ホウエン地方は何処も思春期 (秋月月日)
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出会った女性は思春期

 ついカッとなってやった。多分完結後に後悔する。


 ポケットモンスター。

 縮めてポケモン。

 この世界にはそんな名前で呼ばれる生き物が、凄まじい数存在している。

 火の中、草の中、水の中――そして、スカートの中。

 夢と希望でいっぱいな自然環境にポケモンたちは生息し、世界中の人々に夢と希望を与えてくれる。

 そして。

 ポケモンを仲間とし、バトルを行い、自分の名を世界に轟かせようとする者は――ポケモントレーナーと呼ばれている。

 個性や容姿、バトルの手段やポケモンの入れ替え方。

 アイテムの持たせ方やポケモンとの関係。

 その要素は多種多様で、十人十色。ポケモンバトルに勝利し、己が栄光を掴みとる為に――彼らは日々精進を怠らない。

 そして。

 このホウエン地方にも、最強のポケモントレーナーを目指す少年の姿があった。

 ミシロタウン出身・カナタ。

 性別は男性で、特徴としては異常なほどに中性的な顔立ちだ。一応は男性用の衣服に身を包んでいるのだが、男なのか女なのか曖昧な顔のせいで『男……いや、女……?』という有様になってしまっている。

 そんなカナタはつい二日ほど前にポケモントレーナーになったばかりの、俗に云う新米ポケモントレーナーだ。

 ユウキとハルカという同郷コンビと同じ日に旅を始めたカナタ。三人そろって『ホウエンチャンピオン』を目指しているミシロトリオは互いをライバルとして認定し、最強目指してホウエン地方一周の旅に出かけたのだ。

 …………とまぁ、そんな前置きは置いといて。

 チャンピオンを目指す少年・カナタは現在――

 

「…………へるぷ、みー」

 

 ――トウカの森で絶賛遭難中だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 トウカの森はホウエン地方で最も迷子になる確率が高いエリアである。

 そんな警告をポケモンセンターの掲示板で見た覚えがあるなぁ――と思った時には既に何もかもが遅かった。カナズミシティへと繋がる出口はおろか、104番道路に繋がる入口の場所さえも分からない。

 まさに迷子。絶賛迷子。

 何の言い訳も効かないほどに迷子だった。

 カナタは黄緑色の小さなポケモン――キモリを肩に乗せながら、文字通り、草の根をかき分けながら直進していく。

 

「森舐めてた、スッゲー舐めてた。キモリの天敵である虫タイプが多い事とか完全に失念してたよチクショウ」

 

 キモリはホウエン地方の新米トレーナーがまず最初に貰える三体のポケモンの内の一体で、そのタイプは全タイプの中でも岩に並び、最も弱点が多い事で有名な草タイプだ。

 炎に弱く、

 氷に弱く、

 毒に弱く、

 飛行に弱く、

 虫に弱い。

 ただでさえ自分の攻撃が効果抜群なタイプが激しく少ないというのに、天敵と呼べるタイプが無駄に多いというこの仕打ち。なんだ、世界は草タイプに何か恨みでもあるのか。

 草タイプでは虫タイプに不利なため、カナタはなるたけ野生のポケモンとの遭遇を避けて進んできた。低レベルクリアを目指しているんですか? 不本意ながらそんな感じになりそうです。

 長草を掻き分け、短草を踏み越え、なるたけ気配を消しながら歩を進めていく。全てはポケモンに遭遇しないようにするために。カナタは今この瞬間だけは逃亡犯だった。

 と、そんな中。

 カナタの目に信じられないものが映り込んできた。

 

「あれ、は……女の、人?」

 

 薄暗いトウカの森の一つの木の下に、その女性は横たわっていた。

 紫色のロングヘアーが水色飛行帽の中から飛び出していて、前髪が鳥の翼のようにまとめられている。モデルのような凹凸を見せるスタイルは水色の飛行服に覆われていて、白を基調としたズボンはすらりと長い脚を隠すかのように少しばかり大き目なサイズで作られている。

 そんな、見るからに特徴的な女性が、木の下で意識を失っている。

 ケガ人を見たら即救助。

 昔から両親にそう教えられてきたカナタは今までの隠密行動などかなぐり捨て、女性の元まで駆け寄った。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 あまり刺激しないようにと気を付けながら、カナタは女性の肩を軽く叩く。服のあちらこちらに枝や葉っぱが付着していることから察するに、この人は空から落ちてきたのだろう。飛行中の落下事故が最近問題となってきている事を、トウカシティのポケモンセンターで耳にした気がする。

 カナタの声で意識が戻ってきたのか、女性は「ぅ、ぅん……」と眠りから覚醒する際の様な小さな呻きを上げ、ゆっくりとその双眸を開いた。

 

(うっわ……スゲー美人……)

 

 長い睫毛に紫色の透き通った瞳。顔のパーツは黄金比としか言えないほどの間隔で存在していて、ぷっくりとした唇からは大人の色気が漂ってくる。こんな森の中にいるよりも漫画雑誌とかでモデルでもやっている方が絶対にベストだと言える女性だった。

 思わず顔を赤くしてしまうカナタ。彼の肩の上のキモリが『なに照れてんの?』と彼の頬を突いてきたが、今はそんな事など意識の外だ。

 目が離せない。

 こんな美人を、カナタは今まで見たことがない。

 ――――というか。

 

「あ、あの……俺の顔に、何か付いてますか……?」

 

 ――女性が俺の顔から視線を外してくれないんですけど。

 じ――っとカナタの双眸を直視したまま動かない女性に、カナタは狼狽してしまう。子供が珍しいものを見つけたときによくやる行動だな、と気分を変えるためにややずれたことを思ってみたり。

 と。

 純粋な青少年的リアクションを取ったカナタの両手を女性が突然握ってきた。

 「え、ちょ!?」と今度こそ心の底から動揺するカナタ。生まれてこの方女性に触れたことはおろか、触れられたことなんて数回にも満たないカナタは(いくら女性が手袋をしているとしても)ほぼ初体験の柔らかな感触にドキンッと胸を高鳴らせてしまう。

 何だこの状況は!? ――カナタは現在状況に混乱する。

 そして。

 謎の女性はカナタの顔を真っ直ぐと見つめながら――

 

「君は童貞か?」

 

 言葉を失った。

 

「君は童貞か?」

 

 脳が震えた。

 

 因みに確認しておくが、カナタとこの女性は今まで出会った事なんて一度もない。カナタが忘れてしまっているというなら話は別だが、女性の口ぶりからして初対面なのは間違いないだろう。

 それならば何故、この女性はそんな質問をしてくるのか。――俺が知るか。

 とにかく意味が分からない。彼女の言っている言葉の意味が分からない。この状況でその言葉が飛び出してくること自体が意味が分からない。

 疑問というかツッコミどころが多すぎて頭を悩ませるカナタに気づいたのか、謎の女性は「ああっ、すまないな」と少しだけ面目なさそうに表情を崩し、

 

「君は処女か?」

 

「性別の問題じゃねえんだよバカヤロウ」

 

 結論。

 この女性は凄く残念な内面の持ち主だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ナギ。

 それが、謎の女性トレーナーの名前であるらしい。

 

「すまないな、気絶しているところを助けてもらって」

 

「いえ、別にそこまで大したことじゃないですし」

 

 謎の邂逅を果たしたカナタとナギは先ほどの木の下にシートを敷き、一先ずの休憩を取っていた。

 その中での話で分かったのだが、カナタの予想通り、ナギは飛行中の事故でこのトウカの森に落ちて来てしまったらしい。見るからに飛行タイプ使いっぽいのに落下なんてするんだな、と結構失礼な感想を心の中で述べてみる。

 落下の原因を話したナギはカナタのキモリの頭を優しい手つきで撫でながら、

 

「速度の限界まで達する事が出来ればGカップの感触が分かると思ったのだが、まさかその前に落下してしまうなんてなぁ」

 

「その汚らわしい手で俺のキモリに触らないでもらえます?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「なるほど、やはり君は男性だったのだな、すまないすまない。あまりにも中性的な顔立ちだったから混乱してしまったよ」

 

「いえ別に。昔からよく間違われるんであんまり気にしてねえです」

 

 ナギからキモリを奪い返して自分の膝の上に乗せたカナタは、ナギの謝罪に手をひらひらと振って答えを示した。

 先ほどからの発言からはあまり想像できないのだが、この女性は結構優しい性格をしているらしい。自分の非を素直に認めることが出来る――この時点でその人の人格はある程度確定できる。

 カナタはキモリの尻尾を撫でながら、ナギの顔をまじまじと見つめる。

 

「??? どうかしたのか、カナタ? 私の顔に精液か何かでも付いているか?」

 

 度肝を抜かれた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 こんなやり取りをしているのは勝手だが、カナタはいつまでもこんな所で油を売っているわけにはいかない。次の目的地であるカナズミシティに早く到達しないといけないからだ。

 ナギを立たせ、シートに付着した泥を叩き落とし、綺麗に畳んでリュックサックの中へとしまう。――の直後に灰色のジーンズと黒の上着に付着していた草を叩き落とし、カナタはぐぐっと背伸びをした。

 どこからどう見ても旅の途中であるカナタにナギは感心したように口笛を吹き、

 

「君はポケモンリーグを目指しているのか?」

 

「ええ、まぁ。同郷の奴等と『リーグでまた会おう!』って約束しちまってますからね。大変だとは思いますが、とりあえずはジムバッチを集める旅をしてんですよ」

 

「しかし、それにしてはやけに大人びているな。旅を始めるのは十歳からだと相場が決まっているのではなかったか?」

 

「あはは……いや、ちょっと事情がありまして……」

 

 カナタは照れくさそうに頬を掻く。

 

「ウチの親父が無駄に親バカでしてね。『十八歳になるまで旅をするのは許さない!』ってずっと意固地ってまして……親に刃向かうのもどうなんだろうって感じだったんで、この間キモリを貰うまでの八年間、幼馴染のポケモンと一緒に近くの草むらでバトルの練習ばっかりしてたんですよ。幼馴染みの二人は『カナタと一緒に旅を始めなきゃ意味がない』って言って俺の出発の日まで一緒に待ってくれてたんです」

 

「良い友達を持っているな、君は」

 

 心の底から感心したように表情を和らげるナギに、カナタは顔を赤らめてそっぽを向いた。

 よいしょっ、とリュックサックを背負い直すカナタにナギは「そういえば」と声をかけ、

 

「君はキモリの他にポケモンを持っていると言ったな?」

 

「ええ、まぁ。一体だけですけど……」

 

「良かったら私に見せてくれないか?」

 

「別に良いですよ?」

 

 なんでそこが気になるんだろう。いや、単純に気になっただけだろうな。俺がこの人の立場に立っていたとしても、同じ行動と発言をしただろうし。

 ベルトの近くにあるホルダーからモンスターボールを一つ手に取り、近くの草むらに放り投げる。

 ポンッ! という小気味良い音の直後、そのポケモンは姿を現した。

 ドククラゲ。

 赤く大きく丸い突起と青の笠、そして黒光りした無数の触手が特徴のポケモ――

 

「興奮してきたぁああああああああああああああああっ!」

 

「戻れ、ドククラゲ! この人は危ない!」

 

 

 

 チャンピオンを目指す少年が出会ったのは少しばかり――というか大胆すぎる程にエロが大好きな、心は思春期で肉体は大人な無駄に綺麗な女性だった。

 

 

 




 ナギの声はぴかしゃさんで再生してくれれば分かり易いんじゃないかな?


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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ナギさんは重度の思春期

 二話連続投稿です!


 テッテレー。

 謎のポケモントレーナー・ナギがパーティに加わりました!

 

「……いやいや、本当にこれで良いのか俺」

 

「別に良いじゃないか、カナタ。旅は道連れ世は情け、とよく言うだろう?」

 

 トウカの森で出会った思春期トレーナーことナギと別れてカナズミシティを目指そうとしたカナタだったが、「カナズミシティか……ここで会ったのも何かの縁。私の目的地でもあるヒワマキシティまでの間、私も旅に同行しても良いか?」というナギのいきなりの提案に動揺と混乱を余儀なくされていた。

 男性の旅に女性が同行するというだけでも結構な問題だ。旅の途中で何か間違いが起こらないとも限らない。――しかも、ナギはそこら辺の女性よりも美人でスタイルが良い。別にカナタが性欲に塗れた野獣だとか言うつもりはないが、それでもお年頃なので意識するなと言われると凄く難しい。

 つまり。

 ナギとカナタの旅は凄く問題が多すぎる、という事だ。

 うーん、と腕を組んで首をかしげるカナタ。彼の肩の上で彼と同じように首を傾げているキモリがなんとも可愛らしい。

 どうすりゃいいんだろう? と必死に考えるカナタの肩をナギは優しく叩き、

 

「因みに、私は初物だぞ?」

 

「このタイミングで悩みの種増やしてんじゃねえよ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「トウカの森を抜けるのにはコツがいるからな。私が出口まで連れて行ってやろう」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 意気揚々と先頭を行くナギに軽く頭を下げ、カナタは「やっと外に出られるぞーっ!」とキモリと共に空に向かって右手を掲げた。二日前に貰ったばかりという話だが、今の時点でかなりカナタに懐いている。これはポケモンリーグに出場するまでには命令無しで行動してくれるほどの懐き具合を実現してくれるかもしれない。

 懐かしいな、とナギは表情を和らげる。自分の幼い頃と今のカナタを比べ、どうしようもない程の懐かしさに胸を躍らせてしまっている。

 

(ジムリーダーになってからというもの、バトルを純粋に楽しめなくなってしまっていたからなぁ)

 

 今更言うのもなんだが、ナギはヒワマキシティジムのジムリーダーだ。飛行タイプを司る鳥使いで、ホウエン一の飛行タイプの使い手でもある。最も得意とする技は“つばめがえし”という情報を一応補足しておく。

 ジムリーダーは三回連続で敗北するとジムリーダーとしての資格を剥奪されてしまう。だからどの挑戦者相手にも全力で立ち向かわなくてはならないのだが、ジムリーダーが永遠に勝ち続けてしまってはポケモンリーグに参加できる者が誰一人としていなくなってしまう。――つまり、勝ちと負けの割合を計算しなければならないのだ。

 そんな状況でバトルを楽しめとか言われても、こちらとしては困るしかない。挑戦者には悪いが、こっちは毎日の生活が懸かっているのだ。……まぁ、今は三ヶ月の有給取ってるから良いのだが。ジムトレーナーにジム事業を全て押し付けてるから私には関係ないのだが。

 そう、今の私は超絶的にフリーの身。

 分かり易く言うのなら――

 

「私は都合の良い女!」

 

「オイやめろ周りのトレーナーに誤解招くだろうが」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ナギの案内で無事にトウカの森を抜けだしたカナタは巨大な湖の縁まで駆け寄り、靴を脱いで湖の中にゆっくりと両足を沈めた。ずっと歩き回っていたせいで筋肉痛やら靴擦れやらに襲われていた足が、湖の冷たい水でひんやりと心地よい刺激に包まれていく。

 ふぅぅ、と疲れを吐き出すようにカナタは溜め息を吐――

 

「湖に入ってから一分未満……凄まじい程に早漏だな」

 

「ねぇ、ナギさん。怒らないから何が早漏なのか正直に言ってみ?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 湖で疲れを癒したカナタはナギと並ぶ形で104番道路の上方を歩いていた。因みに、下方というのはトウカシティに続いている方の104番道路の事を指す。

 その道中で優しい女性から技マシンを貰ったカナタは音楽プレーヤーのような形状の技マシンをまじまじと見つめ、

 

「これが噂の技マシン……実物は初めて見たなぁ。ナギさん、これってどうやって使うんですか?」

 

「簡単だよ。そのプレーヤーから伸びているコードをポケモンの頭に張り付け、再生ボタンを押すだけだ。もしそのポケモンがその技マシンを覚える事が出来たのなら『ピロリーン』という効果音が鳴り、逆に覚える事が出来なかったのなら『デデーン』という効果音が鳴る。因みにその技マシンは“タネマシンガン”だから、ちょうどキモリが覚えられるだろうな」

 

「…………」

 

「どうした? 今の説明でどこか分からないところでもあったのか?」

 

「いや、そういう訳じゃないんですけど……」

 

 カナタは気まずそうにナギから目を逸らし、

 

「今の発言の中にモザイク音があるように聞こえてしまった自分がなんか悲しくて……」

 

「君は私を一体なんだと思っているんだ」

 

 ただの変態、もしくは重度の思春期です。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「そっか……キモリに新しい技を覚えさせられるって事なのか……」

 

「“タネマシンガン”は低レベルの草タイプにとっては切り札にもなり得る強力技だ。一番目のジムリーダーのタイプは草タイプに弱い岩タイプだから、覚えさせておいて損をすることはまずないと思うぞ?」

 

「そうですね。それじゃあとりあえず――キモリ、ちょっと大人しくしてろよー」

 

「きゃもっ」

 

 カナタの顔に頭をすりすりとこすり付けてくるキモリに表情を和らげながらも、カナタはキモリの頭にコードを張り付け、技マシンの再生ボタンを軽く押した。

 直後。

 CDが再生されるときのような駆動音がマシンの中から流れ出し、心地よい音楽がカナタの耳を刺激した。

 

「あの、何で音楽が?」

 

「技を覚えるまでにトレーナーを飽きさせないようにする工夫だ、という都市伝説があるが、その真実は未だに不明だな。私としては、音楽を利用する事でポケモンに技を覚えさせる、という意見を君にお勧めしたい」

 

「確かに、その意見は結構理論的ですね……」

 

 なるほど、音楽を利用した学習法か。

 英単語や歌の歌詞なんかを覚える時も基本的には耳を介しての方が頭に入りやすいし、やはり聴覚という感覚が直接脳に働きかけてくれるという事なのだろう。まさかこんなところで学べる事があるとは……ナギさんって意外と凄いトレーナなのかもな。

 ちらっ、とナギの顔を横目で見てみる。

 容姿端麗で知識豊富。内面はかなり変わっているが、それでも根は真面目で優しい。凄まじい程の好物件だ。しかも結構――タイプだし。

 

「??? どうした、そんなに私を見て……ゾクゾクするじゃないか」

 

「俺の感動を返せ今すぐに!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「そういえば思ったんだが、“タネマシンガン”ってどこかエロく感じないか?」

 

「ノーコメントで」

 

「君の“タネマシンガン”で私を倒す事が出来るかな?(キリッ)」

 

「ノーコメントでッッッ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「目が合ったらバトルの合図! そこの君、私は君にバトルを申し込むわ!」

 

 カナズミシティへと続く桟橋の直前、カナタはミニスカートを穿いた少女に行く手を遮られてしまった。くそっ、見つかった……ッ! カナタは思わず歯噛みする。

 カナタは大きく溜め息を吐き、肩の上にいるキモリに指示を出す。

 

「キモリ、いけるか?」

 

「きゃもっ! きゃもきゃもっ!」

 

「よーっし、その意気だ! いっちょドカンとかましてこい!」

 

 ぴょんっ、とカナタの肩から飛び降り、キモリは華麗に着地する。流石は身軽な事で有名なポケモン、その動きには一切の無駄がない。

 相手がマリルを出したのを確認したカナタは嬉しそうに口角を上げる。

 

「よっしゃ相手は水タイプ! さっきの技マシンの使いどころが早速来たぜ!」

 

 水タイプは草タイプに弱い。それはトレーナーの間では至極常識だ。――そして、先ほどキモリに覚えさせた“たねマシンガン”は草タイプの技である。この勝負、俺が貰った!

 まさかのタイプ相性にミニスカートの少女は悔しそうに顔を歪める。タイプ相性の優劣を覆すほどの実力があれば関係ないのだが、カナタも少女も言ってみれば駆け出しトレーナー。相性の悪いタイプを突かれてしまったら敗北に一歩足を進めてしまう事になる。

 今まさにバトルが始まる――その傍ら、

 

「カナタ! バトルの邪魔にならないようにドククラゲを私に預けておけ! 大丈夫、すぐに洗って返すから!」

 

「アハハッ! ちょっとお前黙ってろ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「それじゃあこっちから行くわよ! マリル、“あわ”攻撃!」

 

「お前の自由に躱して“タネマシンガン”!」

 

 マリルの口から放たれた無数の泡を素早い動きで回避していくキモリ。無駄に回避の方向を指示しなかったのが幸いしたのか、その動きは高レベルポケモンに匹敵するほどの軽やかさだ。

 “あわ”の弾幕を掻い潜り、マリルの目の前へとたどり着く。――今がチャンス。ここで一気にぶっ放せ!

 キモリの口が大きく膨らみ、ぐぐっと背中が逸らされる。

 キモリの予想外すぎるスピードに動揺したミニスカートの少女は「えぇっ、うそ!?」と次の指示を完全に忘れてしまっていた。トレーナーの動揺はポケモンの動揺。トレーナーとポケモンは一心同体、一蓮托生、運命共同体だ。自分が相手に圧倒されてしまっていると、ポケモンも同じように動きを止めてしまう。

 そして。

 逸らした背中を前に戻す勢いを利用して放たれた“タネマシンガン”がマリルの腹に直撃した。

 白い光の塊を五発ほどくらったマリルは勢いよく宙を舞い、ズザザザザーッ! と地面の上を砂煙を上げながら滑っていく。アレは結構な傷を負ってしまうのではないだろうか、と思わないでもないのだが、これはあくまでもバトルの中での負傷。カナタがどうこう考えるものではない。

 動きが止まると同時に目をぐるぐると回し始めたマリルを抱え上げ、ツカツカと不機嫌そうにカナタに近寄ってから彼の手に五百円玉を握り込ませ、少女はうるうると目尻に涙を浮かべて言い放つ。

 

「こ、この恨み、いつか返してあげるんだから! その首洗って待ってなさい!」

 

 ぴゅーっ! と全力疾走でカナズミシティの方角へと走り去っていく少女に、カナタは呆れた様子で手を振った。やっぱりああいうの見てると飽きねえなぁ、と感想を心の中だけで述べてみる。

 さて、とりあえずは軍資金をゲットしたし、カナズミシティへの道も開けた。今日はこのままポケモンセンターに行ってキモリとドククラゲを休ませ、俺自身も休むことにしようかな。

 

「と。その前に――よくやったなキモリ。偉いぞー」

 

「きゃももっ!」

 

 嬉しそうな表情で飛び込んできたキモリを抱きとめるカナタ。キモリからの頬擦りを自身の頬で受け止めながら、カナタは五百円玉を財布の中へと仕舞い込む。

 勝利の余韻に浸っていたカナタにナギはトタタッと小走りで近づき、

 

「バトル勝利おめでとう、カナタ。凄いバトルだったな。そのキモリ、その調子だと凄く強くなるだろう。丹精込めて育てるんだぞ?」

 

「あははっ、分かってます。俺のキモリは最強なんですから!」

 

 そうだよなー? とキモリと目を合わせてカナタは嬉しそうに笑う。

 そんなカナタとキモリをナギは柔らかな笑みと共に見つめ、

 

「それでは次は、君の“タネマシンガン”の強さを私に見せつける番だな!」

 

「よーっし、今日は寝かせないぞーっ!(説教的な意味で)」

 

 

 ナギの手を引きながら、カナタはカナズミシティへの一歩を踏み出した。

 しかし、まさかこのカナズミシティで更なるツッコミを要求されることになろうとは、この時のカナタは想像すらしていなかった――――。

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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カナタくんは思春期?

 カナズミシティ。

 《自然と科学の融合を追及する街》というキャッチコピーを持つこの街はホウエン地方でも有数の都会である。最先端の技術でホウエン地方の科学を支えるデボンコーポレーションがこの街に位置していることからも、その事が窺える。

 さて。

 謎の女性トレーナー(実はジムリーダー)であるナギのおかげでトウカの森を無事に脱出したカナタはカナズミシティにやってきた。

 そう、やってきたのだが……。

 

「ひ、人が多い……」

 

「都会だから当たり前だろう?」

 

 頬をヒクヒクと引き攣らせるカナタの隣で「お前何言ってんの?」とでも言いたげな表情でナギは言い放つ。

 カナタの驚き様からも分かる通り、カナズミシティの通りは数多の人々で溢れ返っていた。右を見れば人、左を見れば人、前後を見れば人人人……。ミシロタウンでの祭りの時でもここまでは多くなかったぞ!? と凄く田舎者の様な感想で頭を抱えるカナタくん。

 そんなカナタの頭をポンポンと優しく叩き、ナギは相変わらず包容力在りまくりな笑顔を浮かべ――

 

「痴漢プレイをするなら今がチャンスだぞ?」

 

「あぁっ! 何故か俺たちの周りから人が急激に減っていく!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 このままでは職務質問は避けられない。

 そう判断したカナタはナギの首根っこを掴み、カナズミシティのポケモンセンターへと移動した。移動中にヒソヒソと『あの二人、どういう関係なのかしら……?』『痴漢プレイとか言ってなかった?』という不名誉な話し声が聞こえた気がするが、カナタは完全にシカトした。……後で胃薬買っておこう。五箱ぐらい。

 約一日ぶりにやってきたポケモンセンターはトウカシティのものとあまり大差ない内装で、センター内では多くのトレーナーたちがトレーナーカードやポケモンを見せ合ったりしていた。――おっ、アレはゲンガーか。珍しいなぁ。

 肩にキモリをボールにドククラゲを。微妙に新米臭を醸し出すカナタはナギを引き連れながら受付へと足を進める。――って。

 

「やっぱりジョーイさんって同じ顔なんですね……」

 

「まぁ、それだけが取り柄ですから……」

 

 あはは、と困ったように笑うジョーイさん。同じ顔である事だけが取り柄とか、どう考えてもこのセンター制度はおかしいと思う。せめて恰好だけでの統一にしとけよ。怖いよクローンかと疑うわ。

 

「それでは、ポケモンを御預かり致しますね?」

 

「あ、はい。頼みます」

 

 促される形でドククラゲが入ったボールを渡し、逆にボールには入っていない状態でキモリを彼女に手渡した。

 その行動を疑問に思ったのだろう。ナギはキモリを指差しながら、

 

「どうしてそのキモリはボールに入れないんだ?」

 

「いやぁ……何かこいつ、ボールの中が嫌いみたいなんですよ。だから四六時中ボールの外に出してるんですけど……やっぱりおかしいですかね?」

 

「いや、別におかしいという訳ではないだろう。事実、君のようにポケモンをボールから出したままにしているトレーナーは結構な数いる事だしな」

 

 やっぱりこの人やけにポケモンに詳しいよな。というか俺、ナギさんの事、全くと言っていいほど知らないんだけど。互いの事を知らないままで一緒に旅をするって――どうなんだろう? いやまぁ、別に気にするような事でもないとは思うんだけど……。

 ドククラゲとキモリがジョーイさんに連れて行かれるのを眺めながら今更過ぎる思考に意識を埋めるカナタ。別にいいか、いやいや流石に……。思考の渦はメビウスの輪のようにループを繰り返し、カナタの意識を更なる渦へと取り込んでいく。

 ――と。

 むにゅ、というイレギュラーな感触が後頭部に走った。

 「え?」と一気に我に返ったカナタはくるっとターンをして後ろを振り返る。――その直後。

 やけに見覚えのある女性の胸が、体勢を低くしていたカナタの顔面に押し付けられた。

 

「…………私が言うのもなんなのだが、君も大概思春期だな」

 

「土下座でも何でもしますからとりあえず弁解をさせてください!」

 

 今まで言われたどの悪口よりも心に深く突き刺さった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 体力の回復が終わったキモリとドククラゲを回収したカナタは、ジョーイさんに指定された部屋へと移動した。

 ポケモンセンターはポケモンの回復だけでなくトレーナーの寝食の世話までもを承っている。ポケモンの健康はトレーナーの健康。トレーナーの健康はポケモンの健康。――という訳だ。

 しかし、この世の全てのトレーナーがそのサービスの対象になるという訳ではない。

 ポケモンセンターのサービスを受ける事が出来るのは毎月千円をポケモンセンターに振り込んだトレーナーだけ。他にも税金やら色々な制度があるのだが、今はその説明については置いておこう。

 とにかく、ポケモンセンターの運営のために必要な金銭を振り込んでいないトレーナーは、センターのサービスを受ける権利をはく奪されてしまう。結局は金かよ、と言われてしまえばそこまでだが、ポケモンセンターだって元を辿れば営業組織だ。設備の維持費や食糧費、電気ガス水道の料金などなど。そこら辺のホテルなんかよりもずっとずっと高いお金を必要としている。

 とまぁ、堅苦しい話はそこまでにして。

 206号室、と書かれた部屋の扉の鍵を開けながら、カナタは疲れたように呟いた。

 

「…………まさかナギさんと同じ部屋になるだなんて……」

 

「この部屋以外は空いていないというのだから、仕方がないだろう? 男らしくそろそろ覚悟を決めたらどうだ?」

 

「いや、それはそうですけどね?」

 

 扉を開いて中に入り、ベッドの上にリュックサックを放り投げる。どうやらこの部屋はダブルベッドの部屋であるらしく、部屋の中にはソファとテーブルとテレビ、その他には棚ぐらいしか家具と呼べるものが置かれてはいなかった。――というか、ダブルベッド!?

 

「いやいやいやいやぁっ! 流石にこれはまずいだろ! いろいろと! 世間的に!」

 

「だから覚悟を決めろと言ったんだ。私と同じベッドで一夜を過ごす。――フフッ、今夜は寝かせないぞ?」

 

「ま、負けないぞ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そして一夜が明け、朝食を摂り終えたカナタとナギはポケモンセンターから外出していた。

 今日の目的はただ一つ。

 カナズミシティジムへの挑戦だ。

 ――だがしかし、それ以前の問題として。

 

「おい、本当に大丈夫か、カナタ? 目の下に巨大なクマが出来ているように見えるのだが……」

 

「…………放っといてください」

 

 珍しく顔を引き攣らせるナギにカナタの力のない言葉が返される。

 同じ部屋になる事に覚悟を持って立ち向かったカナタだったが、心が重度の思春期であるナギにコテンパンにやられてしまったのだ。――その一つ一つを詳しく上げるとするならば。

 

 タオル一枚のナギが前屈みで話しかけてきた。

 

 頭を洗っている最中に「背中を洗ってやろう」と何故かナギが二度目の風呂に入ってきた。

 

 テレビを見ている傍でエロ本を熟読された。

 

 覚悟を決めてベッドに潜り込んだら背中から抱き着かれた。

 

 我慢して寝ようとしたが、寝ぼけたナギがカナタを振り返らせて思いっきり抱き着いてきた。

 

 ……もう俺死ぬかもしれん。ナギさんに殺されてしまうかもしれん。特に乳。乳圧で殺される。

 はぁぁぁ、と額に手を当てながら心底疲れたように溜め息を吐くカナタ。旅を初めて早三日、早々に死の危機に襲われてしまっている。ポケモントレーナーってこんなに厳しいもんだったんだな……。

 苦笑しながら肩を優しく叩いてくるナギに感謝をしつつ、カナタはふらつきながらカナズミジムを目指して歩を進めていく。

 と。

 ようやっとカナズミジムの建物が見えてきた――その直後。

 

「あっ! 三日ぶりねカナ――って、どうしてそんなに疲れてるの?」

 

「あぁ、ハルカか……久し振り……」

 

 前方からやって来るなり困惑の表情を浮かべた、一人の少女。

 緑色のバンダナとオレンジ色の袖なしの服が特徴で、無駄に明るい印象を周囲に与えるとびっきりの美少女だった。残念な事に胸は控えめだが、それをカバーするぐらいに他のパーツが整っているため、決してスタイルが悪いという訳ではない。

 カナタの隣に立っているナギに気づいたのか、ハルカと呼ばれた少女はニヤニヤ笑顔でカナタの肩を肘で突き、

 

「なになに? 巨乳好きなカナタくんはついに巨乳な美女を手に入れちゃった感じですかぁ?」

 

「俺の好みのタイプこんなところでばらすのやめてもらえます?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とりあえずカナタに拳骨を貰ったハルカは反省の素振りを見せることなくナギの前に歩み出た。

 

「自己紹介します! 私はハルカ、ポケモンチャンピオンを目指してます! さっきのやり取りで十分分かってもらえたでしょうが、カナタとは長い付き合い――つまりは幼馴染みです! とりあえずよろしくお願いします!」

 

「あぁ、ご丁寧な自己紹介をありがとう。私はナギ。なんやかんやでカナタと一緒に旅をすることになった巨乳で美人のトレーナーさ。――カナタの好みである巨乳で美人の、な」

 

「オイ今なんで人の恥部を穿り返しやがったんだテメェ」

 

「恥部だなんて……ハレンチだぞ?」

 

「お願いします。とりあえず一発ぶん殴らせて!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ここで会ったも何かの縁。

 というわけで、カナタとナギと一緒にハルカもカナズミジムへ行くことになりました。

 

「なるほど、君の手持ちポケモンはワカシャモとスバメなんだな」

 

「はいっ! かわいいですよね、ワカシャモもスバメも!」

 

「そうだな。鳥のような見た目が特に可愛らしいな!」

 

 何でこの人たち意気投合してんの? と瞬時に蚊帳の外に追い出されたカナタは少しだけ不機嫌そうに溜め息を吐いた。――つまりは嫉妬というヤツだ。

 きゃいきゃいとガールズトークを繰り広げるハルカとナギの一歩手前を歩くカナタ。彼のリュックサックの中では今朝購入した胃薬が五箱ほどセットされているが、今はまだ使い時ではない。朝夕三錠ずつ、できるだけ綺麗な水で飲む。この服用法を護らなければ、最大の効果は期待できない。

 カナズミジムの全体像がカナタの視界に入ってきた。トウカシティにもジムはあったので別に初めて見るという訳ではないのだが、それにしてもやはり――無駄に大きいっすね。

 茶色の屋根が特徴のポケモンジム。他の地方なんかでは街毎にジムの形も違うらしいが、ホウエン地方は面白みのない形で揃えられている。全てのジムが同じ形状という訳だ。やっぱり分かり易くするためなのかなぁ。

 

(まずはこのジムで、俺の実力が試される……)

 

 ホウエン地方に八つあるポケモンジムの、一番目。失礼な言い方をするならば、最も弱いポケモンジム。ここを攻略できない者は次に進む権利を与えられない。――云わば、チャンピオンへの第一関門。

 気づいた時には両手が汗で湿っていた。肩の上にいるキモリが心配そうに頭を優しく撫でてくれた。やっぱりコイツは最高だ。俺はお前達と一緒に絶対にチャンピオンになってやる!

 覚悟は決めた、後悔は捨てた。この一歩を踏み出してあの扉を潜った瞬間、俺はジムへの挑戦者となる。チャンピオンへ近づくための、最初の一歩を踏み出すんだ――!

 キモリの顎を優しく撫で、カナタは緊張の面持ちで一歩を踏み出――

 

「「やっぱり見られる方が興奮するよな(しますよね)!」」

 

「シリアスブレイク説教タァ――イムッ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ジムの中は、岩と地面で構成されていた。ゴツゴツとした荒れた大地の上に、大小さまざまな無数の岩が鎮座している。そしてその一番奥に――その少女は立っていた。

 カナズミシティジム代表。

 ジムリーダーのツツジ。

 岩を司るトレーナーであるツインテ少女が、扉を潜って来たカナタに強気な視線を向けている。どうやら、まずは視線で歓迎してくれたようだ。

 冷や汗を流しながらも、カナタは前へと進んでいく。ナギとハルカはジムトレーナー達の案内で観客席へと歩いていった。――つまり、此処からは本当にカナタ一人での戦い、という事だ。

 ザッ、と砂の混じった大地に足を踏み出す。

 

「ようこそカナズミジムへ、挑戦者さん。わたくしはカナズミジムジムリーダーのツツジ。『岩にときめく優等生』とはわたくしの事! 第一のジムだからといって甘く見たら、痛い目を見ることになりますわよ?」

 

「……ご忠告、感謝します」

 

 律儀なカナタにツツジはすぅっと目を細める。

 

「それでは、まずはジムリーダーへの挑戦権をかけたクイズに答えてもらいますわ」

 

「は? クイズ?」

 

「ええ。このカナズミジムはトレーナーズスクールに併設されておりますの。そしてわたくしはスクールの講師。講師が他人の知識を試すのは至極当然の事。――つまり、このジムでは実力以前に頭脳を試されるのです!」

 

 なるほど、そういう特徴がある訳か。

 ジムには千差万別があるとは聞いていたが、まさかバトル前の試練までもが一風変わっているとは想像もしなかった。よりにもよってクイズか……トレーナーズスクールが関係してると言っていたから、クイズの内容はポケモンに関係している事と思って間違いないだろう。『炎タイプに有利なタイプを全て挙げよ』とか『技マシン38の中身を答えよ』とかいう問題が出ると思われる。難易度は想像できないが、この人生をポケモンの事に費やしてきた俺に応えられない問題なんて無い!

 

「よしっ、そのクイズ、受けて立つ!」

 

「話が分かる生徒は好きですわ。――それでは問題!」

 

 さぁっ、どんな問題が来る!? バトル系か? コンテスト系か? アイテム系か? それとも――ポケモンの図鑑ナンバーか? 

 俺の十八年間分の知識、お前に見せつけてやる!

 大きく身構えるカナタにツツジはお嬢様然とした笑みを向け、

 

「『ジムリーダー・ツツジの性感帯を三つ答えよ!』」

 

 おかしい。問題文が分からない。

 

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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黒光りした固い物にときめく優等生

 二話連続投稿です!


 ジムリーダー・ツツジの性感帯を三つ答えよ。

 そんな問題を提示されたカナタは――過去最大級に混乱していた。

 

(なにこの問題、なにこの問題!? こんな事を公衆の面前で質問してくるのも大概だけど、この問題に今から俺が答えなくちゃならないってのが一番の問題な気がする!)

 

 性感帯? せいかんたい? セイカンタイ? ははっ、どんどん混乱が増してきたぞ!

 予想の遥か斜め上方向を“しんそく”で通り抜けたツツジの問題に頭を悩ませるカナタ。まさかナギとハルカ以外にも思春期な奴がいたなんて……しかもまさかそいつがジムリーダーだったなんて……ッ!

 しかし、いつまでもこのまま黙っているわけにはいかない。どれだけ問題文の内容が酷かろうが、これはジムリーダーへの挑戦権をかけた大事な問題。恥ずかしさとか納得のいかなさとか関係なく、カナタはこの問題の答えをツツジに提示しなければならないのだ。

 凄くやるせない気持ちになりながらも、カナタはツツジの身体を凝視する。

 茶色に近い黒の髪はツインテールに纏められていて、如何にも真面目そうな容姿が制服のような衣装でさらに昇華されている。ナギ程ではないにしろ胸のサイズはそこそこで、くびれもしっかりと存在する。特に桃色のタイツに覆われた美脚が芸術的だ。無駄のない美しいラインを描く脚線美。これでスクールの講師だというのだから驚きだ。生徒達、本当に授業目的でスクールに通ってんのか……?

 ゴクリ、と固唾を呑み、カナタは羞恥心を心の奥に仕舞い込む。

 そして一気に酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出すと同時に自らの答えを言い放つ。

 

「さ、鎖骨と脚と胸!」

 

「正解ですわ! 見かけ通り、かなりのムッツリなんですのね!」

 

『やーい、カナタのムッツリスケベー!』

 

『因みに、私の性感帯は乳首と耳だぞー!』

 

「このやるせない気持ちをテメェらにぶつけてやろうか!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とにもかくにもジムリーダーへの挑戦権を獲得したカナタは、岩のバトルフィールドのトレーナーエリアに案内された。バスケットコートの様な造りをしているバトルフィールドの中には巨大な岩が二つ程鎮座している。おそらく、あの岩をどう扱うかがバトルのポイントになるのだろう。

 羞恥心とプライドをガリガリ削られたことで若干涙目なカナタはキッ! とツツジを睨みつけ、

 

「俺はアンタに絶対に負けない! っつーか絶対に許さねえ!」

 

「あらあら。どうやらわたくし、嫌われてしまったようですわね? ――しかし、それがまた興奮しますわ!」

 

「やべえこの人、ナギさん以上の逸材だ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「形式はシングルバトル、使用ポケモンは二体! ポケモンの交代は挑戦者にのみ許可されます!」

 

 委員長然とした審判の少女の指示を受け、カナタとツツジはほぼ同時のタイミングで頷きを返した。

 カナタはホルダーからボールを手に取り、肩の上にいるキモリに声をかける。

 

「キモリ、お前は先輩のバトルをよく見とけ。その中で相手の動きを解析し、自分なりの動きをイメージしておくんだ。いいな?」

 

「きゃもっ!」

 

「オーケー。良い返事だ」

 

 ここで自己主張が激しくないのは結構助かるな、とカナタは自分に懐きまくっているキモリの評価を何段階か上げた。キモリはプライドが高い事で有名なポケモンなのだが、どうやらこのキモリにはその常識は当てはまらないらしい。プライドよりも何よりもカナタの指示が優先、という事だろうか?

 スイッチを押してボールのサイズを大きくし、バトルフィールドに勢いよく放り投げる。

 

「ドククラゲ、お前の出番だ!」

 

「―――ッ!」

 

 鳴き声と呼べるかどうかも分からない咆哮を上げ、ドククラゲがその姿を現した。

 うねうねと無数の触手をうねらせるドククラゲ。五歳の誕生日の日に両親からプレゼントされたメノクラゲを丹精込めて育てて進化させたこのドククラゲは、云わばカナタの一番の相棒。普段はキモリに相棒としての位置を奪われてしまっているように見えるが、カナタが最も頼りにしているポケモンこそがこのドククラゲなのである。

 新米トレーナーの手持ちにしてはやけに強力なドククラゲ。

 そんな場違いなポケモンの出現にツツジは驚いたような表情を浮かべ、

 

「しょくっ、触手プレイの予感が……ッ!」

 

「女の子が鼻血を噴き出すんじゃありませんはしたない!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ジムトレーナーの活躍で止血を終えたツツジは「お手数をおかけしましたわね」とお嬢様風な態度で一礼した。一切の無駄のない謝罪にカナタは思わず萎縮してしまう。

 頬を朱く染めながらちらちらとドククラゲを見つつも、ツツジは本来の仕事に意識を四割ほど傾ける。

 

「それでは次は、わたくしがポケモンを出す番ですわね!」

 

「どんなポケモンだろうが俺のドククラゲがノックアウトさせますよ!」

 

「触手で?」

 

「実力で!」

 

 もう何なんだこの人! とカナタは痛む胃を抑えながら困惑する。このキリキリとした痛みと戦いながらツツジと戦わなければならないというこの状況。何で俺はジムリーダーから精神攻撃を受けているんだ……ッ!?

 苦悶の表情でも何とか痛みを我慢するカナタ。ここでこんなふざけた胃痛に負ける訳にはいかない。この先には更なるストレスが待ち受けている事は考えるまでもない事なんだ!

 

「その真剣な面持ち。どうやらわたくしも本気で戦わないといけないようですわね」

 

 真剣というよりもアンタのせいで苦しんでんだよ、とは流石に言えないカナタにツツジはとびっきりの笑顔を向ける。

 そして腰のホルダーからボールを取り出してスイッチを押し、バトルフィールドに掲げるように放り投げた。

 

「あなたの黒光りした固さを示しなさい――イシツブテ!」

 

 ツッコまない、ツッコまないぞ……ッ!

 限りなくアウトに近いアウトどころか普通にアウトなツツジにキリキリと胃が痛むカナタは脂汗を流しながらも拳をギュッと握り、フィールドに現れたイシツブテを目視する。

 イシツブテ。

 その名の通り、石の礫のような外見をしたポケモンだ。人の頭より少し小さいぐらいの石の塊に石の腕が生えていて、塊の表面には目と口が見て取れる。どうやって浮いているんだろうとか、何で石なのに動けるんだろう、とかいうツッコミは野暮というヤツだ。ポケモンは人間の常識では語れない。不思議だからこそのポケモンなのだ。

 互いのポケモンが出揃ったのを確認した審判は両手に持った二つの旗を上に掲げ、

 

「それでは――バトルスタート!」

 

 戦いの火蓋を切って落とした。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「…………」

 

「どうかしたんですか、ナギさん? 何処か納得のいかない風な顔をしてますけど」

 

「いや、特に何か問題があるという訳ではないのだが……」

 

「ないのだが?」

 

「ツツジが私のキャラを上塗りしている様な気がしてな」

 

「なるほど、それはゆゆしき問題ですね! でも大丈夫です、ナギさん! 私に考えがあります!」

 

「ほぅ? その考えとやらを聞かせてもらっても良いかな?」

 

「はい! まずですね? ナギさんには大人の色気というものがあります。ツツジさんもアダルティな先生風なキャラですが、ナギさんはそれ以上の逸材――巨乳で積極的な美人お姉さんというキャラクターを持っているんです!」

 

「それが一体どういう風に打開策に繋がるんだ?」

 

「簡単ですよ。カナタは巨乳好きで年上好きです。そして、ナギさんはその条件を満たしている。つまり! ナギさんは毎晩かけてカナタに裸でアタックすれば良いのです! そうしたらあら不思議! ナギさんのキャラはどんどん濃くなっていく!」

 

「おおっ! それは素晴らしい名案だな! 早速今夜、部屋に戻ったら試してみよう!」

 

「私も応援しています! 目指せ、最強のエロお姉さん!」

 

「おーっ!」

 

 ツッコミ不在警報発令中。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 シリアスを平気でブレイクしている観客席から離れたバトルフィールド。

 バトル開始の合図の直後、最初に行動をとったのはジムリーダーのツツジだった。

 

「イシツブテ、ドククラゲに向かって“たいあたり”です!」

 

「ドククラゲ、防御して返す刀で“バブルこうせん”!」

 

 両手で地面を殴る事で凄まじい速度で突っ込んでくるイシツブテを無数の触手で絡め取り、ドククラゲは超至近距離で“バブルこうせん”を放った。――しかし、イシツブテは自身の球体を最大限に駆使する事で拘束を抜け出し、ドククラゲの顔面に渾身の“たいあたり”をお見舞いした。

 

「大丈夫かドククラゲ!?」

 

 カナタの心配そうな言葉にドククラゲは触手を振る事で応える。まだ大丈夫、俺はまだまだ戦えます。そんな意志表示をしてきたドククラゲにカナタはほっと胸を撫で下ろす。

 

「わたくしのイシツブテはタイプ相性ぐらいで怯みませんわよ?」

 

「そうみたいですね。……ですが、流石に致命傷にはなるはずだ。ドククラゲ、イシツブテに“からみつく”攻撃!」

 

「くっ、まさかそんな技を覚えているなんて! イシツブテ、なんとか振り解きなさい!」

 

 ツツジの指示通りに身体を我武者羅に動かすイシツブテだったが、ドククラゲの拘束は先ほどとは比べ物にならない程に強固になっていたため、逃げだすどころかどんどんと触手が腕に絡まって悪状況になってしまっていた。両腕が拘束されたイシツブテに、脱出の手段は存在しない。

 触手が絡まったせいで黒い塊のようになってしまったイシツブテにカナタはニィィッと口角を上げ、

 

「超至近距離でもう一度“バブルこうせん”!」

 

「あぁっ、イシツブテ!」

 

 ただでさえ天敵である水タイプの技を超至近距離でお見舞いされたイシツブテはドククラゲの触手から解放された直後、地面に力なく崩れ落ちた。目はぐるぐると回っていて、戦闘不能になってしまっているのは誰の目から見ても分かる事だった。

 

「イシツブテ、戦闘不能!」

 

「くっ……戻りなさい、イシツブテ」

 

 ボールから放たれたビームがイシツブテに直撃し、その身体がボールの中へと戻っていく。

 ツツジは悔しそうに顔を歪めながらも次のボールをホルダーから取り出し、

 

「イシツブテを触手と水攻めによる快感地獄に放り込むなんて凄まじい戦術でした! しかし、わたくしの本当の実力はここから! 硬きことアレの如し――顕現なさい、ノズパス!」

 

「いろんな意味で失礼すぎるぞアンタ!」

 

 フィールドに現れたノズパスが申し訳なさそうに頭を下げたのを見て、「あぁ、コイツも苦労してんだなぁ」と思ってしまった自分がなんだか凄く情けなかった。

 

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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ときめく少女は生粋の思春期

 三話連続投稿です!

 今回は少しばかり彼女たちに自重していただきました。


 ノズパス。

 修行の中でほとんどのポケモンは調べていたからその特異な外見に驚くことはなかったが、やはり直に目で見ると意外と大きいことが窺える。確か情報では身長一メートルで体重が九十六キロ程だったか。岩の塊だからこその重さなのだろうが、あれを人間に換算すると相当なメタボという事になってしまう気がする。……いや、換算なんて不可能だけど。

 コンパスポケモンという分類の通り、ノズパスには方位磁石の赤い針のようなクチバシがついている。そのクチバシは方位磁石の針と同じ役割を持っていると言われ、常に北の方角を指し示しているらしい。

 だからだろうか。目の前のコンパスはカナタの右の方に顔を向けていた。

 

「そんなんで攻撃とか避けれるんですか……?」

 

「フフッ、その心配は無用ですわ。わたくしのノズパスは鉄壁要塞――つまり、動くことなく相手を叩き潰すポケモンなのです!」

 

 相当な自信だなぁ、とカナタは呆れたように表情を崩す。

 オーッホッホッホ! と露骨なお嬢様風な笑いを披露してくるツツジへのツッコミをなんとか我慢しながら、カナタはドククラゲにモンスターボールを向ける。

 

「戻れ、ドククラゲ!」

 

「あら? もう触手プレイはお終いなんですの?」

 

「終わりも何もそんなプレイを始めた覚えは一切ない!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ボールに戻ったドククラゲに「よくやったな、ありがとう。とりあえずは休んでてくれ」と感謝の言葉を述べたカナタは傍に立っているキモリにちらっと視線を投げかけた。

 カナタの視線に気づいたキモリは、ぐっ! と拳を上に突き出す。

 

「よーっし、そのやる気なら問題ねえ! お前の出番だ、キモリ!」

 

「きゃもっ!」

 

 トタタッと可愛らしい走りでフィールドへと顕現するキモリ。周囲の観客やジムトレーナー達が『可愛い!』と盛り上がっているのを耳にし、カナタは嬉しそうに表情を緩めた。自分のポケモンを褒められて嬉しくないトレーナーなどいない――という気持ちでいっぱいだった。

 フィールド上で向き合うノズパスとキモリ。互いの体格差はかなり違うが、バトルへの意気込みは互いに劣らず。己が主人の為に全力を尽くし、勝利という名の土産を持って帰るのだ!

 一瞬の静寂がフィールドを包み込む。

 ツツジのこのノズパスを倒せばカナタは最初のジムバッジを手に入れる事が出来、幼馴染たちと約束したポケモンリーグへの道へ一歩だけだが前進する事が出来る。そう思うとどうしようもない程に気分が高揚してきた。

 ぶるっと身体が小さく震える。これが俗に云う武者震いってヤツか、と初めての感覚にカナタの頬が熱く朱く染まっていく。

 

『ナギさん! 今カナタ、ぶるって震えましたよ!』

 

『まさか極度の興奮で絶頂を迎えてしまったのか!? カナタ、怖ろしい子!』

 

「ハルカとナギさん以外は凄い集中力だ!」

 

「わ、わたくしとのバトル中に絶頂なんて……ふがっ、がふっ!」

 

「そして鼻血を出してるツツジさんも彼女達の中に加えさせてもらおう!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「先手必勝! キモリ、ノズパスの周りを走りながら連続で“タネマシンガン”!」

 

「“かたくなる”で受け止めなさい!」

 

 両手を顔に被せる形で自身の硬度を上げたノズパスに、彼の周囲を走っているキモリの“タネマシンガン”が全方向から襲い掛かる。岩タイプのノズパスにとっては草タイプの技である“タネマシンガン”はかなりのダメージであるはずなのだが、元々の防御力と“かたくなる”とが合わさったノズパスは怯むことなくフィールドに鎮座している。どんだけ硬いんだよこのポケモン……、とカナタは思わず歯噛みする。

 このままでは埒が明かない。そう判断したカナタはキモリの走りをやめさせ、

 

「キモリ、距離を取ったまま“すいとる”攻撃!」

 

「きゃぁもっ!」

 

「……ッ!?」

 

 予想外の特殊攻撃に、ノズパスが僅かにだが揺らいだ。

 “かたくなる”は自身の物理防御力を底上げする技である。さらに上の段階に“てっぺき”という技があったりするが、その技を使用したとしても特殊系の技である“すいとる”の攻撃力を弱めることは不可能だろう。何と言ったってそもそもの技の要素が違う。光線を物体で遮る事が出来ないように、特殊技を物理技で遮る事は不可能なのだ。

 しかし、“すいとる”の攻撃力は微々たるもの。物理防御までとはいかないが、ノズパスは特殊防御力もそこそこの高さを誇っている。この技だけでノズパスを倒すのは結構時間がかかってしまうのは火を見るよりも明らかな事実だ。

 カナタはそれを分かっているが、新たな打開策を思い浮かべるまでには到達していない。キモリが覚えている技は“すいとる”“タネマシンガン”“にらみつける”“でんこうせっか”。“にらみつける”でノズパスの防御力を下げるという策がない訳ではないが、すぐに“かたくなる”で防御力を元に戻されてしまっては元の黙阿弥。行ったり来たりの無限ループになってしまう。基本的に制止しているノズパスは体力の消費が少ないから良いかもしれないが、常に走り回っているキモリは長時間の戦闘を行うことは困難だ。やるなら先手必勝、相手に行動される前に決着をつける!

 

(くそっ! 良い手が浮かばねえ……ッ!)

