守るよ。 葉部砺-流駆(はぶれ-るく) (Me-ミー)
しおりを挟む

守るよ。 葉部砺-流駆(はぶれ-るく)

「あ〜、暇だ」

「暇だ、じゃないだろ。もうすぐ中間テストじゃないのか?勉強しろよ」

「ガイも知ってるだろ?俺が頭いいことくらい」

「そうだけどな……」

 

 そう言って親友のガイ(星史留 蓋)が苦笑する。実際、テストはいつも平均95点を下らない。毎回教師には歯噛みされるが、地頭がいいプラス嫌味だが優秀な家庭教師のいる俺に敵はない。

 

「なんか、面白いこと起こんねーかな」

「やめてくれ。俺の大学が事件に巻き込まれるとか嫌だぞ。第一、ここでお前がそうなったらルークの母さんがぶっ倒れるぞ」

「わーった。帰ろうぜ」

 

 こんな風に放課後はガイの通う大学に寄るのがお約束。ここに近いからと附属高に進学する事を決めた時は親父に勘当されそうになった。というか、半分勘当されているかも。ひとり暮らしのアパートには心配した病弱な母さんが付けた家庭教師以外入ったことがない。

 そう、こうやって馬鹿話して、帰ったら家庭教師に扱かれて、クタクタになったら幼馴染がくれたウザかわいいぬいぐるみのミュウを撫でてベッドに寝転んで兄貴と電話して。それが俺の日常だった。

 スパイスは足りないけど、温くて、まぁまぁ快適で、退屈だけど楽しくて、変化を望みつつ不変を願っている。

 

「__ク、おいっ!!」

「…………へ?」

 

 だからきっとこれは、他の誰でもなく、俺のせいだったのだ。

 

「ルーク!!」

 

 車信号の赤が目に焼き付いて離れない。奥から迫る多分猛スピードの黒塗りの軽自動車と、サイレンを鳴らすパトカーが、ゆっくりゆっくり、スローモーションで拡大されていく。

 

(なんだ。俺、死ぬのか)

 

 現実感のない光景に、抱く感想はその程度。案外人間っていざ死ぬ時は呆気ないもんだと、そう胸中で呟いた。最期に、せめて暗闇で終わりたくなくて、瞬きはしなかった。

 

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

 

「……ぅ?」

 

 呻き声を上げて、急速に意識が覚醒する。俺は、死んだ筈ではなかったのか。がばりと起き上がると、全身に筋肉痛のような痛みがある。剣道をやっていて、兄貴に返り討ちされた時によく似ている。病院の白い部屋ではなく、どこかの寝室のようだ。生活感を感じないから多分、ホテルだろう。そう結論付けて、ぎゅっとシーツを掴んだ。その感触を確かめて、今更ながら恐怖に震える。

 生きている。今はそれで十分だ。

 今度は背丈が伸びずにぶかいままの制服に目をやった。寝ていたからか皺が寄っていた。ここに運び込んだ誰かは気が利かないらしい。せめてブレザーを脱がせて欲しかった。とりあえず痛む体を動かして、ブレザーを脱ぎ捨てた。兄貴の彼女である幼馴染が見たら「だらしない」と怒るかもしれない。

 

「……つーか、マジでここ何処だよ?」

 

 ガシガシと頭を乱雑に掻けば、色素の薄い朱色の髪が零れる。……朱色?赤みがかった茶髪じゃなくて!?

 

「え、は!?」

 

 横髪をすくい上げてまじまじと見つめる。うん、朱だ。後ろ髪の感触から、ここに寝かせた誰かは、どうやら俺の髪留めも外してくれなかったらしい。そこは外せよ。ボサボサだし、俺が外すが。

 

「意味わからん……。そうだ、ガイ!ガイはどこだ!?おーい、ガイ、どこ行ったんだよ!お前は大丈夫だったのかよ!?」

 

 あの時ガイは事件に巻き込まれていないだろうか。そこが不安だ。

 その時、扉が開いて眼鏡を掛けた男が入ってくる。その男には見覚えがあった。いつも手袋をしている嫌味な家庭教師。

 

「片巣……?」

 

