ハーメルンの音楽祭 (NiOさん)
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プロローグ
はじめに


 やあ、久しぶりだね。
 みんな、覚えているかなあ?

 覚えてなくても、どうでも良いけどね。

 それじゃあ、なぞなぞ、いくよ。

 鼠は大人に勝ちます。
 大人は笛に勝ちます。
 笛は鼠に勝ちます。

 じゃあ、子供は笛に、勝てるでしょうか、負けるでしょうか?



 ……くそぉ、正解だよ。

 これはあれだね。
『ハーメルンの奇妙な笛吹き』のなぞなぞだよ。

 ハーメルンっていうのは、ドイツにある実際の地名なんだけど。
 どうも『ハーメルンの奇妙な笛吹き』は、ある程度実話に基づいたお話だったみたい。
 その地域では忌まわしき記憶を引きずっていて。
 未だに音楽が禁止された通りとかがあるんだって。

 ところで、さ。
 ブレーメンから命からがら逃げ延びた音楽隊たちが。
 そんな、音楽を忌み嫌うハーメルンに逃げ込んだら。
 一体、どうなるんだろう。


 ……まあ、そんなの、言わずもがな、かな。

 きっと(・・・)

 死ぬほど(・・・・)

 ……ひどいことに(・・・・・・)なるんだろう(・・・・・・)()


 8月某日、某寺院にて。

 

 今年の夏も、老婆は墓参りにやってきました。

 よぼよぼに曲がった腰で、よたよたと頼りなさ気な足取りで。

 それでも彼女は、友人や伴侶の墓の周りに生えた雑草を手際よく抜いていき、持っていた桶から柄杓で水をかけたりしています。

 手馴れた動作。

 まるで、もう何年も、同じことを繰り返しているかのように。

 それでも、いつも通りに、寂しさを感じさせる、その動きに。

 

 私は(・・)思わず(・・・)声を掛けるのでした(・・・・・・・・・)

 

 

「友達も旦那さんも、みんないなくなって、流石に寂しいですか?」

 

 私がいることに気づいていなかった彼女は、少しだけ驚いたように此方を振り向き。

 そして、またお墓の掃除に戻りました。

 

「……まあ、寂しくないっていったら、嘘になるけどねぇ。

 こればっかりは、どうしようも無いでしょ。

 時間は誰にでも、平等。

 子供や孫が大勢いるし、私は恵まれている方だ」

 

 私の問いに、老婆は小さな声で、しかしはっきりと、そう答えます。

 なんだか、自分自身を納得させようとして発しているような言葉ですね。

 此方からは見えませんが、苦笑いしているであろう彼女の顔が手に取るように分かりました。

 老婆がお墓へ向かってゆっくり手を合わせるのを、私は黙って見ていました。

 線香の煙がゆらりと揺れて、静かに時間が過ぎていきます。

 

「……よし、じゃあいろいろと準備しよう。

 

 貴女は、グレープフルーツの缶チューハイで、良かったよね。

 

 そしてこっちは、砂糖たっぷりの、コーヒー、作ってきたよ。

 

 あ、アンタはいっつも甘いものばっかり飲んでいたから、お供え物はお菓子抜きだからね」

 

 お墓の伴侶に向かって小言をクドクドと続けながらも、準備していたであろうお弁当や花束などを、てきぱきと備えていく老婆。

 一通り準備ができたのか、彼女は石段に腰掛けると、水筒からコップにお茶を注ぎ始めました。

 ……お墓の真中でお昼を食べるつもり、なのでしょう。

 

「さてと……あなたも食べる?」

 

「いいえ、大丈夫です。

 有難う御座います」

 

 あ、そう。と老婆は静かに頷くと、お弁当からお握りを1つ取り出して、もぐもぐと頬張ります。

 海苔が巻かれていないのは、入れ歯対策でしょうか。

 

「……それで、あなたは何の用?

 お墓参りにでも来たの?」

 

「いえ。

 ちょっとした、お知らせを持ってきたんですよ」

 

「お知らせ?」

 

「ええ」

 

私はもったいぶった様に頷くと、彼女へ答えるのでした。

 

「残念ながら良い知らせで。

 嬉しい事に悪い知らせです」



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ブレーメンの屠殺場( を説明するためだけの回)

 8月某日、某中学校、某教室にて。

 2人の人間が机に座り、黒板へ向かっています。

 黒板の前にもまた、別の人影が。

 人影は、何やら、紙に〇やら×やらを付けながら。

 

 最終的には、喜びともとれる言葉を、2人に、投げかけたのでした。

 

「ええ、そうです、これでいいんですよ。

 なんだ、因数分解はほぼ完璧じゃないですか」

 

 教師のまねごとをしている、身長150cm位の少年がいました。

 彼の名前は、小鳥遊(たかなし)(あずま)

 自称天才の、そして残念ながら、実際それなりに天才の少年です。

 少年の褒める言葉に、2人は嬉しそうに頭を掻くのでした。

 

「……まァよォ。

 流石にこンだけブッ込まれたら、イヤでも出来るようになるわなァ」 !?

 

 何故か威圧するように答えるのは、身長180cmくらいの金髪5分刈りの不良少年でした。

 

 彼の名前は、小犬丸(なみ)

 戦闘能力の高い、脳筋不良です。

 

「でもでも、夏休みは受験の天王山!

 気を抜かないで乗り越えて、みんなで鷹臨(たかのぞみ)高校に受かろうね!!」

 

 可愛らしい事を言って手でグッと握り拳を作っている身長190cm位の黒髪長髪の大女がいます。

 彼女の名前は、驢馬塚(そむく)

 霊感のある、オカルト女子です。

 

 彼らは去年の夏、『ブレーメンの屠殺場』というデスゲーム空間を潜り抜けた面々でした。

 通常であれば接点すらないであろう彼らは、その空間から抜けた後も、こうして時々一緒に遊んだりするようになっていたのです。

 

 ……あ、ご挨拶が遅れましたね。

 お久しぶりの方はお久しぶりです。

 はじめましての方は、はじめまして。

 私は前回、彼ら4人を『ブレーメンの屠殺場』に送り込んだ張本人。

 

 ニッケルさん、と申します。

 以後、お見知りおきくださいね。

 

「ところで。

 ……西さんは、どうしました?」

 

 鶏の少年が、怒りを噛み殺したように言います。

 

「流石はクソ猫。

 野良みてェに自由だなァ。

 

 つか、アイツだけ落ちたら面白ェけどよォ~」

 

 犬の少年が、ニヤニヤと笑っています。

 

 そうです。

 『ブレーメンの屠殺場』を潜り抜けたのは、合計で4人。

 

 もう1人、いるのです。

 その少女の名は、猫屋敷西(あき)

 人を誹謗中傷するのが好きな、煽り系女子です。

 

「えーっと、実は。

 こんなメールを貰いました」

 

 

 驢馬の少女が、おずおずと自身の携帯を2人に見せます。

 メールの内容は、こうでした。

 

 

『7不思議が私を呼んでいるので帰ります☆ミ』

 

 

「「「……あのアホ猫め」」」

 

 

 全員の声が、被りました。



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ハーメルンの音楽祭へようこそ!!

 8月某日 某電車内

 

 猫屋敷西は1人でニマニマしながらスマホを操作していました。

 夏休みの真っ只中に独りで、一体何をしているのでしょう。

 

「『”身駅”に向かっているけど、質問ある?』と」

 

 ……どうやら某巨大掲示板のオカスレにスレ立てしているようです。

 

 あの恐怖の夜をすごした彼女ですが。

 何故か未だに怖い噂を聞けば、体当たり突撃しているようなのです。

 

小鳥遊東(ガリベン)くんや小犬丸南(クソいぬ)驢馬塚北(ネクラ)ちゃんには悪いけど、こればっかりは止められないんだよねー。

 さてさて、無事にたどり着けるかしらん?」

 

 

 彼女が今向かっているのは、この町の7不思議の1つである、『身駅』。

 特殊な乗り継ぎをしたら出現する、幻の駅、のようですね。

 まあ、よくある話でしょう。

 

「それにしてもウチの町って、7不思議が充実しているねぇ。

 

 『紅鴉』に『ミサキボッコ』、『目前立札(もめんどうふ)』、『スイムさん』、そして『金次郎舟』……は全部実況したなあ。

 結局どれにも出会えなかったけど」

 

 なんと。

 他の7不思議にも既に訪れていて、実況済みの様です。

 ……猫の少女は今年中学3年生。

 即ち受験生のはず、ですが。

 

「最後くらいは当たり、来てくれよー。

 頼むぜ、身駅~」

 

 猫の少女は胸の前に手を合わせると、信じてもいない神頼みを始めるのでした。

 

###########################################

 

「『身駅、着かなかった。

 ざんにゃんですわ』……と」

 

 少女は何度か乗り継ぎを繰り返し、駅の階段を上り下りなどもしていたようですが。

 身駅には着かなかった様です。

 

「これで7不思議は6つとも不発かー。

 

 後は7不思議最後の『金属の笑顔』……。

 ただこれ、意味不明なんだよね。

 多分最後の1つを知ったら命を落とす、的な7不思議のつもりなんだろうけど」

 

 少女はスマホをいじりながらつまらなそうに一人語ちます。

 成る程。

 多くの7不思議で周知されているのは6つまで。

 この町の7不思議も例に漏れずに実際の7不思議は6つなのでしょう。

 それらの間に無理矢理、名前だけの詳細不明な7不思議が入っている、という構造でしょうか。

 

「つまり、実質コンプリートってわけか。

 クソつまんない結果になっちゃったなー。

 ……ま、帰りますか」

 

 猫の少女は肩をすくめると、自分の立てたスレへのレスをぽつぽつと読み始めました。

 

「……ん?」

 

 

 

0125 名無しの原子番号28 2016/08/※※ 13:59:49

 

 >1さんへ

 ○○町7不思議、『金属の笑顔』は『浦野ハイツの202号室』に行けば分かるらしいですよ。

 

 ttps://***********

 個人情報が書いてあるので、5分後に削除します。

 

 

 

「ほう!」

 

 一声上げて、躊躇無くURLを開く猫の少女。

 ウイルスとか怖くないみたいですね。

 少女が開いたその先には。

 ……地図と住所が書かれた、良くあるネットのマップ検索画面がありました。

 

「浦野ハイツねぇ……。

 場所は……この次の次で降りれば、歩いて7分ってところかな。

 

 それにしても、嘘臭ぇ。

 どう考えても嘘臭ぇ」

 

 猫の少女は、そうブツブツ呟きながら、掲示板に書き込みをするのでした。

 

 

 

0126 1ぬこ 2016/08/※※ 14:03:21

 

 >125

 おk向かう

 

 

########################################

 

 浦野ハイツはかなり年季の入っている古ぼけた建物でした。

 周りをブロック塀で囲まれていて分かりにくくはありましたが。

 中に入ると建物の壁に『浦野ハイツ』と看板のように記載されています。

 建物は、ぱっと見、1階3室の2階建て、計6室でしょうか。

 

「それにしても……これって、もしかしなくても不法侵入だよね……。

 まあ、今更か」

 

 猫の少女は法を犯すことに少しだけ怖気づきましたが。

 よく考えたら今まで廃墟とか進入禁止区域なんて何度も行っていた事を思い出したみたいです。 

 

「202号室だから……2階、だね」 

 

 少女はまるで勝手知ったる我が家のように、堂々と階段を上っていきました。

 薄っぺらい金属製の階段は一部錆びていて、ギッ、ギッ、と、嫌な音を立てます。

 

 

 

 浦野ハイツ 202号室。

 

 

 

 とりあえず猫の少女は、インターホンを押してみました。

 

 ブー!と古いタイプのベルが鳴ります。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

「誰も出てこない、かな?」

 

 

 猫の少女は続けて2回インターホンを鳴らした後。

 

 

 ……ドアノブに、手を、かけました。

 

 

 ガチャリ。

 

 鍵がかかっていない手応えがして、ドアが開きます。

 そこには……。

 

 ……誰もいない、ただの部屋、でした。

 

 

「……ん、誰もいないや。

 空き部屋なのかな?」

 

 おじゃましまーす、と虚空に向かって声掛けをした後。

 猫の少女は、ゆっくりと、しかし大胆に、部屋を調べ始めます。

 けれども、『金属の笑顔』に関係しそうな物は何も見つかりません。

 金属と言うことで一応、台所のステンレスの錆なんかをガリガリ落としてみている様ですが。

 苦労してやってみた物の、そこに映っているのは汗まみれになった猫の少女の困り顔くらいしかありません。

 

 1時間ほどうろうろした猫の少女は、ふむ!と結論付けました。

 

「よし、騙された!

 んじゃ、帰るか」

 

 帰るとなったら話は早いです。

 彼女は部屋の外へと出ました。

 

「202号室、であってるよねぇ」

 

 最後に部屋の番号をもう一度確認すると大きく溜息をついて、階段をとんとんと下りていきます。

 

「……浦野ハイツ、ね」

 

 建物の名前も未練がましく確認して。

 

 ブロック塀と塀が途切れた隙間……つまり出入り口へスタスタと歩き始めました。

 

 ガンッ!

 

「……!?」

 

 何かにぶつかって、少女はひっくり返ります。

 

「え、え、え?

 な、なに?」

 

 立ち上がって出入り口に手を伸ばしますが。

 何かに触れて、先に進めないのです。

 

 向こうには道路も見えています。

 しかし、まるで見えないガラスの壁があるかのように、外に出られないのです!

 

 

「え、え、え……」

 

 

 猫の少女が空気の壁をぺたぺたと触っていると。

 

 

 ぴろり~ん♪

 

 と、メールの届く音がしました。

 

「このイヤらしいタイミングって……。

 

 おいおい……うそ、でしょ?」

 

 ひきつった笑顔で携帯を開く猫の少女。

 

 そこには、久しぶりの。

 

 ……1年ぶりの(・・・・・)

 

 絶望の文字が(・・・・・・)ありました(・・・・・)

 

 

『猫屋敷 西様。

 

 ハーメルンの音楽祭へ(・・・・・・・・・・)ようこそ(・・・・)!!』



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メール ~猫屋敷西の場合~

『猫屋敷 西様。

 

 ハーメルンの音楽祭へ(・・・・・・・・・・)ようこそ(・・・・)!!

 

《ルール説明》

 浦野ハイツのそれぞれの部屋に、ミッションを用意しました。

 101号室から102号、103号、201号、202号、203号と。

 順番に、6つの扉を開けてください。

 扉の先で、ミッションが出されますので、それをクリアしていきましょう。

 扉を開けるタイミングは、午後7時00分の1回目を皮切りに。

 2時間毎に訪れます。

 

 203号室のミッションまでクリアすることができたら、7不思議の7つ目の分かる問題が出されるチャンスもありますので、奮ってご参加ください。

 

 また、皆様にはそれぞれに固有名詞が贈られます。

 更に、それぞれに違った内容の特殊な情報も送付させていただきます。

 こちらもご活用ください。

 

 クリアの条件は以下の通りです。

 条件:ミッションを正解し続け、”ハーメルンの音楽祭”から抜け出す(すべ)を見つけること。

 

 それでは皆様全員の御帰還を心よりお祈り申し上げます』

 

「長いよ!!

 まあ、けれども。

 ふむ。

 ここまでは、ブレーメンと同じ、か」

 

 猫の少女はメールに突っ込みを入れます。

 ただ、分からない点も、いくつかありました。

 固有名詞。

 それぞれに違った内容の情報。

 

 ここを見る限りでは、猫の少女の他にも、参加者がいるような書き方です。

 

 猫の少女がまごまごしていると、再度、メールが届きました。

 

『あなたの固有名詞は“ お と な ”です。

 

 貴方だけに伝える情報を、以下に記載させて頂きます。

 

 

 ########################################

 

 小説家になろう 夏ホラー7不思議 裏野ハイツ住宅情報より引用

 http://horror2016.hinaproject.com/teaser/

 

 夏ホラー2016 ―六箱会談―

 

 毎年開催しております「夏のホラー」企画に関しまして、今年も7月より開催致します。

 

 今年は「裏野ハイツ」なる舞台と、そこに住む住人をご用意致しました。

 これらの設定を使用し、暑い夏を涼しく過ごせるお話を書いて頂ければ幸いです。

 

 なお、今年は上記の舞台を必ず使用しなければならないという縛りはございませんので、

 ご準備頂いていた作品でのご参加も心よりお待ちしております。

 

 当ティザーサイトでは、「裏野ハイツ」や住人たちの情報をご紹介致します。

 

 賃貸 裏野ハイツ バス・トイレ別 独立洗面台有り ベランダ有り 駐輪場有り 家賃 4.9万円

 敷金 なし

 交通 最寄り駅まで徒歩7分

 ※徒歩10分圏内にコンビニ・郵便局・コインランドリー有り

 間取り 1LDK(リビング9畳 洋室6畳)

 築年 1986年7月(築30年)

 方位 東

 種別 ハイツ

 構造 木造

 階層 2階建(1階3戸、計6戸)

 備考 全住人、表札等にて名前は出しておりません

 

【101】号室

 50代男性、会社員

 いつもにこやかに挨拶をしてくる、感じの良い男性。 同居人が居るという話だが、そちらの姿は一切見かけない。

 

【102】号室

 40代男性、無職

 カーテンは常に閉まっており、外出している様子は見られない。毎年、年末の2日間だけは留守にしているようだ。

 

【103】号室

 30代夫婦と3歳くらいの男の子

 穏やかそうな夫婦で、ご主人は会社員、奥さんはパートをしている。時々小さな息子さんの姿を見かけるが、大人しい子で普段騒ぐ音が聞こえることはない。

 

【201】号室

 70代女性、年金暮らし

 気さくな面倒見の良いお婆さんで、ここに住み始めてもう20年は経つそうだ。お孫さんのボロボロの写真を大事に持っているが、家族らしき人が会いに来るのを見たことがない。

 

【202】号室

 ???

 人の気配はあるのだが、誰かが出入りしている様子はない。201号室のお婆さんは事情を知っているようだが、詳しくは教えてもらえない。

 

【203】号室

 空室

 

 公式設定の使用条件

 開示されている物件情報、周辺情報、住人情報の改変(※1)は不可とします。

 設定の改変がなければ ・設定を追加(※2)しても構いません。

 ・設定のすべてを作品内に出す必要はございません。

 ・設定が一つでも用いられていれば、舞台がこのハイツである必要はございません。

 ・設定が一つでも用いられていれば、既存の住人を必ず出す必要はございません。

 ※1 間取りの変更、住人の入れ替え など

 ※2 隠された部屋を作る、オリジナルの住人を出す など

 

 #######################################

 

「!!??」

 

 猫の少女は目を丸くしました。

 メールの意味が、全く理解できなかったからです。

 

「じょ、情報が多いな!

 それに、なんで私の固有名詞が『おとな』なの!?

 ただのJCなのに!!」

 

 ひとしきりワイワイ騒いだ彼女でしたが。

 しばらくすると。

 

「ふむふむ。

 

 『小説家になろう』っていうのは、多分小説書きが集まる投稿サイト、みたいなものだよね。

 このメールを読む限り、夏の特別編として、ホラーを募集してるんだ。

 

 ……成程。

 つまり今回は、謎のニッケルパワーで。

 ニッケルさんの書いた小説の世界に連れてこられた、と。

 そしてこの小説(せかい)は、夏ホラー企画を踏襲している、と。

 そういうこと、でしょう。

 

 

 これを見る限りでは、私は【202】号室の???(はてな)さんになる……のかな?

 

 であれば、この文章の皆様。

 つまり、私と共闘することになるのは。

 

 小説内の人々、すなわち。

 ……この裏野ハイツの住人(・・・・・・・・・・)()なんだろう(・・・・・)

 

 猫の少女は、一応理解をしました。

 

 うんうん、と頷いていると。

 

 それぞれの部屋から。

 

 ……ぞろぞろと、住人達が出てきたのでした。



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自己紹介

時刻は18時30分、場所は浦野ハイツの中庭。

 

「ど、どうしました、何かにぶつかりましたか?

 すごい音がしましたけど……」

 

 【101】号室から出てきたのは、50代の男性でした。

 中年、と言ってもいい年齢ですが、清潔に保たれた服装や、高級そうな洋服、落ち着いた雰囲気に味があります。

 いわゆるナイスミドル、というヤツなのでしょう。

 

「なん……だ?」

 

 【102】号室から出てきたのは、40代の壮年男性です。

 【101】号室の男性とは打って変わって、だらしない服装に太った体。

 そして、ビン底も逃げ出すような、分厚い眼鏡!

 引きこもり、という設定だったはずですが、外に出てきたのは小説効果なのかな、と猫の少女は思いました。

 

「んー?

 お姉さん、初めまして!」

 

 【103】号室から出てきたのは、3歳くらいの男の子。

 可愛らしく挨拶をして、ニコニコと笑みを浮かべています。

 ご両親は、いないみたいだな、と猫の少女は思いました。

 

「あらっ。

 あらあらあらー!

 久しぶりね~」

 

 【201】号室から出てきたのは老齢の女性です。

 確かメールでは、【202】号室の???(はてな)さん、つまり私について事情を知っている設定だったよな、と猫の少女は考えました。

 

「えーっと、どこかで会いましたっけ」

 

「あら、忘れちゃった?

 昔から知っているよぉ。

 ほら、最後にお漏らししたのが小学校3年生……」

 

「うわーーうわーーうわーー!」

 

 

 猫の少女は慌てふためきます。

 設定とはいえ、自分のことを知っているというのは本当なんでしょう。

 

 猫の少女は両親を小さいころに亡くし、一時期は親類の家に暮らしておりましたが。

 厄介払いの形で小学校3年生のころから1人暮らしをしていました。

 1人暮らしの初日、寂しさのせいでしょうか。

 少女は本当に久しぶりに、お漏らしをしてしまったのです。

 

(誰にも言ってないのに……滅茶苦茶恥ずかしいんですけど)

 

 ただの小説のキャラクターだとしても、恥ずかしいものは恥ずかしいのでしょう。

 少女は心の中で愚痴りました。

 

 

 猫の少女は、4人を見渡すと、声をかけます。

 

「みなさん、メールとか、届きました?」

 

 4人はそこで初めて携帯を取り出し。

 

 そして、読み始めました。

 

 

「こ、これはどういうことですか?」

 

「ここは、今まで住んでいた場所ではない、特殊な空間になります。

 私たちは一致団結して、この空間を抜け出さなくてはいけないんです」

 

 【101】号室の中年に、猫の少女は答えました。

 

「まずは、自己紹介からしようと思ってますが。

 みなさん、それでいいですか?」

 

「ええ、そうですね」

 

 【101】号室の中年が、答えます。

 

「うん、わかった!」

 

 【103】号室の小児も、答えます。

 

「そうしましょうか~」

 

 【201】号室の老女も、答えます。

 

 

 ……【102】号室の壮年は、返事をしませんでした。

 携帯を覗きながら、何やら「なんで自分だけ……」だの「情報が多すぎ……、デパートみたいな品揃え……だな」だの。

 ブツブツと文句が聞こえます。

 

「あ、じゃあ、【102】号室から出てきたお兄さん。

 お兄さんから、自己紹介、お願いね」

 

 人の話を聞かないことに苛立ちを感じたのでしょう。

 猫の少女は、そう話をふります。

 が。

 【102号室】の壮年は、聞いていないのか無視しているのか、ブツブツ携帯を覗き込んだままでした。

 

「ねえ、オタクのおっさん!」

 

 猫の少女の失礼といえば失礼な声に、やっと彼は反応しました。

 

「……数多(あまた) 品数(しなかず)

 

「……はぁ?」

 

「数多品数……よろしく……」

 

 【102号室】の壮年は、そう言ったっきり、またメールに向き直っています。

 

 

 ……変な名前です。

 数と数で、被ってます。

 ああ、この名前であれば、引きこもるのも無理はない、と。

 猫の少女は、自分の名前を棚に上げて、少しだけ同情しました。

 

 まあ、もちろん、そうでない可能性(・・・・・・・・)についても(・・・・・)、考えてはいましたが。

 

「ふ~ん……。

 そしたら、次は正太郎君」

 

「え?

 俺は正太郎って名前じゃないよ?」

 

「君みたいな小さい男の子を、正太郎っていうの」

 

 猫の少女の良くわからない言葉に、小児は少し困った顔をした後、大きな声で答えました。

 

 

 

 

「俺の名前は、※※※※です!」

 

 

 ん?

 周りの4人は、自分の耳が悪くなったのかな?

 と思いました。

 けれども、どうやらそうではないようです。

 

 

「……あ、あれ?

 

 ※※※※、※※※※!」

 

 小児は一生懸命自分の名前を言おうとしていますが。

 どうやら、言えないようです。

 

「※※※※、※※※※。

 

 ……成程ね」

 

 

 猫の少女も、自分の名前を口にして。

 それが口にできない事を確認すると、言いました。

 

「どうもこの空間では。

 

 ……名前が言えないみたい、だね」

 

 他の4人が、目をぱちくりとします。

 

 

「※※※※。

 

 あれ、本当ですね!」

 

「面白いねえ」

 

 4人はそれぞれ、思い思いのことを試した後。

 

「しょうがない。

 ここは、メールで送られてきた名前で各々を呼ぶことにしよう。

 みんな、あるんでしょう、固有名詞。

 

 

 私は『おとな』なんだけど」

 

 猫の少女がそういうと、各々がメールを確認して、言いました。

 

「私は、『かたりべ』ですね」

 

「俺は、『ねずみ』だ!」

 

「私は、あら。

 『こども』だねぇ」

 

 なんだかよくわかりません。

 女子中学生の猫の少女の固有名詞が『おとな』で。

 老女の固有名詞が『こども』。

 どう考えてもランダムとしか思えないそれぞれの固有名詞。

 

 ……一体これは、何を意味しているのでしょうか。

 

「……それで、オタク君はどうなの?」

 

 猫の少女が、冷たい目で【102】号室の壮年を見ます。

 

 彼は、当初は無視を決め込んでいましたが。

 

 周りのプレッシャーから、どうやら逃げられないと感じたのか。

 

 少しだけ逡巡した後。

 

 ……ぼそりと、答えました。

 

「……『ふえふき(・・・・)』……だ」



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101号室:紅烏
情報共有その1


 時刻は18時50分、場所は中庭。

 

「『おとな』、『かたりべ』、『ねずみ』、『こども』。

 

 ……ふーん……。

 

 ……そして、『ふえふき』、ね」

 

「おい……何が言いたい……」

 

 猫の少女の発言に、オタクと呼ばれた【102】号室の壮年が、怒りを押し隠した声をあげます。

 少女の言い方に、トゲを感じたのでしょう。

 まるで、忌まわしき笛吹きが、登場人物を皆殺しにするだろう、とでもいうような、言葉のトゲを。

 

「え、別に?

