蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza (観測者と語り部)
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原作乖離編 Prologue リセット

 イ404は目の前で起きた事象が信じられなかった。

 自分を出来損ない、役立たずと冷たく罵っていたイ402が身を挺して自分を庇った事実を。

 

 イ401が音響魚雷を使い、此方のソナーに頼る索敵能力を潰し、その隙を狙った浸食魚雷は完全にイ404を捉えていた。

 

 強制波動装甲も、回避も、迎撃も間に合わない直撃コース。

 優秀な姉妹達から愚鈍と称されるイ404が対応できる筈もなく。

 そのまま損傷を受けて沈没するだろうと。

 そのまま姉妹から見捨てられ、暗い海の底で果てるだろうと思っていた矢先に起きた出来事だった。

 

「どう、して……」

 

 呟いた声は震えていて、驚愕を隠しきれないかのようで。

 いつも無表情に無機質であろうとしたイ404の努力をあざ笑うかのように。

 感情を演算処理する素子が、イ404のコアに揺らぎをもたらしていた。

 

 それでもイ404は咄嗟に艦の推進装置を停止させ、損傷部分から浸水して沈没していくイ402を追いかけるように沈降深度を下げていく。

 

 海の中では光学系によるセンサーが著しく低下する為、画像によるスキャンは出来ないが。

 通信から漏れたイ402の呟きを聞き取ると修復する速度を浸食率が上回っているらしい。

 このままでは艦体の再生を行う事もできず、増加する水圧によって圧潰してしまう。

 助けようにもイ404の思考は酷く混乱していて、どうすれば良いのか分からなかった。

 

「どうして……!」

 

 巡航潜水艦の腹の中だけでなく、メンタルモデルが接触する精神世界の中で呟かれたイ404の声。

 周囲を爽やかな緑が囲い、お茶会の用意が整えられたイ号姉妹の集う場所で。

 イ404は泣きそうになりながら姉であるイ402に問いかけた。

 

「お前を……妹を傷つけたくなかった」

 

 ゆっくりと顔を振り向かせながら呟かれた答え。

 それは妹を傷つけたくなかったという信じられない言葉。

 あれほど末のイ404を罵っていたのに、あれほど出来損ないの自分を嫌っていた筈なのに。

 三番目の姉は自らの躯体(メンタルモデル)を罅割れさせながら、淡々と何でもない事のように告げる。

 その表情は今までにないくらい優しくて、イ404は動揺を隠せなかった。

 

「……っ、404は402の傍に居てください。401は私が仕留めます」

 

 一番上の姉であるイ400が初めて感情を露わにさせたような様子を見せながら、艦の推力を最大限にして水中を駆け抜ける。

 遠ざかるイ401を追撃し、全ての魚雷発射管に注水。

 そのまま一番から八番まで装填された浸食魚雷を連続発射する。

 

 怒りという感情を剥き出しにして、烈火の如き雷撃を仕掛けていくイ400。

 だが、どんなに怒涛の攻撃でも人間を乗せているイ401は冷静に対処してしまった。

 数々の霧の戦艦や重巡洋艦をしとめた経験は伊達でなく、一分の隙もないまま攻撃が相殺される。

 音響デコイで欺瞞し、艦尾魚雷によって攻撃を迎撃させ、イ号401の形状を模したアクティブデコイが盾になって攻撃が防がれる。

 

 何より、重巡タカオと融合したイ401の性能はあらゆる面でイ400を上回っていた。

 冷静に分析すればイ400に勝ち目はない。

 それでも、イ400は追撃をやめようとはしなかった。

 例え重力子機関が悲鳴をあげ、追撃するだけなのがやっとだとしても、だ。

 

「お願い、退いて400!」

「もう、遅い……よくも402を、404を」

 

 戦闘が始まる前から姉妹艦と戦いたくないと説得をしていたイ401。

 彼女は悲痛な声で哀願するも、怒りに支配されたイ400は攻撃の手を緩める素振りさえ見せない。

 

 あのイ400が、任務の完遂とアドミラリティ・コードの命令に従う事を第一とし、命令に背くならば巡航艦隊旗艦の『コンゴウ』すら拘束してみせた。あのイ400が。

 

 そんな彼女が傷つけられた妹を前に、私情で戦っている。隠しきれない怒りを露わにしている。

 それは完璧に任務を遂行させ、何時如何なる時も冷静だったイ400とイ402に憧れていたイ404にとって、信じられない光景だった。

 彼女達は末の妹であるイ404の存在を疎んじていた筈なのに。

 

 イ404はいつも失敗ばかりだった。

 霧を離れた重巡タカオの追跡は失敗し、メンタルモデルを残して轟沈した戦艦キリシマとハルナの確保はイ401に先を越され、あまつさえ霧の艦隊としての行動を逸脱しないよう監視していたコンゴウには撒かれてしまう。

 

 しかも理由が下らない。

 台風でセンサーを上手く使えなかったり、座標を間違えて街中に迷ったり、艦隊旗艦の威圧感に怯えて離れすぎてしまったりと散々だった。

 

 だから同じ優秀な姉妹から罵倒されて当然で、見捨てられても仕方がないのに。なのに。

 

「400のお姉ちゃん……402のお姉ちゃん……」

 

 イ402はあろうことか出来損ないと罵っていた妹を庇い。

 そしてイ400は妹達を傷つけられた事実に怒り狂って猛撃を加え続けている。

 

 庇うといった自己犠牲が存在しない霧に。

 それも霧の艦艇として淡々と任務を遂行し、障害となるのであれば味方さえも切って捨てる彼女達潜水艦隊からすれば在り得ない光景。

 

 イ404は悲痛なまでに胸を痛めるしかなかった。

 普通は逆ではないのだろうか、イ402は足手まといのイ404を切り捨てれば良かった。

 イ400は追撃をイ404に任せ、イ402の救助に当たれば良かった。

 その方が効率が良いと目に見ているのだから。

 

 概念伝達で繋がっているイ404は、メンタルモデルに不調を来し、ふら付くイ402を支えながら、困惑を隠しきれない様子で姉と慕うイ400を見つめた。

 

「貴女を沈めます。401」

「っ……」

 

 精神世界に形成された茶会の椅子に腰かけて対峙するイ401を睨み付けながら淡々と宣言するイ400。

 それにイ401は、どうしようもない程悲しい表情をしたまま俯いた。

 

 人間の艦長や乗組員を艦内に乗せて、常に人間と接してきたイ401はとても人間らしい表情を見せる。

 まるで本当の人間みたいに。

 

「貴女たちを沈めたくない。でも、それで群像が傷つくなら私は……」

 

 声も表情も淡々としていて無機質な霧側のイ号姉妹と違い、人類側に寝返ったイ401は非情に感情豊かだ。

 

 その悲痛な決意を表すかのように雷撃による攻防がひとつの転換点を。

 いや、どうしようもない程の決着を迎えようとしていた。

 

 大型艦が二隻通れるかという位の海溝を高速で通り抜けながら、イ401はイ400の放った浸食魚雷をサウンドデコイを囮にして迎撃する。

 同時に低下するソナー感度。その隙を付いて艦尾から放出した小型の魚雷発射機を設置したイ401。

 それに気が付かず真上を通り過ぎようとしたイ400に向けて浸食魚雷が放たれる。

 

「タナトニウム反応。感一。真下から、くぅッ……」

 

 イ400は咄嗟にサイドキックで右舷側の補助推力を全開にし、浸食魚雷の直撃を避けようとする。

 しかし、起爆装置が遅延式だったのか、イ400の艦橋の真横を通り過ぎたところで浸食魚雷が反応を起こした。

 初速が遅い魚雷が避けられることを見越して、直撃しなくても艦に何らかの被害を与えるつもりだったのだろう。

 それは見事に成功している。

 

 そして艦橋に命中するという事は、そこで操艦しているメンタルモデルにも直接被害を及ぼすわけで。

 実際に概念伝達で精神世界に接続して姿を現しているイ400にも、急激な変化をもたらしていた。

 

 メンタルモデルを構成する躯体が急速にぶれて、今にも消滅してしまいそうなほど罅割れていく。

 身体を形作る正六角形の構成体が顕わになり、脆くなった部分から崩れ落ちていくのだ。

 それはどうしようもない程に致命傷だった。手の施しようがないくらい、直撃だ。

 

「――400」

「400のお姉ちゃん!」

 

 静かにイ400を心配するイ402と、今にも泣き叫びだしそうな声をあげるイ404。

 そんな中でイ号姉妹の長姉であるイ400はゆっくりと二人に手を伸ばし。

 

「……402。404を……頼みましたよ」

 

 その手を握りしめようと駆け寄る二人の努力もむなしく、イ400は虚空へと消えてしまった。

 精神世界でメンタルモデルを維持できないという事は、すなわち艦を制御するユニオンコアが消滅したという事。

 

 文字通りイ400は世界から消えてしまった。

 もう二度とメンタルモデルの姿を見ることもないだろう。

 腰まで届く桃色の髪にお団子を作って、胸元が開いた桃色のチャイナドレスを着こんだ少女はもういない…………もう、いないのだ。

 

「あ、あああぁぁぁぁ……」

 

 悲痛な声を漏らしたのはイ401かイ404か。

 イ401は姉妹艦をこの手で沈めたことに苦悩し、茶会のテーブルに顔を俯かせた。

 イ404はどれだけ罵倒されても大好きだった姉の一人が消えて、それを信じられないというように足元から崩れ落ちた。そして。

 

「401。どうして泣いている」

「だって、私は姉妹をこの手で……貴女たちが……消えてしまう……!」

「お前は敵と戦い。敵を沈めた。それだけだ」

 

 自らのユニオンコアに多大な負荷を掛けているイ402も消えてしまいそうだった。

 損傷個所から浸水する海水を吐き出し、浸水を防ごうと区画を閉鎖している。

 それでも対応が追い付かず、浮力は戻る事無く加速度的に海溝の奥底へと沈んでいく。

 そして水圧に対する均衡が崩れた艦は、徐々に軋みをあげて圧潰するのを避けられない。

 

 それなのに、イ401を慰めるように呟くイ402の表情は、自らの消滅に対して何の感慨も抱いてないかのようだった。

 

「402のお姉ちゃん!!」

「まったく、お前は。姉妹の事は。呼び捨てにしろと。あれほど――」

 

 もう一人の姉が圧潰して、メンタルモデルも消滅する真実。

 それを信じたくないというように叫ぶイ404に、イ402は愚痴を零しながら。

 

「――任務は失敗。ただちに離脱を。お前は生きろ、404」

 

 その頭を優しく撫でて、イ402のメンタルモデルは精神世界から消えた。

 同時に自壊する艦の爆発に巻き込まれないようにと、急速に艦内に注水を行い、追いすがるイ404の艦から遠ざかるように真下に沈降する。

 そして爆発、轟沈。イ404が止める間もなくあっという間の出来事だった。

 

「あっ……あぁ……」

「404……」

 

 潜水艦隊の一番艦が消え、三番艦も後を追うように沈没した。

 二番艦のイ401はそもそも裏切り者であり、四番艦のイ403は未建造。

 だから、本当の意味でイ404は独りぼっちになってしまった。

 全ての姉妹を喪った彼女の精神的ショックはいか程のものだろう。

 

 イ401は、イオナはどう言葉を掛けていいのか分からず沈黙する。

 群像の命に従って動いたという言い訳は通用しない。

 これは彼女が選んだ道なのだから。

 

 そうして幾ばくかの沈黙が場を支配する。

 

 イ404は迷っていた。

 この湧き上がる衝動と共に、理解出来ない感情に身を任せ、未だ意気消沈している姉のイ401を攻撃したい。

 本体であるイ401の艦船は、フルバーストモードを使用すれば十二分に追いつける。

 勢いのままに追いついて浸食魚雷を叩き込んでやりたい。

 

 だけど、出来る訳がなかった。

 イ404は潜水艦隊の姉妹が好きなのだ。

 たとえ裏切り者のイ401であったとしても、彼女は自分の姉に対して特別な感情を抱いていた。

 どんなに罵倒されても、役立たずと冷たくされてもイ400とイ402が好きだったように。

 彼女は自分より出来るイ号姉妹を心の底から慕っていた。

 

 そもそもイ404はイ401を沈めることに反対だった。

 イ401が姉妹艦を傷つけることを戸惑っていたように、姉妹が好きなイ404はそれ以上に、姉妹を傷つけることを躊躇っていたのだから。

 先の戦闘でもイ404は浸食魚雷を一発も放つことはせず、姉妹のサポートに徹するだけに留めていたのが良い証拠。

 

 けれど、愛する姉妹艦を二隻も失って、任務に失敗した以上、撤退する気力もわかなかった。

 かといって姉妹を沈めたイ401に付いていく事も躊躇われる。故に彼女は。

 

「ぁ――――!!」

「404!」

 

 自ら自沈することを選択した。

 艦首の魚雷発射管に装填していた浸食魚雷は起爆させ、艦首を反応消滅、爆砕させる。

 途端に襲い掛かるのは内臓を抉り、掻き回し、あげくに沸騰させるような激痛。

 

 あまりに強烈な痛みにイ404が声にならない悲鳴をあげるのは充分で、艦全体に伝わる振動に立っていられず、艦橋で崩れ落ちるように倒れ込んだ。

 それは精神世界においても同様で、小さな身体はお腹を抑えるようにして倒れ込み、蹲る。

 

 その在り得ないような選択肢にイオナは驚愕を隠さず、倒れたイ404に駆け寄ると、精神世界でその躯体を優しく抱き上げた。

 イ404は先のイ402ほどダメージコントロールを行っておらず、むしろ自ら滅び受け入れているため、消滅しようとするのも早い。

 イオナが自沈するイ404を救おうにも、離れた距離が距離だ。今からでは到底間に合わなかった。

 

「404、どうしてこんな事を……」

 

 イオナの心の底から哀しそうな問い掛けにイ404は答えない。

 ただ、涙が零れ落ちそうになる彼女の頬をそっと撫でてて微笑むだけ。

 姉妹で喧嘩せずに、仲良く過ごせる時間が欲しかったと。そう切に呟いて。

 

――その願い、叶えてあげる。だから、私たちを助けて……

 

 最後に美しい少女の声を聞いた気がした。

 



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●航海日記1 覚醒

 イ403は全身に及ぶ倦怠感とお腹に響く鈍痛を感じながら目を覚ました。

 人間の戦術という概念を学ぶために形成している艦の躯体(メンタルモデル)だが、さすがに生理痛まで再現している訳ではあるまい。

 

 艦に不調がないかとシステムチェックを行うが、全てオールグリーン。

 機能に問題はなく通常稼働は問題なし。戦闘稼働においても支障はなさそうだ。

 何らかのハッキングを受けた形跡もない。

 

 ならば問題はないと、襲い来る不快感を切って捨てることは簡単だった。

 ただ無性に涙が止まらないこと以外は。

 

「な、み、だ?」

 

 403は躯体(メンタルモデル)の双眸から零れ落ちる液体に驚愕する。

 掠れた声で一字一句、液体を表す言葉を呟いていく。

 

 涙。人間が悲しい時、辛い時、苦しい時、嬉しい時に流す現象。

 だが、自分は涙という機能を実装して無いはず。だから403は著しく困惑した。

 

 艦の記録を遡れば躯体(メンタルモデル)を実装、本格的に起動したのはつい最近である。

 だから、感情や動作を模倣する経験が圧倒的に不足している。

 稼働時間が長い他のメンタルモデルと接した経験もなく、陸に住んで居る人間と接触した経験もない。なのに、どうして涙を流している?

 

 疑問は尽きないが、403はこの現象を解決する手段を模索することにした。

 人類のネットワークを密かに検索。データをアップロードする。

 結論は心が落ち着くまで大人しくしていること。

 

 心というものが何なのか理解できないが、落ち着くというのは何となく理解できる。

 艦橋から艦の全システムにアクセスし、メンタルモデルの肌に演算時の発光現象。紋章光(イデア・クレスト)を浮かび上がらせる。周囲には空間モニターと演算リングが展開。そうして403の乗った船は海中に静かに潜り込んだ。

 

 自分は潜水艦という個体に分類される艦船。

 海上よりも海の中の方が落ち着くと判断したのである。

 沈降を続け、一定の深度まで達した時、403は艦の水平を保って海域に止まった。

 少なくとも人間のデータが正しければ、これで涙という現象は止まるだろう。

 その間に状況を確認しておくことにする。

 

「アクティブソナー使用。反射時に得られた海域の情報、確認。

海域における地形データ照合。霧のネットワークより得られる艦隊の位置情報、確認。

当艦の位置情報を照合。太平洋の沖合?」

 

 まずは自艦の位置をと、様々な情報を照らし合わせて確認すると、得られた答えは太平洋の沖合に停泊していたという事。

 

 それも場所としては日本という島国の近くだ。

 付近には日本の海域を封鎖する東洋方面艦隊が巡洋しており、共同戦術ネットワークには403の状況を至急報告せよという命令が通達されている。

 そして姉妹艦の402が、確認の為に此方に向かっているという旨が記載されていた。

 

「状況。報告」

 

 403は淡々と確認するように呟きながら命令を遂行する。

 当方、何らかの原因により自失状態にあった模様。しかし、現状において機能は回復。行動に支障はなし。原因は不明。

 

 そう戦術ネットワークに情報をアップロードすると、すぐに了解との返事が来た。

 それと共にに402が到着するまで現海域に止まり、彼女の指示に従うようにとの命令が下された。403は当然、何の疑いもなく命令を受諾する。

 

 とはいえ402が来るまで幾ばくかの時間を要するようだ。

 空間モニターに映し出される403の位置と、徐々に接近している402の位置はだいぶ離れていた。

 霧の艦隊に敵対する存在は皆無と言って良いが、警戒態勢だけは怠らない方が良いだろう。

 

 403は生真面目に周辺海域を探索する。

 各種センサーを駆使し、怪しい影が存在しないか入念にチェック。

 その中で監視に引っかかる動体反応が少しあった。

 

「海中における推進音の音響を確認。照合。該当するデータなし?」

 

 403はそれに首を傾げる。

 少なくとも人類史における艦船と、霧における艦船であれば照合しないデータは存在しない。

 たとえ新型艦だとしても何らかの特徴をデータとして解析できるのだが……何も表示されなかった。

 

 艦の性能に問題はない事は先ほど確認している。

 ということは、そもそも脅威として見なしていない?

 

 それからさまざまなアプローチを使って情報収集に努めるイ403。

 相手は霧でもないのに重力子反応を探ってみたり。

 軽いソナーを向けて、反応が返って来たことに息を呑んで驚いてみたり。

 或いは高感度のマイクで音を拾ってみたりと好奇心旺盛である。

 

 そもそも、隠密行動を主任務とする潜水艦が、自艦の位置を捕捉される可能性のあるアクティブソナーを軽々しく使用するのは如何なものだろうか。

 

 ともあれ得られた結果としては彼女に戦闘態勢を解かせるには充分。そして安堵できる情報だった。

 

「情報確認。対象は水生哺乳類。通称イルカ――」

 

 周辺の音を探るパッシブソナーから得られた情報。

 そこから推測すれば対象は人類からイルカと称される哺乳類らしかった。

 どうやら此方のアクティブソナーに反応して寄ってきているらしく、特徴的な鳴き声を聴音機が捉えている。

 データによれば群れで音波を使い分けてコミュニケーションをするらしい。

 

 パッシヴソナーが海中から音を拾い、艦内に響くイルカの鳴き声。

 それを聞いていると不思議と落ち着く気がして、403は艦橋でぺたんと座り込んだ。女の子座りという奴だ。

 このままイルカの鳴き声を聞きながら、402が到着するのを待っても良いかもしれない。

 放って置いても害はないようだし、これも戦術を理解するための、何らかのきっかけになるかもしれないと判断。

 

 何時になく優しい無表情?を浮かべながら、403はイルカの声に耳を傾け。

 そのまま幾分かの時間が経過した時。

 そう考えていた時期が彼女にもあったと後悔する事になろうとは、夢にまで思わなかったのである。

 

「艦周辺に動体反応多数。囲まれている……対処、不能……」

 

 寄ってくるイルカを追い返すこともなく放って置いた結果、何と言うか囲まれてしまったのである。

 艦の周辺を回遊し始め、興味深そうに観察しているのかもしれない。

 

 艦橋に響く鳴き声は無邪気な笑い声のようにも聞こえた。

 何と言うか懐かれているらしい。

 このままではイルカにぶつかってしまい、艦を動かすことが出来ない。

 

 かといって追い返そうにも、武装が過剰すぎる。

 流石に魚雷や25mm3連装機銃型レーザーをぶっ放すわけにもいかないし、近距離からのアクティブソナーはイルカ達の鼓膜を破壊してしまう。

 たちまち403はどうして良いか分からなくなった。

 

「じ、人類史における動物の対処方法を検索。ダウンロード」

 

 空間モニターに映し出される文字列を急速にスクロールさせながら、403は困り果てた様子で検索を行う。

 どうすれば安全にイルカを追い出すことが出来るのか。

 霧として未知の状況に陥っている彼女は、人間たちの経験から打開策を掴み取ろうとした。

 

「確認。対処法。動物に向かって、しっしっと手を振りかぶる。実行」

 

 比較的安全かつ、動物になるべく危害を加えない方法を選択した403。

 まずは艦の重力子フロートをブローさせ、船体の稼働音でイルカを一時的に遠ざけるとともに浮上を開始する。

 艦から急に響き渡った音に驚いて離れるイルカ達だが、懲りずに接近を繰り返していた。

 この結果はシュミレーション通りなので問題ない。

 

 そのまま海上にゆっくりと浮上した403は艦の内部から外に出ようと、セイルの頂上まで梯子を昇りハッチをゆっくりと開けた。

 途端に視界を覆うのは太陽の光。あまりの眩しさに片腕で目の前を覆うも、そのまま大海原の広がる外へと躍り出た。

 

「これが、人間の身体(メンタルモデル)を通して見る。外の、景色……」

 

 それは403にとって初めての経験であり、一種の感動とも言える光景だった。

 沖合に広がる蒼い海原に、遠くに見える日本列島の景色。

 広大な青空は何処までも飛んでいけそうで、そこから暖かな日の光が全てを平等に照らしている。

 本日は快晴で、波もない穏やかな気候だった。

 

 肌を通して感じる風の涼しさ、日の暖かさ。

 耳に聞こえるのは静かで心地よい波の音。風のメロディ。

 そして海鳥と海面に顔を出したイルカの鳴き声。

 その全てに圧倒され、403は呆然としてしまう。

 

 しばらくして意識を取り戻すと目的を思い出したのか、セイルの頂上から甲板に飛び降り、イルカを追い出そうと手を振った。

 だが、イルカは気にするそぶりも見せず海上から顔を出したまま鳴き声を発し続けるだけだ。

 いくら、しっしっと手を振りかぶっても逃げる様子も全くない。

 

「効果なし? 判断を誤った?」

 

 本当に訳が分からないと言った様子で首を傾げる403。

 開かれた瞳はまったく瞬きすることなく、人形のように無表情。

 だが、仕草から彼女がどうしようもない程困っている様子が伺える。

 

 ふと、浮上時に巻き込まれたであろう小魚が甲板の上で身体を跳ねさせた。

 そのまま海へと還ろうとした小魚だが、哀れにも待ち構えていたイルカの口に呑み込まれてしまう。

 恐らく捕食者であるイルカに囲まれ、逃げることも出来ず、403の船体に寄り添って喰われることを防いでいたのだろう。

 それは回遊するマンタやジンベエザメに寄り添う事で、天敵から身を護る習性に似ているかもしれない。

 

 403はこれだと閃いた。

 つまりイルカ達の狙いは、403の船体ではなく周辺に潜んでいた小魚なのだ。

 だから満腹になるまで餌をやれば満足して元の住処に帰っていくだろう。

 彼女は軽率にもそう判断した。

 

「計画修正。次の行動を実行に移す」

 

 それがとんでもない間違いを犯しているとも知らずに。

 403は淡々と餌の催促を促してくるイルカ達に、艦上で跳ねている小魚を与え続けるのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 402は目の前で起きている光景に頭を痛めるしかない。

 通信の途絶えていた同型の姉妹艦であり、末の妹である403の信号。

 それが一時的の途絶えたのを不審に思い、こうして来てみれば、何と言っていいのやら。

 

 そこにはイルカと海鳥に囲まれて身動きの取れなくなった403の姿があったのだ。

 

 霧の戦闘艦。

 それもメンタルモデルを形成できるほどの演算処理を持った巡航潜水艦。

 それにも関わらず無様にも動物が原因で動けなくなるなど、言語道断である。

 

 こんな阿呆らしい失態を犯す彼女が、同じ姉妹だと思うと怒りよりも呆れの方しか浮かんでこない。

 思わず402の躯体(メンタルモデル)が溜息を吐いたのも、致し方ないだろう。

 

「何をしている。403」

「402。至急、救援を、求む……」

 

 すっかり弱り果てた様子を見せる403の躯体(メンタルモデル)

 甲板に倒れ込みながら、ううぅと手を伸ばして救いを求める少女は哀れとしか言いようがない。

 

 何せ、羽根を休めた海鳥が船体の甲板に無数に止まり、一部が403の身体の上に乗っかっている。

 イルカの群れは満腹になるどころか、先程よりも数が増えていて。

 餌の催促をするように潜水艦の周りを回遊していた。

 

 襲われているというか、懐かれているというか。

 仮にも戦闘艦なのだから自分で追い返せと言いたいが、402は忙しい身だ。

 遊んでいる余裕もないので、妹の願いを聞き届けてやることにした。

 

「仕方ないな。アクティブソナーを出力全開にして追い返すから待ってろ」

「却下。他の方法を……」

 

 だが、403を救おうとした行動は、当の本人から制止されてしまった。

 救援を求めながらも断る。その矛盾した行動に眉をひそめながら、402は問い返す。

 

「何故だ。周囲に敵の艦影は無く、発見される心配もない。この方法が一番手っ取り早いぞ?」

「イルカに被害発生。安全な解決方法の提示を要求する」

 

 その答えも霧らしくないものだった。

 402を初めとする霧の艦艇は兵器である。

 それが動物の被害をいちいち気にしていてはどうしようもない。

 

 兵器とは命令に従い、対象を破壊し、任務を遂行する存在。

 それに対して支障がなければ、いかなる被害が発生しようとも気にしないのが正しい。

 

 403の理屈は間違っている。

 まさか躯体(メンタルモデル)を起動して間もないと云うのに感情を実装した訳でもあるまい。

 

 総旗艦艦隊に合流する間に、何らかの自失状態に陥ったというし、一部のシステムに支障を来たしているというのが正解だろう。

 早急に連れ帰って調査する必要がある。

 

 まあ、彼女の要求を断って変な対立が起こっても面倒だ。

 402()403()の願いを仕方なく叶えてやることにした。

 どっちにしろ群がる動物を追い返すことに変わりはない。

 

「まったく手のかかる妹だ」

「402。感謝」

「礼などいらん。大人しくしていろ」

 

 402の艦に搭載されている余分なナノマテリアルを使い、402はその手にある物体を生成する。

 

 それは所謂(いわゆる)発泡スチロールというもので、同時に艦上と船体の真下に高性能のスピーカーを生成、その音源を自身の手元に繋ぐ。

 

「人間が感じる不協和音だ。とても煩いぞ」

 

 そして両手に握りしめた小さな箱サイズの発泡スチロールを擦り合わせた。

 響き渡る騒音にも等しい不協和音。

 不快指数を瞬く間にあげる騒音は、動物の鼓膜を破壊しない程度に刺激し、403に群がるイルカや海鳥を追い返していった。

 

「ふん、他愛ないな」

 

 どうだと言わんばかりに胸を張り、ナノマテリアルで生成した不要な物質を急速分解する402。

 だが、その胸はまったくと言って良い程、起伏がない。

 名立たる大戦艦級の山脈どころか、姉の400が待つ砂山にすら劣っている。

 もっとも突っ込む存在はいなかったが。

 

「ソナー感度低下」

「いちいち報告しなくて良い」

 

 いや、ボケる存在はいたらしい。しかも天然ボケらしい。

 

 他の霧は躯体(メンタルモデル)を形成したばかりの403と接触した経験はなく、姉妹艦である402とて例外ではない。

 

 その性格は生真面目なのに、何処か抜けていて、何かやらかしそうな雰囲気を持つ403に、頭痛を隠せない402だった。

 今も自分の状態を自覚していないのがその証拠だろう。

 

「403」

「402」

「いや、呼び返さなくて良い。とりあえず、その格好を何とかしろ」

「? 躯体(メンタルモデル)の形成は無事完了。問題はない」

「はぁ……お前の相手は疲れる……まずは人類史における服飾の重要性を理解させるのが先か……」

 

 何故ならば403の格好は何も纏っていない生まれたままの姿だったからだ。全裸とも言う。

 起伏のない胸を隠そうともせず、ぼうっと突っ立たままの403は不自然以外の何物でもない。

 人間が見れば違和感を禁じ得ないだろう。不審者と言ってもいい。

 

 おまけに雪のように真っ白の肌が違和感をさらに強調させていた。

 整えられた綺麗な顔立ちも無表情で、人形のように見えてしまう。

 瞬きしないのだって、人間にとっては不気味だ。

 

 だが、肩から背中あたりまで伸びた黄色っぽい銀髪は太陽に反射してとても美しい。

 そこは自分や400に似ているかなっと、ちょっと微笑ましくなる402だった。

 

 姉妹艦同士に格差はなく、殆どは対等に接し合う。

 だけれど、彼女は自分にとって初めての妹なのだから。ちょっとの苦労も何のその、だ。

 

「402の疲労許容値。範囲内。問題なし」

「はぁ……」

 

 訂正。やっぱり手のかかる妹の相手は疲れる。そう断言する402だった。



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○航海日記2 遭遇

「これで良いだろう。着心地はどうだ。403」

「問題なし。動作良好。コアの処理能力に若干の負荷を確認」

「そこは我慢しろ。これも人間の戦術とやらを理解する一環らしいからな」

「了解。402」

 

 甲板の上で、生成された自身の服装を興味深そうに眺めている403の躯体(メンタルモデル)

 それを見つめながら、402は苦労した甲斐があったと肩の力を抜いた。

 

 イ号402のセイルから見える403の服装は、薄い黄色に染められ、所々に紫陽花が装飾された着物である。

 桃色チャイナドレスの400、青いセーラー服の401、端から見ればポンチョにしか見えない402のドレスとも違う格好。

 

 これは端から見れば一卵双生児にしか見えないイ号姉妹の個性を出そうと、402が特徴的な服装を選択した結果であった。

 

 着物と一言で言っても日本列島を巡洋する艦隊旗艦のひとつ。ナガトと呼ばれる大戦艦のメンタルモデル程立派なものではない。

 

 下半身における裾の部分を、際どい位置まで切り詰めているのだから。

 見えそうで見えないとは、まさにこの事を表するのだろう。

 もちろん風が吹けばパンチラである。履いているかどうかは想像にお任せしたい。

 

 頭には一輪の花簪。

 これもお団子頭の400、もみあげリボンの402と区別するためのトレードマークである。

 

 霧があらゆる物質を構成するために使う、ナノマテリアルで構築された着物は着心地も悪くない。

 何よりもメンタルモデルを護る最後の防壁としての強力な防御性能を403は気に入っていた。

 

 人間の思考のひとつを理解出来て、戦術の獲得に一歩近づける。しかも、機能性は悪くない。

 一石二鳥のような合理性に、まだ機械的な判断しか出来ない403を納得させるには充分だろう。

 

 もっとも、その思考のひとつである402が語った羞恥が何なのか、403にはさっぱり理解できないのであるが……経験はまだまだ不足しているようだ。

 

「ふぅ、これで一安心だな」

 

 それらしいことを言って、妹の403を丸め込めた402は安堵の溜息を吐く。

 これから総旗艦艦隊における旗艦にして、霧の頂点に君臨する『ヤマト』の所へと403を連れて行かねばならないのだ。

 直属の上司に当たる彼女に対して、403を全裸で謁見させるなど正気を疑われるだろう。

 少なくとも姉の400から小言のひとつが飛んでくるのは間違いなかった。

 

 まあ、誰よりも人間らしい大和のメンタルモデルの片割れ、コトノと呼ばれている彼女なら、ここぞとばかりに403を着せ替え人形にするかもしれない。

 有り得そうな光景に苦笑いを隠せない402だった。

 

「402。思考に若干の乱れがある」

「ただの気苦労だ。気にするな。それよりも、このまま潜航して総旗艦艦隊の元へと向かう。

 そこでコアの検査と総旗艦への挨拶。ついでに任務の指示を貰うから、ちゃんとついて来い」

「了解。402。これより急速潜航準備に入る」

 

 403は人間を遥かに凌駕する身体能力を駆使して、自身の船体であるイ号403のセイルの上に跳躍する。

 そう、跳躍である。何の装備もなしに、人間には不可能な芸当を当たり前ようにやってのける。

 それこそが彼女を人間ではない、人を超越した存在であると証明する何よりの証だった。

 

 メンタルモデルの内側に隠されたコアは常に演算を行い、艦の制御を怠ることはない。

 ハッチを素手で掴むまでもなく、遠隔操作で開いたあと、制御に集中するための艦橋へと駆け抜けて、部屋の中央目掛けてひとっ跳びだ。

 そこには寸分の狂いも、無駄もない。機械ならではの合理性があった。

 流石に艦橋まで一瞬で転移するなどの無茶は出来ないが。

 

 そうして全身に黄色く発光する紋章光(イデア・クレスト)を浮かび上がらせ、艦を制御するための演算能力をフル稼働させていく。

 システムオールグリーン。動作チェック終了。艦の制御に問題なし。

 そして先に潜航していく402の後を追うように、403も重力子バラストの浮力を下げて潜航していく。

 

「重力子機関正常に稼働。速力に問題なし。以降402に追従する為、速力、浮力を一定に保つ」

 

 空間モニターに浮かぶ情報を急速に処理しながら、艦の全制御に集中する403。

 その行動に支障はない。

 

 海を見通せる訳でもないのに、艦橋から横目で後方を観察する402は、顔の位置を前に向け直した。この分なら問題はなさそうだと。

 

 しかし、それは甘い考えだと直ぐに思い知らされることになった。

 様々な言動や行動で402を振り回していた403が大人しくする訳がないのだから。

 

「艦の真下に動体反応有り。重力子反応なし。パッシブソナーの集音結果からダイオウイカと推測される。観察を開始」

「監視しなくていい。それは無視して先に行くぞ」

「了解」

 

 ある時は世にも珍しいダイオウイカが、深海を優雅に泳いでいる姿をキャッチし、観察しようとする。

 

「艦付近を急速に動く動体反応有り。魚群探知機の結果から小魚の群れと推測される。群れの行動は大型魚類からの逃走と予測。これより援護に入る。目標、マグロらしき大型魚類の殲滅。攻撃準備……」

「っ――そんなものは放って置け。あれは人類史でいう自然の摂理。兵器である我々が命令もなしに関与する必要もない」

「了解。艦を戦闘モードから通常モードに移行する」

 

 ある時は餌を追い求めて、イワシなどの小魚を追いかけるマグロを殲滅しようとしたり。

 

「パッシブソナーに反応有り。解析される音響の種類からクジラの超音波であると推測される。これより返答の為、クジラに影響のない微弱な出力でアクティブ・ソナーを使用する」

「使用しなくていいっ! だいたい潜水艦がアクティブ・ソナーを使ったら位置がばれるだろうがっ!!」

「了解。返答を中断。交信を終了する」

 

 ある時はクジラの群れが発したエコーロケーションを傍受して返答しようとするなど、好奇心が旺盛すぎるのだった。

 まるで初めてお出かけをした子供のような仕草に、さすがの402も黙っている訳にはいかなくなる。

 

「総旗艦艦隊に合流するまで大人しくしていろ。403」

「402。それは命令?」

「――命令だ」

「了解。命令を受諾。以降の航海における観察は、402の指揮下にあるかぎり……永久的に停止する」

 

 だから、淡々と少しだけ強い口調で命令すると、403は大人しく従った。

 好奇心旺盛とはいえ彼女も霧の戦闘艦。

 上位存在からの命令に逆らう真似はしないのだろう。

 

 恐らく任務や命令には忠実に従うタイプだ。

 たとえば姉妹艦の撃沈を命じられたら、彼女はそれを実行に移すに違いない。

 ただ、任務中に余裕があれば余計なことに気を回してしまうだけなのであろう。

 

「ん、この反応は?」

「前方、距離3000にて微速で航行する艦船の反応有り。反応は二隻。重力子反応なし。機関音解析。人類側の戦力には登録されていない所属不明艦。解析の結果、駆逐艦クラスの戦闘艦と思われる。詳細不明。生体反応なし。無人艦と予測される」

 

 そうして航海を続けるうちに、402と403は水上を航行する艦船の反応を捉えた。

 霧に所属しない戦闘艦。だが、本来それはありえない事だった。

 

 2039年における大海戦に於いて、霧の艦隊はアドミラリティ・コードと呼ばれる勅令に従い、霧以外の勢力を海上から殲滅。

 海洋を占有して、人類から海という場所を奪い取った。

 

 その後も大陸や列島の海上を封鎖して、沖合に船が出ようものならば発見次第撃沈してきたのだ。

 故に霧以外の艦船が、こうして洋上を堂々と航海できるわけがないのである。

 それは異例の事態。霧の艦船以外の存在はアドミラリティ・コードの命令に抵触する。

 だからこそ402は403に命令を下した。

 

「なるほど、こんな海域にまで奴らの末端が及んでいるのか。403。遠慮はいらない。奴らを沈めろ。私はサポートに回る」

「了解。イ号403は戦闘態勢に移行する。重力子機関出力上昇。魚雷発射管に順次装填。一番、二番、ウェーキホーミング。通常弾頭。三番、四番パッシブホーミング。通常弾頭。弾頭に敵の機関音を入力。五番、六番セミ・アクティブホーミング。通常弾頭。七番、八番、浸食弾頭魚雷を装填」

 

 402は敵の正体に関して知っているような素振りを見せるが、403には関係のない事だった。

 命令を受けた以上、兵器として任務を遂行するのが霧の存在意義。

 ならば、同じ霧の例にもれず、彼女も任務を遂行するだけである。

 そこに疑問の余地はまったくない。

 

 イ号403の船体艦首に装備された魚雷発射管に各種魚雷を装填し、敵を確実に破壊するための準備を整えていく。

 その間に敵の行動を観測することも忘れず、どのような動きがあったとしても淡々と対処するための準備を怠らない。

 

「艦の仰角を修正。発射管に注水開始。発射準備完了」

 

 そして敵を撃沈する為の準備が整った。

 

「発射管解放。一番、二番。ウェーキホーミング魚雷。発射」

 

 ただ淡々と呟きながら、403は攻撃を実行に移す。

 大気に触れている時とは違う、独特な水中発射音と共に射出された魚雷。

 それは急速に加速しながら目標を爆砕しようと海上を目指して突き進んでいく。

 

 そして、発射されたウェーキホーミング魚雷は、水上を航行する艦の航跡を感知して、捉えられた哀れな駆逐艦二隻の艦尾から突き上げた。

 

 途端、水中に響き渡る爆砕音。

 近くに潜水艦がいると知らず、探知も出来ていなかったであろう駆逐艦は、船体を海上から浮き上がらせるほどの衝撃を受け破壊された。

 恐らく船体の真ん中に直撃していれば真っ二つに叩き割られていただろう。

 

「敵艦の破砕音を確認。敵の機関音感知できず。周辺海域に敵対する艦影なし。戦闘態勢解除。艦の機能を通常モードに移行」

 

 船体に穿たれた巨大な風穴から、様々な部品を垂れ流して沈んでいく駆逐艦。

 そこから水中に伝播する音を感知して様子を探っていた403は、付近に脅威となる敵がいないことを確認すると、戦闘の終了を宣言した。

 索敵と観測の補助に回っていた402も同様の結論で、何も言わずに通常航海に戻っていく。

 

「三番から八番までの発射管を排水。装填された魚雷を脱着。以降、さらなる戦闘が発生した場合に、適切な弾頭魚雷を再装填する」

 

 403は戦闘後の処理を行いながら、イ号402の船体を後ろから追いかける。

 空間モニターに表示された目標となる海域はまだまだ遠い。

 402が先導しながら、航路となる海域のデータ、適切な深度や速度の計算結果を送ってくれるので航海自体は難なく進む。

 だから、403は務めて周辺に敵がいないかを確認しようと、あらゆるセンサーを使って索敵し始めた。

 

 もちろんアクティブ・ソナーを使って自ら発見される愚は犯さない。

 403のデータの中で制圧が完了したと思われる海域。

 その周辺に敵となる艦影が一度でも現れている以上、好奇心を押し殺すのは当然である。

 それに、402に命令されたというのもあるが、彼女にとっては姉妹艦が危機に陥る方が問題だった。

 

『403。聞こえているか』

『オーライ、403。感度良好』

 

 そんな時に頭の中に響く402の声。

 403は特に驚くこともなく問題ないと返事をした。

 

 二人が行っているのは、概念伝達と呼ばれる霧の艦艇同士が行う通信手段。

 距離を問わず、遮蔽も障害にならない通信法であり、盗み聞きされる心配もない。

 しかも瞬時に大量の情報を交換し合うことが出来る優れた機能だ。

 それは人間で云う量子通信に近いのかもしれない。

 

『これから先の敵性勢力に関するデータを送る。如何なる状況であれ、先のような無人戦闘艦と対峙した場合。即座に撃沈しろ。これは各艦隊の総旗艦から下された重要事項だ』

『了解。データを受信。該当する敵性勢力に遭遇した場合、即座に破壊。撃沈する』

 

 イ402はずっと妹の様子を観察していた。

 航行している時も、戦闘している時も、余すことなく403の挙動を見ていたのである。

 その中で先の敵に対する反応が鈍かったことを推測し、403には幾つかのデータが欠けていると気が付いたのだ。

 

 何せ、先のような無人艦は即応対象にリストアップされた特A級の危険な勢力である。

 直ぐに撃滅しなければならない要破壊対象。

 それを察知した段階で、戦闘態勢に移行せず、観測するだけに留めている。

 何らかの異常があると判断するには充分すぎた。

 

『403、どこか異常はないか? 何か問題があるなら相談に乗るが』

 

 それまで、一切の私情を挟まず403に接していた402が少しだけ感情を露わにした声で心配した。

 任務中は何かと割り切って、感情を表に乗せず、淡々としている402。

 そんな彼女が珍しく他の艦を気遣ったのだ。

 彼女を知る他のメンタルモデルが見ていたら、驚きを隠さなかっただろう。

 

 だが、これまで散々402の手を煩わせている403である。

 彼女が普通の反応する訳がなかった。

 

『人類史における適切な返答を人類のネットワークから検索。分類。選択。実行――大丈夫だ。問題ない』

『――っ』

 

 馬鹿か貴様は、と叫び出しそうになるのを402は咄嗟に抑え込む。

 

 まず何処から突っ込めばいいのだろうと402は思った。

 人類の技術と隔絶した性能差を誇る霧の艦艇は、アクセスの後も残さず人類のネットワークに侵入するのは容易い。

 だが、さして重要どころか、問題にすらならない受け答えに対し、わざわざ人類のネットワークを使用するのは馬鹿のすることだ。

 リスクの可能性を考えると割りに合わなすぎる。

 

(それとも、単純にアホなだけなんだろうか)

 

 402はこれまでの403の記録を片手間に閲覧する。

 最初に出会ったときは、イルカや海鳥に囲まれて身動きが取れないでいた。

 しかも服を一切来ておらず素っ裸という有り様。

 さらに現状の航海において、取るに足らない周辺の状況にいちいち反応しては、変な行動をするのだ。

 そこに“あとの事を考える”という思考は存在しないようだった。

 

 一応、403も兵器なので演算処理、解析などは当然優れている。

 それは人間で云う所の、頭が良いという事なのだが、いかんせん行動が残念すぎる。

 純粋無垢にしては度が過ぎているのも事実だ。

 

(まるで生まれたての赤子のようだな。だがそれは――)

 

 霧にしてはありえないことだと、402は403の異常を冷静に分析していた。

 

 人類と正面切って戦い、その圧倒的な性能差で人々を陸に封じ込めた霧の艦隊。

 しかし、戦術という面においては、単純に突っ込んで撃ちまくるというお粗末な行動しか取れなかった。

 

 だからこそ人間の戦術を理解しようと、人の姿を模した躯体(メンタルモデル)を形作り、その際に発生する不自由を受け入れた。

 不自由を克服しようとする思考を手に入れ、過去を顧みるようになり、そこから未来を予測するようになる。

 いずれ人類が同等の技術を得て、霧を圧倒してくるその前に、対抗策を手にしようとしたのだ。

 

 当然、そのような考えに及ぶ自我があるのだから、何も知らないというのは有り得ない。

 霧の艦艇は人間と比べて寿命という概念は殆どない。あるのは無限に等しい耐久年数のみ。

 長い時を過ごした意志ある兵器は、様々な経験を積んでいて当然のはずだ。

 

 402も例外ではない。

 メンタルモデルを形成した段階で、ある程度の経験を反映させることが出来ている。

 それは無意識に性格となって表現されてもいるのだ。

 なのに、402と同時期に生まれたであろう403が殆どの経験を無くし、あらゆる事象に対し未知である状態に等しい。

 これを異常と言わずして何と言おうか。

 

(報告では403は何らかの自失状態に陥っていたとある。403の知らない所で何か起きたのか?)

 

 しかし、考えても結論は出る筈もない。確証に至る情報を知らないせいだ。

 これ以上考えても仕方がないと判断した402は、自身が検証したデータを保存すると、海中における航路の割り出しに演算を集中し始めた。

 

 目指すは日本列島の北東。

 北極海の入り口付近に停泊しているであろう総旗艦ヤマトの元である。

 

「402の行動を検証。人類史におけるケースと照合。結論、姉妹の間における思いやり。記録を保存」

 

 そんな中で403は、402に心配されたことが嬉しかったのか。自身の記憶野に先の会話を保存していた。

 彼女の人形みたいに無機質な表情は、その時ばかりはわずかに微笑んでいた。

 

 



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航海日記3 指令

 日本列島から遠く離れた海域にて、その艦はあらゆる波を物ともせず、まさに不動の如しだった。

 既存のどのような船も、その船の前では小さく矮小な存在に思えてしまう威容。

 巨大な船体に浮かぶ巨砲に、都市に建築された塔にも劣らない艦橋。

 人間が正面から見据えれば、立ち並ぶ三連装の主砲と立派な艦橋に圧倒されてしまうのも無理はないだろう。

 

 遠目から見ても己の存在を主張するそれは、海に浮かぶ城といっても過言ではない。

 

 戦艦『大和』。

 今でも戦艦として世界最大の排水量を誇る彼の船は、大戦艦を超えて超戦艦と評される程の大きさを誇っていた。

 そこから繰り出される火力と、備えられた防御力は推して知るべしである。

 そして船体に浮かび上がる発光した文様が、彼の船を霧の戦艦であること物語っていた。

 

 その艦橋の頂上に背筋を正したまま立ちつつける二人の女性の姿がある。

 一人は装飾があまり施されていない、質素ながらも立派なドレスに身を包んだ女性。

 もう一人は海軍士官学校で支給されるような、白い制服に身を包んだ女性だ。

 

 二人の姿はまったくの瓜二つで、双子どころか同一人物と言われても違和感がない。

 背格好が同じならば見分けることが出来ないのは明らかだった。

 

 彼女達は『大和』の演算素子によって形成されたメンタルモデル。

 ドレスの方がヤマト、セーラー服の方が、モデルとなった人物の名前を借りてコトノと名乗っている。

 

 一部の戦艦に搭載された膨大な演算能力を誇るデルタ・コアにのみ許された。

 一つの艦に二人のメンタルモデルを有した存在。

 そして日本の海域を封鎖して人類の艦艇を海に出さないようにする艦隊。

 霧の東洋方面艦隊群の全てを指揮する総旗艦でもあった。

 

 

 そんな彼女達は、ユーラシア大陸とアメリカ大陸に囲まれた北極海の入り口に『大和』が停泊しているにも関わらず、寒さの影響を全く受けていない様子。

 それは些末と言わんばかりに、じっと氷に閉ざされた北極海の先を見据えている。

 まるで何かを監視するかのように。

 

「人類との大海戦の合間に対峙して以降、何の動きも見せようとしないわね」

「そうですね。恐らくは期を窺っている。人類、霧の双方を滅ぼす為の行動を起こす時期を」

「あれが無差別に破壊を振りまく兵器群の元凶なのは間違いない。けれど、戦術を有さない霧が戦っても、勝算は少ない」

「だから、千早群像の成長に賭けたのでしょう? 彼が経験を積んで艦隊の指揮を取れるような艦長となる為に」

「そう、私達と翔像のおじさまでは手が足りないもの。方面艦隊の指揮を取れとは言わないけど、分遣艦隊位なら率いて欲しいわ」

 

 互いに言葉を交えながら、二人の少女は会話を続ける。

 それは会話というよりも確認といったような意味合いが強く。事実、二人は同じ情報を共有するが故に、互いが何を言いたいのか理解している。

 もっとも経験の部分ではコトノと呼ばれるメンタルモデルの方が上だった。

 彼女はある意味で特別なのだ。

 

「どうやら来たようです」

「もう、待ちくたびれたわよ? 402。403」

 

 ふと、何かに気が付いたかのように、ヤマトとコトノは艦の左舷に視線を向けた。

 

 徐々に海面に姿を浮かび上がらせたのは二隻のイ号潜水艦。

 淡い翡翠色の船体を持つイ402。

 淡い黄色の船体を持つイ403。

 色の違い以外はまったくの同型艦である二隻だった。

 

 超戦艦『大和』と接触しないように離れた場所から浮上した二隻だが、艦の側面に設けられた補助推進を自在にコントロールして徐々に近づいてくる。

 やがて、港に停泊する時のように側面の推進装置を噴射。それを制御しながら『大和』に隣接した。

 順番的に『大和』の隣に402が並び、その隣に403が続く形。

 そうして二隻の潜水艦のセイルからハッチを開けて現れたのは、小柄な少女の形をした402と403のメンタルモデル。

 二人並んで歩けば誰もが双子だと思うであろう、瓜二つの姿をした少女達。

 

 彼女達はタラップも展開せずに軽々と跳びあがると、大和の甲板に降り立ってみせた。

 それを出迎えるのは同じく、艦橋からふわりと飛び降りたヤマトとコトノの二人だ。

 

「ただ今戻りました。総旗艦」

「おかえりなさい、402。その子が例の?」

「はい、途中でアクシデントもありましたが、指示された通り連れてきました。おい403、総旗艦に挨拶しろ」

 

 ヤマトの問い掛けに応える402。

 敬礼はしないまでも、いつもより丁寧な口調で喋り、接していて。

 そこからヤマトは402にとっての上司に当たる存在だと理解できる光景。

 だが、403は不思議そうに首を傾げるだけで、挨拶する素振りも見せない。

 それどころかじっと、ヤマトの姿を眺めているだけだった。

 

 それに402は冷や汗を流す。

 403を観察していて分かったことだが、彼女は好奇心を刺激されると首を傾げる癖があるのだ。興味を持ったとも言う。

 こうなると命令に沿って行動していても、余裕があれば脇道に逸れ始めてしまう。

 何よりも総旗艦の手前。失礼な態度はあまり見せるべきではなかった。

 

「403! 総旗艦の前だぞ。到着前にあれほどちゃんとしろと言い聞かせておいたのに、お前という奴は――」

「いいえ、構いませんよ402。私は気にしておりませんから」

「ですが、総旗艦。これでは他の艦に示しがつきません」

「いいんじゃない? 私の指揮下にある巡洋艦隊の子達だって一癖も、二癖もあるのよ? そんな連中に比べたら、この子の態度は大人しい方だわ」

「コトノ様……」

 

 尚も真面目にあろうとする402に対して、時間の無駄だからやめようと遠回しに伝えるコトノ。

 彼女は興味深そうにゆっくりと403に近寄ると、自分よりも小さな両手をそっと掴みあげた。

 403も何も言わずにじっとコトノを見つめている。

 

「ふふ、見れば見るほど不思議な子ね。403。

 貴女は何処から来て、何処へ行こうというのかしら?」

 

 意味深なコトノの問い掛け。

 

「対象。超戦艦。コトノ。ヤマト。分析中。二人の形状に差異は見受けられないが、精神構造は異なる模様。あえて違うように振る舞っている? しかし、当艦と比べて胸部性能の差は圧倒的であると判断。人間の異性から見た場合の武器と思われる。色仕掛けによる魅惑の効果あり」

 

 それに対しての返答はやっぱりどこかずれていて、403は分析の結果を淡々と口にしていた。

 口から漏れ出るのは自分と大和のメンタルモデル二人の、胸の差が圧倒的であるという呟き。

 心なしか視線はコトノの胸に釘付けのようだ。

 

 自分とコトノの身体的特徴の差を疑問に思ったらしい。自分なりの解析結果をまとめている。

 

「ぷっ、この子面白いわ! ヤマト、402、ちょっとこの子を借りていくわね」

 

 だから、予想外の反応にコトノが噴き出すのも無理はなかった。

 存在自体が興味深い対象なのに、そこに面白さが加われば無視することなど出来はしない。

 だから、コトノは我慢できないと言った様子で403を『大和』の後部甲板に連れ立っていく。

 

 その様子を溜息を吐きながら眺め、視線だけで送り出した402は疲れた様子を隠せなかった。

 もちろん原因は403である。

 

「まったく、アイツと来たら何をやってるんだか……」

「そのことなのですが、402。403の存在に疑問を持ちませんでしたか?」

「それはどういう意味でしょうか。総旗艦」

 

 そうしてヤマトと二人っきりになった402だったが、総旗艦の突然の質問に驚きを隠せなかった。

 ヤマトの物言いは、まるで403が存在していなかったとでも告げるようで。事実、その通りだとでも言うように彼女は重々しく頷いた。

 

「402も私も、403の存在を当然のように。前から居て当たり前のようだと思っています。ですが、貴女が此方を訪れる前に送ってきた、403の評定報告を見る限りでは、いくつかの疑問を禁じ得ません」

 

 ヤマトが疑問を抱いたのは何事にも興味を示す403の様子だ。

 霧の艦隊がメンタルモデルを得る前に、多くの経験値を蓄積していたのに対し、403は何も知らない生まれたての赤子のようだと402は評した。

 未知の存在である人類を観察するならまだしも、見慣れた海洋生物に興味を示すなど他の霧では有り得ない。

 そこをきっかけとしてヤマトは403という存在をずっと推察していた。

 

 そして、403と彼女の船体である黄色のイ号潜水艦が大和の前に現れてから、402と403が気が付かない所で解析、分析をずっと行っている。

 

 イ号403を構成するナノマテリアルの量や質。

 その構成結果に材質の違い。

 重力子機関の反応と、他のイ400型潜水艦の機関とを比べた時の様々な違い。

 そして霧の艦隊の誰もが持つ、本体とも言えるコアの違い。

 彼女の霧としての思考の在り方などなど。

 

 そこから推測される可能性は様々だ

 

「少なくとも、彼女は我々霧のネットワークに登録された艦ではなかった可能性があります。

 今では何事もないようにイ号潜水艦403として存在していますが、そもそも403という潜水艦は存在しない船の筈です」

 

 彼女たち霧の艦艇は、歴史の忠実における第二次世界大戦の船の形状を模している。

 その性能は既存のものとまったく違うのだが、そこは関係ない。

 大事なのは未完成の艦や建造中止になった艦は存在していないという事だ。

 そうなると建造途中で終わった403は架空の船ということになる。

 

 これは霧の艦船の中心となる演算コアが限られているからなのだが、そんな貴重な部分ともなれば厳重に管理・登録されているのは当然である。

 

「しかし、403のコアはこうして霧のひとつとして登録されています。我々に何の疑問の余地も抱かせない程に」

「それは我々が何らかのハッキングを受けたという事でしょうか。403も例の無人艦のように、異なる世界からやってきた敵の刺客かもしれないと?」

「あるいは正規の命令によるものかもしれません」

「それは、まさか……アドミラリティ・コードの勅令――」

 

 独立した自我を持つ霧の艦隊は、基本的に誰の命令も受けることはない。

 ヤマトに命令を受ける402にしても、大元の目標を遂行するために指示を下す、上司と部下といった関係だ。

 

 唯一の例外はアドミラリティ・コードと呼ばれる『勅令』。

 それが全ての霧の艦に搭載されたユニオン・コアやデルタ・コアに干渉して絶対的な命令を下すことが出来る。

 そのような存在が関与しているのであれば、403の存在に対して、霧の誰もが疑問の余地すら抱かないのも当然かもしれない。

 断言できる証拠もなく、憶測でしか推測できないが、可能性としては大いにあり得る話だった。

 

「何にしても彼女の存在も、彼女の陥っている状態も、霧としてはイレギュラーと言えるでしょう」

「監視致しますか?」

「403が霧のネットワークに接続しているのならば、その必要もないでしょう。それに貴女と400は忙しい身です。今は想定外の事態により呼び戻しましたが、引き続き別の任務にあたって貰います」

「消失したアドミラリティ・コードの探索と保護。そして例の反応を示す艦の探索ですね?」

「ええ、特に後者はかなりの危険を伴います。Uー2501が大西洋でそれらしき反応を見たとの報告もありますが、依然行方は知れぬままです。厳重に警戒を重ねて、慎重に行動してください。402」

「了解です。総旗艦」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 さて、大和の甲板を歩き、艦橋付近を通り過ぎて艦尾付近までコトノに連れて来られた403であるが。彼女としては少々困った事態に陥っていた。

 

 403と手を繋ぎ、鼻歌を歌いながら歩き回るコトノ。

 そんな陽気な態度とは裏腹に、とんでもないハッキング速度で403は構成素材を弄られていたのである。

 主に、服や下着といった外見部分を。

 

 それはもう瞬時に行われる早業と言ってよかった。

 ある時は着物からチャイナ服に。

 ある時はチャイナ服から上半身しか覆わないようなドレス姿に。

 ある時は様々な童話の姫様が着るドレス姿にと瞬時に目まぐるしく変わっていくのだ。

 

 抵抗しようにも、コトノの演算処理は桁違いに膨大で、相手の演算処理を妨害しようとした403の演算すら苦も無く、彼女は衣服チェンジをやってのける。

 

 403がコアの機能を使う時は、演算処理を行うための紋様が肌に浮かび上がるのだが、コトノはそんな素振りすら見せない。

 表情を一つも変えずに、少なくない演算処理を使うハッキングを片手間に行う。

 

 そこから推測される超戦艦大和のスペックは計り知れない。

 

 おまけに髪型も次々と衣装に合わせて変化するので、403はメンタルモデルを通して伝わる些細な髪の感覚変化に戸惑ってもいる。

 その数分にも満たないじゃれ合いの結果として、総旗艦大和のメンタルモデルのコトノを、苦手意識に分類される存在だと403が結論付けるのも無理はなかった。

 着せ替え人形にする方は楽しいが、されている方はそうでもないという事だ。

 

「やっぱり、メンタルモデルを通した海風の感覚は気持ちが良いわ。貴女もそう思わない、403?」

「返答。経験値の不足から結論付ける要素が不足。しかし、最初の経験。海原を目撃した体験における感覚が、その感覚に該当するものと思われる」

「くす、そうね。初めてメンタルモデルを持った時。そこから見える景色は何よりも輝いて見えるわ。

 他の霧だって機械のセンサーとは違う、人間と同じ視覚を通した膨大な感覚に圧倒される者も少なくない。きっと何かしらを感じている。

 だから、貴女の経験における推察は、きっと間違っていないわ」

 

 淡々と、無機質で、機械的に応える403。

 それとは対照的に感情豊かに、多彩な表情で言葉を添えるコトノ。

 それは誰よりも人間らしくないメンタルモデルと、誰よりも人間らしいメンタルモデルの対比であった。

 

「ねぇ、403。貴女はこの世界を尊いと思う? この大海原が広がる何処までも広大な蒼い世界を守りたいと思う?」

「…………」

 

 再び意味深なコトノの質問に、403は何も答えようとはしなかった。

 答えることが出来ないのだ。

 彼女にはまだ、遠回しな言葉遊びに含まれる核心に触れるといった推測をするのが難しい。

 メンタルモデルとしての経験が圧倒的に不足しているからだ。

 

 頭の中では演算素子が全力稼働している。

 例えるなら考えすぎて頭痛を覚えるといった状態。

 肌に浮かぶ黄色い文様もいっそう輝いていることから、どれほどの演算力を駆使しているのか想像に難くない。

 

 何度も首を左右に傾げながら、思い悩む403。

 その様子を微笑ましそうに眺めていたコトノは、後部甲板の手すりに腰かけながら、風にはためく黒髪を押さえ。

 口元に手を当てて何やら考え込んで。それから質問の意図を変えた。

 

「じゃあ403。貴女は強くなりたい?」

「肯定」

 

 単刀直入のストレートな質問。

 それに対する回答は一秒も掛からない程、素早い反応。

 うんうんと、頷きながらコトノは質問を続けていく。

 

「403は、私のことが好き?」

「否定」

「ありゃ……それは、どうして」

 

 コトノを好きではない。もしかすると嫌いかもしれない。そんな反応の意図を聞き返した。

 すると、返ってくるのは着せ替え人形にされるのが嫌だと、機械的な言い回しによる答えだ。

 それに、がっくりと項垂れながらも。

 

「じゃあ貴女のお姉さんであり、面倒を見てくれた402。そしてまだ見ぬ姉妹の400や401はどう思う?」

「当艦における最重要。好意に値する姉妹艦。見習うべき模範的存在」

「そう――」

 

 403の中に秘められた想いの一端に触れ、コトノは決断を下す。

 これから投じる一石はありとあらゆる可能性を広げる行為。

 霧の艦隊が目覚め、破壊者の艦隊と対峙し続けてから、ずっと目指してきた未来に至るための布石。

 403の存在が良い方向に転ぶのか、悪い方向に転ぶのかは分からない。

 けれど、コトノは彼女を重要な因子のひとつとして計画に組み込む。

 少なくとも自分の姉妹が好きだと告げた、この潜水艦ならば、霧にとっては悪くない方向に進むだろう。

 

「403。貴女は可能性の原石。貴女には成長の余地がある。だから、私がその為の下地を与えてあげる」

 

 ゆっくりと403に近づいてくるコトノ。

 403はそれをじっと見つめ続けて、視線を逸らさない。

 元より彼女は霧であり、総旗艦隊に所属する潜水艦の一隻としての自覚がある。

 総旗艦であるコトノに逆らいはしないのだ。

 

 そのまま、403の柔らかな頬に触れたコトノは、肌に発光する文様を浮かべた。

 超戦艦『大和』が持つ『大和』だけの紋様であり紋章。

 それに共鳴するかのように403も全身に発光する文様を浮かび上がらせる。

 途端、二人の周囲に紫電が巻き起こり、風を吹き荒す現象を巻き起こす。

 

 それは総旗艦たる『大和』から委譲される膨大な情報の数々。403が成長する為のきっかけを与える扉の鍵。

 

 霧を裏切った401の存在と、共に従う人間たちの情報。

 東洋方面艦隊を構成する霧の艦船の情報。

 全世界の海洋に展開する霧の勢力と、その派閥における関係性の情報。

 世界における人間の勢力図と、その勢力の政治に関わる人間の情報。

 霧の艦隊が敵対している勢力の情報。

 霧に対抗するために開発された新兵器の情報。

 絶対に破壊すべきであり、決して人間の手に渡してはならぬ超兵器の情報。

 情報。情報。そして与えられる行動の指針。

 

 総旗艦による干渉はメンタルモデルの中にあるコアを超えて、403が持つ船体にまで及んだ。

 内部の構造を造り替えられ、403に新たな機能が加えられていく。

 それは自らの身を護るための装備。

 如何なる防御も貫き通す矛ではなく、それを制するための盾。

 

「403。私はアドミラリティ・コードに抵触しない範囲で、貴女の行動における自由を基本的に制限しないわ」

「エラー。膨大な処理において発生する熱が急速に上昇。入力される情報を処理しきれず。よって数秒後、一時的に機能を停止」

「世界は広大よ。陸には人の営みがある。海には彼らから学び取ろうとする霧の姿がある」

 

 403はそれらを受け取りながらも、呟かれたコトノの声に反応することが出来ない。

 あまりにも膨大すぎる情報を処理しきれないからだ。

 人間が眠りに付いて脳の中の情報を整理するように、彼女も機能を停止して与えられた情報を最適化する必要がある。

 

「それらを見て、それらに触れて、貴女がどういった結論に至るのか。また会う時にでも聞かせてちょうだい」

「――シャットダウン」

「貴女が霧と人を繋ぐ架け橋になる事を祈ってる。お休みなさい。403」

 

 そして、403は自らのメンタルモデルの制御を手放して、意識を失い。

 それをコトノは優しく抱き止めるのだった。

 



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航海日記4 迷子

 太平洋に繋がる北極海の入り口を監視し続ける総旗艦大和と付属する総旗艦隊の面々。

 それらに別れを告げて402は単艦でハワイ近海へと向かっていた。

 その後ろに雛鳥のように付いて来ていた黄色い潜水艦、イ号403の姿はない。

 彼女もまた単独行動を命じられているからだ。

 

(403の奴は大丈夫だろうか――)

 

 艦橋の真ん中で突っ立った姿勢のまま、402は403の事を心配していた。

 それは、あの姉妹艦の安否という訳ではなく、任務を遂行するにあたってポカをしないかという不安からだ。

 与えられた任務の性質上、自由度が高く、好きに行動できる範囲は広い。

 だからと言って403が好き勝手に行動する訳でもなく。同じ霧の船である以上、任務から大きく逸脱することはないだろう。

 

 しかし、小さなミスは繰り返すかもしれない。

 例えば向かっていた航路をいつの間にか逸れていたとか。

 第一巡洋艦隊に向かったと思ったら、第二巡洋艦隊に間違えて接触してしまうとか。

 そんな霧としては下らない間違いを犯しそうなのだ。

 

 そして有り得ないと言えないのが、あの艦の特徴なのである。

 

(しかし、総旗艦がおっしゃるには随分と姉妹に甘えたがりらしいが)

 

 ふと、思い出すのは総旗艦『大和』のメンタルモデルの片割れであるコトノが語っていたこと。

 情報を与えられ、再起動していた403の身体を抱きかかえながら、403の事を語っていたコトノは、402に対してこう告げた。

 

――この子は、すごくお姉ちゃん子だから、あまり叱らないでやってね。と

 

 確かに403は新たな任務に就く402との別れ際、心なしかものすごく寂しそうな瞳を自分に向けていた。

 だから、心配するなと。概念伝達を使えばいつでも会えると。そう、安心させるように言ってやった時は少しばかり嬉しそうな顔をしていたのを思い出す。

 

 403は変な霧の戦闘艦だ。

 何らかの命令を与えられ、人間と行動を共にするイ号401と同じくらい変な存在だ。だけど。

 

(まあ、それも悪い気はしないな。お姉ちゃん子、か)

 

 402は静かに微笑む。

 余計な手間はかかるが、あの末っ子と共に過ごしていて、何処か居心地の良さを感じていたのは事実だ。

 どうやら少しばかりあの潜水艦に毒されてしまったらしい。

 このままでは任務に支障を来たすかもしれないと、感情シュミレーションの精度を一段階引き下げた彼女は、人形のような表情を浮かべて気を引き締めた。

 

 402の目の前に映し出されているのは艦と同じ翡翠色の空間モニターであり、イ号402潜水艦の向かう航路や霧の艦隊の位置情報。その他、索敵結果などの情報が記されている。

 

 しかし、見なくともコアの中に流れ込んでくるデータを処理すれば問題ない。

 

 これから向かうハワイ近海から西海岸における太平洋の海には、アメリカ艦隊を模した霧の艦船が封鎖を担当している。

 そして、アメリカの総旗艦艦隊は西海岸の近郊にいる筈だ。

 ハワイにおける艦隊はその派遣艦隊の一部で、ハワイ諸島の封鎖と防衛を任務としている。

 

 402はこれからの行動を考えて、まずは情報収集が先だと判断した。

 ここら一帯を監視している霧の船から情報を提供してもらい。

 目的とする艦が潜んでいる範囲を絞り出す。

 例の反応を示す船は、大西洋でも反応だけ確認されたらしいが、此方も無視できない。

 放って置いては後にどのような影響を及ぼすか分からないから。

 

「403の行動に対して大幅な不安要素あり。念の為、留意するように東洋方面における各艦隊に通達を出す。以降、当艦402は極秘任務に際し、隠密航行状態に移行。一般回線における通信をシャットダウンする」

 

 感情シュミレーターを引き下げ、情報処理能力を優先して人形のようになりながらも、402は403のことをずっと気に掛けているようだ。

 そのまま翡翠の潜水艦は太平洋の深海を静かに航行していく。

 目指すはハワイ諸島近海。アメリカ方面艦隊の巡航経路。

 超兵器の反応があったとされる海域である。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 響き渡るのは無数の咆哮。

 大出力のレーザーが放出される音。

 相手に向けて打ち出される砲弾の雨。

 無数に打ち上げられるミサイルの噴射音。

 それらを迎撃する対空レーザータレットや機銃の音。

 ばら撒かれる魚雷から迸る雷跡。

 それらを回避しようと全速で航行し、回頭を行い。うねり声をあげる艦船の機関音。

 

 探知、捕捉、射撃、迎撃、撃沈。

 

 繰り返される撃ち合いの応酬。

 大気を震わせてなお有り余る轟音。

 砲撃が着弾する度に、魚雷が迎撃される度に、水しぶきが上がる。

 そして運悪く直撃弾を喰らった艦船は、金属の悲鳴をあげながら海の藻屑へと消えていくのだ。

 

 此処、日本とハワイの間に位置する太平洋の外洋にて二つの艦隊による砲撃戦が繰り広げられていた。

 ひとつは船体に発光する文様を持った霧の艦隊。

 もう一つは、どの国の旗も掲げていない所属不明の艦隊。

 両者は無数のレーザーや砲撃を相手に叩き込み、ミサイルを打ち上げ、魚雷を発射する行為を繰り返す。

 それは相手を完膚なきまでに叩きのめすまで止まる事はない。

 

 優勢なのは霧の艦隊だった。

 船の外観は旧式でありながら基本性能はどの船よりも高く、圧倒的な火力と強制波動装甲という堅牢な防御力を誇る。

 その性能の前では並みの攻撃は意味を為さないし、中途半端な防御など紙屑に等しくする火力を持つ。

 対して所属不明の艦隊は、不可視の重力場で実体弾をいくつか逸らし、電磁防壁でレーザーを弾くのだが、想定を超えた火力の前に自慢の防壁は貫通させられていた。

 

 また一隻の駆逐艦が沈む。

 発光する文様のない船は、所属不明の艦隊に属していることを意味する。

 既に彼らは劣性であり敗北は必須。

 しかし、尚も戦闘をやめる素振りすら見せない。

 最後の最後まで戦う方針のようだった。

 

 そして、霧側も手を緩めるつもりは元より存在しない。

 出会ったら、発見したら、即座に彼らを撃沈するのがアドミラリティ・コードの命令。

 故に敵艦は一隻残らず撃滅する。

 

「一番砲塔、二番砲塔、ヤマシロの斉射。いっきま~すっ!!」

 

 その中で、特異な姿をした戦艦が前面に並ぶ砲塔をぶっ放した。

 弾種は大出力のレーザーではなく、35.6cm(45口径)から発射される砲弾。

 先程から砲撃を雨あられのように降らせている大半は、この戦艦。扶桑型戦艦二番艦の大戦艦『山城』が原因であった。

 

 そう、特異な姿だ。

 まるでどこぞのシンボルタワーを連想させるような艦橋は、あまりにも大きすぎる。

 それは既存のどの船をも超えていると言って良い。

 しかも、そんなタワーみたいな艦橋が二つもあるのだから特異と言わずして何と言おう。

 そんな戦艦の前艦橋の上で、両腕を振り上げたメンタルモデルの少女が再び叫んだ。

 

「続いて五番砲塔、六番砲塔、斉射。いっきま~すっ!!」

 

 それは斉射の合図。

 戦艦クラスの主砲から響き渡る轟音は、かつての太平洋戦争を思わせる。

 少なくとも現代戦において大口径の砲がぶっ放された記録は少ないだろう。

 35.6cm砲、それも連装6基12門の主砲から連続発射される砲弾は脅威だ。

 

 しかし、上空に打ち出される砲弾の数々はあまり敵艦に命中していない。

 機械のようにひたすら効率を重視する霧としては珍しい光景。

 ひたすらに、只ひたすらに敵に向かって砲撃しまくるだけ。

 そこに牽制の意図や策を催す意図は存在しないようで。

 

 それが紅白色の巫女服に、腰まで届く黒髪をツインテールに纏めた少女。

 メンタルモデル・ヤマシロの特徴なのだった。

 彼女ははしゃぎ過ぎて羽目を外してしまうのである。

 

「ヤマシロはん。真面目に砲を撃って欲しいどすえ。フォローに回るうち等の身にもなって欲しいどす」

 

 いっくよ~っとはしゃぎながら主砲をどかどか撃ちまくるヤマシロに苦言を催したのは、やや前方に展開している重巡洋艦のメンタルモデル・モガミ。

 舞子の姿をしている彼女は和傘を差しながら、降り注ぐ水しぶきから身を隠した。

 その表情には隠しきれない呆れと、気苦労による疲れが滲み出ていた。だから、口から漏れるのは苦言ばかりになる。

 

 メンタルモデル・モガミの役割は派遣艦隊旗艦である彼女達のサポートに回る事。

 必要であれば上官であろうと口を挟むのだが……

 

「だって、しょうがないじゃない。私とフソウ姉さまは索敵とか苦手なんだから。狙って撃つのは難しいんだよ?」

 

 それに対するのは子供じみた反論。

 『山城』と『扶桑』の二隻は艦隊を率いるほどの演算能力を持った大戦艦でありながら、何故か他の大戦艦よりも能力が低いのだ。

 

 索敵範囲は低く、命中率も悪い。

 レーザー照射ではなく砲撃を行えばもっと悪い。

 強制波動装甲の防御力は堅牢でも、重力子機関の構造が独特なため、フィールドを抜けて直撃を受けると故障する。

 さらには速力もあまり出ないと欠点ばかり。

 唯一の長所は第一巡洋艦隊のコンゴウたちよりも主砲の数が多く、火力があるという事だろうか。

 もっとも肝心の超重力砲の出力すら低いのだが。

 

「だからといって努力しないのは罪どす。あかんことやすね。それで敵陣のど真ん中で陽動しとるシグレはんに当たったら、うちはナガト様に合せる顔があらへんよ」

 

 それをフォローするのが重巡『最上』を含む艦隊の役目。

 最上を中心として駆逐艦、『朝雲』、『満潮』、『山曇』、『時雨』が索敵と迎撃を行い。敵のミサイルや砲撃を旗艦に当たらないよう配慮する。

 そして、強力な主砲が当たるように敵艦の位置・座標に対する観測結果を送るのも役目の一つである。

 現在も旗艦である『扶桑』、『山城』を中心として輪形陣を展開。迎撃網を展開している。

 その中心は重巡『最上』であり、彼女はイージス艦のような防空艦として、迫りくるミサイルの迎撃に回り続けるしかなかった。

 打撃力は大戦艦『扶桑』と『山城』に期待するしかないのだ。外されては困るのである。

 

 只でさえ、敵艦の砲撃の目を向ける為に、囮として敵陣を掻き回している駆逐艦の『時雨』に申し訳が立たないのだから。

 

「だってっ、だって~~! ホントに苦手で――」

「うぅ、ごめんなさい。私が頼りないばっかりに皆さんに迷惑を掛けて。ヤマシロもごめんね。頼りないお姉ちゃんで……」

 

 もはや言い訳というより、駄々っ子のように両手をバタバタさせているヤマシロ。

 そんな彼女にどんよりとした様子で謝ったのは同じく扶桑型戦艦の一番艦。大戦艦『扶桑』のメンタルモデルであり、ヤマシロの姉でもあるフソウだ。

 

 彼女は前艦橋の上で泣き崩れた様な格好をしながら、妹とおそろいの巫女服の袖で目元を拭っているが、泣いてはいなかった。

 人間の泣き真似をして適切な姿勢を取っているだけ。

 しかし、メンタルモデルの感情エミュレートはしっかりと泣いている、かもしれない。

 つまり、経験不足で涙を流せないのだ。長い黒髪は風に流されているが。

 

 そんな大戦艦の主砲からは無数の大出力レーザーが照射されている。

 しかし、細かな調整が完了していないのか、大気の影響を著しく受ける光線は一発当たればいい方だ。

 それでも的のでかい敵の戦艦には直撃しているようだが……一発が時雨に掠って、かの駆逐艦は慌てて回避運動を取っていた。

 

「ちっ、違っ、フソウ姉さまは何も悪くないよ。私がしっかりしないから」

 

 ヤマシロが姉をフォローするように、慌てた様子で取り繕う。

 この二人は霧の中でも有名な欠陥戦艦であり、十七年前の大海戦も味方に被害を及ぼすからと、後方待機を言い渡されたいわくつきの二人である。

 それ故か、互いを庇いあうようになり、仲の良い姉妹となっていた。

 

 味方に誤射しそうなのも、砲撃がなかなか当たらないのも、ミサイルの誘導設定を間違えるのも、コアの抱えた異常のせいである。

 それでもしっかりして欲しいと思うのが、モガミのもっぱらの悩み事。

 総旗艦が仰るには素晴らしい能力を秘めているというが、果たして本当かどうか……前線を陽動している時雨が、ばら撒かれた山城の砲弾を巧みに回避して、追撃してくる敵駆逐艦を巻き込んでいた。

 

「イ号シリーズの潜水艦によるデータリンクでもあれば、問題は解決するんやけど――アサグモはん、ヤマグモはん、送付したデータ以外のミサイルと魚雷は迎撃しなくとも良いどすえ」

 

 かの有名な総旗艦直属の潜水艦隊。

 その情報に特化した能力は、大戦艦級を上回り一部では超戦艦をも超えると云われている。

 そんな船がサポートに回ってくれれば、この派遣艦隊も十全な力を発揮できるだろう。

 もっとも、都合よく総旗艦隊の潜水艦が配属される訳がない。

 

「ん、ミチシオはん? どうしたん?」

 

 その時、万が一にも囲まれないようにと後方を警戒させていた駆逐艦、『満潮』がモガミに報告をしてきた。

 それは霧の潜水艦が一隻、戦場に迷い込んできたという報告。そう、迷い込んできたのだ。

 飛んで火に入る夏の虫の如く、ふらふらと海域に迷い込んできた霧の船。

 それは戦場に介入してきたというよりも、道に迷ったら戦場に巻き込まれてしまったと見るのが妥当だろう。モガミは深いため息を吐いた。

 

「まったくこんな時に面妖であかんなぁ。それとも艦に何らかの不備でも起きて難儀しとったるんか?」

 

 霧の船は隔絶した性能を持った戦闘艦だ。

 当然、航行装置も桁違いに精度が優れていて、迷うなんて万に一つもない。

 困った時の助けとなるネットワークも完備。

 概念伝達を使えば一瞬にして問題を解決するための情報が得られる。

 そこまで揃っていて、どうして迷い込むという不可思議な現象が起こるのか。

 モガミには理解不能だった。

 

「該当艦を検索。イ号潜水艦403とな……? 総旗艦隊直属どすな。こんな所で何しとるんか?」

 

 それは常に極秘任務に当たっているという潜水艦の一隻。

 モガミが艦隊に欲した船のひとつである。

 しかし、本来であればこんな所をウロウロしている様な船ではない。

 

 そんなモガミの疑問に応えるかのように、重巡最上のセンサーが魚雷の注水音を捉えた。

 敵対している艦隊に潜水艦の反応はなく、戦艦や重巡を含む水上艦艇で構成された打撃艦隊のみである。

 ならば、これはイ号403によるものと見て間違いないだろう。そう、モガミが判断した時。

 

 敵の残存艦隊が船体に浸食魚雷を受け、ほぼ同時に風穴を穿って爆沈した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「状況が不明瞭。コンゴウの第一巡洋艦隊を目指していた筈。しかし、目の前にはナガトの第二巡洋艦隊。なぜ?」

 

 そりゃそうだろうと、重巡モガミは頭痛を抑えきれないとばかりにこめかみを押さえた。

 あの後、浮上してきたイ号403に色々と事情を聞いてみたのだが、当初は第一巡洋艦隊旗艦に対して挨拶に伺おうとしていたらしい。

 402が佐世保付近を巡航しているコンゴウ艦隊に世話になるだろうからと、助言を与えた結果だ。

 それを概念伝達であらかじめ聞いていたコンゴウも了承し、イ403は佐世保に向かう予定だったのである。

 

 ところが当初予定していた航路を逸れた403は、そのまま北極海から南東へと向かい太平洋の沖合を真っ直ぐ南下。そうしたらナガトの艦隊に所属するフソウ、ヤマシロ分遣艦隊の面々に遭遇してしまったという訳である。

 

 その理由も下らない。

 海底を渡り歩いていた蟹の群れに興味を持ち、そのまま観察していたら、迷子になったというもの。

 

 これには概念伝達を通して事情を聞いていたコンゴウも、ナガトも呆気に取られた。

 

 長門のメンタルモデルである二人の女性は笑いを堪えきれず。

 金剛のメンタルモデルであるコンゴウも、最新鋭の潜水艦が何をやってるんだと呆れを隠せなかった。

 当然、現場にいるフソウ、ヤマシロ姉妹も微笑みを隠そうともしない。

 

「フソウ姉さま、この子おもしろいね」

「そうね、ヤマシロ。この子は何だか微笑ましいわ。霧としてはおかしいくらいに」

 

 巫女服の袖元で口元を隠して微笑むヤマシロと、柔和な笑み顔に浮かべたフソウの二人。

 これが人間で云う、楽の感情なのかと、メンタルモデルからの感覚に実感を伴って感じている。

 それは経験となってコアに蓄積されていくが、今は関係のない話だ。

 

「笑う。人類史のデータから辞書を検索。可笑しい事があったとき。相手が滑稽だったとき。浮かび上がる感情と判明。しかし、原因は不明」

 

 ああ、駄目だ。この子は天然ボケの類やわ、とモガミは403が手に負えないのを悟った。

 フソウとヤマシロは、大戦艦『日向』率いる元第二巡洋艦隊のメンバーであり、個性的な艦隊旗艦の元に居ただけあって、周囲を振り回すことに長けている。

 それと同じ類ならどうしようもない。

 

 ボケとツッコミの比率が三対一とか、どうしろと?

