神の星と星の神 (D・ヒナ)
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ep1

TIPS
『この本に出てくるキャラクターのデザイン』
全て、原作通りのデザインです。


結城友奈()は自分はかなり他人と違うと言われる。

自分の家はかなり大きくて、食べ物もかなり豪華だ。これは、言われても仕方ない

隣人の少女、東郷美森は体はともかく、性格はちょっと変わっていて「そんな人と付き合えるなんて随分とお人好しね」なんて言われる事もあった。これは普通だと思うけど。

そして何より、私の所属している部活「勇者部」。これがかなり変わっている。四国の外から生まれた敵、「バーテックス」を打ち倒す事を部活動にしている。これ、秘密なんだけどね。

だが、それよりも変わっているのが――

「おはようございます。勇者様」

何故か、私の家で寝泊まりしている「星の騎士」である。

事の始まりは数日前…

 

「私は三好夏凛!大赦から派遣された、正真正銘!正式な勇者!つまりあなた達は用済み。はい、お疲れ様でしたー」

あの勇者、三好夏凛が私達より先にバーテックスを倒した時に事件は起こった。

「ええー……っていうか、正式な勇者って結構多いのね…!」

私の先輩、犬吠崎風先輩が夏凛ちゃんが降ってきた空を見つめて口をぽかんとしていた。

「…あ、ほんとだ。まだ何人か降ってきてる」

私の後輩、犬吠崎樹ちゃんも空を指差していた。

「…は?何言ってるの?正式な勇者は私だけよ?」

「え?じゃあアレは一体…?」

東郷さんは夏凛ちゃんの言葉を聞いて、空に銃を向けた。

銃の先には、流れ星があった。それも七つも。

「まさか…バーテックス!?」

夏凛ちゃんは血相を抱えて落下点に向かって跳んで行った。

「私達も続くわよ!」

風先輩の声で私達も落下点に跳んだ。

そして、その途中大きな衝撃があったけど、私達は落下点に無事到着できた。で、そこに居たのが…

「…バーテックス…なの?」

「人型のバーテックス…!?」

「怖い事言わないでよー!」

鎧を着た、機械か人か分からない人達。そんな人が七人も倒れていた。

「………」

私達が怖がっている内にその中の一人が目を覚ました。

「…ここは、何処だ?」

「しゃっ喋ったぁ!?」

「…おいおいアクベスゥ~…そんなにモノをガッチガチにして~…ってあん?どこだここ」

「ひっ!また起きた!」

そんなこんなで七人は全員起きて、私達と彼らに微妙な空気が流れた。

「…えーっと…どちら様で?」

「済まない、自己紹介を忘れていた。それについては詫びさせてくれ」

風先輩が何とか話を切り出すと、彼らは意外にも優しく応えてくれた。

「我々の名はセイクリッド。星の騎士団として活動していた」

が、真面目な口ぶりで言われた変な事に私達はぽかんとする事しか出来なかった。

「…ねぇコイツら信頼出来る?」

風先輩がひそひそ話で訊いてきた

「かなり胡散臭いですね」

東郷さんが険しい表情で答えた。

「大赦の人に助けてもらうっていうのは?」

私も二人に倣って、話に加わる。

「ナイスだ友奈!」

「…ゴホン。私達も自己紹介をしましょう。私達は勇者部。大赦の下で人々を守る仕事をしています」

「私達はまだあなた達の事を全然知りません。あなた達が、我々に益をもたらす者か、害をもたらす者かさえも分かりません。なので、今から大赦まで来て頂いてもよろしいでしょうか?そこで我々に貴方達の事を聞かせてください」

「分かりました。…異論は無いな?」

東郷&風コンビと話していた青髪の人が後ろの人に訊くと、ばらばらではあるけど、全員一致の賛成の返事が返ってきた。

「彼らも問題ないようです。では、案内していただけますでしょうか?」

「はい、分かりました」

そんなこんなで私達は大赦にあの人達を送ってもらって、何とか学校に戻れた。

けど…

 

 

翌日・早朝

「…うう…今何時…?」

私はとてもうるさいエンジンの音で目を覚ました。

「…ポスト…入れた?」

門のポストに何かを入れた音が聞こえた。

その音で完全に目が覚めてしまった私は何となくポストの中身を取りに行った。

・・・

「……?」

ポストの中には小さなハガキみたいなものと、何故か小さなカードが入っていた。

「えっと…これ何だっけ?…そうそう、電報」

私はハガキに目を落とす。

『キシ、セイギョデキズ。シエンモトム』

「…へ?」

私が驚いているのをよそに事態はどんどんと変化していった。

この時、私は気付いてなかったけどカードが鈍く光り出していた。

「ん?うわっ!?何コレ!?」

そんな事を叫んでも時すでに遅し。光はどんどん強くなっていく。

「眩しいっ!」

私は光に負けて、目を閉じた。

「…どうしたのですか?勇者様」

けど、この声で私の目は大きく開いた。

「うわぁっ!?何で!?いつからここに!?」

だって目の前には昨日会った、青髪の騎士が立っていたから。

「さっきここに出ました」

「出たって…。あっ!カードが!」

ふと左手を見ると、さっきまで持っていたカードが無くなっていた。

「私は大赦の人にあなたの世話になるよう言われてここに来ました。」

「ええ?」

カードが光るし、お世話する事が決まってるし、私の頭は流星群。

もう何もまともに考えらんない。

「…夢だね」

「え?」

私は踵を返して部屋に向かって歩いた。

・・・

「夢の中で寝るっていうのも変だけど…これは、そう。夢」

私はベッドに倒れ、眠りに落ちて行った。

・・・・・・

「ゆ…様。お…く…い!」

私は目覚まし時計の音と、謎の振動で目を覚ました。

「あ、目を覚まされたのですね」

けど、そこには夢で会った騎士が居た。

「…ええー!?何でここに居るの!?」

「…もしかしてお邪魔でしょうか?」

騎士がそう言うと、体が光り、一瞬で彼は消えた。

「…え?何処に行ったの?」

『ここです。勇者様。』

声に誘われ、足元を見ると、あの時見たカードが足元にあった。

「…まさか、これ?」

『はい、これが私です。…さぁ、学校に行きましょう』

「…一緒に来るとか言わないよね?」

『…行っては駄目なのですか?』

私は、会話がめんどくさくなって、カードを持って学校に行った。

                   あ、ちゃんと朝ご飯は食べたよ。

・・・・・・・・・・・・

 

同日・放課後

「みんなにも…カードが?」

「はい、私達にはこの二つのカードが」

「そーなのよ…大赦からの勝手な理由でね」

「私にも何故かこのカードが渡されてるわ」

「私は何故か三枚も…」

私達は夏凛ちゃんと謎のカードが加わった部室で情報交換をしていた。

「ところで風先輩。その身勝手な理由って何ですか?」

「え?大赦からメールが来てないの?」

「はい、この電報だけ渡されて…」

「大赦め…ホウレンソウがなってないわ…!」

「落ち着いて、夏凛ちゃん…!」

「いきなり下の名前で呼ぶの…!?まぁ、いいわ。それよりも!この現状をまとめないと!」

『…僕達のせいで、慌ただしくさせちゃって申し訳ありません』

『ごめんな。俺達も頑張って適応していくから、多少のそれは許してくれよな』

私達が愚痴を言い合っていると、犬吠崎姉妹のカードから声が聞こえた。

「ああもう…頭がこんがらがる…!」

あ、風先輩がダウンした。

「お姉ちゃん、スマホ借りるね。…これが、大赦からのメールです」

そう言って樹ちゃんが見せてくれたスマホのメールの内容を要約すると…

『俺達も彼らの事を制御しようと努力したんだぜ?けどアイツら、力は強いし、体は硬いし、…正直勇者じゃないと太刀打ちできません!お願い!助けて!ソイツラ預かってて!』

「…ふざけているんですか?」

「どうどう、落ち着いて。東郷さん。」

私は東郷さんを宥めながら、私の持っているカードを見る。

【セイクリッド・レオニス】…そこにはそう書いてあった。その下には、妙なポーズをとった騎士の絵もあった。

「レオニス…?」

『どうしました?勇者様」

「うわあっああ!?いきなり喋らないで!」

私はカードの声でカードを落としそうになった。変な声も出しちゃったし、すごく恥ずかしい。

『申し訳ありません。ですが、先程私の名前を呼ばれたので…』

「え?あなたの名前って、レオニスなの?」

『はい。我々も一つの命です。名前もしっかりとあります。』

「友奈ちゃん。二人の世界に入らないで」

いきなり肩を掴まれて今度はカードを落としちゃった。え、ちょっと東郷さん?顔が凄く怖いよ?

『これは、我々個人の自己紹介も必要かもしれんな。皆、出て来てくれ』

その声と共に、部室全体が輝き始めた。あ、すごい、すっごく眩しい。

「…あー肩が凝った」

気付けば、部室は凄く狭くなっていた。

「おい、アンタレス。勇者様の前で失礼だろうが」

「あ?勇者って言ってもなァ…。別にそこまで強そうには見えないぜ?」

「勇者様である以上、こうする事は当然であろうが」

「は?お前そんなんだから、アイツらに負けかけるんだろうが」

「それとこれとは別だろうが!」

「ヘイヘイ!ここは喧嘩する場所じゃあないぜ?さ、ユーシャサマにご挨拶だ」

出てきて早々、レオニスと微妙に黒い人が喧嘩し始めた。若干黒い人が止めてくれたけど。

「お見苦しい所を見せてしまい申し訳ない。改めて名乗らせて頂こう。レオニスだ。よろしく頼む」

そう言ってレオニスは礼儀正しく頭を下げた。

「そんでコイツは兄弟の弟にあたるボルクスで」

「よろしくお願いします」

「俺がその兄貴のカストルだ。兄弟共々よろしく頼むぜ?」

カストルとボルクスも頭を下げたり、キメッキメのポーズをとったりして、私達に挨拶をする。

「…お前も挨拶しろよ」

カストルが夏凛ちゃんの後ろで仏頂面で立っていた騎士を小突く。いや兜があるからどんな顔してるのか分からないけどね?

「…スピカだ。よろしく」

それだけでスピカは挨拶を終えてしまう。っていうかこの人女の人だったんだ。声だけしか聴いてないけど。

「おい、お前らも出て来いよ」

まだ名乗って無い騎士が東郷さんの手に握られている二枚のカードに話しかける。

『俺達の体は他より大きい。済まないがそこを退いてくれないか?』

「おお、すまねぇ。行くぞ」

「分かった、兄さん」

「では」

そう言って三人は私と犬吠崎姉妹の手にカードになって戻ってきた。

「って…この人達カードになれるの…!?」

『はい、ここに来てから何故かこんな姿に変身できるようになりました』

「ああ…」

あ、樹ちゃんもダウンした。

「…ソイツらは大丈夫なのか?」

いつの間にか私の隣に立っていた…何コレ?下半身が馬みたいなんだけど?…ミノタウロスさんが犬吠崎姉妹を見ながら訊いてきた。

「うん。たぶん、大丈夫」

「そうか。…一応、自己紹介をさせて頂こう。カウストだ、よろしく。そんでコイツが…」

「…アクベスだ…よろしく…」

カウストの隣に居た上半身に対して下半身が貧弱そう人も挨拶をした。えっ何そのハサミ。危ない。

「おい、お前も言え」

「…アンタレスだ」

「…こんなんだが、悪い奴じゃない。許してくれ」

…この人達…性格が違いすぎる

「ねぇ、友奈ちゃん。この人達を私達のすぐ傍に置いておくってメールに書いてあるのよね?」

「うん、そうだよ」

東郷さんに訊かれて、私はスマホを東郷さんに見せる。

「大赦は馬鹿なのかしら?一応、私達だって一般人よ?それなのに…」

「まぁまぁ、これもお勤めの一つみたいなものだし…!」

「…はぁ、仕方ないわね…」

「何でコイツらなんかの為に私の生活が…!」

 

こうして、何故か私達勇者部と、謎の騎士「セイクリッド」の共同生活が始まりました。




TIPS
『セイクリッド・レオニスのキャラ設定』
真面目系キャラ。一応の彼らのリーダー役。
勇者部の一行に仕えるようになる。


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ep2

TIPS
『セイクリッド・カストルのキャラ設定』
全て、原作通りと言ったな。あれは嘘だ。
鎧は白いし、マントはバリっとしてます。時々、灰色になります。
でもチャラ男です。すぐ調子乗ります。
原作通り、ボルクスの兄です。


犬吠崎風()は自分の生活は変わり過ぎていると思う。

私達姉妹は、両親を早くに無くし、大赦の世話になってきた。当時、カミサマを心の底から信じている人達とは分かり合えないと思って厳しく接してきたけど、今じゃ私達の便利屋みたいな感じになって、信頼も出来るようになってきた。まぁ、そんな組織の世話になっている時点で大分変わっている。

二つめ。私達は勇者部を結成し、大赦の命令で、四国の外で生まれた人類の敵。バーテックスを討つ仕事をしている。戦う女子中学生とか、アニメやマンガのモノだと思ってたけど、現実にも居るんだなって思った。戦いが生活の一部にあるなんて、とても変わっている。

三つ目。これが一番、変わっている。それが…

「よーっす!朝だぜー!」

私の家で何故か、とても慣れ慣れしく接してくるこの「星の騎士」だ。

「だー!うるさい!近所迷惑でしょうが!」

「そうだよ兄さん!ここの人達の迷惑にならないってみんなで決めたでしょ!」

「…はい」

私とポルクスに怒鳴られて、カストルは分かりやすくしょげた。

「あと、狭い!リビングに集まりすぎなの!この甲冑共!」

「ああ、ごめんなさい」

「…へーい」

二人はカードになって、テーブルに降りた。

「…おはよう、お姉ちゃん」

二人と入れ替わるように、樹が入ってきた。

「おはよう、樹。…うるさかった?」

「もう慣れた」

「…そう」

 

 

彼らと出会ってから、早、数週間。

三好夏凛が勇者部に入ったり、牛鬼がハサミ野郎に噛みついたり、街中で騎士が出てきちゃったり、なんやかんやトラブルはあったけど私達は何とか彼らと生活し、耐性も出来てきた。

けど、疲れた。すっごい疲れた。何でコイツら男なの!?もし樹に何かあれば…なんて思って顔を赤らめながら怒鳴ったら「実は僕達、鎧しか体が無いんです」なんて言われるし!じゃあその中はどうなってるの!?目、あるじゃん!それとも、中には想像し難い何かがうごめいてるの!?しかも、友奈と樹はそんな奴らとすっごく仲良くなってるし!他の二人もなんだかんだ仲が良くなってるし!もう、分かんない!コイツらとの生活ヤダ!

 

「とりあえず!朝ごはん出来てるわよ。冷めないうちに食べちゃいなさい」

「ありがとう、お姉ちゃん」

 

・・・・・・・・・・・・

 

同日・校門前

 

「おはよう、東ごってぎゃああああ!?あんた何に乗ってんの!?」

「おはようございます、風先輩。カウストさんに乗せてもらってるんです。」

私は驚いて、大声を上げてしまった。だってあの東郷がこのミノタウロス野郎に乗ってるんだから。

「凄いんだよ!カウストさんもアクベスさんもすっごい力持ちなの!私も簡単に持ち上げられちゃった!」

「いや、そうじゃなくて!一応まだ会って数週間しか経ってないのよ!?そんな簡単に信用していいの!?」

「確かに、友奈ちゃんが押してくれる車椅子に比べるとやっぱり…」

「そーいう事じゃなくて!」

「もう…お姉ちゃんは心配し過ぎなの!」

『そーだぜ!俺達がそんなに信頼できないか?』

「…まぁ、今まで悪い事はしてなかったけど…。って!さりげなく会話に割り込むな!」

「あはは…。でも、悪い人じゃないと思う」

友奈が真面目な顔で言ってくる。

「…私はまだ認めた訳じゃないからね」

「はぁ…。道は長いな」

「もう学校に着いてるよ」

「そういう事では無い」

あーあ。樹とミノタウロスが仲良く話してるのを見てると、私が意地張ってるのが馬鹿みたいに思えてくる。

「さっ、話してると遅刻しちゃうわよ」

「ああ!もうこんな時間!風先輩!また後で!」

「私達も行くわよ」

「…了解」

二人と一匹は仲良く学校に入っていった。…東郷、あれをどう説明するんだろう?

「お姉ちゃん?私達も行こうよ」

「おお!ごめんごめん。今行く」

 

・・・・・・・・・・・・

 

同日・放課後・勇者部部室

 

「えーと。今日の予定は中庭の掃除よ!」

私は部員のみんなに女子力たっぷりに宣言した。

「掃除ですか?」

「そうそう。と、いってもゴミはほとんど無くて、雑草取りみたいなものね」

「って事は体操服が必要ですか?」

「そうね。虫とかも出てくるでしょうし」

「…ごめんなさい!体操服忘れました!」

「ああ、いいのよ。なんなら今回は事前に言い忘れた私が悪いし」

「ありがとうございます!」

「友奈ちゃん。よかったら私の…」

『手を貸しましょうか?勇者様』

東郷の声を掻き消して、カードの声が聞こえた。この声は…多分レオニスね。あ、東郷があからさまに嫌な顔してる。

「いいよ!これは勇者部の活動なんだから!」

『そうですか。ですが、無理はなさらないように』

「お気遣いありがとう!」

「…ほんと、アンタとソイツ。仲良いわね」

夏凛が呆れた口調でぼやく。…それは私も同感だ。

「はぁ、とりあえず。各自着替えて、中庭に行きましょう!」

そう言って私はそこそこ大きなダンボールをみんなの前に出した。

『…また、やるのですか?』

レオニスが怯えた口調で訊いてくる。

「当たり前でしょう?乙女の着替えを覗くかもしれない奴を近くに置いとく訳ないでしょ!とくにカストル!お前が一番信用ならん!」

『ええ?俺だけ指名かよ。他に注意するべき奴はいるだろ?』

「うっさい!さ!とっととこん中にぶちこんじゃって!」

「「「「はーい」」」」

部員は別れを惜しんだり、恨みたっぷりに睨みつけてから、ダンボールにカードを入れていった。

「さてと。それじゃあ私達も早めに開けるから。外で待っててね」

そう言って私はダンボールを外に放り投げて、派手にドアを閉める。

「…やっぱりやりすぎなんじゃ?」

樹が不安そうに訊いてくる。かわいい。

「大丈夫よ、樹。あーいうのは諦めが悪いの」

「ずいぶん自信満々だね…」

「昼ドラは人生で必要な事が詰まってるのよ」

「ええ…?」

 

同日・中庭

 

「さて!これより勇者部、除草大作戦を開始する!」

目の前のそこそこに伸びた雑草共を前に私は作戦開始を宣言した。

「ただ雑草をとるだけだけどね…」

「頑張って、友奈ちゃん」

「頑張る!勇者部、結城友奈!いっきまーす!」

東郷の体操服を着た友奈が目の前の大きな雑草に向かって走っていく。あ、凄い。軽々と抜いちゃった。

「私達も負けてられないわ!行くわよ!」

「それ私のセリフ!…まぁ、いいわ!勇者部ファイト―!」

「「「おおー!」」」

 

30分後・・・

 

「暑い…疲れた…」

「お疲れ様です。風先輩」

日陰でへばっている私達に東郷がスポドリを出してくれた。嬉しい!生き返る!

「疲れたぁー…」

「まだ…半分…?」

「冗談じゃないわ…。日が暮れちゃう…」

とっくにコップの中身を飲み干した三人がぼやいている。まぁ、二人の言う事が分からない訳ではない。今日は六月だというのにとても暑い。時々セミが鳴いていたぐらいだ。そこに、安全の為とはいえ長袖で、草抜きなんて事をしなければならないのだ。これ以上やったら熱中症になっちゃう。三人には休んでいてもらおう。

「ねぇ、東郷」

「何ですか?風先輩」

「あのダンボール箱って持ってる?」

「はい。そこに」

東郷が指さした先に、ダンボールはあった。っていうか、そこ日なたじゃん!嫌がらせ!?

「おーい!甲冑共!生きてるかー!?」

私は何とかそこまで辿り着き、箱を開ける。

『あっちぃぃぃぃぃ!』

その瞬間、誰かも分からない声が聞こえたと思ったら、周囲が一瞬光って、気付けば汗だくの甲冑共が倒れていた。

「暑い…熱い…!」

「姉ちゃん…もうちょっと早くに…開けて欲しかったぜ」

「ごめんごめん。…甲冑共も駄目か…」

「すみません…勇者様…」

つわもの共が夢の跡の時、一人がいきなり立ち上がった。

「だあああ!暑い!暴れる!」

アンタレスが何かを振り回して…えっ何その物騒なもの!?トンガリが半端じゃない!

「アンタレス!やめろ!」

「ずぇりゃあああああ!」

スピカの叫びも虚しく、その物騒なモノは中庭の中心に向かって飛んでいった。

あれ?これマズいパターンじゃない?

ドカアアアアアアン!!と音を立てて、そこは爆ぜた。

 

 

「みんな、大丈夫!?」

「こっち三人…なんとか、大丈夫です…」

「私も…大丈夫です」

周りが煙でよく見えないなか、私は皆を呼んだ。なんとか大丈夫だったようだ。

「…煙が晴れてきたわね…。って、ハサミ野郎何してんの?」

私達の前に立って大きな腕をかざしていたアクベスに私は訊いた。

「………」

「皆を守ろうとしたんだろうな。彼はあんなのだが、根は優しい」

何も言わないアクベスに代わって、スピカが答えた。

「ふーん…。いいとこあるじゃん」

私は思わず呟いてしまった。あ、こいつカードに戻った。照れてんの?

「…ところで、アンタレス。お前、何してんだ?」

あ、スピカすごい怒ってる。顔は見えないけど、声とオーラで分かる。

「あー…。えっと、その…」

「また勇者様に迷惑を掛けてしまったではないか!どう責任をとるつもりだ!?ああ!?」

「…すいません」

わーすごい。あのひねくれ者が正座してる。星の騎士だけに、星座ってか?

「風先輩!中庭が!」

友奈の声で我に返る。中庭が…ってあああああああ!

「中庭が…真っ黒!」

「どうしましょう…」

「勇者様。ここは我々にお任せを」

そう言って、レオニスと兄弟が手を中庭に向ける。

「おおおおおおおおおお!」

三人の声が上がると同時に、中庭の土が綺麗になっていく。草も生えて、綺麗な芝生が出来上がった。

「…終わりました」

「…おおー…」

「役に立ててよかったぜ」

「流石にあの人達みたいにはいかないけどね」

「体がそういう風に出来てる奴と一緒にすんじゃねぇ!」

私達が呆けてるのをよそに、兄弟が楽しそうに話してる。なんか、微笑ましい。

「…さて、勇者様。これで本日の活動は終わりでしょうか?」

「…あっああ!うん!今日はこれで終わり!解散!」

「「「はっはい!」」」

こうして、騒がしい雑草取りは終わった。

…にしても、あの爆発野郎みたいな力が他の騎士にも備わってるのかしら。…少し怖い。




TIPS
『セイクリッド・ポルクスのキャラ設定』
容姿は原作通りです。
性格は真面目。でも、他ほどキビキビはしてない。優しい奴。
兄貴を呼ぶ時は、「兄さん」呼び。
原作通り、カストルの弟です。


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ep3

TIPS
『セイクリッド・スピカのキャラ設定』
現在登場している『セイクリッド』の中では、唯一の女性。
性格は姉御系キャラ。面倒見がいい奴。


三好夏凛()の生活は、かなり変わっていたと思う。

小さい頃から、勇者としての生活をして、勉学に励み、武道を学んできた。

そして、私は無事、勇者となり、バーテックスを打ち倒し、功績をあげた。

しかし、それ故に、私は人々とはかけ離れており、人との接し方も分からなかった。変なのは分かっている。きっと、ずっと、変な人でいるのだろうと思った。

でも、そうじゃなかった。私は勇者と出会い、風先輩に、樹に、東郷に、そして友奈に出会った。彼女らのおかげで、私は、普通な人になれそうであった。でも、その分、私の生活に普通じゃないものが入ってきた。それが…

「今日はもう終わりか?」

目の前で余裕そうに浮遊している、「星の騎士」だ。

時は遡り…

 

放課後・部室

 

「今日は何もありません!という訳で、解散!」

風先輩が思いっきり叫んだ。ここまで勢いよく言われると清々しいわね。

「ええー!?依頼が何も無いんですか?」

友奈が少し悲しそうな顔をする。

「そーよ。ホームページも更新しちゃったし…。兎に角、やる事がありません!」

「そっか…」

「そう暗い顔をしないで、友奈ちゃん。依頼が無いって事は、困ってる人が居ないってことよ」

「……あっ、そっか!」

東郷の言葉で、友奈の顔がパっと明るくなる。本当に言葉の意味を理解したのかしら?