 

 ここでキモリを引っ込めてドククラゲにチェンジしようか。――いや、ダメだ。俺はキモリを信じて交代させた。ここで負けそうだからとキモリを引っ込めたが最後、俺とキモリの信頼に大きなひびが入ってしまう。ここはキモリの力だけでこの場を凌げる戦術を考え出すんだ……ッ!

 真剣な表情でキモリとノズパスの一進一退を見守るカナタ。

 そんなカナタの様子に気づいたツツジは形の整った胸を大きく張り、

 

「わたくしの黒光りした硬いノズパスの耐久値はそんじゃそこらの男共とは比べ物になりませんわよっ?」

 

「ええい、いいからとりあえずシリアスタイムを侮辱するな!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そうは言ったがやはり打開策が浮かばないのも事実。このまま“タネマシンガン”と“すいとる”のみでノズパスをじんわりと弱らせていくのも一つの手だが、流石にそれでは時間がかかり過ぎる。

 さて、本当にどうしよう。やはり覚悟を決めてキモリとドククラゲを入れ替えるか? うーん、しかしそれをしてしまうとキモリの奴が不貞腐れちまうからなぁ……。

 あれもダメこれもダメ、しかし他に策もない。進展のないバトルのせいで徐々に冷静さを失っていくカナタ。それこそがツツジの狙いだと気づかないカナタはキモリへの指示をしながらも無意識の頭を抱えてしまう。

 ――直後。

 ツツジが本領を発揮した。

 

「茶番はここまで、一気にフィナーレへと向かわせてもらいますわ! ノズパス、“がんせきふうじ”!」

 

「なぁっ!? き、キモリ!」

 

 一瞬の隙を突かれたキモリの身体にフィールド上の巨大な岩が密着し、キモリの身体を強固に拘束した。ドククラゲとイシツブテの時とは違う純粋な圧殺行為に、キモリはくぐもった悲鳴を上げる。

 “がんせきふうじ”のタイプは岩タイプなので草タイプのキモリには普通の威力でダメージが通る。これだけを見れば効果抜群の技ばかりを当てていたキモリの方が優勢に見えるが――実は違う。

 キモリは特殊防御と特殊攻撃、それと素早さに能力が偏っているポケモンである反面、防御力に関してはポケモンの中でも下位クラスに位置しているポケモンだ。――つまり、物理の攻撃を当てられたが最後、凄まじい速度で体力が減少していってしまう、という訳だ。

 “がんせきふうじ”の攻撃がやみ、キモリの身体が自由になる。フィールドに着地したキモリはそのまま地面に膝を突き、荒い呼吸を繰り返し始めた。

 誰がどう見ても限界寸前。このままではキモリは瀕死になってしまう。やっぱりドククラゲと交代させた方が……、とカナタがホルダーからボールを取り出そう――としたまさにその瞬間。

 

「きゃぁっ、もぉ……ォオオオアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 突如としてジム内に響き渡ったキモリの咆哮。

 カナタ達が驚きの表情を見せる中、キモリの身体が白い光に包まれた。

 まるで閃光玉が炸裂したかのような光に思わず手で庇を作るカナタ達。――しかし、その目は確かに見た。光で視界が覆われる中、カナタはその異変をしかと自らの目で確認した。

 

「これ、は……進化……?」

 

 メノクラゲがドククラゲに進化した時にも目撃した、光の変化。ポケモンが更なる高みへと昇る為に自分の限界を超えたときにのみ発生する、突然変異。

 小さかったキモリの身体が一メートルほどまでに成長していく。弱々しかった腕からは鋭い葉のブレードが生え、細かった脚は強靭な筋肉質の足へと変化していた。

 激しい光が徐々に弱まっていき、成長したキモリの姿が露わとなる。――いや、このポケモンは既にキモリなどという名前ではない。

 

 ジュプトル。

 

 ホウエン図鑑ナンバー002。

 もりトカゲポケモン。

 枝から枝へ素早い速度で飛び移り、確実に獲物を捕らえる森の住人。

 カナタの事を他の誰よりも想っていたキモリの、カナタへの勝利を捧げようと必死になる気持ちが生み出した――奇跡の結晶体。

 膝をついていたジュプトルはゆっくりと立ち上がり、ちらっと横目でカナタを見る。――それはまるで、次の指示を待っているように見えた。

 感極まっていたカナタは目尻に浮かんでいた涙を手の甲で拭い取り、新たな仲間――ジュプトルへあらん限りの攻撃の指示を飛ばす。

 

「“タネマシンガン”の中に“すいとる”を紛れ込まして連続攻撃! お前の新たな実力を見せてやれ、ジュプトル!」

 

「ジュプトォッ!」

 

 カナタの指示に短く答え、ジュプトルはノズパスの周囲を持ち前の脚力を生かして走り回る。

 

「は、速い!? 先ほどとは比べ物にならない速さですわ!」

 

『カナタはアッチの方も早いんだぞ! しっかりと覚えておくが良い!』

 

「こんな時ぐらい自重しろ! そして酷い誤解を招く言葉は禁止だぁっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 キモリの攻撃には耐えていたノズパスも流石にジュプトルの攻撃には耐えられなかったようで、“タネマシンガン”と“すいとる”のコンボを決められたノズパスはズゥゥゥゥンと激しい音を奏でながらフィールドにぶっ倒れた。

 

「の、ノズパス戦闘不能! よって勝者、ミシロタウンのカナタ!」

 

「よっしゃぁあああああああああああっ! よくやった、ドククラゲ、ジュプトル! これで一つ目のバッジ、ゲットだぜ!」

 

 審判の宣告の直後にドククラゲをボールから出したカナタは、大事な二体のポケモンたちと熱い抱擁を交わした。

 ツツジとカナタの激戦を称え、会場中から大きな拍手が送られる。その中には何度もエロ発言を繰り返していたナギとハルカも含まれている。バトル中には自重しない二人でも、流石にバトルを称える時には冷静モードになるようだ。……または賢者モードとも言う。

 戦闘不能になったノズパスをボールに戻し、ツツジは少しだけ悔しそうにしながらもカナタの元まで歩み寄る。

 カナタはドククラゲの触手に埋めていた顔を上げ、ツツジの前に一歩踏み出す。

 そしてそのまま躊躇うことなく彼女の手をギュッと握った。

 

「ひゃぅっ!?」

 

「楽しいバトルでした! ツツジさん、俺、あなたとバトルができて本当に良かったです!」

 

「そ、そうですわね。わ、わたくしも、バトルでこんなに興奮したのは久しぶりですわ」

 

 ずいっと顔を近寄らせるカナタにツツジは仄かに顔を赤らめる。やはり真面目な委員長キャラは押しに弱いのか、今までの下ネタキャラがどこか遠くへとぶっ飛んでしまっていた。

 ツツジは笑顔でカナタの手をやんわりと解き、審判の少女が持っていた箱から小さなバッジを手に取った。

 

「それでは、わたくしに勝利した証として、このストーンバッジを授けます。そしてこちらはわたくしからのプレゼント――技マシン39、中身は“がんせきふうじ”ですの」

 

「ありがとうございます!」

 

 やったーっ! とバッジを掲げてポケモンたちと喜び合うカナタ。その姿は本当に子どもの様で、ツツジは思わず自分の生徒達の姿と照らし合わせてしまっていた。

 カナタはリュックサックの中からバッジケースを取り出し、上の列の一番左に丁寧に置いた。旅を始めて初めて手に入れたジムバッジ。その輝きは今まで見たどんな物よりも綺麗に見えた。

 カナタはバッジケースをリュックサックにしまい、再びツツジに向き直る。

 

「こんなタイミングでお願いするのもなんですが、また今度この街に来ることがあったら――その時にもまた、俺とバトルしてもらえますか? その時はもっと強いトレーナーになって、あなたに挑んでみせますから!」

 

「……ええ。その誘い、快く了承させていただきますわ。次の対戦の時までにはわたくしも更なる実力をつけておくことを約束します」

 

 それでは、とツツジはカナタの右手を両手で握り、

 

「あなたのこれからの旅に幸在らんことを。この先の道は更に険しくなります。お身体に気を付けて、最強のポケモントレーナーの道を一歩ずつ確かな足取りで進んでいってくださいませ。あなたならばチャンピオンも夢ではないと、わたくしは心から信じておりますわっ」

 

「っ。……あ、ありがとうございます! そ、それじゃあ、俺はこれで!」

 

 ドククラゲをボールにしまい、ジュプトルを傍らに、カナタは凄まじい速度でジムの外へと駆け出して行った。とんでもない速度で逃亡したカナタの後を「ま、待ってよカナターッ!」と緑色のバンダナを被った少女が縺れ足で追いかけていくのがなんとも言えなく面白い。

 ――と。

 

「やはり良い腕だな、ツツジ。改めて感心させられたよ」

 

「わたくしとしてはそんなお世辞よりも先に、何であなたが彼と一緒にいるのかが疑問でたまりませんわ――ヒワマキジムのジムリーダー、ナギ様?」

 

 悪戯っぽく皮肉を込めて言うツツジにナギは照れくさそうに頬を掻く。

 

「今は有給中の身でな。彼とはその、トウカの森で助けてもらった関係だ」

 

「ふぅーん? あの堅物姫ナギが男にうつつを抜かしているなんて聞いたら、あなたのファンが黙っていないのではなくて?」

 

「だ、誰が誰にうつつを抜かしてるって!? 私は別に、カナタにそのような感情が抱いてはいない!」

 

「あら、そうですの? だったらわたくしが貰ってしまいましょうか。あの真っ直ぐさといい優しさといいポケモンへの愛情といい、最近珍しいぐらいの好物件ですし」

 

「だ、ダメだ! そんな事は私が許さな――ハッ!」

 

「(ニヤニヤ)」

 

「え、ええい、なんだその全てを悟ったかのようなニヤつきは! 私はもう行く! せいぜい三連敗しないように気を付けることだな!」

 

「はいはい、お気をつけてー。避妊を忘れないようにするんですのよー?」

 

「言われなくともそのつもり――ってまた私は一体何を言っているんだぁっ!?」

 

 頭を抱えて顔を赤らめて。中も外も騒がしくなっていたナギは全力ダッシュでジムの扉を潜り、カナタとハルカの後を追い始めた。今から走って見つかるかどうかは分からないが、まぁポケモンセンターで待機していれば必ず会えるだろう。ポケモンが大好きな彼はまず最初に手持ちを休ませることだろうし。

 ひらひらと手を振りながらナギを見送ったツツジはくるっとターンを切って後を振り返り、ジムの裏口へと歩き始めた。今日はもう疲れたし、ジムの運営はここまでにしよう。今からシャワーでも浴びて気分をリセットしましょうか。

 ツツジは砂と石と岩で構成されたフィールドをカツカツと歩いていく。

 

「……カナタ、か。女のわたくしが照れてしまう程に可愛らしい殿方でしたわね。――ハッ! まさかあの方は俗に言う“両刀使い”というヤツなのでは!?」

 

 そんな相変わらずの下ネタを叫ぶツツジの顔は、誰が見ても分かるほどに――いや、ここは彼女を気遣ってあえて口を閉ざしておく。

 岩にときめく優等生の岩のように硬い心は、彼方からの光で一瞬で溶かされてしまった――とだけここに記しておくことにしよう。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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思春期コンビはもう誰にも止められない

 ハルカちゃんがどんどん壊れていく……ッ!
 あ、ナギさんは今更なんで、あえてノーコメントで。


 ジム戦を終えたはずのカナタ達三人は、何故か116番道路を駆け抜けていた。

 というのも、ジムの外に出てから約一分後、ナギと合流したところで「ど、泥棒ーっ!」という叫び声が聞こえてきたのだ。最初は動揺していたカナタたちだったが、包みを抱えて走っていく男を追いかけていた中年男性を見たハルカが「あ、あなたはトウカの森の時の!」と男性に接触。男性から事情を聴かされたところでカナタとナギにも協力を要請し、三人そろって青の装束の男の後を追いかけ始めた――という流れだったりする。

 雑草を踏み越えながら三人は足を全力で動かす。ボールの中が嫌いなジュプトルが手持ちにいるが、ジム戦の直後なので強制的にボールの中へと戻ってもらった。流石にこれ以上の無理はさせられないし。

 

「ナギさん! この先にあるのって、カナシダトンネルで間違いないですか!?」

 

「ああ! しかし、カナシダトンネルは現在工事中だから、シダケタウンへの通り抜けは不可能なはずだ!」

 

「という事は、トンネルの中に追い込んでしまえばこっちの事という訳ですね! カナタ、田舎育ちの脚力を見せてあげよう!」

 

「おうっ!」

 

 そう言うや否や、ハルカとカナタの速度が一段階上がった。ナギは運動神経が抜群な方なのだが、ミシロコンビの速度に追いつくだけでやっとという様子だ。流石は田舎育ち、常に走り回って遊んでいただけはある。

 と、そこに。

 116番道路で自身のポケモンを育てていたトレーナーたちが目を光らせてカナタ達に接近してきた。これは考えるまでもない。彼らはカナタ達にポケモンバトルをしかけようとしているのだ。

 しかし、今の彼らはバトルなどに身を投じている場合ではない。一秒でも早く窃盗犯を縛り上げ、盗難物を取り返さなければならないのだ。

 さぁっ、どうやってこの局面を乗り切る!? 走りの速度を緩める事はしないながらもカナタは必死に思考を働かせる。

 ――と。

 

「奥義! “つばめがえし”!」

 

「ふぐぅっ!?」

 

「秘技! “にどげり”!」

 

「げふぅっ!?」

 

「「さぁカナタ、先を急ごう!」」

 

「通り魔が窃盗犯を追いかけるという危ない構図にぃっ!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「あっ! あの海賊っぽい人がトンネルの中に逃げ込みました! どう料理しますか!?」

 

「よしっ、もはやあの窃盗犯に逃げ場などない! ここで一気に物理でフルボッコだ!」

 

「ジュンサーさぁーん! 窃盗犯が通り魔に殺されそうでーす!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「おぉっ、そこなお方、少しお待ちください!」

 

「っ! 新手か!?」

 

「ハイハイ違いますからまずはその握り拳を降ろしなさい! そしてハルカも右足に力を込めない!」

 

 カナシダトンネルの入り口付近で声をかけてきた老人を救うための行動に身を投じるカナタ。対象があの窃盗犯ならあまり問題はないが、見覚えのない老人をタコ殴りにしたとあっては確実にジュンサーさんのお世話になってしまう事は確定的。いや確かにさっきもうすでに無関係なトレーナーたちを瞬殺してきたわけだが、それについては今は置いておこう。大丈夫、意識と一緒に記憶も刈り取られたはずだから……ッ!

 物理ファイターガールズを後ろに下がらせ、カナタは笑顔で愛想を振りまきながら老人に声をかける。

 

「そんなに焦った様子でどうしたんですか? 良かったら、俺に話を聞かせてもらえませんか?」

 

「――ケッ。男には用はねえ。話を聞かせてほしかったら、そこの美人と美少女を公証人として提示するんじゃな!」

 

「………………」

 

「ま、待て、待つんだカナタ! 流石にそのサイズの岩での物理は危険すぎる!」

 

「そ、そうだよカナタ! ミシロタウンで最も常識人ないつものカナタを思い出して!」

 

「ええい、離せ! こんな大人、修正してやるぅううううううううううううっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 本気でブチ切れていたカナタをハルカに任せ、ナギは謎の老人に優しい口調で話しかけた。

 

「それではご老人、お話を聞かせてもらってもよろしいですか?」

 

「おおっ! こりゃまた随分とめんこい女子じゃ! 特に乳! 乳が良――めぎょぉっ!?」

 

「ご老人。お話を聞かせてもらってもよろしいですか? ……ツギハコロス」

 

「ひゃ、ひゃいいっ!」

 

 目の奥に殺気を宿らせたナギの活躍でかなり大人しくなった変態ジジイ。今のナギの行動を傍で見ていたカナタとハルカは「この人にだけは絶対に逆らわないようにしよう」と心の中で固く誓った。普段から怒らない人が怒ると、他とは比べ物にならない程に怖ろしい。

 やけに脅えた様子の老人は全身を小さく震わせる。

 

「さ、先ほどこのトンネルに逃げ込んだ男が、ワシの可愛い可愛いピーコちゃんを連れて行ってしまったのじゃ! お願いじゃ! あの男からピーコちゃんを取り戻してきてはくれんかの!? 大丈夫、礼ならいくらでもする! 無賃で船に乗せてやっても良い! じゃから頼む。ピーコちゃんを助けてやってくれ!」

 

 先ほどまでの失礼な態度は何処へやら。深々と――そのまま土下座にまで移行してしまいそうなほどに頭を下げる老人に、カナタは少しばかり動揺した。何だ。ただのエロジジイかと思ってたが、結構まともな奴なんじゃん。

 どうせ盗難物を取り返さなくてはいけないし、ついでと思ってそのピーコちゃんとやらを助けてあげれば良いだろう。

 そう判断したカナタはナギの後ろから老人を見つめ、

 

「分かりました。俺達にお任せください」

 

「あぁん? テメェにゃ何も言ってねえんだよこのタコ」

 

「………………」

 

「がふっ!? おぶっ!? ぐわらばぁあっ!」

 

 老人に謎のコンボを叩き込むカナタを、ナギとハルカは止めることなく全力で応援していた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 エロジジイをモザイク加工済の肉塊に変えたカナタ達三人は、カナシダトンネルの中へと足を踏み込んだ。そこまで長いトンネルで無いせいか中は結構明るくて見通しが良く、数多の岩陰にゴニョニョたちが身を隠してこちらの様子を窺っているのが確認できる。

 そんな数多の視線を受けながら、カナタ達は奥へ奥へと進んでいく。

 

「あぁっ! ポケモンたちからの視線でゾクゾクする!」

 

「いっそこのまま脱いじゃいましょうか!」

 

「いっそこのまま走り抜けてくれませんかねぇ!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 カナシダトンネルを進んでいくこと約一分後。

 カナタ達はついに青の装束の男を追い込むことに成功した。行く手を巨大な岩に阻まれた男は憎らしそうに岩を何度も蹴り付け、心底焦った様子でカナタ達をキッと睨みつけた。

 

「くそっ! 荷物を奪うだけの簡単な仕事だって言われてたはずなのに!」

 

「御託はいいからさっさとその荷物とピーコちゃんをこっちに寄越せ! お前に逃げ場なんてねえんだからな!」

 

「だ、誰が素直に渡すかよ!」

 

 そう言うや否や男はホルダーからボールを手に取り、

 

「こうなったら実力でテメェらぶっ飛ばしてここから脱出してやる! へへっ、お前らが大人しくしてくれりゃ、こんな事にはならなかったんだぜ。くっくっく。そこの女二人も一緒にボスに献上すりゃ、俺の格も上がるってもんだぜ……」

 

「あー……いや、あんまりそれはオススメしねえかなー……」

 

「あぁん!? そりゃ一体どういう意味だ!」

 

「えーっと、その。別にバトルに関しては問題ねえんだけど……」

 

 気まずそうに目を逸らしながら、カナタは自分の後ろにいる思春期コンビを指し示す。

 

「こ、これはアレですかね? 『悪の組織に捕まった正義の味方がーっ!』って感じの展開になっちゃうんですかね!? いやーっ! ついに私もレイ【しまった! 自主規制が遅かった!】されちゃうんだーっ! あぁっ、ちょっと興奮してきた!」

 

「私の【見せられないよ!】や【自主規制】や【ナギモザイク】を好き勝手に弄ぶ気なのか!? わ、私はそんな事には屈しないぞ! あぁでも、少しばかりは興味がある……い、いやいやっ、ここは大人の女性である私がちゃんとリードしなくては!」

 

「「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ!」」

 

「……みたいに無駄にやる気だから、流石に萎えると思うんだよね……」

 

「…………お前、苦労してんだな」

 

「…………うん。すっごく」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「そ、そんな事はさておき、俺はテメェらをここでぶっ飛ばす! いけっ、ポチエナ!」

 

「また悪の組織っぽいポケモンを……」

 

 黒い小型犬の様な外見のポケモン――ポチエナに苦笑しながらも、カナタはホルダーからボールを取り出す。ジュプトルはジム戦の時の疲れがまだ取れていない。――だったら、ここはアイツの出番だ!

 

「任せたっ、ドククラゲ!」

 

「「キタ――――――ッ!」」

 

「喜び勇んで二人揃って前に出るな! ハイそこ服を脱ごうとしない! ドククラゲが脅えてるだろうが!」

 

 キラキラと目を輝かせながらドククラゲに近づこうとするナギとハルカを必死に羽交い絞めにするカナタ。またもや悪の組織の下っ端から同情の視線を向けられていたが、カナタは全力でスルーした。俺は認めない、苦労人の人生を歩まなければならない未来なんて俺は認めない!

 巨乳と貧乳の前に立ちはだかる事で道を塞いだカナタは泣きそうになりながらもドククラゲに指示を飛ばす。

 

「ドククラゲ、ポチエナに“からみつく”攻撃!」

 

「わ、私にも! 私にもプリーズ!」

 

「いや待てハルカ! ここは年長者から先にが常識だろう!?」

 

「常識知らずが常識を語るなァアアアアアアアアアアアーッ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ドククラゲの活躍でポチエナを撃破したカナタは目にも止まらぬ速さでドククラゲをボールに戻し、下っ端の男へと詰め寄った。

 男は焦りの表情を浮かべながら後ろに下がるが、彼の行く手を阻むように鎮座していた岩に背中が接触してしまう。――つまり、ゲームオーバーだ。

 

「く、くそっ! 覚えてろよ! それとお前はこれから頑張れ!」

 

「これに懲りたら二度と悪事なんかするんじゃねえ! それと、うん、俺、これから頑張る!」

 

 どこぞの青春漫画の一ページのようなやり取りの後、下っ端の男はカナシダトンネルから縺れ足で逃げ出した。男が先ほどいた場所には大きな包みとモンスターボールが残されていた。おそらく、盗難物とピーコで間違いないだろう。

 カナタは包みとボールを拾い上げ、

 

「やっぱりピーコちゃんを外に出して、感動の再会的なシーンにした方があのジジイも喜ぶかな」

 

 結構ガチで酷い事を言われたカナタだが、それでもやはり彼は優しく真面目な性格。いくら節操のないエロジジイでも、やはり少しは気を遣う。

 ナギとハルカがドククラゲの入ったボールを奪おうとするのを全力で阻みながら、カナタは老人のボールを地面に向かって軽く放る。

 ポンッ! という小気味の良い音がトンネル内に響き渡り――

 

「リキィイイイイイイイイイイイイッ!」

 

 ――筋骨隆々なゴーリキーが姿を現した。

 

「はいダウトォオオオオオオオオオーッ! このポケモンのどこにピーコちゃん的要素が含まれてるんだァアアアアアアーッ!? そしてそこの思春期ガールズも『もっこりキターッ!』って柏手打って喜ばない!」

 

「「あ、そーれ! もっこーりもっこーり!」」

 

「アッハッハ! お前らトレーナー失格だぁっ!」

 

 必死にツッコむカナタの傍で、ピーコちゃん(ゴーリキー)がダブル・バイ・セップス・バックのポージングを決めているのがなんともシュールな空気を醸し出していた。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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遂にやってきた救いの手

 二話連続投稿です!


 ピーコちゃん(ゴーリキー♀)をエロジジイに突き返したカナタ達三人はデボンコーポレーションの社長室にやってきていた。

 荷物を盗まれた男性に包みを返した訳だが、「是非お礼をしたいと社長が言っております」と言われ、別に急ぎの旅でもなかったので男性の案内を受けることにしたのだ。その際にハルカに「ジム戦受けんで良いの?」と聞いたら「実は先にバッジゲットしてました!」と凄く衝撃的な返答をされてしまった。……というか、ワカシャモはジム戦中に進化したらしい。バトル中での進化というのはミシロクオリティだからこそなせる業なのだろうか。

 そんないろんな意味で悲しい事実を知ってしまいながらも男性についていき、冒頭の状況に戻る――という訳だ。

 無駄に高級そうなソファに座らされ、カナタは少しばかり緊張してしまっていた。まさか人生の中で社長と呼ばれる人と面会する日が来ようとは。しかも、ホウエンでトップクラスに有名なデボンコーポレーションの社長が相手だなんて。……謝礼とか貰えんのかな?

 妙な期待に胸を躍らせるカナタ。

 そんな彼の右側では、例の思春期コンビが相変わらずのマイペースを披露していた。

 

「ナギさんナギさん。あの壁に裸の女性の絵画がありますよ。すっごく綺麗なおっぱいですね! 私もあれぐらいのサイズは欲しいなぁ」

 

「いやいや、あまり大きくても得ばかりではないぞ? というか、私は貧乳の方が少しばかりうらやましいな」

 

「そりゃまた何で?」

 

「だって貧乳の方が感度が良いらしいし!」

 

「なんと!」

 

「ハイそこ意味不明な内容で盛り上がらなーい!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 本当に失礼すぎるコンビを口で黙らせてから数秒後、ここにカナタたちを連れてきた中年男性と共に凄く風格のある初老の男性が姿を現した。

 ツワブキ社長。

 ホウエン随一の企業『デボンコーポレーション』の社長であり、社長という立場になった今でも自分の手で製品を作る事をやめられないという生粋の職人だ。

 ツワブキはニコニコ笑顔でカナタ達の向かいのソファの傍に立ち、そのまま丁寧に頭を下げた。

 

「この度は我が社の為にいろいろと奮闘していただき、本当に感謝致します」

 

「あ、頭を上げてくださいツワブキ社長! 別にそんな、大したことじゃないですから!」

 

「あ、やっぱりそうですか? それでは本題に移らせてもらいます」

 

「少しは悪びれろや!」

 

 コイツもギャグ要員か! と相変わらずキレの良いカナタのツッコミが炸裂する。

 肩を怒らせて目も怒らせるカナタを先ほどの男性(おそらく秘書か何かなのだろう)が宥める傍で、ツワブキ社長はナギたちに一枚の封筒を差し出した。

 

「多大なご迷惑をかけた後でこう言うのもなんなのですが……この手紙をある人物に渡してほしいのです」

 

「恋文ですか?」

 

「だとしたら、渡す相手は――浮気相手!? きゃーっ! 来ましたよナギさん昼ドラ展開ってやつですよ!」

 

「ドロドロな三角関係とも言うな!」

 

「ちょっとお前ら表に出てろ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 止まらない思春期コンビを社長室の外へと蹴り出したカナタは「はぁぁぁぁぁぁ」と心底疲れたような溜め息を吐き、眉間を指で揉み解しながらツワブキ社長に問いかけた。

 

「それで、この手紙はいったい誰に渡せば良いんですか?」

 

「私の息子――といっても分からないでしょうから、名前を申し上げておきます」

 

 ツワブキはスゥッと目を細め、

 

「そう。アレは強い雨が降りしきる春の日のことだった――」

 

「あ、回想とか良いんでさっさと簡潔に短く言ってください」

 

「……あなた、やけにボケに手慣れていますね」

 

「まぁ、仲間と幼馴染みが四六時中エロボケ思春期モードなんで」

 

 そう言うカナタの顔には信じられない程に膨大な哀愁が漂っていた。

 ツワブキは冷や汗交じりで顔を引き攣らせながらも、カナタの要望通りの行動に移る。

 

「ダイゴ、という私の息子にこの手紙を渡してほしいのです」

 

 ダイゴ? はて、何処かで聞いた事があるような名前だな……。やけに記憶に引っかかった『ダイゴ』という名前に首をかしげるカナタ。実は絶対に知っていなければならない名前なのだが、カナタはほとんど忘れてしまっているようだ。

 ま、別に良いか。思い出すのを中断し、カナタは手紙を掴み取る。

 

「用件は分かりました。――それで、そのダイゴさんとやらがどこにいるのかの見当はついてるんですか?」

 

「はい。ダイゴは昨日からムロタウンにある『ムロの洞窟』というところで石探しをやっているはずです。あの男は昔から珍しい石を集めるのが趣味でして……そう、アレは十年前の春の日の事」

 

「アンタそれボケじゃなくて素だろ絶対に!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ツワブキからの依頼を受けたカナタは社長室を後にした。

 階段を下って受付ロビーに向かうと、待機客用のソファの上で寛いでいるナギとハルカの姿が視界に入ってきたので、カナタは面倒くさそうに頭を掻きながら二人の元へと歩み寄った。

 カナタの接近に気づいたナギは相変わらずのクールな顔で彼の方を見る。

 

「意外と早く終わったのだな。――それで、誰に手紙を渡せと言われたんだ?」

 

「ムロの洞窟に篭ってるダイゴって男に渡せば良いらしいです」

 

「ほぅ? ダイゴ、か……」

 

「あれ? もしかして知り合いか何かですか?」

 

「……いや、まったく知らない名だ」

 

 そう言って小さく微笑むナギに、カナタは訝しげな視線を向ける。絶対に何か知ってんだろこの人。今の目は嘘をついている目だ。――と、出会って二日程だというのにカナタはナギの挙動の違和感を既に掴めるようになっていた。まぁ、恥ずかしいから本人には言わねえけど。

 「それじゃあ、外に出ようか」カナタの疑いの視線から逃げるように立ち上がったナギが先頭に位置取る形で三人はデボンコーポレーションの外に出た。

 と、そこでカナタは何かを思い出したように「あっ」と呟き、

 

「そういえば、ツワブキさんから謝礼としてポケナビ貰ったんだった。ほら、これがナギさんとハルカの分。そっちには既に互いの番号を登録してっから、心配は要らないです」

 

「意外と太っ腹なんだね、あの社長さん!」

 

「まぁ確かに、太っ腹だったな」

 

「アンタそれ違う意味で言ってんだろ」

 

「あ痛っ」

 

 スパーン! とどこからともなく取り出されたハリセンがナギの後頭部に炸裂する。

 ナギは叩かれた箇所を擦りながら、ハリセンで肩を叩いているカナタにジト目を向ける。

 

「そんな便利アイテム、いつの間に購入したんだ……?」

 

「秘書の人から貰ったんですよ。『これから頑張れ』っつー激励の言葉と共に。因みに、このハリセンはそう簡単には壊れないそうです。――という訳で、これからはアンタ等がボケる度に俺のハリセンが火を吹くんで。そのつもりでボケてください」

 

「私としてはハリセンよりも君のマグナムに火を噴いて欲しいんだが痛っ! さ、さっきよりも威力が上がってる気がするんだが!?」

 

「俺のツッコミをダメージに換算してみたんです」

 

 冷たい瞳で冷徹に言い放つカナタに、ナギとハルカは本気の本気で身震いした。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とりあえずはムロタウンに向かおう。

 そう結論付けたカナタはナギとハルカを引き連れてカナズミシティの出口へと向かっていた。

 

「っつーか、ハルカまでついてくる必要ねえんだけど……」

 

「ま、いいじゃんいいじゃん! せっかく出会ったんだし、一緒に旅をしようよ! ナギさんとももっといっぱいお話ししたいしね!」

 

「って言われてますけど、どうします?」

 

「私は君の判断に従うよ。……まぁ、個人的には、人数が多い方が旅は楽しいとは思うのだがな」

 

「俺は別にナギさんが良いなら良いんですけど……」

 

 互いを気遣いながらも結局は了承してくれそうな感じの二人にハルカは(やっぱりお似合いの二人だなぁ)と心の中で二人をからかう。というか、あのカナタが美人さんと一緒に旅をしている事自体に驚きなので、それ以上の事があったとしても今さら驚いたりはしない。遂にカナタにも春が来たのかぁ。

 出口への歩を止めることなく、カナタは疲れたように溜め息を吐き、

 

「……しょうがねえ。今更過ぎるっぽいし、別に一緒に来ても良いんじゃね?」

 

「さっすがカナタ、話が分かるぅ!」

 

 やったーっ! と子供のように喜び勇んで飛び回るハルカにカナタは苦笑を浮かべる。コイツ、十八歳になっても心は子供だなぁ。

 新たな仲間を加え、カナタは凄く怖ろしい未来への一歩を踏み出す。

 と。

 三人がカナズミシティの出口まであと数メートル――というところまで歩き切った、

 まさにその時。

 

「あれ? カナタとハルカって、一緒に旅を始めてたっけ?」

 

「「ゆ、ユウキ!?」」

 

 傍にヌマクローを従えたもう一人の幼馴染みが、三人の前に姿を現した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ユウキ。

 カナタとハルカと同じミシロタウン出身のトレーナーであり、二人のライバルでもある少年。

 そんなユウキと再会したカナタ達は出口付近のベンチに移動し、ひと時の休憩をしていた。

 

「という訳で、コイツはユウキ。俺とハルカの幼馴染みです」

 

「ど、どうも。ユウキです」

 

「ああ、よろしく」

 

「んで、こっちの人はナギさん。なんやかんやで一緒に旅をすることになった人だ」

 

「運命的な出会いってヤツだね!」

 

「ちょっとハルカ黙ってろ」

 

 サムズアップでテヘペロ状態なハルカをハリセンを掲げることで黙らせる。こりゃまた随分と便利なアイテムを手に入れてしまったなぁ。秘書の人、ありがとう……ッ!

 場違いに感極まっているカナタに気づかない様子のナギはユウキをまじまじと見つめる。

 緑のバンドと白のニットが合体したかのような特徴的な帽子を被った、幼顔の少年。オレンジと黒が織り交ぜられた半袖の服は運動用に作られたもので、黒の長ズボンは動きやすさ重視の伸び縮みする素材で作られている。如何にも『トレーナーです!』という格好をした少年だ。

 ナギは顎に手を当て、カナタに疑問をぶつける。

 

「して。この少年はどのようにぶっ飛んだ性格をしているんだ?」

 

「そんな当たり前のように聞くことじゃねえだろうが!」

 

 スパーン!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 カナタは大きく溜め息を吐き、律儀にナギの質問に答えた。

 

「ユウキはそこのバカとは違って、結構マシな性格をしてます。というか、そこのバカが特殊な思春期過ぎるだけで、ウチの町は普通な奴らばっかなんですよ。そこのバカだけが例外なんです」

 

「酷い! うわーんユウキ、慰めてーっ!」

 

「あはは……」

 

 『そこのバカ』を三回も連呼されたハルカはドバーッ! と涙を流しながらユウキの身体に抱き着いた。そんなハルカに照れる素振りすら見せず、ユウキは苦笑いを浮かべながら彼女の頭を優しく撫で始めた。

 カナタは肩を竦め、ハルカに言う。

 

「幼馴染みとの再会に時間をかけるのは勝手だが、俺は置いてくからな」

 

「あ、それは流石に許容できない! 私も行くったら行くんだもん!」

 

「だったらさっさと準備しろこの思春期バカ」

 

「うわーん! またバカって言われたーっ!」

 

「って、やっぱり二人は一緒に旅をしていたの? 僕の記憶が正しければ、別々だった気がするんだけど……」

 

「あーいや、お前は間違ってねえよ」

 

 カナタは疲れたように目を逸らし、

 

「不幸にも、この街で見つかっちまったんだ」

 

「あぁ、そういう事……ドンマイ」

 

 苦笑しながら優しく肩を叩いてくれたユウキにカナタは本格的に感極まってしまいそうになる。――が、ここで泣いたらプライドが揺らいでしまうので、カナタはぐっと我慢した。

 いつまでも子供なハルカにチョップを入れて彼女をナギに預け、カナタはユウキに軽く手を振る。

 

「んじゃ、俺は先に行くよ。お前も頑張れよ」

 

「あっ! ちょ、ちょっと待ってよカナタ!」

 

「あン?」

 

 やけに焦った様子のユウキにカナタは思わず足を止める。

 ユウキは少しばかり恥ずかしそうに頬を掻きながら、

 

「良かったら、僕もパーティに入れてくれないかな? まぁ、一人は寂しいっていうのもあるにはあるんだけど……カナタのストレスが心配で心配で」

 

「一緒に行こう! 俺からも大歓迎だ!」

 

 ユウキの申し出を断るどころか凄くイイ笑顔で了承するカナタ。彼の後ろで『私の時と違う!』と叫んでいるバカがいたが、カナタはあえて意識の外へと追いやった。これ以上あのバカに胃へのダメージを増やされるわけにはいかない。というか、少しでいいから黙っててください。

 戸惑いの表情を浮かべるユウキの両手を思いっきり握り、カナタは彼の腕をブンブンと上下に振る。まさかの二連続パーティ増加という予想外のイベントだったが、ナギの言う通り旅は人数が多い方が楽しいハズ。別に大した問題はないだろう。というか、料理上手なユウキが一緒に居てくれた方が野宿の時に美味しい物が食べられる――という個人的な欲求が関係しているというのはここだけの秘密だ。

 固い握手を交わすユウキとカナタ。

 そんな二人を見て、相変わらずの思春期コンビはヒソヒソと顔を寄せ合い――

 

「ボーイズラブ、ってやつですよ、ナギさん」

 

「これが噂の……あの調子で青姦までしてくれないだろうか」

 

「私たちも混ざって4Pにしちゃいます?」

 

「あぁ、それは良い考えかもしれない」

 

「最低なエロ会話が筒抜けなんだよこのエロバカコンビ!」

 

 スパパーン! と怒涛のハリセンツッコミが思春期ガールズに炸裂し、それを見ていたユウキは顔を引き攣らせながら乾いた笑いを漏らしていた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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幼馴染みはまさかの性癖

 三話連続投稿です!

 今回は少しばかり、ナギが大人しくなってるかも。


 ナギの先導で迷う事もなくトウカの森を抜けたカナタ達一行は、トウカの森近くにある波止場へとやってきていた。

 ここを訪れた目的はただ一つ。ムロタウンへの移動だ。

 

「にしても、次はムロタウンかぁ」

 

「二番目のジムがある事で有名だけど、それ以上にやっぱりムロの洞窟が有名らしいよ? なんでも、一番奥には凄く珍しい石が眠っているとかいないとか」

 

「進化の石だったら大歓迎なんだけどな。リーフの石とか水の石とか……」

 

「だね」

 

 わいわいと男二人で仲良く駄弁るカナタとユウキ。思春期ガールズの包囲網から脱出する事に成功したカナタの表情はユウキと出会う前より凄く明るくなっていた。それ以前は――まぁ、凄く疲労感でいっぱいでしたかね。

 ユウキと楽しそうに喋っているカナタをナギは彼の背後からジトーッと見つめ、

 

「……いいなぁ。私もカナタともっと話したいなぁ」

 

「嫉妬ってやつですね、ナギさん?」

 

「な、何が何で何だってぇぇーっ!?」

 

 ぷくく、と口を手で隠しながらニヤケ顔を作るハルカ。図星を突かれたナギは顔を紅蓮に染めてあたふたと露骨に焦りながら、ハルカに必死の弁解をする。

 

「わ、私は別に、嫉妬などしていない! い、言い掛かりはやめてくれないか!?」

 

「またまたぁ。さっき『いいなぁ。私もカナタともっと話したいなぁ』って呟いてたのを、私は聞き逃していませんよ?」

 

「そ、それは……」

 

「んもうっ、別に良いじゃないですかっ。もっと素直になりましょうよ、ナギさん!」

 

「素直に、か……」

 

 そうは言っても本当にそうは思ってないんだけどなぁ。現在になっても自分の思いに確信が持てないナギは困ったように頭を掻いた。素直な気持ち、というのが自分自身でも分からないからだ。

 ふむぅ、と顎に手を当てて考え込んでしまうナギ。

 その行動のおかげで何か思いついたのか、ナギはポンッと手を叩き、

 

「全裸になれば素直になれるかもしれないなっ!」

 

「そうですその意気です!」

 

「アッハッハ! そんなにハリセンが欲しいかこのバカコンビ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 わいわい騒ぎながら波止場近くの小屋に入ると、そこには予想もしない光景が広がっていた。

 

「ピーコちゃん! ピーコちゃん! ほぅら、ワシを追いかけておいでーっ!」

 

「リキィッ!」

 

「はぁはぁはぁはぁ! やはりピーコちゃんは世界一可愛いのう!」

 

「リキーッ!」

 

 ……………………スチャ。

 

「カナタ。誰も止めないから思いっきりツッコんでこい」

 

「了解です!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 例のエロジジイ(ついでにピーコちゃん)をハリセンで叩きのめしたカナタはとても達成感に満ちた表情で額の汗を拭った。鬼のような形相でジジイを粛清していたカナタに他の三人が静かに青褪めていたのだが、ツッコミモードだったカナタはそんな彼らの視線には気づかなかった。

 頭頂に巨大なタンコブを乗っけたエロジジイは「あいたたた……」と呻き声を上げながらゆっくりと顔を上げる。

 

「お、お主はあの時の!?」

 

「御託は聞きたくねえ。さっさとムロタウンまで俺たちを船に乗せて連れて行け。さもなきゃ――次はそこの海に頭から埋めてやる」

 

「ひ、ひぃぃっ!」

 

 ハリセンを右手で弄びながらガンを利かせるカナタに、エロジジイは今にも卒倒しそうなほどに青ざめた顔で何度も何度も首を縦に振った。ジジイの後ろで目をうるうるさせているピーコちゃんが無性に気になったが、ポケモンには何の罪もないのでここはあえてスルーしておくことにする。

 老い先短い御老体を全力で脅迫している最中なカナタの後方で、ナギたち三人は顔を寄せ合いながらカナタに聞こえないようにヒソヒソと秘密会議を開始させる。

 

「(やっぱり本気でキレたカナタは怖いなぁ)」

 

「(カナタは通常時と怒り時のギャップが激しいですから……うぅっ。これじゃあ私のうら若き肉体に溜まりに溜まった性欲を言葉として発散できない!)」

 

「(それに関しては私も協力しよう。どうだ今夜、一緒に寝ないか? もちろん性的な意味で)」

 

「(是非に!)」

 

 勝手に意味不明な話題で盛り上がる中で意味不明な約束をするナギとハルカの傍らで、ユウキはカナタとエロジジイの攻防を眺めながら仄かに顔を赤くし、

 

「(いいなぁ……あのハリセン、結構痛いんだろうなぁ……ゴクリ)」

 

「「(え?)」」

 

「(え?)」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 物理的な説得で船を出してもらえることになったカナタ達。カナタ以外の三人は頭を下げてお礼を言っていたが、エロジジイは「べ、別に良いのじゃ!」と露骨に震えながら三人の頭を上げさせていた。これはもう見るからにカナタがトラウマになってしまっている。

 そんな訳で船に乗り込み、甲板に移動するカナタたち。数分としない内に船は波止場を離れ、青く大きい海へと勢いよく発進した。

 徐々に速度を上げていく船の甲板の柵に体を預けながら、ナギは風で靡く前髪を手で抑える。

 

「ふむ。船というのは初めて乗ったが、意外と気持ち良いものなのだな」

 

「風が気持ち良いですよね。潮の香りも良いし、やっぱり海の上って最高だなぁ」

 

 ナギの隣でそんな感想を述べながら、カナタはぐぐっと背伸びをする。ハルカとユウキはカナタ達から少し離れた位置で海の上にいるポケモンを見て盛り上がっていた。

 遠くまで広がる海を満足気に眺めるカナタにナギは仄かに顔を赤くしながら小さく微笑み、

 

「ついにカナタも女の潮の香りが分かるようになったのだなぁ」

 

「分かってたまるか!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「お、見ろカナタ! ホエルオーだ!」

 

「そうですね」

 

「お、見ろカナタ! ホエルオーが潮を噴いたぞ!」

 

「そうですね」

 

「ふふんっ。しかし、私の方がまだまだ大きく潮を噴けるぞ!」

 

「そうですね」

 

「…………もしかしてカナタ、怒ってるか?」

 

「いえ。あまりにも予想通り過ぎたんでツッコミを諦めただけです」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 カナタの涼しい笑顔にナギが顔を引き攣らせている頃。

 ハルカとユウキは海の上を低空飛行中のキャモメとペリッパーの群れに盛り上がっていた。

 

「ユウキユウキ! 私、ペリッパーなんて初めて見た!」

 

「予想外に大きいね、ペリッパーって。タイプは水・飛行か……ムロタウンのジムは格闘タイプ専門だから、飛行タイプを捕まえておくのも良いかも……」

 

「おっ、ついにユウキがバトルですか? ポケモンゲットを始めちゃう感じですかぁ?」

 

「うん、まぁ。せっかくだし、キャモメだけでもゲットしておきたいなぁって」

 

 ムロタウンに着いてすらいないというのに既に次のジム戦の事を考えているユウキ。実は幼馴染みトリオの中で最もバトルに興味を持っているのがこのユウキなのである。その次がカナタ、最後がハルカ。――というか、ハルカの興味は他人の恋愛と下ネタに九割ほどを支配されているからそもそもカウントする事自体がおかしいのだが。

 ユウキはホルダーからボールを取り出し、自分の相棒であるヌマクローを甲板に顕現させる。

 

「よーっし。ヌマクロー、あのキャモメに“みずでっぽう”だ!」

 

「ヌマッ!」

 

 頬にあるオレンジ色の棘が特徴のポケモン――ヌマクローはユウキの指示に素早い反応を示し、一番近場にいたキャモメに渾身の“みずでっぽう”をお見舞いした。本当は水タイプ以外の技を使った方が良いのだろうが、甲板からの遠距離攻撃に適している技が“みずでっぽう”しかないので仕方がないのだ。一応は“マッドショット”という技があるが、アレは飛行タイプには効果がない技なのでここでは除外しておく。

 “みずでっぽう”が顔面に直撃したキャモメは怒ったように鳴き声を上げ、ヌマクローの上を越えてユウキに直接攻撃を加え始めた。選択された技は“つつく”。飛行タイプの超初歩的な技と言えば分かり易いだろう。

 服から出ている皮膚を鋭いくちばしでつつかれるユウキ。近くにいたハルカが慌てて止めに入ろうとするが、ユウキは彼女を右手で制した。

 

「大丈夫! これぐらいなんともない!」

 

「で、でも、流石に無傷という訳には……」

 

「そうかもしれない。でも、バトルに負傷は付き物だ。ポケモンが傷つくのが避けられない現実であるのと同じく、トレーナーが傷つくことも必然。……というか」

 

「というか?」

 

 何だ。ユウキの様子がおかしいぞ? 気のせいかもしれないが、どことなく頬が紅潮しているように見えるんだけど……。

 微かな違和感に首を傾げるハルカ。先ほどの波止場でのセリフの事もある。やはりこのユウキという少年、昔から目を着けていた通りに凄い逸材なのかもしれない。

 ゴクリ、とハルカは固唾を呑む。

 ユウキはキャモメの攻撃を両手で防ぎながら勢いよくキャモメを直視し、

 

「全くもって痛みが足りないんですけどォォォォォォォ!」

 

「くえぇっ!?」

 

「足りない! そんな痛みじゃ足りないよ! もっと激しく、もっと強く! 僕の身体をもっと痛めつけてくれ! そうすれば僕は、もっと気持ちよくなれるから!」

 

「凄いよユウキ! ついに私と同じ思春期に足を踏み入れたんだね!」

 

「ははっ。今さら何を言っているの、ハルカ? 僕は元々――」

 

 目をキラキラさせるハルカにユウキは清々しい笑みを向け、

 

「――真性のマゾヒストなんだ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「…………カナタ」

 

「何も言わないでください」

 

「いや、しかし。今のユウキの発言は……」

 

「何も聞かなかった事にしてください」

 

「凄いイイ声だったな、今の。本当に自分をマゾヒストだと思っている者にしか許されない大声量だったな」

 

「俺に厳しい現実を突きつけないでください」

 

「というか、結局は君の負担が増えただけだったというかなんというか」

 

「自覚があるなら少しは改善してください」

 

「………………私の胸を貸そうか?」

 

「~~~~ッ! な、ナギさぁあああん!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 一人の少年のキャラクターと一人の少年の心が激しくブレイクされた後、船は無事にムロタウンへと到着した。

 《青い海に浮かぶ小さな島》というキャッチコピーの通り、このムロタウンは106番水道と107番水道に浮かぶ小さな島である。ムロの洞窟と砂浜だけで構成されたこの島には、小さな集落が島の下方に一つだけ存在している。その中に二番目のジムがあり、カナタたちミシロトリオは本来はそのジムに挑むためにこの島に来る予定だったのだ。

 しかし、カナタにはジム戦より先にやるべき事がある。ダイゴに手紙を渡す、という大事な使命があるのだ。

 とりあえずはポケモンセンターに移動して手持ちポケモンを回復させたカナタ達は四人部屋を借り、中で会議を始めることにした。

 議題はもちろん――ムロの洞窟についてだ。

 

「ムロの洞窟の一番奥にいると思われるダイゴさんにこの手紙を渡さなきゃなんねえ訳だが……時間の削減とか手間の削減とかの為に、これからチームを二つに分けようと思う」

 

「チーム?」

 

 可愛らしく首を傾げるハルカにカナタは頷きを返す。

 

「俺達の本来の目的はムロジムへの挑戦だ。だから、この手紙を渡しに行くチームと先にジム戦を受けるチームに分ける。前者がどれだけの時間がかかるか分からない以上、後者は俺とハルカとユウキ、この三人の内から二人選出した方がベストだと俺は思う」

 

「それは私も賛成だな。君たち全員のバトルが見れないのは残念だが、時間短縮には持って来いの案だと思う。私はムロの洞窟のチームのようだから、もしこちら側のチームに入る事になった者はよろしく頼むぞ」

 

「「「了解です」」」

 

 何の文句も言わないなんて、やっぱりこの人はいい人だなぁ。……心は思春期過ぎてドン引きだけど。

 感心と落胆に同時に襲われたカナタは「はぁぁ」と溜め息を吐き、ちらっともう一度ナギを見る。――直後。

 船の上でのナギの胸の柔らかい感触が頭の中にフラッシュバックした。

 

「ッ! ッ! ッ!」

 

「ど、どうしたんだカナタ!? いきなりそんな、床に頭突きをするなんて……」

 

「マイブームです」

 

「い、いやでも、今のはちょっと変だったというかなんというか……」

 

「誰が何と言おうとマイブームです」

 

「そ、そうか……別に異常がないのなら、私は構わないのだが……」

 

 いやいや頭突きをマイブームとか言ってる時点で脳に異常がありますから。――と自分に自分でツッコミを入れてしまうカナタくん。やはりこのままではいろいろとマズイ。特にナギさんの乳。あれを克服しないと俺は一週間もしない内に死んでしまう。……克服、できるかなぁ。

 凄く今後が心配になっているカナタを心配そうに見つめるナギ。

 そんな二人を交互に見るや否や、ハルカは凄くニヤケ顔で――言い放つ。

 

「それじゃあ、ナギさんとカナタが洞窟チームという事で! 二人仲良く暗闇でセッ〇スしちゃいなYO!」

 

「「いやいや、物事には順序というものが!」」

 

「それ以前の問題だと僕は思うんだけど……」

 

 顔を真っ赤にしてずれたツッコミを入れるカナタとナギに、マゾヒス――もといユウキの鋭い指摘が炸裂する。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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ムロの洞窟はドキドキがいっぱい

 結局カナタとナギの二人でムロの洞窟に向かう事になった。

 まず必要なのは食料と水分だろう。灯りは懐中電灯で何とかなるかもしれないが、食料と水だけは洞窟の中では決して手に入らないはず。一日分ぐらいの量は調達しておきたい。

 そう判断したカナタとナギはポケモンセンターで一泊した後、ムロタウンの市場にやってきていた。

 

「島だから廃れてると思ってたけど、結構繁盛してんだなぁ」

 

「ムロは様々な地域から多種多様な物品を輸入しているからな。ホウエン一の貿易街であるカイナシティでも見られないほどの希少な水産物や果実などが手に入るらしい」

 

「へぇ。ナギさん、詳しいですね」

 

「ホウエン地方の町の全ての情報を集めておくことはトレーナーの基本だぞ?」

 

「うぐ……」

 

「はははっ。まぁ、そんなに気を落とすことはない。これから覚えていけばいいんだよ」

 

 他者から見たらただの恋人同士のような二人。高齢化が進むムロタウンでも二人は変に浮いていて、周りにいる老人たちから凄く生暖かい視線を送られていた。気のせい気のせい、とカナタは現実逃避しながら歩を進める。

 市場で売られているのは主に水産物のようで、食用のキバニアやコイキングなどがパックの中で虚ろな目をして並んでいる。その次に多いのは果実だろう。オレンやキー、モモンなどの木の実が所狭しと売られている。

 ナギは傍にあった店に置いてあった木の実を一つだけ手に取り、キラキラした瞳でカナタに見せびらかしてきた。

 

「見ろ、カナタ! この木の実、長くて大きくて硬くてイボイボが付いているぞ! ちょうど良い感じで気持ち良くなれるかもしれない!」

 

「ノワキの実に土下座しなさい!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 当初の目的を忘れそうだったナギを引きずり回しながらなんとか食料調達を終えたカナタは、島の北西にあるムロの洞窟の入り口へと移動した。

 洞窟の入り口は人が三人ぐらい余裕で通れるほどの大きさだったが、光の加減で洞窟の中はほとんど何も見えない状態だ。懐中電灯持ってきて良かったなぁ、とリュックサックから懐中電灯を取り出しながらカナタは安堵の息を漏らす。因みにジュプトルはボールの中で強制待機だ。洞窟の中で逸れたら最後、再開できないかもしれないから。

 

「んじゃ、とりあえず行きましょうか」

 

「そうだな。早くしないと私たちが見る前に暗闇セッ〇スが終わってしまうかもしれないからな」

 

「一生見なくていいんだよそんなもん」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「頭が痛い……」

 

「そりゃ俺が何度もハリセンで叩いてますからね。痛いのが嫌なら下ネタ言うな」

 

「出会った当初よりもカナタが厳しくなったような気がするのだが……」

 

「気のせいです」

 

 頭を擦って涙目なナギにカナタの冷たい言葉が突き刺さる。ナギ一人だったらまだ何とかなっていたのだが、ハルカとユウキという二大ギャグマシーンが現れてからはカナタの胃痛の頻度が一時間に三回ぐらいになってしまっている。このままでは胃潰瘍でお陀仏だな、とカナタは凄く他人事のように心の中で呟く。

 カツカツと靴音を洞窟内に響かせ、懐中電灯で足元と前方を照らしながら少しずつ前へ進んでいく。先ほどからちらちらと野生ポケモンの姿が確認できているのだが、一向にカナタ達に近づこうとはしていない。おそらく、カナタが持っている懐中電灯の光に怯えているのだろう。四六時中を闇で過ごすポケモンは激しい光を極端に嫌うらしいし。

 ぴちゃん、とどこかで水が滴る音が洞窟内に響き渡る。雨水が地層を伝ってここに流れ込んできているんだろうか。それとも単純にこの洞窟の中に水源があるのだろうか。興味は尽きないが、今はそんなものを捜している暇はない。さっさとダイゴに手紙を届け、さっさとジム戦を行わなければ。

 ぴちゃん。ぴちょん。ぴちゃっ。

 ぴちゃん。ぺちょん。ぺちゃん。

 

「今の水音は私の愛液じゃないぞ! 嘘なんかついていないからな!」

 

「誰も聞いてねえし誰も聞きたくねえんだよそんな事」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 洞窟を突き進むこと体感時間で約十分。

 先ほどまで聞こえてきていた水音がやみ、周囲の暗さが出入り口付近よりもいっそう深くなってしまった。ここからが洞窟の下層、という事だろうか。

 ここら辺でいいかな、とカナタは動かしていた足を止める。

 

「とりあえず、ここで休憩しましょう。このまま(食事を)抜いてたら、(ダイゴの所に)達してしまいそうな勢いですし」

 

「い、今までずっと抜いてたのか!? くそっ、この私にばれないように抜くなんて、君は怖ろしい少年だな……ッ!」

 

「ごめん今のは俺が完全に悪かった! 今度からはきっちり全部の言葉を話します!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 真っ暗な洞窟の中でシートを敷き、カナタとナギは市場で購入した食料をその上に拡げた。その際にカナタはリュックサックの中からランタンを取り出し、手元が見えるぐらいの明るさに設定して自分の傍にコトッと置いた。ランタンも持ってるなら使えよ、というツッコミが入るかもしれないので一応弁解しておくが、このランタンは懐中電灯の電池が切れたとき用の予備である。

 オレンの実を手に取り、一口だけ噛んでみる。

 ぷちゅ、という柔らかな感触の直後、口の中に奇妙な味が拡がった。

 

「うーん……辛くて渋くて甘くて苦くて酸っぱい……お世辞にも美味しいとは言えないなぁ」

 

「まぁ、オレンの実は珍味だと言われているしな。美味しい食べ物のジャンルからは大きく外れているのだろう」

 

 苦虫を噛み潰したように顔を歪めるカナタにナギは小さく微笑み、手に持っていた木の実をシャクッと齧った。

 カナタはオレンの実を指で突きながら、ナギに問いかける。

 

「それは何を食ってるんですか?」

 

「ズリの実だ。味は少し辛く、媚薬作用が含まれているらしい」

 

「今すぐ捨てろ! 今すぐにだ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ひと時の食事休憩を終えたカナタ達はシートやランタンをしまい、再び洞窟の奥へと進み始めた。

 ――進み始めた、のだが……。

 

「か、身体が熱い、身体が疼く。頭がぼーっとしてきた……」

 

「さっきのズリの実って即効性なんですか!? いくらなんでも早すぎでしょう!」

 

「君のアレよりは遅いがな」

 

「勝手に俺が早漏だなんて決めつけんな!」

 

 カナタのツッコミが洞窟内に響き渡るが、それを意に介さない程にナギの体調は最悪だった。――十割方自業自得である。

 ふらふらと右に左によろめくナギ。顔は傍で見ると結構火照っていて、心無しか内股になってしまっているような気がする。凄い色っぽい、とカナタは無意識にナギに見惚れてしまいそうになっている。

 いかんいかん、気を確かに持つんだカナタ。ここでナギさんに欲情するわけにはいかない。俺は普通、俺は常識人、俺は思春期じゃない……ッ!

