二度目の人生で、Vtuberになりました。 (SANO)
しおりを挟む

#デビュー前
プロローグ


 知人に原作を進められ、読了後の溢れた欲求を発散するためにプロットが未完成のまま見切り発車するという、やばい状態(ヤベェよヤベェよ


 【30歳まで貞操を守り続けていた男は、魔法使いになる】

 

 

 ネットの中で無数に存在するネタの一つである。

 所詮はネタであるので、1ミリほどしか信じていなかった……うん、もう少しで「彼女いない歴=年齢」の俺が30歳になるからね、クモの糸ほどの淡い期待をしていた。

 

 とはいえ、億分の一でも高確率であろう魔法使いになれたとしても、少し他人と違うだけで排除される現代社会では、そこまで使い道がないような気がする。

 成人向け作品であればエロいことに使いそうだが、(悪人は除く)相手の尊厳や人権を奪う行いに嫌悪感が出てくる程度には倫理観はあるので、妄想段階でこれだから実際になら尚の事、使えないだろう。

 

 倫理観に邪魔されず、現代科学では実現不可能で、一度はやってみたいこと超常現象……あるじゃん。

 

 

 

 【逆行や転生】とかの生まれ変わりがあるじゃん!

 

 

 

 いいねぇ。だんだん妄想が滾ってきたぞぉ!

 そうだなぁ。生まれ変わるとしたら女性になるとか良いかもなぁ、男性の内面を理解できる女性とかモテそうじゃ……駄目だな。男と恋仲になるとか、想像しただけで鳥肌が立つわ。

 いや、だったら百合の花を咲かせればいいんじゃね?……内面ノンケで、外見百合……テンプレだが、これだな!決定。

 

 

 

【カチンッ】

 

 

 

 ……ん?なんか、変な音がしたような―――

 

 

「先輩。もうすぐ昼休憩が終わりますよ」

「……っと、もうそんな時間か。分かった直ぐ行く!」

 

 

 後輩の声に、さっきまで繰り広げていた妄想ワールドをバッサリと削除して、仮眠のために横になっていた体を起こしながら仕事用の思考へと変換してく。

 そうして、仕事モードへと切り替わった俺は自分が先ほどまでしていた妄想の事など頭からキレイに抜け落ち、数日後に30歳の誕生日を何事もなく迎えることになった。

 頭の中で響いた音が自分の人生を変えるモノであることも知らずに……

 

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

 

「七海ー!朝ご飯ができたぞー!」

「はーい。今行く!」

 

 

 14年前の記憶を思い出しながら学校の準備をしていた俺に、リビングから父親が声をかけてくる。

 それに返事をしながら、心の中で拒否感が残りつつも着慣れてしまった制服のブレザーへ袖を通すと、全身が見れるウォールミラーで父親に苦言を言われない程度に身だしなみを整える。

 

 

 あっ、やば。少し髪の毛が跳ねてる。ご飯食べたら直しておかないとだな。

 

 

 なんてことを思いながら、手櫛で寝癖部分を梳かしつつ背中の中ほどまである黒髪を揺らしながら部屋を出た。

 

 

 

 

 

 どういう状況であるか、何となくであれ完璧であれ分かってくれただろうか?

 

 

 そう、俺はネット小説などで見かける「TS転生」というものを、現在進行形で経験しているのだ。

 ついでにオプションとして「逆行」がついているという、設定の大盤振る舞い……いや、俺の知っている歴史とかと若干の差異があるので、パラレルワールドだから「TS並行世界転生」となるのだろうか?……どうでもいいか、自分だけしか知りえない状況なのだから分かれば名称はなくてもいいのだしね。

 

 

 話を戻して、こうなる経緯を語るとしよう。

 

 

 成人男性であった前世は、30歳の誕生日を独りベットの中で迎えて「おめっとさん俺」と呟いた後に就寝したのが最後の記憶で、気づいたら透明な箱の中――後で保育器と知った――でたくさんの管に繋がれて寝かされている状態だった。

 

 自分が女の子として生まれ変わっている事実を把握し、理解できるまでには様々な騒動と黒歴史入りの出来事があったのだが、ここでは割愛する。

 いや、だって、赤ん坊故に理性だけでは抗えない生理現象などを、精神的には自分より年下の父親に世話されるとか……ああもう!今思い出しても死にたくなってくる!!!!

 とにかく!自分の現状を理解した(せざるを得なかった)のは、幼稚園に入園するぐらいだった。

 

 しかし、理解ができたからと言って現状に納得ができたかと言うと、とてもではないが一時は自殺を考えるほど受け入れがたいものであった。

 30年も男として生きてきた――愚息は二つあるうちの一つの役割しか果たせなかったが――記憶が残っている中で、これからは女として一生を過ごさなければならないのだ。

 

 たぶん欝状態か、それの一歩手前まで追い詰められていた3歳の女児なんて存在は、保育士達からすれば厄介な園児であったことだろう。

 

 

 外見と内面の不一致による精神的不安定さはもとより、正常であっても30歳のオッサンがママゴトや遊具で遊ぶなど出来ない。

 そうなると自然と周囲から浮いてしまうし、病弱だった故に保育士が近くにいることが多かったので、他の園児からすれば「気味悪い子が大人を独り占めしている」な感じにに見え、嫉妬心などから更に周囲から浮いてしまう。

 

 そうなると、この年代に限らずイジメが起きると思うだろうが、贔屓を加速させる側面をもちつつも保育士が俺の周辺へ目を光らせていたことと、俺には少し特異な能力があったために手を出されることはなかった。

 

 

 

 特異な能力。

 それは、声――言霊――である。

 

 

 

 当時は知らなかったのだが、俺は“ささやき声”とか“つぶやき声”と呼ばれるような園児らしくない声の出し方を無意識にしていたそうで、この声を聴いたある保育士曰く「言うことを聞いてあげたくなる」とのこと。

 

 最初は「え?こいつロリコンなのか?」と思ったのだが、他の保育士や突っかかてくる園児との言葉のやり取りをしていくと、どうやら俺の声は「鎮静や軽い強制力」があるらしいことが分かった。

 前世で魔法使い()になったことと関係あるのかなと思ったりしたが、調べる術もないし普通に便利なので、“言霊”と名付けて当時は鬱陶しい園児たちを追い払うために故意に使っていた。

 

 このような感じで、保育士という大人の防壁と特異な能力のおかげで、内心は暴風が吹き荒れつつも普通の幼稚園生活を送っていた。

 なに?ボッチ生活は普通とは言わない?

 

 おっ?やるか?言霊使えば、お前さんを社会的に「コロセ」るんだぞ?おおん?

 

 

 

 

 

 とまあ、卒園までATフィールド全開で他者との交流を拒絶した生活を送っていたために、皮肉にも現在の自分と向き合える時間を得ることができた。

 そして、小学生に入学するくらいの年齢になるころには、渋々であっても現実を認めるしかないと観念する形で折り合いをつけるべきだと考えるようになってきていた。

 いや、本当は自分の中にある良心が、殻に閉じこもって知らんぷりをし続けることができなくなったからだ。

 

 

 迫られた二者択一に、迷うことなく自身の命を使って娘を救い、産んだ母親。

 最愛の人を亡くしたというのに悲しむ暇もなく育児と家事と仕事という激務を続ける父親。

 

 

 二人の唯一の娘である俺が二人の気持ちを蔑ろにして、本当は分かっているのに分かりたくなくて自分の殻に引きこもって外の世界を拒絶し続けることは、俺にはできなかった。

 

 

 だから、小学校入学式。

 校長の長ったらしい挨拶を、右耳から左耳に聞き流しながら覚悟を決めた。

 

 

「二人の娘として生きよう」と……

 

 

 この後、前世時代から続くデバフ【人見知り】と、長年のATフィールド全開をし続けた結果として付与された軽度のデバフ【コミュ症】が、自分の覚悟を最高難易度にまで引き上げているという事実に愕然とすることになる。

 そこに追い打ちをかけるように【病弱】という特大デバフが、車による登下校、高頻度の早退や欠席、運動系イベント全ての見学または欠席という、親交を深める機会がことごとく奪われることになった。

 もちろん両親に対して、感謝はすれど恨むことはないが「もうゴールしてもいいよね?」と言いたくなるほどに環境が厳しい。

 

 

 その結末として、休み時間や放課後のすべての時間を図書室か借りてきた本を読んいる本の虫のような小学生女子が誕生した。

 前世の仕事柄、速読ができていたとはいえ、卒業するころには閲覧可能な蔵書を読破し終えて2週目に突入していたといえば、どれだけヤバい奴だったか分かってもらえるだろう。

 

 そんな本ばかりに集中をしていればクラスメイトとの関係は【友達未満、顔見知り以上】という微妙なものとなり、臨海学校や修学旅行などのイベント時の班分けなどは、裏でクラス内のカーストトップの男女数人が話し合いをして、どの班が俺を受け入れるかの相談をしていていたのを、俺は知っている。

 

 

 当然、こんな状況を甘んじて受け入れていたわけではない。

 

 

 クラスメイトから嫌われていたわけでないようで、少なくない頻度で話題を振ってくれる機会があり、【人見知り】と【コミュ症】のデバフがあるとはいえ、軽い会話程度ならできる……はずだったのだ。

 

 誤算としては、小学生女子が持つ話題に中身がオジサンである俺がついていけなかったことだ。

 

 小学生男子などが良く話題にする少年漫画や、ライダーモノ(なぜか戦隊モノが、この世界にはなかった)であれば、歴史の差異があっても自分も嗜んでいたものなのでついていけなくはない。

 しかし経験則として、この年代の男子は女子に話しかけるのは勇気のいるもので、下手に親しくしようものなら同性からからかわれてしまう。

 

 だから、女子から話題が振られることがほとんどなのだが、「〇〇の文房具が可愛かった」とか「アイドルの〇〇が格好いい」とか「〇〇の服がうんたらかんたら―――」と、自分から話題を発展させることのできない受け身しか取れない話題ばかりなのだ。

 図書室に入り浸っているから、オススメの本を尋ねられた時は会話を長く続けられることもあったが、話題全体からの割合としては1割あるかないかレベルで親交を深められるわけがない。

 

 

 こうして、幼稚園時代よりはマシとはいえ、小学生時代も大きなイベントもなく終わってしまった。

 

 

 ちなみにだが、学力のほうは2週目ということで歴史を学びなおしたり、教科書を読んで忘れていた記憶を掘り起こしたりするだけで学年上位をキープしていた。

 中身がオッサンで同年代からすれば、賢く立ち回ることができたので教師からの覚えも良く、成績は親贔屓があったとしても絶賛してくれる内容にできたので、この点では親孝行ができたかなとは思っている。

 

 え?学力が首位じゃないのかって?

 仲良しグループがない孤立気味な俺が学力首位をとり続けるとか、頭の良さを地盤としたグループとの間に火種を作ることになりかねない危険行為をするわけないだろう。

 というか前世の記憶を持っているせいで、パラレルワールドな今世との違いを矯正しきれなくて、普通に満点を逃してるところがあるので、手を抜かなくても首位にはなれなかったんだけどね。

 

 

 そして、中学校入学。

 中学生デビューを目論むも、小中高一貫校の学校なので外部入学で入ってきた少数を除いて、ほぼ同じメンツなのでグループ形成などは終わっているために計画段階でとん挫した。

 

 

 このまま中学高校と、小学生時代と同じ孤立気味な学生生活になるのかと、半ば達観し始めた中学2年生の春。

 一つの出来事をきっかけとして、俺の人生がガラリと変わることとなるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1:ティンときた

「夕方から会議があってな。悪いが、今日は遅くなるかもしれん」

「んっ、分かった。芳子さんに伝えておくよ……あっ、これ美味しい」

「そうだろう?我ながら上手くいったと思ってるよ」

 

 

 朝の食卓を父と二人で囲みながら、今日の予定などを笑顔になりながら交わしてく。

 

 普通、中学2年生の女の子というと思春期真っ只中であり、父親を一方的に毛嫌いして「一緒の空間にいたくない」とか言ったりするらしいが……中身が元オッサンな俺には、全く無縁の話だ。

 

 そもそも家事代行サービスから芳子さんという家政婦さんを雇っているとはいえ、父子家庭なんて協力し合わないと生活はできない。

 幸いにも父が有名どころの会社でまぁまぁな役職に付いているので、金銭面は俺を附属の小中高一貫校へ入学させられるほどには裕福である。

 

 

 食事を終えると、父は出勤の準備をするために部屋へと向う。

 事前に準備を済ませている俺は、キッチンで専用の台に乗りながら食器を軽く水洗いをして汚れを落としてから、貯めた水の中へとつけていく。

 

 

 普通の女の子であれば朝は身嗜みの時間であり、朝食を抜かしたとしても大忙しになるのだろうが、俺はそこまで時間をかけなくても問題がない。

 理由としては、前世が男の感性が云々―――ということもあるのだが、【言霊】以外にも世の女性たちに殺意を抱かれるだろう【特異】持ちだからという点が大きい。

 

 

 それは、外見の現状維持に必要なケアを、何故かこの体は最低限だけで済むということだ。

 男親ということで心配した芳子さんから、ケア方法を教えられたのだが、それだって前世の男の時にしていた事に毛が生えた程度のことで、彼女からすれば「もっともっと必要なことがあるのだけれど……」と不満顔になる程度には初歩中の初歩。

 

 そんな女性視点では雑ケアをしているのに、背中の中ほどまであるストレートロングな黒髪は艶やかで、肌は少し色白だかシミ一つなく滑らかという最良の状態を維持できている。

 ただ、病弱だからなのか成長期のはずなのに身長がここ数年は140cm台前半から動くことがなく、華奢で体の線が細いことも合わさり「壊れそうで怖い」とか「小学生?」とか散々な評価を貰っている。

 

 

 胸?キャミソールで十分な程度ですが、何か?

 

 

 いいんだよ。デカいと動きずらいのは分かるし、未だに女性モノ関係は芳子さんが伴っていないと恥ずかしくて店に入ることすらできないんだから……。

 

 個人的には、胸より身長が伸び悩んでいるのが問題なのだ。

 女の子は小さいほうが―――なんて言う人もいるが、前世の男の時には180台とデカかったので、周囲から見下ろされたり、大きくなっていくのに自分は変わらないというのは精神的には結構キツい。

 

 クラスメイトの女子の中で一番長身な子に、中腰になってもらわないと目線が合わないと知った時なんて、自分の目からハイライト消えたと自覚できるほどにショックを受け、その顔がよほど怖かったのか「ヒッ」とか悲鳴をあげられてしまった。

 

 とにもかくにも、濡れた髪をそのままにするとか、暴飲暴食するとか自分から悪影響が大きいことをしなければ、俺は朝の準備を男の時より少し長い程度で済むということなのだ。

 

 だから、片づけが終われば部屋に戻り、鏡の前で軽く身嗜みの再チェックするだけで終わる。

 そうして、カバンなどの必要品を持って玄関前まで行けば、出勤準備を終えた父が車のカギを片手に待っている。

 

 

「忘れ物は?」

「大丈夫」

「それじゃあ、行くか」

「んっ」

 

 

 そして、父の車に乗り込むと学校へと向かう。

 これが家事の手伝いができるようになった小学校3年生から続く、平日朝の我が家の日常である。

 

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

-

 

 

「―――おはようございます」

「あっ、おっおはようございます。九条さん」

「おっおはよう、九条さん!」

 

 

 教室に入ってすぐ近くにいたクラスメイト達へ軽くお辞儀をしながら挨拶をすると、彼女達が慌てた声で挨拶を返してくるので、それを今度は軽く頷くようなお辞儀で受け取ると、そそくさと自分の席である窓際で一番前の席へと移動する。

 

 もう慣れた反応だ。平均的な身長を持つクラスメイト達からすれば、俺のような普段の目線より下にいる小さな存在に気づくのに、一瞬程度だが遅れてしまうのである。

 

 

 

 ん?ああ、九条は今世での俺の苗字である。

 今更ではあるが「九条( くじょう) 七海( ななみ)」が今の俺のフルネームである。

 ちなみに、父は「九条( くじょう) 明人( あきひと)」で、母は「九条( くじょう) (りん)」という。

 

 

 

 そんな「九条さん」こと俺が、挨拶したことで止まっていた会話は再開され、少し興奮したのような楽し気な声が聞こえてくるのを振り向かずに耳だけで確認しつつ、自分の席に到着したあとは図書館から借りている本を取り出して、朝礼が始まるまで、近くの席のクラスメイトがしてくる挨拶を返す以外は読書で時間を潰す。

 

 出来るのであれば、誰かと会話でもして交友を深めたほうがいいのだろうが、エスカレーター式でグループが完成しきっているクラス内では、小学生の時以上の難易度となり、とてもではないが会話の輪に突撃する度胸も勇気もない。

 

 

 いつものように周囲の会話をBGMにしつつ本を読み進め、教師が来てからは学生の本分である勉学をこなしていくだけである。

 さすがに中学生レベルともなれば完全に忘れていることも多く、社会人になってから仕事と勉強の両立の難しさを知っているので、真面目に受けていることもあって小学生の時と同様に教師陣からの評判は良い……一部の女性教師からは少し違った意味での評判を受けていると風の噂を聞いたが、怖いので深く関わらないようにしている。

 

 ちなみに体育は、息切れするほどの運動などについてはドクターストップがかかっているが、それ以外ではあれば無理しない程度にという前置きで許可が出ているので、ほぼ参加できていることもあって小学生の時には赤点回避のために受けていた補習授業をせずに済んでいる。

 時折、授業中のスポーツに熱が入り、限界まで動いてしまったために途中でぶっ倒れて保健室へと運ばれることがあったが、ご愛嬌ということで許してほしい。

 

 

 授業も終わり放課後になると、芳子さんへ連絡を入れて時間まで図書館で時間を潰し、予定の時間より前に校門へと向かい待っていると、一台の車が送迎のプロが運転しているかのように静かで丁寧な動作で俺の前で停車する。

 運転席にいる人物を確認してから、助手席へと乗り込む

 

 

「芳子さん、いつもすみません」

「平気よ。可愛い七海ちゃんの為ですもの」

「あはは……」

 

 

 車で送迎なんてものは本来であれば家事代行サービス範囲外なのだが、芳子さんは色々と屁理屈などをこねくり回して、父や会社を説得して「休憩時間」の部分を利用して納得させたらしい。

 

 朝に父娘が協力しないと生活できないと言ったが、芳子さんという存在がなければ協力していたとしても九条家は早々に崩壊していたと断言できるだろう。ありがたや、ありがたや……

 

 

 俺がシートベルトをしたのを確認した芳子さんは、電気自動車でもないのに振動を感じさせないのに滑らかさで車を発進させると、家に向かう道とは反対方向へと走り出し、

 

 

「悪いけど、帰る前に少し寄り道をするわね」

「寄り道ですか?」

「七海ちゃんのお父さんがね。忘れ物しちゃったらしくて、それを届けなくっちゃなの」

「ええ~、お父さん何やってるのぉ……」

 

 

 後部座席を指し示す芳子さんに促されて、後ろを見ると封がされた分厚い封筒が二つも置いてあった。

 朝に俺へ忘れ物の確認をさせておいて、自分はこんなデカいものを忘れるとか何やってんるだよ。

 

 

「それでね。申し訳ないんだけれど、七海ちゃんが届けて欲しいの」

「え?私がですか?」

「本当は、会社の前まで取りに来てくれる予定だったの。でも手が離せなくなったらしくてね、中までって言われたんだけど……」

「……あ~、その恰好だと……」

「そうなのよ」

 

 

 横にいる芳子さんを見れば、動きやすさを重視したTシャツにジーンズ姿で腰にエプロンを付けて、座席下から“つっかけ”と呼ばれるワンベルトタイプのサンダルが、顔を覗かせている。

 エプロンは外せばいいとしても、都心にある会社へ行くには少し恥ずかしい恰好であると、俺でも分かった。

 

 

「それに、部外者の私より、娘の七海ちゃんのほうがいいだろうしね。行ったことあるんでしょう?」

「ええ、まあ」

 

 

 父の勤めている会社は前世である未来から見ても、育児関係については法整備されてまだ日が浅いというのに柔軟な対応をしているのだ。

 事業内託児所が設置してあり、そこは0歳から小学生までを受け入れているので、父は休憩時間ということで一時的に会社を抜けて学校へ俺を迎えに来て、終業時間まで預かってもらうという生活を芳子さんが来るまでの小学3年生まで続けていた。

 

 そういう事もあり、父の会社には顔見知りの人が結構いたりする。

 俺としても、背伸びしたがりな子供として思われていると分かっていながらも、中身と近い年齢である大人との会話は結構好きだった。

 

 芳子さんが来てからは毎日の利用はなくなったものの、彼女の家庭事情から休んだりした日などに利用していたりした。

 中学生になってからは年齢制限はもちろんだが、渋々ではあったものの俺が一人で家にいることに父が了承してくれたこともあって、めっきり来ることはなくなった。

 

 久しぶりに行って挨拶でもしておこうかな?

 さすがに娘であっても部外者なので仕事の邪魔をせず、寄り道をしないで道中で会えたなら挨拶を交わす程度に留めるつもりだが……。

 

 

「分かりました。私が届けに行きますね」

「ありがとう。助かるわ」

 

 

 なんて会話をしている父の会社に到着した。

 来社した人用の駐車場を芳子さんへ伝えてから、意外と重い封筒を両腕で抱えるように持って車を降りた俺は、数年ぶりとなる父の会社へ正面玄関から入っていった。

 

 

「あら?あなた、もしかして七海ちゃん!?」

 

 

 入って正面にある受付カウンターに座っていた二人の女性のうちの一人が、俺の事をすぐに気付いて驚いた声を上げた。

 ええと、確かこの人は……

 

 

「お久しぶりです。涼宮さん」

「本当に久しぶりね。今日はどうしたの?」

「父に直接、渡すものがありまして……」

 

 

 自分が抱えている封筒を少しだけ持ち上げて見せると、俺が来るとは知らなかっただけで連絡が届いていたのだろう。すぐにゲスト用の社員証を取り出して、渡す素振りを見せるが……

 

 

「首に掛けてあげるね」

「すみません。お願いします」

 

 

 首に掛けてくれた涼宮さんは、そのまま父のいる場所まで案内を買って出てくれたので厚意に甘えさせてもらう。

 ゲスト用の社員証を持っていても、自分の体格の小ささは理解しているので変な勘違いは、未然に防いでおくに限る。

 

 自分の記憶にある場所とは変わっておらず、小学生時代に来慣れたフロアへと案内されると、何人かテーブルを囲んで何事か話し合いをしている父が見えた。

 これは少し待っていたほうがいいのかなと思う間もなく、俺と涼宮さんの姿を見つけた父は、物凄い驚いた表情で可能な限りの速足でこちらへ向かってくる。

 

 

「七海!どうして……って、届けに来てくれたのか?」

「うん。芳子さんより、私のほうがいいと思って」

「すまない。本当に助かったよ」

「次から注意してね」

 

 

 俺の腕の中にある封筒を片手で軽く受け取る父の姿に、自身との筋力差に内心で小さく落ち込みつつ二三言葉を交わしていると、先ほどまで父と話し合いをしていた何人かが俺を見ながら、小声で何事か話しているのが目端に映った。

 こちらを見る視線には悪い感じがしないものの、話し合いを中断してしまったのだし変に長居をしたらマズそうだ。

 すぐに退散しようと父へ帰る旨を伝えようとする前に、小声で話し合っていたうちの人が、俺を見つつも遠慮がちに父へと話しかけてきた。

 

 

「あの、九条さん。その子、九条さんの娘さんですよね?」

「ん?ああ、ちょっと忘れ物を持ってきてもらったんだよ」

「初めまして。七海です」

 

 

 とりあえず、第一印象を悪くしないように会釈しつつ、微笑みながら自己紹介する。

 【言霊】のおかげで大抵の人は、こちらに対して悪印象を抱くことはないのだが、今回は変な作用をしてしまったようで……

 

 

「九条さん!!残りの一人は娘さんにしましょうよ!!」

「ハァ!?お前、何を言っ―――」

「七海さんだっけ?君、Vtuberに興味はないかい!?」

「……はい?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2:準備中

ん?と思う設定があると思います。
そこはパラレルワールドということで、一つよろしくお願いします。


「いやぁ。さっきは本当に申し訳ない」

「あっ、いえ。大丈夫です」

 

 

 突然の勧誘に俺が返答に窮していると、驚きから回復した父が俺を勧誘してきた人を窘めてくれて落ち着いてくれたんだが、勧誘自体は諦めるつもりはないようで、まずは保護者として父を説得し始めた。

 当初は却下の構えを見せていたのだが、勧誘してきた人が「時間が……」とか「これ以上の変更は……」と手札を切るたびに拒否の構えが綻んでいき、最後に「予算が……」の一言で陥落した。

 

 とはいえ、親としての矜持というか最後の防波堤というか「七海が承諾しなければ、どんな理由があろうと無しだ」という条件を提示したので、なぜか父が言っていた会議に俺も参加するという意味不明な状況へとなっていた。

 

 ちなみに、芳子さんには父が事情を説明して、先に帰ってもらっている。

 

 

 L字型のデスクを4つ繋げて四角にしたものを会議用テーブルとして、父を含めて会社の人6人と俺が席に着く。

 当然のように俺の椅子にはクッションが2つ(本当は3つ用意されていたが遠慮してもらった)敷かれており、胸元ぐらいにテーブルが来るので、少し見づらいが配布された資料を読むには問題がない。

 

 目の前にある資料を手に取ると部外者が見てもいいように何枚か取り外されている跡があったので、安心して内容へと目を通す。

 

 

 

 バーチャルミャーチューバーへの参入について。

 という表題の通り、今話題となって市場を拡大し続けているバーチャルミャーチューバー業界という波へ、父の会社も乗ろうというもの。

 未来知識を持っている俺とすれば、これからもどんどん拡大することを知っているので参入自体は問題ないと思う。

 

 前世でも人気があったVtuberの配信を、コメントはしなかったが見ていたし、今世では前世で見ていたVtuberが存在していないという改めてパラレルワールドであることを実感させられつつも、【あるてま】所属の“来宮きりん”というVtuberの配信を見ている。

 

 準備のほうについては、プロジェクト【サンステージ】をVtuber事務所として、キャラの中の人ことライバーは募集ではなくスカウトで集めたようで、5名が正式採用され所属している。

 キャラクターの造形も完成しており、配信環境の整備等がすでに始まっているようである。

 

 ん?もう参入時期まで決定してあるし、今回の会議も最後の詰めのようなもので、俺が勧誘される理由が全く思いつかんのだが?

 そんな俺の疑問を思っていることを察したのか、対面に座っていた俺を勧誘した人―――佐々木と名乗った―――が疑問に答えてくれる。

 

 

「本当は、6人でデビューしてもらう予定であったのだけれど、作成されたキャラクターに合う人材が今まで見つからなかったんだ」

「私が、そのキャラに合うと?」

「そう確信しているよ。これがそのキャラクターさ」

 

 

 差し出されたカバーバインダーを受け取り開いてみると、イラストレーターが凝り性なのか会社側が細かいのか、キャラクターの外見設定図が綿密に書かれていた。って、3D化の計画も想定されてるのかよ。すげぇな。

 

 

 キャラクター名は【冬空(ふゆぞら)ユキ】。

 設定として、北国の地精でということで6人の中では唯一の人外枠。人間に化けて女子高生として生活している。

 外見上は、セミロングの銀髪に俺と同じ少し垂れ目気味なライトブラウンの瞳、グレーのブレザーに赤と緑のチェック柄のスカートとネクタイを身に着け、ブカブカなキャスケットを被っている。

 

 

 確かに、少し自分に似ているような雰囲気はある。

 個人的には好きな絵柄だし、自分に合うといわれるキャラということで少し親近感を感じてしまう。

 配信者という存在に少し興味があったし、キャラクターの中の人となるので身バレとか心配もないばかりか企業がバックアップしてくれるので、その辺は安心できそうだ。

 

 

「……いいかも」

「本当かい!!??」

 

 

 ポロリと零れた俺のつぶやきを聞き逃すことなく拾った佐々木さんは、嬉しそうな表情で俺に返事の確認を迫ってくる。

 ちょっちょっ、圧が強い!圧が強いよ!!