 片巣(かたす)ジェイド、その人であった。納得する。たしかにコイツなら適当な対応でおかしくない。

 

「おや、気が付きましたか。ひとまず無事で何よりです、ルーク」

「そうは見えねーよ。つーか、全身いてーっつの。あんた雑なんだよ。勉強の時みたいに丁寧にやれ、丁寧に」

「おや、貴方に勉強を教えた覚えはありませんが?」

「とぼけても無駄だぞ、片巣。母さんに言い付けてクビにしてやろうか?」

「……?いまいち、話が見えませんね」

 

 片巣が僅かに眉を寄せて、その後に口を開く。しかし声になる前にバタバタと足音がそれをかき消した。

 

「ルークっ!!」

「ガイ!」

 

 飛びこんできたガイがこちらに駆け寄る。俺はすぐに片巣を意識の外に追いやってガイに笑いかけた。

 

「んだよガイ。無事だったのかよ、心配掛けやがって!俺もこの通り五体満足だから安心しろよ」

「ん?まあ、とにかく元気そうで良かった!」

「あ、母さんぶっ倒れてないか?そこだけ確認させろ!」

 

 母さんには恩があるので気遣う。だが、それを聞いてガイは困り顔を浮かべた。

 

「お、おい、まさか母さん!!」

「ああいや!大丈夫だ!シュザンヌ様はご存命だよ」

「……シュザンヌ?」

 

 誰だそれ?母さんはシュナ(葉部砺 朱那)だぞ。ちなみに兄貴はアッシュ(葉部砺 明朱)、親父はコウ(葉部砺 紅)という。

 

「……ルーク、お前」

「おい、レプリカはここかっ!!」

 

 またしても声が割り込んできた。自分より低くて、赤みがかった黒髪の兄貴を思い浮かべる。なんだかんだ心配して駆けつけるあたりがツンデレの兄貴らしい。

 

「兄貴!?」

 

 ところが兄貴はとんでもないことに、真っ赤に髪を染めて前髪を上げていた。大変だ、兄貴がグレた!俺の事故より重大だ!ナリ(木村 菜梨)がぶっ倒れる!

 

「ぎゃああ兄貴がグレたぁああああ!!??」

「誰が兄貴だぁあああっ!!この屑が!!」

「やばい本格的にグレてらっしゃる!!俺の知ってる兄貴じゃない!俺の知ってる兄貴はぶっきらぼうだけど結構優しくてもうちょい悪口がマイルドだった!屑とかストレートに言う奴じゃない!!」

「ぶっ殺す!」

「こんな殺意マックスの兄貴なんか俺知らねぇよぉぉぉぉ!ガイ、助けてくれぇええ!!」

「ちょっ」

「アッシュ!!何をしてますの!?」

 

 ナリ来た!これで勝つる!良かった、早く兄貴を止めてく、れ?

 

「……な」

「ルーク!久しぶりですわね!」

「ナリもグレてたぁああああああ!?」

 

 お前、お前なんで!?いつ金髪に染めたの!?家族が泣くぞ!

 

「ぐれる?」

「見損なったぜ兄貴!ナリの髪まで染めるなんて……」

「俺はてめぇの兄じゃねえ!!分かったらくたばれ!この劣化レプリカが!!」

「ちょっま、ストップ!暴力反対!」

 

 平然と弟に暴力とか、やっぱ兄貴グレてる。つーか、まってそれ模造刀だよな?なぁ!?あ、シーツ裂けた。……え、真剣?

 

「……ひっ!」

 

 蘇る死の恐怖に引き攣った声が漏れた。なんで、嫌だ。死にたくない。怖い。

 

「お前……誰だ」

 

 剣を首筋に当てて、兄貴によく似た危険人物が問い掛ける。誰って、見りゃわかんだろ?