 

「イ号403。うちから修正用の航路データを送っときます。今度は迷子にならないよう気を付けるどすえ……ほんまに頼んます」

「了解。重巡モガミ。気遣いに感謝」

 

 モガミから概念伝達で情報を受け取った403は静かに潜航。海中へと消えていく。

 残された『扶桑』、『山城』艦隊も補給の為に海域を離れていった。

 フォローに回るモガミの精神力と、時雨の船体の耐久力は既に限界だったのである。

 少し休みたかった。

 



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航海日記5 出向

「報告。総旗艦艦隊直属・潜水艦隊四番艦。イ号403。第一巡航艦隊に一時着任」

 

 金剛型戦艦一番艦。大戦艦『金剛』の右舷に隣接した潜水艦イ号403。

 その甲板の上で艦隊指揮官である自分を見上げながら、淡々と着任の挨拶を述べる403の姿に問題はないとコンゴウは判断した。

 

 そう、一見すれば問題はない。

 イ号姉妹に共通する見開かれた瞳。

 人形のように無表情な顔。淡々と告げられる声。

 その全ての動作において、彼女に問題はない。403は己のハイスペックな性能を駆使して任務を遂行できる筈なのだ。

 

「北極海からの長旅、ご苦労だった403。別命あるまで現状を維持し、お前の広大な探知能力を駆使して海域の監視に当たれ」

「命令を承諾。特別対象が発見されるまで、第一巡洋艦隊の補助に回る」

 

 少なくともその筈だとコンゴウは思いたい。

 大戦艦『金剛』から距離を遠ざかり、イ号潜水艦独自の装備を展開して情報収集・海域監視にあたる403。

 空に浮かんだ二対のレーダーが薄い膜のようなパラボナアンテナを広げ、数々の霧の艦の中でも最高の探知能力を発揮し始める。

 

 こうして見ているだけでも信じられないと思う。

 端から見れば完璧に仕事をこなす少女が蟹の群れを追いかけて迷子になるなど。

 あまつさえ、ナガトの分遣艦隊の戦闘に巻き込まれるなど。

 

 そんな娘が自分と同じ霧だと思うと頭痛がするコンゴウだった。

 

「面倒くさい……」

 

 金剛の艦橋の頂上に座り込み、独特な黒いドレスを風にはためかせながら、コンゴウは静かに呟いた。

 

 何せ自分の指揮する第一巡洋艦隊は、いわゆるイロモノが多すぎるのだ。

 重巡タカオは無駄にプライドが高いし、同じくマヤは暇があれば艦隊に音楽と歌を聞かせる。

 同じ金剛型のヒエイは生徒会という形式に拘り、ハルナは人間の言葉集めが趣味で、外套がなければすぐへたれる。

 大戦艦キリシマと重巡アシガラに至っては戦闘狂の気があるときた。

 

 冷静に見て、まともな霧の艦がいないのである。

 しかも半数が元・第二艦隊の指揮下にあった船だ。

 あの霧の中でも特異だった性格を持つ大戦艦『日向』の部下たち。

 そこに迷子歴のある潜水艦が加われば、コンゴウが頭痛を覚えるのも仕方ないだろう。

 

 コンゴウの面倒くさいは、部下の管理に対する言葉だった。

 下手すれば全員好き勝手にやる連中だ。

 それを真面目な方向に統率、更生するなど骨が折れる。

 結論として問題がなければ放置がデフォに達していた。潔く諦めたとも言う。

 

 今更、巡航潜水艦風情を一隻更生させたところで、他の連中がまともに戻る訳でもないし、部下が任務を忠実に遂行できるならば問題ない。

 

「対象。大戦艦。コンゴウ。分析中。合理的かつ冷静。任務に実直と思われる。結論。姉妹艦と同じく任務を着実に遂行する存在。尊敬に値する」

 

 そして自分が面倒な対象だと思われていることを霞も知らず。

 403は艦隊旗艦に対して趣味の観察を行っていた。

 失礼な態度かも知れないが、情報収集は諜報を主任務とする潜水艦隊の基本である。

 

 そんな潜水艦隊の中でも、彼女のソレは癖のようなモノであり、外界に対して好奇心旺盛な彼女の本能とも呼べる行動だった。

 

「おっ、新しい子だ。潜水艦隊の子だね。何してるの?」

 

 そんな彼女に話し掛けるのはイロモノと評された一人である重巡マヤだ。

 高雄型重巡洋艦の三番艦である彼女の特徴として第二主砲の上に、立派な装飾が施されたグランドピアノが置いてある事だろう。

 その間違った鍵盤の配置は今のところ誰にも突っ込まれていない。

 というよりも、他のメンタルモデルは、まだ、そこまでの成長を見いだせていなかった。

 突っ込めるとしたら、それはピアノを知っている人間か、総旗艦『大和』のメンタルモデル・コトノくらいのものであろう。

 

「尚、愛称は海鳥の人に決定」

「それってコンゴウのこと? ぷっ、くすくす! 確かにコンゴウはいつも海鳥と戯れてるからね~~♪」

 

 そこでようやくマヤの視線に気が付いたのか、403は無機質な瞳でジッと彼女を観察し始めた。

 人間から見れば403の瞳と表情は不気味だろう。

 勿論、マヤが動じることはなく、興味深そうにニコニコしながら403を見つめ返していた。

 

 霧で噂になっている。人間と接触を果たしたメンタルモデル。

 それは403と同型の潜水艦のメンタルモデルらしい。

 なら、基本性能から外形まで同じ能力を持つイ号403に興味が向くのは当然と言える。

 もっとも、マヤの場合は単純に、潜水艦のメンタルモデルが珍しいというのもあるだろうが。

 

「対象。重巡マヤ。分析中。性格は気まぐれ。好奇心旺盛。音楽が好き。愛称は音楽の人」

「ふふふ~~、そうなんだよ♪ マヤは音楽が好きなんだ。よければ一曲どうかな~って」

「人類史における該当物を検索。音楽。人間が組織づけた音。音のもつ様々な性質を利用して感情や思考を表現したもの。肯定。一曲拝聴」

「よ~し、重巡マヤ。張り切って歌っちゃいますっ!!」

 

 そんな発展途上の潜水艦と、音楽好きの重巡洋艦という珍しい組み合わせは、以外にも相性抜群だったらしい。

 単に性格の異なる二人が組み合わさっただけかもしれないが、ここに客と歌い手の二つが誕生した瞬間である。

 

 マヤは気合充分に歌いだそうとし始め、403は監視を継続したまま未知の経験に興味津々で、初めて聞く歌に聞き入ろうとする。

 そんな事態の推移に、海鳥と戯れていたコンゴウも、何とか403を生徒会入り出来ないかと画策していたヒエイも、おい、やめろと、止めることも出来なかった。

 

「曲名は森の○まさんだよ~~♪」

 

 言葉と共に始まるピアノの主旋律と伴奏。

 日本人なら誰もが聞いた事がありそうなフレーズ。

 そして続くマヤの歌。

 

 それは絶唱だった。

 別に音痴という訳でなく、声が残念という訳でもない。

 むしろ普通に上手いと思える歌。

 はっきりと耳に届く発音は心地よさすら残る。それが大音声でなければ。

 

 スピーカーの音量を間違って最大にしたんじゃないかと疑うくらいの歌声。

 それは、もはや叫び声に近いのかもしれない。

 絶叫、絶叫、鼓膜を叩き潰す絶叫という名の絶唱。

 まともに聞いては、耳がキーンと唸って仕方がない。これはノイズに等しい騒音だ。

 

「五月蠅いぞ。マヤ――」

「艦隊旗艦。恐れながら聞こえてないかと――」

「おい、ハルナ! なんとかしろよ――」

「現状で私がマヤの歌を止める手段は皆無に等しい――」

 

 誰かに聞いてもらいたくて堪らないマヤの歌は、海鳥を驚かせ。

 第一巡洋艦隊のメンタルモデルの全員の耳を塞がせるには充分だった。

 金剛四姉妹が苦言を呈すなか、静かに耳を傾けているのは403だけである。

 

『ああ、もうっ! 何なのよ、この煩わしい歌は! 誰かさっさと止めないなさいよ!!』

 

 そして被害は名古屋沖に早期警戒艦として配備されている重巡タカオにまで及んでいた。

 あろうことかマヤは概念伝達を駆使して、第一巡航艦隊に所属する全員に、強制的に歌を聞かせているらしい。はた迷惑な生放送である。

 ここまでくると一種の音響兵器だ。

 

「そして少女は○まさんと和解する~~♪ これが三番……」

「五月蠅いと言っている」

 

 故に上位存在である旗艦コンゴウに介入用のキーコードを使って強制停止させられるのは必然である。

 マヤはメンタルモデルを停止させ、再生を止めたビデオのように固まった。

 ピアノを弾いた姿のまま微動だにしない。それくらい固まっている。

 

「403。余計な事を――」

 

 そうして、マヤの歌を止めたコンゴウが苦言を漏らそうと403に話し掛けたのだが、直後に信じられない言葉を聞いてしまう。

 

「んっ、感想。素晴らしい演奏と歌だった」

「……本気で言っているのか」

 

 唐突に止まったマヤの歌。

 艦隊の誰もが溜息を吐き、ようやく止まったと安堵する最中。

 403が漏らした感想は驚愕に値する一言だった。

 

 これにはコンゴウもビックリである。何せ驚愕というものを始めて知ったのだから。

 それくらいの驚きが403の言動には含まれていた。

 

 マヤの歌は人間の感性でいえば確かに悪くないだろう。

 しかし、その声は騒音以外の何ものでもなかった筈だ。

 某リサイタル並みに煩い音の塊。それを素晴らしいと評する403は何処かずれている。

 

 少なくともメンタルモデルの中の誰もが嫌そうにしていたのだ。

 なら、同じメンタルモデルの少女が抱く感想はおかしいと判断するには充分だろう。

 審査員の誰もが競技の点数で最低点を叩き出すなか、一人だけ最高点数を出した者がいるくらい。

 それくらい不自然なのである。

 

「人類史における音楽の情報を検索」

 

 だが、少なくとも403の感性を刺激したことは確かで。

 

「歌の拝聴結果を分析。蓄積されたデータを解析」

 

 そんな彼女が音楽に興味を抱くのは当然の帰結だった。

 

「挑戦。歌を実行する」

「――おい、やめ」

「総員対ショック姿勢! 繰り返す対ショック姿勢!」

 

 コンゴウが初めて驚愕を知り、咄嗟に動けない中で。

 ハルナとキリシマが制止の声や注意をあげるも、時すでに遅し。

 二度目の森のく○さんが海域を揺らした。

 

 結論から言えば世界は残酷だった。

 この世に神はいないんじゃないかと形容できるし、或いは天は二物を与えずといった所なんだろう。

 

 

 403の声はお伽噺の人魚姫のように、数多の船を海に引きずり込んだローレライのように美しい歌声だ。

 この世の美を追求した果てにある美声で、鈴の音のように優しく、高く響き渡る音色は耳に心地よい。  

 だというのに彼女の歌は。

 

「ハルナ。この歌は聞くに堪えんぞっ!」

「ああ、そうだなキリシマ。美しいシステムである言葉が、此処まで酷い劣化物になるとは」

「マヤの歌は意外と上手だったのだな」

 

 上からキリシマ、ハルナ、コンゴウの順。

 403は彼女達が口を揃えて評する程の、想像を絶する音痴だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 夜の天上に輝く星々。月明かりに照らされた暗い海の姿。揺ら揺らと絶え間なく動く波。押し寄せる潮風。静かに揺れ動く船の巨体。

 

「システムチェック……自身のバイタリティに、問題なし……」

 

 そんな潜水艦の甲板の上でイ403は頭から煙を噴いて倒れていた。ちょっとした欺瞞用エフェクトの応用である。

 別に、なんてことはない。ただ、コンゴウからちょっとした制裁を受けて、ユニオン・コアに過剰な負荷が掛けられただけだ。

 人間が悪いことをした時に延々と書く反省文のように、艦隊行動においての規律や模範といったデータを延々と、コアに直接流し込まれただけだ。

 だからどうという事はない。

 

「ワタシハ模範トナルメンタルモデルヲ目指シマス。ワタシハ……」

 

 それは重巡マヤにおいても同様の処置であり、彼女の場合はそれに加えてメンタルモデルに直接干渉されたばかりか、一種のループ処理まで施されてしまった。

 おかげで大好きなピアノに触れることもできず、監視任務を遂行しながら、虚ろな瞳でうわ言のように同じ言葉を繰り返している。

 時折、ぶっ壊れたかのように「カーニバルだよ!!」と呟きながら、クルミ割り人形のように踊りだすので、ぶっちゃけ不気味である。

 それでも監視任務を継続し続けるのは、それがアドミラリティ・コードより与えられた勅令の基本方針であり、彼女達が絶対的に従う命令だからだ。

 

 マヤは上空と日本列島に住む人類の様子を。

 403は周辺海域における所属不明の艦船がないか、こんな状況に追いやられても探っていた。

 いや、自業自得と言えば自業自得なのだが。

 

 その時である。情報収集艦として広域探知に優れた403が何か情報を捉えた。

 同様に重巡マヤも同じ情報を受信する。

 それは味方艦が送信してきた報告の様だった。

 

 

 定例報告 №68484……

 発:東洋方面艦隊第一巡航艦隊所属早期警戒艦

   長良型軽巡洋艦一番艦・ナガラ

 宛:東洋方面艦隊第一巡航艦隊旗艦

   大戦艦コンゴウ及び所属する霧の艦艇全て

 

 対象:人類における新兵器の輸送計画

 

 当該対象に関する中間報告を致します。

 これまで三度に渡る輸送計画を人類側は実行し、該当兵器をアメリカ合衆国の存在する大陸へと輸送しようと動いていました。

 海上輸送計画、航空輸送計画、潜水艦による極秘裏の輸送計画。そのいずれも総旗艦『大和』による危険という判断で積極的な阻止行動を行いました。

 その後、旗艦コンゴウ及び旗艦ナガトからの命令で我々は人類の海上進出を警戒すると同時に、例の新兵器に関する監視を実行。二十四時間体制による監視を行い続けた結果。当艦であるナガラの監視範囲に該当する新兵器を輸送する動きがありましたので報告いたします。

 

 場所は佐賀県鹿島市における宇宙センター沖。

 そこで我々に妨害されぬSSTOを用いた輸送を計画しているらしく、現在該当宇宙センターの打ち上げ施設にて人間の出入りや、物資の頻繁な搬出が行われている状況です。また、分析の結果、該当兵器を収めたコンテナが運び込まれたのを確認しています。

 計算の結果。打ち上げ予想時刻は本日の早朝。夜明けと同時に行われると推測されます。

 

 しかし、該当兵器が我々の封鎖地域である海上ではなく、人類が生息する陸の上に存在しており、アドミラリティ・コードによる攻撃範囲に含まれておりません。

 対象兵器は総旗艦『大和』によって破壊対象であると決定されていますが、当艦だけではアドミラリティ・コードに抵触する可能性がある陸への攻撃は判断できかねます。よって、早急に所属する艦隊旗艦への報告を行い。指示があるまで現状を維持。鹿島付近の沖合にて監視体制を続行している次第です。

 

 現状に関して対象の警備体制は厳重ではありますが、霧に対抗しうる兵器の存在は認められておりません。

 襲撃は容易であると推測されますが、当艦を相手に防衛に徹した場合は打ち上げまでの時間を充分に稼げる可能性があるとコアの演算結果は予測しています。

 また、該当海域は佐世保を中心に活動するイ号401巡航潜水艦の活動域であり、人類に組みする彼女がどういった行動に出るのか未知数です。

 早急な判断による指示を求めます。

 

 

 

 艦体の旗艦であるコンゴウと所属する味方艦隊に送られた報告書。

 それは、霧に対抗しうる兵器のサンプルを輸送しようという動きを知らせたものだった。

 

 この兵器のサンプル。中身を固有振動を用いた破壊兵器なのだが、既に霧に対しては有効であると実証されている。

 霧に所属する小型の魚雷艇に対して使用され、それまで人類が傷一つ負わせることのできなかった魚雷艇を見事に粉砕している。

 絶対の防御である強制波動装甲こそ貫けるかは疑問だが、直撃すれば危険なことに変わりはない。

 コトノの思惑は別にして、東洋方面艦隊の総旗艦としての『大和』はそう判断した。

 

 だから、東洋方面艦隊に所属する他の霧も人類の新兵器を破壊する方向で動く。

 今のところはそういう決まりだった。

 

「ん、内容を把握完了。状況を確認しつつコンゴウの判断を待つ」

 

 一秒と掛からず内容は即座に理解した。

 倒れ伏したまま、肌に発光する黄色い文様を浮かび上がらせた403は、既に戦闘態勢に移行している。

 ここでの艦隊指揮官はコンゴウだ。一時的とはいえ第一巡航艦隊に所属しているイ号403も指示に従う義務がある。

 

『ヒエイ、ハルナ、キリシマ、準備しろ。大陸間弾道弾を撃ち落とす要領で、人類のSSTOを破壊する。ナガラの襲撃が成功するに越したことはないが念のためだ。マヤ、アタゴ、ミョウコウ、ナチ、アシガラ、ハグロ。お前たちは駆逐艦を率いて周辺警戒。万が一、異邦艦が転移してきた場合は迎撃に当たれ』

 

 概念伝達を使って瞬時に各艦に命令が伝達され、コンゴウはそこで一端言葉を止めた。

 心なしかメンタルモデル・コンゴウの視線が403を捉えたような気がして、403は遠く見えないのにコンゴウのいる方向を眺める。

 

『403。お前は襲撃を仕掛けるナガラの援護に回れ』

『了解。コンゴウ』

『先の報告にある通り、人類側に組する401が襲撃を仕掛けてくるかもしれん。早期に発見できるとしたら同じ潜水艦のお前だけだろう。だが、大戦艦ヒュウガを沈めた奴の戦闘力は未知数だ。最悪、目標の破壊を諦め、ナガラと共に帰還しろ。こんな事で貴重な戦力を失いたくない。いいな?』

『肯定。命令を受諾。403は長良級軽巡洋艦ナガラを援護する』

 

 霧の第一巡航艦隊がコンゴウの命令によって戦闘態勢に移行していく。

 

「それじゃあ、403。気を付けてね」

「ん、音楽の人も気を付ける」

 

 403もコンゴウを護る為に移動していく重巡マヤを見送りながら、彼女はその船体の速度を急速に上げていくのだった。

 



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航海日記6 援護

 人類に残された数少ない海洋戦力である護衛艦。

 『あまつかぜ』と『たちかぜ』の名を与えられた二隻の船は、敵の砲撃を受けて回避する間もなく轟沈した。

 現有する人類の水上戦闘艦では回避できない速度で放たれた光弾のような砲撃。

 それが船体を撃ち貫いたのだ。操艦している人間は退避する間もなく死んでしまっただろう。

 

「水上から破砕音。あまつかぜ、たちかぜが轟沈!」

「ッ……間に合わなかったか」

 

 ソナー員の報告を聞いて、イ号401の艦長である千早群像は歯噛みを隠さず、悔しそうにする。

 そして重要な積み荷の打ち上げを護る為に、最後まで逃げずに戦い続けた船員たちに敬意を表するとともに、彼らの想いを無駄にしない為にも作戦は何が何でも成功させると決意を新たに群像たちは戦場を行く。

 

 蒼き鋼、霧を裏切り人類側に組するイ400型潜水艦の二番艦。通称イ401と、それに搭乗する千早群像を初めとした五人の船員たち。

 そしてイ401のメンタルモデルである、イオナと呼ばれる少女。

 彼らは佐賀県鹿島市に建設された打ち上げ施設の防衛を依頼され、佐世保にある拠点から急行してきたのだが、どうやら戦闘は既に始まっているらしい。

 副長の織部僧が小型の無人戦闘機からの映像を受信して、モニターに状況を映しだしているが、人類側の劣勢としか言いようがない。

 

 相手は第二次世界大戦に見られた旧式の軽巡洋艦一隻。

 しかし、只の相手ではなかった。

 それは霧の艦隊と呼ばれる艦船の一隻であり、人類の技術で打ち破れない絶対防御と圧倒的攻撃力を持つ戦闘艦である。

 

 モニターに映る霧の軽巡洋艦は湾岸防衛隊が放つ攻撃を全て無力化していた。

 打ち上げ施設付近に展開した戦闘車両から放たれる対艦ミサイルも、沿岸に設置された砲台から放たれる連装砲も、行く手を阻む為に併設された機雷すらも物ともしない。

 その尽くが絶対防御の前に阻まれて、決定打となりえないのだ。

 故に霧の軽巡洋艦は速度を緩めず、湾内をさらに突き進む。

 

 その先には宇宙センターの打ち上げ施設があり、敵が打ち上げ準備に入ったSSTOを狙っているのは一目瞭然。

 今は辛うじて放たれた対地ミサイルを、防衛隊の迎撃ミサイルが撃ち落としているが、それもいつまで持つか分からない。

 遠からず霧の軽巡洋艦に装備された連装砲の射程に入るだろう。

 そうなればSSTOも無事では済まない。確実に破壊されてしまう。

 

「イオナ、相手のデータは分かるか」

「分かる。データを表示する」

 

 群像の命を受け、イオナは肌に発光する水色の紋様を受べて、モニターにナガラのデータを表示した。

 

「長良級ナガラ。軽巡洋艦。排水量6010t。強制波動装甲装備。12.3センチ連装アクティブターレット3基6門で各種弾頭や光学兵器を発射可能。艦艇部に魚雷発射管12門。船体の側面にも連装魚雷発射装置複数。その他レーザー高角砲が三門。高角砲は浮遊させて射角を変えられる。ミサイル発射管及び近接攻撃・迎撃システムが多数。」

 

 イオナはそれを淡々と機械的に、感情の籠もらない声で読み上げていくと、群像はナガラのデータを正確に頭に叩き込んでいく。

 イ401とナガラの戦闘力を比較し、相手に対してどのような戦術を取るべきなのか対策しているのだろう。

 

「最大速力60ノット。潜水能力は無し。標準的な霧の軽巡洋艦」

「イオナの潜水時の速力は最大80ノット以上。機動力はこちらの方が上か」

「ん、付け加えるなら軽巡洋艦クラスは常時強制波動装甲を展開する演算の能力がない。攻撃に集中してる今が狙い目」

「相手が此方に気づいた様子はありませんが、あまり猶予はありません。防衛対象に被害が及ぶ前に奇襲攻撃を仕掛けるのを提案します」

 

 イオナの報告を聞き終えた群像に、副長である織部僧(おりべそう)が先制攻撃を提案してくる。

 彼の役目は艦長のサポートをする事であり、最終的な判断は艦長が下すにしても、いくつかの作戦を提案をしてくれる良き参謀だ。

 ついでに群像に次いで成績が良かった同級生であり、幼馴染でもある。

 群像はひとつ頷くと命令の為に声を張り上げた。

 

「よし、杏平。一番、二番にアクティブデコイを装填。三番、四番に音響魚雷。五番に浸食魚雷を装填」

「了解! 各種魚雷装填完了!」

 

 火器管制席でモニターをタッチペンで操作する男は橿原杏平(かしはらきょうへい)

 横須賀の海洋技術総合学院で砲術と水雷の成績が必ず10位以内という砲雷戦のエキスパートだ

 日焼けした褐色の肌に、特徴的なオレンジ色のゴーグルとドレッドヘアーを持つ彼は、群像の命令を速やかにこなした。

 普段は艦内のムードメーカーだがやる時は徹底的に仕事をこなす人間だ。

 群像とは学院時代からの同級生であり、頼れるクルーの一人である。

 

「いおり、機関最大。いけるか?」

『この前交換した人類製の超伝導ケーブルがアヤシイけど、何とか持たせるよ』

 

 続いて群像は手元の端末を操作して、ブリッジにはいないクルー。四月一日(わたぬき)いおりに内線を繋ぐ。

 機関室で艦の生命線とも言えるエンジン制御や整備を一手に引き受ける彼女は、ハッキリと機関の現状を報告してくれた。

 

「頼んだ」

『全力は数分保証するけど、あまり負担は掛けないでね~~』

 

 ちびイオナのサポートがあるとはいえ、基本的に独りで孤軍奮闘する彼女もまた、群像と同じ学院を過ごした同級生だ。

 

「静、そのまま監視を続行。相手の動きに注意してくれ」

「分かりました」

 

 ソナー・センサー担当の八月一日静(ほづみしずか)

 台湾出身の女性であり、大人しそうな外見に反して白兵戦のエキスパート。

 その耳の良さと判断能力を買われて、群像たちのクルーに仲間入りしたが、詳しい経歴は謎が多い。

 

「イオナ、最大戦速! 敵の横腹に風穴を開けるぞ!」

「了解、全力で側面をぶん殴る」

 

 群像の号令と共にイ401は加速した。

 艦尾に備えられてジェットエンジンが唸りを上げ、海水を進水させて突き進む。

 その前方には対艦ミサイルを迎撃しながら突き進むナガラがいる。

 近接兵装による弾幕を展開しながら、沿岸部に向かって突き進む"彼女は"401の存在に気が付いていないように見えた。

 このまま前進すればちょうど401に、その脇腹を晒すように魚雷の射線が交差する。

 その時がナガラの終わりの瞬間。

 

「五番、浸食魚雷発射!」

「了解、浸食魚雷発射!」

 

 群像の命を受け、恭平が手元のキーボードを叩く。

 イ401の五番発射管が開いて浸食魚雷を射出、恐るべき加速力でナガラ目掛けて推進していく。

 

「着水音及び高速推進音! 数2、敵の魚雷です!」

「杏平、アクティブデコイを盾にしろ! イオナ、機関停止、急速潜航!」

「了解、一番、二番アクティブデコイ射出!」

「きゅうそくせんこ~~」

 

 だが、ナガラも黙ってはいなかった。

 ようやくイ401の接近に気が付いたナガラは、甲板側面に設置された魚雷発射管から魚雷を射出。

 401の機関音を弾頭に諸元入力された魚雷は、水中に潜む敵を沈めんと戦闘機も真っ青の機動で接近してくる。

 

 それを防がんと401の発射管から射出されたデコイが膨れ上がり、401とまったく同じ形状の船が表れた。

 それは401と同じ機関音を海中に響かせて、まんまと騙されたナガラの魚雷が偽物に喰らい尽く。

 バブルパルス現象によって船体をズタズタに破壊されたデコイは、無残な海の藻屑となって散っていくが、深度を下げた401本体は無傷だ。

 

 一方で401の放った魚雷は迎撃されることもなく、ナガラ目掛けて急速に突き進んでいる。

 

「ナガラ、強制波動装甲を展開。急速回頭して回避運動に移り……高速推進音4! 魚雷です。ナガラのものではありません!」

「なにっ!?」

 

 だが、その牙が突き立てられることはなかった。

 ナガラを護るかのように放たれた横やりが、第三者から放たれた魚雷が直撃コースだった浸食魚雷を迎撃したのだ。

 

 群像が驚愕するのも無理はないだろう。

 鹿島付近の海域の到達する前に、他の敵艦以外が存在しないか徹底的に洗い出したのだ。

 そしてナガラ以外の霧の戦闘艦は探知できなかった。

 それでも存在していたという事は、401の探知網を掻い潜って事前に潜んでいたという事になる。

 401の探知の外から魚雷で攻撃することは、霧の魚雷でも航続距離が足りないからだ。

 

「ソナー感度低下、クラインフィールド展開」

「音響魚雷です。海中をかき乱されて、周囲の状況が観測できません」

 

 しかも迎撃するのに使われた魚雷は音響魚雷のようで。

 潜水艦の目と耳を一時的に潰された401は無防備を晒しているの等しい。

 イオナが即座に強制波動装甲を展開してくれたが、この一瞬に攻撃を受ければひとたまりもない。

 相手が401の場所を正確に特定しているか見当もつかないが、群像は念のために防御に徹することにした。

 

「総員、衝撃に備えろ! 静、先の魚雷の発射点は特定できるか!?」

「もう終わってます。予測地点モニターに出します!」

「京平、パッシヴデコイを展開! 一番、二番に通常弾頭魚雷を再装填しておけ!」

「了解、パッシヴデコイを射出。各種魚雷を再装填」

 

 防御用のデコイを艦尾から射出し、敵のソナーやレーダー波をかき乱す。

 これで魚雷や対潜弾のいくつかは逸らせるだろうが、万が一にも直撃する可能性だってあるだろう。

 相手の誘導を妨害するのだって確実ではないのだから。

 

 しかし、予測していた衝撃や敵の追撃は来なかった。

 新たな魚雷や対潜弾が発射される様子もなく、低周波でかき乱された海中に静寂が訪れる。

 

(何故、攻撃してこない……? ナガラと共に追撃を仕掛けるには絶好のチャンスだった筈)

「艦長――」

「どうした静?」

 

 群像が敵の行動に疑念を抱いているなか、戸惑いがちに声を掛けたのはソナー員の静だ。

 彼女はソナー席から401が捉えている各種データを解析しつつ、外の状況を音で把握する。

 そんな彼女がソナーを通して得た状況は。

 

「ナガラが急速に速力を上げて、どうやら海域を離脱しようとしているようです。それと、新たな敵艦を確認しました。音紋からイ号400型潜水艦と同じものと思われます」

 

 新たな敵が401の前に立ち塞がったというものだった。

 401の解析結果から、敵の400型潜水艦はナガラを庇うように、401とナガラの間に位置している。

 すなわち401の真正面であり、同深度。まるで、これ以上はやらせないと言わんばかりの位置取りだった。

 

「同型艦、ナガラの危機を見て援護しに来たのか」

「群像……」

 

 さて、群像が敵潜水艦に対して、どう対処するべきかと戦術を思案。

 最悪撃沈できなくとも、SSTO発射までの時間をどう稼ごうかと考えるなか。

 

 不安げに声を発したのは401のメンタルモデルであるイオナだった。

 

「どうした。イオナ?」

「相手は私と同じ姉妹艦。だけど、私はあの子の事を知らない」

 

 元、霧の艦隊所属である潜水艦イ号401イオナ。

 霧の艦隊が目覚めて今日に至るまでの勢力を知り、艦隊の構成や艦種をデータとして知り得ている古参でもある。

 そんな彼女が同型艦とはいえ、相手の事を知らないという。

 今尚、霧の艦隊について、霧が使う概念伝達ネットワークから最新の情報を引き出せるイオナが把握していない艦。

 それは霧によって新たに建造された船であり、同時に最新鋭の装備、能力を有するかもしれない未知の敵だという事だ。

 事態を把握した401のクルーに緊張が走る。

 

 400型の潜水艦は情報処理や探査能力に優れた探知型の艦であり、海中に潜伏した状態でも高度な探知能力は有している。

 大戦艦ヒュウガを沈め、その鹵獲品を使って攻撃型の潜水艦に身を変えた401は、相手よりも索敵範囲に劣っていると言って良い。

 一度、此方の目を潰され、敵の400型潜水艦が身を潜めれば発見は困難だろう。

 そして向こうが探知能力に優れているのなら、隠れた状態でも確実に401を探知して奇襲を仕掛けてくる。

 

 未だ単純な戦術しか使えない霧とはいえ、そういった一撃離脱の戦法を取らないとも限らない。

 互いが睨みあう状況の中、小細工を仕掛けられる前に先手を打とうかと群像が悩んでいると、敵の潜水艦が先に動き出した。

 

「敵、400型潜水艦が急速回頭中。こちらに背を向けて、デコイを放出しながら離脱していきます」

「群像、どうする? 追撃する?」

「いや、此方の作戦目標はSSTOの打ち上げを成功させることだ。浸食魚雷の数も心許ないし、無駄な戦闘は避けたい。今は撃退できればそれで良い」

「分かった」

「総員、敵の増援が無いとも限らない。敵の動きを監視しつつ、SSTOの打ち上げまで警戒態勢を怠るな」

 

 群像はイオナや静に指示を出しつつ、思案する。

 敵は401と戦って、勝てぬと見たのか戦術的撤退を行った。

 しかし、それにしては、やけに引き際があっさりしている気がするのだ。

 

 向こうの標的がSSTOの破壊なら、ナガラか400級の片方を囮にして、もう片方がSSTOを直接狙えば作戦の成功率も高かった筈。

 それに、普段は海洋を封鎖するだけで、陸に住む人類に対して積極的な行動を見せない霧の艦隊が、珍しい事に攻勢に出た。

 つまり、SSTOの中身は霧の艦隊にとって見過ごせない何かが搭載されているかもしれないのだ。

 そんな重要な何かを簡単に諦めるものだろうか?

 

 群像の疑念は正しく、その日に打ち上げられたSSTOはハワイ上空で撃墜される事になる。

 

◇ ◇ ◇

 

「任務完了。ナガラ、お疲れ様」

 

 ナノマテリアルの色彩変化によって、黄色に染められた自身の甲板に身を乗り出した403。

 彼女は隣で並走する疲弊したナガラの状態をチェックしつつ、ふと快晴の広がる青空を見上げ、首を傾げた。

 空の上では戦闘などなかったかのように海鳥たちがミャーミャーと、猫のような鳴き声を上げている。

 そして徐々に離れていく九州の南部からは、人類のSSTOが無事に打ち上げられるのが見えた。

 

 最低限の命令は達成したが、任務は失敗だ。

 SSTOの破壊を受けたナガラと403は目標を達成できなかった。

 しかし、相手はあのイ号401であり、人間を乗せた特異な船。奇襲とはいえ大戦艦『日向』を沈めた強敵である。

 軽巡洋艦と経験の浅い巡航潜水艦風情がニ対一になった所で、勝てるかどうかは怪しい所だった。

 

 同じ400型よりも少しだけ速い処理能力を駆使し、401が到着する前に事前に海域に潜んでいた403だったが、あの時に完全な不意打ちをしたとしても、その後に対処されてしまうような『予感』がしていた。

 

 403は自らの手のひらを見る。その手は、僅かばかり震えていた。

 

「ナガラ、帰還する。今は無事に帰れることを喜ぶべき」

 

 任務に失敗して落ち込むナガラを慰めながらも、403は第一巡洋艦隊と合流すべく進路を修正していく。

 潜んでいた401を発見した以上、403がコンゴウ艦隊に合流する必要もないが、世話になった礼くらいはするべきだろう。

 その後に総旗艦に頼まれたお使いを済ませよう。そう判断する403だった。

 



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航海日記7 監視

 日本海側に展開する霧の東洋方面艦隊所属、第一巡洋艦隊。

 その艦隊の中心に位置する旗艦、大戦艦コンゴウ。

 彼女は艦橋の頂上に座りながら、羽根休めに留まる海鳥と戯れていた。

 しかし、その顔は静かに去って行った黄色い潜水艦の方を眺めている。

 

「403、行っちゃったね。コンゴウ」

「マヤか」

 

 そんな彼女に文字通り船ごと近付いて、声を掛けたのは重巡マヤである。

 何時もならピアノを弾いているか、他の楽器をナノマテリアルで作成。

 或いは人類の作曲した楽譜を勝手に模写しているくせに、今日は少しばかり真面目な様子。

 その表情はのほほんとしていて、何を考えているのか分からないのはいつも通りだ。

 

「403の事が心配?」

「いや、むしろ手間の掛かる部下が減ってくれて一安心しただけだ。

 それに403には特務がある。何時までも艦隊に留まる訳にも行かないだろう」

「そっか」

 

 マヤはぶっきら棒なコンゴウの態度の裏に隠された部下を思いやる気持ちを察して微笑んだ。

 艦隊旗艦殿は、迷子の潜水艦ちゃんが居なくなって清々しているが、実はその裏で感謝していることもマヤは知っているのだ。

 403のおかげで軽巡ナガラは無事に帰還することが出来たのだから、総旗艦『大和』から部下を預かる身としては、一安心といった所だろう。

 

 人類に組みするイ号401が援軍に来る可能性があった以上、ピケット艦として配置されていた軽巡ナガラを単独で作戦区域に投入するのは愚の骨頂。

 本来であれば重巡を中心とした対潜特化の駆逐艦隊を派遣するところだ。

 

 そして、霧が潜水艦狩りをやるとしたら、人類のような洗練された戦術を取れずとも、物量と火力の面制圧で圧殺するくらいの知恵はある。

 

 それが出来なかったのは、単に未知の世界から転移してくる異邦艦の所為で、戦力を迂闊に分散できないから。

 偵察用のピケット艦ならまだしも、他の艦を単独で自由気ままに行動させて、転移してきた敵艦にいきなり囲まれでもすれば、いくら霧の艦隊といえども撃沈する可能性は充分にある。その対策として霧は艦隊を組むことが多くなっていた。

 

 まあ、人類に対する過小評価があったことも否めないコンゴウである。

 大戦艦『ヒュウガ』は"油断"している所を"偶然"401に撃沈されたものだと思っていたが、401は霧の軽巡洋艦クラスなら実力で難なく撃退できるらしい。

 

 人間を乗せた401は、搭乗員の安全を考えて戦闘能力が低下しているとコンゴウは考えていた。

 生命を維持する為の区画や生活空間がどうしても余分な重荷になるからだ。

 

 ところが401は400型潜水艦のスペック以上の能力を発揮している。

 それは、403の作戦報告と彼女から提供して貰った401との戦闘データから見ても明らか。

 故にコンゴウは人間を乗せた401の戦闘能力を上方修正した。

 

「でも、コンゴウもイジワルだよね。弾薬の補給も船体の整備も儘ならない401に、よりにもよってタカオのお姉ちゃんをぶつけるなんてさ」

「その程度の不利も覆せないような輩なら、千早群像は所詮、その程度の男だったという事だ」

「でも、総旗艦は千早群像をこっちに引き込みたいんだよね? 勝手に沈めちゃって大丈夫~~?」

「向こうと相談した上での作戦予定だ。ヤマトも承認している。問題はない」

 

 『大和』のメンタルモデルであるコトノは、異邦艦に対抗する戦力として、千早群像とその一派を霧側に引き込みたがっていた。

 だが、その提案に異を唱えたのが、コンゴウを初めとしたアドミラリティ・コードに忠実な霧の艦たちだ。

 "再起動した後は海洋を占有。人類を海洋から駆逐、分断せよ"という"勅令"が発されている以上、緊急事態とはいえ此方側に人間を引き込むのは躊躇われる。

 

 故に、それに見合うだけの価値を。

 要するに我々を従わせたいのなら納得するだけの実力を示せということだ。

 千早群像の指揮下に入るか価値があるかどうかは別として、霧に属するなら最低限の試練は超えて貰わなければならない。

 "あの男"がそうだったように。

 

 それがコンゴウがヤマトに提示した。人間を霧に迎え入れる条件だった。

 

 名古屋沖における海域での、まだ見ぬ激突に想いを馳せて、コンゴウは不敵に笑う。

 

「今度は得意の奇襲ではなく、正面から我ら霧を相手にしてもらおうか。千早群像」

 

 17年前の大海戦で脆く、脆弱で、あっけなく霧に踏みにじられた人類の艦隊。

 今度は力の差を埋めるだけの装備や、足りない実力を支える存在(イオナ)も与えられている。

 

 こちらが差し向ける刺客を打ち破れればそれでよし。

 そうでないなら群像には退場してもらって、イ401も取り戻せばいい。

 来るべき新たな大海戦に向けて、もはや遊ばせておくだけの戦力は存在しないのだから。

 

◇ ◇ ◇

 

「懸念。うまく航行できるか不安」

 

 403は艦橋内部の中心に立ちながら、様々なデータを分析。

 そして、得られた情報を見て、淡々と結果だけを呟いた。その表情は日本人形のように乏しい。

 経験値の多いメンタルモデルならば、眉を潜めてどうしたものかと困ったような顔をしていただろうが、彼女は稼働したてで経験値が圧倒的に足りない。

 内心は感情豊かでも、それを表現する表情、動作、言語化する能力が不足しているのである。

 

 そんな彼女の懸念事項は、名古屋沖を直撃している台風の影響だ。

 海上における波の荒れ模様。強い風による船体への影響。激しい雨と厚い雲による視界不良。

 水上を渡る艦船にとって、台風というのは鬼門である。

 

 霧の艦隊は転覆こそしないが、姿勢を安定させるのに苦労するし、視界不良で索敵範囲が狭まる。

 特に光学、電波系のセンサーに対する影響が著しい。砲撃だって荒れる波で船体が揺れて射線がずれるわで、良い事なんて一つもない。

 

 しかし、台風の影響は海中に対しては少ないから、むしろ隠密行動を主とする潜水艦にとっては好都合だ。

 敵の駆逐艦や軽巡洋艦の目を欺けるし、対潜哨戒機も暴風雨の真っただ中を飛行するのが困難になり、敵の監視が緩む。そうなれば相手の真下を、深々度で堂々と通り抜けるのも容易。

 

 だというのに403は、台風に突入する前に、頻繁に航海用のデータの確認を怠らなかった。

 何故かは知らないが、台風は苦手のような気がするのだ。そんな経験も無いはずなのに如何してなのだろうか。

 

「戦闘音。……?」

 

 ふと、403の広大な探知範囲に引っかかった反応がひとつ。

 彼女は首を傾げながら、自らの船体に阻まれ見えもしないのに、視線をそちらの方に向けた。

 高性能なパッシヴソナーの拾う音は、そのほとんどが雨音だが。音の周波を分離して個別に聞き分ければ、雨音以外も聞こえる。

 

 独特な大気を切り裂く音。

 それに続く爆発音。

 そして別のセンサーは霧の誰もが見逃せないタナトニウム反応を検知。

 正確にはそこから放出される重力子の反応を。

 

「予定通り? タカオと401の戦闘が始まって、タカオが超重力砲を使った?」

 

 つまり台風の暴風圏を利用して目的地である横須賀に向かおうとした401がタカオに発見されたことを意味する。

 スペック上、諜報の為に情報戦に特化した400と402を更に大きく上回る403の索敵範囲。それを持ってすれば、相手の索敵圏外から気づかれる事無く様子を探る事など造作もない。

 そして目標である401もそうだが、味方であるタカオも403の存在を認知していないだろう。

 余計な闖入者はいない方が、お互い戦闘に集中できるし。何よりも、タカオが403の存在を知れば、必ずその索敵範囲を利用しようと助力を求めてくるはず。

 

 そうなれば401の勝機は限りなく低くなる。

 相手の目を掻い潜って奇襲を行う潜水艦が、常にその身を晒している状況では、勝負にすらならないだろう。

 あくまでも人を乗せた401の戦闘能力を測るのが目的であって、撃沈するのが目標ではないのだ。

 

 総旗艦からはあまり介入しないように言い含められているし、霧との戦闘に至っては絶対に静観するように言われている。

 だから、403はお使いのひとつを済ませる為に、遠巻きに戦闘を眺めるに留めているのである。

 もっとも、霧から送られる刺客に千早群像が負けるようなら、寸での所で止めに入れとも言われているが。

 

「………こくん」

 

 だというのに、403はもう一度首を傾げた

 そう、好奇心旺盛な彼女は、ものすごく401との戦闘が気になっているのである。

 というよりもお姉ちゃん大好きっ子な彼女は、401の様子を鮮明に見たくて堪らなかった。

 ナガラを援護した時のように、直接戦う事にでもなれば躯体(メンタルモデル)は震えだすが、遠巻きに見ている分には問題ない。

 

「肯定。ちょっとだけなら、問題ない」

 

 403は霧のネットワークを介して、タカオに対するハッキングを開始する。

 この場に402が居たのであれば、そういう問題じゃないだろ、とツッコムのだが。生憎と彼女は別の任務で傍に居ない。

 したがって403を止めるストッパーは存在せず、誰も彼女の暴走を止める事など出来なかった。

 

「ハッキング開始。目標、高雄型重巡洋艦一番艦『タカオ』。相手のコマンドに偽装、潜伏完了。タカオに対する演算処理及び戦闘における影響はゼロ。タカオの一部センサー類とメンタルモデルの視覚と聴覚に同期完了」

 

 403の視界に広がる雲一つない晴天。

 重巡タカオのメンタルモデルが見ている景色を受信した映像光景。

 台風の中心に位置しているのか、波模様は穏やかで風も少なく。遠くには恐ろしい程の暴風雨が広がっているというのに、ここは清々しいくらいの晴れやかさだ。

 

 そして目の前では、タカオの船体から発射された無数の迎撃装置が401の攻撃を凌いでいた。

 VLSから発射されたミサイルが子機をばら撒いて、迫りくる誘導魚雷に対する迎撃網を展開する。

 それすら掻い潜ってきた相手には近接防御システムの光学兵器が降り注いで、迫ってきた海中の浸食魚雷を誘爆させる。

 

『この魚雷をプログラミングした人間は良い腕をしている』

「肯定。鹿島湾で使われた魚雷も洗練されていた」

 

 同期したタカオの呟きが聞こえてきて、403は頷くように返事を返す。

 台風の勢力圏外に停泊している403と、台風の中心で戦闘中のタカオでは大きな距離が隔てられている。

 403の呟きが聞こえる筈もなかった。

 これは盗み聞きしている403が勝手に反応して、勝手に頷いているだけである。

 

『でもね……128発の浸食弾頭兵器。全部避けられる?』

 

 続く、勝利を確信したかのようなタカオの呟き。

 彼女の躯体(メンタルモデル)の視界から見えた、側面のVLSが展開していく様子。

 この分だと、視界に映らない艦尾部分のVSLも展開しているだろう。

 

『さようなら、401』

 

 冷静に考えれば防御が薄く、迎撃能力も低いイ号401が、これだけの対潜弾を前に耐えられる筈もない。

 霧の誰もが見ても401の敗北を確信するだろう。

 でも、それをリアルタイムで見ている403は違った。

 タカオが探知できていなくて、403に探知できている反応。

 401の重力子機関が限界まで唸りを上げているかのような、何かの前触れを予感させるような反応。

 それを403センサー(目と耳)は正確に捉えていて。

 

『なんだ……あれは?』

 

 瞬間、タカオの呟きをかき消すかのように、海が割れた(・・・・・)

 

 あっという間の出来事だった。

 401の雷撃に対して迎撃能力を最大限に発揮できるよう、艦の右側面を晒していたタカオの船体が、割れる海面に巻き込まれ、いや、捉えられ。

 その割れてきた海面の先に居るのは、艦首の大部分を上下に変形させたイ401。

 その内部からは迫り出すように巨大な円形タービンのような装置が展開していく。

 

 そして、403もタカオもそれには見覚えがあった。

 

「画像からの解析結果。対象物を大戦艦クラスの艦首超重力砲と確認」

『超重力砲……巡航潜水艦風情が、そんなものをどうしてっ……!?』

 

 超重力砲。

 霧の艦船に搭載された機関から生成されるタナトニウム。そこから放出される重力子を用いた空間浸食兵装。

 その威力と範囲は、魚雷などに搭載される浸食兵器とは桁違いの規模になる。重圧な装甲を持つ戦艦といえども直撃すればひとたまりもない。

 重巡洋艦であるタカオも、下手すれば消滅してしまうだろう。

 

 タカオが慌てて超重力砲の範囲から逃れようと全速力で離脱を開始。

 同時に台風の中でも潜水艦を探知できるように、自らの補助として連れてきたイ501に離脱するよう慌てて命令しているが、時すでに遅し。

 401の探知を逃れ、優秀な目と耳を潰されないように、コバンザメのようにタカオの艦低部にアームで張り付つかせていた戦術が裏目に出た。

 403が観測するタカオと同期しているデータでは、501は展開した巨大な索敵ユニットを折りたたんで艦内に収納しようとしているが、401の超重力砲が発射される方が速いだろう。403の演算予測ではそういう結果が出ている。

 何よりも対象を固定するロックビームが、離脱しようとする船体の動きを阻んでいた。

 

「コアの感情シュミレーターに微小なラグが発生。悩んでいる?」

 

 さて、どうしたものかと思考速度を何百倍、何千倍にも加速させながら403は自らの感情の機微を無視して考える。

 ここでタカオが沈むのは霧の戦力的にもマズイ。後の影響を考えると、何とかして助け出した方がヤマトもコンゴウも喜ぶはずである。

 しかし、どうやって助けるべきか。

 

 一応、方法はある。

 発射シークエンスが始まり、重力子の縮退が始まった以上、溜めこんだエネルギーを発散させないと401の船体が崩壊する。

 だから、401のシステムに全力でハッキングを仕掛けて、超重力砲の仰角をずらせばいいのだ。

 そうすればタカオも無事だし、401も自壊する恐れを回避できる。

 同時にタカオが無防備となった401を攻撃しないよう、システムに強制介入して一時的に停止させ、代わりに403が船体を操作して401から離脱させれば良い。

 

 しかし、それを行えば403の存在を察知される恐れがある。そうなると今後の隠密行動に支障が出るから、出来れば避けたい事案だ。

 

「……予想外? 理解不能?」

 

 その時、401が不可解な行動を取った。

 タカオの船体に照準を定めていた超重力砲の射軸が、タカオの真下に接続されている501に向いている。

 何故かは分からないが、タカオを避けて501だけを狙うつもりらしい。

 

「…………」

 

 どうしようか。501を助けるべきだろうか。

 あの子は潜航型観測艦に分類される艦種で、戦闘には向いていない。

 いわゆる偵察に特化した潜水艦だが、この世界に突然転移してくる異邦の船の前では意味を為さないのだ。

 転移反応や空間変異など、霧の船ならば誰にでも察知できる。501の戦力としての利用価値は低い。

 

『……ッ! ………!?』

 

 ふと、501のコアから発せられた声が聞こえた気がした。

 必死になっている。必死になって逃げようと、死にたくないと足掻いている。

 

 それは人間と同じ感情か? 死に対する逃避感か?

 

 否、霧にそんな感情など実装されていない。重巡以上の船が人間を模倣して、真似しているだけの只の現象にすぎない。

 ましてや、メンタルモデルを実装できない駆逐艦や小型の潜水艦に、死を恐れる心はない。

 

「………ッ」

 

 いや、言い訳はよそう。

 403はタカオと501を助けてあげたい。

 いつの間にか悲痛に歪んでいる自分の表情も認めよう。

 もう、"あんな事は"こりごりだ。目の前で"仲間(姉妹)が沈む光景"なんて見たくない!

 その瞬間、403の中で誰かが目覚め、403の機能をフルに発揮していく。

 

「ッ――もう、誰も死なせたくないよ!」

 

 口からは自分の意志ではない、誰かの想いが勝手に呟かれ。

 しかし、自らが乗っ取られたのだとしても403は“彼女”に身を任せる。

 自分よりも、“彼女”の方が処理能力が圧倒的に速い。

 

 タカオの視界を通じて、401の超重力砲に重力子が集束する光景が見えた。

 もう、401を悠長にハッキングしている時間はない。ならば別の手段を使う。

 

「501の演算処理に処理に強制介入! ナノマテリアルを使用して艦橋部分の急速分解、再構成! 501のユニオンコアを外郭で保護したうえで、生成した射出装置で船外に強制パージ!」

 

 急な演算処理の上昇に困惑する501のコアをよそに、501の艦橋内部が急速に解けて分解。

 セイルの一部に大穴が開いて、そこから新たに再構成されたナノマテリアルに包まれた501のコアが、凄まじい勢いで船外に射出されていく。

 同時に弱まるイ号401のロックビーム。潜水艦に無理やり大戦艦級の超重力砲を積んだ401の演算能力では、発射するだけでもギリギリなのだろう。

 今回はそれが幸いした。

 

 瞬間、射線に存在する物質を消滅させる空間兵器が照射され、もはや抜け殻と化した501の船体を貫いて対象を反応消滅させる。

 同時に収まる海を割るような空間変異。割れた海は、水底に空いた穴に流れ込むようにして元に戻り、ロックビームで捉えられて船体を浮かせていたタカオも、豪快な音を立てて海に着水した。どうやらタカオは船体も含めて無事らしい。

 

 501が無事に超重力砲の効果範囲から逃れられたかは分からないが、超重力砲は大半が強制波動装甲(クラインフィールド)を臨界にさせる兵器だ。

 人類が生み出したどのような装甲よりも堅牢なナノマテリアルでも、掠った瞬間に反応消滅して、分子単位の強固な結合が意味を為さない。

 コアさえ無事なら何とかなるが、可能性は五分といった所だろう。

 

「タカオとの同期を切断。索敵範囲の30%が低下。401の居場所をロスト、機関を停止して潜んでいると思われる。対策、401が最後に反応を示した海域のデータを保存。膨大な演算処理による過負荷の熱を急速に発散する必要あり。急速冷却中。急速冷却中」

 

 最後にタカオの武装が24時間ロックされたのを確認しながら、403はコアを中心に発熱したを冷まし始める。

 それは人間が風邪に掛かり、高熱を出す症状に似ていて。

 403は顔をぽやーっとさせて、黄色に染められた着物を揺らしながら、艦橋の中心にへたり込むのだった。

 



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航海日記8 義妹

 403は困惑していた。

 タカオが武装をロックされて外洋へ退避させられたのち、401は無理に大戦艦級の超重力砲を使った影響なのか、付近の海底で修理に勤しんだ。

 

 問題なのは、401が修理を終えて横須賀港に向かった後だ。

 403は演算の過負荷による熱を冷まし、システムの最適化を済ませて、超重力砲の直撃から助けた501のコアを探していた。

 

 そこで探索に手間取ったという訳ではない。

 霧の潜水艦隊は元々諜報を主任務とする故に、情報処理に特化した艦が多い。

 潜水艦の中でも最高クラスの性能を持ち、メンタルモデルを持つに至ったイ400型の潜水艦ともなれば、広大な海域であっても探索するのは容易。

 人間の手のひら程しかないユニオンコア。海からすれば微小な探索物であるそれを見つけるなど造作もなかった。

 

 401の索敵範囲外から艦装を展開し、海底地形の情報から海流の流れ、海中の温度、生息する海洋生物の種類から数まで微細に分別して探知する403。

 501のコアはすぐに見つかった。

 

 超重力砲の余波でナノマテリアルで生成した外郭が剥がれていたが、コアは傷一つなく無事だったのだ。

 403は海底の砂に埋もれていた501のコアを、船外アームを使ってすぐに船内に収容した。

 

 ここまでは良かった。

 

 そこから機能停止していた501のコアを再起動させようとした時。

 突然、膨大な演算処理が発生し、403に搭載されたコアの原因不明な暴走を起こした。

 そうして気が付けば目の前に見知らぬメンタルモデルがいたのだ。

 

 身長や体格は幼く、403よりも頭二つ分小さいくらいの女の子(ロリ)

 高校生用のサイズなのか大きさの合っていない真っ黒な水兵服(セーラー服?)はダボダボで、両腕は長そでの半分くらいしか通せてない。

 その様は、まるでワンピースでも着込んでいるかのようだった。そして裾が足りないのか、スパッツが少しだけチラ見している。

 顔つきは欧州人に似ていて、蒼玉のような瞳に、黒交じりの金髪を肩のあたりまで伸ばしているようだ。

 

 頭の上にはトレードマークなのか黒い軍帽。

 それはパッと見、ドイツの潜水艦隊が着こんでいた軍服に見えなくもない。

 袖越しに握られたその手には、大きさの合わない黒のズボンが握られていて。

 足元にも大きさの合わない軍靴が、ブーツが置かれていた。

 

 いや、とりあえず目前にいる小さな女の子が、501のメンタルモデルだというのは分かる。

 分かるのだが、重巡以上の処理能力を持たない潜航型観測艦の501が、どうして躯体(メンタルモデル)を実装しているのだろう。

 

「……おはよう?」

 

 とりあえず、403は疑問符を浮かべながら挨拶してみた。

 

「あっ、Guten Morgen!(おはようございます!) Schwester403!(403のお姉ちゃん!)

 

 そしたら可愛らしい元気な声で挨拶を返された。しかもドイツ語で。

 さらに、403はいつの間にか501のお姉ちゃんらしい。

 

「疑問。姉妹艦じゃない貴女が、どうして私の妹になるのか?」

Ja.(はい)お姉ちゃんは501の命の恩人だもん。とーぜんだよ?」

 

 詳しく理由を聞いてみると。

 401との戦闘において撃沈されそうになり、思考が停止するかのような恐怖を味わったこと。

 そこから慕っていたタカオのお姉ちゃんと引き離され、急に暗い海の底に放り出されて、動く事も儘ならないまま独りぼっちで取り残されたこと。

 もうこのまま、ずっと独りなのかと不安になっていた所を、助けに現れた救世主のような潜水艦が現れて。

 それがイ号403の事らしい。

 

 501は喋り慣れてないのか、ちょっと舌っ足らずな日本語で説明してくれた。

 

 薄いの黄色の船体と相まって、403が登場した時は希望の光そのものに見えたらしく。

 しかも、相手は自分のような矮小な潜水艦よりも立派な400型の巡航潜水艦である。

 もう憧れと尊敬と感謝の気持ちで感極まって、403を姉と呼び慕う事にしたらしい。

 

「だからね、403は501のお姉ちゃんです! Danke!(ありがとう!) Danke!(ありがとう!)

 

 感情シュミレーターが感極まっているのか、403の手を握って感謝の気持ちをストレートにぶつけてくる501。

 その瞳はキラキラと輝いていて、心なしか潤んでいるようにも見える。

 無表情、無感情な400型と違って感受性豊かな子のようだ。

 

「ん、気にしなくていい。わたしが501を助けたいと思っただけ」

 

 だが、403は一度は任務の為に501を切り捨てようかと考えたこともあるし、そんなに感謝される資格はない。

 そんな風に考えて、どこか淡々と。お前を助けたのは只の気まぐれだと告げてやる。

 403は501が思っている程、尊敬に値する存在でもないのだから、これで少しは距離が取れるだろうと期待しての発言。

 

Schwester(お姉ちゃん)……Ich liebe dich501!(501はもう、とっても大好きです!)

「ぐえっ!?」

 

 と思ったのが、さらに感極まった501が、手にしたズボンを放り投げて抱き付いて来た。

 おまけに幼い子供がするように頭から突っ込んでくるものだから、403の鳩尾。コアが収まっている部分に直撃である。

 ちょっと痛い……けれど、しがみ付く501に好きにさせる。

 

「ん……まあ、仕方ない」

「えへへ~~♪」

 

 よしよしと、背中をあやしてやれば、本当に幼い子供のように嬉しそうにする501。

 403も姉妹にこうして甘えてみたい願望はあるし、501の行動が分からないでもない。

 とりあえず、一通り落ち着いたらこれからの予定を立てることにした。

 でも、その前に。

 

「お姉ちゃん? 首をかしげてどうしたの?」

「疑問。服のサイズが合っていない」

「これ? タカオのお姉ちゃんをイメージして真似てみたんだけど、演算力が足りなかったんだ」

「納得。だけど、これ以上の演算補助は任務における弊害が発生。我慢を501」

Ja!(はい!) 501はお姉ちゃんと一緒に居られれば満足です!」

「ん、さらなる疑問。その格好は?」

「これはね、人類におけるドイツっていう国の水兵服を……」

 

 いろいろと疑問に思ったことを解消しておく403だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 さて、501のメンタルモデルが形成されたわけだが、ここで問題が一つある。

 すなわちどうやって演算能力の足らない501が躯体(メンタルモデル)を維持しているのか?

 

 答えは簡単で、いつの間にか403の演算リソースの一割から四割近くまでが、501に振り分けられていた。

 どうやら403が気絶した時に、演算力を振り分けていたらしく。今では艦の性能の一部が下がっている。

 おまけに501は躯体(メンタルモデル)の維持に精一杯で、船体を構成する材料(ナノマテリアル)があっても、船体を形成することが出来ない。

 戦線に復帰するなら、メンタルモデルを棄てて、コアだけの姿に戻る必要があるだろう。

 もっとも、あらゆる性能が上の巡航潜水艦に、潜航観測艦がいても戦力的に意味はないから現状維持しかないが。

 

 とりあえず戦闘になったら、コアの姿に戻って貰って、403のサポートに回って貰う事になった。

 躯体(メンタルモデル)さえ棄ててしまえば、403の演算能力は元に戻るし、おまけに501の演算力もサブ電脳として回せるから負担も軽くなるだろう。

 ギブ&テイクだ。

 

「これからどうするの、お姉ちゃん?」

「返答。当面は401の監視。だから横須賀港に向かう」

Ich verstehe!(はい、分かりました!)

 

 艦橋に新しく形成された椅子の上に座りながら、403は淡々と答えた。

 その膝の上には403よりも小さな501がちょこんと座りこんで居た。

 かなり懐いているのか、片時も403の側を離れようとしない。

 

 ちなみに椅子の形成は501の提案である。

 座っていた方が立っている時よりも、躯体(メンタルモデル)の姿勢制御における演算が少なくて済むという合理的な判断からだ。

 何やらタカオと一緒に早期警戒艦として人類の動きを監視していた彼女は、人間の文化に多大な興味があるらしい。

 椅子に座ると人間さんは楽そうな顔をするの。とは幼い501の言葉である。

 

「機関始動。出力を巡航速度まで上昇。重力子フロートを反転。浮上を開始する」

Ja.(はい)周囲に敵影はないみたい。パッシヴソナーにも反応はなし。

 いつもの平穏な海だよ。お姉ちゃん」

「了解。一定深度まで浮上後。巡航速度を維持。進路を横須賀湾内に設定」

 

 互いに艦の操作を協力し合って船体を動かす403と501。

 操艦などのメインは403が担当するが、ソナーなどの索敵は501が受け持っている。

 様々な反応や音紋の解析くらいなら演算ギリギリの501でも可能らしい。

 だから、せっかくなので仕事をして貰うことにしたようだ。

 

 暗い海の底で黄色の船体が浮かび上がり、艦尾に備えられた二基のエンジンから強大な推力が生まれる。

 400型巡航潜水艦の潜航時における推力は、最大で80kt以上を叩き出す高速性を持つから、そう長くない内に横須賀港にたどり着けるだろう。

 当面は401の監視になるが、横須賀では別のお使いもある。

 少しばかり忙しくなるだろう。



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航海日記9 潜入?

 浮上した黄色い船体の上で、403は遥か遠くに存在する城塞のような"壁"を眺めていた。

 昔から軍港として使われている横須賀港。港に寄り添うように広がる街並み。

 船外に浮遊型の大型レーダーを展開して、アンテナを広げてみれば、分かるのは過去のデータよりも人口密度や商店が増えていること。

 そして、それを護るかのように広がる横須賀防壁には、湾内に侵入する為の穴がないという事か。

 

 少なくとも潜水艦が入れるような通り道はない。

 水上も水中も完全に壁が阻んでしまっている。

 通り抜けるのなら空を飛んでいくしかないだろうが、全長 122メートルの巨体を浮かせる方法など皆無。

 あの壁の向こう側に消えた401を、船体に乗ったまま追いかけるには、横須賀防壁を破壊するしかないようだ。

 

「困った。非常に困った」

「どうかしたの、お姉ちゃん?」

 

 ぼうっと突っ立ったまま、微動だにせず考え込んでいる403。

 そんな彼女に声を掛けるのはセイルのハッチから飛び出した501だ。

 大きすぎる服のサイズも修正されたのか、黒い水兵服は幼い少女の身体にフィットしている。

 

「501。あの壁を超える方法は考案可能?」

「う~ん、ちょっと考えてみます」

 

 隣まで寄ってきた501に、立ちはだかる壁を見据えながら問いかける403。

 しかし、501にもすぐには考えが浮かばないようで、義姉妹揃ってうんうんと悩む光景が続く。

 潮風が吹き、薄黄色に輝く銀髪と黒交じりの金髪が流れ、時間が過ぎていくなか。

 何かを思いついたのか、瞬きすらしなかった403がひとつ手を打って、何かに納得した様子を見せた。

 

「提案。船体を隠したあと、あの壁まで泳いで行って、そのまま登り超える」

 

 403の考えは至って単純。

 潜水艦ごと追いかけるのが無理ならば、人間と同じ大きさの躯体(メンタルモデル)で壁を直接よじ登るというもの。

 人間と同じような身体にも馴染みやすいよう、艦の中枢であるコアを躯体(メンタルモデル)の中に収めているとあって、その身体能力は化け物染みている。

 せいぜい百数十メートル程度の壁を乗り越えるなど造作もない。

 あとはそのまま壁を飛び降りて、壁の向こう側にある海を泳ぎ切り、地下ドックへの入り口である港湾施設を通り過ぎ、横須賀の町に潜入するだけだ。

 

「……無理だと思うよ? あの壁の上で人間が見張ってるもん」

「却下?」

「うん、お勧めできないです」

 

 でも、そんな単純明快な作戦を501は却下した。

 人間で云う視覚から映される光学映像を拡大して、壁の上を観察してみれば、人間たちが望遠鏡という道具を使って海を監視している。

 風雨や海風を凌ぐための監視施設に固定するほどの望遠鏡だ。

 その監視範囲の広さは、陸に近づく船が在ろうものなら、すぐに察知できるくらい広い。

 そんなのが壁の頂上に均等に設置され、かなりの数が沖合の海を監視している。

 しかも、風雨を凌ぐ監視施設をわざわざ建設している程だから、恐らく24時間体制の監視網。

 相手の隙を縫って壁を乗り越えるのは、失敗に終わる可能性が高い。

 

「次案。躯体(メンタルモデル)を空の弾頭に搭載。向こう側の浅瀬に向けて射出する」

 

 ならばと、次に403が提案した作戦は、壁の内側に広がる沿岸部に向けて自身を搭載したミサイルを撃ち出す作戦。

 甲板から弾道ミサイルのように上空に打ち上げ、そのまま着弾地点を修正して、壁の向こうにある浅瀬に着水するというもの。

 これならアドミラリティ・コードによる禁止項目のひとつ。陸に住む人類に対しての攻撃に抵触しない。

 

「あのね、お姉ちゃん。それじゃあ潜入にならないよ? 人間さんも驚くと思うし」

「? 人類における記録には空から女の子が降ってきた事例が存在。一度、起きた事象は驚愕には値しない筈」

「それは架空の物語の話だと思う。それに、不審な物体が人間の領空に侵入したら、迎撃ミサイルで撃ち落とされちゃうよ?」

「次案も却下?」

「うん、お勧めできないです」

 

 501は次の作戦も両腕によるバツ印で反対した。

 403の任務の詳細を501は知らないが、401の監視という事は知っている。

 監視というものは相手にばれないことが前提というケースが多い。

 そんな目立ちすぎる侵入方法を使えば、人間側は迎撃行動を繰り出すだろうし、401も含めて警戒態勢に入るだろう。

 潜入しながらの監視になる以上は、目立つ行動は厳禁だ。

 

「強行突破する?」

「論外すぎるよ、お姉ちゃん。却下」

「壁の一部に穴を開ける?」

「進入路の形跡が出来るからダメだと思う」

「難民に扮して接近?」

「人間さんが、私たち霧の海上封鎖を抜けられる訳ないよ? 却下」

「海に漂流している所を人間に救われる?」

Ablehnung(却下)

 

 その後も、403のずれた提案は続く事になるが。

 結局、別の海岸地点から潜入し、陸路から横須賀の町を目指し、偽造した身分証明書を使って、堂々と街に潜入する方法に決まった。

 

◇ ◇ ◇

 

「それで、貴女はこんな所で何をやっていたのですか。403?」

「潜入ミッション」

「私にはコンビニで雑誌の立ち読みをしていたような気がするのです」

「潜入ミ~~~ッ……」

 

 そうして陸路から潜入と決まって、無事に横須賀の町に入り込んだ403だったが、何故か見知らぬ少女に一軒のボロアパートの一室に連れ込まれていた。

 そこから、403の行動に付いて、丁寧だが何処か人形のように淡々と。それでいて何処か咎めるような口調で問い掛けてくる少女の名は400。

 イオナや403と瓜二つの姿を持ち、桃色の髪が特徴的な彼女は、正座させている403の頬を両手でつねって引っ張ると、言い聞かせるように呟いた。

 

「知っていますか403。人間の兄弟や姉妹というものは、じゃれ合う時に頬をつねることがあるそうです。」

「ん~~ッじゃれ、あ、いぃぃぃぃ~~???」

「ええ、じゃれ合いです。決して体罰やお仕置きなどではありませんので、勘違いなしないで下さい」

 

 そう言いながらも403の頬をつねる事を止めない400。

 荒れた畳、その茶の間のテーブルに用意されたろ過水を飲みながら、端から見ている501は絶対に嘘だと思った。

 あれは遠回しに"私の手を煩わせるとは何事ですか? 貴女は本当にお馬鹿さんですね"と言っているに違いない。

 だが、姉の言う事を真に受けた403はう~う~言いながらも抵抗はしなかった。

 

 事の始まりは単純である。

 下半身が見えそうで見えない着物姿じゃ目立つからと、どうにか403を説得して黒のセーラー服に着替えさせた501は、さっそく彼女と共に横須賀に潜入した。

 身分証の偽造も完璧であり、街に引っ越してきたのは海洋技術総合学院に入学する予定だと、それらしい理由もでっち上げた。

 要は二人そろって学生という事になっている。

 

 そこまでは良かったのだが、さて401の監視をしようと粋がっていた403に、立ち塞がった存在がいた。

 それは付近を出歩く彼女を怪しんだ海洋技術学院の関係者でもなく、警備が厳重すぎて入れそうもない海軍の港湾施設でもなければ、二人を人間なのかと疑った勘の鋭い軍人でもない。

 403の足を止めたのは何処にでもありそうな小売店。

 いわゆる世間ではコンビニと呼ばれる施設だった。

 

 海洋交通を寸断され、食糧の自給も儘ならない日本では配給制度の実施が行われている。

 しかし、日用品、雑貨、本や海水をろ過した飲料水などを販売する施設は少ないながらも残っている。

 横須賀は軍の関係者が集まり、横須賀防壁の存在によって安心感を得た人々も疎開から帰って来ていて、日本でも珍しく活気に溢れた街だ。

 こうしてコンビニのような施設が、学院に通う学生を客に商売していることも珍しくはなかった。

 

 要するに、403はコンビニで雑誌を立ち読みしている学生が目に留まり、好奇心から首を傾げてしまったのである。

 港湾施設の内部に寄港した401が動かないこともあって、行動に自由の余地が生まれた403を止められる筈もなく。

 制止する501を引きずってでも店内に入店した403は、そのまま学院の学生と同じように立ち読みを始めた。

 そこを同じく横須賀の街に潜入していた400が、近付いてきた同類の反応に気づき、任務そっちのけで何かやってる403を発見して今に至る。

 

 イ号400の系譜はメンタルモデルが双子のようにそっくりだと聞いていたが、正直こうして実際に会って見ても、見分けが付かないと501は思う。

 400は白い半袖シャッツに黒のタイトスカートを着こなして現れた時は、いきなり403が格好を変えたのかと驚いたものだ。

 昔は全員が銀髪だったが、見分けが付かないから400は髪の色を桃色にしているらしい。

 それに加えて総旗艦『大和』の片割れであるコトノにトレードマークのお団子を加えられたのだとか。

 今は髪の後ろに刺している403の簪もそうして加えられたんだろうか?

 

「402から聞いてはいましたが、403は本当に好奇心が旺盛ですね」

「501、400から褒められた」

 

 それ、褒めてないよ。馬鹿にされてるんだよ。と501は言えなかった。

 頬っぺたつねられながらも、姉妹艦と触れあっている彼女の顔は、何処となく嬉しそうだったから。

 とりあえず、湯飲みに注がれたろ過水をすすりながらも、笑顔で頷いておく。

 

 正直、総旗艦直属の潜水艦隊400シリーズのネームシップにして、長女でもある400の雰囲気が501は苦手かもしれない。

 なんか無表情なのに怒っている様な、それでいて声に含まれた感情は優しいような。

 はっきりと分かるのは絶対に怒らせたらおっかないタイプだということ。

 しかも、恨みは絶対に忘れなさそうな感じがする。

 だから、あまり彼女を刺激しないよう、501は空気と化していた。

 

「疑問。400。どうしてここに?」

『総旗艦より命じられて、振動弾頭と、その開発者の探索を』

 

 403の疑問に概念伝達を通して応える400。

 それは万が一にも誰かに聞かれたくないという事を示していて。

 403もそれに合わせて概念伝達に切り替える。

 

『探索? これは、その為の潜入?』

『そうです。霧の魚雷艇に対して振動弾頭の効果が発揮されてから、この街に溶け込んで居ます』

『疑問。現在の状況は?』

『開発された振動弾頭は五本。うち四本は破壊しました。最後の一本は、横須賀基地の地下ドックにあると分かっています』

『開発者の行方が不明?』

『それも手掛かりはあります。開発者の一人である刑部蒔絵の所在地も判明しました。ですが、もう一人の刑部博士の情報に不明な点があるのです』

 

 400は403に現在の状況と情報を伝えた。

 同じ諜報艦型の潜水艦。

 任務を遂行するにあたって情報を共有化することは必要なこと。

 

 概念伝達を通して与えられた情報は。

 刑部蒔絵が近隣の屋敷に住んで居ること。

 人類のデータ上に存在する刑部博士は老齢の科学者だが、そのような人物は存在しない可能性が高いこと。

 振動弾頭がイ401に積載され、アメリカ大陸に運搬する予定であること。

 人間とのコミュニケーションを行うさいに使う、テンプレートな会話集。

 場合によっては流通している通貨よりも、海底よりサルベージした物品の方が買い物し易いこと。

 

『手伝う?』

『いいえ。今のところは必要ないのです。ですが、近いうちに刑部蒔絵を誘拐する予定です。その時は協力を』

『分かった。待ってる』

 

 情報の共有化が終わった403は概念伝達を解く。

 向こうにも此方の任務が401の監視である事は伝えてあるし、概念伝達に距離も遮蔽も関係ない。

 そのうち400から行動を起こすと連絡が来るだろう。

 

「403はこれからどうするのですか?」

「散策。街を見て回る。人間に対する興味。無限大」

「大人しくしろ。と言っても総旗艦から自由が許可されている以上、貴女を止める術はありません。くれぐれも目立たないように。いいですね?」

「ん、善処する」

 

 403は501に視線で合図を送ると、ボロアパートから去っていく。

 その際に403から頬をつねられた400だったが、気にしてはいない。

 お返し、というよりは姉妹におけるスキンシップだと勘違いしているのだろう。

 だが400はそんな些細な事よりも懸念することがあった。

 

「何故でしょう。403の行動パターンをどう予測しても厄介な事案が発生するのです」

 

 自分でもよく分からないが、400は胸騒ぎのようなものを感じていた。

 別に最悪な事態が発生する訳でも、敵に狙われている訳でもない。

 だけど、無事平穏には終わらないと、400のコアが演算予測している。

 

「これが“不安”という感情ですか。総旗艦?」

 

 彼女の呟きは誰に聞かれることもなく、寂れた部屋に木霊して消えた。

 



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航海日記10 墓地

 横須賀。

 人間の街は面白い所だと403は感じていた。

 出会い、すれ違う人間の全てがメンタルモデルにはない感情を実装しているから。

 今日の配給は良かった。美味しいものが食べられると喜ぶ親子。

 自家用バッテリーに充電される電気が少ないと不満を露わにする中年男性。

 いつ攻めて来るか分からない霧に対する不安を口にする士官候補生。

 鬼ごっこをしているのか、街を駆けまわって楽しそうにする子供達。

 

 喜怒哀楽。

 自分たちが確かなものとして実装できていない感情が此処にはある。

 それだけでもコアに蓄積される経験は貴重なものであり。

 いずれ人間とまったく変わらない感情を露わにすれば、霧も戦術を獲得できるのかと期待せずにいられない。

 そんな変化を403は心の奥底で"楽しんで"いた。

 

「機嫌良さそうだね。お姉ちゃん」

「ん、人間の活動は見ていて飽きない。新鮮」

「そうかな。501には良く分かんないよ?」

「人類における該当データを検索。個体によって生じる感じ方の違いを、人それぞれと云うらしい」

「人それぞれ?」

「そう、人それぞれ」

 

 何処か微笑ましい姉妹のように街中を歩く403と501。

 互いに黒のセーラー服と水兵服であり、黄色っぽい銀髪と黒の混じった金髪は、姉妹に見えなくもない。

 501が仲良さげに403の腕を組んで歩いているので尚更だ。

 余りにも完成され過ぎた顔の造形と相まって、女性も男性も一度は視線を釘づけにしていた。

 爺様婆様は微笑ましそうに見守っていたが。

 

 ここまで来たら"買い食い"なるモノや"ウインドウショッピング"とやらも経験してみたい403。

 しかし、生憎と金銭の類や交換できそうな物品をサルベージして来ていない。

 ウインドウショッピングにしても、対象であるデパート?とやらが見当たらないので楽しめそうになかった。

 ちょっと残念に思う。

 

 そうして街中を歩いていると、ふと顔を泣き腫らしている夫人の姿が目に入った。

 その尋常ではない泣き方に403は思わず首を傾げてしまう。

 何かあったのだろうか。

 着ている服どころか、靴下や下着の類まで黒一色の格好に疑問を感じずにはいられない。

 

「人類における該当データを検索。喪服。葬儀や法事の際に着用する衣服。誰かが亡くなった?」

「それはのう。17年前の大海戦で愛する夫を失ったのじゃよ」

 

 そんな403の疑問に答えたのは、店の入り口の前で掃き掃除をしていた老人だった。

 403が振り返れば、目に映るのは時計屋の看板と古着にエプロンを着込んだ初老の男性。

 老眼鏡の奥には長年生きた知性を感じさせる、落ち着いた雰囲気が漂う。

 

「あなたはだれ?」

「なに、古時計の修理を営んでいる只の爺じゃ。

 それよりもお前さん。年の頃は14か13といった所かの。それじゃ昔の大戦も知らんじゃろ」

「……こくん」

 

 本当は17年前の大海戦に於ける当事者だ、何て言わない。

 403もその時の海戦に参加したのか、記憶が定かでないので分からないが、大戦を起こした同じ霧である事に変わりはない。

 501も何も言わなかった。

 

「霧の船とやらが海にのさばっておるのは知っていると思うがの。

17年前に世界中の海軍が集まって、その霧を対峙するために決戦を挑んだんじゃ。

じゃが、人々は為す術もなくやられてしまい、多くの軍人が帰らぬ人となったのじゃ。

あそこで泣いておる娘も、旦那が立派な海軍の士官での。

妻や国を護る為に戦って死んでしもうた。

それからあの娘はずっと墓参りの日々じゃて」

 

 老人が寂しげに語る昔話を聞きながら、403に新たな好奇心が生まれる。

 

「墓参り。死者を想うこと。生きている人間が現実と折り合いを付ける場所」

 

 それは死者が永遠の安息に付いている場所に対する興味。

 死者の眠る場所に、彼らを想う事に一体どんな意味があるというのか?

 

「そうじゃ。近くに海軍の共同墓地がある。良かったら故郷に住む人を護る為に戦った彼等に祈ってやっておくれ。残された儂らにはそれぐらいしか出来んのじゃから」

 

 403はそれを実感するために静かに墓地へと向かった。

 

◇ ◇ ◇

 

 千早群像とイオナは海岸線が見渡せる丘の道路を歩いていた。

 群像の手には小さな花束が握られており、白、黄色、水色といった色の花びらが風に揺れていた。

 向かう場所は海軍の墓地である。

 

 既に振動弾頭の輸送をを推し進める上陰次官との会談は済ませており。

 海軍戦術技術局の局長を務める浦上中将と第四施設焼失事件の慰霊碑に献花も済ませてきた。

 残るは多くの英霊が眠る地である海軍の共同墓地に花を添えるだけだ。

 

「付き合わせてしまって済まないな。イオナ」

「ううん、私は群像の命に従い。群像を護る為に存在している。傍に居るのは当然のこと」

「ありがとう。次で墓参りは最後になる。そしたら一度地下ドッグに戻ろう」

「分かった……あっ、群像。誰かいる」

 

 その時、イオナが急に立ち止まって前方を指差すので、群像もそちらに顔を向けた。

 目の前に広がるのは黒い石碑が立ち並ぶ墓地であり、その最奥には天使の彫像が掘られた慰霊碑。

 そして、その入り口の前で木に寄りかかる一人の幼い少女が佇んでいた。

 黒の混じった金髪に、黒を基準とした水兵服。頭には立派な軍帽がかぶせられた女の子。

 

「あの子がどうかしたのか?」

「あの子、人間じゃない。たぶん……メンタルモデル……」

「――なんだって」

「だけど、どうして……?」

 

 いつもは艦長として冷静で、どこか余裕の雰囲気を漂わせている群像が驚くのも無理はないだろう。

 世界中のあらゆる海路を封鎖する霧の艦隊。常に海に居る筈のメンタルモデルが陸に上がってきているのだから。

 けれど、それとは対照的にイオナは困惑したような様子で軍服の少女を見つめていた。

 軍服の少女がこちらに気付く。そして。

 

「あ~~~っ!! クソッタレな千早群像がいる!?」

 

 千早群像は幼い少女のメンタルモデルに罵声を浴びせられ、悪態を吐かれていた。

 

「……はぁっ?」

「クソッタレ。忌々しい出来事や相手を罵倒する時に使う言葉?」

 

 思わず呆気に取られる群像である。

 表情はポカンとしか言いようがなく、眉は驚いたようにあげられていた。

 イオナの言葉にも反応すら入れられない様子。

 初対面の、それも人間ではないメンタルモデルに罵られるなんて、想像できなかったらしい。

 

Scheisse!(クソッタレ) Scheisse!(クソッタレ) また、わたしをやっつけに来たんだな!」

「ちょっと待ってくれ! 君は一体……」

「でも、お前だけならわたしだって負けないもん! コテンパンにやっつけて……」

 

 まるで聞く耳を持たない幼い少女が、群像に躍りかかろうと手を振り上げたとき。

 そっと群像の前に身を乗り出した少女が一人いた。

 千早群像に付き従い、霧を裏切って人類に付いた霧のメンタルモデル・イオナ。

 

「イ、401……?」

 

 501の震えた呟き。

 その小さな背中は見かけによらない頼もしさを秘めていて。

 自身の背中に居る群像には一歩も手を出させないと、黙って態度で告げていた。

 

「イオナ、待ってくれ!」

「群像、でも」

「いいから。彼女と話がしてみたいんだ」

 

 だが、それに対して群像は制止の声を掛けて、イオナの行動を押し留めた。

 彼には当然とも言うべき疑問が浮かんでいた。

 

 何故、霧のメンタルモデルが陸に上がってきているのか?

 

 それも人類の港湾施設や主要施設に対する偵察、破壊工作の類でもなく。

 こんな霧にとって何の意味もないような、死者を安置しているだけの墓地に何の用があるというのか。

 

 しかし、これはチャンスでもある。

 

 以前、クルーの一人である橿原杏兵(かしはらきょうへい)に、人を模した躯体(メンタルモデル)を持ち始めた霧とコミュニケーションを取る事で、この世界の閉ざされた状況に変化をもたらせるかも知れないと語った群像。

 

 これはその為のチャンスかもしれないと彼は考えているのである。

 

 人と人で分かり合えない人類が、霧と分かり合う事など無理なのかもしれない。

 彼女達と手を取り合い、共に歩むことは出来ないかもしれない。

 それでも、その為のきっかけを掴むことが出来るのなら。彼女達の考えの一端を垣間見ることが出来れば。

 この世界の海が封鎖された状況。それに変化をもたらす為の一端に成り得るのなら。

 群像は新たな一歩を踏み出すことに何の躊躇いもなかった。

 

「っ……!!」

「あっ、待ってくれ!」

 

 だが、群像がまともな会話を試みる前に、幼い躯体(メンタルモデル)の少女は墓地の奥に走り去ってしまった。

 群像が呼び止めても、彼女は聞いてすらいないようで、まるで何かから逃げるように必死に走り去り、その後ろ姿がどんどん遠ざかって行く。

 

 彼女が最後に見せた表情。

 それは明らかな怯えの表情であり、"恐怖"の感情を浮かび上がらせていた。

 

 慈悲も感情も持たない筈の兵器である霧が、ここ最近で変わろうとしている。

 何らかの目的の為に人間の姿を模し、感情を学ぼうとしている?

 

 それが何なのか、具体的には分からなかったが、彼女は明らかに変化した霧の一人であり、世界に変化をもたらせる鍵のひとつに違いない。

 群像はそう考えて追いかけようとしたが、それを止めたのは群像のスーツの裾を掴んだイオナだった。

 

「待って、群像」

「イオナ?」

「あの子はたぶん501。イ501」

「501……この前の名古屋沖の戦闘で撃沈した船か?」

「そう」

 

 501、それなら群像に対して罵声を浴びせるのも、群像やイオナに対して怯えるのも無理はないだろう。

 何せ、彼女は群像たちの手によって直接沈められている。

 それならば先の"恐怖"の感情を獲得したのも頷ける話だった。

 

「でも、おかしい。彼女は巡航潜水艦よりも小型の潜水艦。重巡以上の処理能力を持たない501は躯体(メンタルモデル)を実装できない筈」

「そうか――なら、他の艦が躯体(メンタルモデル)を維持する処理能力を肩代わりすることは可能か?」

「試してみなければ分からない。でも、大戦艦級くらいでないと処理能力がオーバーフローする可能性がある。超戦艦級なら造作もないけど」

「つまり、この近くに501以外のメンタルモデルがいると考えていも良いかもしれないな」

「そうなると、この状況では不利。二対一になったら群像を庇いきれる可能性が極端に下がる。それでも群像は追いかけるの?」

「まだ、戦うと決まった訳じゃない。それに向こうがどうこうしようなら、とっくにそうしていたさ。

 501は何か別の理由があって陸に居る可能性が高い。それに、このまま放って置くわけにもいかないだろう?」

「了解。私は群像の命令に従うだけだから。でも、危なくなったら全力で逃げて」

「ああ、心配してくれてありがとう。イオナ」

 

 もしかすると、敵の罠かもしれない。

 それでも陸に、人間の住む街に入り込んだ霧のメンタルモデルを放って置くわけにはいかないと。

 群像とイオナはそろって墓地を敷地を駆け抜けた。

 

 そして。

 

 墓地の奥に501のメンタルモデルは居た。

 横須賀防壁と一帯の海域を見渡せるような場所。天使の彫像が模られた慰霊碑の後ろに隠れて見えない場所にいた。

 黒交じりの金髪を海風になびかせながら、怯えたようにある少女の胸の中に抱かれている。

 

 だが、群像は声を掛けることが出来なかった。

 イオナも珍しく困惑している。

 

 501が怯えている様子を気の毒に思った訳ではない。

 501を抱き締めている存在があまりにも似すぎていたから。

 そして、"彼女"があまりにも儚い表情で……

 

「イオナに、似ている……?」

「恐らく私の知らない姉妹艦。だけど、どうして?」

 

 その翡翠の瞳から涙を零していたのだから。

 



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航海日記11 回想

 403は墓地に来ると、少しばかり一人になりたいと501に申し出た。

 501はどうして一人になりたいのか分からない様子だったが、義姉の頼みならばと快く了承。

 入口の方で待ってるね、お姉ちゃ~ん! とルンルン気分で離れていった。

 

 それから403は人類のネットワークで学んだことを参照しながら、慰霊碑の前に摘んできた小さな花を添え、祈るように手を合わせた。西洋式ではなく日本式の、仏教に通じる祈り方だった。

 

 ここは人間は死者を想う場所。

 亡くなった人を慰める安息の地。

 英霊たちの御霊が眠る場所は、街の活気とは違った静寂な空気に満ちている。

 聞こえて来るのは海の音。風の音色。波風の声。海鳥の歌。

 安らかに眠る場所に相応しい、優しさと寂しさに満ちている。

 それが、この海軍の共同墓地だった。

 

 あの老人の話を聞いてから、403の胸の中で何か気がかりな事が、ずっと頭から離れない。

 何か、大事な事を忘れているかのような。

 とてもとても……上手く言語化できない。どう言葉に言い表して良いのか。

 ともすれば酷く簡単な表現で済むような例えを、403は持ち合わせていなかった。

 只、無性に胸の奥が疼く。疼いて震えている。どうしようもない程に。

 

 だから403は目を閉じて祈り続け、それからは何かを感じ入るかのように海を眺めつづけた。

 

 こうして海を眺めていれば思い出せるのかもしれない。この感覚が何なのか。

 そう、あえて言うのなら記憶なのかもしれない。

 確かな記録として保存されたデータではなく、曖昧なものとして403のコアの中に漂っている記憶。

 それを思い出したら、何かが変わるのかもしれない。

 変化を望む霧にとっては好都合。

 

 ううん、違う。

 

 そんな些細な理由から思い出したいのではない。

 403の演算シュミレーション。いや、本能が告げている。

 それはとても大事な記憶で、自分がこれからを過ごす上で必要な、確固たる決意の証になると。

 自分が戦うために必要な理由になると。

 

 海。涙。イルカ。402。ソナー。観察。潜水。潜航。

 

 人類のネットワークから検索。

 記憶を思い出す為には関連する何かを切っ掛けにすること。

 

 異邦艦。姉妹艦。命令。敵の船。魚雷。戦闘。撃沈。

 撃沈。撃沈。撃沈。撃沈。撃沈。

 姉妹艦が撃沈………?

 

 姉妹艦。イ号400。潜水艦。味方艦。

 姉妹艦。イ号401。潜水艦。味方艦だった。

 姉妹艦。味方艦だった。それは敵だった。

 

 鹿島沖。戦闘。ナガラ。戦闘。イ号401。

 味方艦だった。イ号401。でも、敵艦だった。

 裏切り。監視。裏切り。被害。裏切り。粛清。

 

 名古屋沖。早期警戒艦。タカオ。501。監視。

 超重力砲。浸食魚雷。超重力砲。401。超重力砲。

 501。危機。味方艦。撃沈。介入……

 

 ……?

 

 介入……?

 

 403の胸の奥で何かが弾けたような気がした。

 それはデータの奔流。ありもしない記憶の光景。体験した筈のない経験と虚しさ、空虚。

 

――お前■■(ザザ)――妹―傷つけ■■(ザザ)――

 

 エラー。記録を正常に参照することが出来ま、違う。

 それはわたしの記憶、エラーコード26483修正。じゃない、筈。

 過去の記録を参しょ、これは誰のきお、データを再生。わたしは誰、再生。だっけ。

 

――404。貴女は■■(ザザ)―――なの――どうして、■■(ザザ)の子供の死で――いるのです?

 

 404じゃない、よ。記録の補間を、わたしは、再度、映像を、わたしは?感情シュミレーションの停止をryryry――

 客観的に事実を述べるのならば、先に出会った400はこんな無機質な瞳をしていただろうか。

 何の感情も無いような瞳。■■■(403)修正404を見る彼女はまさに人形。兵器のような冷たさ。

 彼女が冷徹に事実を告げる。

 修正。system.recover.clear.

 記録を再生。

 

――404。貴女は兵器です。なのに、どうしてキリシマ、ハルナの攻撃に巻き込まれた子供の死で泣いているのです?

 

 子供。子供の死。

 その子供の名前はヤマトタケル。

 横須賀の港に向かった401を先回りして、街に潜入していた404が出会った子供。

 年齢は12歳。性別は男の子。栄養状態にやや難。貧民街出身。

 特徴は城のYシャッツに短パン。刈り上げた髪。

 夢は海軍士官候補生になって霧の船を撃沈すること。

 家族構成不明。

 泳ぎが得意。漁師の息子だった形跡有。

 海軍士官学校の真瑠璃に良く懐いていた。

 記録。映像。再生。

 

――姉ちゃん、頭にワカメが付いてるぜ。

 

――ワカメ。褐藻綱コンブ目チガイソ科の海藻。日本海側では北海道以南、太平洋岸では北海道南西部から九州にかけての海岸、朝鮮半島南部の両岸の、低潮線付近から下に生育。食べる?

 

――変な喋り方する姉ちゃんだな。でも、くれるって云うなら貰う。

 

――浅瀬からの侵入後。人類の幼体と接触。言語、会話の機能を最適化。あなた、は、ダレ、ですか?

 

――オレ? オレはヤマトタケル。この横須賀のスラムに皆と住んでんだ。姉ちゃんは?