 

 

「佐々木。落ち着けと言っているだろう」

「あ。すみません、つい……」

 

 

 隣にいた父が俺たちの間に体を滑り込ませることで、再び暴走しだした彼を宥めるとともに、俺と視線をしっかりと合わせてきた。

 その眼からは、こちらを案じているという気持ちがしっかりと伝わってくる。

 であれば、俺もきちんと答えるべきだろう。

 

 まあ、父が俺を案じてくれていると分かったので、考えは決まったようなものだ。

 

 

「七海。父さんに気を使わなくてもいいんだぞ」

「一つだけ答えて?お父さんも、このキャラと私は合うと思う?」

「……ああ」

「ならやってみようと思う。こういうものに興味があったし、ここにいる皆さんが協力してくれるんでしょう?」

 

 

 個人的には今の学生生活を変化させる一助になればという内心を抱えつつ、ここにVtuber【冬空ユキ】が誕生することとなった。

 

 

********************

 

 

 七海のVtuberになると決めた翌日。

 彼女の父親である明人は会社に出社するなり、プロジェクトリーダーである佐々木へと詰め寄った。

 

 

「佐々木。昨日の事、詳しく説明してもらうぞ」

 

 

 理解ある父親でいたいという見栄から娘の決定に賛同はしたが、出来たばかりの分野への参入という冒険は、どんなリスクや障害が待ち受けているか予測しきれないのだ。

 そんな場所へバックアップをするとはいえ、改善していってるとはいえ病弱な娘を矢面に立たせることになるという現状は、父親という立場から一日置いても納得しきることはできなかった。

 故に、娘がこの世界へと進出することになる原因へと、少量の八つ当たりも混ぜつつ思惑を聞き出すこととしたのだった。

 

 

「詳しくって。九条先輩も納得してくれたじゃないですか」

「七海とキャラが合うとは思ったが、お前もここに5年目なんだから分かるだろう。あの子は……」

「その点については理解しているつもりですし、父親である先輩や七海ちゃんの意見を尊重します」

「……」

 

 

 明人が言ってくることを予想していたのか、佐々木が彼に手渡した紙には、昨日はなかった【冬空ユキ】のスケジュールの素案が作成されていた。

 内容は、すでに決定している配信予定日までの期間から考えると、ゆっくりでモノによっては遅すぎるものであったが、その時間を作るために会社側の予定……より正確には佐々木のスケジュールが詰められていた。

 

 文字通りの身を挺して娘のサポートをしてくれる彼に、明人は反論するための口を開けないでいた。

 

 

「……正直に言ってしまうと、俺は七海ちゃんが小学生の頃から目を付けてたんですよ」

「は?お、お前っ―――」

「危ない意味じゃないですって、目を付けたのは彼女の声にですよ。父親である先輩も分かってるんじゃないですか?」

「それは……」

「Vtuber業界は絶対に大きな市場になります。でもウチらは少し出遅れてしまっている。なら、他とは違う面を出さないと埋もれてしまう」

「だから七海の声を利用すると?」

「大人の汚い面で考えれば、そうです。でも、キレイな面で考えれば、交流の輪が広がって良いのではないか思ってます」

 

 

 明人は、学校側から七海が一人でいることが多いというのを聞いていた。

 イジメを受けているわけではないのは確実だが、意識してか無意識かクラスメイトと自分の間に境界線を引いてしまっているようで、そんな彼女に周囲も一歩引いてしまっているように見えると……。

 

 私生活でも病弱が理由の一つでもあるのだろうが、あまり外出することはない。

 するとしても、家政婦の芳子さんが買い物に連れ出した時や、ちょっとしたものをコンビニに買いに行く程度。

 

 引きこもりというわけでも、他者とのコミュニケーションが苦手というわけでもない。

 自分は「ここから、ここまで」であればいいと決めつけ、完結してしまっているように見えた。

 

 父親としては、もう少し他者に興味を持ってほしいし、気のある友人を作ってほしいとも思う。

 

 

「そう……かも……しれん」

 

 

 結局、明人は勝手に責任を感じてオーバーワーク気味になっているプロジェクトリーダーであり、大学の後輩でもある佐々木から、いくつか仕事を奪い取ることで、自身も娘のサポートに尽力することを決めた。

 

 

 

********************

 

 

 

「……すごい……」

 

 

 Vtuberになると決めて2週間後の、日曜日の朝。

 私物が少なく女の子らしさはもちろん生活感のない俺の部屋に、父と数人の女性社員の手によって配信するための設備が運び込まれ整えられていく様を、俺は驚きとともに見ていた。

 少し大きめの机に値の張りそうなデスクトップが置かれたり、ディスプレイが2つあったり、WEBカメラが設置されたり、なんかカバーがついたマイクがあったりと、前世では見たことのない環境へと変わっていく。

 

 俺自身のほうも健康面を優先してくれたとはいえ、それなりに忙しかった。

 労働基準監督署に許可証を発行してもらったり、父の勤める会社とアルバイトながら芸能活動をするということで、簡易的なレクチャーを受けることとなったりと、予想していた以上の大事になっていく状況に、いつもは何とはなしに見ていたVtuber達はこんな大変なことをしていたのかと、驚きと尊敬を抱いた。

 

 まあ、14歳という年齢のせいで大変になっている部分があるのかもしれないが……。

 

 

「こんなものか……七海。使い方を説明するから、こっちに来なさい」

「分かった」

 

 

 ぼんやりと回想を頭の中で繰り広げている間に、準備が終わったのか父が俺を呼んだので、俺用にセットされた台付きのオフィスチェアに、小さく飛び乗るように座る。

 座りのいい位置を探して体を揺すっている間に、PCの立ち上げが済んだのか2つのディスプレイに初期背景に幾つかの見慣れないアイコンがある画面が表示された。

 

 

「それじゃあ七海ちゃん。私のほうから説明するね」

「よろしくお願いします」

 

 

 ショートヘアでモデルのような格好いい感じの女性が、俺の隣に用意された椅子に座りつつ仕様書を互いに見える位置に置きながら話しかけてくる。

 

 今回、デビューする6人のVtuberには一人一人マネージャーがついている。

 厚遇すぎるかもしれないが、全くの新しい業界へ進出するということから、トラブル等へすぐに対応できるように個々人に寄り添った人員が必要であるとのこと。

 先日【あるてま】が2期生をデビューさせたように、こっちもデビューに成功しマネージャー経験者達が何人もいれば、2期生との掛け持ちや新人マネージャーの育成がスムーズに始められるなどがある。

 

 

 ということで、隣にいる人が俺専属のマネージャーで【桃瀬(ももせ) 理沙(りさ)】さん。

 

 

 会社との契約を結んだ日に紹介され、レクチャーに付き添ってもらったり、配信する内容について話し合ったりと、短い時間で学校のクラスメイト達以上に交流してきた。

 ……え?クラスメイトとの交流が単純に短すぎるだけ?……まあ、そうとも言う。

 

 

「こら。ちゃんと聞いてる?」

「もちろんです」

 

 

 おっと、思考を明後日の方向へ飛ばしている暇はないのだった。

 操作方法などを覚えきってしまわなければならない。

 何せ今日の18時から、一緒にデビューする他の人と自己紹介と交流を兼ねたグループ通話をしなければならないのだから……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3:デビュー直前

 約束の18時になる15分前。

 ここ最近になって聞くようになったRAINの通知音が聞こえたので内容を確認してみると、グループ通話する部屋のURLと入室用パスがマネージャーから届いていた。

 

 緊張からか、少し手間取りつつもパスワードを打ち込み入室すると、なぜか“罪袋”ならぬ“V袋”のアイコンにしている佐々木さんと、自キャラの顔をアイコンにしている同期の5人が既に入室していて俺を待っている状態だった。

 

 少し手間取っていたとはいえ、連絡が届いてから入室するまでの時間は短かったはずなのだが、みんな早すぎじゃないかな?

 一応「失礼します」と無難な挨拶をした後、緊張でカラカラな喉をストローを刺したミネラルウォーターで潤していると、

 

 

『時間前だけど、みんな揃っているようだし親睦会を始めたいけど、問題ないかな?』

「大丈夫です」

『問題ないです』

『私も大丈夫です』

『始めましょう!』

『ありません』

『あっ、だっ大丈夫、です』

 

 

 今回の進行役の佐々木さんの提案に皆がそれぞれの言葉で了承したことで、予定時間前であるが俺にとって初声合わせとなる同期との親睦会が始まった。

 

 

『まずは、ギリギリになってしまったけど6人目のVtuberが決まったので、彼女から自己紹介をお願いしようかな』

「みっ皆さん初めまして、【冬空ユキ】役の九条七海です。よろしくお願いします。」

 

 

 少し詰まってしまったが、通話越しでも効果があるか実証実験をしていないとはいえ、【言霊】も載せているので受ける印象は悪くないと思う。

 

 

『よろしく!すごい良い声だね!!』

『よろしく~!』

『ヨロヨロ~』

『よろしくお願いします』

『よろしくです』

 

 

 俺の挨拶に一斉に返事が返ってくるので声が混ざってしまい、聖徳太子ではないので誰が何を言ったのか上手く聞き取れなかった。

 というか、聞き取れても誰が誰の声なのか分からない。

 

 そもそも6人目は俺がタイミングよく現れなければ欠番のままであり、5人でデビューする予定であったために5人の交流は既に行われていた。

 リアルで会うという顔合わせも済ませているそうで、佐々木さん経由の話ではメンバーの仲は良好であるとのこと。

 

 そう。既に出来上がっているグループへ参加しないといけないという、現状の中学生生活と同じ状況なのだ。

 今回の親睦会も既存メンバーの5人と新規メンバーの俺の交流会でもある。

 

 

 あっやばい。改めて現状を認識したら、少し胃がキリキリと痛み出してきた。

 というか、佐々木さん!早く次に進めてくれ!

 楽し気に会話する輪に入れないで、ポツンと聞いているだけの状況は色々とキツイ!!

 

 

 そんな俺の願いを聞き取ってくれたのか、佐々木さんは俺の挨拶だけで何故か盛り上がり始めた面々を宥めつつ自己紹介をするように誘導してくれる。

 さすがプロジェクトリーダー(?)だ。

 

 俺は、既に起動させていたメモ帳をアクティブにし、キーボードに手を添えて準備を整える。

 

 前世の社会人の時の話。

 営業ではなかったとはいえ他社の人間と会うことが間々あり、その際に相手と交換した名刺を視界の端に映るように置いて、名前や役職を間違えないようにしたり、帰った後は裏面などに印象とか外見的特徴などを書いていた。

 

 同期となる“ガワ”のVtuberは覚えられたが、中の人の名前はもちろん声も俺は知らないのだ。

 マネージャーからオフコラボの企画が既に検討されている。という情報を得ているので、早めに覚えておくに越したことはない。

 

 

『じゃあ私から、初めまして―――』

 

 

 

 

 

********************

 

 

 

 

 

『6人目のメンバーが決まったわよ』

 

 

 通話越しでの打ち合わせの最中。

 専属のマネージャーさんから軽い口調で告げられた内容に、飲んでいたお茶が気管に入ってしまい大きく咽てしまう。

 

 

『ちょっと、大丈夫?』

「ケホッケホッ。ろっ6人目は、良い人が見つからないから欠番って話じゃなかったんですか?」

 

 

 私を含めた5人は、現在所属している会社―――事務所とも言う―――から「Vtuberになってみないか?」とスカウトされた身である。

 最初の説明時には6人でデビューする予定と聞かされており、実際に6人で映っているイラストも見せられていた。

 

 だが、事務所側がどういう人材が欲しかったのか分からないが、6人目となる人材が見つからないまま時が過ぎていった。

 そして、5人での顔合わせも済ませて本格的に準備が始まる頃になって「6人目は欠番として、5人でデビューする」という決定が伝えられたのだ。

 それがデビューする日まで一カ月を切った大事な時期の今になって……

 

 

『見つかったのよ。ただ問題があってね』

「問題?」

『6人目の子ね、まだ中学生なの』

「はい!?」

 

 

 最初に言った通り、現在のメンバーは応募ではなくスカウトされて決まったのだ。

 となれば、6人目の子もスカウトされたということになるのだが……中学生をスカウト?え?その子をスカウトした人って、ロリコンじゃないよね?

 

 

『邪な想像をしているところで悪いけど、ちゃんと能力を鑑みて採用された子だからね』

「Hなことなんて想像してません!!」

『私、邪なとは言ったけど性的とは言ってないわよ?』

「うっ……」

 

 

 違う。違うんだよぉ。

 年端もいかない子と邪な想像が組み合わされれば、そういう考えにも辿り着いてしまうのは当然であって、決して私がロリコンなわけじゃないんだよぉ!!

 

 

『ごめんなさい。少しからかいすぎたわ。話を進めるわね?』

「……はい」

『日程はまだ未定だけど―――』

 

 

 マネージャーさんからの話を自分に分かりやすくまとめると、

 自分より年上の人たちのグループへ何の備えもなく放り込まれるのは、中学生には酷というものである。

 なので実質的なリーダーというかまとめ役な立ち位置になっている私が、その子がグループの輪へ入れるようにサポートをお願いしたいということになる。

 

 また、直近の予定として通話での親睦会を開催することになっているから、その時にでも沢山お話でもして仲良くなってほしい……って、これ私が受けること前提の話じゃん。

 

 まあ、別に嫌ってわけじゃないから問題はないんだけどね、うん。

 

 

 

 

 なんてことがあってから、数日後の今日。

 結局マネージャーさんからのお願いを引き受けた私。

 

 だって、これから同期となる子なのだから仲良くするのは当然だというのもあるけど、中学生の子に初っ端から他のメンバー達の癖の強さを受け止めさせるのは、酷というものだ。

 そう思って、身構えていたのだが……

 

 

 彼女が自己紹介をするときに聞こえてくる声に、私は一目惚れならぬ一声惚れをした。

 

 

 緊張からか単純に話し慣れていないのか、少し詰まらせながらも懸命に話す彼女の声はとても柔らかく滑らかで、ヘッドセットで通話に参加していた私の耳と脳を蕩けさせた。

 

 親睦会に臨むときの「年上として面倒をみないと」という義務感はキレイサッパリ吹き飛んでしまい。

 「この子は私が守ってあげなきゃダメだ!!」という母性にも似た感情が体中を駆け巡った。

 

 

「よろしく!すごい良い声だね!!」

 

 

 脳が蕩けたままだが、すぐに自己紹介に対して明るく反応することで「自己紹介は失敗してないよ。上手くできたよ」と安心してもらう……少し自分の欲望が漏れた気がするが、気にしない!!

 他のメンバーもヘッドセットで聞いていたわけではないようだが、十分に彼女の声に魅了されたようで少し興奮気味に感想を言い合っている。

 彼女―――七海ちゃんに絡んでいかないのは、事前に私がみんなで一斉に話しかけると怯えてしまうからと注意しておいたからだろう。

 

 ただ、これだと七海ちゃんが孤立気味になってしまっている。

 注意の仕方を間違えた後悔と、それを素早くフォローしてくれた佐々木さんに感謝をしつつ、私達も自己紹介をすべく、心持ち姿勢を正しくする。

 

 

「じゃあ私から、初めまして【水原(みずはら)カレン】役の【橋本(はしもと) (さき)】です。みんなのまとめ役のような感じだから、分からないことや聞きたいことがあったら遠慮なく話してもらえると嬉しいかな。よろしくね」

 

 

 

 

 

********************

 

 

 

 

 

 ありがたい。本当にそう思える気遣いを橋本さんはしてくれている。

 まとめ役をやっているだけあって、話していくうちに分かった個性的な他のメンバー達を御している様は、リアルでは学校の先生をしているのではと勘ぐってしまうほどだ。

 おかげで俺が先輩方から受ける無茶ぶりが大幅に軽減されている。

 

 いきなり「アニソンのデュエットしましょう!!」とか勘弁してほしい。

 誰かと一緒に歌うということはもちろん、初対面ばかりの人達の中で歌うとか、無茶ぶりにもほどがある。

 だけど、そういう点を抜かせば……

 

 

『それじゃあ七海ちゃんもゲームをするの?』

「そうですね。読書の合間に、ちょっとやる程度ですけど」

『どっちも目を使うから疲れねぇか?ウチには無理だわ』

『それは杏華(きょうか)ちゃんが、完全なアウトドア派だからだよ』

 

 

 会話の中心になることなんて今世では初めての事だから、橋本さんのフォローがあっても小さく緊張しっぱなしではあるが、父や芳子さん以外との会話はとても楽しかった。

 そして、楽しいことは時間が経つのも早いもので、気づけはお開きの時間となっていた。

 

 

『楽しい時間に水を差すようで悪いけど、これから予定のある子もいるし、ここらでお開きにしましょう』

『は~い。楽しい時間はあっという間だね』

 

 

 他のメンバーには悪いが佐々木さんのお開き案内は正直、助かった。

 楽しい時間であったとはいえ、長時間の緊張に晒され続けた病弱な体は、長年付き合ってきた俺に対してアラートを発令する程度に限界を訴えていたからだ。

 

 幸いにも、俺の体が丈夫ではないことは今回の親睦会で伝わっているので、申し訳ないがキチンと別れの挨拶をしてからPCの電源を落とした俺は、少しフラつく足取りでベットへうつ伏せにダイブする。

 

 

「20時、か。2時間近く話してたのか……」

 

 

 2時間でこの消耗具合は、Vtuberとしてヤバいのかもしれない。

 さすがに耐久配信なんて地獄をする予定などないが、1時間ほどの配信をほぼ毎日する予定と組み立てている状況では不安になってしまう。

 

 父はもちろん、桃瀬マネージャーや佐々木さんからは「無理をしなくてもいい」といわれたが、俺を含めた6人は先陣となってデビューするのだから、他の5人の足を引っ張るようなことは避けなければならない。

 かといって無理をしたせいで寝込んでしまったら、それこそ意味がない事は分かっているので、とりあえずは体力づくりのために、他のメンバーが時折受けているというレッスンに参加させてもらうとしよう。

 

 俺は微睡んでいく思考の中でツラツラと今後の予定を考えながら、最後にはゆっくりと瞼を閉じて夢の世界へと旅……立つ前に、様子を見に来た芳子さんによって起こされると「そのままでは体調を崩す」と怒られてしまった。

 

 今さっき、体調に注意すると決めた直後の体たらくに反省しつつ、毛布に包まれて今度こそ夢の世界へと旅立っていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#デビュー後
4:初めまして、冬空ユキです(1)


短いですが、特殊タグの操作で燃え尽きました。
これを使いこなせる原作者様、すごすぎぃ!!


 通話での親睦会を終えてから、数日後。

 とうとう【サンステージ】所属のVtuber達がデビューする日となった。

 

 とはいっても、一人30分枠の自己紹介配信を6人連続でやると3時間という長時間視聴が必要となり、そうなると配信順によっては十分な視聴者数を確保できない可能性が指摘されていた。

 では一日に1人デビューという案も出ていたが、一人目と六人目のデビュー日が離れてしまうのは駄目だということになって、最終的に会社は「二人ずつで三日間で全員をデビューさせる」ことを選択した。

 

 そして、一日目の一番手という大役を任されたのが……

 

 

「……ぅぅ、胃痛が、する……」

 

 

 【冬空ユキ】こと俺である。

 既に配信の準備は完了していて、あとは指定した時間に配信が始まるのを待っているだけであり、待機画面としてユキの生みの親であるイラストレーターさんから提供されたアニメーションが流れている。

 

 

 * * *

 

 濃紺色の背景の中を白い雪の結晶がポツポツと舞う。

 そんな景色の中央に、赤い傘を差したデフォルメされたユキが立って、微笑みながらこちらを見ている。

 彼女は、持っている傘をクルクルと回しながら「ちょっと待ってね」という吹き出しを表示させており、定期的に瞬きすらしている。 

 

 * * *

 

 

 視線を待機者数が表示されている欄へと移せば、何故か2,000人を超える人がいて、コメント欄には待機画面のアニメーションについて感想を言っていたり、PVから来たことを告げるコメントなどで溢れていた。

 

 

 そう。PVである。

 俺のだけではなく、全員を取り扱ったPVが配信されているのだ。

 

 これは事前に事務所用として【サンステージ】の名前で登録したアカウントを使って告知動画を投稿したもので、6人全員が並んだ画面から各人をピックアップしてキャラごとの公式紹介文を映すだけの簡易なものではあるが、上手く宣伝していたのか結構な再生数を稼いでいた。

 なので、そこから何割かの人が来てくれたのだろう。

 

 ちなみに、【冬空ユキ】の公式設定は、

 

-----

 

 ある北国生まれの地精。

 人間に興味があって、女子高生に化けて人の多い場所で生活してる。

 違う土地にいるために、貧弱になり苦労している。

 

-----

 

 スカウトされた時に見た設定にはなかったヨワヨワ設定が盛り込まれているが、俺の病弱さを反映させているとのこと。

 また3D化を見込んでいるためか俺の身長に似せた身長も記載されているものの、元の俺が女子中学生からしても小さいということもあって、他のキャラと比べると一回りも二回りも小さい女子高生という珍しい状態になっている。

 そこをツッコまれても「私、人間じゃないですから」的なことでも言って誤魔化せるだろう。

 

 

 なんて現実逃避をしている間に、配信開始が秒読み段階へと移っていた。

 

 

「スゥー……ハァー……」

 

 

 バクバクと激しい鼓動を響かせる心臓を落ち着かせるために深呼吸をし、カラカラに乾いた喉を脇に置いてあるミネラルウォーターで軽く潤す。

 

 

「あっ、あっ、あ~~っ」

 

 

 初手の挨拶でミスらないように声のチェックをも終え、ついに時計が配信時間と同じ時刻を示し、立ち上げてあったソフトや機材が起動した。

 すると、アニメーションが流れていた待機画面が一瞬の暗転の後に、画面中央に俺の動きに同調して小刻みに動いている【冬空ユキ】が表れる。

 

 もう後戻りはできない。覚悟を決めて、目の前に置かれたマイクに音が入らないように静かに息を吸い込むと……

 

 

 

 

 「皆さん、こんばんわ~」

 

キターーー

こんばんわ

ばんわ~

時間通りだ

おっ、ええやん

すげえ良い声

声好き

 

「あっあ、ありがとうございます。えと、声の大きさ、問題ないですか?」

 

 

 よし、挨拶は上手くいった。

 【言霊】を使っていないのに声を褒められて動揺して少し吃ったが、まあ進行には問題ないだろう。

 

 

ちょうどいい

問題ない

もう少し大きくてもええんやで?

緊張してても、よく聞こえるよ

 

「大丈夫みたいですね。それじゃあ自己紹介します。」

 

 姿勢を整えると、画面に映るアバターであるユキも体をまっすぐにして、表情の変化を認識したのかキリッとした真剣な顔つきへと変わる。

 まあ、それでもどこかポヤンとした印象を受けてしまうのだが……

 

 

「皆さん初めまして、【サンステージ】所属の新人バーチャルミャーチューバーで、【冬空ユキ】と言います。」

 

 

 自己紹介に併せて、コメント欄やキャラに被らないように【冬空ユキ】の設定と目標が書かれた画面を表示する。

 目標については無難に「人間の友達を作る」にしている。

 

 

JKなのにちっさw

精霊要素どこ?

 

「ちっさくないし、みんなが大きすぎるだけです。それに精霊の間では、標準です」

 

精霊が小さいことが判明

小さい、良いと思います

 

 

 小さいに反応して、変な設定を生やしてしまったような気がする。

 

 

「今のところ雑談をメインで、馴染んでいければ別の事をやろうと思ってます。」

 

雑談助かる

この声で歌ってほしい

ゲームで悲鳴聞きたい

りょうかい

AMSRやろうぜ

ホラゲやろう

うっ……ふぅ……

 

 

 雑談メインを伝えたら、何故か他のコンテンツを勧めるコメントがすごい勢いで流れてくる。

 というか、悲鳴とかAMSRとか変態チックなの多すぎないか?特にうめき声コメントした奴、何してた?

 

 

「……ええと……マシュマロを読んで終了時間になるのが怖いので、先にファンネームや押しマークなどを決めたいと思います」

 

視聴者が変態すぎて、困惑してるw

初配信でこれはキツイわな

仕方ないんや。声を聞いてると我慢ができない

わかる

もしもしポリスメン?

 

 変態コメントは俺の声が原因と主張しているが、【言霊】を使っても鎮静や軽い強制ができるだけだから、欲望の解放とか意味わからん効果はないはずなんだけどな?

 とはいえ、ここで検証を始める時間なんて作れるわけもないから、事故や問題を起こさないように初配信を終えられることだけを考えるとしよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5:初めまして、冬空ユキです(2)

特殊タグについて原作者様にご助力いただきました。
ありがたや~

本来、(1)と(2)は一つだったので加筆してありますが、今回も短めです。


 結構な速さで流れていくコメントを目で追いながら、頭の中でカウントをとっていく。

 

 

「ん~……コメントの感じだと【ユキ友】が多いみたいだから、ファンネームはユキ友にしますね」

 

ご主人様は駄目だったか

お兄ちゃんが敗れただと!?

これで決めごと終わり?

ワイ、今からユキ友になる

同じく

 

 

 多数決で決めたために少し時間をかかったが、無事にネームやアート、押しマークなどが決まったので一安心だ。

 

 チラリと時計に目をやれば、配信終了まで15分ほど残っている。

 これなら、いくつかマシュマロを消化することができるかもしれない。

 

 

「それでは、無事にやるべきことが終わったので、事前に募集していたマシュマロを消化していきたいと思います」

 

安心したのが声から伝わってくるw

15分で配信終了した新人がいるしな

俺の読め、読め、読め・・・

 

 

 会社と契約した日に冬空ユキ名義のアカウントを登録し、配信中に使う質問を募集していたので結構な数が届いている。

 当然、システム検閲を潜り抜けてきたセンシティブなものや悪ふさげの類が混ざっていたが、それは速攻で除外して無難な質問を事前に選んでストックしてある。

 今回はその中から、適当に見繕ったものを表示させる。

 

 

「まずは、これかな?」

 

 

 

                               

初めまして~

冬空ユキさんは、北国生まれとのことですが

具体的にはどこなんでしょうか?

気になって、夜8時間しか眠れません。

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「うん。それだけ眠れてれば問題ないと思います」

 

当然の反応に草

真面目か!

 

 

 まあ、こういうのは“お約束”というのは分かってるけど、ツッコまずにはいられなかった。

 

 

「質問についてですが、皆さんの想像にお任せします。えっと……A secret makes a woman woman……です」

 

あのキャラのセリフかw

たどたどしい英語、良い

ワイより英語上手い

結構オタク?

 

 

 別に上手くもない英語で場を濁して、この質問を終わりにする。

 

 そもそも正直な話、詳細な出身地などの設定は考えてすらいない。

 なので、最初にこう答えておくことで、以後の出身地系の質問は“ヒミツ”で通すような下地を作っておく。という作戦だ。

 こういうものは事前にやっておくとネタで多少いじられても、延々と追及してくることはない。

 

 変に追及される前に、次のマシュマロに行ってしまおう。

 

 

「次のマシュマロは、これです」

 

 

 

                               

ユッキー初めまして!!

現役JKとのことですが学力はどんな感じです?

あと、得意不得意の科目などはありますか?

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

ユッキーw

その呼び方は駄目だ。例の漫画を思い出す

可愛い

 

「呼び方は、好きなように呼んでいいですよ。まあ、私がそれに反応するかは別ですけど」

 

ジト目可愛い

じゃあ、俺はユキユキって呼ぼ

なんで長くなってんだよw

 

「えっと、学力は良い方じゃないかなと思ってます。テストで平均点以下をとったことないですし」

 

 

 実際には上位のほうにいるけど、前世の記憶持ちっていうチートを使ってるから自慢にはならない。

 学力とは少し違うが、体育なんて倒れたという前科持ちだけあって、保健委員が俺の近くに待機している要介護者扱いだしね。

 

 

意外と頭良い?