「じゃあ、私達は帰ります!さようなら!」

「さようなら」

友奈が東郷の車椅子を押して、部室から出ていく。やっぱり、アレの背中は気に召さなかったらしい。

「さてと。私達も帰るわよ」

「うん。分かった。

犬吠崎姉妹も帰る準備をし始める。

「…うん?夏凛。部室閉めちゃうから出てね」

いつの間にか荷物をまとめた、二人が扉の前に立っている。早いわね。

「あ、うん…」

「あれ?もしかして、寂しくなっちゃった?」

風先輩がニヤニヤしながら私をからかってくる。

「そっそんな訳ないでしょ!?私が寂しいなんて思う訳ないじゃない!」

「ホントかねぇ?」

そんなこんなで、私達は部活を終え、帰路に就いた。

 

夕方・私の部屋

 

「………」

何もしていない。

皆と会話をしていない。

その事がとても苦しかったのだと、思い知らされる。よく耐えてたな、昔の私。

「…お疲れ様。勇者様」

いつの間にか、人の姿になっていたスピカが、私に声を掛ける。それだけで、私の心は、幾分か落ち着いた。

「…ありがと。そっちもお疲れ様」

「…ああ」

スピカの素っ気ない返事で、会話が終わる。…あの賑やかさが、懐かしい。

「「………」」

部屋が静寂に支配される。

寂しい、悲しい。

「…体でも動かすか?」

ふいにスピカが声を出した。

「…ええ!暇な時はトレーニングよ!」

私は体を起こし、ベッドから抜け出し、木刀を掴み、部屋から出た。

 

夕刻(さっきよりは時間が経っている)・浜辺

 

「ふっ!ぜやぁっ!」

私はいつも通り、自転車で海に来て、木刀を振るった。

「………」

そんな私をスピカはじっと見つめていた。っていうか、私、スピカの事すっかり忘れてたけど、どうやってついてきたの?まさか、走って?

「…そこ、振り向く時。隙がある」

「えっ?」

「いや、ただの戯れ言だ。気にしないでくれ」

「気にするわよ!もっと細かく言いなさい!」

「…はぁ」

その後、スピカは私の演舞の癖や、振りの隙をたっぷりと私に教えてくれた。

「…全部当たってるわ…」

「…どうする?なんなら、私が稽古をつけてもいいが…」

「ええ!お願い!私に剣を教えて!私を強くして!」

「…ああ、分かった」

 

夜・浜辺

 

「はぁ…はぁ…」

もう無理…動けない…

「今日はもう終わりか?」

スピカが余裕そうに訊いてくる。っていうかアンタ浮いてない!?…バッチリ、浮いてるわね

「今日は…終わり」

「…そうか」

スピカが残念そうに答える。あのね、あなたは良くても私はもう動けないの!

「…今日はありがとう」

「え?」

へばっている私の横に座りながら、スピカが私に感謝の言葉を言った。え、何で?

「昔の事を思い出せた。とても楽しかった」

「…その昔の事って、アンタ達が変な力を持ってたり、アンタが浮けたりするのに関係してるの?」

私は気になって訊いてしまった。ちょっとまずかっただろうか。

「…ああ。そういえば、まだ話していなかったな」

「…何を?」

私は何とか、座って、スピカの話を落ち着ける体制で聞く。

「私の、私達の過去だ」

「………」

その冷たくて、悲しい声を前に、私は黙ってしまった。

「…私達、『セイクリッド』は、本来、死んでいるべき存在なんだ」

「え?」

「私達は、『ヴェルズ』との戦いで力を使い果たし、その状態で皆の為に、『神』と戦ったんだ」

「…神と?」

私はいきなりの話に驚くしか出来なかった。話に出てきたヴェルズが何者か分からなかったけど、それ以上に神と戦ったという事が気になった。

「そう。私達は親に逆らったのさ。第一、血縁関係はないがね」

「………」

「その戦いで、多くの事を知り、多くのモノを失った。そこには、私が稽古をつけた奴も居た」

「…なんか、縁起悪いわね」

「…おっと、失礼。……あの時は楽しかった。戦いの渦中であるにも関わらずだ」

「呑気なの?それとも戦闘狂?」

「…口が悪いね。…ともかく、あの日々は忘れる事は無いだろう」

「ふーん…」

「だが、私達の戦いは終わっちゃあいなかった。ハッピーエンドにはならなかったんだ。でも、私達には、戦える程、力は残っていなかった。だから、力を残った者達に託し、私達は、散った」

「…………」

「だから、こうして、また稽古がつけられるのが、とても嬉しい」

「…そ」

「冷たいね。…さて、もう遅い。帰ろう」

そう言ってスピカは立ち上がった。

「はぁ…。帰るか」

私は木刀を袋に入れ、背負い、自転車に乗った。

 

夜(さっきよりは時間が経っている)・私の部屋

 

「…たまには、自分で作ってみるっていうのも…」

私は、水だらけの冷蔵庫で、目立っている材料たちを取り出した。風先輩は家で料理を作ってるっていうし、東郷は、牡丹餅をいつも部室に持ってくる。私も、皆と同じような事がしたくなった。

「ふむ。勇者様の、料理の腕はいかほどかな?」

「…成せば大抵なんとかなる、よ!」

私は、水を入れた鍋に、カット野菜、小間切れ肉、うどんをぶち込んで、コンロのつまみを回した。

「…これで、煮込めば何とかなる!」

私にかかれば、料理なんてチョチョイのチョイよ!

「あっ、そうだ。これも入れれば!」

「!?」

サプリを入れればもっと美味しくなる!うんうん、よく気付いた、私!

「あ、そうだ。油も体にいいのよね!」

「!?!?!?」

オリーブオイルを忘れるなんて、私もまだまだね!

「…折角だし、新しい分野にも手を出してみようかしら?」

 

夜(さっきよりもちょっと時間が経っている)・私の部屋

 

「…いつものと同じね」

私は、うどんをすすった。…べちゃべちゃ。

「これじゃインスタントに少し身が付いただけじゃない」

やっぱり、いつもので良かったわね

「…これは、ある意味。逸材だ…」

何故か、疲れ切ったスピカが、何かを呟いた。

「…スピカも食べる?」

「いや、いい。そもそも我々は食べなくていい種族なのでな」

ああ、そうだった。忘れてた。

にしても、食べ物を食べなくていいっていうのはどんな感じなのかしら?




TIPS
『セイクリッドの体のアレソレ』
食べなくていいです。便利だね。
出さなくていいです。便利だね。
性欲?そんなもん無い。
唯一、睡眠は必要です。不便。


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ep4

TIPS
『セイクリッド・カウストのキャラ設定』
レオニスと同じく、真面目系キャラ。
下半身が馬なので、それでよく誰かを運んでいる。人力車かな?
レオニスに比べ、少々落ち着きがある。


東郷美森()の境遇はかなり変わっている。

私の家は何故か、とても大きい。それこそ、車を何台買っても、そこまで損害な無い程度には力がある。

そして、私にも文字通りの「力」があった。勇者として、戦い、敵を討つ事が出来る。どうして私なのか分からないが、私にはそんな力がある。

でも、そんな私にも、病気?…には勝てなかった。実際には事故による後遺症なのだけど。足を失い、記憶も失い、私は真っ白なのか真っ黒なのか分からない状態で中学生になった。

正直、私はどうしてこんな運命に遭ったのか分からない。他の人と同じように食べて、他の人と同じように寝て、他の人と同じように楽しみたかった。

でも、それは叶わない事だ。何故なら私は、勇者だからだ。勇者だから、普通の人のように、臆病になれないのだ。なってはならないのだ。

「…何を、書いているんだ?」

「…『勇者御記』です。私達は、勇者である以上、こうやって日誌を書かなければならないのです」

「…そうか」

私達は、この未知の騎士を、『星の騎士』を前にしても、怯える事は許されない。

 

 

早朝・私の家

 

「………」

私はいつも通り、朝食を作る為に、目を覚ました。

「………!」

「………!?」

「………」

訂正、今回は騒がしい騎士共のおかげで目が覚めたようだ。

「ふっ…」

私は車椅子に乗り込み、襖を開ける。

「…貴様、ここまで勇者様の世話になっておきながら、ここを抜け出すというのか!?」

「当たり前だ。やっぱり、こんなガキが勇者な訳ないだろ。俺はここを出るからな」

「…またか」

襖の先で、馬鹿共が騒がしく論議を行っていた。

「…何をしているの?」

「げっ」

「…勇者様。この者がここを出ると言って聞かないのです」

「………」

「…好きにさせてはいかが?」

「…分かりました」

今、私は少々、虫の居所が悪い。面倒な事は勝手にやってくれ。

「………」

アンタレスが私を睨みつけてきたが、そんなモノは気にしない。私は悪くないのだから。

 

朝・門前

 

「おっはよー!東郷さん!」

「おはよう、友奈ちゃん」

友奈ちゃんが私を迎えに来てくれた。相変わらず、かわいい。

『…また、アンタレスと喧嘩をしたのですか?』

友奈ちゃんのポケットから声が聞こえる。忌々しい甲冑め。

「…ええ。あの者が、ここを出ると言い始めまして。と、いっても、今に始まった事では無いですが」

アンタレスがこのような事を言ったのは、今日が初めてでは無い。きっと今回もいつも通り、詐欺だろう。

『そう…ですか』

「あー…。みんな仲良くしようね!」

友奈ちゃんが気を遣って、明るい事を言ってくれた。ありがとう、友奈ちゃん。

「さて!今日も学校にレッツゴー!」

そう言って、友奈ちゃんは私の後ろに立って、車椅子を押してくれる。大好き、友奈ちゃん。

 

朝(先程より、幾分か時間が経っている)・校門前

 

「おはようございます!風先輩!」

「おはようございます」

友奈ちゃんが校門前で偶然会った犬吠崎姉妹に挨拶をする。私もそれに続いて挨拶をする。

「おはよう!今日も元気そうね!」

「はい!結城友奈は健康そのものです!」

「ははは…」

元気な友奈ちゃん…眩しい…!

『なぁ、嬢ちゃん。アンタレスはどうしたんだ?』

風先輩のポケットから声が聞こえる。おそらく、カストルだろう。

「…あの人なら、家ですが」

『…そうか。いや、俺の杞憂かもしれねぇ。気にしないでくれ』

「ちょっとカストルゥー。いつにもなく真面目じゃなーい」

『ん?ああ、うん』

カストルが歯切れの悪い返事をする。もどかしい。

「さて!お喋りもここまでにしましょう!じゃあねー」

「あっ!お姉ちゃん待ってよー」

犬吠崎姉妹が自転車を押して、校門を通っていく。

「私達も行こうか!」

「そうね、友奈ちゃん」

私達も校門を通る。

 

昼休み・勇者部、部室内

 

「ねぇ、アンタレスと何かあったの?」

実体化したスピカが私に訊いてくる。今、部室には夏凛ちゃんと、友奈ちゃんと私の三人しか居ない。

「あの馬鹿が、勇者様の下から離れるとぬかし始めたんだ。ま、いつもの戯れ言だと思うがな」

実体化したカウストが嗤うような口調で説明する。に、しても今日はよく彼について訊かれるわね。

「ふーん。だといいけど。なにせアイツ、『さそり座の男』だからねぇ。何かしでかさないといいけど」

アンタレスがそう言って笑う。正直それは、あまり笑い事になっていない。

「まぁ、何かあれば俺達で止めるさ。二人がかりなら、勝てない事も無い」

「ふーん…。ここに来てからは君達が戦った所を見た事は無いが、私の記憶通りならあの時は一回も勝てなかったのではないか?」

「…黙れ。今回は負けんぞ」

…正直、かなり不安だ。

「ちょっとお二人さん。そろそろ時間なのだけど。早くカードに戻って頂戴」

夏凛ちゃんが痺れを切らして、二人を急かした。

「ああ、済まない。すぐ戻る」

「では」

二人の体はカードになり、私達の手に戻ってくる。

「さっ、早く行きましょ」

「…うん」

友奈ちゃんに暗い顔をさせてしまった。今日はこれ以上ヘマをしないよう気を付けよう。

 

 

放課後・畑

 

「いつの間にか始まってた中庭ガーデニング計画、第二だーん!肥料を作ろーう!」

中庭に集まった私達は、風先輩のうるさい声で今日も勇者部の活動が始まった事を知った。

「肥料…、ですか?でも、ここ学校ですよ?農家の人に機械を借りれないですよ?」

「ふっふーん。調べて分かった事なんだけどね。実は、私達でも普通に手に入るモノで、肥料って作れるみたいなのよ」

「ええー!?じゃあ、あの時、あの長い道を歩いたのは!?」

「あー…。ま、まぁ、これも一つの経験よ」

風先輩の言葉で夏凛ちゃんが驚いている。私も、冷静を装うとしているが、うまくできているか分からない。だって、あの日は朝早くに起きて、生ごみを持って、そこそこ遠い農家の方の所まで歩いていったのだ。私は構わないが、友奈ちゃんにそんなことをさせるのは、相手が風先輩といえど、許容し難い。

「さてさて。おーい、甲冑共!用意は出来たかー!?」

風先輩はいきなり、入り口に声を掛けた。…何か、聞こえる。足音…?

「…勇者様…、さすがにこの量は…」

「重い…。重いのは…、愛だけでいいぜ…」

えっ何あれ?すっごい大きいビニール袋が二つもやってくるんだけど。

「よーしよし、よく頑張った」

そういって風先輩は、袋の下からやってきたレオニスとカストルの頭を撫でた。

「…これを、全部?」

樹ちゃんが、恐る恐る訊いた。そりゃ、そうなるわよ。こんなの見せられて。

「そうよ。大丈夫よ!今回は、この人達にも協力してもらうからね!」

そう言って、風先輩は懐から小さなケースを取り出した。今回から、カードはダンボールじゃなくて、ケースに入れる事になりました。

「さーて。出てらっしゃい!」

「…相変わらず、眩しいね」

友奈ちゃんが呟いた。うん、それは私も同感。毎回眩しい。

「兄さん!大丈夫!?」

「おお…、ボルクスか?…あとは…頼んだ」

「兄さーん!」

「うわっ…、何だこれ?」

「………」

一斉に出てきた四人が、色とりどりの反応を示す。これだけ人手があるなら、問題は無さそうだ。

「…で、まず何をするの?」

夏凛ちゃんが話を切り出した。よくやった。

「おお、よく聞いてくれた!…まず、この中身を小間切れにします」

「…へ?」

何を言っているの?小間切れ?

「いや、この間アンタレスが暴れたじゃない?でも、その力もうまく扱えばなんか上手い事行くと思って…」

「ああー…。それで、みんなを」

「…つまる所、私達は雑用係という訳だね?」

スピカが面倒そうに訊いた。

「まぁ、そう言えば、そうね。…もしかして、アンタレス以外、出来ない感じ?」

風先輩が、ちょっと冷や汗を垂らしながら一行に訊く。ちょっと珍しい。

「いや、我々とて、何も出来ない訳ではない。たまには勇者様の役に立たなければ」

「…まぁ、そうだね。アクベス、やるよ」

「御意」

おお、三人が先頭に立ってみんなをリードしてる。頼もしい。

「おう、頑張れー」

「…幸運を」

あれ?スピカとカウストは壁に寄り掛かったり、座ったりしてる。しないの?

「ちょっと!そこは流れ的に、お前らも手伝う感じだろ!」

倒れていたカストルがツッコミを入れた。たまには普通の事も言うじゃない、チャラ男。

「いや、私達の得物では、そのゴミを全て吹き飛ばしかねんのでな」

「えっ!?吹き飛ばす!?」

友奈ちゃんに怪我をさせる所だった。己のミスを後悔した。

「じゃ、行くよ!」

「ふっ!」「ぬん!」

アクベスの大きなハサミが金属音を立て、ボルクスが剣を抜き、レオニスが…指から何か出てるんだけど、爪?を出し、三人は、袋に向かってそれらを振るった。

「……何も起こって無いじゃない」

夏凛ちゃんが言った通り、目の前の二つの袋は、そのままの形を保っている。まさか、コイツら、ナマクラを振るったのではあるまいな?

「………」

レオニスが、袋に指でちょんと触れた。

ドサァと大きく音を立て、それは小間切れになった。

「「「「おおーー…」」」」

地味な女子の歓声が上がる。私も、これには驚いた。

「さ、次に参りましょう。勇者様」

そして、平然とした様子で我々に声を掛けるのだから、少しかっこいいと思ってしまった。

 

 

夕方・校門前

 

私達は、あれからしばらくゴミをバケツに詰めたり、風先輩が家庭科部から貰ってきた米ぬかをそこにぶっかけたりする行為を、数時間続けた。

「これで、しばらくは放置で良い筈よ。お疲れ様、今日はもう帰っていいわ」

風先輩の言葉で、私達は解散した。

「…~~!…~~!」

けど、それを携帯が邪魔をした。

「…出ないのですか?」

カウストが私に訊いてくる。

「ちゃんと出るわ。ありがとう」

懐から端末を取り出し、液晶を見る。そこには『大赦』の二文字があった。

「…はい、こちら東郷美森。どうしました?」

私はいつも通り、大赦との会話を始める。

「星の騎士が一人、『壁』へ向かっております。それと同時に、未確認エネルギーの膨張を確認。おそらく、その騎士のモノと思われます。至急、騎士を拘束してください」

相手が話している壁とはおそらく、バーテックスを生み出すウィルスを防いでいる神樹様の作った海上にある防壁の事だろう。確かに、壁に何かあってからでは遅い。大赦の判断が迅速な所は好きだ。

「…移動手段の支援は出ますか?」

「事を大きくする事は、人々の不安を煽ります。支援は出来ません」

チッ、無能め。…しかし、理由は理にかなっている。

……海上で、支援無し。遠距離攻撃の私にしか出来ない任務という訳か。

「分かりました。東郷美森、出撃します」

そう言って、私は電話を切った。

「…大赦の人、何て言ってたの?」

「私に出撃してって。丁度、部活も終わった所で良かったわ」

「だったら私も手伝うよ!一人よりも二人の方が…」

友奈ちゃんは私を気遣って、言ってくれているのだろう。しかし、今回の戦場では残念だが彼女は足手纏いだ。

「ごめんね、友奈ちゃん。今回は私にしか出来ない事なの」

「……そっか。意味はよく分からないけど、東郷さんがそう言うんだから、そうなんだね」

友奈ちゃんがしゅんとしてしまった。明日はうんと美味しい牡丹餅を作っていこう。

「じゃあ、行ってくるわね」

「うん、行ってらっしゃい」

「…カウスト、お願いしてもいいかしら?」

「どうしました?勇者様」

「私の足になりなさい」

正直、あまり頼りたくない相手だが、樹海化されていない今、勇者システムを使用すれば目立ってしまう。それだけは避けなければ。

「…了解致しました。どうぞお乗りください」

そう言って、カウストは私を掴み、彼の後ろに乗せた。

「…急ぎなのでしょう?」

「ええ、出来るだけ早くお願い」

「分かりました。しっかりと掴まっててくださいねっ!」

その言葉が終わると同時に、カウストの体がグインとうねり、周りの風景が流れていった。それと一緒に私の体も振り落とされそうなったが、そこは彼の実力といった所だろうか。うまく下半身を操作し私が落ちないようにしてくれた。

「…スピードを上げた方がいいですか!?」

「ええ!お願い!」

また彼の体が早くなった。…さすがにここまで速いのならば、勇者システムを使用した方が、まだ騒ぎにならなかった気がする。

 

夕方(先程より、幾分か時間が経っている)・浜辺

 

「…居た」

私は照準器の先に居る、『星』を見ながら呟いた。

「…撃ちましょうか?」

カウストが自身の得物()を引きながら訊いてきた。

「下げて。まずは話をさせて」

私はそれを言い終えると同時に、私の得物を下げた。

「ですが、どうやって話をするのです?拡声器でも使うのですか?」

カウストが不思議そうに訊いてくる。

「あそこまで行くのよ」

そう言って私は『精霊』を三体、出現させた。

「…それの正体はよく分かりませんが、それで向こうまで行けるのですね」

「ええ。…頼むわよ」

私が三体に言うと、三体共、静かに頷く事で返事をした。

『精霊』。それは、勇者システムに搭載されている、勇者の保護システム。彼らには自我があり、基本的には、私達勇者に協力的だ。彼らには実体があり、モノに触れる事も、喰らう事も出来る。その実体を利用すれば――

「ふっ!はっ!」

このように、足場にして海を渡っていく事も出来る。

と、言っても、これは精霊を三体持ち合わせている私にしか出来ない荒業なのだが。

 

夕刻(”)・壁

 

「クソッ!クソッ!」

壁の上で、アンタレスは、見えない“壁”に向かって攻撃していた。正しくは、結界なのだろうが。

「何をしているの?」

「おお、ユーシャさん!見ての通り、壁の向こうに行こうとしてるのさ!」

そう私の問いに答える彼の目は血走っていた。

「ずっとやっているの?」

「ああ、そうさ!アンタ達、勇者カッコカリに代わって俺が敵をぶっ殺す為にな!」

「…私達がそんなに信用出来ない?」

「ああ、そうとも!信用出来ないね!ドイツもコイツも平和ボケしやがって!どうしてこの国から出ようとしない!?戦える力があるんだったら戦えよ!」

彼の言葉はもっともだった。だが、何処かで、間違えていた。

「…私達は、平和ボケなんてしてない。確かに前はそうだったかもしれないけど、今は違う」

「どう違うってんだ!?あんなに喧しく、嬉しそうに笑いやがって!すぐそこで敵が口を開けてるってのによぉ!?」

「私達は、勇者としての覚悟を持って、お勤めに…」

「ああ!?覚悟だぁ!?そんなチャチな覚悟で守れたら誰も苦労しねーんだよっ!クソがっ!」

彼は叫びと同時に、さっきまで振るっていた縄についた矛を私に投げた。

「くぅっ!」

精霊のバリアがあるけれど、やっぱり怖い。

「…怯んだな…?」

「…えっ?」

「怯んだなクソったれが!やっぱりテメェらは勇者なんかじゃねぇ!ただのクソッたれだっ!」

彼の振るう矛は精霊の盾をどんどん傷つけていく。実際には傷は無いが、精霊のエネルギーはどんどん無くなっているだろう。

「なぁ!?お前らに分かるか!?どれだけ覚悟をしても、勝てなかった奴の気持ちが!どれだけ犠牲を払っても、守れなかった奴の気持ちが!」

「えっ?」

「俺達は確かに、生きた。だが、他の奴はみんな死んだ。みんなだ!俺達は守れなかったんだ!それでも無様に生きてたんだ!それがどれだけ悔しいか!どれだけ悲しいか!お前に分かるか!?」

そう叫ぶ彼の目からは、涙が溢れ出ていた。彼の鎧は黒くくすみ、ひび割れていた。彼の矛の先は欠け、ひびが入っていた。

「お前には分からないだろうな!何も!何も大切なものを失った事が無くて、無邪気に笑っていられるお前にはなぁっ!」

「…………」

「どうした!?遂に腰が抜けたか!?ああ!?」

「…何も…、失わなかった…、ですって…?」

「もっと大きく言いやがれボケッ!」

「何も失わなかった訳ないじゃない!」

あれ?私は何を言ってるの…?

「私の友達はあの時、体のほとんどを失った!私は記憶を失って戦いから跳ね除けられた!」

おかしい。頭が痛い。止まらない。

「私の友達は…、みんなを守ってし…」

痛い、とても痛い。無理やり押し込まれている。

「…………………」

「…おい?どうしたんだよ!?」

痛い。痛い。すごく痛い。とっても痛い。怖い。嫌い。苦しい。恐ろしい。おぞましい。憎い。

「ああああああああああああああ!!!!!痛い痛いいたいいたいいいいいいいいいあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

暗い。消える。零れる。埋まる。燃える。散る。




『壁の近くで起こる悪影響』
壁の近くでは、ほんの少しではあるがウィルスが蔓延しているので、
幻覚を見たり、ありもしない事を話したりする者が現れる…らしい。


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ep5

TIPS
『セイクリッド・アクベスのキャラ設定』
所謂、無言キャラ。全然、喋らない。
けれども、心は優しい。
上半身に対して、下半身が弱い。


某刻・某所

 

「…………」

白い天井、白い壁。そんな部屋の中で白い病院服を着た私は目を覚ました。

「っ…」

私は体を起こそうとしたが、謎の頭痛で動きを止められた。……あれ?

「……思い…、出せない…?」

壁の上に足を付けた直後からの記憶が霞がかかったように思い出せない。

思い出そうとすると、強烈な頭痛に襲われる。私はあの時、何をして、何を話したのだろうか?