 

「お、とうとの顔、忘れたのかよっ!流駆だよ、葉部砺流駆!双子の兄弟だろうが!」

「「「「……………………はぁっ!?」」」」

 

 前略、ガイ、兄貴。

 俺、どうやら異世界に来たらしい。

 

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

 

「はぁ……帰りてぇ」

 

 ソファーに腰掛けて溜息をひとつ。異世界、オールドラントに来て一週間。早くもホームシックになっていた。

 はじめの三日はまあ、よかった。事情説明を飲み込んだり、譜術という魔法を見せてもらったり、色々と忙しかったから、考える余裕なんてなかった。でも、こうしてだいぶ落ち着いてくると、やっぱり俺は死んだのか、元の世界に帰れるのか、などと思考がグルグル回る。

 

「ここにいたのね。どうしたの、ルー、るく」

「ルークでいいよ。そう呼ばれてたし」

 

 声を掛けてきたティア(風紀委員の女子に似ている)に返すと、彼女はちょっと困った顔をした。『ルーク』と区別したいのだろうか。

 

「ルーク、浮かない顔ね」

「……俺、これからどうすりゃいいんだろうな。乗り物に轢かれたと思ったら異世界で、向こうじゃ死んでるのかどうかも分かんねぇ」

「そうね……。貴方がここにいるのだから、『ルーク』も貴方の世界にいるって、信じられるの。だから、大丈夫。ここに居てくれるだけで私たちは嬉しいわ」

「そっか」

 

 でも、俺は帰りたい。元いた場所に。そりゃーもちろん、魔物に殺される前に保護してくれたことには感謝しているけれど。

 

「……外が騒がしいわ。様子を見てくるから、貴方はここで待ってて」

 

 そう言い残し、ティアが立ち去る。キョロキョロと見回せば、大きな窓が見えた。ここから木伝いに降りられそうだ。

 

「ごめん、ティア」

 

 木に足を掛けて、俺は部屋から抜け出した。

 

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

 

「どうしたの、みんな。こんな所で集まって」

「あっ、ティア!」

「揃いましたね。アッシュがいませんが、まあ、説明しましょう」

 

 ティアが玄関に出ると、ガイやジェイドなど、かつて旅した仲間が集まっていた。いないのはアッシュで、深刻な顔をしているのはアニスだ。

 

「少々面倒なことになりました。『ルーク・フォン・ファブレ』が帰還した、ここにいる。という噂が流れています」

「……彼のことが、漏れたんですか?」

「そのようです」

「しかもしかも、一部の人はあの子が『ルーク』じゃないことも噂で知ってるらしくてぇ。あの子がいるから『ルーク』が帰って来れないとか、あの子を殺して『英雄』を召還するとか、物騒な話も出てて。だからあの子をアスターさんの所に匿ってもらうの」

「アスターなら信頼できるからな。ついでに、道中は俺たちで護衛するって訳だ。俺たちが固まってたら疑われるかもしれないが、他に任せられる奴もいないしな」

「分かったわ。彼を呼んでくるわね」

 

 ティアは納得して踵を返す。ケテルブルクは寒いから、防寒具も用意しなければアルビオールに乗る前に凍えてしまう。ところが、進行方向から血相を変えたノエルが走ってきたことで足を止めざるを得ない。そして彼女は最悪の事態を告げた。

 

「ルークさんが、ルークさんがいませんっ!!」

「なっ!?」

「どういうことだ!」

「いやー、どうやら彼は随分行動的なようですね」

「制服が無いから、多分それを着て。ミュウもついて行ったみたいですっ。すいません、気付くのが遅れて。窓が開いていたので、木を伝って下りたみたいです」

「まぁ、彼が危険ですわ!」

「早く追いかけよっ!!今なら間に合う!」

 

 ティアたちはバタバタと忙しくホテルを飛び出した。

 

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

 

「はあっ、はぁっ!ミュウ、しっかり掴まってろ!」

「は、はいですのっ!」

 

 革靴を履かなくてよかった。素足には雪は冷たいけれど、踏みしめて走る。後ろからは凶器を手に迫る人々。

 

「なんだよ、なんなんだよっ、なんだよこいつら!頭おかしいんじゃねぇの!?」

「逃がすな!」

「殺せ!殺せ!異端者を殺し英雄を取り戻せ!」

「「おーっ!」」

「狂ってるっ!!」

 

 ガチガチと歯が鳴るのは、寒さと恐怖のどちらからか。もしくは両方かな。とにかく、今は前に、前に前に前にっ!!