 与えられた固有名詞には、意味があったんだなー、と、思っただけだよ?

 

 要は、『ハーメルンの笛吹き』の登場人物、なんだろうね。

 

 それとも(・・・・)

 

 猫の少女は、とん、と【102】号室の壮年に近づいて、言いました。

 

何か(・・)後ろめたいことでも(・・・・・・・・・)あるのンー(・・・・・)?」

 

「……」

 

「ねえねえ、数多さん。

 

 ……あ!

 

 今気が付いた!!」

 

 猫の少女は、わざとらしく口を大きく開けて、そこに手を添えてあからさまに驚いています。

 

「この空間では、本名が言えないはずなのに。

 

 数多さんは、言えるんですね(・・・・・・・)

 

 へえ(・・)凄い(・・)!!

 

 どういう理屈なんですかぁ?

 

 ねえ(・・)ねえ(・・)ねえ(・・)!」

 

 【103】号室の小児以外、全員が気が付いて。

 そして、敢えて言わなかったこと。

 

 

 ……彼は、出会ってすぐの自己紹介で。

 

 

 いきなり(・・・・)偽名を使ったのです(・・・・・・・・・)

 

 ……物が多いとかデパートみたいだとか言っていたので。

 おそらくそこから、適当に名前を付けたのでしょう。

 

 ……あまりにもお粗末な、偽名ですが。

 

「ま、まあまあ。

 とりあえず2人とも、落ち着いて。

 

 そういうことも、まあ、まあ、あるんじゃないですか」

 

 2人の間に入ってきたのは、【101】号室の中年です。

 手を、ぽん、と打って、提案しました。

 

「……あ、そろそろ7時になりますよ!

 みんなで力を合わせて、ミッション……とかいうものを、クリアしようじゃありませんか!」

 

 他の皆も自分の時計を見て、時間を確認しました。

 ……確かに今は、仲間割れしている時ではないでしょう。

 

「……確かにその通りですね。

 わかりました」

 

 猫の少女が頷くと、他のメンツも頷いて、101号室の扉へと向かっていきました。

 

###################################

 

「……なんだ、これ!」

 

 【103】号室の小児が、驚きの声をあげます。

 

 なぜなら、【101】号室のインターフォンのところに。

 

 ……なぜか柱時計がおいてあったからです。

 

「流石ニッケルさん。

 悪趣味だけは、だれにも負けないなぁ」

 

 猫の少女は、少し感心しています。

 

 そして。

 

 ボーン、ボーン、ボーン、と。

 

 柱時計が、19時を知らせました。

 

 

 ふと、扉を見てみると。

 

 先ほどまで、アルミ色というか、銀色をしていた扉が。

 

 

 ……緑色に、変化しています。

 

 多分、中に入れという合図なのでしょう。

 

「行きますか」

 

 猫の少女が声をかけて、扉を開けたのでした。



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どこかの誰かのうわさ話 その1

 なあなあ。

 お前の家の近くに美味しいパン屋さんあるよな?

 行く途中に踏切あるじゃん。

 そうそう、うん。

 

 この前、そこの踏切を通って帰ったんだよ。

 え、いや、電車1駅乗り過ごしちゃってさあ。

 駅から出た後に気が付いてね。

 ま、夕方の5時くらいだったし、ダイエットがてら、歩いて帰ろうかな、ってなったんだよ。

 

 せっかくだからってそこのパン屋で美味しそうなメロンパンを買って……あー、うっせーなぁ、歩いて帰ったからプラマイゼロだよ。

 は?

 行かない方が良い?

 いやいやいや、相当レベル高かったぞ。

 かなり美味かったしお前も行ってみろって。

 マジでマジで。

 え?

 踏切を渡るからイヤなの?

 なにそれ。

 いやいやいや、意味わからないんですけど。

 

 まあいいや。

 えーっと……何の話だ……そうそう。

 それで、歩き食いしながら踏切の方に歩いていくとさ。

 電車の、電線、あんじゃん。

 

 

 

 びっしり(・・・・)止まってるのな(・・・・・・・)

 カラスが(・・・・)

 

 

 

 夕焼けのせいで、皆、まっかっかなんだよ、すんげーブキミでさあ。

 なんであんなにびっしり止まっているのか、とか。

 気になってさ。

 なんだろ、渡り鳥とかって電磁波の影響とか受けるらしいから、電線とか関係あるのかなーとか。

 ちょっと遠いけど、あのパン屋の残飯とか漁ってるのかなーなんて考えていたんだよ。

 そういえばカラスって、生き物の中では、人間の次に頭良いらしいのな。

 おうおう、猿とかよりも。

 奴らってさ、横断歩道にクルミとかを置いていくんだと。

 それで車にそれを割らせた後、青信号の時にそれを回収するんだってよ。

 うん、この前動物のテレビか何かでやってた。

 アレを電車でやってるのかな、脱線したら危ないなー。

 なんて、思ってさ。

 まあ実際は、線路にクルミは置いてなかったんだけど。

 

 そんで、考えてみたけど分かんねぇから、気持ち悪ぃなぁと思いながら、歩いているとさ。

 ちょうど渡ろうとした時に踏切がカンカン鳴り出したんだ。

 いや、まだ閉まってなかったし、余裕で渡れるタイミングだったよ。

 けど、まあ急いでもいないし、止まって電車が通り過ぎるのを待つことにしたんだ。

 うん。

 そしたらさ。

 

 カラスの1匹が、フラフラーっと踏切の方に落ちてきたんだ。

 およーっと思ったね。

 突然の不調か~?

 カラスにも、そんなこともあるのかな~?

 

 ただ、何とも哀れにバタバタしてるんだよね。

 俺って車に轢かれで死にかけてる犬とか見ても何とも思わないくらいドライなんだけど。

 なんていうかな。

 心に迫るようなバタバタだったんだよ、あれは。

 

 まあ、電車来るっていってもまだ余裕あるし。

 どうしよっかなー、助けよっかなー、でも危ないしなー。

 なんて考えていると、向こうから電車が見えてきたからさ。

 これはもう無理だ、成仏しろよカラス。

 南無~。

 なんて。

 ボーっと見てたんだよ。

 

 そしたら、横からパッと。

 犬だよ犬。

 飛び出してきたんだ。

 犬にしてみたら、心に迫るバタバタなんて、関係ないんだろうな。

 弱肉強食だよ。

 動物番組だな。

 

 哀れなカラスが、まんまと食べられると、思うじゃん。

 そしたらカラスの奴さ。

 パッと身を翻したんだよ。

 それで、的確に犬の片目を突いたんだ。

 うん、クチバシで。

 そんで、そのままパッと逃げて行ったんだ。

 犬は突然片目をつぶされてキャンキャン鳴いていたよ。

 

 

 

 まあ(・・)すぐ鳴き止んだけど(・・・・・・・・・)

 

 

 

 んで、電車が通り過ぎた後。

 うん。

 あれだ。

 ミンチに、なるじゃん。

 そしたらさあ。

 

 

 カラスって(・・・・・)雑食なんだなあ(・・・・・・・)

 

 

 

 俺、メロンパン吐いちゃったよ。

 んで、カラスたちを良く見てみるとよ。

 最初夕焼けで赤く見えていると思ってた奴らがさ。

 違うんだ。

 

 

 

 真っ赤なんだよ(・・・・・・・)実際に(・・・)

 

 

 

 あれ多分(・・・・)同じ方法で動物を(・・・・・・・・)何匹も殺してるよ(・・・・・・・・)

 

 

 

 さっきも話していたけどさ、横断歩道にクルミを置くっていうアレ。

 

 

 

 アイツら、もっと簡単に多くの食糧を得られる方法を、見つけたんだな。

 頭いいわ、やっぱり。

 

 

 まあ、そんな所だけど、あそこのパン屋さんは美味かったし、多分また通ることになるとは思うんだけどな。

 え?

 まあ、確かにあの踏切を通らないとパン屋には行けないけどさあ。

 別に動物のスプラッターくらいじゃあ、俺の食欲は止められないぜ。

 

 

 ……ん?

 あそこのカラスの主食は、動物じゃない?

 

 は?

 意味分かんねぇ。

 

 じゃあ一体(・・・・・)何が主食なんだよ(・・・・・・・・)



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7つの子

 時刻は(・・・)19時の(・・・)

 

 浦野ハイツ(・・・・・)101号室(・・・・)

 

 

 

 そこに広がっているの(・・・・・・・・・・)()

 

 

 線路(・・)でした(・・・)

 

 

「え、え、え?」

 

 

 どこまでも続く線路を見て、驚く面々。

 部屋の中と思ったそこは。

 

 どう考えても、屋外、でした。

 

 

 

「ちょ、ちょ?

 わ、私がいる、ついさっきまでは、ふ、普通の部屋だったんですよ?」

 

 【101】号室の中年が、驚きと言い訳の声をあげました。

 

 まあ、でも、誰も責めないでしょう。

 如何に彼が悪意を持っていたとしても。

 部屋の中に線路を(・・・・・・・・)敷くことなんて(・・・・・・・)流石にできないの(・・・・・・・・)ですから(・・・・)!!

 

 ふりかえると、先ほど通ってきた扉は無くなっていました。

 そして横を見ると。

 ……踏切があります。

 

 あります、が。

 

 なぜか、閉まったままになっています。

 

 電車はまだ来ないけど、閉じ込められている。

 そういう、シチュエーションなんでしょう。

 

 

 そして、ふと、顔をあげると。

 

 

 

 電線に止まる(・・・・・・)夥しい量の(・・・・・)

 

 

 紅色の(・・・)カラスたち(・・・・・)!!

 

 まるで、夕焼けに染まって真っ赤な彼らは。

 

 実は、動物達の血液で(・・・・・・・)まっかっかに(・・・・・・)染まっているのです(・・・・・・・・・)

 

 

()……紅鴉(・・)……」

 

 

 猫の少女が、辛うじて、声を上げました。

 

 7不思議の中だけの存在。

 実際にはいないはずの、動物を上手に殺して食べる、カラス。

 

 それが、まさに、びっしりと。

 ……視界いっぱい(・・・・・・)どこまでもいるのです(・・・・・・・・・・)

 

「う、う、うわああああああああん!」

 

 【103】号室の小児が、恐怖のあまり泣き始めました。

 仕方ありません、あまりにも、あまりにも異様、なのですから。

 

 それだけの量がいながら。

 

 奴等は、鳴き声も(・・・・)羽音すら立てずに(・・・・・・・・)

 

 人間たちを(・・・・・)じっと見ているのです(・・・・・・・・・・)

 まるで、何か、順番を待っているかの(・・・・・・・・・・)ように(・・・)!!

 

 何の順番を待っているのか。

 

 そんなの、決まっています。

 

 お食事の(・・・・)順番です(・・・・)

 

 

「な、な、なんなんだ、これは……」

 

 

 【101】号室の中年が小さく声をあげた次の瞬間。

 

 

 ♪ぴろり~ん♪

 

 

 唐突に、メールが、届きます。

 

 それがつまり、今回の……。

 ハーメルンの音楽祭の、最初の音楽(なぞなぞ)に、なりました。

 

 

 

 

 

 

『各々が番(つが)いではないカラスが、7羽いました。

 

 それぞれに、7つの子がいました。

 

 カラスは全部で、何匹でしょう?』

 

 

 

 

 

 

「え、な、なんだこれ?」

 

「7つの子⁉

 し、7×7=49(しちしちしじゅうく)で、親がそれぞれ2人ずつで……」

 

「えーと、えーと……」

 

 あ、やばい。

 浦野ハイツの面々の慌てふためきようを見て。

 猫の少女は思いました。

 浦野ハイツの皆さんは、ニッケルさんになぞなぞを出される経験なんて、多分無いでしょう(・・・・・・・・)

 全員が、パニックになっている。

 これは、自分がなんとかしなければならない。

 猫の少女は、そう思ったのです。

 

 

「それにしても、7×7=49(しちしちしじゅうく)の中ボス感って、すごいよね!」

 

 そして。

 猫の少女の、頑張りに頑張った、周りを気遣う発言。

 これが、限界でした。

 

「……えーっと……。

 ……あ、ああ、わかります、わかります!

 あと、9の段の、今まで倒した強敵達が、最後の戦いを前に出てくる感も異常ですよね!」

 

 何故か、【101】号室の中年と話が合いました。

 いえ、多分話が合ったのではなく。

 話を合わせたのでしょ(・・・・・・・・・・)()

 

 【101】号室の中年さんも、このイヤな空気を払拭したかったのかもしれません。

 流石に、1問目で終わるのはイヤですからね。

 

「でしょでしょ?

 逆に1の段の、物語が始まる前のチュートリアル感も半端じゃないよね!」

 

 何故か九九で盛り上がる2名。

 完全に空気が読めていません。

 しかし。

 それを見てほかの面子は落ち着きを取り戻したみたいです。

 

(なんだろう、この敬語。

 なんだか、ちょっとアレだよね。

 懐かしいというか……心揺さぶられるというか……)

 

 大人の対応をする【101】号室の中年さんと、彼のその敬語。

 猫の少女が、彼の評価を改めていると。

 

 

 カーン、カーン、カーン!

 

 

 踏切が、電車の到来を知らせました。

 

「うわ、やばい、全然考えてなかった」

 

 どうしようもない空気をどうにかすることに精いっぱいで。

 猫の少女は、なぞなぞの答えを全く考えていなかったのです!

 

 ……しかし(・・・)

 

 

「……成程、ね。

 答え、分かりましたよ」

 

 

 そう言ったのは。

 ……例の、【101】号室の中年さん、でした。

 

「考えてみれば簡単です。

 要は、カラスの数え方、ですね」

 

 カラスの数え方。

 中年さんは、続けます。

 

「カラスの数え方にはいくつかあります。

 

 一番一般的な、羽。

 一応認められている、匹。

 詩的な表現でいえば、翼。

 獲物としてみれば、隻、なんてのもあるでしょう」

 

 つらつらと並べられる単位。

 ……そして、そこに、アレはありませんでした。

 

「……そう。

 カラスの数え方に、『ひとつ、ふたつ』はありません。

 

 

 ……つまり、この『7つ』というのは。

 

 

 年齢(・・)ですね(・・・)



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7不思議その1:紅鴉

 時刻は19時過ぎ、場所は線路の上。

 

 踏切がけたたましく鳴り始め。

 遠く遠く、ええ、まだまだ遠いところからですが、電車の音が聞こえてきました。

 

 

「この文章では、カラスの数え方として『羽』と『匹』を使っています。

 ならば当然、7『つ』というのはおかしい。

 

 なので答えは、親のカラスが7羽と、子供の……7歳になるカラスが7羽。

 

 全部で、14羽、です」

 

 

 全員が、納得しました。

 確かに、これで正解であろう、と。

 

 ……しかし。

 

「……答えたのに、何も起きませんね」

 

「何か、答えを入力するものがあるかもしれないね」

 

 猫の少女はそう言いながら、きょろきょろと辺りを見渡して。

 

「あった、多分これだ!」

 

 ……何か、見つけたようです。

 

「緊急停止ボタン、かねえ」

 

「ううん……多分違う」

 

 そこにあったのは、まるで公衆電話のような、数字をプッシュ式で押すタイプのボタン。

 何故ここに?

 

 いえ、考えている場合ではないでしょう。

 猫の少女は素早く『14』の数字を打ち込みました。

 

「あ……ドアだ!!」

 

 【103】号室の小児が、声をあげます。

 踏切には、先ほど入ってきた時と同じような、緑色の扉が(・・・・・)現れていたのです(・・・・・・・・)

 まるでどこ○もドアのようにそこに佇む扉は、若干気持ち悪いものがありますが。

 

「取り敢えず、1問目クリア……か」

 

「ほ、ほらほら、早く入りましょう!」

 

 【102】号室の壮年が、安堵の声をあげ。

 【101】号室の中年が、戒めるように先を促します。

 

 電車の姿はまだ見えませんが、音から察するにかなり近いところまで来ているでしょう。

 

 5人は大急ぎで、ドアの中へと戻っていきます。

 

########################################

 

 扉の先は、また、浦野ハイツの中、でした。

 

「た、助かったね~」

 

 【102】号室の壮年が最後に扉を閉めたのを確認して、【201】号室の老女が笑いかけます。

 

「やるじゃない、おじさん!」

 

「お、おじ……ハハハ……」

 

 猫の少女が【101】号室の中年に労りの声をかけます。

 

 何となく、弛緩した空気が流れる中。

 

 

 ……何故か【103】号室の小児が、とことこと、今出てきた、緑色の扉に近づいていき。

 

 

 

 

 

 がちゃり(・・・・)

 

 

 

 

 

 ドアを開けました。

 

 

 

 

「「「 !!?? 」」」 

 

 

 

 

 開けた先にあったのは、先ほどの線路。

 

 ……というより(・・・・・)轟音とともに(・・・・・・)通過する列車(・・・・・・)、でした。

 

 

 開けた扉は粉々に砕け散り。

 

 

 列車という質量の中に(・・・・・・・・・・)飲み込まれていきます(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 ギャー(・・・)! ギャー(・・・)! ギャー(・・・)

 

 バッサ(・・・)! バッサ(・・・)! バッサ(・・・)

 

 

 まるで大喜びする様な(・・・・・・・・・・)

 輪唱して響き渡る様な(・・・・・・・・・・)カラス達の鳴声の中(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 電車が通り過ぎた先には……。

 

 

 

 

 無残にもミンチになった【103】号室の小児の姿が……。

 

 

 

 

「ふ、ふ、ふええええええええ!!」

 

 

 

 ……ありませんでした(・・・・・・・・)

 

 

「く、そ。

 あんまりふざけたこと……するなよ……」

 

「え、え、え!?」

 

 小児は、無事でした。

 なんと、【102】号室の壮年が、小児を助けていたのです!

 どうやら小児がドアとともに電車に引き込まれる前に。

 体当たりで小児を浦野ハイツ側に吹き飛ばしてくれていたようなのです!!

 

 ……それにしても、まるで。

 

 小児が扉を開ける事を(・・・・・・・・・・)分かっていたような(・・・・・・・・・)タイミングですね(・・・・・・・・)

 

 壮年は倒れていた自身の体を起こすと、ゆっくりと扉を確認し始めました。

 【101】号室には、先ほどバラバラに破壊された緑色の扉は無くなっており。

 ……いつの間にか、変化前の銀色の扉が、知らん顔でついています。

 

 ドアを開けると、そこに線路はなく。

 いつも通りの、浦野ハイツの、普通の部屋、です。 

 

 ここで壮年は一息つくと、【103】号室の小児に向けて、歩き出しました。

 

 

「おい、小僧……なんで扉を開け……た……」

 

「ひ……ひく……だ、だって!

 

 『アケテ(・・・)タスケテ(・・・・)オネガイ(・・・・)!』って!!

 

 とっても高い声が(・・・・・・・・)

 ドアの向こうから、き、聞こえた、から……う、う、うううう」

 

「……声帯模写……だろうな……」

 

「え、え、え!?

 カラスって、そんなことも出来るの?

 ていうか、そ、そんな声、聞こえなかったよ!?

 

 ね、ねえ、みんな?」

 

「……モスキート音……だろう……」

 

「も、モスキート……!? 」

 

 【102】号室の壮年は、素早く推理をしています。

 確かに、それなら、一応辻褄は合います。

 

 合います、が。

 

 

「声帯模写?

 モスキート音??

 なんで、そんな事を、カラスがする意味があるのさ!?」

 

 猫の少女の最もな意見に、【102】号室の壮年は、溜息をつきます。

 

「……紅鴉の都市伝説は、……俺……も、読んだことが、あ……る。

 

 分からない……か?

 都市伝説で書かれていた、『バタバタと憐れみを誘う演技』は。

 

 

 何をターゲットにして(・・・・・・・・・・)獲得していった物(・・・・・・・・)なのか(・・・)

 

 

 ……奴らの主食は(・・・・・・)一体なんなのか(・・・・・・・)

 

 

 ここに来て、やっと。

 

 そこにいる(・・・・・)全員が気が付きました(・・・・・・・・・・)

 

 憐れみを誘う演技。

 声帯模写。

 モスキート音。

 

 ……それらが指し示す先は、1つしかありません。

 

 

「そう……だ。

 奴らの主食。

 

 それは(・・・)

 

 

 ……人間の(・・・)子供(・・)……()



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情報共有その2

 時刻は19時過ぎ、場所は浦野ハイツ、101号室。

 

「う、う、うううううう……」

 

 唸っているのは、【103】号室の小児です。

 

 ガタガタ震えながら、【201】号室の老女に膝枕してもらっています。

 

「……『ねずみ』君……」

 

 【101】号室の中年が呼びかけますが、小児は答えません。

 

 そんな小児を、老女は優しく撫でた後。

 

 

「ほら。

 『ねずみ』くん。

 

 ちょっとだけ、落ち着いたでしょう?」

 

 優しく話しかけるのでした。

 

「そうしたら。

 まずは、助けてくれた『ふえふき』のお兄ちゃんに、ありがとうしなさい」

 

「う……う?」

 

 老女の言葉を、小児は聞いていました。

 そういえば、自分が助かったのは。

 『ふえふき』の……【102】号室の壮年が助けてくれたからだ。

 そう、思い出したのでしょう。

 

「あいさつ、できる?」

 

「う、うん……」

 

 よろよろ、と立ち上がった【103】号室の小児は、よろよろと立ち上がると、【102】号室の壮年へ向き合いました。

 

 

「おじちゃん、助けてくれて、ありがとうございます」

 

 健気に、ぺこりと頭を下げました。

 

「……そんなことは、どうでもいい……。

 ……小僧……の、渡された情報を教え……ろ」

 

 【102】号室の壮年は、小児の発言を完全に無視して、そう言いました。

 

「ちょ……ちょっと『ふえふき』さん……その言い方は無いんじゃないですか?」

 

 【101】号室の中年は、壮年に苦言を呈します。

 

 が。

 

 

「だ、大丈夫だよ、『かたりべ』のおじさん。

 みんなのメール、教えてもらってもいい?

 

 俺の貰った情報、みんなに送るね」

 

 【103】号室の小児は、びくびくしながらも。

 自分がもらった情報を、他の皆さんに送ります。

 

 

 ……しかし。

 

 

「……ん?」

 

「エラー?」

 

 

 送られてきたメールは。

 

 

 

 白紙、でした。

 

 

 

「え、あれ?

 もう一回、送るね」

 

 

 【103】号室の小児は、再度メールを送りますが。

 

 

「……エラー、ですね」

 

「あれ、あれ、あれ?

 

 ご、ごめんなさい、直接、見せるね」

 

 小児が見せる携帯の画面は。

 

 

 

 やはり、真っ白、でした。

 

 

「え、え。

 あ、えーと、俺のもらった情報は、※※※※が重要っていう……」

 

 小児は自分でその言葉を言おうとしますが。

 どうやら上手くいかなかったようです。

 

「……もういい、重要すぎて他に喋れないん……だろう」

 

 【102】号室の、『ふえふき』の壮年は、ため息をついて小児から離れます。

 重要すぎる内容は、周囲に話すことが、できないようです。

 

 そりゃあ(・・・・)そうでしょう(・・・・・・)

 

 何しろここは、謎解きの空間です。

 

 

「まあ、丁度いいですので、皆さんの手に入れた情報について、教えてもらっていいですか?

