The Last of Us Part 2 -Finding something to fight for- (姉くじら)
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サンタバーバラ1日目

 遠く爆発音が聞こえる。

 

 「アビー…、絶対に、見つけてやる…」

 

 足元がおぼつかない。よろよろと階段をくだる。

 爆発音。それとともに離れた宮殿から火が上がり、あたりをわずかに照らした。

 

 「捕虜が逃げたよ!! 応戦するんだ!!」

 

 「武装してるぞ!? みんな退け! 逃げるんだ!」

 

 「殺せ! みんな殺せ!」

 

 ラトラーズと捕虜の罵声と命乞いの声が聞こえる。

 先が見えない。目が霞む。

 夕暮れだけが原因ではない。身をよじると脇腹がぐじゅぐじゅと音を立てている気がする。

 脇腹に手をあて、歩く。

 街で、くそったれな罠にかかりできた傷だ。

 くそったれラトラーズ。

 ションベンたれラトラーズ。

 ざまあみろ。

 

 『アビーって言ったよな!? そいつ探してんだろ!? 数ヶ月前にそいつ見つけたんだ!』

 

 『見逃してくれたら、教えるぜ』

 

 『野営地の折の中だ。捕虜は丸くて高い建物にいる』

 

 息も絶え絶えに、矢継ぎ早にペラペラとそいつは喋ってくれた。

 振り返って、ピクリとも動かない死体から血が吹き出し続けているのを確認した。

 クリッカーに頸動脈を噛まれて血を吹き出してるションベンたれ。

 ああ答え合わせはできないな、と思った。

 

 『うそじゃねえ。…本当だ。信じてくれよ』

 

 振り返ったあたしの目を見てあからさまに怯えていた。血だらけの足をおさえて命乞いをしていた。

 アビーみたいにぶっとい腕をしたくそったれラトラーズ。

 タタタッ。

 サイレンサー付きの自動小銃は簡単にそいつをころした。

 

 「アビー…」

 

 ざりざりと足音が変わり、地面が石畳から砂地になったことに気づく。

 

 『浜辺へいけ、アビーはそこにいるはずだ。…生きちゃいねえだろうがな』

 

 奴隷の一人が言っていた。

 最後の一言は言いにくそうだった。

 生きちゃいねえ?

 ふざけんな。

 生きてないと。

 なんのためにサンタバーバラまで来たのかわかんないだろ。

 ディーナをおいて、サンタバーバラまで。

 生きてないと。

 殺せないじゃないか。

 絶対に殺す。

 

 「アビー…」

 

 木々の間を潮風が抜けてきた。

 ぼうっとしてたが、気づけば波の音もする。

 自分の鼓動の音が嫌に大きく聞こえて、気づかなかった。

 浜辺だ。

 

 「何ここ…」

 

 木々を抜けた。浜辺らしき場所になにか林立している。

 柱だ。柱に人がくくりつけられている。

 ラトラーズの捕虜だろう。

 あたしがそばを通っても、身じろぎ一つしない。

 ライトを顔に当てる。

 よく見れば目が白濁している。

 罰じゃなくて処刑なのだろうか。

 ただの処刑にしては手が込んでる。見せしめ…?

 遠く見えるくくりつけられた捕虜はどれも死体にしか見えない。

 アビーも…?

 

 「アビー!!」

 

 波音とうみねこの鳴き声以外に返事はない。

 捕虜たちはどれもやせこけて、傷だらけだった。

 あたしの目の高さほどの足場に、つま先だけを載せて、手を上にくくられている。

 生きているのか死んでいるのかわからないやつから、あからさまな死体もある。

 もう死んでいるのか…?

 下から顔を覗き込む。

 違う、こいつじゃない…。

 足を引きずるように一つずつ確認する。

 どれもあたしが近づいたことにすら気づいていない。

 のぞみを託して、まだ肉がついている捕虜から確認していく。ほぼ骨だけになった死体にアビーがいないことを願って。

 違う。こいつでもない。

 どれも動きもしない。

 くそ、アビー。どこだ。

 振り返る。

 あたしのライトの光にわずかに反応した捕虜がいた。

 柱の上で身動ぎしている。

 傷だらけの体。目元はくまを通り越してくぼんでいるかのように暗い。

 髪は短い。痩せているが、体つきから女だとわかる。

 ここにいる捕虜の中ではまだ肉がついてる方だ。

 

 「助けて…、お願い…」

 

 女がつぶやく。

 あたしに気づいているわけではないらしい。

 とても弱々しい声だ。

 目を開けた。

 こちらを見た。

 

 「…あんた」

 

 アビーだ。

 腰からナイフを取り出す。

 あたしの手の飛び出しナイフを、アビーがぼんやりと見た。

 アビーの柱のうらに周り、腕を吊り上げていたロープを切った。

 どさりと、受け身も取れず、アビーは崩れ落ちた。

 あたしの方を窺いつつ、アビーはゆっくりと立ち上がった。

 アビーが、どこか見ている。

 あたしを警戒しつつも、足早にある捕虜の柱に向かった。

 

 「レブ…」

 

