」

 

「ああ。殺すことさえしなければ俺は何も言わんよ。メデューがやったことは良くないことなのは確かなようだし、その罰は下しとかなきゃいかないだろう? そう言えば、ここにはメデューの子もいるようだし」

 

 ……ああ、そう言えばいたっけ。

 出会って早々、こん珍妙奇天烈な人となんてどう接したらいいかわかんない、って言ってくれるもんだから思わず一兄感覚で一発でやってしまったんだよね……。なんとか謝ろうとしたんだけど逃げられちゃってそれっきりになってしまってる。

 でもさ、女の子に向かっていきなり珍妙奇天烈は酷くない? 私自身変わってるのは自覚してるから、珍妙か奇天烈のどっちかだけなら許せるんだよ? でも珍妙奇天烈は許せません。勿論、奇天烈珍妙も一緒。

 

「響の中でいったいどんな線引きがされているのか聞いてみたいところだが……、まあそれは良いとしてシニ君、死なない程度でよろしく」

 

「はいは~い。いってらしゃ~い」

 

 あ、また置いてかれてしまった……。

 

 

 

「月の裏側ならこんばんわ~? っと」

 

「ぎぃぃぃいぃぃぃやぁやああぁyぁやぁあ!?!?!?!?!?」

 

 神が蛇にお説教し始めたその頃、世界の半分が寝静まった空の上でそんなやり取りが行われていたとかいないとか……。



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第17話

「世話になったな」

 

「いんやいんや~、対したことはしてないよ~。僕とひー君の仲じゃな~い~。気にしないで~。……でも本当にもう行っちゃうの?」

 

「うむ。向こうには俺たちを必要とするものがいる。その頼みに応えてやらねばならぬゆえな」

 

 次元転移の用意が調ったということでよう君と一緒に厄介になってお友達になった人たちにお別れの挨拶回りをしているところです。

 夜も良い時間だったけどみんな快く迎え入れてくれました。そして今は最後の人(?)死神さんの元を訪れてます。居合わせたのはマカちゃん達の担任なんかもやってる先生方、しゅわっちさんと会った人たち――えっと頭にねじ刺したシュタインさんとマカちゃんのお父さんのスピリットさん、そして立会人してたゾンビの死人さんです。

 帰ると伝えるとみんな似たような表情で残念がった。

 ちょっと受け入れてもらえたようで嬉しくなってくる。

 

「僕達も必要としてるんだけどな~。せめて阿修羅君をどうにかする算段くらいは一緒に建てて欲しいかな~って」

 

 名残惜しいんじゃなくて戦力減少を嘆かれてる!? 

 

 

「大丈夫だ。俺たちがいなくなっても必ず全部円満に解決できる。呵々、俺たちの影響は既に世界に伝播済みだからな」

 

「? 魔女達のことはひー君のお陰でなんとか仲が取り持てそうだけど……、どうにもならないことことも結構多いんだよ~。ほら、伝染する狂気の波長……とかね」

 

 キョウキノハチョウ?

 初めて聞く言葉が最後になって登場した。でもここでの生活のことを考えると魂とか精神関連のワードだろうから、狂った人の波長ってやつかな。変人同士は結構共鳴するって聞くけど伝染するとはいかに?

 

「あれれ? そういえばだけど、ひー君たちは大丈夫だったの? この町には僕の加護がかけられてるけど完全じゃないんだよね~」

 

「???」

 

 え、何が? 特に変わった事なんて起きてませんけど……。

 

「まさか、君は何も感じなかったのかい? あんな濃密な狂気の傍にいながら……」

 

 死神さんからの視線に首を傾げてイミフとお答えしてみたら、シュタインさんが眉をひそめて見られてしまった。……あ、よう君以外の皆からでした。

 

「えっと、いったい何時のことなんでしょか?」

 

「しゅわっちと顔を合わせた時だな」

 

「あぁ、最初の」

 

 あの時思ったこと、思ったこと…………………………。

 

「声量凄いな~ってことくらいしか思わなかったんですけど。……あ、あと三日月が怖かったです」

 

 最近の三日月さんはにたにたしてるだけなんでもう慣れたけど、あの赤くドロドロした液体流す三日月さんはホントに怖かった。……激昂した踊君の次の次くらいに。

 

「……それだけなのか? もっと他に何かなかったのか? 苦しいとか恐ろしいとか。キッドや魔女エルカの話ではナニカに殺されるという幻覚まで見えたという話なのだが」

 

「いやいや、そんな怖いもの見てませんよ!? よう君だって見てないよね?!」

 

「一往見た……んじゃないか?」

 

「なんでそんな曖昧なの!?」

 

「いや、一睨みしたらすぐ逃げたし」

 

「「「狂気が!?」」」

 

 踊君ならあり得ると納得してたら、先生たちのツッコミが飛んできた。

 

「そんなバカな……。狂気は空気と同様でただ世界に漂うもの。逃れようはないはず……」

 

「はぁ、つまりひー君はやっぱり規格外だったってことだね。その関係者もそうなっちゃうのかな~……」

 

「心外な」

 

 死神さんの疲れたように付けた結論によう君がちょっぴりむっとするけど、自覚があるのか何も言わなかった。

 

「あ、でもこれって良いことだよね~! そっかそっか、そう言えばひー君は彼を使ってマカちゃん達にいろいろ教えてくれたんだったよね。それにキムちゃんやエルカちゃん、彼女たちもまた君の関係者、ってことは規格外化が進んでるってやつになるかな~。十分戦力が上昇してるってことになるんじゃな~いかな? シュタイン君」

 

「……なるほど。そう言う考えもできなくはないですね」

 

 よう君が病原菌扱いされてる気がしなくもない。

 死神さんが一気に上機嫌になった。併せてシュタインさんも内心嬉しそうに口元を緩める。でもそこに水を差す人がいた。

 

「なんだと? シニ君はまだ気付いていなかったのか?」

 

「え?」

 

 喜ばせた本人よう君だ。

 上げて堕とすやる気なのかと心配になったけどそれは私の杞憂、よう君の次の言葉は死神さんのテンションを天元突破させるものだった。

 

「シュタインを蝕んでいた狂気自体は既に消えているんだぞ?」

 

「!? そうなのかい、シュタイン君」

 

「…………………………どうなんでしょう?」

 

「い、いや、確かに最近のこいつは結構落ち着いてます……。狂人なのは昔から変わってねえけど、阿修羅復活直後とは比べものにならないぐらい、昔のまんま」

 

「だそうですよ。先輩曰く」

 

 ……昔から狂人ってそれはそれでどうなんだろう……教師してるのに。

 ビミョーな気分に私は陥ったんだけど、慣れた彼らにはその言葉は信じられないほど良い知らせだったみたいです。

 

「それにさっき上げた奴らもそうだが他にも、多分この街のほとんどの人間はもう狂気に取り付かれることはないだろう。職人、武器、それ以外問わず」

 

「そうなのかい!? でもどうして……」

 

「言ったろ? 俺たちの影響は伝播済みと。こっちにも色々あるんだよ。…………主に響にだがな」

 

 悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべて言うのだけど、最後の呟きだけはかみ殺されちゃったのでちゃんと聞こえなかった。でも歪んだ口元から察するに悪いことではないんだろうと推測しときます。

 別に私を見てるからってわけじゃないよ、ホントダヨ?

 

「そういうわけで俺たちがいる必要は無いんだよ」

 

「そういうことだったんだね~。あ、だからってひー君たちが行っちゃうのを手放しで喜んだりはしないからね? 引き留めることができないだけで悲しいのは悲しいんだよ。これでも」

 

「呵々、言わずともわかっている」

 

 よう君が死神さんの目の前に立つと拳を向けた。

 

「会えて良かった。『また』な、友よ」

 

「うん……。僕も会えて嬉しかったよ。『また』ね、僕の友」

 

 その小さな拳に死神さんも大きな拳を当てて返した。

 二人の柔らかな横顔はいつまでも私の心に残り続けるとってもあったかいものだった。

 

 

 

 

 

 

「……なぜだ、なぜだ、何故!!」

 

 ただの八つ当たりでしかないつまらない拳にコンクリートの壁が壊された。

 

「俺はこの世界の主人公だぞ! 何故俺がこんな目に遭わなければならないんだ!!」

 

 再びその男は壁を殴り、砕く。

 

「クソクソッ! 最強を寄越せと言ったのにこの役立たずが!」

 

 さらには自身の手首にあるそれを投げつける始末。

 

「他の特典もまともに使えねぇしよぉ! 他の女共に効いたところで肝心の奴らに効かなきゃ意味ねぇだろうが! 堕神が!」

 

――特典

 

 それは踊達も持つ転生者の持つ権能の呼び名の一つ。つまりこの男もやはり転生者だと言うことに他ならなかった。

 だがその叫びを聞かなければならなかった者達はここにはいない。

 もしもここに、彼等がいたのなら……。

 

「あのイレギュラーのせいだ。……ああ、そうだ。それしか有りえねぇ。この俺のいるべき場所を奪いやがって!」

 

 このイカれた歯車が嵌められることはなかっただろう。

 

「絶対にブッ殺してやる……、『聖踊』!!」

 

「随分いい目をするようになったネェ、キミィッ!」

 

「っ!?」

 

 『偶然』という名の神のイタズラが、

 

「やぁ。久し振りだね、『桐生龍也』クン♪」

 

「て、テメェは!?」

 

 その歯車を今、埋め込んでしまった。



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第18話

「……お早いお帰りだな。聖」

 

 どーも、どーも。皆さんこんにちは、それして……サヨウナラ♪

 

「へにゅりんっ!?」

 

 こうして私の人生の幕は今、下ろされた……れた……れた…………れ……た…………

 

「仕方が無いな。この私が直々に切ってやろう」

 

「自分で上げるので切らないでへいきへっちゃらです!」

 

 私の中のちっちゃな私が超特急でえっちらおっちらと下りた幕を引き上げる。

 そして開いた目の前には、聖母のような微笑みを浮かべ出席簿の角を手で撫でる血躙愉(ちー)姉がいた。

 ちー姉に切ってもらったら最後、幕と一緒に玉の緒も切り落とされそうだよ。

 

「ハッハッハ、遠慮するな。これも教師の役目ダ」

 

「そんなのなにゅぅっぶっ!?」

 

 本日二度目の出席簿落としが頭に炸裂した。

 とほほ……、この二回で何個の脳細胞が死んでしまったのか心配だよ。これ以上おバカになったら流石に困る。学校二つも行くことになっちゃったし……。

 

 

「大丈夫だ。それ以上にポコスカやられている一夏が大丈夫なんだし。……勉強内は」

 

「私を舐めるなよ。何処を叩けばどうなるかなど承知している」

 

「勉強だけでもダメだよ! ちー姉もそれわかっちゃダメなやつ!? てか一兄のアレってちー姉の故意だったの!?」

 

「「ウソだがな」」

 

「ウソなんかい! て、よう君のはどこからどこまでがウソなの?!」

 

「ご想像に任せする」

 

 ……勉強内だけがウソってことで考えといていいかな。」

 

「それで、何故こんなに遅れた? 話では一昨日だったはずだろう」

 

「うむ。それが転移中に知り合いのバカ騒ぎに巻き添え喰らってしまってな。そのまま余所の世界で漂着していたのだ」

 

 ちー姉とよう君は何でもなかったかのように……どころかやり遂げた感たっぷりにハイタッチしてふっつーに話を戻してしやがりましたよ。

 

「……て、え?」

 

「転移に影響を与えるほどとは、お前の知り合いは末恐ろしいな」

 

「空も飛べるようになっていたが……、よもや千冬嬢は飛ばぬよな?」

 

「人間を止めたつもりはない」

 

 うわー、よう君すっごーい。ちー姉相手にタメ口使ってるー。

 いつもなら即座に出席簿を叩き落とすのにそれを咎めようとはせず、ちー姉も口調を軽くして話し出す。

 ま、まさか私が勉強に明け暮れてる間に二人の間に何か進展が!?

 

「確かに進展はあったぞ。ただし響の考えているようなことでは全くなかったがな」

 

「むしろ響のせいでといったほうが正しいだろう」

 

 ちょっとピンクな邪推してたらあっさり看破されてしまった。私の兄姉の勘の良さにもはや恐怖しか感じられません。

 てか何故に私のせい? なんて思わなくもないけど……………………現実逃避はこのくらいにしときます。

 

「なんでちー姉が世界転移のこと知ってるの!?」

 

「なんで、て俺が教えたからだ」

 

 だろうね! 呆れた目で見なくても、私が言ってないんだからよう君しかいないのはわかってるよ。そうじゃなくてなんでちー姉に教えたんだかが聞きたいんです。

 ジト―と半目を向けて睨むと、冷ややかで蔑むような目が4つも帰ってきた。

 

「な、なに?」

 

「「元はと言えばお前が原因だ」」

 

「うぇぃ!?」

 

 私、何かしたっけ!? 特にやっちゃった記憶なんて持ち合わせてない。どっちかって言うとよう君がズタボロになったり槍になったりしたのが原因じゃないかと思う。

 ……うん。やっぱり私は悪くない。

 

「臨海学校の時に一夏を除いた奴らで話したらしいじゃないか」

 

「え、うん。話したよ。色々と」

 

「その時に自分がどんな話をしたか覚えているか?」

 

 …………えーっと、確か最初にライブで起きた事故の話をして、それから色んな人に助けられてよう君と暮らすことになった話、……あと生き残ったこと虐められた話、だったかな。

 

「うん。でもちゃんとノイズのことは話さないように気を付けたよ」

 

「…………はぁ」

 

 深い溜息を吐かれてしまった。

 

「……千冬嬢」

 

「……わかった。響、この世界でそのような大きな事故は起きていない。精々あっても人が一人、二人亡くなる程度だ」

 

 あ……。

 

「仮にあったとしてもだ。一夏と出会う前、響は5才以下だったのだぞ? 小学生どころかまだ園児、そのような子供に大人公認の虐めがあるわけ無かろう。そも逃げるという行為すらできるか怪しい年齢だ」

 

 ……。

 

「えっと……、まさか……」

 

「あの場にいたほぼ全員が気付いている。気付いていないのはオルコットくらいだ。まぁ、あいつもそろそろ調べている頃だろうがな」

 

「箒ちゃんにまで気付かれちゃってるんだ」

 

「むしろあの中では箒が一番最初に気付いていたぞ。同じ国で過ごしていて事件があったかどうかくらいわかるに決まっているだろう」

 

 あっはっは~…………ごもっともです、はい。

 

「ちなみにデュノアを通じてボーデヴィッヒも調べているとの話だ。2学期にでも入れば聞かれるだろう。覚悟しておけ」

 

「よ――「手は貸さんぞ」――攻めて最後まで言わせてくれてもいいじゃんか……」

 

 一人一パタキくらいは覚悟しとくべきなのが決定しちゃったかも……。

 

「いつかは話さなければならないことだ。それに話したお陰で昨日までのように世界を超えることができたのだぞ。そう悪い話でもあるまい」

 

「そうだけどー」

 

 ……て、あれ? もしあの話してなかったら夏期課題が倍になることもなく平和に……

 

「留年決定だな♪」

 

「わー、話してて良かったー!」

 

 平和どころか、未来とクリスちゃんに殺される所だったと言うことですね。

 ぐっじょぶ、あの日の私。

 

「留年だと?」

 

「響は向こうの世界でも学生なのだ。年齢も今と完全一致でズレはない。今回繋がったのも、二つの世界で基点の響が一致したからとみるべきなのだろうが……、まぁ、そんな話はどうでもいいことか。その都合でこれからは向こうの学院にも通うことになった」

 

 そうよう君が言うや、じぃーっと私を見つめるちー姉。その目は困惑と不安を訴えてきます。

 

「…………………………大丈夫なのか?」

 

 主に二つも掛け持ちできるのかという心配を。

 私ってそんなに信用ないのかな……。これでも頑張ることには自信があるんだからね。同時通学だって熟してみせます。

 

「赤点目前だった奴が言えたセリフか?」

 

「……ひゅ~」

 

 視線という名の矢がグサッと胸に突き刺さる。

 

「大丈夫だ」

 

「よ、よう君!!」

 

「向こうには未来という心強い少女が手綱を握ってくれている。彼女の手にかかればこんなじゃじゃ響でも7割は取れるぐらいびしばし扱いてくれるだろう」

 

「ぴゃ!?」

 

 上げて落とされた!?

 しかも入試前や夏休み前のオホホホと笑いながら私を縛り続ける未来を思い出すような発言をしてくれやがりました。

 ううぅ、何だか寒気が…………ガタガタガタガタ。

 

「とはいえ二つの学園で全く別のことをやっていくと、流石の彼女でも無理があるので……」

 

「ふむ。それはそうだな。ではどうすると…………」

 

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナ…………」

 

 『オホホホ、ニゲチャダメダヨ、ヒビキ-』と言ってひたすら勉強を詰め込んでくる未来の顔を思い出して震えの止まらない私を横に、私の兄姉は長々と教育方針を語り明かすのでした。




これにて長くなってしまった閑話編終了です。
本来ならもう少し短くまとめてしまおうと思っていたのですが、予想に反して倍近く……。これって閑話と呼んでいいのだろうかと疑問が尽きませぬ。

次回より終章『SS編』スタートです。


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SS編
第Ⅰ話


 二つの学校に通うことになってからの初登校……ようするに先に始業式が行われた学校はIS学園だった。

 それもそのはず、体感時間的にものすごーく昔のことになっちゃってるから忘れてたけど、フィーネさんとの一件でドンパチ繰り広げたのがリディアン校舎ど真ん中だったんだよね。

 いくら建物が直せても、机や何やらの不足確認をしたりだとか、焼けたり埋もれたりで消えちゃった教材の洗い出しとかで、時間がかかっちゃったのだ。まぁ、それでも二日遅れで始めちゃうんだから、流石政府管理の学校ですとしか言えないんだけど。

 そんな感じで始まった私の学校生活、今日はIS学園での授業アーンド訓練日です。

 

「シャルちゃん頑張れー! 一兄なんてぶっ飛ばせーッ!!」

 

『兄そっちのけかよ!?』

 

「もちっ」

 

 映像通信が届けられたのでサムズアップでお返ししておいた。

 そしたら項垂れちゃったけど、果たしてそんなことやってる暇はあるのでしょうかね~。

 

『鈴じゃないんだからぶっ飛ばすのは無理だけど、ぶっ放すくらいは期待に応えてあげる!』

 

「響と同類にしないでくれない!?」

 

「酷い!?」

 

 いったい、私はどんな分類をされて……。

 

「「「肉体言語の扇動者(だろう/よ/ですわ/だな)」」」

 

「字が酷い気がする!?」

 

『いや、間違ってないよな』

 

『い、一夏……そんなこと言ったら』

 

「イーチーニィー? 次ハ私トヤラナイ?」

 

『げっ』

 

 一兄ったらどんな感じを思い浮かべたのかな~。

 

「シャルちゃん、早く終わらせてネ、オネガイ」

 

『りょ、了解。ごめんね、一夏。悪いけど今すぐ倒されてくれないかな!?』

 

『終わらせられるか!?』

 

 それじゃあ私は一足お先にピットに向かっとこうかな。

 

 

 

「久し振りね」

 

「はよ?」

 

 骨を鳴らして移動してたところ声をかけられたので一往反応してはみたものの、何故だかその女性は頬を引きつらせてて声色もどこかお堅い。

 で、久し振りってどちら様だろう?