 

 あ、私の情報も、送りますね」

 

 

 【101】号室の、『かたりべ』の中年が送ってきたメールの内容は。

 

 『どこかの誰かの噂話』というタイトルのメールで。

 

 要は、この町の7不思議について、でした。

 

「これは送れるみたい、ですね」

 

「……情報によって、軽重があるん……だろう」

 

 【101】号室の中年と、【102】号室の壮年が、2人で話を進めています。

 

「……じゃあたぶん、私の情報は伝わらないかもしれないねぇ」

 

 【201】号室の老女はそう呟きながら、自身のメールを送りますが。

 

「白紙、ですか……」

 

「おい、どういった内容……なんだ」

 

「あんたたち全員の、本名の情報、だよ」

 

 全員が、びくりと肩を震わせます。

 

「安心していいよ、名前以外の、それ以上の情報は載っていないから」

 

「まあ、良いでしょう。

 それで、『ふえふき』のお兄さんは、どんな情報なんですか?」

 

「……ハッ。

 

 いうつもりは、ない」

 

 ……何故か、『ふえふき』の壮年は、自身の情報を晒すことを拒否しました。

 

「え……ちょっと……」

 

「……俺……の情報は、別に知らなくてもクリアできる類の、どうでも良いもの……だ」

 

「そ、そんなの、聞いてみないと実際はわからないじゃないですか!」

 

 

 中年は声をあげますが。

 壮年は、自身の情報開示を頑なに拒んでいます。

 

 しばらく同じようなやり取りを繰り返した後。

 中年は、あきらめたようで、今度は猫の少女に声をかけました。

 

「それじゃあ。

 えーと……『おとな』のお姉さんは、どんな情報を手に入れたんですか?」

 

 おとなのお姉さんという言葉に少し恥じらいを感じたのか。

 ややためらいがちに、中年は声をかけますが。

 

「あ、あたしも同じ。

 

 クリアに関係ないし、黙秘で!」

 

 ニコニコ笑いながら、少女はそう言いました。

 

「ちょ……ちょっと、それは……!」

 

 中年は、驚きを含んだ声を上げます。

 

 

 まあ、猫の少女としては、当たり前のことです。

 

 自分以外は、全員小説の登場人物。

 

 こいつらみんな(・・・・・・・)実在の人物では(・・・・・・・)ないのです(・・・・・)

 

 そんな彼らに、『あなたたちは、小説の中の人間ですよ』と伝えたところで、混乱しか生まれません。

 

 そして同時に、猫の少女は冷たい目で現実を見ていました。

 

 

 【101】号室の、『かたりべ』の中年と。

 【102】号室の、『ふえふき』の壮年。

 

 彼らは、使える(・・・)

 ボチボチ体力もあるだろうし。

 頭もそこそこ回る。

 

 問題は、老女と小児だ。

 彼らは頭も体力もない。

 

 彼らは、絶体絶命の危機に今後陥る可能性が高いが。

 

 絶対に助けてはいけない。

 

 ただの小説の中の人物(・・・・・・・・・・・)()命なんてかける必要は(・・・・・・・・・・)ない(・・)……と。

 

 

 こうして、とりあえず個別に渡された情報の共有は終わったのです。

 

 1人のみが情報共有に成功し。

 

 2人は、共有不能。

 後の2人は、共有拒否、という形で。



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102号室:スイム
雑談その1


 時刻は20時前、場所は浦野ハイツ【101】号室。

 

 【103】号室・『ねずみ』の小児は、【201】号室・『こども』の老女にもたれ掛かって、うとうとしています。

 

 仕方ないことでしょう。

 突然のシチュエーションに。

 目の前に現れた死の恐怖。

 

 おまけに、恐らく普段はもう寝ているであろう時間帯。

 

「……『ねずみ』君。

 今は、取り敢えず寝ておきなさい」

 

 【101】号室の、『かたりべ』の中年はそう優しく切り出しましたが。

 

 『ねずみ』の小児は、首を振ります。

 

「ううん、大丈夫……。

 俺、強い子、だから」

 

 この言葉には、流石の猫の少女も、一瞬だけジワッと来たみたいです。

 

「……『ねずみ』くんは、本当に強くて、かっこいいねぇ。

 

 死んだ私の旦那にそっくりだよぉ」

 

 老女が、これではいけないと思ったのでしょう。

 小児に優しく撫でるように。

 そんな言葉を送りました。

 

「……あ、そうだ!」

 

 『こども』の老女は、ポケットを探ると、小さな金属の笛を取り出しました。

 

「これは私の旦那が持っていた、かっこいい人の証だよ。

 

 大事なものだけど、かっこいい『ねずみ』くんに、あげる」

 

「かっこいい、俺に?」

 

 老女の発言を聞いて、小児は笑顔を見せます。

 

「うん。

 だから、『ねずみ』くん、今は、寝ておいて。

 

 ……いざという時に、私たちを助けておくれよ」

 

「ね、寝ても大丈夫?

 

 寝ても、かっこいい?」

 

「寝ても、かっこいいよ。

 おばあちゃんが、保証する。

 

 老女の太鼓判を見た後、周りを見渡す小児。

 

「ええ、時間が来たら起こしますから」

 

「あ~、うん、良いんじゃないかな、問題ないよ」

 

 『かたりべ』の中年と、猫の少女も、そう言います。

 

「……これだけは、覚えてお……け」

 

 【102】号室の、『ふえふき』の壮年は、小児を圧迫するように、言葉を続けました。

 

「さっきの敵の名前は『紅鴉(べにがらす)』。

 今度同じことがあっても、決して近づ……くな」

 

「う、うん。

 分かった!」

 

 『ねずみ』の小児が笑顔で答えると。

 『ふえふき』の壮年は「ちッ……、調子が狂……うな……」などと独り語ちました。

 

##########################################

 

「ばあちゃんは、子供の扱いが上手だねぇ」

 

 猫の、『おとな』の少女が、『こども』の老女に声をかけます。

 小説のキャラクターとはいえ、可愛くて意地らしい小児に。

 可愛くて優しい老女。

 如何に現実主義な猫の少女とはいえ。

 少しだけ、興味が湧いたのでしょう。

 老女の膝の上には『ねずみ』の小児がすやすや寝息を立てていたので、小さな声で、ですが。

 

「まあね。

 伊達に子育て、孫育てはしていないしね。

 それにね、この子、私の孫に、ちょっとだけ似ているんだ」

 

 そう言って笑う老女。

 そういえば。

 【201】号室の老女は、お孫さんのボロボロの写真を大事に持っている、なんていう設定があったな。

 猫の少女はそんなことを思い出し、老女に聞いてみました。

 

「ばあちゃん、お孫さんの写真、あるなら見せてよ~」

 

「ん~?

 どうしても?

 

 仕方ないね~」

 

 全然仕方なくなさそうに。

 というかむしろ嬉しそうに、老女は猫の少女に写真を見せました。

 

「……ッ!!」

 

「どう?

 可愛いでしょ?

 

 自慢の孫なんだよ~」

 

 猫の少女は、驚いて目を見開きます。

 

 なぜなら(・・・・)

 

 

 だって(・・・)

 

 

 写真の小児は、どう見ても(・・・・・)

 

 

 ……今膝の上に寝ている、『ねずみ』の小児に。

 

 

 

 瓜二つ(・・・)、だったからです。

 

 

 

「ば、ばあちゃん、こ、これって……」

 

「みなさん、歓談中のところ申し訳ありませんが。

 

 そろそろ、21時です」

 

 猫の少女が疑問の声を上げようとしましたが。

 【101】号室の『かたりべ』の中年に邪魔されます。

 

「……ホントだ、もう9時、か。

 今度は、【102】号室、だね。

 

 次は、どんな怪異だろう」

 

「スイム……」

 

「え?」

 

 【102】号室の、『ふえふき』の壮年の発言を、猫の少女が思わず大きな声で聞き返してしまいました。

 

「……むにゃ……」

 

「あ、起きちゃった?

 

 もう少し寝てても、良いんだよ?」

 

 声が大きかったためか、小児が目を覚ましました。

 『こども』の老女が、気を使ってそんな言葉をかけますが。

 

「だ、だいじょぶ。

 

 俺は、強い子……」

 

 小児の戦う姿勢に。

 他のメンツは、少しだけ、戦闘意欲の高まりを見せたみたいです。

 

 皆が【102】号室の前へ行くと。

 タイミングよく、柱時計が21時の鐘を鳴らし。

 

 そして、扉が、緑色に染まります(・・・・・・・・)

 

「それでは。

 

 いきましょう、みなさん!」

 

 【101】号室の、『かたりべ』の中年の号令とともに。

 

 5人は、【102】号室の扉を、くぐるのでした。



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どこかの誰かの噂話 その2

 ねぇねぇ、スイムさんの話、聞いた?

 あ、知らない?

 プールのスイムさん。

 

 なんかさ。

 市民プールあるじゃん。

 あそこ、真夜中の第3コースを泳いでいると、スイムさんに連れて行かれちゃうんだって。

 切ないよねー。

 

 え?

 スイムさんのこと?

 プールの幽霊だよ。

 なんか、もともとは中学校の水泳部員だったみたい。

 強化選手?か何かだったんだって。

 超上手かったらしいよ、泳ぐの。

 練習が足りないと思ったみたいで、こっそり夜中のプールに忍び込んで練習していたんだって。

 もー切ないよねー。

 駄目な事だけどさー。

 でもさでもさ、夜中に足が攣っちゃって。

 

 周りに誰もいないから、そのまま溺れて死んじゃったみたい。

 

 それから、夜中に自分と同じコースを泳ぐ人を、溺れさせて殺しちゃうんだって。

 

 ちょっと気持ち、分かるよねー。

 切ないー。

 

 でさでさ。

 この前、それを確かめに行った子たちがいたんだって。

 隣のクラスの女子グループらしいんだけど。

 真夜中の市民プールに忍び込んで。

 わざわざ、良くやるよねー。

 ちょっと切ないよー。

 

 それでさ。

 4人くらいで行ったみたいなんだけど、そのウチの3人は怖気づいちゃったみたいで。

 結局、言い出しっぺのリーダー格が、泳いだみたい。

 うん。

 もちろん。

 第3コース。

 

 そしたらね。

 

 出たんだって。

 

 スイムさん。

 

 超長い髪の毛しか見えなかったらしいんだけど。

 ゆらゆら凄いスピードで追いかけて来て。

 あっという間にリーダー格の子をプールの底に引きずり込んだんだって。

 

 他の3人は大慌て。

 でも、プールに飛び込むわけにもいかないから、すぐに警察に連絡。

 最初は警察が何人かプールに入って捜索したみたいなんだけど、暗くて全く見つからない。

 

 それで警察は大急ぎでプールの管理者に連絡。

 水を抜いてもらおうと頼んだみたい。

 今のプールって、ボタン一つで水が抜ける仕組みみたいなんだけど。

 ……その時は何故か、壊れて動かなくなっていたんだって。

 昨日までは正常に作動していたのに、だよ?

 

 まあでも、壊れているなら仕方ないってことで、その後はもう大変。

 結局それから、消防隊や海上保安官まで駆けつけて、みんなでバケツリレーでプールの水を掻き出したみたい。

 

 

 

 まあ(・・)間に合うわけ(・・・・・・)ないんだけどね(・・・・・・・)

 

 

 

 明け方になる頃にやっと、リーダー格が見つかって。

 もちろん、プールの底から。

 足首には、くっきりと人の手が握りしめたみたいな痕がついていたみたい。

 もう、とっても、ねー。

 切ないよねー。

 

 あ、あと。

 排水の故障の原因なんだけど。

 見てみたら、すぐに分かったみたい。

 

 

 排水溝に(・・・・)びっしり詰まって(・・・・・・・・)いたんだって(・・・・・・)

 

 ……()

 

 

 ねー。

 切ないよねー。



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おせんべ焼けたかな

 時刻は21時、場所は【102】号室の、緑色の(・・・)扉の前。

 

 ドアを潜ると、そこは……。

 

 

 ……真夜中の(・・・・)市民プールでした(・・・・・・・・)

 

 

「……スイムさん、でしょうね」

 

 『かたりべ』の中年が呟きます。

 

 そこに部屋がないことには、もはや誰も驚いていない様ですね。

 

 

「さて、今度はどんななぞなぞ、なんだろうねぇ」

 

 『こども』の老女が言うか言わないかのうちに。

 

 ♪ぴろり~ん♪

 

 

 ……メールの音が、聞こえました。

 

 皆さんがメールをのぞき込むと。

 そこには、こんな文章が、ありました。

 

 

『おせんべ焼けたかな。

 

 焼けたら8人で分けちゃおう。

 

 包丁で何回切ったら、分けられるかな。

 

 おせんべは変わった形はしていないし、包丁も変わった形はしていないよ。

 

 切ったせんべいを重ねたりも、なしだよ』

 

 

 

 

「煎餅を、分ける……のか」

 

 『ふえふき』の壮年が、考え込みながら言いました。

 

「せんべいって、食べ物なの?」

 

 『ねずみ』の小児の言葉に、一同が驚きの声をあげました。

 

「『ねずみ』くんは、煎餅を見たこと、ないのかねえ」

 

「あ、ううん!

 絵では見たことあるけど、食べ物って思わなかった。

 あの、丸くて茶色いヤツだよね」

 

 『ねずみ』の小児は手で(ボール)の様な形を作ります。

 実際はもちろん、平べったいのですが……。

 まだ3歳なので、本物の煎餅を見たことがないみたいです。

 

「あ、まあ、そんな感じ、そんな感じ」

 

 面倒くさくなった猫の少女が、相槌を打ちました。

 今、『ねずみ』の小児に割いている時間はないと判断したのでしょう。

 

「それで、答えのコースを泳げば良いんですかね?」

 

 『かたりべ』の中年の声を聞いて。

 

 

「あ~あ。

 わかったよ、答え。

 

 

 3回だ(・・・)

 

 『おとな』の少女、こと、猫の少女が声をあげました。

 

「お、おお。

 早いですね。

 

 それにしても、4回未満の答えなんてあるんですか?」

 

 他の皆さんも、興味津々に『おとな』の少女を見ています。

 少女は得意げに胸を張ると、声を大にして言いました。

 

「いや、正直、答え分からないよ?

 でもね。

 

 ここが市民プールで。

 スイムさんが出るのが第3コースなら。

 

 そりゃあもう、答えは『3』以外にありえないんだよ!」

 

「……なんだそりゃ……何を根拠に」

 

「私はこの前、同じようなデスゲームに巻き込まれたの」

 

 周りの空気が、少しだけ変わります。

 

「デスゲームの首謀者は、完全な愉快犯で。

 面白さで全てを語るようなヤツだった。

 

 そう、面白ければ。

 

 全員助かろうが……全滅しようが(・・・・・・)

 

 

 にこにこ(・・・・)笑ってるような(・・・・・・・)ヤツだった(・・・・・)」 

 

 少女は、語ります。

 

 大マジです。

 

「はぁ……。

 いいですか、『おとな』のお姉さん。

 平面を線で分割しようとしますよね」

 

 『かたりべ』の中年が、その辺から棒を拾ってくると。

 プールのはずれの土がむき出しになったところへ行き、線を1本書きました。 

 

「1本の線で分割できる最大の個数は、当然2つまで、です。

 同じように……」

 

 再度がりがりと、地面に線を引きます。

 

「2本の線で分割できる最大の個数は、4つです。

 そして、3本の線では……」

 

 3角形を作るように線を3本引くと、中年は言いました。

 

「1,2,3,4,5,6,7。

 最大でも、7つ。

 

 これはつまり。

 均等という条件を無視したとしても、3回で8つに切ることは出来ないんです(・・・・・・・)!」

 

「おじさんが何と言おうと、答えは『3』だよ」

 

「あのねぇ」

 

「例えこの問題が『1たす1は、なんでしょう?』だったとしても。

 

 

 ……私は(・・)3を(・・)選ぶ(・・)

 

「……馬鹿馬鹿しい。

 これは、4以外にない……だろ」

 

 『ふえふき』の壮年が、ぼそりと呟いて『かたりべ』の中年の肩を持ちました。

 

「私は、『おとな』のお嬢ちゃんに1票」

 

 『こども』の老女は、『おとな』の少女に賛成します。

 

 

 そして。

 

 もちろん、多数決というわけではありませんが。

 

 

 『ねずみ』の小児に視線が集まります。

 

 小児は少しだけ戸惑ったあと。

 

 

「お、俺は、『3回』だと、思う」

 

 

 小児は、猫の少女に1票入れたのでした。

 

 

「……『こども』のお婆さんが選んだ方、ということですか?

 

 そんな事で、こんな大事な決断をしては……」

 

「ううん、違うよ!」

 

 中年の言葉に、小児は否を唱えます。

 

「出来るんだもん、分かったんだもん。

 おせんべいを(・・・・・・)3回切って(・・・・・)

 

 

 ……8個に分ける(・・・・・・)方法(・・)



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7不思議その2:スイム

「出来るよ、せんべい。

 3回切って、8とうぶん」

 

「煎餅を、3回で、8等分?

 重ねたりもなし……だぞ?」

 

 『ねずみ』の小児の言葉に、『ふえふき』の壮年は、半信半疑で聞き返します。

 

「うん、もちろん。

 

 え、えーっと。

 

 まず、縦に切る、でしょ。

 次に、横に切る、でしょ。

 

 そして……」

 

 

 『ねずみ』の小児は、煎餅を、地面と水平に(・・・・・・)切りました(・・・・・)

 

「「「「……あっ……!」」」

 

 そうです(・・・・)

 全員が、煎餅を平面で考えていました。

 でも、実際の煎餅は、ただの平面ではありません。

 

 厚さもある、立体なのです(・・・・・・)

 

「……多分これで、8とうぶん」

 

 小児は、煎餅の、正しい形を知りませんでした。

 

 知らないからこそ、答えにたどり着けた、といえるのかもしれません。

 

「ええ、私が間違っていました。

 答えは3、ですね」

 

 誰も文句のつけようがありませんでした。

 

「ねェ、どんな気持ち?

 さっきまで、自信満々で幾何の講義をしていたけど。

 

 ねェ(・・)()どんな気持ち(・・・・・・)?」

 

「え、泣いても良いんですか?」

 

 『おとな』の少女の煽りに耐性のない『かたりべ』の中年は、若干泣き顔で答えました。

 

「……それにしても、どうやって3コースを渡ればいいんだろうねえ」

 

「あ、それ、もちろん考え済みだよ!」

 

 少女が、自信満々で胸を張りました。

 

「泳いだらダメなんだから。

 

 歩いて渡れば(・・・・・・)良いんだよ(・・・・・)!」

 

 

 ものすごい浅知恵です。

 

 他の皆さんも、ポカンと口を開けていますが。

 

「……まあ、確かに。

 他に、方法も無いですしね」

 

 結局、その方法で渡ることになりました。

 

#######################################

 

 プールを歩いて渡ることになった面々ですが。

 小児や老女ではプールの地面に足がつかずに、泳ぐことになってしまいます。

 

 ということで。

 

 『ねずみ』の小児を『かたりべ』の中年が。

 『こども』の老女を『ふえふき』の壮年が。

 

 それぞれ背負って進むことになりました。

 

 因みに、一番後方が『おとな』の少女です。

 例え『歩いて渡る』という物が間違っていたとしても。

 一番最初に襲われたくないのでしょう。

 

 

「たかーい!

 たのしーい!」

 

「それは、よかった」

 

 状況を忘れてはしゃぐ小児と、笑顔で対応する中年。

 

「貴方もいい男だねえ。

 私がもう70年若かったら、放っておかなかったよ」

 

「」ブーッ

 

 年甲斐もなくシナを作る老女と、何故か鼻血を吹き出す壮年。

 

 

 じゃぶじゃぶとプールを進む一行ですが、どうやら『歩いて渡る』で正解だったようです。

 

 

 特に何の問題もなく、25m先のプールの端にたどり着きました。

 

 

 コースの上には、緑色の扉が。

 

 小児と中年。

 老女と壮年のペアは無事プールから外に出て。

 

 『おとな』の少女が来るのを待っています。

 

 少女はまだ25mプールの真ん中付近でボヤボヤしています。

 恐らく一番深いところで、足がつくかつかないか、なのでしょう。

 

「うあ、ここ、深いなぁ。

 つま先立ちで、ギリギリ……」

 

 

 少女はそんな事を言いながら、懸命につま先を立てて伸び上げていると、次の瞬間。

 

 

 

「があああああああああ!!

 

 りょ、両足、攣ったああゴボゴボゴボ!!」

 

 

 

 ……まさかのタイミングで、足が攣ったのでした。

 

 

「え、ちょ、大丈夫ですか!」

 

 

 4人は助けに行こうとしますが、その距離はあまりに暗く、遠いのです。

 

 

 

「な、なにあれ……あの(・・)髪の毛(・・・)!!」

 

 

 声を上げたのは、『ねずみ』の小児でした。

 

 どうやら小児は、目がいいみたいです。

 

 

 何か、見えたのでしょう。

 

 

 

 こんな時間に(・・・・・・)プールで泳ぐ(・・・・・・)自分たち以外の何かを(・・・・・・・・・・)

 

 

「ゴボゴボゴボ」

 

 

 

 猫の少女は相変わらずプールの中央で溺れています。

 

 そして。

 

 

 他の3人も視野にその存在を確認しました。

 

 

 物凄い速さで少女に近づく、長い長い(・・・・)髪の毛を(・・・・)

 

 

 そして、その髪は、少女を掴むと。

 

 

 

「ゴボ……」

 

 

 

 

 

 そのまま(・・・・)

 

 

 

 どこかへ(・・・・)

 

 

 

 連れ去っていった(・・・・・・・・・)のでした(・・・・)

 

 

 

 

 

「あ、あ、ああああ……」

 

 

 

 

 

 

 呆然とする一同の前に。

 

 

 

 突然(・・)水柱が上がります(・・・・・・・・)

 

 

 

 

「「「「ぎ、ぎゃあああああああああ!!」」」」

 

 

 

 

 水面から立ち上ったのは、ぱんぱんに(・・・・・)膨らんだ顔に(・・・・・・)

 眼球まで真っ黒な瞳(・・・・・・・・・)

 ぱっつんぱっつんに(・・・・・・・・・)なったスクール水着(・・・・・・・・・)

 

 そして(・・・)

 

 

 ながい(・・・)ながーーーい(・・・・・・)真っ黒な髪の毛(・・・・・・・)!!

 

 

 呪われた土左衛門(・・・・・・・・)

 

 

 

 ……スイムさん(・・・・・)、です。

 

 

 

 

 

 

 全員が尻餅をついて……小児に至っては、お漏らしをする中で。

 

 

 スイムさんは腐れ落ちた唇から(・・・・・・・・)歯をむき出しにして(・・・・・・・・・)笑うと(・・・)

 

 

 

 ……夜のプールに、消えていったのでした。

 

 

 

「え、え、え、え、え」

 

 

「い、一体、なんなん……だ。

 

 

 ……あ!!」

 

 

 

 全員訳が分からないまま呆然としていると。

 

 

 

 何故かプールサイドに。

 

 

 

 ……気絶した猫の少女が横たわっていました。

 

 

 

「ど、どういうこと?」

 

 

 老女が疑問符を浮かべます。

 

 

「良く分か……らないが……。

 

 ……つまり、こういうこと……だろう。

 

 真夜中の第3プールに。

 

 

 泳いでいると、連れていかれて(・・・・・・・)

 歩いていると、何もされなくて(・・・・・・・)

 

 そして……」

 

 壮年は、言葉を切って、少女を向き直ります。

 

溺れていたら(・・・・・・)助けてくれる(・・・・・・)

 

「……というか、夜中の第3プールまでわざわざ泳ぎに来る人が、まさか溺れるなんて。

 流石のスイムさんも、思わなかったんでしょう。

 

 自分に重ねて。

 思わず、助けちゃったんでしょうね」

 

 中年が、よかったよかったと、少女の腕を指さしました。

 

 全員が、そこに視線を移します。

 

 グルグルと目を回している少女の、その両手首には(・・・・・・・)

 

 

 

 ……くっきりと人の手が(・・・・・・・・・)握りしめた痕が(・・・・・・・)ついていたのでした(・・・・・・・・・)



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雑談 その2

 時刻は21時過ぎ、場所は【101】号室。

 

 目をくるくる回して気絶中の猫の少女と。

 

 すっかりおねむ(・・・)になっている『ねずみ』の小児。

 

 その2人を除いた3人の会合が、始まっていました。

 

「えーっと。

 ところで。

 『ふえふき』さんは、なんでそんなにどもっているんですか?」

 

 『かたりべ』の中年が、いきなりぶっこみます。

 何故か『こども』の老女も面白そうに話を聞いています。

 

 ……こういうのって、理由とか、あんまりないと思うのですが。

 『ふえふき』の壮年は、ぐ、と一息ついた後。

 

「……どうでもいい……だろ」

 

 そう言って。

 ちら、と。

 猫の少女を一瞥しました。

 

「それより『かたりべ』……。

 ……お前……、なんのつもり……だ」

 

 同じく、『ふえふき』の壮年がぶっこんできました。

 ……ぶっこんだ割には、意味は分かりません。

 

「何のつもり、と言いますと?

 えーっと、本当に、さっぱりわからないのですが」

 

 『かたりべ』の中年は、困った感情を滲ませています。

 

「ま、まあまあ。

 2人とも、落ち着いて」

 

 2人の間に、『こども』の老女が入ってくる。

 

「私は落ち着いているつもりですが……。

 『ふえふき』さんが、どうも私が気に入らないみたいで。

 

 お隣さんだから、何か知らないうちに気に障る事をしていたんですかね?

 理由があるのでしたら、謝りますけど」

 

「……あ……?

 

 お隣さん……?

 何を言って……」

 

 2人の会話に対して、手を、ぱんと叩いた老女は。

 少し呆れたように、中年を見て。

 そして、壮年を見ました。

 

「今はそんなことより、ゴールへの道を何とか切り開くことが先決じゃないのかい?」

 

「む」

 

「ぐ」

 

 老女の一言で、何も言えなくなったのでしょう。

 2人は、押し黙って下を向きました。

 老女は、思い出したように、声をあげました。

 

「ああそうだ、それで、『ふえふき』のお兄さん。

 

 ……あなたに渡された情報、教えてもらえる?」

 

「……断る」

 

「そこを、なんとか。

 

 見せてくれないと……嫌いになっちゃうぞ?」

 

 老女が似合わない、ぶりっ子のような笑顔を見せました。

 

「……」

 

 『ふえふき』の壮年は。

 しばらく悩んだようですが。

 

 老女になら、見せていい、と判断したのでしょう。

 

「……これ……だ……」

 

 観念したかのように、メールを見せました。

 その内容に、一同は、息をのみます。

 

 

 

 

『 ”ふえふき”は。

 

 登場人物を(・・・・・)

 

 

 1人(・・)殺さなくてはならない(・・・・・・・・・・)

 

 

 ふーん、と老女が独り言ちます。

 

 

「……なるほど、ね。

 これは流石に、皆に見せられないねえ……」

 

 老女はもう一度、メールを読みなおすと、少しだけ笑います。

 

「良いよ」

 

「……」

 

「いざとなったら、私を殺しな」

 

「……言うと思……った。

 だから、見せたく……なかった」

 

 『ふえふき』の壮年の言葉に、『こども』の老女は、壮年の頭をなでることで答えました。

 されるがままに頭をなでられる壮年。

 その光景を、まるで全部分かって(・・・・・・・・・)いるかのように(・・・・・・・)

 

 『かたりべ』の中年が優しく見守っているのでした。

 

#########################################

 

 

「む、むにゃ?」

 

「あ、目覚めましたか」

 

 猫の少女……『おとな』の少女が目覚めたときには、3人の会合は終わっていました。

 

「んー」

 

 少女は、自分の記憶がない部分を一生懸命補填することにしたようです。

 

 そして、どうやらスイムさんに助けられたようであることに思い当りました。

 

「……死にたい」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 『こども』の老女が、笑って頭を撫でました。

 

「気を切り替え……ろ。

 もう、次の部屋に入……るぞ。

 

 ……小僧……も、起き……ろ」

 

 『ふえふき』の壮年が、『ねずみ』の小児を足で小突きます。

 

「『ふえふき』さん。

 一応、子供をそうやって起こすのは、あまりいいことでは……」

 

「……次は、『身駅』……だな」

 

 『ふえふき』の壮年は、『かたりべ』の中年のセリフを完全に無視しました。

 中年は、あきらめたようにため息をついた後、部屋の外へと移動するのでした。

 

 のろのろと103号室の前に移動する面々。

 

 そんな中で。

 『おとな』の少女は、思わず疑問を投げかけます。

 

「……あのさあ、オタクくん。

 

 なんで君(・・・・)順番が分かるの(・・・・・・・)?」

 

 

 『ふえふき』の壮年が、その問いに、少しだけ笑いながら、皮肉るように、返します。

 

 

「……さあて(・・・)()

 なぜでしょう(・・・・・・)?」

 

 

 壮年の背後では。

 

 既に103号室の部屋は(・・・・・・・・・)緑色の扉へと(・・・・・・)姿を変えて(・・・・・)いたのでした(・・・・・・)



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103号:身駅
どこかの誰かの噂話 その3


 たいしょー!

