サメハダー(?) を つりあげた! (青蛙)
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Δエメラルド編
カナタとサメハダー(?)


 

 

 

 

 

 

 

 

 この世は産まれながらにして不平等であると、白金(しろがね)カナタは齢5歳にして知った。

 テレビで見るポケモントレーナー達のように、眩しく輝くような未来なんて、限られた人々にしか訪れないのだ。

 

 

 

「ぼ、ボクも仲間に入れてよ」

 

「えー、ダメダメ。だってお前ポケモン持ってないだろ?」

「カナタん家はビンボーだもんな。ポケモン買って貰えないなんてかわいそー」

 

「も、モンスターボールはあるもん!」

 

「でも空っぽだろ? おれたちの『ポケモンサッカー』やるんならポケモン持ってなきゃ」

「ドンマイ。ま、ポケモン買って貰えたら仲間に入れてやってもいいぜ」

 

「「「アハハハハ!」」」

 

 母子家庭で収入は少なく、近所の幼馴染み達のようにポケモンを買って貰ったり捕まえて貰ったりして貰えず、同世代で唯一ポケモンを持っていなかった僕はいつも仲間外れだった。

 ボールは買って貰えていたのだから親にポケモンを捕まえて貰えば良いと言う人も居るかもしれないが、貧乏な家にポケモン一匹養うような余裕は無く、また母はトレーナーでは無いためポケモンを捕まえる為のポケモンなんて持っていなかった。

 世間では成人してすらいない子供のトレーナーも活躍していると言うのに、僕はその入り口にさえ立たせて貰えない。現実は、本来ならばまだ夢を見ていられる筈の子供に、夢を見させることを許さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テッセンさーん、こっちは点検終わりましたよー」

「おお、流石に早いな。倍は時間がかかると思ってたが」

 

 毎年多くのチャレンジャーが挑戦しに訪れるキンセツジムの中。チャレンジャーの進行を阻む仕掛けの点検を終えた僕は、雇い主である彼に報告しに歩み寄った。

 

「4年と半年以上こればっかりやってたらそりゃ早くもなりますよ」

「わっはっはっは! そりゃそうだ!」

「ちょ、テッセンさん痛いですってば」

 

 そう言って大笑いしながらバンバンと僕の背中を叩いてくる、やたらと陽気なお爺さん『テッセン』。まるで威厳を感じられない彼だが、これでも此処『キンセツシティ』が誇るキンセツジムのジムリーダーだ。

 ホウエン地方において電気タイプを使わせれば右に出るものは居ないと言われる程の使い手であり、電気をこよなく愛する彼はポケモンだけでなく精密機械にも精通している。若い頃はデボンコーポレーションの社長と共にエンジニアとして働いていた事があるとか無いとか。

 

「しっかしそうかぁ……お前さんがここで働き始めてからもうそんなに経ったか。カナタ、お前さんもあと少しで成人か」

「そうですね。あと一週間と二日で。とは言っても旅立つようなお金もポケモンも無いですから、この街に残るつもりですけど」

「………お前さんは、それで良いのか? もしトレーナーを志望するなら、ミシロタウンまで行けばオダマキ博士からポケモンを貰える」

「別に、僕に不満なんて無いですよ。この街は好きですし、テッセンさんから機械について沢山の事を教わった。誰もがポケモントレーナーを目指す必要なんて無い」

「ふむ………お前さんがそう言うなら良いが。おっと、話していたら時間がなくなっちまうな。次はいつものコレ、頼むぜ」

 

 テッセンから渡されたのはサンプル採取用の棒状の機械と、『ボロのつりざお』に『バケツ』。

 

 ここホウエン地方は海や温泉などの観光業によって発展してきた土地であり、色濃く残された美しい自然が売りだ。

 しかし近年、外の地方から持ち込まれた『外来種ポケモン』が既存の生態系に影響を及ぼすとして問題となっており、各町のジムリーダーもこの問題にいち早く対処すべく、連携して行動を起こしていた。

 

 今渡された三つのものは、外来種が入り込んだ、又は繁殖していないかを確かめる為の検査に使用する道具だ。検査には数が多く、更に繁殖能力の高い『コイキング』が選ばれ、各地点にて1日に100匹を対象に調査が行われる。今のところキンセツシティ周辺では外来種のコイキングは現れていないが、ムロタウン周辺で外来種とみられる個体が数匹確認されたという報告もあり、キンセツも気を抜いてはいられない。

 

「それじゃあ、行ってきますね」

「オウ! 間違ってもサメハダーだけは釣んないように気を付けろよ。わっはっはっは!」

「ボロのつりざおじゃサメハダーなんて釣れないですよ……」

 

 いい加減なつくりの『ボロのつりざお』でも釣れるようなポケモンなんて、この辺りじゃ『コイキング』ぐらいのものだ。他の場所なら『トサキント』や『メノクラゲ』、『ヒンバス』なんて釣れるらしいが。

 

 ジムを出た僕は街を出て、今日も多くの釣り人が訪れている海岸を訪れた。此処は河口も近く、上流からの栄養豊富な水が流れている事もあって沢山のポケモンが集まってきている。多くのサンプルを必要とする調査するにはもってこいの場所だ。

 

 他の人々の邪魔にならない位置を確保すると、すぐにボロのつりざおを使って釣りを始めた。随分といい加減な様子に見えるかもしれないが、これだけ適当でも釣れてくれるのがコイキングの良いところだ。

 十数秒ほど糸を垂らしていた所で、指先にピクリと震えを感じた。ボロのつりざおがしなり、ぐいぐいと力強く引っ張られ、僕は勢いよく釣りざおを引っ張ってポケモンを釣り上げた。

 

「まずは一匹目!」

 

 宝石のように真っ赤なウロコをぴかぴかと光らせ、コイキングが宙に舞う。元気よく身体をくねらせ続けるソイツをキャッチした僕は、口から針を外して素早く棒状の機械をコイキングの身体にあてがった。

 

  ピピッ!

 

 音と共にコイキングの個体データがキンセツジムのパソコンに送られ、コイキングの身体の表面には検査済みの◎のマークがつけられる。正直この作業を毎日100回も繰り返すのは大変だったが、ポケモンの身体を傷付けないで検査を行うにはこれが一番良い方法。自分はポケモンと暮らすことは出来ないけれど、一人のポケモン好きとしてテッセンさんのこうした意向には共感している。

 

「コッコッコッコッ……」

「いきなりごめんね。検査協力ありがとう」

「コッコッコッコッコッ……」

 

 検査が終わったコイキングはすぐに元いた場所へと逃がされる。この辺りの釣り人達の間でも、コイキングは釣ったらすぐ逃がすのが暗黙のルールのようで、手持ちのポケモンとして飼っているもの以外はすぐに逃がしていた。

 随分と昔、カントー地方でコイキングを食べようとした人が居たそうだが、コイキングの身は殆ど骨ばかりで肉が無く、ロクに食えたものでは無かったらしい。そうした事も、やけにコイキングが優しくされる理由になっているのかもしれない。

 

 それから暫く僕はコイキングを釣り続けた。日も暮れてきて、検査したコイキングは80を超えた。そして、あともう少しの辛抱だと再び釣糸を垂らし、食い付くのを舞っていたのだがどうも食い付きが悪い。今まで十数秒もあれば食い付いていたのに、一分を超えてもまだ食い付かない。

 

「どうしたんだ、突然……?」

 

 その時、ピクリと竿が動いた。が、しかし、その動きは今までのような生物的な反応は見せず、ゆっくりと沖へと流されている。

 

「参ったな、海草にでも引っ掛かったかな」

 

 そう思い、つりざおを引っ張って針に引っ掛かったものを手繰り寄せた。相手はコイキング達のように暴れたりしていないのに、手にかかる重さはコイキング達よりもずっと重い。

 重さに負けないように全身で力一杯踏ん張り、岸まで近付いてきたと感じた瞬間、一気につりざおを持ち上げた!

 

「よい、しょっ! …………えぁっ!?」

 

 そして釣り糸の先にぶら下がっていたものを見た瞬間、僕は恐怖と驚きのあまり変な声をあげてひっくり返ってしまった。

 

 青い身体。

 大きな口。

 丸っこい身体つき。

 見る者を威圧する背ビレ。

 

「さ、サメハダーだ」

 

 テッセンさんの冗談が思い出される。まさか冗談ではなく本当に釣ってしまうなんて。

 サメハダーはホウエンの海で最も恐れられているポケモンだ。最高時速120キロで泳ぎまわり、獲物と見れば何でも襲う。キバニアから進化する彼等はコイキングから進化するギャラドスと比べても個体数で圧倒し、場合によっては群れで襲ってくる事すらありたちが悪い。

 勿論サメハダーが出現する海は遊泳禁止区域となっており、そんな所で泳いでいたり波乗りをしているトレーナーは余程の凄腕か、只の馬鹿だ。地上でもその凶暴さは健在であり、『飛行タイプ』を持っているギャラドスは兎も角彼等はジェットのような推進機構を利用して空を飛ぶ。最早B級ホラーもかくやといった様相だ。

 とはいえ、活動がある程度制限される地上には、彼等は積極的に上がろうとして来ないのは幸いだが。

 

「ど、どどどうしよう。サメハダーなんて扱った事無いよ」

 

 ただ不思議な事に、そのサメハダーはやけに傷付いてぐったりとしており、更に何故か小さな手足が生えていた。顔付きも普通のサメハダーと比べると若干穏やか?に見えなくも無い。

 

「サメハダーの外来種?なのかな?」

「………フ、フカァ」

 

 困惑する僕の目の前で、サメハダー(?)は口から塩水を吐き出しながら弱々しく鳴いたのだった。

 

 

 



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サメハダー(?)は保健所に送られてしまうようです

 

 

 

 

 

 

「テッセンさーん! これ、これ!」

「『コレ、コレ』ってどうしたカナタ。ってうぉぉぉい!? なんじゃそりゃぁ!?」

「わかんないです!サメハダーです! 釣れました!」

 

 サメハダー(?)を釣ってしまった僕は最初こそ恐怖で逃げ腰になってしまったものの、ぐったりとしているソレを前にして居ても立ってもいられなくなってテッセンさんの所まで連れてきてしまった。

 抱き上げるとやはりと言うべきかずっしりと重く、その鮫肌は他のポケモンが攻撃すれば逆に傷付いてしまう程に荒い。優しく触れる分には問題ないだろうが、小さくともやはりサメハダーと言うべきか。

 

「しかし、随分ぐったりしてるな。見たところかなりキズだらけじゃし。しっかしサメハダーが海で溺れるか? と言うか、コイツはサメハダーか?」

「えっ、サメハダーじゃないんですか?」

「いんや、確かにサメハダーに見えるんじゃが………なぁんか何処かで見たような気がすると言うか。ま、それはさておき、保護したからには治療せんとな。ワシはこういうのは専門じゃあ無いし……お前さんポケモンセンターにはまだ行ってないのか?」

「トレーナーカードを持ってない僕じゃ治療なんてして貰えませんよ。トレーナー協会の後援でポケモンセンターは運営してるんですから」

「あぁ、そうじゃったそうじゃった。なら今度はワシも同行しよう。そうすれば治療して貰える筈じゃ」

「すみません、お願いします」

 

 テッセンと共にジムを出て、街のポケモンセンターを目指す。

 こういう時、未成年でもポケモントレーナーとして活動しているとスムースに事が進むのだが、トレーナーカードを持たない僕は他のトレーナーの力を借りる他に無い。同世代で既にトレーナーとして活動している奴は少なからず居るが、誰も彼も僕を見下す対象としてしか見ておらず、僕が何か頼んだところで無視されるだけ。傷付いた野生のポケモンを見付けても、親切な第三者が現れることを願うしかないのだ。

 

 だから、テッセンさんが居てくれて助かった。

 

「テッセンさん」

「ん、どうした?」

「……ありがとうございます」

「ワシはジムリーダーじゃぞ? ポケモンを助けるのは当たり前じゃよ」

 

 何時もより、彼の背中は大きく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、治療は……出来ません」

「どういう事じゃ! 確かにこのポケモンを見付けたコイツはトレーナーじゃあ無いが、ワシはポケモントレーナーじゃ!」

 

 ポケモンセンターに到着し、サメハダー(?)を抱き抱えて飛び込んだ僕たちにジョーイさんから告げられたのは、そんな言葉だった。思わぬ事態にテッセンさんも動揺し、思わず声を荒げてしまっているが、ジョーイさんも何処か苦しそうな表情をしていた。

 タオルに包まれて、息も弱々しく大人しく横たわっているサメハダー(?)を彼女は静かに見下ろすと、躊躇いつつも話し始める。

 

「はい、其処は大丈夫なのですが………このポケモン、明らかにホウエン地方のポケモンでは無いですよね」

「え、はい………僕はサメハダーだと思ったんですけど、確かにこの地方のポケモンでは無いかな、と」

「私もこのようなポケモンをホウエンで見るのは始めてです。まさかと思って今しがたホウエン図鑑を確認したのですが、やはりこのような姿のポケモンは見付からなくて。いつも調査を行って下さっているテッセンさんとカナタさんなら知っていると思うのですが、現在ホウエンでは外来種のポケモンへの風当たりは非常に強いです」

「………そうか。だから治療できないと」

 

 彼女の言葉で何かに気付き、納得したようにテッセンさんは腕を組む。そして苦々しい表情になった彼は片手を口に当て、「むむむ」と唸りながら何かを考え始めた。

 

「えっと、つまりホウエンのトレーナー協会は外来種のポケモンが生きている事を良く思っていない、と?」

「ええ。ホウエンの環境への影響を考えた結果、外来種のポケモンは捕獲し次第保健所に送って期間を待たずに処分を、と。元いた場所に返すには費用も情報も足りていないから、こうした対処しか取れないと……」

「そんな………ポケモンは何も悪くないのに」

 

 外来種ポケモン。ホウエンの生態系に悪影響を及ぼすとして日々調査が行われている彼等だが、彼等自身は悪いことなんて何もしていないのだ。

 彼等はただ必死に生きようと、命を繋ごうとしているだけで、周りの生態系を破壊しようだなんてこれっぽっちも思っていない。人間が、自分勝手なトレーナーやブリーダーが持ち込んで、そして捨てていってしまったから『外来種ポケモン』は現れてしまう。

 

「どうにか、助けられないんですか?」

「治療できるようにする方法はあります! 外来種のポケモンでも、トレーナーの所有にしてしまえば良いんです!ですが、テッセンさんでは………」

「テッセンさんでは……?」

 

 先ほどから黙りこくっていた彼の方に、僕とジョーイさんの視線が集中する。彼は「ううむ」と唸った後、何か決心したように両手を叩き、此方に力強い視線を向けてきた。

 普段のいい加減な様子からは想像もつかないような凄まじい圧力に僕は一瞬気圧されるも、すぐに呼吸を整えて彼の瞳をジッと見つめ返す。チャレンジャーとの対戦の時だって滅多に見せない、ジムリーダーの瞳だ。

 

「カナタ、ワシはキンセツジムのジムリーダーじゃ」

「………」

「ジムリーダーであるワシにはあらゆる行動に多くの責任がつきまとう。ポケモンを育てるにしても、いちいちホウエンリーグ委員会に申請をする必要があるのじゃ」

「………」

「特別長い時間の必要なものでは無い。じゃが、このポケモンにそれだけ待っている時間は無いじゃろう」

 

 ポケットに手を差し込むと、丸いものに指先が触れた。小さい頃、ポケモンを飼えない代わりにいつか僕が大きくなったらと、母が一個だけ買ってくれたモンスターボール。トレーナーになる夢を諦めても尚、これを捨てる事なんて出来なかった。

 

「テッセンさん」

「カナタ。お主が経済的な問題からトレーナーになる夢を諦めた事、ワシはよく理解しているつもりじゃ。だからお主がトレーナーになれるように、ワシは全力で支援しよう。それだけの資質がお主には有ると、ワシは思っとる」

 

 ぐったりとしていたサメハダー(?)が僅かに目を開く。動きに気付いて視線を其方へと遣ると、その目は確かに僕の事を見詰めていた。

 肩に、テッセンさんの固く節くれだった手が乗るのを感じる。サメハダー(?)から目を放し、テッセンさんと再び視線を合わせた。

 

「カナタ。ポケモントレーナーになる気は無いか?」

 

 既に、心は決まっていた。

 

 

 

 





ポケモンセンターの運営やジムリーダーの設定に関しては独自解釈です。外来種とかの設定についてはフカマルの設定から思い付いた独自設定になります。



※『スムース』ではなく『スムーズ』であるとの誤字報告が届きましたが、調べたところどちらでも合っているとの事で修正は行なわない事にしました。今回誤字報告して下さった方、ありがとうございます。また作品内でミスを発見されましたら、ご報告頂けるとありがたく思います。




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サメハダーの特性は『さめはだ』です

オリ主のネーミングセンスは………




 

 

 

 

 

 

 

 

 一日後、キンセツジムにて。

 

 

「よし、じゃあサメハダー(?)。お前の名前は『サメまる』だよ。サメハダーっぽくて丸っこいからね」

「フカッ!」

「ええと、気に入ったって事で、いいのかな? 僕、あんまりネーミングセンス無いってよく言われるんだけど」

「フカッフカッ」

「何か機嫌は良さそう……? とりあえず、これから宜しくね!」

「フカッ!」

 

 何を考えているのかいまいち掴みづらいポケモンだが、何となく機嫌が良い事だけはわかった。元気に短い腕をひょいひょいと振り上げるサメまるのザラザラとしたサメ肌を撫でると、サメまるは嬉しそうに目を細める。

 あの後、僕がモンスターボールをサメハダー改めてサメまるに見せると、サメまるは自分からその中に入っていった。見た目よりもずっと賢いようで、自分が置かれている状況を理解していたのかもしれない。サメまるが僕の所有になった事で野生に解き放たれる心配は無くなり、トレーナーであるテッセンさんが付き添いで居た事でなんとか治療を受けさせることが出来た。

 現在は僕の母への説明を済ませた後、テッセンさんの推薦によって僕のトレーナー申請がホウエンのトレーナー協会に出され、その返信を待っているところだ。僕が10歳の成人を迎える頃にはトレーナーカード等、トレーナーとして活動するのに必要な諸々の道具が送られてくるだろうとの事。

 トレーナーとしてサメまるを飼っていく上で、金銭的な問題に関しては自分の力でどうにかするとテッセンさんに言ったのだが、『若いんだから何もかもなんて出来るわけ無い』と一蹴されてしまった。落ち着いて考えてみれば全く彼の言う通りで、大人しく彼の支援を受ける事にしている。

 

「でも、何でサメまるは海を流れてたりなんてしたんでしょうか。見た目はサメハダーでも、まるで泳げないのに」

「ううむ………これはまだ憶測の段階でしか無いんじゃがなぁ」

 

 サメまるを抱き抱え、膝の上に乗せた格好でテッセンさんの話を聞く。

 

 彼の話によると、ホウエン地方ではまだ確認されていないが、シンオウ地方やジョウト地方で『孵化厳選』なる行為をするトレーナーが多発した時期があったらしい。

 何でも雌雄のポケモンを狭い空間に閉じ込め、大量の卵を産ませる事によって意図的に強いポケモンを作り出していたとの事で、必要の無くなった産まれたばかりのポケモンがそのまま野生に逃がされたり、泳げないポケモンは凶暴なポケモンが多く生息する海へとばらまかれたりしていたそうだ。

 勿論そんな行為がバレること無く長続きする筈も無く、孵化厳選を行っていたトレーナーは残らずお縄に。孵化厳選に協力していた育て屋等も次々と取り締まりが行われ、ポケモン協会とトレーナー協会の協力の元に『育て屋業界』の一新が行われた。現在では厳正な審査を通った育て屋のみが営業を許されるといった状態になっているとの事。

 

「つまり、サメまるは『孵化厳選』をしたトレーナーによって、ホウエンの海へと捨てられたポケモンだと言うことですか?」

「そうじゃ。特にサメハダーの多い外海はそうしたトレーナーにとっては持ってこいの場所だったのじゃろう。産まれたばかりで弱く、泳げないポケモンが凶暴なサメハダーから逃げられる筈が無い。捨てられたポケモンは皆食い荒らされ、捨てたという証拠すら残らんからな」

「そんな………トレーナーのする事じゃ無い!」

「強さを求める余り、道を誤るトレーナーがそれだけ多いと言う事じゃ。そうしたトレーナーに限って幼少からポケモンの知識が深く、『神童』やら『天才トレーナー』なんて呼ばれる事も多く有る」

「ポケモンについてそんなにも詳しいなら、ポケモンが嫌いな筈なんか無いのに。おかしいですよ」

「だが紛れも無い事実じゃ。逮捕したトレーナーが育った環境についても十分な調査が行われた。しかしどれも、悪環境どころか恵まれた産まれ、恵まれた環境ばかり。精神に歪みを産む原因なぞこれっぽっちも見つからなんだ」

 

 正直な所、怒りよりも困惑の感情の方が大きかった。自分なんかよりも恵まれた環境で、きっと小さな頃からポケモンとふれ合ってきた事だろう。この歳になるまで全くと言っていいほどポケモンとの密なふれあいが無かった僕よりも、ずっとポケモンに対して深い愛を持っているはず。

 それなのにどうして、ポケモンに対して余りにも一方的に心無い行為を行えるのか。ポケモンを好きだからトレーナーになったのでは無いのか。強いポケモンを作る?『ポケモンと共に強くなる』の間違いでは無いのか。

 

「どうして………」

「ァカ!」

「……サメまる?」

 

 鳴き声がして、ふと下を向くとサメまるが此方をジッと見詰めていた。感情のいまいち掴みづらい、吸い込まれそうになる程に黒々とした瞳。

 サメまるの身体をこちら側に向かせ、ぎゅっと抱き締めると、その小さな身体は暴れること無く大人しく収まった。

 

「頑張ったんだな、サメまる」

「フカ」

「本当に、生きてて良かったな」

「フカ!」

 

 サメまるの小さな手が、僕の服をぎゅっと掴んだのを感じる。

 始めて見たときはその凶暴そうな見た目から、僕は恐れを感じていた。でも、今はそんな感情は全く無い。腕の中にいるこの命は、間違いなく僕のトレーナー人生で唯一無二の相棒になるポケモンだ。

 

「テッセンさん。僕、サメまるを助けられて良かったです」

「ああ、そうじゃな。普通ならばこんな奇跡はまず起きない。お前さんとサメまるの出会いは、間違いなく運命だとも」

「あはは。『運命』だなんて、テッセンさんらしくないです」

「確かにそれもそうじゃな。いやー、生きてて良かった! わっはっはっは!」

「フカッカッカッカッ!」

「アハハ! サメまるテッセンさんの真似してる!」

 

 兎に角、今はサメまるが元気になって本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そんじゃあサメまるが何のポケモンなのか調べないとな」

「多分ですけど、サメハダーじゃない上に『水タイプ』でも無さそうですね……」

「じゃが特性は多分『さめはだ』で、ヒレも生えとる。泳ぐって点に関しちゃ間違ってないと思うんじゃが」

「でも水は嫌い、と」

「空か、それとも砂地を泳ぐって所かのぅ。見たとこ飛びそうには無いし、やっぱり砂地を泳ぐポケモンなんじゃないか?」

 

 サメまるを飼う事において、ずっとボールの中に入れておくわけにも行かない事から、サメまるがいったいどんな環境で暮らしていたポケモンなのか知る必要がある。テッセンさんが既にサメまるの姿をポケナビで撮り、ポケモン協会に問い合わせたのでじきに答えは得られるだろうが、それまでにサメまるの好みそうな環境を予想して整えておこうと言うことになった。

 

「割りと今も元気と言えば元気ですけどね」

 

 暇になったからか、サメまるは先程からキンセツジムの電撃ゲートの下をコロコロと転がって行き来している。時折電撃ゲートの電撃に身体が触れているようなのだが、全く動じていない点を見るに『地面タイプ』は持っていそうな感じがする。

 

「アレは多分じゃが、ああいう性格をしているだけな気がするな。さっきワシの笑いかたを真似したりしていたし、『ようき』な性格をしているのやもしれんな」

「へぇ………凄いですねテッセンさん。僕なんかサメまるの感情がまるでわからないのに」

「馴れじゃよ馴れ。そもそもヒトとポケモンは別々の生き物なんじゃから、完全にわかりあう事なんて『カントーの生ける伝説』以外に出来るわけ無いじゃろ」

「チャンピオン『レッド』ですか。全く喋らないのに、完璧な指示出し。彼はもう人間の域を越えてますよ」

「お前さんと歳はほとんど変わらんのになぁ。全く才能は恐ろしいもんじゃ」

 

 トレーナーとしてデビューして、一年も経たずにカントー地方のチャンピオンの座に登り詰めた史上最強と名高いポケモントレーナー『レッド』。当時カントー地方で暗躍していた悪の組織『ロケット団』を旅のついでにとばかりに壊滅させた彼は、カントー地方では『救世主』とも呼ばれているとか。

 僕とも歳の近いトレーナーである彼だが、ホウエンからテレビで彼のジムバトルの様子を見た時からすっかりファンになってしまった。

 

 ギャラドスの『ハイドロポンプ』に『だいもんじ』で打ち勝つ程にまで鍛えられたリザードン。

 あらゆる攻撃をその巨体で無効化してしまうカビゴン。

 凄まじい命中精度を誇る『ハイドロポンプ』で相手を近付けさせないカメックス。

 規格外の威力を誇る『ハードプラント』でフィールドを支配するフシギバナ。

 フリーザーもかくやと言う程の冷気で相手を氷の彫像に変えてしまうラプラス。

 そして何より、種族の限界を突破したとしか思えないスピードとパワーで何倍もの大きさの相手を一方的に屠るピカチュウ。

 

 一匹一匹が戦いの中で宝石のような輝きを放つその姿に、トレーナーとしての夢を諦めていた僕も思わず熱くなってテレビの前で叫んでしまったほどだった。

 

 しかし彼は数ヶ月前に突如として姿を消し、カントーリーグ委員会はてんやわんやの大騒ぎに。結局彼は見つからず、前チャンピオンの『グリーン』もジムリーダーとしての仕事から離れる気はなく、更に前のチャンピオンである『ワタル』が代理としてリーグの頂点に経つことになった。

 

「彼ほどのトレーナーになれるとは思ってません。でも、彼のようなトレーナーになりたいです」

「ある意味トレーナーとしての理想像じゃからな………ま、対人関係には少々問題があるようじゃが」

「あれぐらいまで行けばあばたもえくぼですよ」

 

 電撃ゲートにも飽きたのか、サメまるがよちよちと歩み寄ってくる。僕は寄ってきたサメまるを抱き上げて立ち上がった。

 

「さて、大体の予想はついたから、行ってみるかのぅ?」

「はい、行きましょう! サメまる、お前も良いか?」

「フカフカ」

 

 サメまるは腕の中でその丸っこい身体を上下に動かし、肯定の意を示す。テッセンさんの方を見ると、いつの間にか『ゴーゴーゴーグル』を二つ持ってきていた。既に一つはバッチリ装着済みで、白い歯を見せてニカニカと笑っている。

 

「ワシもあの砂漠に行くのは久々じゃ。ワクワクして来るのぅ!」

 

 僕の方は色々と手伝わせてしまって申し訳なく感じていたのだが、案外彼が一番この状況を楽しんでいるみたいだ。

 

 

 

 

 






時系列的には赤青緑主人公が殿堂入りを果たして、これから金銀主人公とルビサファエメラルド主人公が旅を始めるぐらいに考えてます。(そもそも公式でも時系列なんてぐちゃぐちゃでわかんないけど……)




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サメまる砂漠をゆく

ちょっと話重い……重くない?