「…考えても仕方ないわね」

私は、思い出す事を諦め、体を起こした。

「…あ」

「………」

体を起こし、周囲を見渡すと、そこにはアクベスが居た。…白い壁のせいですごく見づらい。

「…寝てる?」

「起きている」

うわっびっくりした。起きてたのか。

「…………乗るか?」

アクベスはそう言って、その大きな腕をベッドの前に持ってきた。えっこれに乗るの?確かにこの前、友奈ちゃんが乗ってたけど。

「…遠慮しておくわ。車椅子でいい」

「……………そうか…」

そう言って、彼は広げた車椅子を丁寧に私の前に押してきた。

「…ありがとう」

 

”・”

 

私は車椅子に乗り、部屋を出た。ちなみに私のポケットにはアクベスが居る。

「……東郷様、目を覚まされましたか」

ドアの前には大赦の人間が大勢居た。コイツらは迷惑になるだろうとか考えないのだろうか?

「…何の様ですか?」

「神樹の結界を破ろうとしたこの者をどうするか、東郷様の意見もお聞きしたく、参りました」

代表がそう言うと、鎖に繋がれたアンタレスが私の前に引っ張り出されてきた。

「神樹様はこの者を生かすよう仰せられました。しかし、芽は摘んでおいて損はありません。東郷様はどうお思いでしょうか?」

……自分達で決めてくれ、と言いそうになったが、それは抑えた。

「…アンタレス、あなたはどう思ってるの?」

「あ?」

「あなたは敵を打ち倒す為とはいえ、皆を守る結界を壊そうとしたのよ。…その事はどう思ってるの?」

「…別に、どうも思っちゃいねぇさ。俺は敵を狩る為にやった。それだけだ」

「…そう」

こんな事を言っていては、打ち首を宣告されても仕方ないな。

「……だけど、よ。お前は、覚悟を持って戦ってるっつぅ事が分かった。お前になら、着いて行ってもいい。」

「………」

「どうか、俺を、貴女の仲間にしてくれませんか?」

そう言って、アンタレスは膝をつき、頭を下げた。

コイツは何を言っているんだ?いきなり人の前に頭を下げて、何をしたいんだ?

「…おこと」

「待ってくれ」

私の返答は一つの声により遮られた。

「…どうしたの?カウスト」

廊下には、実体化したカウストが立っていた。

「ソイツは、本気で、心の底からそう思っている。お前になら、自分を預けてもいいと、思っている。」

「何を根拠に言っているの?」

「お前を大赦まで運んできたのは、他でもない。コイツだ。お前を大赦に引き渡した後、ソイツは大人しくお縄についたんだ。よっぽどお前のした事が心に響いたんだろうな」

カウストはそう言ってくれるけど、あそこでの記憶はさっぱりなのだ。きっと過去の私はとてもすごい事をしたのだろう。よくやった、過去の私。

「…ソイツ、今までお前達に頭を下げるどころか、敬語で話す事すらしなかっただろ?

…今のアンタレスは本気だ。本気で、お前になら着いて行けるって思っている。

どうか、アンタレスを信じてやってくれないか?」

カウストは、それだけ言って、カードに姿を変え、私の膝の上に乗った。

「…………」

私の前で、アンタレスはじっと頭を下げ、私の言葉を待っている。

「…彼はこのままでよいでしょう」

「分かりました。東郷様がそれで良いのならば、我々は何も言いません」

大赦の人間はそれだけ言うと、あっさりと鎖を解き、立ち去っていった。

「……ありがとう、ございます」

「敬語はやめて。体が痒くなる」

「…分かった」

「……私はまだ、あなたを信用した訳ではありません。

「………」

「しかし、否定している訳でもありません。今の私のあなたに対する評価は百でも一でも無いのです。そして、あなたに対する私の評価を変えるのは貴方自身です」

「……」

「精進なさい。………私も精進致しましょう、あなたが従うに値する勇者になる為に」

私はそれだけ言って、車椅子のタイヤを回す事に集中し始めた。

 

昼・病院前

 

「……完璧に、遅刻だわ…」

そこまで強くない日差しの下、私は汗を流しながら呟いた。

本来ならば、今日は部活動として市のマラソン大会のお手伝いをする筈だったのだ。

『大赦から連絡は届いている筈だ。…多分』

カウストが不安になる言葉を言ってくれた。畜生。

「…仕方ないわ。お医者様からも今日は安静にするように言われてるし、休ませて頂きましょう」

私は車椅子を会場の方向から自宅の方向に向け、タイヤを回した。

 

昼(先程よりは時間が経っている)・自宅

 

「…そういえば、今更なのだけれど…、貴方達はここの事をどれくらい知っているの?」

ベッドに腰掛けた私は何気なくそう訊いた。

「おおよその事は知っている。世界がウイルスに浸食された事、それを「シンジュサマ」という神が抑えている事。そして、そのシンジュサマの力であなた達が戦っているという事。

……それぐらいだ」

実体化したアンタレスが答えた。

「それについては何時、聞いたの?」

「ここに来た時、大赦に連れて行かれただろ?その時に、なんやかんやで聞かされた」

……大赦のセキュリティはどうなっているのかしら?

今はともかく、その時、素性も分からなかった相手に易々と情報を与えるなんて。

「…なぁ。勇者様はどう思うんだ?」

「……何を?」

「シンジュサマだよ。本当に、信用していいのか?その、『神』を」

そう私に尋ねる彼の声は、震えていた。

「…大丈夫よ。神樹様は、私達を守ってくれる。だから、私達も勇者として戦えるのよ」

「………そう…、か…」

 

 

夜・”

 

「東郷さん、体の方が大丈夫?」

友奈ちゃんが私を気遣ってくれる。これだけで私は明日も戦える。

「うん、大丈夫よ。ちょっと酷い頭痛がしただけ。…今日の大会休んじゃってごめんね」

「いいよ!…風先輩は結構怒ってたけど」

「あー…。今度、うどんを奢りましょう。それでなんとか…」

「さすがに、そこまで簡単に…、いや、ありえそう」

その後も、私達はお喋りを続け、気付けば時計の針は9を指していた。

「東郷さん、ごめんね。私もう寝なきゃ」

「ううん、私も話し過ぎちゃってごめんね。おやすみなさい」

「おやすみなさーい…」

そこで、電話が切れた。今日も友奈ちゃんの声が聞けた。これでなんとか寝れる。

「…おやすみなさい」

私は暗闇に話しかけ、瞼を閉じた。

 

 

某刻・某所

 

「例の星の騎士…、どう思います?」

暗闇で、お面を付けた男性は目の前に居るお面を付けた女性に訊いた。

「……信用は出来ませんね。彼らもまだ、御力で抑圧されているだけかもしれません」

「まぁ、それはそうなのですが…。彼らの力の事です」

「力…、ですか?しかし、勇者システムがある今、あれらはそこまで…」

「そうではありません。先刻の騎士…、アンタレスといいましたか。

彼の刃は神樹様の結界に弾かれていたのです。それはつまり…」

「まさか…!」

「はい。神樹様の敵である可能性がある、…という事です」




TIPS
『セイクリッド・アンタレスのキャラ設定』
セイクリッドの中ではトップクラスの実力の持ち主。
ただし、性格に難あり。自身より、何処かが優れていないと、その者を見下す癖がある。
その分、認めた者には忠実。


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ep6

TIPS
『セイクリッドの現世への適応率』
一応、端末だとか乗り物だとかには慣れた。
けど、やっぱりその他に関してはやっぱり疎い。流行とか。


放課後・勇者部部室

 

「「はぁ~ぁ……」」

犬吠崎姉妹が同時に溜息をついた。わーお姉妹らしさ全開。

「ゴクッ…。で?人が折角来てやってるのに、何でこの姉妹は溜息なんてついてる訳?」

私は咀嚼していた煮干しを飲みこみ、目の前に居る友奈&東郷コンビに二人について訊いた。

「風先輩は、学園祭の出し物が演劇に決まっから、その台本書くのに詰まってて…」

「樹ちゃんは、今度の音楽に試験が歌唱だから、それが不安で占いを繰り返しているみたい」

二人が息を揃えて答える。まるで夫婦ね…。

「なーんだ。姉妹揃って、そんな下らない事で悩んでんのね」

「うっさい。さっきから横でボリボリと煮干しなんか食べて。これから夏凛の事はニボッシーって呼ぶ!」

「ゆるキャラみたいなあだ名付けるな!」

何がニボッシーだ。馬鹿にしてんのか。

『ニボッシー…、いい名じゃないか。よくお前の事を表現している』

「馬鹿にしてんの!?」

スピカまで同調し始めた。何ソレ!?私が何時でも煮干し食ってるみたいじゃない!

「はぁ~~…、また……死神のカード。何度も何度もやってるのに、その度に…」

ついに樹が机に突っ伏した。…まさかこのカード、甲冑共じゃないでしょうね?

『まぁまぁ!元気出して!そーいうのは気の持ちようだよ!』

「…ありがと」

「そうよ。それに樹は音痴ってワケじゃないから、人前で歌うのに緊張するってだけでしょ?」

『ほほーう!それはイイ事を聞いた!ならば歌ってくれ!俺へのラブソングをっ!』

「うるさいわね、カードのまま破くわよ?」

姉妹&兄弟が喧しく話し合っている。本当に仲良いわね、アイツら。

「あはは……。でも、歌うのは良いと思う。【習うより慣れろ】…だよ!」

えっ?

 

 

放課後(ちょっと時間が経った)・カラオケ

 

「さっ、樹。ここなら誰も聞いてないから、思いっきり練習しなさい」

「え…、み、みんないるよぉ~…」

風は楽しそうに言ったけど、樹はすごく暗く返した。当たり前だ、人前で歌えないのだから。

しかも、どーしてこんな大所帯でボックスに居るのよ!

「樹ちゃん。良い音楽は全てアルファ波で説明がつくの。だからまず、歌声でアルファ波を出す特訓よ」

「そうなんですか!」

「んなワケないでしょ!」

東郷はマジメなのかふざけてるのか分からない時があるから怖い。

「……じゃぁ、樹!早速歌うわよっ!」

そう言って風は選曲のボタンを押した。えーっと…、早春賦?

「…………」

あーあ、膝ガチガチの腕プルプル。この時点でかなり不安。

 

・・・

 

「う~ん…。やっぱりちょっと硬いかな」

風が率直な感想を言った。いや、もう。硬い通り越してグニャングニャン。

「誰かに見られていると思ったら、それだけで…」

「重症ね」

「まぁまぁ、とにかく今日は練習練習!好きな歌をバンバン歌って、慣れるのが一番!」

「は、はい。みなさんを付き合わせてスミマセン。私…、できるだけ頑張ります」

「アルファ波よ。アルファ波」

「…アルファ波から離れなさいよ」

どうしてコイツはマジメ顔で言えるの…?

 

・・・・・・

 

その後も私達は歌いに歌った。

まぁ、歌ったのは五人だけなんだけどね。騎士共はほぼほぼ無言。

どうしてか訊いてみたら…「ここの流行歌にはまだ疎い」…だって。まぁ、それは仕方ない。

「…友奈!良かったわよ!」

「ありがとうございます!」

…次は、私の番ね。

「……!」

風が懐から端末を取り出した。……やけにじっと見るわね。

「……ごめん。アタシちょっとトイレ」

…これは、アレね。

 

・・・

 

”・トイレinカラオケ

 

私は歌を歌い終え、トイレにずっとこもっている風を見に行った。

……居た。さっきとは大違い。すっごい暗い顔してる。

「大赦から連絡?…私には何も言ってこないのに。まぁ、それでも内容は想像つくけどね」

「バーテックスは残り七体。出現周期が読めない以上、……最悪の事態を…想定しろってさ」

「……仲間の死を恐れてるあんたは、統率役には向いてない。私ならもっと上手くやれる」

「これはアタシの役目で、アタシの理由なのよ。後輩は黙って先輩の背中を見てなさい」

「………フン」

『『……………』』

チッ。面倒だ。硬いのはアンタの方じゃない。

 

 

 

ーーーーーーーー

ーーーーーーーー

 

夜・犬吠崎家

 

「~~♪」

風呂場から、樹の歌声が聞こえる。…やっぱり上手いじゃない。

『やっぱり、一人で歌うと上手いじゃないか!』

「うぇっ!?聞いてたの!?ひどい…、ブクブクブク…」

ポルクスの野郎、普段は協力的とはいえ、私より先に妹の歌を聞かなかった?許さん。

…ひとまず、樹はしっかりと褒めてやろう。

「そーよ!樹はやれば出来る子なんだから!」

風呂の扉をオープン!わぁ、しっかり入浴中。

「お姉ちゃんまで…、ゴボゴボゴボ…」

樹、ちょっと潜って誤魔化してる。かわいい。

「そーだ。お前は自分が思っている以上にずっとすごい奴なんだ!自信を持て!」

「………。何アンタは樹の裸を見ようとしてんのよっ!」

「あべっ!?」

…持ってて良かった。百均フライパン。コイツはこれがボコボコになるまでシバかなければ。

「……明日のテスト、大丈夫かな~…」

 

 

 

 

 

 

翌日・お昼休み・勇者部部室

 

 

「こ、この怪しげな薬品は一体……」

東郷が目の前に並べられたこのサプリの山を見て呟いた。…いや、この量はおかしい。

「薬品じゃなくて、喉に良い食べ物とサプリよ。樹の歌のテスト、6時間目だって聞いたから」

「えっ、私のために…?」

「肺に良いマグネシウム、リンゴ酢。血行にビタミン。喉の筋肉はコエンザイムでオリーブオイ…」

「夏凛ちゃん、良いとこあるぅ!」

「最後まで言わせなさいよ!まぁいいわ。さぁ樹、これ全種類飲んでみて。グイッと」

は?この量を樹に?遂に狂ったか。

「え、全種類…?」

「それはいくらなんでも多過ぎじゃ…。全種類なんて、さすがの夏凛でも無理でしょ~?」

「いいわ、お手本を見せてあげる。全サプリをオリーブオイルとリンゴ酢で飲ぉおおーーむ!」

…わぁ、すっごい。全部飲んじゃった。しかも油イッキ飲み。

「…………」

『お、おい。夏凛。大丈夫か?』

「……そんなわけだから、樹…頑張るのよ。私はちょっと用事を思い出した……」

それだけ言って、夏凛は部室から出て行った。あんなのに付き合わされるスピカも大変ね。

「そりゃ、油イッキ飲みしたらそうなるわ。樹は真似するんじゃないわよ」

「うん…。でも、せっかくだから、いくつかは…。……コクッ。ん、ん…、あ~、あ~」

「どう?何か調子は変わった?」

「分かりません…」

「サプリメントで、そんなに劇的に変わったら世話ないって。それより、リラックスして」

「そうそう。はい、音楽の教科書。もうすぐ、お昼休みが終わるわ」

「頑張ってね、樹ちゃん。きっと、何とかなるよ!」

「ありがとうございます…」

そこで、私達は別れた。

…ニボッシー、どうせなら今度、スケベ癖が抜けるサプリとか持ってこないかしら?

 

 

 

夕方・犬吠崎家

 

 

結果からいうと、樹のテストは満足のいくものだったらしい。

その事は、風の噂からも、ポルクスの言葉からも、樹の表情からも明らかだった。

「…………」

「……!」

けど、家に帰って来るなり、樹は部屋に閉じこもり、ポルクスと何かを話し合っている。

喧嘩しているとか、そういう訳ではないようだが、少し不安だ。様子を見に行こう。

「樹、入るわよ」

「入るぞー!」

私は樹の部屋の扉を叩き、中に居るであろう樹に声を掛ける。っていうか、カストル。お前は樹を見たいだけだろうが。…それはさておき、私は部屋の扉を開けた。

「帰ってくるなり部屋に閉じこもって…。いったい、どうしちゃったの?」

「あ…」

樹は私が部屋に入ってくるのを見た後、複雑な表情で机に置いてあるノートパソコンを見た。

「ん…。あのね、お姉ちゃん……。………ありがとう」

「なに、急に…」

「この家のこととか…、勇者部のこととか…、お姉ちゃんにばっかり、大変なことさせて」

「そんなの…。アタシなりに理由があるからね」

「理由…って?」

「なんだっていいんだよ。どんな理由でも。それで頑張れるならさ」

「どんな…理由でも……」

「けど……ごめんね、樹」

「え、なんで…謝るの?」

「樹を…勇者なんて大変なことに巻き込んじゃったから」

「ちょっと前、子猫を引き取りに行った時の事、覚えてる?あの時、あのお家の子……」

「泣いてたよね…すごく。子猫をどこへもあげたくない。自分が面倒見るからって…」

「樹を勇者部に入れろって大赦に命令された時、アタシも……やめてって言えば良かった。あの家の子みたいに、泣いてでも…。そしたら…もしかしたら樹は勇者にならずに…」

「なに言ってるの、お姉ちゃん!お姉ちゃんは…間違ってないよ」

「でも…」

「それに私、嬉しいんだ。守られるだけじゃなくて、お姉ちゃんと…みんなと一緒に戦えることが」

「あと、私ね…、やりたいことができたよ」

おぉうすごい方向転換。

「やりたいこと?将来の夢でもできたってこと?」

「実は彼女、か…」

「言っちゃ駄目ー!」

「ぐげばっ」

わー樹、いつの間にそんな物騒なパンチを覚えたのかしら?

「……まだ、秘密。恥ずかしいもん。でも…いつか、教えるね」

「おいおい三人共随分と仲が良いじゃあねぇかー!どうして俺とは仲良くしてくれないんだい?」

カストルが慣れ慣れしく肩を組みながら訊いてきた。分かり切ってるだろうが。

「うっさい。アンタは余罪が多すぎるのよ!」

「俺はそこまで悪い事してないよなぁ?な、二人共」

「二人のプライベートにズカズカ入り込む奴が何言ってやがる」

「……気持ち悪いです」

「ごぶぇっ!」

……樹にここまで言わせるなんて何しでかしたのよコイツ。にしてもポルクスも口悪いわね。

「へっへっへ~。そこまで言われるともっとやりたくなっちゃうなー…」

「来ないで兄さん。斬るよ?」

「やってやろうじゃねえかコラ。久しぶりに一稽古つけるか?」

あれ?これなんかマズイ流れ?

「行くよっ!」

「よっしゃあ!」

暴れようとすんな!こんな狭い部屋で!……と、言おうとしたが、その声は端末のアラームに掻き消された。

「「……樹海化警報…!」」

「おっ、ようやく例の樹海化か…。役に立ってやろうぜ、ポルクス」

「分かった。足引っ張らないでよ、兄さん」

すごい。すっごく頼もしい。

「さ、行くわよ。樹」

「うん。お姉ちゃん」

私達は、光に包まれた。




TIPS
『セイクリッドの得物』
原作通りです。知らない人は調べて♡(他人任せ)


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ep7

TIPS
『バーテックスの数』
アニメ本編と同じく、12体。
全て倒せば平穏な日々が待っています。
さぁ、満開、しよう!


夕方・樹海

 

「勇者部総員に告ぐ!樹海化始まれど、バーテックス未だ確認できず!」

私達は家でゴロゴロしてた時に樹海化に巻き込まれた。何で?

「東郷さん!端末見て!」

「えっ?」

「これ…」

端末には六つの赤い点が地図の上に表示されていた。

「…今回は六体も…」

「大丈夫だよ!勇者部のみんなが力を合わせれば!」

「……そうね。そうに決まってる」

「勇者様。我々を忘れてもらっては困ります」

私達は背後からの声で振り向いた。そこにはセイクリッドの四人が居た。

「我々の本分は戦い。爪を振るってこそ役に立てるというものです」

「俺にも戦わせてください。今度こそ、皆を守る為に」

「………………」

四人は一人一人意気込みを言った。ところでアンタレスさん性格変わったね。

「……来るぞ。白粒が大量にだ」

「!」

カウストさんの声で私達は振り向き、東郷さんは銃を構えた。

「…行くわよ」

「うん!」「ああ」「……ウム」

「俺達二人で援護します。三人は他の勇者と合流し、敵を掃討してください」

カウストさんが指揮を執ってくれるみたい。東郷さん以外が命令するってなんかドキドキする。

「じゃあ、行ってくる!」

「行ってらっしゃい」

「勇者様に続け!セイクリッドの力を見せてやれ!」

「グラアアアアアア!」「………………」

 

夕方…?・樹海

 

「せいっ!やー!」

「ゼアアアッ!」

私達は星屑を倒してたけど、かなり数が多い。

「勇者様!後ろです!」

「えっ?」

あっヤバイ。歯が目の前。

「そこっ!」

「!?」

空から剣が降ってきた。これは…

「ちょっと友奈!油断してんじゃないの!?」

「ごめん夏凛ちゃん!ありがとう!」

「大丈夫かね?勇者様」

夏凛ちゃんとスピカさんが助けてくれた。ナイスタイミング!

「このまま全部ぶっ倒すわよ!」

「うん!」

「ウラアアアアア!」

 

夜…?・樹海

 

「……完全に出遅れちまってんじゃねえかコラァ!」

「うるさい、兄さんが迷ったからこうなってんだろうが」

星屑を倒し終わった頃、カストルとポルクス、そして犬吠崎姉妹が来てくれた。

「…ザコばっかり溢れ出たと思ったら…。大物が六体も壁の向こうで高見の見物とはね」

「残り七体の内…、六体?なんか、中途半端ですね」

「それでも我々のやる事は変わらん。敵を討ち、人々を守る。それだけだ」

わぁ、アクベスさんって普通に喋れたんだ。

「へっ!たまにはいい事言うじゃない!サプリキメとく?」

「……気持ちだけでいい」

キメるの表現のせいでぶち壊し。

「なんで、すぐ攻めてこないんだろう?」

「さぁ…。どのみち、神樹様の加護が届かない壁の外には、こっちから攻め込まないけどね」

「バーテックス六体、壁の内側へ侵入。神樹様への侵略を開始したようです」

「来たか。皆、怯むなよ」

「言われなくても!」「当然だ」「やってやらぁ!」

「て、敵の総攻撃…。たくさん…来る…」

やる気満々なセイクリッドに対して樹ちゃんは怯えてる。…よーし。

「コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!」

「ひゃうっ!あははははは!なんでくすぐるんですか、友奈さん!」

「緊張しなくても大丈夫。みんないるんだから!」

「は、はいっ!」

樹ちゃんの緊張も解けたし、私も引き締めなきゃ。

「あと数分で、バーテックス達の前衛が遠距離射程圏内に入りそうです」

「御一行様御到着…か。でも、こいつら殲滅すれば、もう戦いは終わったようなもんでしょ」

「よーし、みんな!ここはアレ、いっときましょう!」

「はい!」

風先輩の言葉で、私達は一点に集まった。夏凛ちゃんは困惑してるけど。

「アレ?どれ?なに?…え、円陣~?それ必要?」

「夏凛ちゃん、ほら早く!」

「ったく、しょうがないわね。まぁ、敵は目の前に来てるし、迷ってるヒマはないし…」

夏凛ちゃんも円陣の中に入ってきた。

「あんたたち、買ったら好きな物おごってあげるから、絶対死ぬんじゃないわよ」

「楽しみ!美味しい物い~っぱい食べよっと!肉ぶっかけうどんとか!」

「言われなくても、殲滅して手柄にするわ」

「わ、私も…叶えたい…夢があるから」

「頑張ってみんなを…国を!護りましょう!」

「よーーし!勇者部、ファイト―ーッ!」

「オーーッ!!」

 

 

???・樹海

 

「なぁ、コイツら統制の欠片もねぇよな?」

先行していたカストルさんが訊いてきた。

「指揮はアイツが執ってるみたいだけど…!」

東郷さんが銃の先に居る、でっかいバーテックスを睨みつけながら答えた。

「一番槍ぃぃぃいいい!!」

夏凛ちゃんが蛇みたいなバーテックスに突っ込んでいった。

「バーテックス、再生しかけてます!」

「させるかってんだ!」

「合わせるよ、兄さん!」

カストル&ポルクス兄弟が蛇をどんどん斬っていく。

「シャアアアア!」「ハーーーーッ!」

小間切れ、だね。

「ヒュー、ナイス連携!」

「やっと役に立てたな!」

「うん。やったね、兄さん」

「指揮官がいるのに、まるで叩けといわんばかりの突出…。…っ、まさか、罠…!?」

東郷さんがすごく難しい事を言ってるけど、状況が良く無いのは分かった。

グワアアアアアアアアアアアアン!!!