 アビーが後ろに回って、ロープを解く。

 子供だ。口元に傷がある。あのとき一緒にいたスカーか。

 髪がのびているが、きっとそうだ。

 トミーの足を射抜いたガキだ。

 どさりと、砂地にそいつも落ちた。

 アビーが駆け寄る。

 

 「…アビー」

 

 スカーのガキも意識はあるらしい。

 

 「ほら、もうだいじょうぶ」

 

 あたしを警戒しつつ手の縄を解く。

 アビーは一度あたしを見て、あたしを背にそいつを丁寧に抱えて立ち上がった。

 だらん、とガキの腕が力なく垂れ下がる。抱えているアビーにしがみつくこともできないらしい。

 アビーが両手がふさがったままあたしを見る。

 

 「こっち、ボートがある」

 

 顎で海を指す。

 よたよたと、あたしの前を歩き出した。ナイフを握るあたしの前を。

 ナイフを握りしめ、あとを歩く。

 

 「…っ」

 

 膝ほどの段差で、足を滑らせる。

 手を付き、這うようにして登る。

 思わず、脇腹に手を当てる。痛い。

 アビーが、その間にも歩いて離れていく。

 ナイフを握りしめ、あとを歩く。

 目線ほどの高さの砂丘を超えると、途端に海があらわれた。

 ボートが2隻ある。

 すでにアビーは海に膝ほどまで浸かっていた。

 振り向いてこっちを見ている。

 いや、窺っているようだ。

 立ち止まっている自分に気づく。

 歩き出すと、アビーも前を向いて、一隻のボートへ向かった。

 ざぶざぶと、海を歩く。

 とても足が重たい。

 水の抵抗が、つらく、気持ち悪い。

 アビーと別のボートに近づく。バックパックをゆっくりとおろした。

 痛い。腕を上げるだけで、脇腹の傷が開く気がする。

 脇腹をおさえていた手は、血だらけだった。

 タンクトップも、血にまみれている。

 もしかしたら、死んでしまうのかも。

 死ぬかもしれないと、思って、それだけだった。

 不思議と怖くない。

 いや、なにも不思議じゃない。

 もともと、生きる目的はなかった。目的はなくした。

 いま、ここに生きているのは、ジョエルに押し付けられたから。

 ジョエルが、あたしを生かしたから。

 ジョエルが、あたしを守ったから。

 ジョエルが…。

 ジョエルも、血にまみれて死んでいた。

 赤黒い血にまみれて、ジャクソンのロッジで冷たくなって死んだ。

 アビーに殺されて、死んだ。

 死ぬのは、怖くない。アビーを殺した、その後なら。

 夢に見る、ジャクソンのロッジのあの扉の先で、ジョエルがいつも死んでいる。

 あの時から、それが目的になった。それだけが目的。

 

 「行かすわけにはいかない」

 

 スカーのガキを丁寧にボートへ寝かせて、固定しているロープをほどこうとしていた手が一瞬止まった。

 再びほどき出す。

 

 「悪いけど、あきらめて」

 

 髪を掴んで、引きずる。

 海へ倒れたアビーの腹を蹴り上げる。

 

 「ううっ!」

 

 腹をおさえながら、立ち上がりもせずに、アビーがあたしを見る。

 にらみつけるでもなく、ただあたしを見ていた。

 

 「やめて、私はもう戦わない」

 

 やめて?

 戦わない?

 何を言ってるんだ。

 

 「いいや、戦うの」

 

 飛び出しナイフを、ガキの首元に突きつける。

 浅い呼吸をするガキは、もう意識もないらしい。

 

 「その子を巻き込まないで」

 

 泣きそうな顔をしている。よっぽど大事らしい。

 

 「あんたが巻き込んだんでしょ」

 

 「…そう」

 

 アビーが立ち上がる。

 ようやく、あたしを睨みつけた。

 ガキに突きつけていたナイフを下げる。

 アビーがほっとした顔をした、次の瞬間にはおたけびをあげて飛びかかってきていた。

 

 「くそっ!」

 

 「ああああ!!!」

 

 避けられない! 突き倒され、ナイフをもつ腕と顔を掴まれる。

 とっさに蹴り上げる。

 アビーがまともに下腹を蹴られて、腕をはなす。

 ナイフで顔を斬りつける。

 互いにばしゃばしゃと水をはねのけて、距離を取る。

 

 「くそっ」

 