 

「っ、あそこだっ」

 

山に向かって駆け抜け、木々の合間を縫って進む。幸い雪が積もっていたので、掘り進んで身を隠した。ようやくひと息つける。

 

「みゅううう、るくさん、寒そうですの。手も足も真っ赤ですの」

「外なんて出なきゃよかった……」

 

 もしかしたら帰る手がかりが探せないかと思って出てきたのに、それどころじゃなくなってしまった。とにかく、見つからないようにホテルに戻るしかない。

 

「……どうやって?」

「ごめんなさいですの、ミュウも道が分からないですの」

「いや、いいよミュウ。あんがとな」

 

 さて本当に困った。かといって下手に動き回って体力をこれ以上消耗するのは避けたいし、見つかれば殺される。

 

「おい」

「っひ」

「おい、逃げるな屑」

「……アッシュ?」

 

 アッシュがこちらに手を伸べていた。おそるおそる手を取れば、引き上げられる。

 

「わ、りぃ。ありがと」

「こんな所で何してやがる」

「その、どうにか、家に帰りたくて。手がかりでも見つかったらいいなって思って出てきたんだけど、変な奴らに追っかけられて」

 

 言うと、アッシュは眉間の皺を濃くしてごちんと拳骨を落とした。いってぇええ!

 

「ったーっ!」

「今後は勝手に動き回るな。俺の手を煩わせやがって」

「ご、めん」

 

 アッシュに連れられて歩き出そうとした瞬間、今更のように足が痛くなってきた。霜焼けだけでなく凍傷も起こしているようで、鋭い痛みに足が縺れた。アッシュは舌打ちをひとつして、ひょいっと俺を背負った。

 

「ほんとごめん」

「黙れ」

 

 アッシュにおぶさって森を抜け、開けた場所に出る。降っていた雪で足跡は消えていたけど、多分俺が通った道だ。アッシュが再度舌打ちする。視界にたくさんの人が映っていた。

 囲まれた。

 

「「殺せ、殺せ」」

「はっ。俺を殺せるとでも思ってんのか?」

 

 アッシュが俺を落として抜剣する。多分強いんだろう。ミュウを腕に抱いて見守るしかできない。

 

「みゅぅううう、ファイアーっ!!」

「凍てつく一撃っ!!絶破烈氷撃!!」

「……つ、よ」

 

 まさかのミュウすら戦えた。火ぃ吹いた!どうやらアッシュは攻撃対象ではないらしく、敵がバタバタと無抵抗に倒れていく。峰打ちのようだ。手加減してくれてありがたい。目の前でスプラッタとか絶対無理。

 

「ファイアー!ファイアー!みゅぅううう!」

 

 まさに一騎当千。アッシュは軽々と敵を蹴散らした。

 

「ちっ。腕が鈍ったな」

 

 え。今ので鈍ってたんだ。まじかぁ。

 

「守ってもらってばっかで、なんか情けねぇな」

「るくさんはゲストですの。守ってもらって当たり前ですの!アッシュさんは強いですの、心配無用ですの!」

「そーなんだろうけど」

 

 アッシュに頼るしかできないのが情けなかった。自分の身くらい守れるようになれればよかったのに。

 

「おい、無駄口叩いてんじゃねぇ」

「わっ、アッシュ!前!」

「ちぃいっ!!」

 

 ナイフがアッシュの腕を掠めると、男が動転して、首を自ら掻ききった。鮮血が俺の体に降り掛かって、制服が赤く染まる。

 

「あ、あ、あぁあっ」

「おい、しっかりしろ。っぐ、つぅ。……毒か」

 

 毒か、じゃないよ!冷静すぎだろ!血塗れなのも忘れてアッシュの腕を掴んで引き寄せた。

 

「おいっ、ってぇな、何しやがる」

「じっとしてろ!」

 

 袖を捲って傷口を見る。浅い。これなら毒が回る前に応急処置ができるだろう。

 

「このくらい後でグミを食えば治る」

「ダメだ。こういうのはちゃんと処置しないと傷口からバイ菌入るんだぞ。水持ってるか」

「……ああ」

 

