爆豪、母校へ帰る (秋編)
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序章
耳郎「爆豪が雄英の先生!?」


「何考えてんのよ!?」

 それはイヤホンジャックこと、本名耳郎響香が午前のパトロールを終えて事務所に帰社したときのことだった。街はひったくり一つも起きず、自慢の索敵や音響攻撃を行うことなく平和だなあと吞気に帰ってきた折、デスクに置かれた「戻り次第社長室へ」なんて書いた走り書きが目に入った。せっかく平和だったのになぁと、うちの事務所が一番平和じゃないのかもしれないなあと、学生時代から変わらない黒のボブカットを靡かせながら彼女は社長室へと入った。要件を聞いた彼女が開口一番、仮にも社長相手に怒鳴ったのだ。内容が全く平和じゃなかったのは推して測るべきである。

 「うっせえんだよ、ギャーギャー喚くんじゃねー」

 学生時代から変わらぬ爆発した金髪。どちらかというと、事件を起こす側ではないかと勘違いされるほど鋭い眼光。爆心地事務所の社長にしてエースヒーローである爆豪勝己は、唯一の相方の怒鳴り声にそのヴィラン顔を歪ませた。

 「これが喚かずにいられないって!」

 実は柔らかい髪質であることや、特別なプライベートの時間にはその眼光が柔らかくなる。それをとても個人的な関係から知っている耳郎だが、こと仕事に関してはそういった感情は完全に切り替えている。お互いプロだ。もうかつての先生達にも有精卵と言わせるつもりはない。

 「事務所の経営や現場のやり取りだってあるのよ?そもそもそのヴィラン顔で子供の高校生の世話なんかできるわけ?」

 「やかましいわ。耳!」

 言葉とともに顔面へと向かってきた爆炎を耳郎は軽くかわす。いらいらすると所かまわず爆発させるのはあの頃と変わらない。そういうところだよと思いながらも、仕事の話である以上イヤホンジャックも引き下がる訳にはいかない。

 「あんたのことだから、うちがあげた問題点ぐらいはもうなんとかしてるんだろうけどさ。何で断らなかったのよ。特別あんたじゃなきゃダメな理由なんかあったの?」

 「......一応利害は一致してんだよ。」

 言いづらそうに、ただでさえデフォになっている眉間の皺をより濃くしながら金髪の青年は話し出す。

 「このままの事務所の経営だと、俺の事務所が潰れる。」

 「......やっぱり、だいぶ厳しいんだ?」

 「オールフォーワンを潰してから、ヴィランの犯罪件数はかなり落ちてきやがった。それ事態はめでてぇ話だが、戦闘系一本でやっているうちの収入が減るのは当然っちゃあ当然だ。」

 次代の象徴、オールマイトの後継者と言われた元クラスメイトが、かの巨悪を打ち破って久しい。一時期混沌としたものの、そういった事態も徐々に収まりを見せはじめ最近では何事もなくパトロールを終えることも増えた。

 「しかも一旦事件が起きたら、あんたやうちの個性じゃあ損害費用もバカにならないからね。」

 街に被害を出さないようにヴィランを沈黙させる。しかし爆発と音による衝撃がメインの2人だ。いくら爆豪が器用天才マンでも、耳郎がサポートアイテムを駆使しても想定外の損害は発生する。積み重ねれば無視できないほどに。

 「仕事が多いときは無視できるレベルだったが、こんだけ暇だと赤字になっちまうんだよ、めんどくせぇ」

 「.....事務所を休業だとイメージが悪くなるけど、.雄英の先生就任のための休業ならイメージも悪くならないってこと?」

 「癪だがな」

 吐き捨てるように言い切った爆豪の表情には疲労による隈が見えていた。恐らく受けるかどうか一人で悩み続けていたのだろう。ソファーに体重をかけて天井を見上げる姿には年相応の哀愁が漂って見えた。夢が破れた訳ではない。しかし理想の遠さに嘆くのはビルボード№2であっても変わらないらしい。

 「それで先生しながら今後どうしてくか考えてくってことか......」

 「まぁそういうこった、今はともかく時間が欲しい。」

 休業中のお前の仕事先だ、顎をしゃくった先を見れば長机に置いてある書類が一つ。きちんとサイドキックの今後についても考えていてくれたらしい。個人的には嬉しく思いつつプロとしては当然なので顔には出さない。......仕草には出ているので爆豪にはまるわかりだが。しかしその可愛いしぐさも、文章に目を通すうちに怒りのそれへと変わっていく。

 「待ってよ爆豪これ、配属先チャージズマのところじゃない!!」

 「アホ面の所で索敵要員やってた奴が産休で休みに入るらしい。どこで聞きつけてきたか知らねえが、てめぇを貸して欲しいって向こうから言ってきやがった。」

 「......それであんたokしたの?」

 「探す手間が省けたしな。向こうから言い出した話だ、レンタル料はしっかりふんだくってやる。」

 凶悪に笑う社長の表情を見ながら、しかし耳郎の怒りは収まらない。それこそ彼女が上鳴のことをヒーロー名でしか呼ばなくなったこと。割り切っているとはいえ、全て知ったうえで彼の存在を爆豪から進められる苛立ちを、耳郎はヒーローではなく個人として爆豪を睨みつけようとする。有精卵ではないけれど私まだまだひよっこだなと思いながら。

 それだけ隙を見せれば爆心地には十分で------。

 

 一瞬で詰められる距離、視界一杯に広がる彼の顔、それが近づくのでさえ見ていることしかできなくて。顎に添えられた指の感触は、やっぱりいつも優しくて。

 「レンタルすんのはイヤホンジャックだけだ。耳郎響香まで貸してやる覚えはねぇぞ?」

 「......わかった。」

 顔は真っ赤で手玉に取られながら、恋愛はまだまだ有精卵かも、と。

 耳郎はロックではないけれど、とても可愛い笑顔を浮かべた。

 

 

 「個性特異点ねぇ......」

 雄英から送られてきた資料を眺めながら爆豪は呟く。自身も仮免追試で体験した、子供達の個性の強さを。

 「複合持ちは当たり前。現状の教師陣じゃあ手に負えないレベルで能力があがり初めているってか。」

 それこそ当時は幼稚園児の教員でさえ手を焼いていたのだ。高校生ともなれば身体もできてくるし、個性の扱いも様になってくる。雄英が求めたのは、№2の看板と生徒を抑え続けれるだけのバトルセンス。

 「利害一致とはいえ、声をかけてきたのはてめぇ達の方だ。しっかりふんだくってやるぜ。」

 本質的には当時と変わらない雄英高校の狂犬が、再び母校へと帰ることになったのだった。





pixivにて連載中のものを再掲載しております。
何卒宜しくお願い致します。
次話→「砂藤「爆豪が雄英の先生かぁ・・・。」 その1 
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甘党の壊し屋
砂藤「爆豪が雄英の先生かぁ・・・。」 その1


それはとある昼下がり。平日の昼間はどうしても客足が遠のくのか。砂籐力道は経営しているお店の奥で和んでいた。ヒーローが経営しているケーキ屋さん。そんなキャッチフレーズで始めたお店は彼の腕もあってかなかなか売り上げも上々で、このままイートインスペースでも作ってしまおうかと画策中だ。勿論彼は引退した訳ではないので、この建屋の二階はそのままヒーロー事務所兼砂籐の生活スペースになっていてる。どうやらなかなか悠々自適な生活をしているようだ。

 「こんにちは。」

 ケーキに合う紅茶、かつてのクラスメイトに勧められた紅茶をケーキと一緒に味わっていると、呼鈴と共にお客様の声が聞こえてきた。砂籐は暇だからと外していたコスチュームのマスクを少し慌てて被りなおして、店頭へと顔を出す。

 「あぁ、耳郎じゃないか。久しぶりだな。」

 見慣れたイヤホンジャックに少しボーイッシュな印象を受ける髪型。本人は目つきが悪いと気にしているらしいが、それはそれで愛嬌があると言われている三白眼------元1-A組の歌姫、耳郎響香がそこに居た。

 「やっほ、砂籐久しぶり。ちょっと仕事で挨拶に今から行くんだけどさ。手土産にいくつか見繕って欲しいんだよね。」

 「はいよ。」

 仕事の関係ならある程度種類があり、男性も楽しめるような甘さ控えめのケーキも入れておいた方がいいだろう。そう考えた砂籐は耳郎に予算を聞きながら、慣れた手つきで商品を箱詰めしていく。世間話と近況報告を交えながら会計を済ました砂籐は感慨深げに呟いた。

 「爆豪が雄英の先生かぁ・・・。」

 「本当ね。どうなることやら。」

 詳しい事情こそわからないが爆豪が雄英の教師をしているらしい。あの爆豪が、だ。近づくものも遠ざかるものもすべてまとめて爆破しそうな彼の姿を砂籐は思い出し、生徒に対し愛の鞭を大盤振る舞いしている様子を幻視してしまった。

 「ふふっ、笑うのは失礼かもしれないが大丈夫なのか?」

 「わかんない。天才マンなんだしなんとかするんじゃない?」

 若干投げやりに言いつつ恐らく心配はしていないのだろう、サイドキックでありながらそういった関係を維持していると噂になっている耳郎がそういうのだ。たぶん、なんとかはなっているのだろう。

 「まっ、結婚を考えたら自営業のヒーローより先生の方が固いからな。爆豪も意識して・・・」

 「さ・と・う」

 名前を呼ばれて見てみれば、若干鋭さを増した三白眼でこちらを見る難しい年齢の女性がそこに居た。

 「この年頃の女性にその手の話は軽くしないの。」

 「す、すまん。」

 妙に迫力があるのは彼氏に似てきたんじゃないか?頭に浮かんだ疑問をそのまま言わないぐらいには、砂藤にもデリカシーは残っていたらしい。

 じゃあこのまま挨拶に行ってくるからまたね。そう言って店を出た耳郎を見送り、砂籐本人もパトロールに出た。最近は街も平和なようでシュガーマンもヒーローというよりはケーキ屋の親父という方が正しいのかもしれない。それこそまだ親父という歳ではないと思いながら、砂籐は耳郎との会話を思い出す。

 「しかし爆豪が雄英の先生かぁ......。」

 それこそ特別物を教えるのが下手だった印象は無い。助言は的確だったし観察力もある。生徒たちが社会に出た後に感謝されるタイプの教師になるだろう。しかし、

 「本人は大変だろうなぁ。」

 もともと孤高を好むタイプだったように思える爆豪だ。今回副担任として雄英に雇われているらしいが、それでも彼の性格的に生徒達の相手というのはなかなかストレスの溜まるものだろう。今度差し入れでも持って行ってやろうと、爆豪が在籍中に好んで食べてくれたケーキを思い起こしていた時だった。かつては日常的に聞いていた爆音と、高校生くらいの男の子が吹っ飛んで来たのは。

 「やぁっっっっと捕まえたぜぇぇぇぇ!!!」

 燃えながら飛んできた男の子を軽くキャッチしたシュガーマン。その方向を見てみれば遂に口からも爆炎が出るようになったかと勘違いするほど荒れ狂った意中の人物。

 「手間かけさせやがって!しっかり指導し殺したるぅぅぅぅぅ!!!」

 爆豪勝己がそこに居た。

 




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次話→「砂藤「爆豪が雄英の先生かぁ・・・。」 その2 
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砂藤「爆豪が雄英の先生かぁ・・・。」 その2

「とりあえず捕まえていいか?」

 「なんでだよ!!!」

 ヒーロー・シュガーマンこと砂籐は、目の前で荒れ狂う金髪赫眼の青年--爆豪勝己に声をかけた。身長こそそう大きくないが、派手な個性にいくつになっても変わらない口の悪さ。そしてこじらせ過ぎた向上心は学生時代とそう変わらないらしい。

 「学生一人丸焦げにして吹っ飛ばしておいて、何事もなく帰られても困る。」

 砂籐はその筋骨隆々とした体躯で腕を組み溜息と共に答えた。勿論砂籐本人も爆豪がヴィラン化したと思った訳ではない(顔面は著しくヴィラン化しているがそれは昔からだ)。何か考えがあってのことだろうが、シュガーマンも一応パトロール中のヒーローだ。爆豪達を捨て置くにはやり口が派手過ぎる。

 「この子は何やったんだ?万引きでもしたのか?」

 そんな砂籐の問いに、ヒーロースーツを纏った先生一年生は舌打ち交じりに答えを発した。

 「教育的指導だ。」

 「......教鞭を取っているのは聞いたけど、この子は生徒なのか?」

 砂糖が振り返り見れば、丸焦げになっていた生徒の体は傷やその服まで回復され始めている。回復の規模は少しずつではあるが、傷口や損傷箇所が発光し元に戻しているようだ。この子の個性らしい。

 「俺が面倒見てるクラスの糞問題児の一人だ。傷に関しては見た通りだ。ほっときゃ治る。」

 「ふーむ、なるほどな。」

 思い出してみれば学生時代、合理的な判断という名目で随分無理をさせられたものだ。さすが雄英と何度舌を巻いたかわからないほど。その雄英でトップに君臨していた男が今教師なのだ。問題児には厳しくもなるだろう。

 「まぁその教師本人が当時はなかなかの問題児だったがな。」

 「うっさいわ!指導し殺すぞ!!!!」

 夜中に喧嘩はするわ仮免は落ちるわ体育祭で敵を作りまるくわとやりたい放題。そんな男が今や教師。世の中分からないもんだと砂糖は軽く笑う。

 「まぁそう怒るな。それで?できれば教育の一環は学校内で済まして欲しいんだが。」

 「わーっとるわ。糞。」

 苛立ちが抑えきれない爆心地。個性通りの性格である彼も、ここまでイライラするのははっきり言って珍しいくらいだ。少し困ったようにも見えるその様子を見て、砂籐は余計なお節介というヒーローの職務を遂行することにする。

 「何かあったのか?爆心地。」

 名前ではなくヒーロー名で呼んだのは個人ではなく職務であることを強調するため。個人的な興味や同情で声をかけたのではないことを示すため。そんな砂籐の気持ちが届かないほど、ビルボード№2は子供のままでもなければ意地っ張りでもなかったらしい。

 「......脱走したんだよ。そいつ含めて三人。」

 「は?」

 「授業を面倒くさくて逃げ出したんだよ。これで何度目かわからねぇ。」

 元1-Aの天才マンの表情に刻まれた苦悶の色は、思った以上に深かったらしい。

 

 

 

 

 

 

 個性分岐点。多くの強力な個性が混ざり合い、それまでの社会機構すら揺るがしかねない程の変化。その新世代が、まさに今高校に入学した子供達だという。

 「複合持ちは当たり前。工夫どころか普通に使うだけでもかなりの威力......。」

 「現実大人や教師達とは比べものにならないような状況だ。そうなると十代後半のガキなんざ決まって」

 「天狗になる。まともに個性伸ばしや座学は受けず、授業もサボりがちになるってことか......」

 苦虫を嚙み潰したような顔で頷く爆豪。余りといえば余りの母校の惨状に砂籐も言葉を失った。

それもそうだ。雄英と言えば最高峰のヒーロー養成校。入学するまでも必死だったし、入学してからもまた然りだ。それこそ自分のクラスには、自分の個性で身体を破壊してでもあきらめなかった男や、家庭の問題に振り回されながらもトップに立ち続けた男が居たのだ。サボる暇なんかなかった。それはB組だって変わらなかった。学年全体でそれぞれが押し上げ合っていたのだ。目の前にいる彼だって、そういった中心の一人だったはずだ。現状への歯がゆさとショックは砂籐よりも大きかっただろう。

 「いてててっ......」

 先程爆豪に蹴散らされた生徒が目を覚ましたのだろう、半ば放心していた砂籐の足元から痛みを訴える声がする。

 「おっと、大丈夫か?」

 「フン」

 事情が事情とはいえ教員が鼻で笑うのはどうなのか。そんな疑問は一先ず置いておいて、砂籐は生徒を抱え起こす。

 「えとっ、あなたは?」

 くりくりっとした大きな瞳。焦げ茶色の髪と同じ色をしたそれを、不思議そうに瞬きながら少年は問いかける。外見的特徴から個性は判別できない。少し見ただけではどちらかと言えば地味目な少年だった。

 「俺はシュガーマン。パトロール中のヒーローで、たまたま君がそこの爆発教師に吹っ飛ばされてきたところに遭遇したんだよ。」

 「・・・。シュガーマン?あの、ビルボードは?」

 「・・・56位かな。」

 地味目な印象の割に言いにくいことをずばっと聞いてくる。砂籐は彼の印象を修正しようとし、

 「なんだ」

 そんな少年の独り言でさらに彼の印象を下方修正することになった。

 「あっ、先生!」

 一応は吹っ飛ばされた彼を助けたはずだが、知らないとはいえ砂籐のことは完全に眼中にないらしい---そんな最近の高校生な彼は自分のことは棚に上げて爆豪にはしっかり詰め寄る。

 「いくらなんでも免許もない一般人の僕らに対して、個性を使ってまで追いつめるのは如何なものかと。」

 まるで鬼の首でも取ったかのような言い分に本物の鬼みたいな男も黙ってはいない。

 「俺から逃げてる最中にも街中で個性使ってただろうが。その段階でヴィランとして捕まえてもいいんだぞコラ!?」

 泣く子も黙る眼光。しかし下手に回復能力もあるせいか。無駄に高いディスカッション能力を駆使する少年は爆豪相手でもその舌鋒は緩めない。

 「できるんですか?でしたらどうぞ。赴任してすぐ生徒をヴィランとして逮捕したなんてなったら先生の経歴にどんな傷がつくんでしょうね。ビルボード一位を目指している爆心地さんはますます遠ざかっちゃいますねー。」

 二代目エンデヴァーさんの方が人気ですしね。その関係性を知っていて最後に煽れるだけ煽って------

 

  ------乾いた音。破裂音が周囲に響く。

 

 少年が見れば爆豪の両手に火花が散っている。幾重にも重なり咆哮を上げるそれは、幾人ものヴィランにトドメをさしてきた彼の代名詞。バチバチと唸る様はまさにその顕現の産声。少年の個性は回復もできるが決して痛みそのものを無効化できる訳ではない。来るべき衝撃に備えきつく目をつぶる。これでこの鬱陶しい教師を学校から追い出せる。そんな短絡的で甘い考えで内心ほくそ笑みながら。

 「てめぇを血ダルマにして、それを土産に先生なんざやめてやるよ!!喰らい死」

 「待った待った待ったぁ!!!!」

 街中に響く爆撃音。まるでダイナマイトで高層建築物でも破壊したのかと言われるような轟音。

 それに対し結局身を竦ませることしか出来なかったものの、痛みや熱が来ないことに少年は恐る恐る目を開けた。そこには少年を庇うヒーローの姿があった。

 「どけ!!糞筋肉!このガキぶっ殺す!」

 「落ち着け爆豪、何も殴ればいいって訳ではないだろう!」

 どうやらこの筋肉質な男性ヒーローが少年をかばったらしい。しかしどういったタネがあるのか。爆撃の煙はあるもののシュガーマンの身体からは火傷も大きな怪我も見られない。ここまでのことになっておいても、不思議に思うだけでどうせ大したものではないと決めつけて、尚も言い争う爆豪と砂籐の間に少年は割って入る。

 「あの、すいません。どいてもらえませんか?」

 「は?」

 思わず呆然とする砂籐。爆豪でさえ言葉を失う。

 「今僕が先生と喋っているんです。もしかしたらお知り合いなのかもしれませんが、たかが56位程度の方が割って入らないでください。邪魔なんです。」

 慇懃無礼。まさに、そんな言葉を体現した様子に砂籐は全く動けなかった。そんな中、

 「ハーーーーーハッハッハ!!!」

 言葉を失っていた爆豪が突然笑い出した。今度は何だ?怒りのあまり遂におかしくなったかと訝しむ砂籐。何やらおかしな方向に話が変わりそうだと嫌な予感がする少年。

 「たかだか56位ってか?てめぇもひでぇ言われようだな?糞筋肉!んでよう」

 覗き込むように少年の顔に近づく爆豪。意識の隙間に入り込んだのか。あまりにも一瞬で少年は動けない。

 「お前はその56位に勝てんのか?」

 「・・・勝てる訳がないでしょう?一応プロでしょ?ビルボードが低くて尊敬する価値がないだけで大人なんで」

 「今日逃げた三人でだ!!!」

 言葉を遮って言い放った爆豪相手に有精卵以下の子供は返事に詰まる。その瞳に、明らかに思い上がりの色を灯しながら。

 「後の二人は向こうの電柱に括り付けて晒してある。てめぇが回収して雄英の第一グラウンドに行け。そこでてめぇらが糞筋肉に勝てるなら俺はもうお前らに干渉しねぇ。」

 「爆豪、俺の都合は」

 「報酬は後で交渉だ。」

 どうやら砂籐に拒否権はないらしい。見れば男の子も随分とやる気になっている。

 「いいでしょう。この僕土屋大地、そして孤城姫子と嵐島飛天がお相手します。」

 「おいおいいくらなんでも!」

 慌てて呼びかける砂籐に、それこそ爆豪はかつてと同じように耳を貸す気が無いようだ。

 「俺がやるといえばやる。そんで、てめらなら勝てる。それだけだ。」

 そしてかつてとは違い誰かを信じることができていた。その赫い瞳に頼られて嫌と言えるほど、砂籐も決して日和ってはいないのだ。

 「あーーーもう、仕方ない。やるとしますか。」

 「最初からそういえ糞筋肉。」

 問題児仲間を拾いに走る少年の背中を見ながら、男は二人、雄英へとその足を向けた。

 「そういや爆豪、報酬は?」

 別にないならないで構わないのだが砂籐としてはなぁなぁで済ますのも面白くない。寄りたいところもある。話のタネになるならそれも一興だと、かつてのクラスメイトを揺さぶってみる。

 「・・・・・の作る飯だ。」

 「な、なんだって?」

 思わず聞き逃すほど小さな声で呟いた彼の一言。らしくなく呟くような音量に思わず耳を寄せると今度は彼らしい音量で。

 「耳郎の作る飯だ!!!!!」

 「っ・・・耳郎の作る飯?」

 耳郎響香と言えばそれこそ元1-Aの歌姫だ。サバサバした物言いが特徴のロッキンガール。実は可愛いものが好きだというのは担任まで含めた元クラスメイト全員が知っているのだが、料理の印象は特にない。そんな考え込む砂籐に今カレは、今度は彼らしくなく少し照れ臭そうに呟く。

 「俺に食わすのに練習しやがった。彼氏に料理で負けるなんかロックじゃないだとよ。」

 「ほぉーーーーーーーーー」

 思わず楽しそうに声を上げた砂籐に火花が熱と爆音に成長して襲い掛かる。それをこの後のウォーミングアップ代わりに個性を使って防ぎながら、砂籐は言葉で爆豪へと言葉で返事をする。

 「彼氏のためにうまくなった耳郎の料理か!それは楽しみだ!」

 「しっかり報酬払わせんだ!てめぇ本気でやれよ!」

 恐らく耳郎本人には事後承諾で、それこそ結局耳郎が折れる所まで想像できた砂籐は大きな声で笑うのだった。




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次話→「砂藤「爆豪が雄英の先生かぁ・・・。」 その3 
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砂藤「爆豪が雄英の先生かぁ・・・。」 その3

 砂籐と爆豪がグランドに到着した時には既に問題児三人はグランドに揃っていた。代表のつもりなのか、土屋がその茶色の瞳に闘志を宿し前に出てくる。

 「遅かったですね。プロってのはもっと機敏敏速なんだと思っていました。」

 ジャブのつもりなのだろうか、軽く嫌味を放ち土屋は大人2人を睥睨する。

 「僕たちが勝ったら爆豪先生はもう僕たちに干渉しない。卒業まで一切です。」

 「構わねえよ。勝てるなら。勿論負けたら今後一切授業をサボるな。教え殺したる。」

 ヒーロー養成高校というよりはその道の度胸試しのようになってきたが、割と昔からこんなもんだったような気がすると砂籐は自分を納得させる。そのまま手に持っていた荷物を爆豪に預けながら三人の問題児を観察していく。代表にして中心なのだろう、土屋が他の2人に話しかけながら場を仕切っているように見える。他の二人は異形系だろうか。狐のような動物の耳と尻尾を9本生やした金髪の女の子。そして翼を生やしたオッドアイの男の子だ。どの子も気の強そうな表情だが、それはある意味雄英の伝統みたいなものだろう。

 「こちらは事前情報も無しだからなぁ。」

 あんな受精卵以下のガキどもの情報なんざいらねぇだろ!!!と、まさかのパトロンが情報収集に協力してくれないのだ。戦闘の最中や立ち振る舞いから個性を把握していくしかない。勿論相手ヴィランの個性が完全にわかっていることなど稀なのだ。いつも通りであると言えばいつも通りである。むしろよーいドンで始まるだけでもかなり楽な部類だと言えたのだ、砂籐も特別文句はない。

 「おい、じゃあ始めんぞ?」

 「いつでもどうぞ。」

 「いっくよー!」

 「フン」

 皮肉屋な土屋君に元気な女の子、クールな翼持ち・・・返事一つから読み取れる性格を分析しつつ、砂籐も了承の返事を送っておく。

 爆豪は後悔すんなよと声をかけて、ニトロの溜まった右掌を空に向けた。始まりの合図は爆炎から。いくぞこらぁ!そんな咆哮と共に轟音が響き渡り、戦いの幕が上がった。

 「土屋飛ばして!!」

 「了解です!」

 返事の直後、金髪金眼の少女------孤城姫子の足元が隆起し彼女が砂籐に向かって打ち出された。いきなり飛び込んでくる狐耳の美少女を打ち落とそうと、シュガーマンが半身に構え拳を打ち出そうとする。そこに、

 「フン」

 その翼を使い空を駆ける------嵐島飛天の手に渦巻いた風が弾丸となってシュガーマンの体を打ち付ける。威力は大したことはないものの、弾数が多くなかなかに鬱陶しい。まるでマシンガンのような飛天の猛攻に動きを止める砂籐。そこに飛び込んで来る追撃は、無論打ち出されて飛んでくる姫子。

 「せえーの!」

 掛け声と共に放たれるドロップキック。砂籐のお株を奪うプロレス技に彼は思わずその目を見開いた。そして綺麗に着地した孤城のしっぽに灯る艶やか色の炎。

 「くらっちゃえ!『狐火』」

 「つっうぅ!」

 視界を覆い全身を包む程の炎。避けようと動かした砂籐の足は、隆起してきた地面に掴まれてしまい動けない。加えて。

 「離れろ孤城!」

 「オッケー!」

 嵐島の声に反応し距離取る姫子。彼女と入れ替わるかのように吹きすさぶ暴風。飛天が操っているそれは燃えるシュガーマンの火勢を強くする。その一気に燃え上がり勢いを増す炎は対象だけにとどまらず、まるで天にすら食らいつかんとする反逆の大牙。その炎は徐々に渦巻き始め、ある災害の名前を想起させた。

 「如何です?56位さん。これが僕たち必殺の火災旋風です。」

 姫子の狐火を種火に飛天の風で作り上げた、疑似的ではあるが再現した火災旋風。土屋は直接関与はしてないものの、陽動や文字通りの足止め、つまり補佐役として姫子や飛天をサポートしている。これが高校一年生の連携だというのだ。なるほど、確かに調子に乗りきるだけの素養はあったらしい。火炎の威力はとどまるところ知らず、砂籐の姿はその陰に隠れて土屋達の位置からは確認できない。

 「先生どうですか?早く負けを認めないと、炎に巻かれたヒーローさんに万が一のことがあれば・・・」

 「減点だな。」

 「は?」

 自分達の自尊心を満たすために降伏を促す土屋の台詞を、爆豪が途中で遮り言葉を紡ぐ。

 「速攻で必殺を叩き込んだのは一見良策に見えるがなぁ、相手の個性がわかんねえ以上効果が全くない場合だってあるんだよ。」

 そもそも炎が効くなんて誰か言ったか?そう言葉を繋ぐ爆豪に土屋は言い募る。

 「でも現に!」

 「あの技の特性上、外からの視界を遮るのもマイナスだ。今砂籐があん中で何か企んでても、お前らはそれに気付ねぇ。」

 「・・・もしそうだとしても、あの炎の中でこれ以上できることがあるとは思えません。」

 ダメ出しをする爆豪相手にそれでもと言いつのろうとする土屋。そんな彼の言葉を止めたのは、火災旋風を眺めていた姫子だった。

 「土屋!何か来るよ!」

 「そんな!?」

 驚愕にその表情を染め2人を指揮するために土屋は駆け出した。信じられない物を見るその表情に、爆豪は面白いものを見たように笑いながら事実だけを告げておく。

 「あの糞筋肉はその気になりゃあ、俺の榴散弾着弾点でさえ耐え抜くぞ?」

 

 

 

 

 

 

 まだそれは学生時代のこと。特に誰かに言われた訳ではないものの自分で気にしていた一つの事実。人より大柄な体をトレーニングルームで鍛えながら、砂籐力道はそのことを考えないようにしていた。当たり前だ。だって思い当ってしまったら、自分は立ち止まってしまうのではないかと恐れてしまっていたから。きっとそれは誰だって一度は考えてしまう悩み。超人社会とはいえ差別化しにくい増強系。授業や課外活動でその活躍を聞くたびに、そうだと思わされる一つの事実。

 

 自分は、緑谷出久の単なる下位互換ではないか?

 

 己をも破壊する超パワーをいつしか手懐け始め、もはやなんだか説明できないような能力さえ顕現し始めた。いろいろ不安定さは垣間見えるものの、シュガードープのような明確なデメリットは存在しない。

 自分のいる意味は?ダンベルトレーニングをしながらも悩みの晴れない砂籐に声がかかったのはその時だった。

 『砂籐君?ちょっといいかな?』

 見れば緑がかったもじゃもじゃのワカメ髪、そばかす交じりの少し自信なさげな表情。砂籐の悩みの種。緑谷出久がそこに居た。

 『どうした?俺に用があるなんて珍しいな。』

 恐らくこちらが一方的に意識しているだけだ。それを露骨に出すのは流石に砂籐も躊躇われた。自壊してでも前に進もうとする姿を知っているからだ。考えたくはないがシュガードープの暴走で己を傷つけてしまったとして、あそこまで闘うことなど自分ではできそうにない。

 『ちょっとトレーニングの仕方について相談があって。』

 『トレーニングの仕方?』

 『うん、うちのクラスメイトの中で一番身体が出来上がってのるのが砂籐君だって話を今日オールマイトとしたばかりでさ。トレーニングの方法とか参考にさせてもらいなさいって言われたから、ちょっとアドバイスしてもらえたらなぁって。』

 そしてこの向上心だ。爆豪や轟など参考にすべき生徒など他にもたくさんいるだろうに、いくらオールマイトの助言だからと下位互換である自分のところにまで頭を下げてこれるだろうか。

 『えと、ダメかな?』

 返事のない砂籐を見て緑谷は断られたと思ったらしい。その表情を暗くし伺うような視線を向けてくる。

 『あっ、いや大丈夫だ。すまん、少し考え事をしてたんだ。大したことじゃない。』

 『そうなの?じゃあお願いできるかな?』

 一気に明るくなる表情を見ていて砂籐も少し考えを改める。目の前の人間は誰にだって助言を求めて自分の糧にしていくのだ。だったら自分だってその姿勢を見習うべきではないか。個性が下位互換だって?それがどうした。一人の人間としてまで下位互換になってしまうことに比べたら、なんてことはないじゃないか。

 『構わないぞ。ただ俺も少し相談に乗って欲しくてな。』

 『えと相談?僕は大丈夫だけど・・・。』

 あの時踏み出せたからこと今の自分がある。砂籐は今だってあの時のことに感謝していて、彼の級友であることを誇りに思っている。

 

 

 

 

 

 燃え盛る火災旋風の中で砂籐は当時のことを思う。

 『砂籐君が下位互換だなんて思ったことなんかないよ!』

 そういって慌てていた次代の象徴の姿は、今では滅多に見れない面白いもので。

 『例えばシュガードープの能力について掘り下げてみたらどうかな?』

 彼が重度のヒーローオタクであることを世間の人はどれだけ知っているのだろうか。

 『糖分10gにつき3分間パワーが5倍になるって言うけれど、筋肉自体が増えてたりするのかな?』

 デクが蔑称だったことなんてほとんどの人は知りもしないだろう。

 『僕が林間学校で闘ったヴィランに・・・』

 人は個性ではなくその生き方でどうにでもなるのだと今度は自分が教えていかないといけない。まだ若い受精卵達を前に、砂籐はその本領を発揮した。

 

 

 

 

 

 

 

 燃え盛る火災旋風が砂籐の腕の一振りで掻き消えた。見上げてくる視線は爆豪を含めて4つ。今の自分の身体の大きさを考えれば首が疲れてしまうだろう。早めに終わらせてやるかと砂籐は笑う。

 「パトロンからのオーダーは本気でやれってことだ。悪いが手加減はしないぞ?」

 土屋たちが見上げた先にいるのは筋肉の魔人。全長は5m近くになっているだろうか。全幅だって相当なものだ。まるで一つの山が突然目の前に現れたような理不尽さだ。シュガードープで増やした筋肉に身を包んだ、砂籐の真骨頂がそこにはあった。

 

 『シュガードープが筋肉そのものに影響を与える個性なら、筋肉をどんどん増やして肥大化させていけばいい!』

 実際に緑谷が目にしたヴィランの戦法や姿の説明を砂籐は熱心に聞いていた。

 『実際に僕も自損覚悟で打った一撃を防がれたんだ。圧倒的な質量差はやっぱり無視できないんだよ。』

 当時のあの助言からシュガードープの鍛え方の意識を変えた。ただ強めるのではなくどう強くするかを考えた。筋肉の上に筋肉を重ね続けることで一撃の威力があがるだけでなく、砕かれても重なていくことで防御力そのものも向上した。事実緑谷と真っ向から打ち合って、相打ちになることができるレベルまで。

 

 踏み出した一歩が物理的な距離をゼロにする。爆豪のように意識の間を利用するようなテクニックなどない。純粋な筋力による絶対的な速度による加速。まず狙ったのは攻撃の中核担うお狐様。

 「隆起!!」

 距離を詰められてから慌てて防御姿勢に入る姫子。そんな姫子と砂籐の間に隆起した地面が盾代わりに現れる。土屋の個性だろうが今の砂籐にそんなものは関係ない。

 「シュガーラリアット!」

 「ごぉお!ほぇ」

 横一文字に振りぬかれた、それこそ姫子と同じような太さの剛腕を前に、土の盾は一撃で砕かれ姫子は文字通り吹っ飛ばされた。女の子が出してはダメな類の悲鳴を上げながら。

 次に砂籐が目をつけたのは空を飛ぶ遊撃要員。風と翼を操る彼は、距離を置いて戦おうと空を舞う。しかし------

 「シュガームーンサルト!!」

 1-Aのマスクマンは空中殺法もできるレスラーだ。そのわかる人にはわかる美技の前に、鳶色の翼は地面を舐めることになった。そして、

 「そんな、まさか、こんな」

 今回一切まともな攻撃をしていない指揮官だけが現場に取り残された。自分たちが負けることなど全く考えていなかった。それこそ痛い目を見る前に降参することだってできたはずなのに。

 「人に指示を出すなら、引き際ぐらい弁えるのが最低限だぞ?覚えときな。」

 言葉と共に加速するシュガーマン。そのまま地面と水平になった身体から両足を揃えて、一気に土屋を蹴りぬく。

 「シュガードロップキ-ック!!!」

 「これはヒーローによる一般生徒への虐たおべふしゃあ」

 蹴られる瞬間まで何かもごもご言っていた土屋であったが、まるでスーパーボールのようにグラウンドを一回二回と跳ねて、土まみれになりながら沈黙した。よほど怖かったらしく軽く失禁したようだった。

 「任務完了ってとこだな。」

 晴れやかに笑う甘党ヒーローは、失った糖分を角砂糖で補給しつつ吹っ飛ばした三人を回収するのだった。




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何卒宜しくお願い致します。
次話→「砂藤「爆豪が雄英の先生かぁ・・・。」 その4
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砂藤「爆豪が雄英の先生かぁ・・・。」 その4

 孤城姫子は幼い頃から特に平凡な家庭で育った。炎に関わる個性を持つ父親と狐の個性を持つ母。そんな二人の間ですくすく育った姫子は幼稚園に入園した頃に気づく。己の個性の持つその非凡な可能性を。それに一度気づいてしまったら後は簡単だった。特に努力することなく欲しい物は手に入った。友達も男も成績も。神は二物を与えないとは言うものの、まるで彼女は二つも三つも与えられているかのようだった。だからむしろ仕方がないことなのかもしれない。挫折を全く知らない彼女が土屋に絆され、増長してしまったことも。

 

 

 姫子が目を覚ましたそこは見慣れない白い天井のある部屋だった。カーテンに仕切られたベッド。果て、自分はさっきまで何をしていたのだろうか。そこまで考えた所で己の狐耳に外から声が届く。そして同時に、人より優れた嗅覚が室内に広がる甘い匂いを捉えた。

 「おい、爆豪、まだ寝てる二人の分はちゃんと残しといてやれよ?」

 「わかっとるわ!子供か俺は!!」

 「嵐島君もとりあえず、先に好きなの食べてていいんじゃないかな?」

 「・・・わかった。」

 会話の内容が頭に入ってきたところで姫子意識と記憶が完全に覚醒する。そうだ、私はなんだかよくわからないけど56位のヒーローと戦って、それで!思考が回り始めると同時にカーテンを捲りそのまま飛び出す。あの後どうなったか。わかってはいるものの、何がどうなったの!?と声を上げながら。

 「勝負は!?嵐島君と土屋君は生きてる!?」

 心配と共に飛び出した先にいるのは、他ならぬ心配していた有翼の友人と自分たちの副担任と。そして天狗になっていた自分たちの鼻をものの見事にへし折った、甘党ヒーローシュガーマンの姿があった。

 

 個性の関係上、甘いものを美味しく食べるのに工夫しててな。そういって優しげに笑うタラコ唇のヒーローは、目覚めた姫子に紅茶とケーキを勧めた。ケーキは選ばせてくれるようで、姫子は少し訝しがりながらもモンブランをしっかり選んだ。隣では飛天が黙々とケーキを食べている。そんなに美味しいのだろうか。日頃から寡黙だから喋るのがめんどくさいだけなのかもしれない。

 「どこまで覚えているかな?」

 「・・・ラリアットって言うんですか?あの腕で吹っ飛ばされた辺りです。」

 まるで車にでも跳ねられたかと思った。そういって話を続けた姫子はその端正な顔を青くした。雄英に入ってからはサボり気味とはいえ訓練自体は受けていたのだ。それでもあそこまで一方的に叩き出された経験なんて全くなかった。土屋が作ってくれた盾ごと打ち抜かれたのだ。これが実戦なら。その仮定がすぐにでもできて顔を青くする辺り、姫子は優秀な生徒なのだろう。砂籐は優しげに笑いながら、総評は副担任に任せることにした。

 「作戦面に関して言うなら、そこでまだ寝てる小便くさい糞指揮官相手に言っといた。狐個人の話をするなら、初手をぶっ放した後追撃をしなかったことだ。」

 「っ・・・それはもう決まったと思ったから。」

 「その思ったってのが一番の慢心なんだよ。」

 現場を知る人間の真っ直ぐな眼光。それはヴィラン顔と評される故のものではなく、間違いなく第一線で活躍する人間だけが有する瞳の強さ。自分たちが勘違いしていた強さの一端だった。

 「二の矢三の矢を用意するのが当たり前なんだよ。糞筋肉が本当にヴィランだった場合、お前等三人が死んでたことは想像できるな?」

 こくこくとそんな擬音が聞こえそうな勢いで姫子が首を縦に振り、凶悪に笑う爆豪はやっぱりヴィランっぽいなって思いながら。そんな余計な考えが次の言葉で吹っ飛ばされる。

 「そこで想像止めんなよ狐。もしこれが実戦ならなぁ、そこには一般人がいることがほとんどだ。」

 「っつ!」

 言葉に詰まる姫子にビルボード№2は更に言い募る。

 「他からの増援が見込めない、または時間がかかっている場合はてめぇ等三人で不測の事態にも備えなきゃならねぇ。ましてああやって身体がでかくなるタイプは、現場でいきなり巨大化して暴れるのがほとんどだ。逃げ遅れがいるかもしれねぇ状況で、あんな大技自体下手したらまず出せねぇ。」

 そんな状況でだ、と一旦言葉を切り真っ直ぐ強く姫子の目を覗き込む爆豪。飛天は美味しそうに紅茶を飲んでいる。

 「必殺出したからってボーっとしてるなんて論外だ。砂籐の動きに最初に気づいたのはまぁマシだったが、あそこで指示を聞くんじゃなく事前にどう動くが決めておくべきだった。」

 よーいドンで始まったんだからよ。そう締め括られた言葉に、より自分たちの考えが甘かったことが痛感させられる。思わず視線が下がる。如何に自分たちが、いや自分が増長していたかわかる。それこそ今聞いた内容だって、授業で似たような話を担任の取蔭先生が言っていたような気がする。気がする程度しか覚えてないことにまた凹み、飛天は紅茶をおかわりしている。

 「まぁ爆豪その辺にしてやれ。」

 爆心地が鞭ならばと、大柄なヒーローは飴を買ってでてくれるらしい。紅茶とモンブランを進めながら、小さくなった姫子へのフォローに入る。

 「反省したら次に生かせばいい。学生の内はそれができる。」

 俺たちはそういう訳にはいかないからな。自分の分の紅茶もしっかりおかわりしながら、砂籐の姿はどこか寂しげだった。その表情が気になり、しかし現状が現状のため聞くべきではないのかなと姫子は踏み込めない。

 「・・シュガーマンほどのヒーローでもそうなのか?」

 がしかし端っこで風景と同化していた、もはや残念なイケメンの飛天は違ったらしい。無口ではなく空気の読めないマイペース君かと、姫子は彼のイメージを修正した。気を悪くしたのではないかと砂籐の表情を伺うもどうやらそんなことはないようで、砂糖は一つ頷いた後に自身のヒーロースーツを捲りその腹部を二人の前に晒した。言葉と表情を失う生徒二人。苦虫を噛み潰したよな顔をする爆豪。内臓に達するのではないかと思うほど大きな傷跡がそこにはあった。

 「第二次神野戦線でな。」

 ため息と共に吐き出された言葉だけが、保健室に重く響いた。

 

 繰り返された神野の悲劇。次代の激突。OFAとAFOの最終決戦。ヴィラン連合に対し元1-Aメンバーが中心となって対抗したあの惨劇の舞台の爪跡は、未だ大きな問題として砂籐達の心と身体に大きな傷跡を残していた。

 決して油断していた訳ではなかった。その前置きから始まった砂籐の話を、受精卵くらいにはなったであろう二人は、一言も逃さないように真剣な表情で聴いている。

 「あの日神野でヴィラン連合の長、死柄木弔と最初に対峙したのは俺、テイルマン、グレープジュースの三人だった。」

 神野に現れた死柄木に対し現場から近かったかことから急行できた三人。同じクラスだったことから息の合った三人だった。即席での作戦も、お互いの役割も、確認するまでもなく実行に移せた。死柄木の個性が近接メインの自分達では不利だとわかっていたからこそ、お互いの死角を補うように立ち回った。

 「モギモギを使って足止めとかく乱を担当したグレープジュース。両手を使わせないように、尻尾も含めた得意の近接格闘術で渡り合ったテイルマン。そして俺が大技で止めをさす。それがプランだった。」

 『伝播する崩壊』。その確殺が最初に牙を剥いたのは、かく乱・陽動を担当したグレープジュースだった。

 「ほっとけば町一つ飲み込むほどの崩壊を前にグレープジュースのモギモギが砕かれた。一度引っ付けばデクでさえ剥がせなかった、あのモギモギをだ。」

 直接的な戦闘能力が低いグレープジュースが下がりきれず、テイルマンと自分がカバーに入る。個性を使わない近接格闘能力なら無類の強さを誇ったテイルマン。一撃の威力だけならば、それこそオールマイトにさえ届こうとした砂籐。しかし―--

 「グレープジュースを庇うために繰り出したテイルマンの尻尾ごと、グレープジュースはその身体を砕かれた。」

 尻尾を崩壊との間にはさんだ為なんとか致命傷は避けたものの、血まみれで崩れ落ちる元クラスメイト。そして、

 「身体に伝播しようとする崩壊を防ぐために、テイルマンは自分で自分の尻尾を引きちぎった。」

 自分の個性である尻尾、そのものを。

 いったい誰のものだったのだろう。ごくりと唾を飲む音が室内に響き渡る。

 「そしてまともに動けなくなった二人を庇いながら戦ったものの、重ねた筋肉の上に崩壊を直接受けちまってこの様だ。」

 デカブツとやりあうのは慣れっこでな。そう言って嗤った死柄木の声は未だに耳に残っている。当時のことを思ってか、どこか遠い目でお腹の傷跡を摩りながら。砂籐はそのまま、まだ失敗できる彼等に言葉を紡ぐ。

 「今じゃあ時間制限付きでヒーローをやってるよ。どちらかと言えば、ケーキ屋のおっちゃんって言う方がそれらしいのかもしれないな。」

 ビルボードも全盛期は30番台まで上がってたんだけどな。そう言葉を続けた歴戦の勇士の表情は、笑っているのに寂しげだった。

 「でもな、俺達はあの日まで決して手を抜いていた訳ではないし、決して油断していた訳ではないんだ。」

 共に訓練していた日々、あの決戦で引退してしまった仲間達。中にはもう帰ってこない命だってある。しかしそれでも誰もが懸命に生きて戦っていた、確かな時間があった。

 「どれだけ準備してもどれだけ想定しても足りないときは一瞬なんだ。」

 砕け散る同じクラスだった仲間達。ちょっとどころかドが付く色情狂でお調子者だったが、肝心なときは決して逃げなかったあいつ。地味な活躍と地味な個性で普通なことを気にしていたが、それは縁の下の力持ちやいぶし銀と同義だとみんなが認めていたあいつ。

 「ヒーローを目指す以上、普通の高校生のように楽しんでやっていくのは難しいと思う。ちょっと説教くさくなるけれど、失敗できるうちに可能な限り積み重ねていってほしいと思うんだ。それがきっと、」

 姫子や飛天はこの先もこの砂籐の表情と話を忘れないと思った。たとえどういった出会いがあったとしても。たとえどれだけ投げ出したくなっても。たとえどんなヴィランと闘うことになったとしても。

 「Plus Ultraってことに繋がると思うから。」

 なぜなら砂籐のその強く眩しい瞳が、その心に焼き付いてしまったのだから。

 

 

 

 孤城姫子は幼い頃から特に平凡な家庭で育った。炎に関わる個性を持つ父親と狐の個性を持つ母。そんな二人の間ですくすく育った姫子は幼稚園に入園した頃に気づく。己の個性の持つその非凡な可能性を。

 

 「少なくとも君達の副担任にいろいろ教わったら大丈夫だ。向上心を拗らせてあんなことやこんなことして大変だったんだから。」

 「てめぇこら糞筋肉いらんこと言ってねぇでいい話で終わっときゃいーーんだよ!!!!」

 

 それに一度気づいてしまったら後は簡単だった。特に努力することなく欲しい物は手に入った。しかし、それは誰かが守ってくれた平和があることが前提だった。今日それを彼女は実感することで知ってしまった。

 

 「えっ、なんですか?その話、めちゃ興味あるんですけど!」

 「・・・教えてくれ、シュガーマン。」

 「実はこいつなぁ、」

 「てめぇ等全員ふっとばす!!!!!!」

 

 だからむしろ仕方がないことなのかもしれない。これから彼女が、本当の意味でヒーローを目指してしまうことは。今度は自分が平和を守りたいと、そう思ってしまったことは。

 この日保健室で食べたモンブランの味は、ちょっとだけ苦くって。でもとてもとても、癖になる美味しさだったそうだ。

 

 

 

 

 

 

孤城姫子:オリジン

 

 

 

 

 

 

 

 

 尚、勿論全てが終わってから目覚めたため結局ケーキすら食べれなかった生徒が一名だけ居たが、約束だけはきちんと守ったことを追記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ梅雨明けには遠く、しかし偶の晴れ間に目を細めながら、ヒーローが経営するケーキ屋さんの主は今日も開店準備を進めていく。平日の昼間は相変わらず暇だが、今日はどんなお客さんが来るかと楽しみにしながら。ほらほら、呼び鈴が鳴っている。軽く確かに響く銀鈴の音に、ちょっと油断し外していたマスクを着けて、いらっしゃいませと。

 「なんだ、久しぶりじゃないか。今日はどうした?」

 顔見知りの旧友相手に破顔する砂籐。親しみと懐かしさでその表情が輝く。その彼の正面で、緑がトレードマークの青年は笑顔で彼に応えた。

 「ちょっとお客さんのところに営業でね、種類はショートケーキを中心にいくつかお願いします。」

 そういって笑う、緑谷出久がそこに居た。

 

Next story is デク「か、かっちゃんが雄英の先生!?」,coming soon.Please wait.

 

 




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次話→デク「か、かっちゃんが雄英の先生!?」ドン引キ その1
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壊れた英雄
デク「か、かっちゃんが雄英の先生!?」ドン引キ その1


 神野に到着した緑谷が最初に目にしたのは、血だまりに沈む元クラスメイトの三人だった。

 

 内通者や解放軍によるタルタロス襲撃。その大騒動によって、デクを始めとした多くのヒーローがかの刑務所へと結集することになった。結果、後に本命であることが分かったヴィラン連合への対応が完全に後手に回ることになる。タルタロスまでの距離や移動時手段の厳しさから、たまたま神野近くでパトロールしていたテイルマン、シュガーマン、グレープジュース。この三人が死柄木弔と会敵。その報を受け、デクはタルタロスを他のヒーロー達へと任せ、ワンフォーオールを全開にして現場へと急行することになった。

 

 神野に響く高らかな哄笑。復興したはずの街並みはもはや見る影もなし。

伝搬する崩壊に巻き込まれ砕け散ったその中で、黒衣白髪のカリスマは幽鬼のように佇みながら、その壊れた笑みを浮かべ続けている。彼と対峙したのだろう。その場に広がる血だまりの中には見慣れた三つの影があった。

 全っっ部かっけぇ男になるためなんだよなぁ!!---スケベな癖に、仲間のためにも絶対に諦めなかった姿が蘇る。

 俺、辞退します---本人は地味なことを気にしていたが、謙虚で真面目な姿はいつだってみんなに慕われていた。

 ガトーショコラ食えよ---下位互換だなんて相談されたけど、気は優しくて力持ちを地で行く姿に、実は頼りにさせてもらってた。

 血が引くという感覚をリアルで味わい、緑谷はわき上げる怒りをそのまま咆哮へと変える。

 「死柄木いぃぃいいい゛!!!!!」

 「そうそれそれ、その顔が見たかった。」

 憤怒と憎悪を宿し絶叫する緑谷と、それを見て何とも楽しそうに嗤うヴィラン連合の長。止めようがないほど大きく溢れ出す衝動。暗く重たいそれに支配された緑谷は、仇討ちのために暴れようと飛び出していく。

 そんな笑顔を忘れた英雄を止めたのは、

 「ま、待つんだデク!!」

 A組きってのいぶし銀。立ち上がるのさえ困難なはずの尾白猿夫だった。自慢の尻尾は影も形もなく、その根元から大量に血を流しながらも、緑がトレードマークの元クラスメイトにその本懐を伝えんと声を張る。

 「わ、笑ってくれよ!そうじゃっ、ないだろ!!」

 声を出すのも辛いはずなのに、テイルマンは個性を失ってもヒーローであり続けた。例えどれだけ惨めでも、例えどれだけ敵わなくても。そんな生き方だけは見失わないその姿が、その光が。緑谷をヒーローへと戻していく。

 「・・・っ痛・・・いつもの奴を言ってくれよ、頼むよ。俺たちの・・・・ワンフォーオールはそうじゃなきゃダメだろ!!」

胸に刺さるその言葉。引退した最後の戦いでさえ、ヒーローであることを貫きやり遂げた先達。

その最後の場所で、自分も見ていたあの場所で。笑顔で戦えなかったら嘘だから。

 「・・・ありがとう、テイルマン。助けにきたのに助けられちゃった。」 

 さすがだな。緑谷はそう呟いた。どうなろうとも光り続けたいぶし銀。その鈍い輝きは、確かにデクを蘇らせた。そんな闇の底から戻ってきたヒーローの様子を見て、自らの行動の結果に満足したのか、尾白はそのこわばった表情を崩し気を失った。

 「もう大丈夫、僕が来た。」

 「・・・そういうのは間に合った奴が言うもんじゃなねーのかヒーロー?」

 笑うデクに心底つまらなそうな弔。相反する二人。光と影が睨み合う。伝搬する崩壊、その個性を放たれる前にと、デクは一気に死柄木へと駆けていく。

 第二次神野戦線。その始まりであった。

 

 

 

 「か、かっちゃんが雄英の先生?」

 軽くというかかなりドン引きしながら言い放つ緑谷に、思わずシュガーマンこと砂籐力道は苦笑いを浮かべていた。かっちゃんこと爆豪と緑谷と言えば幼い頃からの付き合い、それも一時期はかなり緑谷がいじめられていたと聞いている。そんな相手がヒーロー科とは言え学校法人の先生だ。思うところが山どころかエベレストクラスでも足りないことになっているのが目に見えてわかる。

 「まぁ、そう言うなよ。俺も少し手伝わされたけど、そんな悪い感じはしなかったぞ?」

 「外部のヒーローを手伝わせてる段階で正直あまりいい印象無いよ......」

 確かにな。緑谷のもっともな指摘に砂籐は笑いながらそう答えた。シュガーマンが営業するケーキ屋は平日のためか閑古鳥が鳴いている。旧友からの注文通り商品を箱詰めした砂籐は、唯一の客へとそれを手渡した。

 「ただまぁ、生徒の方は俺たちの世代とは違った意味でやんちゃだったからなぁ。あれぐらいインパクトの強い先生も必要なんだろう。」

 「まぁ、確かにインパクトは強いけど......」

 猫の手も借りたいぐらい忙しいのかな?でも借りた手は猫どころがニトロが湧き出る爆発三太郎さんなんだけど。そんな些かどころかかなり失礼なことを考えつつ、緑谷のいつもの癖が始まっていく。

 「そもそもかっちゃんが人に物を教えるっていうのは想像できないんだよなけど前から理路整然とした考え方や的確な指摘はクラスメイトからも評判だったし周りのこともみみっちいからちゃんと見てるところあるしでも自分から先生をやるようなタイプではないから何か事情があるのかつまり事務所の方で何かあるって考えるのが」

 「おーい緑谷帰ってこーい。」

 ブツブツという効果音がこれほど似合う独り言も他にそうはないだろう。昔からの癖とはいえ店先でやられては敵わない(どうせ客は来ないが)砂籐は、彼を現実に連れ戻すために声をかける。

 「まぁ爆豪の話は置いといてこれから営業なんだろ?しっかり頑張れよ、保険屋さん。」

 「おっとそうだった。ケーキありがとう、砂籐君。」

 そう言いながらまたねと店を出ていく元クラスメイトを眺め、砂籐は独り言ちる。

 「どちらかと言えば地味で暗いイメージだったんだが、それが今じゃ保険の営業やってんだから世の中わからないもんだなぁ。」

 それはまだ高校一年生の頃。まだ桜の舞う季節。おっかなびっくり、初めましての教室に入ってきた彼の姿を懐かしそうに砂籐は思う。

 「どう生きるかだよな、本当に。」

 古傷に効く薬を飲みに店の奥へと引っ込みながら、砂籐力道は呟くのだった。

 

 

 ヒーローを対象とした保険制度。それが普及し始めたのはかの第二次神野戦線が終わってからのことだった。普及のきっかけ自体はネットなどの口コミからだったが、やがてその制度を始めた一人が次代の象徴だったデクだとわかってからは爆発的に広まることになる。制度の内容としては車の保険などとそう多くは変わらない。ヒーロー活動という枠内限定で、物損及び対人での事故に対してそれ相応の金額を保証するといった物だ。

 「いつもありがとうございます。それではまた何かありましたら伺いますので。」

 「こちらこそいつもありがとう。」

 頭を下げる緑谷に応じるのはマウントレディだ。彼女の事務所は基本的に、その貢献度に対して活動中での物損行為が上回ってしまうことが多い。それこそ巨大化などという歩くだけで周囲を瓦礫に変えてしまう個性なのだ。ヒーロー応援保険との相性はばっちりなのである。

 「いえいえいつもご贔屓頂いておりますから。」

 営業スマイルももはや慣れたもの。ヒーロー時代に浮かべていた笑顔とは別種のそれは、一度慣れれるとなかなか剝がれにくいものらしい。

 そんなかつての次代の象徴を一瞬だけ痛ましげに見ながら、マウントレディは手慣れた営業マンにもう一度だけ交渉を持ち掛けてみる。

 「ねえねえこの前の事故の件なんだけど、やっぱり6:4じゃないと無理?7:3とかになってくれたりはしないかなぁ?」

 「いやぁ、正直難しいと思いますよ。現場近くの防犯カメラにがっつり写ってますし......あの位置で踏み込んで必殺技を使わなくても、普通にトドメはさせたと思いますから。」

 「いや、あのね、実際戦ってみたらわかるんだけどあのヴィラン硬くってさ!通常攻撃じゃ時間もかかって被害がより甚大になったと思うしその当たりを加味していただけると」

 「マウントレディさんほどのベテランならその当たりはむしろもっと上手くやれたかと。むしろ見学してる人たちへのウケ狙いのために、派手な必殺技を使った感じがどうしても強いです。今回ばかりは、ちょっと......」

 さすがに現場上がりのヒーローオタクは強い。その気になればマウントレディの必殺技や通常攻撃のパターンでさえ把握しているのだ。推しでもないのにそこまで勉強されると度が過ぎていて把握される方はもはや恐怖である。

 「やっぱりダメよね。わかりました、今後とも、次はもっと気を付けますー。」

 下手をすると新たな攻撃方法のパターンについて講義が始まりかねない。そんな空気を感じ取ったマウントレディは、早々に白旗を上げるのだった。

 

 

 

 「今日も疲れたなぁ。」

 気が付いたら太陽は今日の業務を終え帰宅したらしい。君もちょっとぐらい残業してってくれよと、暗くなった空を恨めしそうに眺めて緑谷は独り呟く。星空に照らされる帰り道だ。タイムカードを切った後の帰宅途中。慣れた手つきで緑谷はネクタイを緩めた。刈り上げた両サイドの髪---ツーブロックと言っただろうか。癖の強いワカメ髪は美容師さんにすいてもらいワックスで整えている(それでもワカメはワカメなのだが)。未だにオシャレのことはわからないが、仕事上爽やかでないといけないのだ。ヒーロースーツで素顔を隠していた頃と同じような訳にはいかない。

 向いてないってことはないんだけどな。一人になるとふとよぎるそんな言葉。免許は返納こそしていないものの、引退を宣言しこの仕事を立ち上げてから常に疑問を抱える日々だった。別に仕事が楽しくないわけではない。ヒーローに携わることができるのだ。ヒーローオタクである自分には持って来いじゃないか。母だって喜んでくれている。もう怪我することもないって。それこそ付き合っているお茶子さんだって。そうやって自分を納得させる日々。自宅までの近道として通る裏道ではいつもそんなことばかり考えている。そういえばここは雄英の近くだったなと考えながら。

 全身に圧し掛かる持て余す程の虚脱感。それから抜け出すために今夜も少し飲んでから帰ろうと、緑谷が行き先を悩み始めたそんな時------

 背筋が凍るような感覚。向けられた殺気。

 露骨なまでのそれを受け振り向く。そこには両掌からから日本刀を生やし、襲い掛かってくる男性の姿があった。

 「っ!!」

 右の刀をカバンで払い、胴を狙ってくる左の刀は大きく後ろに飛びのくことで回避する。

 「何ですかいきなり!?」

 「なぁにぃ、ちょっとした強盗って奴よ。金置いてけ。」

 見れば緑谷には一生縁がないような派手な髪色に、数えるのも面倒なほどのピアスの数。ヴィランというほどでもないチンピラ崩れ。物腰からそう判断し緑谷は相手に声をかける。

 「パトロール中のヒーローがすぐにでも来ますよ。止めて下さい!」

 「パトロールねぇ、来てくれるといいけどなぁ!」

 そう言って笑うチンピラの様子を緑谷は訝しげに見る。この地域に事務所を構えるヒーローだっているのだ。夜勤パトロールがそのうち、そう考えた時にあることに気づいた。

 「!!そうか、ここは事務所間の境目で、丁度今の時間はパトロールの時間外!」

 「詳しいねお兄ちゃん、そういうことで、諦めな!」

 ヒーローとはいえ事務所によって縄張りも決まっていればパトロールの時間も決まっている。趣味と実益も兼ねて緑谷はその情報を把握していたためすぐにそのことに思い当った。しかし、

 「なぜ君がそれを知っているんだ!?」

 「さぁなんででしょう?そんなことより......」

 そうやって身を屈めるチンピラ崩れ。力を溜める予備動作。

 「いいから金だけ置いてけよ!!!!」

 言葉と共に一気に緑谷へと飛び出してくる。同時に降り注ぐ二本の刀。緑谷はそれを時にカバンでいなし、時に回避しながらやり過ごす。

 「兄ちゃんなかなかやるな、俺も喧嘩自慢だけど......さては元プロかぁ!?」

 「さて、どっちだろうねぇ!!」

 そう言いながら隙を見て蹴りを放つ。個性が読めない相手のそれを受けるの避けたかったらしい、今度はチンピラが距離を開けるために後ろへ飛ぶことになった。

 「(それで、どうしたもんかなぁ)」

 神野戦線での決戦、死柄木を倒すことには成功したものの緑谷自身も大きな深手を負うことになった。その結果、ワンフォーオールの最大出力は8%が限界。『黒鞭』などの先代たちの力も使えない上に、発動時間も限られることになった。

 「(医者からは死んでてもおかしくないって言われた傷なんだから、文句なんて言ってらんないんだけどね。)」

 それこそ化粧で誤魔化しているが首筋にだって大きな傷が残っているのだ。丈夫に生んでくれた母には感謝が尽きない。しかし、今必要な個性は残念なことに戻ってこない。

 「ここまでされて何にもしねぇんだ、兄ちゃん怪我かなんかで”元”になった口だな?」

 いやらしい笑みを浮かべるヴィランもどき。彼の個性を完全に把握する暇もない緑谷は、なんとか打開策を考えようと思考を巡らせる。

 「(急激な緩急を付ける形で8%を発動させる。一撃さえ入れられれば向こうも無事ではないはずだ。その隙に助けを呼んで......)」

 行き当たりばったり感が拭えない方針を決めている間に、再び飛び掛かってくるチンピラ崩れ。迎え撃とうと構える緑谷。まだ若いであろう、そんな声がかかったのはその時だった。

 「あんたら!何してんだ!!」

 鳶色の翼に長い黒髪。現役の雄英高校1-A、嵐島飛天がそこに居た。




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デク「か、かっちゃんが雄英の先生!?」ドン引キ その2

嵐島飛天は悩んでいた。それは主に最近の友人二人の件についてだ。孤城姫子と土屋大地。高校に入学してから仲良くなった飛天を含んだこの三人。そのうち姫子と土屋の仲が最近よろしくないのだ。勿論飛天としたら仲良くしたいのだが、この前のシュガーマンの一件から二人が上手くいっていない。勿論その当たりは「残念なイケメン」、「風使いのくせに空気が読めないマン」、終いには「周囲の雰囲気からも飛んでる君」とクラスメイトに言われる飛天クオリティである。二人がなんでケンカしているのは全くわかっていないのだ。てっきりシュガーマンからもらったケーキを食べたことを怒っているのかと謝ったのだが、僕はそもそも和菓子派ですっ!!と余計怒られてしまった。

勿論直接理由は聞いたのだ。聞かないとわからないからだ。しかし聞いてもわからなかったのだ。なのでこうやって悩んでいる。姫子が言うには、

 「往生際が悪い!」と土屋の対して怒っている。対し土屋が言うには、

 「約束は守っているんだから、それ以上やろうとする孤城さんが理解できない!」と姫子に対して怒っている。

 今日だって自主訓練に励もうと居残りする姫子に対して、今更いい子ちゃんぶってなんなんですかと土屋が煽った格好である。それにキレた姫子が狐火で土屋の顔面を燃やしたのだ。勿論しっかり片目だけで観察していた取陰先生からは られ、いつも通りグダグダ言い出した土屋は爆豪先生に吹っ飛ばされていた。追記するなら何もしてないのに飛天も怒られ、やっぱり何もしてないのに一緒に爆破されたりしている。解せぬ。

 勿論飛天だって何も考えてない訳ではない。姫子がシュガーマンの話を聞いて頑張ろうというなら応援するし、今日だって自主練に付き合ったのだ。土屋だって姫子が頑張ろうと言うなら応援してあげたらいいだけだ。自主練に付き合えとまで姫子は強要していない。姫子も姫子だ。ちゃんと土屋は約束を守ってサボらずに授業を受けている。それに対し小便漏らしてた奴は意識が低いわね!!と煽るのだ。結果として土屋が地面を隆起させて転ばしていた。その後喧嘩して結局飛天まで爆豪先生に吹っ飛ばされるのだ。やっぱり解せぬ。

 そう、全てはシュガーマンの話を聞いてからだ。その後姫子はクラスの誰よりも真面目に訓練し始めた。何か指針を見つけたような、そんな感じ。その先を見つめる瞳は自分だって羨ましく思うのだ。あの場にいなかった土屋からしたら友人がいきなり遠くに行ってしまったと感じてもおかしくはない。しかし、それを言うなら自分だって姫子と一緒にあの筋骨隆々としたヒーローの話を聞いたのだ。それでも土屋とは今まで通りだし、できるだけサボろうとする土屋は自分を誘ってくる。つまり姫子を通し見えているものが飛天を通しては見えていないということだ。自分だってあの場に居たのに。その差はなんなのか。薄ぼんやりとしかわからない。自分でも気づかない内にどうやら友人のことでなく自分のことで悩んでいたらしい。なるほど気づけて良かった。

 そんなことを思いながら、姫子の自主練に付き合った帰り道。雄英近くの裏通りで、飛天は相対するチンピラとサラリーマンを目撃することになる。

 

 「あんたら!何してんだ!!」

 緑谷は焦った。声がする方をみれば、高校生ぐらいの男の子がこちらに駆けてくる。制服を見ればわかるが雄英高校の生徒らしい。まずい。それこそデクは今時間制限付きの8%ワンフォーオールが限界なのだ。心配して来てくれるのはありがたいが、個性もわかりきってはいない相手から庇いながら戦闘ができるとは到底思えない。見れば翼が生えている。空を飛べるなら、よし。

 「君、名前は!?」

 「っ、何を!?」

 「いいから早く!!」

 刃物を生やすチンピラ崩れから目を離さないようにしながら緑谷は叫ぶ。飛天は突然のことに面食らいながらも、とりあえず自分の名前と所属を告げることにした。

 「嵐島飛天、雄英生だ。」

 「プロヒーロー”デク”の名において!!」

 名乗らされたと思ったら突然出てきたのは最も新しい伝説の名前。いくら「周囲の雰囲気からも飛んでる君」とは言え驚きのあまり言葉を失う。

 「雄英高校、嵐島飛天の個性使用を許可する!」

 「「!」」

 突然の来訪者に対し個性使用の緊急許可。驚きつつもヴィランもどきはデクへと切りかかり、めんどくさいことになる前にと斬撃の数を増やしていく。銀の軌跡を描く粗暴な刃は、デクの身体を掠め血しぶきが宙を舞う。

 「っ、デク!加勢する!!」

 「違う逃げてくれ!!」

 個性使用の許可が出たのならと、翼を広げ前に出ようとする飛天。そんな果敢な母校の後輩に対し、デクは気持ちだけをもらい本来の目的を告げる。

 「翼があるなら飛べるんだろう!助けを呼んでくれ!!」

 「!」

 戦力外。しかし当たり前の決断。それはそうだろう、誰がどう見たって実戦の経験が一度もない子供なのだ。雄英生だからといって、訓練をしていたって関係ない。現場を知るプロからしたら守る対象でしかないのだ。許可を出したのだって、その翼で安全圏まで逃げて欲しかったからだ。あわよくば応援をと。ともかく現場から遠ざけたい。

 その思いが通じたのだろう、悔し気な表情を浮かべながらも風を補助にして飛び立とうとする飛天。日頃しているように、呼吸するかのように羽ばたく。

 が、

 「させねぁ!!」

 デクに向かって切りかかるチンピラ崩れがその左の切っ先を飛天に向けた。何事かと訝しむ飛天。それに対し察したデクはチンピラに対し足を振り上げるも間に合わない。

 「喰らえ!!!」

 掌から出た刃の部分がそのまま飛天に向かって発射された。刃を掌から生やす個性ではなく刃を掌から発射する個性。掌から刃が出ている状態はあくまで発射準備中ということらしい。その経験から能力を予想できたデクとは違い刃が飛んできて始めてわかった飛天。なんとかかわせたものの、その刃は彼の頬を掠めていた。流れ出る赤い血。始めて向けられた本気の殺気。訓練とは違う現場の空気に慄いてしまい、飛天は飛び立てず地面へとその身を戻してしまう。

 「こいつは笑えるぜ!!」

 刃物を文字通り操るチンピラヴィラン。その嘲笑だけが現場に響く。

 「片やぶっ壊れて使えねぇ終わった英雄!」

 悔し気に歯を食いしばる緑谷。

 「片やビビって動けねぇチェリーボーイ!!」

 何の反応もできない飛天。

 「それでも潰せば俺の名前もいい感じになるんじゃね?!バイブスいと上がりけりってなぁ!!」

 言葉とともにマシンガンのように飛来する生体刃。かわし切れず被弾する二人は徐々に傷が増えていく。致命傷こそ避けているもののこのままでは。

 「フルカウル!8%!!」

 虎の子のワンフォーオール。例えじり貧だとわかっていても。せめて少年一人逃がすためにはと、ヒーローがその終わりに見せる命の輝き。例え家に帰れなくても、その本懐のためにデクはもう迷わない。

 「急に動きがっ…!!」

 「僕が時間を稼ぐ!!せめて逃げてくれ!!」

 未だに萎縮しているのか、動きの悪い飛天に対し呼びかけ続けるデク。守るために死ねるなら、それも本望なのかなと思いながら。心の中で、帰れないことを恋人と母親に謝りながら。

 「飛天君、早く!!!飛天君!!」

 刃が掠める度に動きが止まる。デクの声を耳にして辛うじてまたなんとか動き出す。痛みと驚きに身を竦めつつ、飛天はデクの姿にかつての憧れを見た。光り輝くヒーローの姿が迷える卵にひびを入れ、彼は思い出していく。自分が立つ意味を、自分が歩いてきたこれまでを。自分が目指してきて自分が目指したいものを。

 

 

 

 

 

 翼を有する個性。その保持者が最初に憧れるヒーローはいつだって決まっていた。それはオールマイトでもなくエンデヴァーでもなく、最速を誇った九州の雄。

 「うわぁ、すっごい!!!」

 幼い日の飛天もその憧れを目指すのに時間はかからなかった。天翔ける翼。羽を刃に戦う姿。九州という決して狭くない範囲を守るその姿に、出身こそ違うものの焦がれてそうなりたいと願った。テレビやPCを見て歓声を上げて。体や個性を鍛えて戦術を真似して。飛天本人にも神童と言われるだけの才能はあった。家だけは決して裕福ではなかったけれど、尚のことヒーローになって楽をさせてやれたらなんて、漠然とそんな未来を描けるくらいには。身体の弱い父と支える母。将来は自分が支えるんだって、そんな夢を楽しみにしながら。

 ヒーロー・ホークス。突然の失踪------そんなニュースがテレビで踊ったのはいつだっただろうか。加えて週刊誌でリークされるヴィラン連合との会合の写真。ネットの掲示板ではアンチによる心無い言葉が踊り続ける。

 『裏切り者。』

 『前々からそうだと思ってた。』 

 『ホークスファン死亡www』

 憧れにヒビが入る。そして夢が壊れるのに、時間はかからなかった。

 「父さん!!」

 明け方だったと思う。母の悲鳴で目を覚めたのは覚えている。救急車のサイレンがやけに生々しく耳に残った。元々身体が弱かった。ホークスの件があって落ち込んでいた時に、それでも頑張れと励ましたくれた父。ホークスのせいで、翼持ちは裏切るぞと学校でいじめられた時も、笑顔で迎えてくれたそんな父。

 泣き崩れた母に抱きしめられながら、飛天は泣かなかったことを覚えている。

 第二次神野戦線が勃発しホークスの名前が死亡者欄に載せられたのは、それからしばらく経ってからのことだった。

 もはや習慣として続けていただけの自主トレと勉強だけで雄英には合格できた。腐っても神童に間違いはなかった。母は喜んでくれたけど、もう飛天は何を目指していいかもわからなかった。加えてサボり癖が常習化したクラスメイトだ。自主トレすらやらなくなった。シュガーマンにぶっ飛ばされるまで、大切な思い出すらもう忘れていた。

 

 「鬱陶しい、さっさと死ねえ!!!」

 「飛天君!!」

 木霊するヴィランの声。それに抵抗するヒーローの輝き。あぁそうだ、自分は昔。

 「喰らえよ!!」

 「ここは一歩も通さない!!!」

 自分は昔。そんなヒーローに憧れて。

 「大丈夫、絶対に、僕が守るから!」

 自分だって、そんなヒーローに。

 

 吹き上げる暴風。自身に飛んできた生体刃が風により散らされてデクは驚く。ヴィランを気にしつつ後ろを振り向けば、そこにいるのは殻を破った雛鳥。

 「はっ、ははは。」

 思わず見てみれば笑いがこみ上げるほど精悍な表情。震えていたチェリーボーイはもうどこにも居なくって。後ろに下がるのではなくただ前に。

 「加勢するぞ。ヒーローデク!!」

 目指す先を失い卵の破り方を知らなかった、そんな少年は目覚める。

 

 

 

 

嵐島飛天:オリジン

 

 

 

 

 




pixivにて連載中のものを再掲載しております。
何卒宜しくお願い致します。
次話→デク「か、かっちゃんが雄英の先生!?」ドン引キ その3
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デク「か、かっちゃんが雄英の先生!?」ドン引キ その3

 鳶色の翼が空を翔ける。その手に集まる風が渦巻く。糞っ、と呟くチンピラ------鋼野 刃は忌々しげにヒーローとその雛鳥を見ていた。簡単な仕事だったはずなのだ。捨てアドから突然送られてきたメールの内容。ヒーローのパトロールが手薄になる時間と場所。何度かカツアゲなど試してみて、そのメールの内容に間違いがないことは確信していた。だから今日も適当にかっぱらって、抵抗するなら脅して奪って終わりのはずだった。それが今では二対一で追い詰められているのだ。全くやっていられない。今も発射した自身の刃が風に散らされたところだ。見誤った引き際に苛立ちながら、彼は無謀な抵抗を続けていた。

 

 渦巻く風がその手に集められて、その形を掌大の弾丸へと変えてく。それを連弾で放ちながら飛天はチンピラへと距離を詰める。纏う風を飛行への後押しへと変え一気に加速しながら。

 「喰らえ!!」

 「ちぃ!」

 風使い御用達の必殺技。かまいたち。形の見えない真空の刃をすれ違いざま、至近距離で叩き込みながら飛天は再び距離を取る。

 「(風の一撃はやはり軽いか。)」

 前回のシュガーマン戦や日頃の授業でも実感したことだが、飛天の風を使った攻撃はいずれも一撃の威力が軽いものだった。それこそ実戦を経験したプロや荒れ狂うヴィランが相手では、連弾・風玉やかまいたちは牽制にしかならずメインウェポンとしては些か不十分だった。

 「なめんな!!」

 言葉とともに打ち出され飛来する生体刃。飛天はそれを嵐のような暴風で散らし、それでも向かってくるものに対してはかまいたちや風玉で落としていく。一撃の威力は確かに足りないが、その射程と命中精度はもはや一級品と言えるだけのレベルだった。

 「鬱陶しい!!!」

 それはこちらのセリフだと思いながら、飛天は翼で顔を覆うように一度大きく閉じ、力いっぱい広げ直した。バサァという音が聞こえそうな程の躍動感。その翼から放たれた無数の羽が、硬質の刃と化してヴィランを襲う。

 「甘い!」

 さすがに派手な予備動作と開いたお互いの距離。二つの要因がヴィランに避ける余裕を許すが、

 「そっちがな。」

 その言葉とともに飛天が腕を一振りすれば、羽手裏剣は逃げる男に向かって進路を変える。

 「ホーミングだと!?」

 羽がめった刺しになりながらも男は驚愕に声をあげる。自動追尾してくる羽を操る個性。その能力にとある汚れた英雄の姿を重ねながら。

 「てめぇホークスのフォロワーかよ!!」

 「疑似的なもんだ。及ばないさ。」

 事実ホークスの剛翼は羽一枚一枚を操り、敵を切り裂くだけでなく人や荷物を運ぶことだって可能にしていた。飛天のはそれはあくまで気流---風を操り羽手裏剣の軌道を変えただけだ。かの英雄程の応用力は残念ながら見込めない。

 それでも持てる武器で戦うしかないのだと羽ばたく飛天。事実今の羽手裏剣もチンピラを戦闘不能にすることができず、近距離かまいたちも彼の動きを止めることができなかった。(木刀で殴られたぐらいの威力はあったはずだが)

 それなら直接切り裂けばいいと、長めの羽をその片翼から取り出し片手で剣のように構える。もう片方の手で風玉を放ちながら牽制も忘れない。そのまま一気に加速。すれ違いざま羽の刃を叩きつけようとする。その瞬間、

 「なめんじゃねって言ってんだよ!!!」

 「!」

 掌から刃を生やし射出する個性。勝手にそう認識していたデクと飛天。その思い違いを嘲笑うかのように、鋼野刃はその全身から生体刃を繰り出した。

 「っ、しまっ」

 「おせえ!!!」

 両腕にばかり注意がいっていたことからかわし切れず、ヴィランの全身全弾による一斉射撃が飛天を直撃した。持ち主の血色に染まる鳶色の翼と艶のある黒髪。もう一本羽の剣を取り出し、双剣スタイルで追撃を防ぎながら大きく下がる飛天。その動きは明らかに精彩を欠いている。

 「飛天君!」

 そんな飛天に声をかけるのは引退したはずの次代の象徴だった。腰を落とし構える姿はまるで力を溜めているかのように見えた。

 「もう少しだけ時間を稼いで欲しい。」

 緑の閃光がその指先に集中し始めていることに飛天は気づく。

 「そしたら必ず、僕が決めるから。」

 「わかった!」

 羽ばたく度に痛みが走るその身体に鞭を打ち、飛天は時間稼ぎへと飛び立った。もはや血風にも見えるそれを纏いながら、雛鳥はヒーローへの階段を翔け上がっていく。

 「何狙ってるのかしらねぇがさせねぇよ!!」

 発射台が増えたことから、生体刃を飛天だけではなくデクにまで向け始める鋼野。なるべく自身に飛んでくる刃は躱すことで防ぎ、デクへのそれを最優先で落としていく飛天。

 「負けない!」

 「ざっっけんじゃねー!!」

 時に近づき時に遠ざかり、動きとポジションが単調にならないように飛び回り続けながら飛天はその時を待つ。後ろに輝く緑色の輝きを信じながら。

 

 

 

 目の前で懸命に羽ばたく雛鳥と、抵抗するヴィランの姿を視界に捉えながら緑谷出久は己の中に呼びかける。 もう答えてはくれない先代たちの姿を思い描きながら。かつてのように”さらに向こうへ”と意識しながら。譲られて得た己の個性。共に歩くようになって本当にいろいろあった。

 『頑張れって感じでなんか好きだ私』

 名前の意味を変えてくれた人が居た。

 『梅雨ちゃんと呼んで』

 新しく出会えた仲間が居た。

 『お友達ごっこしたいならよそへ行け。ここは…ヒーロー科だぞ 』

  ってくれる人が居た。

 出会えた人、守ってきた人、救えなかった人。ヒーローを引退しほとんど使うことがなくなったこの力は、それでも今まで歩いてきた軌跡を証明してくれる---まさにそんな代弁者で。駆け巡るそんな全ての思い出に万感の思いと感謝を込めて。ヒーローとしての職務を緑谷出久は遂行する。ワンフォーオールを人差し指に集めて、もうたどり着けないはずの20%へとその力を強引に押し上げていく。

 

 「飛天君、避けて!」

 声をかければより高く空へと羽ばたいていく母校の後輩。そこに浮かぶのは確かな笑み。ヒーローデクの指先に灯る緑の閃光が意味するそれは、始めて緑谷が得た飛び道具。

 「くそったれえええええええええええ!!!!」

 やけくそ気味に放たれる生体刃。それこそ次代の象徴が使うその技は、ヴィランになるような男だって知っているから。

 輝く中指を親指に引っ掛ける。力を溜めるそれは、はじかれる瞬間を今か今かと待ち望んでいた。

 「デラウェアスマッシュ!!」

 降り注ぐ生体刃とその先にいるヴィランをデクは確かに射線上に捉えて、その中指に溜まった力を解放した。

 「Plus Ultra エアフォース!!!!」

 飛天が繰り出すものとは比べものにならないくらい特大の衝撃波。余波だけで周囲の建物が悲鳴を上げるレベルのそれは、生体刃を丸ごと吹き飛ばして一気にチンピラヴィランに肉薄する。

 「ああああああああああああああああああああ!!!」

 

 悲鳴を上げて吹っ飛んでいく鋼野刃の姿をしっかり目に焼き付けた二人は、そういういえば言ってなかったあの言葉を口にすることにした。

 「「もう大丈夫、僕が来た!」」

 満たされた心と達成感、他では味わえない充実感に浸りながら、飛天とデクはとても楽しそうに笑い合ったのだった。




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次話→デク「か、かっちゃんが雄英の先生!?」ドン引キ その4
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デク「か、かっちゃんが雄英の先生!?」ドン引キ その4

チンピラヴィランを男2人で退治した後、デクと飛天は警察へと通報した。飛天の個性使用についてはプロヒーローであるデクの承認があったため勿論お咎め無しとなった。そのまま現場で軽く事情聴取が行われ、デクと飛天は各々事務的なやり取りを進めていく。気がついたらかなり遅い時間であったため、また何かあればご協力お願いしますという形でこの件は幕を閉じた。ように思えるのだが。

 「という訳でそれが事件の概略だよかっちゃん。」

 本来なら顔を出すつもりのない雄英高校へ緑谷が呼び出されたのは、事件の翌日のことであった。誰かさんが教師になったとは言え、それぐらいのことでわざわざ職場へ直接赴くことなどそうはない。しかし今回はその誰かさんの呼び出しなのだ。行かなかったら大変みみっちいことになりそうなのでしっかり緑谷は顔を出した。緑谷の話を聞いて難しい顔をしている爆豪。そんな幼馴染の姿は最後に現場で会ってからそう変わったように思えない。学生時代からより鍛えられたその体躯。ヴィラン顔と称されるほどの厳しい目付きに個性そのままのような爆発した金髪。しっかり営業マンな自分と違い、目の前にいるのは生粋のヒーローなのだ。そのことに寂しさを覚えながら、緑谷は爆豪の言葉を待つ。

 「その糞刃は」

 獲物を見つけたかのように赫眼が煌めく。

 「一体どこからヒーローのパトロール情報を把握した?」

 そう、それは緑谷も気になっていた部分だった。本来ヒーローのパトロール情報は協会や各事務所、警察が管理・把握などをしている。つまり流出される訳がない情報そのものなのだ。それが捨てアカからのメールで届くといった事態になってしまった。一時的ないたずらならまだしも、もし.......