 くそはこっちだくそアビー。

 顔を、頬をおさえてるけど、対して深くないらしい。

 再びこちらを睨んで、殴りかかってきた。

 大ぶりのパンチ。

 なりふり構わない、そんな攻撃。

 必死に避けて、ナイフで斬りつける。

 牽制にはなるが、対してダメージにならない。

 こうして振るだけじゃ、皮膚の切るだけで血もそんなに出ない。

 ばしゃばしゃと、アビーが走ってくる。

 でも、すこしヨタついてるのがわかる。ヨタついているのはお互い様か。

 避けられるはずだったパンチを、とっさにガードする。

 腕の骨に響く。

 ボディ狙いも、なんとかガードする。

 押し飛ばして、距離をあける。

 力が弱い気がする。

 劇場で掴み合いになったとき、全く勝てなかった。

 ゴリラみたいな女だった。

 今は、あたしの力でも振り解ける。

 また、アビーが殴りかかってくる。

 避ける。

 避ける。

 斬りつける。

 だんだんと、アビーの腕は血だらけになっていく。

 でもアビーはたえず、殴りかかってくる。

 あたしは、それをよけて、距離を取りつつ斬りつける。

 じわっ、と脇腹が熱をおびたのを感じた。

 絶対に傷が開いている。

 そうしてる間も、アビーは殴りかかってくる。

 パンチは一度ももらってない、ガードするか避けている。

 対してあっちはなんども斬りつけられている。

 大量の血を流しているように見えるけど、対して影響がないらしい。

 こいつは、アビーは死ぬのが怖くないんだろうか。

 必死な顔をしてる。

 やっぱり怖いんだ。じゃあ逃げればいいのに。逃さないけど。

 あ、違う。こいつはガキを守るために戦ってるんだった。

 あたしにガキを殺されないために。

 馬鹿なやつ。

 アビー、お前が死ねば、ガキだって死ぬんだ。

 指一本動かせないガキが、守ってやるやつがいなきゃすぐ死ぬんだ。

 戦わないとか言って無抵抗のまま、あたしに殺されたら、あのガキも死ぬしかないんだ。

 あのままボートで餓死するか、くそったれラトラーズにまた柱に吊るされて乾き死ぬか、それか、感染者に食われて死ぬか。

 だからお前は戦うしかないんだ。

 

 「死ね!!」

 

 とっさに殴ってきた腕を掴んで引き倒し、ナイフを突き刺そうとする。

 腕を掴まれて抵抗される、けど弱い。

 段々と、刃先がタンクトップにめり込み、破り、皮膚を裂いて、埋まる。血がじわりとにじみ出る。

 

 「ああああっ!!」

 

 アビーが痛みで身をよじり、ナイフを刺そうとする腕を押し返される。

 くそ、このゴリラ。

 ナイフを弾かれる。ナイフが手から離れて、どこかへ落ちた。

 顔を平手で打たれ、ひるんでいると、脇腹を蹴られて、転げ回る。

 

 「ああっ!! ゲホッ、くそ…、う、あ」

 

 水を飲んでしまい、咳き込む。必死になって立ち上がるとすでにアビーが殴りかかってきていた。

 顔を殴られ、髪を掴まれる。

 引き込まれて、腹を殴られる。

 クソっ。嫌なことばかりしやがる。

 あたしが、脇腹おさえてたのみてたな、くそったれアビー。

 とっさに頭突きをして、ひるんだアビーの顔面を殴りつけた。

 あは、鼻を折ってやった?

 手に残る感触が最悪だけど、顔をおさえて後ずさるアビーの姿は最高!

 …ナイフは、見つからないな。

 すこしあたりを見渡すけど、夕闇の海は、浅瀬でも底が見えなかった。

 ひるんでいたアビーが、また殴りかかってくる。

 くそ、鼻を折ったと思ったのに、あれは折れてないな。

 余計なこと考えてる気がする。

 そのせいか、何発かもらってしまった。

 脇腹はだんだんと痛みがなくなってきた。

 おかげで、痛みにひるまずに、力いっぱい殴り返せる。

 予想以上にいいところに入ったらしい。アビーが後ずさりながら、咳き込んでいる。

 

 「げほっ、ああ!!」

 

 あれ、咳き込んでるのはあたし?

 またアビーに殴られる。でも殴り返した。

 アビーの顔が血と瘤で歪んでいる。ざまあみろ。

 ジョエルも殴られて、死んだ。

 顔も、腕も、胸も、腹も、足も、殴られていないところはなかった。

 骨は至るところ折れていたらしい。

 鈍器でも、刃物でも痛めつけられた跡があった。

 そういえば、なんであたしは殴り合ってるんだ。

 いや違う。ナイフはさっき弾かれたんだ。ナイフがあればこんな奴簡単に…。

 簡単に?

 それなら銃を使えばよかった。

 なんで使わなかったんだ。

 銃も散弾銃も、火炎瓶や爆弾だってあった。

 簡単に殺せた。

 そもそも、柱のところで撃っておけば、それで済む話だった。

 苦しめるため?

 だったら、あのガキを殺せばよかった。大事らしいあのスカーのガキを、眼の前で殺せばいい。

 でもあのガキは誰も殺してなかった。

 トミーの足は、あのガキがやった。

 ジョエルなら、あのとき殺してただろうか。

 ジョエルなら…。

 でもあのガキは誰も殺してなかった。

 

 「くそっ」

 

 だからくそはこっちだくそったれアビー。

 殴る。アビーが後ずさりよろけて倒れる。

 立ち上がろうとしているけど、そうはさせない。

 頭を踏みつけるようにして海に倒す。

 馬乗りになって、顔を掴んで海へ沈める。

 あたしの腕を殴り、掴み、ひっかき、もがくアビー。足をばたつかせているけど、もう蹴りは届かない。首を掴んで直接窒息させてやる。

 首をつかもうとした手の指を噛まれる。

 

 「ああっ!! ちくしょう、離れろ!!」

 

 激痛で、顔を掴んでいた手を離して、殴る。何度も殴る。

 まともに顔を何度も殴られて、アビーがまた海へ倒れた。

 揺れる頭で、息をしようと体を起こそうとするアビー。でもあたしはずっと馬乗りになったままだ。

 すかさず首を両手で掴んで締め上げる。

 腕を掴まれる。でも解くほどの力はない。必死になってあたしを押し飛ばそうとしてる、けどろくに呼吸もできないアビーにそんな力はもうないらしい。

 いや、あたしがそれだけ力いっぱい首を絞めているんだ。

 アビーがもがいて身をよじる。

 足をばたつかせる。

 腕を掴む力が弱くなっていく。

 水中からあたしを睨んでいた目が、目線が合わなくなっていく。

 体が、痙攣しだしている。

 もうこいつは死ぬ。

 ざまあみろアビー!