「敵バーテックスに動き有り…!」

カウストさんがなんとか状況を説明してくれるけど、こっちも結構キツい。

あのバーテックスの音が頭をガンガンさせる。

「ぐあっ、なによ…この音、気持ち悪…っ」

「あのベル…!すぐに破壊を…ハッ!?」

東郷さんがまた何かに気付いた。観察力すごい。

「別の敵!いつのまにここまで移動を!!揺れのせいで照準が定められない。友奈ちゃん!」

「くぅ、ま、まずい…他の2体も来てる…。こ、このままじゃ…!」

「行くぞアンタレス!たまには私達にも力を貸したまえ!」

「分かった!今こそ、力を見せる時!」

アンタレスさんとスピカさんが矛とレーザーでバーテックスの鐘を攻撃した。

「星々よ、喰らいつけっ!」

「グラアアアアアア!」「ぬおおおおおっ!」

そして、レオニスさんがそのままズバっと行っちゃって、アクベスさんがスパっと行っちゃった。

「ナイスだ!甲冑共!」

「ぁぁ…あ…あ!?うそ……。お姉ちゃん、バーテックスが!」

風先輩は笑顔だけど、樹ちゃんの顔は青い。

「再生しながら動き出した!?」

「ああっ!あのでっかいのにくっついて…、ぇ、ぇええ、が、合体してるの!?」

「もちろん黙って見てないわよ!みんな、囲んで!」

私達はセイクリッドと共に合体バーテックスを囲む。

「四体合体だろうがなんだろうが、封印開始!」

けど、そこに光ってて、熱い何かが飛んでくる。

「わーーーっ!レーザービームーーーっ!?」

「うわわわわっ!」「うおおおおおっ!?」

「ハァハァ、なんとかよけきっ……え!?こいつ、追尾してくんの!?」

「レーザーで私が負けるとはなっ!」

「合体して強くなってる!」

「危ねぇっ!」「きゃあああっ!」

レーザーで私達はもう散り散り。だったらイチかバチか…!

「追ってくるなら、ギリギリまで引き付けて敵に当ててやれば…!」

「勇者様!前に!」

レオニスの声でハっとして前を見る。

「!?、また前からも…!うわっ…あああああああ!」

「そのレーザー、止めろぉおおーーっ!はぁあああーーーーーーっ!!」

夏凛ちゃんが焼かれてる私の前に割り込んできて、レーザーを思いっきり剣で殴った。…けど

「うわああああ!ぐ…っく…ぅ。な、なん…だ…こい…つ……」

レーザーに思いっきり焼かれて、地面に落っこちた。

「友奈ちゃんを守って!一斉射撃よ!」

「了解!」「イエッサー!」

東郷さんの声を合図に弾丸だとか矢だとかがバーテックスに撃ち込まれた。それでも

「えっ、防がれた!?まずい!」

「散開!」「退けっ!」

「きゃああああああっ!」「がああああああっ!」「ぐううううううっ!」

爆発の後に、三人分の叫び声が聞こえて、遠距離攻撃が出来る人もやられた事がわかった。

「つ、強す…ぎる……この…ままじゃ…、神樹様…が……、世界…が……」

「く……ぅ」

私も夏凛ちゃんに倣って、立ち上がろうとしてみるけど、右腕すら上がらない。

「……、……!…………。…………、…………!」

風先輩の声が聞こえたけど、遠すぎて何を言ってるのか分からない。

「みんなで帰るんだぁあああーーーーっ!!」

今度は風先輩の声がはっきりと聞こえた。でもそれっきり聞こえなくなった。

「お、お姉ちゃーーん!」

樹ちゃんの悲しい声が聞こえた。……動いてよ、私の体。

「…………。…………。」

風先輩の声が全く聞こえなくなった。もう終わりなのだろうか。

どうして動かないの?勇者になるって言ったでしょ?そんな考えも、光と叫びが打ち消した。

「さっさとくたばるなんて、できるわけがないでしょぉぉおおお!!!!!!!」

目の前には、派手になった装束を纏った風先輩が神々しさと共に浮いていた。

「力が…漲ってくる…!」

「…おお、やるじゃ…ねえか…!」

「風!?」「お姉ちゃん!?」「風先輩!?」

「これならいける…!そぉおおおおおおおおい!!!!」

風先輩は背負った大剣を巨大バーテックスに振り降ろした。剣はそのままバーテックスに傷を付け、怯ませた。

「「「やったーーーっ!!!」」」

と、喜んだはいいものの、あれって何が起こってるの?

「夏凛ちゃん、風先輩どうしちゃったの!?」

「これが…恐らく、以前に説明した『満開』よ」

「満開…」

以前夏凛ちゃんから聞いてた『満開』というものはいわば勇者のレベルのようなものみたいで、すればするほど強くなるみたい。

「いい響きじゃあねぇか!…おい、アクベス!俺達も全力を出すべきじゃあねぇか?」

いつの間にか立ち上がっていたカストルさんがアクベスさんに呼び掛けた。えっまだ先があるの?

「………行くぞっ!」

「りょーかいっ!」

「「エクシーズ・チェンジッ!」」

二人が合図で合体して…うわっ眩しいっ!

「『セイクリッド・ビーハイブ』ッ、参上ッ!」

気付けば、一人のでっかいハサミの甲冑が目の前に浮いていた。

「俺達セイクリッドの合体、かっこいいだろ?」

「……合体?」

樹ちゃんがぽかんとしちゃってるよ。実際私もぽかんとしてる。合体なんて特撮でしか見た事ないもん。

「反応がイマイチだな…。まっ!見た目だけじゃねぇってトコロ、魅せてやるぜっ!」

そう言って、……ビーハイブ、だっけ。は、風先輩と一緒にバーテックスを殴り始めた。

「…あっちはともかく、風先輩はレベルアップしたって事なんだ!」

「強くなったのがすごく良くわかるし、なんだか雰囲気も違って見えるよ!」

「自分でも感じるわ…。全ての能力が高まって抑えられないような…」

「そうだろうそうだろう!俺達も最初はそんな感じだったぜ!」

力の成長に喜んでいる私達だったけど、敵は待ってくれるはずもなく…

「敵軍ニ総攻撃ヲ実施ス!」

「東郷さん!どうしたの!?大丈夫!?返事して、東郷さーん!」

浮かれてた私達を東郷さんの叫びが現実に引き戻してくれた。

「東郷さん!東郷さんてばー!」

いくら呼んでも返事は帰ってこない。…けど

「ふぇえ!?と、東郷さん…それ…」

「ああ、中々に乗り心地がいいぞ!」

「まさか俺が乗せられるとはな」

「…ゴホン。こちらで一体倒したわ。みんな、大丈夫?」

いきなり目の前に現れた巨大な戦艦とそれに乗った東郷さん率いる遠距離勢が普通に不安を破ってくれた。

「東郷先輩、戦艦みたいです!」

「うんうん。空母みたいで格好良い!」

「ありがとう。最高の褒め言葉だわ」

「戦艦言われて嬉しいのか…」

「それで、風先輩は?」

「あの大ッきいのと甲冑と一緒に格闘中なの。すっごい速さで攻撃をかわしてる。ほら!」

私の指差した先では、風先輩とハサミ甲冑が巨大バーテックスと格闘中だった。

「充てられるものなら、当ててみなさい!」

「どうしたぁ!?そんなもんかっ!」

「お姉ちゃんが動きを止めたら、みんなで即、封印しちゃいましょう!」

「うん!私も元気が戻ってきた。まだまだ戦えるよ!」

「力を合わせて頑張ろう」

「…力を合わせて…か。俺もそろそろ…」

カウストさんが何か言ってた気がするけど、ひとまず私達はバーテックスを取り囲んだ。

「今度は勇者部の総攻撃よーー!」

「おおーーっ!」

そして私達はバーテックスを殴る斬る撃つ…。私は確信した。

「効いてる!」

「…どうしてよ。どうして私はまだ…。手柄を立てるチャンスだっていうのに…」

「…おい、気付いたか?」

「すごい速度で一体来る!」

「どこ!?」

アンタレスさんと東郷さんの声で私は周囲を見た。……………へ?

「えっ!?」

目の前をちっこくて、すごい早いものが通り過ぎていった。まさか…

「今のが七体目…?あれが…最後の一体!?」

私の思っていた事を夏凛ちゃんが代弁してくれた。

「あの先には神樹様が!」

「早く止めないと!」

「駄目です!攻撃が届きません!」

「このままじゃ、世界が終わっちゃう!」

そんな事を言っている間にもバーテックスは神樹様との距離を縮めていく。

「世界が…、そ、そんなの絶対イヤだよ…」

「な…、樹…?」

「世界が終わるなんて…絶対ダメ…。神樹様を壊したら…ダメぇえええええええ!!」

その言葉でまた周囲が明るくなって、気付けば樹ちゃんも風先輩と同じような感じになっていた。

「満開したのね…!」

「そ、そんな…」

「え…ぇえええ!?私、どうやって…!」

「わあ~、樹ちゃんも格好良いよ!」

「それより敵を止めないと!お姉ちゃん…私、頑張るよ!……ええーい!!」

樹ちゃんは沢山のワイヤーを出して、敵に絡ませた。

「樹ちゃん、ナイス!敵の動きが止まったよ!」

「御霊も出てきたわ!たたみかけて!」

夏凛ちゃんの言葉で樹ちゃんはワイヤーを操作した…、けど敵はまだピンピンしてる。

「…ダメ…元気すぎる…!」

そんな事をしている間にも、ワイヤーはプチリプチリと千切れている。

「こうなったら私が…!」

「ここは俺に任せてもらおうかっ!」

夏凛ちゃんの声が知らない声にかき消された。…まさか。

「『セイクリッド・オメガ』、攻撃開始ッ!」

また知らなくてデッカい甲冑が出てきた。下半身が馬のソイツは自身の槍を左手で掴み、ぶん投げた。槍は御霊に突き刺さり、消滅させた。

「ふぅ…。ギリギリセーフってとこね。…で、あんた誰?」

夏凛ちゃんが目の前に浮いている、半人半馬のでっかい甲冑に問いかける。

「俺はセイクリッド・オメガ。アイツとおんなじようなもんさ。…それより、アッチは気にしないでいいのか?」

そう言ってオメガさんはでっかいバーテックスを指差した。

「ちょっ…な、なによあれ!?」

「そ、そんな…。私たちが素早い奴に気を取られてる間に、また巨大化してる!」

「いっけぇえええーーーーーっ!!!!」「やれぇえええーーーっ!」

「ああっ!風先輩が行った!?」

「お姉ちゃん、頑張って!」

「せぇえええええい!!!!」

巨大バーテックスに風先輩が剣を振り下ろした。そして…

「おおーーーーっ!!」

「見たか。これが勇者部部長の実りょ…」

「ボサっとしてんじゃねぇ!」

「ぅああっ!?」

両断できたのは良かったけど、敵は反撃して、風先輩を吹っ飛ばした。

「両断されたのに反撃してくるなんて!」

「大丈夫!?」

「大丈夫…あいつを…封印して!早く!」

「うん!」

「真っ二つになった今が好機!」

「バーテックス、大人しくしてーー!封印のぉ~……あ、あれ…?」

封印はしたけど、御霊が出てこない。どーいう事?

「御霊が…出ない!?」

「ど、どうなってるんだろう?」

「違う、上だっ!」

スピカさんの声で上を見上げると、そこにでっかい三角が浮かんでいた。

「ええええええ~~~~~!?!?」

「あの巨大なのが、最後の御霊…。何から何まで…規格外すぎるわ…」

「しかも、あの御霊…出てる場所は宇宙!?」

「大きすぎるよ…。あんな物どうやって…」

「最後の最後でこんな、こんなっ…!」

「へいガールズ、俺達の存在を忘れちゃいねぇか?」

「宇宙なぞ、星の騎士団の家にも等しい場所だっ!手助けぐらい出来る!」

でっかい甲冑が二体も目の前に出てきて驚いたけど、手助けをしてくれるのなら、それは嬉しい。

「さっ、船の嬢ちゃん!宇宙旅行の準備はいいか!?」

そう言うと、ビーハイブさんは浮いていた蜂みたいなのが船にくっついた。

「コイツとオメガがなんとかしてくれる筈さ!」

あれ?東郷さんだけが突撃する流れになってない?

「待って!私も行く!」

「オッケイ!二人で御霊の旅へ行ってこい!」

「しっかり掴まっておけ!行くぞっ!」

そう言ってオメガさんは私達を掴んで、槍投げの要領で私達をぶん投げた。えっ酷くない?

「早いっ…!友奈ちゃん!大丈夫!?」

「うん…!なんとか…!」

その勢いは凄くて、私達は振り落とされずにいるのが精一杯だった。でも、これだけ早く進んでいるのに御霊との距離はなかなか縮まらない。

「……!?御霊が攻撃!?」

でも、流石に少しは近づけたのか、御霊もそれっぽい反応をした。

「迎撃するわ。地表には落とさない。友奈ちゃん、見てて!」

東郷さんの砲撃が、御霊の攻撃を打ち砕いていく。

「く…っ、数が多いけど…一個たりとも、通さない!!」

戦艦は全ての攻撃を打ち砕いて、私達を上まで運んでくれた。でもいきなりスピードが落ちた。

「友奈ちゃん…、ごめん。そろそろ…限界…みたい……」

「ありがとう、東郷さん。あとは任せて。見ててね、やっつけてくる」

私は下降していく戦艦を足場にして、上に跳んだ。

「満開!」

満開の言葉を合図に、私の横に大きなアームが現れた。

「みんなを守って、私は勇者になるっ!!!!せやぁあああああーーーーーーーっ!!!!!!!!そこだぁあああーーーーーーっ!!!!!!」

私はアームを御霊に叩きつけた。でも、御霊は壊れなかった。

「くっ、硬い…。ゆ、勇者部五か条ひとーつ!なるべく、諦めない!!!!」

もう一度アームを御霊に叩きつける。今度は少しヒビが入った。

「さ、ら、に、五か条もうひとーつ!成せばたいてーい、なんとかなぁあああある!!!!」

もう一度、さらにもう一度。アームを何回も叩きつけ、御霊は砕け散った。

「や、やった……」

けど、これなんだか落ちてない?そう思ったのもつかの間、私は柔らかい何かに上に乗った。

「……友奈ちゃん、お疲れ様」

隣には東郷さんが居た。

「美味しいとこだけ…とっちゃった…」

ごめん…。最後の力で出したけど…これ、地上までもつか分からないわ…」

「神樹様が守って下さるよ…。2人なら…大丈夫……」

……あ、駄目だ。もう、眠い。

 

 

―――

 

 

周囲には甲冑共がゴロゴロと倒れている中、私達は上を見上げていた。

「受け止めてみせる…。絶対、絶対、助けてみせますっ!」

私の隣で、樹がワイヤーを操作している。ワイヤーが向かっているのは、あの大きな蕾。

ワイヤーは見事、蕾に絡みつき、衝撃を緩和した。

「おぉ…!ナイス根性!すごいよ樹!見て、あんたが止めたのよ、ほら!」

私は柄にもなく、はしゃいでしまっていた。けど、そんな私とは別に、樹の目は虚ろだ。

「お姉ちゃん…、私…頑張った…よ…」

それだけ言い残して、樹は倒れてしまった。

「風!樹!友奈!東郷!みんな…冗談だろ…?」

「う、うぅ…」

私が慌てていると、蕾の中から出てきた東郷が唸った。

「え…へへ…、だ、だいじょう…ぶ…」

友奈が蚊の鳴くような声で存命を示した。

「「なんとか…生きてまーす」」

「なんだよ、みんな…もう!早く返事しろよぉ……!」

こっちは心配してるってのに、仲良くしやがって…!

「いやぁ…美人薄命だから…アタシ、危なかった…けどねぇ…」

あーもう!心配してたのが馬鹿みたい!そんな事を思いながら、私は端末に手を伸ばし、通話のボタンを押す。

「バーテックスと交戦。負傷者11名。至急、霊的医療班の手配を願います!」

その事を告げた後、少し焦らしてから、私は宣言した。

「尚、今回の戦闘でバーテックスは全て殲滅しました。私たち、讃州中学勇者部一同が!」




TIPS
『投稿期間が開いた事について』
こんな本編に塩振っただけのお話を読んでくださる方に、全身全霊の謝罪を。
すみませんでした。これからは、あまり間を開けずに、投稿していきます。
……多分、していけると、思います。
ところで、ゆゆゆ三期、決定しましたね!やったぜ。
のわゆがアニメ化決定とかだと私がヴェルズ化してしまうので本当に良かったです。
でもいつかは見たいですね。アニメのわゆ。見たら多分ガガギゴが如く闇堕ちするだろうけど。
三期もちゅるっとも楽しみですね!きっと最後はみんな笑顔で終わるんやろなぁ…!
では、これからの勇者であるシリーズの繁栄を願って、あとがきもどきを終わらせたいと思います。


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ep8

TIPS
『病院』
いろんな病気を治してくれる所。
この話で出てくる病院は基本的に大赦が管理しているので、出入りする人も大赦の人間。
故に甲冑共は普通に出ていても問題無い。
ちなみに、病気に「外傷」は含まれないらしい。
あ、知ってる?そうですか。


昼・病院

 

「お、友奈も診察終わったのね」

談話室で私は甲冑と一緒に部屋に入ってきた友奈を迎えた。

「はい、バッチリ血を抜かれちゃいました。風先輩、その目は?」

友奈はそう言って眼帯に隠された私の左目を見た。

「フフ、この目が気になるか?これは先の暗黒戦争で魔王と戦った際……」

「嘘こけ。戦ったのはバーテックスだろ?」

「カストルぅ、邪魔しないでよぉー。魔王との戦いで名誉の傷を負ったニヒルな勇者を最後まで演じさせなさい!」

「…何かあったんですか?」

「なんでもないって。ちょっと視力が落ちてるだけ」

「視力が…?もしかして、バーテックスからなにか悪い物でも……」

本当に友奈はマジメちゃんねぇ…。ま、そこが良い所なんだけどね。

「違う違う。体力の消耗からくるものだから、療養したら治るってさ」

「そうなんですか」

「なんたってアタシたち、一気に6体もバーテックス倒しちゃったからねー」

「あ、樹ちゃん。と、ポルクスさん!」

そんな事を話していると、樹&ポルクスコンビが部屋に入ってきていた。

「樹ぃー。注射されて泣かなかった?」

「……」

「樹ちゃん?」

「声が出ないの」

ワタワタしている友奈を見て、アタシは説明した。

「え…」

「…うん」

「アタシと同じ。勇者システムの長時間使用で疲労してるせいだろうって」

「そ、それも休めば良くなるんですよね?」

「それは大丈夫みたい。お医者様が言うには、すぐ治るらしいから」

「じゃあ、大丈夫だよ樹ちゃん!お医者さんが言ってるんだもん」

ポルクスの言葉を受け、友奈は明るく樹に言った。

「お待たせ。東郷を連れて来たわよ」

部屋に入ってきた夏凛が親指で入り口を指した。

「お待たせしました」「待たせたな」

わーお。東郷も歩く車椅子には勝てなかったか。遂に普通に乗り始めたわよ。

「私はまだ少し、精密検査が残っていますが、一応みんなの検査は終了のようです」

「ふぃー。ようやく帰れるのか」

東郷の報告で、アンタレスが嬉しそうな声を出した。

「東郷さん、精密検査って…?」

「心配しないで、友奈ちゃん。元々の脚の検査があるだけだから」

「そっか…」

二人共、こうやってると本当に夫婦みたいよねー。

「全員、とくに問題はない?」

「あ…、風先輩と樹ちゃんが…」

友奈が暗い顔で私達を見る。

「アタシは疲労で疲れが出てるだけだし、樹の声もそのうち出るようになるって」

(コクコク)

アタシは左目に付けた眼帯をトントンと叩きながら言った。

「そうか。なら良いんだが」

スピカが素っ気なく返した。ちょっと冷たいんじゃないのー?

「まぁそれはさておき…!勝ったんだから、お祝いしないとねぇ!」

そう言って、私はビニール袋の中のお菓子や缶ジュースをテーブルの上にぶちまけた。あっコーラが。

「なによ、この大量のお菓子は!……ま、たまにはいっか」

「おー!風先輩太っ腹!」

「こんなにいいんですか?」

「いいのよいいのよ!それではバーテックス殲滅の祝勝会よ!」

東郷の質問に答えた後、私はおもむろに缶ジュースを掴み、掲げた。

「お祝いですね!」

「はい!」

「ほら樹も!」

(セカセカ…)

「勇者部の大勝利を祝って、かんぱーい!」

「かんぱーい!」

缶が空中でぶつかり、良い音を立てた。私はそれを耳で味わいながら、ジュースを流し込んだ。

「かーっ!美味い!」

「中身本当は四十代じゃねぇの?」

「うっさい!アタシはピチピチの中学三年生ー!」

そう言ってアタシはカストルをぶん殴った。あ、殴って思い出したけど…

「あ、そうだ。これ、新しい携帯。もう勇者アプリは使えないけど、必要でしょ?」

懐から人数分のスマホを取り出し、皆に渡す。

「そっか…。もう勇者になる必要ないから…。でも、牛鬼にちゃんとお別れしたかったな」

「……そ、そう暗い顔をするな。今は勝利の余韻に浸ろう」

「………ありがとう。カウストさん」

あー…気ぃ使わせちゃったなぁ…。そう思うと、自然と手がスナック菓子に伸びる。あ、これ止まんない。

「風先輩。そんなに取ったら友奈ちゃんの分が無くなっちゃいます」

そう言って東郷が私の腕を掴んだ。えっすっごい強い。痛い痛い。

「分かった分かったわよ!ペース下げるから離して!」

「はい!」

ああー…。疲れた。アンタ友奈に関わる事があったらすぐ力強くなるんだから。

「ここまで楽しそうに飲み食いしているのを見ていると、俺達が何も食べられないのが悔しく思えてくるな」

「…それは同意見」

あの兄弟、仲が良いのか悪いのか分かんないわね…。

 

 

昼とも夕方とも呼べない時間・病院

 

「さて。今日はひとまずお開きね!ゴミはこっちで処理しておくから」

「はーい!」「さようなら、風先輩」「またね、風!」

そんな会話をして、私達は別れた。

「…ふぅ。じゃ、アタシ達も帰りましょうか!」

(コクリ)

「…喋れないってのは、不便だな」

「そう気にしないで!ただの疲労だって、お医者さんも言ってたんだから!」

そんな会話をしながら、私達は廊下を歩いた。

「あ。もう出口が近いから、二人はカードに戻ってて」

「分かった」「はーい」

そう言って、二人はカードになり、私達のポケットに収まった。……私のカード、黒ずんでる?後で拭いとこ。

 

 

夕方・犬吠崎家リビング

 

「あぁー…。我が家がやっぱり良いわー。全員が退院したら、学園祭に向けてエンジンかけなきゃね」

そんな事を言いながら、私はゴミを流し台に置いた。

「あー。木の床だぁ。落ち着く」

「カストル。そこで寝るな」

そんな事を話していると、ふと、携帯が着信音と共に震えだした。……東郷?からかってやろ。

「私だ」

『風先輩ですか?』

私が男子力全開のイケボで電話に出ても、東郷はいつも通り話し始めた。

「って、スルーしないでよ。何?東郷」

『満開の後遺症について、話が…』

「え…?満開の後遺症って、いったい何の話……」

私の会話を盗み聞きしていたカストルがピクリと止まり、立ち上がった。

『実は、みんなを見て気付いたんですが、満開を起こした人は全員体の何処かが機能しなくなっているんです」

「え、でも友奈はそんなこと一言も…」

『いつもの痩せ我慢です。みんなに心配をかけたくないから…言い出せなかったんだと思います」

「ごめん…。こんな事になって」

『風先輩が悪いんじゃありません。でも…、大赦から何か聞いていませんか?』

「ううん…。アタシには何も…」

『そうですか。でも、きっと…すぐに治りますよ…ね』

「そう…だよ。病院の先生もそう言ってたことだし…。治るよ、すぐに…。治るに……決まってるじゃない」

『そうですよね。……変な事言ってすいません。私からはこれだけです」

「そっか。じゃ、切るわよ」

そう言って、アタシは電話を切った。

「……………………」

「…治る、か」

カストルが何かを呟いた気がしたが、無視した。話す気持ちには、なれなかった。

 

 

 

―――

 

夜、私は何故か目が覚めた。晩御飯はちゃんと食べたからお腹は空いてないし、トイレにもちゃんと行ったから、そういう感じのそれも無い。

「--っ……」

とりあえぞ私は伸びをして、何気なくリビングへ行った。

「……」

当然、リビングには誰も居なかったし、灯りも点いてなかった。

「こんな夜中に何してるんだい?」

「!!」

いきなり後ろから声を掛けられて、私は危うく叫びそうになった。まぁ、今は喉が疲れちゃってるから、叫べないんだけどね。振り向くと、ポルクスが居た。

「……。……」

しまった。喋れないって事はお話も出来ない。どうすれば……、あっそうだ。

「……」

私はスマホに文字を打ち込み、ポルクスに見せた。

「えーと、『何故か目が覚めちゃいました』?……そっか」

そう言うと、ポルクスさんは私を玄関まで押していった。

「……!?」

「こういう時にはね、散歩が一番だよ。夜の外ってすごく綺麗なんだ。月が綺麗な時にはもっと綺麗なんだ」

「……」

私は彼の提案を聞き、外へ出た。あれ?そういえば、お姉ちゃんの部屋、開いてたような…

 

 

深夜・何処かの道路

 

確かに、綺麗だ。月明かりが周りの景色を見慣れない物に変えてくれている。そんな中を歩くのは、少し楽しかった。

「……♪」

「どうだい。来て良かっただろう?」

私は彼の言葉に頷く事で返した。

「お気に召したようで良かった」

「「…………」」

私達はそのまま、少し歩いた。

ガシャン、と音がした。何かを倒してしまっただろうか?