 「また内通者だったら?」

 その緑谷の言葉に爆豪のもともと険しかった表情が更に厳しくなる。お互い内通者には嫌な思い出のある身だ。できるならもうあんな思いはしたくない。

 「とは言っても現在では断定できる材料もねぇ・・・警察に任せとくのが最良ってとこか。」

 溜息と共に言葉を投げかける爆豪。その欲求不満が顔を出す姿に緑谷は思わず笑ってしまう。

 「んだこらクソナード!?なんか文句あんのか!?」

 「いやいや違うよ、ストレス溜まってるんだなぁって思って。」

 何せ泣く子は黙らせヴィランは泣かせる爆心地様だ。それが今や学校の先生。生徒をヴィランと同じように叩き潰してストレス発散するわけにはいくまい。

 「事務所の経営、厳しいんだよね?」

 「・・・。」

 言い逃れを許さない真っすぐな言葉。その目が子供の頃から嫌いだった爆豪は目をそらし沈黙を選ぶ。

 「日頃のヒーロー活動で出るマイナスが厳しいんだよね?だったらうちの保険を使えば、経営だって今ほど切迫することなんて」

 「うるせぇ!!!!」

 怒鳴る爆豪。来客用の部屋とは言え外に響くほどのそれに、たまたま扉の近くにいた教員は思わず肩を竦ませる。

 「てめぇの保険には絶対に入らねぇ!何度門前払いされりゃあ気が済むんだよ!!!」

 事実緑谷がヒーローを引退したときから爆豪と会ってはいなかった。いや、正確には爆豪に避けられているといった方が正しかった。クラスの同窓会だって緑谷が来るなら爆豪はドタキャンしてでも参加しないという徹底ぶりだったのだ。

 「かっちゃん・・・。」

 「てめぇこそどうなんだよデク!」

 縋るような色が伺えるその瞳。そんならしくない姿を見せられて緑谷は慄く。

 「久しぶりの実戦だったんだろ?現場でなんか思うところでもあったんじゃねーのか?!」

 そこでようやく気づく。彼が本当に言いたかったことを。

 「8%までしか出せねーったってやり方なんかいくらでもあんだろうがよ、今回だって!!!」

 「かっちゃん。」

 響く小さな声。まるで泣いているかのような怒鳴り声が、その一言で止められた。

 「僕、この後免許返納しに行くんだ。」

 「なん・・・でだよ・・・。」

 絞り出すように言葉を出す爆豪。天下の爆心地らしくないそんな姿に、緑谷は軽く微笑む。

 「まだやれんじゃねーかぁ!!!」

 「やれないよ。生徒に助けてもらってどうのこうのしてちゃ、次代の象徴なんて背負えないさ。」

 悔し気に表情を歪ませる爆豪。そう、彼は見たくなかったのだ。保険のセールスマンをしている緑谷を。誰よりも諦めが悪くて、きっと誰よりも無謀な夢を見ていてた幼馴染が折れてしまったそんな姿を。きっと彼ならまたいつかって、そう言って帰ってくるって爆豪は誰よりも願い信じていたから。

 「もう、無理なのか?」

 「うん無理だね。」

 幼い頃はただ追うしかできなかったその背中。避けることしか出来なかった中学時代。

 「本当に、ダメなのか?」

 「うん。」

 隣をライバルとして歩いた高校時代。しのぎを削りあったヒーロー時代。

 「ダメなんだ。」

 いつでもどこかで繋がっていたはずの幼馴染は、いつしか遠くに行ってしまった気がしていた。でもそう感じていたのは他ならぬ爆豪自身だった。俯き悔しそうに、恐らく歯を食いしばっている姿に緑谷は声を掛けられない。

 「てめぇクソナード!!!」

 かと思ったらいつもの調子の爆豪勝己が緑谷に向かって強く強く吠える。視線は未だ、下を向いたままで。

 「お前今回の落とし前どう付けるつもりだ?!」

 「落とし前って・・・犯人だって逮捕したし、免許も返納するからできることなんか本当に限られて」

 「プロヒーロー爆心地の名において!」

 その口上は、まさか。思わず緑谷はそう呟く。当たり前だ。それこそ前日自分が飛天相手にやったことなのだから。

 嘘でしょなんて呟いた時にはもう遅い。

 「緑谷出久の個性使用を許可する!!」

 「・・・っつもう・・・」

 「それで?どう落とし前つけんだ?」

 にやりと笑う負けず嫌いのそんな表情を見て緑谷は思う。本当に、変わらないなって。変わらずに、居て欲しいなぁって。

 「ともかく警察関係は信頼できる伝手を当たってみるとして、僕自身は営業先にいろいろと鎌をかけて反応を見ていってみるよ。サイドキックの人と話すことも多いから、鎌を掛けられて全くボロが出ない訳でもないと思う。」

 「まぁそんなとっか。あいつんとこには行かなくていいのか?」

 「あいつんとこ?」

 あぁと一言頷き話を続ける爆豪。

 「まだしっかり服役してんだろ?俺たちの内通者様はよ。」

 「うん。そうだね。もしまた内通者絡みなら、実際に潜入してた彼女に話を聞いてみるのも悪くないかもしれない。」

 そう答える緑谷の表情にも影が残る。当たり前だ。彼女が内通者だったという事実が元1-Aに残した傷はあまりにも大きすぎた。あの爆豪でさえ、当時は簡単にその話題を口にすることができなかった程だった。

 「ともかく行って話を聞いてみるよ。何か参考になることがあるかもしれないから。」

 「おう、頼むぞ出久。」

 ・・・今彼は何と言ったのか?

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする緑谷。最後に名前を呼ばれたのはいつの話だっただろうか。それこそ、下の名前なんて。

 「突然、なんで・・・。」

 「オールマイトの跡継ぎはもう木偶とは言いたくねぇ。だが免許を返すてめぇはもうデクでもねぇ。・・・・今更名字で呼ぶのも気持ち悪いって話だ。そんだけだ。」

 「なんだよ、それ。」

 彼が名前で人を呼ぶ意味は知っている。誰の事でも名前で呼ぶわけではない。それこそ本名を覚えていないことだって多かったはずだ。それが今、緑谷は始めて爆豪に名前を呼ばれたのだ。ヒーロー名でもなく蔑称でもなく、本名で。

 鼻で笑う爆豪に、今度は緑谷が俯いてしまう。頬を伝うそれを彼に見せないために。きっと見えていても、彼が何も言わないことは知っていたけれど。

 静かになった室内に響くノックの音。舌打ちとともに答えるのはホストである爆豪だ。

 「んだこら!!取り込んでるのは知ってんだろ!?」

 「あっ、すみません、飛天です。」

 先日共に闘った後輩の名前に、緑谷は慌てて目元を拭い爆豪と視線を合わせる。お互い頷くと爆豪は生徒へと入室の許可を出した。

 「お取込み中ってのは聞いてたのですが、昨日のお礼を言いたくて。お邪魔させて下さい。」

 「お礼なんて、こちらこそ助かったよ。」

 そう言葉を交わす即席コンビに、場の空気は非常に和やかなものへと変わる。そんな良い空気の中で、爆発三太郎さんの眼光は緩むことなくその後ろへと注がれることになった。

 「てめぇら何ついてきてんだ!?」

 「ビルボード元1位と話せる機会なんてそうないでしょうから、これも授業の一環みたいなもんでしょ?」

 「うわぁー、デクだぁ、すっごーーーい!!」

 いけしゃあしゃあと物を言う土屋と、芸能人を見たかのような反応の姫子。そして、

 「緑谷さんお久しぶりです!」

 「洸汰君!!」

 かつて林間学校でデクが助けた少年もそこに居た。

 「そうか、雄英高校に入学したとは聞いていたけど、まさか飛天君と同じクラスだったなんて!」

 あの頃よりも随分背丈の変わった、もう子供とは言えない思春期の男の子。しかし瞳に宿すデクへの憧れは、あの当時から変わることなく続いている。

 「ちょっと出水君一人でデク独占しないでよ!!」

 気づけばそんな声ともに現1-Aの生徒たちが狭い来客室へと流れこんできてしまう。

 「ちょ、ちょっと待っ、こんなたくさんいきなり!!」

 面食らって泡を食う緑谷の姿を見ながら、爆豪は楽しげに笑う。

 「ちょうどいいじゃねーか、元ナンバー1さんの特別授業開催だぜ!」

 「そ、そんな勝手に!」

 「報酬に響香の飯を食わせてやる。」

 それ耳郎さんの許可取ってないよね?そんな言葉を言う前に周囲から注がれる期待の瞳に、勿論デクは逆らえない。

 「わ、わかったよ。じゃあかっちゃんも一緒に、みんなで教室で話しよっか。」

 「おま、出久!!」

 見ればあれだけ賑やかな生徒たちが一瞬で静かになっている。不思議そうに緑谷が現1-Aメンバーを見てみれば、

 「かっちゃん?」

 「爆心地が?」

 「あの爆弾魔の先生が、」

 「「「「かっちゃん?」」」」

 そして舞い降りる一瞬の静寂。嫌な予感がした緑谷は離脱しようとしたものの、がっしり肩を掴まれ動けない。後ろ振り向けば、ヴィラン連合も裸足で逃げ出す悪鬼羅刹がそこに居た。

 「ぷっ!」

 「かっちゃん、かっちゃんだって、あはははは!」

 「やばいやばい!!」

 「そういえば林間学校の時も言ってましたね!」

 「な、なかなか素敵なあだ名あるんですねかっちゃん先生!!クスっ、ぷぷぷ!」

 「腹痛い、腹痛いんははは!!」

 日頃の硬派で厳格なイメージが完全崩壊したらしい。怖くて厳しい先生として君臨していたのにまさかのかっちゃん。そのギャップは1-Aメンバーの腹筋を直撃していた。

 「死ねや出久ぅぅぅうぅううううううううう!!!!!!」

 「わ、ちょっ待」

 炸裂する爆炎に轟音。あまりの物音に何事かと顔を出したミッドナイト校長は、応接室で暴れる懐かしい2人の顔を見て思わずその頬を緩めることになる。まだ若かった頃の彼らをその瞳で幻視しながら。

 「来世で幸せになりやがれ!!ワンチャンダイブさせたる!!!!」

 「も、もう充分幸せだよ!間に合ってるってば!!」

 現役高校生の笑い声が響く中で、2人のヒーローはしっかり、ミッドナイト先生に怒られるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無骨で飾り気のない剝き出しの金属の廊下を歩いて行く。重く湿った空気はまるで心まで浸食してくるような、そんな錯覚を緑谷にもたらしていた。タルタロス---超人社会における犯罪者が幽閉される対個性専用の刑務所。そこで案内された一室にいるのはクラスメイトだった女の子。その本当の姿を目で見ることは、肩を並べて闘っている間には終ぞ叶わなかった。

 それができればきっと、彼女がヴィランである必要なんてなかったはずなのに。

 「あっ、緑谷君だぁー!来てくれてありがとう!!珍しいね、どうしたの今日!?」

 ニコって擬音が聞こえるような声と手ぶりで、元1-Aの内通者、葉隠透がそこに居た。

 

 

 

 

 

Next story is 透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」,coming soon.Please wait.

 

 

 

 

 

 




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次話→透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その1
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姿無き囚人
透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その1


吹きすさぶ血風。溢れかえる有象無象。

取り分けて凶悪と言われる犯罪者がその檻を砕かれることで野に放たれる。今ここでヒーローに捕まり再び臭い飯を食わされる者もいれば、逃げに徹し野に帰るものもいるのかもしれない。そう、それは全て自分のせいだ。内通者として生きることを選んだ、自分のせいだ。

 

 「なんでよ透ちゃん!!」

 

 高校一年生だった頃の同級生が叫んでいる。白々しいと思った。何にも気づかなかった癖に。

 

 「あなたを止めます!!透さん!!」

 

 長い黒髪の彼女が叫んだ。綺麗で端正な顔。羨ましいとずっと思ってた。何がわかるんだよ。知ったようなことばかりいつも言ってさ。

 その後かな。気がつけば叫んでた。最後までヒーロー側とは何も喋るつもりはなかったのに。顔見知りがいるとやっぱり駄目なのかな。煩わしいと思っていただけで特に何の情も感じなかったのに。誰も何にも気づいてない癖に。

 だって私が本当に欲しかったのは。知りたかったのは------

 

 

 「内通者の可能性かぁ」

 「そう、だから何か参考になることないかなって。」

 呼吸することさえできれば避けたい不気味な空気の中で、緑谷はかつてのクラスメイトに話しかけた。同じ時間を共に歩いた彼女はあの頃とは違い今は塀の中だ。

 「でもなぁ・・・。私質問には噓なくちゃんと答えてるし、もう特に言えることないよ?」

 その個性故に表情を伺いしれない彼女。その身振り手振りから恐らく疑問符を浮かべていることはわかるのだけれど、それももう「恐らく」としか言えない緑谷。きっとそれは自分だけではないのだけれど、ともかくこの場は言葉を重ねることでなんとか彼女から少しでも情報を抜き出そうとする。

 「本当に少しでもいいんだ。何か欠点というか……自分ならこう潜入するっていうか。」

 「あぁ、それならあるかも!」

 身振りで閃いたのポーズを取る葉隠。本心どころか姿すら見通せないことを歯がゆく思いながら、

いつかきっとと緑谷は思い直しその言葉を待つ。あの日選ばせてしまった責任を背負いながら。

 「身内にすっごく甘いの、ヒーローってさ!」

 「えっ」

 思わず呆気に取られるその言葉。物理的な手段や方法ではなく、ヒーローの習性から入ったその言葉はまるで緑谷自身のことを言っているようで。

 「内通者の可能性は私が雄英在学中の時から浮上してた。それなのに常時透明化してる私を最初に疑うことすらしてないんだもん。それこそ---」

 イレイザーヘッドの目ですら私を捉えられなかったのに。そう言葉を切る透に緑谷は何も返せない。だって彼女の言葉の先には、見抜けねかった自分達では何にも言えない結果だけがあって。

 彼らを別つ対弾性の強化プラスチック。監視の目のある中、元インビジブルガールは言葉を続けた。

 「私もやったけど、やっぱり生徒として潜り込むのが一番だよ。一回入っちゃえば簡単だから。」

 仕草は肩を竦めていたのに、緑谷にはなぜか彼女が嗤っているように見えた。

 

 

 

 

 女刑務所の朝は早い。

 「点呼!!」

 並ばされた廊下にて番号順に名前を呼ばれる。個性の使用ができなくなる、そういった触れ込みの腕輪は入所時に嵌められている。

 「2206番!」

 「はい!」

 「2207番!」

 勿論寝坊などすれば厳罰だし同じ部屋の人間は連帯責任だ。お風呂だって毎日入れる訳ではない。そんな状況。

 「2208番!」

 「はい!」

 しかも男性刑務所と違い施設の数自体が少ないため、終身刑であろうと半年で出られるものであろうと関係なく部屋に押し込まれる。・・・それでも私が一番、罪が重いのだけれど。

 「2209番!」

 「はい!」

 2209番。それが私の、ここでの名前だ。

 

 「あぁ、労役だっる!アホ程一日長いんだけど!!」

 薬で捕まったという、そんな同室の彼女は就寝前に必ずそのように騒ぎ出す。

 「毎日毎日のことですけど、刑期は本当に長いですわね。」

 結婚詐欺だっただろうか。別に取り分けて美人じゃない彼女がそういう。

 「仮釈遠いなぁ……」

 万引き癖がある初犯の彼女は、そう言いながら薬で捕まった彼女にしな垂れがかる。

 「ちょっとあなた…」

 「いいじゃん、溜まってるのはお互い様でしょ?」

 陰部摩擦罪で刑期が伸びるのは私達もなのに、性欲に抵抗できないのは残念なのかそれとも喜ぶべきところなのか。結局見回りが来たため今日の性欲解消はお開きになった。私も含めて、みんな布団で慰めるのが関の山だろう。

 

 

 スマートフォンに映った名前を見て爆豪は軽く舌打ちする。用事を頼み小間使いのように使うことを決めたのは自分だがガキどもにかっちゃん呼ばわりされる元凶なのだ。彼からしたら決して面白いことではないのだろう。しかし逃げたと思われるのも彼としたら癪なのだろう。通話をボタンを押し流行りのスマホを耳へと押し付けた。

 「んだこらクソ出久!死ねよ!」

 『理不尽過ぎる!!』

 電話口で騒いではいるものの、爆豪からしたら知ったことではない。もともと用事が無ければ電話も何もしないタイプなのだ。寝落ち通話など考えただけでも意味がわからない。

 『まさか耳郎さんにもそんな無茶苦茶言ってないよね?』

 「てめぇにんなこと話す義務はねえ!」

 それこそ通話ではなく直接同じところで寝ればいいのだ。心も身体も直接スキンシップを取った方がめんどくさくなくて済む。何より、

 「合理的だしな。」

 『?』

 「んで?透けはなんっつってた!?」

 『透けて.........潜入するにはやはり生徒になるのが一番楽だって。』

 「ふん、経験者は言うことがちげぇなぁ。」

 在学中あまり関わりがなかった葉隠のことを爆豪は思い出す。光を操り完全な透明化を果たしている異形型。雄英でもトップに来るであろう恵まれた個性である彼女がヴィランだったことに対し爆豪は、

 「俺を騙しやがって、ぜってぇ許さねぇ!!!」

 『かっちゃん……』

 元1-Aの中で唯一スタンスの違う爆豪の立ち位置。それは止められなかったことを悔やむのではなく、罪を犯したこと自体を責めるその姿勢。

 「てめぇも何も八つ当たりされたか知らねえがな、上手くいかねーからって誰でも彼でもヴィランになる訳じゃねぇ。選んだのはあの透けだ。」

 『・・・うん。そうだね。』

 「高校まで無個性だった奴でも棚ボタとは言えナンバーワンになってんだ。てめぇが選んだことでグダグダ言ってる話なんぞ聞くかボケェ!!」

 言葉は確かにキツい。しかしそこに含む確かな気遣いを緑谷は受け取ることにした。

 「ヒーロー側は甘いから生徒に紛れ込ませる……ってことは俺の管轄だな。」

 『僕は引き続き事務所やサイドキックから情報を集めてみるよ。』

 耳郎さんの手料理楽しみにしてるよ、なんてそんな緑谷の言葉で通話は終了することになった。

 

 「生徒への潜入・・・しかしそこまでやれるほど連合や解放軍に余力があるか?」

 葉隠の内通者発覚から、ヒーロー科への入学試験で徹底的な身分調査が行われることになったのだ。それを誤魔化せるほどの力は今残党どもにはもうないはず。つまり、

 「透けにはまだ何かある。ちっ、使えねーナードだぜ。ったく、」

 そうやって呟きながら爆豪は校長室と書かれた部屋のドアをこじ開ける。ノックは無し。いきなり爆撃で吹っ飛ばさなかっただけ彼もきっと大人になったのかもしれない。中を見れば突然の来訪に驚きを隠せないミッドナイトと1-Aの担任の2人。手間が省けた、そう思い笑う爆豪を見て二人は嫌な予感がしたのだろう盛大に引きつっていた。

 「ガキどもの社会科見学の行き先。タルタロスにしろ!!!」

 ミッドナイトは最近よく使うようになった胃薬を、今日も盛大に飲み込むことになったのだった。




pixivにて連載中のものを再掲載しております。
何卒宜しくお願い致します。
次話→透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その2
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透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その2

長い黒髪の妙齢の女性。校長室と書かれた部屋で一人ミッドナイトは、社会科見学と書かれた書類を眺め溜め息をついていた。綺麗にまとめることもできるであろうその髪は、まるで情事の後ではないのかと疑ってしまうほど艶めかしく乱れている。勿論今日昨日そうなったのではなく、ヒーローとして己のキャラを定めた時からそうしてはいるだが。

 「難儀なものね。」

 書類を出してきた教員のことを思う。生徒の頃から顔も知っているし、実際授業によっては担当もしたのだが、あの一見粗そうな性格に見える男が、誰よりも綺麗でお手本のような書類を作り上げてくるのである。教員なんて授業をしているより書類を作っている方が長い仕事なのだ。ヒーロー科であっても、それが変わることはなかったりする。

 『ヴィランとの面会による危機意識の向上』。

 そう銘打たれた書類は今回の目的を一言で示してした。

 「まぁ確かに、合衆国のテレビ番組でそういった企画があったのは知っているけど・・・。」

 確か某国におけるテレビの企画では、暴行や窃盗などといったアウトロー気取りの少年を、実際に刑務所で凶悪犯に合わせて改心させるものだった。ご丁寧に動画サイトのURLまで書いてある。みみっちい。だが―――

 「筋が通らない訳ではないのよね・・・。」

 ヴィラン連合や解放軍が崩壊し、組織だった犯罪が難しくなった現在。ヴィランというには御粗末なチンピラまがいが増えているのが現実で、生徒たちからすれば御しやすい相手としか思われていないのが現状だろう。そこで改めて歴戦のアウトサイダーと出会わせることで、失った危機意識を取り戻させるのがその狙い。

 「まぁだからこそ許可を出したんだけどね。」

 そう、それこそ実際にこの案件の許可は出しているのだ。関係方面への根回しも、胃薬を支えにもう終えたところ。今更グダグダ考えるのはもう彼女の仕事ではない。だから彼女はその艶めかしい乱れ髪を耳にかけ、唇を指で抑え思索にふける。妙齢とはいえ夜の蝶を自称するヒーロー名。後天的にも身につけた、もはや無自覚で放たれるその色気は、仕草だけで雄の本能を著しく刺激してきた。月の光でさえ、スーツ越しの肢体を彩る照明器具にしかなりはしない。しかし考えるのはあくまで校長として。前任者から受け継いだ椅子は、決して軽くはなかったから。

 「まぁ、あの子たちの時代はほっといてもヴィランの方からやってきてたから、今が温く感じているだけなのかもね。」

 生徒のためだけにここまでのことを仕掛けるとは思えない、金髪赫眼の新任教師。一石二鳥でことを運ぼうとする合理的な思考は、幼馴染が絡まなければ学生時代から見受けられたもの。恐らく何か他に狙いもあるのだろうが―――。

 何かあれば相談してくれるだろう。そう思い、結局答えが出なかった問題は据え置くことにして、ミッドナイトはデスクに積まれた書類の山に手を出すことにしたのであった。

 

 

 朝から憂鬱だった。いや、正確には社会科見学の行き先が決まった日からずっとそうだった。当たり前だ。ヒーローなんて華やかな世界を目指しているのに、わざわざ刑務所くんだりまで足を運ばなければならないのだから、はっきり言って気が滅入る。

 「小野田さん、大丈夫?」

 「ありがとー、大丈夫だよ!」

 物憂げな表情は隣を歩く男子から見たら体調不良のそれに見えたらしい。ただ単にやる気がなくて不貞腐れているだけなのだが。

 「出水君気にしてくれてありがとう。」

 「う、ううん、当然のことだよ!何かあればいつでも言ってね!」

 真面目を絵に描いたような男子は実にいいお客さんだ。御しやすい。

 勿論、彼女―――小野田小町はそんな本音を周囲に漏らすことはない。艶のある綺麗なロングの黒髪。同色の瞳に色白の肌。校則違反ではないとはいえ、ナチュラルに施された化粧は彼女の美貌を際立たせている。大和撫子。その言葉を体現したかのような姿だけで、クラスの男子達はいちころだ。もっとも、

 「男受けの良い格好を極めればこうなるだけなんだけど。」

 「?どうかした?」

 「んーん、出水君は今日も優しいなって言ったの!」

 「ははは、ありがとう!」

 出水君と言われた彼、出水洸汰などわかりやすい一例だ。入学当初は憧れのヒーローに近づくためだのなんだの言っていた癖に、少し優しくしてやればこの通り。授業も気もそぞろ、少しでも時間があれば、自分に話かけようとしてくるのが手に取るようにわかる。会話の内容なんて、すごいすごーいと、それでそれでと相槌さえ打っておけばどうにでもなる。勝手に喋っているのだ、ちょろいもの。

 「またやってるよ。」

 「姫だ姫。」

 「キャバ嬢。」

 鼻の下が伸び切っていてる彼の反対側から女子の声が聞こえてくる。いつもの妬みだ。どうでもいい。それこそ自分達が男子に嫌われるのが嫌で、面と向かって言えないのも目に見えている。くだらない。

 小野田小町が女子を敵にしてまで男子を従えているのには理由があった。

 

 個性:お姫様

 

 この個性は、自分に好意を抱いている相手の身体能力や個性を強化できる。あくまで男子限定で、だ。人数制限は無し。補正の上昇値は自分への好意の高さに比例して変化する以上、周囲への彼女の評価はそのまま死活問題にも直結する。異性限定でのバフ掛け。己自身では戦えない個性。そんな彼女が男子達へ媚を売る理由は仕方がないとも言えたのだ。

 「モテない嫉妬する暇があるなら訓練でもしてたら?」

 「!?」

 わざわざ洸汰の隣を離れ、女子の輪に入り告げる一言。勿論男子には聞こえない声量で。最初に喧嘩を売ったのはあんたらなのだ、言われっぱなしになる理由はない。

 「あんまり調子に乗ってるとっ!!」

 「何?いじめでもする?ヒーロー科の生徒が寄ってたかって?確実に就職に影響出るよね?」

 「っ・・・。」

 悔しそうに歯を噛む女子生徒たち。他校なら起こりがちな女子の云々かんぬんも、ここではヒーロー科という名目が足かせになって、彼女達自身の行為を縛っていた。人気商売でもあるヒーロー。陰湿な女子のいじめとは無縁で行きたいのはお互い様だろう。勿論、こんな性格の自分だってヒーローらしくはない。だが、

 「私はヒーロー目指してないしね。」

 「あっ、おかえり、小野田さん!」

 女子の輪から帰ってきた小野田を露骨なまでに嬉しく出迎える洸汰。そんな彼を適当に喋らせつつ、彼女は己の目標を確認する。

 「目標はヒーローになることではなく、雄英出身ヒーロー相手の玉の輿。ヴィランの相手なんて、男にやらしときゃいいのよ。」

 一瞬覗かせた本音に洸汰は気づくことはない。タルタロス到着を、担任がいつもの口癖で告げたのは丁度その時であった。




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次話→透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その3
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透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その3





「ハイしゅーりょー!!!」

 雄英高校1-Aは、本日社会科見学を行うタルタロスへと到着した。始めて見る刑務所(そもそも見たことある10代は圧倒的な少数派)。それに対し再び騒ぎ始めた生徒たちを、担任が子供の頃からの口癖で諫めたところだった。学生時代とは違い、ポニーテールに縛ってなお肩に届く黒髪。爬虫類を思わせるつり目で、軽く子供達を睥睨する彼女こそ------今年1-Aを担当している教師、取蔭切奈だ。

 彼女に睨まれ、なんとか静まった可愛くも憎たらしい生徒たちの様子に、切奈は軽く溜息を吐いた。場所が場所である。爆発男のせいでこうなってしまった訳だが、やると決まって現地まで来た以上、もう少し子供たちにも静かにしてもらいたいものである。あぁもう、面倒くさい。

 だからとは言え、露骨に顔に出す訳にも行かず、声を張り上げ生徒たちへとこの後の動きを伝えていく。

 「引率は見ての通り、私と爆豪先生が来てるからクラスを半分に分けて中に入って行きます!中に入っていった後は、ともかく静かに、周囲のものは勝手に触らないようにね!」

 名前まで呼んで話題に触れたにも拘わらず、ある意味でしか頼れない副担任は何か考え事でもしているのか、そっぽを向いている。お前も引率するんだよ、ちょっとは手伝ってよと思いながらも、生徒どころか副担任の注意までしていられない。こうなったら、

 「先手必勝、倒しましょっと。」

 「先生?」

 「ごめんね、じゃあ名前呼んでくから呼ばれた人は先生のとこ来てね?まず取蔭班から!」

 彼女がやらしいことに定評があるのは、高校を卒業をしてからも変わらなかったらしい。

 

「何よこの組み合わせ.........」

 思わず小野田小町は呻いてしまった。当然だ、ただでさえ気分の下がる刑務所見学なんてイベントだ。行きたくなくて仕方がなかったのだが、率先してサボって下手に男子の好感度も下げられない。心模様は既に、週明けの月曜日も逃げ出す勢いで真っ青な気分である。それに輪をかけるかのように---

 「まっ、そもそもヴィランになるような人間の話聞いたところで、どんな意味があるのかわからないね!」

 イキりレスバ野郎の土屋と、

 「まぁ何かしら意味あるんじゃない?行ってみて考えようよ!!」

 頭の中まで晴れ間な孤城と、

 「何か屋台的なものはないのか?小腹が空いたんだが…」

 もはや世の中から飛び去ってしまっている嵐島である。苦痛の三重奏、A組問題児のオンパレードだ。本当に勘弁して欲しい。

 勿論、小町としては土屋と嵐島は男子である以上取り込んでしまいたかったのだが、イキりレスバの自慢話と、嵐島の現世から夢遊してしまっている空気に耐えられなかったのである。入学一週間で諦めた。

 「なんか個性的なメンバーだね・・・。」

 ちゃっかり同じ爆豪班に入った出水洸汰も似たような心情だったようだ。何せ問題児の大バーゲンである。班分けを決めた取蔭先生が恨めしい。というより、

 「狙って爆豪先生に押し付けたのかな?」

 「あっ、なんかわかるかも・・・。」

 班分けをした時の担任と副担任の表情が、それぞれ口よりも雄弁に物語っていたのだ。やってやったぞと、やりやがったなと。そんな元ヒーローと現役ヒーローのやけに残念な人間臭い姿を思い出し、姫と召使(肉壁とも言う)は再び溜息をつくのだった。

 

 

 

 「腕に自信のあるガキどいつだ!!!!!!」

 響き渡る怒号。実際に人を殺したことがある人間の瞳はここまで澱むのか。思わずそう思ってしまうほど圧倒的な黒。黒黒黒。個性使用ができないよう、拘束具が付けられているとは言え、檻から一時的に放たれた彼らは、もはや人というより猛獣に近い何かだった。あまりの剣幕、あまりの殺気。尋常じゃない刑務所の空気の中で、ヒーローを目指す卵たちは瞬き一つすることができなかった。

 「俺は10人女を犯した!!来月死刑が決まってっから思い出作りに一発ヤらせろや!!」

 強引に女子生徒に伸ばさんとする手を、担当する先生が軽く払う。対象にされた生徒は、身がすくんで自分でどうこうするのは不可能だ。人を人とも思わない狂気の坩堝。それはどこか遠足気分だった生徒たちの心を、確実に嬲り犯し染め上げていく。

 「・・・つ、う。」

 思わず呻いてしまう生徒は一人や二人どころの騒ぎではない。実際に、チンピラまがいとはいえ、ヴィランとも交戦があるものだっているのだ。そんな神童でさえ、場の雰囲気に飲まれてしまっていた。

 「ヒーローに負けて腕を切られちまってよ、てめぇらから一本もらっていいよなあ!!!!!卵みたいなもんなんだしよ!」

 目を背けた先に回り込んでくる社会の害悪。自分達がテレビやネットのニュースでしか知らない、本物のアウトロー達。担当の先生たちは身体への接触以外は特別止めるつもりは無いらしい。どこ吹く風だと言わんばかりに、無表情のまま生徒たちを眺めている。

 「目ぇそらしてんじゃねぇぞこらああああああああ!!!!!!」

 その間も絶え間なく続く、怒号罵声殺意の真っ黒な真っ黒な黒い黒い黒い------ただ相手の心を壊すためだけのそれ。隙あれば目から耳から肌から舌から鼻から、穴という穴から浸食してくるそれは、まるで血みどろの刃で処女の秘部を抉り回すような。

 その異常な空気の中で、怯える仕草をまるで子宮の中に置き忘れてきたような。そんな表現すら生易しく思えるほど、丸で何事もなかったかのように、2人の引率者はそれぞれの生徒を連れて、タルタロスの中を進み続けた。

 

 「偶然ここにいる奴なんていないんだよ。」

 そう話し始めたヴィラン。懲役99年の殺人犯。酒に狂い女に溺れて、最後には薬に飲まれて無差別に人の命を奪った。薄暗いその瞳にも、かつては夢を追う眼差しがあっただろうか。

 落ち着いて話しをするというのも変な話だが、しっかり犯罪者達から心を折られた生徒たち。彼らは今強化プラスチックの前------面会室の中でヴィランの話を聞いている。日頃から凶悪な犯罪者に会う機会が無い彼らは、今度は人間としてのヴィランに正面から向き合う。

 「運悪くここに来たんじゃない。どんな理由があったってな、ヴィランになることを選んだのは俺たちなんだ。」

 「やめられるならやめたかった。やめたい。どうしたらいいの?」

 「殺すことでしか許せなかった。」

 「悪いことだなんてわかっちゃいたんだ。でも、もう、自分でも止められねえんだよ。」

 次々にやってくるヴィランと呼ばれた人間達。これからも生きて償わなければならない、そんな人達。

 「こっち側には来るなよ?選ぶのは自分なんだよ。」

 「でもなんど繰り返しても、きっとここに来ちゃうかな?」

 「今だって明日だって、もうどうしていいのかもわかんねぇ。」

 そこにあるのは怨嗟なのか後悔なのか。誰かを責めるようで、己を責めていて。反省よりずっと重く後悔より心に残り続ける何か。そんな何かを、生徒たちは心に受け止め続けていた。

 そして爆豪班が使う面会室へ、最後に入ってきた犯罪者。彼女はどこか纏う雰囲気からして、他の囚人達とは違っているように思えた。

 「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」

 そう叫んだ、恐らく女性の姿はだれの目にも見えなくて。

 そのやけに明るい声だけが、何よりも生徒の耳へと残ってしまった。




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次話→透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その4
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透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その4

葉隠透。これが最後だと言われて部屋に入ってきた、恐らく女性である彼女は、どこか慣れ慣れしく爆豪へと話しかけていた。

 「雄英の子達が社会科見学に来るって何事かと思ってたんだけど・・・爆豪君の差し金だよね、どう考えても!」

 「はっ、どうだかな?」

 「昔からそうだけど、目標のためなら緑谷君や轟君以上に無茶苦茶するところあるよね~。」

 「てめぇだけには言われなくねぇ!!」

 それこそ社会のルールを守ったか守ってないかの違いは大きいのだが、やりたい放題やるという意味ではお互い似た者同士なのだ。さすが元A組、イレイザーヘッドの生徒たちは残念な意味で健在である。

 そんなかつての旧友同士、まるで同窓会のような空気になってしまった面会室。あまりに変わってしまった雰囲気の中で、置いてけぼりになってしまった生徒達から声が上がる。

 「あの、かっちゃん先生、この方は・・・」

 「それ言うな。爆ぜさせるぞ。」

 「爆豪君、誰がヴィランかわからないよ!」

 生徒達からしたら、もはや日常となった爆豪の脅し文句は、塀の向こう側から見ても異常なものだったらしい。まさかの犯罪者側からフォローされたことに、庇われた生徒もついつい複雑な表情を浮かべてしまっている。飛天に至っては欠伸すらし始めた。今日も飛んでる君は絶好調である。是非とも仲間だとは思われたくないところだ。

 しかし流石に職務上話を進めないとマズいと思ったのか、一拍舌打ちだけを響かせて、かっちゃん先生は未だ姿を捉えることができない、そんな囚人の紹介を生徒へ向けてやり始めた。

 「元ヒーローインビジブルガール。俺が雄英時代の同級生だ。勝手に転落したがお前らの先輩だ、せいぜい敬い殺しとけ。」

 「前から思ってたけど、爆豪君のボキャブラリーってどこから出てくるの?」

 そうやってまた軽口を始める元同級生コンビ。気安い関係と言うべきだろうか。元クラスメイトとしての会話なら全く違和感の無いそれ。しかし、この二人は---

 「インビジブルガール。第二次神野戦線で発覚した、裏切りの内通者。」

 呟やかれた言葉。それは声量以上の響きを伴って、面会室の空気を再び変えた。ただし先程までと違うのは、重く苦しい殺意を放つのがヴィラン側ではなく生徒側だということ。

 「久しぶりだね、洸汰君。」

 「・・・どの面下げてと、そうお伝えしますよ。」

 ヴィランに家族を殺された青年。彼の父と母は最後までヒーローとして闘ったのだ。まだ幼い彼を残して。その歪みかけてしまった心を、”新たな象徴”に救ってもらい、彼自身は復讐に堕ちてしまうことこそなかった。しかし、現状この場での言葉と態度は、犯罪者として生きることを選んでしまった葉隠を、確実に責めてしまっている。むしろ、

 「殺意って言うんですかね?真っ黒なものが止まらないくらいです。」

 真面目で優し気な青年。それこそ個性分岐点を迎えたこの時代、水流を放出するだけのそれは決して派手とも有能とも言えないが、堅実なスタイルは教師陣の中でも評価が高かった。そんな生徒が見せた明確な殺気。周りの生徒は勿論、丁度良いお客さんとして利用していた小町もその豹変ぶりに動けずにいた。それほどまでの事があって。それほどのまでの思いがあって。その全てをその眼光に込めて。彼は目の前で飄々としているヴィランに向けて叩きつける。

 「そうだよね、君のご両親のこと考えたら、そう思っちゃうのも当然だよね。」

 凪の如く。真正面から力尽くで殴り掛かってくるそれを、受けるのではなく軽やかに流しながら、表情どころかその輪郭さえ捉えられない彼女は告げる。そのあまりに飄々とした様子に、憤怒の形相へと変わる洸汰。それをそのまま言葉の暴力へと変えるために口を開く。

 「知ったような口を!!」

 「そんなこと言われても困るよ。別に私が君の両親をどうこうした訳ではないし。」

 まるで太陽はどこから登るのか聞かれたかのように、葉隠は当然のことのように答を返していた。言い淀むこともなく、はっきりと。

 「顔見知りがヴィランとして出てきたからって、急に荒れて欲しくないんだけど。」

 「こっ、のぉ!!」

 表情の代わりに身振りで手振りで、呆れの感情を伝えてくるそんなヴィラン相手に、洸汰は両手を構え水流を放とうとする。しかし---

 「だめだ。」

 一瞬にして距離を詰めたオッドアイの天才と、

 「落ち着いて!」

 洸汰の視界を潰すために、狐火を撒いた金髪の少女が、洸汰の激情の邪魔をする。まさか止められるとは思ってなかったのだろう、面食らった彼はそのまま個性の発動もできずにその両手を降ろしてしまった。

 「まぁ、そんなもんだろーよ。」

 同級生二人に為す術もなく動きを封じられた洸汰を見て、爆豪は溜息混じりにそう呟いた。そもそも洸汰は緑谷という明確な目標があったため、入学当初こそ他の生徒よりも一歩二歩抜きん出ていた。腑抜けた空気の中で、訓練にも真面目に取り組んでいたし、爆豪の授業にも食い下がってきた。そう、小町に熱を上げてしまうまでは。

 「それに比べて。」

 元々天才肌だった飛天は元より、自分なりに目標ができた姫子の成長具合は目を見張るものがあった。なんとなく受けていた授業も、教師の意図を把握して必要なことを吸収しようとしているのが伝わってきていた。それこそ放課後の自主訓練だってそうだ。お互いがお互いに切磋琢磨し始めた二人は、気を抜いた同年代など相手にならないらしい。

 バカにしていた訳ではないだろうけれど、明確に追いつかれたという事実が、洸汰の表情を曇らせる。そしてその隙を見逃してくれるほど、目の前のヴィランは優しくはなくて。

 「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 響き渡る哄笑。それが明確に嘲笑うのは出水洸汰の現在地。再び視線を強くし洸汰はせめて言葉だけでも抗おうとする。

 「何がおかしいっ!?」

 「おかしいって!?おかしいに決まってるでしょ!!」

 膝を叩いているのだろう、乾いた音が周囲にこだまする。どこか軽く響いてしまうその音は、この重たい雰囲気の中ではどこか異常なほど浮いていた。

 「緑谷君みたいになりたいとか言ってよく寮まで遊びにきていた子供がさ!雄英に入ってみたら周囲に平気で負けててさ!!」

 「い、今はたまたま!」

 「本当に!?私だって雄英出身なんだよ!?ほっといたらヴィランが学校に襲ってくるような時代だった!私みたいな内通者はともかく、みんな目標に向かってすごく頑張ってた!今の洸汰君の動きを見たら、頑張ってるかどうかなんて私だってわかるよ!」

 それこそ私以外のヴィランには噛みつくことすらできなかったんじゃない?そう言葉を続けた透は、何も言えない洸汰を尻目に、周囲を見渡したような様子見せて話を続けた。

 「大方、そこの女の子の尻でも追っかけてるんじゃないの?」

 「!」

 突然水を向けられた小町は思わずその引きつっていた顔を上げる。牢獄体験でとっくに心は折られていたのだ。ここで話題を振られて反応できるほどの度胸など、彼女の中には育っていない。

 「化粧もそうだし、スキンケアだってしっかりしてるよね?肌が日に焼けた感じがないのは、しっかり日焼け止め塗ってるってことかな?リップは今の流行り?私はこんなところにいるからわからないけれど。校則に引っかからない程度の上手なお化粧だね。日頃からしっかり練習してるんだろうね。他の子もお化粧してる子は多いけれど、あなたは抜きん出て女だよね。」

 吹き出すように話し続ける彼女の言葉に、小町は身動きが取れず何も言葉を返せない。クラスの女子相手ならいくらでも言い返せるのにだ。

 「妬ましい。」

 まるで薄暗く仄暗い井戸のそこから響き渡ったような、怨嗟のような重たい声。視線で人を殺せるならばなんて例えがあるが、嫉妬で人を殺せるのなら、小町は透に何回殺されてしまうのだろうか。見ればどこを見ているかわからない透明な姿。視線さえ定かではないその身体は、顔を求めて彷徨う深夜の亡霊のようにも見えて。

 「あなたが。」

 誰もが言葉を失ったこの場において、口から物を言えたのは、プロヒーローであるシュガーマンと事を構えたことがあったからか。

 「あなたがヒーローを裏切った理由は、もしかして・・・。」

 姫子の問いに一度だけ頷いた透は、たった一つの答えを告げる。

 

 

 

 

 吹きすさぶ血風。溢れかえる有象無象。

取り分けて凶悪と言われる犯罪者が、その檻を砕かれることで野に放たれる。今ここでヒーローに捕まり再び臭い飯を食わされる者もいれば、逃げに徹し野に帰るものもいるのかもしれない。そう、それは全て自分のせいだ。内通者として生きることを選んだ、自分のせいだ。

 

 「なんでよ透ちゃん!!」

 

 高校一年生だった頃の同級生が叫んでいる。白々しいと思った。何にも気づかなかった癖に。

 

 「あなたを止めます!!透さん!!」

 

 長い黒髪の彼女が叫んだ。綺麗で端正な顔。羨ましいとずっと思ってた。何がわかるんだよ。知ったようなことばかりいつも言ってさ。

 その後かな。気がつけば叫んでた。最後までヒーロー側とは何も喋るつもりはなかったのに。顔見知りがいるとやっぱり駄目なのかな。煩わしいと思っていただけで特に何の情も感じなかったのに。誰も何にも気づいてない癖に。

 だって私が本当に欲しかったのは。知りたかったのは------

 

 

 

 

 

 「私は自分の顔が知りたかった。」

 あの日神野で集まった元同級生、そんな彼らに告げたのと一ミリも変わらないその答え。

 「そんな理由で…。」

 呟いたのは誰だったのだろうか。洸汰だったのだろうか。姫子だったのだろうか。それとも空気の読めない飛天だったのかもしれない。しかし疑問に思うのも当然だった。雄英出身、透明人間という良個性。そのまま普通に生きているだけでも、きっとエリートとして幸せな人生が待っていたはずなのに。それを捨て去るリスクを負ってまで求めたものが、まさか。

 「あなたたちに何がわかるのさ!?」

 響き渡る怒声。己の何よりも欲しかったものを、自分より恵まれた環境の誰かに否定された悲しさ。

それを余すことなく、強化プラスチック越しの誰かへとぶちまけ始める。

 「親でさえ服を着ていなければ私がどこいるかもわからない!裸で街を歩けば誰にも気づかれない!」

 それはきっと彼女しかわからない悲痛な叫び。誰かがわかってあげられたなら、もっと違った未来があったそんな叫び。

 「悪戯しないと気づきもしない癖に、どいつもこいつも迷惑そうな顔して!知ったような顔で近づいてくるクラスメイトだって!!」

 そこで一旦言葉を切り、大きく息を吸い直す。きっともう何度も何度も声に出して、気づいてくれなかった誰かを呪ったその言葉を。

 「私が泣いていたことさえ気づかなかった癖に!!」

 

 

 

 

 砕け散った街並み。襲撃にあったタルタロス周辺は、まるで空襲にでもあったかのように焼け野原になっていた。檻から脱走した犯罪者。それを止めに来たヒーロー。それぞれの個性が乱れ飛ぶ戦場は、まさにこの世の終わりのようで。そんな中向き合う元1-A女子と、元ヒーローになってしまったインビジブルガール。

 『顔が知りたかったなんて、そんな・・・』

 『・・・それだけでここまでのことを?』

 そうやって呟くしかなかったクラスメイトの姿は、透を落胆させることしかできなかった。結局自分にとってどれだけ大切なことでも、最初から持って産まれた彼女達には理解してもらうことなんてできないんだなって。

 『百ちゃん、私ね、いつもあなたのことが妬ましかったよ?』

 『!?』

 直接話を振られるとは思っていなかったのか、八百万は一瞬だけ怯えた表情を見せた。その反応でさえ忌々しくて。

 『女の子らしい綺麗で素敵な髪に、可愛らしい仕草に表情。卒業してからますます綺麗になったよね?化粧も上手になってさ。女の子の理想って言うのかな。それが詰まってる。羨ましいったらありゃしない。』

 『私だって異形型よ?透ちゃん。』

 そう答えた蛙の彼女。透は恐らく彼女の方を睨んでいるのだろう。身体の向きから、じっとそちらを見ていると思われる。

 『愛くるしい姿はマスコットみたいで羨ましかった。梅雨ちゃん男子からも人気あったもんね。』

 『・・・それは』

 『そもそも、今私はお茶子ちゃんの方見てるんだよ?』

 『『『っ!』』』

 身体の向きやその仕草で彼女の様子を判断していたヒーローたちは、その考え方が間違っていたことにようやく思い当たった。それこそ今まで彼女とコミュニケーションを取る上で判断してきたものがまるで、

 『そう、意味のなかったことなんだよ。』

 実際に辛くて泣きそうな顔をしていたことだって何度もあった。内通者、裏切り。そんなことをするのに辛さが全くなかった訳ではなかったのだ。誰かに止めてもらえるなら、それこそ止めてもらいたかった。けれど、

 『仕草さえ笑っているふりをしていれば、あなた達は結局誰も私の心に気づけなかった!!ヒーローになりたいだなんて言って!一緒の寮に住んで毎日顔を合わせている私の気持ち一つ気づいてくれなかった!!それこそ猿夫君だって!!』

 誰も何も言えない空間の中。もはや彼女の声以外で、彼女の心を推し量るのは不可能で。周囲のヴィランとヒーローが戦う喧騒が、どこか遠い国の出来事のように思えた。

 『それでもドクターはわかってくれた!内通者の役割をこなせば、私の顔を見えるようにしてくれるって言ってくれた!』

 声からわかるのはどこか恍惚とした感情。救いを求める罪人が、キリストから罪を許された。そんなどこか宗教画の一シーンのような。求められれば身体さえ許してしまいそうな、彼女の姿。

 『だから邪魔をするなら容赦しないよヒーロー!』

 言葉ともに現れるハイエンドクラスの脳無。決戦はまだ、始まったばかりだった。

 

 

 

 「お洒落が得意なあなたならわかるんじゃないかな?年頃の女の子が、化粧一つできないんだよ。」

 再び小町に向けられたその言葉には、縋るような響きが込められていた。

 「自分に似合う服だってわからない。マネキンが服着て歩いているようなもんだって、店員に陰口言われたことだってある。」

 そのあまりにも切ない響きに応えられるような言葉も信念も、最初っから小町は持ち合わせていなくって。

 「普通の年頃の女の子みたいに、化粧してお洒落して好きな人の前でドキドキして!たったそれだけのことがしたかっただけなのに!こんなところに入れられて!自分の顔が知りたかっただけなのに!それがそんなに悪いことなの!?誰も助けてくれなかったから!ヒーローが誰も助けてくれなかったから!!助けてくれる人の所に行っただけなのに!!」

 それは小町だけではなかった。洸汰も姫子も飛天も大地も、それこそ他の生徒達も。助けを求める彼女への答えも応える方法もわからなかった。

 「刑務所のいじめって知ってる?自分の排泄物を食べさせられたりするんだよ?どこまで透明に見えるかとかいって訳の分からない話でさ!結局ここでもそんなことで苦労するんだよ!何か隠してないか調べるとか言って、男の刑務官に身体中をまさぐられて!!それこそ最後までされることだってあるんだよ!!」

 まるでどこか遠い世界の出来事のような目の前の現実を、まだ受精卵でしかない生徒達は受け入れることができなかった。それこそかつての友人達でさえ、透の悲しみは受け入れることはできないのかもしれない。

 「ヒーロー科なんでしょ!?ヒーローになるんでしょ!!だったら私のこと助けてよ!!」

 「いい加減にしろよてめぇ。」

 叫び訴え垂れ流し、己の全てを曝け出した透を止めたのは、かつての友人でもなく生徒達でもなく、ただの元クラスメイトである爆豪勝己であった。




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何卒宜しくお願い致します。
次話→透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その5
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透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その5

「黙って聞いてりゃあグダグダグダグダめんどくせぇ。」

 透がぶちまける嫉妬も恨みも、積み重ねた単純明快な思いも、全てをその一言で叩き切る。その個性通りの発言は確かに今に始まったことではない。しかし、でも、けれど。

 「んだこらてめぇら、まさか今こいつに同情してんのか?」

 爆豪が生徒達を睥睨すれば、図星だった何人かは慌てて目を逸らしてしまう。確かに目の前のヴィランがやったことは到底許されることではない。しかしその原動力となった思いは、決して大きな野望ではなく、誰だって望んで手に入れたいと思うようなものでしかないのだ。それこそ誰もが、ある意味持ってて当たり前と評されてもいいような。そんな当然で普通のことが手に入れることができない環境に、同情する声が上がるのは当然と言えた。しかし、

 「寝ぼけてんじゃねーよ。」

 ビルボード№2はその同情を許さない。

 「街一つだ。」

 目を逸らし俯いた何人かが顔を上げた。

 「この糞が裏切ったせいでなくなったもんだ。それも少なく見積もっての話だ。」

 当時の神野戦線、タルタロスでの襲撃で起きたのは未曾有の人災だった。そう、家屋が潰れて火炎が吹き荒れ、下敷きになった人を助ける声や、もう返ってこない家族に縋り続ける子供の泣き声。未だに爆豪は、いや爆豪でさえもあの惨劇は夢に見ることがあるくらい。それこそPTSDとなり、ヒーローを続けられなくなった同僚だって何人もいるくらいだ。

 「震度7の地震と、富士山の噴火でも同時に来たのかと思うくらいのもんだった。何が悪いかってよう、それが何より人間の手で起こされたことが最悪だって言ってんだ。」

 自然現象なら、仕方ないと割り切れない訳じゃない。乗り越えて生きていこうとするのも、また人間だ。それこそ立ち直って生きている人だっている。しかしそれが、犯罪者によって起こされたものだとしたら---残された人間の憤り。計り知れないほどに心に残った大きな傷。未だあの事件が残したものは、人々の生活を脅かし続けている。

 「やられた人間についたもんをよ、それをどうにかすんのがヒーローじゃねぇのか?!てめぇ可愛さに好き放題やった、そんな加害者側のあれこれをどうにかすんのは俺等の仕事じゃねーんだよ!」

 強化プラスチック越しに、正確な位置がどこかも分からないその瞳を見据えて、いや、その奥にある折れてしまった心を見据えて、爆豪勝己は咆哮を上げる。

 「てめえの不幸を諦めずになぁ、それでもって足掻く奴だっていたんだよ!!当たり前にあるものがなくなっちまったって、らしくいようとした奴らだっているんだよ!!」

 最初から個性がなかった幼馴染。戦いの結果、個性を失ったクラスメイト。

 「1人だけ不幸に浸って、間違えた結果なすりつけてんじゃねーよ!!!!」

 元A組の誰もが透のことで心を痛めていた。事前に気づいてあげられたら。止めてあげられることができたのではないか。そんな思いを引きずっていることを爆豪は知っている。隣を歩いてくれている恋人だって、あの日のことは口にしたがらない。仲の良かった元1-A。仲が良いと思っていたからこその痛み。しかしただのクラスメイトでしかなかった金髪赫眼の青年は、だからこそはっきりと告げられる。

 「間違えたのはてめぇだ。間違った責任を取りきるまで、臭い飯でも食って、いいように遊ばれ死にやがれ。」

 

 

 「なんかすごい一日だったね。」

 日帰りでの社会科見学。太陽が沈むのも遅い季節とはいえ、時刻はすっかり夕方。紅に染まり夜の帳を待つだけになったその世界は、今日という一日を塗りつぶしてくれるような気さえしてしまう。

そういえばあまり話したことがない孤城姫子が、そう声をかけてきたのは、小町が夕焼けを見て、ぼんやりとそんなことを考えていた時だった。

 「孤城さん・・・。」

 「姫子でいいよ。」

 気軽に声をかけて、ファーストネームで構わないと告げる気安さ。土屋や飛天と一緒にいることが多いとはいえ、分け隔てなく誰とでも接することができるその天真爛漫さは、小町にはできない類のものだ。どこか眩しく見える夕陽と合わさって、彼女の金髪はやけに綺麗に見えた。

 「なんかさ、なんかだよね。」

 「そうだね、なんか、だったよね。」

 血の色にも、しかし明るい炎の色にも見えなくもない夕焼け空の下を、他の生徒達と共に学校へと戻る姫子と小町。壮絶な一日と、異常とも言える出会いの感想を述べるには、なかなか具体的な言葉は出てこない。だからといって、抽象的な何かに例えることも違うような気がして。お互いの口から出たのは、曖昧なまでのそれでしかなかった。

 「ただなんだろう、人間なんだよね。あの人たちも。」

 「うん、そうだね。人間、なんだよね。」

 姫子の言葉に肯定で返す小町。脳裏に思い返すのは、ヴィランとして生きることを選んだ、そんな人間達。あくまでそう、人間達だ。自分達とは違う生き方を選んだ、そういう人達。

 「・・・他に、選べなかったのかな?」

 「わからない。少なくとも、でも、あそこにはいるのが当然だってことは、したんじゃないかな?」

 2人は、少なくともここにいる生徒達は神野戦線を直接見た訳ではない。テレビを通じた遠くのできごと。神野だけではない。他の事件にしたって、面白おかしくネットの書き込みを見たり書いたりすることはあっても、当事者ではなかったのだ。ましてや、その家族や関係者ですらないのだ。それが直接加害者に触れてみて---

 「あぁなっちゃう前に、守りたいな。」

 「え?」

 夕陽をその金髪に映えさせながら、姫子は前向いて歩いていく。

 「それこそあの人たちだって、誰かを助ける側として生きることだってできたんだから。なら間違っちゃう前に、私は守りたい。」

 「守る、っか・・・。」

 実際に声を聴いて、叫びを受け止めて、自分の中で消化して。そう考えた時に、己の道として活かす狐耳の同級生。目指す目標が違うだろうから、同じ答えが出ないのは当然だと思うし、それは間違ってない。でも、どうせこれからもうしばらく同じ学び舎で、学ぶのならば---。

 「そうだね、守ってみるのもありなのかな?」

 玉の輿を狙うのだって、その後でも構わないんだし。口には出さず、内心で呟いたそれは確かに自分の目標だけれど。最短距離を走るのが正解だと考えるのは、少し違う気がしてしまったから。

 「じゃあ小町も放課後自主トレしようよ!」

 「別にいいけど名前・・・そうね、考えとこっかな?」

 それこそ目の前にいる天然素材の女の子へ、自主トレついでにお化粧を教えてあげるのも楽しいかもしれないし---そんなことを考える大和撫子の白い肌にも、焼けるような夕陽の赤が映えることに、終ぞ本人は気づくこともなく帰路につくのだった。

 

 

 野暮用があるからと、残りの引率業務を全て担任に押し付けた爆豪は、未だ葉隠透がいる面会室にいた。俯いているのだろうか。肩が下がったように見える葉隠の様子からは、特にこれといった感情は読み取れない。恐らく爆豪が残っていることへの興味ももはやないかもしれない。

 「気に留めねぇ、関係ないだのほざきよった癖に、雄英高校ってのは喚きちらしちまうほどのトラウマみぇだな?」

 潜入のプロとしてヒーロー側としても仕事をし、ヴィラン側として雄英高校に潜入していた葉隠だ。大袈裟なリアクションは全て演技だったとしても、本来なら冷静さを求められる職務。それに携わった者があそこまで取り乱した。

 「わかっててやってるのなら、本当にどっちがヴィランかわからないよ。」

 伺い知ることができない彼女の表情はわからないものの、どうやら嫌みの一つや二つは言いたいらしい。そんならしくもある反応を見て、爆豪はニヤリと笑みを浮かべ、ようやく本題を切り出すことにする。

 「うちの事務所には潜入要員がいなくてな。」

 「は?」

 「響香が索敵、俺が戦闘やんのは変わりないが、それだけだと商売の幅が狭くて敵わねぇ。」

 「何の話?」

 「つまりだ!」

 透の正面にあるパイプ椅子に大仰に座り直し言葉を続ける爆豪。話の展開が突然過ぎて、透は全く付いていけてない。その赫い瞳が見据えるのは、姿なき空虚な潜入者。その何も映らない空間に、彼は熱さを注ぐために言葉を繰る。

 「出所したらうちに来い。」

 「はぁ!?」

 突然の話に思わず立ち上がってしまう透。それもそのはずだ、生徒を引率して久しぶりに顔を出した同級生が、いきなり牢獄でスカウトを始めたのだ。誰かこのシチュエーションに解説を加えてくれないと、頭が追いつかない。

 「最初は勿論最低賃金だ。住むところはとりあえず事務所で寝とけ。弁当ぐらいは響香の手料理を付けてやる。」

 「むしろまだ付き合ってることに驚きだよ!?いやそうじゃなくて!」

 こんな状態でヒーローが続けられる訳がない。そう言葉を続けようとした透を目線で制し、歩く元A組の型破りは言葉を続ける。

 「出所したらてめぇはもう犯罪者でもなんでもねぇ。ヒーロー免許は捕まったからって剝奪されるよなシステムも、今はまだ構築されてねぇしな。」

 「そんなの、でも、神野の被害者の人が許す訳がないし、爆豪君の事務所の評判だって・・・。」

 それこそ爆豪がさっき生徒の前で言ったのだ。被害者の心のケアを考えた時に、加害者の相手をしている暇なんかありはしないと。それこそ、免許があるからと言って、前科者のヒーローなど社会が認めてくれる訳がないのだ。しかし、

 「評判なんか今更くそっくらえだ。事件解決数や結果で黙らせちまえば、後は勝手についてくんだよ!」

 俺の事務所だぞ?そう言葉を締めた彼は存外自分のことはよく分かっているらしい。・・・直すつもりがないのは問題なのだが。

 「それこそ償って生きるったって、単なる無職になるならそれこそ社会のゴミだろうが!?№2が監督の上で更生に尽力してますって言えば、面子もたつに決まってんだろう!!」

 「面子って・・・。ヤクザじゃないんだから。」

 もはや屁理屈の域に達し始めた爆豪の話を前に、透は悟る。これ、言い出したら話聞かない奴だ。

 「ともかくてめぇの雇用主はこれから俺だ!!わかったな!?」

 「あぁ、もうっ、わかりましたよ!社長様。」

 ついつい呆れ声でそう答えてしまった葉隠の表情を、爆豪が気づくことはきっとない。思わず笑みを浮かべてしまったことなんて、この暴君には気づかれたくないなと、葉隠透は己の個性に感謝するのだった。

 

 

 

 

 

 

 「本当にヒーローって身内に甘いよね。」

 重苦しい、もはや慣れてしまった腐った空気の中で、葉隠透は独り言ちる。最後には雇用主だからと、つまんねえ嘘つくんじゃねーぞと釘を刺しながら帰っていった、元クラスメイトの姿を思い出しながら。

 「トラウマを刺激して揺さぶりをかけて、最後に飴を与えて懐柔したつもりなのかな。本当に甘いよね、爆豪君。」

 実態こそあれ、その心と同様に姿を捉えることができないインビジブルガールは、己の生き方をもう定めていた。惜しいとは思う。その甘さに身を委ねてしまいたい、そう迷ったとしても。

 「そもそも最初っから私は嘘なんてついてないんだよ、それこそ捕まった後だけど。」

 自分の顔を知ること。姿をこの目に取り戻すこと。その約束はまだ生きている。

 「内通者が1人だけだったかどうかなんて、聞かれてないから答えてないだけなんだから。」

 冷たくそう嗤う彼女の笑顔が日の目を見るのは、果たしていつになるのだろうか。それはきっと、誰にもわからない。

 

 案内された面会室。今日の来訪者は想定内、それこそ未だに月に一度は顔を見に来てくれる、元クラスメイトにして元恋人。

 「もう、本当に来てくれなくて大丈夫なんだよ、尾白君。」

 A組きってのいぶし銀、今や無個性となった近接格闘術の雄。尾白猿夫がそこに居た。

 

 

 

 

 

Next story is 尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」,coming soon.Please wait.

 

 

 

 

 




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次話→尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その1
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無個性の武神
尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その1


息をすることすら躊躇われる。そんな言葉すら生温く感じるほどの威圧感。それは建物の用途以上に、実際に中で収監されているヴィラン達の存在そのものが、その空気に拍車をかけているのもあるだろう。―――タルタロス。取り分け凶悪な犯罪に手を染めた、そんなヴィランを閉じ込めておくための檻。その面会室と札がかかれた一室。その強化プラスチック越しに会話する二つの影。

 「もう、気にしないでいいのに。」

 最初にそう切り出したのは恐らく女性だろうか。産まれ持った個性が原因で、その姿は誰にも捉えられない。一時はヒーローになりながらも、結果としてヴィランに身をやつした葉隠透が、もう一人に向けて言葉をかける。

 「そんな訳にはいかないよ。」

 応える青年はどうやらここの住人ではないらしい。ショートカットの髪は学生時代から大きく変わらない髪型。発動型だろうか。外見に特別個性を判別する何かは見当たらない。しかし衣服の上からでもわかるその鍛えあげた肉体は、彼が決して只者ではないことを物語っている。纏う雰囲気はいまだ現役のそれ。尾白猿夫。かつての武闘派ヒーローは己の恋人に会いうため、タルタロスに来ていた。

 「別にもう、私達なんでもないんだよ。」

 一点だけ齟齬があっただろうか。彼女の認識ではもう二人は終わってしまっているらしい。一見俯いているようにも見える彼女の姿には、尾白に対する申し訳なさが透けて見えるようだった。

 「そんなことはないよ。」

 そこにかける元カレの言葉は、彼女と正反対のものである。一見終わった男が女性を追いかけているだけにも見えるその会話。しかし彼の瞳に、そのような濁った情念は見当たらなかった。

 「相変わらずご両親がここに来られることはないんだろ?だったら、誰かが衣服や洗剤を届けなきゃ。」

 「・・・ごめん。」

 「好きでやってることだから、これからも甘えてよ。」

 そう言いながら、お互いに近況報告のような世間話を繰り返していく。片方はただどこか罪悪感を抱えながらも、もう片方に甘えながら。もう一方は、まるで公に付き合っていたあの頃のように、誰よりも愛しい人へと言葉を紡ぐように。

 面会時間いっぱいまで続けられたその会話が終わり、部屋から立ち去っていく元恋人を眺める姿無き囚人。彼の姿が完全に部屋から消えた後にもう一度だけ、ごめんと呟くのだった。

 

 

 

 

 梅雨も終わりが見え、初夏特有のまだるっこしい空気が周囲を支配し始める。まだ少し遠いものの、夏休みを意識し出した生徒達はどこか浮足立っているようにも見えた。そんな生徒達を尻目に、職員室の各教員に割り当てられた安物のデスク―――己の事務所のものとは違う残念な仕上がり。それに未だ慣れない爆豪は、その募る苛立ちをそのまま言葉に乗せて、隣りのデスクにいる女性へと叩きつけた。

 「あぁうっぜぇーーーーなぁったく!んでなんだこら!?喧嘩なら買うぞ!?」

 実際にヴィランが裸足で逃げ出したその眼光、それをどこ吹く風と流しながら、1-A担任である取蔭切奈は話を始めることにする。.........何せ無駄に絡まれてやるほど、彼女も暇ではない。

 「勿論、私らが担当しているA組の話さ。」

 そんなことはわかっていると、視線だけで先を促す爆豪。それを受け、切奈は言葉を続けていくことにする。

 「現状、積極的にサボるなりなんなりしていた三人組は落ち着いてきた。一人を除けば、自主トレやるぐらいまで意欲を持つようになったんだ、感謝してるよ。」

 「ふん。」

 実際クラスが始まった当初はあの三人組―――孤城姫子、嵐島飛天、土屋大地のサボりや授業妨害(主に大地)は目を見張るものだった。それこそ爆豪が副担任として就任した6月頃までは、手が付けられない状況だったのである。

 「まぁ、元は私が不甲斐ないからなんだけどさ。」

 もともと身体を切り離すことで探索や哨戒、全体へのオペレーションを本業としていた切奈は単騎での戦闘力はかなり低い。それに加えて、

 「第二次神野戦線、か。」

 「本当に、情けない話だよ、」

 かの戦線で彼女が受けた傷は決して軽いものではなかった。かつては何十分割もしていたその肉体も、今ではせいぜい両手の数が限界だった。戦役後に即引退し、雄英で教師になった後はそれほど不便には感じなかった。しかし今の一年生、即ち個性分岐点。プロ顔負けの強力な個性を持った生徒達が、切奈を認めることは決してなかったのだった。

 「だから本当に助かってる。その上で、これからの問題も一緒に考えて欲しくてさ?」

 「それが本題か。」

 「そそ。」

 言葉と共にクラス名簿と書かれた書類を取り出すまだまだ未熟な教師達。片方は失ったものを補う方法を探し、もう片方は、日々起きてくる問題にただただ苛立ちを募らせている。それでも書類の向こう側に見える、生徒達のことを見失うことは決してありえないから。そんな二人が今の生徒達を見て思う問題点。それはこの年の子供にはありがちなこと。彼等だって通って来た道で、何度も転んだものだと一つ苦笑い。なのでかつて転ばせてくれた大人達と同じ様に、生徒達のことを一言で評することにする。

 「調子に乗りだしてきやがったな。性懲りもなく。」

 「そういうこと。」

 溜息とともに安物の椅子に深く腰掛ける爆豪。先程の苦笑いはもう消えており、めんどくささがその表情に現れている。

 「あれだけ普段しばき殺してるってのにこのクソガキどもは!!」

 「まぁ、真面目にやりだしたからってのもあるんだけどね。」

 そもそもがね―――肩にかかったポニーテールをその手で払い、切奈はそう話を続けていく。

 「あの三人組に引っ張られて、みんなまともに訓練も授業も受けてなかった。でも問題児達が真面目になって、そこにあの職場体験。結果としてクラス全体が前向きに努力するようになったの。」

 「だが、」

 「そう。そこでは終わらない。」

 「努力し結果が出始めりゃあ、また天狗の鼻が伸びてきやがったってことか。」

 「それこそ孤城や嵐島ぐらいだよ。ストイックに頑張り続けているのだってさ。」

 小野田も変わってきたかなと、そう付け加えてはみたものの、圧倒的多数はまた調子に乗り始めている。爆豪のニトロが乾く暇も、最近は減ってきたのではないだろうか。

 「こんな浮ついた空気で期末テストや夏休みに突入させたくないんだよね。」

 「だろうな。糞が。」

 調子に乗った学生が夏休みにしでかすことなど禄でもないことに決まっている。それこそ自分達が謝って回らなければならない姿を幻視して、爆豪は己の表情を厳しくしていた。

 「出席番号順に、爆撃くらわせ殺してやろうか?」

 「・・・たぶん、爆豪にやられても、そんな気にしないと思う。」

 「あぁ゛?」

 力不足だとでも言いたいのかと、再びその眼光を鋭くする元1-Aの狂犬。赫いその瞳は、隣りいる同僚の姿を捉えて離す様子はない。元1-Bのトリックスターは、その牙を納めるために言葉の真意を伝えていく。

 「そもそも、ビルボード№2なんて強くて当たり前じゃん?そんな人に負けたって、仕方ないかなで終わるだけなんだよ。」

 「んだそら・・・。」

 溜息と共に浮かべる呆れ顔。拗らせた向上心と心中できるような男である。そんな彼からしたらきっと、理解できないであろうその感覚。

 「負けは負けだろうが。相手が誰だろうと、負けちまったらそれで終わりなんだぞ?」

 それこそ学生時代からオールマイトやエンデヴァー相手でも、勝負となれば決して緩まず噛みついた男だ。その折れない反骨精神の硬さは、烈怒頼雄斗の個性もびっくりなほどである。

 「そりゃそうなんだけど、まだ学生だからって部分もあるんでしょ?大人になる頃には自分達だってって感じでさ。」

 「大人になったら使えねぇ有象無象が増えてるだけだろうが。アホらしい。」

 「ちょっと、どこ行くのさ!?」

 捨て台詞と共に席を立つ爆豪。一見やる気をなくしたかのような言葉に切奈は慌てるものの、振り返る爆豪の瞳にそのような色は全く推し量れない。

 「№2がやる気出すのに不服だってんなら、それらしい奴に声かけてくんだよ。校長のババアへの根回しと、書類だけ作っとけよ!!」

 そんな言葉に一時は納得したものの、それこそ声を掛けるなら電話でも良かった案件。要は仕事を押し付けられただけだったことに気づいた切奈は、ただただ溜息を吐くのだった。

 

 

  

 

 尾白流。

 墨字でそう書かれた道場に一人、家主である猿夫は座禅を組み瞑想を行っていた。それこそ目をつぶり床へとあぐらをかくその姿は、一見隙だらけにも見える。しかしその実、№1ヒーローでさえ打ち込みを躊躇うことだろう。そんな瞑想の中で繰り返し、彼は思う―――神野戦線にてその個性を失った、そんな自分でもできること。いや、自分だからこそできるんだと。

 そんな彼の思いを込めて建てたその道場。静かでどこか張りつめたその空気に、訪れる者達は知らず背筋を伸ばしてしまう。

 「おい!!!居るか!?」

 「うちは道場破りとか受け付けてないんだけど........」

 そこにやってくる歩く人間凶器。道場の空気なんてなんのその。それでも爆豪自身は以前ここに通ったこともあるのだが、それとこれとは完全に別らしい。羨ましい性格である。

 どうせ碌なことじゃないんだろうなぁと思い、猿夫は話を聞いてみることにする。どうしよう、やっぱりあまり聞きたくない。

 「雄英で生徒をしばき倒せ。」

 やっぱり聞きたくなかった。もはや意味がわからないよ。

 先程切奈がしたのと同じような溜息を、猿夫も吐くことになったのだった。

 




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次話→尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その2
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尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その2

その日の授業は、第一グラウンドに集合ということだった。

 近接格闘---そう銘打たれた科目に対し、生徒達は担任達が現役だった時から変わらないジャージに着替えて、少し気怠げながら、しかしどこか自信に満ちながら現地へと向かっていく。

 「しっかし、近接格闘なんか意味あんのかよ?」

 金髪のモヒカンに同色の瞳、その2m近い筋骨隆々とした体躯は、街を歩けば確実に相手の方が避けて通る。ジャージを肘の辺りまでまくった少年、八賀根鉱哉がそう呟いた。

 「基本はあくまで、肉体を使った動きだからな。基礎を疎かにするものに先はない、っといったところだろう。」

 その呟きに答えたのは髭面の男。身長は180センチもない程であるが、高校生らしからぬその風貌が、威圧的な雰囲気に拍車をかけている。刈り上げた金髪の男、一応現役高校生の漆原亜依磁だ。そして実は蔭で武将とあだ名されている、亜依磁の言葉を継いだのは、まるで骸骨のような姿をした異形型の生徒だった。

 「基本は大事でよいちょまる~ぅ!Here we go!!」

 しかしその外見に反し出てきた言葉はチャラッチャラのパーリーピーポーだった。どちらかと言えば昭和ヤンキーな鉱哉と、「武将」と言われる亜依磁。この2人の組み合わせはわからないまでも、このパリピな生徒---骨川煙煉ととも一緒にいることが多いのだから、人間というのはわからないものである。

 「まーた一緒にいるよあの三人。」

 そんなある意味時代を超越している三人を揶揄するように、離れたところから嘲笑する声。本人達からは決して聞こえない位置で話をするのだから、日頃からこの手の話をするのには慣れているようだ。

 「無駄に騒がしい骸骨とか本当にうるっさいよね!あの外見でパリピとか、年中ハロウィンしてろよって感じだよ!ねぇ~?」

 アホ毛と八重歯が特徴的な赤毛の少女。愛らしいと言えるその外見には、必ず黙っていればという形容詞が付いて回っていることには気づいていないらしい。久野一子。毒を操る個性の彼女は、その発言でも周囲に毒を振りまいているらしい。

 しかし周囲もわざわざそのことを指摘するつもりはない。あくまで当たり障りなく、また言ってるよと思いながらも適当に話を合わせている。そんな今日もまとまりのないクラスへと向けて、どこか自信無さげに呼びかける姿があった。

 「み、皆さん、このままだと集合時間ギリギリになってしまいます!も、もう少し、い、急いでグラウンドに!」

 見た目だけで言うのならスポーツ少年のように爽やかな彼。それはこのクラスの委員長をやらされている――――多数決で負けた少年、塩田弾道だ。その外見に反し常に弱気な彼の声は、クラスメイトの誰にも届かず、依然としてその歩くスピードに変化はない。どこか悔し気に歯を食いしばる姿でさえ、もう誰の視界にも映っていないようだった。

 そんなどこか緩い高校生独特の空気の中で、嫌な予感がするとその視線を尖らせる、孤城姫子と嵐島飛天。姫子はその狐耳をピコピコさせながら、隣を歩く飛天に声をかける。

 「なんかさ、とっても嫌な予感がするんだけど・・・嵐島君、どう思う?」

 「確かに・・・。なんだろう、俺はカレーが嫌いなんだが・・・今日の晩御飯はカレーのような気がする・・・。」

 こいつ空気が読めないんじゃなくて、人の心がわからない病気なんじゃないか?思わず口から出そうになったその言葉を寸でで押しとどめた姫子に、飛天はさらに言葉を重ねた。

 「孤城さん・・・晩御飯のメニューが気になる・・・今のうちに、電話してきていいだろうか?」

 姫子の狐火が飛天の顔面に炸裂したのは、仕方のないできごとだったのかもしれない。

 

 

 

 

 「本日授業を担当してくださる、尾白さんだよ。みんな挨拶。」

 案の定集合時間ギリギリにやってきた生徒達(うち一名は顔面が焦げている)に、挨拶をするよう声をかける担任の取蔭切奈。そしてどこかめんどくさそうに挨拶をする彼等の様子を見て、紹介された猿夫は思わず苦笑いを浮かべていた。比較するのは、もう思い出の中でしかないかつての1年A組。何かあれば毎回、お祭りごとのようにキタァ!!と騒いでいたあの頃。自分の若い頃はなんてセリフ、できれば使いたくないなと思う。・・・本当に、おっさんになってしまったものだ。

 「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」

 見れば副担任として現1-Aを睨みつけている、かつてはクラスのエースと言われた爆心地様。見た目だけは確かにあの頃より成長したようだが、生徒を睨む姿はチンピラが高校生に絡んでいる絵面にしか見えてこない。中身のヤンキー気質は、あまり変わっていないようだ。同じクラスメイトだった気安さから、気軽に彼のことを評価する猿夫。あっ、爆豪がこっちを睨んでいる。どうやら考えていることがバレたようだ。相変わらずみみっちい。

 「彼はかつて神野戦線でも戦った近接格闘のエキスパート、当時の怪我が原因で今は無個性なんだけど、今日はこの後、彼と組み手をしてもらって」

 「ちょっと待ってください。」

 引き続き尾白の説明をしていた切奈を遮ったのは、茶色の目と髪をした地味目の生徒だった。手を挙げて、発言の許可を求める体裁だけは整えた受精卵以下の少年は、誰の注意もないことを良いことに、そのまま勝手に言葉を続けていく。

 「この超人社会で、今更ただの近接格闘が必要な理由さえわからないのに・・・それも実質無個性な方とやりあう必要があるのでしょうか?」

 「言葉には気をつけなよ土屋。」

 あまりと言えばあまりの指摘に、切奈からの注意がそこでようやくもたらされる。しかし以前の失敗から、まるで学ぶ気のない少年は、再び言葉を続けていく。

 「事実を述べているだけです。このご時世、無個性なんて言ってしまえば障害者と同じ。ハンディを抱えている方に個性を向けるのは、僕たちも本意ではありません。」

 車椅子に乗っている人と、短距離走で勝負しろと言っているようなものですよ?