 ――と思っていたら、

 

「っとと」

 

 ふにゅっ、というイレギュラーな感触が右肩に走り、それと同時に予想外の重量が横からカナタに襲い掛かってきた。

 カナタはびくんっ! と露骨に驚き、

 

「な、なななななな何してんですかナギさん!?」

 

「謝罪したいのは山々だが、ちょっと身体が言う事を聞かなくて、な……はぁ……はぁ……」

 

 カナタの腕に横から胸を押し当て、カナタの肩に手を置きながらも必死に自分の体を支えようとするナギ。さっきは自業自得だとか言ってしまっていたが、流石にここまで容態が悪化するとは思わなかった。というかこの乳圧を何とかしないと俺がヤバい。特にナギさんが無意識に押し当ててるから上手く理性を保てない。くそっ、何でこういう時だけワザとじゃねえんだよこの人は……。

 荒い呼吸を繰り返し、足をがくがくと震わせる。体温はかなり上昇していて、暗闇でも分かるほどに顔は火照ってしまっている。――ったく、しょうがねえ。

 カナタはナギを自分から離し、リュックサックを身体の前面で持ち直す。

 そしてナギから荷物を奪い、彼女の身体を一気に背中まで持ち上げた。

 

「んっ……」

 

「変な声出さないでください。とりあえずは体調が治るまで俺がナギさんを運びます。自業自得とか因果応報とか言いたいことは山ほどあるけど、とにかく今は俺の背中でゆっくり休んでてください」

 

「ああ、すまない、な、カナタ……」

 

「謝るぐらいなら端からあんな木の実を食うんじゃねえ」

 

 ジト目で彼女を睨みつけ、溜め息交じりに進行を再開する。ナギはカナタよりも年上だが、スタイルが良いおかげで体重はそこまで重くない。逆に重さで言うなら前面で担いでいるリュックサックと肩掛け鞄の方が重大だ。地味にバランス取り辛いな、これ……。

 ――いや、問題なのはそこじゃないな。

 

(む、胸が背中に直接押し当てられて、どうしようもねえぐらいに意識しちまう……ッ!)

 

 今は平静を保っているが、ぶっちゃけこのままだとヤバすぎる。ナギがもう少し貧乳だったらまだ良かったのに……何でこの人巨乳なんだよ。もう少しサイズ減らせよ。――まぁ、胸が大きい方が好みだけど。

 ズリの実のせいで顔が火照っているナギと、ナギの胸のせいで顔が火照っているカナタ。互いに顔が火照っている事に変わりはないが、その原因が百八十度異なっている。というか、カナタに関しては性欲が原因だし。

 そして、次の問題は耳元に吹きかけられている荒い呼吸だ。ただでさえ耳に息を吹きかけられるだけでも変な感じがするというのに、今回はその呼吸が荒いし吹きかけてくるのがあのナギだ。好意を持っているという訳ではないにしろ、無駄に意識をしてしまっているのは否めない。

 カナタはギリィッと歯を食いしばり、理性と本能との戦いに身を投じ――

 

「あっ……んんっ! はぁ……はぁ……んっふぅぅ!」

 

「お願いします! 少しは我慢してください!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 十割方ナギが原因で理性がガリガリと削られていたカナタは、ついにムロの洞窟の最奥までたどり着くことに成功した。

 近くの岩壁にナギと荷物をゆっくりと降ろし、カナタは手紙を片手に洞窟最奥の小部屋へと足を踏み入れる。

 小部屋の中は大小様々な岩がそこらじゅうに鎮座していて、岩壁には多種多様な石が仄かに輝きを放っていた。――すっげ、石が綺麗だと思ったのは初めてだ……。

 いつのまにか感動していたカナタだったが、すぐに目的を思い出し、小部屋の中をぐるりと見渡した。

 ――いた。

 小部屋の一番奥に、灰色の髪の青年がいる。何かを採掘しているのか、ピッケルで壁を叩く音が小部屋の中に響き渡っている。

 カナタは小走りで青年に駆け寄り、彼の肩を叩こうと手を伸ば――

 

「くくく……君は可愛いねぇ。あ、そっちの君も最高にキュートだよ。あぁ、何で石というのはここまで美しいのだろうか……あ、ちょっと待って。君も早く採掘してあげるから……」

 

 あ、やっぱりこの人もダメな人だ。

 

 




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ナギとカナタは初心な思春期

 二話連続投稿です!


 ムロの洞窟の最奥にある小部屋に、どう考えてもダメな感じしかしない石キチな青年がいた。

 ピッケルの音だけが響き渡る小部屋の中で静かに冷や汗を流すカナタ。思春期コンビとマゾヒスト、委員長系エロ女とエロジジイというコンボに耐えてきたカナタだったが、まさかの変人の登場に心が打ち砕かれそうになっていた。……他の地方に引っ越そうかなぁ。

 というか、今はとにかくツワブキ社長からの任務を完遂しなければならない。ジム戦の事やナギの体調の事もある。あまり長居は出来ないのだ。

 ふぅ、と息を吐いて覚悟を決め、カナタはダイゴと思われる青年の肩を軽く叩く。

 

「っ!? き、君は誰だい!?」

 

「あのー、ダイゴさんですよね? 俺、ミシロタウンのカナタと言います。ツワブキ社長からあなたに手紙を預かり、ここまで来た次第です」

 

「もちろん石板に彫られているんだよね?」

 

「紙に決まってんだろぶっ飛ばすぞ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 なんとかハリセンを取り出すのだけは我慢したカナタは大きく溜め息を吐いた後、持っていた封筒をダイゴに直接手渡した。「石版じゃないのか……」とダイゴは残念そうにしていたが、そもそも石板に伝言を彫る現代人とか聞いた事ねえんだよ。お前は石器時代の人間か。

 封筒から手紙を取り出し、ダイゴは頭に装着していたライトで照らしながら読み進めていく。結構な文章量があるのか、ダイゴの目は忙しなく動き回っていた。

 無事に手紙を読み終えたダイゴは手紙を封筒ごと懐に仕舞い込み、

 

「わざわざ届けに来てくれてありがとう。これは何かお礼をしなくちゃならないね」

 

「いや、別に良いですよお礼なんて。どうせジムによるついでだったし……」

 

「そういう訳にもいかないさ。これは常識とか礼儀とかいう部類の問題だからね」

 

「はぁ」

 

 さて、どんなお礼がいいかなぁ。懐を探りながらそう呟いたダイゴにカナタは露骨に顔を引き攣らせる。

 さっきのダイゴの様子から察するに、結果的にお礼として現れるのは石とか石とか石とかだろう。それが進化の石とかならまだ良いが、ただの綺麗な石とかだったら話は別。丁重に突き返して早々にこの洞窟から出なければならなくなってしまう。……荷物が多いが、追いつかれないように全力疾走だ。

 変に警戒するカナタ。

 ダイゴは「あ、これが良いかな」と懐に挿し込んでいた手を引き抜き、

 

「僕のお気に入りの石で作ったバ〇ブなんだけど、良かったら君にあげるよ」

 

「何か今、入口の方でナギさんが全力で頷いた気配がした!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 最終的にはナギが地面を這いながらバ〇ブを受け取ってしまったため、カナタは凄く疲れたような表情でダイゴにお礼の言葉を述べる羽目になってしまった。……後で説教だ。いつもの五割増しは約束しよう。

 未だに荒い呼吸を繰り返しているナギを背負い、リュックサックと鞄を手に取る。やっぱり重量としてはギリギリだったが、まぁ別に持てないという訳ではないから問題はないだろう。ここに来る時も大丈夫だったし、帰りも大丈夫なはずだ。……俺の理性以外は。

 やけに大荷物なカナタに苦笑を浮かべていたダイゴは「あ、そうだ」と懐から何かを取り出しながらカナタに近づき、

 

「その状態で脱出するのはきついだろう? 特別にこれを上げるよ」

 

「これは?」

 

「穴抜けの紐だよ。このアイテムを使えば、入り口まで一瞬で移動する事ができるんだ」

 

「へぇ……」

 

 そんな便利なアイテムがあるのか。これはこの洞窟を出た後にフレンドリィショップで買っておく必要があるな。今後もいろいろな洞窟に行くかもしれないし、脱出用のアイテムは必須になるだろう。うん、これは絶対に手に入れなきゃな。

 ありがとうございます、と穴抜けの紐を受け取りながらお礼を述べる。

 ダイゴは「礼なんていいよ」と軽く手を振り、

 

「それじゃあ僕はこれからもう一度、キュートな石たちと楽しく喋るから」

 

「やっぱりこの人も重症だな」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「……カナタ、一つ質問があるのだが、いいか?」

 

「何ですか?」

 

「その穴抜けの紐、本当に脱出に使ってしまうのか?」

 

「そりゃ、まぁ。そもそも脱出用のアイテムらしいですし」

 

「そうか。…………これは因みに提案だが、その穴抜けの紐で私を亀甲縛りするという選択肢はどうだろう?」

 

「身体より先に口を縛ってやろうか?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ダイゴから貰った穴抜けの紐でムロの洞窟から無事脱出したカナタは、昨日から借りているポケモンセンターの四人部屋へと戻ってきていた。

 部屋の中には人影はなく、誰かが一度帰って来た様子もない。おそらく、ユウキとハルカはまだムロタウンジムでポケモンバトルをしているのだろう。今から参加しようかな、とか思わなかった訳でもないが、今はそれよりも先にやる事がある。

 リュックサックと鞄を部屋の隅の方に置き、体調が悪いナギをベッドの上に優しく寝かせる。

 

「よ……っと。とりあえずはこれで良し、かな」

 

「すまないな、カナタ……いろいろと苦労を掛けてしまって……」

 

「主に胃へのストレス面での苦労が大きいですけどね」

 

 ぴしゃりと言い放つカナタにナギは顔を引き攣らせる。最初に出会った時よりも格段に冷徹になってしまっているように見えるのは私の気のせいだろうか?

 未だにズリの実の媚薬効果が切れない事で顔が火照ったままのナギは、ぼーっとしながら飛行服のファスナーを胸の真ん中の位置まで引き下げた。

 もちろん、それを見ていたカナタは極度に焦ってしまい、

 

「い、いいいいいいきなり何やってんですか!?」

 

「は? いや、身体が熱かったから涼しくさせただけだが……」

 

「やり方ってモンがあるでしょう!? そ、そんな、異性の目の前で胸を露出するなんて……常識外れにもほどがあります!」

 

「???」

 

 自分がやったことの重大さが分からないのか単にぼーっとしてるからカナタのツッコミが理解できないのか。とにかくナギは不思議そうな表情で小さく首を傾げている。可愛いな、とか不意に思ってしまったのはここだけの秘密だ。

 ただでさえ背中に未だに乳の感触が残っている事で焦りに焦ってしまっているというのに、ここでまさかの谷間を露出と来た。何だこの試練、俺はやっぱり早死にするんじゃなかろうか。

 極度の焦燥のせいで頭が混乱してきたカナタは顔を真っ赤にしながらナギの胸元にあるファスナーへと手を伸ばし、

 

「い、いいからさっさと胸を隠してください! というか、もう俺が隠しますからね! これ以上は俺がもたないんで!」

 

「もたない? 何故君が我慢できなくなるのだ? 私ぐらいで興奮する事などないだろうに……」

 

「……んぁああああもぉおおおおおっ!」

 

 突然ケンタロスの様な雄たけびを上げたカナタは真っ赤になった顔を片手で覆い隠しながら、ナギの視線から逃げるように目を逸らし、

 

「言っときますけど、俺だって一人の男なんです! 女性の裸を見れば興奮するし、それが美人だったら尚更の事! しかもナギさんは俺の好みのタイプにバッチリだから、色々とまずいんですよ色々と! これで興奮するなって方が無理があるんです! 分かりますか!? 分かったらそこら辺をもっと自覚してください!」

 

 焦りと混乱が限界を振り切ったせいで自分が何を言っているのかよく分からない。今叫んだ言葉も既に忘れかけてしまっている。俺、今凄く大変な事を言った気がするんだけど……。

 「あーもー悪循環だぁあああああっ!」と頭を抱えて悶えるカナタ。彼の腰のホルダーで彼を慰めるかのようにジュプトルとドククラゲがボールの中でガタガタと揺れる。

 カナタがそんな感じでぶっ壊れる中、ベッドに寝かされているナギはというと。

 

「~~~~~~ッッッ!」

 

 顔を紅蓮に染めて視線を不自然に彷徨わせていた。

 真っ赤に染まった顔を右手で覆い、やけに激しい鼓動を発生させている心臓を左手で服の上から抑え込む。――しかし、この胸の高鳴りは収まる気配も見せていない。

 ナギは先ほどよりもかなり上がった体温に喘ぎながら、口を微かに震わせる。

 

(い、いいい今カナタの奴、『俺の好みのタイプにバッチリ』と言ったのか!? いや、気のせい――ではない! 絶対に言った! う、うそだろ? カナタの好きな女性のタイプが、この私……? う、うぅぅぅぅっ! 何故だ何故こんなにドキドキしてしまうのだ!?)

 

 その原因に気づけば楽になるのに、鈍感なナギは鈍感すぎるが故に喘いで悶えて苦しんでしまう。それはカナタも全くの同様で、ベッドの下に座り込んで頭を抱えて苦しんでいた。――もちろん、顔は耳の先まで紅蓮に染まってしまっている。

 互いに悶えて互いに喘いで互いに苦しんでいるこの状況。一体何をすればこの状況を打破できるのか。というか、そもそもこの胸の高鳴りは一体何が原因なのか。それが分からない事にはこの状況から本当に脱出したとは言えない。

 しかし。

 どうやってもこの状況からは脱出できない気がしてならない。――そして、この胸の高鳴りが少しばかり気持ちが良いのが厄介だ。あぁくそっ、一体全体何事なんだァーッ!

 ぐるぐると思考と目を回す二人。

 そして。

 先に混乱が振り切ったナギはベッドから勢いよく起き上がり、ベッドの下にいたカナタの右手をギュッと掴み――

 

「こ、こうすればこのドキドキが止まるはずなんだぁああああああああああああああッ!」

 

「うわぁあああああああああああああああああああああっ!?」

 

 ――自分の左胸を勢い良く握らせた。

 むにゅ、もにゅ、とナギに捕まれた右手が本能に従って彼女の胸を勝手に揉みしだく。

 

「んっ……くぅっ……」

 

「わ、わわわわわわわ!」

 

 混乱と動揺に更なるショックを与えられたカナタの目が物理的にぐるぐる回る。右手から脳まで電撃が走り、「柔らかくて気持ち良い」という感想が脳から全身に発信された。――やばい。すっげー柔らかい! これは抗いようがない!

 互いに自分が何をしているのか上手く理解できていないカナタとナギ。正直、心の底からこの状況を打破できる者の出現を待ち望んでいたりするのだが、その願いが果たして届くかどうかは微妙なところ。寿命を十年削ってもいいから誰か俺(私)を助けてくれーっ!

 と。

 そんな必死の願いが通じたのか。

 部屋の扉を勢いよく開け放ち、ハルカが元気いっぱいな様子で帰ってきた。

 

「ジムバッジゲットだよーっ! いやー、ワカシャモとスバメの“つつく”が結構よ、か……った…………?」

 

「「………………」」

 

 ナギの胸を鷲掴みしているカナタの図。

 

「…………わ、私はユウキと夕焼けでも見に行きますねー。せ、セッ〇スの邪魔はしちゃいけないからーっ!」

 

 そう言うや否や、ハルカの姿が入口から一瞬で消えた。

 ナギはカナタの腕を胸から遠ざけ、カナタはナギから目を逸らす。

 そして二人はゆっくりとベッドから足を降ろし――

 

「「ご、誤解だぁあああああああああああああああっ!」」

 

 こういう時だけ空気を読むな! とナギとカナタは全速力でハルカの後を追いかけた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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思春期の心は儚く脆い

 今回は少し下ネタが少なめで、砂糖要素が少し多めです。

 うぅ、評価で「気持ちが悪い」と言われてしまった……やっぱり人を選ぶみたいですね、この作品……。

 で、でも、僕はやめない! 次回こそは、次回こそは下ネタ大量でいってやるんだからぁっ!



 カナタとナギに在らぬ誤解が生まれた翌日、カナタはポケモンセンターの食堂で朝食を摂っていた。

 彼と同じテーブルにはナギとユウキとハルカの姿があり、彼らもカナタと同じようにモグモグガツガツと朝食を胃の中へと流し込んでいた。ポケモンセンターの食堂は基本的にバイキング制なため、四人の朝食には大きな違いが表れている。

 

「カナタは相変わらずご飯派なんだね」

 

「朝は米を食わねえとやる気というか力が出ねえかんな……っつーか、そういうお前もご飯を食べてんじゃん」

 

「僕はパンとご飯を交代で食べてるから。やっぱりバランスが大事だと思うんだよね」

 

「ふーん」

 

 やはり朝食一つ取っても多種多様で十人十色であるらしい。そういえば、ずっとパンが主食だったイッシュ地方で、最近急激にご飯の需要が伸びているとかいうニュースがあったっけ。文化というのは世界を飛び越えてしっかりと根付いていくものみたいだな。

 あむっ、とご飯を口に入れて咀嚼する。カナタはご飯のお供として味付け海苔を特に好んでおり、今回の朝食もご飯を海苔で巻いて食べるというシンプルな食事法を選んでいる。海苔の味だけでご飯二杯はイケるかも、と茶碗一杯の白米をがつがつと食べ終えていく。

 茶碗の中身が無くなり、カナタは「ふぅ」と一息吐く。

 そして隣に座っているナギと彼女の向かいに座っているハルカの器にちらっと視線を向ける。

 

 バナナとヨーグルトとミートボール。

 

「む。どうした、カナタ? 私の顔をそんなにじろじろ眺めて」

 

「いや、やっぱり重症なんだなぁって思っただけです」

 

「???」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 朝食を摂り終えたカナタ達はポケモンセンターを後にし、ムロの洞窟へとやってきていた。

 

「おい、ユウキ。こんなところで何する気だよ」

 

「なにって、カナタのポケモンを鍛えるんだけど?」

 

「は? 俺の?」

 

 うん、とユウキは小さく頷く。

 

「僕とハルカは昨日の内にバッジを手に入れてるから分かるけど、カナタの今の手持ちはムロタウンジムと相性最悪なんだよ。この町のジムは格闘タイプが専門で、水タイプと毒タイプ、それと草タイプのポケモンしか持っていないカナタとはとてつもない程に相性が悪い。一発逆転の切り札を持っているなら話は別だけど、ジュプトルもドククラゲもそんな技は覚えていないだろう?」

 

「そりゃまぁ、そうだけど……」

 

「カナタは僕やハルカと違って飛行タイプのポケモンを持っていない。せめてエスパータイプのポケモンがいれば話は別なんだけど、トウキさんはエスパー・格闘タイプのアサナンを手持ちにしているから、最高の相性という訳にはならない。――故に、カナタはポケモンのレベルをぐっと上げてレベル差でゴリ押しするしか戦法はないんだ!」

 

「な、なんだってー!」

 

 慈悲なく言い渡された判決に、カナタは凄くワザとらしい叫びを返した。

 というか、確かにユウキの言っている事はもっともだ。カナズミジムの時はこちらが相性で優っていたから良かったものの、実力で言うならばこちらの方が劣っていた。――つまり、相性が不利になった場合、カナタは普通に負けてしまう。おそらくだが、カナタはミシロトリオの中では最も弱い。相性云々は別としても、手持ちの多さと手持ちの実力で普通に差がついてしまっている。

 ユウキは腰のホルダーからボールを手に取り、

 

「カナタのドククラゲは僕とハルカのどのポケモンよりもレベルが高いだろうから良いとして、問題はジュプトルだ。物理防御が高い格闘タイプのポケモンを打倒するためには特殊技が必要だけど、ジュプトルが覚えている特殊技は“すいとる”だけ。物理技である“タネマシンガン”と“はたく”は今回のバトルでは使えないと思った方が良いだろうね。あ、因みに“でんこうせっか”は相手を翻弄させるために必要になると思うから、そのつもりで」

 

「了解!」

 

「それじゃ、早速始めよう! 君の出番だ、マクノシタ!」

 

「まくっ!」

 

 ユウキが持つボールから現れたのは、餅巾着の様な頭が特徴のポケモン――マクノシタ。攻撃力と体力が高い格闘タイプのポケモンで、ムロタウンジムのジムリーダーであるトウキが手持ちとして愛用しているポケモンだ。

 カナタは「よーっし」と前髪を手で掻き上げ、ホルダーから取り出したボールを前に向かって放り投げる。

 

「きっちり鍛えてもらおうぜ、ジュプトル!」

 

「ジュプトォーッ!」

 

 シャッ! と両腕のブレードを構えるジュプトル。もっとレベルが高くなれば強力な物理技“リーフブレード”を覚える事が出来るのだが、流石に今回のジム戦までにそこまで育て上げるのは困難だろう。せめてトウキのポケモンに苦戦しないぐらいのレベルにするのが今回の特訓の目的だ。

 カナタとユウキは小さく笑みを浮かべ、ほぼ同時のタイミングで互いのポケモンに指示を飛ばす。

 

「ジュプトル、“でんこうせっか”でマクノシタを翻弄しろ!」

 

「マクノシタ、“つっぱり”で迎撃するんだ!」

 

 ユウキによるジュプトル特訓メニューが幕を開けた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「…………」

 

「ん? どうかしたんですか、ナギさん?」

 

「いや、別に大したことじゃないんだが……」

 

「???」

 

「私が持っている“つばめがえし”の技マシンをカナタにあげれば良いんじゃないか? って思ってな……」

 

「…………あー」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 陽が真上に昇るまで特訓を続けたカナタ達は、ムロの洞窟の外に出て昼食を摂っていた。今回の昼食のメニューは多種多様な味を揃えたおにぎり。因みに、作ったのはナギとハルカだ。

 昆布が入ったおにぎりを頬張りながら、カナタは個人的な感想を述べてみる。

 

「美味しいですねっ、このおにぎり。ナギさんって料理もできるのか……」

 

「まぁ、君と出会うまでは一人でホウエン地方を飛び回っていたからな。料理が出来ないと色々と不便だったんだ」

 

「私も頑張ったんだよーっ! えーっと、それとこれとあれが私の自作です!」

 

「「じゃあそれ以外を食べさせてもらう」」

 

「二人揃って酷くない!?」

 

 キッパリと言い放つカナタとユウキにハルカは「がーん!」と涙目で露骨にショックを受けた。三人のコントのようなやり取りに、ナギは口元を隠して小さく噴き出した。

 ユウキの口に無理やりおにぎりを押し込もうとするハルカを羽交い絞めにしながら、カナタはナギの方に顔を向ける。

 

「そういえば、ナギさんってどんなポケモンを持ってるんですか? 見た感じ飛行タイプ使いっぽいですけど……」

 

「確かに私は飛行タイプ専門のトレーナーだが……どうして見た感じで分かったのだ?」

 

「あ、えと、それは……」

 

 カナタは気まずそうに数秒ほど視線を彷徨わせ、

 

「露骨な飛行士ファッションだったんで、もしかしたら飛行タイプ使いなのかなー、って思いまして……」

 

「え゛」

 

 凄く申し訳なさそうに放たれた辛辣な言葉にナギの身体がピシリと固まった。薄らと浮かんでいた微笑みは引き攣った笑みへと早変わりし、目尻には微かに涙が浮かんでいるのが見て取れる。

 ナギはゆっくりと立ち上がり、カナタ達三人から少し離れた波打ち際まで移動したところで膝を抱えてしゃがみ込んでしまった。

 カナタは冷や汗を大量に掻きながらも彼女の傍まで走り寄り、

 

「べ、別に良いじゃないですか、飛行士ファッション! お、俺は好きだなー格好良くて!」

 

「…………露骨って言われた」

 

「わ、分かり易いたとえが上手く思い浮かばなかったんですよ! そ、そうです! ナギさんの格好、空を飛び回る鳥ポケモンみたいで素敵じゃないですか! よっ、世界一の鳥ポケモン使い!」

 

「…………ちょっと、一人にしておいてくれ」

 

「わ、悪かったです、俺が悪かったですから元気出してください! ほ、ほら、海の上にペリッパーの群れがいますよー!」

 

「…………どうせ私にそっくりだとか言うつもりなのだろう?」

 

 ブバァッ。

 

「う……うわぁあああああああああああああああああんっ!」

 

「ぷっ、くくっ……ま、待って! 今笑ったのは……くふぅっ……わ、ワザとじゃないんです! だから待ってくださいナギさんっ! ナギさぁーんっ!」

 

 零れる涙を腕で拭いながら島の森の奥へと駆けていくナギを、カナタは全速力で追いかけた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「あの二人、さっさとくっつけば良いのにね」

 

「まぁでも、すれ違ってるカナタとナギさんを見てると面白いから良いじゃん! あの初心な感じの恋愛模様、私は大好きだなぁっ!」

 

「君はそういう子だったね……」

 

「たはは。野次馬根性はホウエンでも五本の指に入ると自負しております!」

 

「あ、そ。……そういえば、ハルカもやけに仲の良い異性の友達がいたよね? ほらあの、トウカシティで君のお父さんからジグザグマを借りていた少し年下の男の子」

 

「…………ナンノコトデショウカ」

 

「分かり易っ! ほらあれだよ、えっと、名前は確か……ミツ――」

 

「そ、そんな事よりバトルしようぜ!」

 

「(ニヤニヤ)」

 

「ぐふぅっ! そ、そのニヤケ顔を今から私が絶望フェイスに早変わりさせてやんよっ! 覚悟しろやコラーッ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 笑いを必死に堪えながら追いかけてきていたカナタを全力で振り切ったナギは、ムロの森の奥深くまで来たところで足を止めた。

 前後左右に視線を向け、ナギは乱れていた呼吸を深呼吸を駆使して正常化させ――

 

「……やばい、迷った」

 

 ――冷や汗が頬を伝って地面に落下した。

 右も向けども左を向けども森・森・森。ポケモンを出して空に移動できないかと上を見てみれば、そこには無駄に成長したことで空への道が封鎖されてしまっている光景が広がっているだけ。――つまり、元来た道を戻らない限り、脱出は不可能という訳だ。

 とにかく今は落ち着こう。そう判断したナギは傍にあった岩に腰を下ろし、「はぁぁ」と顔を両手でビッチリと覆って溜め息を吐いた。

 

「汚れても良い服を好んで着るようにしていたが、まさかよりにもよってカナタに爆笑されてしまうとは……はぁぁぁ」

 

 別にカナタも笑おうとして笑ったわけではないのだが、傷心気味の乙女は思い込みが激しいもの。今の彼女に何を言っても無駄になるのは目に見えている。彼女に追い付き次第カナタがやるべきことは、全力の謝罪と全力の土下座、この二つだけである。

 ナギは顔に当てていた両手を拳に変換し、自分が座っている岩に向かって何度も何度も振り下ろす。

 

「カナタのバカ、カナタのバカ、カナタのバァアアアアアアアアアアカッ!」

 

 子供の癇癪のように叫びながら何度も何度も岩を叩くナギさん(21歳)。普段はクールな思春期ガールであるナギだが、今ばかりは幼い子供の様に見えてしまっている。それほどまでに自分の飛行服を笑われたのがショックだったという事だ。

 拳が痛くなってきたところで空気を吸い、右足の踵を思い切り岩の表面に叩き付ける。――その直後。

 

「わわっ、と……?」

 

 座っていた岩が突然持ち上がり、ナギの身体を振り落とした。

 何が起こったのかがいまいち分からないナギは着地と同時に立ち上がり、不思議そうに後ろを振り返る。

 

 お怒りモードのゴローニャ爆誕☆

 

「……………………うわーお」

 

 そして。

 ナギが顔を全力で引き攣らせて一歩後退した瞬間、

 

「グォオアアアアアアアアアアアアッ!」

 

「うわぁああああああああああごめんなさぁあああああああああああああいっ!」

 

 ナギVSゴローニャの鬼ごっこが幕を開けた。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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ハルカちゃんは思春期

 二話連続投稿です!

 さぁっ、嵐の前の静けさが終わった全力投球行きますよ!


 森の奥へと姿を消したナギを追いかけていたカナタは、一旦ユウキ達の元へと戻ってきていた。理由は簡単。なんか凄く迷子になるフラグがビンビンだったからだ。

 ジュプトルを従えたカナタはヌマクローを従えたユウキに言う。

 

「俺はジュプトルの森での性能を生かして森の奥地までを捜す。ユウキ、お前は森の手前側を捜索してくれ」

 

「分かった。なるべく迷子にならないように気を付けよう。もし何かあったら信煙弾を空に放ち、ナギさんを見つけ次第ポケナビに連絡を入れる事。……ここまでで何か質問は?」

 

「はいはーい! 私はどうすればいいのっ?」

 

 ぴょんぴょんと跳ねながら一生懸命手を上げるハルカ。彼女の傍ではワカシャモが彼女と同じようにぴょんぴょん跳ねまわっている。相変わらず似た者同士だな、とカナタとユウキは少しだけ表情を和らげた。

 自分も仕事が欲しい! と全力でアピールしてきているハルカの肩をカナタは優しく叩き、

 

「ノワキの実、って聞いて何が最初に思い浮かぶ?」

 

「イボイボが付いたバ〇ブ!」

 

「よし、役立たずはここで待機だ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 下ネタが原因でハルカに待機命令が出された頃。

 ナギは森の中にある湖の畔で満身創痍になっていた。

 体は汗でベタベタに、それが原因で飛行服が体にくっついてしまっていて凄く気持ちが悪い。急に走ったせいで肺の中が二酸化炭素だらけになってしまっている。――うぇっ、吐きそう……。

 飛行帽を脱ぎ、湖の水面に頭を突っ込む。熱を持っていた頭部が水によって冷却されていき、気持ち悪さが少しだけだが軽減した。

 ぷはっ、と湖から頭を抜き、ぶるぶると左右に勢いよく振る。

 

「ふはぁ。とりあえず、これで少し休めば体力は回復するだろう。……まぁ、身体の汗だけはなんとかしたいものだがな」

 

 そう言うや否や、ちらっと湖を横目で見るナギ。先ほど頭から浴びて分かったが、ここの水温は汗を流すのに怖ろしいほどに適している。――水浴び、したいなぁ。

 右を見る――人の姿はない。

 左を見る――人の姿はない。

 後ろを見る――ココドラが気持ちよさそうに眠っている。

 

「――――よし」

 

 周囲に人影がない事を確認したナギは岩陰に隠れていそいそと脱衣作業を始めた。靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、飛行服を脱ぎ、下着を脱ぐ。一糸纏わぬ姿のナギが爆誕した。

 周囲を警戒しながらゆっくりと爪先から湖に入っていく。ちょうど良い冷たさが肉体を刺激し、思わずぶるっと震えてしまう。

 下半身が水温に慣れたところでその場にしゃがみ込み、ゆっくりと肩まで身体を沈めた。……うむ。やっぱり心地よい水温だな。

 全力疾走のせいで火照っていた身体が冷えていくのを実感しながら、ナギは手桶で身体に水を何度もかけていく。

 

「――ハッ! これはエロ同人誌的に言う『女トレーナーが入浴中にポケモンに襲われて抵抗出来ぬままに【自主規制】されてしまう』というような状況と瓜二つなのでは!?」

 

 ツッコミ不在警報発令中。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 役立たずなハルカをムロの洞窟近くで待機させたカナタはジュプトルと共に森の中を駆け回っていた。途中途中で襲い掛かってくる野生ポケモンを倒しながらの移動なため、ジュプトルのレベルが否が応にも上がっていくというオマケ付きである。

 “はたく”でジグザグマをノックアウトさせ、養分をたっぷり含んだ土を蹴り上げながら先を急ぐ。

 

「ジュプトル! ナギさんの姿は見えたか?」

 

 カナタの問いに左右に首を振るジュプトル。もりトカゲポケモンと言われるだけあり、ジュプトルの森での能力は他のポケモンとは比べ物にならない程に高い。そのジュプトルが首を振っているのだから、これは本当にナギが見当たらないという事で間違いはない。

 チッ、とカナタは吐き捨てるように舌を打ち、

 

「地面の割れ目とかに落ちてなきゃいいんだが……ッ!」

 

 実は湖で水浴び中なのだが、そんな事など知る由もないカナタは全力でナギを捜しながら全速力で駆けていく。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「そういえば、『割れ目』って言葉、なんかそこはかとなくエッチだよね」

 

「しゃも?」

 

「あー、うん。全力で下ネタを言ってもツッコミが無いとなんか虚しいよね……」

 

「しゃも……」

 

「あーあ。早く三人とも戻ってこないかなぁ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 湖で汗を流し終えたナギは素早く服を身に纏い、再び森の中を歩きはじめた。野生ポケモンに襲われた時の為の対策なのか、彼女の傍にはヤシの葉のような翼と首元のバナナが特徴のポケモン――トロピウスの姿がある。

 ナギはトロピウスの身体に手を当てながら、慎重に足を進めていく。

 

「トロピウス。もし野生ポケモンが襲い掛かってきたら、なるべく傷つけないように一撃で撃破するんだ。相手に無駄な疲労を蓄積させないこと。これがジムリーダーとして私が罪なき野生ポケモンたちに行える唯一の戦術だからな」

 

 こくん、とトロピウスは長い首を少しだけ下げ、了解の意志をナギに示す。

 直後。

 野生のゴローンが真横から突然襲い掛かって来た。

 

「ッ!?」

 

 予想外の方向からの襲撃にナギは目を見開いて驚愕するが、すぐに意識を切り替えて現在の状況で最も妥当な戦法をトロピウスに冷静に伝える。

 

「ゴローンを翼で受け流してからの“マジカルリーフ”!」

 

「ッ!」

 

 ナギの指示に疑いを見せることなくトロピウスは言われた通りに巨大な翼を駆使してゴローンを右から左に受け流し、指示された瞬間に発動していた“マジカルリーフ”をゴローンの身体に一気に叩き込んだ。空中に放り出されていたゴローンは回避行動をとる事が出来ずに直撃。さらにタイプ相性が最悪の“マジカルリーフ”に耐えられず、重力に従う形で地面に勢いよく落下した。

 僅か五秒ほどでゴローンを撃破したナギは「ふぅ」と額の汗を手で拭う。

 

「カナタの旅に同行し始めてからバトルをしていなかったが、まだ腕は衰えていないみたいだな。あー、よかったよかった。バトルの腕が落ちた状態でカナタ達と戦いたくはないからなぁ」

 

 ナギがジムリーダーである以上、いつかはカナタ達三人と戦わなくてはならない日が来る。そしてそのバトルの日こそが――カナタとナギがお別れする日でもあるのだ。

 

「ヒワマキシティまでの旅、か……まぁ、このペースで行けば、ヒワマキシティまでちょうど二か月半ぐらいといったところだろうからなぁ。有給も終わるし、致し方ない事なのだが……」

 

 何でこんなに胸がモヤモヤするのだ? と首を傾げる。彼女の隣のトロピウスは『相変わらず鈍感なご主人様だなぁ』と半ば呆れ返ったような表情を浮かべていた。

 ナギは「うーむ」と呻き、飛行帽の上から頭をガシガシと掻く。

 

「ま、今はそんな事に頭を悩ませている場合ではないな。とにかく今はこの森から脱出しよう。話はそこからだ。――そうだろう、トロピウス?」

 

 肩を竦めながら同意を求めるナギにトロピウスが大きく頷き、首元のバナナが大きく揺れた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「そういえばさ、ワカシャモ。バナナとナナの実って色は違うけど見た目はそっくりだよね」

 

「しゃもっ」

 

「そこで私は思ったんだけど……この二つの木の実の皮を剥いてチョコレートをふんだんに塗りたくり、先端にヨーグルトとか練乳をかけてみたら凄くエッチな感じになると思うんだけどどうだろう!?」

 

「しゃも……」

 

「…………まさかワカシャモにまで冷たい視線を送られるとは思いもしなかったなぁ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 森の中を捜索すること約二十分。

 カナタはついにナギを見つけることに成功した。

 

「あぁっ! や、やっと見つけましたよナギさん! もうこれ以上は逃がしませんからね――ってトロピウス!? も、もしかしてそいつ、ナギさんの手持ちポケモンだったりします!? なるほど、鳥ポケモンだけじゃなくて飛行タイプ全般の使い手なのか……」

 

「……鳥ポケモンじゃなくて悪かったな」

 

 ぶすっ、と口を尖らせて皮肉を言うナギにカナタは顔を引き攣らせる。

 カナタはぐっと表情を引き締め、勢いよく頭を下げた。

 

「ごめんなさい、ナギさん! 今回は俺が十割方悪いです! その服、実は結構似合ってるし個人的にはオーケーだと思います!」

 

「……本当か?」

 

「ええもうそりゃ本気で本当で本心です! だからその、さっきの発言を許してくれればありがたいなぁって思ったり……」

 

 頭を下げた状態で慈悲を求めるカナタくん。女性を怒らせてしまった時は全力で謝罪する。これが許しを請う際の鉄則だ。無駄に強がったり相手の責任問題を口に出してしまったら最後、自分の人生が終わると思え。

 地面と睨めっこを続けながらだらだらと冷や汗を流すカナタ。頭を下げた状態をキープするのはなかなかに辛く、さらにナギの鋭い視線が後頭部に突き刺さっているために緊張感が半端ない。ヤバイ、プレッシャーが凄まじい……ッ!

 恥も外見も無く謝罪の姿勢をキープし続けるカナタにナギは「はぁ」と溜め息を吐き、

 

「歩いている途中に足が挫けて動けない」

 

「…………は?」

 

「だから、歩いている途中に足が挫けて動けない、と言っているのだ」

 

「いやその、それは分かったんですけど……何故にこのタイミングでそれを?」

 

「~~~ッ!」

 

 一向に分かってくれないカナタにナギは頭を乱暴に掻き、

 

「許してほしいのだろう? だ、だったら、私を森の外まで運んでくれ。それで今回の事は水に流してやる」

 

「……それだけでいいんですか?」

 

「なんだ。君は私をずっと怒らせていたいマゾヒストなのか?」

 

「いえ、俺はユウキと同族ではないんで違いますけど……」

 

 森の向こうから「さぁっ、ポケモンたち。もっと僕に攻撃を加えておくれ!」という叫びが聞こえてきたが、カナタは全力でスルーした。あの野郎、真面目にナギさん探してねえじゃんか……。

 ナギが言っているのはつまり、『歩けないから外まで運べ』という事だろうか? そんな事で許してもらえるなら願ったり叶ったりだが……本当にそれだけでいいのか? なんか、後からいろいろと請求されそうで怖いんですけど……。

 カナタは浮かび上がる疑問に首を傾げつつも、

 

「分かりました。そんな事でいいのなら、喜んでやらせてもらいます」

 

「お姫様抱っこで頼む」

 

「……分かりました」

 

 あの持ち方、結構辛いんだけどなぁ。

 幼い頃の経験でお姫様抱っこのマイナス面を知っているカナタはひくひくと顔を引き攣らせるが、今の彼には拒否権はないため、渋々ながらにナギの身体を御姫様抱っこで持ち上げた。……なんかトロピウスとジュプトルがニヤニヤしてるように見えるんだけど気のせいか?

 ふらふらと左右にふらつきながらも、ナギを抱えたカナタは森の外を目指して歩き始めた。

 

「む。そういえばこの体勢、君から私の揺れる胸が丸見えだな。――どうだ、興奮してきたか?」

 

「木の幹に投げ捨てんぞこの思春期女!」

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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ジムリーダーはカナタの天敵

 今回からジム戦に入るので、少しばかりシリアスになります。

 そう、誰が何と言おうとこれはシリアス回なんだ!


 そして翌日。

 カナタはムロタウンジムの扉の前に立っていた。

 彼の周りにはユウキとハルカ、そしてナギの姿がある。別に見に来なくていいと言ったのだが、「観戦するに決まってる」と即答で反論されてしまった。まぁ確かに、バトルを見る以外にやることもないしなぁ――とカナタはどこかずれた見解を示してみたり。

 カナタは隣に立っているジュプトルの頭を撫で、小さく微笑みを浮かべる。

 

「ここに勝てば二つ目のバッジゲットだ。俺とお前達の実力を思い知らせてやろうぜ」

 

 こくん、とジュプトルは頷き、ボールの中のドククラゲがガタガタと震えた。

 タイプ相性で勝つことは難しく、実力差も想像がつかない。ユウキは「ネタバレは面白くない」と言ってトウキの手持ちを教えてはくれなかったから、具体的な策を立てることも不可能だ。

 だけど、とカナタは拳を握り締める。

 こんなところで負けるようなトレーナーがチャンピオンになれるわけがない。チャンピオンとは最強のトレーナーの事なのだから、負けるなんてことは許されない。――そう、要は勝てばいいんだ。

 前髪を手で掻き上げ、表情を引き締める。

 

「そうだ、カナタ。僕から一つだけ君にアドバイスをしておくよ」

 

「???」

 

 ジムの自動ドアに近づこうとしたところでユウキから声を掛けられ、カナタはピタッと制止した。

 何を言われるんだろう、と不思議そうな顔をするカナタの肩にユウキは静かに手を置き、

 

「――貞操に気を付けて」

 

「え、ええぇっ!? 今の何!? どういう事!? ちょ、オイ待てってユウキ! そんな凄くイイ笑顔で勝手に観客席に移動すんな! ちょ、ナギさんとハルカまでどうしてそんな顔をしてんの!? え、ナギさん何? 『トウキはヤバい。マジヤバい』って――だからどうしてそんなアドバイスをするの!? ちょ、ちょっと待ってぇええええええええええええっ!」

 

 カナタのムロジム挑戦が――始まる!

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「やぁっ、君がカナタくんだね! オレはトウキ、見て通りのサーファーさ! 今日は良いバトルをしよう!」

 

「あ、はい。……よろしくお願いします」

 

 一抹の不安を拭えぬままにジムの中へと足を踏み入れたカナタを待っていたのは、半袖シャツに短パンという如何にも『海の男!』という服装の好青年だった。歓迎の言葉は普通で、声は元気いっぱいで清々しい。この青年のどこに気を付ける要素があるというのだろうか? やっぱりアレは脅しだったのか? いやでも、ナギさんまでもが引き攣った笑み浮かべてたしなぁ……。

 ガシッ、とアツい握手を交わしながらもトウキを警戒するカナタ。カナズミジムのツツジの件もある。ジムリーダーは変人、という想像が現実にならないとも限らない。……というか、ツツジは酷すぎた。アレは思春期って言うよりただのエロキャラだろ。

 握手の状態でニコニコと爽やかな笑顔を浮かべるトウキに、カナタは愛想笑いを返す。うーん。やっぱりこの人、ユウキ達が言う程おかしな人じゃないと思うんだけど……結局のところ、どうなんだろう?

 疑問と警戒を同時に発動させながら、カナタはちらっと観客席の方に視線を向ける。

 

(何であの三人、俺に向かって十字切ってんの!? そして黙祷とか意味分かんない!)

 

 ヤバイ。なんだか知らないが、凄くヤバい感じがする。あの変態トリオが諦める程にこのトウキという青年は変態なのか。……これは本格的に警戒した方が良いのかもしれない。

 カナタは愛想笑いを崩しながら、トウキの手から自分の手を離――

 

「君、可愛いね。ユウキ君から聞いたけど、性別は男らしいじゃないか」

 

「あ、はい。なんか母親の顔を諸に遺伝しちまったみたいで……」

 

「そうか。まぁ、それは君の母親に感謝しておかないといけないね」

 

「え? どうしてですか?」

 

 まぁ確かに、不細工な顔じゃないだけマシだけど……この顔って結構コンプレックスだったりするから、感謝とか言われてもあまりピンとこない訳なのだけど……。

 言っている意味が理解できない、と言った表情のカナタにトウキは本日最高の爽やかスマイルを向け、

 

「オレが可愛い男の子が大好きだからさっ!」

 

「うわぁっ、うわぁあああああああああああああああああああっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「あーあ。やっぱり言っちゃったね、トウキさん。カナタが脅えるからやめた方が良いって言ったのに」

 

「まさかあのビッグウェーブなジムリーダーが生粋の『ホモ』だなんてね……いやまぁ確かに、カナタは幼い頃から異性よりも同性にモテてたけどさぁ」

 

「カナタは昔から女顔だったのか?」

 

「ええ、まぁ。正直な話、私よりも何倍も可愛かったんです。絵本のお姫様を実写化したら昔のカナタになるんじゃないかなぁ? あ、私、五歳の時のカナタの写真持ってますけど、見ます?」

 

「是非!」

 

「ちょっと待ってくださいね……あ、っとと。これだこれだ。はい、どうぞ」

 

 カナタ(ショタ:ゴスロリver)

 

「我が人生に、一片の悔いなし……ッ!」

 

「うわぁああっ! カナタのあまりの可愛さにナギさんが鼻血を出して気絶した!」

 

「だ、誰か救護班を呼んでください! そしてできれば輸血も頼みます!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ムロタウンジムのジムリーダートウキはホモだった。

 しかも、可愛い男の子専門の同性愛者らしい。

 そんな事実をトウキ本人の口から言い渡されたカナタはジュプトルとドククラゲと肩を組む形で円陣を組み、

 

「全力で締まっていくぞォおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

「ジュプトォーッ!」

 

「くらぁっ!」

 

 腹の底から放たれたカナタの叫びにジュプトルとドククラゲも全力で呼応する。というかドククラゲさん、そんな声だったんですね。久しぶりに聞いたからちょっとびっくりしました。

 右にジュプトル左にドククラゲを従えたカナタは目尻に涙を浮かべ、ギロリとトウキを睨みつける。

 

「絶対に負けられない戦いがここにある!」

 

「別に何かを賭けた訳でもないのに凄い嫌われようだよね、オレ。――あ、やっぱり何か賭けるかい? そうだな、オレが勝ったら君と一晩過ごすってのはどうだい?」

 

「言っている事はナギさんとハルカよりも普通なのにその対象が俺というだけで全身の震えが止まらない!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 何故だか賭けが成立してしまったようです。

 予想もしなかった展開に全身に鳥肌を浮かべるカナタくん。顔は何処かしら青褪めていて、身体は小刻みに震えてしまっている。そんなカナタの身体をジュプトルとドククラゲが優しく摩ってくれた。ありがとう、二匹とも。俺の心を癒してくれるのはお前らだけだよ。

 負けたが最後、男としての貞操を奪われてしまうというこの最悪な状況。俺は一体何と戦っているんだろう、とカナタは心の底から疑問を浮かべ恐怖してしまう。――しかし、そんな事をしたところで状況は改善されない。

 

「それでは、挑戦者カナタとジムリーダー・トウキのポケモンバトルを開始します! 使用ポケモンは二体、道具の使用は不可。ポケモンの交代は挑戦者だけ認められます!」

 

「カナタ君! オレは君のために勝ってみせる!」

 

「俺の為を思ってんのなら負けてくださいお願いします!」

 

「あははっ、それは聞けない相談だ!」

 

 心底ムカつく爽やかスマイルでトウキはボールを構え、

 

「ビッグウェーブで押し切ろう、アサナン!」

 

「あさぁっ!」

 

 白い頭部と水色の身体が特徴ンポケモン――アサナンがフィールドに顕現し、座禅を組んだ状態で己のやる気をカナタとトウキに叫びとして伝えた。アサナンのタイプは格闘タイプとエスパータイプ。飛行タイプかゴーストタイプのポケモンがいれば短期決戦で打ち負かすことができるのだが、カナタの手持ちにそれらのタイプは存在しない。

 さて、そろそろ覚悟を決めよう。

 絶対に負けられない、と改めて心の中で固く誓い、カナタは真剣な表情で言い放つ。

 

「お前の力を見せてやれ、ジュプトル!」

 

「ジュプトッ!」

 

 カナタが選択したのは草タイプのジュプトル。タイプ相性としては普通だが、これといった決め技がある訳でもないポケモン。まぁ、持ち前の素早さを生かした戦闘スタイルを駆使すれば、もしかするとアサナンを圧倒できるかもしれない。

 両腕のブレードを構えるジュプトルと座禅を組むアサナンが真正面から睨み合う。その後方で、爽やかな笑みを浮かべたトウキと青ざめた顔のカナタが見つめ合――もとい睨み合っていた。

 これで、双方の準備は整った。

 一瞬の静寂の後、審判役の青年は両手に持った旗を真上に掲げ、

 

「それでは――バトルスタート!」

 

 カナタの二度目のジム挑戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 バトル開始の合図の直後、先に動いたのはアサナンだった。

 

「アサナン、“ビルドアップ”だ!」

 

「あぁぁぁさぁぁぁっ!」

 

 トウキの指示を受けたアサナンは空気を一気に吸い込むことで力を溜め込み、自らの防御力と攻撃力を底上げする。ただでさえ防御力が高い格闘タイプだというのに、更に防御を固められてしまった。これは誰が見ても分かるほどに厳しい戦いになるだろう。

 しかし、カナタは焦らない。

 

「ジュプトル、アサナンに向かって“すいとる”!」

 

「ッ!」

 

 遠距離攻撃が可能な“すいとる”でアサナンの体力を削る。威力は微々たるものだが、別にこの技で倒せなくても良いのだ。少しずつでも相手の体力を削り、最終的には勝利する。これがポケモンバトルの定石だ。

 “ビルドアップ”による能力上昇では減らせないダメージを受けたアサナンは苦悶の表情を浮かべるものの、その場でジャンプする事で自分がまだ全然戦えることをトウキに伝えた。

 トウキは親指を立てて笑顔を浮かべ、

 

「よしっ、その意気だアサナン! ジュプトル目掛けて“かわらわり”!」

 

「あさなぁんっ!」

 

 組んでいた足を解除し、ジュプトルに向かって一直線に突っ込んでいくアサナン。ジュプトルは特殊防御力はそこそこだが、物理防御力はそこまで高くないポケモンだ。アサナンは物理攻撃力が高いという訳ではないが、先ほどの“ビルドアップ”で攻撃力が上昇している。そんな状態のアサナンの“かわらわり”を正面からくらったら、流石のジュプトルもただでは済まないだろう。

 迫りくるアサナンをジュプトルは正面から見据える。――しかし、カナタはまだ動かない。

 何故か指示を出さないカナタにジムの中の人々が騒然とするが、そんな事などお構いなしといった様子でアサナンは右手を高く振り上げた。――その直後。

 

「今だ! ジュプトル、ジャンプで躱して“つばめがえし”!」

 

「ジュプトォーッ!」

 

「あさっ!?」

 

 アサナンの右手を跳躍する事で回避したジュプトルは空中で体勢を立て直し、右腕のブレードで渾身の“つばめがえし”を叩き込んだ。

 天敵である飛行タイプの攻撃を叩き込まれたアサナンが地面へと勢いよく叩きつけられ、地面に小さなクレーターができてしまう。落下の速度を攻撃力に付加させたジュプトルの効果抜群な一撃に耐えきれなかったアサナンは、クレーターの中央で目をぐるぐると回していた。

 一撃。

 いくら効果が抜群といっても、アサナンは“ビルドアップ”で防御力を上げていた。そんなアサナンを一撃で葬り去れるほどの攻撃力なんて、ジュプトルが持ち合わせているはずがないのだが……。

 

「昨日、色々とトラブルがあったんです」

 

「トラ、ブル……?」

 

 アサナンをボールに戻すトウキにカナタは得意気な表情を向ける。

 

「俺の仲間が森で迷いましてね。その人の捜索中に無駄に大勢の野生ポケモンに襲われたんですよ。捜索前に幼馴染と特訓していたから割となんとかなったんですが、それでも数の暴力に中々の苦戦を強いられまして」

 

「……ま、さか」

 

 なにかに気づいたトウキにカナタは「ええ」と邪悪な笑みを浮かべ、

 

「昨日だけで俺のジュプトルのレベルは格段に上昇している。それに加え、ジュプトルは格闘タイプに効果抜群な“つばめがえし”を武器としている。――これが何を意味しているのか、分からない訳じゃあないでしょう!?」

 

「ぐっ……」

 

「さぁっ、どこからでもかかってきてください、トウキさん! 俺は自分の身と貞操を護る為、全身全霊をかけてあなたを叩き潰します!」

 

 残るポケモンはあと一体。

 いろいろなストレスが溜まっていたカナタの黒化が始まった。

 

 

 

「というか、やっぱりナギさん、カナタに“つばめがえし”の技マシンあげたんですね」

 

「だって、カナタに負けてほしくなかったんだもん……」

 

「うっ! 可愛い、可愛過ぎるよナギさーん! もうっ、ぎゅってしちゃう!」

 

「はいはい。あんまりナギさんとイチャイチャしてるとカナタが嫉妬でブチ切れちゃうよー?」

 

 

 




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 次回もお楽しみに!