 でもあの水色の癖毛、どこかで見かけたような気もするんだけど……そう言えばちょっと前にもこんなことを思ったような……。

 

「あ、かいちょ~さんだ」

 

「ご名答♪」

 

 ぽむっと手を鳴らして納得してみたら、『正解』と達筆に描かれた扇子を口元に拡げて女性が笑ってくれた。いや、正しく言いうとこの前って簪ちゃんを見た時のことなんだけど、気付かれてないからいいはず。

 そうそう、かいちょ~さんって誰? て話なんだけど、それは中止になったクラス対抗戦、その時の乱入騒ぎが起きた時に最前線で避難誘導の指揮を執っていた先輩さんです。雰囲気は真逆だけど、顔立ちとか髪の癖もそっくりなのです。

 ちなみに『かいちょ~さん』が『かいちょ~さん』なのはのほほんちゃんが『かいちょ~』と呼んでたからなだけ。

 いや~、……お名前聞いてなかったもんで。

 

「ど、どういったご用件でしょうか?」

 

「簪ちゃんのことで、ちょっとお礼をね」

 

「は! まさか御礼参り?!」

 

「違うわよ!!」

 

 やけに含んだ言い方をするもんだからてっきりそっち系の人なのか身構えたんだけど違うみたいで良かった良かった。

 もしもあんなおっとり優しい簪ちゃんがそっち側の人だったら……、私はよう君に頼んで殴り込みに行ってたかな。簪ちゃん解放運動とかそんな連盟組んで。

 

「……な、なんだか寒気が……」

 

「どうかしたんですか、かいちょ~さん?」

 

「あ、いえ、なんでもないわ。こほん。えっと、ここのところ色々あって簪ちゃん落ち込んでたんだけど、響ちゃんと会ってからは少しだけど明るくなったのよ。そのお礼が言いたかったの」

 

 あれ以降、私的には朝の日課の途中にお話するようになったくらいのことしかできてない。クラスが大きく離れてるせいで中々合えないのですよ。

 だから感謝されるようなことはしてない、んだけど受け取らないのも失礼なので『感謝』と書かれた扇子のその気持ちだけもらっときます。

 

「私は簪ちゃんとお友達になりたかっただけですから」

 

「ふふ、これからも簪ちゃんのことお願いね」

 

「はい! ところでかいちょ~さん」

 

「なぁに?」

 

「かいちょ~さんは簪ちゃんのお姉さんってこっとで良いんですよね?」

 

 それ以外ないとは思うけど尋ねといた。ほら、従姉妹とか叔母姪の関係とかの関係かもしんないし。

 

「あら、いけない。そう言えば私ってばまだ名乗ってなかったわね」

 

 扇子を閉じるとかいちょ~さんは赤い瞳をした吊り目を丸くさせ、しまったと呟きながらほっぺを掻いた。

 

「私は更識楯無。ちょっとした二年生で、簪ちゃんのお姉ちゃんよ」

 

「既に知られてるみたいですけど私も一往。織斑響です。織斑先生や一兄の義理の妹やらせてもらってます」

 

 かいちょ~さん改め、楯無さんは簪ちゃんのお姉さんに間違いなかった。

 ……それにしても2人のご両親って変わってる。綺麗な響きだけど名前に簪とか楯無を使うって珍しいよね。……響もそこそこお仲間か。

 

「今日は話ができて良かったわ。また近いうちに、ね」

 

「はい!」

 

「簪ちゃんのこと、これからもよろしくね」

 

 楯無さんは踵を返して帰って行った。

 あ、1つ伝えておくの忘れてた。去りゆく楯無さんの背中に一言だけ付け加えておかないと。

 

「よう君にもお礼言ってあげて下さい! 私以上に頑張ってますからー」

 

 1人でやろうとする簪ちゃんのために少しでも有意義な情報を、て時間を見つけては試行錯誤してたからね。明るくなったのにも一役買ってくれてるはずです。

 ひらひらと手を振る楯無さんを見送った後、時計を確認。

 結構時間経っちゃってる。そろそろ一兄達の試合終わってるかも。ちょっと急威打法が良さそうです。

 

 

 

「よう君にお礼を、ね」

 

 響ちゃんから見えない位置に着いた私は思わず苦笑してしまった。何故かっていうと……。

 

「どうだった? うちの子は」

 

「……素直で真っ直ぐな良い子ね。貴方の義妹さんは」

 

 とっくに何度もあってるのよね~。

 神出鬼没、自由奔放。

 そんな言葉を地で行っていそうな彼はうちの監視するりと抜けていつの間にかいなくなって本当に困らせてくれる。

 今も響ちゃんと二人っきりだと思っていたのに普通に現れてくれるし……、これでもう更識(うち)の暗部には自信があったのに……。はぁ、もう少し諜報員の練度を上げなきゃダメなのかしら。

 

「貴方って本当に何者なの? 気付いたらいなくなってるし、いなくなったと思って探し回ってたら当然のようにいてるし……」

 

「何者とな。うむぅ……、俺としては言うても構いやしないのだが、俺は自身を混乱を招きかねない事柄でもあると認識している。俺の予想以上に君が混乱せぬとも限らぬし、俺からは控えさせてもらう」

 

 自分自身で自身のことを事柄と呼ぶとはねぇ……。

 やはり臨海学校で起きた福音事件でのことと何か関係があるのかしら。

 一往、現場に居合わせた教員、何より指揮を執った織斑先生から話は聞かせてもらっているのだけれど、『織斑一夏を筆頭に専用機持ちの奮闘によって撃破、パイロットを救助した』という旨の内容ばかりで詳しい内情に関しては報告が上げられていない。

 詳しい説明の要求を出した際も、一夏君のISがセカンドシフトし撃破に至ったという話とそれまでに行われた専用機持ちの子達の奮闘の説明だけではぐらかされてしまっている。

 けれどそれだけではありえない話なのよね。少なくともうちの諜報員が尽く排除されるくらいに。

 事件発生直後に応援で送った人たちは辿り着けず、最初から潜伏してもらっていた人たちもその事件前後は何故か意識不明で、記憶が抜け落ちていた。隠そうとする動きがあったのは確か。

 それに事件の最中、彼が動かなかったとも思えない。前回のラウラちゃんの事故の時に単独で独軍に乗り込んだことしかり、その前の対抗戦の時も最前線で彼らを守り抜いてもいる。そんな風に自身を危険に冒してまで前に出続ける彼がこの事件の時に限って見ているだけだったはずがない。

 

「聞くのであれば千冬嬢に聞いてくれ。彼女には全て伝えてあるし、大丈夫だと判断できるならできるだけ話して欲しいと伝えている。俺よりよっぽど君を知っているだろう彼女が話したのなら俺も安心できる」

 

「織斑先生が嬢……ね。君はやっぱり見た目通りの年齢じゃない、と」

 

「呵々。むしろ聞くが、こんなころころ見た目が変わる奴が見た目通りと思うか?」

 

「それもそうね」

 

 何処からどう見ても小学生にしか見えない彼に諭され、聞いた自分のバカさ加減に呆れるしかないわね……。

 

「ちなみに言っておくと、俺から見るとここの学園長であり用務員でもある轡木殿も子ども同然だったりする」

 

 去り際に残されたその言葉には、流石の私も目を瞬かせることしかできなかった。

 いったい、彼は何歳なんだろう……。



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第Ⅱ話

 世界を移してリディアン校内、今日の私はお歌の練習中心でごぜえますです。

 

「La~♪」

 

「凄いわ、立花さん!」

 

「響が以前よりも凄く上手になってる!?」

 

 個別練習ってことで順番が来た時に歌を披露したのは良いんだけど、そしたらなんでかみんな揃いも揃って目を丸くして驚いた。

 前後の人とかだけならともかく何故にみんな振り向くんでしょう?

 そんな姿を見せられると今までの私の歌が酷かったんじゃないかと心配になってくる……。

 

「どうして驚かれてるの?」

 

「うえぇっと……ほ、ほら? 響っていつも元気な曲とか滾るような感じの曲ばっかでしょ。それにクラシック系のゆっくりした曲って苦手にしてたじゃない。だからあまりの上手さにビックリしちゃって」

 

「……ハッ!?」

 

 ……言われてみると思い当たる節しかなかった。初めて歌った歌然り、継いだ歌然り。ライブとかで似合いそうな感じの曲ばっかだったかも。そしてクラシックな曲を授業以外で歌ったことがあったっけ、てなくら朧気にしか歌った覚えがなくて愕然とする。

 でもそうなると私が上手くなってるのは何故って話です。

 小首を傾げていると答えてくれるのはやっぱりあの人だった。

 

「それは呼吸器系が鍛えられているからだろうな」

 

 教師のため無理して大きくなっている踊君が私のお腹を見てそう言う。

 

「響の歌い方は良くも悪くも全力投球。今までは吸い込む量に対して吐き出す量が多すぎたのだ。そのため長音を連続するとブレスでまかなえきれなくなり、音が揺れやすくなっていたのだ」

 

「それを響の腹筋が何とかした、と。そういうことですか? ……わ、硬い」

 

「あぅあぅ」

 

 未来がツンツンお腹を突く。プニッとしてない私の腹筋を気に入ったのか何度も押して弾力を楽しみ始めた。うーん……、痛くないけどくすぐったい。

 

「うむ。ここ一ヶ月で色々あったからな。響の全身の筋肉は一層逞しくなっている。そして異なる呼吸法の練習も取り入れていた分も併せて、肺活量の増加は目覚ましいものがある」

 

「せんせー、それ女の子として嬉しくないでーす!」

 

「呵々、何を今更」

 

「いまさら!?」

 

 豪快に笑い飛ばしてなんと失礼なことを言うんだ。

 そして後ろで見てるみんなもその首の縦振りはどういうことなのか、そこのところ詳しく聞かせてもらって良いかな。

 にこりと微笑みを投げかけると露骨に避けられた。

 

 

 

「むぅ-」

 

「まぁまぁ、みんな悪気があってしたわけじゃないんだから。落ち着いて、ね?」

 

「よぉー。……? バカがしけた面してっけどどうしたんだ?」

 

「バカでわるーございましたねー……」

 

 膨れたまんま廊下を歩いてるとクリスちゃんと出くわした。そして出会って早々バカと呼ばれてしまいました。

 

「……こいつが筋肉バカだ? そりゃないない」

 

「クリスちゃぁーん!!」

 

「ただの肉体言語の扇動者だろ」

 

「クリスちゃん!?」

 

 味方だと思ったらまさかのこっちでも同じ扱いされてるぅっ!?

 向こうでならまだやっちゃった感があったりしたから否定しきれなかったけど、こっちでは変なことした覚えはない。

 

「不良共の喧嘩に割って入った時に何したか思い返しやがれこのバカ」

 

「何って、ちょっとお話しただけじゃん!」

 

「ふざけんな!? 10m以上ぶっ飛ばして喧嘩は素手ですべしとか言ってたのは何処のどいつだ!?」

 

「私だよ?」

 

「さも当然のように頷いときながら何で気付かねぇ!?」

 

 荒れ狂ってクリスちゃんは何を言っているんだろう?

 喧嘩は己が身一つで決めるタイマン勝負と決まってるじゃないですか。

 武器の差なんかで決まっちゃいけません。自らの鍛え上げた肉体のみで意志を徹す、それこそが漢の喧嘩です。

 武器持ち同士でするなんてそんな邪道、殴り止めてどこが悪い。

 

「そこじゃねぇーよっ!? まず喧嘩止めろよ! あの後、そいつらがどうなったか知ってるか?!」

 

「ま、まさか……!」

 

 そんな旨を胸張って言ったら、目を尖らせてがぶっと噛みつかれた。クリスちゃんの怒りっぷりからすると、あの不良さんたちに良くないことが合ったのかも。

 ……お巡りさんのお世話になってしまったとか?

 もしそうならちょっと悪いしちゃっ…………

 

「不良のトップになっちまったんだよ!」

 

「それはごめんな…………へっ?」

 

「しかもあれ以来妙に不良は増えてるし、最近じゃお前、あいつ等の間で不良の女神なんて呼ばれてんぞ」

 

「何と!?」

 

 お巡りさんには迷惑を掛けていないということに予想より下回ったと喜ぶべきなのか、それとも私が女神と言われていることに予想を上回ったと悲しむべきなのか……。

 

「不良が増えてるのを嘆け、このバカ!」

 

「あぅ! 痛いよ、クリスちゃん……。あ、そっか、だからか」

 

 叩かれた拍子にふと気がついた。

 最近、やけに男の人からの視線が多いと思ったら崇められてたんだ。でも『不良の』ってあんまり嬉しくない……。

 

「せっかくなら勝利の~とか、徒手空拳の~とかのほうが嬉しいかったな」

 

「響、響、私はどっちでも構わないけど本当に女の子としての自覚ってあるの?」

 

「はえ? ……未来まで酷い!? 私にもちゃんと女の子としての自覚くらいありますー!」

 

 みんなしてホントに失礼なんだらぁー!

 

「いいもん、いいもん。帰ったらサンドバック君に八つ当たりてやるー!」

 

((何故そこでサンドバック!?))

 

 

 

 微笑ましい……のかはよく分からないが懐かしい背景の元、少女たちが楽しそうに歩いて行く。

 

「呵々、この世界の時間で言えばほんの一月ばかりのことだというのに」

 

 じゃれ合う響たちを眺めていると思わず口元が緩んだ。

 一往言っておくが、偶に響に入る良い角度の鋭いツッコミに笑っているわけではないぞ。ただ響に気を抜いていられる時間を与えられたことにほっとしているだけだ。

 いつでもハツラツでポジティブシンカーに見えてしまうが、実のところ響は結構繊細な子だったりする。

 勝負を楽しんでいられていた頃は問題なかったが、ここ最近は死と隣り合わせの鬼気迫るものばかり。その影響で普段の学校生活まで神経を張り巡らせていた。そんな腕も無いというのに……。

 そんな響に俺は心を休ませていられる場所を用意してやりたかったのだ。そのために俺は色々手を回した。まぁ、この世界に帰ってこられたのは予想外だったのだが。

 

「おいおい。俺をこんなところに呼ぶなよ。一往ここは女子校だぞ? 見つかったらどうしてくれる」

 

「どうもしない。女子校にあんな場所を作ってる時点で有罪だろう?」

 

「ははっ、違いない。……それでどうだ? 響君の様子は」

 

 ちなみにこの考えは千冬嬢とこの人――風鳴のダンナも同意してくれている。

 

「すこぶる良好です。何も考えず一日を過ごしているみたいです」

 

 だが、だからこそあの中に翼嬢がいればと思わずにはいられない。

 彼女は今、本業……でいいのか? まぁ、卒業は決まっているし問題ないか。本業の歌手活動に関することの打ち合わせで現在は休学中なのだ。

 でもそれは悪いことではない。むしろ響にとってはとても良いことだ。

 

「ライブの打ち合わせは滞りなく進んでいますか?」

 

「無論だ。先方とも上手くいっている」

 

 なにしろその打ち合わせというのがこの世界で最大規模を誇る音楽祭典の出演に関してなのだから。

 会えないのは悲しいことだが、翼嬢のファンである響にとってそれは何よりも楽しい時間になるだろう。チケット等も丸っと手配済みで二つの学園の予定も調整済み。

 抜かりはない。

 

「確かユニットを結成するんでしたよね。最近話題に上ってるアーティストとそちらのほうも?」

 

「ああ。楽曲の準備も出来ているし練習時間も君のお陰で十分取れている」

 

「それは良かった」

 

 新進気鋭のアーティスト、『マリア・カデンツァヴナ・イブ』。

 中々に言いにくい名をした少女は翼嬢と並んで若くして世界中で名を馳せているトップアーティストなのだそうだ。

 ……ところでトップアーティストの基準というのいったいどういうものなのだろうな? 翼嬢は世界を行き来したことはないはずなのだが。

 

「そうか……。どうやらまた出たらしい。行ってくれるか?」

 

 鳴り響く携帯を確認するや旦那の表情が曇った。そして苦悶の表情で言外に頼まれた内容に俺はただ苦笑する。

 何故か、などは言うまでもないだろう。

 

「いったい誰に言っているんですか」

 

 するりと黒い布を纏うと、おもむろに腕を振って鎌を手にする。

 

「当然でしょう」

 

 響たちの安息の邪魔を俺がさせるわけがない。




 響を二つの学園に通わせる踊君の真意。
 しかし其れは、真に正しい意向であったのか。
 いくら問いを投げようと、何人たりともその答えを知ることは叶わない。


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第Ⅲ話

「よう君、よう君。今日はIS学園に行かなきゃいけないんだったよね?」

 

 2日おきという振り子のような生活を初めてからしばらく、片手で数えれないこともない回数の世界渡りを規約通りに守ってきた今日この頃の私ですが、ついに破る日が来てしまいました。

 

「ああ。向こうで大事な生徒集会が行われる。響には建前だけの関係ほどでしかないが、だからと言って行かないわけにはいかんだろう。千冬嬢的に」

 

「納得。流石にちー姉の餌食は勘弁です」

 

 あれを受けなくて済むなら、習慣をちょこっと変えることくらい造作もないこと。うん、ほんと造作もない……。

 ……ん? 建前って、よう君はすでに話の内容を知ってるのかな?