「…?」

足元を見ても、辺りを見渡しても、それらしきものは無かった。

「…おい、気を付けろ」

私はポルクスの声で意識を私から周囲に向ける事が出来た。

ガシャリ、ガシャリ、と音がする。その音は近づくでも遠ざかるでもなく、同じ所から響いていた。

「…行くよ。君は逃げる用意をしておいて」

「!?」

私は彼の声のおかげで完璧にスイッチを入れる事が出来た。けど…

「何だい?」

『逃げない。何かあったら私も戦う』

「…そうか。タックルの構えぐらいはとっといてね」

それだけ言って、ポルクスは剣を抜き、音の方へ歩いて行った。私も行こう。

音の源は、ちょっとした路地裏にあった。近づくとその度に、ガシャリという音と、新しく聞こえるようになったニチャリという音が少しずつ大きくなっていった。

「……いた」

ポルクスが指差した先には、月の光を受けて黒光りする、甲冑が居た。

「…お前、何をしている」

その言葉で、甲冑は動きを止めた。それで、音も消えた。

甲冑が立ち上がり、振り向いた。

「俺だよ。俺」

……カストルさんだった。え、何で?

「何でって顔してんな?散歩だよ、散歩。眠れない夜には、こうやって少し体を動かす事が良いんだぜ」

そう言って、愉快に語るカストルさんとは打って変わって、ポルクスさんの肩は震えていた。

「ん?どうした、ポルクス」

「心配かけてんじゃねぇよ!」

それだけ叫んで、ポルクスさんは剣を横に向けて、カストルさんをぶん殴った。

「痛ってぇ!何すんだよ!」

「それはこっちの台詞だ!こんな夜中に一人で抜け出して!」

「あーはいはい悪かったよ!さ、帰ろうぜ?あのコワーい姉ちゃんがまだ寝てる内にな」

そう言って、カストルさんは歩いて行った。

「コイツ…いつかボコボコにしてやる…!」

「………」

怒ってるポルクスさんに続いて、私も歩いて行った。

ピチャリ。そんな音が聞こえた気がした。




TIPS
『■■■■・カストル』
彼女のおかげで彼が■■■■としてのカストルである事は有り得ない。
その筈だった。


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ep9

TIPS
『原子』
幾つかの例外を除き、原子というものは単体では存在出来ない。
分子となった時、ようやく存在する事を許されるのだ。
えっ知ってる?あっそう。
ところで…ワシ馬鹿だから分かんないけど、原子がもし何らかの力で単体のまま存在してたらどうなるんですかね?


お昼前・海の家周辺

 

「海よー!」

「海だ!」

「……♪」

「海ですね!」

「海ね」

私達、大赦の皆さまの気遣いで、海に遊びに来ております。

何故かは分かりませんが、夏休みに行ってこいと言われました。

「さあ!泳ぐわよ!食べるわよ!遊ぶわよー!」

『姉チャン。あんたさっき昼飯食ったばっかだろ。いきなり動いて大丈夫か?』

「あんなのご飯の内に入らないわよ!」

『……デブ』

「なんですってぇーー!?」

「あはは……」「(アセアセ)」

なんだか向こうが騒がしいですが、ここは海です。それも仕方ありませんね。

『ここって、公共の施設なんだよな?』

「ええ。そうですが……」

アンタレスがカードのまま訊いてくる。何の用だ。私は友奈ちゃんの水着姿が早く見たくて疼きが止まらんのだ。

『って事は実体化できねぇって事だよなぁー……、泳ぎたかったなぁー……』

『黙れカナズチ』「寝ていなさい」

友奈ちゃんに何かしてみろ。海水に浸して錆びさせてからぶった切ってやる。

「さてと!話してても始まらないわ!ちゃっちゃと着替えてきちゃいましょ!」

「そうですね!行こう、東郷さん」

「ええ!」

風先輩の声で勇者部一行は更衣室に進軍を始めた。着替え…水着…ふへへ…

 

”・砂浜

 

「いえーい!海ー!」

「海ね!」

砂浜が踏めないのが悔しいけど水着かわいいわよ友奈ちゃん。あと煮干し、結構はしゃいでるじゃない。

「こういう車椅子って普段押さないからちょっと新鮮!」

「ふふっ。海専用の特別な車椅子だからね」

そう。今、私、変わった車椅子に乗っております。前に広かったり、三輪だったり、ヒレが付いてたり…。普通の車椅子とは一味違います。

「よーし!進行方向に人影無し!車椅子の全力、魅せてやれー!」

友奈ちゃんがそう叫んで、私の車椅子を押すスピードを上げた。早い!楽しい!

「競泳よ競泳!」

遠くからそんな声が聞こえた。煮干し、満喫してるわね。

「おっとっとっと…」

友奈ちゃんも聞こえたのか、車椅子のスピードを緩めた。

「遂に風先輩と勝負するの?」

こっちに走ってくる煮干しに友奈ちゃんが訊いた。

「優れた戦士は、水の中もイケるって所、またまた見せてあげるわ!」

「うん!頑張って、夏凛ちゃん!」

友奈ちゃんが応援に付いたわよ。負けは許さないわ。

「……?……!?」

風先輩が辺りを見渡している。何か気になるのだろうか?

「あんま女子力振りまくとナンパとかされそうだから注意しないと…」

「何言ってんだか…」

「へっ、隙アリ!」

「うぇっ!?ちょっと待てぇーー!」

…ずる賢い。

「よーし!こっちも行こう!すいませーん!」

こうして、なんやかんやで、私達は海を満喫しました。

 

 

―――

 

某刻・どこにでもあるカードケースの中

 

「あああああああイイなあああああああああ……」

今日何度目かの台詞をカストルが言った。

「おいカストル。お前はそんなに海が好きだったか?」

カウストが彼に訊いた。

「違うけどよおおおお……、やっぱ憧れあんじゃああああん。青い海!白い砂浜!かわいい水着の女の子!」

「お前は三つ目しか興味ないだろ」

「そんな訳無いですううううう。他二つにも憧れありますうううう」

ポルクスに呆れられたが、彼はそれに反論した。

「でもさ。俺達、海って所に行った事無いもんな」

「……まぁ、確かにな」

アンタレスの言葉に私は同調した。

「へいへいスピカぁ!そっちの言葉には賛同すんのかよ!言ってる事そこまで変わりないじゃあねえか!」

「お前の態度がチャラすぎるんだ。もっと真面目に事を言え」

「へいへーい……」

ふてくされたな返事をした後、カストルは静かになった。

「…………」

場が、静寂に支配された。

「なぁ、よ」

「ん?」

カストルが静かに訊いてきた。

「ここってさ、閉鎖された空間じゃん」

「そうだな」

「一種の牢獄じゃん?」

「……まぁ、そうだな」

「そんな中で俺達は話してるって事だよな?」

「…ああ」

「牢獄トーク、みたいな感じでラジオで流せないかな?」

「馬鹿だな、お前」

「うるせぇ」

「…………」

ああー…。暑い。ツッコむ体力も無くなってきた。早く日差しが弱くなる事を願う。

「…日焼けが痛い」

またお前か。カストル。

「兄さんは外に出てないだろ」

「いやぁ…そうなんだけどよ?何か…日差しが強い所に行くと体の調子が悪くなるんだよ」

「ふーん」

「…………」

凄く、どうでもいい。

「なぁ~、もっと喋ろうぜぇ?気が参っちまうよ!」

「うるせえ馬鹿兄!喋れば喋る程こっちの体力が無くなっていくんだよ!」

「…………ごめん」

本気で折れそうな時の声で、カストルはポルクスに謝った。

「……せめて、『シェアト』か、『レスト』が居てくれればなぁー…」

シェアトは水瓶座を、レストは魚座を司るセイクリッド。欲しくなるのも、当然だ。

「…二人に限らず、他のセイクリッドは何してるんだろうな?」

ふと、カウストが訊いた。

「さぁ?知らないな。もしかしたら、どっかで別の勇者と一緒に居たりしてな!」

「ハッハッハ!そんな筈が無いだろう!他に勇者が居れば、彼女らと一緒に戦っていたさ!」

全く。カストルは本当に馬鹿だ。笑い飛ばしてやったよ。

「………………………」

ああ………、本当に、暇だ。

遂に、誰も喋らなくなった。私もさっき笑ったせいで、もう喋れそうにない。

普段喋らないアクベスと、バカ真面目のレオニスがここに居るからなぁー…。他の奴が居れば、もっと状況はマシだと思ったんだけどなぁ…。

………でも、コイツらって、ここまで喋らなかったっけ?

………………

………

…まぁ、いいや。暑くてもう頭も回らなくなってきた。

 

 

 

―――

 

夕方・浜辺

 

「ああ、私もうお腹ペコペコ…」

「夏凛かじって我慢して」

「食えないわよ」

「かぷっ」

「ホントに食いつくな!」

後ろで三人が楽しく話しているのが聞こえる。私の代わりに道具を畳んでくれているのだろう。

そんな事を考えながら、海を眺めていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。

『どうしました?』

樹ちゃんだった。本当に優しい子ね、樹ちゃんは。

「ううん、何でもないわ」

「ほら!旅館帰るわよ」

いきなり後ろから抱きつくのは良く無いと思います。風先輩。

 

 

 

 

夜・旅館の風呂

 

「おおー!おっきいお風呂ー!」

「アタシが一番乗りよ!」

「風呂場で走るなー!」

旅館のお風呂がここまで豪華とは思わなかった。すごく綺麗だ。

「私達も行こっか」

「ええ」

友奈ちゃんが車椅子を押して私を風呂に入れ――

「ああー…、とろけるぅー…」

なかった。足を漬けただけでこうなるとはどれだけ良い風呂なのだろうか。

「ちょっと友奈ちゃん。あなただけずるいわ」

「ああ!ごめんごめん」

そう言って、今度こそ、私をお風呂に入れてくれた。

ちなみに、今、私が乗っている車椅子は、風呂用の清潔なものを使用しております。普通の車椅子で真似しちゃ駄目ですよ?

「はあー…」

「いいお湯ー…!」

体がお湯に包まれるやいなや、私は自然と息を漏らしていた。

「疲れが吹っ飛ぶわー」

「確かに、生き返るわね…」

「てか何でそんな端の方に居るの?」

「えっ?別に。偶然よ!偶然!」

「ははーん?」

「なっ…なによ…」

あっこれは面白くなる流れね…!

「女同士で何照れてんだかっ!」

「べっ別に照れてないし!」

風先輩が立ち上がって、セクシーなポーズを夏凛ちゃんに見せつけている。セクハラですよセクハラ。

「こんだけ広いと泳ぎたくなるよねー」

「駄目よ、友奈ちゃん」

友奈ちゃんが泳いでいる所にお湯をかけてやった。怯んでる所もかわいいわ。

「はぁーいブクブクブク…」

友奈ちゃんは残念そうに潜っていった。

「ウヒヒヒヘヘヘ…」

風先輩が私を見ながら変な音程で笑っていた。

「どうしました?」

「普段何を食べてれば、そこまでメガロポリスな感じになるのか、ちょっとだけでも、コツとか教えていただいても…」

風先輩って女子力女子力って言ってるけど、中身って結構オジサン寄りよね。

「普通に生活してるだけです…」

「いやいやそんなご謙遜…」

これは長くなるパターンだ。っていうか貴女も結構大きいでしょうが。そして樹ちゃん。あなたも相槌を打たないで。

「きゃあああああああああ!!??」

どこかから、夏凛ちゃんの悲鳴が聞こえた。あっちもあっちで大変ね。

「もしかしてぇ…、揉んでもらってるんですかぁ?」

「えっ!?」「!?」

「よく言うじゃないですか。好きな人に揉んでもらうと大きくなるって」

ああ、これは私も覚悟が要るわね。

「そんなになるくらい揉んでもらってるんなら、少しくらい…いいですよね?」

「いやぁ…さすがに…」

「うっさい!揉ませろ!」

「きゃあっ!?」

「いつもそんなの見せつけやがってぇ!アタシにも少し分けろぉ!ほら樹!あなたも少し揉んどきなさい!ご利益があるわよ!」

あーあ。結局こうなった。

 

 

―――

 

「きゃああああ!?」

何処かから夏凛の悲鳴が聞こえた。

「ああ…、楽しそうだな…」

カストルがクーラーの前で仁王立ちしながら呟いた。

「なぁ。今から風呂ん中入っても…」

「駄目に決まってるだろう。第一お前は男だ。女子風呂には入れん」

「んっはっはっへーーい…」

カストルが泣き声を発しながら崩れ落ちた。

「だが、あそこよりはいいじゃないか。この部屋から出ない事を条件に、俺達の自由行動が認められているのだから」

カウストがダーツを投げながら言った。おっド真ん中に当たった。

「そうだけどさぁ…」

そう言ってカストルは首をぐるりと回し、部屋の隅を見た。

「アイツら全然話さねぇんだもん…」

「………………」

アクベスは寝ているのか畳に腰掛けたまま、全く喋らないし、レオニスに至っては、カードケースから出てこない。

「なぁなぁー!面白い事しようぜー!?」

「黙って。僕は今風呂場の盗聴で忙しいんだ」

ポルクスが襖に頭を押し付けながら…おいアイツ何て言った?

「盗聴ぅ?俺達にそんな機材を買う金は…」

「人力だ」

ああ。コイツもヤバイ部類の奴だ。私は確信した。

「ああ……。アンタレス、お前が最後の砦だ。お前は何か楽しいもん知ってるよな?」

「ジャンケン」

「………………」

あ、遂に気絶した。

「…暇だ」

誰かが、そう呟いた。

 

 

 

―――

 

「いいお湯だったわねー!」

「あああああ!!!姉貴だああああああ!!!」

風先輩が部屋の襖を開けた途端、中からカストルが風先輩に抱きついてきた。

「えっちょっと!?何してんのよ!離しなさいっ!」

「ごべっ!」

風先輩の肘がカストルの頭にクリーンヒット。

「はぁ…、はぁ…、何なのよ…」

「失礼した。何せ今日一日、何もしていないのでな。その反動だろう」

「ええ…?」

スピカ。あなたはまだまともな部類なんだから押さえつけるなりなんなりしておきなさいよ。

「…まぁ、今日一日外に出してあげられなかったのは悪いと思ってる。ごめん」

「あーいや。なんか…こっちもすまん」

「………………」

黙っちゃったじゃない。この空気はどうすればいいのよ?

「あの、すみません」

後ろから女の人の声が聞こえた。それと同時に甲冑はカードに戻った。賢い。

「讃州中学勇者部の皆様でございますね?」

後ろには旅館の人が居た。いきなり来て何の用だろうか。

「御予約の時に聞き忘れてしまったのですが…、お食事のご用意はどう致しましょうか?」

その言葉が聞こえたと同時に、友奈ちゃんのお腹が鳴った。

「……あー…」

「あっはっはっ!体は正直ね!すみません、すぐにお願いします」

「ふふっ、かしこまりました」

「うう…」

照れてる友奈ちゃんもかわいいわ。

『どんな料理が来るんでしょう?』

「そうねぇ…。これだけ綺麗な所だし、期待できるわね!」

「(ルンルン)」

微笑ましいわね…。

 

 

 

夜(少し時間が経った)・勇者部の宿泊部屋

 

「うわぁーーー!すごいご馳走!」

友奈ちゃんが目の前に並べられたご馳走を前にして叫んだ。

「大赦から、御役目を果たした御褒美ってことじゃない?」

「つ、つまり、全部食べちゃっていいと…。ご、ごくりっ…」

『けど、友奈さんが…』

「あ……」

「おぉ…、このお刺身のつるつるした喉越し。イカのコリコリした歯応えも…たまりません!」

皆の心配に反して、友奈ちゃんは笑顔で刺身をつまんでいた。

「………もう、友奈ちゃん。いただきますが先でしょ」

「……色々と、敵わないわね。友奈には……」

「暗い空気はもう終わり!さっ!食べましょ!」

「あれぇー?夏凛も結構楽しみにしてたカンジぃー?」

「う、うっさい!」

「ふふっ…」「(ニコニコ)」

皆、仲睦まじくていいわね…。

「ああーーー………」

笑顔の勇者部に比べて、甲冑共は暗いままだ。

「いいよなぁー!人間は飯食えるんだもーん!」

拗ねたカストルが突っ伏したまま叫んだ。

「羨ましいか!?羨ましかろう!あっはっはっはっはっはっ!」

「ちっくしょおおおお!!」

あらあら。今日は甲冑にとっては厄日ね。

 

 

夜(結構更けた頃)・寝室

 

「……っ」

樹ちゃんが大きなあくびをした。

「樹、眠たいの?」

「(ウツラウツラ)」

「そろそろ寝ましょうか」

「そうね」

そう言った後、私達は布団を敷いた。

「…布団。噂に聞くHUTON…」

ポルクスが羨む目をこちらに向けてきたが、見ないふりをしよう。

「布団…何年ぶりかしらね…」

私は元々布団派であった事は覚えているのだが、この脚のせいで布団で寝る事が困難になってしまった。だからか、すごく懐かしい気持ちになった。

「私は端っこ」

夏凛ちゃんが寝る場所を宣言した。早い者勝ちという訳ね。

「アタシは部長だから真ん中」

「おっ、すかさず樹ちゃんが隣についた。じゃあ私は東郷さんのとーなり」

「うん!」

友奈ちゃん大好き。皆が居なかったら夜這いしてたわ。

「…女五人集まって旅の夜。どんな話をするか、分かるわよね?夏凛」「俺達も居るけどな!」

「え、えっと…辛かった修行の体験談…とか?」

二人は騎士を無視して話を進めた。

「違う」

当たり前だろう。ここは私が正解を。

「正解は、日本という国の在り方について存分に語る、です!」

「それも違う!」

は?違う筈が無いだろう。他に何を話すというのだ。

「甲冑共!お前らはどうだ!?」

『戦争においての戦略の重要性について』

「難しい!違う!」

スピカ。貴女とは良い酒が飲めそうね。まだ未成年だから駄目だけど。

「樹、正解は?」

『コイバナ…?』

「そう、それよ!恋の話よ!」

『いいじゃねえか!俺はこういうのを求めてたんだよ!』

『うるさい兄さん。迷惑』

は?恋なんぞ国に比べればチンケな物だろう。

「もう一度お願いします」

「こ、恋の話よ…。何度も言わせないで…」

「で、では、誰かに恋をしている人…」

友奈ちゃんが挙手を求めた…が、当然、誰も手を上げない。

『なんだよなんだよ!誰も手ぇ上げねぇのか!しゃあねぇな!俺がやってやるよ!』

カストルが嬉しそうに名乗り出た。すごく嬉しそう。本当に今日は暇だったのね。

『これは……本当に昔の話だ。まぁ、初恋って奴になるのかな。ソイツは、緑の髪が綺麗で、すっごく可愛い奴だったんだ。一目惚れだったよ。ソイツは、優しくて、面白い所もあって、みんなからも好かれてた。そんな奴と、俺は戦いを通して知り合ったんだ。』

「えっ、何その特撮みたいな展開」

『勘違いすんなよ?別に剣を交えた訳じゃあない。一つの巨悪と戦う為に、色んな組織が手を取り合ったんだ。その中に、ソイツの村と、俺達セイクリッドが在ったんだ。初めてソイツを見た時、柄にも無く悩んじまったよ。何せ“恋”なんて感情、初めてだったんでな』

「すぅ…すぅ…」

あ、夏凛ちゃん寝てる。

『俺は組織間の交流って言って、何度もソイツに会いに行ったのさ。そして、人並みには関係も出来てきて、ソイツが大体どんな奴なのかも分かってきた。ソイツが誰を好いているなんて事もな』

「あらま。で、誰を好いてたの?」

食いつきますね、風先輩。

『当然、手を取り合った組織は二つだけじゃない。沢山あった。その中に、俺達と同じ様な奴らが居たのさ。ソイツは、そん中の優男に惚れてたのさ』

「ライバル登場ね」

『へへっ。ライバルなんてもんじゃないさ。俺とアイツじゃあ、天と地ほどの差があった。実際にそうだったかは知らないけどな』

そこまで話して、彼は言葉を詰まらせた。

「どうしたのよ?」

『ある時、彼女の組織に敵の攻撃が仕掛けられた。可哀そうに。裏切りの侵攻だったよ。その時、俺は彼女の為に何日も、何日も走った。そして見ちまったのさ』

「ごくり…」

『アイツはとっくのとうに、彼女の助けに来てたのさ。そのおかげで、彼女の組織は全滅を免れた。めでたしめでたし。でも、俺にとっちゃあ、めでたく無かったよ。彼女が生きてくれたのは、嬉しい。歌でも歌い出しそうになった程、嬉しかった。けど、俺には彼女との間に大きな亀裂が出来ちまったように思えたのさ。「彼女が苦しんでいる間、俺は何をした?ただ泥に塗れただけじゃないか」ってな。俺はもう、彼女と関わる資格が無いように思えたのさ。それ以来、ずっと、俺は剣を振るい続けた。彼女の事を忘れる為にな』

「それで、どうなったの?」

『見事忘れる事に成功。それ以来、脈無しさ。ちゃんちゃん。悲しい話だろ?』

「おーう…。結構キツイのが来て驚いてるわ…。アナタ結構スゴイ経験してたのね…」

『だっはっはぁ!どうだ?見直したか!?』

「そこまで言われるとしたくなくなるわね」

『ええー?そりゃ無いぜ』

「…にしては、みんなからの反応は薄いね」

友奈ちゃんがふと、呟いた。確かに他の甲冑は一言も言葉を発していない。

『端的に言うと、飽きてしまったのさ。彼は忘れたと言ったが、あの頃は毎日のように彼女との話を我々は聞かされたのさ。未練が残りまくりだと思ったが、まさかここまで残っていたとはね』

スピカの証言で場の空気が濁った。

「……まるで私達みたいだね」

「それってどういう意味かなぁ?友奈ぁ…」

風先輩がすごい顔で友奈ちゃんを見てる。手出しはさせんぞ。

「…まぁ、アンタ達にとっちゃこの話は初めてね。どうする?聞く?」

「おおー!聞かせてくれ!」

カストルの了承を得て、風先輩は私達が何度も聞いた恋の話をした。

「……ソイツは正解だぜ。姉ちゃん」

「だな。実に賢明な判断をした」

「まぁ、そう言われるとそうかもねー」

「…さて!良い感じに話も聞き終わったし!そろそろ寝ましょうか!」

「そうね。夏凛だってもう寝てるし」

風先輩はそう言って、隣で寝息を立てている夏凛を見た。

『私電気消してきます』

「お願いね、樹ちゃん」

「はぁーい、おやすみぃー」

「おやすー」

「おやすみなさい」

カチリ、と音がして部屋が暗くなった。樹ちゃんが灯りを消してくれたのだろう。

その少し後、布が擦れる音がした。

…………………………

……………………

……………

……そろそろ、いいだろうか。

「あの日も、こんな暗い、じっとりとした夜でした」

「東郷さん!?」「ひっ!?」

色んな反応が返ってきて楽しいわね。

「その男は帰りを急いでいました。でも、家への近道をしたのが、間違いだったのです。お墓を通った所から、自分をつけてくるような足音が聞こえて…」

「うわぁああ…何でこのタイミングで怪談を?」

「そういうのアタシ苦手なのよ!」

「男は、思い切って後ろを振り返る事にしたのです。すると…」

「ぎゃああああああああああああああ!!??」

いきなり風先輩が叫んだ。話はまだ叫ぶ程の所では無い筈だが。

「ど、どうしたんですか?」

「何かもぞっと来たのよこの辺に!…って何だ樹かぁ。え?もう怖くなって潜り込んできちゃったの?」

「うぇええああ!うるさぁい……」

夏凛ちゃんの寝言が聞こえた。

「すいませーん…」

………………………

……少し布が擦れた音がした後、本当に部屋は静かになった。

 

 

―――

 

早朝?・寝室

 

「………、………?」

誰かの言葉で、私は目が覚めた。

部屋が少し明るい。少し日が昇ってきた頃だろうか?