 最後にそんな言葉で締めくくり、土屋は周囲の生徒を見渡していく。否定も肯定も出てこないのは、言い過ぎではあるが、間違ってはいないということを皆言いたいのであろう。だからと言って、こんな直接的な言い方をする奴と、仲間だなんて思われたくもないのだろうが。しかし沈黙は肯定だと捉えたのだだろう、土屋大地は本日も絶好調な口撃を続けていく。

 「そもそも近接格闘術なんて時代遅れも甚だしいんですよ。今時、無個性が当たり前だった時代の格闘術で何ができるって言うんですか?そんな時間があれば、それこそ個性伸ばしやサポートアイテムの使い方の勉強とかした方が、大変有意義だと思えますね。それこそですね」

 もはや演説会と言ったところか。それこそ爆豪が来る前は、このように授業を受け持つ教員の上げ足を取り、やりたい放題やっていたのだ。最近は定期的に凹まされて、時々は大人しくはなるものの、たまにこのように爆発する。周囲の生徒はまたかと思いつつも、率先して止めには入らない。---授業時間が少しでも潰れるなら御の字だ。正直、どこにでもいる高校生の意識ならそんなものだろう。

 「なるほど、これは大変だ。」

 そんなクラスの雰囲気を見て尾白は思う。別に一般の高校生の意識がこれでも何も問題はない。どこにでもいる一般人。それこそ守るべき対象。何気ない日常を何気なく過ごすそんな子供達。一般の高校生が先生に生意気を言えるのだって、平和な証だ。勿論、ヒーローとは無縁の、そんな形容詞が付く子供たちであるならば。

 いずれ自分達の後輩になってくれる連中としては些かどころか、大変心許ない限りだ―――果たしてどうしたものか、尾白が考えを巡らそうとしたとき、遂に副担任が口を開く。

 「ならおめぇらは、絶対にこいつに負けねぇんだな?」

 響いたその声。普段の荒っぽい奇声暴言とは違うその声に、一瞬だけ。一瞬だけ周囲が静かになる。狐耳と尻尾が見える少女が頭を抱えているのが見えた。隣にいる薄化粧をしている黒髪の女の子が、背中をさすり励まし始める。猿夫は知らない話だが、当人達は嫌な予感が的中したと思っている。

 「当たり前ですよ、比較するのさえ失礼です。」

 ハンデを抱えて懸命に生きている人に失礼じゃないですか。そこまで皮肉を言い切った彼は、どうやら第六感を母親のお腹の中に忘れてきているようだ。ニヤリと表情を変えた爆心地は、というよりもはや爆殺卿は、決定的な一言を彼らに向けて投げかける。

 「じゃあこいつと組手やって負けたら、お前ら除籍だな。」

 一瞬にしてクラスの空気が変わった。

 

 「ちょちょちょよっと待つでござるよ先生wwwwww」

 慌てたように前に出る黒人の生徒。どこか堪に触るようなしゃべり方をしながら、彼はいきなりの話に当惑している。

 「某達が負けたら除籍ってそんな横暴でござるよwwwwww」

 「・・・別に構わへんけど、急すぎひん?」

 どこか無気力そうに声をあげたのは、紫の髪に羊の角を持つ、ハッと目を引くほどの美青年であった。出身が関西なのだろう、なまりのある言葉で爆豪に向けて言葉を続ける。

 「そもそも先生等にそこまでの権限なんてあるん?」

 「あるんだよ、残念だったな。」

 周囲を睥睨するその瞳は、強面の異形型を平気で上回る迫力である。№1は伊達ではない。無論ビルボードではなく、ヴィラン側に間違われるランキングの話であるが。

 「俺たちがガキの頃の担任は、容赦なく1クラスまとめて切ったこともある。ぬるま湯に使って、頭溶け死んでんじゃねーぞ糞ガキども!!」

 「いくら何でも横暴ですよ。教育委員会に訴えて、」

 「ちょっと上手く行き始めれば調子に乗るようなガキの意見なんざ、まともな大人は相手なんかしねぞ?」

 「シュガーマンさんの時とは違います!!僕らだって結果は出してる!!」

 「だったらやってみたらいいじゃねえぇぇぇぇか!?必ず除籍にするとは言ってねえ!!勝てばいいんだからよ!!」

 すると爆豪はそのままクラスの生徒達を睥睨する。その瞳に宿るのは、飽くなき勝利への飢えと信念。そして、「助けて勝つ」ことを己に定めた、ヒーローの生き様だった。

 「どっちにしろなぁ!ヒーローなら負けたら終いなんだよ!!!糞みたいなヴィランが来た時、てめぇが負けちまえば後はやりたい放題やられるだけだ!!そん時教育委員会に助けてって言うんかい!?なんともできまちぇんでした、たちゅけてぇってか!?寝言は寝て死ね!!!!」

 その剣幕・迫力を前に、受精卵達は言葉を話せない。そして切奈も猿夫も、決して間違ってはいない爆豪を止めるような無粋は働かない。ここは、雄英高等学校なのだから。

 「実力伴わねぇのは目つぶってやる!!だがな!!心意気まで近づく気がないなら、帰ってハロワでも行って他の職業探しに行け!!時間の無駄だ!!」

 やんのか?やんねぇのか。

 最後にそう言葉を続けた副担任相手に、生徒を代表するように、土屋はなけなしプライドを振り絞って言葉を繰る。

 「わかりましたよ。そこまで言うなら、やってやりますよ!」

 「ルールは簡単だよ。個性は使い放題、一人ずつ尾白と組手をして、勝てば」

 「あの――――」

 ルールを説明しようとした切奈を遮ったのは、今まで黙っていた渦中の人物であるはずの猿夫であった。周囲の「あれ?この人居たの?」という視線がなんともいたたまれない。なぜか同情を宿すものまである。どうやら地味キャラの同志が居るらしい。強く生きろよ。

 「一人ずつってのも時間もったいないからさ。」

 出鼻をくじかれた感もあるが、なんとか存在全員の様子を見ながら言葉を紡いでいく元ヒーロー。

その内容は、そんな地味な印象を消し飛ばすほど鮮烈なものだった。

 

 「全員で来てよ。」

 

 言葉の意味が浸透した瞬間膨れ上がる、圧倒的な怒気。頭を抱えていた狐耳の少女やぼんやりしていた翼の生徒でさえ、その目を怒らせ猿夫を睨んでいる。

 「言い切ったねー。」

 「これぐらいの実力でこの人数なら、どうとでもできるよ。」

 いきなりの啖呵に切奈が声をかけるも、猿夫の方は「太陽がどちらから登るのか」と聞かれた時のように淡々と答える。

 「それで?みんなどうする?」

 その答えにまだ文句がある生徒は、ここに一人も居なかった。 




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何卒宜しくお願い致します。
次話→尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その3 
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尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その3

 「僕が指揮を執ります。」

 作戦を決める時間をくれと教師陣に言い放ち、返事も待たずにクラスメイトを集めた土屋大地は、いい加減見慣れた顔を前にそう言い放った。実戦は誰も待ってくれねーぞと後ろで叫んでいるのが聞こえるが、ここは全員で無視している。相手は無個性とはいえ、神野を知っている元ヒーロー。それこそやかましい副担任の相手をしている余裕はない。

 「無個性とはいえ決して舐めてはいけない相手、そう考えて動かないと返り討ちになります。」

 「・・・それはわからないでもないけど、なんで土屋君が仕切るの?」

 声をあげたのは見目麗しい美少女だ。黄色いカチューシャが特徴な彼女が声をあげたことに、土屋は不思議そうに返事をした。

 「武藤『君』・・・居たんですね・・・。」

 「居たよ!!朝から居たよ!!」

 その外見に反し君付けで呼ばれることにまるで違和感がない様子。武藤と呼ばれた彼は、どうやらそういうことらしい。アッシュの髪を乱しながら憤る彼を尻目に、近くにいた青髪の少女が土屋へと問い直す。

 「武藤君の地味さ加減はともかく、「ともかくって何さ!?」君は本当にうるさいな、えとね、」

 そう言葉を言い直す彼女は、その特徴的な狸耳を揺らし、生来隈のある目で土屋のことを睨む。

 「失敗はできないんだよ。それこそ除籍がかかってるんだ。君がなんで指揮を執るんだい?」

 質問をしたのは彼女、野開未来なのだが、他のクラスメイトも同じような視線を大地に向けている。そんな周囲の仲間を見渡して、それでも自信を胸に、彼は鼻高々と言葉を紡ぎ始める。

 「実際僕は現役ヒーロー相手に実戦を経験し、指揮を取っています。」

 「それはっ!!」

 思わず口を挟んだのは孤城姫子。彼女は九本の尻尾を逆立てながら、更に言い募ろうとしたものの、大地はそれを手で制し話を強引に続けていく。

 「僕は確かにその時未熟でした。しかし、当時の反省をして、今日ここで活かしたいと考えています!」

 それこそ失敗の経験すらない人よりはマシでしょ?と、最後に付け加えられた言葉に、周囲の雰囲気もよくなる。一度でもやったことがあるというのはやはり大きなアドバンテージになるのだ。

 「それでは作戦とみんなの動きを・・・出水君大丈夫ですか?聞いてます?」

 「あっ、ご、ごめん・・・大丈夫。」

 出水洸汰のそのどこか上の空、心ここにあらずな様子に一瞬訝しむものの、周囲に異存が出ないことを確認した大地は人員配置について説明し始めるのだった。

 

 

 「いやぁ、お待たせ致しました。」

 相も変わらず慇懃無礼。そんな様子を隠そうともせず、大地は教師陣へと向き直った。己の過ちは全く認める気のないそんな清々しい表情には、もはや怒りを通して呆れが顔に出てしまう。なんだかなぁと思いつつ、猿夫は臨戦態勢を整えようと少しずつ前に出る。始まりは大方、かっちゃん先生が爆撃でも鳴らして合図してくれるだろう。そう思っていると、

 「あぁ大丈夫ですよ。」

 大地の声に一瞬、何のことかと気を取られる。他の教師陣も同じように静止し、彼の発言の意図を読もうと思考を巡らせる。

 「もう始まってますから。」

 その言葉と共に、白煙が爆発した。

 「奇襲か!?」

 あまりと言えばあんまりの開幕に、思わず猿夫は声をあげてしまう。それに答えるのは嘲笑を隠しもしない、煙の奥に消えていく大地だった。

 「よーいドンで始まることなんかないんでしょ!?」

 その間も白煙はまるで、猿夫に纏わりつくように濃く広がり始める。見れば骨の形を象るように、彼を見下ろす生徒の姿。

 「行かせしゃしないぜ?Hey!Boss!!オケ丸水産しくよろどーぞ!!!」

 

 1-A出席番号11番 骨川 煙煉(こつかわ えれん)

 個性:スモーク 自分の上半身を一部、または全て白煙に変化させることができる。口からも煙を吐ける

 

 開幕は奇襲の上に、いきなり視界を煙に潰された猿夫。舌打ちと共に後へ一旦下がろうとしたその時、再び大地の声が響き渡る。

 「伊木山さん、孤城さん今です!」

 「あいよ!」

 「わかった!」

 最初に伊木山さんと言われたオレンジ色の髪の生徒。彼女はその腰まで目立つロングの髪を揺らし、丸印がついたマスクを剥ぎ取った。そこにあるのは耳の近くまで大きく裂けた口。普段はジト目と称されるそれが吊り上がり、前髪がオールバックに舞い上がる。個性発動の予兆。そしてその口を開けて大きく息を吸い、解き放たれる赤い炎のブレス。

 対し姫子のお尻に生える九つの尻尾。そこに灯るは青白い艶やかな幽鬼の炎。彼女が狐火と命名するそれが、尻尾の先から大きな炎の塊となって撃ち放たれる。

 

  1-A出席番号2番 伊木山 吟子(いきやま ぎんこ)

 個性:七色吐息 7種類のブレスが吐ける

 

  1-A出席番号10番 孤城 姫子(こじょう ひめこ)

 個性:九尾の狐 九尾の狐っぽいことは大体できる

 

 赤と青。それぞれ別の色の炎が向う先は、猿夫が包まれている白い煙。着弾した瞬間、より鮮やかに燃えあがるそれは、地上に突如として火の海を作り上げる。

 「くっそ!!」

 ギリギリの所で炎の海に飲まれず躱した猿夫。無個性相手だろうと全く容赦のない一撃、されど歴戦の勇士は笑みを浮かべた。周囲の視界を潰すほどの炎。そこに人影を見たのは、その時だった。 

 「くらえやあああああ!!」

 「おっと!」

 まるでどこぞの副担任のような荒々しい声をあげて、殴りかかってきた筋骨隆々たる青年。金髪のモヒカンがトレードマークのその身体。鈍色に変化したそれは炎を物ともせず、ここまで真っ直ぐ突っ切ってきたようだった。

 「温度変化に強い鉄の体!?」

 「さぁ!どうだかな!!」

 再び振り上げた拳を中心に、もうその身体はその性質を変えていた。具体的には、鈍色のそれは輝くダイヤモンドのように変化している。

 

  1-A出席番号16番 八賀根 鉱哉(はがね こうや)

 個性:鉱化 身体をありとあらゆる鉱物に変化させることができる。

 

 「ダイヤモンド・スカラック!!」

 言葉とともに、上段から打ち下ろされる金剛石の拳。受けるのは危険過ぎると、バックステップしながら攻撃を避けていく猿夫。見れば奇襲の役割を果たした炎の海は、既に燃料を失い燃え尽きている。そこに飛び込んでくる、新たな4つの影。

 「・・・面倒やから早よ落ちてぇなぁ?」

 羊の角に紫の鬣を持つ獅子の上半身に、蝙蝠の翼。そして鷹や鷲を思わせる猛禽類の下半身。まるで旧約聖書から飛び出して来たかのようなその姿。悪魔王はその拳で、無慈悲なる一撃を猿夫へと浴びせていく。

 「無個性とはいえ神野の経験者。些か汚い手段とはいえ、悪いが勝ちにいかせていただくよ。」

 その立ち姿はまるで英雄譚の騎士のよう。群青の髪を風に揺らし、その手に持つ竹刀を猿夫へと向ける。明らかに竹刀ではあり得ない重さと長さを繰り出すそれは、彼の個性の影響だろう。

 「悪い子はいねぇぇぇぇぇぇえええかぁ!?」

 東北地方で有名なその風習。一度はテレビで見たことがある、どこかコミカルなその鬼が、猿夫へ向けてその顎を開いていた。お酒に関わりがある個性のようだ。酒臭くて、到底噛まれたくない。

 「前で闘う方があってるんだよね!」

 最後はそう言葉を投げかけるお狐様。その9つの尻尾に炎を宿しながら、野生動物を思わせる動きで猿夫に的を絞らせない。

 

 

  1-A出席番号20番 六郎木 碌朗(ろくろぎ ろくろう)

 個性:King of deviles 「キメラ」「赤龍」「蛇」にその姿を変化することができる

 

  1-A出席番号6番 大空 大和(おおぞら やまと)

 個性:竹刀使い 竹刀の大きさ重さ長さを変化することができる

 

  1-A出席番号5番 大江ノ山 外道丸(おおえのやま げどうまる)

 個性:酒は百薬の長 姿が異形になるものの身体能力が大幅に向上する。自動再生も可能。

 

 「なかなかどうして、強力な個性が集ったもんだね!」

 獅子の爪、鬼の牙、金剛石の拳撃に異様な竹刀。そして隙あらば飛び込んで来る幽鬼の炎。繰り返される5人の波状攻撃。猿夫は獅子の爪を左手で流し、鬼の牙を顎を蹴り上げ防ぎ、ダイヤモンドの一撃は受けず躱して、竹刀のそれは右手で姫子の方へ受け流す。それにより狐火までなんとか封じて、己の立ち位置を左へ3歩分ずらした。

 「・・・ちっ、外したか。」

 猿夫がいた所に降り注ぐ風の弾丸。天翔ける有翼の風使い。上空から狙ったそれを、気配と直感だけで躱した猿夫の姿を見て、鳶色の翼---その持ち主は臍を嚙んだ。

 

  1-A出席番号1番 嵐島 飛天(あらしま ひてん)

 個性:有翼の風使い 風を操りその翼で空を翔ける。空気が読めないのは本人の性格。

 

 再び煙が充満したと思えば繰り返される炎の海。そして飛び込んでくる鈍色の青年。どちらも巧みなフットワークと長年の経験で躱し流し、避けてきっていく猿夫。更に飛び込んでくる、熱線に弾丸、黒い液体に植物の鞭、果ては氷のブレスまで。

 「20vs1。まぁなかなかにピンチな状況かな。」

 ピンポイントで頭を狙いにきた水流を、首を傾げるだけで躱した神野の経験者。言葉とは裏腹に、その表情からは焦りも怯えも見受けることができない。そう呟いてすぐ、今度は羽根の手裏剣だろうか。まるで背中どころか全身に目が付いているかのように全て躱していく。

 「さぁて、そろそろ、行きますか。」

 生徒達はこれから知ることになる。個性を失い、されど道場を開きその技を伝授する立場である猿夫の力を。警察やヒーロー、自衛隊までもが彼から教授を受けているという現実と、それに伴う結果を。なぜ彼が関係者各位から、「武神」と呼ばれているかということを—―――。

 

 「なかなか詰め切れませんね・・・。」

 焦りの表情を浮かべる土屋大地は、猿夫達から少し離れた位置で戦況を指揮していた。邪道とも言える奇襲に、数に物を言わせた波状攻撃。自身の土を操る個性を使って足場を操作するデバフも行ってはいるものの、決定打にならないどころか、猿夫の道着を汚すことすらできずにいる。 

 

  1-A出席番号14番 土屋 大地(つちや だいち)

 個性:地面と仲良し 地面を操り隆起させたりできる。服越しや靴ごしでも身体のいずれかが地面に当たっているなら、大地のエナジーで回復もできる。

 

 見れば地毛だというアッシュの髪を風に揺らしながら、武藤遊次が個性を発動する機を伺っている。その地味な動きはとりあえず無視するとして、大地は己の周囲を見渡してみる。

 「みんな頑張ってぇー!小町、除籍になりたくないなぁ!」

 「・・・。」

 闘っているクラスメイトに声をあげて応援しているのは、小野田小町だ。その芸能人顔負けの美貌は、自身で施した薄化粧により一層のこと際立っている。そして彼女の隣で猿夫を睨み続けているのは、十礎聖。本作戦の中核を担うこのクラスの副委員長だ。金髪碧眼のその姿は、大和撫子と形容される小町とまた違った美しさを醸し出している。彼女達は、何もサボって外から眺めているだけではない。

 

  1-A出席番号7番 小野田 小町(おのだ こまち)

 個性:お姫様 自分に好意を持つ異性に対するバフ掛け。好意に比例して上昇率が上がる。

 

  1-A出席番号 13番 十礎 聖(じゅうそ ひじり)

 個性:魔眼 千里眼、コピー眼、識別眼、麻痺眼、洗脳眼の5つが使える。

 

 最初の奇襲で落とせるなそれでよし。無理なら近・中・遠距離も含めての波状攻撃。それでもダメなら魔眼による洗脳による強制終了。大地が用意した三段階の作戦だった。みればお酒が切れかけ、ただのイケメンに戻りかけてきた外道丸が、野開未来から追加の酒を受け取っているところだった。

 

  1-A出席番号 15番 野開 未来(のひらき みらい) 

 個性:スーパーポケット 道具を一種類につき一つずつなら無限に入れることができる

 

 「野開さんの個性は、何でもポケットに入るけど、同じものは二つも入れられない・・・。いずれじり貧になる。」

 本当に彼―――尾白猿夫が20人の自分達相手にここまで立ち回れるとは思えなかった。それこそこ大地から見たら、抜け目なく際限なく行われている波状攻撃。それだけでも、なんとか詰め切れると思っていた自分が甘かった。

 「十礎さん、洗脳眼はまだですか?」

 決まれば確殺。強制終了のチート個性。そのどこか神聖さすら漂う雰囲気の彼女が持つには、些かどうかと思われる魔眼という個性。それさえ発動してしまえばという思いで、土屋は彼女へと声をかける。

 「難しい・・・ですね、発動条件を満たせません・・・。」

 「っ・・・くぅ・・・」

 彼女が持つ魔眼は5つの能力を持つものの、全てを同時発動することはできないようになっていた。更に言うなら、ただ見ただけで発動できるのは千里眼・識別眼の二つだけであり、後の三つは前述の二つの個性が決まらなければ、発動すらできないという条件付きであった。

 「私の洗脳眼は、識別眼が決まらければ発動することができないんです。普通の相手なら、ここまで時間がかかることもないんですけど・・・。」

 「識別眼が決まらない理由は?」

 「相手の能力を技や動きを解析するのが識別眼・・・それが判明すれば洗脳眼が使えるんですけど・・・判明した技や流派って言うんですか?それがすぐ別のものに変わってしまうんです・・・。」

 「流派・・・つまり、動きや型が常に変わり続けているってことですか?そんなこと可能なんですか!?」

 世界が超人社会になってからというもの、スポーツは勿論のこと格闘技というものも大きく廃れることになる。人々が同じ規格に収まらなくなってしまったからだ。故に、当時のように決まった型や流れが明確にこのご時世ある訳ではない。だからと言って

 「規格がないなら、それぞれがそれぞれの形を作っているはず・・・それが常に変わり続けているってことですか!?」

 「わかりません。ただ、現実目に映る相手はそれを可能にしている・・・。あっ、また変わりました!」

 そう言われ見てみれば、猿夫の掌底が、丁度鉱哉の顎をカチ上げたところだった。

 

 綻びがないなら作ればいい。まるでそう言わんとばかりに、猿夫は本気で踏み込んでいた。それは持てる個性を使い、個性を中心に闘うこの社会ではもはや異端となってしまった技術。

 「爆豪先生と、同じ!!」

 姫子がそう叫んだ時には、猿夫の移動はもう終わっていた。瞬きの瞬間、僅かに気が逸れるほんの一瞬の隙を突き、距離を詰めるその歩法。古武術―――『瞬動』。

 「そりゃあ、爆豪にこれを教えたのは俺だからな。」

 刹那にて鉱哉の懐に潜り込んだ猿夫は、彼の顎を掌低でアッパー気味にカチ上げた。

 「いくら個性で肉体を変化させても、二足歩行で生きてるんだから、脳が揺れたらお終いだよ。」

 顎の先端、そこをピンポイントで打ち抜き、鉱哉を一瞬で無力した猿夫は、彼の個性が気絶しても解けないものであることを眼で確認して呟く。

 「まず、一人。」

 「おのれ!!」

 拮抗しているのに、目の前で仲間を墜とされた。そのことで頭に血が上ったのか、大和がその竹刀を大上段に振り上げる。

 「青いな。」

 大和が振り上げた竹刀を持つ右腕―――それが振り下ろされようとする前に、武神は自身の右ひじを当て左手で柄を掴んでしまう。そのまま時計回りに身体を回せば、

 「武器は奪える。空手技『柄取り』。」

 「くぅ!!」

 武器を奪われ、そのままたたらを踏んでしまうまだまだ若い竹刀の使い手。その側頭部を、何の躊躇いも容赦もなく蹴りぬき、猿夫は言葉を贈る。

 「武器がなければ何もできない。それじゃあはっきり言って、二流にもなれないよ?二人目。」

 前線を守っていた二人が隙とも言えぬ隙を突かれて秒殺。あまりのことに、姫子、碌朗、外道丸の足が一瞬止まる。その一瞬があれば、「無個性の武神」にとっては十分な隙になる。

 「しまった!!」

 猿夫は気絶した鉱哉の襟首を持ち、個性が解除されていない彼を引きずりながら、一気に前線を抜け中陣・後陣に構える生徒のところへと飛び込んでいく。

 「行かせない!!」

 立ちはだかるのは、遊撃要員として空を舞っていた飛天と、

 「【召喚】!」

 地味にウロウロしていた武藤遊次だった。

 飛天はその鳶色の翼から長めの羽を刀替わりとして、二刀流として猿夫に迫る。対し遊次は個性を発動。手に持つカードが光輝き、帯電する山羊が姿を現した。

 

    1-A出席番号19番 武藤 遊次(むとう ゆうじ)

 個性:お絵描き 描いた絵の中身を召喚できる。遊次は事前に描いた絵をカード状にして持ち歩いている。

 

 「帯電している動物・・・選択は悪くないかな?」

 言葉ともに鉱哉を山羊に向けて投げつけ、飛天の双剣術を受け流していく。更に猿夫は二人と一匹を射線上に置くことで、中・遠距離要員からの援護を封じていた。慌てて駆け寄ってくる姫子や碌朗に外道丸、その救援が間に合う前に、

 「1人で引き付けるにはまだまだ青いよ。もう少し後ろで、仲間と連携してやるべきだった。」

 キックボクシング---脳天を打ち払うハイキックが、飛天の頭を直撃する。 

 「3人目。」

 天空からクラスメイトを守ってくれていた、オッドアイの神童は、為す術もなくその膝を折ることになった。そしてそのまま遊次に接敵。投げられた鉱哉を振り払った電気山羊が割って入るものの、

 「ダメージ覚悟で突っ込ませてもらうよ?」

 「!?」

 重心が低く、自分より大きい相手でも関係なくなぎ倒すそれは、かつて栄華を誇った格闘技、レスリングのタックル。

 自分が痺れるのを覚悟で、尾白は電気を纏う双角獣ごと、遊次を押し倒した。

 「うぎゃあああああああああ!」

 まるでギャグみたいな絶叫をあげる1-Aきってのサモナー。被召喚物からのダメージは受けない等とそんな都合のいいことはなく、しっかり電撃を受けて失神した。気絶すると個性は解除されるらしく、ポン!っという気の抜けた音と共に、役目を終えた山羊はその身を消してしまった。それを見下ろす武神の表情に、一切の陰り無し。

 「個性に頼り切っているだけではダメだよ。どう生かすか考えなきゃね。四人目。」

 学生時代に訓練で散々電撃を浴びる機会があって良かった、慣れは何事も大事だよななどと思いながら、飛んできたミサイルポッドを躱していく。更に降り注ぐ弾丸を、気絶しても個性が解けない鉱哉を盾にすることで防ぎ接近する。

 「せせせ、気絶した生徒を盾に!?」

 「20vs1の上に奇襲から初めてるんだ、今更卑怯とは言わせない!」

 両肩に1門ずつのミサイルポッド、両腕にガトリング砲が同じく一門ずつ、更に胸部に二門のバルカン砲。それを全力射撃でぶっ放しながらも、全て仲間を盾にされることで防がれる。

 

    1-A出席番号12番 塩田 弾道(しおだ だんどう)

 個性:弾幕 引っ込まないタイプの各銃器。蓋はある。身体の塩分を弾丸へと変化させるため、使いすぎると熱中症で倒れる。

 

 「フレンドリーファイヤーを警戒したかもしれないけれど、もっと思い切りの良さは必要かな。」

 決め切れないうちに間合いに入られ、演武のごとき蹴りがマシンガンのごとく弾道に突き刺さる。それが外国由来の蹴り主体の格闘技、テコンドーであることを彼は知りもしないだろう。

 「五人目。」

 崩れ落ちる弾道の陰から伸びてくる、アホ毛が目立つ赤毛の少女。何の躊躇いもなく仲間を囮にした決断力は、この状況では褒められるべきだろう。

 「もうちょいと可愛い気が欲しいところだけどね。」

 猿夫がそう呟く間にも、彼女が向かってくる対面から襲ってくるのは髭面の偉丈夫。どこから出したのかわからぬ黒い二つの日本刀を使い、何の躊躇いもなく殺しにくる刈り上げた金髪の男。

 「これ以上やらせない!!」

 見れば前線にいた姫子達もようやく追いついてきたようだ。少しでも猿夫の勢いを止めようと、遠距離攻撃が可能なメンバーも積極的に攻撃を繰り出して始める。20人で抑えきれなかったものを、

人が減った状況で果たしてどうできるのか。

 「さて、指揮官の腕の見せ所な訳だけど、彼はどう出るかな?」

 

 「くっそ!馬鹿な!?」

 小野田小町は自分の隣で暴言を上げ始めた指揮官、大地の姿を横目で捉えた。悔し気に親指の爪を噛む姿は、今時三流悪役でもやらないのではないかと思えるほどのものであった。そう、生意気な舌鋒や周囲に対する無意味な煽り。人間的な性格はともかくとして、彼には指揮官として致命的な欠陥があった。

 「ダメです!またやられました!」

 波打つ金髪を揺らし悲鳴をあげる、十礎聖の声に反応して見てみれば、黒き二刀の刃を操る漆原亜衣磁が膝を付いたところだった。どうやら個性により生成したらしいその日本刀は、術者の意識喪失により元の砂鉄へと姿を変えていく。

 

   1-A出席番号4番 漆原 亜依磁(うるしはら あいじ)

 個性:磁界 半径0~5mまでの周囲の鉄を磁力により操る。

 

 次にその背を地面に叩きつけられたのは、補給の隙を突かれた外道丸だ。どこかコミカルで教育番組に呼ばれそうなその姿は見る影もなく、どちらかというなら大手の芸能事務所所属のアイドルかのようだった。

 気がつけば三分の一の生徒が墜とされたのに、追加の指示が出せない大地。その口から漏れるのは、聞くに絶えない言い訳だらけだった。

 「そもそも全体的にみんなやられ過ぎじゃないですか?それこそ無個性なんだから指示待ちなんかしてないで自分で考えてなんとかしてくださいよてかてかどいつもこいつも本気になってバカなんじゃないですか?雄英で除籍になったんなら転校でもなんでもしましょうよ。そうですよそれがいい。みんなでやれば今日日クラス丸ごと除籍にした学校側に傷がつきますからそれで校長を脅せばいいんじゃないですかそれでいいに決まってる!!!!」

 もう喋る気も起きないレベルのそれ。自然と小町が溜息をついたことに、きっと彼は気づきもしなだろう。魔眼の連続使用が祟って、血の涙を流している聖にも。そう、これが土屋がもっとも指揮官に向いていない理由だった。それは一つ何か上手くいかなくなると、まるで対応出来なくなるところであった。ことが予想通りに進むうちはいい。しかし、少しでも道を外れればこの様である。ここから先は、できもしない現実逃避のオンパレードだ。

 「まっ、ここまでかな。」

 もともと身内への限定的なバフ掛け(しかもオート発動)しか個性のない姫子だ。ここから戦況をひっくり返す切り札を持っている訳ではない。そんな自分がしゃしゃり出たって何ができる訳ではない。それこそ大地の言う通り、他の学校への転入での考えた方が上手くいきそうだ。

 「元々ヒーローになりたくてここに居る訳じゃないし・・・。」

 そう、小野田小町がここに居る理由は他でもなく、将来玉の輿をするための布石でしかなかった。

あくまで闘うのは男の仕事。勿論、思うところがあり彼女なり今努力していることはあるのだが、それを披露した所でどうこうできるとは思えない。だから彼女が敗北を受け入れ、現状を諦めかけたその時だった。

 「嫌だ!!私は諦めない!!」

 前線で戦うクラスメイトが大声吠えたのは。

 それはクラスで唯一、小町が本当の意味で親しくしている、狐耳の女の子だった。




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次話→尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その4
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尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その4

 彼女は目指すと決めたのだ。

 己の憧れに。

 彼女はなりたいと思ったのだ。

 自分がのんびり日々を過ごせたような、

 

 他の誰かのそんな時間を守れるような人に。

 

 「嫌だ!!私は諦めない!!」

 大地がいつものように思考停止でグダグダ言っているのが遠目にもわかった。最後のプランだった、聖の魔眼も通じてはいないのだろう。血の涙を流す、彼女のそんな様子が目に映る。近接で戦っている碌朗に至ってはどっちでもいいという感じだし、毒液で牽制してくれる一子だって、本当は適当に楽にやりたいのだろう。もうみんなわかってるんだ。ここにいる無個性の英雄には勝てっこないって。でもさ。

 「私は!!夢のために雄英生で居たい!!!」

 自分の体を傷だらけにしてまで、戦ってくれた人がいる。その人たちの傷の上で、のんびり過ごしてきた私がいる。今度は、私があの人と同じように守りたいと思った。守らなきゃってそう思った。だから、

 「憧れたあの人と同じ道を行きたい!!のんびりしてたぶん、これからは最短距離を走りたい!!もう遠回りなんかしたくない!!私はここから、」

 狐火が照り輝く。何度か転がされ、砂まみれ泥まみれで、細かい傷ならもういっぱいついたその身体で。それでも譲れない自分の願いだけを燃料に、孤城姫子は、己のオリジンを言葉に乗せて、強く強くそこまで届けと声をあげた。

 

 「ヒーローになりたいッッ!!!!」

 

 煙の攪乱、毒の礫、そして獅子の牙や爪を躱しながら、猿夫は一番警戒すべきが誰であるかを悟ることになる。ニヤリと笑ったのはどちらの教師だったか。一皮剥けたと呟いたのは、もしかしたら両方か。

 「私が時間を稼ぐから!建て直して!!!」

 姫子はそう言いながら大地達の方を見た。あくまで指揮官である大地ではなく、大地達の方を。

 「ガス欠覚悟!『幻炎・分身』!!!」

 言葉ともに照り輝く尻尾の狐火。青白いその炎は輝きを増す。彼女の願いの発露のごとく、光輝くそれは、一瞬だけ猿夫の視界を塞ぎ、

 「なるほど、そう来たか。」

 「「「「「行っくよぉー!!」」」」」

 再び視界を得たそこには、五人の孤城姫子が猿夫に向けて突貫してくるところであった。

 

 「建て直すったってどうしたらいいんですか?」

 彼女が最後にこちらに向けて声をあげたのはわかっている。現に、気絶したクラスメイトを引きずるなりして回収した仲間達が、土屋の下に集まってくる。

 「そもそも回復の手立てだって限られている状況でてかもう向こうだってそんな時間は稼げる訳がないんだからそれこそ頑張るだけ無駄というかなんでそこまで雄英高校にこだわるのかも僕は理解できないし」

 しかし、大地の思考停止と責任転嫁はとどまるところを知らず、何か考えているようでその実何も考えていない。見れば瞳から血を流す聖も心配そうにこちらを見ている。小野田小町は、ほっとけば壊れるまでその身を犠牲にする彼女に、大丈夫だよと、一つ頷き—―――そこらに落ちていた結構大きめの石で、大地の後頭部を思いっきりブン殴った。

 

 「ここからは私が指揮を取ります。」

 小町がそう話し始めた時、再び集合した1-Aの生徒達は、その発言に訝し気な表情を浮かべた。

 「えぇ~・・・。てっきり、停戦の相談でもするんじゃないかって思ってたんだけど。」

 中陣で毒をまき散らし、猿夫の牽制を中心に戦っていた赤毛の少女がそう声をあげた。日頃は噂話が大好きな彼女も、流石にこの状況で口からいらない毒を吐くつもりはないらしい。姫子ちゃんが粘ってくれてるのはわかるけどさ―――そう付け加えられたその言葉に、他の生徒も静かに頷いた。

 

    1-A出席番号12番 久野 一子(くの いちこ)

 個性:毒 簡単な神経毒から即殺可能なものまで精製できる。身体の皮膚から射出可能。

 

 八重歯とアホ毛、そして小学校高学年ほどしかない身長が特徴の彼女は、その周囲の様子を得て、話を続ける。

 「何か策か手段があるの?」

 「そもそもだなぁ!!!」

 そう声をあげたのは、腰まで届く程の銀髪に同色の瞳、まるで新雪のような髪色のそれを、頭の後ろで一つ結びにしている女子生徒だった。

 「あんたが仕切ることにそもそも納得できやしねぇんだよ!!!」

 「・・・でしょうね、氷川さん。」

 「女子のことは常に上からバカにしてよぉ、男子相手に媚はしっかり売って!個性がどうとか関係ねぇ!!あんたがそもそも気に入らねぇ!!!」

 「「そーだそーだ!!」」

 見れば彼女の後ろに居る腰巾着―――ではなかった、伊木山吟子に花上茉莉も、彼女と同じ意見らしい。

 「あんたが仕切るのは、この『博多弁天』! しろつめ寅子が許さないよ!!!!」

 「「いよっ!リーダーかっこいい!!!」」

 「・・・悪いけど、漫才に付き合っている暇はないのよ。」

 「誰が漫才師だ、どごぞのイガグリ坊主みたいなこと言いやがって!」

 ・・・一体何のことを言っているのか皆目見当もつかないが、小町もそこで引く訳にはいかない。 見てみれば姫子は瞼の上をカットしたのだろう、その顔を血塗れに染めていた。しかしそれでも引かずに戦っている。分身の維持だって、相当身体に堪えるということを小町は知っていたから。

 「どうかお願い。私に、私たちに協力して欲しい。」

 「ざけんな!!悔やむんなら、てめぇの人望のなさを悔やみな!!」

 それが無理ならいつものように男に媚てなんとかしてもらえ―――そう続いた言葉に対し、それでも小町は下がらない。プライドが高い自覚こそあれ、自分を信じて時間を稼いでくれている彼女のためを思えば、このくらい安いものだと割り切れる。

 「っつ、お前!」

 「・・・リーダー・・・これ・・・」

 「ちょつ・・・止めなって!」

 博多弁天の三人が思わず動揺する。だってそうだろう、あの小野田小町が、男には媚を売る高飛車女が---土下座していたのだから。

 「ちょっと、小野田さん何もそこまで!」

 今日いまいち精彩を欠いている出水洸汰が声を掛ける。彼の水流は、今日は肝心な所で外れてばかりだ。決してだからという訳ではないが、彼の言葉は小町の胸に届かない。日頃なら面倒なことや汚れ仕事は周囲の男子に押しつけてきた彼女が、初めてと言っていいほど愚直なまでに頭を下げた。

 「友達、なの。」

 口を開いたその台詞。その言葉に、クラスメイト達は言葉を失う。

 「正直私は雄英であることに拘りなんかない。それこそ申し訳ないんだけど、他のクラスメイトがどうしたいかなんてそんなこと知ったこっちゃないわ。ヒーローらしくもない人間だってことも、十分自分でわかってる!!!」

 それでもね―――そう言葉を繋いだ小町は、顔をあげて言い放つ。目に浮かぶ涙。そしてわずかに揺れる瞳。それがもし嘘だったとしたら、彼女は今すぐ女優を目指した方が良いのだろう。

 「友達が血塗れで頑張ってる!!それを応援できないような奴にだけは、私はなりたくない!!」

 

 

 

 一度だけだからなと、義に篤い『博多弁天』のリーダーが折れたのは、もはや必然だったのかもしれない。

 

 

 

 頭がボーっとする。喉もすっごく乾いてきたなぁ。

 

 自分を除いて四体の幻炎・分身と共に戦ってきた。放って終わりのただの狐火とは違うそれは、維持するだけでゴリゴリ精神力を削られていく。頭の内側をやすりで削られていくようなそれは、確実に姫子の集中力を削り取っていた。加えて―――

 「ヤバい、ともかく二重に見える。」

 あれは恐らく動画で見たことがある、ボクシングと呼ばれた格闘技。確かフックと名づけられたものだった。幻炎を維持するのに、わずかに集中力を乱したその瞬間だった。姫子の顔面に、猿夫のそれが突き刺さったのは。

 結果瞼が切れ血が噴き出した。それだけではなく、目の周りの骨でも折れたのかもしれない。さっきからともかく相手が二重に見えるのだ。

 「それでも、負けないから!!」

 「でも勝てない。」

 「!」

 言葉ともに踏み込んでくる猿夫。文字通り命がけで飛び込んでくる姫子と、炎でできた分身を相手にしたのだ。その身体はところどころ火傷の後が見られ、決して浅からぬ傷がある。どうやら彼もこれ以上長引かすつもりはないらしい。

 その回し蹴りだろうか、確実にモーションに入ったそれ。ここまで維持してきた分身も潰えてしまった。迫りくる衝撃を前に、目を逸らすことだけはやめようと、歯を食いしばったその時だった。

 

 白煙が、舞う。

 

 三度のそれ、いい加減見飽きたとばかりに大きく下がる猿夫。しかし、

 「伊木山さんホワイトブレス!」

 マスクの下から現れた、裂けた口。炎の海や熱線を生み出すのではなく、解き放たれるのは凍てつく吹雪。大地をまるごと凍らせるほどのそれを、なんとか飛び上がって躱した猿夫。その着地点に作られる、有毒の水溜り。

 「くっそ!」

 躱すことができず足から体内に侵入する神経毒。一瞬にして目が霞むほどのそれを受けながらも、周囲に気を配ることを忘れない。

 「小町!!」

 もはや立っていることすら困難なお狐様が、思わず小町の姿を探した。彼女に応えるように手を振る大和撫子が手に持っていたのは、なんと目薬。

 「ほんっとに・・・流石なんだから!」

 やはり小町には女優の方が似合っているんじゃないか。そんなことを考えながら、姫子は意識を手放すのだった。

 

 

 煙が来れば次は炎。

 何度も繰り返えされた、安牌な攻撃が来ると勝手に思い込んでいた。そこからまず意表を突いてくる氷のブレス。躱してみれば、着地できる場所は全て毒の水溜り。先程までは違う、どこかいやらしい攻撃の数々。その内容の変化に、

 「指揮官が変わった?」

 「御名答!!」

 「!?」

 煙の中から飛び出し氷の爪を打ちつけてくる、虎を模した鎧を纏う銀髪銀眼の女子高生。氷を使う彼女は、もちろん氷の足場など全く苦にせず向かってくる。

 「福岡出身『博多弁天』リーダー!!しろづめ寅子!お相手願うと!!神野の生き残り!!」

 

   1-A出席番号18番 氷川 寅子(ひから とらこ)

 個性:白虎 トラを模した氷の鎧を作れる。口と手から冷気を放射する

 

 『炎のブレスは使わないで。氷の足場を作り続ければ、氷川さんは苦にしないし相手は必ず不利になる。』

 

 「・・・めんどくさいんやけど、しゃーないでな。」

 この短時間で聞きなれた関西弁。しかしそこにあるのは獅子頭のキメラではなく、紫の髪と羊の角を持つ赤龍。体長2m程だろうか。平気で空をかけ地を這う姿は、個性分岐点世代の面目躍如だ。

 「随分器用に変化するもんだな!!」

 思わずそう嫌味をこぼす猿夫。ただでさえ慣れない足場に犯された神経毒、そこに来るやりなれた人型ではない、異形の怪物。

 

 『格闘技ってそもそも人間同士の戦いだったんでしょ?なら、人型で戦うのはそもそも不利だと割り切って。』

 

 「・・・うちの姫さんが本気出すと、けっこう洒落んならんみたいやなぁ・・・」

 まるで他人事のように呟きながらも、当事者としてその赤き龍は、己の牙を遺憾なく振るい続ける。反対側では氷の虎が流儀なき喧嘩殺法で、絶えず猿夫にプレッシャーをかけ続ける。その上、

 「この煙か!!」

 先程まではあくまで炎の燃料扱いだったそれ。今や周囲への視界を潰す膜となる。さらに油断をすれば、パリピの声が聞こえてくる。鬱陶しい。

 そしてイライラし続ける猿夫の死角に飛び込んでくる、赤いアホ毛の女の子。さっきまで持ってなかった二つのクナイを頼りに、煙から煙へと身を隠し迫ってくる。

 「武器は、道具管理をしてる青狸の女の子からもらったか!!」

 「それ言うとあの狸怒るから止めた方がいいよ?」

 クナイによる刺突を避けられた赤髪の少女が、そんな言葉を残し再び煙の中に消えていく。その代わりに、煙の切れ目からわずか見えた銃口。直感と経験が猿夫に斜め後ろへの回避を選択させた。そしてその瞬間襲ってくる十字砲火。どこからか「狸じゃなぁーーーーーーーい!アライグマだ!!!」なんて絶叫が聞こえてきたりしている。懐かしのセメントガンに、いい加減見慣れた水流。十字を刻むためのもう一方は、熱線と植物のツルの鞭。

 

 『一方向からの面による制圧は通じない。なら遠距離攻撃は必ず十字砲火で。ポーターの野開さんも、攻撃要員に加わって欲しい。』

 

 その十字の中心に居たらと考えたら、さしもの武神も背筋が冷える。恐らくそこに誘導するために、文字通り牙を剝いてくる赤龍・白虎に女忍者。その攻撃を煙の中で捌き流し打ち返し、そして十字砲火を辛うじて避けていく。足元の氷と、身体を蝕む神経毒を堪えながら。

 

 

 

 

 

 『実質私って無個性みたいなものなのよね。』

 それは最近参加するようになった、放課後自主トレの帰り道。一緒によく帰るようになった、狐耳の女の子との会話で思わずそう零していた。不思議そうに顔をあげる姫子。ピコピコと耳を揺らし、その尻尾の毛並みは、僅かなそよ風と共に揺れていた。

 『?何言ってるの?「お姫様」があるじゃん?』

 『いやそれはあるわよ?でも、実際に鍛えてどうなる訳でもないし、私一人で戦うことなんてできないから・・・。』

 特に何ができる訳でもない特定条件下におけるバフ掛け。その条件の中に自分は入っておらず、それでさえ鍛えてどうのこうのというものではなかったから。

 『ん~・・・でもそんな悲しいこと言わないでよ!』

 『実際事実よ。身体能力や幻炎みたいな力がある訳じゃないし、嵐島君みたいに風や翼がある訳でもない。氷川さん以外の三馬鹿みたいに、遠距離に特化してる訳じゃないし、八賀根君みたいな一点特化にはなれないから・・・。』

 『・・・よく見てるね。』

 あまりにすらすらと出てくる、クラスメイトの個性や能力にその長所。その淀みない的を得た説明に姫子は呆気に取られていた。小町は喋り過ぎたかと、そのモデル顔負けの美貌を赤く染める。

 『こ、個性の関係上周りをよく見てるだけよ。ちゃんと把握しとかないと、誰に何をお願いすればいいかわからないから。』

 『それだ!!』

 『!』

 ・・・その日から小町の自主トレは図書館での勉強に変わった。ありとあらゆる個性について調べて学び、どんな戦術でも頭に入れて戦えるようにと。今までの人生で見たことも聞いたこともないような、難しい本だって読み始めた。自信があった訳ではない。ただ目敏く生き汚いだけの自分に対して、

 『できるよ小町ちゃんなら!!』

 真っ直ぐにそう言ってくれた人が居たから。

 

 「出水君タイミングがズレてる!それだと突破されちゃうからしっかり合わせて!!骨川君煙を切らさないで!何か一つでもズレたらそのままやられちゃうから!」

 小野田小町は諦めない。例えどれだけ可能性が低くても。あの日も今もこんな自分を信じてくれた友達が、笑顔でバトンをくれたから。1%しか可能性を、10にも20にもして見せる。そこにはもう、クラスでぶりっ子をしているだけの女の子は居なかった。その知的な眼差しが光る横顔は、いずれ大成するヒーローの雛鳥。

 

  

 

 

       小野田小町:ライジング

 

 

  

 

 やりにくい近接戦闘に、終わりの見えない十字砲火。更に油断なく行われるデバフ掛け。それこそ一般に活動しているヒーローなら、とっくの昔に敗北しているであろうその猛攻に、尾白猿夫は驚嘆を挙げていた。

 「高校生って奴は本当にすごいな。」

 正直、そんな兆すらなかったというのに、ほんのちょっとしたきっかけがあれば、一瞬にして空へと羽ばたく準備が整ってしまうのだから。

 かつては自分達もそうだったということを思い出しながら、歴戦の勇士は、追い詰められたからこそ強く強く、笑う。

 「大丈夫。こんな修羅場くらい、いくらだって乗り越えてきた。」

 

 

 小町の目からも調子が悪いのはわかりきっていた。タルタロスに行ってから、どうにも精彩を欠いている。

 「出水君!!」

 それこそこの授業が始まってからも、彼女は何度彼を 咤激励したかわからない。日頃は飼い犬みたいに尻尾を振ってくれているというのに、どこか迷ったような水流ばかりが猿夫の方へと放たれていく。 

 

    1-A出席番号3番 出水 洸汰(いずみ こうた)

 個性:水流 両腕から水流を打ち出すことができる。水の出所は、空気中の水蒸気。

 

 その隙をいつまでも見逃してくれる程、やはり相手は甘くない。

 煙を割って、突然飛び出してくる無個性の武神。十字砲火の僅かな綻びを決して逃さないそのバトルセンスは、ビルボードの上位にさえ届き得るもの。

 その得物無き格闘家が狙うのは、土屋と違い前線付近で指揮を執っていた小町だった。

 「的確過ぎるオペレーション・・・近くで見ているんだろうなと思ったよ!!」

 毒の回りに、身体の疲労。もうこれ以上長期戦をする訳にはいかない彼は、優秀な指揮官を潰すという古来より続けられてきたもっともシンプルな戦術を採択する。

 「小野田さん!!」

 「危ない!!」

 自分達のせいで抜けられた。そう思うが故に声をあげる洸汰と未来。でもごめんね大丈夫。出水君の調子が悪いのは知ってたから、そこを狙われるだろうなって思ってたの。

 「岸君!!」

 「!」

 小町の声に反応したのは彼女の影。否、それは指揮官を守ることを最初から義務付けられた、一人の生徒。黒き影を中世の鎧、そして刺突専門であろう円錐状の剣に変えて、彼は飛び込んでくる猿夫を羽交い絞めにする。

 

   1-A出席番号8番 岸 影智(きし かげとも)

 個性:影騎士 人の影に入れる。自分の影は鎧と剣に変えることができる。

 

 「しまった!!」

 「デュフフフフフwwww些か騎士らくないでござるが、唯一の出番wwしっかり果たさせてもらうでござるぞwwww」

 憧れとは理解からもっとも遠い感情でござるなどと、無性にイラッとする言葉を喚く黒人相手に、猿夫はその拘束ほどくことができない。

 「動くことがそもそもできなければ、型は変りようがないわ!!」

 自身を最大の囮にした大胆な作戦。敵を騙すなら味方から。毒やらデバフやらで勝負を焦った猿夫からすれば、指揮官の首はさも魅力的な報酬に見えたであろう。その判断が、命に取りになった。

 そう思い勝負の行く末を確信した小町は、その右上を挙げて、血の涙を流すほど頑張ってくれていたクラスメイトに最後のオペレーションを敢行する。

 「十礎さん!!」

 「はい!ごめんなさい!『洗脳眼』。」

 一瞬の硬直の後、小町達は、武神がその動きを静止させたかのように見えたのだった。




pixivにて連載中のものを再掲載しております。
何卒宜しくお願い致します。
次話→尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その5
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12168960


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尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その5

 決まった。

 最初に誰よりもそう思ったのは、その鎧越しに、猿夫を羽交い絞めにしていた影智だった。

 「力が抜けたでござるwwwwデュフフフフフフwww」

 そう思い拘束を緩めた瞬間—―――己の身体を直接殴られたような衝撃を感じ、そのまま膝を折ることになる。中国拳法鎧通し、『発勁』。

 「くぁwせdrftgyふじこlp」

 「確実に目標が無力化したかどうか。確認する前に拘束を解くのはおすすめできないな。」

 そして倒れた影智の頭をサッカーボールキックで蹴り上げ、意識を完全に奪った後、そのまま指揮官を倒しに向かってくる。

 「魔眼が決まらなかった!?」

 「決まってはいたさ。ただ洗脳には以前嫌な思い出があってね!!」

 距離を置くために走って逃げる小町にそう答える猿夫。武神がその豊富な経験から己の体に施した対応策。それを見た彼女は、思わずその端正な顔を青くする。

 「自分で、親指を握り潰してっ!?」

 「この手の洗脳は、操られた側に強い衝撃が加われば解けることが多い!」

 生徒達は知らないことだろうが、猿夫はかつて雄英体育祭で、洗脳の個性持ち相手に辛酸を舐めたことがある。その生徒が普通科から編入してきた後だった。猿夫は過去の失敗を補うために、わざと彼に洗脳をかけてもらった。何度も何度も。己のの身体が、少しでもその耐性を得ることができるようになるまで。

 「まぁ、それでも完全に抵抗することはできなくて、自傷する時間を稼ぐのが精一杯なんだけどね!!」

 言葉とともに、守護者無き姫へと飛びかかる無個性の武神。彼女を取られたら終わる。その思いから、何の躊躇いもなく2人の間に飛び出した聖。しかし、

 「時間を稼ぐにしても、できることできないことはきちんと判断すべきだ。」

 「ぐっほぉお!?」

 一瞬にして、その綺麗な顎を飛び膝蹴りで貫かれる。立ち技最強の一角と言われたムエタイのそれは、若き魔眼の使い手を情け容赦なくグラウンドへと沈めることになった。そして再び形成される十字砲火に波状攻撃。しかし、洸汰の不調が元に戻ることはなく―――

 「くっ、お前らぁ!!!」

 「リーダー、すんません・・・」

 「強すぎ・・・」

 植物と、七色のブレスで十字砲火の片翼を作っていた『博多弁天』。そんな2人が崩されたのだった。

 

    1-A出席番号17番 花上 茉莉(はなかみ まり) 

 個性:キメラプラント 体内に沢山の植物を飼育し操れる。緑の髪は、髪の毛ではなく植物のツル。

 

 「やりやがったなぁ!!」

 子分二人をやられた「しろつめ寅子」が、冷静さを失い前へと飛び出す。怒りの衝動だけで突っ込んでくる単調なそれ。その隙だらけな様相に対し、猿夫が何の躊躇いもなく攻撃をしようとしたその瞬間、

 「降参よ。降参します。」

 指揮官が白旗をあげた。その台詞に合わせて綺麗に静止する猿夫。止まれずに飛び込んでくる寅子の足だけは、しっかり引っ掛けて転がしておく。

 「理由は?除籍になっちゃうよ?」

 猿夫が自身で握り潰したせいで、紫に腫れあがったその右手親指。小町はそこに一度目を向けた後、転がされた寅子が悲鳴をあげているのに視線を移した。麗しの指揮官は、ここを引き際に選んだ理由を述べ始める。

 「・・・魔眼が通じなかった段階で、こちらにあなたを止める方法はもうなかった。連携にズレがある波状攻撃じゃあ、とてもじゃないけど抑えきれない。これ以上は、みんなが無駄に傷つくだけだから。」

 「なるほどね・・・。全滅するまで闘うのも手かと思ったけど?」

 「これで相手が本当のヴィランなら、もっと早い段階で撤退戦に移行させてます。痛いのは嫌ですけど、それこそ自分が囮になってでも。」

 後ろには、一般市民がいるかもしれませんからね。猿夫の瞳を真っ直ぐ見て、小町は言い切った。もう羽ばたくことを躊躇わない---その理知的な瞳には、あくまでヒーローとしての確かな輝きがあった。それを見て満足そうに、猿夫は一つだけ頷いて、後の評価に関しては教師陣に任せることにするのだった。

 

 

 

 「負けたな。」

 学校に勤めている、二代目リカバリーガールからの回復を受けて、生徒達は全員意識を取り戻すことになった。そして今、いささか自己主張が激しい副担任を前に、整列して並ばされている。

 「これでわかったろ?努力してるのなんざ現場にでりゃあ当たり前なんだよ!!その上で!!それでも結果が出ねえから、どいつもこいつも必死なんだよ!!」

 俯いてしまったのは誰だったのか。より真っ直ぐ爆豪を見たのは、どの生徒だったのだろうか。

 「ちょっとそれらしいこと初めてな、ちょっとそれらしいことができるようになったぐらいで!天狗の鼻伸ばしてんじゃねえよぉ!!!」

 それが雄英で学ぶ最後の言葉になるかもしれない。そう思い、俯いていた生徒は少しだけ悔し気に臍を噛み、対し真っ直ぐ爆豪を見ていた生徒達は―――各々その言葉を咀嚼して、一度だけ頷いていた。

 だからかどうか、まるで核弾頭のような副担任が、当然のように明日からの話をし始めた時、生徒全員は度肝を抜かれることになる。

 「それがわかったんなら、期末テスト不甲斐ない点数取るんじゃねーぞ!?わかったか!?」

 「「「「どういうこと!?」」」」

 そんな生徒の反応に、不思議そうな顔をする爆豪。成功した悪戯の結末を見て、笑みが零れる切奈。猿夫もその様子を見て、軽く肩をすくめて溜息を吐いている。

 「んだこら?期末テストがねえとでも思ってたんか?!」

 「「「違うそうじゃない!!!」」」

 見れば気が抜けたのたか、姫子や小町、そして洸汰に至っては腰が砕けて座り込んでしまっている。骨川に至っては上半身が煙になって風に流されてしまっている。元に戻るのだろうか。

 「嘘だったの!?」

 赤いアホ毛を揺らして、一子が教師陣に食ってかかる。昔は自分もそっち側だった、懐かしいなぁと猿夫は思う。やったよあの反応。やったやった。

 「除籍の権限は噓じゃねーし、先が全く見えねえてこねぇならそうしたな。」

 「ギリギリ及第点、って感じかな。」

 実際に生徒と対峙したのだ。猿夫は教師陣の中に参加し、意見を述べることにする。

 「一応各自の反省は、本人達に直接声をかけつつって感じにしてたんだけど・・・。」

 何人かの生徒達が渋い顔をした。何せ生徒によっては、意識を失う瞬間に声をかけられた者もいるのだ。記憶が曖昧なのかもしれない。

 「ヒーローが嘘つくってのはどうなんだよコラ!?」

 「合理的虚偽って奴だ。舐めプしてるてめえ等が悪いわ!」

 金髪モヒカンヘッドの鉱哉が睨みを利かすものの、そこは年季が違う。何せ泣く子は黙らせ、ヴィランは本当に泣かした男が相手なのだ。メンチの切り合いは分が悪い。

 「ともかく、いつでも私達は生徒を除籍することができる。そのことを忘れずに、今しかない時間をもっと大切にして欲しいかな。」

 最後にそう切奈がまとめるのを見て、生徒がみんな疲れたような返事をする。しかし、どこかに感じいるような響きがしていたのは、きっと、気のせいではないと思う。 

 

 切奈から、教室に戻るよう促される受精卵と雛鳥たち。それぞれが今回の訓練について話をしながら校舎へと戻っていく。あるものはその活躍を誇りながら。またあるものは、己の失敗を嘆きながら。そんな中、たった一人で歩を進める茶色い少年。雛鳥どころか、受精卵にすら成れない彼。大地は覚束ない足取りをそのままに、何かまたブツブツと独り言ちながら進んでいく。そこに用があるのか、校舎へと急ぎ足で戻る爆豪。追い抜き様にかけられた一言に、果たして未来ある少年は気づけたのだろうか。

 「糞指揮官てめぇ・・・このままだと本当にダメになるぞ。」

 案外、怒鳴れるより刺さることがあるのだと、普通ならそう思うものだけど。

 俯く彼の見えない表情からその本心を垣間見るくことは、最後までできそうにはなかったのだった。  

 

 迷っていた。

 これまでの人生において、ヴィランに対しては真正面から恨みをぶつけてきた。もはや殺意とも言えるそれに呑まれなかったのは、道を照らしてくれたヒーローが居たからだ。

 『ヒーローが誰も助けてくれなかったから!! 』

 それが揺らいでしまった。ヒーローは、助けてと叫ぶ誰かの手を取るのがお仕事だ。余計なお節介をするのが、綺麗ごとを実践するのがお仕事だ。

 『ヒーロー科なんでしょ!?ヒーローになるんでしょ!!だったら私のこと助けてよ!! 』

 助けてと叫んでいたのは、ヴィランの烙印を押された囚人だった。ヒーローが誰も助けてくれなかったから。もし自分があの日助けてもらえていなかったら?緑谷出久に出会えていなかったら?

ヒーローなんて大っ嫌いだと言っていた自分に、彼女を責める権利なんてあるのだろうか。何もかも憎んで恨んで。自分だって堕ちてしまう可能性があったんじゃないのか。そもそも自分は、ヒーローになって何を---

 「やっ、洸汰君。」

 思考の海に溺れ、そのままどこまででも沈んでしまいそうだった自分を救い出してくれたのは、さっきまで自分達をしばき回っていた、尾白猿夫だった。

 

 ちょっとコーヒーでも飲もうよ。そう声をかけられた放課後の帰り道。中部地方が発祥であるチェーンの喫茶店。料理がやたら大きいことで有名な某店に男二人で入店し、猿夫は中皿いっぱいの大きさであるハンバーガーを注文した。飲み物はコーヒーを二人分。季節が季節のため、お互いアイスだった。

 「しかしハンバーガーを頼んで、二つに切りますか?ピザみたいに切りますか?なんて他では絶対に聞かれないよね!」

 「・・・そうっ、ですね。」

 「たまに知らずに頼んじゃった人が驚いてたりするから、ちゃんと大きさの説明もしてあげて欲しいよね。」

 そんななんてことない世間話をしている間に、アイスコーヒーが運ばれてくる。本来はガムシロップを頼むのだが、洸汰は動揺していたため頼むのを忘れていた。ブラックのそれにミルクを入れて、なんとか顔に出さずに飲んでいく。特に中身のない会話。それでもなんとなく温まった場の空気。どうやら熟年のヒーローは、ちょっとした会話術も心得ているらしい。

 「それで、どう、されたんですか?」

 ここまで場を作ってくれたのだ、流石に何の要件なのかを聞くぐらいは自分から切り出したい。そんなわずかな自尊心を絞り出して、洸汰は言葉を紡ぐ。ただでさえ不安定な精神状態に、明らかに足を引っ張った今日の授業。何かを聞かれるのは、内側を刃物で傷つけられるかのようだった。

 「そう、だね・・・。」

 そんなわずかに残った意地に対して敬意を評し、猿夫は真っ向から尋ねることにした。

 「なんか調子悪そうだよね。どうしたの?」

 実際刺されてみたら、思ったより痛かった。

 「日頃からあんな感じだって言うなら俺の見込み違いなんだけど・・・身体の様子を見ると、努力してきた感じは伝わるし。クラスメイトの子も、ずっと呼びかけてたからさ。」

 できもしない奴に 咤するような余裕はあげなかったでしょ?そう言葉を結んで、アイスコーヒーに口をつける。どこか重たい梅雨明けの、夏が始まるのその前の空気。冷たくて苦味のある飲み物は、残念ながら、それだけで清涼感をもたらしてくれることはなかったようだ。

 場を支配する沈黙。片方の心には痛く刺さり、もう片方はどこか涼しげにそれが終わることを待っている。きっと踏み出してくれると、そう信じているからだ。

 「タルタロスに行って、今までの価値観が、変わりました。」

 まるで血を吐くかのように。まるで教会で贖罪をするかのように。

 「両親を殺されて、ただずっと、ヴィランを恨んできて。緑谷さんに、救ってもらえて。」

 迷わないのは楽だった。思考を停止できるから。気づかずに、自分は正しいって思い続けられるから。盲信ほど、都合の良いものはないのだから。

 「助けてもらう前は、僕を置いて死んじゃった父さんや母さんのことも、嫌いになっちゃってて・・・。そんな父さん達を英雄とか言う世の中だって嫌いで・・・。でもやっぱりヴィランだって、もっと嫌いで・・・。」

 ヴィランに堕ちながら、檻の中で助けてと叫び続けた姿無き囚人。その見えないはずの生き様が訴えてくる。

 「タルタロスで葉隠さんと会って、気付かされちゃったんです!周りを恨んで何もかもに八つ当たりしていた自分は、たまたま緑谷さんと出会えて運が良かっただけで、」

 囚われてしまった彼女と、何が違ったんだって。

 そう最後に結んだ後、洸汰はもう顔をあげることができなかった。ずっと調子が悪かったのだ。そのことが魚の骨みたいに喉に引っかかって。挙句今日はあれだけ足を引っ張った。なんとか及第点をもらえたから良かったものの、もしあれで除籍されていたら、戦犯は間違いなく自分だった。

 再び訪れた沈黙。断罪を待つその時間。長くもあり短くもあったその時間。終わりを告げたのは、グラスがコースターに置かれる乾いた音だった。

 「俺は透のことが好きなんだ。」

 「へ?」

 一瞬なんのことかわからずに、思わず間抜けな声を上げてしまった洸汰。それに構わず、ただ独りの男は話を続けていく。

 「大袈裟だけど元気な姿が好き。騒がしいけれど寂しがり屋なところが好き。我を通す癖に周りの目が気になるところが好き。悪戯好きな癖に、親切にできるところが好き。すぐ裸になる癖に、二人だとすぐ赤くなるところが好き。」

 そこにいるのは、厳しく己を鍛え上げた『武神』ではなく、ただ一人の女を愛した男だった。

 「やっぱりね、こうなっても彼女のこと諦められなかったんだ。檻に囚われて、同棲してたってことで俺まで疑われて。吐かねぇと殺すぞって爆豪には爆撃噛まされて。本当にいろいろあった。」

 誰かを思って恍惚とするだけではなく、どこか複雑に見えるその瞳。自分がその境地にたどり着くには、後どれだけの年月があればたどり着けるのだろうか。どこか尊いものを見たような洸汰の視線には気づかず、猿夫はまだ殻がついた、未来のヒーローへと話を続けていく。

 「恨まないわけじゃないんだよ。ヒーローである前に人間なんだ。どうやったって、生きてるからには綺麗なだけじゃいられない。だから、」

 己の尻尾があったはずの場所を見ていた大きな先輩が、こちらを見る。その姿にその大きさに、ちょっとだけ悔しいな思うくらいは許されないだろうか。

 「どう生きるかは間違えないで欲しいんだ。そして間違えそうな人が居たら、止められるヒーローになって欲しい。緑谷が君を止められたように。今度は洸汰君が、誰かを止められるように。」

 俺は一番大事な人を止められなかったから。そう言葉を続けた猿夫は、きっともう大丈夫だと思ったのだろう。

 「誰もヴィランにならない世の中に。よろしく頼んだぞ!雛鳥君!」

 未来ある若者を見るその優し気な瞳が、最後はちょっとだけ眩し気で、とっても悔しそうに見えたから。

 

 

 

 

 出水家ノ墓。そう書かれた墓の前で、手を合わせ目をつぶる真面目そうな青年。何かを吹っ切るように眼を開けて。だからこそ、決して彼がもう迷うことはないのだろう。

 「誰もヴィランにならないようなそんな世の中を。見守っていてください。父さん。母さん。」

 少し日に焼け出した若葉が作る木漏れ日。それが少しだけ、風に揺れたよう気がした。

 

 

 

 

                   「Re:ウォーターホース」

 

 

 

 

 「なんか大丈夫そうだね。」

 「そう・・・ね。」

 洸汰が最近調子が悪く、何か思い詰めているような気がした。しかし同じクラスメイトでしかない自分たちが、そこまで踏み込んでいいかもわからず、結局声をかけられなかった姫子に小町。飛天?腹の調子が悪いんじゃないかとか言い始めた彼の顔面は、しっかりその後狐火で燃やされている。

 それがたまたま3人で遊んでいた週末。生クリームをほっぺに付けた姫子が、一人歩いている洸汰に気づいたのだ。最近の様子から彼が気になった二人と、気にならない一人は、悪いとは思いながらも洸汰の後を付けてきた。

 あまり良くは知らないがお墓の意味。どこか清々しい表情から安心した小町と姫子。そして、

 「やっぱり腹が痛かったんだな。」

 「私は頭が痛いよ嵐島君!!」

 もう限界を越えた空気の読めなさ加減に、遂にお狐様が声を上げた。九本の尻尾を逆立て、フシャーなんて声が聞こえてきそうなその様子。荒れるお稲荷さん相手に、首を傾げて怒る燃料を注ぐのを辞めない嵐島飛天。彼はもしかしたらわざとやってるのかもしれない。

 「ちょっと、姫子そんな騒がないでよ!!気づかれちゃ」

 「まぁ、割と最初から気づいてたけどね。」

 「「あ゛」」

 見ればさっきまでお墓に向けて、何やら言葉をかけていた洸汰がそこに立っていた。尾行していた負い目から、思わず変な声が出る大妖怪と大和撫子。そこで話始める、風しか読めない大馬鹿野郎。

 「見つかったら・・・何かまずいのか?」

 「一回死んで!!!!!!」

 誰だこいつを連れてきたのはと騒ぐ姫子に、心配させたのはわかってるからと宥める洸汰。それを苦笑いしながらも、もう距離を取らない小町。そして、やっぱり首を傾げるだけの飛天。

 ようやく雨が減ってきたそんな季節。照らし出す太陽だけが、そんな彼等の様子を見ていたのだった。

 

 

 

 「報酬は響香の手料理だなんて言ってたけど、本当に耳郎さん作ってくれるのかなぁ・・・」

 そうやって苦笑いを浮かべながら、トレーニングに励む無個性の武神。生まれた頃からそこにあった尻尾はもうないが、その生き方が陰ることは絶対にないと言い切れる。新たな世代の可能性、それを示してくれた後輩たちの輝きを知っているから。

 「実際のとこどう思う?切島。」

 そう声をかけられたのは赤い鬼。誰よりも漢らしくあろうとするその男。猿夫の道場へとトレーニングに来た、切島鋭児郎がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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                 芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」,coming soon.Please wait.

 

 

 

 

 

 

 

 




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不壊と善意の一般人
切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その1


 「そういやこの前尾白の道場に行ってさ。」

 そんな言葉から始まる赤い髪の彼との会話。高校時代から続けてきたせいか、気安くもありどこか惰性のように感じてしまうそれ。しかしお互い懲りもせずこうして顔を合わすのだから、なんだかんだ腐れ縁といったところだろう。

 「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!! 」

 「それ言いたいだけでしょ!!」

 それこそ高校時代、果ては挨拶がそこそこだった中学時代から、どこか耳にしていた彼の口癖。時には女子である自分にさえそう声をかけてきて、失礼だと笑ったのはいつの日だったのだろうか。

 「てか爆豪が先生だなんて想像できないけどね!」

 「そうか?案外上手くやってんじゃね?!」

 「切島のその適当な感じも、いくつになったって変わんないよね~。」

 そうやって笑う黒目と角、そして生まれながらに紫がかった肌の色が特徴的な自分。この歳まで、その外見を特別気にすることなく過ごすことができた。それは多くの人達からの愛であったと今では思う。目の前にいる旧友も、そんな愛をくれた一人だった。

 「三奈だってそんな変わってねーぞ?」

 赤い逆立つ髪にギザギザの歯。そして三奈のことを下の名前で呼ぶ彼―――剛健ヒーロー烈怒頼雄斗。本名・切島鋭児郎。三奈がそんな彼と定期的に過ごすいつもの居酒屋での時間。個人的な事情から飲酒を控える彼女は、彼相手に浮かべる作り慣れた笑顔を、今日も今日とて繰り返すのだった。

 

 

 

 

 「待つんばい!このイガグリ坊主うううぅぅぅぅぅ!!」

 「うっほほぉ~い!!」

 学生達の制服が完全に夏服へと切り替わってから、それなりに時間が経った頃だろう。学生達は夏休み前の空気に浮かれて、定期考査とへと怯えるそんな時期。雄英高校の制服を纏う女の子が、なぜか子供を追いかけ回していた。

 「もう師匠ったら!そんなお顔をしてると小じわが増えるゾ!」

 「小じわとかうるさいったい!!」

 夕焼けが彼女の銀髪を照らす時刻。どうやら九州の出身の生徒らしい。一つ結びにした腰まで届く銀色のそれは、夜空の下ならまるでシルクロードのように映えるのだろう。そんな彼女が使う博多弁。関東ではなかなか聞かないそれを面白がっているのか。イガグリ坊主と言われた少年が、特徴的なニヤけ顔を浮かべている。

 「さっすが漫才グループ『博多便座』の師匠!今日も突っ込みが鋭いゾ!!」

 「レディースグループ『博多弁天』だっつーの!!」

 それこそ雄英高校ヒーロー科に所属する生徒である彼女――――氷川寅子がほとんど全力で追いかけているのに追いつけないのだ。最近の悪戯坊主は侮れない。

 「くっそ!」

 いい加減寅子が汗まみれになり唸り声を上げ始めた頃には、かの幼稚園児は手を振りもう帰る時間だと伝えてくる。・・・気がつけば50m以上離れている。何かしら移動系の個性でも持っているのだろうか?そうでないと説明がつかない。

 「師匠今日も遊んでくれてありがどうだゾ!母ちゃんに怒られるからそろそろ帰るゾ!!」

 「とっと帰れクソガキ!!!」

 幼稚園児に振り回される女子高生。今時レディースにしてスケバン。寅子は一つ大きな溜息をついて、何をやってるんだかと呟くのだった。

 「「リーダー!!」」

 中学時代、いや、もっと前から聞き続けてきたそんな二人の声。それに反応して振り向くことだって、いつから続けているのか思い出せない程だった。振り向き様に揺れるそのスカートの長さは地面すれすれのそれ。視線の先にいる二人もそこは統一されている。中学時代から続く三人の、いや、『博多弁天』のこだわりだった。

 「イガグリ坊主、捕まりやしたか?」

 一人はオレンジの髪と丸印模様のマスクが目立つ女子生徒。その髪はリーダーである寅子に負けず劣らずの長さで、腰まで達する程のロングヘアー。そしてその特徴的なマスクは、顔の下半分全てを覆う程の大きさだった。

 「しつけーっつーかなんっつーか、逃げ足が早くなる個性でも持ってんすかね?」

 寅子の様子を見て、どうやら逃げられたことを悟ったらしいもう一人の女子生徒。タラコ唇にがっしりとした力士体系。もじゃもじゃとした髪は植物のツルのようだ。それを後ろでひとまとめにした彼女は、言葉と共に溜息を吐いた。

 未だ暴走族文化が残る、九州に在りし修羅の国。そんな博多で女だてらに三人だけで頑張ってきたのだ。それが今やなんだかよくわからない子供に日々からかわれているのである。溜息だって出る。

 「あぁもう!!暗いよあんたら!!」

 メンバー達の暗い様子を見てリーダーが声を上げる。そもそもの原因は子供に振り切られた寅子本人なのだが、どうやらそんなことはお構いなしらしい。部下二人の目線が冷たいような気がする。でもきっと気のせいだ。気のせいったら気のせいだ!!

 「いつもの奴やるよ!!」

 寅子はそんな周囲の目線を、名前の如く虎のような咆哮で黙らせる。気合十分。責任転嫁も勿論十分。メンバー達はまるで雷に打たれたかの如く、『いつもの奴』を遂行する。

 「しろづめ寅子!!」

 その個性から得た二つ名を名乗り、寅子が威風堂々と腕を組む。

 「ジト目のお吟!!」

 オレンジ色の髪をした先ほどの生徒―――伊木山吟子が寅子の右側に回り、右手を鳥の翼のように広げるポーズを取る。

 「花咲マリー!!」

 残った最後の一人であるタラコ唇の生徒―――花上茉莉がリーダーの左側に回り、吟子と鏡写しのように左腕を上げた。

 「「「三人揃って、『博多弁天』!!!」」」

 ヒーローショーならここで足元から色とりどりの爆発でも起きてくれたのだろう。勿論ここは夕暮れの帰り道だ。色とりどりなのは周囲からの冷たい目線だけなのである。しかし、それでも振り回すだけ振り回したリーダーは満足したらしい。吟子と茉莉に向けて、明日も舐められるんじゃねーぞと言葉を残し、一人帰路につくのだった。  

 「もう手遅れったい・・・。」

 「本当ばい・・・。」

 気が抜けたり感情的になると出てしまう博多弁。今回は確実に前者であることをお互いに察して、

同じタイミングで溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 こんなはずじゃなかったのだ。

 そう、こんなはずじゃ。

 幼い頃テレビで見たヒーローはとても輝いて見えた。とってもとっても輝いて見えた。そこそこどころか実はかなりのお嬢様だった自分。共通しているといえばクリエティだったし、両親も品のある黒髪の彼女に憧れて欲しかったようだったけど、残念なことに私の目線の先にいたのは、荒々しい爆弾男だった。

 『殺すぞクソがぁぁぁぁぁあああ!!』

 一に暴言。二に暴力。三四は奇声で五に爆発。そのド派手なバトルスタイルに素敵なフォルム。粗暴な言動だってここ博多では日常茶飯事で聞きなれた物だ。特に違和感はない。だからではないけれど、当時少女だった自分の目に映った彼の姿は、とっても輝いて見えたのだ。それこそ彼の物真似をして、ヴィランに見立てたいじめっ子を倒したりいじめっ子を倒したり、やっぱりいじめっ子を倒したり。

 「こんなはずじゃなかったんだけどな。」

 スマホの画面、某大手の動画サイト。そこに表示されていたのは「爆心地バトルシーン集」と書かれたページだった。幼い頃の憧れのままに高校生になった自分。憧れにちょっとでも近づきたくて、彼が居た高校だった雄英を受験した。その頃にはとっくに、幼い憧れは恋心へと変わってしまっていた。街で偶然出会ってなんて妄想、枕に抱きついて何度ベッドの上で転げ回ったのだろうか。

 「偶然、出会えたのは良かったんだけどなあ。」

 助けた友達とレディースチームを作って。そしてそんな二人を巻き込んで受験した雄英高校。合格した時は三人で死ぬほど喜んだ。いざこの町で、イヤホンジャックと並んで歩く爆心地を見てしまうまでは。

 「せっかく副担任で来てくれたのにさ・・・。」

 そもそも爆心地とイヤホンジャックの仲は公表自体されていないものの、目撃情報の多さから半ば公認のようになってしまっている。どこから出てきたのか学生時代のバンドの写真まで流出している始末だ。わかってはいたんだ、わかっては。ただそれでもと歯を食いしばれるほど、寅子は強い女の子にはなれなかった。

 「あぁダメだダメだ、しっかりしろったい!」

 例えここにいるのは初恋に破れた抜け殻だとしも。実は授業についていけていない劣等生でも。あいつらを巻き込んで連れてきてしまったのは自分だから。

 「イガグリ坊主にもクラスメイトにも、舐められ続ける訳にはいかないったい!!」

 両頬を両手でパシッと叩いて気合を入れる。あたいは誰だ?そうだあたいは!

 「『博多弁天』しろつめ寅子!!明日こそ気合入れてがんばるけん!!」

 冷気を纏う個性を持つ彼女は、その心をなんとか熱く燃やして、己の義務を全うしようと心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 『俺たち最高のコンビだよな!!』

 『あっったり前じゃん!!』

 お互い自然と笑みを浮かべていたあの頃。数えるならそれは、第二次神野戦線が起きる二ヶ月ほど前のことだった。誰よりも固い男と溶かして戦う女ヒーロー。上をみれば切りがなかったけれど、それでも破竹の勢いと言われるくらいには活躍することができていた。

 『だからさぁ、三奈!!』

 『んー?何よ、改まって?』

 ファットガム事務所から独立した鋭児郎。お前が必要だと二つの意味で三奈を口説いて始まった、新進気鋭のヒーロー事務所。喧嘩もしたし辛いこともたくさんあった。全部乗り越えて軌道に乗っていた当時は、そんなこともあったよねぇなんて、二人で笑い合えていた。

 『いや・・・あの、さ・・・えぇーとぉ・・・。』

 『なーにっかな?なーにっかな?』

 今でも鋭児郎は夢に見る。公私共にまさに絶頂期だったあの頃。あの日あの時あの場所で、悪戯っ子のような笑顔を浮かべる、世界で一番大切な人のことを。そして、今でも鋭児郎は後悔している―――

 『いや、その、やっぱりもうちょっと先の方がいいよな、よし決めた!』

 『何よ!パートナーに黙って何を決めたのよ!』

 本当に大切なことは、先延ばしになんかしちゃいけなかったんだって。

 『ビルボード十番以内に入れたら!三奈に聞いてほしいことがある!!』

 赤くなって照れたように笑う彼女の存在は、本当に大切な宝物だったのに。

 『それって・・・。でも、えと。』

 『まだ言わねー!目標叶えねーのに言っちまうのは、漢じゃねーからな!』

 そんなちっぽけな格好付け。何もかも上手くいっていたから勘違いしていた、あの頃の自分。

 『それ言いたいだけでしょ!!』

 永遠なんてないんだって、本当は知っていたはずなのに。

 『仕方ないな!待っててあげる!約束だからね!』

 この手から取り零してしまった彼女との時間は、本当に大切だった時間は―――

 『あぁ、待っててくれよ!!』

 もう二度と、戻らなかった。




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次話→切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その2 
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切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その2

寅子が振り回すだけ振り回し、勝手に満足して去った後のことだった。

 「本っ当に!リーダーには困ったもんったい!」

 「わかるばい。」

 その橙色のロングの髪を揺らし、伊木山吟子が呟けば、隣を歩く花上茉莉が答えてくれる。幼馴染である自分達が何度も繰り返してきた、そんな会話だ。

 「自分で初めて自分で納得・・・らしいと言えばらしいったいね~。」

 「雄英受験すると言い出した時もそうだったと。」

 まだ中学の制服に身を包んでいた自分達。今と変わらないスケバンスタイルにいつもの屋上。そんな場所で、気合い十分いつものように寅子は咆哮を上げていた。今度の喧嘩は受験だ!やるからには、トップに殴りこむったい!

 「まぁ正直、本当にやるなんて思わなかったったい。」

 「そうたいね。」

 それこそ当時は勉強なんて芋臭いことやってられるかと、拳に個性に蹴りになんだとやりたい放題やっていたのだ。今更勉強なんてできたもんじゃない。それこそ高校なんて行かずに、適当にバイトでもして今まで通り生きていくのだと思っていた。

 「でもま、なんだかんだ、」

 「やるって決めたらやり切っちゃったばい、うちらも!」

 雄英高校といえば偏差値80を越える、日本屈指の超超超超ッッ名門校だ。それをこんな自分達が目指すなんて。喧嘩に明け暮れ、彼等に補導されたことがある『博多弁天』が今更ヒーローになるなんて。本当に、どの面下げてと笑えたものだ。

 「まぁそれでも、恋する乙女は強かったったい。」

 「本当ばい!」

 本人はこそこそ隠していたが、彼女が熱心な爆心地のフォローなのは、とっくに子分二人にバレていた。爆心地のためにそこまでできるか、というか受かる訳がないだろう―――そう思っていた自分達に向けた寅子の言葉は、ただただ真っ直ぐだった。

 「『いつまであたいら!こんな世間に舐められることばっかしとったい!』」

 「『人生やり直すつもりで、どいつもこいつも黙らせるばい!』」

 だから私について来いったい!――――そう言い切ってくれた彼女の言葉とその瞳は、ただただ男のケツを追うだけの女の物ではなかった。合格通知が届いた時、三人で泣いて喜んだのは一生の宝物だろう。これからも三人一緒だと笑顔を浮かべた寅子の姿は、今でも子分二人の目に焼き付いている。

 「一人でここまで来るのが寂しいなら、最初っからそう言えばいいったい。」

 「本当ばい。」

 どこか強がりな癖に乙女で夢見がち。そして周囲を振り回す癖に寂しがり屋な、自分達にとっては大切なヒーローであるリーダー。吟子も茉莉もそんな彼女が好きだったりするのだ。少なくとも、関東くんだりまでついてきてしまうくらいには。

 「まっ、振られて腐ってるのも今のうちったい。」

 「そうたいそうたい。」

 最後にそう締めくくった二人は、それこそ子供の時と同じように、慣れた仕草で微笑むのだった。

 

 「あ、あれ?あの子。」

 「?どうしたったい?」

 リーダーのことを愚痴ともつかず話していた二人。そんな彼女等が歩いていたのは、めっきり数が減ったとされるゲームセンターがある区画。全国的に数が減ってきたゲーセンは、関東でもその影響は大きく『博多弁天』の三人は最初なかなか見つけられなかった。ようやく見つけた一店舗。最近は放課後そこで時間を潰しているのだが、はっきり言って場所が場所。控えめに言っても薄暗い通りであるここで、子供が歩いていたら嫌に目立つ。それも―――

 「イガグリ坊主と同じ歳ぐらい?」

 「迷子か何かったいねー。」

 件の悪戯小僧は聞くところによると幼稚園児らしい。似たような背丈を考慮すると、推定迷子の少年も同じ年頃という訳だ。

 「どうしたー?坊主。」

 「ママとははぐれちまったのかい?」

 スケバンで地元が修羅の国とはいえ、そこは吟子も茉莉もヒーロー科である。困っている幼稚園児を捨て置けるような人間ではない。勿論―――

 「ひっ!!」

 オレンジ色のロン毛にジト目で丸印マスクな吟子と、まるで力士のような体で植物のツルのような髪が生えた茉莉は、とりあえず男の子から怖がられた訳である。

 「おっと、こんな格好してるけど一応雄英なんだぜ?」

 「そうたいそうたい、スケバンだからってビビらないでおくれよ。」

 博多弁混じりの共通語で話しかけてくる、迫力満点の女子高生。怖いのは無駄に長いスカートのせいではないのだが、雄英の名前だけで少年の心をノックすることはできたらしい。少し涙目になりながら、おずおずといった様子で返事をし始める。

 「・・・雄英の人?」

 「そうそう!」

 「天下御免の、雄英高校って奴よ!」

 やはり学校のネームバリューというのは偉大だったらしい。誰がどう見たって体育祭がテレビ放映されていた学校の生徒とは思えないが、それでも学校の名前といささか装いがおかしな制服だけで、なんとか子供の信用を勝ち取ることができたようだ。

 「・・・お母さんと、はぐれちゃって・・・」

 どうやら安心できたことがきっかけで涙腺が崩壊したらしい。次々と溢れ出す涙を止めるために、手で拭うだけでは足りず服まで使って顔を拭き散らしている。しかし相手は泣く子も黙らす『博多弁天』だ。九州男児が基本の二人、なよなよしていいのは百歩譲って胎児だけだ。

 「泣いとる場合やないっと!!」

 「!」

 暴走族やレディース相手に切り続けた啖呵。たかが子分の二人だったかもしれないが、それでも

なかなか堂に入ったものを魅せてくれる。

 「クヨクヨしたら舐められるばい!舐められてしまったらバカにされるだけったい!」

 揺れるオレンジ色の髪。ジト目と通称されるその目線は決して鋭いものではないはずなのに、マスク越しに響くその咆哮は、俯く幼稚園児の背筋を伸ばすのには十分だった。

 「バカにされたらいじめられるだけったい!はぐれた母ちゃんに心配かけないためにも、涙はこらえて頑張るばい!」

 吟子と同じく言葉尻が厳しいのは変わらないが、茉莉のそれにはどこか優しい響きが含まれている。飴と鞭のバランスは、お互いきちんと弁えているらしい。その効果が果たしてどこまであったかはわからないが、それでも泣きじゃっていた少年の目に、光を取り戻させるには十分だったようだ。

 「ぼ、僕、泣かない!お母さん、探しにいく!」

 「その意気ばい!」

 「付き合うったい。ここいらはなかなか物騒ばいね。」

 焚きつけたからには、前を向く少年を手助けすることは当然とばかりに吟子と茉莉が答えを返す。

いつものようにゲーセンで遊ぶつもりだったが、自分達がしてもらったように、彼の手を引くことをどちらともなく決めていた。

 もしこの時速やかにゲーセンに行っていたら。そんな仮定は意味をなさない。なぜならどう転んだって、一介の幼稚園児を見捨てることなど、義理人情に厚い二人にできる訳がないのだから。

 「どうやら本当にヒーローはいないようだな。」

 やけに周囲へと響いたそんな独り言。吟子と茉莉、一拍遅れて反応した少年がそちらを見てみれば、どこから湧いて出たのか2m近い身長の大男がそこに立っている。筋骨隆々としたその身体。前線タンクの肉体勝負が基本なクラスメイトが彼女達にもいるが、鉱化の個性を持つ彼よりもその肉体は一回り大きい。マスクを兼用できるインナータイツが鼻先まで覆い、かと思えば肩から先に袖はない。スキンヘッドの頭部には個性の関係のなのだろうか、金属の杭が無数に刺さっているように見える。黒のカーゴパンツに同色のブーツ。姿からして異様な男は、その瑠璃色の瞳を女子高生二人と幼稚園児一人に向けた。

 「先立つものが無くてな。とりあえず手短なところから、人身売買の材料を調達させてもらうことにしよう。」

 異様な雰囲気と共に未成年者達へ向けられたその右手。そこから生えてくる、これまた異様なほど大きなハンマー。個性の発動。誰がどう見たって堅気の人間とは程遠い、突然の急襲。男が身の丈以上ハンマーを、そのまま右手で振り上げたところで------

 「吟子!!」

 「わかってるばい!!」

 治安が悪い地域とはいえヴィランと突然の邂逅。何が起こっているのか分からない男の子とは違い、ヒーローへと通報するため雄英生二人はスマホを取り出す。

 「ッシ!!」

 「痛っ!」

 「速い!!」

 鋭い呼気と共に、男が左手から投擲したのは、その場で生み出された小型のハンマー。どうやら初手で巨大なそれを生成したのは、意識をそちらに誘導するためのブラフらしい。

 「連絡手段を最初に狙って・・・」

 近接が主体だと見せつけて、スマホを手元にわざと取らせた。出てきたところにハンマーをぶつけて、外部への連絡手段を断つ。手慣れた犯行、明らかな格上。園児を背に庇いつつ、吟子が悔し気に臍を嚙む。

 「まんまと引っかかってくれて助かる。ついでに降参してくれると手間が省けて助かるのだが。」

 気迫でも殺意でもなく、なんの感情もないただの確認。負けるはずがない強者の余裕、それを浴びせられた博多弁天の二人は―――

 「吟子!!」

 「あいよ!坊主!逃げな!!」

 速やかに前に出るのは子分その2の『花咲マリー』。遠中近距離を満遍なくこなせる彼女は、ヴィランを前にその個性を発動させる。

 「行くったい!!『キメラプラント』!!」

 言葉共に、背中側の制服を食い破り現れる、人間の頭ほどの大きさの食虫植物。そして両肩にそれぞれ咲き誇るラフレシア。ひとまとめにしている蔓でできた髪がほどけて、威嚇するように放射状に広がっていく。

 

                     1-A出席番号17番 花上 茉莉 

             個性:キメラプラント   体内に沢山の植物を飼育し操れる。

 

 「そこの通りを真っ直ぐいけば大通りに出れるばい!ともかく逃げろ!!」

 目の前で起きる突然の闘争。それを前に腰が砕けそうになる少年を叱咤し、吟子は彼へと逃げ道を指示する。

 「うえ、でも!でも・・・」

 「早くしろったい!!一緒に行けるほどの余裕は無いばい!!」

 目の前に対峙しているのは、恐らく二人掛かりでも抑えきれないほどの相手。彼我の実力差を読み取る能力だけは、レディース時代に散々鍛えられている。

 「邪魔だからとっとと行けって言ってるったい!!走れ!!!」

 「ぴぃ!!!」

 とてもじゃないが優しい言葉遣いはしていられない。真っ向から怒鳴り散らすことでなんとか少年を走らせて、吟子も個性を発動させるためにそのマスクを剝ぎ取る。個性発動の予兆。ジト目と言われるその目は吊り上がり、獅子のごとくその髪が逆立つ。耳まで裂けたその口から放たれるブレスは、果たして目の前の圧倒的強者相手にどこまで通じるだろうか。

 

                     1-A出席番号2番 伊木山 吟子

             個性:七色吐息 7種類のブレスが吐ける

 

 「あまり賢い選択とも言えんがな。」

 そう言いながら、その身の丈ほどあるハンマーを大上段に構える偉丈夫。一見隙だらけに見えるその構えから放たれるプレッシャーは、先日対峙した『無個性の武神』や副担任である『№2』から感じるものと同質のもの。しかし、それでも。

 「『博多弁天』ジト目のお吟!!」

 かつて自分達が助けてもらったように。

 「同じく!花咲マリー!!」

 ここだけは、死んでも引く訳にはいかないから。

 「せめてその名だけは、覚えておいてやろう。」

 言葉と共に踏み込んでくる、圧倒的質量を振りかざす絶対的強者。どうせなら掲げた看板に恥じないように散ってやろうと、吟子と茉莉は絶望的な戦いに身を投じることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二次神野戦線。ようやく崩壊から復興した街が再び瓦礫と化したあの日の出来事。死柄木達を制圧した後も、ヒーロー達はその後始末に奮闘することになる。詳しく言うならそれは被害者の救助と------そう、遺体の回収だった。

 『まずったな。』

 鋭児郎は当時、ヴィラン連合が有するギガントマキアと死闘を繰り広げ、かのヴィランを撃退。三奈と協力して編み出した新必殺技が決め手になったのだが、烈怒頼雄斗はその時の負傷が原因で一時戦列を離れることになる。ようやく回復したころにはヴィラン連合も解放戦線も鎮圧され、後は前述の通りの後始末になったのだが、

 『こいつはなかなかにヤバいな・・・。』

 周囲の瓦礫の山に所狭しと立てられた赤い旗。それは遺体のあった場所に立てられる、人が死んでいた目印。砕かれた家、ひっくり返された地盤。文字通り『崩壊』させられた街並みの中で、大量に掲げられることになった血の色。それは廃墟になってしまった神野市を、異様な存在感でもって彩っていた。

 確かに鋭児郎はこの時嫌な予感がしたという。

 パートナーでありサイドキックである三奈は、ずっとここで作業していた。鋭児郎とは違い軽傷だったこともあり、AFOの鎮圧後も率先して被害者救出に協力。しかし鋭児郎が現場に戻ってきた時には、彼女の姿はどこにもなかったのだ。

 『くそ、どこに行ったってんだ!?』

 スマホの電源はずっと落ちている。鋭児郎の意識が戻ってからずっと連絡が取れていない。てっきり現場の電波塔がへし折られたことが原因かと思ったが、それは大手の携帯会社が非常用の電波車や、その手の個性持ちに依頼し事なきを得ている。止まらない嫌な予感。その嫌な予感を現実のものにしたくないがために、他のヒーローに仲介してもらうことも躊躇われ、独力で会うしかなくなり、今もこうして一人で三奈を探し回っている。

 今はただただ心臓の鼓動が痛い。

 『見つけた!!』

 思わず声を上げてしまうほど、心配していた大切な人。彼女を見つけた場所は霊安室。多数のご遺体が簡易ベッドに寝かされる中で座り込んでいた、世界で一番大切な人。

 『何やってんだよ三奈!どれだけ心配したと思っ・・・』

 『死んでたんだよ。』

 鋭児郎の声を妨げる。底冷えするような暗い声。高校時代から明るさの代名詞だった彼女からは到底想像もできないほどの。

 『瓦礫の下で。家の中で。みんなみんな、死んでたんだよ。』

 気がつけば酷いクマに、真っ白な顔色。ここにいる誰かに憑りつかれてしまったかのようなそれは、まるで同じ姿の別人のようにしか見えなくて。

 『抱き合うように死んでて。庇うように死んでて。血塗れで死んでて。土気色で死んでて。首から上が見つからなくて死んでて。逆に首しかなくて死んでて。本当に本当にただただみんな死』

 『三奈!!!』

 壊れたように誰かの死を呟く、そんな恋人を繋ぎ止めるかのように、鋭児郎は三奈を強く強く抱きしめた。  

 『死体だった死体だった死体だったみんなみんなみんなみんな死体で死んでて死体で死んでて』

 『三奈!!!痛っ!!』

 壊れてしまったピンキーを抱きしめる、間に合わなかった彼氏の身体に痛みが走った。自身を確認してみれば、彼女の個性が発動し酸が漏れ出している。精神の崩壊から、個性の制御ができなくなってしまっていた。恐らくそれが、誰も彼女が一人きりでいることを止められなかった理由。

 『くそ!!』

 自身の身体が痛むのを硬化の個性を発動して無理矢理抑え込み、なんとか三奈を霊安室から引きずり出す。

 『あはははははははははははは、あはははははははは!!!あははははははっは!!みんな死んでてみんあ死んでて!!あはははははははははははは、あはははははははは!!!あははははははっは!!』

 