 ハイボールまだぁ?

 

 え、飲みすぎィ?

 全然だよ、こんなァ、まだまだ全然酔ってないィよ。

 あ、ありがとォ、頂きまァす。

 んー、美味い!

 

 あ、そういえばさァ、たいしょー。

 あたし、この間ァ、身駅に行ったよ。

 え?

 身駅ってったら身駅だよゥ、知らない?

 

 えーっと、なんていうかァ。

 存在しない、駅のことなんだけどね。

 

 今はホラ、ネットとかあるからさァ、行き方とかも、書いてあるんだよ。

 ちょっと待ってて、えーっと、えーっと。

 ほら、これこれェ。

 

 ○○行き上り電車の××駅で降りて。

 ホームの階段を上って下って。

 今度は下りの△△駅で降りて、□□電車に乗り換え……。

 

 ねえ、たいしょー?

 ちゃんと聞いてるゥ?

 私、結構一生懸命話しているんですけどォ。

 

 あっはっは。

 冗談冗談。

 まあ、いいやァ、以下略ね。

 

 なんていうか、この、コマンド?みたいな通りに電車に乗るとね。

 最後に『身駅』ってところに着くみたい。

 いやいや、もちろん、都市伝説みたいなものなんだけどさァ。

 

 それでね。

 その日はさァ、すンごい二日酔いだったんだけど。

 それでも会社に行かないといけない日だったのよ。

 何度も降りる駅を乗り過ごしたり、降り間違えたりしたんだけどォ。

 そうそう、本当にたまたま、この通りに進んじゃったみたいなんだよね。

 ふふふ。

 ね~、どんだけ酔っぱらってるんだって感じだよねェ~。

 あっはっは。

 

 着いたときは、びっくりしたよ。

 うん、昔何かで見たことがあってね。

 知ってたのよ、身駅。

 え、うんうん。

 降りるまで、気づかなかった。

 あっはっは。

 アホでしょ、ねー。

 

 身駅。

 うん。

 なんだろ、凄い寂れた駅だったな。

 電車から降りる人も乗る人も、私一人以外いなくて、さ。

 セミの鳴き声がうるさくて。

 取り敢えず駅のベンチに座ってポカンとしていたんだけど。

 駅から見た景色が、凄かったんだァ。

 何処までも抜けるような青空と、遠くに浮かぶ入道雲。

 なんだろう、思わず泣きたくなるような、懐かしくなるような。

 そんな風景だった。

 うん。

 

 ねえねえ。

 たいしょー?

 ちょっと、聞いてるゥ?

 2回目だよぉ。

 なんか私一人でセンチになって、恥ずかしィんですけど!

 あ、あと、ハイボールもう1つね。

 ペース?

 こんなもんよ、こんなもん。

 会社勤めですからねェ!

 ふふふ。

 

 あァ、そうそう。

 それで、早速会社に電話したわけですよ。

 今日は母が危篤なので休みます!

 ってねェ。

 身駅に迷い込んだので休みます!

 なんだけどね、本当は。

 ふふふ。

 

 そうそう、電波は届くの。

 だから身駅について改めて調べたんだ。

 うん、ネットでね。

 凄いねネットは。

 迷い込んだ人たちは大体ね、某巨大掲示板にスレ立てしてたよ。

 あっはっは。

 みんな、余裕あり過ぎ!

 たいしょー、ネットの大型掲示板とか、わかるゥ?

 ん?

 あっはっは。

 まあ、そうだね、普通の町の掲示板とかの、すんごく大きいバージョン。

 そんな感じ……なのかな?

 まあ良いや。

 取り敢えず、その掲示板での情報をまとめて分かったのが3つ。

 

 ひとつ!

 数時間待っていれば、次の電車が来る。

 短くても3時間、長い人だと10時間くらい待つみたいなんだけどね。

 

 そして。

 ふたつ!

 駅から外に出て、村や森の方に行ってはいけない。

 これをやった人たちは、みんな途中で返答が途絶えている。

 

 最後に。

 みっつ!

 身駅に着いた人たちは、何故かみんな駅から出たくてしょうがなくなる。

 

 

 ……だよねェ~。

 3つ目って、意味わかんないでしょう。

 我慢しろよって。

 思う思う!

 ふふふ。

 でもね、行った私なら分かる。

 

 なんだろう、本当に、胸が締め付けられるんだァ。

 降りたらまずい駅のはずなのに、ふらふらと改札口まで行ったりしてね。

 

 改札口には人がいなくて、まあ、無人駅なんだけど。

 向こうには、昔ながらの家々が立ち並んでいて。

 遠くで畑仕事をしているおばあちゃんが、こっちに気が付いて手を振ってたり。

 

 そうそう、そんな感じ!

 私って東京生まれなんだけどォ、ここが私の生まれたところなんだーって思った。

 意味わからない?

 あっはっは。

 

 結局外に出ないで電車を待っていたら、4時間後くらいに電車が来てね。

 うん、普通に乗って帰った。

 でもね、あれは、駅の外に出る人達の気持ち、分かったよ。

 あの時、私、会社で結構大事なプロジェクト抱えていたからさ。

 絶対に死ねないと思ってたから。

 あっはっは。

 ねェ~。

 逆に感謝、みたいな。

 社畜ばんざーい!

 あっはっは。

 

 ……あれからね。

 何度か、身駅に行こうとしたんだ。

 

 でも、行けなかった。

 多分、ネットで出回っている行き方情報は、どこかなにか間違ってるんだろうね。

 

 今なら。

 あの懐かしい故郷の駅に。

 降りてみてもいいかなー。

 なんてね。

 

 うわ。

 ちょっとたいしょー。

 あー。

 もう良いよ、仏の顔も三度まで。

 ん?

 これで何度目だったっけ。

 あっはっは。

 4回目?

 え、3回目?

 やっぱ合ってるじゃん!

 あっはっは。

 

 だからね。

 後はもう、飲みまくって行くしかないかなーってさ。

 

 んーん、やっぱなんでもないや。

 

 あ、それよりも、たいしょー。

 

 

 ハイボール、もう1杯追加ね。



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もみじ

 時刻は23時、場所は【103】号室の、緑色の(・・・)扉の前。

 

「いい……か。

 

 此処から先は、『身駅』……だ。

 

 そこの景色が(・・・・・・)どれほど綺麗でも(・・・・・・・・)

 どれほど(・・・・)駅から出たくなっても(・・・・・・・・・・)

 

 絶対に外には、出……るなよ」

 

「うん、分かったー」

 

 『ふえふき』の壮年が全員に注意喚起をすると、寝惚眼をこすって『ねずみ』の小児が手をあげました。

 

「……行く……ぞ」

 

 ゆっくりと開く扉。

 その先には……。

 

 

 

 ……うらぶれた(・・・・・)駅のホームが(・・・・・・)ありました(・・・・・)

 

 

 ホームの看板には、『身駅(・・)』の2文字。

 

 そして。

 

 ホームから線路の向こうへと視線を移してみると。

 そこには。

 

 

 どこまでも広がる、真っ赤な、真っ赤な、秋の紅葉の風景がありました。

 

 京都のような美しさはありませんが。

 素朴で、視界いっぱい、どこまでも広がる。 

 

 まるで(・・・)懐かしい故郷の様な(・・・・・・・・・)風景でした(・・・・・)

 

 

「な、なんですか。

 そんなに大した景色でも、ないですね」

 

「んーそうだね」

 

 『かたりべ』の中年が声をかけると、『ねずみ』の小児も頷きます。

 2人の心には、そこまで響かなかったみたいです。

 

 ……しかし。

 

「だ、駄目だ……この景色は……」

 

「……」

 

「な、なんで、こんなものを……」

 

 他の皆さんは、そんなことなかったみたいです。

 老女と、壮年と、少女は。

 3人とも、両の眼から涙をボロボロと零しています。

 

「あ、う、う、うわああ」

 

「ぐ、ぐ、ぐううう」

 

 特に、『こども』の老女と、『おとな』の少女の動揺は激しく。

 その場で、蹲って号泣しだしたのです。

 

 

 

 そして(・・・)

 

 こんな(・・・)滅茶苦茶な状態なのに(・・・・・・・・・・)

 

 

 ♪ぴろり~ん♪

 

 

 メールが(・・・・)届きました(・・・・・)

 

 

 男性陣が、反射的にメールを開きます。

 

『夕日に照る山、もみじの秋。

 

 さて。

 

 "秋"という漢字がマッチ棒6本で作れるとすると。

 "畑"はマッチ棒何本で作れるでしょうか。

 

 ただしマッチ棒は、折ったり曲げたりしてはいけません』

 

 マッチ棒を使った、なぞなぞのようです。

 

「『ねずみ』……女2人が使い物にな……らない。

 ……俺……たちで、解……くぞ……」

 

「……!!

 う、うん!」

 

 涙を流しながらも、『ふえふき』の壮年は、『ねずみ』の小児に声をかけます。

 

「……か、感受性の問題なんでしょうか。

 郷愁を強く感じる方たちが、より強く影響を受けているのかも、しれませんね……」

 

 『かたりべ』の中年が、そんな言葉を発します。

 なるほど。

 

 老女は、両親は勿論、夫や子供など、もういないのかもしれませんし。

 猫の少女は、既に父親も母親もいなくなって、天涯孤独の身です。

 

 身駅の景色は、彼女たちの心に、入り込んできたのでしょう。

 

 まるで(・・・)毒のように(・・・・・)……。 

 

「もう・…彼奴ら……は無視……だ。

 なぞなぞに取り掛か……るぞ。

 

 ……それにしても、漢字の『秋』は、マッチ棒を使うと、9本い……るぞ?」

 

「ああ、これは多分、『火』の部分をマッチ棒を使って火をつけることで対応しているんでしょう」

 

「ああ、なるほどー」

 

 小児が、感嘆の声をあげます。

 つまり、(のぎへん)でマッチ棒5本を使用し、『つくり』の部分の『火』をマッチ棒で点火して火を作ることによって『秋』という漢字にする、ということなのでしょう。

 『折ったり曲げたり』は駄目ですが、『擦ったり』するのはOKとも言い換えられます。

 

「……となると、『畑』も『へん』の部分はそれで作っていい、ということ……か」

 

「あとは、田んぼの『田』ですが。

 これは、どう考えても6本は必要ですが……

 

 ん?

 あ!

 ちょっと待って下さい!」

 

 中年が、おもむろに声をあげます。

 

「マッチ棒の後ろって、口、に見えますよね?」

 

 壮年と小児は、マッチ棒をイメージします。

 火のつく部分を頭として。

 反対側の、いわばお尻の部分から見ると。

 確かに口、に見えます。

 

「それを、こう、4つ合わせるんです。

 

 これ、漢字の『田』で良いんじゃないですか?」

 

 

「……1本+4本で、合計5本……か。

 成程……」

 

 注意深くぶつぶつと繰り返しながら、『ふえふき』の壮年は頷きます。

 これ以上少ない本数で『畑』の字を完成させることは不可能だと考えたのでしょう。

 

「回答は、どこに書けばいいんだろ……」

 

 中年と壮年の言葉を聞いた後、小児はどこに答えを書けばいいのかな、と首をかしげて。

 少しだけあたりを見回して。

 

 

 そして、気づきました。

 

 

 

「『かたりべ』のおじさん!

 『ふえふき』のおじさん!

 

 

 おばあちゃんと、お姉ちゃんが……。

 

 

 

 

 

 いない(・・・)!!」



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7不思議その3:身駅

 時刻は23時過ぎ、場所は『身駅』。

 

 その、改札口。

 

 

「落ち着きなさい、行っちゃダメに決まっているでしょ!」

 

 必死に『おとな』の少女を羽交い絞めにする『こども』の老女。

 

「いい、もう、死んでもいい!

 パパ、ママぁ!!」

 

 少女は、気が動転しているのか、子供還りしているのか。

 

 

 男性陣が改札口に向かうと、そこから見えるのは、少女の見ていた風景。

 

 すなわち。

 ずっと遠くまで続く、金色の稲穂の田んぼでした。

 綺麗に区画整理された幻想的な風景の中で、村人と思われる人たちが作物の収穫をしています。

 

 村人の1人が田んぼの中から顔を上げます。

 5人に気付いたのでしょうか。

 楽しそうにこちらへ向かって大きく手を振っています。

 それは、どこかで見たような(・・・・・・・・・)、スーツを着た女性でした。

 緩いウェーブのかかった髪に、ばっちりメイク、高いヒールをはいています。

 キャリアウーマン風ですね。

 ……なんとなくですが。

 お酒を飲むと(・・・・・・)絡み上戸に(・・・・・)なりそうな人です(・・・・・・・・)

 

 その、あまりにも幸せそうな表情につられて。

 猫の少女は、身を捩って老女の制止を解こうとします。

 

「ちょっと、『おとな』ちゃん、落ち着いて!」

 

「う、う、ううう……いやだ、いやだ、いやだああああ!」

 

「……『おとな』さん、すみません!!」

 

 『かたりべ』の中年が、そう謝ると。

 少女の足を刈って地面に転ばせ、押さえつけました。

 

「ぐべっ」

 

 顔面からダイブした少女は、カエルのように一鳴きして沈黙しました。

 

「そ、それにしても、この風景は、流石にキますね……」

 

 先ほどの光景にはあまり関心をひかれなかった『かたりべ』の中年ですが。

 長閑な田園風景を前に涙目でそんな言葉をこぼしました。

 

「……このけしき、おかしいよ」

 

 ぼそり、と『ねずみ』の小児が呟きました。

 ……どうやら彼は、この景色にも特に心を動かされなかったようです。

 冷静に観察して。

 

「あそこで畑仕事をしている人たち。

 

 なんで半分くらい(・・・・・・・・)スーツをきているの(・・・・・・・・・)?」

 

 そして、発言しました。

 

 

「「「「……え?」」」」

 

「……このまえ、ようちえんの、いもほり遠足があったときに。

 新しく入った先生の何人かが、とってもオシャレして、ばっちりメイクしてきたけど。

 遠足がえりはみんな、オバケみたいになってたよ」

 

「「「「……」」」」

 

「あんなかっこうで、のうぎょうなんてできないよ」

 

「そ、そんなの、出来るかもしれないじゃ……」

 

それに(・・・)あの人たち(・・・・・)

 

 少女の言葉を、小児は打ち消して、続けます。

 

 

「……なんでみんな(・・・・・・)かげがないの(・・・・・・)?」

 

 小児の言葉に驚いた面々は、再度改札口の向こうに目を移します。

 

 ……畑の中から楽しそうに手を振る村人達。

 

 そのほとんどがスーツ姿で。

 

 

 

 ……そして、全員。

 

 

 影が(・・)ありませんでした(・・・・・・・・)

 

 

######################################

 

「本当にごめんなさい」

 

 猫の少女が、全員に向かって土下座します。

 影のない村人たちに、流石に我に返ったようです。 

 

「いえ、私の方こそ、無理やり地面に叩きつけてしまい、大変申し訳ありませんでした……」

 

 中年も、深々と頭を下げます。

 

「マッチ、あったよー!」

 

 小児がどこからか、マッチを発見してきたみたいです。

 

「……たぶん、これで『畑』の文字を作れば、クリアなん……だろう」

 

 早速、壮年がマッチ棒で先ほどの答えを作ろうとします。

 

 

 

 ……()

 

 

「……ちょっと、待って。

 もう少し、考えない?」

 

 

 その手を制したのは。

 

 ……『こども』の老女でした。

 

 

「皆の『5本』の答えだけど。

 なんだか、違う気がする……なぞなぞ、ぽくない、ていうか」

 

「……そうは言っても、これ以上少ない本数で『畑』の文字なんて、不可能……だぞ」

 

「それは、そうなんだけど……」

 

 老女は、ごにょごにょと呟きながら、なぞなぞを読み直しています。

 

「お婆ちゃん。

 制限時間は指定されていないとは言え、もしかしたらあるかもしれない状況で。

 

 そんな曖昧な理由でこれ以上回答を待つのは、どうかと思うけど」

 

 先ほど助けられた分際で、少女は老女に正論を投げつけます。

 

「曖昧、じゃないよ」

 

「……え?」

 

「私も、『おとな』ちゃんと一緒」

 

 

 老女は、静かに、告白しました。

 

「私も小さい頃。

 

 

 ……同じようなデスゲーム(・・・・・・・・・・)に巻き込まれたの(・・・・・・・・)



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読み方

 時刻は23時過ぎ。

 

 場所は『身駅』、その改札口。

 

 全員が、老女に視線を向けています。

 

「……まあ、詳細は省くけど。

 

 私も、デスゲームの首謀者がどういう奴かは、知ってる」

 

「え、マジで?」

 

 『こども』の老女のカミングアウトに『おとな』の少女は、思わず驚きの声をあげます。

 どうやら老女は、ニッケルさんを知っている、というのです。

 

「……んん?

 ああ……、わかった」

 

 メールの問題を見ていた老女は、少女の言葉に応えることなく、呟きます。

 

「"秋"は漢字と言っているのに。

 "畑"は、漢字とは言っていない(・・・・・・・・・・)

 

「「「「え」」」」

 

 皆が、再度問題文を確認します。

 ……確かに、漢字で書け、とは言っていません。

 

「畑の漢字を作るのであれば、マッチ棒5本が正解でしょう。

 

 でも(・・)畑を(・・)

 

 ただの(・・・)畑を作りたいのならば(・・・・・・・・・・)

 

 老女は、とても自然に、『ねずみ』の小児からマッチを取ると。

 

 そこから1本を取り出し、擦って、火をつけました。

 

 

焼き畑をすれば(・・・・・・・)

 

 大地を焼けばいい(・・・・・・・・)

 

 

 そのために必要な(・・・・・・・・)マッチ棒は(・・・・・)……。

 

 

 

 

 

 ……一本(・・)

 

 

 老女は、火の灯るマッチを、改札口の向こうに指で弾き飛ばします。

 

 マッチの火は消えることなく、改札口の向こうの、草木の1本に当たって。

 

 

 

 

 ……まるで(・・・)紙のように(・・・・・)燃え始めました(・・・・・・・)

 

 

 

「う、うおおおお!?」

 

 

 炎はあっという間に、美しい景色の奥の奥まで嘗め尽くしてしまいました。

 

 

 ……村が(・・)燃えています(・・・・・・)

 

 

 もみじも(・・・・)

 稲穂も(・・・)

 村人たちも(・・・・・)

 

 

 笑みを浮かべながら、何かの冗談のように、炎に呑まれていきます。

 

 

「……ああ(・・)

 

 偽物(・・)だったんですね(・・・・・・・)全部(・・)

 

 『かたりべ』の中年が、ぼそりと声をあげました。

 

「たぶん、身駅って、食虫植物みたいな生態なんでしょう、ね。

 人の感動に付け込んで人を誘い込み、食っていく(・・・・・)

 

 そして。

 

 食った人間の(・・・・・・)姿を模して(・・・・・)、『村人(・・)を作って疑似餌にする(・・・・・・・・・・)

 

 中年の言葉を、誰もが黙って聞いていました。

 

 作り物の様に炎を上げた村は。

 

 あっという間にその姿を燃やし尽くしたのでした。

 

 

 

 残ったのは。

 

 

 稲穂の畑のあった場所に残る。

 

 

 

 

 大量の、骸骨(しゃれこうべ)でした。

 

 

「改札を抜けたら……食われてたん……だろう、な……」

 

 『ふえふき』の壮年が、そう付け加えます。

 

「あ、ドア、あったよ!」

 

 空気を読まないような、小児の声が響き渡ります。

 

 出口のドアは、駅のプラットホーム側にあるみたいです。

 

 皆は、よたよたと駅の中へと歩いて行きました。

 足取りは、非常に重たいです。

 そりゃあ、そうです。

 さすがに皆さん、精神的にやられたのでしょう。

 

「あ、『かたりべ』のおじさん」

 

 『おとな』の少女が、声をかけました。

 

「さっきは、本当に有難う。

 ごめんね!」

 

「いえいえ。

 正直、あんな景色を見せられては仕方ないですよ……」

 

 少女の謝罪の言葉に、中年は笑って手を振ります。

 あれほどの風景を見せられたら。

 正直周りの静止を振り切って村の方へ進んでも、不思議では無かったからでしょう。

 

「……なんであんなあからさまな罠に突っ込んでいったのか、理解に苦し……む」

 

 話しかけてもいないのに、壮年が少女を非難しました。

 

「……は?

 あからさま?

 

 なにが(・・・)あからさまなの(・・・・・・・)

 

 ねえねえ(・・・・)教えてよ(・・・・)

 

 少女が謝ったのは、中年に、のみ。

 

 横で聞いていた壮年の、よくわからない台詞に、イラついたような声をあげました。

 

「……駅の名前……だよ。

 

 あからさま……だろう」

 

「……は?

 駅の、名前?」

 

 『おとな』の少女が頭の上に『?』を浮かべていると。

 『ふえふき』の壮年は、あきれたように溜息をつきました。

 

「……おい、『おとな』の。

 

 お前(・・)この駅の名前(・・・・・・)分かってなかった(・・・・・・・・)……のか(・・)?」

 

 驚いたように、『ふえふき』の壮年が、語りかけました。

 

「え、いや、えーっと。

 

 ……『みえき(・・・)

 

 

 

 ……でしょ(・・・)?」

 

 あれ、『しんえき』なのかな?とでも言うように。

 少女は自信無さ気に答えます。

 

 ()

 

 

 

「……全然違う(・・・・)

 

 

 看板を見ろ(・・・・・)

 

 

 『おとな』の少女は、駅の看板へ振り返ります。

 

 そこには。

 

 少女が(・・・)思っていたのとは(・・・・・・・・)違う読みが(・・・・・)書かれていました(・・・・・・・・)

 

 でも、仕方ないでしょう。

 

 それは、『身』の、『み』ではない。

 難読の方の読み(・・・・・・・・)、だったのですから。

 

 

 

 駅の名は。

 

 ……(むくろ)駅。

 

 

 

 その意味は(・・・・・)

 

 

 

 

 ……死体(・・)もしくは(・・・・)亡骸(なきがら)



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浦野ハイツ

 時刻は23時過ぎ。

 

 場所は103号室の前。

 

 緑の扉を通り抜けた面々は、一様に疲れた顔をしていました。

 

「良い……か。

 今のが、むくろえき……だ。

 絶対に、近づ……くな」

 

「う、うん、わかった!」

 

 『ふえふき』の壮年が、『ねずみ』の小児に声を掛けました。

 

「よ……よくわかりましたね、マッチ棒の問題」

 

「……まあ、仕掛け人のキャラを分かってるからねえ」

 

 『かたりべ』の中年の言葉に、『こども』の老女が楽しそうに答えます。

 

 そんな中で。

 猫の少女、こと。

 『おとな』の少女は、考え込んでいました。

 

 

 なんだか(・・・・)おかしい(・・・・)

 なにかが(・・・・)おかしい(・・・・)

 そんなことを、思っているのでしょうか。

 

 

「ねえ、おばあちゃん!」

 

「ん?

 なあに?」

 

 『おとな』の少女が失礼な言葉を発しますが、老女は笑って答えます。

 

「……以前、同じような経験をしたって言ったけど、ホント?」

 

「ホント、だよ」

 

「ニッケルさんに、会ったの?」

 

「……うん、そうだねえ」

 

「……おばあちゃんて、年齢、いくつ?」

 

「……今年で、98歳だね」

 

「……裏野ハイツには、何年住んでいるの?」

 

「うらのハイツ?

 

 なにそれ(・・・・)

 

 

 

 

 ……住んでないけど(・・・・・・・)

 

()()ああああああああああ(・・・・・・・・・・)!!」

 

 大声で叫ぶ、少女。

 

 そのまま自分に送られたメールを確認しています。

 つらつらと紡がれる裏野ハイツ(・・・・・)の解説。

 

 そして(・・・)

 

 

  『なお(・・)今年は上記の舞台を(・・・・・・・・・)必ず使用しなければ(・・・・・・・・・)ならないという縛りは(・・・・・・・・・・)ございません (・・・・・・)

 

 猫の少女は、弾かれたように部屋を飛び出しました。

 

 そのまま入り口を飛び出して。

 

 確認したのは、ハイツの名前。

 

 

 

 浦野ハイツ(・・・・・)

 

 

()あああ(・・・)

 

 くそっ、くそっ、くそぉぉぉ(・・・・・)!!」

 

 猫の少女は、地団駄を踏みました。

 

「ここは、裏野ハイツ(・・・・・)じゃあない!