 お前はここで死ぬんだ。

 守ろうとしたガキ一人守れず死ぬんだ。

 くそったれアビー。

 くそったれファイアフライ。

 ジョエルの仇が、ここで死ぬ。

 ジョエル…!

 ジャクソンのロッジで死んだジョエル。

 眼の前で、殺される夢はもう見なくていい。

 忘れられる。

 ジョエルなら、守れた。あたしをファイアフライから守ってくれた。

 ファイアフライを皆殺しにして。

 アビー、あたしを生かしたのがお前のミスだ。

 甘いことをするから、お前の仲間だってあたしに殺された。あのガキもこれから死ぬ。

 あたしは、容赦しない。

 ノラは血反吐を吐いて死んだ。オーウェンは体に風穴開けられて、メルは首にナイフを打ち込まれて…。お腹の子供は、そのまま生まれずに死んだ。

 今更だ。あたしは妊婦まで殺した。

 今更、容赦なんてしない。

 絶対に、殺す。お前も、あのスカーのガキも。

 それで終わりだ。

 ジョエルみたいな甘さは見せない。

 …ジョエルも、お前なんて助けたから死んだ。

 ジャクソンでのジョエルは幸せそうだった。

 コーヒー片手にバツが悪そうに笑ってた。

 ジョエル…!

 これで終わり。

 

 『もし、神様がいて、もう一度チャンスをくれたとしても…俺は同じことをする』

 

 手から、力が抜けていた。

 荒く呼吸をするアビーが信じられないといった表情であたしを見る。

 ゆっくりと、首を掴んでいたはずの手の感覚が戻り、アビーに噛まれた指の痛みを感じる。

 あたしだって、信じられない。

 

 「うっ、ああぁ。…うう」

 

 体が重い。

 もう、チャンスはない。

 疲労感がとたんに体を包んだように感じた。動けない。気だるいが、そのくせ痛みは鮮烈に感じる。指も、脇腹も、途方もなく痛い。

 涙が止まらない。

 あれだけ殺して、最後の最後に、あのアビーを殺しそこねた。

 妊婦だって、赤子だって、殺したのに。

 あの旅で、ジェシーだって死んだ。

 その赤ん坊を置いてサンタバーバラまで来たのに。ディーナも置いて来たのに。

 アビーは、うなだれるあたしに近付こうとしなかった。

 

 「行って、あの子を連れて」

 

 アビーは、少し逡巡して、ボートへ駆け出した。

 すこししてボートのエンジン音があがる。

 あたしはその場から動けずにいた。あぐらをかいて、霧の水平線を見ていた。

 アビーがこちらを見ながら、霧の中へ進んでいき、見えなくなった。

 エンジン音が小さくなっていく。そして、聞こえなくなった。

 静かだ。

 誰もいない。

 なにも残らなかった。

 ディーナを置いて、赤子を置いてやってきて、結局アビーは殺せずじまい。トミーも認めないだろう。あたしがトミーなら許さない。

 ディーナ。

 

 『おまえと付き合えるやつは、幸せモノだと思うよ』

 

 ごめんディーナ。わがまま言って。我慢させて。

 でももう遅いよね。きっとあの家にはもういない。

 嘘つきジョエル。

 何が幸せモノだ。わたしなんて生まれてこなきゃよかったんだ。

 ライリーと一緒に死んでいれば。

 ソルトレイクの病院で死んでいれば。

 

 『忘れないで、人生には価値があるということ! あなたの生きる目的を見つけて戦いなさい。あなたは強い。なりたい自分になれる日が来るわ。あなたをずっと愛してる』

 

 ママ。

 なりたい自分なんて、ないよ。

 人生の目的は、あの病院で死ぬことだった。それだけ。でもジョエルに邪魔された。

 

 『もし、神様がいて、もう一度チャンスをくれたとしても…俺は同じことをする』

 

 みんな勝手だ。

 みんな勝手なことを言って、勝手にいなくなる。

 

 『一生許せないと思う、…けど許したいと思ってる』

 

 『ああ、…それでいい』

 

 卑怯だよジョエル。

 残されたあたしは、どうすればいいの。

 「いつか」を待てばいいの? みんなおかしくなっちゃうその時まで。

 ああ、だめだ。頭がぼんやりしてきた。

 アビーを殺すことが、目的だった。

 じゃあ今のあたしの目的は?

 

 『俺は生きるためになんだってした。お前も、何があっても戦う目的を見つけなきゃダメだ』

 

 ジャクソンを捨てて、ジョエルを失って、病院で死に損なったあたしの目的って何?