 

「響にそんな風に思われる義姉さんか-。ちょっと会ってみた――」

 

「止めて下さい、お願いします」

 

「……え、なんでそんなに懸命なの?」

 

 未来の呟きが聞こえた時点で私は疑問をぶん投げて懇願していた。

 だって、あのちー姉と未来だよ? 軽々とポコスカ叩いてくる人と、プッツンしたらニコニコ満面の笑みで精神削ってくる人なんだよ?!

 そんな二人の迎合とか、地獄以外のなにものでもない!

 

 多分あれだ。会っちゃったら最後、軽々とポコスカ叩いて精神を荒削りしてくれる人とプッツンしたらニコニコ満面の笑みで精神を折ってアイアンクロー咬ましてくれる人が爆誕することに…………アハッ、軽く死ねるね。

 

「未来も未来のままで、絶対未来のままでいてね」

 

「えっと、うん。わかった」

 

(あの、響は頭でも打ったんでしょうか?)

 

(心配することはない。いつも通りだ)

 

(それはそれで心配になるんですが……)

 

 ……………………絶対会わせないようにしよう、せめて卒業するまでは。

 

 

 

「それではこれより、今回のみの特別ルールについて生徒会長から説明があります」

 

 朝礼と1限の大半を丸っと使って行われる集会はもうすぐ行われる学園祭に関する説明や補足なんかが主でした。

 出といて良かったと思う反面、よう君の行ってた私が関係するのは建前だけ、っていう発言を思うとまだ見ぬ生徒会長さんの説明が不安で仕方ありません。関係ないらしいけどどこまで信じられるものかわかんないし。

 

 ……そう言えば、ここの生徒会長って誰なんだろ?

 

 1学期でも行事の度に集会は開かれたけど前に立ってるのは先生ばかりで稀に立つ生徒もどこかの委員会の人か、さっきから壇の脇に立って進行を進めている人くらい。

 

「やぁ、みんなおはよう」

 

「……うぇ?」

 

 あれ、私疲れてるのかな。次元酔いでもわずらっちゃった? つい最近あったお方が壇上に立ってるんですが……

 しかもその人は私の前にいる誰かさんとちっこい誰かさんに向けてウィンク。そして受けた二人の反応はーっと、片方は戦慄したかのように肩を跳ねさせ、もう一人は安全地帯で応援する友達のようにのんびり手を振っている。

 ……うん。どっちの反応にもツッコミを入れたい。でもここは公然の場。だから自重してその人がそうなのか耳をそばだてることにしよう。

 

「さてさて、今年は色々と立て込んじゃっててちゃんとした挨拶はまだだったね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 

 わーい。勘違いじゃなかったよ! ホントにあの人楯無さんだった。私の目は少しばかりも落ちてなかったみたい。よかった、よかった……じゃない!

 信じられないことにのほほんと『かいちょ~さん』と呼ばれてた人は、何処かの部活のトップどころか、トップの集まりの中のさらにトップだったらしいです。

 私、そんな人とふっつーにお話ししてたんだ……。もうびっくりどころじゃなくて仰天ものです。驚きがくるっと一周しちゃってむしろ落ち着いてしまった。

 

「では、今月の一大イベント学園祭だけど、さっきの説明の通り今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容は……」

 

 閉じた扇子を手にし楯無さんは横にスライドさせる。すると投影ディスプレイが動きに合わせて空中に躍り出た。

 何も映ってない画面だけれど扇子が開かれるにつれて中の絵を浮かび上がらせる。

 

「名付けて、『各部対抗織斑桐生争奪戦』!」

 

 小気味好い破裂音が鳴った時、その全容が明らかになった。映し出されていたのは一兄と気流君のドアップな写真。しかも『各部対抗織斑桐生(こんな字だったっけ)争奪戦』とバカでかく書かれた垂れ幕も落ちてくる始末です。

 

 それルール言わないと思います。

 そう発言しようかと思ったけどできなかった。これ以上ないだろうと思っていたしゅわっちさんよりもバカでかい叫び声がホール全体を揺らすんだもん。耳を抑える方が優先だった。

 ごめんね、一兄。

 

「はいはい、みんな静かに。学園祭では毎年各部活動ごとに催し物を出して投票の結果上位に入った部活に特別助成金が出るものだったんだけど、でも今年はそれだけじゃつまらないでしょう? だから今年は――」

 

 ブウォンと豪快に扇子は風を切り先端を一兄に向けた。

 

「織斑一夏君と桐生龍也君を1位の部活に強制入部させましょう!」

 

 ……さらなる雄叫びが上がったのは言うまでもないことだと思います。

 

 会長最高! とか殺ってやるですぅう! とか秋季大会? あんなもんどうでも良い! とか、色々ヤバい発言が飛び交う暴徒と化しかけた生徒たちだったけど、それも折り込み積みだったのか楯無さんは焦ることなく軽く諫めてしまった。

 

「――説明は以上よ。何か質問はあるかしら?」

 

「あの!」

 

 集会おきまりの質問タイム、滅多に手を挙げる人はいないんだけど、今日は珍しくちょっと離れた場所で手が上がった。

 

「何故、聖君は入ってないのですか? 織斑君と桐生君を入部させるなら同じ男子である彼も同じなのではありませんか?」

 

 およ? ……そう言えばよう君が入ってない。

 でもこのことを最初から知ってたっぽいよう君だったらOHANASHIでもして除外させてたっておかしくない。止めなかったのだって、面白そうとかそんな理由なんじゃないかな……。

 

 そんな風に思ってたんだけど、楯無さんの表情は魚が食いついた竿を見た釣り師のようなニヤリとしたもので、待ってましたと言わんばかりの喜びを漏らす。

 

「ええ。聖踊君は今回のルールに入っていません」

 

「なん……だと!?」

 

 一兄がなんか絶望してるし、他の生徒も1年を中心に残念そうな空気が漂ってる。

 そう言えばだけど、入学当初は恐れられていたよう君は今じゃ結構な人気者になってます。臨海学校で見せた命を賭して生徒を守り抜く踊君の背中に怖い人じゃないとわかってもらえたみたいなのだ。あとその後の幼女化も原因だったりするけど。

 

「た・だ・し!」

 

 鋭い声がホールのどんよりした空気を斬り裂いた。

 

「勘違いしてもらっては困るわ。確かに彼は結果がどうあれどの部活にも所属しない。けれど、彼は結果にかかわらず全ての部活に定期的に参加することが決まっているの。これは本人からも了承済みよ」

 

 踊君の根回しが斜め上だった!?

 そして、楯無さん。これは、なんですね。その前の争奪戦は本人の意志無視ですか、そうですか……。

 

「だからルールには入ってません」

 

「「「「おぉ-!」」」」

 

「他に質問はないかしら?」

 

 歓声が上がる中、さらに楯無さんが問いかけるけど発言は特になし。それ以上に踊君のことで喜んでいる人が多く、あと争奪戦で勝ち抜くぞと意気込んでいる部活動が大量発生中です。

 

 …………これは本番物凄い合戦が繰り広げられそうだ。

 

「ところでよう君はあれで良かったの? 色々やらなきゃいけないことがあるのに、そんな急がしそうなことやっちゃって」

 

 私が手伝ってないのも悪いんだけど、よう君はいろいろと忙しい毎日を送っていたはずだ。なのに余計に時間が喰われそうなことを認めちゃっても良かったのかちょっとよう君の体が心配です。

 私の心配が伝わったのか、私を不思議そうに見ていたよう君は呵々と笑う。

 

「問題ない。そもこの体ではできることは限られているし、参加と行っても差し入れとちょっと活動に関わる程度だ。どこかの部に完全に所属するよりも自由にいられる」

 

「そうなの?」

 

「楯無嬢も俺の裏事情を知っている一人だ。だからこそこういう形にしてもらっているんだぞ。それに俺は矢面に立つわけにはいかないしな」

 

「いやいや、それでも十分立ってると思います」

 

 全部活所属とか学内で物凄く話題沸騰しちゃうよね。

 

「学内は良いんだよ。学外が問題なだけで……」

 

 ……?

 いくら部活動に参加するからってそんな公になる場所に立つことはないと思うんだけどな……。

 え、だってここ女子校だもん。男が出場とかする部活なんて滅多にないです。それに女の子な服にしてれば言わない限り気付かれないでしょ、よう君なら。

 

「呵々、それが普通の一部活動だったらな~」

 

 普通じゃない活動って何ですか、と聞いては見たものの、笑うばかりではぐらかされてしまった。でもはぐらかすよう君は見た目相応の屈託のない笑みだったからこれ以上聞かなくてもいっかな。

 よう君のことだから一兄が本当に悲しいと思うようなことになるはずもないだろうしね。



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第Ⅳ話

 それはは木々茂る山の中、ひっそりと佇む小屋での出来事。

 

「月に、変わりはないのですね……」

 

 老いを感じさせる女性は光を放つ壁が返すいつも通りの結論に目を伏せた。

 

「ええ、そうですね。かの軌道は以前同じものを指していますよ。…………いつか月が落下するとね」

 

 傍で盤を叩いては思案顔を見せる銀髪の男性は女性の呟きを拾うと、そう忌々しげに答えた。

 

――月が落下

 

 聞けば誰もがありえないと一蹴することだろう。

 月、それは創世の時代より一時も掛けることなく星々と共に君臨してきた天の一角だ。今更落ちてくるなど誰が信じてくれようか。

 そんなことを言ったら最後、狂った変人というレッテルでも貼られ笑いものにされるのがオチだろう。

 だが、それは一般人であったなら、の話だ。

 

「隠しても意味がないというのに、何故彼らはこんなことにも気付かないのでしょうね」

 

「それは所詮、自分が可愛いバカの集まりだからですよ」

 

 極一部、世界の上層に位置する者達はその範疇に入らない。

 つい一月ほど前に起こった彼の事件、――ルナアタックなる言い得て妙な名前が付けられたフィーネと立花響ら奏者の戦語を知っているものたちからすればバカにできない話である。

 

 あの戦いで月が一部砕かれたことを覚えているだろうか。

 

 忘れたものはほとんどいないだろう。フィーネの野望こそは半ばで折れたが傷痕は今もパックリ欠けた月に残っている。

 その時には砕かれ別たれた破片も地球に落ちかけていたが、それは奏者と一機の聖遺物集合体によってその猛威を退けることに成功している。

 しかし彼らは残った月に触れることはなかった。分断され落ちてくる巨大な破片のインパクトに気圧され、さらには一人を喪うと言うことに繋がったが故に気付かなかったのだ。

 砕けるほどの被害を受け質量も向きも何もかもが異なる本体が以前変わらずあるわけがないことに。

 

「言えば混乱は必至。糾弾なんかもあるでしょう。そんな面倒を彼らがわざわざ被るとでも?」

 

「…………くだらない」

 

 白衣を羽織る男性の言葉に、イスに座った女性は自信の周りにいたものを思い返し嘆息と共に苛立ちをたった一言で現してしまう。

 隠しきれない怒気に少々顔を引きつらせるが、男性も思うところがあったのか「まったくです」と肯定の意を示す。

 

「ところで様子はどう?」

 

 これ以上考えても怒りが募るだけだと気付いたのか話を打ち切ると、女性は声のトーンを戻し、前置きもせずそう口にした。

 

「ああ、あの子達のことですか? 何も問題ありませんよ」

 

「……そうですか。あの子達には申し訳ないことを……」

 

 あまりにも言葉足らずだった。しかし男性が彼女の言わんとしていることを正しく理解する。それは男性が場を読む天才だった、なんて訳でなくただ互いにとって共通事項だったからというだけのことである。

 「問題なし」の知らせに女性はあからさまに安堵の息を吐き、それでいて目を伏せる。

 

「気に病むことはありませんよ。これは彼女たちが望んでやっていることです。私たちは"正しい"ことをやっていますよ」

 

 やけに男性が"正しい"というのを強調していたことに気付く暇もなく、この小屋唯一の出入り口が開かれた。

 

「マム! お客さんデェースッ!」

 

 そして、わざわざひっそり佇んでいた小屋を選んで滞在していた二人の口が開いたままふさがらなくなってしまったのは無理のない話だ。

 

 

 

 あの人と会ったのはお昼ご飯のお買い物を終えてすぐのことでした。

 

「重たいデェース……、調も少しは持って欲しいのデスよ」

 

「それは切ちゃんが沢山食べるからでしょ。大人しく持ちなさい」

 

「こんなに食べないデスよ!?」

 

 ぎゅうぎゅうに詰め込んだ袋を両手にぶら下げてた切ちゃんにうるうるした目を向けられた。でも私はスパッと切り捨てます。

 だって事実だから。それに私なんかより切ちゃんのほうが力もある。適材適所というものです。あと切ちゃん、私も一袋持ってるからね。

 

「デェース……」

 

 がっくり肩を落として私の前を行く。

 ひどくしょんぼりするものだから突き放すようなことを言っちゃって悪かったかな、……なんて思ったら行けない。

 切ちゃんは甘やかすと簡単に調子に乗ってしまうのです。そして何をしでかすかわからない。だからマリア……私たちのお姉ちゃんのような人からも甘やかしすぎちゃダメって言われてます。

 

「そうデス! 調、調!」

 

「どうしたの、切ちゃん?」

 

「こんな大荷物とはさっさとおサラバするためにも走って帰るのデェス!」

 

 言い切るや、切ちゃんは走りだす。

 止める暇なんてなかった。どう考えても走った方が疲れると思うんだけど……やっぱり切ちゃんはおバカです。

 大声を出すのも疲れるのでどんどん遠ざかっていく切ちゃんの好きにさせて、私はのんびり付いていく。ちなみにぶんぶん振られている袋の中にはタマゴもお総菜も入ってないから大丈夫。

 ……なんて思っていた数秒前の私を殴ってやりたいです。

 

「切ちゃん、戻って!!」

 

「え?」

 

 横断歩道を渡り始めていた切ちゃんの左側から大型のトラックが速度を緩めずに交差点に割り込んでいた。

 信号無視に脇見運転、切ちゃんに気付く素振りもない。

 慌てて止めたけどその時にはもう手遅れで、切ちゃんは走り抜けることも引き返すこともできない場所に立ってしまっていた。

 

「デスッ!? ……すぅ!」

 

 切ちゃんは変な声を上げつつも、咄嗟に息を吸い込んだ。

 それは人前で使ってはいけないと言われていて、特に私や切ちゃんは控えるように言われているものだ。後でマリアやマムから盛大に叱られるてしまうだろうけど、命を守るためだから仕方がないと言い訳して、切ちゃんの反射を支援する。

 でもそれを使われることはなかった。

 

「Z――!?」

 

 急に切ちゃんが消えてしまったのです。

 

「ふぅ……、間一髪。間に合った」

 

 そしてあの人が向かいの歩道にいた。

 

「怪我はないか?」

 

「は、はいデス」

 

「それは上々」

 

 抱え上げていたのを下ろしてその人は切ちゃんの顔を覗き込む。そして切ちゃんの答えと一見して怪我のない姿を見て雰囲気を和らげた。

 

「切ちゃん!」

 

「し、調ぇ……」

 

 本当に怪我はしてないみたい。よかった……、本当に良かった……。

 

「それにしてもあのデカブツ、止まらずか。ふざけやがってからに。……もしもし? ちょっと信号無視と脇見運転……人身事故未遂? を起こしかけた愚か者がいたので通報を。ええ。確りと記録しています。ナンバーは……」

 

 姿の見えなくなったトラックが目の前にいるかのように悪態ずいて、その人が何処かに電話を……あ、どう考えても警察ですね。

 ……え?

 

「ええ、被害に遭った二人はこちらで保護しますので心配は無用です。それではよろしくお願いします」

 

「あの……。今のって……」

 

「ちょっと通報しただけだ。大丈夫、何も心配することはない」

 

 いえ、全くよろしくないです。

 

「……ちょっと、まずいデスよ!?」

 

「……う、うん。どうしよう?」

 

「? 警察は良くなかったか?」

 

 後ろを向いてひそひそ話したけどばっちり聞こえてしまったらしい。ちょっとばつが悪いけど、事実だったから私たちは否定できない。

 

「あんまり警察とは関わりたく、ない」

 

「それは申し訳ない。だが安心して良いぞ。別に行かずとも大丈夫だ。信号無視はあの監視カメラが捉えている。それにそっちの子を助ける時に引かれ掛けたのは俺も同じだ。駄々をこねるようなら俺が被害者として出向けばいい話だ」

 

「ゲスいデェス……」

 

「こら」

 

 せっかくの行為を無駄にしそうだったので切ちゃんの頭を叩いて静かにして置いてもらう。

 その後、いろいろと口裏合わせというかなんというか話を終えた。

 

「本当にありがとう御座いました」

 

「ありがとうなのデスよ!」

 

「どういたしまして」

 

 最後に二人でもう一度お礼を言って私たちは帰ろうとしたんだけど、最後の最後に切ちゃんが爆弾を落っことしてしまった。

 

「やっぱり重いデェ~ス」

 

「……俺が持とうか?」

 

 切ちゃんの零した文句に別れようとしたその人に聞こえてしまったみたいです。

 

「良いのデスカ!?」

 

 よくない。よくないよ、切ちゃん。

 あんまりにも喜ぶから何も言えず、せめて心の声だけでも届いて欲しいと念じてみたもののやっぱり効果はなく、切ちゃんは彼に持っていた荷物を預けてしまい、ついでとばかりに私の荷物まで持ってもらって小屋に帰ることになってしまった。

 

 本当にごめんなさい、マム。切ちゃんがおバカで。名前もわからない見ず知らずの人を連れて帰ることになりそうです……。




ここ最近、疲労で気力が湧かなかったんだ。
なのにあの二人を書き始めると一気に書けてしまった……。
不思議なこともあるもんだ。


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第Ⅴ話

「…………それでここに来ることになったと」

 

「うん……、ごめんなさい」

 

「いいえ、貴女が気にすることではありません。あの子にしっかり注意しておかなかった私の責任です」

 

 リビング(?)で楽しそうにあの人と話している切ちゃんになんとなくぱるぱると唱えながら、マムに今日あったことを報告した。

 マムの反応にちょっと意外。とっても怒られると思っていたんだけど、まったく仕方がない子達です、と硬い表情を崩して許してくれた。

 

「うちの子を助けていただいたようで誠にありがとうございます。それに荷物まで持っていただいたようで」

 

「いえ、お気になさらずいつものことですから」

 