見た目的に勉強苦手かと思ってた

赤点常習犯のワイは、どんな顔すればいい?

泣けばいいと思う

 

「得意な教科は、敢えてを付ければ数学かな?不得意な教科は英語と歴史ですね」

 

 

 数学は、数式を当てはめて解いていくのが謎解きみたいで好きなんだよね。

 英語は、前世から苦手意識がついちゃって、今世でもそれを引きずってる感じ。

 歴史は、ここがパラレルワールドなせいで覚えた知識が前世と今世でごっちゃになって、大変なんだよ。

 

 

ナカーマ!

さっき英語で答えたのに嫌いなのかw

ワイも歴史は嫌い

芸術や技能系は?

 

「芸術や技能?家事はやってるので家庭科?は、まぁまぁ得意ですよ」

 

俺のために毎朝みそ汁を作ってくれ

毎日ユキちゃんの味噌汁を飲みたい

一緒に料理しようぜ

求婚者多すぎw

 

「ごめんなさい。友達でお願いします」

 

 

 ペコリと頭を下げると、アバターの【冬空ユキ】も稼働範囲内でのお辞儀をする。

 初配信で求婚してくるとか、意味が分からんわ。これも俺の声が原因なのか?それとも知らないだけで何かのネタなのか?

 

 

即答w

草原

あァァァんまりだァァアァ!!

 

「美術は普通かな?可もなく不可もなくって感じですね。音楽は、楽器は良いけど歌は人前で歌うのが恥ずかしい」

 

よし、歌配信をやろう

お絵描き配信でもいいぞ

絵描き歌とか最強じゃね?

 

「予想通りの反応すぎて、びっくりだよ。残念ですが、当分は雑談メインで行きます。やることになっても機材がないし」

 

じゃあ、おいちゃんが買ってあげるよ

もしもしポリスメン?

 

 

 さすがに、ネタなのか本気なのか分からないコメントは困る。

 この話題はこれ以上は危険かな?

 

 

「このマシュマロは、これで終わりにしましょう。次は……」

 

 

 

                               

デビューおめでとうございます!

すごく気の早い質問ですが、コラボをするなら

誰としたいですか?理由もお願いします。

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「お祝いマロありがとうございます。コラボは、ん~そうだなぁ……同期の【水原カレン】がいいかもです」

 

おっ、てぇてぇか?

てぇてぇなのか?

 

「そんなじゃないですよ。えっと言っていいのかな?」

 

 

 あの通話親睦会って、話題にしていいんだよな?

 設定的には問題ないから、個人情報とかの話題を言わないように注意して、

 

 

「実を言うと私、同期の中で最後に加入したんです」

 

マジか

最後が最初

 

「それなんで親睦会を開いてもらった時とか輪に中々入れなくって、そんな状況に手を差し伸べてくれたのが水原カレンなんです」

 

紹介文通りの性格w

カレンママ?

ママァ~

誰がママか!水原カレン✓

 

「ええっ見てたの!?この後、配信だよね!?」

 

本人登場w

これコメントしてないだけで他の同期も見てそう

大丈夫、いま最終確認終えた水原カレン✓

 

「そっそれならいいけど……ううっ、同期に見られてると思ったら、恥ずかしくなってきた」

 

 

 無駄に高性能な認証システムのせいで、画面上のユキは顔を真っ赤にして照れつつも嬉しそうに小さく笑っている。

 ぐっ、マネするんじゃねぇ!!

 

 

あっ(尊死)

その顔最高

かわいい

あかん、これはあかんよ

 

「ああ、もう!いい時間だしマシュマロ消化は終わり!!終わりの挨拶します」

 

 

 運よく、終了時間まで残り数分。

 さっさと終わらせて顔の熱をとらないと、熱を出しそうだ。

 

 

「皆さん、今日は来てくれてありがとう。この後の【水原カレン】の初配信もよければ見てください。概要欄にURLを載せてありますので」

 

見に行く

ママの配信見てくるよ

OK(ズドン)

OK(ズドン)

りょ

 

「それじゃあ、皆さん。またね~」

 

 

 手を振れないので、代わりに頭を振って配信を終了。

 もちろん。Vtuberのあるある事故である切り忘れをしていないか確認をする。

 

 うん。全部、停止を確認。

 

 

「……疲れた」

 

 

 本当に配信が終わったと分かった瞬間に、猛烈な疲れが私を襲った。

 

 対話のように目の前に相手がいない。

 通話のように相手の声は聞こえない。

 

 だからこそ変に緊張せずに話すことができたと思っていたけれど、そんなことはなかったようだ。

 このままベッドで寝て休みたい欲求が湧いてくるが、それ以上に直ぐに始まる水原カレンの初配信を見たいという欲求のほうが強い。

 

 幸いにも、会社側というかたぶん父が用意してくれた今座っている椅子にはリクライニング機能がついているので、楽な姿勢にしつつも寝落ちしないように調整する。

 また芳子さんに怒られたくないしね。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 水原カレンの配信待機画面を見ながら、体を軽く休めることができてから、ようやく自分の配信を振り返る余裕ができた。

 

 どうにか大きな失敗はしなくて済んだ。

 配信中のコメントにもあったけど、【あるてま】2期生の一人がミスをして配信15分で逃げ―――終了したのを知っていたから、少し余裕が持てたのかもしれない。

 

 “黒猫燦”さん、ありがとう助かったよ。

 

 まあ、そんな炎上するようなことをしてもウケて人気が出てるんだから、彼女はすごい人なのだろう。決してマネしたいとは思わないが……。

 そもそも、あれは素でやっているのだろうか?演技だとしたら炎上させつつも視聴者に悪感情を持たれないような立ち回りはすごいと思うし、素だとしたら私と同じ“能力持ち”なのかと疑いたくなる愛され属性だ。

 

 能力と言えば、視聴者のテンションがいやに高かったけど、あれは何だったのだろうか?

 最後の案内で【言霊】を使ってしまったのを除けば、配信中は一切使用していなかったはずなのだが……もしかして能力が強化されたとか、バトル漫画的な感じなのかな?

 

 

「あーあーあー、テステス、皆さん聞こえてますか~?」

 

 

 結論を求めない思考の海に漂い微睡み始めた頭に、水原カレンの声が届いてスッと頭がクリアになる。

 いつの間にか閉じていた目を開けてみれば、無造作ウェーブのかかった黒髪ショートのキレイ系のお姉さんが笑顔でこちら側に話しかけていた。

 

 

「ですよね!いや~嬉しいなぁ、私も一目見た瞬間に虜になっちゃいましたよ」

 

 

 初配信だというのに、それを感じさせないかのような会話の展開や話し方は、親睦会でフォローしてくれた時と似ていて自然と笑みがこぼれた。

 

 

「すごいなぁ……私も、こんな風になれるのかな?」

 

 

 自分が無意識に呟いた言葉に気づくこともなく、俺は再び微睡みながら楽し気に話をする姿を見続けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6:コラボ準備

 Vの沼にハマるところだった……怖かった……


「七海ちゃん、そろそろ歌配信とかしてみない?」

「……え?」

 

 

 初配信を終えて一週間後の今日は、週一で行っているマネージャーの桃瀬さんとの打ち合わせの日。

 いつもは俺の諸々を考慮して自宅からの通話で行うのだが、今回は“ある準備”のために会社へ行く必要があって、それなら打ち合わせもやってしまおうということで応接室に通されたのだ。

 

 高そうな革張りの黒いソファに恐る恐る座り、小柄なために埋まってしまいそうなほど沈み込む体に「ひゃぁ」とか情けない声をあげてしまう。

 そんな俺を生暖かい表情で見ていた彼女が、配信を始めてから初めての打ち合わせで初っ端から発したセリフが上記のものであった。

 

 

 ちなみに、ほぼ毎日配信を予定していたのだが、やはりと言われるべきか病弱さが原因で頓挫した。

 

 学校で体育の授業があった日。

 少し倦怠感があったものの「自分の体は自分がよく分かっている」という謎理論から「大丈夫である」という判断の元。配信を行った翌日。軽く熱を出して寝込むことになってしまったのだ。

 当然ながら、その日は学校と配信を休むこととなり、回復後に父や芳子さんなどの周囲の人と怒られた後に相談した結果。

 

 

・学校がある日の配信は、最低でも一日は休みを設けること。

・体育の授業など体力を使うことを行った日は、配信しないこと。

 

 

 という条件が定められた。

 正直、特別に体力づくりのレッスンを組んでもらっていながらも起きた今回の件に、冗談抜きで泣きそうになったが、父から「小学生の頃から比べれば体調面は改善しているから、この調子で着実に改善していけばいい」という言葉で、自己嫌悪のループに陥らずに済んだ。 

 

 

 話を戻そう。

 

 

 現状、俺の配信は雑談オンリーだ。

 

 雑談ばかりで大丈夫なのか?と思われるかもしれないが、視聴者たちからマシュマロでのネタ提供をしてもらっているので雑談メインでも問題ないはず……把握できてるコメントから楽しんでもらえているようだし、同時視聴者数や登録数が順調に伸びていっていることからも大丈夫なはずだ。

 

 そもそも、配信内容を決める打ち合わせの時に「当分は雑談でやっていく」ということを決めたと思うのだが?

 

 

「七海ちゃんの配信を見てると、歌を歌ってほしいって希望が多かったの気づいてる?」

「えと、まあ……」

 

 

 さすがに全部のコメントに目を通すことは出来ないが、雑談の流れで人気の曲をワンフレーズだけ口ずさんだ事があった時に、称賛するコメントが大量に流れて驚いたことがあった。

 そして、その中にはフルで聴きたい!とか違う曲の奴も!という希望が書かれたコメントも、結構な数があったと記憶している。

 

 

「初配信を含めて、次で5回目の配信でしょう?区切りという訳ではないけど……歌配信。やってみない?」

「……」

「もちろん、枠いっぱい歌う必要はないわ。一二曲だけ歌った後は感想とか、いつも通りの雑談配信でもいいの」

 

 

 歌うこと自体は好きだ。

 今世では男の時には出せなかった高い音程が出せるから、好きな女性ボーカルの歌も無理なく歌えるから、前世の時以上に楽しい。

 ただ、それは人に聴いてもらうためではなく、一人で好きなように歌ってストレスを発散させているだけであって、1,000人を超える人の耳に自分の歌声を届けるどころか、以降はネット上に残り続けることになると考えただけでキリキリと胃が小さく軋みを上げる。

 

 声を既に晒してるじゃないかって?俺としては声と歌は、似ているようで全くの別物だ。

 

 

「っ……」

「一人で歌うのが怖ければ、同期とコラボしてデュエットでもいいのよ?」

「難易度が上がってませんか!?」

 

 

 反射的に声を荒げてしまったが、コラボという提案をされたときに、水原カレン―――橋本咲さんの事が頭に浮かぶどころか、あの人とならなんて思ってしまった。

 

 いやいや、確かに初配信の時にコラボするならという質問で彼女の名前を挙げたけど、仮にコラボするにしたって次の配信は明日で、残り24時間を切っているのだ。

 橋本さんとは、通話での親睦会以降は配信の事とかをDisRoadで軽くやり取りをしたことがある程度で、いきなり「明日、歌コラボしませんか?」とか言えるわけがない。

 

 かといって他の同期の人達とは、親睦会以降に互いの初配信を終えた時に言葉を交わした程度で、橋本さん以上に交流が少ないから無理。

 

 あれ?そもそも、なんで歌配信することを前提として考えているんだ?

 まあ桃瀬さんには、中学生で病弱という扱いが難しい俺のサポートで色々と苦労をさせてしまっているから、提案を無下にできない点はあるけど……。

 

 ああもう!!どうすれば……

 

 

 なんちゃってゲンドウスタイルで悩み続ける俺の耳に、ドアがノックされる音が届いた。

 俺と桃瀬さんが打ち合わせ中であることは部署の人は知っているはずで、それなのに訪ねてくるなんて何事だろうか?

 

 

「はい。どうぞ」

「失礼しま……あっあれ?」

 

 

 桃瀬さんの返事を受けて入ってきたのは落ち着いた感じの眼鏡が似合う美人さんで、俺たちを見て困惑した様子だった。

 ん?というか今の声、どこかで聞いたことがあるような?

 

 

「すみません。ここって、第7応接室では……」

「第7は隣ですね。ここは第1ですよ」

「あっ、すみません。間違えました!」

 

 

 羞恥で顔を赤く染めた美人さんは、慌てて謝罪の言葉を出しながら頭を下げるのだが……

 

 

「あっあっ、眼鏡が」

 

 

 勢いよく下げすぎたせいか、彼女がかけていた眼鏡が宙に舞うと何故か俺の膝の上にウルトラ着地した。

 初見の印象であった落ち着いた感じの美人さんから、この短時間でドジな美人さんへとジョブチェンジをするとは凄い人だ。

 というか、どうったらお辞儀をするだけで眼鏡を前方へと飛ばすことができるのだろうか?

 

 他人が慌てていると自分は落ち着く的なことを実感しつつ、膝の上に落ちてきた眼鏡を念のためにハンカチを使って指紋が付かないようにして手に取る。

 あれ?この眼鏡、度が入ってない?

 

 

「ごめんなさい」

「あっ、いえ。どうぞ」

 

 

 小走りで寄ってきた美人さんに、ハンカチの上に乗せた眼鏡を落とさないように両手で掬い上げるようにして差し出す。

 男の頃には片手で十分だったが、両手でないと安定して支えられないほど小さい今の体を、こういう所で実感してしまって、なんだかモヤッとする。

 

 そんな内面を表情には出していないのだが、彼女は差し出した眼鏡ではなく俺の方へ視線を向けてつつ、眉間に皺を作っていたかと思うと、自信なさげな声で……

 

 

「七海、ちゃん?」

「……えっと?……ぁ……橋本、咲、さん?」

 

 

 俺の名前を呼ぶ感じが、親睦会で橋本さんが俺の名前を呼ぶときと似ていて、確認するかのように俺も相手の名前をおそるおそる言ってみた。

 これで人違いだったら死ぬほど恥ずかしいのだが……。

 

 

「うん!私、橋本咲だよ!!わっわっ、本当に七海ちゃんだ。想像以上に凄く可愛い!!」

 

 

 すると、美人さん改め橋本さんは顔をほころばせながら嬉しそうな声で、何故か俺を称賛しだした。

 

 

 ちょっ、やめて!

 人見知りを“外用の顔”という防具で隠してる俺に、不意打ちの誉め言葉はダメージが半端ないんだって!

 背中はムズムズするし、顔が熱くなるのが分かる。

 

 助けてくれ!桃瀬マネージャー!!

 

 

 防御を貫通されてピンチになった俺は、対面にいる桃瀬さんへ助けを求めるべく顔を向けると、何故か彼女は口元を手で隠しながら明後日の方向へ顔を向けてしまう。

 が、すぐに顔を元に戻すとワザとらしく咳ばらいをして、橋本さんの意識を自身へと向けてくれる。

 

 助かった。

 

 

「咲さん。七海ちゃんが困ってるので、そこまでです」

「え?あっ、ごめんね」

「……い、いえ」

 

 

 桃瀬さんからの注意を受けて状況を理解した橋本さんは、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら俺へと謝罪をしてくる。

 俺としては美人のいろんな表情を間近で見れたことによる「ごちそうさまです」という感情と、人見知りなのに急接近されたことによる「恥ずか死ぬ!」がごちゃ混ぜになって歯切れの悪い返答しかできない。

 

 ところで、橋本さん。

 なぜに私の両手を、包みこむように触ってくるのですか?

 人に触られ慣れてないから拒否したいのに、眼鏡を持っているせいで下手に動かすことができなくて、とてつもなく困っているのですが!?

 

 

-----

 

----

 

---

 

--

 

-

 

 

「七海ちゃ……冬空ユキとのコラボですか?大歓迎です!」

 

 

 あの後、橋本さんのマネージャーがやってきて俺から彼女を引きはがしてくれたことで、やっと人心地がついたと思う間もなく、橋本さん達に対して何を思ったのか桃瀬さんが“冬空ユキと水原カレンのコラボ企画”を持ち出したのだ。

 橋本さんは先のセリフの通りで大歓迎で、彼女のマネージャーも「彼女が賛成なら問題ありません」とこちらも賛成派。

 

 当事者の一人であるはずの俺を置いて、とんとん拍子に進んでいく初コラボの話に理解がついてこれずにオロオロとしてしまう。

 そんな俺の様子がどのように映ったのかわからないが、橋本さんは俺へと笑顔を向けながら

 

 

「七海ちゃんが、初配信の時にコラボしたい相手に私を選んでくれた時から、こうなるのを楽しみにしてたの。誘ってくれてありがとう」

「ぇ、ぁ……よろしく、お願いします」

 

 

 本当に楽しそうに語る彼女に、俺は自身の要望を伝えることができないどころか、自分で退路を断ってしまうかのような返答をしてしまった。

 

 幸いにも、急なスケジュールにも合わせることができるとのことで、ここで大まかに内容を決めた後、当日の配信前に音声状況を含めた最終確認を行うということで、俺と橋本さんの初コラボ緊急会議は30分にも満たない短時間で終了した。

 

 この後も仕事がある両マネージャーが退出するのに併せて、俺も貰った資料を片手に応接室から出ようとしたとき、橋本さんから声がかかった。

 

 

「あっ、七海ちゃん。この後、時間ある?」

「え?」

「ぶっつけ本番は怖いから、一緒にカラオケで練習してみない?」

「えっと……」

 

 

 確かに明日とはいえ、どうせやるからには軽くでも練習はしておきたい。

 

 だが……。

 

 告白すると、前世を含めて俺はカラオケに行ったことがない。

 人前で歌うのが苦手という以前に、一緒にカラオケに行けるような交友関係を築いていなかったのが最大の要因だろう。

 

 それに今世の俺は、芳子さん以外の人と出掛ける際には父の許可がいるのだ。

 

 許可制とは言っても、束縛されているわけではなく。

 病弱故に、注意してても出掛け先で体調不良を起こしてしまった時に、俺と相手の双方にデメリットが発生してしまうので、その辺を考慮しないとならないのだ。

 

 という訳で、チラリと桃瀬さんへと視線を向けると「七海ちゃんの親御さんへ、聞いてみますね」とスマホを片手にドアの外へと姿を消す。

 この会社に父が勤めていることは同期には秘密というか教えていないので、その辺を分かってくれた彼女の行動に、心の中で感謝する。

 

 

 数分後に桃瀬さんが戻ってきて、一言二言ほど橋本さんと何事か話した後に父が了承したことを教えてくれた。

 

 

「それじゃあ、夕食前には七海ちゃんが着くようにします」

「よろしくお願いします」

「はい。それじゃあ七海ちゃん、行こっか」

「はっはい」

 

 

 ナチュラルに手を握ってくる橋本さんにドギマギしつつ、俺は人生初のカラオケへと出発することとなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7:初カラオケ

申し訳ない。
予約投稿の日付が29日じゃなくて30日になってました……。


 近くに知り合いが働いているカラオケ店があるから、という橋本さんの勧めで彼女の車の助手席に乗り込んで出発したのだが、今更ながら自分が置かれている状況を再認識して緊張からガチガチに体が硬くなってしまう。

 

 自慢ではないが、前世も含めて女性と車の中で二人きりになるなんて初めてだ。

 学校への送迎をしてくれる芳子さんも女性だが、彼女は前世を含めても年上なためか「お母さん」的な感じがして、一緒にいても緊張はあまりしない。

 まあ、仕方ないとはいえ子ども扱いをされるのは少し気恥ずかしさがあるけれど……。

 

 

「そんなガチガチになってると、着いた時にはヘトヘトになっちゃうよ?」

「えと、すみません」

 

 

 俺のあまりな緊張具合に、苦笑いを浮かべながら橋本さんが忠告してくれるが、それで緊張が解けるようなら人見知りなんてとうの昔に改善されている。

 

 

「……そういえば、この間のマイクの音量調節の事なんだけどね」

「あっ、はい」

 

 

 突然、前に相談していた配信関係についての話が出てきて戸惑いつつも応答していると、そこから派生してカメラについてやコメント関係などの配信についての話が続いていった。

 そして気が付いてみれば、件のカラオケ店へ到着するまで彼女と普通に会話をしている自分がいて、現状に理解できない混乱から意味もなく周囲をキョロキョロと見まわしてしまう。

 

 

「ほぉら、ここにいても歌えないよ」

「えと、はい」

 

 

 助手席のほうへと回り込んできた橋本さんが差し出す手を、反射的にとって母親に連れられた幼子のように初めて訪れたカラオケ店へと向かう。

 というか、ナチュラルに恋人つなぎとかやめてくれ!!俺、汗とか掻いてないよね!?

 

 

「……ん?」

 

 

 慣れた感じで受付の人とやり取りする橋本さんの隣で、田舎者丸出しでキョロキョロとカラオケ店の内装や人と行き来を眺めていると、目端にチラリと映った人がひどく気になった。

 

 モデルのような美人さんと、俺と同じくらいな背丈の女の子の組み合わせ。

 

 ほんわか美人の橋本さんと、平均JCよりも小さい俺と似たような組み合わせだから、ついつい目で彼女達の動向を追ってしまう。

 

 

「……ぅゎ」

 

 

 あっ違うわ。あの小さい子は俺とは別次元の人間だわ。

 あの胸部装甲は、絶対に生きてる次元が違いすぎる。というかロリ巨乳って、二次元にしかいない種族じゃなかったんだな。

 勉強になった。なんの勉強かは知らんけど……。

 

 

「何見てるの?」

「ぴぃっ!?」

 

 

 とはいえ、男の頃の悲しい(さが)か黒ワンピのロリ巨乳を見続けていると、受付を終えた橋本さんが俺目線へと合わせるように屈みつつ、俺の目線を先を追いながら何故か顔同士がくっつくくらいに近づけてきた。

 超至近距離で、美人の横顔が俺の目を眩ませ、声と吐息で耳が擽られて超過敏を起こし、すごくいい香りが俺の鼻を麻痺させ、一瞬だけ軽く触れた頬が俺の顔を真っ赤に燃えあがらせる。

 

 ねぇ!!女性って、こんなにスキンシップが激しいものなの!?

 

 この後もこんなのが続くなら、帰る頃には廃人になってる自信があるんだけれど!!

 

 

「うわぁ……おっきい」

「あ、あの。ちっ近いです」

 

 

 俺が見ていた二人組―――特にロリ巨乳を見たのだろう。思わずと言った口調で、率直な感想が彼女の口から洩れた。

 だが、そんなことはどうでもいいので、早く離れて欲しくて五感のうち4つが機能不全を起こしつつも必死に現状改善を懇願する。

 

 自分から離れればいいだと?

 下手に動いて、相手の体のどこかに触れたり、急に距離をとって相手に変な誤解を与えたりしたらどうするんだよ!?

 

 

「……ああもう!七海ちゃんは可愛いなぁ!!」

「~~~~っ!?」

 

 

 あぎゃあああああっ!?

 だっ抱き着いてこないで!!

 腕に!腕に!なんか柔らかいものがががががっ!!

 

 

「あの、お客様。受付前で、そういったことは……」

「へ?あ、すっすみません」

 

 

 格好いい感じの店員が困った顔でやんわりと注意をすれば、現状を理解できたのか俺並みに顔を赤くさせた橋本さんが、店員へと謝罪した後で逃げるように俺の手を引いて指定された部屋へ逃げていく。

 

 慌てる様を見て冷静になれた俺は、半ば引きずられるように彼女についていきながら、気になる二人組がいた場所へと再度視線を向ける。

 当然、もうそこにはいないのだが、何故かまた会えるような気がして、ちゃんと顔とかも見ておけばよかったなと変な方向へと思考を飛ばしていた。

 

 

-----

 

----

 

---

 

--

 

-

 

 

「さっきはゴメンね」

「いえ、大丈夫です」

 

 

 初対面から現在までで、何となく橋本さんの人となりが理解できた俺は、さりげなく距離をとりつつ少しぎこちない笑顔で彼女の謝罪を受け入れた。

 こちらが機嫌を悪くしていないことは分かってくれたようで、ホッとした表情をするもののさすがに少しションボリとした雰囲気が見て取れる。

 

 しかし、彼女の過激なスキンシップという荒治療(?)の成果か、車ほど狭くないとはいえ密室に若い女性と二人きりというシチュエーションにも関わらず、いつもの軽い緊張程度で居ることができるのは非常に助かっている。

 

 ここで極度の緊張をし続ければ練習どころではないし、下手をしなくても倒れてしまっていただろう。

 そうなれば店側はもちろん、せっかく誘ってくれた橋本さん、倒れた俺。誰もが嫌な気持ちになるだけの最悪な結末になっていたはずだ。

 

 だから、フォローをするのは当然だと思う。

 

 

「ちょっとスキンシップに慣れてなくて、びっくりしただけで嫌だったわけじゃないですから……」

「うん。ありがとう」

「えと。練習、しましょう、か?」

 

 

 親しい女友達がいない俺ができる最高のフォローであると脳内で言い訳しつつ、何故か生暖かい目でこちらを見てくる彼女から逃げるように、分厚いⅰPadのようなモノを差し出してみる。

 たぶん、これを操作して曲を選んだりなんだりができるのだろうが、カラオケ初心者の俺には一般常識的なことも分からない可能性があった。

 

 

「そういえば、カラオケが初めてなんだっけ?」

「はい」

「それじゃあ、使い方を教えるね」

「ぁ、よろしくお願いします」

 

 

 さすがに過激だったと思ったのか、人見知りの俺からすればまだ近いが、今までと比べても距離をとってくれたので、ふわりと香るいい匂いに鼻がムズムズはするものの、そこまで緊張することなく彼女の声と指の動きに集中できた。

 

 

「へぇ……歌手や曲名が分からなくても、歌詞で探せるんですね」

「そうだね。後は、“声で探す”っていうのもあって」

「???」

「これはね―――」

 

 

 5分程かけて、橋本さんからデンモク――電子目次本を略したものらしい――の操作説明を受けた俺は、操作実演と言われるがままに普段から一人で作業中に口ずさむ曲を入力してみることになった。

 初めてのカラオケで自分で操作して選曲を行うこともあって、PCに初めて触る中高年齢層よりマシ程度な不慣れ感が満載の手つきで教えられた手順を進めていく。

 

 

「で、これを選択して……決定」

「うん。出来てる出来てる!ほら、イントロも流れ始めたし」

「よかった」

「じゃあ、はい。これ」

「え?」

 

 

 無事に選曲ができて、俺の聞き馴染んでいるイントロが流れる中。

 すごくいい笑顔をした橋本さんが、俺に向かってマイクを差し出してくる。

 

 

「自分で入れた曲なら、自分で歌わないと!」

「えっ、ちょっ、まだ心のじゅ―――」

「ほらほら、歌が始まるよ」

「ぁ、ぁ、ぁ…」

 

 

 押し付けられるようにマイクを渡され、突き返そうにも手拍子を始めて受け取る気ゼロ。

 操作することに集中して、歌うための心の準備など全くしていないので、声が出るかもわからない。

 でも、貧乏性なのか入れた曲を歌わずにキャンセルするのは勿体無いような気がして、そうなると歌わないとならないわけで……

 

 あっ、やばい。もう歌が……

 

 ええい、ままよ!!