「ん?起きたのか」

「…、神樹……」

カストルの声が聞こえた。ぼやけた頭も動いてきた。

「カストル、何をしている?」

「いや、何か一睡も出来なくてさ。気付いたらこのザマよ」

「わざと……、…通しているから」

「ふーん……」

私はカストルの言葉を聞き流し、あの声に注意を傾けた。

神樹――それはこの世界で信仰されている唯一の神。その正体は謎が多く、分からない事も多い。

故に、彼女らの言葉が気になった。まぁ、私が神という言葉に過敏なだけかもしれんが。

「東郷さん物知りー…」

「神樹様は恵みの源でもあるから、防御に全ての力を使うと、私達が生活できなくなるの」

「あれ?それどこかで習ったような…」

「アプリに書いてあったよ」

「うっ、うっうん…」

「忘れっぽいんだから…」

「へへ…、でも安心かも」

「どうして?」

「神樹様にはっきり意志があるって事だもん。私達の事だって、なんとかしてくださるよ」

その言葉で、私の意識は完璧に覚醒した。意志だと?神が?

「……………………」

「……………」

その言葉を聞いてから、私は彼女らの言葉に集中する事が出来なかった。聞きたくなかった。

「…おいスピカ。あんまり気負いすぎんなよ」

そんな私を見かねたのか、カストルが声を掛けてくれた。まさかコイツに心配されるとは。

「別に神樹様が敵って決まった訳じゃねぇ。現に勇者様を助けてくれただろ?」

カストルは少し早口に言った。その早口が、過去のトラウマによるものか、神樹様を信じたい気持ちによるものか、私には分からなかった。

「そうだな。神樹様が敵であるならば、今頃私達は敵に喰らわれているな」

「そうだ。だから、心配すんな」

「…ああ」

その言葉で、私の心の濁りが薄まる筈が無かった。神なぞ、信用できるか。

 

 




TIPS
『神』
ほぼ全ての生物を超越した存在。
その存在である事自体が凄まじく、素晴らしい事である。
が、そういった神のほとんどは、価値観がおおよその生物とはズレている。


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ep10

TIPS
『セイクリッド』
十二星座から生まれた星の戦士。別に食いしん坊じゃない。
ただ、そこには蛇使い座や、双子座といった特殊な者もいるので、実際には十四人いる。


放課後・勇者部部室

 

私達の夏休みも終わって、二学期が始まりました。また忙しい学校生活の始まりです。

そして…

「これは……、私たちの端末……。どうしてこれが、ここに?風先輩」

「バーテックに生き残りがいて、戦いは延長戦に突入した…」

勇者としての戦いも再開する事になりました。

「戦いが…まだ…続く……」

「……!」

私がその言葉を言うとそれが合図だったようにレオニスが実体化した。最近あんまり話さなかったから心配だったけど、大丈夫そうで良かった。あ、東郷さんすごい睨んでる。

「本当…いつもいきなりで…ごめん」

「別に勇者様は悪くない。悪いのは芽を見逃した僕らさ」

ポルクスが当然のように話に入ってきた。まあ、ここ部室だからいいんだけどさ。

「そうだ。その償いを今度の戦いでさせてくれ」

カウストさんはいつも通りだね。

「ま、誰が悪いかはともかく、そいつ一体倒せばもう終わりでしょ。生き残りくらいどんと来いよ」

夏凛ちゃん頼もしー。

『勇者部五箇条 成せば大抵なんとかなる!』

樹ちゃんもやる気十分。私も負けないようにしないと。

「ありがとう…みんな。……しかし…なんというか…」

「何故か精霊が増えて、かなり賑やかですね」

風先輩と私はみんなの周りをふよふよ浮いている大量の精霊を見ながら言った。

「大赦が端末をアップデートしてくれたんだけど、ちょっとした百鬼夜行だわ…」

「もういっそ、文化祭これでいいんじゃないですか?」

「ダメだろ」「よくないわ」

「ですよねー」

東郷さんとアンタレスのツッコミが超スピードでやってきた。痛い。

「ショギョームジョー…」

「ギャー!あんたら、精霊の管理くらいちゃんとしなさいよ!」

夏凛ちゃんの精霊が私の精霊にかじられている。

「……済まないが……こっちも頼む」

死にかけみたいな声がアクベスから聞こえた。

「わー!市場の蟹みたーい!」

アクベスは大体の精霊に噛みつかれてた。本当に市場で見る黒いツブツブの付いた蟹みたい。

「あれは確かカニビルって言って…じゃなくて!全員端末に戻りなさい!」

風先輩の号令で精霊はみんなスマホに戻ってきた。

「くっ…、それにしても、私だけ新しい精霊がいないなんてどういうことなのよ…」

「……精霊が増えた人、増えていない人……。違いはやはり、満開にあるのかしら……」

『生き残りのバーテックスはいつ来るんだろう?ドキドキ』

樹ちゃんドキドキしてるの?そりゃまあ早くに来てくれる方が嬉しいけど。

「完璧勇者としての私の勘では、来週あたりが危ないわね」

おお、夏凛ちゃん自信満々。

「じゃあ俺は二週間後だ!」

カストルさん賭け事じゃないんだから。

「では私は今日だ」

スピカさんまで…。

「実は敵の襲来は気のせいだったりして」

「でも、神樹様が仰ってることなんですよね?」

神樹様が言ってる事なんだ。さすがに気のせいという事は無いだろう。

「あの諸葛孔明だって負け戦はあるのよ?弘法も筆の誤り。神樹様も予知のミスくらい…」

そんな言葉を遮って、樹海化警報が端末から鳴り響いた。

「あっ!」「げっ…」「グルル…」

「噂をすればって…奴かな」

「風が変なこと言うから、神樹様からの的確なツッコミね。これは…」

「あ、あんただって勘外してるじゃない」

「来てしまったからには…やるしかありません。これで…、本当の最後に!」

その言葉を最後に、私達は光に包まれた。

 

 

放課後?・樹海

 

「満開ゲージ……空っぽだ」

「この戦いで、一花咲かせてやるわ」

「敵さん来なすったぞ」

カウストさんの声で私達は意識をそっちに向けた。

「あれって…」

「…あの変質者みたいな奴、樹が倒さなかったっけ」

すごい勢いで小さいのがこっちに走ってくる。

「もともと二体いるのが特徴のバーテックスなのかもしれない」

「まるで双子、俺達みたいだな」

「あんな変態と一緒にしないで」

後ろで二人がヤイヤイしてるけど、そんな余裕は無い。どんどんこっちに来ている。

「私が行く!一番槍ぃ!」

「ぐらっしゃああああああ!!!!」

樹ちゃんが跳んで行くのを追い抜いて、レオニスがすごい速さで走っていく。

「よぉーーーし!私も負けてられない!友奈行きます!」

「先陣はアイツに任せて、こっちはこっちでやるわよ!」

「分かった!」

「きしゃあああああああああ!!!!!」

レオニスが奇声と共にバーテックスの脚をスパっといった。

「ハァアアアアアーーーーっ!」

私と夏凛ちゃんの攻撃もバーテックスに当たった。

「追撃します!」

東郷さん率いる遠距離チームがバーテックスの頭に攻撃を当てて、転ばせた。

「ナイス!封印の儀、行くわよ!」

「バーテックスーー!!大人しくしなさーい!」

さらに私のキックがクリーンヒット。これぐらいやれば…

「御霊が出た。アタシがやる!」

「とどめは私が!」

夏凛ちゃんが風先輩を無視して突っ込んでいった。

「夏凛!?やめなさい!部長命令よ!」

「私は助っ人で来ているの。だから、好きにやらせて…」

夏凛ちゃんが御霊に飛び込んで、攻撃を――

「ぐぎゃああああああああああああ!!!!!!」

「きゃあ!?」

当てられなかった。レオニスが夏凛ちゃんを蹴飛ばして、御霊に攻撃をしたからだ。

御霊は光と共に砕け散った。

「レオニス!アンタ何やったか分かってんの!?」

風先輩が着地したてのレオニスに突っ込んでいく。

「ぎが?……ぐるああああああああ!!」

「あっぶな!?」

レオニスは風先輩にも爪を振るい始めた。

「何やってんだあの馬鹿!」

「ぎゃあ!?」

アンタレスの投げた矛がレオニスの頭にぶつかっていい音を立てた。

「ぐるあ……ぐる……」

レオニスは変な鳴き声を出しながらふらついている。

「樹!コイツ縛っといて!」

「(コクコク)」

ワイヤーが甲冑に絡みついた頃、私達は光に包まれた。

 

 

 

 

夕方・???

 

 

「戻った……」

その言葉を言い終えるなり、東郷さんは銃をレオニスに向けた。

「あなた、どういうつもり?いきなり夏凛ちゃんを蹴飛ばすなんて」

「ふしゅぅ……ふしゅぅ……」

東郷さんの声にレオニスは応えない。それどころか東郷さんに爪を向けている。

「レオニス、やめて。どうして仲間同士で戦う必要があるの?」

「お前が何を思ってその爪を向けているかは知らんが、それ以上やってみろ。殺すぞ」

「お前はそんな奴じゃ無かった筈だ。何があった?」

「ぬぅ……」

三人の騎士が私と一緒に東郷さんの前に立った。

「ぐるらぁ…」

「ちょっと爪を収めてもらいたいかなー」

そんな落ち着いた少女の声が、私の隣にあった社の奥から聞こえた。

「みんな。あの子を止めてあげて」

「りょーかいっ!」「御意っ!」「承知っ!」

その声を合図に、六つの大小それぞれの影がこっちに飛び出してきた。

「ぐりらあああああ!!」

「大人しくしろっ!」

「そっち抑えろ!」

「こいつホントにレオニスかよ!?」

なんて賑やかな声がしたかと思うと、いつの間にかレオニスは大きな二つの甲冑に抑えられていた。

「とんだサプライズになっちゃったねー。みんなありがとー。その子は抑えておいてね」

「サプライズ…?っていうか、ここ何処!?」

「大橋だよー」

「…ホントね。あそこ」

東郷さんが指差した先には本当に瀬戸大橋があった。

「あのー…そろそろこっちに来てくれると嬉しいなぁ…」

「ご、ごめんなさい!」

私は声に従い、その方へ行った。そこには、四人の甲冑に囲まれてベッドの上で寝ている包帯にまみれた人の面影が無くなりかけている人が居た。

「ようやく呼び出しに成功したよ…。わっしー」

わっしー?誰の事だろうか?

「わっしー?十二星座に鷲は居ねぇぜ?」

アンタレスが冷やかすように言った。それは流石に知っている。そんな事よりも…

「それよりも何でこんな所にベッドがどーんと…」

「貴女が戦ってるのを感じて、ずっと…呼んでたんだよ」

「勇者様。知り合いにこんな奴はいたか?」

カウストが弓を引きながら言った。東郷さんは、ゆっくりと首を横に振った後、小さくこう言った。

「いいえ…初対面だわ…」

その言葉を聞いた四人の騎士の中の、比較的小さい人が、崩れ落ちた。

「嘘……でしょう?スミ様も…随分と悪い嘘をつくようになったのですね……?」

「……ごめんなさい。分からないの」

その言葉を聞いた刹那、甲冑は大粒の涙を流して泣き始めた。ただ、それが涙かどうかは分からないが。

包帯の人は、大きく溜息をついて、少し笑った。

「わっしーっていうのはね。私の大切なお友達の名前なんだ。いつもその子の事を考えていてね、つい口に出ちゃうんだよ。ごめんね」

「ソノコちゃん……」

彼女の隣に立っていた少し背の高くて細い甲冑が小さくそう呟いた。彼女の名前だろうか。

「ヘイバッドガール。アンタが俺達をここに呼んだのか?」

カウストが会話に割り込んで言った。

「そうだよ。その祠を使ってね」

彼女が向いた先には、私の見た社があった。これ祠だったのか。

「バーテックスとの戦いの後だったらその祠使って呼べると思ってね」

「……!」

バーテックスの存在を知っている。それだけでは飽き足らず、私達をここまで呼んでしまった。彼女は危険だと、心の何処かが言っていた。

「一応、貴女の先輩って事になるのかな。私、乃木園子っていうんだよ」

乃木ソノコ。あの甲冑が言っていたのは彼女の名前だったか。

「讃州中学二年、結城友奈です」

「東郷、美森です」

「友奈ちゃんに……美森ちゃん……か」

彼女はそう、小さく、どこか悲しそうに呟いた。

「先輩っていうのは…乃木さんも…」

「うん。私も勇者として戦ってたんだ。二人のお友達と、三人の騎士と一緒にえいえいおーってね。今はこんなになっちゃったけどね」

その言葉の後、彼女の隣に立っていた少し太い甲冑の拳が軋む音が聞こえた。

「ば、バーテックスが先輩をこんな酷い目に遭わせたんですか?」

そう、私がおそるおそる訊くと、彼女は笑って答えた。

「ああ、んーとね、敵じゃないよ。私これでもそこそこ強かったんだから」

そこまで話して、彼女は言葉を詰まらせた。

「えーっと…あ、そうだそうだ。友奈ちゃんは満開、したんだよね?わーっと咲いて、わーっと強くなるやつ」

「あ、はい。しました。わーって強くなりました」

「私も、しました」

「…そっか」

そう言った後、彼女は少し間を置いて、話を再開した。

「咲き誇った花は、その後どうなると思う?」

「そりゃあ咲いた後は……、っ!?」

アンタレスさんが何かを気にして言葉を止めた。

「そこの賢い人はもう気付いたみたいだね。満開の後に、“散華”という隠された機能があるんだよ」

「さん…げ。花が散る、の散華…」

「満開の後、体の何処かが不自由になった筈だよ」

その言葉を聞いた時、体の芯がとても冷たくなったのを感じた。

「え、それって…!」

「それが散華。神の力を振るった満開の代償。花一つ咲けば一つ散る。二つ咲けば二つ散る。その代わり、決して勇者は死ぬ事は無いんだよ」

「そんなの…それって…」

アンタレスが肩を震わせながら呟いた。

「でっ…でも、死なないなら、イイ事なんじゃないかな?」

「馬鹿野郎!お前は、お前は…!」

「やめろ」

「…っ!……分かってるさ、そんな事…!」

アンタレスは私の肩を掴んできたけど、アクベスの言葉で彼はあっさりと手を離した。

「…彼の思う通り、戦い続けてこうなっちゃったんだ。元からぼーっとするのが特技で良かったかなって。全然動けないのはキツイからね」

「痛むんですか?」

「痛みは無いよ。敵にやられたものじゃないから。満開して、戦い続けてこうなっちゃっただけ。敵はちゃんと撃退したよ」

その言葉を聞いた彼女の甲冑が、全員俯き、暗いオーラを出した。

「満開して、戦い続けた…」

「じゃあ、その体は、代償で…」

「うん」

彼女ははっきりと、そう私達の言葉を肯定した。その言葉が、私の体を冷たくさせた。

「ど、どうして…、どうして私達が…」

「何時の時代だって、神様み見初められて供物になったのは、無垢な少女だから。穢れ無き身だからこそ大いなる力を宿せる。その力の代償として、体の一部を神樹様に供物として捧げていく。それが勇者システム」

「私達が…供物?」

その言葉が合図だったように、アンタレスが足で地面を思いっきり蹴った。

「ふざけんじゃあねえよ!何が供物だ!何が神樹だ!結局カミなんてクソッたれしか居ねえんだ!」

「落ち着いてよ。話は最後まで聴くべきだよ?」

「できるか!どうしてお前はそこまで落ち着いていられるんだ!ああ!?」

乃木が抑制しようとしても、アンタレスの勢いは止まらない。

「仕方ないからだよ。バーテックスにはこうして対抗するしか生き残る道は無いんだから」

その言葉からは、彼女ののほほんとした雰囲気は無かった。

「………チッ!」

そう言って、彼はカードに戻り、東郷さんのポケットに入った。

「それじゃあ、私達は体の機能を失い続けて…」

「でも、十二体のバーテックスは倒したんだから、大丈夫だよ。東郷さん」

私は彼女の手を取り、そう言った。

「倒したのは凄いね。私達の時は、追い返すのが精一杯だったから…」

「そうなんですよ!もう戦わなくていい筈なんです!」

「………そうだといいね」

「そ、それで、失った部分はずっとこのままなんですか?」

「治りたいよね。私も治りたいよ。歩いて、友達を抱きしめに行きたいよ」

私は、その言葉に何も返す事が出来なかった。

「友奈ちゃん!」

私は東郷さんの声で我に返った。

周囲を見ると、神社でよく見る格好に仮面を足した人達が、大赦の人達が私達を取り囲んでいた。

「お前ら、何しに来た?」

ようやく少し太い甲冑が喋った。彼の手には、赤い光を発している輪っかが握られていた。彼だけではなく、他の甲冑も各々の得物を握っていた。

「彼女達を傷つけたら許さないよー」

その言葉で、大赦の人達は一斉に乃木を見た。

「私が呼んだ、大切なお客様だから。あれだけ言ったのに、会わせてくれないんだもん。だから自力で呼んじゃったよ」

その言葉が終わると、大赦の人は膝をつき、頭を下げた。

「私は、今や半分神様みたいなものだからね。崇められちゃってるんだ。安心してね。貴方達も、丁重に元の街に送ってもらえるから。と言っても、彼はどうか分からないけどね」

そう言って、乃木は二人の巨漢の甲冑に抑えられているレオニスを見た。

「でも、君達の意見も少しは聞いてもらえるかもしれないから言ってみたら?彼について」

彼、レオニスについて。夏凛ちゃんを蹴り飛ばした男。それでも…

「レオニスは私が引き取ります」

「友奈ちゃん!?何を言って…!」

大赦の人が一人、私の前に立って、礼をした。そして、二人の甲冑に何か合図をした。

二人はレオニスを押さえつけ、何処かへ連れ去ってしまった。

「あらあら。駄目だったみたいだね」

「彼に、酷い事はしないですよね?」

そう訊くと、大赦の人は頷き、立ち去っていった。

「さてと。二人もそろそろ帰らないとね。みんなが心配してるよ?」

「………二人共、俺の背中に乗ってくれ」

カウストが、静かにそう言った。

「…大丈夫?」

「ああ」

カウストは食い気味にそう言ったあと、東郷さんを後ろに乗せた。

「さあ、乗れ。お前もカードに戻れ」

その言葉で東郷さんのポケットにカードになったアクベスが滑り込んできた。

「行くぞ」

そう言った後、彼は少し後ろを見た。

「またな、戦友」

そう呟くと、彼は超スピードで道を走り出した。




TIPS
『他の騎士はいずこ』
彼らはかの勇者らと一緒に戦った。そして…


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ep11

昼休み・中学校の屋上

 

友奈達が屋上に戻されなかった翌日、普通に、何ら問題なく帰ってきた二人にアタシは呼び出された。まぁ、本当に問題が無ければあんな暗い顔はしない筈だが。

「来たわよーっと。……何処?」

「ここです。風先輩」

アタシがキョロキョロと見渡していると、祠の陰から友奈と東郷が出て来た。

『ヘイヨォ、ワッツハップン?』

「あー……なんて?」

アタシのポケットの中のカストルが見よう見まねの英語を言って、それを聞いた友奈が困った顔をした。まぁ、これは聞き様聞き真似かな?

「ああ、コイツは無視しといて。で、何の用?二人がこんな事するなんてよっぽどの事があったんでしょ?」

『いっでぇ!やめろ放せいだだだだ!』

アタシはカードを強く握りながら話を進めようとした。

「……先日、私達はある勇者に引き寄せられ、彼女と出会いました」

「…勇者?」

アタシ達の他に勇者が居るというのか?

「はい。先代勇者に。名を乃木園子といいます」

「…で、その乃木さんと出会って何をされたの?」

「話をしました」

「どんな?」

「私達の、勇者という存在の話です」

…勇者という存在について。つまる所、信仰の対象としての“勇者”。人を人として見ていない。大赦のやりそうな事だ。

「で、その存在ってのはどんななのよ」

「………供物です」

「は?」

「神へ、神樹様へと捧げられる供物です。神が人類に求めた唯一の犠牲です」

待て。それではまるで…

「勇者の体が供物…?アタシ達の体は…もう、元には戻らない…?」

「満開の後、私達の体はおかしくなりました。事実、乃木園子の体も……」

「この話、樹と夏凛にはまだしないで。確証を得るまで、心配させたくないから」

「分かりました…」

…友奈が不安そうに返事をした。いつもの友奈らしくない。

「…これで話は終わり?」

『済まない。もう一つ話が。といっても、カストルにだが』

東郷のポケットからカウストの声がした。

『あん?何の話だよ?』

『俺達の他の仲間も、そこに居た。が、ハワーだけはそこに居なかったが』

え、まだ増えるの?何か不穏な言葉も聞こえたし。

『そうか。アイツは俺達とはちょっと違うからな。多分まだ頑張ってんだろ』

まだ頑張ってるって何!?アンタ達ってやっぱよくわかんないわ…。

『……だといいがな』

『だな。話はこれで終わりか?』

『ああ。勇者様も、話に付き合わせて済まなかったな』

「ああ、うん…。休み時間も終わりそうだし、ひとまず解散!」

「「…はい」」

何よ二人共、なんて、普段の能天気なアタシなら言ってたのかしらね。

『レバタク…、レタッソク…』

カストルが何か呟いた。何語よそれ。

 

 

 

 

夜・犬吠埼家

 

あの後、アタシ達は普通に勉学に励み、普通に部活動を終え、普通に帰宅した。そして今は普通に夕飯を作り終えた所だ。

「ご飯出来たよー、樹」

アタシは料理をテーブルを運びながら樹を呼んだ。樹はその声に反応してテーブルについた。

……ここは、アレを話すべきだろうか?

「……あ、あの…さ」

「…?」

樹がこっちを向いた。

「ここんとこ天気良く無いよね。折り畳み傘、鞄に入れておきなさいよ」

話を誤魔化してしまった。……話さないべきだろうか?しかし…

「そ、そういえば、文化祭の劇、そろそろ練習始めないとねー」

……話せない。話せる訳がない。

『私、セリフのある役はできないね。舞台裏の仕事をしようかな』

『頑張って!僕も出来る事はなんでもするよ!一緒に頑張ろう!』

「だ、大丈夫だって!治るよ…きっと。文化祭までには……」

『そうだ!お前は歌声でみんなを魅了するっつー大事な仕事が待ってるんだからな!治らなかったら許さないぞー?』

「(ワナワナ)」

「…ふふっ……」

今度ばかりは騎士の陽気さに助けられた。今度礼を言っておこう。

……治る、はずだ。きっと、治るに決まってる。

 

 

 

夜と深夜の境目くらい・アタシの部屋

 

『………なあ嬢ちゃん』

「何?」

カストルが話し掛けてきた。けど、話す気分にはなれなかった。

『タイシャ、だっけか?……後遺症について何か言っといたらどうだ?』

「……そうね。ありがとう」

そう言ってアタシはスマホを取り、ベッドに腰掛けて文字を打ち込み始めた。

『………イカハ……ミカ……』

また何か言ってる。気になったアタシは訊いてみる事にした。

「昼休みから思ってたんだけどそれって何語?」

『……は?俺は普通に、嬢ちゃんと同じ言葉を喋ってただけだぜ?むしろ俺、馬鹿だからこれしか喋れないぞ』

「……そう…なんだ」

そこまで興味は湧かなかった。コイツの事だ。どうせまたくだらない事を考えているのだろう。そう思い、アタシは画面に意識を集中させた。

 

 

 

一週間+α後・昼・アタシの部屋

 

あれから、はや一週間。何事も無く日時は流れていった。本当に、何事も無く。

アタシはスマホを見て、溜息をついた。スマホにはアタシの書いて送ったメールが表示されている。

「……っ、大赦からの返信は……ずっと……ない…」

反応はなしのつぶてだ。既読スルーってヤツか?

『嬢ちゃん。今日は勇者様と会う約束をしてただろ?遅れちまうぜ?』

「ありがと、カストル」

『…テシマシタイウド』

まただ。またこの言語だ。さっき、何事も無くと言ったが撤回しよう。コイツはこの言語を話す事が多くなってきた。まぁ、そんな事はどうでもいい。無視だ無視。

 

 

昼・東郷家

 

「どうしたの東郷。アタシ達を呼び出したりして」

アタシは隣に立っている友奈を見ながら、東郷に訊いた。にしても東郷、アンタが騎士に囲まれてると威圧感スゴイわね。

「二人共、頼みます」

「承知」「やるぞ!?」

東郷の言葉で二人は各々の得物を東郷にぶち――

ガキンッ!