 困った風に頬を二掻きした彼はおもむろに3つの袋を持ち上げた。

 突然の行動に私達が疑問符を浮かべるのは仕方ないと思う。私たちが見つめる中、彼は数度辺りを見回して、目的の物を見つけたのか歩みを始めた。

 そして何をするのかと思ったら……、慣れた手つきで食材を冷蔵庫に詰め込みだした。

 

「あ、それは私が!」

 

 彼はお客様だ。荷物も持ってもらったし、なにより切ちゃんの命の恩人。いくらなんでも家の中でまで迷惑をかけるわけにはいかない。

 慌てて変わろうとしたけど彼は気にした素振りを見せず、さらには私の頭を撫でてやんわり断った。

 

「君のような女の子が持つには一袋でも大変な重さだろ。そちらの女性は足を悪くしているようだし、そっちの男性も線の細さを見るにあまり役立つようには見えない。素直に甘えておけ」

 

「……ありがとうございます」

 

 食い下がっても意見は変えてくれそうだ。しぶしぶ手を下ろして彼が詰めていくのを見守る。

 線の細い男(ドクター)が役立たない発言に納得ちゃったのはここだけの話……。

 

「これで最後か。後は常温保存などだが何処に置いておけば良い?」

 

「それはあっちです」

 

 全部片付いた後、お茶を5人分用意して席に戻る。ちなみにこの時もやっぱり彼に持ってもらってしまった。どうやら彼は凄くお節介焼くのが好きみたい。性分なんだとか……。

 マムの真向かいに彼が座り、その左右に私と切ちゃんが、そしてマムの横にはドクターが座った。

 

「ハッ、そう言えばデェス!」

 

「? ……どうしたの切ちゃん」

 

 とりあえずお茶で一息吐いていると、ハッと本当に声に出して切ちゃんがババッと彼の方を見る。無駄に身を乗り出しているからちょっと首を捻るだけでよく見えただけ。別に体の一部が揺れるのとか見てない。

 

「お兄さんの名前、まだ聞いてなかったデス!」

 

「そういえば」

 

「……確かに名乗ってなかったな」

 

 彼と顔を見合わせること十秒ほど、うん、確かに聞いてない。

 

「俺は芦屋アイラだ。まぁ、好きに呼んでくれ」

 

「アイラ……、女みたいな名前してるデスね」

 

「そう……なのか? 俺は結構気に入ってるのだが……」

 

「ぜんっぜん悪くないデスよ! お兄さんにぴったりな名前デス!」

 

 切ちゃんの物凄く大げさな反応にアイラさんの体は逃げるようにして跳ねた。イスに座ったまま下がろうとしたアイラさんが倒れるのは当然のことで、逃げた先にはもちろん反対側にいた私がいるわけで……。

 

「おっ!?」

 

「わっ!? ふんっ! ん~っ!? お、もぃ……」

 

 咄嗟に両手を出してアイラさんを支えた。でもアイラさんは私より10センチ以上は身長が高くしかも男性。体重は私が想像していたよりも遙かに重かった。

 それはもう余りに重くて腕が折れてしまいそうなくらい。

 

「悪い」

 

 その声と共にドゥッと鈍い音が部屋を揺らした。そして今まで伸し掛かっていた重さがウソのように消える。

 

「大丈夫か?」

 

「だ、だいじょう――bぁwljッ!?」

 

 アイラさんの優しい声に答えようとしただけ。

 でも前を見た私は自分でも何言ってるか分からないくらいの奇声を発していた。

 だ、だってアイラさんにだだきっ抱きついて、だきしっしめられるような感じになっていたから。

 

「し、調が壊れたデェース……」

 

「うるさいっ」

 

「あたっ!?」

 

 好奇の目で私の顔を覗き込もうとしていた切ちゃんに思わず手が出てしまった。でも後悔してない。いくら切ちゃんでも今の顔を見せるのはヤだから

 

「ど、どうした? いきなり手を挙げるのはどうかと……」

 

「きにしにゃいでください……」

 

 うぅ……噛んだ……。

 どうしたじゃないんですよ。これ以上顔を近づけないで下さい。切ちゃんみたいに立ち上がってない私はめ、目と鼻の先の距離まで近づかれたら逃げ道がないんです。

 できるだけ体を後ろに倒して距離を取ろうと……。

 

「あ……」

 

「っと、いくらなんでもやり過ぎだ。本当にいったいどうしたんだ?」

 

 背中を支えられていた。

 勿論、距離はちょっと離れただけでほとんど変わらない。むしろ顔全体がよく見えてしまうから余計に……恥ずかしぃ。

 

「大丈夫ですか、調?」

 

「は、はい。マム」

 

 そ、そうだった。ここにはマムもいるんだった。

 顔から火が出る思いだったけど、マムは普段通りの冷静な表情だったので少し落ち着いた。でも、ドクター。貴方の目はニタニタ顔と一緒に後で潰します。

 

「――ッ!? ん!?」

 

 急にドクターが首を振り回しだした。相変わらず変な人。

 

「…………おj「調」……」

 

 言葉を遮られてちょっぴり悲しそうだったけど、アイラさんはマムに言葉を譲って口を閉じた。

 

「はい?」

 

「お客様の湯呑みが空ですよ。お茶を」

 

「あ……、はい!」

 

「それは俺が「お客様は座っていて下さい」……ハイ」

 

 あれが笑顔という圧力……! なんてバカなことを考えてないでマムに言われた通りお茶を取りに行こう。

 そして心を落ち着けよう。

 

『少し落ち着いてきなさい』

 

 私を見たマムの目がそんなふうに言っているように思った。

 私は切ちゃんのように人と話すのは苦手だ。えっと勿論、切ちゃんが誰にでも人懐っこいというわけじゃない。警戒心は強く持っている。でも心を許せば切ちゃんは私よりよっぽど話すことができる。

 一方、私は心を許しても人とほとんど話さない。むしろ一歩引いて話を見ていることの方が多いと思う。

 だからあんなに人の顔をまじまじと見たことなんてないのです。それも気色の悪い下種の顔ではない善意100%の綺麗な顔なんて遠目でだって始めて見た。

 いくらなんでもあんな顔を目の前でなんて……、私のキャパシティーを軽くオーバーするに決まってるじゃないですか。しかも噛んだし……。

 

「し~らべぇ~」

 

 何とか気持ちを抑えないと……。たしか素数――

 

「早く持ってくデスよ~……痛っ!? 二回もデスか!?」

 

 ――回叩けば良カッタんだっケ?

 

「ギャァーデェ~ス…………!?」

 

 デェース……デェース……デェ-……ス……ェース…………

 

 

 

「……悲鳴が聞こえるんですが」

 

「放って置いて大丈夫です。すぐに元に戻ります」

 

 そ、そうなのか。

 台所へと向かっていった2人の少女、切歌ちゃんと調ちゃんの見た目に反した過激ぶりに恐々としながらも意識から切り離す。

 そして反対側、今まで見ないようにしていた線に目を向けた。

 

「……どうかしましたか?」

 

 彼女の警戒がわずかに上がった。

 これで俺はこの横にある図形や線の正体を察せてしまった。

 

「これは月の予測軌道ですね」

 

「ッ!?」

 

 ただの模様にしか見えない散りばめられた細やかな模様は全て数式、それも一般的(?)な月と地球の作用だけでなく近づく惑星までも含めた非常に難解なもの。恐らく正確な解は求まっていなくても、その最後に行き着く結論だけははっきりと示されていた。

 地球と月の星間距離、0と。

 

「何のことでしょう?」

 

「取り繕わないで下さい。俺もこのことは知っています」

 

(…………まさか政府の?)

 

 彼女と隣の男の目がより一層険しくなる。その目を見ていると言いしれぬなにかが俺の背を駆け抜けた。言葉にできない感覚だったが、このまま黙っていたらなにか良くないというのは理解した。

 だから即行で両手を挙げ戦意がないことをアピールする。話ぐらいは聞いてほしい、と意志を伝える。

 

「俺が知っているのは、あくまで計算したからってだけですから」

 

「へぇ~、こんな複雑難解な式をねぇ-。それはすごい。で、どうやって計測したんだい? アイラ君」

 

 すごく疑われている……。

 2人の勘ぐる視線に曝されながらも俺は理由を話した。……といっても毎晩天体観察を主にしているからなだけだが。

 俺は毎晩ある決まった地点から全方向に見える星を全て記録して収集するのが趣味だったりする。やってる内容は至極簡単、新たに生まれた星と消えた星を照らし合わせて記録していくだけだ。

 一種の間違い探しのようなものだな。暇つぶしには結構もってこいだぞ。毎日変わるとは限らんが。

 

 ……まぁ、そんなことをしていて当然月も観察対象になっていた。

 だから俺は気付けた。

 月が欠けて以降、月が見せる姿が徐々に変わってきていることに。満ち欠けに狂いが出ていることに。

 

「それで過去の記録を引っ張り出して計算してみたら発覚したというわけです。また後で資料持ってきましょうか?」

 

「え、ええ。お願いするわ」

 

 ちょっと女性の方が引いている気がする。しかし男性の方はむしろ目をぎらつかせ俺を見ていた。

 同類がどうのという言葉が微かに聞こえてきたがいったい何だったのだろうか……?

 



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第Ⅵ話

 学園祭がてんやわんやなことになりそうなことが発表されてから幾日たった。……んだけど、今だ学園は興奮冷めやらぬ状況です。

 なにせ唐変木筆頭一兄と寄生(きりゅう)君の入部がかかっているんだもん。世界に2人しかいない男性適合者が入部させれるチャンス、本気出してもおかしくない。もちろん……一部を除いて。

 一兄が入部だけなら良いんだけど寄生君はいりませぬ。少なくても私の所属してる部活の人たちはみんないらないと一蹴しちゃってます。あ、そうそう。ちなみにだけど、私は華道部に所属してるよ。今も部室で花を生けている最中です。

 え、運動部じゃないなくて良かったのかって? ははは、当たり前だよ。運動は…………組み手で十分です……。

 

「いつ見ても綺麗ですね」

 

「ふぁぇっ!? あ、五十鈴先輩。えへへ、ありがとうございます」

 

 後ろに気配! なんて格好いい反応が私にできるわけがないので綺麗な不意打ちを食らってしまった。ビックリさせられたけど、お褒めの言葉だったのでちょっぴり嬉しいが勝ったから良しとします。

 

「ぼんやりしている時の立花さんが生けるお花は」

 

「ん?」

 

 ……ぼんやりしている時?

 

「それ、褒めてませんよね!? 普段のはどう思われてるですか?!」

 

「………………………………前衛的?」

 

 眉間に皺を寄せる先輩から出てきた答えはそんなお言葉。時代の先駆けって意味もあるけど、それってつまり今の美的感覚では着いてけないってことですよね……。

 一学期の合間合間に作ってきた作品を見る。

 その日の気分で作ってるから特に一貫性はないけど、私的には満足のいく出来だったと思う。

 特に左右に土台を別け暖色と寒色のバラで橋を彷彿させるアーチを描いた作品と、一本の白の花を中心に渦巻くように最低限の花で飾った孤高の作品は私の自信作です。

 

「きみが生み出す作品は良くも悪くも飛び抜けているからな、いろいろと」

 

「いろいろってなんですかー!」

 

 すりすりと摺り足で座敷に踏み込んできたのは150cmにも届かなさそうな小さな女の子、この人もまた先輩と同じみょう……じゃなかった名前を持つ子で座敷わr……

 

「誰が童だっ!」

 

「あふぇっ!?」

 

 ごめんなさい……。改めまして彼女はいt……

 

「こりんやつだな」

 

 三白半目なじっとりした目が私を捉えた。そして手の中で鳴り響くのは真っ白なハリセン。……座敷なら扇子では、なんて野暮な指摘はしません。木の棒で叩かれて喜ぶ性癖は持ち合わせてないので。

 とまあ、からかうのはこの辺にして、彼女もまた私の先輩です。正真正銘の17才でこの華道部の二傑とも言われる『ISUZU』のお1人だ。

 あ、もちろんお察しかとは思いますがここに先の先輩も含まれてます。

 

「それでいろいろってなんなんですかー」

 

「きみは清々しい欲しいほどに大胆なものばかり作り上げるからな。それに綺麗と言うよりも格好いいが先に来るものの方が多いだろう」

 

「ふふ、そうですね」

 

「ま、そのぶんヘンテコな物もよくできているがな」

 

「一言余計です!」

 

 二人のからかいにいじけていたら頭の中でちょっと高めの電子音がなった。

 

「あ、もうこんな時間だ。ごめんなさい、先輩。これから友達と訓練の約束があるのでお先に失礼します!」

 

「ああ、例の者達か。うむ、怪我がないようくれぐれも注意して精進するのだぞ」

 

「そうですね、優秀な人が多いと聞いていますから。立花さんも他の方々も十分気を付けて下さいね。

 

「はい!」

 

「ああ、そうだった。そちらにさr――」

 

 何か先輩が言いかけていた気がするけど、時間も迫っていたし既に部屋を飛び出していた私は止まれずそのままアリーナに向けて走った。

 後から先輩に聞いた話、ここでちゃんと聞いておけば良かったと後悔してます……。

 

 

 

「――しきが遊びに行くと言っていたのだが…………」

 

「もう行ってしまわれましたわね……」

 

「……立花は相変わらずせっかちなのだな」

 

 

 

「一兄っ! お待たせ!!」

 

 先輩方と別れて僅か数分、超特急で走った私はいつもの何倍も早く到着した。それでもちょっと遅れてしまったから、もうとっくに誰かと始めちゃってるかもしれないや。

 

 最近の戦績から考えると多分、一兄と闘ってるのはセシリアちゃんかな?

 

 現在の一兄の勝率は上から言うとセシリアちゃん、箒ちゃん、鈴ちゃん、シャルちゃん、ラウラちゃん、で私、よう君となっている。

 よう君は別格としてシャルちゃん、ラウラちゃん、私は一兄にとって相性がすこぶる悪くてとても低い、鈴ちゃんと箒ちゃんは有利不利が特筆してないので半々。

 ただセシリアちゃんにだけは一兄の方が勝つことが多い。

 

 メンバーの中で唯一と言って良いくらい、ビーム兵器主体だからね。エネルギー無効化の楯を手にした一兄にとって相性が良すぎた。

 一往、よう君曰くシールドを使わせてエネルギーを浪費させるって作戦もあるらしいけど、それはセシリアちゃん自身が拒んでる。みっともないのは嫌、とのことです。

 

 うん。よくわかります。

 

 などと色々予想を立てては見たものの実際の所は誰とやってるの、わくわくとアリーナ全体に視線を向けた。

 

「…………え?」

 

 予測していた人物が2人とも中にいた。けど的中! なんて喜ぶことはできなかった。2人ともが膝を突いていたのだ。――ううん、2人だけじゃない5人。何故かそこにいた1人を除いて全員が倒れていた。

 一兄、セシリアちゃん、箒ちゃん、鈴ちゃん、シャルちゃんにラウラちゃんが倒れていて、立っていたのは……

 

「更識さん?!」

 

 我等が生徒会長(最近知った)更識楯無さんだった。

 

――ピロリロリンッ!

 

 絶賛混乱中の頭に電子の追撃が!?

 肩を飛び上がらせてビクついてしまったのに恥じつつ、原因を調べてみる。先輩からのメールだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 まったく、人の話は最後まで聞くものだぞ。

 一夏といったか? 織斑先生の弟さんの訓練に更識が首を

 突っ込みに行くと行っていた。いくら彼奴でも後輩に妙な

 ことをしたりしないと思いたいが、いつものように阿呆な

 ことを考えていたようだ。

 見つけ次第止めることをお勧めする。

 が、最悪覚悟していた方が良いかもしれんな。

 

 P.S.一往、ある人に向かってほしいと伝えておいた。もし

 何かあったときはその人を頼るように

――――――――――――――――――――――――――――

 

 ……先輩、すでに手遅れです。

 

「きちゃった♪」

 

 楯無さんは私を見るやあざとく舌を出して頭を小突くと笑顔を作った。えっと、てへぺろというんだったんだっけ。確かにかっこかわいい系の楯無さんがするとギャップもあって可愛いんだけど、死屍(もどき)が累々してる風景と全く合ってないからむしろ怖い。

 複製音で『見られちゃったからには仕方ないよね。よし、殺ろう♪』とでも聞こえてきそうだよ。

 

「何できちゃったんですかー……」

 

「もちろん彼を見るためよ」

 

 そう言って扇子指したのは死屍もどき一号、一兄だ。

 詳しいことは教えてくれなかったけど、学園祭の時になにかするらしくその時のために色々と知っておきたかったんだそうです。

 箒ちゃん達まで巻き添えになったのはいつも通りのただの暴走だった。一兄に言い寄る敵と見なした攻撃の末、見事な返り討ちに遭ったということだ。

 見境のなさにもはや恐怖を覚える。もし一兄と私が兄妹じゃなかったらと思うと……怖っ。

 

「ふふっ、皆期待以上だったわ。お姉さんちょっぴり本気出しちゃった。……これもやっぱり彼がいたからかな?」

 

「ちょっぴり、て……。楯無さんの本気はいったいどんなに凄いんですか」

 

「あら? 知らなかった?」

 

 スーッと鼻が触れそうになるほどまで迫っていた楯無さんと目が合った。ルビーに似た赤い瞳を半分隠し、三日月よりもさらに深く細い弧に口元を歪める。

 

「生徒会長は学園最強の証なのよ」

 

「よう君より?」

 

 どんな脳筋学園ですかと言いたかったけど、高飛んだ思考が口走らせたのは片隅にあった些細な言葉。

 他にもっと言うべきことがあるはずなのに言ってしまった言葉だけど、意外や意外、クリティカルを出したみたい。

 ニヤニヤしていた笑みが凍り付き私を見つめていた赤い瞳がそろーっと横に逃げていく。

 

「いや~、流石に彼は例外よ? いくら私でも織斑先生クラスはまだ遠いから。それに彼って目立つの好きじゃないでしょ。会長を頼んでも断られちゃうわよ」

 

「……あはは、よう君ならしちゃいそうですね」

 

 想像してみたら、いらん、の一言でばっさり拒否するよう君の姿が簡単に浮かんだ。

 

「そろそろ皆目が覚める頃かな。皆の目が覚め次第、特訓を開始しようと思うんだけど響ちゃんもやってく?」

 

「もちろん!」

 

 詳しい話は一兄を挟んで聞くことにしようっと。




どこからともなく現れたダブル五十鈴先輩とはいったい誰なんだー(棒)

彼女たちはこの先出てくるかどうかは響次第。
ただわかっているのは

『彼女たちを闘わせるなんてとんでもない!』

ということです。
片方は……まぁ闘っても不思議ではありませんが、もう一人はね。
風を感じたいや、世界中の花を見に行きたいなどの理由でIS学園に入学しているので基本闘うことは拒否しているそうです。

それが世界からの命令なんだとか。


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第Ⅶ話

ほぼ一ヶ月も開いてしまって申し訳ありません。
パソコンがぶっ壊れてしまったのと忙しくなったのダブルパンチで非常に遅くなってしまいました……。
まだ治ってはないんですが、突然プッツンすることがなくなって一安心。
ではでは週1投稿再開です。(問題なければ……)



「それじゃあ早速だけど円状制御飛翔からはじめましょうか。シャルロットちゃんとセシリアちゃん、『シューター・フロー』でやってみせてくれるかな?」

 

 忘れ去られたラーメンのように伸びきっていた皆が立ち上がる……最中に楯無さんは満面の笑顔と名指しという名の刃で追撃を加えた。

 された二人は顔面真っ青。何故私たちが!? とでも言いたそうな顔で苦情を申し立てた。

 

「何故私たちが!?」

 

……ちょっと訂正、言いたそうじゃなくて、言うための顔だったみたいです。

 

「それに、それは射撃型用のバトル・スタンスですよね? 一夏には余り意味がないんじゃないでしょうか?」

 

「いえ、そんなことないわ。これだって一夏君には良い勉強になるはずよ」

 

 皆の頭の上で疑問符が踊る。

 一兄はセカンドシフトしたことで射撃武器を手に入れた。だから射撃練習が必要なのは理解してる、むしろ「やれ」と皆で圧力を掛けるくらいです。

 でも射撃型用の訓練をする程かと言えばそれはノーとはっきり言っちゃえる。

 だってその銃もとい荷電粒子砲はとんでもなくピーキーな子なんだもん。超絶威力があるけどシールドエネルギーの消費量が笑えない。試合中だと10発撃てるかどうか分からないくらいかな。

 弾数的にはオートマチック拳銃と同じくらい。でもマガジンなしの消費するのは最初から自身の体力なんていう残念仕様。撃てば撃つほど敗北が近づくのに射撃型とかあり得ません。

 

 で、ところでなんだけど『しゅーたー・ふろー』ってなに?