 

 

『手のひらに掴んだ約束は』

「ぇ…?」

 

 

 何か橋本さんが言ったような気がしたが、半ばパニックになっている俺は、歌うことだけで頭がいっぱいだ。

 

 

『永遠に 消えないたからもの』

 

 

 だからこそ、自分がどういう存在なのかを忘れていた。

 

 

『いつか見上げた 空の彼方に』

 

 

 自分の声が、普通とは違うことを

 

 

『僕らの明日へと導く』

 

 

 同じ発声というプロセスを使うということは……

 

 

『Future Star』

 

 

 間奏に入って一息つくと、パニックになっていた頭も馴染み深い歌で落ち着きを取り戻した。

 

 そうなると自分の歌声について気になってきて、チラリと隣で聞いているであろう橋本さんを見やると、少し顔を赤らめながら俺へ熱い視線を向けていた。

 なぜ?と思うも、間奏が終わり歌が始まったことで再び気にする余裕がなくなった。

 

 そして、好きで歌っているものを聞いているのが橋本さんだけで、多くの耳がない中で声の大きさを気にする必要がなく歌えるということは、自分で思っていた以上に楽しいものであった。

 自然と歌に没頭していく、最初に気にしていた橋本さんの様子は歌う楽しさの前にドンドンと小さくなっていき……

 

 あっと言う間に一曲。歌い終わっていた。

 

 

 歌い終わった余韻に浸る間もなく、すぐに脳内で熱中する前の状況を思い出して、慌てて橋本さんへと視線を向ける。

 そこには両手を胸元で握りしめて、頬を赤く染め目を潤ませた姿があり

 

 

「七海ちゃん!!」

「ふぇえ!?」

 

 

 マイクを持っていた両手の上から、彼女の手が重ねられる。

 歌うという軽い運動をした俺よりも、なお高い体温が手の甲から伝わってきて、その熱さに驚いて声をかけるタイミングを逃してしまう。

 

 

「すごく良かった。七海ちゃんの声が、体に染み渡っていく感じがしてね。歌詞の内容で胸がいっぱいになったの」

「……ぇ?」

 

 

 彼女の感想に、ある考えが頭をよぎった。

 

 俺が歌った曲は、解釈は人それぞれだとしても“甘酸っぱい青春物語”だと解釈している部分が“俺には”ある。

 そして俺が【言霊】と呼称している能力は、把握している中に人へ軽い強制力を働かせることが分かっている。

 トドメに、初めての熱唱中ということで自分が能力をON、OFF、どっちにしていたか“覚えていない”。

 

 もし、これが俺の想像通りなら……

 

 

「ああ!!無性に一曲、歌いたくなってきた!!次、私が歌っていい?」

「ぁ、はい。どうぞ」

 

 

 興奮した橋本さんへマイクを差し出すと、受け取った彼女は手慣れた感じで選曲を終えると、前世的には懐かしい“青春を題材にした歌”の曲が流れ始めた。

 

 そうして唖然とする俺を置いて、見た目通りの柔らかな歌声で一曲歌い終えた彼女は見た感じ、いつも通りに戻っているように見えた。

 

 

「あ~、久しぶりに思いっきり歌った気がする」

「えと、大丈夫、ですか?」

「?うん。すごく気持ちよかった」

 

 

 俺との会話に、先ほどの熱に浮かれたような感じはしない。

 想像している通りの効果が発揮されているとしたら、その効果は限定的なのだろうか?

 

 

「一曲ずつ歌ったし、次はコラボ用にデュエットしようか」

「うえ!?」

「これとか、どうかな?」

「ぁ、知ってます」

「じゃあ、試しに歌ってみよう」

「なんで!?」

 

 

 知ってるという回答を、どう解釈すればそうなるの!?

 【言霊】について考えたいことができたけど、明日の歌の練習もしないといけないし、意外と橋本さんは押しが強いし、なんか最近こんなのばっかじゃん!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8:おや?様子が

ある連絡から、最後の橋本咲視点が抜けてることに気づいたので加筆してあります。
メモ帳からのコピペの際に、何かやらかしたみたい。(2020/9/26 10:21)


 初めてのカラオケも、そろそろ終了という時間帯。

 両手でマイクを持って立つ俺に向かって、橋本さんは良い笑顔でスマホを構えている。

 

 

「準備は良い?」

「は、はい」

「それじゃあ、曲を流すよ~」

 

 

 器用にスマホで俺を捉えつつ、あらかじめ途中まで入力していたデンモクに最後の操作を行う。

 選曲したのはすぐに歌い始める曲だったので、こうしないと最初の歌いだしを撮影できないため、協力してもらった。

 

 橋本さんが持つスマホには、【冬空ユキ】が緊張した顔で立っているのが映っているだろう。

 

 送信後すぐに軽快なドラムの音が聞こえきたので、軽く息を吸い―――

 

 

『愛、上、お菓子、下』

 

 

 何曲か歌って、適度に体が温まってきているので最初よりスムーズに声が出る。

 

 

『柿食うっけこんなにも』

 

 

 歌い方についても、体力づくりのトレーニングが優先されて、ボイストレーニングが他の同期と比べて遅れていた俺に、橋本さんが実演やデュエットの中で教えてくれたので、最初よりはマシに聞こえていると思う。

 

 

『差しすせソフトクリーム』

 

 

 そして、マシな状態な今だからこそ撮影をする必要がある。 

 

 

『五臓六腑でいこう』

 

 

 だってこれ、告知用としてつぶやいたーに載せるのだから……

 

 

 最初は、いつものように文字だけの告知をしようとしていたのだが、そこへ橋本さんが待ったをかけたのだ。

 曰く「初歌配信なら、告知も歌にすべきである」とのことで、彼女は既に告知歌動画を撮り終えており、あとは俺の歌動画と一緒に投稿するだけの状態である。

 

 なんてことを回想している間にも曲は続き、EDバージョンの短い歌を無事に歌い終えることだ出来た。

 

 

「……ふぅ」

「お疲れ様……はい、これで後は投稿するだけの状態にしておいたよ」

「ありがとうございます」

 

 

 橋本さんは、撮影していた俺のスマホに何事か操作をした後に、確認画面の状態で俺に渡してきてくれる。

 一応はと、確認がてら撮影された動画を再生してみると、緊張した顔の【冬空ユキ】が、同じく緊張している俺の声で歌っているのが流れてきた。

 

 

「……ん?」

 

 

 ふと今更ながら、初めて“外側”から自分の声を聴いていることに気づき、そして自分の歌を聴いている恥ずかしさはあるものの、それ以外の変化が自分には起きていないことに気づいた。

 

 何度もソロやデュエットで歌っていくうちに、自分が歌と認識している発声には【言霊】が無条件で発動していることが分かった。 

 ただ、一曲目で橋本さんが見せた変化のように、歌詞に対する自分の心理状態を相手へ幾分か増幅して伝播されられるのだが、それはジュースの一気飲みのような簡易的な発露行動で終了してしまう程度のものであった。

 

 まあ、その程度だからこそ、カラオケを中断せずに続けられて、歌配信も中止にする必要性がなかったのだから良いことだと思う。

 

 

 チラリと視線を動かすと、気を利かせて撤収するために片づけをし始めてくれている橋本さんには、俺の思わずな呟きを聞こえていないようだったので、もう一度だけ動画を再生してみる。

 

 しかし、やはりというか自分に何かしらの変化があったように感じられなかった。

 

 自分には効果がないのだろうか?

 一応、自分的には先ほどの曲は“お菓子大好きソング”であり、“あるキャラ大好きソング”でもあると認識している。

 EDバージョンだと、お菓子に向けた好きの比重が多いから無意識のうちに区別でもしているのかもしれない。

 

 

「……いや。そもそも、恋ってしたことあったか?」

 

 

 そうだよ。

 魔法使い()になって二度目の人生を歩んでいる俺だが、本気で誰かを好きになったことなんてなかったわ。

 アニメキャラとか「好き」と言えるが「ガチ恋か?」と問われると即座にNOと言えてしまうレベルだ。

 

 

「(前世を含めた)この歳にもなって初恋未経験とか、さすがにヤバイ?」

「え?七海ちゃん、恋したことないの?」

「ぴぃっ!?」

 

 

 完全な独り言に真後ろから反応が返ってきたことに、口から奇声が零れた。

 慌てて後ろを振り返ると、帰る準備を終えていた橋本さんが少し驚いた表情でこちらを見ていた。

 

 

「ご、ごめんね。また驚かせちゃったみたいで」

「あっいえ。考えに集中してたからなので、それより片付け、ありがとうございます」

「ううん。注文もほとんどしなかったから、簡単に終わらせられたよ」

「それじゃあ、部屋を出ましょうか」

 

 

 率先して、部屋を出るべくドアへと歩き出したが、すぐに両肩をつかまれて停止を余儀なくされた。

 

 

「まだ少し時間があるから急がなくても大丈夫。それより、私はさっき七海ちゃんが言ってた独り言が気になるな」

「……ナンノコトデスカ?」

「初恋、したことないの?」

「……」

「ここでの沈黙は、肯定と同義だよ?」

 

 

 ぐっ、帰る流れで誤魔化そうとしていたというのに!!

 

 というか、コイバナならまだしも、初恋未経験という話題に食いつかれる意味が分からない! 別にいいじゃん!恋なんてしなくても生きていけるよ!!

 

 “初恋未経験はおかしなことなのか?”と言ってやろうと、肩に置かれた手を振り払うように橋本さんの方へ振り向いた時、後悔した。

 

 告知用とはいえ、なんで“あの歌”を選曲してしまったのか。と……

 

 

「は、しもと……さん?」

 

 

 一曲目を歌い終わった後に見た時と同じように、頬を染めて瞳を潤ませた彼女はゆっくりと俺と同じ目線にまで腰を下ろす。

 ただそれだけの動作なのに、チラリと見えた鎖骨や髪の間からチラリと見えた耳に、自分の胸が驚くほど跳ね上がるのを感じた。

 ドキリとした場面を考えると、自分は意外と変態なのではと思うが……

 

 

「七海ちゃん……」

 

 

 そんな、下手にふざけて平常心を保とうとした俺の思考を邪魔するかのように、彼女の両手が俺の頬を包みこむように添えられる。

 他人に顔を触れられるなんて赤ん坊以来の出来事に、無意識に「ひゃっ」と言った自分でも驚く声が出てしまう。

 

 まったく力が込められていないのに彼女の手で顔を固定されたことによって、自然と見つめ合うかのような状況。

 美人に真正面から見つめられるなんて経験が一度もない俺は、金縛りにあったかのように身動きができなくなった。

 何か、何かしないとと思っても、彼女からの視線によって思考がどんどんと白く塗りつぶされていき、熱を出したときのように何も考えられなくなっていく。

 

 そんな俺へ、橋本さんはゆっくりと顔を近づけてくる。

 

 

「……っ」

 

 

 無意識に、裾を握っていた両手にあらん限りの力が入り、思いっきり瞼を閉じて来るであろう出来事に受け止める覚悟を決める。

 と、目端から何かが零れる感触と、部屋に備え付けられた電話が鳴りだしたのは同時だった。

 

 

-----

 

----

 

---

 

--

 

-

 

 

 自宅前に、車が停車する。

 

 

「今日はありがとうございました」

「ううん。私の方こそ、コラボの件や、カラオケとか、色々とありがとね」

 

 

 結局のところ。

 変な雰囲気になっていると思っていたのは俺だけだったようで、橋本さんは「口にケチャップがついてるよ」と俺の口に近い頬を軽く拭うと、あっさりと俺を解放してなり続ける電話へ対応するために離れていった。

 

 自分が想像していた事とは違う現実に唖然として、すぐに成人本のような出来事を期待していたかのような想像というか妄想をした自分に、死ぬほど恥ずかしくなり、その場に座り込んで橋本さんから心配の声を掛けられるまでもだえ苦しんでしまった。

 そして、俺が病弱であるという点とこの行動から、何かを導き出した橋本さんは会社に戻る予定のところを家にまで直接送っていくことを提案。

 

 自分と俺の両マネージャーとの話し合いの末、俺を家にまで送り届けることが決定して、今に至っている。

 

 

「それにしても、本当に大丈夫なの?」

「っ……少しハメを外しすぎただけなので大丈夫です」

 

 

 運転席から心配そうに身を寄せてくる彼女を、体の前で両手を振ることで問題ないアピールと、これ以上は近づいてこれないようにガードする。

 

 

「誘った手前、強く言えないけど、今日は早く寝るようにね?」

「はい。明日はコラボもありますから」

「ん……明日、楽しみだね」

「はい。それじゃあ、この辺で」

 

 

 車から降りると、助手席側から覗き込むようにして運転席側にいる橋本さんへお礼と別れの挨拶をして、「無事に家に着くまで」という彼女の意思を尊重して、素直に家の扉の中へと入っていった。

 

 

********************

 

 

 

「ああああああああっ」

 

 

 七海ちゃんを家に送った後、自宅へとグレーゾーンすれすれな運転で到着した私――橋本咲は、速攻で自室へと駆け込むとベッドへとダイブして枕に顔を埋めたまま、自分の中にある劣情を吐き出そうとあらん限りの叫び声をあげていた。

 

 

「なんで!なんで!!なんでぇ!!?」

 

 

 確かに七海ちゃんが想像していた以上に可愛らしくて、ついつい無駄に構ったりスキンシップを図ってしまい困らせてしまったことから、それ以降は意識して対応していたというのに、彼女の歌声は痺れるような甘さで私の理性を揺さぶってきたのだ。

 いや、人が原因みたいに言うのは卑怯か……

 

 でも!間違っても、私は女子中学生を相手に劣情を抱くような癖は持っていない。

 

 なのに、最後の最後であんなことを……呼び出し音と涙がなければ、私は彼女に何をしていたのだろ……?

 

 

「何か誤解してたけど、謝った方がいいよね?」

 

 

 でも、故意に誤解してて“カラオケでは変なことはなかった”としたいという意図だったら、それを蒸し返すのも自己満足の謝罪なだけでになるし……

 

 だけど、これで嫌われちゃったのは確かだよね。

 

 明日のコラボ、どんな顔をしてやればいいんだろう……。

 

 

「……ん?通知?」

 

 

 RAINの通知音が聞こえて、思わず枕に埋めていた顔を上げる。

 マネージャーとは通話以外ではRAINでやり取りをしているので、何かしら連絡かと開いてみる。

 

 

「七海ちゃん!?」

 

 

 そこには、カラオケに行く前に交換した【九条七海】個人からであり、送り慣れていないのか長文で送られてきていた。

 挨拶から始まり、今日のカラオケが楽しかった事、そして

 

 

「歌コラボの告知、どうしましょう?」

「……あっ、忘れてた」

 

 

 最後の最後で、あんなことになってしまったので、一緒に送るつもりの告知動画の事をすっかり忘れていた。

 もう完全に夜なのに明日の告知をまだしてないことに気づいて、RAINの返信を慌てて打ち込みつつも、少し安心している私がいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9:理解

プロットなしで見切り発車した弊害が……。
上手く二人の関係を想定通りに持って行けずに無理矢理収めた感が満載だし、それと歌コラボだけで凄い話数を使っているし……ヤバイ。


「なんでこうなった?」

 

 

 大人たちが慌ただしく動く様を眺めつつ、俺はパイプ椅子に行儀良く座ったまま呟く。

 

 

 

 どうして今の状況になっているかというと、遡る……ほどでもない1時間前のことだ。

 

 今日は、橋本さんこと【水原カレン】との歌コラボをするために部屋で配信の準備をしていたのだが、そこに父が訪ねて来るなり

 

 

「すまない。コラボはスタジオでやってほしい」

「んんん?」

 

 

 それだけ言い残して、慌ただしく部屋を出る父。

 そして、入れ替わるようにしてやってきた芳子さんは、事前に聞いていたのだろう。

 意味が分からずにフリーズしている俺に出掛ける準備をするようにと促しながら、未だオシャレに無頓着な俺のために服や髪のセットを手伝ってくれる。

 

 用意された白のブラウスに、脹脛まである紺色のワンピースを身に着けつつ、寝癖のあった髪は芳子さんが慣れた手つきで梳かしていく。

 

 そうして、露出を嫌う俺の要望を叶えつつも芳子さん自身がOKを出せる程度な見た目に整えられた俺の姿を、慌ただしく準備を終えた父が一瞬だけ驚いた顔をするも、すぐに俺を引きずるように車に押し込むと、あとのことを芳子さんに頼みつつ車を会社へと走らせる。

 

 一息ついた車内で詳しい説明を父に乞うも、着いてから説明するからという理由で黙秘され何の成果も得られず。

 

 ならばと、会社に到着して「さあ説明を!」と意気込むも、「準備の指揮をしてほしいから」と父を社員に取られてしまい。

 何も聞けずに準備をしている部屋に案内された後は放置。

 途中で会った俺専属のマネージャーである桃瀬さんは、父と同じように忙しく動いているため話を聞けそうにもない。

 

 おそらく話しかけても大丈夫そうな会社の人はいるにはいるが、【人見知り】と【コミュ症】の俺には初対面の大人へと話しかけるなんてルナティックレベルの行動など出来るはずなく。

 静かに隅っこにあったパイプ椅子に座って、事の成り行きを見守ることしかできなかった。

 

 だが、数分後……

 

 

「おはようございます」

 

 

 そんな挨拶と共に救世主が現れた。

 俺は椅子から飛び降りるかのように離れると、小走りで救世主こと橋本さんへと駆け寄る。

 

 

「あ、あの!」

「っ……七海ちゃん、おはよう」

「?……おはようございます」

 

 

 なんか一瞬、顔が強張ったような?でも今は笑顔だし、気のせいか?

 

 

「今日の服。清楚で七海ちゃんに似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 コーディネートは芳子さんだが、こうして褒められるのは純粋に嬉しい。

 橋本さんも、明るいグレーのチュニックとレギンスパンツで、なんというか……大人っぽいです!

 女性の服装を褒めたことなんてないからバカっぽい感想しか出せず、必死に自分の語彙力をフル活用して……って、服装の褒め合いがしたいわけじゃない!

 

 気が急いて舌が少し空回りしつつも、ようやく現れた話せる知り合いを逃すまいと、彼女の服の端を掴みながら用件を伝える。

 

 

「あの、あの……これから何が始まるのか、聞いてますか?」

「え?連絡いってないの?」

 

 

 父から今回のコラボはスタジオでというのは聞いているが、歌コラボだけにしては準備されている規模が大きすぎるのだ。

 

 

「はい。えと、聞けるような、人、いなくて」

「あー……」

 

 

 橋本さんは、納得したかのような声を上げる。

 通話などでクラスメイトよりは交流しているし、昨日は一緒にカラオケに行ったりして、俺の人となりを分かってくれているのだろう。

 少し考える素振りをすると、

 

 

「……説明する前に、ちょっと移動しようか。準備の邪魔になるかもだし」

「あっはい」

 

 

 橋本さんは近くの人に、これから行く場所を伝えてから歩き出した。

 なんとなく、昨日のようなスキンシップをしてくるのではと身構えていた俺は、スタスタと歩き出した相手の姿に一瞬だけ茫然とし、そのあと自意識過剰だったと少し赤くなりながら前をいく彼女へ小走りでついていく。

 

 

********************

 

 

 

 小走りで付いてきてくれる七海ちゃんを見て、自分が緊張から歩くスピードが速かったことに気づき、慌てつつもゆっくりとスピードを落としていく。

 今日は休日ということもあって社内に人の姿はなく、誰にも会うことのないまま近くにある自動販売機が設置されている休憩室へと到着した。

 

 これからの事を考えるだけで喉がカラカラに渇き、二人分の水を購入して七海ちゃんにも半ば強引に受け取ってもらう。

 

 そして、3分の1ほど使い喉を潤した後に覚悟を決めて口を開いた。

 

 

「説明の前に、話したいことがあって……聞いてもらってもいいかな?」

「ぇ?……あっはい」

 

 

 私の真剣さを感じつつも、理由が分からないのだろう。

 七海ちゃんは、両手で持っているミネラルウォーターのボトルから凹む音を響かせながら、ぎこちなく私のお願いに頷いてくれる。

 

 

「カラオケの終了間際の事、覚えてる?」

 

 

 七海ちゃんは、どういう風に思い出したのか少し顔を赤くしながら再度頷く。

 それを見た私は可愛いと思うものの、カラオケの時に感じたような邪な感情が湧き出てくることはなかった。

 

 やっぱり、あの時はどうかしていたのだ。

 

 そんな確信を得つつも、行動した事実は間違いないことであると、姿勢を正して驚かせないように静かに頭を下げ

 

 

「嫌な思いをさせて、ごめんなさい」

 

 

 しっかりと謝罪の言葉を口にする。

 顔は見えないが、息を呑むのが何となくわかった。

 

 どのくらい時間が経ったのだろう。

 糾弾される覚悟で七海ちゃんの反応を待っていた私には、すごく長い時間に感じた沈黙の中、それを破るかのように取った彼女の行動に驚かされる。

 

 

「いえ、謝るのは私の方です。ヒドイ事をして、すみませんでした」

「ええ!?」

 

 

 私と同じように頭を下げて謝罪した意味が理解できず、声を荒げてしまう。

 記憶を掘り返しても、私は彼女からヒドイ事をされたことなんてないし、逆にしてしまったから謝っているというのに……。

 

 混乱する私を見て、躊躇いつつも七海ちゃんは理由を話し始める。

 

 

 曰く、自分の声は相手の感情を動かすことができる。と

 

 曰く、普段は出さないようにしていたが、歌う時には自分の意識に関係なく出てしまった。と

 

 曰く、そんな自分の歌声を近くで聞き続けた私は……ということ。

 

 

 漫画やアニメの世界じゃないのだから、そんなファンタジーのようなことなんてと思ったが、友達が「1なんとか」というのを卒論として出す際に話していた内容を思い出す。

 川のせせらぎを聞いて、リラックスするのは云々……。

 

 そうなると、初めて彼女の声を聴いた時に受けた衝撃も、それが理由となるのだろうか?

 

 

 話し終えた彼女を見ると、俯いているので表情は分からないが、手にしている水が小さく震えていた。

 説明された内容は人によっては不快感を覚えるだろうことは容易に想像できるし、彼女の性格から同期の中で一番交流が多いとはいえ、赤の他人である私に自分の素性を話すのは凄く覚悟がいることだったはずだ。

 

 私が嫌なことをしたより、自分がそうさせたことに罪悪感を覚える彼女を責めるなんて、私には到底できないし、する気なんて1ミリもない。

 だから、こういう時には……

 

 

********************

 

 

 

 橋本さんに手を引かれつつ、買ってもらったミネラルウォーターを燃えるように熱くなっている顔へ当てて冷やす。

 彼女曰く、もう泣いた後は見えないから大丈夫とのことなので、この熱がなくなれば普段の私に戻れるはずだ。

 

 だが、ついさっきまでいた休憩室での出来事をふいに思い出すたび、顔の熱が否応なく上昇してしまう。

 

 

 彼女の謝罪に、自身の能力によって襲われていたかもしれないという恐怖よりも、そんなことを強要させてしまった橋本さんへの罪悪感の方が勝った。

 思わず自分の方が悪いと謝罪して、引っ込みがつかなくなり父にも話したことのない自分の能力を、概要だけとはいえ話してしまった。

 

 

 頭のおかしい奴だと思っているんじゃないか?

 気味の悪いガキと思っているんじゃないか?

 

 

 説明をした後に恐怖で震えていると、ふわりとした感触に包みこまれ、自分が橋本さんに抱きしめられていることに気づく。

 そして、「ありがとう」と彼女からの一言で、俺の顔はヒドイことになった。

 

 幸いにも、涙で彼女の服を汚すことはなく。

 ぐしゃぐしゃになった俺の顔は、自分の行動を思い返し赤く染めてしまうこと以外は、彼女の持ち物から出てきた化粧品やらでほぼ元通りになって、会社の人に心配をかけずに済んだ。

 

 そして、少しだけの予定が結構な時間を使ってしまったので、スタジオに戻る道中で今日の説明を受けることとなり

 

 

「急遽、会社のスタジオでやる事になったのは、私のせいでもあるの」

「どういうことですか?」

「謝る機会が欲しくね……その、色々と理由を付けて……」

 

 

 アハハと力なく笑う橋本さんへ、思わずジト~とした視線を向けてしまう。

 そんな俺に気づいた彼女は慌てて弁明する。

 

 

「で、でもね。事務所側も“あの準備”の練習になるって快諾してくれたから!」

「だから、あんなに大がかりだったんですね」

「そう、そういうこと!」

 

 

 確かに準備されてたカメラの数も多かったし……いやまて、あの数のカメラが俺たちを映すべくレンズを向けて来るのか?

 

 

「……帰りたくなってきました」

「え?ちょっ!急にどうしたの!?」

「あんな数のカメラに、撮られる準備なんて……」

「だ、大丈夫だよ。撮ったのを見るのは今日いる5~6人の社員さんだけだし」

 

 

 いつの間にか、手を繋いでいるのが俺を連行するためという理由に変わって……後日、社員から「注射を嫌がりその場に踏ん張る犬を必死に連れて行こうとする飼い主」に見えたといわれる光景を生み出しながら、俺たちはスタジオへと到着したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10:歌コラボ(1)

 告知していた時間となり、父からジェスチャーで配信が始まったことを受けて、俺は軽く息を吸い込む。

 そして……

 

 

「こんゆき~。【サンステージ】所属バーチャルミャーチューバーの冬空ユキです」

 

 

え?

ナニコレ!?

こんちゃ~

え?腰まで映ってるんだが?

マジか!?

おお~

こんゆき~

 

 

 予想していた通り、挨拶そっちのけで画面に映る俺達の姿に対するコメントが、目で追えないほどの勢いで流れていく。

 

 

 ふっ、計画通り(ニヤリ)

 

 

 ……まあ、俺もついさっき知ったことなんだけどね。

 

 

 既に書き込まれているように俺――冬空ユキや、隣で笑いを堪えている橋本さん――水原カレンの姿は、いつもであれば胸が少し映るくらいまでしか無い所を、今はスカートを穿いているのが何となく分かるぐらいまでカメラが引いた状態で映し出されていた。

 さらに、現実の俺と同じように両手でマイクを持っている姿をもきちんと反映されており、ちゃんと視聴者にも分かりやすいように持っているマイクを上下に振ってみると、同じように動いてくれる。

 

 ヤバイな。動きがトレースされるのって、こんなに楽しいのか。

 

 

「すごいよね?これ、ちゃんと動きも反映されてるんですよ!」

 

 

はしゃぐユキちゃんすこ

そのマイクの動きはアカンて

スゲー!

デビューして1カ月も経ってないのに早いよ

スゲェ

すごいすごい

うっ……ふぅ……

もしもし?ポリスメン?

 

 

「っと……え~こほん。コラボということで、今日一緒にやっていく人を紹介します。遅くなりましたが、自己紹介どうぞ~」

『もう、本当だよ。みんな、こんちゃ~!【サンステージ】の良心こと水原カレンだよ~!!』

 

 

 画面端にいたカレンをスタッフがタイミングよく、中央にいた俺の横へと移動してくれる。

 現実では、ずっと俺の隣にいたんだけどね。

 

 

こんちゃ~

こんちゃ~

やはり並んで分かる、ユキちゃんの小ささよw

これでJKなんだぜw

 

 

「いや、別に私は小さくないが?」

『だよねぇ。ユキは小さくないよ』

 

 

 最近、俺のチャンネルで定番ネタになり始めている視聴者――特にユキ友となった人達からの身長関係イジリに、分かっていながらも条件反射的に声を出してしまう。

 同意してくれるカレンに「でしょう?」と言いたくなるが、その前に……

 

 

「じゃあ、この手は何です?」

『ちょうどいい位置にあるから、つい?』

「いや、つい?じゃないが?」

『まぁまぁまぁまぁ。それより説明を始めないと、オープニングだけで配信が終わっちゃうよ』

 

 

 話題を逸らされたが、実際にオープニングだけで既に5分経過しているのに、何一つ説明ができていない。

 このままダラダラと続けたら、10分越えをしてしまいそうだ。

 

 

「さて。もう感づいているとは思いますが、今日は家からではなく【サンステージ】所有のスタジオからお送りします」

 

 

だろうね

これで外を気にせずできる

初スタジオ?

 

 

「そうです。スタジオに入るのは今日が初めてです」

『それにプラスとして、ユキちゃんは初コラボ、初オフと初めてが一杯だよね』

「あっ、そっか。オフで会う同期では、カレンが初めて……」

『やった。一番だ』

「ちょっ、やっ、抱き着くなぁ」

 

 

 今は、抱き着かれている事すらトレースされてしまうのだから、やめてくれ。

 

 

この技術サイコー

てぇてぇ

声だけじゃなく、ちゃんと抱き着いてのを見れる

ぁぁ、ここが天国か

もう抱き着き配信でよくね?