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ナギさん無双

 二話連続投稿でぇす!


 まぁ、五分と掛かりませんでしたよね。

 

「マクノシタ、戦闘不能! ジュプトルの勝ち! よって勝者、挑戦者カナタ!」

 

「よっしゃぁああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 フィールドのほぼ中央で目をぐるぐると回すマクノシタをトウキが悔しそうな顔で回収する中、カナタはジュプトルとドククラゲと抱き合っていた。いやまぁ、ドククラゲはぶっちゃけ何もしてないんだけど、そこはほら、大切な仲間だから喜びを分かち合う的な感じだよ。戦闘に参加してなくても一緒に喜ぶものなんだよ!

 ジュプトルの予想外の活躍で無事に貞操を護り抜く事が出来たカナタはトウキの元へと歩み寄り、

 

「ば、ばばばばばばバッジをく、くくくくくださいいいい」

 

「そんなに恐怖しなくても良いよね!? 約束通り、君と一晩過ごすのは止めるっていうのに!」

 

「うぅ。で、でも…………本当に大丈夫?」

 

「あぁっ、やっぱり可愛い! やっぱり今夜、オレの家に来な――「奥義! “つばめがえし”!」――ぶげらぁっ!」

 

 目はキラキラで頬は仄かに朱く染まり、トドメとばかりに鼻息を荒くしていたトウキの側頭部を観客席から全力ダッシュしてきたナギが勢いよく蹴り飛ばした。ベキィッ! と凄くヤバい感じの音がジムの中に鳴り響き、トウキがバトルフィールドの壁に凄まじい速度で激突する。――こうかはばつぐんだ!

 飛び蹴りの後にシュタッと華麗に着地を決めたナギはカナタをむぎゅぅっと抱きしめ、壁の染みと化したトウキに向かって叫び散らす。

 

「いい加減にせんか馬鹿者! 君のような変態にカナタをあげるわけにはいかない! というか、その身なりで男の娘専門のホモとか、もはや懲役ものだぞ!?」

 

「ぐ、ぐるじぃっ。いぎががががががが!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 窒息寸前でナギのおっぱいホールドから解放されたカナタはナギの後ろに隠れながらトウキの傍まで近寄った。子供のように背中に触れてくるカナタにナギは顔を紅蓮に染めていたが、カナタはそんな彼女の様子には気づかずにぐいぐいと背中を押していた。

 パラパラと破片を振りまきながらトウキは立ち上がり、いつの間にか傍にいたジムトレーナーが抱えていた箱の中からジムバッジと技マシンを取り出し、恐る恐るといった様子で差し出されているカナタの手に優しい手遣いで手渡した。

 

「イテテテ……こ、これがオレに勝利した証、ナックルバッジだ。そしてこっちは技マシン08、中身は“ビルドアップ”だね。オレの厚意だと思って受け取ってくれ」

 

「待て、待つのだカナタ。まずはバッジと技マシンを消毒するのだ。そして君の両手を殺菌消毒し、綺麗な水で洗浄し、二日間ほど天日干しする。そこまでしてようやっと、このクソ変態ホモ野郎のエキスが君の身体から離れてくれるはずなのだ!」

 

「落ち着いてナギさん! それは逆に俺の細胞が死滅しちまう危険性がある!」

 

「む。それもそうだな」

 

 カナタの叫びに冷静さを取り戻したナギは顎に手を当ててしばしの間熟考する。結局は二人ともトウキのフォローを入れてない訳なのだが……まぁ、トウキの性癖が原因なのでノーコメントとしておこう。

 カナタの体温を背中に感じている事で普段よりも頭の回転が速いナギは「む。これなら良いかもしれないな」と両手をポンと打ち、

 

「この変態ホモ野郎をサーファー大好きクラブに献上しよう」

 

「どうせパワーアップして戻って来るだけだから断固として却下です!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ホモの巣窟ムロタウンジムを後にしたカナタ達四人はムロタウンの桟橋へとやってきた。

 彼らがここに来た目的はただ一つ。例のエロジジイの船を使ってカイナシティに行くためだ。

 

「はぁぁ……酷い目に遭った……あの時ナギさんがトウキさんを蹴り飛ばしてくれなかったら、俺マジでヤバかったかもしれんね。本当、サンキューですナギさん」

 

「別に大したことはしていないさ。仲間を護るのは当然だし、君の貞操は私のものだからな」

 

「後者については今回だけはスルーツッコミで許してやります」

 

 助けてもらった恩もあるし、とそっぽを向いて小さくつぶやくカナタにハルカとユウキは苦笑する。相変わらずカナタはツンデレだなぁ。というか今、ナギが告白ギリギリなこと口走ってたけど、言った当人も言われた当人も全く気付いてないよね。……あー、なんかじれったい。

 早くくっつけ! というユウキとハルカの視線に気づかない鈍感ボーイことカナタは桟橋の上を歩いていく。

 と。

 そんなカナタ達の視線に、予想外――という訳でもないが、とにかく凄くストレスが溜まる光景が映り込んできた。

 その、光景とは――

 

『うひょひょひょ! 眼福眼福。107番水道を泳ぐ水着のおねえさんの揺れる乳とムチムチの太腿がまたなんとも言えないわい! ほれ、ピーコちゃんもそう思うじゃろう?』

 

『リキ、リキィ!』

 

『ひょっひょっひょ! 嫉妬なんて可愛いのう、ピーコちゃん! ――おぉっ!? い、今、水着のお姉さんの水着が波にさらわれたように見えなかったか!? うひょひょ! 双眼鏡で眼福じゃーっ!』

 

 ………………………………スチャ。

 

「カナタ、君に決めた!」

 

「いよっしゃストレス発散だぁあああああっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ハリセンで目も当てられない程にエロジジイを叩きのめした後、カナタ達四人はカイナシティの真下のカイナビーチまで無事に到着する事が出来た。カナタたちをカイナビーチまで送り届けたエロジジイは痣と傷だらけの顔で涙を流しながら「はい、マジですいません。だからそろそろ家に帰してください。はい、はい、反省してます」と決死の土下座によって遂に解放され、凄まじい速度で自宅へと戻って行った。去り際に『絶対におっぱいを揉みしだいてやるから覚悟しやがれ!』とかいう叫びが聞こえ、ナギが額にビキリと青筋を浮かべていたのがなんとも言えなく怖ろしかった。

 そんなこんなで無事にカイナビーチへと降り立った四人はというと。

 

「さぁやってきましたカイナビーチ! ビーチと言えば海、海と言えば海水浴! という訳で、今日は羽目を外して泳ぎまくっちゃおう! うっへっへ! エロいお姉さんたちがたくさんいるねぇ。これは事故に見せかけておっぱいを揉みしだいちゃわなきゃ失礼ってもんだよ……ヴェッヘッヘ」

 

「ハギ老人が憑依したみたいに最低な顔してるよ、ハルカ。――あ、僕、浮き輪借りてくるね」

 

「私も着いていきます、軍曹!」

 

「ハルカは単に海の家のお姉さんの胸を揉みたいだけだよね……? ――あ。カナタとナギさんは好きに泳いでていいですよ? それじゃっ」

 

 まぁ、海といえば水着回だよね――という状況になっていました。まる。

 青のワンピース水着を身に纏ったハルカと黒を基調として赤の炎の模様が入ったトランクスタイプの水着を身に纏ったユウキが海の家へと向かっていく中、パラソルの下で置いてけぼりをくらったカナタとナギは引き攣った笑みで大量の冷や汗を流していた。

 

((ふ、二人きりで遊べとか、究極の試練すぎる……ッ!))

 

 ただでさえ互いに気になっているという関係なのに、そこに水着姿で海で遊べという更なる試練が舞い降りるというこの状況。ハッキリと言おう。意識するなという方が無理である。

 黒を基調として緑の木々の模様が入ったトランクスタイプの水着を身に纏うカナタはちらっと横目でナギの姿を目視する。

 服の上からでも分かるほどに豊満な胸とむっちりとした尻が黒のビキニに覆われていて、きゅっとしたくびれがなんとも言えない大人の色気を醸し出している。腰の辺りまでの長髪は動きやすさ重視の為にポニーテールに纏められていて、普段は見ることのできない健康的な鎖骨が露わとなってしまっている。高身長なナギらしい、すらりと長い手足がギリギリのところまで露出されていて、トドメとばかりにギュギュっと押し付けられることで生まれた胸の谷間がどうしようもない程に色っぽい。

 結論。

 こんなエロい人と遊べとか無理ゲーすぎる。

 

「そ、そんなにジロジロ見られると、流石の私でも恥ずかしいのだが……」

 

「ふにゃあっ!? す、すすすすすいません!」

 

 顔を紅蓮に染めたカナタは身体を隠すように膝を抱えながら口を尖らせるナギから目を逸らす。正直なところ、膝で胸が押し潰されてるので今すぐにでも他の姿勢にシフトして欲しいんだけど、それはそれで目の毒になってしまうからぶっちゃけどうしようもないんです。……ありがとう、神様。ナギさんの水着姿が見られただけで俺は幸せです。

 目を逸らしながらもちらちらと横目でナギを見てしまうカナタ。もちろんその視線にナギは気づいていて、膝を抱えた状態で顔を真っ赤にしてしまっていた。

 

(う、うぅ。思い切って大胆な水着を選んだのは良かったが、まさかここまで恥ずかしい思いをするとは……い、いやまぁ、カナタを魅了することは出来ているから良いかもしれないのだが……そ、それでもこれは流石に恥ずかしすぎるというかなんというか……ッ!)

 

 どうにかしてこの状況を打破しなければならない。ユウキとハルカが気を遣って二人きりにしてくれたのだ。このチャンスを生かさないでどうする!

 

(武器は、何か武器はないのかっ!?)

 

 傍に置いてあった鞄の中をガサゴソと漁り、状況を一変させる事が出来るアイテムを捜索する。化粧用品――違う! ハイパーボール――違う! フェザーバッジ――違う! というか、それを今ここで取り出すといろいろとマズイ!

 何やってんだ? と訝し気な視線を向けてくるカナタに背中を向けた状態で、ナギは必死に捜索を続ける。――あった! これなら、このチャンスを生かす事が出来るに違いない!

 ナギは胸元で拳を握り、二回ほど深く深呼吸する。

 そして鞄から取り出した最強のアイテム――サンオイルをカナタに見せつけ、

 

「わ、私の背中にこのサンオイルを塗ってくれないか!?」

 

「単純だけど凄くハードルが高い行為を要求された!?」

 

 ナギの背中に触れるという史上最強の試練が、カナタの前に立ちはだかる!

 

 

 

「うへへへ。初のう初のう。やっぱりナギさんはカワええのう」

 

「君、本当に十八歳の女の子? 今の君をミツルくんが見たら凄く悲しむと思うんだけど」

 

「な、ななななななんでそこでみちゅっ、ミツル君の名前が出てくるのかなぁっ!? い、いいいいい意味が分からないなぁ!」

 

「君って本当に嘘が苦手だよね。ま、だからこそ弄り甲斐があるんだけど」

 

「マゾヒストが女の子を虐めるなんておかしいよね! ええい、くらえ! ハルカちゃんパーンチ!」

 

「ぐっふぁっ! も、もっと強く、もっと激しく殴って下さぁああああああい!」

 

 

 




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 次回もお楽しみに!


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夏だ! 海だ! 思春期だ!

 三話連続投稿です!

 頑張ればもう一話、もう一話だけ投稿できるかも……ッ!


 カナタは窮地に立たされていた。

 ユウキとハルカが浮き輪を取りに行ったことでナギと二人きりになってしまった訳だが、そこに彼女の背中にサンオイルを塗るというまさかの試練が爆誕してしまったのだ。個人的には嬉しいこと限りなしだが、それでもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。いや、ナギさんが普段から言っている下ネタの方がかなり恥ずかしいんだけど、それとこれとはベクトルが違いすぎる。

 水着のホックを外した状態でシートの上に寝転がっているナギを赤い顔で見つめながら、カナタは右手にサンオイルを注いでいく。

 

「さ、さぁっ、私にえっちぃ事をするなら今がチャンスだぞ!」

 

「アンタ照れてんのかいつも通りなのかどっちなんだよ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「んっ……くっ……」

 

 ヌリヌリヌリ。

 

「あふぅ……っくぅっ!」

 

 ヌリヌリヌリ。

 

「はぁ……はぁ……んんぅっ!」

 

「オイお前ワザとだろワザとなんだろそうだと言えよ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんなこんなで無事に試練を乗り越えたカナタは極度の脱力感に襲われていた。なんかもう、地面に押し潰されてるナギさんの巨乳とか凄くスベスベなナギさんの肌とかが目の毒過ぎてスッゲー疲れた。いやまぁ、幸せじゃなかったと言えば嘘になるけど、それでもやっぱり辛い時間でした。まる。

 浮き輪を駆使して全力で海水浴を楽しんでいる幼馴染み二人をぼーっと眺めていたカナタは、自分の傍で自分と同じようにユウキ達を眺めているナギに不思議そうに問いかける。

 

「ナギさんは泳いでこないんですか?」

 

「君にそっくりそのままその質問を返させてもらおう」

 

「いや、まぁ、確かにそうですよね……」

 

 俺が泳いでないのは単純に平常心を取り戻そうと必死だったからなんだけど……流石にそれをナギさんに言うのは恥ずかしすぎるし……はぁぁ、やっぱりいつも通りに過ごした方が良いのかもな。

 海に行きたくてうずうずしている様子のナギに苦笑を浮かべながら、カナタはナギの手を掴む形で立ち上がる。

 

「そんじゃま、俺たちも行きますか」

 

「う、うむ、そうだな! 私たちも早くイかなくてはな! はい、気分は絶頂絶頂!」

 

「最低な言葉口走ってんじゃねえぞ思春期エロ巨乳!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ナギの浮き輪に掴まる形でユウキとハルカの元まで泳いで移動したカナタ。基本的に運動神経が良いカナタはナギを押す形でバタ足だけでの泳ぎだった。ナギも泳げないことはないのだが、「浮き輪があった方が楽しいですよ?」というカナタの意見に屈してしまい、凄く乙女っぽい役回りに甘んじた――という訳だ。

 ようやっと海に入ってきてくれたカナタとナギにハルカはニコニコ笑顔を向ける。

 

「おぉっ! ナギさんのおっぱい、カナタの動きに合わせてすっごく揺れてる! カナタの! 激しい動きに! 合わせる形で! ナギさんの! おっぱいが! 激しく! 動いてる!」

 

「ふふん。どうだ、見たかハルカ! これが正しいおっぱいの在り方だ!」

 

「お前ら全国各地の貧乳に土下座しろ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 激しい運動をするとお腹が減ってしまうのは人間の性というもの。

 というわけで、カナタ達四人は海の家で昼食を摂る事にした。

 海の家の中は海水浴客で賑わっていて、広い所ではポケモンバトルが行われている。カナタ達も一応はポケモンたちを外に出してあげようと思ったのだが、カナタのドククラゲだけは許可されなかったため、「一体だけ出してもらえないのは可哀想」というハルカの言葉を尊重し、結局は全員のポケモンをボールの中でお留守番させることになったのだ。……今日はドククラゲの大好物の食用コイキングをたくさん買ってあげよう。

 カナタは一つのメニュー表をナギと共同で見ながら、自分の昼食を選んでいく。

 

「うーん……カレーライスもいいけど、ラーメンも捨てがたいなぁ……」

 

「それでは、私がカレーを頼んで君がラーメンを頼むというのはどうだ? 私のと君のとで食べ比べをすれば、二つの味を楽しめると思うのだが」

 

「あ、それいいですね。それじゃあそうしましょう」

 

 昼食を選ぶという簡単な行為の中で無自覚にイチャイチャしてしまうカナタとナギ。巨乳で美人なナギと恋人同士のようなやり取りをしているカナタに海の家にいる男性一同から嫉妬の視線が送られるが、現在進行形で幸せの絶頂にいるカナタは彼らの視線に全く気付かない。唯一ユウキだけがその視線に気づいていて、メニュー表を見ながらも静かに苦笑を浮かべていた。

 カナタとナギの注文が決まり、ユウキも数秒遅れて焼きそばを決定した。

 一番注文が遅れているハルカはメニュー表を凝視しながら「ぐぬぬ」と呻き声を上げ、

 

「チョコバナナもミートボールもヨーグルトも肉まんもサザエもないなんて、私は一体何を食べればイイというのか!」

 

「生ゴミでも食ってればいいんじゃねえの?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 注文した料理が運ばれてきました。

 ナギの前にカレーライス、カナタの前にラーメン。ユウキの前に焼きそばでハルカの前にたこ焼きが置かれたところで、四人は昼食の時間を開始した。

 ナギはカレーをスプーンで掬い、カナタの口元へと運ぶ。

 

「ほらカナタ、あーん」

 

「……ナギさん?」

 

「??? どうした? 食べないのか?」

 

「いや、食べますけど……」

 

 不思議そうに首をかしげるナギにカナタは僅かばかりの頭痛を覚える。この人、自分がどれだけ恥ずかしい事をしてるのか、自覚症状がねえんだろうか……。

 まぁ、ここで何かを言ったところで状況は悪化するだけだろうし、ここは俺が恥ずかしさを我慢してこの場を乗り切る事にしよう。

 僅か二秒ほどで覚悟を決めたカナタは頬を仄かに朱く染めながらも口を大きく開ける。

 

「あ、あーん」

 

「うむ。はい、あーん」

 

 ぱく。

 もっきゅもっきゅもっきゅ。

 

「どうだ、美味しいか?」

 

「…………最高に美味しいっす」

 

 そこで満面の笑みとか、反則過ぎですよナギさん。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 昼食を終え、カナタ達四人は再び海水浴を開始した。

 ――というのに、何故か砂浜で砂遊びを始めてしまったハルカは「ふぅ」と額の汗を手の甲で拭い、

 

「見て見てカナタ! 砂でイボイボバ〇ブ作ってみた!」

 

「ふんっ!」

 

「ぎゃぁああああああっ!? 私の自信作がぁああああああああっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ハルカの芸術作品がカナタに蹴り飛ばされている頃、ナギとユウキは海にぷかぷかと浮いていた。

 ナギは浮き輪の上に胸を乗せた状態で浮いたまま、自分と同じ状態で海に浮いているユウキに話しかける。

 

「最近のカナタ、ツッコミに容赦とか手加減というものが無くなってきたような気がするのだが……私の気のせいだと思うか?」

 

「いえ。僕から見てもそう思うので間違いないと思います。特にハルカへのツッコミがランクアップしまくってますね。だからほら、今もハルカの作品を容赦なく蹴り飛ばしてますし」

 

「あぁ、本当だな。ハルカが心の底からショックを受けた顔をしている」

 

「まぁ、ハルカは昔からカナタに厳しいツッコミを入れられまくってましたけどね。見ての通り、ハルカは下ネタ大好きな思春期なので、カナタのツッコミの格好の的だったんです」

 

「ということは、私ももっと下ネタの頻度を増やせばカナタに激しくツッコんでもらえるのか!? おぉぅっ、これは今日からでもギアを二段階ほど上げる必要があるな!」

 

「厳しく激しいツッコミ……? そ、それってまさか、僕も下ネタを言うようになればカナタに激しくハリセンで叩いてもらえるって事!? あぁっ、痣が出来るぐらいに激しく叩いてもらえる光景を想像しただけで気持ち良く……」

 

「「興奮してきたぁああああああああああっ!」」

 

『距離があるからって好き勝手言ってんじゃねえぞ変態コンビ!』

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 海でハシャイデ騒いでボケてツッコんでを何度も何度もくり広げ、ついに日も暮れはじめた頃。

 水着から普段着に着替えたカナタ達四人はカイナシティに向かって歩いていた。カイナビーチにはほとんど人の影は無く、係員やらライフセイバーやらがゴミ拾い作業に勤しんでいる姿だけが確認できる。

 遊び疲れて眠ってしまっているハルカを背負ったユウキは苦笑を浮かべながら、カナタとナギに言う。

 

「今日は楽しかったね。久しぶりに全力で遊んじゃった気がするよ」

 

「旅の中にも息抜きというのは大事なものだ。特に君たちのようにポケモンリーグを目指している者の旅には、定期的に休むことが何よりも必要になって来るだろう。私はアドバイス程度しかできないが、あまり根を詰め過ぎないようにするのだぞ?」

 

「分かってます。ねぇ、カナタ。……カナタ?」

 

 カナタからの返事がない事に疑問を覚えたユウキは自分とナギの間にいるカナタの顔を下から覗き込んだ。

 カナタの顔は上下にカクンカクンと揺れていて、目はほとんど閉じられてしまっている。――あぁ、なんだ。カナタも遊び疲れてるのか。まぁ、あれだけツッコミを入れたりはしゃぎまわってれば、必然的に体力は失われちゃうよね。

 さて、今にもぶっ倒れそうなカナタをどうしよう。ハルカを背負っている状態ではカナタを持ち運ぶことは不可能だし……。

 そんな事を考えるユウキの傍ら、ナギは「よっ……と」と軽い調子でカナタをおんぶで持ち上げた。

 

「ナギさんって意外と力持ちなんですね。カナタは確かに小柄だけど、そんな簡単に持ち上げられるとは思わなかったなぁ」

 

「まぁ、私はカナタよりも身長が高いし、昔から力には自信があるからな。飛行機の操縦や鳥ポケモンとの修行で鍛え上げたこの身体はそんじゃそこらの女性とは比べ物にならないぞ?」

 

「あはは、それは凄いですね。流石はヒワマキシティジムのジムリーダーさんだ」

 

「――――、え?」

 

 予想もしない発言に、ナギの思考に一瞬だけ空白が生じた。

 目を見開いて絶句しているナギにユウキは微笑みを向け、

 

「情報収集はトレーナーとしての義務。ですから、僕はジムリーダーの事は予め調べ尽くしているんです。まぁ、ハルカとカナタはそういう事が苦手だからジムリーダーの顔も名前も知らないみたいだけど……というか、この二人がそういうキャラだからこそ、僕が地味な役割を担っているんですけどね」

 

「……ということは、カナタはまだ私の正体については知らない、と?」

 

「僕が教えてないから知らないままだと思いますよ? こんな所でネタバレなんてつまらないですからね。大丈夫、そんなに警戒しなくてもいいですよナギさん。僕はカナタの味方であると共にあなたの味方でもあります。仲間の秘密を守るのは仲間としての義務です。僕らがヒワマキシティジムに挑戦するまではこの秘密を守り続けてあげますよ」

 

「……どうして、そんな事をしてくれるのだ?」

 

「うーん、そうですねぇ」

 

 ユウキはニッコリと子供のような笑みを浮かべる。

 

「ナギさんとカナタのやり取りを見るのが好きだから、ですかね」

 

「…………は?」

 

「ナギさんが一生懸命になってカナタにアプローチをしているのを見るのが好きなんです。人の恋路ほど面白いものはない、ってよく言うじゃないですか。もちろん、ハルカとミツル君の恋路を見守るのも大好きです。――つまり僕は、面白い事の為ならどんな秘密でも護り抜けるって事ですよ」

 

「……君は、意外と腹黒い性格をしているのだな」

 

「鋭いカナタに対抗し続けた結果の産物です」

 

 まぁ、別にそんな事はいいじゃないですか。ユウキは裏が読めない張りぼての様な笑みを浮かべ、いつも通りの弱気な少年のような声色で言い放つ。

 

「今は楽しく仲良くしましょうよ、ナギさん。僕は今のこのパーティが大好きなんですから。ナギさんだって、カナタと離れるのは嫌でしょう?」

 

「はぁぁ……ったく、これは一本取られたな。君の策士っぷりに脱帽だよ」

 

「褒め言葉として受け取っておきますね」

 

 肩を竦めるナギにユウキが「くくくっ」と笑った直後、彼らはカイナシティのポケモンセンターに到着した。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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絡繰り屋敷はラッキースケベの宝庫です

 カイナシティのポケモンセンターで一泊し、海の科学博物館でアクア団と名乗る悪の組織とのいざこざを終えた後、カナタ達四人は110番道路にある怪しげな建物の前にやってきていた。

 『絡繰り屋敷』と書かれた看板が掲げられている建物を見上げながら、カナタは呆れの表情で言い放つ。

 

「……ここまで怪しさ満点な建物を今まで見た事ねえんだけど」

 

「確かに。流石にここまで怪しいと逆にスルーしたくなっちゃうよね」

 

 外見は普通の武家屋敷の様なのに、屋根や壁のあちらこちらに歯車や謎のレバーという中途半端に現代的な技術が取り入れられている。「怪しいですよ」と自分から全力でアピールしているような屋敷に、カナタとユウキは苦笑交じりに冷や汗を流す。

 そんな中。

 いつの間にか屋敷に接近していたナギとハルカは壁を突き破る形で設置されたレバーをきゃいきゃいと触りながら、

 

「ナギさんナギさん! このレバー、処女膜突き破った【自主規制】みたいですね!」

 

「うむ。サイズといい長さといい、絶妙な黄金比だな」

 

「テメェらのその絶妙なやり取りに俺は落胆を隠しきれねえよ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんな訳で、カナタ達四人は好奇心に負ける形で絡繰り屋敷へ足を踏み入れることにした。入室のギリギリまでナギとハルカはレバーで盛り上がっていたが、カナタのハリセンで頭を叩かれ、渋々といった様子で屋敷の中に蹴り入れられてしまったのだ。

 巨大なタンコブを頭に乗せてしくしくと泣いているナギとハルカをユウキが慰める中、カナタは自分たちが足を踏み入れた謎の和室を注意深く観察する。

 

「なんか、スゲー違和感のある部屋だな。特にあの掛軸の違和感が凄い」

 

「しくしく……ま、まぁ確かに、あの掛軸は何かを隠すかのように設置されているな。――そしてそこの机の下に誰かが隠れているという事を私は既に看破している! さぁっ、隠れていないで大人しく姿を現せ!」

 

『くっ! ワシの隠れ場所をものの数秒で看破するとは、これは面白いお客が来たようぞな!』

 

 そんな凄く露骨な叫びの直後、カナタの傍にあった机の下からもぞもぞと中年の男性が姿を現した。額に巻かれた鉢巻きに『我こそが絡繰り大王ぞな!』と大きく書かれているところがなんとも怪しさ満点である。

 あぁ、絶対にこの人も変人だな。今までの経験のせいで無駄に鋭くなってしまったカナタが疲れたように溜め息を吐く中、怪しい男はカナタ達の前まで移動して自己紹介を開始した。

 

「ワシこそが、この絡繰り屋敷の主、絡繰り大王なのであーる!」

 

「帰るぞ、みんな。このおっさんからは地雷の香りしかしない」

 

「ま、ままま待つのぞな、待ってくれなのぞなーっ!」

 

 迷う事無く踵を返すカナタに絡繰り大王は勢いよく縋りつき、

 

「ご、豪華な景品も用意してるのぞな! だから、だから頼むから我が絡繰り屋敷に挑戦してくれなのぞなーっ!」

 

「ええい、うるさい怪しい縋りつくな! 俺たちは先を急いでるんだ! こんな如何にもなトラップハウスで時間を潰してる暇なんてねえんだよ!」

 

「落とし穴に落ちる際にそこの巨乳の美人さんともみくちゃになれるぞな! 狭い道を通る際にそこの巨乳の美人さんの巨乳が押し潰される光景をマジかで見る事が出来るぞな!」

 

 ……ナギさんともみくちゃ? ナギさんの巨乳が押し潰される光景?

 さぁ、イマジン、想像してみよう。イメージトレーニングのお時間です。

 落とし穴の底に落下した際にナギが下敷きになってしまい、その上に馬乗りになってしまったカナタが彼女の胸を過失で鷲掴みにして揉みしだいている――そんな光景。

 カナタが横歩きで普通に通れる狭い道を、ナギが巨乳を歪めて「ん……くぅっ」と喘ぎながら通り抜けようと奮闘している――そんな光景を。

 …………せぇーっの。

 

「行きましょうナギさん! 時には息抜きも大事です! 俺たちの冒険はこれからだっ!」

 

「私にツッコミを求めるなんて君らしくないぞ!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんな訳で、絡繰り屋敷に挑戦する事になりました。

 絡繰り大王の口車に乗せられたカナタは仲間たちとの話し合いの末にナギと二人でチームを組むことになり、ユウキとハルカに見送られる形で絡繰り屋敷のトラップエリアへと踏み込んだ。

 畳と白い壁で構成された道を進みながら、カナタは頭を抱えて溜め息を吐く。

 

「はぁぁ……まさかあんなワザとらしい口車に乗せられるだなんて……」

 

「まぁ、君も私と同じ思春期だった、という訳だな。――ようこそ、思春期の世界へ」

 

「認めない! 俺はそんなの認めない!」

 

 ウェルカム☆ と親指を立てるナギにカナタは全力で抗議する。

 確かに絡繰り大王の言った『ナギともみくちゃ』『ナギの巨乳が押し潰されるのを間近で目撃』というなんとも魅力的なワードに釣られてしまったのは事実だ。それは認めよう。俺だって年頃の男なんだから、えっちぃ事に釣られてしまうのも無理はないんだ。うん。

 しかし。

 だからといって、俺がナギさんやハルカと同じ思春期だと言われるのだけは見逃せない! 俺は普通の人格者であり、常時下ネタを発したり下ネタで喜ぶような思春期では断じてない! そう、俺は潔白、世界で一番の常識人なんだ!

 うがー! と頭を抱えるカナタにナギは静かに苦笑を浮かべる。

 と。

 ナギが突然足を止め、左側の壁をジーッと凝視し始めた。

 

「どうしたんですか、ナギさん?」

 

「い、いや、少しこれが気になってな……」

 

「これ?」

 

 なにかトラップを解除するための仕掛けでも見つけたんだろうか。それとも何か下品な絵でも描いてあったか?

 露骨にうずうずとしているナギの後ろから顔を覗かせ、カナタはナギの視線の先にあるものを直視する。

 

 赤いスイッチ(『押せ!』と書かれた傍に『落とし穴が発動します』と書かれている)

 

「(うずうずうずうずうずうずうずうず)」

 

 あ、この人マジでヤバい状態だ。

 

「言っときますけど、絶対に押しちゃダメですからね?」

 

「わ、分かっている! だ、誰がこんな子供だましに引っかかるか! だ、大体、『押すな!』ではなく『押せ!』と書かれたスイッチを押すようなバカがこの世にいるわけがないだろう!」

 

「いや、そんな事言いながら全身震えてんじゃないですか。というか、ナギさんって『押すな!』と書かれたスイッチを見たら押したくなるし、『押せ!』と書かれたスイッチを見たら全力で押しに行くタイプでしょう?」

 

「わ、私はそんなに単純な女ではない! こ、こんな露骨な罠に引っかかるほど、私は単純では……」

 

 ポチッ←ナギがボタンを押す音。

 カパッ←ナギとカナタの足場が一瞬で消える音。

 

「オイコラナギさんテメェ」

 

「………………きゃは☆」

 

「結局その露骨な罠に我先にと引っかかってんじゃねえかよぉおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

「ご、ごめんなさぁああああああああああああああい!」

 

 好奇心旺盛な二人の思春期は、露骨な奈落の底へと一直線に落ちていく。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「今、ナギさんとカナタの悲鳴が聞こえなかった?」

 

「ふぁぐ? ふぁふぁへほふぇふぇふぇ!」

 

「せめて口の中の饅頭が無くなってから喋りなよ」

 

 もっきゅもっきゅ――ごくんっ。

 

「多分、落とし穴に落ちて着地と同時にカナタとナギさんが性的にドッキングしちゃったんだと思うんだ!」

 

「はい、ハルカ。もっと饅頭を食べて口を閉じていようねー」

 

「そういえばさ、ユウキ。お饅頭っておま【自主規制が少し遅れました】を彷彿とさせる言葉に聞こえないかな? かな?」

 

「……少しだけ普段のカナタの気持ちが分かった気がするよ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「ん、ぅ……」

 

 ナギの好奇心の結果として落とし穴に落下したカナタは、ブラックアウトしていた意識をようやっと浮上させることに成功した。まさか落下の衝撃で気絶するなんて……どんだけ深かったんだよこの落とし穴。

 光から闇へと一瞬で移動したことで目に僅かな痛みが走るが、カナタは何度も瞬きする事でこれを緩和。徐々に闇に目が慣れてきたところで、カナタは思わず悲鳴を上げそうになった。

 

「(な、ななな何で俺がナギさんの胸の上に手ェ置いてんのぉおおおおおおおっ!?)」

 

 もにゅっ、という柔らかな感触が右手から脳まで走り、カナタはズザザザーッ! と凄まじい速度でナギの身体から距離を取った。ナギは未だに意識を失っているようで、カナタが過失で胸を揉んでしまった事には全く気付いていないようだ。

 未だにナギの巨乳の感触が残っている右手を何度も結んで開いてしながら、カナタはボンッ! と顔を紅蓮に染める。

 

「や、柔らかかったなぁ……なんかこう、マシュマロの様でそうでない様な……――って、俺は何言ってんだぁああああああああああッ!」

 

 ぎゃぁあああーっ! と頭を抱えて悶えるカナタくん十八歳。いつもはナギやハルカの下ネタに対してツッコミを入れているカナタだが、やっぱり性欲は人並みにはあるようだ。

 ガンガンガン! と落とし穴の壁に頭を何度も何度も叩き付ける。爆ぜろシナプス消えよ煩悩!

 そして。

 カナタの“ずつき”の騒音で眠りを邪魔されたナギは「ん、くふぅ……」と妙に色っぽい呻き声を上げ、ゆっくりと美しい双眸を開いた。

 

「あふぅ……おはよう、カナタ……すぴー」

 

「オイコラこんな状況で寝てんじゃねえまた間違いが起きたらどうすんだぁっ!」

 

 割とマジで回避したい未来の為にカナタはナギの両肩をがっくんがっくんと大きく揺さぶる。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「『エロ女教師ツツジの思春期あるある』のお時間ですわ!」

 

「…………あのぅ、ツツジさん?」

 

「はい、どうかしましたか、アスナ?」

 

「いや、その、どうしてアタシのジムでそんな摩訶不思議なコーナーを始めようとしてるんですか? アタシ、これからコータス達と温泉に行こうと思ってたんですけど……」

 

「そんなの簡単ですわ。男性が処女膜を突き破るぐらいに簡単ですわ!」

 

「っ!? は、はれんちです! あ、あーあーアタシは聞こえなーい!」

 

「ウフフッ。まぁ、そう邪険にしなくても良いではありませんの、アスナ。今回は出番の少ないわたくしたちジムリーダーのための救済コーナーなのですのよ?」

 

「いや、そうかもしれませんけど……ぶっちゃけアタシはまだ登場できないし、ツツジさんに関しては超初期からの登場キャラじゃないですか。正直、一番不遇なのはトウキさんだと思うんですけど」

 

「あんな新人類は捨て置いておけばよいのですわ! わたくしが言いたいのは、何故にナギがあそこまで優遇されているのか、という事なのです!」

 

「へ? ナギさん、何か優遇されてるような事でもあったんですか?」

 

「くっ……この天然ピュア巨乳少女がァ……ッ! 爆ぜなさい!」

 

「なんでアタシ罵倒されたの!?」

 

「ふんっ。まぁ、いいですわ」

 

「アタシは良くないよ。全然良くないよ」

 

「それでは、『エロ教師ツツジの思春期あるある』の第一回目を開始いたします!」

 

「わー。ぱちぱちぱちー」

 

「思春期あるある、そのいち! コンビニで十八禁コーナーを見かけると、一番近くのジュース棚を漁る振りをしてちらっと横目で見てしまう! そして店員の視線が他に向いた瞬間、少しだけ距離を詰めて表紙を確認してしまう!」

 

「リアル! 思いの外すごくリアルなあるあるを出してきた!」

 

「思春期というのは常にリアルなエロスを求めるものなのですわ」

 

「よく分からないけどとりあえずツツジさんは全国の思春期に謝った方が良いと思う!」

 

「知りませんわよそんな事。――それでは、またの機会にお会いしましょう! あなたのハートもエロティック☆」

 

「えろてぃっく!? え、なに言ってるんですかツツジさ――ってアタシよりも早く温泉に行かないでくださいよ卑怯ですよツツジさぁぁああああん!」

 

 

 




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 次回もお楽しみに!


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三体目のポケモンは○○

 みんなが早く三体目のポケモンを出せって言うから……


 まずは脱出を始めよう。

 ナギの過失(?)で落とし穴に落下してしまったカナタとナギは、絡繰り屋敷攻略の先駆けとして、とりあえずはこのふざけた罠からの脱出を図る事にした。

 ナギはハリセンで叩かれた頭を擦り、目尻に浮かんだ涙を拭いながらカナタに提案する。

 

「私と君が肩車をして脱出するというのはどうだろう?」

 

「それだったら最後に残された一人が脱出できません。というか、この深さは俺とナギさんが肩車しても普通に届きませんよ」

 

 ちら、と真上に視線を向ける。カナタ達が落ちてきたであろう穴はかなり上の方にしか黙視できない。少なくても十メートル以上はあるだろう。……どんだけ落とし穴に熱意込めてんだあのおっさん。

 ナギの鳥ポケモンに乗って脱出する、という策も考えたのだが、この狭さでは流石の鳥ポケモンも羽ばたく事が出来ないため、カナタは口に出す前に自らその案を棄却していた。もっとこう、確実性のある脱出法を考えねえと……。

 

「穴抜けの紐とか使えたらいいんですけど……ここってダンジョンじゃねえから穴抜けの紐の対象外なんですよね」

 

「穴抜けの紐に限らずとも、とにかく長い紐状のものが在れば良いのではないか? そうだな、今の私たちが持っているものの中で最も的確な存在は……」

 

 ポンッ! とナギは胸を揺らしながら両手を打ち、

 

「ドククラゲでこの穴を登ろう! 私も気持ちよくなれるし脱出もできるしで一石二鳥ではないか!」

 

「前者は捨てろさもなきゃハリセンだこの野郎」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんな訳で、ドククラゲさんにご登場いただきました。

 

「ドククラゲ、いけるか?」

 

「くらぁっ」

 

 心配そうな表情で問いかけるカナタにドククラゲは触手を駆使してサムズアップを返した。やだこのドククラゲ、超イケメン……ッ!

 穴の一番上に向かってにょろにょろと触手を伸ばしていくドククラゲ。流石に一度には届かなかったが、触手を全て利用して壁に掴まる事でドククラゲによる梯子が何とか完成した。これで一応の脱出口は開けたということだ。

 カナタがドククラゲに掴まり、その後からナギが続く。

 カナタはドククラゲのぷにぷにとした触手をむんずと掴んで攀じ登――

 

「ドククラゲ、私をイカせられるか?」

 

「その減らず口ごと蹴り落とすぞ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ドククラゲの活躍で元の部屋へと帰還したカナタとナギ。脱出に成功した直後にカナタのハリセンが炸裂してしまったため、ナギの頭には大きなたんこぶが御降臨なさっている。素材は鉄なんじゃないか? とハリセンに対する疑いが生まれてくる今日この頃だ。

 涙目で頭を擦りながら、ナギは周囲を見渡し、

 

「あぅぅ……出口は未だに見当たらないな」

 

「あのおっさんの言う通り、無駄に絡繰りが多いみたいですからね。脱出はそう簡単って訳じゃないんでしょうよ」

 

「君は私を簡単にハリセンで叩くけどな」

 

「テメェが簡単に下ネタ言うからだボケ」

 

 ギロリ、というカナタのガチ睨みにナギは顔をヒクヒク引き攣らせて敗北した。ダメだ、今の睨みには逆らえん。

 ドククラゲをボールに戻したカナタを見てナギは「む?」ととある違和感を指摘した。

 

「そういえば、最近ジュプトルが外に出てこないな。何かあったのか?」

 

「あー……いや、別にそんな事はないんですけど……」

 

 とてつもなく気まずそうにカナタは頬をポリポリと掻き、

 

「ナギさんを怖がってしまって、外に出てこようとしないんですよね……」

 

「私のどこに怖がる要素が!?」

 

 がーん! と青ざめた顔で露骨にショックを受けるナギさん。私はジュプトルが大好きなのに! 何故に私がジュプトルに嫌われているというのだ!?

 うがー! と突如として襲ってきた混乱と絶望に頭を抱えるナギを宥めながら、カナタは凄く申し訳なさそうな表情で彼女から目を逸らし、

 

「なんか、俺がナギさんの胸に挟まれてるのを見て、ナギさんにどうしようもない程の恐怖心を覚えちゃったみたいなんですよね……」

 

「無自覚ぱふぱふ禁止令が下された!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんな訳で『ぱふぱふ』が禁止になりましたとさ。

 ボールの中でカタカタ震えるジュプトルにカナタが苦笑いを、ナギが落胆を見せる中、二人はようやくコースの中間ポイントへと到達した。

 到達した、のだが……。

 

「あれ? なんかあそこ、見たことないポケモンがいますね」

 

「ラルトスだな。しかし、何故ラルトスがこんな所に……?」

 

 『あと少し! 頑張って!』と書かれた看板の下で、そのポケモンは看板を見上げながらぼーっと突っ立っていた。ナギの言う通り、このポケモンはラルトスというポケモンだ。所有タイプはエスパータイプのみだったのだが、最近の研究で『フェアリータイプ』という特殊なタイプも保有している事が分かった、何気にタイムリーな噂を持つポケモンだ。

 付かず離れずの距離でまじまじとラルトスを見つめるカナタとナギ。

 そんな二人の視線の先でラルトスは顎に手を当て、

 

《この看板、早漏の男を励ます風俗嬢みたいッスね……》

 

「…………」

 

「…………」

 

《ワタシも一度はそういう経験をしてみたいものッスけど、ワタシは野生のポケモンの身。あーあ。誰か可愛い顔した男のトレーナーがワタシを捕まえてくれないッスかねー》

 

 ポスン、とナギは優しくカナタの肩を叩く。

 

「良かったな、カナタ。三体目のポケモンが何気にゲットできる流れになったぞ」

 

「その無理に気遣った表情で言うのやめてもらえません?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 パンパカパーン!

 カナタはラルトスをゲットした!

 

「……俺の人生がエクストリーム過ぎて胃へのストレスがフルスロットル」

 

「ま、まぁ、そんなに落ち込むものではないぞ、カナタ。ラルトスは進化すれば凄く強力なポケモンになるからな。ポケモンリーグのためには必要な戦力だったと考えよう!」

 

「ストレスの一因に慰められてもなぁ……」

 

「…………君は意外と失礼な事を言うヤツだな」

 

 はぁぁ、と大きく溜め息を吐くカナタにナギのジト目が突き刺さる。しかしまぁ、ナギも自分が原因だと一応は分かっているので、あんまり強くは出れなかったりするのだ。

 カナタは捕まえたばかりのラルトスをボールから出し、ラルトスを顔の前まで抱え上げる。カナタは捕まえたポケモンとまず対話するように心がけている。ポケモンとの絆が大事だと考えているカナタならではのファーストコンタクトだ。

 カナタは頭に浮かぶ悲しみを頭の奥底に沈めながら、ニコッとラルトスに微笑――

 

《イヤアアアアアアアアッ! 凄く可愛いトレーナーにゲットしてもらうって夢が叶っちゃったッスぅうううううううううううううっ! はぁはぁはぁはぁはぁはぁ!》

 

「…………ッ!」

 

「や、やめろカナタ! 流石のラルトスといえどもその看板での一撃は命にかかわる!」

 

「離してくださいナギさん! ポケモンの躾けはトレーナーの義務なんだぁああああああああああっ!」

 

《躾け!? ということは、あんなことやこんなことでワタシは調教されちゃうって事ッスか!? うっひょい! ヘイ、カモンカモン!》

 

「一撃! 一撃だけでも許可してください!」

 

「君は一撃必殺のつもりだから不許可に決まっているだろうが!」

 

 看板を振りかざして暴れるカナタをナギは過去最高なほどの全力で羽交い絞めする。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 新たな仲間との最悪な出会いに脳が震えたカナタを慰めながらの絡繰り屋敷攻略を終えたナギは、最初に自分たちがいた畳の部屋でユウキとハルカと合流した。因みに、絡繰り大王も二人と一緒に待機していました。挑戦者放って寛いでんじゃねえよ……。

 ラルトスを頭に乗せてえぐえぐぐすぐすと泣きじゃくっているカナタの頭を優しく撫でながら、ナギは絡繰り大王への報告を開始する。

 

「そんな訳で、私たちは無事にクリアしたから景品を貰いたい。そうだな、できるだけ高額なものを頼むぞ」

 

「いや、そんな指名制じゃないのぞな……このボックスの中から好きなものを選択する形式なのぞな」

 

「つまらない物ばかりだったら容赦なくこの屋敷を破壊するから覚悟しておくのだな」

 

「ひぃっ! な、ななな何でそんなにイラついているのぞな!? ワシはそんなに危険なトラップを仕掛けた覚えはないのなのぞな!」

 

「屋敷の中に野生ポケモンを侵入させるなこの戯けが痴れ者がぁっ!」

 

 ギロリ、と先ほどのカナタのような睨みを利かせるナギに絡繰り大王は心の底から恐怖を覚える。

 意気消沈しすぎてブツブツと膝を抱えて座り込んでしまったカナタをぎゅっと抱きしめ、ナギは絡繰り大王が用意したボックスの中を覗き込む。

 

 毒々玉。

 

 強制ギプス。

 

 黒い鉄球。

 

 ………………凄くマニアックな趣向の方が対象なのかもしれない。

 いつものカナタの気持ちが分かった気がするよ、と眉間を指で揉み解しながらナギは強制ギプスをボックスから取り出し、迷う事無くカナタのラルトスに装着した。

 

《んぎぃいいいやぁあああああああっ!? か、身体が上手く動かないッス! し、しかも何故か“ねんりき”でも“テレポート”でも取り外せないし!》

 

「でれでれでれでれでれでれでれでれでーででん。その装備は呪われています。呪いを解くためにはお近くの教会に行って解呪の呪文を唱えてもらってください。――カナタは私が守るのだざまぁみろこのエロポケモンがぁっ!」

 

《き、貴様ァァァァァァ!》

 

 ギチギチギチ、と強制ギプスに拘束された身体を動かすラルトスにナギは人を小馬鹿にするような笑みを返す。ポケモンVS人間の頂上決戦が開幕した瞬間だった。

 絶望状態のカナタと緊縛状態のラルトスと魔王状態のナギをやや遠目で眺めながら、ユウキとハルカは顔を引き攣らせる中で冷や汗を流す。

 

「す、凄く個性的なポケモンの参入でカナタのダメージが急増してる気がする……」

 

「私、後でカナタに無料でクイックボールをプレゼントしようそうしよう」

 

「ど、同情するならツッコミを代わってくれぇぇぇぇっ!」

 

 バチバチバチィッ! と火花を散らすラルトスとナギに挟まれたカナタの全身全霊をかけた大絶叫に、ユウキとハルカはとても気まずそうな表情でふいっと顔を逸らした。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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思春期少女の乙女モード

 執筆の為にエメラルドをやろうとしたが、エメラルドが無かったのでルビーを始めました。
 そこで思ったことが一つだけ。
 “なきごえ”しか覚えてないはずのラルトスのレベル上げを行ったミツルくん、流石に凄腕すぎやしませんかね。
 なんだ、不思議な飴でも食わせたのか……ッ!?


 キンセツシティ。

 【明るく輝く楽しい街】というキャッチコピーの通り、在住している人々が常に笑顔でのびのびと暮らしている街である。電気タイプを司るジムリーダーが筆頭となって建設したニューキンセツから大量の電力を供給する事で夜でも明るい街を構築している――そんな街でもある。

 110番道路で手持ちポケモンのレベルを上げたカナタ達四人はポケモンセンターでチェックインした後、キンセツシティの中を歩き回っていた。俗に言う、物見遊山というヤツだ。

 

「意外と広いな、この街。カナズミシティと同じぐらいの広さがあるんじゃねえか?」

 

「キンセツシティは電力関係でホウエン地方最大の街だから、それに比例して範囲も広くなっていくのだ。人が増えれば街も広がる。自然が少なくなるのは残念だが、人が増えていくとはそういう事だから仕方がないのさ」

 

「へぇ……博識ですね、ナギさん」

 

「ふふん。褒めるならもっと褒めても良いのだぞ?」

 

「調子に乗ってそうなんで遠慮します」

 

 きゃいきゃいと仲睦まじく駄弁りながら歩を進めるナギとカナタ。仲良くしている二人に嫉妬して《むきゃぁああああああっ!》とモンスターボールの中で叫びまくる変態ポケモンがいたが、彼らはあえてシカトした。今はそんな謎のストレスに襲われている場合ではない。

 デートの様なテンションで観光を続けるナギとカナタの後ろで、ハルカはキョロキョロと田舎者のように周囲を見回す。

 

「やっぱり珍しいポケモンが多いなぁ……あ、あれはマルノーム! すっごい! スライムプレイとかできそうかも!」

 

「あっはっは! 公衆の面前だぞバカヤロウ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ハルカがハリセンでシバかれ、頭を抑えてぷるぷると震えている頃。

 ユウキはとある方向をじーっと見つめていた。

 

「む。どうしたのだ、ユウキ?」

 

「あーいや、キンセツジムの前にいるあの人、どこかで見た覚えがあるような気がしまして……」

 

 カナタの隣で首を擡げてきたナギにユウキは視線の先を指差して返答する。

 ユウキの視線の先にはホウエン地方共通のジムがあり、その入り口の前にカナタやハルカたちよりも二歳ほど年下、といった感じの少年が立っている。

 ナギとユウキの会話に気づいたカナタとハルカも彼らと同じ方向に視線を向ける。ユウキは見覚えがあると言っていたが、カナタは全く見覚えが無く、「誰?」と純粋に首を傾げてしまっている。

 しかし。

 ハルカだけは顔を真っ赤にして口をあわあわとさせていて。

 

「み、みみみみみみみみみみちゅっ、ミツルくん!?」

 

『ふぇ? あ、ハルカさん、ハルカさんじゃないですかお久しぶりですーっ!』

 

 無駄に恋する乙女モードとなってしまったハルカの叫びに、ジムの前にいた少年――ミツルはぱぁぁっと太陽のように明るい笑顔で彼女の前に走り寄って来た。

 透き通った翡翠色の髪と白っぽい肌が特徴のミツルはハルカの両手を取り、

 

「お久しぶりですハルカさん! 旅は順調ですかっ?」

 

「お、おおおおかげさまでね! み、みちゅっ、みちゅるくんは身体の具合とかどうなの!?」

 

「はいっ! シダケタウンの新鮮で綺麗な空気とポケモンたち、それと優しい皆さんのおかげで大分好調です! ハルカさんとユウキさんがゲットを手伝ってくれたラルトスも――この通り!」

 

《こんちゃっ! 久しぶりやね、ハルカ! 相変わらずミツルに動揺しとるみたいやね!》

 

「きゃぁあああああああああっ!? い、いいいいきなり何言ってるのラルトス!」

 

 ミツルの肩の上でニヤニヤをほくそ笑むラルトスに赤面ハルカの叫びが飛ぶ。

 ――とまぁ、そんなコトは置いておくとして。

 すぐ目の前で行われるやり取りを受け、ナギとカナタは全く同じ感想を抱いていた。ユウキはなにやら冷静にハルカたちを見守っているが、こっちとしてはそんな場合ではない。

 ナギとカナタはハルカとミツルを凝視しながら冷や汗を流し、

 

((あの下ネタ大好き少女が恋する乙女モードに……ッ!?))