こめなかった。精霊バリアさまさまだ。それはさておき…

「何やってんのよ、アンタら!精霊が止めなかったら…!」

「落ち着いてくれ、勇者様。別に殺したいから得物を振るった訳じゃあない。彼女から話があるそうだ」

カウストの言葉でひとまずアタシは東郷に意識を向けた。

「この数日で、私は十回以上自害を試みました。ありとあらゆる手段で。今のように彼らに命じて殺させようともしました。でも、全て精霊が邪魔を」

「……何が言いたいの?」

「勇者システムを起動していないのに、精霊は私を守った。独断で、勝手に」

「と、東郷さん、それってどういう……」

「精霊に勇者の意志は関係ない。これは、私達を死なせずに、戦わせ続ける為の装置だと思う」

「で、でも…、精霊が私達の命を守ってくれるなら、悪い事じゃないんじゃ…」

「勇者は決して死ねない。乃木園子の言葉が真実なら私達の後遺症が治らないということも…真実」

その言葉を呑み込むのに、幾ら時間が掛かったか分からない。私にはとても長い時間を掛けたように感じた。

「そ、そん…な……。そんな…嘘よ……」

気付けばアタシは両膝をつき、涙を流していた。

「大赦は勇者システムの後遺症を知っていたはず。私達は何も知らされず…騙されていたんです」

「じゃ、じゃあ……樹の声は……もう……二度と……」

『やめろ!』

アタシのかすれた声はカストルの叫びに掻き消された。

『それ以上……言うな…。認めさせないでくれ……』

「……うぅぅ…っ、あぁぁ……」

それから、どれ程泣いていたかは分からない。私にはとても、とても長く感じた。泣き止む事が出来ても、足がふらついて歩く事が難しかった。その日は友奈やカストルの助けを借りて家に帰った。

 

 

一週間+α後・放課後・犬吠埼家

 

「ただい…ま」

『…………』

あれからまた一週間。アタシは学校に行く事は出来ても、すぐに家に帰ってきてしまっていた。部活にも行けていない。樹を置いて帰ってきてしまった事もしょっちゅうだ。

「……はぁ」

『ウソ……ナストオヲキ』

カストルに至っては謎の言語が癖になっていた。ついに壊れてしまったのだろうか?

「またその言語になってるわよ」

「…ぐ?……ああ、すまねぇ」

実体化したカストルが謝った。……はぁ、毎度思うけど、アタシも相当参ってる。疲れからかカストルが黒く見えてきた。

「…おい。電話かかってきてるぞ」

「!?」

カストルの声でアタシの意識は現実に引き戻された。

「ありがと。すぐ出る」

そう言って私は電話機のモニターを見た。……知らない番号だ。イタズラ電話だったら暴言吐いてやろ。そんな事を思いつつ、私は受話器を取った。

「はい、犬吠埼です」

「すみません。犬吠埼樹様の保護者様でしょうか?」

電話の相手はそう言った。アタシに用か?

「はい、樹の保護者はアタシですけど」

「樹様が弊社のボーカリストのオーディションに応募されておりまして。一次審査を通過致しましたので、ご報告にお電話を掛けさせて頂きました」

「え?樹が…ボーカリストのオーディションを…?一次審査を通過って、どういう事ですか!?」

何だそれは。聞いてないぞ。そんな思いが言葉になってつい声を荒げてしまった。

「樹様が弊社のサイトにてデータを送信されております。えーと…三か月、前ですね」

「……三か月前?歌の入ったデータを……オーディションに……」

「おい!?嬢ちゃん!電話はいいのか!?」

いつの間にかアタシは受話器をほっぽり投げて、樹の部屋に向かって歩いていた。後ろではカストルの謝る声と受話器を置く音が聞こえた。

「樹……!」

アタシは樹の部屋の扉を力任せに開けた。

部屋はもぬけの殻だった。ああそうだった。置いて帰っちゃったんだった。

「……このノートは……」

周囲を見渡して、一冊のノートが目についた。ノートは広げられていて、樹の字で『声が出るようになったらやりたいことリスト』と大きく書かれていた。

その周りには箇条書きで「・勇者部のみんなとワイワイ話す!」「・クラスの友達とお喋りする!」なんて事が書いてあって、最後に色付きで「・歌う!」と書いてあった。

「……っ。パソコンも開きっ放しで……。……オーディション用ファイル……?」

テーブルの上に置いてあった開いたままのパソコン。それを操作し、いつの間にかアタシはファイルを開き、音声を再生していた。

『えっと…、ボーカリストオーディションに応募しました。犬吠埼樹、中学一年生です』

「樹の…声……!」

大好きだった樹の声。みんなを笑顔にする樹の声。今はもう聞けない樹の声。

『私には大好きなお姉ちゃんがいます。お姉ちゃんはしっかり者で、強くて…。私はお姉ちゃんの隣を歩いていけるように強くなりたくて、自分自身の夢を持ちたい』

樹の声が、アタシの体に染み渡っていった。

『そのために今、歌手を目指そうと思いました。実は、最近まで歌うことが苦手だったんですけど…、お姉ちゃんが入れてくれた勇者部のみんなが、私に勇気をくれて、歌が大好きになれました」

樹の想いが、アタシの体を震わせた。

『私は、勇者部とお姉ちゃんにとても感謝してます。みんなへの気持ちを込めて、歌います!』

樹の言葉が、アタシの何かを壊した。

「うぁぁ…ぁぁぁあああ………」

「後遺症が直らないという事も…真実。私達は何も知らされず…騙されていたんです」

東郷の声がはっきりと、鮮明に聞こえた。これがフラッシュバックというやつだろうか。

「樹…っ、樹…樹…樹ぃいいいいい!」

アタシは端末を掴んで、無理やり引っぱり出して、電源を入れた。

「うわぁぁあああああああああああああああっ!!!!」

その勢いのまま、アタシは変身のアプリをタップした。

周囲が花びらに包まれて、アタシは勇者装束を着ていた。

「ああああああああああ!!」

「止まれ!」

アタシは窓を蹴破って外に出ようとして、止められた。

「カストル…止めようったってそうはいかないからね…!」

アタシは剣をカストルに向けた。

「いや。違うね。止めるなんて滅相もない」

カストルは両手を肩の辺りまで上げ、首を横に振り、否定するジェスチャーをした。

「じゃあ何よ…!」

「お前さんに力をやろうと思ってな」

「どういう風の吹き回し?」

「その様子じゃあ、妹の為の敵討ちって所だな?俺も弟が居るからその気持ちはじゅぅぅぶんに分かる。すげぇ分かる。同じキョウダイのよしみさ」

「……くれるの?力を」

「ああ、くれてやるとも。俺の全部さ」

「寄越しなさい!全部!全部寄越しなさい!」

そこでカストルは驚いたような素振りを見せ、すぐこう言った。

「いいねぇ!その純粋な怒りの目!俺はこういうのを求めてたんだよ!」

そう言って、彼は剣を振り上げた。

「じゃあ行くぞっ!弱音吐くんじゃあねぇぞ!」

アタシに剣が振り下ろされた。

「あがっがああああああああああ!!!!」

痛い。すごく痛い。自分が作り変えられていく感じがした。だが、それも樹の為ならどうでもいい。

「最後の一発くれてやるよオラ!」

「ぎっががががぎぎぎがががっががががああああああああ!!!」

カストルの体が分解して、アタシに纏わりついた。さっきの何倍も痛い。それでも樹の痛みを思うと、それも耐えられた。




TIPS
『■■■■』
■■の■の■■が生んだ闇の軍勢。その漆黒は、全てを呑み込み、破滅へと追いやる。


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ep12

放課後・風の住んでるマンションの前

 

「風の奴、最近部活にも顔出さないでいったい何をしてるのよ…」

アタシはわざわざ部活を休んで風の家の前で張り込みをしていた。

「まぁまぁ。仕方ないじゃあないか。命令なんだから」

アタシの隣に立っているスピカが言った。

「それに、お前は最近の風に何か思う所があったからこの任務を引き受けたんだろう?」

「うっ…、まぁそうなんだけど…」

コイツ当然のように私の考えを読むな。そんな事を考えながら視線を端末に落とした。

『件名:他の勇者の動向に注意

犬吠埼風を含めた勇者4名が、精神的に不安定な状態に陥っています。三好夏凛、あなたが他の勇者を監督し、導きなさい』

……だなんて、面倒な事がそのメールには書いてあった。

「……もう、バーテックスは倒したのに、何を不安になることがあるっていうの……」

「さあね。まぁ、君らみたいな年ごろの女の子は何かと情緒が不安定な所があるからねぇ。悩む事もあるんだろう」

「それぐらいのチャチな問題だったらいいんだけどね…」

そんな事を話しながら、上を見た。その刹那、何かが割れる音がした。

「あああああああああっ!!!!」

マンションから勇者になった風が飛び出してきた。さっきの音は建物のどこかが割れた音だったのだ。

「風!?待ちなさいっ!」

「追うぞっ!援護する!」

私は勇者になり、風を追った。

 

夕方・大橋前

 

「待てって、言ってるでしょうがあ!」

私はスピカの助けも使って、瀬戸大橋の前まで来てようやく風に追いつく事が出来た。

「っ!!!!」

「なっ!?」「危ない!」

風は思いっきりこっちに剣を振ってきた。殺意100%の奴をだ。が、それは何とか受け止められた。

「ちぃっ!」

「あんた、何するつもり!?何処へ行くのよ!」

ひとまず説得を試みる。風には剣を向けたくない。

「大赦を問い詰める。返答次第では大赦を…潰してやる」

「なっ!?」

コイツは、風は何を言っているんだ?何故そうする必要がある?

「邪魔…するなーーっ!!」

風は叫び、剣を上に向けた。だが、それは斬撃の為の振り上げでは無かった。掲げていたのだ。

「何をやって…っ!?」

風の体から、剣から、ガスともオーラともとれない異様な“ソレ”が溢れていた。

「がああああああああ!!!!」

風の獣を思わせる叫びを合図に、風の勇者装束が変化した。それは光沢があり、しなやかさは欠片も無い、鎧と呼ぶに相応しいモノに変形していた。

「うらあああああ!!!」

「な、何があったっていうの!?」

風の剣を刀で受け止める。が、この一撃だけで体力が大きく削られた。この甲冑の仕業だろうか。

「大赦は私達を騙してた…!満開の後遺症は…治らない…!!」

「な…、なに…を……」

風の言葉からは、嘘のそれは全くしなかった。心の底からの叫びだった。だが、信じたくは無かった。

「大赦が私達を騙してた!?何で急にそんな!適当なこと言うな!」

「適当じゃない!犠牲になった勇者がいたから!!」

「え……?」

聞いていない。それはつまり私達より先に勇者として戦っていた人が居るという事ではないか。

「勇者はアタシ達以前にもいた…。何度も満開して、ボロボロになった勇者が」

「そ、んな…人が…いるの…?」

「そして今度はアタシ達が犠牲にされた!身体機能の欠損は、神樹様への供物だった!」

「……っ!!」

供物だと?犠牲だと?それではまるで人柱ではないか。そんなものに私は進んでなろうとしていたのか?

「なんでこんな目に遭わなきゃいけない!」

「意識を戦いから逸らすな!」

風が思い出したかのように剣をこっちに振ってきた。

「…っく!」

勢いを殺しきれず、私は壁に叩きつけられた。…ウソ。壁にひびが入ってる。

「なんで樹が声を失わないといけない!?なんで夢を諦めないといけないっ!?」

ガシャリガシャリと足音を立てながら風がこっちに近づいてくる。立て直さなければ。

「世界を救った代償が…これかぁあああああああああああああ!!!!」

「やめろぉおおおお!!」「……ひっ!?」

あれ?これ、駄目な感じ?私死ぬ?私は目をつむってしまった。

ガキン!と音がした。まるで、金属同士がぶつかったような…

「……え?」

「ふふっ…!」

目を開けると、肩から左胸にかけて、剣が食い込んだスピカが私の前に立っていた。

「スピカ、アンタ…!」

「さあやれ!コイツを止めろ!」

「うおおおおおおおっ!!」

スピカの叫びに応えたのは、私ではなく友奈だった。

「ぐあっ!?」

友奈の拳が風のこめかみにダイレクトアタック。風は勢いのまま地面に倒れた。

「友奈!」

「大赦から…風先輩を止めろってメールが来て…」

「どきなさい!」

風はスピカに刺さった剣を支えに、起き上がりつつ叫んだ。

「嫌です!私、風先輩が人を傷つける姿なんて見たくありません!」

「大赦がアタシ達を騙したこと、分かってるでしょ!?」「ごはっ…」

風が剣を抜き取り、振るいつつ友奈に訊いた。それと同時に重い金属音が響いた。

「でも!もし後遺症の事を知らされてても結局、私達は戦ってた筈です!」

「知らされてたら…!アタシはみんなを、樹を…巻き込んだりしなかった!」

そして、また二つの得物がぶつかりあい、重い金属音が響いた。そして、ふと気づいた。彼女の満開ゲージがかなり溜まっている事に。

「!?やめなさい友奈!このままだと満開に…!!」

「っ!?」

風がその言葉に反応し、剣撃を放つ事を止めた。

「風先輩を止められるなら、これくらい!!だって私は……勇者だから!!」

「友…奈…っ……」

そう小さく呟いた後、風は膝をついた。

「うぅ…友奈……どうして…そこまでして……」

「悩んだら相談…でしょ、風先輩。みんなで、考えましょう、ね?」

「それでもアタシは…許せない…。どうしても大赦が……許せない!」

風は剣を支えに立ち上がり、もう一度大赦の方へ体を向けた。そこに緑の影が飛び込んできたかと思うと、風に抱きついた。

「いつ…き……」

樹だった。スケッチブックを持っているが、何が書いてあるかは角度の関係で見えなかった。そんな事を考えていると、樹はまた何か書いた。

「ごめん…ごめん…ごめん……みんな……ごめん……」

「(何かを書いた)」

でも…でも…!アタシが勇者部なんて作らなければ…!アタシはみんなを巻き込まなければ…!誰も体を壊すことなんてなかった…!」

「(また何かを書いた)」

「樹……」

「風先輩、私も同じ気持ちです。だから、勇者部を作らなければなんて言わないでください」

「うぅ……うぁああああああああ……!!」

風は泣き崩れ、それを隠すように樹は抱きついた。

「……………」

その中で、私はただ、己の無力さを悔いるしか出来なかった。風を止められなかった事。スピカに怪我を負わせてしまった事。友奈の満開ゲージを溜めさせてしまった事。どれもこれも全部私のせいだ。

「…え?」

友奈の腑抜けた声で、私は自分の世界からこっちに戻ってきた。

樹が倒れている。付近には赤い物が零れていた。

「くひひっ……あっははは……」

風が立ち上がりながら笑っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!くはははははははははは!!!いひひひひひひいひいひひひふふふ!あへあへあへあへあへはへへはははっははははは!!!」

風が風らしからぬ様相で笑っている。

「ひひぃ…。あん?何見てんだよ」

風があからさまに不機嫌な様子で友奈を見た。

「ああそっか。俺の事がそんなに気になるか?」

樹を踏みつけ、カカトをぐりぐりと押し付けながら言った。

「俺ぁ……そうだな。『ヴェルズ・オキザリス』とでも名乗るべきかなぁ。お前らの敵で、ご主人様だ」

「ヴェルズ…だと?」

スピカが体をギシギシ言わせながら奴を見た。その様子は油がさされていないロボットのようだった。

「あーお前、セイクリッドだよな?うん。忘れる筈無いもんなぁ?あん時の恨みゃあ忘れてねぇぞ。よくもまぁぶっ殺してくれたよなぁ!?」

言葉を終えると同時に樹を強く蹴った。

「貴様!殺すっ!」

「しゃらくせぇ!」

スピカがレーザーを撃った。が、レーザーは容易に剣で弾かれ、建物にぶつかった。

「しゃあ!!」

「がっ……」

距離を詰めた、奴の持っている風の剣がスピカを貫いた。

「スピカ!」

「殺せ……、今の内に……!」

それだけ言ったかと思うと、振り払われて地面に倒れた。

「やってみろよ。今の内に」

「うああああああああ!!!!」

殺す。コイツは殺す。そんなものが私を埋め尽くした。きっとこれが俗に言う殺意なのだろう。

「生っちょろいぞ。アマ」

技もクソもない剣に私の刀が弾かれた。力任せの馬鹿に私の剣が弾かれた。

「うひゃはぁ!」

「ああっ!?」

強い。私は精霊バリアに守られつつも勢いにぶん殴られて地面に倒れた。逃げろと脳の何処かが叫んでいた。

「ああ……、あああ………!」

「寒ぃのか?震えてんぞ」

そんな事を私に言いつつも、奴の体はスピカに向かって動いていた。

「いっただっきまーす!」

「ごっ…」

奴の手がスピカに突き刺さった。その後彼女の体は粒子になり、奴に吸い込まれた。

「うへはぁ…んまい!」

奴は屈託の無い笑顔でそう言って、友奈に視線を向けた。

「そんじゃぁ、お前らも一応食っとくか」

食った…だと?スピカは、風は、奴に食われたとでもいうのか。

「わけぇ人間って結構旨いんだよなぁー…、女のヤツは特に」

「ひっ……」

友奈は勇者装束を脱いでいた。そんな友奈にも奴は無慈悲にも剣を引きずりながら歩いて距離を縮めていった。

「友奈!何やってるの!変身しなさい!」

私は叫んだが友奈は後ずさりするだけで、何も言わなかったし、何もしなかった。

「あーあ、全く。あの女の恨みつらみを利用して成長してやろうと思ったのによぉー?お前らのせいで改心しそうになっちまうんだから。こいつはたっぷりと礼をするべきだよなぁ!?」

「ひっ!」

奴はおもむろに剣を振り上げた。

「死ね」

「友奈ぁあああああああっ!!」

剣は友奈めがけて一直線に振り下ろされた。

 

 

 

 

「キシャアアアアアアアッッ!!!」

 

 

その声は、私のよく覚えている声だった。私を蹴飛ばした獣の声だった。

直後、ガキンと重い音がした。

「ちいっ!?」

「フグルルルルル………フグルルルルルァ………」

レオニスはその爪で剣を受け止め、跳ね返した。そして、レオニスを続いて二つの大きな影が飛び込んできた。

「待たせたなっ!ソノコ殿の命により馳せ参じた。『セイクリッド・エスカ』だ」

「同じく、『セイクリッド・レスカ』だ。ここは我々に任せてくれ」

彼らは奴に向かって飛びこみ、得物をぶつけた。

「何よ………これ………」

私は急展開についていけず、呆然と戦いを見るしか出来なかった。

「…そうだ!友奈!」

私は柵にしがみついてブルブルと震えている友奈の傍に行った。

「逃げるわよ!今は彼らに任せるのよ!」

そう言うと、友奈は虚ろな目で私の手を掴みゆっくりと私に抱きついた。

「樹も…おぶってあげるから!行くわよ!」

私は友奈と樹を背負い、ここから走り出した。こういう時カウストの存在が欲しくなる。俵みたいにしちゃってごめん。

「っ!」「!?」

角を曲がろうとして、また甲冑に出会った。さっきの甲冑よりは小さかったが、三人居た。

「カリン様ですね。話は聞いております。お逃げください」

が、彼らはそう言って向こうに行ってしまった。

「…急ぐわよ」

私はとにかく逃げ出した。




TIPS
『セイクリッド・エスカ』
王道を往く勇者系キャラ。頼りになる。その図体は見掛け倒しではない頼りになる奴。
実力もセイクリッドの中ではトップクラス。得物はその大きな手に生えた爪。


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ep13

TIPS
『セイクリッド・ダバラン』
人情に厚い良い奴。戦闘力はそこそこ。ジャーキーの匂いがする。
得物は自身が生み出した赤く発光する光輪。よく切れる。


同日・放課後・何処かの大赦の施設

 

「グルルゥ……グルルァ………」

この鎖はとても硬い。いくらもがいても、唸っても私を離そうとしない。

「おい」

すぐ隣で私を見ていた『セイクリッド・ダバラン』が私に向けてそう言った。

「抜け出そうだなんて考えるなよ。俺は仲間に刃を向けるなんて事はしたくねぇんだ」

「………ギギギガァ………」

相変わらず仲間想いの奴だ。だが、その言葉が今は嫌だった。そんな事を言うなら私をここから逃がせばいいんだ。

「まぁ、これは僕も同意見かなぁ。今の君はいつもの君じゃない。何を焦ってるんだい?」

ダバランの後ろで壁に寄り掛かっていた『セイクリッド・シェラタン』がふてぶてしく言った。黙れ。私にはやらねばならぬ事があるのだ。

ウィーン!ウィーン!

私の思考を遮って警報が鳴り響いた。

「何事だ!?」

「緊急事態よ!勇者ちゃんが暴走しちゃったみたい!」

ダバランの問いに扉を扉を突き破って入ってきた『セイクリッド・グレディ』が答えた。

「そうか。で、俺達はどうすればいい?」

「このままレオニスの監視を続行。あっちにはレスカとエスカの二人が行ってくれるみたい」

「あの二人が行ってくれるなら安心だ……と、思いたいな」

「そうね……」

「グルルルルルァ…」

何をそんなに悩む必要がある。その不安を消したいのならば自ら赴き助ければよいのだ。

「ギギガ……グググ……」

どうにかしてその事を伝えられないだろうか?