 

 

 

 

 

 

 

 ゴォォォオオォォ

 

「マスクしてきて良かった……」

「ひゃー、凄いすなあらしじゃな! マスク無しでゴーグルだけじゃったらまともに会話すら出来んかったなこりゃ」

 

 キンセツシティ北方。111番道路の中央に位置する『さばく』に到着した二人と一匹だったが、吹き荒れる砂嵐に数メートル先さえ見えなくなり、あまりの強風に足取りはおぼつかない。おまけに高い気温がみるみるうちに体力を奪っていく。

 

 常に砂嵐が発生しているこの砂漠は毎年遭難者が出る危険地帯であり、砂漠で活動しているのは強いポケモンを目当てにしたエリートトレーナーや、砂漠に残された古代の遺跡を探す学者、そして無謀な駆け出しトレーナーぐらいだ。

 特に、あの辺りにボーイスカウトで来ている幼いトレーナーが腕試しで砂漠へと入り、そのまま遭難して衰弱死したり肉食のポケモンに襲われて捕食されたりなんてニュースは珍しい話じゃない。トレーナー協会もこの問題は非常に深刻に捉えているのだが、貴重な砂漠のポケモンを強いトレーナーに独占させたくないトレーナーの勢力の反対が強く、現在は対応出来ていない状態だ。

 先述したように生息しているポケモンも、凄まじい咬合力を持つナックラーや全身に毒のトゲを持つノクタス、果てにはホウエンにてボーマンダと並んで恐れられる捕食者であるフライゴンの目撃情報もあり、相応の腕のトレーナーでなければ砂漠を歩くことは命にも関わる。

 

 つまり、間違っても駆け出しですら無いトレーナーの僕が来て良い場所では無い訳で。

 

「フカッ! カッ!」

「サメまるは元気そうだね」

「フカー、フカッ!」

「砂漠が好きなの? やっぱりサメまるは地面タイプなのかな」

 

 そんな僕の心配はよそに、サメまるは上機嫌になっている。口に入る砂も気にせずはしゃぐその姿は、見ていて微笑ましいものだった。強烈な砂嵐でサメまるの姿すら時折霞むのだけど。

 

「さァて。この辺りの砂を頂くとしようか。バケツは持っとるよな?」

「はい。でもちゃんと持ち帰れますかね……」

「ま、多少は風で飛ばされるじゃろうが問題ないじゃろ、多分」

 

 小さめのスコップと、いつもコイキングを入れておく為に使用している青いバケツ。スコップを使って砂漠の砂をバケツへと入れ始めると、サメまるも歩みを止めて興味深そうにバケツの中を覗き始めた。

 ゆらゆらと左右に揺れるサメまるの姿はまるでご飯が出来るのを待つ小さな子供のようで、マスクの下で思わず微笑んでしまう。そしてそんなサメまるの様子から、テッセンさんの言っていた『孵化厳選』の話が本当なら、サメまるは産まれたばかりの赤ちゃんなのだろうなと、トレーナーとして心配になる。

 

「……テッセンさん、やっぱりサメまるにバトルはまだ早いと思うのですが」

「ふむ、バトルか。ワシは大丈夫じゃと思うがな。子育てをするポケモンはかなり限られる。故に産まれた時から単独で生きていけるよう、戦う力は産まれながらに持っているものじゃ」

「そう、なんですか?」

「ポケモンとあまりふれ合って来なかったお前さんがわからないのは仕方ないが………そうじゃな、サメまるの生まれがワシの予想した通りだったのなら、尚更じゃ」

 

 そう言うと、テッセンさんはポケナビを取り出してサメまるへとポケナビのカメラを向けた。人間の機械という見慣れない物にバケツから興味が移ったのか、サメまるも不思議そうに身体を傾けてポケナビをじっと見つめる。

 

「ふむ、やはりか。カナタ、これを見てみろ」

「何ですか?」

 

 テッセンさんの隣に立ち、彼のポケナビの画面を覗き込む。開かれていたのはポケナビのポケモン解析ツールだった。

 

 一般に、ポケモンが同時に覚えていられる技は四つまでと言われている。実際にはそれよりも多くの技をポケモンは記憶しているのだが、トレーナーの命令を受けて即座に発動出来るほど表層に出ている記憶は四つまでと言う事らしい。

 そうしたポケモンが覚えている四つの技を知ることが出来るのが、このポケナビのポケモン解析ツールだ。生憎と現在のバージョンではホウエンのポケモンしか登録はされていない為、ポケモンの種族や数値換算した能力の値はわからないのだが、覚えている技だけならばわかるようだ。

 

 開かれたポケモン解析ツールをじっくりと見た僕は、その解析結果に思わず目を見開いた。

 

「な、何ですかこれ!? 産まれたばかりのポケモンが覚えていて良いような技じゃない!」

「じゃろう? 本来ならば喜ぶべきような事ではないのじゃが、兎に角バトルに関しては心配するような事は無いじゃろうな」

 

 解析結果に並べられた凄まじい技の数々に思わず叫んだ。

 上から『げきりん』、『すなじごく』、『りゅうのいぶき』、『アイアンヘッド』。

 ポケモンは親からの遺伝で技を覚えていると聞いたことはあるが、この技は余りにも異常だ。そもそも、他人ほどポケモンについて詳しくないと自負している僕でさえ、産まれたばかりのポケモンが技を四つも覚えている事自体おかしいと知っている。

 それが、この有り様は一体どういう事だ。どれもテレビで放送されていたバトルで見たような、一線で活躍しているトレーナーが従えているポケモンが使うような技ばかり。

 

「技から見ればタイプはおそらく『ドラゴン』と『じめん』の複合型。どんなポケモンなのかはわからんが、確実に強くなるぞ、サメまるは」

 

 テッセンさんのそんな呟きを聞きながら、再び砂をバケツへと詰めていく。サメまるはポケナビにもバケツにも飽きたのか、砂地の上をゴロゴロと気持ち良さそうに転がり始めた。

 

「サメまるは将来どんなポケモンに成長するんだろうな」

「フカ?」

 

 こんなにもホエルコのように丸く、コロコロとしているのだ。サメはサメでも丸みのある、ホエルオーのような可愛らしいサメ型ポケモンに成長するに違いない。

 

「よし、詰め終わったので帰りましょうか」

「そうじゃな。じゃが………帰る前に一つ、やらんといかん事が出来ちまったのぅ」

「え?」

「ホレ見ろ。あっちじゃあっち」

 

 砂でいっぱいになったバケツを持ち上げ、テッセンさんが指差した方向を眺める。

 激しい砂嵐で気付いていなかったのだが、どうも緑色の何かが此方に少しずつ近付いてきているらしい。僕がその緑色をじっくりと見詰めていると、サメまるも気付いたのか同じ方向を眺め始める。

 

「カナタ、サメまる、初陣じゃよ」

「へっ?」

「フカ!」

「『サボネア』じゃ。ワシらがヤツの縄張りに入ったのが気に食わんかったらしい」

 

 そう言った次の瞬間、緑色から紫に光るトゲが此方目掛けて何本も飛んできた。『どくばり』だ。

 咄嗟にバケツを置いてサメまるを抱き抱え、身を翻してそれを回避する。テッセンさんも上手く回避したようで、少し離れた所で身を屈めてサボネアを注視していた。

 

「サメまる、行けるか?」

「フカッ!」

 

 サメまるから帰ってきたのは、跳ねるような元気な鳴き声。まるで戦いを前にワクワクしているかのようなその様子に、心の中で渦巻いていた心配が薄れていく。

 

 任せても、良いのか。

 

「わかった。行け、サメまる!」

「フカァ!」

 

 怒りの形相でトゲだらけの腕を振り回して突っ込んできたサボネアに、サメまるは真っ向から立ち向かった。

 

「サメまる、『アイアンヘッド』だ!」

「フカッ!」

 

 『ニードルアーム』を繰り出してきたサボネアに対し、サメまるに『アイアンヘッド』を指示する。

 『草タイプ』の攻撃と『鋼タイプ』の攻撃。両者がぶつかり合えば、優勢なのは間違いなく『鋼タイプ』の攻撃だ。

 

 サメまるの頭部が銀色に輝き、一時的にその部分だけが『鋼タイプ』の性質を得た。硬質化したサメまるの頭部がサボネアのニードルアームとぶつかり合い、サボネアの腕のトゲにヒビが入る。

 

「サボッ!?」

「フカァァァ……フカァ!」

 

 力で押し勝ったサメまるがサボネアの身体を吹っ飛ばす。その姿に思わず拳に力が入った。

 今、僕はポケモントレーナーをしている。夢や想像の中じゃなく、確かに現実で。

 

「いや、余計な事は考えるな、戦いに集中しろ、僕」

 

 咄嗟に雑念を振り払い、戦いの様子へと意識を戻した。

 サメまるがアイアンヘッドで吹っ飛ばしたサボネアだが、腕のトゲがいくらか砕けた程度でそれ以外はほぼ無傷だ。元気も十分すぎる程にあり、ほとんどダメージが通っていないように見られる。

 しかもサメまるも相手を吹っ飛ばしたと同時に反動で幾らか後退している事から、技の相性の有利があったにも関わらずサメまるの能力の低さが威力を互角程度にまで落としてしまっている事に気づいた。

 

「あんまりダメージは通らなかったか。弱い技じゃあ無かったのに」

「カナタ! サメまるは産まれたばかりでまだ弱いのじゃ。ただ強い技を使っても有効打にはならん!」

「テッセンさん? なら、どうすれば!」

「技の『特性』を思い出せ! お前さんなら出来るはずじゃ!」

「お前さんなら出来るって言われても……」

 

 僕は同世代の皆のようにトレーナースクールも、トレーナー通信教育もやった事が無い。覚えているのは全部テッセンさんの家にあった本に書いてあった事や、テレビで見たジムバトルから得た知識ぐらいだ。最初からトレーナーを目指して努力してきた彼等のように、基礎のしっかりとした豊富な知識は持っていないのだ。

 だから『技の特性を思い出せ』と言われても、技について知っている事は技の名前とそのタイプぐらい。

 

「っ、サメまる! 『すなじごく』で撃ち落とせ!」

 

 どうするべきか考えている間も、ポケモンは待ってはくれない。再び『どくばり』を放ってきたサボネアに対し、サメまるに『すなじごく』を命令して迎え撃たせる。

 飛来したどくばりは、サメまるが作り出した小さな砂の渦に飲まれてビシビシと音を立てながら砕け散った。

 

「技の特性、特性………」

 

 例えば『アイアンヘッド』なら? 確か、テレビで見たバトルでは『アイアンヘッド』を受けたポケモンが怯んで数秒間動けなくなっていた。あれを特性だと言うのなら、ある一定の確率で相手のポケモンを怯ませる事が特性になるのだろう。

 

 例えば『すなじごく』なら。砂の渦で相手を閉じ込めて継続的にダメージを与え続けるという攻撃方法、それ自体が技の特性となるのだろうか。

 

「『すなじごく』? いや、サボネアは『くさタイプ』も持ってるから有効打には……」

 

 その瞬間、脳裏にテレビで観たとあるジムバトルの1シーンがよぎった。

 

 鋼タイプのジムリーダー『ミカン』が繰り出したハガネールに対し、チャレンジャーのミニリュウはこれと言った有効打が見付からず、攻めあぐねていた。

 ハガネールのアイアンテールを受けて大きなダメージを負い、最早これまでかと思われた瞬間、ミニリュウに変化が現れる。ミニリュウはそれまで受けていたトレーナーの指示を突然無視し、ハガネールへと向けて『りゅうのいぶき』を吐き出したのだ。

 思いもよらぬ攻撃を受けたハガネールはその途端にブルブルと震えて動きがおかしくなり、トレーナーの指示を無視して覚えている四つの技以外を出し続けたミニリュウによる一方的な戦いになってしまった。結局その後に出てきたポケモンに普通に負けた事と、自身のポケモンを御せていなかった事もあり、そのトレーナーはミカンからは認めて貰えずバッジを貰うことは出来なかったが。

 しかし、相性の悪いミニリュウが一方的にハガネールを倒す切っ掛けとなったあの一撃。おそらくあれは『まひ』の状態異常だ。『まひ』を受けたポケモンは動きが鈍くなり、攻撃にも失敗しやすくなる。

 

「つまり『りゅうのいぶき』の特性は『一定確率でのまひ』?」

 

 もし、それが当たっているのなら。

 

 サボネアからサメまるへと、緑色に妖しく光る種子が飛ぶ。あれは『やどりぎのタネ』。相手のポケモンに特殊なタネを植え付け、継続的に体力を吸収し続けるという厄介な技だ。ジムバトルでも多くのトレーナーに使われており、格上のポケモンに対して有利に立ち回るのに役立っていた。

 

「サメまる、『りゅうのいぶき』でタネを焼き払いつつ攻撃!」

「フゥゥカァァァ!」

 

 炎と雷が混ぜ合わさったような藍色の奔流がサメまるの口から放出され、タネを焼き払いながらサボネアに襲いかかった。技は直撃こそしなかったものの、かすっただけでサボネアは転倒し、ビクビクと痙攣を始める。

 

「っ、やっぱり! もう一度『りゅうのいぶき』だ」

 

 サメまるから再び『りゅうのいぶき』が放たれ、砂地を抉りながらサボネアは吹っ飛ばされる。

 サボネアのあの奇妙な痙攣。テレビで見たハガネールの痙攣とそっくりだった。まぐれかもしれないが、『りゅうのいぶき』には当たった相手を『まひ』にする効果があるのだろう。

 

「サ、サボォッ!」

 

 巻き上がった砂煙の先から、サボネアが再び姿を現す。依然として麻痺は治っていないようだったが、相変わらず大きなダメージは与えられていないらしい。

 これ以上のダメージを求めた場合、サメまるの持っている技の中で最も威力のある技と言えば『げきりん』になるのだが。

 

「……サメまる、行けるか?」

「フシャァァッ!」

 

 ドラゴンタイプ最強の一角と言われる技『げきりん』。あまりに強力な技であるが故に使用したポケモンには一度使っただけで疲弊し、混乱に陥るというその技をサメまるに使わせるのには躊躇いがあった。だが、今のサメまるでこのサボネアを倒すには、この技を使う他無い。

 僕の問いに、サメまるは力強く咆哮した。

 

「サメまる『げきりん』!」

「フ、フ………カァア"ア"ア"ァ"ァ"!」

 

 サメまるの黒目の色が深紅へと塗り変わる。その小さな身体に収まっていた筋肉が大きく隆起し、目にも止まらぬ速さでサボネアに肉薄、次の瞬間にはサボネアは宙に浮いていた。

 

「フ、ガッ!」

 

 宙に浮いたサボネアを、大きくジャンプしたサメまるは容赦なく叩き落とす。その瞬間、『グシャッ』という嫌な音がサボネアの身体から響き、黄緑色の液体が飛び散った。

 

 サボネアはもう動かない。動けない。

 しかし理性というリミッターを外したサメまるは、動けなくなったサボネアを執拗に殴り続ける。『グシャッ』という音は『ビチャッ』という水っぽい音に。

 

「や、やめろサメまる! サボネアは倒れた、もう大丈夫だ!」

「フッ! ギャッ! ガッ! フッ!」

「サメまる!」

 

 間違っていた。『げきりん』を指示するなんて。

 未熟なサメまるでは『げきりん』という技そのものをコントロールする事自体が不可能だったのだ。

 僕の声を聞いたサメまるは、理性を失った紅い瞳を此方へと向けると、サボネアを殴ることを止めて僕へと襲いかかってきた。

 思わず両手を身体の前で交差させ、ぎゅっと目を瞑った。これは罰だ。未熟なポケモントレーナーである僕が、使わせるべき技の判断を誤った事への。

 

「ライボルト、『こおりのキバ』!」

 

 しかし、いつまで経っても痛みは襲って来なかった。聞こえたのは「ギャッ!」という叫び声と、何かが砂地に降り立った音。

 大きな手が、僕の肩に触れた。

 

「ひゃぁっ!」

「おうおう叫ぶな。大丈夫じゃ、サメまるはもう止めた。目を開けなさい」

「て、テッセンさん」

 

 恐る恐る目を開けると、テッセンさんのライボルトが立っており、その前でサメまるが力なく倒れている。

 

「サメまる!」

 

 思わず駆け寄って抱き上げると、息はあった。微かではあるが。

 テッセンさんのライボルトが『こおりのキバ』でサメまるを『ひんし』状態にしたのだ。それによってサメまるの戦う力は失われ、暴走は止められた。

 

「戻れ、サメまる……」

 

 サメまるをモンスターボールの中へと戻す。サメまるの収まったモンスターボールをポケットに入れ、砂を詰めたバケツとスコップを持って立ち上がる。

 

「なんだ、その………すまなかったの。ワシも無理を言った」

 

 後ろから申し訳なさそうに、そう声をかけられる。でも、間違ったのは彼じゃない。間違えたのは僕の方だ。

 僕が焦っていなければ、もっと別の方法でサボネアを倒せたはずだ。

 

「……いえ、ありがとうございます」

 

 だから、振り向いて彼に頭を下げる。

 

 戦って良かった。

 僕がどれだけトレーナーとして未熟で、遅れているか。トレーナーがポケモンを従えて戦うと言う事が、どれほど責任の重いものなのか。身をもって知ることが出来た。

 

 

 

 





ポケモンに命令して戦わせるって、現実だったら凄い難しそうですよね。




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サメまるとトレーナーカード

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「アサナン、戦闘不能! 勝者『サメまる』!」

 

 キンセツジムのバトルフィールドにて、一つの勝負に決着が付けられた。

 

「アサナンっ!」

 

 サメまるのアイアンヘッドをモロに受けて気絶したアサナンに、オレンジのスポーツウェアを身に付けた少女が駆け寄る。

 

「サメまる!」

 

 一方のサメまるもアサナンの『はっけい』を幾度も受けてしまった事により無事とはいかず、アサナンが倒れた事を見届けるとすぐに倒れてしまった。

 カナタもバトルフィールドの中へと駆け込み、倒れたサメまるを抱き上げてモンスターボールの中へと戻す。

 

「あーあ、負けちゃった。今まではずっと私が勝ってたのに」

「マコトさん」

 

 サメまるをボールへと戻したカナタに、バトルガールの少女『マコト』が歩み寄り、手を伸ばす。カナタはその手を握り、立ち上がった。

 マコトは去年ポケモントレーナーとしてデビューしたばかりの、若手のトレーナーだ。出身はキンセツシティとも近い町『シダケタウン』で、今はキンセツジムでジムトレーナーとして働きながらテッセンにポケモンバトルを教わっている。持っているジムバッジは二つ。一年かけて二つのバッジを手に入れた彼女はトレーナーの中でも成功した部類であり、更にバッジを手に入れてポケモンリーグへの出場権を手に入れる為に日々他のジムトレーナー達と切磋琢磨している。

 カナタからすれば彼女は職場の後輩であり、トレーナーとしては先輩であるという複雑な関係だったが、同じくトレーナーとしてテッセンに師事する者として尊敬する相手だった。

 

「テッセンさんが注目するだけあって、カナタはホント成長するの早いね。嫉妬しちゃう」

「そんな事無いですよ。強いのはサメまるであって、僕はサメまるの長所を生かしきれてない。それにマコトさんとアサナンに勝ったのは今日が始めてじゃないですか」

「全くぅ~、自己評価低いなぁ。ま、カナタとのバトルはアタシも学ぶところ多いからさ、明日も宜しくね」

「はい、宜しくお願いします」

 

 カナタはそう言ってマコトに深く頭を下げた。そんなカナタにマコトは少し寂しそうな顔を向ける。

 カナタも成人して暫くすれば、きっとジムバッジを集める旅に出るだろう。キンセツジムに勤めてまだ間もない彼女とすぐに仲良くなれたのは、年齢の近いカナタだけだった。更にトレーナーとしても互いに高め合うことの出来る相手だっただけに、早い別れになってしまうのは寂しいところがあるのだろう。

 

 

 

 そんな二人を観客席から見守っていたテッセンだったが、カナタの様子に少しばかり不安を覚えていた。

 

「良く言えば『堅実』。悪く言えば『弱腰』かのぅ」

 

 二人で砂漠に行き、サメまるの住処を作ったあの日から、元より慎重だった彼の性格が輪をかけてひどくなったように感じる。

 

 まず、『げきりん』と言った決め手となる大技は使わなくなった。原因はサメまるの暴走にあるのだろうが、それにしても頑なに使わせようとしない。

 彼等の成長を見ている限り、現在のサメまるならば10秒間程度ならば『げきりん』をコントロール出来るぐらいには強くなっている。あとは彼自身がサメまるの力を信じて技を命じるだけで良いのだが、その一歩があまりにも大きい。

 近い世代のジムトレーナーと競わせれば何か変わるかと思ったが、そんな事は無かった。喜ぶべきなのかはわからないが、安定してコントロール出来る技を駆使して着実に相手を追い詰め行くバトルスタイルには、ポケモンリーグに挑戦するトレーナーにすら匹敵する才能を感じた。

 だが、ここぞと言う時の思い切りに欠けるようでは、ジムリーダーや四天王、チャンピオンに勝つことなど到底不可能。いや、一部のジムリーダーであればこの戦い方でも勝てるかもしれないが、限界が来るのは早くなるだろう。

 

「何処かで良い切っ掛けでもあれば良いのじゃが……」

 

 やはり旅をさせる事が必要だろうか。しかしキンセツからとなると中々に難しい。一番最初に挑戦するジムならば、やはりカナズミジムだろう。ジムリーダーの『ツツジ』の意向でトレーナーズスクールとも提携しているカナズミジムは、挑戦するだけでも勉強になる。万が一カナタが負けたとしても、新人トレーナーの育成をモットーとしている彼女ならば、負けた理由についても丁寧に説明してくれるだろう。何だかんだで向上心の強いカナタならば、そうした言葉も素直に受け入れて次に生かせるはず。

 しかしカナズミシティに行くにはシダケからのトンネルも開通していないし、カイナからでは『なみのり』が使えないカナタではムロを経由する事も出来ない。

 ハジツゲを経由して『りゅうせいの滝』を通り抜けるルートも有るには有るが、出現するポケモンの強さも相まって勧められるルートでは無い。キンセツのカナタと同世代のトレーナー達は既に何人かがハジツゲからのルートでカナズミへと向かったようだが、それは幼い頃からポケモンを鍛え続けた彼等だからこそ出来る芸当だ。カナタも短期間で彼等に匹敵する腕を身に付けたが、慣れないバトルからその不安定さは無視できない。行ったとしても、精々ハジツゲ前で旅のトレーナーの腕試しをしているホウエントレーナー協会所属のエリートトレーナーが居る地点まで。

 

「ふむ……ちと協力を頼むとするかの」

 

 自身もトレーナーとして駆け出しだった若い頃は、こうして多くの大人の世話になりながら旅をしたものだ。

 ポケナビを取り出し、古い友人の連絡先を呼び出す。度々連絡を取っているとはいえ、彼も既に引退した身。協力してくれるかはわからないが、将来ホウエンを引っ張っていくトレーナーの一人になるかもしれない少年の旅を少しでも助けられたらと、目を閉じて願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カナタ、例の物が届いたぞ」

「テッセンさん!」

 

 マコト先輩と二人でバトル内容の反省をしていた所に、テッセンさんが茶色い封筒とダンボールを持って現れた。

 ダンボールにプリントされたロゴは、ホウエンのトレーナー協会のもの。つまり、

 

「前にトレーナー申請を出したじゃろ。アレの荷物が届いとった」

「トレーナーカードですね! でも、カードだけにしてはダンボールって大きくないですか……?」

「それは開けてからのお楽しみじゃよ。ホレ」

 

 渡されたダンボール箱をベンチの上に置き、ガムテープを剥がして開封する。箱を開くと、中から丁寧にトレーナーカードが入れられたクリアケースと、如何にも手作りといったような赤い箱が出てきた。

 

「トレーナーカードだ! おめでとうカナタ!これでカナタも大人の仲間入りだね」

「えへへ、ありがとうマコトさん。僕も、ついに大人かぁ」

 

 トレーナーカードには僕の顔写真がしっかりと印刷されており、トレーナーカードが入っていたクリアケースには、更にジムバッジを入れておくためのバッジケースも入っていた。

 

「凄い……! これにジムバッジが」

「ジムリーダーに勝てるかなぁ~?」

「か、勝てますよ! 勝ちます!」

「アハハ、その意気だよ。結構負けたりもするかもだけど、めげないで挑戦し続けるのが大事だからね」

 

 そう言って僕の背中をべしべしと叩いてくる彼女に思わず目頭が熱くなるのを感じる。本当にポケモントレーナーになれたのだと実感した。

 テッセンさんからサメまるを飼うのにあたってポケモンフードや巣作り、ヒーターなどと多くの支援を受けながらトレーナーになるための準備をしてきた。トレーナーとして出遅れた僕が同世代のトレーナー達に追い付く為にジムトレーナーの先輩方も協力してくれて、強い技を持っていながら野生のポケモンにまともにダメージを与えられてすらいなかったサメまるも強く成長してきている。

 

「それで、この赤い箱じゃが……」

「これは……」

 

 箱を開くと、赤く彩られた真新しい機械が入っていた。見た目は少しポケナビに似ているようにも見える。機械だらけのテッセンさんのジムでも、こんなものは見たことが無い。

 

「何だコレ?」

「何ですか、これ?」

 

 マコト先輩も知らないようで、二人揃って首をかしげていると、テッセンさんが説明してくれた。

 

「こいつは『ポケモン図鑑』じゃよ」

「『ポケモン図鑑』? でも、ポケナビからインターネットに繋げばいつでもホウエンのポケモン図鑑が見れるじゃないですか」

「いやいや、コイツはそんなものじゃ無い。コイツのカメラをポケモンに向けるだけでポケモンの生態や特徴について自動で記録してくれる、画期的なものなんじゃ。まあ、今のところは一匹もポケモンは登録されとらんし、登録出来るポケモンもホウエンのポケモンに限るそうじゃがな」