 

 ぶっちゃけ信じられない光景だった。いつも四六時中、口に出す事すら憚れるほどの下ネタをぶっちゃけるあのハルカが、ミツルという少年を前にした瞬間に顔を紅蓮に染めて恋する思春期の様なテンションになってしまっている。今のこの段階でテコ入れですか? と思わず言ってしまいそうになる程の衝撃だ。

 だらだらだら、と大量の冷や汗を流しながら、カナタはハルカに問いかける。

 

「あのー、ハルカ。この人、誰?」

 

「ひょえぇぃっ!? あ、うんっ、そうだね! カナタは初対面だったよねそうだよねうっかりしてたよアハハハハーッ!」

 

 俺の幼馴染みがおかしい件について。

 

「え、えーっと! この人はミツルくんといって、私とユウキがポケモンをゲットする手伝いをした人なんだ! 少し体が弱いからシダケタウンに引っ越したみたいで、今は見ての通り元気っぽいね、うんっ!」

 

「あぁ、そう……」

 

 激しくおかしいハルカに苦笑しつつ、カナタはミツルに手を差し出す。

 

「次はこっちの自己紹介だな。俺はカナタ。ハルカとユウキと同じミシロタウン出身のトレーナーで、ポケモンリーグを目指して旅をしてるバトルプレイヤーだ。アンタと同じラルトスが手持ちにいるから、是非仲良くしてやってほしい。……まぁ、そっちのと比べて大分変態だけど」

 

「あ、はい。わざわざご丁寧にありがとうございます。これからよろしくお願いします」

 

「ん。よろしく」

 

 ぺこり、と礼儀正しくお辞儀をして握手をするミツルにカナタは小さく微笑みを返す。あぁ、この人、凄くまともだ……久しぶりの真人間との邂逅に涙が流れそうです。

 度重なるストレスの中に降り注ぐ一筋の光の登場に感極まっているカナタをまじまじと見つめ、ミツルは「あっ、そうだ!」と何かを思い出したかのような声を上げた。

 

「カナタさん! 折り入ってボクから頼みたいことがあるんですけど……良いですか?」

 

「んぁ? まぁ、内容によるけど……一応言ってみろよ」

 

「はいっ」

 

 ミツルは肩に乗っていたラルトスを抱え、

 

「カナタさんのラルトスとボクのラルトスでポケモンバトルしてもらえませんかっ?」

 

「別に構わんけど……どうしてだ?」

 

「えっと……ボク、シダケタウンに引っ越してからラルトスを頑張って育てたんです。夢のポケモンリーグに参加するために、ラルトスと一緒に頑張ってきたんです。それで、今からこのキンセツジムに挑戦しようと思っていたんですけど……今の僕の実力で本当に勝てるのか? と思ってしまって……だ、だから、ジム戦の前に、ボクの実力を試してみたいんです! お願いします、カナタさん! ボクとポケモンバトルをしてください!」

 

「なるほど。そういう事だったら喜んで受けさせてもらうぜ。そんじゃ、ラルトス同士の一対一って事でオーケーだな?」

 

「はいっ!」

 

 元気よく返事をしたミツルに苦笑を返した後、カナタは皆を引き連れてキンセツシティの広場へと移動した。広場内には他にもトレーナーの姿があり、バトルフィールドに移動してきたカナタ達を見て「おっ、バトルかバトルか?」と野次馬根性全開でぞろぞろと集まってきていた。

 カナタとミツルがトレーナーエリアに立つ。ベンチに座ったナギとハルカはそれぞれの想い人に声援を送っていて、審判役を務めることになったユウキは備え付けのフラッグを両手で持ってカナタとミツルを交互に見た。

 

「それでは、カナタ対ミツルの試合を始めたいと思います! 両者、ポケモンを出してください!」

 

「よーっし。初めての対人戦、頑張ろうね、ラルトス!」

 

《そうやね! 気張っていくよーっ!》

 

 ぺいっ、と可愛らしく片手を上げながらフィールドに顕現するラルトス。ゲットしたばかりだと言っていたが、それにしては凄く仲が良いみたいだ。おそらく、ミツルが心の底から大事に育てた賜物だろう。こりゃ負けてられねえな。

 先ほどから実はガタガタとうるさいボールを手に取り、フィールドに向かって放り投げる。

 ボールは空中で開き、中からカナタが指定したポケモン・ラルトスが飛び出し――

 

「へ?」

 

 ――てくるはずだった。

 フィールドに現れたポケモンをぱちくりと見つめ、カナタは思わず間抜けな声を漏らしてしまう。それはベンチにいる思春期コンビと審判役のユウキも同様で、ぽかーんと口を開けて茫然としてしまっている。

 カナタが選んだのはラルトスが入ったボールのはずだ。だから、中から飛び出してくるのはラルトスでなければならない。

 しかし、今現在、フィールドに現れているポケモンは……

 

「な、なんでラルトスがいつの間にかキルリアに進化してんだよぉおおおおおおおっ!?」

 

 キルリア。

 かんじょうポケモンと呼ばれる種類のポケモンで、ラルトスの進化系でもあるポケモンだ。

 どう考えても予想外すぎる事態でしかない現状にカナタが頭を抱える中、ラルトス改めキルリアはカナタの方を振り向くと同時に鼻息を荒くしつつサムズアップし、

 

《嫉妬の力で進化までいってやったッス!》

 

「ポケモンの成長期を全力で侮辱するような真似してんじゃねえよ! っつーか嫉妬の力って何!? ポケモンってそんな意味不明で摩訶不思議な力で進化できるもんなの!?」

 

《嫉妬したメスに不可能なんて無いんス! あの牛女をぶっ飛ばしてカナタと性的に寝るために、ワタシは全身全霊をかけてパワーアップしてみせる! あ、ついでに言わせてもらうッスけど、この強制ギプスもなんか慣れてきちゃったッス! この拘束感と締め付けがたまらない……はぁはぁはぁはぁ!》

 

「いろいろと規格外すぎんぞテメェ!」

 

 うっとりとした様子で腰をくねくねさせるキルリアにカナタは全力で咆哮する。ダメだ、このポケモンはもうどうやってもまともにはならない……ッ!

 まさかのポケモンの登場に苦笑するミツルと絶望するカナタを交互に見つめ、一応は仕事を全うしなければならないことを思い出したユウキはフラッグを二本とも空に掲げる。

 そしてラルトスとキルリアが向かい合い、

 

《カナタとワタシの性的に素晴らしき未来の為、アンタに負ける訳にはいかないッス! あっ、んぅっ! 強制ギプスが食い込んで――気持ち良いぃいいいいいいいいいいっ!》

 

《わ、わっち、こんな訳の分からん同族と戦わなきゃいけないのっ!?》

 

「そ、それでは――バトルスタート!」

 

 始まる前から決着がついていそうな雰囲気を肌で感じながら、ユウキはあくまでも冷静に試合開始の合図を出した。

 

 




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 次回もお楽しみに!


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動き出す溶岩

 ぶっちゃけ、五秒で雌雄が決しましたよね。

 

「ら、ラルトス、戦闘不能! キルリアの勝ち!」

 

《よっしゃやったッスやってやったッスこれで今夜はカナタとお楽しみヴェヘヘヘヘ!》

 

「戻れキルリア、今すぐに!」

 

 落ちてしまいそうな程に緩んだ頬を両手で抑えて恍惚とした表情を浮かべていたキルリアを神速でボールに戻し、カナタは心底疲れたように大きく溜め息を吐いた。何で俺のキルリア、こんなに変態キャラなんだろう……?

 今後自分に襲いくるであろう過度のストレスに恐怖心を抱きながらも、カナタはミツルの元まで歩み寄る。

 

「えーっと、その……頑張れ」

 

「……カナタさんは違う意味で頑張ってください」

 

「………………うん」

 

 この少年とは凄く仲良くなれそうな気がした。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ミツルとの決戦を終えたカナタたちは旅の疲れを癒やすため、キンセツシティのポケモンセンターへと移動した。もちろん、いつものメンバーにミツルを加えた状態で、だ。

 何故かリーダーにされているカナタが四人部屋のチェックアウトを済ませた後、五人はそのままポケモンセンター内にあるレストランへと移動。それぞれが注文した料理が届き、待ちに待った昼食タイムを開始する事となった。因みに、メニューとしては――

 

 ハンバーグ定食(カナタ&ナギ)

 

 焼肉定食(ユウキ)

 

 海鮮丼(ハルカ)

 

 サンドイッチ(ミツル)

 

 ――凄く個性あふれるメニューだった。というか、カナタとナギがしれっと同じ料理を頼んでいるところがなんともニヤニヤ状態だった。さっさと結婚すればいいのに。

 もっきゅもっきゅと料理を咀嚼する中、カナタはずっと気になっていたことを向かいの席に居るハルカに小声で尋ねた。

 

「(ぶっちゃけ、ミツルのどこに惚れたんだ?)」

 

 ブバァッ! とハルカの口から素晴らしい虹のアーチが吐き出された。

 げほごほげほっ! と咽込んでいたハルカは涙目でカナタを睨みつけ、頬を真っ赤に染めながら隣のミツルに聞こえないような音量で返答する。

 

「(な、ななななななんで私がミツル君に、その、ほほほほれほれっ惚れてるって事になってるのかなぁっ!?)」

 

「(いやもう駄目だろその反応。自分が隠してる気持ちを露骨に伝えてんのと同義だろ)」

 

「(な、なんてことを言ってるの!?)」

 

 鋭いカナタの指摘に動転したハルカはバンッ! とテーブルを勢いよく叩きながら立ち上がり、

 

「私は上の口も下の口も固い事に定評がある女なんだよ!?」

 

「その調子で減らず口も固くしてくれ頼むから」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とりあえずハリセンでハルカをしばいたカナタは大きく溜め息を吐き、隣で礼儀正しくハンバーグを食しているナギの方に視線を向けた。

 カナタの視線に気づいたナギはフォークとナイフをプレートの上に置き、紙ナプキンで口元をサッと拭う。

 

「どうかしたか、カナタ?」

 

「いえ、ナギさんはそうやって黙ってれば完璧美人なのになーって思いまして」

 

「……君は時々本当に失礼になるな」

 

 ひくひくっとナギは頬を引き攣らせる。

 

「いいか、よく聞いておくのだ、カナタ。女に失礼な事を言うなとは言わないが、時と場所は選ばなければならないんだ。例えばの例を上げるならば、このレストランのような公衆の面前で【自主規制】だの【見せられないよ!】だのという言葉を叫ぶ事はしないだろう? それと一緒なのだよ、今回も。女への失言は時と場所を選ぶことが大事なのだ――って、なんだその凄く納得いっていなさそうな顔は?」

 

「……いや、正直心の底から『お前が言うな』って気持ちでいっぱいです」

 

「………………これからは私も善処させてもらうよ」

 

 そう言ったナギに肩を優しく叩かれ、カナタは思わず泣きそうになった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「ユウキさん。カナタさんとナギさんは一体何の話をしているんですか?」

 

「え゛。え、えーっと、その……ま、まだミツルくんには早すぎる話かなー?」

 

「そ、そうだよミツルくん! 『先走り汁』とか『処女膜』とかいう言葉は、まだまだミツルくんには早すぎるんだ!」

 

「???」

 

「ねぇハルカ、とりあえず一発殴らせてくれない?」

 

「えぇっ!? み、ミツルくんは言葉の意味を理解してないんだからセーフなんじゃないの!?」

 

「うん、その考えがもはや手遅れなんだよ。――とりあえず一発、本気で行くから」

 

「うわっ、うわぁっ、うわぁあああああああああああああああああああっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 騒がしいというかハレンチすぎるというか――まぁぶっちゃけ下ネタのオンパレードだった昼食を終えた五人はキンセツシティジム――ではなく、先ほどの広場へと戻ってきていた。

 彼らがここに来た目的はただ一つ。――ジム戦に向けてのレベル上げだ。

 カナタとハルカとユウキとミツルはバトルフィールドの中央付近で向かい合い、各々が選んだボールを勢いよく空に向かって放り投げる。

 

「君の出番だ、マクノシタ!」

 

「頼むよ、ラルトス!」

 

 ユウキとミツルのポケモンがフィールドの上に顕現し、それに続く形でカナタとハルカのポケモンが――

 

「頼むからエロは自重してくれ、キルリア!」

 

「その美脚プレイを見せてあげて、ワカシャモ!」

 

「「なんか凄く卑猥な枕詞がついちゃってる!?」」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 新米トレーナーカルテットがそんなやり取りで盛り上がっている頃、フィールド傍のベンチにて。

 

「…………なんか私、こういう時はアウェーだな」

 

 飛行タイプのエキスパートであるヒワマキシティジムのジムリーダー様は、とてつもない程に寂しそうな表情で、とてつもない程に寂しい言葉を発していた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 レベル上げを手っ取り早く行うには、やっぱりダブルバトルが適任だ。

 そう判断した四人はナギに審判を頼み、本日二度目のポケモンバトルを開始する事にした。

 

「それではただいまより、カナタ&ユウキVSハルカ&ミツルのバトルを開始する!」

 

 相変わらずの飛行士スタイルなナギの叫びに四人は小さく頷きを返す。そこはかとなくナギが嬉しそうな顔をしているのだが、別にこれはやる事が出来たからではない。別に仲間外れにされていたのがやっと解除されたからって喜んでいるわけではないのだ!

 先ほど選択したポケモンたちがフィールドの所定の位置に着いたのを確認したナギはスッと右手を天に掲げ、

 

「使用ポケモンは一体! ペアのどちらか一方のポケモンが戦闘不能になった時点でそのペアの敗北とする! ――それでは、バトルスタート!」

 

「先手必勝! ワカシャモ、マクノシタのお腹目掛けて“にどげり”!」

 

 最初に動きを見せたのは、素早い動きに定評があるハルカのワカシャモだった。

 強靭な足腰を駆使した走りで一瞬でマクノシタの懐に入り込んだワカシャモは右足を勢いよく振り被り、目にも止まらに速さでマクノシタの鳩尾目掛けて足を発射。鉤爪付属の右脚はマクノシタの腹を容赦なく抉り、超即行でバトルを終わらせる――

 ――はずだった。

 

「なっ……!?」

 

 そんな驚きの声を上げたのは、ワカシャモに指示を出したハルカ当人だった。

 そして。

 ハルカを驚かせた現実というのは――ワカシャモの足がマクノシタの身体の寸前で止まっている現実だった。これは夢でも空想でもない。れっきとしてリアルな光景だ。

 その現実を作り出したものの正体は、キルリア。

 ハルカの指示をあらかじめ予想していたカナタがキルリアに指示を出し、マクノシタへのダメージを事前に防いだことによる神業だった。特に凄いのが、その指示を頭の中に浮かび上がらせることだけで成し遂げたこと。キルリアが常にカナタへサイコメトリーを働かせていなければ絶対に成し得ない芸当だ。

 予想外の展開に悔しそうな表情を浮かべるハルカ。隣のミツルは呆気にとられた様子で「すごい……」と素直に感心している。

 悔しさと感心を放つハルカたちの向かいに居るユウキは隣のカナタに視線を向けることなく、

 

「ありがとう、カナタ。今のは流石にヤバかったよ」

 

「礼を言うのはアイツラを倒してからにして欲しいな。――ほら、次の攻撃がくるみてえだぜ?」

 

「あははっ、やっぱり休ませてはくれないんだね」

 

 肩を竦めて嘆息するカナタにユウキは苦笑を返す。同じ故郷出身という事もあるが、ユウキとカナタは基本的に心の底から信頼し合っている仲なので、こういった軽いやり取りだけで互いの考えを伝え合う事が出来るのだ。……別に腐女子が大好きな『アレ』な関係ではないので、悪しからず。

 こちらに向かって勢いよく突撃してきているワカシャモとラルトスを鋭く見据え、ユウキとカナタはほぼ同時のタイミングで溜め息を吐く。

 そして。

 それぞれのポケモンたちへの指示を一瞬で考え、二人は自分たちの対戦相手に向かって腹の底から叫びを上げた。

 

「「上等だ、どこからでもかかってこい!」」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 カナタ達がダブルバトルで盛り上がる中、広場の入り口付近にて。

 肩の辺りまでの黒髪と垂れた目つき、それと見事な黄金比を実現させたスタイルが特徴の女がカナタ達を遠目ながらに監視していた。女の耳にはイヤホンマイクが装備されていて、その中から三十代前後と思われる男の声が漏れ出てきていた。

 鋭い目つきでカナタ達の監視を続けるカガリに、イヤホンマイクの向こう側に居る男は淡々とした口調で言う。

 

『奴らの様子はどうだ?』

 

「まだ脅威と思えるような動きは見せていません。あえて言うならユウキとカナタのコンビが危険でしょうが、今の時点では私たちの敵ではないでしょう」

 

今の時点(・・・・)では? か……』

 

 女の報告に男は十秒ほどの沈黙を返し、

 

『それでは、奴らがバトルを終えて一息吐いたと同時にプランBを発動する。私が指示したとおりに事を進めるんだぞ――カガリ』

 

「任せてください、マツブサさま」

 

 その言葉に返事をすることも無く通信は途切れ、女――カガリは淡々とした様子でイヤホンマイクをズボンのポケットへと仕舞い込んだ。その動きに合わせるように、ベージュ色のベレー帽が僅かに上下に揺れ動く。

 ジーンズとシャツとベストという凄く簡素な服を着ているカガリはベレー帽を目深に被り直し、

 

「――全ては大地の恵みの為に」

 

 腰元のボールを握り締めながら、カガリは広場の中へと足を踏み入れた。

 

 




ツツジ「忘れたころにやって来る、第二回・思春期あるある~♪」

アスナ「また始まった! ついには後書きを占拠する形で意味不明なコーナーがまた始まった!」

ツツジ「さぁ始まりましたわ不遇な女性ジムリーダー救済コーナー! 今回は――ではなく、今回()このわたくし、カナズミジムリーダーことツツジが思春期のあるあるを包み隠さず暴露したいと思いますわ!」

アスナ「え、えー。またそのコーナーなんですかぁ?」

ツツジ「ぐちぐち文句を言うんじゃありません! アシスタントのくせに!」

アスナ「初耳すぎる!」

ツツジ「それでは、時間も押しているので、さっそく『思春期あるある』のその2を暴露したいと思いますわ!」

アスナ「わー、ぱちぱちぱちー☆」

ツツジ「思春期あるある、そのに! 同級生が話しているエロ話に興味がない振りをしつつも実は耳を傾けている!」

アスナ「だからリアルすぎますってツツジさん! 流石のアタシでもドン引きしちゃうぐらいにリアルすぎます!」

ツツジ「思春期は常にリアルを追い求めているものなのですわ……」

アスナ「なんか前に同じような言い訳しましたよねぇ!?」

ツツジ「それでは、次回も忘れたころにやってきますので、その時にまたお会い致しましょう! しーゆーあげいん! 次回もアナル引き締めて、頑張っていきましょうですわーっ!」

アスナ「は、はれんちは禁止ですよツツジさぁーん!」



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カガリの策略

 今回はギャグ少なめのシリアス回です。


 結局のところ、バトルを制したのはカナタ&ユウキだった。

 互いに格闘タイプとエスパータイプのコンビを組んでダブルバトルを行っていたわけだが、作戦の立て方やバトルの腕前の問題で、カナタ達に軍配が下る事となってしまったのだ。というか、ハルカはバトル初心者のミツルと組んでいるのが敗因、と言っても過言ではないのだが、それを指摘してしまうとハルカがブチ切れてしまいそうなのでここでは口を閉ざさせてもらう事にする。

 バトルを終えた四人は各々のポケモンたちをボールに戻し、審判役を買って出てくれたナギの元へと集合する。

 

「お疲れ様だな、君たち。良いバトルだったぞ」

 

「うぅ、勝てなかったーっ! くーやーしーいー!」

 

「ご、ごめんなさい、ハルカさん! ボクが至らなかったばかりに……」

 

「いぃっ!? い、いやいや別にミツルくんのせいじゃないよ!? 私がまだまだ弱いせいってのも敗因なんだよ!?」

 

「で、でも……」

 

「そ、そんなに落ち込まないで、ミツルくん! これからもっと強くなればいいんだから!」

 

「は、ハルカさぁん!」

 

「うなななななななっ!?」

 

 涙目で今にも泣きそうな顔のミツルに勢いよく抱き着かれたことにより、ハルカの精神に多大なダメージが発生した。『萌えきゅんダメージ』というヤツだ。

 顔を紅蓮に染めて「あわわわわ!」と露骨に焦っているハルカ。彼女の心の中では天使と悪魔が肩を組んで『そのまま襲っちゃえー!』と全力で叫んでいるのだが、そんな誘惑に屈するようなハルカではない。…………ほ、ほんとだよ!? 別に少しぐらいいいかなー? とか思ってないんだからねっ!

 顔面真っ赤で混乱焦燥驚愕中なハルカにカナタたちが生暖かい視線を送っていた――そんな時。

 

「そこのアンタたち、ちょっといいかい?」

 

 いつの間にか回り込まれていた背後から、そんな女の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 振り返った先に居たのは、たれ目と均整のとれた体つきが特徴の美しい女性だった。被っているベレー帽と右の二の腕に巻かれた腕章――『MGM』と書かれている――に思わず視線が行ってしまう。

 と、そんな事はさておき。

 突然現れた女性は懐から名刺を取り出し、一番近くにいたカナタにスッと差し出した。

 

「私はカガリ。『MGM』という報道機関に所属している記者だよ。以後、お見知りおきを」

 

「は、はぁ。どうもわざわざご丁寧に……」

 

 慣れない対応に調子が狂ってしまうカナタ。そんな彼の隣のナギは女性――カガリに訝しげな視線を送っている訳だが、現在進行形で対応に困っているカナタはそんな彼女の様子になど気づかない。

 カガリから受け取った名刺を財布の中へとしまい、少しだけ首を傾げつつもカナタは言う。

 

「それで、あの……俺たちに何か用ですか?」

 

「もちろん、用があったからこそアンタ達に接触させてもらったのさ」

 

 そう言ってカガリは懐から手帳とペンを取り出し、

 

「『巨乳のトレーナーの胸を揉んで勃起する女顔のトレーナー』についての情報を集めてるのさ!」

 

「きょ、曲解だ捏造だ誇張表現だぁっ!」

 

 そう叫ぶカナタの顔には十分すぎるほどの焦燥が込められていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 誤解を解くためにとりあえずナギに土下座をかましたカナタは涙目のままカガリに向き直った。

 

「えーっと、まずはその誤解を解きたい訳なんですけれど……どうすりゃイイですかね?」

 

「うーん、そうだねぇ。私としてはこのまま捏造記事として発行したい気持ちでいっぱいな訳なのだけれど、それじゃあアンタが困るって話だろう? いや本当、私としては残念極まりない事なんだけどね」

 

「オイアンタ絶対サディストだろ」

 

「まぁ確かに、私は人を虐めるのが大好きで大好物だね。――じゅるり」

 

「ユウキ、君に決めた!」

 

「ぴっぴかちゅう!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 カナタの指示で対応役を交代したユウキはニコニコ笑顔でカガリの前に立ち塞がり――リュックサックの中から無骨な首輪と鞭を取り出した。

 「ん?」と目を細めるカガリにユウキは恍惚とした表情を向け、

 

「僕にこの首輪を着けるのと僕を鞭でシバくの、どっちの方が好みですか?」

 

「アンタにその首輪を着けさせて地面に四つん這いにさせて尻を鞭で百叩きにするってのが最高だね」

 

「か、カナタ! 僕は遂に運命の人を見つけちゃったのかもしれない!」

 

「絶対に交錯して欲しくなかったわそんな運命!」

 

 何でそんなに嬉しそうなのってわざわざ言うまでもねえか! と半端ない混乱を見せてしまうカナタ。隣でナギが手を握って「落ち着け」と言ってくれなければ頭がオーバーヒートしていたところだ。……いや、今は違うベクトルで頭がオーバーヒートしそうですけど。

 ナギの手の柔らかさと暖かさにドキマギしつつも、カナタは鞭を持ってユウキに振り被ろうとしているカガリに話しかける。

 

「と、とりあえず! あなたが持ってきたその情報は全くの嘘、デマなんです! お、俺がナギさんの胸を揉んでぼ、ぼぼぼぼぼぼ勃起なんてするはずがねえでしょう!?」

 

「それはそれでムカつくのだが……」

 

「あーもーちょっとナギさん黙ってて! これ以上この場をややこしくしねえでください!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とにかくこれはデマ、デマなのよ!

 渾身且つ迫真の演説でなんとかカガリを説き伏せたカナタは額に浮かんだ汗を手で拭い、自らの手で掴みとった明るい未来に心の中で手を合わせた。ありがとう、これからよろしく……っ!

 真実だと思っていた情報を一つ潰されたカガリは「あーあ」と別段落ち込んでもなさそうな様子で溜め息を吐き、

 

「思ってた通りの展開だけど、やっぱりつまらないなぁ」

 

「……は?」

 

「私としてはもうちょっとこう、激しく滾る展開が欲しかったわけだけど、現実はこのざま。ダメだね、まーったく興奮しなかったよ」

 

「え、と、その……一体何が言いたいんですか?」

 

「あ?」

 

「っ……」

 

 ドスの利いた声と共に放たれた鋭い眼光にカナタは思わず威圧されてしまう。た、たかが情報を一つ潰されただけで、そこまで怒る事ねえだろうよ……。

 脅えるカナタをナギがサッとすぐさま背中で庇う様子にニヤニヤ笑顔を見せ、カガリは演劇でもするように両手を大きく広げ――

 

「ああ、これは失敬失敬。いつもの癖でアンタを怖がらせちゃったみたいだねぇ。いや、本当に悪かったよ、まさかあの(・・)マツブサ様が(・・・・・・)警戒してる(・・・・・)奴の仲間が(・・・・・)ここまでの愚者(・・・・・・・)だとは思いもしなかったからねぇ」

 

「……警戒している奴の、仲間?」

 

 震えるカナタをナギが抱きしめる傍らで放たれたユウキの問いに、カガリはニヤァと妖しく笑う。

 

「そうさ! 私たちが本当の意味で警戒しているのはアンタなのさ! ミシロタウンのユウキ!」

 

「…………はい?」

 

 思わずそんな間抜けな返事を返してしまう。いや、それも無理はないだろう。出会ったばかりの女性から唐突に《アンタを警戒している》と言われてしまうというこの状況。自分が当事者じゃなくても「は?」と疑問の声を上げてしまうだろう。――それほどまでに、意味不明な状況なのだ。

 妖しい笑顔のカガリはユウキの顎に指を当て、艶めかしい表情を浮かべた顔を彼の顔へと近づける。

 

「アンタのその紅色の瞳は美しいね。この世の全てを大地に染め上げるあのポケモンを象徴する色とそっくりだ」

 

「この世の全てを大地に染め上げるポケモン……? それって、まさか……」

 

「ふぅん? 流石はかの権威オダマキ博士の愛息子、ポケモン関係の知識は豊富みたいだねぇ。――尚更気に入ったよ」

 

 そう言って。

 ユウキの顎を指で持ち上げたカガリは流れるようにユウキの唇に自分の唇を重ね――

 

「アンタなら『紅色の玉』に適応できる。――私が保証するよ」

 

「ぐ、ぅっ!?」

 

 ――ユウキの鳩尾に自らの拳を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ユウキの意識が刈り取られた。

 その現実を認識するまでに五秒ほどの時間を要したカナタは、我を取り戻すと同時に腰のホルダーからモンスターボールを取り出してジュプトルを召喚した。

 ぐったりとした様子のユウキを抱えるカガリを指差し、カナタはジュプトルに指示を出す。

 

「ゆ、ユウキを取り戻すんだ、ジュプトル!」

 

「ジュプトォーッ!」

 

 両腕の葉の刃を輝かせ、カガリに向かって振り下ろすジュプトル。普通だったら人間相手に当てて良いような技ではないのだが、今はそんな事を気にしている場合ではない。相手が女だろうがなんだろうが、大切な仲間を誘拐しようとしている奴は全員敵だ。一切の容赦も必要ない。

 ――しかし。

 ジュプトルの攻撃はカガリに届くことなく、逆にジュプトルが力なく地面へと崩れ落ちてしまった。

 その時間、まさに一瞬。

 文字通り瞬きする間もない程の時間で戦闘不能にされたジュプトルをカナタは弾かれたようにボールへと戻し、ジュプトルを倒したであろう者に視線を向ける。

 それは、いつの間にかカガリの傍に現れていたポケモンだった。

 それは、金色の毛並と九本の尻尾が特徴の美しいポケモンだった。

 そのポケモンの名は――

 

「よくやった、キュウコン。流石は私のポケモンだね」

 

「こーん」

 

 ユウキを抱え直しながらのカガリの言葉にキュウコンは嬉しそうな鳴き声を上げる。見たところ、このキュウコンはカガリに凄く懐いているようだ。彼女への態度とか鳴き声のトーンとかから考えれば、それぐらいの事は優に想像できる。――だが、今はそんな事はどうでもいい。

 主戦力だったジュプトルが倒された今、カナタの中で戦えるポケモンというのはドククラゲしかいない。一応はキルリアもいるのだが、先の戦闘で疲労しているため、数に含めることは出来ない。これ以上の無理をさせるわけにはいかないのだ。

 ドククラゲはキュウコンに対するタイプ相性は優位。――しかし、それは素早さを考えなければの話。ドククラゲの数倍も早いキュウコンに攻撃を当てるのは至難の業だ。というか、今の実力では百パーセント不可能だろう。

 ちら、と後方のハルカたちに視線を向ける。ミツルを護るように彼を背中に隠しているハルカの傍には臨戦態勢のワカシャモが鋭い眼光を光らせている。

 そして、自分の隣に居るナギへと視線を向ける。――心の底からブチ切れていた。額に浮かんだ青筋や怒りに染まった瞳などから、彼女の心境が優に想像できた。

 カナタはドククラゲが入ったボールを握り締めつつも、カガリへのコンタクトを取る。

 

「アンタは……いや、アンタ達は一体何者なんだ?」

 

「何者か、か……それをわざわざ答えるのは面倒くさいけど、寛大な私はしっかりとその問いの答えを提示してあげようじゃないか」

 

 そう言って。

 着ていた服を脱ぎ棄てて赤い装束へと早着替えしたカガリは胸元に描かれた火山のようなマークを親指で指し示し、

 

「我々の名は『マグマ団』! この世の全てを大地に染め上げるためにマツブサ様が組織した、世界最強の宗教集団さ!」

 

 自分で宗教集団とか言うな、というツッコミを我慢した俺は悪くない。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 マグマ団。

 そういえば、カイナシティで出会った青装束の奴らも『アクア団』とか名乗ってたっけ……と懐かしい記憶を掘り起こすのも束の間。

 気絶しているユウキを抱えたカガリが余裕綽々な表情でこんな事を言ってきた。

 

「私たちは大地の王を永き眠りから覚まさせるため、おくりび山から『紅色の玉』を奪取した! 大地の王復活のためには必要不可欠な道具だから、迷う事無く盗みに行ったさ」

 

 だけど、とカガリは付け加え、

 

「紅色の玉には適正者が必要だったのさ。誰もが簡単に使えるって訳じゃあない。それはもちろん、我らが統領マツブサ様も同様だった」

 

 カガリは拳をギュッと握り、

 

「そこで私たちは調査した! 紅色の玉に耐え得るだけの精神力と適正力を持つ、最高の生贄の存在を! そして私たちは発見した! 紅色の玉に耐え得るだけの精神力と適正力を持つ、最高の生贄の存在を!」

 

「それが……ユウキだとでも言うつもりか?」

 

「そう、つまりはそういう事だ! 私たち『マグマ団』と憎き『アクア団』の活動を阻止している奴らの一人、ミシロタウンのユウキこそが最高の適正者! 我々は大地の王グラードンを復活させるため、ユウキを新世界への生贄に捧げることにしたのさ!」

 

 イカレテル、とカナタは直感でそう思った。

 世界を大地で染め上げるだとか最高の生贄だとか、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。頭がイっているとしか思えない。相手にするだけ無駄だろう――と、そう思ってしまっていた。

 しかし。

 彼の隣で臨戦態勢を取っているナギは違った。

 何を思ったのか彼女はいきなりその場に膝を突き、頭を抱えて小刻みに震えだしてしまったのだ。

 いきなりのナギの反応に衝撃を受けたカナタは彼女の傍で屈みこみ、

 

「ど、どうしたんですかナギさん!? 顔が真っ青ですよ!?」

 

「ま、マツブサ……マツブサがまた、私の前に立ちはだかる……マツブサがまた、私に乱暴を……マツブサがマツブサがマツブサがマツブサがぁああああああああああああいやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

「な、ナギさん!? しっかりしてください、ナギさん!」

 

「ああああああああ! あああああああああああああああああああああ!」

 

「ナギさん!」

 

 涙で顔をグシャグシャに、恐怖で顔をグシャグシャに。とにかく心の底から脅えてしまっているナギを力いっぱいに抱きしめる。その震えが止まるように、その恐怖が止まるように。

 雷に脅える子供のように喚き散らすナギを抱きしめるカナタはカガリに鋭い睨みを利かせ、

 

「テメェ……ナギさんに何をした!」

 

「ああん? 別に私はなぁんにもしてないけどね。でも、その様子から察するに、大昔にマツブサ様に乱暴された感じなんじゃない? あのお方、昔は趣味で強姦とか誘拐とか結構やっていたそうだし。ま、マツブサ様に抱かれるなら本望って感じじゃない? いやまぁ、私は遠慮させてもらうけど」

 

「テメェ……ッ!」

 

「ありゃりゃ、怖い顔だねぇ。好きじゃないよ、そんな顔。私はもっと脅えた表情が大好物なのさ。そう、例えば――そこのヒワマキシティジムジムリーダーみたいな脅え顔が、ね」

 

「――――――、は?」

 

 今こいつは、なんて言った?

 ナギさんが、ヒワマキシティジムのジムリーダー?

 思わぬ言葉に耳を疑うカナタ。彼の後ろに居るハルカもそれは同様で、「え? え?」と疑問の声を上げながら何度も何度もナギを見直している。

 そして。

 「く、ぅっ……――」「な、ナギさん!? しっかりしてください、ナギさん!」過去のトラウマと現在の罪悪感の二つに押し潰されてしまったナギが気絶という名の現実逃避を行った――その直後、

 

「そっちの事情なんて私は知らないからね。それじゃあみなさん、素晴らしい新世界でまたお会いしましょうって感じで――またの機会にまた会おうじゃないか!」

 

「て、テメェ待ちやがれ!」

 

「残念ながら遅すぎだね。ユンゲラー、“テレポート”!」

 

 カガリの腰のホルダーにあったボールの中のユンゲラーの技によってカガリとユウキの姿が掻き消え、彼女たちを掴むために伸ばされたカナタの手が勢いよく空を切った。

 大事な仲間を失うと同時に衝撃の事実を突きつけられたカナタとハルカはほぼ同時のタイミングでナギの顔を覗き込み、

 

『……なんでずっと黙ってたんだろう』

 

 その時の二人は心の底から悲しそうだった、とその場に居合わせていたミツルは後に語る――。

 

 




ツツジ「突然ですけど、アスナって胸大きすぎますわよね」

アスナ「温泉に入るなりなに言ってるんですかツツジさぁん!?」

ツツジ「いえ、流石にちょっと我慢なりませんでしたわ。なんですの、その無駄な脂肪の塊は。わたくしも胸は大きい方ですけれど、アスナはちょっと異常だと思いますわ。ほら、ちょっと吸い上げてあげるからこっちに来なさいな」

アスナ「吸い上げる!? そんな、人の胸見ながら脂肪吸引みたいな事を言わないでください! 嫌ですよやめてくださいこれは正常です!」

ツツジ「わたくし一度でいいから巨乳の乳首をカリッて噛んでみたいですわ」

アスナ「どこのエロ親父ですかその願望! ちょっ、マジでやめてくださいツツジさん! そんな前から胸を揉まないで――ひゃぁん!」

ツツジ「む。巨乳の癖に感度が良いとは……ますます母乳を吸いたくなってきましたわ」

アスナ「そんなもの吸っても出ませんから! ちょっ、あんっ……ん、くぅっ!」

ツツジ「はい、それでは胸のマッサージはここまで。ここからは『おっぱい吸引式搾乳』のお時間ですわーっ!」

アスナ「超セクハラ!?」

ツツジ「はい、それでは良い喘ぎ声を聞かせてくださいませー」

アスナ「ちょっ、いやっ、あんっ……きゃぁあああああああああああああああああっ!」


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思春期なあの子の遠い思い出

 今回はシリアス一色です。


 ユウキがカガリと名乗る女にさらわれた。

 その現実を改めて認識するにはあまりにも辛く、あまりにも悲しい気持ちだった。それはカナタだけではなくハルカやナギも同じようで、特にハルカに至っては二時間ほどもぶっ続けで泣き続ける始末だった。

 そして、ユウキが攫われた日の午後十一時。

 泣き疲れて眠ってしまったハルカをベッドに寝かせたカナタは「ふぅ」と重い息を吐き、

 

「わざわざごめんな、ミツル。本当はお前を家に帰してやりたかったんだけど、今のこの状態のハルカを宥めるにはお前の存在が必要不可欠だったから……」

 

「だ、大丈夫ですよ、これぐらい。ボクが力になれることがあったらどんどん言ってください」

 

「ああ、サンキューな」

 

 ベッド傍のソファーにちょこんと座っているミツルにカナタは疲労に満ちた声を返す。ハルカのように表には出していないものの、心へのダメージで言ったらカナタも相当なものを負っている。大事な幼馴染みが誘拐されたのだから致し方ない事だろう。

 心配そうな顔で見てくるミツルに「大丈夫だ」とぎこちない笑顔を見せるカナタ。明らかに無理してる感が否めないのだが、ここでそこを指摘するほどミツルは空気が読めない子ではない。今はカナタが復帰するのを待つ。――これが何よりもの最善策だろう。

 ミツルの向かいのソファに腰を下ろし、「はぁぁ」と力なく溜め息を吐く。いつもだったらここで「溜め息ではなく喘ぎ声を吐いて欲しいものだな」とか言う思春期女がいるはずなのだが、今はその姿はどこにもない。

 その事実に気づいているミツルは一瞬だけ戸惑いながらも真正面からカナタの目を見据え、

 

「そ、それで、あの……ナギさんの様子は、どのような感じなんですか?」

 

「っ」

 

 カナタはギリィッと歯を食いしばり、

 

「……隣の部屋に閉じこもってからずっと出て来ねえよ。声をかけても応答はねえし、ドアの向こうからはすすり泣きの声が聞こえてくる始末だ。……本当、どうしてこうなっちまったんだろうな」

 

 本当に、な。

 ミツルに聞こえないぐらいの声量で同じことをもう一度呟いたカナタに、実は聞こえていたミツルはとても悲しそうに顔を伏せた。

 カナタ達のチームが普段からどんな感じだなんてことは今のミツルには分からない。別に昔からの知り合いという訳でもないし、そもそもミツルとカナタは今日知り合ったばかりだ。これで互いの事を理解しろという方が不可能というものだろう。

 ――しかし、このままではいけないという事は十分に理解できている。

 ユウキが攫われた。この事は凄く悲しいし辛い。――だが、このまま悲しみに囚われていていいはずがない。

 別に空元気を見せろという訳ではない。ミツルが言いたいのは、ネガティブな思考からポジティブな思考へのシフトを図る事。攫われたユウキを助けるための作戦を練る方向へと思考を向ける事。――この二つだけなのだ。

 その為には、カナタとナギとハルカの復活が必要不可欠だ。自分でも実力不足だと分かっているミツルだけではユウキを助けることは出来ない。というか、ユウキを助けるのはミツルではなくカナタ達三人こそが最適なのだ。

 その事が分かっているミツルは膝の上で拳を握り締め、確かな意志の灯った瞳でカナタを真っ直ぐと見つめた。

 

「カナタさん」

 

「……何だ?」

 

「ナギさんと話をしてきてください。今のあの人を救えるのは、ボクでもハルカさんでもない――カナタさん、あなただけだと思います」

 

「…………無理、だよ。俺みてえな奴じゃナギさんを救えない。ユウキも救えないしハルカも救えない。俺はそこまで万能じゃないんだ」

 

 ダメだ、完全に心が折れている。

 このままだとユウキを助けるどころかポケモンリーグを目指す事すら不可能になってしまう。……まだボクは諦めるわけにはいかない。

 生きた屍状態のカナタに気圧されながらも、ミツルは自分に喝を入れて話を続ける。

 

「無理かどうかを決めるのはカナタさんじゃありません。救われるかどうかを決めるのはカナタさんじゃありません。それを決めるのはカナタさんではない誰かであり、他者であり、仲間であり、そして――ナギさん自身なんです」

 

「…………」

 

「ちょっとだけ、勇気を振り絞ってみてください。出会ったばかりでこんな事を言うのは失礼かもしれませんけど……ナギさんはカナタさんの大事な人なんでしょう?」

 

「…………」

 

 ミツルへの返事はなかった。

 しかし、カナタは言葉の代わりに行動で示した。

 カナタが部屋から出て行った事で静かになった空間に取り残されたミツルは「ふぅ」と疲れたように息を吐き、

 

「……ボクももっと強くならなくちゃ」

 

 弱い自分と離別する決意を固めた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ナギを救えるのはカナタだけ。

 そんな先ほどのミツルの言葉が頭で反芻され、カナタは今世紀最大級の溜め息をセンター内の廊下で吐き出した。

 現在、彼の目の前には『206』と書かれた扉がある。この扉の向こうには大切な相棒・ナギが閉じこもっていて、今も深い悲しみに囚われている真っ最中であるはずだ。実はヒワマキシティジムのジムリーダーらしいが、それについては本人の口から聞かされるまでは保留という事にしておこう。

 右の拳をドアに向け、迷う事無くノックする。――返事はない。

 

「……やっぱりか」

 

 別に予想できていた事だ、何の問題もない。本当に問題なのは――ここで引き下がってしまうという事だ。

 鍵が閉まっているのなら開ければいい。そう判断したカナタはボールの中のキルリアに小声で指示を出す。

 

「(キルリア、“ねんりき”で鍵を開けろ)」

 

《(あいあいさーッス)》

 

 相変わらずの緊張感のない声に脱力しそうになるも、相変わらずの性能でスムーズに開けられた鍵に思わず苦笑を零してしまう。……あ、この褒め言葉もキルリアには聞こえてるんだっけか? まぁいいや。

 無理やり開錠した扉のドアノブを掴み、勢いよく開け放つ。

 部屋の中にはナギの姿はないが、ベッドの上には謎の毛布の塊が顕現なさっていた。――どう考えてもあれだな、ナギさんは。

 隠れるつもりあんのか? と思わず呆れ返りつつも、カナタはベッドの上の毛布の塊へと足を進め――

 

「ナギさん、見ーつけた」

 

「っ!?」

 

 ――流れる手際で毛布を華麗に剥ぎ取った。

 毛布の中にいたのは普段の服装のまま膝を抱えているナギ当人で、目元と鼻が真っ赤に腫れてしまっている。顔はグシャグシャに歪められていて、涙目状態ながらに時折嗚咽が漏れている始末だ。

 今まで一度として見たことがないナギの疲弊っぷりに思わず動揺してしまう。――だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

 ミツルの激励のおかげで覚悟を決めているカナタは迷う事無くナギを正面から抱きしめ、彼女の頭を乱暴且つ優しく撫でた。

 

「~~~~ッ!?」

 

「大丈夫、大丈夫っすよ、ナギさん。俺はあなたに乱暴はしねえし、俺はあなたに立ち塞がらない。寂しいのなら俺を使って良いし、悲しいのなら俺の胸で泣いて良い。――だから、元気を出してください。あなたの泣いてる顔なんて、俺は微塵も見たくはない」

 

「っ……うぅ……えぐっ、ひっく……――っ!」

 

 囁きかけるようなカナタの声が心の奥へとスッと入り込み、ナギの悲しみをひとつ残らず外へと暴発させた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ナギが子供のようにひとしきり泣き喚いた後、二人はベッドの上で肩を並べて座り直した。因みに、二人の肩を覆うように被せられている毛布は先ほどカナタが投げ捨てたものだ。

 膝を抱えてしゅんとしているナギにドキッとしながらも、カナタは早速本題に入る。

 

「ナギさん。一つだけ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

「……嫌だと言ったら?」

 

「ナギさんが折れるまで何度も問い質しますよ」

 

「ははっ、そうだな。君はそういう奴だった……」

 

 そう言いながらもナギは哀愁に満ちた表情を浮かべ、

 

「いいさ、答えてやる。どんな質問だろうが私が盛大に答えてあげようじゃないか」

 

 今の発言に下ネタが含まれてないからまだ本調子じゃねえな、と思った俺はもう手遅れなのだろうか?