「グググッガガガァ……」

フゥーム……。

「ギギギギギギギギ……」

そうだ。こうすればいいのだ。

「グララアアアアアアア!!」

「おい!?何やってる!」

「まずいよ!セイクリッド印の拘束具が破られた!」

自らが行い、示せばいいのだ。

「シャアアアアア!!」

「追うぞ!」

「りょーかい!」「分かった!」

思い通り、彼らは私を追ってここを出た。

 

 

夕方・大きな橋の前

 

「ぐる?……が!」

外に出て、辺りを見渡し索敵する。すると面白い事にすぐ傍で勇者様と勇者様が戦っていた。

「フシュアアアア……」

脚に力を込めて、劣勢な方の勇者を見る。

「キシャアアアアアアアッッ!!!」

私は劣勢な赤い勇者の前に立ち、優勢な紫の勇者の剣を爪で受け止めた。

「ちいっ!?」

「フグルルルルル………フグルルルルルァ………」

そのまま、爪を押し上げ、剣を跳ね返した。その直後、何かが私の前に飛び込んできた。

「待たせたなっ!ソノコ殿の命により馳せ参じた。セイクリッド・エスカだ」

「同じく、セイクリッド・レスカだ。ここは我々に任せてくれ」

エスカとレスカが攻撃ついでに勇者達に自己紹介をした。

「テメェらぁ…、よくもやってくれたなぁ…」

胸部の装備の傷をさすりながら紫の勇者は私達を睨んだ。

「逃げるわよ!」

後ろから赤い勇者の声が聞こえた。これで心置きなく戦える。

「行ったか…。うっし!いっちょやってやるか!」

「承知!」

「グルリラァッ!」

ああ。いっちょやるとも。ただし、一番槍は私だ。

「来やがれ!傷のお返しをたっぷりとしてやるよ!」

紫の勇者が剣をこちらに向かって振るう。だが、遅い。

「なっ!」「フッ」

スライディングで剣を躱し、その勢いのまま勇者の腿を爪で切る。が、そこもしっかりと鎧があり肉に傷は付けられなかった。

「ウルァアアア!」「フゥウアアア!」

「がっ!?」

二つの巨漢の爪と剣が甲冑を大きく切って勇者を大きく仰け反らせた。甲冑の欠片が少し落ちた。

「テメェら一度ならず二度までもぉ…」

「一気にトドメだ」

「承知!」

「グルァ!」

待てと叫ぼうとした。勇者様を殺してはいけないという事では無い。奴の実力を侮るなという事を叫びたかった。

ガキン!と音がした。だがそれは甲冑が砕ける音では無かった。

「なっ!?」「ぬ!?」

「ヘッ!」

奴の“精霊”が奴の身を守ったのだ。

「喰らいなぁ!」

「あがっ!」「ぐぅ!」

奴の剣が二人を薙ぎ払い、腹部を砕き上半身と下半身を別れさせた。

「キシャアアア!!」

まずい。獣としての本能が叫んでいた。この雰囲気には何か覚えがあった。

「おせぇよ!」

「ガァ!」

奴はレスカの下半身をこちらに投げ、足止めをした。

「そんじゃ、頂きまーす!」

「がぁ…」

奴がエスカの二つの体に手を突っ込んだかと思うと、彼の体は粒子となり奴に吸収された。

「貴様…まさかとは思ったが、ヴェルズか…」

「気付くのが遅いんだよ。脳筋」

「かっ!」

レスカの上半身もエスカと同じく吸収された。

「いいねいいねぇ!この力が高ぶる感覚!これだよぉ!」

勇者はそう叫び、笑った。

「貴様ぁあああああ!!」

「おっと」

唐突にダバランが突っ込んできて、赤い光輪を勇者に振るったが、それは容易く防がれた。

「レスカとエスカの仇!取らせてもらうぞ!」

「暑苦しいんだよ、失せろ!」

ダバランは再度光輪を振るったが、簡単に避けられた。攻撃を回避した勇者は剣の平らな面でダバランを吹っ飛ばした。

「突っ込みすぎなんだよ馬鹿!」

「そこで私達の出番、でしょ!?」

シェラタンの光線銃とグレディの杖から放たれた光弾が勇者の体を覆った。土煙がもうもうと立ち込めている。

「………得物を下げるなよ」

「分かってるって」

二人はそこに得物を向けたまま動かない。あの煙の中で何が起こっているか分からないからあの中に突っ込むのは得策では無い。私も勇者の動向を見よう。

「クヒヒ…」

「!」

奴の笑い声が中から聞こえた。生きていたか。

「全く。つまんねぇ事してくれるよなぁ!?馬鹿正直にこっちに突っ込んでくればよかったのによぉ!?」

そう言って右手で掴んだダバランを見せつけつつ笑った。

「お前…」

「ん?」

「ブッ殺す!」

そう叫び、シェラタンは光線銃のトリガーを引きまくった。が、光弾は全く別の方向へ飛んでいった。

「クソエイムだな!お前」

「それはどうかな」

その言葉を合図に光弾は曲がり、勇者目掛けて飛んで行った。

「ぐあっ!?」

勇者はふらつき、酔っ払いのようにフラフラしている。

「よっし!」

「なんちゃってぇ!ハズレだよ!」

ガッツポーズをとったシェラタンに見せつけるように全ての光弾を受け止めたであろう精霊を見せつけた。

「ウーン…。同士討ちを期待したんだけどなぁ…。なりそうにないし殺しとくか」

「!?止めろ!」「!」

奴はダバランをおもむろに持ち上げ、掲げた。二人は光弾を放ち、私は走った。だが、爪や弾が奴の手を弾く前に奴の手はダバランの兜を握り潰した。彼の体も例に倣って、吸収された。

「うーん。この牛のうま味!最高だな!」

「テメェエエエエエエ!!!」

「待ってシェラタン!ここは引くべきよ!」

「離せ!アイツは殺す!殺さなきゃ駄目だ!」

シェラタンはグレディに抑え込まれ、そのまま元来た方へ跳んでいった。

「………あとはお前だけだが、どうする?」

この状況。不利も不利だ。大人しく帰らさせて頂こう。そう思い、私は方向転換して脚に力を込めた。

「………賢い選択をしろ」

跳んでいる途中、そんな言葉が聞こえたが、私は無視した。




TIPS
『それぞれの陣営』
勇者陣営
結城友奈 精神面が不安定な為戦闘不能
東郷美森 何事も無く、戦闘可能
犬吠埼風 ヴェルズに取り込まれ、ヴェルズ陣営を生み出す。
犬吠埼樹 腹部に重症を負い、瀕死の状態に。戦闘不能。
三好夏凛 不安定な面が見られるが、まだ変身出来る。戦闘可能。
乃木園子 戦えない事は無いが、やはり厳しい。戦闘態勢の維持は困難。

セイクリッド陣営
ダバラン・スピカ・レスカ・エスカ・ポルクス ヴェルズに取り込まれ戦闘不能。
その他の騎士 目立った問題は無く、戦闘可能

ヴェルズ陣営

ヴェルズ・カストル 全ての元凶。僅かに残っていたヴェルズの原子がエクシーズチェンジ等の要因で覚醒、犬吠埼風や上記のセイクリッドを取り込み、戦闘力を増強させている。
ヴェルズ・オキザリス 闇堕ち風先輩。全体的に紫。勇者装束が鎧になっている。
兜は無い。得物も変わっていない。めちゃ強い。


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ep14

某刻・とても綺麗な所

 

 

「………………」

「落ち着いた?」

私はいつの間にか夏凛ちゃんにとても綺麗で設備も整っている場所に連れてこられていた。

「…ここ………どこ?」

「覚えてないの?大赦の拠点の一つよ」

そう言って夏凛ちゃんは端末を私に見せた。

「……友奈、落ち着いたらでいい。救急箱だとか、血液パックだとか、何でもいい。そういう医療用の道具を見つけて来て」

「………あ、そっか」

長考の後、夏凛ちゃんの言葉の意味を理解した。樹ちゃんは危ない状態だったのを忘れていた。

「今すぐ行けるよ。それぐらいなら」

「ありがと。二手に別れて探すわよ」

「…うん」

その言葉で私は夏凛ちゃんと別れ、探索に移った。今思えば、ここに人が一人も居ない時点で怪しむべきだった。

「………ここは…?」

まず私が目を付けたのが倉庫。ここ程設備が整っているならば、緊急の為の備えもあるだろうと思ったからだ。

………が、

「………分かんないや」

倉庫にあるものはよく分からない瓶詰めの液体や段ボール一杯に詰まった備品ばかりだった。

「こうなったら…」

私は病室を目指した。そこなら確実に何かそれらしきものがある筈だから。

「………無い」

一部屋目、無し。人すらいない。

「…ここも」

二部屋目、無し。ここもだ。

「ここも…!」

三部屋目も。無駄な時間はもう無いというのに。

「ここは…!?」

四部屋の扉に手を掛けようとして気付いた。ここには誰かいる。話し声が聞こえる。

「…失礼します!」

「友奈ちゃん!?」「あら」

中には東郷さんと乃木さんが居た。

「ど、どうしてここが!?」

「それはこっちの台詞だよ!…それよりも!」

「緊急事態…かな?」

「そう!樹ちゃんが怪我を…!」

乃木園子、中々に勘が鋭い。早く道具の在りかを教えて貰えそうだ。

「だったらこの子を連れていきなよー。きっと役に立つよー」

「うわっ」

そう言って彼女はカードを投げた。私はそれをなんとか受け止め、それを見る。

「『セイクリッド・シェアト』…?」

「そう。この子が役に立ってくれる。さあ行って!」

「…うん!」

その言葉が何を表しているかは分からなかったが、何処か信頼できるモノがあった。彼女は嘘をついていないと断言できるものがあった。

「ハァッ……ハァッ……」

私は迷子になりそうな程広いここを走り抜け、なんとか樹ちゃんの所まで戻ってこれた。

「友奈……?」

夏凛ちゃんはいつの間にかここに戻ってきていて、樹ちゃんの体に布を巻きつけていた。

「見つけてきたよ!助けになりそうなもの!」

「…は?」

夏凛ちゃんは怪訝そうな目で見てくるが、私だって自信が無いんだ。そんな目で見ないでくれ。

「お願いシェアトさん。樹ちゃんを助けて!」

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!ギャラクシー・エンジェル、シェアトちゃんでーす!」

「「…………」」

何だコイツは。他のセイクリッドに対して体格はずっと小さいし性格も歪んでいる。

「もー。そんな風に見ないでよ。助けて欲しいから呼んだんでしょ?」

「…う、うん!樹ちゃんを助けて!

「お任せあれ!アルティメット・セイクリッド・ヒィール!」

いつの間にか抱えていた水瓶の中身を樹ちゃんにぶちまけた。幾らかは鼻とか口とかに入っていた。

「(ガタガタ)」

「ねぇ樹震えてきちゃったんだけど大丈夫なの!?」

「大丈夫よ!いつだってマジカルガール・シェアトちゃんに失敗は無いのだ!」

「(ゴフォッ!ブハッ!)」

彼女の言葉が終わると同時に樹ちゃんがガバリと起き上がり、水を吐き出した。

「…………あ」

「…だいじょう…ぶ?」

「(パチクリ)……(コクリ)」

「よかったあああああ!!」「生きてるうううううう!!」

思わず私達は樹ちゃんに抱きついた。

「よかった……良かったよぉ…!」

「心配したんだからぁ…!」

「(モガモガ)」

「ちょっとお二人さん。苦しがってるわよ)」

「あっ!」「はっ!」

「「ごめんね!」」

シェアトの声でようやく離れた私達に樹ちゃんはいつものように微笑んでくれた。

「ありがとうございます。シェアトさん」

「敬語はいいわ。あだ名でもなんでも好きにして」

「わかった。シェアト」

「適応早いねぇ。で、これからどうするの?」

「そ、そうだ!東郷さん!」

「え!?東郷がここに居るの!?」「!?」

「ああ、来てたわね。ひとまず合流する事が重要かしらね」

「道順は覚えてるわよね?案内して」

「う、うん!こっち!」

そう言って私はみんなを率いて走り出した。

 

某刻・東郷さんが居た所

 

 

「……え?」

「……あ」

ひとまず東郷さんの居る所に着いた。着いたはいいけど…

「どうして居るんだよ。お前ら」

「こっちの台詞よ」

部屋には沢山甲冑が居た。東郷さんの見慣れた甲冑に加えて見慣れない甲冑が二人、レオニスがそこに居た。

「……とりあえず、状況確認が必要だねぇー」

乃木さんの声でひとまず場はまとまって、みんなはこれまでにあった事を話し始めた。

「私は…」

「密会って言ったらあれだが、みんなに秘密で会いに来てたんだよ」

最初に話したのは東郷さん一行だった。

「乃木さんの話を聴いてたら、友奈ちゃんが来て…」

「今に至るという訳だ」

「ほーん…」

四人の話を夏凛ちゃんは面白くなさそうに聴いていた。

「えーと…二人は…?」

「シェラタンだ」

「セイクリッド・グレディよ。よろしくね」

「…で、何でここに集まってんのよ。確かあの時風と戦いに行ったでしょ?」

「負けたんだ」

「……ふーむ…」

その言葉を聞いて乃木が相槌を打った。呑気だな、お前は。

「負けた!?風は!?」

「アイツはピンピンしてるよ。それに比べてこっちは確認出来るだけでも三人が…」

『兄弟もやられちゃったから五人』

樹ちゃんがスマホに文字を打ち込んで会話に割り込んだ。って…

「……そうか」

「誰か怪我したの!?だったら…」

「違うね。アイツらは化け物に食い殺されたんだ。奴を殺して奪い返すしか方法は無いね」

「殺す!?何を言って…」

「落ち着いて、友奈ちゃん」

東郷さんの言葉でなんとか私は平静を取り戻せた…と思う。

「取り敢えずみんなの経緯は分かったよー。次はどう行動するかを決めないとねー」

「当然、奴を殺す」

シェラタンが断言した。

『それ以外の方法は無いの?私もお姉ちゃんは殺したくない』

そのスマホに打ち込まれた文字を見て、シェラタンは天を仰いだ。

「……ごめんね。こればかりはどうしようも無いの。ヴェルズに取り込まれた人を正気に戻すには……殺すしかないの」

グレディが悔しそうに言った。その言葉の後、何処かから金属の軋む音が聞こえた。

「ところで…一つ訊いてもいいでしょうか?」

「何だ。言ってみろ」

東郷さんの言葉にシェラタンが高圧的に応えた。何だその態度は。喧嘩売ってるのか。

「先程出て来たヴェルズとは何なのですか?」

「ああー…、そういや俺達は話した事無かったからなぁ…」

「私達もね」

アンタレスとグレディが微妙に同調した。

「私はスピカから聞いたけど」

「アイツらしい」

「だな。自分語りが人一倍好きなアイツらしい」

「……まぁ、ひとまず話してくれるかな。敵の事を知るのは大切だよー」

「…そうね」

乃木さんの言葉でセイクリッド達は出来る限りの言葉でセイクリッドの事を教えてくれた。

話が壮大すぎて分かんない所もあったけど、大体分かった。

一。 ヴェルズは負の感情が生んだ化け物。

一。 ヴェルズは他者に寄生し、呑み込む事で己の力を大きく強める事が出来る。

一。 ヴェルズはウィルスのように様々な所を伝播し、力を増す事が出来る。

一。 ヴェルズ化を止めるには媒体を殺すしかない。

…って事ぐらい、かな。私に分かる事は。

「……説明のおまけの話が壮大すぎて分かんない…!」

私は頭を抱えて後ろに倒れた。

「ああうん。まぁ今そのおまけは関係無いから忘れてて」

「おいグレディ。お前はいつも通りだな」

「どういう意味よ」

「そのまんまだ」

グレディとカウストが喧嘩しそうになってるけどそれは置いといて…

「で、どうすんの?アイツが動き回ってるって事はまずいんじゃないの?」

「そうだな。何せ奴が持ってるのは洗脳から壊死までなんでもありのウィルスだからな」

「そうだねー…。今回は私も出ようかなー」

乃木さんが間延びした声でそう言った。戦力になるのか、その体で。

「大丈夫かって顔してるねー。大丈夫だよ、前にも言った通り私そこそこ強いからねー」

「…そ、そうなんですか…」

彼女のそこそこがよく分からないが、戦力が増えるのは嬉しい。

「…ってそうじゃなくて!作戦よ作戦!」

夏凛ちゃんが床をゲシゲシ蹴りながら言った。そこまで焦らなくてもいいじゃないか。

「宣戦布告よ」

東郷さんが真っ先に答えた。

「宣戦布告ぅ?どうやるのよ」

「旗を掲げて敵を待つ!以上!」

「何よその雑な作戦は!舐めてんのか!」

珍しく東郷さんと夏凛ちゃんの取っ組み合いが始まった。

「………だが、それが一番いいんじゃないか…?」

「確かに、連絡手段も無いからねぇ」

「じゃあアタシにお任せ!マジカルなエレクトリック・フラッグを作ってあげるよっ!」

シェアトが水瓶を掲げつつ可愛らしく回った。

「…みんなそれでいーい?」

乃木さんが皆に訊くと、意外にも反対意見は出ず、反対派は今も東郷さんとやり合っている夏凛ちゃんだけになった。

「ぐぎぎこの乳お化け…!…ん?何よ!」

「三好ちゃんもこの作戦でいいよねー?」

「何でよ!もっといい感じの…」

「いいよねー?」

「………はい」

彼女の言葉に押され夏凛ちゃんも賛成派に。これで満場一致。

「もうちょっと暗い方がいいよねー」

「今はまだ日が沈んだばかり。少し休憩の時間を取りましょう」

「え、何で?」

「夜襲よ。暗い方が相手の注意力が鈍るわ。それに…」

「俺達セイクリッドは何せ星の騎士団だからな。夜は何となく力が沸いてくるんだよ」

「…そ、そうなんだぁ……」

私はそれっぽく返してみんなと別れ、休息をとった。

でも、心構えが出来たかと言われると、それは嘘になる。

 

 

深夜・瀬戸大橋の上

 

 

私達は崩れかけの瀬戸大橋の上で戦いに意識を向けていた。

「…じゃっ!いっくよー!」

シェアトが水瓶を上に放り投げた。

「撃ち抜け!」

「りょーかいっ!」

その水瓶はシェラタンの光線銃が放った光弾に打ち砕かれ、夜空に大量の星を煌かせた。

「…これで…」

「…待つだけ…!」

その声を最後に周囲は風の吹く音で満たされた。

「…!敵影視認!6時の方向!」

東郷さんの声で周囲に緊張が走った。

「ひゃはあああああ!!」

「避けろっ!」

最初に目をつけられたのはレオニス。周囲はまだ星が残っていたから風先輩の姿もその目線の先もはっきりと見えた。

「キシャアアアア!!」

レオニスはカウストの声には応えず、爪を風先輩の剣にぶつけた。

「よおよお阿呆共!わざわざ狩りやすく集まってくれるなんてありがとなぁ!一人ずつ俺が殺してやる!」

「殺すのは俺だっ!この外道が!」

「獣に堕ちたテメエに言われたく…ないねっ!」

つばぜり合いもほんの数秒。風先輩に蹴られてレオニスはぶっ飛んでいった。

「射線上に敵影のみ!全軍、撃てぇーっ!!」

が、ここまでは作戦通り。レオニスのおかげで射撃チームが体勢を固められた。突っ込んでいったのは予想外だったけど。

「やーっ!」「オラオラぁ!」「ダバランの仇っ!」

「ぬぅおおおおお!?」

光弾が、矢が、矛が風先輩に向かって飛んで行った。そして風先輩にダメージを与えた。その内の幾らかは風先輩の体にモロに当たっていた。

「…やったわよね!?」

「いいやまだだ!セイクリッドは…ヴェルズはそう簡単には死なん!」

カウストの言葉通り、風先輩はふらつきながらもこっちを睨んでいた。

「…さっきのはちょっと痛かったなぁ…?」

「あれでちょっと!?どんな体してんのよ!」

「今度はこっちの番だぜっ!」

「いっ!?」

風先輩が最初に目をつけたのは射撃部隊の前衛をしていたシェラタン。

「させるかっての!」「ぬぅあっ!」

まぁ私達も何も考えてない訳じゃない。いつ誰が狙われてもいいように近衛を散りばめておいたのだ。そして今回は近かった夏凛ちゃんとアクベスが風先輩と衝突した。

「くははっ!鈍い鈍いっ!」

「ぐぅっ…重たい…!」

けど止まったのも一瞬だけ。刀と盾がギリギリと音を立てて沈められていく。よく見ると少しヒビが入っていた。

「樹ちゃんっ行くよ!」

「(コクリ)」

それだけ時間を稼いでくれたのなら十分だ。樹ちゃんが右手を掲げ、ワイヤーを風先輩に絡ませた。

「んだこれよぉ…!?」

「友奈っ!行けっ!」

「勇者ぁ…パーンチッ!」

「がはぁっ!?」

私の拳が風先輩の左頬に直撃。その勢いで風先輩は大橋の柵にぶつかった。

「…んだこれ………」

「敵影との距離1.マル!全軍撃てぇ!」

そんな状態の風先輩にも弾幕が容赦なく襲い掛かった。

「ナメてんじゃあねえぞこのタンカス共がっ!」

「黙ってろ、ベイビー」「キシャアアッ!」

キレた風先輩らしきソレは射撃部隊に向かって突っ込んでくるがアクベスとレオニスによって止められる。

「……そうか。これがテメェらの作戦か!」

「その通りだ!数の暴力を思い知るがいい!」

そう。この作戦は数の力が無ければ行う事が出来ない諸刃の剣。しかしその数が増えれば増える程、剣は伸び、折れてもまだ刃は残る屈強なものとなる、私達に出来る最高の作戦。

手順はこうだ。まず近距離部隊が敵を抑える。が、敵の力は強大。簡単に突破される。しかしそこを突いたのが私達の作戦。やられれば心置きなく弾幕を張れる。敵は当然遠距離部たちも狙ってくるが、そこも数の暴力だ。近距離部隊の残りがまた敵を抑える。それを延々と繰り返し敵を消耗させる。そして疲弊した敵に後ろで控えている乃木園子の攻撃でズドン。これで作戦は終了だ。

「うおおおおっ!」

「がはっ!」

「撃てェーっ!!」

そしてその作戦が見事に成功。敵の体力を大いに削っていた。

「…ああー……へへっ…」

壁に寄り掛かって何とか立ち上がった奴は遂に狂ったのか薄ら笑いを浮かべている。

「これなら私達でもっ!」

「行けるっ!」

正直ここまで敵の疲弊が早いとは思わなかった。ここまでペースが早いのなら私と夏凛ちゃんでとどめを刺せる。

「「せやああああっ!」」

「ぐぎゃあああッ!」

敵は人間には出せない声を出し、地面に倒れもんどりうった。

「……気を抜くな。奴はまだ生きてる」

後ろで光線銃を構えたシェラタンが言った。確かに目の前で風先輩は魚のように跳ねてる。

「……カウソ……ナイナエヲルザラナニキンホ……」

「え?」

自分の五感を疑った。何せ風先輩が意味の分からない言葉をボソボソと呟きながらゆっくりと動きを止め、首だけこちらを睨んでいたのだから。

「奴に何もさせるな!撃て!」

奴に向けて射撃部隊が光弾を撃ったが、何故かそれは精霊のバリアに防がれた。

「なっ!?」

「まさか…勇者の力も呑み込んでいるのかっ!?」

「ウトイメゴ……ハニツイコ、タッナニワセ」

「立ち上がるぞ!近衛部隊も陣形を組め!」

私達はいつかの本で読んだ肉壁戦法のように壁を作り射撃部隊の前に立った。

「ガモドズクシホ…ウラモデンシッ!」

「樹っ!」

奴がこっちに跳んできたが、樹ちゃんのワイヤーで足止めする事が出来…

「なっ!?」

「バーテックスでも千切るのに数秒かかるのにっ!」

なかった。そこに何も無いかのように奴がこっちに向かってきた。

「アクベスっ!さっきのもう一度やるわよ!」

「御意っ!」

アクベスと夏凛ちゃんが奴に向かっていき、得物を振るった。

「イロノ」

「がっ!?」「ごっ…」

が、その刃先が奴に傷を付ける前に奴は剣を振るい二人をぶっ飛ばした。夏凛ちゃんは精霊バリアのおかげで大丈夫そうだけどアクベスは体が欠けている。……これ以上犠牲を出す訳にはいかない。

「フルルァアアアア!!」

「勇者ぁあああ!!!」

「ニズレソオ…カルクテッカムニレワ」

「ギャアアアアッ!」「キィイイイック!」

ガキン! と音がして私の足とレオニスの爪が止められた。目の前で風先輩の精霊が攻撃を止めていた。

「ンラダク。ロセウ」

「ああっ!」「ギャンッ!」

私達は簡単に弾き飛ばされて二人と同じ感じになった。

「まずい!樹ちゃん引いてっ!」

「(ガタガタ)」

東郷さんが命令したけど樹ちゃんは腰が抜けたようで逃げることもままならないようだった。

「クッソ!止まりやがれ!」「せやーっ!」

「ンフ。カノルイテッモオトルケマ、ニグンガナウヨナウヨノコ」

射撃部隊が攻撃してくれてるけど奴が止まる様子は無い。

「止まれ!止まれって言ってんのよ!」

「くっ…!」

今になってなんとか立ち上がれたけどもう奴は樹ちゃんの目と鼻の先。間に合いそうにない。

「ハズマ…ダマサキ」

奴が剣を振り上げた。樹ちゃんの精霊が勇者を守ろうと前に出た。

「イシカザコ」

それに躊躇わずに奴は剣を振り下ろした。ガキンと音を立てて剣は弾かれた。しかしその勢いさえも利用して奴は剣を振り下ろし続けた。ガキン、ガキン、ガキンと音が耳をつんざく。

その間にも射撃部隊は奴に銃撃を行っているが精霊が全て防いだ。何人かは撃ちながらこちらに向かってきているがまだまだ遠い。

「ンフッ!」

気合と共に振り下ろされた剣が精霊バリアを砕いた。精霊がヘナヘナと地面に落ちた。

「ダメドト」

剣が振り下ろされた。もう樹ちゃんを守れる存在は居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキン、と音がした。それは骨が砕ける音でも逸れた剣が地面を叩いた音でも無かった。

「……」

「…………大丈夫か?」

アクベスが立っていた。ハサミと盾をクロスさせた状態で彼女を庇っていた。

「…ガメノモカロオ」

奴の剣はハサミを手折り、盾を砕いて、アクベスの上半身を大きく切った所で止まっていた。

「………足掻け。それがお前の姉への礼儀だ」

彼はそれだけ言うと、光の粒子となり奴に吸い込まれていった。

「トア…ツタフ」

また奴は剣を振り上げた。今度こそ樹ちゃんが危ない。

「させるかああああっ!」「グラアアアアアアッ!」「テンメエエエエッ!」

私、レオニス、夏凛ちゃんの協力攻撃だ。これでこの攻撃は止められる。

「ゾイルヌ……グッ!?」

樹ちゃんのワイヤーが奴の右腕をがんじがらめにしていた。そのワイヤーを操る樹ちゃんの目は殺意に染まっていた。

「マサキ……」

ワイヤーはプツリプツリと千切れていたがそれを上回るスピードで別のワイヤーが腕に絡みついていった。どんどんワイヤーが腕に食い込んでいって腕を千切ろうとしていた。もう軽く骨折はしているかもしれない。しかしそれはそれだ。

「忘れてんじゃあないでしょうねっ!」

私達は各々の得物を振るった。奴の精霊に対して私達は三人。必ず誰かの攻撃は通る。そして通ったのは……

「アゥヌッ!」

「パァアアアアンチッ!!」

私の拳だった。



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