「へぇ。でも、そんなものいったい誰が? トレーナー協会から送られてくる物の中にはこんな物無かったと思うのですが」

「お前さんがワシの弟子だと聞いて、ミシロタウンのオダマキ博士が送ってきたんじゃよ。ポケモン図鑑の完成に協力して欲しいとな」

 

 それを聞いて、手のひらにすっぽりと収まっていたポケモン図鑑を見る。

 ポケモン図鑑の完成。そんな大役を僕のような半人前のポケモントレーナーに任せて良いものなのだろうか。

 

「まあそう気負わん方がいい。何もお前さんだけに頼んどる訳でも無かろう」

「そ、そうですよね。一人でホウエンのポケモン全てと出会うなんて、それこそチャンピオンぐらいのトレーナーじゃないと」

「むしろ本題はこれからじゃ」

「えっ?」

 

 テッセンさんから茶色い封筒を渡される。中のものを見るように促され、恐る恐る封を切って中の紙を取り出した。

 紙にはサメまると同じ見た目をしたポケモンの写真がプリントされており、その種族名、生態や進化後の姿が記述されている。そしてもう一枚。『緊急時の連絡先』と書かれた紙が入っており、そこにはトレーナー協会傘下のポケモンレンジャーへの連絡番号が書かれていた。

 

「『フカマル』、りくざめポケモン。シンオウ、カロス、アローラでの生息が確認されている。非常に強力かつ狂暴性の高いポケモン『ガブリアス』の幼体である為に全国ポケモン協会の『特定危険ポケモン』に登録されており、生息地域外にて発見された場合はただちに国際警察及びレンジャーの派遣が要請される………」

「ワシがサメまるの写真を送った事で向こうはとんでもない騒ぎになったようじゃ。お陰でサメまる達を海に捨てた犯人の捜索が始まったのは良かったんじゃが、どうも国際警察の方がお前さんと一度会いたいらしい」

 

 強いとは思っていたが、まさかそんなに危険なポケモンだとは思ってもいなかった。凶暴なサメハダーと見た目が似ているとは思っていたが、サメまるは野生のサメハダーとは似ても似つかない程に優しく、素直だ。そんなサメまるが、まさか将来エリートトレーナーでさえ手が付けられなくなるような狂暴なポケモンへと進化するとは思えなかった。

 

「ガブリアス……何処かで見たことがあるとは思っておったが、まさかシンオウチャンピオンのエースの進化前だとは思わんかったわい」

「………僕に、サメまるのトレーナーが務まるでしょうか」

 

 今は、僕はサメまるの事を信頼しているし、サメまるも僕を信じて従ってくれている。しかし、いずれサメまるが進化して、僕をトレーナーとして認めなくなったとしたら。

 サメまるの入ったモンスターボールを取り出してジッと見つめる僕に、テッセンさんは柔らかな表情で語りかけてくる。

 

「カナタ。不安はあるじゃろう。じゃが、まずはいつも通り自分のポケモンを信頼する事じゃ。強力なポケモンを従えるチャンピオンとて人間。ポケモンとは肉体的な強さで大きく劣るじゃろう。じゃがな、強さよりも互いを信じ合える『友』である事が何よりも重要なのじゃよ」

 

 強いポケモントレーナーの中には『精神論なんて馬鹿馬鹿しい。ポケモンとの信頼よりも兎に角厳しく、鍛え続ける事が重要だ』と説く者も多い。昔は、強くなるためには信頼関係を築くのでは不十分なのかとその話を真に受けた事もあったが、実際に強いトレーナーというものを目にするとポケモンとの信頼関係がどれほど強いものなのか思い知らされる。

 故に歴戦のトレーナーであるテッセンさんの言葉は、砂場に落とされた『くろいてっきゅう』のようにストンと、真っ直ぐに僕の心に落ちてきて、自然と収まった。

 

 焦るよりも、不安になるよりも、今の僕とサメまるの良い関係を続けて行く事がサメまるにとっても良いことなのだ。危険なポケモンだからってそれがどうした。ピカチュウだって野生のものは警戒心が強く、縄張りに入った人間を襲うことはよく有ると言うのだから。ガブなんたらもピカチュウも、きっと大して変わりはしない。

 

「でも、『サメまる』って名前はまずかったかな」

 

 再び紙に目を落とすと、流線的な姿をした二体のポケモンが目に入る。

 フカマルの進化後のポケモン、『ガバイト』と『ガブリアス』。どちらも僕が想像していたような『丸い』ポケモンでは無かった。

 『サメまる』という名前でこの『ガブリアス』が出てきたら、相手から見たらちょっとしたギャグみたいになるんじゃないかと、少しだけ後悔した。

 

 

 

 




今回出てきた『特定危険ポケモン』というのは、やっぱりボーマンダとかバンギラスみたいなポケモンが本来の生息地の外に出てきたら危険だなっていう考えからのオリジナル設定です。

あとジムトレーナーのマコトは実際にゲーム内で登場するモブトレです。キンセツジムの中でバトルになり、電気タイプのジムなのに何故か『アサナン』一体だけを繰り出してきます。




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サメまると旅の始まり

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーカードが届いて正式にポケモントレーナーになってから、旅に出る日時が決まるのにそう時間はかからなかった。

 出発の前日の夜は僕と母さん、サメまるの二人と一匹での独り立ち前最後の家族団欒を楽しんだ。家に独り残す事になってしまった母さんには申し訳無く思っていたのだが、向こうはそうは思っていなかったようで僕が夢だったポケモントレーナーになれた事を心から喜んでくれていた。

 

 海を漂っていたサメまるを釣り上げるという偶然から始まり、様々な偶然と縁とが重なって実現した僕の夢。チャンスを掴みとったからには、トレーナーとして成功するまで家に戻るつもりは無い。いつかポケモンリーグを制覇するようなトレーナーになり、僕をここまで一人で育ててくれた母さんにも楽な暮らしをさせてあげたい。

 

 

「それじゃあ、行ってきます!」

「フカ! フカ!」

 

 

 キンセツシティの南ゲートを出て、見送りに来てくれた皆に向けてサメまると一緒に手を振った。

 

 女手一人で僕をここまで育ててくれた母さん。

 小さかった僕をジムスタッフ兼機械技師見習いとして雇ってくれて、遂には僕の夢を叶えてくれたテッセンさん。

 同世代で友達の居なかった僕の友達になってくれて、トレーナーになることが決まってからは僕とサメまるの特訓を手伝ってくれたジムトレーナーのみんな。

 

「行ってらっしゃい、カナタ!」

「わっははは! 道に迷ったりするんじゃないぞぉ!」

「ジムチャレンジ頑張ってねー!」

 

 皆の期待と声援を背中に受けて、僕とサメまるの旅は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、確かポケモンセンターの二階……」

 

 キンセツからカイナまでの110番道路を、襲い来るポケモン達を倒しながら進んでカイナシティに到着した頃には、時刻はとっくに昼の12時を過ぎていた。キンセツシティを出たのが朝の8時だから、だいたい四時間は歩き続けた計算だ。

 

 前にテッセンさんが話していた「僕と会ってみたい」という国際警察の方について、その話を了承した所、待ち合わせの場所として指定されたのがカイナのポケモンセンターの二階だった。ここの所はポケモンセンターの二階にあるトレーナー向け食堂で過ごしている事が多いらしく、そこで食事でもとりながら話せないかと言う事らしい。

 

 カイナシティに到着した僕とサメまるは、傷付いた身体と空腹を癒す為にポケモンセンターへと直行し、サメまるの治療が終わってすぐに二階へと向かった。

 

「どんな人なんだろうな。緊張するね、サメまる」

「フカァ、フカ」

「サメまるは平気だって? まあサメまるはポケモンだから平気かもしれないけどさ、怖い人だったら嫌だなぁって」

「フカ!」

「いや、『悪いやつだったらぶっ飛ばす』って、サメまる結構物騒な事言うね」

 

 隣でシュッ!シュッ!と風を切りながらシャドーボクシングの真似をしているサメまるに苦笑いしながら、エスカレーターで二階へと上がる。

 流石に昼食時と言うべきか食堂は沢山のトレーナー達でごったがえしており、空いているテーブルは何処にも見当たらない。

 

「あっ」

 

 その時、空席を探してフロアを見回していた僕の目に独りの男性の姿が入り込んできた。二人用の小さなテーブルに、空席を一つ残して独りで座っている男。

 カーキ色のコートを羽織っていた彼は、僕と視線が合った途端、すごい勢いで手を振って僕を呼び始めた。お陰で周囲のトレーナー達から変に注目され、奇異の視線を向けられる中、恥ずかしさでいたたまれない気持ちになりながらも彼のいるテーブルへと移動する。

 

「やあ! キミがフカマルを捕まえたという少年、カナタ君だね!」

「ええ、まあ。捕まえたと言うのは若干語弊がありますが」

「あ……ま、まあそこは良いのさ! 結果的にキミの手持ちになった事は変わらないからね。私は『ハンサム』、話には聞いていたと思うが、国際警察だ」

「白金カナタです。ハンサムさん、宜しくお願いします」

 

 彼の向かいの椅子に座り、テーブル越しに差し出された手を握ると、これまた凄い勢いでブンブンと振ってくる。

 なんと言うか、想像していたような人物とは大きく掛け離れていた。国際警察だと言うのだから、もっとお堅い生真面目な人なのかと思っていたのだが、随分と気さくというか、胡散臭い。正直、本当に国際警察の人なのかと疑ってしまうぐらいだ。

 

「もしやキミ、私が国際警察では無いと疑っているな?」

「え? あ! いえ、そんな事は」

「いやいや良いんだ、よく『胡散臭い』って言われるからね。ほら見たまえ、ちゃんと警察手帳もある」

 

 彼は懐から警察手帳が出し、僕に突き付けてきた。余りの勢いに気圧されて仰け反ってしまうが、確かに見てみれば彼の顔写真付きのカードが入っており、手帳には金色の国際警察のエンブレムがちゃんと付いている。

 胡散臭く感じる事に変わりは無いのだが、たぶん本物の国際警察の人なのだろう。本物の国際警察なのだと信じて貰おうとする、その誠実さと一生懸命さは伝わった。

 

「な、成る程。信じます」

「それは良かった! あぁ、それでキミを呼んだ理由なんだが……」

 

 その瞬間、僕の隣に居たサメまるから「ぐぅぅ~」という大きな音が響き、二人の視線はサメまるに集中する。サメまるはぱっちりと目を開いたまま、口から涎を垂らした状態で完全に硬直していた。サメまるの空腹が限界を越えたのだ。

 

「あ、えーと……」

「そうだな、先に昼食にするとしようか。このタブレットから注文出来るそうだから……」

 

 僕とハンサムさんは顔を見合わせると、僕はサメまるを膝の上に乗せてメニュー画面が見えるようにし、ハンサムさんはポケモン向けの昼食メニューのページを開くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、満足だった! ハサミラーメンという名前だからどんなものかと思ったが、成る程、スープのベースはもげたヘイガニの爪といった所かな? 生え変わるものなら確かに問題も無い」

「フカッ♪フカッ♪」

「お腹いっぱいか? サメまる」

「フカッ!」

 

 ポケモンフーズにトロピウスのフルーツが添えられたものをぺろりと平らげたサメまるは、目を細めて至極満足そうに鳴き声をあげた。

 僕はスタンダードなコロッケ定食を頼んだのだが、あの量でたったの200円だとは。これでポケモンセンターへの宿泊費は無料だと言うのだから、後援にトレーナー協会とリーグ委員会、ポケモン協会があり資金が潤沢である事はわかっていても、思わずポケモンセンターの運営が心配になってしまった。

 

「ごちそうさまでした……所で話は戻るのですが、ハンサムさんはどういった理由で僕を?」

「あー、それなんだがな」

 

 ハンサムさんはペーパーナプキンで口を拭いながら、目だけを動かして僕とサメまるを交互に見ると、納得したように目を閉じて「うんうん」と頷いた。

 

「もう大丈夫だよ」

「………えっ?」

「いや、本当に大丈夫なんだ。私が懸念していたような事にはなっていないようだからね」

 

 彼はそう言うと財布を取り出しながら席をたった。

 

「さて、キミはこれからどうする予定かな?」

「僕は、ここからムロを目指して、ムロからカナズミへと向かう予定です」

「ほう! それなら丁度いい。私もムロに用事があってね、町の南の桟橋にボートを停泊させてあるんだ。良かったらキミも一緒にどうだい?」

「良いんですか!? 是非お願いします!」

 

 カイナシティからムロタウンの間は、ジムチャレンジで多くのトレーナー達が使うにも関わらず交通の便が非常に悪い。ムロタウンがジム以外に何もない田舎だと言うのが理由の一つだろうが、再三指摘されているにも関わらず定期船を用意しないのはサメハダーの生息数が問題だろうか。サイユウ方面ほどサメハダーが生息している訳ではないが、船舶をも沈めかねないサメハダーの噛みつきは侮れるものではない。

 

 そんな訳でムロに向かうまでは少々苦労するかと思っていたが、ハンサムさんのご厚意からボートでムロへと向かえる事となり、ポケモンセンターを出た二人と一匹はカイナ南の桟橋へと直行したのだった。

 

 

 

 

 






今回、ハンサム浜辺に流れ着いてないやん! ハンサム記憶喪失してないやん!という読者様がいらっしゃると思いますが安心して下さい。ここからちゃんと原作通りにハンサムはバトルリゾートの砂浜に打ち上げられ、記憶喪失します。

 

 

 

・本作品におけるトレーナー達の扱いについて

 

 10才になるとポケモントレーナーになる人は独り立ちして旅に出るのは原作通りです。が、ゲーム内では明らかに主人公達よりも年齢の低い子供達がトレーナーをやっている事が多いので、「トレーナーを志望している子供は小さい頃からポケモンを持っていて、トレーナーの卵として活動している」といった風にしました。10才になってからポケモンを貰う子供は少数派だと考えていただければ良いです。

 

 また、本作での『エリートトレーナー』の扱いについてですが、設定としては『エリートトレーナー』はリーグ委員会が選定した優秀なトレーナー達という事にしました。彼等はリーグ委員会から給料を貰って各地の『危険なポケモンが出現する可能性がある道路』に派遣され、そこを通ろうとするジムチャレンジのトレーナーの腕を試す役割を担っています。つまり、一定以上の腕のトレーナーでなければその道路を通らせないようにしようと言う、安全面での配慮という訳です。ジムチャレンジにおいて重要な役割を担っているだけあり、彼等は皆高給取りです。


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サメまると錆びたポケモン

 

 

 

 

 

 

 

 

「サメまる、『りゅうのいぶき』!」

「フ、カァァッ!」

 

「サメ"ッ!?」

 

 サメまるの口から放たれた竜のエネルギーがサメハダーに直撃し、吹っ飛んだサメハダーは痙攣を起こしながら海面にぷかりと浮かんだ。

 ムロタウンへと向かうボートの上、僕とサメまるは襲い掛かってくるポケモン達を次から次へと追い払っていた。

 

「フ、フカ……フカ……」

「おつかれ、サメまる。少し背中見せてね」

「フカ」

 

 『りゅうのいぶき』でなんとかサメハダーを追い払ったサメまるだったが、戦いの途中で一度サメハダーの『つじぎり』を受けてしまい、それだけでサメまるの身体はボロボロだった。

 サメまるの背中を見ると、ざっくりと斬られたような傷が十数センチほどに渡って出来ており痛々しい。すぐにバッグからキズぐすりを取り出してサメまるの傷に吹き掛けると、傷口はジュウと音をたてながら塞がっていき、数十秒もすれば傷はすっかり無くなった。

 

「大丈夫か、サメまる?」

「フカ、フカシャ」

「そうか、それなら良かった。相手が強すぎて戦えない時は、ちゃんと無理だって言うんだぞ」

「フカ!」

 

 全く、ギリギリ戦えるぐらいの強さだったから良かったものの、この海域のポケモンが僕とサメまるでは歯が立たないような強さのポケモンだったらハンサムさんはどうするつもりだったのか。

 ハンサムさんは国際警察でありながらポケモンを一匹も持っていないそうで、ムロまでの海でポケモンを追い払ってくれるトレーナーを探していたらしい。ボートに乗せて貰っておいて言うのもなんだが、ポケモンに襲われてから「自分はポケモンを持ってない」なんて言い出すなんて、人を騙すようなやり方は警察としてどうなのだろうか。胡散臭い人だとは思っていたが、変なところでちゃっかりしている。

 

「やー、本当に助かったよ! ムロについたらキズぐすり奢るから許してくれ!」

「ムロタウンにはフレンドリィショップは出店してないですよ。あそこ本当に田舎なんですから」

「えっ? 無い? 嘘だろう……」

 

 ボートの運転をしていたハンサムさんは、ムロにフレンドリィショップが無いという話を聞いて顔を引きつらせた。

 このご時世、フレンドリィショップが無い町なんてほとんど存在しない。例えフレンドリィショップが無かったとしても、大抵そういった町にはフレンドリィショップに代わる店が存在しているが、ムロにはそんな店さえも存在しないのだ。

 

「ま、まぁ気を取り直して? もうすぐムロに着くから、カナタ君達もゆっくりと休んでいてくれたまえ」

 

 彼のその言葉を聞いて、僕とサメまるはホッと一息ついてボートの後部座席に腰を下ろす。サメまるも格上との連戦に次ぐ連戦に疲れたのか、僕の膝の上に乗っかって身体を丸めると、すぐに寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 それから約40分後。野生のポケモンとの遭遇も無く、ハンサムさんのボートはムロへと到着した。

 サメまるも眠っていたおかげで元通りの元気になり、ボートから桟橋に飛び乗るとすぐ、テンションが上がったのか桟橋の柵をガジガジとかじり始めた。

 

「駄目だよサメまる! 公共の物を壊すのは犯罪だよ」

「フカ? フカ………」

「新しい町に着いて嬉しくなるのは良いんだけどね、あんまり羽目を外しすぎちゃ駄目だって事だよ」

「フカ」

 

 慌ててサメまるを柵から放し柵をかじってはいけない事を教えると、サメまるは少し落ち込んだ後、素直に頷いた。サメまるは悪い子ではないのだ。ちゃんと悪い事は悪いと教えてあげれば、ちゃんと理解してくれる。

 

「よいしょ、っと………さて、早速ムロで違法トレーナーについて聞き込みを、ってアレ?」

 

 ボートを桟橋に繋いだハンサムさんがムロの町を見渡して、素っ頓狂な声を上げた。何かと思い、僕もムロの町を見渡すとおかしな事に気付く。

 

「人が、全然居ませんね……」

「おかしいなぁ。いくら田舎だと言っても、町の中にこんなにも人が居ないなんて事あるか?」

 

 ムロの町は異様な空気に包まれていた。

 外を出歩いている人影は全くと言って良いほど見当たらず、静まり返っている。

 

「とりあえずポケモンセンターに行ってみましょう」

「そうだな。何があったのか、そこで聞き込む事にしよう」

 

 サメまるをモンスターボールの中に戻し、ハンサムさんと共にポケモンセンターに向かった。

 自動ドアを潜り抜けてポケモンセンターの中に入ると、中に居た人々の視線が僕達に集中した。流石にポケモンセンターの中には沢山の人が居たのだが、誰もが疲れたような表情で、僕達の姿を数秒間眺めた後、ほっとしたように視線を外していく。

 

「ええと、これは何かな……?」

 

 流石のハンサムさんもこれには困惑気味で、思わず苦笑いしていた。

 この町で何があったのか聞くために、近くに居た僕と同い年ぐらいの少年のトレーナーに話し掛ける。

 

「すみません、あの、この町で何かあったんですか?」

「何かあったって、君たちは何も無かったのか?」

「えっ? 特に何も無かったですけど……」

 

 僕が気付いていないだけで何かあったのかとハンサムさんの方に顔を向けると、彼もそういった事には心当たりが無いらしく頭を横に振る。

 トレーナーに再び向き直ると、彼は酷く疲れたように深くため息をついて項垂れた。

 

「見てくれよ、ここに居るトレーナー、みんな『アイツら』にやられたんだ」

「『アイツら』?」

「マグマ団とか言うのとアクア団とか言う奴らさ。『うんたらストーン』?とかいう物を探しに来たみたいで、俺たちに襲い掛かってきたんだ」

 

 ポケモンセンターのロビーを見渡すと、彼が言った事を裏付けるように沢山のトレーナー達が疲れた表情で待機していた。本来ジョーイさんがいる筈の受付には誰も立っておらず、奥の治療スペースでジョーイさんとラッキー達が慌ただしく動いているのが見える。沢山のトレーナーがポケモンの治療を求めに来たのに対して、ポケモンセンターの機能が間に合っていないのだ。

 

「アイツら、とんでもない強さだった。いや、一人一人はそうでもなかったのかもしれないけど、兎に角数が多いんだ。アイツらが探してる物についても誰も知らなくて、訳もわからないままにいつの間にかやられてた」

「今は何処に居るんですか? 外には誰も居なかった」

「ジムリーダーのトウキさんと、ダイゴとか言う恐ろしく強いトレーナーが奴らを町から追い払ってくれたよ。今は町の北西にある洞窟に逃げてったらしくて、二人ともそれを追いかけて行ったよ」

「成る程……教えて下さりありがとうございます。助かりました」

「ああ、君たちも気を付けて。俺は……故郷に帰ることにするよ」

 

 そう言うと彼はテーブルにぐったりと倒れこみ、動かなくなった。今まで気付いていなかったが、彼の腕には血の滲んだ包帯が巻かれており、所々に絆創膏が貼られている。ハンサムさんと顔を合わせると、彼は険しい表情で頷き、ポケナビを取り出して国際警察へと応援要請を出す。

 更に情報収集をするべく二人でポケモンセンターの二階へと向かおうとした時、背後から唸るような嗚咽が聞こえた。あのトレーナーだ。

 悔しかったのだろう。理由もわからない内に突然襲われ、寄ってたかって攻撃を受けて負けてしまった。きっと僕と同様に故郷を出発したばかりで、これからの旅路に期待を膨らませていた事だろう。だから、なんとなくだが気持ちはわかる。僕もそんな不本意な形でバトルに負けていたら、心が折れてしまっていたかもしれない。

 

「ハンサムさん、仇を取りましょう」

「ああ、私もポケモンバトルは出来ないが、先に向かったという二人だけには任せておけないな」

 

 マグマ団もアクア団も聞いたことの無い集団だが、同じトレーナーの仲間達を理不尽に傷付けるなんて許せない。

 彼を振り返る事は無く、ただぎゅっと拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、得られた情報は変わらず、か」

「兎に角、件の洞窟に行ってみましょう」

「そうだな。実際に見てみないとわからない」

 

 その後もポケモンセンターやムロの民家を回って話を聞いたが、新しい情報は得られなかった。

 ハンサムさんの他の国際警察のメンバーはキナギタウンに居るために到着が遅れるらしく、町を出た僕達は砂浜を歩いて洞窟を目指す事にした。

 

「外は随分と静かですね」

「全く、不気味なくらいだ。本当にここにマグマ団とアクア団とかいう奴らは逃げ込んだのか?」

 

 町から洞窟まではそう距離は無く、洞窟にはすぐに到着した。しかし周囲に確かに争いの痕はあるものの、洞窟の奥からは争いが起きているような音は聞こえてこない。

 

「出てきてサメまる、いつでも戦えるように」

「フッカァ!」

 

 モンスターボールからサメまるを出して、恐る恐る洞窟の中へと侵入する。洞窟の中は海の近くだからか湿っぽく、暑い外と比べてずっとひんやりとした空気が漂っていた。

 

「………誰も、居ない?」

 

 死角から何者かが襲っては来ないか。洞窟の壁や岩に隠れながら少しずつ進んでいたが、何も出てこない。

 戦いが終わったのならばジムリーダーの『トウキ』も、もう一人のトレーナー『ダイゴ』も町に帰ってくる筈だが、帰ってきていないと言う事は、まだ戦いは終わっていないと言うこと。

 

「少し先の様子を見てこよう」

「大丈夫なんですかハンサムさん。ポケモンを連れていないのに」

「なあに大丈夫さ。万が一の時の切り札があるからね。大人を信じなさい」

 

 ハンサムさんは心配した僕の制止も聞かずに、洞窟の奥へと一人で駆けていってしまった。

 何かあった時、助けてくれるポケモンが居ないというのはとても心細い事だ。僕も長い間ポケモンを持たずに過ごして来たから、その事についてはよく理解している。彼がどういった理由からポケモンを所持していないのかは知らないが、生身でポケモンを持った相手と戦おうなんて無茶にも程がある。でも、

 

「正義感の強い人、なんだな」

 

「……ガキが一人になったみたいだぜ」

「今年デビューした新米だろ。邪魔だから潰すぞ」

 

「っ、誰だ!」

 

 ハンサムさんが駆けていった先を眺めながらそう呟いた直後、背後から二人の男の声が聞こえ、即座に振り返る。

 見れば青と白のボーダーのシャツを着たガラの悪そうな男が二人並んで立っており、モンスターボールを握り締めている。僕が一人になるタイミングを見計らって、それまで隠れていたと言うことか。

 

「奴らが……サメまる、『すなじごく』!」

 

「フン、効かねぇよ。行けズバット! 『ちょうおんぱ』!」

「キューッ!」

「ポチエナ、『かみつく』だ!」

「ガルルッ!」

 

「サメまる、続けて『りゅうのいぶき』!」

 

 奴らに行動を起こさせる前にと放った『すなじごく』。しかし二人には避けられ、ポケモンを繰り出されてしまう。『ひこうタイプ』を持つズバットには洞窟の高い所を飛んで避けられ、唯一ポチエナにのみ技は命中し、サメまるに噛みつこうとしたポチエナはすなじごくに囚われて技に失敗した。

 ズバットから放たれた『ちょうおんぱ』をサメまるは間一髪で回避し、ズバットへと『りゅうのいぶき』を放つ。

 

「ズバット、避けて『つばさでうつ』!」

「ちィッ、ポチエナ『とおぼえ』! 続けて『たいあたり』ですなじごくを突破しろ!」

 

 ポチエナの雄々しい『とおぼえ』が洞窟の中に響き渡る。『とおぼえ』は自身を奮い立たせて攻撃力を上げる技。あれで『たいあたり』の威力を上げ、サメまるの『すなじごく』を強引に抜け出そうという魂胆だろう。

 一方のズバットだったが、此方はサメまるの『りゅうのいぶき』を避けきれずに、身体を痙攣させながら落下してくる。

 

「サメまる、ズバットに『アイアンヘッド』だ!」

「フカッ!」

 

 地面を力強く蹴り、ロケットの如く飛び出したサメまるの『アイアンヘッド』がズバットの胴体に突き刺さる。「ゴキゴキ」と言う鈍い音がズバットの身体から聞こえ、ズバットは野球ボールのように吹っ飛んで洞窟の壁に激突して気絶する。