 

「解説の一兄~」

 

「…………流れ弾?」

 

「おお! ……でもシューターって撃つ人って意味じゃなかったっけ?」

 

「そういやそうだな……てことはつまり」

 

「「居場所を喪ったパイロット!」」

 

「んなわけあるかぁあああっ!」

 

 ズゴンと頭の上に鈍器が振り下ろされた。

 ISの絶対防御抜くとか、鈴ちゃんなんてバカ力……!

 

「確かにシューター・フローは射手が流れるって意味だけど、流されたわけじゃないわよ。円軌道でこうしゅらしゅら避けながら撃ち合うってやつよ」

 

「「へー」」

 

「……なんで知らないのよ。ちゃんと書いてたはずなだけど?」

 

 呆れたような目で見られてもこればかりは仕方がないと思う。だって私たちだもん。

 

「私、格闘家」

 

「俺、剣士」

 

「「だから覚えるわけがない!」」

 

「「「「「だから万年赤点なのよ/んだ/ですわ」」」」」

 

 なぜわかった!?

 あ、私たちの名誉のために言っとくけど、流石に全部赤点なわけじゃないからね。全体の4割くらいしかないんだから!

 

「それでよくここに……って、貴方たちは適正Sだったわね…………」

 

 それでも最近はあんまり取ってないよ。そしてこれからは私は一つも取る気は無いんだよ。

 正確には取るわけにはいかない! だけどね。

 え、何故かって?

 言わせるなよ、恥ずかしい。……未来と踊君と翼さんとクリスちゃんと師匠にがっちり固められちゃったからですよ!!

 これは虎さんも狼さんもビックリ状況じゃないかな。

 前門の未来、後門の踊君、右門の翼さん、左門のクリスちゃん、さらには天上の師匠。はっはっは、これでいったい何処に逃げろと? 地下がある? ところがどっこい地下は二課の本部だ!

 ……ね、取れないでしょ? 赤点なんて……。

 

「え、どうしたの?! いきなり泣き出して?!」

 

「ううん。何でもないの。ちょっと現実を見ちゃって……」

 

「ああ、いつもの……」

 

 いつもって、そんなしょっちゅうあるみたいな……、はい、拗ねてみたけど心当たりが結構ありました……。

 

「はいはい、余計な話はそこまで。二人ともやっちゃってくれる?」

 

「「はい!」」

 

 楯無さんの指示で二人は距離を開けて向かい合い銃口を突きつけた。観客の私たちは端によりつつないよう知ってる組に従って見やすい場所に移る。

 

『いくよ、セシリア』

 

『いつでもよろしくてよ、シャルロットさん』

 

 二人の周りで風が吹いた。ちょっとずつ加速していく機体は正面ではなく互いに右少し前、加えて上にも進んで円柱のような軌道を描いて飛ぶ。

 首が痛くなる手前ほどの高度に至ったその時、二人が射撃型用の本領を見せつけてくれた。

 先に撃ったのはシャルちゃんだ。それを円から外れずに急な加速で躱しセシリアちゃんは向けていたレーザーライフルで撃ち返した。でもシャルちゃんは減速からさらに高度を落とすことで難なく避け、即座に上げた速度でできていたズレを修正。再び引き金を引いた。

 やっていることは大雑把に言ってしまえば撃って撃たれて躱して撃ってと長々と続くループだ。でもやっていることは常に違う。加速減速、上昇下降、連射に乱射に速射といくつもの技術をまぜこぜにした撃ち合いが繰り広げられる。

 それは一つのエンブじゃ納まらないほどの争いだ。

 空中を舞う妖精のような姿で魅せる演舞、緩急付けたステップで踊るかのように乱れぬ輪で魅せる円舞、自分自身のスキルそのもので切磋し武芸で魅せる演武。

 これは近接じゃ真似できないね。まぁ、8の字というか花びらというかそんな別軌道でいいならできるかもだけど。

 

『私たちじゃ、八の字でも難しいと思いますよ?』

 

「そなの?」

 

 イアちゃんの否定がオープンチャンネルで伝わってきた。

 

『響さんは面白いことを言いますねー。逆に聞かせてもらいますが、ニールハートに真面な曲線軌道が描けるとでも?』

 

「そりゃー……」

 

『バンカーの加速で機動力を補っているニールハートに曲線軌道ができるとでも?』

 

「………………」

 

『どこぞの星の戦士のマシンのように止まって走るしかできません』

 

「た、確かに!」

 

 星の戦士のマシンが何のことだかさっぱりだけど、私たちは止まって走るがデフォでした。精々できる軌道は筆記体で書く小文字のエルのような尖ったうっすい曲線もどきくらいなもんです。

 おおー、空の花火が激しくなってる。

 

『い、一夏!? 何してるの?!』

 

『一夏さん!?』

 

 ひょえっ!?

 なんか急激に荒々しくなった。おまけに流れ弾がわんさか振ってきて、洒落にならないくらい危ないんだけど!?

 いったい一兄は何をしたの。

 

「一夏君にはああいうマニュアル制御も必要なんだよ。わかったかな?」

 

 あぁ……楯無さんとすっごいいちゃいちゃしちゃってる……見た目上は。

 なんとなくでいいから一兄も学んでくれたら良いのに……。本人的にはやっぱり気付いてないんだろうなぁ。そのせいで被る周りの迷惑は甚大だって言うのに……。

 

『『あ』』

 

 撃つならあっちを狙って下さい。って、落ちた。

 集中が乱れに乱れたお二人は揃って被弾、真っ逆さまだ。一兄が大丈夫か、なんて軽々しく聞いて、いきなりどうしたとか聞いちゃってるけど、なんて酷な質問をするんだ。

 原因は一兄なんだけど、二人は当然言えない。言っちゃえば楽になるんだけど無理な話、あうあうなんて奇声を発して大変そうです。

 

「本当に大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃ!」

 

「ありませんわ!!」

 

「何で怒られてんだよ!?」

 

「うふふふ……やっぱり面白いわ~」

 

 怒られる一兄のアホ顔を見てすごく楽しそうに楯無さんは無関係のように笑う。原因作ったのになんて無責任な人なんだ。フォローしようという優しさはないのか。

 観客だった箒達も混ざっちゃって収集が付けられない……。

 

「楽しそうですね。……会長?」

 

「ひっ!?」

 

 ひゅるりと背筋にひんやりする何かを感じた直後、楯無さんの影から女性が覗き込んでいた。何でもない普通の眼鏡を不気味に光らせそっと佇む姿はさながら幽霊。

 

「う、虚ちゃんがなんでここに……」

 

「華道をしている後輩から連絡がありましたので。貴女がまたよからぬことを考えていそうなので止めて欲しい、と」

 

 あ、この人が五十鈴先輩が呼んだって言う頼れって人なんだ。

 隙を突いて楯無さんは逃げだそうとしたけど、虚さんは無機質な笑みを浮かべてがしっと肩を掴んで止める。目がマジな微笑みをそのままにずいっと顔を近づけると、優しそうな声色で楯無さんに問いかけた。

 

「いったい何をしているんですか、会長?」

 

「何って、後輩君たちのために訓練を……」

 

「私には後輩が縮こまっているのを見てストレス発散しているようにしか見えないのですが?」

 

「そ、そんなことはないわヨ? 虚ちゃんったら早とちりしちゃっテ~」

 

 目でスクロールしながら何を仰ってるんでしょうか。嘘なのはバレバレで虚さんの笑みは凄味を増した。

 これには楯無さんも戦いたみたいで冷や汗をだらだらと垂れ流して声なき悲鳴を上げている。

 

「そうですか」

 

「わ、わかってくれたのね!」

 

 なんとっ!

 

「それほど後輩の方達のためを思っているのですね」

 

「そうよ! その通りよ!」

 

 ここでぇっ!

 

「なら会長がしっかりお手本を見せてあげないといけませんね」

 

「まぁ、それはそうかもしれないわね。私としたことがうっかりしてたわ」

 

 天の恵みがぁっ!!

 

「それなら模擬戦をしましょう!」

 

「え?」

 

 降り!

 

「会長と聖君とで」

 

「ごめんなさい。遊んでました」

 

 注がなかった!!

 

「なんだ。やらないのか?」

 

 打鉄装備でインファイトをする踊君。

 しっかり高校生モードになってやる気まんまんじゃないですかー。しかも打鉄もなんか普段より関節の動きとかスムーズでモーター音が凄い生き生きしてるんだけどー。あと踊君の繰り出した打鉄の膝からなんか獣染みた何かまで出てるしー。

 いや、それどうなってるの? 気じゃないよね? てか獅子じゃないよね!? 吼えたりしてないよね!?

 

「せっかく改造して出せるようにしたのだがな……。残念だな、打鉄語」

 

 訓練機なのに名前まで付けちゃってるし……これは私でもやりたくない相手だよ。

 そんなことを思ってる間に楯無さんが連行されていき、残ったのは今だ冷めない一夏紛争と落ち込んでしょんぼりするよう君(よっぽどショックだったんだ)と着いてけない私。

 取り敢えず私はよう君に「出したいなら、一夏に向かって撃てば良いんじゃないかな」と言えば良いんだね(確信)!




――パソコンの壊れた当初――

「……このあたりでセー」
プツン
「ブ?」
……シーン
「電池切れ?」
取り敢えず電源
……シーン
連打
……シーン
長押し
……シーン
リセット
……シーン
充電器をブスリ
正しく起動できませんでした
(データ? 残ってるわけないじゃん。ざまぁw)
「巫山戯んな!?」

その後も
Wordを開いてタイピン……プツン
メモ帳を開いてタイピ……プツン
ネットを開いてタイピ……プツン 
嫌がらせのように続き心はポキン

もう絶望するしか、ない!

漸く真面な打ち込みができるようになって感動中な今日この頃~。


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第Ⅷ話

 ついにこの日がやって参りましたよ-!!!!

 

「ビッキーってばテンション高すぎ」

 

「仕方ないわよ。なんかここんところあっちのことで色々忙しいらしいじゃない」

 

「うん。詳しいことは言えないけどとっても大変みたい」

 

 皆さんのお察しの通りここは未来達のいる世界、現在未来と弓美ら三人娘、つまりいつもの5人でお出かけ中であります!

 どこへ向かっているかなんてことも多分わかりきったことだと思うけど、一往念ため。

 今日は翼さんのライブの日なのです! 一日千秋の思いで待ち続け、カレンダーに八つ当たること幾十回、見つかる度に精神科を進められたりとかしたけどそんなことはどうでもいいこと。

 もうすぐライブかと思うと、こう体の奥底から振動が!

 

「滾る! 滾るぞぉおおおっ!」

 

「……な、なんだか、燃えてらっしゃいますが、あんな大股開いたはしたない格好で大声出して乙女として大丈夫なんでしょうか…………?」

 

「へーき、へーき。あれも漢女(オトメ)の一つよ」

 

「響はあれがいいんだよ」

 

「「「いいの!?」」」

 

「皆どうしたのー? 早く行こーよ!」

 

 遠くで声がしたと思ったら未来たちが随分遅れてた。あー、どっちかと言うと私が早すぎるのか。

 手招きで促して来るまで待とうっと、ん? ポケットが揺れる。いやーな予感しかしない。

 

「うぇー……、はい、こちら響。師匠、何かあったのでしょうか?」

 

『こんな時に申し訳ない。至急本部に来てくれ。山口に向かっているクリス君たちから救援要請が入った。……新型を含むノイズの大群に襲われているらしい』

 

「っ!? 分かりました」

 

 嫌な予感がやっぱり的中!?

 なんてこったい、こんちくせう! せっかくのライブなのになんてタイミングで出てくるんですか。てこんなこと前にもあったっけ……。

 あれか、私と未来が約束したら有事に巻き込まれるのがお約束にでもなってるのか。もしそうなら神様だろうと責任追及してぶっ飛ばしてやる! 

 

「皆、ごめん。私行かないと」

 

「ライブはどうすんのよ!?」

 

「あははは、私の分まで皆で楽しんできて」

 

 残念だけど大事な友達のピンチに駆けつけないわけにはいかない。それにもし私が行かなかったら翼さんが行くって言い出すだろうしね。結局見れないんじゃ、私が行った方がマシって話です。

 

「すぐ行きま――『お二人さん、その必要はないぜ』――え?」

 

 通信がザラザラと揺れると私の言葉を遮って、一人の女性の力強い声が割り込んだ。それは私たちのよく知る人物で、風来坊でもやってるんじゃないかってもっぱら噂な私が憧れる人たちの片翼。

 

『デュランダル奏者、天羽奏。潜む悪を倒すため現着ってな』

 

「『奏(さん)!?』」

 

「電光刑事バン!?」

 

 弓美がなんかいってて気にはなるけど私の中では今更な意味不明語なのでちょっと今は無視。なんで奏さんがこの通信に割り込めちゃってるのかってことのほうが大事なのです。今までどこで何をやっていたのかも聞きたいし、今どこにいるのかも――て、本当にどこにいるんですか?

 

『奏、今どこに?!』

 

『言ったろ。現着って。当然、現場だよ』

 

 ツンデレ子ちゃんの、げっ、なんでこんなところにいやがる!? というツンツンした声や聞き慣れてしまった爆発音なんかがスピーカーから零れて聞こえてきた。

 奏さんってばマジで現場にいるみたいです。

 師匠共々呆気に取られて声が出せない。

 

『あー、翼の晴れ舞台ってのもあっけど、聖に頼まれたんだよ。岩国の方で杖の取引があるから、万一の場合のため見といてくれって』

 

 勿論何事もなけりゃそっちと合流出来る手はずでな、と以前と変わらないあっけらかんとした態度で付け加えた。

 でも心強いと思う反面で不安が拭いきれない。

 相手には新型も混じっているという話だ。いくら奏さんでも初見じゃ危険……。

 

『へぇ、こいつらが噂の新型ってやつか。ちょっとは楽しませてくれよ! デュランダルの全開が出せるくらいにはよ!!』

 

『~’%”#’(゚Д゚ll)~($”』

 

 ………………あ、大丈夫そう。

 何か悲鳴のようなものが聞こえてくるくらい奏さんは活き活き狩りをしてるみたいです。キイキイして耳の痛くなる音もやだけど、それに紛れて肉がねじ切れるようなおぞましい音まで聞こえてくる。

 これ切ってもいいかな? いいよね? もう聞いていたくないんですけど!? うぷ……気持ち悪くなってきた。

 

『ラ゙ァッ!! と、そうだった。後輩の楽しみの時間は邪魔させねぇから、安心して楽しんできな』

 

 それっきり奏さんの声が聞こえなくなった。どうやら通信を切ったみたいです。殲闘音(誤字にあらず)も聞こえなくなってる。

 もう向こうには聞こえてないってわかっててもこれだけは言いたい。

 

「……それだけなら、闘い始める前に切って欲しかったです」

 

『まったくだな』

 

 師匠とはまだ繋がってたんだ。深い溜息を吐きながら同意をもらってしまった。

 それにしてもクリスちゃんは大丈夫なんだろうか……。音声だけでも凄いグロテスク感が半端じゃないのに目の前でって……トラウマになってないと良いんだけど……。

 

 

 

「どうしたどうした! 新型ってのもこんなもんかァッ!」

 

 奏は全力の咆哮を上げてISノイズと斬り結んでは、デュランダルの絶なる刃でぶつ切りにしていた。彼女の背後では累々とノイズが亡骸……ではなく残灰を晒している。

 響の思ったように繰り広げられる光景はグロテスクの一言に尽きた。

 やはりこの光景にはさしものクリスも恐怖を

 

「さっすが、天羽先輩。あたしも負けてられねぇな!」

 

 覚えなかった……。

 むしろヒャッハーなる叫び声を上げて共鳴していらっしゃる。

 だがそれも当然だ。この少女はサージェに育てられたようなもので、戦場を知る子だ。人ならともかく灰になるノイズに恐怖を覚えるはずがなかった。

 そしてこの二人はバトルジャンキーなアベンジャーとトリガーハッピーなアベンジャー、共に翼のパートナーなどなど意外と共通点が多い。

 

「「ヒャァッハァアアアッ!!」」

 

 そのため二人の相性はとても良い、それはもう最悪なまでに。

 斬撃も銃撃も激しさが増すばかりで周りは焦土と見間違うほど悲惨だ。こうなって始めて風鳴翼がいかに偉大だったか、後輩の立花響が彼女たちにとってどれほど重要だったかに気付かされる。

 

((((((誰か止めてくれぇっ!))))))