 

 

「もう、説明ができないので離れてっ」

『は~い。ごめんね』

「もう……えっと。今日の予定は、最初に急遽募集していたマシュマロを少し食べた後、何曲か歌って、そのあと感想を言いつつ終わろうと思ってます」

 

 

OK(ズトン)

マジ?募集に気づかなかった

まるまる歌ってもええんやで?

 

 

「マシュマロは今も受け付けてます。どのくらいで反映されるか分かりませんし、採用するかは別問題ですが」

『今日は、スタジオだからスタッフさん達が審査するから、フィルターは厳しめだよ』

「あと、一時間まるまるは無理です。私の体力が持たない」

 

 

よっしゃ、すぐに送ろ

ここのスタッフなら、きっと採用してくれる

ユキちゃんの体力は、幼稚園児レベルだし仕方ない

園児レベルw

 

 

 小学生くらいの体力はあるわ!

 と反論したくなったが、余計にイジられるだろうと呼吸を整えて、予定を進行していく

 

 

「スゥーー……さて、それじゃあマシュマロを食べましょうか」

『じゃあ、最初は私から……これで』

 

 

                             

お二人に質問です。

既にオフで会っているなら、どんな印象を感じましたか?

会っていないなら、声だけでどんな印象を感じましたか?

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「あ~……」

 

 

 チラリと隣を見ると、向こうも同じようにチラリとこちらを見てきたので、バチリと視線が合ってしまった。

 相手と話すときは、あまり目を見て話すタイプではない俺は、心の準備もなく目が合ったことに動揺して、速攻で視線をうつむき気味に逸らしてしまう。

 

 そして、そんなやり取りを【冬空ユキ】は寸分の狂いもなくトレースしてしまっているために……

 

 

ユキが乙女すぎるw

やめろ、その仕草は俺にささる

かわいい

最高かよ

 

 

「あっ、あー。ええと、どんな印象を感じたかだよね?少し天然だなぁって」

『え?嘘!?』

「初めて会った時の話をしても?」

『ああ……どうぞ』

 

 

なにやらかした?

受けユキが攻めユキになったw

ケモミミあったら垂れてそう

 

 

 期待する視聴者に、初めて会った時の“入る部屋をミス”と“眼鏡をお辞儀で遠投”を多少なりとも誇張しつつ紹介すれば、案の定の“天然”称号がカレンへと付与される結果となった。

 

 

-----

 

----

 

---

 

--

 

-

 

 

 4つほどのマシュマロを食べ終わると、スタッフから“歌って”という指示を受けた。

 

 

「それじゃあ、マシュマロはこの辺でしましょう」

『これ以上食べると、お腹いっぱいで歌えなくなるからね』

「ですです」

 

 

おっ?

とうとうか

待ってた

 

 

「えっと準備のほうは……」

 

 

 視線をスタッフの方へ向けると、両手で〇とジェスチャーをしてくれる。

 

 

「大丈夫ですね。あっ、最初に歌う曲は決まってるので、リクエストは次になります」

 

 

 確認をとっている間に、歌ってほしい曲名がコメント欄を埋め尽くす勢いで流れてくるので、慌てて説明する。

 というか、中身がオッサンじゃないと知らないような曲とかも見えてたけど、設定上はJK二人だから知らない可能性もあるんだぞ?

 俺なんて外見上は、リアル女子中学生だし

 

 まあ、今から歌う曲もJKからすれば古い部類に入るんだけれどね。

 

 そうこうしているうちに、スタジオに設置されているスピーカーから聞き慣れた曲が流れだした。

 

 

あ、これは

デュエットでこれなら妥当

wktk

配役が想像できる

懐かしい

これかぁ

 

 

 流れるメロディーに負けないほど、大きく脈打つ心臓の音が全身を震わせる。

 

 チラリと隣を見れば、視線に気づいたカレ――橋本さんが、声が入らないように口パクで「大丈夫」と笑顔で言うと俺の方を優しく叩く。

 その笑顔で、配信が始まる前に彼女と一緒に、俺の歌声についての相談をしたことを思い出す。

 

 

 

 橋本さんは前置きとして、似たような声について研究している知り合いがいると言いながら、聞いている人数によって効果の度合いに差があるのかもしれない。という仮説を出してきたのだ。

 自分の時は密室で休憩を挟んだりはしたものの、俺の歌を至近距離で聞き続けたがために影響をモロに受けたのかもしれないと……

 

 そして、その仮説はリハーサルとして配信前に一曲だけ歌った時に、補強されることとなった。

 

 念のためと無難な曲を選択して歌ったのだが、聞いていた全員に目に見えるような変化は見えず、こっそりと事情を知っている橋本さんから影響の程を聞いてみても、日常生活で感じたことの変化程度だったという証言。

 

 

 

 笑顔の橋本さんへ、俺も笑顔で大丈夫になったことを伝えると、改めてカメラへと向き直る。

 そして、ちょうどメロディーが終わり

 

 

『星を廻せ 世界の真ん中で』

 

 

配役ー!!

ゆきがシェリル役かいw

ww

でも、上手いじゃん

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11:歌コラボ(2)

諸事情で20時投稿


 最初のデュエットは、俺がキレイ系の、カレンが可愛い系の、という見た目が反対なキャラのパートを歌うことでコメントはツッコミや笑い、そして歌唱力についてなどで大盛り上がりを見せていた。

 

 ちなみに、この配役を提案したのは橋本さんからで、一曲目に(良い意味で)予想外の事をして盛り上げることができれば、その後は勢いに乗ってやっていける。的なことを言っていた。

 その効果のほどは、コメント欄がすごい勢いで流れていくことが証明している。

 

 さらに上半身だけとはいえ、俺達の動きをトレースしてくれるということを知らされてから組み込んだダンスで魅せていく。

 まあダンスと言っても、最後の方で互いに向き合ってから片手を突き出して、タッチしてからカメラ目線という「これダンス?」と言われる程度のものだが……

 いやだって、前世を含めても俺はダンスなんてしたことないから仕方ないのだ。

 

 え?授業に組み込まれてるんじゃのか。だって?

 そんなもん前世ならともかく、今世では欠席したに決まってるだろう?無理に参加しようものなら、10分以内に倒れる自信があるわ!

 

 誰に対してかは分からないツッコミを内心で行いつつ、曲も最後の方へとなり上記のダンス?をするために隣をチラリと見てからタイミングを図り……

 

 

「ひゃっい!?」

 

 

なんだ?

どした?

ん?

??

あっ

 

 

 俺の奇声を聞いたからか、手に絡み合っていた指がするりと離れていく。

 非難を込めた視線を向けるも、相手は何故か親指を立てて「よくやった」とでも言いそうな良い笑顔を向けてくる。

 

 

「最後ので、キレイに歌いきれなかったのですが?」

『うん、それはゴメンね。でも、良い声だったよ!』

「この人、反省してない!」

 

 

カレンGJ

同意

切り抜き確定ですわ

ユキちゃんの悲鳴はレアだからな

ぐへへっ

 

 

「ッスゥーー……それじゃあ次の曲行きましょうか」

『ユキ友は変態が多いねねぇ』

「ユキ友に変態はいませんよ?―――ソウダヨネ?ミンナ」

 

 

イエスマム!

当然であります!

我々は真面目です

もちろんです!

 

 

「ほらね?」

『ウン、ソウダネー』

 

 

 

 うん。このノリの良さなら、大丈夫だろう。

 雑談配信ならいいが、初の歌コラボでは自重しろよな?

 

 まあ、燃料を投下するかのような行動をする人が隣にいるから、抑えていても漏れ出てしまうのだろうが……

 

 

『……ん?』

「いえ。リクエストは、どんな感じで採用します?」

『独断と偏見』

 

 

ww

まあ、当然やな

アンケだと時間かかるし

 

 

『そういうこと!じゃあ、みんな歌ってもらいたい曲をカキコメー!』

 

 

 カレンの号令と共に、恐ろしい勢いでコメントが流れていく。

 昔のネコネコ動画とかでこんなことをすれば、「コメ稼ぎ乙」とか言われてそうだ。

 

 

『たくさんのコメント、ありがとう!そうだなぁ、さっきは可愛い系だったから次はカッコいい系にいきたいな』

「それじゃあ、ソロで交互に何曲か歌います?」

 

 

 ずっとデュエットとかだと、さすがに俺の体力が持たない。

 

 

『そだねぇ。それじゃあ、交互に歌って相手から一言感想を貰おっか!』

「うぇえ!?」

 

 

カラオケのノリ

お前、カラオケ行ったことあるのか?

おいやろめ。その言葉は俺に効く

ぐふっ

ザクッ

ドムッ

 

 

「なんで、コメントでコントしてるの?」

 

 

 なんだか視聴者のテンションが少し高い気がするが、やっぱり【言霊】の影響があったということだろうか?

 いや、今回は色々と初要素があったから、それに触発されてテンションが上がってるかもしれない。

 

 

『それじゃあ、私から歌うね』

「あっ、はい」

『スタッフさん、今言った曲でお願いしまーす』

 

 

-----

 

----

 

---

 

--

 

-

 

 

 途中、バテそうになっている俺を察知した橋本さんがソロでメドレーを歌って時間を稼いでくれるなどがあったものの、初コラボは順調に進んでいき、最後の感想時間になった。

 

 

『いやぁ、こんなに歌ったのは久しぶりで楽しかった!』

 

 

途中、カレンのソロライブになってたけどな

楽しかった

スタッフもノッて、画面にカレンだけにしたり

確かに楽しそうに歌ってた

いろんな歌が聞けて最高だったわ

 

 

『テンションが上がりすぎて、ユキちゃんのチャンネルを少し占領しちゃったのはマズかったね。これは反省点』

「いえ、カレンの歌がたくさん聞けたので問題ないです。それにコラボだし」

 

 

 俺の休憩時間を作るためのソロライブだったことで、逆に感謝しているくらいだ。

 とはいえ、これを配信で言うわけにはいかないのが悔しいというかもどかしい。

 

 

『ありがとう。ユキちゃんはどうだった?色々と初だったけど』

「初めは緊張しましたけど、それを忘れるくらい楽しかったです」

 

 

 これに嘘はない。

 

 緊張は当然した。

 知らないスタッフやカメラに見られながらとか、初めてのスタジオでの配信とか、自分の【言霊】についてとか、緊張する要素しかない中での配信だったのだ。

 

 でも、俺の状態を橋本さんが常に気にかけてくれたし、スタッフも父や桃瀬さんが中心で俺に対応してくれたおかげで人見知りやコミュ症が出ることなく続けられた。

 色んな人に気を遣わせてしまっているのに申し訳なさがあったが、気兼ねなく歌えたことは俺には楽しいと感じられた。

 多分だが、【言霊】という懸念材料がなくなったことが楽しいと感じられる要因の一つなのだろう。

 

 コメントや周囲の人には常軌を逸した様子は見られない。

 時折、安心させるためだろう橋本さんからの自身の心情等に変化に異常性が出て居ないことを報告してくれたりして、昨日のカラオケでは出来なかった全力で歌うことができた。

 

 そのせいで後半はバテてしまったのだから、今後はテンションが上がると自己管理が疎かになって倒れるか、その一歩手前まで行ってしまう悪癖をどうにかしないとだろう。

 

 

『それは良かった。じゃあ今後もコラボしていく?』

「あ~……少し間隔を開けたいです。毎回だと倒れちゃう」

 

 

無理は良くない

配信してる側が楽しくないとね

カレンちゃんばっかりズルイ!小春ヒメカ✓

連続コラボはズルイです星月ツカサ✓

あっ

同期発見w

 

 

『あっ、本当だ。二人がいるということは、残り二人もいるな』

「ええ!?みんなに聴かれてたの!?」

 

 

ユキちゃん、次は私とコラボしよ?小春ヒメカ✓

お邪魔してます星月ツカサ✓

姫とコラボしたら、ユキちゃん死にそうw

カレン以上に構いそうだしな

 

 

「……本件につきましては前向きに検討したいと思いますので、この場での返答は控えさせていただきます。」

『政治家言葉とかっ』

 

 

 いや、これで笑える橋本さんのツボがよくわからん。

 

 

後日、お祈りメールが来るに1万ペリカ

同じく100億ジンバブエドル

そんなぁ(´・ω・`)小春ヒメカ✓

 

 

 そんな感じで俺の初めてのコラボは終わった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12:突然の出会い

「初コラボが無事に終わったことを祝して、乾杯」

「「「乾杯っ」」」

 

 

 橋本さんが自身の音頭に併せて小さく掲げたグラスへ、桃瀬さん、橋本さんの専属マネージャーで井上さん、そして俺の三人は、自分の持っているグラスを橋本さんのへ当たらない程度に近づけながら声を上げた。

 そして皆が祝杯を口を付けるのを見てから、自分もグラスを口へと運ぶ。

 

 現在の俺達は、ちょっと高そうな焼き肉店の個室でテーブルを囲んでいる。

 集まっている理由は橋本さんの音頭の通りで、俺のデバフ(人見知りと軽度のコミュ症)を知っているために面子の配慮をしてくれたようだ。

 あとは、昨日の今日で二人きりになるのは拙いという思いが、対人スキルが貧弱な俺でもなんとなく察することができる。

 

 ちなみに、俺を含めた全員はノンアルコールである。

 女子中学生のいる前では、さすがに飲酒をするわけにはいかないのだろう。

 前世では飲めず匂いだけで悪酔いするほどの弱さで、今世でもアルコール耐性の無さは引き継いでいるので、正直ありがたいことである。

 

 ただ、こういう席でアルコールがないのはツライというのを聞いたことはあった。

 俺に配慮しすぎて、そういう楽しい席を詰まらなくしてしまっているのなら、逆に飲んでもらった方がありがたいのだが……

 

「飲まなくても楽しいが?」

 

 という意味の同形異音的なことを全員から言われたので、俺はそれ以上は何も言えなかった。

 

 

 

 そんな事を思っている間に、店員によって運び込まれた肉や野菜がテーブルを埋め尽くしていき、鍋奉行ならぬ焼き肉奉行みたいになった井上さんがテキパキと鉄板の上で肉や野菜を焼いていく。

 

 

「七海ちゃん、お肉ばっかりじゃあ駄目だから野菜もいっぱい食べるんだよ」

「あっはい。野菜は好きなので」

「「「え?」」」

「……え?」

 

 

 井上さんの言葉に同意しただけで、全員から驚いた顔を向けられるとか意味が分からんのだが?

 

 

「すごいねぇ。焼き肉に行ったら、私は肉しか食べないよ?」

「野菜嫌いじゃない中学生って、実在したのね」

 

 

 いやいや、俺も嫌いな野菜はあるよ?

 単純に、焼き肉の時によく出てくる野菜は食べられるだけだよ?

 

 

「いや、ニンジンたべられるだけ凄いわよ。私ニンジンだけは駄目だし」

「あ~、それ分かる~」

「え?人参って甘いし美味しくない?」

「「それはない」」

「嘘っ!?」

 

 

 何故か嫌いな野菜で盛り上がりを見せる女性陣三人を見つつ、焼けた野菜を自分の皿へと移して、それを少量ずつタレにつけて食べていく。

 

 見た目麗しい女性達が楽し気に会話する様をオカズに食べるメシは上手いなぁ……いま食べてるのはキャベツだけど……

 

 

「って、七海ちゃんがもう食べてるし!?」

「焦げちゃいそうだったので、お先です」

「あっ、本当だ」

「じゃあ、私もいただきます」

 

 

 フライングした奴がいたものの、こうして“お疲れ会”という名の女子会が始まったのだが、開始30分ほどで俺が限界を迎えた。

 場の空気にとかではなく、単純に胃の許容量がなくなった。

 

 本来の中学生くらいの年代ならば成長期だとかでたくさん食べられるイメージがありそうだが、こちとら小学生に間違われる見た目通りの胃袋しか持ち合わせていないのだ。

 もう何も口にできないってレベルの満腹度ではないので、肉などの重いものは避けてサラダや付け合わせ等で誤魔化してはいるが、それもいつまで続けられる手ではない。

 

 ということで

 

 

「ちょっと……」

「ん?ああ、いってらっしゃい」

 

 

 他の人はどうかは知らないが、トイレで少し体を軽くしてくる。

 そうじゃなくても、ずっと座ったままだったので少し体を動かしておきたかったのもある。

 

 

 だが、初めて来た店で促されるがままに個室へ入ったために、どこにトイレがあるとかの店内の構造が分からず、プチ迷子になってしまった。

 下手に彷徨って来た道も引き返せないマジな迷子になる前に戻った方がいいかと思い始めた時、前から男性店員さんが歩いてくるのが見えた。

 

 

「あ、あのっ」

「ん?どうかした?」

 

 

 探している場所が場所なので女性店員に聴くべきなのだろうが、内面的には同性になる男性店員の方が話しかけやすいので、そういったことは無視する。

 店員の方も、俺の見た目から迷子であると察してくれたのだろう。

 そして小さい子供相手の対応になれているのか、しゃがみこんで目線の高さを俺より少し低い所にすることにして、こういう時に下を向きがちな子供の目線と合うように対応している。

 

 まあ、中身がオッサンなので普通に対応してくれても問題ないんだけど、逆にちょっとダメージを負うこともあるのだから……

 

 

「えと、ト――お手洗いに……」

「ぁ~……案内するね」

「お願いします」

 

 

 前言撤回。

 男相手でも、普通にトイレの場所を聞くのは顔が熱くなる程度に恥ずかしいわ。

 いや、俺以上に顔を赤くしている店員のが伝播しただけであったと思いたい。

 

 とはいえ、赤面しつつも仕事はキッチリとやってくれるようで、俺の速度に合わせつつ一番近くにあるト――化粧室まで連れてきてくれた。

 さすがに入り口近くまでは恥ずかしいのか、少し手前で「あそこだよ」と案内を終了させたので店員にお礼をいって足早に移動する。

 

 と

 

 

「あっ!」

「え?……キャッ」

 

 

 店員の声に思わず振り返ってしまう。

 瞬間。体が柔らかい何かに衝突し、反発から尻もちをつくように転倒してしまうだけでなく、頭から冷たい何か液体を被ってしまった。

 

 

 後ろを見ると青い顔をして、小走りで近づいてくる男性店員。

 前を見ると慌てた様子で俺の濡れてしまった部分へハンカチを当てながら、謝罪をするキレイ系の美人さん。

 

 

 前方不注意の人同士の接触事故である。

 

 

「すぐにタオルを持ってきます」

「すみません。お願いします」

 

 

 “ある”事でフリーズしてしまった俺の様子に、状況が理解できず放心してしまっている子供と判断されたのか。

 目撃者である男性店員と被害者である美人さんは、加害者である俺を置いてテキパキと行動していく。

 

 

「大丈夫?痛い所はない?」

「ぁ……はい」

 

 

 匂い的にレモン系の飲み物だったのだろう、美人さんは既に使っているハンカチとは別の予備のハンカチを取り出すと、二枚のハンカチで頭から被ってしまった俺の髪や顔を拭いてくれる。

 そうしながらも、こちらを気づかうように優し気に話しかけてくれ、未だにフリーズから回復しきれない俺は、生返事しか返せない。

 

 俺の状況を理解したのか「ちょっとゴメンね」と謝罪の言葉を口にしながら、俺を手を取って立ち上がらせると壁際まで俺を移動させると、先ほどの転倒でぶつけた可能性のある場所を触ったり、軽く服を捲って目視で確認しだした。

 そこまでされてればフリーズから強制回復を果たして、相手へと声をかける。

 

 混乱している思考のままで……

 

 

「ゆいママ!大丈夫だから」

「……え?」

「……あっ……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13:接触

 彼女を知ったのは、【あるてま】所属の来宮きりんと、同じく【あるてま】所属の黒猫燦を通してであった。

 

 来宮きりんの配信は自身がVtuberになる前から見ていて、その中の雑談配信から2期生の一人として話題に上っていたので名前だけは知っていた。

 そして、実際に目にしたのは黒猫燦とのコラボの時であり、気になる存在になったのもこの時だった。

 

 炎上系と言われるだけあって、色々とヤらかす黒猫燦を叱ったり文句を言いながらも世話を焼いている姿は、黒猫の言う通り「まま」のように思えた。

 “母親”という存在を知らない俺が、だ。

 

 

---

 

--

 

-

 

 

 前世の母親は、俺が物心がつく前から父親と共に、医療を受けられない子供達のために世界中を飛び回っていて、年に2回でも会えれば「沢山会えた年」となるほどの多忙な人だった。

 だから俺は、両親の顔がクッキリと思い出せないほどの年月を母方の祖父母の家で育った。

 

 故に小学生時代は、祖父母の癖などがうつったりして「年寄臭い」とイジメを受けた時期もあった。

 まあ、爺ちゃんがスゴイ怖い人で相手方の家に乗り込むほどにアグレッシブな人だったから、1カ月も経たずにイジメは収束してたりするのだが……そして、そんな爺ちゃんをも一言で黙らせることのできる婆ちゃんは、怒らせてはいけない人だと、子供ながらも理解できた。

 

 そんな祖父母に育てられて、高校生になった頃。

 両親が海外で災害に巻き込まれて死んだことを、初めて見るボロボロと涙を流す爺ちゃんから聞かされた。

 そして、悲しむ祖父母と共に俺も悲しむ……フリをしつつも実際には心は酷く冷めきっていた。

 

 当然だろう。

 両親のしていることは素晴らしいし尊敬できることであるとは理解できる。

 だがそんな二人は、自身の子供である俺に何をしてくれた?

 

 この時、俺にとって本当の両親は親せきの叔父叔母程度で、祖父母こそが両親だった。

 

 

 

 

 今世の母親を、俺は知らない。

 俺という赤ん坊のために、自身の命を使ったからだ。

 

 父がたまに母の写真や動画を見せてくれたが、自分は母親似なんだと思うだけで「この人が俺のお母さんなのか」とはならなかった。

 十年以上前に撮影されたものであったし、母は結構な童顔だったので余計にそう思えたのだろう。

 それに前世以上にというか、そもそも言葉を交わしたこともないし、直接会ったこともない。

 そんな人を母親と認識するには、中身がオッサンであっても感謝こそすれど無理があった。

 

 となると、今世では芳子さんが母親役なのかとも思ったが、改めて考えると芳子さんは母親というよりは可愛がりな近所の小母さんみたいな感じだ。

 自分の娘のように可愛がってくれるが、一定のラインには踏み込まないように注意している感じとか……“家族”にならないように一歩引いているように思う。

 

 

 

 

 こうして、世間一般的な母親という存在を知らずに俺は生きてきた。

 

 だというのに、彼女――夏波結がコメントや黒猫燦から「まま」とか「ゆいまま」などと呼ばれている姿は、本人が肯定していないというのに俺の中ではストンと型にハマったかのように納得できてしまった。

 そうなると、彼女が世話を焼く姿(特に黒猫燦に対しての姿)を見れば見るほどに、自分の中でボヤけていた「母親像」は夏波結そっくりに形作られていき、無意識下で「ゆいまま」と普通に読んでいるようにまで重症化していた。

 

 そして、それが今、最悪のタイミングで発露してしまっている。

 

 

 

 と思っていたのだが……

 

 

---

 

--

 

-

 

 

「あら?私をほっといて可愛い女の子をナンパですか?」

「違うわよっ」

 

 

 夏波結(仮)と無言の応酬をしている中に、少し茶化すような声色で背の高い綺麗な女性が脇から声をかけてくる。

 最近、俺の周囲に現れる女性の美人、美女率が異様に高い気がするのは気のせいだろうか?

 

 ともかく、俺の発言に警戒したのだろう夏波結(仮)から両腕を握られていたから、傍目からは迫られているように見えたのかもしれない。

 その点は相手方も自覚したのか、腕から手を放してくれる。

 

 代わりに利き手首を掴まれたが……。

 

 

「それじゃあ、その可愛い子と何をしているのですか?」

「それは……」

 

 

 チラリと、夏波結(仮)は俺と男性店員へと視線を向けてくる。

 

 いや、ここで俺に対応を求められても困る。

 ある意味で知っているとも言えなくもないが、まったく知らない大人3人が立ち位置的に俺を囲んでいるのだ。

 

 人見知りのコミュ症としては、ここに発狂しないで存在し続けているだけで既にキャパオーバー状態なので、これ以上の何かを俺に求めるなら強制シャットダウンされる覚悟を持ってほしい。

 現に、俺の顔色は緊張や囲まれている恐怖に、青を通り越して白くなっているはずだ。

 

 幸いにも夏波結(仮)には理解してもらえたようで、視線はすぐにそらされて男性店員に向けられることになるが

 

 

「えと、私にも正直、何が何だか……」

 

 

 ですよね!俺がやらかした時にはいなかったんだから!!

 

 

「とりあえず。タオルで拭いてあげるのが先じゃないかしら?」

 

 

 なんとなく夏波結(仮)と知り合いっぽい綺麗な女性が場を纏めるのに従って、俺は店側からのタオルで大まかに濡れた部分を拭き取る。

 そして失言とは関係なく、故意ではないとはいえ俺を濡らしてしまったことを保護者へ謝罪したいとのことで、場を移す意味も込めて橋本さん達がいる個室へと念のために男性店員付きで移動することになった。

 

 

「あっ、やっと帰ってきた。どうし……何があったの?」

 

 

 まずはと俺が中へ入ると、橋本さんが心配そうな声を出しながら俺の元へと駆け寄ってくる。

 俺達のマネージャーも同じように安堵したような表情をしているから、また迷惑をかけてしまったのが分かり心が痛い。

 そして、これらももっと迷惑をかけてしまうことが確定しているので、さらに痛みが倍増する。

 

 駆け寄ってきた橋本さんは、入り口にいる男性店員と美人な女性二人の姿を見つけてると、俺の手を包むように握りながら優しく聞いてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14:二次会

 尋ねてきた橋本さんへ事の経緯を話そうとしたのだが、ふと気づいてはいけないことに気づいた。

 

 ここに居るすべての人が、俺を注視しているということに……

 ここに居るすべての人が、俺の言葉に耳を傾けていることに……

 

 

「ぁっ……えと……その……ぅぁ」

 

 

 気づかないままであれば普通に話すことができたのだろうが、気づいてしまったからには意識せずにはいられない。

 

 皆が自分をどんな目で見ているのか、負の感情で見ていないのか、それを判断するために見ているのではないか……。

 

 そんな自分勝手に視線から重圧を感じて、息が上がっていく。

 

 こうなると、視線が気になって頭の中で話を纏めることができず時間だけが過ぎていき、それが焦りを生み出して何か話さなければという思いだけが先行して“うわ言”のような意味のない事ばかりが俺の口から漏れ出る。

 そして、そんな状況が俺の焦りをさらに強くしていくという。最悪な悪循環に陥ってしまった。

 

 しまいには、自分の意志とは関係なくポロポロと目から大粒の“汗”が溢れ出てしまう始末。

 

 

 この俺の豹変に、全員がそれぞれの理由で大慌ての状況へとなった。

 

 橋本さん達は、部屋を出るまでは普通だった俺の変わり様に、

 

 夏波結(仮)達は、俺へヒドイ事をしたのではないかという疑いを向けられるかもしれない事に

 

 男性店員は、修羅場のような場所に巻き込まれた事に

 

 

「あの、すみません。私の方から説明してもいいですか?」

「……失礼ですが、どなたですか?」

 

 

 疑惑を向けられる前に説明をしようと思ったのか、夏波結(仮)が橋本さんへと話しかける。

 俺の豹変で忘れていたのか、橋本さんは一瞬だけポカンとするものの直ぐに必死に零れる“汗”を止めようとしている俺を自身の腕の中へと収め、警戒した声をあげる。

 

 

「え……っと」

 

 

 素性を尋ねられた夏波結(仮)は、俺を守るよう抱きしめつつ警戒している橋本さん、スマホを片手に対応準備をしているマネージャー達、未だに止まらない“汗”に四苦八苦している俺へと順番に視線を向けた。

 そして小さく息を吐き出すと、諦めたかのような表情をしてから

 

 

「初めまして、【あるてま】所属の夏波結です」

「「「「「……え?」」」」」

 

 

 その場にいる俺と夏波結を除いた全員の声が、見事にシンクロした瞬間だった。

 

 

-----

 

----

 

---

 

--

 

-

 

 

「本当に、すみませんでした」

 

 

 暁湊さん――夏波結の中の人の名前――へ向かって、深々と土下座をする。

 物品での謝意は拒絶されたので、それ以外で俺ができる謝罪方法はこれしかない。

 本当は地面で行いたかったが、この個室は入ってすぐに座敷となるので床板の上となるのは了承いただきたいところである。

 

 

 こうして、一緒の個室にいるのには訳がある。

 

 

 暁さんが自身がライバーであることを明かした後、知り合いの背の高い綺麗な女性もライバーであり【リース=エル=リスリット】であると明かして、さらに周囲を驚かせた。

 そして彼女が、俺と暁さんの騒ぎ(?)へ駆けつける前に連絡していた二人のマネージャーも現れて、結構な大所帯となった前で暁さんが事の顛末を説明してくれたことで、無事に事態は収束することとなった。

 

 実害といえるものは、俺の髪からレモンの匂いがする事だけで、それも暁さんと橋本さんの二人が自身のバックから四次元ポケットなのかと思えるほどに色々な化粧品やらなんやらを取り出して対処してくれたので、さすがに無臭とまではいかなくても説明されなければ気づかない程度にまでのレベルになった。

 その際、美女に両脇から挟まれて髪の毛を弄られるという、拷問なのかご褒美なのか分からない時間を無心で耐え忍んでいた俺を他所に、二人は意気投合したようで俺と黒猫燦を話のタネとして和気藹々と話す仲になっているようだった。

 

 いや、ちょっと待て?