 

「ガウッ!」

「フカ!?」

 

 しかし、その直後のポチエナの『たいあたり』を、サメまるは避けきれなかった。ズバットを倒してから着地した場所が悪かったのだ。『すなじごく』を突破したポチエナが猛然とサメまるに襲い掛かる。

 

「サメまるっ!」

 

 無防備な状態で攻撃を受けかねない。

 思わず叫び声を上げた、その瞬間だった。

 

「コココッ!」

 

 突如として洞窟の影から茶色の何かが飛び出し、横からポチエナを吹っ飛ばした。

 男達の前まで吹っ飛ばされたポチエナは、まだ辛うじて体力が残っていたのか、ふらつきながらも立ち上がる。

 

「フ、フカ?」

「一体、何が」

 

 サメまるの前に背を向けて立ち、僕達を守るかのように男たちを睨み付ける一匹のポケモン。

 おそらくは『ココドラ』だと思われるそのポケモンは、何故か全身が酷く錆び付いていた。

 

 

 

 

 






・マグマ団とアクア団について

 本作品はORAS時空をベースにしていますが、エメラルドのようにマグマ団とアクア団の両方が元気に活動しています。おかげで目的の内容がアレな為に、作戦に赴いた先ではよく鉢合わせます。更に厄介度で言えばどちらも原作よりも上です。



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サメまるとマグマ団幹部


前回から引き続きムロでのお話です。時系列では原作主人公がカナズミのジムを攻略しているあたりです。
マグマ団とアクア団については、ムロのいしのどうくつに来ていた話をムロタウンジム攻略前に居る遺跡マニアから聞けるのですが、その話からこのエピソードを思い付きました。
ココドラの話まで書ききれなかった……




 

 

 

 

 

 

 

 

「ココココ……」

 

 未進化のポケモンとは思えない程の威圧感を放つココドラに、男達は気圧されたのか一歩、また一歩と後退る。

 

「クソ、何だこのココドラ……!」

「下の方でマグマ団の連中が手こずらされてた奴だ。二対一じゃ分が悪い、ずらかるぞ」

 

「あっ、待てっ!」

 

 二人はポケモンをモンスターボールへと戻し、洞窟の外へと逃げ出した。咄嗟に捕まえようとしたが、彼等を追い掛けて洞窟の外へと出た時には既に彼等の姿は見えなくなってしまっていた。

 

「逃げ足の速い奴らめ……」

「フカァ」

「ココッ!」

 

 ふと、洞窟の外まで来たと言うのに足元からサメまる以外の鳴き声が聞こえた。見下ろすと、サメまると並んで錆びだらけのココドラが目を細めて辺りを見渡していた。

 

「ココドラ……?」

「コッ?」

「あ、さっきはありがとう。お陰で助かったよ」

「フカフカ!」

「コ、コッ!」

 

 サメまるのピンチを救ってくれた事もあり、彼に礼を言う。しかし彼は礼などどうでも良いと言わんばかりにそっぽを向き、「ガキは帰れ」とでも言うかのように少しだけ此方を振り返ってアゴをクイクイと洞窟の方へやる。そして錆びだらけの身体をギシギシと軋ませながら、洞窟の奥へと走り去ってしまった。

 

「フカ!」

「そうだな、追い掛けよう!」

 

 奥にまだ奴らの仲間が残っているのなら、あのココドラだけに任せてはおけない。ハンサムさんも奥へと向かったっきり戻ってきていないし心配だ。

 僕とサメまるは顔を見合わせると、再び洞窟の中へと侵入した。

 

 

 

 洞窟の更に奥へと進むと、そこはまさに地獄絵図だった。

 

 洞窟の壁に叩きつけられ、四肢がおかしな方向にねじ曲がったポチエナ。全身を焼かれ、皮膚がただれて動けなくなっているゴルバット。背中のコブに大きな凹みを作り、ぐったりとして動かないドンメル。頭部の発光体がひび割れ、内部の液体を漏らしながらビクビクと痙攣し続けるメノクラゲ。

 

「なんだ、これ……」

「フ、カ……」

 

 周りにはポケモン達と同様に、マグマ団とアクア団だと思われるトレーナー達が気絶して倒れていた。

 洞窟の更に奥の方からは激しい戦闘の音が聞こえてきており、誰かが戦っているらしい。そして、その方向へと駆けていく錆びたココドラの姿を見た。

 

「ココドラ!」

「フカ!」

 

 ココドラの後を追うようにして、洞窟の奥を進んでいく。たどり着いた場所はこの洞窟の最深部のようで、広い空間になっているそこの壁には、見たことの無い巨大なポケモンが二体、争っているような壁画が描かれていた。

 そして、その空間で激しい戦いを繰り広げる二人と二人。

 

「メタング、『しねんのずつき』!」

「マクノシタ、『つっぱり』!」

 

「………バクーダ、『だいちのちから』」

「グラエナっ! 『かみくだく』!」

 

 メタングの『しねんのずつき』をその身で受け止めたバクーダがメタングの身を前足で地面に押さえつけ、『だいちのちから』を超至近距離から命中させる。しかし、メタングは『こうかばつぐん』の技を受けていながらも怯むことすらなく至近距離から『しねんのずつき』を発動し、バクーダの巨体を吹っ飛ばした。

 

 一方で、グラエナの『かみくだく』を片手の『つっぱり』で受け止めたマクノシタは、もう一方の『つっぱり』でグラエナを何度も攻撃する。しかしグラエナも負けてはおらず、『かみくだく』力を気合いで上昇させてマクノシタの手の骨を砕き、互いに再び距離を取って両者痛み分けという結果に。

 

 どちらも一進一退の壮絶な戦い。

 駆けつけたは良かったものの、自身が割り込めるような生易しい戦いでは無かった。間違いなくホウエントップクラスの戦いを前にして足がすくむ。

 

「カナタ君!」

「ぁ……は、ハンサムさん!」

 

 その時、岩影に隠れていたハンサムさんが僕の姿を見付けて叫び声をあげた。「はやくこっちに来て隠れるんだ」と言うように、彼は岩影でジェスチャーをとっていたのだが、大きな声をあげたのが不味かった。

 

「オウッ? 新シいトれーナーじゃネェか! 威勢ガいイなァ!」

「……………じゃま」

 

「何っ、逃げるんだそこのキミ!」

 

 アクア団らしき筋肉質な大柄の男は僕の姿を一瞥したのみで、それ以上関わってこようとはしなかった。しかし、マグマ団らしき小柄で眠たげな瞳をした女は、僕の存在が気に食わなかったらしい。

 彼女が腕を一振りすると、バクーダは標的をメタングから僕へと変えて襲い掛かってきた。銀髪の青年の指示でメタングが妨害をしようと『とっしん』を仕掛けるが、バクーダは『えんまく』を吐き出して華麗に躱す。

 

「サメまる……っ」

 

 咄嗟にサメまるに指示を出そうとして、その瞬間頭が真っ白になった。

 

 一目見ただけでわかる。あのバクーダはサメまるではまず敵わない程の強さを持っている。おそらくは、テッセンさんのライボルトにも匹敵する程の強さだろう。

 勝つことは出来ないにしても、サメまるの力のみで対抗するとなればどの技を使うべきなのかは自ずと理解していた。

 

 目の前でサメまるは()()()が指示される事を期待して、身構えている。その事はわかっているのに、口の中がカラカラに乾いて声が出ない。

 

 サメまるがあの時と同じように、技の使用に耐えることが出来なかったら? 暴走したサメまるを止めてくれるテッセンさんは今、ここには居ないのに。

 

「バオゥッ!」

 

 噴煙を撒き散らしながらバクーダが迫る。

 一流のトレーナーならば、ここでどんな判断を取る? 比較的威力の低い技で相手をいなし続けられるような技量はサメまるには無い。完全にはコントロール出来ない技をポケモンに無理にでも使わせるのか。それともポケモンには戦わせずに、無理にでも受け止めるべきなのか。

 

「カナタ君っ! しっかりしろ!」

「……!」

 

 僕の意識を現実へと引っ張り戻したのは、ハンサムさんの声だった。岩影で隠れていた筈の彼は隠れるのを止めて飛び出し、僕とサメまるを助けようと走りながら手を伸ばしている。

 

 

 ポケモンを持たない彼がこんなにも勇気ある行動をしていると言うのに、自分は何をしているのだろうか。

 例え短い間であっても、サメまると共にキンセツジムで鍛え続けた日々を自分は信じられていないのか。努力の結果を自分の中で無かった事にして、良いわけがある筈が無い。

 

 サメまるの小さな背中を見る。

 丸く、ざらざらとして、一見すると出会った最初の頃から大して変化していないように見えるが、よく見れば皮膚の下の筋肉は最初とは比べ物にならない程に増加し、しなやかさを増している。

 

 今ならば、僅かの間だけでも。

 

「サメまるっ……『げきりん』!」

「フカ! フゥゥゥ………ガァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!」

 

 サメまるの全身の筋肉が大きく隆起し、その小さな身体からは想像もつかない程の膨大な『ドラゴンタイプ』のエネルギーが溢れ出す。

 空気が震え、周囲で戦いの行く末を見守っていた野生のポケモン達が一斉に逃げていく。

 

「バクーダを、倒せッ!」

「グルァァァ"ァ"ァ"ァ"ァァァ!」

 

「ボァッ!?」

「………………!」

 

 地を砕き、弾丸のように飛び出したサメまるの拳がバクーダの頭頂部をとらえる。「ゴッ!」という何かが砕ける音と共にバクーダの頭が地面にめり込み、動けなくなったバクーダの腹の下へとサメまるは潜り込んだ。

 

「ギャシャアッ!」

「バクグゥ!?」

 

 次の瞬間バクーダの巨体は宙に浮かび、バクーダの口からは血が吐き出される。

 最早僕の命令を受け付ける理性もなく、理性を失う前に受けた「バクーダを倒せ」という命令を為すべくバクーダを殴り続けるサメまる。ハンサムさんは様子がまるで変わってしまったサメまるの姿を見て絶句していたが、これでいい。

 カイリュー、ボーマンダと言ったポケモンがメディアで「危険なポケモン」としてよく取り上げられるように、これこそが『ドラゴンタイプ』のあるべき姿だとようやく理解した。

 

「バウ………グ……」

「バクーダ、『ふんえん』……!」

「バ、クァッ!」

 

 気絶寸前だったが、女の命令を受けて地面に落下したバクーダは己の足で立ち上がる。

 しかし暴走したサメまるの戦闘力はカナタの想像を超え、バクーダと互角どころか『ふんえん』を撃たせる前にバクーダに肉薄し再びその肉体を殴打。吹っ飛んだバクーダは身体で岩を砕きながら転がり、尚も追撃の手を緩めないサメまるの攻撃を受けて凄まじい破壊音と共に砂煙の向こう側に消えていく。

 

「サメまる!」

 

 砂煙が晴れ、向こう側に見えたのはクレーターの中心に横たわるバクーダと、命令を完了し完全な暴走状態に陥ったサメまるの姿だった。

 同格の相手までならば完全に暴走する事はなかっただろうが、相手は格上で結果的にこうなってしまっては仕方がない。

 

 場合によっては死ぬかもしれない。しかしサメまるを信じて、僕は両手を広げて叫んだ。

 

「サメまる、来いッッ!」

「フガ……シャアァァァァッ!」

 

「は!?」

「何馬鹿な事を、マクノシタっ!」

 

 銀髪の青年がその澄ました顔からは想像もつかないような素っ頓狂な声を上げ、ジムリーダーのトウキは慌ててマクノシタを此方へと向かわせる。だがこうなったサメまるのスピードにマクノシタのような鈍足なポケモンがついてこれる訳が無く、サメまるは一瞬で僕の目の前まで距離を詰めた。

 

 飛び上がったサメまるの拳が振り上げられる。

 

「………!」

 

 歯を食い縛り、衝撃が来るのに備えた。

 目を見開き、迫るサメまるの拳すらも無視して、理性を失ったサメまるの目だけをじっと見詰める。

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃は、来なかった。

 

「………サメまる」

「ァァ………フゥゥーッ……フゥゥーッ……」

 

 寸前で拳は止まり、サメまるは着地した。

 暴走が収まった訳では無い。未だにサメまるは理性を失ったままの目で、暴れようとする身体を本能から必死に止めようと震えている。

 

「ありがとう、サメまる。また無理させちゃったね」

 

 しゃがみこんでモンスターボールのボタンをサメまるに当てると、彼は震える身体で僅かに頷いてボールの中へと戻っていった。

 緊張の糸が切れた僕は全身の力が抜けてその場でへたりこんでしまった。

 

「危惧していた力とは、この事だったのか」

 

 静まりかえってしまった洞窟で、ハンサムさんのそんな呟きが響き渡った。

 

 

 




ドラゴンタイプの扱い方について段々と学んできた主人公です。ポケモンが襲ってきた時の対処については、アニポケでアデクがギガイアスを投げたりしていたので人間の身でもそれなりには……といった所です。マサラ人じゃないので死ぬ時は死にますが……



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銀髪のイケメンと錆びたココドラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………よそうない」

 

 マグマ団らしき女は、戦闘不能になったバクーダをモンスターボールに戻しながらそう呟いた。そしてちらりと僕の方を一瞥して一言。

 

「あなたも………よそうない」

 

 よくわからないが、僕のようなトレーナーがここに来てバクーダを倒すことは彼女の予想の内だったらしい。なんとなくその言葉が癪に障ったが、既にメタングとの戦いで消耗していたバクーダに対して、ほぼ相討ちになったような結果。『予想内』と言われても納得の行くその結果に、僕はサメまるの入ったモンスターボールを握り締めたまま何も言い返せなかった。

 

「メタング、『サイコキネシス』でつかまえろ!」

「メッタ!」

 

 ヒョコヒョコと小走りに逃げ出そうとした彼女を、銀髪のイケメンのメタングが『サイコキネシス』でつかまえる。マグマ団らしき格好の彼女は何もない所で両手を上げて、四肢を拘束されたような状態でピタリと止まった。

 

「…………えっち」

 

「何が『えっち』だ。生憎ボクは君のような少女に欲情するような趣味は持ち合わせていなくてね」

「ダイゴ……そもそも君は石にしか興奮しないだろう」

 

「こどもじゃ……………ない……」

 

 ダイゴというトレーナーに『少女』扱いされた彼女は、拘束された状態のまま、不服そうに呟いて頬を膨らませる。身長と見た目から僕とだいたい同い年くらいじゃないかと思っていたが、もっと歳上らしい。

 

「さて、後はお前だけだぞマッチョメン!」

「オウホウ! こいツが、ピンチっテやつカ!」

 

 トウキの言葉にアクア団らしきマッチョの男はカタコトの言葉でそう返すが、言葉とは裏腹に全く焦っている様子がない。彼はベルトについているモンスターボールをもう一つ手に取ると、その中のポケモンを繰り出した。

 

「シャァァァッ!」

「何っ、サメハダーだと!?」

 

 モンスターボールから飛び出したサメハダーは、本来ならば水中で使う筈のジェットのような推進器官を利用して凄まじいスピードで空中を飛び回り、メタングへと襲い掛かった。

 

「不味い、避けろメタング!」

「メタッ!?」

 

「…………おっ」

 

 サイコキネシスでマグマ団の女を拘束していたメタングだったが、サメハダーの『つじぎり』を受けるわけにはいかず、サイコキネシスを解いて間一髪でその攻撃を回避した。サイコキネシスを解除した事で女は自由になり、走って洞窟の外へと逃げ出す。

 

「な、ま、待てっ!」

「オウッホウッ! トウキのあンチゃん、オレッチとのポケモンしょうぶ、ムシできナい!オレッチとポケモンで、たっプりアイシてヤるぜェェ!」

「うっ! 何なんだコイツは!?」

 

 ポケモンバトルでテンションが上がったのか、もう一匹のポケモンであるグラエナと共にトウキへと迫るマッチョの男。戦いで興奮し、全身から湯気を立ち上らせながらトウキへと突進するその姿は、もうそういう事に見えなくもない。

 流石のトウキもこれには思わずマクノシタに『ふきとばし』を命じ、距離をとった。

 

 二人を相手に同時に戦い始めたマッチョの男。その強さは尋常では無く、戦えるポケモンを現在持っていない僕は、バトルの邪魔にならないように岩陰から見守ることしか出来ない。

 

「か、カナタ君っ」

「ハンサムさん? 何ですか」

 

 激しく繰り広げられる戦いを見ていると、同じく横で戦いを見守っていたハンサムさんに肩を叩かれた。小声で話し掛けてくる彼は、何処か心配そうに僕の手の中のボールを見る。

 

「大丈夫、なのかい? サメまる君は……」

「大丈夫です、多分………サメまるが望んだ事なので」

「そうかい………いや、私はあまりポケモンバトルには触れてないからね。まさかドラゴンタイプがあそこまで激しい戦いをするポケモンだとは思っていなくて」

「激しさだけならドラゴンタイプだけじゃないです。あの三人のポケモン、とんでもない強さです」

 

 態勢を立て直したダイゴとメタングによって、形勢は段々とダイゴとトウキの二人へと傾いているのがわかったが、ウシオも負けず劣らず。気合いとテンションだけで、まるでポケモンとシンクロしたかのように、完璧なタイミングで的確な命令を出している。サメまるが復活したとしても、もう僕の出る幕は無いだろう。

 

「なあカナタ君」

「何ですか?」

「さっきみたいな危険な事、もうしないでくれよ。君は前途ある少年なんだから」

「善処します……」

 

 さっきみたいな事とは、僕がサメまるの『げきりん』を受け止めようとした事だろうか。大人の先輩としては、まだ子供とも言える僕のあの行動はやはり良くないと思ったのだろう。進化してギャラドスやバンギラスといったポケモンになった自身の手持ちに殺されるといった事件は少ないがある事にはあるので、僕もそうして死んだトレーナーと同じ道を辿りかねないと考えたのではないか。

 結果として今回は何事もなく終わったが、僕とサメまるは運が良かっただけで、褒められた行動では無いという事はわかっている。全ては僕のトレーナーとしての未熟さが起こした事であり、僕はこうした事を起こさない為にも優秀なトレーナー達から学んでいかなければならない。

 

「ウシオ様! 助けに来ました!」

「リーダーアオギリから撤退のご命令です! ここは引きましょう!」

 

「ああァ? アオギリのアニィの命令ッテことナら仕方ナイなぁ。ポケモンしょうぶの決着は、マた今度にするゼ!」

 

 増援だろうか。青と白のボーダーのシャツを来た男女が数人やってきて、ポケモンを繰り出してバトルを妨害する。『えんまく』や『うずしお』を受けてダイゴのメタングとトウキのマクノシタが動けなくなる中、ウシオと呼ばれたマッチョの男はポケモンをモンスターボールへと戻すと手下と思しき男女と共に逃げていった。

 

「くっ、逃げられたか……!」

「でも、あれだけ激しく戦ったのに壁画は無傷だ。どんな理由でトレーナー達を襲ったり、この洞窟に来たのかは知らないけど、この壁画が関係してる事は間違いなさそうだね」

 

 『うずしお』に飲み込まれていたダイゴとメタングだったが、メタングの『サイコキネシス』で『うずしお』を破壊して中から脱出。トウキもマクノシタの『ねこだまし』によって風を起こし、『えんまく』を振り払って中から現れた。

 

「二人とも、無事なのかい!?」

 

「あぁ、ハンサムさん。大丈夫、この通りオレもマクノシタもピンピンしてますよ!」

「マックホォッ!」

 

「メッツァ! タァ!」

「おつかれメタング。全く、スーツがビショビショだ」

 

 ハンサムさんが彼らに駆け寄ると、どうやら彼は二人と知り合いだったようで自然と三人で話し始めた。内容はやはり今回の謎のトレーナー集団だろうか。

 戦える手持ちもいないのでその場で彼らの話を待っていると、ダイゴと呼ばれていた銀髪のイケメンが歩み寄ってきた。テレビで見たことの無いトレーナーだが、ジムリーダーやポケモンリーグの四天王にも匹敵する強さ。それに使っているポケモンも、見たことのないポケモンだった。

 きっと偉大なトレーナーの一人なのだろうと、彼を目の前にして緊張する。

 

「先程は助かったよ。バクーダを倒す前にあのサメハダーを出されていたら少しきつかったかもしれない」

「い、いえいえ。結局相討ちになってしまいましたし、あと洞窟の入り口近くではとても強いココドラに助けられました。あのココドラも、多分貴方の手持ちですよね。見たところ鋼ポケモンを得意としているようですし」

「ココドラ……?」

 

 あの錆びだらけのココドラ。追い掛けてここまで来たものの、姿を完全に見失ってしまった。

 ここから先はどうやら無いようだし、僕がココドラの姿を見落としていないとすれば、誰かの手持ちでボールに戻されたと言うのが自然と予想できた。錆びが出来ていたのは恐らく病気か何かだろう。気を付けていても自然と起きてしまう、ココドラやハガネールなどにはよくある病気だと聞いたことがある。

 しかし、

 

「ココドラは、知らないな」

「えっ?」

「ボスゴドラなら連れているけどね」

 

 そう言うと彼はボールを一つ取り出して、ポケモンを外に出した。彼の言った通り出てきたのはココドラの最終進化形であるボスゴドラで、ステンレスのように輝くその外殻は、よく手入れがされていることが一目でわかる。

 

「あ、あれ?」

「僕のボスゴドラも錆びだらけになる病気にはかかった事はあるけどね、昔はココドラだった彼も今ではこんなに立派に成長したよ。しかし、その錆びだらけのココドラというのも気になるね。野生で治すのは難しいから、一旦保護してポケモンセンターに連れていきたい所だが」

「じゃあ、あのココドラはいったい……?」

 

 予想が外れ困惑する僕と不思議そうな表情を向けてくるダイゴさんの元に、話がついたのかハンサムさんとトウキさんが歩いてくる。

 あのマグマ団やアクア団とか言う奴らが、完全にこのムロから居なくなったとは限らない。一先ずポケモンセンターに戻って作戦会議をと言うことになった。

 洞窟を戻る帰り道ではあんなに倒れていたトレーナーやポケモンの姿は一切見当たらず、あの戦闘の間に全員逃げ出していたらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っててて……何なんですかあのトレーナー達は」

「無駄口叩いてないで働け馬鹿」

「馬鹿じゃないですよぉ先輩~」

 

 ダイゴやカナタ達が洞窟を出ていっていた頃、『いしのどうくつ』の別のルートを行った先でマグマ団のしたっぱ達が集まっていた。

 手に持っていたのは頑丈な荒縄で、それを使ってバトルで弱らせたポケモンを片っ端から縛り付けている。

 

「これに何の意味があるんですか?」

「あー、お前新入りだから聞いてないか」

 

 捕まえられているのは、『ココドラ』『クチート』『ヤミラミ』の三種類のポケモン。この洞窟には他にもマクノシタやズバット、ノズパスといったポケモンなどが生息しているが、それらには見向きもせずに三種類のポケモンばかりを狙って捕獲している事に、女のマグマ団員は疑問を浮かべた。

 

「こいつらはどれも『メガシンカ』が確認されてるポケモンだって、知ってるだろ?」

「えっ、クチートとヤミラミってメガシンカするんですか!?」

「お前なぁ……トレーナーやってたんならそれぐらい知っとけよ」

「あ……私はあんまり才能無くて、この組織に入った口なので」

「あー、悪い。まあ、兎に角こいつらは『メガシンカ』をするポケモンで、もしかしたらメガシンカに使われる『メガストーン』を野生で所持してる可能性があるって、リーダーは考えた訳だ」

 

 そう言って男は弱ったココドラを見下ろす。金属の外殻にはヒビが入り、ぐったりとして動かない。

 

「この『いしのどうくつ』は、少ないけど一部のポケモンの進化に必要な石が発掘されてる事で知られてるんだ。正直クチートはあんまり可能性は無いだろうけど、金属を食べるココドラや宝石を食べるヤミラミならメガストーンを持ってる可能性はあるって考えたんだろうな」

「へぇー、そうなんですか」

「だから、お前もさっさと動いてくれよ。俺だって好きでポケモンを傷付けてるんじゃないんだよ。せめて捕まえたポケモンが動ける元気が残ってる内に逃がしたい」

 

 その時だった、遠くから仲間のマグマ団の叫び声が聞こえた。続いて岩が砕けたような凄まじい破壊音と揺れ。

 辺りにいたマグマ団員達は音を聞いた途端、その音がした方へとボールを構えて駆けていく。

 

「不味いな、ボスゴドラでも出たかな?」

「えぇ!? 私のポチエナ、ボスゴドラどころかコドラにだって勝てないのに……」

 

 揺れは段々と大きくなり、マグマ団達が捕まえたポケモン達が纏められているその場所へと、着実に近付いていた。

 

 

 




・この作品でのメガストーンについて

 メガシンカに使用するメガストーン。トレーナーが使うメガシンカは原作通りカロス地方が発祥です。
 本作品ではホウエン地方でも採掘によってメガストーンは手に入り、人工で作る事は現状出来ないとされています。メガシンカ自体は知れ渡っているのですがメガストーン及びメガリング、メガバングルの数が非常に少ないのでメガシンカを行うトレーナーはごく少数です。
 アクア団とマグマ団は、とある伝説のポケモンを復活させる為に『あいいろのたま』と『べにいろのたま』を求めており、それらのたまに成り得るアイテムであるメガストーンや隕石を探して集めています。


・ダイゴのメタング

 ダンバルはホウエン地方には生息していないポケモンで、主人公は見たことがありません。ホウエンでもダンバルを知っているトレーナーは少ないです。ダンバルは他の地方への出張から帰ってきた彼の父からお土産として貰ったポケモンで、その姿に一目惚れしたダイゴによって大切に育てられています。ちなみに色は金と銀です。



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追跡、激突、マグマ団!