 

 ストッパー大事、現場にいる大抵の方の心が一致した瞬間である。

 

「ちょっ!? 僕を守るために来たんじゃないんですかぁーっ!?」

 

 そして彼ら以上に被害を被り同情を買うのは悲鳴を上げて走り回っている男性、ウェル博士。彼はただ杖――ソロモンの杖を受け取りに来た研究員で奏者の二人が最優先で保護しなければならない人物だ。

 

「おぉぉわぁっ!? 僕ごと切る気ですか!?」

 

 ……ならない人物なのだ。

 

「ぎゃぁあああっ!?!?!? ちょっとキミ! 僕の首に弾丸が掠ったんですけどぉお!? 本当に守る気あるんですよねぇ!?」

 

「「ごちゃごちゃうるせぇなっ! テメェから討つぞ!」」

 

「ファッ?!」

 

 ………………………………ならない人物だったよね?

 と、取りあえずノイズもあと僅かだ。

 

 

 

 師匠からの知らせを受けてからしばらく、私たちは無事に会場入りを果たした。

 いつでも飛び出せるように心構えもした上で何度か奏さん達の戦況を確認してたけど、概ね良好みたいで行く必要は皆無とのこと。

 ついさっきでも電話したんだけどほとんど終わってるって話で愁いは消え去った。

 

「いやー、凄い人だったわ。流石は今をときめくアーティストのライブ。人の数がハンパじゃないわ」

 

「どこもかしこも人でいっぱいだったわ……」

 

「もう少し準備しておけば良かったです……」

 

「ふふ、響を信じないからでしょ。あ、響。クリスたちは大丈夫そう?」

 

 サイリウムを買いに行ってた未来たちが戻ってきた。

 ちなみに私は持参してきてる。遠い昔のことになっちゃったけど、これでも経験者だからね。ライブの販売が途轍もなく込むことを知ってるのだ。

 未来にしか信じてもらえなかったけどね! 三人には聞き流されてしまったよ……。

 

「うん。始まる頃には来れそうなんだって」

 

「良かった。ちゃんと皆で見れるんだね」

 

 師匠に教えてもらったことをさくっと伝えたら未来の顔が綻んだ。詳しいことが聞けないのもあって私より不安は強かったんだと思う。

 ほっと吐いた未来の息はとても深かった。

 私としては今更なに遠慮してんだYO!とでも言いたいけど、政府の監視とか未来たちに付けさせたくないのでここは我慢。

 未来がそれでも聞きたいって時まで私は待つ。……言われたら踊君に頼んで政府にO・N・E・G・A・Iしてもらえば良いしね。踊君万歳!

 

「てな話は横に置いといて」

 

「へ?」

 

「踊君とは会えた?」

 

 余計なことを考えていたら重要なことを思い出した。

 

「タマ先も来てるの?」

 

 先生のタマゴ、だからタマ先。創世(つくよ)って三人娘の一人が名付けたあだ名だけど、正直なところタマゴ好きの先生にしか聞こえないから、誰も呼んでない。

 

「うん。まだやることがあるから先に現地入りしてるって朝早くに出かけたよ」

 

「私は見てないかな。皆は?」

 

「あんな美人で変人、目の端に入っただけでも足止める自信があるわ。今日も浴衣とか着てるんでしょ? でもあたしは足を止めてない。よって見てない」

 

「弓美に同じく」

 

「創世に同じく」

 

「そ、そっか」

 

 なんと酷い理論。でも反論の余地なし。

 私でも今の踊君の姿は見たら足を止めると思うから。

 

 

 

「ん?」

 

 関係者以外立ち入り禁止エリアに踊はいた。響の念が聞こえたはずはないのだが天井を見上げて首を捻っている。

 

「調! たぶんコッチですよ! ……あ!?」

 

「待って、切ちゃん。 ……い?!」

 

「……うぇ?」

 

「「おー!」」

 

 わけがわからないよ。

 

「このお姉さん、やるですよ!」

 

「一つの母音で二音を埋めるなんて!」

 

 どうやらまた勘違いが発生したようだ。ひそひそと話しだした二人の少女は迷いなく踊をお姉さんと言ってしまった。

 聞こえているくせに踊は常と訂正しないで話を進める。

 

「それで君たちはこんなところでなにをしてるのかな?」

 

「え、えっと、それは~……」

 

 切ちゃんこと切歌は優しい笑みを浮かべるお姉さん(笑)に問われて目を泳がせた。となりの調は我関せずの方針を貫き責任を全部押しつける腹づもりのよう。

 

「んぅ……。ここは結構入り組んでいるし、迷っちゃったのかな」

 

 聞いて置いて自己完結したらしい。踊は勝手に納得していくつか道を示した。

 

「お手洗いならあっち、会場に行きたいならそっち、売店は向こうで、風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴの控え室はこっち。舞台裏もこっちだよ」

 

「おぉ! ご親切にどうもありがとうですよ!」

 

「いえいえ。お役に立てて光栄です」

 

「…………そこまで、教えてもらっていいのかな?」

 

「いいんです」

 

 (注意) よくありません。

 

「気を付けて下さいね」

 

「はーいデース!」

 

「……ありがとう、ございました?」

 

 踊は笑顔で二人を見送った。他の誰かに見つかったら雷が落ちてもおかしくないが、見つかっていないので気にしない。

 

「あのお姉さん凄い格好でしたね!」

 

「でも、綺麗だった」

 

 

 

「やはりマリア嬢の関係者なのだろうな~。なにせ聖遺物を持っているようだし。まぁ、悪い子ではなさそうだし惨事にはなるまいか」

 

 誰もいなくなった通路でぽつんとゴスロリ姿の男の娘は呵々と笑う。

 

「あぁー!? 探しましたよ、ディレクター! ちゃんと仕事して下さいよ!!」

 

「む、すまない。すぐ行こう」

 

 

 

 

 

 

ただの日常が流れている中で、

 

世界の存亡を掛けた戦いが起ころうとしているなど、

 

この時の彼らには知る由もない。

 

 

 

 

 

 




踊君がゴスロリなわけ
・よう君でないとはいえそれでも見た目が10代
・前情報で男と知られている
・独創性が足りない(踊君の中の演出家のイメージでは)
・あまり目立たない(本人が自覚してないだけ)
なのでより目立ち奇抜で若造だと舐められない、誰もが二度見をしてしまう奇をてらった格好を踊君なりに模索した結果こうなった。

これには響も言葉が出なくて間違えて見送ってしまったとのこと。


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第Ⅸ話

 月も照らさぬ暗黒に一つの音が響き渡る。

 ただそれだけで聞けし者らは狂喜に呑まれ、闇は一瞬にして点の光に染められた。

 

『QUEENS of MUSIC』

 

 液晶で掲げた文字に白の閃光が弾ける底より、二つの影を乗せた舞台は天上へと登る。

 

「見せてもらうわよ。戦場に立つ抜き身の貴女を」

 

 仁王の如く堂々たる立ち姿を魅せ、白の衣装に身を包むは歌姫が一人『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』。

 鋭い意志を瞳に宿し膝を落とし、黒の袖を棚引かせるはもう一人の歌姫『風鳴翼』。並ぶ朋こそ違えどもいつかの時と同じく左翼を担う。

 2人の歌姫の手には金のレイピアが逆さに握られていた。それは武器、されど傷つけあうためでなく、切磋しあう彼女たちの奮えを表現するための拡声器。

 

 身を焦がすが如く噴き出す焔を纏い彼女らの唄は過激を極める。

 

 

 

 翼さんとマリアさんの一夜限りの共演舞を飾る幕開けの一曲が終わった。

 マリアさんの歌だけでも凄まじいほどに湧いていた観客さんたちの盛り上がりは今や爆発寸前です。公然の舞台じゃ初公開にもかかわらずコールは完璧、ライトの動きも一糸乱れぬ完全一致をしてのけるほど。

 ファンの人たちの前準備が凄すぎる、なんてことはないよ。だって特別席の個室で見ていた私たちまでピッタリに体が動いてたもん。誠に恐ろしきは知らなくても体を動かさせる翼さんたちの魔性の歌声であります。

 気付いた人は少なそうだけど、そんな人たちは二人の神々しさに涙を流し祈りを捧げたり、発狂したのかと不安になるくらいの激しい踊りでこれまた祈祷の儀もどきをしてる。

 私と未来は前者、弓美は完全に後者、創世たちはその他大勢派、でも私たちの涙は他とはちょっと違います。

 

「翼さんのデュエットがまた見られるなんて、幸せすぎる」

 

「うん。もう、誰ともないって思ってたもんね……」

 

 私たちの涙は感激だ。裏を知ってるのもあるけど、ついこの間までの翼さんはペアを組むのは考えられないほど鋭く尖っていた。それはもう他者を拒絶する勢いで奏さんじゃないと無理だと言われてたくらいです。

 それが今じゃ丸くなって(目付き怖いけど)、凄く楽しそうに(獰猛な笑みに見えるのは私の気のせいなはず)、歌で殺りあっていた(誤字であれ)。

 二人とも歌が大好きすぎるのが痛いほど分かります。

 

『ありがとう、皆!』

 

 翼さんが一歩前に出て観客に言葉を贈った。それに応えるように観客も雄叫びを上げてライトを振る。でも、

 

『私はいつも皆からたくさんの勇気を分けてもらっている』

 

 ちょっぴり意外な翼さんの感謝の言葉に静まりかえった。

 だってそうでしょ?

 

 "戦場に生きる"

 

 今までの翼さんは暇さえあれば研ぎ続けてるのに鞘にしまわない、そんな怖さがあった。

 いや、だからって盛り上がりに欠けてたわけじゃない。ただやっぱり翼さんがちゃんとした礼を言うとは思ってなかったから皆して不意をつかれて呆けてしまった。

 

『だから今日は、私の歌を聴いてくれる人たちに少しでも勇気を分けてあげられたらと思っている!』

 

 狂喜乱舞、まさにその一言に尽きる光景です。あ、観客を見渡す翼さんの口元がゆるんだ。どアップされてるからよくわかっちゃう。

 主役の邪魔をするようなそんな迷惑な人はこの場にいるわけはなく、数秒で観客さんたちは黙る。そして今度はマリアさんが口を開いた。

 

『私の歌を全部、世界中にくれてあげる!』

 

 腕を揮い強気な発言で会場を呑み込む。

 

『振り返りはしない。全力疾走だ』

 

 観客だけでなく中継から見ているであろう人々全員に叱咤を轟かせ、

 

『ついてこれる奴だけ、ついてこいッ!!』

 

 まさかの置いてけぼりも辞さない宣言をしてくれた。

 

 なるほど、なるほど。どうやらマリアさんは『貴様等ごときについてこれるかな?』と言いたいらしい(被害妄想)。

 はっはっは!

 

「その喧嘩、勝ったァアアアアア!!」

 

「ひっ!?」

 

 二人がどんな激しい舞台にするつもりかは知らないけど、最後まで付き合ってやろうじゃあーりませんか! むしろ終わった後も元気ハツラツに余裕綽々なところを見せつけてやる。

 師匠仕込みの私の体力を舐めるないでもらおうか!」

 

「そう言う意味じゃないから、黙ってようねー」

 

「もががっ」

 

 未来が容赦ないよぅ……。

 

『今日のライブに参加できたことを感謝している。そして日本のトップアーティスト、風鳴翼とユニットを組み歌えたことを』

 

『私も素晴らしいアーティストと出会えたことを光栄に思う』

 

 おっと、脱線してる間にお二人が握手を交わしてる。

 

『私たちが世界に伝えていかなきゃね、歌には力があることを』

 

『それは世界を変えていける力だ』

 

「っ?!」

 

 マリアさんと翼さんが話している最中だというのに、いきなり胸の中でざわめきが起こり始めた。それに背筋がおかしな凍えを訴える。

 マリアさんが翼さんに背を向けて歩き出す。

 

「! みんな、絶対動かないで! 心を強く持って」

 

 思い至った時には既に手遅れ、せめて同じ室内の人だけでもと指示を飛ばした。

 

「「「「え?」」」」

 

『…………そして、もう一つ』

 

 ドレススカートを巻き込むほどの勢いでマリアさんの手が振り上げられた。

 そして、会場の隙間全体を埋めるかのようにノイズの集団が一瞬にして出現した。

 

 パニックは必至。高潮だったムードは消え去り残されたのはサイリウムの光と慌て震える人の衆。

 なんとか私たちのいる部屋はさっきのもあってパニックは逃れてる。でもご丁寧に室内席にまでノイズは出現していて即座に動くことはできそうにない。

 

『――狼狽えるなッ!!』

 

 会場を劈く一声が響き渡った、元凶だろうマリアさん当人の口から。

 

「そっか、これがさっきの挑戦状の正体!」

 

 こ、これは確かについていくのは至難だ。でも全員がついていかざる終えない。なぜってここで言う『置いてけぼり』はそのまま死を意味するから。

 

 文字通りのデスマーチですね、わかりたくありません。

 

『私たちはノイズを操る力を以てして、この星の全ての国家に要求する! そして――』

 

――――――――……gungnir zizzl

 

マリアさんが不意に口吟んだそれは聞き間違えじゃなければ聖詠、しかもそのフレーズは今も鮮明なままのあの唄と同じ。

 カメラの前でマリアさんの衣装が変わっていく。黒と主に現れた色は黒ずんだオレンジ、私のとは異なりかつての奏さんにより近しい装甲が覆った。

 

「……黒い、ガングニール」

 

『放置するんじゃありませんでしたね……』

 

 黒のガングニールを纏ったマリアさんを見てイアちゃんがそんな呟きを零した。

 

『……以前から米国にガングニールの破片があることは知ってたんです。これでも私は本体の踊さんから生まれた存在ですから、いくら隠そうと分体の居場所くらいはわかるのですよ。ですが完全体がこちらにあり櫻井理論も世界に発表されてまもない以上優先度は低いと見ていました』

 

 各国のノイズ対策になるのなら是非もなしなので、と付け加える。

 そう言われてしまうと文句は言えなくなっちゃうな。ノイズに対抗出来るのはシンフォギアシステムのみなのは相変わらず事実だから。一部例外はあるけどそれだって急造品でコストと結果が全然釣り合ってない一時しのぎで論外です。

 

『だといいますのに、まさかテロ行為に用いようとは甚だ遺憾で仕方ありませんね。響さん、確実に取り返しましょう。我々を犯罪の道具にする輩に掛ける慈悲は不要です』

 

 い、イアちゃんが凄く怒ってます。

 

「イアちゃん、ちょっと落ち――『私は……、私たちはフィーネ』――はい?」

 

『終わりの名を持つ者だ!』

 

 ……それはいったいどういうことなのかな?

 

「イアちゃん、フィーネさんって踊君のお陰で逝ったんだよね?」

 

『は、はい。観測の仕様はありませんが、そのはずです』

 

 なのにここに来てフィーネさんの名がでてくるっていうのはどういうことだと思う?

 

『…………大きな目的を達成するために名を借りたのだとお、思われます』

 

『我等武装組織フィーネは各国政府に対して要求する。……そうだな。差し当たっては国土の割譲を求めようか』

 

「……あれが?」

 

『もしも24時間以内にこちらの要求が果たされない場合は各国の首都機能がノイズによって不全となるだろう』

 

『信じがたいことですが』

 

 全力で恋に走った女性の名を騙ってやるのが、世界侵略ですか。そうですか、そうですか。よーし、一回ぶっとばそう。

 

「お話はそれからでも遅くはないよね」

 

「「「「『え?』」」」」

 

 まずは皆の安全確保が最優先かな。

 ペンダントにはお留守番してもらって、胸にある傷に意識を向ける。

 コッチの世界じゃISは御法度だからね。既に踊君から使い分け方の仕方を学んでいるから問題はない。強いて言うなら全国にタイツ姿をさらすことになる羞恥くらい。

 あー、あと師匠とかには叱られるかな?

 

「ま、それも関係ないよね。イアちゃん、行くよ」

 

『はい!』

 

 そして私は、歌わなかった。

 

『なにッ!?』

 

 一時の破裂音が鳴り響いたのだ。一発にしか聞こえない超多数の銃声という長い残響を以て、会場を支配していたノイズが一匹残らず消し去られていた。

 

「……随分と面白そうなことをしているようではないか、そこな若人よ」

 

 何かを引っ提げたドーム型の傘がゆらゆらと会場のど真ん中に降り立つ。

 

『もう来たというのね……』

 

 それはどこかのお嬢様のようなゴシックドレスで身を着飾って現れた。会場は突然のことに戸惑うも、壇上に立つ二人に勝るとも劣らないその美貌に見とれる。私たちのいる部屋でもまたその()の姿に大体の人が呆然となった。

 

「私も混ぜてもらおうか」

 

影の英雄(シャドウ)!』

 

 はい、どう見ても踊君です。本当にありがとうございました。

 

「「「「なんでゴスロリ!?」」」」

 

 ……私たちのシリアス返して下さい。



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第Ⅹ話

「シャドウ? これはまた可笑しな名を付けられたものだ」

 

 今日はもう上がるつもりのなかった舞台に、残念ながら俺は降り立っていた。

 まったく、やれやれである。やっとお茶ができると準備していたのに……、全てが御破算になってしまった。

 むしゃくしゃしてつい下りる際に眼下で綺麗に整列していた長蛇のノイズを一掃してしまったが、こんなところにのこのこ来るから悪いのであって、俺は悪くない。

 

「貴女の存在は政府によって抹消されていたのでね。便宜的にそう呼ばせてもらっているわ。ルナアタック……月の破片落下を阻止した真の立役者さん」

 

「む? そうだったのか。なら仕方がないのか」

 

「真面に教えてはくれないでしょうけど、一往聞いておくわ、貴女の名は?」

 

「私は聖、聖踊だ」

 

「やはり応えては……、て、え? そ、そんなに簡単に明かして良かったのかしら?」

 

「一々隠すようなことでも…………あー、そう言えば政府の者たちが何か言ってたか? まぁ、私には関係のない話だ。私としたら変な呼び方を増やされるほうが困るのだよ。逃げも隠れもする気はないのだから、本名で呼んでくれたほうがわかりやすい」

 

 なにか遠くの方で踊君!? といつものツッコミが聞こえてきたような気がしないでもないが気のせいだ。

 

「そ、そう……」

 

「て、私のことなどどうでもいいんだ。そんなことよりももっと重要なことがある」

 

 それは入れ立ての紅茶が飲めなかったとか、休憩時間が台無しになってしまったとか、お客さんのテンションが下がったとか、紅茶が冷めるとか色々ひっくるめてもまだ足下に及ばないほど大切なことだ。

 

「じ、重要なこと?」

 

 ふふふ……、ああ重要なことだ。本当の本当に大事なことなのじゃ。

 

「……なぜ、何故このタイミングで事を起こしたのかということじゃっ!? 今日この日のために何十日も練り続け、最初から最後まで皆を驚かせる仕掛けを用意しておったのに! なんで寄りにもよって初っぱなで止めおるかのぅ!? ライブが終わってからだって問題なかったじゃろうに!!」

 

 響たちが楽しみしていたライブだからと、張り切って細部の細部にまで拘り準備を施していたのに……、全て無駄になってしまった……。

 

「…………………………うぅっ」

 

「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」

 

「なによ! その目は!? くっ! わ、悪かったわね」

 

「いや、いいのじゃ…………」

 

 沈んでしまった思考を切り替える。少々目の焦点が遠くピントが合っていないが直に納まるだろう。

 折り曲げていた膝をゆっくり伸ばしてマリア嬢に視線を向ける。

 

「何でこんなことをしたのか、じっくり話を聞かせてもらって納得できれば許すから」

 

 そして肩に乗せて差していた傘を閉じた。

 

 

 

 急募、踊君の怒りを静める方法!