 俺と黒猫燦を話のタネにする?ということは、俺は彼女と同じ枠組みということか?

 いやいや、炎上系バーチャルミャーチューバ―と、俺が同列なの!?

 

 あっ、どっちも手のかかる子供ですか、すみません。

 

 

 

 

 ともあれ、俺の髪の手入れで席を外している間に、【サンステージ】と【あるてま】のマネージャーも何やら有意義な時間を過ごせていたようで、新しい個室をとるという手間をかけての他企業のバーチャルミャーチューバ―との意見交換会という名の食事会が開催することになっていた。

 周囲が賛成している中で、拒否することも、一人で先に帰るということも、コミュ症の俺にできるはずもなく。

 そもそも、そんな決定権は昔のオカルト雑誌で見たことのある【人間に捕まり両手を持たれぶら下がっているかのように連行される宇宙人】のように両脇の美女からガッチリと捕まっている俺には存在しなかった。

 

 連れられるままに、二人の真ん中に座らされた俺はチャンスとばかりに、上記のように土下座謝罪を繰り出したわけである。

 

 

 

 

「ちょっ、もう大丈夫だから、ちゃんと誠意は伝わってるから」

「でも、私が取り乱さなければ……」

「九条さんの事情は聴いてるし、結果的には秘密は守られたから大丈夫よ」

 

 

 確かに、俺が失言をしてしまった場所や、【サンステージ】が予約した個室には“Vtuberの関係者”しかいなかったから、一般の人には暁さんの正体を知られることはなかった。

 だからといって、俺の言動が許されるのは……

 

 

「それよりも、ほら床の上に直接は痛いでしょうに」

「ぁっ……」

 

 

 暁さんは、土下座の状態から動かない俺に向かって呆れたような声を上げつつ、膝立ちになると俺の脇を掴み軽々と持ち上げてしまう。

 そして、俺の隣にいた橋本さんがタイミングよく俺の下へ座布団を滑り込ませると、その上にポスンと下ろされてしまった。

 

 

「ありがとうございます。七海ちゃん、こういう時は凄く頑固になるので」

「いえ。うちのライバーにも似たような子がいるので」

「……もしかして、黒猫燦さん?」

「あ~、分かりますか?」

 

 

 俺の両隣で楽しそうに会話を始める、橋本さんと暁さん。

 土下座をこれ以上続けても、謝罪になるどころか世話を焼かせてしまい本末転倒となりそうなので渋々と座布団の上に座りなおすと、タイミングよく両脇から小皿や箸、グラス等などの食事セットが用意される。

 

 人によっては、お偉いさんになったようだと思うだろう。

 だが、これは絶対に違うと言い切れる。だって……

 

 

「七海ちゃん、甘い飲み物ばかりだと体に悪いから、最初は烏龍茶にしようね」

「九条さんは、野菜食べられるのよね。色々と食べられるように小さいのを焼いていきましょうか」

「ぇ、ぁ……はい」

 

 

 これ絶対に上手く食事ができないような、幼児とかに向けた世話焼きだよね!?

 

 外見的にはちんちくりんではあるが、これでも中学生なんだぞ!!JCだぞ!!

 それに、精神は男として30歳までの人生経験を積んでるから、精神的には二人より年上なんだが!?

 間違っても、幼児扱いしていい相手ではないと思うんですけど!!

 

 って言えたらコミュ症だとは言われないので、実際は小さく返事をするしかないけどね!

 あ~、タレの染み込んだシイタケうめぇ~……

 

 

 ちょっ、自分でできるから!

 前掛けまで人にされたら、本当に幼児扱いを肯定してるようになっちゃうから!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15:一方とその後

一部、独自設定が盛り込まれています。ご注意を


 私が彼女を知ったのは、初配信の時だった。

 

 

 自分がVtuberになってから、企業所属の同業者の動向を確認したりしていたので、【サンステージ】の宣伝は自然と目に入って、時間があったので彼女の初配信をライブで見ることができた。

 

 

 第一印象は、【黒猫燦】に似ている。

 

 もちろん、あの子のように炎上したり事故ったりしない健全な配信なので、安心して見ていられる。

 でも、話し方やアバターの動きから、何となく誰かが傍にいないと危険な目に自分からフラフラといってしまいそうな、危なっかしい雰囲気を感じ取れた。

 それなので、現役高校生と自称しているが設定身長の低さも相まって、中の人はもっと若い……いや幼いのではないかと勘ぐってしまう。

 

 あとは、声が凄く印象的だった。

 彼女の声は自然と耳に馴染み、声がスッと頭の中へと入っていく感じが凄く心地よいのだ。

 

 この声で子守唄とかを歌われたら、すぐに寝付いてしまいそうな気さえする。

 

 だからなのか、彼女の配信を見ている視聴者達のテンションは少し高く感じるし、コメントの内容も過激なものがチラホラと目についた。

 当然ながらデビュー前の準備中に、講義などでコメントへの対応策を教えてもらっていたようで、一律で過激なコメントにはスルーして触れることはなかったが、テンション高めなコメントの多さに驚いているようだった。

 

 

 そんな彼女と初めて会ったのは、燦を十六夜さんとのトラブルを解決した後に連れて行った焼き肉店。

 燦を連れて行った事をどこで聞いたのかリース……姫穣さんは、自分も行きたいと言いだして、何故か二日連続での焼き肉となった、その日。

 

 互いの不注意から、私は【冬空ユキ】こと【九条七海】さんと出会うことになった。

 

 

 九条七海という存在は、黒猫燦こと【黒音今宵】とは違った方向の美少女であった。

 黒音今宵が、歩けば誰もが振り返る美少女だとするならば、九条七海は向かい合って初めて分かる美少女のよう。

 

 あとは。

 

 今宵は、人見知りな癖に見栄を張りたがるから、ついつい意地悪をして可愛い反応を見てしまいたくなる。言い方を選ばなければ、言動一つ一つが相手の加虐心を刺激してくるのだ。

 

 七海さんは、今宵と同じ人見知りなのだが、配信時と変わらない声のせいか意地悪をしたくなるというよりか、ついつい面倒をみてあげたくなる保護欲を刺激してくる。

 

 

 そんな二人の美少女から、何故か「まま」と認識されている私はどうすればいいのだろうか?

 

 昔から、困っている人を放っておけない質だったとはいえ、片方は別企業の子であり身長などから怪しんでいたが、高校生どころか中学2年という今宵よりも年下で、本当に保護者が必要な子供だった。

 とはいえ、年齢的に自分がそんな大きな子供を持てるわけがないのだが、七海さんは病弱だからなのか小学生に間違われるほどに全体的に小柄で、そんな子に「まま」と耳障りの良い声で呼ばれるのは、様々な意味で危険極まりない。

 

 幸いにも、七海さんの保護者ポジに【水原カレン】こと【橋本咲】さんがいるようなので、大丈夫かと思ったのもつかの間。

 気づけば七海さんの隣で咲さんと一緒に、あれこれと世話を焼いている自分がいた。

 

 席を離そうにも移動できそうな場所はすでになく、時間ギリギリまで母親になったような気分で七海さんの世話を焼くことに……。

 

 

 結局、姫穣さんが呼んだマネージャーがサンステージのマネージャーと何かしらの話し合いが終わったのと、取っていた席の時間が迫っていたことで急遽開かれた食事会は終わり、その中で私は【冬空ユキ】と【水原カレン】という別企業のVtuberと繋がりを得ることとなった。

 

 

 

********************

 

 

 

「こんユキ~」

 

 

 配信が始まったので、マイクに向かっていつもの挨拶を口にする。

 

 

こんゆき~

久しぶり~

こんゆき~

こにゅき~

おひさ~

 

 

 久しぶりというコメントがある通り、現在は歌コラボから1週間後である。

 もう何となく予想がついているだろうが、その通り!寝込みました!!

 

 幸いというかレッスンを組んでもらったことで身体機能が向上したのか、寝込むと一日は寝たきりになるのだが、今回は半日と少しで起き上がれる程度には回復することができた。

 とはいえ翌日は学校が休みということで、安全をとってもう一日休んだので体調は無理なく回復しきれた。

 

 

 なら、何で配信するのが遅くなっているのかと思うだろう。

 もともと俺の病弱さは周知の事実なので、歌コラボ後は3~4日ほどは休むことは事前に決まっていたのだが、その間に学校で全国テストが始まったことにより休みが過ぎても配信を始めることができなかった。

 

 そして、休みが明けても配信が行われないことで、俺の元には事情を知らない人たちから心配や謝罪などの連絡が人生で経験したことのないレベルで届いた。

 橋本さんを含めた【サンステージ】の同期はもちろん、焼き肉店で偶然にも知り合えた【あるてま】所属の【夏波結】こと【暁湊】さん、【リース=エル=リスリット】こと【神代姫穣】さん、【我王神太刀】こと【富樫勇太】さんなどなど……。

 

 

 え?【あるてま】で一人、会ってない人がいる?

 いや、彼とは間違いなくあっているし、言葉も交わした。

 だって我王神太刀とは、俺がトイレの場所を聞いた男性店員だったのだから……。

 

 彼と同期の二人も凄く驚いていたので、バイトしていたことは秘密だったのだろう。

 自己紹介後すぐに、仕事が途中だからという理由で挨拶もそこそこに退出していったのだが、あの時の個室に男性は彼一人だったのも早々に撤退した理由だったのは想像に難くない。

 

 

 そんなわけで、今日が一週間ぶりの配信となる訳である。

 

 

「しばらく配信できなくて、ごめんなさい。学業に集中してたので、配信ができなかったんです」

 

 

そういえば、小中高で全国テストとかやってたな

ということは、本当に学生?

おっと?

おっと?

 

 

「私は女子高生ですが、何か?」

 

 

 【言霊】に少しだけ喜怒哀楽の“怒”を含めた声で、彼らの疑問へと答えてあげる。

 

 

ヒェッ

ユキちゃんの怒った声、マジで肝が冷える

ワイの息子がないなった

ワイの心臓が鼓動しなくなった

成仏してくれ

 

 

 おっと、少し驚かせすぎたかコメントが少し騒がしくなってしまった。

 軽く咳払いをしつつ、声をいつも通りへと戻しつつ、話題を変えるべく声を上げる。

 

 

「日が随分と経ってしまいましたが……皆さん、この間の歌コラボはどうでしたか?」

 

 

控えめに言って最高

良かったよ!

またやってほしい

歌だけの切り抜きを毎日聞いてる

超楽しかった

 

 

「ぇ、ぁ、ぅ……よっ喜んで貰えて嬉しいです」

 

 

 コメント欄を埋め尽くす賛美の言葉に、背中がムズムズする。

 事前に好評だったと桃瀬さんから聞いていたし、こんな質問をすれば返答は予想出来ていたというのに、いざりユキ友やリスナーから生の感想をコメントで見せられると考えていた以上の衝撃が俺の中を駆け巡った。

 

 やば、急に恥ずかしくなってきた。

 

 

おや?もしかして照れてる?

褒められ慣れてないと見た!

良し、お前等、もっと褒めろ!

 

 

「え?ちょっ、待って!」

 

 

可愛い!

歌声、キレイ!

よく頑張ったな!

最高だったぞ!

 

 

「やっ、ちょっ、恥ずかしいから!」

 

 

照れてる顔も可愛い

一生懸命に歌ってる姿に感動した

可愛いよ

くぁわいい~

ひゅー、美人だぜ

 

 

「ねぇ、ナニコレ!?新手のイジメ!?」

 

可愛かったよ!水原カレン✓

素晴らしい歌でした星月ツカサ✓

天使の歌声だったわ小春ヒメカ✓

最高の時間だった宇野シン✓

何度かイキかけたよ泉谷カオル✓

同期ww

図ったかのように同時ww

 

 

「同期まで!?」

 

 

 こうして、俺の歌コラボ後の初配信は褒めコメントに悶える【冬空ユキ】を眺めるという意味不明なものへと変貌したのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16:コラボ月間-小春ヒメカ-(1)

「こんユキ~」

『こんヒメ~』

 

 

 俺の挨拶の後に、同期の挨拶がヘッドホンから聞こえてくる。

 今日は同期の一人である【小春ヒメカ】とのコラボであり、これから続く“あるイベント”の始まりでもあった。

 

 

 

 事の発端は、水原カレンと冬空ユキの歌コラボ。

 あれは俺のチャンネルで行ったのだが、当然ながらコラボということで水原カレン側のユーザーが俺の動画へとやってくるので、再生数は普段より一回りも多く、その日だけで登録者数も倍近くに増えた。

 もちろん、この変化は俺のチャンネルだけではない。

 俺側のユーザーも今回のコラボで水原カレンという人なりを知ったことで、興味を持った人が彼女のチャンネルへと飛んでいき全体的な動画の再生数と登録者数を伸ばす結果となった。

 

 この結果を会社側は予想はしていたのだろうが、予想以上の結果だったのだろう。

 月一で大きな会議を行うらしく、そこで【コラボ月間】というイベントをしようという議題が上がり、即決されたというのだ(桃瀬さん情報)

 そして、その情報の正しさは【サンステージ】所属のVtuber全員へコラボを多く行っていくように要請する旨を通達する連絡が届いたことで確定された。

 

 んで。

 この通知が届いて数分もせずに、「コラボしよ!」と連絡を飛ばしてきたのが【小春ヒメカ】である。

 

 

 

『長かった!本当に長かった!!ユキちゃんとコラボができる日を指折り数えて待ってたよ!』

「えぇ~……」

 

 

テンション高っ

あまりの熱意にユキが退いてるw

姫、ユキにひかれてますよ!

もしもし、ポリスメン?

 

 

『ちょっと、まだ何もしてないのに通報とか酷くない!?』

「……まだ?」

 

 

まだ?

まだ?

まだ?

墓穴?

 

 

『ぇ?ぁ!いや、違うからね!?これはただの言葉の綾だからね!』

「大丈夫です。ヒメカの事、信じてますから」

『ユキちゃん、しゅきぃ……』

「はいはい」

『かるっ!?』

 

 

 そもそも、今回はオフコラボではないので何かあっても物理的に安心だし、そもそもデビュー前の親睦会や時折する個チャで悪い人ではないと分かっている。

 

 

『私とユキちゃんの信頼が厚いものであると分かったことだし、今回のコラボで何をやるか説明するわ!』

「あの。ここ私のチャンネルだから、私が……」

『私の方から誘ったんだし、場所まで借りてるから、説明は私がするわ!任せて!!』

「アッハイ」

 

 

乗っ取られた?

乗っ取られたましたなw

テンションが高くて落ち着くために何かしたいんでしょう

家臣の小春姫に対する理解度高すぎw

 

 

 いや、別に乗っ取られたとは思ってないが、家臣―小春ヒメカ側のファンネーム―が言うように普通にテンションが上がってるから、何かしたいのだろうということは理解できる。

 俺も変にテンパってると、そのまま行動するとミスると分かっているのに静かにして落ち着くより、何かしらの作業なりをして落ち着こうとしてしまう。

 

 

『本当はカレンちゃんと同じように歌コラボをしたかったんだけれど、通話越しでのデュエットは楽しくないし、オフコラボはどっちも都合が付かなかったしで、今回はマシュマロを食べながら今以上に親睦を深めようと思います!』

「パチパチパチッ」

 

 

 彼女のテンションに少し感染してしまったのか、口で拍手の音を出しつつ首を左右に振ってみるという。普段ならしないような、合いの手をしてしまう。

 ……いや、そもそもコラボは今回が2回目だから普段も何もないじゃん。

 

 

『あああああっ、可愛い!』

 

 

姫に完全同意

うっ、心臓が

あっ……

あっ

うっ……ふぅ……

ふぅ……あっ、続けて?

ふっ……あ、お構いなく

 

 

「変態が多すぎる!!」

 

 

 変態コメントを打っている名前から、ユキ友であると分かるのが余計にショックだ。

 なんで俺側のファンはこうも変態が多いのか!?

 ついでにヒメカは安易に可愛いとか言うな。普通に照れるんだよ!

 

 

ありがとうございます!

ありがとうございます!

赤面しつつの罵倒、最高です!

これで後10年は戦える!

 

 

『ありがとうございます!』

「なんでヒメカまで!?」

『ノリ?……まあ、このままだとマシュマロを読む時間が無くなるので、流れをぶった切ってマシュマロを用意しましょう』

 

 

 

                               

こんヒメ!&こんユキ!

初コラボということで、定番の質問をしたいと思います。

デビュー前と今とで相手の印象は変わりましたか?

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

『ということなんだけれど、ユキちゃんはどうかな?私の印象って変化してる?』

「変わってないですね。今も昔もムードメーカーだと感じてます」

 

 

 その場にいるだけで、場の空気を盛り上げてくれるというか、楽しいという感情が自分にも移ってくる感じがするのだ。

 だから、普段の俺で会ったらついていけないであろうハイテンションな彼女に、圧されつつも追い付いていけているのだと思う。

 

 例えるならば、久しぶりに帰省した実家で飼っている犬から、興奮して周囲を駆け回りながら尻尾をブンブンと振るテンションMAXな歓迎を受けているような感じ……。

 

 

「……うん、犬っぽい」

『犬!?』

 

 

あ~、分かる

分かるわぁ

解釈一致

血統書付きの柴犬だね

 

 

『家臣まで同意してるし!でも、犬かぁ……ユキちゃんは猫だよね』

「?そうですか?」

 

 

 猫というと自由奔放な性格っていうイメージだけど、俺ってそこまで自由気ままな言動をしたようなことはなかったと思うけど……。

 

 

『警戒心が激強だけれど、気を許してくれたら向こうから寄ってきてくれるの、でもそこで構いすぎるとウザがられて離れちゃう』

「……猫の話ですか?」

『残念!ユキちゃんの話です!!』

「嘘っ!?」

 

 

気づいてなかったのか

カレンとのコラボ中とか如実だよな

猫っぽいに同意

分かる

 

 

 やばい。

 この流れは、俺がイジリ倒される流れだ。

 話が深く掘り下げられてしまう前に、次のマシュマロを!

 

 

「あまり、一つのマシュマロに時間を使っては不公平だから、次行きましょう!」

『そういうことにしておきましょう』

「ナンノコトデスカ?私にはわかりません。次はこれ」

 

 

 

                               

ふぅ、ふぅ、ふぅ

ふひっ、ねっねぇ今どんなパンツ穿いてる?

ちなみに、ボクちんは白のブリーフ

デュフッ

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

なんでこれを選んだw

キモい

キモッ

で、色は?

 

 

「……咄嗟に選んだ私が言うのもアレですけど、これ答えないと駄目?」

『ダ・メ・♡』

「いやいやいや。私が答えたらヒメカも答えないとですよ?」

『私は答えられるゾ!』

「うぐっ」

 

 

ユキ、楽になっちまえよ

そうだぞ、質問に答えるだけだろ?

ほらほらぁ

視聴者にも変態が湧いてるw

某淫猫は、毎日言ってるんだから、問題ない

いや、あれは別格だろう

 

 

「……み、水色……」

 

 

 個チャとか、ある程度の親しい者へ答えるなら未だしも、性別も不明な不特定多数が聞いている中での告白は、自業自得とはいえ顔から火が出るかのように熱い。

 

 

『なん……だと……!?シマパンじゃないの!?』

「違うよ!!」

『ちなみに私は黒のレース付きね』

 

 

ヒュー、さすが姫さま

ユキの反応が普通なのに、ヒメカぇ

切り抜き確定

うっ……ふぅ……

 

 

 おかしいよ!!

 元男の俺が恥ずかしさで真っ赤になってて、なんで女性のヒメカが普通にしてるんだよ。

 情緒の設定が間違ってる。やり直しを要求する!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17:コラボ月間-小春ヒメカ-(2)

『じゃあ、次のマシュマロは……』

 

 

 

                               

以前ユキはゲーム配信用のゲームを探している

といっていましたが、何か見つかりましたか?

まだであれば姫からオススメをしてもらっては

どうでしょうか?

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

『これ本当?』

「ええ、まあ……」

 

 

 デビューしてから今まで、雑談と、自分の声の特殊性を利用した声遊び、短時間の歌配信、を主軸にした配信をしていたのだが、先日ゲームは苦手であると自認するカレンがゲーム実況を始めたことで、同期では俺だけがゲーム配信をしていないことになった。

 そのためか、ゲーム実況をしてほしいというコメントが多く、またマネージャーからも俺の体調面を気にしてか、それとなくゲーム配信をしてみないかという相談も来ていた。

 

 

「ゲーム実況をして欲しいって声がたくさんあって、私もゲームは好きなのでやってみようかなとは思うんですけど、一人用ゲームしかしたことなくて」

『あっ』

 

 

あっ

あっ

うっ、心臓が

やめろ。その言葉は心に刺さる

 

 

「あっ、いや、いますよ!?ただゲームをしないって子ばかりなだけで」

 

 

 嘘じゃなくて、会話する程度の間柄の子はいるもん!ただ、友人じゃなくて知人レベルなんだけどね!

 

 とはいえ、ゲームをしてない子ばかりの部分は本当で、俺の周りが特殊なのか、そういう話題はほとんど上がらない。

 してるって言っている子もRAINゲームを暇つぶし感覚でやっているだけで、家庭用ゲーム機とかPCゲームとかではない。

 自分が中学生時代では男女問わず、携帯ゲーム機ぐらいは持ってたものだけど……これはジェネレーションギャップというものだろうか?

 

 

『うんうん。友達は創作の存在じゃないものね』

「絶対信じてない!」

『それよりも、多人数でできるゲームがいいってことは、ゲームでのコラボも視野に入れてるんでしょう?』

「それは、まあ……」

『じゃあ、私が持ってる中で多人数用のものを紹介するから一緒にプレイしましょ?』

「あ、はい。お願いします」

 

 

バトロワ系に一票

ハンティングがいいと思います

王道のパーティ系だろう

カードゲーム

ソシャゲ

おい、沼へ誘いこもうとしてる奴いるぞw

 

 

 コメントでは、一斉に配信してほしい分野が書き込まれていく。

 てか、ソシャゲは無理。課金沼とか怖いし

 

 

『そうねえ。モンハンとかどうかしら?巨大モンスターを、みんなで協力して討伐するゲーム』

「あっ、それ知ってます」

『遠・中・近距離の武器が一通り揃ってるし、自分のスタイルにあうのは見つかると思うわ。確か同期のみんなは持ってるって聞いたことあるしね』

「じゃあ、それにします」

『ええ!?提案しておいてだけど、決めるの早すぎない?』

 

 

はっやw

せめて他の候補も聞いてからw

男気に溢れる即決

男気かこれ?

 

 

 あまりの即決ぶりに周囲が慌てるが、俺は半ば無視して別画面を開いてポチポチと購入手続きを続けていく。

 あっ、よかった最新作は持ってるゲームでできるみたいだ。

 値段も、小遣いとかで貯蓄してある分から十分に支払える額だし、問題ないな。ポチッとな

 

 

「購入してきました」

『えぇ~……』

 

 

姫を絶句させる行動力w

いや、早すぎるだろう

たしか今はセール中だったから買い時とはいえ

話を聞いて俺も今買った

即決がここにもw

 

 

 その場の勢いで購入を決めたかのように見えるが、ちゃんと理由はある。

 

 まず前世でプレイしたことがある。

 とはいっても最初のシリーズなので、最新作とは色々と勝手が変わっているだろうが、全く知らないゲームよりは分かりやすいはずだ。

 

 次に、同期全員が持ってること。

 前世でも安定の一人狩猟していたために、シリーズの最初だけで以降は購入しなかった。

 だが、今世では同期が持っているとのことなので、協力プレイに少しだけ憧れてたり、いなかったり……。

 

 

『まあ、届いたら教えてね。手取り足取り腰取り、教えるから♡』

「言い方が気になりますが、よろしくお願いします」

『よしっ!ユキちゃんの“ハジメテ”予約を取ったドー!』

「ちょっとぉ!?」

 

 

教えるってとこで気づかないと

安定の姫w

これでサンステージ所属vは皆ハンターになったな

どっちも好きなワイ、テンションが有頂天

 

 

『どの武器でも教えられるように、今から練習しないとね』

「廃ゲーマー姫」

『ナニカナ?』

「ぴぃっ!?」

 

 

 予想以上に平坦で抑揚のないヒメカの応答に、思わず喉からキュッと絞られたかのような変な悲鳴が漏れる。

 

 

反撃失敗w

姫ナイス!

悲鳴助かる

悲鳴成分補充

 

 

『ユキちゃんの悲鳴GETダゼ!』

「もうやだぁ……」

『ごめんごめん』

 

 

 なんか、カレンとのコラボとは違った構われ方をされて凄い疲れるんだけど!

 

 

『気分を変えるために、こんなマシュマロはどうかな?』

 

 

 

                               

公式からコラボ月間とのことで、この後も何度か

コラボをすると思いますが、考えている企画とか

ありますか?

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

『私はもちろん、モンハンを一緒にしたいかな』

「初心者なので高難易度は、勘弁してください」

『そこは弁えてるから安心して。ユキちゃんは?』

「お絵描き配信とか、どうです?」

 

 

 ん?ヒメカのアバターが固まった?

 一緒に絵を描こうって企画は、普通だし変じゃないと思うんだけど?

 

 

『いいよ!いいよ!やろうよ、お絵描き配信!』

「は、はい。ぜひ」

 

 

ユキちゃんて絵が上手いの?

姫はアーカイブ見れば分かるけど

ユキは、絵描き配信してないよな?

ユキ=画伯?

 

 

『そういえば、どうしてお絵描き?』

「ヒメカって絵が上手いじゃないですか、なので一番近くで出来上がっていく様を見てみたいな……なんて」

 

 

 前世から、何かが出来上がっていく様を見るのが好きなのだ。

 建築現場とか、ゲームなら街づくりゲームとか、少しずつ完成形に近づいていく様とか、興奮しない?

 

 

『(/ω\)イヤン。ユキちゃんに心を奪われちゃった』

「奪った覚えはないんですが!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18:コラボ月間-宇野シン-(1)

「こんユキ~」

 

 

こんゆき

こんユキ~

あれ?コラボなのに一人?