 ああ、もう、どうでもいい…。

 



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サンタバーバラ2日目 1

 かすかに波音が聞こえる。

 聞こえづらいけど、たしかに聞こえる。目が覚めて、頭が冴えないままぼんやりと波音を聞いていた。

 波音をかき消すような騒々しい声が聞こえる。

 何を言っているかわからない。野太い、女の声だ。何故か聞いていてイライラする。

 そうだ、あたしはサンタバーバラへ来て、アビーを見つけて、それで…。

 それで?

 それであたしはどうしたんだっけ。

 

 「目が覚めたかい?」

 

 体が跳ね起きた。

 なんでここにいるんだ! というかあたしの銃、バックパックはどこだ。

 

 「なんでここにって顔をしてるけど、それはここが私達のクルーザーだから。…あんたのバックパックはここ」

 

 返せ、と言う前にアビーがバックパックを投げてあたしによこした。

 不用心すぎないか、とアビーを疑う。バックパックを確認したいが、アビーは手には銃を持っている。

 アビーはあたしの視線に気づいて、困ったように笑い、銃を持ったままではあるが両手をあげて後ろへ下がった。トリガーから指を離しているのが見えた。

 用心しながら荷物を確認する。なにもとられていない。

 

 「確認は済んだ?」

 

 アビーはこっちを見ずに尋ねる。クルーザーの窓から外を窺っていた。

 

 「感染者?」

 

 「ラトラーズの残党だ。結構な数がいる」

 

 くそったれラトラーズ。

 捕虜に全員殺されてれば良かったのに。

 

 「街へ、必要な物資を探しに行ってたんだ。特にレブは、少し危ない」

 

 アビーが焦るようにしゃべる。

 振り返るとあのガキがいた。

 浅い寝息が聞こえる。顔色は良くない。

 

 「痛っ」

 

 銃を片手に立ち上がろうとして、思わず呻く。

 そうだ、脇腹…。ラトラーズのくそったれにやられたんだ。

 脇腹をおさえて気づく、抑えた手も脇腹も手当がされている。

 

 「ああ、悪いけどあんたの荷物から拝借したよ。私達にも使ったけど、あんたの手当もしたから」

 

 「勝手なこと…!」

 

 武器だけ確認してたから、治療キットは気づかなかった。

 今度こそ立ち上がる。

 

 「今すぐここを…」

 

 こっちへ振り返ったアビーへ銃を突きつけた。

 

 「なんであたしをここへ連れてきた?」

 

 アビーは銃をあたしに向けるタイミングを失い、あたしを睨みつけた。

 

 「…今はそんな話をしてる暇がない。奴らはすぐここを見つける、そうすれば」

 

 「ラトラーズに殺されるって言うなら、先にあたしが殺してやる」

 

 アビーが口を開けて、でも何も言わなかった。

 あたしの後ろにいるだろうガキを見ていた。

 

 「…戻ったらあんたは気を失って倒れてた。潮が満ちたら、あんたは溺れてた」

 

 「あたしが訊いてるのは…」

 

 「レブが!」

 

 急な大声に、少しひるむ。

 

 「レブが…、戻ろうって言った。ボートで目が覚めたレブに、あんたに見逃されたって話をしたらあの子がそう言うから、私は、勝手に逃げてるだろうって言ったんだけど…」

 

 「それで…?」

 

 あたしの声に、うつむいていたアビーが顔をあげた。

 

 「それで、わざわざ戻って、あたしを連れてここまで来たっていうの!?」

 

 「…そうよ」

 

 怒りがわきあがるのと同時に、困惑でトリガーに指をかけられずにいた。

 

 「…なんで?」

 

 「さっき答えたので全部よ、それより…」

 

 「なんであたしに殺されるとか、考えないわけ?」

 

 より強く銃を握る。

 

 「別にあんたを信じたわけじゃない…、必要だったから」

 

 「必要?」

 

 「脱出するのを手伝ってほしい」

 

 アビーはガキを見つつ、そういった。

 

 「は?」

 

 「私一人じゃレブを守れない」

 

 何を言われているか、わからない。

 呆けるとは、まさに今のあたしをいうんだろう。

 馬鹿じゃないの。

 

 「あんたたちを殺しに来たあたしに、子守を頼むの? 正気!?」

 

 アビーは何も言い返さない。

 

 「何!? 助けたんだから借りを返せとでも!?」

 

 「…そうは言ってない」

 

 「いいや、言ってるね。借り!? あんたに借り!?」

 

 「…あんたを助けようと言ったのは、レブだ。…今回も、前回も」

 

 「あんただろうが、ガキだろうが関係ない! そもそもあたしは助けてなんて言ってない!」

 

 「でも助けられた」

 

 「勝手にね! だいたいあいつはトミーの足を撃った!」

 

 「っ! そのトミーはさんざん私の仲間を殺した」

 

 「あたしもね! また仲間を殺されたいの!?」

 

 「…あんたが殺しに来たのは、私。そうでしょ?」

 

 「何? 今死にたい? すぐオーウェンたちにあわせてあげようか」

 

 アビーの肩が震えたと思ったら、銃を向けられていた。

 制する暇もなかった。

 

 「みんなの、話は、しないで…!」

 