 現場から後方への精神病院へ運ばれた彼女に下された診断は、PTSD。

 この日を最後に、リドリーヒーローピンキーが現場へと戻ってくることは二度となかった。そして、ギガントマキアを倒した功績から、烈怒頼雄斗は、

 

 

 ビルボード№10に、ランクインすることができたのだった。




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切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その3

「あいつらまだ帰ってとらんばい?」

 博多から来た三人娘は雄英入学後、それぞれがそれぞれのアパートを借りて生活している。しかし大体食事時となれば、寅子の家に集まって食事を共にすることがほとんどなのだが、今日は子分二人が両方共顔を出さない。別に二十四時間常に一緒にいるわけではないので、構いはしないのだが------

 「既読すら付かないってのも珍しいったい。」

 無料の通信用アプリのトーク画面、なんだかんだ既読ぐらいはつくのだが今日はそれもない。放課後といえば大体ゲーセンで時間を潰しているのだが・・・。

 「そんなに格ゲーが盛り上がってるったい?」

 まさか格ゲー(リアル・死闘)だったりするなんて、三人分のカレーをかき混ぜる寅子は夢にも思わないのだった。

 

 

 

 

 

 

 芦戸と書かれた表札。なんてことない一般的なご実家だった。鋭児郎にとっては何度か遊びに来たという程度ではあるが、ここ最近は暇があれば様子を見にくるようにしている。

 『三奈!!聞いてくれ!今日はなんと、ビルボードチャート十位になったんだ!!』

 親御さん達への挨拶もそこそこ、鋭児郎は目的の部屋の前で声を上げる。正確には、部屋から出てこれなくなってしまった三奈へと声を上げている。

 『チャート発表の会場で思わず泣いちゃってよ!!轟達には笑われちまってさ!』

 発表の場所で出会った懐かしい面々。神野の傷跡が残るメンバーも多い中で、皆お互いの生還を祝い、同時にもう帰ってこない誰かのために涙を流していた。

 『それでも爆豪は変わらず漢だぜ!!グダグダ泣いてねーで俺についてこいだってよ!俺もそんくらい・・・』

 『鋭児郎。』

 会見の様子を楽しげに語る、明らかにどこか無理している鋭児郎の言葉を三奈が遮った。個性も使っていないのに、一瞬で硬直してしまう誰よりも硬い男。遮ったはいいが、二の句が継げない溶かす女------訪れた沈黙が痛々しかったことなんて、今までなかったのに。

 『ごめん、まだ無理。』

 結局恋人が呟いたのは、ドア越しからくる拒絶の言葉だった。曖昧にまた来るからと呟き、空元気さえ萎んでしまった烈怒頼雄斗。ヴィラン相手に見せるその鋭く尖った歯で笑う仕草は、とてもじゃないが鳴りを潜めていて。

 『しばらく、来ないでもらえませんか?』

 『なん・・・て?』

 玄関で見送られる別れの挨拶。こうなってからは当たり障りのない会話が主だった、ご両親とのそれ。しかし今回は、明確な拒絶の意思を持って、はっきりと鋭児郎へと突き付けられた。

 『三奈に症状が出るのは、神野の件については勿論なんですが・・・それだけじゃなくて・・・』

 『まさか、ヒーローに関してもダメってことっすか?』

 頷き一つ。その眼から感じる申し訳なさ。

 『ただの職場の同僚ではない、鋭児郎さんならもしかしてと思い何度か呼びかけて頂いたのですが・・・やはりヒーローである以上、あなたでも辛い状況で。』

 『そう・・・ですか。』

 逆立った赤い髪。彼女がお揃いだと言ってくれた二本の角のような前髪が、寂し気に揺れる。

 『本当に、申し訳ないのですが。』

 『・・・いえいえ!一日でも速い回復を祈っています。』

 頭を下げようとするご両親を思いとどまらせて、鋭児郎は帰路へつく。こうなる前なら、先を見通し冗談を言い合うくらいの関係にはなれていたそんな人たち。それがもう、元に戻らないんだということを悟った。

 雨が降っていたんだと思う。その帰り道で。

 『約束したんだけどな。』

 十位以内にチャートインできたなら。どこか遠い昔のように思える、そんな儚いだけになってしまった約束。その時浮かべてくれた彼女の嬉しそうな表情。そんな無駄な格好付けなんてせずに、その場で告げたらもっと喜んでくれたのではないか。わかっていたのに。わかっていたはずだったに。

 『冷てぇなぁ、ちくしょう。』

 何も起きずに待ってくれているだなんてそんなもの、都合のいい幻想でしかなかったのに。

 芦戸三奈はこの後、一般的な社会人としての生活を送れるようになるまでに、数年の月日を必要とすることになる。結果として、彼女は雄英の同窓会に参加できるところまで回復できたのだが、その左手薬指に嵌められた指輪は、鋭児郎からのものではなかったとだけ追記しておく。春風のように、優しい人らしい。

 

 「何やってんだかな、俺も。」

 ファットガム事務所から独立した後、拠点はそのまま関西を中心に活動。戦闘系のヒーローとしての活躍の場が減ってきた昨今は、要人のボディーガードとして仕事をすることも多い。時間を見つけては、関東まで足を運ぶ。かつての級友と会うこということで、三奈は許可を得ているらしい。そんなこと、いつまでもさせていてはいけないのに。

 「本当に冷てぇなぁ、ちくしょう。」

 なんとなく雄英の近くで会うのが癖になったのは、どちらが言い出したのだったか。

 未だ彼女のことを名字で呼べない自分は、漢には程遠い存在なんだと------もう夜の帳が降りた街並みで、赤い鬼は独り言ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

逃がした子供のために、犯罪者の足止め。たかだか学生にしか過ぎない自分達では、明らかな越権行為。ここが地元福岡ならともかく、圧倒的なまでに関東。無事に帰れたとしても、処罰は免れえないだろう。しかし目の前の子供一人見捨ててヒーローになれたところで、自分たちはあの人の子分だなんて二度と名乗れなくなるだろう。そんな生き方糞っ喰らえだ。今後の人生をそう割り切れるくらいには、吟子と茉莉は腹を括っていた。そう、今後の人生があるならば。

 「喰らうったい!!」

 言葉と共に息を吸い、炎のブレスとして吐き出す『博多弁天』ジト目のお吟。その七色のブレスの中で選ばれたのは、燃え広がる赤のそれ。見れば彼女の腹部からは血が滲み、ブレスを吐き出す顎にはそれを吐いた後が残っている。

 「行くばい!!」

 炎のブレスの影に隠れてヴィランに接敵したのは『博多弁天』花咲マリー。蔓でできた髪を振り乱し、犯罪者の大槌に絡みつかせようとする。両肩に咲いていた大輪のラフレシアは既に散り消え、背中の食虫植物は根本から引きちぎられている。髪の毛の蔓も無理がたたったのか、頭部からの出血をその手で拭うのに忙しそうだ。

 炎のブレス、それに隠れるように蔓の鞭が乱舞で襲ってくる。それを前に、ハンマーを生む異能を有してその手に獲物を握るヴィランは、

 「無駄だと言っている。」

 古いコミックならまるで100トンとでも書かれているのではないか------人間大の大きさを誇る鉄槌を、両手で縦に回転させた。巨大ハンマーの大車輪が生み出す風圧。炎のブレスは搔き消され、回転に巻き込まれた蔓は軒並み引きちぎられる。

 「うるさいったい!!」

 博多弁と共に吟子が繰り出す白のブレス。躱すことが不可能な熱線------男子の憧れ、ビームがヴィランに向けて放たれる。それをハンマーヘッドで受けて、そのまま突進してくる歴戦のデストロイヤー。個性の幅は明らかにこちらに分があるのに、出力の差は如何ともし難いようだ。

 「手元がお留守ったい!!」

 その力士体系に見合わず、素早くヴィランの懐に飛び込む茉莉。中近距離で動き回る姿はオールラウンダーの面目躍如といったところか。

 「近づいて何ができるというのだ!?」

 近距離戦闘で使っていた食虫植物は見ての通り、完全に潰されている。敢えて間合いに入った茉莉に対し、ヴィランはその鉄槌をぶつけようと振りかぶる。

 「『キメラプラント』竹林!!!」

 「!?」

 言葉と共に子分その2の腹部---学生服を突き破り飛び出してくる、竹。竹。竹竹竹。その先端はまるで槍衾のように尖っており、ハンマーを振りかぶった偉丈夫へと襲い掛かる。

 「おまけばい!!」

 そこに飛び込んでくる後方支援の白い閃光。威力はともかく速さは随一のビームブレス。相手が明らかな格上であるためだろう、確実に殺しにいっている『博多弁天』子分コンビ。

 「無駄だと言ったはずだ。」

 その慣れたコンビの呼吸を軽く上回ってくる、歴戦の鉄槌使い。竹林が届く前に、自分の胸元に生成するハンマーヘッド。頭だけ生み出したそれは、伸びこんで来る竹槍群を受け止める盾となる。そしてそのまま振り抜かれる剛腕。何か個性による強化でも受けているのではないかと疑う程の腕力で、躊躇い容赦なく振りぬかれる巨大ハンマー。それは白のブレスを、まるで障子紙でも突き破るがごとく、何もできないまま霧散させる。

 「茉莉!!」

 防ぐ手段を失ったまま、ハンマーが直撃する親友に向けて吟子は声を上げる。まるでトラックにでも撥ねられたのではないか思うほど、花咲マリーは宙へとカチ上げられた。

 「人の心配をしている場合か?」

 「!?」

 一瞬で詰められた距離。足の裏からハンマーを生成する反動で、一気に加速する移動術。全身から大小大きさ問わずハンマーを生成するその個性。その能力を余すことなく使う相手に、未だ受精卵の吟子の力では歯が立たない。

 「ぐほぉお!!」

 移動した反動を一切無駄なく腰の回転へと使い、横薙ぎで吹っ飛ばされる橙色頭の女子高生。そのオレンジの髪には己の血だろうか、新たな出血で真っ赤に染まり初めている。見ればカチ上げられた植物の使い手も、地面に落ちてきたところだった。鉄槌の直撃を受ける際庇ったその腕は、曲がってはならない方向にへし折れている。

 「こんなものか。」

 その身はまさに五体満足。土煙すら付けることができない圧倒的実力差。これが雛鳥以下の学生と、ヒーローと対局とはいえ、現場で生き抜いてきた戦士の違いだった。

 「それでもまだ意識があるか。」

 身体は付いて来ないなりに、精神面ではまだまだ折れるつもりはないらしい。うめき声を上げながら、なんとか起き上がろうともがく修羅の国のレディース達。植物共に生きる彼女は、その蔓をギブス代わりに巻き付けて。裂けた口から息吹を吹き出す彼女は、首から上さえ動けばいいと割り切って。

 「『博多弁天』の喧嘩に!」

 「諦めの二文字は無いったい!」

 全身が痛すぎて、もう何がなんだかわからなくなってきた。だからだろうか、啖呵に応じるハンマーを前に、結局二人共全く動けなかった。

 「槌振り・地均し」

 大上段から振り下ろされる巨大ハンマー。その剛腕から伝えられる衝撃は、大地を伝わり周囲を一気に薙ぎ払う。

 「「がああああああああ!!!」」

 「志は立派だが、文字通り十年早いな。」

 再び跳ね飛ばさたように吹っ飛ぶ九州のレディース達。チームの誇り、個人意地。いろんなものを乗せて挑み足掻いてみたものの、膝をついていたのは彼女達の方だった。しかし-----

 「子供は逃がされたか。」

 その瑠璃色の瞳が周囲を見渡して見るものの、目的であった少年は周囲に見当たらない。なるほど、ヒーローの卵はその中身が潰れる覚悟で、殿の役目を果たし切ったらしい。

 「ぷっ!!」

 唐突にヴィラン顔に付着した、ドロッとした液体。見ればそれは比較的近くで倒れている、茉莉の口から出た物だった。

 「女子高生の唾液ったい、ご褒美も良いところばい!」

 嘲笑うジト目の女子高生。例え身体がどれだけ跪いても心は屈服しない。その証明を受けた犯罪者は―――

 「まぁ、子供ではなく女子高生二人を売りさばくことに変わるだけか。」

 あくまで淡々と己の目的を口にするのだった。悔し気に睨む博多弁天の二人。やり遂げたとはいえ、自分の身体はとっくにズタボロ。目線だけで相手を殺せないかと、橙色と翡翠色の瞳に殺意を乗せるのが精一杯だった。だからだろうか、近寄ってくる圧倒的強者の目線が逸れたことに、もっとも驚いたのもこの二人だったのだ。

 「新手か。ヒーローはいないのに、卵共は元気なことだ。」

 槌使いの目線の先を見れば、風に揺れる銀色。夜空に映えるそれは、まさにシルクロードの輝き。しかし同色の瞳に宿る憤怒は、星座と化した英雄たちのそれを軽く凌駕するほどのものだった。

 「うちの子分どもを・・・よくもやってくれたばいね!!」

 「「リーダー!!」」

 地べたに転がる大切な無二の仲間達。こんな自分なんかのために、関東くんだりまでついてきてくれた大事な子分達。それをここまでやられて黙っていられるほど、『博多弁天』の白虎は腐っていない。

 「『博多弁天』しろつめ寅子!!」

 「連れていく相手が増えたか・・・。」

 怒れる虎を相手に、大槌を構える歴戦の猛者は揺るがない。しかしその瑠璃色の瞳は、油断なく銀色の輝きを見据えている。

 寅子の両手から白い靄が溢れる。単なる霧にも見えるそれは冷気の放出。溢れるそれは、己の両手に肉食獣を思わせる氷の爪を形作り、その身に同じく鎧を作っていく。同じく口から吐き出される白いそれは、自身の頭に虎を模した兜を生み出していく。

 

 

1-A出席番号18番 氷川 寅子

個性:白虎 虎を模した氷の鎧を作れる。

 

 

 個性の発露。完成したそれを身にまとい、猫科動物を思わせる俊敏性で、鉄槌の使い手へと肉薄する。博多弁天の喧嘩は、まだまだこれからなのだから。




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次話→切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その4
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切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その4

「はあああああああ!!」

 裂帛の気迫-----その咆哮はサバンナを統べる雄か、はたまた密林で生きる狩人の王か。そのどちらもが有する爪牙を纏い、しかしその覇者の印は、両者が決して得ることのない雪色をしていた。気持ち十分経験そこそこ。そして努力だけはやってきた。アカデミアという舞台から飛び出した博多弁天の「白虎」は、チンピラではない本物に初めて勝負を挑む。

 「ふんっ!」

 対峙する本物が振るう巨大ハンマー。向かってくる寅子を相手に、情け容赦無く振るわれる破壊の一撃。逆袈裟気味に振り上げられたそれは、一介の女子高生を叩き割らんと迫りくる。

 「とろい!!」

 しかし、相手はただの女子高生ではない。あの雄英高校1-Aの女子高生だ。全身に氷の鎧を纏う彼女は、全身のバネを生かし犯罪者の追撃を躱す。空を舞う虎の眼光。銀髪の輝きとともに見下ろすそれは、もはや受精卵のものにあらず。一端の戦士の瞳。

 「があああああ!!!」

 そのまま体幹を使い、その爪を獲物の首へと突き立てる。カウンター気味に放たれた肉食獣の一撃。死角から狙ったそれは、そこらのヴィランやチンピラ程度なら一撃で墜とせる程のもの。博多弁天、リーダー兼任近接担当しろつめ寅子。その真骨頂にして面目躍如だ。

 「甘い!!」

 しかし相手もまた、そこらの有象無象には当てはまらない本物の部類。狙われた首、まるでそこに来るのを読んでいたかのごとくハンマーヘッドが生成される。それを盾代わりに、寅子の爪は防がれる。返す刀というより返す鉄槌で、再び寅子を狙う大槌の使い手。着地と同時にしゃがんでそのまま後転。一つ回ったところで大きくバックステップし、銀髪銀眼の虎は格上の強敵から距離を置く。

 「難しいったいね・・・。」

 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる博多のレディース。子分たちの惨状を見て、明らかに只者ではないことぐらいわかっていたが、あぁも簡単に爪を防がれるとは思わなかった。

 「せめて三人揃っていれば、もうちょっとやりようもあるばい!」

 近接で打撃を与え、囮になる寅子。あらゆる距離に対応でき、相手を引っ搔き回す茉莉。そして遠距離から、数多のブレスで敵を叩く吟子。それが三人での連携で、修羅の国福岡を生き抜いていた博多弁天の常道だった。しかし現実はそうもいかず、そしてそんな常道ばかり自分達だって歩いてきたわけじゃない。

 「行くばい!!」

 気迫とともに再度駆け出す近接担当。その闘志に燃える銀眼に揺るぎはなく、仲間が動けないタイマンであっても戸惑う様子は見られない。当たり前と言えば当たり前だ。リーダーである以上、寅子はチームの名前を背負った一対一の喧嘩だって何度もやった。可愛い子分達の前で、こんな自分を信じてくれた可愛いくて仕方ない仲間の前で、死んでも負けられない闘いだって何度もあった。

 「これもそのうちの一つったい!!」

 言葉と共に再び宙を舞う、氷河を纏う猫科の狩人。月光を浴びて煌めくそれは、彼女の銀髪のためにしつらえたかのようで。

 「二度も同じ手か!?」

 しかし相手は武を極めた生粋のアウトロー。はためく銀や月明りに映える『白虎』の鎧-----その美しさに心惑わされることはなく、空へと舞った寅子へと迫ろうする。その刹那いきなりその口を開く、漸く殻が取れ出した雛鳥。

 「があああああああ!!」

 未だ身体は空にあれど、咆哮と共にその口から放射される冷気のブレス。己の身体に兜を作れる程のそれを、今度は武器として敵へと吹きつける。

 「くっ!」

 氷そのものではなく、至近距離からの冷気は流石に嫌がったらしい。突然の不意打ちに、思わず顔を庇う大槌の担い手。それもそうだ。白虎のそれは、仲間が放つものに比べて明らかにブレスの種類も少なく射程もないが、対象の目を狙ってきちんと放てたのは本人の練度であろう。

 「しっ!」

 顔を庇った腕を狙い放たれる虎の爪。中空にありながら、天性のバネを活かして放たれるその一撃は、確実に大槌を狙う腕を抉らんと迫る。響き渡る破砕音。落下の勢いすら乗せたそれは本来なら必殺の領域。対峙した相手がそこらのチンピラ崩れだったならば、その腕はもはや槌を持つことすらできなかっただろう。

 「生憎だな。」

 砕けたのは腕ではなく白虎の爪。

 腕から生まれたハンマーヘッドが盾となって、かの両腕を守り切っていた。

 「くっそ!!」

 悪態一つ、着地とともにバックステップ。しかしその慣れた回避の動きですら寸でのところ。一瞬でも遅れれば、砕けるのは鎧や爪どころではない一撃。氷の冷たさとは違う寒気をそれから感じて、寅子は更に後ろへと下がる。

 「やはり甘い!!」

 距離を取り立て直す-----そんな彼女の思いを踏みにじるように飛び込んでくる、異様の鉄槌。足から生成した反動により急加速。取ったはずの距離を取り切れず、慌てて身を捩る『博多弁天』近接担当。風すら圧殺する鉄の塊。努力とセンスと経験と、持てる全てで掠めるだけに留めたリーダーは、学校ならまず確実に優等生だ。

 「がぁっは!!」

 しかしここは慣れ始めたアカデミアではない。及第点のないデッドオアアライブ。掠めただけの一撃は彼女の鎧を砕き、その衝撃をアバラを穿った。たたらを踏みそうになる足を気合で叱咤して、大きく後ろに飛ぶ雛鳥。瞳に映る戦意が衰えることはなくっても、事実今の一撃が全てだった。

 「さっさと諦めてくれると助かるんだが。」

 こちらの攻撃は通じない。必殺のそれにしても届かない。しかも敵の攻撃は一撃で自分の命に届いてしまう。二人を抱えて逃げるか?いや、機動力でさえ今軽く追いつかれた。敵の気まぐれか拘りか知らないが、追撃があれば避け切れた自信はない。

 勝てない------寅子の脳裏をよぎる現実。明らかにひびが入ったであろう胸部の痛みが、刻一刻とその事実を裏付けていく。砕けた鎧のごとく、挫けてしまいそうになる心。一人ならとうに諦めていたレディースのヘッドに言葉が届いたのは、そんな時だった。

 「リーダー・・・。」

 それは本当に小さな声。いつもマスク越しに自分を呼んでくれた声。後方支援を任せることが多かったから、突っ込み気味な自分をよくフォローしてくれる視野の広い子だ。

 「リーダー・・・逃げてくれったい・・・。」

 それは悲しく縋るような声。主張するというよりいつも寄り添ってくれた声。無茶苦茶跳ね回るリーダーの穴を埋めてくれた、オールラウンダーの気遣いさんだ。

 自分が振り回したのに、こんなところまで付いてきてくれた。

 「大切なアタイの子分・・・落とし前をつけるばい!!!」

 見据えた相手は溜息で答える。当たり前だ。明らかに勝てない相手に粘るなど、彼等ダークサイドの住人からしたら理解できないものなのだろう。戦闘技術は読まれっぱなしだったが、そうでないものを持っているというだけで意趣返しができた気分だ。もっとも、

 「それで何が変わる訳でもないったいね!!」

 「ふん!!」

 言葉ともに飛び込む白虎。骨に影響が出ているのは明らかで、頭の中にまで痛みが響いてくるのがわかる。砕けた鎧はもう一度冷気で作り直し、悲鳴をあげる胸部は冷やしてそれを麻痺させる。

頭部を狙ってくる一撃、紙一重で躱す。右肩を狙ってくる一撃、寸でのところで躱す。横薙ぎにくる足払い、最低限のジャンプで躱す。四の手五の手六の手を、躱して躱して躱して躱して。

 「があああああああ!!」

 呼気を吐き出す際に精一杯冷気を乗せる。煙を操るクラスメイト程ではないが、僅かでも目くらましになってくれたなら。そんな僅か願いも靄と一緒に払われて、再び襲い来る連撃。一撃二撃と繰り返し浴びせられる鉄槌は、形は違えど断頭台の刃のごとく、未来ある雛鳥の命を奪うだろう。だが------

 「っし!!」

 「これも躱すか!!」

 上下のコンビネーション。頭部を狙ったそれを紙一重で避けて、返す大槌で振り回された脚部への打撃は、僅かに飛んで躱し切る。野生生物でもここまで備わってはいないであろう、絶対的な避け感。追い詰められたこの状況が、個性とは違う天分の才をより輝かせ始めた。何せ-----

 「後ろで子分どもが見てるとぉ!!!」

 「まだるっこしい!!」 

 未来の、確実に大成するであろう雛鳥の翼。まだ荒削りしかないそれを、瑠璃色の瞳は苛立ちを持ってにらみつけて距離を取り------必殺の大槌を大上段に構える。大技の予兆。

 「槌振り」

 僅かに視線を背後に寄越す。誰よりも信頼してきた二人の姿を、本当に一瞬だけその目に入れて。鉄槌がかすったあばらが悲鳴を上げて頭がガンガンする。それでも背負い信じる博多弁天リーダーしろつめ寅子。

 「地均し」

 放たれれば、大地を揺るがし周囲を吹き飛ばす絶対の一撃。そう、あくまで放たれれば。

 「『キメラプラントオオオオオオ!!!』」

 瑠璃色をその目に纏うヴィランはその表情を驚愕に染める。当然だ。己の足元から地面を堀りあげて、突如として極太の蔓が出現したのだから。

 「!」

 驚いている間など与えない。まるでそんなメッセージを伝えるかの如く、その蔓はその身を幾重にも分散させて、まるでネットのごとく歴戦の戦士へと絡みつく。一瞬だけ目をやれば、先程薙ぎ倒した植物を操る生徒------茉莉の指先から地面へと、一本の蔓が伸びていた。

 「地面を掘って、この奇襲を!?」

 「くらえったい!」

 そして再び猫科のごとく空へと舞い上がる、博多弁天近接担当。奇襲からの連携に、思わず意識を取られる大槌の使い手。それこそ一つの誘導だということに、彼はこの時点で気づけない。

 「最後の一息ったい!!『七色吐息』ライトニングブレス!!」

 肺を損傷したのか、はたまたその喉だけなのか。はっきりしたことはわからないが、宙へと舞った吟子の空いた空間を通して、博多弁天遠距離担当が命懸けでブレスを届かせる。吐血で口から溢れ出すそれは、己のブレスで一瞬にして空へと帰る。使えば己の喉も痺れてしまうライトニングブレス。重症の今使えばどうなるか分からないが、命の懸け時だと死力を尽くす。

 「ぐぅ!!」

 避けようもない雷速のそれは、大槌のハンマーヘッドでは防げない。蔓で縛られ、雷の貫かれ、例えその瞬間が刹那でしかなかったとしても、博多弁天がそろえば格上にだって噛みつけることを証明しきった。そんな最後を彩るは、宙を舞う氷結の白虎。銀髪を空に広げながら、猫科の狩りが如く全身のバネを活かしたそれ。何度防がれても諦めることを忘れない、社会に歯向かってきたレディース総長---反逆のカリスマたりえるものだけが放てる、そんな一撃。

 「くらえったい!!!!!!」

 寸分違わず放たれたそれは、大槌のヴィランの喉元へと、確実に吸い込まれていくのだった。

 

 逃げていいと言われたから逃げた。道なんて、実はもうとっくに迷って訳が分からなくなっているのだが、それでもともかく走り続けた。逃げた上に道に迷ってなんてと責めるには、幼稚園児である彼は若すぎた。むしろ恐怖に負けず走り出せたことだけでも、彼の年齢を考えたら素晴らしいことだった。

 「えぐ、うっぐ、ひっぐ!!」

 それこそ何度か転んでしまったのだろう。その膝小僧や掌は傷だらけで、しかしそれでも彼自身にできることは走って逃げるだけで。

 「でも、怖いけど、でも、誰か呼んで!!」

 残してきた怖いけど優しいお姉さんたち。雄英高校だと言ってた、あまりパパやママからは目を合わせたらいけないと言われた類の、そんな風貌のお姉さんたち。自分だって雄英高校に憧れて、デクやエンデヴァーのヒーローごっこだってやっている。ならせめて、誰かを呼んで、お姉さんたちを。

 「誰か、誰かお姉さんたちを、」

 「どうしたのさ男の子!?」

 最後の一言を言い切る前に降ってきた、優しくも明るい声。もうその声の主は『善意の一般人」でしかないのだけれど、かつての職業柄、泣きながら懸命に走る男の子を無視なんてできる訳がなかった。繫華街の裏道。もはやただの旧友になってしまった彼と食事をした帰り道。優し気に少年を見つめる黒き瞳は、きっと現役の頃から変わりなくて。

 「雄英の、僕を、逃がし、えぐ」

 「落ち着いて、深呼吸して。大丈夫!!」

 元リドリーヒーロー・ピンキーこと芦戸三奈がそこに居た。




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切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その5

渾身の一撃。白虎の咆哮。裂帛の気合いと共に放たれた、今まで磨いてきた必殺の一撃。

それは寸分違わず大槌の使い手、その喉へと吸い込まれていったはずだった。そのはずだったのだ。もはや瀕死と言っても過言ではない、幼馴染にして子分たちの、文字通り命を燃やすかのような陽動。それは確実にかの犯罪者を蔓で縛り、雷にて動きを止めたはずだった。それも含めて---

 「躱したぞ、『博多弁天』!」

 見れば麻痺させられた身体を、本当に僅か逸らすことで、氷爪を正面から受けることを避けていた。そして少しずれた爪先を、ギリギリ間に合ったハンマー生成で弾く。それでも生み出された鉄槌が、血濡れで現れ地面に落ちるところを見ると、決してそれはベストなタイミングではなかったことが伺える。

 「っつ!!」

 この一瞬に賭けた、最後の一撃。

 それを詰め切れなかった銀髪の女子高生は、未だ空中にありながら、頭の中にレッドアラートが響いたのを感じて身を捩る。直撃は避けた。掠めたにしては深く、当たったにしては浅い一撃。しかし、

 「ぐっ、ああ、がっぐ!!」

 そんな普段なら決して膝を着くような彼女では無いのに、地面に転がり声にならない悲鳴を上げる。

 一撃の重さの違い。片や急所に叩き込んでもトドメをさせず、片や当たったとも言い難い一撃で致命傷となる。もらった瞬間全てが終わる、最初からわかっていた古強者との絶対的な実力差。

 「氷で鎧を作りブレスを吐く個性・・・一昔前なら持て囃されたそれも、今の時代には荷が勝ちすぎているな。」

 「ぐぅ・・・うるさいったい!!」

 血に染まり砕けたその身体を転がしながら、距離を取る。

 「武器を生み出すと考えたところで凡庸性があるわけでもない、そのブレスの効果範囲では支援にも向かない。」

 「黙ればい!!!!」

 なんとか子分たちを背に立ち上がり、雛鳥としての矜持を姿勢で示す。その姿勢を真っ向から否定する、戦闘者としての先達の言葉。

 「貴様の個性が貧弱でなければ先程で俺が負けていた。個性の能力で言えば、『博多弁天』で最も足を引っ張っているのは貴様だ。」

 「ッ!」

 わかってはいたことだった。あらゆる植物を操り前・中・後陣全てに顔を出せる茉莉に、七色のブレスを操る吟子。まさに個性分岐点世代の面目躍如であるこの二人。同じ博多弁天の二人でさえそれくらいの個性は有している。

 「雄英の中でも劣等生ではないのか?個性のレベルだけなら、そこらの子供の方か優秀だぞ。」

 「うるさいったい!!!」

 届くと思わなかった高校。幼馴染を巻き込んでやってきた関東。入った後は厳しくもバラ色の未来が待っていると思っていた。しかし蓋を開けてみれば、誰も彼も世代が違えば歴史に名前が残るような個性持ちばかりだった。氷の鎧を作る、ただそれだけの個性。誰が指摘するわけでもないけれど、自分が所謂落ちこぼれだというのは嫌でも認識させられていた。先の一撃だって、鉱哉なら、姫子なら飛天なら。そんな思いがない訳ではない。授業中だったなら不貞腐れていじけて終わりだった。しかし、今は-----

 「それでもあたいしかおらんったい!!」

 些か精彩を欠きながらも、それでも前へと飛び出す雄英高校一年生。今度こそもうなんの策も当てもない特攻。善意の一般人が気づいて援軍を呼んでくれるその時までは。例えこの後、生きて帰れなかったとしても。

 「気持ちだけではどうにもならんぞ!!」

 逆袈裟気味に振り切られる巨大鉄槌。神話におけるミョルニルかと見間違う程の一撃を、寅子は驚異的な集中力と天性の避け感でなんとか躱す。返す刀というより返す大槌で更に一撃。バックステップとサイドステップを繰り返し寸での所で見切る。そこから独楽のように回転し放たれる、横薙ぎの鉄槌。伏せては躱して跳ねては躱して。

 「もはや万全ではないだろうに!!」

 「ぐうう、くそったい!!」

 痛みが身体を襲った刹那に僅かに鈍った白虎の動き。再び掠める破砕の一撃。掠めただけのそれは氷の鎧を砕き、皮を削ぎ、肉をえぐり骨すら潰す。しかし寅子は逃げ出さない。次に来る一撃を歯を食いしばって身を捩り、血風をまき散らしながら躱していく。

 「リーダー・・・。」

 「・・・リーダー。」

 その様子をいつ気を失ってもおかしくない子分二人が眺めている。また一つ鉄槌が掠めたであろうしろつめ寅子の体。折れた骨は、氷の鎧で固定することで誤魔化している。彼女本人の血で、あの綺麗な銀髪はもはや見る影も無い。されど-----

 「その目は未だ光を失わんか・・・。」

 掠めるたびに骨は砕け、言葉でその可能性を否定されても、その驚異的な避け感が陰ることはない。そして何より、ヴィランを睨むその瞳に弱さは見つからない。まさに手負いの獣。追い詰められた今、リーダーの集中力は極限にまで達していた。

 「雛鳥・・・。いや、その瞳はもはや本職のそれだな。」

 そう呟いた古強者は、一度大きく下がった。寅子を挟んで博多弁天子分の二人と、その身が一直線になるように。

 「誰かを守るヒーローは、殺さなければ立ち止まらない。故に強く、だからこそ脆い。」

 「何・・・ばい?」

 呟かれる言葉に疑問符を浮かべる寅子。個性は否定されど、その能力と才能を認められたことに、今はまだ気づけないらしい。圧倒的強者、それも敵にまで認められたということを。

 「行くぞ。」

 短い言葉で繰り出される、必殺の予兆。認められたからこそ繰り出されるそれは、確実に息の根を止めるために放たれる、確殺の一撃。

 「槌振り・独楽撃ち。」

 身体を軸に大槌を振り回し横回転。回転の規模を支えるのは自身の剛力だけではなく、その脚部から生み出され続ける鉄槌。そう、鉄槌を生み出す反動をその回転の威力に乗せて、大槌の一撃を必殺のそれへと昇華している。

 「ははは、冗談にして欲しいたいね・・・。」

 幾重にも加速され土煙すら巻き上がるそれは、もはや竜巻と言われる災害と同種のレベル。しかもその核は風ではなく、当たればミンチにされるだろう巨大な鉄槌。喰らったところなど、想像もしたくなかった。

 「・・・くそったればい。」

 いくら修羅の国でレディース総長を張っていたとしても、まさか大自然相手に喧嘩をしたことなどある訳がない。普通に撫でられるだけで、その氷の鎧は砕かれ骨を潰されてきたのだ。目の前に出現した戦槌の大竜巻をどうにかする方法など、寅子の辞書に載っている訳がなかった。しかし背後を確認してみれば、悶え苦しむ子分達。今まで支え合ってきた、本当に大切な友達。自分がトドメを刺せなかったからこそ、そこで悶え苦しんでいる友達。関東くんだりまで、巻き込んで連れてきてしまった友人達。

 「避けるか?避けてもいいぞ。後ろがどうなってもいいならな。」

 そして脳裏に蘇る憧れの、初恋の人の姿。動画サイトに上がっている第二次神野戦線での雄姿。仲間を分裂させ襲い来るヴィラン。逃げ遅れた市民病院を背に、守りながら戦った爆心地の姿。

そんないろいろな思いが氷川寅子の頭を交差して、彼女は前を向くことを決断する。

 「上等ったい!!!やれるもんならやってみろばい!!!」

 「その意気や良し!!!」

 「リーダー!!!」

 「っつ、リーダー!!!」

 明らかに一介の女子高生がどうにかできる訳がない、圧倒的強者の必殺相手に挑もうとする、そんなリーダーに対し声をかける吟子と茉莉。逃げて欲しい。自分達のことなんて無視しても構わないから、頼むから逃げて欲しい。そんな縋るような叫びを受けた寅子は、もう一度だけ振り向いて、

 「お前ら、ありがとな。」

 その言葉だけ残し前へ走った。

 

 「リーダー!!!!」

 口が大きく裂けている。口裂け女だと言われていじめられていたそんな子供の頃。男子にマスクを奪われていじめられていた自分のために、飛び込んできたのがリーダーだった。

 『クヨクヨしたら舐められるばい!舐められてしまったらバカにされるだけったい!』

 自分だって男子に囲まれてボコボコにされていたのに、吟子に立ち上がるように促し、手を引いてくれたあの日。

 「リーダー!!!!」

 植物女、デブで気持ち悪い。そう言われていた自分の手を取って、すごい個性だ羨ましいと言ってくれた。泣いてばかりいた自分に、厳しくも優しい言葉をくれた。

  『バカにされたらいじめられるだけったい!母ちゃんに心配かけないためにも、涙はこらえて頑張るばい!』

 己の個性に誰よりも劣等感があった癖に、泣いてばかりいた茉莉の手を引いてくれたあの日。

 

 いつだってしろつめ寅子は、博多弁天のリーダーは、どれだけ失敗したって、どれだけ情けないところがあったって、吟子と茉莉にとってのヒーローだから。

 死地に飛び込むその背に向けて、子分二人が叫び続ける。掠れて血を吹き出し声なんて出ないはずだけど、頼むから逃げてくれと吠え続ける。

 「名を、聞いておこうか。」

 飛びかかる刹那、ヴィランでありながらどこか武人気質な、そんな偉丈夫が問いかけてくる。瞠目する寅子。博多弁天と名乗りかけて、思いとどまるのは一瞬。せめて最後くらい、本当にせめて最後くらい、あの人の生徒だということを名乗ったっていいじゃないかと思ったから。

 「雄英高校1-A出席番号18番!!リザーリィと、爆心地の教え子!氷川寅子ったい!!!」

 大槌の使い手が覚えておくぞと言った時には、血みどろの身体をごり押して、彼へと飛びかかる不屈の白虎。そして彼女に降り注ぐ、竜巻の域へと到達した大鉄槌。

 「「リィダアアアアアアアア!!!!」」

 子分二人の絶叫。それをかき消すかのように周囲へと響き渡る、まるで玉突き事故でも起きたかのような衝突音。鉄が砕けちる甲高くもありどこか鈍くもある衝突音は、人間一人潰したにしてはどこかおかしな響きを伴っていた。当たり前だ、何せ砕け散ったのは、古強者が振り回す鉄槌の方なのだから。

 「よく頑張ったな女子高生。」

 衝突の瞬間飛び込み、自分の身体を抑えてくれたその存在。死を覚悟したが、決して塞がなかったその目を上に向けてみれば、赤髮の鬼がそこにいた。

 「ビルボード№10・・・『不壊』の、」

 紹介の走りは、必殺を止められ悔し気な表情のヴィランが担ってくれた。そして続きは、ギザギザの歯を見えるように大きく強く笑いながら、本人が受け持つ。

 「剛健ヒーロー『烈怒頼雄斗』、推参!!!」




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次話→切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その6
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切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その6

見上げてみればプロヒーロー。しかもそこらの有象無象ではなくて、ネットやCMでもしょっちゅう取り上げられるビルボード上位ランカー。都合のいい夢でも見ているのか、寅子は現状が理解することができずにいた。

 「三途の川向こうは、随分良い夢を見せてくれるばいね・・・。」

 「それで終われば単純なんだがな・・・動けるなら後ろの子達の所まで下がっててくれ。」

 幻かと思った赤い鬼は日本語を喋った。どうやら寅子にとって都合のいい夢でもあの世が見せる幻でもないらしい。指示に従い子分二人のところまで下がろうとする女子高生は、一度だけ振り返ってヒーローの姿を垣間見る。鬼のような姿は鳴りを潜めて、今は硬質化したような人間の姿に戻った『不壊』のそれ。今はまだひよこでしかない彼女は、空を羽ばたく先達の背を眩し気に見て、仲間の元へと戻っていくのだった。

 

 リーダー良かった!本当に生きてて!

 後ろから聞こえてくる間に合った証。所々目に見える血の跡がなければ尚良かったが、命があっただけでもめっけもの。それこそこのクラスが相手なら、そこらのプロでさえ命はなかったであろうそれほどの事態。

 「っシ!!」

 必殺形態-----安無嶺過武瑠を解除し、通常の硬化状態に戻った鋭児郎に、迷い容赦なく鉄槌を打ち込んでくる悪の精鋭。その一撃を、両腕をクロスさせることで受け止める鋭児郎。周囲へと再び響き渡る轟音。およそ人体へと向かって放たれたとは思えない甲高い衝突音。今度は大槌も砕ける訳ではなく、その姿を維持している。

 「糞!!」

 必殺ではなく通常状態ならあるいはと、叩き込んだ大上段からの一撃。それを受け止められ、距離を取る偉丈夫。させるかとばかりに距離を詰めようとするヒーローに、小型の槌を一度に六本その腕から生成。そのまま腕を一振り発射させて、追い足を止めようとする。が------

 「牽制してるつもりならめでてぇな!」

 相手は頑強さなら間違いなく上位に食い込む『不壊』。飛来する鉄槌を諸共せず、№10はヴィランへと突っ込む。

 「烈怒頑斗裂屠 !!」

 「ッ!おのれ!!」

 そのままの勢い全てを乗せて放たれる、誰よりも硬い右拳。大槌の柄で受けるものの、余りの衝撃に腕に痺れが走る。

 「まだまだいくぜ!!」

 空いている左拳、更には学生時代はメインで使わなかった足技まで含めたコンビネーションで、鉄槌の担い手を追い込む剛健ヒーロー。その絶対硬度を誇る連打を前に、手が出ず受けに回るしかない古強者。

 「なんの!!!」

 しかしそこは彼も強者に名を連ねた男。襲い来る連撃の僅かなズレをついて、大槌を振るう。それが誘いであることも気づけずに。

 「烈怒交吽咤!! 」

 振り切られた破砕の一撃を受けず躱して、もっとも体重が乗る瞬間を見逃さず、烈怒はカウンターをぶち込んだ。

 「くほぉわ!!!」

 腹部に突き刺さった右拳。今までとは違い、今度は己が狩られる側と化してしまった悲しきヴィラン。それを象徴するかのように、彼はそのまま尻餅をつき見下ろされてしまう。その眼光こそまだ折れてはいないまでも、実力差は明白だった。

 「なぜ関西中心で活躍する男が・・・こんな所に!!」

 「ちょいとプライベートでな?連れの女が泣きべそかいた子供を保護したんだよ。状況聞いて、まだ近くにいた俺に連絡くれたんだ。」

 鋭児郎のその言葉に反応する博多弁天子分組。自分達が守り通した子供が無事で、しかも助けまで呼んでくれたことに思わず涙がこぼれた。

 「そういう訳だ。さぁーて、」

 未来ある若者が身を挺してヒーローが何たるかを示してくれた。個人的にはいろいろあるものの、その先達として、彼はその身を硬化し職務を全うせんと前を向く。

 「先越されちまったんだ、後は任せろ。」

 「舐めるなよ『不壊』!!」

 言葉と共に、臀部からハンマーを生成。その反動を活かして一気に加速。立ち上がるだけでなく、その勢いのままハンマーを叩きつける。

 「効かねえなぁ!!」

 「なんの!!」

 硬い男を叩いて反動で跳ねた鉄槌の勢いそのままに、その身を回転させる大槌使い。体から直接生やした鉄槌で、今度は逆サイドへと打撃を加える。そのまま二つ三つと叩き込んでいく暴虐の嵐。二度もカウンターは取らせんぞとばかりに、叩きつけた反動を活かして攻め立てていく。

 「一体いつまで硬化していられるかな!?」

 狙いは鋭児郎のスタミナ切れ。個性が特殊能力ではなく身体機能の一部である以上、必ず隙ができると信じての猛連撃。それこそ-----

 「最大硬化は長時間使えないだろうしな!!」

 己の必殺技を真っ向から防いだ安無嶺過武瑠。恐らく切り札であるそれは、そう何度も使える代物ではないはずだ。使われたところで距離を置けばいい。そう割り切って、歴戦の強者は『不壊』へと闘いを挑む。

 「槌振り・連なり撃ち」

 手で持つだけでなく、大中小様々な鉄槌を全身に生やし、至る所から剛健ヒーローを攻め立てる、ハンマーの多重演奏。そのオーケストラが奏で続ける破砕音は、甲高くも不気味な不協和音を周囲へとまき散らしていく。幾重にも積み重なるそれが、ヒーローの命へと届くことを信じて。

 「こんな所で終わるつもりはないのだからな!!」

 アウトローへと堕ちた偉丈夫は、これまでの人生でそうしていたように、その槌に全てをかけていく。

 

 

 「なんちゅー闘いたい・・・。」

 最初にそう呟いたのは、植物の個性で折れた骨を固定する茉莉だった。その翡翠色の髪は自身の血に汚れ、もはや見る影もなくなっている。しかし、そこは勿論レディースで鳴らした『博多弁天』だ。血の汚れなどかえって血化粧だとでも笑うタイプだ、片時も気にはしていない。

 「何やってるかくらいはわかるばい・・・。」

 少し容態が落ち着いたのか、遠距離担当の吟子が茉莉の呟きに応えた。その内容は些か心許ないものだったが、実力差を考えたらそんなものだろう。乱舞するかの如く躍動する大中小、まさしく十人十色な鉄槌が剛健ヒーローを襲い続けていた。烈怒が受けに回って、守りを固めているのがわかる。

 「でもあのままじゃ・・・。」

 「そうたい、いずれ硬化も解けちまうったい。」

 オールラウンダーと遠距離担当、それも学生の二人から見ても、その異常な連撃を個性で受け続けることは簡単ではないと予想できた。それこそ身体機能の一部である個性。正面から受け続ければ負担も大きくなるのは自明の理だ。息を吸わずに、走り続ける人間はいないのだから。

 「いや、そうでもないばい。」

 「「リーダー?」」

 異を唱えたのはリーダー兼任近接担当の寅子だった。全身に残る痛々しい傷は、二人の子分と個性を駆使して応急処置を済ませている。その白虎の眼光が捉える鋭児郎の動き。それはただ、個性を盾に殴られている訳ではなかった。

 「全部、受け流しとーと。」

 

 

 『頭を使え、馬鹿の一つ覚えか。』

 鋭児郎がその顔を見上げれば、出会って一年以上にはなるであろう、見慣れた担任の顔があった。

 『相澤先生・・・。』

 『簡単に拘束されて投げられてお終い・・・いつものパターンだな。一年の頃からだぞ。』

 個性を使った組手をする授業内容。相手は道具を生み出す個性を持つ同級生、八百万百。一対一なら、近接で殴れば簡単だと突っ込んだのが運の尽き。彼女が創り出した投網に全身を巻かれて、先程救出されたところだ。

 『何か考えたのか?思考停止ほど非合理なことはないぞ。』

 『いや、まぁ、とりあえず、必殺を鍛えることは考えてんですけど・・・。』

 それこそ彼の必殺技なら、拘束されようが何しようが耐え抜くことができる。学生にしては幾度も乗り越えてきた死線が、『肩』の個性を持つヴィランが、それを認めてくれていた。

 『それだけじゃ合理的じゃない。必殺が生きる土俵に連れ込むのも、戦いの一つだ。』

 ただ闇雲に鍛えればいいわけじゃないってことまで、ちゃんと説明しといて欲しいもんだ。そこまでしっかりかつての英雄に聴こえるようにボヤいたのは、恐らくわざとなのだろう。

 『し、しかし、彼のような個性なら下手な小技を使うよりも・・・』

 『別に必殺を鍛えるなとは言っていません。ただ誰もがあなたのように、めちゃくちゃできる訳じゃないんです。』

 ちょっと申し訳なさそうに言い訳をする、元平和の象徴をいなしてぶった切る我らがイレイザーヘッドの舌鋒は、今日も実に合理的なようだった。

 『そもそも必殺を鍛えるったってそれだけでなら限界がある。』

 そのまま鋭児郎に説明を続ける、人間が人間として戦うために努力し続けてきた先達。

 『発動時間の限界、発動回数の限界・・・必殺を鍛え威力が上がれば上がるほど、どちらも維持するのが難しくなる。』

 『なら、拘束されたり動きを封じられたら、安無嶺過武瑠じゃ意味がないってことですか。』

 『まぁそういうことだ。あの技は誰よりも強い盾にこそなるが、捕まれて投げられた盾に意味はない。』

 歩ける盾なら大丈夫という訳でもないからな。そう言葉を締めくくった相澤相手に、鋭児郎はその視線を下げてしまう。ようやく手に入れたおもちゃが、なんだかとってもつまらないものだとわかった子供のような。

 『それで切島、お前何時間硬化してられる?』

 しかし叩くだけ叩いて終わりではないのが、そこでへしょげているダメな教師との違いだった。

 『えと、まぁ、2.・3時間なら・・・。』

 『なら今後はもっと長くできるようにしろ。意識がある時絶えず発動できるようになったなら、今後は寝てても使えるようにしろ。そして、』

 そこでイレイザーヘッドは言葉を切り、真っ直ぐに鋭児郎の瞳を見た。答えが見つからない若者に、道を示すかのように。

 『体に衝撃が残り続けないように、受け流すことを覚えろ。そうすれば硬化の持続時間は長くなる。その方が真っ向勝負で受け続けるより合理的だ。それこそ、拘束系の技や個性も受けにくくなる。』

 『なるほど!・・・じゃあ早速、教えてください!相澤先生!!』

 言葉での説明と共に捕縛布を構えていた、自身の担任相手に、鋭児郎は吠えた。

 『まずはこの捕縛布の動き、力のかかり方を覚えろ!!』

 それはまだ無邪気に夢を追い続けるだけで良かった、青春の1ページ。

 『お願いしゃっす!!!!!』

 しかしこの1ページが、彼を『不壊』とまで呼ばれるほどのヒーローになるための、大切な1ページとなったのだった。

 

 

 「糞!!」

 何十何百打ち込んだか分からない槌の連撃。それを受けるどころか力を逃がされ、流し躱され続けたヴィランの瞳に浮かぶのは、明らかな焦燥だった。自分が打ち込み続けた剛健ヒーローは、個性が解除されるどころか息一つ乱れていない。

 「№10は、もっと個性を使ってゴリ押ししてくるタイプだと思っていたが!!」

 「個性に頼ってんのは間違いないがな。」

 答える赤髪の青年。そのギザギザの歯が見えるように、笑みを浮かべるその表情は、あの日とは違う一人前のヒーローのもの。かつてのひよこは、今はもう立派に空を翔けているのだ。

 「そもそも受け流すのだって生身の体じゃ限界がある。金槌を受け流せる生き物なんかいねーからな。だがら個性は絶えず発動してる。それを活かすための、受けの技術だ!」

 今も尾白猿夫の道場に通うのは、その技術をより鍛えていくため。個性と技術の二段構え。だからこそ彼は、『不壊』と呼ばれるところまで来たのだから。

 ヴィランが動揺からそのまま槌の動きを狂わせて、それを見逃さず、あの日は見慣れなかった蹴りを、烈怒頼雄斗は彼の身体にブチかます。拳がそうであるのなら、その足もまさしく絶対硬度。

 「ぐほぉお!!」

 再び尻餅をつく大槌の使い手。その眼光は未だ折れぬものの、打開策の見つからない現状は、彼の心を蝕んでいく。

 「神妙にお縄につけって奴だ!!諦めろ!!」

 そう突きつける剛健ヒーロー・烈怒頼雄斗の姿は、まさにまごうことなき、№10に相応しいそれなのであったのだった。




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切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その7

「やはり真っ向勝負で、ビルボード上位ランカーを相手にするのは難しいか・・・。」

 二度尻餅を付かされ、致命的なまでに力の差を突き付けられた大槌の使い手。視線が下がったその瑠璃色の瞳に、暗い影が落ちる。事実その戦力差は如何ともし難いもの。必殺は砕かれ、連撃は防がれスタミナすら削れなかった。一対一ならこのまま諦めるしかなかったであろう。そう、一対一なら。

 「そう思うならここらで終わりだ。さっさと警察に連れてくから・・・。」

 「なら些かヴィランらしいことをさせてもらおう!」

 言葉ともに臀部よりハンマーを生成。その生成よる反動を活かして加速し、烈怒頼雄斗を回り込むように何度もそのスピードを速めていく。狙いは、

 「後ろの三人か!?」

 「守るものが多くて大変だな?ヒーロー!!」

 言葉ともに、いつ意識を失ってもおかしくない三人目掛けて鉄槌を振り下ろす、生粋のアウトロー。しかし『不壊』の№10も黙って見ている訳ではない。強引に間へと飛び込みなんとかその身を盾にすることができた。が---

 「・・・ヒットアンドアウウェイ、戦法自体変えてきたな・・・。」

 見れば先程まで真っ向から打ち合っていた偉丈夫は、一打打ち込む度に距離を取るスタイルにその動きを変えていた。それも必ず、打ち込む場所は後ろの三人。

 「ヴィラン相手に、今更卑怯だとは言わせんぞ!!」

 「あぁ、そうだろうな!」

 答えを返し打ち込んでくるそれを、強引に割って入るため受け流ず真っ向から受け止めてしまう剛健ヒーロー。それでも長い時間は持つが、負担は重くなる。それに-----

 「時間をかけれないのは俺の方か・・・。」

 見れば後ろの三人、未だ羽ばたくことが叶わないひよっこ達。その深刻なダメージは速やかに救急搬送が必要なレベルのはず。意識を失わず、対峙する犯罪者を睨みつけているのは、もはや意思の力というより他は無い。

 「あんたら、しっかりしろったい!!」

 銀眼の、血塗れの女の子が発破をかける。恐らく自身ですら、息も絶え絶えなはずなのに。

 「ヒュー、ヒュー」

 呼吸が曖昧だが、口を開けて相手を探るように睨みつける、橙色の瞳。少しでも隙があれば、個性を使う気なのかもしれない。

 「吟子無理ったい、身体がもたないったい!」

 大きな身体に植物を巻き付け、ギブス代わりにしている女子高生が、前述の仲間に声をかける。お互い支え合う、未来ある若者。自らも多くの大人に救けてもらった男は、その誰よりも硬い身体を奮い立たせて、鉄槌のデストロイヤーをその眼光で睨みつける。

 「守るものが多いから、ヒーローは負けねぇんだよ!!」

 「なら証明してみせろ!!」

 言葉ともに再び振り下ろされる破壊の一撃。絶えず回り込みながら打ち込まれるそれは、確実に『不壊』の体力を削り奪っていく。そんな中思い浮かぶ、当然の疑問。一人や二人ぐらい居てもいいはずのヒーローが未だに顔すら出さないこの現状。加えて---

 「裏路地ったって、この物音で、誰も見に来ないとかおかしいだろう!?」

 剛健ヒーローのその身体を打ち付ける大鉄槌。何度も真っ向からぶつかるその轟音は、いくら何でも目立つもののはずであるのだが、誰か一人でも見に来る通行人や見物人がいないのはおかしな話だ。

 「集団的犯行!?どちらにしろ・・・。」

 「考え事はここを乗り切ってからにしてもらおうか!!」

 距離を取り、猛烈な勢いで飛び込んでくる古強者。その勢いを余すことなく、その鉄槌に乗せて打ち込んでくる。カウンターが取りずらいそれは、あくまでかの偉丈夫の技量によるものだ。実力差はあれど、他所事に気を取られて完封できる相手ではない。脳裏によぎる、先程まで食事をしていた元サイドキックの姿。

 「ちっくしょうが!!」

 同時に二人で作った必殺技の存在まで思い出し、されど気合い一発!もう戻らない幻影を咆哮一つでかき消して、鋭児郎は再び、その眼光を犯罪者へと向けるのだった。

 

 

 時間を本当に少しだけ遡る------

 「付いてきて!」

 かつての同級生へと電話し、現役生のピンチを伝えた後、元ピンキーこと三奈は被害者である少年の手を取り大通りまで歩いてきた。後はこの子を然るべき機関に預けて、一般人である自分はお役御免だ。そうすることで、単なる善意の範囲でしかないもの、それを終わらせるはずであったのだが---。

 見渡して気づく、ヒーローの少なさに。

 「まさか、パトロールの範囲時間外?」

 ヒーロー飽和時代は形を変え時を経て、今やヒーロー副業時代と呼ばれるようになってしまった。ヴィランの減少から弱小事務所は閉鎖が相次ぎ、サイドキックは大量失職。それによる、市民へと目を向けてくれるパトロールの時間も減少。時間帯によれば、その範囲時間外となるスポットが生まれることになってしまった。

 「よりにもよって、こんな時に!?」

 その間の悪さを、単なる偶然と感じるか必然と読むかの違いは、流石に現役を離れた三奈には判断が難しいところであった。しかし、今結果としてパトロール中のヒーローがいないのだ。なら次善の策を検討するしかない。

 「お、お姉ちゃん・・・。」

 「んーん、大丈夫だよ!」

 要救の前ではまず笑顔。ともかく不安にさせてはいけないのだ。見上げてくる幼き瞳に零れるような笑顔を返し、明るさの代名詞と呼ばれた彼女は、次善の策として警察へと連絡を取る。しかし---

 「一番近くのヒーローでもそんなに時間がかかるんですか!?」

 『現場まで警察官ならすぐに到着できますが・・・。ご存知の通り烈怒頼雄斗の援護となるど、我々では足手まといかと・・・。』

 勿論要救助者の回収だけなら彼等だけでも十分である。しかし、それだけなら最初からこの子を救急搬送でもしてしまえば良かっただけの話だ。どちらにしろ大通りまでは出た方が良かったものの、今の『不壊』では決定打にかけることを、元相棒は誰よりも知っていた。他ならぬ、自分がそこに居れたなら。

 「免許自体返納した訳じゃないから、戦えない訳じゃ、ないんだけど・・・。」

 元々青味が強い肌の色とは言え、明らかに顔色が悪くなる。それこそ個人的理由により、あまり激しい運動はできない状態だ。それこそ脳裏に浮かぶ過去の幻影が、積み上げられた遺体の数々が、元ヒーローの身体と心を縛り付ける。

 「お姉ちゃん、大丈夫?」

 自分だってさっきまでボロボロ泣いていた癖に、それこそ何度も転んだ膝小僧は擦り傷まみれでズタズタなのに、隣にいる誰かを心配できるこの子は、きっと優しい大人になることだろう。そんな風に、育って欲しいと思うから。

 「お待たせしました!」

 見れば先程の通報を受けた警察官がぞろぞろと顔を出してきた。未だヴィラン受け取り係という蔑称も、事実、個性が使えず歯がゆい思いをしているのは変わらないけども、誰かを守りたいというその瞳の炎は、きっと昔から変わらないものであるはずだから。

 「・・・この子を、お願いします。」

 「ありがとうございます!烈怒頼雄斗の応援も、このまま我々ができる範囲でさせていただきます!」

 ぶっちゃけ手足は震えっぱなしだ。吐き気だって止まらないし、なんなら頭だって痛くなってきた。フラッシュバックでメンタルだってぐちゃぐちゃだ。正直もう今からだって帰って寝てしまいたい。けれど、でも。

 「烈怒頼雄斗の応援は、」

 あの時部屋の前で自分を待っていた彼の声が、ちゃんとこの耳に残っているから。

 「私が行きます!!」

 

 

 時間を稼ぎ、焦りから生じたミスを突く。一見よくあることかもしれないが、格上を突き崩すためには有効な一手だった。今回もその例に漏れず、確実にヒーローの動きは制限され始めている。

 「くっそ!!」

 一定の距離。こちらが詰めようとすれば、後ろの三人を狙うであろうことはわかりきっていた。そうならないために、そうさせないために。幾度なく行ってきた『硬化』をその身に宿して、烈怒頼雄斗は決して壊れない『不壊』となる。だが------

 「今必要なのは、その一手じゃねーんだよ!!」

 「相棒がいないと随分手札が少ないな!!」

 対峙している敵にまで言われたら元も子もないのだが、それこそ鋭児郎がわかっていて放置した結果だった。遠距離担当がいない、捕縛要員、索敵要員も右に同じ。全てはいずれ、もし万が一でも帰ってきてはくれないかなんて、そんな酷く漢らしくないカッコ悪い理由で。

 袈裟懸け気味に振り下ろされる鉄槌を、再びその腕で受けとめ、腕とハンマーという世にも奇妙な鍔迫り合い。そのとても近い距離で睨み合う、永遠の宿敵同士。交わす言葉に、お互い慈悲は一切存在していない。

 「ピンキーが抜けて何年経つのが知らないが、相棒を補充しなかったのは傲慢だったな!」

 「余計な心配をどうもありがとよ!!」

 言葉と共に膝蹴りを放ち距離を取らせる。仕事だけでも戻れないかと言えないのは、せめて三奈が好きでいてくれた自分のままで居たかったから。漢に憧れて真っ直ぐ走る、あの子が見てくれた自分で居たかったから。だからそれを------

 「どうこう言われる筋合いはないんだよ!」

 「だが一人の英雄だけでは辛いぞ?」

 「!?」

 再び回り込んでくる凶悪犯。いい加減打開策が見えず、応援が滞る現状に、焦りが顔を出し始める№10。だからだろうか。そこに飛び込んできた声に、そこに飛び込んできたその姿に、誰よりも驚いたのは、他でもない切島鋭児郎本人だったのだから。

 「『アシッドプール』!!」

 まず空から降り注ぐのは、粘性を伴った強酸。それは地面を溶かすことはできず、人の体はしっかり焼く類のもの。それが水溜りと化して、古強者の直線的な移動を遮り逃げ道を潰す。

 「おのれ!!」

 「なんで、お前、身体は!?」

 見れば警官隊も駆けつけてくれたのか、部外者が立ち入れ無いようテープで区画を作っている。それでも三奈が来てくれたことで呆然としているのか、頭が回っていない烈怒頼雄斗。その呆けた№10の代わりに、震える『善意の一般人』は仕事を遂行していく。

 「良く頑張ったね!!女の子達名前は!?」

 「え・・・。」

 「なんで、名前なんて・・・」

 「警官隊が来たから、後追いでも個性使用の許可を出さないと、君たち捕まっちゃうからね!誰か一人でも構わないから、話せる子は名前を教えて!」

 そのヘアセットで作った自分のものとは違う、本物の角が揺れている様子を見ながら、鋭児郎はようやく現実へと戻ってくる。

 「烈怒頼雄斗!速やかに許可をお願いします!」

 「お、おう!」

 聞き取ってくれた名前に個性使用の許可を承認。これでこの子達は、個性無断使用の軽犯罪者から勇気ある若者たちにクラスチェンジできた。それを確認して三奈は、自分しかできず、自分がここ来た一番の理由を行動を持って示す。

 「させん!!」

 烈怒頼雄斗とピンキー。二人揃えばどうなるか、それはヴィランの世界でも名が知れた必殺技。それを止めようと酸の海を渡ろうとする古強者。そこへ------

 「セメントガン掃射!ッてぇ!!!」

 警官隊のセメントガンが火を吹いた。圧倒的な個性の運用ができる古強者相手では、せいぜい時間を稼ぐのが精一杯であるのだが、今はその時間が何より欲しいのだ。

 「ピ、ピンキー・・・」

 「烈怒頼雄斗!!」

 誰よりも明るくて、みんなのムードメーカーだった。

 誰よりも側に居て欲しくて、ただ一生懸命に走り抜けた。

 誰よりもわかってくれていて、いつだって声をかけてくれた。

 誰よりも君との未来を守りたかったから、二人で一緒に考え抜いた。

 「烈怒頼雄斗・安無嶺過武瑠。」

 それは一人で届く絶対硬度。誰よりも硬い異形な鬼の形。その無骨な姿に、三奈の影が重なる。

 「ピンキー・アシッドマン。」

 安無嶺過武瑠を真似て作った。そうやって笑いあったことは、ちゃんと覚えているから。重なったその手が、鋭児郎の腕をなぞる。唯一安無嶺過武瑠を溶かせる粘液で、その無骨な身体を整える。

 「本当に、私がいないとダメなんだから。」

 無骨な身体は流線型の鎧のごとく溶けて磨かれて、その両腕にはまるで、一対の翼のようなガントレットブレード。

 「ありがとう。三奈。」

 知らず大好きだよと呟いたのは、聞こえてなければいいな。

 

切島鋭児郎 個性『硬化』

身体がガッチガチに硬化する。最強の盾にも、そして------

 

 「安無嶺過武瑠・七五十猛怒!!」

 

------最強の、矛にもなる。

 

 「おのれぇぇぇぇええええ!!!」

 その変貌を目にした古強者が、騎士の鎧と刃を手にした鬼へと飛びかかる。大局は決したにもかかわらず、いや決したからこそか。自棄になりその大鉄槌を振り回してくる。

 「武礼怒交吽咤 !!」

 拳ではなく、そのガントレットから放射状に伸びるその刃で。大槌のハンマーヘッドへとその刃を叩きつける、『不壊』と呼ばれる№10。本来なら刃が負けて、割れるか刃毀れしてしまうのだが------

 「なん・・・だと!?」

 真正面から叩きつけるられたそれは、犯罪者にとって代名詞である大鉄槌を、技術ではなく刃の硬さのみで切り裂いていく。あまりに非現実すぎるその光景。鉄を真っ二つにできる刃物など、ファンタジーの世界でしかお目にはかかれない。それをこの、現実の世界で。

 「バカなあああああああ!!!」

 「トドメだ!悔い改めやがれ!!」

 剛健ヒーローは失意の犯罪者から一旦距離を取り、身体を加速させる。全身全霊の体重移動。それを余すことなくその刃に乗せて。世界で最も大切な人が授けてくれた、その世界で一番鋭い刃に思いを託して。

 「武礼怒頑斗裂屠!!」

 逆袈裟気味に振りぬかれたその刃が一閃。叫び声すらあげることができず、大槌の使い手は、血を吹き出しながら崩れ落ちた。ギガントマキアすら切り裂いた、絶対硬度の斬撃。まさに№10の、面目躍如であったのだった。

 

 

 

 血だまりの中、倒れたヴィランは救急隊が運んでいき、同じく死線を潜り抜けた女子高生達も運ばれようとしていた。全身ズタボロ。意識があるのが不思議なのは、くぐった修羅場の御蔭なのかもしれない。そんな決してありがたいような、けど社会的にはあまり自慢できないことに思いを馳せていると、赤い影が差した。

 「こぉらガキども!!」

 「いたっ!」

 「おっ・・・痛っ~~」

 「あたたたた、死ぬったい」

 言葉がかかるやいなや、顔を確認する前になんと全員、世界で一番硬いデコピンが直撃した。死ぬ。

 「まだ免許も持ってないガキがしゃしゃり出たら、それこそ一発で捕まってもおかしくない話なんだよ。」

 「でもったい、あそこで引くぐらいなら、それこそ死んだ方がマシばい!!」

 「だから覚えとけ。」

 デコピンの後も反抗し、言い募ろうとするのはやはりリーダーである氷川寅子。銀髪は見る影もないがその負けん気だけは健在だ。そんな彼女に、いや彼女達に、ようやく注意する側になった元雛鳥は言葉を述べる。

 「決して一人にはしねぇ。今回は遅れちまったが、俺は、俺たちは必ず守りに来る。ヒーロー科とは言え、まだお前等は守られる対象ってことを、絶対に忘れないでくれよ。」

 そのギザギザの歯が特徴的で、爽やかかつ朗らかな笑顔。筋骨隆々とした身体も、好みの女性が見ればドツボにはまるであろう仕上り。そしてピンチの時に駆けつけてくれた、そんなシチュエーション。

 「あ、まぁなら、次からそうするったい・・・。」

 「ははははっ、まぁプロになるまで次なんかねぇ方がいいがな!」

 「落ちたったいね・・・。」

 「わかりやすいばい。」

 博多弁天リーダーのリピート再生トップの動画が、爆心地から№10の物に変わったようだが、それはまた別の物語で語ることになるのだろう。

 

 「三奈!!」

 声をかけてくる元相棒。犬みたいに駆け寄ってくるその姿に、懐かしさと僅かな愛しさを湧き上がる。

 「切島、今日はお疲れ様でした。」

 ペコリと頭を下げて、顔を見ないようにする。当たり前だ。所詮今日限りで、今だけのお手伝いだ。あくまで善意の一般人。それが今の私で、これからの私だ。

 「どうだった、久しぶりの現場は?」

 しかし敢えて気づかないようにしてくる、最愛だった人。戻ってきて欲しいって言いたいんだろうなって、それが透けて見えてしまうくらい、付き合いが長いから。

 「ごめん、やっぱり震えが止まらないんだ。」

 それ以上を言わせないために、事実だけをはっきり伝えた。残念だなあとは思う。戻りたい気持ちがない訳ではない。でもそれでも、この身体はもう以前のように彼を支援し続けることはできないから。

 「そ、そうか。でもまぁもっと症状もよくなるかもしんねーし、」

 「それにね、私、」

 ちゃんと言い切らないといけない。大好きだった、憧れだったヒーローは、こんな所で止まったままじゃ困るから。ちゃんと、前に進んでもらうためにも。

 「妊娠してるんだ。」

 「そっ、か。そうか・・・。だから、今日も、ノンアルで・・・。」

 「だから、ごめんね。」

 三奈が辞めた後も、サイドキックを採用せずに仕事を回していたのは彼女も知っていた。もう無理だってわかっては居ても、中途半端に二人で会っていたから、希望を持たしてしまっていたのもわかっていた。彼女の貼り付けた笑顔には、きっと気づいていただろうけど、お互い踏み込まずになぁなぁになってしまっていたのは、他でもなく三奈本人にも責任があると思っていたから。

 ごめんね大好きだった人。今日ちゃんと、決着つけるから。

 「鋭児郎と居た時間は本当に楽しかった。メンタルはその個性と程遠い癖に、頑張る姿や、それでも手を引いて前を歩いてくれるところは、可愛いと思ったし本当にかっこよかった。」

 切島は目を逸らすだけではなく、身体ごと後ろを向いて視線を逸らした。けれど敢えて指摘はしない。だって、たぶん見られたくはないだろうから。

 「でもごめんなさい。私が歩けなくなった時、手を引くんじゃなくて、隣に寄り添ってくれたのは、この子のお父さんなんだ。」

 豪快に、ともかく前へと進む鋭児郎ではない。居心地良く側に居てくれた、ヒーローを辞めた上でも隣に居てくれた、そんな彼を好きになってしまったから。

 「だからごめんね鋭児郎。私は、前へ進むから。」

 「今、三奈は今、」

 振り向いた姿勢はそのままに、そこまで黙っていた鋭児郎が言葉を投げた。ただ声の震えから、全部わかっていたけれど。せめて彼の最後の強がりぐらいは、ちゃんと拾ってあげられる女で居たかったから。

 「幸せなのか?」

 ・・・黒目と角、そして生まれながらに紫がかった肌の色が特徴的な自分。この歳まで、その外見を特別気にすることなく過ごせた。それはたくさんの人達から愛された証だなって今では思う。切島だって、そんな愛をくれた一人だった。そして私は今、最愛の旦那と、その愛の結晶をこの身に宿せてる。だから------

 鋭児郎はこの時振り向いた方が幸せだったかもしれない。しかし同時に振り向いていれば、大きく傷ついていたであろう。それはそうだ、なぜならこの時三奈は彼の質問に答えつつ、

 「はい、幸せです!!」

 一度は失ってしまった、あの花が咲き誇るような、そんな笑顔を見せていたのだから。




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何卒宜しくお願い致します。
次話→切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その8 
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切島「爆豪が雄英高校の先生だってよ!漢だな!!」芦戸「それ言いたいだけでしょ!!」 その8

 ヴィラン退治へのご協力ありがとうございました!

 いえこちらこそ、ご協力できて何よりです!これからのご活躍を祈っています!

 

  そんなやり取りが、ヒーローと単なる一般人との間にあったその当日。正確には日付を跨いでもう深夜。この辺りでも開いている唯一のバー。生徒がヴィランと会敵。危うく個性をぶっ放して除籍処分、最悪負けて命を奪われるという危機的状況だったため、担任の切奈と副担任の勝己が警察へと呼ばれることになった。勿論、剛健ヒーローさんが発した個性使用許可宣言のため、特に除籍になることもなく(意識が戻り次第キツいお灸が待っている)、かのヒーローと「善意の一般人」のお蔭で命の危険も事無きを得た。

 「そんで事件のあらましに心覚えがあっから、直接聞き殺してやろうかと思ったら・・・。」

 「ういーひっく、もう無理ぃ」

 「何がもう無理じゃボケ!!死にさらせ!!!」

 あれだけしっかり戦った、正義のヒーロー様が酔いつぶれて死んでいた。

 「人様が来るとわかってたら、せめて会話できる状態ぐらい残しとけや!!」

 普段はどちらかというと、常識を問われる側のこの男が言うのである。よっぽどえぐい状態になっている、我らが剛健ヒーロー烈怒頼雄斗様。元々酒には強い方。しかし飲みかけや転がっているグラスを見れば、火が付けば燃えるレベルのお酒に手を出していた。

「だってしゃあ、らってしゃあ・・・」

「だってもこうもあるか!ったく、二十歳やそこらのガキじゃねーんだから・・・。」

 専ら爆豪組で飲むときに潰れ易いのは、弱い癖に馬鹿飲みする電気、次にそんな電気の介抱をしている範太である。鋭児郎は大体潰れた二人の回収をし、面倒くさいから逃げ出そうとする勝己を呼び止める係だ。それが今日はこの低落。もっとも、彼がこうなる理由なんて大体一つだ。

「また黒目か・・・。」

「んだよぉ、文句あんのかよぉおおおお!!!」

 鋭児郎と三奈の関係については、焦凍と百のド天然カップルでさえ触れないようにするレベルの、元1年A組における最大級のブラックボックスだ。勝己自身はこの手の話題に興味がないため(というより人類に対して興味がないため)、率先して会話に入ろうとしないから基本はどこ吹く風といった具合だ。しかしそれも、たまに鋭児郎が爆発すればこの通り、回収の役割はこの爆発三太郎さんだったりする。

「堂々と地雷を踏むのは、玉ぐらいなもんだが・・・」

 鋭児郎を自らの仲間だと煽り散らす捕縛系個性の持ち主は、その度に元クラスメイトから古傷を物理的に抉られのたうち回っている。

「ちくしょう、んだよぉ、子供までいたらどうしょうもないじゃんかよーーー。」

「ガキ居なくてもどうしょうもねぇだろうが。ったく、未練たらしいわボケ!」

 昔の女に袖にされて腐る親友を、情け容赦なく切って捨てていく我らが爆心地様。そこまでいけば、さしもの酔っ払いも言いたいことがあるのか、荒れ狂う暴君をジト目で見ながら呟いてしまう。

「お前だって耳郎が上鳴と付き合い出した時は、毎晩酒屋で荒れてた癖によう・・・。」

「だぁーーーー、うっさい、昔の話はやめろや!介護し殺すぞ!!」

 そうやって喚く、今は幸せ絶頂な男を横目で見て思わず溜息を吐いてしまう『不壊』。今日対峙したらヴィランが見たら、余りの変貌ぶりに気を失ってしまうかもしれない。

「俺が荒れてたこと、響香に言うんじゃねーぞ?」

「かぁーーーーぺっ!!なんだよ惚気かよ!別にいいけどよ、だったらなんか報酬くれるんだろうな!!?!この失恋中の烈怒頼雄斗様によお!!」

 いい加減荒れすぎてて面倒くさいなぁと思いながら、案外肝心なところで無神経だったりする元1-Aの天才マンは、致命的な一言を鋭児郎にブチ込んでしまう。

「響香の飯を食わせ殺してやる。食いに来やがれ。」

「リア充爆発しろ!!!!」

 そのまま硬化した拳で殴りかかる、もう本当にダメな奴になっている剛健ヒーロー。やられたらやり返す精神で、爆撃を噛ます爆心地。バーのオーナーが呼んだ警察に怒られるまで、下らな過ぎる喧嘩は続いたのだった。

 帰りはしっかり、勝己が鋭児郎の肩を担いで帰ったことを追記しておく。

 

 現在の医療機関は個性の使用により、余程の致命傷ではない限り、三日もすれば退院できる。『博多弁天』の三人もしっかりお灸を据えられた後、ちゃっかり学校へと復帰してきた。もっとも、

「かっちゃん先生!尾白流の人みたいに、烈怒頼雄斗さんも授業に呼んで欲しいたい!」

「呼ばねーわ!」

 まさか職員室に居ても、昼夜休みなく自分の生徒があの酔っ払いを求めて絡んでくるとは、さすがの№2も予想はできなかったのだった。

「そこをなんとかお願いったい!同じクラスだったなら仲良かったはずったい!」

「しばらくあのアホ髪の顔なんざ見たくもないわ!」

 会計まで俺持ちだったんだぞと呟いたものの、諦めの悪さだけで雄英高校に受かった銀髪銀眼の恋する乙女は、その首を傾げるだけで。ついでに取蔭先生は向こうで笑っている。大体何があったかは、どうやら同期同学年の間では筒抜けらしい。

「お願いったい爆豪先生!!何でも言うこと聞くったい!烈怒頼雄斗様のラインを教えて欲しいと!!」

「要求内容しれっと上げてんじゃねーぞ!!しかも様付けてなんだコラ!?」

 昼夜問わず食いついていく『博多弁天』の白虎。その氷の牙は、一度食いつくとなかなか離れることはないらしい。そんな愛嬌があるというか、むしろ残念なだけのリーダーを、子分二人は相も変わらず溜息を吐きながら追いかけていく。

 定期考査でクラス一位になったら考えてやると、かっちゃん先生が折れるまで、しろつめ寅子の追撃は続いたそうだった。

 

 

「オラァ!行くったい!」

 それはもう暗くなり始めた夕暮れ。そんな中、泥塗れなりながら自主トレに励む、銀と橙と翡翠の女子高生。一人は新しい恋と目標を見つけて。そしてもう二人は、これからもそんな彼女についていくと決めていて。

 そしてそんな三人を見つめる、年の頃は幼稚園児であろう二つの影。

「おぉ!誰かと思えば、救けてくれた雄英高校の人って、師匠たちのことだったのかぁ~。」

「そうだね、知り合いだったの?」

「そうだゾ!オラ、いつも遊んでもらってるんだゾ!」

 それはあの日助けられた泣き虫の男の子と、いつも怒鳴り散らされ追いかけられている、悪戯坊主の二人であった。

「それにしても、おでこは狭いですなぁ~♪」

「それを言うなら、世間は狭いんじゃないの?」

 そうとも言うと、少年のお決まりのポーズを眺めて溜息を吐く、今はもう涙無き泣き虫小僧。これからも涙することはあるだろうけど、拭って立ち上げる強さは、未だ雛鳥の彼女達にもらっただろうから。

「ママが車置いてきたらお礼を言いに行くんだから、変なことしたないでよ?」

「そんな・・・まるでオラが無理矢理付いてきたみたいに・・・。」

「勝手に車に乗ってたのそっちでしょ!?」

 事実無理矢理付いてきたのだから、さもありなん。そうやってマイペースな彼に、周囲はいつも振り回されっぱなしなのだ。それは勿論『博多弁天』の彼女達の同様で。

 そんないつもいつも、『博多便座』と三人をからかって遊んでいる、このどこか将来大物になりそうな幼稚園児は、グラウンドで懸命に励む三人を見て呟く。

「やっぱりオラが見込んだ師匠達は、とってもカッコ良いヒーローさんだぞ!」

 空はもう月明かり。それは未来ある若者たちと、その背に憧れる子供達を、ただただ優しく照らしているのであった。

 

 

 月明かりが照らす職員室。他の教員達も帰路に着き、爆豪勝己一人となった部屋で、彼は書類を難しい顔で睨みつけていた。心なしか、眉間の皺もいつもより深い。

「雄英付近で、被害が多い?」

 今回、氷川寅子たち三人がたまたま居合わせたのは、勝己も昔通ったことがある、ゲーセンへと繋がる裏路地だった。以前出久が襲われ嵐島飛天が巻き込まれた案件も、言ってしまえば雄英高校の近くということになる。どちらもパトロールの範囲時間外。そんな都合の良すぎる偶然など・・・

「あってたまるかって話だわなぁ!」

 ぎらつく赫眼が月夜に煌めく。灯りは点いていない部屋のはずなのに、その眼光はどこか怪しく光って見えた。狙われているのは、明らかに雄英生。それも、

「両方とも俺が赴任してきたからって話か・・・。」

 そう、それは協力者である出久も指摘してきた点だった。小賢しく頭の回る幼馴染が言うには、勝己に何か恨みを抱く人物が、副担任就任と同時に動き始めたのではないかとのこと。可能性もなくはない、だが。

「恨みなんざそこら中で買ってるから知ったこちゃーねーがなぁ・・・。」

 自覚が有っても改善しないことで有名な男である。誰が何をほざいていようが、実力でねじ伏せればいいだけのこと------そう思い生きてきた漬が、どうやらここに出たかもしれない。

「赴任して来たタイミングで雄英生が狙われれば、それだけで俺の評判が下がる、か。」

 それまでは何事もなかったのに、就任して舌の根の乾かぬ内に事件が続けば、マスコミはいずれ騒がしてくる。マスコミ対応まで、糞を下水で煮込んだようなことをしている男である。庇い建てするような、殊勝な感性を持ち合わせてはくれないだろう。

 いずれの犯人も海外のサーバーを経由して、ヒーローのパトロール範囲時間外を捨てアカからのメールで知らされたと言っている。本丸は明らかに同一。勝己に恨みがあり、ヒーローのパトロール範囲と時間を把握できる人物。

「それだけじゃ絞りようも・・・待て、そういやあいつなんであの時・・・。」

 何かに気づいた勝己は一瞬だけ、本当に一瞬だけ辛そうな、どこか悲しそうな顔をしたのは事実だった。しかしその哀愁は、彼自身の内から湧き出す闘争本能が塗りつぶしてしまう。

 「上等だ、だったら炙り出してやるよ!この夏の林間学校でなぁ!!!」

 後日爆豪から、元1-Aのグループラインにある投稿がなされた。それは本来なら、機密とされる林間学校の開催場所。他の登録者から指摘があり、「間違いだった。忘れ死ね!」と、爆心地本人からの謝罪(?)があり、この件は二人の元クラスメイトを除いて笑い話で終わってしまった。一人は協力者である緑谷出久。そしてそう、もう一人は、犯人であるその人。

 物語が進む、金髪赫眼の副担任も因縁がある林間学校。しかし非常に残念なことに、夏休み前、忘れてはいけない行事が最後に一つだけ残っていた。

 「期末テストの企画書、校長のババアまで持ってかねーとな。」

 やる方もやられる方も楽では済まない、学期末テストのお時間である。

 

 

 

 

 逢魔ヶ時動物園。そう看板が書かれたかの園を歩く、優しいそうな男性と、黒目で角がある異形型の女性。二人は夫婦だろうか、男性が女性を気遣う姿は実に自然で、それがまるで予定調和だったかのような、決められた運命かのようにう馴染んでいた。幸せそうにお腹をさする動作からわかる、どうやら女性は、妊娠しているらしい。

 腕を組み歩く二人。園を周りながら、女性の方はどうやら動物だけではなく、別の何かを探しているようにも見えた。

 「あっ、居たー!!」

 一人の身体ではないため、飛び跳ねることはできないが、それこそ以前ならそのようにしたであろう女性------旧姓芦戸三奈が、動物ではなく飼育係に向けて声をあげた。特別彼が珍しい姿をしている訳ではない。どこにでもいる普通の異形型、しかし三奈にとってはなじみ深い、誰よりも優しい男がそこに居た

 「口田君久しぶり!遊びに来たよ!!」

 激しく手を振る彼女の視線の先、ゴリラの餌遣りに励む、口田甲司がそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   Next story is 口田「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験管!?」,coming soon.Please wait.