 

 

 

 

 

 

 

 ポケモンセンターでポケモン達に治療を受けさせている間、僕とハンサムさん、ダイゴさんとトウキさんの四人で得られた情報の共有を行った。

 

 マグマ団とアクア団はいずれも『メガストーン』なるものを探しており、トレーナーを襲っていた事。彼らが求める『メガストーン』は、どうやら『いしのどうくつ』の壁画で描かれていた二体の超古代ポケモン『グラードン』と『カイオーガ』に関連がある可能性が高い事。

 このメガストーンに関してはダイゴさんがかなり詳しいようで、色々と説明してくれた。ポケモンの限界を越えた進化、『メガシンカ』を行う為に必要なアイテムであり、実際にトレーナーとポケモンで使われるようになった発祥はカロス地方。使用するにはトレーナーが『キーストーン』を所持し、対応する『メガストーン』をポケモンが持った状態で、更にトレーナーとポケモンが強い絆で結ばれている事が必要との事。

 彼もメガストーンが二体の超古代ポケモンと関係しているという話は聞いたことが無いと言っていたが、未だ謎の多いメガストーンにそういった可能性は無いとも言い切るのも難しいらしい。

 

「何にせよ、二体の超古代ポケモンはボクも文献で知っているだけだけど、人間がコントロール出来るようなポケモンでは無いからね。彼らがその復活を目的としているのなら絶対に止めなければならない」

「オレもホウエンのジムリーダーの一人として、指咥えたまま見てる訳にはいかないな。オレのジム、ジムトレーナーに留守を任せてたから、そっちに奴らの情報が来てるかもしれん。ちょっと様子見に行かないか」

 

 トウキさんのその提案で、治療を終えたポケモン達を受け取った後にムロタウンジムへと向かうことに。

 

 ムロタウンジムに到着し、中に入ると早速おかしなものが目に入った。縄でぐるぐる巻きに縛られた、青と白のボーダーのシャツを着た二人の男だ。その顔には見覚えがあり、彼らは此方を見ると顔を青ざめさせてガタガタと震え出す。

 

「ひっ………異様に強いガキ……!?」

「や、やめっ……もう何もしませんから……」

 

「キミ、何したの?」

「い、いえ。僕が相手にした時は割りと余裕そうにしてたと思うんですけど……」

 

 ダイゴさんが不思議そうな表情で僕を見てくるが、僕の方が困惑している。

 彼らは僕がいしのどうくつで戦ったアクア団員の二人だ。あの時の彼等は、逃げる時も僕とサメまるを恐れているような様子は微塵も見せなかった。なのに今の彼等は僕を前にして、何故かアーボに睨まれたニョロモのようになっている。

 

「あっ、トウキさんお帰りなさい!」

「押忍! トウキさんお帰りなさいッス!」

 

 ガクガクと震える二人を四人で眺めていると、ジムの奥からジムトレーナーが何人か現れた。その手には荒縄やらトンカチやら物騒なものが握られている。

 

「あ、うん……ただいま?」

 

「「オッス!!」」

 

「ええと、まずこの状況はどういう事なのか、説明してくれない?」

 

 若干頬を引きつらせながらもトウキさんがそう聞くと、荒縄を手にしたカラテおうの格好をしたトレーナーが前に出る。

 

「押忍! 俺から説明させて頂きやす!」

「手短に頼むよ」

「押忍ッ! コイツらはコソコソとムロから逃げ出そうとしていたアクア団っス! 逃がすわけには行かないと、我々ジムトレーナー一同で捕縛し、情報を抜き出した次第であります!」

「あぁ、なるほど。だから俺たちの事を怖がってた訳だ」

 

「ひ、ヒィッ」

「許してください許してください」

 

 笑顔のバトルガールがトンカチを「スッ……」と持ち上げると、二人のアクア団員は青ざめさせた顔を更に白くさせて内股になり、泣きわめき始めた。彼等から情報を抜き出すのに、どんな方法を取ったのかは聞くまでもないだろう。

 

「まあでも肉体に直接危害は与えてないですよ」

「当たり前だろう、全く」

 

 溜め息をつくトウキさんに、「やりました」と言わんばかりの笑顔でトンカチを構えたバトルガール。

 だが、予想外の収穫。僕が逃がしてしまったアクア団が此方で捕まっていたとは僥倖だった。

 

「どうやらコイツらは『メガストーン』を集めて『あいいろのたま』とか言うものを作ろうとしているみたいですよ。『メガストーン』がそんなものに変化するなんて眉唾ですけど、コイツらのリーダーは本気でそれを信じてるみたいです」

 

 彼女の話を聞き、トウキさんは首を傾げた。

 

「『あいいろのたま』……? ダイゴ、知ってるか?」

「あぁ知ってるよ。遥か昔、荒れ狂うグラードンを鎮めるのに使われたって言う宝玉の事だろう?」

「鎮めるのに使った? それじゃあコイツらの目的はグラードンを鎮める事だって言うのかよ」

「いや、超古代ポケモンの封印は今も完璧だとミクリから聞いている。彼も『ルネの民』の一人だ。情報に間違いは無いだろう」

 

 何やら難しい事を話し始めた二人の話についていけなくなり隣のハンサムさんを見ると、彼もまた何を話しているのかよくわからなくなったようで首を傾げながら此方と視線を合わせてきた。そんな僕らの様子に気が付いたのか、ダイゴさんはトウキさんとの話を切り上げて此方へと振り返る。

 

「おっとすまない、二人を置いてけぼりにしてしまったね。兎に角、奴らがロクでもない事をやろうとしているのは間違いなさそうだ」

「詳しい話はよくわからないですが……カントーで言う『ファイヤー』や『フリーザー』のような伝説のポケモンを使って悪いことをしようとしてる、と?」

「いいや、それよりもずっと悪い。超古代ポケモンの力は世界全体に影響を及ぼしかねない。場合によっては世界が滅ぶ可能性さえある」

「世界が、滅ぶ……!?」

 

 あまりの規模の大きさに驚愕する。

 『伝説のポケモン』と呼ばれるポケモンの能力は通常のポケモンを遥かに凌駕し、『神』の如き圧倒的な強さを持つと言われている。しかしカントーにおける伝説のポケモン、『ファイヤー』『サンダー』『フリーザー』はチャンピオン『レッド』によっていずれも捕獲され、その三体のポケモンすらも凌駕するというロケット団に作られた人工のポケモン『ミュウツー』もまた、『レッド』によって捕獲された。

 いずれも周囲の環境や人間生活に実害をもたらした事によって『レッド』の標的とされた訳だが、こうした『実例』が出来てしまった事で『伝説のポケモン』に対する世間のイメージは急落した。

 

 確かにレッドは強い。今までに類を見ない、向かうところ敵無しの最強のポケモントレーナーだ。だが、そんなレッドもまた、人間なのである。

 

 伝説のポケモンは、人間によってコントロール出来る。

 

 レッドが伝説のポケモンを捕獲したと言うニュースは連日報道され、人々の間にはそんなイメージが植え付けられてしまった。

 かく言う僕も、そんなイメージを真に受けてしまっていた一人である。『コントロール出来る』というのは若干ニュアンスが変わるが、伝説と言えど同じポケモン。心を通わせる事が出来れば、通常のポケモンと同様に共存していられるのではないかと、そう思っていた。

 

「他のアクア団やマグマ団については知っているか?」

「私たちが捕まえたのはコイツらだけです。アクア団は水ポケモンに乗って逃げられちゃいました。マグマ団の方は見ていないので、おそらくはまだ洞窟の中かと思います」

「成る程。ありがとう、だいたいわかったよ。ハンサムさんはここで待っていてくれ。トウキ、カナタ君、もう一度『いしのどうくつ』に行こうと思うけど、手を貸してくれるよね?」

 

「言われなくても行くに決まってるだろ!」

「は、はいっ!」

 

 パン!と力強く手を叩き、トウキさんはジムの受付の裏からボールを二つ取り出した。今度は先程までのように『ジムバトル用』の手加減したポケモンではなく、本気の手持ちで行くようだ。

 僕は正直二人の助けになれるとは思わなかったが、微力でも役に立てるのならと思い返事をする。それに、あの錆びたココドラがどうなったのかも気になっていた。

 

「カナタ君、二人が居るから大丈夫だとは思うが、くれぐれも気を付けてくれよ」

「わかりました。ハンサムさんもムロをお願いします」

「ああ、これでも国際警察の端くれだからね。任せなさい」

 

 ムロタウンジムのバトルガールの情報を元に、三人はムロを出発して再び『いしのどうくつ』へと向かった。

 トウキさんは趣味のサーフィンをする傍ら、いつもこの洞窟で修行をしているそうで先程とは別のルートがある事を教えてくれた。洞窟の中でもギリギリ人が登れる程度の急な斜面になっている所。そこをよじ登って行くのだと言う。

 

「本当は『マッハじてんしゃ』があると楽みたいなんだけど。アレって高いし、あと事故したときの怪我は馬鹿にならないしね……」

 

 先にトウキさんが登り始め、その後をダイゴさん、僕と続く。素人でも確かに登れない事は無いが、大変な事に変わりは無い。こんな所を本当にあのマグマ団とかいう奴らは登っていったのかと疑問に感じたが、その疑問は直後に聞こえた音によってすぐさまかき消された。

 

「ボルルゥガァァァ!」

 

「この鳴き声は……!」

「ボスゴドラだ! しかし普段は地中奥深くに居るはずのポケモン。やはりマグマ団が居るのか?」

 

 斜面を登りきったと同時に起きた地響きと、洞窟の奥から聞こえてくるくぐもった鳴き声。

 ボスゴドラは凶暴な見た目に反して非常に大人しく、穏やかな性質のポケモンだ。生息値は自然豊かな山や、鉱物の多く取れる洞窟の中。山が荒れれば余所から土や木を運んできて元のように治すなどとその知性も高く、反面自分達の生息域を荒らす者には容赦なく襲い掛かる。

 おそらくマグマ団が洞窟の奥で、彼等の住み処を荒らすような事をしでかしたのだろう。地下ではボスゴドラが怒りの限りに暴れまわっているに違いない。

 

「このままじゃ洞窟が崩れてしまう。急ごう!」

 

 深刻そうな表情になったダイゴさんが洞窟奥へと走り出し、それを追って僕たちも走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ズバット、『ちょうおんぱ』!」

「マグマッグ、『ひのこ』だ!」

「ポチエナ、『なきごえ』よ!」

「コータスっ、『オーバーヒート』!」

 

「ゴァ、ガァルルルゥ……」

 

 辿り着いた時には、既に決着がつく寸前だった。

 いくらボスゴドラと言えど数の暴力には勝てなかったのか、沢山のマグマ団とポケモンに囲まれて集中攻撃を受け、ボスゴドラの鳴き声は段々と弱くなっていく。明らかな憎悪をその瞳に宿し、ボスゴドラが見つめる先には沢山の捕らえられたポケモンとその前に立つマグマ団員。

 

「みんな! まずはボスゴドラを助けるよ!」

 

「げっ、あのトレーナーここまで来やがった!」

「ジムリーダーまで一緒だぞ!」

「一人だけ弱そうなガキが居るな……」

 

 険しい表情になったダイゴさんがボールを投げると、その中から『プテラ』が現れた。復元装置によって『ひみつのコハク』から復元された古代のポケモン。そのポケモンの首には、綺麗な宝石があしらわれた首輪が付けられていた。

 ダイゴさんがプテラと一瞬視線を交わした次の瞬間、彼の胸ポケットに差されていたペン、その端に付けられていた宝石が輝き始め、呼応するようにプテラの首輪の宝石も輝きを放つ。あまりの眩しさに腕で目を覆い、次にプテラを見た時にはプテラの姿は大きく変化していた。

 

「ギャシャシャァーーッ!」

 

 鱗の一部が変化し、より岩ポケモンらしく、全身に石のプロテクターを纏ったような姿へと変化したプテラ。

 その羽ばたきだけでマグマ団のポケモン達は半分近くが吹き飛ばされ、戦意を喪失してしまう。

 

 初めて見た。

 これが『メガシンカ』。

 

「っ、あのスカした野郎『メガストーン』を持ってやがった!」

「奴を倒せばメガストーンが手に入るぞ! やれ、やれぇ!」

 

 メガシンカしたプテラを目にしても尚、戦意を喪失しなかったマグマ団員達だけが標的をボスゴドラからダイゴさんのプテラへと変えて襲い掛かった。

 

「カナタ君、オレ達は今のうちに捕らえられているポケモンを助けるよ!」

「はい、トウキさん!」

 

 トウキさんは『ハリテヤマ』と『チャーレム』を、僕は『サメまる』を繰り出して、捕らえたポケモンの守りについているマグマ団員達へと突撃する。ボスゴドラとの戦いで消耗していたのか、動けるポケモンを持っていたマグマ団員は少なく、四人のマグマ団員がポケモンを繰り出して応戦してきた。

 

「ハリテヤマ『つっぱり』! チャーレム『とびひざげり』!」

「サメまる、『りゅうのいぶき』!」

 

 本気のトウキさんのポケモン、『ハリテヤマ』と『チャーレム』が先陣を切って戦い、サメまるは二体を全力で戦わせる為に後方からの補助に徹する事に。

 ハリテヤマのつっぱりがマグマ団のグラエナを一撃で鎮め、チャーレムはゴルバットを地面に叩き落とす。横からチャーレムへと襲い掛かろうとしたマグカルゴをサメまるのりゅうのいぶきが襲い、大したダメージこそ入らなかったもののマグカルゴは痙攣を起こして横転してしまう。

 

「お、俺たちのポケモンが!」

「そんな、起きてマグカルゴ!」

 

「ナイスアシストだカナタ君!」

「まだ来ます、トウキさん!」

 

 唯一『マタドガス』のみが攻撃の間を縫って突破してきて、こちら側で一番弱いサメまるを狙ってくる。

 

「わかってるって、ハリテヤマ『きつけ』でマグカルゴにとどめ! チャーレム、『ねんりき』でマタドガスを足止めするんだ!」

「ハッフォ!」

「チャアッ、コココッ!」

 

 『きつけ』は麻痺状態のポケモンに大ダメージを与える技。『りゅうのいぶき』によって麻痺状態になっていたマグカルゴがハリテヤマのその一撃を耐えられる筈も無く、マグカルゴは派手に地面を転がっていき、主である女性のマグマ団員の前で気絶する。

 

「ま、マグカルゴ……」

 

 気絶したマグカルゴ。普通のトレーナーならば熱くて触る事すら躊躇うその身体を、彼女は涙を流しながら抱き締める。

 

 僕はそんな姿を見て、理解が出来なかった。

 彼等の後ろで縛られているのは、皆傷つき弱ったポケモンばかり。『メガストーン』を手に入れる為とはいえ、ポケモンをこうも傷つけられるのに、どうしてそんなにポケモンを大切に思える。

 野生のココドラやクチート、ヤミラミ達を傷付けた時、罪悪感は無かったのだろうか。彼等の目的とは、そうまでして達成したい程に崇高なものなのだろうか。

 

「マッタ、ドガァ~」

「ココッ、チェアッ!?」

 

 そんな事を考えている内に、マタドガスを足止めしようとしたチャーレムに向けてマタドガスは『スモッグ』を吐き出して妨害。尚もサメまるに向かって突き進んでくる。

 

「来るか。サメまる、迎え撃つよ!」

「フカァ!」

「『アイアンヘッド』!」

 

「マタドガス、『ヘドロこうげき』!」

「マッタァァ~」

 

 『ヘドロこうげき』を仕掛けてきたマタドガスに対して、サメまるに『アイアンヘッド』を命令。一時的に『はがねタイプ』の特性を得た頭部で攻撃から身を守ると同時に、マタドガスに直接攻撃を仕掛けた。

 

「くっ、意外にやるな。『ヘドロばくだん』!」

「マタドガァ!」

 

 マタドガスの身体はサメまるの攻撃を受けて一瞬ぐらりと傾くも、すぐに体勢を立て直して『ヘドロばくだん』を放ってくる。流石にサメまるの『アイアンヘッド』でもこれを防ぎきる事は出来ない。

 

「『りゅうのいぶき』で相殺!」

「フガシャァァ!」

 

 ヘドロの塊に竜のエネルギーが直撃し爆発を起こす。それでもマタドガスの勢いは落ちず、煙を振り払いながらサメまるへと襲い掛かる。

 

「マタドガス! 『ギガインパクト』ぉ!」

「マタッ、ドガガガガァァ!」

 

「んなっ!? 『すなじごく』で撹乱して回避!」

「フカ!? フ、フカァ!」

 

 ノーマルタイプ最強格の技がマタドガスから放たれる。サメまるに咄嗟に『すなじごく』を使用しての回避を命令するが、目眩ましとして出したはずの『すなじごく』は『ギガインパクト』による風圧によって瞬時に消し飛ばされてしまう。

 

「不味い! カナタ君避けろ!」

 

 予想外のマタドガスの強さにハリテヤマとチャーレムの対応も追い付かず、サメまるにマタドガスの巨体が迫る。再びの『げきりん』もやむなしかと思われたその直後、見覚えのある影が僕の背後から飛び出してサメまるの前へと躍り出た。

 

「ココッ!」

「ドガァァッッス!」

 

 全身が錆びたココドラが、マタドガスのギガインパクトを真っ向から受け止めていた。

 

 

 



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鋼の意思

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マッタ!?」

「コァッ!」

 

 身体の大きなマタドガスと、身体の小さなココドラ。『ギガインパクト』により勢いもついている中、技を使用せずにまともに攻撃を受けたココドラが耐えられるはずが無いと、そう思っていた。

 しかし結果は予想を裏切り、ココドラはびくともせずにマタドガスの『ギガインパクト』を受けて、更に押し返してしまった。

 

「す、凄い……」

「フカァ……」

 

「ココココ!」

 

 未進化のポケモンとは思えない程のタフネスと、磨き抜かれた勇気。

 錆びだらけのその身体をギシギシと軋ませながら着地し、マグマ団達を睨み付けるココドラに思わず見とれてしまう。

 

「くそっ! もう一度、『ギガインパクト』!」

「ドガァァス」

 

「させないよ! ハリテヤマ『ねこだまし』、チャーレム『ねんりき』!」

「フォッファッ!」

「チャコォォ」

 

 予想外の相手に大技を受け止められた事で、焦りを見せていたマタドガス。見るからに動きの悪くなったマタドガスにトウキの二体のポケモンの攻撃を避けることは出来ず、『ねこだまし』で怯んだ隙にこうかばつぐんの『ねんりき』を受け、洞窟の地面に叩き付けられてしまった。

 

「こ、コータス『こうそくスピン』」

「ユンゲラー、『サイコカッター』!」

 

「プテラ、『ストーンエッジ』!」

 

 後方ではダイゴさんのメガプテラとマグマ団のポケモン軍団の対決に決着がつこうとしていた。凄まじい破壊音と共に吹き飛ぶポケモン達。技同士の競合いすら起こらず、圧倒的な暴力にマグマ団のポケモン達は次々に倒れていく。徐々に数を減らしていたマグマ団のポケモンだったが、メガプテラのストーンエッジによって遂に全滅した。

 ジムリーダーにも匹敵するポケモンバトルの腕を持ち、考古学的な知識にも精通しており、その上メガシンカまで使いこなす。そんなダイゴさんがいったい何者なのかは未だにわからなかったが、味方として居てくれるならこれ以上に頼もしい事は無い。

 

「さて、大人しくお縄について貰おうかな」

 

「ぐぅ……強い……!」

「みんな、逃げるぞ!」

 

 バトルに勝利した僕たちだったが、彼等を捕縛しようとした瞬間、モンスターボールから現れたドガース達に煙幕を撒かれて周りの景色が見えなくなってしまう。

 

「うっ、げほっげほっ」

「ゲホッ、くぅ……ひどいニオイだ」

「プテラ、風を起こして煙を払ってくれ!」

「ギャァァス!」

 

 ダイゴさんのメガプテラが煙を流してくれたが、その時には既に彼等の姿は無く、逃げられてしまっていた。

 幸いにも、捕らえられていたポケモン達やサメまる達は無事。マグマ団達を追いかけるよりも死にかけのポケモン達を助けることを優先し、僕とトウキさんは捕らえられていたポケモン達の縄をほどいて『げんきのかけら』を与えていく。高価な『げんきのかけら』は旅立ちの前にテッセンさんから貰った分しか無かったが、命と引き換えには出来ない。持っていた分を全て使いきり、ポケモン達に元気を取り戻させた。

 元気になったポケモン達は、自分達を傷付けてきたマグマ団と同じ人間の僕らを睨み付けるとすぐに逃げていく。感謝なんてされないのはわかっていたが、ああもストレートに憎悪をぶつけられると悲しい気持ちになる。

 

『ま、マグカルゴ……』

 

 ボロボロになったマグカルゴを、涙を流しながら抱き締めたあのマグマ団を思い出す。

 間違いなくポケモンを心から愛していた彼等が、何故ポケモンを傷付けたのか。彼等の目的とは、結果的にポケモン達に何をもたらすのだろうか。今回の彼等の行為は間違いなく悪人のそれであったが、彼等一人一人は根っからの悪人と言う訳では無いのではないのだろうか。

 

「よし、これで捕まえられてたポケモンは全部逃がしたかな。あとはダイゴの方のボスゴドラだけど……」

「あれ、様子がおかしいな」

 

 ポケモン達を逃がし終えた僕らはダイゴさんと野生のボスゴドラの方を振り向くが、依然としてボスゴドラは力無く倒れ付したまま。ひび割れた外殻の中に『すごいキズぐすり』を吹き掛けながら、大きな声で呼び掛けるダイゴさんの声にもまるで反応していない。

 目を閉じたボスゴドラの顔の前では、あの錆び付いたココドラがまるで「目を覚ませ」と言っているように頭をコツコツとぶつけている。

 

「ダイゴさん! ボスゴドラは……」

「うーん……かなり不味い状態だ。怒りの余りに身体の限界を越えて暴れ続けてしまったらしい。体力を消耗し過ぎたせいで身体を治す力さえ残っていないみたいだ」

「そんな、それじゃあ」

「このままだと、このボスゴドラは死ぬ」

 

 気を失い、弱々しく呼吸するボスゴドラを前に彼の眉間には深いシワが刻まれる。視線を感じ足元を見ると、ココドラが「もう助からないのか」と言いたげに目に涙を浮かべて此方を見つめていた。

 

「フカ、フカ」

「ココォ……」

「フカシャ、シャシャッ!」

「コォ……」

 

 「絶対に助かるから大丈夫だと」言うように、短い腕をブンブン振り回しながらサメまるが彼を元気付けようとするが、ココドラはぐったりと項垂れてしまう。

 此方の様子に気が付いたのか、ダイゴさんも元気無く項垂れているココドラを見下ろす。

 

「錆びだらけ………このココドラがキミの話していたココドラだね?」

「はい……」

「ふむ。この子も少し気になるから見せて貰うよ」

 

 そう言うとダイゴさんはその場にしゃがみこんで、錆びだらけのココドラの背中を手で触り始めた。ココドラもいきなり身体を触られた事で一瞬だけダイゴさんを見るが、抵抗する気力も無いのか大人しくしている。ダイゴさんは頭、背中と順に触っていき、外殻のフチを触った所で固まった。

 

「オイ……キミ、無理矢理進化を止めていたな?」

「……コッ」

「え? 進化を、止めてた?」

 

 攻めるような彼の言葉にココドラはばつが悪そうにそっぽを向く。ダイゴさんはココドラから手を放して立ち上がると、未だに動かないボスゴドラを見る。

 

「本来ならば剥がれ落ちている筈の古い殻が何層にも積もって残ってる。それが新しい殻と癒着して、進化の妨げになっているんだ。年齢的にはこのボスゴドラと同じぐらいだと思うよ」

「野生でそれって、かなりの歳なんじゃ」

「ああ、確実にボクや君よりも年上だろうね。しかし……この様子だとどうやらこのボスゴドラと兄弟?なのかな」

「兄弟………だからこんなに心配してたのか。もしかして、ココドラの方がお兄さんなのかな」

 

 ボスゴドラは一匹につきおよそ山一つ分を縄張りにするポケモンだ。一つの縄張りに複数体のボスゴドラが居れば、他のポケモンが逃げていったりボスゴドラ同士での争いが起こる可能性がある。

 いくら兄弟だと言えど本能からの争いが起きてしまう事を予想し、そうした周囲への影響を考えてこのココドラは進化をしないと言う道を選んだのだろう。本来ならばココドラは古くなった殻を岩などに擦り付けて落とすのだが、それをせずに進化を無理矢理抑え込むなんて並みの神経じゃない。

 

「強い子だな。でもこのまま放置しておくとボスゴドラだけじゃなく、ココドラの命も危ない。しかしココドラはともかく、ボスゴドラだとポケモンセンターまで運ぶのも難しいしどうしたのもか」

「一度ボールで捕まえてからポケモンセンターに連れていくと言うのは、出来ないんですか?」

「うーん、既に捕まえてあるポケモンなら大丈夫なんだけど、野生のポケモンだとボールに入れる事で負担がかかってしまう場合があるからね。『ひんし』のポケモンにボールが反応しないのはそれが理由なんだ」

「そうだった……なんでこんな初歩的な事を忘れてたんだろう」

 

 全ての種類のモンスターボールには、『既に誰かにゲットされているポケモン』または『ひんしになった野生のポケモン』に反応しないという機能がつけられている。前者は単純に、モンスターボールが反応した所で既にゲットされているポケモンには必ず弾かれるからという理由なのだが、後者は違う。

 人間によってモンスターボールに捕まえられる。この行為に対して、殆どのポケモン達はトレーナーの力量を図るという目的で激しく抵抗する。ポケモンが認めなければボールは弾かれ、壊れて使えなくなってしまう。

 逆に、ポケモンがトレーナーを認めればボールの中に収まってくれるのだが、この際にもポケモンは体力を消耗する。モンスターボールの中という慣れない環境に適応させる為、ポケモンに対して様々な処理が加えられるのだ。ゴージャスボールやヒールボールなら、ある程度その負担は小さくなるらしいが、そんな高級ボールなんて僕は持っていない。ダイゴさんやトウキさんも今は持ち合わせが無いらしく、どうするべきか頭を悩ませていた。

 

「どうにか固い外殻を貫いて注射できる器具があれば……」

「直接体内に薬を?」

「いや、げんきのかけらを砕いてから水に溶かして、それをポケモンの体内に流し込むっていう治療法があってね。身体を治す体力が無くてもげんきのかけらが勝手に身体を修復してくれるから、コイツが出来ればひとまず持ち直す事は出来ると思うんだけど、機材が無いな……」

「ボスゴドラの外殻を貫く注射針なんて……」

「ポケモンセンターに行けばあるんだが、持ち運びが出来るかと言うと難しくてね」

 

 それじゃあ、どうしようも無いじゃないか。

 

 そんな言葉が口をついて飛び出しそうになった瞬間、脳内に電流が走った。

 

「………作れるかな?」

「何だって?」

「ちょっと待ってて下さい。有り合わせの物でちょっと作れないか、確認してみます」

 

 リュックを開き、中にあるものを確認する。旅に出る時、テッセンさんがキンセツジムで使っていた工具と、彼がジムチャレンジ時代に使っていた物をいくつか譲ってくれていたのだ。彼がジムチャレンジをしていた頃は本来『なみのり』や『いわくだき』を使う筈のルートを自作の乗り物や機械で突破し、悪い意味でリーグ運営から目をつけられていたとか。

 もちろん貰った道具は旅先で使えるぐらいの大きさの物だけだが、どの道具もテッセンさんが自作した一般に出回らない特殊なものばかりで便利だ。正規品と規格が合わなくて使い物にならなくなる、なんて事もしばしばだが……

 

「これなら………材料は手元にある分で足りるから、うん、出来ます!」

「本当かい!? どれぐらい時間がかかる?」

「ええと、3時間くらいは……」

「ならその間はなんとか持ちこたえさせよう」

 