 

 全然関係ない……浦野ハイツ(・・・・・)だ!!」

 

 そうです。

 少女に送られてきたメールを確認すると。

 この世界は、裏野ハイツである必要性はありません(・・・・・・・・・)

 別に、全然関係ない設定でも(・・・・・・・・・・)良いのです(・・・・・)

 

 

「当然、説明されたキャラクターも。

 

 ()野ハイツと()野ハイツは。

 

 

 まったく何も(・・・・・・)関係がない(・・・・・)!!」

 

 今更(・・)気づいたのでした(・・・・・・・・)

 

 つまり。

 

 少女に送られてきた情報は、全部がどうでもいい。

 

 単なる(・・・)ノイズのような(・・・・・・・)情報だったのです(・・・・・・・・)

 

【101】号室に住む、50代のにこやかな男性も(・・・・・・・・)

 

【102】号室に住む、40代の無職な男性も(・・・・・・)

 

【103】号室に住む、大人しい小児も(・・・・・・・)

 

【201】号室に住む、70代の気さくなお婆さんも(・・・・・・・・・)

 

 全部が全部。

 

 そんな物は無いと言う、嘘の情報(・・・・)だったのです(・・・・・・)

 

「……どうしたの、『おとな』のお姉さん」

 

 『こども』の老女がそう、声をかけますが。

 

「ご、ごめん。

 

 え、じゃあ。

 

 おばあちゃんは、小説の中の人じゃないの?

 

 普通の(・・・)人なの(・・・)?」

 

 『おとな』の少女は、やはり若干失礼な質問で返しました。

 

「……言っている意味は分からないけど。

 

 私は、普通の人だよ。

 たぶん、『ねずみ』の小児も、『ふえふき』の壮年も。

 

 そして(・・・)、『かたりべ(・・・・)の中年も(・・・・)()

 

 老女の答えに。

 

 少女は、力なく、がっくりと。

 

 ……肩を落としたのでした。

 

 #########################################

 

 少女は、自分に送られてきたメールを、全員へ転送しました。

 

「……それじゃあ『おとな』さんは、私たちを小説の中の人物と思っていたんですか?」

 

「ふざけ……るな。

 ……俺……は一応、働いてい……る」

 

「俺は5歳だよー」

 

「え、私、70台に見えるかい?

 嬉しいねえ」

 

 各々違った反応をしますが。

 全員に共通することは1つ。

 

 誰も(・・)浦野ハイツに(・・・・・・)住んでいる人は(・・・・・・・)いないこと(・・・・・)でした(・・・)

 

 全員が、猫の少女と同じく。

 本日、突然、訳も分からず。

 

 ……このハイツに呼び出されただけ、なのでした。

 

「……なんというか、ピンポイントに嫌がらせなヒントでしたね」

 

 『かたりべ』の中年が苦笑いします。

 

「これは多分、ハンデなんだよ」

 

 『こども』の老女が続きました。

 

「老人や子供にはわかりやすいヒントを。

 若者には意地悪なヒントを。

 

 頭の回転の速さとか、その辺を考えたんじゃないかねえ」

 

 なるほど、そうなのかも知れません。

 まあ、それだけ(・・・・)にしては『おとな』の少女に与えられたヒントは、意地悪な気もしますが。

 

 

「……うん、ごめん。

 もう大丈夫」

 

 『おとな』の少女は、そういうと自分の頬を強く張ります。

 なんだか、気合を入れなおしたようです。

 

 自分一人が生き残ればいいと思っていたさっきとは違います。

 何しろ皆は、小説の中の人間なんかではなく。

 全員、普通に生きてきた、普通の人間たちなのです。

 

 少女は、先ほどまでの考えを改めました。

 

 ここにいる全員を。

 何とか全員、生かして帰そう。

 

 そんなことを、考えていたのです。

 

 自分が生きるだけで必死なこの状況で。

 そう思う、『おとな』の少女の考えは、果たして。

 

 

 ……間違いでしょうか(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 ははははは(・・・・・)

 

 

 ええ(・・)

 

 

 そりゃあ(・・・・)大間違い(・・・・)でしょう(・・・・)



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201号:金次郎舟
どこかの誰かの噂話 その4


 え?

 なんか面白い話っすか?

 

 ん~、なんかあったかな~。

 

 あ、そういえば。

 最近面白いサイト見つけたんすよ。

 確か、『小説家にな〇う』だったかな。

 その中の、『豚公爵と猛毒姫』っていう小説があって……。

 

 え?

 全然面白くないからやめろ?

 

 ちょ、これから面白いところなんですけど。

 マジすか~w

 

 

 他の話?

 

 え~、あ、じゃあこういうのはどうすかね?

 ××公園に、金次郎像、あるじゃないすか。

 そうそう、通称、金次郎舟のアイツっす。

 公園に二宮金次郎って意味わかんね~マジウケる~wとか思ってたんすけど。

 どうやらアレって、元々はウチの中学に置かれていたモノらしいっすわ。

 

 あ、そういや、ニノキンの生い立ちって、完全にチートっすよw

 夜に本を読む油が無いからって菜種作ったり。

 実家や村、果ては藩の財政まで立て直したり。

 農民から武士にまで成り上がったり。

 

 完全にNAISEI系なろ主すよね……w

 

 え?

 全然面白くないから話を戻せ?

 うェ~い……。

 

 ま、ニノキンが公園に移動した経緯すけど。

 

 

 

 アイツ(・・・)結構(・・)()殺してますわ(・・・・・・)

 

 

 

 真夜中の学校に行くと(・・・・・・・・・・)二宮金次郎像に(・・・・・・・)殺される(・・・・)

 

 

 ……戦時中から、ワケの分からない死体とか、ウチの学校の運動場に多かったみたいす。

 その頃は、まあ戦争中だし、ある程度そんな事はあるかなーって感じだったらしいんすけど。

 

 それが戦後も続いたんすよね。

 普通の日本人だけなら、まだ話は分かるんすけど。

 

 例えば、野犬とか。

 あと、アメリカの警察とか。

 もう無差別な感じで。

 

 当時の学校側も、流石におかしいと思ったみたいで。

 これ、ニノキン、なんかしてるんじゃないかないか、って。

 

 だけどあまりにも憶測だし。

 ポッと捨てるわけにもいかなくて。

 迷いに迷った当時の校長が、公園に寄付したみたいす。

 

 そして、その後からは。

 

 

 

 ピター……っと(・・・・・・・)

 

 

 運動場での不審な死体は出なくなったみたいす。

 

 んで、公園側ですけど。

 ニノキンを設置したのが、例のアソコw

 小便小僧の定位置、噴水のど真ん中www

 

 んで、これはヤベェ、殺戮の場所が公園に移ったか、と思うじゃないすか。

 ニノキン、公園では何もしなかったんですよ。

 

 なんでだと思います?

 アイツ、石じゃないすかw

 

 水が苦手みたいなんすよwww

 噴水のせいで、外に出られないwww

 

 ああ、でも違いますよ。

 噴水池の上にいるから『金次郎舟』っていわれるようになったわけじゃないんす。

 

 

 断水って(・・・・)あるじゃないですか(・・・・・・・・・)

 

 

 噴水池が、断水で枯れる事が年に1、2回あるんす。

 

 あの公園、夜はカップルで一杯になるんすけど。

 

 

 さて(・・)どうなると思います(・・・・・・・・・)

 

 

 まあ、一言で言うと。

 

 

 

 

 

 リア充(・・・)爆発(・・)()www

 

 

 カップル達の無差別殺人が、年に1、2回あの公園で起こるのは、そういう理由なんすよ。

 

 いやあ~。

 人々は、血の海の上に浮かぶニノキン像を、金次郎舟、と噂したんすね、ウケるwww

 というわけで。

 ちょっと面白くないすか、この話?

 ね、ね!

 

 

 

 ……え、全然面白くない?

 

 っかしいな~。

 テッパンだとおもったんすけど……。

 だめすか~。

 

 ……あ、じゃあ。

『豚公爵と猛毒姫』の話、もうちょっとしてもいいすか?



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桃太郎さん

 時刻は午前1時前。

 

 場所は201号室の前。

 

「次は、どの7不思議なんですかあ~?」

 

 『おとな』の少女が、馬鹿にしたかのように『ふえふき』の壮年に声をかけます。

 少女は壮年に、何かしら怪しい匂いを感じているみたいです。

 壮年が面倒臭そうに頭を掻いていると、全然違う方向から、答えが飛んできました。

 

「『きんじろうぶね』!」

 

 その質問に答えたのは……『ねずみ』の小児でした。

 

「……だろ?」

 

「……まあ、そう……だな」

 

 得意そうな小児の頭をポンポンと叩きながら。

 何故か壮年も得意そうに頷いています。

 

「……え?

 な、なんでわかるの?」

 

「自分で考え……ろ」

 

 壮年はそういったきり、扉が緑色に変化するのを待っています。  

 

 『おとな』の少女は、どうして小児が次の怪異を予想できたのか、考えようとします。

 が。

 どうしても、次にくる化け物が頭をよぎってしまい、考えがまとまりません。

 

 次に来る化け物。

 

 金次郎舟(・・・・)

 

 なんというか、7不思議の中では、地味です。

 無差別に人間を殺すだけの存在ですからね。

 

「……あれ?

 よく考えたら、『金次郎舟』って、結構ヤバい奴じゃね?」

 

 少女は、今更気が付いたかのように呟きます。

 無差別に殺すだけの(・・・・・・・・・)存在(・・)

 それって、キャラは立っていませんが。

 圧倒的に(・・・・)危ない奴だと(・・・・・・)、今更気が付いたようです。

 

 そう。

 ブレーメンの屠殺場で例えて言えば。

 その、モナリザの様な(・・・・・・・)……。

 

「分かれば良い……行……くぞ」

 

 扉が緑色に変化し。

 壮年が、扉を開きます。

 

 

 扉の先には……。

 

 

 公園が(・・・)ありました(・・・・・)

 

#####################################

 

 公園の真ん中には、水の出ていない噴水があり。

 

 そして、その中央に鎮座するのは、勿論(・・)

 

 

 

 我らが(・・・)二宮金次郎像(・・・・・・)なのでした(・・・・・)

 

 

「……あれが、金次郎舟……」

 

 『かたりべ』の中年が、ごくりと唾をのみます。

 

あれ(・・)だいぶ(・・・)ヤバいねえ(・・・・・)

 

 『こども』の老女が、苦笑いしています。

 

「うう」

 

 『ねずみ』の小児が、怖気づいたような声を出しています。

 

 そして、いつものように。

 

 ♪ぴろり~ん♪

 

 

 メールが(・・・・)届きました(・・・・・)

 

 

 

『「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたきびだんご、1つ私達に下さいな」

 

 黍団子は4つ。

 仲間は、桃太郎さんと、犬さんと、猿さんと、雉さんと、お姫様の5人。

 

 さて、5人で4個のきびだんごを均等に分けるには、包丁を最低何回使えばいいでしょうか』

 

 ふと、気が付くと。

 

 噴水の脇に、4つの泥団子がおいてあります。

 

 これで、団子を分けろと言うのでしょう。

 

「4つの団子を、5等分……か」

 

「普通に考えると。

 等分するならば、かなりの回数切らないといけませんが」

 

「多分、前の、煎餅の時みたいに抜け道的な物があるんだろうねえ」

 

 各々が、そんな言葉をぽつりぽつりと呟いていると。

 

 

 

 ごぼごぼ(・・・・)ごぼぉぉぉおお(・・・・・・・)

 

 

「「「「「 ……は? 」」」」」

 

 

 

 噴水の池から。

 何やら、不穏な音が(・・・・・)、聞こえ始めました。

 

「噴水池の水が、抜けている?」

 

「う、うそ?」

 

 そうです。

 金次郎を留めて置くための防波堤。

 池の水が、恐ろしい速さで減っているのです!

 

「みなさん、うろたえないでください!

 大体、予想はついていたでしょう!」

 

 『かたりべ』の中年が声をあげます。

 確かにそうです。

 ここまで来て、『金次郎舟』が動き出さない、わけがない(・・・・・)

 

「そうだよ、さっさと答えを見つけないとねえ」

 

 『こども』の老女の声かけに、皆は取り敢えず落ち着きました。

 各々は、取り敢えずなぞなぞに取り掛かることにしたようです。

 

「4個を、5等分?」

 

 

「ちょっと……コレ、無理じゃない?」

 

 じりじりと、時間だけが過ぎていきます。

 池の水面が、どんどん下がる中。

 

 ごぎぎぎぎぎぎいいい(・・・・・・・・・・)

 

 金属が鈍く捻じれる様な音が、しました。

 

 

 

 

 ……さあて、ここで問題です。

 

 池から水がなくなると。

 どうなると思います(・・・・・・・・・)

 

 答えは、ええっと、そうですねぇ。

 

 

 まあ、誰かの言葉を貸して頂くと。

 

 

 

 

 

 ……リア充(・・・)爆発(・・)です(・・)



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7不思議その4:金次郎舟

 時刻は午前1時過ぎ。

 

 場所は公園の中。

 

 二宮金次郎の周りを囲む池の水が、ごぼごぼと音を立てて無くなる音がしました。

 

 5人が見守る中。

 

 金次郎はゆっくりと。

 

 枯れた池へと降りて。

 

 ……そして(・・・)

 

 

 声もない5人へ向かって、ゆっくりと、歩き出すのでした。

 

 ごぎぎぎぎぎぎいいい(・・・・・・・・・・)

 

 ごぎぎぎぎぎぎいいい(・・・・・・・・・・)

 

 相変わらずの金属音を上げながら。 

 

 こちらへと、一歩一歩近づいてくる金次郎舟。

 

 後ろの電灯が、まるでサーチライトのように金次郎を照らすと。

 彼の足元にある、赤い影が毛虫の様に蠢きました。

 

 それは(・・・)まるで(・・・)赤い舟(・・・)

 

 『おとな』の少女は、直感で理解しました。

 あの赤い影は、今まで金次郎舟に殺された人々の呪いであるとか、怨嗟であるとか。

 そういった物の集まり(・・・・・・・・・・)だ、と。

 

 そして、金次郎が池から出なかったのは、多分。

 ……あれが重すぎるから(・・・・・・・・・)だ、と。

 

 金次郎は赤い舟(・・・)に乗って、公園の中央へと動きます。

 赤い影は、太陽のフレアの様に金次郎像を嘗め回しながら。

 人の手や顔面の様な火の粉になり、空中に消えていきます。

 

 公園の中央に着いた金次郎は。

 

 こおーーーーーん(・・・・・・・・)

 

 こおーーーーーん(・・・・・・・・)

 

 と、大きな音を上げました。

 

 トンネルの中に響くような、強烈な金属音。

 

「あ、あ、あ……」

 

 それ(・・)を笑い声と気づいたのは、『こども』の老女、だけでした。

 

 金次郎像は、大声を上げながら。

 手に持っていた本を、ゆっくりと。

 

 その場に(・・・・)置きました(・・・・・)

 

みんな(・・・)逃げろおおおお(・・・・・・・)!!」

 

 老女が叫ぶと、金縛りから解けたかのように、逃げ出す5人。

 

 そして。

 

 次の瞬間、消える金次郎像(・・・・・・・)

 

 

「ひ、ひいいいいいい!?」

 

 

 悲鳴を上げる『かたりべ(・・・・)の中年(・・・)の前に、それ(・・)は現れました。

 

 ごぎぎぎぎぎぎいいい(・・・・・・・・・・)

 

 赤い影のみが、唯一金次郎の通過した道を教えてくれます。

 

 

「あ、ああああああああああ!!」

 

 

 『かたりべ』の中年は、大声を上げて、金次郎の顔面を殴りつけます。

 

 

 ……もちろん(・・・・)殴りつけたその拳は(・・・・・・・・・)砕けました(・・・・・)

 

 

「ぎいいええええええええ!!」

 

 

 金次郎はその潰れた拳を捕まえると。

 今度は、『かたりべ』の中年を、殴りつけました。

 

 

 ブツブツブツッ!

 金次郎に掴まれていた、何本かの指を(・・・・・・)置き去りにして(・・・・・・・)

 『かたりべ』の中年は、吹き飛ばされました(・・・・・・・・・)

 

 金次郎は、自分の指の間に残った()を眺めた後。

 まるで、フライドポテトを食べるように。

 

 ぽきぽきと(・・・・・)嬉しそうに(・・・・・)食べ始めました(・・・・・・・)

 

 

「……おい、……子供(ガキ)……!

 ……来い……!!」

 

「え、ええ、え?」

 

 

 金次郎像のおぞましい姿を隠すように、『ふえふき』の壮年は、『ねずみ』の小児を捕まえて。

 

 そのまま、噴水へと向かいます。

 

 

 噴水の中央。

 

 すなわち、先ほどまで金次郎が鎮座していた台座には。

 

 包丁が(・・・)ありました(・・・・・)

 

 これで、噴水の周りにある4つの泥団子を切り分けろ、と言うのでしょう。

 

 

「こ、答え、分かったの!?」

 

 

 『おとな』の少女が、願いにも近い疑問の悲鳴を上げます。

 

 

「……ああ……。

 

 答える時間を稼……げ……!!」

 

 『ふえふき』の壮年は、『ねずみ』の小児を連れて、大声で答えます。 

 

「じ、時間!?

 

 そ、そんなこと言われても……」

 

 恐怖で動けない『おとな』の少女は。

 

 

 ゆっくりと『ふえふき』の壮年から。

 

 金次郎舟へ(・・・・・)目を移します(・・・・・・)

 

 指を食べ終えた彼は(・・・・・・・・・)

 

 

 ごぎぎぎぎぎぎいいい(・・・・・・・・・・)

 

 

 ゆっくりと(・・・・・)

 

 

 こちらへ(・・・・)首を向けたのでした(・・・・・・・・・)

 

 

 ごぎぎぎぎぎぎいいい(・・・・・・・・・・)

 

 

 ごぎぎぎぎぎぎいいい(・・・・・・・・・・)

 

 

 ごぎぎぎぎぎぎいいい(・・・・・・・・・・)

 

 

 ごぎぎぎぎぎぎいいい(・・・・・・・・・・)

 

 

 一歩ずつ、『おとな』の少女に近づいてくる、金次郎像。

 

 

 逃げることも。

 

 

 呼吸することさえできずに。

 

 

 蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなった『おとな』の少女。

 

 

 ゆっくりと近づく男の顔に。

 

 

 今、スポットライトの電灯が当たりました。

 

 

 

 その顔は……笑顔(・・)でした(・・・)

 

 それは。

 

 それは(・・・)ああ(・・)まるで(・・・)

 

 子供のころ(・・・・・)紙幣を折り曲げて(・・・・・・・・)作った(・・・)笑う偉人(・・・・)その物だったのです(・・・・・・・・・)!!

 

 

「あ、あ、あ、ああああ」

 

 

 息を吐き切り、もはや胃の内容物を吐き出しそうな少女の元に、金次郎舟が。

 

 

 

 

 ……来ませんでした(・・・・・・・)

 

 

 

 

 ごぎぎぎぎぎぎいいい(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 金次郎は、笑顔のまま、噴水を振り向きます。

 

 

 振り向いた先には、包丁を手にした『ふえふき』の壮年がありました。

 

 

包丁で(・・・)4個を(・・・)5人で分ける(・・・・・・)最小の手数(・・・・・)

 

 

 『ふえふき』の壮年が声を上げる傍らには。

 

 

「ぴゅううううう」

 

 

 間抜けな声を上げる『ねずみ』の小児がいました。

 

 

 そして、小児の胸には(・・・・・・)

 

 ああ(・・)その胸には(・・・・・)!!

 

 

 

 

「答えは……。

 

 

 

 包丁で(・・・)ひとり(・・・)ころす(・・・)

 

 

 

 

 もはや(・・・)どうしようもない程に(・・・・・・・・・・)

 

 深々と(・・・)包丁が(・・・)刺さっていたのでした(・・・・・・・・・・)



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情報共有 その3

 時刻は午前1時過ぎ。

 

 場所は公園の中。

 

 

「こぽっ」

 

 

 最期にそんな声をあげて。

 

 『ねずみ』の小児は、呼吸をやめました。

 

 『ふえふき』の壮年はそれを冷たい目で眺めた後に、金次郎へ向かってその体を放り投げました。

 

 ごぎぎぎぎぎぎいいい(・・・・・・・・・・)

 

 金次郎は、嬉しそうに、投げ捨てられた小児の体へと向かっています。

 少し視線を移すと、公園の出口には、いつの間にか緑色の扉が出現していました。

 

「出……たか……行……くぞ」

 

 壮年は噴水の中央から降りて、その扉を開けると他の皆へ声をかけます。

 

 そうこうしているうちに金次郎は、『ねずみ』の小児の前で跪き。

 

 くちゃくちゃくちゃと(・・・・・・・・・・)

 

 美味しそうに(・・・・・・)、『それ(・・)を食べ始めました(・・・・・・・・)

 

 その光景を固まって見ている面々。

 しかし。

 

「急……げ……。

 死にたい……か……!」

 

 3人はその声に、弾かれたように立ち上がると、扉へ向かって走りだしました。

 

###############################################################

 

 時刻は午前2時。

 

 場所は浦野ハイツ201号室の前。

 

「ぜ、全員いる?」

 

 『こども』の老女が声をかけます。

 

「は、はい、ぐ、ぐ、ぐう……ッ」

 

 『かたりべ』の中年が痛みに顔をゆがませながら、答えます。

 

「『全員』はいない……がな……」

 

 『ふえふき』の壮年が、鼻を鳴らして言いました。

 

「お、お前ぇぇえぇえ!」

 

 『おとな』の少女が、大声をあげて壮年に掴み掛ります。

 

「な、な、なん、なんで、なんで正太郎君を殺した!?」

 

 『ふえふき』の壮年は、見下したような顔で、答えます。

 

「なぞなぞの答えを解いたまで……だ。

 それとも何もせずに、全滅するのが希望……だったか?」

 

「お前が死ねばよかっただろおおおお!」

 

「覚えていない……のか?

 あれ(・・)は最初に……俺……が救った命……だ。

 どう使おうと……俺……の、勝手……だ」

 

「ふ、ふ、ふざけんなよおおおおぉ⁉」

 

「ちょ、気持ちはわかるけど、落ち着いて、『おとな』ちゃん!

 ぐ、ぐううう……ッ」

 

 壮年と少女が激しく言い争いますが。

 普段は喧嘩を仲裁する立場の中年も、自分の傷でいっぱいいっぱいみたいです。

 そんななか。

 

「……落ち着きなさい、『おとな』ちゃん」

 

 声をあげたのは……『こども』の老女、でした。 

 

「『かたりべ』さん、痛いのは分かるけど、今はがまんのしどき、でしょ?」

 

「は、はい……」

 

「……そして、『ふえふき』さん」

 

「……」

 

「いろいろ隠したいことはあるんだろうけどさ。

 最低限は説明しなよ。

 

 でないと。

 

 

 ……ばらすよ(・・・・)?」

 

 珍しく、『こども』の老女が厳しい声をあげていました。

 壮年は、ガシガシと頭をかいています。

 何かばらしてほしくないことが、あるのでしょうか。

 一度ため息をついた後。

 

「……お前ら……は、どうやってこの小説内(・・・)から抜け出すつもり……だ?」

 

 そんな言葉を投げかけました。

 

「「え?」」

 

 声を上げたのは、『かたりべ』の中年と、『おとな』の少女です。

 

「もちろん、問題を全て解けばクリアだとか。

 ……そんな生易しいことを(・・・・・・・・・・)考えてはいない(・・・・・・・)……よな(・・)?」

 

 ぐっ、と猫の少女が黙り込みます。

 すっかり忘れていましたが、一番最初にもらったメールの内容は、以下の通り、だったのです。

 

#################################

 

 クリアの条件は以下の通りです。

 条件:ミッションを正解し続け、”ハーメルンの音楽祭”から抜け出す(すべ)を見つけること。

 

#################################

 

 以前の『ブレーメンの屠殺場』でもそうでしたが。

 ミッションを正解し続けるだけでは、この小説、『ハーメルンの音楽祭』を抜け出すことは出来ないのです!

 

「な、なるほど……。

 このまま問題を正解し続けるだけではこの小説の世界から抜け出すことはできないということ、ですか」

 

「……そう……だ。

 それが、『ねずみ』を殺した理由の一つ」

 

「……少しだけ読めてきました。

 この世界から抜け出す方法として。

 与えられた(・・・・・)固有名詞(・・・・)()関わってくる可能性が(・・・・・・・・・・)あるんですね(・・・・・・)

 

 『かたりべ』の中年の相槌に、いやそうな顔をして壮年が答えます。

 

「……ああ……。

 

 1つ、……俺……が、『ふえふき』で……ガキ……が『ねずみ』であったこと。

 2つ、……俺……に渡された情報が、『誰か1人殺さなくてはならない』というものであったこと。

 そして3つ、先ほどの問題の回答が、『誰か1人殺せ』だったこと。

 

 以上から、……俺……は、『ふえふき』が『ねずみ』をここで殺すことこそ……俺……と『ねずみ』のどちらもがクリアできる必要条件であると判断し……た」

 

 壮年はぽつぽつと語ります。

 なるほど、辻褄は合っているように思われます。

 しかし、依然分からないことだらけです。

 

 『ふえふき』の壮年は、何を、どこまでわかっているのでしょうか。

 

「あ、あのさあ……」

 

 しかし、猫の少女は、取りあえず謝罪することにしました。

 

「さ、さっきはごめん。

 オタク君も、いろいろ考えてやったことだったんだね」

 

 もちろん、だからと言って許せることではありませんが。

 仕方なかった、と割り切れる程度のことだともいえます。

 

 心を込めて謝罪をした猫の少女でしたが。

 

「謝るなら最初から突っかかって……くるな……小娘……が……」

 

 の台詞で、改めて壮年を『殺すリスト』に追加するのでした。



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嘘を吐く男

 時刻は午前2時過ぎ。

 

 場所は公園の中。

 

 

「……ということは、『ねずみ』君は、生きてるの?