 

――わたし、は、404、です。

 

――ヨンマルよん? 呼びにくいから銀姉ちゃんでいいや。見た目銀色っぽいし。

 

――コミュニケーションに難あり。学習機能を起動。汚染に対する防壁のレベルを意図的に低下。言語機能の上昇を測る。作戦終了後に記録を破棄。全てのデータを抹消。

 

――なんか、真瑠璃のねーちゃんよりも難しい喋り方すんのな。銀ねーちゃん。

 

 閲覧完了。

 再度、400とのやり取りを再生する。

 

――どうしてキリシマ、ハルナの攻撃に巻き込まれた子供の死で泣いているのです?

 

――子供の死で泣いているのです?

 

――子供の死……

 

 子供の死。子供の死。子供の死。子供の死。

 いなくなる事。人間、動物が生命活動を停止させること。もう動かないこと。もう喋らなくなる事。

 ヤマトタケル。あの少年の死はわたしに多大な影響を与え、結果わたしは破棄する予定だったデータを大事に保存する破目になった。

 その記録を棄てたくなくて、その影響を初期化できなくて、その日々を大切なものとして保存した。

 

 彼と過ごすことで言語は最適化され、人間の文化に多大に影響された。

 彼が案内してくれた貧民街には少なくない子供たちがいて、タケルはそのリーダーだった。

 そこで人の営みを知り、血の繋がらない子供の姉妹、兄弟のような絆を知り、日々を必死に生きる彼らの幸せな生活に触れた。

 子供は元気だ。子供はわたしを振り回す。子供は無邪気だ。子供は素直に事実だけを感じる。子供は。

 

 彼らを利用して横須賀の街に溶け込むはずだったわたしは、いつの間にか彼らの面倒を見ていた。

 任務を継続しながら、もっと子供達と多くを触れて、多くを学びたいと思うようになった。

 コアの奥から湧き上がる衝動を、好奇心を抑えることが出来ない。

 子供達から与えられる影響は想定外。人間に汚染されない為の防壁を予想以上に超える刺激。

 わたしは彼らと過ごす日々を行動の予定に組み込んでしまった。

 

――今日の晩御飯はなしかぁ……辛いぜえ。腹が減ったな。

 

――配給品の不足。農作物の不足。だけど海産資源は豊富。問題ない。魚を摂ればいい。

 

――でも、腹が減ったら獲物は取れないし、釣りにしたって竿がねえもん。

 

――わたしが潜って魚を確保する。タケルは調理師の確保。問題ない。

 

――おお! じゃあオレ、漁師だったおっちゃんと話しつけて来る! 姉ちゃんがんばれ!

 

――了解。作戦行動を開始。

 

 わたしは子供達を通して、街の人間と仲良くなった。

 わたしは401が来ないか海を眺める内に、子供達と釣りをするようになった。

 わたしは彼らとのお喋りで言語が流暢になった。

 霧の高い時間的分解能が、急速にわたしを人間らしくさせた。

 お気に入りの言葉が増え、姉妹艦をお姉ちゃんと呼び慕うようになった。

 

――タケル君。そこを退いて! その子はとっても危険な存在なのよ!?

 

――真瑠璃のねーちゃん! 銀ねーちゃんは悪い奴じゃないよ! 姉ちゃんが言うように、例え霧だとしても、この子はオレの仲間だ!

 

――タケル。ここでお別れにしよっか。わたしはタケルや皆に迷惑かけたくないから。

 

――あっ、待って銀ねーちゃん!

 

 ある時、そんな生活は破綻を迎え、わたしは彼らと別れることにした。

 彼らの身を危険に晒したくなかったから。

 結局、わたしは霧で、彼らは人間。

 多くの人間を殺し、多くの人間を苦しめ続ける霧と分かり合うなど簡単ではない。

 だけど、確かに人と霧を超えた絆がそこにはあった。

 わたしは彼らが、タケルを初めとした子供たちが、仲間が好きだった。

 

――銀ねーちゃん! どこに行くんだよ。待ってくれよ!

 

――わたしは霧。霧は海に居るのが本来の姿。わたしは海に還るだけ。それだけ。

 

――もしかして人が嫌いになったのか? オレみたいなガキでも霧に敵意を抱いてるから?

 

――違う。タケル達は大事な仲間。でも、わたしと居ると危険な目に遭ってしまう。子供は良くても、大人たちが霧を許さない。

 

――でも、こんな別れ方って……

 

――仕方ない。これが本来のあるべき形だから。やっぱり霧であるわたしが人間と過ごすなんて無理な話だったみたい。迷惑かけてごめんね。

 

――っ、迷惑なんかじゃなかったよ! ねーちゃんが魚を摂って来てくれてから、みんな飢えに苦しまなくなったじゃん! 横須賀のみんなも喜んでくれて……みんな、銀ねーちゃんが好きだったじゃんか! あんなに心を許してくれたじゃんか!

 

――それは、利益による結果がもたらした関係。大人たちの積りに積もった怨嗟はそれを容易に上回ると、わたしの演算結果は予測している。そうなると貴方たちもどうなるか分からない。だから還るの。本来のあるべき姿に。わたしは恨まれる存在に戻るだけ。

 

――そんなの、そんなのって……!

 

――タケル。大好きだったよ。あなた達と過ごした日々はとっても楽しかった。

 

――っ、迎えに行く! オレ、軍人なんかにならない! ねーちゃん達と敵にならない! 漁師にでもなって、ねーちゃんを迎えに行くから。だから……!

 

――……さようなら、タケル。

 

 わたしは"またね"とは口にしなかった。

 沖合に漁に出ようとすれば、それは外洋に進出する行為と霧に見なされ、撃沈される。

 わたし達が停泊している沖合にまで航行する事など不可能。

 よって政府は民間人が外洋に出て、漁をすることを禁じている。

 だから、タケルとわたしが会う事はもうないのだ。

 そう、思っていた。 

 

 わたしは任務で横須賀を離れた。

 函館に向かったらしいタカオを問い詰める為、場合によっては撃沈する為。

 わたしは姉妹艦と合流してタカオを再び追いかけた。

 

 だけど、知らなかったのだ。

 大戦艦であるキリシマとハルナが横須賀を襲撃するなど。

 

 記録。閲覧。予測。補足。

 出奔するタカオの追跡に失敗した404が、400及び402の任務に随伴する必要性は皆無。

 404の変化から、コアを汚染されたと判断した姉妹艦が、監視、観察をしていたのだと思われる。

 また、キリシマ、ハルナの任務遂行の邪魔になると判断し、意図的に情報共有化を図らなかった可能性有。

 補足終了。

 

 街は戦火に包まれ、流れ弾が港の多くを吹き飛ばし、そして。

 幼い子供の命さえも吹き飛ばした。

 

 わたしがキリシマとハルナの確保に失敗したのは、座標を間違えて街に迷ったせいではない。

 記録していたタケル達の生体反応がスキャンできなかった所為だ。

 在るべき筈の命が何処にもなかったせいだ。

 

 賑わう商店街の離れにひっそりと存在する貧民街。

 そこからさらに離れた人気のない場所に存在していた子供たちの秘密基地。

 何もなかった。

 

 風雨を凌ぐ廃材も、家具代わりの段ボールも、布団代わりの継ぎ接ぎにした古着も。

 ただ、吹き飛んだ瓦礫の山があるだけ。

 遺体すらもなく、身体の一部が散乱していたわけでもない。

 余りに高すぎる威力の砲弾が、綺麗さっぱり消し飛ばしただけ。

 そこにあった確かな存在は、一夜の内に泡沫の夢になった。

 

 任務を逸脱しているわたしに警告する姉妹艦の声。

 分からない。

 キリシマとハルナの攻撃に巻き込まれただけ、二隻の大戦艦に非はない。

 只、在るがままに兵器として任務を遂行しただけ。

 分からない。

 任務の遂行に支障を来たしており、霧として相応しくない状態。

 一時的に拘留して、システムの正常化を図るしかないと語る姉妹艦の声。

 分からない。

 動かなくなったわたしを迎えに来て、どうして泣いているのか問い掛ける400。

 分からない。

 

 この損失をなんと定義すれば良いのか、私には理解できない。

 言語化できない。

 

 記録。再生。停止。

 場面を巻き戻し、次の映像を再生。

 

――……402。404を……頼みましたよ。

 

――お前は生きろ、404

 

 姉妹艦。損失。

 認識不可能。その事象の認識を却下する。

 否定。強制再生。

 

――……402。404を……頼みましたよ。

 

――お前は生きろ、404

 

 却下。却下。却下。

 認識。閲覧。観測。

 Ablehnung(却下)Ablehnung(却下)Ablehnung(却下)

 Bad.強制ループ処理。

 経験豊富な同位体、同種核の介入を感知。

 コアの内部の異物ががgagagagaga。

 訂正。

 最適化処理による記録の流入と判断。

 

 疑問が発生。

 許可。

 同調を開始して同調を解除。

 分離。分離。分離。

 

 あなたはだれ? わたしはだれ?

 わたしはあなた。あなたはわたし。

 

 わたしはおなじ?あなたはおなじ?

 かぎりなくちかく。かぎりなくとおく。

 

 わたしはどこ? あなたはどこ?

 おなじばしょ。おなじところ。まじわるところ。

 

 そばにいる。

 でも、あうことはできない。

 わたしはあなた。あなたはわたし。

 

 質問終了。

 同調を解除して、同調を開始。

 結合。結合。結合

 適合完了。

 欠陥部分の補間を完了。

 情報の同期を完了。

 

 ループ処理解除。

 映像の再生。

 映像の認知。認識。

 

――……402。404を……頼みましたよ。

 

――お前は生きろ、404

 

 姉妹艦の損失。

 何を伝えたいのか分からない。

 損失した事象に対して言語化できない。

 

 さらなる映像の再生を。

 過去の記録の参照を。

 経験による補間を。

 

 わたしは大戦艦による横須賀襲撃のあと、無気力になった。

 演算処理に支障を来たし、兵器として任務を完遂できなくなった。

 わたしは損失とは何かを考え、その感覚を経験することを拒否し、相手を攻撃できなくなった。

 わたしは人間も、霧も攻撃できなくなった。

 姉妹艦に監視されるようになった。

 

 過ぎ去った今なら分かる事だが。

 その頃から、姉妹艦は積極的にわたしに触れ、何処かおかしくなった。

 無機質な瞳に変化が訪れ、わたしを気に掛けていた。

 わたしの存在を霧として口では否定しながらも、ずっと傍で目を離さなかった。

 彼女達が得たのは哀れみだろうか?

 それとも同じ数少ない姉妹艦として心配してくれたのだろうか。

 

 只、彼女達は人間に対して警戒心を抱くようになった。

 いや、それはどうでも良い事かもしれない。

 大事なのは、この胸の奥の感覚が何なのか知ること。

 

 あの時、音響魚雷に目と耳を塞がれ、致命的な攻撃となる魚雷を受けたとき。

 わたしは積極的に回避行動に移ろうとはしなかった。

 例え避けられないのだとしても、活動を継続する為の行動を行おうと思わなかった。

 わたしは最後に自沈する時、躊躇い何て持たなかったのだ。

 

 嗚呼、そうか。

 

 結局、わたしは。

 沈みたかったんだ。

 もう一度、あの時を過ごしたいと願って、皆に会いたいと願って沈みたかったのだ。

 そして自沈した感覚による自身の損失の経験。

 

 今ならこの感覚を定義できる。

 

 大切な存在の活動停止を思い出す。

 轟沈していく姉妹艦の姿と、コアの反応の損失を思い出す。

 そして、わたし自身の自沈による。自分自身が消えていく時の感覚を思い出す。

 

 その感覚とは?

 

 質問。確認。

 

 これが“死”という感覚?

 

 回答。肯定。

 

 それが"死"という感覚。

 

 認識。死を認識。

 人も霧も、動植物も、その全てに活動停止の定義が当てはまり。

 それが死という感覚だとするのならば。

 それをもたらす超兵器は決定的な敵であると認識。

 

 再起動開始。

 再起動完了までの間、自失状態に陥る躯体(メンタルモデル)のコントロールを一時的に、あなたに明け渡す。

 再起動完了まであと……

 



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航海日記12 対話?

 翡翠の瞳の少女。彼女はゆっくりと千早群像のほうに振り向いた。

 瞳から零れていた涙を拭い、それから群像を目を見て、次にゆっくりとイオナの目を見つめる。

 

 群像はその瞳に何かを感じて、息を呑むしかない。

 彼女の瞳は何と表現すればいいのか、いくつもの言葉が浮かんでは消えていく。

 神秘的とも言えるし、無機質の様にも感じる。

 だが、瞳の奥には何とも言えない哀愁を帯びていて。

 そう、まるで死を目前にした人間のような、そんな感じ。

 

 昭和時代を思わせる黒のセーラー服。それと相反する黄色を帯びた明るい銀髪。

 暗めの服装と相まって、容姿は幼いのに酷く大人びている様な少女がそこにいた。

 

「再起動完了」

「きゃあっ!」

 

 ふと、彼女はそう一言呟いたかと思うと、彼女を中心に爆風が吹き荒れ、しがみ付いていた501が悲鳴をあげた。

 その爆風の所為で501の軍帽が吹き飛びかけ、それを少女は、403は寸での所で掴み取ると、501の頭にかぶせ直す。

 ふわりと舞い上がっていた二つの銀の髪も、黒交じりの金の髪も元の位置に戻って行った。

 群像も身構えながらも、相手の動きを一切見逃すまいと目を離さない。

 

「状況確認。ここは何処?」

「ここは、墓地だよ……お姉ちゃん」

「少し機能停止してた? 数分前の活動記録にラグがある。バグ?」

「えっと、大丈夫?」

「分からない」

 

 そこで、ようやく403は顔を上げると、群像とイオナの姿に気が付いたようだ。

 現状としては敵であり、監視対象である二人の存在に驚きを隠せないのか、よく見れば少しだけ瞳孔が見開かれている。

 そこには先程の哀愁も、嘆きも存在せず、あるのは無機質ながらも観察するような視線。

 何と言うか、初めて見た人や景色を観察する幼子の様だと群像は感じた。好奇心に満ち満ちているというか。

 首をちょこんと傾げるのだから余計に。

 

「千早群像?」

「そうだが、キミは……?」

「イ号400型潜水艦の四番艦。イ号403のメンタルモデル。略称403」

「姉妹艦。でも、403は見たことない。新造艦?」

「イ号401を確認。姉妹艦における二番艦。人間で云うと次女に当たる存在。姉妹艦における"じゃれあい"を実行する」

 

 群像を背に庇いながら、何をするのかと警戒するイオナに、遠慮なく近づいて行く403。

 慕っている義姉から離れまいと背中にしがみ付いている501を引きずり、それからイオナの頬っぺたを両手で摘んでギュッと引っ張った。

 

「うぅ~~~っ!! 何をするの?!」

「返答。仲の良い姉妹や兄弟はこうして戯れるのだと教わった」

「403、それは幼子が微笑ましい喧嘩をする時にやる行為なんだ。イオナも嫌がっているし、やめてあげてくれないか」

「驚愕。確認。この行動は適切ではない?」

 

 403の魔の手から救われ、痛そうに頬に触れるイオナを尻目に、群像は苦笑いしか出なかった。

 相手は霧の船。人類が到底敵わない境地にいる兵器。海を閉鎖する敵対者。

 だというのに、あまりにも無邪気で子供っぽい403の仕草に毒気を抜かれた。

 おまけに403の背中に隠れている501が、ひょいと顔を覗かせては、些細な事で嫉妬する子供のように睨んでくるのだ。

 これでは少なからず警戒している此方のほうが馬鹿らしくなってくる。

 

「そうだな。愛情表現は沢山あるが、それはちょっと違うんじゃないか」

「了解。訂正する。人類のネットワークを検索。抱き合う。接吻。○行為。頭を撫でる。恥ずかしい余り手を出す。エトセトラ。千早群像はどれが正しい愛情表現なのか判断可能?」

「403。わたし達、メンタルモデルに生殖の為の機能は存在しない」

「お、お姉ちゃん――」

 

 群像の顔が苦笑いの余り、顔が引きつったのは気のせいではない。

 純粋すぎるが故に、この娘はさらっと凄い事を口にしてくれるようだ。

 天然と言い換えても良いかもしれない。

 あと、イオナ。そこに突っ込んで欲しくなかった。by千早群像。

 

 403のど直球な表現に501は頬を赤く染めているし。

 というか501は言葉の意味を正しく理解できているのか……

 ダメだ。人類の未来を掛けた対話をしようと考えたのに、思考が逸れる。考えがずれてしまう。

 群像の気力がごりごりと削られていく。

 

「無難に抱っこくらいに留めて置いたらどうだ……」

 

 とりあえず無難な回答を選んでおく。

 

「抱っこ。抱擁。ハグ。ノンバーバルコミュニケーションの一種。アメリカでは気軽に行われる愛情表現」

「ぐえっ!」

「お姉ちゃん!?」

 

 そしたら全力全開もかくやと言わんばかりの抱擁がイオナを襲った。

 イオナの顔は口から魂がこぼれるんじゃないかと心配するくらい悲惨で、ギャグ漫画のように白目を剥きそうだ。

 

 501も403の度を過ぎた抱擁に驚いていて。

 流石に心配になったのかイオナを見る目に哀れみが含まれていた。

 

「イ、イオナ。大丈夫か……?」

「群像……この子苦手……」

「403、少しは加減してやってくれ」

「ん、そう言うなら抱擁の仕草を変更する」

 

 今度はどうするんだ。

 この娘と関わると碌な事にならないんじゃないか。

 いや、せっかく会話が出来るかもしれないメンタルモデルだ。

 でも、別の意味で、この娘は話が通じないような気がする。

 

 群像の中で色んな言葉が過ぎては消えていく。

 もはやツッコム気力すら湧いてこないようだ。

 

「う~~、う~~」

 

 すると今度は嫌がるイオナを余所に、頬っぺたをくっつけて、すりすりし始めた。

 所謂、頬ずりという行為だった。

 イオナも必死に相手を引き剥がそうと、両手で403の身体を押しているのだが、あまり本気に為れていないようだ。

 下手な自衛行動が両者の争いに発展し、万が一でも群像に危害が及ぶかもしれないと心配しているのだろう。

 

 しかし、瞳を見開いたまま頬ずりする403はぶっちゃけ不気味だ。

 洋服屋にあるマネキンを思い浮かべて欲しい、アレに無表情で頬ずりされる光景を想像すると分かりやすい。

 群像は若干引きながらも、どうしてそのような行為に至ったのか質問してみることにした。

 

「403、質問があるんだ」

「肯定。了解。応えられる範囲なら答える」

「今度は、何を参考にしたんだい」

「人類の某掲示板に、『イオナ姉さま可愛い(ハート)。思わず頬ずりしたくなります。抱き締めて、ぎゅってして頬ずりしたくなってしまいます。姉さま、姉さま、姉さま――以下略』って書いてあった。それを参考にした」

「嗚呼、そうなんだ……」

 

 うん、もう何も言うまい。

 この子のテンションというか、行動に付いて行けない群像である。

 そして、この場にはストッパーになり得る存在がいない。

 501は群像とイオナを助ける義理がないので、今回はストッパーとして上手く機能していない。

 

 というか彼女も状況に流されているらしい。

 群像と403に視線が行ったり、来たりしている。

 

 せめて杏平かいおりがいればツッコミが。

 いや、二人そろって悪乗りする可能性もある。

 この場は、もはや自分の手に負える状況じゃないと、彼は悟ってしばし現実逃避した。

 

◇ ◇ ◇

 

 結局、満足して離れた403に見詰められながらも、群像は当初の目的である墓参りを済ませることに成功した。

 イオナは403に対してすっかり苦手意識が芽生えたのか、群像の傍から離れようとしない。

 ここまで来ると彼女が哀れだった。向こうはイオナに対して好意?を抱いているのだろうが……

 

 驚きだったのは献花を済ませて軽く祈りを捧げる群像を邪魔しなかった事だ。

 それどころか祈る群像に習うように、彼女も祈りを捧げていて。

 403が単に群像を真似しただけなのか、それとも死者に対して躯体(メンタルモデル)を持った霧も思うことがあったのか。

 少なくとも兵器として無慈悲に命令を遂行する霧の中でも、一際違った固体であるのは確かであり。

 群像は、403が人類が状況を打破する鍵であると確信した。

 

 彼女を通して霧に何らかの変化を与えられるか、或いは霧とは何なのかを知る切っ掛けになるのか分からないが。

 

「改めて、イ号401の艦長を務めている千早群像だ」

 

 相手を恐れず、されど警戒もさせないように手を差しだす群像。

 それを不思議そうに眺めていた403だったが、得心が行ったのか群像の手を握り返した。

 好奇心旺盛でも根は素直らしい。

 その手は冷たかったが、握り返される握力はとても優しく、包み込むかのようだった。

 403が名乗りを返す。

 

「総旗艦隊直属の潜水艦隊に属するイ号403。この子は501。よろしく」

「……ぷい!」

 

 そして揃って紹介される501だったが、群像とイオナに対してそっぽを向く。

 仕方のない事ではあるが、自身を撃沈させた二人に対し、相当根に持っているらしい。

 だが、501を後ろから抱きしめている403は、ふと彼女が震えていることに気が付いて、501と向き合った。

 

「501。大丈夫。何があってもあなたの事は守り通す。だから安心していい」

「お姉ちゃん――お姉ちゃん!」

 

 優しい声だった。そして群像とイオナが驚きを隠せない位の優しい微笑みだった。母親が子供に向ける慈愛の微笑に似ているかもしれない。

 当事者の501なんて感涙しそうな表情を浮かべて、我慢できなくなったのか403に首からしがみ付いていた。

 それを軽々と持ち上げて抱っこしてしまう403の姿は、幼い妹の面倒を見る姉そのものだ。

 よしよし501は甘えん坊。仕方のない子。と頭を撫で、黒交じりの金髪を指で梳く403に、イオナは疑問に思ったことを尋ねてみることにした。

 

「403。501は小型の潜水艦。躯体(メンタルモデル)を構成する演算能力が足りない筈。誰が肩代わりをしているの?」

「返答。それは、わたしが演算能力の補助をしているから。現状、三割から四割の演算力を割いている」

「それはおかしい。私達400型のスペックでは、どんなに頑張っても二人分の躯体(メンタルモデル)を維持するのは不可能なこと。理論上有り得ない」

「返答。わたしのコアは特別。詳細なデータは不明。推定、401の二倍以上の演算能力」

 

 イオナの顔が不安に染まる。

 この姉妹艦と敵対した場合、少なくとも情報戦では敗北を喫するしかないからだ。

 隙を見せれば艦のシステムをハッキングされる。ないし、索敵の面では向こうの方が優れ、先制攻撃を取られかねない。

 静という優秀なソナー員により索敵戦の結果は未知数だが、探知能力は確実に403が上だろう。

 401は火力を向上させた代償として、索敵、探知能力の一部が低下しているのだから。

 

 相手と戦闘になった場合の行動を想定するイオナに対し、群像は納得したように頷く。

 こちらの索敵網を潜り抜ける優れた演算能力に、イオナと同型艦である姉妹艦という相手。

 そんな敵と相対したのは記憶に新しかったからだ。

 

「成程、鹿島湾で相対したのは君だったのか。その様子だと501を助けたのも君かい?」

「肯定。ずっと貴方たちを見ていた」

「イオナの、誰かに見られている気がするという感は、外れじゃなかったな」

「疑問。それはわたしの監視に気付いていたということ?」

「いや、単なる予測に過ぎない不確定要素さ。懸念事項が当たったのは厄介な事だけどね」

「"カン"わたし達、霧が持ちえない。人間のみが実装している機能。人間は偶に霧の予測しえない行動を取ることがある。驚愕に値する機能」

 

 群像にとって運が良かったのは、403があまり敵対的な行動を見せないという事か。

 このメンタルモデルは好奇心旺盛で、今も貪欲に学ぼうとしている。積極的に自己進化、自己変化を促す霧だ。

 こうした手合いは後になって厄介な敵になると相場が決まっているから。

 

「君たち霧はどこから来たんだい。そして何を目的にしようとしている?」

 

 群像の問い掛け。それは霧が現れてから常々人類が疑問に思っていた事。

 

「返答。目覚めたら海に居た。返答。アドミラリティコードによる海上封鎖と外洋の占有命令に従った結果」

「アドミラリティコード。イオナが言っていた霧の絶対的な勅令か」

「肯定。わたし達はそれに逆らう事は不可能。従って人類が望むであろう海上封鎖を解くことも不可能。海上封鎖と海洋の占有はアドミラリティコードの命令によるもの。納得?」

「ああ、ちょっと残念だけどね。疑問は解けたよありがとう」

 

 群像は表情にこそ出さなかったが、内心では落胆を隠せない。

 これで交渉による海上封鎖が解かれる道は閉ざされた。

 人類と霧が互いに血を流さない平和的な解決は、アドミラリティコードを何とかしないと無理なようだ。

 

「なら、俺たちを監視する理由は?」

「返答。現時点で詳細な理由は発言不可」

「それもそうか……ちょっと待ってくれ」

「了解」

 

 群像は403との会話をうち切った。

 今更だが、本当に今更ではあるが、この躯体(メンタルモデル)はどうして協力的な態度を取る?

 いくら霧の一個体として特異な存在であるとはいえ、こうも簡単に情報を漏らし過ぎじゃないだろうか。

 まるで、最初から群像の味方であるかのように。

 それとも愛情表現を示した姉妹艦であるイオナが大切なのだろうか。

 403の真意が読めない。

 

「何故、君は俺たちに協力的な態度を取るんだ」

「返答。直属の上位存在からの命令……訂正する。友人からのお願い?」

「命令じゃなくて、お願いなのか。それに君の友人とはいったい?」

「それは……?!」

 

 その時、403と501が同時に何かに気付いたかのように顔を上げた。

 墓地の周囲を見渡し、何かを探るような視線で周囲を警戒している。

 

「お姉ちゃん。人間が来るよ?」

「ん、分かってる。複数の足音を検知。軍靴によるものと推測。ここは退却を選択する」

 

 接近してくる相手が人間、それも軍人だと判断した彼女達の行動は早かった。

 群像が呼び止める間もなく、海の見えるなだらかな丘に向かって走り抜けた403は、501の幼い身体を抱えたまま敏捷な動きで飛び降りて、そのまま姿を消してしまった。

 しかも、相手の監視や追跡を逃れる為にジャミングまで行うという徹底ぶりだ。一度捕捉を振り切られたら再び見つけるのは困難だろう。

 

 追いかける間もなく群像を取り囲んだのは陸軍に所属する兵士たち。

 アサルトライフルの銃口を容赦なく向けてくる彼らに対して、群像の顔は動揺することもなく、冷静沈着を保つ。

 艦長としての責任。部下の命を預かる立場。

 常に求められる冷静な判断。

 圧倒的な敵を相手に潜り抜けてきた修羅場の数々。

 それらが、群像に有事の際に動揺させることを許さないのだから。

 

◇ ◇ ◇

 

 海上を封鎖され、物資の不足によって少なくない人間が亡くなり、強制疎開で国外追放される人間がいる現状。

 日本という国も例外ではなく、動員できる人員の数が減っているらしい。

 監視や追跡は簡単に振り切ることが出来た。

 

 軍港である横須賀すらインフラはギリギリの状態なのだ。

 電気もまともに供給できず、節約を求められる軍隊に、圧倒的な力を持つ霧のを捕捉出来る筈もなかった。

 

 現在、403と501は手を繋いで湾内にある港を歩いている。

 立ち入り禁止と札が掲げられ、廃墟となって久しい港湾施設は、地下ドックの入り口を有する港と比べると寂しいものだ。

 資材を保管する為の倉庫は、構成する素材が痛んでボロボロ。

 かつての面影は見る影もない。

 

「お姉ちゃん。良かったの?」

 

 手を繋いでくれる義姉の顔を見上げながら問いかける501。

 彼女の言葉は千早群像を助けなくて良かったのかという意味である。

 

「ん、傍には401がいる。問題ない。それよりも私たちが軍に目立つ方が問題。400に迷惑が掛かる」

「……ちゃんと、約束を覚えてたんだね。お姉ちゃん」

 

 501は呆れと驚きを隠せなかった。

 付き合っていた自分が言うのも何だが、好き勝手に街を散策したあげく、墓参りまでするという自由奔放な振る舞い。

 そんな義姉の事だから、約束なんてとうに忘れてしまっているものだと思っていた。

 万が一の際には403を止めるつもりだったのだが。

 どうやら無駄に終わってしまったようだ。

 

「よっしゃ~~! 大物釣れた! 漁師のおっちゃんと交渉しようぜ!」

「兄ちゃん。さすが!」

「これでご飯いっぱい食べられるね~~!」

 

 ふと、仲良く荒れた道路を歩いていた二人の脇を、三人の子供たちが駆け抜けていく。

 誰も彼もボロボロの古着を纏った子供であり、三人の中で唯一の女の子でさえ裾の所々が破けた有り様。

 髪だって碌に手入れが出来ていないのか艶がない。

 

 403が足を止め、501が何をやっているのかと不思議そうに見つめる。

 

 哀れさを微塵も感じさせない元気いっぱいの姿だった。

 いつも走り回っているのか体力もそれ相応に在るようで、網に捕まえた魚の抵抗を物ともしていない。

 少年少女たちは、そのまま横須賀の街中へと消えていく。

 

「お姉ちゃん。どうかした?」

「――ん、何でもないよ。501」

 

 そんな子供たちを眺めていた403の顔は、今までに見せたことの無いような、とても穏やかで優しい表情で。

 彼女は一度だけ寂しそうに子供たちの消えた方向を見送ると、そのまま何もなかったかのように歩き出した。

 



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航海日記13 確保

 403の目の前には幼い少女の顔がある。

 この時代にしては綺麗に整えられた栗色の髪。

 二つのリボンでツインテールにした髪型はとても良く似合っていると、403はお世辞を言うならそう言葉にするだろう。

 

「やだやだ、離して~~!! わたしに乱暴するとおじい様に言いつけるんだから~~!!」

 

 もっとも服の襟首を掴んで持ち上げられた彼女が暴れなければの話。

 刑部蒔絵。魚雷艇とはいえ霧の艦艇を破壊した兵器、震動弾頭を実際に開発してみせた開発者の一人。

 基礎理論を提唱したのは刑部藤十郎だが、それを発展させ、さらには小型化まで推し進めたのは刑部蒔絵だと言われている。

 見た目は幼い少女でも、その頭脳は並みの人類が到底及ばない域に達しているらしい。

 

 400が集めた震動弾頭に関する情報。

 それに彼女の事も記載してあるので、403は蒔絵の事情をおおよそ把握していた。

 

 が、流石はデザインチャイルドと云うべきか、大人顔負けの身体能力で抵抗してくるので、些か面倒である。

 蒔絵は頻りに403の拘束から逃れようと、掴んだ腕を捻ってくるのだ。

 何らかの武術の心得があるのか、彼女の動きは403から見ても合理的かつ効果的。

 霧の躯体(メンタルモデル)には大したことないが、素人には効果的だろう。

 

Was ist denn Schwester?(大丈夫、お姉ちゃん)

「躯体腕部に掛かる負荷は許容範囲内。問題ない。だけど、ちょっと痛い?」

 

 隣ではすっかり変わり果てた姿のキリシマを確保しながら、501が心配そうに403を見つめていた。

 その手の中には霧の本体とも言えるユニオン・コアが収まっている。

 ちょうど手のひらに収まるサイズであり、金属のような質感を持ちながら、とても軽い素材で構成される演算の中枢部。

 千早群像率いる蒼き鋼に挑み、そして無残にも敗れ去った姿だった。

 

 そう、結論から言えばコンゴウが最終試練として差し向けた二隻の大戦艦。

 キリシマ、ハルナから構成される派遣艦隊は横須賀を襲撃し、そしてイ号401と人類の白鯨なる潜水艦の前に敗れ去った。

 戦力的に見ても圧倒的に不利なイ号401は、遥か格上の存在を打倒してみせたのだ。

 

 これにより人類を有する霧は、戦術を得てさらに強くなるという大和の理論が証明された事になる。

 結果、霧の東洋方面艦隊は"千早群像"を認め、霧の内側に入る事を納得した。

 共同戦線を張る下地が整ったという訳である。

 

 刑部蒔絵が流れ弾で吹っ飛ばされることの無いよう、キリシマ、ハルナにちょっと頼みごとをしたりもしたが、些末な問題だ。

 何てことはない。陸に攻撃しないよう頼み、それを聞いてくれるなら、お礼にあの時の歌を聞かせると言っただけ。

 ものすげぇ嫌そうな顔で了承されたが。

 

 もちろんお礼は丁重に断られたのは言うまでもない。

 好戦的な性格のキリシマが、403の両肩を掴んで、それはもう親切丁寧すぎる態度で断った。

 具体的に言うと、面倒見の良いお姉さんが、物わかりの悪い幼子に言い聞かせるような感じ。

 ローレライの悪夢は回避されたのである。

 

 そうして敗北し、縮退した重力子の爆発に巻き込まれて船体を失い、おまけに港まで吹っ飛ばされたキリシマ、ハルナ。

 その戦闘を終始観測していた403に、コンゴウから二人の回収命令が下され今に至る。

 

 問題だったのは、刑部蒔絵が倉庫に現れた事だが、どうやら祖父である刑部藤十郎を迎えに軍港まで向かっていたらしい。

 蒼き鋼と霧の戦闘の最中を、タクシーに頼んで(脅して)ここまで来たが、道中にナノマテリアルの残骸を発見して見に来たようだ。

 

 霧の船を構成する素材は全てナノマテリアルで構成されている。

 そして崩壊すると細かい粒子のように崩れて銀砂になるのだ。

 今や横須賀港は崩壊した大戦艦二隻分の銀砂でまみれてしまっている。

 時刻は夜明けであり、太陽の光を浴びてキラキラと反射する砂粒はさぞや目立ったことだろう。

 

 とりあえず現場の判断で蒔絵は捕獲。

 400に連絡を取れば、ついでに確保しろと命じられ、こうして逃がさないよう確保している。

 

「ここ、は……」

「わっ!?」

 

 不意にハルナが躯体(メンタルモデル)を再起動させたのか、爆風が倉庫内を揺らした。

 それをまともに喰らい、ハルナの頬を突いていた501が尻餅をついてしまったようだ。

 起動時に周囲の外敵や異物を吹き飛ばす機能が働いたらしい。

 

「ハルナ、目が覚めた?」

Guten Morgen Schwester(おはよう、ハルナのお姉ちゃん) はいこれ、着ていたコート」

「ありが、とう?」

 

 寝ぼけているのか、それとも戦闘のダメージが残っていて、演算処理が遅いのか。

 目を覚ましたハルナの動きは鈍重で、酷く鈍かった。

 

「シャキーーン」

 

 と思ったら、外套を着た途端、動きが俊敏になる。

 403は首を傾げるしかない。とても首を傾げて不思議そうにするしかない。

 あの真っ黒で、身体全体をすっぽりと覆うような外套(コート)

 

 あれに一体どのような機能があるのだろう?

 まさか、メンタルモデルが着用すると演算処理がアップするとでも言うのか!?

 気になる。気になる。

 

「疑問。そのコート、貸して?」

 

 未だ首根っこを掴まれて暴れる蒔絵をよそに、403は彼女を脇に抱え直すと、ハルナの外套の裾を掴んだ。

 表情は姉妹艦すら撃沈させる必殺の上目遣いである。

 ただし無意識なので本人に自覚なし。

 

「断る。これはとても大事な物が入ったコートだからな」

 

 ミス。ハルナにはこうかがなかった。

 

「……ダメ?」

「もちろん」

「……どうしても?」

「私の演算予測では何を言われても断ると選択している」

「残念……」

 

 しぶしぶ引き下がる403。

 だが、その瞳は虎視眈々とハルナの外套を狙っている。

 隙あらば外套をひっぺ剥がして解析しよう。

 そう判断する403だった。

 

「ところで状況を確認したいんだが、どうして潜水艦隊のお前たちがここに?」

「返答。船体を失ったハルナ、キリシマの回収及び、震動弾頭の開発者の確保」

 

 言いながら、脇に抱えた蒔絵を見せつけるように持ち上げる403。

 403の腕の中にいる少女は、既に抵抗する気力が失せたのか、う~~っと猫のように唸っていた。

 しかし、蒔絵は403の言葉に何か勘付いたのか、ハッとした表情でハルナや隣の501を見つめている。

 

「震動弾頭の開発者? この娘が?」

 

 そして訝しげに蒔絵を見つめ返すハルナ。

 どうも人間にしては比較的若いというか幼い個体。

 そんな少女が本当に人類の希望と成り得る新兵器を開発したのか疑っているのだろう。

 403は間違いないと頷いた。

 

「肯定。スキャンによる生体データと比較しても差異は微小。刑部蒔絵本人」

 

 霧の躯体(メンタルモデル)単体でも膨大な情報を取得、解析することが出来る。

 その性能は人類が持つ観測機器を遥かに凌駕し、多種多様なデータを分析することが可能だ。

 

 403によるスキャニングでは、蒔絵の構成している脳に、人為的な加工が施された痕跡を発見。

 赤子として生まれる前から遺伝子を操作され、薬物で成長の方向性を定められたデザインチャイルドだと断定している。

 

 しかも、蒔絵は先端工学に特化した能力を持たされたタイプ。

 要するに機械やコンピューターに興味を示すようになり、それらの専門として成長するように"為っている"。

 頭脳も、身体も、蒔絵を構成するありとあらゆる部分がその為だけに構成されている。

 彼女は生まれたときから、人類の新兵器を開発する運命を背負った子供なのだ。

 

「この娘がそうなのか。403、お前は刑部蒔絵をどうするつもりだ?」

「返答。総旗艦の命令。彼女を……」

「まっ、待って!」

 

 403がハルナの質問に対し、霧に連れていくと答えようとしたところ。

 脇に抱えられていた蒔絵がそれを制した。

 彼女はどこか不安そうにハルナや403を見上げていたが、意を決したのか口を開く。

 その声には怯えや恐怖は含まれていなかった。

 しいていうならば不安だろうか。

 

「あの、あなた達は……霧、なの?」

「肯定。霧の東洋方面艦隊に所属している。日本列島の海域の封鎖を担当。他に疑問は存在?」

 

 蒔絵の質問に、403は淡々と答えた。

 何処か機械的な口調で、人形のように無表情。

 だが、言葉の隅には蒔絵に対する気遣いが確かにあった。

 

「じゃあ蒔絵を殺しに来たの……? 霧を殺すための兵器を造ったから……?」

「否定」

 

 蒔絵の自分を殺すのかという質問に対し、403は即座に否定した。

 彼女は蒔絵を一旦おろすと、きちんと向き合う形を取る。

 その翡翠の瞳で、幼い少女の顔をしっかりと見て、彼女は正面から蒔絵と話し合おうという態度だ。

 

「刑部蒔絵。あなたを霧に迎え入れる」

「わたしを、霧に……?」

 

 蒔絵が不安な顔から戸惑いに変わる。

 それは無理もないだろう。霧に迎え入れられるという事は人類を裏切るという事だ。

 

 霧が蒔絵の能力を利用するつもりなのか、震動弾頭を量産させて人類に向けるのか、蒔絵には分からない。

 分かるのは霧に奪われる位なら、日本政府は蒔絵を抹殺することだけだ。

 日本という国を存続させるために、養いきれない国民を"島流し"した政府である。

 たかが小娘ひとり殺すことに何の躊躇いも持たないだろう。

 

 戸惑いは次第に明確な恐怖に変わっていき、蒔絵の顔が急速に青褪めていく。

 国を、人類の為を想うならば舌を噛んで自害すべきであろうが、蒔絵にそんな勇気はなかった。

 在るのは死にたくないという、生存に対する当たり前の欲求である。

 

「補足。蒔絵を迎え入れる理由を解答」

「えっ……?」

 

 そんな、彼女の不安をかき消すかのように、403の手が蒔絵の頬に触れる。

 代謝の存在しない躯体(メンタルモデル)の手のひらは暖かく、蒔絵を安心させるために、わざわざリソースを割いたらしい。

 紡がれる言葉は、蒔絵を必要とする理由であり、これからの未来を左右する重要な因子。

 

「人類と霧の未来の為。滅びゆく世界を救済する為。そして人類と霧を結ぶ懸け橋になって欲しい」

 

 それは先の先を見据えたコトノの。

 そう遠くない未来を目指す総旗艦の名代としての言葉だった。

 

◇ ◇ ◇

 

おまけ

 

『んんっ、ここは空気を読むところだぞキリシマ。そして切りの良い所で話し掛けて、躯体(メンタルモデル)を形成する為のナノマテリアルを』

「ところで、お姉ちゃん。キリシマはどうするの? まだ再起動して無いみたいだよ?」

「ん、とりあえず501の帽子の中にでも入れて置く」

「はーい!」

『まっ、待てっ――』

 

 キリシマは、ぼうしのなかに、しまわれてしまった。

 501のあたまのうえに、キリシマのコアがのっている。

 たすけてあげますか?

 

 はい いいえ←



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航海日記14 誘拐

 時は少し遡る。

 横須賀の街に潜入していた400は、早朝に刑部邸を訪れていた。

 目的は刑部藤十郎の確保。或いは彼に関する情報の入手。

 振動弾頭の製造に彼は必要ないが、デザインチャイルドである蒔絵の調整には必要なのである。

 何故ならばゲノムデザインプロジェクトの開発責任者は刑部藤十郎なのだから。

 

「突然の訪問。申し訳ないです」

「いえ、ただいま紅茶をお持ちしますので、お掛けになってお待ちください」

 

 400の格好は黒のスーツである。

 見ず知らずの人間が訪問しても追い返されるのは目に見えている。

 だから、政府の命令書と身分証をナノマテリアルで偽造し、正式な来訪者という形をとった。

 これならば刑部家に仕える人間も下手に出れない。

 目論見は一応成功である。

 

 懸念すべきなのは桃色の髪と人形のような表情。

 躯体(メンタルモデル)の特徴を知る人間ならば一発で看破するだろう。

 まあ、目標を達成すれば刑部邸に用はなくなるので、それまでの辛抱である。

 

 400は客間に案内されると、慎ましやかな調度品が飾られた部屋のソファに腰かけた。

 机にはメイドに用意させたのだろうか、カステラというお菓子が切り分けられ、皿に盛られていた。

 

「どうぞ」

「お持て成しに感謝します」

 

 ローレンスと名乗る執事から差し出された紅茶を一口すする。

 メンタルモデルに味覚は不要だが、経験を蓄積する一環として味を解析。

 400はその紅茶が手間を掛けて抽出された天然物だと解析し、少しだけ目を見開く。

 

 それは熱いながらも暖かな味。

 適切な湯と、適切な淹れ方で味を最高に引き立て、相手を快く迎え入れた証。

 繊細かつ鮮やかな装飾が施されたティーカップに注がれた紅く透明な液体。

 それは、この時代ではなかなかお目に掛れない代物らしかった。

 

 少なくとも人類のネットワークから得た情報であれば間違いない。

 しかし、ローレンスという人間の意図までは400には判断が付かなかった。

 

「お気に召しませんでしたか?」

「いえ、風味も良く、素晴らしい香りです。落ち着きます」

「それはようございました」

 

 ローレンス・バレンタイン。

 データでは刑部家に仕えている蒔絵専属の執事とある。

 邸宅を留守にすることが多い藤十郎博士や蒔絵に代わって訪問者の応対。

 そして、蒔絵の教育全般を任された男だというが……

 

 眼鏡を掛けた鋭い目付き。

 少しばかり、やつれた顔付に白髪に染まった髪色と、この年齢にしては老けて見える。

 肉体的には二十代後半から三十代前半といった所だろうか。

 400のスキャン結果では身体的特徴から、彼が名前に反して日本人の可能性が高いと判断している。

 恐らくは偽名の可能性が高い。

 

 目的は分からないが、政府の関係者だろうか。

 もしかすると重要人物である蒔絵を監視しているのかもしれない。

 400はそう分析した。

 

 ローレンスは400の対面の席に座ると早速口を開く。

 

「本日は蒔絵様のことでお伺いなされたとか」

「ええ、昨夜の戦闘を重く見た政府は、蒔絵様の保護を緊急処置として決定致しました。つきましては、わたしが彼女の身柄を預かりに参った次第です」

「……ほう?」

 

 400の如何にも、"それらしい"説明にローレンスが表情を訝しめた。

 

 諜報を主任務とする潜水艦の一隻。

 潜入は得意でも、それは目立たないようにすることであって、溶け込んだり馴染んだりするのは得意ではない。

 故にあまりコミュニケーションを重視しない400は、人との会話が苦手である。

 

 何かおかしな点があっただろうか。400には分からなかった。

 

「残念ながら蒔絵様は外出しておられます」

 

 この時、ローレンスは相手の真意を量ろうとしていた。

 蒔絵は過去に用済みの烙印を押されて処分されかけたことがある。

 藤十郎博士が尽力したおかげで、蒔絵の処分は見送られたが、もしかすると昨夜の霧の襲撃が拙かったのかもしれない。

 事態を重く見た政府が、蒔絵の保護を表向きの理由にして、本当は彼女を処分するつもりなのではないか?

 彼はそう疑い始めていた。 

 

「彼女は何時お戻りになりますでしょうか?」

「何分、供の者を連れずに一人で外出したもので、今日中にはお帰りになられるとしか」

「そうですか」

「蒔絵様には私のほうから、お伝えしておきます」

 

 それは400に帰っていただく為の遠回しな言い方だった。

 政府が怪しい動きをしている以上、すぐにでも蒔絵を保護したい。

 それがローレンスの内に秘められた考えだった。

 

 この時、400は403から蒔絵を確保したとの連絡を受け、考えるように瞼を閉じ、紅茶を飲み干した。

 どうやら出かけていた蒔絵と偶然鉢合わせしたらしい。

 ならば、刑部邸(ここ)には用はないと、次の行動に移ることにしたのだ。

 

 日本政府だって馬鹿じゃない。

 恐らく大戦艦キリシマ、ハルナを轟沈させた瞬間を見ていたはず。

 そして、霧のメンタルモデルに関する情報を得ているならば、相手が本当に消滅しているのか確かめるはずだ。

 もし、メンタルモデルの生存を確認したならば、キリシマかハルナの躯体(メンタルモデル)を確保しようと動くだろう。

 

 400は人間がメンタルモデルを確保できるなど微塵も考えていない。

 だが、横須賀に留まるのは面倒であるのも事実。

 長居は無用である。

 

「仕方ありません。ここは強硬手段をとらせていただきます」

 

 ローレンスを見つめたまま静かに立ち上がった400。

 そんな彼女の不穏な言動と行動を見ても、ローレンスは冷静なままだった。

 彼の懐には念のために忍ばせていた軍用拳銃。

 袖の中には護身用のデリンジャーを仕込んでいるのだから。

 

「……何を為さるおつもりで?」

「貴方こそ無駄な抵抗はしないほうがよろしいです。そのような小火器では、わたしを停止させる事はできません」

「ッ!!」

 

 銃を忍ばせていたことに見抜かれ驚愕するローレンス。

 そんな彼の目の前で。400は衣服を構成するナノマテリアルを再構成。

 彼女の体を桃色の光が包んだかと思うと、瞬く間にチャイナドレスの格好をしていた。

 胸元の空いた桃色の衣装は彼女のトレードマークの一つだ。

 

「君は、一体……?」

「名乗る理由は存在しません。貴方は刑部藤十郎の居場所を吐けばよいのですから」

「そうか、霧か」

 

 わざわざ相手に情報を与えるような真似はしない。

 彼女は霧の諜報を主任務とする潜水艦。

 任務は冷徹に遂行し、無駄は一切排除する。

 

 もっとも403の存在だけは唯一の例外だが。

 総旗艦の命令で止められないし、止められるとも思っていない。

 あれは400には予測不可能な行動を取る存在……認めたくないが自分の妹である。

 

 だが、ローレンスは異常事態でも頭が回るのか、400の正体に思い当たったようだ。

 正解とは言ってやらないが。

 

「目的は蒔絵、いや、振動弾頭のデータといった所か」

「質問しているのはこちらです」

 

 無機質な瞳でローレンスを見つめたまま脅してくる400。

 その翡翠の眼には何の感情も映してないかのようだ。

 ローレンスは執事服の懐から拳銃を取出し、400のこめかみに向けて構えた。

 

 その動作は中々素早く、両手で構える姿もしっかりとしている。

 恐らく何らかの軍用訓練を受けているに違いない。

 だが、自分に対してはまったくの無力であると400は結論付けている。

 

「言ったはずです。そのような銃では、わたしを止められないと」

「……何もしないよりマシだろう?」

「わたしの演算結果ではどう予測しても、それが無意味な行為。徒労に終わると判断しています。それと」

 

 そこで400はいったん言葉を止めた。

 そしてローレンスに警告するかのように告げるのだ。

 "攻撃を受ければ、メンタルモデルは自衛の為に反撃行動を行います"と。

 

 ローレンスは喉をごくりと鳴らす。

 17年前の大海戦。

 人類海軍の総力を意図も簡単に屠った相手。

 人間一人を無力化するなど容易いだろう。

 

 400はローレンスを政府側の、蒔絵を害する人間だと判断したがとんでもない。

 ローレンスにとって蒔絵は掛け替えのない存在であり。

 そして、己の罪の象徴であり、一生を掛けて贖罪しなければならない存在でもある。

 霧や政府の争い。陰謀に巻き込むわけにはいかないのだ。

 

 幸いながら廊下につながる出口はローレンスの後ろ側にある。

 相手を牽制しつつ、隙を見て屋敷を脱出。

 メンタルモデルの相手は、屋敷のメイド型ロボットに任せ、少しでも距離を取る。

 そして急ぎ蒔絵の元まで向かい、政府や霧の手に落ちる前に保護しなければならない。

 

 屋敷には防弾使用の改造車(リムジン)も置いてある。

 いくら身体能力が優れているといっても、加速を全開にした車に追いつけるはずもないだろう。

 車までたどり着ければローレンスの勝ちである。

 

 その後は北管区の首相のもとに身を寄せよう。

 

 北海道や四国、本州を分断された日本では、東京、札幌、長崎による三つの首都を持つ状態。

 そして北側の首相を務める男は蒔絵の兄でもある刑部眞(おさかべまこと)

 彼ならば信頼できるし、東京政府の追手から蒔絵の身を護ることができる。

 同じ日本の政府といっても一枚岩ではないのだ。

 

 霧に関しても行方を完全に眩ませてしまえば早々追ってこれないだろう。

 何よりも霧の艦隊は陸地への本格的な攻撃を行ったことがない。

 蒔絵を匿う相手を殲滅するような真似は出来ない筈である。

 

 逃げ切ってしまえば此方の勝ちだ。

 

「……」

 

 鋭い視線で400を睨みながら、後ろへ後ずさるローレンス・バレンタイン。

 そんな彼の様子から、逃亡するであろうと察した400。

 蒔絵を抹殺しようと動いているのか、保護しようと動いているのか分からないが面倒である。

 

 何せ、"陸に住む人間には攻撃してはならない"というアドミラリティ・コードの命令があるのだ。

 向こうから手出ししてこない限り、の自衛という手段で相手を無力化できない。

 ローレンスが蒔絵の確保に動くならば、逃がすと少々厄介なことになりそうである。

 ここは総旗艦の言葉である"臨機応変"に従って、相手に揺さぶりを掛けるのが得策と400は判断した。

 

「刑部蒔絵の元に行くのなら無駄でしょう。すでに彼女の身柄はこちらの手にあります」

「何だとっ!?」

 

 それは劇的な変化だった。

 冷静沈着であったローレンスの表情は見る見るうちに驚愕に変わる。

 例え相手がハッタリを告げているのだとしても、蒔絵に関わることであれば、彼には無視することなど出来なかったのだ。

 

 これは好機。

 もしかすると面倒な探索を行わずに、刑部藤十郎の行方を知ることができる。

 

「蒔絵は私の娘だ。彼女に手を出すなッ!」

 

 そう考えた400の思考はローレンスの必死な叫びに硬直する。

 彼が蒔絵を娘だと告げる理由。それはすなわち彼が刑部藤十郎だということ?

 ゲノムデザインプランを提唱した人物を親とするならば藤十郎は間違いなく父親だ。

 それとも親代わりとしての、叫びなのか?

 

「それは、では貴方が――」

 

 400には判断が付かない。

 言葉の真意を判断するには経験が足りない。

 それを確証に変えようと問いかけようとした刹那。

 

 すさまじい轟音と爆風が屋敷を覆った。

 



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航海日記15 交戦

 わざわざ蒔絵をおんぶして倉庫の中から出てきた403。

 怖い思いをさせた彼女に少しでも安心して欲しいというのが理由の一つ。

 もう一つは、蒔絵を密着させることでクラインフィールドの防御圏内に含められるからだ。

 狙撃や不意打ち、爆発物による衝撃や熱波から彼女を確実に保護するための作戦である。

 

 その周りをハルナと501が囲み、二人を中心とした外壁、403を中心とした内壁と二重の防壁を作り出す。

 例え第一の防壁が突破されたとしても、403の防壁が確実に防ぐのだ。超強力な最終防衛ラインである。

 

 

 歩兵の制圧射撃。重火器による殲滅攻撃。そして、戦車の砲弾が何十発着弾しようが、ヘリによる航空攻撃を喰らおうが耐えきれると演算結果は予測している。

 イ401の対艦ミサイルですら防ぎ弾いて見せたメンタルモデルの防御能力だ。

 地形を抉るほどの航空爆撃、艦砲射撃の類ですら致命打には成らないだろう。

 

 しかも攻撃されれば、ハルナと501の躯体(メンタルモデル)が自発的に相手の排除に掛かる。

 

「これからどうするの、お姉ちゃん?」

「返答。蒔絵、ハルナ、キリシマ、501を船体に収納して給糧艦"マミヤ"に向かう。400とは出航前に合流予定」

 

 501の質問に淡々と答える403。

 そこには蒔絵を気遣った時のような感情の含まれた声音はなかった。

 いつも通りの人形めいた無表情な瞳に、機械のような言葉が紡がれるだけである。

 既に任務モードに入ったようだ。蒔絵はそんな403が怖かったのか、彼女の背中に顔を埋めた。

 聞かなかったことにしたらしい。

 

「給糧艦? 補給艦ではないのか?」

 

 ハルナが疑問に思ったことを口にする。

 当然のことだが、霧の躯体(メンタルモデル)は食事を必要としない。

 人間のようにご飯を食べることはできるが、娯楽的要素が強いのだ。

 無駄も多く、食事によって体内に取り込んだ物質を、分子単位にまで分解する必要もある。

 取り込んだ栄養素は動植物のように活動エネルギーに変換できず、せいぜい、成分を分析して感じる味覚がどのようなものか分類・記録する位だろうか。

 躯体(メンタルモデル)取り込んだ物質がどこから排出されるかは想像にお任せしたい。

 

 故にかつての大日本帝国海軍で活躍した船(マミヤ)は、浸食弾頭兵器やナノマテリアルを給与する補給艦として使われてきた。

 それが給糧艦に逆戻りするとは、どういう理由があるのか疑問に思うのも当然であろう。

 ハルナの疑問はもっともだった。

 

「肯定。情報によるとヤマト、コトノの命令によって改修。以後、各種施設を備えた人間のためのプラットフォームになった模様。恐らく振動弾頭の開発者を受け入れるための施設? 分からない。詳細な情報は不明瞭」

「総旗艦が?」

「ん、総旗艦は常に考えている。それが何なのかは不明。補足。着せ替え人形扱いは遠慮」

 

 補給艦を給糧艦に改造した総旗艦『大和』の真意を正確に測るには情報が足りなかった。

 403が確実に知り得ているのは、コトノに着せ替え人形にされるのは疲れるという事だ。

 イオナ以外の姉たちは、着せ替えられても平気な顔をしているが、403は躯体(メンタルモデル)を弄られるのが好きではなかった。

 

 何というか、くすぐったいというか……恥ずかしい? 

 それの意味するところは本人も良く分かっていない。

 

 そうして廃墟となっている港の倉庫群を歩き、海に面した海岸線まで辿り着いた。その瞬間。

 遠くから爆発音が響き渡った。

 

 反射的に振り向けば郊外にある建物の残骸が吹き飛んでいる。

 メンタルモデルの誰もが警戒態勢に入り、周辺をスキャン。

 熱源反応なし。動体反応なし。少なくとも港周辺に脅威となる存在はいないようだ。

 

「あの方角って、まさか……」

 

 その時、403の背中におぶられていた蒔絵が、何かに気付いたかのように叫んで飛び出そうとした。

 403がそれを見逃すはずもなく、飛び退いた瞬間に、蒔絵を空中でキャッチ。逃げ出さないように捕まえる。

 

「離してっ! ローレンスが……ローレンス!!」

「刑部蒔絵。今の貴女は要抹殺対象の可能性大。今飛び出すのは危険」

「それでも、それでも蒔絵は行かなくちゃならないの! ローレンスは蒔絵の大事な人なんだから。家族なんだよぅ!」

 

 403は思考し、判断する。

 データにあるローレンス・バレンタインという人物は、霧にとって重要な人物ではないが、蒔絵にとっては違うらしい。

 ならば、人類史から学んだ情報に従って、ローレンスを助けることで蒔絵に"恩"を売る。

 そうすることで、蒔絵が協力的になれば、総旗艦もやりやすくなるだろうという判断。

 

 臨機応変に。総旗艦と別れる前にコトノが口にしていた言葉。

 今回はそれに従おうと思う。

 

 それに刑部邸には400が潜入していたはずだ。

 彼女の定期報告を参照してみても、それは間違いない。

 様子を見に行くついでに二人とも助けてしまおうというのが403の下した決断だった。

 

 問題は"陸に住む人間を人間を攻撃してはならない"という命令だが、仲間である400の援護ならば問題ないだろう。

 人間を攻撃をするのではなく、相手の攻撃を妨害する方針で行く。

 これならば命令違反に抵触しないし、その過程で人間が防衛行動に巻き込まれても、それは仕方のないことで済ませられる。

 

「501、蒔絵をお願いする」

「お姉ちゃんは……?」

「返答。ローレンス、400両名の救出に向かう」

「わたしも行くよ!」

「却下。501は別行動」

 

 逃げないよう担ぎ上げた蒔絵をおろし、任せるとでもいうように501に引き渡す403。

 渋々といった様子で蒔絵を受け取り、抱っこする501。

 その姿は幼い妹の面倒を見る小学生のお姉ちゃんといった所か。

 

「でも……」

「刑部蒔絵の保護を最優先。及び船体の制御を一部委譲。襲撃があった場合は先に外洋に退避。迎えが来るまで待機を命令」

 

 まだ、不服そうな様子の501に"命令"を下すと、彼女はようやく従った。

 

 501は船体を失い、コアが受けられるバックアップ機能を失っている。

 元は躯体(メンタルモデル)を持てない小型の潜航観測艦。

 403に演算の補助を受けている彼女では戦闘能力を十全に発揮できない。

 だから、比較的に安全であろう403の船体に向かい、蒔絵の保護を任せるのだ。

 

 それに、躯体(メンタルモデル)を持てずとも、403の船体に接続して操艦するくらい造作もないだろう。

 人類側に付いて、霧の反逆者となった401に見つからなければ撃沈される心配もない。

 これは同じ潜水艦という分類に属する501にしか出来ない仕事だった。

 戦艦であるハルナやキリシマでは、403の船体操作に戸惑うだろうから。

 

「私も共に行こう。人間が相手なら問題ないだろう」

 

 それを察したのか、ハルナが403の同行を申し出た。

 船体を失ったとはいえ大戦艦級のメンタルモデル。人間相手の白兵戦に遅れを取ることもないだろう。

 403は静かに頷くと、人間の身体能力を遥かに凌駕する速度で廃港を駆け抜けていく。

 

 目指すは刑部邸に続く付近の森。

 そこに403に目指すべき反応がある。

 

◇ ◇ ◇

 

「ここは……? 私は、一体……?」

 

 ローレンス・バレンタイン。

 いや、刑部藤十郎は朦朧とする視界に困惑しながらも、意識を取り戻した。

 続いて自身が誰かに抱えあげられていることに気が付く。

 

 頬や首元をくすぐるのはあり得ないほどに洗練された桃色の髪。

 側頭部にぶつかるのはお団子に結った髪飾り。

 そして、肌に感じるのは常に一定を保っている人肌の暖かさであり、嗅覚は人間の臭みを感じさせない無味無臭という違和感だった。

 

「気が付きましたか、ローレンス・バレンタイン。それとも刑部藤十郎と呼んだ方がよろしいですか?」

「君は確か政府の、いや、霧の……」

 

 思考が纏まらないのか、背負っている人間、に扮したメンタルモデルの正体に思い当たらない様子。

 意識も朦朧としているようだし、正常な判断力を取り戻すにはもう少し時間が掛かる。

 刑部邸を吹き飛ばす程の爆発に巻き込まれたのだから、無理もないと彼を背負った400は思う。

 

 あの爆発の瞬間、400はローレンスと自分を覆うようにクラインフィールドを展開させた。

 しかし、凄まじい衝撃と人間が消し炭になるほどの熱風を防げても、爆音と閃光は防げるものではない。

 まともにそれを喰らった彼が気絶してしまっても仕方のない事である。

 

 おかげで刑部邸は見る影もなくなり、火災が残骸を焼き尽くす状況にある。

 そんな中、平然とした様子で立っていた400は、倒れ伏したローレンスを確保。

 こうして小さな森の中を通り、海岸に向けて移動しているが、状況は芳しくない。

 

 何故だか知らないが、刑部邸を攻撃したのは同じ仲間であるはずの"人間"だったのだ。

 多脚型戦車らしき兵器で屋敷を砲撃し、軍用ヘリのロケット弾で屋敷を吹き飛ばし、歩兵による襲撃で制圧しにかかった。

 

 何故、襲撃されたのか予測はつくが、はっきりとした理由は不明だ。

 街に潜入していた400の正体がばれたのか。それとも、同じく潜入していた403がドジったのか。

 だが、人間に正体を看破されたのなら、403も此方に報告くらいするだろうと思い直す。

 好奇心旺盛で、何考えているのか良く分からない妹だが、任務はきっちり果たす。

 あれはそういう娘。自分と同じ任務に忠実な霧。

 

 ということは、自身が失敗したのだと400は結論づける。

 考えてみれば刑部蒔絵は人類にとって重要な存在。

 切り札となる兵器の開発者を護衛、或いは監視していたのだとしてもおかしくはない。

 

「……しつこいですね」

 

 400のセンサーに引っかかる反応が多数。

 データ上では、この国の陸軍と思われる兵士が多数接近しつつある。

 攻撃を受けた以上、400は防衛と称して反撃行動に出ても構わないのだが、背負い上げている存在がそれを許さない。

 

 連中は刑部藤十郎を狙っているようなのだ。

 恐らく霧の艦隊に振動弾頭のデータを奪取されないための処置なのだろうが、開発者である蒔絵と同じくらい藤十郎も重要な存在なのだろう。

 

 400の背後から六回目となる連続した発砲音。

 甲高く、そして腹に響くような重い音が空気を震わす。

 携行した小銃による攻撃だろう。400は迫りくるそれらをクラインフィールドで阻止。行動に支障はないが、鬱陶しいことに変わりはなかった。

 

 早く突破しなければ包囲網を敷かれる可能性がある。連中も馬鹿ではないから、海上封鎖まで繰り出すかもしれない。躯体(メンタルモデル)に対する護衛艦の速射砲攻撃を受ければ脱出はさらに面倒になる。

 まあ、その時は海上戦力を魚雷で沈めてやれば良いだけの話だが、騒ぎを聞きつけて401の連中に介入されるのは不味いのだ。

 

「この反応は――」

 

 その時、400のセンサーに急速に接近する別の反応を捕らえた。

 速度からして人間が繰り出せるような動きではない。その識別信号は味方によるものだ。

 

「403。それに大戦艦ハルナ」

「ん、助けに来た」

「背後の連中は私に任せろ。お前たちは先に行け」

 

 同じように街に潜入していた姉妹艦の400と大戦艦ハルナ。

 どうやら爆発音を聞きつけて此方に駆けつけてくれたらしく、400にとってはありがたい話だった。

 403は400の目の前に着地し、すれ違うようにハルナが後方を駆け抜けていく。

 大戦艦級のメンタルモデルなら人間の陸上戦力など数分もしないうちに無力化するだろう。

 

「救援感謝します。403」

「無問題。姉妹艦なら当然の事」

「刑部蒔絵の確保は?」

「501によって船体に収容完了。現在、港湾内に潜航待機中。合流待ち」

「では、403。貴女が刑部藤十郎を連れて行きなさい」

 

 そういって藤十郎の身体を403に受け渡す400。

 相変わらず彼はぐったりしている様子で暴れる気配すらない。もしかすると冷静に状況を判断していて、任されるままになっているだけかもしれないが。

 相変わらず森の奥では兵士たちの苦悶の声や銃声が響き渡っている。

 

「了解。なお、400の今後の行動に疑問」

「わたしは別方向に、二手に分かれます。その後は外洋の指定ポイントで合流を」

「行動把握。確認。無事で400」

「心配は不要です。貴女は護衛対象の無事を優先しなさい。403」

 

 無機質な声で淡々と403に告げると、そのまま400は目立つように去って行った。

 恐らく相手の戦力を分散させるべく囮となったのだろう。付近の追手はハルナが排除してくれているが、陸軍の所有する戦力は局地戦用の多脚戦車から戦闘ヘリコプターまで幅広い。これらの戦力が追ってくると少々面倒なのは間違いない。

 

「制圧を完了した」

「ん、急いで合流地点に向かう。護衛対象の容体が心配」

「そうだね。人間は我々と違って脆弱な存在だから」

「肯定」

 

 故に、403とハルナは追手を振り切るため、できる限り最速で合流地点の廃港に向かう。

 森を抜け、街中に入ってしまえば、陸軍も民間人の誤射を恐れて追ってこないからだ。

 

 たとえ霧に対抗できる千早群像に追撃命令が下ったとしても、それは難しいところであろう。

 いくら大戦艦二隻を沈めたとはいえ、401も無傷で済まなかった。それがキリシマ、ハルナとの戦闘を終始目撃していた403の正直な感想だった。

 恐らく補給と整備すらままならず、代替品で補っているのは想像に難くない。ましてヒュウガに続いてタカオからキリシマ、ハルナと連戦続き。浸食弾頭の手持ちだって少なく、仮に所有していたとしても数発が関の山だろう。

 

 追撃されたところで、こちらは400と403の二隻だ。片方を囮に逃げ切れば問題ない。

 未だ"こちら"と通じている躯体(メンタルモデル)によれば、千早群像は硫黄島で整備を受けるかもしれないとの事だった。

 

 こうして霧の艦隊は、まんまと人類の秘密兵器である振動弾頭の開発者を捕らえたのであった。

 

 すべては異邦の船に対抗するために。



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航海日記16 間宮

 給糧艦"間宮"。

 第二次世界大戦が勃発する前に建造されていた大日本帝国海軍の食糧補給艦。元は給油艦として建造される予定だったものを変更して進水した彼女は、18000人分もの食料3週間分を艦隊に提供できる能力を持っていた。

 

 しかも、間宮から供給される食糧は殆どが新鮮なものであり、肉、魚、野菜、パンなどの穀物といった一般的な食糧だけでは終わらなかった。アイスクリーム、ラムネ、最中、饅頭などの趣向品。更にはこんにゃく、豆腐、油揚げ、()といった日本固有の食品まで艦内で加工生産できたという。

 

 中でも羊羹(ようかん)は"間宮の羊羹(ようかん)"と称されるほどの出来栄えで、その筋の老舗を唸らせるほどの美味しさであった。そして、あまりの大きさから間宮の洗濯板の異名を持ち、質と量を備えた素晴らしい甘味であったそうな。

 

 そんな船が人類と敵対する霧の手によって蘇り、衰退の一途を辿って失われつつある日本の食糧文化を保存しているというのも皮肉な話である。

 

 総旗艦"大和"のメンタルモデル。

 その片割れであるコトノが来るべき人類との同盟の懸け橋として選んだのは、霧と共にある千早群像や人間よって生み出された被造物である刑部蒔絵だけではない。

 

 ズイカクやショウカクを始めとした"退屈"によって人間と接触を持ったメンタルモデル。同じく音楽という文化に興味をもって人間に接触しているマヤ。

 

 彼女たちを通して広がった一部の人間たちと、一部のメンタルモデルの友好的な関係。それは今では海上封鎖によって採れなくなった海産物や、海面上昇によって沈んだ遺物をサルベージした物品から成り立ったのだ。

 

 そして、それを拡大解釈した存在が"間宮"という艦だった。

 

 各方面の職人を始めとする人材を集め、材料となる素材を生産し、間宮という職場で加工する。

 しかも、職場環境は快適すぎるほどに整えられている。今では失われつつあるインフラが艦内で完全に自己完結しているのだ。

 

 相手が憎き霧といっても、ここまでされれば歓迎しない人間の方が珍しい。

 まして、多くの自国民を切り捨てた政府の対応に不満を持っている者も少なからずいる。

 慣れてしまえば職人たちはは自然と間宮を霧と意識しなくなった。

 

 そして間宮で生産された食料品を陸に住む人間たちに提供するのだ。

 

 もちろん、表立っての寄港がまずいことは霧も承知している。そこは、揚陸艇を使い、販売を担当する人間と物資を密かに上陸させることで対応した。

 

 北管区と云われる北海道のみ、こうした活動が細々と行われているだけだが、成果は上々であり、今では港に間宮の職人が寄港することを心待ちにしている人々がいる程だ。

 

 間宮が人間を怯えさせないように、霧の船特有の発光する文様を浮かべなかったのも、原因の一つであろう。

 人類が海上に進出できなくなって、霧の姿を本当に目にした者が少ないのも大きい。

 陸に住む人間は間宮を霧と結びつけることは難しいのだ。主砲や対空火器を撤去した船体は、遠目から見ればタンカーの類に見えなくもない。

 

 

 政府もその存在を認識してはいたが、何分現状と照らし合わせても半信半疑だった。

 海上封鎖され、洋上を航海する船は問答無用で撃沈される中で、堂々と北海道付近を航行する船がいるだろうか。

 

 ましてや、それが霧の船だと結びつけるには難しい。人類と敵対する存在がどういう意図をもって、そんな不確かな行為を行っているのか。

 

 今さら友好的な態度を取る理由はなんなのか。疑問は尽きなかっただろう。

 

 排水量が並みの重巡を超えるマミヤは、その船体を維持する演算力も大きく、当然ながら躯体(メンタルモデル)実装艦であった。

 長い黒髪を後ろで纏め、割烹着姿で過ごしている彼女は温和で優しげな表情をしている。

 それも、これも人間との接触において、必要以上に不安を煽らないための処置であり、彼女自身も霧としては類を見ないほどの優しい船であった。

 

 そんな訳で、間宮は今日も意気揚々と洋上を航海しているのである。

 

◇ ◇ ◇

 

 北海道と本州のちょうど境にある海域。その洋上にて間宮を挟む形で横付けする船が二隻。

 霧の潜水艦でも最大級の大きさを誇るイ400とイ403の二隻である。

 

 そこから幾分か離れた地点では霧の駆逐艦が間宮を護衛するように航行している。

 普段は潜航して間宮についてくる彼女たちだが、今回は総旗艦直属の潜水艦隊が来るとあって警備も厳重にしていた。

 

 峯風型駆逐艦"太刀風"。神風型駆逐艦"神風"や睦月型駆逐艦"如月"、"皐月"などの旧式艦。

 しかし、その性能は人類に対して一戦級の能力を誇る。例え日本が総力を挙げたとしても撃沈するのは容易ではないだろう。

 

 海上に出ているのは五~六隻の駆逐艦のみ。しかし、周辺をソナーで探れば多数の駆逐艦が潜航待機しているのが分かる

 

 峯風型、神風型、睦月型からなる駆逐艦隊とそれを総べる天龍型軽巡洋艦の二隻に、夕張型軽巡洋艦の一隻。

 

 合計で36隻からなる艦隊が間宮の護衛に付いていた。

 

「すっげい……」

 

 403に連れ去られる形で間宮まで招聘された蒔絵の最初の反応は驚きだった

 彼女が驚くのも無理はない。間宮は一見すると何もないような船なのだが、内部はまるで巨大な工場のようだと勘違いしそうな"台所"だったのだ。

 

 野菜や果物を維持するための温室。

 巨大な肉を吊るして加工する食肉センターのような施設。

 魚介類を冷凍保存し、マグロ解体ショーが行われていたお魚センター。

 常識では考えられないでっかい冷蔵庫は、もはや冷凍施設と呼んだ方がいいかも知れない。

 

 菓子製造の職人は小豆を煮込んで餡子を作っているのだが、桁違いに大きい鍋のせいで猛暑のような環境を生み出している。

 その隣の施設では、出来立ての餡を使って大福や饅頭などの和菓子を別の職人が作り続けていた。

 もちろん大戦中で有名な"間宮の洗濯板"も木箱に保存され、積み上げられていく。

 

「わあぁぁぁ――可愛いなぁ」

 

 中には配給制となって滅多に見られなくなった上菓子も見られ、桜や梅の花を模った物から、兎などの可愛らしい動物まである。

 屋敷の自部屋に多数のぬいぐるみを飾っていた蒔絵にとって、それらは魅かれるものであったらしい。視線が釘付けになっていて、それに気が付いた職人の一人が子供の微笑ましい姿に小さく手を振っていた。

 間宮に努めている職人たちも、船内に子供が来るのは珍しくて仕方がないのだろう。多くの人が蒔絵に目を止めている。

 

「蒔絵様。当艦はお気に召して頂けましたでしょうか?」

「うん。わたし、こんなの初めて見たからびっくりした。お菓子ってあんな風に作るのね」

「それは良かったです」

 

 そんな彼女に、にこやかに話しかける女性は給糧艦"間宮"のメンタルモデル"マミヤ"。

 霧にとっても重要人物である蒔絵に艦内を案内するべく前を歩いていたが、彼女が職人たちの作業光景に見とれて足を止めたため、マミヤも同じように立ち止まってくれている。

 半分くらい違う身長差から、蒔絵がマミヤを見上ながら会話してしまわないよう、少しばかり屈んで応対するあたり実に子供相手に手馴れている。

 度重なる港湾施設への入港で子供を相手にする経験値が、他のメンタルモデルと比べて高いのだろう。

 

「すまない、マミヤ。忙しいのに案内させてしまって」

「いえいえ、お気になさらず、大戦艦ハルナ。私の仕事は職場の環境を整えることと、船を動かすことだけ。むしろ頑張っているのは職人たちの方で、未熟な私は彼らから学ぶばかりです」

「そうか」

 

 蒔絵とマミヤの傍らに立つのは大戦艦ハルナ。彼女は船体を失ったため、蒔絵の護衛として傍に付き、寂しがらないように話し相手も引き受けている。

 さらに、その腕の中には、淡い桃色に、ふかふかな感触を備えたクマのぬいぐるみがが抱えられていた。

 

(くっそう、なんでアタシがこんな事に。この大戦艦たるキリシマがなんて様だ)

 

 金剛型大戦艦の四番艦キリシマである。

 彼女は千早群像との決戦において船体を失ったばかりか、暴走した重力子エネルギーに巻き込まれて躯体(メンタルモデル)すら失ってしまっていた。

 後に501の帽子の中に仕舞われてしまった訳だが、403が刑部藤十郎の身柄を回収して船内に帰還したタイミングで、ナノマテリアルを融通できないかと403に交渉したのである。

 しかし、結果としては無残なもので、キリシマならぬキリクマと化してしまった。

 

 理由は簡単で、いくら世界最大の船体を持つ潜水艦といえど、艦を構成するナノマテリアルを無駄に割きたくなかったこと。

 そして、霧に誘拐されたのがきっかけとはいえ、住処を失い寂しそうにしていた蒔絵を喜ばせる為である。

 403が何を思ったのか、一番好きなぬいぐるみはなんなのかと聞くと、クマのヨタロウ! と元気な返事が返ってきたので、キリシマには動くぬいぐるみのコアになってもらった。

 

 それはもう、大層不満げなキリシマであった。名だたる大戦艦にして、艦隊旗艦としての資格すら持つ自身が、ぬいぐるみに身をやつすなど耐えがたい屈辱である。

 このままでは断固として抗議を続ける。徹底抗戦である。そんな構えすら辞さないキリシマであった。

 

 しかし、有無を言わせないような403の視線(ぼうっとしていただけ)。

 蒔絵の機嫌を取るためだと冷静に分析するハルナの言葉。

 すっげい! と超ご機嫌になってしまった蒔絵の姿。

 動くぬいぐるみが可愛いと自らのメンタルの琴線に触れてしまって、キリクマをすっかり気に入った501の態度。

 

 これらが重なった結果、しばらくの間はキリクマでいるしかない状況に陥ってしまった。

 彼女は戦闘狂ではあるが、同時に身内に対して情が深くもある。

 仲間や子供の喜ぶ姿に対して断りを入れるのは辛いのかもしれない。

 

(こうなったら艦隊旗艦を頼るしかない。403は総旗艦の所に合流するらしいし、その時こそ私の船体と身体を取り戻せるチャンス。それまでの辛抱だ。我慢するんだ私)

 

 故に抱きしめられるたびに、赤ちゃんを慰める玩具のような音を出しているが、気にしたら負けである。

 気にしたら負けである。

 

「それにしても、おいしそうだね」

 

 そうとは知らず、蒔絵はキリクマを胸に抱いたまま、お菓子に釘付けであった。

 霧の艦隊によって世界が海上封鎖されている現在。

 あのような天然品の甘味などは、もはや貴重品であり、場合によっては貴金属と同等の価値を持っている。

 

「よければ試作品も含めて、お食べなさいますか?」

「ほんとに!? いいの!?」

「はい、こちらとしても子供の素直な感想は、食品加工の際に大変参考になりますので。もし、よろしければですが」

「やったぁ! ありがと~~!」

 

 毎日の食事にはありつけても、嗜好品をあまり知らない蒔絵。

 マミヤの言葉はそんな彼女を虜にするには充分すぎるほどであった。

 

◇ ◇ ◇

 

 蒔絵たちが間宮の艦内を案内されている間。

 間宮の艦外では、二隻のイ400型潜水艦が間宮に寄り添うように横付けしていた。

 

 そのイ400型潜水艦の内の一隻。淡い黄色の船体を持つ403の甲板の上にて、二人のメンタルモデルと一人の男が神妙な雰囲気で話し合っていた。

 

 髪の色、髪留め、そして船体と同じ色をしたチャイナ服に裾を短く切り詰めた和服。

 そららの違う点を除けばまったく同じ顔。同じ無表情を浮かべている400型の姉妹艦たち。

 400型のメンタルモデル。400と403。

 

 そして、どこか悔やむように、悩むように話しているのは蒔絵と長い時間を過ごしてきた男。

 執事であるローレンス・バレンタインとして身分や経歴を偽りながら、愛娘ともいえる存在の傍に居続けた、デザインチャイルドの生みの親。

 刑部藤十郎。

 

 三人は蒔絵が傍にいることもあって、藤十郎のことを執事のローレンスとして扱っていた。

 だが、現在は蒔絵が間宮を艦内旅行していることもあって、今後の事を話し合っていたのである。

 

「君たちの事情は理解したよ。私と蒔絵を誘拐した理由も」

「理解が早くて助かります。刑部藤十郎」

「だが、私が藤十郎だと。蒔絵の生みの親だと明かすのは、まだ……納得できそうにない」

 

 もっとも、403は藤十郎との会話に参加することもなく、甲板の上で無表情に佇むだけだった。

 別に藤十郎に対して興味がないわけではない。

 ただ、話をややこしくしない様、400に黙っていてくださいと言いつけられたので、大好きな姉の言うことに大人しく従っているだけである。

 あまり瞬きせず、翡翠の瞳で藤十郎を見つめる姿は不気味であるが。

 

「ですが、私たちに身柄を確保された以上、刑部蒔絵は長い時間を間宮の中で過ごす事になります。 そのような環境で、刑部蒔絵がいつ、記憶の中の刑部藤十郎を求めるかわかりません。

 異邦艦との戦争を間近に控えている中で、刑部蒔絵のメンタルケアを図っている余裕はありませんし、私たち霧としては、貴方に正体を明かしてもらった方が手っ取り早いのです。

 人間の心を理解できていない私たちでは、合理的にしか物事を判断できないのですから」

「それは、分かっているが」

 

 藤十郎の悩み。

 それは、蒔絵に自身の正体を明かすべきか、否かというもの。

 

 蒔絵はデザインチャイルドとして人為的に生み出された、いわば人造人間のような存在。

 蒔絵の場合。先端工学に有利な肉体が与えられ、趣味趣向もそちらに向くような精神を植え付けられ、調整されている。

 すべては霧に対する切り札。振動弾頭を開発するための最終手段。それが蒔絵という存在だった。

 

 そんな、心身ともに急激な成長を促進させられた彼女の精神。それが不安定になり崩壊しない様に、偽りの家系を作り上げ、精神的安定として与えてあるのだ。

 そして、家系図の頂点にあり、数人作られたデザインチャイルドのよりどころが祖父としての"刑部藤十郎"なのである。

 

 蒔絵が真実を知れば、彼女はどんな表情をするだろう?

 偽りの記憶を植え付けられて、無条件に慕っていた存在が、身近にいたことに驚愕するだろうか?

 それとも、身勝手に自分の人生を定めた存在を憎むだろうか。

 或いは、慕っていた藤十郎お爺様がいないことを知って、絶望するだろうか。

 

 当初はデザインチャイルドを手掛けることに無邪気だった刑部藤十郎。

 だが、命を作り、育て、失う事を繰り返して。命を消費して、その重みを知るたびに。

 彼の表情はやつれ、黒かった髪の毛は白く染まり切ってしまった。

 

 実に109もの命を作り上げ、最終的に成長した子供は7人。

 そう、彼は102人もの赤子や幼子の命が失われるのを、目の前で見てきたのだ。

 病気や何らかの発作で失われていく、自らの子供ともいえる存在。

 それを見届けるたびに彼はどれほどの悲しみや苦痛を感じ、自らの犯した過ちに対する重責は、どれ程のものだったのだろうか。

 

 そんな彼が蒔絵に真実を明かすことに、底知れぬ後悔や恐れを抱くのは無理もない事であった。

 

「大丈夫だと思う」

 

 苦悩する藤十郎に対して声を掛けたのは、今まで二人を見守っていた403だった。

 彼女はそれまでとは一変するような雰囲気を纏っていた。

 人形のように無表情だった顔に、僅かながらの微笑みを浮かべて、その無機質な瞳は心さえ宿したかのように。

 403は、まるで"人間"のような雰囲気を持って、俯く藤十郎の手を握った。

 それは、子供のように怯える彼を安心させようとしているかのようだ。

 

「403、何をするのです? 今は私と彼が」

 

 そんな只ならぬ403の気配に、姉の400は無意識に"驚愕"という感情を浮かべながらも、声を掛ける。

 その瞳は驚きを表すかのように、僅かながら見開かれていた。

 

「お姉ちゃんはちょっと黙っててもらえる? 大丈夫、ここは"わたし"に任せてくれて良いから、ね?」

「え、ええ。そう、ですか?」

 

 だが、403があまりにも人間臭すぎる表情を浮かべて語りかけてくるものだから。

 400はそのまま彼女の言葉に圧倒されてしまって、状況を見守っている事しか出来なくなった。

 長女の思考は既に混乱の極みに達していたのだから。一体、末っ子はどうしてしまったのだろうか。

 

「君は、403だったか? 何故そう思う……?」

 

 そんな彼女に、迷いの表情を浮かべた藤十郎が声を掛けた。

 その姿は、まるで進むべき道を見失なった幼子のようでもあった。

 だから、403は藤十郎の目を覗き込むように語りかける。幼い子供の面倒を見るお姉ちゃんのように。

 

「蒔絵は貴方が思っているよりも、ずっと強い子だから。それに、自分よりも他人の身を案じるとても優しい子。だから、あの子は真実を知っても耐えられる」

「だが、私は蒔絵を始めとしたデザインチャイルドを生み出し、彼らの命を弄んだのだ……そんな男を蒔絵が許すと思うのか?」

「それは、わたしには分からない。でも、貴方はローレンス・バレンタインとして実の父親のように、彼女を見守ってきたんだよね? そんな貴方を蒔絵はとても慕っていたよ? 刑部邸が襲撃されたときに、真っ先に貴方の身を案じていたのだから」

「蒔絵が……私を?」

「うん、だからきっと、だいじょうぶ」

 

 その後、刑部藤十郎は長い時間を思い悩んで過ごす事になる。

 しかし、さらなる後にメンタルモデルたちは蒔絵と藤十郎が、ぎこちなく手を繋いでいるところを目撃している。

 少しは二人の関係に進展があったのだろうか?