 

「何でこんなことをしたのか、じっくり話を聞かせてもらって納得できれば許すから」

 

「ひぅっ!?」

 

 踊君の目がいつか見た少し頭冷やそうかな目なんですが!? あと何か口調がのじゃ娘になってるのはなにゆえ!?

 いつかの死神さんへのお怒りよりは十分マシなんだろうけど、無表情でゆらゆらと一歩一歩踏み締めながら歩くもんだからプレッシャーが洒落にならない。

 ……マリアさんから変な声が聞こえたのは

 

「くっ、できるものならね!」

 

 やっぱり気のせいだよね。あんな人前に出て堂々と言ってのけるような人がひぅっ! なんて可愛らしい悲鳴をあげるわけがないよね。観客の誰かが上げたに違いありません。

 マリアさんがマイクで突きを放った。……て、この言い方だと滑稽な光景ができあがる。改めて、マリアさんがマイク付きレイピア(逆だけど)で突きを放った。

 

「甘い!」

 

 なんとそれを踊君は閉じた傘ではたき落とす。そして返す刀で手首を捻ると、より洗練された鋭い突きを見舞った。

 けど惜しいところでマント……私と奏さんには付いていなかったそれを体に巻き付けるように大きく広げることで弾いた。私だったらマントの異常な堅牢さに驚いて足が止まってたかもしれないけど、生憎なことに相対してるのは踊君(本体)だ。

 だから驚いたりしない。

 

「くっ!」

 

 即座に間合いを開け、死角の攻撃から事前に身を引く。そして地を踏んで攻めに転じた。お互い切断系じゃないからぶつかっては鈍めの音を立てて仰け反る。

 

『踊さんからの伝令! 注意を引きつけている間に観客の避難をとのこと!』

 

「わかった。皆、今のうちに離れるよ!」

 

 もともとどうしようか考えていたから、イアちゃんの知らせですぐに行動を始められた。目を奪われちゃって忘れてたけど見張っていたノイズはもう全滅してるからね。安全の確保は既にできていたってわけです。

 師匠にも連絡を取って会場内の避難誘導をお願いして指示を仰いでおく。て、もう返信がきた。

 

『了解した。客の避難は任せろ。響君は会場から速やかに脱出し出撃に備えておいてくれ。もうすぐクリス君達が到着する』

 

 師匠、文字打つの速っ!? 携帯を使いこなす師匠に驚きを隠せないけど、とりあえずラジャーです。

 

「他の人たちは大丈夫なの?!」

 

「国の人たちが引き受けてくれてるから、大丈夫!」

 

「じゃあ、私たちは誰よりも安全なところにいたんだから誰の手も借りずに脱出したほうが良さげだね!」

 

「屋内にノイズはいたりしませんよね……?」

 

『響さん、見つからないよう静かにお願いしますね!』

 

「「「「「マジ(か)!?」」」」」

 

 そっからは口ずさむような聖詠とこそこそ声の歌声でちゃんとバレないように乗り切りましたよ! こんちくせう!

 

 

 

「意外だな」

 

「なんのことかしら?」

 

 切れ味抜群のマントを突きで返したりと忙しない攻防の途中だったが、動き出した会場を確認して言葉を挟んだ。

 

「観客を普通に逃がすことさ」

 

 屋内は別として会場内でも邪魔しようと思えばできるのだ。先程の口上が目的の事実であればなおのこと自身等の武力を見せつける意味でやっても可笑しくない。……いや、させはせんが。

 

「君らの目的はいったい何だ? なにゆえこのような災事を起こした?」

 

「……」

 

「応えない、か」

 

 あえて言うならマントの裾。

 

「ちっ!」

 

 まったく、拒否するにしても口で言って欲しいものだな。

 たかがマントの裾と行ってしまいたいところだが、なんとも厄介なことにこの端っこは相当な切断力を有していたのだ。

 しかしそれは本来ならば有り得ない話だ。

 

 主神の武器としてガングニール、もといグングニルが聖槍の一つというのは一般的に知られた話だろう。

 しかしその槍の本質となると認知度は極端に減ってしまう。よほど神話に興味を持っているか、ある病を一度でも患ったことのあるものが大抵を占めているくらいだ。

 不思議なことに多くの者が槍と聞くと"突いて良し切って良しの長物"というイメージを勝手に抱くのだよな……。

 

「敵を前に考え事とは余裕だな!」

 

「突くことには自信があるが猪ではないからな」

 

「そういうことを言ってるんじゃない!!」

 

 それはそうと話を戻して……ガングニールの本質というのは投擲槍、それも製作段階から投げることを前提して作られた完全な投げ専門の槍である。斬る必要はほとんどなく切断するなんてことはなおさら不要な種類の武器である。

 現に奏が使用していたころのアームドギアは形状はランスに近く貫通に長けた性能だった。響は言わずもがな突貫だな。ぶち抜く力は桁外れでたまに怖いくらいだ。

 なのに目の前のそれは切断特化、なんとも危険極まりない。

 

「それは失敬。でも考えねば先には進めぬ故、な!」

 

 回転によりマントがトグロを巻きながら斬りにきたが、俺からすれば好都合。何せその攻撃法は自分から視界を塞いでいるのと同義だからな。目の前にいる者をマントで斬るには自分の前に布が行くわけで、しかも回転するから背も向けてくれている。色も黒と透けない残念仕様。

 褒められる点は貝独楽のように回転している事で連撃になっているところだな。ただ残念なことに今の俺が無手でないせいでその優位は無意味になってしまったが。

 軽く離れて傘を投擲、俺がしたことを端的に言うとそれだけだ。しかしタイミングを計って放った傘は丁度回転を緩めてただの布然としたマントごとマリア嬢を穿ち飛ばす。

 

「聖!」

 

「まだ動くな! 俺個人ならともかく、翼嬢がシンフォギア装者だと世界に知られるのは良くない」

 

「この状況で何を!」

 

「戦況を見誤るな。風鳴翼の歌は戦うための歌ばかりか? 違うだろう。傷ついた者を癒し勇気を分け与えるための歌だろう。そして」

 

 俺の信念は一度たりとも変わっていない。

 

「俺は誓ったのだ、もう誰にも子どもの夢を穢させぬと。今は俺に任せろ」

 

 それに忍者の末裔が裏で動いてくれているだろうし、響たちだって突入の準備をしている。

 

「っ! まだ78%も!?」

 

「……?」

 

 弾いた少女が謎なことを言って一人驚愕してるんだが……、これはどうしたら良いんだ? 笑えば良いのか?

 この少女、戦場で敵を前にしながら何をしてるんだか。

 

「一先ず眠ってもらおうか。話はベッドでも聞けるよな?」

 

 くるくると空中から落ちてきた傘を回収し一息で迫る。いくらシンフォギアを纏っていようと無防備なものの意識を刈り取るくらい訳な――、

 

「っ!?」

 

 蹴ろうとしていた足の方向を急遽左直角に変え飛び退く。さらに後ろに振っていた右手から左手に傘を移す。

 得物が軽いが何とかなれ、そう祈って奮うはかつての友の技。

 

「爆砕斬!」

 

 舞台が砕け無数の破片が舞い上がり、飛来した何かを弾く。硬い床に叩き付けたことで傘の芯から嫌な音が聞こえたが、直撃よりはマシだと自分を納得させるのは忘れない。

 

「行くデス!」

-- 切・呪リeッTぉ --

 

 正面で誘導し左右からの同時攻撃……連携が上手い! なんて思っている場合じゃない。滞空中で叩き付けを行ったせいで今だこの身は浮いている。

 ……完全回避は不可。

 

「だからとてっ! ぎっ!?」

 

 右腕だけは庇いきる。

 

「危機一髪」

 

「まさに間一髪ってやつですよ」

 

 不意討ち同然で現れたピンクとグリーンの二人の装者がマリア嬢を守るように降り立った。

 油断したわけじゃなかったのだが、やはりそうなったか。

 

「……呵々、ちゃんと探し人には会えたようだな」

 

「……? それはどうい、う……」

 

「あーーっ!?」

 

「「さっきのお姉さん!?」」

 

 彼女たちはつい数十分前に出会った子たちだった。




物凄く久し振りにシンフォギアの技が登場したよ!
ついでに踊君がテイルズの技を使うのも久し振りな気がする。
タグにテイルズってあるのにも関わらず久し振りとはこれ如何に(笑)

それもこれも使い手の踊君が戦わないし、鎌ばかり使うから悪いんだ。
これからはちょいちょい出てくる、はず。

踊君たちの今後に乞うご期待あれ!


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第ⅩⅠ話

 マリア嬢の前に二人の少女が立ち塞がった。

 その少女等の纏うシンフォギアを見て、あってほしくなかったことが二重三重に重なってしまったことを悟る。

 

「……知り合いか?」

 

「ああ。さっきすこし。まぁ、よくいる聖遺物持ちの迷子だ」

 

 潜入している最中だったの可能性もあるため迷子と呼んでいいのか微妙なところだが、売店方向に進んでいたのに教えたら即行で控えの方に走っていったのだし、道に迷っていたのは確かだろう。

 

「そうか……」

 

「中学生にもなって……貴女たちは……」

 

「迷子違う!」

 

「迷子になんかなってないでーすっ!? てか、聖遺物持ってる子がよくもいるもんですか?!」

 

 簡潔に述べただけなのに、なぜか二人の少女に睨まれた。

 

「こんな幼気な美少女に向かって、迷子なんて許せないデスッ! やっちゃうデスよ、調!」

 

「うん。わかった。でも切ちゃん、自分で幼気な美少女なんて、恥ずかしくないの? 私は言えない」

 

「はいそこ、余計なこと言っちゃだめデース!」

 

 ……仲間なのに普通に弄られてる切ちゃんという少女には同情した方が良いのだろうか。親友っぽそうな子にまであっさり発言を真っ二つにされて泣きそうになっているんだが……。

 

「もう! とにかくやるデスよ!!」

 

 切嬢が緑の鎌を構え突撃してくる。調嬢も息を揃えて飛び上がり高速回転する鋸らしきものを飛ばしてきた。

 

――先に接触するのは僅差で切嬢のほうか。

 

 それは脅威的な一撃を秘めている代物だ。だが複数の鋸を相手にするよりも対処がしやすい。とはいえ傘で止めるということではない。てか正直無理だな。

 なにせ切嬢がキレているのだ。理由は定かではないが、キレた彼女は我武者羅に鎌を身長ほどに巨大化させて、あまつさえ盛大に振りかぶりおった。そのため手持ちの傘では軸で突けたとしても軽く真っ二つにされてしまうこと間違いなし。

 だから打ち合えない。

 ……ま、打ち合う気が端から無いから関係ないから問題もない。

 

「質量は力になるが、あまり無闇に大きくするのは感心せんぞ。そんなことをすると――」

 

 小柄な見た目からは想像も付かないような強大な力で地表が鎌に薙がれていく。当然、目の前にいる俺も一緒に斬り裂かれるのが常だ。だが、

 

「――こんなことになる」

 

「なんっ!?」

 

 残念ながら俺の前にはお誂え向きの足場があったりするのだ。

 

「デスとっぉ!?」

 

 エメラルドのような淡い光沢を放つ刃、通常サイズだったならばあってないような取るに足らないものだった。しかし巨大化したことによって鋭さが増し、その分だけ先端は鋭角になり、そして同時に付け根を鈍角にしてしまった。

 濃い緑の面と刃の側面合ってないような角度だが、靴底には十分引っ掛っかる角度だ。先端部で面を踏み、踵の厚いヒールで刃を抑える。ただそれだけであら不思議、人間砲台のできあがり。

 

「呵々、逃がしてくれてどうもありがとう。礼を言う」

 

「逃がしてあげたつもりはないのデスよ!?」

 

 力一杯振ってくれたお陰で簡単に鋸の範囲からも抜け出せた。

 

「甘いッ!」

 

「気付いている!」

 

 着地に息つく暇もなく、脇を打ち抜かんとする槍がすんでのところに来ていた。叫ぶのも確実に当たるだろう寸前とミスはない。でも俺は彼女から一度たりと目を離していないのだ。逆手で握る傘に対処は命じてある。

 槍の腹に傘を押し当てる。着いた足も浮かせ上体を捻ると腕を後ろに振り抜いた。

 

「アームドギア、奏嬢と同型か」

 

 槍、それもランスの形状に近いそれをずらすのは困難を極める。

 ランスというのは真円に近い穴を大気中に開けることに長けており、空気圧を全方向から一様に受けさせ直線軌道を描くことが得意な武器なためだ。生半可な力では妨げるなんて事は叶わない。

 だからずらすのは俺の体自身、後ろに向かおうとするベクトルを傘を軸にして誘導する。

 首輪で繋いだ犬がいきなり走り出した時、前につんのめるのと同じだ。前に行こうとする方向を足で止めたことで力が半端に止められ、より行きやすい方向に逃げて結果下に体が持って行かれる。

 それを傘で再現しているのだ。後ろには行けないように塞き止めて、さらに前向きの力を上乗せする。あとは切嬢からいただいた力が前向きの力に便乗して回転させてくれるというわけだ。

 

「風鳴翼! キミも今の内に行け! ここは私、ライブ会場の仕掛け人たるこの聖踊が承った」

 

 とはいえやはり三対一はキツいものがある。いつぞやの襲撃戦より数は少ないが武装がバラバラで厄介さはこっちの方が上だ。

 本音を言えば翼嬢にも協力を頼みたい。がそれはあくまでカメラのないところだったらの話、ここでは無理をしてでも俺と彼女が無関係であると示しておく。

 

「すみません! ありがとうございます」

 

「逃がさん!」

 

「させんよ!」

 

「マリアの邪魔は!」

 

「させない!」

 

 翼嬢が俺の指示に従い舞台裏を目指し駆け出す。マリア嬢がそれを追い、俺は邪魔をするために前を遮ろうとしたが、その前に調嬢と切嬢が俺を阻んだ。

 翼嬢の身の熟しならば装者相手でも十分回避できるはずだが……最近響のドジが翼嬢の周りに伝染しているのではないかと愚痴られた記憶があったりなかったりする……。こんな所でポカがおこるなんて

 

「――あっ」

 

 ないことなかった。

 あの靴ようした奴は後でお仕置き決定だな。

 翼嬢のヒールが付け根からポッキリと折れたのだ。この一大事の最中にもかかわらず、それも翼嬢が飛ぼうといた時に限って。

 

「貴女はまだ、舞台を下りることを許されてないのよ!」

 

「ちぃっ!」

 

 流石にそんな大きな隙を見逃してくれるほど優しくない。

 

「「いかせない(デス)!」」

-- α式・百輪迴 --

-- 双斬・死nデRぇラ --

 

 踏み出す前に、またも大量の鋸々が振ってきた。前に出ると回避は不可能、下がるしかない。やってくるなら踏んで止まる緑の物体にしてくれって話だ。

 さらに倍に増えた鎌が迫ってきたせいで、二度もたたらを踏まされた。

 

「翼嬢!」

 

 倒れ行く翼嬢の腹部に鋭い蹴りが突き刺さる。

 シンフォギアで強化された脚力は個人差はあれどそれでも極一部の例外を除く人間の力を逸脱したものだ。人一人を大きく飛ばすことくらいわけない。いくら戦いに慣れているとはいえ翼嬢はダンナ並の体格でも俺のような高密度の機人でもないのだ。その例外にはなり得ず体を宙に躍らさせられた。

 高く持ち上がり向かった先には、

 

「しまっ!」

 

「っ!? 余計なことを!!」

 

 数多のノイズ。

 不甲斐ない、油断した。確かに潰したと思い上がったツケか。操る術があると高らかに行っていたばかりというのに、装者の少女らに集中して再招集が掛けられていたことに気付けなかった。

 

「――決別だ」

 

 その小さな声は良く通り、この身を犠牲にしてでもと構えた姿勢のもとにも浸みるように伝わってくる。

 

「ならん! 必ず私が!」

 

「歌女であった私に」

 

 足が壊れてでも駆け抜ける。

 決死を誓い、体を構成する聖遺物の出力を引き上げた。

 爪先に力を、大地を砕けるほどの力を蓄える。

 だが、それを解放することはなかった。

 

『任務完了! 遮断成功!!』

 

 その一つの声が会場に響いたことによって。

 

『思いっきり、やっちゃってください! 翼さん!!』

 

「ようやくか! 遅いぞ、緒川殿」

 

「なんだ!?」

 

 それは翼嬢のマネージャーを任される緒川殿の声であり、装者でありながらアーティスト活動も行う翼嬢が両立できるようにと遣わされた忍者の末裔の声。

 彼の役目、それは有事の際真っ先に動き風鳴翼が全力で装者の任務を遂行出来るようにサポートすることだ。そして今もまたその任が執行されていて、先程の放送が終了を告げた。

 つまり、彼の言うその言葉の意味、それは――

 

「放送が止まったってことだよ!!」

 

「「「な!?」」」

 

「土砂降りな、十億連発ッ!!」

-- BILLION MAIDEN --

 

「ハァッ!」

-- 蒼ノ一閃 --

 

 天空から飛来する超多数の豪雨が降り注ぎ、足下からは蒼き刃が蹂躙を開始する。

 

「くっ!」

 

 マリア嬢がマントで全身を覆い自ら的に、そしてその隙に調嬢と切嬢は左右へと散って舎弟から逃れる。

 仲間を逃がす点ではその選択は正しくも、激射をしてくれたやつ――クリス嬢のさらに上空をちゃんと見れていたならば、大いなる空から真っ直ぐ墜ちてきたもう一振りの槍が迫っていることに気付けただろう。

 だが時は遅い。

 

「うおぉおおおおっ!!!」

 

「キャッ?!」

 

 ……そんなことなかった。

 あの(バカ)、せっかく見えてないんだから叫ばなければいいのに。叫んだせいでギリギリを躱された。

 まぁ、ブチ砕いたガラス片が派手に飛び散り疑似的な爆砕斬と化していたから及第点としておいてやるか。

 

「大丈夫ですか、翼さん? あと踊君も」

 

「ああ。助かった」

 

「ついでみたいに呼ぶな。これでも一往左腕は動かないんだぞ」

 

「へ! どうせ、油断でもしたんだろ」

 

「違いない」

 

「(奏嬢は?)」

 

「(公に出たくないつって、外の警戒してんよ)」

 

 それもそうか。

 だがこれで人数は俺が抜けてもイーブンになった。それに裏事情を考えればこちらが有利、確保もできそうか?