 有無を言わさず無事だったハンカチで傷口の上を縛る。水の入った容器を受け取って、傷口を洗う。口を付けて毒を吸い出す。それから俺の口もすすいで、無事だった二枚目のハンカチで傷口を塞いで縛る。応急処置ではあるが、ないよりはマシだ。

 

「よし。これで大丈夫。ほんとは動き回るのは良くないけど、みんなのところに戻れば治療できるんだよな」

「るくさん凄いですの!」

「あー、家庭教師が医学に詳しくてな。俺も昔ヘビに噛まれて処置されたからってのもあって覚えてたんだ」

「……気が済んだなら、行くぞ」

 

 アッシュが俺を背負おうとする。あーもう、やっぱりアッシュも兄貴と同じでツンデレかよ。

 

「いや、いいよ、歩くよ。お前腕怪我してんだし。今は痛くねぇから」

「お前の方が重症だ」

「うっ、それはごもっとも」

 

 しかたなくアッシュにおぶさろうとした時だった。

 

「ルーク様万歳!!」

「アッシュっ!!」

「おい__」

「るくさん!!」

 

 飛び込んできた男。アッシュの抜剣が間に合わない。やだよ、殺すなよ。俺を助けてくれたんだ。困らせないでくれ。傷つけないでくれ。俺の大事な、「大事なオリジナル」なんだ。一回失ったはずの俺の生命なら、いくらでもあげるから。

 

「クソ野郎っ!!」

 

 ああ、これ、俺の、血か?アッシュ、何焦ってんだよ。金色の炎が立ち上る。

 

「……俺、守るよ。アッシュが大事なんだ。『だって、アッシュは俺の被験者(オリジナル)なんだ。俺よりアッシュに生きていて欲しいんだ』」

「っ、お前、ルーク、か?」

「『ごめんな、今まで俺の体をありがとう。お前は、お前の体に帰すよ』おい、なんだよ、俺、死んで損した。……じゃあな、アッシュ、ミュウ。みんなによろしく言っといてくれ」

「おいっ、待て!おい!__流駆ッ!!」

 

 あ、れ?おれ、は、いま、おーるどらんと、に。でも、あ、にき?ああ、あいたい。はやく、あいたい。

 

「ガイ、兄貴、ナリ、母さん、親父……今、帰るよ」

「……ク、おいっ、流駆ッ。さっさと目を覚ませ馬鹿野郎!」

 

 瞼が落ちきった。次いで、ボヤけた視界に懐かしい姿が飛び込んでくる。ようやく、会えた。

 

「……兄貴」

「流駆!?ばっ、か、野郎がっ!母さんぶっ倒れたぞ!世話の焼けるっ!」

「ごめんな、ごめんな。ありがとう、兄貴。俺を待っててくれて」

「心配しましたわ、流駆。ガイが貴方が轢かれたと言った時、心臓が止まるかと思いましたもの」

「うわっ、止まんなくてよかった。ナリまでぶっ倒れたら兄貴に殺される」

「母さんぶっ倒れたっつってんだろうがクソガキィ」

「ごめんなさい」

「ルークっ!」

「ガイ!無事だったか!」

「おま、お前っ、さぁ!!そういうとこだぞ!!」

「いでっ、叩くなよ!」

「っとに、ケロッとしやがって、こっちがどれだけ心配したと!それなのに、お前ってや〜つ〜は〜!」

「いたたた、ちょ、頬引っ張んなって!俺病人!」

 

 みんな泣きながら笑ってた。みんな泣きながら怒ってた。ああ、生きてる。帰ってこれた。……どこから?見上げた空に石はない。当たり前のこと、だよな。あれ、なんで違和感があるんだろう。

 

(……夢でも、見てたのかな)

「ルーク、聞いてるか?」

「聞いてる聞いてる!」

(……きっと、そうだよな)

 

 スパイスは足りないけど、温くて、まぁまぁ快適で、退屈だけど楽しくて、変化を望みつつ不変を願っている。そんななんでもない日常が、これからも続いて欲しい。スパイスも変化も、足りなくて退屈なくらいがちょうどいい。

 だって、俺にはみんながいるんだから。

 

Fin



目次 感想へのリンク しおりを挟む