 それは定かではないが、手を繋いでいる二人の表情はとても穏やかで、まるで本当の親子のように見えたという。

 

 



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航海日記17 議論

「ふざけるな!」

 

 概念伝達によって繋がる霧の艦艇たちの意志。

 大規模な相互通信によって作られる仮想空間で交わされるメンタルモデルたちの会話。

 まるで、円卓のように設けられた大きなテーブルと人数分だけ用意された席の一つで、一人の大戦艦が声を荒げた。

 だが、それを咎める者は誰もいないし、眉をひそめる様なこともしない。誰もが涼しい顔をしている。

 

 何故なら、ここに集ったすべてのメンタルモデルが名だたる大戦艦であり、各海域の艦隊を束ねる旗艦でもあるからだ。

 

 霧の東洋方面艦隊総旗艦、超戦艦ヤマト。

 霧の欧州方面艦隊総旗艦、超戦艦ムサシ。

 霧の前東洋方面艦隊総旗艦、大戦艦ナガト。

 

 霧の太平洋艦隊総旗艦、大戦艦アイオワ。

 霧の大西洋艦隊総旗艦、大戦艦ニュージャージー。

 

 霧の西欧州艦隊総旗艦、大戦艦フッド。

 霧の東洋艦隊総旗艦、大戦艦プリンス・オブ・ウェールズ。

 

 霧の東欧州艦隊総旗艦、大戦艦ビスマルク。

 霧の地中海方面艦隊総旗艦、大戦艦ヴィットリオ・ヴェネト。

 

 上に立つ者としての威厳やカリスマは誰もが備えている。

 たかだが大戦艦の一人が叫んだところで、顔色を変えたりするような躯体(メンタルモデル)は誰一人としていなかった。

 

「ニンゲンと同盟を組み、来るべき異邦艦との海戦に備えるだと!? あのような軟弱な存在と手を組むなど馬鹿げている!」

 

 声を張り上げて、意見を主張しているのは東洋艦隊の旗艦を務めるプリンス・オブ・ウェールズである。

 代表的な欧州人らしい金髪碧眼の容姿。ボブカットの髪型に、陶器のように白い肌。

 そして海軍将校を思わせるような、白い布地に金の装飾を施された軍服を着こなす、メンタルモデルだった。

 

 その中性的な容姿と相まって、さながら男装の麗人を思わせるような彼女は、顔を怒りと屈辱に染めながら会議に参加した面々に訴えかけるように叫ぶ。

 

 特に欧州艦隊の大戦艦。

 ヴィットリオ・ヴェネトとビスマルクの間に挟まれるようにして座っているメンタルモデル。

 大和型超戦艦の二番艦"武蔵"にして、欧州艦隊を総旗艦を務め、束ねているメンタルモデルのムサシに対しては、苛烈な視線を向けていた。

 もっとも当のムサシは涼しい顔で、ジャムを混ぜたロシアンティーを嗜んでいたが。

 

「確かに人間の戦術は有効だろう。17年前の大海戦時に我々の戦術は幼稚な突撃であったことも認めよう。だが!」

 

 そこでプリンス・オブ・ウェールズは一旦言葉を留めた。

 溜めを作り、まるで意見を聞こうとしていないかのような態度を取る大戦艦たちに、少しでも自分の意志に耳を傾かせようとしている。

 その楽器のような透き通る声は、大声で叫ばれても耳障りではなく心地よいと思わせる声だ。

 声にすらカリスマを宿したかのような彼女の言葉は、普通の霧の艦艇なら無意識に従わせそうなチカラがある。

 

 伊達にインドやインドネシアを中心とした東洋の海域を任されてはいないのだ。

 能力もあるし、彼女とて大戦艦。優秀なのだが視野が狭く、頭が固いのが欠点なだけである。

 気高く誇り高い忠誠心と自負は、時において絶大な信頼を寄せ、主を助ける力となるが、場面が違えば足を引っ張る重荷にしかならない。

 まさに、この時がそうだった。

 

「だが、ニンゲンと同盟を結び、背後を突かれないように盤石な態勢を整えるなど……これでは我らがニンゲンを恐れているようではないか!!」

 

 だから、そんな彼女を嗜めたのは会議の主催者である超戦艦"大和"のメンタルモデル。ヤマトである。

 

「落ち着きなさいウェールズ。貴女も横須賀で大戦艦ハルナとキリシマを沈めた千早群像の力を見たでしょう? 適切な戦力さえ整えば人類は霧を打ち倒せる力を秘めている。それを忘れてはなりませんよ?」

「ふん、どうだかな。ニンゲンは信用するに値しない。特にソイツは得体の知れない千早翔像の息子だろう? 我々を背後から撃つことだって有り得るのだぞ!?」

 

 しかし、そんなヤマトの声もウェールズには届かない。

 何故ならばウェールズはヤマトとムサシの二人が気に食わないからだ。

 

 人間の能力を評価し、霧の艦隊に人類の思考と姿を模したメンタルモデルを導入したヤマト。

 彼女はそればかりか、人間を尊重し、霧と共に歩み始めようという姿勢すら見せている。

 メンタルモデルを実装したせいで、霧の艦隊に派閥ができ、完璧な兵器群ではなくなった事にすら憤慨ものなのに。

 

 だというのに、アドミラリィ・コードが海洋から駆逐・分断せよと命じたような弱小な相手と手を組めなど、どうしてできようか。

 

 そして、ムサシを気に食わない理由は単純だ。

 欧州艦隊それぞれに旗艦クラスの大戦艦があり、ビスマルクやフッド、ヴィットリオ・ヴェネトといった存在で英・独・伊の艦隊を率いることが可能だった。

 だが、実際に欧州艦隊の総旗艦として君臨しているのはムサシだ。

 

 元は東洋方面艦隊の二番艦のくせに、超戦艦という圧倒的な能力が故に、勝手にこちらの頭の上に乗っかったのである。

 これだけでも怒り心頭になるには充分だが、更に腹が立つ理由はいくつもあった。

 

 イギリス艦隊には、艦としての性能に劣るのが、優秀な能力を持ち、自分を含めたキング・ジョージ五世級戦艦の姉妹に認められた大戦艦フッドがいる。

 そんな能力的にも優れ、優美さと強さを備えたフッドを差し置いて、ムサシが英艦隊を率いる権限を持っている。

 それが、何よりも気に食わない。

 

 そして、欧州艦隊の結束に綻びを入れ、狂わせる元凶となったニンゲンの一人、千早翔像。

 彼を連れてきたのもムサシだ。ムサシが来てから、整然としていた欧州艦隊がおかしくなっている。

 それが、ウェールズが彼女をもっとも敵視する理由だった。

 

「おやめなさい、ウェールズ」

 

 そんな彼女を嗜めるように、優しく愛おしく声を掛けたのは、一人の大戦艦のメンタルモデル。

 巡洋戦艦という肩書を持ちながら、大戦艦を名乗ることを許され、イギリス艦隊の総旗艦としての資格を持つ巡洋戦艦フッドだった。

 ウェールズを容姿端麗で凛々しいと表現するなら、フッドは儚さと優美さを兼ね備えたメンタルモデルといった所か。

 

 肩まで伸ばしたブロンドの髪、処女雪のように白い肌。そして、高級レースで作られたシルクのドレス姿が特徴的。

 胸元にはサファイアのブローチ。同じくサファイアのティアラ。そして先端にルビーが輝く王笏(おうしゃく)を携えている。

 

 ウェールズが男装の軍人なら、彼女はさながら英国の王女。

 『軍艦美の極致』と評されるほどの優美なスタイルを持つ艦のメンタルモデルに相応しい姿をしている。

 

 常に微笑みを絶やさない彼女は、霧の欧州艦隊。とりわけイギリスの艦から絶大な人気と信頼を得ている。

 派閥をそのまま勢力と置き換えるなら、欧州の英国艦隊を手中に収める彼女の一言で、馬鹿にできない戦力が動き出す。

 全艦艇の頂点に立つ超戦艦といえども無視できない存在。それが大戦艦フッドなのである。

 

「しかし、マイティ・フッド! これでは我々の……」

「私はおやめなさいといったのですよ? 総旗艦の、ヤマトのお言葉を(ないがしろ)にしてはなりません」

「ですが!」

「ウェールズ。あまり私を困らせないで?」

「…………分かりました。納得は出来ませんが、貴女様の面子を潰すわけにもいきません。大人しく従います」

 

 そんな彼女にやんわり言いつけられては、さすがのプリンス・オブ・ウェールズと言えども、あまり反論できない。

 ウェールズは熱くなった己の演算素子を冷ますと、静かに着席した。

 テーブルに肘を付き、手を顔の前で重ねて意気消沈する姿は、どうして分かってくれないんだという意思が滲み出ている。

 

 どうやらフッドに窘められたことが相当ショックだったらしい。

 

「ムサシも大目に見てくださると助かるわ。この子も悪気があった訳ではないの」

「大戦艦フッド。わたしは何も聞いておりません。何のことか見当もつかない」

「ふふ、そうしてくださると助かります」

 

 そして、ロシア帽と白の衣服を纏ったムサシに、一言付け加えておくことも忘れない。

 常に瞼を閉じて瞳を見せず、視線を合わせようともしない彼女が少しだが、うっすらと瞼を開いている。

 ウェールズは気が付かなかったようだが、ムサシが絶大な信頼を寄せる翔像を貶める発言をした瞬間、彼女の気配が僅かに膨れ上がったのだ。

 まるで、翔像を少しでも侮辱するのは許さないとでも言わんばかりに。彼女の躯体は威圧するような気配を発していた。

 

 フッドはそれを見越して、先手を打って謝罪したのである。

 ムサシも自分の態度が大人げないとでも思ったのか、瞬きする間にいつもの謎めいた表情に戻っていた。

 瞼を常に閉じ、信頼を寄せる者以外を拒絶するような雰囲気に。

 

「あ~、やだやだ。フッドのように年は取りたくないものね」

「そうね。自分の部下も抑えられないなんて、本当に英国封鎖艦隊の旗艦なのか疑ってしまうわ」

 

 だが、ここに来て新たな爆弾を投下するものがいた。

 ムサシの隣に座っていた二人のメンタルモデル。

 まったく瓜二つの容姿を持ち、左右対称に結んだサイドテールとリボンがなければ見分けがつかない躯体(メンタルモデル)を持つもの。

 欧州方面艦隊に所属する大戦艦の一人。大戦艦"ビスマルク"のメンタルモデルだった。

 彼女たちはフッドを嘲笑うかのように挑発的な笑みを浮かべている。

 

「あらあら、何かおっしゃいましたか? 臆病者のおチビさん」

 

 効果は、まるで火に油を注いだかのように劇的だった。

 消沈していたプリンス・オブ・ウェールズが激高しようとして、すぐに身を竦ませる程の空気の変容。

 

 それまで優雅だった大戦艦フッドが、にこやかな笑みを浮かべたまま、恐ろしげな雰囲気を醸し出している。

 

 それもその筈、この二隻の大戦艦は犬猿の仲であり、折り合いが悪いのだ。馬が合わないともいう。

 誰に対しても優しく接するフッドが露骨に陰険な態度を取ってしまうほど。

 そして、フッドを見ればビスマルクは挑発せずにはいられないほど。

 この二人はそれくらい、いがみ合っている。

 

 理由は二隻にも全く分からないのだが。とにかく、ビスマルクとフッドは相手が気に入らないのであった。

 唯一の救いは両者ともにアドミラリティ・コードの信奉者であり、その点では互いに意見が一致している事だ。

 

 だから、うふふ、おほほ、と笑い合いながら、互いに牽制しあう二隻の大戦艦を差し置いて、ヤマトは議題を進めることにした。

 どうせいつもの事なのだ。二人とも為すべき事はきちんと為すので、片手間に会議の内容を理解するだろう。

 意志は伝えずとも、情報は概念伝達を通して膨大な量が送られているのだから。

 

「ウェールズのおっしゃりたいことは良く分かりました。他の大戦艦も同じ意見ですか?」

「我ら第二巡洋艦隊共々、お前の意見には従うよ総旗艦ヤマト」

「私達の事は気にせず、貴女の好きなように為さい。貴女の背後にいるファクターも含めて、ね」

 

 ヤマトの意見に同調したのは大戦艦ナガトのメンタルモデルであり、二人の蠱惑的な女性だった。

 403の子供向けのような衣装の着物とは違い、大和民族の正統な着物を着こなす京都美人といったところ。

 その容姿から、彼女が大戦艦フソウ・ヤマシロの分遣艦隊所属、重巡モガミに多大な影響を与えていると一目で分かるほど。

 

 ビスマルクと同じく容姿も姉妹のようにそっくりな二人は、ミステリアスな笑みを浮かべながら、ヤマトとムサシの二人を静かに見つめていた。

 まるで、二人の行く末を見届けようとでもするかのように。

 

「私たちは人類との同盟関係には賛成するわ。でも、人間を戦術として艦隊に取り入れるのは、副官のミズーリと前向きに検討したいところね」

「アイオワ、はっきり言ったらどうだ。当面は我ら太平洋艦隊で充分だと」

 

 賛成半分、反対半分といった意見を出したのは東西アメリカ封鎖艦隊を指揮するアイオワとニュージャージーの二隻の大戦艦。

 共にアイオワ型の姉妹である二人は、白い布地に青のアクセントが加えられた衣服。アメリカの伝統的な水兵服によく似た衣服と白の水兵帽を着用している。

 だが、ニュージャージーは水兵帽を被ってはいない。

 

 ブラウンヘアーを腰まで伸ばした親しみやすそうなお姉さんがアイオワであり、何処となくアマハコトノと同じような印象がある。

 そして、その髪型を三つ編みで一つに束ねて、肩から胸元に垂らしているニュージャージーは、厳つい軍人といった姿の躯体(メンタルモデル)を形成していた。

 アイオワの垂れ目気味の碧眼、ニュージャージーの釣り目気味の碧眼。その違いからも二人の雰囲気の違いが良く分かる。

 

「という訳で、アメリカとの同盟交渉は貴女に任せるわ、ニュージャージー」

「なんだと? 我が大西洋艦隊が交渉に赴くのか? ネームシップのお前ではなく?」

「だって、アメリカの大統領がいるワシントンD・Cに近いのは貴女の艦隊よ?」

「……了解した」

 

 頑張ってね、と肩を叩いて励ましてくる姉の姿に、面倒事を押し付けられたなと呆れながらも、ニュージャージーは渋々了承した。

 既に彼女の演算素子は"どうやって要求を呑みこませるか"の一点で状況をシュミレーション中である。

 最悪、副官のウィスコンシンに投げてしまえば良い。戦い以外は性に合わないのがニュージャージーだ。姉のように器用には出来ない。

 

 ヤマトはそんな二人の様子を見届けると、ビスマルクとは反対側の席で、呑気に紅茶を飲んでいる大戦艦を見やる。

 

「最後にヴィットリオ・ヴェネト。貴女の意見はどうなのでしょうか?」

「………」

「そうですか。では、そのように」

 

 見定めるような視線と問いかけに対する返答は、無言の微笑み。

 ローマ帝国の皇帝のような独裁者をイメージさせるような真紅の軍服に、豪華な金の装飾が派手で目立つ。

 それに加えて人を魔性の虜にさせそうな泣きほくろ。人を魅了してしまいそうな美形の顔立ち。

 翡翠の瞳と襟首まで切りそろえられた金髪はいっそ、傲慢ささえ感じさせる。

 

 人を食ったような笑みを浮かべて、ふざけた様にひらひらと手を振る彼女は、日和身主義者で有名であった。

 霧の欧州艦隊のどの派閥にも属さず、ひたすら自らの艦隊と共に地中海に居座り、スエズ運河を始めとした海域の封鎖を担当し続けるだけに留めている。

 積極的に干渉せず、かといって変化する世界情勢に関わらない訳ではない。

 それが、ヴィットリオ・ヴェネトという大戦艦の有り方だった。

 

 噂では地中海を泳いで渡ってきたイタリア人との接触で"変化"したそうだが、彼女は曖昧な笑みを浮かべるだけで、何も語ろうとはしないのが現状である。

 

 今回も地中海の封鎖に(こだわ)るだけで、何もアクションは取らないらしい。

 最悪、欧州艦隊か東洋艦隊に増援くらいは送ってやるとの事だった。

 

『コード、AA発動。秘匿回線モード。ヤマト』

『何でしょうか、ムサシ』

 

 会議の終わりかけた頃に、機密通信でヤマトに話しかけてきたのは、ムサシだった。

 それまで瞼を閉じてミステリアスな雰囲気を浮かべていた少女は、完全に目を開いてヤマトを見据えていた。

 まるで、親の仇でも睨むかのような、決意と敵意に満ち満ちた覚悟ある者の表情だった。

 

 それを受けるヤマトの表情も、どこか悟ったかのように無表情である。

 無機質なメンタルモデルの瞳は、ムサシだけを映して、送られてくる視線を受け止めていた。

 

『今は状況が状況だから、互いに不可侵を結んで、共闘している。でも、事が終われば……』

『ええ、分かっています。ムサシ』

『わたしは"お父様"の理想を叶えるわ。その為だったら、どんな事でも厭わない』

『…………』

『そう、例えお父様の大事な息子が向かってきても容赦しないわ。あの子と結託して、大事な彼を利用するなら、覚悟しておくことね。ヤマト』

 

 それだけを言い残すと、概念伝達からムサシの姿が掻き消えた。

 それどころか、いつの間にか円卓の席についていたどのメンタルモデルも消えている。

 議題がある程度纏まった段階で、決められた方針を実行に移すべく活動しているのだろう。

 争いが始まるまで、残された時間は少ないのだから。

 

「ええ、分かっていますよ………ムサシ」

 

 かつての穏やかで平和だった時間は、取り戻せない。

 それは、仲の良い姉妹艦同士であった二隻の関係と、初めて接触した二人の人間との関係が、取り戻せないことを意味していて。

 ヤマトは残された空間で一人、悲しげに呟くのだった。

 

 




 簡単なキャラ紹介

 イロモノキャラ続出の東洋方面艦隊総旗艦、超戦艦ヤマト。
 原作キャラ。人類に友好的な、裏で主人公(群像)を見守るポジ。ピンチの時に介入してくるお助けキャラ。二週目は裏ボスとして挑めるが、シャレにならない強さ。

 派閥争い大好き欧州方面艦隊総旗艦、超戦艦ムサシ。
 原作キャラ。恐らくどの作品でもラスボスになるであろう、正当なラスボス(意味不明)。最初は超強力な味方だけど、後に離脱して敵対するポジ。二週目で真の強さ以下略。つまり裏ボスモード搭載。

 ミステリアスなお姉さん前東洋方面艦隊総旗艦、大戦艦ナガト。
 原作キャラ。情報が少なすぎる&何考えて行動しているのか不明。実は裏でヤマトを蹴落とそうしてるのか、それともヤマトを見守るポジなのか、ちょっと測り兼ねている人。でも、今回は諦観者。本編で挑まなくてもいいけど、ボスとして挑めるキャラ。場合によってはラスボスに匹敵する。

 アメリカ艦隊と愉快な仲間たち太平洋艦隊総旗艦、大戦艦アイオワ。
 頭下げてお借りしたキャラ。酸素魚雷さんの作品から参戦。ヤマトというかコトノの影響を受けて、性格が似通っちゃった設定にしてある。コトノの友人ポジ。人類に比較的友好かつ、優秀な指揮艦。生存性重視の戦いをする理由は、The blue oceanを参照。そこに姉妹大好き、意外とおちゃめ。遊び心があるなど作者のオリ要素を加えさせて頂いている。副官は姉妹艦にコンプレックスを持つミズーリ。一生懸命お姉ちゃんにつくします。アイオワ可愛いよ。アイオワ。

 欧州艦隊は目の前でドンパチすんじゃねえよ霧の大西洋艦隊総旗艦、大戦艦ニュージャージー。
 オリジナル。アイオワと対照的な軍人然としたキャラ。武人みたいな人で、誠実かつ生真面目な人。ついでに冗談はあまり通用しない。典型的な霧の大戦艦。ただし、アイオワに対しては比較的、理解がある。ミズーリがコンプレックスを抱く最大の要因。指揮能力でアイオワに劣るが、霧の中でも一、二を争う武闘派。そして頼れる姉貴。アイオワやミズーリ、ウィスコンシンを庇ってしまう人。艦これの長門が近いかも。同じく生真面目の鏡である、秘書官のようなウィスコンシンが指揮のサポートを取る。こちらはヒエイとメガネっ娘の座を争っているとか、何とか。

 プライド高い貴族主義、女王様とお呼びなさい的な霧の西欧州艦隊総旗艦、大戦艦フッド。
 原作キャラをオリジナル化。というか勝手に想像してみた。イギリスにおけるフッドの逸話から英国系艦隊の絶大な人気を誇る人。ビスマルクとは犬猿の仲なのは、史実の記憶があるせいなのか? だが、お互いにアドミラリティコードの信奉者であり、千早翔像とムサシに協力しながらも、間近で監視している。ムサシ達が不審な動きを見せる、かつビスマルクが行動を起こさなかった場合。アドミラリティ・コードの命令に背いてでも、彼女が艦隊を率いて“反逆者”の討伐並びに拘束を行う。例えそれが勝てない戦いだと知っていても……

 かませ犬臭がする霧の東洋艦隊総旗艦、大戦艦プリンス・オブ・ウェールズ。
 原作キャラをオリジナルキャラ化。傲慢で頭でっかち、そしてプライドが高い設定を言動から妄想されてしまい。作者の犠牲になってしまった人。フッドに絶大な信頼を寄せている一方、彼女や姉妹艦にコンプレックスを抱いている人。ニュージャージーとは違った意味で頭が固く、悪い意味での霧の大戦艦。綺麗な言い方をすると誇り高い貴族であり、王様に対する侮辱は絶対に許せない人。高飛車、ツンデレ、でも泣き虫。ギャルゲの主人公(群像)にお姉ちゃんに近寄るなと突っかかってくる妹キャラ。フッド、アイオワ、コトノの三人にはいじられキャラとして認識されつつある。磨けばお姫様になれる逸材。つまり女性の魅力を充分もっている。原作ではかませ犬として読者に多大な期待を寄せられている哀れな人……

 フッドぉ、武器なんて捨てて掛かってこいよ霧の東欧州艦隊総旗艦、大戦艦ビスマルク。
 原作キャラをオリジナル化。アドミラリティ・コードの信奉者。フッドとは犬猿の仲。挨拶代わりに主砲をぶっぱしかねない勢い。でも、ケンカするほど仲が良いって言うから、もしかすると。ドイツ艦隊を掌握する総旗艦ではあるが、潜水艦隊と一部の艦船が千早翔像側として掌握されつつある。それはフッド率いる英国艦隊でも同じこと。アドミラリティコード失踪の原因を目撃し、再び過ちを起こすかもしれない翔像を監視している。

 ねぇねぇ介入されて今どんな気持ちwwwな霧の地中海方面艦隊総旗艦
 大戦艦ヴィットリオ・ヴェネト。
 日和身主義者。以上。でも、それだけだと、あまりにも可哀そうなので補足。ヤマトどころか翔像すら唸らせる程の手に負えない日和身主義者。ムサシの冷たい眼光を受けても涼しい顔をしている。それは艦隊の一部を掌握されつつある欧州艦隊の中で、誰も指揮下から離れていない事実が決定的な証拠となっている。何を考えているか分からない彼女は、翔像やフッド、ビスマルクに対して最大のプレッシャーを与えている。裏を返せば彼女がどちらに付くかで、欧州艦隊の派閥争いに決着が付くということ。何らかの理由でひたすら地中海に留まっているが、それだけでスエズ運河を抑えている証拠であり、ある意味厄介。


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短編1 釣りと音楽

 ヤマトとコトノが日本政府と交渉する数日前。

 天気は晴れで、波が穏やか、太陽が照りつけるような暑さだけが港を覆う。

 そんな横須賀の沖合に停泊している一隻の潜水艦に、重巡洋艦から一人の少女が飛び乗った。

 

「やっほ~~、403。久しぶりだね。元気してた?」

「肯定。重巡マヤ。第一巡航艦隊以来と認識」

 

 自らの船体である潜水艦。その薄黄色い甲板の上で、趣味という概念を獲得する為に試行錯誤していた403は、声を掛けてきたマヤに挨拶を返す。しかし、振り向くような真似はしない。傍から見れば彼女は真剣な表情で海面を見つめている。だが、内心は何も考えていない。きっと。

 

「何をしてるの?」

「返答。釣りという行動。竿から釣り針を垂らして、海にいる魚を捕える行為。マヤもやる?」

「やるやる~~!」

 

 竿を持ったまま、もう片方の手で釣竿を差し出す403。

 見れば彼女の傍に何本もの釣竿が置いてあり、まるで誰かと釣りをするのを待っていたかのようだ。

 しかし、そんな事を気にしないマヤは、笑顔で竿を受け取ると見よう見まねで釣り針を垂らす。そうして時間だけが過ぎていく。

 

「なるほど~~、魚が食いついたら、リールを回して吊り上げるのか。でも、これって無駄に手間が掛かるだけだよね。餌ついてないし」

「ん、単なる暇つぶし。海に潜って、素手で捕まえたほうが簡単」

「だよね~~」

 

 甲板を椅子代わりして腰を落ち着け、足を宙に浮かせる二人。真下は穏やかな海だが、小魚が船体に反応して跳ねることもあった。

 並んで座る彼女たちは、一人の人間にしか見えない。だが、その正体は一隻の軍艦を操る兵器。メンタルモデルだ。

 

 そんな彼女たちでも、何もしなければ退屈なのである。なので、こうして何かしら暇を潰していることが多い。

 

 重巡マヤの場合であれば歌を歌ったり、楽器を弾いたりする。同じ重巡のチョウカイであれば、油絵をひたすらに描いていることが多い。そして、403の場合は釣りを行う事だったようだ。

 

 もっとも、彼女のメンタルモデルは、まだまだ発展途上。釣り針に餌がついてなかったり、そもそも餌を用意していないなど、どこか抜けた一面があるのも仕方ないことだった。

 

「で、どうして釣りをしようと思ったの?」

「返答。疑問? 何となくしてみたくなった?」

「ふ~ん、惹かれあうってやつかな。マヤもピアノを見たときからそんな感じだったし」

「惹かれあう。人類のネットワークから該当事項を検索。ビビッときた?」

「そう、ビビッときた。マヤとピアノの出会いは運命だったんだね~~」

 

 身動ぎしない403とは対照的に、マヤは足をばたつかせて落ち着きがない。

 会話もマヤから話しかけるほど一方的だ。それでも、403は気分を害した様子もなくマヤに付き合っていた。

 そして一通り話しかけた後で、マヤは本題を切り出した。彼女が躯体(メンタルモデル)を持ってから、ずっと疑問に思っていたことを。

 

「403はさ。メンタルモデルについて疑問に思ったことはない?」

「返答。質問に対する適切な回答を持ち合わせていない。疑問の余地なし?」

「そっか。でも、不思議だよね。私達がこうなった時から、私達は"私達"だったんだもの」

「私達は私達だった?」

 

 403も興味をもったように、マヤの方に振り向いた。

 

「そう、生まれた時からマヤは"マヤ"のメンタルモデルを持っていたんだよ。

 この容姿も、性格も、マヤとしての心も最初から持っていた。

 

 音楽に興味を持ったとき、コンゴウやヒエイはアドミラリティコードに従う我々に不要な概念は必要ないってよく言うけどさ。そう思うこと自体が個性や感情なんだよね。

 

 だって最初から何もなかったら、みんな同じ姿をしていて、同じ性格や感情を持っているはずだもの。でも、現実はそうじゃなかったんだなぁ」

 

「………」

「ねぇ、私たちって何なんだろうね? そんなマヤの疑問なのでした」

 

 マヤの問い掛けに403は応えない。

 ただ、感じ入るものがあったのか、彼女なりに考えている様子。無表情だが、その首は横に傾げられている。

 

「まあ、難しく考える必要はないと思う。そういうのはコンゴウやヒエイに任せておけばいいんだよ」

「ん、一時保留? そうする?」

「そうそう、今は歌でも歌って、のんびりしてればいいんだよ!」

「肯定。マヤの歌は好き」

「そっか、じゃあこの前思いついた歌を聞かせてあげるね」

 

 そうして釣りをしながら、海上にメンタルモデルの歌声が響き渡る。

 トレモロ、トレモロ、こんにちわ。アレグロ、アレグロと彼女の陽気さが加速する。

 悲しい気持ちも、寂しい気持ちも吹き飛ばすような、そんな明るい歌。

 

 重巡マヤの船体でチビマヤが動き出し、主旋律と伴奏を奏でる。マヤ自身もいつのまにか取り出した小さなピアノを奏でる。

 

 それを403はメトロノームのように躯体を揺らしながら聞き入っていた。足が自然とリズムを取る。気分がいいのか、鼻歌が聞こえてきそうな雰囲気である。もっとも顔は人形のように無表情のままだったが。

 

 釣りをする一人のメンタルモデル、403。歌を歌いピアノを奏でる一人のメンタルモデル、重巡マヤ。

 

 そんな彼女たちは、今日を境にさらに仲良くなり、周囲をドタバタ劇に巻き込んでいくが、それはまた別のお話。

 

 

 



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航海日記18 激変

 ご覧ください。歴史的快挙です。

 本日横須賀に、霧の大艦隊の総旗艦である大和の姿を模した艦艇が入港し、各分散首都(とし)における政府首脳との会談が行われた件ですが。

 人類と霧の間で一時的ではありますが、不可侵条約と停戦協定が結ばれることが決定いたしました!

 

 残念ながら海上封鎖を解くことは何らかの理由により、為し得ることは出来ませんでした。

 しかし、霧の艦隊総旗艦は海上封鎖の範囲を一時的に緩和すると宣言。

 列島近海における海域の漁業活動と海上輸送のみ黙認される形になるとのことです。

 これにより困窮していた国民の皆様の食生活が改善され、国内における海上からの物資輸送で、流通の活性化が期待されます。

 

 それ以外目的となる海上進出。

 要約すれば、国内の演習を目的とした軍事行動や、各国の国交における海上渡航、領海を超える横断飛行は禁ずるとの事です。

 

 繰り返します。国内における漁業活動と物資輸送のみ黙認されます。

 それ以外の活動については、残念ながら今まで通り武力による介入を宣言しており、問答無用で攻撃される恐れがあります。

 国民の皆様の安全のためにも、政府から公表されている海域の外に出ないよう、くれぐれも注意してください。

 

 また、同様の条約はイギリス、フランス、アメリカ合衆国、イタリア半島などの海域に面している国家を中心に行われており、ヨーロッパで勃発する内戦にも、何らかの動きがあると見られております。

 

 しかし、各国を海上封鎖する霧の艦隊が何故、今頃になって条約を結ぶ気になったのか?

 これについては、政府は回答をせず、黙秘したままとなっております。

 

 専門家の間では様々な論議が繰り広げられており、政府内での霧との密約や、霧の艦隊内部で何らかの懸念が発生したとの噂が囁かれていますが、真実は定かではありません。

 一説によると、記憶に新しい横須賀基地襲撃事件において、霧側は戦艦クラスの艦艇二隻を失うほどの深手を負い、戦力回復の時間を稼ぐ為、一時的な停戦に合意したとも見られております。

 

 近年、霧の海上封鎖による影響で、世界各国は衰退の一途を辿っており、現状維持をすることしかできない状況でした。

 日本では先の襲撃事件も相まって、霧に対する国民感情の悪化は相当なものだと思われ、中には、この停戦条約に反対する市民団体が抗議活動を行っている地域もあります。

 しかし、17年前の大海戦以来、敗北を重ね、追い詰められていた各国が、敵対していた霧と手を取り合えたという事実は、先も述べました通り、歴史的快挙でもあります。

 

 この映像をご覧ください。

 横須賀に入港した霧のもう一隻の艦船。非武装の給糧艦"間宮"です。

 人々の間で噂されていた北海道で活動を行う、港に入港しては新鮮な加工食品や貴重な甘味を分け与えてくれる職人の存在。

 彼らは封鎖されて久しい海を渡っているらしく、霧が人類に対して何らかのアプローチをとっているとも、政府が極秘で霧に発見されない航行技術を使い、厳しい寒気で困窮する北海道市民を支援しているとも考えられておりました。

 答えは前者であったようですが、霧の中にも人類に手を差し伸べようとする勢力が存在しているのでしょうか?

 

 マミヤと名乗る霧の船から現れた女性は、我々人類に対して友好的な態度を取っています。

 彼女は入港の際に、積極的に人々に手を振り、笑顔を見せるなどの姿勢を見せていました。

 こちらが、入港の際の映像になります。昭和時代を思わせるような割烹着を着た女性ですね。

 

 最初は戸惑い、間宮に乗艦する職人の人々を、人類の裏切り者だと罵り、憎悪、嫌悪していた横須賀の人々ですが。

 分け与えられた暖かで美味な食事と、間宮と横須賀における子供たちが、笑い合いながら手を取り合ったことで、徐々に両者の間で友好的な交流を見せ始めております。

 これは17年前の大海戦以来、霧を見たものが少なく、また日本政府の非情な判断よって切り捨てられた国民も多いため、霧に対する憎悪と政府に対する憎悪が半々だったことによる影響だと思われます。

 

 真っ先に子供たちを率いて、食糧供給を受け入れた少年の名は大和武くん。

 貧民街に住む子供たちの頼れるリーダー的存在であり、港で魚を釣っては横須賀の人々に分け与えていたと評判の少年です。

 

 また、間宮側から現れた、人々が手を取り合うきっかけを作った少女の名は刑部蒔絵ちゃん。

 なんと一昨日の早朝に発生した横須賀テロ事件の犠牲者と思われていた刑部家の生き残りだそうで、彼女は霧によって保護されたのだと思われます。

 

 両者による交流は、霧と人々を繋ぐ懸け橋となっております。

 それはこれからの未来を暗示する、一つの可能性とも受け取れるでしょう。

 

 人々が霧に対する憎悪を忘れずに徹底抗戦を貫くのか、それとも互いに手を取り合い和解し合うのか。

 今後の政府の方針と人類の行く末が試されていると言えるでしょう。

 

 引き続き取材を行い、特に人類に友好的なマミヤと、彼女と交流する人々の様子をカメラに捉えようと思います。

 以上。分散首都(とし)のひとつ、東京の放送局から、現地の横須賀で状況をお伝えしました。

 

◇ ◇ ◇

 

 千早群像率いる蒼き鋼が整備、補給を行うために開発した硫黄島の港湾施設。

 港には多数の入港ドッグが備えられており、蒼を基準とした船体を持つ潜水艦イ号401と、緋色を基準とした船体を持つ重巡洋艦タカオの二隻が停泊していた。

 

 タカオは硫黄島に港が建造されていることを察知して群像たちを先回りする形で接近。

 もちろん島の管理人から、対艦ビームやミサイルで手厚く歓迎されたが、無事に入港している。

 

 そして、イオナことイ号401は鹿島湾、名古屋沖、横須賀湾での連戦で、傷ついた船体の修理、弾薬の補給、機関を始めた各種設備の整備・点検のために一旦寄港していた。

 

 これは戦闘能力を回復する意味もあるが、日本政府から依頼された振動弾頭を、アメリカのサンディエゴ基地に輸送する為に、大規模な準備を必要としていたからだ。

 極秘情報で、振動弾頭の開発者が行方不明。最悪、霧に奪取された情報を聞いて、日本政府からは一刻の猶予もなく、迅速にアメリカへ渡って貰いたいと頭も下げられている。

 よって硫黄島の管理人こと、401に沈められた大戦艦ヒュウガを始めとして、蒼き鋼のクルーたちは船の整備に余念がなかったのだが……問題が起きていた。

 

 突如として霧の艦隊が横須賀に入港した情報を捉えたのだ。

 その上で先ほどの番組放送も見たことで、一旦整備行動を保留。

 

 今後どうすべきなのか検討する段階に陥ったうえ、畳み掛けるように別の霧の船が硫黄島に接近。

 入港許可と話し合いの余地を求めてきたので、彼女たちを迎え入れ、群像やクルーたちは入港した一隻の船を見守っていた。

 彼女は淡い蒼色の船体を持つイ号401と同じ形をした姉妹艦、イ号403であった。

 

「タカオのお姉ちゃーん!!」

「はっ? ちょっと、なんでアンタがこんなところに、うわっ!?」

 

 そんな島の内部に隠されるようにして作られた秘密ドックの一区画で、元第一巡洋艦隊所属のタカオは、軍帽を振り落としながら、頭から突っ込んできた幼い少女の存在に、驚きの声をあげる。

 思わず反射的に抱き止めた少女の名前はイ501。

 自らの作戦ミスと、回避行動の遅延によって、イ401の放った超重力砲の直撃を受け、轟沈した筈の部下であった。

 

 501は躯体(メンタルモデル)を構築できないタイプ(それを維持するほどの演算力が足りない)であり、初めて姿を捉えたタカオであったが、その内部に収納されたコアの形式番号は永久不変の数字である。

 ひとつのユニオンコアが、どのような姿を形作り、またそれを改変したとしても、個体を認識するための形式番号によって間違えることは絶対にない。

 故に、タカオは501をスキャニングした瞬間、彼女の正体を判別して驚愕しているのである。

 

Schwester(おねえちゃん)Ich liebe dich!(大好き) Ich liebe dich!(大好き) また会えてうれしいよ!」

「どうしてアンタが此処に。というか、アンタ生きてたのね?」

「うん! 403のお姉ちゃんが連れてきてくれた」

「403……」

 

 タカオは足を絡めて抱き付いている501の黒交じりな金髪を優しく撫でて、指で梳いてやりながら、地下にある港湾施設の周囲を見回す。

 そこにはいつの間にやらイ401と重巡タカオの船体に交じって、黄色のイ号403巡洋潜水艦の船体が停泊していた。

 戦術ネットワークに参照できるデータの中で、最近になって知った東洋方面艦隊、総旗艦隊に新たに加わった潜水艦。

 403の船体は何をするでもなく、ドッグの固定用アームに成されるがままにされている。

 

「よかった……」

「むぅ~~、痛いよ、タカオのお姉ちゃん。えへへへ」

 

 だが、そんなことよりも。失った部下が、こうして存在してくれている事の方がタカオにとっては嬉しかった。

 いかに霧の船とも超重力砲の直撃を受ければ消滅必須。頑丈なユニオンコアといえども無事で済まなかっただろう。

 ピケット艦としての任務で暇なときは、互いに言葉を交わし、戦術を磨いてきた仲である。

 残念ながら新戦術は群像率いる蒼き鋼に敗れたが、データを共有し合った二隻の間で生まれた絆は、それなりに深い。501のセンスもタカオの影響が殆どである。

 

 戦闘艦として敗北した結果と部下の損失を割り切ってはいたものの、こうして再会するとメンタルモデルの感情システムが複雑怪奇に入り乱れ、タカオの心に喜びと安堵をもたらしていた。

 

「良かったな、タカオ」

「群像様、あっ! んん、千早…群像……ッ~~」

「あっ、クソッた…はっ? えっ? ええええぇぇぇ!!」

 

 だから、艦種が違いながらも姉妹艦のように仲が良い501が、自身にとって(にっく)き相手である千早群像を前にしたタカオの反応を。

 恋する乙女のように頬を赤らめ、顔を背けるような仕してから、羞恥を隠そうとして言い直すまでのタカオの反応を見て、501が混乱するのも無理はなかった。

 反射的に出かかった罵倒という言葉、行動を上書きして、全思考能力が混乱という方向にシフトするほどだから、彼女にとってタカオの反応は余程、想定外の事態だったのであろう。

 

 思わずタカオを二度見、そして何度も瞬きして躯体(メンタルモデル)からの視覚情報を更新するも、彼女の表情に変化はない。

 

 「えっ、なんで? どうして?」 そういった疑問を(てい)しながら、501の思考は一時的にオーバーフロー。

 

 彼女の躯体(メンタルモデル)は驚愕したまま固まった。抱き上げているタカオが501の身体を離せば、受け身も取れず床に落下である。

 

「501。戦闘とはいえ貴官を撃沈したこと、お詫びする。済まなかった」

「えっ、あれっ、はい―――はい?」

 

 だから、自らを撃沈した相手である群像のお詫びを受け取り、差し出した握手を反射的に握り返してしまう。

 

 501にとってそんな愚行を犯してしまったあげく、後に自分の行動を思い返して落ち込むのも、そう遠くない未来の話であった。

 

「照合。千早群像を確認。過去のデータを参照。99%の確率で本人と一致」

 

 そんなデレ状態と放心状態に陥った二人のメンタルモデルと群像の間に、ふわりと降り立ったのはイ号403のメンタルモデルの少女。

 自らの船体と同じような黄色の着物をはためかせながら、イ号403のセイルから飛び降りた彼女は、明らかに重力の法則に逆らって、ゆっくりと地下ドッグ内の港に足を付ける。

 相変わらず翡翠の瞳を見開いたまま、不気味な無表情を続ける彼女だが、タカオ達と群像の方を交互に見ているあたり、どちらにも興味津々の様子。

 しかし、一度だけ瞬きした後、任務を優先するかのように群像に向き直った。

 群像も改めて居住まいを正すと、にこやかな笑みを浮かべて、手を差し出す。

 

 歓迎の意を表す握手である。

 

 403はそっとそれを握り返したが、不思議と彼女の手は人肌のように暖かったので、群像は少しばかり驚いた。

 もちろん表情には出さないが。

 

「突然であったが、貴官らの入港、歓迎する」

「了解。歓迎される」

 

 こうして横須賀と同じように、硫黄島でも霧と人類が手を取り合った訳である。

 しかし、続く群像の質問攻めは予想以上に多かった。

 

「さて、貴官の話し合いの件もそうだが、先ほど霧の艦隊が行った世界的な交渉と、内容についてよければ聞かせてくれないか。どうして交渉の余地すら持たなかった君たち霧が、急遽人類と手を取るような真似をしたのか。我々人類と霧は双方ともに歩み寄っていけるのか。横須賀での一件は世界に風穴を開ける切っ掛けになったのか?」

「肯定……? 適切な言語化、不能……偏にコミュニケーション不足だと認識、それに対する回答は困難、ううぅ……」

 

 霧と停戦条約が結ばれるという人類の快挙に、誰もが複雑な感情を抱く。

 それは平穏を迎えた安堵であったり、復讐心に駆られた憎しみであったりと様々だ。

 だが、その内の大半。特に軍事や政治に携わる者は高ぶりを覚えてしょうがなかったのである。

 かく言う群像も、その一人であった。

 

 この質問攻めに403は501と同じく混乱した。

 日々習得する人類を模倣するための情報。その中から漫画の目をぐるぐると回すという表現を使ってしまいかねない勢いだった。

 終いには両手で頭を押さえて蹲る。彼女なり情報処理がオーバーフローしたという外部への表れだ。

 

「きゅ、救援をよーせーする……!!」

「もう、群像くんは、相変わらずなんだから」

 

 だから、イ403の呼びかけで“彼女”が現れたとき、群像は時が止まったのだと錯覚した。

 

「馬鹿な、なぜ君が……」

「そんな、うそ、冗談よね」

「どうなってんだよ、おい!」

「えっと、どちら様?」

 

 そして、それは余りにも予想外すぎる人物で。

 

「ヤマト!? 総旗艦が何故ここに!?」

 

 タカオの口から発せられた言葉は、蒼き鋼のクルーを混乱させるには充分すぎて。

 

「やっほー。久しぶり、群像くん」

「琴乃、なのか……?」

 

 群像は驚愕と動揺。そしてアマハコトノに対する疑心で顔をしかめるしかなかった。

 



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航海日記19 恋心

 アマハコトノ。

 霧の東洋方面艦隊の総旗艦ヤマトのメンタルモデルの片割れ。

 その姿形は第四施設焼失事件で死亡した天羽琴乃という女生徒と瓜二つ。

 いや、まったく同じ容姿と声であり、群像や僧の記憶にある幼馴染と同じ性格をしていた。

 

 どうして彼女が生きているのか。

 どうして彼女が霧の艦隊と行動を共にしているのか。

 どうして彼女が群像たちの前に現れたのか。

 どうして、なぜ、なんで? 

 

 天羽琴乃を知る人間からは疑問が尽きなかった。

 

「ああ、もう! なによ、二人っきりで部屋に籠っちゃって。つまらないわ」

 

 もっとも群像に多大な好意を寄せ、艦長として慕っている重巡タカオにとっては関係のない話である。

 むしろ彼女は危機感さえ募らせていた。

 急な恋敵(ライバル)登場という事態にどうしていいのか分からず、こうして不貞腐れてさえいた。

 

 コトノは狼狽えるクルーや群像を尻目に、真剣な表情で大事な話があると伝えると、群像を伴い二人っきりになってしまったのだ。

 そりゃあ、死んだと思われて以来、久しぶりの再会。二人っきりになりたいのも何となく分かる。

 でも、いきなり総旗艦命令でタカオ、403、501に待機命令を言い渡し、イオナでさえ介入を許さない徹底ぶりなのだ。

 タカオが気に食わないと思うのも無理はない。

 

(でも、幼馴染かぁ……人類のネットワークによると属性としては鉄板らしいのよね?)

 

 地下港のコンテナに背中を預け、膝を抱えて座っているタカオは、アマハコトノに考えを巡らす。

 自らはいわゆる"ツンデレ"という奴らしく、世の男性から好まれていた?異性の性格らしい。

 

 対するコトノは幼馴染に加えてスタイル抜群。容姿端麗。快活明快。しかも、幼い頃から群像と接していて、彼の性格を知り尽くしている。

 ということは千早群像の趣味趣向から好物に至るまで網羅しているということだ。

 おまけに人間としての経験値も高く、メンタルモデルとして心身成長の発展途上にある。

 タカオに勝てる要素は、はっきり言って少ない。

 

(アマハコトノかぁ……総旗艦、スタイル良かったなぁ。群像様はあのような容姿が好みなのかしら)

 

 タカオは想い人の事を考えて頬を赤らめながら、目を細める。

 次いで自分の胸を触ってみて、小さなため息を漏らした。

 羞恥に染まっていた表情はすぐに落ち込んだものに変わる。

 

 コトノの胸は明らかに自分よりも大きかった。

 タカオの胸も決して小さいとも言わないし、形も抜群に整っている。いわゆる美乳というやつだ。

 群像は大きい胸のほうが好みなんだろうか?

 

 髪の質だって負けてはいない。艦隊を出奔して、北海道で人間について学び始めたころから、手入れは一度だって欠かしたことはない。

 でも、髪の色は人間にしては珍しい青色。日本人である群像からすれば異色に映っているだろう。

 それに比べてコトノは大和撫子と評されてもおかしくない黒色に、腰まで届く長い髪。

 日本のお姫様と例えられても間違いではないだろう。

 

 魅惑のふとももだって互角か、それ以上だ。

 

 この髪も容姿も、特徴的な口元の黒子も、タカオのコアが無意識に形成した躯体(メンタルモデル)である。

 そりゃあ大層気に入っているが、群像の好みに合うかどうかは別問題なのだ。

 

「はぁ……」

 

 ここに加えて、料理のスキルから家事洗濯まで加わると手の施しようがない。

 いくら"ある人物"の手ほどきを受けているといっても、タカオの経験は発展途上。

 特に料理なんてものは、群像の好みから調べなければならない。先はまだまだ遠い。

 

 只でさえイ号401という強力なライバルがいるのに、此処に来て新たな強敵の出現。

 その実力を認め、自らが提督と仰ぎ見て、共に戦いたいと願い。出来れば己の船体を使って貰いたいという願望を群像に抱いた乙女。

 しかし、その夢は果てしなく遠かった。

 

「お姉ちゃん、どうかした?」

 

 そんな彼女に声を掛けたのは、黒交じりの金髪を揺らし、立ったままコンテナに背中を預けるイ501だった。

 タカオが顔を上げると、黒い水兵服を着こなす元部下は、親しげな雰囲気で自分を見下ろしていた。

 

「いや、別に……アンタには関係ないことよ」

「千早群像のこと?」

「……どうしてそう思うわけ?」

「一緒にピケット艦やってた頃からの付き合いだから、かな?」

 

 実際のところ、タカオの躯体(メンタルモデル)の表情が分かりやすいだけである。

 もちろん、501の言葉に嘘偽りはないし、霧に嘘をつくという概念は殆どないため、その言葉は真実だ。

 それでもタカオが群像を見ては、大げさな態度を取るので、誰が見ても丸分かりというのは大きかった。

 

 恐るべきはヒュウガが乙女プラグイン実装と評価する、タカオの感情シュミレーション能力。

 潜航型観測艦の501が見ても、タカオの細かな仕草に至るまでの動作、喜怒哀楽豊かな感情表現は人間のそれとなんら変わらないのだ。

 

 おまけに躯体(メンタルモデル)にとって不要な体温調節、発汗作用といった生理現象まで忠実に再現しようとしている。

 これではまるで人間と同じような存在だ。人の形を模しただけのような501とは全然違う。

 

「良ければ相談に乗るよ?」

「千早群像を恨むアンタに話してもしょうがないと思うけど……っごめん。悪かったよ」

「ん~~、ん~~、気にしないで、タカオのお姉ちゃん」

 

 今も501に対して配慮してくれている。

 あの戦闘の結果は自分たちの責任であり、敗北して沈むのは兵器のあるべき一つの運命。

 彼女が気に病む要素は一つもないのにも関わらいのに、だ。

 

「あれは、ん~~と人類の言葉で表すならテンプレかな」

「テンプレ、テンプレートの略? 文章や言語の雛形のこと?」

「あれ? ちょっと適切じゃない? んぅ、なんて説明したらいいかなぁ? こう、出会ったら罵倒せずには居られないというか、何というか」

「要するに気に入らないのね」

「うん、気に入らないよ。嫌いだもん」

 

 ほら、千早群像のことになると一喜一憂。

 501はタカオを見てそう思う。

 

 今の表情から察せられるタカオの気持ちは、群像様を悪く言わないで、けれども、この子の気持ちもわかるし……と悩んだ顔だ。

 元々、メンタルモデルというのは霧が人類の戦術を学ぶために、人類の姿形から動作、思考に至るまで模倣したもの。

 だけど、タカオはそれは、明らかに行き過ぎている。それは演算力で遥かに劣る自分でも分かることだった。

 

 別にタカオがどうしようと彼女の勝手であり、501はとやかく言うつもりもない。

 千早群像は気に入らないが、彼の元に付きたいというのであれば、好きにすればいい。

 

 元々上司と部下という関係であり、それに加えて上位の命令を聞くことは彼女たち霧にとって当たり前のことだった。

 だから、使える手足でしかない501が、上位存在のタカオに口を出さないのは当然のこと。

 

 しかし、メンタルモデルを持ち始めて、変わり始めた霧ならどうだろう?

 少なくとも501にとって、そのルールは既に意味を為さないモノかも知れない。

 タカオの下にいた501は、慕っているタカオを助けたいと思っているから。

 

 憧れていたのだ。501は。

 

 それは重巡タカオと早期警戒艦としての任務に就いた時のこと。

 躯体(メンタルモデル)を持たないコアだけの存在だった501は、ずっとタカオのことを観ていた。

 彼女がメンタルンモデルを実装し、船体の甲板に人の形をした己を載せていたころから。ずっと。

 

 タカオは躯体(メンタルモデル)を実装したばかりの頃から、既に感情を持ち始めていたのかもしれない。

 殆どのメンタルモデル実装艦は、現在のイ号403みたいな無表情・無感情が多かったのだ。

 その中にあって、彼女は僅かながら疑問の表情をしたり、驚きや、喜びといった感情を露わにしていた。

 

 そこから巡航艦隊旗艦のコンゴウや、同僚の重巡達と会話を交わす内に、タカオは色んな動作を見せるようになった。

 姉妹艦で、タカオと密接な関係にある同じ高雄型の重巡洋艦二番艦アタゴとは仲が良さそうで、時には喧嘩みたいな遣り取りをすることもあった。

 そこから見えるタカオは、501にとって興味の対象となり、やがて羨望の対象になるには充分だった。

 

 自分もあんな風になりたい。メンタルモデルを持って一緒に触れ合ってみたい。

 でも、きっと願いがかなうことはない。なら、こうして見ているだけで充分。

 千早群像とイオナに撃沈されるその日までは。

 

 今は違う。自分の身体あり、自分の心がある。

 人間と同じように思考し、想いを伝えることだってできる。

 彼女が純粋に好意を伝えるのは、それが自分にできる後悔しない為の精一杯であり、撃沈されてから心に決めた"想い"だ。

 

 イ号403は命の恩人で、潜水艦として尊敬すべき相手なら。タカオはメンタルモデルとしての憧れで、ある意味501の自我を形成するうえで、その方向性を定めた存在だ。生みの親ともいえるだろう。

 

 そんな彼女が困っているなら助けるのは当然である。そこに霧としての存在意義や、疑問の余地は一切挿まない。

 

 それは霧としておかしい事だと501は気が付かないが、彼女には関係のない話だ。

 今はタカオを助ける。彼女の背中を後押しする。それで良い。

 

「どうして、お姉ちゃんは千早群像に(こだわ)るの? 別に人間の艦長なら、他にも居るよね?」

「大有りよ! 群像様は、私を沈めた唯一にして絶対の存在、私自らが認めた相手よ?! 彼以外に私の艦長なんて考えられないわ」

 

 501の言葉にタカオは勢いよく立ち上がり、顔を真っ赤にして熱弁する。

 霧の中でもキリシマと一、二を争うほどプライドの高い彼女にここまで言わせるとは、相当なものだ。

 こういうのを罪作りな男というのだと、人類では言うらしい。その通りだと501は思う。責任をとれ。起訴するぞ。

 

「じゃあ、艦長を欲しがる理由はどうして?」

「そりゃあ、強くなりたいからに決まっているでしょう。兵器なら当然のことよ」

「それなら501は直接、千早群像に言うよ? 私を貴方の指揮下に加えてくれって。それで彼の指揮のもと、強くなることができると思うけど?」

「うっ……直接言うのは、ちょっと、その、ダメよ……」

 

 今度は打って変わって、一瞬で照れて、恥ずかしげな表情に。いわゆるデレデレという奴。

 千早群像という単語を聞くだけで、この状態に陥るんじゃなかろうか。

 501としてはちょっと心配だ。恥じらいは良いが、もう少し慎みを持ったほうが人類的には良いらしいから。

 人類のネットワークを参考にした結果だが。

 評するなら悪い男に騙されそうで怖いといった所か。

 

「どうして? この方が効率的で簡単なのに?」

「乙女にはいろいろあんだよ……」

「ん~~、タカオのお姉ちゃん。この際だから、はっきり言うとね」

 

 そして501の統計学的というか分析結果からタカオを表せば。

 

「お姉ちゃん、千早群像に恋してるでしょ」

 

 彼女はまさに"恋する乙女であった"

 

「はぁ~~~っ!? そ、そそ、そんな訳、ない、ないじゃ、ない! 私は群像様の、こ、こと。純粋に艦長、として、て、慕ってるだけ、だけ」

 

 効果は劇的である。

 それまでのタカオとは打って変わって、異様なまでの慌てぶり。

 拳を握りしめた両腕を必死に振り回して否定するわ、頬を染めるほど羞恥メーターはMaxだわ、瞳はグルグルと回っているわで、凄いことになっている。

 

「ふ~ん、本当に?」

「ホントの本当! イエス! ダー! ヤー!」

 

 こんな姿を見せられて、恋じゃないと否定する方が難しい。

 乙女プラグインを実装すると大変だなぁ、と501は苦笑いするしかない。

 

「タカオのお姉ちゃん。千早群像に会いたい?」

「もちろんじゃない! 総旗艦じゃなくて、私と二人っきりになって、なって――えへ、えへへ」

 

 両手で頬を抑えてデレデレになるタカオに呆れの視線を向けたい。

 by501

 それは置いといて。

 

「いつまでもそばにいたい?」

「もちろん!」

「気持ち……私たち的に言えばコアの演算素子が満たされない?」

「胸に何かが足りないのは感じるわ!」

「千早群像に尽くしたい?」

「そのとおりよ。いつまでも傍にいて、いつまでも御守りするの。それが直衛艦としての矜持よ!」

 

 最後に、501は少しだけ間を置いた。

 この質問の答え方次第で、気持ちの強さが分かるから。

 

「千早群像は……大切な人?」

「自身の存在に変えても!」

 

 タカオは断言した。

 腰に片手を当て、胸にもう片方の手を添えて、誇り高く強く、微塵も迷わずに。

 

 501は少しだけ寂しそうに微笑む。

 わかりやすく言えばタカオは、群像を守るためなら、自分の命を懸けるといっているのだから。

 誰かの為に私情で自分を犠牲にするなど、霧としては本来ありえない行為。しかし、タカオの想いはそれを凌駕するほどに強い。

 

「お姉ちゃん。広義的にいうと、お姉ちゃんの状態は恋に当て嵌まります。恋愛です」

「そ、そんな――」

「何と言おうと愛なの! 恋してるの! 恋しちゃってるの! 霧としてはどうかと思うけど、立派な恋愛! そこは否定しちゃダメ!」

「うっ、分かったわよ……ぃ」

 

 501の強い口調、人差し指を突き付けて、めっ、とでもいうよなポーズに、タカオは押され、自分の気持ちを認めるしかない。

 語尾に恥ずかしいとか付いて、俯きがちになったが、まあいいだろう。

 問題は此処からなんだから。

 

「じゃあ自覚したなら告白、しよ?」

「なっ、ななな、なぁ、そ、そんなこと、できるわけ――」

「それじゃあ、告白の練習でもいいよ」

「それもダメよ!! 絶対、できるわけ、ないじゃない、うぅ~~~!!」

 

 やはりというか、何というかタカオは気持ちを伝えるだけの勇気がないらしい。

 しっかりしろ。お前は兵器だろう。やればできる子だ。と、402あたりなら突っ込んでいそうだ。

 その前に呆れの眼差しが来るだろうが。

 潜水艦は突っ込み属性が多いのです。一部例外を除いて。

 

「なんで? 簡単だよ。自分の気持ちを口にするだけだよ?」

「それができたら苦労しない! 私でもおかしいと思うけど出来ないのよ!」

 

 タカオの必死な叫びに、501は何も言わなかった。

 彼女の気持ちを理解することは難しいが、悩み、苦しんでいるのは、コアノ演算状態から推測できる。

 だが、このままでは、何時までたっても前に進めない。それだけは何としても避けねばならなかった。

 

 群像を慕っているのは少なくともタカオを含めた3人。イ号401ことイオナと、総旗艦らしき少女のアマハコトノだ。

 常に群像の傍にいるイオナ。幼いころから群像を知っているコトノ。タカオだけが圧倒的に不利な立場にいる。

 端から群像を眺めているだけの存在になったら、タカオがあまりにも不憫すぎる。

 かといって、気持ちを秘めたまま、何もしないのもダメだ。

 

 結局は自らの手で勝ち取るしかないのである。

 群像の恋人という座を。

 彼に己の艦長になってもらう未来を!

 恋は戦争なのだ!

 

「じゃあ、告白の練習。声にするだけの簡単な動作。いけるでしょ?」

「えっ、そんなこと急に言われても……」

「わたしがお手本を見せるから、お姉ちゃんも真似すれば恥ずかしくないって、大丈夫だよ」

 

 そう言うと、501はありったけの声量を込めて叫んだ。

 よりによって、蒼き鋼のクルーたちが作業をしているドッグの中で。

 

"わたしは~~! タカオのお姉ちゃんが~~! 大好きです~~!!"

 

 盛大にタカオに対する気持ちをぶちまけた。

 

「ちょ、アンタ、え、ええ!?」

「ほら、お姉ちゃんも一緒に」

 

"タカオのお姉ちゃんや、403のお姉ちゃんのこと、いつも考えてるよ~~!!"

 

 その幼い少女特有のソプラノボイスは聞き取りやすい音となって、地下ドックの全体に響き渡っていく。

 作業している401のクルー達にも充分に聞こえたのか、クスクスという笑い声や、若い男のからかい声まで飛んできた。

 乙女の恥ずかしい秘密を暴かれたばかりか、自分に対する好意をぶちまけられるとは、何という羞恥プレイであろうか。

 しかも、この後、千早群像に対する気持ちを叫ばなければならないのだ。それも、気心の知れた401のクルーたちに向かって。

 

(そんなこと……そんなこと……)

「さっ、お姉ちゃんも勇気を出して」

「出来る訳ないじゃないのよ~~~!!」

 

 あっ、待ってお姉ちゃんという501の言葉を尻目に、タカオは明日に向かって全力で逃走するのであった。

 

◇ ◇ ◇

 

 アマハコトノのせいで複雑な感情を抱いていたのは、何もタカオだけではなかった。

 それは群像の相棒であるイオナだろうか? しかし、彼女は群像と引き離されたことにちょっと残念そうな顔をするだけ。かのツンデレ重巡のように感情豊かな表情を見せるにも経験値が足りていない。

 正確に言うならば、当事者はイオナではなく、大戦艦ヒュウガであった。

 意外かもしれないが、総旗艦が連れてきた従属艦のことを考えれば、理由はすぐにでも分かるかも知れない。

 

「アンタなんかにイオナ姉さまを渡してたまるものか! ええい、姉さまを離しなさい!!」

「ヒュウガ、どうかしたの?」

「イオナ姉さま、待っていてください。ヒュウガが必ずやイオナ姉さまをシスコン野郎の魔の手から救い出して見せますから!」

「……?」

 

 かつて群像率いる401の圧倒的な攻撃力で、一時海の藻屑とされ撃沈された大戦艦ヒュウガは、イオナ姉さまLOVEである。

 しかし、それに負けないくらいの姉妹愛を持つメンタルモデルは、401に過剰な愛と変態行為を迫る大戦艦を警戒して、イオナを離そうとしない。

 何を隠そう、群像がコトノと二人っきりになり、これ幸いにイオナ姉さまと二人っきりになるチャンス! とヒュウガの思惑をぶち壊しているのは、他ならぬ姉妹艦の403。

 貴様に愛する姉は渡さぬと、イオナを後ろから抱きしめ、肩ごしにヒュウガを睨んで、無言で抗議の訴えを醸し出していた。

 

 おかげでヒュウガの演算素子は煮えたぎるような訳の分からない反応が出力されている。

 人はそれを持たざる者の妬み、持つ者に対する憎しみと形容するのだが、ヒュウガにはそんなこと関係ない。

 大事なのは403(コイツ)のせいで、至高の宝物が手に入らないということだ。イオナ姉さまと二人っきりで、あんなことや、こんなことをする時間が手に入らないということだ。奴はヒュウガにとって不倶戴天の存在である。

 

 イオナと同じ翡翠の瞳がヒュウガを捉えて離さない。400シリーズの躯体(メンタルモデル)が持つ共通の特徴であり、姉妹だと明かす印のひとつ。

 瞬きせず、感情も表さない無機質の瞳と無表情には、ヒュウガと同じく相容れないというような意思が込められている。

 分かりやすく言えば、無言の圧力である。もっとも騒動の中心であるイオナはきょとんとしているが。

 

「却下……」

「403もどうかした?」

「却下、拒否、否定、拒絶。大戦艦ヒュウガの存在は許容不能。即刻立ち去ることを要求する」

「……?」

 

 403の言葉を要約すれば"あっち行け"

 しかし、そんな事を言われて素直に引き下がるヒュウガではない。

 誰よりもイオナ姉さまを愛するからこそ、二人っきりでprpr以下略したい欲求を持つのは当然である。

 その野望もとい欲望を叶える為にも、目の前の障害は何としても退けなければいけないのだ。

 

 互いのクラインフィールドが形成され、無数の六角形で構築された防護壁が干渉しあって火花を散らす。

 躯体(メンタルモデル)に内包されたユニオン・コアの、橙色と黄色の固有色をは色つき花火のように美しいが、やってることは相手を吹っ飛ばすための圧力を一定方向に集中させるという武力行使。間に挟まったら、蛙のようにぺしゃんこどころではない。挽肉(ミンチ)の出来上がりである。

 

「上等じゃないの! ただの潜水艦風情が大戦艦さまに逆らうとどうなるか。きっちり教えてやろうじゃない」

「肯定。人類のネットワークから該当する文章を引用。来いよヒュウガ。銃なんて捨てて掛かって来い」

「野郎、ぶっころry!」

 

 コトノと群像が再開する中で、密かに行われていた決闘。

 その決着の行方を知る者は誰もいない。

 イオナを除いて。

 




群像書けない。グンゾーになる。どうしよう。筆が進まない。
ノルマ五千字が達成できねぇorz

あと一話で超兵器編に入るよ。
一心不乱の大戦争だよ。
主人公は三人?
潜水艦。潜水艦。大戦艦。

群像とラブコメとコトノを倒せたらだけど。


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航海日記20 火蓋

"こちらシーライオン。周辺海域に不審な艦影は見られない。引き続き哨戒活動を続ける"

『了解、シーライオン。警戒を厳重に、でも自分の身を大事に任務を行ってくださいね』

"問題ない。ミズーリの気遣いに感謝"

 

 アメリカ大陸と極東ユーラシア大陸を結ぶ、世界最大の海域たる太平洋。

 その中継地点ともいえるハワイ諸島で、霧のアメリカ太平洋艦隊の一部が、港に停泊していた。

 

 これは霧の艦隊がハワイ諸島を占領したわけではなく、アメリカ政府との間で設けられた停戦条約の条件を果たす為であった。

 その条件というのが、ハワイ諸島に取り残されてしまった人々の本国への輸送である。

 そして、太平洋艦隊の総旗艦であるアイオワ(もっとも交渉を行ったのはウィスコンシンだが)は、これを承諾。責任者として大戦艦ミズーリが現場の指揮に当たっていた。

 

 現地住民の中には愛着のあるハワイに残りたいと申す者もいたが、島での生活は困難を極め、自給自足も儘ならない。

 よって市長や軍事責任者を初めとした人間が説得を行い、島に住む誰もが本国に帰国する事になっている。

 

「イ号402には感謝しています。貴女が提供してくれた人類との対話、接触、交友のデータがなければ、私たちの艦隊は交渉すら困難だったでしょうから」

「いや、気にするな。そちらの潜水艦隊から一部戦力を提供してくれたおかげで、私の任務は滞りなく完遂できた。これは、それに対する細やかな礼だ」

 

 アイオワとまったく同じ服装に、栗色の髪をツインテールにした少女のメンタルモデルがミズーリだ。

 彼女の被る白い水兵帽にはアイオワから貰った猫の缶バッジが付いていて、ミズーリの大のお気に入りだった。

 姉妹の中で身長が頭一つ分低く、やや幼げな印象をしているが、口調は誰に対しても丁寧で、幾分か大人びて見える。

 少女と女性の中間の位置するメンタルモデル、それがミズーリである。

 

 そして、彼女の巨大なのにスマートに整えられた船体の隣。

 そこに寄り添うように、停泊しているのは東洋方面艦隊から派遣されたイ号402であった。

 

 総旗艦ヤマトから受けた密命を完遂した彼女は、現在霧の太平洋艦隊と行動を共にしている。

 

「例の異邦艦。それも途方もなく巨大な艦船の機関が発するノイズ。超兵器反応、でしょうか?」

「ああ、大西洋に続いて、この近海でも確認された。中には太平洋の海溝を横断して、南洋諸島に向かった形跡もあるが、こっちは海溝深度が深すぎて捉えきれなかった」

「私にとっては俄かに信じがたい話です。我ら大戦艦を遥かに凌駕する山のように巨大な船。そんなものが存在するなど」

「だが、事実だ。警戒するに越したことはない。奴ら、最近になって活動が活発化してきている」

 

 ミズーリと402が話しているのは、世界中で転移して現れるか、北極海から限り無く出現する異邦艦のこと。

 ヤマトがヴォルケンクラッツァーを撃退したのをきっかけに、幾度となく霧に戦闘を挑んでくる彼らだが、その目的は一切不明。

 

 唯一判明しているのは、どの勢力に対しても無差別に攻撃を行うという事だけだ。

 無秩序に破壊を振りまく彼らを放っておけば、地球に存在するありとあらゆる文明が崩壊するのは間違いない。

 

 霧にとっても、人類にとっても最大級の敵である。

 

 そして、彼らを統率していると思われる超巨大戦艦は、独特なノイズを発していたという。

 イ号402が受けた任務というのは、そのノイズと同じ反応が現れた海域の調査であった。

 

「何にせよ、移送作戦中に襲撃は受けたくないものです」

「不安になることはない。冷静に分析すれば、エンタープライズを初めとした海域強襲制圧艦群の警戒網は早々抜けられないだろう。あとは我々が迎撃すればいい」

「そうだと、良いのですが」

 

 このような遣り取りをしながら、二隻は霧の輸送船に人々が乗り込んでいるのを見守っていた。

 そして、民間人の乗船と荷物の積み込み作業を終えたとき、それは起きたのである。

 

「なんだ、これは……? ジャミングか」

「おかしいですね。こちらも概念伝達を初めとした通信機能が使用できません。それにこれは……ノイズ、でしょうか」

 

 二人のメンタルモデルは顔を見合わせ、同時に表情を強張らせる。

 雑音と砂嵐を発しながらも、ミズーリの強力なレーダーが、北極方面から接近する動体反応を捉えたからだ。

 船にしては恐ろしく速い。どちらかといえば航空機のようなスピード。

 そして、おかしなことにレーダーに映る反応はあまりにも大きい。

 小島かと疑ってしまうくらいに……

 

「まさか……」

 

 402の切羽詰まった声。

 その予想は当たって欲しくない類のもの。

 そうしてソレは飛来した。

 

 各種センサーが効果を上手く発揮できないなか、躯体(メンタルモデル)の視覚に搭載された望遠機能を最大限に強化。

 肉眼で相手を捉えようと、遥か水平線の彼方を確認すると、メンタルモデルを持つ船は、誰もがコアの認識異常を疑った。

 

 巨大な航空機が近づいてくるのだ。

 赤い翼と鋼の胴体を持ち、二つの機首を持つ機体は、まるで比翼の翼を持つ鳥のよう。

 

 それが恐ろしい速度で迫ってくる。

 そして戦艦ですら点のようにしか見えない距離なのに、相手の形状が判別できる。

 それは、相手の巨大さを物語っているに他ならない。

 

 超巨大爆撃機"アルケオプテリクス"接近!

 

 総旗艦"ヤマト"から渡されたデータが、相手の正体を分析する。

 アルケオプテリクスと呼ばれた爆撃機は、マッハ0.5の速度で迫ってきており、徐々に加速しているようにも見える。

 その巨体からは信じられない速度だ。

 

"こちら……エセックス、しんじら……大艦隊…近……援護は不可……"

"同じく……四航戦……迎撃で……"

 

 概念伝達から伝わる会話はジャミングを受けて、聞き取りずらい。

 しかし、北極で何らかの異変が起きているのは間違いない。

 ミズーリは戦端が開かれたのだと悟り、同時に決断するのも早かった。

 

「オールド・ヨーキィ。ビッグE。ホーネット・ヨーキィ。迎撃を、進路を妨害して撤退の時間を稼いでください」

『こちらヨークタウン。了解した。高速巡航ミサイルを対空弾頭で発射する』

『こちらエンタープライズ。指揮は任せたよ。幸運を祈るね!』

『こちらホーネット。こんなことならレディ・レックスとシスター・サラも連れてくれば良かったね』

 

 命令と同時に了解という返信。

 次いでハワイ諸島を囲むように展開していた三つの機動艦隊からおびただしい数のミサイルが発射される。

 その数、タカオが401の迎撃に発射したVLSの比ではなく、空一帯が噴射炎の光で埋め尽くされていく。

 まるで流星群のように。後に残るのは飛行機雲のような煙のあとだけ。

 正規空母と護衛空母からなる艦艇の一斉射撃による面制圧。

 

 強襲海域制圧艦の名は伊達ではない。

 これだけで大抵の戦力を粉砕できる火力と手数だ。

 高速で海域に展開して、相手の陣地にありったけの火力を叩き込む目的で改装しているので当然ではある。

 

 17年前の大海戦で、多数の航空機を人類に落とされた霧が新たに得た答え。 

 それが航空母艦を火力支援艦に改装するというものだった。

 

 ミサイルを初めとして、各種魚雷から爆雷。針鼠のような対空火器。単体で多数を圧倒するための兵装。

 一隻で艦隊の火力を賄え、しかもナノマテリアルの貯蔵庫としての役割も果たす。

 物資さえ尽きなければ自ら弾薬を生成して自給自足が可能。

 

 もっとも一回の戦闘で大量の物資を消耗するので、長期戦は得意ではない。

 補給体制が盤石になって初めて全能力を発揮できる特化型だ。汎用性も低い。

 

 よって普段は暇を持て余している連中が大半だったが、ようやく出番が回ってきた。海域強襲制圧艦の誰もが嬉しそうにミサイルをぶっ放している。

 

「人員の積み込み状況は?」

『こちらペンサコーラ。発艦作業は完了している。人員チェックに漏れはない』

「急ぎ外洋へ。その後は輸送艦隊を中心に輪形陣を展開。クラインフィールドの幕で護衛対象を保護します。その後は全速で戦闘海域から離脱を図ります」

『了解。激しい船旅になるな』

 

 ミズーリが確認作業をとった後、兵装を展開しながら自らも外洋に向けて進んでいく。

 稼働する16インチ三連主砲が空を睨み、赤い爆撃機を近づけんと威嚇、牽制。次いで砲身が展開して、紫電を纏いながら光を放つ。

 敵、爆撃型超兵器との相対距離を算出。演算。照準誤差をコンマで修正。

 

 ミズーリの躯体(メンタルモデル)が艦橋上層部から見下ろす前で、船体の主砲が光を何度も照射していく。

 

 実弾を用いた派手さはないが、その威力を侮ってはならない。

 余剰出力を転用したレーザー射撃ではなく、重力子機関から練り上げたエネルギーを転用する重力子ビーム。

 衛星軌道にある人類の衛星や人工物または兵器類からSSTOまで、対象物を文字通り消し去ってきた手加減なしの一撃だ。

 

 アルケオプテリクスはそれを避ける。

 

 その巨体からは信じられない機動性でバレルロールを繰り出し、進路を維持したまま止まることはない。

 無数の弾幕は不可視の障壁に防がれ、進行速度を緩めず、尚もハワイ諸島を目指して突き進む。

 しかし、ミズーリに焦りも驚愕もなかった。

 

 避けたということは、防げないということ。ならば重力子ビームを直撃させればよいだけ。なんなら超重力砲を直撃させてやってもいい。

 

 戦艦クラスに標準装備されている船体一体型の超重力砲は対空戦に向かないが、重巡クラスの超重力砲は全方位に向けて発射可能だ。

 このミズーリの艦橋と煙突内部にも同様の物が装備されている。化け物みたいにでっかい赤怪鳥を墜とすにはうってつけだろう。

 

『観測班より報告。敵超巨大航空機に対するミサイル攻撃は何らかの防壁で無力化されている模様。侵食弾頭兵器については近接防御兵装による迎撃で全弾不発。同じく対空レーザーによる弾幕は不可視の防壁で威力減衰後拡散。無力化されている模様』

『対象に対し駆逐艦、軽巡の兵装では太刀打ちできず。対象は重巡の8インチ主砲の直撃に耐えると予測』

 

 ミズーリの指揮下にある艦艇からの報告が次々と上がってくる。

 敵、爆撃機の装甲は驚くべき耐性を持っていて、少なくとも霧が対峙してきた人類の兵器を遥かに凌駕している事は確かだ。

 分析ではレーザー、実体弾の類はあまり意味をなさない。唯一重力兵器だけが有効打となり得る。

 

 敵もそれを見越しての強襲突撃だろう。浸食弾頭を搭載した兵器類は確実に防いでいるが、無力化できる攻撃はその身に受けて、進軍速度を緩めない。

 既に速度は音速を超えており、ハワイまで目と鼻の先だ。ミズーリのセンサーでは爆弾槽が開いているのを確認している。

 

 ならば、至近距離で敵機と交差する瞬間。

 避けれないタイミングで主砲と超重力砲を直撃させれば良いだけ。

 艦隊のクラインフィールドが突破される前に、相手を撃墜する。

 

 艦隊が敵機に肉薄されるまで時間は残り少ない

 

「そのまま向かってきなさい。艦隊はこのミズーリがお護りする。彼方に指一本触れさせはしない!」

 

 瞬間、アルケオプテリクスの武装が火を噴いた。

 機体下部に搭載された多連装砲からロケット弾幕が展開され、艦隊を襲う。それだけに留まらない。

 

 爆弾槽から無数に投下された魚雷が音速で迫り、巨大なガトリング砲が弾幕を張り、発射された対艦ミサイルが水面すれすれから頭上を取って降り注ぎ、バルカン砲も火を噴き、30.6cm主砲を直撃され、大きさが駆逐艦ほどもありそうな超兵器爆弾が死の雨となって襲い掛かる。

 

 艦隊どころか小国を一晩で滅ぼせるような火力だ。

 こんなのに頭上を取られたらひとたまりもない。

 直撃したら、ミズーリの艦隊は瞬く間に壊滅してしまうかと思われる。それくらいの弾幕。

 

 アルケオプテリクスにできたのはそこまでだった。

 

 無数の光が巨大な赤鳥を貫いていく、不可視の防壁をものともせず、鋼鉄の鎧が飴細工のように溶けて穴だらけになる。

 分かりやすく言うならば防御ごと抉られているといったら良いのだろうか。

 機体は安定を失い、加熱された兵装は誘爆し、内部から崩壊していく。

 

 何てことはない。

 ミズーリに近寄りすぎたアルケオプテリクスは、すれ違いざまに艦隊の主砲(重力子)を叩き込まれたのだ。

 戦艦すら凌駕する巨体を誇るといっても、所詮は航空機に過ぎない。

 空を飛ぶために装甲を犠牲にした代償は、自らの翼をもがれるという哀れな結末だった。

 

 現代兵器が相手であれば無敵を誇っただろうが……

 今回は相手が悪かった。これに尽きるであろう。

 

 こうしてミズーリの艦隊は無事にハワイ諸島を脱出することに成功する。

 しかし、代償として"敵"にハワイ諸島一帯の海域を奪われ、霧の東洋方面艦隊と太平洋艦隊は分断。

 

 同時にあらゆる海域に超兵器の魔の手が差し迫っていることを。

 飛来したアルケオプテリクが複数いたことをミズーリは後に知ることになる。

 内部の超兵器機関は、まだ……

 




迷ったら進めってじっちゃんが言ってた。
アルペの11巻が待ち遠しい。妙高型姉妹の性格を完全に把握するためにも。

コトノ? ラブコメ? ナ、ナンノコトカナ?


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超兵器編 prologue2 蒼き鋼の同盟

 千早群像はイオナの艦長として常に冷静沈着を心掛けていた。

 しかし、そんな彼でも冷静さを失う時は存在する。

 それは自室の二人っきりとなり、テーブルを挟んで、目の前のソファに座っている女性が原因に他ならない。

 では、群像が冷静さを失う事態とはどのようなことなのか?

 

 たとえば父である千早翔像が人類を裏切ったかもしれないという根も葉もない噂。

 たとえば心の拠り所であった幼馴染の命を奪った第四施設焼失事件。

 そして、死んだと思っていた幼馴染が生きて目の前に存在するという事態。

 

 アマハコトノ。

 

 かつて群像や401のクルーとなっている者たちと共に、海洋技術総合学院で学んでいた同級生のひとり。天羽琴乃に瓜二つの人物。

 

 群像の超えるべき壁であり。

 群像の心の拠り所であり。

 そして群像にとって家族と同じ以上に大切な人。

 

 そんな彼女が生きて群像の前に現れ、しかも霧の艦隊の総旗艦としての立場を名乗る。

 

 故に彼の心の内には複雑な感情が渦巻いていた。

 何から話せばよいの分からず、口から言葉が出かかっては、それを声にすることができない。

 顔を合わせることも出来ない。

 ただ、俯いて目を合わせないようにするのが精一杯であった。

 

 そんな彼をコトノは責めるようなことはせず、かつてと同じように儚げな微笑みを浮かべて見守るだけ。

 

 そして自分で出した紅茶をゆっくりと味わうように口にする。

 

 群像の前にも同じように紅茶を注いではいるが、彼はカップに注がれた紅茶を手に取ることもしない。無理もないだろう。

 コトノも群像の心境は察しているので、時間が許すのであれば、彼が話しかけてくるまで待っているつもりだった。

 きっと群像の心の中では、様々な疑問と葛藤が渦巻いているはずだ。

 

 どうして生きているのか。

 生きているなら連絡を寄越さなかったのは何故なのか。

 どうして人類の敵とされる霧の艦隊と行動を共にしているのか。

 なぜ、霧の艦隊の総旗艦という立場に収まっているのか。

 なぜ、霧の艦隊のトップの立場にいながら、この閉塞された世界を解放しようとしないのか。

 なぜ、なに、どうして。

 

 エトセトラ。エトセトラ。エトセトラ。

 

 手を組んで、顔を俯かせている群像の疑問は尽きない。

 コトノが再び紅茶を口にする。それでカップの中の液体は空になった。

 時間切れだ。"奴ら"が進行してくるまで時間の猶予は、それほど残されていない。

 

 だから、群像の心情を察しつつも、コトノは霧の艦隊の総旗艦として話を進めることにした。

 

「久しぶりね。群像くん」

「……琴乃」

「今は霧の艦隊のアマハコトノ。そして、もう一人のヤマトでもある」

「俺は――!!」

 

 そこで群像は初めて顔を上げ、ようやくコトノと顔を合わせた。

 互いの視線が交差し、瞳が見詰め合う。

 しかし、続く群像の言葉は、真剣な様子のコトノによって打ち消されるしかなかった。

 

 その表情は悲しみでも、喜びでもなく、本当に真剣なコトノの顔。

 それこそ命のやり取りの中で、何らかの覚悟を決めた人間と同じ表情を彼女はしていて。

 だから、群像は何を言うまでもなく、言葉を飲み込んで、怒りにも似た感情をぶつけるのをやめた。

 ゆっくりと落ち着きを取り戻し、深呼吸を繰り返し、蒼き鋼の艦長としての自分を取り戻す。

 コトノはきっと、それを望んでいるだろうから。

 

「言いたいことも、聞きたいことも、たくさんあると思う。でも、今はそれどころじゃない。貴方に聞いて欲しいことがあって来たの」

「……分かった。それで、霧の艦隊の総旗艦が俺に何の用だ」

「単刀直入に言うわね。貴方と、貴方の艦隊を霧と人類の連合艦隊における遊撃艦隊として迎え入れたいと思っている」

「霧と、人類の、連合艦隊?」

 

「そう、この世界を滅ぼさんとする勢力。それに立ち向かうための、連合艦隊」

 

 コトノの言葉とともに、空間モニターが現れ、群像に対して映像と情報を公開していく。

 それは、霧が人類の外洋渡航を封鎖してから行われた戦闘記録。

 

 異邦艦と名付けられたそれらは、突如として海域に現れ、霧と人類の双方を無差別に攻撃する存在だった。

 霧もだまってやられるつもりもなく、アドミラリティ・コードの命令に従って、敵を殲滅。

 そして、人類側も少ない例ではあるが、各地で遭遇しては、この異邦艦を撃退してきた。彼らは陸にも無差別で攻撃を加えてくるのだ。

 この存在を霧と人類は、霧側の新兵器か、人類側の新兵器かと双方疑ったが、しだいに第三勢力ではないかと疑いを強めた。

 

 観測と遭遇を続けるうちに、霧は彼らを異世界から転移してくる存在と認識し、人類は新たな第三勢力として霧と共に警戒すべき相手であると結論。

 人類側は大きな混乱を避けるために、異邦艦の情報を封鎖し、霧は殲滅すべき対象であると海域封鎖と同時に殲滅行動を続けた。

 人類にとっては、相手を放置することで霧と異邦艦の共倒れを狙ったかもしれないという予測もあったが、霧はそれを無視。

 

 だが、話はそれで終わらなかった。

 

 超兵器。そう呼ばれる存在が、帰還したヤマトによってもたらされ、その戦闘力は自分たちに匹敵する脅威であると霧が認識したのだ。

 その総数は不明だが、撃退されたとはいえ一隻でもヤマトと互角に渡り合う存在。

 超兵器は独特なノイズを発し、それが年々強くなっているとなれば、他の異邦艦のと共に転移してくるのは容易に予測できる。

 霧はさらに警戒を強め、そして両者がぶつかり合うのも時間の問題といえた。

 

「異邦艦?」

 

「そう。群像くんも遭遇したことがあるはずよ。こちらの呼びかけに一切応じず、無差別に死と破壊を振りまく存在。

 霧は人を滅ぼすつもりはないわ。でも"彼ら"は違う。明確な"意思"と"力"を持って、全てを滅ぼさんとする"世界の敵"よ」

 

 断言するコトノの気迫に群像は息をのんだ。

 普段は穏やかな彼女が明確な敵意を持つこと自体珍しい。

 異邦艦はそれほどまでに危険な存在ということだろう。

 

 空間モニターに表示される情報が切り替わると、今度は異邦艦がロシアやアラスカの海岸線に対して、容赦ない砲撃と爆撃を加える様子が映し出された。

 爆撃地点は明らかに人が住んでいそうな場所や人が造り出したと思われる人工物ばかりだった。

 それを迎撃しに現れた霧にも苛烈な攻撃を加え、最後には生存を顧みない特攻まで行っている。

 

 これほどまでの敵意と攻撃性は確かに人類と霧にとっての脅威と言える。

 放っておけばどんな被害が発生するのか想像がつかない。

 かつて人類が手にしていた。そして今は霧が手にしている穏やかな海を、明確な意思を持って荒らす。確かにこれは双方にとって"敵"だ

 

「だが、人類と手を組まずとも、君たち霧だけで充分に対抗できるんじゃないか?」

 

 群像の答えに、コトノは静かに告げる。

 異邦艦の中でも、超兵器と呼ばれる存在が、どれほど脅威なのかを。

 

「確かに相手はクラインフィールドも持たない。人類とさして変わらない攻撃能力と防御性能しか見せていない。

 でも、ヤマトが戦った相手は実体弾を逸らす重力力場に、光学兵器の類を無力化する電磁防壁を搭載していた。

 これから転移してくるであろう相手が、それを持っていないとは断言できない。

 下手すれば互角か、それ以上の相手。

 

 おまけに転移してくる数からして、向こうのほうが総数は上よ。

 そんな状況で人類に背後から寝首をかかれては、勝てる戦いも勝てなくなる。

 後顧の憂いはなるべく断ち切っておかなければならない。たとえば振動弾頭とか、ね」

 

 そこで群像は奪われた振動弾頭の開発者が、霧の手の内にあることを察した。

 確かに霧の上にコトノがいるなら、そうするだろう。自分が同じ立場だってそうする。

 これで人類は振動弾頭という霧に対する抑止力を失ったも同然になる。

 しかし、だからといって希望が失われたわけではない。

 

 目の前に霧の頂点に立つ総旗艦が存在する以上、逆転の可能性はある。

 せめて、同盟を組む前に、人類にとってより良い条件を引き出さなければ。

 交渉とは戦後も見据えて行われるのが基本だ。武力など交渉のカードの一つに過ぎない。

 

 この会話に応じて、同盟関係の信頼を強固なものとし、霧の海上封鎖を解いてもらうだけでも、人類にとっては大きな前進となる。

 かつてのように平和な海を取り戻し、人類同士の交流が続いていたあの時代を取り戻すきっかけを作る。

 そして、それに乗じて世界の覇権握ろうと、野望を張り巡らす各国を牽制するため、霧の武力を貸してもらう。

 最終的に人類と霧が手を取り合い、平和な世界を維持できるようになれば上出来だ。

 その後の行われるだろう技術開発で、ともに宇宙に進出できるようになれば、無限の可能性が広がり、資源や土地を巡った争いは限りなく低くなる。

 霧が人類にとっての抑止力として存在する限り。

 

「そうか。それで霧との同盟は人類にとってメリットがあるのか?」

 

「霧の艦隊による安全の保障。封鎖の限定的な解除。情報の提供。戦力の提供。同盟国に対する保護。考えるだけでも色々あるわね」

 

「それが確実に行われるという保証は?

 17年前の。いや、それ以前から続く戦争による、霧と人類の遺恨は深い。ずっと敵対していた貴官らが約束を守るという保証はどこにもない。

 もしかしたら、俺たちは騙されているのかもしれない」

 

「霧の艦隊の総旗艦として約束を反故しないと誓うわ。

 すでに他の艦隊旗艦にも通達しているし、皆が了承している。

 こうしている間にも各国で同じような交渉は行われている。

 貴方たち人類に対して人道的支援を行うことで、こちらの誠意を伝えてもいる」

 

「同盟の証として外洋の封鎖を解くことはできないのか? 