 

 

 

 

 

 

 

 




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万物への通訳者
口田君「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」 その1


 「口田君ーーーー!!おーーい!!」

 毎日の業務である餌遣り。筋骨隆々とした、森林を統べる剛腕---ゴリラ達に向けて彼等の食料を配っている最中だった。第二次神野戦線が終結してから、副業として務め始めて幾ばか経つが、このように自分の知り合いが訪ねてきてくれることも、なかなかに増えてきた。声に反応して顔を上げてみれば、見知った顔と-----結婚式以来だろうか、その隣を歩く見慣れない顔。そこに立っている彼が、自分の知っている人と違うことに、少しだけ感傷に浸って---ふれあいヒーロー・アニマは、『善意の一般人』でしかない彼女へと、慌てて手を振り返すのであった。

 

 

 逢魔ヵ時動物園。このヒーロー副業時代に、ふれあいヒーロー・アニマこと、口田甲司が選んだのは、己の個性を最大限に活かせるこの職業だった。『個性:生き物ボイス』。動物どころか、虫類とすら会話が可能となるその力。意思疎通を図る相手を選ばないそれは、まさしく『万物への通訳者』、そう呼ばれるに恥じない代物だった。ヒーローの仕事自代が減少し、副業をメインの収入源として働いているにしても、彼と組みたいからと動物園まで直訴しにくるヒーローがいるくらいである。

 「今はなかなか、それほど時間も取れないけどね・・・『霊長類達よ、列を成して食事を取るのです!!』」

 一度彼が声をかければ、世にも珍しいゴリラの行列という珍百景が見れることになる。・・・あまりにも現実感がなさ過ぎて、実際に某番組から取材に来たこともある。言ってしまえば、当園の人気アトラクションの一つでもある。なんか行列のどこからか、「自分不器用ですから!!」なんて声が聞こえてきた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 そんなしっかり動物の飼育員になってしまった甲司も、頼まれて現場に出ることもある。それがそう、元1-Aのクラスメイトから依頼があった時だ。

 「甲田さん、事務所までお電話が来てます!」

 言葉を操る個性のなのに、基本返事は身振り手振り。他の従業員の声に対しても、手ぶりで応じて返事をしていく。決して話せない訳ではない。高校時代ほど臆病なつもりはないが、もはや癖のようなものなのだ、特別治さなければならないとも思ってはいない。そんな甲司が電話に出て、開口一番声が出た。いやまぁ出来ない訳ではないので失礼な話ではあるのだが、それくらい驚いたということだ。

 「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」

 二重の意味で驚き声をあげる、アニマの珍しい様子は、ゴリラの行列なみに珍百景していたそうだった。

 

 「口田君、連絡取れた?」

 黒髪をポニーテールにしている、少し癖毛の女性------現1-A担任の取蔭切奈が、自分のクラスの副担任へと声をかけた。見れば今の今まで電話をしていた相手は、不機嫌そうに切奈のことを睨んでいる。

 「元クラスメイトなんだ、顔見て話に行くのが筋だと思ったんだがな!!」

 「そうはいかないよ?ついでに事務仕事を押しつけようとしてるのが見え見え。それこそ、まずは電話して反応を見るのが筋ってもんだよ!」

 金髪赫眼、『№2』として現場の最前線に立ち続けたその鋭き眼光。まさに鬼が裸足で逃げ出すほどのものであるのだが、いい加減仕事仲間として気安くはなってきたのだろう、どこ吹く風だと切奈は意に介さない。まぁ、もともと学生時代からの知人ではあるので、今更睨まれたぐらいで怯むようなことは更々ないのだが。

 「先手必勝、逃がさないっと♪」

 学生時代からやらしいことで評判の、どこか爬虫類を思わせるその笑顔。鋭くもあり愛嬌もあるそれを浮かべながら、事務書類を副担任の机の上へと押しつける。ちょうど肘を立てたぐらいになるだろうか。それくらいの大きさになった書類の山を前に、より眉間の皺がひどくなった、ヴィラン顔のヒーローランキングV3。そんな表情を浮かべていては、次回も対抗馬すら見つからないであろう。V4が彼のものになる未来は、決して遠くはない。

 「ったく・・・噂には聞いてたが、教職ってのがこんなに事務仕事が多いとはな・・・。」

 「言うて公務員である以上、役所仕事の一種だからね・・・。何をするにも、書類が無いと始まらないってこと。」

 こういったところは、ヒーロー科であろうと普通の高校であろうと万国共通、教員が頭を悩ませる

事項の一つだった。何せ授業の準備よりも時間を取られるのだ、皆書類作成がやりたくて教員になっている訳ではない。フラストレーションと仕事の山と、果たしてどちらか大きいのか。

 「それも、授業の準備のためにも書類が増えるしな・・・。」

 「そりゃああんたが発案した企画だからね・・・例年と違うことをしようと思ったら、必然的に書くもんも増えるよ。」

 『№2』であろうとも、事務所の社長であろうとも、箱に入って職員になってしまった以上はルールには従わないといけない。それこそ、ヒーローであるなら尚更だった。それこそ若い頃のように、時勢に甘えて、勢いでぶち当たっていけばなんとかなるようなことはほとんどない。

 「それこそあの頃はあの頃で、先生たちがフォローしてくれてただけだしね。」

 「ったく、恥ずかしい話だがな。」

 二人がそれぞれ脳裏に描く、それぞれの担任。片やA組に対抗意識を燃やしていた、血を操る偉丈夫。そして片や今はもう、その目から光を失った超絶ラショナリスト。思えば二人共、いや他の先生だって、授業をしていない時はいつだって、パソコンと睨めっこで忙しなく過ごしていたものだった。

 「まっ、偉くなりゃあ別かもしんねーけどな。」

 「そういう毒を吐くもんじゃありません。」

 勝己の視線の先には、年月経て尚妖艶さを失わない------むしろより色気が深まったであろう18禁ヒーローミッドナイトこと、当高校の女校長の姿がある。・・・どこか情事の後のように崩れた髪型に、整い過ぎず崩れ過ぎずを維持した豊満な肉体。うなじに光る汗でさえ、男が誘われる武器となる。そんな男性の目に毒でしかない姿からは、そうそうに目線を切り、切奈の方へと頭を回す。

 「校長相手に欲情してたことは、耳郎さんには黙っておいてしんぜよう♪」

 「あぁ!?ざけんなてめぇ、誰があんなババアに欲情すんだ!!アホか!!」

 しかしこの手の話題に男が勝てることなど、世界が変わり時空が変化してもありえることはない。圧倒的不利な戦場から撤退する為に、歴戦のヒーローは話題を変えることにする。

 「んで聞いてんだろう?ガキ共の様子はどうだ?!」

 「んー、まぁ、概ねみんなテストに向かって集中してるみたい。今は休み時間だけど、テスト勉強のために何かしら勉強はしているみたいね。」

 下手な話題をやらかした勝己に対して、あえて乗ることで、こちらが優位であることを示すやらしいやらしいリザーリィ。なんだかんだ、自然と優位に振舞える立ち回りできるのは、現役時代『曲者』と呼ばれた面目躍如であった。彼女はその個性を使い、今は身体から離れた左耳を元にして、己のクラスの様子を盗み聞く。

 「まぁ、ちょっと一子がやっちゃってるかなぁ・・・。」

 「あ゛ぁーん??あの毒忍者か。あいつはほっとけ。」

 その発言に、思わず驚いた表情の切奈。仮にも教師が生徒を見切る発言をしたのもそうだが、それをあの副担任がしたのも驚きだった。何せ彼は、あの問題児だった孤城姫子や嵐島飛天、土屋大地の相手でさえきちんと向き合ったのである。それこそ切奈では手に負えないと思っていた、あの三人をだ。

 ポニーテールが揺れる担任のその表情を見て、何を考えているのか察したらしい------眼光鋭き金髪の暴君は、その心を説く。

 「学生って立場にかまけて、糞どうでもいいことばっかりのたまいやがる。あれは一生かけても、治るもんじぇねーよ。」

 

 「本当にさぁ、もうやんなっちゃうよね!!」

 期末のテストの前、それこそどこか緊張感が漂い始めているクラスの中で、相も変わらず騒いでいるのは、出席番号9番久野一子だ。

 「『№2』だの強面だのとか言われたってさ、結局かっちゃんとか言われてんの。本当に笑える!」

 みんなもそう思うよね?と、続いて周りに対して同意を求める、発言にまで個性が滲み出ている赤髮紅眼の少女だ。ついでに職員室では、そういうところだぞと、担任からしっかり溜息を吐かれている。

 しかし、本人がいないところではなんのその。その八重歯と、小学校高学年ぐらいの身長しかないのも手伝ってか、見た目だけは愛くるしいと言われる彼女のその発言は、とどまる所を知りもしない。

 「大体、№2ってなんか半端だよね?それならいっそ№1のエンデヴァー様が来て欲しかった!もう本当にあのイケメンで授業されたら、私めちゃ勉強頑張れる!本当に爆発男の凶悪顔とか、なんかもう見てらんなし!」

 その本人に聞かれていたなら、確実に爆殺案件な内容であっても、本人に聞かれなければなんでもいい。わざわざチくる奴なんて居ないでしょ?というスタンスだった。その根強そうなアホ毛を揺らしがら、彼女は会話が盛り上がっていると思っている、野開未来と十礎聖相手に言葉の毒をブチまけ続ける。

 「・・・行くぞ。」

 「うす。」

 「・・・すね。」

 まだ周りが騒がしくしているならともかく、試験前で勉強しているものも多い休み時間だ。本人は気づいていないが、一子の声は存外響いている。空気の悪さ、またそういった行為そのものが肌に合わないであろう-----福岡のレディース出身、氷川寅子に伊木山吟子、花上茉莉の三人が席を立ち、そのまま教室を出ていく。

 「何あれ、なんか感じ悪いよね!!」

 クラスの誰よりも感じが悪い、赤髪の少女が言葉を続ける。それこそ野開未来の、もうその辺にしといた方がという言葉も、十礎聖の困った表情も、一子はまるで気にしていないようだった。

 「どこの田舎から出てきたかなんて知らないけれど、レディースって言うの?硬派なヤンキーなんて絶滅危惧種じゃん、社会のゴミ。ヒーローじゃなくて補導される側じゃん!」

 言っていることは確かにごもっとも。だがしかし、本人の前では言えず、こうやって騒ぎ立てているのはいかがなものか。それこそ件の三人は、クラスメイトへの実害はほとんどない。

 「ま、まぁ確かにそうかもしれないけど・・・。」

 「でしょう!?なんかもう本当にクラスの感じ悪くなるわぁ!!」

 青髪狸耳、そして狸顔の少女である野開未来。彼女が発した言葉も、『けど』という逆説以降を触れるつもりは一切ないらしい。必ずしも個性と性格が結びつくとは限らないとは言え、『毒』というそれを言葉にまで含めて広げるのは、正直勘弁して欲しいところだ。

 「私、少し御手洗に行ってきますね!」

 明らかに場の空気に耐えられるなかったのだろう、金髪碧眼、まるで聖女と見紛うべき生徒。十礎聖が、その一子の隣から席を立った。言葉の毒忍者、その広範囲爆撃を止めることができず、神に謝罪をしているのか、十字を切っているのが目に取れる。

 「本当あの子いい子ちゃんでムカつくよね。」

 「え?」

 それこそウェービーな金髪が教室の外へ出た辺りで、一子の口撃がまた火を吹いた。

 「誰にでも優しく聖女みたいとか、かえって怖くない?ただの八方美人だよね。なんかもう、裏の顔とかありそうだし、怖いもの見たさで逆に興味が湧いちゃうわぁー!!」

 「・・・ははは。」

 入学式で会話したというたったそれだけのことで、一子と一緒に居ることが多くなってしまった未来に聖。しかし学校で一番親しくしているのは変わらないはずなのに、結局本人さえ居なければこの有様である。あんまりと言えばあんまりな状況に、未来は言葉を返せない。

 「夏休みになったら彼氏と海行くから、それだけが楽しみだわ!!」

 「・・・良かったね。」

 明らかに顔だけで選んだ、アクセサリー感覚の彼氏について毒を吐き続けたのは、チャイムが鳴り担当教員が来るまで続いたという。




pixivにて連載中のものを再掲載しております。
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次話→口田君「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」 その2
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口田君「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」 その2

「小町ちゃん聞いて!」

 「何よ?」

 肩までの金髪の髪に狐耳。元気溌剌といった具合に、今日も気分は高く、孤城姫子は小野田小町に声をかけた。それは期末テスト当日。学科の試験を三日間に分け、最終日に実技の試験があるという時間割り。その初日のお昼休憩でのことだった。

 「数学が赤点でも、みんなきっとヒーローになれるんだよ!」

 「ヒーローにはなれるかもしれないけれど、二年生にはなれないわよ。」

 最終的にどうにもならなくて徹夜明けなのだろう、充血して真っ赤になった目で言い切る姫子相手に、苦笑しながらも、小町はやんわりと彼女の話を否定する。艶のあるロングの黒髪。その様は正に、現代に甦った大和撫子。中身はともかく薄化粧が映えるその姿は、男子生徒の良い目の保養なのだろう-----チラチラと盗み見てくるそれは、敢えて無視しているのだが。

 「気分の良いものではないけどね・・・。」

 「ねぇだって小町ちゃぁぁん!!」

 「はいはい。」

 それこそ姫子だって、男性受けするに違いない外見なのだ。金髪の狐耳に少し幼げな風貌。整った顔立ちに、猫目と評される大きな瞳。素材の良し悪しでは、小町とどっこいに違いない。

 「何で大学に行く訳でも無いのに、こんな学科試験が厳しいの!?」

 そんな美少女がお昼休憩中ではあるものの、試験を前にがなり立てている。なるほど、確かにこれではせっかくの素材もタイムセール、三割引きが妥当であろう。

 「確かにヒーロー科の大学に行く訳ではないけどね・・・。」

 「でしょう、だったら別によくない!?」

 現在、ヒーローになる者のほとんどが、大学を出てから職務に従事するのではなく、高校を卒業してから、サイドキックないし事務所を開いて生活していくのが通例だ。実際に大学のヒーロー科は研究職の色合いが強く、現場から遠ざかることから、あまり歓迎されないのが本当のところだ。だったら勉強なんてしなくていいんじゃないかと思うのも、わからない話ではない。

 「だからって勉強しなくていいとは違うよ。」

 「出水君・・・。」

 女子二人の間に割って入ったのは、出水洸汰だ。水流を放出する個性を有する、硬い髪質の黒髪男子。小町の本性は未だ見抜けず、というか未だに好きは好きなので、なんだかんだ会話に参加しようとしてくる。いつの世も、馬鹿なのは男の方だ。

 「実際に現場に出たって、災害救助の場面で物理や数学の知識を使うことが無いわけじゃないよ・・・それこそ、事務仕事だってやらなきゃいけないんだから、全然できませんじゃすぐ首になっちゃうよ?」

 「でもけどだって!?」

 「言い訳しないの。」

 「うがああああ、サインとコサインとタンジェントさんが頭の中でブレイクダンスしてるよー!!」

 余りにも喚き散らすので注意はしたものの、小町自身も雄英の試験レベルの高さには些か辟易していた。何せ定期考査で出てくる問題の難易度が、難関大学の二次試験レベルなのである。気が狂っているのかと、そう疑わずにはおられない。

 「そもそも勉強する必要があるのか?問題なんて、見ればわかるだろうに。」

 と、突然そんなことをぶっこんだのは、姫子の後ろでその様子を見ていた嵐島飛天だった。そのかつては神童と言われたオッドアイの天才は、どうやら勉学の面でも才能を煌めかせているらしい。

 「うがああああああ!燃やしてやるぅ!!」

 「わーもう姫子ストップ!!嵐島君も煽らないでよ!?」

 いつも通りと言えばいつも通りなのだが、『風しか読めない大馬鹿野郎』『周囲の雰囲気からも飛んでる君』の発言に、悩める大妖怪である姫子はブチ切れた。狐火で燃やしに行く前に、抱きついて動きを止めた小町も飛天に注意するが、有翼の風使いは、今日も頭の中まで暴風警報だ。

 「そもそも日頃の実力を見るためのテストなのに、勉強したら意味がないんじゃないのか?」 

 「嵐島君はそろそろ黙って!!孤城さんだけじゃんくて、小野田さんもキレそうだから!あれ怒ってる時の笑顔だから!」

 そんな四人で、騒がしくも仲良くしているいつものメンバー。それを離れた席から、どこか羨まし気に、しかし苛立ちも含んだ表情で、茶髪の地味目な生徒-----土屋大地が見ていたことは、終ぞ四人とも気づかなかった。

 「あのぉ~・・・。」

 「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」

 内輪で騒いでいた所に、視界の外から声がかかり慌てる四人。見れば地味目とはまた違った意味で影が薄い-----見た目は美少女、武藤遊次がそこに居た。

 「武藤君・・・びっくりさせないでよ!」

 「いや割と結構前から居たけどね!?普通に声とか掛けてたからねボク!」

 そのトレードマークのカチューシャと、アッシュ色の髪が生えるなかなかの美少女なのに、君付けで呼ばれているのはそういうことだったりする。

 「こっち来るなんて珍しいよね?どうかしたの?」

 日常的に影が薄く、探しても見つからないどころか、居たことすら忘れ去られてしまうことが多い遊次。そんな彼は、日頃は大空大和や大江ノ山外道丸と一緒にいることが多いのだが、珍しく姫子達の所に顔を出してきた。

 「いやぁ~・・・まぁ、なんというか気まづくて・・・。」

 「「?」」

 首をかしげる姫子と飛天。クラス内で自分のグループにいるのに、それを気まづく感じるなど、喧嘩でもしたのかと思うお狐様に、誰か腹でも痛いのかと、人類の思考回路から飛び去ってしまった飛天。そんな二人を放置して、小町と洸汰は件の方向を見やり渋い顔をしている。

 「あれね・・・。」

 「なるほどなぁ・・・。」

 思わずそう呟いてしまうほどの醜態。そこでは久野一子が、野開未来や十礎聖の静止を完全に無視して、クラスきっての美男子-----大空大和と大江ノ山外道丸に猛アタックしている最中だった。日頃二人と仲が良い遊次は、空気の気まずさに逃げてきたようだ。ついでにアタックしているとは言っても、噂話と陰口を垂れ流しているだけである。巻き込まれている未来も聖も、勘弁してくれといった様子だった。

 「でも別に気にしなくてもいいんじゃない?そりゃ、武藤君は一子ちゃんの対象外だろうけど・・・友達なんだし、堂々としてたらいいじゃん!」

 小町達の視線に気づき、遅ればせながら現状を把握した姫子が、気後れする必要はないと訴えかける。見れば洸汰も頷いている。小町は少し、思案顔だ。

 「いや、その実は、ボク聞いちゃってさ。」

 気まずそうに笑う、地味で押しが弱く、存在感すら常に怪しい男の娘。その儚げに笑う様子が、無理したものだということを如実に物語っていた。申し訳なさ気に揺れる、アッシュの髪。

 「その、一子ちゃん、僕のことあんまり好きじゃないみたいで・・・。外道丸君や、大和君に絡む男女って言われてて、その…」

 気持ち悪いって。

 その言葉を聞いた瞬間、飛び出そうとしたのは、九つの尻尾を生やしたお狐様。その理性よりも感覚で飛び出してしまう性は、まさしく余計なお世話を生業とするヒーローにはうってつけの性格だ。しかし、ただ飛び出して解決するかと言えば、疑問が残る話だから。

 「だからまだダメ!!」

 「離してよ小町ちゃん!」

 話の流れから、事の成り行きを読んでいた大和撫子が、姫子の行動を読みその身体を引き留めていた。無論力の押し合いになれば勝てないから、力が入りにくいくい部位を押さえることで拮抗することに成功する。

 「下手に事を荒立てるのは、武藤君だって本意じゃないわよ!」

 「でも、そんな酷いこと言われて!」

 突然の動きについて行けず、渦中の人物ではあるものの、遊次は動くことができない。すると今度は、水流の担い手である洸汰が声をあげた。

 「飛天君、ダメだって!!」

 声に釣られて見てみれば、有翼の彼は、既に一子の前に対峙している。止めるべきは天真爛漫な狐より、空気の読み方を知らない風使いの方だったのだ。悔やんで歯ぎしりする計略家の耳に、神童の言葉が届く。

 「武藤君に謝れ。」

 「・・・何よいきなり!」

 イケメン二人と会話していた時に割り込んできた、クラスきっての問題児にして変人。しかし身に覚えぐらいはあるのか、強く言葉を返せなかった赤髪の少女。その『毒』は今、『風』の前に散らされている。

 「俺も昔いじめられていた。」

 オッドアイの、力強い瞳。真っ直ぐに射貫くのは、誰かを嘲ることで楽しんでいたつまらぬ悪意。

 「ホークスの件があって、翼持ちは漏れなく全員だった。だから俺だけが辛かった訳じゃないが・・・。」

 ヒーローの裏切り者。地に落ちた福岡の雄。----行方不明の末に、ヴィラン連合との密会写真。それが決め手ではあったものの、空前絶後とまで言われた裏切り。それこそ当時の幼き多くの悪意は、翼ある個性持ちの心を傷つけ蹂躙した。

 「ただのからかいや噂話程度だったものだとしても、言われた側の気分が決して良いものではない。俺は人の心がわからないとよく孤城に叱られるが・・・。」

 その鳶色の翼を持つ、左右非対称色の眼光は、未だ雛鳥のものかもしれない。しかし心に覚悟を灯したそれは、上辺だけで人を傷つける同級生如きでは、決して抗えないもの。

 「自分がされて嫌だったことは見過ごせない。」

 「そんな・・・でも、武藤君とかそんな仲良くないだろうし、関係ないじゃん・・・。」

 「関係ないわけない。それこそ俺は、」

 それは未だ、毒を操る赤い彼女が持ちえないもの。その瞳の奥に宿る、覚悟の根源。それはきっと、嵐島飛天を再び羽ばたかせた、壊れた英雄からもらったオリジン。

 「ヒーローになりたいから。」

 「・・・っ。」

 それはここにいる意味であり目的。誰もが否定していいものではなく、否定するなら存在意義を見失うレベルのもの。だってそうだろうそれこそ久野一子だって、

 「ヒーローになるためにここにいるんだろう?」

 先に飛んでいった同級生。むしろ問題児だった彼。それが志も実力も、気がついたら手が届かないところまで離されていた。赤髪のくノ一は、別に一番になりたいともなれるとも思ってはいない。だからそれに対し、劣等感などそれほど強くある訳ではない。だが好き放題言っていたところに、真っ向から潰され恥をかかされた。ただその事実に対して、感情だけでその右手を振り上げる。

 「あんたなんかに!!」

 「骨川君!!」

 姫子を抑えながら、飛天と一子の様子を注意深く見ていた小町が声をあげた。呼んだのは、白煙へとその身を変えれる骸骨の異形型、骨川煙煉。

 「オケ丸水産よいちょまるー!!」

 そのどこか鼻につくパリピ用語と共に吹き出す、クラスごと包み込む大量の煙。不意をついたそれに混乱する生徒達。1-Aの混乱状態は、結局お昼休憩が終わるまで続いたという。尚、サインコサインタンジェントがブレイクダンスしていた彼女の頭の中は、結局踊り続けてしまったことだけ、追記しておく。

 

 

 「もう一度確認しておくけど、赤点だった人は林間学校で補修だからね!」

 全体に声が聞こえるように、口だけ空に浮かせた担任の声が、伝達事項を通達してきた。身体の部位を宙に浮かせるその個性・・・日頃の会話も全部聞かれているのではないかと、実はみな戦々恐々としていたりする。勿論がっつり聞いていたりする切奈は、そんなことを億尾にも出さずに、今から始まる実技の試験管を紹介し始めた。

 「本日実技試験を担当してくださるふれあいヒーロー・アニマこと、口田さんだよ。みんな、礼!」

 「「「「「お願いしゃっす!!」」」」」

 以前尾白猿夫が来た時は違い、確実に良くなったクラスの雰囲気。それを後ろから見ながら、思わずにやけてしまったのは副担任の爆豪勝己であった。勿論にやけたとは言っても、とてもじゃないが人前に出せる顔ではないのだが。その凶悪過ぎる笑顔の先で、本日呼び出された試験官が、威勢が良くなった学生達へと言葉を返していく。

 「・・・・お、お願いします!」

 汗をかきながら慌てて身振り手振り。どうにか頭を下げ返した甲司の姿に、猿夫程の威圧感はない。しかし以前ならここで油断していたであろう生徒達も、無個性の武神との対峙から、油断なく甲司の様子を探っていく。

 「岩石みたいな身体してんな・・・土や岩でも操るのか?」

 「明らかな異形型・・・警戒すべきはその身が纏う身体能力だろうな。」

 「ふれあいヒーローって字面だけだと、武闘派には見えないよね・・・。」

 自身は前線タンクを担うことが多い八賀根鉱哉に、竹刀を操る大空大和。そしてクラス委員である塩田弾道が、それぞれ思い思いに呟いていく。かつては第二次神野戦線で戦った甲司も、現在は動物園での勤務の方が忙しいのだ。現役の学生達からしたら、あまり知られていないの無理はない。他の生徒達も各々好き勝手呟く中で、狐耳を揺らしながら、孤城姫子が勝己の側にコソコソっと歩み寄る。

 「あの人も、かっちゃん先生の元クラスメイト?」

 「それやめろっつってんだろ!まぁ、そうだな。見た通り無口な奴だから、話したこたぁそんなねぇ。」

 あまり関わりがなかった、そう言うにしては不可解な程、『№2』のその瞳には信頼の色が見て取れる。姫子は自身の金色のそれで、赫色の瞳を見る。少しでも何か、情報を見逃さないように。

 「どんな人だったの?」

 あまりテスト前に内容を小出しにするのはフェアではない。しかし少しでも優位に立ち回るために、情報を得ようとする彼女の姿勢は、教育者としてなかなか好意的に見えたから。金髪赫眼の青年は、言葉を操る。噓偽りのない、それを。

 「あいつ単独で、第二次神野戦線で救けた命は、千にも届く。そして何より----」

 「何より?」

 「元1-Aで誰と戦いたくないかと聞かれりゃあ、俺は真っ先にあいつの名前を上げるぜ。」

 『新たな象徴』が、『氷炎の支配者』が、それこそ自分が憧れた『甘党の壊し屋』、そしてクラス全員を単騎で打ちのめした『無個性の武神』が居た元1-A。そのそうそたる顔ぶれの中で、『№2』がもっとも避けたいのが、今目の前にいる『万物への通訳者』だと言うのだ。思わず目を見張る未来の英雄。しかしされど、だからこそお狐様は、強く強く笑顔を浮かべた。

 「上等です!どうせヒーロー目指すんだから、壁は早く来てくれた方が気が楽です!」

 「お前の場合は数学だけで補修確定だがな。」

 その笑顔に、かつての自分達を重ねながら、しっかり落とすべきところは落とす副担任なのであった。

 

 「アイマスク?」

 切奈がその個性で身体をバラバラにして、生徒各自に配布されたアイマスク。一体試験にどう関係があるのかわからないが、あまりに怪しすぎて、素直に使おうとする生徒など一人も現れない始末だ。しかしさっさと付けろと煽られれば、指示に従う根はいい子たち。

 「じゃあ全員付けたね?では、よろしくお願いします!」

 そう、切奈が声を掛けた後だった。

 途端に持ち上がる身体。いつの間に忍び込んだのか、突如真後ろから、硬いもので身体を持ち上げられ、そのまま仰向けに身体を運ばれてしまう。

 「ちょまっ!?」

 「えこれ?」

 「獣臭い!!」

 「なんだぁ!?」

 『山羊達よ、生徒達を指定の場所まで運んでしまいなさい。』

 その言葉を聞き、自分達が試験会場まで山羊に運ばれていくことに気づいた受精卵と雛鳥達。あまりと言えばあんまりな扱いに対し、喚き散らしたいものの、ここは下手に騒いでも無駄だと察し大人しくなる。

 奇想天外。予期不可能。雄英高校一学期期末試験実技の部は、まだまだ始まったばかりだ。




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何卒宜しくお願い致します。
次話→口田君「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」 その3
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口田君「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」 その3

 「痛ッ!!」

 どうやら目的地に到着したのだろう、一瞬の浮遊感の後に、お尻に衝撃を感じた小野田小町。慌てて立ち上がろうとした時には、運んでくれた山羊がアイマスクを咥えて持っていってしまった。山羊臭い。

 「ここは.....森林ステージ?」

 少しだけ風に揺れる、自身の艶やかなロングの黒髪。無理矢理運ばれたせいで乱れたそれを、手櫛で整え状況判断を急ぐ。

 「ぐっ・・・痛たたた。」

 もう一人同じように運ばれたのは土屋大地。地面を「隆起」させるなど、大地と関係がある個性を操るが、直接的な戦闘能力が高いとは思わない。そんな彼と二人、この森林ステージで----。

 「これは、まずいかも・・・。」

 その大和撫子と形容される美貌、しかし今は眉をひそめ難しい顔になってしまっている。当たり前だ、二人で運ばれた以上試験内容はツーマンセル。未だ状況が飲み込めていない、地味目の同級生もそうだが、戦闘系じゃないのは自分も右に同じ。しかしこの状況こそが、まるで狙ったかのようで。

 「戦闘能力の弱い二人をわざと固めて・・・・土屋君、周囲警戒!!」

 「!とやかく言われなくてもわかってますよ!」

 本当は指摘されるまで全くわかっていなかったのだが、一つ言われれば三つは反論しないと気に入らない、腐れレスバ野郎は未だ健在のようだった。最近は静かにしていたものの・・・。

 「!あれは!?」

 しかし文句は言うがやることはやるらしい。鳥が落としたのだろうか、何か紙のようなものがヒラヒラと舞い落ちてくる。少し離れたところに落ちたそれを、素直に拾いに行くのは流石に二人共躊躇い、土屋が地面を動かすことで手元へと運んでくる。

 「実技試験問題用紙・・・内容は・・・」

 

 

 「『動物を一体拘束し、ステージ中どこかに設けられたゴール地点まで、かの生き物を運び出しせば終了となる』っておいおい・・・マジかよ!!」

 そこは海難ステージ。己の身体を鉱物へと変化させる個性持つ、大柄な金髪モヒカンヘッド、八賀根鉱哉がその文面を見て悲鳴をあげた。何せ前線タンクが真骨頂である彼の個性、『鉱化』することでそれを可能とする以上、このステージとの相性は----

 「最悪だっつーの!!」

 「『鉱化』してしまったら、当然だけど泳げないからね・・・。」

 思案に耽るのは、本試験において相棒を務めることになった、大江ノ山外道丸。少しつり目がちなその瞳がチャームポイントな、芸能人モデル顔負けの美青年である。二人は今にも沈んでしまいそうな船の上で、状況整理とお互いの能力確認に忙しい。

 「大江ノ山!てめぇの個性は!?」

 「酒瓶は一つだけなら確保してきた。ただ消耗を考えるなら、ここぞという時に使わないと厳しいと思う。」

 『酒は百薬の長』。その身を異形の鬼へと変えるその個性。一度発動すれば、自動回復付きで身体能力も向上するという優れ物だが、如何せん酔っぱらっている状況でしか発動できないという欠点を持つ。下手に海に落ちて酔いが冷めてしまったら、それこそただの無個性へと成り下がる。

 「個性が生かせねぇ上にフルで使えねぇ状況・・・。」

 「生徒同士の組み合わせも偶然じゃないね。恐らくこの状況をどう乗り切るかが、この実技試験の鍵!」

 個性さえ発動しなければ、単なるイケメンに過ぎない外道丸はともかく、金髪モヒカンヘッドという武闘派過ぎる外見とは裏腹に、的確な状況判断が可能な鉱哉。それを特に意外に思わないくらいには、素面の美青年との間に信頼関係は築けているらしい。

 「おわ!」

 「っつ、なんだ!?」

 二人が立つ沈みかけた難破船。その足場代わりにしていた崩れかけのそれに、今し方大きな衝撃が走った。それは立て続けに、しかし一定のリズムを保って、鉱哉と外道丸、二人の足元を崩しにかかってくる。

 「糞が!!なんだってんだ!?」

 「そんなまさか!あれを!?」

 外道丸が目を見張り、続いて鉱哉が、その光景に驚愕の意を示すことになった。

 

 

 「動物達が協力して襲ってくる!?」

 「あっちょっと、それダメだって!!」

 紫の髪に紳士然とした立ち振る舞い。その様はまるで中世の騎士のよう。

 市街地ステージ。そこで竹刀を操り、襲い掛かってくる猿の集団を捌いているのは、雄英高校のジャージに身を包んだ大空大和だ。

 「この者たちはどうやら、僕たちが手に持つ道具を狙ってきてる!野開さん、道具を出し過ぎたらダメだ!」

 「そそそ、そんなこと言ったって!?」

 丁度おへその辺りだろうか。まるでカンガルーのポケットのようになっている、それそのものが個性となった、青髪狸顔の、野開未来が悲鳴を上げている。

 「くっそ!!」

 顔をしかめて竹で作られた非殺傷の刀身にて、猿たちを捌きながら、なんとか形勢を整える。その立ち振る舞いは上品にして、美しさすら漂うもの。しかし教師陣には品評会じゃないんだからと、指摘されることも多いその剣舞。動物相手では、些か分が悪いようにも見えてしまう。

 「こここ、こんな時こそ使えるサポートアイテムが!あれでもなくてこれでもなくて!!」

 「だから普段からポケットの中は、整理しておけと怒られているだろうに!!」

 同じものは一つだけ。しかし種類が違えばいくらでもそのポケットに入れられる、ポーター向けのそんな個性----『スーパーポケット』を有する未来は、日頃の物臭な性格が原因してか、その個性を全く活かせてはいないようだった。

 「この状況では、僕がなんとか打開する他無いようだが・・・。」

 それは大和の脳裏によぎる、無個性の武神との戦い。その最中に竹刀を奪われ、無抵抗なまま沈められた、一瞬の出来事。

 『武器がなければ何もできない。それじゃあはっきり言って、二流にもなれないよ? 』

 己の個性が竹刀----特定の道具へと依存するものだということは、それが発現した時からわかっていたことだった。しかしそれでもなんとかと思い、訓練を重ねて雄英へと入学することができた。そこで真っ向からぶつかってしまった、今まで避けてきた課題。

 「くっそ!!おのれ!!」

 なんとか竹刀を奪われないようにと戦うせいで、その剣戟が縮こまってしまっていることに気づかない美麗なる騎士。道具依存の二人は、果たしてどうこの期末考査を乗り越えていくのだろうか。

 

 

 「くっ、まただめです!ごめんなさい!」

 「連携を取る動物がこんなに厄介だなんて!」

 山岳ステージ。そう呼ばれる岩壁にて苦戦を強いられているのは、十礎聖と武藤遊次の二人だった。金髪碧眼----ヒーローになるよりも、まるで修道院にて神に処女を捧げたような、そんな神々しい雰囲気すら漂う彼女と、トレードマークのカチューシャに、自毛だというアッシュのセミロング、影の薄い残念男の娘のコンビである。

 「っ、『識別眼』!」

 聖はその決まれば確殺という、チート個性----彼女が持つには些か邪悪過ぎるその個性『魔眼』を駆使して動物達、このステージに多くいる山羊を捕らえるために奮闘していた。

 「あ、ダメです、また視界から外れて!?」

 彼女が使える魔眼、その内切り札とされる洗脳眼は、識別眼という相手を見切る力が発動してからでないと起動できない。それ故に、同じ相手に焦点を合わせ続けなければならないのだが、そこは岩壁こそ我が家とでも言うべきか。双角類の脚力は、刹那にて聖の視界からその姿を消し去ってしまう。元々人間の視野と言うのは、横の変化に強く、同時に縦の変化に弱いようにできている。動物達のその動きに、彼女は振り回されっぱなしになってしまった。

 「【召喚】」

 己の絵に描いたものを具現化させる遊次。とても自由度が高いその個性も、制限されたこの状況では、活かすことができない。何せ壁に寄りかかることがギリギリなのだ、それに対応できる生き物でないとそもそも意味がない。

 「メェエエエエ!!」

 尾白猿夫戦でも召喚した放電する山羊。それこそ山羊なんだから、充分だろうと思い出してみたものの・・・。

 「ダメです、武藤君!!」

 「あぁぁあぁぁあみんな逃げてしまった・・・。」

 まるで明らな格上相手なら戦わなくても構わないと言われているかのように、岩肌いる山羊達は逃げ出してしまっていたのだ。試験の合格判定は、動物を一匹連れていくことである。自分達だけたどり着いたって意味がないのだ。

 「つまりこの岩壁を・・・・。」

 「歩いて移動して、彼らを探すしかないようですね・・・。」

 決して武闘派とは言えない二人の溜息は、山岳地帯に流れる風に溶けて、どこかへと消えていくのであった。

 

 

 「とまぁ、他のガキ共は動物相手にあれこれやってんだがなぁ!!」

 それは聞きなれた副担任の声。ただのファンだったころには感じなかった恐怖とプレッシャーが、正面に立っているだけなのに襲ってくるのがわかる。

 「人一倍悪ガキだったおめぇ等はちげぇ。動物相手なら、そこそこのこたぁやれんだろうよ。」

 そのどこか認めてくれている言葉に、嬉しく思わない訳ではない。訳ではないのだが、これは如何せん不公平過ぎないかと、氷川寅子と漆原亜衣磁は冷や汗を流す。

 「レディースの頭と、愚連隊の切り込み隊長だったか?中学までの経験だけでそこそこやられたんじゃあ、試験の意味がねーからな!!」

 「だからって、随分雄英は豪華ったいね。実技試験の対戦相手に、『№2』が動いてくれるばい。」

 銀髪を風に揺らしながら、博多弁混じりに嫌味を返す、『博多弁天』リーダーしろつめ寅子。それに答えるのは、隣にいる刈り上げた金髪の男。高校生にして髭面の偉丈夫、愚連隊で切り込み隊長をしていたという漆原亜衣磁だ。

 「いや、雄英だからこその、間違いかもしれんな。」

 その年齢の割にどこか悟ったような雰囲気は、多くの鉄火場を潜り抜けてきた証なのだろう。しかし恐らく、今から迎える修羅場が人生最大のものになることを、彼は理解していた。

 「まぁ、俺を気絶させてゴールまで運べとは言わねーよ。二人でゴールまで行けりゃあ充分だ。加えて----」

 見ればその全身に巻きつけられた赤い重り。一体一つどれくらいの重さになるのだろうか。まるで何事なく立っているように見える勝己のそれも、もしかしたら少しでも影響があれば嬉しく思う。というより、なければハンデにもならない。

 「俺は右手しか使わねぇ。『個性』も含めてだ。そこまでされてまだ尻込みするか?『博多弁天』に、『関東愚連隊』のガキどもはよぉ?」

 発奮する意味も込めてであろうその一言を、真っ向から叩き込んでくる現役ヒーロー。チームの名前まで貶めてくる副担任のその発言に、応えられない方が不幸になると思ったから。

 「上等ったい!吠え面かくなよ『№2』!!」

 ヒーローコスチュームに関するカリキュラムが、二年生以降に変わったため、本試験もジャージで受けているこの世代。寅子はその銀髪を、自らの両手で噴出する冷気で揺らしながら、その身に氷の爪と鎧を作っていく。そして吐き出す冷気は、己の頭に、虎を模した兜を生み出す。

 「キャラクターではなく素で傲慢なのは、如何なものかと思うぞ?かっちゃん先生!」

 しっかり真っ正面から嘲り返す、無精髭の偉丈夫は、その両手を地面と水平になるよう真横に掲げた。するとどうだろう。土のグラウンドからそれぞれの手に向けて、渦を巻くように舞い上がる、黒い砂埃。集められた砂鉄と言われるそれは、亜衣磁の手の中で、一対の黒い双剣へと姿を変えた。

 「そいじゃあ見せてもらおうか?雛鳥の羽ばたきって奴をよ!!!」

 「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」

 雄叫びで応え、『№2』へと挑みかかる白虎と偉丈夫。二人の実技試験が、ある意味最悪の形で幕を開けたのだった。

 

 

 「私たちの相手が、試験官だっていうのも納得できないんだけど?」

 「フヒヒヒヒヒ、些か平等性にかけるでござるよwwwwww」

 一方、こちら遮蔽物のほとんどない平原のエリアで試験官と対峙するのは、毒吐き忍者の久野一子と、ウザい喋り方をする岸影智だ。『毒』と『影』、そして不意打ちを得意とするこの二人に、この遮蔽物の無さは些か苦しいものがある。勿論、それがわかっていての組み合わせなのであるが----

 「それに加えて、試験官であるあなたと直接戦うとか、いくらなんでも不利すぎるわよ。」

 これが担任であるリザーリィなら、いやらしくまるめ込まれたであろうし、逆に副担任である爆心地なら、問答無用で爆撃されたであろう----しかしどこか気の弱そうなこの口田という試験官なら、何か少しでもハンデがもらえるのではないかと、二人はダメもとでも行動に移していた。綺麗事だけではやっていけない----そのことを、赤髪の忍びと黒人のハーフは知っていたから。

 どこか慌てたような身振り手振りで答える『万物への通訳者』。その腕の動きは肯定ではなく、否定のそれ。どうやら気の弱そうなのは、その雰囲気だけらしい。

 「・・・もう何よ何よ、どいつもこいつも・・・」

 「久野殿wwwwwwいかんでござるぞwwww」

 甲司へと主張が通らなかったことに対して、また毒でも吐こうとしたのか、投げやりになられても困ると思ったのだろう、影智がやんわりと(あくまで彼なりに)一子を注意する。それを受けて手振りで大丈夫と返礼、続けてくノ一は言葉を返す。

 「この前のこともムカつくし、ウジウジしてる試験官も嫌だけど、試験は試験だから。そこはちゃんとやるわよ。」

 一番になりたい訳じゃないけど、でも補修とかタルいし。そう付け加えた、アホ毛で八重歯な彼女の様子を見て、影を操る騎士はようやく安心できたようだった。そんな二人の様子から、甲司は構える。勝己と同じ、重りまみれにされた身体を酷使して。そして語りかけることから始める、自身の真骨頂。

 『虫たちよ。』

 「散ッ!!!」

 個性発動に合わせて、各々走り出す受精卵の二人。雛鳥となれるのか、それとも未だ受精卵として夏を過ごすかは、彼等の頑張り次第なのだから。

 




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口田君「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」 その4

 「さて、みんなどんな感じかな?」

 それは雄英高校に備え付けられている、多目的VTRルーム。実技試験においては、特に何ができる訳でもない自分が、全体を監視し外側から彼等に向けて採点を付ける。そう、第二次神野戦線において深手を負った後遺症から、個性による分裂数が大幅に少なった------取蔭切奈は、そんな己に対して少しだけ溜息を吐いた。しかし凹みっぱなしではいられない。そんな自分でもできることをと思い、ここに立っているのだ。それこそ当時のことを引きずり答えが出し切れてないヒーローだって、たくさんいる。それこそ、

 「誰よりも優しい、あんたもだよね。口田君。」

 そう呟いた後、その表情を凛としたものに戻す1-A担任教師。モニターを眺め、目に入れても痛くない大切な生徒達を確認する・・・ごめんそれは無理、大分痛そうだわあいつら。

 「あえてそれぞれの能力や、個性が生きにくい状況を作らせてもらったっと。」

 近接主体、水に弱い鉱哉と外道丸には海難ステージを。指揮能力に特化した小町や大地は、森林ステージにてゴリラと対峙を。どうしても特定の道具に依存しやすい大和や未来には、それを奪える器用な猿達を市街地ステージで------いやらしい組み合わせと課題追及の仕方は、完全にこの担任が仕組んだものである。

 「まぁ、毎年ならその生徒の相手を教師が務めて、子供は脱出するだけで良かった訳だけどね・・・。」

 そこは今年入ってきた、金髪赫眼の副担任が黙っていなかった。戦闘向けでない教師や、神野での怪我が原因で、自身の個性を最大限に使えない者が多い中で、あの個性分岐点世代の子供達を相手にできるのかと。

 答えは、否だった。

 「それこそ元1-Aのメンバーみたいに、どいつもこいつも、ある意味伝説級みたいになってりゃ話は別なんだけどね・・・。」

 それこそ寅子と亜衣磁や、一子と影智のように教師陣と直接戦っている生徒達は別としても、それ以外の子達は、甲司の指示を受ける動物達が全て相手を担っているのだ。いくらなんでも、あの気弱なふれあいヒーローはチートが過ぎる。切奈は知らないが、あの爆発三太郎をしてもっとも戦いたくないと言わしめた相手だ。思わず舌を巻く程のものである。

 しかし、決して隙が無い訳ではない。

 「そもそもこれは期末試験だからね・・・。」

 試験である以上、どれだけ応用が必要であったとしても、あくまで習ったことの延長線上である。つまり、日頃授業で基礎さえ鍛えあげていれば、乗り越えられるようにはなっているのだ。学科に関しては、まぁ、流石にやり過ぎではないかと思うのだが。 

 「流石に難関大学の二次試験レベルはどうかと思うんだけどなー。そこは校長も譲らないし、って、おっとぉ?」

 モニタールームに響く、アラーム音。それは緊急事態ではなく、クリア者が出た際に響き渡るよう設定されていた、おめでとうございますの祝砲だった。どの子達だと見てみれば、画面の中で、九尾の狐と天翔ける翼が踊っていた。

 「んー、流石にこの二人か。」

 周りより明らかに努力し始めるのが早かった、元問題児の二人。最近では誰よりも遅くまで自主練に励み、担任である切奈に帰宅を促される始末だ。泥塗れになってグラウンドに転がり、それでも誰よりも、昨日の自分に負けないようにと、更に向こうへと走り続けるこの二人。他の生徒より確実に穴も少なく、ぶつける動物達の選択にも悩んだものだ。

 「結局いろんな動物達の複合部隊、その集団に襲わせた訳だけど・・・どうにかしちゃったわね。」

 その成長する様子に感慨を覚え、しかし着々と己の手から離れていっているその姿に、なんだか不思議なもどかしさを感じてしまうリザーリィ。その感情に名前を付けるのは、まだまだきっと、こんなところじゃないはずだから。

 「さぁてとぉ?クリアできた二人はアニマの馬達に回収してもらうとして、他の子達はっと。」

 そもそも試験としても、ゴールラインに動物を運べばクリアというだけであって、クリアしたから合格という訳でもない。その部分の採点は、実際に対峙した動物達への聞き取り調査を甲司が、モニター越しに採点をするのが切奈という役割分担である。

 「しかしこの子達は、まぁ・・・ダメかもしんないね・・・。」

 溜息と共に、担任の教師から落胆の言葉を引き出したのは、果たしてどのツーマンセルなのであろうか。

 

 

 赤き龍が、舞う。

 「ダメやね。どいつもこいつも秒で逃げよるわ。」

 それ程高い高度ではないものの、暗闇の中を疾駆する、紫の鬣に羊の角を有する彼。六郎木 碌朗。本来ならその身を三種の姿へと変化させる、ダウナー系の美少年だ。今彼が選んだのは、髪と角という己の特徴を有した赤龍。今はまだ2m程の大きさであるが、ここ、洞窟ステージの中を舞うには充分な迫力である。

 「・・・まぁしゃーないけどな。生きて連れ帰るとか難易度高いわ。殺すならまだしも・・・。」

 まるでどこか他人事のように話す、琥珀色の瞳を有する無感動症の少年。その自他共に認める彼が相手にしているのは、薄暗き洞窟の中で飛び回る、どっちつかずの代名詞------蝙蝠達であった。

 「しゃ、しゃーないって訳にはいかないよ!!やっぱり、補修は大変だよ!!」

 そう声をあげたのは、この試験における碌朗の相棒である、塩田弾道だ。個性の無かった時代、スポーツという文化がまだ生き残っていた頃ならば、一見彼は野球少年と勘違いされたであろうその見た目。しかし、それに反し産まれ持ったものは、些か凶悪が過ぎる物。

 「・・・そやな。ただ塩田の『個性』が直撃したら、あいつら秒で死んでまうで?」

 「くっ・・・まぁでも、そうなんだけど・・・。」

 個性、『弾幕』。その両腕に一門ずつのガトリング砲。そして胸部に二門のバルカン。果てはその肩にそれぞれミサイルポッドが一門ずつときている。動物を捕らえる装備では決してない。むしろ戦争の方が向いているといったレベルである。

 「ヒーローは一応非殺傷やからな・・・それも織り込んで、殺さずにゴール地点まで連れて来いって話なんやろけど・・・。」

 姿を変えて暴れ回ることができる碌朗は、それこそ対人戦においては無類の強さを発揮する。それこそ尾白猿夫戦でさえ、彼は最前線に居ながら、最後まで意識を失わなずにすんだ一人だった。

そして塩田弾道は逆に、対集団戦においては無敵である。何せ一人軍隊、ワンマンアーミーとでも言うべきその個性から、大抵の相手なら一瞬で殲滅できる。

 「い、威力の面もそうですけど、その、場所の悪さもあります・・・。」

 「・・・せやな。俺らが本気で暴れたら、洞窟そのものが崩れかねんわ。」

 そこまで狙ってのこのフィールドなんやろけどな。そう呟いて続ける碌朗に、クラス委員長を務めているはずの弾道は、何も言うことができない。

 そう、この二人の組み合わせとしての難点は、その個性だけではなかった。ダウナー系で無気力な悪魔の化身に、生真面目だが気弱なガンナー。受け身になりやすく主体的な行動が取れない二人は、相手をどう追い込むか、その方針を決めることすら出来ていない。その強個性でなんとなく乗り切ってしまっていた部分------それがこの作られた特定条件下で、ものの見事に足を引っ張り始めている。

 「なんかもう、面倒いわ・・・。」

 暗き闇の中、その制空権を数で制する有翼の哺乳類。そんな彼等を捕らえるために、状況を動かすことができるのか。超音波の嘶きが、ただただ虚しく、洞窟の壁を軋ませるのであった。

 

 

 もし動物達が理性を持ったなら。その剛腕を、その身にまとう爪牙を、それこそ集団戦術を用いて使いこなせる日が来るとしたら。果たして人類は今まで通り、この地に覇を唱え続けることができるのであろうか。

 「ああああああああああああああああああああああああああああああああったい!!」

 「Party now!!いえあいえあいえあああああああああああああああああああああ!!」

 とりあえずこの川ステージでは、人類はしっかり追い込まれている。

 「来るったい来るったい来るったい!!」

 見渡す限りの川から、陸にあがり襲い掛かってくる、無数のそれ。身体能力なら陸最強、そして獰猛さでは他の追随を許さないと呼ばれる------カバである。

 「キュンDeath!!」

 「やってる場合じゃないと!!!」

 その一面カバだらけの状況から、叫びながら逃げ回り続けているのは、骨川煙煉と花上茉莉である。自身の身体を煙へと変え、なんなら燃やされても復活できる、骸骨のような異形型である煙煉。そして、体内にいくつもの植物を飼いならし、それを自在に操る個性----『キメラプラント』を有する花上茉莉である。

 「視界を煙で潰す丸??」

 「さっきそれやって余計怒り出したったい!!」

 それにかの畜生は煙で視界を潰された所で、結局のところ臭いでこちらの位置は補足してくる。単なるびっくり箱では時間稼ぎにすらならず、茉莉の『キメラプラント』も馬力の差で負けてしまい、危うく生徒側が引きずられてしまう始末である。

 『煙』と『植物』。攪乱や遊撃に重宝される二人であるが、逆に真っ向からの殴り合いになってしまうとこうも脆いのだ。更に相手は真っ向勝負上等の『河原の重戦車』。明らかに仕組まれたこの状況に、茉莉も煙煉も悲鳴をあげながら逃げ回りっぱなしだ。

 「雄英の鬼ぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

 「いぇあイッツアPartyNow!!!」

 このままじゃ人生までパーティーになるったい。そう思いながらも、全く打開策が浮かばない『博多弁天』花咲マリーなのであった。 

 

 

 「一応期末試験ってことだかんなてめーらよう!!」

 教師というよりチンピラヤクザ。眼光の鋭さだけでも、この世界では五本の指には入るであろう、金髪赫眼の『№2』。個性は複合なのではなく、まして異形型とは程遠い------『爆発』という、掌からしか発動しないそれ。以前なら派手でヒーロー向けだねと言われたそれも、今や個性分岐点世代の前では知れたもの。確実にそこの優劣だけなら、決して彼はもう天才ではないはず。ない、はずなのだが------。

 「はぁ、はぁ・・・。糞ったい・・・。」

 砕かれた氷の鎧。何度打ち付けても砕かれる虎の氷爪。時には爆撃で、そして時にはその拳打で。気がつけばヴィラン相手にも膝をつこうとしなかった彼女が、膝どころか頭を踏まれ動きを止められている。

 「ぐぅ、がぁ、あが・・・。」

 悶え声を上げ続ける、双剣の切り込み隊長。トレードマークの黒刀は既に爆炎にて散らされ、拳にて挑めば格の違いを示され、副担任に顔を捕まれ持ち上げられている。その握力に抵抗するよう動き回っていたが、まるで身動きが取れないほどのレベル。あまりの激痛に、既に意識が怪しい所まで来てしまっていた。

 「授業で学んだ内容活かしゃあ活路って奴も見えてくんじゃねーのか!?あぁぁ?!現役高校生よぉお!?ぉお!?」

 一応彼はヒーローである。本人も忘れているかもしれないが、至って普通・・・ではないにしろヒーローである。女子高生の顔面を踏んづけ、未来ある若者の顔面にアイアンクロウをかましていても、非常に残念なことに至って現役なのである。ついでに闇落ちもしていなかったりする。むしろもう、していた方がいろんなことがスムーズだったかもしれないくらいのレベルではあるのだが。

 「糞ったい・・・。」

 亜衣磁を助け出すために、何より自分も脱出するために、再び冷気を纏い始めるしろつめ寅子。

前述の通り副担任もそうだが、ヴィランから時代遅れの個性と言われた彼女。だが頼れるものは、結局これしかないから。しかし、

 「ぬるい!!!」

 「ごはっ!!!?!?」

 抑えるどころか、体重を乗せて踏み込んできた爆心地。泣く子は黙らせ、ヴィランを潰して回った男は、対峙した以上は己の生徒にも手加減はしない。寅子の意識が明滅する。中学時代から今日までの喧嘩全部含めても、ここまではなかったと言い切れる、絶対的な相手。まさかここまでの差があるとはと、対峙して初めて思い知らされる。

 「『磁界』!!!」

 足元の寅子へと僅かに逸れた、『№2』の意識。その隙とも言えぬ瞬間に、失いかけた意識を繋ぎ止めて、髭面の切り込み隊長は己の個性を発揮する。大地から舞い上げる、漆黒の砂埃。しかし今度は、それ自体が刀を形成するのではなく、竜巻のように舞い上がり、勝己の眼前にて爆散する。

 「ちっ、んだこらぁああああ!!!!!」

 その副担任の奇声を聞きながら、なんとか拘束から離れて距離を置く寅子に亜衣磁。身体へのダメージは、到底試験を続けられるレベルのものではないのだが。

 「何か手を考えろ!」

 走りながら砂鉄を巻き上げているのだろう、舞い上がる黒き奔流はまるでオーラのようだった。

 「そもそも気絶させて倒す必要なんかない!二人でゴールに入ってしまえば、俺たちの勝ちだ!!」

 「わかってるったい!お前も考えるばい!!」

 距離を置けば爆速ターボで追いついてくる、殴り合いでも歯が立たない。中距離はそもそも相手の独壇場。そしてフィールドはとっても見やすいグラウンド。この条件下で、相手の予想を上回る方法なんて------

 「うわっと!?」

 考えているところに飛んでくる、もはや見慣れた爆炎。直撃こそなんとか躱しているものの、それでも全身火傷だらけ、殺された方がマシだという有様だ。

 「糞ったれったい!!!」

 彼女達の試験は、まだまだ終わりの目途すら見えては来ないようだった。




pixivにて連載中のものを再掲載しております。
何卒宜しくお願い致します。
次話→口田君「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」 その5
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13554877


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口田君「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」 その5

 水流が乱れ飛び、七色のブレスが吹き荒れる。そこは平原ステージ。地を駆け襲い来るのは『草食動物の横綱』------サイ。単体でもその突進力は、人類からすれば抗いようがないほどのもの。ただでさえ脅威でしかないものが、何故か見事な連携をもって襲い掛かってくる。

 「どこかで誰か指示を出しているのか・・・。」

 硬い髪質の黒髪が特徴である高校生、出水洸汰は不思議に思っていた。彼は元1-Aの生徒達と交流があった。あまり話したことはなかったが、かのふれあいヒーローとも面識はあった。だから不思議に思う。彼の能力はその声が届く範囲が限界のはず。しかし動物達の動きは、まるで誰かが見ていて的確に指示を出しているかのようだ。

 「その違和感に、この試験突破の鍵があるはず!!」

 そんな中突っ込んでくるサイの大群。『水流』で落とすには、些か厳しい数にその距離。すると彼はまるで己の副担任の如く、両手を地面に向けて掲げて、その個性を発動させた。

 「『水流ターボ』!!」

 中・遠距離になりがちな自分の能力を補うため、洸汰が某副担任を参考にし身につけた移動術。両の手から放たれる水流を推力にして、空へと浮かびあげるその姿は、『№2』のその技術を彷彿とさせる。

 そのまま水飛沫をまき散らしながら、上手に動物達と距離を取る洸汰。そこへ------

 「『ライトニングブレス』ったい!!」

 オレンジの髪を逆立て、その裂けた口から、七色のブレスを操る伊木山吟子が、雷撃をその口から放射した。電撃の威力は少し麻痺する程度に調整。それでも水にまみれた彼等の身体は、電気をよく通したかもんどりうっている。

 「後は連携を躱して、ゴールまで運べばいいったい!!」

 それこそサイの体重が何キロあるか知らないが、そこは根性でなんとか頑張るしかないだろう。そう思い、動物達の次なる動きを確認しようとする『水』と『ブレス』。動物達の猛進をここまで躱せて来たのは、二人が積んできた訓練の賜物に他ならない。そう思い身構えた二人があることに気づく。

 「連携を、」

 「してこなくなったったい。」

 見れば先程までは複雑な動きで攻めたててきた彼等が、今度は至って単純な動きでしか向かってこない。それこそその身の能力に任せた、些か直線的過ぎるもの。最初は雷撃のダメージかとも思ったが、それがきつかった子達はそのまま気絶している。つまり、

 「さっきの雷撃で、指示が出せなくなったってことたいね!!」

 電気に反応して上手くいかなくなるもの。それが指し示すものは、『個性』という超常現象ではなく------

 「アニマが直接通信機で、動物達に指示を出していたのか!!」

 見れば何体かのサイは、先ほどの雷撃の後に耳から煙が出ている。つまり何体か指揮官としての個体を決めておいて、そこに指示を出し、その個体から鳴き声で周囲を操る。なるほどどうして、味な真似をしてくれるようだ。

 「伊木山さん!!」

 「わかってるったい!!」

 通信ができない以上、動物達に細かな指示はもう出せない。それこそ彼等が本能的な恐怖を感じれば、その恐怖を制御することは人間なんかより到底難しい。そこを突くために『博多弁天』遠距離担当は大きく息を吸う。

 「『レーザーブレス』ったい!!」

 威力が弱くも連打ができる、最速を誇る七色の白。その閃光は直撃を狙わず、彼等の足元を吹き飛ばすに留めた。しかしそこは動物の知能である。いきなり足元が崩れて恐怖を覚え、サイ達は一団総崩れ。その身に当たれば大したことはなくても、指揮官無き戦場ではそれに気づけない。

 「これでなんとかなるったい!!」

 気絶した仲間を置いていった彼等を見て、歓声を上げたジト目の吟子。後はゴールまで、このサイを運ぶだけである。

 「指揮系統を狙うのは常套手段。尾白さんが来た時、僕らもやられた方法だけどね。」

 かつてのほろ苦い経験を思い出し、洸汰は苦笑するも、今はやり遂げた充実感でいっぱいらしい。そこでふと思う、この後のこと。

 「サイって、重さどれくらい?」

 「ゴールまで、後何キロばい?」

 サイの重さが実は、平均でも二トン以上。ゴールまでの距離は、おおよそ二キロもあるところでのお話であった。

 

 

 「ゴールの近くまで引き寄せてから気絶させれば、100点だったのにな。」

 洸汰と吟子が映るモニターを眺めながら、そう呟くのは黒髪のポニーテールである取蔭切奈だ。見れば画面の中の二人は、吟子のホワイトブレスで道を凍らせて、洸汰の水流でサイを押し流す作戦らしい。

 「まぁ二キロは遠いけど、やってやれないことはないことはないかな?実質もう合格だろうね。」

 そうして切奈は、見事課題を乗り越えた中・遠距離担当の二人から目線を切り、他の生徒達へと意識を移した。

 「さぁて、他からも何かしらクリア者が出てくるかなって思うんだけど・・・。」

 

 

 「うおおおおおおおおお!!!???!」

 絶叫をあげて空を舞う金髪のモヒカンヘッド。クラス一番のタンク性能を誇る八賀根鉱哉は、この海難ステージで盛大に海へと放り投げられていた。勿論、最初足場にしていた沈みかけの船から、彼を投げたのは他でもない------本試験における相棒となった、大江ノ山外道丸である。

 「悪い子はいねぇぇぇぇええええええかぁ!?」

 彼の芸能人顔負けの美貌は形を潜めて、個性発動の影響でコミカルな鬼へとその姿を変貌させている。一度発動すれば、二メートル近い身長とクラス一番の剛腕である、鉱哉を投げ飛ばすほどの筋力を得るその個性『酒は百薬の長』の真骨頂だ。

 「んんんんん!!!???!『鉱化』発動!!」

 中空で発動させる、鉱哉の個性。幾度もなく己を助けてくれた、そしてこれからも共に歩いていくべきその力。それは宿主の身体を、任意の鉱物へと変える力を有する。選ばれたのは、化学変化に強い光輝くゴールド。黄金の巨漢となった鉱哉は、そのまま悠々自適に泳いでいたイルカの群れへと直撃した。

 「金の体は鉄と違って錆びねぇからな!!」

 群れを成していた彼らの中で、とりあえず一匹に抱きつき動きを封じる。金属の身体に捕まれ、もがき苦しむ海中哺乳類。彼らも息が続かないのか海面に顔を出そうとするも、それは鉱哉の重さに遮られて沈んでいってしまう。無論------

 (「俺だってそれは同じだがな・・・。」)

 先に気を失ってしまえば鉱哉とて無事では済まず、試験も不合格になってしまう。しかし賭けに出なければ結果は得られない。そういうことを口酸っぱく言われて来たのだ。そして偉大なる先達から校訓として受け継いで来た。何せここは泣く子も黙る・・・

 (「雄英高校だっつーの!!」)

 抵抗を失ったイルカに一言だけ謝罪をし、自身の鉱化を解いて全力で浮上する鉱哉。想定より沈み過ぎたようで、視界が暗くなり始める。募る危機感がより脳内の酸素を消耗する。飛びそうになる意識------その時その身体が、下から一気に持ち上げられて海上へと押し出される。少し飲んだ海水を吐き出しながら、混乱する頭を落ち着かせてみると----

 「引き上げくれんのが遅えぜ?大江ノ山。」

 「問題ねぇぇぇぇえええええぜ!!!ガッハッハッハ!!!!」

 個性発動により性格まで変わった外道丸が、イルカと鉱哉を下から押し上げたのであった。

 「お前の個性が解けるまでは、悪いが俺とイルカの二人を抱えてなんとか泳いでくれ。」

 「悪い子はいねぇぇぇぇええええええがぁ!?」

 「わかってる、俺も少し落ち着きゃ自力で泳ぐからよ。そしたらゴールまでは一直線だぜ。」

 こうして『鉱』と『酒』の試験は、無事に幕を降ろすことになったのだった。

 

 

 氷爪が砕け、黒き砂塵が散らされる。後に降り注ぐのは圧倒的な暴力と爆炎だった。

 「くそったい!!!」

 漆原亜衣磁と氷川寅子が対峙する、ある意味最強の動物。彼の看板は『№2』。下手な動物よりもよっぽど破壊力を伴う化物であった。金髪が揺れて、爛々とその赫眼が煌めいてくる。それが哄笑を上げながら、真っ正面から殴りかかってくるのだ。もうどうにかなってしまいそうである。

 「くらい死ね!!!」

 利き腕を使わない------そんなハンデをもらっているとはいえ、飛び込んでくるのはヒーロー界の人間核弾頭その人である。襲い来る圧倒的火力は、余波だけでクレーターができるレベル。寅子が作る白虎の鎧など、まるで紙の鎧が如く容易く砕かれていく。

 「まだまだ!!」

 しかしそこは圧倒的避け勘を誇る『博多弁天』近接担当。紙一重で全身火傷まみれになりながらも、一撃で墜とされるような致命傷だけは避け続けていく。命の危機に反応し、限界を超えて光輝く寅子の才能。その一芸は彼女の個性の脆弱を補って余りあるほどのものだった。加えて----

 「フン!!」

 関東愚連隊切り込み隊長、亜衣磁の力。黒き砂塵----砂鉄を巻き上げるその力で、襲い来る副担任の視界を潰して、なんとか致命の一撃を逸らすことに成功している。

 中学時代までの実戦経験、そして個性によらない部分での才能。そういった部分で難局を乗り切ってきた二人は、今回もその手法にて勝己の魔の手から逃げ回ろうとしていた。しかしその力を、

 「そうじゃ、」

 我らが副担任は否定する。

 「ねーだろ!!」

 舞い上がった砂塵ごと拭き散らす、最強格の爆撃。その影響を受け吹き飛ばされたのは、寅子もそうで、受け身も取れずに叩きつけられてしまった。

 技ではなく通常の個性発動でこれだけの威力なのだ、試験ように手加減されていることはわかるが、ここまでの力は反則が過ぎる。

 「個性を伸ばすために雄英入ってんだろーが!!!中学時代までの延長だけじゃ、いずれ立ちいかなくなるってんだよ!!」

 相手が相手なだけで、亜衣磁や寅子も決して弱い訳では無いのだ。しかしその器用さや経験から、指示が出された程度の動物相手では、軽く突破できてしまうことが予想されていた。それなら学んだことを生かす試験の意味がない。それ故、勝己が担当するという異常な状況になってしまったのであった。

 「ちぃ!!!」

 倒れた寅子をフォローするために、前へと出る亜衣磁。その両手に握られた黒き黒刀は、使い慣れた故に砂鉄で即生成される。それを、

 「そういうところだって言ってんだろーが!!!」

 真っ向から爆撃で破壊されてしまう。

 踏鞴を踏みつつも、なんとか姿勢だけは維持する髭面の偉丈夫。続いて飛んでくるソバットにそこからの回し蹴り。それは重く鋭いものであるのだが、なんとか受けて堪える。しかし見上げてみれば、火花を纏い襲い来る爆撃の拳底。今もらえば確実に終わるであろうそれを前に、なんとか堪えようと歯を食いしばる。

 「危ないったい!!」

 「ッ!!すまん!!!」

 あわや直撃せんとした瞬間、復帰した寅子が横から飛び込むことで、何とか爆炎の魔の手を躱すことができた二人。不格好に着地した後、素早く姿勢を整えて距離を置く。全身火だるまになることで、なんとかちょっとずつではあるがゴールへと近づいてきてはいる。しかしそれも、

 「甘え!!」

 「っ、ぐはぁ!!」

 「うごっふ!!!」

 回り込まれれば結局距離を戻される。

 「何が足りないったい?」

 「・・・?比較するなら、あらゆるものだろう・・・。」

 当然といえば当然のこと。かの№2へと届きうるものなど、たかだか高校一年生には全くないであろうことは容易に考えられる。倒れふした自分達の所へ、悠然と歩いてくる破壊の暴君。その気配を感じながら、寅子は答えを返す。

 「そもそもこれはテストったい。最初っから先生を倒せるだなんて想定していないはずばい。」

 「・・・その心は?」

 「つまりテストとしての基準さえクリアできれば、ゴールへの道は譲ってくれるんじゃないかってことばい。」

 それは酷く生徒側としては曖昧で甘え考え方であった。しかし現実、今の教師陣が生徒側であった時、格担任が判断を下せばわざと道を譲り、試験を合格したものが過去いたのも事実であった。寅子や亜衣磁はそのことは知らなくても、ハンデがあるとはいえ現役ヒーローに挑まされている現状に、違和感を得ていたのは確かであった。

 「なら今この瞬間、」

 「課題を見つけてクリアするしかないということか!!」

 再び襲い来る、爆撃に圧倒的な暴力。それを躱して時に躱せず火傷の後を増やしながら、銀髪の近接担当と髭面の偉丈夫は、己の課題へと向き合っていくのであった。

 

 

 襲い来る蛾の大群、視野ごと潰しにくるそれを相手に、なんとか毒液をまき散らし対処していく。変な煙を巻き上げながら落下していくそれを尻目に、一子は彼我の距離を確認しそのまま接近戦へと移行する。

 「岸君!!!」

 「任されたでござる!!!www」

 アホ毛が目立つ八重歯の赤髪------久野一子がその小柄な身体を制御し、苦無を手に飛びかかるのに対し、彼女の影と同化していた影智がその身体を顕現し、回り込むように口田甲司へと突っ込む。己の影で作ったであろう、円錐形の剣と鎧を身につけて。

 「あ、あま、甘いよ!」

 言い方は酷く慌てているのに、その悠然とした構えに隙はなく、個性も使わずに------一子は苦無を持つその手首を捕まれて、そのまま影智へと投げ飛ばされた。個性によらずとも、体術だけでもトップクラス。その岩石のような大柄な身体に嘘はない。

 「勝てなさ過ぎて大草原www」

 「わかってるわよ!」

 見れば再びその個性が発動したであろう、カナブンの大群だろうかが二人へ向けて飛び込んでくる。

 「あぁもう、鬱陶しいたらありゃしない!!」

 特別一子は虫を見てキャーキャー騒ぐタイプではないにしても(だからと言って別に好きでもない)、一度に大量に襲って来られて気分の良いものではない。個性によって発動した毒の散布で、なんとか虫どもを地に落としていく。見れば影智は虫が怖いとのことで、一子の影の中に隠れてしまっている。一回死んでほしいと思う。割とマジで。

 「どうしたもんかなぁ・・・。」

 中距離からの毒の散布は虫に防がれる。だからといって、近距離ではそもそも歯が立たない。岩石のような体躯から、あまり足が早いとは思えないが、虫を使えばこちらの動きを制限することは可能だろう。自分と影智の二人。奇襲が得意な自分達による正面戦闘。明らかに長所を殺しにきた現状に、焦りを浮かべて毒が零れる。

 「あぁーもう鬱陶しい!役に立たたい黒人もだし、無駄にハードルが高い試験にもうんざりだわ!!」

 「な、なかなかに口が悪いね・・・。」

 その口から洩れた毒に対し、思わず反応したのは『万物への通訳者』。言葉を操る彼からしたら、毒忍者の発言は見過ごせないものだったらしい。

 「・・・どいつもこいつもうっさいわね!」

 「う、うるさくなんかないよ!」

 身振り手振りを加えながら。しかしそれこそ大切なことは、必ずその言葉で伝えてきた男が、不器用ながら言葉を繰る。

 「み、みんな心を伝えるために話すんだ。勇気を出してもらうために、頑張って欲しいために、そして励ましたりするために。」

 三白眼の、あの当時まだまだ雛鳥だった彼女の姿が、甲司の脳裏をよぎる。そういえばあの日も、期末試験だったなぁと思い出しながら。

 「闇雲に、自分の八つ当たりをするためのものじゃない。言葉を、そんな風に使わないで欲しいんだ。」

 『万物への通訳者』が繰るそんな言葉に、一瞬だけ気まずげにする赤髪のくノ一。しかし我の強さは彼女も一級品、その悪い意味での雄英らしさをフルで発揮しながら、一子はその眼光に力を込める。

 「その辺の反省は、試験が終わってから考えるんだから!」

 「!『虫たちよ!!』」

 再び苦無片手に飛び込んでくる彼女を前に、甲司は蠅達を集めて迎撃の準備を整えるのであった。




という訳でストックが切れました!!次回の更新はそのうちです!!そのうちったらそのうちったらそのうちだい!!!うはははははは!!

ごめんなさい、今後ともよろしくお願いいたします!!


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口田君「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」 その6

「土屋君!八時、四時の方向にそれぞれ隆起!」

 「指図しないでください!」

 森林ステージ、襲い来るゴリラの群れ。森林を統べる剛腕達から逃げ回るのは、土屋大地と小野田小町の二人であった。焦げ茶色の髪色にそばかす、他は特に目立った特徴がないと称される男の子である土屋と、艶やかな黒髪の大和撫子である小町。その特徴は、どちらも攻撃力がある訳ではない指揮官型。

 「大方、自分達だけで乗り越えられるかをチェックされているんでしょうけど!!」

 ゴリラが襲い掛かってくる方向に向けて、かの野獣の動きを阻害する形で小町が土屋へと指示を出していく。同じ指揮官型とは言っても、こうした突発的な状況では土屋が捌ききれないからだ。

 「ゴールへ向かったってどうするんですか?!」

 そう、先程から二人はゴリラの襲撃を躱しながら、ゴールを探して走り回っている。時に躓き、時に助け合いながら。もちろん基本的に、小町が大人な対応をしているから成立しているのであるが。

 「ゴール直前でトラップを仕掛けるの!!」

 「トラップと言ったってどうするんですか!?」

 しかしそれでも限界がある。いくらクラスの中でも大人びていて、知略に優れた点を評価されている彼女だとしても、あくまで一介の高校生である。非協力的な同級生がいつまでも隣で喚いていれば、いずれ我慢の限界は訪れる。

 「そもそも動物を試験に使うなんてその辺動物愛護の団体からは苦情が来なかったんですか?非常識すぎてまともにやる必要なんてないでしょうにこんなのてかてか毎年の試験内容と中身変わってるじゃないですかそんなんだったら意味ないでしょ一体これで何を見れるって言うんですかふれあいヒーローだかなんだか知らないですけど一体なんなんでしょうねそもそもビルボードは何位なのかも知らないのに」

 「うるっっさい!!!!!!!!!!」

 突然の怒鳴り声。ブツブツと無駄に、本当に無駄にダラダラと愚痴をこぼしていた土屋も、その言葉が途切れてしまう。猫被りを辞めて虎が顔を出した大和撫子が、その美しい黒髪を揺らして、憤怒の形相で彼を睨む。

 「いつまで経っても本当に成長しないのね!!子供みたいに不貞腐れて!!本当に馬鹿みたい!!」

 「…馬鹿みたいってなんですか!?僕だって!!」

 「僕だって何?役に立ってるって?周囲の警戒も、ゴリラが連携を取って動いてきていることもちゃんと意識できてた?向こうは指揮官を立てて立ち回ってきてる!だからあれこれ考えてバタバタしてるのよ?人から言われて偉そうにグダグダと…一体何様なのよ鬱陶しい!!」

 溢れ出るであろう言い訳を、話させることなく叩き切ったクラス一の淑女様。それは普段おしとやかと品性の代名詞として生きている彼女のイメージからしたら、全く想像できない言葉の使い方であった。

 「っつ、鬱陶しいって!僕がいないと何にもできないじゃないですか!一人じゃどうにもできない個性の癖に!!」

 個性をつるし上げて相手を糾弾する、最低の内容。しかし一度本気で怒った小町は、この程度のことではへこたれない。それこそあのタルタロスで、『姿無き囚人』に詰められた時に比べたら。

 「試験は二人で行っている以上、コンビネーションだって評価ポイントのはずよ?!使える個性がある癖に真剣にやろうとしなければ、それこそ落第まで一直線よ!!」

 「!いやでも、それこそ相方との相性あるし…。」

 「あえて指揮官型である私とあなたが並べられた理由がわからないの!?他のみんなだって、組み合わせが難しい二人にされているに決まっているわ!それを突破できるかがこのテストの肝だもの!!」

 そこまではっきり反論を塞がれて、遂に言い返すことすらできなくなった地味目の男子高校生。未だ受精卵ですらない彼は、飛び方を覚えた雛に到底歯が立たない。

 「今までのことを考えたら、試験をクリアしたって合格するとは限らないわ!それこそ試験中の様子だって採点されてる!」

 「そこまで、まさか…。」

 しかし言われてみれば思い当たるであろう現状に、土屋はそのそばかすがある顔を青くした。

 「言われなきゃ気づけない程度なんだから、今回は私のオペレーションに従って!八時の方角に隆起!!」

 「くっ、わかりましたよ!今回だけですから!」

 そこまで言われても素直に従えない未だ問題児に、もはや苦笑を浮かべつつも、小町は今言うことを聞いてくれるならと現状を割り切って考える。見ればもう、ゴール地点が目の前まで来ていた。

 「私が指示するタイミングに合わせて、地面を隆起・沈降させて!!」

 「わかりましたよ!!」

 土屋大地、個性『地面と仲良し』。地面を少ない範囲で操るその力を使って、ゴリラの襲撃をどう防ぐのか。見ればまるで「自分不器用ですから!」と、とても器用そうな個体を中心に、大量のゴリラが飛び出してくる。自分達がいるのはゴールラインすれすれ。そこで――――

 「沈降!!」

 「!?」

 自らの足元を沈めるように指示した小町。突然人間がいなくなり、飛び出したゴリラは止まることができず、ゴールの中にほぼ全員が飛び込んでしまっていた。全てのゴリラが入ったタイミングで、

 「沈降!最大範囲!!」

 彼らの足元を、一気に沈め降ろしたのだった。そして自分たちの足元は隆起させ、彼等の様子が見える位置まで、足元の高さを元に戻してみると…。

 「これ、いいの?」

 ゴール地点の内側、その沈降した地面の中で、大量のゴリラが脱出できずひしめき合っていたのだった。

 「ゴール地点に動物が拘束されているのは間違いじゃないわよ。順番を逆にしちゃいけないなんて、試験用紙に書いてなかったし。」

 大地の質問に、シレっと答えを返す策謀の大和撫子。汗に濡れた髪を掻き揚げるその仕草は、雄を誘惑するには充分な程の色気を醸し出していて。

 「試験は合格よ。文句なんて、言わせないんだから。」

 理知的な色を宿すその瞳―――未来を睥睨するその不遜なる様子は、どこか副担任の笑顔と重なって見えたのであった。

 

  

 竹刀が無ければ個性が使えない。これまで特別それを不便に思ったことはなかった。

 「おのれ!!」

 市街地ステージで襲い来る猿達の急襲。恐らく武器を奪うことを念頭に置いているのだろう、その手元ばかりを狙う連携は、受験者である二人を追い詰めていた。

 「あ、待って!!」

 決して油断はしていなかったであろうに、セメントガンを使い牽制していた野開未来は、その数と連携に押されてサポートアイテムを奪われてしまった。その姿を見て、より縮こまってしまう大空大和。美麗なる騎士の剣舞の冴えは、その現状を前に形を潜めてしまっていた。

 「どうすればいい?何か手は無いのか!?」

 授業で学んだ経験、これまで培ってきた血肉…それらが脳の中を、まるで走馬灯の如く浮かんでは消えて浮かんでは消えて。

 「大和君!!危ない!!」

 そんな折、周囲の警戒を怠った大和を庇う青髪の少女。騎士の手元を狙った猿の引っ搔きは、未来が身を呈してその顔に受けることになる。

 「きゃあ!!」

 そのまま猿に圧し掛かられ、追撃を浴びる彼女。甲高い悲鳴は、なんとか抵抗しようとする彼女の悪足搔きのようにも見えて。―――自分は一体、何をやっている?