 ダイゴさんがボスゴドラの看病へと戻り、トウキさんは来て貰えるかは不明だがジョーイさんを呼びに洞窟の外へと駆けていく。僕も早速リュックから道具と材料を出して並べ、作業に取り掛かり始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから数時間後。

 結局、ジョーイさんは重傷のポケモンが多かった事からポケモンセンターを離れる事が出来ず、ボスゴドラの元まで来ることは出来なかった。しかしトウキさんは治療に必要な生理食塩水と注射器をポケモンセンターから貰ってきて。ダイゴさんの看病のかいあって、ボスゴドラは瀕死の状態でありながらこの長時間を耐えてくれていた。

 

「………出来た!」

「待ってたよ! じゃあ早速……」

 

 リュックの中に他の金属材料と共に入っていた細い金属棒、それを少しずつ削り出した。本来ならば大掛かりな機械を必要とするそれを、その場の道具だけで時間をかけて加工して、そうして出来たのは極細のドリル刃。

 

「これ、折れたりしない……?」

「大丈夫だと思います、多分」

 

 テッセンさんは『でんきタイプ』使いだけあって、機械のような身体を持つポケモンの世話もよくしている。コイルのような鋼の身体を持つポケモンの治療を自分でする時、使っていたのは僕がいまこの針を作るのに使った金属と同じものだ。細くてもボスゴドラの外殻に穴を開ける事ぐらいならば可能なはず。

 

 まずドリル刃をドリルの先端に装着し、ダイゴさんが指示した場所に慎重に穴を開けた。血管に到達したのか少し血が滲み出て来るが、それをタオルで拭き取りながら、今度はドリルを抜いてその穴に注射器を刺す。そして、あらかじめダイゴさんとトウキさんで作ってくれていた『げんきのかけら』を溶かした生理食塩水をボスゴドラへと流し込んだ。

 

「これで、大丈夫なんですか?」

「おそらくはね。すぐには効かないが、40分もすれば元気を取り戻すはずさ」

「ふぃ~、安心したぜ。そんじゃ、俺は借りてきたモン返してくるよ」

 

 最後にボスゴドラに開けた穴に詰め物をして、トウキさんはポケモンセンターから借りてきた道具を返しに一足先にムロの町へと戻っていった。

 ボスゴドラの横で、ココドラは心配そうにボスゴドラを眺めていたが、僕たちによる応急処置が済んだのを確認すると此方へと歩み寄ってきた。

 

「ココ」

「さて、あとは君のサビを落とさなきゃな」

「ココ」

 

 ココドラは少し考え込む仕草を見せた後、静かに頭を横に振った。

 

「『嫌だ』って? でも、そのままだと命に関わるんだよ。何回も助けられたんだ。僕は君を死なせたくない」

「カナタ君の言う通りだぞココドラ君。死んでしまったら元も子もないんだ」

「ココ………」

 

 僕とダイゴさんがそう言うと、ココドラは困ったように眼を細め、眠るボスゴドラの横に座り込んでしまった。

 

「ココドラ……」

「思ったよりも、彼の中では複雑な問題のようだね。彼を生かそうとする事は、僕らの勝手な善意の押し付けかもしれない。彼の選択を待つことにしようか」

 

 黙りこくってしまったココドラ。

 僕とダイゴさんは、ボスゴドラが目覚めるまでの間洞窟の中で待ち続けた。

 

 ボスゴドラが目覚めたのは、それから一時間と少し経った後だった。

 

 

 

 




・ダイゴとプテラ

 プテラはORASの二回目以降のチャンピオン戦からダイゴの手持ちに入るポケモンです。バトルハウスでも引き続き『メタグロス』と並んで使用されていた事から、ダイゴの中でも特にお気に入りかつ切り札的なポケモンの一体なのではないかと予想しました。
 前回ダイゴがプテラをメガシンカさせたのは、ゲームで主人公と初めて共闘した際に繰り出されたのは『メタング』だった事から、メタグロスへと進化するまでは本気のダイゴの切り札として『メガプテラ』を使用していたのではないかと言う妄想から生まれた設定です。

 

・現在の味方側の手持ち

サメまる(フカマル) Lv.23
りゅうのいぶき・アイアンヘッド・すなじごく・げきりん

トウキのハリテヤマ Lv.40
ねこだまし・つっぱり・きつけ・はっけい

トウキのチャーレム Lv.40
ねんりき・とびひざげり・みきり・かみなりパンチ

ダイゴのメガプテラ Lv.77
ストーンエッジ・じしん・ほのおのキバ・かみなりのキバ



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カナタとココドラ

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボグァ……」

「ココッ!」

 

 ボスゴドラが目を覚ますとすぐにココドラは彼に飛び付いた。

 ボスゴドラは「心配をかけてしまい申し訳無い」とでも言うように頭を下げて弱々しく鳴き、ココドラは目に涙を滲ませながらボスゴドラの頭の上に手を乗せる。大きな弟が小さな兄に叱られているような、暖かいその光景に思わず見ていた僕の顔もほころぶ。

 

「多分、彼等二匹がこの洞窟の主なんだね。ココドラでも強かった兄が、弟に進化の権利を譲ってあげたって所かな?」

「……いえ、多分それだけじゃないはずです」

 

 ダイゴさんの言葉に、僕は目をつむりながら首を横に振って答えた。

 ココドラにとってボスゴドラは大切で、心配で、彼にとってはいつまでも守るべき存在で。何より、

 

「ずっと、仲良しで居たかったんじゃないかなぁ、って」

「………成る程、一理あるね」

 

 互いに顔をすりあてて、涙を流しながら喜ぶ二匹を見て、僕とダイゴさんは顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、僕たちは帰るよ。またね、ココドラ」

「ボクも、そろそろ趣味に戻るとするかな」

 

 どんな結果になるとはわからない。どれだけココドラの命がもつのかも、果たしてココドラが進化を耐え続けていられるのかも、僕にはわからない。

 でも、彼の中で明確な答えが出ないのなら、今はそっとしておくべきだと思った。

 

「ココ」

「ボルゥガァ」

 

 荷物を纏めて、来た道へと立って彼等に手を振る。二匹は並んで立って此方を眺め、小さく鳴いた。

 

 振り返り、晴れやかな気持ちで彼等を背にして歩き出す。マグマ団には逃げられてしまったが、この洞窟のポケモン達を助けることが出来て良かった。

 

「ボグルルゥァ?」

「ココ、ココ」

「ボガァ、グルルゥゥ」

「ココ……」

 

 後ろから彼等の話す声が聞こえてくる。何を話しているのだろうか。ポケモンの仕草を見ながらじゃないと、どんなことを考えているのかわからない僕には、彼等が何を考えて話しているのか、声だけではわからない。

 

「今日はお疲れ様。もう時間も遅いだろうからね、ムロに帰ったら夕食を奢ってあげるよ」

「えっ、良いんですか!?」

「もちろんさ。キミがいなければボスゴドラは助かってなかっただろうしね。ご褒美だよ」

「ダイゴさん……ありがとうございます」

 

 もう時間は夜の10時を過ぎた頃じゃないだろうか。もう随分と遅い時間だ。ポケモンセンターは24時間開いているとはいえ、泊まる部屋は残っているだろうか。

 

「ボルァ、ゴガァ!」

「ココ?」

「グルルゥ、ボガ、ボルァ!」

「…………ココ!」

 

 不意に、背後から土を蹴る音がした。

 次の瞬間、背負っていたリュックがぐっと重くなり、僕はバランスを崩しそうになる。

 

「わっ!? な、何!?」

「おや? ………ふふっ、成る程」

 

 後ろにひっくり返りそうになった僕の方を見て、ダイゴさんは嬉しそうに笑った。何事かと首を後ろに向けると、頬がサビ臭い何かに当たる。

 

「ココ」

「えっ、ココドラ……?」

「コォコ」

「でも君、ボスゴドラは……」

 

 リュックを踏み台にして乗っかっていたココドラを持ち上げて、胸に抱く。後ろを振り返ると、沢山のポケモン達に囲まれたボスゴドラが此方を見て手を振っていた。

 ボスゴドラを囲むポケモン達。僕らがマグマ団から助けたポケモン達の目には、あの時のような憎しみの感情は無く、皆が声をあげて此方に手を振っている。

 

「……ココ」

「本当に、良いの?」

「ココォ」

 

 ココドラにそう聞くと、彼は静かに首を縦に振った。

 

 もう、ココドラがこの洞窟のポケモン達を守る必要は無いらしい。これからは、弟のボスゴドラが皆を守っていく。例えココドラがボスゴドラに進化したとしても、彼等兄弟が争うことは絶対に無いだろう。

 

「強くなったら、また帰ってこようね」

「コォコ」

 

 錆びだらけのココドラは、僕達の仲間になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう皆! 昨日は大変だったな!」

 

 次の日の朝。

 ムロタウンジムの居住スペース。そこの共有ラウンジに、トウキさんは皆を集めた。集まったのはトウキさん、ダイゴさん、ジムトレーナーの人達が四人と、ハンサムさん。そして僕。

 

「まったく、心配だったんだぞ。マグマ団達が一斉に逃げていったのに、君たちは全然戻ってこないんだから」

「あはは………ごめんなさい、ハンサムさん。でも、まあ終わりよければ全て良しって事で、ね? カナタ君も新しい仲間が増えたみたいだし!」

「むぐぐ、こう勢いで押されるとジムリーダー相手じゃ強く言えないなぁ。私もポケモンバトルを勉強し直した方が良いだろうか……」

 

 昨日はずっとムロタウンで待っていたハンサムさんは、僕たち三人の事をとても心配していたそうで、あんな事があったと言うのにあっけらかんとしているトウキさんにため息をついていた。流石の国際警察でも、ジムリーダー相手になると分が悪いらしい。

 ハンサムさんはハンサムさんで、あの後色々と活躍したそうだ。逃げ出してきたマグマ団のしたっぱを数人捕縛して、既に身柄を拘束していたアクア団のしたっぱ二人と共に国際警察の仲間に引き渡していたとか。戦えるポケモンを持っていない相手なら、敵じゃないという事だろうか。

 

「ココォ、コ、コ?」

「フカ、フカ、フーカ♪」

「コ、ココッ、コッ」

 

 少し離れた所で、サメまるがコロコロとした身体を揺らして踊っており、それに合わせてココドラもぎこちなくはあるが踊るような動きを見せている。ココドラの方がずっと年上らしいので心配だったのだが、サメまるともすぐに打ち解けてくれてひとまず安心した。

 

「元気になって良かったな」

 

 手のひらで虹色に光る謎の石を転がしながら、ぴかぴかに輝くココドラを眺める。この変な石はココドラの錆びた外殻を落としている時にココドラから渡されたものだ。『メガストーン』かと思ったが、ダイゴさんの持っている物とも若干違うので単に綺麗な石というだけだろう。ココドラとの思い出の品として宝物にしていくつもりだ。

 ココドラのサビは昨晩ずっと落とし続けて、今では殆ど無くなった。ダイゴさんが言っていた通りに古い外殻が積もって錆びていたようで、サビが取れた後は一回りか二回りぐらい小さくなったが、身体が軽くなったのか以前よりも軽快な動きを見せてくれた。若干取りきれなかったサビが今も残っているが、また後で磨き治す予定だ。

 

「さて……皆のおかげでムロは守られた! だから今日は休みだ!と、言いたいところだけど、残念ながらポケモンジムに休みは無いっ!」

「オッス!」

「悲しいですッ!」

「ブラックつらいです!」

 

 トウキさんがそう言ってビシッとサムズアップすると、ジムトレーナー達は叫びながら涙を流す。そんな彼等を見て、トウキさんは腕組みをして頷いた。

 

「うんうん。ポケモンジムは365日休まず営業だからね。常にチャレンジャーを受け入れる為にも休みは許されない! と、言うことで今日も僕らは平常運転で行く予定なんだけど、カナタ君はどうするかい?」

「えっ? いきなり………僕ですか?」

 

 突然の雑なフリに顔を上げて目を見開くと、トウキさんが両手を腰に当てて仁王立ちしていた。

 ポケモンジムは平常通りに営業していて、彼からジムチャレンジ中の僕に「これから何をするのか」という質問。遠回しではあるが、つまりそういう誘いだと言うことだろうか。

 

「でも、ダイゴさんは?」

「ボクかい? ボクはこれからまた洞窟に戻って『石集め』をする予定だよ。もうバッジは8個全部集めてあるからね。ジムチャレンジはしていないんだ」

「す、凄い……」

「フフフ。ボクって結構スゴいんだよね」

 

 同じトレーナーのダイゴさんは懐からバッジケースを取り出すと、ドヤ顔で全てのバッジが並べられたそれを見せてきた。凄く強いトレーナーだとは思っていたが、まさか本当にポケモンリーグへの挑戦権を持つレベルのトレーナーだったとは。失礼な事を聞いてしまった。

 

「しかし、躊躇ってるって事はキミ、もしかしてカナズミに行ってからムロに挑戦するルートの予定だったのかな?」

「………はい、そうです」

 

 トウキさんの質問に返事を返せないでいると、ダイゴさんに考えていた事を言い当てられてしまった。

 ここムロタウンのジムは、ホウエンで二番目に難易度の低いジムに設定されている。他の地方では挑戦しにきたトレーナーの強さに合わせて、使うポケモンを選んでいる所もあるようだが、ホウエンのジムは違う。ジムリーダーが沢山のポケモンを飼育する負担を減らすと言う目的もあるが、第一には挑戦するトレーナー達の成長を促すと言う目的がある。

 トレーナー達の強さに合わせる方法だと、弱いままに全てのバッジを集めきってしまうトレーナーが出る事が有り、ジムバッジの価値の低下やその地方のリーグのレベルの低下に繋がってしまう。そうした問題を防ぐために、ホウエンではあらかじめ強さを段階的に設定しておく事で挑戦するトレーナー達の強化を促しているのだ。

 僕はまだ一つもバッジを持っていない駆け出しのトレーナーなので、最初に挑戦するならば難易度が最も低いカナズミジムをと考えていた所だったのだが。

 

「えっ、バッジ、持ってないの?……ホントに?」

「はい、持ってないです。つい昨日キンセツから旅を始めて、ムロに到着したばかりだったので」

旅立ったばっかりであの強さだったってマジかよ………んー、いや、でも君の実力なら十分に俺のムロジムでも戦えると思うし、どうだい? バトルしていかないかい?」

 

 正直、僕とサメまるではまだムロジムに挑戦するのは早いかと思っていたのだが、トウキさんは「戦える」と言ってくれている。昨日一緒にマグマ団と戦った事で、買いかぶられているだけという可能性もあるが。

 

「サメまる、ココドラ、行ける?」

「フカ?」

「ココッコ!」

 

 サメまるは「よくわからないけど、良いんじゃない?」と言うように身体を傾け、ココドラはやる気に満ち溢れた目で力強く鳴いた。

 

 

 

 





・錆びだらけのココドラ

レベルはゲームで言うと40。弟であるボスゴドラを守りながら、ボスゴドラになって彼との縄張りが重なる事が無いように自ら進化を止めていた。進化を止める為に戦いも極力避け、身体の成長を抑える為に古い外殻を落とさずにいたせいで身体が錆び付いてしまっている。特別な才能こそ無いものの、長年の経験によって熟練した戦闘技術を持つ。持っていたメガストーンっぽい石は、食事の際に掘り当てたものの噛み砕く事が出来ず、不思議だったので宝物として持っていたものである。



・本編では扱う予定の無い主人公周りの裏設定

父はイッシュ、母はシンオウ出身。どちらもトレーナーでは無く、ポケモンの知識はあまり無い。父の仕事を期にホウエンへと引っ越してきて、そこでカナタが生まれた。その後、カナタが物心つく前に父はとある仕事での事故により死亡してしまっている。
当時カナタの父と接点のあったテッセンがその事故を未然に防げなかった事に責任を感じ、カナタの事を何かと気に掛けるように。カナタをジムの機械技師として弟子に取ったのはそうした理由もある。
また、テッセンはカナタがサメまると出会う前からカナタの夢を叶える為に、カナタをトレーナーにする事を考えていた。この時テッセンが旅の相棒として渡そうとしていたのは『メリープ』。メガデンリュウがドラゴンタイプである事を考えると、カナタはドラゴンタイプと縁があるのかもしれない。


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対決! ムロのビッグウェーブ!(前編)

ポケモン二次小説書いてるのにバトル描写が苦手です。




 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

「どうだいダイゴ君? 君から見て彼は」

 

 白金カナタのムロジム、ジムリーダー戦を前に、ジムのバトルフィールドの観客席でハンサムは隣のダイゴにそう質問した。元々いしのどうくつに趣味の石集めをしに行く予定だったダイゴだったが、カナタのジム挑戦が気になったようでジムの中に残っている。

 とは言え、まだバトルが始まる前で暇だったのか、無言で指先でお気に入りの『めざめいし』を撫で回し続けていた。

 

「そうだね………彼の輝きはまだこれから。『つきのいし』以上、『ほのおのいし』以下といった所かな」

「え、ええと? それは高く評価してるって事で、良いのかな?」

「断言は出来ないかな。でも、磨けば『ひかりのいし』、いや『アブソルナイト』ぐらいの輝きを得られるだけのポテンシャルは有る。そう思うよ」

「は、はぁ……」

 

 ダイゴの独特すぎる例えにハンサムは若干引きつつも、『ホウエンチャンピオン』である彼がカナタをそれなりに評価している事に少し驚いた。なんせこの男、確かに強いし容姿も優れているのだが、かなりのナルシストである。ポケモンリーグで挑戦者を迎え撃つ時にも、毎度『結局、ボクが一番強くてスゴいんだよね!』と叫ぶぐらいにはナルシストだ。

 

「(例えはよくわからなかったが、割りと高く評価してるって事で、良いんだよな?)」

 

 ハンサムにはダイゴがカナタの事をどの程度評価していたのかまでは確信が持てなかったが、進化の石でも特に貴重な『ひかりのいし』やメガストーンの一つに例えられるなら相当高く評価したのだろうと腕組みをして頷いた。

 

「あ、始まるみたいだね」

「がんばれよ、カナタ君」

 

 まずフィールドにジムリーダーのトウキが現れ、続いてプラチナを思わせる銀色の髪の少年『白金カナタ』が現れた。使用ポケモンは互いに二匹。使うポケモンが二体とも割れている分、カナタの方が若干不利だろうか。フカマルは兎も角、トウキの得意とする『かくとうタイプ』に非常に相性が悪いココドラというのも不利な要素だ。

 

「さて、彼はどう出るかな」

 

 『めざめいし』を丁寧にケースへとしまったダイゴは、フィールドを眺めて不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では! これよりムロタウンジム、ジムリーダー『トウキ』対、チャレンジャー『カナタ』による試合を開始します!」

 

 バトルフィールドを挟んで向こう側にトウキさんが立つ。使ってくるだろうポケモンの一体は、おそらく『マクノシタ』。マグマ団との戦いでもかなりの活躍を見せていたポケモンだ。もう一体は、何を使ってくるのだろうか。ムロジムは『かくとうタイプ』のジムだから、難易度と合わせて考えると『ワンリキー』や『バルキー』、『アサナン』あたりのポケモンが出てくるのが予想出来る。

 

「(それに………)」

 

 チラリと視線を横へやると、観客席より更に高い位置からカメラやマイクを構えて立っている人達が見えた。ホウエンTVの撮影スタッフ達だ。

 ホウエンに限らず、ジムバトルはジムリーダーからの撮影許可が降りたものに限って全国ネットで放送される。例え難易度の低いジムでも、バトルの見ごたえはそこらのトレーナー同士のものとは一線を画すものだ。お茶の間で放送されるそれは人々にとって大きな娯楽の一つであり、時にはチャレンジャーのトレーナーにファンクラブが作られてしまうほど。

 

「(無様な戦いは見せられない……!)」

 

 前へと視線を戻すとトウキさんと目が合う。

 

「随分と早かったなぁ。ウチのジムトレーナー三人を全員倒すのに40分って、相当だぜ」

「どれも紙一重の勝負でした。気を抜いた瞬間に決着がついてしまう、あんなバトルは初めてです」

「でも、キミは確かにここまで辿り着いた。だからオレはキミが『ナックルバッジ』を持つに相応しいトレーナーか、見極めさせて貰うよ!」

「宜しく、お願いします……!」

 

 呼吸を整え、軽く一礼。

 目を閉じてベルトからボールを一つ外し、ボタンを押してボールを大きくさせると真っ直ぐ前へと突き出す。

 

「両者見合って………バトル開始ぃ!」

 

「行くぜアサナン!」

「出てこいココドラ!」

 

 相手の一体目はアサナン。『かくとう・エスパー』の複合タイプを持ち、かくとうタイプとしては防御寄りに優れた攻めどころの少ないポケモンである。

 対して此方もまた、『かくとうタイプ』に対して大きな弱点を持つものの防御に優れたポケモン。一体目から長期戦が予想された。

 

「アサナン、『はっけい』!」

「アッシャァッ!」

 

「ココドラ、『てっぺき』!」

「コォ!」

 

 力強い踏み込みでココドラと一気に距離を詰めてきたアサナンから、渾身の『はっけい』が繰り出される。だが、こうかばつぐんとは言え、『てっぺき』で外殻の硬度を急激に上昇させたココドラにとって、大したダメージにはならないだろう。そう思っていた。

 

「シャァッ!」

「コッ、ォ"!?」

 

「なっ、ココドラ!?」

 

 ココドラは仲間になった時から既に強かった。マタドガスのギガインパクトを受け止めた時には、思わずその強さと勇気に見とれてしまった程に。

 そのココドラが守りを固めていたと言うのにまともにダメージを受けてしまっている。

 

「もう一度『はっけい』!」

「っ! ココドラ『まもる』!」

 

 吹っ飛んだココドラにアサナンは再び肉薄し、はっけいを叩き込もうとする。咄嗟にココドラに『まもる』を命令し、ココドラの前に現れた半透明の緑色の壁によって『はっけい』はギリギリの所で防がれた。

 

「ココドラ『アイアンヘッド』!」

「ココッ!」

 

「ア、ギャッ!」

 

 攻撃を防がれた直後、避けるタイミングを見失ったアサナンの顎下にココドラの『アイアンヘッド』が炸裂する。アサナンは口元から血を流して吹っ飛び、しかし空中で体勢を立て直して華麗に着地を決めた。

 一方のココドラは、アサナンに一撃加えたものの身体にはヒビが入り形勢としては悪い状態。相手がワンリキーやマクノシタならばここまでの大ダメージは受けなかったはずなのに、何故。

 

「………『ヨガパワー』か!」

「ご名答! アサナンの攻撃力は見た目どおりじゃあないんだぜ!」

 

 攻撃の際、素の力が倍に膨れ上がる特性。アサナン自体は非力な部類に入るポケモンであるものの、この特性によって実際の力は力の強いポケモンに並ぶ程になる。キンセツジムでもマコトさんのアサナンが同じ特性を持っており、弱かった頃のサメまるはこの特性によって散々苦戦させられていた。

 どうしてこんな単純な事を忘れていたのか。初のジム戦とあって緊張で思考が麻痺しかけているようだ。

 

「(落ち着け……ココドラの良いところを引き出すんだ)」

 

 拳で軽く自身の胸を二度叩き、心を落ち着かせる。

 ココドラの良いところは、なんと言っても非常に高い物理防御力と、防御の高いポケモンとしては高い部類に入る物理攻撃力。相性の悪さとアサナンの特性で物理防御力がほぼ意味を無くしている状態で、真っ向からぶつかるのは悪手。

 

「アサナン、『ねんりき』で引き寄せろ!」

「ココドラ『てっぺき』!」

 

 アサナンの『ねんりき』によってココドラの身体が持ち上げられ、アサナンの目の前へと叩き付けられる。しかし『ねんりき』自体でのダメージはほとんど無く、ねんりきで持ち上げられていた間に『てっぺき』が完了した事でココドラの物理防御力は更に上昇。

 

「『アイアンヘッド』だ!」

「おっと、『みきり』!」

 

「コ、アッ!?」

「アアッシャ!」

 

 頭部を更に硬化させてアサナンへと突っ込んだココドラを、アサナンは身体を仰け反らせて紙一重で回避。

 

「『はっけい』!」

「『まもる』!」

 

 がら空きになったココドラの胴体にアサナンの『はっけい』が撃ち込まれ、しかしその攻撃は再び緑色の壁に阻まれた。アサナンの攻撃はココドラにダメージを与えこそしなかったものの、ココドラの身体を押し飛ばして二体の間には再び距離が出来る。

 

「流石に硬いなぁ、『ビルドアップ』!」

「アァシャシャ!」

 

「攻撃が上がる……させない、『いわなだれ』で怯ませろ!」

「ココーッコ!」

 

 アサナンが深く深呼吸をしながら身体に力を込めている。『ビルドアップ』が完了してしまうとアサナンの攻撃力が上昇してしまう。素の状態ですらココドラにとっては辛い一撃だったのに、攻撃力を上げさせてしまっては『てっぺき』で防御を上げても一溜りも無い。

 ココドラが大きな声で鳴くとアサナンの頭上に幾つもの岩石が精製され、重力に従ってアサナン目掛けて落下していく。

 

「耐えろよアサナン! これを耐えたら勝てるぜ!」

「アシャァッ!」

 

「んなっ!?」

 

 おそらく『みきり』で避けるか『はっけい』で迎え撃つかの二択だろうと考えていた僕の予想を裏切り、トウキさんが選択したのは『いわなだれ』を受けながら『ビルドアップ』を続けると言う選択肢。

 襲いかかる大量の岩石。建物を揺るがすほどの衝撃と轟音の中、アサナンは岩と砂煙の中に消えて行った。

 

 

 

 





・本作品でのメガシンカの扱い

ゲーム内では一度のバトル中には一匹までしかメガシンカを行えませんでしたが、本作品では対応するメガストーンとポケモンとの強い絆さえ有れば、一度のバトル中で何体でもメガシンカが可能です。なので、条件さえ揃えばダブルバトルで二体のポケモンを同時にメガシンカさせる事も出来ます。しかし、それだけポケモンと強い絆で結ばれ、かつ貴重なメガストーンを所有しているトレーナーは少ないので、そんな事を出来るトレーナーはまず居ないです。チャンピオン級のトレーナーであれば、複数のポケモンをメガシンカさせてくるかもしれません。