 だ、脱出できたの⁉」

 

「それは、わから……ん。

 

 ……俺……が、『ねずみ』を殺すのは必要条件だったと思われ……るが。

 あのタイミングで良かったのかはわから……ん。

 もしかしたらもっと早い段階、例えば『身駅』の段階とかで殺さなくてはいけなかったかもしれ……ない。

 もしかしたらさらに遅い段階で殺さなくてはならなかったかもしれ……ない。

 それに、どうしてそのタイミングで殺されなくてはいけないか、『ねずみ』本人がわかっていなければ脱出は出来ない……だろう」

 

 猫の少女が嬉しそうにそういいますが、壮年は曖昧な返事をするのみです。

 

「つまり……物語から抜け出す順番も、方法も、タイミングも、決まっていて。

 それがなんなのかを見つけ出さなくてはならない、ということなのかねえ」

 

「そう……だ。

 抜け出す順番や方法は、恐らく物語の通りだと思……うが。

 その抜け出すタイミングに関しては、何かしらの法則があるはず……だ。

 

 それがわかっていないと、恐らくここから抜け出すことは出来……ない」

 

 

 

 

 猫の少女は、整理します。

 この小説の世界から抜け出すには、3つの条件というか、謎をクリアしなくてはならないようです。

 

 ①抜け出す順番。

 これは『ハーメルンの奇妙な笛吹き』がいなくなる順番通り。

 つまり、『ねずみ』の次は『ふえふき』もしくは『こども』で。

 それから『おとな』もしくは『かたりべ』が続くと思われます。

 

 ②抜け出す方法。

 お話の中で死が確認されているのは『ねずみ』だけで。

 『こども』と『ふえふき』は行方不明、『おとな』と『かたりべ』は生存しています。

 つまり、クリア方法は『死ぬ』以外である可能性が高いです。

 

 そして、③抜け出すタイミング。

 これがよくわかりませんが、何かしらの法則があると、『ふえふき』は考えているようです。

 

「……でも、ここにいる4人が誰も抜け出すタイミングについて分かっていないんだよねぇ。

 『ねずみ』ちゃんにわかったとは、とても思えないよ……」

 

「何もなしで5歳の小児を一番最初にクリアさせるのは流石に無理……だ。

 ……恐らく『ねずみ』には最初に情報が与えられてい……る。

 抜け出すタイミングに関しての、恐らくヒントとなる情報が……な」

 

 『こども』の老女の溜息を、『ふえふき』の壮年がフォローします。

 壮年は、どうやらかなり考えているようです。

 皆が『ふえふき』の壮年に対する印象を改めていると。

 

「……それ、ちょっと、おかしいですよね」

 

 ……『かたりべ』の中年が、声をあげました。

 

 

「……なにがおかしいん……だ」

 

「『ふえふき』さんは、『ねずみ』くんの、胸を刺していましたね……あれは、何故ですか?」

 

「……頸動脈や腎臓を刺すことも考え……たが。

 心臓ほどの確実性がないから……な。

 場合によっては、死なない可能性もあ……る」

 

 壮年の言い分は、最もだと思われます。

 先ほどのなぞなぞは、1回だけ刺して確実に殺さなくてはいけなかったのです。

 心臓を刺すことに、そこまでおかしな所なんてないと思われますが……。

 

「心臓は、肋骨に守られています。

 大人ですらその隙間は狭いのですから。

 子供なんて、包丁をぴったり横に当てて、ギリギリ隙間になんとか入る、くらいでしょう。

 

 ……もちろん、本人が抵抗しなければ可能でしょうけれど。

 でも、『ねずみ』くんはなんで抵抗しなかったのでしょうか?

 

 『ふえふき』さん。

 

 貴方(・・)どうやって彼の肋骨の(・・・・・・・・・・)間から(・・・)心臓を刺したんですか(・・・・・・・・・・)?」

 

 中年の言葉に、壮年は言葉を失います。

 

「……言えないんですよね。

 いえ、大体想像はついています。

 

 ……その前に、落としたんでしょ(・・・・・・・・)

 頸動脈を締め上げて、気絶させて。

 その状態で『ねずみ』くんを、確実に、殺したんでしょう?」

 

「……だったら、どうするん……だ?」

 

「『ふえふき』さんは、言いましたよね。

 ”どうしてそのタイミングで殺されなくてはいけないか、『ねずみ』本人がわかっていなければ脱出は出来ない……だろう”と。

 

 じゃあ、『ねずみ』くんが脱出できる訳がないんですよ。

 

 自分が死ぬとき、自分が何故死んでいるかわからないんですから。

 

 

 ……だって(・・・)気絶しているんです(・・・・・・・・・)から(・・)

 

 中年の言葉に、誰も言い返せませんでした。

 それもそのはずです。

 彼の言葉が正しければ。

 

 『ふえふき』の壮年は、『ねずみ』の小児が助かる可能性があったにもかかわらず。

 自分の都合でその機会を奪った上に。

 あたかも自分が小児を救ったかのように振る舞ったということになるのですから!

 

「……面倒くさい……ヤツだな。

 ……だったら、どう……する。

 ……俺……を、非難……するか?」

 

 少しの空白の時間を経て、壮年が言葉を発しました。

 けれど。

 中年の推測を……否定は(・・・)しませんでした(・・・・・・・)

 

「……いえ、そんなつもりはありません。

 

 先ほどの問題で、確実に(・・・)誰か1人を殺す必要があったのは分かっています。

 

 それに、少しでも『ねずみ』君が生きていると伝えたほうが皆の士気が上がるということも分かっています。

 

 なのでこれ以上、貴方を責めるつもりもありません。

 

 

 ……ありません(・・・・・)()

 

 中年が、ぐい、と、壮年の襟首を捻じり引き寄せます。

 

「私は、貴方の嘘が許せない(・・・・・・・・・)

 救えてもいない命を(・・・・・・・・・)あたかも(・・・・)救ったかのような(・・・・・・・・)軽々しい嘘が(・・・・・・)

 

 

 今、分かりました。

 ……私は(・・)個人的に(・・・・)貴方が嫌いです(・・・・・・・)

 

「嬉しいこと……だ。

 

 それは(・・・)……こっちも同じ(・・・・・・)……だよ(・・)

 

 悔しそうに強く歯噛みをする『かたりべ』の中年と。

 それをあざ笑うように眺める『ふえふき』の壮年。

 

 チームの柱とも言える二人の仲違いが……決定的と、なったのでした。



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202号室:ミサキボッコ
どこかの誰かの噂話 その5


 は?

 お前、ミサキボッコ知らないのか?

 何年タクシー運転してるんだ?

 アホか、知っとけ、最重要事項だ!

 

 □□通りの交差点、あるな?

 

 

 アソコは(・・・・)出るから(・・・・)通るな(・・・)

 

 

 あ?

 どういうことかって?

 

 さあな、俺もちゃんとは知らねえよ。

 ただ、タクシー仲間はお前以外全員知ってる。

 

 

 ミサキボッコには(・・・・・・・・)関わるな(・・・・)

 

 

 ……もうちょっと、詳しく、だぁ?

 だから詳しくも何も、俺は知らねえって。

 

 

 ……ミサキっていうのは、亡霊で、生きた人間を引っ張り込む奴、みたいな意味らしい。

 ボッコってのは、まあ、子供だな。

 

 だからミサキボッコってのは、引きずり込む子供、みたいな意味があるとは思うがよ。

 

 多分、交通事故に遭った、子供の霊なんだろうな。

 相当強い霊なんだろう。

 

 

 そうじゃなけりゃあ、あんな見通しの良い道路が。

 

 この町で一番事故の(・・・・・・・・・)多い交差点な訳が無え(・・・・・・・・・・)

 

 

 ……チッ。

 まあな、見たことあるよ。

 本当はな。

 

 

 

 

 ……真っ黒な(・・・・)子供だ(・・・)

 

 

 

 

 俺は見ただけだからまだ良いが。

 人間を引きずり込んでいるところを見たタクシー仲間は、そのまま精神病院に入院しているよ。

 精神衛生上も良くないからな、アイツは。

 

 

 ……徐行なら、良いかって?

 

 は?

 お前!

 ……はあ。

 

 言っておくぞ。

 

 俺が心配しているのは。

 

 お前がミサキボッコに引っ張られた人間を、轢くことじゃねえ(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 アイツは(・・・・)たまに(・・・)乗り込んでくるんだ(・・・・・・・・・)

 

 

 ……タクシーに(・・・・・)()

 

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さつちゃん

 時刻は午前3時過ぎ。

 

 場所は【202】号室の前。

 

 

 残っているのは、4人です。

 

 『かたりべ』の中年と『おとな』の少女。

 そして、『ふえふき』の壮年と『こども』の老女が。

 それぞれ、なんとなく2組になって離れています。

 

「次は、ミサキボッコ……だ」

 

 壮年が、誰にともなく声を上げます。

 

 ……誰も、特に言葉を返しません。

 

 ギスギスした空気の中で。

 【202】号室の扉が、緑色に変化します。

 

 『かたりべ』の中年が、一息入れると。

 ……ゆっくりとその扉を、押し開けるのでした。

 

###################################

 

 扉の先にあったのは……はるか先まで続く、一本道の道路、でした。

 ふと目を向けると、路肩にタクシーが一台、止まっています。

 

 ……他には何も、ありません。

 

「……『乗れ』ということ、でしょうね」

 

 『かたりべ』の中年がそういうと、運転席の扉を開けようとします……が。

 

「……どけ……」

 

 振り返ると、その後ろには『ふえふき』の壮年が立っていました。

 

「邪魔……だ、……俺……が、運転……する」

 

「……貴方に運転を任せるつもりはありません。

 どうなるか、分かったものじゃありませんからね。

 

 ……なんなら、多数決でもしましょうか?」

 

「はい、はーい!

 『かたりべ』のおじさんで良いでーす!」

 

 中年の提案に、『おとな』の少女がすかさず反応しました。

 『こども』の老女は、特に言葉もなく状況を見守っているみたいです。

 壮年は、何か言おうとしましたが、一旦考え込んで……改めて言葉を発しました。

 

「……意味もなく、運転を、ミス……るなよ……」

 

「……当たり前です。

 なんで私が意味もなく運転をミスるんですか」

 

 中年の憤りの声を聞いた壮年は。

 

「……そう……だな。

 意味もなくミスる意味は……無いな」

 

 意外と素直に、助手席の扉へと移動しました。

 

「んじゃ、乗り込みますか……」

 

 続いて少女が、最後に老女が、後部座席に乗り込みます。

 

「さあて、鬼が出るか、蛇が出るか……」

 

 そんな台詞を『こども』の老女が言ったそのタイミングで。

 

 

 ♪ぴろり~ん♪

 

 

 メールが(・・・・)届きました(・・・・・)

 

 4人は、それぞれ内容を確認します。

 

 

『さつちゃんは、交通事故で死んで、遠くへ行っちゃったよ。

 

 事故の相手は、タクシーの運転手さん。

 たまたま無傷だったタクシーの運転手さんを検査した結果、事故直後の彼の血液から、大量のアルコールが検出されたんだって。

 飲酒どころか、泥酔の状態だったみたい。

 

 けれど、運転手さんは何の罪にも問われなかったよ。

 

 なんでかな?』

 

 がくん……。

 

 メールが届いた次の瞬間。

 車が、動き出しました。

 

「か、『かたりべ』さん、ど、どうしたの?」

 

「ち、違います、僕が動かしているんじゃありません!」

 

 『かたりべ』の中年が、慌ててハンドルや足元のペダルを操作して確認しています。

 

「ハンドルは利きますが……アクセルとブレーキは利かないみたいです!」

 

「問題を解かないと、止まらないってことか……」

 

 そんな事を話している間にも、車のスピードはゆるゆると上がっていきます。

 

 現在のスピードは時速30㎞。

 原動機付自転車の法的最高速度です。

 

「すみませんが、私は運転に集中します……どうか皆さん、なぞなぞの方は、よろしくお願いしますよ!」

 

「……お前は……最初っから頭数に入ってい……ない……」

 

 『ふえふき』の壮年が半ば本気の軽口を叩いた次の瞬間、車が交差点に進入して。

 

 

 ドガッ!!

 

 

 ……何かを(・・・)撥ねました(・・・・・)

 

 

「あ、あ、あーあー!?

 アホかアホかアホかー、見え見えだろー!!」

 

「ちょ、『おとな』さん!

 すみませんでした、すみませんでしたから首を絞めるのを止めてください!!」

 

 スピードを上げる車の速度は、既に時速60㎞。

 一般道路の法定速度に達しており。

 

 ……人間を殺すには(・・・・・・・)十分な速度に(・・・・・・)なっていました(・・・・・・・)

 

 

 そしてもちろん、撥ねたのは人ではなかったようです。

 

 なぜなら、蜘蛛の巣のようにひび割れたフロントガラスには。

 

 ……真っ黒な血が(・・・・・・)あたり一面に(・・・・・・)散っていたのですから(・・・・・・・・・・)!!

 

「う、運転できるかい、『かたりべ』さん?」

 

「な、なんとか!」

 

 すかさずウォッシャー液とワイパーでフロントガラスを洗い流して運転を続けています。

 

 そして、次の瞬間。

 

 車の天井から、フロントガラスへ。

 

 

 べたり(・・・)、と、貼り付く影がありました。

 

 

「う、うわあああああああああ!!」

 

 

 そこにいたのは……黒い(・・)子供でした(・・・・・)

 

 まるで燃えた残りカスの様な(・・・・・・・・・・)体に。

 

 

 大きな(・・・)大きな(・・・)黒目(・・)

 

 

 ……そうです、ミサキボッコです!!

 

 高速で走る車体の周りを。

 

 ミサキボッコは、まるでヤモリの様にペタペタ這い回ります。

 

「く、お、落ちろ!」

 

『かたりべ』の中年が、車を蛇行させて振り落とそうとしますが、全く無駄なようです。

 

 

 

 車のスピードは、時速120㎞。 

 

 

 その速度は既に、高速道路の最高速度に達していたのでした。



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7不思議その5:ミサキボッコ

 時刻は午前3時、場所は時速150㎞で高速を走るタクシーの中。

 

 車の周りを、黒い影がペタペタと這い回っています。

 

「外は気に……するな、問題に集中……するんだ!」

 

「わ、わかってるよ、わかってるけどさあ!」

 

 『ふえふき』の壮年の声に、『おとな』の少女は頭を振っています。

 

「全然、分からないねえ……」

 

 声を震わせながらも、『こども』の老女も必死に考えているようです。

 

「い、急いで下さい……今、180㎞出てます……こんなスピードの車、運転したこと……ありません!!」

 

 『かたりべ』の中年が、別の汗をかきながら声を上げます。

 

 『おとな』の少女は頭を掻きむしりながら、届いたメールを再度確認しました。

 

 泥酔したタクシー運転手と少女の交通事故。

 どう考えても10:0の案件でしょう。

  

 タクシーの運転手さんが、すごい権力を持っていた?

 さつちゃんが、自分からタクシーに突っ込んでいった?

 

 いや、それでも何の罪にも問われないなんて……。

 

 ふと、窓の外を見ると。

 

 そこには。

 

 

 

 ……真っ黒な(・・・・)子供がいました(・・・・・・・)

 

 

「ぎ、ぎいいやああああああああああ!!」

 

 

 

 『おとな』の少女は、恐怖で老女へとしがみつきます。

 

 近くで見て、やっと分かりました。

 ミサキボッコの黒は、焼け爛れたための物ではありません。

 

 何度も何度も執拗に(・・・・・・・・・)轢かれたタイヤ痕に(・・・・・・・・・)よるものだったのです(・・・・・・・・・・)

 

 

 ミサキボッコはケタケタと笑いながら。

 

 

 

 ……タクシーの窓を、物理的に(・・・・)、開けようとしています。

 

 

「ちょ、ちょちょちょ!」

 

 

 少女は急いで窓が閉まるボタンへ飛びつきました。

 

 しかし(・・・)

 

 

 

 めぎぎぎぎぎぎぎぎg(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 窓は、ゆっくりと下がり始めて。

 

 時速210㎞の風が、車内を荒れ狂います。

 

 

「おねがい、閉まって、閉まってぇぇぇえ!!」

 

 

 『おとな』の少女は、窓が閉まるボタンをぎゅーっと押しながら、窓を上に押し上げてなんとか対抗しています。

 

 

 ……まあ(・・)無駄ですが(・・・・・)

 

 

 めぎぎぎぎぎぎぎぎg(・・・・・・・・・・)

 

 

 タクシーの窓は、ゆっくりと、ゆっくりと、開いていきます。

 

 少女の抵抗も空しく。

 窓はすでに、半分以上開いており。

 その広さは、ミサキボッコも十分に通れる物になっていました。

 

 そして、唐突に。

 

 

 

 ミサキボッコは、猫の少女に抱き着きます。

 

 そうです。

 

 連れていく(・・・・・)つもりなんでしょう(・・・・・・・・・)

 

 

「ひ、ひ、ひいいいいいいいいい!?」

 

 

 万力で抱きしめられた『おとな』の少女は、目の前のミサキボッコを見るしかありません。

 

 

 どこまでも黒い瞳は、どす黒い怨念とか、呪いとか、そう言ったものを煮詰めて掻き混ぜたかのようです。

 コールタールのようなそれ(・・)が、どろどろと流れて顔にかかってくるような。

 

 そんなどうしようもない錯覚を覚えながら、少女は目から鼻から口から、汁を零しています。

 

 

 その時です。

 

 

「……そうだったんだねぇ」

 

 『こども』の老女が、ぼそりと呟いたかと思うと、少女ごとミサキボッコを……。

 

 

 ……抱きしめたのでした(・・・・・・・・・)

 

 目を白黒させるミサキボッコ。

 

「自分でも覚えていないんだねぇ……きっと、凄い事故だったんだろうねぇ……。

 

 ミサキボッコちゃん。

 

 貴女は……。

 

 

 

 子供じゃあ(・・・・・)ないんだね(・・・・・)?」

 

 

「「……あっ!」」

 

 

 壮年と少女が、思わず声を上げます。

 

 なんとなくミサキボッコのその姿と、『さつちゃん』という言葉に引っ張られていましたが。

 

 

 『さつちゃん(・・・・・)が子供だとは(・・・・・・)どこにも書いてません(・・・・・・・・・・)

 

 となると、泥酔したタクシーの運転手さんが罪に問われなかった理由も、分かってきます。

 

 

「あんたの死んだ事故で、車を運転していたのは(・・・・・・・・・・)あんたなんだよ(・・・・・・・)

 

 そして、事故にあったのは、タクシーに(・・・・・)乗っていない(・・・・・・)歩行者の(・・・・)タクシーの運転手さん(・・・・・・・・・)

 

 

 

 ギャギャギャギャギャ!

 

 突然、急激なGか掛かりました。

 

「ぶ、ブレーキが利きます!

 皆さん、何かに掴まっていてください!!」

 

「チッ……もっとゆっくり止め……ろ……」

 

「できるものなら、やってます!」

 

 車は激しく左右に揺れながらも。

 

 

 ……何とか無事に、停止することができたのでした。

 

#######################################3

 

 車を降りると、そこにはいつもの、緑色の扉が待ち構えていました。

 運転席と助手席から、男2名がフラフラになりながら、降りてきます。

 

 しかし。

 ……何故か『こども』の老女と『おとな』の少女が、車の中から出てきません。

 

「……どうしました、『こども』さんに、『おとな』さん。

 先に、進まないのですか?」

 

 不審に思った『かたりべ』の中年が、車に向かって声をかけます。

 

「あ、えーっと、なんというか……」

 

 すると、歯切れの悪そうな少女の声と。

 

「あ、すまないけど先に行っててくれないかねえ。

 

 私は(・・)ここで脱落するから(・・・・・・・・・)

 

 ……すっきりしたような、老女の声が聞こえました。



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女子会

 時刻は午前3時30分、場所は道路のど真ん中。

 

 立ち往生するタクシーの中へ向かって、『かたりべ』の中年が『こども』の老女に声をかけています。

 

「え、えーと。

 ちょっと意味が分からないのですが。

 

 ……ここで脱落するとは(・・・・・・・・・)?」

 

「そのままの意味さね。

 私はここに残るよ」

 

「は、はあッ!?」

 

 驚きの声をあげて後部座席を覗いた『かたりべ』の中年は。

 

 老女の膝に顔をうずめて泣き続ける、ミサキボッコの姿を見つけたのでした。

 隣では、『おとな』の少女が複雑そうな顔をしています。

 

「ミサキボッコちゃんは、全部思い出したみたいだ。

 多分、もう数時間もしたら、消えてなくなって……もしかしたら、地獄とかにいくのかもしれない」

 

 「あたりまえじゃん、そんなの、自業自得でしょ?」

 

 少女の返答に、老女は首を振って答えます。

 

勘違いで(・・・・)呪いを生んで(・・・・・・)人を殺して(・・・・・)

 

 そして。

 過ちに気が付いて(・・・・・・・・)後悔して(・・・・)地獄に落ちる(・・・・・・)

 

 

 ……非道すぎるじゃないか、こんな最期。

 

 そりゃあ、自業自得だろうさ。

 

 でも、これじゃああまりにも。

 

 あまりにも救われなく(・・・・・・・・・・)て可哀想だ(・・・・・)

 

 老女は、優しい笑みを浮かべて、ミサキボッコの頭を撫で続けています。

 

「だ、だからって、なにもお婆ちゃんが犠牲になることないでしょ!?」

 

「そ、そうですよ!

 ほら、緑色の扉も、いつまであるのか分からないですし……早く先へ進みましょう!!」

 

「……やめ……ろ」

 

 中年と少女の説得する言葉を遮ったのは……『ふえふき』の壮年、でした。

 

「進む意思の無い……ヤツ……は、いても邪魔なだけ……だ」

 

 『ふえふき』の壮年が、無視して緑の扉へと向かいます。

 

「……待って!」

 

 声を上げたのは……『おとな』の少女です。

 

「……ちょっとだけ、話をさせて」

 

 少女が、頭を下げます。

 彼女を知るものなら、驚く様な姿です。 

 そんなこと、絶対出来ない人間性ですからね。

 

「……急げよ」

 

 それを知ってか知らずか。

 壮年は激しく舌打ちをすると、扉の前でどかりと座り込みました。

 

「……ありがと」

 

 少女は車に改めて乗り込むと、ドアを閉めました。

 

「……私は、気持ちを変えるつもり、無いけどねえ」

 

「……分かってる。

 そうだね、オタク君のおっさんの言う通り。

 もう進むつもりが無いんだったら、これ以上は足手まといになるかも、だもんね。

 

 ここに残るっていうのも、お婆ちゃんっぽくて、納得、っていうか」

 

 意外な少女の言葉に、老女は目を丸くして。

 

「……ありがとね、『おとな』ちゃん」

 

 嬉しそうに、少女の頭を撫でます。

 

「……じゃあさ、いなくなる前に、教えてよ」

 

「ん?」

 

「お婆ちゃん、一番最初にあった時、私のお漏らしの話、したよね」

 

 老女は何の話か頭に手を当てた後、思い出したように膝を叩きました。

 

「ああ、したねえ。

 それが、どうかしたかい?」

 

「あの話は、親類も含めて誰にも話をしていない。

 最初は恥ずかしくて、思わずそのまんま流しちゃったけど。

 

 

 ……なんで(・・・)知ってるの(・・・・・)?」

 

 少女の言葉に、時間が止まります。

 

 

 

 ……そして。

 

 老女がゆっくりと、言葉を紡ぎました。

 

「ふふふ。

 

 ……本当は(・・・)大体(・・)分かってるんでしょう(・・・・・・・・・・)?」

 

 その言葉で、少女は確信したのです。

 

 少女しか知らないことを知っている人物。

 そんな人物は、自分以外でニッケルさんと、もう1人。

 

 多分……将来、どんなことでも話せるようになる人物。

 恥ずかしい過去でも語れるほど心を許すことになるであろう人物。

 

 

 ……ずっと未来の(・・・・・・)自分の親友(・・・・・)

 

 

 

「……老けたなあ(・・・・・)……根暗ちゃん(・・・・・)……」

 

 少女は涙ぐんで、笑います。

 

「……もう、90歳のお婆ちゃんだからねえ」

 

 驢馬の(・・・)老女も頷いて、笑います。

 

 どう言う訳か分りませんが。

 ニッケルさんは、未来の、驢馬の少女を連れてきたのでしょう。

 

 もはやちょっとした面影しかありませんが。

 それでも皺の奥にある戸惑ったような笑顔は変わっていないなあ、と猫の少女は思いました。

 

「……じゃあさ、根暗ちゃん。

 

 ……どっちが(・・・・)どっち(・・・)?」

 

 少女の真剣な眼差しに、老女は意地悪そうに笑います。

 

「知りたいの?」

 

「……どういう意味?」

 

「何も知らなければ、クリア出来るかもしれないよ?」

 

「……知らなければ(・・・・・・)クリア出来る(・・・・・・)?」

 

 猫の少女が上げた素っ頓狂な声に、驢馬の老女は笑いながら続けます。

 

「うん、何も知らなければ、クリア出来るかもしれない。

 知ったら、クリアできないかもしれない。

 

 ……それでも、知りたい?」

 

 猫の少女は、少し考えた後。

 

「よくわからないけど、知らないままで、クリアなんて。

 私には、出来ない」

 

 そう、言いました。

 驢馬の老女は満足そうに笑うと、指を1本立てておどけます。

 

「……じゃあ、一つ、私の正体を当てたから、特別ヒントをあげようかな」

 

「え、なになに?」

 

「『ふえふき』のお兄さん。

 一番最初にもらったヒントは何だったか、知ってる?」

 

「……え?」

 

 猫の少女は、頭をひねって思い出します。

 

「確か……

 

『 ”ふえふき”は、登場人物を(・・・・・)1人(・・)殺さなくてはならない(・・・・・・・・・・)

 

 ……だったんでしょ?

 

 私は見なかったけど」

 

「たぶん、あれ、ウソだよ」

 

「……は、はあ⁉」

 

 猫の少女の驚きを、嬉しそうに見ながら、驢馬の老女は答えます。

 

「『ふえふき』さん、一番最初に、こう言っていたでしょ?