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「それで、私に何を聞きたいのだ?」

 

「絶対に言いたくねえと思うんですけど、まずは一つ目。――ナギさんがヒワマキシティジムのジムリーダーだってのは、本当ですか?」

 

「早速大ダメージな質問だな」

 

「すみません」

 

「ああ、いや、別に謝る必要はない。逆に謝らなければならないのは私なのだからな。……そうだ。私はヒワマキシティジムのジムリーダー、飛行タイプ使いのナギだよ」

 

「……どうして今まで黙ってたんですか?」

 

「…………そ、それについてはまた今度でもいいか? それよりも、今は他に聞きたいことがあるのだろう?」

 

「いやまぁ、別に良いですけど……それじゃあ、二つ目の質問――というか、俺が聞きたい本当の質問です」

 

「…………」

 

 

「ナギさんの過去に何があったのかを聞かせてくれませんか?」

 

 

「……君は本当に失礼な奴だな」

 

「すみません」

 

「よりにもよって私のプライバシーを侵害する作業に出てくるとは……相手が私で無かったら処刑ものだぞ?」

 

「すみません」

 

「……まぁ、いい。君は私にとって特別だからな。特別待遇で話してやろう」

 

「…………」

 

「それでは、心して聞いておくといい。私ことナギの辛く悲しく夥しい追憶の物語を――」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 むかーしむかし、ヒワマキシティと呼ばれる街に、それはそれは可愛らしい女の子が住んでおりました。

 女の子の名はナギと言い、父親がジムリーダーなだけあって、ポケモンバトルの実力もそれはそれは筋金入りのものでした。同年代で彼女に敵うものはなく、年上でも彼女と対等に渡り合える者は極々少数でした。

 ナギは思いました。もっと強くなりたい、と。

 ナギは考えました。強くなるために旅に出よう、と。

 全力の熱意で両親を説得したナギは荷物をまとめ、相棒のチルタリスと共に修行の旅を始めました。

 旅は困難を究めました。

 どこまで続くのかすら分からない平坦な道、死んでしまうのではないかと錯覚してしまう程の灼熱の砂漠、足がとられて前に進めない火山灰の道。比較的平和だとされているホウエン地方の旅は、弱冠十歳の少女にとってはとてつもない程に困難なものでした。

 そんな時、ナギは一人の青年と出会いました。

 赤い髪と高身長が特徴のその青年は、マツブサと名乗りました。

 マツブサは海に沈みつつある大地についての研究をしている若者で、半端じゃない程の実力を持つポケモントレーナーでもありました。

 マツブサは幼いナギにこう言いました。

 

「そんなに幼いのに一人旅をするだなんて君は偉いな」

 

 そう言って、優しく頭を撫でてくれたマツブサにナギは心を許してしまいました。別に恋心を抱いたという訳ではありませんが、自分に優しく接してくれるマツブサを心の底から信用してしまったのです。

 ナギとマツブサは一緒に旅をすることにしました。

 マツブサの研究に付き従う傍ら、ポケモンバトルの修行に励む。それはとても効率が良く、それはとても充実した旅でした。この調子で旅を続けていれば、私もマツブサも目的を達する事が出来る。なんて素晴らしい循環なんだ――と、この時のナギは思ってしまっていました。

 

 

 しかし、そんな彼女を悲劇が襲いました。

 

 

 それは、二人がルネシティと呼ばれる街を訪れたときに起こりました。

 立ち入り厳禁である『目覚めの祠』という遺跡に無断で侵入した二人は、そこで信じられないものを目にしたのです。

 

「だ、ダメだ、マツブサ。やはり不法に侵入するのは良くない事だ……っ!」

 

「何を言っているんだナギ! この先に、私が追い求めていたものが在るんだぞ!? 海を干上がらせ大地を創造する、世界最強の古代ポケモンが!」

 

 この時に、ナギは気づくべきだったのです。

 この時に、ナギは逃げるべきだったのです。

 しかし、ナギはマツブサの後を追ってしまいました。ここで彼を裏切るわけにはいかない、と。ここで彼を一人にするわけにはいかない、と。

 暗く険しい洞窟を抜け、二人は広い空間へと出ました。

 そこは、熱さと冷たさが混在する、不思議な広間でした。

 ――そして。

 ナギは見ました。

 熱く燃えたぎるマグマの中で眠る――巨大な紅いポケモンを。

 深く揺らめく冷たい海の中で眠る――巨大な蒼いポケモンを。

 其の二体のポケモンを視界に収めたマツブサは迷う事無く紅いポケモンの方へと駆けより、涙を流しながらこう叫びました。

 

「素晴らしい、素晴らしいぞ! 私の研究は正しかった! こ、これこそが私が追い求めていた超古代ポケモン、大地の創造主――グラードンだ!」

 

 目覚めの祠の入り口まで聞こえているのではないかという叫び声でしたが、紅いポケモンと蒼いポケモンは目を開く事すらしませんでした。ナギは直感で思いました。このポケモンたちは、絶対に起こしてはならない存在なのだ――と。

 ナギはマツブサの腕を引き、こう言いました。

 

「ま、マツブサ、もうここを出よう! これ以上ここに居てはいけな――ひっ!」

 

 そして、ナギは見ました――いえ、見てしまったのです。

 大地に魅せられた愚かな青年の狂った顔を。

 既に手遅れでしかない青年の異常な表情を。

 青年はナギを見るなり彼女を押し倒しました。ナギは激しく抵抗しましたが、何歳も年上のマツブサを引き剥がすまでには至りません。

 恐怖で涙を流して震えるナギに覆い被さりながら、マツブサはこう言いました。

 

「ナギ、お前(・・)なら分かるだろう? このポケモンの素晴らしさが! この世界を大地で染め上げる事の偉大さが!」

 

「お、おかしい、そんなのおかしいよ、マツブサ……正気に戻ってくれ、頼むからぁっ」

 

「正気? ははっ、いきなり何を言うかと思えば、くだらない。見ての通り、私は至極正気だよ」

 

「マツブサぁっ……」

 

「ん? なんだ、その反抗的な目は。まさかこの私に盾突こうとでも言うつもりか? バカバカしい。貴様が私に勝てるはずがないだろう?」

 

 悔しいですが、それは認めざるを得ない真実でした。

 長い旅のおかげでナギの実力は中々のものになっていましたが、それでもマツブサには及びません。彼を追い込む程度の活躍は出来るかもしれませんが、勝利するところまでの実力は持ち合わせていなかったのです。

 恐怖と悲しみで涙を流すナギにマツブサは妖しい笑みを向けました。

 そして。

 マツブサは彼女の服を破り捨て、

 

「そうだ、お前には今の私のこの興奮を覚ます役目をしてもらおう。なぁに、これが最後の役目だと思ってくれればいい。十歳の割には成熟しているお前なら、私の相手も問題ないだろうからな」

 

「い、いやっ、いやぁ……いやぁあああああああああああああああああっ!」

 

 その後、ナギの悲鳴を聞いた目覚めの祠の守衛さんたちがマツブサを取り押さえ、目も当てられない状態だったナギを病院へと搬送してくれました。

 

 その後の事は、ナギはよく覚えていません。

 

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「――と、いう訳さ。マツブサという男に捨てられた私は自分の身を護る為にジムリーダーとなり、自分から他人を遠ざけるために下品な事を言う女へと変わったのだ」

 

 馬鹿な女だろう? とナギは悲しそうに笑った。

 そんな笑顔を浮かべる彼女を見たくなくて、カナタは静かに静かに彼女の身体を抱きしめた。「え?」という声が耳元で聞こえたが、カナタは聞かなかったことにした。

 カナタはナギを強く抱きしめたまま、思い思いの言葉を吐き出す。

 

「辛かったな、ナギ(・・)。怖かったな、ナギ。悲しかったな、ナギ。――でも、だからといって強がる必要なんか何処にもねえんだ」

 

「カナタ……」

 

「これからは他人を警戒しなくていい。これからは自分に閉じこもる必要はない。――お前は俺が守るから。どんな脅威からもどんな危険からも、俺が絶対に守って護ってみせるから」

 

「…………うん」

 

「俺はお前を裏切らないし、俺はお前を見捨てない。例えこの身が滅びようとも、俺がお前を護ってやる」

 

 だから、とカナタは付け加える。

 本当に言いたいことを伝えるために、カナタは大事な事を付け加える。

 

「一人で強がらないでくれ、頼むから。どんな時でも俺が一緒に居てやるから、どんな時でも俺があなたを愛するから――たった一人で強がるのだけはやめてくれ。俺は、あなたの悲しむ顔なんて見たくない」

 

「…………う、ん。ごめん、ごめんね、カナタ……」

 

「だから、謝る必要なんてねえんだっての」

 

 そう言って。

 カナタとナギは超至近距離で見つめ合い、

 

「この世の全てが敵になっても、俺が絶対に守ってやる」

 

「この世の全てが敵になったら、君に全力で護られるよ」

 

 ――二人の唇が優しく触れた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「やっぱり、行くのか?」

 

「ああ。もう、決めたことだしな」

 

「また二人での旅になってしまうとは……寂しくなるな」

 

「大丈夫、ハルカにはミツルがついてるかんな。寂しくはねえだろうよ。――それに、ちゃんと置手紙もしてきたし」

 

「そう、だな。いつまでもくよくよしてはいられない。ハルカたちに西側を任せて私たちが東側を捜索する――これが最善策だと二人で何度も話し合ったものな」

 

「二手に分かれることで時間を短縮させる。ハルカたちが普通のジム挑戦ルートを進んでいる間に、俺とナギ(・・)がヒワマキシティ方面を進む。ユウキを早く助けなきゃだからジム戦はしねえけど……問題はないよな?」

 

「ああ。今はそんな事をしている場合ではないからな。君の言う通りにするよ――旦那様っ☆」

 

「~~~ッ!? い、いきなり何言ってんだテメェ! べ、別にそんな、旦那様とか意味分かんねえし……」

 

「照れなくても良いではないか、カナタ。私は君にならこの身体の全てを捧げても良いという覚悟までしているのだぞ? どうしてもというのなら、ここで野外セッ〇スをするというのはどうだろう?」

 

「お前本当は心の底から下ネタ好きなだけだろ! 他人を寄せ付けないようにだとかってのはただの建て前なんだろ!?」

 

「……ノーコメントで」

 

「目を逸らすなぁっ!」

 

「ま、まぁイイではないか、そんな事は。とにかく今は先を急ごう。ユウキを救うためにも、マグマ団とアクア団の暴挙を止めるためにも――な」

 

「体よく話を逸らされた気がするんですけど?」

 

「さ、さてはてなんのことだろうなー? と、とにかくっ、ハルカたちが起きる前にヒワマキシティへと向かおう! 話はそれからだ!」

 

「はぁぁ……ったく、また騒がしい事になりそうだな」

 

「なーに、心配も問題もないだろう。だって――カナタが私を護ってくれるのだろう?」

 

「……うっせーよ。改めて言うな恥ずかしい」

 

「あははっ、そんなところも大好きだぞ、カナタ☆」

 

「~~~~ッ! い、いいからさっさと行くぞ! ぼさっとしてたら置いてくかんな!?」

 

「相変わらずカナタはツンデレで照れ屋さんなのだな~」

 

「誰がツンデレだって!?」

 

 翌朝。

 目を覚ましたミツルとハルカは全力で二人の姿を捜したが、カナタとナギを見つけることは叶わなかった。

 

 




ツツジ「…………ぐふっ」

アスナ「つ、ツツジさぁん!? 温泉から上がって数秒で吐血って一体どういう状況ですか!?」

ツツジ「心成しか、誰かさんに先を越されてしまった気がしてならないのですわ」

アスナ「はぁ? 誰かさんって……誰の事ですか?」

ツツジ「こうしてはいられませんわ! アスナ、ちょっとこれからヒワマキシティに行きますわよ! 有給二ヶ月フルスロットルで!」

アスナ「アタシも行くんですかぁ!? ツツジさんだけで行ってくださいよ……」

ツツジ「何を言っているのですかアスナ! 女の勘がビビッと来た時には即行動。これがいい女の鉄則なのですわ!」

アスナ「意味分かんない。この人が言ってることがマジで意味分かんない」

ツツジ「そうと決まれば何とやら! ほら、さっさと旅の支度を始めますわよアスナ! さもなければ――全裸でフエンタウンを駆け回ってもらいます!」

アスナ「全力でお供させていただきます、ツツジさん!」

ツツジ「それなら早く準備に行きますわよ! 待っていなさい、ナギ。カナタ様を貴女なんかに渡してなるものですかーっ!」

アスナ「い、いつもアタシばっかり貧乏くじを引かされてる気がするぅぅううううううううううううううううっ!」



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三流悪党は憎めない

ツツジ「アスナ! わたくしのポケットマネーで小型飛行機を購入してきましたわ!」

アスナ「既に嫌な予感しかしない!」

ツツジ「ほら、さっさと乗りなさいな! 急がないと置いていきますわよ!?」

アスナ「ちょっと待ってちょっと待って! もしかしなくてもツツジさんが操縦する感じですか!? 嘘だよね、嘘って言ってよツツジさん!」

ツツジ「女に不可能はないのですわ!」

アスナ「せめて免許取ってから言ってほしかった!」

ツツジ「さぁっ、行きますわよアスナ! 目的地はヒワマキ。わたくしたちの旅はこれからですわ!」

アスナ「アタシの人生が打ち切りになる未来が見え――ぎゃぁあああああああああああああああああああああああっ!?」




 119番道路へとやってきたカナタとナギを出迎えたのは、高さ二メートルはあろうかというほどの長草群だった。

 

「大丈夫か、カナタ?」

 

「あ、ああ。なんとか大丈夫だ!」

 

 カナタは行く手を遮る長草をかき分けながら、数メートル前を先行するナギの問いに答える。個人的にはジュプトルの“いあいぎり”で長草を一掃したいのだが、「環境破壊ダメ、絶対」というナギの言葉を受けてしまったのでそんな暴挙に出ることは出来ないのだ。……今『ヘタレ』とか言った奴こっち来い。

 前方で揺れるナギの紫色の髪を目印に、カナタは慣れない道を必死に全力に進んでいく。

 ――と。

 今まさに転びそうになっていたカナタの前に、やけに見慣れた手が伸ばされてきた。水色のグローブをはめているところからもこの手の持ち主が誰なのかが容易に想像できる。

 地面に片手をついた状態でナギの手を掴み、体重を彼女で支えながらもカナタはなんとか立ち上がる。

 珍しく弱い立場になってしまっているカナタを見るのが楽しいのか、ナギは心の底から楽しそうな笑顔を浮かべ――

 

「この長草群の中でなら青姦セッ〇スしても問題はなさそうだな!」

 

「問題ありまくりだ迅速に悔い改めろ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 カナタとナギがヒワマキシティを目指している頃、キンセツシティにて。

 知らぬ間にホウエン地方の西側を担当する事になってしまったハルカとミツルはキンセツジムへとやってきていた。

 

「が、頑張ってください、ハルカさん!」

 

「いやいやいや、ミツルくんも挑戦する側だからね? 私の後にちゃんと挑戦するんだからね?」

 

「そ、それはそうですけどぉ……」

 

 ああ、なにこの可愛い生き物お持ち帰りしたい食べちゃいたい。

 うるうるとした瞳にしゅんと落ち込んだ表情がまたなんともたまらない――と凄くギリギリな理性に更なる追い打ちをかけるハルカさん。二人旅の冒頭からこの様子では今後が凄く心配になってしまう訳なのだが、まぁそこは彼女の理性の耐久度の高さに期待するしかあるまい。……ハルカがショタコン疑惑な件についてはまたの機会に論するとしよう。

 うじうじと相変わらずの自信のなさを披露しているミツルを引っ張りながら、ハルカはジムの中へと足を踏み入れる。

 ジムの中には大小様々な機械が設置されていて、そこから放たれる電磁バリアがプロレスのリングの様なバトルフィールドを作り上げていた。――そしてその奥に、『彼』はいた。

 禿げ上がっていながらも何とか生き残っている白髪と無駄に蓄えられた白いひげ。隠しきれない程の明るいテンションが含まれているおおらかな顔つきに如何にも中年太りといった感じの体格。

 そう、この中年男性こそが――

 

「がっはっは! 新しい挑戦者はこれまた随分と可愛らしいのう! どれ、ワシが少し揉んでやるか! あ、言っておくが、別に乳を揉むという訳ではないぞ? がっはっは! そりゃそうか!」

 

 ――今この瞬間程カナタのツッコミが恋しいと思ったことはない。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 突然降り始めた大雨から逃れるために天気研究所へと走り込んだカナタとナギは、もはや何度目かも分からない程のトラブルに巻き込まれていた。

 

「よりにもよってアクア団に占拠されてるとか、マジで笑えねえ……」

 

「ここはポジティブに考えよう。アクア団の悪事を止める、良い機会だと考えるようにするんだ。そうすれば、少しぐらいは明るい気持ちになれるのではないかな……うん、本当に……」

 

「アンタも結構キテるよな」

 

 そんな漫才をしつつも、二人は天気研究所の中へ足を踏み入れた。カナタはジュプトルを、ナギはエアームドを傍らに、アクア団を撃破するための行動を開始した。

 早速立ち塞がってきたアクア団の下っ端を撃破しながら二人は二階を目指して駆けていく。

 

「フッ、他愛もない。もっと激しくしてくれないと私は満足できないぞ!」

 

「オイコラ恋人だからって容赦しねえぞコンチクショウ」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 二階に上った先にいたのは、ロープと猿轡で拘束されている数人の研究員とパソコンをカタカタやっている数人のアクア団だった。一人だけやけに露出度の高い女がいるが、おそらくはあれがここを襲撃したグループの主犯格だろう。もしかしたらアクア団のリーダーかもしれな――いや、確かカイナシティでアクア団のリーダーには会ったことがあったな。あんまり記憶に残ってなかったから忘れてたわ。

 ジュプトルを従えたカナタは目の前のアクア団を睨みつけ、

 

「単刀直入に忠告させてもらう! 痛い目を見たくなかったらそこの人たちを解放してさっさと何処かへと消えやがれ!」

 

「はン! クソガキ風情が誰に物を言ってるんだい!? アタイたちは天下無敵のアクア団だよ!」

 

「ハイ小物臭が凄いセリフですねありがとうございます! そして下っ端の方々も俺に同意してくれてる表情ですねありがとうございます!」

 

「んなぁっ!?」

 

 カナタの言葉に驚愕した女は勢いよく自分の部下の方へと振り返り――

 

「……まぁ確かに、イズミ様って小物臭が凄いとこあるよな」

 

「同感同感。なんつーか、こう……三流悪党みたいな感じがするよな」

 

「私イズミ様に憧れてるけど、流石に今のセリフはちょっとドン引きだなー」

 

 ――え、なにこれ。アタイ何で部下から好き勝手言われてんの?

 

「これが世に言う『頼りない上司に渋々付き従う部下』の例、か……」

 

「オイコラテメェ! か、勝手にアタイの現在状況を冷静に分析且つ解説してんじゃないよ! しかも具体例がリアルすぎる! アタイはそこまで不遇キャラじゃねぇ!」

 

「自覚がないって悲しいっすよね」

 

「う、うわーん!」

 

 遠慮も加減もないカナタの毒舌にイズミは膝から地面にへたり込んでしまう。幹部クラスのイズミの陥落に下っ端たちは露骨に焦っていたが、カナタとしては「お前ら今更だろ」と冷徹に指摘を浴びせたい気持ちでいっぱいだ。

 「君、意外と容赦ないな」「いやぁ、最近ストレスが溜まってたんで……つい」ナギのジト目を受け流しながら、カナタは困ったように乾いた笑いを零す。もはや夫婦漫才もビックリの息の合いようだった。さっさと結婚しろ。

 「ふぁ、ふぁいとですイズミ様!」「あんな奴に負けないで!」部下の激励によってなんとか持ち直したイズミは懐からモンスターボールを取り出し、

 

「ここまでコケにされたのは生まれて初めてだよ! もう許さん! 行け、サメハダー! あのクソ憎たらしい女顔野郎をけちょんけちょんにしてやるんだ!」

 

「《けちょんけちょん》とか死語すぎませんかね?」

 

「お前マジで何なんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 バッサリだった。まさに袈裟切りにされた下級武士状態だった。絵に描いたようなカウンターだった。

 冷たく直線的なカナタの毒舌に心を折られたイズミはその場に座り込んで「アタイは強いんだアタイが最強なんだアタイこそが無敵なんだ……」と暗い表情で呪詛のように呟きを漏らし始めてしまった。なんか恨めない悪党だな、と思ってしまったカナタとナギと研究者たちを一体誰が責められようか。

 なんかこのままバトルってのも難しいなー、と困ったようにカナタが頭を掻いた――次の瞬間。

 

 ドゴォッ! という轟音と共に研究所の二階に大穴が開き。

 ゴガグシャメギャァッ! という雑音と共に外から巨大なナニカが研究所内に無理やり侵入してきた。

 

 何だ何だ地震か隕石か!? と慌てふためく研究者たち。カナタとナギは突然現れた物体――小型飛行機にぽかーんと口を間抜けに開くしかなくなっている始末。

 そして。

 ガラガラガラ、と瓦礫を弾きながら開かれたハッチの中から、彼女達(・・・)は現れた。

 

「死ぬかと思った本当に死ぬかと思った!」

 

「おーっほっほっほ! このわたくしにかかれば飛行機の操縦など朝飯前なのですわ! ……うっぷ。ヤバイこれマジヤバいちょっと吐きそうちょっとアスナこれ受け止めてくださいな……」

 

「い、嫌ですよ何言ってるんですかツツジさん! というか、自分で操縦しといて自分だけ酔うとか最低の極みじゃないですかぁ!」

 

 ……とりあえずアクア団の方々が研究所の外に突き飛ばされたんだけど、放っといても大丈夫なのかなぁ?

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 研究所を半壊させることと引き換えに研究員たちの命を救った女二人を引っ手繰り、カナタとナギは一目散に研究所から逃げ出した。

 一年中氾濫している事で有名なヒワマキ川の橋を渡ったところで座り込んだカナタとナギはゼーハーゼーハーと荒い呼吸を繰り返し、

 

「「い、いきなり何やっとるかお前らはァああああああああっ!」」

 

「痛っ」

 

「ご、ごめんなさぁい!」

 

 スパーン! と平手とハリセンで叩かれた二人の少女は各々のリアクションを返し、涙目で顔を逸らしてしまった。

 ツインテールと制服が特徴の少女――ツツジは平手で叩かれた頭を抑えながらナギをキッと睨みつけ、

 

「レディの頭を叩くなんて最低ですわ! このふた〇り女!」

 

「…………ナギ?」

 

「ち、違うぞ! このバカの言っている事はデタラメだからな!? いくら私が男勝りな性格をしていると言っても、流石にそんな衝撃事実は存在しないからな!?」

 

 疑わしげな視線を向けてくるカナタにナギは全身全霊を込めて抗議の声を上げる。そもそもカナタが半信半疑になってしまうところに問題があるのだが、焦りまくってしまっているナギはそんな些細な事実には気づかない。

 要らぬ事を言ったツツジをナギがハリセンでなぶり始めたところで、カナタは置いてけぼり状態となっている少女へと視線を向けた。

 その少女は、紅い髪と無駄に巨大な胸が特徴的だった。黒の半袖シャツに描かれた炎のマークは豊満すぎる胸のせいで横に大きく歪んでいて、シャツとジーンズの間から覗くくびれと臍がなんとも言えないエロスを醸し出してしまっている。

 えーっと、とカナタは頭を掻き、

 

「ナギを始めとした変人たちを相手取ってきたツッコミ役のカナタです。なんか雰囲気的に凄く仲良くなれそうな気がするので、これからよろしくお願いしまーす」

 

「なんか凄く不名誉な印象を植え付けられてる気がする!」

 

 ぺこり、と礼儀正しくお辞儀したカナタに苦労人系巨乳少女――アスナのツッコミが炸裂した。

 

 




カガリ「気分はどうだい、ユウキ? 捕虜生活も悪くはないだろう?」

ユウキ「……不満だらけだよ、カガリさん。僕はこの生活に不満しかないよ!」

カガリ「は? いや、何で不満が……? 三食ちゃんと出してあげてるし、ベッドとトイレだって設置されてる。ポケモンたちの為にトレーニングルームまで貸し与えているってのに……どこが不満なんだい?」

ユウキ「だって捕虜だよ、捕虜! 捕虜って言ったら鞭でシバかれたり熱く燃える蝋燭を垂らされたり首輪を着けられたり絶食させられたり……とにかく、そんな素晴ら……素晴らしいご褒美が満載なはずなんだよ!?」

カガリ「言い直す訳でもなく言い切りやがった!」

ユウキ「もっと厳しく激しい捕虜生活が良いよ、カガリさん! そしてできればあなたに鞭でシバかれたいです!」

カガリ「い、いやまぁ、それは私もそうだけどね……(うずうずうず)」

ユウキ「カガリ様! いや、ご主人様! この愚かしい捕虜めをズタズタのボロボロに痛めつけてください!」

 ――プツンッ。

カガリ「よーっし、分かった! 上等じゃないか! ほら、まずは私の靴を舐めな、この豚野郎! そしてその次は『紅色の玉』との感応実験だ! 相当の痛みがある実験だけど、アンタにとっちゃご褒美以外の何物でもないんだろう? ほら、何とか言ってみな!」

ユウキ「あぁん! 痛い、でもそれが気持ち良い! もっと、もっと僕をなぶってください!」

カガリ「ウフフ。なんて愚かで下衆な豚なんだろうねぇ……ほら、次行くよ! ほらっ! ほらっ!」

ユウキ「あ、ありがとうございまぁーす!」



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妻を怒らせると後が怖い

 フエンタウンジムリーダーのアスナとカナズミシティジムリーダーのツツジが仲間になりました!

 

「カナタ様の貞操はわたくしが貰い受けますわ!」

 

「開口一番何言ってるのだテメェ」

 

「な、ナギ先輩口調! 口調が大変なことになってます!」

 

「このバカに普段の口調など必要ない!」

 

「すごい名言! だけど自分のキャラは大切にしてください!」

 

 ツツジのボケとナギの激怒に適切かつ迅速なツッコミを入れていくアスナ。流石はジムリーダー界唯一の常識人と言ったところか、そのキレはカナタに負けず劣らずのレベルだ。

 整った胸を張るツツジと青筋を浮かべるナギとツッコミを入れるアスナを順番に眺めたカナタはアスナの肩に優しく手を置き、

 

「俺、アンタの事(ツッコミ仲間として)結構好きかもしんない」

 

「うえぇぇっ!? い、いきなり何言ってるのカナタくん!?」

 

「浮気だ、浮気の瞬間だー!」

 

「おーっほっほっほ! 貴女の時代は終わったのですわ、この過去ヒロイン!」

 

 え? 俺、何かダメな事言ったっけ?

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 何が起きたのかは分からないがとりあえずナギに全力で謝罪した後、カナタはジムリーダートリオを引き連れてヒワマキシティへと足を進め始めた。因みに、カナタの右頬についている赤色紅葉はナギからの平手が原因だ。……今後は余計な事言わないようにしよう。

 ヒリヒリと痛む右頬を擦りながらカナタは隣のナギに視線を向ける。

 

「あ、あのぅ……ナギ?」

 

「…………何だ、この浮気男」

 

「い、いや、だからその、さっきのは誤解だって……あれは同じツッコミ役としてアスナが好きかもしんないって言っただけで、別に異性として好きって言ったわけじゃないんだよ……」

 

「……私以外の女に『好き』とか言うんじゃない」

 

 そう言ってナギはぷくーっと頬を膨らませた。これはあれだ、柄にもなくナギが拗ねているって状況だ。子供のように頬を膨らませているナギが凄く可愛いんだけど、このまま彼女を怒らせているのは得策ではない。まずは早急に機嫌を直してもらう。これが最善策だろう。

 そうと決まれば何とやら。カナタは頬を膨らませたままそっぽを向いているナギの前に一瞬で躍り出て――

 

「んっ」

 

「むぐっ!?」

 

 ――流れるように彼女の唇を奪った。

 予期せぬタイミングでのキスにナギの顔がボンッ! と紅蓮に染まってしまう。二人のキスを後方で見ていたツツジが『ぶっ殺す! ナギをこの手でぶっ殺す!』と叫び散らしていたが、新たなツッコミ役ことアスナが彼女を羽交い絞めにすることで何とか引き止めることに成功していた。――やはり凄いツッコミセンスだ。

 カナタの不意打ちにまんまと引っかかってしまったナギは「な、ななななな!」と驚天動地な心境を言葉で表し、

 

「か、カナタはやっぱり卑怯だ! そ、そそそそそんな事をされてしまっては、どんなに怒っていても許してしまうではないかぁーっ!」

 

「なにこの生き物凄く可愛い」

 

「カナタくん落ち着いて! 君だけはアタシと同じツッコミ役でいてくれないと困るんだ!」

 

 ナギの“メロメロ”に完敗しているカナタにアスナのツッコミが炸裂する。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 キンセツシティジムのジムリーダー・テッセンは、下ネタ好き少女ハルカがドン引きしてしまう程のセクハラ親父だった。

 後ろのミツルが「うわぁ」と心の底からの感想を述べているのを耳で確認しながら、ハルカは引き攣った笑みをテッセンに向ける。

 

「あ、あのえとその……よ、よろしくおねがいします」

 

「がっはっは! 別にそこまで畏まる必要はないぞ、お嬢ちゃん! あの日(・・・)に悩まされとる女子じゃあるまいし!」

 

「そ、そんなセクハラはいいから、さっさとジム戦を始めませんか!? 私、先を急がなくちゃいけないんです!」

 

「ほぅ? もしかして――そこの可愛らしい少年とセッ〇スをする予定でも入っておるのかの?」

 

「今だけはカナタの気持ちが分かる気がする!」

 

 下ネタ攻めがまさかここまでウザかったとは。今までは自分がボケの側だったからよく分かっていなかったが、今は断言できる。……私、これからはちょっと下ネタ自重する!

 予想外のタイミングで自分を見つめ直すこととなってしまったハルカはワカシャモが入ったモンスターボールをテッセンに向けて握り締め、

 

「ミシロタウンのハルカ、いろいろと更正するためにあなたからジムバッジを勝ち取ります!」

 

「それじゃあワシはお主の処女を勝ち取らせてもらおうかの!」

 

「にゃ、にゃぁああっ!?」

 

「がっはっは! 冗談じゃよ、冗談! お主はリアクションが面白いのう!」

 

「こ、このセクハラ親父、断じて許さん!」

 

「落ち着いて、落ち着いてくださいハルカさん! 何を言われたのかは全く理解できませんけど、冷静さを欠いた状態で勝てる相手じゃありません!」

 

「むきゃーっ! 殺す、殺しきるー!」

 

「は、ハルカさぁーん!」

 

 まことに珍しい事に下ネタを言われて憤慨しているハルカをミツルは全力で羽交い絞めにする。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ヒワマキシティ。

 《木の上で自然と戯れる街》というキャッチコピーの通り、ポケモンセンターとポケモンジムとフレンドリィショップ以外の全ての建物が木の上にあるという、ホウエン地方の中でも五本の指に入るぐらいに様変わりした街である。

 久しぶりの故郷に帰ってきたナギがヒワマキシティに足を踏み入れた直後、街のあちらこちらから老若男女問わずに多くの住人達が彼女の元へと集まって来た。

 

「ナギ様、ナギ様が帰ってこられたぞ!」

 

「わーい、ナギさま、ひさしぶりー!」

 

「うぅ。これでやっとジムトレーナー達の負担が減るってもんだな!」

 

「ナギ様やっぱりお美しいですぅ!」

 

「ナギさま、ナギさまー!」

 

「あははっ。久しぶりの帰郷が嬉しいのは私も同じだが、そんなに圧さないでくれ。圧迫が強くて……んっ……少し、苦しいではないか……くぅっ」

 

 ナギ様ナギ様、と英雄凱旋状態になってしまっているヒワマキシティの住人達。それほどまでにナギが慕われているという事なのだろうが、流石にこれは予想外すぎる展開だ。他のジムリーダーもこんな感じなのだろうか?

 ――とまぁ、そんなコトは置いといて。

 

「大勢の人に圧迫されて喘ぎ声を漏らすナギ、最高にエロい……ッ!」

 

「ねぇねぇカナタくん。君って本当にツッコミキャラなの? アタシ、君と出会ってからデレボケ状態のカナタくんしか見てないような気がするんだけど」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 アイドルの追っかけのようになってしまっていた住人達を解散させた後、ナギたち四人はヒワマキシティジムの中へと移動していた。

 ジムの中には大勢のジムトレーナー達が待機していて、ナギの姿を見た途端に先ほどの住人達とほぼ変わらない行動に出ていた。

 

「お師匠様! 御無事で帰ってきていただいて何よりです!」

 

「ししょー! ししょーがいない間、私たちでしっかりとジムを護ってきました!」

 

「流石にナギ様のようにうまくは行きませんでしたが、それでもジム閉鎖の危機にはならずに済みました!」

 

「ああ、それは助かった。私がいない間、よく使命を全うしてくれた。ありがとう」

 

「「「あぁっ、やっぱり素敵……ッ!」」」

 

 どこの少女漫画だこの状況。

 瞳の中に星を浮かべて骨抜きにされてしまっているジムトレーナー達(全員女)。それほどまでにナギのカリスマが凄いという訳なのだろうが、それにしてもこれはモテ過ぎではないだろうか。ナギの恋人という立場であるカナタにとっては凄く面白くない状況だ。ナギを独り占めしたいなぁ、と思ってしまう彼を一体誰が責められようか。

 と、そんな中。

 カナタに気づいたジムトレーナーの一人がナギの服をくいっと引っ張り、

 

「あ、あのぅ、お師匠様。そこの男性は一体どなたなのですか?」

 

「あぁ、そういえばまだ紹介していなかったな。カナタ、ちょっとこっちまで来てくれるか?」

 

 ナギの手招きに応じ、カナタは彼女の隣まで移動する。

 ナギはカナタの腕に抱き着き、

 

「この人の名はカナタ。ミシロタウン出身の新米トレーナーで――私と将来を誓い合った最愛の旦那様だ!」

 

「「「天誅!」」」

 

「どの感想よりも先に暴力とか意味分からぶげらぁっ!」

 

 複数人の攻撃を真正面から諸に受けたカナタはなんの抵抗もできずに膝から床に崩れ落ちてしまう。ヒワマキシティジムの床は珍しい事に畳張りで、膝へのダメージを無駄に和らげてくれていた。

 ――しかし、ナギの部下たちからのダメージは和らぐことはない。

 

「ありえないありえないありえない! 何でこんな女顔がナギ様の旦那様なの!?」

 

「ナギ様の旦那様に相応しいのは、もっと格好良くてもっと男らしいトレーナーに決まってるのに!」

 

「どんな方法を使ってお師匠様を誑かしたの!? 言え、言いなさい!」

 

「もががががががががが!」

 

 チョークスリーパー、四の字固め、腕拉ぎ――等々の多種多様な折檻技を浴びせられているカナタの口から壊れた機械のような悲鳴が零れ出る。彼の悲劇を少し離れたところで見守っているアスナとツツジの顔は驚きの青さを誇っており、このままでは死んでしまうおそれがあるカナタに向かって静かに合掌までもをしている始末だった。なんて仲間甲斐のない奴らだろうか。

 しかし、この地獄の中にも天国がない訳ではない。

 チョークスリーパーをしてくる少女の胸は後頭部に当たっているし、四の字固めを極めてくる女性の胸は足に密着している。トドメとばかりに決められている腕拉ぎに関しては、不可抗力で巨乳少女の胸を鷲掴みにしてしまっている状態だ。

 あえて正直に言おう。

 今の状況は男としての楽園であると。

 

「す、少しユウキの気持ちが分かった気がする……ッ!」

 

「ああ、そうだな。その思考を私に読み取られてさえいなければ、最高の気持ちだっただろうな」

 

 …………………………あ。

 

「な、ナギ? 冗談だよな? その謎の巨大なプロペラは俺に振り下ろす為だけに用意したものじゃねえよな?」

 

「あははっ。――妻の恐ろしさを教えてやるゾ☆」

 

「い、いいいいいいいやいやいやいやちょっと待ってちょっと待って助けてマジでそれはヤバイ洒落になってない! っつーかそんな遠くで見てねえでちょっと助けてよアスナにツツジさん! このままじゃ俺マジで死んじゃ……はいっ、ごめんなさい俺が悪かったですナギさん! だからそのプロペラを股間に向けるのだけはマジ勘弁してく」

 

 直後。

 ヒワマキシティジムの中に超原始的な暴力の音が響き渡った。

 

 




ホムラ「おーい、カガリの旦那ぁ。今日もあのクソガキの相手をしに行くのかぁ?」

カガリ「あぁ、ホムラか。というか、アタイは旦那じゃないって何度言えば分かるんだい? レディに対してのその言い草、いい加減に直した方が良いと思うけどねぇ」

ホムラ「はン。別に気ィ使わなくちゃならねえ相手なんていねえから良いんだよ。――それで、あのクソガキはどうだぁ? オレたちの作戦の一部としてちゃんと使えそうなのかぁ?」

カガリ「その点については心配ないよ。ユウキと『紅色の玉』は怖ろしいほどに共鳴してる。この調子で行けば、作戦開始日までには最高の数値が叩き出せるだろうね」

ホムラ「ふーん。そりゃ結構。オレとしちゃ、別に陸がどうのとか海がどうのとかはどうでもいいんだけどよぉ……ただ純粋に強ェ奴と戦えりゃそれでイイんだ」

カガリ「それ、マツブサ様に聞かれたらこっ酷く言われちまうよ?」

ホムラ「はン。忠告御苦労ォ。そんじゃま、オレは今から下っ端共のを鍛えに行かなきゃなんねぇから、先に行かせてもらうぜェ」

カガリ「はいはい。それじゃあ、また後で」

ホムラ「うーい」




ホムラ「あの女狐、自分でも気づいてねえんだろうが……あのクソガキの話をしているとき、やけに嬉しそうな顔をしてやがんだよなぁ。――まぁ、オレにゃ微塵も関係ねぇし興味もねぇから良いんだけどよ」



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欲情浴場パニック

「とりあえず、今日は私の家で身体を休めよう」

 

 そう言ったのはカナタを先ほどプロペラで戦闘不能にしたナギで、彼女を怒らせてはいけないことを全力で思い知らされたツツジとアスナは顔面蒼白で全力で首を縦に振った。因みに、股間を殴打されたカナタは未だにグロッキー状態で気絶中だ。いくら頑丈なカナタでも流石にプロペラでの股間ブレイクは堪えたらしい。

 怖ろしい程に冷たい笑顔のナギの先行で、アスナとツツジがカナタを抱えた状態でナギの家へと向かっていく。ここからはナギの後ろ姿しか黙視できないが、あの前面にはさぞ恐ろしい形相が権限なさっている事だろう。修羅とか悪魔とか、絶対に足元にも及ばない。

 ――と。

 顔面蒼白でぷるぷる震えているカナタを見て、何を思ったのかツツジは「カナタ様っ」と少し嬉しそうな表情で名前を呼び――

 

「おちん――もとい殴られたところをわたくしが擦ってあげますわ!」

 

「待てツツジ! その一線を越えられるのは恋人である私だけのはずだが!?」

 

「二人とも落ち着いて! 論点は絶対にそこじゃないと思うんです!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ナギの家はヒワマキシティの東側に位置しているツリーハウスで、小さい外観の割に中はかなり広い造りになっていた。流石に何部屋も作る事が出来るほどの広さはないが、それでも十分に七、八人は余裕で入る事が出来るぐらいの広さはある。

 絶賛グロッキー中のカナタを部屋の隅に寝かせたツツジとアスナは額に浮かんだ汗を手で拭い、

 

「あ、そういえば、ナギ先輩」

 

「ん? どうした、アスナ?」

 

「アタシたち、フエンタウンを出てからお風呂にすら入ってないんですけど……この家、お風呂とかあったりしますか?」

 

 既に服を脱ごうとしているツツジを抑え込みながらのアスナの問いにナギは「うーん」と腕組みをし、

 

「まぁ、あるにはあるのだが……ちょっとばかし風変わりな風呂だからなぁ……」

 

「風変わり? それってかの有名な五右衛門風呂とかですか?」

 

「いえ、外から透けて見える露出風呂に決まってますわ!」

 

「その風呂には是非入ってみたいところだが、不正解だ」

 

「じゃあどんなお風呂なんですか?」

 

 ナギはふいっと視線を逸らし、

 

「……木の天辺に作られた、特製露天風呂なのだ」

 

「「なにその無駄に豪華な露出プレイ」」

 

 そのツッコミは言葉だけなら同じだが、ツツジの顔には期待が、そして、アスナの顔には驚愕の色が込められていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ワカシャモとスバメの活躍でテッセンを倒したハルカは、自分の後に挑戦したミツルがダイナモバッジを受け取るや否や、一目散にキンセツシティジムを飛び出した。

 自分の手を引きながら迷う事無くキンセツシティの出口に向かおうとしているハルカにミツルは息を切らしながら、

 

「は、はるっ、ハルカさん……ちょ、ちょっとストップして、ください……」

 

「あぁっ! ご、ごめんねミツルくん! ミツルくんのこと何も考えずに振り回しちゃって……」

 

「い、いえっ、そこは別に、問題、ない、です……」

 

 ゼーハーゼーハーと肩を激しく動かして呼吸を整えようと試みるミツル。生まれつき体が弱いミツルは激しい運動が極端に苦手だ。ただでさえお世辞でも空気が綺麗とは言えないキンセツシティに居るというのに、そこで全力疾走を強要されたらとてもじゃないが耐えられない。こればかりはどうしようもないので誰が悪いという訳ではないのだが、それでもこの身体のせいでハルカに迷惑をかけてしまっているというこの状況は許し難いものがある。

 なんとか普段通りの呼吸リズムを取り戻したミツルは「ふぅ」と胸を撫で下ろし、

 

「これからどうします? カナタさんたちの指示では、ハジツゲタウンの方角に行けという事でしたよね?」

 

「うん。フエンタウンまでの範囲を捜索して、何も情報が得られなかったらカナタ達に合流する――って指示だったね。だから一応、このままハジツゲタウンに向かおうと思ってるんだけど……」

 

 そう言って、ハルカは仄かに頬を朱く染めてミツルから顔を反らし、

 

「そ、それで、ね、ミツルくん? もし、良かったらでいいんだけど……わ、私と一緒に、その……旅を、してくれないかな? なーんて……」

 

「良いですよ?」

 

「あ、うん。やっぱり駄目だよね…………ん?」

 

 今、何かすごく聞き間違いをした気がするのは気のせいか? ミツルが頷いたように見えたのは私の気のせいか?

 思わず耳を疑ったハルカは大きく深呼吸をし、

 

「も、もしかして今、了承してくれた?」

 

「はい。ユウキさんを助けたいのはボクも同じですし、ハルカさんと一緒に旅をするのも楽しそうだなぁって思っちゃいましたから。……もしかして、やっぱりダメって感じですか……?」

 

 目を潤ませながらしゅんと落ち込んで上目遣いをしてくるミツル。

 その破壊力は一撃必殺級で――

 

「も、もももももちろんオーケーに決まってるよこれからよよよよよよよろしくねミツルくん!」

 

「くぎゅぅっ!?」

 

 ――目をハートにしたハルカはミツルを思い切り抱きしめた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そして。

 公衆の面前でミツルを抱きしめるハルカの姿を遠目で見ていた黄色く小さなポケモンは特徴的な尻尾を大きく振り、

 

「ぴかちゅっ」

 

 トタタッと彼女の元まで一目散に駆け出した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ナギの家の露天風呂は想像をはるかに上回るほどに極楽だった。

 

「ぶふぃー……あ゛~~生き返るぅぅ……」

 

「こらこら。嫁入り前の女がそんな年寄り臭い声を出すんじゃない。ツツジのように婚期を逃したいのか?」

 

「ちょっと待ちなさいなこの鳥野郎。わたくしは貴女と同じ二十一歳なのですが?」

 

「ああ、そうなのか? すまないすまない。あまりにも君がモテていないから、無意識に年齢を間違えてしまったよ」

 

「モテてますぅ! これでも一日に十通はラブレターを貰ってますぅ!」

 

「私にはカナタからの愛情があるから一日五十通のラブレターをすべて焼却処分しているがな!」

 

「滅べッッッ!」

 

「なんでアタシにぶべらっ!?」

 

 フンス、と豊満な胸を張ったナギの顔面目掛けてツツジが洗面器を投げつけるが、ちょうど対角線上にいたアスナの顔面が見事な角度で洗面器をキャッチしてしまった。今のは完全に即死コースだったのだが、アスナは奇跡的に軽傷で済んだようだった。

 しくしくしく、と朱く腫れ上がった鼻を抑えて泣くアスナに苦笑を浮かべながら、ナギはツツジに問いかける。

 

「ずっと気になっていたのだが、どうして君たちは突然旅を始めたのだ? しかもわざわざ有給まで取って……」

 

「カナタさまを鳥女の毒牙から護る為に決まってますわ」

 

「渾身の“つばめがえし”で性的に昇天させるぞクソ教師」

 

「返り討ちにしてやりますわ」

 

「ちょっと待って二度目はない二度目はないわマジでそれは流石に笑えなぶぎゅるっはぁあああああああっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 深い闇の中から脱出したカナタが目を覚ますと、視界に見覚えのない天井が映り込んできた。

 未だに鈍い痛みを発する股間に顔を歪めながらもカナタは上半身をゆっくりと起こし、

 

「えーっと、さっきの流れ的にここはナギの家って事で間違いねえんかな……?」

 

 あそこに飛行服が何着も折り畳まれてるからきっとそうだな、とカナタは鋭い洞察力を駆使して勝手に納得する。

 カナタは膝をがくがく震えさせながらもゆっくりと立ち上がり、辺りをキョロキョロと見回す。何故かナギたち三人の姿が無い。どこかに買い物にでも行ったのだろうか? ――いや、それだったら何かしらのメモを残しているはずだ。ナギとはそういう性格の女なんだから、何の音沙汰もなく外出するなんてことは皆無に等しいだろう。

 それでは、彼女たちは一体どこへ行ってしまったのか? そんな素朴な疑問に頭を悩ませるカナタだったが、直後に彼の耳にこんな会話が聞こえてきた。

 

『ま、マズいぞツツジ! アスナが息をしていない!』

 

『あ、あああ焦ってはダメですわナギ! ま、まずは人工呼吸と心臓マッサージを――ってこの巨乳を合法的に触れる奇跡の瞬間キターッ!』

 

『何ィ!? そ、それなら私が心臓マッサージを担当する! 君は人工呼吸を頼む!』

 

『今のわたくしのノリとテンションをもう一度鑑みてその言葉が言えるとするなら貴女は生粋のクズですわ!』

 

「こんな大声で随分ゲスな会話してんなオイ!」

 

 そして何気にアスナが命と貞操の危機に瀕している!

 このままでは数少ないツッコミ仲間が社会的な死を迎えてしまう。それだけはなんとか避けなければ。別にナギとツツジだけにアスナの胸を触らせるのが嫌という訳じゃあない。ちょっと俺も触ったり揉んだりしてみたいなとか思ってる訳じゃあない。そこんところの勘違いだけはやめてくれ!

 心の中で言い訳をしながらも何故か喜色満面なカナタはドダダダダッ! と勢いよく階段を駆け上って屋上へと移動し、

 

「罪なきツッコミ役に一体何してんだおま、え、ら…………」

 

「「へ?」」

 

 脳が震えた。

 

 今、カナタの目の前に広がっているのは、男なら誰だって気絶してしまう程の理想郷だ。

 全裸で気絶しているアスナの爆乳を上から右手で押し潰しているのは、これまた全裸で体の隅々までもが露わとなってしまっている美乳のツツジ。普段はツインテールにしている髪が水に濡れて下に降ろされているのがなんとも艶めかしい。

 そして。

 アスナの爆乳を揉み潰しながらもツツジの左手に自信の胸を揉み潰されている――例外なく全裸のナギの姿。胸の先やら股の間など、絶対に見えてはならない箇所が全てカナタの目を釘付けにしまっている。

 気絶している一人を除き、裸を見られている二人の少女はキョトンとした顔でカナタをまじまじと見ている。

 あまりにも予想外すぎるラッキースケベに恐怖したカナタはニッコリと心の底から満面な笑みを二人に向け、

 

「三人とも、最っ高にエロいっすね!」

 

「「…………~~~~ッ!?」」

 

 直後。

 顔を紅蓮に染めたジムリーダーコンビによりカナタがモザイク処理必須な肉塊に変えられることになるのだが、それについての描写はあえて書き記すまでもないだろう。

 

 




カガリ「最近、ユウキを虐めることに性的快感を覚えてきたアタイがいる」

ホムラ「それをオレに言ってどうしろってんだよ……」

カガリ「アタイがユウキへの拷問で絶頂出来るまでの間、アタイの仕事を代わりにこなしといてくれないかい?」

ホムラ「うっわ予想外に面倒臭ェ事頼まれた」

カガリ「嫌そうな顔するんじゃないよ。これは――上司命令だ」

ホムラ「こういう時だけ上司面すんなよ鬱陶しい」

カガリ「じゃあ、そんな訳だから、今日の仕事は任せたよー」

ホムラ「お、おい! マジかよ冗談じゃねェぞ……」

 ――山積みになった書類――

ホムラ「オレ、机上仕事とか専門外なんだっての……ッ!」




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一二〇番道路で大誤算

 更新遅くなりました!

 ルビサファリメイクが決定したことでテンションアップ! ということで、暇を利用して更新した次第でございます!

 とりあえず、ルビサファリメイクおめでとう。リメイクを見越してXYを買わなかった俺は勝ち組!(意味不明)

 それでは、久しぶりの最新話、よろしくおねがいします。




 カナタの肉体に物理的なダメージが加えられてから一夜明けた、晴れの日の朝。

 カナタ達四人はナギの家で朝食を摂っていた。木製のテーブルを四人で囲んでの朝食で、メニューとしてはサラダにフランクフルトに牛乳というとても簡単なもの。因みに、製作者はナギさんです。

 ツツジと並ぶ形でテーブルに向かって座っているアスナはキャベツをもっきゅもっきゅと咀嚼し、

 

「それで、これからどうするの? アタシはツツジさんに無理やり連れて来られた立場だから、別に要望とかはないんですけど……」

 

「そうだなぁ……とりあえずはマグマ団のアジトを捜すかな。ユウキを早く助けなきゃだし、アイツ等の暴挙を止めなきゃだし……」

 

 アスナの問いに答え、カナタは牛乳を一口飲んだ。

 通常だったらヒワマキシティジムでナギとジム戦をするのだろうが、今は事情が事情、人命最優先というような状況だ。ホウエンリーグ開催まであまり時間は残されていないのだが、まぁそこには無理やりにでも目を瞑らなければなるまい。幼馴染みの命と天秤にかけるほどの物でもないし。

 と、そこで、カナタとアスナは気づいた――いや、気づいてしまった。

 彼らの隣にいるエロジムリーダーコンビが朝早くの時間から――

 

「あむっ、はむっ、んふぅっ……」

 

「ちゅっぱ、んぅっ、ほむぅっ……」

 

 ――フランクフルトをなんともエロティックに食している、という光景を。

 予想外――というか地味に予想通り過ぎた光景に二人は静かに溜め息を吐き、

 

「「いい年した大人が食べ物で遊ばない!」」

 

 自身の仕事を全うした。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 朝のヒワマキシティにハリセンとツッコミの音が響き渡った後、四人は一二〇番道路へとやってきていた。

 夜中に降り続いていた雨が上がったことで地面には多くの水溜りが形成されていて、その水面に映る青空がなんとも言えない美しさを醸し出していた。実はこの一二〇番道路、ホウエン地方の絶景十選にも選ばれているのだが、それについてはまたの機会に。

 頭の天辺に巨大なタンコブを装備したナギとツツジは疲れたように重い足取りで歩を進める。

 

「えぇい……そろそろ脳細胞が死滅してしまうかもしれん……」

 

「わたくしよりもバカ(・・)な貴女にはお似合いの未来ですわ……」

 

「いやいや、私が君よりもバカだなんて有り得る訳が無かろう。腐女子(・・・)の名の通り腐った脳を持つ君なんかに私が負ける訳がない」

 

「いやいや、わたくしはトレーナーズスクールの講師なのですわよ? それほどまでに有能で優秀なわたくしがバトルジャンキーのナギに頭脳で負ける訳がないでございましょう?」

 

「ハッ! 頭脳でしか物事を騙れないなんて悲しい奴だな」

 

「強さでしか物事を騙れないバカに言われたくはないですわね」

 

「「…………ッ!(メンチの切り合い)」」

 

 …………何でこの人たちは五分おきぐらいに喧嘩を勃発させるのだろうか?

 ヤンキーのガンの付け合いのように睨みを利かせるジムリーダーコンビ。正直言って折角の美貌が台無しになってしまっている状況なのだが、どうする事も出来ないアスナとカナタは疲れたように溜め息を吐くのみ。この二人の喧嘩を止める方法なんてあるの? というのがココ二日間での悩みだったりします。

 あまりの気迫にボールの中のポケモンたちが脅える中、カナタは場の空気を変えるためにこう提案した。

 

「そ、それじゃあ、どっちが本当のバカなのかを決める対決をこの場で開催したいと思います!」

 

「わ、わー、ぱちぱちぱちー!」

 

「「は?」」

 

 何言ってんだコイツ、という視線なんかに俺は屈しない!

 

「ルールは至って簡単! 俺が出した問題にお二人さんが答え、その答えからアスナがどちらが本当のバカなのかを判定するだけというもの! 勝者には特別に、今日一日俺を自由にする権利を与えます!」

 

「…………ほぅ? 勿論、エロ目的でも良いのだろう?」

 

「か、カナタさんを、一日自由に!? がふっ、はふっ! は、鼻血が……っ!」

 

 この人たちは本当に駆逐されるべきだと俺は思います。

 とてつもない程に残念な二人に全力でガッカリしてしまうカナタさん。アスナはアスナで苦笑いを浮かべている。実はこの二人がホウエン屈指の女性ジムリーダーコンビな訳だが、その事実を直視できる程カナタのメンタルは強くはない。というか、マジでこの地方大丈夫か?

 やけにやる気な二人に威圧されつつも、カナタは渾身の問題を提示する。

 

「それでは問題! 『《かたくなる》《みだれづき》《しおふき》。この三つから連想されるものを答えよ!』」

 

 ぶっちゃけた話、この問題の答えは《ポケモンの技》である。呆気ない答えだと思われるかもしれないが、カナタは別に頭が良い訳ではないので、このレベルの問題しか出す事が出来ない。

 しかし。

 この三つの技を選択したのには大きな理由がある。――というか、深く考える訳もなく彼女等二人が提示する答えは一つだろう。それについてはアスナも想像できているらしく、仄かに顔を赤くしてもじもじとしてしまっている。何だあの可愛い生き物は。

 そして。

 カナタが出した問題に一瞬で明るい表情を見せ、ナギとツツジは自信満々に自らの答えを提示した。

 

「「セ〇クス!」」

 

「どっちも本当のバカですというか躊躇わないっておかしいし少しは自重してぇえええええええええええっ!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 優勝者は無し及びナギとツツジはどっちもバカ、という結果でバトルが幕を閉じた後、四人は一二〇番道路の吊り橋にまでやってきていた。

 ――――そう、やってきたのだが……

 

「おぉ? この湖に沈んでいる丸石は見事な球体だなぁ……っ! まさかこんな所に素晴らしい出会いがあるとは……ホウエン地方万歳!」

 

「帰ろう、ナギ。あの人は危険すぎる」

 

「か、カナタ? どうしてそんなに冷たい表情をしているんだ……?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 石マニアもとい石キチなダイゴさんと再会しました。

 過去にムロの洞窟でナギに石造りのバ〇ブを提供するという罪を犯しているダイゴに警戒心を向けるカナタに冷や汗をかきながら、ナギは一応の上司であるダイゴに話を振った。

 

「こんなところで再会するなんて、偶然とは凄いものだな」

 

「まぁ、偶然なんかじゃないんだけどね。僕はそこの君に用があってここまで来たんだ」

 

 そう言ってダイゴが視線を向けるのは、このグループの事実上のリーダーであるカナタだった。

 にっこりと笑いかけるダイゴにカナタは露骨に嫌そうな顔を向け、

 

「帰れ」

 

「あはは。君のその石のような頑固さ、僕は嫌いじゃないよ」

 

「アンタが絡むと碌な事がねえんだよ! どうせまたナギに卑猥なグッズをプレゼントする気なんだろ!?」

 

「とんでもない! 今日の僕は至って真面目なプレゼントを持ってきただけだよ!」

 

 信用ならねえ、と思ったカナタを誰が責められようか。

 おとぎ話における狼少年のような立場になってしまっているダイゴはカナタからの訝しげな視線に苦笑いを浮かべながらも、バッグから無骨なものを取り出した。

 それは、暗視ゴーグルのような形をしたメガネだった。

 ダイゴはその謎のメガネをカナタに差し出し、

 

「この道具の名は“デボンスコープ”。僕の父さんの会社の新製品なんだ。確か、見えないものを見えるようにする道具、だったかな。使いようによっては逆の効果も引き出せるみたいだけどね」

 

「逆の効果?」

 

 カナタのその問いダイゴは「うん」と笑顔で相槌を打ち、

 

「女性の石のように硬い衣服のガードを通り抜け、生身の裸を見る事が出来るらしいんだ」

 

「親子揃ってバカじゃねえの!?」

 

 ダイゴとツワブキ社長――バカに追加決定。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 デボンスコープをカナタに渡したダイゴはボールからエアームドを召喚し、額に青筋を浮かべているカナタに向けてこう言った。

 

「最近、マグマ団とアクア団という宗教団体の活動が活発になってきているらしいね」

 

「この地方のジムリーダーが全員役立たずなせいでな」

 

 ほら、今後ろで二人ほど顔を逸らした。テメェらの事だよコンチクショウ。

 

「あはは……ま、まぁ、それについては置いておくとして、だ。これは僕が独自に調べ上げた情報なんだけど……この先にある送り火山の周りでアクア団の団員の姿が確認されているらしいんだ」

 

「はぁ。そりゃまたどうして?」

 

「これは僕の予測にすぎないけど、彼らは送り火山で祀られている《藍色の玉》を狙っているんじゃないかな。あの玉には海を創り出したとされる伝説のポケモン――カイオーガを操る事が出来る、という伝承が残されているからね」

 

「伝説のポケモン……カイオーガ……?」

 

 聞いた事のない名前だった。伝説のポケモンという存在についても初耳だし、そもそも海を創造したポケモンだなんて壮大過ぎて想像すらできない。海を作ったというぐらいだから水タイプなのかな、ぐらいの想像なら容易だが。…………というかこの人、まともな調査とか出来たんだな。ちょっと高評価だよ。

 カナタが心内でダイゴへの評価を改めている事など気づく由もないダイゴはエアームドの背中に乗り、

 

「実際問題、数日前にマグマ団が送り火山から《紅色の玉》を強奪している。あの玉には、陸を創造した伝説のポケモン――グラードンを操る事が出来る、という伝承が残されてるんだ。……彼らが《紅色の玉》の真価を引き出すという最悪な未来が起きた場合、この地方は日照りに覆われて滅んでしまうだろうね」

 

「んなっ……!? そ、そんなの、放っといていい事態じゃねえでしょう!?」

 

「ああ。だからこそ――僕がこうして働いているのさ」

 

「へ? それはどういう事っすか? ダイゴさんって普通の石キチなんじゃねえの?」

 

「えぇっ!? カナタくん、もしかして知らないの!?」

 

「は? この人ってそんなに有名なんか?」

 

「いやいや、有名も何も、この人は――」

 

 相も変わらず世間情報に疎いカナタにアスナは驚きの表情を向け、ダイゴを指差しながら焦ったように言い放つ。

 

「――()ホウエン地方チャンピオンなんだよ!?」

 

「………………………………マジで!?」

 

 『元』という単語が少しだけ残念だったというのはここだけの話である。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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二つの組織

 オメガルビーとアルファサファイアのウシオの筋肉テラヤバス。


 送り火山。

 ホウエン地方で亡くなったポケモンたちの墓地としての役割を負っている山であり、太古の伝説ポケモンであるグラードンとカイオーガを操る事が出来るとされる二つの玉が厳重に保管されている山でもある。この山は二人の老夫婦によって管理されていて、数えきれないほどの数ある墓石は主にこの二人が毎日汗水たらしてきれいに掃除している――との噂である。

 そんな、ホウエン地方最大の墓地山の目の前にて。

 カナタ達一行は円陣を組んでいた。

 

「まさか本当にアクア団がいるなんてな……あの天然ドジ属性組織、そろそろ滅ぼした方が良いかもしれんね」

 

「そうは言っても荒事は遠慮したいし……ナギ先輩、何か良い案とかありますか?」

 

 アスナの問いにナギはフフンと鼻を鳴らし、

 

「私たち全員でアクア団を悩殺する、というのはどうだろう?」

 

「まさかとは思うが俺は含まれてねえよな?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 キンセツシティジム攻略後にハジヅケタウンにまで辿り付いたハルカとミツル。その間にハルカはベトベターをゲットした訳だが、彼を選んだ理由は特にエロい方向ではない。別にスライムプレイが試したかったとかそういう意味じゃないんだからねっ!