こんユッキ~

 

 

「あっ、実は“ある”お願いをして、ちょっと姿を隠してもらってるんです」

 

 

 コラボ前の顔合わせならぬ声合わせを行った際に、不躾なお願いをしてしまったのだが快諾してくれたことには感謝しかない。

 カチカチッとコラボ相手が「やるならここもマジで」ということで調べてくれた文を画面端に表示させた後、軽く喉を鳴らして声を整える。

 

 

「んんっ……では」

 

 

素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する

 

―――――Anfang

 

――――――告げる

 

――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

 

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!

 

 

 噛まずに長台詞を言い終えて安堵をする前に、事前に組んでもらったシステムを起動する。

 すると、俺のアバターの横に光のエフェクトが発生して、そこに目の部分を三日月形にくりぬいた骸骨のような面を雑に張り付けただけの同期のアバターがしたからニョキっと生えてくると

 

 

『サンステージの宇野シン。影より貴殿の呼び声を聞き届けた』

「やっ、あははははははっ」

 

 

 セリフの頭部分が違えど、あの暗殺者にそっくりな声が響いてきた瞬間、俺の感情メーターが振りきれた。

 

 演出が上手くいった嬉しさと好きな作品の再現ができたという興奮から、意味もなく机を両手でバシバシと叩いてしまう。

 しかし、それだけでは感情の奔流が収まらず、座った状態からピョンピョンと飛び跳ねて椅子に悲鳴を上げさせながら体全体を使って発散してく。

 

 

『ちょっ、冬空!喜びすぎだろう』

「いや、だって―――ふきゃあっ」

 

 

 当然といえば、当然だ。

 クッションを使うことで椅子に座れていた状態で飛び跳ねたりすれば当然クッションがズレるわけで、尻の着地場所がズレたことでクッションから滑り落ちた俺は、外見通りの悲鳴を上げなら椅子から床へと転げ落ちた。

 

 

ユキが壊れたw

大丈夫か?

おいおい

まあ、はしゃぐ理由が分からなくもないがw

良い音したなぁ

 

 

『おいおい、大丈夫か?』

「だ、大丈夫です」

 

 

 ヒンヤリするフローリングよって興奮を冷まされた俺は、画面向こうの人たちへ無事の報告をしながら、ズレたクッションを直して椅子へと座りなおす。

 座り心地は良いんだけど、体の大きさにあってないんだよなぁ。

 かといって体に合わせた椅子だと、長時間座ってると変に疲れるから、総合的にはこっちの方が良いから座ってるけど……。

 

 

「ぅんっ……しょっ……っと」

 

 

うっ

くそっ、不意打ちすぎる

エッッッ

おい宇野ー!

宇野許さん

 

 

 

『いや、これは不可抗力でしょう!?』

「???」

『何でもない。続けてくれ』

「アッハイ」

 

 

 椅子に座ってからクッション等の位置を調整してる間に、何かあったようだが話してはくれなさそうである。

 追及してもいいのだが、先ほどの無理なお願いを聞いてもらったばかりなので追及はせずに、止まっていた進行を再開することにする。

 

 

「えっと。改めまして、自己紹介をお願いします」

『皆さん、こんばんわサンステージ所属の宇野シンです。今日はよろしく~』

「よろしくお願いします」

 

 

サンステージ初の異性コラボ

初?

いや、既に……

うっ、頭が

ハツデマチガイナイ

 

 

『ヤツの性別について、ここで論議するわけにはいかないんので、スルーするぞ』

「本人不在では結論なんて出ませんしね」

『その通り』

 

 

 あの人は話せば良い人であると分かるが、ある一点が突き抜けてるからなぁ……

 

 おっと、居ない人を思って進行が止まってはマズい。話を進めよう。

 

 

「先ほどは、演出に協力してくれて、ありがとうございました」

『それを言うなら、俺も冬空の声で“あの長台詞”を言ってくれて、ありがとうございました。だ』

「あはは……」

 

 

ユキの声は耳心地がいいからなw

わかる↑

分かるw↑

 

 

『というか、あの作品を冬空が知ってた事に俺は驚いたんだけれど?』

「え?驚くほどですか?」

『いや、まあ……冬空のような子が、プレイするゲームじゃない気がして……な?』

 

 

 確かに前世でプレイしたことがあるが、“そういう”描写を抜きにしてもR15指定されてる作品だからな。

 彼のいうことも分からなくもないが、内面がオッサンな俺的には何も問題はない。

 

 

元が成人向けだしな

エ〇ゲをプレイするユキ……

通報した↑

もしもし、ポリスメン?

 

 

「あ~、元がそういう作品というのは知ってますけど、それなしでも私は面白かったですよ?」

『高1は成人向けはプレイできないはずだが、お前……』

「言葉の綾です!!」

 

 

宇野燃やす

宇野、夜道には気を付けろ

ああ、ユキのツッコミが染み分かるんじゃぁ

変態がいるw

 

 

『冬空のところは、過激なのしかいないの!?』

「いや、今のは宇野が悪いと思います」

『味方がいねぇ!』

 

 

高1美少女と三十路のオッサンじゃあなぁ

世間の不条理を見たw

南無南無

 

 

 おっと、本当に炎上とかしてしまうと困るので、ここらで止めないと

 

 

「とまあ、お灸をすえることができたので良しとしましょう」

『ああ、神様仏様ユキ様』

「ふふっ、もっと讃えるが良い」

 

 

ユキ様ー!

ユキ様!!

これ、リスナーとユキによるマッチポンプじゃあ?

気にするな!

これも予定調和ってやつよ

 

 

『ところでユキ様、一つお願いしたいことがございます』

 

 

 あっれ~?

 この遊び、まだ続けるの?

 

 

「なんだ、申してみよ」

『このセリフを言ってもらいたいのですが……』

 

 

 言い終わると同時に、DisRoadに彼からのメッセージが届き……

 え?これってあのキャラのセリフだよな?

 

 

「これ?」

『声質が似てるので、是非!』

 

 

お?なんだ?

声質、あっ

あっ

理解できたわw

 

 

 声質だけで理解できるほど似てるかなぁ?

 まあ、ここまで流れを作られたら断れないから、やるしかないけど

 

 

「よかろう……んんっ」

 

 

「やっちゃえ♡バーサーカー!」

『Arrrthurrrrrr!!』

 

 

Aaaaa!!

Aaaaa!!

Aaaaa!!

Aaaaa!!

 

 

「そっち!?」




今更ながら召喚呪文って、歌詞使用時と同じで許可をとらないとなのでしょうか?
問題があるなら差し替えます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19:コラボ月間-宇野シン-(2)

第三派とかマジでいらない。
終わらない仕事の山とか、普通に地獄です。


『このバーサーカーが分かるということは、あっちもやってるのか。ますます---』

自害せよ。バーサーカー!

『ちょっ、おま』

 

 

;y=ー( ゚д゚)・∵. ターン

;y=ー( ゚д゚)・∵. ターン

;y=ー( ゚д゚)・∵. ターン

その声で、そんな命令しないで!

 

 

「バーサーカーがいなくなれば、あとは理性的な人しかいないと思うので、マシュマロを食べていきましょう」

『アッハイ』

 

 

OK,把握

イエス、マム

ヤー

了解だ。マスター

 

 

 

                               

サンステージの最年少と最年長の

お二人に質問です。

お互いから価値観の違いを感じた

事などありますか?

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

『そういえば、俺達はサンステージの最年長と最年少だったな』

「宇野の年齢がもう数歳ほど上でしたら、“パパ”と呼んでも問題ない年齢差ですよね」

 

 

 俺の“地精”であるという設定を持ち出せば俺が最年長となるが、JKに擬態しているときは16歳ということになっているので反転して最年少となる。

 宇野シンは最年長の32歳という設定なので、俺の言葉通りで後少し年齢がいっていれば冬空ユキぐらいの子供がいても不思議ではないだろう。

 

 

『……悪い。少し聞き取りづらかったんで、もう一度、言ってくれ』

「あれ?発音が悪かったかな?えっと、宇野の年齢がもう数歳ほど上でしたら、“パパ”と呼んでも問題ない年齢差ですよね。って言いました」

『ん~、最初は聞き取れたんだが……俺の年齢がもう少し上だったらの後を、もう一度頼む』

「おかしいな。さっきまで―――」

 

 

 俺のマイクの調子が悪くなったのかな?

 突然の不調に首を傾げつつ、通話している相手でここまでとなると観てる皆にも声が届いていないのではと、コメントへと目を通してみると……

 

 

ユキ気づけ!

ストップ

宇野ー!

ポリスメーン!

録音の準備はおk

 

 

 すごい勢いでコメントが流れており、俺の行動を制止する声や、宇野シンを罵倒する声、録音を始める声などが、どうにか目で捕らえられた。

 はて?俺の発言に何か問題があっただr―――あ、あったわ。

 

 

「いや、聞こえてますよね?連続で何を言わせようとしてるんですか」

『いやなに、切り抜きをする人へ協力しようかと思ってな?』

「その前に炎上しますよ!?」

『俺もそう思ったんだが、内からのパトスに抗えなかった』

「なんか、こういう感じのノリに年齢差を感じる!」

『そういいつつも、乗ってくれる冬空は凄いと思うぞ』

 

 

 一応、中身はオッサンだからね!

 とは口が裂けても言う訳にはいかないので、「はいはい」と適当な返事であしらっておく。

 

 

「で、宇野は私から価値観の違いを感じることはあるんですか?」

『そうだなぁ。冬空だけじゃないが、今の高校生って凄い種類がいるよな』

「はい?」

『俺が高校生の時とか、不良とオタク、あとガリ勉とかぐらいしかいなかったし』

「ドラマの設定?」

『いや、実話』

 

 

何となく共感できてしまう俺はオッサンなのか

さすがに、そこまでじゃないだろう

それって4,50代じゃね?

宇野、爺説

 

 

『あれ、共感してくれるコメントが少ない!?』

「擁護できないです」

『やばいやばい、この話題はここまでにしよう。冬空、次のマシュマロはよ!』

 

 

 まあ、この話題をこれ以上掘り下げると、俺も墓穴を掘りそうだから次のマシュマロにいくとしよう。

 

 

 

                               

お二人は配信外では何をしてますか?

また、相手の回答を聞いて、どう思い

ますか?

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「何してます?」

『同期の配信を見てることが多いな。あとはゲームとか家庭菜園してる』

「え?何育ててるんです?」

『今年は、枝豆とジャガイモだな。上手くできたら分けてやるよ』

「あっ、ありがとうございます」

 

 

 ジャガイモとか好きな方だから、普通に嬉しい。

 

 

何がとは言わんが、上手いなぁ

俺も家庭菜園始めようかな

宇野ぉ燃やす

普通の会話に水差すな

 

 

『冬空はどうなんだ?』

「私は勉強とか家事ですね。その合間に同期や他ライバーの配信を見てます」

『勉強と家事をできるって、普通に凄くね?』

「そうですか?」

『俺が高校生の時とか、部活を言い訳にして家事なんてしたことなかったぞ』

 

 

 そうなのか。

 俺は、前世でも普通に祖父母の手伝いをしてたから何も感じなかったな。

 

 

宇野より年下の冬空の方が忙しそうな件について

学生の本分は勉学ですし

家庭菜園は普通に重労働だぞ?

勉強できてユキちゃんはえらいねぇ

 

 

 あっあっあっ、そんなに凄い人認定しないで、普通に照れるから!

 えとえと、何か補足をして凄くない人であると思わせないと……あっ!

 

 

「いやあの、家事といっても家政婦がいるから簡単なことだけ―――」

『ん?家政婦がいるのは凄いが、それ配信で言って大丈夫か?』

「え?……あっ、どうしよう」

 

 

 咄嗟とはいえ、何の根回しのせずにリアルな家庭事情を話してしまった。

 これが原因で身バレとかしないよね?

 

 

『……まあ、俺もたまに家事代行サービスを利用してるから、そこまで特別なことじゃないし大丈夫だろう』

「そう、です……かね?」

『そうだよ。だから、そんな暗い顔すんな』

 

 

昔ならともかく、今は結構普及してるからな

共働きの家庭は定期的に頼んでるっていうし

お嬢様設定が生える程度だから気にするな!

↑おいてめぇ!

 

 

 宇野シンからのフォローに加えて、コメントも通常運転ながらもこちらを心配してくれるモノがあって、無意識に負の感情で震えていた体が段々と落ち着いていくのが分かった。

 

 

「スゥー……すみません。ちょっと取り乱しました」

『気にすんな。で?次のマシュマロは?』

「そうですね。これなんてどうでしょう―――」

 

 

 

 この後は特に問題なく配信を終えることができ、最後にキチンと宇野シンへとフォローのお礼をし、その話の中でいつの間にか送られた野菜で俺が料理をするという約束をして通話を終えた。

 当然、配信終了後には父とマネージャーから軽い注意を受けたのは言うまでもない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20:コラボ月間-星月ツカサ-(1)

『ようこそ、星月のアトリエへ。主の星月ツカサです』

 

 

アトリエ来た!

お邪魔します

コンプができると聞いて

今日を楽しみにしてた

 

 

『楽しみにしている人が多いみたいなので、さっそく今日のゲストに登場してもらいましょう』

「こ、こんユキ~。冬空ユキです」

 

 

 少し詰まってしまったが、紹介に応じて自己紹介を行う。

 ただ、緊張からか声が上ずってしまっているのが、自分でも分かった。

 

 

すげぇ緊張してるw

いや上がりすぎだろう

知らんのか?ユキはネコだぞ

↑いや、意味が分からん

 

 

『大丈夫?ほら、水を飲んでみて』

「はっはい」

 

 

 脇にあったストローの刺さったミネラルウォーターのボトルから、咽ないように注意しつつ水を飲んでいく。

 

 

んく、んく……ふぅ」

『……どう?緊張は和らいだ?』

「はい、どうにか」

『それじゃあ、改めて……いらっしゃいユキさん』

「お邪魔します」

 

 

 今回、こんなにも緊張しているのは訳がある。

 冒頭の始まり方で既に理解はできているだろうが、今回のコラボは俺のチャンネルではなく相手のチャンネルで行っているのだ。

 

 そう、初めての他チャンネルへお邪魔しているのである。

 自分のホームグラウンドではない所で緊張するなというのは、人間に呼吸をするなというレベルで無理な話であるのは明白だろう。

 

 

『さて、サムネやタイトルから分かる通り、今回のコラボはユキさんとお絵描きをしていこうと思います』

「---ます!」

 

 

ユキちゃんのハジメテが取られた!!小春ヒメカ✓

姫ww

姫さまw

反応はやw

 

 

『ふふっ、お絵描きに関しては誰にも譲りませんよ』

「言い方ぁ……」

 

 

 ヒメカとは、この間届いたゲームを一緒にプレイするのをコラボ配信した時も「ユキちゃんのハジメテGETだゼ」とか言ってたし、アバターが清楚系なのに中身がオッサン寄りとか何処の層を狙ってるのか分からん。

 ただ、そういうオッサン的な言動をしながらのレクチャーは的確で分かりやすかったから、下手なことを言えないんだよなぁ……

 

 

『今日はタップリ2時間分、時間を確保してあるので完成させるまで終わりませんからね』

「え?何それ、聞いていないです!?」

『打ち合わせで、ちゃんと2時間分の予定を開けてもらったじゃないですか』

「いや、それは配信後、何かあるのかと、思って、その……」

『ここで問答をしても、絵は完成しませんのでやって来ましょう!』

「またこの流れー!?」

 

 

絵に関してツカサに勝てる同期はいないだろうね

ユキは、もうこういう星の元に生まれたとしか言えない

ご愁傷さまです

というか2時間で完成できるのか?

 

 

『えっと、ユキさんペンタブの方は準備できてますか?』

「あっはい」

 

 

 ツカサの質問に返答しつつ目線を下へ向けると、A3サイズほどのiPadのような機材とちょっと太めのペンが存在を主張していた。

 

 ツカサとお絵描きコラボをすという方向になった時、当初の予定ではマウスを使って描くつもりであった。

 そもそもの話、俺がヒメカとお絵描きコラボをしたいといったのも、イラストが完成していく様を間近で見たいという理由からであり、別に自分の画力に自信があったわけではないのだ。

 なので“画伯”といわれるのを承知しつつマウスで描こうとしていたのだが、ここで桃瀬さんから「待った」の声がかかった。

 

 互いのマネージャーを同席させたうえでの通話を使った打ち合わせだったために、俺達の会話を聞いていた桃瀬さんは「お絵描き企画が今回だけとはならないだろうから、これを機にペンタブを持ってみては?」といってきたのだ。

 彼女の提案に、ツカサと彼女のマネージャーも賛同して、そうなるとコミュ症の俺に周囲の反対を押し切っての拒否などできるはずもなく「それなら……」と同意するしかなかった。

 

 ただ、ペンタプなんて前世を含めても一度も持ったことのない俺が、機材の良し悪しなんて分かる訳もなく。

 一番安いのでも買うかなと考えていた所に、言い出した責任ということで桃瀬さんがペンタブを提供すると言い出し、数日後に俺の手元に届いたのが目の前にあるペンタブである。

 

 

『使い方は、事前にマネージャーさんから聞いているんですよね?』

「基本的なものは教えてもらいました」

『メーカーが同じなら、私が教えられたんですが……残念です』

「あ、アハハ……」

 

 

 何だろう。

 彼女から、ヒメカと同じような雰囲気というか匂いというかを感じる……。

 

 

『では、ユキさん。お互いを描くということで』

「はい。ただ、出来には期待をしないでほしいです」

『大丈夫ですよ。一生懸命に描いてくださったイラストは、すべて良作ですから』

「が、がんばります」

 

 

はてさて、ユキの画力はいかに?

謙遜してるけど、どうかな?

実は上手いとか?

あり得るw

 

 

「ちょっと!勝手にハードル上げないで!?」

 

 

 いや、そんな期待されるほどに上手くないんだってば!!

 

 

『ふふっ、それじゃあ軽く構図やサイズを決めちゃいましょう』

 

 

 描く場所やポーズ等をパパっと決めて早速、描き始めることになった。

 とはいえ当然ではあるが、これはコラボで、配信で、黙って描いていくことなどないわけで……

 

 

『そういえば、ユキさん。ユキさん宛マシュマロが私のところに来てたんですよ』

「へ?」

 

 

 

                               

ユキちゃん!ユキちゃん!ユキちゃん!ユキちゅあぁぁあああああ

あああああああああああああああああん!!! あぁああああ…あ

あ…あっあっー! あぁああああああ!!!ユキユキユキちゅうぁ

あぁああああん!!!あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハー

スーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん!ううっ

うぅうう!!俺の想いよ冬空ユキへ届け!!画面向こうの

ユキちゃんへ届け!

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「え?ナニコレ?というか、なんでツカサのところに?」

 

 

 ネタだとしても、普通に怖いんですけど!?

 というか、なんで俺に向けたマシュマロがツカサへ送るんだ?

 

 

『ユキさんって、マシュマロの受け取り設定を結構辛口にしてます?』

「マネージャーさんに言われて、それなりにミュートワードを……あっ」

『私は、初期設定のままだと公言してたので、このマシュマロの主は可能性に掛けたのかもですね』

 

 

うわ~、傍迷惑すぎる

ツカサを伝令に使うとか、許さん

てかなんで、そのマシュマロ読んだ?

↑それな

 

 

『いえ、最初は悪意あるマシュマロなら闇に葬ろうかと思ったんですけれど』

「闇って……」

『これを含めてネタとしては面白いの幾つかあったので、紹介してみようかなと。SSとか5件くらいありますし』

「マジで、みんな何してんの!?」

 

 

ユキちゃんに俺の()を読んでもらいたいからさ!

↑通報した

↑普通に迷惑行為で草も生えん

ちょっとSSが気になる俺がいる

 

 

『大丈夫ですよ。楽しく読まさせてもらいましたから、SSは特によかったです』

「こういうことをする人の一部は、無駄に文才がありますからね」

『配信後に、お見せしますよ』

「……お願いします」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21:コラボ月間-星月ツカサ-(2)

 意外とお喋りをしながらでも自分は絵が描けるようで、1時間経過するころには完成が見える程度にまで進んでいた。

 

 クオリティ?子供レベルですがなにか?

 問題ないだろう?この体は小学生に間違われるくらいに“ちんちくりん”なのだからさぁ!!

 

 

下手ではないわな、下手では

むしろ、納得のクオリティでは?

見た目相応とでも?

え?普通に上手くね?

 

 

『顔か体のどちらかを大きく描いてしまう人が多いですが、ユキさんは全体的なバランスが取れてて良いと思いますよ』

「あ、ありがとうございます……ぁぁっ、変になった」

『フフッ』

 

 

 プロ並みに絵が上手いツカサから社交辞令とはいえ褒められるとは思ってなかったので、動揺からペン先が乱れてしまう。

 そんな俺を見て笑っているツカサの方は、乱れることもなく早送りのようにスラスラと線が追加されて“冬空ユキ”が完成していく。

 

 

『本当によく描けてますよ。ユキさんは何かやってたりします?』

「えっと……学校の授業で描くくらいで、あとは教科書に載ってる人物とかにイタズラ描きしてたくらいです」

『悪戯……ああ、歴史の教科書にある人物画に体を書き足すとかですか?』

「ですです」

『あははっ、あれ私もやってましたよ。顔だけのには、その時に流行ってたアニメキャラの衣装を着せたりして』

「あっ、私もです」

 

 

 前世では、厳つい顔をしたオッサンに魔法少女の格好をさせたり、吹き出しを描いて言ってそうなセリフを創作したりとかして遊んでいた事を思い出して、笑ってしまう。

 さすがに今世では優等生キャラで通しているので、そんなことをしたりしていないが……

 

 

俺もしてたわw

大抵の子供はやってるw

教師に見つかって怒られるまでがセット

 

 

『それじゃあ、私もイタズラをしてみましょうか……ここに、こうして……』

「え?……ぁっ、ぇっ、わっわっわっ、えっウソ!?」

 

 

 ツカサが描いてくれている“冬空ユキ”は大きな本を抱えながら笑顔でいる姿なのだが、そこへ彼女がイタズラと称して書き加えたのはメガネ。

 ただし、普通の眼鏡?ではなく自身の顔に合っていない大きいメガネなので、ズレ落ちて鼻先に引っ掛かって辛うじてで落ちていない感じのものとなっており、もともと幼い女の子に適性があった彼女の画風から生み出されたソレは恐ろしい破壊力を周囲へとまき散らしたのだった。

 

 

あかんw

ぎゃわいい!

うぐっ

ヤバイ、可愛い

 

 

『仕上げに、これを……はい。ではユキさん、このセリフをイラストのような感じでアテレコをよろしくお願いいたします』

「はい!?」

 

 

 少し幼い感じのユキが、どんどんとロリ化していく様を純粋に楽しみながら見ていた俺へ難題を突き付けるツカサ。

 

 

『シンさんとのコラボの時のような感じで大丈夫ですから、では3、2、1―――』

「え?あっ、まっ……」

 

 

 カウントダウンに押し出されるかのように、俺であってもユキであっても絶対に言わないであろう言葉を口にする。

 ただ、イラストを見つつのアテレコだった為に、イラストのロリ化されたユキへと同調してしまい……

 

 

えへへっ、パパのまねっこー

『はうっ』

 

 

ガハッ

かわいいいいいいw

ロリユキw

無理なく聞こえるw

普段もロリ寄りだが、これは完ぺきロリだな

 

 

「あーーーーっ!!!」

『冬空ユキという尊い犠牲の元、最高の素材ができましたね』

 

 

やはり、ここでもユキは弄られる運命か

そういう星の元に生まれたのだ

哀れw

憐れw

 

 

『ユキさん。早く復活しないと色塗りの時間が減っちゃいますよ』

「扱いがヒドイ!」

『声一つで皆を喜ばせられるのだから、凄い才能かと?』

「いや、これで喜んでいるのは、ロリコンだけのような気が……」

 

 

ロリコンじゃないが?

ロリコンじゃないけど、もう一度さっきのセリフ言って

は?幼女好きだけどロリじゃないし

ダレノコトカナー?

 

 

「うっさい。このロリコン共め!」

 

 

サーセンw

サーセンw

スンマソンw

ありがとうございます!

罵倒助かるw

 

 

『ふふっ、本当にユキ友はユキさんが好きですね』

「もっと普通の愛情表現が欲しい」

 

 

 確かに、こうやって構ってくれるユキ友がいることは嬉しい事なのかもしれないが、少しだけでもいいからマトモな構い方をして欲しいと思うのは贅沢な悩みなのだろうか?

 まあ、本当にやめて欲しい時にはちゃんと退いてくれるので、民度は高い部類なのだろうことが良い点だろう。

 

 

『ん~、でもユキ友がはしゃいでしまう気持ちは分かる気がしますね』

「え?」

『ユキさんの声を聴いていると、なんというかライブとかのイベントが始まる前のワクワク感?みたいな感じになるんですよ』

 

 

 俺の声に対して、水原カレンと似たような感想を伝えてくるツカサにドキリと心臓が跳ねた。

 コラボ月間に入ってから、配信上で一度も【言霊】を使用してはいないというのに、聞いている人へ対して何かしらの効果を表している自分の声に少し怖くなる。

 いや、宇野シンの時に声質が云々と言われたので、それが関係しているだけで能力は全く関係ないのかもしれない。

 

 そう思うことで、この問題への考えを打ち切る。

 一人で考えても袋小路にハマるだけだし、原因が分かったとしても声を出さずに生活なんて、俺にはできない。

 

 

『さて、今後も気持ちよく素材を提供してくれることを期待しつつ、イラストを完成させましょう』

「一度も、気持ちよく素材を提供したことないですし、そもそも提供すること自体、賛同してないんですけど!?」

 

 

大丈夫!私が気持ちよく提供できるようにするから!小春ヒメカ✓

↑通報した

↑ポリスメン、ハリー!ハリー!

 

 

「ぴぃ!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22:コラボ月間-泉谷カオル-(1)

『やぁ、待ったかい?』

 

 

 男性とも女性ともとれる中性的な声が、開幕の挨拶をする。

 

 

待ったないよ

待ってたw

キター

やぁ

 

 

『普段通りの君たちのようだね。さて、今日はゲストが来ているんだ』

「こんゆき~。冬空ユキです」

 

 

 声のトーンが少し高くなったが、さすがにツカサとのコラボでした失敗を繰り返すことはしない。

 ただ……おいこら画面の冬空ユキ(オレ)、挨拶が上手くいっただけで嬉しそうにすんな!

 

 

『今日はヨロシクねユキ』

「あっ、はい。よろしくです」

 

 

この二人を見てると、父性が刺激されんだがw

分かるw

分かるわぁ

俺は息子が刺激される!

↑通報した

 

 

 え?今日のリスナー、変態が多くないか?

 ユキ友でいつも変態コメしてる人とは違う名前だから、カオルのリスナーか初見になるんだが……

 

 

『こらこらキミ達、ユキがいるからって興奮しすぎだよ』

「えぇぇ……」

『大丈夫?気持ち悪いけど、物理的には何もしない無害な子らだから安心して』

 

 

気持ち悪いって言ってくれた(ビクンビクン)

ああ~、罵りが腰に効くんじゃあ

変態が多いw

気持ち悪いだけでダメな気がするんですが

ユキ友といい勝負

ナカーマ

やめて!?

 

 

『おや?互いのリスナー同士が仲良くできるようだし、こっちも話を進めようか』

「なかよく?」

 

 

 あれは仲良くしてるという解釈で良いのか?

 まあ、互いの変態部分に共感し合って最終的には仲良くなりそうな感じはするけど……

 

 

『さて、今日はユキと一緒にボクのチャンネルで恒例のアレをしたいと思うよ』

 

 

 カオルが配信画面を操作して、あるテロップを表示させると小声で「3,2,1」とカウントをとってくれる。

 俺はカウントを聞きつつ、配信前の打ち合わせで決めたセリフを思い出しながら、小さく息を吸い込むと

 

 

『カオルと、』

「ユキの!」

…せーの

「『お悩み相談室ー!』」

 

 

パチパチパチ

ユキ、セリフを噛まずに言えて偉い!