 顔を上気させて、瞳孔が開く。シアトルの劇場で、トミーを足蹴にしていたときと同じ顔だ。

 にやりと頬がゆるむ。

 やるしかないんだよアビー。

 

 「あんたが死ねば、どうせあのガキも死ぬでしょ?」

 

 あたしがそう言うと、ガキを見て、目を閉じた。

 不意に思い出されるのは昨日の、浜辺のアビー。

 

 『私は戦わない』

 

 腹が立つ。

 

 「ラトラーズの拠点はあそこだけじゃない。別の拠点から増援がやってくる。そうなればあっという間に包囲されて、殺される」

 

 「だからなに?」

 

 「今いる残党だけなら目をかいくぐって、逃げられる。でも私一人でレブをかばいながらじゃ逃げられない。だから手伝ってほしい」

 

 「あたしになんのメリットがあるの」

 

 「生きて帰れる」

 

 アビーが語気を強める。

 生きて帰ったところで、とつい口にしそうになる。

 人の顔が浮かぶ。ジャクソンの街の連中。

 ディーナ。多分、待ってないだろう。帰れば歓迎はしてくれるだろう。喜んでくれるだろう。でもその姿を私が見たいと思っていない。一度彼女を捨てたあたしの帰還に喜ぶ彼女の顔を。

 トミー。アビーを殺さない限り、トミーはあたしを認めないだろう。…あたしがトミーならそうする。

 マリア。前から合わせる顔はない。

 シアトルから帰ったあたしを、ジャクソンのみんなは暖かく迎えてくれた。

 悪夢に苛まれるあたしのことをないがしろにはしなかった。

 でも、味方はしてくれなかった。

 そしてあたしはジャクソンを捨てて、サンタバーバラへ来た。

 アビーを殺すことだけを目的にして。

 アビーを殺したあと、あたしはどうするつもりだったんだろう。

 帰ったところで、ディーナとは合わせる顔はない。

 トミーはねぎらってくれるだろう。

 そして、ジョエルの墓参りをして…、報告をする。仇は討ったと。

 シアトルから帰って、一度も墓へは行っていない。

 アビーを殺せば、墓参りもできると思った。

 合わせる顔ができるはずだと思った。

 でも…。

 

 「…わかった」

 

 銃を下ろす。

 長く黙り込んでいたあたしからの返答に、アビーはわかりやすく破顔した。

 あたしから距離をとったまま、回り込むようにアビーはガキに近づいて、様子を窺う。

 アビーがガキの頭をなでている。

 ジョエルは…。

 ジョエルは、サラを失って、その後、どうしたんだろう。

 

 『俺は生きるためになんだってした。お前も、何があっても戦う目的を見つけなきゃダメだ』

 

 なんだってする。

 とにかく、今は生き残るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「このクルーザーは動かせないの?」

 

 「ガソリンがない」

 

 アビーがテーブルに地図を広げる。

 

 「ここが今いる海岸。ここが昨日のラトラーズの野営地。あいつらはおそらくこの修道院を拠点にしてる」

 

 アビーが海岸から離れた、コンスタンス通りの近くの修道院を指した。

 

 「なんでわかる」

 

 「一度、収容された。場所ははっきりしなかったけど、このへんであんなにでかくて特徴的な建物はここぐらい」

 

 苦虫を噛み潰した顔をする。別に興味がないので先を促す。

 

 「で? どう行くの?」

 

 「場所はわからないけど、この修道院を中心に複数の野営地をもってる。陸路で抜けるよりは、海を行ったほうが安全だ」

 

 「…。ガソリンはないんじゃなかった?」

 

 「あいつらからいただく」

 

 「本気?」

 

 「車を持ってたから、確実にある。なにかしら足を得ないと、レブを背負ったまま逃げるのは難しいから…」

 

 「車があるなら、それで…」

 

 「…町の外へ出る街道は封鎖されてる。たぶんろくに進めない。それに、捕虜の多くは車できて、あいつらに捕まってる」

 

 ジョエルとの旅で、ピッツバーグで襲ってきたハンターを思い出す。

 

 「ガソリンはどこから奪う?」

 

 「この間の拠点から。地理もわかる」

 

 「船を得て、どこへ逃げるの?」

 

 「……」

 

 アビーは、口をつぐんで、腕組みをした。

 

 「…サンタカタリナ島。ファイアフライの拠点がある」

 

 「…まだいたんだ。ファイアフライ…」

 

 テーブルについた腕を見る。タトゥーに隠したはずの傷跡が、いやに目についた。

 

 「あんたは、どうするの」

 

 地図を眺める。

 

 「…ロスなら途中に寄れるでしょ、そこで下ろしてくれたらそれでいい」

 

 カタリナ島の対岸を指す。

 アビーは頷いて、地図を畳んだ。

 ファイアフライと合流したアビーは、あたしのことを話すだろうか?