 『情報が多すぎ……』。

 

 

 

 『 ”ふえふき”は、登場人物を(・・・・・)1人(・・)殺さなくてはならない(・・・・・・・・・・)』って。

 

 全然(・・)情報多くないよね(・・・・・・・・)

 

「あ……」

 

 老女は、笑いながら、少女の背中をたたきました。

 

「私は、分からなかったけど。

 

 『おとな』ちゃんなら、答えに辿り着けるかも、ね」

 

 

「……根暗ちゃん」

 

「ほら、行きなよ。

 

 みんなが(・・・・)待ってるよ(・・・・・)?」

 

 驢馬の老女の言葉に。

 

 猫の少女は、泣きながら、ゆっくりと車のドアを開けて。

 

 

 ……そして、閉めたのでした。

 

 いろいろ話はしましたが、結局、何も分からなかったのと同義な話し合いだったといえるでしょう。

 

 

 

 それでも。

 

 

「……お別れは、済んだか?」

 

 間髪を入れない『ふえふき』の壮年の言葉に。

 

「……まあ、ね。

 

 覚悟、しろよ?」

 

 少女は、不敵に笑うのでした(・・・・・・・・・)



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203号室:目前立札
気付き


 時刻は午前4時、場所は裏野ハイツの【101】号室。

 

 残りの人数も少なくなってきました。

 

 『おとな』の少女と。

 『ふえふき』の壮年と。

 『かたりべ』の中年の、3人です。

 

 『こども』の老女が最後の最後でぶっこんだ事実を。

 3人はそれぞれ咀嚼していました。

 

「……というわけで、見せて貰えるかなあ、『ふえふき』のおっさん。

 ちゃんとしたメールを、さ。」

 

「……私も、正確な情報が欲しいのですが……」

 

 有無を言わせない2人の言葉に。

 

「……」

 

『ふえふき』の壮年は、憎々しげな顔で、『かたりべ』の中年と『おとな』の少女を見た後で。

 

「……ちっ」

 

 諦めたように、自身が貰った情報を、見せたのでした。

 

「最初から、そうしておけばよかったのに。

 

 どれどれ」

 

 壮年が投げて寄越した携帯電話には、こう書かれていました。

 

 

 

 

『緑のドアが、正しい進行ルートです。

 進行ルートに沿って進めば、いやでも元の世界に辿り着くことが出来ます』 

 

 

 

 

 ……なんというか、わかりきった内容が、書かれていました。

 

「……ん……え……?

 こ、これだけ、ですか?」

 

「……ちょっと、オタクのおっさん、まだ何か隠してるんじゃないの?」

 

 意外な内容に二人は呆気に取られた後、またも壮年が何かしらの嘘をついている可能性に言及しましたが。

 

「……送られてきたものはそれで全部……だ。

 ……本当はそれも削除したかった……が、でき……なかった」

 

 その言葉に、猫の少女は速攻でメールの削除を試みます。

 

「ちょ、ちょっと『おとな』さん!?」

 

「……ホントだ、削除できないね」

 

 猫の少女は自分に送られてきたメールの削除も試して。

 

 そして、結論付けました。

 

「……これが、オタクのおっさんに送られてきたメールで間違いないみたい」

 

「ほ、本当ですか!?

 

 こ、こんな、分かりきった内容ですよ?」

 

「……」

 

 猫の少女は考えます。

 

 『ふえふき』の壮年は、このメールを見て『ねずみ』の小児を殺すことを考え。

 それが自然であるように、嘘のメールで誘導したことになります。

 

 この短いメールで、そこまでのことが読めるのでしょうか……?

 

「ヤバいな……何も知らないでクリアした方が、よかったかも……」

 

 『おとな』の少女は、苦笑いをするのでした。

 

#######################################

 

 猫の少女は、改めて『ふえふき』の壮年に送られたメールのコピーを読み返します。

 

『緑のドアが、正しい進行ルートです。

 進行ルートに沿って進めば、いやでも元の世界に辿り着くことが出来ます』 

 

 この、『いやでも』の部分を読めば、わかることがありました。

 

「……なるほど、前回とは違うわけ、か」

 

 前回の『ブレーメンの屠殺場』では、自分でちゃんと理解できなければ元の世界に戻ることはできませんでした。

 今回は、小児や老女などに対する救助処置のようなものでしょうか、別に理解できなくても元の世界に戻ることが可能だということなのでしょう。

 何もわかってなくても、緑の扉を通り続ければ、最後には元の世界に戻れる。

 ……そうとしか、読めないのですが。

 

「なんだか、引っかかるなぁ。

 

 進行ルートって(・・・・・・・)なんでわざわざそんな(・・・・・・・・・・)言い方するのかなあ(・・・・・・・・・)

 

 進行ルートに沿って進めってのも、なんだか持って回った言い方だし」

 

 猫の少女の疑問はもっともです。

 というかむしろ、『緑の扉の通りに進めばゴールです』で良い気がします。

 ……何か意味があるのでしょうか。

 

「……ダメだ。

 少し考えを変えよう」

 

 猫の少女は、『こども』の老女……いえ、彼女の大親友、驢馬の老女(・・・・・)を思い出していました。

 

「私がニッケルさんなら……(そむく)ちゃんだけ呼び出したりはしないよね。

 

 多分、『ねずみ』くん、『ふえふき』さん、『かたりべ』さん。

 

 

 このうちの二人は(・・・・・・・・)バカ犬と(・・・・)ガリベン君だ(・・・・・・)」 

 

 

 猫の少女は考えながら、思い出します。

 

「そういえば、北ちゃんが見せた孫の写真。

 正太郎君に激似だったけど。

 

 今考えたら、正太郎君と北ちゃんが結婚して、生まれた孫だったんだろうね。

 

 ってことは。

 

 正太郎君が、バカ犬かガリベン君の、どっちかだ」

 

 つまり、『かたりべ』の中年、『ふえふき』の壮年のどちらかが。

 ブレーメンのメンバーということになります。

 

「じゃあ、なんで教えてくれないんだろう。

 

 ……ていうか、待てよ、なんで北ちゃんも直前まで黙ってたんだろう」

 

 そこで、猫の少女は。

 

 唐突に、思い出しました。

 

 それは、一番最初の、自己紹介の時。

 

 彼の言った(・・・・・)あの言葉(・・・・)

 

「あ、あ、あああああ!」

 

 猫の少女は、ゆっくり振り返ると。

 

 各々別行動を取っている男二人を見て、言いました。

 

「……あんたが(・・・・)ガリベン君(・・・・)だったのか(・・・・・)……!!」



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どこかの誰かの噂話 その6

 いやあ、ありがとうございます。

 まさか往来のど真ん中で、義足(・・)が壊れてしまうとは……。

 大事に使っていたんですが、寿命がきたんでしょうね。

 

 いえいえ。

 お陰様で本当に助かりました。

 どうぞ、ここは私が支払いますので、いくらでも食べてください。

 私のお勧めのお店なんですが、気に入って頂けるかどうか……。

 

 ……この右足、気になりますか?

 ハハハ、いやいや。

 もう70年以上前の話です、気にしませんよ。

 

 70……何年前……だったかな?

 あれは大東亜戦争の末期。

 この辺りが空襲で焼け野原になった時のことです。

 

 今でも耳にこびり付いて離れません。

 飛び回るB29の爆撃音と、狂ったように鳴り響く避難サイレンの音。

 

 ええ、そうです。

 妹を助けようとして。

 その時に、持っていかれました(・・・・・・・・・)

 

 ハハハ、いやいや。

 全然苦しい記憶ではないですよ。

 もちろん数年間は恨みもしましたが。

 

 今ではこの程度の犠牲で妹を助けられたことを誇りに思っています。

 

 

 

 

 ……ところで、もめんどうふ、って、ご存知ですか?

 

 

 

 

 あ、食べ物の方じゃありませんよ。

 

 『目の前の立札』と書いて、『目前立札(もめんどうふ)』と、そう読むんです。

 えーと、何と言いますか。

 この町に伝わる、昔ながらの怪異、みたいなものですかね。

 

 

 歩いていると、目の前に立札が現れるんです。

 いつも通る道で、そんなものは今までなかったのに。

 立札には、突拍子もないことが書かれています。

 

 

 曰く。

 

 『二町ノ間、(うし)ロヲ向イテ進ム()シ』

 

 

 曰く。

 

 『三本ノ杖ヲ突イテ進ム可シ』

 

 

 そして。

 書かれた文章を無視して先に進むと、罰が下る、というものです。

 

 え?

 2町、ですか?

 

 そうですね、もう昔の言葉になってしまいましたね。

 距離の単位ですよ。

 今でいうと、210mくらいですかね。

 

 後ろ向きで210mも歩くのは難しい、ですか?

 まあ、そうですよね、ちょっと無理でしょう。

 途中で転んでしまう可能性が高いと思います。

 

 

 それに、これ以上に無理難題が出ることもあるんですよ?

 それこそ、100mを5秒で走れ、だとか。

 そういう時にはですね、対処法があるんですよ。

 

 

 知りたいですか?

 

 

 ……別の道を(・・・・)行けばいいんです(・・・・・・・・)

 

 

 ええ、そうなんですよ。

 簡単に逃げられるんです。

 ハハハ、ねぇ。

 馬鹿みたいでしょう?

 

 まあ、そんな『目前立札』ですが。

 私が出会ったのは、まさにその空襲の最中、でした。

 

 

 当時の私は16歳。

 年の離れた2歳の妹を背負って。

 ()(ころ)(だま)の嵐の中を、一目散で防空壕へ走っていました。

 

 どこもかしこも焼け爛れた匂いが充満していましたね。

 森や木、家や小屋、家畜や……人。

 全部が燃えました。

 

 防空壕まで残り200m程度の距離になった時。

 

 それ(・・)は、現れました。

 

 あたり一面、激しい熱量を放出して消し炭になっていく中。

 その立札だけが、静かに、冷たく、立っていたんです。

 

 一目見て分かりました。

 

 

 これが(・・・)あれか(・・・)

 

 

 ……ってね。

 

 ええ、そうです。

 それが、目前立札、でした。

 

 

 先ほども言った通り、目前立札から逃げるには、別の方向へ逃げれば良いんです。

 

 

 でも(・・)そんなのは(・・・・・)無理でした(・・・・・)

 

 どこへ逃げても、死が降り注いでいた(・・・・・・・・・)のですから(・・・・・)

 

 私は恐る恐る、立札の文章を読んだのです。

 ……内容は、こうでした。

 

 

『十六貫二満タヌ様二進ム可シ』

 

 

 ……あ、そうですね。

 16貫というのは、重さの単位で。

 今でいうと、60㎏くらいでしょうか。

 

 当時の私の体重は16貫に満たない程度で。

 妹は2.5貫程度。

 服は着の身着のままだったのでほとんど裸も同然でしたが。

 どう考えても2.5貫……9㎏くらいオーバーしてしまうのです。 

 

 つまり(・・・)これは(・・・)こういうことでした(・・・・・・・・・)

 

 

 

 どちらかは生きて(・・・・・・・)

 

 

 そして(・・・)

 

 

 

 ……どちらかは死ね(・・・・・・・)()

 

 

 ええ。

 そりゃあ、悩みましたとも。

 今すぐ背中の重し(・・・・・)を投げ捨てて、逃げてしまいたい気分でした。

 

 汗だらけで立ち止まる私に。

 背中の重し(・・・・・)。 

 ……2歳の妹は、何かを理解したように言いました。

 

 

 

 おにい(・・・)おいてって(・・・・・)……って。

 

 

 

 ……当時の彼女は、文字が読めなかったはずです。

 

 でも、私が立ち止まって考えるのを、見て……見抜いて(・・・・)

 そして、そんな言葉を喋ったのでした。

 

 

 私は。

 嗚呼(・・)私は(・・)

 

 

 妹を背負ったまま(・・・・・・・・)走り出したのです(・・・・・・・・)

 

 

 轟轟と燃え盛る周囲の熱気。

 でも、後ろからは。

 

 如何ともし難い、気味の悪い、冷たい気配が、ぞろり、ぞろりと近づいてきたのです。

 

 私は妹を、おんぶから、抱っこへ。

 走りながら慌ただしく体勢を変化させました。

 

 なんとか、妹だけでも守れるように、です。

 今まで出したこともない火事場の馬鹿力での全力疾走。

 もう少しで防空壕、というところまで、私たちは近づいていました。

 

 ……けれど、それ(・・)は。

 防空壕の数m手前で。

 私を捕えたのです。

 

 見えない何かは、私に覆いかぶさり。

 そして、妹を掴んで攫って行こうとします。

 

 私は泣きながら、彼女だけは助けてくれ、彼女だけは助けてくれ、と叫んでいました。

 

 

 

 ……気が付くと、私は防空壕で目を覚ましました。

 防空壕の手前で倒れた私と妹を、中の人が助けてくれたそうです。

 

 はい、そうです。

 妹も。

 無事、でした。

 

 ええ。

 2人とも、助かったんです!

 

 ……信じられないことに、ですが。

 

 はい、本当にその通りです。

 あの時、妹を置いていかなくて、本当に、良かった。

 おかげで、2人とも生き残ることができたのですから!

 

 その後も、本当にたまたま、運に恵まれて。

 私たち2人は、無事戦争を生き延びることが出来ました。

 

 妹、ですか?

 ……大分おばあさんになってしまいましたが、未だに私の家に掃除なんかしに来てくれたりします。

 ええ、人の良い世話焼きお婆ちゃんですよ。

 

 ……さて。

 なんだか、話し過ぎちゃいましたかね。

 あ、お食事は、もう大丈夫ですか?

 ここはデザートも、美味しいんですよ?

 

 ……そうですか、それならば良かった。

 

 あ、すみません。

 お会計を。

 

 

 ……さあ、それでは行きましょうか。

 この度は、本当にありがとうございました。

 また出会える日があれば、是非またご一緒させてくださいね……。

 

 ……え。

 最後に質問?

 空襲で、足を失ったんじゃないのか、ですか?

 

 ……あ。

 ああ、そう言うことですか。

 

 

 いいえ(・・・)違いますよ(・・・・・)

 

 

 空襲の時に(・・・・・)失いましたが(・・・・・・)

 

 空襲で失ったわけでは(・・・・・・・・・・)ありません(・・・・・)

 

 

 

 ……分かりませんか?

 

 

 

 罰、ですよ。

 

 

 

 持っていかれたんです(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 16貫から余った(・・・・・・・)

 

 

 ……2.5貫分を(・・・・)()



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ロンドン橋

 時刻は午前5時、場所は【203】号室の、緑色の(・・・)扉の前。

 

「……ひとまず、これをクリアすれば終了……に、なるんですかねえ……」

 

「……行……くぞ……」

 

 『かたりべ』の中年と、『ふえふき』の壮年が緑の扉を開こうとしていると。

 

「あ、ちょっと待って」

 

 『おとな』の少女が、待ったをかけました。

 

「先に言っておくよ。

 

 私、次のなぞなぞ、解かないから。

 2人で考えてね☆」

 

 きゃるん♪と擬音語が聞こえてきそうな少女の発言に。

 

「え?は?

 いやいやいや、そういうわけにはいかないでしょう!?」

 

「……おい……何を考えているん……だ……」

 

 男性陣は非難の声をあげますが。

 

「『かたりべ』のおじさん。

 まともに解けた問題、最初の1問だけ、だよねえ?」

 

「うぐっ!」

 

 『おとな』の少女のセリフに、『かたりべ』の中年は二の句が継げなくなりました。

 ……というか、少女はまともに解けた問題が無いのですが。

 

「『ふえふき』のオタクさんは論外。

 情報を隠すとか、ありえないでしょ」

 

「……っち」

 

 同じく『ふえふき』の壮年も言い返すことができません。

 ……というか、少女も最初は自分の情報を隠していたのですが。

 

「ほらほら、名誉挽回のチャンスなんだから、2人とも頑張ってキリキリ考えてよね」

 

「「……」」

 

 無言を肯定と取った少女は、満足そうに頷くと、緑色の扉を開いたのでした。

 

###########################################

 

 

 目の前には……川が、ありました。

 

「……相変わらず、唐突な場所に飛ばされますね」

 

「……」

 

 ♪ぴろり~ん♪

 

 

 そしていつものように、メールが届きます。

 

 今回は、画像も付いていました。

 

 

『ロンドン橋が落ちちゃったよ!

 急いで作り直そう!

 

 橋は川岸と垂直にしかかけられないよ。

 A地点から、B地点までの距離が最短になるように、橋をかけてみてね』

 

 

<i226645|16274>

 

 

<i226646|16274>

 

 

「……算数の問題、ですかね」

 

「……だったら簡単なん……だがな……」

 

 

 『かたりべ』の中年が、地面にさっと同じ図を描き写して。

 B地点の川幅分だけ上に架空のC地点を作り、AとCを線で結びました。

 

 その線と川岸とが交わる点から垂直に橋を架けます。

 

 

<i226647|16274>

 

 

「……算数なら、ここが正解、ですけどねぇ」

 

「……ただこれは、なぞなぞ……だからな……」

 

「まあ、そうですよね」

 

 2人は、後ろにいる少女を確認します。

 

「うーん……って言うことは、あの時の言葉の意味は……。

 ……なんであの時……」

 

 『おとな』の少女は2人を無視して何かしら思考に没頭しているようでした。

 もちろんなぞなぞなど全く見もしていません。

 

「『おとな』さん、本当に考えないつもりみたいですね」

 

「……っち……」

 

 『ふえふき』の壮年は、改めて地面に描かれた図を見ています。

 

「……駄目……だな……」

 

 そして、足でいったん描いていた絵を消しました。

 無駄に算数の図を描き込んでしまったせいで、答えから遠ざかっている気がしたのでしょうか。

 

「そう言えば、橋には『幅』も、あ……るな……」

 

 『ふえふき』の壮年は、橋の幅をLと設定すると、B地点より川幅分だけ上方、そしてL分だけA地点よりに、架空の点Dを描き込みます。

 同じくA地点とD地点を結んで、岸と接した点に橋を架けています。

 

<i226648|16274>

 

「……なんだか、より、答えから遠くなっている気がしますが」

 

「……いや、違う……な。

 

 そう……か、これ……か。

 

 

 これが(・・・)正解(・・)……()

 

 

 『ふえふき』の言葉に、『かたりべ』の中年は、否定的な言葉を出します。

 

「え?

 ま、まさか。

 

 これが答えじゃあ、あまりにも算数じゃないですか。

 

 全然なぞなぞになっていませんよ」

 

 

「違……う。

 

 ……俺……が言いたいのは。

 

 

 『橋の幅(・・・)』……だ」

 

 

『ふえふき』の壮年はそう言うと。

 

 

 

 川いっぱいに(・・・・・・)超巨大な橋を(・・・・・・)架けました(・・・・・)

 

 

<i22664916274>

 

 

「|これが正解(・・・・・)

 

 問題では、『垂直に架けろ』とは書いてい……るが、『橋の幅(・・・)には(・・)言及してい(・・・・・)……ない(・・)

 

「……あっ!」

 

 

 

 

 

 ……ゴゴゴッゴゴゴゴ……

 

 

 

 

 

 突然、激しい地鳴りが起こります。

 

 

「……正解……みたいですね……!」

 

「……ああ……」

 

 

 2人が川のほうを見てみると。

 

 

 

 いつの間にか、超巨大な橋が架かっていました。

 

 

 

「B地点って、あそこ、でしょうか」

 

 

 『かたりべ』の中年が指さす先には、巨大な塔が立っています。

 

 

「……最短距離で進まなくてはいけない、ということ……だろうな……」

 

 

 『ふえふき』の壮年も、自分に言い聞かせるように頷いています。

 

「いやあ、凄いねえ!

 

 2人とも、ご苦労様!!」

 

 背後から、人をイラつかせるような声が聞こえました。

 そのままスタスタと背後の人影は2人の前に出ると、くるりと振り返ります。

 

「なん……だ、その笑顔は……気持ち悪い……」

 

「……もう、考え事は良いんですか?」

 

 若干ウンザリしたような男性陣の言葉に。

 

 

「……うん(・・)大体分かったよ(・・・・・・・)!」

 

 

 少女は、満面の笑みで(・・・・・・)返すのでした。



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7不思議その6:目前立札

 時刻は午前5時過ぎ、場所は巨大な橋の上。

 

 B地点の塔へ向けて、3人が歩いています。

 

「それで、何かわかったんですか?」

 

『かたりべ』の中年が『おとな』の少女に声をかけます。

 

「んー。

 ……聞きたい?」

 

『おとな』の少女は、勿体ぶって答えます。

 

「……どうせたいしたことは、解ってい……ない……」

 

『ふえふき』の壮年が、答えます。

 

「……オタク君が次に来る7不思議の順番、当てていたでしょ。

 あれがなんでなのか、分かっちゃった」

 

「……」

 

「ほ、本当ですか!?

 それ私も知りたいです、教えてください!」

 

 『おとな』の少女は、得意げに少し時間を空けた後。

 

 答えを発します。

 

 

しりとり(・・・・)

 

 

「……しりとり?」

 

 

 少女は、笑いながら、うなずきました。

 

 

「そう、しりとり。

 考えてみたら、単純だ。

 

 べにがらす、すいむ、むくろえき、きんじろうぶね」

 

「……あっ!」

 

 確かに、しりとりになっています。

 

 『かたりべ』の中年は、少しだけ興奮したような声をあげましたが。

 しばらくして、がっかりしたような顔をしています。

 

「……でも、途中までじゃないですか。

 

 きんじろうぶねの次は、ミサキボッコ。

 そして、目前立札(もめんどうふ)

 

 しりとりには、なっていませんよ?」

 

「うん、そうだね。

 

 じゃあ、その間にしりとりが成立するように、入れてみようか?」

 

「……?」

 

『かたりべ』の中年は考えます。

 

 きんじろうぶねの後、ミサキボッコの前。

 ね、み。

 

 ミサキボッコの後、目前立札(もめんどうふ)の前。

 こ、も。

 

 

「ね、ず、み。

 

 こ、ど、も。

 

 

 あ、あ、ああああ!」

 

「そう、私たちに与えられた最初の名前(・・・・・)

 

 それを入れることで、しりとりが完成する(・・・・・・・・・)

 

 

 べにがらす。

 すいむ。

 むくろえき。

 きんじろうぶね。

 ねずみ(・・・)

 みさきぼっこ。

 こども(・・・)

 もめんどうふ。

 

「……という訳で、七不思議と私達に与えられた役割で『しりとり』が出来る仕組みだった……てわけ。

 

 ……どう?

 オタク君、正解?」

 

「……」

 

 オタク君と呼ばれた『ふえふき』の壮年は、何も答えずに歩き続けています。

 そして、その行動が(・・・・・)このしりとりこそ(・・・・・・・・)正解であると(・・・・・・)、如実に語りかけていたのでした。

 

『おとな』の少女は満足そうに頷くと、更に言葉を続けます。

 

「そして、もう一つ、解ったことがあるんだけど。

 

 ここに参加しているメンツ。

 

 

 ……ブレーメンの屠殺場と(・・・・・・・・・・)同じメンツだ(・・・・・・)

 

 

 

「……ぶ、ぶれーめん?……が、なんですか?」

 

「……屠殺が……どうした……んだ……」

 

 2人がとぼけていますが(・・・・・・・・)、『おとな』の少女は笑って答えます。

 

「二人とも、知らないフリしても、ムダムダ。

 

 ……最初の事、覚えてる?

 

 この世界……『ハーメルンの音楽祭』では、問題の答えとなる言葉を話すことが出来ない。

 

 最初は、そんなルールがあると、思っていた(・・・・・)

 ……でも、どう考えても解答の手助けとなるはずの『しりとり』と『ブレーメンの屠殺場』という二つの言葉。

 

 これを私がしゃべれた時点で、先ほどのルールは崩壊して。

 

 別のルールが(・・・・・・)思いつく(・・・・)

 

 少女の言葉に、『かたりべ』の中年と『ふえふき』の壮年は、注意を払わずにはいられません。

 

「……『全員が解っている事に関しては、しゃべることが出来る』という物。

 

 そりゃあそうだ。

 この世界はナゾナゾが大事だから、ヒントを与えることは出来ないけれど。

 

 皆が理解していれば(・・・・・・・・・)話すことも出来るはず(・・・・・・・・・・)

 

 

 例えば(・・・)……。

 

 

 

 私の名前は(・・・・・)猫屋敷(・・・)西()

 

 

 

 

 少女の自己紹介は……何者にも邪魔されずに行うことが出来ました。

 

 ……つまり(・・・)

 

 

「……やっぱり(・・・・)二人とも(・・・・)知っていたわけだ(・・・・・・・・)

 

 

 私が(・・)猫屋敷西(・・・・)だって(・・・)

 

 少女の呟きに、中年と壮年は、苦虫を噛み潰したような顔をしています。

 

「……更に言うと、『こども』のお婆ちゃんは、根暗ちゃん……『驢馬塚 北(・・・ ・)』。

 『ねずみ』の正太郎くんは、『子犬丸 南(・・・ ・)』」

 

 少女が続ける台詞も、特に修正される事なく言葉に出来ています。

 

「……二人とも、知っていたんだね。

 

 ってことは、もう、確定だ。

 

 あんたらの(・・・・・)どっちかが(・・・・・)ガリベン君(・・・・・)……『小鳥遊 東(・・・ ・)()

 

 「……な、なにを言っているのやら……」

 

「……わかる言葉で、しゃべ……ろ……」

 

 白を切る二人(・・・・・・)の言葉を無視するように。

 

「あ!

 

 あれ(・・)立札じゃない(・・・・・・・)?」

 

 少女は(・・・)声を(・・)上げたのでした(・・・・・・・)

 

 立札が、現れる、という事実。

 

 解っていた事ですが、3人のテンションは少し下がっています。

 

 

「……避けて通るわけにはいかない……ですよねえ」

 

 『かたりべ』の中年が、言います。

 

「……なぞなぞの解答上、最短距離を通らないといけない……からな……」

 

 『ふえふき』の壮年が、答えます。

 

「……ま、解っていた事でしょ。

 さっさと、内容を、確認しよう」

 

 『おとな』の少女が、肩を竦めます。

 

 

 恐る恐る、立札に近づく3人。

 

 

 ……そこには、こう(・・)書かれていました(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 『男ト女(・・・)各々1人ヅツデ(・・・・・・・)進ム可シ(・・・・)

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 3人は、無言で立札の内容を反芻します。

 

 女というのは、勿論、『おとな』の少女になります。

 そして、これより先に進めるのは、一人の女性と……そして(・・・)一人の(・・・)男性(・・)

 

 

「……つまり、私か『ふえふき』さんの、どちらかが(・・・・・)

 

 

 ……ここで(・・・)脱落する(・・・・)()

 

「……どう……する?