 「『伸びろ』!!」

 個性『竹刀使い』。その手に握る竹刀の大きさ、重さ長さを自在に操るその個性。その面目躍如と言うべきか、間合いの外にいる彼女を助けるために、不殺の刀身が姿を変える。

 「!ありがとう!大和君!!」

 伸縮自在の竹刀に打ち払われた猿達は未来から離れていった。自由になった彼女は大和の所でまで駆けてくるものの、その身には痛々しい傷跡が随所に残る。なんで、どうしてこうなったのか。

 「僕が不甲斐ないからだ!」

 「大和君!?」

 突然の咆哮に驚く狸顔の少女。青髪から覗くその狸耳が、驚きからピーンっと伸び切ってしまっている。ついでに本人曰くアライグマらしい。間違えるとめちゃくちゃ怒る。

 「野開さん、この竹刀を預かっていて欲しい!」

 「えっ!?でも竹刀がなかったら個性が!?」

 放り投げられた不殺の愛刀を前に、受け取りつつも不安の声をあげる三つ編みのアライグマ女子。まるで勝負を投げたかのような大和の様子に、戸惑いを隠せないようだ。

 「僕は今から彼等相手に己を鍛え直す!!そこで見ていてくれ!!」

 「え!?いやちょっと、何を言ってるんだい!?試験中だよ!」

 最後には君も実は馬鹿だなと暴言まで飛び出した未来だが、そんなものはどこ吹く風。適当に拾った鉄パイプを猿たちに向けて、無駄に美しい所作はそのままに、大和はその剣代わりを猿たちへと向けた。

 「山の民たちよ!一手ご教授願おうか!!」

 鉄パイプを手に己の剣術だけで飛び込む大和に、心が折れたのか放心状態で膝をつく未来。ついでにこの後、とんでもない剣術の基礎能力を発揮した大和が猿たちを漏れなく撃退。気絶した一匹をポーターらしく未来が回収し、無事にゴールまでたどり着くことができてしまったのであった。モニター越しに見ていた切奈が、そういうことを試験したいんじゃないんだけどなぁと溢していたことは、ここに追記しておくこととする。

 

 

 「考えてみるったい!!」

 「何をだ!?」

 なんとか致命傷を避けつつ、ゴール近くまで移動してきた寅子と亜衣磁。その姿はあくまで致命傷を避けているだけで、五体満足なのが不思議な程の有様だった。

 「先生は何であんな爆発一つで何でもできると!?」

 爆撃による攻撃は勿論、推進力として自身の移動にも使用するその力。手を変え品を変え、敵を攻撃する手段だけでなく、爆豪勝己を支えてきたその個性。

 「分岐点世代でもない、言ってしまえばただ爆発するだけたい!」

 それこそ個性の幅では、爆心地より優秀な人間も多くいるであろう。しかし彼はその個性一つで、

未だに『№2』の地位を欲しいままにしている。技術や体術―――他に培われたものも多くあるのは間違いないが、個性で差が産まれないことはなかったはずだ。

 「それこそ複合個性の代名詞、デクが幼馴染なら猶更か!!」

 多くの個性を操り『次代の象徴』と呼ばれたデク。彼と爆心地の関係ほど有名なものはなかったから。多くの個性を操る彼を見て、当時の副担任は何を思ったかそれは…。

 「授業で教えてもらったたいね!!」

 『爆破一つありゃあなんでもできる!!』

 個性をどう使うかはあくまでイメージだと。それがしっかり出来ていれば、その差はひっくり返せるんだと。なんにだってなれるということを目のまで、それこそずっと示してくれていたはずなのに。氷の鎧しか作れないと思い込んでいた自分と、『磁界』という名前なのに砂鉄しか操れなかった亜衣磁。今その二人が足を止めて、道を示し続けてくれた副担任へと向き合う。

 「んだこら?観念したかガキども!!」

 全身から熱波でも浮いているのかと思うほどの圧力。それを前に一つ二つと深呼吸をし、髭面の偉丈夫と銀髪の近接担当は己の内側へと呼びかける。イメージするのは、あらゆるものを引き寄せる磁力。そして、氷の槍を掲げて戦う己の姿。

 「行くったい!!」

 イメージに合わせて吹き上げる己の冷気。それはいつもの鎧とは違う姿を形作る。先程頭の中で作った、一本の三叉槍。

 「何!?」

 突然の個性変質。それを前に驚きながらも、経験から油断なく身体を動かそうする『№2』。そのタイミングを挫くために、もう一人が殻を破る。

 「『磁界』!広がれ!!」

 反応したのは砂鉄ではなく、爆心地が身につけている衣服の金属。それが突然前方へと動き始め、突然のことに姿勢を崩される。

 「今ったい!」

 そのタイミングを狙い、打ち込まれる三叉槍の一撃。鋭く獲物を貫くために作られたその刃は、迷うことなく勝己の頭部へと吸い込まれる。

 「甘えええ!!」

 しかしそれを首を傾げることでなんとな躱す。そのままひっつかんで爆撃にて槍を粉砕。二の手三の手を加ええようとした時、

 「な!?」

 眼前に迫る、新たな氷の刀身。

 「氷の武器の無限精製か!?」

 「『白虎』一つでなんでもできる!負けないったい、かっちゃん先生!!」

 眼前に迫る氷でできた斬撃。一つ砕けばまた違う刃が現れる。槍か刀か剣か大剣か。躱して砕こうとするも、衣服の金属部にかかる磁力のデバフが邪魔をする。それを持ち前のバトルセンスで堪えて躱して、受けては堪えて。そして眼前に迫る―――

 「氷の巨大ハンマー!!受けてみろったい!!!」

 「へっぶ!!!!!…クソが…。」

 質量の固まり。しかしこれでは決まらないと思ったのは、寅子だけではなく、不慣れな磁力操作をしている亜衣磁もそうだった。だからそれが『№2』へと直撃した時違和感しかなかった。しかし、

 「行くぞ!!」

 「・・・でも!」

 「隙を見せてくれている間に、ゴールに飛び込む!今しかない!」

 金髪の偉丈夫の言葉に、寅子は進むことを決断。砂鉄以外の金属を磁力操作したこと、虎の鎧以外を精製できたこと。どうやら己の個性に向き合い、進化させたことを合格として判断してくれたらしい。

 心の中で一瞬だけ頭を下げて、博多弁天しろつめ寅子は、自身の期末試験を終了することになったのであった。

 

 

 毒液に影からの奇襲。ひたすらそれを繰り返し、試験官へとダメージを与えようとする久野一子と岸影智。しかし虫が怖いからと潜ってしまった影智はほとんど役に立たず、一子は全ての場面で甲司と真っ向勝負を強いられていた。岩肌のような剛腕が自分の頭を掠める。幸いなのは、日頃相対峙する相手が『№2』だからだろう。彼に比べれば、目の前に居る『万物への通訳者』は数段劣る。

 「それでも楽じゃないのは変わらないけどね!!」

 赤いアホ毛を揺らして毒を散布。足元を狙ってきたムカデを潰し、顔を狙ってくる蠅達を地に落とす。銀髪のレディースほど回避能力に優れていない毒忍者は、その個性とのコンビネーションで甲司の攻撃をやり過ごし続けている。しかし、それでも、

 「も、もうすぐ試験も終わっちゃうよ?」

 「わかってるわよ!!」

 そう、他の生徒達が合格し始めている中で、遂に試験そのものの制限時間が近づき始めていたのだ。苦無を握る一子の手に汗が滲む。小技は使い尽くしたし、パターンを変えた連携も大方出し尽くした。やれること事態はもうほとんどない。

 「岸君!!」

 「wwwww人はその歩みに特別な名前をつけるのだwwwww勇気とwwww」

 お前が勇気なさ過ぎて苦労してるんだけどね、と口から毒を吐きたくなるが、そこは我慢。後でぶっ殺。一子はちょっとだけ心を大人にして、虫に怯えて影から出てこないなんちゃって騎士に、最後のプランを進言する。

 「全身全力で毒をぶっ放すから、合わせて!!」

 「wwwwわかったでござるwwww」

 煙を噴き出すパリピ骸骨も大概な話し方だが、この黒人ハーフも大概イラっとさせてくる。何で私、こんなイライラせにゃならんのだ。そう思いつつ、恐らくこちらの手も読まれてはいるだろうけど、一応やるだけはやろうとは思う。大した志なんかないけれど、自分だって雄英生の端くれだから。

 「毒液全開:プルスウルトラ!!!」

 その肌の色がまず禍々しい赤へと姿を変える。着ているジャージが邪魔だと上着を脱ぎ去る。タンクトップになった上半身、そこから見える全ての肌から、黒いヘドロのような液体が噴出する。読まれているなら、予想を上回ればいい。らしくない力押しだけど、手段を選ぶのはもう少し大人になってからでもいいだろうから。

 「いっけえええええええええ!!!」

 喰らえば肌から体内へと侵入する毒液。神経毒の一種であるそれは、喰らえば確実に相手の動きを止めることができる優れもの。使えば暫く毒切れを起こして個性が使えなくなるが、どうせ時間制限があるのなら、最後にやるだけやってみるだけだ。

 「『蛾達よ!!』」

 鱗粉をまき散らす大量の虫達。視界どころか空すら埋め尽くす量の蛾が、いったいどこへ潜んでいたのか舞い降りてくる。まるでこの世の終わりか、大地震の前兆のような光景。それを刹那にて作り出す破格の力。全力で個性をぶっ放すとはどういうことなのか、まるでそれを見せつけるかのように。どうやらどれだけ限界を超えても、先達のそれは未だにはるか遠いようだった。

 「岸君!!!」

 「wwww任せるでござる!!!wwww」

 蛾の大群に全力の毒を防がれた上に、彼らに集られ身動きすらできなくなった一子。大技の後の隙を突くために、影の騎士を試験官へと突貫させる。せめて、一太刀だけでも―――

 「『蟻地獄達よ!!』」

 その読まれ切った動きは、ものの見事に崩される。まるで地面に突如大渦巻が生まれたが如く。突然大地が渦巻始め、影智は踏み出した一歩から巻き込まれ飲まれていく。

 「くぁwせdrftgyふじこlp !!!!!」

 その声にならない叫びとともに渦巻が止まった時には、地面に片足だけ生えているというミステリー小説もびっくりな状況になったこと。そしてその隣には、黒い水溜りの中心で蛾に集られて気絶する女子高生がいるという、些かカオスな試験結果となったのであった。

 

 

 ちなみに川辺でカバと追いかけっこをしていた『植物』と『煙』は、結局追いかけっこだけで終わってしまったこと。

 「死ぬまでカバなんて見たくないばい…。」

 「ぴえんでキュンです…。」

 

 洞窟にいた『悪魔』と『ガンナー』は、結局洞窟ごと崩落させて自分達も生き埋めになってしまったこと。 

 「いっそ生き埋めにすればと思ったんやけどなぁ…。」

 「…委員長なのにクリアできなかった…委員長なのに…。」

 

 山岳地帯で山羊達に振り回されていた二人は、『魔眼』を山羊に投げつけるという暴挙に出たが、失敗して岩壁に頭から直撃。そのまま介抱している間にタイムアップになってしまったこと。

 「聖ちゃん目を開けてえぇぇぇ!!!」

 「うーん、お星様が回っているのです…。」

 

 以上を持って、1-Aの本年度期末試験全日程を終了することになったのであった。




という訳でようやく試験が終わりました。口田君の話なのに、あんまり活躍してないのは俺の力量不足です。ごめんなさい。次回で口田編…終われるといいなぁ…(遠い目)。


小野田小町に沈降(ちんこう)と言わせたかった。ただそれだけのお話。


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口田君「ば、爆豪君が雄英で・・・って僕が期末テストの試験官!?」 その7

 ベストは尽くしたと思う。それこそ、一手も二手も足りなかったけれど。

 蛾まみれにされた一子と、片足だけ地面から生やした影智は無事に回収された。余りの姿に、様子を見に来てくれたクラスメイトからはドン引きされてしまったが。とりあえず、自分と影智は補修確実だろうな…。そう一子が考えながら、保健室のベッドで寝転がっている最中のことだった。

 「こ、ここここんばんは!起きてるかな?」

 声の主は、先ほど自分をここへと放り込んだ渦中の人物。岩のような身体からその声帯で、数多の動物や虫達を操る『万物への通訳者』――――口田甲司その人であった。

 「正直普通に無視したいんだけど…。」

 それこそ自分のことを蛾まみれにしたような相手だ。現役女子高生としては改まって話をしたい訳がない。試験の結果とは別に、個人的に考えなきゃいけないこともある。不意の来訪者相手に、時間を取られる訳にはいかなかった。

 「はぁーい、何ですかぁー。」

 しかし相手は泣く子も黙らす副担任の知人である。先程の試験内容からも、決して自分の評価は良くない相手。余計なことを言われては敵わないと考えて、赤毛の毒忍者はベッドに備えられたカーテンを開けた。

 「あの、そのえっと、こ、こんちは。」

 「…こんちには。」

 身振り手振りを交えて、ワタワタと挨拶をしてくる実技試験の試験官。そのどこか怯えたように話す喋り方は、その体躯とは相反し、頼りない印象を周囲へと与えてしまう。それこそヒーローなんて、よっぽど我が強くなければできなさそうな仕事をしているのなら尚のこと。

 「どうされたんですか?」

 「…。」

 「身体も本調子ではないですし、何もなければ後日改めてお願いしたいのですが…。」

 それこそ変に気が強いところがある一子だ。プロとは言え、どこか頼りなさげな印象を与える甲司に対し、あまりいい印象を持てってはいない。それこそ、

 「引っかかっていることはしっかり言ってくるしね。」

 口数が少ない癖に、肝心なことだけはきちんと指摘する。それでいい印象を持てというのも確かに難しい話だ。これでも学生時代に比べればかなり喋るようになったのだが、一子からすれば知ったことではないだろう。

 相変わらず手振り身振りだけは繰り返す、岩のような身体のプロヒーロー。どうやら腹を括ったのか彼は一度だけ深呼吸をし、射貫くような目で真っ直ぐ受精卵の彼女を見やる。

 「ここ、言葉は本当に、大切なものだから。大切に使って欲しい。」

 「はぁ…。今後気を付けます。」

 「傷つけるだけじゃなくて、分かり合うために使うものなんだ、だから。そうすれば、ヴィ、ちゃんとそうできればヴィランとも戦うこともなくなると思うから。」

 言葉を遣い戦ってきた、不器用な男のそれ。しかし受け手の彼女からしたら、全校集会で校長が喋っているような、聞いても一銭の得にならない話の類でしかないのだろう。どこか浮ついた返事で、さっさと終わらないかなと言うのがその本音。だから次に『万物への通訳者』が述べた内容は、その無関心を破壊するには充分な一言で。

 「ぼ、ぼぼぼぼくは、」

 言い出す側も、決して言いたいことではない一言。

 「神野戦線でヴィランを殺したんだ。」

 「はぁ?」

 見るからに気が弱そうな男性。ヒーローにあるまじきその気性。しかし出てきた言葉、それとは程遠い何かだった。

 「いや、でも、ヒーローには一応、ヴィラン殺害の判断は任されていて…。」

 過去から現在まで遡って、ヒーローがヴィランに対する勝利条件としては、あくまで「捕縛」の一言につきるようになっている。そう、あくまで捕縛である。悪者退治とは言え、気安く命を奪っていればどっちがヴィランかわからなくなる。しかしそれでも、殺さなければならない時は必ずあった。

 「民間人が人質に取られた場合。または命を奪うことでしか、その被害を抑えられない場合…。」

 その条件に該当すれば、ヴィランの殺害が罪に取られることはない。それはヒーローだけに許された、合法的な殺人となる。

 「か、神野戦線で、僕は、ヴィランを殺したんだ。例えルールとしては許されていても、僕は確かに人の命を奪ったんだ。」

 誰が誰を殺したか。それすら曖昧になるほど惨いものだった。生き残ったヒーローもPTSDに苦しみ、リドリーヒーロー・ピンキーのように現場に戻れなくなった者も多くいる。そんなこの世に顕現した地獄のような世界で、

 「そんなの、仕方なかったんじゃ」

 「仕方なくなんかないよ!!!」

 それは彼の印象とは程遠い、想像も出来ないほどの大きな声。そんな声量が出ることにまず一子は驚いて。その言葉の内容にまた何も言えなくなって。

 「ぼぼ僕はどんな動物とも話ができて、和解だってできてきた。それこそ、虫だって苦手だったけど…克服できて、ここまでこれた。だからそんな僕だから!言葉で何か伝えることができるのを、誰よりも知ってたから!」

 殺してでもなんて、ダメだったんだ。そう言葉を切った『万物への通訳者』。それはふれあいヒーローが背負ってしまった、誰よりも何よりも重い十字架だった。その生き様を前に、一子は言葉を失ったまま。

 「ば、『万物への通訳者』だなんて…そう呼んでくれる人もいるけれど、僕はヴィラン相手には何の通訳もできなかったんだよ。結局無力だったんだ、何人助けても…無力だったんだ…。」

 だから言葉を糧に、誰かに何かを届け続けてきた男は、今日未だ受精卵の少女にも、せめてあの日の分まで届いてくれと思いを投げる。

 「言葉は時にナイフよりも誰かを傷つける武器になる。けれど、誰かと心を繋ぎ止めるロープにもなるんだ。そのことをお願い、忘れないで欲しい。」

 

 

 「だからお前とは闘いたくねーんだよ。」

 一子と別れ、保健室から出た甲司に声をかけたのは、荒れ狂う副担任こと爆豪勝己であった。

 「俺はあのガキを諦めた。意味もなくグダグダ愚痴だけ垂れ流してる奴なんざ、成功した試しがねーからだ。それをてめえは、」

 きちんと成しつけて話つけやがった―――実際保健室の中には切奈の耳があり、この廊下にも先程まで彼女の口が浮いていたのだ。会話の内容まで、勝己は全て知っているのである。その上で彼は、己が為せなかったことをやり遂げた男に敬意を示す。

 「負けた。俺の負けだ。」

 彼の幼馴染が見れば、目ん玉が飛び出してそのまま気絶しかねないほどの台詞。プライドの塊。勝利への探求者。その男が真っ向から負けを認めていたのだ、それこそ驚天動地というのはこのことであろう。

 「…。」

 しかし甲司はクラスの誰でも成し遂げてはいないであろう、ある種偉業を成し遂げたことに対し、まるで興味無さげに立ち去ろうとする。金髪赫眼、半ば無視された形になった彼は通り過ぎようとした甲司に向かって、絶対に無視できないであろう言葉を投げつける。

 「報酬だ。響香の飯を食わしてやる。」

 「…僕はまだ、耳郎さんのこと諦めてないから。」

 歩みを止めて、真っ向から睨みつけて。本当に大切なことは必ず言葉で伝えてきた男が、己の恋敵へと思いを綴る。

 「上鳴君と別れて…爆豪君と付き合い出して、やっぱりそれでも好きで諦められてなくて、やっぱり頑張ってみたいんだ。」

 「はっ、好きにしろよ。挑むのは自由だ。今日は負けたが、そこは勝ち続けてやんよ。」

 夜の廊下で真っ向から睨み合い続ける、二人の男。本人だけはきっと知る由もないこの会話の未来がどうなるかは、きっとまだ誰にもわからなくて。

 そのまま歩き出す『万物への通訳者』。振り返る『№2』が、その背にもう一度声をかける。

 「この国の殺人の刑期は、神野から数えてとうに過ぎてる。気にすんのはてめぇの勝手だが、俺と張り合うつもりなら、きちんと本業から目逸らすんじゃねーぞ。」

 心配してんだからちゃんとしろと、たったそれだけのことをどうしてこうも捻くれた物言いになってしまうのか―――そんな裏の思いまでくみ取ったふれあいヒーローは、先程とは違い、今度は足を止めずにそのまま進んでいくのであった。後日朝のロードショーで取り上げられた、アニマの本格的なヒーロー活動への復帰。そのことをもっとも喜んだのは、もしかしら勝己だったのかもしれない。

 

 

 赤毛の毒忍者が、その八重歯がある口をへの字に曲げて、クラスへと入ってきた。躊躇うことなく一直線。向かう先は、アッシュベースの髪色をしたクラス唯一の男の娘。

 「…何?久野さん。」

 先日の件から、クラスの緊張感が高まるのがわかる。彼等の一子を見る視線が鋭さを増すのは、致し方ないことだと彼女本人も割り切っている。むしろ己への罰だと考えて、あえて晒されている節すらあった。

 「私もこんな性格だから一度しか言わない。」

 そう置いた前置きには、悪い意味での我の強さが確かにあった。けれどその後下げた頭には、彼女なりの誠意がちゃんと込められていたから。

 「傷つけるようなこと言って、ごめんなさい。」

 性別を超越した彼が笑顔でその言葉を受け取った時、クラス全体が笑顔に包まれた。どこかほっとしたような表情にも見えるそれ。梅雨明けの空の下、夏休み前の最後のひと時に咲き乱れる笑顔は、そこらの向日葵よりもよっぽど輝いて見えたのであった。

 

 

 「そもそも透明女だけじゃできねーんだよ。」

 誰もいなくなった職員室で独り言ちる、金髪赫眼の『№2』。獲物の足跡を捉えた狩人の相貌は、日頃生徒には見せられない凶悪さを携えていて。

 「個性を生かして中を調べて…その後どう外へと発信していた?」

 取り調べでは当時の混乱からそこまで詳しい状況は突き詰められることはなかった。しかしこうして振り返ってみれば怪しいとは思う。電子機器や手紙による外部への発信は足が残りやすい。事実林間学校での奇襲は、葉隠が開催場所に気づいてからでは間に合わなかったはずだ。

 「なら、外に発信する担当がいたはずだ。」

 こそこそ他学年やB組と話すのはかなり目立つ。先輩後輩とはほとんど関わりがなく、B組は対抗戦までどこか犬猿の仲だったのだ、より有り得ない。つまりそう、もっとも可能性が高いのはかつての級友。それを証明するために、あえて林間学校の場所をグループラインで流した。

 「罠だと思っても必ず動くだろ?もしお前ならな。」

 あぶり出してやるよ―――そう言葉を続いた金髪の暴君。その手に握る公式書類。リスクを背負う以上は、確実に信頼できる相手に協力を仰ぐ。それこそ、可愛い生徒達の糧にもなって欲しいと信じて。

 

 

 テレビに映る級友の姿。神野でヴィランの命を奪ってから、けじめをつけるまではと現場から離れていた彼が、ようやく本分へと戻るその光景。負けてられないと思った矢先に、自分が座る和室の戸が開かれいた。

 「焦凍さんこれ、雄英高校からですわ。」

 ここは栄華を誇る№1事務所。どこぞの『№2』とは違い、人気面でも一切陰りがないその威光は、先代達とはまた違った形で民草を守る光となっている。先代からその席を譲ってもらった時に、和室へとリフォームした社長室。先程の言葉と共に戸を開けたのは、艶やかな黒髪をサイドポニーにまとめた美しき『創造神』―――クリエティこと、轟百。そんな旧姓八百万に名前を呼ばれたのは、偉大なるヒーローからその名前と半身の個性を受け継いだ、半熱半冷―――『氷炎の支配者』エンデヴァーこと、轟焦凍。

 「林間学校へのお誘い?」

 封筒に入ったその手紙を見てみれば、今は教師をしているという『№2』からの業務連絡。なぜだろうか別に違和感の無い内容なのに、これが不幸の手紙にしか見えなくなってきた。間違いなく、差出人のせいだろう。

 困惑した彼の様子に、人生のサイドキックである百も、思わず苦笑いを浮かべてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   Next story is 轟「爆豪から林間学校のお誘いねぇ…。」

                 八百万「怪しさしかないですわねぇ」,coming soon.Please wait.

 




お久しぶりの皆様こんばんは。始めましての皆様ありがとう、愛してる。無事に口田編を終えました秋編です。まぁ作中でもあまり触れられないヴィランの殺害案件。エンデヴァーさんとかガンガン殺してそうだけど、実際にはどんなもんだろうなぁと思って書いてみました。あえて口田君にやらせた意味?俺の趣味かな←

そんな訳で次からは人気夫婦の轟百です。結婚してるんで切芦みたいにはなりません!大丈夫!きっとたぶんだといいな!!

そんな訳で今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございました!!!!!!!!


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氷炎の支配者と創造神
轟「爆豪から林間学校のお誘い…」八百万「怪しさしかないですわねぇ」 その1


テレビに映るかつてのクラスメイト。動物達をこよなく愛する彼は、第二神野戦線でヴィランの命を奪った。当時の落ち込みようは、とてもじゃないが見ていられず、芦戸三奈と合わせて難儀したものだった。

 

 「口田さん…。本当に良かったですわ…。」

 

 その復活宣言に、百は思わずその端正な顔を綻ばせた。学生の頃から変わらないその美貌は、結婚して今も尚、老若男女問わず多くのファンから支持されている。勿論理由の一つに、番になる男性も負けず劣らずの美青年というのがある―――つまるところ嫉妬する気にもなれないということだ。大衆はいつだって身勝手なものである。

 

 「どうしたもんかな、この手紙…。」

 

 右半身に氷河、左半身に灼熱を宿すこの社長室の主、轟焦凍が呟いた。彼自身も級友の姿に喜んだものの、とりあえずは目の前にある爆弾の処理を優先することにしたらしい。その様子を見て、百も家庭ではなく仕事として社長へと声をかける。先代から引き継いだ際、和装へとリフォームした社長室。緑茶が似合う正賓さの中で、少し張り詰めた空気が漂い始める。

 

 「何が裏がありますわよね…。」

 

 「むしろ裏しかねーだろうなぁ…。」

 

 先日金髪の暴君は林間学校の開催場所を、無料チャットアプリの元1-Aグループに誤爆していた。その段階で些か彼らしくないと思うのに、こうやって№1とその右腕に召集をかけてきた。慣れない教職に、かの天才マンも疲労が溜まったかと思っていたが…。

 

 「行ってやるしかないよな…。」

 

 「そうですわね、とっても豪勢な林間学校になりますわね!」

 

 いろいろ夫婦で可能性について考えたものの、結局裏を読むということが苦手な天然ヒーローと、育ちの良すぎるお嬢様ヒーローは、何かあれば力押しでどうにかできるだろうと考えて、『№2』からの召集へと応じることにしたのであった。

 

 

 

 八賀根鉱哉は雄英生である。そして、優等生でもあったりする。

 

 「本当に意外だけどな。」

 

 「うっさいわボケ、しばくぞ。」

 

 終業式も終わり、自宅にて座学の復習の励む鉱哉。そこに声をかけたのは、いい加減長い付き合いになってきたルームメイトの友人である。なかなかに失礼な物言いだが、彼の言うこともわからなくはない。何せ鉱哉と言えばタンクトップか、肩から先がないデニムのジャケットを常備し、筋骨隆々とした体躯は2m近いものになる。そして極めつけは―――

 

 「金髪のモヒカンヘッド。ヴィラン顔ランキングなら、例の副担任とタメ張れるんじゃない?」

 

 「お前喧嘩売ってんのか!?」

 

 それこそ泣く子も黙るであろう強面ぶりは、1-Aの中でも屈指のものに違いないであろう。本人としてはただの趣味なので、些か不本意だったりするのだが。

 

 「そんなお前が雄英に推薦入学しのも驚きだったけど…期末試験でも上位だったんだって?ルームメイトとしては鼻が高いよ。」

 

 「はっ、うっせえよ。学費免除のためだ、仕方なねーだろ。」

 

 そんなクラスきってのタンク役を務める彼の照れ隠し。それを聞いて、尚も優等生優等生と煽ってくるルームメイト。いい加減キレた鉱哉が、復習していた教科書を投げつけたのであった。そのまま二人で軽い取っ組み合いを始める青春真っ只中の二人。仲良き事は良き事かなを地でいく二人に、声がかかったのはその時だった。

 

 「鉱哉兄ちゃん…。」

 

 「お勉強教えて!!」

 

 見れば小学校低学年ぐらいの子供が二人、少しだけ開いたドアの隙間から顔を出していた。両方とも男の子、強面の鉱哉相手の所にわざわざ顔を出す以上、日頃からの仲の良さが伺える。年の割に落ち着いて見えるのは、きちんと躾られているからだろう。

 

 「ちゃんと挨拶できたな?だが人の部屋に入る時は、ちゃんとノックからにしろや!」

 

 「「はーい。」」

 

 学校の宿題を教わりにきたという二人。割と部屋には顔を出すようで、鉱哉からの言葉に反省しながらも、どこか嬉しそうに入室してくる。和気あいあいと勉強道具を広げる二人に、復習の手を止めて相手をする鉱哉。そんな様子を傍観者として眺めるルームメイトは、鋼の身体に変貌できる友人にこう声をかけた。

 

 「下の子達に人気なのは、怪獣か何かと勘違いされてんじゃないの?」

 

 「誰が特撮のメインだ!ざけんな!!」

 

 そんな二人の掛け合いに、ようやく年相応の笑い声を上げた小学生達。鉱哉が幼き頃から繰り返す、ありふれた日常の一つであった。

 

 

 

 雄光学院。

 主に健全な親子関係を円滑に送ることが難しい子供達を対象に、各市町村や国が保護する目的で子供達を預かり育成する児童養護施設の一つ。鉱哉は物心ついた時には、既に施設の一員として生活していたのであった。

 

 「まあ、住めば都とは言うけどな…。」

 

 他を知らない以上、なんだって都に感じるわなと自らの境遇を嘲る鉱哉。そんな彼は現在、朝の食事当番で朝食を子供達や同期へと配っていた。それこそ施設はというと、子供同士のいじめがあったり職員からまともな生活もさせてもらえなかったりと、そんなイメージが付きまとうもの。しかし現実そんなところはほとんどないと聞いているし、少なくともここ雄光学院ではそういった点は全く見受けられなかった。そう、少し老朽化―――つまりボロいぐらいで。

 

 「おら!喧嘩すんなよ!ちゃんと並べ!」

 

 ただ社会と関わった時に、施設の子だからと馬鹿にされないように、躾については一般の家庭よりも厳しく感じてしまうことはあるだろう。鉱哉はこれが普通だが、物心ついてから入院した子達は何かとそうであった。今もそう、まだ慣れていない子が横入りし揉めていたところであった。

 

 「兄ちゃん…。」

 

 「だってこいつが!!」

 

 家ではわがままを言う相手もおらず、暴力もしくは無関心の最中で育った子も多い。守るべきルールはきちんと守らせる。仕方ないわねなんて言ってくれる家族は、元よりいないから。

 

 「横入りなんざそもそもダメだ!!ただな、喧嘩にしちまったお前も悪い!!」

 

 本来なら職員が対応するべきことだが、本職の人間達は向こうの方で、食事の食べ方すら怪しい子供達を見ている。年下の面倒を見るのも、高校生組の役割の一つであった。

 そのまま喧嘩両成敗とばかりに、子供達のおかずを一品減らした鉱哉。席について落ち込んでる二人に、周りの子たちが少しずつだが食事を分けてあげている。そうやって回っているのだ、鉱哉の時も、そして今も。

 

 「食った奴から片付け行けよ!!混むんだからちゃっちゃとせえや!」

 

 鉱哉の言葉はキツいものの、そこに害意がないことはみんなわかっている。見た目は怖いが、彼はあくまで優しい怪獣なのだ。

 

 「「「「はーい!」」」」

 

 そんな優しい咆哮に応えるように返事をし、子供達はみな片付けを始めていく。中学生ぐらいの子は勿論のこと、小学校低学年や幼稚園に通うような子もそこは変わらない。放っておいてもやってくれる家族は地球上のどこにもいないし、それこそ施設の躾の一環でもあった。

 

 「…他が羨ましく思うのもわかるけどな…。」

 

 子供達にはそれぞれ外の生活も勿論ある。施設であることをさらけ出すか、はたまた隠しながらか。その中でそれぞれが見た友達の家庭は、さぞかし暖かく見えたであろう。わがままが言えてそれが叶う環境、それと比較して皆言うのだ、「施設は厳しい」と。

 

 「鉱哉君いつもごめんね、ありがとう!!」

 

 「あっ、いや別に俺は、大したことしてねぇから。」

 

 物思いに耽る金髪のモヒカンヘッドに声をかけたのは、職員の中でも笑顔が可愛いことで有名な女性だった。分け隔てなく浮かべるその笑顔に、救われる子供達や職員は多い。

 

 「本当は私たちが見なきゃいけないところも任せちゃってるからさ、いつもマジ感謝してる!!」

 

 「いや、本当に俺じゃどうしようもねぇ子らの相手してんだから、こんぐらい何でもねーよ…。」

 

 そして鉱哉が唯一その睨みをきかせない相手でもあった。そう、理由は思春期の男子高校生特有の、甘酸っぱいあれである。まぁこの施設の男の子は、大概誰でも一度はこの職員に心を奪われてしまうのだが。

 そのまま雑談をしながら玄関まで移動する二人。視界に映る下駄箱は、整理がされず靴が飛び出たままになっている。

 

 「相変わらず直さないんだから!」

 

 「仕方ねーガキどもだぜ…。」

 

 しかし二人とも、その脱ぎっぱなしで散らかりっぱなしの下駄箱を直そうとはしない。自分のことは自分で。こういったことで甘やかせば、いつまでも繰り返してしまうと知っているから。

 

 「まぁ鉱哉君も小三まで直らなかったけどね!」

 

 「む、昔の話は辞めろよ!」

 

 再び咲き誇る、しかし今度はどこか悪戯っぽい向日葵のような笑顔。それを見て赤面してしまう自分は、いろんな意味でこの人に敵わないんだろうと――――どこか悔しくもあり、でも嬉しくもある不思議な敗北感の中で、鉱哉は少しだけ、本当に少しだけ今日も笑顔を浮かべるのであった。

 

 

 

 雄英高校一年生の林間学校は、夏休み前半に行われる。某副担任にとって非常に身に覚えのあるトラブルが過去にあったため、A組・B組は同じ日程だが、それぞれ別の場所で開催されることになっている。このがっぽい――――学校っぽいイベントを管理する上で、ヒーローに対する生徒の割合を少なくするためだ。

 

 「開催場所自体は近いらしいから、意味あんのかよって思うけどよ。」

 

 大手のショッピングモールを練り歩く金髪モヒカンヘッド――――鉱哉はそう独り言ちた。かのイベントの準備のために、買い出しへと顔を出した彼。見れば同じクラスの同級生達も、先ほどからチラチラとその姿を見ることができる。

 

 「ったく落ち着きねーなあいつら。嵐島は相変わらず孤城に焼かれてたしよ。」

 

 風使いの癖に空気が読めない同級生――――『風しか読めない大馬鹿野郎』こと、嵐島飛天が例のごとく孤城姫子に燃やされていたのだ。いつもの光景と言えばいつもの光景である。ただここは公共の場。小野田小町と出水洸汰の姿も見受けられ、暴れ過ぎだよと姫子が怒られているのが見て取れた。

 

 「…同じクラスだと思われるのはごめんだぜ、施設のガキどもの方がしっかりしとるわ。」

 

 『博多弁天』なんて叫び声が聞こえてきたと思えば、同じクラスの女子が三人揃って見るのも恥ずかしいポーズを取ってキメ顔をしている。頼むから雄英高校だと名乗らないで欲しい。確かB組だろうか、どこか見たことがある男子生徒達が指を指して笑っていた。

 

 「一人で来て良かったわ。いろんな意味で。」

 

 鉱哉自身、一緒に買物にいく同級生がいないわけではない。髭面の偉丈夫である漆原亜衣磁や、骸骨パーリーピーポーな骨川煙煉とも仲が良い。今日も一緒に行こうかなんて話はあったが、鉱哉の方から断っていたのであった。土日連れ立って遊ぶこともあるが、買い物というイベントだけはなんとなく昔から避けていた。

 

 「そりゃあまぁ、一般的な家庭と比べたら少ないわな…。」

 

 林間学校の準備があるからと、施設へと陳情したおこずかい。別に誰と比較した訳ではないのだが、どうにもこうにも後ろめたさを感じてしまう部分があった。そんなことを気にする奴らではないことぐらい、鉱哉が一番わかっているのだけれど。

 

 「みみっちいこと考えてんな、柄にもなくよ。」

 

 夏休み、非常に親子連れも多いショッピングモール。決して自分のことを不幸と思った訳ではないのだけれど、どこか夏らしくない郷愁を感じてしまうのは、仕方がないことなのかもしれない。

 

 

 

 「大空君や大江ノ山君どこに行っちゃったのかな…。」

 

 ショッピングモールの中、一人探し人を求めるのは武藤遊次である。アッシュベースの髪色にカチューシャをする立ち姿は、大人でもなく子供でもない――――そんな移りゆく季節にしかない可愛さを揺蕩えている。

 

 「どうお姉さん、俺らと一緒に。」

 

 「いいじゃんいいじゃん!」

 

 「ごめんなさい、友達を待っているので!」

 

 だからだろうか、美男美女が多いと言われるA組の例にも漏れず、男性からナンパされることも非常に多かったりする彼。そう、あくまで彼。つまるところ、そういうことなのである。

 

 「好意を持ってもらうのは嬉しいんだけどね…。」

 

 ナンパしてきた男性二人を慣れた様子で袖にした後、再び連れの二人を探す男の娘。季節は夏真っ盛り。肩まで伸ばした髪が汗で頬に張り付くのを、少しだけ苛立ち気に右手で払っていた。

スマホでの連絡は取れない。二人してどこかのんびりしている彼らだ。大方鞄の奥に入れっぱなしで、気づいていないのだろう。

 

 「もしかして僕、はぐれたことにすら気づかれてなかったりしない?」

 

 夏の暑さから来るものとは違う嫌な汗をかきながら、遊次はその可能性に思い至った。男の娘なんてクラス唯一のマイノリティを誇る彼である。本来なら目立って然るべきなのに、他の灰汁が強すぎていつも存在を忘れさられるのだ。酷い時などただの出オチキャラなんじゃないかと言われたことがある。

 

 「というか一緒に来たことすら忘れてないよね…?」

 

 先程もナンパされた通り、第一印象こそ鮮烈なものがあるようだが、なぜかみんな継続的に会うようになると自分のことを認識しなくなる。過去には親にさえ買い物に来た先で忘れられたのだ、同じクラスメイトの彼等ならそういった惨劇(あくまで主観的な)が再び起きてしまいかねない。

 

 「影の薄さって、どうやったら治るのかなぁ…。」

 

 岸君に聞いてみようかなぁっと、影を操るクラスメイトのことを思い浮かべて、あの些かどころかかなり癖のある喋り方と対峙することを想定し、思わずため息を吐いてしまう遊次であった。そんな時だろうか、前方から歩いてきたのは金髪のモヒカンヘッド。

 

 「あっ、八賀根君だ!」

 

 いろいろな意味で心細かった所に現れた、クラス一番の前線タンク。如何せんそのインパクト抜群な外見のせいか遊次は少し苦手としていたが、今は迷子という立場がそれを上回らせたらしい。己から率先して声をかけ、なんとか大和や外道丸と合流できないかそう思っていると…。

 

 「あの八賀根君!!」

 

 「…。」

 

 「いや真横で叫んでんに気づかないとかそんなこと起こり得る!?」

 

 それでも気づかないので、一気に接近して鉱哉の腕を掴みにいく男の娘。普段ならそんな強気な行動は絶対に行わないのに、気づかれない苛立ちと合流できない焦りから、彼らしくもない結果を生み出させたようだった。

 

 「おっと!!」

 

 しかし鉱哉から見れば、いきなり意識の外から腕を掴まれてしまったようなものだ。思わず声を上げて、反射的に捕まれた腕を引いてしまう。それこそ2m近い身長に、青春を訓練に身を窶す鉱哉が反射的にでも腕を引けば、もう一人の男子…間違ってはいない、男子高校生が力負けしてしまう訳で。

 

 「キャ!!」

 

 「…っと危ねー、誰かと思えば武藤じゃねーか。」

 

 態勢を整えた鉱哉に、遊次は抱きしめられる形になってしまっていた。突然のことに思わず赤面する遊次。しかし当たり前であるのだが、鋼の前線タンクはどこ吹く風。

 

 「お前いきなり、人の手引っ張ってんじゃねーぞ?」

 

 「!声をかけて気づかなかったからだよ!」

 

 そんな鉱哉に、男子高校生とは思えないソプラノボイスで抗議する遊次。そういえば、音楽の授業でも彼のパートは女子だったりする。何がなんだかわからない。一瞬自分が何と話をしていたのか錯乱したモヒカンヘッドであったのだが、とりあえず落ち着いて、遊次がここにいる理由を聞き出すことにした。

 

 「大方お前も林間学校の買い出しってとこか?一人か?」

 

 「そうなんだよ、そしたら大空君たちとはぐれちゃって…。」

 

 「スマホで連絡取ったらいいだろうが…。」

 

 「なんか鞄にしまってるのか気づかなくて…てかそもそも僕が居なくなったことに、気づいてないのかもしれないっていうか…。」

 

 遊次のあんまりと言えばあんまりな状況に、開いた口が塞がらない鉱哉。そのまま非常に残念な生き物を見る目で、出オチ系男の娘のことを見てしまう。

 

 「いや、まぁ、その、なんだ…。」

 

 「いやもうそこはいいよ!わかってるから!てか鉱哉君だって、さっき声かけた時気づかなかったから同罪だからね!同情してくれてるけど!あっ、目を逸らさないでってば!」

 

 己にも責があることを問われ、思わず目を背けてしまう筋骨隆々のモヒカンヘッド。性根は優等生で真面目な分、己に非がある時は無駄に言い返さなかったりする。だからその責を果たそうする所も含めて、彼は優しい人間に違いないのだ。

 

 「しゃーねぇなぁ。」

 

 「何が?」

 

 「気づかなかった詫びとまでは言わねーが…。大江ノ山達と合流できるまでだ、付き合ってやるよ!」

 

 思わずその優しさというか甘さの発露に、きょとんとした表情を浮かべてしまう遊次。そんな様子を尻目に、行くぞと歩き出してしまう鉱哉。遊次は気づかないであろう、彼が一人できた理由。それを曲げてまで共に歩こうとしたのは、上記の通り彼の優しさもあるのだが…。

 

 「一人にされんのは寂しいだろうがよ。」

 

 「え?なんて?」

 

 「何でもねー、置いてくぞ!」

 

 クラス一番の肉体を誇る鉱哉を、体力テストでは女子にも負ける遊次が追う。普段はあまり会話がないどころか、連絡先すら知らない二人だけれど。

 日頃見えないからこそ触れられた意外な一面に、妙に臍痒い感情を抱いた遊次なのであった。

 

 

 

 生徒達が林間学校の準備をするのに精を出していた、その日の夜。雄英高校の職員室、夏休みとはいえ教員が休みではなく、しかしこの時間には誰も残っていないようなそんな時。ようやく安物の椅子に慣れてきた爆豪勝己は、その金髪にディスプレイの明かりを映えさせながら、PCの画面に向けて話しかけていた。

 

 「奴は俺が雄英に勤め出してから動いた…間違いねーな?」

 

 そう問いかける暴君の赫眼は、生徒達を見つめるどこか優しくもあり厳しくもあるものとは違う…獲物を罠に嵌める狩人のそれであった。PCに映る人物は、その眼光にも恐れることなく答えを返す。

 

 「うん、間違いないと思う。僕や切島君が遭遇した件だけじゃない…雄英周辺のパトロール時間外の地域が狙われてきてる。」

 

 緑がかった天然パーマの黒髪。学生の頃に比べたら幾分垢抜けしたものの、どこか芋っぽさが抜けない『壊れた英雄』――――緑谷出久が画面越しに言葉を発していた。インターネット越しのテレビ会議。元英雄の家と雄英高校という、ウィザード級ハッカーも真っ青になるような、そんな強固なプロテクトがかけてある回線での密談だった。

 

 「狙いは『№2』であるかっちゃんの失墜。生徒達を守れなかった教師として晒上げること。そして、ヒーローのパトロール区域を把握している人物。」

 

 「そんな奴がA組の林間学校、その開催場所を知っちまったら動くしかねーわな!」

 

 夜の帳もとうに落ちた、ディスプレイ以外に明かりなき職員室。そんな中不適に笑う、獲物を捉えた爆撃の狩人。幾人もの犯罪者達を刑務所に叩き込んだ実績そのままに、新たなヴィランに狙いを定める。

 

 「それが例え、また元1-Aであってもか…。」

 

 「当然だな。当たり前のことだろうが!!」

 

 かつて葉隠透がそうであったこと、その時の傷を思い出し目線が下がる出久を、真っ向から否定する爆心地。それは引退した人間と現役との差というより、生来の気質によるものだろう。

 

 「でも…。」

 

 「でもも糞もねーんだよ!!何食わぬ顔して今日までヒーロー面してきやがったんだ、ただじゃあおかねー!!」

 

 その「でも」が幼馴染からの気遣いであることぐらい、金髪の暴君も分かってはいたのだが、その身に背負ってきた矜持が受け取ることを拒否していた。

 

 「ともかく林間学校で必ず星は動く。何かしらの証拠は掴ませてもらうぜ!!」

 

 「そうだね、見過ごす訳には「あぁー!!また爆豪君となんかこそこそしよる!!」

 

 うげぇ、丸顔―――勝己がそう呟いた時には、画面の中には嫌でも見慣れた幼馴染の顔ではなく、その未来を約束した相手の顔でいっぱいになる。そうなった瞬間、導火線の火を消すかのごとく、会議中を示すウィンドウを閉じることにしたのだった。

 

 「鍵ぐらいきっち閉めとけ、糞ナード。」

 

 今頃へそを曲げた婚約者の機嫌を取るのに、きっと幼馴染は苦労している頃だろうが、知ったことではないわと、勝己はため息ともにその瞳を閉じるのであった。

 

 

 

 卒業式だったと記憶しています。それこそそれまでは、何度か外で食事に出かけたこともありましたし、忙しい合間を縫って遊びに行ったこともありました。でも一向に関係性を進展させる言葉をいただけないものでしたから、てっきりこのまま仲の良い異性の友人、その関係で終わってしまうと思っていましたの。それが突然ですわよ?みんながみんな別れの挨拶をしている校門で堂々と、

 

 『今から二人で話がしたい。』

 

 周囲の方々の視線を、二人占めしちゃいましたわね。そこからは大変でした。どこに行こうとも誰かがついてくるものでしたから、なかなか二人切りになれなくて…。フフフ、拗ねないで下さいませ。お互い今より若かったですし、あなたはそういった事に疎かったから。でもその時ずっと手を引いて移動して下さったことは、今でも私の宝物ですのよ。

 それからまさか同学年のほぼ全員が協力してくれて、私たちを二人にして下さって…。皆様本当にああいうイベント事が好きでしたわね、かく言う私もそういったことはとても楽しんでおりましたけれど。

 澄み渡るような青空と、まだ咲き始めた桜の木々を、今でもとてもよく覚えています。あなたはどうですか?緊張してそれどころじゃなかった?あら?突然連れてこられた私もかなり固くなっていましたのよ?それでも、この世界で一番幸せな瞬間を覚えていたかったから…。精一杯忘れないようにしました。思った以上にシンプルでぶっきらぼうな告白でしたけど、あの日から変わらずに、大好きですよ、旦那様。

 




なんか緑茶もいるけど、轟百編開幕です。


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轟「爆豪から林間学校のお誘い…」八百万「怪しさしかないですわねぇ」 その2

「お前ら騒ぎ過ぎんじゃねーぞ!!ガキじゃねーんだから!!」

 

 そんな言葉が怒号として響くのは、1-Aが今年度の林間学校へと出発する、バスの中でのことだった。夏休み前半とはいえ、このイベントのために買い出しを共にした生徒も多い。顔を合わす機会事態はあったであろうが、クラス全員が集合するのはまた別の話である。どうしても皆気分が高揚してしまう。

 

 「お前ら硬派な男にはどんな女がウケると思う?あくまで…そう!!あくまで友達の話ったい!」

 

 「そうっすねリーダー、あくまで友達のことったいね!」

 

 「甘酸っぱ過ぎて笑えてくるったい…。」

 

 博多弁の女子三人は、近接担当の友達(笑)の恋愛相談に盛り上がり、彼女の微笑ましい空気に子分二人が癒されている。身内の恋バナはやっぱり楽しいようだ。

 

 「何で何回やっても小町ちゃんが大富豪になっちゃうの!?」

 

 「たまたまよ。たーまーたーま。」

 

 「引きが弱い時でもなんだろう、ハメ殺されちゃってんだよなぁ…。」

 

 「そもそも何で2が一番強いんだ?そこはキングでいいんじゃないのか?」

 

 今となっては仲良し四人組、座席の前後でトランプゲームに興じているのは、元問題児二人に美しき知略家とその元肉壁担当だ。どうやらその知略家の本領を前に、他三人はきりきり舞いにさせられているようだった。…若干一名だけ、思考が空の彼方へと飛び立ってしまっているようであるが。

 

 「てかさ、私この前の件で虫トラウマなんだけど…やっぱり林間学校って虫多いよね?帰りたい。

 

 「いやまぁわかるけど…というかそもそも虫が得意な女子高生いないし…。」

 

 「い、命には違いないですから!必要以上に邪険にしないで、みんなで楽しみましょうよ!!」

 

 期末試験で蛾まみれにされた毒忍者がその思い出を吐露すれば、青狸の少女が一般的な見解で同意する。そんな現代っ子な意見に負けないように、金髪碧眼の副委員長がなんとか場を盛り立てようとしている。

 

 「み、皆さん!先生が仰られたように、なるべく、なるべく静かにバス内を過ごして下さい!。」

 

 「…どうでもええけど、みんな聞いてへんみたいやで。」

 

 「……。」

 

 相変わらずクラスメイトへの影響力が皆無な委員長と、無気力な悪魔が近くで座り、以前はやたら元気だったレスバ野郎はクラスで暗い影を落としている。居心地がいいらしく、影に潜めるクラスメイトも彼の影の中にいるようだ。

 

 「個性発動のためのお酒はおやつに入るかな?どう思う?」

 

 「そもそもおやつの規定すらないから、過分に気にする必要すらないと思うが…。武藤君、どう思う?」

 

 「…。」

 

 「武藤君?」

 

 酒を飲むことで個性を発揮するジャニーズ顔のイケメンが、己の性とおやつについて悩めば、竹刀を繰る美麗なる騎士が、その美しき所作で答えを返す。しかし彼が同意を得ようと声をかけたもう一人の、何というかレスポンスが良くない。『竹刀使い』の個性を有する大空大和が、反応が無いクラス随一の男の娘――――武藤遊次へともう一度声をかける。そこで漸く自分が呼ばれていることに気づいたのだろう。カチューシャを付けたアッシュの髪が一度びくりと揺れてから、漸く大和の方へと振り返った。

 

 「あっ、ごめんなんだっけ?」

 

 「いや…些か心ここに非ずといった様子に見えたので…。」

 

 そこで群青の髪色をした少年は、先程まで遊次が見ていた先を覗きみてしまう。勿論出歯亀根性だとかそういうことではない。彼はそのマイノリティから、以前クラスメイトから心無い悪口を言われたことがある。その辺りのことでまた何かあったのではないかと、彼は友人として心配したのだ。その目線の先に居たのは――――

 

 「八賀根君?」

 

 2m近い筋骨隆々とした体に鋼の個性、今時モヒカンヘッドという奇抜な外見もあいまった、1-Aが誇る前線タンク。周囲の座席にはパリピ骸骨の骨川煙煉や、髭面の偉丈夫こと漆原亜衣磁が居たのだが、遊次の視線は鉱哉へと向いていたのがわかる。勿論鉱哉が何かしたとは思っていない。彼のパーソナリティは口こそ悪いものの、悪戯に他者を傷つけるようなタイプでないことを、大和はこの高校生活の付き合いで知っていた。期末試験で鉱哉とコンビを組んだ、そこに座っている大江ノ山外道丸も以下同文である。

 

 「彼が、何か?」

 

 困惑の色を宿す、竹刀を操る美麗なる騎士。酒さえ飲まなければイケメンな外道丸も、不安気な表情で遊次のことを見ている。

 

 「んーん、何かあった訳じゃないんだよ。ただちょっとこの前みんなで買い出しに行って、僕だけはぐれたことがあったじゃない?その時八賀根君、一緒に居てくれたからなんだか気になっちゃって。」

 

 その時、彼の影の薄さから一緒に来たことすら失念していた大和と外道丸である。遊次を探そうともしなかった彼等からしたら、それはなかなか申し訳ない話になってしまう。…それこそ今日のバスの中でさえ、そういえば居たっけ?となることが何度もあったのであるが。

 

 「あっ、別に二人が僕のこと忘れてたの責めてる訳じゃないよ!!忘れられるのいつものことだし!!いつものことだし。いつものことだし…。」

 

 自分で言いながら自分を傷つけていくカチューシャ男子。それをなんとか励まそうと、しかしちょくちょくやらかしてしまうため、遊次のメンタルを回復するための効果的な一言を伝えられない『竹刀』と『酒』。結局遊次のメンタルが回復した頃には、「ハイ、しゅーりょー!!」っと担任から到着を告げられてしまい、ゆっくりバス旅を堪能する暇もなかったのであった。

 

 「何やってんだあいつら…。」

 

 1-A随一のモヒカンヘッド・八賀根鉱哉は、項垂れる遊次とそれをなんとか励まそうする大和や外道丸を眺めていた。どうせ大方、自分の影が薄いことを気にして臥せっているのだろう。正直鉱哉からすればあのレベルはもはや新手の個性である。悩むのではなく活かすことを考えた方がいいのではないかと考えてしまうレベルでだ。

 

 「武藤か・・・気になるのか?」

 

 思索にふけっていた時に声をかけてきたのは、刈り上げた金髪に髭面の偉丈夫、漆原亜衣磁である。鉱哉とは違った意味で高校生離れした外見は、年齢不詳とクラスメイトから陰で呼ばれる原因となっていた。無論本人は欠片も気にはしていないのだが。

 

 「テン上げ旅行でよいちょ丸~!!」

 

 そんな渋すぎる二人の近くに座っているのは骸骨の姿をした異形型、自身を煙へと変える個性を持つ骨川煙煉だ。彼は一緒にいる二人とは正に対照的な話し方――――――所謂パリピという奴である。ノリと勢いで生きていくことが信条らしい。

 彼らの集まる時は大体この三人という、なぜこうなったという組み合わせなのであるが、これでも結構仲が良かったりするのだ。世の中不思議なものである。

 

 「気になるって程じゃねーけどよ…。まぁこの前ちょっと買い出ししてる時に会ってな。」

 

 「なるほどな。話す機会もあれば、自然と意識を取られることもあるだろう。」

 

 突然捕まれた腕、反射的に抱き上げた身体。そのどちらも到底同じ男子には思えず、本人の外見的な嗜好も相まって、それはより顕著なものとなる。しかしだからといって、鉱哉が追いかけたい一番星はもう決まってしまっている。だから余計な勘ぐりをしてこない、亜衣磁の存在は鉱哉にとってありがたいものであった。

 

 「まぁ同じクラスであるうちは、適当に相手してりゃあそれでいいわな。」

 

 「オケ丸水産草生える!」

 

 そして一見場違いにも見える煙煉のパリピぶりは、見ているだけで明るくなるというか、細かいことを考えているのが馬鹿らしくなるので、やはり一緒に居て楽なのだと鉱哉は思う。

 そんな二人にも、家のことは言えていないのだけれど。いずれは話ができたらとは思う。それくらいには、信用しているのだから。

 

 

 「来ましたわね…。」

 

 「あぁ。」

 

 学生時代から大きく変化がないユニフォーム。露出が多いとされるそれを身に纏い、今や『創造神』とまで言われている轟百は、目の前に到着した「雄英高校1-A御一行」と書かれたバスを確認し呟いた。それに答えるのは、お互いを人生の相棒と定めた轟焦凍。氷河と灼熱を同時に宿すその個性は、今やビルボード№1の代名詞とまでなっている。

 

 「おらぁ!!ちゃっちゃかバス降りろや!!」

 

 そこへ爆撃と共に咆哮を上げて現れる、副担任兼ビルボード№2。クールな印象がある焦凍と比べると、どうしても粗暴なイメージを与えてしまう金髪赫眼の雄。しかし生徒を煽り、担任である取蔭切奈と共に生徒を指導する姿は、どうにもこうにもヒーローのそれではなく一端の教師のようにも見えてくる。

 そんなどこか変わりつつある級友の姿に、思わず笑みが漏れる轟夫妻。しかし生徒達の様子を見て、その表情を引き締めた。

 

 「少し物足りないですわね…。」

 

 「いやまぁ、こんなもんじゃなかったか…?」

 

 百がそう判断したのは、何もどこか遠足気分な生徒達の様子を見たからではない。身体付きやその所作に立ち回り。集中力が落ちた時だからこそ見える動きが、現場に携わるものからしたら少し物足りないのだ。旦那の方が若干甘いのは単純な話、突撃する中心とサポートする側の違いである。つまり、彼はそんな細かいところまで現状見てはいない。

 

 「ってエンデヴァーじゃん!!」

 

 「サイドキックのクリエティまで!!」

 

 バスから降ろされてから、その存在に気づいたらしい生徒達が声をあげる。何せ林間学校への道中にビルボード№1とそのサイドキックに出会えたのだ。これが偶然だと思うようなことはなく、今回の関係者ということが期待値抜きで読み取れる。否が応でもテンションは上がってしまうだろう。

 

 「フン!」

 

 そんな生徒達の様子を前に、不貞腐れたかのように鼻で笑う『№2』。彼と焦凍は実力伯仲であるのだが、『新たな象徴』無き後の№1争いに、勝己が後塵を拝しているその理由――――つまるところこういった人気面の差である。それを自分の生徒の態度からも露骨に読みとらされてしまい、みみっちくも不機嫌になる金髪の暴君。しかし呼んだのは自分なのだ。ならさっさとやることをやるべきである。

 

 「今回の林間学校で護衛件指導をしていただく、エンデヴァーとクリエティだよ!はい、みんな挨拶!」

 

 生徒達へと向けて担任である取蔭切奈がそう声を張る。それに合わせて、十人十色な生徒達がお願いしますと声を返す。一年が始まった時は声すら出ていなかったことなど、轟夫妻は知る由もないであろう。

 そんな中気づけたのは一体果たして何人いるのか。黒髪でロングヘアーの生徒が警戒するように目線を走らせている。焦凍と百は彼女の目敏さに気がつき、満足気に頷いていた。

 

 「リザーリィから紹介してもらったエンデヴァーだ。短い間だがよろしく頼む。」

 

 「同じくクリエティですわ。私達も皆さんと同じでかつては林間学校参加し、当時の仲間達と切磋琢磨させて頂きました。皆さんにとって有意義な時間になるよう、精一杯させて頂きますわ!」

 

 それこそ学生時代の面影を残す焦凍の挨拶と、そのぶっきらぼうな一面をフォローするかのように美辞麗句を並べる百。どうやらエンデヴァーを名乗るヒーロー達は、体外的な受け答えはあまり得意ではないのかもしれない。勿論某副担任は、得意ではないどころの騒ぎではなくてサイドキックが泣いているのだが。

 

 「ここは見ての通り周囲が森に囲まれている。本来なら国有地で立ち入り禁止なんだが、林間学校をするってことで特別許可をもらった。」

 

 そう、学生達がバスから降ろされたのは周囲に森しか見えない崖の上。周囲に見える森はジャングル程ではないものの、密林と言っても差し支えないレベルで覆い茂っている。そんな状況を説明する№1のことを、赤毛でアホ毛がある生徒が惚けた表情で見とれている。どうやらイケメンが好きらしい。

 

 「皆さんにはまず、ここから歩いて三時間ほどのキャンプ場を目指してもらいますわ。二時の方向を直進して行けば着きますから、夕飯までには辿り着きますわよね?」

 

 そんな生徒のことを微笑ましく思いながら説明を引き継ぐ『創造神』。ちなみに彼女にはクラス中の男子の目線が突き刺さっている。発育の暴力は、どの世代に対しても会心の一撃となるようだった。そんな男子達に向けて、目線で牽制を入れる最強の旦那様。独占欲が強いのは果たして誰に似たのだろう。

 

 「ねぇ、なんか寒くない?」

 

 金髪狐耳の生徒が声をあげる。

 

 「足元に霜が降りているでござるwwww」

 

 独特な喋り方の生徒が声をあげる。

 

 「!まずい!みんな逃げて!!」

 

 先程から何か考え事をしていた黒髪の生徒が気づいて叫んだ。

 その瞬間、じわりじわりと冷気を放出していた焦凍が本気で冷気を放出する。穿天氷壁等のような、氷を直接生み出す技とは一線を画すそれ。生徒達は今そう、崖側に立っているのだ。

 

 「『膨冷熱波』。」

 

 呟くその言葉と共に、その半身から炎を噴き出す『氷炎の支配者』。急激な温度変化を巻き起こすそれは、かつてのプロヒーローでさえ本気を出さねば止められなかった威力を発揮する。

 

 「「「「「ああああああああああ!!!!!」」」」」

 

 事前に気づいて飛び出すことに成功したものの、その爆風に吹き飛ばされていく現1-Aの生徒達。放たれた技の角度が違えば地形すら変える技なのだ、流石に対人ということで手加減したものの、一クラス丸ごと森へ吹っ飛ばすには充分過ぎるほどのものであった。

 

 「改めてよろしくね。轟に八百万。」

 

 古友の名字を以前のもので呼んでしまうのは古馴染みだからだろか。自分の可愛い生徒達が吹っ飛ばされたのに、微塵も心配せずに挨拶を始める担任の先生。下手な軍隊の教習所よりも、雄英は危険な学校なのかもしれない。

 

 「フン。まぁよろしく頼むわ。」

 

 そんな危険な学校の危険度を、率先して引き上げている金髪赫眼の副担任。自分が呼んでおいてこの態度。それが親しき間柄から来ているということは決してないことぐらい、この場にいる全員がわかっていた。

 

 「生徒達の方が態度良かったぞお前。」

 

 「何とかいうか…相変わらずですわね、爆豪さん。」

 

 しかし半冷半熱の彼からすれば、目の前で睨んでくる相手は四川麻婆のためなら家まで来る男である。勝手に友人の一人ぐらいに認識しているし、隣にいる嫁も育ちの良さでは№1――――つまり、勝手に険悪になっているのは勝己一人だったりする。……実力以上にそんな二人だからこそ、今回護衛を頼めたのだ。勿論、暴君の副担任は死んでも口に出す気は無いが。

 

 「じゃあまぁ私らは先キャンプ地移動しよっか。」

 

 そんな裏事情は一切知らずに、担任である切奈はその黒髪のポニーテールを揺らして、元1-A達へと声を掛ける。クラスは違えど共に切磋琢磨した同学年だ、当時から今も含めて疎外感などは全くない。

 

 「おい。」

 

 「?どうしたましたの?」

 

 「打ち合わせ通り配備し殺したんだろうな?」

 

 すごい日本語ですわね――――『創造神』と呼ばれる彼女はそう呟きながら言葉を続ける。生徒達への最初の障壁になることを、はっきり自覚した上で。その理知的な黒い瞳が、暴君の赫眼を真っ直ぐに捉えた。

 

 「ぬかりはありませんわ。私達の時も時間がかかりましたけど……あの子達、下手をすれば今日中には辿り着きませんわよ。」

 

 この位置からでもはっきりと見えるほどの巨大な何か。それが目的地であるキャンプ場までの間に数十体程起立し始めた。無論創造したのは作れぬ物無しである最強のサイドキック。彼女が割り振った最初の試練に、学生達は果たして応えられるのか。

 

 「お手並み拝見、させて頂きますわね。」

 

 本年度の林間学校は、こうして幕を開けたのであった。

 

 

 始めて二人で出かけたことは覚えている。勿論卒業してから、きちんと二人が恋人になってからの話だ。ただそれまででも二人で出掛けることは割とあったから、特に新鮮味があるわけじゃなかったが、それでも何故か緊張感だけはあったように思う。

 だからかな?ただでさえ人目を惹く容姿をしている彼女が、待ち合わせ場所でナンパされている姿を見た時、無性に腹が立ってしまったのは。それこそ頑張ってお洒落をしてた百の姿を、誰かに取られるのは嫌だと思ったから。

 少し睨んで声をかけていた男を散らせる。わかってるただの焼き餅だ。そのまま行くぞと手を掴んで歩き出した。そういえば付き合う前を含んでも、こうして手を繋いだのは始めてだとそこで俺は気づいて。

 振り返れば大好きな人。服装ぐらいは褒めろよと上鳴から言われていたけれど、お世辞ではなくて自然と口に出していた、綺麗だと。その時の赤くなって恥ずかしそうで、でも幸せそうな百の表情は今でも忘れられないから。俺はこれからもお前の手を離さない。よろしく頼む、付いてきてくれよ。

 




少しでも甘くしようとしているんですが、難しいですね。轟百できてます?感想などで教えて頂ければ幸いです…


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轟「爆豪から林間学校のお誘い…」八百万「怪しさしかないですわねぇ」 その3

  

 

 今代におけるエンデヴァー愛用の必殺技。周囲を丸ごと薙ぎ払う時に使われるそのマップ兵器は、まさしく『氷炎の支配者』の真骨頂。それは学生といえど、訓練されたヒーローの卵達を無抵抗のまま一蹴していった。最近格の違いというものを、ひしひしと感じることが多い生徒達。しかし流石にここまで派手にやられれば、以前までと比較してもショックはより大きくなってしまう。…そもそも意識を失っていない者の方が、はるかに少ないの現状なのであるが。

 

 「っつ…てめえ等起きろ!!なんか来るぞ!!」

 

 『鉱化』による個性を使い、自身の身体をダイヤモンドへと変化させ、『膨冷熱波』をやり過ごした鉱哉がクラスメイトへと声を掛ける。周囲には既に、巨大な何かが起き上がっているのが見えていた。

 

 「あれは…入学試験の時に見た、巨大ロボットったい!!」

 

 「なんであんなもんがこんなところに居るったい!?」

 

 その個性で植物を操る花上茉莉は、体内に飼育していた植物を顕現させ、その膨よかな肉体をなんとか守っていた。近くにいた生徒達もそれに引き入れて、全員ではないが気絶することは避けられたようだった。

 

 「『識別眼』!!」

 

 個性『魔眼』を有する金髪碧眼の副委員長、十礎聖がその力の一端を解放した。対象の有する情報を読み取るその瞳で、敵戦力を明確化する。鋼鉄の体躯を誇り、タコのような触手を持つ巨大ロボット。入学試験で多くの生徒が対峙したであろうその姿から、果たして読み取れる情報は…。

 

 「入学試験用ロボットバージョン15!?多腕アームの数が八本に増えていて、メインの二本にそれぞれ振動刀とガトリング砲が一本ずつ装着されています!!」

 

 明らかに自分達と対峙するために強化を施されたロボット達。聖は未だ気絶したままの生徒達を起こしながら、バージョンアップされた機械兵達を『創造』したであろう人物を脳裏に思い浮かべる。

見渡す限り蠢く彼等を、恐らくたった一人で創り出したその力は、正しく『創造神』の面目躍如だ。その垣間見える力の一端に、背筋が震える副委員長。ともかくまだ気絶している人間を起こさないとと思った、その時だった。

 

 「いっくよぉー!!!」

 

 狐色をした髪色、その頭髪の隙間から見える獣耳。髪色と同色である九つの尻尾を携えて、前に飛び出していくのは、かつては問題児と言われた1-Aの元気印である孤城姫子。

 

 1-A出席番号10番 孤城 姫子

 個性:九尾の狐 九尾の狐っぽいことは大体できる

 

 どこか獣染みたトリッキーな動きに気を取られた瞬間、空から舞い降りてきた鳶色の羽が、聖の頬を掠める。見上げて見れば空を翔ける散切りの黒髪、羽と同色の翼を持つ嵐島飛天が空からロボットへと肉薄した。

 

 「おかしい、もう入学試験は終わったはずなんだがな…。」

 

1-A出席番号1番 嵐島 飛天

個性:有翼の風使い 風を操りその翼で空を翔ける。

 

 そして最後に飛び出したのは、博多出身の近接担当。夜空にこそ映える銀髪を煌めかせながら、

成長した自身の個性で、虎を模した鎧と槍を作り上げる。冷気で作り上げられた氷のそれは、『白虎』と名付けられた力の発露。

 

 「引き付けるったい、フォロー頼むばい!!」

 

1-A出席番号18番 氷川 寅子

個性:白虎 虎を模した氷の鎧や武具を作れる。口と手から冷気を放射する。

 

 「『狐火』!!」

 

 「『羽双剣』!!」

 

 「『虎氷槍』!!」

 

 前へ飛び出した三人からそれぞれ放たれる、青白い幽鬼の炎に鳶色の斬撃―――そして関節部を狙った氷の槍。三者三葉ではあるものの、鋼鉄の装甲を溶かして切り裂き関節部を砕いていくその様は、正にただの卵達に非ず。夢という大空へと羽ばたき始めた、雛鳥達のその姿だ。

 そんな空へと駆け上がろうとする彼等を狙う、バージョンアップされた入学試験用ロボット。三人が暴れ回る位置から少し距離がある場所。そこからガトリングで狙いを定めてくる機体。その地獄へと誘う鋼鉄の砲台を狙って―――

 

 「フォローは任せて!」

 

 水流が直撃する。

 

1-A出席番号3番 出水 洸汰

個性:水流 両腕から水流を打ち出すことができる。水の出所は、空気中の水蒸気。

 

 自身の個性が中・遠距離に向いているからこその判断であろう、前へと飛び出していった三人と動き出しこそ同じだったが、彼が移動したのは前線の三人をフォローできるポジションであった。

 

 「まだまだ来るわよ!!」

 

 そんな彼等とは対照的に、身内(それも男子限定)へのバフ掛けが個性である小野田小町は、全力で後方へと下がっていった。オート発動での個性は、視界にさえ映っていれば勝手に発動する。彼女の真骨頂と合わせて、全体が見える位置へと陣を取る。

 

 

1-A出席番号7番 小野田 小町

個性:お姫様 自分に好意を持つ異性に対するバフ掛け。好意に比例して上昇率が上がる。

 

 次々と現れるロボット。好戦的な笑みを浮かべる姫子に飛天、そして寅子を含めた前線の三人。己の数倍大きい相手でも狼狽えない様は、まるで一端のヒーローであるかのようだった。そんな彼等へと、気絶から目が覚めた生徒達が、入れ替わり立ち替わりそのフォローへと飛び込む。

 

 「『磁界』!!」

 

1-A出席番号4番 漆原 亜依磁

個性:磁界 半径0~5mまでの周囲の鉄を磁力により操る。

 

 髭面の偉丈夫、漆原亜衣磁が磁力を操るその力で、鋼鉄の魔人の動きを封じこめる。持ち上げるだけの出力は、まだ彼も出せないらしい。そこに飛び込んでくる狐火に風の弾丸、果ては水流に氷の槍。一体一体に集中すれば雛鳥達の翼でも、バージョン15を即墜とすことは可能なのだ。しかし相手もそこまで馬鹿ではない。一極集中などさせないとばかりに、1-Aを囲むかのように陣を取ってくる。そこへ―――

 

 「スパルタなのは相変わらずだわ!」

 

1-A出席番号12番 久野 一子

個性:毒 簡単な神経毒から即殺可能なものまで精製できる。身体の皮膚から射出可能。

 

 アホ毛が揺れる赤毛の毒忍者が飛び出してくる。自身の毒をロボットへと噴出。しかし無機物相手にはやはり効果が薄いと見るや、懐から出した苦無や手裏剣を関節部へと投擲。敵の気を引く役目を勝手出るようだ。しかしどこぞのレディース総長程、先天的な回避能力に優れている訳ではない一子。そんな彼女を狙って降ってくるガトリングの弾丸。絶体絶命にも見える彼女を救うのは―――

 

 「鉛ってのは結構柔らけぇもんでな!!」

 

1-A出席番号16番 八賀根 鉱哉(はがね こうや)

個性:鉱化 身体をありとあらゆる鉱物に変化させることができる。

 

 その身を最硬度の物質、ダイヤモンドへと変化させた鉱哉だった。その身に容赦なく降り注ぐバージョン15のガトリング弾。硬いものが削れ砕ける甲高い音が周囲へと響き渡る。しかし本人はまるでどこ吹く風といった様子。その足元には、粉々になった鉛玉が散らばるだけであった。

 

 「助かった!」

 

 「おうよ!!」

 

 以前とは違い言葉に毒はなく、気持ちの良いお礼言えるようになった毒忍者に、嫌味一つなく返す金剛石の剛腕。そんな囮と盾の様子を微笑ましく思いながら、『竹刀使い』は己の武器を手にロボットへと飛び込んでいく。

 

 「竹刀よ『伸びろ』!!」

 

1-A出席番号6番 大空 大和

個性:竹刀使い 竹刀の大きさ重さ長さを変化することができる

 

 大上段に振り上げた愛刀。落下させながら長さは調節。更には打点の瞬間に加重までされたそれは、もはや不殺の域からは程遠いであろう必殺の一撃。一子や鉱哉に気を取られて、隙を晒した鉄人形は防ぐことも出来ず、動力部を破壊されてその機能を停止することになった。残心に群青の髪が揺れるその様は、正しく中世の騎士が如く。優美なるその姿こそ、大和の真骨頂なのかもしれない。

 

 「悪い子はいねぇぇぇぇえええかぁ!!!!!」

 

 次の獲物を求めて飛び出してくるのは、東北地方で見たことがあるコミカルな鬼。もともとは芸能人顔負けのイケメンであるのだが、個性が発動するとそれまでの様子は影も形も残らない―――残念なイケメンこと大江ノ山外道丸。彼は大和の陰から飛び出した勢いをそのままに、振動刀を構える機械兵と飛びかかった。

 

 「!」

 

 バージョン15のセンサーに引っかかる彼。距離の近さから、そのまま振動刀を叩きつけられる外道丸。鉱哉でさえ受けるのを躊躇う確殺の一撃を、真っ正面から浴びてしまい、空中で血を噴き出す異形の大鬼。しかし本来なら致命傷になるはずのそれを受けながら、彼は自身の腹を掻っ捌いたロボへとそのまま組み付いていく。

 

 「悪い子はお前かぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

1-A出席番号5番 大江ノ山 外道丸

個性:酒は百薬の長 姿が異形になるものの身体能力が大幅に向上する。自動再生も可能。

 

 再生能力を使ったゴリ押し。組み付いた彼はその大顎を用いて、機械兵を直接嚙み潰していく。個性発動により向上した身体能力由来の、獣かと見間違うほどの野生的な戦闘方法。酒による時間制限さえ無ければ、彼の近接戦闘能力はクラス内でも上位に相当する。そんな彼に酒を投げるのは、得てしてポーターである彼女の役目―――

 

 「大江ノ山君!新しいお酒だよ!」

 

 何でも入るものの、同じ種類のものは一つしか入らないという特殊なポケットを持つ異形型。二つに分けた三つ編み、青髪獣耳に目の下には大きな隈。明らかに青い毛並みの狸にしか見えないのだが―――

 

 「私は狸じゃない!アライグマだぁぁああああああ!!」

 

1-A出席番号 15番 野開 未来

個性:スーパーポケット 道具を一種類につき一つずつなら無限に入れることができる

 

 そうやって叫びながらも、日本酒の次はテキーラ、その次は焼酎にワインと外道丸への酒を取り出し続けていく。彼も燃費が悪い訳ではないのだが、酔いが切れると一気に無力化するので飲める時に飲ませておく。ついでに大和が使う竹刀も、きちんと予備を一本預かっていたりする。何も外道丸だけに忖度している訳では決してない。

 そんな未来の目から突然光が消えた。まるで意識を何かに奪われたかのように。そしてアライグマの少女は、いきなり真横に飛び跳ねたのだ。すると彼女がさっきまで立っていた場所に、ガトリングの掃射が行われ地面が抉れる。そのまま立っていたら、無事では済まなかっただろう。

 

 「聖ちゃん、ありがとう!!」

 

 「いえいえ、もしもの場合は任せてください!!」

 

1-A出席番号 13番 十礎 聖(じゅうそ ひじり)

個性:魔眼 千里眼、コピー眼、識別眼、麻痺眼、洗脳眼の5つが使える。  

 

 着地の衝撃で未来は意識が戻ったらしい。どうやら聖が洗脳眼で一時的に彼女を操ることで、本人が気づかなかった危機を回避させたのだった。『魔眼』の使い方には、こういったものもある。

 

 「【召喚】!!」

 

 周囲に広がるソプラノボイス。突然割り込んできた声に、1-A全員が不思議そうな表情を浮かべる。視線の先にいるのは、アッシュの髪を揺らすカチューシャの男の娘。

 

 「「「「「「武藤」君居たんだ…。」」」」」

 

 「居たよ!バスからずっと僕はみんなと一緒に居たよ!流石に衝撃的過ぎるよ!!」

 

 本人の致命的なまでの影の薄さは、一先ず置いておいて。遊次が【召喚】した火の鳥が、襲い来る鉄の人形へと、その炎の身体をもって体当たりしていく。鉄をも融解するそれは、入学試験のアップグレードごときではそう易々と止められないらしい。

 

1-A出席番号19番 武藤 遊次(むとう ゆうじ)

個性:お絵描き 描いた絵の中身を召喚できる。遊次は事前に描いた絵をカード状にして持ち歩いている。

 

 「私達も!」

 

 「行くったい!!」

 

 「Here we go!!!」

 

 事前に動き出した彼らに遅れたものの、伊木山吟子や花上茉莉といった中・遠距離要員も行動を開始し、その持てる力で援護と攻撃を行っていく。煙を使った攪乱が本分である骨川煙煉も、様子見ながらその力の出しどころを探っているようだった。

 

1-A出席番号2番 伊木山 吟子

 個性:七色吐息 7種類のブレスが吐ける

 

1-A出席番号17番 花上 茉莉

 個性:キメラプラント 体内に沢山の植物を飼育し操れる。

 

1-A出席番号11番 骨川 煙煉

 個性:スモーク 自分の上半身を一部、または全て白煙に変化させることができ、口からも煙を吐ける

 

 

 「憧れとは理解とは最も遠い感情でござるwwwww」

 

 影に潜み、それを己の鎧とする岸影智は、どうやら彼ら遠距離要員の守りを担当するようだ。彼はそのまま、骨川煙煉の影に潜んでいる。守るための騎士でござるとよく言っているのだが、最近ではただの臆病ではないかと疑われていたりする。

 

1-A出席番号8番 岸 影智

個性:影騎士 人の影に入れる。自分の影は鎧と剣に変えることができる。

 

 「き、岸君ももっと前に出てくくく、下さい!!あっ、孤城さんたちはあまり先行したら分断されてえとえと!!」 

 

 しかし敵の数が多い現状、近接戦闘ができる影智をこんなところで遊ばせておく訳にはいかない。他にも全体を見ればバランスが崩れている箇所が多くあり、後で見ていた塩田弾道は声を上げた。しかし日頃からの気の弱さが災いしてか、クラス委員長としての責務を今回も果たせずいる。悔し気に下がりかけた視線。そんな失意の委員長である彼に手を添えたのは、智謀の大和撫子であった。

 

 「いつもありがとう塩田君。ただクラス全体の指揮は私がやるから、あなたは全弾全力射撃ができるように銃弾を溜めておいて。」

 

 「おおお、小野田さん!?」

 

 ―――指揮を執ることに関して、本当に何もできない自分。そんな僕とは違って、小野田さんには実績もあった。しかし本当にそれでいいのか、ここで甘えちゃダメなんじゃないかとも思ったけれど。役割を奪われた喪失感よりも、奪ってもらった安心感の方が上回ってしまった僕は――――本当にヒーローに向いていないんだろうなと、弾道は独り言ちるのであった。

 

 

 風が炎が雷が水流が、そして植物までもが乱れ飛ぶ戦場。元は閑静な国有地の森林であったのに、今その姿は見る影もない。ここは深き森を舞台にした、学生の練兵場と化したのだから。

 

 「振動刀は受けられねぇ!!躱すぞ!!」

 

 その防御力はクラス随一。しかしその本質を物体の硬度に依存する以上、振動による多重衝撃は相性が悪い。前線タンクとしての役目を一時放棄し、鉱哉は入学試験用ロボットバージョン15の斬撃を受けずに躱した。彼が回避したことにより、他の生徒達もその攻撃を躱していく。そこへ―――

 

 「みんなどいて~やってさ。」

 

 上空から響き渡るそんな声。

 羊の角に青紫の鬣を持つ獅子。しかしそれは上半身に限る異形の姿。その全容は猛禽類の下半身を持ち、蝙蝠の翼持って空を翔ける。尻尾に該当する部分には、代わりに蛇が頭から生えていた。かの悪魔王が旧約聖書から抜け出してきたかのような姿。しかしその身から放たれた関西弁は、どこか他人任せで違和感がすごい。自他共に認める無感動症。『個性』によらない、彼のパーソナリティの一つだ。

 

1-A出席番号20番 六郎木 碌朗

個性:King of deviles 「キメラ」「赤龍」「蛇」にその姿を変化することができる

 

 

 「適当にボーっとしてたら姫さんに働け言われたで、荷物持って来たでぇ~。」

 

 かの悪魔王の姿を顕現する碌朗は、その左右の剛腕にそれぞれ人間を一人ずつ捕まえている。その右腕に首根っこを捕まれている生徒、骸骨の異形型である骨川煙煉―――合成獣である碌朗は、その右手の荷物を地面へと向けて投げつけた。

 

 「オケ丸水産!レッツァパーリナウ!!」

 

 クラスみんなの共通認識であろうパリピ骸骨。上半身を煙へと変えることができる骨川煙煉が、着地と同時にその個性を発動した。一瞬で視界が白く塗りつぶされて、周囲の認識ができなくなる。しかしそれはモニター越しに周囲を確認していた機械兵達も同じだったらしい。生徒達を認識できず、右往左往し始める。

 

 「土屋君!『隆起』!」

 

 「…もっとスマートな方法があると思いますけどね…。」

 

 そんな時土を操る個性を持つ土屋大地が、小町の指示に従って地面を隆起させた。それは少し盛り上がるといった類のものではなく、狭いが高く白煙に切れ目を作るほど。

 

1-A出席番号14番 土屋 大地(つちや だいち)

個性:地面と仲良し 地面を操り隆起させたりできる。服越しや靴ごしでも身体のいずれかが地面に当たっているなら、大地のエナジーで回復もできる。

 

 「あなたが訓練をサボらずに鍛えていれば、あの機械兵を全員転がすこともできたんでしょうけど、こんな狭い範囲でしか発動できないなら陽動にもならないわ!!」

 

 「…何もできない人に言われたくないですよ…。」

 

 「だから考えるのよ!みんな!目印まで退避!塩田君放り込むわよ!」

 

 その言葉に空を見上げる生徒達。先程碌朗が右手に持っていたのが煙煉なら、その左手に持っていたのは、中遠距離ならクラス随一の火力を誇る気弱な委員長。

 

 「やっべ!」

 

 「退避!!」

 

 「巻き込まれんぞ!」

 

 白煙の中で、なんとか目印に向けて走り出す1-A。恐らく全員が退避したであろうタイミングを見計らって、碌朗が人間火薬庫を現場へとブチ込んだ。

 

 「ぜぜぜぜぜ全力全弾射撃です!!」

 

 どこか締まらない咆哮を上げつつ、塩田弾道がその銃撃を周囲へとばら撒く。両手にガトリング砲を一門ずつ。胸部には二門のバルカン砲。そして両肩には一門ずつのミサイルポッド。響き渡る発射音に白煙を照らし続けるマズルフラッシュ。そして着弾したであろうミサイルが、煙を吹き飛ばすと共に、その爆炎にて機械兵達を消し飛ばしていく。

 

1-A出席番号12番 塩田 弾道

個性:弾幕 引っ込まないタイプの各銃器。蓋はある。身体の塩分を弾丸へと変化させるため、使いすぎると熱中症で倒れる。

 

 周囲にいた機械兵は沈黙し、少し距離があったものも恐らく半壊―――まだ動きはするものの、戦闘行動は不可能なレベルにまで追い込んだ。それを行った当事者である、どこかおどおどした委員長は、全力射撃の反動で各銃器から煙が上がっているものの、まだ何とか倒れる程ではないようだった。

 

 「この勢いに乗って、いっくよ「行かないで!!」

 

 戦線に風穴が空いたことで、更に勢いづこうとしたお狐様を止める大和撫子。闇雲に突撃しようとした生徒やまだ動く機体にとどめを刺そうとした生徒も、その声に振り返り足を止めた。

 

 「何でばい小野田!?まだ動く奴もいるったい、とどめを刺しに行くと!!」

 

 「それじゃあ間に合わないの!落ち着いて!」

 

 最初に反発の声を上げたのは、レディース総長として鳴らした寅子だった。しかし以前とは違い、ただ闇雲に否定するのではなく、発言の真意を聞きたくて意見を述べたようだった。馬が合わなくても、仕事は関係なく遂行する姿勢――――それに対し笑みを一瞬だけ浮かべて、小町はその答えを返していく。

 

 「今回の課題は、あくまで目的地に夕食までに辿り着くことだわ!クリエティも言っていたけど、機械兵を全滅させることじゃない!」

 

 「でもこんなところにこんなロボットほっといてもいいの?」

 

 「ダメでしょうね。でもその対処をするのは先生達の仕事であって、私達の課題ではないわ。エンデヴァー達から与えられたミッションは、あくまで移動なのよ。周囲にいるロボットこそ倒したけど、まだ何十体いるかわからないような相手、全部倒してたら明日になっちゃうわ!」

 

 ゴール地点に視線を向けてみれば、まだまだ健在であるロボットがその健脚でこちらに向かって来ているのがわかる。なるほど確かに、あの数をいちいち相手にしていては時間がどれだけあっても足りないようではある。小町に質問をした姫子もその狐耳と尻尾を垂れさせて、げんなりした様子を示している。

 

 「あれが仮想ヴィランであるなら別だけどそうじゃない。ただの障害物を相手にしている必要なんてないんだから!!」

 

 小町のそんな言葉に納得の意を示した1-A。そんな彼等に対し満足気に微笑みながら、麗しの撫子は、知力という翼で皆の力を羽ばたかせていく。それは力を持たない彼女が、必死で考えて得たものだから。

 

 「三角陣形でキャンプ地まで突貫します。耐久力のある八賀根君を先頭に、破壊力のある六郎木君と大江ノ山君が後を付いて進んで下さい。姫子や氷川さんはその後ろに。敵が溜まってきたら、さっきみたいに塩田君を放り込みます。遠距離要員は後方から支援、ポーターの野開さんや攪乱担当の骨川君も姫子達の後ろについて下さい!」

 

 オペレーションを基に陣形が整理され、再び進みだす現役高校生達。どこか頼りない部分は確かに今でもあるかもしれないが、できることを精一杯やろうとするその姿勢は、くたびれた大人にはない眩しさだから。

 雛鳥達の翼は、まだ空を羽ばたき始めたばかりなのである。

 

 

 夏は日の出ている時間が長い。もし冬ならばとっくのとうに月へと交代していた時間。三十人近い人数が食べてもまだ余るであろう鍋をかき混ぜる副担任、爆豪勝己の姿がそこにはあった。そして全員がまとまって食事が取れるよう建てられた白い大テントの下では、担任である取蔭切奈がいつでも配膳できるよう準備を進めていた。まだ誰も到着してはいないのに。そんな教師陣の様子に溜息を吐きつつも、段取りを手伝う轟百。ちなみに旦那さんの方は、『№2』の側で火加減の調整をしていたりする。

 そんな時だっただろうか、近くの藪が大きく揺れたのは。その表情を変えて立ち上がる切奈と勝己。最初に顔が見えたのは、最後までクラスメイトを守り切った金剛石のモヒカンヘッド、八賀根鉱哉だ。彼の後に続きボロボロになりながらもなだれ込んでくる1-Aの生徒達。その消耗は尋常ではなく、気絶した生徒を運ぶ者も何人かいる始末。しかし、それでも――――

 

 「全く、若者の成長ほど怖いものはありませんわね。」

 

 己の予想が外れたことに対し、どこか不満げな台詞を漏らしたものの、その表情には笑顔を浮かべる『創造神』であったのであった。

 

 「明日からはてめぇらで準備しろよ!!」

 

 そんな言葉と共に始まった夕食だった。相も変わらず何でもできる男が作ったキャンプカレーはやはり好評で、生徒達はかき込むようにカレーを胃袋へと流し込んでいた。疲労の限界を越えた身体に、スパイスの辛さが染み渡り体力回復の一助となる。

 

 「はぁーい、みんな!食べながらでいいから聞いてね!」

 

 今後の動きと書かれた書面を手に取りながら、ポニーテールを揺らす切奈が説明に入る。副担任の方は、おかわりに来る生徒の対処で手が離せないようだった。

 

 「明日からなんだけど、起床したら個性伸ばしの訓練に入るよ!せっかくの林間学校なんだからみっちりやるよ!一回や二回の気絶で済むと思わないでね!」

 

 「「「「はーい!」」」」

 

 もはやヤケクソといった感じなのだろう、一子に至っては目が死んでいるのだが、それでも返事をするクラスメイト達と一緒になんとか反応している。…やはりというかなんというか、目は死んだままなのであるが。

 

 「とは言っても訓練ばっかりやってたら気分も滅入るよね。てな訳で、明日の夜はお楽しみイベントの肝試しだよ!!」

 

 「「「「おおおおおっし!」」」」

 

 普段はなかなか騒がない現1-Aメンバーも、アドレナリンが止まらないのか、お楽しみイベントに反応し大きなで歓声を上げている。そんな可愛い教え子たちの様子を見て、勝己は担任である切奈のことをいやらしく思った。わざわざ上げて落とす所は、本当にいい性格をしているのである。

 

 「あっ、でも期末試験悪かった子達は補修するから。そんなイベントないからね。」

 

 「「「「あああああああああ!!!!」」」」

 

 歓声が絶叫へと早変わり。思わず渋い顔になる勝己や苦笑いを浮かべる百。焦凍は鍋の温度を調整するのに忙しくてそれどころではないようだ。ついでに身に覚えがあるのか、赤毛の毒忍者の口からなんか出ていて、女子高生がしてはいけない表情になっている。もうダメかもしれない。

 

 「じゃあ補修者は名前呼ぶから返事してね!まずは久野!」

 

 「…。」

 

 「久野!返事!」

 

 「…ひゃい…」

 

 アホ毛が垂れ下がりそのまま机へと倒れ込んだ一子。返事はあるものの、ただの屍のようだ。

 

 「次、岸!!」

 

 「私が天に立つでござるwwwww」

 

 天どころかお前が立ったのは地獄だよ―――そんなクラスメイトの空気に気づかない振りをしながら、黒人ハーフの少年の目からも順調に光が消えていった。

 

 「さくさくいこうか。後は骨川・塩田・十礎・花上・武藤・六郎木。学科じゃなくて実技試験で赤点だね。まぁゴール地点まで動物連れてけなかった時点で、各自お察しだったでしょ。」

 

 名前を呼ばれたほぼ全員が、切奈のその説目に視線を落とし口が半開きになる。もはや返事をする気力すら湧かないらしい。平然とした顔をしているのは、無感動症の碌朗ぐらいのものだ。そんな彼等の様子を尻目に、九本の尻尾を持つ狐色の生徒が安堵の溜息をついてた。実技には自信があったが、どうやら不安要素があったらしい。

 

 「あ、それと孤城も補修だから。実技じゃなくて学科でやらかしてるからね。数学赤点だからさ。」

 

 「なんですと!!?!?!!!?」

 

 一度上げられて、ものの見事に落とされたお狐様は、作画崩壊レベルで咆哮を上げた。そのまま意識を失ったかのような様子で、後ろへと倒れていくA組切っての元気印。そんな担任のえげつない様子を見て、カレーをかき混ぜていた勝己は一言だけ呟くのだった。

 

 「本当に、厭らしいったらありゃしねーぜ。」

 

 こうして林間学校の一日目は、無事(?)に過ぎていくのであった。

 

 

 

 親父がヒーローを引退したのは、神野戦線が起こる一年程前の出来事だった。どこから情報が漏れたのか、各週刊誌に踊った『№1ヒーロー!家族への虐待!個性婚の真実!』という見出し。後にそれはヴィラン連合、『蒼炎』の荼毘が行った情報操作であったことはわかったけれど、内容は俺達家族にとっては紛れもない真実で、親父はだからこそこの内容は真実であると認めてしまった。

 公の場での記者会見、今でもその内容までもはっきり覚えている。連日の取材に退職していくサイドキック達。個性婚の特徴が色濃く出ている俺は、特にそういったものの対象になった。日々擦り減っていく神経の中で、変わらずに支えてくれたのは、他でもないお前だったな。

 

 『あなたはあなたです。生まれがどうであろうと親がどうであろうと、どう生きてきたのかどう生きていくつもりなのか。それをしっかり見て頂きましょうよ!!』

 

 その一言が無ければ、俺はエンデヴァーの名前を継ぐことはできなかっただろうし、もしかしたらヒーローを辞めていたかもしれないな。

 誰よりも側で見ていて欲しい人へ。これからもどうかその特等席で――――

 

 ――――俺を、見ていてくれ。

 

 



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轟「爆豪から林間学校のお誘い…」八百万「怪しさしかないですわねぇ」 その4

 

 『雄英高校一年生林間学校襲撃事件』――――。

 

 当時世間を震撼させた大事件。それは結果として多数の重軽傷者を生み、ヒーロー及び生徒の中から、行方不明者が出てしまうという最悪の事態へと陥ってしまったのだった。雄英は当時の反省として、林間学校の実施方法を一部改訂。守るべき対象、言うなればヴィランに対するハンデとなる生徒達の数を軽減。具体的にはA組とB組との開催場所を分担し、教員以外のヒーローをそれぞれ配置することになったのであった。

 

 「あっちは上鳴や瀬呂が呼ばれているらしいがな。」

 

 いい加減見慣れてきた学生達。そんな彼等が迎えた二日目は、事前に切奈が述べた通り個性伸ばしが中心である。かつては己も通ったその限界突破。未来のためとはいえ身体に大きな負荷が掛かるそれは、自分の学生時代を思い起こしてしまい、監督者である彼へと渋い顔を浮かべさせてしまっていた。そう、今やビルボード№1である彼――――轟焦凍は現役生を眺めてそう思った。

 

 「氷の密度が、」

 

 「ヤバすぎるったい…。」

 

 そんな声がする方向を見てみれば、九つの尻尾を持つ生徒と、頬まで口が裂けたオレンジ色の髪をしている博多弁の生徒だった。炎を操る彼女達は呻き声をあげながらも、先程から№1が創り出した、氷の絶壁を溶かすためにその個性を顕現し続けている。

 

 「工夫して溶かそうとはしないこと。あくまで出力を上げるための訓練だ。呻いてる時間が勿体ないぞ。」

 