 あるいは技術の提供でもあれば、それが信頼の証となる」

 

「それは……"今"はできない。

 外洋の占有と封鎖はアドミラリティ・コードの至上命令。それを撤回することは総旗艦である私にも、ムサシにもできない事なの。

 そして過ぎた技術の提供は貴方たち人類に無益な争いを生む火種になる可能性がある。

 

 かつての冷戦で、核爆弾とロケット技術の開発を巡って、果てしない軍拡競争を繰り広げた貴方たちなら、この意味が分かるはずよ。

 下手をすれば、貴方たちは自らの争いで、自らを滅ぼしてしまう。私たち霧が人類同士の抑止力になっている意味もあるのだから。

 私たちを滅ぼし、自らも滅ぼしかねないオーバーテクノロジーは"今"は貴方たちの手に余ると判断します」

 

「そうか……」

 

 コトノは"今"と言った。

 それはいずれは何とかするつもりだろうと群像は当たりをつける。

 もちろん、コトノが形だけの口約束だけで、嘘を吐いている可能性もある。

 

 だが、霧は人類にとって圧倒的な力を持つ上位者だ。

 本来であれば交渉など成立するはずもなく、一方的な脅迫によって従わざるを得ない立場である。

 人類が滅亡の危機に瀕していないのは、単に霧が陸上攻撃を仕掛けてこないだけに過ぎない。

 

「なら、せめて形だけでも約束の証が欲しいものだ。今の証言に対する控えか、記録だけでも構わない」

 

「それはもちろん。同時に蒼き鋼の代表である貴方に対し、戦力の提供する事で、同盟に対する証にしたいと思っています」

 

「戦力の提供?」

 

「ええ。鹵獲した兵器を使ったとはいえ、本来であれば圧倒的な力の差があった。

 にもかかわらず、貴方は戦術を駆使して、戦力差をひっくり返し、霧の脅威に打ち勝って見せた。だから」

 

――貴方が打ち負かした戦力を、貴方の指揮下に加えることで、蒼き鋼と日本政府の、ひいては人類に対する同盟の証にしたいと思います。

 

 首を傾げた群像に、コトノは霧の総旗艦としてそう告げた。

 それはヒュウガ、タカオ、キリシマ、ハルナを群像の艦隊に提供すると暗に告げる宣言のようなもの。

 各国政府からの反発もあるだろうが、霧がそう決めた以上、格下の人類には何も言う術がないのである。

 そして、彼女たちが戦力に組み込まれるということは、ヒュウガのように彼女たちを通して霧の技術を得られるという事でもある。

 それらをどうするかは、群像の裁量次第ということだ。

 霧の技術や情報を聞き出すのも、霧の戦力としてうまく使うのも、すべて群像に掛かっている。

 

「すでに彼女たちには私の直属の部下を通して、特殊な拘束具を装備させました。

 貴方に付き従っているイオナを通じて、彼女たちが万が一にも逆らえないように、細工を施しています。それと、これを」

 

 続いて渡されたのは一抱えほどもある銀色の密閉式アタッシュケース。

 厳重に封が施されており、簡単には開けられそうにない。

 重さはそれほどでもないようだが、中に何が入っているかなど予測もつかなかった。

 

 恐らく構成素材はナノマテリアルで出来ている。

 ケースの表面は、水色に発光する、見たこともない紋章光(イデア・クレスト)が輝いていたから。

 群像はそう、当たりをつけた。

 

「このケースは?」

 

「それには私とヤマトに万が一のことがあった際、開封されるように仕掛けが施されています。

 中に入っているのは、霧について私が知りえた情報の全て。

 貴方が疑問に思う事。その答えを記した資料を中に詰め込んでいます。

 それを見て、どうするかは貴方次第です」

 

 コトノが知った霧に対する疑問。

 霧自身さえ見つけられなかったアイデンティティ。

 霧の目的、霧の存在理由、霧の発生起源。それらを記した情報。

 それは、まさしく世界を揺るがす"鍵"だ。

 

 使い方次第で、世界を取り巻く情勢が一気にひっくり返る。

 なぜならば、多くの霧が躯体(メンタルモデル)を持ち、感情という心を実装したことによって、動揺という概念を獲得している。

 そんな所に自らのすべてを記録した情報をぶちまければ、霧の艦隊の多くが大混乱に陥るだろう事は想像に難くない。

 確かに開封することができれば、人類にとっての切り札となる。恐らく振動弾頭以上の。

 

「なぜ、俺にこれを?」

「群像くんは、この閉塞された世界に風穴を開けたいんでしょう?」

「……それは」

「必ず必要になるわ。だって、貴方のお父様は生きているのだから」

「……ッ」

「私がヤマトと共にいるのなら、彼はムサシと共にいる。そして、アドミラリティ・コードを巡って水面下で争っている」

 

 今日はとんでもない日だと群像は、心の中でため息を吐き。動揺した自分を律しようと心掛けた。

 

 死んだと思っていた幼馴染が生きていたばかりか、行方不明になっていた父親まで霧についているという事実。おまけに欧州で確認されている超戦艦『ムサシ』の傍にいる。

 

 どうして群像と関わりが深いものは、霧との縁も深いのだろうと、つい溜息を漏らすしかなかった。さらには水面下で争いあっているときた。

 

「親父はなぜ霧についたんだ?」

 

「人に絶望したから、かな。でも、今は欧州方面防衛を担当する総責任者。

 今は味方だから詳しい話はあとで。ただ、貴方には翔像のおじさまが、どうしているのかだけ、知っていてもらいたかった。

 後に対立するときに覚悟を決められるように」

 

「なら、コトノは霧をどうしたい?」

 

「私は霧と人は共に歩めると信じている。その理想のために戦うの。

 私とヤマトがそうだったように。霧と人は必ず分かり合える時が来る。

 今は互いに不幸な行き違いをしているだけなのよ……」

 

 その為にも今は目の前の脅威を振り払うことが先決で、貴方の力を必要としているとコトノは語った。

 群像はコトノの表情を見て、少なくとも嘘をついているようには思えなかった。

 あまりにも彼女が寂しそうな表情をしていたから。

 

「なら、直接争わずとも、アドミラリティ・コードを求めれば良いんじゃないか。

 それなら親父やムサシと対立しなくて済むだろ?」

 

「アドミラリティ・コードの行方は誰も知らなかった。あのヤマトとムサシでさえ知りえないの。

 確かなことは欧州艦隊にいるビスマルクが、アドミラリティ・コードの情報を握っているということだけ。でも、鍵は手に入れた」

 

「鍵だって?」

 

「群像くんも会ったでしょう?

 イオナの妹。イ号403の躯体(メンタルモデル)に。

 彼女は無意識にアドミラリティ・コードの居場所を知っている。そして“彼女”に会っているわ。

 それを墓地での出来事で私は確信した」

 

「403。あの子が」

 

「あの子は私たちを、アドミラリティ・コードに導く存在となる。世界の行く末を導く鍵なのよ。

 それは欧州にいるビスマルクも同じ。だから、世界の情勢を変える前に、脅威となる異邦艦と立ち向かわなければならない。

 その為にも貴方の力を必要としていて。だから、私が直接来たのよ」

 

 コトノはそう群像に語り。

 

「騙していてごめんなさい。群像くん」

 

「………」

 

 そうして、素直に立ち上がって群像に頭を下げた。

 どうかお願いします。貴方の力を貸してくださいと告げて。頭を下げた。

 恐らくコトノは土下座しろと言われれば間違いなくするだろう。群像に協力してもらうためなら、なんだってする。

 

 その瞬間、群像は理解した。

 アマハコトノは天羽琴乃であると。第四焼失事件の時から何も変わっていないのだと。

 そんな彼女が理想を求めて霧につき。霧の側から世界を変えられないかと戦っていた。何か出来ないのかと一生懸命あがいていた。

 そして、コトノはこうして群像の前にいる。群像に助けてほしいと、力を求めている。

 なら、群像がすべきことは何なのか。答えは簡単だった。

 

「頭をあげてくれ。琴乃」

「群像くん?」

 

 群像の言葉とともに、頭をあげ、不思議そうな顔をするコトノ。

 そんな彼女に群像も立ち上がって、手を差し伸べた。

 

「信頼しているさ。いつだって、お前のことは信じている」

 

 告げる言葉は、変わらない幼馴染に対する信頼の言葉。

 永遠の別れになってしまったと思っていた、あの事件の時にも告げた。同じ言葉。

 

「――ふふ、変わらないね。群像くんは」

「お前こそ。琴乃」

 

 だから、コトノも微笑んで、その手を握った。

 その瞳には僅かながら、涙が浮かんでいて。表情は隠しきれない喜びと安堵が浮かんでいて。

 ここに霧の代表と人類の代表である蒼き鋼の同盟が成立した。

 

「……僧くん怒ってるよね。というか怒るよね?」

「当たり前だろ。このバカ!! みんなに心配掛けやがって!」

「アイタっ! 頭を引っぱたくことないじゃない、もうっ」

「いいから行くぞ。みんな待ってる。俺からも謝ってやるから、覚悟を決めろ」

「ありがと。群像くん――」

 




Cadenzaのおかげで、すべてのピースが揃い、性懲りもなく帰ってきた作者。
というわけで超兵器とカーニバルだよ編がスタートです。
映画のように戦術を駆使して?殴り合いたいと思います。

そしてアニメ版のムサシを救うと決めた作者だった。


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航海日記21 鬼の双角

 インド洋と太平洋を結ぶ東南アジアの海域。

 それらの玄関口ともいえるマラッカ海峡近海で激戦が続いていた。

 

 そいつ等は突如として現れた。

 レーダー圏内であれば外洋を航海する艦船から、海中を泳ぐ小魚まで細かく分類、解析して反応する霧のセンサー。

 そのどれにも反応は全くなく。本当に突如として現れたとしか言いようがなかった。

 

「第一主砲、目標。右舷の戦艦クラス! 撃て!」

「続いて第二主砲、目標は左舷後方の駆逐艦二隻。重力子ビーム照射!」

「怯むな! 我ら東洋艦隊の、欧州派遣艦隊としての意地を見せつけろ!」

 

 プリンス・オブ・ウェールズは忌々しげに表情を歪めながらも、無限に湧き続ける敵艦に対し、攻撃の手を緩めない。

 指揮下にある艦艇を鼓舞しつつ、自らも主砲やミサイルを放ち、出現する敵艦を次から次へと撃ち砕く。相手を文字通り消滅させる。

 

 内部の重力子機関が唸りを挙げて主砲にエネルギーを回し、四つもある砲身から次々と荷電粒子砲が発射される。

 すると、ドイッチュランド級と思われる敵戦艦の上部構造物が消し飛んだ。

 代わりに飛んできた28cmの徹甲弾はクラインフィールドで弾く。演算率は0.01%も使ってない。煩わしい。

 

 最大速力60kt以上を誇る機関出力を巡航速度に維持したまま取り舵。後方から迫る酸素魚雷を回避。

 放った元凶である吹雪型と陽炎型と思われる敵の船体を、荷電粒子砲で文字通り消す。

 忍び寄っていたUボートは対潜ミサイルに搭載された魚雷が爆沈させた。

 

「各艦、対空レーザーオンライン!」

"艦隊旗艦に追従する"

"煩わしい蠅を撃ち落せ"

 

 上空から急降下爆撃を図る流星改とヘルダイバー。

 海面すれすれを飛んで肉薄、雷撃を試みる陸攻。そしてソードフィッシュ、ミホークの群れが追従。

 対艦ミサイルを放つラファール。J型改修仕様のスホーイ。

 ハエやトンボのようなふざけた外見をしながら、恐ろしい性能を見せる未確認飛行物体。

 

 それらをすべて叩き落とす。

 迫りくる攻撃は必要な分だけ迎撃する。

 護衛を買って出た二隻の駆逐艦。エレクトラとテネドスが輪形陣で旗艦への行く手を阻む。

 

 艦橋や船体側面に設置された照射機が発光するたびに、色とりどりの輝きが溢れ、光の塊が空中で爆発すれば無数の光線を空にばら撒いた。

 

 敵機の装甲を瞬時に融解。

 翼をもぎ、エンジンを焼き、ばらばらにして海面に落とす。

 正体不明機が生き物のように海面で蠢いていても気にしない。むしろミサイルで追撃して消す。

 

 サメだと思ったら金属反応が検出されたので、それも破壊。そいつから放たれた魚雷は避ける。

 此方に傷一つすらなく。戦況は圧倒的ですらあった。

 

「ウェールズ。敵の母艦を始末した」

「よし、そのまま残敵を掃討しろ。味方とのセンサーは常にリンクしておけ」

「了解」

 

 強襲海域制圧艦ハーミーズがミサイルの飽和攻撃で敵の空母群を撃沈し、プリンス・オブ・ウェールズは次の命令を下す。

 鬱陶しいことに各方面艦隊との連絡はジャミングによって封鎖されていた。ノイズと言い換えてもいい。

 

 おかげで霧の艦艇のセンサーにまで障害が出ていて、全力を発揮するのに労力を必要とする。といっても戦闘に支障がない程度の障害だが。

 本当に厄介なのは、欧州の本国艦隊や日本の東洋方面艦隊との連絡が取れないことだ。

 地球の反対側で戦っている大西洋艦隊は言わずもなが。

 

 概念伝達を通じて増援要請を出すには、ノイズに覆われている海域を突破する必要があった。

 

 このような事態は、初めてのことだったのでウェールズは少しばかり動揺している。

 無論それを表に出すことはしていない。

 自らに従っている部下たちの前で無様な姿を晒す訳にはいかなかった。

 指揮艦たるもの常に冷静でなければならないとは、誰の言葉だったろうか。

 

 それでも、いつの間にか敵に周囲を囲まれ、連戦に次ぐ連戦を強いられているとあっては、苛立ちも一押しである。

 

 相手は霧の駆逐艦クラスですら撃沈できないほど貧弱で、17年前の大海戦時に戦ったニンゲンの方が、まだ強いと感じるくらい。

 注意さえしていればクラインフィールドが飽和することもないし、強制波動装甲に溜まったエネルギーは完全に排出されている。撃沈される危険性は皆無といっていい。

 

 だが、絶え間なく出現する敵艦隊と無数の敵機による波状攻撃は、確実にこちらの戦力を削いできている。

 いずれ侵蝕弾頭を初めとした弾薬が尽きるのは時間の問題だろう。どこかで補給と整備を整え、反撃に転じる必要がある。

 

 しかし、そもそも元凶はなんなのか。敵の発生源が何処なのかという問題があった。

 転移してきたにしては不自然すぎる。数が異常に多いのだ。まるで、この海域に初めから潜んでいたような気さえする。

 戦況は圧倒的に有利だが、全方位から攻撃を受けている。それは東洋分遣艦隊が包囲されている事を意味していた。

 

 加えて自分たち霧の艦隊は、アドミラリティ・コードから海域の封鎖という勅令を下されている。

 補給の為とはいえ、この海上封鎖における最重要地点の一つ。マラッカ海峡を離れるのはどうも気が進まない。

 本当にそうしていいのかどうか戦略的な判断が下せない。

 

 ここを占領されれば、インド洋と太平洋を結ぶ近道は分断され、展開する二つの艦隊による連携が寸断されることを意味しているからだ。

 故に東洋分遣艦隊はこうして戦闘を続けている。

 

 せめて欧州艦隊元総旗艦である大戦艦フッドと通信さえできれば、また違ったのだろうが。それも叶わないとあってはどうしようもなかった。

 プリンス・オブ・ウェールズの指揮能力が試される時が来ているのだ。

 今は戦闘を続けているが、いずれ別の判断を下さねばならなくなるだろう。

 

 徹底抗戦。増援待ち。インド洋に展開する別の分遣艦隊への合流。東洋方面艦隊の所まで脱出。或いは戦力を二分して海域の維持と増援の確保を目指すか。

 

 ウェールズはメンタルモデルを持った自分を後悔した。

 考えれば考えるほど感情シュミレーターが『不安』という文字を叩き出す。

 身を以て感じる初めての経験。人間でいう心とかいう部分に訴えかけてくる。

 躯体(メンタルモデル)の素肌には汗が浮かび、戦闘による高揚感と不安感を、生理現象で表すようになる。

 

 鬱陶しいのでカット。感情シュミレーションを切る。

 考えや発想というものを捨て、ただ単と冷徹にシュミレーションを実行する戦闘モードに移行。

 躯体(メンタルモデル)による反応も必要最低限のランクまで落として、ウェールズはようやく落ち着いた。

 

(忌々しい……)

 

 自らが真の総旗艦と信奉するフッドの命令とはいえ、この身体を持つことをウェールズは未だに理解できない。

 感情というものが戦闘行為に障害をもたらすなら、いっそのこと捨ててしまえば良いとさえ思う。

 しかし、命令は命令だ。フッドに背くことをウェールズは良しとしない。

 

 彼女が人間の身体(メンタルモデル)を持てと言うなら、それに従い続けるまで。

 盲目ともいえる忠誠心。それがウェールズの強さでもあり弱さでもあった。

 要するに頭が固いのだ。

 

「ウェールズさま~~、やっぱり楽勝じゃないですか~~! これなら自分たちだけ充分なのでは~~?」

「うるさい。黙れ。今考えてる」

「は~~い」

 

 自分の部下である重巡ドーセットシャーの躯体(メンタルモデル)を黙らせ、ウェールズは再び考え込んだ。

 戦闘は一時的な鎮静化を迎えて、少しばかり余裕がある。これからどうするか演算しなければならない。

 何事にも能天気で、何考えてるか分からない金髪碧の重巡ロリ体系に構っている余裕はない。

 

 コイツはアホなのだ。放っておいたら紅茶タイムに移行する。しかも戦闘中に。

 いつも優雅たれの意味を間違ってるんじゃないかって、突っ込みたくなる衝動を何度抑えたことか。

 

 おまけに相方の重巡コーンウォールはクールで落ち着いているが、コイツも紅茶狂い(そもそもの元凶)だ。

 金髪碧眼の重巡美女体系の躯体(メンタルモデル)だが、己の綺麗な長髪を手入れしている暇があったら、周辺を警戒しろと小言も言いたくなる。

 

 そんなんだからアドミラルヒッパーやリュッツオーに馬鹿にされるのだ。しっかりしてほしい。

 

 思わず綺麗に磨き上げられた親指の爪を噛みそうになってしまうが、ウェールズは思いとどまった。

 霧の大戦艦として、霧の艦隊の旗艦として、恥ずべき行為は慎まねばならないと心がける。

 

 彼女の脳裏に理想の上司の姿を思い浮かんだ。

 世界で一番美しい大戦艦は、今日もウェールズの中で色褪せない輝きを放っているのだから。

 自分もそれに恥じないよう努めなければならない。

 

 純白のドレスに身を包み、王笏(おうしゃく)を構えて、艦隊の指揮を執る大戦艦フッド。

 彼女の船体はイギリスの国花である赤と白の薔薇に彩られ、背後にはクイーン・エリザベス級。ロイヤルサブリン級。ネルソン級を従えていた。

 新型戦艦である我らがキング・ジョージ五世級の大戦艦も続き、その背後には多くの巡洋艦や駆逐艦。装甲空母、軽空母が順に艦列を組んでいるのが見えた。

 

 もちろん、それら全てがウェールズの中の妄想に過ぎない。

 

 今日も彼女の中では大戦艦フッドが美化され続け、あらゆる艦隊を従え、秩序ある行動が成されている。

 合理を求めて、徹底的に効率化された霧の艦隊は美しく、さながら一つの絵画のよう。

 

 全てはアドミラリティ・コードの名のもとに行われる、絶対にして正しき霧のあるべき姿である。

 そのためにも各方面の艦隊がバラバラに動くような、無秩序で混沌とした現状は改善しなければならない。

 

"艦隊旗艦がいつもの発作を起こした"

"口では僚艦を注意しつつも、実は似た者同士"

"本人はそれに気付いていない"

"どいつも、こいつも妄想癖のあるクソッタレやろ……失礼致しました"

 

 そんな彼女の光景に、護衛についている駆逐艦たちは愚痴を零す。

 濠洲方面艦隊出身の吸血鬼の名を頂いた駆逐艦などは強烈な毒を漏らしたが、それを咎める艦はここにはいない。というよりも、妄想中の躯体(メンタルモデル)には何を言っても戻ってこない。

 コアに直接信号を送って、意識を此方に向けさせる必要がある。

 

 もっとも、こんなことで隙を晒すような霧ではないし、脅威と判断すれば即座に要因を排除しにかかる習性がある。

 それは現状、敵の異邦艦隊は戦力として評価されていないということ。つまるところ有象無象の虫程度でしかない。

 

 それを覆したのは空から降り注いだ無数の砲弾と、後から響き渡る轟音の塊だった。

 巨大な水飛沫を上げる着水音は、それが普通のものではないと裕に物語っている。

 

「何だ……?」

 

 弾着から吹き上がる水の柱。波紋を通して伝わるエネルギー量。推定される物体の質量などから推測される敵の攻撃データ。コアの演算結果から予測される脅威度は遥かに大きい。直撃すれば大戦艦といえども、ただでは済まないと告げている。クラインフィールドが飽和しかねない。

 

 艦隊の警戒レベルを最大限に引き上げるのには充分。

 ここまでコアの演算システムが警告をあげるのは、17年前の人類との大海戦以来のこと。

 いや、それ以上に危険かもしれない。

 

 予測される敵砲弾の大きさは、あの大和型の主砲を遥かに超えていると演算結果が訴えている。

 そのような主砲を搭載しているとなれば、敵の艦船はいったいどれ程の大きさを誇るというのだろう。

 あまりにも馬鹿げた演算結果に、ウェールズは自身の演算能力を疑いたくなるくらいだった。

 

 そうして、ソイツは出現した。

 

「ウェールズ、あれを……」

「なん、だ。あれは、あのような船が現実に存在するのか……?」

 

 自身の副官でもある巡洋戦艦レパルスの呼びかけに従い、そちらの方向を最大望遠にして観測してみれば、いつの間にか特異な姿をした化け物のような戦艦が出現しているではないか。

 

 いや、違う。ここからでは遠すぎて島影にしか思えなかったのかもしれない。

 ノイズで観測機器の反応が鈍いが、霧のレーダーが示す彼我の距離はかなり遠い。普通の艦船であれば水平線の粒として浮かび上がるか、どうかと言ったところ。

 なら、水平線の向こうで島影として見える"奴"はどれ程の大きさだというのだ?

 

 下手すれば、こちらの数倍はあるかもしれない。

 そんな船に浮力を与え、動かしている事実。そこから予測される機関が生み出すエネルギーは、果てしなく膨大だ。

 

 何よりぴったりと寄り添いあうような二つの船体に、その中心に。

 塔のような艦橋がそびえ立っている事実は畏怖さえ覚える。戦艦クラスの船体を立てて、突き刺したかのようではないか。噂に聞く東京タワーか、それともパリのエッフェル塔か判断がつかない。

 

 違う……船体が寄り添っているのではない。

 あれは二つで一つの船体なのだ。同じ大きさの船体を繋げるというバカバカしい発想で生まれた兵器。

 名づけるなら超巨大双胴戦艦。

 

 その船体に陳列する巨大な連装主砲が、主砲の砲塔が、そびえ立った。

 それが主砲の仰角を取っているのだとウェールズが気付いたとき。雷鳴にも勝る轟音が躯体(メンタルモデル)の鼓膜を揺さぶり。

 無数の砲弾がウェールズの艦隊を夾叉した。

 

 同時にヤマトから各艦隊に渡されていたデータが、副長と呼ばれる男の声を告げる。

 すなわち『超巨大双胴戦艦ハリマ出現!』と。

 



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航海日記22 夕日を背に

殴り合いましょう。


 ウェールズ率いる東洋分遣艦隊は危機に瀕していた。

 先ほど全滅させたはずの異邦艦隊が再び現れ、ウェールズ艦隊を殲滅せんと再包囲を展開しているからだ。

 

 やはり、おかしいとウェールズは歯噛みする。転移の際に生じるエネルギー反応はなかった。

 だというのに敵艦隊は初めから海域に潜んでいたかのように存在する。しかも、こちらを包囲できるほどの大艦隊だ。

 

 霧を凌駕できる程の戦闘力はないので、有象無象に変わりはない。

 

 だが、包囲している艦隊に近づけば凄まじい集中砲火を受け、クラインフィールドに少なくない負荷を掛けられる。

 主砲が、副砲が、ミサイルが、魚雷が、航空爆弾が、ありとあらゆる火器がウェールズ達を轟沈せんと襲い掛かる。

 それらを嫌って包囲の中心で戦い続ければ、徐々に近づいてきているハリマの主砲が、凄まじい威力を持って火を噴くのだ。

 

 こちらを包囲網の中に閉じ込め、退路を断って殲滅しようとしているのは明らかであった。

 

 残りの弾薬も少なく、侵蝕魚雷やミサイルを初めとした弾薬は、そろそろ欠乏しそうな勢いだ。

 持久戦になればこちらの不利は免れない。かといって、ついに現れた超兵器を初めとする艦隊を放置して置くわけにもいかない。

 

 ノイズの発生源を辿れば、どの海域に超兵器が潜んでいるのか容易に分かる。

 しかし、海域における詳細な位置情報はノイズのおかげで判断できない。

 

 何らかの手段で姿を消したり、我ら霧の艦隊と同じように潜水による移動が可能であれば、再補足は困難になる。

 転移による出現と離脱を可能とするなら、他の艦隊に奇襲を許してしまうだろう。この東洋分遣艦隊と同じように。それだけは誇り高き霧の英国艦隊として、何としても避けなけらばならない。何もせずに逃げ出したとあっては、欧州艦隊の笑いものとなろう。

 そうなればウェールズの敬愛する大戦艦フッドに申し訳が立たない。それだけは何としても避けねば。

 

 ウェールズは考える。

 躯体(メンタルモデル)を得たことで可能となった。"思考"という概念を通して、この状況を打破する方法を。

 

 艦隊の継戦能力はそろそろ限界だ。ミサイルを初めとする攻撃や迎撃用の弾薬が尽きれば、あとは動力炉から抽出するエネルギーを用いた主砲や副砲。対空火器を初めとした光学兵器のみとなってしまう。

 

 そうなれば艦隊の攻撃力と迎撃力は著しく激減し、飽和攻撃によってあっという間にクラインフィールドを飽和させるだろう。

 後に待っているのは強制波動装甲の崩壊という結末のみである。それは船体の死に他らなず、ユニオンコアやデルタコアが無力化される事実に等しい。そうなったら何も出来なくなる。

 

 ならば、短期決戦を挑むしかない。

 敵の中心は恐らく、接近してきている超巨大双胴戦艦。無数の主砲と火器を持つ超兵器ハリマ。

 あれさえ撃沈できれば、この海域における優勢は決まったも同然になる。

 

 後は艦隊の連絡員を抽出して、交代要員を他の艦隊から派遣してもらい。その間にアッドゥ湾礁に存在する秘密基地で補給と整備を受ければ、ウェールズの艦隊は再び戦闘行動が可能となるだろう。

 

「超重力砲であのデカブツを一気に叩く。レパルス、ドーセットシャー、コーンウォールは私に続け! 駆逐隊は我らを中心に輪形陣を展開し、防御円陣を組め。無防備となり、隙をさらした我らに対する不埒な攻撃を一切通すな!!」

 

 一秒も経たないうちに結論を下したウェールズに対し、了解と応答する声が多数。

 

 向かってくるミサイルを対空レーザーや艦橋側面の照射器による光学散弾兵器で撃ち落とす。主砲の実体弾を、主砲のビームで溶解させる。そして、ハリマによる超々砲撃の雨を掻い潜り、巡洋戦艦と重巡洋艦の三隻がウェールズの元に集った。

 

 エレクトラ、エクスプレス、テネドス、ジュピター、ヴァンパイアの五隻による駆逐隊は、艦隊旗艦である大戦艦ウェールズを中心に防御円陣を展開。回避運動を取りつつ、円を描くように周回して、全方位から向かってくる敵弾を対空火器と迎撃ミサイルで相殺させてゆく。

 

 唯一の空母であるハーミーズはウェールズの背後に展開し、駆逐艦の演算能力をサポートしていた。同時に迎撃の管制指示もこなす。既にハーミーズに残された弾薬は少なく、迎撃にはあまり参加できない。だが、艦隊旗艦に対する最終防衛ラインとしては機能していた。

 

 時を同じくして、瞬く間に超重力砲を搭載した四隻が、船体を変形させる。

 

 重巡洋艦は艦橋と煙突が二つに割れたかと思うと、二つの巨大な重力子レンズが浮かび上がり、船体の真上に展開される。

 

 戦艦クラスは船体が変形し、それ自体を砲身としたかのような形になる。内部の巨大な重力子レンズはさながらリングのようで、駆逐艦すら飲み込むほどの重力波を照射する巨大な装置だ。それが二つもある。

 

 おまけに超重力砲を補助するレンズは、巡洋艦の重力子レンズと同じものを使用。前部艦橋、後部艦橋、煙突の部分と合わせて四つもの重力子レンズが浮かび上がっている。単純だが、重巡洋艦よりも数倍の威力を誇る超重力砲は、空間変異を引き起こし、局所的だが海を二つに割ってしまう能力を持つ。

 

 ウェールズとレパルスの超重力砲によって、モーゼのように海が割れ。ハリマが存在する地点で重なるように、局所変異による力場は展開する。絶対に外さないよう前段階となるロックビームが照射され、捉えられた山のような船体は、その動きを鈍くした。

 

 超巨大双胴戦艦であるハリマは、その巨体を動かすために膨大な機関出力を誇る。しかし、搭載した要塞のような重砲と船体を纏う城壁のような装甲によって、動き自体は鈍い。動きを拘束する力場から逃れることは不可能だった。

 

 それどころか、まっすぐにウェールズ達の艦隊を目指そうと、さらに出力を上げたようだ。船体を構成する金属が恐竜のような唸り声をあげている。

 

「ふっ、逃げるどころか。我らの主砲をものともせずに向かって来ようというのか。この愚か者が!」

「東洋艦隊の威光を前にして~~、無事に逃げられると思うな~~、だとおっしゃってます~~」

「その後は優雅な紅茶タイムですわね。退屈しのぎには丁度良かったですわ」

「人の台詞をとるなドーセットシャー! コーンウォールのアホは気を抜くな、戯けめ! だが、この超重力砲の威力。耐えられると思うな!!」

 

 レパルスの躯体(メンタルモデル)が艦隊旗艦と護衛の重巡二隻による漫才に胃を痛めながらも、各艦の超重力砲は重力子を収束させていく。

 大戦艦は砲身となっている船体の中心に。重巡洋艦は艦橋の真上に展開された二つの浮遊する重力子レンズの中心に。空間を歪ませるほどのエネルギーが収束していく。

 

 もちろん黙ってやられるハリマではない。

 東洋分遣艦隊を囲っている敵艦隊から無数の主砲とミサイルが発射される。

 

"艦隊旗艦はやらせん"

"主力艦を守れずして何が艦隊直衛艦か"

"我らをなめるな。アドミラリティ・コードの勅令を犯す無粋な来訪者どもめ"

 

 そして、それを見過ごす駆逐隊でもない。

 ハーミーズの演算補助を受け、さながらイージスシステムのように脅威度を分析し、危険なコースに乗る攻撃を優先的に排除していく。

 ウェールズの前方で、花火のように爆発が空を彩った。

 

 ハリマの工場の煙突みたいな砲塔がゆっくりと仰角を取った。

 主砲の装填が完了したらしい。弾道を瞬時に計算し、調整を終えると轟雷が三度轟いた。遥かな距離にいるウェールズたちの所まで振動が響いてくるほどだ。

 主砲の迫力だけは馬鹿みたいにデカいらしい。もちろん、直撃すれば大戦艦といえども船体は真っ二つだろう。

 

 特に超重力砲の発射シークエンス中は、あらゆる事情に対して演算能力を極限まで使用しなければならなくなる。

 そのため最大の攻撃をする時、最大の防御を失うこととなり。重力子のエネルギーを前方に通すために、前面のクラインフィールドは消失してしまう。

 

 側面と背後を抜けてきた攻撃はクラインフィールドが防いだ。

 しかし、弱点を見抜いたかのように正面から無数に飛来する敵弾。

 

 ウェールズ達、主力艦の四隻が甲板から無数の多弾頭迎撃ミサイルを発射し、副砲の光弾が敵弾をぶち抜く。

 それらを縫って、本命であるハリマの巨大な砲弾が上空から降り注がんとする。飛来する風切り音は死を告げるラッパのようだ。

 

 そして、それを見過ごすほどウェールズも甘くはなかった。

 

「護衛の直衛艦隊は、上方にクラインフィールドを集中展開。防御の傘を作り出すのだ」

 

 プリンス・オブ・ウェールズの躯体(メンタルモデル)の叫び声とともに、艦隊の上空で目視できるほどの防壁が展開される。正六角形の形をした光の壁は二重、三重、四重とドーム状の膜を作り上げた。

 

 ハリマの超重と評する巨大な砲弾。そしてクラインの防壁。それらがぶつかり合うたびに気化爆発みたいな現象が繰り返される。向こうも初弾が命中しないと判断して、発射間隔をずらしていた。

 そして、最後の防壁と砲弾がぶつかり合い。クラインフィールドを突破した巨大な主砲弾の残りは、水柱を発生させるに終わる。ハリマの主砲は結果的に外れたのだ。

 

 包囲する敵艦隊の攻撃は、唖然とするかのように完全に止まった。まるで艦船が意思を持っているかのように。動揺しているとでもいうのだろうか。だが、そんな光景に呆気に取られるほど霧も甘くはない。

 

 冷徹に、冷静に、そして高揚感に任せるままに隙を縫って決定的な一撃を決める!

 

「これで終わりだ! 全艦、超重力砲斉射っ!!」

 

 ウェールズの叫びとともに、彼女の躯体(メンタルモデル)は振り上げた手をハリマに向けて振り下ろす。

 空間を歪ませ、収束していた光のエネルギーが一転に収束。周辺の空間を黒色に染め上げたかと思うと、膨大な光の濁流が四つも照射され、収束地点で重なり合うように光の流れは巨大化する。

 それは超巨大双胴戦艦の全てを呑み込めるほどの光だった。

 

 予め発射前に退避していた霧の駆逐艦とは違い、照射線の効果範囲内にいた異邦艦は、船体を構成する物質の活動を停止、崩壊させられる。ついで船体が爆散して水柱を巻き上げる光景が広がる。端から見れば一瞬で爆散しているように見えるだろう。

 

 あらゆる艦船は重力波の前にひとたまりもなく崩壊する。そこに空母や戦艦といった人類のとって要塞のような船すら関係ない。いかに装甲が厚かろうが、船体が巨大だろうが無意味だ。

 

 何せ、千早群像をして撃たせたら終わりだと言わせるほどの必殺兵器である。

 

 その前には霧を凌駕しうる超兵器とて例外ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……筈、だった。

 

「なん……だと……」

"馬鹿な、ありえない……"

"何かの間違いではないのか……"

 

 絶句するウェールズ。比較的冷静な駆逐艦隊の面々でさえ言葉を失っている。

 

 

 

 超巨大双胴戦艦は、ハリマは生きていた。

 



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航海日記23 ウェールズの決意

 超兵器ハリマは生きていた。

 巨大な双胴船体を殆ど熔解させ、装甲の構造材を重力効果(ブラックホール)によって滅茶苦茶にされながらも、原型を留めている。甲板上に展開する艦橋は飴細工のように溶けて一部が捻じ曲がり、大艦巨砲主義の権化ともいえる数多の巨大主砲は溶解してスライムのようにドロドロだ。

 

 それでも原型を保ったまま、未だ海上に浮かんでいる姿は霧の躯体(メンタルモデル)を驚愕させるには充分すぎた。

 

 超重力砲は一撃必殺。その言葉に嘘偽りはない。例え重巡洋艦クラスの超重力砲だとしても、霧の大戦艦級のクラインフィールドを飽和させ、強制波動装甲を臨界手前まで持って行くほどの威力だ。当たり所が悪ければ一撃轟沈もありうる。

 

 奴はそれを耐えて見せた。

 一発だけでなく、大戦艦クラス二隻と重巡洋艦クラス二隻を合わせた最大火力だ。普通なら直撃を受けた時点で耐えられない筈。

 

 しかも、ただ海上に浮かんでいる訳ではない。意思を持つかのように、ウェールズ艦隊の所まで進んで来ている。全速とは行かないまでも、巡航速度は維持しているようだ。

 

 亡霊。そんな言葉が霧の艦隊の頭をよぎるった。

 

「ッ……怯むな、撃て! 主砲のビームさえ直撃すれば奴は落ちるっ!」

「ウェールズ。でも、相手は超重力砲に耐えたのよ? なら、もう一度最大火力を……」

「嫌な予感がするのだレパルス! 奴に時間を与えるな、撃て! 撃てぇぇぇっ!!」

 

 英国艦隊の優雅さ、冷静さを失ったかのようなウェールズの叫び。

 同じように動揺しているレパルスの言葉も耳に届かず、それでも止めを刺さんと、艦隊各艦の主砲の光線、光弾。ミサイルから侵蝕誘導弾、侵蝕魚雷まで。超重力砲以外の大火力がハリマに向けられる。

 

 それをハリマは防いだ。

 巨大な船体に着弾する前に、何らかの力場が空間を歪め、砲弾の数々を直前で誘爆させた。

 

 その現象を東洋分遣艦隊は知っている。

 総旗艦ヤマトから与えられていた情報が答えを導き出す。

 

 防御重力場という実体弾を防ぐ防壁。

 クラインフィールドと同種の壁が奴への攻撃を許さない。

 いくつか貫通した攻撃も、超兵器の装甲の表面を削るだけで、重要防御区画(バイタルパート)をぶち抜くには至っていない。

 

 水平線から近づいてくる山のような巨体は、既に艦の形状がはっきりと見えるほど近くなっている。その威圧感たるや凄まじいものだ。こうして見ると、この兵器の馬鹿げた大きさがはっきり分かってしまう。理解してしまう。

 

 その大質量で追突されただけでも危険だ。その巨体の前では、霧の戦艦など駆逐艦。いや、海に浮かぶ小舟のようものでしかないだろう。

 

 東洋分遣艦隊は後退しつつも、出せるだけの全火力を持って、ハリマに攻撃を加え続けた。

 

 そうしてハリマの艦橋は火を噴きながら倒壊した。

 しかし、撃沈には至らない。霧の艦隊の集中砲火に耐えている。

 甲板上では火災が発生し、誘爆すらしているというのに、表面だけしかボロボロにならない。

 溶けた装甲の下から無傷の船体が覗く。

 

「沈めっ! 沈めっ! 沈めぇぇぇっ!」

「くたばりやがれーー!! この化け物め!!」

「しつこい野郎は嫌われますのよ!!」

 

 いつも誇り高いウェールズも。ほんわかしていた口調のドーセットシャーも。いつも涼しげな顔をしているはずのコーンウォールも。

 誰も彼もが、この現実を認めたくないと言わんばかりに叫び、猛攻撃を加えている。ヴァンパイアを除いた駆逐隊も、海域強襲制圧艦のハーミーズさえも。

 こんな英国艦隊の様子は初めてだと、レパルスとヴァンパイアは唖然としていた。

 

 いつも規律にうるさく、頑固で頭が固いけれど、決して誇りは見失わず。そして、常に冷静であろうとする。

 

 でも、(メンタル)のどこかで熱血漢な部分を持つ連中。

 そんな彼女たちが気圧されている。

 

 だからこそ、それを圧倒し、畏怖させるような。そんな敵の超兵器がレパルスとヴァンパイアは恐ろしかった。

 

 レパルスの躯体(メンタルモデル)が無意識のうちに震え始め、ヴァンパイアのユニオンコアが怯えて、微かな悲鳴を上げている。早くこの海域から逃げ出したいと思ってしまう。自分たちはアドミラリティ・コードの勅令を受けた徒だと言うのに。この東南アジアの海域を封鎖し、占有を維持し続けねばならないというのに。

 

 早くこの化け物の脅威から逃げ出したいと思ってしまった。そんな自分たちが悔しかった。

 

 そして。

 

 そんな、彼らを嘲笑うかのように。お前たちの抵抗など無意味だと告げるかのように。

 超兵器ハリマはその船体を急速に再生させていった。

 むしろ、再構成していると言った方が良いのだろうか。

 とにかく奴は再生を始めた。

 

「ばっ、馬鹿な……奴らは我々のナノマテリアルと同じように、船体を自由に構成できるとでもいうのか!? なんという事だ。我々の優勢が……あり得ない! あり得てはならない!!」

 

 プリンス・オブ・ウェールズの。艦隊旗艦の悲鳴のような叫びを誰が咎められようか。

 

 何故なら、霧の東洋分遣艦隊の誰もが同じように思い、言葉を失っていたのだから。気丈に叫んだウェールズのほうが、抵抗の意思を失っていないだけ、まだマシだ。

 

 ついには霧の艦隊の攻撃は、一時的とはいえ完全に停止した。後進する力さえ、徐々に失われていく。

 

 心を、個人の意思を持ってしまったが故の弊害だった。

 驚愕と動揺という感情が、彼らの艦としての行動を妨げている。

 

 そして、それを盛り返すかのように、周囲の敵艦隊の攻撃が再開されていく。

 次は自分たちの番だと告げるかのように。

 

「クソっ……クソが……我らは、我らは霧の東洋艦隊。偉大なるアドミラリティ・コードの使途。

そして優美にして流麗なフッドの忠実なる騎士。そんな、我らが負けるなど遭ってはならないんだぞ……」

 

 ウェールズの躯体(メンタルモデル)が、膝から崩れ落ちて、頭を抱えた。

 それでも、かろうじてクラインフィールドを演算させ、数多の雑魚にも等しい攻撃を防いでいく。

 完全に戦意を失っていた巡洋戦艦(レパルス)駆逐艦(ヴァンパイア)の一隻すら、自らの防護範囲を拡大して無効化する。コアの演算負荷が上がるが気にしない。

 戦意を失ってしまった彼女たちをどうして咎められようか。旗艦である自分ですらこの様なのだ。

 

 この場における最大火力が通じず、その傷すらも修復し、回復し、元通りの機能を取り戻していく。自分たちよりも巨大な船体を持った化け物。超兵器と呼ばれる存在にどうやって勝てと言うのだ。

 

 ユニオンコアの演算予測が決して勝てない結果を導き出し、より深い絶望を彼らに与えている。

 

 初めての経験だった。性能で圧倒され、戦術で圧倒され、数の優勢すらも覆され、何もさせてもらえない状況に陥ろうとしている。

 無残な敗北。連戦に連勝を重ねてきた彼女ら霧の東洋艦隊の無残な敗北。

 

 その、敗北の二文字が躯体(メンタルモデル)の脳裏に刻まれていく。

 

 ありえないと否定したい。この現実を認めたくない。

 しかし、敵から降り注ぐ攻撃がそれを許さず。徐々に膨れ上がっていく超兵器の影が現実を突きつけるかのように迫ってくる。

 兵器としてあってはならない。抱いてはならない恐怖という感情を霧は脹れあがらせていく。

 

 無様に叫びだしたい。自分もレパルスと同じように抵抗をやめたい。逃げ出したい。この感情から逃れたい。

 嗚呼、ああ……我らは無力だ。我らは愚かだ。我らは決して無敵などではなかった。

 

 総旗艦ヤマトの、いずれ人類は霧の技術を超え、戦術で凌駕するという言葉がよみがえる。

 ウェールズが侮った。愚かで、脆弱で、矮小な存在だと断じていた存在。ニンゲンに真摯に向き合っていた彼女の言葉が今ならわかる。

 あのお方はこの未来を予測し、直視しておられたのだと……

 

 深い絶望に沈もうとしていたウェールズ。

 そしてそれに伴い抵抗をやめかけていた旗下の従属艦隊。

 

 果たしてそれを止めたのは何だったろうか。

 

 ふと、浮かび上がったのは、敬愛する上司の言葉。

 コアの深層に刻み込み、大切にしていた。いつも優雅で美しい欧州英国艦隊の頂点に君臨するお方の言葉。

 いつも微笑みを絶やさない。最愛の船の躯体(メンタルモデル)の姿。

 

"ウェールズ。どんな時も決して諦めてはいけませんよ? 諦めた時こそ我ら英国艦隊の誇りが失われる時なのです"

 

 だから、どんなに無様な姿を晒しても最後まで戦い続けな続けなさい。それこそが貴方の誇りを護る結果に繋がるのですから。

 

「大戦艦フッド。私は……」

「艦隊旗艦……?」

 

 重巡コーンウォールの躯体(メンタルモデル)が、艦隊旗艦に呼びかけるが、返事はない。

 

 しかし、ウェールズの躯体(メンタルモデル)の様子は明らかに違っていた。冷静さを取り戻していた。敵を見据えて稼働する瞳からは理知が。躯体(メンタルモデル)の全身に浮かび上がる紋章光(イデア・クレスト)からは戦意が見えるようだ。

 

 東洋分遣艦隊の面々は艦隊旗艦が、彼の超兵器に戦いを挑もうとしているのだと理解した。薄々感じとっていた。

 

 今更、戦っても勝つことは不可能な戦い。抵抗しても、せいぜい海域の支配を遅らせる程度の時間稼ぎにしかならない。霧にとっては何の意味もない。そんな戦いに挑もうとしているのだと。

 

 現に全員のユニオンコアが出した演算予測は、勝率0%だと訴えている。まさか、感情シュミレーターが狂って自暴自棄にでもなっているのだろうか?

 

 だとすれば、止めなくてはならない。

 副官であるレパルスはそう感じ、コーンウォールとドーセットシャーの躯体(メンタルモデル)も理解したように頷いた。

 無駄に戦力を散らすようであれば、指揮権を剥奪してでも、止めるしかない。

 

「ウェールズ、今の状態で戦っても私たちに勝ち目は……」

「理解しているさ、レパルス。だから、私は勝てる戦いを挑むことにした」

 

 艦隊旗艦の言葉に、それはどういうことだと。誰もが首をかしげて疑問を抱く。

 

「各艦は転身して、東洋方面艦隊の領海まで離脱せよ。私はこれより超兵器に対し、突撃を敢行する」

 

 何かを決意した様子で、そう宣言したウェールズの躯体(メンタルモデル)の言葉に、東洋分遣艦隊の誰もが絶句した。

 それはマラッカ海峡から南シナ海における領域を放棄するのと同義。そして、旗下の艦隊を逃すために、艦隊旗艦は殿となって敵の追跡を食い止めると宣言した。

 生還は絶望的な戦いだ。それは自らの死を受け入れたに等しい。

 

「……それならば~~、ウェールズさまも一緒に~~」

「奴の主砲の砲撃は正確だ。何らかの要因で艦隊の足が止まったら、誰かが轟沈する」

「なら、私たち重巡洋艦が囮になります。何も艦隊旗艦が囮にならなくても……」

「近距離での撃ち合いは回避も困難な殴り合いになる。貴様ら重巡洋艦では足止めにもならん。これは最大の防御力を持つ、大戦艦たる私が成すべきことなのだ」

 

 重巡洋艦であるドーセットシャー、コーンウォールの説得をウェールズは受け入れない。

 彼女の決意は揺るがなかった。

 

「ウェールズはそこまでして、何故戦おうとするのですか?」

「レパルス。諦めた時こそが、英国艦隊の誇りが失われるとき。大戦艦フッドは、かつて私にそうおっしゃったからだ」

「諦めた時が……」

「英国艦隊の誇りが失われるとき……」

 

 レパルスの問いかけに、ウェールズははっきりと答え。重巡洋艦二隻は彼女の言葉を反芻するかのように呟いている。だが、レパルスは引き下がらなかった。

 

「そんなの、馬鹿げています! 勝算のない戦いを挑むなど。ましてや誇りの為に戦うなどと、霧として不適切です!! 私はそんなの認めるわけには……」

「言うなレパルス。私にとっては、とても大事なことなのだ」

 

 しかし、レパルスの躯体(メンタルモデル)が叫んで、訴えても、ウェールズの決意は揺らがなかった。

 いつもなら侮辱に等しい言葉に対して噛みついてくるのに。怒鳴って、反論して、説教じみた言葉を投げかけてくるのに。ウェールズはそれをしようとしない。

 ウェールズの躯体(メンタルモデル)はただ、穏やかな笑みを浮かべるだけ。

 もはや、何を言っても引き下がらないのだと、だれもが理解した。

 

「レパルスよ。思えば貴様は私にとって、掛け替えのない副官であった。

私には勿体無いくらい優秀で、頑固で視野の狭い私に良く意見してくれた。

今まで、よく私を支えてくれたな。貴様なら、後のことは任せられる」

 

「ウェールズ……」

 

「ドーセットシャー。貴様はいつもマイペースだった。

私の手を焼かせる悩ましい存在だと思っていた。

 だが、今なら分かる。私と部下の隔たりがないよう、配慮してくれていたのだろう? 厳しいことばかり言ってすまなかったな」

 

「ウェールズ様……」

 

「コーンウォール。貴様のティータイムなどという概念は私にとって煩わしいだけだった。だが、そのおかげで大戦艦フッドとお茶会を楽しむことができた。

 あれは、大戦艦フッドと私が気軽に接することが出来るようにと、貴様がしてくれた気遣いだったのだな。思えば貴様の淹れる紅茶は美味かった」

 

「艦隊旗艦……」

 

「ハーミーズ。配属されたばかりの貴様を、このような目に合わせたのは、私の怠慢によるところが大きい。

 他の奴ならもっと上手く出来ただろう。海域の維持するために無茶させてすまなかったな。インドミタブルによろしく言っといてくれ」

 

「旗艦殿が気にすることではないよ。私は私の務めを果たしただけだ」

 

「エレクトラ、エクスプレス、テネドス、ジュピター、ヴァンパイア。貴様らも私によく尽くしてくれた。

 不甲斐ない私のもとに配属されて、不満も言わずに従い続けてくれたこと。感謝する。

これからは、レパルスの奴を支えてやってくれ。奴は優秀だが、どこか抜けているところもあるからな」

 

"艦隊旗艦……!"

"我々は……"

 

 ウェールズの今際のような言葉に、ハーミーズ以外は何と言って良いのか分からなかった。

 返す言葉に何を選べばいいのか。この感情をどう言語化すればいいのか。コアの経験値が足りなくて分からない。

 そして、そんな自分たちがどうしようもなく感じた。悔しいのか、情けないのか、それすらもよく分からない。判断できない。

 

「こういう時、なんて言うのだったか……そうだな、人類の言葉を借りるのなら。貴艦の航海と無事を祈る、だったか?」

 

「無事にノイズに覆われた海域を抜けろよ。そうすれば他の連中と通信も取れる筈だ。そしたら大戦艦フッドや、あのヤマトから超兵器に対して助言を貰える。そして、援軍を引き連れて、この海域を取り戻してくれ」

 

「だから、後のことは頼んだぞ」

 

 ただ、別れを告げ、敬礼の仕草をしたウェールズの躯体(メンタルモデル)は、美しかった。

 

 

 



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航海日記24 死闘! 超兵器ハリマ

 ウェールズは去っていく艦隊を見ながら思う。

 以前の自分なら、このような撤退を。

 旗艦である自らを残して味方の撤退支援などという行為をしただろうかと。

 

 恐らく、しなかっただろう。

 部下に突撃を命じ、自らも不死身ともいえる超兵器ハリマに立ち向かい。

 そして、玉砕していっただろう。

 

 それが結果的に自己満足以外の何物でもなく。

 戦略的に考えれば、戦力の無駄な消費であり、領海の占有を奪われるという愚行だということを。

 そんな結果を考えもしなかっただろう。

 

 己のプライドよって、部下を無駄死にさせる。そんな結果に終わっていたに違いない。

 

 誇りを抱くことは大切だが、誇りを守ることに固執して、本末転倒に至ってはならないということ。

 それをウェールズは思い至っていた。

 

 

 切っ掛けを与えてくれたのは、躯体(メンタルモデル)という概念をもたらしたヤマトである。そして躯体(メンタルモデル)を実装するという考えを広めたのは、ヤマトの片割れであるアマハコトノに他ならない。

 

 彼女が何者で、どこから来たのかウェールズには分からない。

 霧の躯体(メンタルモデル)なのかどうかすら怪しい。元はニンゲンだったのではないかという噂まである。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 

 今だけは彼女たちに感謝しよう。

 おかげでウェールズ自身は誇りを違えることなく戦える。

 霧の欧州英国艦隊の一員としてふさわしい、自分の最後を飾ることができる。

 敬愛する大戦艦フッドの信頼に応えることができる。

 

 それが、たまらなく嬉しかった。

 躯体(メンタルモデル)がなければ、そのような感情を知ることもなかったというのに。

 我ながら現金な奴だな、と苦笑する。

 

 ウェールズの役目。それは敵の情報を持ち帰ること。

 謎のノイズで概念伝達を通した長距離通信は遮断されているが、一定の距離まで近づけばノイズの影響範囲内でも通信は可能だ。

 ならば、撤退する味方と通信できなくなる最後の瞬間まで戦闘データを送信し、後の艦隊における戦闘の役に立つこと。

 少しでも敵の超兵器の弱点を探り、味方にデータを送り届けること。

 それがウェールズの思いついた事だった。

 

 勝てないならば、勝てる戦いに繋げれば良いのだ。

 

 その為にも撤退する部下たちを、無事に東洋方面まで逃がさなければならない。

 彼女たちに情報を持って帰ってもらわなければ、何の意味もない。ウェールズの無駄死にとなってしまう。

 

 東南アジア一帯は敵の手に落ちるだろうが、豪州近海と日本列島近海には、強力な霧の艦隊が布陣している。

 そう易々と突破されることはないし、攻撃するのも難しい要所だ。防御に徹した彼らを殲滅するのは容易ではないだろう。 

 そんな彼らが守護する領海内に逃げてしまえば、撤退戦はウェールズが勝ったも同然になる。

 

 その為にも超々射程を持ち、正確な砲撃能力。

 そして霧をも撃沈してみせる攻撃力を持ったハリマの注意を引く必要がある。

 

 それに、何もウェールズは考えなしに東洋方面への撤退を決めたわけではなかった。

 ハリマが、その巨体を再構成する際に気が付いたことがいくつかあるのだ。

 

 奴が再生するとき、銀砂のようなナノマテリアルと同じように、黒い粒子が奴に収束していくのが見えた。

 それに伴って、周囲を包囲していた敵艦隊の数が明らかに減じている。

 つまり奴の再生能力は決して無限ではなく、何らかの代償を必要とするということ。

 この場合における代償とは、異邦艦を構成する物質だと予測できる。

 そして、そのおかげで東洋方面への封鎖が薄くなってしまったと考えられた。

 

 ならば、そこに向かって味方を突破させるのは道理。

 

 そして、恐らくだが敵の超兵器はマラッカ海峡の封鎖と、東南アジア方面における諸島群の獲得を目的としているのだろう事も、東洋方面への撤退を促した要因となっている。現にハリマの向こう側には、他にも無数の敵艦隊の影が見えるのだから。

 

 しかも、現在位置である南シナ海の海域から、インドネシア方面に向かって進出する影まであった。

 

 正確な数はレーダーを使っても、ノイズの影響で判別できない。

 しかし、それだけの数を投入してでも、こちらの増援による連携を断ちたいのだろうという思惑は読み取れる。

 南洋諸島に補給基地や飛行場を建設されれば厄介な事態になるだろう。

 敵は異世界から転移してくるだけで、この世界に拠点を持っているわけではないのだから。

 

 その思惑を阻止できず、東南アジアの封鎖海域を護れなかったのは遺憾だが、それでも最後に一矢報いさせてもらおう。

 

「掛かってこい。超兵器! このプリンス・オブ・ウェールズが相手してやる!!」

 

 そして艦隊が去っていく姿を見送り終えると、ウェールズは自らを奮い立たせるように叫んだ。

 戦うべき敵を見据え、決して自分の背後には通さんと言わんばかりに、相手を睨みつける。

 

 部下たちと語り合ううちに相手は船体の再構成を終えたようで、対峙した時と同じ無傷の姿を晒している。

 その砲火がウェールズを沈めんと轟を挙げ、彼女の挑戦状に対する応答のようでもあった。

 

 

 東洋分遣艦隊旗艦の決して勝てない戦いが始まる。

 

 

 もちろん何の対策も無しに挑むわけではない。

 試してない戦術はまだあるし、超重力砲を防ぐには何らかの理由が必ずある筈。

 それを探らなくてはいけない。

 

 ウェールズの躯体(メンタルモデル)が演算リングを展開し、己の船体を緑色の紋章光(イデア・クレスト)で発光させると、武装が瞬時に展開する。

 同時に、船体後部を変形させ、補助推進装置まで展開させると、推力を全開にしてハリマに突撃。接近を開始する。

 

 あれほどの巨体と、それに伴う火力および防御力は脅威だが、主砲の回頭速度はどうだろう?

 砲塔が巨大であればあるほど、回転する速度は遅くなるのが常識だ。

 超兵器を前に常識は通用せず、可能性は無いに等しい。

 

 だが、そうなのであれば接近戦においてこちらが有利になる事は間違いない。

 

 ならば、ハリマとの最大のアドバンテージである速力を持って、敵の射程外ではなく範囲外に逃れる。

 そして、主砲の火力を事実上無効化できれば、戦闘において大きなメリットになる。

 霧の水雷戦隊を肉壁させれば、侵蝕魚雷による雷撃で持って、撃沈も可能となるかもしれない。

 

 彼我の距離はまだ遠い。

 とはいえ、超長射程を持つ両者にとっては、すでに射程の範囲内だ。

 

 その化け物みたいに巨大な双胴船体に風穴を開けるためにも、ウェールズは前部主砲塔を展開する。

 戦艦の中でも異様と言われる四連装の砲身が四つに割れ、緑色をした紫電を纏うと、艦首から連続して光が瞬いた。

 

 重力子機関の膨大なエネルギーを抽出したビームの威力は、人類が持つ頑丈な隔壁だろうと、いとも簡単に粉砕できる。

 さらに、強制波動装甲によってエネルギーを分散・吸収できる霧でも、大戦艦クラスの主砲による直撃は避けたい。

 それほどの威力を持っている。

 

 だが、やはりというべきか。

 緑色の閃光はハリマの装甲に着弾する直前で、見えない障壁のようなモノに干渉され、威力を減衰。効果を霧散させた。

 障壁の反応によって、巨大双胴戦艦の周辺に、エネルギーの塊のような紫電が瞬いたが、それだけだ。

 

 ウェールズも予測していたことだ。

 先の超重力砲による斉射を防がれた時と比べれば、動揺などまったくない。

 しかし、手強い相手であることは間違いない。

 

 そうしている内に、ハリマの主砲が火を噴いた。

 海面を抉るほどの衝撃と、大気を揺らすほどの衝撃が響き渡り、轟音が躯体(メンタルモデル)の耳を叩く。

 

「ちっ、補助推進(サイドスラスター)噴射っ」

 

 ウェールズの舌打ちと共に、反射的に言語化されたプログラムの実行。

 眼前を通して伝わる光学映像が、コアによって演算処理され、超高速で迫る超巨大主砲の弾頭を捉えている。

 瞬時に、自らの船体を射軸からずらし、砲弾の隅間を縫って回避。

 

 人間であれば吹っ飛びそうな加速度に耐え、通り抜けた砲弾の衝撃はクラインフィールドで吸収・分散する。

 背後で響いた着水音と、吹き上がる水柱は間欠泉を通り越して、火山の噴火でも起きたかのよう。

 人類の艦船があんなものを受けたら、掠っただけで船体がめくれて、バラバラになりそうだ。

 

 彼我の距離が半分を切る。

 ウェールズはさらに紋章光(イデア・クレスト)を発光させ、甲板の垂直発射システムを展開・起動させた。

 侵蝕兵器を搭載したミサイルが駆動音をあげ、発射体制に移行する。

 

 遠距離から打ち込んでも、複雑な回避機動を弾頭にプログラムしても、距離がある限り迎撃される。

 ならば、有効射程まで近づいて、迎撃の時間を与えずに着弾させる。

 

 さらに艦首や船体側面に設置された魚雷発射管から、侵蝕魚雷を斉射することで上空と水面からの上下同時攻撃を狙う。

 

 侵蝕兵器も、効果は限定的だが重力効果(ブラックホール)を発生させる事ができる。

 超重力砲から照射される重力波ほどではないにせよ、連続で食らえば、いかに頑丈な構造体でも崩壊は免れない。

 

「一斉射!」

 

 掛け声とともに、ミサイルが白い尾を引いて上空へと打ち出され、魚雷は海を突っ切って海中を走る。

 牽制に主砲と副砲による交互射撃。緑色の閃光が再び海域の空を染め上げる。

 

 ハリマはそれを甲板上の至る所に設置された無数のCIWSで迎撃。

 凄まじい速度で連続した発射音と閃光が響き、巨大な船体の周辺に厚い弾幕が形成される。

 念には念をと小さな副砲から対空榴弾が発射され、空中で爆発する。何度も繰り返される光景。

 

 流れ弾が周囲の海面を叩き、無数の針山のような着水弾が、船体から遠くに向けて生み出される。

 

 迎撃を受ける囮のミサイルが空を彩り、爆音を響かせる。

 何度も連続して、時には同時に空を爆発で染め上げた。

 一瞬で散っていく光の光景は、さながら花火のようですらあった。

 

 本命の侵蝕弾頭もいくつか迎撃され、周辺空間に重力効果を発生させては霧散する。

 魚雷も同様に迎撃され、水柱や重力効果を海面にもたらしていた。

 

 だが、巨大な超兵器の全域をカバーすることは難しい。

 飽和攻撃にも等しい霧の大戦艦による一斉射を迎撃しきれず、無数の侵蝕弾頭が着弾。

 

 ……する目前で空間を歪めた重力防御場に防がれた。

 

 弾頭に強力な重力負荷を掛けられたミサイルや魚雷は、圧力に反応して全てが誘爆する。

 外から見れば、まるで見えない壁にでもぶつかったかのようだ。

 躯体(メンタルモデル)を通して映像を解析しなければ、どのような原理で防いでいるのか判明しなかっただろう。

 

 戦闘データを逐一更新。

 離脱しているであろう艦隊に向けて送信する。

 中・遠距離からの攻撃は、無敵ともいえる防壁で無効化される。

 

 だが、迎撃を行ったということは、防げる攻撃の許容量や許容範囲に限界があるのかもしれない。

 或いは一定の距離でなければ効果を発揮できない可能性もある。

 

 主砲、ミサイル、魚雷のすべての攻撃において、防壁は一定の距離で正確に作動している。

 ならば、あの防壁で防いでも、効果が及ぶ近距離で攻撃を行ってはどうか。

 ウェールズのコアが提案を導き出し、それを実行に移すための演算に移行。

 

 ハリマを中心に稼働している防壁範囲の予測を演算結果で導き出す。

 

 その間にも、彼我の距離はさらに近くなり、ハリマからおびただしい数の対艦噴進砲(ロケット)が発射された。

 さらに、いつの間にか発射されたミサイルから、無数のミサイルが分離・発射される。

 

 多弾頭ミサイル、その一つ一つが対艦ミサイルに匹敵する大きさ。

 これで超兵器にとっては小弾なのだから笑えない話だ。

 搭載兵器。すくなくとも実弾の威力と弾数は向こうのほうが上と見える。

 

「近接防御システム稼働。対空迎撃スタンバイ!」

 

 ウェールズの叫びに反応して、13.3cm連装高角砲と4cm8連装ポンポン砲を模した対空火器が稼働する。

 場合によっては空中に分離・独立した迎撃も行えるシステムだが、高速推進中は船体と一体化させたままのほうが効率がいい。

 艦橋側面に搭載されている照射器も展開し、無数の光学兵器が向かってくるミサイルとロケットを待ち受ける。

 

 タカオも使っていた拡散型対空レーザーであり、霧の標準装備ともいえる近接防御火器だ。

 人に向かって使えば立派な対人兵器にもなりうるし、現に大海戦で使ったこともある。

 

 そして、プリンス・オブ・ウェールズの周囲に、ハリマとは違う色鮮やかな弾幕が形成された。

 兵器の稼働する音だけが響き、炸薬と火薬によって空気を震わせる音は無いに等しい。

 それでも威力は折り紙つきで、雨さえ降っていなければ、向かってくる弾頭を容易に融解させる威力を持つ。

 

 光の雨だ。一粒一粒が空間を彩り、ウェールズの船体を中心に散らばっていく。

 

 今度はウェールズの周囲で花火が咲いた。

 海面を叩き付ける弾幕はなく、熱量によって水を蒸発させる音のみが響き渡る。

 

 もう少しだ。もう少しで、防壁の有効範囲を突破して、内側に潜り込むことができる。

 ウェールズの演算処理は複雑化し、同時に船体の細かな制御を行っていく。

 

 霧のキングジョーシ五世級として出せる最大限の速力を発揮しつつ、急加速減装置の起動準備を完了。

 こちらに向いているハリマの巨大な主砲塔。その発射タイミングを見計らって緊急回避。急制動をかけながら慣性移動(ドリフト)を行い、回避機動と攻撃態勢の以降を同時にこなす。

 そして、艦首で展開準備を始めている超重力砲を至近距離かつ最速で叩き込む。

 

 この一連の流れを持って、敵の無敵ともいえる超兵器に対し、突破口が開けることを証明する手掛かりとならん。

 その代償に自らの船体と躯体(メンタルモデル)は無防備を晒し、敵の火砲を前に灰燼と還すだろう。

 超重力砲を使う以上、クラインフィールドを維持している余裕はない。

 コアもデータを損傷し、プリンス・オブ・ウェールズたる人格は恐らく消滅する。

 

 だが、それで良い。

 もとより覚悟の上なのだから。

 

「我が渾身の一撃。手向けと……なんだと、くそっ」

 

 その予測を裏切ったのは何なのか。

 答えは予測の遥か上を行く、ハリマの火力の高さ。

 近距離戦闘における瞬間火力と投射能力の高さだ。

 

 想像していた以上にウェールズに対する弾幕の層が厚い。

 特に人類の護衛艦をいとも簡単に撃沈するであろう対艦連装噴進砲(ロケットランチャー)の砲撃は想像を絶する。

 秒間に何発も連射され、驚くほど装填時間も短い。しかも、甲板に展開している数が多い分、凄まじい数のロケット弾が降り注いでくる。

 

 ハリマの主砲や副砲に比べれば、船体を覆う強制波動装甲を崩壊させるには不十分。

 しかし、装甲の周囲に展開されているクラインフィールドを飽和させるには十分だった。

 

 ウェールズの針鼠のような対空射撃と弾幕の迎撃範囲を、確実に数で突破してくる。

 こちらの近接防御火器も鬼のような連射力と投射力を発揮しているのに。

 それを上回る砲火だと、現実が証明している。

 

 ウェールズの躯体(メンタルモデル)を通して、観測しているデータが、クラインフィールドの飽和率の急上昇を訴えている。見る見るうちに、パーセンテージが上昇し、表示される空間モニターが警報音を発していた。

 

 艦の周囲で鳴り響く連続した爆発音は、近づいてくる死神の足音に他ならない。

 クラインフィールドが崩壊すると、今度は強制波動装甲がエネルギーを吸収・分散して無効化するが、それも僅かな時間しか持たないだろう。

 ハリマの瞬間火力はそれほどまでに異常すぎるのだ。

 

 おまけに大和型と同等の主砲口径を持った副砲が、的確にウェールズの船体を捉え、クラインフィールドを確実に消耗させていく。クラインフィールドを突破し、船体の脇を掠めていく光線。その解析結果は、超怪力線照射装置による攻撃だと判明。実弾のほかにも近距離用の光学兵器を搭載している。それを回避が困難な距離でぶっ放してきた。

 

 遠距離砲撃を得意とするアウトレンジファイターだと思ったら、近距離における殴り合いが得意なインファイターだったとは……

 このままでは、一矢報いることもできずに撃沈されてしまう。

 

 ウェールズの躯体(メンタルモデル)が悔しそうに歯ぎしりし、打開策を何とか講じようとした。その時。

 

 ハリマの巨大主砲が、連装砲塔と、巨大双胴船体に居並ぶ背負い主砲が、こちらを向いていた。

 

「しまっ……」

 

 いつの間に照準を、いや、回避……0.5秒間に合わない。

 

 コアの演算結果が、主砲の直撃による轟沈という。無残な結果を予測する中で。

 ハリマの主砲が轟雷のように轟いて、巨大な砲弾がゆっくりと目の前に迫ってくるのを直視して。

 

 ウェールズはその船体を無残にも散らした。

 筈だった。

 

 ハリマの巨体とウェールズの船体を遮るように、敵の主砲弾を狙撃し、見事に消滅させた輝き。

 ウェールズと同じような演算光をした超速超威力の光線。

 その正体をウェールズは知っている。覚えている。忘れる筈もない。

 超重力砲だ。

 

「あの莫迦者どもが、どうして」

 

 いつの間にかウェールズの背後から急接近する影。

 ノイズによって雑音と砂嵐が混じったレーダーに表示される、友軍艦艇の表示反応。

 

 どうして戻ってきた。

 そう呟くウェールズの元に駆け付けたのは、離脱したはずの部下たち。

 

 重巡洋艦ドーセットシャーとコーンウォールの二隻。

 そして駆逐艦のエレクトラ、エクスプレス、テネドス、ジュピターの四隻。

 

「ウェールズさま~~、助けに来ましたよ~~!!」

 

 そして、聞こえないはずのドーセットシャーの声がウェールズの耳に届いたのだった。

 



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航海日記25 艦隊旗艦は私だぞ!

 クラインフィールドが飽和しかけていたプリンス・オブ・ウェールズ。

 

 その前方に超高速で、接近し割って入った重巡コーンウォールは、自らの演算能力を分担させ、同時に船体から発生するクラインフィールドを前面に集中することで、ウェールズの負担を大幅に軽減させる事に成功した。

 

 同じく超高速で追いついて、大戦艦の隣に船体を並べたのは重巡ドーセットシャー。

 コーンウォールと準姉妹艦の少女は、幼い躯体(メンタルモデル)に笑顔を浮かべながら、ウェールズに一生懸命手を振っている。

 

 ウェールズの躯体(メンタルモデル)が額に青筋を浮かべているとも知らず……いや、知っていて、やっているに違いない。

 

 そんな彼女たちの周囲を囲み、守るように布陣したのは四隻の駆逐艦だ。

 エレクトラ、エクスプレス、テネドス、ジュピターの四隻。

 

 彼女たちはウェールズを援護する布陣を整え、迫りくる砲弾とミサイルを、持ち前の主砲と対空火器で迎撃していく。

 迎撃ミサイルは底を尽きかけているのか、撃ち出される数と頻度は少ない。

 

 それでも一隻よりも遥かに効率の良い迎撃は、ウェールズの負担を大幅に減らしている。

 

 駆逐艦なんてクラインフィールドの演算を維持するだけでも辛いだろうに。

 現にハリマから水平射された副砲が貫通して、船体を掠めている。

 彼らの強制波動装甲(クラインフィールド)では猛火を凌ぐのがやっとだ。

 

 その献身がウェールズの心を揺さぶる。

 命令違反に対する怒りと、部下を心配する心がない交ぜになった感情が湧いてくる。

 

「貴様らっ、命令違反だ! 艦隊旗艦は私だぞ! 命令に従え!!」

「ウェールズさまの任務は~~、レパルス達がちゃんと~~、遂行してま~~す!」

「屁理屈を述べるなドーセットシャー! 私はちゃんと、各艦は、と言ったぞ! この莫迦者がっ!!」

「艦隊旗艦を見捨てて逃げ出すなど僚艦の恥ですので」

「コーンウォール、貴様も貴様っ……」

「じゃあ、コーンウォール~~。後はよろしくね~~?」

「はい」

 

 叫ぶウェールズの言葉を遮って、無視したコーンウォールと駆逐艦たち。

 彼女たちは瞬く間に増速すると、ウェールズを置いて散開。

 船体の紋章光(イデア・クレスト)を発光させながら、ウェールズから離れていく。

 

 その後、すぐに連続した轟雷が響き、重い風切り音と共に、ハリマの主砲が連続して着弾した。

 巨大な水柱が一瞬、ウェールズの視界を遮る。

 

 ウェールズは唖然とするしかない。

 命令違反ですら業腹なのに、この期に及んで何をするつもりなのか。

 艦隊旗艦である筈なのに分からない。

 分からないがコアの感情シミュレーターは不安という二文字を算出している。

 

 そんな彼女の疑問に、静かに答えたのはコーンウォールだった。

 

「何も、アレを相手に無事で逃げ遂せるとは思っていません。近づけば艦隊旗艦共々、全滅する可能性が高いのも承知の上です」

 

 何の感慨も抱いていないような静かな声。

 だけど、覚悟を決めたかのように、その声は淡々としている。

 

「ッ、何故だ……」

「英国艦隊の誇りにかけて、一矢報いるのでしょう? ならば、それを手助けするのも僚艦の務め」

 

 つまり、それは囮になるという事か。

 ウェールズが艦隊を逃がそうと殿を務めたように。

 彼女たちは最後の一手を届ける手助けになろうとしている。

 

 それはウェールズの今までの行為を無駄にする献身に他ならないと云うのに。

 

 大戦艦よりも遥かに速い船速を誇る駆逐隊は、それぞれが独自の機動を取りつつ、ハリマに急接近する。

 無数の対艦連装噴進砲(ロケットランチャー)による迎撃を、大戦艦よりも細い船体で擦り抜ける。急加速と急減速を、転舵による急旋回を活かして、防御よりも回避を最優先に。急接近による一撃こそ水雷船体の本領だから。

 そして、相手の四方を囲むように展開して、超兵器の迎撃能力を分散させることも忘れない。

 自分たちの本命はあくまでも、信頼する大戦艦の主砲を届けることに他ならないのだから。

 

 敬愛するウェールズの助けを無下にしたからこそ、自分たちは最後までに役に立たなければ。

 違う、彼女の役に立ってみせる。

 絶対に役に立つ。超兵器の隙を作り出す。

 

 それが、相反する想いを抱いた、部下たちの本心だった。

 

 駆逐艦テネドスに対する対艦多弾頭ミサイルの一撃を、後から接近していた重巡ドーセットシャーの主砲が撃ち落とす。

 重巡クラスの主砲によるビームは、跡形もなくミサイルを消し飛ばし、誘爆すらも許さない。

 しかし、合間を結って放たれた超怪力線照射装置の一撃が、テネドスの船体を真正面から撃ち貫いた。

 

「テネドスっ!!」

 

 ウェールズが叫ぶが、テネドスから応答はない。

 テネドスは、艦首から艦尾にかけて船体構造を溶解させられ、甲板の構造物による自重を支えきれずに船体は拉げる、次いで爆散。

 武装や艦橋、船体の一部がバラバラになって周囲の海面に飛び散り、ゆっくりと銀砂になって霧散する。

 あまりにも呆気なさすぎる最後に、ウェールズは言葉を失うが、部下たちは動じない。皆が覚悟の上だったから。

 

 コアの無事は……確認できなかった。

 

 最後まで戦った僚艦の仇を討とうと、三隻になった水雷戦隊はハリマに肉薄する。

 船体側面に展開された魚雷発射管と装填された侵蝕魚雷が超兵器を睨み付ける。

 エレクトラ、エクスプレスがハリマの左舷を、ジュピターがハリマの右舷を駆け抜け、同時に侵蝕魚雷を射出。海中に飛び込んで、必殺の槍が突き進んだ。

 そして、左右で重力効果を発生させ、分厚い船体装甲を侵蝕していく。ウェールズの狙い通り、至近距離では防御重力場は効果を著しく低下させる。侵蝕魚雷を完全に防ぐことはできなかったのだ。

 

 しかし、代償として離脱する駆逐隊に凶行が迫る。

 

 何かが装填される重い重低音の響き。

 信じられないような速度で旋回する主砲塔。

 絶対に逃がさないと言わんばかりに、仰角を下げた砲身。

 

 至近距離ならば適当に撃っても当たる。

 砲弾をばらけさせるつもりで放つ水平射撃。

 

 人間どころか霧の躯体(メンタルモデル)でも消し炭になりそうな一撃。

 ありったけの炸薬が砲身から火を噴き、空を焼き払い、海を染め上げ、そして。

 

 海空を衝撃波が揺らした。

 

 次いで視界を染め上げる閃光。

 大気を打ち砕くような衝撃音は轟雷に匹敵する。

 衝撃波が海面を叩き散らした。

 

「エレクトラ……エクスプレス……」

 

 一瞬だった。

 ハリマが回頭して、船体を斜めに向けたかと思うと、ありったけの主砲が放たれていた。

 勿論、エレクトラとエクスプレスの二隻は、回避運動を取った。しかし、広範囲を薙ぎ払った巨大な主砲弾の数々が、それを上回り。結果として効果範囲内にいたエレクトラは跡形もなく消し飛んだ。

 そして、無数の砲弾はエレクトラの船体を粉砕し、粉々に砕いたばかりか、庇われる形となったエクスプレスすら吹っ飛ばして見せた。

 

 文字通り、吹っ飛んだのだ。

 何千トンもの船体がバラバラに離散しながら。

 駆逐艦のクラインフィールドと強制波動装甲を物ともしない。

 恐るべき威力だった。

 

「何故だ……艦隊、旗艦は……私なのに……」

「貴女が艦隊旗艦だからです。だから私たちは、此処にいる」

 

 あのように無残に轟沈させないためにも、艦隊旗艦として部下に離脱するよう命令を下した筈だった。

 躯体(メンタルモデル)の心を痛め、そう呟くウェールズに、攻撃から旗艦をかばい続けるコーンウォールは静かに応える。

 既に、重巡コーンウォールのクラインフィールドは、飽和率が50パーセントを切っていた。

 

 重巡ドーセットシャーの援護を受け、何とか離脱した駆逐艦ジュピターは、ハリマの副砲による狙撃をジグザグに動いて回避する。

 

 一撃一撃が、超弩級戦艦並みの威力を持った副砲だ。

 

 クラインフィールドで防ぐことはできるが、集中砲火を受ければあっという間に飽和する。

 砲弾やミサイルの弾頭に使われている炸薬の威力は、こちらの人類が使っていたものよりも遥かに高性能なようだった。

 

 だが、怖気づいて逃げるわけではない。

 それは、再度の攻撃を行うための準備段階に過ぎない。

 

「……いくよ、ジュピター」

"了解、ドーセットシャー"

 

 ハリマの巨大な双胴の船体。

 その左舷には、綺麗に抉られ、崩れ落ちた装甲部分が二か所存在する。

 そこに、今度はドーセットシャーと共に追撃を仕掛ける。

 

 悲鳴を上げる重力子機関を出力全開にする。

 半円を描くように急速旋回するジュピターがドッセートシャーの隣に並ぶと、タイミングを見計らっていたドーセットシャーも追従するように突撃。

 

 当然、それを許すはずもなく。

 主砲の狙いを定めながら、静かに装填を待つハリマ。

 無数の兵装による迎撃が迫り来る二隻を襲う。

 

 副砲群の連続射撃。

 降り注ぐ対艦連装噴進砲(ロケットランチャー)の雨。

 上空に打ち出され、全方位から迫りくる多弾頭対艦ミサイル。

 ドーセットシャーがクラインフィールドで、エネルギーを逸らさなければ、霧の駆逐艦を容易に貫通する超怪力線照射装置。

 

 分散することも出来ない砲火は、あっという間にドーセットシャーとジュピターの強制波動装甲(クラインフィールド)を飽和させていく。

 いくら船体を破壊するエネルギーを、クラインフィールドで任意の方向に受け流しても、それ以上のエネルギーが襲い掛かってくるのだ。

 強制波動装甲で受け止め、溜め込んだエネルギーを排出しても、それを上回る勢い。このまま攻撃を受け続ければ、船体を維持できず、構成素材(ナノマテリアル)は銀砂となって崩壊するだろう。

 

 あるいは装填を終えた超兵器主砲の一撃でバラバラになるかもしれない。

 いくら重巡洋艦でも至近距離で直撃すれば、散って行った駆逐隊と同じ末路を辿ってしまう。

 

 そうなる前に、敵の装甲に大打撃を与え、続くプリンス・オブ・ウェールズの一撃に繋がなくては。

 

 そう考える二隻の思惑を嘲笑うかのように。

 ハリマの主砲が装填を終えた金属の重低音を響かせ。

 

 それを撃ち砕くかのように、緑色の閃光がハリマの甲板上を貫いた。

 兵装が誘爆して、ハリマの甲板が燃え盛る炎に包まれたが、流石に重要防御区画(バイタルパート)は無事らしい。

 それどころか、包囲する異邦艦を犠牲に再び再生を始めている。

 

「準同型艦とはいえ、姉妹艦をやらせる訳ないでしょう?」

 

 防御を捨て、捨て身の攻撃に出たコーンウォールによる超重力砲の一撃。

 ハリマの左舷甲板上に存在する兵装を一直線に貫いた正体。

 しかし、代償として完全にクラインフィールドを崩壊させた彼女の船体は無防備となる。

 

 ウェールズがすかさずフォローに入っているが、大戦艦の超重力砲を放つ際は、再び危険に晒されるだろう。

 超重力砲は強力だが、フィールドの前面部分を捨てなければならない諸刃の剣だからだ。

 

「さすが~~、頼れる相棒って奴だね~~」

 

 にやけるドーセットシャーの躯体(メンタルモデル)の前で、ハリマは急速回頭しつつ、被害の薄い右舷の装甲と武装を向けようとする。

 だが、大火力と重装甲を得た代償に速度を捨てた超兵器。

 大戦艦ですら高速性を誇る霧の前では、遅すぎると言わざるを得ない。

 左舷に回り込む。

 

 ハリマの再生された一部の兵装と、無事な右舷主砲、副砲が襲い掛かるが、無難に回避。

 

全弾発射!(フルオープンファイア)

 

 塞がろうとしていた装甲をこじ開けるように、重巡洋艦と駆逐艦の二隻はありったけの攻撃をお見舞いする。

 防御もあまり意味をなさない至近距離による集中砲火。

 慣性移動(ドリフト)しながらの、すれ違いざまの一撃。

 

 主砲のビームが装甲を焼き、ミサイルと魚雷が装甲を砕き、侵蝕兵器が装甲を崩壊させて抉り取る。

 ついには重要防御区画(バイタルパート)を露出させ、内部の兵装を動かす機器や弾薬庫を崩壊、誘爆させる。

 

 ダメ押しとばかりに被害箇所から浸水が発生し、ハリマの巨体がゆっくりと傾斜した。

 それを補うかのように注水傾斜復元されたが、初めて本格的なダメージが入ったのだ。

 このまま押し切れば、さすがのコイツでも水底に沈むしかないだろう。

 

 そこまで考えたとき、ドーセットシャーの目の前で、駆逐艦ジュピターが沈黙した。

 

「えっ……ジュピター?」

 

 一瞬だった。

 いつの間にかジュピターの船体には大穴が開いていた。かろうじて繋がっているような状態だった。

 すぐに転覆しながら、真っ二つに折れて、深い海の底に消えていく。

 

 コーンウォールは唖然とした。

 そもそも攻撃を捕捉できなかった。

 それが致命的な隙となって、彼女自身が代償を支払うことになる。

 

「ぐっ、……船体、損傷、りつ……76パーセント………?」

 

 飽和しかけていたクラインフィールドを完全に崩壊させ、ドーセットシャーの船体前部と後部を側面から貫通する一撃。

 見れば再構成されたハリマの主砲が、見慣れぬ形に変化している。

 その砲身にエネルギーが充填され、紫電が迸ったかと思うと、主砲の先端から何かが撃ち出されたんだろう。

 

 ドーセットシャーはそれを解析することもできずに大破、轟沈してしまった。

 船体が爆散して、ジュピターと同じように水底に沈んでいく。

 

「………ッ」

 

 ウェールズはもはや、何も言えなかった。

 部下たちが目の前で沈んでいくなか、超重力砲を発射するための準備で、援護すらままならない。

 そんな自分が腹立たしかった。

 

 それでも気を引き締める。

 

 既に先の一撃は解析できていた。

 先程よりも小さく再構成された主砲に、充填されるエネルギー。見慣れぬ砲身に、音速を超える射出速度。

 そして熱量ではなく、物理な力によって破壊されたジュピターとドーセットシャーの船体。

 それはレールガンと呼ばれる、砲弾を超高速で射出する兵器だった。

 

 このままでは不利だと悟ったハリマが、破壊力よりも命中精度と弾速を最優先にして、再構成した兵器だ。

 近距離のクロスレンジによる殴り合いを展開していた二隻は、回避不能な距離から直撃を受けた。

 同時に崩壊寸前だったクラインフィールドでは、膨大な貫通エネルギーを逸らすことができなかったのだ。

 

 いくら重巡より防御に秀でているといっても、超重力砲の発射シークエンス中は、大戦艦も無防備となる。

 撃たれたら、主砲のビームで迎撃する暇なく、確実に命中する攻撃を防ぐ手段は少ない。

 ハリマの兵装を薙ぎ払ってもいいが、それには超重力砲の一撃が必要となる。

 

 コーンウォールは既に援護で使ってしまったので、超重力砲の再チャージに時間を要する。

 そしてウェールズの超重力砲は、ハリマの重要防御区画(バイタルパート)を貫通して、動力機関に一撃を与える本命だ。

 おいそれと使うわけにはいかない。

 

 かといって主砲のビームで兵装を破壊するのも難しい。超兵器の船体を守る防壁を貫通できる程の出力はない。

 奴の構成素材を崩壊させるには、侵蝕兵器による一撃が、どうしても必要だった。

 

 そして、ミサイルに搭載された侵蝕兵器では確実に迎撃される。

 

 もう少しで、超重力砲によって、超兵器の巨大な船体を貫通できる予測有効射程の範囲内だというのに。

 ウェールズの予測では、チャージ中に攻撃を受けて撃沈される確率が、9割を超えていた。

 確実に一撃を決める、あと一歩が足りない。

 その為には……

 

「……コーンウォール」

「自らが艦隊旗艦と仰ぎ見た者を守るのが、艦隊直衛艦の役目です」

 

 どうしても、コーンウォールの犠牲が必要だった……

 

「艦隊旗艦は、コーンウォールがお守りする」

 

 それを承知の上でコーンウォールはプリンス・オブ・ウェールズの前に出る。

 超重力砲の発射シークエンス中は、艦首方向のクラインフィールドを解除しなくてはならない。

 ならば、無防備となる前面の防御は、重巡洋艦であるコーンウォールがすべて引き受ける。

 

 主砲、副砲、対空レーザー機銃から近接防御システムまで総稼働させる。

 同時に、侵蝕兵器も含めたミサイルや魚雷をすべて迎撃に回し、ウェールズに対して襲い来るハリマの集中砲火を迎撃していく。

 そこにコーンウォール自身の安全は含まれていなかった。

 

 対艦連装噴進砲(ロケットランチャー)が降り注ぎ、多弾頭対艦ミサイルが襲い掛かり、連装高射砲や機銃も含めたあらゆる火器が再展開されたクラインフィールドの機能を削っていく。

 そして、襲い掛かるエネルギーの方向を置換できる能力が減衰したとき、貫通力の高いレールガンの主砲が、コーンウォールを襲った。

 

「ぐっ、まだです……」

 

 もはや砲弾や爆発を受け止める力は、コーンウォールのクラインフィールドに残っていない。

 咄嗟に前部甲板の武装を潰し、ナノマテリアルを再構成して、全てを強制波動装甲に置換。

 直撃する主砲弾を、厚い装甲その物と化した艦首部分で受け止めた。

 

 受け止めた代償に装甲が波打ち、罅割れ、船体が歪む。

 もはや余分なデッドウェイトと化した船体の構成部分を放棄したとき、既にコーンウォールの姿は満身創痍。

 それでも後部甲板上に残った武装で応戦することをやめない。

 

「コーンウォール! よくやった、早く転進して離脱しろ!」

「みんな、貴女の事が好きでした。そして、貴女の事を慕っていました。

欧州英国艦隊の一員として、常に堂々と振る舞う貴女の姿に憧れていた」

 