良く言えました!

わぁ~888888

 

 

『知らない人に説明すると、ボクのチャンネルではリスナーから寄せられた悩みを解決していく配信を、たまにしているんだ。で、今回はユキがゲストに来てくれているから、一緒にリスナーの悩みを解決していこうというわけさ』

「上手い答えが出来る自信がないんですけど」

『大丈夫。性別“カオル”のボクと、年齢“16世紀”歳のユキがいれば、大抵の悩みなんて解決さ』

「それ、人間換算で16歳ですからね!?」

 

 

年齢を世紀で表す人を初めて見たわw

公式プロフにマジで書いてあるぞ?

ユキは地精だからね

精霊らしいことしてる?

俺達を笑顔にしてるじゃん

 

 

『さて、さっそく一つ目のお悩みマシュマロを紹介するよ』

 

 

 

                               

人見知りで、相手の顔を見て話すことができません。

それで態度が悪いって思われたくないです。

どうすればいいですか?

 

マシュマロ

❏〟

 

 

「……お悩み相談だ」

『……最初にそう言ったんだけどなぁ?』

「えっと、てっきり大喜利のような、感じに、なる、かと……てへっ?

『可愛くしてもダメで~す。お仕置きだよ』

「ちょっ、やあぁあぁぁ!?」

 

 

 カオルのチャンネルで配信をしているということは、画面の主導権は相手が持っているということになる。

 “お仕置き”という言葉と共に、二人並んで表示されていたアバターのうちの冬空ユキが急に拡大されて、認証システムで俺と同じように赤面しつつ驚いているユキの顔が画面いっぱいに表示されてしまう。

 

 

『ユキとのガチ恋距離を、リスナーにプレゼントだ!』

「恥ずかしいからヤメテ!?」

 

 

不意打ちはアカンて

うぐっ

あっ……

うっ

うっ

 

 

『……はい、お仕置き終了』

「ぅぅ」

『じゃあ、お悩みを解決していこうか』

「……この仕打ちの後で、私が答えられると?」

『じゃあ、先にボクが答えるね』

「そういう意味じゃないのにぃ……」

 

 

やはり、ユキの立ち位置はこうだよな

いいぞぉ

もう定着してるからアキラメロン

諦めろ

 

 

『ボクの答えとしては、視野を広げて見るというのをオススメするよ』

「???」

『相手の顔を見ようとすると、当然だけれど顔へと視線を集中してしまうでしょう?』

「それは、まあ……」

『それを景色を見るように、相手の背景も含めて見るようにするのさ』

「……相手の顔を景色の一部として“見る”ということですか?」

『そう。練習が必要だろうけど、無理に相手の顔を見ようとして頭の中がパニックになるよりマシだと思うな』

「なるほど」

 

 

 こうして通話越しなら話せるようになったとはいえ、相談内容のように相手と面と向かって話すのが苦手なままの俺としては棚ぼた的な回答だ。

 早急に必要になる場面は今現在ないから、時間を見て練習してみよう。

 

 

へぇ

なんか難しそうだな

FPSの要領で視野を広げろって事だろう?

↑ああ、すげぇ分かりやすいわw

 

 

『じゃあ、次はユキの回答だね』

「えー、と……んー、と……そもそも、相手の顔を見て話す状況を作らないようにする。とか?」

 

 

相談内容の全否定w

おおいw

ユキぇ……

たしかに、そうだけどw

 

 

「いや、ほら、通話にするとか、帽子を被るとか、作業をしながらとか、色々あると思うんだけど!?」

『ユキ。それだと態度が悪いって思われるかもだから、相談内容の解決になりづらいんじゃないかなぁ?』

「ぁぅぁぅ……あっ!じゃあ人に会わなくて済むようにする!!」

『それ、ただの引きこもりだよ!?』

 

 

 カオルのツッコミは正論だろうけど!!

 人見知り持ちの俺には、これ以上の回答は無理なんだよぉ!!!

 分かってくれよ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23:コラボ月間-泉谷カオル-(2)

徹夜明けテンションで描いたために、R15タグをつけておいて良かったレベルの話になってしまいました。
嫌な予感がした人は、この回は回避してください。


『うん。次にいこう』

「私にはアレが限界なんです……」

 

 

ユキは人見知りだからね

足が遅い人に、速く走るコツを聞くようなもの

どんまい

つぎで挽回だ

 

 

 

                               

数学が嫌いなのですが、

どうすれば好きになれますか?

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

『初配信で数学が得意といったユキさん。さあ、答えてみよう!』

「ん~……個人的な答えですけど、私は数式を当てはめて解いていく過程が、謎解きっぽくて好きなんです」

 

 

解釈一致

分かるわ

分からん

う~ん、分からないw

 

 

「あ、あれ?この考えって特殊ですか?」

『ボクは納得できる答えだと思ってるよ。ただ、人によっては謎を解くという過程が苦痛に感じる人がいるってことだね』

「ああ、なるほど」

 

 

 カオルのフォローで、自分が特殊な感性を持っているわけじゃなくて安心。

 現状の俺はライトノベルの登場人物ばりに生い立ちや能力を持ってるから、自分が一般的な言動が出来ているか偶に疑問に思うからね。

 

 まあ、同期には結構ぶっ飛んだ人格の持ち主が多いから、別に無理して常識人にならなくても良いんじゃないかと思う時もあるけど……。

 

 

大抵の人は勉強を仕方なくやってる人が多い

↑それ俺

↑よお俺

↑やあ俺

↑おす俺

 

 

『聞き方を変えるけど、最初から数学や算数が好きだったの?』

「どうだろう?小さいころから資源管理系のシミュレーションゲームとかをプレイしてたから、数字に対して慣れてたのかもしれないです」

『なるほど、好きなモノの延長に算数や数学があったから、勉強が苦にならなかった感じなのかもしれないね』

「かもです」

『こういう感じの答えになったけど、相談をくれた人は納得してくれたかな?』

 

 

試してみます

見てたw

そりゃあ、観てるだろうよ

わいも読んでくれないかリアタイで見てる

 

 

『じゃあ、次に行こう』

「すみません。読んでる間に水分補給します」

『了解~』

 

 

 声を長時間出していると、ビックリするほど喉が渇くからね。

 なんか最近は叫んだりすることも多いし大事にしないと、俺は人より病弱なんだし……。

 

 

 

                               

VIO脱毛

やった方が良いんですかね?

 

 

マシュマロ

❏〟

 

 

んくっ……ふぅ」

『……あれ?』

「ん??」

 

 

ああ、これはwww

カオル、滑ったなw

ユキが分かってないw

 

 

「え?どういうこと?」

 

 

 カオルは相談内容を読んだだけだよな?

 で、俺が普通にしていると向こうが滑った判定を受けるということは……

 

 

「えっと、この相談内容って笑うやつでした?」

『ああ、うん。笑うものではないけど、ちょっちボクが想定してた反応と違っただけだから』

 

 

ユキって時折、恐ろしいまでにピュアになるよな

箱入り娘かよって思う時あるわ

脱毛で反応がないってなると、そういうのを気にしない年齢?

↑はい、特定厨は黙っていようねぇ

 

 

 流れてくるコメントの内容的に、センシティブ関係なのだろうか?

 画面に検索サイトを開いて、相談内容にあったVIO脱毛を入力して検索っと……

 

 

『ああ、ユキ!ストップ!検索しちゃダメ!!』

「……ぁぁ……要はムダ毛処理の相談ですね」

 

 

珍しくカオルが慌てておるw

切り抜き確定

ユキが予想外に冷静w

 

 

 確かに話題にしてる場所が場所だから、センシティブ扱いになる場合もあるだろう。

 だが、邪な感情を挟まなければ単純にエチケットの話なのだから、少し恥ずかしい程度で済む。

 とはいえ、一応は確認したほうがいいだろう。

 

 

「この相談、BANされません?」

『MyaTube君は、水音とか直積的な単語を使わなければ大丈夫だよ。ボクがこうして配信を続けられているのが何よりの証拠さ』

「うわぁ、凄い説得力」

 

 

これよりも際どい相談にも答えたことあるしな

照れるユキが見れなくて、わいショック

サンステージはカオルの配信で、限界を探っている説

↑陰謀論w

 

 

『さて、照れるユキが見れないのは残念だけれど―――』

「ちょっと!?」

『―――相談に答えるとしようか』

 

 

 同期のことごとくが、俺を弄ってくるんだが!?

 もしかして俺って“イジメてオーラ”みたいな何かを放出してるとかないよな!?

 

 

『ボク個人としては男女問わず、やった方が良い側かな。もちろん金銭面やクリニックの問題がクリアできている前提だけれどね』

「なぜ?」

『夏に蒸れないし、清潔感があるし、ファッションの幅が広がるから』

「なるほど」

『……今度、一緒に行ってみるかい?』

「何言ってんの!?!?!?」

 

 

エッッッ

ちょっ、拙いですよw

おっおっおっ!

キマシタ……きました?

てぇてぇ?

 

 

『考えたらさ。同期でユキとオフで会えてるのカレンだけじゃないか。なら、これを機会にして会ってみたいなぁと』

「だからって、なんで“これ”なの!?」

『初めてはカレンに取られたけど、“これ”なら初めて以上に記憶に残るイベントになるじゃないか』

「~~~っ、こっのエロ魔人!!」

『だめだめ、そこは“カオルのエッチ!”って言わないと』

「ぴぃっ!!助けてカレン!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24:ドッキリサプライズ

「……ぅぅ、普通に緊張してきた」

 

 

 ある人の配信画面を見つつ、脇にあるDisRoadの画面を横目に見やる。

 そこには、あと1クリックすれば相手と音声通話ができる所まで操作が済んでいる画面があり、自分がこれから何をするのかを嫌でも分かる。

 

 こういう事は出来ることならやりたくはないのだが、既に相手のマネージャーと桃瀬さんの間で話が纏まっており、俺も提案された当初は深く考えずに同意してしまったのだが、時間が経つにつれて事の大きさが分かってしまった今はドタキャンしたい気持ちで一杯な状態だ。

 となれば、桃瀬さんに断りの―――

 

 

 ピコンッ

 

 

 桃瀬さんに連絡するためにキーボードへ手を置いた瞬間というタイミングで、通知を知らせる電子音が聞こえたかと思うと、待機状態のチャット画面に桃瀬さんからのメッセージが表示された。

 

 

【逃げちゃダメですよ?】

「……先手打たれた……ぅぅ」

 

 

 彼女から先手が打たれたためにドタキャンは不可能になり、諦めて配信画面へと向き直す。

 ここで、相手のマネージャーへと連絡をしようとは考えないのは、単純に知り合い以下のレベルの付き合いしかない人と話したくないからという情けない理由である。

 

 

『ありがとー!』

 

 

 そして、タイミングよく仕掛けるのに絶好の条件が整ってしまった。

 ここで躊躇してタイミングを逃せば、次に良いタイミングが訪れるまで相手の配信画面を緊張しながら見続けなくてはならなくなるので、「男は度胸!」と心の中で叫びながら最後のクリックを行った。

 

 画面から通知音が聞こえたので慌ててミュートにするとともに、念のためにとミュートにしていたマイクのスイッチを入れる。

 

 

『あっ、もしもし?』

 

 

 両マネージャーより俺だと分からないようにアカウント名を変更してあるので、一言も声を出していない此方が誰であるか分からないからか、若干ながら緊張した声で相手が応答する。

 まあ、この専用サーバーに知らない名前の人が入ってくるとか、少し怖いよな。

 

 

「もっ、もしもし?」

『……え、嘘!?』

 

 

お?

ん?誰?

あれ、この声

誰?

あっw

 

 

 俺の第一声に相手は気づいたようで、驚きの声を上げている。

 ミュートにしている相手の配信画面のコメント欄は、俺と分かったようなコメントをする人がチラホラと居て、自分の知名度が意外とあることに少しの嬉しさと、普段の配信で見に来てくれている人以上の知らない人の前で話をしなくてはならないという緊張感で、事前に決めていた話内容が一瞬で吹き飛んでしまう。

 

 とはいえ、最近は気負わずに言えるようになった挨拶はできるので、少しでも真っ白になった頭を再起動させる時間を稼ぐために、軽い咳払いの後に“いつもの挨拶”を……する前に、来た目的を果たすべく“心を込めた”言葉を紡ぐ。

 

 

「収益化おめでとうございます」

『ありがとう!―――って、やっぱりユキだよね!?』

「ですです」

 

 

マジかw

誰やねんw

すっごw

え?

 

 

『あっ、と……混乱している人もいるようだから、自己紹介をお願いします』

「はい……皆さん、こんゆき~。サンステージ所属Vtuber、冬空ユキです」

『凄いびっくりした。来てくれてありがとう!』

 

 

他企業やんけw

何この声、ゾクゾクするんだが

他企業のロリ枠?

ゆいママ、他企業のVに祝われるとかスゲェw

 

 

 サプライズは成功し、ゆい友の人たちからも概ね歓迎されているようでホッと一息付けた。

 

 さて色々と濁して……いや、最後の方もう固有名詞を普通に言ってるから、すべての人は分かりきっている事だろう。

 

 

 収益化を記念した凸待ち配信をしている夏波結へ、突撃する冬空ユキ。

 

 

 これが、今回の目的である。

 一応だが、サンステージで他企業との初コラボをするという称号は、既に水原カレンが持っている。(“あるてま”という企業別を括りとするなら、俺が一番だが)

 それでも俺は二番目となるので、驚く人は多いだろう。自他ともに認めるコミュ症なのだから……。

 

 

『最初、変なアカウント名の人が来てビックリしたよ』

「あの、ね。驚かせようと、思って……ご、ゴメン」

『全然!ビックリしただけだから、それより来てくてた事の嬉しさが上だよ』

「よかった。ありがとう、ゆいママ―――ぁ」

『ちょっ、ママじゃないってば!』

 

 

ゆいまま、他でも娘をつくっていたなんて!

速報 ゆいままに二人目の娘が!

これはひどいw

草w

 

 

『ちょっと、違うからね!?ユキは娘じゃないから!!』

「え?」

『ユキ!?』

「ぴぃ!?すみませんすみません少し調子に乗りました!」

 

 

 少し場の空気に慣れたから、ゆい友に合わせて少しやりすぎてしまった。

 

 

認知してあげなよ

黒猫より幼そうだし、親離れはまだ早いよ

というか、この子が娘だと、黒猫が姉になるんじゃね?

淫猫が姉とか草

草www

 

 

『ああ、そうだ。ユキの立ち絵を用意しないと』

「え?あるの?」

『マネージャーから貰ってるんだよ。意味が分からなかったけど、この時用だったんだね』

 

 

 なるほど。

 というか、他企業の立ち絵をマネージャーから送られても、意味が分からないだけで済ますとか天然かな?

 あとは、時期的に忙しいから疑問は後回しにされたかな?

 

 

『はい』

「おお~……」

 

 

は?3D?

3D可愛いな

というか制服姿のロリとかヤバいなw

↑わかるw

 

 

 カレンとオフコラボした際に、上半身だけの3D化された時の冬空ユキが、後ろ手に組んで小首を傾げながら微笑んでいる姿が表示される。

 

 

私以外に娘がいるって聞いてない黒猫燦✓

姉がいたw

おっと、これはw

おっと~

 

 

『いや、だから違うって―――』

「……燦お姉ちゃん……?」

『ユキ!!』

「ぴぃ、すみません!言ってみただけです!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25:後の祭り

今年最後の投稿です。
皆さま、よいお年をお迎えください。


てか、二人の関係性が分からん

↑それな

母娘

二人の接点が分からん

 

 

 ふと、コメント欄に冬空ユキと夏波結の関係がよく分からないみたいな発言が目についた。

 結の方も気づいたのだろうか、少し迷っているかのような声色を上げる。

 

 

『ぁ~、私とユキは……これ言っても大丈夫なのかな?』

「私が、凸した時点で、疑問に思われるのは、分かってたと思うので……たっ多分、大丈夫、かと?」

『そうだよねぇ。えっと、ある飲食店でお互いの不注意からぶつかっちゃって、私が持ってた飲み物をユキに掛けちゃって―――』

 

 

 俺としては、店内で小走りで移動していながら周囲を見ていなかった自分に非があると思うんだが、暁さんが自身の方に非があると言い張ったことで互いの主張が平行線を辿り、結局は両方が悪かったという決着になっている。

 そんな感じで決着がついたとはいえ、こうして改めて状況説明を聞いていると一言申したい気持ちが湧いてくるのだが、蒸し返したところで誰も幸せにならないことは分かり切っているので、黙して夏波結と冬空ユキの出会った馴れ初めに耳を傾けた。

 

 

『―――で、ユキはこの時点で私だって分かってたみたいなの』

「えと、なんというか。慌ててるときの言動が、黒猫燦を相手にしてる、夏波結に似てたし、声色が……」

 

 

幼女に飲み物ひっかけたら、そら慌てるわ

オフで会ってたと予想外なんだがw

その様子が目に浮かぶw

ユキが結にバレる要素なくない?

 

 

『うん、まあ……私もユキの失言がなかったら、気づかないままだったんだけれどね』

「わ、私だって、夏波結が目の前にいることに、ビックリして……何か言わないとって、思ったら……」

『ぅっ……いや、そうだとしても、その……ゆいままは、ないと思う』

「ぁぅ……」

 

 

失言による自爆w

店内での失言って、大丈夫だったの?

失言の仕方が、さすが黒猫の妹w

草w

草w

 

 

 言い訳をしてはいるものの、あの失言がなければ夏波結――暁湊さんと、こんな凸して話をすることもなかったので怪我の功名と捉えてもいいのかもしれない。

 とはいえ、結果的に繋がりを得られた代償として、公衆の場でイジられるというのは結構な重傷だと思うけど……。

 

 

『まあ、その出来事がなかったらユキとは会えなかったから、結果的には良かった出来事かもね』

「……ままぁ

『ちょっと!?聞こえてるからね!!』

 

 

いや、これは掘れるw

↑おいw

これは仕方ない

ままぁ

マンマァ!!

 

 

『ああ、もう!!この話は、終わり!!来てくれた皆に聞いてる質問があるんだけれど、良いかな?』

「アッハイ」

『“今、一番やりたいことって何?”なんだけれど、ユキは何かしたいことある?』

「えっと、ライバーとしてですか?」

『ん?どっちでもいいよ?』

「ん~……」

 

 

 適当な唸る声を上げつつ、俺の内心はパニックに近い状態になっていた。

 初手で考えていたことがすべて吹き飛んで、時間稼ぎをしつつ思い出そうとしていたのだが、未だに思い出せていないのだ。

 

 結の配信を見つつ、リスナーへ知らせるように画面に表示されていた会話デッキから、自分が質問された際の回答案を何通りか考えていたのは覚えているのだが、それ以上が思い出せない。

 こんなことなら、メモ帳に箇条書きでもいいから考えていた事を書いておけばよかった。

 

 とはいえ、これ以上は相手を待たせられないし、この後にいるであろう凸待ちしている人にも迷惑がかかる。

 

 

 

 もう、ここは、俺の切り札を使うしかない。

 出来れば―――いや可能なら、今後も使う機会がなければと思っていた札だが、ここで切らないと“色々と終わる”!

 

 BADENDより、TRUEENDだ!!

 

 

 

「結とコラボしたい」

『え?』

「だ、だめ?」

『え?いや、そうじゃなくて……え?』

 

 

おっと?

企業の枠を超えたてぇてぇ?

ちょっと?水原カレン

ゆいままは私のだぞ!黒猫燦✓

キマシタワー?

 

 

 あ、なんか他人がビックリしたり焦ってるのを見ると、落ち着いてきたかも?

 でも、ここで正常な思考回路になったところで口から出した言葉は消えたりはしない。

 

 てか、ヤバイヤバイヤバイ!

 自分が零した言葉が今更ながら恥ずかしくなってきた!!!!

 

 

「~~~~っ、やっぱり何でもない!!私の言ったことは忘れて!!」

『ええ!?』

「結さん、収益化おめでとうございます!これからも応援してるので、頑張ってください!!」

「え?ちょっ、ユキ!?まっ―――」

 

 

 結がまだ何か言っていたが、下手に聞いてしまうと逃げるタイミングを逃してしまう。

 失礼だと分かりつつも、捲し立てるように言いたいことだけ言ったから、問答無用で退席ボタンを押して音声通話を切ってしまった。

 

 

「あああああっ!!やっちゃった!!!!」

 

 

 頭を抱えて、机に突っ伏して自分の言動の拙さに身悶えする。

 チラリとミュートのままになっている結の配信画面からは、爆速で流れるコメントと、激しく動きながら口をパクパクしている結のアバターが映っている。

 

 十中八九。

 自分の先ほどの言動についてを話題にして話しているのだろうが、どんな内容になっているか怖くてミュートを解除できない。

 それに、コメントも恥ずかしさから上手く注視できず、流れる速さもあって内容を読み取れない。

 

 

「……閉じよ」

 

 

 不貞寝するため、配信画面やらなんやらを閉じてPCをシャットダウンさせると、椅子から飛び降りてから脇にあるベッドへとダイブした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26:吐いた唾は飲めぬ

あけましておめでとうございます。


【吐いた唾は飲めぬ】

 

 

 今ほど、この言葉の重みを深く受け止めたことはないだろう。

 

 昨日の、夏波結の収益化記念の凸待ちで最後に口から出てしまった言葉は、自分がなかったことにしてくれと言った程度で消えるわけもないことだった。

 

 夏波結のチャンネルにはアーカイブとして残っているのは当然として、登録者数が順調に伸びている自分よりも数倍多くの登録者を持つ彼女のチャンネルでの発言だったこともあり、自分の所ではなかったが“発言が切り抜かれて投稿される”という初めての体験をすることに……。

 おまけに、俺が凸中につい漏らした小声も拾われて字幕付きはもとより、投稿者によってはワザワザ編集ソフトを使って俺の声を聞こえるまでに大きくしていたりと、ネットの怖さを今更ながら再確認することにもなった。

 

 当然ながら、この流れは他へと波及することになり、もともと夏波結は非公式ながら黒猫燦の“ママ”という立ち位置を持っていた所に、他企業の俺が“ママ発言”をしたことでリスナーからは『夏波結の第二子』とか『黒猫燦の妹』とか色々と他人を巻き込んだ二つ名が流れるようなる。

 

 そしてこの事態を、不貞寝から就寝という流れで朝を迎えた俺へ桃瀬さんが電話口で教えてくれたのだった。

 

 

 

 

「ご、ごめんなさ……」

 

 

 自分の一言がここまで大きな事態になるとは思ってもみなかったために、ガタガタと体が震えだし、引き攣る喉から絞り出すように謝罪の言葉を桃瀬さんへと伝える。

 そして、前世でネットの怖さというものを知っていたというのに、この炎上案件を生み出してしまった自分の迂闊さに絶望する。

 

 まるで、これから実刑判決を受ける犯罪者のような気持ちで桃瀬さんから言葉を待っていると……

 

 

『大丈夫よ。何も問題ないから』

「……へぁ?」

『…………ぷふっ

 

 

 予想外の言葉に、自分でも驚くような間抜けな声が出てしまい。

 それを聞いた桃瀬さんは咄嗟に隠したのだろうが、スマホからははっきりと彼女の笑い声が届いてきた。

 

 だが、笑われたことなどどうでも良い。それよりも―――

 

 

「ど、どういうことですか?」

『あの発言にはビックリはしたけどね。この事態も想定されていたことの一つだから、七海ちゃんが心配しているようなことは杞憂よ』

「そうてい?」

 

 

 俺が決死の思いで言った内容が、桃瀬さんらマネージャー達から想定されていた?

 桃瀬さんから大丈夫という言葉をもらった時から、嵐のように荒れ狂っていた思考が段々と平常時の状態へと戻るにつれて、今度は自分の言動が簡単に予測できてしまうほどに単純であるかのよな発言に、少し気分が落ち込んでしまう。

 

 とはいえ、自分が単純だったために今回の出来事への対処を事前に準備できたと捉えれば……まあ、それでもショックなのは変わりないのだが……

 

 

『ともかく、凸については私の方が促したわけだし、七海ちゃんは普段通りで大丈夫よ』

「でも……」

『それよりも、凸から今まで連絡が取れなかった方が問題よ』

「うっ」

 

 

 ちらりと時計を見れば、凸から逃げた時間から12時間は既に経過している。

 今日が休日ということもあり、平日の朝にはセットしてるアラームが機能しなかったので寝坊していた。

 とはいえ、不貞寝からの就寝とはいえ連絡が来ているのにも気づかずに12時間近く寝ていられるとか、自分のことながら凄い事だ。

 

 

『くじょ……七海ちゃんのお父さんも家を空けてるときに娘さんへ連絡を送っても反応がないとか、すごく慌ててたんだからね』

「ぁぁぁぁっ」

 

 

 このあと、RAINや着信履歴を見るのが怖くなるようなことを言ってくる桃瀬さんへ、ただ呻き声を返すしかない。

 父も現地で一泊だけの超短期出張中に、病弱の娘から連絡がないとか最悪の事を想像して慌てるのは当然だろうし、こうなると結―――暁さんからも連絡しても返事がないと慌ててる可能性が出てきた。

 

 

『それじゃあ、私の方からも皆へ大丈夫だったことを伝えておくけれど、七海ちゃんからも心配してた人達にちゃんと連絡するようにね』

「あ゛い゛……」

『もう……でも、何事もないようで本当によかったわ』

「……すみませんでした」

『うん……それじゃあ、みんなへ連絡するようにね』

「はい」

 

 

 その後、仕事をするために来た家政婦の芳子さんが見たものは!

 スピーカーにしたスマホを前にしてベッドの上で土下座をする俺の姿だった……。

 

 

 

 

 

********************

 

 

 

 

 

『本当にすみませんでした』

 

 

 少しくぐもった謝罪する声がスマホから聞こえてくるが、どうして?と思う間もなく、ベッドなりの上で土下座をしているのだろうことが容易に想像できてしまった。

 

 まだ一度しかオフで会ったことがなく、お話も昨日の凸時を含めれば二回だけだというのに、彼女の行動が難なく想像できてしまう事に苦笑いがでてしまう。

 

 

「大事になってないのなら、大丈夫よ」

『ご心配をおかけしました……』

 

 

 彼女と私のマネージャー二人を経由して届いた無事の知らせではあったが、実際に元気そうな声を聴くまでは心配は完全になくなることはなかった。

 

 なんといっても彼女は病弱であるし、あの見た目と“声”。

 それに変なところで感覚がズレていたり無防備だったりと、冗談抜きで目を離した一瞬の隙に消えてしまいそうな危うさがあるのだ。

 

 凸待ち配信後に、凸に来てくれた人達へ一人ずつお礼のメッセージを送った中で、マメな性格の彼女からだけ返信がなかったと気づいた瞬間に、私は時折だが燦が口を滑らせた際にでてくる“そういった内容”を想像してしまい蒼くなった。

 だが、連絡を交換したとはいえ所詮は他企業に所属している子であり、名前以外のプライベートなどは全く知らないし、私の勝手な理由で他社へと突撃するわけにもいかない。

 

 結局、自分の逞しい想像から勝手に心配して、今の今まで一睡もしていないという傍目から見ればバカなことをしてしまっている。

 今日は会社が休みだったのは本当に良かった。

 

 

「本当、心配したんだからね?」

『うぅ……』

「まあ私が勝手に心配して疲れて、自爆してるようだけれどね」

『いえ!……あの、その……心配して、くれて、ありがとうございます』

「―――」

 

 

 小さな照れ笑いの声を漏らしつつお礼をいう彼女に、色々な感情が湧き立ってきたのを大きくため息をつくことで吐き出す。

 

 

『???』

「そう思うなら、次からは心配されるようなことをしないでね?」

『アッハイ』

「それじゃあ、他にも連絡する必要であるでしょうから『うぐっ』切るわね」

『えと、ありがとうございました』

「うん」

 

 

 彼女の声に返しつつ、通話を切ると深く、深くため息をつく。

 

 

「はぁ……本当に、あの子の母親みたいね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。