 互いが互いににらみ合い得物に手を添える中、唯一得物を持たないバカが真っ先に動いた。

 

「やめようよ、こんな戦い! 今日であった私たちが争う理由なんてないよ!」

 

 説得という手段を以て。が、聞く耳は持たないだろうな。それがあったのならもう少し話にも付き合ってくれていたはずだもの。

 話し合う姿勢は認めるが、今し方自身のやったことを顧みてからものを言って欲しいところだ……。俺には三人の中で一番強烈な一撃放っていたように思うんだが。

 

「……そんな、綺麗事を!」

 

「キレイゴトで戦うヤツの言うことなんか、信じられるものかですッ!」

 

 だがその冷たい目と共に吐き出された言葉は、鎌を突きつけ拒絶の意が篭もった絶叫は、予想外な悲しみを宿していた。

 

「そんな! 話し合えば分かり合えるよ!! 戦う必要なんか!」

 

「偽善者」

 

 響の説得がその一言で止められた。

 

「この世界には」

 

 その冷たい視線が深い憎しみで濁る。

 

「貴女のような偽善者が多すぎる」

 

 呟くような静かな声は伸し掛かるような重圧となり響に伸し掛かる。

 

「――だからそんな世界は」

 

 突如、歌に声が乗った。いや、逆だ。彼女、調嬢の声に歌が乗りやがった。

 

「切り刻んであげましょう!!!」

 

 ちっ、休息を取りたかったんだがな。

 まったくそうは問屋が下ろさないとでもいうのか。

 

 甚だ残念なことに、俺の目は調嬢と切嬢の適合率が上昇していく様を確かなことと捉えてしまっていた。

 



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第ⅩⅡ話

 三箇所で激しい攻防が繰り広げられる。

 マリア嬢と切嬢と刃を交える翼嬢、クリス嬢は両者とも長年の慣れも生じてか優位性を保っていれているようだ。しかしここ、調嬢と言葉を交わした響に巻き込まれ俺は劣勢に立たされていた。

 

「止まるな、バカ!」

 

 戦場でありえない停止をしている響に蹴りを入れ、やり過ぎと言われてもおかしくないほど強い力で退かす。

 だがそれが間違いでないのは今の響でもすぐに分かったはずだ。空いた隙間を通る形で巨大鋸が瞬きもない間に横断する、その隙間でさえ狭く加減していた場合手足が取り残されただろう地点だったから。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「集中!」

 

 本来なら、謝ってる暇なんかあるか! と叱責くらいはしたいところだが、その時間さえ今は惜しい。

 別段、目の前の調嬢が特別強いわけではないのだ。他二人にも言えることだが練度はどちらかというと低い。響よりは長いが場数は以下、合計稼働戦闘時間なら二課組のほうが遙かに多いだろう。

 けれど調嬢の棘だらけの口舌を聞いてからというもの響の動きが目に見えて悪くなった。もはや足手纏い以外のなにものでもない。

 数で有利なはずが足を引っ張ってくれるせいで正負が逆転してしまった。

 俺がカバーに入っていなければ翼かクリス、あるいは両方が指向を分散させなければならなかったし、俺がいても少量の意識がこっちに向けざる終えないほどにここだけやけに押されている。

 

「ハッ!」

 

 響の意識が今に向いた。

 ここしかないと速やかに攻勢に転じる。迫り来る鋸々を左右に体を揺らして躱す。そして前へ前へと駆け抜ける。そして……

 

「ちっ! だからッ!!」

 

 ……徒手の構えで地面を踏み砕き、引き返した。

 

「止まるな!」

 

「きゃっ!?」

 

 響がまた止まっていた。

 さっきから同じことの繰り返しだ。止まった響を蹴るか殴るかで起こし、集中して躱せるようになっている内に攻撃しようとして、響がまた止まる。

 調嬢の攻撃の手がある内は避けることに夢中になって気が逸れるのだろうが、俺が攻撃に転じて止むと、戦いを放棄してか響の意識が先程の調嬢の言葉に向けられるのだ。

 

“偽善者”

 

 彼女が何を思いどういう経緯を通った結果の言葉なのかは分からない。

 しかしそれは響を揺さぶるにはとても効果的だったらしい。

 残念ながら俺には何故そこまで悩むのか分からない。俺は響ではないし、人それぞれに真偽も善悪も変わるものだ。その辺りは後で本人と語り合う必要があるか。

 

「そこ!!」

 

 響を殴り飛ばした時点で無数の鋸が追加に飛ばされていた。先に飛んでいた方は調整していたため当たることはないが、追加は無理。なにせ10m近い距離を一挙に戻ったせいで殴った動作のまままだ空中にいるのだ。

 体勢は前のめり、蹴る足場もない。とはいえこのままむざむざ切られるのを待つというのも癪に障る。なので少し無茶をしようと思う。

 できる限り体を動かして手を下に足が上に来るようにする。腕もちょっとでも曲げて捻りも加える。

 

「なんとかなれ!」

 

 そして放つは掌底破に似て趣の異なる衝撃破。力の流動は集束ではなく拡散し、ゴツゴツとした疑似的な感触が手のひらに伝わってきた。反動で返ってくる力が小さな捻りに大きく歪められるのも感じられた。

 自然と体が回る。そこから足を開くと何とか一つの技の形となった。あえてテロップをつけるならこうか?

 

-- 逆羅刹風回し蹴りver.ゆっくり --

 

 威力は極小、二つ三つ弾けた程度で大抵の鋸に足がざくざくと切られた。あとスカートもすっぱりいかれてしまって、膝下ほどまであったのがふともも半ばまで短くなってしまった。でもやらなければ全身で蛇腹切りになっていた可能性もあったのでこれでもだいぶマシな方だ。

 

「踊君!」

 

 着地に失敗し転がったさきで見たのは一対の巨大鋸。

 慌てて自身の被害を確認して回避を試みるも返ってきたのは悲しい現実だった。

 右手-ダメージ小・ただし関節部に中度の損傷あり。

 左手-ダメージ甚大。

 両足-ダメージ大。

 武器-なし。

 つまるところ真面な回避手段がないということである。

 

「大丈夫か!」

 

 なんとか右手は犠牲にならなくて済んだらしい。目前まで迫っていた鋸が蒼と紅の力で退けられる。

 

「どんくさいことしてんじゃねぇ!」

 

「立花! 呆けてないで聖の守護!」

 

「は、はい!」

 

 勿論、翼嬢とクリス嬢だ。どうやら、追い込んでいた戦闘を放棄してまで援護に入ってくれたみたいだ。……先人として少々不甲斐ない。

 その間にマリア嬢らも合流していた。振り出しに戻ったと、言いたいところではあるが俺の被害が大きすぎる。向こうの疲労も大きいため不利になったわけではないが差が大幅に縮まってしまっただろう。

 

「――了解」

 

 その一言がやけに深く耳に響く。即座に響に肩を借りて立ち上がり、周囲の警戒に強めたがあまり意味はなかった。

 突然舞台の中心、丁度俺が降り立った位置辺りが光り出す。

 

「うわぁぁ、何あのでっかいいぼいぼっ!?」

 

 現れたのはなんとも言い難い緑色の肉塊状のノイズ。特徴としては響が驚いたように大量のいぼいぼがあることくらいだ。あと秒間的に質量が増えてる気がしないでもないところ。

 

「増殖分裂タイプ……」

 

「こんなの使うなんて聞いてないですよ!?」

 

「…………アメーバ的なものか、それとも」

 

 きりしら嬢の小さな驚愕を聞き咎めてしまいげんなりする。

 脳内に過ぎったのは単細胞生物と、もう一種厄介な特徴を持った生命体。前者だけならまだ楽だが、後者なら非常に厄介なものになる。

 

「おいおい! 自分らで出したノイズだろ!?」

 

「なんのつも……」

 

 対処法を考えることに没頭してしまったせいでクリスが騒ぎだすまでそれに気付くのが遅れた。

 マリア嬢の槍が外向きに展開し中に空洞を作っていた。その空洞に紫電が走る。彼女の行動が示したことはただ一つ。

 

「いかん! 誰かマリア嬢を止めろ!!」

 

「「「え?」」」

 

「…………」

-- HORIZON†SPEAR --

 

 このいぼいぼノイズが俺の予想した後者の性質も併せ持っていると言うことだ。

 いぼいぼは弾け雨のように細切れになり、そのまま肉片となって降りそそぐ。でかい雨粒を盾にマリア嬢らが一斉に撤退する。

 

「このタイミングで撤退だと!?」

 

 翼嬢も緑の雨の中でマリア嬢らの動きを見逃さなかったことで驚愕した。

 

「せっかく体が暖まってきたってぇのによ!」

 

「良く周りを見ろ! このタイミングだからこそだ!」

 

 随分と視界が狭まっている。後を追おうとするクリスを止めて全員に促す。

 

「の、ノイズが!?」

 

 飛び散ったノイズが恐ろしい速度で再生していた。それも一塊一塊が個別に膨れ、くっついたものが一つの塊に変化していく。

 

「アメーバとプラナリアを足しぱっなしで割り忘れた感じだな」

 

 速やかに翼嬢が蒼ノ一閃で斬撃を放ってみたが、一部は消し飛ばせたものの結局元通りに再生している。イチイバルの銃撃も効果なし。爆撃は巻き込まれるので論外。

 

「こんなもん放置したらよ!」

 

「活動限界が来る前に間違いなく市は墜とされるだろうな」

 

「なんと厄介な……」

 

 ノイズにおける最終防衛ラインを担う装者の足を確実に止める実に理にかなった方法な事よ。

 

「これくらいで厄介なんて言葉を口にするな。もっと厄介なことがある」

 

『ええ。残念ながらまだこの会場周辺にはまだ避難した観客が……いいえ、救助に来た方々も大勢います。このノイズをそこから出すわけには!』

 

「分かったか? こいつらを一片でも外に飛ばせばその時点で何万の命が消え去るってこだ。徒な攻撃もろくに許してはもらえない。放置せずとも厄介なんだ」

 

 斬撃で斬り飛ばそうと爆発物で吹っ飛ばそうと仕留め損なってしまえば分裂に手を貸すことに他ならない。

 

「そんなんどうすりゃ良いってんだよ!?」

 

「……手はある」

 

「何がある?」

 

「俺から提案出来るのは2つだ。1つは泥沼覚悟の消耗戦。四方から一片も逃げ出さぬように活動限界まで耐えるだけのお仕事だな。とはいえこれは誰かの気力が途切れたら即終了、敗北が決する。お勧めはできない。俺としてはもう1つのほうで――」

 

「絶対ダメ」

 

 響のしかめっ面が俺を向いていた。

 

「立花?」

 

「絶対にダメだよ。……それって、踊君の自爆でしょ? あの時と同じように」

 

「…………よくわかったな」

 

「付き合い長いもん。これくらいわかるよ」

 

 響の勘のよさにおどろ……くことはないな。今までの自分の行動を振り返れば基本似たようなことばっかりしている。

 

「でも、こうするしかないんだ。受け入れろ」

 

「――絶唱」

 

「…………」

 

「絶唱ならできるんだよね」

 

 響のその言葉は問いではなく確認だった。俺ができるとわかっていながら隠しているのだと決めつけた物言いであり、そしてそれは是である。

 

「危険が過ぎる!」

 

「それに絶唱を使ったからって殲滅出来るわけ、が――お前っ! まさか!?」

 

「S2CA・トライバーストなら!」

 

「……本気か?」

 

 S2CA、それはかつて俺を天に誘った絶唱による5重奏を元に考案されたもので、響の“他者と手を繋ぎ合う”ことを特性にしたアームドギアを基点にすれば理論上は可能だろうと櫻井女史が提唱したシステムの名だった。

 

「一度も成功した事なんてないんだぞ!? それ以前に訓練だってろくにできてねぇのに!」

 

「でも分裂を上回る破壊力で一気殲滅、立花らしいじゃないか。理にもかなっている」

 

「おいおい!」

 

「それに踊君がいればちょっとはなんとかできるでしょ」

 

「呵々、違いない」

 

 にっこりと満面の笑みを向けられてしまえば折れるしかないじゃないか。

 どかりとその場に座り込み、禅を組んだ。

 

「いいんだな?」

 

 三人の顔を再度見回して確認するが、杞憂だった。クリスはやれやれといった感情も見えたが、みな覚悟を決めて俺を見ている。ならもう俺はやることを全部するだけだ。

 

「イア、全バイパスを解放する。手伝え!」

 

『かしこまであります!』

 

 聖遺物片“ガングニール”、“天羽々斬”、“イチイバル”と完全聖遺物体“聖踊”、“ディバンス”、“サージェ”が見えない線で繋がる。同時に絶唱を歌い始めた三人から弱くない負荷が流れ込んできた。これでも奏嬢の時と比べると穏やかといってしまえるから驚きってな。

 絶唱の歌が終わる。

 そして訪れるは本番だ。

 

「スパーブソングッ!」

 

「コンビネーションアーツッ!」

 

 装者を呑み込むほどの激しく無差別な暴力が七色の光を放って猛威を揮う。

 すぐ目の前までいたノイズが分裂をする間もなく消されており力の程を見せつける。だが、それは同時に装者までもを傷つけた。

 

「セットハーモニクスッ!!!」

 

 システムの起動が宣言されその負荷はさらに肥大化した。

 

「うぐぅうううっ!」

 

「耐えろ! 立花!!」

 

「もう少しだ!」

 

 中でも反動が重いのは繋げて調律する響だ。『私』が肩代わり出来る負荷は全てしているがその一点だけは手が出せなかった。

 いや、手を出すことが許されなかったというべきか。

 なぜならその行為は『私』を造り出すのと全く同じ、神々の所行そのものだったから。それに手を加えることはできなかった。

 

「うわぁぁああああっ!!!!」

 

 全方位に拡散してく絶唱の光が触れる端からノイズを消滅させていく。しかし響に掛かる負荷はそれ以上に酷く限界が迫っていた。

 

「響、『私』を感じろ!」

 

 無理をしてでも多く『私』の存在を響に送った。

 調律のイメージさえ掴むことができれば響の負荷は十分中和できる、いや完全中和できてなければ俺は存在できなかったのだからむしろできない方がおかしいのだ。

 

「こ、これならなんとか!」

 

 思った通り三重奏が『私』に近づくと響の負荷が抑えられた。

 そしてその新たに稼いだ時間が勝敗を分けた。

 

「今だ!」

 

 翼嬢の視線の先にはなんとも言いづらいノイズの本体がいた。細長い二本足の柱と言えばいいのか、真っ直ぐなサソリの尾と言えばいいのか、それとも腕の無い人体模型と言うか……、ざっくり言ってしまえば気持ち悪い形をしている。

 

「レディッ!」

 

 響の声でガングニールの各部位パーツが解放され展開していく。さらに金色のオーラで全身を染めながら響は両腕のユニットを合わせ真円へと統合させた。同時にガングニールが響の意思をくみ取りユニットを即座に変形させ四方に金の刃を作り上げた。

 

「ふん!!」

 

 天に突き出されたユニットが十字に開き内側の増幅器が高速回転を始める。溢れ出るエネルギーリングが七色に煌めく横で、響は光を揺らがせながらも拳を握りしめ徒手空拳の慣れ親しんだ構えに移っていた。

 

「ぶちかませぇっ!!」

 

 クリスの声を号砲にして、響は矢庭に前に踏み込んだ。足場を砕くような余計な力はそこになく静かに空に舞い上がる。

 

「これが私たちの!!」

 

 どうやら腰のブースターまでも出力が増幅されていたらしい。ガングニールの全てに後押しされて、響はノイズの本体、その頭部を射程圏内に納めていた。

 

「絶唱だぁああアアッ!!!」

 

 それは天を貫く槍と化す。

 突き立てた拳を切っ先に、右と左の回転が複雑に絡み合い重なりあった螺旋が穂となり放たれる。

 受けたノイズ本体はコンマ01秒ほども耐えたが、やはりその力に身を灰に返した。

 そして穂が夜空を突き抜け成層の彼方へ向かっていく中、後を追う虹の竜巻が柄となっていた。

 

 

 

 天空目掛け駆け行く奔流の中にきらりと光るものがあった。

 そしてそれを見て俺はようやく思い出す。

 だがその時にはもうすでに手遅れだ。

 

――あ、ティーカップ天井に置いたままだった……。

 

 もう動く気力のない俺には僅かばかりに零れ落ち散っていく紅い雫を涙を呑んで見送ることしかできなかった。



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