 そう注意しながら、しれっと溶けた氷を補充する『氷炎の支配者』。再び強化された絶対零度の絶壁を前に、ムンクのような顔へと変貌する女子高生達。その顔はあまり人前でしない方がいいんじゃないかと思うものの、原因が自分だということぐらいはわかっているので、余計なことは言わないように留めておくことにする。

 

 「吟子ちゃん頑張ろう!火勢落ちてるよ!?」

 

 「……っつぅ、ゲホゲホ……呼吸の合間だっただけばい!!つうかいきなり下の名前で呼ぶなったい!!」

 

 尻尾から炎を出す前者と違い、吟子ちゃんと言われた彼女は口から炎を吐き出していた。呼吸と密接な関係がある以上、なかなかに喉や肺に堪えるようだ。

 

 「孤城こそ尻尾が焦げ始めてるばい!限界なら休んでいればいいと!」

 

 「心配ありがとう!でも全然まだまだこれからだから!いっくよー!!」

 

 恐らく軽い嫌味を混ぜたであろう台詞であったが、天真爛漫な元気印である孤城と言われた生徒には通じなかったらしい。己の尻尾すら焦がすのもお構いなしに、その青白い幽鬼の炎が吹き上がる。それに負けじとその隣では、逆立った髪に吊り上がった目、大きく裂けた口から赤い炎を放射される。

 

 「炎を使う生徒の相手をするとはな…。」

 

 あれだけ炎が嫌いだった自分が、今度は教える側に立つ。自分の事務所でサイドキック達の訓練に付き合うことは間々あれど、己の学生時代を想起する彼女らが相手となれば、それはどうしても感慨深いものになってしまう。振り向けば他の生徒達が努力する様子。そのかつては見慣れていた姿に、当時のクラスメイト等を一瞬だけ重ねてしまって――――

 

 ――――瞬き一つで、霞んで消えて。

 

 「お昼までに絶対溶かしきるんだから!」

 

 「ここまで来ればヤケクソったい!!」

 

 再び聞こえてきた若き雛鳥達の咆哮。その声に懐かしさを再び覚えて軽く微笑み、その氷の半身にて、再び絶叫へと誘う『氷炎の支配者』なのであった。

 

 

 翼ある風使いと水流使いが、各々巨大な鉄塊をその個性だけで動かそうとし、磁力の申し子がそれを阻害する方向で力を加える。側等を見れば飲んだくれの大鬼と、旧約聖書の悪魔が殴り合い、植物を身体に宿す生徒は、その顕現する数を増やそうと躍起になっている。

 

 「皆さんなかなか、器用に個性を使われますわね…。」

 

 赤毛の毒忍者がその個性を垂れ流し続けて、影の騎士が浸食されないようその個性を使い耐え続けている。その隣では金剛石の身体を持つ生徒へと、氷の鎧を纏う銀髪の生徒が氷槍を連投している。どうやら根競べをやらされているようだった。

 

 「しかし何というか出力不足が否めませんわね…。」

 

 「個性分岐点世代の悲しい性って奴かな。」

 

 塩の弾丸を、作られた土壁へと全力射撃し続ける委員長。そして定期的に、周囲の人間へと魔眼を使う副委員長。そんな補修組へと視線を移した轟百へと、声をかけたのは、クラス担任の取蔭切奈であった。

 

 「複合個性も当たり前…でもなまじっかいろいろできるせいか、どれか一つに集中して鍛えるって発想がなかなか湧きにくいんだよね。」

 

 「そういうことですの…。」

 

 「あれこれできるから万能そうに見えるけど、単純な出力なら私達の方が上回ってたかも。つまり今のままじゃあ、」

 

 「単なる器用貧乏で終わってしまうってことですのね。」

 

 絵から無機物を召喚したアッシュの男の娘、それを『スーパーポケット』へとしまう自称アライグマの女の子。周囲に煙が立ち込めているのは、骸骨の異形型である生徒がその個性を全力解放し続けているのであろう。そんな自分達の時代よりも明らかに増えた良個性。それがもたらした物は、何も便利な力だけではなかったのかもしれない。

 

 「まぁだからこその林間学校、という訳ですわね!」

 

 「相変わらず聡明なことでありがたいよ。今回のことで出力の強化は勿論だけど、」

 

 「小奇麗に立ち回るだけではなく、泥臭くあがく意識を植え付けて欲しいってことですわね?」

 

 答えを先回りされたことで、思わず苦笑いを浮かべるリザーリィ。同じ一年生としていがみ合ってた頃から高校三年生まで、果ては現場に出るようになってからも、目の前に居る鬼謀の淑女にはやられっぱなしだったのだ。

 

 「本当に、何があっても勝った気がしないのわかるよ…。」

 

 対抗戦でのクラスメイトの台詞を思い出しながら、あの頃にはなかったポニーテールを手で払い、切奈は目の間にいる『創造神』へと改めて頭を下げる。

 

 「気絶ぐらいなら何でもない。ただひたむきに努力すれば、伸びしろは必ず伸びるってこと、この子達に教えてあげて。」

 

 「任されましたわ。」

 

 そんな言葉とともに、それぞれに適した訓練道具を即座に生み出していく№1の右腕。『創造』の展開スピードはかつてのそれを遙かに上回り、同時創造する訓練道具の個数も右に同じ。

 

 「泥臭くひたむきに。まだまだ若いのにそういういことを疎かにするのは、いかんですわね。」

 

 「個人で自主練やってる子も増えてきたんだけど、どうにも新技の習得ばっかりやってるみたいだからね。」

 

 その真実を見通す瞳は、決してヴィランを睨む時程鋭くはないものの、決して優しくはないであろうことを彷彿とさせる。そこに掛ける切奈の言葉も、方向性を間違え始めた若き雛鳥達への教訓でであった。

 

 「一人二人…いえ、軽く全員気絶するところから始めてもらいましょう。」

 

 何せ『新たな象徴』と言われた彼は、海岸のゴミ掃除から始まったんですから――――そう言葉を付け加えて、生徒達への元へと走る元副委員長。慣れた仕草で彼等を誘導し、それぞれに訓練用の道具を手渡していく。所々上がる絶叫に、始めて№1を間近で見た時の笑顔はもう欠片も残ってはいない。

 訓練が終わり夜の自炊へと参加できた生徒は、全体の半分にも満たなかったということだけ、ここに追記しておくこととする。

 

 

 「おら!さっさと取りに来い!いつまで寝てんだ!?」

 

 そう声を荒げたのはクラス切っての前線タンクである、金髪のモヒカンヘッド八賀根鉱哉である。彼は軍隊も裸足で逃げ出す訓練をなんとか耐えきり、耐えきってしまったがために、生き残り達と共に食事係へと任命されてしまうことになってしまった。

 

 「金すら溶かす王水の海に叩き込まれるとは思わなかったがな…。」

 

 溶けていく身体を溶けた先から『鉱化』させるという、まさに地獄のような訓練だった。もう二度と、№1夫妻の顔すら見たくないレベルである。

 

 「何が溶鉱炉の中で生活した奴がいるだよ、知らねえっつーの。」

 

 「なかなか荒れてるね、八賀根君…。」

 

 本当に溶鉱炉の中で生活させられた現役ヒーローがいるのだが、鉱哉からすれば知ったことではない話。そうやってらしくなくブツブツ言いながら食事の配膳をしているところに、突然声がかかった。

 

 「うお!?…ってなんだよ武藤か。いるならいるって言えよ。」

 

 「まあもう例の如く結構前から言ってたけどね。最近傷つかなくなってきたよ。皆さんのお陰でね。」

 

 いつまで寝てんだの辺りから声かけてたんだよ?っと武藤が言えば、全く気づかなかっことに引け目を感じて、鉱哉はそのモヒカンと同色の瞳を彼から逸らすことにした。

 

 「ふふふ。」

 

 そんな筋骨隆々とした巨漢のらしくない姿に、思わず笑顔を浮かべるクラス随一の男の娘。アッシュの髪が揺れてその奥に見えるその微笑みは、モデル顔負けの可憐さを周囲へと振りまいていた。

 

 「んだよてめえ、何笑ってやがんだ!?」

 

 「なぁーんにも。それより今日のカレー、八賀根君が指揮して作ってくれたんでしょ?」

 

 「あ?あぁまぁな。生き残ってたのが誰も料理できねーから、指示だけ出してやらせた。」

 

 粗雑な印象を与える金髪モヒカンヘッドである鉱哉だが、その実施設で子供達の面倒を見ることも多く、家事全般は一通りできたりする。大変意外であるのだが。勿論そう感じたのは、存在感を母親の子宮に置き忘れてきた遊次も同じ。なので――――

 

 「なんかすごく意外だよ、料理どころか家事すらしなさそうだった。」

 

 しっかり声に出してみることにする。

 

 「なんだとてめえ!?」

 

 「ふふっ、さっき気づいてくれなかったお返しだよ。配膳手伝うね!」

 

 先程の意趣返しが上手くいったことに対し機嫌を良くしたのか、遊次は笑顔を浮かべて鉱哉の配膳を手伝い始める。クラス一の剛腕が注いだご飯に、カレーを手際よく注いでいく。クラス全員分のそれが終わった頃には、気絶していた生徒達も意識を取り戻し、なんとか食事の時間と相成ったのであった。

 

 

 「さて、お互いお膳立ては完璧ってか。」

 

 学生達が協力し合って食事を取る様子に、ニヤリと笑顔を浮かべる金髪赫眼の副担任。襲撃があるとすれば今日の夜なのは明らか。不測の事態が起こる可能性があろうことを、わざわざ№1夫婦には告げていないものの、天然の割に鋭い焦凍と洞察力に優れた百の二人なのだ――――呼び出された段階で、ある程度何かあることぐらいは察してくれているであろう。

 

 「まぁだからこそ、あの二人が犯人ってことだけはねーからな。」

 

 腹芸ができない天然とお嬢様の二人である。もし犯人ならこんな回りくどいやり方をする意味はなく、勝己の評判を落とすことが狙いならもっとスマートな方法が№1にはいくらだってある。つまり、白だ。

 

 「ったく気分の良い話じゃねーぜ。」

 

 「一体何が気分の良い話じゃないのさ?」

 

 かつての仲間を疑わなければならない胸糞悪い話に対し、思わず溜息を付いた勝己。その独り言ちた瞬間、声を掛けてきたのは宙に浮かぶ人間の口。月光に照らされるそれは、どこか不気味に彼のことを睥睨しているかのようで。

 

 「あぁ?お前には関係ねぇ話だわ。失せろ。」

 

 「この林間学校の責任者は私だよ。勝手なことは控えてくれると助かるね。」

 

 「別に俺が何か企んでる訳じゃねーわ。帰れ。」

 

 その個性『トカゲのしっぽ切り』にて、分割した身体を宙へと浮かす切奈。恐らく耳も近くで浮かんでいるのであろう。口だけなのに会話が成立しているのはそういう訳だ。

 

 「日頃から耳だけ俺の近くに浮かしてんのか。無駄にやらしいなてめぇ。」

 

 「情報収集、集めましょっと。」

 

 日頃から常に見張られいた可能性に漸く気づいて、暴君の眼光が鋭くなる。幾重の犯罪者を震え上がらせたそれは、しかし同期の彼女には通じもしないようだった。飄々とした言葉が、口だけの姿から発せられる。

 

 「何を隠してるかまでは知らないけれど…生徒が無事帰れないような話なら、許容することはできない。それだけは釘を刺させてもらうよ。」

 

 「はっ。それだけはありえねーだろ。舐めてんのか。」

 

 「無事に帰って来れなかった誰かさんの台詞だけに、含蓄あるよねー。」

 

 明らかに苛立せることを狙った切奈の言葉に、より眉間の皺を濃くした破壊の申し子。その両手からは、いつ火花が生まれてもおかしくないような異様な雰囲気。ただそんな二人に、月光だけが降り注ぎ続けていて。

 

 「もし何か起こってガキどもが帰れなかったら…。」

 

 「副担任としてクラスは任せられない。辞表置いてってもらうよ。」

 

 夏の夜。雲がなくてもどこか気だるい、湿度をはらんだそんな空気。それを振り払うかのように発せられた二人の会話は、何かを切り裂くかの如く鋭いものようだった。

 

 

 

 

 

 

 あまりにもファンが多すぎて、最初はやきもちばかり妬いておりましたわね。えぇ、だって仕方ないことですもの。何せあなたは世間で言う所の…イケメンという奴でしたから。元1-Aの子達だって、イケメンだって騒いでたこともありましたのよ?だからですわね、始めての喧嘩は私のやきもちが暴走してしまって。なのにあなたは、さっきの喫茶店が気に入らなかったのかなんて言い始めて。あら?覚えていらっしゃったのですね。私は勿論忘れていませんわよ、どんな小さなことも大切な思い出ですもの。

 そして喧嘩した後でしたわね。「やきもちなら俺の方が酷いぞ」って言いながら、私を抱きしめてくれたのは。本当に、天然ボケと言うのかしら、それでいて頑固なんですから、仰って頂かなければわからないこともたくさんありましたわ。え?それは俺もだって?ふふ、女心というのは何でも直接聞けば良い訳ではございませんのよ?…明日からはずっと一緒なんですから、時間をかけてお互いわかりあって参りましょう。

 ただ旦那様と呼び慣れるのは、少しだけ待ってくださいね、焦凍様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




んんー襲撃される所までいきたかったなぁって。
読了ありがとうございます。感想頂けると今後の励みになります、何卒宜しくお願い致します。



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轟「爆豪から林間学校のお誘い…」八百万「怪しさしかないですわねぇ」 その5

 

 

「んー!!疲れた~!!」

 

 補修用テントと銘打たれたそんな大変不名誉な場所。そこから響く呑気な声に、補修組の担当をしていた取蔭切奈は、思わずその声に驚いてしまっていた。

 

 「…そっかぁ、武藤居たんだね…。」

 

 「先生が補修で呼んだんですけどね!?流石に理不尽すぎるよ!!」

 

 夜とは言え、依然うだるような暑さに変わりはないのだろう。彼こと武藤遊次は日頃降ろしているアッシュの髪をサイドポニーにしている。担任のあまりと言えばあまりの発言に、クラス随一の男の娘は、怒りと共にそのサイドポニーを振り乱していた。

 

 「いや、流石に居たのはわかってたよ?気がついたら忘れてただけで…。」

 

 「そんなことあるんですか?!僕出席日数とかちゃんと付けられてるんですよね!?」

 

 「…。」

 

 「嘘でしょ!?」

 

 いやまぁ流石にそれは冗談だよ――――――そう言って目を合わすどころか、目のパーツだけどこかに飛ばしてしまう担任の先生。側から見たらただのショッキング映像であるのだが、遊次からすればもう何を信じていいのかもわからない。大人どころか世界は全て嘘吐きだ。

 

 「まぁともかく武藤は課題も終わったみたいだし、十礎みたいに肝試し組と合流してもいいよ?」

 

 遊次としてはその管理体制の杜撰さ(しかし本人以外は無理もないと思っている)について言いたいことがあるものの、赤毛の毒忍者や数学×のお狐様が呻き声をあげているのを聞いて、すぐさま退散しようと意識を切り替えた。

 ちなみに魔眼を使う副委員長はそうそうと補修をやり遂げ、肝試し組へと合流していった。

 

 「そ、そうですね…。なんかみんなゾンビみたいになってきたし、ボチボチ行きます。」

 

 「…まぁ道には迷わないようにね。」

 

 「居ないと気づかないまま帰っちゃいそうだからですか?」

 

 「…。」

 

 「ちょっとぉおお!!?!?」

 

 再び目が泳ぐ(物理)担任に、言い募るクラス公認の出オチキャラ。再び始まった押し問答に、涙が止まらなくなる遊次。いい加減慣れちゃったけどねと捨て台詞を吐いて、彼は肝試し組へと合流しにいくのであった。

 

 

 

 「一人移動シ始メタナ。」

 

 本来なら国有地として国に管理され、特定されるはずがない林間学校。しかし今回は一体誰にとっての幸運なのか。時代の隅に埋もれた亡者達が、再びその姿をさらさんと迫っていた。

 

 「強ソウカ?」

 

 「否。」

 

 問いかけた側も答えた側も、どこか日本語に不慣れな外国人が会話するような――――――しかし彼らの頭部は、人間というには些か特殊過ぎる外見をしていた。

 

 「身体付キ等カラ見デモ、恐ラク後方支援要員トイッタ処ダロウ。ヤハリ警戒スベキハ話ニ聞イテイル引率ノヒーロー共ダ。」

 

 「コイツラヲ殺セバ我々ハ自由。ソウダナ≪導≫。」

 

 ≪道≫と呼ばれた男がその声に反応して振り返る。その異形の面構え。そこには本来あるはずの頭部が無い。正確には、脳組織を守るべき骨格が存在しない。剥き出しにされたそれ。闇に潜む彼等は皆その特徴を全員備えていた。かつては改造人間、『脳無』と呼ばれた連中達であった。

 

 「ソウダ。コノミッションサエクリアスレバ、モウ薄暗イ倉庫ノ中ニ閉ジ込メラレル必要モナイ。」

 

 ≪導≫と呼ばれた細身で小柄な脳無が、この場に集った十人の仲間達へと言葉を繰る。ここさえ乗り越えれば、もう鎖に繋がった生活をしなくていいと。自分たちは自由になれるのだと。

 

 「シカシ相手ハ強敵。イクラ『ハイエンド』ト言ワレタ我ラデモ難シイダロウ。」

 

 「ナラアノ牢獄ニ死ヌマデ居ルツモリカ?≪雷≫ヨ。」

 

 「…ソウダナ。」

 

 第二次神野戦線で敗北してからの日々。匿ってはくれていたものの、私有地であるらしい個人の倉庫に、碌な設備も無い状態で押し込まれ続けた時間。潜伏が暴かれなければ死ぬことこそ無きにしろ、生きる意味を見失ってしまっていたそんな時間。

 

 「例エ命ニ変エテデモ、ココガ我ラノ勝負時ダ!!」

 

 「「「「オオッ!!」」」」

 

 闇夜に響く残党達の声。全て失ったからこその魅せる力と輝き。それは決して、恒常的に輝く太陽とはまた違った強さを持っているはずだから。

 

 「悪イガ我ラノ自由ノ為ニ!散ッテモラウゾ!雄英生!」

 

 ≪導≫の声に走り出す十人の改造人間達。人の闇より這い出た彼らの牙は、真昼間に生きる若き命を砕かんと、草木を掻き分けキャンプ地へと向かうのであった。

 

 

 

 最初その姿に気づいたのは、やはり小野田小町であった。

 

 「何?あれ?」

 

 「木の上に人間?」

 

 常日頃から視野を広げようと心掛けているのもあるのだが、それにしてはやけに目を惹かれてそちらに意識を取られて見てしまう。隣にいる大江ノ山外道丸も、どうやら同じであるようだった。

 

 「少し距離があって見えにくいけれど…。」

 

 「何だか結構、インパクトの強い外見をされているようですね…。」

 

 異形型という呼称と存在が公に認められている世の中だ。だから例え視界に映った相手の脳みそが露出していて丸見えでも、指摘するのは吝かだ。そういう『個性』だってあるのかもしれないのだから。

 

 「あれ?でも何だったかしら、脳髄が出てる…。本でも授業で習ったはずなんだけど…。」

 

 何かそう、引っかかるものがあるはずなのに、不思議と視界に映る人物が気になってしまい思考がまとまらない。考えようとしてもどこかあの人物を見なければいけないと引っ張られるような――――――

 

 「いけません!!小野田さん!!」

 

 この声は恐らく、自分たちより少し奥に進んでいた十礎聖のものだ。でも五月蠅い。私はあの人物を見続けているし気になるから今は声をかけないで欲しくて――――――

 

 「敵襲です!私の『識別眼』が反応しました!あれは攪乱型の脳無です!!」

 

 「モウ遅イ。」

 

 「!」

 

 意識があるのに動きが止まった小町に外道丸、その二人へと必死に声をかけていた聖に向けて、更に第三者から声がかかる。不穏な、カタコト言葉で。

 

 「『雷撃』!」

 

 瞬間、その大きな亀のような体から噴出した、極大の雷撃。その亜光速の一撃を見切るどころか動くことすらできず、その身に浴びて膝を着く三人。

 

 「んあっ!?」

 

 「ぐう!!」

 

 「ああぁ!?」

 

 全身から煙を噴き上げ、そのまま痙攣する三人。声をかけていた聖でさえも、その雷撃を前に沈黙してしまう。

 

 「コノ娘、≪乱≫ノ個性ヲ振リ切ッタノカ?ヤハリ雄英、侮レナイナ。」

 

 尚も全身を放電させながら、雷撃を纏う改造人間は油断無く三人を見据えてる。そして三人が震えるだけで何もできないことを確認し、留めの一撃を放たんとその力を収束させた。

 

 

 ハイエンド≪雷≫  個性:蓄電・放電・帯電・雷精製・雷収束・雷吸収・雷指向性・雷耐性・雷回復・超再生

 

 

 「恨ミハ無イガ、スマンナ。」

 

 「そう思うなら勘弁してくれよ!!」

 

 「!」

 

 言葉と共に、その雷撃の前へと踊りだしてくる赤銅色の身体。その身体は、電気抵抗がもっとも低いと言われる赤銅へと変わっていた。金髪モヒカンヘッドの前線タンク――――

 

 「やらしゃしねぇよこらぁ!!」

 

 八賀根鉱哉がその身をかけて、仲間達への攻撃を受け持った。

 

 「前線デ盾ニナルカ…。面倒ダナ。」

 

 触れてもいないのに大地すら焦がし、天すら焼いたのではないかと思うほどの閃光。紫電のそれは、しかし本来の役割を発揮することすらできず、赤銅の身体から地面へとそのエネルギーを流されてしまっていた。

 

 「個性の相性が悪いみたいだな亀野郎!!」

 

 そのまま拳を握りしめ亀型の脳無へと飛びかかる、筋骨隆々とした高校一年生。未だその力は雛鳥なれど、傷ついた仲間を見捨てるやり方など教わったことは一度もない。

 

 「ブロンズスカラック!!」

 

 振り上げた大上段からの拳。赤銅に輝くチョッピングライト。

 一見すれば隙だらけに見えるそれは、その身の防御力でカウンターを無視できる攻防一体の一撃。それはものの見事に亀の頭と思しき部分へと吸い込まれていった。が―――

 

 「生憎ダッタナ。」

 

 「!」

 

 骨が砕ける確かな手応え。しかし目の前で再び雷が迸るヴィランの姿を見て、鉱哉はそれに何の意味もなかったことを悟った。

 

 「再生能力!?複合個性だと!?」

 

 「座学デ習ワナカッタカ雛鳥。我等脳無、ハイエンドト呼バレタ固体ハ――――」

 

 そして再び放たれる、明確な指向性を持つ雷撃。後ろへと行かせない為に、全身を大の字に広げながら、なんとか射線を潰した前線タンク担当。その表情が苦悶のそれへと変わる。

 

 「異常ナ数ノ複合個性ヲ持ッテイルト。」

 

 亀の頭、さらけ出された脳髄。複眼のようにも見える双眼から覗く赤黒い瞳が、金髪金眼の雛鳥のそれを捉えた。

 

 「身体ヲ銅ニ変エラレルナラ、焼キキレルマデ通電サセルダケダ。」

 

 「ざけんなよ!糞!」

 

 野犬のごとく咆哮を再びあげて、悲しき改造人間を睨む現役高校生。しかしその脳裏では指摘され事実を否定できずにいた。雷を浴び続ければいずれこの身は焼ききれる。それこそ蛍光灯の電気が切れるかの如く。加えて、

 

 「木の上にいる脳無に、意識が取られるっ…。」

 

 たまたまさっきは聖の声が耳に届いたことで、一時的に洗脳状態が解除されたが、再び意識が取られそうになりつつある。

 

 「教師陣ガ来ルマデモタセラレルナドト思ワナイコトダナ!!」

 

 再び国有林の闇を照らす紫電の光。それを前になんとか歯を食いしばり、状況の悪さに辟易としながらも、再び飛び出していく不屈のモヒカンヘッド。夜明けは未だ遠く、それこそ明ける瞬間まで命があるかもわからないが―――――――

 

 「雛鳥なりの意地ぐらい、見せてやるってんだよコラァ!!」

 

 雄英高校1-A出席番号16番、八賀根鉱哉。負傷者を背に、未だ飛び方を知らない少年は、無謀とも言える戦いへと身を投じたのであった。

 

 

 

 「やっぱり辞表は置いてってもらうからね爆豪…。」

 

 汗が滲むうなじに少し癖のある黒髪のポニーテール―――クラスを束ねる担任の先生にして、林間学校の責任者である取蔭切奈は、目の前で起きている現状に恨み節を言わざるを得なかった。何が自信満々に大丈夫だと言うのか、あの金髪をバリカンで剃ってしまいぐらいである。

 

 「まぁ今はグダグダ言ってもしょうがないんだけどね!」

 

 現在進行形でいやらしいと評されるその頭脳と性格を駆使して、この補修組テントに起きた出来事を整理していく。それこそ事件は、先程影が薄い男の娘がこの場をさってしばらくしてからのことだった。音による衝撃と熱線がいきなりこのテントを襲ったのだ。

 

 「頼れる副担任の様子がおかしいから、片目で周囲を警戒してて良かったよ…。」

 

 そのまま即生徒達に指示を出してテントを脱出。燃え上がり吹き飛ぶそれを尻目に、誘導されたが如く二体のヴィランが逃げ出した先へと急襲してきた。

 

 「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

  

 ライオンと虎、そして狼の頭を持つ三つ首のヴィラン。御丁寧に全ての頭から脳味噌が丸見えになっており、自身が何者かを如実に物語っていた。そしてその背から生える翼は、蝙蝠のものと大鷲のものとで左右不揃い―――まるで空想上に出てくる合成獣が如き有様。理性の存在すら怪しい眼光は、更にその不気味さへと拍車をかけているのであった。

 

 

 ハイエンド≪獣≫  個性:狼・虎・類人猿・猛禽・蝙蝠・三つ首・牛・カバ・筋肉増幅・超再生

 

 「飛ビ出スノハ打チ合ワセ通リダガ、タイミングハ合ワセテ欲シイモノダナ≪獣≫…。」

 

 コードネームだろうか、獣と呼ばれた脳無を守るように追随する騎士のような鎧を纏う翡翠色のヴィラン。彼も恐らく同種であろう証に、脳は丸見えなのだが、その話口調からは理知的な様子

が伺えた。六本も腕が生えてなければ仲良くできたのかもしれない。

 

 

 ハイエンド≪盾≫  個性:衝撃吸収・衝撃反転・衝撃耐性・超反射神経・筋肉増幅・多腕形成・熱耐性・氷耐性・振動耐性・超再生

 

 

 「いっくよー!!!!」

 

 急襲へと合わせて前へと出られたのは、狐火を尻尾に灯した元気印―――孤城姫子と、

 

 「面子的に私が出るしかないじゃない!もー嫌だ!」

 

 前で戦えるメンバーが自分しかいないからと、毒づきながらも苦無を構える女忍者―――久野一子だ。その二人をフォローさせるために、切奈は残りの生徒へと声をかける。

 

 「骨川は周囲に煙を展開!遠距離要員がいるわ!花上は久野、塩田は孤城の援護!岸と六郎木もそれぞれ前に出なさい!!」

 

 遠距離からの襲撃で始まった開戦。煙での攪乱を指示し狙い撃たれることを防ぎ、遠距離要員には前線へのフォローを指示する。―――――――もはやクラス全員にビビり判定をされた岸影智と、生きる意欲すらどこかへと置いてきた六郎木碌朗が例の如く前に出ていなかったので、それに 咤するのも忘れない。

 

 「動けないのは当然なんだけどね、何せ生徒によっては初の実戦だから。」

 

 初めて行ったインターシップでガチガチに緊張してしまい、禄なことができなった自分を一瞬だけ思い出す元1-Bの索敵担当。それが今やにっくきA組の担任なのだ、人生というのは何が起きるかわからないものである。

 

 「感慨にふけってる暇はないんだけどね!!」

 

 言葉と共に生徒へ散開を指示。全員が大きく下がった所へ遠方から飛来した火炎に氷撃。煙の外で哨戒させていた左目のお陰で、なんとか攻撃の予兆へと気づけた。

 

 

 ハイエンド≪砲≫ 個性:毒肩放出・音波肩放出・火炎肩放出・氷肩放出・熱線肩放出・風方放出・剛牙・顎力・蝙蝠翼・超再生

 

 

 「味方が居るのに撃ってきた!?」

 

 大きく声をあげるのは、誰よりも友達を大切にするお狐様。ヴィランならあり得るかと考えている赤毛の毒忍者は表情一つ変えてはいない。戦力を減らすことに違和感はあるようだが、それでもその表情に陰りは見出せなかった。

 フレンドリーファイヤを誘発した骨川の煙が先の影響で効力を失う。そこには―――

 

 「ささささ、再生してる!!!!!」

 

 「フレンドリーファイヤ大歓迎ってことね。忌々しい。」

 

 クラス委員長の悲鳴に答えるように、切奈は言葉を返した。その右目が映す目の二体の脳無は、今受けた火炎も氷撃によるダメージも、全て再生が始まってしまっている。騎士のような脳無に至ってはそもそもダメージすらほとんど受けていないようだった。

 

 「やっぱり辞表は置いてってもらうからね爆豪…。」

 

 何かしらあるだろうとは思っていたが、蓋を開けてみれば再生能力付きの脳無が三体――――飛ばしている右耳が拾う範囲では他でも似たような状況、操る個性の多さから一体一体がハイエンドクラス。

 

 「守れるもんなら守ってみなさいよ、ったく!!」

 

 恐らく自身もどこかで戦闘中であろう、金髪赫眼の暴君へと不満を爆発させる林間学校の責任者。どうやら今日は、はいしゅーりょーとはいかないようだから。

 

 「生き延びていたら私があいつを殺してやる。」

 

 中間管理職の瞳に宿る殺意はとりあえずのところ、本人よりも眼の前のハイエンドへと向けることにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりの皆様こんばんは。初めましての方もこんばんは。ミジンコ並みの速度ですが久しぶりに更新させていただきました。また読んで頂けたら幸いです。


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轟「爆豪から林間学校のお誘い…」八百万「怪しさしかないですわねぇ」 その6

 

 

 

 「レーザーブレスったい!!」

 

 九州地方独特の方言と共に放射されたのは、白色光のレーザーブレス。女だてらに修羅の国、福岡でレディースをしていたその橙髪の遠距離担当――――伊木山吟子が放った一撃だった。

 

 「風玉・連弾!!」

 

 空を舞う鳶色の翼、散切り頭のロングの黒髪。そのオッドアイの眼光の持ち主――――嵐島飛天が放った風の弾丸は、その白き閃光を追うかのように、対峙していた襲撃者へと牙を向ける。

 

 「やったったい!?」

 

 そして相も変わらず前線で囮要因を買って出ていた銀髪の近接担当――――『博多弁天』リーダー氷川寅子だ。天性の避け感を誇る彼女であるが、その脇腹は既に自身の血で赤く染まっている。神野を知る古強者の攻撃すら避け切る彼女でさえ、躱せない何かを繰り出されたらしい。

 

 「その台詞はフラグだよ…。」

 

 一見青狸に見える少女。狸耳を生やし、二つに分けた三つ編みを背中に垂らしている――――野開未来はフィクションの定番とも言える台詞と流れに、その隈のある顔で冷や汗をかいている。物語の中なら、先程の台詞が出た段階で相手が怪我をしている可能性はほぼない。

 

 「クハハハハハハ!!効カン効カン!!」

 

 やはりというかなんというか、煙が切れた先にいた脳髄が丸見えのヴィランは、全く元気な様子でその姿を再び現した。

 

 

 ハイエンド≪柔≫ 個性: 衝撃吸収・衝撃反転・衝撃耐性・剣精製・酸放出・熱線腕放出・超反射神経・筋肉増幅・多腕形成・超再生

 

 

 「くそったれったい!!」

 

 再び姿を現した脳髄が無い改造人間―――――――人型の脳無へと踊りかかる、シルクロードの髪を持つ銀髪銀眼の近接担当。先程怪我を負ったことを気にしてか、『有翼の風使い』もその羽を二刀の刃と化して、追随するように前へと飛び出した。

 

 『フン!!』

 

 「「!」」

 

 一つの拳撃に十の連撃。個性:多腕形成により増やされた拳が、本来想定していたのと違う角度で吟子や飛天に襲い掛かる。それはまるで嵐の日の濁流のような。拳の群れはまるで流動物であるかのように二人へと接敵する。

 

 「なんのったい!」

 

 しかしそこは天性の避け感だけを武器に雄英へと入学した寅子と、神童と謳われた飛天である。『白虎』の鎧や双羽剣を盾になんとか躱す。だが距離を取った二人の手には、砕かれた氷の鎧と折れてしまった鳶色の剣しか残らなかった。

 

 「ソコ!!」

 

 前線担当の二人が引き付け切れなかった結果、次弾を装填していた後衛二人へと、ヴィランはその牙を向ける。右腕から放たれる熱線は吟子を、そして左手から噴出した酸は未来へと、それぞれがスナイパーの如き精密さをもって放たれた。

 

 「!レーザーブレスったい!!」

 

 喉が焼ききれる勢いで放ち返した白き閃光。それでなんとか相殺。未来はなんとか役に立とうと、スーパーポケットから出したセメントガンを盾に、強酸の水流を防いでいた。

 

 「これはもう使えないけどね…。」

 

 一つの攻撃を防ぐのに一つ武器を失うか、次弾を装填できないほど振り絞るか。

 四人がかりでここまでの差。事態の重さに、絶望の足音が聞こえた吟子と未来。相手と距離を取り、俯瞰的に戦場を眺める遠距離担当とポーターの2人だからこそ、その事実が重く突き刺さった。しかしだからと言ってしまってもいいのだろうか――――――

 

 「諦めない!」

 

 「だからどうしたとぉ!!」

 

 夢を追う『風使い』と、目標を定めた『しろつめ寅子』は止まらない。

 

 「ダカラコソ面白イゾ雄英生!!」

 

 接敵してくる高校生相手にその個性を顕現する、ハイエンドと呼ばれている個体。個性:筋肉増強により肥大化した腕が、個性:多腕形成により増加し、その一本一本の拳から剣が生えている。個性:剣精製の合わせ技だ。

 

 「まるで千手観音ったいね!」

 

 「拝む気にはなれないがな!!」

 

 言葉共に踏み込む高校生2人。夜空に生える銀髪の手には、手数を優先してか二刀の西洋氷剣。対し散切り頭のオッドアイが持つのは、やはり使い慣れた羽双剣。

 

 「「だああああああああああ!!!」」

 

 そして踏み込みと共に舞い上がる土煙。それを境に降り注ぐ濁流が如き剣閃。一つ一つは個性:超反射神経によりコントロールされている――――――的確に急所へと襲ってくる大量のそれは、まるで戦場そのものと戦っているかのようだった。

 

 「羽根手裏剣!!風玉!」

 

 「目潰しアイスブレス!!」

 

 上段から襲ってくる剣閃を飛び道具で逸らして躱す。次に襲ってくる斬撃は避けずお互い双剣にて受けて、その隙に足を狙った攻撃は跳ねて躱していく。少し大振りな動きがあれば立ち替わり入れ替わり、少しでも敵の攻撃を逸らすための布石を打ち続けた。『神童』と『リーダー』、誰が相手でも憶さず向かっていくのは、己の憧れに一歩でも近づきたいから。未だ羽ばたくには怪しい翼だが、懸命に空へと飛ぶために藻搔いている。

 

 「それはあんたらもそうじゃなかと!?吟子!野開!!」

 

 足が止まり呑まれてしまった2人へと、発破をかける修羅の国のレディース総長。相手が自分より強いことなど当たり前だとばかりに、その歩みは止まらなかった。いや、止まって来なかったから。

 

 「っ、リーダー…。」

 

 そんな彼女の姿に、ゲーセンで闘い死を覚悟した時のことが吟子の頭をよぎる。ほとんど何もできずに、結局見ているだけだった自分達のことを――――――

 

 「やってやるったい!!」

 

 怒髪天が如く逆立つ橙色の髪、そして吊り上がる両の眼。それは個性発動の予兆。博多弁天遠距離担当『ジト目のお吟』。その口から、雷の閃光が迸る。

 

 「ライトニングブレスったい!!」

 

 発破をかけたリーダーはしたり顔でヴィランからは距離を取っており、飛天もそれに合わせて距離を置く。その空いたスペースを射貫いていく稲光。紫電のそれは、『死へと誘う千手観音』へと一寸の狂いもなく吸い込まれていく。

 

 「雷撃カァ!面白イ!!」

 

 紫電をその身に受けて、尚口元だけの笑顔を浮かべ続けるハイエンド。それは脳無という存在が持つ種族的特性ではなく、きっと彼個人のアイデンティティなのであろう。つまらん援護などいらんとばかりに、他の場所で発生しているヴィラン側の意識誘導個性はこの場所だけ対象外となっていた。

 

 「ケホッ、再生されてるったいね…。」

 

 自身が放った全力の雷撃。それを真っ向から受けたにも関わらず、一見多椀の化け物の身体はピンピンしているようにも見える。しかしその身体から舞い上げる煙は、雷のダメージによるものだけではない。身体が個性により再生される際に噴き上がる、再生煙と呼ばれるものであった。再生持ちのクラスメイト――――――大江ノ山外道丸や土屋大地の姿を見ているため、吟子達はそのように断言できた。

 

 「怪我ヲシナイトイウ身体モナカナカ面白イモノヨ!種ハソレダケデハナイガナ。」

 

 個性:超再生と個性:衝撃吸収、そして衝撃耐性。攻めのバリエーションだけではなく、彼は守りも鉄壁。攻防を柔軟に熟せることから彼の通称は――――――

 

 「我コソガハイエンド≪柔≫ナルゾ!血湧キ肉躍ル闘イヲ望ム!!」

 

 「勝手にやってろったい!」

 

 「友達が少ないのか?」

 

 勝手にやってきて勝手に暴れて、好きに暴れ回る犯罪者に対し啖呵を切る寅子と、『風を操る癖に空気が読めない』発言をぶっこんだ飛天。それぞれアイデンティティ丸出しの発言と共に、二人は生物学的に格上の相手へと飛びかかった。

 

 「甘イワ!!」

 

 再び襲い来る剣閃を伴う拳撃。首を傾け身体をねじり、強引に羽ばたいて躱す『虎』と『風』。それでも明らかな限界は訪れる。先程寅子の脇腹から、血が滴っていたように。

 

 「くっ!!」

 

 躱しきれず来るであろう斬撃を前に、歯を食いしばるレディース総長。その間隙の刹那、潜り込むのは青い影。それはまるで野狸が山を駆けるかの如く――――――

 

 「私は狸じゃない、アライグマだぁー!!!!」

 

 「!我ガ無数ノ剣戟ヲ受ケ止メルカ!」

 

 自称アライグマな青髪の少女、野開未来の両手にはめられたのは赤いガントレット。それは『壊れた英雄』がかつて、その師と共に拳を繰りだすために嵌めたサポートアイテム。本来は攻撃時の衝撃を緩和する為のそれを―――。

 

 「守るために使うんだ!サポートアイテム・フルガントレット!」

 

 「猪口才ナァァァ!!」

 

 「嵐島!!」

 

 「あぁ!!」

 

 攻撃の拍子が崩れた瞬間を狙い、二刀の剣閃を一気に叩き込む寅子と飛天。やはり回復され、なんならこちらの武器は個性:衝撃反転の影響で破壊される。だが、

 

 「壊されたらすぐ作り直せばいいっと!!」

 

 「夏の羽毛は薄くて壊れやすいな…。」

 

 再びその両手に武器を生み出し後ろには一歩も下がらない。もし避けられない致命の一撃があれば、未来がフルガントレットで盾代わりになる。そしてこの瞬間も、吟子がライトニングブレスを撃つタイミングを模索している。

 

 「ダメージは回復しても痺れは残るったいね!?」

 

 雷撃を受けた直後に鈍っていたヴィランの動きを、雛鳥達は見逃さなかった。衝撃への備えは万全でも、守り特化ではない以上どこかに弱点は残る。

 

 「面白イゾ雛鳥共!!ソノママ存分ニ闘イヲ楽シマセテクレ!!」

 

 「だからそういうのは!!」

 

 「他所でやってくれったい!!」 

 

 言葉共に再び交わる最高傑作と雛鳥達。互いに全力を尽くし動く様子は、戦場でこそ煌めく命の輝き。その光を失うのは果たしてどちらが先なのか。飲み込むだけの夜の帳は、決して教えてはくれなかった。

 

 

 

 「座り込んでる場合じゃないんだよ!!!」

 

 そう声をあげ怒鳴るのは、どちらかといえば温厚と称される黒髪の少年、出水洸汰であった。

 

 「林間学校中に煙が上がってる!爆発音だってそこら中でしてる!!ただ黙って座ってちゃダメだ!!」

 

 勿論これは癇癪を起こして一人で喚き散らしているのではない。突飛な事態に叫びたいのは本音だが、過去の経験と今日まで学んできた雄英での日々が、彼になんとか理性を維持させていた。そう、それは頭によぎる己の英雄と話を聞いてくれた偉大な先達。かの二人なら、絶対こんなところで挫けないことを知っているからだ。

 

 「戦えって言ってる訳じゃない!やれることをしにいくって言ってるんだ!!立てよ!!」

 

 言葉共に震えて動かなくなっていたクラスメイトの胸倉を掴み上げる。強引に立たされた相手は、それでも尚座り込もうと藻搔いてくる。

 

 「いい加減にしろよ!土屋大地!!」

 

 「……っ、離して下さいよ!!」

 

 強引に捕まれた腕を振り払おうとする、地味目の茶色い少年。しかし一端語り始めれば朝まで持論を展開するような男であることを、洸汰はこの半年近い付き合いで存分にわかっている。そのせいで孤立し、未だ不貞腐れていることも。

 

 「なぁ!!どういう状況かわかってんのかよ!!」

 

 硬質の髪を振り乱し言葉はつい荒くなっていく。攪乱型の脳無の影響はここにも来ている。怒鳴っていなければ吞まれてしまいそうなのを、なんとか歯を食いしばって耐えているのだ。きっと闘っている他のクラスメイトも。

 

 「だからって僕らでそのヴィランを倒しに行くの!?そんなの無謀過ぎる!!」

 

 「誰もそこまでは言ってない!!せめてこの個性発動の邪魔をするだけだ!!」

 

 「それが無謀だって言ってるんだ!!!」

 

 最後にはその両の手で大地は洸汰のことを突き飛ばし距離を取った。意識は以前誘導されつつある。なんとか抗うためにも、お互い言葉は荒くなっていく。

 

 「脳無が何か覚えてないんですか?授業でもやりましたよね?十種類前後の複合個性、それに含まれる再生能力!僕や大江ノ山君みたいな特定条件下での中途半端に発動するものとは訳が違うんですよ!それ相手にたかが学生が!」

 

 「ただの学生じゃない!雄英生だ!」

 

 「だからなんですか!?思い上がりです!」

 

 その髪色と同色の瞳で互いのことを睨み合う。英雄幻想を無謀と宣うか。それともそれでこそヒーローだと立ち上がるのか。

 

 「無謀なことしてかえって先生達の足を引っ張るだけでは?それこそ昔林間学校に参加して、デクに庇われたんでしょ?同じように迷惑かけるだけですよ。」

 

 唾でも吐き出すかのごとく、嘲笑と共に洸汰のことを嘲ったクラス一番の皮肉屋。その瞳が暗く見えるのは、きっと夜が統べる闇のせいだけではないのであろう。

 

 「分は弁えてる。」

 

 夜の帳の中で、己の中に光がある少年は真っ向から答える。助けられるだけだった自分。自損してでも誰かを守り通してくれた『新たな象徴』の姿を覚えているから。

 

 「全体に見えるように攪乱する個性を使ってるけれど、それに突出してるように見えるんだ。一点でとどまっているのはそのせいだ。」

 

 闘いながら発動できるものならそうするでしょ?そう言葉を続けたもう羽ばたいている雛鳥。ただの英雄思考ではなく、一応の目算があることに驚く未だ受精卵ですらない少年。

 

 「でもそんなの先生に任しておけば…。」

 

 「先生達だって身体は一個しかないよ、オールマイトじゃないんだから。」

 

 それは伝説的な英雄となった人物の名前。一人で全てを救った偉丈夫。しかしもう彼おらず、今は皆で全てを守る時代となったから。

 

 「君は怖いんだよね?土屋君。」

 

 「!!別にそんなこと!!」

 

 そこには対等だと思える相手へと向ける敵愾心もなければ、意見が違う相手への対抗心もなかった。洸汰が大地へと向ける感情はもう一つだけ。

 

 「僕も君のことを守るよ。そのために少しでもできることを頑張る。ただ蹲るんじゃなくて、個性を使って上手く隠れていて欲しい。」

 

 助けを求める顔をしていた――――――そんな誰かへと向けた慈悲心。

 そしてそれは同時に、雄英生である土屋大地が己のことをそっち側だと気づかされた致命的なきっかけとなる。

 

 「じゃあ行くね!頑張ってくる!」

 

 走り出したクラスメイトにかける言葉は見つからない。どうしていいのかも分からない。ただ言われた通り、個性を使って作った土塊の中に身を隠して、彼は朝まで震えていることになったのだった。

そこに少しでも悔しさがあったかどうかは、やはり彼にしかわからないのであった。

 

 

 武藤遊次が膝を着いたのは丁度その時だった。サイドポニーにしていたアッシュの髪は、ゴムひもが切れたのか乱暴されたかの如くぼさぼざになっている。その身体は限界以上に酷使したのか、息は異常な程上がっており瞳孔が開ききっていた。もうダメだとは口にしない辺り、彼もまた雄英生なのであろう。

 

 「ダカラッツッテドウニモデキル訳ガネーケドナ!!」

 

 まるでプロのボディービルダーのような肉体。その身体から生える八本の腕。その腕にはそれぞれ刀や斧に果ては槌、遂には弓までもが生えそろっている。ここまで来たら勿論のこと頭蓋骨はなく脳髄が丸見えであった。残忍な口調は本人のアイデンティティ。

 

 ハイエンド≪殴≫ 個性:刃精製・斧精製・槍精製・槌精製・弓精製・剣精製・超反射神経・筋肉増幅・多腕形成・超再生

 

 「マルデ犯サレタ女ノヨウダナ…。ソソリマスナァ…。」

 

 彼の性別を知らずに舌なめずりをする、横幅が大きくまるで力士が如き体型の脳無。出てくる言葉には、今までの改造人間では確認されなかった三大欲求の一つである、ある意味下卑た部分を隠そうともしていなかった。

 

 ハイエンド≪攻≫ 個性:衝撃反転・刃精製・毒放出・帯電・帯炎・超反射神経・剛牙・筋肉増幅・多腕形成・超再生

 

 顎を持たれて顔を挙げられた遊次。その顔の前には、その身の欲求と下半身の怒張を隠そうともしない卑劣感。そのよだれをその端正な顔に受けて、ようやく男の娘は言葉を発した。

 

 「漆原君…。大空君…。」

 

 磁力を操る髭面の偉丈夫と、竹刀を操る美麗なる騎士―――真っ向からこの二体のハイエンドと戦った二人は、生きているか死んでいるかもわからない状況で、血の海の中で微動だにしない。折れた竹刀が、無念を示すかのごとく転がっていた。

 

 「学生ニシテハナカナカダッタナ…。」

 

 全身に炎を纏う神官風の男。勿論彼も脳髄が丸見え。しかしその火力は隋一のもの。それこそかつてのヴィラン連合『蒼炎』荼毘を彷彿させるかのような。その猛る豪炎は遊次が【召喚】した異形の動物達を焼き尽くしたのだった。まるで、敵わない。

 

 ハイエンド≪炎≫ 個性:蓄炎・放炎・帯炎・炎精製・炎収束・炎吸収・炎指向性・炎耐性・炎回復・超再生

 

 不快感を漂うと匂いと粘液の感触。それをその身に浴びながら、仲間の心配をした遊次に、大したものだと称賛を送りたい≪炎≫であった。しかしそれがなされることない。欲望に目が眩んだ同種二人を前に彼は言葉を謹んだ――――――下手に関わって敵意をぶつけられても面倒であったからだ。所詮遊次とは敵同士、味方の興を削いでまで言う気にはなれなかった。

 

 「ヤりたきゃヤりなよ…。」

 

 だからこそ次に聞こえたその言葉に、顎を掴んでいた同種二人すら言葉を失った。

 

 「まぁなんていうかボクには穴なんかないわけだけど…。それで気持ち良くなれるならなればいい。敗者が勝者に従うのは、勝った者の特権だからね…。」

 

 「ジャア思ウ通リニシテヤルヨ!」

 

 「潔ヨイジャネーカ!!」

 

 言葉ともに遊次の衣服を破き、地面へと組み敷くハイエンド二体。彼の下半身を確認した二人がそれもまた良しと口にしたのを≪炎≫は耳にした。だからこそ、止める。

 

 「待テ!」

 

 「ナンダ?邪魔スル気カ!?」

 

 言葉ともにその身に溢れる個性を顕現し、多腕に生まれた多くの刃を神官の脳無へと向けてくる≪殴≫。隣にいる≪攻≫も雷と炎をその身に纏い始めた。

 

 「時間稼ギダ。ソノ身ヲ犯サセ教師陣ガ来ルマデ時ヲ稼グ腹積モリダロウ。」

 

 その言葉に驚き遊次の方を振り向く二体の変質者共。策が露見した遊次は怯むことなく二人の方を睨み返し、言葉を繰る。

 

 「なんか揉めてるようだけど、ようはヤるかヤらないかの二つでしょ?ヤらないの?それとも童貞だからヘタレちゃった?まさかEDとか?それならヤれないね。すごんでるのは下半身だけなんてお笑い種だよ。」

 

 安い挑発。しかし娑婆の空気に舞い上がり、闘いに酔ってしまった改造人間二人は、理性でもって歯止めをかけるなど到底不可能であった。≪炎≫へと向けていた己の武器と剛腕を、そのまま裸体の男の娘へと向ける。

 

 「ナラ突ッ込メル穴カラ作ッテヤルヨ!!」

 

 「ハァ、ハァ…イイ声デ鳴ケヨ!!」

 

 「今度コソ待テ!!」

 

 「ナンダモウ鬱陶シイ!!」

 

 再び静止をかけてくる、一人冷静沈着な神官服の改造人間。灼熱の個性を身に宿すのに、その性格は個性によらないものであったらしい。彼は性欲に支配される同僚に一つだけ溜息を吐いて話し始めた。

 

 「興奮していると≪導≫の通信すら耳に入らないのか?来るぞ。」

 

 言葉共にその場から離れるハイエンド≪炎≫。飛来する赤き光源が、彼がそれまで立っていたであろう場所を焼き尽くす。それは改造人間のものとは違う、炎。

 

 「ヒーローが。」

 

 その言葉と頭に直接響く声に、ようやく事態を飲み込んだ≪殴≫と≪攻≫。二人も合わせて睨みつけた先には、悠然と歩く二人の男。

 

 「ハイエンドクラスが何体かってとこか?想定より温いじゃねーか。ったくよ。」

 

 爆発した金髪に、夜の帳すら焼き尽くすような赫眼。その瞳に射貫かれて、動くことすらできずに沈黙させられた犯罪者達が、一体何人過去にいたのであろうか。ヒーロービルボード『№2』にして、雄英高校1-A副担任――――――

 

 「大爆殺神ダイナマイト…。」

 

 「てめえその名前は二度と言うなって言ってんだろうが!!」

 

 如何に天才マンでも、ネーミングセンスにはどうやら恵まれなかったらしい。過去に付けた小二発言を堂々といじられ憤慨していた。

 

 「当時はドヤ顔がすごかったからな…。てっきり未練でもあるのかと思ってな。」

 

 「こいつら片づけ後はてめえをしばき殺す。」

 

 勿論ヒーロー界の核弾頭を天然発言でイラつかせる男などそうはいない。半身に火焔を宿しもう半身には氷河を纏う。その姿は皆で全てを守ろうとする、象徴無き時代の皇帝。ヒーロービルボード№1――――――

 

 「てめえこそあれだけ嫌いだった親父の名前なんざ、よく継いだもんだぜエンデヴァー。」

 

 「意趣返しのつもりか?いやらしい質問だな、爆心地。」

 

 新たな時代の二つの柱が、旧時代の改造人間と対峙する。狩る側と狩られる側。今宵は果たしてどちらがどちらとなるのか。夜の帳の中に、ようやく一筋の灯りが差したような気がした。




更新させて頂きました!
よろしくどーぞ!


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轟「爆豪から林間学校のお誘い…」八百万「怪しさしかないですわねぇ」 その7

プライベートが落ち着いて来たのでようやく更新です…
原作との世界線がズレ過ぎて死ねる。


「エンデヴァーノ相手ハ私ガスル!」

 

 神官服のハイエンド、全身から火焔を巻き上げる≪炎≫と呼ばれた改造人間は、プロの介入にも驚くことなく、冷静に陣頭指揮を取った。

 

 「≪殴≫ト≪攻≫ハ人質確保ト爆心地ヘノ時間稼ギヲ分担シテ行エ!!」

 

 身に宿る個性からは想像ができないほどの冷静さを保つ男、それはハイエンドという特殊な身体とは関係なく、彼のアイデンティティによるところが大きかった。そんな彼の脳内に直接響く≪導≫の反応も、特にそれを否定する意見はない。

 

 「クラエ!!」

 

 神官服の中から唸りをあげて、天へと届くかと見間違うほどの火柱があがる。自身を中心に発火した獄炎は、燃え上がった先から指向性を持って、『氷炎の支配者』へと踊りかかった。

 

 「ふん。」

 

 鼻息一つ。対峙した二代目エンデヴァーは、その端正な顔を歪めることなく、天から降り注ぐ業火を回避。猛火は対象を失いそのまま地面へと直撃。純粋な炎の威力のみで大地を融解させた。象徴無き時代の皇帝、その相手を一人でするだけの実力は確かにあった。

 

 「エンデヴァーさん!?」

 

 「心配シテイル場合か!!」

 

 「キャ!?」

 

 №1を心配する声をあげた男の娘は、ズタボロの身体を引っ張り上げられ、後ろから身体を掴まれる。個性を発動させようにも、身体はそれすらできないほどのダメージを負っていた。しかし、それでも――――――

 

 「僕のことは良いから、先生!やっちゃって下さい!」

 

 その翡翠色の瞳に宿るのは、不屈の精神。貞操を盾にしてでも時間を稼ごうとした、雛鳥の面目躍如であった。

 

 しかし彼女を拘束するハイエンド≪殴≫には、それを美徳ととるような精神は、恐らく改造前から備わってはいなかった。「虎」が戦った古強者や、他の生徒が対峙している同種族なら、また違った結果をもたらしたのだろうが。

 

 「生徒人質ニ取ラレテ動ケンノカヨ!!先生ヨオオオ!!」

 

 「くっ、いった!」

 

 強引に身体を引きずられた遊次の口から、悲鳴がもれる。しかも引きずった先は、意識を失った他の生徒の所へと。普段ならその手の行為に激怒し、竹刀を振るう群青色の同級生も、前線での切った張ったは慣れたものと、双剣を振り回す髭面の同級生も――――――血だまりに沈み微動だにしない。

 

 その血の海に踏み入れて、ボディビルダーのような体系の、スペックだけの改造人間は咆哮を上げる。

 

 「生徒三人ノ頭ガ大事ナラ動クンジャネーゾ!!!」

 

 「叫び過ぎだ、顎外れ死ぬぞ?」

 

 言葉共に、目の前に揺れた金髪。

 

 「「!?」」

 

 驚きと共に振り返った≪攻≫。当たり前だ、対峙していた相手が一瞬で消えたのだから。

 目が残っていたなら見開いであろう≪殴≫。当然だ、圧倒的優位だと思い距離すら取っていたのだから。

 

 「驚く暇が隙だらけだ。合理的じゃねーな。」

 

 言葉ともに顔面へと放たれる、数多のヴィランを沈めてきた爆撃。火焔をともなう衝撃は、直撃こそ個性:超反射神経で躱されたものの、その炎はしっかり顔面を包み込んでいる。潰された視界、故に――――――

 

 「見えてねーなら反応も糞もねーわな!!!」

 

 相手の身体を余った左手で掴み、利き腕で更に爆撃。そして虚空へともう一発、その衝撃で身体を回転。相手を撃ち出す発射台と化す。学生時代から使っていた必殺技、『爆破式カタパルト』。叩きつける相手は慌ててこちらに向かってきた、力士体系のハイエンド。

 

 「クッ!」

 

 「グオ!!」

 

 急に飛んで来た相方を、焼かないように個性:帯炎帯雷をOFFにして受け止める。そこに飛び出してくる、闇夜を切り裂く金色の夜叉。俺の生徒に手を出すなとは絶対言わない。なぜって?口より先に爆炎が出るタイプだからだ。

 

 合わせて吹っ飛ばされる、ハスペック複合個性の二体。それを尻目に、みみっちくも生徒を背後に身構える、最強の副担任。

 

 「生きてるか?死んだら殺すぞ。」

 

 「それどっちにしろ助かってないよ!?」

 

 あんまりと言えばあんまりな確認の言葉に、思わず声をあげるアッシュ髪の男の娘。血に染まったそれを赫眼で捉えたヒーロー界の暴君は、次に足元の血だまりを見る。そのまま舌打ちし、胸元から「百特性!!」と書かれた塗り薬を取り出した。

 

 「『創造神』様が、合宿中の怪我人に向けて作ってくれた塗り薬だ。造血効果もあるとかいうヤバい薬だから、依存すんじゃねーぞ?」

 

 「ヒーロー側も怖い件について。」

 

 もともとその辺については、リカバリーガールなんていうチート個性が常駐している学校である。死ななければ助かるというのなら、遊次も言葉以上の忌避感はあまりなかったりする。もっともその感覚が、既に依存しているとも言えるのだが。

 

 「そいつはあくまで応急処置だ。こっから西に300の所に超酸素回復カプセルがある。そこにそいつらぶっこんどけ。」

 

 「わ、わかりました。」

 

 外見はしっかり美少女であるが、遊次もそこは日本男児である。しっかり彼らを抱えて、一部引きずりながらも、なんとか目標の方角へと歩を進めていく。それに追いすがろうとする、二体の改造人間。その姿を赫眼で捉えて、暴君が十八番をお見舞いする。

 

 「お前等に用事があるのはむしろ俺の方だ。死ぬのが怖くなるぐらい、尋問し殺すから覚悟しとけよ。」

 

 闇夜を切り裂く金髪の輝き。かつて己が攫われた合宿で、獲物と狩人を入れ替えたその瞬間であった。

 

 

 

 

 「勝算ハアッタハズナンダガナ。」

 

 勝己達が闘うその近くで猛火を振り乱しながら、≪炎≫の名を冠するハイエンドが呟く。自身が纏っていた神官服は、既に炎に焼かれその役目を放棄していた。自身ではない、相対する相手の炎によってである。

 

 「赫灼熱拳…」

 

 「!」

 

 耳に聞こえて来たのは、数多の犯罪者達を消し炭にしてきた最悪の流派。親子二代に渡って、マップ兵器としての能力なら、『平和の象徴』すら軽く上回った地獄の炎。

 

 「ヘルスパイダー。」

 

 灼熱の半身、その指先から伸びる炎の光線。炎を噴出すだけの個性から、技術により生み出された絶対溶断の線撃。かつての使い手は、ビルを溶断する荒業を見せた訳だが、それはしっかり後継者へと受け継がれていた。

 

 「ッウ!」

 

 個性:炎再生も個性:超再生も、生きていれば使える類のものである。当たり前であるが、死んだら効果がない類のものだ。今の五連撃は、受ければ身体が千切れ飛ぶだろう。なんとか距離を取ることで回避。返す猛火で反撃を試みるも、かの半身である氷壁がそれを許してはくれなかった。

 

 「『蒼炎』相手ニ苦戦シタト聞イタガ、コレホドトハナ!」

 

 大地を溶かすほどの業炎。それをたかだか摂取0℃そこらの氷に受け止められて、苦虫を嚙み潰したような表情を、残った口元だけで浮かべる改造人間。過去の第二次神野戦線では、確かに彼はあの蒼き炎相手に後塵を拝していたはず。それが今、

 

 「何年の前の話をしてるんだ?」

 

 「!?」

 

 己の背後にジェット機が如く炎を噴射させ、一気に相手の懐へと潜り、拳撃を叩き込む技――――――赫灼熱拳「ジェットバーン」。その拳はしっかりと、灼熱を冠するヴィランの顎を打ち抜き、その足元を危うくさせる。

 

 「プロになってもこの校訓は忘れていない。」

 

 「クッソ!」

 

 「Plus Ultraってな。」

 

 全身が発火しているのをお構いなしに、そのままその首根っこを引っ掴んだ『氷炎の支配者』。死神の鎌でも、恐らくもう少し容赦があるのではないだろうか?

 

 まもなく自身にとってのそれが、派手に振り切られるであろうことを察したハイエンド。しかしもともとのアイデンティティなのか、ここまで来ても心は冷静であった。

 

  「中途半端ナ個性デ、ヨクゾココマデ。」

 

 そして気づいてしまう。有利だと言われていた№1一人相手にこの低落、これが二人揃って待ち構えていて、それをどうにかできる訳が最初からなかったのだということを。つまり、

 

 「能力ヲ測ルタメノ当テ馬カ…。」

 

 察したところで人の腕の形をした、死神の鎌がどうなるわけでもない。見上げて見れば、星すら焼かんとする炎の中で、オッドアイの瞳と目があった。

 

 「確かに一点特化に比べれば火力は低いかもな。」

 

 それが先程への問いに対する答えだと、そう気づく間に、炎の温度が10℃ほど上がっていた。まだまだ上がる。そのまま№1は、自身の炎熱を限界まで引き上げる。そして同時に、もう半身の温度を限界まで引き下げていく。

 

 「今の高校生達もそうだな、複合個性は小器用にやった方がいいかもしれない。」

 

 「シカシ、ソレデモカ?」

 

 「あぁ、勝てなかったからな。」

 

 過去に戦ったキメラのヴィラン、そして闇へと落ちた己の兄弟――――――いずれも一つの力を強化し応用、発展させたものであった。過去を振り返れば、№1になるまでに敗北した相手はいずれもそういった探求特化型だった。

 

 「なら答えは簡単だ、それと同じくらいになるまで鍛えればいい。」

 

 自身の半身を、大気すら焼き尽くすほどに温度を上げる。自身の半身を、大地すら凍てつかせるほどに温度を下げる。

 

 「再生シタ、傍カラ、燃ヤサレテ…。」

 

 「訓練自体は他の奴より楽だったがな。何せ、自分で冷やして温められるんだから。」

 

 その調整も前はできなかった。そう言葉を続けて、かつては忌々しいだけだった炎により、再生と崩壊を繰り返している、人ではなくなった、そして不幸にも間違えてしまった男へと引導を渡す。

 

 「後は一撃で消し飛ばしてやるよ。赫灼熱拳―――」

 

 父とは違い、身体の半身でしか放てない、一子相伝の究極奥義。父に比べて優れている点は、半身を冷やすことでノーリスクで乱発が可能といった所だろう。授けられ作られたものでも、己の力だと認めたから。

 

 「プレミネンスバーン!」

 

 そういう意味では俺とお前らはよく似ているなと、そんなことが、一瞬だけ焦凍の頭をよぎった。そしてそんな戦場では全く無意味な感傷を、瞬き一つで切り替えて。己の番から預かった、ピアス型のサポートアイテムを、人差し指で軽く弾いた。

 

 「百特性の洗脳個性防御アイテム、効果が覿面だったな。」

 

 奴らが最初に洗脳向けの電波を飛ばした時に、いち早く百が作成したものであった。とりあえず焦凍に勝己、そして自分の分を作成し、今は負傷した生徒への超酸素カプセルを展開している。まさしく八面六臂の大活躍だ。

 

 「プロになってから、より複雑なものも山ほど作れるようになったが…。どっちがサイドキックかわからないな。」

 

 ちなみに家庭の方は亭主関白のふりをしているだけだと思っている。何せ「その方が上手く行くんですのよ、何事も」っと、ウインク付きで言っていたのだ。天然とはいえ、彼女もやはり女である。

 

 「お前のとこはどうなるんだろうなぁ…。」

 

 隣で暴れている、どちらがヴィランかわからない男へと、視線を向け直して独り言ちる。四川麻婆が好きだからと、一生懸命実家に料理を習いに来ていた、その恋人のことを思い浮かべながら。

 

 「追加報酬は耳郎の料理、忘れてないぞ?爆豪。」

 

 まるで返事をしたかのように、聞きなれた爆音が、国有林に木霊したのであった。

 

 

 

 

 

 「爆ぜ死ね害虫共が!!!」

 

 まさしく狂乱の咆哮。「破壊」という現象が、生きて人間の形をして歩いていたら、こんな姿をしているであろうそのままの存在。金髪の髪を揺らし、その赫眼で獲物を睥睨する姿は、ヴィラン顔ランキングV5の面目躍如であった。

 

 「糞ッタレガァ!!」

 

 「フー、フー!!」

 

 ボディビルダーのような筋肉質な身体、そしてそれと正反対なイメージの力士体系――――――そんな一見あべこべにも見える≪殴≫≪攻≫であるが、嗜虐趣味ということで馬があったのであった。彼らはこのハイエンド集団の中で、一番相性が良かったりする。その二体が、まとめて手玉に取られていた。

 

 「最近はガキども相手でなかなか本気出すこともなかったからよ――――――」

 

 両の手から、火薬の爆ぜるような音がする。

 

 「――――――てめぇら丁度良いリハビリだぜ!!」

 

 言葉共に、一気に二体の懐へと飛び込んでいく、金髪の核弾頭。一瞬で懐へと潜り込むその手品のタネは、『無個性の武神』から教わった、意識の隙間を突く歩法と「爆速ターボ」の合わせ技であった。

 

 「くらいな!!」

 

 両腕から放たれる破壊の紅蓮。それは自身の加速装置として使っている時とは全くの別物。そう、相手を純粋に破壊するためだけの爆撃。学生時代から続けていた、爆撃を集中させて粒立たせるその技術。

 

 「モウラナ!」

 

 「ブフウ!!」

 

 元々近接打撃能力に特化した、名前の通りの改造人間が二体。デフォルトでくっついている再生能力をもってしても、あれを受けきれる保証はないと判断し、大きくバックステップしてなんとか範囲外に逃れる。個性:筋肉増強を発動させてでもだ。

 

 「ママ、マダ消エチマイタクナイ…。」

 

 躱した結果地面に生まれたクレーター。土砂が吹き上がるはずが、あまりの威力に、直撃した瞬間消え飛んだのだろう。しかも大変痛そうだ。いくらハイエンドとはいえ、防御の個性が乏しく作られた二体に、あれをまともに受ける気力は全く無かった。

 

 「なら頑張れよ。」

 

 「!」

 

 一気に接近してくる笑顔の破壊魔。錐揉みしながらその回転を威力に変えて、右の掌底を叩きつけてくる。

 

 「ナンノ!」

 

 個性:超反射神経のフル発動、個性:刃精製で生やした剣に個性:帯電で雷を生み、更に個性:衝撃反転でカウンターを狙う。

 

 「合ワセルゼエ!!」

 

 一人を狙えばもう一人が―――――――――爆心地の背後を狙い、相方が飛び出して来ている。個性:多腕形成により腕を八本、そこに斧・槍・刃・槌・弓とそれぞれ個性により精製し、一気に殴りかかろうと踊りかかる。

 

 「知ってっか?」

 

 帯電する刃を、回転しながらも小手で受けて手先は殺さず。小手は絶縁体で電気は通さない。カウンターの衝撃は気合で我慢。

 

 「何されても殺すから必殺って言うんだよ!!『榴弾砲着弾(小)』!!」

 

 本来のものより威力は低くも、反動が少なく使い勝手がよくなった。そんな技をぶっ放され、≪攻≫の意識は闇へと沈んだ。ぶっ放した元悪童は、その反動を利用し八手の犯罪者へと一気に接敵する。

 

 「!?」

 

 「散れやあああああ!!」

 

 咆哮と共に放たれる「A・Pショットオートカノン」。普段なら人間相手に手加減されるそれも、この時は一切加減無しの本火力だ。さながらガトリング砲が前から飛んでくるようなものである。

 

 「舐メルナ!!」

 

 多椀を超反射神経で動かし、なんとか炎弾をはじく。そこに飛んでくる本丸は、胸から生やした腕で受け止めた。

 

 「どっから生えてんだよ!?」

 

 「肩カラシカ増エネエトハ言ッテネエヨ!!≪攻≫動ケ!!」

 

 その声に反応し、なんとか身を起こし襲い来る攻撃特化型のハイエンド。その存在に守りは非ず。攻め込むためだけに造られた。個性:剛牙。犬歯を伸ばし武器と化す。両手と揃えて、それぞれ雷と炎を纏う。

 

 「≪炎雷総牙刃!!≫」

 

 異形の腕に掴まれ、身動きできない所に放たれる、多腕の刃と牙によるオーケストラ。ベートーヴェンもびっくりのその多重演奏。「歓喜の歌」があるならば、それは炎と雷のハーモニー。

 

 「≪殴嵐≫!!」

 

 多腕の腕に数多の武具。個性により精製した腕を犠牲に、相手の動きを封じた所に繰り出される、暴力の大渦。それは嵐の名を冠するに充分で、ただの人間には過ぎたる威力。戦車相手でも申し分ない、まさしく必殺の領域。それを拘束された上で、

 

 「グウウウッ!!」

 

 「ガッハッ!!」

 

 両腕の個性だけで防ぐ『№2』。

 

 「掴んだ腕を放さいことだけが及第点だな。」

 

 まるで生徒に対する授業のように、評価を下す副担任。もっとも、彼のクラスにはこんな脳髄丸出しの生徒は勿論一人もいないのだが。

 

 「やり直すつもりがありゃあ、やり直せるはずなんだがな。よっぽど焦ってる奴か、」

 

 そしてその両腕を銃口のように、倒れたそれぞれの頭に向けた。

 

 「てめぇらみたいに、やり直すつもりもないクソでない限りはな!」

 

 どこに居たかは知らないが、もっとやり方はあったはずだ。然るべき所に自首するのだって一つの手だ。方法を選べば、ただの被害者で居ることもできたはずだった。少なくも、生徒を襲ったこの二人に、もはや情状酌量の余地はない。

 

 両腕の小手に付いていたピンは、既に外した。燃料は既に、マックスまで溜まっている。

 

 「吐け!!てめぇらを送り込んだのはどこのイカれ野郎だ!?」

 

 食らった相手を容赦なく煉獄へとたたき落とす、天すら焦がす二門の砲撃。その切っ先が向いている今、なぜ会話等という時間が提供されたか、わからないような連中ではない。が、それでも――――――

 

 「ヒャーハッハッハ!!ゴメンダゼ!!」

 

 「オ、遅カレ早カレ死刑ニナルナラ、抵抗シテ死ンダ方ガマシダアアア!!」

 

 片方は恐らく自棄、もう片方は絶望から。せめて何も口を割らないことが最高の嫌がらせだと心に決めて、そのアイデンティティでもある、個性:多腕形成を再び発動させていく。

 

 「フンッ、クソが。」

 

 夜空を明るく染め上げるような閃光。超再生を持つ相手だからといえども、ここまでやる必要があったのかと言えるほどの大威力。大地は溶け去り木々は消滅する。恐竜達を絶滅させたと言われた隕石の襲来――――――そんな言葉を予見させるほどの、絶対的な破壊力。学生時代ですら、訓練時の仕様を禁止されたのだ。本職にまでなった今、その威力は計り知れない。

 

 「まぁ確かに、情状酌量ってのは不可能だかな。」

 

 もはや影すら残らなかった相手。そんな相手に独り言ち、特段命を奪ったことに対する最悪感すら覗かせることはない。もう、大人になった元雛鳥。彼はあの日自分が攫われたイベントで、今何を思うのか。その鋭すぎる眼光からはもはや、何も読み取ることができないのであった。

 

 「終わったようだな。」

 

 「あ゛ぁ゛?遅ええんだよ。腕鈍っとんのか?」

 

 茂みから出てきたのは、同じように近くで暴れていた、今だ己が座すことができない地位にいる男。正直ムカつく。学生の頃から、そこだけは変わらない。

 

 「別にそんなことはねぇよ。それとも援軍でも欲しかったのか?」

 

 「はっ!馬鹿言ってんじゃねぇ!軽く捻った!!」

 

 「なら問題無いな。次へ急ごう。」

 

 それこそ、あの日合宿で戦った時は、隣で戦いながらお互い問題しかなかった。歯を伸ばして暴れていた凶悪犯。それを思い出したのは片方か、それとも月明かりを浴びる両方か。片方でも両方でも、思い出したなんてむず痒いことを、いい歳した男が言うことは決してないから。結局迷宮入りではあるのだが。

 

 「次の大まかな位置は?」

 

 「補習用テントには担任がいやがるな。」

 

 「じゃあそこは行かなくてもいいくらいだな。」

 

 「足りめーだろが。」

 

 探索畑出身で、基本的な戦闘能力はただでさえ低いはずなのに、この2人に任せられると判断される、1-Aの担任取蔭切奈。今頃は、その癖のあるポニーテールを振り乱し何とでもしているのだろう。

 

 「ご生憎だが補習のアホどもは多い。人数がいりゃ有精卵共でもどうにかなんだろ。」

 

 「先生としては補習が多いのは問題なんじゃないのか?」

 

 かつては半分野郎と馬鹿にしていた、そんな相手の一言にイラッとしながらも、ともかく今は先を急がなければならない。その覚悟を決めて、勝己は方針を固めた。

 

 「てめぇはあっちでバカバカ光ってる方角に行け。」

 

 「じゃあ爆豪は?」

 

 「その反対方向から攻めて行ったるわ。派手な音はしてねえがな。」

 

 お互い頷き後は背中を向けて走っていく、現ビルボード最上位ランカー達。生徒がまるで太刀打ちできなかったハイエンドを、まるで紙の軍隊を相手にするが如く突破していった化物達。動き出した輝きに、果たして生徒達は何を見て何を学ぶのか。夜明けはもう、そこまで来ているのであった。




いつぶりの本編?ヤバい。死ねる。


pixiv掲載のみのお礼SS
耳郎「上鳴君と別れた後に」
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16158033 

砂糖編お礼SS
砂糖「ケーキ屋親父のパトロール」
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16822205

pixivユーザーに向けてのお礼SSですのでこちらには掲載致しませんが、もしよろしければご賞味くださいませ。


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轟「爆豪から林間学校のお誘い…」八百万「怪しさしかないですわねぇ」 その8

 「超酸素カプセル…。」

 

 「百特性!!」と大きく書かれたその救命カプセル。趣がある、そう思える程の大森林に展開されたその威容。その文明の利器の数々と、この国有林の組み合わせは、もはや違和感を通り越して、伝説上の古代文明を彷彿とさせるほどのものであった。

 

 まるでどこか異世界に迷い込んだかのごとく、アッシュ髪の高校生は友人を引きずり進んでいく。

そんな異文明の先で彼を迎えてくれたのは、『神』の名を通り名に冠するサイドキック――――――長い黒髪をアップにした、轟百であった。

 

 「よくご無事でしたわね!」

 

 生きていればセーフという考え方なのだろう。ほとんど虫の息となっている2人を、超酸素カプセルへとぶち込んでいく古代文明の女神。見た目の美しさとは裏腹に、その慣れた手つきはどちらかというと肝っ玉お母さんを想像させた。

 

 「なんとか、生きてます。」

 

 「本当に、よく頑張りましたわ!」

 

 「あっ、はい、ありがとうございます。」

 

 ようやく、助かった…。その実感は正直まだ湧いてはいない。それはそうだ、肝試し中の急襲に崩れ落ちるクラスメイト。そして、砕かれる馴染みの召喚獣達――――――そして最後、貞操を汚されそうになって、

 

 「ッツ!!」

 

 そのまま膝をついて、尻餅をついてしまった。今更ながら、どういう状況でどういう事態だったのか。己の行動を改めて自覚した。やれるもんならやってみろなんて、吠えてはみたけれど、落ち着いてみたら、如何に危険な状況だったのか。組み敷いてきた相手の腕が、押さえ込んできたそれが、遊次の頭の中をフラッシュバックして――――――

 

 「大丈夫ですのよ。」

 

 「あっ…。」

 

 「大丈夫。」

 

 震えて知らず己を抱きしめた、強姦されかけた美少年――――――彼のジェンダーが果たしてどちらなのかは、クラスメイトの誰もが触れないようにしている部分であるのだが、「男性に組み敷かれる」という状況に、耐えられるようにはできていない。

 

 「うっ…。ぐ、えぐ。」

 

 その心の傷を癒すかのように、まるでその魂を癒すかのように。鬼謀の女神は、その艶やかな黒髪が汚れるのも厭わず、その心と体が傷ついた雛鳥を抱きしめた。

 

 「ぐぅ、んぐ…怖っ…かった…」

 

 その個性故に、露出が多くなってしまったそのコスチューム。しかし抱きしめられた遊次の身にあふれたのは、決して劣情ではなかった。ただただ暖かたい、まるで母親に抱きしめられた時のような。

 

 「泣いても、いいですからね。」

 

 まだみんな闘っててとか二人の容態がとか、いろんなことで我慢していた男の娘の涙腺は、その言葉で完全決壊したのであった。

 

 

 「すみませんでした。」

 

 「い、いえいえ、傷ついた心を癒すのもヒーローの勤めですわ。」

 

 ようやく落ち着いた遊次に声をかけた百は、彼の性別が男性だということに、抱きしめてから気づいたせいで内心動揺していた。

 

 「焦凍さん以外の男性に思いっきり抱きついてしまいましたわ…。」

 

 いやだって誰がどう見ても、こんな影が薄い美少女が抱きしめてみたら案外筋肉質でとか、そんな展開をどう予想しろと言うのか。高校生はまだ子供、そう誰とは無しに言い訳してみても。

 

 「あの、」

 

 「あっ!はい!」

 

 初心な天然美少女だった彼女も、人妻になっていろいろ考えることが多くなったらしい。轟家の夜の生活が心配になるくらいの動揺っぷりではあるのだが、今はまだ戦場ということで、意識をそれようにすぐ切り替えていく。

 

 「ボクはこの後どう動けばいいですか?」

 

 緊急事態における指示は身近にいるヒーローに従うこと。いの一番に飛び出す、どこぞの前衛担当共とは違い、遊撃要員である彼はその当たりの常識を踏まえて生きている。

 

 「ヒーローとしては少し物足りない所かもしれませんけど…。」

 

 「えと…。」

 

 「いえお気になさらずに。そうですわね…。」

 

 見渡す国有林。敵の気配はほぼない。現状襲撃してきたハイエンドに対し、恐らくヒーローの方が少ないこの現状。ならば―――

 

 「人手が多いに越したことはありませんわね。」

 

 そんな言葉共に取り出したのは、朝が忙しいサラリーマンが愛飲している、ゼリー状の栄養補給剤だ。鉄分ナトリウムと書かれたそれをまとめて三つ、一気に吸い上げて、個性発動のための養分とする。

 

 「ご、豪快…。」

 

 あまりの吸い込みっぷりに啞然となる男の娘。そんなことは今更気にならないとばかりに、『創造神』はその個性を発動、肩から飛び出したピアスを遊次へと手渡した。

 

 「これをつけていれば、ヴィランの洗脳電波は大方防げますわ。」

 

 「あっ、はい。」

 

 「私も前線に出ますので、ここの守護をお願い致します。」

 

 「えっ!ちょっと!?」

 

 先ほど起こったことがことだけに、一人にされる心細さから、雛鳥はプロへと声をかける。庇護される側の、当然な反応。彼が雄英でなければ、何も問題無いその姿。

 

 「敵の気配は現状ありませんわ。使える個性は不思議なことに覚えてませんけど、闘い方は爆豪さんより聞いてらっしゃるはず。」

 

 そう、彼は雄英生だから。

 

 「ここを襲ってくることがあるなら、まず回復源であるカプセルが標的でしょう。ならあなたはそれを利用し囮にして、逃げなさい。物は壊されても構いませんから。三人で逃げるだけの準備だけはしておいで下さいね。」

 

 百は決して甘やかさない。いずれ自分達の後を継いでくれる、未来のある若者を。それこそそのお陰で、自分はここまで来れたのだから。…影が薄すぎて、遊次の個性のことは完全に忘れてしまったのは置いといて。

 

 「…は、はい。」

 

 震える手足をこらえて、しかしなんとか顔だけは上げ切った、美しい顔をした美少年。それは最後の意地なのかもしれないが、その覚悟を決めた表情を見た百は、これなら任せられると笑顔で頷く。

 

 「愚直な出力上げも勿論大事ですが、最後は個性に対する発想力が物を言います。影が薄いあなたこそ、他の生徒のそういった部分を参考にするのもいいと思いますわよ。」

 

 「発想力…。」

 

 必殺技や小手先の技術に拘り、出力アップを疎かにしていた他の生徒。そんな中で、このアッシュ色の男の娘だけは、その逆なのではないかと指摘する大いなる先達。

 

 「わかりました、この状況ですから。むしろいろいろ試してみます。」

 

 「頼みましたわよ。雛鳥君。」

 

 その言葉を残し、まるで平坦な道でも走っているのではないかと見間違うほどの速さで、山道を駆け抜けていく一流のサイドキック。最後に教えてくれた言葉を反芻し、己の武器である自作のカードをもう一度眺めてみる。

 

 「そうだよね、一体しか【召喚】できないのだって、訓練したらなんとかなるかもしれない。」

 

 それこそ全身から多くのアイテムを創造したクリエティのように、自分だってできるかもしれない。いや、できるようにならなきゃダメだ――――――。後にワンマンアーミーとなり、クラス一の特記戦力となる武藤遊次。遠い未来には、麗しの人妻から「とんでもない子を育ててしまいましたわ」と言われることになるのだが、それはまだまだ先のお話。

 

 「≪炎≫達ガヤラレタダト!?」

 

 亀型の身体を動かしながら、≪雷≫の名を与えられた改造人間は思わず呻いてしまう。己の目の前にいる、もはや黒焦げになってしまった雛鳥を眺めながら。

 

 「くそっ…が…。」

 

 「貴様モマダ動クノカ…。」

 

 完全に沈黙させること計六回。それを何度繰り返しても、最後には焦げた先から銅化して起き上がってくる、考えられない不屈の闘志。再び立ち上がったその眼光は、現役ヒーローでさえ出しえない凄味が既にあった。

 

 「一体ドンナ授業ヲ受ケレバコウナルンダロウナ!!」

 

 個性:雷精製で生まれた電気を、個性:放電により加算し個性:雷収束により掌握。最後は個性:雷指向性により余すことなく解き放つ。

 

 「モウ何度目カ分ランガ…。『降御雷』!!」

 

 指向性を持たされ放たれた紫電が、止まることなく亜光速で鉱哉の身体へと突き刺さっていく。酸化され焼き尽くされた端から再び『鉱化』。ようやく飛ぶことを覚えたその翼は、膝をつくことを許さない。

 

 「ッドコマデ!!」

 

 「王水に突っ込まれた時より怖さはねーんだよ!!」

 

 既に炭化寸前の身体で歯を食いしばる。昼間の荒行が無ければ、確かに耐えられなかった。出力を上げる大事さを身をもって痛感した、金髪モヒカンヘッドの前線タンク。

 

 「文字通り、痛みで勉強してんのもしんどいがな!!」

 

 銅化した身体へと、瞬きよりも速く襲い掛かる雷の千本ノック。全身で受け止めることが前提のそれは、確実にその赤銅色の身体を蝕んでいく。

 

 「構やしねえよ!!」

 

 心意気は言葉通り、だからどうしたと亀型ヴィランに突貫。ヘッドバットをかました金髪の重戦車。ただ立っているだけでは時間稼ぎにもならない。ならば精一杯――――――

 

 「動けなくなっても時間稼ぎしてやらぁ!!」

 

 「猪口才ナァアアア!!!」

 

 再び解き放たれる七筋の雷光。『降御雷』と名付けられたそれは、名前に違わぬ超威力。抗う力は気合と根性、そして顔も見たことがない親からもらったこの個性。

 

 「俺を捨てた分はチャラにしてやるよ!!『ブロンズスカラック』!」

 

 上段から振り下ろすチョッピングライト。銅の拳は再び、人造人間の頭を骨ごと砕いていく。されど――――――

 

 「個性:超再生ヲ貫ケル程デハ無イワ!!」

 

 「そうだな、拳打で挑むのはおすすめできない。」

 

 「「!?」」

 

 戦場に現れる、もう一つの気配。見上げた先、国有林に連なる一つの樹木。その天辺に苦も無く立っている、灼熱と氷河を身に宿す男。象徴無き時代の皇帝、現ビルボード№1、

 

 「エンデヴァー!!」

 

 「クッ!!」

 

 言葉共に、判断早く放たれたのは五筋の閃光。仲間からあった連絡で、目の前の男が何人か潰してきているのはわかっている。消耗しているはずだと、姿を見せた瞬間を狙った連撃。奇しくもそれは、人質を取って場を切り抜けようとしていた≪殴≫や≪攻≫とは対局の動きであった。

 

 結局の所、

 

 「結果は変われねえ。いや、変えさせねえ。」

 

 その半身から噴出した炎。木から飛び降りつつ溢れさせた灼熱は、正面から突き刺さった雷撃を迎え撃つ。噴流熾炎と呼ばれる、赫灼熱拳の一つだ。その炎の波は、亜光速の雷撃すら打ち払う。