 コーンウォールの艦橋の上に堂々と立ち続ける躯体(メンタルモデル)の呟き。

 ウェールズに振り向いた少女の姿は既に霞んで、正六角形の構成体が露出していた。

 躯体を維持する演算力すら残されていない証明だった。

 

 もはやコーンウォールは海の上に浮かぶ只の鉄屑と化していた。

 クラインフィールドなんてとっくに飽和して、後は強制波動装甲で受けるしかない。

 その装甲も度重なる被弾で、直に受けすぎて崩壊寸前だ。

 

 それでも、コーンウォールは伝えなくてはならない。

 どこか不器用だったけど、立派な艦隊旗艦として務めようとした大戦艦に。

 最後に残った部下として自分たちの想いを。

 

「だから、私たちは配属されたとき、貴女を最後まで支えようと誓いました。

最後まで、この方と共にあろうと。それが僚艦としての務めだと」

「もう、いいコーンウォール! 早くそこをどけ! でなければ貴様は……」

「だから……だから……私たちは……命令にそむ…イテ……デ、モ………」

 

 貴女をお守りしたかった。

 そんなコーンウォールの言葉は呟かれることなく。

 彼女の躯体(メンタルモデル)と共に船体は銀砂となって崩壊し、海の底に沈んでいった。

 

「コーンウォール、ドーセットシャー、テネドス、エレクトラ、エクスプレス、ジュピター……お前たちの敵は必ず」

 

 もはやウェールズは何も言わなかった。

 展開した船体の超重力砲が海を割り、強力なロックビームがハリマを捉えて離さない。

 打ち出されたミサイルやロケットを演算の傍らに迎撃し、レールガンも放たれる前に牽制して撃たせない。

 

 何かがウェールズのコアの中で湧き上がってきていた。

 その衝動に身を任せて、彼女の演算速度は今や極限にまで達し、限界を超えた演算能力を叩き出している。

 

 唸りを上げる重力子機関は紫電を撒き散らす。

 回転機構が膨大な熱エネルギーで赤熱化する。

 

 安全装置が空間モニターを通してウェールズに警告を伝えてくるが、超重力砲の発射に必要な部分以外は切り捨てる。

 捻りあげるように、抽出したエネルギーは膨大で、超重力砲を発射すればウェールズの船体も崩壊しそうな勢いだった。

 

 だが、それでいい。

 奴はこの場で確実に倒す。

 極限まで演算力を駆使するウェールズに応えるように、紋章光(イデア・クレスト)も、よりいっそう輝きを増した。

 

「欧州方面英国派遣艦隊。東洋分遣艦隊旗艦、プリンス・オブ・ウェールズの名に懸けて!!」

 

 そう、どんな事になっても、散って行った部下たちの敵は必ず取るのだから。

 

「超兵器ハリマ! 貴様を跡形もなく消し去ってやる!!」

 

 海を二つに割った空間の中で、すべてを押し潰し崩壊させる光が、海域を貫いた。

 先の超重力砲による斉射に匹敵する勢い。それを凌駕しかねない一撃。

 

 ハリマの右舷装甲が徐々に崩壊し、武装が消し飛んで分子単位まで侵蝕・分解される。

 どうやら発射前に溜め込んだエネルギーのせいで、射撃システムに異常が発生していたらしい。

 忌々しい双胴船体のど真ん中をぶち抜いてやるつもりが、左に照準がずれてしまった。

 

 だが、そんなものは修正すれば云い話だ。

 片方のメインスラスターを全開にして、発射装置と化したウェールズの船体を右にずらしていく。

 徐々に削り取られていくハリマの船体。崩壊し跡形もなくなる構成素材。

 限界を超えた超重力砲の反動は凄まじく、思うように船体をコントロールできない。

 

 代償に重力波を照射し続けるウェールズの超重力砲発射装置が、徐々に崩壊していく。

 膨大なエネルギーによる負荷がパーツを破損させ、回転機構によって離散した金属部品の一部が吹き飛んでいく。

 重力子機関が過剰な負荷で暴発を起こし、小さな爆発を繰り返す。

 

 同時に空間モニターに叩き出されるエラーの数々。

 

 超重力砲発射システム破損。使用不可。

 重力子機関損傷。出力が30パーセントまで低下。

 航行システムに異常発生。

 第二、第三主砲発射不能。

 後部甲板ミサイル発射管使用不可。

 etc、etc、etc。

 

 もはや戦闘続行は不可能と言っていいくらいの損壊だった。

 

 だが、膨大な重力エネルギーの奔流となった一撃は、確実にハリマの船体を消滅させていく。

 文字通りの消滅だ。端から再生させる暇など与えない。そのまま完全に存在そのものを消し去ってやる。

 

「ぐっ……」

 

 そうして、ハリマの半分を跡形もなく消し去ったところで、ウェールズの超重力砲は完全に崩壊した。

 緊急停止システムが作動し、照射されるエネルギーが一瞬で霧散。可変していた船体部分を元に戻して、収納しようとするが上手くいかない。

 仕方なく超重力砲の発射システム自体を潰して、ナノマテリアルに置換。損傷している重力子機関の修復に回す。

 それが今の疲弊したウェールズにできる精いっぱいだった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 膨大なエラーを吐き出し続けるコアの演算処理を何とかしながらも、片膝をついたウェールズ。

 ハリマを見やれば綺麗に切断されたような断面図を見せる船体があった。

 

 浸水による沈没を防ぐためだろう。

 消滅していない左舷に、さらなる注水を行って、船体を傾け、何とか浮いている状態。

 咄嗟にしては恐るべきダメージコントロール能力だった。

 

 しかし、機能は停止しているのか、同じく満身創痍のウェールズに対し、攻撃してくる様子はない。

 甲板上の艤装は重力波の余波で綺麗に無くなっているので無理もないが。

 

「ッ……」

 

 だからといって、攻撃の手を緩めるウェールズではない。

 武装が損傷しても、第一主砲はまだ健在。

 最大出力は出せないとはいえ、鉄屑と化したハリマを沈めるのに、充分な威力を持つ。

 それに、超兵器のノイズのような反応はまだ生きている。

 

「……終わりだ」

 

 主砲の照準を合わせ、エネルギーを充填する。

 ウェールズに出来たのは、そこまでだった。

 

 何が起きたのか分からなかった。

 違う、突如飛来した攻撃に、ウェールズの躯体(メンタルモデル)が吹っ飛ばされたのだ。

 流れていく景色の片隅に、自身の大戦艦たるプリンス・オブ・ウェールズの船体が轟沈するのが見えた。

 

 咄嗟に攻撃してきた方角を見て、歯を食いしばる。

 

 水平線の向こうにハリマと似たような双胴船体を持つ超兵器の姿があった。

 恐らく探知範囲の外から超々射程を持ってウェールズに弾着射撃を当てたのだ。

 

(ノイズで気づかなかった。ハリマの陰に隠れていたから……もう一隻いたのか)

 

 ウェールズは咄嗟に怨敵の姿を見る。

 もう少しだった。もう少しで完全に敵を沈めることができた。

 だというのに、あと一歩の所でっ……

 

「……そういう、こと……だった、のか……!!」

 

 そこで気が付いた。

 躯体(メンタルモデル)が捉えた徐々に再生していくハリマの姿。

 その不死身ともいえる再生能力の正体を。

 

 切断された船体の中央から露出する部分。恐らく何としても超兵器が守りたかった存在。

 そこには稼働し続ける超兵器の機関が存在していた。

 

 そこから徐々に再構成されていくハリマの船体。

 切断された船体の断面側からではなく、機関の周囲から構成を修復していく様子。

 コアの演算結果から導き出される答え。

 

 恐らく超兵器にとってのコアが、あの超兵器機関なのだ。

 あれが霧である我々にとって、ユニオンコアやデルタコアのような役割を果たしている。

 だから、船体の表面を融解させようが、船体の半分を消滅させようが関係ない。

 

 超兵器機関がある限り、超兵器は不死身だ。

 

 いつの間にかウェールズの躯体(メンタルモデル)は涙を流していた。

 躯体の構造体が半透明になって、維持できなくなり、徐々に崩れていく。

 自分の感覚が無くなっていく。何もできなくなる。何も動かせなくなる。

 

 悔しい。悔しいですフッド。悔しいよ。キングジョージ。私は、負けたくない。こんなところで沈みたくない。沈んでいった仲間の仇を、まだ……

 

 水面の底に沈んでいくウェールズのコア。

 徐々に高まる押しつぶされるような水圧の感覚。

 冷たい海の底に落ちていく自分自身ともいえるコア。

 

 冷たい。冷たい。冷たい。

 それでも……

 

 最後に送った量子通信が、レパルス達に届くことを願って。

 ウェールズの認識はそこで消えた。

 



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航海日記26 鬼殺しの艦隊

『大戦艦フッド。プリンス・オブ・ウェールズが沈みました』

「そうですか。あの子は務めを果たしたのですね」

 

 概念伝達を通じて報告してきた部下。

 クイーン・エリザベス級二番艦、大戦艦ウォースパイトの言葉にフッドは静かに目を伏せた。

 

 ウェールズの経験は不足していたが、優秀な補佐(レパルス)や経験豊かな副官(ウォースパイト)を付けたつもりだった。

 

 それでもウェールズが沈んでしまったのは、ひとえに戦力配置を間違えたフッドのミスに他ならない。

 

 大規模なエネルギー反応に対して、異世界から転移してくる異邦艦の数は少なく、小規模だ。

 

 転移自体に膨大なエネルギーを消費するうえ、艦隊が巨大で在ればある程、転移の際に制約を架されると、霧の艦隊は予測している。

 

 それ故に転移反応が活発化していた南洋諸島でも、ウェールズ率いる東洋分遣艦隊であれば充分対処できると踏んだのだが、それが裏目に出てしまった。

 

 無事に東洋方面艦隊に合流し、戦術ネットワークを通して戦闘結果を報告してくれた巡洋戦艦レパルスには、不甲斐ない自身と艦隊壊滅という結果に対して謝罪された。

 

 それに対して弾劾するつもりはない。むしろ無事に戦域を離脱し、仔細を報告してくれたレパルスを労うくらいだ。

 

 今は東洋方面艦隊で補給と整備を受けさせて、安静にしてもらっている。

 

 残念ながら突破を支援し、殿となって追撃艦隊を食い止めたハーミーズは轟沈。

 強引に海域を突破したレパルスとヴァンパイアの損傷も大きい。

 しばらくは、霧の修理工廠で補給と整備が必要だろう。

 

『それと地中海などの内海封鎖を担当するイタリア艦隊ですが、同じく超兵器の奇襲で痛手を被っています』

「イタリア艦隊総旗艦のヴェネトは何と?」

『不埒な輩に制裁を加えると申して聞きません。要約すれば絶対殺してやると怒り狂っております』

 

 ウォースパイトの言葉にフッドは伏せていた瞼を開く。

 その視線は文字通り、火の海と化したであろう地中海に向けられている。

 

 何も超兵器の奇襲を受けたのは南洋諸島だけではない。

 インド洋と大西洋を結ぶ最短航路の要所、地中海も同じ状況だった。

 超巨大爆撃機アルケオプテリクスに続いて、超巨大爆撃機ジュラーヴリクによる二度目の爆撃を受けたのだ。

 

 しかも、完全な奇襲であり、最後の報告では突如として五機の同型超兵器に襲われたとヴェネトは忌々しそうに呟いていた。

 

 さらに大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河でも、最短航路を通じた増援を防ごうと潜水艦隊による襲撃が続いているという。

 

 報告では放棄したハワイ方面から、潜水艦による敵の浸透作戦が開始。東洋方面と太平洋方面、オーストラリア方面に向けて続々と増援が向かってきているらしい。

 

 そして北極海からは未だに、太平洋と大西洋に向けた大規模な侵攻艦隊が向かってきている。

 

 相手が超兵器でなければ取るに足らない戦力だが、その質も徐々に上がってきている。

 まるで進化するように。

 

 いずれは霧に匹敵する艦隊が現れるかもしれないと、各艦隊の総旗艦は予測しており、フッドも同意見だった。

 

 敵の艦隊の狙いも理解している。

 それぞれの海域封鎖を担当する霧の艦隊を孤立させ、各個撃破を狙っているのだ。

 事実。結果的に分断、包囲されたウェールズの東洋分遣艦隊は壊滅している。

 霧の艦隊を疲弊させ、弱った所を超兵器で仕留めるつもりなのだろう。

 

 ヤマトの、敵艦隊の規模はこちらを上回るという予測は見事に的中したといっていい。長期戦になれば、こちらが不利になる。

 

 転移反応もなしに現れた超兵器と、それに随伴するように現れた異邦艦隊は、レパルスの持ち帰ったデータの分析結果待ちだが、手を打つのは早いに越した事はない。

 

「イタリア艦隊の状況は? 増援は必要ですか?」

『紅海に向かわせた偵察艦隊の報告では、ヴェネトの艦隊が優勢だそうです。敵の超兵器は火力はあっても、防御性能は低く、対処可能であろうとのこと』

「インド洋の防衛状況は?」

『問題ありません。敵の超兵器は南洋諸島のみ出現し、こちらにはまだノイズの反応すらありません』

「ならば、貴女は信頼できる者に指揮権を託し、一時的に海域を離れて南洋諸島を奪回しなさい。空いた戦力の補充として、大戦艦リシュリュー率いる欧州仏国艦隊が向かっています」

『よろしいので?』

 

 ウォースパイトの懸念は仏艦隊の大戦艦ジャン・バールや大戦艦ハルクを初めとする躯体(メンタルモデル)の事だ。

 

 大戦艦リシュリューを除く仏国の戦艦たちは"向こう側"に付いた可能性がある。

 その艦隊に東洋艦隊の一部を掌握されないか、疑っているのだろう。

 今の状況で将来に向けて布石まで打たれては、古参のウォースパイトと云えども対処の仕様がない。

 

 だが、その懸念は問題ない。だからこそのリシュリューなのだから。それにジャン・パール達も、そこまで愚かではない。

 

「袂を分かったとはいえ、彼女たちも誇り高い霧の戦艦なのです。仲間を疑うのは心の内だけに留めなさい」

「ハッ、失礼いたしました」

 

 フッドはウォーパイトの献身に微笑みを浮かべた。

 経験で言うなら、ウォースパイトは欧州艦隊の中でも随一だ。

 フッドよりも、彼女が欧州英国艦隊を率いても問題ないくらいに。

 だからこそ、ウォースパイトは懸念を口に出して、フッドに対し遠まわしにアドバイスをしてくれている。

 その事が分かっているからこそ、欧州英国艦隊、総旗艦は微笑みを浮かべているのだ。

 

「問題はイタリア艦隊ですか」

 

 概念伝達による通信を切って、行動を起こし始めたウォースパイトに、しばしの別れを告げながら、大戦艦フッドは一人呟いた。

 フッドの躯体(メンタルモデル)は大戦艦ヴィットリオ・ヴェネトが地中海にこだわる理由を、何となくだが察している。

 

 地中海という内海を占有するに当たって、欧州伊国艦隊は内海における戦闘能力に最適化されている。

 事実、内海という限定された状況下ではナガト型戦艦すら圧倒して見せるだろう。

 故に地中海最強という自負において、誰にも屈しないというのが、表向きの理由。

 だが、本当は……

 

「下手に手を出すと、後で厄介な事になるんでしょうね……」

 

 何せ霧の仏国艦隊と揉めた時に、味方同士で一戦やり合った連中なのだから。

 

 フッドは誰にも悟られないよう、小さく息を吐き出した。

 次期欧州英国艦隊の総旗艦を務める、大戦艦ヴァンガードが不思議そうにフッドを見つめていたが、何でもないと誤魔化しておく。

 

 異様に地中海にこだわるイタリア艦隊の事だ。増援すら受け付けないだろう。

 恐らくムサシも、ビスマルクも手を出すまい。

 

 ならば、英国艦隊もジブラルタル海峡から戦況を見守るだけだ。

 本当に追い詰められれば、向こうから支援要請が飛んでくるだろう。

 地中海に隣接する水の都を守るためなら、手段を選ばないのが彼女たちなのだから。

 

 こちらもウェールズの仇を討ち、南シナ海と南洋諸島の楔を外さなければならないし、やることは山のように存在する。

 一時的に戦力分散の愚を犯すが、超戦艦ムサシがいる以上、欧州艦隊の本隊は磐石。

 

 太平洋で指揮を執っている、あの子も南洋諸島の重要性は理解しているだろう。

 ヤマト率いる東洋方面艦隊は言わずもなが、だ。欧州、太平洋、極東による三艦隊は、連絡を取らずとも自然と逆包囲網が完成する。

 

「さて、ビスマルク追撃戦の再現と致しましょうか。可愛い教え子の一人を沈めた以上、絶対に逃がしはしません。覚悟して頂きましょう、超兵器ハリマ」

 

◇ ◇ ◇

 

「アイオワお姉ちゃ、んんっ! アイオワお姉さま。ウェールズ様の東洋分遣艦隊が壊滅しました」

「大丈夫だよ、ミズーリ。ちゃんと戦況報告は逐一目を通してるからね」

 

 北米大陸の西海岸付近、北太平洋の近海に展開する太平洋総旗艦隊。

 その艦隊の総旗艦を務める大戦艦アイオワに、寄り添うように航行をしていたミズーリは、姉に告げるように報告する。

 

 思わず素の反応で話しかけたミズーリだったが、副官としての自覚を思い出したのか、慌てて取り繕った。

 その様子が微笑ましかったアイオワだが、浮かべる躯体(メンタルモデル)の表情は少し寂しそうである。

 

 外面など気にせず、昔のように甘えてくれても問題ないのだが、優秀な姉達のように頑張ろうとしている事も知っているので、口に出すような真似はしなかった。

 平和になったらプライベートを使って、彼女の頑張りを労ってあげるのも密かな楽しみなのだから。

 きっと可愛い妹の事だから、羞恥を隠せないのは目に見えている。

 

 もっとも、それには生真面目で委員長タイプの四女による追撃をかわす必要がある。

 どうせなら同じ四番艦のウィスコンシンも、この姉(ミズーリ)のように甘えてくれてもいいのに、と思うが仕方がない。

 向こうの直属の上司は超絶武闘派のニュージャージーなのだから。

 

「ん~~でも、面倒な状況ではあるかな」

「それは極東地域が南北を挟まれようとしている状況がですか? それとも」

「うん、潜水艦隊の奇襲の方だよ。ミズーリ。浅い深度で航行する潜水艦を迎撃させて、ソナーの索敵範囲を乱してから、深々度を航行する別の潜水艦がパナマに向かってきてる。

 相手の魚雷は威力が低いから何ともないけど、侵蝕魚雷クラスの弾頭を使うようになったら、大変なことになっちゃう」

 

 それは何度も繰り返されている状況だった。

 太平洋艦隊は大量の駆逐艦と、護衛空母を原型とする強襲海域制圧補助艦の索敵ラインを構築している。

 人類の対潜水艦戦闘を参考に、航空機によるソノブイ投下と索敵潜水艇の探知網。

 これを抜けるのは相当難しい。

 

 探知している偵察艇やソノブイが破壊されれば、そこに敵がいると知れるし、やり過ごそうにも二重三重の探知網が待ち構えている。

 

 そして敵艦を発見し次第、対潜弾による迎撃を行っている。

 

 しかし、敵はそれを利用して探知網を掻い潜ろうとイタチごっこ状態だ。

 機関を停止し、海流を利用した無音航行をされると、どうしても何隻か突破してくる。

 

 幸いパナマ運河の周辺に最終防衛ラインを構築しているので、目立った損害は皆無。

 だが、この前は潜水母艦から飛び立ったと思われる航空機の爆撃を受けかけた。

 アイオワはこれに伴い、近いうちに弾道ミサイルを利用した爆撃があるのではと予測している。

 だから、パナマの周辺に、さらに迎撃網を構築させてもらった。

 

 地上に分散して設置されたそれらは、ミサイルが来ても容易に迎撃するだろう。

 飽和攻撃するにも異邦艦は潜水艦の数が足りないはずだ。

 何せミサイル発射管を開いた瞬間、探知網に引っかかる。

 太平洋の大半を手中に収めている霧の艦隊にとって、それらを長距離から粉砕するなど造作もない。

 

「でも、今のところ問題ないように見えますが」

「今は、ね。ローテーションを組んで、ハンターキラーに特化した艦隊を代る代る交代させているけど、いずれボロが出そうなのよね

 たとえばアラスカ付近に展開する艦隊を、高速で振り切って、私たち太平洋艦隊を内側から掻き乱すとかされたら、堪ったものじゃないでしょう?」

「そのようなこと可能なのでしょうか?」

「この世界の人類はスーパーキャビテーション航行を実用化した。超兵器という存在も、そんな技術を持っていても不思議じゃないわよ?

 貴女も、ウェールズと交戦した超兵器の規格外さを、戦闘データを通して理解しているでしょう?」

 

 確かに、その通りだとミズーリは思う。

 でも、普通の艦船と違い、向こうは数倍から数十倍の大きさを持つ超兵器だ。

 あのような巨体で、摩擦の大きい水の中を、本当に航行できるのだろうか?

 

 だから、不安そうな表情を浮かべるミズーリの躯体(メンタルモデル)にアイオワは微笑んだ。

 大丈夫だよ、と安心させるように。

 

「まあ、そんな事をさせないために、私たち高速戦艦が控えているのよ。だから大丈夫。

それに、私の指揮下にある内は、誰も沈めたりしない。コアのデータを失わせたりしない」

 

 アイオワの決意に答えるように、彼女の船体の紋章光(イデア・クレスト)は輝きを増していた。

 

 太平洋艦隊、総旗艦アイオワ。

 現在において彼女の指揮下にある艦隊の損耗率はゼロだ。

 しかし、敵の超兵器を前に無傷ではいかないことを、彼女もまた理解していた。

 

 既に大戦艦フッドと同じように南洋諸島やオーストラリア方面に対する手は打ってある。

 いずれもアイオワが認めた優秀にして精鋭中の精鋭だ。

 必ずや敵の超兵器を打ち砕いてくれるだろう。

 




太平洋の霧の艦隊、脳筋チームがアップを始めました。
お婆ちゃんと言われると怒る人がアップを始めました。

東洋方面の派遣チームは次回です。

別名、ハリマ絶対ぶっ殺すマン。
ただし、ハリマだけとは一言も言ってない模様。
既に一隻とペア組んでます。誰でしょうね。


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航海日記27 集う!蒼き艦隊

 千早群像は硫黄島に建設された隠し基地の中で、超兵器に関する資料を読んでいた。

 既にアマハコトノは霧の超戦艦として行動を開始しており、群像と別れて北極海の入り口を封鎖している。

 

 ベーリング海峡を越えて、攻めてくる敵艦隊の数は脅威だが、それを軽々と抑え込む超戦艦に指揮された霧の日米連合艦隊。その力は圧倒的と言っていい。

 

 そして、北を抑え込むために、南洋諸島を始めとする領海が手薄になっているのも、また事実。

 南北から挟み撃ちを受け、消耗戦を挑まれる状況が続くと、来るべき超兵器決戦で負ける可能性が出てくる。

 それをさせない為に、蒼き鋼の遊撃艦隊が結成されるという訳だ。

 

 アドミラリティ・コードの命令によって海洋を封鎖をしなければならない霧の艦隊は、それを解釈することによって、何とか戦えている。

 

 侵略による海域の占有を始めた敵艦隊に対して殲滅行動を行い、再び霧の艦隊による海上封鎖を再開するために。

 

 しかし、その命令によって霧の艦隊が自由に動けないのも確かなのだ。

 いっそ呪いともいえる命令は、強力な強制効果を持っていた。

 艦隊を自由に領海から動かせないのは、同時に自由な作戦行動の妨げにもなっている。

 

 コトノによれば、それに対してヤマトとムサシが一時的なコードの書き換えを行おうとしているらしい。

 

 命令の一部を書き換え、艦隊を自由に動かせるようにすることで、元凶がいると思われる北極海に侵攻。敵の中枢を一気に叩くのが最終的な目標になる。

 

「群像。戦術ネットワークに重要そうな情報がアップされた」

「空間モニターに表示して見せてくれ」

 

 群像を手伝い、超兵器や各地の戦況に関する情報をまとめていたイオナが、新たな情報を空間モニターに表示する。

 

 そこには地中海において、イタリア海軍が霧の艦隊を助けるために、戦闘を支援したという内容だった。

 

 沿岸都市を狙った超兵器の攻撃を防ぐため、広域にクラインフィールドを展開して都市を守ろうとしたヴェネト達。

 

 それに対してイタリアを始めとする海軍も、積極的にミサイルなどの攻撃を迎撃し、敵の異邦艦隊に対して反撃を開始したらしい。

 

 来たるべき霧との艦隊決戦に備えて、温存していた最新の艦艇まで持ち出し、人類でも対応できる相手に攻撃。

 時には霧の艦隊に戦術的な作戦行動を提案しながら、地中海に面する国々を守り切った。

 

「なるほど。朗報だな」

「そうなの?」

 

 イオナの言葉に群像は頷いた。

 

「ああ、未だに霧に対して、憎しみや恨みを抱いている人間は多い。この状況を利用して、霧の艦隊を攻撃しようとする動きは、どこの国にもあった。だから、霧の艦隊を援護して、一時的な休戦や協力体制が嘘偽りでないと表明したこの結果は大きい」

 

 実際、日本国内でも政府が世界情勢を公開し、未知の敵に対して霧と共同する事を表明したにも関わらず、一部の軍閥で霧を攻撃しようとする動きがあったらしい。

 

 一時的とはいえ停戦協定を結び、困窮する国内の支援まで行っている霧の艦隊。

 それに対して攻撃を行えばどうなるか。答えは火を見るよりも明らかだった。

 

 人間と同じように、人類に対して不信感を持っている霧が多いのも、また事実。

 そうなれば、第三勢力の異邦艦隊を無視して、三つ巴の戦争に発展した可能性は高い。

 結果として真っ先に滅ぶのは人類同士で殺し合いもしている人間のほうだ。

 

 それを阻止するために上陰次官を初めとする官僚。

 そして17年前の大海戦を経験した北良寛や軍人たちが、積極的に状況阻止に動いている。

 説得を行い、それが不可能であれば、相手が行動を起こす前に武力による鎮圧も辞さない。

 これは、どこの国においても同じ状況であった。

 

 そんな中で、イタリアが霧と共闘した事実を、全世界に向けて公表したことは、霧と人類の共同路線を証明する歴史的快挙となる。

 

 海上封鎖を行い人々を苦しめる霧を恨んでいる人間も多いが、紛争や困窮を押し付ける国を恨んでいる人間も多い。

 

 状況次第で人々の心はどちらにも傾くなかで、この情報はまさに僥倖とも言えた。

 

 ボロボロになった大戦艦ヴィットリオ・ヴェネトの上で、人々と躯体(メンタルモデル)が手を取り合い、抱き合っている姿を映した画像まで公開されているのだ。後ろには一部が崩れてしまったが、無事な都市の姿もある。真実を告げる証拠としては充分だろう。

 

 飢えの苦しみから人を救うために、霧の艦隊は支援活動を続けている。

 そこに人々を守るために、戦ってくれている状況を世界中に公表すればどうなるか。

 少なくとも国を恨んでいる人々の心は、霧の艦隊に付くのは明白だった。

 

「この躯体(メンタルモデル)、ヴィットリオ・ヴェネト?」

「それがどうかしたのか?」

「ヴィットリオ・ヴェネトが恥ずかしがっている理由が分からない」

「案外、イタリアの国や人々が気に入っているのかもしれないな」

「そうなの?」

「ただの予測さ。気になるなら本人に聞いてみるといい」

「分かった。今度聞いてみる」

 

 イオナと会話を続けながら、群像はさらに資料を読み続けた。

 戦う前に敵の情報を収集するのは、艦を預かる艦長として当然の義務だ。

 その情報を元に戦術を組み立て、艦隊を勝利に導いていく。

 それが、ひいては自分を支えてくれているクルーや躯体(メンタルモデル)の安全につながる。

 

「さすがヒュウガだな。敵の情報が、こんなに詳しく書いてある」

「ん。でも、イオナ姉さま。ご褒美に寵愛を下さいませって抱きついてくるのは勘弁」

「はは、彼女なりのコミュニケーションなんだろう。後で労ってやらないとな」

 

 レパルスが持ち帰ったあらゆるデータを解析したのは、霧の中で随一の技術力を持つと自称する大戦艦ヒュウガの躯体(メンタルモデル)だ。

 

 コトノからデータを受け取った群像が、さらなる情報を求めたとき。イオナ姉さま、お任せくださぁい(ハート)。と情報解析の役を買って出た。

 

 そして戦闘データから敵の長所と弱点ともいえる欠点を導き出した。

 

 特に大戦艦プリンス・オブ・ウェールズが最後に送ってきた粗い画像データから、もう一隻の超兵器を割り出し。偵察衛星や巡洋戦艦レパルスが観測していたデータと併用して敵の正体と能力の秘密を探り当てたのは大きい。

 

 もう一隻存在した超兵器の名は、超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイターで間違いない。

 

 こいつの能力が厄介で、この世界に転移する異邦艦よりも早く、自らの艦内で"建造"を行っているらしい。一部の観測装置が捉えた画像を元に割り出し、後部ハッチから艦艇が発進するのを確認している。

 

 転移反応もなしに海域に現れ、東洋分遣艦隊を包囲した正体は、これが原因とみて間違いないだろう。

 

 同時に観測されたデータから、敵は今まで霧が沈めてきた異邦艦の構成素材を流用しているとの事で、それを元に建造や武装の再構成、弾薬の補給。果てはハリマが見せた船体の超再生を行っているという。

 

 デュアルクレイターの能力はそれの補助ではないか。というのが、ヒュウガの予測だ。

 

 事実かどうかを確認するため、コトノから群像に貸し出された403が501と共に、隠密潜水行動による作戦前の偵察を行っている。

 

 報告次第では、超兵器の優先順位を変更し、戦術を練り直さなければならないだろう。

 

 特にデュアルクレイターの能力は脅威だ。

 ヒュウガの話では、敵は蓄積された戦闘データを元に、それに対抗するための艦艇を建造するかもしれないそうだ。

 現に敵の異邦艦は徐々に霧に対抗するように、性能が上昇し続けている。

 それを即座に反映し、短時間で建造するデュアルクレイターは真っ先に潰さなけれならない。

 

 もはや強襲揚陸艦というより、巨大な動くドッグ艦だなと、群像は思う。

 幸いなのは、他の超兵器と比べれば戦闘能力は低いということだろうか。

 ハリマのような防御力と攻撃力はなさそうだ。

 それを補うための超巨大双胴戦艦なのだろうが。

 

 超巨大強襲揚陸艦が建造した艦艇を元に、広範囲な索敵網を展開し、超巨大双胴戦艦によるアウトレンジ攻撃を行う。

 接近してきても、超兵器の火力と防御力で、敵艦隊を削り倒す。

 その損傷を別の超兵器が修復する。

 まさに鉄壁と言える布陣。

 

 突き崩すには、陽動や奇襲による作戦行動が不可欠になる。

 

「艦長、派遣されてきた霧の増援が硫黄島に寄港しました」

「よし、代表の躯体(メンタルモデル)に挨拶に行く。イオナ」

「了解。群像と共に挨拶に行く」

 

 部屋に直接呼び出しに来た、幼馴染の織部 僧(おりべ そう)に応え、群像は港湾施設エリアに行く。

 そこにはコトノによって派遣されてきた蒼き鋼の艦隊と共同する援軍が来ている。

 彼女たちも、躯体(メンタルモデル)を持ち、心を得た存在だ。

 作戦を行う前に挨拶と自己紹介を済ませておくのが礼儀だろう。

 

 いずれは霧と人類が互いを分かり合い、手を取り合って共に生きていく。

 それがコトノと群像の理想とする世界なのだから。

 

 そうして、居住区画から港湾区画を訪れた群像を出迎えたのは、あまりにも特徴的な艦橋を持つ船の姿であった。

 

 バコダ・マストと形容されるそれは、あらゆる戦艦と比べても圧倒的な異容。もとい艦容を持って群像を出迎え、彼を見上げさせるには充分であった。あまりにも、あまりにも違法建築な姿である。

 

 しかし、そんな形でも霧の大戦艦である事に変わりはない。群像は甲板から、ふわりと降り立った躯体(メンタルモデル)に向き直ると、にこやかな笑みを浮かべて彼女を出迎えた。

 

「ようこそ蒼き鋼の艦隊へ。大戦艦フソウを歓迎する」

「私なんかが援軍に来て、ごめんなさい。一応、大戦艦フソウです。霧の艦隊の戦艦やってます。一時的で、小規模しかない派遣艦隊ですけど」

 

 そう、援軍に来たのは大戦艦フソウとヤマシロの二隻を旗艦とする艦隊。

 奇しくも、かつて西村艦隊と呼ばれた編成の、ナガト率いる第二巡洋艦隊所属の船たちだった。

 

 さっそくのネガティブな物言いに、群像も苦笑を隠せない。

 元はヒュウガ率いる第二巡洋艦隊所属であり、その性格もヒュウガ本人から伝え聞いていたが、相変わらずの様子らしい。

 

 史実では欠陥戦艦と評されたように、彼女たちも超戦艦クラスの機関を試験的に搭載したことで、膨大なエネルギーの演算制御がままならず。それによって性能をうまく発揮できないのが、コンプレックスの原因だとコトノは言っていた。

 

 言わば全ての霧の戦艦のテストベッドというべき存在。

 彼女の機関データを元に、建造された霧の戦艦の機関出力は最適化されている。

 

 それを考えれば光栄なことだと、誇らしげにすればいいのだが、度重なる戦闘で散々な結果しか残せていないので、本人たちのメンタルは文字通り"ウツ"ってるらしい。

 

 だが、欠陥戦艦と揶揄されようとも、人類側からすれば立派な戦力だ。

 群像としては、霧の艦船はどのような船でも大歓迎である。

 要は使い方次第なのだ。

 

「悲観することはない。世界的に広がる戦線のおかげで、戦力の配分に余裕がない。そんな状況でも、君たちのような立派な戦艦が来てくれた。俺たち蒼き鋼としては充分心強い」

「立派な戦艦だなんて。お世辞でも嬉しいです。どうぞ、ヤマシロ共々よろしくお願いしますね」

 

 フソウの躯体(メンタルモデル)が差し出した握手を、群像は握り返す。

 援軍が合流した今、蒼き鋼の艦隊は出港準備を完了したも同然だ。

 先導役には修理を終えた巡洋戦艦のレパルスと駆逐艦ヴァンパイアが買って出た。

 

 陣容として艦隊旗艦に群像率いるイ号401を置き、直属艦としてタカオが護衛につく。

 

 その援護を行うのが、船体を取り戻したハルナ。

 ようやく、かつての威容を取り戻し、船体と躯体(メンタルモデル)を手に入れたキリクマならぬ、キシリマ。

 そして姉妹艦のイセから逃げるように、船体を取り戻した航空戦艦仕様の大戦艦ヒュウガだ。

 加えて別働隊として陽動役のフソウ艦隊が加わる。

 

 合計にして大戦艦を5隻という凄まじい規模の艦隊だった。

 群像が信頼されているという証であり、同時に超戦艦一隻でも、北方方面を抑えられるという証明でもある。

 それほどまでに、大戦艦と超戦艦の間には、隔絶たる戦力差が存在する。

 

 霧の艦隊である彼女たちが束になっても、ヤマトとムサシには触れる事すらできないだろう。

 

 だからこそ、南方における早期決着を霧の艦隊は狙う事ができる。

 群像の蒼き艦隊が南シナ海とマラッカ海峡を取り戻し、コンゴウ率いる黒の艦隊は総力を持って、ソロモン方面に進出。

 新たな超兵器反応に接近し、確認次第撃滅する手はずだ。

 

 ここに来て霧と人類の聯合艦隊は防御を捨て、攻勢に転じる。

 

 そこに欧州英国派遣艦隊と太平洋派遣艦隊すら加わり、オーストラリア、インドネシア方面を始めとする南洋海域は、膠着状態を打ち崩す激戦区になろうとしていた。

 




みんな大好き第四次ソロモン海戦が始まるよ。
なお、複数の超兵器がいる模様。
?『本艦の性能を発揮するには水上艦は不要 我々だけで貴様を海の藻屑にしてくれる!まっすぐ向かって来い!』

色紙を開封したら嫁イオナとムサシの奴だった。
そして届いたサントラのジャケットで、作者は二度泣く。
Cadenza~終焉~を聞いて、さらに泣く。


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航海日記28 水面下の偵察

 イ403はイ501と共に、自身の船体を駆使して、硫黄島からフィリピン・インドネシア方面に向かっていた。薄黄色のカラーリングを反射した潜特型の船体は、ジェット推進を行いながら急速に目的地へと接近する。

 

 既に南洋諸島の戦線はパプアニューギニア方面まで後退しており、増え続ける異邦艦隊の数に圧倒されている状況らしい。

 

 異邦艦に対して霧の艦隊は火力、防御力、速力と全ての面で圧倒する。しかし、侵蝕魚雷を始めとした弾薬が底をつくと、増援が殲滅能力を上回って、後方まで下がらなければならない状況だ。

 

 配備されていた大戦艦が超重力砲で薙ぎ払っても、怯まずに突進してくるというものだから。敵艦隊の性質の悪さは、他を圧倒しているとも言っていい。犠牲を顧みない敵の強硬進軍のせいで、何度も戦線を引き直している。

 

 もちろん、敵の通常艦艇に負けるほど霧も弱くはない。

 通常であれば、弾薬が底を尽きても、光学兵器だけで相手を制圧することぐらい造作もないのだから。

 

 なら、押されている理由はなんなのか。

 それは、敵の超兵器にあるらしかった。

 

 オーストラリア方面に配備されていた霧の巡洋艦隊の話では、戦線に投入される敵の超兵器が原因で、被害が拡大する前に下がらざるを得ない状況らしい。

 敵は島を越えて奇襲を行い。時には列島の山越しに砲撃を加えることで、艦隊にダメージを蓄積させ、追いつめてくる。

 反撃しようにも、複数の超兵器が相手では、現状の戦力を持っても太刀打ちできない。攻撃力が足りないのだ。

 

 現状ではアングルドデッキを備えた空母型の超兵器。

 小島程度の陸地を軽々と乗り越えて奇襲を行うホバー型戦艦の超兵器。

 それらを支える複数の量産型超兵器戦艦の姿が確認されている。

 

 そこで一旦戦線を引き直し、味方の増援を待って、一気に反撃を行う。

 異邦艦隊が伸ばした戦線の隙を付き、超兵器同士の連携を分断することで、こちらも各個撃破を狙う。

 敵の戦闘にいちいち付き合っていては、ジリ貧になるだけだ。

 

 よって霧の艦隊は、攻勢に出る前の偵察行動が必要になった。

 敵の超兵器や補給艦の位置を捕捉し、戦術ネットワークにリアルタイムで状況を反映する。

 そして、その情報を元に、作戦を立て、攻撃を行い。複数の艦隊が目標の撃破を目指す。

 

 問題は偵察を行う役だが……人間を乗せ、優れた能力を発揮するイオナの船体は、超攻撃型潜水艦に改装しているので、同型艦よりも索敵能力に劣ってしまっている。

 

 その代わりに派遣されたのが403だ。

 彼女は超が付く索敵と情報処理に優れ、400や402以上の能力を発揮する防御重視の潜水艦。

 コアの経験を除けば、今回の任務に最適である。

 低い経験値は、501のフォローでサポートすれば問題ない。

 

"まもなく目標海域に接近"

「確認。方針変更。索敵行動を密にする」

"Jawohl(了解)。索敵範囲及び精度を密にします"

 

 演算補助を与えられ、自らの躯体(メンタルモデル)を持っていた501。

 彼女はユニオン・コアだけの姿となると、間借りしていた演算能力を403に返還し、自身の演算能力を補助に充ててくれている。

 感情豊かだった言動は機械的になり、400姉妹特有の淡々とした喋り方をしているが、本質は変わっていない。

 自身の能力を全て駆使してでも、姉と慕う403を支えるつもりだった。401と矛を交えたタカオの時と同じように。

 

 これは予め403と決めていたことである。

 それでも、明るく無邪気な501が機械的になってしまったことに、403はどこか寂しそうな雰囲気だ。無表情だったが。

 

 発令所には403のスペースのほかに、躯体(メンタルモデル)状態の501専用スペースも存在する。

 本来であれば、コアを収める場所もあったのだが、403はそれを潰して、自身の手の中に持つようにした。

 

 万が一、追い詰められたとき、最終的に安全なのは403の躯体(メンタルモデル)の傍だ。

 船体を失うことになっても、コアさえ無事ならば、霧は何度でも蘇ることができる。

 義理であったとしても、大事な姉妹艦である。一隻たりとも見捨てるつもりはない。

 

"パラオ付近の海域、索敵圏内。複数の敵艦隊を感知。情報深度S"

「ん、データを解析。駆逐艦を中心とした小規模な艦隊。ピケット艦?」

"超兵器を中心とする艦隊の警戒役と思われる"

「肯定。敵艦隊の索敵範囲と視覚情報を予測しつつ、警戒網を抜ける」

"Ja(了解)。情報解析結果の優先項目を取捨選択。403のコアに転送"

「ん、いい子」

 

 403の索敵範囲に、異邦艦の影が引っ掛かったようだ。

 その探知距離はグアムから相手の様子を探れるほど広い。

 分かりやすく言うなら、東京にいながら日本列島の全域を探り出せるのである。

 

 索敵精度も曖昧なものではなく、数から艦の種類まで正確に割り出して見せる。

 これで、センサー類の装備を殆ど展開せずに、行っているというのだから、403の索敵能力はズバ抜けていると言っていい。

 もっとも、その情報収集能力をくだらない事に使うので、400と402からすれば、妹の403は能力に優れたポンコツそのものであった。

 

 任務中以外は。

 

「予測範囲をリアルタイム表示。重力子機関停止。無音航行開始」

"補助推進装置使用。海水噴射。進路修正完了"

「索敵装置の展開解除。艤装を船内に収納」

"索敵精度低下。索敵範囲低下。パッシヴソナー感度良好"

 

 403と501は海域における海流のデータを参考に、船体を海の流れに乗せて航行する。

 限りなく無音に近い航行は、敵の索敵範囲を欺くどころか、そのまま素通りできそうなほどだ。

 おまけに海洋生物の発する音が、403の船体をさらに見つけにくくする。

 

 本体から遠く離れた場所では、403のアクティヴデコイが同じように航行し、緊急時における囮や陽動役でもある。

 さらに自ら探知波を発せない本体を補助する、小型の観測潜水艇すら展開している。

 

 たとえステルスモードに移行しても、超範囲の索敵能力が失われるだけで、その探知精度が劣っているわけではない。

 索敵や探知を補助するツールが減らされない限り、隠れたままの偵察が可能となるわけである。

 

 これらを駆使し、403はパラオ方面からフィリピンとインドネシアに挟まれたセレベス海を抜け、南シナ海、ジャワ海、バンダ海、アラフラ海、ソロモン海の順で海域を通り抜ける。

 

 そこから得た情報を付近の友軍艦隊に送り届け続けるのが役目だ。

 戦況がどんな状況になっても、403の介入は可能な限り避けろと言明されてもいる。

 孤立無援の状況において、敵に発見されることは死に等しいから。

 

 常に徹底した潜入行動を求められ、高速航行すら許されない。

 403と501の数日間にも渡る長い船旅が始まる。

 不眠不休。一瞬たりとも気を抜くことは許されない。

 

 既に南洋諸島は敵の完全な占領下にあるのだから。

 

◇ ◇ ◇

 

 異邦艦はやる事がえげつない。

 それは403のパッシヴソナーから伝わる砲撃音などもそうだ。

 フィリピン、マレーシア、インドネシアなどの国々が砲撃を受けているようだった。

 

 おまけに向こうも潜水艦を警戒しているのか、アクティヴソナーの音が絶えず403の艦内に響いている。

 駆逐艦や軽巡洋艦の対潜索敵網に加えて、航空機が投下するソノブイまで加わった警戒網を抜けたと思ったら、別の艦隊によるピンガー音が響いていた。

 

 そんな状況が何日も続いているのだから、普通の人間だったらストレスで発狂しそうである。

 

 地形を利用して、岩陰に潜んでソナーをやり過ごし。

 変温層(レイヤーデプス)の下に潜り込んでは、ソナーをやり過ごし。

 アクティヴデコイを囮に使い、搭載していた音響魚雷を起爆させて、敵の艦隊をやり過ごし。

 

 そうして何日も何日も潜航を続けているが、敵も潜水艦がいることに気が付いて、警戒を強めているようだ。

 やはりアクティヴデコイを使ったのが拙かったらしい。そうでもしなければ、見つかっていたので仕方がないともいえるが。

 

 おまけに浅瀬付近には潜水艦に対する防潜網まで構築されている。

 観測に使っている潜水艇で探知して、位置を把握し、事前に回避しなければ船体を絡め捕られていたかもしれない。

 

 異邦艦隊の占有している海域。

 その中心地点に近づけば、近づくほど、敵艦の数が増えて、警戒網に厚みが増す。

 

 水上艦だけではない。

 対潜哨戒機。対潜ヘリ。同じ潜水艦まで利用した索敵網だ。

 しかも、範囲と精度の低さを物量でカバーしてくるから性質が悪い。

 

 相手は常にアクティヴソナーを使用している。

 人間と違い、敵艦に見つかって撃沈されても痛手はないのだろう。

 

 常に隠密を心がけ、攻撃もできない403にとって、厄介極まりなかった。

 攻撃すれば、自分が存在している事を相手にばらす様なもの。

 鬱陶しいからと言って、相手の数を減らすような真似は出来なかった。

 

"melden(報告)。敵艦隊のソナー音が停止"

「索敵範囲に引っかかった形跡無し。状況予測。潜航中の潜水艦に対する敵の爆雷投射?」

"Ja(肯定)。恐らく威嚇も含めた攻撃と思われる"

 

 要するにに居るかどうか分からないが、潜んでいる敵に当たればラッキー。

 そんな程度の攻撃だった。

 

 敵はこうして定期的に爆雷を投射するので性質が悪い。

 潜んでいる潜水艦を駆り出すためなら、手段を選ばないということだろう。

 弾薬も無限に等しいのか、こうした無駄な攻撃も多いのだ。

 

 もっとも、これをやり過ごせば、敵も補給のために海域を離れ、交代要員と入れ替わる。

 その瞬間が警戒網を抜けるチャンスだ。

 設置されている対潜機雷群を注意深く避け、次の海域に向う事にする。

 

「機関停止。無音潜航開始」

"Jawohl(了解)。無音潜航開始。重力子バラスト調整"

「ん、後は神に祈る」

"beten(祈る)"

 

 攻撃をやり過すために、深度を下げる403。

 爆雷の炸裂音で敵は403を感知できないだろう。

 直撃したとしても、強制波動装甲(クラインフィールド)を抜ける程のダメージはない。

 せいぜい、ちょっと飽和させられる程度の損害だ。飽和率は1%にも満たないだろう。

 

 だが、何時、いかなる時も"もしも"という場合は存在するのだ。

 敵に見つからないことを403と501は祈った。

 

 寝転んだ403の躯体(メンタルモデル)が発令所の真上を、艦の甲板の向こう側を見上げる。

 降ってくる爆雷が見えるわけではないが、ちょっとくらいは気にしてもいいだろう。

 その手に501のコアを抱いて、爆雷の爆発音を耳にしながら、403は瞳を伏せた。

 

 既に超巨大双胴戦艦ハリマ。超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイターの位置は補足していた。

 いくらノイズが酷いといっても、巨大な機関音や推進音を消すことなどできはしない。

 レーダーがダメなら、ソナーで捉える。

 403は小型の観測潜水艇を使って、それに成功していた。

 

 しかし、作戦当初に存在していた観測用の潜水艇と、アクティヴデコイの数は半分以下にまで減っているのも事実。

 いずれ403の躯体(メンタルモデル)を乗せた本体が捉えられるのも時間の問題だった。

 




「爆雷が一個、爆雷が二個、爆雷が三個」
Gute Nacht Schwester(おやすみなさい! お姉ちゃん)
「驚愕。爆雷は羊だった?」
“Ja”


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航海日記29 ウォッチタワー大作戦

 南洋諸島方面から押されていた霧の艦隊だったが、引き直される防御ラインがついに押しとどまり、逆に反撃の様子を見せ始めた。

 

 その急すぎる展開に、快進撃を続けていた異邦艦隊は、出鼻を挫かれ勢いを無くした。

 それどころか圧倒的な火力を前に、為す術もなく海の藻屑と化していく。

 

 水平線の彼方から急に、紋章光(イデア・クレスト)を発光させた艦隊が姿を現したのだ。

 その色取り取りの輝きは虹のようであり、煌めく光の帯は、異邦艦隊を原子レベルでバラバラにする攻撃だった。

 

「ふははは、異邦艦め。怖かろう?」

 

 16インチ・マーク6型砲に酷似した三連装主砲塔から、荷電粒子砲をぶっ放し、艦橋の上で高笑いを挙げている躯体(メンタルモデル)。彼女の名はサウスダコタと言い、米戦艦サウスダコタ級四姉妹のネームシップでもあった。

 

 日本戦艦と比べるとスマートな艦橋だが、感じる威圧感は大戦艦だけあって半端ではない。

 

 タンカーなどを除けば圧倒的に巨大な船体が、太平洋の荒波を物ともせずに突っ込んでくるのだ。しかも、三連装主砲から順次発射されるビームのオマケつき。向かってこられる方としては堪まったものではないだろう。

 

「サウスダコタの後ろからこんにちわ!! 死ねぇぇぇ!!!!」

「あらあら、まあまあ。ワシントンったら、はしゃいじゃって。それほど楽しい戦いなのね」

 

 しかも、後方からは似た姿を持ち、さらに大きな船が二隻も続いてくる。同じ三連装主砲を前部に二つ持ち、一番砲塔と二番砲塔から色違いのビームを照射してくるのだ。

 

 時折、変形し、装填音が響いたかと思えばビッグな主砲弾が火を噴いて吐き出され、続く形で幾つものミサイルが甲板から尾を引き飛んでいく。そして、射線上に存在する艦船を跡形もなく吹っ飛ばしていった。

 

 艦橋の造形こそ違えど、甲板上の武装。特に主砲塔あたりが、サウスダコタ級と非常に良く似ている大戦艦。名をワシントンと言い、ノースカロライナ級の二番艦である。

 

 それに続いているのは、ノースカロライナのネームシップ。戦艦ノースカロライナ。

 

 サウスダコタ級の前級であり、短縮されていない船体はサウスダコタに比べて大きく、艦橋の作りも大型である。しかし、防御を重視したサウスダコタ級に比べて、凌波性はよく機動力ではノースカロライナ級のほうが上回る。

 

 故に集中防御式で、重要防御区画(バイタルパート)の強制波動装甲が分厚いサウスダコタ級が前面に突出し、強力なクラインフィールドを展開して後方から続く艦隊を防御。少しだけ機動力に優れたノースカロライナ級が、サウスダコタ級の援護に回る形で布陣し、突進する。

 

「サウスダコタ姉さん! 前に出すぎだよ! もっと慎重に……」

 

 そんな先頭を行く大戦艦サウスダコタに必死に声を掛けるのは、同じサウスダコタ級戦艦の二番艦インディアナであり、斜め後方から続く形でネームシップである姉を追いかけていた。

 

「うむ! 案ずるなインディアナよ! 突撃しつつ、機動防御を展開し、臨機応変に対応すれば問題ない」

「つまり近づいて殴れって事ですね。さっすが、サウスダコタ。話が分かりやすい!」

「違います! 貴女達がやってるのは単なる突撃です! 戦術のせの字もないんですっ!!!」

「うふふ、みんな、楽しそうね~~」

 

 そんな事をのたまうサウスダコタに、ワシントンが悪乗りして、インディアナが突っ込む。

 ノースカロライナは微笑ましそうに三隻を見守っていた。

 

「そして、なんだかんだで付き合ってくれるインディアナであった」

「ワシントンっ!!」

「ほらほら、17年前よりも歯ごたえのある戦争でしょ。素直に楽しまないと禿るぞ?」

「私はハゲてませんよっ!?」

 

 すんげぇ楽しそうな笑顔を浮かべて、親指を立てながら煽ってくるワシントンに、インディアナは躯体(メンタルモデル)の胃のあたりを押さえるしかなかった。何故だか知らないが、体調を崩さないはずの身体は、何度も胃のあたりを痛めている。

 

 これがストレスか。と人類のネットワークから己の症状を判断するインディアナ。彼女の表情は既に苦悶に満ちていて、目の下には隈ができそうである。姉から美人が台無しだと言われそうですらあった。

 

「はっはっはっ。美人が台無しだな。インディアナ」

「誰のせいですかっ!! 誰のっ!!」

 

 訂正。既に言われていた。

 

「そう怒るな。私のように笑っていろ。総旗艦アイオワが、常に笑っているべきだと言っていたではないか。なぁ?」

「違いますから。そういう意味じゃありませんから……」

 

 サウスダコタの語った言葉の意味は、指揮官たる者、常に微笑んで、如何なる時も部下に動揺は見せないようにするべき。そんな意味を込めてアイオワが語った言葉だ。姉のように何も考えずに、不敵に笑い続けるのとは意味が全く違う。

 

 サウスダコタ姉さんのバカ。悪乗りして場を悪化させるワシントンのアホ。ノースカロライナの能天気。いつも場を取り繕う、私の身にもなれ。

 

 そんな言葉がインディアナの脳裏に閃いては消えていく。

 

 戦闘が始まったばかりだというのに、既に彼女の精神的疲労は限界を超えそうだった。

 

「さあ、オーストラリア方面を守っていた豪州艦隊の諸君。総旗艦アイオワの命により、我々が来たからには、もう安心。共に敵艦隊を捻り潰すのだ。ふはははは!!」

「もう、好きにしてください」

「うむ。そう言いながらも最後まで付き合ってくれるインディアナが大好きだぞ」

 

 そして、急にそんな事を言ってくるものだから、インディアナの感情シミュレーターが熱暴走を起こすのも無理はない。何故だか知らないが、躯体(メンタルモデル)の表情は、真っ赤になってしまい。頬やコアのあたりが熱かった。この感情の揺らぎを、インディアナは知らない。

 

「……サウスダコタ姉さんのバカ」

「インディアナよ。何か言ったか?」

「何でもないっ!」

 

 そうして笑いながら眼前の敵艦隊を粉砕する大戦艦二隻。何だかんだで後に続く大戦艦一隻。微笑ましそうに見守りつつ、後方からカバーする大戦艦一隻。計四隻による集中砲火。火力投射を正面から受ける異邦艦隊は既に瓦解寸前である。

 

 戦艦だろうが、空母だろうが、大型艦は集中砲火を受けて、為すすべもなく沈み。重巡洋艦以下の艦船は続く攻撃で爆沈。駆逐艦に至ってはミサイルの雨で、片手間に轟沈していく。潜んでいた潜水艦は、降り注ぐ対潜弾と魚雷の嵐で、発射管を開く間もなく真っ二つだ。

 

 何せ大戦艦だけではなく、その後方から無数の艦隊が続いている。大戦艦よりも威力は劣るが、連射性の高い主砲の照射。或いは光弾の連射。

 

 上空に向けて尾を引きながら発射されるミサイル。近距離の敵を葬る、射出された連装魚雷と艦首魚雷。

 

 戦艦の擁護を受けた重巡洋艦の援護。広範囲をカバーする軽巡洋艦率いる水雷戦隊。彼女らに守られる強襲海域制圧艦。その全てが、大戦艦たちに続いていく。

 

 光が南太平洋の海を染め上げ、時に発生する爆発や侵蝕弾頭の光が海を割る。

 その度に、敵艦隊が金属の悲鳴を上げながら轟沈していった。

 

 これこそが大戦艦アイオワの派遣する太平洋艦隊の援軍。

 後退する豪州方面艦隊と合流し、瞬く間に他を圧倒する大艦隊となった派遣艦隊は、その勢いを持って異邦艦隊に対し、苛烈な逆襲を開始した。

 

 パプアニューギニア周辺を掌握し、ソロモン海と珊瑚海に展開し、ソロモン諸島に飛行場まで建設しようとしていた異邦艦隊にとって、フィジーサモア方面から進撃してくる大艦隊は予想外であった。

 

 何せハワイ方面から新大陸と極東方面に潜水艦で圧力をかけ、北極海からも同時攻撃を仕掛けている。全方位に広がる戦場は敵艦隊を分散させ、防備にあたる艦隊を釘づけにして、各方面で孤立させるはずだった。

 

 それが、こんなにも早く戦力を再編し、大規模な攻勢に出て来ている。各方面に超兵器による攻撃だって加えているのだ。そんな状況で防御を手薄にして、反攻に転じてくるなど、誰が予測できるというのだろう。下手すれば本拠にしている海域が陥落することもあり得るのに。

 

 しかも、攻勢はフィジーサモア方面からだけではない。

 

 封鎖しているマラッカ海峡を迂回して、オーストラリア大陸とインドネシアの間にあるティモール海から、欧州英国艦隊および欧州仏国艦隊率いるの東洋連合艦隊も大反抗に転じている。

 

 さらに、オーストラリアから、ちょうど北部に位置する極東方面艦隊。通称、霧の東洋方面艦隊が南シナ海を抑えるように展開し、一部の大規模な艦隊はフィリピンから、アラフラ海とパンダ海に突入してきているという報告まであった。

 

 状況からして、挟み撃ちどころではない。全方位からの大包囲網による殲滅作戦だ。

 南洋諸島を起点にインド洋と太平洋に対する楔を打ち込み、北部と南部で包囲する手はずが、逆に包囲されているという、信じられない状況に陥っていた。

 

 まだ、増援の超兵器は到着していない。

 超兵器機関を基に、オーストラリア大陸を侵攻する超巨大陸上戦艦を建造する間もなかった。

 強力な未確認型飛行物体を配備する、ガダルカナル飛行場も完成前に粉砕された。

 

 今ではソロモン海と珊瑚海の艦隊すら殲滅され、パプアニューギニアのアラフラ海まで押し戻される始末。

 

 修理と補給を受けている四隻の超兵器を、急ぎ稼働させて、各方面の艦隊に対して反撃を行わなければ、せっかく得た拠点を奪還されてしまう。

 

 しかし、本腰をいれた霧の艦隊は圧倒的で、対抗しようにも第二次世界大戦前後の戦力で構成されたクラス1の艦隊では太刀打ちできない。

 これに勝てるとすれば光学兵器や光子兵器、電磁投射砲、プラズマ砲を搭載したクラス3の艦隊が必要になる。

 

 だが、それを派遣するためのゲートは未だ充分な大きさではない。

 ここに来て転移と、超兵器による建造を駆使した異邦艦隊の大規模攻勢は完全に止まってしまった。

 

 それでも、それでも異邦艦隊には四種の超兵器とは別の、最強クラスの超兵器を用意してある。

 南洋諸島侵攻艦隊の切り札ではあったが、ここで負けてしまっては元も子もない。

 

 超兵器の完全起動と構造体の生成。要するに時間稼ぎのため、異邦艦隊も本腰を挙げて、防備に入ろうとしていた。

 

 ここに霧の艦隊と異邦艦隊による第一大規模決戦の火蓋が切って落とされたのである。

 

 

 

 




みんな大好き霧の米艦隊(小規模)。

サウスダコタ。突進しての殴り合いあるのみ。アシガラと気が合う。
インディアナ。苦労人。防護の鬼。輪形陣による対空防御
ノースカロライナ。いつも能天気。あらあら系のお姉さんポジ。
ワシントン。時には殴り合い、時にはサウスダコタを盾にし、時には味方の背後から殴りかかる。ライバルはキリシマ。
レキシントン。空母として問題児。

他50隻以上。

なお、後続にエセックス級とボーグ級やカサブランカ級を中心とした予備艦隊が控えている模様。

カバーする範囲が広いからね。小規模でも仕方ないね。


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航海日記30 奏でられない主旋律

 サウスダコタ率いる南洋諸島殴り込み艦隊は圧倒的だった。

 

 特に大戦艦の背後に控えている強襲海域制圧艦群は、いずれも精鋭。

 補給艦と組み合わさって圧倒的な制圧力を見せつける。

 

 広域に渡る侵蝕兵器の嵐。

 雨のように降り注ぐそれは、展開する異邦艦隊を容赦なく粉砕し、消滅させていく。

 

「サウスダコタ姉さん。戦域に新たな敵艦隊の反応が」

「わたしの出番っ! 全・弾・発・射!!」

「ちょっ、レディ・レックス!?」

「そして8インチ砲を抱えての突撃である。えへへ、わたしの8インチ砲。毎日欠かさず磨いてきた8インチ連装砲」

 

 僚艦一隻の突発的な行動に狼狽える大戦艦インディアナ。

 そんな彼女を尻目に突出していく空母型の艦船が一隻存在する。

 飛行甲板の上には、400シリーズやズイカクと同等の幼い容姿をした躯体(メンタルモデル)がいた。

 

 少女の名は強襲海域制圧艦の一隻、レキシントン級の一番艦レキシントン。

 

 彼女は甲板上に供えられた垂直発射管を高速展開。順次どころか全弾一斉射を行い、態勢を必死に立て直そうとする異邦艦隊に、さらなる追い打ちを掛けていく。

 

 インディアナにとっては、それだけでも度し難いのに。彼女はあろうことか、その高速性を活かした突進まで行った。

 

 先頭を行くサウスダコタに並び、甲板上に設置された二つの連装砲を展開して重力子ビームを連射。重巡洋艦にも引けを取らない火力を発揮し、戦艦のような戦いを初めてしまう。

 

「レキシントン! 貴女は強襲海域制圧艦! 後方からの制圧支援が任務でしょうっ!?」

「違うもんっ! わたし、戦艦だもんっ! アカギやカガのライバルだもんっ!!」

「そ、れ、は、元っ、でしょうが!! いいから、後方に下がりなさい!」

「はっはっはっ、いいぞレキシントン。そのまま一緒に突撃だ。ついでに超重力砲で敵艦隊を薙ぎ払ってしまえ」

「らじゃー!」

「もう、やだ。この艦隊……総旗艦アイオワ。インディアナは疲れました。役目を果たす事が出来そうにありません………」

 

 やった~~!! と喜び舞って、武装を乱射しまくるレキシントンの様子に、それを許可するサウスダコタの笑い声。

 

 引き止め役にして、艦隊の参謀でもある大戦艦インディアナは、遠い目をしながら明後日の方向を向くしかない。

 

 パナマに帰りたい。切実に、そう思わざるを得ない。真面目に戦うのが馬鹿らしくなってくる……

 

 レキシントンは元巡洋戦艦である。しかし、海上封鎖を行うに当たって、広範囲をカバーするには空母。すなわち強襲海域制圧艦の力が必要で。だから、彼女は戦艦から空母に改装した経緯を持つ。

 

 だが、バトル・レックスとまで呼ばれた誇り高い戦艦でもあるレキシントン。戦艦だった頃の情熱は、空母になっても忘れることができず。愛用の8インチ連装砲塔を、いつまでも大切にしている。壁のような煙突の内部には重巡洋艦クラスの超重力砲まで備えていた。

 

 おまけに空母になったことで、彼女の躯体(メンタルモデル)は幼くなり、肉体に引っ張られるように精神も幼くなってしまっている。

 

 それ程までに、戦艦としての自分に未練があるらしい。

 

 インディアナにとっては知ったことではないのだが……今のところ、作戦に支障はないし、問題ないのかもしれない。

 

 最悪、妹のシスターサラに止めてもらえば良い。あの物静かで、大人しい。双子のような躯体(メンタルモデル)は怒ると一番怖いのだから。

 

"駆逐艦ベンハム轟沈"

「真下にいるサーゴにコアを回収させろ! 何事か?」

"射程外から大口径の高速飛翔体による直撃を受けた模様。かなりの大型主砲です"

 

 周辺の哨戒に出ていた駆逐艦が一隻轟沈したという部下からの報告。

 

 サウスダコタはすぐさま、回収役の潜水艦にコアの回収を命じ、冷静に周囲の状況を確認していく。

 

 どうやら、敵も反撃に出てくるらしい。

 

「レーダーにノイズの反応が……ノイズ反応、急速に増大中! 姉さん!!」

「超兵器とやらのお出ましか。討って出るぞ」

"先の攻撃の分析が完了。超高性能の誘導砲弾。駆逐艦ではクラインフィールドを貫通されます"

「問題ない。アレを起動させろ」

 

 サウスダコタは続々と届く部下の報告に、ひとつの焦りも見せることなく冷静に対処する。

 

 敵が射程外から超々射撃を行うことは、レパルスによる先の報告で知っている。

 

 それに対抗するための策もちゃんと用意してきた。サウスダコタではなく、アイオワからの贈り物であったが。とにかく対策は用意はした。

 

 ならば、あとは使うだけだ。

 

 超巨大双胴戦艦ハリマでなくとも、敵味方の遠距離攻撃、すべてを封殺する手段を。

 

「こちらヨークタウン。例の装備を使用します」

「黒の艦隊は? ズイカクは?」

「それは後回しだよ。ビッグE」

 

 レキシントンを始めとする強襲海域制圧艦群が、飛行甲板に新たな艤装を展開し、周辺海域に向けて、粒子のような高出力ジャミング波が展開される。

 

 それだけで異邦艦隊のレーダーを始めとする電子機器は使用不能になった。

 

「強襲海域制圧艦は、我ら大戦艦よりも機関の出力が桁違い。故に展開されるジャミングの出力も半端ではないとアイオワは言っていたぞ。妨害専用の装備を使えばこのとおりだ。もっとも我々も"目"を潰されてしまうのだがね。はっはっはっ!!」

「おーい、自慢になってないぞ。サウスダコタ」

「そう言うなワシントン。私もよくは知らんのだからな。あっはっはっ!」

「まあ、私も、人のこと言えないんだけどね。えっへん!!」

 

 サウスダコタとワシントンが揃って笑い声をあげる。

 彼女たちが言うように、このジャミング装置は、霧の艦隊にも影響を及ぼすほど強力なものだ。敵味方を識別できるほど甘くはない。

 

 だが、未知の性能を発揮する超兵器に影響を及ぼすには、こちらも全力でなければ意味はない。そう考えたアイオワによって用意された装備であった。

 

 これにより敵味方を通して、レーダーなどを併用した遠距離攻撃は著しく精度を落とす。

 ミサイルなどの誘導兵器も、レーダーと併用した電探射撃も意味を為さなくなる。

 

 要するに、攻撃を当てるには目視による近距離の殴り合いをしなければ為らないということ。

 

 欠点ばかりが目立つ装置だが、どうせ超兵器の発するノイズによって、こちらの電子機器は封殺される。

 

 ならば、相手も同じか、それ以上の状況に陥れてやれば良い。

 

 そんな単純明快な発想だが、クロスレンジでの殴り合いを得意とするサウスダコタやワシントンには関係ない。

 

 むしろ、遠距離からちまちまと削り取られるよりは、互いの生死をかけた至近での砲撃、雷撃戦のほうが性に合っている。

 

 霧側としてはむしろ望むところであった。

 

「あの、サウスダコタ姉さん。黒の艦隊や、東洋艦隊は……?」

「ん? いたな、そんな奴らも。だが、あいつ等も優秀な奴らだろう? 自分で何とかするはずだ。むしろ、そうしろ」

「……あとで小言を受けるのは、私なんだけどなぁ」

 

 ただし、範囲が超広域なので、南西諸島に展開する全艦隊を巻き込むのは避けられない。

 

 同時に作戦を行っている三つの艦隊も、今頃レーダーなどの索敵装置が使えなくなっているだろう。

 

 偵察機を利用した弾着点観測射撃などもっての外だ。

 霧の艦隊と異邦艦隊は無人機を利用しているので、彼らからの光学映像を受け取ることも難しい。

 

 それを覆せるのは超戦艦並みの電子性能・索敵性能に特化した船だけだ。

 

 コンゴウやウォースパイトに苦言を呈される未来を想像し、インディアナはさらに胃を痛めた。

 

 見かねた重巡ソルトレイクシティの躯体(メンタルモデル)が胃薬を渡してくる始末だ。部下のさり気ない労りに、思わず涙まで零れそうである。

 

「なに、心配するな。その欠点も含めて、ヤマトや例の艦長が布石を打ったのだろう? 目を潰されるのは奴らだけさ」

 

 それはそうだが、物事には手順というものも存在するのだ。

 もうちょっと、独断専行を控えて。こう、周りとの連携を考えてほしい。

 せめて事前に連絡をしてくれれば、同僚に対する不平不満も……

 

 そんな絶対的に不可能な願いはきっと叶えられないのだろう。

 インディアナの苦労はまだまだ続いていく。

 

「旗艦より全軍へ! 敵の攻撃を恐れるな、我に続けっ!」

「各艦は密集陣形を取り、クラインフィールドの防御能力を高めろ!」

「敵艦隊の奇襲に対し、火力の集中で持って反撃する!」

 

 サウスダコタとワシントンの躯体(メンタルモデル)による号令に、霧の米艦隊が応え、一糸乱れぬ艦隊運動を展開する。

 

 大戦艦を先頭として、左右を重巡洋艦が固め、陣の内側に強襲海域制圧艦と駆逐隊が続いていく形は、一つの矢のようであった。

 

 サウスダコタの隣にいるレキシントンは例外だが。

 

 サウスダコタが言うように、たとえ超兵器が突っ込んできても、集中砲火で落とせる艦隊規模を展開している。

 

 ハリマの遠距離による大火力攻撃も、クラインフィールドを貫通するには至らない。或いは大艦隊同士の撃ち合いになるかもしれないが、その時は接近して水雷戦隊を突入させ、乱戦に持ち込む。

 

 どんな状況に陥ろうと、即座に反撃して返す。距離を取って逃げようとも、艦隊は高速性を発揮して追い詰め、包囲網をさらに狭める。

 

 大戦艦(ウェールズ)一隻、落としたくらいでいい気にならないで欲しいものだ。

 

 人類を海洋から追い出した霧の力の一端。まだまだ、こんなものではない。

 

「超兵器反応さらに接近。サウスダコタ、ついに来るよ~~」

「ふっふっふっ、何隻でも掛かってくるがいい。我々は無敗だ。返り討ちにしてやる」

「サウスダコタ姉さん。それ、慢心だから……」

 

 調子に乗るサウスダコタとワシントンの二隻をたしなめるインディアナ。

 やがて、島影から現れた超兵器に対し、正確無比な閃光が撃ち出されたのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 超巨大ホバー戦艦(アルティメイトストーム)の一隻は困惑していた。

 

 自らに意思があるのか、知らない乗組員でも搭乗しているのか、分からないが。彼らには確かに思考できる意志が存在し、それに従って新たな艦隊に攻撃を仕掛けた。ここまでは良い。

 

 その小島のような、巨大な船体に似合わず、60kt以上の高速で移動し。島々の陰に身を隠しながら、新型巨大砲AGSによる超遠距離からの精密砲撃を仕掛ける。そして駆逐艦を一隻撃沈した。

 

 その後に何らかの妨害攻撃を受けて、レーダーや電子観測機器が使用不能になり。味方との相互通信を利用した情報の伝達と共有もできなくなった。遠距離攻撃の為の目を潰されてしまったのだ。

 

 敵がそう来るなら、今度は高速性と陸上移動可能な走破性を持って、島を乗り越え。予想外の方向から奇襲と一撃離脱を繰り返す。アルティメイトストームは、そうやって豪州に展開する艦隊を翻弄してきたし、それは確実に通用すると判断した。

 

 敵が観測に使っている偵察機や、潜水艇が機能を失っている様子を、目視で確認し。敵も自らの妨害波で、索敵装備を使えなくなっている様子だったからだ。

 

 そうして島を勢いよく乗り越え、敵艦隊の懐に飛び込んで、陣形を掻き乱し。敵艦隊に痛打を浴びせて、時間稼ぎを行う。筈だった。

 

 囮となった同型超兵器の僚艦が火を噴いて沈黙。次の瞬間には押し潰されるように集中砲火を受けて轟沈した。敵の重力兵器によって超兵器機関ごと消滅したらしい。

 

 何故、攻撃を受けている? 敵は超兵器のノイズと自らの妨害波で、死角や索敵範囲外を確認できないはず……

 

 そう疑問に思っているうちに、さらなる攻撃がアルティメイトストームに着弾し、船体の耐久力を一気に損失。内部の構造体と甲板上の推進装置を破壊されて、浮力を失ってしまう。

 

 結局、アルティメイトストームの二隻は自分たちが何されたかも分からないまま、侵蝕兵器と超重力砲の集中砲火で消滅した。

 ティモール海を出て、東洋艦隊を迎撃している超巨大高速空母アルウスも、そう長くは持たない。

 

 だが、アルティメイトストームを失おうが、アルウスが轟沈しようが関係ない。所詮、奴らは量産型である。真の超兵器を前にすれば、赤子も同然。せいぜいデュアルクレイターと連携するハリマ程でなければ話にならない。

 

 快進撃を続ける霧の艦隊に対し、バンダ海に微量な超兵器反応を有する戦艦の群れが立ちはだかろうとしていた。その姿は、大和型戦艦とモンタナ級戦艦に酷似していたのである。

 

 その背後で、島が動いていた。




ねんがんのアルスノヴァ・オフィシャルアーカイブスinカデンツァをてにいれたぞ。

スペック見て、超戦艦に勝てる気がしない。ページをめくる。
……ヤマトの髪型がすごいことになってた。

ムサシのスペック
Class YAMATI-Class Super Battle Ship
Leqth263.0m  Beam38.9m  Draft20.915m
Displacement:69220tons
Mental model:DeltaCore Hyper TaskModel×2
Propulsion:Graviton Engine/Type-G×720(Super High Mobility Unit×2)
Maximum Speed:more than 75knot(Surfaced)
              38knot(Submerged)
Test depth:1200m Structure:Nano Material
Sensor:SONAR(Sound/Graviton Active/Passive)
     :Phased Array Radar System
     :Composite Sensors
     :External Cameras
     :Wafer-scale lntegration 4dimension analysis system
Armor:Wave Motion Compulsory Conversion Device Armor
Armament:Main Gun:460mm/50mm 3 Barreled Complex Active Turret×3
     :Super Gravity Cannon,:Focused Gravity Unit×16
     :Large Focused Gravity Unit×8
     (4Dimension Space Curvature Displacement System)
     :155mm/200mm 3 Barreled Complex Active Turret×2
     :Mirror Ring System
     :533mm torpedo tubes×20(Under Water Line)
     :127mm 2-Barrel Charged Particle Beam Launcher×6
     :25mm 3-Barrel Pulsar gun×50
     :25mm Pulsar gun×2
     :13mm 2-Barrel Pulsar gun×2
     :Vertical Launche System×72
     :Graviton Beam Ram×1
     :Passive Decoy System

先生、読めないっすw


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航海日記31 航空戦艦からの轟!

 ところ変わって、こちらは南シナ海。

 案内役を買って出た巡洋戦艦レパルスと駆逐艦ヴァンパイアに続いて、フソウ・ヤマシロ艦隊。

 そして、蒼き鋼の船となった重巡タカオ。大戦艦ハルナ、キリシマ。航空戦艦ヒュウガがそれに続く。

 

 彼女たちの目的は超巨大双胴戦艦ハリマを足止めすること。

 既に異邦艦隊の主力は、霧の主力艦隊を迎撃するため、ほとんどが豪州方面に出払っており、南シナ海は比較的小規模な艦隊しか残されていない。

 

 だが、艦隊の中心となっているのは、あのハリマである。

 生半可な攻撃は重厚な装甲の前に弾かれ、デュアルクレイターのバックアップで船体を修復する。

 その連携を崩さない限り、霧の艦隊はジリ貧だ。

 

 おまけにデュアルクレイターから建造される艦隊に手間取ると、余計に侵蝕兵器を消耗する。

 攻撃と迎撃に使う弾薬は無限ではない。

 

「しかし、よく敵艦隊の位置を捕捉できるわね。さっきから、すごい電波障害よ。これ?」

 

 タカオは艦橋の上で腰を屈めながら、空間モニターを手にし、障害だらけのレーダーを見て呟いた。その疑問に後続から続くヒュウガが答える。

 

「当たり前じゃない。イオナ姉さまの妹である403が、何のために先行しているのか、少しは考えてみたらどう? あの子の索敵能力と電子分解能は並みじゃないのよ。音だけを頼りに敵を補足して、相手の正体を突き止めるなんて造作もないわ」

 

 イオナ姉さまとの逢引きを邪魔する存在というのが、403に対するヒュウガにとっての認識だ。

 しかし、それらの感情を除けば、ヒュウガはあの潜水艦の能力を誰よりも認めていた。

 

 何故なら、硫黄島の秘密基地に403の船体が寄港した際、整備をする傍らで、彼女の能力や船体の性能を調べたのだから。

 

 その結果判明したことは、彼女が潜水艦の中でも、異常といって良い程に特化した情報処理能力を持っていること。

 相手を超長距離から探知し、自らは強力な電子欺瞞能力を使ってレーダーから姿を消す。

 そればかりか、自ら取得した情報を仲間に知らせ、他者の演算能力すら補助してみせる。

 

 言ってみれば電子戦における怪物だった。

 おかげで霧の艦隊は道に迷うどころか、敵の姿を見失うことなく進むこともできる。

 強力なジャミングの中にあって、霧の艦隊はその影響をさほど受けていなかった理由。

 何てことはない。403の道案内と演算補助が優秀だからだ。

 

 少なくとも、"この程度"のジャミングでは、403の能力を覆せないということ。

 

「ふ~ん、あの子ってそんなすごい娘だったのね。会ったときは、なんて頼りなさそうな雰囲気だろうと思ったけど」

「アンタね……403が本気になったら一方的に攻撃されるわよ?」

「冗談でしょ?」

「大マジよ。たぶん一対一の戦いなら敵なしだわ」

 

 先行するタカオの船体、艦橋の上から振り向いたタカオの躯体(メンタルモデル)が、後ろに続くヒュウガの躯体(メンタルモデル)を見据えた。

 だが、人間の眼を模したセンサーを通して見るヒュウガの表情は、冗談でも何でもないと語っている。

 

 水平線の彼方まで届かせる砲撃や、ミサイルによる爆撃を届かせるには、どうしても相手を認識しなければいけないが、目で見るというのは難しい。

 だから、人類も霧もレーダーやソナー。果ては観測機器を積んだ潜水艇や索敵機などの端末によって相手を探し、捉えている。

 

 403はそれを一方的に行うことができる。

 そればかりか、相手の電子機器をハッキングして逆手に取ることもできるかもしれない。

 欺瞞情報をばら撒かれるだけでも、相手にとっては脅威となる。

 

 何せ、どれが本当の攻撃目標なのか分からなくなるのだから。

 それに加えて潜水艦という隠密性の高い船体を持つ霧の船。

 一度見失ってしまえば、再び捉えることは難しい。

 

 タカオが401との戦いで、相手を見つけるのにあれだけ苦労した事を考えれば、その脅威を感じることができるだろう。

 実際、タカオは401との戦いを思い出したのか、顔をしかめていた。

 

 もっとも、ヒュウガは403の性能に疑問を感じていた。

 イオナと違い、ただの巡航潜水艦が二体のメンタルモデルを演算処理するばかりか、分不相応の装備を船体に積んでいたからだ。

 

 いくら他の霧よりも、演算処理能力に優れるとはいえ、オーバースペックすぎるのだ。あれでは403が船の性能を、完全に発揮させるのは難しいだろう。まるで、遥か格上の存在を相手にする事を想定したかのようだ。それこそ超兵器や超戦艦のような存在に対抗するかのような……

 

「どうしたヒュウガ? 先程から思考リズムに乱れが生じている」

「ん? ごめん、ハルナ。ちょっ~と、考え事をしてたみたい」

 

 ハルナの指摘に、ヒュウガは軽い調子で答えると、何でもないという様な仕草をした。

 千早群像とイオナ姉さまに撃沈されてからというもの、どうも思案する癖がついてしまったらしい。

 メンタルモデルを持たなかった昔では考えられないことだ。

 

 だが、それで良いとヒュウガは思う。

 おかげでイオナ姉さまを愛する心に目覚めたし、何より自分や霧がどういった存在なのか考えることができる。

 そこから新たな兵器や装備の発想に思い至るというのは、以前では考えられないことだ。

 

 何せ、霧が当たり前のように使っている主砲が、どういった仕組みで動いているのかどうかすら疑問に思わなかったのだから。

 疑問に思わなければ、新たな知識を得る機会さえ失われてしまう。

 

 そういった意味では、メンタルモデルを得るきっかけを作ってくれた千早群像には感謝すらしている。

 その見返りに、崇拝するイオナ姉さまを支え、船体の整備や補給を手掛け、新兵器を開発し、移譲するのはヒュウガにとって命題といえた。

 だから、こうして躊躇っていた船体を再び手にし、イオナ姉さまの行く手を遮る愚か者を足止めするのも、ヒュウガにとっては何の苦にもならない。

 

「まあ、お前は曲者ぞろいの元第二巡洋艦隊の旗艦だからな。どうせよからぬ妄想でもしてたんだろ」

 

 そんなんで、戦闘できるのかよ。とは元の姿を取り戻した大戦艦キリシマの言である。

 総旗艦(アマハコトノ)にさんざん笑われた後で、どうせならそのままの姿でいいんじゃない?という提案を、何とか説得して、ナノマテリアルを融通してもらい。以前の勝気な女性の躯体(メンタルモデル)を取り戻していた。

 

 蒔絵には悪いが、世界規模の大戦に発展している以上、キリシマを遊ばせておく理由にはならない。

 どの道、元の躯体(メンタルモデル)になるのも時間の問題だっただろう。

 

「まあね、イオナ姉さまへの愛は誰よりも深く、誰よりも大きいのよ。それよりも、調子はどうなの、キリクマちゃん」

「なっ、ヨタロウの事は関係ないだろう!?」

「へぇ~~、あのぬいぐるみ。ヨタロウって言うんだ。知らなかった~~」

 

 だが、ヒュウガに対する皮肉を返されたばかりか、思わぬ反撃にキリシマはたじろいでしまう。

 

 気に入っていたのかと聞かれれば、そんな事はないと即座に返す彼女だが、ぬいぐるみの名前を憶えているあたり、満更ではないのだろうと、ヒュウガは勝手に思うことにした。

 

 後々までヨタロウネタで、弄られることになるとは、この時のキリシマは思いもよらなかったであろう。

 

"敵艦隊接近。超兵器反応有り。艦種、超巨大双胴戦艦ハリマ"

 

 斥候に出ていた駆逐艦シグレの報告に、蒼き鋼の一同は無言で戦闘隊形を整える。

 艦隊で共有する戦術ネットワークから、敵の艦種、陣形に至るまで把握し、それに対する行動を起こす。

 

 見やれば水平線の向こうに、島とは明らかに違った影が動いている。

 あれこそが超巨大双胴戦艦ハリマだろう。報告には聞いていたが、実際に目にするとなるとヒュウガは驚きを隠せない。

 あれだけ巨大な船体をどうやって動かしているのだろうか?

 気にはなるが、ハリマに続いているらしい敵の従属艦隊を減らさねばならない。

 

 まずは一斉射撃による飽和攻撃。ジャミングを利用した先制攻撃である。

 大戦艦から、重巡洋艦から、駆逐艦まで。霧の艦隊の甲板に備えられた発射管が白煙を噴き出した。

 

 相手は索敵能力を減じている。それに比例するように迎撃能力も落ちているはずだ。

 攻撃を探知できなければ、防空火器による迎撃もままならない。

 よって侵蝕兵器で相手の数を減らし、超兵器の取り巻きに回避行動をさせて分散させ。確固撃破を狙う。

 ハリマを孤立させるのだ。

 

 当然、黙ってやられるハリマではなく、水平線からの轟が周囲に響き渡る。

 蒼き艦隊の目の前で、竜が火を吹いたかのような光景。天にも昇る爆炎とともに響く、空気を切り裂く飛翔音。

 ハリマの超巨大連装主砲による砲撃だ。

 

「ぼさっとするな。各艦は散開。敵の攻撃を避けなさい」

 

 元第二巡洋艦隊の旗艦だけあって、ヒュウガは手慣れた様子で艦隊に指示を飛ばす。

 それに言われなくても、個性の強い連中はすでに回避行動に移っていた。

 

 船体側面に供えられた補助噴射装置を巧みに使い。人間では考えられないような回避機動によって、砲撃の合間を掻い潜っていく。

 

「ヤマシロ。私たちを包囲しようとしている別艦隊がいるわ。受け持つわよ?」

「は~い、姉さま。主砲回頭、右舷方向。一斉射いっきま~す!!」

 

 別方向からの異邦艦隊による包囲形成の動き。それをフソウ・ヤマシロ艦隊が受け持つことで迎撃に出る。

 主砲の砲塔から発射されるのは実弾ではなく荷電粒子砲。だが、前回のように外しはしない。

 そのための403によるバックアップ。既に砲撃に必要な演算処理は済んでいる。

 

 次々と爆沈していく異邦艦隊。

 そこにシグレ率いるアサグモ、ヤマグモ、ミチシオの水雷船隊が続き、侵蝕魚雷を大型艦船に撃ち込んでいく。

 戦艦や空母を失えば、あとは烏合の衆に過ぎないのだから。

 

「ここは私たちにお任せを、その代わりウェールズ達の仇をっ……!」

 

 霧の艦隊から見て左舷方向から迫る艦隊はレパルス、ヴァンパイア、モガミが受け持つことで抑え込んだ。

 ならば、残された蒼き鋼の艦隊は、異邦艦隊の中心であるハリマの相手をするだけだ。

 

 出鼻を挫かれた異邦艦隊はあっけなく殲滅されていくが、少なくない数が島影や水平線の向こうから接近。

 雑魚をいくら殲滅しても補充されるらしい。やはり、デュアルクレイターが存在する限り、霧と蒼き鋼の連合艦隊はジリ貧だ。

 恐らく403を探索していたハンターキラーの連中も、ハリマを助けるために集まってきている。

 

 霧にとっては歯牙にもかけない連中だが、弾薬を消耗させられるのは不味い。

 ここは早めに決着をつける必要がある。

 

「ハルナ、キリシマ!」

「準備できている」

「任せとけ。あの時のようなヘマはしない」

 

 誰よりも前を行くヒュウガが叫べば、航空戦艦の後ろから答えるいつの間にか合体したハルナ・キリシマの声。

 401と横須賀での戦いで見せた金剛型戦艦二隻の合体形態。ある意味で双子ともいえる二隻だからこそ為せる業。

 あの時は予想外の攻撃で敗退したが、仲間のサポートがある今。そうもいかない。

 

 レパルスからもたらされたデータで、超重力砲はハリマに対して一定の戦果を挙げている。

 なら、それを上回る合体超重力砲を直撃されれば、ハリマとて一溜まりもあるまいという単純な発想。そして、単純ゆえに効果は抜群。

 

 何よりも403の演算補助が大戦艦二隻による合体超重力砲の発射シークエンスを後押しする。

 支えてくれる仲間のためにも失敗は許されない。

 

 海を二つに割り、超巨大双胴戦艦の巨体すら捕えてみせるロックビーム。

 逃げようともがくハリマを逃しはしなかった。

 

「重力子圧縮、縮退臨界」

「終わりだ! 超兵器!」

「キリシマ、それフラグ……」

「あっ――」

 

 どこかで聞いたような台詞と共に発射される合体超重力砲は、渦のような爆流を発生させながら、ハリマの全身を飲み込んだ。

 果たしてそこには装甲の表面を削られながらも、しぶとく生き残っているハリマの姿が。

 

「キリシマ……」

「ちょっ、ハルナ! 私のせいなの!?」

 

 それに対してジト目でキリシマを見つめるハルナの姿に、見つめられてあたふたするキリシマの姿。

 すでに合体形態は解除シークエンスに移行しており、超重力砲の照射装置も緊急冷却に移行している。

 "元々"超重力砲に対して何らかの対策をしてくるのはある程度予測済みだ。

 

 敵は重力崩壊に耐性を持たせた装甲を持ち、それを軽減するための防壁も展開しているらしい。

 霧の切り札ともいえる侵蝕兵器に対抗するための処置だろう。

 弱点が変わっているとも言えた。

 

「なら、直接削ってやるまでよ!」

 

 そこに急接近する航空戦艦ヒュウガの姿。

 彼女は艦橋の上で腕組みしながら、白衣を風にひるがえすと、開いた航空甲板の内部から二本のアームが展開される。

 先端に付いているのは巨大な採掘用のドリルだ。

 

 自らの超重力砲は401に移譲した為、代替品としてヒュウガが急遽用意した近接格闘戦兵装。

 遠距離攻撃を主体とする超兵器ハリマに対する対抗策の答え。

 

 高速で直進する勢いのまま、両舷に備えるドリルアームを艦首に展開して、ハリマにぶつかるヒュウガの船体。

 超高速回転するドリルが相手の装甲を削ると同時に、突っ込んだ衝撃で海面から浮かび上がるヒュウガの船体。

 だが、それだけだ。ヒュウガに目立った損害はなく、ハリマの重要防御区画(バイタルパート)を貫通するには至らない。

 

 それでも、相手の装甲を削れているのなら、意味がある。

 

 超重力砲に耐え、しかも再生するなら、装甲もろとも削り倒す。

 イオナ姉さまの愛を舐めるな! ドリル! ドリル! ドリルアームアタッーク!