 いや、ファイアフライはもう治療薬を作れないんだったか。たぶん、ジョエルが研究者を殺したから…。

 それでも、あたしに、あたしたちに恨みを持つ奴らはまだいるだろう。

 多分、ここでアビーは殺しておくべきだろうな。

 他人事のように、あたしはそう思った。

 

 「じゃ、行くよ」

 

 クルーザーから飛び降りる。

 アビーが、尻のポケットからハンドガンを取り出して構えつつ、先導する。

 クルーザーの裏の崖を登るアビーの背中を見て気づく。

 バックパックがぺちゃんこだ。

 

 「あんた、武器は?」

 

 「ラトラーズに捕まってとられた。これは予備でクルーザーに隠してた」

 

 手の銃を振ってみせる。

 崖を登りきり、住宅街へ入る。

 あんなに痩せたのに、息切れもしてない。やっぱりこいつゴリラだろ。

 住宅に近づくと、独特の金切り声が聞こえる。

 

 「感染者だ」

 

 「わかってる」

 

 小さく返事をする。

 ここは昨日も通った家屋だ。結構な数の感染者がいた。シャンプラーも数体いたが、全部殺したはずだった。

 アビーが窓からなかを覗く。

 

 「ランナーが数体。…たぶんクリッカーが上にいる」

 

 「屋根に登れる。2階から抜けよう。…クリッカーはあたしが始末する」

 

 アビーが頷くのをみて、登る。

 ナイフを構えて、壁伝いに歩く。割れた窓からクリッカーの金切り声が聞こえてくる。窓から覗くと、クリッカーは後ろを向いていた。

 好都合。

 ゆっくりとあたりを窺って、他にいないのを確認して、忍び寄る。

 首を掴んで、引き寄せて、掻っ切る。

 

 「…っふう」

 

 声も立てていない。下のランナーには気づかれてないだろう。

 アビーが吹き抜けから下を確認して、大丈夫だと確認して、部屋を抜けた。

 窓から音をたてないように静かに飛び降り、進む。

 

 「…まだいる」

 

 うめき声が聞こえる。

 ランナーか、他のなにかか。

 

 「昨日、だいぶここで殺したんだけど」

 

 おもわずひとりごちる。

 

 「ここは近くにでかい公園があって、森がある。感染者はいくらでもいる」

 

 「ラトラーズも、この辺拠点にするなら感染者も駆除しとけよ」

 

 「おかげで目の届かないところも多い。最悪森を抜ければ、ラトラーズには見つからない」

 

 「ラトラーズには、ね」

 

 ランナーの声がした家から離れ、別の住宅の様子を確認する。

 

 「森はどのあたりにあるの」

 

 「…北西、むこうに見える通りをずっと行けば着く」

 

 北西。今あたしたちが向かっているのは昨日のラトラーズの拠点。クルーザーからは東にある。ラトラーズの拠点だと言った修道院は北のはずれにあった。

 

 「…あのガキを背負って、その森を抜けるのでも良かったんじゃない?」

 

 「感染者が多すぎる。レブを守りきれない。あと、ガキって言うのやめて」

 

 「…はいはい」

 

 「それに…、一刻も早く安全な場所へ連れて行かなきゃならない。本当ならあのボートでそのまま向かいたかったけど、燃料が足らなかった」

 

 「…」

 

 住宅を抜けて、通りへ出る。

 離れた街路樹に、クリッカーが吊るされているのが見える。

 あの罠だ。

 

 「何あれ、ラトラーズがやったの?」

 

 「…ラトラーズのブービートラップ」

 

 「ああ」

 

 それだけでアビーは納得したようだった。

 似たトラップを見てきたのだろう。

 

 「…チームで動け!! まだいるはずだ!!」

 

 遠くから聞こえる。ラトラーズだ。

 

 「くそっ」

 

 「やっぱり街道は見張られてる、住宅を抜けていくよ」

 

 身をかがめて、アビーが手招きしつつ走っていく、

 あたしも後へ続いた、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…車があの建物にあるって話だけど、本当?」

 

 サイレンサー付きの銃を突きつけて問い詰める。

 足を引きずってあたしから離れようと必死になってるラトラーズ。

 

 「…それ以上後ずさると落ちて死ぬよ」

 

 狭い見張り台をあたしの声も聞こえないほどパニックになって這いずっている。

 手が見張り台を踏み外し、体制を崩す。ラトラーズが驚いて地面を見る。後ろを向いた隙に後頭部に銃口を押し付ける。

 「ほ、本当だ!」

 

 「で、どこにあるの?」

 

 「捕虜を収容する建物の隣の小さい建物だ! 通りに面していて、倉庫になってる!」

 

 あたしがアビーをみる。

 アビーが頷く。それを確認して銃をしまう。

 

 「な、なあ。本当だ、マジだ。見逃してくれよ。あんたたちのことも言わねえ!」

 

 「大声を出すなって言っただろ」

 

 首にナイフを突き刺して、掻っ切った。

 

 「…バレてない?」

 

 「大丈夫。見張りは言ったとおり出払ってる。数が少ない」

 

 身をかがめて建物を窺うアビーが静かに答えた。

 

 「あの建物だ。あれが裏が通りに面していて、そこにいつも車を停めてる」

 

 見張り台からわずかに顔を出して建物を窺う。

 アビーが捕虜が収容されていた丸くて高い建物の横の建物を指す。

 ラトラーズは数人見えるが、思ったよりも少ない。

 

 「捕虜に襲撃されて一度ここを離れたらしい。その後取り返して、今は逃げた捕虜を追って出払ってる…と思う」

 

 「…というかなんで捕虜のこととか知ってたの?」

 