 

 「雷撃っていうのは、超高温の前ではその活動を止められちまう。詳しいことは忘れたが、確か百と上鳴から聞いた覚えがある。」

 

 単純な威力ではなく、そもそもの相性だと言い切る『氷炎の支配者』。その相性は本来、雷の電熱を軽く上回るということが前提なのだが、どこか世間知らずな男は、何のことはないと言い切ってしまう。

 

 「よく頑張った。後は倒れてる子達を頼む。」

 

 「お、おう。」

 

 動けば殺される――――――そのレベルのプレッシャーを遠慮なく周囲へとまき散らし、亀型のヴィランへと悠然と歩を進めていく二代目エンデヴァー。 対峙させられた相手は、言葉を発することすら叶わない。

 

 「まぁ、これも一つの授業にもなるか。見取り稽古とか尾白なら言うのかもな。死なない実戦は、早い方がいいし。」

 

 そのオッドアイの眼光とは対照的に、肩を軽く回しながら、まるで散歩にでも行くぐらいの気楽さで、彼は言葉を発した。

 

 「しっかりと、俺を、見ていてくれ。」

 

 

 

 正直、何してるのかもわかんねぇ――――――

 

 見取り稽古と銘打たれたそれを前に、鉱哉は個性の発動とは関係なく硬直していた。炎と氷のダンスパーティー。その邪魔にならないよう、倒れている三人を回収して物陰まで来たのだが、よく見ておけと言われた内容が理解不能なのだ。

 

 「ただヒーローが、ヴィランをボコボコにしてるだけの動画と変わらねぇぜこりゃあ…。」

 

 オリンピックのメダリストを見て、いきなり技を盗めと言われてできる人間が、果たして何人いるのだろうか。それくらいレベルの差がある、そんな見取り稽古。解説が無いスポーツ中継など、楽しむためのもので学ぶ対象では決してない。

 

 「おっ、そうか。流石に難しいか。」

 

 「コノ俺ヲ教材扱イカ…。クソ…。」

 

 仮にも人造人間最強を謳われる彼等がハイエンド。それが学校の教材扱いレベルなど、果たしてどんな話だというのか。教材にされた本人に至っては、たまったものではないだろう。

 

 「これは俺にも言えることだが…。相手が発動型である以上、攻撃の興りを感じとってくれ。」

 

 「!」

 

 「例えばこんな風にな。」

 

 今まさに発動しようとしたそれ。舐めるなと放たれた連撃は、防御すらされることなく躱されてしまう。視認してからは、絶対に避けようがない亜光速の雷が。

 

 「どれだけ技が速くても、癖さえ見切っちまえば避けるのは簡単だ。それこそこいつみたいに、単調なパターンの奴にはな。」

 

 人を殴る時には誰もが腕を引く。それくらい単純な話ではあるのだが、多種多様な個性発動のタイミングを、果たしてどこまで見切ることが可能なのか。

 

 「お前みたいに頑丈なタイプの奴は、どうにもそれを後回しにする。プロレスじゃねぇんだ、いちいち相手の必殺技なんか受けてたら、あっという間に真っ黒焦げだ。」

 

 「興りってか、癖みたいなもんか…。」

 

 「もっと細かく言えば、それさえ完璧に見切っちまえば、どこ狙ってるかも完全に把握できる。例えば今なら…。」

 

 降り注ぐ、本来なら教材の範疇に収まらない紫電の煌めき。

 

 「俺の位置、そして半歩右だ。」

 

 「…グ、正解ダヨ№1。」

 

 大きく左に飛ぶことで回避される、七筋の閃光。もはや炎で防ぐことすらしなくなった、その戦闘能力。癖を見抜くぐらいは鉱哉も日頃からやっているが、それはあくまで何度も組み手をする相手だからできることである。初見の戦闘で、ここまで的確にできるものなのか。

 

 「まっ、その辺りは知識と経験だな。爆豪辺りが得意だぞこういうの。よく真似して覚えるといい。」

 

 「お、おう。」

 

 癖を一つ見抜くだけで、まるで未来予知のような技術を披露とした『氷炎の支配者』。思わず唸ることしかできず、しかし解釈してみたら、納得と閃きがそこにはあった。

 

 「学生の成長ってのは早いもんだ。さて――――――」

 

 そのまま、氷河を宿すその掌をヴィランへと向ける。

 

 冷気が、風に舞った。

 

 「投降しろ。何百回やったってお前に俺は倒せねぇ。攻撃すら当たらないなら、もうどうしようもねぇぞ。」

 

 そのまま大地と空間を凍てつかせていく、ヒーロー側の決戦存在。心を折り、もう先が無い事を示し、それこそお前は俺の掌の上だということを明らかにした。その上で問う、まだやるのかと。

 

 「フフフ、ハハハハ!!」

 

 「な!?」

 

 「気でも狂ったか。」

 

 まさしく哄笑。急に咆哮のごとく響き渡った、敗者側が上げた高笑い。その壊れた姿に、変わらず冷気を、そしてその眼光をより鋭くした氷炎の狩人。少し離れた場所で見ていた鉱哉は、その身が強張ってしまうのを感じていた。

 

 「コレガ狂ワズニハイラレルカ!!太陽ト自由ヲ求メタ最後ノ悪足掻キヲ、コウモ簡単ニ砕カレテ!」

 

 この夜に、今晩にかけていた。繋がれた鎖、生きているとはとても言えない毎日。時間が経つのはあまりにも遅く、何をしているかわからないような日々。

 

 「手慰ミカラ逃ゲテミレバコノ結果ヨ!!≪導≫ヨ!!貴様モソチラ側カ!!」

 

 「…≪導≫?」

 

 「なるほど、そいつがリーダーか。」

 

 その狂気じみた発言から、存在に気づいたエンデヴァーは、通信機の類だろう、己のサイドキックに司令塔の存在を告げていく。

 

 「洗脳電波、そして司令官だ。負傷した生徒達を回収したら、俺もすぐ向かう。」

 

 「ハーッハハハハハハハハ!!」

 

 再び上げられるイかれた笑い声。芯まで響くその嗤い声が蔑んでいるのは、果たして世界か。はたまた自分自身なのか。本人ですら、きっともうわからない。

 

 「追イ詰メラレタラ返事スラナイカ。本当ニ馬鹿馬鹿シイモノダナ。」

 

 一通り己の境遇を嘲った悲しき人造人間。その目に再び、戦意が戻る。

 

 「どう生きるかなんて人それぞれだろうが…。」

 

 その滾る姿を憎らし気に睨み、その半身をより凍てつかせていく、個性婚の忌子。光を選び今幸せに生きる自分の言葉では、目の前の犯罪者を止めることはできないのか。戦場を去った、旧友の姿が頭をよぎる。

 

 「お前なら、もう少し上手く言えたのか?」

 

 「死ガ行キツク先ナラバ!セメテ闘ッテ死ンデクレヨウ!!」

 

 「馬鹿野郎が!!」

 

 空間に響き渡る、火花爆ぜる音。その亀型の改造人間が、命を燃やして解き放つそれは、まるでダイヤモンドダストのように、周囲の空間へと広がり全てを粉塵へと変えていく。

 

 「塵ヘト帰レ…。」

 

 その技の反動だろう――――――個性:超再生や個性:雷回復では追いつかず、己の身体すらひび割れて崩壊しかかっている。されど止まらない、止まりはしない。止めて生き抜くつもりなど、とっくにありはしないから。

 

 「『タケミカヅチ』!!」

 

 一体集中型の雷撃ではない、広範囲殲滅型の大技。戦場にて最後に輝く、命の輝き。光の次に速いその絶技は、見てからでは防げない自爆技と化して、№1へと襲い掛かる。

 

 その発動の興りを前に、彼は一瞬だけ目を閉じて。

 

 「皚凍冷拳。」

 

 突き出したその掌を、強く閉じた。

 

 

 

 「なんだこりゃ。」

 

 傷が深く麻痺して痛みを感じなくなると同時に、洗脳電波の影響が濃くなっていった。それでもなんとか気合で眺めていたが、その影響が消し飛ぶ程の衝撃だった。

 

 一瞬にして生み出された銀世界。その中央で、まるで氷の彫像のごとく立ち尽くす、一体の改造人間。亀型の身体が隅々まで、まるで最初からただの氷塊だったのでは?と疑ってしまう程の完成度。それが先程まで生きて喋っていたなどど、とても想像ができないほどに。

 

 「アストロアーツフリーズ。」

 

 それがこの、森の一角ごと改造人間を凍てつかせた技の名前。それに気づき、そしてあまりの寒さに鉱哉の身体が凍え始める。

 

 「気温は氷点下を軽く下回る。あの規模の電流を止めなきゃいけなかったんだ、寒さは勘弁してくれ。」

 

 言葉と共に、使わなかった炎熱を生み出す『氷炎の支配者』。緩やかに発現する炎が、周りの温度を少しずつ元に戻していく。

 

 「いきなり温度を上げると暴発するからな。」

 

 「氷でそんな、電流なんか止めれんのかよ。」

 

 凍えながら、しかし優等生である金髪モヒカンヘッドは、現状の説明を請うた。それに対し、なんでもないかのように答える、ヒーロー界の頂き。オッドアイと、金色のそれが交差する。

 

 「ただしくは電子の動きを止める、だな。よく勘違いされてるが、俺の個性は氷よりももっと低い温度を操れる。ちょっとずつ冷やしといて、相手の興りを見て一気にぶっ放したんだ。」

 

 目の前の空間、そこに生み出された南極地帯。ただの国有林だったはずの全てが、氷塊と化して細胞ごと壊死してしまっていた。それが、たった一人の人間の手によってもたらされたものだということに、鉱哉は戦慄した。目の前に居るのは、並み居るヒーロー達を統べる、象徴無き時代の皇帝。

 

 「そこまで来るのに、どれだけ。」

 

 「ガキの頃から。まぁ、いろいろあったしな。」

 

 いろいろの部分は、№1について調べればすぐわかってしまう、彼自身のご家庭の事情。それに思い当たった、金眼の少年。不躾だが、自身もどこか思い当たるからこそ、聞かずにはいられなかった。

 

 「そこまでいけば、手に入るのか?」

 

 「…何がだ?」

 

 「守れる強さだ!」

 

 きっとその強さは、単純にステゴロ的なものではないのだろう―――鉱哉の様子にそう悟った焦凍は、倒れている生徒を抱え上げながら、己の答えを述べていく。

 

 「詳しいことはわかんねぇが、少なくとも力は手に入る。」

 

 「力?戦闘力ってことか?」

 

 「権力だ。」

 

 戦って得られるものは少ない。少なくとも、このヒーロー副業時代に、殲滅能力だけで生きていけるヒーローはほとんどいない。それこそ、暴君が副担任になった経緯がそれだった。

 

 「こっちは余計なお節介をしているだけなのにな。気がついたらいろんな肩書きが乗っかってくる。嫌になるとは言わねえが、そのお陰で楽できたこともそこそこあった。拳だけで、」

 

 小町や外道丸をその肩に抱えながら、器用にその両拳を少しの間だけ眺めて。

 

 「守れるもんは多くねぇ。」

 

 その答えを聞いて、一瞬だけ俯いた現役高校生。その肩に背負う副委員長を、落とさないように抱え直しながら、今がどれだけ貴重な時間なのかを思い直して、言葉を投げかける。

 

 「その、金は?」

 

 「…は?」

 

 「給料ってのは、どんだけもらえるもんなんだ?」

 

 随分と生臭い話だった。しかし顔を見てみれば真剣な表情、酸素カプセルまで負傷者を運ぶ足も思わず止まってしまった。その黄金の瞳を見て、歪んだ色が無い事を確認した焦凍は、軽く年収だけ答えてみた。

 

 「マ、マジかよ…。」

 

 「まぁ噓をつく理由も無いしな。」

 

 あまりの金額に、寒さとは別の理由で震えが起こってしまう現役高校生。諸事情によりお金の面がシビアな彼も、あまりの現実に妄想が止まらなくなる。もし自分がそうなれれば――――――。

 

 「金額を知って、でも歪まない、か。」

 

 どうやらその欲にくらむようなことはないのだろう、若いのにしっかりしている。もしや余程の目標でもあるのかと、その部分であまり苦労したことがないお坊ちゃんだった青年は、そこで考えるのを止めて、あることに気づいた。

 

 「洗脳電波はどうなっている?」

 

 「!そういや…。」

 

 さっきまで五月蠅いほど響き渡っていた、意識を取られてしまうやかましい洗脳個性の無差別爆撃が、今は鳴りを潜めてしまっている。エンデヴァーは防止用ピアスをしていて気づかなかったが、鉱哉もあまりのショッキングな内容があったせいで気にも止めていなかった。無論、年収的な意味で。

 

 「やってくれたのか?百」

 

 再び通信機を取り出し、己のサイドキックへと声をかける『氷炎の支配者』。その返事をしてくれる相手は、感嘆交じりにこう答えた。

 

 『私だけではないですわ。流石、彼等の教え子ですわね。』

 




筆が乗っちまう
止まらねぇ


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轟「爆豪から林間学校のお誘い…」八百万「怪しさしかないですわねぇ」 その9

お久しぶりです、よろしくお願いいたします


個性因子。個性という異能を有する人類が、各々身に宿している個性の核となるもの。それは己に作用し能力を発現するものもあれば、相手に作用することでその力を発揮するものも多くある。この場合は、至って後者であろう。

 

 「敵の位置はわかりやすいんだけどね!」

 

 意識を引っ張られるので、嫌でも発信源はまるわかりである。護衛がいるかはわからないが、これだけ強力な個性をぶっ放しているのだから、いくらハイエンドでも他に能力は無いと考えられる。

 

 「せめて、僕にもうちょっと攻撃力があれば良かったんだけど!」

 

 息が上がりつつも、出水洸汰は夜の森林を疾駆していく。偶発的に起こる閃光がたまに夜空を照らしているのだが、夜空全てを明るくするには到底足りはしない。その夜空と同色の黒髪は、とっくに汗で濡れており、特徴的な三白眼は、疲労が溜まってきたのか血走っている。

 

 『だからなんですか!?思い上がりです!』

 

 戦場で、足場も悪い森林地帯。そこでの動きは、普段の何倍にも雛鳥の足を疲れさせた。もしもう一人居てくれたら、そう思わずには居られない程に。

 

 「まぁ、しっかり振られちゃったんだけどね!」

 

 息も絶え絶えに、彼から言われた言葉と、震える姿を思い出して、自身の心を 咤していく水流使い。未来は知らないが、今日はまず間違いなく助けられる側だった――――――そんな彼へと、心配だけを残していく。

 

 「朝まで隠れててくれたらいいんだけど…。」

 

 そして急激に強くなってきた、意識と思考、そして五感全てを引っ張られるこの感覚。

 

 「くっ!!キツい、けど!もうそこだね!」

 

 この国有林の中でも一際大きな樹木。その天辺に立ちながら、まるでバレーかダンスでも踊るように舞う、一人の改造人間――――――

 

 

 ハイエンド≪乱≫ 個性:視線誘導・聴覚誘導・思考誘導・嗅覚誘導・皮膚感覚誘導・直感誘導・筋肉増幅・超反射神経・衝撃吸収・超再生

 

 

 「アラココマデ来レタノ?スゴイワネ。」

 

 バレーダンサーのコスチュームのような身体は、どこか女性的な印象を与えるのだが、しっかり脳髄は丸出しになっている。そのどこに目があるかもわからない姿に向けて、言葉より先に、洸汰は水流をぶっ放した。

 

 「効カナイワヨ。」

 

 個性:衝撃吸収、個性:超再生や超反射神経という防御に適した個性は有しているが、それすら発動させず、まともに受けても傷すらない。

 

 「ここまで距離があるなら、しょうがないね!」

 

 洗脳にやられすぎないために、切り傷を付けている洸汰であるのだが、これ以上近づけばより強く傷つけないと、意識を個性により刈り取られてしまう。だから――――――

 

 「いっつ!!」

 

 木の枝を使って大きく傷口をえぐった。相当深いのか、噴出した血はとどまることなく流れ出ている。そのまま改造人間を見上げて、両掌を大地へと向けた。

 

 「『水流ターボ』!!」

 

 副担任の、爆速ターボの再現技。爆撃ではなく水流の推進力で、強引ではあるが空へと舞い上がる、飛び方の覚束ない雛鳥。血飛沫と共に舞い上がるその姿は、思春期のあがく心の様のようだった。

 

 「文字通り、疾風怒濤だよ!」

 

 「コンナコトマデシテ上ガッテ来ルナンテ、雄英ハ異常者ノ集マリカシラ。」

 

 返事の変わりに水流一発。この森の誰よりも高いところで今、雛鳥の無謀な羽ばたきが、最上位の改造人間へと挑みかかった。

 

 「攪乱担当ナダケデハ無イノヨ?」

 

 バレーダンサーのように身体を回転させ、その勢いで蹴りを繰りだす女性型ハイエンド。個性:筋肉増強によるそれは、弾丸と見紛うほどの速度と威力を伴って、洸汰が放った水流を蹴り崩していく。

 

 「食らったら死ねる!」

 

 水流で空を駆け、決して蹴りの射程圏内には入らないようにしている洸汰。もらえば終わる。その緊張感が、三白眼の雛鳥の、その集中力を爆発的に引き上げた。

 

 「『水撃乱打』!」

 

 垂れ流すのではなく、凝縮された水の塊を、真っ向から乱発する洸汰の十八番。対するは流れるようなターンと共に繰り出される、武というよりはまるで舞いであるかのような、見るものを引き付ける剛脚。

 

 「コレクライデハネ?」

 

 「だとしても!」

 

 咆哮と共に水流ターボ。一気に接敵。

 

 ≪乱≫は『水撃乱舞』を防ぐために放った蹴りの反動で、超反射神経でも間に合わない。

 

 「『零距離水砲』!!」

 

 懐に飛び込んで解き放つ、洸汰が放てるもっとも威力の大きい水撃の一つ。個性による恩恵で来るとはわかっていても、眼前でぶっ放されたそれを避けることはできず、≪乱≫と洸汰はそのまま地上へと落下していった。

 

 「ソレダケデハ倒セマセンワヨ!」

 

 食らったダメージは、あっという間に再生してしまった最高スペックの改造人間。どれだけ自身が誇る最高の技をぶつけても、たかだか学生ごときの力はその能力を貫くには及ばなかった。しかし、

 

 「目的は、そうじゃない!」

 

 「!?」

 

 「わざわざあんな目立つ木の上で個性を使ってたんだ!お前の個性は、周囲を見渡せる高所でないと発動が難しいんだろ?!」

 

 広範囲の認識を支配する個性――――――いくら脳無でも、それが簡単なことでないことは座学で学んだ通りである。個性は魔法では無く、いつだって身体能力なのだから。

 

 「このまま時間さえ稼げればいい!!『水撃乱…」

 

 「半分ダケ正解ダワ。」

 

 気づけば眼の間に迫る剛脚。

 

 「っとおおおおお!!」

 

 スウェーで躱したところに、更に返す刀のごとく放たれる確殺の一撃。喉から変な声を出しながら、水流まで使ってなんとか距離を取る。距離を―――

 

 「近イケド大丈夫?」

 

 「何で!?」

 

 離れたはずなのに、回転蹴りの範囲内から全く抜け出せていない三白眼の高校生。どこぞの近接担当が見たら、危なっかしくてしょうがない回避を選択して、なんとかノーダメージでやり過ごす。

 

 「!そうか認識阻害!」

 

 「頭ノ良イ子供ハ嫌イダワ。」

 

 自傷した痛みでやり過ごしたのだが、それは距離があるからまだ対抗できた話。目の前でこうも接近戦を繰り広げる所まできたのなら、よりその個性の影響は強く出る。だからこそ、意識的に離れたつもりでも、無意識に引っ張られ間合いを脱することができない。

 

 「ソノ個性デ、近接戦闘ハ得意カナ?」

 

 再び繰り出されるマシンガンのような蹴り。小さく細かく水塊を放つことで、なんとか防いではみるものの、やはり本職達には遠く及ばない。故に、

 

 「ぐっほ!!!」

 

 「悪イワネ、有精卵。」

 

 その回し蹴りがハイキックとなって、洸汰の頭を弾き飛ばした。蹴られる直前進行方向に身体を飛ばして威力を殺し、受ける瞬間に腕でガードまでした。その結果、

 

 「肩カラ腕ニカケテ、マズハ一本ネ。」

 

 「ぐっ、あっが…。」

 

 砕かれた腕を抱えて、呻き声を上げてしまう一人の雛鳥。個性の発動ができるのは、その両腕のみ。腕を折られた段階で、二本しかない発射台を一つ失ってしまうことになる。個性特異点世代、その中において、極めて平凡すぎるそれ。

 

 「目的ガ私ノ妨害ダトシタラ、コノ人選ハ余リニモオ粗末。」

 

 「はあ、はあ、」

 

 荒い息。折られた腕が起因するそれ。呼吸だけではなく脂汗が噴き出て、挙句頭痛まで引き起こし始めた。あぁ、でもだから、どうしたと。

 

 「だあああああ!!!」

 

 折れてはいない片腕を振り上げて、無理矢理射線をハイエンドへと向ける、今はまだ飛び方すら怪しい一人の雛鳥。己が目指した翼は、骨の一本ぐらいで諦める人ではなかったから。

 

 「『水砲』!!」

 

 自身の最大威力。両腕にて解き放つそれを、強引に片腕で再現。限界を越えた一撃を、その腕一本で再現する。

 

 かき集めた空気中の水蒸気。その手に集り解き放たれたそれは、闇夜を切り裂く一陣の流星。己の存在の魂と誇りをかけた一撃を、最高クラスの脳無へと撃ち込んだ。

 

 「これで、少しは…。」

 

 「夏場ノ水浴ビハ気持チイイワ。」

 

 「!!」

 

 まるで、効果が見られなかった。

 

 そのまま哄笑を浮かべると共に、脳無は蹴撃を繰り出した。それは嵐の如く勢いをもって、空間ごと圧殺するかの如く解き放たれる。一つ一つは点や線での一撃なのに、手数の多さがまるで津波を思わせた。それほどの相手。圧倒的格上。

 

 「くっそ!!」

 

 再び距離を取る?距離感は狂わされているのに?

 水撃を連打して盾代わり?片腕一本で?

 いっそ接近して殴り合う?どう考えたって無理では?

 もうそんなことより視線も感情も目の前のハイエンドに持っていかれて――――――

 

 「あがぁ!?!」

 

 「錯乱シカケテイル癖ニ、攻撃ヲ防グノハ訓練ノ賜物ネ。」

 

 自然と身体は動いた、その結果を助かったのは命で、失ったのは動く方の腕であった。

 

 「個性ノ発動スラ困難。チェックメイトネ、現役生。」

 

 「ぐ、うご、がは。」

 

 明滅する視界、人生で過去一番の大けが。あまりのダメージに、呼吸すら限界を迎えた洸汰。脳裏には駆け巡る走馬灯、ここが命を掛けた分水嶺――――――

 

 だからこそ、一瞬だけチラついた『僕のヒーロー』。

 

 「緑谷さんは、こんな状態で闘ってたんだ。」

 

 無理矢理起こす身体。酷過ぎる両腕の痛みに、遂に耳鳴りまで始まった緊急事態。止まらない脂汗。しかし折れず抗うのは意思の力、己の全てをそこに懸ける。だって、

 

 「僕だって、懸けてもらったんだよ!!」

 

 「気迫ダケジャ死ヌワヨ。」

 

 死んでいった人が、みんな気持ちで負けているなんてそんなことはない。誰だって生きたくて、誰だってその後の未来が見たかった。届かなかったのは、思いを貫くための実力だった。

 

 「くっそおおおおおおお」

 

 眼前へと飛び込んでくる、カンフーキック。確実に頭を蹴り潰す為に繰りだされたそれを、睨みながら吠えるしかできない出水洸汰。

 

 クリエティは、まだ来ない。

 

 「!?!ナンダコレハ!?」

 

 蹴り抜こうとしたそれを妨げた水の塊。両腕は潰したのに?いつから浮いていた?援軍どこから?

 

 見れば無数に浮き始める同種の水塊。見れば周囲にぶちまけられた水が、靄となって再び集まりその形を成している。己の身体に滴るだけのようなレベルのものでも。

 

 クリエティは、まだ着ていない。

 

 だからそう、ハイエンド≪乱≫の周りに浮かび上がったその力は、他ならない彼の個性なのだろうから。

 

 

 

 その解釈は難しい。何せ異世界生活のように、ステータスプレートなるものが存在し、事細かに説明してくれる訳がないのだから。産婆も産婦人科も両親も、そして本人すらも、己の個性のメカニズムをわかっていないケースが多くあるのだ。

 

 「両手に、固執してたんだ。」 

 

 それは両親の後ろ姿。ウォーターホースと名乗った、両手から水流を放ち闘った自分の両親。その姿に拘ってしまったがために、無意識に選択肢を狭めていた。「憧れがパンチャーだったから、なかなかキックという発想が持てなかった」と語った、己の英雄のように。

 

 そんなところまで真似しなくていいのにと、きっとくせ毛の彼は笑うだろうけど。

 

 「くぅううらあああえええええええ!!!」

 

 「コンナ出力、有リ得ナイ!!」

 

 周囲へと浮かぶ無数の水塊。まるで宇宙空間に浮かぶ星達と見間違う程の量のそれ。それがこの後どのように動くのか、予想できないヴィランではないだろうから。

 

 水の塊が鋭利な針の姿へと、その身を変えた瞬間、時は動いた。

 

 「『水針・水瀑殺』!!」

 

 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 無数に襲い掛かり、砕いてもその破片すら再び襲い掛かってくる、刺突の無間地獄。個性:超反射神経で躱せる訳も無く、個性:衝撃吸収を貫いてきて、個性:超再生では追いつかないほどの乱撃。

 

 「今度こそ、どうだ。」

 

 心身ともに洸汰は限界。その三白眼を細めて、砂ぼこりの先にいる相手を睨んでいる。決して、立ってくれるなと願いながら。頭から流れた血が、片目に入って視界が遮られた、その時だった。

 

 「ちくしょう…。」

 

 傷だらけながらも、砂埃の中から悠然と歩いて現れた、最強種の改造人間。片足を引きずり、だらんと下がった腕からわかるように、決して無傷ではないその風貌も、時間が経てば元に戻ることはわかりきっているから。

 

 「流石ニ次ガアレバキツカッタワ。終ワリカシラ?」

 

 もう一発は、決して撃てない。

 もうねぇよと心の中で一つ呟いて、せめて朽ちるその瞬間まではと、鬼の形相で相手を睨む、飛び方を覚えたばかりの雛鳥。

 

 だからこそ、

 

 「良く頑張りましたわ!!」

 

 間に合ったのだった。

 

 クリエティ特性と書かれた、一体全体どうやって運んでいるかわからないほどの大きな杭。それを振り上げて、創生の女神が空から降ってくる。

 

 「アァ、ココマデカ。」

 

 少し寂し気に響いた未来無き改造人間の、そんな一言。

 

 「パイルバンカーですわ!!」

 

 頭に突き刺さった後、瞬間二撃された巨大な杭。そのまま一気に身体ごとかち割ったそれは、辞世の言葉ごと、一人の改造人間を消し去ったのであった。

 

 

 

 

 「私だけではないですわ。流石、彼等の教え子ですわね。」

 

 単独で個性のメカニズムを見抜き、あわやあと一歩の処までハイエンド脳無を追い詰めた雛鳥に対し、今まで辛口だった百からの言葉は、最大級の賛辞であった。それはそうだろう。止めこそ自身が刺したものの、それまでの過程は全て洸汰本人がやってのけたのだから。

 

 「本当にお疲れ様でしたわね。」

 

 旧友を慕いながら、寮に遊びに来ていた頃を思い出す。いつも出久の後を付いて歩いていた、卵から出たばかりの、アヒルの子のようだったあの頃の彼。その頃の笑顔を、百は一瞬だけ思い出して。

 

 「人を育てる楽しさ…。爆豪さんがなんだかんだ教師を辞めないのも、なんだか納得できますわね。」

 

 疲れ切って気絶してしまった、その精悍な顔立ち。今はまだ雛鳥かもしれないが、成したことはもう、一端のヒーローと言えるであろう大戦果。

 

 「後は先生達に任せて、ゆっくり休んでくださいませ。」

 

 旦那への通信を切ったクリエティは、そのまま洸汰を抱え上げて、二人の戦場を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 「あいつらなんで誰もフォローに来ないのよ!?」

  

 多面的に現場を捉えるために、耳と眼を空へと飛ばし戦場を把握するリザーリィは、余りの対応の遅さに辟易していた。当然であるが、彼女は戦場にて傷つき現場を引退した女性である。そんな彼女とひよっこになったかも怪しい面々で、ハイエンドの相手をさせられ続けているのだ。どうせ大方――――――

 

 「取蔭ならなんとかするでしょとか言ってんでしょーけどね!!」

 

 再び叫びながら跳躍。先程まで立って居た場所に熱線が飛んできたのを尻目に、今度は己の口を分離、生徒達へと指示を出すスピーカーとしての役割を担わせる。

 

 「骨川!!ハイエンドの遠距離担当からは離れないで!!煙を使って視界を潰し続ければ、同士討ちが気にならなくても精度は落ちるから!!」

 

 「OK BOSS!しくよろ任せてよいちょ丸~♪『スモーキング パーティー』!!」

 

 言葉に答えるために、上半身どころか全身を一気に煙へと変化させた、1-Aの攪乱担当であるパリピ骸骨。相手となる≪砲≫と呼ばれたハイエンドは、先程から嫌がる素振りを見せている。それは決して煙だけではなく、その口調も含めてめんどくさいからであろう。

 

 原因はともかくとして、遠距離攻撃の精度は落ちた。次に空を駆ける口元が吠えるのは、前線で奮闘する我らが悪魔王。

 

 「六郎木!渡り合えるからって一人でもたせないで!上手く下がりつつ、花上とのコンビネーションを意識して!!」

 

 「それはそれでめんどくさいんやけどなぁ…。」

 

 個性 : king of Devils。その身を聖書の悪魔王へと変えた紫髪の少年が、至ってどうでも良さそうに返事をした。その四肢の両腕は、勿論がっつりとハイエンド≪獣≫の身体を抑えつけている。しかし相手も黙ってはいない。紫髪の獅子頭へと降りかかる、キメラの三つ首。そこには勿論三種の顎。それを――――――

 

 「やらせないっちゃ!!」

 

 「GAAAAA!?」

 

 博多弁天遊撃担当。体内に植物を飼っている彼女の能力。ありったけの蔓を三つ首に巻き尽きて、多頭の長所をより多くの手数で潰していく。

 

 「そのまま全身締め上げやるっと!」

 

 力負けしないように綱引きの体制になりながら、どんどん蔓を増やしていく重量級女子。限界まで振り絞り出し切るのは、合宿中泣きたくなるぐらいやったから。

 

 「感覚は覚えてるばい!プルスウルトラアアアア!!」

 

 「GOAAAAAAAAA!?」

 

 「サセン!!」

 

 仲間の様子を見て、やはり理知的な判断を下すのは、盾の役割を冠した守りのヴィラン。駆け寄ろうとするその姿を、切奈は決して見逃しはしない。元B組の『曲者』は、オペレーションをこなしていく。

 

 「岸!」

 

 「一体いつから闘っていると錯覚していた?wwwww」

 

 影より出でて影を纏いし高校生――――――聞こえはいいが、ビビッているのがへっぴり腰で丸わかりである。錯覚してしまいたいのは彼本人であろう。

 

 衝突する生体兵器の身体と影の盾。個性:衝撃反転で倍加されたエネルギーは、勇気を出した有精卵の盾を一撃で霧散、本来の影へと戻っていった。守るだけではないぞとばかりに、人造人間は個性:多腕形成を発動させる。

 

 「孤城!久野!」

 

 「いっくよー!!」

 

 「訓練の後に実戦とか、合理的過ぎて頭がおかしくなるわ!!」

 

 発動された個性を前に、影智はその身を影へと落とし込み、多腕の乱撃を回避。どうせ逃げるだろうと指示を出された2人が、目標を見失ったハイエンドへと必殺を叩き込む。

 

 「『狐火:陽炎』!!」

 

 「『神経毒』!!」

 

 「…っ、毒使イカ!!」

 

 全身に巻きつくトグロの炎。陽炎と名付けた青白いそれには、全く反応しなかったハイエンドが、毒液にたじろいたのを、元1-Bの『曲者』は見逃さない。

 

 「毒の耐性はないわ!岸をタンクに孤城は攪乱、久野がとどめよ!任せたわ!」

 

 「某は天に立つwwwww」

 

 「わかったよー!!」

 

 「責任重大なんだけど!もう!!」

 

 再び影から飛び出したビビりがへっぴり腰で突撃し、1-Aの元気印が狐火を乱打しながら四つ足でジグザグに駆けていく。毒液を溜めるために離れた赤毛のくノ一は、アホ毛を揺らして必殺を打ち込むタイミングを図っている。

 

 クラスメイト共通の思い。そう、動きやすいのだ。

 

 「せっちゃん先生の指示、初めてされたけど、本当正確でなんだろう、こう…。」

 

 「無理がないでござるwwwww」

 

 「小野田さんとは違ってね…。」

 

 取蔭切奈という人間に対して、A組はそもそも舐めているところから始まったのだ。それはそうだろう、難関校だと言われて入ってみれば、覚えてもいないような戦争で怪我したかつてのヒーロー。偉大な功績はあれど、具体的に何を成して何ができるかわからない教師。そんな相手に頭を下げるような鼻っ柱の低い奴は、そもそも雄英なんかを受験しない。

 

 腕っぷしで抑えられない担任――――――爆豪が来るまでクラスの雰囲気が弛緩していた、その原因の一つだった。その印象を、

 

 「この最悪の事態でひっくり返すことになるとはね!」

 

 生徒の位置関係を分単位で細かに指示。天を舞う耳も口も忙しそうに、鳥もかくやというスピードで動き周り、指示を出し尽くしていく。

 

 「さあさぁ、カーテンコールといきましょうか!!」

 

 個性を溜めていた一人の生徒で、フィニッシュへと持っていくために、『曲者』と言われたかつての女傑は、汗に濡れて肩にかかるポニーテールを右手で払った。

 

 「!?」

 

 煙に巻かれて位置を見失った、≪砲≫と呼ばれた改造人間は気づく。距離が近すぎるということに。

 

 「GOAAAAAAAAA!!」

 

 全身を蔓まみれにされた、≪獣≫に堕ちたヴィランは気づく。頼れる自軍の認識阻害が切れていることに。

 

 「ヤラレタ!!」

 

 理知的に物事を見渡せる、≪盾≫となった神官服のハイエンドは気づく。自軍のオペレーションが切れている、その意味を。

 

 「はい、終了~♪」

 

 その口癖が響き渡る。自分達が荒らしたせいで、更地となった国有林のど真ん中――――――三人が作るトライアングルの中心に飛び込んできた、スポーツマンかと見間違うほど爽やかな一人の生徒。

 

 「ぜ、『全力全弾射撃:フルバーニア』!!」

 

 両肩のミサイルポッド、両腕のガトリング。そして胸部のガトリングの弾丸。それらを全部まとめて、全力以上の力でぶっ放す。A組が誇る中遠距離最凶の必殺技。守りの個性を貫いて余りあるそれは、攻撃に特化した二体に致命的なダメージを与えていた。

 

 「クッソ!」

 

 ただ一人守ることに特化した男。悪態を吐きながらも、現状を理解してしまった彼は、誰かに対しての恨み言を吠えながら、なんとか無事な身体を引っ張り、土煙の中から顔を出す。

 

 守りに特化した身体を武器に、ゴリ押しでも逃げ切れると踏んで。

 

 

 ――――――身体を集めたきった女が、その背後に立った

その考えが、間違いだと証明するかのように――――――――

 

 

 「『個性:トカゲのしっぽ切り』。」

 

 「アガッ…グゥア……何ヲ……。」

 

 「利き手だけは未だに結構小さく分裂できるのよ?口から胃の中に入っていくぐらいにはね。」

 

 細分化した利き手を、相手の身体の内部へと放りこみ、内臓の中で元の姿に戻す。そして、

 

 「胃と心臓って案外近いもんよ?言ったでしょ?」

 

 盾と呼ばれた男が崩れ落ちた。苦しそうに悶えたのは、本当に一瞬のことだった。

 

 「はい、終了~♪ってね。」

 

 

 

 

 

 

 「グフフフフフ、マサカ…コレホドトハナ。」

 

 「時代は進歩してんだよ。残念ながらな。」

 

 まるで流星でも降ってきたのかと、そう勘違いされるレベルのクレーターの数々。それらは全て、戦場へと駆けつけた、金髪赫眼の副担任の仕業だった。

 

 「こんなに、強かったの…?」

 

 呆然とその現場を眺めて尻もちをついているのは、サポートアイテムのほとんどを砕かれた、野開未来であった。

 

 「試験の時とは、比べ物にならんばい…。」

 

 肩で息をし、血にまみれたわき腹を抑えるのは、博多弁天近接担当である氷川寅子であった。子分である橙頭の伊木山吟子は、その後ろで頷く事で返事をしていた。声は出ない。もう発声ができないレベルで、彼女は死力を尽くしきった。

 

 「トイレは近くになかったか?」

 

 安心したのか、はたまた空気を読む機能を生ゴミにでも出したのか、嵐島飛天が周囲を見渡している。ボロボロの両翼は、副担任が来るまで如何にギリギリだったのかを物語っていた。

 

 来てしまったら一瞬。その右腕でつるし上げられたヴィラン――――――生徒達が攻撃一つ当てるのさえ難しかった相手を、ヒーロー爆心地は一瞬で駆逐してしまった。

 

 「言え。誰の企みだ?」

 

 数々の犯罪者を震え上がせ、泣く子すら黙らせた、その鬼の眼光が≪柔≫と呼ばれた男を射貫く。拒絶を許さない視線。普段生徒達へと向けているそれが、如何に生ぬるいものであったかを、この場にいる生徒達は否が応でも自覚することになったのであった。

 

 「答えたら生かして牢獄だ。襲撃は訓練だったって誤魔化してやるよ。」

 

 「ククククッ、交渉サレテイルヨウニハ思エンナ!!」

 

 そら恐喝だからな―――――――――そう呟きながら、左手に産声を上げる火花。それは死への協奏曲を奏でながら、爆炎へとその身を成長させていく。食らえば全てを必壊させる、この世界でもっとも大きな脅しの一つ。

 

 唾を飲み込む生徒達。「周囲の空気から飛んでる君」でさえ、その光景から視線を離すことができない。そんな時だった。その重苦しい雰囲気をぶち壊す哄笑が、つるし上げられているヴィランから響いたのは。

 

 「ハーハッハハハハハハハ!!」

 

 「なんだてめぇ、イかれたか?」

 

 「フフ、ナァニ。敗者デアル以上勝者ニ従ウノハ事ノ通リ。脅シナド無クテモ、我ハ口ヲ開クワ!」

 

 その余りに気前のいい返事。罠かと勘ぐる赫眼。金髪を揺らして周りを見れば、長時間この男と闘っていた生徒達が目に映る。誰もが信じろと、その眼で訴えていた。

 

 ハイエンドの中では珍しい生粋の武人肌。生徒たちの中でも、感じ入るものが多かったようだ。

 

 「一応、信じてやる。話せ。」

 

 「全力デブツカッタラ何デモワカルモノヨ?タダマァ知ッテイルコトハ少ナクテナ、首謀者ノコトマデハワカラン!!」

 

 「…どんなことでもいい。言え。」

 

 肝心な情報がないことで噴き出す苛立ちは、後に首謀者へと向ける。そのためにも、今は冷静にたどり着くまでのヒントを求める。

 

 口を開こうとしたその瞬間だった。≪柔≫の頭が弾けたのは。

 

 「な!?」

 

 「先生!!??!?」

 

 「違う!俺じゃねぇ!!」

 

 生徒から上がる困惑の声。情報を吐こうとした相手すら爆殺すると思われていることに、若干の苛立ちを覚えながらも、まずは身を守るために周囲を見渡す。

 

 「敵影はねぇ!遠距離なら!?」

 

 「それなら私たちだって気づくっと!!」

 

 「攻撃されたようには見えなかった!」

 

 なら可能性としては、

 

 「遠距離からの起爆式か!!」

 

 言うが早いかと、一気に駆け出し無線機へと連絡する『№2』。こちらの動きを把握するなら、長距離から監視できる望遠鏡や盗聴器。

 

 「国有林の真ん中だ、木が邪魔で前者の可能性は低い!」

 

 もし後者、またはそれに不随する個性ならば――――――

 

 「『おら!八百万!』」

 

 「『轟ですわ!』」

 

 無線機へとがなり立てて、他人の嫁兼サイドキックを呼び出す元1-Aの暴君。相手の訂正は大事なことかもしれないが、今は優先度の関係で無視。秒で話を進めるために罵声を上げる。

 

 「『やかましいわボケ!そんなことよりだ!遠隔で捕虜を爆破された!』」

 

 「『なんですの!?』」

 

 「『周囲にテレパシーや電波を発した機器や個性が無いか調べろ!できんだろクリエティ!!』」

 

 「『もうやってますわ!』」

 

 個性を駆使しそれよりのサポートアイテムを創造。一瞬が分ける状況、情報を取られまいとする敵の行動、ここで逃せばまずいことになる。

 

 「『わかりましたわ!爆豪さんの位置から18度の方向に1キロ!!』」

 

 「『何で俺の位置がわかんだよ!!』」

 

 「『認識阻害避けのイヤリング!発信機にもなってますわ!』」

 

 便利なこった!最後にそう叫びながら、一方的に通信を切った爆心地。そのまま地面に掌を向けて、見様見真似の生徒に比べれば、加速が段違いの本家『爆速ターボ』で一気に風となる。

 

 「こそこそこそ嗅ぎまわってくれた例だ、全部吐かし殺してやる!!」

 

 夕闇の中を駆け抜ける『№2』。間もなく夜が明ける中、その輝く金髪がたどり着くのは果たして希望なのか、それとも新たな絶望か。物語は、間もなく幕を閉じる――――――。

 




めっちゃ駆け足ですみませんでした。いやこれまともにヤったら何話使っても終わらなくね?ってなったんですよ。爆豪の戦闘被るしなとか……。えぇ、完全に構成ミスです。生徒達だけでハイエンド倒す展開も考えたんですが、いや流石にまだ無理だわってなりました。寅子や吟子、飛天と未来じゃ攻撃力が乏しいので、なんぼよけ続けても超再生されてじり貧なんですよ結局。ん?某水流使いさん?クリエティ追いつくはずが勝手に倒しちゃいましたキャラが勝手に動くって怖いなああああああああああああ←

という訳でまさかの巻き展開。轟編も終盤です。
次の方はもっとサクッと終わる予定です!

ここまで読んで頂き誠にありがとうございました!
オリジナルの執筆も始めようと思っていますが、こちらの更新も頑張りますので()、今後ともよろしくお願いいたします!!感想を!!!!感想をくれえええええええ!

ご愛顧いただき、ありがとうございました!!!


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轟「爆豪から林間学校のお誘い…」八百万「怪しさしかないですわねぇ」 その10

ようやく轟百編完結です。
必殺技の名前当たらなかったな←


 あれはそうでしたわね……お義父様のこともようやく落ち着いて、事務所が軌道に乗り始めた時期でしたわ。流石に私も生娘ではありませんでしたから、もうそろそろそういったお話をいただけるのではと思っておりました。……えぇ、実のところは、お友達の皆さんから「まだなの!?」と仰っていただいて気づいたのですけども。

 

 いつもの社長室でしたわね。正座で座った畳の感覚を、今でもはっきり覚えています。最初は何か業務連絡かと思いましたわ。だってそうでしょう?お互いサイドキックからの書類を読んだ後でしたから。同じタイミングで、なんとなく目が合って……お茶をお互い一杯いただいた後でした。

 

 お庭のししおどしが、一回だけ鳴りましたわね。

 

 ふふっ、指輪も無いような、随分と無骨な感じでしたわね。普通の貴婦人では落第ですわよきっと。でもそうですわね……。その言葉に、本当に響いたものがありましたから。私も軽く頷くだけで、お答えしてしまいまいたわ。過ごしてきた年月が、言葉を必要としませんでしたのね。

 

 これからかもずっと、積み上げていきたいですわね。旦那様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒幕が元クラスメイトだと仮定して今回罠を張った。開催場所だけあえて情報を漏らして、生徒を狙わせた。保険として轟と八百万を呼んだことは勿論伏せてあった。結果は案の定だ。ビルボード上位ランカーとそのサイドキックを前に、相手の重要戦力であろうハイエンドは無力化された。

 

 「後はさっき口封じした奴に!情報を吐かし殺す!!」

 

 『爆速ターボ』を繰り返して、一気に敵勢力への位置へと加速する。明け方の空を疾駆する金色の孤狼は、獲物にどう牙を突き立てるかを思考した。

 

 「舐めた真似してくれてんだ!!胃袋丸ごと出す勢いで吐かす!!」

 

 目的地、500メートル前。突如副担任の視界が、紫電の閃光で潰されたのはその時だった。

 

 「クソがっ!!!」

 

 その閃光がスタングレネードの類でないことは、彼の長い経験が物語っていた。ましてや、明け方の空を照らしたその雷光には、彼も見覚えがあったから。

 

 「てめぇ何してやがる!?」

 

 辺り一帯が黒焦げになった現場で、大地に寝転がる唯一の躯。そしてその隣に佇む、どこか軽そうな金髪メッシュの青年。

 

 「アホ面!?!」

 

 上鳴 電気――――――B組の合宿講師として呼ばれていた、古き友人がそこに居た。

 

 

 

 「いやむしろ俺の方が聞きてえよこんなの!!」

 

 空からかっとんできて、犬歯を剝き出しにしている旧友に対して、歴戦の『雷帝』は怯えながらも答えを返した。何せ大した理由もなく周囲を爆撃するところがある男である。昔からそうだったが、機嫌が悪い時は絡まれたくない。

 

 「何しやがったてめぇ!!」

 

 「俺の質問に答えてくれよ!!」

 

 しかしそんなことはお構いないしという風に、両掌からは既に火花が上がり始めているヒーロービルボード『№2』。その赫き眼光が、金色のそれを真っ向から捉える。

 

 「最重要参考人を感電死させた理由を言えや!!」

 

 「いや、参考人ってこれ脳無だろ!?しかもハイエンドじゃねーか!お前らのクラスの方で、すっげえ戦闘音が聞こえたから様子を見にここまで来たんだ!そしたらこいつが飛び込んできたんだよ!!」

 

 爆撃を一端取り止めて彼の姿を見てみたら、確かに皮膚が裂けコスチュームも破損している。どうやら結構な激戦があったらしい。

 

 「子供達の指導教官ぐらいなら大丈夫だけど、俺はもうほとんど実戦には出てないんだぜ?あのクラスの相手を生かして捕らえるのは無理だわ。」

 

 じゃないとこっちが殺されちまうよ――――――。

 

 そう言葉を締めくくったかつての『雷帝』。継戦能力や近接能力、そういった部分に目をつぶった上で言うのなら、瞬間最高時の破壊力は間違いなく最強クラスだった男。

 

 「証拠を抹消しにきたように見えなくもないがな…。」

 

 「なんの疑いだよ!俺がこいつらと組んで暴れたってか?!」

 

 真っ向から疑ってみるものの、今度はその人懐っこそうな瞳を釣り上げて、雷の申し子は飲み友達だった男へと詰め寄った。自身の潔白を証明するために。

 

 「今でこそ経営もあって副業がメインだけどな!それこそ俺だってあの神野の経験者だぞ!!脳無と暴れて口封じなんてやってる程頭病気じゃねえんだよ!!」

 

 「……。」

 

 先程とはまるで一見入れ替わったかのような様子。電気の様子に何かおかしな点が無いか、探るように見る勝己。普段の暴君振りが噓のように、思慮深さをその目に宿して、『雷帝』の姿をその目に捉えている。

 

 「ち…。」

 

 しかし、現状何か証拠がある訳ではない。ハイエンドの命を奪うのは自分達だって先程まで行っていたのだ。生け捕りが如何に難しい相手だったかなど、他でもなくこの身が一番わかっている。

 

 「証拠不十分だ、行っていいぞ。」

 

 「ったく、怖えって本当に。違法捜査だぞもはや!」

 

 「ふん!」

 

 ヴィランすら泣かすことで有名な男である。その身にかかれば同業であろうとなんであろうと、口を割らせる為には手段を選ばないことは業界内の通説である。それこそ、内通者と同棲していたからと、『無個性の武神』に爆撃をかました姿は電気もよく覚えている。

 

 「しかしこいつ、一人で逃げてきたのか?」

 

 自身の雷撃により黒焦げになったハイエンドを眺めて、アホ面と呼ばれる金髪は言葉を繰る。

 

 「大方、戦況悪しで敵前逃亡ってとこだろうよ。」

 

 「仲間を見捨てたってことか?」

 

 電気の瞳に軽蔑の色が宿る。友や仲間の闘いそのために力を振り絞った男だ。どんな理由であれ、仲間を捨てて逃げた目の前の屍に対してプラスのイメージは持ちえない。

 

 「その他の連中と通信してる様子はほぼなかった。最初っから、囮にしててめぇだけ逃げるつもりだったんだろーよ。」

 

 多面的に動き回る戦闘。その中で、明らかに全体への伝達が不足している面が多々見られた。勝己は知らないが、戦闘中に気づいたハイエンドも多くいたのだ。指揮官型である仲間が、自分達だけを置いて逃げてしまったということを。

 

 「証拠も残さずか。逃げられることも想定してなきゃできねぇがな。」

 

 「な、なんだよ!だから違うって!」

 

 最後にもう一度電気を当て擦り、それでも望んだ反応を得られないことで、ようやく溜息を一つ。長い夜が終わったことを、赫眼の暴君本人がようやく知覚できた。

 

 「まぁ、ガキどもにはいい訓練だったわ。」

 

 「お、お前訓練って!」

 

 「当たり前だろーがアホ面。」

 

 その丸焦げになった死体を担ぎ上げ、A組達が待つ現場へと戻っていく。

 

 「出所不明のハイエンドは訓練のデモンストレーション。あくまで肝試しの一環だ。」

 

 「いや流石に無理があるだろ!?」

 

 思わずその肩に手を乗せて、強引に振り返らせるメッシュのある金髪の『雷帝』。それに抗うことはなく、素直に後ろを向く赫眼の『№2』。

 

 視線が交差する一瞬。

 

 「騒ぎになった方が良かったか?」

 

 旭を背景に一陣だけ風が吹き、国有林を揺らした。

 

 「いや、丸め込めるなら…無駄に騒ぐ方がよくない、よな。」

 

 「生徒側の死者はゼロ。朝までには八百万が治しきるだろうよ。」

 

 「八百万…ってことは轟も来てるのか。」

 

 確認するかのように呟く電気に、朝日が照り返る金髪を揺らしながら、勝己は『雷帝』へと持ち場へ戻るように通達した。何事もなかった―――――――ただその一言を、伝えてもらうために。

 

 

 

 「「「「いや流石に無理があるでしょ!?!!!?」」」」

 

 朝日も登り切った朝食の席。無事な生徒で作り上げた味噌汁と白米。その配膳の席で伝えられた、所謂デモンストレーションだったという話に、流石の生徒達も総ツッコミであった。

 

 「合理的虚偽にも限度があるったいよ…。」

 

 「そーだそーだ!」

 

 特徴があるジト目をよりそれらしくしながら、橙色髪の吟子がそう呟き、お狐様たる姫子がその狐耳を揺らして声を上げた。

 

 「雑に誤魔化されんのも正直怠いんだけど…。」

 

 「そうでござるよwwwww」

 

 あまり目立った怪我がない一子がボヤき、影から出てきている影智もその意見に賛同する。それもそうである。今回のことは、いくらなんでも学校の中の一行事では収まらない。

 

 「秒殺された俺たちは何とも言えないところだが…。」

 

 「それでも感じた殺気は、まごうことなく本気だった。」

 

 巻きあげた砂鉄を一瞬で吹き散らされ、地面に沈めるられた髭面の偉丈夫と、竹刀を砕かれつつも奮戦した美麗なる騎士。亜衣磁と大和は、対峙した相手が『デモンストレーション』じゃなかったと肌で感じていた。

 

 「これがデモンストレーションだけんお前等納得しろ言われとっとー…」

 

 そこで言葉を切り、この場の誰よりもその眼光が鋭くなった、旭の下でなお輝く銀髪――――――

 

 「子分二人がケガさせられて、はいそうですかと納得できる訳がなかと!」

 

 気炎の変わりに口から冷気が漏れつつ、博多弁天のリーダーは咆哮を上げた。そう、友達のために一人で古強者へと挑んだ雛鳥は、決して許さないとばかりに副担任へと答えを求める。半端な返答なら、その喉笛を嚙み切らんばかりの勢いだ。

 

 「気がついたら倒れてて、起きたら全部終わってた私が言うのもなんなんですけど…。」

 

 艶やかな黒髪、雷撃を受けたにも関わらず天使のわっかまでしっかり復帰した、智謀の撫子――――――小野田小町が言葉を繰る。

 

 「偶発的に巻き込まれたのを隠し立てするんなら…はっきり言って不祥事の隠蔽です。それとも本当に訓練のメニューだと言うのなら、無事だったのは結果論でしかありません。」

 

 探るような黒い瞳は揺れる金髪と赫眼をしっかりと捉えている。クラスへの説明を勝己が行ったとは言え、明確な責任者は切奈のはずだ。そう、今回のトラブルも『№2』が引き金を引いたのだと、生徒達はそう解釈していた。勿論、ハイエンドと対峙し無抵抗のまま墜とされたこの大和撫子も。

 

 「そうなんだよ。ショックでまだ動けない子だっているんだ。普段なら、一番騒ぐであろう彼が。」

 

 その彼へと、最後に隠れていろと伝えた洸汰が声をあげる。個性により土の中に隠れた後、回収に訪れた教師陣が発見したのは、恐怖のあまり全身の体液を垂れ流しにした男子高校生の姿であった。

 

 彼の意識は戻ったものの、まだ簡易救護室のベットからは動けない。

 

 「っち。変に知恵ついちまったせいか。めんどくせぇ。」

 

 「ちょっ…。」

 

 「そんな言い方は!!」

 

 余りの言い方に、気が弱いとされていた委員長と、怒らないことで有名な副委員長が声をあげた。

 

 「黙れ。」

 

 昨日ハイエンドから感じたもの、いやそれ以上の殺気が吹き荒れる。それだけで雛鳥達は動けなくなり、外から様子を見ていた教師陣達はすぐ動けるように身構えた。

 

 しかし次の一言で、全員が何も言えなくなった。

 

 「公安案件だ。今日のことは、あくまで訓練の一環だ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。」

 

 「っつ!」

 

 息を飲んだのは誰だったのか。『公安』というキーワードが持つ言葉の重みがどれほどのものなのかは、座学で習ったことがある人間なら誰でもわかっていることであった。

 

 「アンタッチャブル…。」

 

 「そういうことだ。無事卒業してヒーローになりたいんなら、喚くんじゃねぇ。」

 

 「…。」

 

 かの米国におけるCIA。ヒーロー協会の裁定者にして、影の仕事を担う者達。もっぱら都市伝説ではないかと疑われるものもあるのだが、それが『№2』の口から出たということで、全員の表情が引き締まった。

 

 「まぁ、実戦訓練までできて良かったじゃねえか?全員無事だった。それこそ結果論だが、それが一番合理的だってやつよ。」

 

 「…。」

 

 押し黙った生徒達。なんとか目的を遂げて、肩の力が抜けかけた時に、智謀の大和撫子は再び声をあげた。

 

 「じゃあ合理的になんですけど、今日はもうデモンストレーションにしません?」

 

 「んだと?」

 

 「訓練続きで肝試しやってませんし。それこそ鞭ばっかりじゃあ、私達のお口チャックも緩くなっちゃいますよ?」

 

 見れば全員しっかりこちらを見て頷いていた。随分キラキラとした瞳だった。昨日していた訓練中の時の表情と比べてやりたいぐらいだ。しかも、一丁前に交渉までしてきたのである。

 

 しかし、全員五体満足で生き抜いたのは彼らが得た『結果』なのだから。

 

 「だあもうわかったわ!今日の最終日は自由行動!好きに遊んで休み殺せ!!」

 

 生徒全員が上げた歓声は、真夏の国有林を太陽の陽射し以上に染め上げるのであった。

 

 

 

 

 「公安案件なんて噓でしょ?副担任。」

 

 生徒達が騒いでいる姿を、のんびり眺めていたところに『曲者』の耳と口が浮いてくる。

 

 「だからどうした?」

 

 「言ったはずだよ。辞表置いてけって。」

 

 真夏の太陽の下。昨今は水も飲ませないような時代ではなく、どちらかいうならがぶ飲みさせるように世の中変わった後だ。それは教師も変わらないのだろう、ペットボトルから経口飲料を一口飲み干した。

 

 要件を簡潔に述べてくる、宙に浮く口へと返事をする。

 

 「生徒は全員五体満足だ。死んだ人間なんざ一人も居ねぇ。」

 

 「あんなのたまたま運が良かっただけでしょ。結果論で言い切るにしては強引に過ぎる。」

 

 生徒を守る立場の先生は、ただ無謀なだけだった冒険を許容するつもりは一切ない。いくらヒーロー科の教師という立場でもだ。

  

 真昼の太陽の暑さに、赫眼が細められたのは一瞬だった。

 

 「でもそれがヒーローだろうがよ。」

 

 「なんだって?」

 

 「余計なお節介が生業なんだよ俺たちは。それを押しつけて人から金もらってんだよ。ずっとな。」

 

 ここではないどこかを見つめる孤高の金狼。果たしてその目が捉えていたのは、助けられなかった人か。それとも助けられた誰かなのか。

 

 「なぜこうなったかはさて置いて、だ。こんなやっかいなシノギをやる以上は、全員一度はしっかり血の味を覚えといた方がいいんだよ。」

 

 「そんな強引な!」

 

 「ビルボードトップランカー。」

 

 その言葉に、ポニーテールの曲者は言葉を飲んだ。今ここに無い瞳は、きっと悔し気に空でも見上げているのだろう。

 

 「結局学生時代に無茶した奴ばっかりだ。神野の時期なりと重なったところはあったがな、学生時代温い思いしかしなかった奴は、結局そこまでだった。」

 

 「それは誰のことを言ってんのさ?あんたも大概やらしぃじゃない。」

 

 「フン!気使って欲しいんならそういうのは丸顔にでも頼み殺すんだな。」

 

 金髪を揺らしタオルで汗を拭った、自身も今は副業中の暴君。偉そうにできるのも、過去の錦となる日が近づいてきているのはわかっていたから。

 

 「なら次の種を巻く。環境に慣れるために、雑草ぐらいてめぇで抵抗つけろ。」

 

 「雑草がハイエンドクラスとは驚きだわ。」

 

 再び犬歯を剝き出しにする爬虫類顔の女教師。それに対して『№2』はもう一度鼻で笑い、入道雲の空の下で、そのまま乾いた笑みを浮かべるのだった。

 

 「心配すんな、もうあんな雑草は生えねえよ。」

 

 「え?」

 

 「もう大丈夫だってことだ。」

 

 「…どこまで信じていいんだか。」

 

 安全面での心配がほとんどだったが、それこそ生徒達はしっかり経験を糧としてくれた。それこそ同じことがもう起こらないというのなら、これ以上追求したところで、金髪の暴君相手では疲れるだけだろう。

 

 「それに…。」

 

 「あっ?なんだよ。」

 

 「べーつに。こっちの話だよ。」

 

 もし何かあっても、きっと目の前にいる暴れん坊は、また今日のように守ってくれるだろうから。仕方ないかと溜息一つ。でも態度に出すと調子に乗るのでそこは自重して。

 

 子供達が遊んで盛り上がっている声が、青空の下、遠くの方まで響き渡っているのであった。

 

 

 

 「んでお前は特に何もねーんだな?」

 

 「あぁ、問題無いだろ。」

 

 灼熱と氷河を纏う、象徴無き次代の皇帝――――――轟焦凍が顔を出したのは、切奈の口と耳が生徒達の方へと飛んで行った後のことであった。てっきりあれこれ聞いてくるのかと思っていたが…。

 

 「?お前が対処しているならまぁ、大概のことはなんとかなるからな。」

 

 「ハッ!驚きの評価であくびが出るわ!」

 

 なんでもかんでも飛び込んでくるどこぞの幼馴染とは違い、任せることや距離感は読める男である。それこそ巻き込まれた側であるはずなのに、深掘りしない辺りは流石である。

 

 「まっ、既婚者の余裕って奴だな。」

 

 「結構なことだな若年寄共め!」

 

 しらっと惚気るモデル顔負けのイケメンも、この暑さから汗が滴っている。だが何というか、その姿すら様になっているのだから、個性以上にチートなのは間違いない。比較対象になる勝己が、黙ってたらどころか「無表情ならイケメン」と言われるレベルだから尚更である。

 

 「いちいち勘に触る奴だわ!!」

 

 「そういうお前こそどうなんだ?」

 

 あぁ゛と金髪を揺らしながら振り返ってみれば、プライベートでも先に行った男が静かにこちらを見ていた。ツクツクボウシの音が、やけに響いている。

 

 「付き合いだして長いだろ。いい加減腹もくくれ、爆心地。」

 

 「それこそ出久並みに余計なお世話だわ。パワハラで訴えんぞ№1!」

 

 「どうせきっかけがどうとか言って逃げてんだろ?」

 

 「誰が逃げとるだとてめぇ!!」

 

 この暑さでがなるなよと言葉を挟んで、『氷炎の支配者』は氷を顕現。どうやら暑さ対策のつもりらしい。己の背丈程の氷柱で、暖ではなく冷を取っている。

 

 「平和な世の中だって油断してたらダメなことは、切島達見てたらわかんだろ?安心させてやるのは男の努めなんじゃないのか?」

 

 「…。」

 

 「ヒーローの務めでもあるだろうな。」

 

 わーっとるわと吐き捨てて逃げていく、金髪赫眼の暴君。彼は知らないが、実はまだ自身につけっぱなしのイヤリング型通信機に、言うだけ言ったぞと呟やいた焦凍。ありがとうございますと聞こえた声に、溜息一つで軽くお返事。

 

 「あいつも尻に敷かれるだろうな。」

 

 湿度を孕んだ夏風が、その言葉を本人に届けることは、終ぞなかったのであった。

 

 

 

 

 「雰囲気変わったな…。」

 

 真夏の太陽の下では、光の加減だろうか、その特徴的なアッシュの髪色は普通の茶髪に見えてしまっている――――――そんな遊次に声をかけたのは、A組きっての前線タンクである八賀根鉱也だ。

 

 「よく見つけられたね…。」

 

 返事が自虐ネタなのが涙を誘う、なかなかなダメな感じの男の娘。影の薄さが合間って、もはや認識阻害クラスまできている遊次である。ほっとくと一日クラスメイトに声をかけられないなんて日常茶飯事だ。しかしなんというか、考え事をしたい時など便利である。それこそ今とか。

 

 「いや、なんっつーかよ。面構えが変わったというかよ…。」

 

 「何それ?わかんないよ。」

 

 ふふふと笑みを浮かべながら、ツインテールを揺らして答える遊次。鈴の音が転がるような笑顔は、完全に性別を超越し見るものに癒しを与えていた。

 

 そんな彼に、筋骨隆々としたモヒカンヘッドは、言葉を繰る。

 

 「俺よ、孤児なんだわ。」

 

 「…。」

 

 「親の顔なんざ見たことねぇし、なんなら今でも施設暮らしだ。学費は奨学金で賄ってる。」

 

 突然の告白。重たいはずの内容。それこそ他のクラスメイトなら、たじろいでしまうであろう内容だった。それを受けて、遊次は――――――

 

 「そうなんだ。」

 

 ツインテールにされたアッシュの髪が、一瞬だけ夏風に揺れた。

 

 「あぁ…なんだろうな…なんとなく今のお前なら、そうやって受け止めてくれんだろうなって思ったからよ。言っちまったわ。」

 

 「まぁ僕も昨日いろいろあったからね。なんというか、うん。」

 

 感じた恐怖を、涙と叫びと共に受け止めてもらえたのが昨日。誰かに受け止めてもらえると言うのは、いつだって嬉しいことで。きっとそれは素晴らしいことで。だからきっと、僕は。

 

 「なんか、そういうヒーローになりたいからさ。」

 

 「フン、抽象的だな。」

 

 「いいでしょ別に。そこはまだ高校生だし。」

 

 「そうだな。それもそうだ。」

 

 蝉の声がやけに響いている。風鈴でもあれば、もう少し風流な気分にもなったのだろうか。木陰の丸太になんとなく座り込んだ2人。一口だけ水を飲んだ遊次と、飲み干した鉱哉。モヒカンヘッドの次の言葉は、随分と具体的だった。

 

 「俺は№1になる。」

 

 「それはまたどうして…?」

 

 「俺ん家けっこう老朽化しててな。育ててもらった恩返しぐらいしてぇんだよ。№1に聞いたらビビるくらいの給料もらってたしよ。それぐらはやってのけねえと。」

 

 真っ直ぐな瞳。金色のそれが、蒼穹を見上げる。

 

 「青臭いね。」

 

 「別にいいだろ。まだ高校生だ。」

 

 「フフ、それもそうだよね。」

 

 最後二人で笑い合って、緑の匂いを思いっきり吸い込んで。やっぱりもう一度、大きく笑いあったのであった。

 

 

 

 

 「絶対余計なお節介だったぞ。」

 

 別れ際、今度飯食いにこいと言っていた旧友の姿を思い出す。耳郎に作らせると吠えていたが、勝手なことをしてと、後で怒られるまでがセットなのだろう。そんな姿を想像しながら、甚兵衛に身を包み、和室である社長室で言葉を発する『氷炎の支配者』。

 

 「あれくらいは必要ですわよ?いつまでも居ると思っちゃいけませんわよ恋人は。」

 

 「まぁそれはそうなんだがな…。」

 

 言いたいことはあるが、恐らく言ったら手痛いしっぺ返しをくらうことは、結婚生活でよくわかっている。ウ冠の下に女と書いて安心。やはりいつの世も、かかあが強い方が家は落ち着く。

 

 「それよりもその、旦那様、報告がありまして。」

 

 「ん?どうした?仕事の話か?」

 

 見れば頬を赤らめた、自分の人生で最も大切な人。その潤んだ瞳、そしてそのお腹に添えられた手が示す意味。いくら天然とは言え、彼も人の子だからこそ気づく。

 

 「おい、まさか…。」

 

 自然と浮かぶ笑顔。湧き上げる感情に名前をつけるならそれは一つしかないだろう。そう、まさしく『歓喜』。

 

 「授かりましたよ、私たちの、赤ちゃん!」

 

 全てを乗り越えてきた男は幸せになった。めでたしめでたしのその先に。しかし物語が終わっても彼の人生は続いていた。それこそ今後もきっといろいろなことが起こるだろう。それこそまた涙することもあるかもしれない。しかしきっと乗り越えていける。家族と仲間と、本当に幸せな瞬間がこれまであったから。

 

 それこそ今度からは、守る側だけじゃなく『父』として。

 

 轟焦凍は、これからも生きていく。

 

 「よくやったあああああああ!百おおおおお!焦凍おおおおおおおおお!」

 

 なんて声が母屋から聞こえてきたらしいが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 『やっぱり動いたね。』

 

 夏休みの夜。誰もいないはずの学校。セキュリティーが万全だからと、雄英の回線からやり取りしている内緒話。金色の雄が、己の幼馴染とやり取りする時に、専ら使われている非常用回線。

 

 「予想通りっちゃあ予想通りだったがな。」

 

 『証拠が潰れたのがキツかったね。』

 

 フンっと鼻で笑う赫眼の狩人。満足な結果を得られなかったことに、眉間の皺が深くなる。しかし実のところ、もっとやれたと思う半面、これで済んだという思いが同居していたのもまた事実であった。

 

 「ガキどもはよく頑張った。」

 

 『本当だよ。ハイエンドクラス相手に、生徒だけで時間稼ぎとかね。良く保ったもんだよ、高校生が。』

 

 「俺が教えてんだぞ?当然だわ。」

 

 ハイハイと笑う、緑がパーソナルカラーの幼馴染。決して生徒のことは直接褒めないであろうことは、他でもない彼が一番わかっている。

 

 『それでも今回のことで大部絞れたよね。君を困らせて喜ぶ愉快犯。』

 

 「あぁ、腸煮えくり返りそうだわ!ったく!」

 

 『lineの通りか…。僕の方でもちょっと探り入れてみるね。』

 

 絞れた犯人像。問題はいよいよ規模が大きくなってきた星の行動。愉快犯にしては、ハイエンドクラスを動かせる規模に権力。なかなかどうして――――――

 

 「下手すりゃ俺のことはきっかけに過ぎないかもな。」

 

 『そうだね、何かもっと大きなことを狙っているような…。』

 

 事がどんどん大きくなることに対する焦り。それを感じ思索にふける二人の青年。今やヒーロー会の重鎮になった彼ら。指示を出されて戦いに出ていた頃とは違う、また別種の疲労感。

 

 だからこそ気づかなかったのだ、『壊れた英雄』の背後に潜む、一人の影に。

 

 『あああぁぁーーーーーーーーーーー!!!やっぱりまたこそこそやっとる!!』

 

 

 

 

 「ちちち違うんだよ。ちょっと保険のことでまたいろいろと営業をね!」

 

 「噓つかんといて?!爆豪君保険入らへんやん!二人でこそこそして何しとんの!いい加減にして!」

 

 慌てて消した画面。その行動が余計怪しさを爆発させたことに気づかないのか。出久は慌て過ぎて全くそれどころではないようだった。敏腕保険社員も、実の恋人相手にはこんなものである。

 

 「きりきり吐いてや!許さへんよ私も!!」

 

 丸顔と言われたその顔を真っ赤にして怒っている、麗日お茶子がそこにいた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    Next story is お茶子「なんや婚約者が幼馴染とこそこそ連絡してんのやけど」,coming soon.Please wait.

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで失礼いたしました。
ここまで読んで頂いてありがとうございました。ようやく轟百編完結です!いや長かった。死ぬてwww
はい、すみませんでした。長すぎて二回転職したわ作者。もう泣いちゃうって。

サブタイトルは、轟君は幸せになろうの会でした。次はどうですかね。こっからはコンパクト目指してくんで短くまとめていく予定です。
もう誰も勝手にオリジンさせない(白目)

という訳でここまで読んでいただいた皆様に無限の感謝を!
今後ともよろしくお願いいたします!!ありゃっした!!


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お礼SS
爆豪「なぁ先生…。」~100しおり300お気に入りお礼SS~


 梅雨を目前にした、ようやく葉桜が終わったそんな季節。まだ雨の気配も無くどこかまどろんだ空気の中で、金髪赫眼の青年が一歩ずつその歩を進めていた。その表情は日頃からの眉間の皺をより濃くしたかのような、かなり難しい表情を湛えていた。まるでそう深夜の雄英校で、競い合った幼馴染相手に己の心を吐露した時のように。

 

 「決まり悪いっちゃあ、ありゃしねーぜ。」

 

 学生時代とは違う、もうその肉体は一端のもの。天才マンと呼ばれた未完成の少年ではなく、今を時めくビルボード『№2』。最強の一角とされる、ヒーロー界を支える一柱だ。そう、一柱になったのだ。あの日の悪童が。

 

 「たくっ身寄りがいねぇなら尚更、こんな辺鄙なとこ選んでんじゃねーよ。」

 

 掃除する身にもなれってんだ――――そんな成長したかつての少年が、文句を零しながら1人石畳の道を歩いていく。本人の言葉通りどうやらこの後掃除をするらしく、その手には箒と塵取り、果ては雑巾や水が入ったバケツまでその手に持っていた。どうやらかなり本格的に、清掃業務へと取り掛かるようだった。周囲は山にでも囲まれているのだろうか。シーズンではないものの、落葉が溜まっているように見えた。

 春風がそよぎ、その爆発した金髪が揺れる。特徴的な赫眼は、風を嫌がり細められていた。

 

 「…まぁ、しゃーねぇわな。」

 

 まるでそのすれ違っていった春風から、何か言葉をもらったかのように――――どこか納得したかのような表情と言葉をもらす金髪の暴君。奇声と暴言の申し子であった学生時代とは違い、社会に出た人間の落ち着きを身に纏う姿は、今から会いに行く人物の目には果たしてどう映るのであろうか。

 

 「考えても仕方ねーけどな。」

 

 何せ死人に口なしなのだから。その答えが返って来ないことを、彼だけではなく多くの人物が知っていて。

 

 「たく、あのボケどもめ。掃除一つできてねーのかよ。」

 

 彼―――爆豪勝己が辿り着いたのは、八木家と書かれた一つの墓標。周囲に数あるものと比べても、特段派手でもなんでもない個人が眠る場所。しかしそれは紛れもない英雄の墓。かつてオールマイトと名乗っていた男の眠る場所が、そこにはあった。

 

 「記念碑の方はしっかり管理されてっからな…。」

 

 オールマイトの記念碑として、それこそ観光スポットにまで昇華されたものは街中に存在し、かつてのファンや彼に助けられた無垢なる民が日々訪れている。なるほど確かに、多くに愛された彼のお墓はあちらなのかもしれない。しかし八木俊典個人の魂はそこにはない。ヒーロー・オールマイト個人の根幹となった、その思いが眠っているのは、他でもなく少し寂れたこの場所に他無いのだ。

 

 「たくっ、まぁ山ん中だから汚れ易いのは仕方ねーけどよ。」

 

 ヒーロー活動の妨げになってはならないからと、家族を作らなかった『平和の象徴』。その墓地は、彼から教えを受けた元1-Aのメンバーが、月に一度のペースで集まり掃除に来ている。勿論もう全員社会人だ。全員集まれることなど稀であり、その時来れるものが集まるといった流れになっていた。

 雑巾をバケツの中の水に浸して、力を込めて絞っていく。半年ほど前までは、外で水に触れればかじかむような時期だったのに、今では少し心地良いくらいだ。本当に社会に出てからは、時間が経つのが早くて困る。英雄がいなくなってから、本当に早かった。

 

 「まぁまだまだ教えて欲しいことがあったのに、とはならなかったがな。」

 

 クソナードを除いて―――――そう言葉を続けた勝己の、何とも言えないような何と言えばいいかも分からないような、そんな表情。事実教師としての八木先生は決して有能とは言えなかった。元々後継者を見つけるために教鞭を取ったとはいえ、緑谷出久に付きっ切りになってしまい、他の生徒達へのフォローが充分にできているとは言いがたかった。ナチュラルボーンヒーローは、どうやら英雄にしかなれなかったらしい。

 

 「合理的じゃなかった…。その死に様まで含めてな。」

 

 

 『ダメだ!!オールマイト!!』

 

 まるで己の半身でも捥がれたかのような絶叫。それは第二次神野戦線にて起きた、最後の衝突後に発せられたものだった。砕けた四肢、横たわる『新たな象徴』。その眼前で恐らくはもう、審判の神とでも謁見しているのだろうか。瞳孔が開いた連合の長が沈黙し、仰向けに横たわっていた。

 

 『私がこの命で果たせるのなら、ね。』

 

 『増援が来る!任せたらいいんだ!あなたが、死んでしまったら!?』

 

 泣き叫ぶ緑色の幼馴染。誰よりも『象徴』を追いかけていた、そして漸く追いついた男が、その使命の後に、命を掛けて全てを守ろうとする憧れを止めようと藻掻いている。しかしその機能を失った両手と両足は、決して応えてはくれない。

 

 『この暴走し宿主から離れたAFO…。放っておけば神野処か日本が吹き飛んでしまう。』

 

 『でも、それでも!!』

 

 『この宙に浮かぶ黒い球体は多くの個性を吸い上げ、爆発する寸前…。かつてOFAに適応した私なら、受け入れることもできよう。』

 

 二つの個性はもともとよく似ているからね――――そう言葉を続ける衰弱しきった英雄。その心の臓まで本来の機能を果たせなくなった身体は、まるで終わりを迎えた樹木のようで。

 

 『受け入れたらなんて、耐えられる訳がないんだ!!』

 

 『だからだよ。そのまま私はこの個性を抱えてあの世にいく。流石のAFOも、地獄の窯の底からは戻ってこれまい。』

 

 『ダメだ!!お願いだ!!行かないでくれ!!』

 

 絶叫し涙する、かつては緑谷少年と言われた『新たな象徴』。脳裏に蘇るのは、ゴミまみれになった海岸を掃除したかつての日々で。

 

 『相変わらず、泣き虫だけは治らなかったな…。』

 

 『ダメだあああああああああ!!』

 

 『オールマイト!?デク!?』

 

 遅すぎた合流。間に合ったクラスメイト全員ではないが、どの生徒も決戦を乗り越えてきたのは明らかで。そして誰もが皆、役割を果たした一人前のヒーローの顔をしていて。その姿を見て、かつての英雄は強く強く微笑んだ。まるでそう、それは在りし日の姿のようだった。

 

 『もう、大丈夫だ。』

 

 『!てめぇ何やってやがるオールマイト!?』

 

 『結局君は最後まで私のことを先生だと言ってはくれなかったな…。当然か、緑谷少年に付きっ切りで、それらしいことは何もできなかったからな。』

 

 最後にどこか申し訳なさそうな顔をして。何だからしくもない弱音だけを残して。そして最後に、立ち会ったそれぞれ全員を指差した。

 

 『誰かだけじゃない、君たちが来てくれる。』

 

 『先生!?』

 

 『あれなんかやばいんとちゃう!?』

 

 『いけませんわ!?』

 

 『何してんだよ、勝手によ!!!』

 

 微笑みとともに球体の中へと消えてく『平和の象徴』。どこか死に場所すら求めていたかのように思えた、役割を終えた偉大な先達は、その役目と共に永遠の眠りへとついたのであった。

 

 

 「あれだけメンツが揃っちまえば、何かやり方はあったはずなんだよ。それをよう、死に急ぎやがって。」

 

 八代目ワンフォーオールの担い手の死は、やはりその生き様から英雄視されている。だがそれはあくまで概要しか知らない一般人の話だ。現場に居た彼らからしたら、そんな命を投げ打つような真似をして、助けられたくなんかなかった。

 

 「俺達はもう生徒じゃなかった。一端のヒーローだったのによ。」

 

 あんたからしたら、いつまで経ってもガキんちょだったかも知れねーけどな――――言葉を続けて、そして目を閉じてた。夏にはまだ遠く梅雨すら始まっていない、そんな陽気。澄み渡ると言うには少しだけ雲がある天気で、乾いているとは言えない春風が、どこか重さを持った空気を彼へと運んできてくれている。散った葉桜の花は、果たしてどこへ行くのだろうか。そんな疑問に答えようとしてくれる誰かは、もうここにはいないけど。

 

 

 テレビ越しに憧れるだけだった日々。

 雄英で始めて対峙したあの日。

 期末試験で向かいあったその強さ。

 秘密を教えてくれた夜。

 幼馴染と三人で始めた特訓。その最中打ち明けた思い。

 ずっとずっとずっと、越えようと決意し追いかけ続けたその背中。

 

 

 「なぁ先生…。」

 

 目を開いて問いかける、始めての言葉。生きている時にそう呼んだら、あなたは喜んでくれただろうか。もしかしたら笑うかもしれないし、もしかしたら驚いて吐血してしまうかもしれない。お互い決して良い教師でも、決して良い生徒でもなかったけれど。

 

 「俺、教師になるよ。」

 

 再び吹いた一陣の風に揺れる木々の木漏れ日。そしてそのさえずりが、どこか大きく響き渡って。

誰かが笑ってくれているような気がしたのは、流石に浸り過ぎたなと、かつての天才マンは一人憂うのであった。

 

 

 「あ!!なんや爆豪君やないの!!」

 

 墓地への駐車場。そこへと歩いてきた時に、勝己の目の前に現れたのは、かつてのクラスメイトこと、丸顔と呼んでいた麗日お茶子であった。

 

 「あ゛ぁ?誰だてめぇ。今はプライベートだ。」

 

 「いきなり知らん振り!?かつてのクラスメイトにご挨拶やな相変わらず!!」

 

 ちゃきっちゃきの三重弁で話す彼女は相変わらず天真爛漫で、見るものを癒す笑顔はヒーローになってからも健在である。勿論今の勝己からすれば、口やかましいだけの丸顔でしかないのだが。

 

 「なんよ、なんか失礼なこと考えへんかった?」

 

 「さあな。餅食い過ぎて頭ん中まで餅になっちまったんじゃねーか?」

 

 「本っ当に相変わらずやな!!」

 

 それこそ怒って膨れ上がった姿は、正月によく見る焼き餅のようである――――指摘してもいいのだが、話が進まなくなる。用が済んだ以上、さっさと帰りたいのだ。

 

 「一人か?」

 

 何の用か聞くのは無粋である。自分達がここに来る用事は一つしかないのだから。その自分達だけで通じるものに、特に違和感を感じることもなく、お茶子は爆豪へと言葉を返す。

 

 「んーん、この前お参りできひんだメンバーが中心やね。上鳴君に瀬呂君、梅雨ちゃんや常闇君。後青山君に障子君。私はとりあえず掃除用具だけ先確保しよ思て、一人で出てきたんよ!」

 

 峰田君はまだ病院から動けへんみたいやからね―――そう言葉を続けたお茶子へと、勝己は舌打ちで返事をする。一瞬だけ湿っぽさを伴う空気。しかしそれを打ち払ってくれるタイミングで、声をかけてくれたヒーローが一人現れた。

 

 「後僕も居るよ。」

 

 その声に振り返ってみれば、我らが委員長こと飯田天哉がそびえ立っている。なぜだろう、別にそれ程背が高い方ではないのに威圧感を感じるのは。眼鏡の委員長というテンプレは、どこの世界でも圧力を伴うものなのかもしれない。

 

 「んだよ。眼鏡も居たんのか。」

 

 「相変わらずの口調だね爆豪君。今では君も学生ではなく、栄えある『№2』なのだからそれ相応の口調と態度を取らないとだね!!」

 

 「あぁもうわかったわうるさい!おかんかおめーは!!」

 

 眼鏡をクイクイしながら天哉が勝己を り、したり顔のお茶子がそれを見て頷く。それこそ散々眺めたどこかで見た光景をリフレインしている間に、相変わらず愛くるしい表情の梅雨が先頭でその他大勢が追いついてしまう。すると勝己を見つけた電気と範太が、トークアプリの返事を寄越せと訴えては場を混ぜっ返していく。そんな騒がしくなる様子に、目臓と踏影があの日のように溜息を吐いていた。少し輪から離れて自分の世界に酔っているのは、臍からビームを出す同級生だ。

 

 「ミンナアイカワラズデ、ボクハホントウニウレシイヨ。」

 

 空からきっとこれからも見守ってくれている誰かの台詞のような、そんな言葉を――――ダークシャドウが述べたところで、勝己は本日二回目の挨拶へと引きずられていくのであった。

 

 

 「それで結局みんなでお墓参りになった訳?」

 

 「ふん、俺は遠回りして帰っただけだ。乗せられた訳じゃねーよ。」

 

 「どんな負けず嫌いよ…。本当に変わんないだから。」

 

 墓参りを終えて家に帰ってみれば、迎えてくれるサイドキックに詳細を聞かれていた。どうやら現地メンバーから告げ口があったらしい。一体何が浮気防止ネットワークだ、どこぞのアホ面と一緒にしないで欲しい。

 

 「スーツなんか着てどこに行くのかと思えば…言ってくれたら一緒に行ったのに。」

 

 「ふん、喧しいわ。」

 

 それこそ次お前と二人で行く時は、ケジメを付けてからだ。そんな言葉はしっかり飲み込んで、勝己は目の間にいる耳朗響香へと憎まれ口を叩いていた。長い付き合いでもあるし、索敵要員として名が売れている彼女相手だ。些細な言葉や態度で察せられるのだけは勘弁願いたい。

 

 「まぁ大方あんたのことだから、明日からのことを一人で報告したかったんだろうけど。」

 

 「変に探り入れてんじゃねーぞ耳。」

 

 ボブカットの髪が揺れて、彼女は彼へと近づいていく。ソファーに座っていた勝己の隣へと座り、その肩へと頭を預けた。何も特別なことではないそんな時間。それは守ってくれたもので、これからも守っていきたいもので。

 

 「頑張ってね、爆豪先生。」

 

 返事よりも先に、その手で艶のある彼女の髪を撫でていく。目が合う二人。赫眼と黒のそれが交差する。きっと、これからもずっと。

 

 「ハッ!違和感しかねーわ!」

 

 そんな言葉と共に交わっていく二つの影。言葉ではなく心が絡み合った二人にとって、新しい日常が、明日から始まっていくのであった。

 




 という訳で100しおり300お気に入りを頂き誠にありがとうございました!!お礼SSの内容がまさかの墓参りという何がしたいのかわからん内容というイカれた作風。人間としては間違っているんだけれど、治す気は一切無いので救われない←

 今度も何か節目のタイミングでお礼SSをさせていただきますので、今後ともご支援応援よろしくお願いいたします!!ここまで支えて頂いた皆様、誠にありがとうございました!!



 当二次創作はpixivにも掲載されております。そちらに載っているお礼SSのURLを記載しておきますので、気になって頂いたら幸いです。


爆豪「雄英の教師になることになったんだが・・・。」
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12019052

爆豪「この俺が雄英の先生だと!?」
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13441089



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