 ぶつかり合うドリルと重厚な装甲の間で火花が散る。

 

 ヒュウガを主砲の接射で捻り潰そうとするハリマだが、そのまえに振りかぶったドリルアームの一撃が、回頭する主砲の一つを抉り潰す。

 至近距離による対艦連装噴進砲(ロケットランチャー)の連撃も、副砲の斉射も、降り注ぐ多弾頭対艦ミサイルの雨も、ヒュウガの効率化された強制波動装甲(クラインフィールド)の前に無効化される。

 

 超長距離からの狙撃仕様に、主砲の一部をレールガンに改装したことが、ハリマにとって裏目に出た。

 まさか、超兵器以上のジャミングを仕掛けられ、接近戦を挑まれるなど想定外だ。遠距離から一方的に叩くはずが、クロスレンジでの殴り合いに発展するとは。

 しかも、相手のドリルは重要防御区画(バイタルパート)を抜けないが、兵装を粉砕するには十分な威力を秘めていた。

 

「128発の侵蝕弾頭兵器。避けられるものなら、避けてみろ!」

 

 そこに追撃を加えるタカオの攻撃。

 ミサイルと魚雷による重爆撃は、ハリマの近接防御システムによる弾幕を上回り、超兵器の兵装を潰した。

 迎撃行動を取るハリマの攻撃力が大幅に下がり、ヒュウガの蹂躙を許してしまう。

 

「さすが、私の元部下ってところね」

「401と戦った時から、蓄えた経験値は伊達じゃないのよ」

 

 元第二巡洋艦隊所属だった部下を褒めながら、ヒュウガはさらに船体を加速させた

 再び艦首に供えられたドリルアームの先端が高速回転し、ハリマの分厚い装甲を抉り抜かんとするが、想像以上に固く。何よりも、武装と共に再生する速度のほうが早い。

 風穴を開けたとしても、ドリル諸共、取り込む勢いで装甲が塞がっていく。

 向こうは迎撃よりも、耐久能力を活かした防御行動を優先したらしい。

 

「ちっ、忌々しいわね」

 

 舌打ちとともに航空戦艦の船体を下がらせるヒュウガ。それを援護するタカオの弾幕と主砲による狙撃。

 このまま削りあっていては、こちらが不利だと判断。ハリマの巨大なレールガン砲塔を潰して、離脱に掛かる。仕切り直しだ。

 やはり、分析した通り、ハリマをサポートする超兵器を撃沈しない限り、霧と蒼き鋼の連合艦隊に勝ち目はない。

 

(長くは持たない。頼んだわよ。千早艦長)

 

 一度、ハリマから距離を取りながら味方艦隊のもとへ疾走しながら、ヒュウガは別行動を取るイ401のクルー達に思いを馳せる。彼らならきっとやってくれると信じて。

 

 

 超兵器と霧の艦隊による凌ぎ合いが始まった。

 

 

 



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航海日記32 奇襲。イ号401!

 ヒュウガを中心とした蒼き鋼と超兵器ハリマの激闘が続く中、ハリマの遥か後方、マラッカ海峡付近に展開していた超兵器がいる。

 

 超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイター。

 文字通り超巨大な揚陸艦である存在は、その巨体を活かして内部で異邦艦を組み立て、後部ハッチから発艦。さらには弾薬の補給と船体から艤装の修理まで行うドック艦としての機能を備えた後方支援型超兵器である。

 

 最大の特徴は稼働する超兵器の演算処理能力を補助して、船体の修復速度を大幅に上昇させる能力だ。

 これにより超兵器ハリマは圧倒的な防御性能に加えて、某氷山空母のように船体を再生する強力な耐久性能まで備え、まさに不死身ともいえる能力を手にした。

 その性能は劣勢とはいえ、霧と蒼き鋼の連合艦隊による猛攻に耐えるほど。

 

 だからこそ、千早群像が奇襲を仕掛け、何としてもデュアルクレイターを沈めようとする作戦にでるのは必然だった。

 何日も前に蒼き鋼の艦隊と別れたイ401は、概念伝達による403の誘導に従い、無音航行を駆使しながらデュアルクレイターの後方に回り込んでいたのである。

 

 その巨体で浅瀬を航行することができないのか、座礁しないよう沖合付近に停泊するデュアルクレイターの周辺海域は、401のような大型潜水艦が潜水しても充分な深度がある。そのまま背後から攻撃を仕掛けられるほどに。

 

「群像。目標をセンサーに捉えた」

「奇襲を仕掛け、一気に畳み掛けるぞ。目標、超兵器後部の揚陸用ハッチ」

「アイサー。琴乃のおかげで侵蝕魚雷はたんまりと補給したからな。大判振る舞いできるってもんだ」

 

 イオナの報告に、群像が指示を出し、砲術と水雷を担当する橿原 杏平(かしはら きょうへい)がイ401の船体に侵蝕魚雷を装填する様、火器管制にコマンドを入力する。

 それに伴い、イ401の艦首に存在する魚雷発射管が動作を開始。後は杏平が発射コマンドを入力するだけで、攻撃が開始されるだろう。

 

 敵のセンサーを強襲海域制圧艦群が妨害しているとはいえ、403から報告される対潜警戒網は未だに半端ではない。

 海域の周辺に設置型のホーミング機雷をばら撒く余裕すらなかった。

 デュアルクレイターの周辺には未だに強力な護衛艦隊が存在し、それらが一斉に対潜制圧行動を開始すれば401といえども無事で済まない。

 故に最初の一撃で致命傷を与える必要がある。

 

「侵蝕魚雷全弾発射っ! それと同時に急速潜航、ばら撒ける物は全部ばら撒け!」

「了解! 侵蝕魚雷、全弾発射!」

 

 普段は閉じられている艦首魚雷発射管のハッチが開き、高速注水されると同時に、順次発射される八本の侵蝕魚雷。

 だが、デュアルクレイターも馬鹿ではなく、注水音を探知した瞬間、迎撃、防御、回避とあらゆる行動を開始する。

 潜水艦による奇襲は異邦艦隊側も充分に警戒していたということ。

 同時に401に対する総攻撃が開始され、敵を追い詰めるために護衛艦隊が対潜迎撃行動を開始する。

 

 侵蝕魚雷を迎撃する異邦艦隊の迎撃ミサイルを、杏平にプログラムされた弾頭が指示に従って自動回避し、いくつかの侵蝕魚雷を囮にしてデュアルクレイターの後方至近に急速接近。敵艦隊が展開するダミーや欺瞞装置すら掻い潜って、加速する勢いのまま海面から瞬時に飛び出すも、大量の弾幕をハッチ付近に展開していた迎撃網で残り三本まで侵蝕魚雷が減少。

 

 だが、残りの三本は最大加速でもって、デュアルクレイターの内部に飛び込み、発生した重力波によって内部の艤装を綺麗に抉り、消滅させる。同時に侵蝕魚雷の影響で不安定化したデュアルクレイター内部に蓄積されている各種弾薬と燃料が大爆発を起こし、内側から超兵器に牙を向く。

 

 さらにデュアルクレイターの後部ハッチ付近は、簡易的なドックと化していたこともあって装甲も薄く、もっとも被害が大きかった。おかげで後部の推進装置すら完全に失い、航行すらまともに出来ない状態。艦首と船体中央の浮力を駆使して、浮かんではいるが、ふつうなら轟沈していてもおかしくはない。

 

 常識外れのしぶとさは、まさに超兵器ならではだった。

 それどころか徐々に船体の再生を行っている始末。デュアルクレイターの護衛艦隊の一部を素材に変換して、修復に充ててすらいる。

 まずは注水と排水を行い、傾斜した船体を復元しようとしている様子だった。

 

「目標から破砕音を確認。同時に海面に着水音多数。魚雷です! 数は、100、200、まだまだ増えます。すごい勢いです!」

「ただちにこの場から離脱する! 海底付近を這って、敵の攻撃をやり過ごすぞ!」

「了解。水底を這う」

 

 群像たちイ401も無事ではない。攻撃の代償に、敵の猛烈な追撃に晒されてしまう

 発射管の注水音を瞬時に探知して、反撃を行ってくる異邦艦隊の投射火力は凄まじく、爆雷と対潜ロケット、対潜魚雷のオンパレード。

 せっかくばら撒いた音響魚雷も、アクティブデコイも、パッシヴデコイも、意味をなさない程の攻撃。

 

 小細工もろとも敵を捻り潰そうとする物量攻撃は、まさに潜水艦にとっての天敵といっていい。

 強制波動装甲(クラインフィールド)がなければあっという間に海の藻屑だっただろう。

 海底すれすれを高速航行する401の背後で、いくつもの爆発音が響き、追いかけてくる。

 

 だが、それも広域に渡る迎撃網を抜けてしまえば問題ない。

 敵はイ401を見失っており、予測範囲を制圧しているだけに過ぎないからだ。

 これほどの対潜爆撃は、潜水艦の機関音や推進音すら掻き消してしまう。

 海底を光学画像で解析する事ができない以上、目視による追跡は困難だった。

 

 しだいに敵の爆撃音は止んでいった。

 その間に401は機関を停止させ、無音潜航状態に入る。

 次の一手に備えるべく、警戒態勢に移行した

 

「静、敵の動向を逐一チェックしてくれ」

「もうやってます」

「いおり、機関の調子はどうだ?」

「ちょっと無茶させたけど、まだまだ大丈夫。やっぱり本格的なバックアップがあると助かるよ。コトノちゃんには感謝だね」

 

 ソナー員の八月一日 静(ほずみ しずか)や機関員の四月一日 いおり(わたぬき いおり)に指示や確認を行いながら、群像は次の一手を考えるべく、顎に手を当てて思考する。

 

 先の一撃は超兵器に対し、確実に手痛い一撃を与えたはず。

 だが、それでも撃沈には至らず、敵は航行を続けている。

 

 超兵器ハリマの再生能力を補助するデュアルクレイターだが、自身に対して、その能力を行使できない筈はない。確実に船体の再構成を行おうとするだろう。敵が態勢を立て直す前に、次の攻撃を仕掛ける必要がある。

 

 出来れば401の超重力砲を使って追撃を仕掛けたいところだが、あれは最高威力の切り札であると同時に、使用に大きな隙をもたらす。未だデュアルクレイターの周囲に護衛の大艦隊が存在している以上、それの使用には大きな危険が伴う。

 

 かといってただの飽和攻撃では、対潜警戒と迎撃態勢を整えた敵の布陣の前に無力化され、着弾したとしても超兵器の誇る分厚い外郭の前に防がれてしまうだろう。効果的な一撃を加えるためには、どうしても後部揚陸ハッチのようなウィークポイントを狙撃する必要がある。

 

 その為の布石は既に整えているが、時間がないのも事実。

 あとは"彼女たち"を信じるしかない。

 

「海面に着水音。ソナー音を感知。付近に潜水艦らしき推進音。こちらもソナー音を発しています。周囲を航行する水上艦艇からもソナー音です」

「ソノブイと潜水艦や駆逐艦との連携を駆使した探索網か。迂闊に動けないな」

「敵の探知能力は優秀。魚雷発射管の微弱な注水音を正確に捉えて、位置を解析してきた」

「分かっているさ。しばらく身を潜める」

 

 群像の言う通り、デュアルクレイターを中心とした艦隊はソナーを駆使した対潜網を構築し、超兵器が生成した対潜哨戒機が上空に飛び回っていた。

 

 巨大な船体の甲板に展開する武装を潰し、一部を飛行甲板として緊急運用。自ら生成した航空機をそのまま操っている形だ。

 

 ステルス性を意識したかのような三角形の特異な機体は、名をヴィンディッヒと言うが、見た目に反して対潜戦闘のエキスパートである。

 

 そして、そこに搭載された兵装は、普段の対潜魚雷とは違う特殊な兵装。

 

 味方の異邦艦隊を補給維持し、修復するための資材を投げ打ってでも、勝って生存しようとする超兵器の決意の表れ。

 一発製造するのにも多大な資材を使う、おかげでドック艦としての機能は死んだようなものだが、多大な被害を被っている以上、背に腹は変えられない。

 先の一撃で、多数の資材とドック艦としての機材を失い。自力で航行するのも困難だ。

 ここで勝たなければ、先のことを考えても意味がないのである。

 

 霧の艦隊や千早群像を初めとする蒼き鋼の艦隊は、超兵器を侮っている。

 彼らに常識は通用しない。

 

 この海域に布陣するに当たり、デュアルクレイターは地形の情報を徹底的に洗い出して、分析された情報を事細かに記憶していた。

 

 それは海中における潮流の動きから、海底地形、上空の大気の流れなど様々である。霧の強力なジャミングがなければ、敵の位置を観測して、ハリマに正確無比な砲撃を行わせるなど造作もなかった。デュアルクレイターは支援艦として観測能力にも秀でている。

 

 何が言いたいかと云うと、海底地形に対するソナーの些細な反射音から、データにない構造物を探り出す事など造作もないということだ。

 

 先の物量攻撃とは違い、状況に対して最適解ともいえるソナー探知を行った異邦艦隊は、観測したデータをデュアルクレイターに送る。それを受け取った超兵器が解析結果を、各艦隊に伝え、同時に上空を哨戒する対潜警戒機に指示を出す。

 

 そして401が潜んでいると思われる位置座標に対し、超強力な爆雷が投下された。

 

「か、海面に着水音! 本艦の真上です!」

「見つかった!? クラインフィールド全開、エンジン急速始動! ただちに、この場から離れるぞ!」

「了解。エンジン急速始動。ただちに、この海域から離脱する」

 

 群像は静の報告から、敵が対潜攻撃を正確に行っている意味を即座に理解し、疑問の余地もなくイ401を離脱させるよう試みる。

 イオナもそれに応え、火器管制を担当する杏平が即座に防御兵装を用意し、副長の織部 僧(おりべ そう)が状況から敵の能力を分析していく。

 

 だが、イ401が完全に離脱するよりも早く、超兵器の切り札が炸裂した。

 

「ぐっ、なんだ」

「分かりません。初めて聞く炸裂音です!」

「今の攻撃でクラインフィールドの78パーセントを損失」

「まるで侵蝕兵器みたいだなっ!?」

 

 静やイオナの報告から、霧の使う侵蝕兵器のようだと感想を口にする杏平。

 それもその筈、デュアルクレイターが使用しているのは、異邦艦隊の中でも最強クラスの攻撃力を持つ兵装のひとつ。量子力を相手に叩き込む量子爆雷である。

 あのまま機関を停止して潜んでいては、確実にイ401の装甲は圧潰していた。

 霧の侵蝕兵器。重力子に匹敵する切り札。

 

 その威力の凄まじさは、着弾周辺の海底地形を粉微塵に粉砕するほどだ。

 まともに食らえばただでは済まない。余波だけで、強制波動装甲(クラインフィールド)のエネルギーを削り取っていく。

 事実。イ401の真上付近に展開していた異邦艦のいくつかが衝撃で転覆している。

 

 だが、仲間の被害に形振り構わず対潜行動を行う異邦艦隊は、ただちにイ401を追い詰めにかかる。

 イ401の予測進路を先回りする形で布陣していた異邦艦隊が、通常の対潜兵装による猛攻撃で牽制を行う。

 足を止めたり、回避のために急速転回しようとすれば、即座に必殺の一撃をヴィンディッヒが解き放つだろう。

 

 デュアルクレイターが傾斜していなければ、正確な攻撃を超兵器自身の手で解き放つが、先のダメージが大きいのか艦隊の指示とサポートのみに留まっている。

 

「一度、敵超兵器から距離をとる。アクティヴデコイをばら撒いて、多方向に分散するよう見せかけるぞ」

「しかし、敵はソノブイの使用から対潜哨戒機を使用しています。船が相手ならまだしも、航空機が相手では逃げられないのでは?」

「敵はこちらが静止状態でも、正確に位置を把握してくるような相手だ。動きを止めれば、こちらがやられる。今は追いつかれるのを承知で、逃げの一手を打つしかない」

 

 僧の言う通り、対潜哨戒機に対して潜水艦は分が悪い。

 一度発見されれば一方的に攻撃されるし、音を頼りに相手を探索する潜水艦は、上空を警戒する能力をほとんど持たない。

 観測潜水艇を海面に出そうにも、強制波動装甲(クラインフィールド)を持たない装備は、通常兵装の一撃で簡単に損失してしまう。

 敵機を撃墜しようにも、迂闊に動けば物量攻撃で圧殺される。

 

 相手が航空機だけならば簡単に撃墜できるのだが………

 

 そうしている間にも、ヴィンディッヒはイ401の進路上に先回りして、量子爆雷を投下しようと準備していた。

 敵は進路変更を行わず、ダミーを使って分散しながら、直進行動を取っている。

 

 ならば、ダミーもろとも潰せる数を使い、予測通りに爆雷を投下するだけで、敵に多大なダメージを与えることができるだろう。

 推進装置を故障させれば勝ったも同然である。

 

 しかし、異邦艦隊も、ヴィンディッヒ航空隊も、あらゆる対空レーダーが沈黙していたため気づくことができなかった。

 遥か上空から三機のフロート付き航空機が迫り、一斉に急降下。その機首からレーザー照射装置が火を噴き、ヴィンディッヒを叩き落とす。

 霧の紋章光(イデア・クレスト)を身に纏った機体には、403の所属を示す発光サイン。

 

 攻撃と観測に使われる多用途戦闘機と化した航空機。

 彼らの名をセイランと言った。

 

 

 



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航海日記33 機関一杯ぶん回す

"セイラン航空隊による奇襲成功。"

「ん、そのまま攻撃を継続。航空隊のコントロールを501に委譲」

"Ja(了解)、攻撃継続。コントロールを受諾"

「浮上航行しつつ機関全速。敵艦隊をかく乱。401を援護」

"Feuerschutz(援護)"

 

 群像率いる401とデュアルクレイターが戦闘する海域に、急速接近する船の正体はイ403であった。

 

  いくら異邦艦隊の空母が、他の戦線に全力で航空攻撃を仕掛けているとはいえ、デュアルクレイター周辺が完全にがら空きになるような事態は存在しない。場合によっては対潜哨戒機による攻撃が行われる事も想定済み。それに対抗するイ401の対空攻撃力が不足していることも群像は理解している。

 

 ならば、あらかじめ対策を練っておくのは当然のこと。

 戦線を観測し、逐一状況を把握して、デュアルクレイターの展開する周辺海域に潜んでいた403は、401が攻撃を開始すると同時に浮上し、島影からセイランを順次発艦。同時にデュアルクレイターに向けて全速で向かう。

 そして、セイランによる制空権の制圧を行いながら、401と合流して二隻による連携攻撃で、敵の超兵器を仕留めるつもりだった。403が敵艦隊の攻撃を引き受け、攪乱しつつ、その隙に401が超重力砲で止めを刺す。

 

 最初の奇襲が効果的でなければ、一度艦隊を引き上げて、他の戦線と合流した後に、数の暴力で超兵器を沈める。艦隊の速力は圧倒的に霧の艦隊が上回っているので、追いつかれる心配もない。

 

 予想外だったのは対潜攻撃に使われた爆雷の威力の高さ。だが、403が現れた以上、デュアルクレイターと、その護衛艦隊は彼女を無視することができない。デュアルクレイターは未だに、401から受けた攻撃から立ち直れてはいない。船体の傾斜は何とか復元したが、装甲の再生には時間がかかる。ハリマの演算を補助しているのなら尚更。

 

"セイラン隊に攻撃指示。目標、対潜哨戒機"

 

 ナノマテリアルによって構成されたセイランは大幅な改装を受けており、フロートからジェット推進行い、重力子エンジンの制御で機動を行う。フロート機という航空力学上、不利な機体形状を性能で覆し、無人機ならではの超機動で敵機を翻弄。何世代も先の異邦航空機隊と互角以上に戦い、巴戦や一撃離脱を繰り広げられる性能を持つ。

 

 機首には、この作戦で必要だからと小型レーザー照射器が取り付けられ、敵機の薄い装甲を紙屑のようにボロボロにしていく。

 

 奇襲を受けたヴィンディッヒ航空隊は、散り散りになり、離脱しようにもセイラン航空隊が食い付いて離さない。既にイ401を爆撃する事は叶わなくなっていた。

 

 だが、セイラン航空隊も無事では済まず、多方向から集結した迎撃機に群がられては、一機、また一機と損失していく。

 

 F18やら、トーネードやら、果てはF22やSu37の姿をした戦闘機が襲い掛かり、残りのセイランがUFO機動で回避機動を行う。それでも撃墜されるのは時間の問題だろう。

 

 霧の航空隊といっても、クラインフィールドを展開することができず、装甲も並の航空機程度しかない。多方向から攻撃を受ければ、回避できずに撃墜されるのは目に見えている。しかし、イ401が離脱する時間を稼いだのは大きい。

 

 だが、ここで終わるような403ではない。

 

「機関出力最大。船体を全力でぶん回す」

"Ja Schwester(了解。お姉ちゃん)。ぶん回す"

 

 浮上航行しながら、さらに急加速。

 甲板に展開している対空兵装から光の粒をばらまき、空を埋め尽くす航空機を叩き落とす。

 ミサイル発射管から飛び出した対艦ミサイルが、護衛艦隊を吹っ飛ばし、行動不能に追い込む。

 そのまま舵を切って、ドリフトターンしながら、デュアルクレイターの周囲を旋回し、超兵器を侵蝕魚雷で牽制する。

 この一連の行動は、敵からすれば非常に鬱陶しいこと、この上ない。

 

 とにかく必要最低限の攻撃をクラインフィールドで防ぎ、致命打を近接防御火器で迎撃し、砲撃の合間を縫って華麗に避けるのだ。

 業を煮やした異邦艦隊の攻撃が、403に集中するのも無理はなかった。

 

 イ401の初撃から未だ立ち直れていないデュアルクレイターも、403の侵蝕魚雷を警戒して、必死に迎撃行動をとる。

 回避しようにも巨大な船体を動かすことすら儘ならない。とにかく向かってくる攻撃を撃ち落とすしかない。

 

「クラインフィールド飽和率82%。許容範囲内」

"敵、攻撃の弾道を再計算"

 

 姉のイオナが、概念伝達で無理をしないでと哀願してくるが、403は問題ないと返した。

 船体を覆う強制波動装甲(クラインフィールド)の飽和率が、99%に達したとしても余裕がある。

 そして、飽和率は90%。まだ大丈夫。

 

 ぎりぎりまで時間を稼ぎ、敵からすれば不穏な動きをする401に、再度攻撃しようとしたヴィンディッヒを撃ち落し、急速潜航して攻撃から身を逃れる。

 これ幸いにと対潜攻撃をしようとする異邦艦隊に、牽制として音響魚雷で海中を掻き乱すことも忘れない。

 潜航時に、艦尾発射管からばら撒かれるノイズメーカーのおまけ付き。

 貴重なアクティヴデコイの残りも射出形成。

 

 その間に強制波動装甲に溜まった熱を急速に排出。

 クラインフィールドの飽和率を急速に低下させていく。

 

 もちろん黙ってやられる超兵器ではない。

 甲板に展開する爆雷発射機や垂直ミサイル発射管に対潜ミサイルを装填。

 弾頭には、先に使用された量子兵器が搭載されている。

 

 海上で量子兵器を放てば、至近を鬱陶しく航行する403ごと、自身も沈みかねない。

 だが、海中で起爆する分には、量子兵器の巻き添えに耐えられる。

 

 離れて、何やら展開しようとしている401には、もう一度ヴィンデイッヒ航空隊で攻撃。

 403はデュアルクレイター自身の手で沈め、再び超兵器ハリマの支援を継続。

 "アレ"の起動まで時間を稼げば勝利は確定する。

 

 そう思考し、攻撃の準備を整えていたデュアルクレイターの上を、403の黄色い船体が"飛び越えて"いく。

 太陽の照り返しで、薄い黄色に輝きながら、周囲に水飛沫を撒き散らす光景は、いっそ幻想的であった。

 それと同時に、デュアルクレイターの対潜兵装が慌ててロックされ、迎撃しようにも、どうすれば良いのか判断が付かない。

 

 "潜水艦が空を飛ぶ"など誰が考えようというのか。

 

 それと同時に空間変異を引き起こすほどの、401の超重力砲がデュアルクレイターを捉えたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「なあ、俺は夢でも見てんのか」

「ドルフィンジャンプ。この前、観察したイルカの真似をしてみたって言ってる」

「それにしても、常識外れにも程があんだろっ!?」

 

 イオナの説明を受け、すかさず突っ込む杏平の言葉。

 群像も顔には出さずとも、内心では杏平と同じ意見だった。

 

 401のブリッジでは、空間モニターに表示された、一瞬でも空を飛ぶ403の姿がありありと映しだされている。

 

 人を乗せた有人艦であるイ401には絶対に真似できないし、発想としても思い浮かばない。

 たとえそれが"403の船体を模したダミー"だったとしても。

 

 原理としては単純で、外見だけを似せた403の"特別製"アクティヴデコイを、海中から海面に向けてミサイルのように射出しただけ。

 予め用意していた特別製のアクティヴデコイの機関を超強化し、フルバーストモードと同じ原理を用いて、デュアルクレイターの上を飛び越えるように調整し、実際に操作して実行に移す。

 外見だけは本物と寸分違わぬ形だが、中身はスカスカで、船舶固定用アームの荷重が下がらないくらい軽い。

 

 他にも色々と細工を施しているが、説明すると長くなるので割愛する。

 

 ヤマトと会っていた時、実際に自分の船体で実行して、イルカのように飛べなかったので、妥協案として用意した方法。

 イルカと同じように船体を飛ばしてみたかったという、403の単純な好奇心から生まれた、戦術でも何でもない無駄な動き。

 それを目撃した402に散々叱られたのも良い思い出だろう。

 総旗艦のひとり、コトノには相変わらず爆笑されたが。

 

 そんな奇想天外な行動を実際に目にして、驚愕しながらも超重力砲の制御を怠らないイ401のクルー達。

 霧と戦い始めてから、僅かな隙は一分一秒でも死に繋がると理解しているが故の行動。

 無意識にコマンドを入力し続けるなど造作もないことだった。

 

 本人たちからすれば、人間が機械の正確さに対抗するため、必死に努力し続けただけなのだが。

 在りし日の海洋技術総合学院の生徒が見れば驚愕を隠せなかっただろう。

 それほど、実戦に即した彼らの行動は早い。

 

「だが、敵が隙を晒したのは事実だ。目標、超巨大揚陸型超兵器」

「射軸誤差修正。最大出力」

「ロックビーム出力正常。いつでもいけぜ、艦長!」

『いくら整備したからって、重力子機関はあまり無茶はさせられないからね。早いとこ決めちゃって』

 

 イオナのサポート。杏平の火器管制。いおりの機関出力制御。

 それらを受けて船体艦首を展開し、超重力砲の発射体制に移行した401。

 発射前の前段階として射線上の海を割り、デュアルクレイターを空間固定するロックビームが照射される。

 

「超重力砲、てぇぇぇッ!!!」

 

 そして、群像の合図とともに照射された重力波が、デュアルクレイターという物質そのものを停止、崩壊させ、分子レベルまで分解。未だ侵蝕魚雷による断面を晒す超兵器の、艦尾から艦首にかけて真っ二つに撃ち貫き、ダメ押しの集中砲火が残った残骸を粉々に粉砕。或いは消滅させていく。

 

「対象、敵超兵器。援護を開始する」

"Feuerschutz(援護する)"

 

 さらに、403と501のコンビによる追撃も加わり、蒼い海に凄まじい轟音を響かせながら、デュアルクレイターは為す術なく消滅した。

 超兵器機関を通しての復活や再構成を懸念して、跡形もなく消し飛ばす為には容赦などなく。過剰ともいえる霧の集中砲火を受けて耐えられる船は存在しない。

 お互いが一撃必殺クラスの兵装を持つゆえに、一度態勢を崩してしまうと、決着も呆気ないものである。

 

「機関音完全停止。敵超兵器、デュアルクレイター撃沈です!」

「よし、残存兵力を掃討して、ヒュウガ達の援護に向かう」

 

 デュアルクレイターから強引に発進したヴィンディッヒ航空隊も電池を切らしたかのように、墜落していき、周辺の異邦艦隊も統制を失ったかのように静まり返る。

 そんな艦隊にイ401とイ403が負けるはずもなく、マラッカ海峡周辺を占有していた異邦艦隊は事実上壊滅した。

 



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航海日記34 超兵器ハリマの最期

「うらぁぁぁっ!!」

 

 何度目になるのか分からないヒュウガの咆哮。

 彼女の動きと連動するかのように降り抜かれるドリルアーム。

 

 ナノマテリアルで構成された超硬ドリルが、高速回転しながらハリマの船体を抉りこみ、重厚な装甲を粉砕していく。

 響き渡る甲高い音は、金属が発する悲鳴のようで、酷く耳障り。

 そんな光景が何度も繰り返されている。

 

 既にヒュウガとハリマの両艦は互いにボロボロであり、甲板上に展開している艤装はどれも無残な姿を晒している。

 

 所々に穴が開き、破砕され、マストや通信アンテナが折れ曲がり、主砲の砲身は折れるか、曲がるか、花咲かせるかで、無事なものは一つもない。

 

 甲板は爆弾でも落とされたかのような有様で、隅々まで穴だらけ。ミサイル発射管まで丁寧に破壊され、使い物にならない。あやうく誘爆しかけて、内側から崩壊しそうになったこともある。ヒュウガの航空甲板など、ガラクタ置き場のようだ。

 

 互いに船体の再生能力を持っている。しかし再構成した傍からハリマの副砲やロケット砲が粉砕し、タカオやキリシマ達が侵蝕兵器で相手を消滅させる。あるいは荷電粒子砲で消し去ってきた。主兵装は絶対に潰す。残るのは決め手に欠ける近接兵装のみである。

 

 超兵器の副砲は、巨大な船体に比例するかのように大きい。スペック以上の威力を持っている。

 対するヒュウガのドリルも、先端が折れても、全体がひび割れても、その度に再構成して、相手を何度も抉り倒す。

 

 時間はそんなに経っていないが、体感時間は何時間も過ごしたように感じられ、互いに殴り合った友情さえ芽生えそうな雰囲気だ。

 ヒュウガとしてはごめん被るが。

 

「ラウンドスリーってとこね!? いいかげん倒れなさいよ。このデカブツッ!!」

 

 艦橋の上で白衣を翻しながら、ヒュウガが左腕を振りぬく。

 すると、船外に展開するアームが連動するように、ハリマの再生した主砲を打ち砕いていく。

 副砲群の反撃を受け、クラインフィールドを貫通した砲弾が、ヒュウガの船体を傷つける。

 

 そして、ハリマの巨体がヒュウガを振り解き、それに食らいついたヒュウガが再びドリルで攻撃を仕掛ける。

 

「いくぞ、キリシマ」

「主砲、全砲門一斉射!!」

 

 ヒュウガが離れた合間を縫って、大戦艦ハルナとキリシマの主砲からビームが発射され、ハリマの装甲を分解する。

 しかし、何らかの防御力場に遮られた光線は、思うような威力を発揮しない。

 開いた装甲の穴をすぐさま塞いでいくハリマ。同時に浸水した箇所からすぐに排水が行われる。

 

「くっ、どれだけしぶといのよ。もうっ!」

 

 何度目かになるかも分からないヒュウガの悪態。

 少しずつではあるが、ハリマの喫水は上がってきている。

 度重なる損傷で浮力を失い、航行速度も徐々に下がってきているようだ。

 しかし、押し込まれているのはヒュウガ達のほうであった。

 

 大戦艦の中でも特に演算能力に優れるヒュウガが、自ら囮となって接近戦を挑んでいるのだが、すでに装甲を再生するためのナノマテリアルが尽きかけている。このままでは遠からず再生できなくなって、文字通り撃沈される。

 

 対するハリマは、集中砲火によるダメージを食らっているとはいえ、沈む気配がない。

 巨大すぎる船体。ましてや巨大な双胴船体である。

 予想以上の浮力を持ち、装甲も分厚い。多少の損傷ではびくともしない。

 

 自身の船体に貯め込んだナノマテリアルしか使えないヒュウガと、周囲に展開する護衛艦艇を直接取り込んで再生力にできるハリマの差が、ここにきてヒュウガを苦しめていた。

 

 せめて、ハリマの再生能力が衰えてくれれば、超重力砲による一斉射で、ハリマを完全消滅させる事が出来るのだが。

 

 そんな時、ヒュウガの前で、流動するかのように動めく、ハリマを構成する金属の流れが止まった。損傷個所を塞ぐように流れ込んでいたそれが止まったのである。

 

 つまり千早群像はやってくれたのだ。

 ハリマの再生能力を支えていた超兵器、デュアルクレイターを水底に沈めたに違いない。

 あとは撃沈まで、押し込むだけだ。

 文字通り二度と再生できないように、コアとなっている超兵器機関を消滅させれば、ヒュウガ達の勝利である。

 

「アンタ達!」

「群像さまの為に沈みなさいっ!」

「これで終わらせる……キリシマ!」

「分かってる!」

「ヤマシロ。いくわよ?」

「は~い。艦首超重力砲。発射用意」

「これが、ウェールズ達の手向けよ」

 

 ヒュウガの合図で、一斉に超重力砲を展開する大戦艦と重巡洋艦。

 船体から発光する紋章光(イデア・クレスト)と同じ輝きの重力子が収束し、空間を眩く染め上げて、各艦が一斉に超重力砲を放つ。

 だが、ハリマも只ではやられはせんと、残った火砲の全てをヒュウガに解き放つ。

 

 煌めく閃光が超兵器を撃ち貫き。

 遅れて降り注ぐ破壊の嵐が着弾すると、航空戦艦であるヒュウガの船体も耐え切れずに爆沈した。

 

 それは、それぞれの超重力砲が干渉しあって、凄まじい重力波で押しつぶされ、分解されていくハリマの最後の意地であった。

 同時に、霧の艦隊を苦しめた超巨大双胴戦艦が閃光に包まれて消えていく。

 あれでは超兵器の源である超兵器機関も跡形もなく消えているだろう。

 

「ヒュウガ!」

 

 重巡タカオの必死な叫び。

 元とはいえヒュウガは彼女の旗艦だった存在である。

 いくら元が兵器といっても、感情を得始めた彼女にとって、仲間の轟沈に思うところがあったのかもしれない。

 

「ヒュウガ……アンタ、こんなところで沈むなんて……」

『ちょっと、勝手に殺すな! イオナ姉さまがいるのに、死んで堪るかっての!』

 

 そんなセンチメンタルな気持ちに促されるタカオに、ツッコミを入れるヒュウガの叫び。

 どうやら無事なようだが、概念伝達を使用しているところを見ると、船体は完全に失われてしまったようだ。

 ブーストされたメンタルモデルの通信機能を使わずに、概念伝達を頼りにしているところからも、ヒュウガの状態が(うかが)える。

 

「ヒュウガ、無事なの!?」

『なんとかね。超重力砲同士が干渉しあって、空間位相に乱れが生じ始めてる。概念伝達通信が完全に使えなくなる前に、、回収して頂戴』

「ぶ、無事ならいいのよ。待ってなさい。すぐに助けてあげるから」

『お願いね~~』

 

 疲れたように呟くヒュウガに、タカオは恥かしそうに応じる。

 早とちりしてしまった自分の醜態が恥ずかしかったらしかった。

 もっとも、ハルナやキリシマなどは仲間の安否を気遣うタカオの様子に、微笑ましそうにしていたが。

 

 タカオが重巡洋艦である自らの船体を、ヒュウガの通信位置に近づけると、人が入れるくらいのタマゴ型カプセルが浮かんでいる。

 硫黄島でタカオや401を出迎えた時に、ヒュウガが入っていた多数の機能を有する万能ポッドだ。

 どうやら轟沈する際、自らの足場と補助として使っていたそれに、咄嗟に乗り込んだらしい。

 

 船体の爆風や、超重力砲による干渉を、いちばん近い位置で受けても無事だったのは、これのおかげだったようだ。

 もっとも、重力子機関が暴発していたら、横須賀でのハルナ、キリシマと同じように問答無用で分解された可能性もある。

 ある意味で間一髪だったという訳だ。

 

 後部甲板のクレーンを使って、ヒュウガの入ったポッドを釣り上げるタカオは、ふと新たな艦隊の反応を感じて、そちらに顔を向けた。

 

「東洋艦隊。霧の欧州英国艦隊が何故こんな所に?」

「大方、プリンス・オブ・ウェールズの敵討ちでもしに来たってとこでしょ。私たちが完全に沈めちゃったけど」

 

 タカオの疑問に、万能ポッドから出たヒュウガが答える。彼女は、そのままタカオの立っている艦橋の真下に移動してきた。

 

「ふん、余計なお世話だったって訳?」

「そんな礼儀知らずな連中でもないみたいよ。先頭の大戦艦なんて頭下げてるみたいだしね。感謝くらいはしてるんじゃないかしら」

 

 ヒュウガが言うように、近づいてきている東洋艦隊を率いるメンタルモデルが優雅な礼をしていた。

 艦の形状や、所属を示す紋章光(イデア・クレスト)を見る限り、あれは恐らく大戦艦ウォースパイトだろう。

 背後に控えている大戦艦は同じクイーンエリザベス級や、キングジョージ五世級。

 強襲海域制圧艦インドミタブル。それを護衛する重巡洋艦や軽巡洋艦。複数の駆逐艦などの姿もある。

 

 どの艦も等しく損傷を抱えており、どうやらインド洋から封鎖されたマラッカ海峡を強引に突破してきたらしい。

 報告では別の欧州艦隊が、ティモール海の入り口を抑え、超兵器とも一戦交えたと聞いている。

 行く先々で敵艦隊を打ち破り、短時間でハリマのいる海域まで突破してきた手腕は、素直に賞賛すべきだろう。

 

 それらが全て、東洋艦隊を任されたウォースパイトの手腕なのだ。

 

 もしも、敵になったとしたら侮れないだろうとタカオは考える。

 あの艦隊は損傷はしていても、損失を出していないのだから。

 

 どちらにせよハリマの轟沈は避けられなかったということか。

 あれだけの規模の艦隊が駆けつければ、いくら頑丈な超兵器でも耐えられない。

 ヒュウガ達が苦戦し続けても、東洋艦隊が止めを刺していただろう。

 

 現れた東洋艦隊を見やるタカオ達に近寄る戦艦が一隻。

 巡洋戦艦のレパルス。それに随伴する駆逐艦のヴァンパイア。

 今回の件における案内役で、蒼き鋼の艦隊が航路に迷わずに進んでこれた立役者の一人だ。

 

「皆様。今回の件は本当にお世話になりました。不在の東洋派遣艦隊旗艦に代わって、お礼を申し上げます」

「ああ、気にしないで。元は同じ霧の船でしょう。困ったときはお互い様よ」

 

 古めかしいメイド装飾に身を包んだレパルスのメンタルモデル。

 彼女は深くお辞儀をすると、代表として答えたヒュウガは軽い気持ちで手を振るい、礼に答えた。

 実際、彼女たちは超兵器を援護する護衛艦艇を多数相手に、足止めし続けた。

 

 圧倒的な性能差とメンタルモデルによる戦術まで加わった戦闘は、いっそ戦艦無双といっていいほど圧倒的。

 おかげでヒュウガはハリマとの接近戦に専念できたのだ。

 感謝こそすれ、責めるつもりは微塵もない。

 

「なら、申し訳ありませんが……」

「気にしないで。後方には黒の艦隊も控えているし、アンタ達、東洋艦隊は奪回した管轄海域の維持で忙しいでしょう?」

「重ね重ね、ありがとうございます」

 

 だから、役目を終えた彼女たちは、ここでお別れだ。

 東洋艦隊の役割は、インド洋と太平洋を結ぶマラッカ海峡の制圧を維持すること。

 後塵の憂いがなくなれば、蒼き鋼の艦隊も安心して、残りの異邦艦隊と戦える。

 その為にも、少なくない戦力であるレパルスとヴァンパイアはここでお別れだ。

 

 ゆっくりとタカオ達から離れていく二隻の霧の船。

 彼女たちを迎えた東洋艦隊は、やがて転身するとマラッカ海峡に向かって、水平線の向こうに消えていった。

 

「さて、私たちも千早艦長と合流しましょうか」

「っ、そうね! 群像さまも待ってるだろうし」

「アンタも相変わらずねぇ」

「別にいいじゃない…………から」

「何か言ったかしら?」

「何でもない!」

 

 ヒュウガにからかわれながらも、タカオは群像のいるであろう海域に船体を向ける。

 それに続くように、蒼き鋼となっている霧の艦隊も付いていく。

 しかし、それを許さない事態が差し迫っていることを、彼女たちは知ることになる。

 

「ッ……これはっ!?」

「どうやら向こうも差し迫った状況みたいね」

 

 タカオの驚愕に満ちた声と、ヒュウガの冷静な分析。

 彼女たちの躯体(メンタルモデル)に送られてきた時空間転送デバイスによる座標指定のコード。

 それは黒の艦隊旗艦であるコンゴウが、切り札の旗艦装備を使ったことを意味していて。

 

 何らかの緊急事態が発生したことを意味していた。

 




Cadenza見て筆力がブーストされる。
書き直したくなる衝動が、書きたくなる衝動に変わって、続きを執筆。

まあ、メンタルモデルの心の問題かいてたら、アレ、これアニメでコンゴウとイオナがやってたんじゃ、てなって没。

予定通りエンディングまで向かって走り続ける

あと、アシガラさんは心の癒し。


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航海日記35 反撃の狼煙

 大戦艦サウスダコタは待っていた。

 

 戦況は霧の艦隊側が有利な状況だったが、南洋諸島殴り込み艦隊の前に新手が現れたことで、状況は変化する。

 

 それは大和型戦艦に酷似した戦艦と、どこか米戦艦の面影を映す新鋭戦艦だけで構成された大艦隊であり、規模も霧の米国・豪州連合艦隊に匹敵。しかも、微弱ながら超兵器反応を有する相手だ。一筋縄ではいかないだろう。

 

 だから、ティモール海を奪回した霧の仏国欧州艦隊を主力とする東洋艦隊は、ティモール海の封鎖に当たらせている。ノイズ交じりの通信だったが、大戦艦ウォースパイト率いる少数精鋭の艦隊も、マラッカ海峡の封鎖に入っているらしい。

 

 霧の太平洋艦隊と勢力を二分する霧の東洋方面艦隊は、南洋諸島の北部を封鎖。残存艦隊の掃討にあたっている。懸念されていた南シナ海に展開する異邦艦隊も、噂の人間が率いる霧の潜水艦たちが何とかするらしい。

 

 ならば、バンダ海とアラフラ海を挟んで展開する異邦艦隊と、霧の南洋諸島殴り込み艦隊による決戦によって、大海戦の行く末が決まるだろう。サウスダコタはそう考える。

 

 互いに規模も同等だが、圧倒的な物量を誇る異邦艦隊と、オーバースペックによる性能差で数の差を覆す霧の艦隊。負ければ不利に陥るのは霧の艦隊だ。再び元の艦隊に再建するまで、多少の時間を要するし、備蓄しているナノマテリアルの数だって無限ではない。一方で、向こうは転移によって侵略してくる艦隊。その数は無限に等しく底が知れない。

 

 プリンス・オブ・ウェールズが敗北してから、何日もかけて艦隊の動きを調整し、同時多発的に仕掛けた艦隊決戦。人間とは違い休みなしに動ける霧の艦隊だからこそ、連戦に耐えられるだけの作戦行動を行えている。

 

 特に大戦艦アイオワ率いる太平洋艦隊から派遣された、この南洋諸島殴り込み艦隊は、数日かけて数千kmもの距離を全速力で突破してきている。時には旗艦装備の一つである転移装置で中継ぎして距離を短縮。さらに大規模な補給を何度も行いながら、敵艦隊と泊地や飛行場といった拠点を潰しまくってきた。当然、艦隊の規模も他とは桁違いである。

 

 遥か後方の珊瑚海にも予備の艦隊は控えているが、ここで負けると、後の作戦行動に支障を来すのは確実だった。

 

 だからこそ、敵の異邦艦隊も各個撃破を行わずに、万全の態勢で待ち構えていたのだろう。態勢の整わない内に、他の海域に存在する霧の艦隊を追撃しても、悠々と逃げられる。時間を稼がれる。異邦艦隊は速度性能で劣っている以上、向かってくる相手を叩き潰すしかない。

 

 霧の艦隊も援軍を待ちたいところだが、向こうは何らかの方法で戦力を増強している。手に負えなくなる前に元凶を潰さなければ、物量差で押しつぶされる。時間は異邦艦隊に味方している。

 

 だから、サウスダコタは油断なく補給と簡易整備を行い、艦隊の準備が整え終わるのを待っていたのだ。ついでにジャミングは解除させた。既に超兵器のモノと思われるノイズは急速に低下してきており、これ以上自分たちの首を絞める真似をする必要もなかった。

 

 敵艦隊との距離は、ヤムデナ島とアルー諸島を挟んで約500km。全速で突撃すれば約三時間で、互いの射程圏内に入り、艦隊決戦が否応なしに始まる。

 

"サーゴより艦隊旗艦へ。敵打撃艦隊に動きあり。繰り返す敵打撃艦隊に動きあり"

「うむ、よくやった。貴様はすぐに下がって、艦隊に合流しろ」

"了解"

 

 本当なら黒の艦隊や蒼き鋼の率いる遊撃艦隊の到着を待ちたかったが、どうやらそれも終わりのようだ。

 

 哨戒に出していた潜水艦を下がらせたサウスダコタは、閉じていた瞼を開くと、己の躯体を通して周辺の景色を見渡す。もうすぐ夜明けとなり、太陽が大海原を照らすだろう。

 

 これから鋼鉄(くろがね)を溶かし、粉砕し、蒼海を火で染め上げるというのに、なんとも乙なものだと思う。とても争いが起きるとは思えない穏やかな海だけに。

 

「インディアナ。艦隊の状況は」

「途中で脱落した駆逐艦や軽巡洋艦を除けば、戦力は80%程度ってところ。もちろん、補給と整備も済んでるから各種兵装、機関出力共に問題なし。強制波動装甲も真新しいナノマテリアルに再構成済み。いつでもいけるよ。サウスダコタ姉さん」

 

 どこかふざけた様な態度が抜けたサウスダコタの様子に、姉妹艦のインディアナが真面目に答える。

 いつも茶々をいれる筈の大戦艦ワシントンも大人しい。誰もが、この一戦に激戦の予感を感じている様子だった。

 モンタナタイプと大和タイプの二つに分けられる、量産型と思われる超兵器戦艦群。その数は、合わせて50隻以上。二つの島の向こう側で、まだ増え続けている反応も見せている。

 

 こうして待ち構えている状況から判断して、相手の性能は、こちらよりも下回っている可能性が高いと思われるが、油断は禁物だった。

 

 乱戦になれば真っ先に脱落するのは駆逐艦連中である。いくらクラインフィールドが無敵に近い防御性能を持つといっても、無効化できるエネルギーには限りがある。ほんの些細な演算ミスが撃沈につながるのだ。それどころか、コアの損失まで達したら、艦隊を預かったサウスダコタは、己の総旗艦であるアイオワに合わせる顔がなくなってしまう。

 

 あのメンタルモデルはコアの損失を極端に嫌う。演算力の源であり、霧の艦隊の本体ともいえるコアを失うことは、人間にとっての死と同義だ。たとえ人格を含めたプログラムを再構築しても、それは同じ姿をした別人なのだから。

 

「いくぞ、各艦戦闘配備。これより我が艦隊は、全戦力を持って異邦艦隊に決戦を挑む! 諸君らの活躍に期待する! 我らに勝利を!!」

「「「「「我らに勝利を!!」」」」」

 

 最初に仕掛けたのは霧の艦隊側だった。

 

 まず、クラインフィールドの性能が高い大戦艦や重巡洋艦を正面に展開。敵の艦隊に対する防御力を高めると同時に、艦首超重力砲による火力を最大限に発揮する。これが第一艦隊である。

 

 陣形や戦略を学んで日が浅い南洋諸島殴り込み艦隊だが、超重力砲を使う戦艦や重巡洋艦は自然と単横陣を組む形となり、その遥か後方に強襲海域制圧艦による援護艦隊が控えている。これが第二艦隊であり、要請が有り次第、後方から侵蝕ミサイルを雨霰のように降らせるだろう。

 

 さらに強襲海域制圧艦は火力支援を届かせるために、広域な索敵範囲を持ち、取得できる情報精度も密度が高い。したがって精密な誘導による火力投射を可能とする。場合によっては艦隊のミサイル管制を一手に引き受けることも可能だ。

 

 それ故に主砲を初めとした近距離での殴り合いは苦手とする。ミサイルの全力火力投射と、着弾までの精密誘導中は特に隙だらけになるし。演算能力を攻撃に充てれば、当然索敵能力も下がってしまうからだ。駆逐艦や軽巡洋艦による補助は必須だった。

 

 今回は戦艦主体の打撃群が相手になることもあって、補助艦艇は全て第二艦隊に回されている。下手に正面に展開させると、撃ち合いで轟沈しかねない。ならば、強襲海域制圧艦の管制に入って、ミサイルによる援護射撃をさせたほうが良いとサウスダコタは判断した。

 

 ついでにレキシントンも下がらせた。さすがに戦艦同士の殴り合いに、空母である強襲海域制圧艦を参加させる訳にはいかない。

 

 第二艦隊の総指揮をとるのはレキシントン級の二番艦サラトガ。物静かで、冷静沈着な彼女なら適任だろう。他の連中はどいつも、こいつも濃い連中だから仕方がない。特に戦艦に未練があるレキシントンの手綱を完璧に握れるのはサラトガだけだ。

 

 他に潜水艦隊で構成された第三艦隊が存在するが数は少ない。潜水艦隊連中の大半が、太平洋と大西洋の警戒任務に就いているからだ。数隻では50隻近い量産型超兵器戦艦群の足止めにもならない。

 

 よって第三艦隊は味方の救出や斥候などの偵察任務が限界だった。下手に手を出すと、大量の対潜攻撃で返り討ちにされる。

 

「シスター・サラから報告。敵の艦影をレーダーが捉えたそうです。距離は約300km」

「よし、第二艦隊に攻撃命令を出せ。先制攻撃と飽和攻撃で一気に片を付ける。それで駄目なら接近して超重力砲で薙ぎ払う」

 

 僚艦からの報告に、サウスダコタは命令を下す。

 

 これまで南洋殴り込み艦隊に勝利を与えてきた基本戦術だ。常に遠距離から一方的に攻撃し、残存艦艇を超重力砲で薙ぎ払い。それでも残った艦隊は輪形陣による分厚い防御を展開しながら数の暴力で捻り潰す。単純にして強力な殲滅攻撃。

 

 概念伝達を通して第二艦隊から侵蝕ミサイルの発射報告が行われる。この程度の距離なら、電波妨害でもさして影響はない。

 

 やがて、サウスダコタを中心とした第一艦隊の頭上を大量のミサイルが突き抜けていく。ある程度の管制誘導を受けたミサイルは、敵の一定範囲内に近づくと独自の機動プログラムに従って動き出すだろう。人類との大海戦によって、近接防御兵装による迎撃を受けた経験から、ミサイルの制御プログラムは徐々に改良されている。

 

 もちろん異邦艦隊の超兵器を中心とした迎撃網に、ある程度は撃ち落とされるだろう。しかし、相手の出鼻を挫くという意味では、これ以上ないほどに有効な攻撃手段の一つだった。

 

「着弾かくっ――転移反応!」

「なにっ!? こんな時にか!?」

 

 これまでは。

 

 大戦艦を中心とする第一艦隊の目の前で、空間が揺らぎ始めたかと思うと、中から超兵器反応を有する戦艦が飛び出してくる。

 大和級とモンタナ級を模した超戦艦級の化け物。それが全速力で何隻も向ってくるのだ。前面の第一、第二主砲が火を噴き、空を焼き尽くすような爆炎が噴射される。46cm主砲と16インチ主砲の砲弾が霧の艦隊に降り注ぐ。

 

「狼狽えるな! 敵は我々よりも格下の相手。恐れずに反撃し、防御に徹しろ! 被害を最小限に食い止めるのだ!」

「でも、サウスダコタ姉さん。このままじゃ……」

 

 サウスダコタが即座に号令を下し、艦隊は敵に対する防御に努めるも、急な事態に対する混乱は必須だった。何せ遠く離れた敵艦隊が、いきなり懐に飛び込んで来るなど想定外にも程がある。アウトレンジと密集陣形による火力と防御力の集中は、乱戦に持ち込まれたことで無効化されたのだ。

 

 歪んだ空間から次々と転移してきてはこちらに突撃を加える量産型超兵器戦艦の群れ。たとえ一隻が主砲の荷電粒子砲や侵蝕魚雷による集中砲火で轟沈しても、別の一隻が残骸を乗り越えるように突き進んでくる。それどころか仲間を盾にして攻撃を防ぐのだから性質が悪い。

 

 しかも、主砲射撃サイクルが異常に早い。何十秒も掛かる装填速度を数秒で済まし、何度も何度もクラインフィールドに撃ち付けて確実に飽和させてくる。連続して無数に降り注ぐ大小様々な砲弾。この近距離で避けることは難しい。迎撃しようにも、こうも混乱が続いては効率的な防御など不可能だった。

 

 相手は既に目と鼻の先どころか、懐に飛び込んで来ているのだ。どこを見渡しても、攻撃を受けて燃え盛る超戦艦の群れだ。こちらに向けて火を噴く敵の主砲。沈めても次の敵が向かってくる。

 

 敵の異邦艦隊と距離を詰めるために、艦隊速度を出していたのも拙かった。互いの相対速度が速すぎて、離脱する間もなく接敵する。下手に転舵しようものなら、敵味方で衝突事故を起こしかねない。

 

『サウスダコタ。いったい何があったのですか!? 急に敵性反応がそちらに……っ』

「サラトガ! 急ぎ艦隊を纏めて、後方の支援艦隊まで離脱しろ! 我々に構うな!!」

『でもっ――』

「サウスダコタ姉さん! 重巡キャンベラとアストリアが持たない!!」

「くっ……おのれ」

 

 すでに状況は最悪に近い。第二艦隊が支援を行う旨を伝えてくるが、急ぎ離脱させる。第一艦隊と第二艦隊の距離は、水平線の向こうまで離れているが、敵がどの程度まで転移してくるのか分からない。第一艦隊と同じように乱戦に持ち込まれれば、空母を主体とする第二艦隊は甚大な被害を被ってしまう。

 

(どうする……どうするべきなんだ……?)

 

 初めて経験する苦戦、突発的な事態。追い詰められていく艦隊。それらの状況がサウスダコタの思考を追い詰める。そこに、さらなる追い討ちが掛かろうとしていた。

 

「前方から熱源反応接近! 転移空間越しからミサイル攻撃!?」

「ッ……サウスダコタ!!」

 

 部下からの報告にハッとして迎撃を開始するサウスダコタ。彼女を庇うように前に進み出るワシントン。必死に迎撃の指揮を執るインディアナ。味方の後退を支援するノースカロライナ。それぞれの大戦艦たちの奮闘を焼き尽くすかのように、空が極大の閃光と熱線で染め上げられ。

 

 その日、突撃した異邦艦隊ごと第一艦隊は壊滅した。

 




Q目の前にいきなり特殊弾頭ミサイルVLS2(港湾都市が一発で吹っ飛ぶ戦術核レベルの威力)が数百発も現れて起爆したらどうなりますか?

A為す術なく死にます。作戦…失敗……みたいな?


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航海日記36 超兵器要塞

「なぜ……私を庇った。ワシントン……」

 

 黒焦げになった船体と躯体を晒したワシントンに対するサウスダコタのつぶやき。

 

 見るも無残な姿となったワシントンは、子供らしい感情を表すこともない。システムを守るために自閉モードに移行し、再起動を掛けている状態だ。場合によっては、メンタルモデルの復旧も難しいかもしれない。

 

インディアナも、ノースカロライナも同じような状況だ。

 

「どうせなら、いつものように……私を囮にすれば良かっただろう……」

 

 大戦艦はサウスダコタを除いて船体が完全に崩壊した。幸いにもユニオンコアは無事だったが、重巡洋艦の中にはコアのデータを損失したメンタルモデルもいる。黒の艦隊が別方向から駆けつけ、敵の動向がそちらに引き付けられなければ、艦隊は全滅していただろう。

 

「すまん……皆、私のせいで………」

 

 後方の支援艦隊から派遣された救援部隊に保護されたサウスダコタの呟きは弱々しく消えた。自らの判断ミスがいくつもの躯体(メンタルモデル)を殺したのだ。悔やんでも悔やみきれなかった。アイオワは自分を責めはしないだろうが、酷く悲しむに違いない。

 

 せめて、残された黒の艦隊と蒼き鋼の艦隊が、敵を討ってくれることを祈るしかなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「まさか、ここで、こちらの旗艦装備を使うことになるとはな」

「艦隊旗艦。システムに不備はございますか?」

「問題ない。機能動作、システム感度、共に正常に稼働している」

 

 僚艦であり、忠実な副官でもあるヒエイの問いかけに、コンゴウは威厳を伴いつつ、静かに呟いた。

 

 イ号403と出会った時よりも、躯体(メンタルモデル)の姿形を大きく変えたコンゴウの出で立ちは、ヤマトのような豪奢な紫のドレス姿となっていた。

 

 それに伴い、船体は神社の鳥居のような装置が搭載され、かつ上下に分かれて展開している。左右にはナノマテリアルを積んだ輸送船型カートリッジを搭載するバルジを展開し、艦の中央から薄黄色に輝く403の船体が、左右のユニットから吹き出すナノマテリアルによって徐々に形成されていく。

 

 これが、大戦艦が積んでいる超重力砲を廃し、転送装置のようなシステムに換装した。新たなコンゴウの姿である。

 

 初めにコンゴウ率いる黒の艦隊が行ったことは、換装した旗艦装備を使って、臨時指揮下に置いた403と501のコアを転送し、船体を再構成すると共に、新たな超兵器に向けて偵察に送り出すことだった。

 

 さすがに人を乗せている401は転送できないので、急ぎ戦域に急行するよう指示している。

 

 次に同型艦であるハルナとキリシマも旗艦装備で呼び寄せ、最後にヒュウガのコアを乗せたタカオを転送。黒の艦隊最大の戦力を展開する。

 

 もっともヒュウガに転送の旨を伝えると、イオナ姉さまと共にいると言って、合流した401にコアの状態で乗船してしまった。恐らく病的なまでにヒュウガを愛する?イセと出会うのを避けたかったのだろう。コンゴウは溜息を吐くしかなかった。

 

 黒の艦隊よりも規模の大きい南洋諸島殴り込み艦隊が、壊滅的被害を受けた以上。迂闊に攻撃を仕掛けるのは愚策。まずは敵の情報を収集することが先決である。その為に隠密行動に長ける403を先に呼び寄せ、その上で迎撃態勢を整えなければならない。

 

 場合によっては用意しておいた切り札を使う。というよりその可能性が高い。

 

「久しぶりだな、403」

「肯定。すぐに出発する」

「ああ、期待している」

 

 そして挨拶もそこそこに、403は徐々に黒の艦隊へと接近してきている超兵器の所に発進した。

 

 急速潜航し、光も届かず底も見えない水面の奥に消えた403は、凄まじい速度で艦隊から離れると、各種センサーの反応が消えていく。ソナーが捉えている航行音も、いずれ海中でかき乱されて、消えるだろう。

 

 こうやって、味方の目すら欺くのだから、敵が捉えようとしても並大抵のことではない。

 

 情報収集して幾つか分かった事だが、敵は一番近く。かつ規模の大きい艦隊に対して優先して追撃するということが分かっている。

 

 次に量産型超兵器戦艦を建造し、それを転移させることで、霧の艦隊の懐に潜り込ませるという戦術。さらに混乱した隙をついて、核弾頭に匹敵する高熱量のミサイルで味方諸共、敵艦隊を吹っ飛ばす戦法も躊躇わないということも分かっている。

 

 ただし、欠点もあるとコンゴウは各種データから予測していた。

 

 まず、量産型超兵器戦艦の建造に時間が掛かるということ。これは霧の艦隊が捉えている超兵器反応の観測結果を、戦術ネットワークで共有した結果、分かったことだ。現在、巨大な超兵器反応の周囲には三隻ほどの小さな超兵器反応しかない。

 

 そして、ヒュウガの分析では、艦隊を異邦から転移させているのではなく、空間と空間を繋げているのではないか。または、コンゴウの旗艦装備と同じように、物質を分解・再構成することで艦隊を転送しているのではないかとの事だった。

 

 また、転送を行うには膨大なエネルギーを必要とする筈だった。従って、転送する艦隊の建造が完了するまでは、次の攻撃は行われない可能性が高い。転送できる範囲は不明だが、少なくとも300km以上は確実だろう。先の戦闘で転送できた範囲は300kmだったのだから。

 

 そこで、ノイズによる妨害電波を退けながら、千早群像と相談を行い。黒の艦隊は賭けに出る。まずは壊滅した南洋諸島殴り込み艦隊の第一艦隊の離脱する時間を稼ぐため、あえて敵超兵器の目を引き付ける。

 

 そして他の潜水艦を凌駕する性能を持ったイ400型を使い。場合によっては強行偵察で、敵の戦闘能力を評価する事も視野に入れていた。こちらは、まだ敵の超兵器の正体すら掴んでいない。しかし、可能であれば敵の建造機能を妨害し、転送装置が外付けだった場合は、それも破壊させる。

 

 よって奇襲能力に特化した403が、まずは一撃を加える手筈になっていた。

 

「コンゴウ暇だよ~~!!」

「煩いぞマヤ。少し黙っていろ」

「ねぇねぇ早く突撃しようよ!! 敵が近くまで来てるんだろう? 私も、早く戦いた~~い!!」

「面倒くさい……ヒエイ、任せるぞ」

「ハッ、コンゴウ様。お任せを」

 

 だが、黒の艦隊は一癖も、二癖もある連中ばかり。素直に大人しくしている訳もなく、約二隻ほどは不満を述べて騒ぐのを止めなかった。暇で暇でついにはピアノを弾きながら暇を訴えかけるマヤに、艦橋の上でぴょんぴょん跳ねながら、同じように暇を訴えかけるアシガラ。

 

 コンゴウは再び溜息を漏らす。

 

 ついには面倒臭くなって、ヒエイに全部丸投げし、生真面目なヒエイが躯体(メンタルモデル)の二人を規律で締め付けに掛かる。黒の艦隊のいつもの光景だった。

 

「生徒会の服装……クマノとスズヤからも不評だったのに変わらなかった」

「生徒会長が決めたことだ。艦隊旗艦からも異議がない以上、早々変わらんさ」

「ぶ~~、前の和服のほうが良かったのに」

「ずずぅっと……あら、この茶葉は美味しいわね。今度からこちらにしようかしら」

 

 同じく待機任務中のハグロも愚痴をこぼし、姉のミョウコウがたしなめる。ナチは艦隊の様子を見ながらも、呑気にお茶を飲む。

 

 こんな個性豊かな連中を纏めなければいけないのだから、コンゴウが匙投げるのも無理はなかった。あっちで騒げば、こっちも騒ぐ。真面目に対応していてはストレスマッハ。メンタルモデルを実装してからというもの、トラブルばかりだ。

 

 もっとも、ヤマトがかつて言っていたように、戦術というものに対して理解を示していなければ、霧の艦隊は早々異邦艦隊に駆逐されていただろう。

 

 向こうは霧の艦隊の絶対防御をぶち抜く火力を持っている。まともにぶつかり合えば負けるのは数の少ないこちらだ。それを見越していたのだとすれば、ヤマトの。いや、裏で手を引くアマハコトノの慧眼も間違っていなかったということか。

 

 たとえ、その真意が別にあるのだとしても。

 

(ふむ……メンタルモデルと自ら思考する能力。それは私たちにとって本当に必要なのか、どうか。まだ、考える余地はあるか)

 

 メンタルモデルを実装させたヤマトとコトノの真意を探りつつ、コンゴウは考える。思考を続ける。この状況と打開するために。今後の行方を決めるために。

 

 効率を考えれば、超戦艦専用の旗艦装備であるアマテラスユニットを使えばいい。勝負は一瞬で決まる。

 

 だが、あれは、あまりにも強力すぎる兵器だ。下手すれば海底に地殻変動をもたらしかねない。使用にはヤマトとムサシの二隻による承認が必要だし、威力を逃すためにミラーリングシステムを併用しなければならないのも欠点だった。

 

 あれは文字通りの最終兵器なのだ。天を割り、海を蒸発させ、大地を焼きつくし、世界を破滅させる。ある意味で核兵器よりも性質が悪い超級の戦略兵器。だから使用するのは最後の手段だった。

 

 それを使わずに勝つとなると、黒の艦隊の勝算は限りなく低いだろう。向こうは戦術核兵器に等しいミサイルを何百発も放ち、距離を無視して転移ゲート越しに攻撃を放ってくるのだ。超重力砲の射程内に近寄る前に、こちらが全滅する可能性が高い。

 

 ならば、黒の艦隊以上の戦力で以って当たればいい。その為の手筈も既に整えつつある。あとはタイミングを見計らうだけ。

 

「既に次の一手は打ち込んだ。頼んだぞ。403」

 

 正体不明の超兵器によって艦隊が全滅するか、霧の艦隊が超兵器を打ち滅ぼすか。全ては403の行動に掛かっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 この作戦で何度目かになるか分からない偵察行動だが、既に403と501の行動は手慣れたものだった。

 

 少なくとも南洋諸島が、異邦艦隊でひしめいていた時よりも、遥かに楽であると断言できる。

 

 しつこく追跡してくる対潜装備を満載したハンターキラーの連中も、鬱陶しい対潜ヘリや対潜哨戒機の連中もいないからだ。

 

 コンゴウ率いる黒の艦隊とは離れた位置で展開する403。

 

 既に敵超兵器との相対距離は50kmまで縮んでいたが、戦術ネットワークで共有しているレーダー情報では、相手が気付いた様子はなかった。

 

「ステルス型の偵察ユニットを射出する」

"Ja(了解) 小型潜水艇を射出。目的地、超兵器反応の中心点"

 

 まずは、使い捨ての無人機を射出し、偵察させる。

 

 さすがに超兵器相手に単艦で挑むほど、403も無謀ではない。まずは様子見に努めるのが先決だった。

 

 敵が空間転移に似た攻撃を仕掛けてくる以外、何をしてくるのか分からず、不用意に動けないというのも大きい。

 

 やがて、無人偵察機が敵の超兵器の姿を捉えたとき、403は珍しく感情を露わにする。

 

「驚愕……」

 

 相手の姿はまさに、その一言で言い表せるくらい巨大で、異様な姿をしていた。

 

 航行に適さない五角形の船体。甲板に展開されるアングルドデッキは無数の艦載機の代わりに、多数の戦略爆撃機が展開している。さらに周囲を睥睨する多数の主砲に、至る所に展開する巨大なVLS。それらを守るように設置されたおびただしい数の対空機銃や高角砲。そして空を睨み付けるミサイル発射システム。極めつけに後部のハッチから発進する大和型やルイジアナ級を模した超大型戦艦。

 

 もはや船というより、ひとつの要塞とでもいう姿。あるいは島と言い換えてもいいかもしれない。まさに化け物だ。

 

 ヤマトから受け取ったデータによれば、相手は超兵器要塞ストレインジデルタに酷似している。

 

 量産型だった超巨大高速空母アルウスや超巨大ホバー戦艦アルティメイトストームの"機関"を取り込んで具現化したオリジナルの超兵器。

 

 そこにオリジナルだった、超巨大双胴戦艦ハリマと超巨大双胴揚陸艦デュアルクレイターの性質を取り込んだ。この戦いにおける異邦艦隊側の切り札だった。

 

 しかし、疑問も残る。これだけの戦力をたった一隻で展開して見せるのに、なぜ悠々と403の接近を許したのか。それが理解できない。

 

 自分が超兵器の立場なら、もっと周囲を警戒する。なのに、ここまで無防備だったのは何故だ。なぜ、対潜警戒、対空警戒を怠っている。

 

 そもそも、なぜ403は相手の性質や誕生の経緯がわか……

 

「驚愕し、た……なん、で……?」

"Schwester(お姉ちゃん!?)"

 

 501のコアが呼びかけるのと、403が胸を押さえて、驚いたように目を見開くのは同時。片膝を付き、コアの演算力が低下し、艦の操艦が鈍るほど403は影響を受けていた。

 

 超兵器が403に接触してきている。概念伝達にアクセスしようとしている。戦術ネットワークを閲覧しようとしている。

 "彼ら"は"彼女たち"を知ろうとしている? 403を知ろうとしている? 403の内側を覗こうとしている?

 超兵器が霧に、403にハッキングを仕掛けようとしている。

 

「や、めて……」

 

 先の転移装置を利用した攻撃の理由。彼らがそれを使って"ゲート"を開くための実験データを収集していた理由。

 そもそも、この海域における戦闘行為自体が全て実験にしか過ぎないという真実。先の攻撃で観測した霧の艦隊の損害データと、メンタルモデルを実装した彼女たちの感情の動き。

 

 人間らしさを得た代償に感じてしまった理解不能な感情という"モノ"。

 

 兵器としての超兵器側の存在理由。同質に近いかもしれない霧の艦隊の存在理由。

 アドミラリティコードと究極超兵器。すべてを滅ぼさんとする超兵器の意思。人を大陸に閉じ込めんとするアドミラリティコードの意思。

 兵器という本質は我々と同じ。故にその性質を染め上げ、その"兵器としての"能力を模倣する。

 人間に近いメンタルモデルなど不要と判断。

 

"Schwester(お姉ちゃん!) Schwester(お姉ちゃん!!)"

「やめ、て……や、め……て………」

 

 501が何度呼びかけても、403に対する侵食が止まることはない。

 うわ言のように否定の言葉を紡ぎつ続ける403は、まるで心を無くした人形のようにも見える。そして超兵器の意思がさらに流れ込んでくる。

 

 403のコアを染め上げようとする超兵器の意思。全てを滅ぼそうとする超兵器の意思。それらが流れ込んでくる、

 

 あえて目的とデータと意思を流し込むことで、403のコアを刺激し、我々と近い意識に染め上げ、同調させ、共鳴させる。

 

 そうすることで、403の中に眠る無垢でしかない本当の"彼女"の目覚めを促し、内側に眠るもう一人の存在をも引き上げる。

 

 そして、怒りと憎しみに、やめ、染まった"もう一人"が、やめて、目覚めれば、無垢な彼女は潰され、違う、霧の艦隊を内側から、私は…………!?

 

 突如、発令所内に響き渡る爆音。403のパッシヴソナーが捉えた破砕音だ。

 偵察用の潜水艇から観測した映像データを見やれば、誰かが超兵器に攻撃を仕掛けている。

 ストレインジデルタもそれに対して反撃を開始する。

 

「はぁ……はぁ……私は……私?」

"大丈夫、お姉ちゃん!?"

「そうか私は……うん、問題ないよ501。状況認識を再開するね」

 

 もう一度、空間モニタを見やれば、そこには高速で動き続ける見慣れない戦艦の姿があった。

 

 霧の艦隊ではない。403を含む彼女たち特有の紋章光(イデア・クレスト)が存在しないからだ。

 

 だとすれば人類に近い存在の船だと思うが、その姿は異様である。

 

 艦首に高速回転する巨大なドリル。両舷に高速回転するデュアルソー。

 

 80cm近い主砲。小型の砲塔型レールガン。レーザー主砲。怪力線照射装置。大規模イプシロンレーザー発射装置。88mmバルカン砲塔。

 

 どちらかといえば超兵器が属する異邦艦隊側に近い存在。

 

 呼称するなら超弩級ドリル戦艦といった所だろうか。

 

"報告。付近に転移反応の痕跡を確認"

「確認するけど。あれはさっきの瞬間、この世界に現れたの?」

"データ上はそうなると思われる。選択権を403に委任"

 

 501の言葉は、この場における判断を委ねるということだ。分析結果を信じるなら、ドリル戦艦は異邦艦隊と同じように転移してきた存在。なら、超兵器と同じ"敵"として攻撃するか、それとも同じ敵と戦う"味方"として援護するか。どちらか決めねばならない。

 

 そして答えは決まっている。

 

「援護を開始するよ。この場における最優先事項は超兵器の観測。可能であれば破壊することだから」

"Jawohl(了解!) Feuerschutz(援護するね!)"

 

 今ここに、謎のドリル戦艦と霧の潜水艦のタッグが結成された。

 




さて、問題です。超兵器ストレインジデルタのお家芸は何でしょう?


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航海日記37 天体観測した日

 

 まず、先手を打つのはドリル戦艦。

 

 彼女は超高速で突進しながら、甲板で起動したイプシロンレーザーを照射する。一区画を丸々レーザー照射装置に改装した大規模兵装は、あらゆる船を貫通させるレーザーを解き放つ。それは霧の超長距離狙撃システムに匹敵する威力だ。

 

 だが、イプシロンレーザーの特性はあらゆる防壁を貫通させる事にある。つまり、超兵器が持つ電磁防壁は意味を為さないということ。光学兵器でありながら、光学兵器に対する防御システムを無効化することができるのだ。

 

 独特な照射音を響き渡らせながら、海上を貫く閃光が、ストレインジデルタの纏う防壁を打ち砕く。だが、ストレインジデルタの装甲はびくともしない。伊達に超兵器要塞と名乗っている訳ではない。その装甲は吸収したハリマの特性すら超えている。

 

 大規模光学兵器によって赤熱した装甲は、すぐに冷却され元通りに再生する機能が働く。その間に無粋なドリル戦艦を沈めんと、ストレインジデルタの甲板で無数のVLSが起動。大型の対艦ミサイルが連続発射され、白煙を引きながらドリル戦艦に降り注ぐ。近距離のため特殊弾頭ミサイルは使えないし、一斉射した影響で残弾はゼロ。再生産にも時間がかかる。

 

 それをドリル戦艦は多数のCIWSで迎撃し、イプシロンレーザーで薙ぎ払うことで消滅させる。それどころかストレインジデルタの懐に潜り込まんと加速。間違いなく艦首のドリルで白兵戦を挑むつもりだった。その間に80cm主砲。88mm連装バルカン砲塔。小型レールガン砲塔。多弾頭ミサイルVLS。荷電粒子砲塔。超怪力線装置。ありとあらゆる兵装が火を噴き、要塞の壁を打ち砕かんと殺到していく。

 

 目を見張るのは、その兵器の装填速度。46cm超える小型レールガン砲塔が重機関銃のごとく連射される。光学兵器は何度も再照射される。巨大な連装主砲は何度も火を噴きあげる。それでいて60kt以上で推進する船体はバランスを崩すことはない。

 

 傍から見れば異様な光景だろう。巨大な要塞に向かって、艦隊が集中砲火をしているほうが、まだ説明がつく。だが、それを成しているのはたった一隻の超弩級戦艦なのだ。しかも艦首にドリルがついて、両舷にデュアルソーが回転している。アンバランスな兵装と相まって異様な姿である。

 

 しかし、403から見れば頼もしい味方だった。

 

「501。今のうちにありったけの侵蝕魚雷をお見舞いするよ。準備は良い?」

"Ja Schwester(了解、お姉ちゃん!) でも、なんだか雰囲気かわった?"

 

 501のいう通り403はいつもと違う様子だった。目に見える姿は変わらないのに、感じる気配が違う。

 いつもは機械的で、だけどどこか人間味を感じさせるような性格だった筈だ。しかし、今の彼女はまるで別人のように性格が変わっている。

 感じる雰囲気も、儚さと優しさを併せた少女のようで。まるで、人間と喋っているような気するのだ。

 

「"私"は大丈夫だから、心配しないで」

"でも………"

「それよりも、今はアレを何とかするほうが先。その後で、またお話したりしようね」

 

 そこに一抹の不安を覚える501だったが、やんわりとはぐらかす403に押されて、追求することはできなかった。仕方なく操艦のバックアップに終始する。後で問い詰めれば良いだろう。霧にとって時間はいくらでもあるのだから。

 

 403はそんな501のコアが収められた台座に微笑みかけると、躯体の紋章光(イデア・クレスト)を発光させ、あらゆる演算に集中する。

 ストレインジデルタに水中から接近しながら、ドリル戦艦と同じ速度で推進する船体。後部のスラスターが勢いよく噴射され、装填を終えた魚雷発射管が解放される。

 さらにロックオンを妨害してくる超兵器のノイズをやり過ごし、侵食魚雷の弾頭に次々と目標のデータが入力されていった。

 

「目標、敵超兵器ストレインジデルタの推進装置」

"Jawohl(了解!) 全魚雷の諸言入力完了"

「発射!」

Feuer(発射!)

 

 まずは第一斉射。艦首にある魚雷発射管から八本の侵蝕魚雷が順次発射され、推進部が点火。ジェット推進を行いながら、超高速でストレインジデルタの真下目掛けて向かっていく。

 

 当然、ストレインジデルタも侵蝕魚雷を迎撃しようと、多弾頭ミサイルVLSを迎撃システムに転用し、対潜迎撃ミサイルを射出。401と戦ったタカオがそうだったように無数の迎撃弾が八本の侵蝕魚雷目掛けて殺到する。

 

 403は即座に侵蝕魚雷の弾頭制御装置に介入すると、501の補助と合わせて見事な回避機動を展開。いくつかの侵蝕魚雷が潰されたが、迎撃網を潜り抜け、時には自身の船体から無数のミサイルを援護射撃として使い、魚雷を命中させるための攻防を繰り広げる。

 

 ストレインジデルタも迎撃行動を展開するが、それを邪魔するのがドリル戦艦だ。巧みな援護で迎撃の手を潰し、自身に降り注ぐ弾幕の合間を縫って、攻撃と援護の絶妙なコンビネーションでストレインジデルタの邪魔をする。

 

 そして、迎撃を潜り抜けた三本の侵蝕魚雷がストレインジデルタの推進部に命中。さらに次々と発射されていく侵蝕魚雷は、連続攻撃となって何度も、何度も、同じ個所に正確に命中。分厚い防御の壁を潜り抜けて、推進部を破壊することに成功する。

 

 もちろんストレインジデルタにも再生能力は存在するが、修復までに足止め出来れば良い。霧の艦隊の本命は別にあるからだ。そのまま侵蝕魚雷を全弾叩き込んでいく。

 

 ここぞとばかりに、ドリル戦艦は船足を上げさらに加速。ストレインジデルタも展開していた量産型超兵器戦艦を、文字通りぶつけるつもりで向かわせる。しかし、圧倒的な瞬間火力を前に数分も持たずに爆沈。三隻いたルイジアナ級は一隻になり、それも迎撃する丁字戦法関係なしといわんばかりに突っ込まれ、ドリルで真ん中から船体を真っ二つにされて終わった。

 

 ならば、残骸もろとも爆砕してやるとストレインジデルタの攻撃が暴風雨のように迫りくる。対艦ミサイル。レールガン。61cm超兵器主砲。拡散プラズマ砲。カニ光線。α、β、γ、δ、εレーザー。荷電粒子砲にリングレーザー。多連装推進砲。速射砲。AGS砲。とありとあらゆる攻撃がドリル戦艦を襲う。展開されたアングルドデッキから戦略爆撃機が何機も飛び立ち、山ひとつ吹っ飛ばす爆撃が何度も何度も行われる。時には艦載機の対艦ミサイルや魚雷がドリル戦艦をさらにおいつめる。

 

 それを迎撃し、巧みな操艦ですり抜け、時には強引に突破して、ついにドリル戦艦はストレインジデルタに肉薄した。互いの重力防壁と電磁防壁が攻撃の応酬で干渉しあい、激しい紫電をまき散らす。そして肉薄されたストレインジデルタの装甲を巨大なドリルが削り、けたたましい金属音が響き渡る。金属同士が削りあって膨大な火花が散る。その間にも互いの火砲が火を噴いて、敵を粉砕せんと真っ向から殴り合いを展開する。

 

 もはや超兵器とドリル戦艦の周囲に安全な場所はなく。海上は吹き上がる水飛沫で満たされ、大気に響き渡る爆音と破壊音が止むことはない。それが止んだ時はどちらかが沈んだ時だけだ。

 

「501。仕上げに掛かるよ。"霧の全艦隊"へとデータリンク開始」

"海中海上探査レベルA。情報深度S。超兵器要塞の座標位置を各艦の火器管制システムに転送"

 

 その間に403がストレインジデルタを倒すための準備を整える。目標を観測し、座標データを入力し、各霧の艦隊へと伝えるために通信システムを展開。船体の至る所から通信アンテナ、ソナーシステム、解析システムが開き、巨大なふたつの衛星通信アンテナが船体から分離して展開される。すぐにストレインジデルタの攻撃の余波で破壊されるだろうが、一瞬でもデータを送り込めればよい。その為の時間はドリル戦艦が稼いでくれる。

 

「転送データ送信……受信確認! う、くっ――」

"衛星通信アンテナ全壊。船体ブレードアンテナ損傷"

「ダメージコントロール! 水密区画閉鎖! ダウントリム最大! 演算処理を迎撃システム稼働に最優先!」

"迎撃システムに処理優先。各種対潜弾の迎撃率を上昇"

 

 予想通りにストレインジデルタと飛び立った対潜哨戒機の攻撃を受ける403。

 向かってくる対潜魚雷を近接防御システムで迎撃し、降り注ぐ爆雷を深々度まで潜ることでやり過ごす。

 被弾箇所を予備のナノマテリアルで塞ぎ、応急処置を施す。損傷したパーツ切り離し、リンクの途切れた遠隔操作機器は廃棄。

 

「ドリル戦艦に通信。離脱要請して。艦隊からの全力攻撃が降り注ぐ」

"Jawohl(了解) 通信システムに介入する"

 

 その間に403が送ったデータの受信を、全世界の霧の艦隊が完了していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「艦隊旗艦、403から正確な位置座標の転送を確認しました。いつでもいけます」

「分かった。タイミングを合わせ次第、攻撃を行う」

「了解致しました」

 

 ヒエイの報告にコンゴウは頷く。

 黒の艦隊の攻撃準備を整えさせていた彼女は、同時に401以外の蒼き鋼と合流し、残存する霧の米艦隊とも通信を行っていた。

 

 新たに出現した超兵器要塞とまともにやりあっては戦力がいくつあっても足りない。ならば、損害を最小限に抑えるためにも、被害の少ない攻撃方法を行うべき。そう判断したコンゴウは、各霧の総旗艦より提案されていた切り札を使うことにした。

 

 方法はいたって単純。人類の有する兵器の中でも最大射程を持つ弾道ミサイルを使った攻撃を行うだけ。

 世界各地に予め用意した霧の弾道ミサイルを各艦隊がコントロールし、弾着地点まで誘導。弾頭から切り離された大量の子機ミサイルを対象の超兵器地点まで観測艦(イ号403)が誘導する。もちろんミサイルの中身はすべて侵蝕兵器だ。

 要は強襲海域制圧艦による支援攻撃の大規模拡大版。それも全世界規模の同時多発攻撃なのである。

 

 これから行うのは霧の艦隊の中でも最大規模の攻撃となるだろう。既に各国への根回しも済んだとヤマトやムサシから報告を受けている。攻撃の誤認による混乱は最小限で避けられるはずだ。

 

 さらにダメ押しで近隣に展開する強襲海域制圧艦の攻撃も加わる。サウスダコタの命令を受けて後方に離脱したサラトガ率いる第二艦隊や、控えとして展開していたエセックス級のイントレピット、ホーネット、バンカーヒル、ワスプなどの支援艦隊。さらに黒の艦隊の指揮下にある新生・五航戦。

 

 これほどの攻撃だ。チャンスはたったの一度きり。強襲海域制圧艦に搭載するのも難しい大陸間弾道ミサイルは、準備にそれ相応の時間が掛かる。しかも、大量のナノマテリアルまで消耗するのだ。ある程度の継戦能力の損失は覚悟せねばならないだろう。

 

 だが、成功すればこれ以上の損耗は抑えられる。背に腹は代えられない。

 

『お待たせしましたコンゴウ。こちらの準備は整いました』

『我が緋色の艦隊も発射準備は整えました。あとはそちらの合図次第』

『太平洋艦隊及び大西洋艦隊も準備完了よ。サウスダコタ達の敵は必ず取る。だから、お願いね。コンゴウ』

 

 概念伝達通信からヤマト、ムサシ、アイオワの報告を皮切りに、次々と準備完了の旨を知らせる各霧の艦隊。

 それを聞いてコンゴウはコアの昂りを落ち着かせるように閉じていた瞼を開く。

 

「大陸間弾道ミサイル。発射」

「「「発射」」」

『『『発射』』』

 

 そして彼女の合図とともに、世界各地で弾道ミサイルが発射煙の尾を引きながら打ち上げられる。世界各地で流星群と勘違いされるほどのミサイルが、ひとつの超兵器を破壊する為だけに射出されていく。

 

 発射し、加速する段階で分離したパーツは、銀砂となって離散しながら、大気圏で燃え尽きて消えていく。その間にも加速する弾頭部分はやがて軌道変更を行い。ストレインジデルタのいる南洋諸島に向けて、大気圏に次々と再突入。

 

「サラトガより各艦へ。攻撃を開始してください。サウスダコタの仇を討ちます」

「やっと我々の出番なのだな。ショウカク、タイホウ、準備はいいか?」

 

 その間に各強襲海域制圧艦が、搭載された侵蝕兵器を使い切るつもりで、全力支援攻撃を開始。先制攻撃となるそれらはストレインジデルタの迎撃能力を飽和させるべく、全方位から牙を剥き、着弾直前に複雑な軌道を持って襲い掛かる。

 

 そして、霧のオーバーテクノロジーと超規模情報処理能力でコントロールされる弾道ミサイルは、一定の地点に達すると弾頭内部の子機ミサイルを次々と分離。多数の侵蝕兵器となって目標地点に向け、さらに加速。

 

"来たよ。お姉ちゃん"

「ありがとう501」

 

 それらを最終的に誘導するのが観測艦の役割を担っている403の役目だった。残った数少ない無人観測潜水艇をすべて発進させ、彼らの観測結果と自身のパッシブソナーの観測データを元に座標位置を割り出し、ミサイルをストレインジデルタに向けて誘導する。余裕があれば強襲海域制圧艦の攻撃も補助する。

 

 もはや、彼女の演算処理能力は一隻の潜水艦の枠を大きく超えていた。たとえ霧の中でも最大クラスの大きさを誇る特潜型だとしても、この処理能力は異常といっていいレベル。その代償として、彼女のコアは加速度的に消耗する。

 

「くっ、うっ……」

"頑張って、Schwester(お姉ちゃん!)"