 アビーは浜辺で磔にされていて、拠点での出来事は知らないはずだ。

 

 「今朝、捕虜の一人とあって教えてもらった」

 

 「…信じられるの?」

 

 「一緒に捕まった仲だ。それに今確かめたでしょ?」

 

 足元のラトラーズを横目に、アビーは見張り台から早々に飛び降りて建物へ向けてかけていく。

 ため息をついて、建物を見る。捕虜の収容されていた建物と連絡はしてるらしい。

 ラトラーズの人数もいないし、建物の中を抜けていけばいいだろう。

 あたしも見張り台を飛び降りて、アビーに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どう?」

 

 「…もういない」

 

 構えていた銃を下ろして、アビーが車へと近づく。

 

 「…使えそうだね」

 

 「ガソリンは入ってる?」

 

 「たぶんね」

 

 「食料も、ある。ついでにもらっておこう」

 

 倉庫の棚は、弾薬や缶詰なんかの食料がそれなりに置いてあった。

 

 「丁度いいポリタンクがある、ポンプも。これで車からガソリン抜いて」

 

 棚を漁っていたアビーがタンクとポンプを投げてよこした。

 

 「命令しないで」

 

 「…わかったわよ」

 

 車にはガソリンが入っていた。

 タンク一杯は十分にあるだろう。

 ポンプでガソリンを抜きつつ、あたりを見渡す。

 缶詰の食料がけっこうある。車で頻繁に食料を運び込んでいるんだろう。

 やつらここを保養所だって言っていた。

 

 「こんなに食料を、どうやって…」

 

 「大麻だよ」

 

 アビーがバックパックへ缶詰を詰めながらポツリとつぶやいた。

 

 「表の畑、あれがそうだよ」

 

 「捕虜に育てさせてた?」

 

 確かに、ジャクソンで見た植物と似ていた。

 ラトラーズで使いもするんだろうけど、基本は取引に使っているんだろう。

 豊富な装備もそのおかげか。

 

 「ガソリンは詰め終わったよ」

 

 バックパックへポリタンクをしまって、立ち上がる。

 

 「よし、行こう」

 

 アビーがそう言うと同時に銃声がなる。

 

 「いるのはわかってる!! 出てこい!!」

 

 「くそ!!」

 

 倉庫のシャッターの方から聞こえる。

 

 「ハメられたんじゃないの!?」

 

 思わずアビーに怒鳴り散らす。

 

 「知るか! 今はどう切り抜けるかだ!」

 

 まだ通りにしかいないようだが、すぐに包囲されてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「行くよ!!」

 

 「合図でやって!!」

 

 「今!!」

 

 凄まじい衝撃、爆発音。

 予め耳は塞いでいたが、それでも頭が揺さぶられる衝撃が体を襲う。

 煙の向こうから外の光がみえる。

 

 「開いた!!」

 

 「捕まって!!」

 

 アクセル全開で車が倉庫から飛び出る。

 一瞬、外の光で目がくらむ。

 飛び出た車はすぐさま急カーブして通りを駆け抜ける。おくれて後ろの窓から確認すると、さっきの爆発でシャッターが吹き飛んで、ラトラーズに直撃したらしい。

 

 「シャッターの前にいたの? 間抜けじゃない!?」

 

 アビーがミラーで見たのだろう。

 

 「その間抜けに殺されかけてたんだろ」

 

 「はっ、あんたの腹の傷は、一体誰にやられたんだ?」

 

 「あたしは捕まらなかった」

 

 「死にかけたくせに」

 

 「何?」

 

 「右! ラトラーズだ!」

 

 アビーがそう言うが早いか、あたしはフロント越しに銃を構える。

 ラトラーズがトラックで私達の車の前を走る。

 

 「くそ、当たらない!」

 

 荷台の敵二人があたしたちに銃を向ける。

 

 「早くしろ!!」

 

 「うるさい!! あんたの運転が下手なんだ!!」

 

 足にあたる。バランスを崩して落ちる。そのままあたしたちの車に轢かれた。

 相手の弾丸が頬をかする。

 リロードして、うつ。今度は頭に当たる。また落ちて、轢死体になる。

 

 「ざまあみろ」

 

 トラックがあたしたちに並走しだす。助手席のラトラーズが窓越しに銃を向ける。

 

 「ちっ。私の側にくるなよ」

 

 アビーが舌打ちをして銃を向けると。

 

 「前!!」

 

 バスが前を塞いでいた。

 くそ!! 坂でバスをぶつけてきたんだ!! 仲間だって並走してるのにめちゃくちゃしやがって!!

 アビーが片手でハンドルを思いっきり回す。

 バスにかすりつつも90度回転して、道を外れて住宅の塀を突き破り、激突した。

 

 「ああ!! ゲホッ! くそったれアビー!! 下手くそなんだよ!!」

 

 車から這い出る。

 

 「相手は二人だ!! 突入しろ!!」

 

 ラトラーズの怒号が聞こえる。

 銃を構えて、出口を探す。人数はわからないが、逃げられるならそのほうがいい。

 

 「おい!! アビー!! はやく逃げるぞ!! おい!! …アビー!?」

 

 車を覗く。

 アビーは気絶していた。

 



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