 新たな仲間に喜色満面なハルカはミツルを引き連れ、次なる目的地である流星の滝を目指していた。

 

「ん?」

 

「どうかしましたか、ハルカさん?」

 

「あーいや、なんか黄色い影がふと見えた気がしたんだけど……気のせいだったのかな?」

 

 そう言って、ハルカは大きく首を傾げる。

 ミツルは話題を変えるために両手をポンと鳴らし、

 

「それにしても良かったですね、ハルカさん。ベトベターが無事にゲットできて」

 

「あ、やっぱりミツルくん、ベトベターの魅力が分かっちゃう? いやぁ実は私、昔からベトベターをゲットしたくてしたくてたまらなかったんだぁ」

 

「え? それはどうしてですか?」

 

「フフン。それはね――」

 

 ハルカは貧しい胸を自信満々に張り、

 

「――スライムプレイにずっと憧れていたからさ!」

 

「???」

 

 ツッコミ不在警報発令中。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 送り火山の周囲にいたアクア団を物理的に叩きのめしたカナタ達一行は遂に山中へと足を踏み入れた。ポケモンたちの魂が眠っている送り火山で騒がしくするのはなるたけ避けたい訳なのだけれど、今回ばかりは致し方ないので許容してもらいたい。全てはホウエン地方の平和の為、暖かくお見逃しくださいませ。

 アクア団の下っ端をハイキックでノックダウンさせ、ナギは前方を指で示し、

 

「あそこに階段がある! あそこから山頂を目指そう!」

 

「とりあえずポケモンバトルって方法も考慮してあげてください、ナギ先輩!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 一般開放エリアを攻略したカナタ達。とりあえずここまでの経過で叩きのめしたアクア団は亀甲縛りにして一般客にお持ち帰りいただいた。女の下っ端が亀甲縛りにされて喘いでいるのを見たカナタが顔を真っ赤にしていた訳だが、幸運にもナギはその様子を目撃してはいなかった。もしその様を見られていたらと思うと……以下省略。

 山頂付近は一般開放エリアに比べて霧が濃く、比較的暗い空間に包まれていた。――ぶっちゃけるなら凄く不気味な様子だった。

 アスナはツツジの袖にしがみ付きながらぶるぶると震える。

 

「うぅっ。け、結構怖いですね、送り火山って……お化けが居たらどうしようぅぅ……」

 

「フン。そんな非科学的なものがこの世に存在するわけがありませんわ! いたとしてもそれはゴーストタイプのポケモンだけ。ヨマワルとかサマヨール、他で言うならヤミラミ程度が関の山ですわね」

 

「さ、流石はツツジさん、素晴らしい程に現実主義……」

 

 有り得ない、と根底から否定するツツジにアスナは久しぶりの尊敬を意を送る。

 ―――そんな二人の後方にて。

 

「えーっと、その……ナギ?」

 

「ひゃわぁあ!? ど、どどどどどうしたのだ、カナタ!?」

 

「い、いや、もしかして、その――お化けが怖かったりするのかな、って思ってさ」

 

「わ、わわわ私がお化けなどという非科学的なもにょを怖がるわけがないだろう!?」

 

「今『もにょ』っつったよね? 絶対に噛み倒したよね?」

 

「ハッ! 何をバカな事を。今のはきっと空耳か何かのたぐ」

 

 ガサッ←草むらが揺れる音。

 

「うにゃぁあああああああああああああああああああああああああああっ!?!?」

 

「ぐぶうぇえっ!? ぐ、ぐるじっ、ナギ、抱き締めが強くてぐびがじまる……ッ!」

 

「怖い怖い怖い怖い本当無理お化け無理お化け怖い助けてカナタぁ!」

 

「うぎっ、うごごごごごごごご!」

 

「じゃすたもーめんナギ先輩! このままじゃカナタくんが送り火山の住人になっちゃいますから早急に拘束を解いてください!」

 

 胸の感触と死への危機で文字通り天国と地獄を見た、とカナタは後に語る。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 流星の滝に入った直後にマグマ団と鉢合わせた。

 ソライシと名乗る研究者が持つ隕石を狙ってきたというマグマ団を睨みつけるハルカ。ミツルはハルカの後方でソライシを庇っていて、既にボールからはラルトスとワカシャモが臨戦態勢込みで召喚されている。

 どうやら今回はあのカガリとかいう女は参加していないらしいが、それでも油断できる相手ではない。事実、マグマ団の下っ端たちの先頭に立っている飄々とした男からは言葉にできないほどの威圧感が感じられる。実力が高いトレーナーは戦わずして相手に自信の実力を感じ取らせる、とはよく言ったものだ。

 ハルカは冷や汗を垂らしつつ、飄々とした男に言う。

 

「あなた達は一体何が目的なの? ソライシさんの隕石が欲しい、だなんて意味不明にもほどがあるわ」

 

「はン。別にテメェに話さなくちゃなんねェことでもねェだろう?」

 

「ぐっ。それは、凄く正論なんだけど……」

 

「頑張ってハルカさん! そこで屈しちゃダメな気がする!」

 

 はっ! いつもの癖で思わず即効で諦めちゃうところだった!

 ナイスだよミツルくん愛してる! と心の中でサムズアップし、ハルカは続ける。

 

「カガリって人は『この世界を陸で覆い尽くす』って言ってた! だから多分、あなた達の目的はそれに関係してる事なんだよね。――そして、『紅色の玉』とかいう摩訶不思議な道具がユウキに適応する可能性がある、みたいな事を言っていた記憶もある」

 

「……チッ。あの売女、無駄な事を喋りやがって」

 

「やっぱり、あなた達にとっては凄く大事な機密情報だったのね。――これで、やっと謎が解けたよ」

 

 そもそも、ハルカはミシロタウンに住んでいる子供の中で最も頭の回転が速い。普段のバカな彼女からは全く想像が出来ないだろうが、彼女のバトルスタイルも例に挙げればその違和感は綺麗さっぱり消えてなくなるに違いない。

 彼女のバトルスタイルは『カウンター』だ。

 相手の動きや技を冷静に分析し、数秒足らずで導き出された最良の選択をポケモンたちに的確に伝える。『カウンター』と言っても別に防御に徹してから攻撃に転じるという訳ではなく、単に相手の出方を窺ってから作戦を考えるという感じであるだけなのだ。

 故に、ハルカは導き出す。

 自身の記憶という名のピースを組み合わせ、最適な答えを提示する。

 

「つまり、あなた達はユウキの『黄金の玉』と『紅色の玉』を同化させようとしている訳だね!」

 

『『……………………Pardon?』』

 

 まぁ、頭脳に人格は考慮されない訳なのだけれど。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 送り火山の山頂にたどり着いたカナタ達はアクア団と睨み合っていた。カナタ達の後ろには二人の老夫婦と『藍色の玉』があり、アクア団は言わずもがな、『藍色の玉』を奪うためにこの山に侵入していた。

 アクア団の下っ端たちの先頭に立っていた筋肉質の大男は曝け出された上半身の筋肉を脈動させ、

 

「そこの『藍色の玉』を大人しく渡してもらえば、わざわざお主らに手荒な真似をしなくて済むのだが?」

 

「言うまでも無く却下だよ。ただでさえマグマ団が『紅色の玉』を持ってるっつーのに、さらに『藍色の玉』まで奪われちゃ溜まったもんじゃねえんでね。ここは手荒に抵抗させてもらうぜ」

 

「……ふむ。それは悲しい事だな」

 

 そう言って。

 大男はダブル・バイ・セップス・バックのポージングを華麗に決め、

 

「我はアクア団幹部が一人、荒ぶる波のウシオ! 我の上腕二頭筋と鳥口腕筋の餌食になりたい者からかかってこ――「もういいよそういうのは!」――ぐぎゅるばぁっ!?」

 

 カナタのハリセンがウシオの股間を華麗に叩き上げた。

 

 




カガリ「それじゃあ、今日もその冷たくて硬い床で一夜を過ごすことだね!」

ユウキ「ああんっ、ありがたき幸せ!」

 ――ピシャッ。

カガリ「……本当、アタイはどうしちまったんだい? ユウキを虐める事で発生する感覚じゃない、この気持ちは一体……?」

下っ端「カガリ様。マツブサ様がお呼びです」

カガリ「ああ、了解した。すぐに向かう」

下っ端「紅色の玉についての経過報告をせよ、との事です」

カガリ「紅色の玉、ねぇ……」




カガリ「この世界が陸に支配される未来よりも、アタイはユウキの可能性の方が知りたんだけど、って言ったら流石に殺されちまうかねぇ」



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黒いアレの恐怖

 とりあえず送り火山を占拠していたアクア団の団員たちを亀甲縛り(キルリアの“ねんりき”多用)で拘束したカナタ達はジュンサーさんたちに通報した後、先ほどカナタに股間を蹴り上げられた筋肉バカに話を振る事にした。

 

「で。お前らのボスってどんな奴なんだ? 正直に言わなかったらお前の金の玉を踏み抜いてやる」

 

「ぐぅっ……そ、そのような脅しに屈するほど我はバカではない!」

 

「…………ふんっ!」

 

 カナタのキックがウシオの股間を強襲し、ウシオの顔が一瞬で蒼白と絶望に染まった。カナタの鬼畜な所業を見ていた男の下っ端たちは縛られていながらも必死に己の股間を護ろうと下半身をもぞもぞと動かしている。……意識なんて軽く飛ぶほどの痛みなのだ、致し方ないだろう。

 ぶくぶくぶく、と泡を吹いて白目を剥いてしまったウシオからカナタは視線を逸らし、傍で亀甲縛りにされていた天然三流悪党系女幹部――イズミにとてつもない程に黒い笑顔を向ける。

 

「――お前もこうなりてえか、あぁん?」

 

「喋る、喋るよ! 全部全て一切合財喋るから、アタイだけでも見逃しておくれ!」

 

「「「イズミ様ぁ!?」」

 

 イズミの相変わらずの三流悪党っぷりに、全下っ端が泣いた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 カナタの黒化によってアクア団たちからすべての情報を聞き出したナギたちは、送り火山の管理人である老夫婦と向かい合っていた。因みに、縛り上げたアクア団は一人残らずジュンサーさんたちに逮捕されました。その時に「何で全員が股間を庇っているんですか?」とジュンサーさんに聞かれたが、ナギたちは苦笑いで言葉を濁すしかなかった。いや、だって、流石に言えないもん。――股間を何度も蹴りつけてました、なんて。

 ホウエン地方を脅かす二大組織の内の一つを事実的壊滅に追い込んだカナタ(単身)。まさかの戦闘力と裏表の激しさを証明してしまった彼に若干の恐怖を抱きつつも、代表としてナギが老夫婦にこう問いかけた。

 

「ご老人。凄く初歩的な質問で申し訳ないのだが、『藍色の玉』と『紅色の玉』について詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

 

「『黄金の玉』についての経験談でもイイですわよ?」

 

「あ、私もやっぱりそっちの方が聞きた痛ぁっ!」

 

 いつも通りに下ネタの方に話題を転換させようとしたナギとツツジの脳天を、カナタのハリセンが勢いよく叩き上げた。目にも止まらぬ速度で叩きつけられたハリセンに彼女等二人は涙目で「「おおおおお……っ!?」」と必死に痛みを逃がそうとしていて、現段階での一番の常識人であるアスナは困ったように「あ、あはは……」と乾いた笑いを零すしかできなくなっていた。

 そして。

 下ネタコンビに激しい一撃を浴びせたカナタはニッコリと背筋が凍るほどの微笑を浮かべ、

 

「真面目に問え」

 

「「はい! ちょっとふざけすぎました! 本当にごめんなさい!」」

 

 くいっ、と構えられたハリセンが軍事兵器か何かに見えて仕方がなかった――と、ナギとツツジは後に語る。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 老人夫婦から『藍色の玉』と『紅色の玉』についての伝説を聞かされた後、カナタ達四人は送り火山付近の港町――ミナモシティへと移動していた。因みに、老人夫婦に最終的に尋ねたのは唯一の良心であるアスナだった。ナギとツツジはともかくとして何故カナタが質問しなかったのかというと――ナギとツツジがふざけないように氷の微笑を浮かべて彼女たちを監視していたのが原因だ。旅を始めたばかりの時に比べてカナタが大分冷酷になったと思われるのは気のせいではあるまい。

 カナタはぐぐーっと背伸びをし――勝手にボールから出てきていたキルリアをボールに戻し――傍にいたナギに声をかける。

 

「にしても、ミナモシティって結構人で賑わってんのな。流石はホウエン随一の港町」

 

「港としての役目はカイナシティの方がメインなんだが、ここはホウエン最大の交易街だからな。様々な地方の人たちがホウエン観光の為にこの街にやって来るのさ」

 

 このミナモシティには『陸地の最果て海の始まり』というキャッチコピーが与えられている。そのキャッチコピーの通り、ミナモシティはホウエン地方の陸地の最東端だ。一応はさらに東にトクサネシティやサイユウシティ、更にはバトルフロンティアがあったりするのだが、それについてはまたの機会に。

 とにかく、ミナモシティは他地方からの観光客が多く、それ故にホウエン地方ではあまり見られない外来品などが多く売られていたりもする。ホウエン地方最大のデパートであるミナモデパートがこの街に存在しているのは、他地方からの観光客にホウエン地方の発展具合を見せつけるため――という噂があるが、その真偽は果たしてどちらなのか。想像してみるのも面白いかもしれない。

 ガイドブックを見ていたアスナは「えーっと」と灼熱色の髪をガシガシと掻き、

 

「ここで立ち話というのもなんですから、とりあえずポケモンセンターにチェックインしておきませんか?」

 

「それは名案ですわね。ヒワマキシティからここに来るまでの間にいろいろとあったので、少しは寝休めをしたい気分ですし……あ、このお寿司屋、この間三つ星を貰ったと噂になった有名店じゃあないですか」

 

 と、言うのは、アスナの横からガイドブックを覗き見ていたツツジだ。運動よりも勉強の方に重点を置いた人生を送ってきたツツジは他の三人に比べて体力が致命的に少ないため、身体に溜まった疲労感も他の三人とは比べ物にならない程に大きいのだ。……まぁ、本人は強がって平然とした振りをしているが、他者から見ても分かるほどに両脚がぷるぷる震えていたりする。まるでトイレを我慢しているかのように見えるその様は、なんというか、その…………凄く、エロいです。

 あと十分ほどでダウンしてしまいそうなツツジに苦笑を浮かべ――再び勝手に出てきていたキルリアをボールに戻してガムテープで厳重に固定し――カナタは疲れたようにこう言った。

 

「そんじゃ、とりあえずはポケモンセンターにでも行くか」

 

「そうだな。私もいろいろと溜まっているからな。そろそろこの辺で盛大に吐き出しておきたいな、うん」

 

「火照った顔で俺をちらちら見てるのには深い意味はないんだよな?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 アスナ名義で四人部屋を取った後、四人は迷う事無く与えられた部屋へと移動した。

 ――移動した、のだが。

 

「ちょっと待てぃ。なんで俺がお前ら三人と同じ部屋なんだよ!」

 

「何か問題でもあるか?」

 

「大有りじゃボケ! っつーかそう言ってる間にもツツジさんが謎のベッドメイキングを!?」

 

「わたくしの一〇八手が火を噴きますわ!」

 

「待て! カナタの潮を噴かせるのは私の仕事だ! 君なんかには絶対に譲らない!」

 

「なんの! こっちにはアスナというパイ〇リ快楽マシーンがいますのよ? 貴女の胸なんか目じゃない程のアスナの巨乳をとくとごらんなさい!」

 

「ひやぁぁぁぁぁっ! む、胸を揉まないでくださいツツジさぁーん!」

 

「あ、もしもしフロントですか? 俺だけ早急に一人部屋に替えてください今すぐに!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 要望虚しく一人部屋を取る事が出来なかったカナタは早急に入浴を済ませ、ベッドの上でジュプトルをぎゅーっと抱きしめていた。

 

「ふぅぅ……やっぱりお前は俺の癒しだよ、ジュプトル」

 

「ジュプトォ……」

 

 慣れた手つきで首元を擦るカナタの手の感触に、ジュプトルは気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らした。ナギ恐怖症の為に久しぶりにボールから出てきたジュプトルさん、やっぱりマジ可愛すぎて昇天しそうです。この調子で近い内にドククラゲにダイブしよう。俺の心の癒し、プライスレス。

 ……話は変わるが、現在、ナギたち女子トリオは部屋に備え付けられていた露天風呂で心身の疲れを汗と共に洗い流している。一応は壁と扉で遮られているために覗き行為は出来なくなっているが、それでも露天風呂から聞こえる声は全くと言っていい程遮断されていない。どうやら部屋と露天風呂を繋ぐ壁には遮音機能は搭載されていないらしい。

 ―――そういう訳で、カナタはジュプトルを撫でることで必死に意識を話し声から遠ざけている訳なのだが、

 

『アスナー! 今日という今日は貴女の胸からミルクを出させてみせますわ!』

 

『セクハラですハレンチですえっちぃです! や、やめてくださいツツジさぁん!』

 

『そうだぞ、バカ者。アスナの乳は乱暴に扱うのではなく、優しくエロく揉まなければならないのだ。激しく乱雑に扱うなど、アスナの胸を冒涜するに等しいのだからな』

 

『ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。どうしてナギ先輩までアタシの胸を揉むのに大いに賛成しちゃってるんですか!? そこはツツジさんを止めてくださいよアタシの先輩として!』

 

『君の胸からあふれ出る魅力に負けてしまったのだ!』

 

『綺麗な胸を張って言う事かーっ!』

 

 煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散――――――ッ!

 バキバキバキィッとマスクメロンのように青筋を浮かべながら、カナタは身体の奥底から湧き出る性欲に必死に抵抗していた。ここで理性の砦を破られるわけにはいかない。ヒワマキシティの時のような性欲モンスターになるわけにはいかないのだ!

 ぎりぃっ、と歯を食い縛り、呪文を頭の中で唱え続ける。煩悩退散邪念撃退南無阿弥陀仏性欲討伐……ッ!

 

『さぁアスナ、わたくしの揉みテクで絶頂に追い込んで差し上げますわ!』

 

『それなら私は指テクでアスナを昇天させてやろう!』

 

『やっ、やめっ、やめて……あっ、やぁ――――――っ!』

 

 ………………もう、ゴールしてもイイよね?

 どれだけ遮断しても脳と理性を侵食してくるエロいやり取りにカナタの本能が一気に優勢になっていく。ここで諦めたら人生的にゲームオーバーなのは重々承知しているが、年頃の男の子としてこの状況にこれ以上は耐えられそうもないのも事実。せめて理性が敗北する前に風呂から上がって欲しいのだが、あの調子ではあと十分以上は上がってこないだろう。

 お願いだから早く上がれ! と姿の見えぬ女子トリオに願うカナタさん。そんなカナタをジュプトルは心配そうに見つめているが、意識がいろんな意味で飛びかけているカナタには見えていない。

 ――そして。

 火照った顔で「はぁはぁ」と喘ぐカナタはベッドのシーツをギュッと握りしめ、

 

「わっきゃぁ――――――――っ!」

 

 限界を迎えると共に床に向かって激しく頭突きを連発した。

 

 




 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!


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ミナモシティでの騒乱

 ポケモンセンターで地獄の一泊を終えたカナタは手持ちのジュプトルとドククラゲとキルリアを外に出し、ミナモシティ名物のミナモ海岸にやって来ていた。

 彼がここに来た目的はマグマ団についての情報収集。他の三人も街中で情報収集を行っている。本当はアクア団についての情報も集めなくてはならないのだろうが、奴らはカナタが物理的に滅ぼしたのでもう存在しないものとして考えるべきだろう。弱者にいつまでも構っているわけにはいかないのだ。

 海水浴客たちの間を通り抜け、話がしやすそうな水着ギャル二人に声をかける。

 

「あのー、ちょっといいですか?」

 

「えー、なにこの人、チョー可愛いんですけどー」

 

「そんなに可愛い顔してるのに、アタシたちをナンパって訳ぇ? うっそ、マジテンションアゲアゲなんですけどぉ」

 

 やべぇ超殴りてぇ。

 

「い、いやその、ナンパとかそういう訳じゃなくてですね……」

 

「ナンパじゃない? だったらー……ああ、もしかして芸能関係のスカウトさんだったりー?」

 

「きゃははっ! 確かにアタシたち、チョーイケイケだもんね!」

 

「…………」

 

 ぎちっ、と両手を握り締めるカナタの額には、やけに深い青筋が一つ。

 口をヒクヒクと引き攣らせつつも必死に作り笑顔を浮かべるカナタからは無言の怒りが漏れ出てきているのだが、勝手にテンションアゲアゲになっているギャルたちはそんな事には気づかない。

 

《このクソビッチ共。カナタを困らせて生きて帰れると思うなッス……とりあえず四肢を分断してぇっ!》

 

 そして、カナタの背後で怒れる修羅と化しているエスパータイプにも気づかない。

 

「え、えっと……もうナンパでも何でも良いんで、とりあえずちょっとお話を聞かせてもらってもいいですか?」

 

 目の前のアホなギャルたちと背後の激怒なキルリアという板挟みで胃がキリキリと痛んでいるカナタはもうどうでも良くなってきたのか、ナンパという汚名を自ら被る事にした。ナンパと言われるだけでマグマ団の情報が得られるのなら安いもんだ。……っつーか、コイツ等って情報持ってなさそうなんだけど。本当に大丈夫じゃなさそうなんだけど。

 「おうおう、アタシたち、チョーナンパ中なんじゃねぇ?」「おねぇさんたちと楽しくお話ししよぉ!」「あ、あははは……」日焼けした二人組に腕を組まれ、豊満な胸を水着越しに腕に密着させられるカナタ。まぁ正直無駄だとか何とか言ってたけど、こんな予想外のオイシイ経験ができるのならナンパの汚名ぐらいどうってことはない訳で。っつーか、これってナンパだったとしたら成功なんじゃね? 言ってこの二人、結構美人の部類に入る訳だし。

 ―――と、心の中で調子に乗っていると。

 

「そんなところで何をしているのだ―――カナタ?」

 

 俺の人生終了のお知らせ。

 

「…………」

 

「今は皆で情報収集をする時間なのではないのか? それとも君の中では情報収集というのは恋人を差し置いてナンパをする時間、という認識になっているのか?」

 

 冷たくも美しい笑顔でこちらに詰め寄ってくるナギだが、正直言って額に浮かぶ無数の青筋のせいで凄く怒っている事だけは理解できます。なんかもうね、背後にエアームドが控えられている時点でナギが激おこ状態なのは火を見るよりも明らかなんですよ。

 彼女と恋人同士になってから最大級で修羅状態のナギに震え上がりながらも、カナタはギャルたちの胸の感触を惜しげもなく突き離し、

 

「ダァ――――ッシュ!」

 

「エアームド! カナタの股間に“エアスラッシュ”!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 カナタがナギに人生を終了させられている頃、ハルカとミツルはフエンタウンの温泉に浸かっていた。

 

「ふぅ……ボク、温泉なんて初めて入りましたけど、意外と気持ちいいものなんですね」

 

「そ、そそそそうだね! うん、この妙に生温い感じとか、超エキサイティングだよね!」

 

「え、エキサイティング?」

 

 ハルカの意味不明な感想に、ミツルは小さく首を傾げる。

 ぶっちゃけた話、ハルカはミツルと一緒に混浴の温泉に入っている事にもはや頭がオーバーヒート状態なのだ。フエン温泉は水着着用の温泉だからまだ気絶には至っていないものの、ミツルの半裸が真横に存在しているこの状況はハルカにとって凄くマズイものだったりする。とりあえず今すぐにでも過ちを起こしたい気持ちでいっぱいです。

 マグマ団のアジトを捜してホウエン地方の西側に来たハルカたちは流星の滝でマグマ団たちと戦闘を行った。勝負の結果はハルカたちの勝利となったものの、後から合流してきたマグマ団のリーダー・マツブサに隕石を持ち出されてしまい、試合に勝って勝負に負けた、としか言えないような結末を迎えてしまった。

 その後、必死にマグマ団を捜索したが彼らの姿はどこにもなく、どうしようもない二人は渋々次の街であるフエンタウンにやってきた、という訳だ。

 ちゃぷ、と鼻の下までを温泉に沈め、ハルカはぶくぶくと息を吐く。

 

(早くユウキを助けないといけないんだけど、情報が全くと言っていいほどないんだよね……ここはホウエン地方の最西端と言っていいような位置だし、そろそろ違うところを探さなきゃいけないのかなぁ)

 

 【紅色の玉】との融合素材として連れて行かれたという点から、事態がかなり切迫している事が分かる。――しかし、急ぐにしても情報があまりにも欠如しすぎているため、動こうにも動けない状況だ。ここは一旦体を休め、もう一度情報収集に乗り出すべきだろう。

 だから、今は温泉でミツル君の半裸を堪能する。これは羽休めでのイベントだから仕方がないのだ。

 

「ぶくぶくぶくぶくぶくぶく……」

 

「は、ハルカさんが潜水艇のように沈んでいく!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 エアームドによる粛清でカナタを取り戻したナギはカナタを背負った状態で、ツツジとアスナと合流した。

 

「ナギ! 何も言わずにそのカナタ様をわたくしに渡しなさい!」

 

「はいはーい。いい歳こいて子供みたいなわがまま言うのはやめましょうねー」

 

「あ、アスナ!? あんな無防備なカナタ様に触れられるのは今しかないんですのよ!? カナタ様の柔肌を堪能できるのは、今この瞬間だけなのですわよ!?」

 

「知らねえよ」

 

 ツインテールを逆立てて叫ぶツツジにアスナの冷たい叱責が飛ぶ。

 ギャーギャー騒ぐジムリーダーコンビをあえて視界から外し、背中で穏やかな寝息を立てているカナタを見ながらナギは女神のような母性溢れる笑顔を浮かべ――

 

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 

「はいナギ先輩もそこで壊れない!」

 

 スパーン! とアスナの平手がナギの頭を軽く払った。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 マグマ団のアジトはミナモシティ横の巨大岩の中にある。

 そんな、今の状況を打破するべき情報を集めてきていたのは予想外にも一番の問題児であるツツジだった。

 アスナの右ストレートにより左頬が大きく張れているツツジは一行を海の方へ連れていきながら、情報収集までの流れを自慢のように話し始めた。

 

「わたくしのエロさと美貌で男共をノックアウトさせ、腕を絡めながら『マグマ団のアジトの場所、知りませんかぁ?』と頭が悪そうに聞くだけで簡単に情報が集まりましたわ」

 

「うっわこの優等生予想外にもビッチだった」

 

「まぁ今になって思い返せば、ツツジは学生時代に教師たちに何故か気に入られていたなぁ……まさか、そのような裏があったとは」

 

「…………うわぁ」

 

「ふ、風評被害ですわ!」

 

 必死に弁明を始めるツツジに、二人は汚物を見るような目を向けていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 マグマ団のアジトは意外とすぐに見つかった。

 ミナモ海岸の一番北の岩礁に紛れる形で大きく存在している大岩に、人が行き来するための入り口が取り付けられていたのだ。それはパッと見ではただ岩に穴が空いてるようにしか見えないが、よくよく見てみると穴の向こうに妙に機械染みた生活空間が確認できる。どうやら彼らはボートか何かを使ってアジトと外を行き来しているようだ。

 やっとの事で起きたカナタを先頭に、彼らはアジトに最も近い岩陰へと身を隠す。

 

「……さて、ここからは海を通って行かなきゃだな」

 

「しかし、人が泳ぐと無駄に水飛沫が上がってしまうので、ここはポケモンを利用する方が良いと思いますわ」

 

「となると、“なみのり”が使えるポケモンが必要な訳か……」

 

「アタシは炎タイプのポケモンしか持ってませんし、ナギ先輩とツツジさんも“なみのり”を使えるポケモンを所持してません。となると、カナタくんのドククラゲに頼るのがベストな選択と思うんですが……」

 

 尻すぼみながらも最適な選択肢を提示するアスナに、カナタは小さく頷きを返す。

 確かに、この一行の中で水ポケモンを所持しているのはカナタだけだ。しかも、“なみのり”が出来て且つ四人を運ぶ事が出来るポケモンとなると、カナタのドククラゲがベストであることは明白な事実。これ以外に良い案など浮かぶどころか考える事すら不可能だろう。

 しかし。

 しかし、ですね。

 カナタのドククラゲには――というか、カナタのドククラゲに関しては、ある一つの問題が浮上する訳でして。

 

「つ、遂に合法的にドククラゲに接触する機会がキターッ!」

 

「神様ありがとう! 今度からは毎朝きちんと祈りを捧げることにしますわ!」

 

「「…………」」

 

 岩陰に隠れながら感極まって燥ぐバカエロジムリーダーコンビに、カナタとアスナは二人揃って沈黙に包まれる。正直、アジトの目の前で叫び喚くのはやめていただきたいのだが、こうなってしまうのはドククラゲが案に含まれた時点で予想が出来ていた事だ。ぶっちゃけ、止めようがない事も分かってました。

 しかし、このまま騒がせておくわけにもいかない。ここで存在がマグマ団にばれてしまっては、全ての行動が水の泡になってしまう。

 そういう訳で、アスナとのアイコンタクトで彼女たちの粛清方法を考え付いたカナタはボールからキルリアを静かに放ち、

 

「キルリア、あのバカ二人を“ねんりき”で黙らせろ」

 

《合法的にライバルを減らすチャンスが来たってことッスね! えいやぁーっ!》

 

「「あぎゅっ!?」」

 

 遠距離で首を絞められたナギとツツジは空気を求めて暴れるが、しばらくした後に人形のように力なく崩れ落ちた。

 さぁ、ユウキ救出作戦のスタートだ。

 

 




ダイゴ「今回、君たちに集まってもらったのは他でもない」

カゲツ「ンだよ突然。唐突に話を始めるとオレたちも追いつけねェだろうが」

プリム「まったくね。本当、元チャンピオンはいつもいつも急展開なんだから」

フヨウ「…………流石は背後霊がメタグロスなだけはある」

ゲンジ「うむ。しかし唐突だからこその元チャンピオンじゃからな」

ダイゴ「話を逸らすのもいいけど、時間もないから早速本題に入らせてもらうよ」

フヨウ「…………背後霊が」

ダイゴ「今回、君たち四天王にこんな要望メッセージが届いたんだ」

カゲツ「ンァ? ついにオレたちの悪の魅力が伝わったって事かァ?」

プリム「違うわよ。ついにホウエン地方のみんなが美少年同士のカップリングの素晴らしさに気づいたに決まっているじゃない」

フヨウ「…………きっと、新たな心霊スポットが見つかった」

ゲンジ「ふむぅ。正直、予想は出来んのぅ」

ダイゴ「無駄な部分は省いて伝えるけど、要は君たち四天王に『漫画のような四天王』の真似をして欲しい、ということらしい」

四天王『『…………』』

ダイゴ「台本は僕が予め作っておいたから、これを読むだけでいいよ。ああ後、その様子はちゃんと録画して、ポケモンリーグのオープニングセレモニーで流すからそのつもりでね」


 ―――四天王準備中―――

カゲツ「は、ハハハハ! ここまでよく来たな! しかし、貴様なんぞにやられるオレでは――うがぁああああああああッ!?」

フヨウ「…………カゲツは、四天王の中でも最弱の存在。私こそが、この中で最きょ――うぎゅぅっ!?」

プリム「ウフフフフ。前の二人を倒したからと言っていい気にならない事ね。私の氷の応酬にあなたみたいな汚物が勝てる訳が――いやっ、そこはらめぇえええっ!」

ゲンジ「うはははは! よく来たなぐぶるわぁああああっ!?」





ダイゴ「…………今年のポケモンリーグで、四天王の立場も危うくなっちゃうかもなぁ」

四天王『『テメェのせいだろうが責任とれや元チャンピオン!』』


 その後、ポケモン協会から『元・現チャンピオン&四天王のグラビア特集』なる本が出版され、まさかの売り上げ百万部を迎えたのだが、それはまた別のお話―――。


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アジト攻防戦開始

 二話連続投稿です。


 ドククラゲを駆使してマグマ団のアジトの中に無事に侵入したカナタ達。

 しかし、アジトの中へと続く扉にはマグマ団の下っ端が二人ほど見張りとして就いていて、姿を見られずに先に進むのは極めて困難な状況となっている。ここで拳銃とか弓矢があれば姿を見られることも無く敵を撃破できるのだが……というか、お前らトレーナーなんだからいい加減にポケモン使え。

 

「ここはカナタのキルリアの“ねんりき”で奴らを撃破する、というのはどうだろう?」

 

「まぁ、それがベストかもなぁ……」

 

 ナギの提案にカナタは嫌々ながらも賛同する。あの外に居ても中に居てもいろんな意味で騒がしいキルリアをあんまり多用したくないのだが、まぁキルリアでしかこの状況を打破できないのもまた事実なため、ここは仕方なく彼女の案に乗ることにしよう。ごめんなジュプトル。きっとお前も役に立つ時が来るはずだからさ。

 下っ端たちから見えない位置でボールを構え、キルリアを召喚す――

 

 ――サーナイトが現れた。

 

「何でだぁあああああああああっ!? 何でお前はまた勝手にいつの間にか進化しちゃってんだ!?」

 

《愛の奇跡ッス。ウフフ。これでカナタを襲っても違和感ゼロッスね!》

 

「ゼロじゃねえよ悪化したよ! 今のお前に襲われてる所をナギに見られたが最後、俺の人生はエンドコースだよ! 無駄に人間みたいな体つきしやがって!」

 

《ワタシの念力一〇八手がカナタに快楽地獄をプレゼントするッスよ!》

 

「いやぁああああああああああっ! このサーナイト、なんか怖いぃぃぃぃっ!?」

 

 くねくねと腰を揺らすサーナイトに、カナタは本気で戦慄した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 結局、サーナイトの“サイコキネシス”(何時何処で覚えたのかなんて聞かない。事実を知るのが怖ろしいから)で下っ端たちを撃破したカナタたちは、ついにアジトの中へと足を踏み入れていた。

 アジトの中にはマグマ団の団員たちが見張りのように歩き回っていて、思うようには先に進めなくなっている。こんな状況でユウキを見つけなくてはならないというのだから、今がかなり難易度が高い現状である事は察してもらえるはずだ。

 四人+サーナイトで壁に背中を着けながら、彼らは先へと進んでいく。

 

「うーん……ここからは手分けして進んだ方が良さそうだな……」

 

「それじゃあ、アタシとツツジさんのペアが左に行くね」

 

「アスナ!? わたくしはカナタ様と共に先に進みたいのですが!?」

 

「ハハッ、ワロスワロス」

 

「最近の貴女、地味に酷く冷たくなってないかしら!?」

 

 いやそんな、気のせいっすよ、アハハハ。

 度重なるエロボケのせいで順調に感情を失くしてきているアスナさん。このままでは彼女がクールビューティな毒舌ツッコミキャラになってしまうおそれがある。そんなのキャラ崩壊なんていうレベルじゃないので、是非失敗して欲しい成長だ。

 とりあえずここで争っても仕方がない、と判断したツツジはナギとカナタに目配せをする。――五秒と掛からず二人は小さく頷きを返した。はて、今から何が始まるのだろう? 一人だけ状況が読めていないアスナは、身を隠しながらも首を傾げる。

 そして。

 カナタとツツジとナギの三人は曲がり角に身を隠したまま右手を大きく振り被り、

 

「「「さーいしょーはグー。じゃーんけーん―――」」」

 

「こんな所でジャンケン、だと!?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 敵地でのじゃんけん大会勃発により無駄なタイムロスを発生させてしまったカナタ達はツーマンセルという構成でアジトの中の探索を始めた。因みに、ペアとしてはカナタとアスナ、ナギとツツジ、という考え得る限りでは最悪のチーム分けとなってしまっている。ぶっちゃけた話、ナギとツツジのチームなんて仲間割れする未来しか見えないんだよなぁ。

 恋人と友人の心配をしながらも、カナタはアスナを引き連れて奥へと進む。

 

「どうやら、このアジトはワープ装置で移動するみてえだな」

 

「そして、そのワープ先を記憶しておかないと、どんどんと深みに嵌っちゃう、って訳だね」

 

《まぁ最悪の場合、ワタシの“テレポート”でなんとかするッスよ!》

 

「あーうん、もうお前に常識を語る事をやめたくなる自分を殴りてえよ」

 

 とりあえずどうしてこの短時間でサーナイトにまで進化しちまったのかを説明せよ。お前、つい何時間か前まではキルリアだったじゃねえかよ。常識外れというか規格外すぎるサーナイトの成長速度に、カナタはただただ溜め息を吐く。

 しかし、今の状況で自分の戦力が格上げされたことは素直に喜ぶべきことだ。本当はジュプトルとドククラゲのレベル上げを行いたいのだが、今はそんな悠長な事は言ってられない。今度絶対にレベル上げしてやるからな、とジュプトルとドククラゲに約束し、カナタはサーナイトを従えながら下っ端たちを“サイコキネシス”で暗殺(気絶させているだけ)していく。

 

「うーん……なんか、流石にアジトの中が騒々しくなってきたなぁ」

 

「まぁ、これだけ団員たちを撃破してれば、侵入者の存在ぐらいは気づかれるだろうしね……」

 

「これは見つかるのも時間の問題かもな」

 

 そう、カナタが呟いた、まさにその瞬間の事だった。

 

「オイ」

 

 背後からの、短い呼び止め。

 それは狂気に満ちた男の声で、少なくともカナタが知っている人物の声ではない。それはアスナも同様の様で、何か言葉を放つよりも先にボールからコータスを召喚していた。

 ゆっくりと、声の主を警戒しながら二人は後ろを振り返る。

 そこには、マグマ団の装束を身に纏った、凶器な笑みが特徴の青年の姿があった。獰猛な獣のような目つきと裂けた笑みのせいで狂っている印象を受ける一人の青年。間違いなく、マグマ団の中では幹部クラスの実力者だ。ただの下っ端風情があそこまでの迫力と威圧感を放てるわけがない。

 強い。

 アスナは、バトルを始める間もなく、目の前の青年の実力を悟った。彼女はカナタの実力はまだ知らないが、まだ旅を初めて何か月かそこらの新米トレーナーであるカナタがあのマグマ団に勝てるとは、とてもじゃないが思えない。失礼かもしれないが、アスナにとってのカナタはそこまで強いイメージではない。

 故に、アスナはカナタに背中を向け、切羽詰まった声でこう言った。

 

「カナタくん。ここはアタシに任せて、先に行ってくれないかな?」

 

「アスナ!?」

 

「今のアタシたちの目的は、君の友人であるユウキって人を助ける事。こんな所で足止めを食う訳にはいかないんだ。―――だから、カナタくんは先に行って」

 

「…………でも」

 

 女を一人、置いてはいけない。

 そんな無駄な事を考えているのであろうカナタに思わず笑ってしまいそうになるも、アスナは代わりに精一杯の笑顔を彼に向けて、彼を先に進ませるためにこう言った。

 

「大丈夫。すぐに追いつくから」

 

「……分かった」

 

 ダッ! とアスナに背中を向けて走り出したカナタに、アスナは安堵の息を零した。ここで彼に何かが起きては、ナギに顔向けできない。アスナの使命はカナタを無傷で先に送り届けることだから、こんな中盤で彼をストップさせる訳にはいかないのだ。

 自ら足止めに立候補したアスナはコータスの首を撫でながら、目の前の青年に向き直る。

 

「それで? 君はアタシたちを捕獲しに来た、という事でオーケーなのかな?」

 

「まァ確かに、リーダーからそういう任務は受けてンだが……オレ個人の目的は、他にあるんだわ」

 

「君個人の、目的?」

 

 疑問の声を上げるアスナに、青年は猟奇的な笑みを返す。

 

「オレは強ェ奴とバトルがしてぇ。それも、世間で認められるぐれぇの実力者とだ。最強の名を冠するためにはこの地方全ての実力者を粉砕し、最終的には世界中の実力者を撃破する。―――この目標を達成するためなら、別に任務なンてどうでもいいんだわ」

 

「最強、か。……うん。君がマグマ団なんかじゃなかったら、それ相応の場でバトルしてあげたかったかな」

 

「カカッ。そりゃあ残念な事実だが、別に立場とか場所なんて今は関係ねェだろ? オレは強くてテメェも強ェ。マグマ団の幹部とフエンタウンのジムリーダーのバトルだなんて、もはや録画ものだぜ?」

 

「あははっ。それはまぁ、確かに君の言う通りかもね」

 

 この人は、戦闘狂(バトルハッピー)なのだろう。ポケモンバトルで相手を叩き潰すことに快楽を覚えてしまった、危険な思想の持ち主。バトルは楽しむもの、というモットーを掲げているポケモン協会の一員であるアスナとは、完全に考え方が違う存在だ。

 勝つ為に戦う者と楽しむ為に戦う者。

 勝つ楽しみに魅せられた者と楽しく勝つ事に魅せられた者。

 見ようによっては同じに見えるが、その心は全く異なる正反対の存在。

 どこで道を違えたのかなんて知らないし、別に知ろうとも思わない。アスナは別に偽善者ではないから、他人の人生についてとやかく言うつもりはない。

 だが。

 今、この場に置いて自分の前に立ち塞がるというのなら、無理やり関わるしかない。

 

「ンじゃまァ、まずは自己紹介としゃれ込もうぜ」

 

 そう言って。

 青年は懐からボールを取り出し、自分の真横に相棒であるポケモンを召喚する。

 

「オレはホムラ。こっちは相棒のグラエナだ。これでも一応、マグマ団の幹部をやらせてもらってる。今からテメェをぶっ飛ばす男の名だ。よォく覚えておけよ?」

 

「あははっ、それはまた大きく出たわね」

 

 それじゃあ次は、アタシの番。

 アスナは相棒のコータスの首に手を添え、青年――ホムラを指で示し、豊満な胸を張ってこう宣言した。

 

「アタシはフエンタウンジムリーダーのアスナ。こっちは相棒のコータス。今から君を圧倒する女の名前だから、よく覚えておいてね」

 

「…………面白ェ」

 

 アスナの挑発に、ホムラは気づかぬ内に笑っていた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 あるところで、青年と少女が激突した。

 またあるところで、少年が友人のために走り出した。

 同じ時刻、同じ場所で、様々な人間の想いが交錯し、一つのドラマを生んでいく。

 そして、これもまた、そのドラマの内のワンシーンだ。

 

「……凄いシンクロ率だ」

 

 マグマ団アジトの一角で、その女性は二つのカプセルとパソコンを交互に見ていた。

 カプセルの片方にはルビー色の宝玉が浮かんでいて、もう片方のカプセルには一人の少年が目を瞑った状態で浮かんでいる。二つのカプセルは無数のコードで繋がっていて、互いを満たす培養液は赤く淡く輝いている。

 ちゃぷん、と少年の培養液が小さく揺れた。

 それを合図に、少年の双眸がゆっくりと開かれる。感情の無い、冷たい紅色の瞳が虚ろに虚空を認めている。

 少年の覚醒を確認した女はカプセルを開き、培養液が零れていくのを気にすることなく、こちらに倒れてくる少年の身体を受け止めた。―――そして、もう一つのカプセルの中身を手に取り、少年の首に装着されている首輪の中央へとはめ込んだ。

 力なく項垂れる少年に、意識はない。

 そんな少年を強く抱きしめ、女――カガリは興奮冷めやらぬ様子で頬を紅潮させながらこう呟いた。

 

「アンタは本当、私を飽きさせないね―――ユウキ」

 

 さぁ、集え。

 世界の終わりを導くメロディを奏でるために。

 さぁ、戦え。

 世界の未来を決めるために。

 

 




 ―――フヨウちゃんの血液型占い―――

フヨウ「…………A型のあなた。今日は悪霊に憑かれる恐れがある。家を出る前に全身に塩を振ると良い、と思う」

フヨウ「…………B型のあなた。今日は心霊写真が撮れる。是非、幽霊たちの存在を世間に知らしめてあげると良い、と願う」

フヨウ「…………O型のあなた。今日は幽霊に会う事は出来ない。残念。とりあえず、送り火山でお参りをして、無理にでも幽霊に会いに行くべき」

フヨウ「…………AB型のあなた。―――――――――気を付けて」


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再会と邂逅

 アスナがホムラとのバトルを開始した頃、カナタチームとは別行動をとっていたツツジとナギは順調にアジト内を進んでいた。

 横から飛び出してきた団員を蹴り飛ばし、ナギは隣で団員の喉仏を手刀で殴りつけていたツツジに声をかける。

 

「なぁツツジ。本当にこの道で合っているのか? さっきから何故か団員の数が増加してきているように思えるのだが……」

 

「わたくしの選択に間違いがあるとでも? 先ほど、このアジト内のワープ装置の関係はすべて解明いたしました。故に、このアジト内でもう迷う可能性など、ゼロに等しいのですわ」

 

「だが、君のその自信は昔から信用ならないからなぁ」

 

「―――ほぅ?」

 

 ビキビキ、と額に青筋を浮かべるツツジ。

 前方から飛び出してきたグラエナと団員を回し蹴りで文字通り一蹴し、ツツジは隣で団員をアッパーカットで沈黙させていたナギに冷たい笑顔を向ける。

 

「やはり、そろそろ貴女とは決着をつけないといけないようですわね」

 

「そうだな。ちょうど私も、カナタの周りで媚を売る君がそろそろウザくなってきていたところなんだ」

 

「これで貴女を下して、カナタ様を私の物にする方が手っ取り早そうです」

 

 バチバチバチ、と火花を散らすジムリーダーコンビ。

 だが、忘れてもらっては困るのが、ここはマグマ団のアジトのど真ん中――いわば敵陣の中枢だ。周囲全てが敵だらけというまさに四面楚歌な状況下で仲間割れを起こすなど、もはや正気の沙汰ではない。

 しかし、ナギとツツジはそんな事実を団員ごと蹴り飛ばし、

 

「君なんかにカナタは渡さんぞ、この万年絶頂女!」

 

「カナタ様を誑かすのもいい加減になさい、このふた○り女!」

 

 とりあえず下ネタが酷かった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 とりあえずはカナタ達と合流するべき。

 ホウエン地方の西側の探索を終えた末にそんな判断を下したハルカとミツルだったが、ここで一つの問題が発生した。

 ぶっちゃけ、あの四人がどこにいるのかなんて分からないよね、って話だ。

 

「ポケナビの通話機能でも何故か連絡が取れないし……私とユウキとカナタが持ってるポケギアでも連絡がつかないし……うーん、これはピンチかも」

 

「今のボクたちには飛行手段もないですし……これは本当に『詰み』な状況ですね」

 

「せめて、飛行機とかヘリコプターがあればねぇ」

 

 まぁ、操縦なんてできませんけど。

 しかし、操縦云々の話をさて置いたとしても、ヘリコプターとか飛行機などの移動手段が欲しいのは事実だ。今から陸を通ってカナタ達に合流するなんてあまりにも無駄な時間過ぎるし、そもそもその過程で彼らを探すのは至難の業すぎる。今必要なのは『カナタ達の居場所を知る且つ移動手段を確保する』ことだ。

 うーん、これはどうしたものか、と腕組みをして頭を捻るハルカ。

 と、その時。

 彼女の右と左から、ほぼ同時にこんな声が飛んできた。

 

「ぴっぴかちゅう!」

 

「お。そこにいるのはハルカくんじゃな――って、こんな所に美少年!?」

 

「「ん?」」

 

 突然の呼びかけに、二人は交互に顔を向ける。

 まずは、右の方。

 右から声をかけてきたのは、黄色い身体の小さなポケモンだ。尖がった耳と頬の赤い電気袋が特徴で、尻尾は階段のようにジグザグとしている。くりっとした目はとてもチャーミングで、元気いっぱいな表情がなんとも言えない魅力を醸し出している。

 次に、左の方。

 左から声をかけてきたのは、なんだかとてもスポーティでさわやかな印象を受ける青年だ。額に装着されたゴーグルと青っぽい髪が特徴で、無駄のない筋肉質な体はピチッとした黒の服と大きめの半ズボンで包まれている。小麦色の肌は彼が海辺に関係している事を顕著に表している。

 片や、見覚えのないポケモンで。

 片や、見覚えのある青年だ。

 まさかの板挟みに反応に困ったハルカはポケモンと青年の間で両手を広げ、

 

「わ、私の為に争わないで!」

 

「落ち着いてくださいハルカさん! 今の状況でその台詞は全く持って合ってない!」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 キャットファイトでツツジを下したナギは周囲にいた団員たちをチルタリスの“りゅうのいぶき”で一掃し、アジトの更に奥へと進んでいた。因みに、右ストレート一発でノックダウンしたツツジは道端に放置してきた。気絶した人間を一人抱えた状態で先に進める程、ナギは余裕のある人間ではないからだ。背負う対象がカナタだったら話は別なのだが、そんな獲らぬ狸の皮算用はまたの機会にしておくことにしよう。

 

「それにしても……なんだか妙だな、この静けさは。人の姿どころか、気配すら感じられない」

 

 ここに来るまでの間に大量の団員たちを屠ってきたせいか、通路から人の気配が消失している。せめてポケモンぐらいは出てきてほしいものなのだが、その願いは叶えられそうにもない。

 右へ曲がって直進し、左に曲がって更に右折する。文字通り迷路のようなアジトを突き進んでいくも、段々と自分がどちらに向かっているのかが分からなくなってきている気がする。今から通る道は、本当に始めて通る道なのか。はたまた、実はすでに通った道で、自分はさっきから同じ道をぐるぐると周回しているだけではないのか。思考がループ状態に陥って行き、正常な思考が出来なくなっていく。

 

「……とりあえず、一旦落ち着くか」

 

 周囲に誰もいないせいか、先ほどから独り言が止まらない。というか、自分の声を聞いておかないと、混乱と焦燥で頭がどうにかなってしまいそうだ。まずはこの場で止まって落ち着きを取り戻し、もう一度この迷路にトライしよう。

 はぁ、すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。大きく呼吸を繰り返し、体内の酸素を入れ替え――

 

「今のこの状況でなら、夢の露出プレイが現実に……ッ!?」

 

 無人の通路は無慈悲な沈黙を貫き通していた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 アスナによって先に進む事が出来たカナタはサーナイトに団員たちを撃破してもらいながらも、ついにアジトの最奥と言える発着場へと到達した。

 発着場はどうやら海中に繋がっているらしく、見覚えのない潜水艇がぷかぷかと浮かんでいる。おそらく、あれがカイナシティで強奪された潜水艇なのだろう。

 しかし、カナタの意識はそんな潜水艇よりも大事なものに集中していた。

 それは、潜水艇の前にいる、複数の人間だ。数は三人で、その内の二人にはかなり見覚えがある―――というか、一人はずっと探していた人物だ。

 

「ユウキ! やっと、やっと見つけたぞ!」

 

「おおっと、これは予想通りのお客さんだねぇ。だけど、ここでユウキを渡すわけにはいかないよ」

 

「カガリぃ……っ!」

 

 同じ故郷出身の幼馴染みをやっとの事で発見したカナタはサーナイトと共に彼に近づこうとするも、彼を誘拐した張本人であるマグマ団幹部のカガリに行く手を阻まれてしまう。サーナイトの“サイコキネシス”で彼女を遠くへ吹き飛ばす、という手段を選ぶのは容易だが、それを行ったせいでユウキの命に危機が及ばないとも限らない。ここはあえて冷静に、この状況を打破する必要がある。

 

「ユウキをどうする気だ?」

 

「アンタにそれをわざわざ説明する義理はないね。たが、一つだけのヒントを上げるのなら―――ユウキは私たちマグマ団の野望を達成するために必要なカギだ、ということぐらいかねぇ」

 

「……太古のポケモン・グラードンを目覚めさせ、コントロールするためのカギってことか?」

 

「…………へぇ。もうそんなところまで調査済みって訳かい。これはまた、予想外な行動速度だねぇ」

 

 くははっ、とカガリはあまり面白くなさそうに笑う。

 そんな彼女に何のリアクションも返すことも無く、彼女の後ろにいた赤い髪の男は眼鏡をくいっと整え、至って冷静な口調でこう言った。

 

「カガリ。私はユウキと共に先に潜水艇に乗り込む。お前もその侵入者を撃破し、早急に潜水艇に乗り込め」

 

「了解です、マツブサ様」

 

「――――――マツ、ブサ?」

 

 思考が、止まった。

 カガリが呼んだ男の名に、凄く聞き覚えがあった。それも、そこまで昔の話ではない。ここ最近の、しかも、カナタにとって最も大切な人から聞いた名前だった。

 

 その男は、かつてナギを苦しめた男ではなかったか。

 

 その男は、かつてナギを裏切った男ではなかったか。

 

 その男は、かつてナギを傷つけた男ではなかったか。

 

 大人になったナギの心に、未だ深く大きな傷を残している、最低な男の名。世界中の海を干上がらせるためにマグマ団を組織し、陸地の神であるグラードンに魅せられたことで狂ってしまった、憐れな男。

 マツブサ。

 そんな、そんな現実を認識したカナタはもう、冷静な思考だとか、最適な打開策だとか、そう言った事はどうでも良くなってしまっていた。

 ただ、あの男を殺す。

 ただ、あの男を潰す。

 そんな、純粋且つ単純な本能によって理性が消し飛んだカナタは勢いよく地面を蹴ってマツブサの元まで全速力で駆けて行き、右手を大きく振り上げて目の前のクソヤロウを殴ろうと力を込める。