・ジムリーダーと四天王

 チャレンジャーがポケモンリーグに挑戦する資格を持っているか見極める各地の『ジムリーダー』と、ポケモンリーグでチャンピオンまでの道を阻む四人のポケモントレーナー『四天王』。リーグ委員会によって『バッジを8個全て集めたポケモンリーグへの挑戦権を持つトレーナー』の中からスカウトされる事で、これら二つの職業の何れかに就くことが出来ます。特に『四天王』については厳しく、リーグ挑戦権を持つトレーナーの中でも更に『四天王を三人以上倒した事のあるトレーナー』がリーグ委員会のスカウトの最低基準となっています。
ジムリーダー達はみな『ジム戦用のポケモン』と『本気のポケモン』を持っており、普段は『ジム戦用のポケモン』、公式試合などに出場する際やジムでのエキシビションマッチなどで『本気のポケモン』が使用されます。
地方にもよりますが、非常に狭き門なだけあって収入は非常に高く、億単位で年俸が出ます。が、大抵はジムリーダーによってジムの建物の改造やポケモンのトレーニング器具の購入に収入の殆どが使われるので、収入は高いのに貧乏なジムリーダーが居ることも珍しくありません。


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対決! ムロのビッグウェーブ!(後編)






 

 

 

 

 

 

 

 

「ココドラ、『てっぺき』で攻撃に備えろ!」

「コォァ!」

 

 いわなだれは強力な『いわタイプ』の物理技だが、『かくとうタイプ』を持つアサナンに効果はいまひとつ。流石にタイプ一致で物理攻撃力の高いココドラから放たれた『いわなだれ』がアサナンにとって無視しきれるダメージではないとはいえ、今の一撃でひんしになったとも思えない。

 今までの戦いから、アサナンが使ってくる技は『はっけい』『みきり』『ビルドアップ』『ねんりき』の四つ。攻撃力を上昇させたアサナンが使ってくるのは確実に『はっけい』。既に傷を負っているココドラでは、残念だが確実に耐えられないだろう。

 てっぺきで防御を固めていれば一発ぐらいなら、といった所だが、そんな犠牲前提の戦い方はしたくない。二回『はっけい』を受ける前に、必ず倒す。

 

「アッ、シャッ!」

 

「やっぱり耐えてたか……」

 

 岩石を押し退けて、中からアサナンが姿を現した。

 アサナンの片腕はおかしな方向に折れ曲がり、身体中傷だらけだったが、アサナンはそんな事を気にした様子はまるで見せず、口元には笑みさえ浮かべている。

 

「アサナン、『はっけい』連打だ!」

「シャッ!」

 

「ココドラ『まもる』で防いで『アイアンヘッド』!」

「コココッ!」

 

 一瞬ぐったりと身体の力を抜いたアサナン。次の瞬間には地を蹴って目にも止まらぬ速さで飛び出し、ココドラに『はっけい』を繰り出してくる。ギリギリの所で発動が間に合った『まもる』で一撃目、二撃目が連続して防がれた。そして三撃目が来るまでの僅かな隙に『アイアンヘッド』を、

 

「アシャァッ!」

「コッ、コガァ!?」

 

 パァン!という空気の弾ける音と共にココドラの姿がかき消えた。そして次の瞬間、僕の真横を何かが凄まじい勢いで通り過ぎ、壁に激突して壁を粉々に砕いた。

 

「………ココ、ドラ?」

 

「勝負あったね」

 

 アサナンが華麗に着地を決める。

 ハッとして後ろを振り返ると、崩れた壁材の中にココドラが埋まっていた。

 

「ココドラ!」

 

 駆け寄り、彼の名前を呼ぶ。

 しかし返事は無く、彼はピクリとも動かなかった。

 

「ココドラ、戦闘不能! アサナンの勝ち!」

 

 互いの手持ちを示す大きな液晶ディスプレイ。それに映されていた僕の手持ちを示すボールのアイコンが、一つ暗くなった。

 

「ココドラ………ごめん、よく頑張ったね」

 

 倒れたココドラをボールに戻し、残り一つのボールをベルトから外して握り締める。

 技の指示は、多分間違ってはいなかった。ココドラも弱くは無かった。アサナンに勝てるだけの力はきっとあったはず。ココドラが負けたのは、ひとえに僕の指示が未熟だったからだ。タイプの相性から見れば僕の指示は間違ってはいなかったが、それは優等生的な、単純極まりないじゃんけんのような指示出し。相性の悪い相手に勝利する為の、工夫が足りていないのだ。

 

「ココドラの頑張り、無駄にはしない! 行くよ『サメまる』!」

「フカッシャア!」

 

 モンスターボールからサメまるが元気よく飛び出し、満身創痍のアサナンと対峙する。アサナンを相手にココドラの相性は最悪だったが、倒すまでは行かなくとも限界近くまで体力は削ってくれた。普通のココドラであれば戦いにすらならなかった所を、よく頑張ってくれた。

 

「フカマル……戦うのは初めてだ。ワクワクするぜ!」

「アッシャ!」

 

 トウキさんが手を握り締めると同時に、アサナンもファイティングポーズをとる。相変わらず片腕は使い物にならないのか、だらりと垂れ下がったままだったが、気合いは充分だ。

 こちらもサメまると一瞬視線を交わし、互いに頷く。ここから逆転だ。サメまるの力で残り二体を倒して見せる。

 

「サメまる『すなじごく』!」

「フガガガ!」

 

「アサナン、みきってから『はっけい』!」

「シャッ!」

 

 サメまるの口から凄まじい勢いの砂の渦が吐き出され、アサナンに襲いかかった。しかしアサナンは既にみきりの体勢に入っている。ビルドアップを一回積んでいるアサナンから、続けて放たれる『はっけい』を受ければサメまるも只では済まない。が、

 

「何っ!? 避けられないだと!」

「アサッ!? アッアッ、シャシャ!?」

 

 サメまるの口から出された『すなじごく』は、アサナンの元に届くまでに急激に膨張、密度こそ薄くなったものの、巨大な砂の渦となったそれはアサナンを飲み込んだ。

 

「だがこんな緩い『すなじごく』じゃ、ダメージは与えられないぜ!」

「ええ、その通りです。でも狙いはそこじゃない。 サメまる、渦に突っ込め!」

「渦に……? しまった、そういう事か!」

 

 サメまるは迷うこと無く砂の渦へと飛び込んで行く。中で何が起きているかすら見えない、巨大化した『すなじごく』。それはごく限定的な範囲で、『すなあらし』と似た状態を起こしていた。

 この状態では、『すなじごく』によるダメージも、『すなあらし』のようなダメージも与えられない。そして、『すなじごく』の様に完全に閉じ込めることも出来ない。ならば何故このような状態を作ったのか。

 

「サメまる、『アイアンヘッド』!」

「フカフカ!」

 

「アシャ!? シャァッ!」

 

 砂の渦の中からアサナンが『はっけい』を使った音が僅かに聞こえた。しかし、アサナンの『はっけい』はサメまるには当たらない。これほどの砂が吹き荒れる中で、視界を一切邪魔されずに攻撃を行えるポケモンなんて、それこそ『すなあらし』に適応できるポケモンぐらいのものだ。

 タイプが『エスパー』と『かくとう』の複合であるアサナンが、この砂の渦の中でまともに攻撃が出来るはずが無かった。

 

「アギャッ! ブ、ァシャァ………」

 

「フカフカァ!」

 

 ゴン!と鈍い音が響き、疑似すなあらしの中からアサナンが血を流しながら吹っ飛んでいく。ココドラとの戦いでアサナンは既に限界まで弱っていた。『アイアンヘッド』を受けて、耐えていられる程の体力はもう残っておらず、地面を転がっていったアサナンが立ち上がることは無かった。

 

「アサナン、戦闘不能! サメまるの勝ち!」

 

「ハハ、マジか。してやられたな。おつかれアサナン」

 

 苦笑いしながらトウキさんはアサナンをモンスターボールへと戻す。互いに一体ずつポケモンを倒し、此方のサメまるは未だに無傷。形勢は再び均衡へと戻された。

 

「でも、二度は無いぜ。行くぞ『マクノシタ』!」

「ハッ、フォアッ!」

 

 出た。マグマ団との戦いでも、その実力を遺憾無く発揮していた強力なポケモン。

 本気では無いジム戦用のポケモンかつ、進化前でありながら、その強さは平均的な『ハリテヤマ』にも迫る強さだと確信していた。サメまると僕で、いったいどこまで食い付けるか。

 

「いや、倒す……倒すよ、サメまる!」

「シャァァァ……」

 

 サメまるは両手を上に上げ、大きく口を開けてマクノシタを威嚇する。特性としての『いかく』では無いが、これは彼なりの気合いの入れ方なのだ。

 全力を尽くして戦っても勝てるかわからない相手だからこそ、限界以上の力を引き出せるように彼も気合いを入れている。

 

「行くぜマクノシタ、『はらだいこ』!」

「ハボーボッッ!」

 

「一撃で倒すつもりか……『りゅうのいかり』!」

「フシャァァ!」

 

「えっ、ヤッバ! 中断して避けろ!」

「マッ!? クホォッ!」

 

 両手で自分の腹を叩こうとしていたマクノシタだったが、技名を聞いたトウキさんの咄嗟の指示で技を中断し、横っ飛びに避けた。サメまるから放たれた『りゅうのいかり』が危うく背中に掠りそうになり、マクノシタは冷や汗を流す。

 『りゅうのいかり』は所謂『固定ダメージ技』と呼ばれる技で、相手の防御力や強さに関わらず一定量のダメージを与える技だ。数値換算したポケモンの体力で、40ピッタリのダメージを相手に与える事が出来る。つまり、鍛え抜かれ、体力が200近くまで成長したポケモンには痛手にはならないが、そうでは無いポケモン相手ならば致命的なダメージとなる。

 ジムバトル用のマクノシタが相手ならば、一撃とは言わずとも致命的なダメージとなる。

 

「逃がすな、『すなじごく』!」

「シャアッ!」

 

「マクノシタ『ふきとばし』!」

「ハッホォ!」

 

 サメまるの口から再び砂の渦が放たれ、今度は膨張すること無くマクノシタに襲い掛かる。対するマクノシタは目にも止まらぬ速さで両手を叩き、その風圧で『すなじごく』を吹き飛ばして見せた。腕力と体格に優れたマクノシタだからこそ出来る力業だ。

 

「っフゥー……危ない危ない。技構成を変えてきてたか」

「こっちとしては当たってくれると助かったんですけどね……」

「ハハハ、ジムリーダーとして情けない姿は見せられないからねぇ………『ねこだまし』!」

「サメまる、『アイアンヘッ━━」

 

 マクノシタがその巨体からは想像もつかないような素早い動きで駆け出し、サメまるの目の前で両手を叩く。不意を付かれたサメまるは『アイアンヘッド』を繰り出せず、懐にマクノシタのパンチを一撃受けてしまった。

 

「フシャッ!」

「サメまる!」

 

 振り抜かれた拳。大きなダメージでは無かったものの、小柄なサメまるはコロコロと転がって距離を離されてしまう。

 

「そのまま『はらだいこ』!」

「マクハァ!」

 

 ドン!ドン!と大きく、腹の底に響くような重低音が建物の中に響き渡った。

 

 『はらだいこ』は自身に大きなダメージを与えつつ、その力を限界まで引き上げることの出来る強力な技。

 限界まで力が上昇したマクノシタの技は、今のサメまるではどれを受けても耐えられない。先程は阻止出来たが、二度目は発動を許してしまった。

 

「互いに一撃食らえば終わり、か……」

 

 サメまるはマクノシタから攻撃を受けた瞬間に終わり。

 マクノシタはサメまるから『りゅうのいかり』を受けた瞬間に終わり。

 

 随分とリスキーな展開にしてきたものだ。『はらだいこ』さえ使わなければ、『りゅうのいかり』で一撃で倒れるような事にはならなかっただろうに。勿論、攻撃力が高くなっていない分、サメまるに当てなければならない攻撃の数は増えただろうが。

 

「マクノシタ、『つっぱり』で岩を飛ばせ!」

「クホァ!」

 

 マクノシタの『つっぱり』に押され、フィールド上に転がっていた岩が二つ、サメまる目掛けて飛ばされた。『つっぱり』を応用した擬似的な『いわおとし』だ。直接的な攻撃でない分まだマシだが、簡単に当たるわけにも行かない。

 

「っ! さっきの『いわなだれ』の岩を……サメまる『すなじごく』で視界を塞いでやれ!」

「シャ!」

 

「同じ手は二度も食らわないぜ! 『ふきとばし』!」

「クホッ!」

 

 再び空気が弾け、『すなじごく』は跡形もなく吹き飛ばされる。しかし、追撃の手を緩めまいと前へと踏み出したマクノシタの前に、サメまるの姿は既に無かった。

 

「消えた? ………何処に」

 

「サメまる、『りゅうのいかり』!」

「フシャァァ!」

 

「………っ! 上だ避けろぉぉ!」

「マックォォァァァ!」

 

 投げ付けられた岩石を足場にし、高く上空へと飛び上がったサメまる。予想だにしていなかっただろう方向からの攻撃に、マクノシタは身体を捻りながら紙一重で回避し、ゴロゴロと転がっていく。

 立ち回りが上手く、反応速度も速く咄嗟の対応にも長けている。身体能力そのものは特別高くはない。だがそれ以外の部分がよく鍛えられている。トウキさんとの息もぴったり合っており、彼の的確な指示と相まってマクノシタは本来の能力以上のパフォーマンスを発揮していた。

 

「逃がすなッッ!『アイアンヘッド』!」

「只では食らうなよ!『つっぱり』!」

 

 一気に距離を詰めた二匹がぶつかり合う。

 フィールドの空気がビリビリと震え、衝撃で地面が砕け、土煙が巻き上がる。

 

「サメまる!」

「マクノシタ!」

 

 土煙の中からサメまるとマクノシタが転がり出て来た。

 ポケモンと言えどあれ程の衝撃を直接受けて平気では無かったようで、互いに生々しい打撲痕を肌に作っている。

 

「くっ………このまま押しきるぜ、マクノシタ」

「……ハッホ」

「『つっぱり』!」

「フン、ホァ!」

 

 素早く復帰したマクノシタがサメまるに迫る。

 

「サメまる!」

「フガ……フシャ………」

 

 しかし、サメまるは立てない。予想を越えてマクノシタの力は強すぎたのだ。

 痛みを堪えながらも立ち上がろうとするサメまるの動きは余りにも遅く、

 

「フカ……」

「ホァァァァ!」

 

 迫る掌。

 駄目だと叫びたい。マクノシタの攻撃からサメまるを庇いたい。

 しかしこれは正々堂々、公式ルールに則ったポケモンバトル。私情からそんな軽率な行動は取れない。

 

 

━━━敗北

 

 

 その二文字が脳裏を過った。

 次の瞬間だった。

 

「……何だ、これ」

 

 突如として視界が切り替わる。いや、自身の視界はそのまま、まるでサメまると同じ視点を手に入れたような。

 

「マクノシタの『はっけい』。あれが当たったら……」

 

 時間が圧縮されたようにゆっくりと、少しずつ景色は動いていく。あの掌。サメまるがいつも通り動けさえすれば、避けられたものを。

 

「サメまる……?」

 

 ふと、サメまるの考えている事が手に取るように理解できた。

 

 勝ちたい。

 弱いのが嫌だ。

 負けたくない。

 強くなりたい。

 まだ戦える。

 

「そうだ、勝たなきゃ」

 

 

 身体の底から、沸き上がる、膨れ上がる、力が。

 

 

「サメまる」

 

 キッと、マクノシタを睨み付ける。

 サメまるの考えていること。アレは『避けない』、真っ向から『打ち倒す』、そして最後に『勝利する』。

 

「今度こそ大丈夫だ」

 

 3度目の正直という言葉がある。

 

 一度目は理性を失い暴走。

 二度目は体力を消耗し戦闘不能。

 

 ならば三度目は?

 

「『げきりん』」

 

「フルルルゥゥ………シャァァァ!」

 

 豹変したサメまるを前に、マクノシタは糸のように細い目を見開き驚愕する。マクノシタが付き出した掌はサメまるに止められていた。

 そして目の前でサメまるの姿が変化していく。小さな身体に抑え込まれていた筋肉は大きな身体を得たことで自由に。丸っこかった身体は流線的で、獰猛さを感じさせるものに。

 

「ガァァッシャァァァ!」

 

 爆発的に上昇した膂力でサメまるはマクノシタの『つっぱり』を押し返し、吹き飛ばした。

 

「嘘だろ!? このタイミングで進化したのか!?」

「マクッ、クホォァ」

「くっ、『ねこだまし』から『つっぱり』!」

 

 華麗に着地を決め、すぐさま『ねこだまし』を繰り出すマクノシタだったが、『げきりん』を発動してコントロール可能な極限まで理性を削ったサメまるは怯まない。マクノシタの攻撃も意に介さず、圧倒的な力でマクノシタを殴り付けた。

 

「マ"ッ!?」

「マクノシタっ!」

 

 ボスッと鈍い音が響き、マクノシタの顔が苦痛に歪む。ワンテンポ遅れて拳は振り抜かれ、マクノシタは凄まじい勢いで壁に突っ込んだ。

 

「サメまる……!」

「フシュゥ……シュゥ……」

 

 サメまるはそれ以上、攻撃の手は加えなかった。

 遂にサメまるの理性は『げきりん』に打ち勝ったのだ。

 

 壁に激突したマクノシタは、再び立ち上がることは無い。

 審判がそれを確認し、旗が上げられる。

 

「マクノシタ、戦闘不能! サメまるの勝ち! よって勝者、チャレンジャー『カナタ』!」

 

 

 

 





・技構成について
 四話でサラッと触れたように、この作品ではバトル中に即座に使えるほどに表層にある記憶を、ゲームで言う技の習得上限としています。なので、他にも技は覚えてはいるのです。『サメまる』の場合はタマゴ技で覚えていた四つに加え、レベルアップ(この作品では単純に強くなる事)によって覚えた技を全て覚えている状態になります。四つの技の変更には特別な事をする必要は無く、またタマゴ技で習得していたものも、記憶として残っているので再び四つの技に加える事が出来ます。




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予兆

 

 

 

 

 

 

「良いバトルだったぜ。まさかバトル中に進化するとは思ってなかったけどな」

「はは………僕もまさかサメまるがあのタイミングで進化するとは」

「これだからポケモンバトルはやめられないのさ」

 

 バトルを終え、ボロボロになったフィールドの中心でトウキさんと向かい合う。

 手加減していたとは言えバトルに負けたと言うのにトウキさんの表情は穏やかで、ジムリーダーとしての余裕を感じさせる。

 

「さて、ジムバトルに勝利した君にはこれをあげないとな」

 

 そう言うと彼はポケットから黒いバッジケースを取り出した。開くと、中に入っていたのは水色にオレンジ色の宝石が一粒あしらわれたピカピカのバッジ。

 

「ムロジムを突破した証、『ナックルバッジ』だ。君にとっては初めてのバッジ。この瞬間、君は一流のトレーナーへの道を、一歩踏み出した」

 

 バッジがケースから取り出され、手渡される。

 掌の上のバッジを眺めていると、胸の奥がジーンと熱くなるのを感じた。

 

 本来ならばトレーナーにすらなれるはずが無かった自分が、トレーナーの中でも僅かな者しか手にすることが出来ないジムバッジを手にしている。少し前までは信じられなかったような事が、今起きている。

 

「さて、次に目指すのはカナズミジムだろ? バトルだけなら正直余裕だと思うけど……どうやってツツジちゃんに認めさせるか、楽しみにしてるぜ」

「期待を越えられるように、頑張ります」

「うんうん、その意気だぜ。今度バトルする時は、お互いに本気で、全力をぶつけ合おう」

 

 彼の右手が差し出される。

 僕もその手を取り、力強く握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「━━うん、それじゃあまたね」

 

 時刻は昼を少し過ぎた頃。

 ポケモンセンターの固定電話を借りて、キンセツの母やテッセンさん、ジムの仲間達にジムバッジを手に入れた報告を終えた僕の元に、ハンサムさんが歩み寄ってきた。

 

「やあ、家族への報告かい?」

「ええ、そんな所です。それより、何か用事ですか?」

「うん。実はムロでの例の『マグマ団』と『アクア団』についての調査の引き継ぎが終わったからね、また移動しようと思うんだ」

「移動? ハンサムさんは調査には参加しないんですか?」

「ははは………私はポケモンバトルが出来ないから、危険なものを相手にするかもしれない調査には向いてなくってね、こうして色んな所を飛び回って調査場所のアタリをつけるのが主な仕事なんだ」

 

 そう言って、彼は恥ずかしそうに笑いながら頬を指で掻いた。カイナの時の食事の時の様子と言い、特別ポケモンに疎いと言う事は無さそうだが、やはり人によって向き不向きがあると言うことなのだろうか。

 

「それで丁度、キミも向かうカナズミ方面に行こうと考えていてね。どうせムロからカナズミへの次の船までも時間があるだろうし、キミも一緒にどうかい?」

「えっ、良いんですか? ここに来るときも乗せて頂いたのに………」

「良いとも。『旅は道連れ世は情け』ってね。カイナからムロとは違って、向こうの海は穏やかな船旅になるだろうし、サメまる君達の休憩にも丁度良いんじゃあ無いかな?」

 

 彼の指先でボートのキーがくるくると回転する。何故か自信たっぷりな彼の様子から、僕がボートに乗るのは彼のなかでは確定事項らしい。

 

「わかりました、お願いします」

「うんうん、それで良いのさ。人に頼れる時はちゃんと頼っておかないと、その内折れてしまうからね」

 

 ジム戦が終わってからは、サメまるとココドラの治療で待っていて、まだ昼食は食べられていない。ポケモンセンターを出た後は近くにあった小さな商店に入り、ボートの上でも食べられそうな握り飯の弁当を二人分と、ポケモン向けにオレンの実を使ったスイーツを二つ購入して桟橋へと向かった。

 

「やぁ、ハンサムさん、カナタくん」

「あれ、ダイゴさん、石集めは………」

「フフフ………それがね、見てくれよコレ!」

 

 桟橋に到着すると、そこには何故かダイゴさんが居た。僕のジム戦が終わった後、すぐに洞窟に石集めに行った筈だったが、どうしてここに居るのだろうか。

 

「『メタグロスナイト』! あっと言う間に見つかったんだ! こんなに早く見つかるなんて、最早これは運命だよ!あぁ、なんて美しいんだ! ボクとメタグロスナイトは運命の赤い糸で結ばれていたんだね!」

「あ、あの……」

「アクアマリンの如く澄みきった蒼に浮かぶ金と銀! ジョウトの伝説ポケモン、『ホウオウ』と『ルギア』を想わせる結晶はメタグロスを伝説の存在へと昇華させる! 同じく内部に結晶を持つ石ならばルチルクォーツなんかもあるけれど、やはりメガストーンは自然のものとは思えないほどに完成された美しさがあるんだ! 勿論、ボクは綺麗に磨かれた宝石よりも、自然の姿そのままの石の方が好みなのだけれど………メガストーンは違う! こんなにも愛おしく想う石は他には━━━━!」

「あの、ダイゴさん!」

「━━━━はっ! …………失礼少し熱くなりすぎたみたいだね。そうそう、ここで君達を待ってた理由なんだけど」

 

 ダイゴさんが途中から暴走し始めたので大声を出して現実に引き戻す。彼はコホンと咳払いを一つすると、懐からポケナビを取り出した。

 

「はいコレ。君も出して」

「え? あ、はい………」

「うんうん、後はこうして……こう! これで連絡先が交換出来たね。ハイ、終わり!」

「えっ、終わりですか」

「うん、終わりだよ」

 

 呆気にとられている僕とハンサムさんを前に、ダイゴさんはニコニコ笑っている。

 

「つまり、連絡先を交換しに来た、だけ?」

「あっ、後はね」

「あっ、それだけじゃないんですね」

「キミ、ココドラから面白い石を貰ったでしょ」

「え………はい、貰いましたけど」

 

 リュックからココドラから貰った石を取り出す。石を保管するケースなんかは生憎持っていなかったので、今は小さな袋に入れて保管している。

 

「そうそう。それ何だけど、カナズミに着いたらデボンコーポレーションに行ってみてよ。ボクから来るように言われたって言ったら中に入れてくれるからさ」

「デボンコーポレーションにですか!? ダイゴさん凄いですね………あんな大企業とも繋がりがあるなんて」

「ふふん、キミが思っている以上に、ボクってスゴいんだよね」

 

 そう言って、彼は足元に置いていたツルハシを持ち上げると、僕たちに背を向けた。

 

「それじゃあ、ボクの用事はここまでだから、何かあったら連絡宜しくね!」

「あっ、さようなら! また何処かで!」

 

 ダイゴさんはツルハシを持って再び洞窟のある方向へと歩いていく。どうやら彼はまた石集めに行くらしい。

 

「さて、私達も行こうか」

「はい、宜しくお願いします」

 

 彼を見送った後、僕とハンサムさんもボートに乗り込んだ。エンジンが動き出し、ボートはムロを離れていく。

 

 それから、トウカの森近くの桟橋まで到着するまでの船路はポケモンが襲ってくる事もなく終始穏やかで、僕らは束の間の休息を過ごす事が出来た。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「若いっていいなぁ」

 

 トウカの森へとガバイトと共に走っていく少年の後ろ姿を眺めながら、ハンサムは独り言ちた。

 彼も若い頃はポケモントレーナーを目指して勉強していた事があったが、知識は兎も角ポケモンバトルの才能はからっきしで、トレーナーにはならなかった過去がある。もちろん、今からでもトレーナーになる事ならば可能なのだが、どうしても踏ん切りがつかなかった。

 昔は自分もあんな風に輝いていただろうか。今は国際警察となり、彼等のような一般市民を影ながら護る仕事をしているわけだが、エネルギーという点でやはりあれぐらいの年齢の子達には敵わない。

 

「さて、私も行こうかな」

 

 ハンサムは再びボートに乗り込んで、地図を開いた。

 マグマ団やアクア団の事はとりあえず置いておいて、彼の仕事は秘密裏に孵化厳選を行っているトレーナーの捜索と逮捕だ。カイナ周辺では見つからず、ムロ周辺では別の危険な団体が何やらやっていて、次はここ、トウカ周辺の海。

 

 ボートを走らせて沖へと向かう。

 ホウエンの海には小さな島々が点在しており、ハンサム達国際警察は、件のトレーナーがそうした島のいずれかに居ると踏んで捜索を行っていた。しかし探せど探せどトレーナーは見つからない。

 もしもそのトレーナーが本土に居たとしたら、大量のフカマルをボールに入れて海へ運ぶと言う行動で周りから見つからない筈が無い。大量のボールを運んでいる人間が、怪しまれない訳が無い。だからトレーナーは海の何処かに居ると考えられていたのだが━━

 

「見つからんなぁ」

 

 ポケモンと一緒に泳いでいる『かいぱんやろう』や『ビキニのおねえさん』等から情報収集もしていたが、目ぼしい情報は得られていなかった。

 

「ピョーッ! ピョーッ!」

 

「ん? なんだ………キャモメが」

 

 ふと、一羽のキャモメがハンサムの乗るボートへと近付いてきて、彼を呼ぶように大きな声で鳴きながらボートの上を旋回する。

 

「おーい! どうしたんだ! 何かあったのか!」

 

「ピョーッ! ピョーッ!」

 

 ハンサムの声に反応したキャモメは着いてきてとでも言うように彼の方を見ながら、ある方向へと飛び始める。ハンサムはそのキャモメの行動を不審に思いながらも、ボートを走らせてその後を追った。

 

 

 十数分ほど走り続けただろうか。

 小さな岩が海の中から覗いている部分に、沢山のキャモメが集まってピィピィと鳴いている。

 

「うっ、何だこの臭いは!」

 

 ゆっくりとボートで近付いたハンサムは、その異常な臭いに思わず鼻をつまんだ。まるで魚が腐ったような、ツンとした生臭い臭いだ。それがあの岩の近くから漂ってくる。

 ボートを動かして岩の裏側へとゆっくり移動し、ハンサムはそれを見付けた。臭いの漂ってくる原因を。

 

「何と言う……酷い………」

 

 そこにあったのは、ギャラドスの死骸だった。

 無惨にも胴体を何ヵ所も抉り取られて、その死骸は凄まじい腐臭を放っていた。

 

「食べる為に襲われた……という風ではなさそうだな」

 

 何者かに食べられたような痕は無い。そもそも、この海域においてギャラドスというポケモンは非常に珍しいポケモンだ。大抵は深海で過ごしており、浅瀬まで上ってくる事は滅多に無い。他に対抗できるポケモンといえば、『サメハダー』や『ドククラゲ』なんかが挙げられるが、それにしたってこれ程までに酷い死骸が出来上がるだろうか。

 

「……見つかるかもしれんな。応援を呼ばなければ」

 

 ハンサムは自身の肌が粟立つのを感じた。

 

 何かが居る。得体の知れない何かが。

 この広大なホウエンの海の何処かに。

 

 

 

 

 



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閑話・りくざめのきおく

 

 

 

 

 

 

 

 硬い殻を突き破り、目が覚めるとそこは暗い洞窟の中だった。周りには沢山の兄弟達がずらりと並んでおり、その周囲を三対の羽を持つ赤い蛾のポケモンが沢山、ゆっくりと飛行していた。

 

 

━━━ここはどこだろう?