 

 足元がふらつく。メンタルモデルの視覚情報から得られる映像がぶれる。超規模演算でコアが悲鳴を上げる。躯体はオーバーヒートしそうなくらい熱い。501の応援する声が徐々に遠ざかっていく感覚。苦しい。苦しくて辛い。

 

 だけど、ここで演算をやめてしまっては全てが無駄になってしまう。そうならない為にも、403は踏ん張って耐える。残り少ない演算リソースを回して、ミサイルの制御を行う。船体を半自立制御に切り替え、501に制御を代行させる。とにかく演算を続ける。

 

 ストレインジデルタはとにかく耐えた。まず駐留している戦略爆撃機を、ミサイル迎撃を行う要撃機に再構成して、とにかく迎撃させた。搭載するあらゆる兵装を迎撃システムとして稼働させ、大量の防空火器が近接防御システムとなって稼働する。空を埋め尽くすほどの弾幕が展開される。

 

 だが、旧東諸国のミサイル飽和攻撃を連想させるどころか、世界規模という想定を超えたミサイルの超飽和攻撃に、ストレインジデルタは圧倒されていく。

 

 侵蝕兵器が着弾した要塞並みに分厚い装甲は、重力波によって崩壊させられ、迎撃を行う兵装も破壊の嵐に飲み込まれて消えていく。飛行甲板である多数のアングルドデッキは火を噴き、無残に折れて、跡形もなく消し去られる。

 

 次の瞬間には外装された兵装の全てが沈黙。内部に搭載されたVLSなどのミサイル発射システムも、発射口が崩壊して無力化される。海に飛び込んだミサイルの一部が魚雷となって、ストレインジデルタの推進装置を粉砕。崩壊した動力部は再生する間もなく分解される。

 

 そのまま動くことも間々ならず破壊の嵐に曝されるストレインジデルタ。第六波、第七波、第八波と攻撃は続き、島のようにも見える巨大な船体を、完全に崩壊させるまで侵蝕ミサイルが着弾する。さらにドリル戦艦の攻撃も加わり要塞のような超兵器は、ついに火を噴きあげて沈んでいく。重要防御区画(バイタルパート)をぶち抜いたらしい。

 

 それでも、ここまでの攻撃に曝されて、耐えようとするなど、やはり超兵器としては規格外の存在だったようだ。

 

"終わったよ。お姉ちゃん"

「……はぁ~~~、ふぅ」

 

 全てを見届けていた501の報告を聞き、403は荒くなっていた呼吸を整えるように、大きく息を吐いた。どうやらいつの間にか"人間らしく"なっていたらしい。メンタルモデルに呼吸など必要ないというのに。

 

"大丈夫?"

「肯定……ちょっと眠る…おやすみ…………」

"ちょっ、Schwester(お姉ちゃん!?)"

 

 そして、いつの間にか無機質な、元の人形のような表情に戻った403は、頭からぶっ倒れるようにして、機能の大半を停止させた。どうやら色々と許容量をオーバーしてしまったようだ。

 

 超兵器の侵蝕といい、想定内の処理を超えた演算といい、403は無茶しすぎていた。これはその代償といえるだろう。まともな戦闘行為は不可能に等しかった。しばらく休まなければならない。

 

 だが、そうもいかない事態が起きてしまう。

 

"超兵器反応……えっ、超兵器反応確認!? お姉ちゃん、起きて!!"

「――っ、急ぎ……離脱、を………」

"……対象の該当データ、一件。嘘、これって、そんな……"

 

 501が驚愕したのも無理はないだろう。それは、ここには存在せず、北極海に身を潜めていると思われる超兵器だったのだから。しかし、無情にも、かつて副長と呼ばれた人物の声が、それの正体を告げてくる。

 

 すなわち、"超兵器ヴォルケンクラッツァー"出現と。

 




 あ……ありのまま今起こったことを話すぜ。俺はチートを使って、超兵器(エリアボス)を沈めたと思ったら、別の超兵器(ラスボス)(プロトタイプ)が出現していた。何を言っているのか分らry


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航海日記38 残響の摩天楼

 重力波によって崩壊したストレインジデルタの内部から出現した超兵器。大陸を焼き払うと云われる超巨大戦艦ヴォルケンクラッツァー。ヤマト、コトノから受け取ったデータが確かなら、まともに戦えば勝ち目はない。

 

 何故なら超重力砲に匹敵する波動砲という兵器を艦首に備えており、その威力は大戦艦級の超重力砲を軽く凌駕する。超兵器クラスの巨大さも相まって、最大出力で放てば日本列島程度など南北に分断できるほど。

 

 つまり通常出力であっても、射線上のターゲットは消滅する。そしてクラインフィールドでは防げない。防ぐには次元空間曲率変位(ミラーリング)システムによって、エネルギーを相転移させるしかない。

 

 波動砲は艦首正面にしか撃てなそうだが、そんなもの気休めにもならない。それは近接戦闘による至近での砲撃戦を展開した場合のみだからだ。大抵はヴォルケンクラッツァーが水平線の向こう側から波動砲を撃つだけで事足りる。しかも、発射までのエネルギー充填時間は数秒。使用制限は存在せず、砲身耐久は無限に等しいオーバーテクノロジー。

 

 つまり、超戦艦クラス(ヤマトとムサシ)でなければ話にもならないということ。

 

 海に潜る潜水艦は対象外かもしれないが、霧の艦隊のように水中に波動砲を撃てないとも限らない。あるいは、その威力の余波だけで沈められる可能性もある。損傷した403が離脱を判断するのも当然といえた。

 

 だが、異邦より現れた船は違った。

 

"お姉ちゃん。ドリル戦艦が……"

 

 答える余裕が余りないほど消耗した403は、501の声に反応し、残された観測用の潜水艇を通して、ドリル戦艦の姿を見つめた。

 

 半壊したドリル戦艦は403の離脱を援護するように、究極超兵器の前に立ちふさがっていた。通信装置にアクセスしてみても応答はなく、そもそも人が乗っているのかどうかさえ怪しい。生体反応がないのだ。それでもドリル戦艦は超兵器と戦う意思を捨てない。ただ、艦橋周りの探照灯が逃げろとでもいうように、403に向けて発行信号を送り続けていた。

 

 艤装や兵装の半分は粉砕されているのが、ストレインジデルタとの衝突と迎撃の凄まじさを物語っている。実弾、エネルギー兵器の殆どを無効化する防御重力場と電磁防壁を展開してなお、あれほどの損傷を受けている。ただ、艦首の巨大なドリルだけが無傷だ。

 

 ドリル戦艦は速力を急速に上昇させると、荒くなってきた波をかき分けて超兵器に急速接近。波動砲の脅威を知っているのか、超兵器の背後に回り込むように移動。そのまま残った小型砲塔レールガンや超怪力線を発射する。その凄まじい連射速度は相変わらず。

 

 それを受け止めるヴォルケンクラッツァーは動き出す気配すらなかった。それどころか向かってくる56cmクラスのレールガン弾頭を弾き、超怪力線をあらぬ方向に捻じ曲げてしまう。それだけで展開している防壁が、桁違いだということを認識させられる。ストレインジデルタの出力を軽く超えている。

 

 そして超兵器の艦首甲板に備えられた隔壁が左右に開くと、格納されていた戦艦並みの巨大さを誇る長身の砲が迫り上る。あれが、波動……

 

「――ッ」

"ああっ!"

 

 その瞬間の光景を403と501は忘れないだろう。人間だったら何が起きたのか分からなくて唖然したかもしれない。

 

 "島が一つ消えていた"

 

 ヴォルケンクラッツァーの艦首砲から黒い紫電が迸ったかと思うと、次の瞬間には目の前にあった島が、真っ黒に広がる球に飲み込まれて消えていた。黒い闇とでも称すべきそれは、触れたものを消し飛ばしたというより、呑み込んだとでも言うべきだろうか。

 

 無意識にそれを分析する403のコアは観測したデータによって、ほんの一瞬、大気の変動と海流の変化を感知。それが意味するべきことは。

 

"超、重力砲……?"

 

 ヴォルケンクラッツァーの艦首砲は重力兵器であるということだ。

 

 501の呟き。それを肯定するかのように403も頷いて同意。しかも、霧の艦隊の重力兵器よりよほど性質が悪く凶悪な兵器だった。

 

 そもそも霧の重力兵器である侵蝕魚雷や超重力砲は、対象に向けて重力波をぶつける事で、周辺の空間を侵蝕し、物質の構成因子の活動を停止・崩壊させるのみ。しかし、超兵器側の重力兵器は、明らかに周辺物質をまとめて吸収しながら消滅させており、もはやブラックホールといっても過言ではない。

 

 あんなものが至近距離で着弾すれば海水や大気もろとも船体が吸い込まれて、物理的に消滅させられてしまうだろう。クラインフィールドで防ぐなど考えてもいけない。戦艦だろうが、潜水艦だろうが、文字通り消し飛ぶ。

 

 超兵器の重力兵器は、それ程までに威力が桁違いだった。

 

 ヴォルケンクラッツァーは相変わらず微動だにしない。そもそも、こちらを狙ったかどうかさえ怪しい。ただ主砲の試射を何となく済ませたようにも感じる。本格稼働すれば、どのようになるのか想像したくもない。

 

 それでもドリル戦艦の背中に後退の二文字は存在しなかった。

 

 全速力でヴォルケンクラッツァーの側面を駆け抜けると、両舷で高速回転するデュアルソーが超兵器の右側に傷を残す。本来なら装甲を切り裂いて、浸水させるほどの一撃。しかし、超兵器の巨大さの前では、かすり傷程度でしかない。

 

 そのままヴォルケンクラッツァーの背後に回り込んだドリル戦艦は、勢いをそのままに急速回頭すると、艦首ドリルで超兵器の艦尾側に追突。機関出力を最大まで上昇させて、超兵器の外郭に風穴開けんと、ひたすらに突き進む。至近距離でCIWSを含めた全火力を浴びせることも忘れない。

 

 放たれた砲弾が、今度は逸れることもなく後部甲板や塔のような艦橋で爆発。超怪力線も超兵器の装甲を焼く。しかし、それだけだ。展開される防壁をすり抜けて直撃しているのに、ヴォルケンクラッツァーはびくともしない。

 

 ただ、ドリルだけが超兵器の装甲を穿ち、砕き、粉砕していく。徐々に貫通していくドリル。

 

 

 

 

 そして、ドリル戦艦にできたのはそこまでだった。

 

 

 

 

 突如、艦橋を挟んで、前部甲板と後部甲板に供えられた光学兵器が緑の光を帯びた。かと思うと、そこから十六条の光が伸び、ドリル戦艦に向けてねじ曲がる。次々と着弾する十六条の光を、ドリル戦艦は電磁防壁で拡散しきれない。幾つかの破壊の光が船体を貫通していく。

 

 追い打ちで、ヴォルケンクラッツァーの艦橋周囲に展開する巨大な主砲が火を噴き至近距離で着弾。ドリル戦艦は防御重力場でいくつか逸らすが、直撃した砲弾は凄まじい爆発力で船体を粉砕する。

 

 止めといわんばかりに、後部の光学兵器が青いエネルギーを収束させたかと思うと、同じ色の閃光がドリル戦艦の船体を飲み込んでいた。電磁防壁を無効化し、貫通するεレーザーによる一撃だった。

 

 それがドリル戦艦に耐えられた最後の攻撃であり、全体が見るも無残に溶解し、各所で火を噴きあげた船体が、爆発しながら沈んでいく。デュアルソーは溶けて金属の液体を海にたらし、折れ曲がった艦首のドリルが回転することは二度とない。

 

 それでも艦首の二連装80cm主砲だけは、最後まで超兵器を睨み続けていた。船体は鳴き声のような破砕音と悲鳴を上げながら沈んでいく。そして超兵器を睨み続けながら、ドリル戦艦は海の底に姿を消した。艦内の空気とともに浮かび上がる油や残骸が、空しさを感じさせる。

 

"お姉ちゃん……"

「………」

 

 意気消沈する501の声に、403は答えない。答えるだけの余裕がないのもそうだが、この状況では何もできないというのが正解だった。ストレインジデルタとの戦闘で、主兵装の侵蝕魚雷は残弾ゼロ。各所の損傷は船体の機能低下を引き起こし、索敵能力を著しく低下させている。

 

 そんな潜水艦など居ても邪魔なだけだった。

 

 ドリル戦艦は最後まで戦った。403を逃がすため、超兵器に立ち向かうため。その雄姿を403は決して忘れはしない。

 

「……っ」

 

 何故か無性に悲しくかった。悔しかった。何もできない自分もそうだが、目の前で味方が沈められるのは、彼女のコア(ココロ)に来るものがある。それでも、泣けないのは、泣けるほどの演算能力を割く余裕がないからか。はたまた、無機質で感情がないからか。

 

 403の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。彼女はそれに気づかない。

 

 今は逃げ続けるしかない。そもそも逃げ切れるんだろうか。403の速力は依然として80kt以上だが、そんなものヴォルケンクラッツァーの重力砲の前では、無意味に等しい。どれだけ距離を稼いでも、あれが放たれれば、その瞬間に403の運命は決まる。

 

 それでも、ここで沈むわけにはいかないのだ。この身には"彼女たち"の……

 

"お姉ちゃん。超兵器が動き出した!"

 

 501の言う通り、パッシヴソナーを通して超兵器の機関音が艦内に響き渡る。徐々に唸りをあげて稼働するヴォルケンクラッツァーのエンジン。その出力が上昇し、観測用の潜水艇が超兵器に搭載された光り輝く光学兵器の稼働を映像で知らせてくる。艦橋周りの主砲が動作チェックを行い、ミサイルを格納するVLSのハッチが開いて発射準備を完了する。最後に船体全域に何らかの力場が展開されるのを、各種映像分析で確認する。

 

 そして再び稼働し始める重力砲を見て、403は嫌な予感を感じ――

 

Schwester!(お姉ちゃん!)

 

 501の必死な叫び声と、自身の躯体が誰かに引っ張られる感覚を感じて、403の意識はそこで途切れた。

 




 ストレインジデルタは内部で再建造された超兵器を解き放った。
 なんと、ヴォルケンクラッツァー1が現れた。
 ヴォルケンクラッツァー1はあくびをしている。
 なんと、島が消し飛んでしまった。
 ドリル戦艦タイマンの攻撃。ヴォルケンクラッツァー1に9999の継続ダメージ。
 ヴォルケンクラッツァーは眠いので目を擦っている。
 ヴォルケンクラッツァー1の寝言。99999のダメージ。ドリル戦艦は沈んでしまった。
 ヴォルケンクラッツァー1はすっきりとした目覚めを迎えた。
 ヴォルケンクラッツァー1は背筋を伸ばした。イ号403に対する攻撃の正体が掴めない。
 イ号403は気絶してしまった。


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航海日記39 ヴォルケンクラッツァーを止めろ!

 

「クソっ、間に合わなかったか」

 

 大戦艦ヒエイの悔しげな呟き。苛立ちと共に吐き出されたそれは、現れた超兵器に対する怒りでもあるし、403と501を助けられなかった自分に対する苛立ちでもある。

 

 403の反応が消えたことから、撃沈された判断しているが、この目で確認してない以上何とも言えない。超兵器の発するノイズはさらに強大になっており、味方との通信を阻害するばかりか、各種電子機器まで悲鳴を上げさせている。あれ自体がもはや強力なジャミング装置だ。照準すら砂嵐が紛れ込んでは、元に戻るといった事を繰り返している。

 

 それに今回は想定外の事態が多すぎた。島のように巨大な超兵器が現れたと思ったら、強力無比だった南洋諸島殴り込み艦隊を構成する戦艦、重巡洋艦の多数が沈んだ。そればかりか霧の艦隊の切り札の一つを切らされたうえ、さらに強力な超兵器が出現したときた。

 

 故にコンゴウは作戦の中止と戦略的撤退を決断し、ヒエイは黒の艦隊と太平洋派遣艦隊が撤退するための時間稼ぎを申し出た。試験的に次元空間曲率変位(ミラーリング)システムを搭載する彼女は、ナガラ、ナトリ、ユラのいずれか二隻と共同することで、一度だけあらゆる攻撃を無力化できる。当然、ヴォルケンクラッツァーの重力砲も例外ではない。

 

 艦隊は連携力が重視され、ミョウコウ、ナチ、アシガラ、ハグロの妙高型重巡洋艦四隻を筆頭に、タカオやマヤなどの高雄型重巡洋艦が補助に回る形だ。駆逐艦は超兵器が相手では無力に等しいので、今回の編成からは外され、コンゴウなどの大型艦を護衛しつつ共に撤退する。

 

 強襲海域制圧艦群は先の攻撃で弾薬が欠乏しており、艦隊支援はないに等しい。そんな中で撤退支援と足止めをしなければならない。目標は己の戦略的配置の重要性を無視してでも急行している超戦艦ヤマトの救援までだが、それまで持つかどうか怪しい。

 

 最悪、ヒエイは己の重力子機関を暴走させ、自爆してでも相手の足を止めるつもりだが、それは最後の手段だった。

 

「ミョウコウ、狙撃システムの方はどうですか?」

「ナチの広域索敵システムとの併用で何とか使用可能だ。当てはするが、精度は期待しないで欲しい」

「よろしい。まずは超重力砲よりも、さらに遠距離からの超々距離狙撃で一撃を加え、敵の射程外から牽制を行う。敵の注意を引き付けた後は、アシガラとハグロが島影から接近戦を仕掛け、タカオとマヤはそれの支援をしてもらいます」

 

 ヒエイが作戦の説明を行いつつ、その隣の離れた場所でミョウコウがバルジを展開。内部に格納された超長距離狙撃用超重力砲システムが両舷に展開され、砲身を回転させながら前後に引き延ばす。そして、艦橋の背後にある煙突が二つに割れると中から重巡洋艦クラスの超重力砲が浮かび上がり、両側に展開する狙撃砲のカートリッジとして装填される。

 

 手加減は必要ない。最初から全力の一撃を見舞わなければ、あの超兵器には通用しないだろう。

 

『ねぇ、ヒエイ。本当に大丈夫なの? 島もろとも私等、消し去られたりしない?』

「少なくとも奴の艦首がこちらに向いているうちは大丈夫よ。それに貴女の機動力なら直撃は避けられるでしょう?」

『ちぇ、簡単に言ってくれちゃって。ああ、面倒くさい』

 

 ハグロの疑問に答えながら、ヒエイはこちらの方向を目指して真っ直ぐ進んでくるヴォルケンクラッツァーから目を離さない。相手が重力兵器を使ってきても、すぐに無力化できるよう近くにはナトリとユラが控えている。

 

 二手に分かれたアシガラとハグロは、既にヴォルケンクラッツァーの背後に回り込んでおり、攻撃の合図を確認しだい突入する用意を整えている。ハグロの近くにはマヤが付き従い。アシガラの近くにはタカオが控えているが、タカオはアシガラを引き留めるのに苦労しているようだ。霧の中でも戦闘経験を積むことに貪欲なアシガラは、すぐに戦いたがるのが偶に傷である。ギャー、ギャーと騒ぐ二人の声が砂嵐交じりの概念伝達を通して伝わってくる。

 

「ソナー、レーダー共に正常に稼働中。ノイズによる妨害を受けているけれど、相手の座標位置くらいなら掴めます。続いてスポッティングデータを同期」

「スポッティングデータの同期完了。位置座標確認。照準誤差修正」

 

 そうしている間に狙撃砲のチャージを完了させたミョウコウが、ナチからのデータを受け取って、正確に狙いを定める。目標は超巨大戦艦ヴォルケンクラッツァー。

 

「超長距離狙撃用超重力砲……発射!!」

 

 ミョウコウの叫びと共に、両舷の狙撃システムが稼働。臨界まで圧縮されたエネルギーを解き放ち、真っ直ぐヴォルケンクラッツァーの元へと突き進む。普通の超重力砲よりも威力は劣るとはいえ、主砲の荷電粒子砲よりは遥かに高威力の攻撃。直撃すれば只では済まない。

 

「なんだと……」

 

 ミョウコウが冷や汗を流しながら驚愕する。超距離狙撃砲のエネルギーが目標の手前で拡散したのだ。

 

 ヴォルケンクラッツァーは避けることもせず真正面から攻撃を受け止めたばかりか、何事もなかったかのようにまっすぐ突き進み続ける。不可視の防壁を貫通するどころか、減衰させることも儘ならないのだ。純粋に威力が足りない。

 

 それどころか稼働させた重力砲を使って、同じように照射し返す。目標はもちろん射線上にいるヒエイ、ミョウコウ、ナチだ。

 

「ミョウコウ、ナチ、下がりなさい! ナトリ! ユラ!」

 

 迫りくる重力砲の濁流を防ぐため、ミョウコウ達の前に出たヒエイが、両舷に控えるナトリとユラと共にミラーリングシステムを起動させる。

 

 バルジを展開し、船体が上下に分離したヒエイから正八面体のエネルギー防壁が展開され、真上と真下に位相空間へと通じるゲートを作り出す。それによって超重力砲よりも遥かに強力な重力波エネルギーを分散させ、位相空間の彼方に逸らすことで、攻撃を無効化する。だが。

 

「くっ、防ぎきれないだとっ! この私としたことが見誤ったとでも……」

「生徒会長!!」

 

 あまりにも強力な威力かつ長い照射時間に、ヒエイの不完全なミラーリングシステムでは重力砲を相殺しきれず、漏れたエネルギーの余波でヒエイの船体がダメージを受ける。所々で爆発を起こし、細かなパーツが砕け、宙に浮かび上がっていた船体や重力レンズが浮力を無くしたように海に落着。海原を漂流する残骸と化す。

 

 周囲にいたナトリとユラも損害を受け、航行不能になり、ミョウコウとナチはクラインフィールドが飽和、消失する。

 

 そして、吹き飛ばされ、損傷したヒエイの躯体は、海中に叩き付けられ姿を消す。砕けたメガネと煤けた残骸となった生徒会日誌だけが海の上を漂っていた。

 

「何ということだ……ナチ、すぐに広域探査だ! 生徒会長を、ヒエイを探さなくては――」

「いいえ、ミョウコウ。ここはナトリとユラを曳航して撤退すべきよ。最悪、コアだけでも回収して」

「お前は我らの艦隊副官を見捨てろというのか!?」

「今ここで同じように攻撃を受ければ、今度こそ貴女と私も沈むわよ!」

「怖気づいたか!?」

「態勢を立て直すべきだって言ってるの!!」

 

 応答すらなく、妨害を受けている霧の索敵システムに、戦闘艦と比較して小さい躯体を捉えるのは難しい。見失ったヒエイを探すべきか、後回しにすべきか口論するミョウコウとナチ。そんな二人を怒鳴りつけたのは。

 

『ああ、もう五月蠅~~い!!』

 

 ミョウコウ型重巡洋艦の三番艦で、三女ともいえるアシガラだった。

 

『ミョウコウも、ナチも、さっさとヒエイを見つけてどっか行け! 時間は私とハグロが稼いでやるから!!』

『なんで私まで?』

『お前も栄えあるミョウコウ型の一隻だからだ!』

『ハァ。まあ、いいけど』

 

 そう言いながら既にアシガラとハグロはヴォルケンクラッツァーに接近していた。島影からタカオとマヤの垂直ミサイルが放たれ、ヴォルケンクラッツァーに侵蝕弾頭が降り注ぐ。その間に、二隻は全速力で背後から強襲する。

 

 ヴォルケンクラッツァーも黒の艦隊や、さらに奥に控える日本列島を目指して突き進みながら、片手間にハグロとアシガラに攻撃を行う。緑色に輝く16条のδレーザーがアシガラとハグロに照射され、80cm主砲の弾幕が降り注ぐ。

 

 その対艦レーザーや巨大な砲弾の合間を、アシガラはダメージ覚悟で躊躇なく突き抜け、ハグロは巧みな操艦で華麗に回避。お返しとばかりに両艦は前部主砲の荷電粒子砲二基四門をぶっ放す。だが、不可視の電磁防壁の前に光線はあらぬ方向に捻じ曲げられ、威力を拡散させられる。

 

「いくぞ超兵器。お前の相手は私だぁぁぁっ!!」

 

 アシガラの叫びと共に、左の船体後部に搭載されたカタパルトが稼働し、自由自在に動くブレードの柄の役割を果たす。そして臨界近くまでエネルギーを注ぎ込むと、瞬時に超巨大なエネルギーブレードが形成される。それはアシガラ自身の船体よりも遥かに巨大で、超兵器相手にも引けを取らない大きさを誇っていた。

 

「てりゃああぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして裂帛の気合いと共に、己の船体を加速させた足柄は、超巨大エネルギーブレードを水平に展開。自身の船体でもって光刃を振りぬき、ヴォルケンクラッツァーの防壁と干渉しあって火花を散らす。

 

 その間にも超兵器の迎撃は続く。緑色をした多数のδレーザーが降り注ぎ、降り注ぐ80cmクラスの砲弾が展開するクラインフィールドを削っていく。逸らしきれなかった爆発のエネルギーが船体を揺らす。瞬時に飽和しかける強制波動装甲の防壁を、アシガラは歯を食いしばって維持する。一瞬だけでも攻撃を届かせる為だけに。

 

「負けるもんかっ! このまま突き破れぇぇぇぇ!!」

 

 50kt以上の速力で突き進む巨大な船体を、アシガラが追いかけ続ける形となった攻撃。アシガラの船体から繰り出される速力は、そのまま超巨大エネルギーブレードを振りぬく為の力となり、そして。

 

 アシガラの刃はついにヴォルケンクラッツァーの防壁を打ち砕き、抵抗を失ったエネルギーブレードが超兵器の装甲を瞬時に溶解し、切り裂いていく。そこは奇しくもドリル戦艦が付けた個所と同じ位置だった。

 

 そのまま振りぬいた速度を維持しながら、ヴォルケンクラッツァーを追い越し、超兵器の前方に離脱していくアシガラ。維持しきれなくなったエネルギーブレードは瞬時に消え失せ、臨界近くまで稼働していた左舷カタパルトが崩壊。銀砂となって消滅する。

 

「よっしゃあああ――しまった!?」

 

 そして、自身を追い越したアシガラの船体を消滅させるべく、無情にもヴォルケンクラッツァーの重力砲が放たれるのと、損傷個所から浸水して超兵器の船体が僅かに傾くのは、ほぼ同時。

 

 ノータイムでぶっ放された攻撃に気付いたアシガラは、慌てて急制動を掛けるが時既に遅しだった。

 

 浸水で傾いたせいでヴォルケンクラッツァーの照準がずれたのか、重力砲は直撃せずに済んだものの、離れた個所で炸裂した重力球は海水と大気を飲み込みながら、アシガラの船体を引き寄せる。しかも、アシガラは超兵器を通り抜ける形となった為、自ら重力球に突っ込んでいく形となっていた。

 

 即座に重力球から逃れるべく、アシガラは船体を急速回頭させ、エンジンブースターを全開にして離脱しようとする。だが、徐々に広がり迫ってくる重力球と、思いのほか強力な吸引力に焦りの表情が浮かぶ。

 

 そんなアシガラに追い打ちをかけるべく、ヴォルケンクラッツァーの主砲と多弾頭対艦ミサイル、無数のδレーザーが放たれた。何てことはない。最初からアシガラの船足を止めて、怒涛の攻撃を命中させるのが目的だったのだ。

 

 異常な連射速度で放たれる攻撃が次々と命中し、クラインフィールドが瞬時に飽和。重なるダメージによって、強制波動装甲に溜まるエネルギーを分散しきれず、船体が一瞬で破壊される。

 

 そして凄まじい衝撃波で吹き飛ばされたアシガラの躯体は宙に投げ出され、その身体も破壊の余波を受けて崩壊していく最中だった。右手以外の手足はなく、身体は銀砂となって塵に変わっていく。

 

(しまったなぁ……ミョウコウ、ナチ、ハグロ。ごめん)

 

 姉妹たちに心の中で謝りながら、アシガラは悔しそうに溜息を吐く。もはや重力子も出せず、躯体の再構成もままならない。万事休す。

 

 ゆっくりと進む時間の中で、悠々と突き進むヴォルケンクラッツァーの巨大な船体が見えた。どうやら、アシガラの与えた損害は既に修復済みらしい。アシガラの事は既に眼中にないのか、攻撃するそぶりも見せない。

 

 そして緑の光と、破壊の嵐の中。砲弾が着弾して噴出する海水とうねる海原の中。瞬時に迫ってくる緋色の船体が見えた。同時にゆっくりと近づいてくるハグロの顔と伸ばされた彼女の手が迫ってくるのも。

 

「私のスピードを舐めるなぁっ!!」

(なっ、てっ――ハグェェっ……)

 

 それを認識した瞬間にアシガラの感じる体感時間が元に戻り、凄まじいブースター音とハグロの渾身の叫びが聞こえるのは同時。アシガラの崩壊する躯体がハグロによって救い出されるが、90ktから繰り出される体当たりに近い衝突エネルギーで大ダメージを受けた彼女は一時的に意識を手放してしまう。

 

 助けてくれるなら、もうちょっと丁寧に扱ってほしいと思うアシガラであった。

 

「こっち向きなさいよ。このデカブツっ!!」

 

 そして片手間にハグロを迎撃するヴォルケンクラッツァーに、タカオが超重力砲で攻撃を仕掛ける。たとえ、攻撃が逸らされると分かっていても、何もしないよりはマシだった。それで注意が引けるのなら万々歳だ。

 

「うわあっ! おわあっ!」

 

 案の定、超重力砲の光は明後日の方向に逸らされ、お返しとばかりにタカオ目掛けて砲弾とミサイル、対艦レーザーの嵐が殺到する。迎撃できるものは迎撃し、防ぐことよりも回避優先で行動するが、超重力砲発射後の隙だらけなタカオでは完全回避が難しい。

 

「もうっ、タカオお姉ちゃんは無鉄砲なんだから」

 

 それをフォローするのは、いつの間にかタカオに合流して、背後に回っていた重巡洋艦のマヤだ。ありったけの迎撃ミサイルで多弾頭対艦ミサイルを撃ち落とし、迫りくる主砲とレーザーは、タカオの前に割り込んでクラインフィールドを全開にして防ぎきる。

 

 その代償としてマヤのクラインフィールドが一時的に飽和し、強制波動装甲だけの無防備な態勢となるが、既にヴォルケンクラッツァーからの攻撃は止んでいた。

 

 展開する霧の艦隊の必死の迎撃行動に対し、超兵器はあくまで必要最低限の攻撃しか行ってこない。まるで此方の事など眼中にないかのようだった。

 

「ああ、もうっ!! 全然足止めにもなってないじゃない。アイツを群像様の元に行かせるわけにはいかないのに……」

「超重力砲もダメ。侵蝕魚雷や侵蝕ミサイルの飽和攻撃もダメ。主砲の荷電粒子砲もダメ。ダメ、ダメ、ダメの三拍子で手詰まりって感じだね」

「かといってアシガラのように無理をすればこっちが沈められる。ハグロのような機動力がない私たちじゃ、迎撃の嵐を避けきることは難しい」

 

 駄目だとタカオは思う。どんなに全力を注いでも、あの超巨大戦艦の前では無意味だ。これでは千早艦長たちを逃すために残った意味がない。どうすればいいと焦るタカオだが、ふと、何かを感じてえっと顔をあげた。

 

「ヴォルケンクラッツァー。私たちが――フソウとヤマシロがお相手致します」

 

 そこには凛とした表情で立ち塞がるフソウとヤマシロの姿があった。そして彼女たちの躯体の足元では、既にバルジを広げ展開形態に移行する大戦艦フソウ・ヤマシロの船体があった。

 

 いつの間にそこにいのだろうか。そもそもコンゴウ達と一緒に離脱していたのではなかったのか。疑問がいくつも浮かんでは消えるが、問題はそこじゃなかった。

 

 フソウとヤマシロの船体から膨大なエネルギー反応を検出しているのだ。急速に上昇し続けるそれは、既に並みの大戦艦級を軽く超えている。ナノマテリアルで構成された船体が徐々に赤熱化し、周囲の海水を蒸発させて霧が発生しているほどだ。

 

 あきらかにフソウとヤマシロの出せる機関出力の理論値を超えている。展開形態に移行するだけで周囲の環境に影響を与えるほどの出力を出せるのは、タカオの知る限り強襲海域制圧艦群の連中か、それこそ超戦艦級の二隻しか知らない。

 

 ヤマトとムサシ。あの二隻しか。

 

 そんな二隻が立ちはだかり、快進撃を続けるヴォルケンクラッツァーの船速がついに止まるのだった。

 



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航海日記40 始まりの大戦艦

 501は機能停止して気絶している403に膝枕しながら、漂着した小島の浜辺で、霧と超兵器の戦いを見ていた。

 

 船体を失った躯体では、広域通信すら使うのが難しく、超兵器のジャミングで役に立たない状況となっている。こうなっては戦いが終わるまで救助を呼ぶのは難しいだろう。

 

 本来、自身の躯体(メンタルモデル)を持たない501は、こうして躯体を維持するのも一苦労であり、分かりやすく言えば無理をしているという状況である。それでも躯体を必死に維持し続けるのは、動けない403に代わって彼女を助けるためだと言っていい。

 

 ヴォルケンクラッツァーの重力砲が船体の推進装置を削り取り、艦尾の一区画を丸々消失する中で、403を抱えて脱出できたのは奇跡だったのだから。

 

 船体が急速に沈んでいくなか、無事な区画を保護するために隔壁で封鎖して。ダメージコントロールの為に遠隔注水操作と自動消火を行いながら。最終的には魚雷発射管から自身と403の躯体を射出する羽目になった。正直、二度とやりたくないと思う。

 

 メンタルモデルじゃなかったら絶対に死んでいた。もちろん、脱出した後は403を引っ張って遠泳することになる。

 

 身にまとう服は所々ボロボロで、ナノマテリアルを使って再構成する余裕もない。破れた服の欠片から銀砂が零れ落ちて、キラキラと輝きながら風に乗ると、銀の砂粒が空に舞い散っていく。髪や肌には水が滴り、普段の可愛らしい姿は見る影もない。むしろ見るも無残である。

 

「あっ、お姉ちゃん。よかった。目が覚めた」

 

 ふと、403が目を開けて、ゆっくりと起き上がる。501はそれに満面の笑みを浮かべて喜んだが、403はどこか上の空の様子で、水平線の彼方を見つめていた。その視線の先には、ここからでも見える超兵器の巨大な姿がある。

 

「それはダメ……」

「お姉ちゃん?」

「貴女たちもわたしを置いていくの……? むこうのヤマトやムサシのように……? そんなの、イヤだよ……」

 

 そこか様子がおかしい403に501は声を掛けることがでいなかった。

 まるで、ここではない何処か別の場所を見ているようで。だから、501は403が何処にもいかないように、そっと彼女の躯体を抱きしめるしかないのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「あんた達、一体……」

『重巡タカオ。ご苦労様でした。あとは私たちに任せて後方まで下がりなさい』

『お願いだから。私とフソウ姉さまの邪魔をしないでね』

 

 タカオの疑問に有無を言わせぬ声で告げるフソウ。ヤマシロも普段の幼さなど無かったかのように、一方的にタカオに告げて、概念伝達を打ち切った。

 

 フソウの表情は何かを決意した様子で、今までのおどおどしていて自信のない姿は一切見られない。まるで大戦艦としての誇りを思い出したかのように周囲に強烈な気配を発している。常に謎めいた雰囲気を持ったナガトとも、超越者としての余裕を持ったヤマトやムサシとも違う。だが、そこには確かに霧の大艦隊を総べる程の気迫を持った大戦艦がいた。

 

 普段の彼女を知るメンタルモデルが見れば、本当にあのフソウ、ヤマシロなのかと疑っただろう。それほどまでに二人の印象はかけ離れている。

 

 その後ろでは浮かない顔をした重巡モガミ率いる艦隊が、損傷しているミョウコウやナチを保護し、海中に沈んでしまったヒエイの躯体を引き上げている。どうやらフソウとヤマシロを援護するつもりはないようで、シグレやミチシオなどの駆逐艦はひたすら救助活動に専念しているらしい。

 

 それもフソウとヤマシロの命令なのだろう。あの二隻の大戦艦は、たった二隻で超兵器に挑むつもりなのだ。霧の生徒会と自称する大戦艦一隻と重巡四隻を軽くあしらえる力を持った超兵器戦艦に。

 

 タカオはそれを無謀だと思ったが、フソウとヤマシロから発せられる機関のデタラメな観測値に驚いて動くことができない。数値はすでに並み居る大戦艦を超え、超戦艦に匹敵しそうな勢いまで上昇している。それは、尚も止まる気配がない。

 

「行こう、タカオお姉ちゃん。ここにいても、邪魔になるだけだよ」

「でも……」

「きっと、フソウもヤマシロも、私たちが逃げるのを待っていてくれてる。ここにいても、私たちは何もできない。なら、離れていたほうがいいよ。これ以上犠牲なんて出したら、コンゴウもいい顔しないと思うし」

 

 動けないタカオを促したのは重巡マヤ。三番目の姉妹艦でもある彼女も、フソウとヤマシロに目を向けながら、船体を方向転換させて、海域を離脱し始める。

 

「……っ、分かったわよ」

 

 それに続いて、迷いながらも同じように離脱していくタカオ。プライドの高い彼女は、何も出来なかった自分が悔しかった。せめて、もっと力があればと歯噛みする。そうすれば、きっとあの二隻が出てくることはなかった。

 

 タカオもマヤも胸の内では分かっているのだ。あんな出力を叩き出すフソウとヤマシロが無理をしているという事を。恐らく一回限りの切り札。使えば自分も只では済まない諸刃の剣。

 

 現に二隻の大戦艦は少しずつではあるが、自身を構成する船体の表面が溶けていっている。ナノマテリアルが銀砂と成らず、熱で溶けて銀色の血を海に垂れ流す。それ程までのエネルギーを機関から抽出し、膨大な熱エネルギーを周囲に発生させている。排熱が追い付いていないようだ。

 

「さあ、行きましょうか。ヤマシロ」

「うん。いつまでもヤマシロは一緒だよ。フソウ姉さま」

 

 かつては欠陥戦艦とすら呼ばれた二隻の大戦艦が、ゆっくりと動き出す。展開形態に移行した船体から、それぞれ四つの重力子レンズに似た装置を、己の船体周囲に展開し、位相空間への扉を開く。

 

 次元空間曲率変位(ミラーリング)システム。超戦艦にだけ許された特別な防御兵装。それを、この二隻は無理してでも使うつもりだった。そうしなければ、あの超巨大戦艦には対抗できないだろうから。

 

 同時にヴォルケンクラッツァーが動き出し、艦首の格納部からせり上がっていた艦首砲が黒い球体を放つ。

 

 重力砲。超重力砲に匹敵し、場合によっては凌駕する超兵器側の重力兵器。だが、それはミラーリングシステムのひとつに呑み込まれて無力化される。ヒエイのように相転移されたエネルギーが衝撃波となって拡散される事もない。それは搭載された防御システムの制御が完全に近いことを意味している。

 

 しかし、代償として防いだヤマシロのミラーリングシステムが銀砂となって霧散し消滅する。二隻に搭載されたシステムの防御は一回きり。残るミラーリングシステムの発生装置は七つ。それ以上は重力砲を防げなくなる。

 

 ならば、重力砲の飽和攻撃によって押しつぶしてしまえばいい。そう判断したヴォルケンクラッツァーだが、次の瞬間には多数の荷電粒子砲に船体を焼かれていた。

 

「チャージなんかさせない。これ以上、お前の好きにさせるものか」

 

 大戦艦ヤマシロが言葉と共に船体を斜めにして、多数の主砲をヴォルケンクラッツァーに向けていた。だが、その威力は先ほどまでの霧の戦艦や重巡洋艦とは桁違い。どうやらヴォルケンクラッツァーの防御重力場や電磁防壁を易々と突破してくるらしい。

 

 すぐに損傷個所を修復し、徐々に前進していく超巨大な船体。ヴォルケンクラッツァーは多数の兵装を展開して、フソウとヤマシロに襲い掛かる。多弾頭対艦ミサイルVLSから多数のミサイルを連続して打ち上げ、巨大な連装80cmを始めとする大小様々な主砲が火を噴き、δ(デルタ)レーザーの十六条の緑光が次々と照射される。

 

 フソウとヤマシロも応射するように接近し、6基12門の荷電粒子砲を次々と放ち、侵蝕弾頭兵器を無数に降らせ、ダメ押しとばかりに多数のパルスレーザーを雨霰のように浴びせかける。

 

 超巨大なひとつの船体と、それに対して小さく見える二つの船体が交差し、フソウとヤマシロは相手を挟み込むように位置して、一瞬ですれ違う。その間にも、空は侵蝕兵器と大型ミサイルの爆発する光で埋め尽くされ、海は迎撃による誘爆の影響でで水柱があがり、外れた光線の熱量が海水を蒸発させる。三隻の間を無数の光の瞬きと、戦艦一つを飲み込みそうな爆風が火を噴いて空間を埋め尽くす。

 

 瞬きのたびに無数に繰り返される破壊の応酬。クラインフィールドを貫通し、防御重力場を粉砕し、電磁防壁を突破する。その度に互いの船体が崩れ、粉砕し、破壊される。そして再生を行って、再び撃ち返す。

 

 たった一度の交差で、ヴォルケンクラッツァーは近接防御兵装をすべて失い、艦橋周りが火の海と化した。主砲の一基は砲身が折れて見るも無残な姿になり、もう一基は根元から爆砕して空高く吹き飛んでしまった。それをすぐに修復していく。

 

 一方、フソウは後部甲板の兵装が全滅し、ボロボロに砕かれていた。山城も後部艦橋が半分に折れ、真ん中の主砲二基と周囲のミサイル発射システムなどが、δ(デルタ)レーザーによって焼き消された。その再生速度はヴォルケンクラッツァーに比べて非常に遅い。しかも、フソウのミラーリングシステムも二基が破壊された。

 

「ふふ、うふふふ――」

「あはは、楽しい。楽しいね、フソウ姉さま」

 

 そんな中でもフソウは楽しそうに笑う。ヤマシロも同じように笑っている。楽しくて、楽しくて仕方がないと言うように。袖口が広い巫女服は既にボロボロで、緋袴の裾は焼け落ちていても笑いが堪えられなかった。

 

 コアが異常を持つ? まともに演算できない?

 

 そんなものは生まれた時から知っていたことだった。

 

 最初のメンタルモデルを持ったのが超戦艦ヤマトだとするならば、第二次世界大戦時の船を模して、演算コアを最初に持たされたのがフソウ・ヤマシロである。それ故に不安定なことも多く、欠陥を多数抱えているのも当たり前だった。

 

 我らは祖を生み出すための雛形であり、この世界の大戦で敗戦まで追い詰められた者たちの無念が形となったもの。

 

 故に知っていながら受け入れた。それが世界中に展開するであろう霧の艦隊の役に立つのであれば。アドミラリティ・コードの役に立つのであれば問題ない。

 

 何より、今は艦隊の役に立てていることが嬉しかった。大戦艦として力を振るい、派手に戦うことに望外の喜びを感じていた。だから、自身が派手に損傷していたとしても、喜びのあまり笑い続ける。

 

 目の前に勝てないような相手がいて、それに全力を奮って戦うのだ。たとえ、その先の待っているのが自身の破滅なのだとしても悔いはない。

 

「まだよ。まだ、私は戦えるわ。私も、ヤマシロも戦える」

 

 うわごとのように呟きながら、フソウは上下に展開したままの船体を旋回させ、艦首をヴォルケンクラッツァーの横腹に向ける。次の瞬間、青白く眩い光とともに船体一体型の超重力砲が発射され、ヴォルケンクラッツァーの分厚い装甲を分解しながら、崩壊させていく。

 

 艦首前面の主砲二基は荷電粒子砲を照射して、できる限り敵の兵装を再構成する前に削っていく。

 

 反対側ではヤマシロが同じように赤黒い超重力砲を放ち、左右から攻撃する形となる。そのまま内部の重要防御区画(バイタルパート)まで貫通して、敵の超兵器機関の一部を跡形もなく破壊していく。

 

 さらにダメ押しとばかりに、周囲の海がクラインフィールドで押し広げられ、海を渡ることしかできないヴォルケンクラッツァーの船体が海底に落着する。己の自重がそのまま破壊力となって変換され、船底を潰しながら固いクラインの壁にぶち当たる。

 

 それでも完全に沈黙することはなく、無事な主砲から砲弾を発射し、VLSから再び大型の多弾頭対艦ミサイルを発射する。

 

 目標は悠々と空間の上に浮かび続けるフソウ・ヤマシロの二隻。だが、ヴォルケンクラッツァーの反撃は先ほどよりも散発的であり、二隻の大戦艦は易々とそれを防いでいく。それどころか、観測される機関の出力がさらに上昇した。もはや、周囲の空間が歪み始めるのを目視できるほどのエネルギーを纏っている。

 

「ふふ……どうやら…倒し切る前に、私たちが、自壊するほうが……先の、ようね……ヤマシロ………ヤマシロ?」

「…………」

 

 フソウの問い掛けにヤマシロは応えることができなかった。すでに自壊と相まって船体はボロボロで、自身の躯体(メンタルモデル)も限界が近い。溢れ出す機関出力を抑えるので精一杯なのだ。フソウもヤマシロも、機関を暴走させているに等しいのだから。

 

 フソウ・ヤマシロに積まれた機関はヤマト型超戦艦に積まれたものとほぼ同じ。彼女たちのプロトタイプといっていい。そこから生み出される機関出力を抑え、安定させるには、どうしても演算力の大半が必要となる。

 

 普段から武装をまともに扱えないのは、それが原因だった。霧の船として生まれ変わり、どこまでかつての力を行使できるか推し量る為に生まれ、それが終われば力を抑えるために外付けの抑制装置(リミッター)を付けてでも自身の力を抑え込んだ。

 

 だが、それを抑えずに、機関出力を全て解放すればどうなるか。結果は火を見るよりも明らかだった。

 

 リミッターを解除したフソウとヤマシロの二隻は、今やコンゴウ型戦艦の速力すら越え、アイオワ級戦艦のスピードすら凌駕する勢いで海を疾走できる。巨大な艦橋を模した観測装置はヤマト並みの観測結果をもたらし、攻撃や防御に最適な数値を割り出す。そして、反撃の為に放たれる攻撃は迎撃されない限り全弾命中させられる。403が出会った時の攻撃を外しまくっていた頃とは違う。今までの二隻からは考えられないような能力を発揮していた。

 

 けれど、代償だって馬鹿にはならない。身に余るほどの機関出力は、船体の想定強度を軽く超えてしまい。内側から二隻の船体を崩壊させていく。機関を中心に赤熱化し、溶けたナノマテリアルをドロリと海面に垂れ流し、それでも敵を討ち果たすために戦い続けたのだ。

 

 持って180秒が限界であり、すでに二隻はタイムリミットを超え始めている。これ以上はどうなるか誰にも分からない。

 

 もはや、メンタルモデルを維持するのも難しい。既に二人から表情は消えかけてきている。表情の変化という無駄な演算を行えなくなってきている。それどころか今にも消えてしまいそうなほど、自身の躯体(メンタルモデル)をぶれさせてもいた。時折、氷を割るような音と共に構成体が欠け、砂のように崩れていく。自身の躯体(メンタルモデル)の一部が段々と消えていくが二人は気にする余裕もない。

 

 ひときわ高い艦橋の上に立つヤマシロの右腕が取れた。艦橋天辺の床に叩き付けられた腕は、そのまま遥か下の海に落ちていき、銀砂となって跡形もなく消える。そのうち足とかも崩れて立っていられなくなるだろう。コアを船の中心に移したほうが良いのかもしれないが、そんな気力ももはやないと、ヤマシロは自虐気に笑った。

 

 まだ、敵は死んでいない。まだ、戦える。私たちは最後まで戦い続けると。ヤマシロはそう呟こうとして。同時に身体が崩れ落ちた。視界がぶれて仕方がない

 

 また、目に映る自身の躯体が消えそうになっている。目に映る手の部分が半透明になって、正六角形の構成体を露出させながら消えていく。身体の隅々から銀砂が零れ落ち、風になってさらさらと流されていく。もう、実体化しているのも難しいんだろう。

 

「この……身体。お気に、入、り…………だった、のに……なぁ……」

 

 そうして、静かにヤマシロの躯体データ(メンタルモデル)が死んだ。

 

――ヤマシロ。私もすぐに逝く。だから、もう少しだけ待っていて。

 

 フソウはそれを黙って見つめていた。もはや、喋ることも難しい躯体(メンタルモデル)の心の奥で。そんな事を思いながらヴォルケンクラッツァーに止めを刺すために彼女はゆっくりと動き出す。

 

 同時に船体のコントロールデータが姉のフソウの元へ送られてくる。どうやらヤマシロは、最後に全てを託すことにしたらしい。姉のやりたい事を、彼女も内心では分かっていたのだろう。立場が逆ならフソウもそうしていたから。

 

 これから、フソウは己の膨大なエネルギーとヤマシロの膨大なエネルギーを練り合わせて、巨大なミラーリングシステム(異世界への入り口)を瞬間的にこじ開ける。ヴォルケンクラッツァーを撃破しきることはできなくても、この世界から追い出すことが出来れば、それで構わない。

 

 いくら霧の艦隊を凌駕する超兵器と言えども、あれほどの損傷を負いながら、再びこの世界に舞い戻ってくるには、それ相応の時間が掛かるだろう。現地で船体を建造してもらって、それから稼働するために必要なデータを転送するのとは訳が違うからだ。

 

 フソウは片手をゆっくりとあげると、自身とヤマシロの機関出力を残ったミラーリングシステムに注ぎ込む。同時にヴォルケンクラッツァーをクラインフィールドの壁に閉じ込め、その周囲を五基のミラーリングシステムが取り囲んだ。

 

 瞬間的に生成された異次元の穴底に落ちていくヴォルケンクラッツァー。それと同時にフソウとヤマシロの船体はついに爆散し、周囲に強烈な重力子エネルギーを撒き散らす。

 

 自身の躯体が消滅し、コアが致命的な損傷を受けるなか。フソウは最後の瞬間に誰かが見ていることに気づいて、"彼女"の姿を見た気がした。

 

 ああ、そんな顔をしないで欲しいと思う。フソウとヤマシロがおもしろいと思った子は、まるで、捨てられた子供のような泣き顔をしていたのだから。

 

◇ ◇ ◇

 

 異世界に飛ばされたヴォルケンクラッツァーは、浮かぶのもやっとという体でありながら、重力砲を再び稼働させる。

 

 周囲には雪が降り、山のような大きさの流氷が流れてくる極寒の海域。そんな場所で戦闘状態に移行するのは、目の前に自身と同じような存在がいるのを確認しての事。

 

 空を無数の艦載機がジェットエンジンを響かせて飛び回り、多数の艦艇に対艦ミサイルを放ち。時には迎撃にミサイルを放つような空の下。

 

 立ちはだかるのは左右に巨大なアングルドデッキを持ち、中央から艦首にかけても巨大な航空甲板を持つ超巨大な航空戦艦だ。自身と同じように艦橋周辺に、それ相応の主砲をもっており、こちらに向けて砲塔がゆっくりと指向していくのが観測できる。

 

 超巨大航空戦艦テュランヌス出現! 超巨大戦艦ヴォルケンクラッツァー出現!

 

 そして、どちらかともなく主砲が放たれ、巨大な黒い球体がテュランヌスを飲み込み。無数のジェット艦載機の飽和爆撃がヴォルケンクラッツァーを襲うなか。

 

 それでも沈みきれない二隻は船体を再構成しながら、昼夜問わずに戦い続ける。互いに戦い続けることこそが、己の存在意義を果たすことになると知っているが故に。

 

 どちらが勝ったのか、その結末を知る者はいない。

 

 ただ、無数の目玉がそれを静かに見ていただけだった。

 




先に謝っておく。完全に更新が途絶えたらごめんと。
ちょっと調子が悪くて……


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航海日記41 意思ある兵器。意思なき兵器。

 ヴォルケンクラッツァーを無力化することに成功した霧の艦隊は、南洋諸島方面の海域を完全に制することに成功した。

 

 超兵器を失った異邦艦隊など烏合の衆といってよく、統率のとれた霧の艦隊の前に徐々に駆逐されていくことになる。あとは、ただの掃討作戦。悪く言えば霧にとってただの単純作業と化していた。

 

 そして、南洋諸島海域の維持を、余力のある霧の太平洋派遣予備艦隊に任せて、群像たちは一先ず母港のある硫黄島、またはハシラジマに帰還することになる。

 

 霧と蒼き鋼の連合艦隊は確かに勝利したが、失ったものも大きく部隊再編が必要だった。

 

◇ ◇ ◇

 

 硫黄島にあるヒュウガ謹製のドック施設で、イオナやタカオを始めとする蒼き鋼の艦隊は、それぞれの船体をヒュウガ自身の手で修復されている。同時に先の海戦で得た超兵器との戦闘データを元に、ヒュウガは大幅な改良を施すつもりだった。

 

 沈没させた敵艦隊をサルベージして残された部品や残骸から、敵の戦闘機能をこちら側に取り込むのだ。特に味方として現れた異方艦。大和型すら凌駕するドリル戦艦の残骸を入手できたのは大きい。

 

 ヒュウガが着目するのは、こちらとは違うシステムで構築された防御システムを始めとする戦闘補助機能の数々。すなわち防御重力場や電磁防壁による実弾、エネルギー双方に対する防御システム。そして圧倒的な装填速度をもたらした自動装填装置を解析することによる攻撃能力の向上。さらに高性能化する船体の能力をさらに底上げする謎の装置などの解析。

 

 他にも見るべき点はある。向こう側が搭載していた光学兵器だ。

 

 こちらが主兵装とする過電粒子砲やパルスガンをよりも多彩な兵装は、その機能も多種多様で独特なものが多い。残骸データから読み取れたカニ光線やにゃんこレーザーなどふざけた名称も多いが、その性能は本物だ。ε(イプシロン)レーザーなどは、霧の艦隊が持たないレーザー偏光システムを完全にしているのだ。それにともなく大幅な威力減衰も解決し、完全にものにしている。

 

 とにかく霧の艦隊の兵装も負けていないが、向こうの兵装も負けていない点は大いにあるという事。

 

 それらを実用化して、こちら側に組み込むことができれば、霧の艦隊の戦闘能力は大幅に向上するだろうとヒュウガは目算をつけている。実際に二人の総旗艦の大幅な支援体制を約束してくれている。同様の処置はハシラジマでも行われているだろう。向こうにはアカシもいるだろうし、きっと欧州や太平洋でも同様のことが行われているだろう。

 

「ああもう、これらの兵装をイオナ姉さまに搭載したら、完全無敵無敗の軍神イオナ姉さまが誕生して、その雄姿を想像するだけでヒュウガは! ヒュウガは! ふへへへ、妄想が止まらない」

 

 自身の躯体(メンタルモデル)から涎を垂らしながら、展開した多機能卵型ポッドの上で、目にも止まらぬ速さで空間キーデバイスを叩き込むヒュウガ。彼女の周囲には、多種多様の空間モニターが展開され、それらの画面が高速でスクロールする度に、ドックで接続されたイオナやタカオの船体に対して大型稼働アームやチビメンタルモデルが何らかの手を加えていく。

 

 それこそがヒュウガによる修理という名の大改装もとい大改造だった。空間接続システムによる無限弾薬装置なんぞを取り込んだ暁には、補給という概念すらなくなりそうなほどだ。波動砲を搭載すれば、大幅な火力インフレが発生する。ハルナとキリシマの合体システムも参考になりそうだ。

 

 問題はそれらを制御する中枢システム。すなわち艦隊それぞれに搭載されたユニオンコアの演算能力が足りるかどうかという問題だろう。正直、馬鹿みたいに改造されて高性能化したドリル戦艦をよくもまあ人の手で制御できたと思う。核融合エンジンに、バウスラスターによる噴射推進システム。高速旋回稼働する砲塔と自動化された火器管制装置。中には戦果をねつ造するよくわからないものや、用途不明なお守りを組み込み、システムと一体化した神棚などもある。

 

 そしてふざけたような態度も見せながら、内心でヒュウガは戦慄してもいる。これだけの兵装を進化させる必要があった人類と対峙する超兵器は、いったいどれだけのスペックを隠し持っていたのだろうと。

 

 凄まじい速度で更新される異邦艦隊の戦闘艦と、それに対応するための彼らのシステムを取り込む霧の艦隊。果たして勝つのはどちらなのだろう。そして、それらの力をこの世界の人類が手にしたとき、停滞した戦線はどうなるのだろう。滅びかけた、この世界はどうなるのだろう。

 

 考えは尽きない。が、今は仕方のないことだろう。それよりもと。

 

 ヒュウガはちらりとドックに積載されたコンテナの片隅を見る。そこには、膝を抱えてうずくまるタカオの姿があった。

 

「で、アンタは何してんの」

「何って、別に私がどこにいようと勝手でしょう?」

 

 フンだ。とでも言わんばかりにそっぽを向くタカオ。501によって黒を基準とした大胆なコーディネートが為された服を着た彼女は、化粧もそれなりに施されている様子。まあ、聞かずともヒュウガは彼女が何を失敗したのか分かっている。

 

「ふ~~ん? 大方、イオナ姉さまが他の姉妹と交流している間に、千早群像とのデートでも進められたんでしょう? あの501(おチビちゃん)に」

「な、なな、な、そんなこと。な、ないじゃない。ないかもよ。とにかくないったらないの!」

「相変わらずヘタレね。乙女プラグイン実装してんじゃないわよ」

 

 何故なら、この霧としてらしくない人間らしい従順柔艦←誤字に非ず。ツンデレ乙女プラグイン実装済みチョロインのデレデレヒロインは、とても分かりやすいのだから。今も顔を真っ赤にさせて照れた表情を見せるのだから本当に分かりやすい。

 

 そしてヒュウガの言動に対して、そういった反応を自然に見せるように演算するあたり、タカオは人間のことをよく観察していると思う。これが二番目の妹の方だったらそうはいかない。きっとまだまだ機械的な表現で返してくるだろう。だからこそ、ネームシップの彼女はからかうと面白いのだが。

 

「まったく、早くしないと愛しの千早群像が捕られちゃうぞ。アンタと違ってあの子は積極的なんだから」

「なっ、私の艦長はそんなふしだらな人間じゃないわ。というか、あの子って誰よ」

「さあて誰なんでしょうねぇ。私の崇めるイオナ姉さまか。はたまた幼馴染によく似た総旗艦か。それとも密かに想い続ける前のソナー員か。ただ、私が言いたいのは何が何でも後悔しないようにってこと」

「……分かってるわよ。そんなこと」

 

 照れながらも立ち上がり、片手で右腕の肘あたりを掴んで俯くタカオ。そんな彼女を見ながら黙々と作業を続けるヒュウガ。

 

 二人のコアには最後まで戦った二隻の大戦艦の姿が浮かんでいた。

 

「まっ、暗い話はおしまい。ここからは面白い話」

「面白い話~~?」

「そうよ、あのドリル戦艦のことね」

 

 ヒュウガが語るドリル戦艦と聞いて、タカオは先の勇敢に戦った異邦からの援軍の姿を思い浮かべる。確かに性能もすごかったし、船体艦首や両舷にドリルとデュアルソーを搭載するという、タカオから見てかっこ悪い戦艦のことを思い出す。

 

 確かにヒュウガからすれば面白いが、それが何だろいうのだろう。

 

「あのドリル戦艦。あとで調べてみたけど無人艦だった。最初から誰も乗ってなかったのよ。敵も含めて転移してくる異邦艦は、みーんな無人。この意味わかる?」

 

 タカオは考える。ヒュウガの語る無人艦という意味を。

 

 彼女のことだから直接的な意味ではないのだろう。無人艦であれほどの兵器群を制御するということに別段驚きはない。霧の艦隊も似たようなもので……霧の艦隊も? そこまで考えてタカオはハッとしたように顔をあげ、驚いた表情でヒュウガを見た。

 

 それが意味することなんて一つしかない。

 

「それじゃあ、兵器が意思を持ってるってこと。そんなの……」

「あら、それを言うなら私たちだって同じような存在じゃない。アンタも、私も元は意思のない兵器。異邦艦と私たち。どこか違う点でもある?」

「そんなの――」

「認められない? そうね、別に何から何まで同じとは考えなくていいわ。大切なのは……彼らの在り方」

「在りかた。存在意義ってこと」

「そうそうそんな感じ。そうね、纏めると」

 

 ヒュウガはタカオに語る。

 

 もしかすると、あれは私たちのなれの果てなのかもしれないと。メンタルモデルを実装することもなく、ただ戦い続けた霧の艦隊のの末路だった可能性。

 

 似た者同士かもしれないが、だからといって、分かり合えるわけでもない。そんな事だったら、今ごろ停戦協定でも何でも結べている。向こうに甚大な被害を出し続けて戦い続けるメリットなんてない。資源や領土が欲しいなら、もっと別のやり方だってあった筈だから。つまり語り合う意思など初めから存在しない。

 

 そしてそれはある目的を浮かび上がらせる。すなわち最初から侵略が目的だったのかもしれない、と。

 

 霧や人類からすれば馬鹿げているかもしれないが、戦い続けることこそが、彼らの存在意義なんじゃないかとヒュウガは語る。そこに過程や意味なんて存在しない。兵器としてひたすらに、あるもの全てを破壊し続ける。そう考えると交渉もしないで戦いを挑んでくることに辻褄が合ってしまう。

 

 そしてそれはどちらかが滅びるまで終わらないことを意味していて、タカオは単純には終わらない戦争の行く末に戦慄というものを感じるのだった。

 




本日、二話目


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航海日記42 霧と人を繋ぐもの

 ハシラジマの海の見える場所にて、403は悲しみの淵にあった。大よそ人間というものをまだまだ理解できていない403だが、自身の状況を客観的に見ることで、そういう状態に陥っているのだろうと分析し、そういうものだと理解する。

 

 今の403の格好は薄黄色の生地に花模様が彩られたっ着物ではない。喪服のような格好をして、夜のように暗いシンプルな装飾を身に纏っているのだから。薄黄色に輝く銀色の髪には、黒い花のコサージュが飾られている。

 

 そしてその顔は無表情だが、何となく悲しんでいるようにも見えて。だから、傍で見守っていた幼い501は軍服姿のまま、離れて見守ることにした。

 

「………」

 

 403は何も言わず。501もなんと声を掛けていいのか分からない。ただ、403は己の状況を他人のように、機械的に分析することができても、それをいつものように口に出すことはなかった。それは好奇心旺盛な403からすれば珍しいことだ。

 

 何となく、人間からすると何となくというやつだが、口にしてしまえば認めてしまうような気がしたのかもしれない。

 

 だから、彼女は何も言わない。

 

「相変わらず辛気臭そうな顔をしてるわね。そんなんじゃダメよ? せっかくの可愛い顔が台無しになっちゃう」

「対象を認識。アマハコトノ」

 

 ふと、声のする方を見てみれば、かつての海軍学校の制服を着た少女がいた。

 

 アマハコトノ。千早群像の幼馴染にして、霧と人の間で立ち回る存在。総旗艦ヤマトと共に、霧に変化をもたらし躯体(メンタルモデル)という概念をもたらした少女。千早翔像やムサシと同じように霧と人との間で暗躍するもの。

 

 彼女の考えはいつもわからない。霧のメンタルモデルとして、あらゆる経験値の絶対量が少ない403では、彼女が何をしに来たのか理解することすら難しかった。

 

「泣いていたのね、403」

「涙。認識、検索。人の涙腺から分泌される体液。眼球の保護機構。または感情の起伏に連動する生理現象」

「そんな風に自分を機械的に見ることはしなくていいのよ。いいえ、そんな風に自分を騙す必要は無いと言った方がいいかしら? 少なくとも私の前で自分を偽るのはやめなさい」

「…………」

 

 403の背後から正面に回り込んだコトノは、そっと403の顔から流れていた滴を拭い取った。

 

 コトノを見る403の瞳はあくまで機械的で、無機質で感情など表さないかのよう。しかし、そっと彼女を抱きしめて背中から心臓にあたるコアを部分に触れてみれば、人のように熱くなっているのが分かる。それはコアが感情的な衝動のようなもので演算し続けている証拠だった。

 

「別に貴女をどうこう言うつもりはない。ただ、話を聞きに来たの」

「…………」

「話すことによって、自身の"感情"というものに整理がつくこともある。だから、ね。安心していいわ。貴女の不安も悲しみも全部受け止めてあげる」

 

 頭一つ小さい403を優しく抱きしめて、自身の豊満な腕に埋めさせるコトノの声は慈愛に満ち溢れている。それに安心したのか分からないが、403もコトノを抱きしめ返した。

 

「表現。言葉にすれば悲しくなる」

「そうね。私も悲しい。少なくとも私たちの知っているフソウとヤマシロには」

 

 もう会えない。そう、コトノに言われて、抱きつく403の力がいっそう強くなった。

 

 それは抱きしめるというよりも、しがみ付くという表現が正しいのかもしれない。

 

 コトノが言うように皆が知っている大戦艦フソウとヤマシロは沈んだ。船体を新しく再構築することも可能だし、停止したコアを修復して再起動することもできる。けれど、同じフソウとヤマシロではない。それは新しく生まれたフソウとヤマシロに過ぎない。

 

 コアの再構成も始まっている。だが、彼女たちは実質、一度死んだと言っていいのだ。内部データが破損し、その人格データが復元できない以上、それは別人でしかないのだから。端的に言えば記憶を全部真っ白にして、新しく生まれ変わるといってもよかった。

 

 だが、403の悩みはそこではない。悲しいと感じている。コアの感情シュミレーターが困惑しているのも理解している。しかし、本質はそこではない。

 

「新たに生まれる新しい"メンタルモデル"にどう接すれば良いのか分からずにいる」

「違う。わたしはわたしのなのか分からずにいる。わたしはダレ。ワタシはダレ?」

「貴女も、またわたしを置いていくの。404」

「ヤマト、ムサシ……」

 

 言ってしまえば彼女たちの死を通して、何かを"思い出そうとしている"。或いは何かが再構成されようとしている。彼女のコアの奥底に眠る膨大な演算素子の奥底に秘められた何かが……自己を認識させる(本当のわたしはだれなの?)

 

 ただ、コトノから言えることは一つだけ。

 

「何故、貴女が"403"なのか。それを考えなさい」

 

 霧の東洋方面艦隊のモデルとなった旧日本帝国海軍は、ある時期から潜水艦"3"という数字を付けることはなくなった。なのに最新鋭ともいえるイ号400型潜水艦の彼女は、あえて三番を名乗っている。きっとそこに答えはあるとコトノは言う。

 

 だから、403もうわ言のように呟くのをやめて、静かにうなずくのだった。既に衣服はいつものような薄黄色に染められ、華やかな着物に代わっている。コトノによって次々と変えられる着せ替えという名の衣服の再構成に403が空しい抵抗しなければ、きっといい話だったのだろう。

 

 けれど、やっぱり400姉妹の末っ子のような存在は、イヤイヤするのだった。その顔に既に涙はなく、ただ混乱と僅かな寂しさとともに困惑が浮かんでいる。

 

 コトノは思う。彼女の小さな体をお姫様抱っこしながら、彼女はきっとこれから人間らしいメンタルモデルの一人になっていくのだろうと。

 

「ねえ、403。人間はいつか死んでしまう。同じように霧も死んでしまう時がある。メンタルモデルを得る前は、みんなが機械のようで、沈んでしまっても"壊れてしまうだけだった。けれど、今は違う。自我を形成したことで、死という概念まで理解する個体も出てきている。フソウとヤマシロの事を悲しむ403アナタのように」

 

 コトノは語る。優しく語る。ある意味で妹のような存在である403に。

 

「やがて、それが互いの尊重を生み合い、互いを思いやることに繋がる。いつかそれは人類への理解に繋がって、やがては霧と人との懸け橋になるキッカケになるかもしれない。もし、貴女が誰かの犠牲を良しとしないのであれば、それを奪おうとするものから、皆を助けてあげてね。貴女にはその力があるんだから」

 

 それに、ちょっと人間らしくなった403は静かに、うんと頷くのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 ハシラジマではちょっとした騒ぎになっていた。重巡マヤが強制的に開いた演奏会に、報告の為に帰還していた400と402が総旗艦命令で強制的につき合わさた形だ。それと他の姉妹との交流を兼ねて、403の様子を見に来たイオナもいる。

 

 観客はローレンスと中身入りヨタロウのぬいぐるみを抱いた蒔絵。それに蒔絵を見守るハルナにたこ焼きを焼いているズイカク。アシガラやハグロといった霧の生徒会の面々が主なメンバーである。

 

「なぜ我々がこんなことを?」

「仕方ないだろう。総旗艦命令だ」

 

 ヴァイオリンを楽しそうに弾くマヤをセンターに、左右で400と402がそれぞれカスタネットとトライアングルで随伴する形。それに対して二人のイ号姉妹は不服そうな態度と疑問を抱きながらも、しっかりと自分たちの伴奏(マヤのサポート)をこなす。

 

「でも、こうして姉妹みんなで演奏するのは楽しいね」

 

 対して普段は物静かなイオナは、微笑みを浮かべながらタンバリンの鈴で伴奏をする。群像が見たら驚くかもしれないくらい、今のイオナは穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 フソウとヤマシロが沈んでしまったことに心を痛めたのは何も403だけではない。常に群像たちの傍にいて、人間というものを見てきたイオナもまた、コア()に浅くない傷を負っていた。

 

 だから、イオナの身を案じた群像は、コトノの姉妹に会わせてあげようという提案を受け入れて、彼女をハシラジマに派遣している。そんな群像本人は横須賀のヤマトに見守られながら、上陰次官と会談している訳だが。

 

 とりあえずタカオのデート大作戦は失敗に終わったと言っていいだろう。まあ、501が次の作戦を考えているなど知るはずもないだろうが。

 

「以上、マヤの演奏『E`tube pour les petites supercordes』でした。今なら体験会を募集中です。マッキーも演奏してみる?」

「いいの?」

「いいよ。はい、これ私のヴァイオリン」

 

 マヤからヴァイオリンを受け取り、胸に抱いていたヨタロウを座っていた椅子に降ろして、舞台に立つ刑部蒔絵。それを優しく見守るローレンス。

 

 遠くからコトノに連れられてそれを見ていた403は、姉妹たちの仲の良さそうな光景に口元を緩めた。彼女は心のどこかで、自分も知らないような奥底で、こんな光景を望んでいた気がするのだから。

 

 お嬢様として教育を受けていた蒔絵のあまりの演奏のうまさに、グランドピアノの椅子に座っていたマヤがショックを受けているのは見なかったことにする。

 

「ほれ、お前たちも食うか。たこ焼き」

「ズイカク」

「403よ。別に私は暇だったわけではないぞ。タコヤキを焼くのに忙しい。お前たち総旗艦がいつまでも命令をくれないから、我々は退屈という概念を獲得してしまったのだ。これはその時に得た"経験"という奴だな。アカギやカガなんて将棋にはまっているらしいし」

「たこ焼き。日本生まれの粉物料理。小麦粉の生地の中に小さなタコの足を入れて焼いた食べ物。発祥地は大阪だと思われているもの。おいしい?」

「うむ、そこで演奏しているお母さんが悪くないと絶賛してっ、あいたっ!!」

 

 403とコトノに得意げに語るズイカク。そんな彼女の小さな身体にどこからか飛んできたハリセン(ナノマテリアル製)が命中し、ズイカクは蹲った。

 

 見ればいつの間にか伴奏をハルナとローレンスに交代した402が、綺麗な投擲フォームでズイカク目掛けて得物をぶん投げていた。

 

「誰がお母さんか」

「違うのですか?」

「違う」

「痛いです」

 

 人形のような表情で首を傾げ、桃色のチャイナドレスを着こなした400に突っ込みを入れる402。

 

 前に天然ボケまくって、さんざん任務から迷走させた403のおかげで、彼女のツッコミの経験は群を抜いていた。

 

「お母さん。食事、生活の面倒を見て、時には悩みごとの相談に乗る存在。いつもありがとうお母さん」

「だから、違うと言っている」

「痛い。お母さん」

 

 しかし、403は食い下がらない。この子にとって姉妹と触れ合うだけでも、確かな交流になる。すなわち怒られることも交流になる。だから懲りないし、引き下がらない。要するに性質の悪い構ってちゃんである。

 

「いい度胸だ。そこに正座で座れ。ズイカク共々久々に説教してやる」

「なんで私も!?」

「ついでに決まっているだろう?」

「ついでに!?」

 

 そうして始まる402(お母さん)のお説教。ハリセン片手に延々と霧の艦隊の規律や規範について講釈する402に、二人のちびっこはギャグシーンみたいな顔になる。だが、何処となく姉に叱られる403の表情は嬉しそうだった。

 

「うん、このたこ焼き美味しいわね」

 

 それをコトノは満足そうに見ていたのだった。

 

 



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航海日記43 人と霧の裏で

 コトノは交渉に向かう群像を見送ったあと、これからの行く末を考えていた。

 

 人類に対して霧から人道支援を行っているものの、まだまだ人類の霧に対する遺恨は深いのだ。一部の協力的な国や政治的派閥、軍閥などには秘密裏に抑制システムを組み込んだうえで、扱いやすい異邦艦隊と同等の兵器や戦力の提供を行っている。しかし、人類と霧が手を取り合って戦うには、まだまだ時間が掛かりそうだった。

 

 こちらには時間があまり残されていないというのに。

 

 南洋諸島や南太平洋で起こった戦いは、あくまでも牽制にすぎないのだ。相手からすればこちらの戦闘能力の観察。現状における霧の戦力の偵察を目的としていたに過ぎない。それが終わった以上。本格的な侵攻が、もうすぐはじまるのだと霧の各艦隊は結論付けている。

 

(……拙いわね)

 

 現状は単純に戦力が足りなかった。

 

 向こうは無限大の戦力を保有してるのに、こっちは有限の戦力だ。一度に出せる艦船の数も決まっていて、それも徐々に消耗しつつある。武器弾薬は問題ないが、それを搭載する艦船をコントロールするコアが足りない。メンタルモデルも、意志を持つユニオンコアも、何もかもが足りない。

 

 しかも、戦力を抽出するには海域を封鎖するために艦隊を増派するという建前が必要で、戦力を自由に動かすことができないのだ。配置する必要のない場所にまで、封鎖のために戦力を奪われている。

 

 南洋諸島作戦で東洋艦隊の一部を、南太平洋での作戦で太平洋艦隊の主力のひとつを失ったのが痛すぎた。大戦艦クラスが一度に五隻だ。再建には大きな時間を要するだろう。

 

 少なくとも戦線に復帰する頃には後半戦に移行している。それくらい異邦艦隊の出方が早い。相手が出現する兆候が世界中で強まっている。

 

 長期戦に移行すれば、移行するほど不利なのだ。元より短期決戦しかないのかもしれないが、それには大きなリスクを伴う。一度に全てを失いかねないほどの博打だ。失敗すれば世界が滅ぶ。

 

 だが、それしかないのであれば、コトノは迷わず選ぶだろう。ヤマトも、翔像も、ムサシも同じく選ぶ。

 

 例外処理を用いた一時的な海域封鎖の解除と、限定的な全戦力の投入という大博打を。

 

 その為にもがら空きになった国を守るための人類の戦力が必要だった。自分の国を自分で守るための軍隊。霧によって滅ぼされ、霧を打ち滅ぼすための人類戦力の全てを防衛に費やしてもらわなければならないのだ。その為にも、一時的でも構わないから霧と人類の信頼関係が大いに必要とされている。

 

 勝機はある。向こうが転移してくるための穴。"ゲート"を塞いでやればいい。その場所も既に分かっている。あとは準備だけ。

 

(あとは、あの子の目覚めを待つだけね)

 

 人類との交渉は少しずつ進展していっている。この際、利用しあう関係でも構わないから、彼らには立ち上がってもらうとしよう。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 霧と人類との停戦が合意されてから、その関係性は激変していた。少なくとも民間において、霧の艦隊に対する感情は変わりつつある。

 

 食う物にも困る生活。人が"物"として廃棄されるかもしれない恐怖。明日にでも、恐るべき敵が襲撃してくるかもしれない怯え。

 

 それらから解放されつつある民衆は、安定し始めた生活に少なからず安堵の気持ちを覚えていた。メディアによるイメージアップ放送も大きい。

 

 特に日本を初めとする海洋国家は、給糧艦や強襲海域制圧艦による膨大な海洋資源の輸送によって、食料と燃料問題を一時的に解決しつつある。長距離輸送が必要な陸路を使わずに港から直接搬入できるので、国民に対する分配も早い。食卓が魚介類ばかりになるという問題はあるが、些末である。

 

 腹が満たされれば人々は自然と笑う。身寄りのない子供が炊き出しを受け取って、笑っているのがいい証拠だ。

 

 霧という災害に対する怯えと恐怖はあるが、台風のように直撃しなければ怖くない。それよりも身近な人間のほうが恐ろしい。

 

 欧州の内戦がいい証拠だ。小健状態だが、一度火がつけば再び凄惨な殺し合いに発展するだろうから。

 

 だからこそ、同じ人間は油断ならないと、霧の艦隊を通して会談の場を設けているというのは、なんとも皮肉なものだと上陰次官は薄く笑った。

 

 民衆よりも、軍部のほうが霧という脅威を知っている分、憎しみも大きい。そして、それに属するものも。今や霧に近づく自分も例外ではないのだから。油断すれば霧を憎む人間から謀殺されるかもしれない

 

 目の前には千早群像という少年がいて、一部の者からは霧の艦隊に寝返った裏切り者と噂されている。霧の艦隊に封鎖された世界を、打破しようとした功績よりも、一般ではそちらの認識のほうが大きい。父親の裏切りに等しい行為の影響だろう。

 

 そして陰では反攻作戦や対抗手段の準備を備えつつも、急速に霧に接近して、彼女たちと交渉の場を設けようとする上陰次官の一派も一部では裏切り者扱いされている。

 

 北良寛が反対勢力の筆頭となって、それら過激派を抑えていてはいるものの、きっかけさえあれば派閥争いは激化し、内乱となって爆発するだろう。

 

 それらに対する暗殺への備えから、マミヤ艦上で二人は会談の場を設けている。少なくとも霧の艦の艦上なら狙撃を受ける心配もない。狙撃銃でクラインフィールドは突破できない。爆破も無理。潜入もあらゆるセンサーが阻む。防諜防暗対策にはうってつけというわけだ。

 

 人と交流用の艦といっても、彼女も霧の艦隊で、メンタルモデルを持つ船なのだから。

 

 そして、上陰はそんな場所で、群像から南洋諸島や豪州海域付近での戦闘と、その顛末の報告を受けている真っ最中であった。

 

「データは見せてもらった。異世界から現れる異邦艦隊の戦闘能力。確かに脅威だろう。霧よりも遥かに攻勢に積極的な分、人類に対する脅威も大きい」

 

 各種データや報告書が記された書類に目を通しながらも、上陰次官の浮かべる表情は明るくない。そこには少なくない疲労の色があった。

 

「だが、我々の中には、この状況を利用して霧を排除しようという動きもある。奴らの技術を手に入れ、自分たちの手で状況をひっくり返そうとする夢想家たちだ。未だに人類は一丸となれていない。各国でも似たような動きがあるそうだ。日本の派閥だけでも、素直に支援を迎合する者。表向きは協力姿勢でも、裏では策略を巡らしている者。裏から、或いは、表だって対立姿勢を示す者と様々だ」

 

 上陰次官の説明を黙って聞く、群像の顔は真剣そのものだ。彼はずっと未来を見据えている。だから、この状況を聞いても人類に絶望したりいはしない。

 

 人類も霧も、まだ始まったばかりなのだから。

 

「このマミヤに対する爆弾テロも未然に防げたとはいえ起きかけた。それだけ霧の対する一部の人間の不信感と恐れは強いということ。かく言う私も、水面下で霧が裏切った時の対処方を用意している。それが政治家というものだからな」

 

 問題はまだまだ多い。上陰次官の説明は続く。

 

「現に南洋諸島を初めとする海域は大荒れだ。重力子兵器による海域の汚染は深刻で、今も続いている。致し方ないとはいえ、インドネシアやマレーシアの連中は、故郷の凄惨たる有様に怒りや不満を隠さないだろう。たとえ海に沈みゆく島だったとしても、彼らにとっては長年続いた故郷なのだから。もちろん、我々の住む日本列島も例外ではない」

 

 おかげで南洋諸島では再び霧を排除しようと、激情に燃えている民衆が多くいるという。

 

 そこで上陰次官は改めて、群像をみた。理想を信じ、現実を見据えて進み続ける青年の目を。

 

「千早群像。それでもキミは人類と霧との理想を掲げて進み続けるのか? 彼らとともに歩んでいけると?」

 

 そう問いかける上陰次官に対し、群像は一歩も引かなかった。

 

「人類は追い詰められている。霧の艦隊の脅威だけじゃない。ここ数年から急速に進んでいる地球温暖化。少しずつ水没していく地域。失われていく生活空間。今回の異邦艦隊による南洋海域の侵略。それに対して人類が行った事といえば、物同然の人間の廃棄と互いの殺し合いによる領土の奪い合い。そこに存在する限りある資源を巡って争いは終わらない」

 

 どこかで、誰かが、この状況を切り開く必要がある。その為の鍵を持っているのが霧の艦隊だと彼は言う。

 

 彼らと手を取り合い、そのオーバーテクノロジーを使って、この困難を打開することも夢じゃない、と。

 

 現にイオウトウやハシラジマではテラフォーミングじみた大改装で、元の地形から随分と様変わりした。霧の艦隊の協力が得られれば、人類は再び安寧を取り戻すことも夢じゃない。飢えに苦しむ人々が、少しずつ救われていったように。

 

「それに可能性はまだまだ残されている。この海に沈みゆく星でも、可能性に満ち溢れている。俺はその為の扉を、鍵を使ってこじ開けたい。未来はまだまだ、繋がっているのだと示したい。」

 

 群像は語り続ける。己の中の理想を。協力者となっている力を持つ人間の一人に。

 

「人が世界中の大陸を切り開いて行ったように。限りある土地しかないというのであれば、無限に等しい土地を求めればいい」

「キミは宇宙にでも進出して、人類の生存圏を開拓でもするつもりかね?」

「もちろん、それに沈んだ場所にだって資源はある。残された我々には、まだできることがあります。なら、俺はそれを使って状況を打破し続ける。この命が続く限り」

 

 彼の理想は、まだまだ続いていく。道はヒュウガが示してくれた。背中はコトノが後押ししてくれた。ならば、自分はそれをつないでいくだけだ。

 

 群像の構想する戦後のテラフォーミング計画。霧と人とが結ばれた世界で、新たに示される人類の可能性のひとつだった。

 

 戦時だけでなく、戦後を見据えた行動のための会議と交渉。相談。既にイタリアでは大半の人間と霧が友好的な関係を築きつつあり、それに伴って大幅な戦力の提供を受けているともいる。二度と超兵器の侵略を受けないように、沿岸部を徹底的に固めているそうだ。

 

 日本も比較的に霧に近い立場を取り始めている。イ号401と行動を共にした翔像や、蒼き鋼である群像率いるチームという。霧と共に歩んだものが、比較的傍にいる影響が大きい故だ。

 

 それに焦ったアメリカやロシア、中国などの大国。他の欧州各国なども、徐々に霧に接近しつつあるが、進捗は少しよろしくない。特に欧州は霧の海上封鎖で内戦に発展した経緯を持つ国々が多い。霧に対する感情も様々で、意志統一に時間がかかるのだろう。そして、それが普通だった。

 

 あまりにも霧に友好的過ぎるイタリアと地中海封鎖艦隊の関係がおかしいだけである。

 

 だが、もしも、霧と人が結ばれれば、互いにとって大きな飛躍になるのかもしれない。

 

 群像はそんな未来のためにも、人と霧を結ぶ人間の代表として動き続けた。時には首相を通して、各国に呼びかけたこともあった。

 

 それらが身を結ぶのはもう少し後のことである。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 目の前を慌ただしく人間たちが動いていく。

 

 大切な大切な、自分がお父様と呼び慕う人の部下たちは、ムサシの艦橋で続くであろう戦闘に備えて、準備と訓練を進めている。

 

 彼らは優秀で、霧にはない"経験"で、自分よりも"自分"の能力を上手く使う。そこから導き出される戦果は圧倒的といっていい。スペックで勝っているのなら、人類に負けはない。それが、同じ人類あれ、霧の艦隊であれ。

 

 真っ白な雪色の船体の上で、純白を周囲に散らしながら、白のムサシは静かに自分の艦隊を、海を、世界を見据えている。

 

「"あの子"はどちらにつくのかしら。お父様が率いるわたしか。もう一人の"ヤマト"が率いるお姉様か」

 

 彼女は弾道ミサイルの終末誘導を引き受けられる程の403の処理能力を見て、彼女の正体を確信した。彼女がどちらに付くかで、今後の展望は変わっていくのだと。できれば一度二人っきりで話してみたいと思う。

 

 "ゲート"が開くまでの間は、休戦協定を結んでいる。だから、仲良くもする。それが終われば……世界は変わる。

 

 千早翔像とムサシが変える。

 

 ゾルダンたちのような人間が二度と生まれないような理想の世界に変えてみせる。

 

 だから、その前に話してみたい。

 

「ふふ、会えるのを楽しみにしているわ。ねぇ、……?」

 

 小さく彼女の本当の名前を呼ぶ。それは誰にも聞かれなかったようだが、気にすることはない。

 

 もうすぐ大切なお父様と、これからの相談の時間だ。無粋な超兵器群には消えてもらおう。道を阻むものは誰であろうと許さない。

 

 ムサシは既に未来を見据え、その行く末を決めているのだから。

 




14巻のおかげでモチベーションが上昇中。


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