 

「ッ!」

 

 一瞬。

 カナタの持ち得る全ての力が込められた拳がマツブサに振り下ろされようとした――まさにその瞬間。

 

「その怒りに染まった表情、実に哀れだ」

 

 ズブッ、という鈍い音。

 それを認識した時には既に腹部から激痛が走り、カナタの攻撃の手が強制的に停止に追い込まれた。

 「……え?」と今の状況にはそぐわない声を上げ、カナタは自分の腹部を見下ろす。

 そこには―――自分の腹部に突き刺さる、一匹のポケモンの姿があった。

 異常な素早さに定評がある、特別な進化を必要とするポケモン。

 クロバット。

 追い付けるポケモン等存在しない、という逸話が存在するほどのスピードを誇るポケモンの翼が自分の腹部を貫いているのを確認した瞬間、カナタは膝から崩れ落ちた。

 腹部から血が流れ出るのに比例し、意識がどんどん遠のいていく。霞んだ意識の中でマツブサに向かって必死に右手を伸ばすも、マツブサはカナタに構う事無く潜水艇の中へと引っ込んで行く。それはユウキも同様で、カナタの声などには耳を貸さず、マツブサに続くように潜水艇へと入って行った。

 こんな、ところで。

 痛む腹部を抑えることもせず、流れ出る血液を止めることもせず、カナタはただひたすらに手を伸ばす。それが無駄な行為だと分かっているが、もはやこれぐらいしか彼には手段が残されていない。

 

「哀れだねぇ。実に哀れだ」

 

 そんな、気絶する直前のカナタの耳に、自分に立ちはだかっていた女の声が届いてきた。もう顔を上げて彼女の顔を確認する事も出来ないが、声だけは不思議と鮮明に聞き取れた。

 カガリは言う。

 今まさに深い闇の中へと落ちて行こうとしているカナタに、カガリは短くこう告げた。

 

「海底洞窟で待っているよ」

 

 と。

 

 




 ―――ナギとの戦闘後―――

ツツジ「――ハッ! わ、わたくしはまだ負けてはいませんわー!」

ツツジ「……って、既にナギの姿が無いですわね。あーもう、純粋な戦闘でわたくしがナギに勝てる訳がありませんのに……卑怯、卑怯ですわ!」

ツツジ「にしても、こんなに可憐で魅力的な美少女が無謀に寝ていたというのに、誰も襲わないんでしたのね。それはそれでかなり自分の魅力に残念ですが、別に構いませんわね」

ツツジ「何・故・な・ら! わたくしはカナタ様だけのものなのですから!」

ツツジ「あぁっ、愛しのカナタ様! わたくしの愛を受け取ってくださいませ~!」



アスナ「……今何か、凄くツッコまなくてはいけない気配を感じた」

ホムラ「テメェも苦労人なんだなァ……」



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暖かな抱擁

 それは、いつの事だっただろう。

 ホウエン地方のミシロタウンに生を受けてから、ちょうど十年が経過した時の事だっただろうか。子供は親の同意を得ることで十歳から旅をすることが許可されるが、カナタの両親がそれを許可してくれなかった――という状況での事だったハズだ。

 月が明るい、雲一つ無い夜の事だったと記憶している。

 小さな家の二階にある自室の窓から空を見上げていたカナタは、一緒に空を見上げていた父親に、こんな事を言われていた。

 

「旅を始めるという事は、多くの人たちとの出会いと別れを経験していくという事だ。それはとても素晴らしい経験になるが、今のお前ではその意味をしっかりと理解できない。だから今はしっかりと知識と人格を鍛え上げ、準備万端にしてから旅を始めるべきなんだ」

 

「むぅ……」

 

「ははっ、そんなに怖い顔をするんじゃない。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」

 

 あははっ、と父親はカナタの頭を撫でながら笑う。

 

「お前の幼馴染みであるユウキくんとハルカちゃんも、お前と同じ日に旅立つことにしたんだろう? なにもお前だけが遅く旅立つという訳じゃあないんだ。みんな一緒の旅立ちなんだから、そう不貞腐れる事はないだろう?」

 

「……でも、八年も待てないよぉ」

 

「なーに、心配は要らない。八年なんて、すぐに終わるさ。お前が充実した毎日を送ってさえいれば、八年なんてすぐにやって来る」

 

「そんなものなのかなぁ」

 

「そんなものなのさ」

 

 ガシガシ、と乱暴に頭を撫でる父親。

 

「そうだ、カナタ」

 

「なに、とーさん?」

 

「これから旅のための準備期間に入るお前の為に、父さんが一つだけ大事な事を教えておいてやろう。うん、これは人生において最も大切な事と言えるだろう。ちゃーんと聞いておくんだよ?」

 

「おれにドレスとかワンピースとかを買ってくる人の話なんて聞きたくなーい」

 

「それは聞けぬ相談だな」

 

「こっちの台詞だわボケー」

 

 冷たい視線を向けてくるカナタに冷や汗を流して顔を引き攣らせるも、父親は屈せずに話を続ける。

 八年後のカナタの為に、父親は大事な言葉を彼に吐き出す。

 

「旅の中で一人でもいい。大切な人を見つけなさい。そして、その大切な人の幸せの為に、自分を犠牲にするつもりで尽くしなさい。大切な人が泣いていたら、全身全霊でその人を笑わせてあげなさい。それが遥か彼方(・・)の事だとしても、だ」

 

「難しくてよく分かんないなー」

 

「今は分からなくてもいい。だが、旅を始める頃――八年後には、この言葉をしっかりと理解しておくんだ」

 

 そう言って。

 可愛いカナタに女物の服ばかりをプレゼントしてきた父親は彼の頭を優しく撫でながら、男であるカナタに向かってなんとも男らしい笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「―――ッ! っ、~~~~ッ!」

 

 目を覚ますと、知らない天井を視認する前に激痛が脳を刺激した。それは腹部から発生した激痛で、カナタは起き上がれずにそのまま体を倒してしまった。

 額に浮かんだ脂汗を手の甲で拭い、カナタは周囲を見渡してみる。

 そこは、見覚えのない一室だった。

 部屋のあちらこちらに精密機械が置かれた、比較的小さな部屋だった。壁の造りから察するにマグマ団のアジトの中なのだろうが、少なくともカナタにはこんな部屋を訪れた記憶はない。だから、こんな部屋に辿り付けるわけがない。

 気絶したカナタを誰かがここまで運び込んだ。

 もはや、それしか考えられない――しかし、それが誰なのかが考え付かない。周囲に誰もいない点からナギやツツジやアスナではないことは確かだ。彼女達だったとしたら、カナタを一人で放置するような真似はしない。こんな、モンスター(・・・・・)ボール(・・・)が床に(・・・)散らばった(・・・・・)部屋に、ケガ人を放置して置いて行く訳がないのだ。

 

「……とに、かく、今はナギたちに合流しねえ、とな」

 

 しかし。

 ぐぐぐ、と体に力を込めるが、腹部からの激痛のせいで力が霧散してしまって起き上がる事が出来ない。それでも諦めずに再度試みるが、結果は同じだった。

 と、そこで。

 小部屋の扉が開き、一人の少女―――いや、一匹のポケモンが姿を現した。

 サーナイト。

 彼の目が異常で無ければ、そのポケモンはカナタに酷く懐いている大切な仲間の一人だった。

 カナタが起きているのを見た途端、サーナイトは一目散に彼の元へと駆けつけ、彼の身体を激しく抱きしめた。

 

「っ……」

 

《良かったッス、目を覚ましてくれてよかったッス、カナタ! 一応、応急手当はしたんスけど、カナタが目を覚ましてくれなかったから心配で……もう、目を開けてくれないんじゃないかって、心配で……ッ!》

 

 ぽろぽろと涙を流すサーナイトの頭にカナタはゆっくりと手を伸ばし、出来るだけ優しく頭を撫でた。

 

「心配、掛けたな。んで、手当てしてくれてサンキューな。今度デートにでも何でも付き合ってやっから、とりあえずは許してくれ」

 

《じゃ、じゃあ、今度ポケモンセンターに泊まる時は、ワタシと二人部屋って事で!》

 

「それは無r――ぐぼぉっ!?」

 

 包帯が巻かれた腹部にサーナイトの拳が突き刺さった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「っつーか、お前がここまで俺を運んでくれたんか?」

 

《確かにワタシがカナタを運んだッスけど……カナタを応急手当てできたのと安全地帯に避難できたのは、ここまで案内してくれたポケモンのおかげッスよ》

 

「他のポケモンが、俺たちを助けてくれたんか?」

 

《はいッス。――というか、さっきからカナタの傍にいるじゃないッスか、そのポケモンは。ぶっちゃけた話、ワタシは彼にカナタの護衛を任せてから外の様子を見に行ってたんスよ?》

 

「はぁ? この部屋にお前以外のポケモンなんて、俺の腰のボールの中に居るジュプトルとドククラゲぐれえのもんだろうが。あとはそうだな……そこに散らばってるモンスターボールの山ぐれえだな」

 

《いや、だから、そのモンスターボールの山の中に紛れ込んでるんスよ》

 

「…………まさか、そのポケモンって……」

 

《マルマイン、って言うらしいんスけどね。なんか、「この人なら安心して俺っちの自爆を受け止めてくれるハズ!」とかなんとか言ってたッスけど……》

 

「あ、バカ! それは最悪な死亡フラ――」

 

 直後。

 マグマ団アジトの某所が爆炎と爆音に包まれた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ―――強い。

 カナタを先に送り出し、ホムラというマグマ団幹部とのバトルを開始していたアスナは、頬を伝う汗を拭いながらそんな感想を想っていた。未だに互いのポケモンは一匹たりとも戦闘不能に陥ってはおらず、コータスとグラエナはほぼ互角の戦いを繰り広げている真っ最中だ。

 

「ちィッ。しぶてェ野郎だな! グラエナ、コータスの首に“かみくだく”!」

 

「躱して“のしかかり”よ、コータス!」

 

 鋭い刃のような犬歯を剥き出しに迫りくるグラエナを寸でのところで回避し、コータスはその巨体でグラエナの身体を押し潰さんと圧し掛かる。しかし、グラエナはその素早い動きを駆使してコータスの反撃を難なく回避。互いにダメージを与えられず、スタミナだけを消費する結果となってしまった。

 ぐるるる、と喉を鳴らすグラエナに、アスナは小さく舌を打つ。

 

「そのスピードさえ、何とかなれば……ッ!」

 

「はン! オレのグラエナにそんな岩亀が追い付けるわけがねェだろうが!」

 

「まぁ、攻撃力不足だから私のコータスを倒すには至ってないみたいだけどね!」

 

「その減らず口をポケモンごと捻り潰してやるよ! グラエナ、今度は首の根本目掛けて“かみくだく”だ!」

 

「何度も同じ手を使うなんて、学習能力がないんだね! コータス、“からにこもる”で防ぐのよ!」

 

 瞬時の判断でグラエナの刃を甲羅でガードしたコータスは、技の効果で防御力を向上させる。ただでさえ防御力が高いコータスの防御が向上したのを認識したホムラは吐き捨てるように舌を打ち、ギリィッと歯を噛み締めた。

 ―――その時。

 何処からともなく爆音が鳴り響き、アジトが大きく揺れ動いた。

 

「うぉっ!? も、戻れグラエナ!」

 

「避難して、コータス!」

 

 ゴゴゴゴゴ、と地震でも受けたかのように大きく揺れるアジト。ホムラとアスナは自分たちのポケモンをボールの中に避難させ、壁に手を着くことで揺れに対しての僅かばかりの抵抗を見せる。

 しかし。

 その抵抗をあざ笑うかのように、アスナの頭上の天井が崩れ落ちた。

 

「―――え?」

 

 人間は、窮地に追い込まれたときは身体が動けなくなってしまう。

 自分へと迫りくる天井に、無慈悲に落下してくる瓦礫に、アスナはただただ硬直してしまう。このままでは大怪我どころか死亡してしまうかもしれないというのに、彼女の体は動かない。―――うそ、このままじゃ本当にヤバい!

 「っ、ぅぅ!」なんとか身体を動かそうと必死になるも、今からでは回避は到底間に合わない。

 ああ、ここで私はリタイアなのかな――などという緊張感に欠けた諦めの感情に思考を回してしまう程に混乱してしまうアスナ。自分へと迫ってくる天井を茫然と眺めながら、アスナはただただ立ち尽くす。

 しかし、その天井がアスナを押し潰すことはなかった。

 それは、アスナの身体が誰かによって遠くへと移動させられたからだ。アスナを抱いて凄まじい速度で跳躍したその人物は、ズザザザザーッと床を滑りながら壁へと激突した。――その間、アスナは大きな体に包まれるかのように守られていた。

 何が起こったのかが理解できない、といった様子のアスナに、彼女を助けた人物――ホムラは彼女を抱いた状態のままそっぽを向き、

 

「女に目の前で死なれちゃ困る。特にテメェはオレとの決着がついてねェンだ。そんなしょうもねェ事でむざむざ死ぬなんて許さねェぞ」

 

「う、うん。……ごめん」

 

 敵であるはずの青年の身体の暖かさに、アスナの体温は僅かながらも上昇していた。

 

 




ナギ「あ、あれ? メインヒロインである私の出番は!?」



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普段怒らない人が怒るとかなり怖い

 お久しぶりです!
 いやぁ、応募用の小説の執筆に集中してたんですけど、もう絶対に間に合わない感じになっちゃいまして……次の機会にすることにしました。

 という訳で復帰一発目&ルビサファリメイク決定記念に最新話を投稿です!

 色々と制約が取っ払われたんで、これからはちゃんと更新できるはず!

 ホウエン地方編が終わったら、ちょこちょこ送られてくるリクエスト話も書いてみたいですしね……コミュ障レッドさんとカナタの絡みとか、ヤンデレなエリカ嬢とか、フウロに弄られるナギとか……。


「あぶねぇ……今回はマジで死ぬかと思った……サーナイトがいなかったら即死だった……」

 

《ワタシを盾にするなんて、なんて大胆! あぁっ、この感じ、たまらないッス!》

 

「…………そのまま死ねばよかったのに」

 

《辛辣なカナタも大好きッス!》

 

「……はぁぁぁ」

 

 マルマインによる大爆発で消し飛んだ部屋の瓦礫の上で、カナタは疲れたように溜め息を吐いた。マツブサのクロバットに貫かれた腹部からは未だに激痛が走っているが、サーナイトの迅速な応急処置のおかげで痛みが少しだけ和らいでいる。激痛な事に変わりはないが、まぁ歩くぐらいなら問題ないだろう。

 頬を紅潮させてもじもじと気持ち悪いサーナイトから目を逸らし、自分の傍で目をぐるぐると回しているマルマインへと視線を向ける。この惨状の元凶がこのポケモンな訳だが、見方を変えればこのポケモンはそれほどまでの火力を持っているという事になる。大爆発でこの威力を出せるのなら、さぞ戦力になる事だろう。

 とりあえずハイパーボールを投げてみる。―――二秒で捕獲できた。

 

「…………」

 

 マルマインが入ったハイパーボールを無表情で眺めながら、カナタは自分の手持ちポケモンたちを頭の中で並べてみる。

 

 癒し系ジュプトル。

 不遇系ドククラゲ。

 淫乱系サーナイト。

 自爆系マルマイン。

 

「まともなポケモンが遂に半分になっちまった……ッ!?」

 

 何で俺の人生はここまでハードモードになってしまっているのだろうか。特にサーナイト、テメェが元凶だ。少しは自嘲しやがれコノヤロウ。

 ひくひくと頬を引き攣らせて心で罵倒を放ちながらもサーナイトに肩を借り、カナタは瓦礫の上から降りていく。

 

《カナタの匂いカナタの匂いカナタの匂い! くんかくんかくんか! はぁはぁはぁはぁはぁはぁ!》

 

「テメェの鼻を抉りとるぞコノヤロウ」

 

 結局のところ、運が悪いんだろうなぁ、と諦める事にしました。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 崩れてきた天井に潰されそうだった所を、マグマ団幹部・ホムラに助けられた。

 それは正義のジムリーダー・アスナにとってはかなりの屈辱であり、一人の女としてかなーり悔しかったりする出来事だった。危ない所をイケメンに助けてもらう、というのは全世界の女性の憧れのシーンだと思うのだが、他人に借りを作る事を誰よりも嫌うアスナにはその当たり前は通用しない。

 故に。

 崩れていくアジトを走りながら、アスナはホムラに絡みまくっていた。

 

「勘違いしないでよね! アタシは別に、君に助けられてなんかないんだからねっ!」

 

「いやそれはねェだろ。あンだけ盛大にオレから助けられといて、その嘘は流石にねェわ」

 

「う、うるさい! あれは無効よ、無効! アタシが認めない限り、あれは無効です!」

 

「あーそーですかーそりゃァよかったですねー」

 

「真面目に聞けぇええええええええええええッ!」

 

 耳を抑えて前を走るホムラに、アスナの全力の怒号が炸裂する。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 サーナイトに肩を借りながらアジトを進んでいたら、マグマ団の下っ端たちに包囲された。

 漫画に出てくる悪役のようなゲスい笑みを浮かべながら、マグマ団の下っ端たちはこれまた漫画の悪役のようなセリフをカナタに浴びせかける。

 

「ゲヘヘ……俺たちマグマ団を敵に回して、無事に逃げられると思うなよ……」

 

「お前のポケモンを売り捌きゃあ、大分金儲けできそうだしな。ここで死んでもらうぜ!」

 

「…………」

 

《…………》

 

 ゲヘヘヘヘ! と数により優勢で調子に乗る下っ端たちに、カナタとサーナイトは複雑な表情で沈黙する。下っ端は男と女の両方がいる訳だが、今回は何故か男しかいない。女の下っ端たちは崩れ行くアジトに臆して逃げたのか、それともカナタのパーティの女性陣の迎撃に向かったのか。ぶっちゃけどっちでもいいのだが、そこが地味に気になった。

 そして、別に自分のバトルの腕に自信があるから、と言う訳ではないが、この場を借りてあえて言わせていただこう。

 ―――コイツ等、絶対に俺に勝てねえだろ。

 実力というか立場というか展開というか、彼らが放つ言葉の端々に死亡フラグが乱立している気がしてならない。これはあくまでも漫画でのイメージだが、敵の組織の下っ端が下卑た台詞を吐くと、次のページでは既に満身創痍で瀕死状態になっているのが大半だ。それが現実に当て嵌める事が出来るとするならば、あと数分としない内に彼らはバトルに負けて地に伏せる事は明白だ。

 さぁ、どうしよう。

 憐れな悪役の方々に憐みの視線を送りながら思案する事約一分。

 

「ジュプトル。そいつらの股間にリーフブレード」

 

「ジュプトォーッ!」

 

『あっふぅぅうううううううううん!?』

 

 久しぶりにご登場した癒し系による蹂躙劇が始まった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 マグマ団の下っ端たち(男)を無残な死に追いやったカナタはサーナイトとジュプトルを従えたまま、アジトをうろつく作業を続行していた。本当はただ単純に迷子になっているだけなのだが、そこを認めてしまうとどうしようもなくやるせない気持ちになってしまうので《アジトをうろついている》と見栄を張らせていただくことにする。

 痛む腹部を手で抑えつけながら、カナタは苦悶の表情を浮かべる。

 

「うぐ……こりゃあさっさと病院に行かなきゃだな……やっぱり治療とかすんのかな? やだなぁ、痛くされるのはやだなぁ……」

 

《ワタシはカナタに痛くされるのを望んでるッスけどね》

 

「真面目な顔で何言ってんの? バカなの死ぬの? むしろ死ねよテメェ」

 

《ああん! その罵倒、その視線――まさに甘露! げへ、げへへへ、もっと罵って~っ!》 

 

「…………もうマジでやだ、このサーナイト……」

 

「…………ジュプトォ」

 

 よよよ、と涙を流すカナタの肩を、ジュプトルは複雑な表情を浮かべながら優しく叩く。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 アジトを隈なく散策したが、これと言ってめぼしい発見はなかった。

 それどころか突如として爆発音が鳴り響き、あろうことかアジトが崩れ始めてしまった。

 それが、ツツジとの激闘の末に単独行動を選択する事になってしまったナギの、簡潔な経緯だった。マグマ団の幹部とイイ感じになったどこぞの爆乳ジムリーダーとは違い、今回のナギは完全に要らない子と化してしまっている。

 ガラガラと崩れていくアジトの中を、ナギは息堰切って走り抜ける。

 

「はぁ……はぁ……ええい、一体全体何事だ!? 誰かが自爆装置でも作動させたのか!?」

 

 何の事情も知らないナギがそんな結論を導き出してしまうのは無理もない事だと言える。マグマ団の何者かが証拠隠滅の為にアジトを爆発させた、という事が有り得そうな現状だからこそ、ナギは逃げまどいながらもそのような結論に至ったのだ。

 しかし、事実は全く異なる。ぶっちゃけた話、新しくカナタの手持ちポケモンとなったマルマインの大爆発にマグマ団のアジトが耐えきれなかっただけなのだ。強固に造られたアジトを崩れさせるほどの威力など非現実的で非常識すぎると思うのだが、要はマルマインがアジトの防御力を軽く上回ってしまったという話なのだろう。深く考える事でもあるまい。

 上から降ってきた瓦礫をギリギリのところで回避し、分かれ道を直感で右折する。

 と、その時。

 選んだ道の先に、世界で一番大切な少年の姿があった。

 

「カナタ! 無事だったか、カナタ!」

 

 ぱぁぁっと顔を輝かせながら、女顔の新米トレーナーことカナタへと駆け寄るナギ。

 そんな彼女に気づいたカナタは一瞬嬉しそうに表情を和らげるも、直後には顔を顰めて苦しそうにこう言った。

 

「あ。え、と……まぁ、なんとか大丈夫だよ、ナギ。ちょっとヘマやっちゃってたりはするけど……」

 

 そう言って、彼は上着をぺらっと捲る――そこには、血に染まった腹部があった。

 

「け、怪我をしているじゃないか! しかも、決して軽傷ではない……一体何があったのだ!?」

 

「く、詳しい話は後で良い、か? すまんけど、ちょっと限界だったり……あはは」

 

 乾いた笑いを零す彼の青褪めた顔には、冷や汗がびっしりと浮かんでいた。

 それもそのはず。腹部を貫かれている状態で脱出のために歩き回っていたのだ。しかも止血程度の応急処置しか施されておらず、おまけにマルマインの大爆発を超至近距離で浴びせられたばかりでもある。今こうして生きている事自体が奇跡のような経験を、彼は短時間の間にしてしまっている。

 ふらぁ、と崩れ落ちるカナタを、ナギは焦りながらも抱き留める。

 

「よく頑張ったな、カナタ。安心しろ。君は私が守ってみせる」

 

「う、ん……ありがとな、ナギ……」

 

 その言葉の直後、カナタの重さが一層増した。どうやら気絶してしまったらしく、カナタはナギの胸の上で穏やかな寝息を立て始めていた。こんな時に思うのもなんだとは思うが、やはりカナタの寝顔は最高に可愛いと思う。

 気絶したカナタを背負い、ナギはキリッと表情を引き締める。ここから外へと脱出するまでの間、私が絶対にカナタを護ってみせる! どんな敵が襲って来ようが、ジムリーダーとしての実力をフル動員させて殲滅する所存だ!

 さぁ、ここからが正念場だ。

 愛する恋人を護る為、ヒワマキシティのジムリーダーは立ち上が――

 

《あ、じゃあカナタが気絶しちゃったみたいなんで、いまから容赦なくサイコキネシスで壁をぶち抜くッスねー。はーい、あ、よいしょー!》

 

「テメェ少しは空気読めよぶち抜かれてえのかああん?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 そんなこんなで意外と簡単に脱出する事に成功したナギとカナタ。サイコキネシスで壁をぶち抜くのは流石に疲れたのか、《んじゃ、ワタシはボールの中に戻るッス。……カナタに手を出したら殺すッスからね?》という脅し文句を残してサーナイトはボールの中へと戻って行った。因みに、ジュプトルはナギがカナタに話しかけた時点で自主的にボールの中へと非難している。未だに怖がられているのだなぁ、とちょっぴり悲しくなってしまったのはここだけの秘密だ。

 ゴゴゴゴゴ、と激しい音を立てながら崩れていくアジトを、ナギはミナモシティ近くの岩礁から見守る。全員ちゃんと脱出できているのだろうか、という心配を胸に抱くことも忘れない。

 と。

 

「あ、ナギ先輩! 無事だったんですね!」

 

「おお、アスナじゃないか! 君こそ無事だったのだな!」

 

 すぐ傍の岩礁から、紅い髪と爆乳が特徴の後輩ジムリーダーが姿を現した。所々に擦り傷があるが、どうやら命に別状はないらしい。というか、かなりピンピンしている。悪の組織のアジトの中から脱出してきたとはとてもじゃないが思えない。……まぁ、私も同じくピンピンとしている訳なのだが。

 ――――――というか。

 

「な、なぁ、アスナ。つかぬ事を聞くようで悪いのだが……君が引き摺っているそこのズタボロの男は一体誰なのだ……?」

 

 そう言うナギの視線の先には、赤の装束に身を包んだ満身創痍の青年の姿が。肉食獣のような獰猛さを感じさせるがかなり整っている顔には何故か誰かに殴られた跡があり、両手両足に至ってはぴくぴくと小刻みに痙攣してしまっている。

 ひくひくと頬を引き攣らせながら青年を指差すナギに、「ああ、コイツですか?」と青年を少し持ち上げながらアスナは黒い笑みを浮かべ――

 

「ただのゴミです。気にしないでください」

 

「え゛。い、いや、アスナ、それは流石に……」

 

「ただのゴミです。気にしないでください」

 

「い、いや、だから、流石にその言い方は酷」

 

「こ、この、クソアマ、いい加減にし――」

 

「あは☆」

 

「――ぐぼぁあああっ!?」

 

 一瞬。

 震えながらも目を覚まし、言葉を紡いでいた青年の顔面にアスナの拳が突き刺さった。それはまさに一瞬の出来事で、動体視力に自信があるナギですら見逃してしまいそうになるぐらいの速度だった。

 がくっ、と白目を剥いて崩れ落ちる青年。

 そして、キラキラ笑顔を浮かべる黒アスナ。

 そんな二人を順番に見た後、ナギはとりあえず無難な選択を取る事にした。

 

「そ、そうだな。まぁ、君がそう言うのなら、そうなのだろうな……」

 

「さっきからそう言ってるじゃないですかー。もう、ナギ先輩ったらおちゃめなんですから☆」

 

「あ、あはは、はは……」

 

 アスナだけは絶対に怒らせないようにしよう、とナギが心から誓った瞬間であった。

 

 




ナギ「そういえば、ツツジの奴はどうしたのだ? 姿が見えないが……」

アスナ「ああ、ツツジさんならそこで浮かんでますよ?」

ナギ「うおっ!? ぜ、全然気づかなかった……って、ん? どこか、そこはかとなく傷だらけに見えるのは私の見間違いか……?」

アスナ「ああ、いえ。脱出の直前にツツジさんと合流したんですが、なんか『カナタ様を探しに行きますわ!』とか言って引き返そうとしたんで……くいっ、と」

ナギ「………………………………そ、そうか。それはナイスな判断だな、うん」

アスナ「あははっ。ナギ先輩に褒められちゃったー☆」

ナギ(さらば、ツツジ。安らかに眠るが良い……)


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カナタに迫る恐怖の再会

 マグマ団のアジトからの脱出後、ナギたちはカナタの傷の治療の為にミナモシティにある病院へと移動した。カナタの傷は決して浅いものではなかったが、サーナイトの迅速な応急処置が幸いし、簡単な治療のみで後は自然治癒に任せていればいい、と言う診断結果を下された。

 そして、場所を変えてのポケモンセンター。

 詳しく言うのなら、センター内の客室にて。

 カナタ、ナギ、ツツジ、アスナの四人はマグマ団の幹部であるホムラ(縄でぐるぐる巻き)を包囲していた。

 

「それじゃあ、君たちマグマ団の目的について洗いざらい吐かせてもらうから、覚悟しておきなさい」

 

 そう言って、「フフッ」と黒い笑みを浮かべるアスナ。最近凄い速度で黒化を進行させている彼女に、捕縛されているホムラと傍で彼女を見ていたカナタはほぼ同時のタイミングで頬をヒクヒクと引き攣らせる。

 そして、アスナの左右に陣取っていたナギとツツジはと言うと、

 

「うふふふふ。カナタ様を傷つけた報いをこのわたくしが受けさせてあげますわ……ッ!」

 

「尋問と拷問。くっくっく、これまでのストレスをぶつける時がついに来た……ッ!」

 

「とりあえずその卑猥な玩具をごみ箱にでも捨てる所から始めようか」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ナギとツツジの拷問器具(内容は自主規制)をゴミ箱に投げ捨てたカナタはホムラの前に腰を下ろし、床に座らされている彼と視線の位置を合わせた。獰猛なホムラの視線と気だるげなカナタの視線が交錯し、妙な沈黙がその場を支配する。

 一分、二分、三分。

 静寂と沈黙が支配した時間が、ただ刻々と過ぎていく。女顔の青年と凶悪な青年の無言のやり取りとも言うべき光景が、三人の少女たちの目の前で繰り広げられていた。

 ―――そして、最初に動いたのはカナタだった。

 腰に装着しているボールホルダーからモンスターボールを取り出し、中からジュプトルを召喚。拘束された状態で自分を睨みつけているホムラの背後にジュプトルを移動させ――

 

「縄を斬ってくれ、ジュプトル」

 

「なっ……!?」

 

 一閃。

 ジュプトルが持つ鋭利なリーフブレードによって、ホムラを縛っていた縄がバラバラと床へと落下した。それでいて、ホムラの衣服には傷一つ付いていない。まだそこまでレベルが高いという訳ではないというのに、怖ろしいまでの正確さだった。

 ジュプトルによって自由になったホムラは両手を何度か開いたり閉じたりを繰り返し、異常かないかを確かめる。そこまで強く縛っていなかったため、異常と言う異常は見当たらなかったようだ。

 スゥッ、と目を細め、ホムラはカナタに問いかける。

 

「……オマエ、こりゃァどォいうつもりだ?」

 

「別に。どうせあのまま縛ってても何も喋ってくれなかっただろうし、あと数分後には自分で縄を解いて逃亡を図ってただろうと予想しての行動だよ。―――それに、アンタは戦力になる」

 

「はン。オレがオマエラに協力するゥ? 世迷言も大概にしとけってンだ」

 

 確かに、それはホムラの言う事が正しい。カナタ達と敵対するマグマ団の一員であるホムラが彼らに協力する義理なんてものは存在しないし、勿論、義務もない。ここから抵抗してカナタ達を撃破し、海底洞窟へと向かったマツブサ達と合流する――それがホムラが取れる最善策であることはまず間違いない。

 しかし。

 アスナと同様、最近急速な速度で黒化が進んでいるカナタは、ホムラが自分たちに協力しなければならないように展開をシフトさせる。

 

「お前が協力を拒むのなら、こっちにも考えがある」

 

「ほォ? そりゃァ面白ェ。どンな考えか、聞かせてもらおうじゃねェか」

 

 ニィと獰猛な笑みを浮かべるホムラ。

 カナタはスッと右手を挙げ、

 

「俺がこの手を下ろした瞬間、この中の誰かがお前に危害を加える」

 

「……………………」

 

 一瞬の、沈黙。

 その一瞬の間に、ホムラは見た。

 背筋が寒くなる程に冷たい笑顔を浮かべる、フエンタウンのジムリーダーの姿を。

 

(いやっ、ほー)

 

 そう、口が動いていた。

 声が聞こえた訳じゃない。テレパシーが届いたわけじゃない。

 ただ、口の動きだけで理解させられた。

 ツーッとホムラの頬を一筋の汗が伝う。動悸は激しくなり、心成しか息苦しくもなっている。

 警戒? いや、これは――恐怖。

 何を考えているのか分からない、あの女に恐怖している。

 

(この、オレが?)

 

 有り得ない、と思いたくても体の震えがそれを否定する。歯はガチガチと鳴り、両手両足は小刻みに痙攣している始末。

 怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い―――ッ!

 顔は青褪め目尻には涙。喉は急激に干上がり、声を出すことも叶わない。

 それが、災いの始まりだった。

 

「タイム、オーバー」

 

 ニヤァ、とカナタの顔に笑みが浮かぶ。

 その直後、カナタの右手が振り下ろされた。

 瞬間。

 フエンタウンジムのジムリーダーが、ホムラの前まで一瞬で距離を詰めてきた。

 

「っ、な……」

 

「うふふ。アジトの中では随分と好き勝手言ってくれましたね、ホ・ム・ラ?」

 

 言いながら頬に添えられるアスナの手が、ホムラの恐怖を掻き立てる。

 ――掻き立てたのも、束の間。

 がしっ、とホムラはアスナから襟首を掴まれ、抵抗の暇すらなく、ずるずると部屋の出入り口へと引っ張られ始めた。

 

「それでは、この方の拷も――尋問はアタシに任せてください! 大丈夫、ギリギリのところで終わらせますから☆」

 

「ン、バッ……きょ、協力、協力する! 協力するから、このイカレ女だけは勘弁してく―――ぐぎぃっ!?」

 

「こーらっ☆ そんなに暴れちゃダメですよ? ―――これからの地獄を耐えきるために体力だけは残しておかないと」

 

「は、離せ、離せェェええええええええええッ!」

 

 そんな叫びを最後に、二人は部屋を後にした。

 アスナとホムラが出て行った扉を沈黙と共に眺めていたカナタとナギとツツジはびっしりと顔中に冷や汗を浮かび上がらせ、

 

「「「さらばホムラ、安らかに眠れ」」」

 

 数分後、隣の部屋から聞き覚えのある青年の叫び声が響き渡って来た。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 翌日。

 アスナによって世界最悪の地獄を目の当たりに――というレベルではなく、地獄を実体験させられたホムラが「協力させてくれ! 頼むから、協力させてくれェ!」と縋りついてきたことにより、一応の戦力強化は成功した。一体アスナが彼に何をしたのか、その真相は未だに分からないが、別に自ら率先して知ろうとする必要はないだろう。ホムラの為にも、自分たちの為にも。

 そんなこんなで翌日な訳だが、カナタ達は懐かしい面子との再会を果たしていた。

 

「ごめんなさい、カナタさん。ユウキさんを見つける事は出来ませんでした……」

 

「別に謝る必要はねえよ、ミツル。そっちの方はこっちで何とかできたからさ」

 

「ほら、だから言ったでしょ、ミツル君? カナタ達が何とかしてくれてるってさ」

 

「お前はもう少し自分で何とかする努力をしろやアホハルカ」

 

「何で私にだけそんな冠詞がついているのかの説明を求める!」

 

 ミツルとハルカ。

 カナタ達と別れてホウエン地方の西部でマグマ団の情報を集めていた二人である。ミツルの言葉からも分かる通り、あまり大した情報を得る事は出来なかったようだが、まぁそれでも無事に再会できたのだから良しとしよう。情報も大事だが、まずは無事でいる事が何よりも大事なのだ。

 ―――と、綺麗に纏めようとした、まさにその瞬間の事だった。

 

「やぁ、カナタくん。久しぶりだね」

 

 突然の、悪寒。

 それは、ミツルとハルカの後ろからやってきた。

 海色の髪と浅黒い肌、そして無駄なく鍛え上げられた肉体と動き易さ重視の衣服に身を包んだ、一人の青年。

 それは、カナタが良く知る――というか、絶対に再会したくない人物ナンバーワンの青年だった。

 その青年の名は―――

 

「お、俺のア○ルを狙うホモジムリーダー、トウキさん!?」

 

「可愛らしい男の娘との純粋な愛を求める同性愛者と言ってくれないかい!?」

 

 どっちでもいいわ! と心の中で全員がツッコんだ。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 可愛い男の娘限定のホモ野郎ことトウキの出現により、カナタとミツルはとりあえず個室へと閉じこもってしまった。ミツルは別にトウキに対して敵意なんかは持っていないのだが、『ミツルの純潔は俺が守る!』と言ってミツル共々籠城してしまったのだ。

 そんな敬意を挟みつつ、ポケモンセンターの一階にて。

 総勢四人のジムリーダーが作戦会議を行っていた。

 

「「とりあえず、トウキ殺す」」

 

「ま、まぁまぁ、二人とも落ち着いてください。トウキさんだって別に悪気がある訳じゃないんですし……」

 

「そうとも! オレはただ、可愛い男の娘を愛でたいだけなんだ!」

 

「うん、やっぱりトウキさんはちょっと黙っててください」

 

 ダメだコイツ、早く何とかしないと……。

 カナタLOVEなツツジとナギ、それと可愛い専門のホモなトウキを前に、アスナは眩暈を覚えていた。こんな面子で作戦会議なんて、絶対に無理と思うのはアタシだけだろうか。ぶっちゃけた話、会議以前に会話すらもままならない気がする。

 さてさて、どうやってここから作戦会議にまで場を誘導したものか。ズキズキと痛む頭を抱えながら、アスナは必死に考える。

 と。

 

「話は聞かせてもらったよ!」

 

「そういう時こそ、超能力者のボクたちの出番だね!」

 

 突然の、可愛らしい声が二つ。

 それは、ポケモンセンターの入り口の方から聞こえてきていた。

 『まさか……』とその場の四人が同じ予想を立てるも、一応の流れとして彼らは入り口で存在を主張する二人組に意識を集中させる。

 そこには、容姿も衣装もそっくりな少年と少女がいた。

 (もとどり)と呼ばれる頭の後ろ辺りに髪を丸くまとめた特徴的な髪型に、羽のような形の白いリボン。十二歳程に見える可愛らしい顔立ちを、小柄な体がより引き立てている。袖口や襟など、所々に赤いラインが入った青いチャイナ服を着ていて、その姿はまるで織姫と彦星の様。少女の方は少し髪が長く、襟元に赤い星型のボタンが付いており、少年の方は緑の星形のボタンが付いている。

 そんな、髪の長さと星形のボタン以外は完璧なぐらいにそっくりな二人は互いのギュッと握り、アスナ達四人にぱぁぁっと笑顔を向けて―――こう言った。

 

「久しぶりだね、淫乱教師にセクハラ巨乳!」

 

「それにホモ野郎と爆乳新人も久しぶり!」

 

「私はランだよ、覚えてる?」

 

「ボクはフウだよ、覚えてる?」

 

「私たちが来たからには、もう大丈夫!」

 

「ボクたちの愛の力で全て解決!」

 

「「そう、女の敵である早漏よりも早く解決さ!」」

 

 彼らの名は、フウとラン。

 弱冠十二歳でのトクサネシティジムのジムリーダーにして、姉弟同士で愛し合っている生粋の純粋毒舌変態コンビ。

 そんな枕詞がいっぱいの天才双子の登場に、(ジムリーダーの中では)一番の常識人であるアスナは涙を浮かべながら頭を抱えた。

 

 




 ――――プリムさんの血液型占い(男性向け)――――

プリム「A型の貴方。今日は空から美少年が降って来るでしょう。それに備え、外出の際にはロープを持っていくのをお勧めするわ」

プリム「B型の貴方。今日の運勢はちょっぴり最高。転んだ拍子に手すりか何かで『アッー!』という事になりかねないわ」

プリム「AB型の貴方。今日は凄く最高ね。貴方の家に家出中の美少年がやって来るだろうから、迷わずに家に上がらせてあげなさい。そして勢いだけで押し倒し、美少年との熱いベッドインを果たすのよ!」

プリム「O型の貴方。――――――貞操に気を付けて☆」


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突然の大誤算

 トウキからミツルと自分の安全を護る為にポケモンセンター二階の個室に籠城したカナタは、偶然にも一階に終結しているジムリーダーたちと同様、今後のための作戦会議を開始していた。

 部屋の中には新たにハルカが加わっていて、三人は間にホウエン地方の地図を広げ、顔を突き合わせていた。

 

「カガリが言ってた『海底洞窟』ってのがどこにあるのか、っつーのが問題なんだよなぁ。クスノキ館長とかオダマキ博士とかなら、仕事柄で知ってそうなものなんだが……」

 

「でも、無駄な調査を避けるためにあえて非公開にしている、という話を聞いたことがあります。だからボク達が聞いたところで、素直に教えてくれるかどうか……」

 

「うーん……いっそ、海の中を虱潰しに探す、ってのはどうかな?」

 

「それは最終手段だな」

 

「最終手段なんだッ!?」

 

 空気を変えるためのギャグのつもりだったのに! と予想外の展開に困惑するハルカ。海の中を虱潰しとか、時間と危険的な意味で命がいくつあっても足りない気がする。そもそもの話、彼らは海に潜る手段――潜水艇かダイビングを所持していないため、海中に潜る事すらできない状況にある。

 さて、どうしたものか。

 海底洞窟を探すための第一段階で既に躓いてしまっている三人。ユウキを早急に救出してマグマ団を止めるためにも、なるたけ迅速に解決策を導き出さなければならない。こんな所で油を売っている時間などないのだ。

 うーん、と三者三様のポーズで唸り声を上げた―――まさにその時。

 ドゴンッ! という轟音。

 それと共にカナタ達がいた部屋の壁が吹き飛ばされ、強風と煙が部屋の中を蹂躙する。

 そして『何事!?』と揃って驚愕の声を上げる三人に応えるかのように、消し飛んだ壁の向こう側から一人の青年が姿を現した。

 

「予想通り、三人揃っているね」

 

 それは、銀色の髪と無駄に高級そうな衣服が特徴の青年だった。

 それは、銀色の強固そうなポケモン――メタグロスに乗った青年だった。

 そして、カナタは、この青年に最悪なぐらいに見覚えがあった。ハルカとミツルは初対面であるが、カナタは嫌と言う程にこの青年と知り合いであった。

 故に、カナタは言う。

 何の前触れもなく現れた育ちの良さそうな青年にカナタは心の底から軽蔑するような目つきを浮かべ、冷たく言う。

 

「帰れ」

 

「あははっ。相変わらず僕に対しては手厳しいな、カナタくん」

 

「帰れッッ!」

 

 彼の名は、ダイゴ。

 世界中の意志を心から愛する真正の石キチであると共に、ホウエンリーグの元チャンピオンでもある青年のご登場だった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 元ホウエンチャンピオン・ダイゴが姿を現した。

 それはダイゴを警戒しているカナタにとっては大誤算な展開であり、ハルカの背中に隠れながら「ぐるるるる!」と唸り声を上げ始めてしまう程に突然の出来事だった。

 背後でグラエナのようになってしまっているカナタに戸惑いつつも、ハルカはダイゴに言う。

 

「え、えーっと……とりあえず、何方様ですか?」

 

「おっと失礼、まだ自己紹介がまだだったね」

 

 そう言って、ダイゴは自分の胸元に手を添える。

 

「僕はダイゴ。元ホウエンチャンピオンで、世界中の石をこよなく愛する採掘家さ!」

 

「またの名を石キチの変態野郎とも言う」

 

「ちょっとカナタ、話が進まないから少し黙っててくれない?」

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 ハルカとミツルとダイゴがとりあえずの自己紹介を終えた後、ダイゴ(メタグロスの上に乗ったまま)はカナタ達に手を差し伸べ、こう言った。

 

「突然の要望で申し訳ないんだが、君たちに来てほしい場所があるんだ」

 

「お、落ち着く暇もないんですね……」

 

「どっかの洞窟以外でお願いします」

 

「カナタは別の意味で落ち着きなよ」

 

 未だに警戒の色を顰めないカナタにハルカは軽い頭痛を覚えてしまう。彼とダイゴの間に一体何があったのかは知らないが、流石にそこまで警戒する事もないだろうに……向こうは好意的に接して来てくれているのだから、少しは気を許すことも考えるべきではないだろうか。

 ダイゴのメタグロスに若干脅えた様子のミツルの前に一歩踏み出し、ハルカはダイゴに問いかける。

 

「私たちに来てほしい場所、というのは、マグマ団の活動を止める事に役に立つ場所ですか?」

 

「流石はハルカちゃん。噂には聞いていたけど、噂通り――いや、噂以上の頭の回転率だ。そうだね、君たちにこれから来てもらおうと思っているのは、マグマ団を止めるために必要不可欠な場所なんだ」

 

 それは願ってもないチャンスだ、とハルカは思った。

 マグマ団への対抗策が導き出せていない今、ダイゴの提案はまさに闇に注ぐ一筋の光と言える。このチャンスを逃したが最後、マグマ団を止める術はもう見つからない可能性もある。もしかしたら他の打開策が誰かしらによって発見されるかもしれないが、それはおそらく自分たちではない誰かだ。

 他人頼りではいけない。

 自分たちの力でユウキを助け、マグマ団を止めなければならない。

 ちら、とミツルを見る――びくびくとしながらも小さく頷きを返してきた。

 続いて、カナタを見る――不服そうながらも視線で肯定を示してきた。

 異論はない、と他の二人が言っていた。これはもう、これからの判断を迷う意味なんてないだろう。

 だから、ハルカは言う。

 差し延べられたダイゴの手を掴みつつ、ハルカは決意を固めたような表情で彼に告げる。

 

「分かりました、ダイゴさん。私たちはあなたの提案を呑みます――精液を飲むよりも速く!」

 

「締めるなら最後まで気を引き締めろやこのエロ女!」

 

 結局の所、ハルカは何処までもグダグダだった。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

 かくかくしかじかで五つのジムのジムリーダーが集結した。残りのキンセツシティジムジムリーダーとトウカシティジムジムリーダーとルネシティジムジムリーダーさえ来てくれればジムリーダーが全員揃うことになるのだが、それは絶対にありえないだろうなぁ――とアスナは眉間を指で揉み解しながら思ってみる。

 

(テッセンさんとセンリさんはともかくとして、アダンさんがルネシティの外に出るなんて絶対にありえないだろうしなぁ」

 

 あの超絶ダンディズムな紳士ジムリーダーが自ら率先して荒事に身を投じるなど、絶対に考えられない。可愛らしい少女とか女性とかがピンチに陥ったりしていれば話は別なのだが、あの人は基本的にルネシティバカだからなぁ……今日もルネシティの海で手持ちポケモンたちや住人(女)と戯れている事だろう。

 本当、この地方のジムリーダーにはまともな人がいない気がする。今更過ぎる事案に頭を悩ませつつも、アスナは「はぁぁ」と大きく溜め息を吐く。

 

「それでそれで?」

 

「結局これから、どうするの?」

 

 登場した時からずっと手を繋ぎ合っているフウとランは可愛らしく首を傾げながら、ヒワマキシティジムのジムリーダー・ナギに問いかける。今までの流れからは想像も着かないだろうが、ナギはホウエン地方のジムリーダーの纏め役だったりする。持ち前の冷静さと厳格さでホウエン地方のジムリーダーたちを纏め上げ、他の地方に負けないぐらいのジムを作り上げるために日々尽力している、結構偉い女性なのだ。……まぁ、この地方のジムリーダーたちは揃いも揃って変態ばかりなので、その尽力がプラス方向に働くことはほぼあり得ない事ではあるのだが。

 豊満な胸の下で腕組みをしていたナギは「そうだな……」と呟きを漏らし、

 

「とりあえず、自分たちの仕事を蔑ろにしているこの状況は極めて不味いと思う。今年度のリーグが開催されるまで残り半年だ。リーグ出場を狙うトレーナーたちの為にも、まずは自分たちのジムに戻るべきだと私は判断する」

 

 ナギは一拍間を置く。

 

「だが、今はそんな事を言っていられない状況であるということも事実だ。戦力は多いに越した事はない。……これは提案なのだが、とりあえず君たちは自分たちの街に戻り、ジムリーダーとしての責務を全うしてはくれないだろうか?」

 

「お断りですわね」

 

 一瞬の合間も無かった。

 ナギが言葉を吐き出した直後、ツツジは真面目な口調でナギの提案をバッサリと切り捨てた。

 他のジムリーダーたちが沈黙する中、ツツジは組んでいた脚を組み直して言葉を続ける。

 

「ジムリーダーの統括役としての言葉かもしれませんけど、はっきり言って不愉快ですわ。貴女のその言葉に他意はないのかもしれません。――しかし、わたくしには、貴女がわたくし達を戦力外だと言っているようにしか聞こえませんわ」

 

「違う! 君たちは皆、ホウエン地方を代表する実力者たちだ! しかし今は、マグマ団の事ばかりに気を取られてジムリーダーとしての責務を蔑ろにする訳にはいかないと――」

 

「とりあえず、まずはその大前提が間違ってるんじゃないか?」

 

「なっ……そ、それはどういう意味だ、トウキ!」

 

 ずっと目を瞑ってナギとツツジのやり取りを清聴していたトウキは、真剣な表情で彼女の疑問に答えを提示する。

 

「忘れたのか、ナギ。オレたちジムリーダーの責務は『ポケモンリーグ運営を円滑に行う事』と『ホウエン地方全体に危機を及ぼす可能性がある事態に直面した時、全力で対処する事』の二つだ。つまり、今回のマグマ団の件は、後者の責務に該当しているんだよ」

 

「だから、マグマ団を止めるまではジムに戻る必要はない、という訳ですわ」

 

「し、しかし、それではリーグ出場を目標とするトレーナーたちはどうする!? マグマ団の活動など知らないトレーナーたちに、どう言い訳するつもりだ!?」

 

「それについては問題ありませんわ。――そうでしょう、貴方達?」

 

「当然だな」

 

「もちろんです」

 

「そうそう!」

 

「私たちも大丈夫!」

 

 ツツジの合図を受け、トウキ、アスナ、フウ、そしてランは肯定の言葉を放つ。

 彼らが何を言っているのかがまだ理解できていない様子のナギに、ツツジは「はぁ」と溜め息を吐く。

 

「……どうやら、貴女は自分が育てたジムトレーナー達の強さを信じてはいないのですわね」

 

「あ……」

 

 ようやく分かった――いや、理解させられた。

 ポケモンジムにはジムリーダーの他に、ジムトレーナーと呼ばれる人々がいる。彼らはジムリーダーが不在の時に代役として挑戦者とバトルを行ったり、ジムバトルを円滑に進行するために働いたりする――云わばポケモンジムには欠かせない存在だ。

 彼らジムトレーナーはジムリーダーから直接指導を受ける事が出来るという特権を持っており、それ故に彼らの実力は折り紙つきとなっている。そんな彼らにジムの運営を任せる――それが、ツツジたちが先程から言っている事の真相だ。

 確かに、ジムトレーナーはジムリーダーに比べてバトルの腕は大きく劣る。――しかし、だからと言って代役が務まらない訳ではない。日々ジムリーダーから特訓されてきた彼らだからこそ、ジムリーダーの代役を務め上げる事が出来るのだ。

 

「……そう、だな。私は大切な事を失念していた」

 

「分かればよろしいのですわ、分かれば」

 

 そう言い合って、ナギとツツジは「「ふんっ!」」と不機嫌そうな顔を浮かべて顔を逸らし合った。相変わらず素直じゃない二人だなぁ、とアスナは思わず苦笑を浮かべる。

 さて、これで寄り道は終了だ。

 無駄な問題が解決したところで、これからマグマ団についての話し合いを始めよう。

 

 

 と、本来ならばそんな流れになるはずだった。

 

 

 その流れを止めたのは、二階の方から響き渡った轟音だった。

 「な、なんだ!?」と思わず立ち上がるジムリーダーたち。ナギも彼らと同様にソファから立ち上がり、マグマ団の襲撃か!? という判断を下そうとしていた。

 しかし、その判断は下されることはなかった。

 それは、ナギたちがポケモンセンターから飛び出して二階を見上げた事が原因だった。

 そこにいたのは、銀色のメタグロスと数人の男女だった。無駄に育ちの良さそうな銀髪の青年には激しく見覚えがあり、更に彼と同じくメタグロスに乗っている女顔の青年と活発そうな少女、それに臆病そうな少年に関しては見覚えがある所の話ではなかった。

 これは、一体どういう事だ?

 何故、カナタ達があの男について行こうとしているんだ?

 驚愕と混乱に頭が支配され、冷静な判断を下せない。それは他のジムリーダーたちも同じようで、メタグロスの上にいる元ホウエンチャンピオンを信じられないと言った表情で見上げていた。

 そして。

 ジムリーダーたちが見上げる中、彼らに何かを告げることなく、カナタ達が乗ったメタグロスは流星のような速度で空の彼方へと飛んで行ってしまった。

 まさに、嵐のような出来事だった。

 何かの説明を受ける暇もなく、カナタ達がどこへともなく消えてしまった。

 かくん、とナギが膝から崩れ落ちる。

 地面に崩れ落ちて手と膝をつくナギに駆け寄るアスナ。

 「カナタが……」と譫言のようにナギが呟く傍らで、ツツジは真剣な表情でこんな事を思っていた。

 

(ナギが崩れ落ちた理由を一瞬でも『絶頂したから』と判断してしまったわたくしは、果たして有罪か無罪か、どちらなのでしょう?)

 

 勿論『有罪』に決まっています。

 

 




ハルカ「寒っ!? 潮風と空気抵抗による強風と夜の気温のせいで凄く寒い!」

ミツル「(がちがちぶるぶるがちがちぶるぶる!)」

カナタ「ちょ、ちょっとダイゴさん!? いろんな意味でミツルが絶体絶命なんだけど!?」

ダイゴ「それはまずいな。とにかく、今から全速力で太陽の陽が届く雲の上にまで移動するよ!」

ハ&カ「「逆に気温が下がるだろうがいい加減にしろォォォォ!」」


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