━━━おとうさんは、おかあさんはどこ?

 

 

 自分の父と母の姿は何処にも無く、心は不安でいっぱいになる。周りでは次々に兄弟達が産まれてくるが、彼等も皆同じように、不安そうに辺りを見回していた。

 

 暫くすると、遠くから何かがやってくる。二本の足を持つ生き物だ。

 

 

━━━にんげん?

 

 

 それが何であるか、不思議と理解できた。それが自分達の飼い主であることも、何故かストンと胸に落ちた。

 人間は何やら黄色い色の機械を手にして兄弟達を観察して回っていた。兄弟達が彼に着いていこうとすると、その場から動かないように命令されている。

 

「A抜けか、駄目だな」

 

 何かを言っているようだが、どういった内容なのかまでは理解出来なかった。ただ、彼が残念そうにしている事だけはなんとなくわかった。

 

「3V、話にならない」

「『すながくれ』か、死に特性だな」

「コイツも、いらん」

「あー、Bだけ31じゃないじゃん。惜しいなー」

「何コレ……微妙」

「は? かわらずのいし持たせたのに何で性格違うの?」

 

 人間はそうして何やらブツブツと呟きながら歩いてきて、そして目の前に立った。

 

「えーと、うわ惜っし。Dだけ30じゃん」

 

 人間は少しの間悩む素振りを見せた後、一息ついて言い放った。

 

「やっぱいいや。俺完璧主義だし。ちゃんと6V出さないとね」

 

 そして人間が去ってから数時間後、不意に嗅ぎ慣れない臭いがしたかと思うと、意識は真っ暗闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目が覚めた時、自分は何故か海に浮かんでいた。

 周りには同様に沢山の兄弟達が浮かんでおり、泳げずにもがいている。

 

 

━━━たすけて。誰か。苦しいよ。

 

 

 必死にもがいて陸に戻ろうとするが、見える場所に陸なんて何処にも存在しない。もがくたびに口や鼻から塩水が流れ込み、息すらまともに出来なくなる。

 しかも、それだけでは無かった。

 

 

━━━いやだ。にげなきゃ。にげなきゃ。

 

 

 何者かの背ビレが海面をスーッと滑るように移動してくる。そして、次から次へと海中に沈んでいく兄弟達。響き渡る数々の悲鳴、そして断末魔。辺りの海は赤黒く染まり、その匂いに誘われて捕食者達は次々と寄ってくる。

 本能が叫んでいた。どんな事をしてでも、この場所から逃げ切れと。絶対に生き残るのだと。

 

 

 

 

 それから先の事はよく覚えていない。

 泳げもしないのに必死に泳ぎ。襲い来る捕食者達を技を使って撃退し。半ば沈みながらも、生き残るために全身全霊でもがき続け。

 

 

 何かが、身体に引っ掛かった。

 

 

「よい、しょっ! …………えぁっ!?」

 

 

 引かれるように、身体が宙に浮き上がる。

 冷たい水の感覚が消え、次に感じたのは暖かい砂地の感覚。

 

 

「さ、サメハダーだ」

 

 

 人間の声がする。自分が産まれたあの場所に居た人間よりも、幼さを感じさせる声。

 

 

「ど、どどどうしよう。サメハダーなんて扱った事無いよ」

 

 

 人間は恐る恐る此方に近付いてくる。

 どうしてこんな事になったのかわからない。だけどただ一つ、わかる事がある。それは、助けて欲しいと言う事。

 動かない身体を必死に動かして、彼に手を伸ばした。

 

 

「サメハダーの外来種? なのかな?」

 

 

━━━助、けて

 

 

 次の瞬間、全身が柔らかく、暖かいものに包まれた。

 助かったのだと、酷く安心したせいか急にどっと疲れが吹き出してきて、意識は深い闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 



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カナズミシティでおいかけっこ

今回は癒し回です。





 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カナズミに、ついたぁ~っ!」

「フシャァァァッ!」

 

 深い深いトウカの森を最短距離で突破して、バトルを仕掛けてくるトレーナー達のその全てをサメまるとココドラの二匹で蹴散らして、遂にカナズミシティに到着した。

 

「沢山バトルに勝ったからお金も沢山だし、今日はジムの祝勝も兼ねて良いもの食べよう!」

「フシャッ、シャアッ!」

 

 カナズミに到着するまでの間、何人ものトレーナーを倒してきた事で賞金もたんまり手に入った。これまで生きてきた中で一番お金を持っているんじゃないかと思う程だ。ポケモンセンターに到着したら、いくらか実家の仕送りに回そう。

 

「っと、その前にデボンコーポレーションだっけ?」

「フシャ、フシャシャ」

「思ったより早く到着したし……夕飯には早すぎるしな。先にそっち寄ってこうか」

 

 カナズミシティはホウエンでも特に発展した街の一つだ。ホウエン地方が誇る世界的大企業『デボンコーポレーション』が本拠地を構え、成人前のトレーナーの卵達を育成する『トレーナーズスクール』の一番校もこの街にある。

 海外のトレーナーに聞けば、ホウエンの玄関口がカイナシティで、ホウエン一番の大都市と言えばこのカナズミシティと答えるだろう。ホウエン1娯楽施設の多い街ならば、僕の故郷キンセツシティだが。

 

「にしても、ホント広い街だなぁ」

「フガシャァ……」

「キンセツシティもかなり広い街だったけどさ、あっちは街が広いって言うか、建物が広いだけだから……」

「フシャァ……」

 

 キンセツシティは街全体が一つの建物の中に作られているという、世界的に見ても非常に珍しい街だ。中でも二階より上にある居住区はセレブの街として有名であり、あそこに住むことがホウエンで成功した証とも言われるほど。

 僕の家はお世辞にも裕福とは言えなかったので、住んでいたのは一階部分の居住区である。幼馴染み達の大半は二階より上に住んでいるお金持ちの家の子供だった。今思えば、あの歳でポケモンを何匹も買って貰えている彼等こそ特殊だったんじゃないかと思う。

 

 ポケナビを開いて地図を見ながらデボンコーポレーションの建物を目指し、何度か道に迷いながらもおよそ三十分ほどで僕たちはデボンコーポレーション本社前に到着した。

 

「あっ! あったあった。すごい大きな建物だなぁ」

「シャァァ……フルルルル」

「どしたの、サメまる? もしかして緊張してる?」

「シャッ!」

 

 開けた場所に突如として現れた巨大な建物。一見するとその建物は博物館か美術館かと思ってしまう程に荘厳なものだったが、間違いない、ここがデボンコーポレーションの本社だ。サメまるも気圧されているようで、建物を見上げて首のエラをブルブルと震わせていた。

 

「入れるかちょっと心配だけど……とりあえず行ってみよう」

「フシャ」

 

 石畳の道をサメまると共に、並んで進む。

 入り口のドアは見たところガラス製で、自動ドアになっているようだ。そして、ドアを通ろうとした時だった。

 

「ッ、どけっ!」

「うわっ!」

 

 突然向こう側からドアが開き、赤い服の男がバッグを抱えて飛び出してくる。男は凄まじい形相で此方を睨み付けながら走ってきて、僕はその男に突き飛ばされて尻餅をついてしまう。

 

「シャ! フシャ!」

「い、ててて……大丈夫だよサメまる、尻餅ついただけだから」

 

「ま、待てぇ! って、あっ!だ、大丈夫ですか!?」

 

 続いて建物の中から飛び出してきた白衣の男が此方に気付き、駆け寄ってきた。見たところデボンコーポレーションの研究員のようだが、何が起きたのだろうか。僕はサメまるの手を借りて立ち上がりながら、彼と目を合わせる。

 

「大丈夫ですよ、この建物に用があって来たのですが、ちょっと突き飛ばされてしまっただけなので。それより、一体何があったのですか?」

「そ、それが『マグマ団』を名乗る男に大切な荷物を奪われてしまいまして……」

「マグマ団?」

 

 その言葉を聞いて、先ほど自分の事を突き飛ばしてきた男の姿を思い出す。

 急いでいたせいかフードは外れており、持っていたバッグによって胸のロゴマークは隠れていたが、あの制服は間違いなくムロで見た奴らのものと同じ。

 

「しまった……知ってたのに、今捕まえていれば!」

「ど、どうしたんです?」

「今取り逃がしたのは僕の責任です、捕まえてきます!行くよサメまる!」

「えっ!? ちょ、ちょっとキミ!?」

 

 男が逃げていった方向は、カナズミの北側。デボンコーポレーションの敷地を抜けて大通りへと出て、北の方向を見ると、男がカナズミ北東の道路へと走って逃げていく所だった。

 

「逃がすか……待てぇぇぇッ!」

「フガシャァァ!」

 

 何事かと言う人々の視線が集まる中、大通りを駆け抜けて男の後を追う。凄まじい逃げ足で山の方向へと走っていく男の後ろ姿を見つけ、走りながらサメまるに命令。

 

「サメまる、あの男に『りゅうのいぶき』!」

「シャッ! フゥゥシャァァァ!」

 

 走りながらサメまるの口から竜のエネルギーが放たれ、男の背後の地面に突き刺さる。その威力に地面は砕け、辺りに土と砂煙が舞った。

 

「ぎゃぁぁぁ! あのガキ殺す気か!」

 

「チィッ! 外したか、もう一発!」

「フシャァァァッ!」

 

「クソぉ、トウカの森のあのガキと言いなんで俺はこんな事ばっかりぃぃぃ!」

 

 サメまるの口から、再び男に向けて『りゅうのいぶき』が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、男は何処へ逃げた」

 

 カナズミシティの中央を抜ける大通り。その真ん中でカナタがサメまると共に走っていった後を眺めていた研究員の元に、デボンコーポレーションからもう一人の研究員が出てきて駆け寄ってきた。

 

「せ、先輩! それが、北東の道路へ逃げたのを子供のトレーナーが追い掛けて行って……」

「子供の? もしかして主人公か……?

「あ、あの、先輩?」

「いや、何でもない。部外者ばかりに手を煩わせる訳にもいかないからな、私も行ってくる」

「きっ、気を付けて下さい」

 

 後から出てきた研究員は腰のベルトからボールを一つ外すと、走りながらポケモンを繰り出した。

 

「『ジバコイル』、カナズミ北東の道路へと急ぐぞ!」

「ジ、ジジ、ジババンババンバンバババ!!」

 

 彼はそう言うとジバコイルの背中に飛び乗り、ジバコイルは待ってましたとばかりに急スピードでカナズミ北東の道路へと飛んでいく。

 残された研究員は、ジバコイルに乗ってマグマ団を追い掛けていった彼の背中を心配そうに眺め━━

 

 

「だ、大丈夫かなぁ……心配だ。もっと助けが居たら大丈夫かなぁ……あっ!」

 

 

━━━丁度、カナズミジムから出てきた一組の男女を見つけ、駆け寄るのだった。

 

 

 

 







【デボン研究員その1】
ゲームだとトウカの森でマグマ団orアクア団に絡まれていた人。ポケモンバトルが苦手?出来ない?のか子供の主人公に何かと頼ってくるけど、序盤では手が出しにくいスーパーボールをくれるいい人。でもやっぱりヘタレの印象が強い人。


【デボンの研究員その2】
完全にオリジナルキャラクター。だけどこの作品におけるキーマンになる(予定)の人。手持ちのポケモンも強めだし、何か知ってるっぽい人。つよい。



※結果が固まりつつあるのでヒロイン投票をそろそろ締め切ろうと思います! 締め切りは次回更新時までとしますので、まだ投票をされていない方は是非投票していって下さい!



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つよいぞデボンの研究員

更新をしばらく休ませて頂きます。
理由については活動報告にありますので、気になる方は其方に宜しくお願いします。





 

 

 

 

 

「あの男……何処に行ったんだ」

「フシャァ……」

 

 カナズミシティ北東の道路、116番道路でマグマ団の男を追い掛け回していたカナタとサメまるだったが、予想以上の男の逃げ足に翻弄され、林で上手いこと撒かれてしまった。

 

「この辺りで逃げそうな場所って何処だろうな……」

 

「それならここから東にあるカナシダトンネルだな。周辺に住むゴニョニョ達への影響と落石とで工事が頓挫していてな、人も滅多に入らない」

 

「へっ、誰……?」

 

 突然背後から声がしたので振り返ると、白衣の若い男がジバコイルを伴って立っていた。長身でかつ整った容姿。しかし折角の恵まれた容姿をぶち壊しにするかのように、アブソルみたいな独特な髪型をした白髪の男性だ。

 服装と白衣についているロゴからデボンコーポレーションの研究員のようだが、多分彼もあのマグマ団の男を追って来たのだろう。

 

「あそこは人に見つかりにくい。隠れるならうってつけだろうな」

 

 彼はそう言いながら草を掻き分けて僕に近付いてきて、頭の先から足の先までなめ回すようにじっくりと眺めてくる。

 

「………どう見ても主人公って感じじゃないよなぁ

「あ、あの………僕に何か用でしょうか?」

 

 彼はその言葉ではっとしたように此方と視線を合わせてきて、何処か慌てたように口を開いた。

 

「あぁ、いや、此方の不手際で奪われてしまったものを取り返しに行ってくれているトレーナーが居ると聞いてね。部外者の君に任せきりになるのも良くないから、ここから先は私に任せなさい」

「それは………いえ、僕も彼等とは戦った事があって彼等の事は知っていたので、目の前で取り逃がしてしまったのには僕にも責任があります。絶対にあの男は捕まえて見せますよ」

 

 確か、この先にある『カナシダトンネル』とやらがあの男が隠れている可能性が高いと彼は言っていたか。

 サメまるを伴ってそのカナシダトンネルとやらに行こうとすると、肩に手を置かれて引き留められる。

 

「ちょっ! ちょ、ちょっと、待ちなさい!」

「え、えぇ………なんですか」

()()()良いんだ。デボンコーポレーションに用があって来たんだろう? ここは私に任せて帰りなさい!勝手にキミに動かれると原作が死ぬ!

「いえ、これは僕自身の問題でもあって━━」

 

 その時、突然ピンと来た。

 マグマ団の男が逃げ込みそうな場所を的確に示して教えてくれたのに、今度は何故か妙に慌てて僕にマグマ団の男の追跡をやめさせようとしてくる。

 手持ちのポケモンもホウエンでは見たことの無いポケモンであるし、彼自身がマグマ団の一員、というようには思えない。と、言うことは━━

 

「━━もしかして、マグマ団に脅されているんですか?」

「えっ? へぁ?」

「貴方はマグマ団から荷物を取り返したい、しかし荷物を取り返すなら一人で来るように奴らから言われた、だから本来なら協力者となる僕を必死に返そうとしている!」

「いや、そんな事は━━」

「わかりました! でも大丈夫です。僕は隠れながら、気付かれないように奴らに接近して荷物を取り返して来ます!」

「えっ!ちょっ、待っ! えぇ……そんな馬鹿な

 

 そうと決まればすぐにでも出発だ。

 サメまると視線を交わし、研究員の人を置いて山の方向に駆けていく。

 

 山の麓に到着すると、彼が言っていた通りに洞窟の入り口が見えた。流石に入り口部分は人工の洞窟らしく、綺麗な円形に掘られている。

 

「ここか……」

「フシャァ」

「行こうサメまる。ここからは出来るだけ足音を立てないように、静かにね」

「シャッ」

 

 洞窟の入り口から内部に何者か居ないか確認する。ざっと見たところだと、入口付近に人間の姿は無い。

 

「わ、ワシのピー子ちゃんが……」

 

 ふと背後から弱々しい声がして振り返ると、よぼよぼのしょぼくれた老人が膝をついて、涙を流しながら洞窟の方を見ていた。彼の様子と口ぶりから察するに、その『ピー子ちゃん』というポケモンがマグマ団の男に奪われたと言う事だろうか。

 

「おじいさん!」

「ぅぇ………あ……?」

「僕にお任せ下さい」

 

 膝をついて倒れるおじいさんに向かって、安心して貰えるようにサムズアップ。

 元々隠密で近付いて、男を捕まえて荷物を取り戻す予定だったのだ。相手を無防備な状態にまで追い込んでから奪われたものを取り返すのだから、取り返す物とポケモンに増えても何ら変わらない。応戦されても逃げられる前に叩き潰すまで。

 

「ココドラ、キミにも頼んだ!」

「ココォッ!」

 

 モンスターボールからココドラも繰り出して、二匹と一人で洞窟の中に侵入していく。元々洞窟暮らしのココドラならば、暗い洞窟の中を自由に動き回る事ぐらいお手の物のはず。その予想は当たったようで、ココドラは僅かな音や匂い、空気の流れを感じ取ったのか、僕らの先頭をずんずんと進んでいく。

 そして、しばらく洞窟の中を進み続けて、その姿を発見した。マグマ団の赤い制服の後ろ姿。その傍にはヒモで縛られて捕らえられたキャモメが一匹居る。あれが恐らくおじいさんが言っていた『ピー子ちゃん』だろう。

 

「クソッ……いててて、あの技足にかすってやがった。うわ、服ちょっと溶けてるじゃねぇか……」

 

 そんな独り言を言いながら、男はひっきりなしにキョロキョロと周囲を見渡して警戒している。どうやら此処には彼以外にマグマ団員の仲間は居ないらしい。

 相手のバトルの腕がどれ程かわからない以上、簡単に手出しは出来ないが、チャンスである事は確実。理想は不意を突いて『荷物』と『ピー子ちゃん』を奪い返し、逃走する事。問題は周囲を警戒し続けている彼をどう出し抜くか、だ。

 

「(…………そうだ!)」

 

 隠れながら何か使えるものは無いかと辺りを見渡していて、ふと一つ作戦を思い付く。正直半分ゴリ押しのようなものだが、正面から直接行くよりはずっとマシだ。

 ひょいと人差し指を動かしてサメまるとココドラを傍に呼び、男に聞こえないように二匹に作戦の内容を伝える。そして、リュックから『ゴーゴーゴーグル』を取り出して、装着した。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

 完全に失言だった。

 知っているからと、ひょいと口からあんな一言が飛び出していなければ、彼はカナシダトンネルに直行なんてしなかっただろうに。何処かで多少の違いはあっても知っている通りになると、楽観していた自分が居たのかもしれない。

 

「くそぉ……何なんだあの子は。無駄に足も速いし完全に見失ってしまった」

「ジババババ……」

「ジュワワワ……」

「お前達まで落ち込むな。まぁ……それよりも、だ。一体どういう事なんだ、これは?」

 

 デボンの研究員『ヘズ』は、盛大な勘違いを起こしながらマグマ団員を追いかけていってしまった少年の後を追っていたのだが、彼は予想外の事態に襲われてしまっていた。

 

「う、ぐぅ……強、い」

「あ、う、ぅぅ」

 

「マグマ団………こんなに居なかったハズ」

 

 少年を追い掛けた彼の行く手を阻んだのは、まさかのマグマ団員達。彼が知る歴史ではこの場で登場したマグマ団員はたった一人だけだったはずが、どういう事か人数が増えている。

 彼等もただのトレーナーである少年がマグマ団員を追っているとは思わなかったのか、彼を止めることは無かったが、デボンのロゴがついている白衣を来たヘズ相手にはそうは行かない。隠れていた彼等はカナシダトンネルに向かおうとした彼の行く手を阻み、襲い掛かって来たのだ。

 

 流石にジムリーダー達にも匹敵する熟練のトレーナーであるヘズを止めることは叶わなかったが、少ないながらも時間稼ぎにはなった。現に彼は少年を完全に見失い、追っているマグマ団員に関してはまだ一度すら見ていない。

 

「ヘズさん!」

「先輩!」

 

 ふと背後から知った声が聞こえ、倒したマグマ団員をジバコイルとクワガノンに捕らえさせて振り返ると、後輩のデボン研究員とカナズミシティジムリーダーのツツジ、そして会ったことは無いが良く知っている少年と少女が駆け寄ってくる所だった。

 

「ヘズさん、事情は聞きましたわ。マグマ団とかいう方々に大事な荷物を盗まれたとか。所で、ここに倒れている方々は一体……?」

「先輩、彼だけでは心配だったので助けを呼んで来たんですが………あ、あれ? あの子はどこに?」

 

「ここに倒れてるのはマグマ団の団員だ。カナシダトンネルに向かおうとした所を襲ってきたから倒して捕縛しておいた。あと、例の少年についてだが、彼には逃げられてしまったよ。あの歳でガバイトを従えている事から相当出来る事は予想できるが、それでも心配だ」

 

 すぐにでもあの少年の後を追い掛けたい所なのだが、折角捕まえたマグマ団達を放っておくわけにも行かない。せめて町の交番に引き渡してからと思っていた所だから丁度良かった。

 この場に来てくれた四人の顔をぐるりと見渡して、この問題をどう突破するか決める。

 

「済まないがツツジ、ケンスケ、このマグマ団二人を警察に引き渡してくれないか。折角の情報源をみすみす逃すわけには行かん」

 

 出来るだけ知っている歴史を壊さないように。二人ともこの場に来てしまっている時点でかなりズレていたが、自分の知らない未来は可能な限り避けたい。

 その結果、捕縛したマグマ団を連れてカナズミに戻るのにツツジと後輩を指名した。自分がカナズミに戻るという手もあったが、目の届かない所に心配の種は残しておきたくないものだ。だから自身は二人のトレーナーのサポートとしてここに残る。

 そして当然だが、ジムリーダーであるのに戦闘要員から外されたツツジは猛抗議した。彼女からすれば、マグマとか言う謎の集団と戦うのには、この場で出来る最大限の戦力で行きたかったのだろう。

 

「で、ですがヘズさん! 戦いならばわたくしの方が」

「確かにジムリーダーであるキミの方がバトルでは安心出来るだろう。だが顔が割れてる。奴らの不意を突くならそこの二人の方が良い。現に先に行った少年はマグマ団に襲われなかった」

「………昔っから、そういう合理的な所は変わってませんのね」

「別にキミを信頼してない訳じゃない。ただ、この場はそこの二人が良いと言うだけだ。君だってジムバッジを与えたって事は、それなりに実力を認めてるって事だろう?」

「ま、まぁ、それはそうですけれども。というか、ジムバッジの事はどこで……?」

「カンだよ、カン」

 

 そう言ってマグマ団員達が倒れている方をチラリと振り返ると、後輩の研究員が手際よく二人の両手をロープで後ろ手に縛り付けていた。二匹のポケモンも、時折マグマ団員に電流を流して痺れさせながら手伝っている。

 

「ま、一先ずは大丈夫、かな」

 

「あ、あのヘズさん?でしたよね。俺はアサギシティ出身のトレーナーでユウキって言います。宜しくお願いします」

「私はミシロタウン出身のトレーナーでハルカと言います、ヘズさん宜しくお願いします!」

 

「あぁ、宜しく。二人とも」

 

 ヘズは表面上は自然に、内心かなり焦りながら少年と少女を交互に見やる。只者ならぬオーラを全身から滲ませる帽子を被った少年『ユウキ』と、赤いバンダナがよく似合う可憐な少女『ハルカ』。

 

「(主人公は、ユウキ君の方だな)」

 

 彼は二人と握手を交わすとクワガノンをボールに戻し、羽織っていたデボンのロゴが入った白衣を後輩に預ける。これで格好だけならそこらで調査を行っている研究員のトレーナーと大した差は無くなるだろう。

 

「もう彼が交戦しているかもしれない。急ごう」

 

「了解です!」

「はいっ!」

 

 彼は少年と少女を連れてカナシダトンネルへと向かう。奪われた荷物を取り返す為に。そして歴史を正しい形に戻す為に。

 

 デボン研究員にしてホウエンの隠れた実力者、ヘズ。誰も知るはずの無いこの世界の未来を知る彼は、前世の記憶を持ってこの世界に産まれてしまった、いわゆる転生者である。

 

 






【研究員ヘズ】
オリジナルキャラクター。転生者。
出身はカロス地方。彼も昔はチャンピオンを目指してジムチャレンジの旅をしていた経験がある。現在はホウエンのデボンコーポレーションで働いているが、彼のある経歴によってツツジとはよく知り合う仲。ゲーム時代と現実のバトルの違いをよく理解しており、ポケモンバトルの腕はかなり高く、ジムリーダー以上四天王未満といったところ。アブソルのような変な髪型は生まれつきだが、彼は『アクロマに似ていて嬉しい』とむしろ喜んでいる。



【ヘズの現在の手持ちポケモン】
・ジバコイル Lv.70
 10まんボルト、ラスターカノン、ボルトチェンジ、まもる

・クワガノン Lv.55
 10まんボルト、ハサミギロチン、エナジーボール、アクロバット

・ダイノーズ Lv.55
 ロックオン、まもる、でんじほう、マジカルシャイン


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