 

 殴り合いでも……するか?」

 

 『かたりべ』の中年の言葉に、『ふえふき』の壮年は軽口を叩きます。

 

 しかし(・・・)

 

「……いいえ、こう言うのは、どうでしょうか。

 

 なんだか、いろいろ解っているみたいですし。

 

 ここは(・・・)、『おとな(・・・)さんに(・・・)決めて(・・・)もらいましょう(・・・・・・・)

 

 どちらが、『おとな』さんと一緒に進むに相応しい人物なのか。

 

 どちらが(・・・・)……『小鳥遊 東(・・・ ・)』、なのかを(・・・・)

 

 『かたりべ』の中年が、その決定権を、『おとな』の少女に委ねようとします。

 

「……まあ、良い……だろう……。

 

 ……選……べ、『おとな』。

 

 どっちが(・・・・)……『小鳥遊 東(・・・ ・)』……なんだ(・・・)?」

 

 

 既に立札の向こう側へ移動している少女に向かって。

 

 

 二人の男が(・・・・・)手を(・・)差し出しています(・・・・・・・・・)

 

 

 一人は、敬語を話す『かたりべ』の中年。

 解答数こそ少ないものの、彼の知識は何度も『おとな』の少女を助けました。

 

 もう一人は、寡黙な『ふえふき』の壮年。

 冷たい印象の彼ですが、あちこちで意外な優しさを見せていました。

 

 

 少女はゆっくりと。

 

 二人を見渡した後。

 

「……じゃあ、一緒に、先に進もうか」

 

 決心したように(・・・・・・・)一人の男性に(・・・・・・)手を差し伸べた(・・・・・・・)のでした(・・・・)

 

 

 その男性は。

 

 

「……()おじさん(・・・・)

 

 

 

 ……『かたりべ(・・・・)の中年(・・・)だったのでした(・・・・・・・)



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小鳥遊 東

 時刻は午前5時30分を回ったところ、場所は巨大な橋の上。

 

 目前立札を挟んで、2人と1人に分かれています。

 

「……申し訳ありませんが……先に進ませて頂きますよ」

 

「って言うか、まさか選んでもらえると思ってたの?

 あんだけ滅茶苦茶しておいてさー!」

 

 2人の方……すなわち『かたりべ』の中年と『おとな』の少女は、思い思いの言葉を発しています。

 

 置いていかれる、1人の方……『ふえふき』の壮年は、半ば呆然とした顔つきで、2人を見た後。

 

 がくり、とその場でへたり込んで、肩を落としています。

 

「……あ、そうだ!」

 

 少女はそんな壮年を見つめて、何か思いついたかのように中年に耳打ちします。

 

「……え?

 はあ、まあ良いですが……」

 

「おっけー、そういう感じで。

 

 じゃあ、オタク君、私たちは先に行くけど、君のことは絶対に忘れないからね~」

 

 『おとな』の少女は手をひらひらさせていますが、『ふえふき』の壮年は視線を地面に落としたままです。

 壮年の耳には、自分から離れていく足音が、遠く、遠くに聞こえているのでした。

 

 そして、肩を落としながら、壮年は……。

 

 

 ……何故か(・・・)ニヤリ(・・・)()笑ったのでした(・・・・・・・)

 

 

 

 

 ……まるで(・・・)何もかも自分の(・・・・・・・)思い通りになった(・・・・・・・・)子供のように(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえねえ(・・・・)どうしたの(・・・・・)

 

 まるで(・・・)何もかも自分の(・・・・・・・)思い通りになった(・・・・・・・・)子供のような顔で(・・・・・・・・)!」

 

 

 

 

 驚愕の表情で顔を上げた壮年の前には、ああ(・・)

 

 

 

 信じられないくらい笑顔の猫の少女(・・・・)が、いたのでした。

 

 

「……なん……だ、お前は……。

 アイツを選んだん……だろう。

 ふざけ……やがって。

 さっさと先に行……け」

 

 『かたりべ』の中年だけ先に歩いて、『おとな』の少女がその場に残っていることに気づかせないというトラップ。

 そんな初歩的なトリックに引っかかってしまった壮年は、思わず声を上げますが。

 

「最初に変だと思ったのは、オタク君の、その『どもり』だよね」

 

 壮年の声を無視するかのように、少女は続けます。

 

「『どもり』がどうしたん……だ」

 

「『どもり』がどうしたん……ですか(・・・)

 

 壮年の声に重ねるように、少女は続けます。

 

「何、真似をしているん……だ。

 馬鹿にしてるの……か」

 

「何、真似をしているん……ですか(・・・)

 馬鹿にしてるの……ですか(・・・)

 

「ぐっ!?」

 

 壮年の苦々しい顔を、あざ笑うかのように、少女はつぶやきます。

 

「敬語ばっかり使っているせいで、普通の言葉を(・・・・・・)喋るときに(・・・・・)どもる(・・・)なんて(・・・)

 

 

 いくらなんでも、大失態でしょ。

 

 

 天才の名前が(・・・・・・)泣くんじゃない(・・・・・・・)

 

 

 

 ねえ(・・)ガリ勉君(・・・・)?」

 

 

 猫の少女が嘲笑います(・・・・・・・・・・)

 

 その言葉は。

 

 ……『ふえふき』の壮年が、鶏の少年であるかのような、言い回しでした。

 

 

「何を言っているん……だ。

 ……俺……は、『ガリ勉君』ではない……」

 

 ……()

 

 

 『ふえふき』の壮年は、『なにを馬鹿な(・・・・・・)』とでも言うように、冷静に。

 

 少女の言葉を否定したのでした。

 

「次に、変に思ったことは……これはついさっき、気づいた事だけど。

 

『”ふえふき”は、登場人物を(・・・・・)1人(・・)殺さなくてはならない(・・・・・・・・・・)

 

 コレ」

 

 猫の少女(・・・・)は落胆した様子もなく、壮年の言葉を無視して言葉を続けています。

 

「この文章だけど、ガリ勉君が『情報多すぎ……』とか言いつつ。

 

 全然(・・)情報多くないせいで(・・・・・・・・・)ウソ情報って(・・・・・・)解ったんだけどね(・・・・・・・・)

 

 一息吐くと、猫の少女(・・・・)は、言葉を発しました。

 

 

「ガリ勉君が次に教えてくれた情報。

 

 『緑のドアが、正しい進行ルートです。

 進行ルートに沿って進めば、いやでも元の世界に辿り着くことが出来ます』 

 

 

 ……これも全然(・・・・・)情報多くないよね(・・・・・・・・)?」

 

 グッと息を呑む壮年の声が聞こえてきます。

 

「うん、この場合、二つの理由が考えられるわけだよね。

 

 一つめは、こりもせずにまたウソをついた可能性。

 

 そして二つめは。

 

 こんな少ない情報でも(・・・・・・・・・・)大量の情報を(・・・・・・)得られることの出来る(・・・・・・・・・・)大天才様の可能性(・・・・・・・・)

 

「……好い加減に……」

 

「……そして、最後に気づいたこと……」

 

 壮年の言葉を相変わらず無視し続けながら、猫の少女(・・・・)は言葉を続けます。

 

「ガリ勉君が最初に呟いた、偽名(・・)

 

 

 ……数多 品数(あまた しなかず)

 

 

 何のことかと思ったけど、何のことはない(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 あ ま た(・ ・ ・) し な か ず(・ ・ ・ ・)

 

 

 

 

 た か な し(・ ・ ・ ・) あ ず ま(・ ・ ・)

 

 

 

 

 アレだね。

 

 

 ……並び替え(アナグラム)だ」

 

 

 猫の少女(・・・・)は、笑いながら話し続けます。

 

 

思わずパッと(・・・・・・)言っちゃったん(・・・・・・・)だろうけど(・・・・・)

 

 

 私は(・・)スルーして(・・・・・)やんないぞ(・・・・・)?」

 

 

 

 相変わらずの猫の少女(・・・・)のドヤ顔に。

 

 

 

「……。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 ……ああ(・・)くそ(・・)なんなんですか(・・・・・・・)

 

 

 悔しいですねえ(・・・・・・・)

 

 

 ……バレましたか(・・・・・・)……」

 

 

 

 『ふえふき』の壮年は……いいえ(・・・)

 

 鶏の少年は(・・・・・)

 

 

 本当に悔しそうに(・・・・・・・・)……苦笑いするのでした(・・・・・・・・・)



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浦野ハイツ中庭:金属の笑顔
割れ鍋に綴じ蓋


 時刻は午前6時前、場所は巨大な橋の上。

 

 目前立札を挟んで、2人が向かい合っています。

 

「ふっふーん^^。

 

 やっぱり、ガリ勉君だったか」

 

 猫の少女が、笑います。

 

「全力で隠していたのですが……ばれたのであれば、仕方ありませんね」

 

 鶏の少年も、苦々しそうに笑います。

 

「……で、何で隠してたの?

 いくらでも、教える方法はあったよね?」

 

「理由はいくつかありますが……実は私、一番最初にメールを読んだ時点で、大体謎を解き終えてました」

 

「はあっ!?」

 

 鶏の少年の驚くべき発言に、猫の少女が目を見開きます。

 

「し、しりとりも!?

 あの時点では七不思議の内容も、解らなかったよね?」

 

「七不思議は昔、西……さんが夢中になっている時に覚えさせられましたよ。

 他にも七不思議なんていくらでもあるのでしょうが、今回この町で起こったことも考えると、この七不思議以外ない、と思ったんです」

 

「え、固有名詞は?

 自分のは解っても、他のみんなの固有名詞が解らないと、しりとりは解けないでしょ?」

 

「舞台が『ハーメルンの音楽祭』で、私が『ふえふき』ですからね。

 他の人の固有名詞は、大体予想がつきましたよ」

 

「天才か」

 

 つまり、あの時。

 

 「なんで自分だけ……」だの「情報が多すぎ……、デパートみたいな品揃え……だな」だの。

 ブツブツと文句を言っていた段階で、鶏の少年は既に(・・・・・・・)物語の謎を解いていた(・・・・・・・・・・)と言うのです(・・・・・・)

 

 謎解きの最中に話しかけられて、しかも自分の名前を名乗っちゃいけないと考えていたせいで、思わずよく使う偽名を口にしてしまったというのも仕方ないことかもしれません。

 

 「(なみ)……くん、を殺さないといけないことも解ってました。

 ただ、この世界では謎の答えは自分で見つけないといけない……つまり、何故殺したのか(・・・・・・・)説明したくても(・・・・・・・)出来ないんです(・・・・・・・)

 変に擦れ違って疑心暗鬼になるくらいなら、最初から嫌なヤツキャラで行った方が面倒がないかと思ったんです」

 

「……もしかして『目前立札』の内容も、一番最初の時点で解ってたの?」

 

「自分と『かたりべ』さんのどちらかを選ぶ内容だと言うのは予想できていました。

 まあ最悪、『俺はここに残る!』って言えば良いだけでしたけど」

 

「超天才か」

 

 猫の少女は、自分がやっとたどり着いた答えを開始時から完全に把握していた鶏の少年に、溜め息を漏らします。

 

「……ところで、西……さん。

 

 ちゃんとクリアの方法、解ってるんですよね?」

 

「」

 

 猫の少女が顔を逸らしたのを、鶏の少年は見逃しません。

 

「え、ちょ、ちょっと。

 

 大丈夫ですよね?

 

 緑のドアの進行方向が、※※※※※※※ですよ?」

 

 言葉を発して、鶏の少年は青ざめます。

 このバカ猫は、謎を全然解き終わっていなかったのです!

 

「にゃは。

 だいじょうび、だいじょうび。

 謎は解かなくても、何が正解かは解ってるし」

 

「は?

 それはどういう……」

 

「そ・れ・よ・り!」

 

 猫の少女は、鶏の少年の言葉を遮ります。

 

「『正体を隠していた理由はいくつかある』って言ってたけど。

 他の理由も、知りたいなあ~?」

 

「……黙秘します」

 

 鶏の少年がどうでもいいことのように切り捨てると、猫の少女は得意気に、声をあげました。

 

「ピザデブ引きニートになっているのを『14歳の頃の』私に知られるのが、嫌だった?」

 

「!?」

 

 顔を真っ赤にして口許を隠す、鶏の少年。

 

 どうやら、図星のようです。

 

「ねェ、どんな気持ち?

 せっかく隠しきろうとしたのに最後の最後でバレちゃったワケだけど。

 ねェ(・・)()どんな気持ち(・・・・・・)?」

 

「相変わらず、西……さんは人の嫌がることを進んで行うことが得意ですねえ」

 

「ま、大丈夫。

 そんな体型だと、結婚相手なんて、私しかいなかったでしょう?」

 

「ぐう!?」

 

 恐ろしいほどの洞察力に、鶏の少年はぐうの音しかでません。

 

「な、何を根拠に」

 

「さっきから、『西……さん』って、どもってるよね。

 つまりガリ勉君は、普段私の事を『西さん』て呼んでないわけだ。

 

 普段はなんて呼んでるの?

 このスケベ!」

 

「……うう……!!」

 

 立ち上がっていた鶏の少年は、顔を両手で隠しながら、再度へたりこみました。

 今度のは演技ではないみたいですね。

 それにしても、嫌がらせに特化したこの洞察力を、どうして別の方向に向けられないのでしょうか。

 

「……別に、太ってもニートでも、ガリ勉君はガリ勉君だよ。

 私がバリバリのキャリアウーマンになって、ちゃんと養ってあげるから、ね」

 

 猫の少女は、ニヤニヤ笑いながら鶏の少年の肩に、手を置きます。

 

「そのためには、ちゃんとゴールしなきゃ、だね。

 

 またね(・・・)、ガリ勉君!」

 

 そう言うと少女は少年に背を向け……『かたりべ』の中年の元へと歩いていきます。

 

 大分ショックを受けたようで、鶏の少年は言葉もなく地面に突っ伏しているのでした。

 

####################

 

「……もう大丈夫ですか?」

 

「うん、だいじょうび、だいじょうび~」

 

 中年の言葉にそう返すと、少女は猫のように伸びをして。

 

「……さてと。

 それじゃあ、進みますか」

 

 最後のステージに、向かうのでした。



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かごめかごめ

 時刻は午前6時前、場所は巨大な橋の上。

 

 二人の男女が、塔を目指して進んでいます。

 

「んー……こうでもないか……違うなー……」

 

 『おとな』の少女は、何やら自身の携帯電話を見ながらブツブツと呟いています。

 

「何を見てるんですか?」

 

 『かたりべ』の中年が、少女の後ろからついてきながらそう言いました。

 

「いや、次の、『金属の笑顔』の『どこかの誰かの噂話』だよ。

 なんていうかさ、これだけ他の七不思議と違うよねー」

 

 『かたりべ』の中年は、送られてきた『金属の笑顔』の『噂話』を思い出して、頷きます。

 

「確かに……でも、これって『7不思議は全て知ってはいけない』系の、どうやっても解らないヤツじゃないんですか?」

 

 中年の言葉は実に最もでした。

 何せ、ついさっきまで少女もそう考えていたからです。

 

「そうかもね。

 ただ、なんというか……日本語に違和感がありすぎて……暗号に(・・・)見えるんだよねえ(・・・・・・・・)

 

「可能性は、あるでしょうね。

 ……しかし、それ、考える必要ないでしょう。

 今はむしろ、脱出する方法について考えるのが先じゃないですか?

 以前のメールを確認すると……ほら、金属の笑顔について出されるクイズは、別に解く必要もない物と書いてあったと思うのですが……」

 

 確かにそうだったな、と少女も頷きます。

 

「まあ、良いじゃない。

 せっかくここまで来たんだし、完全クリアを目指したいのは人情でしょ?」

 

「……仕方ありませんね、最後まで付き合いますよ」

 

 少女の言葉に苦笑いしながら、中年も『金属の笑顔』について考え始めて。

 

「うん、全然解りませんね……」

 

 そして早々に、諦めかけているようです。

 

「……ところで、質問、いいですか?

 

 先ほどの、しりとりについて、なんですけど」

 

「……うん?」

 

「べにがらす、すいむ、むくろえき、きんじろうぶね、ねずみ、みさきぼっこ、こども、もめんどうふ、ふえふき、きんぞくのえがお。

 

 ここまではしりとりになってますけど。

 

 『かたりべ(・・・・)の私と(・・・)

 

 『おとな(・・・)の貴女が(・・・・)出てきませんよね(・・・・・・・・)?」

 

 『かたりべ』の中年の当たり前の質問に、『おとな』の少女は、普通に答えます。

 

「ああ、そんなこと?

 

 最初と(・・・)最後(・・)だよ(・・)

 

「最初と、最後?

 

 ……ああ、なるほど……」

 

 少女の言葉に、中年が納得しています。

 

かたりべ(・・・・)、べにがらす、すいむ、むくろえき、きんじろうぶね、ねずみ、みさきぼっこ、こども、もめんどうふ、ふえふき、きんぞくのえがお、おとな(・・・)

 

 出てくる7不思議と、私たちの固有名詞で、しりとりが出来る、という訳ですか……」

 

「それだけじゃないよ。

 

 この、しりとりの順番こそが、この『ハーメルンの音楽祭』を脱出するための……順番(・・)……それを、示していたんだ」

 

「ん、んんんん?」

 

 『かたりべ』の中年は、疑問の声を上げようとして……気がつきました。

 

 『きんじろうぶね』で殺された『ねずみ』の小児。

 『みさきぼっこ』で脱出を断念した『こども』の老婆。

 そして……『もめんどうふ』で置いてけぼりにされた『ふえふき』の壮年。

 

 まるで、示し合わせたかの(・・・・・・・・)ように(・・・)しりとりの(・・・・・)タイミングで(・・・・・・)いなくなっている(・・・・・・・・)のです(・・・)

 

「あ、あ、ああああああ!

 

 つまり、この、しりとりの順番こそが(・・・・・・・・・・)

 

 

 この『ハーメルンの音楽祭』からの脱出できる順番になる、ということ、なんですね!」

 

 中年がテンションを上げている間も、『おとな』の少女は、無言で出口へと向かいます。

 

 そして、橋のゴールである、搭が見えてきました。

 

 塔の下には、見慣れた『緑色の扉』が既に準備されています。

 

 『おとな』の少女が、そのノブに手を回して、先へと進みます。

 

 その後ろを、『かたりべ』の中年が、続きます。

 

 

 扉の先は……『浦野ハイツ』の中庭、でした。

 目の前には、ハイツと外を隔する、緑色の扉(・・・・)

 この先は、恐らく現実世界……ゴール、なのでしょう。

 

「……あれ?

 このしりとり、なんだかオカシイですよ?」

 

 少女の背後で中年が、声を上げました。

 

「この通りだと、『かたりべ』の私は、どこで脱出できるんでしょうか?」

 

 中年の疑問は最もです。

 

 何せしりとりの通りだと、『かたりべ(・・・・)』は『べにがらす(・・・・・)』の()

 

 脱出のタイミングが(・・・・・・・・・)無いのです(・・・・・)! 

 

「ああ……それはね。

 

 

 あんたは(・・・・)脱出する必要が(・・・・・・・)ないから(・・・・)じゃないかな(・・・・・・)?」

 

 

「……は?」

 

 

「……お、ああ、そういうことか。

 

 やっぱりコレ、暗号だ。

 

 『金属の笑顔(・・・・・)』、解けたわ(・・・・)

 

 少女が一人で話を進めていますが、中年は置いてけぼりになっています。

 

「ちょ……え?

 脱出する必要が、ない?

 

 あの、私も脱出したいのですが……」

 

 

 

 ♪ぴろり~ん♪

 

 

 ここで、2人の会話を阻むかのように。

 

 最後の、メールが、届きます。

 

 『おとな』の少女は、もう謎々の答えが解っているかのように、自信たっぷりに携帯電話を覗きました。

 

 

 

 

『サービス問題  

 

 

 

 うしろのしょうめん だあれ?』

 

 

 

 

 『おとな』の少女は笑いながら、うしろのしょうめん(・・・・・・・・・)にいる『かたりべ』の中年に、話しかけました。 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あんた(・・・)

 

 ……ニッケルさん(・・・・・・)でしょ(・・・)?」



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どこかの誰かの噂話 その7

 あぱーとが はるかかなたに ぽつんとみえてます。 

 そのけしきにむかって ふらっと すすんでみると。

 ゆるいさかみちを こえたさきに。

 ふしぎなおとこが まるで きんぞくであるように。

 

 にこにこと。

 

 にこにこにこにこと。

 

にこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこにこ。

 

 

 浦野ハイツの、後ろの正面。



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ニッケルさん

 時刻は午前7時、場所は浦野ハイツの中庭。

 

「……は?え?ニッケルさん?

 何を言っているのか、良く解らないのですが……」

 

『おとな』の少女は、困惑している『かたりべ』の中年に声をかけます。

 

「じゃあ、理由を挙げていこうかな……理由その1」

 

 少女は得意げに話し始めます。

 

「あんた以外全員、ブレーメンの屠殺場の生き残りってこと。

 

 ……あんただけが違うってのは、流石に無理があるよねえ」

 

「……そうは言っても」

 

「理由その2」

 

 中年の言葉を無視して、少女は続けます。

 

「『しりとり』について解らなかったとか言ってたけど。

 

 この空間では、みんなが解ってないと、正解を声に出せない。

 

 声に出せたってことは(・・・・・・・・・・)解ってたってこと(・・・・・・・・)

 

 

 ……しりとりの謎も(・・・・・・・)

 

 最初から(・・・・)全部解ってたんでしょ(・・・・・・・・・・)?」

 

「あ……う……」

 

 言葉もなく立ち尽くす中年に、少女は更に続けます。

 

「理由その3。

 

 この、7つ目の7不思議。

 

 『どこかの誰かの噂話 その7』。

 

 

 これが(・・・)答えになっている(・・・・・・・・)

 

「……一体、何を言って……」

 

「この文章、『()』、『()』、『()』、『()』、『()』、『()』が、一文字ずつしか(・・・・・・・)入ってないんだよね(・・・・・・・・・)

 

 少女は、中年の言葉が聞こえないかの様に、喋り続けます。

 

「『()』、『()』、『()』、『()』、『()』、『()』……母音だったり、助詞だったり、普通の文章には2つ以上使われてもおかしくないそれらが、それなりの長さの文章中に、狙ったように(・・・・・・)1つずつしか(・・・・・・)使われていない(・・・・・・・)……」

 

 少女は、メールを再度確認すると、言葉を続けます。

 

「そして、この文章にある、『浦野ハイツの、後ろの正面』。

 

 つまり、この文章の中で、『()』、『()』、『()』、『()』、『()』、『()』の、後ろの正面(・・・・・)を読み上げていけば、答えが出るわけだ」

 

 

 少女は、笑顔で、声を上げます。

 

 

「この文章の中で。

 

 『()』、『()』、『()』、『()』、『()』、『()』の、後ろの正面(・・・・・)

 

 それは、つまり」

 

 少女の言葉に、中年はメールを確認します。

 確かに、『うらのはいつ』は、文章の中に1つしか使われておらず。

 そして、その言葉の『うしろのしょうめん』……すなわち、すぐ後ろにあるのは。

 

 

 

 ……『()』、『()』、『()』、『()』、『()』、『()

 

 

 ニッケルさん(・・・・・・)に、なるのでした!

 

 

「……ま、そういうわけだよ」

 

 少女の言葉に、中年はしばし沈黙します。

 

 …そして。

 

「……それでも、私が『ニッケルさん』という理由にはならないでしょう?」

 

 『おとな』の少女の言葉に、『かたりべ』の中年が異議を唱えました。

 しかし、少女は……『おとな』の少女は、相変わらず確信したかの様に、言葉を続けます。

 

「そして、理由その4。

 

 ……まあ。

 

 『かたりべ』が、唯一、物語の登場人物じゃない、とか。

 

 『騙りべ(・・・)』って言う、言葉遊びであるとか、あるけれど、何より」

 

 少女は、笑いながら、言いました。

 

あんたの(・・・・)その(・・)敬語(・・)

 

 どこかで(・・・・)聞いたことがある(・・・・・・・・)その(・・)敬語(・・)

 

 最初っから(・・・・・)気持ち悪いと(・・・・・・)思ってたんだ(・・・・・・)

 

 全部を理解したような(・・・・・・・・・・)ガリベン君とは違う(・・・・・・・・・)その(・・)気持ち悪い敬語が(・・・・・・・・)

 

 

 場を、静寂が、支配しました。

 

 

 

「……つまり、勘、だと?」

 

「そそ。

 

 女の勘的に(・・・・・)……というか、私の勘的に(・・・・・)

 

 

 あんたは(・・・・)絶対に(・・・)、『ニッケルさん(・・・・・・)()

 

 

 少女が、根拠もなく断言します。

 

 

 なんというか、もう、めちゃくちゃな言葉です。

 

 

 そんな、めちゃくちゃな彼女の言葉に、『かたりべ』の中年は。

 

 

 ……いえ(・・)私は(・・)

 

 

「……なるほど(・・・・)……バレましたか(・・・・・・)

 

 

 満足そうに(・・・・・)声を上げるのでした(・・・・・・・・・)



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出口はどこだ?

 時刻は午前7時、場所は浦野ハイツの中庭。

 

 ()は『騙りべ(・・・)』の中年の姿を止め、男だか女だか、老人だか小児だか分からないいつもの姿に戻ることにしました。

 そんな()に、猫の少女は会話を続けます。

 

「ん、やっぱりね。

 

 っつーか、恐るべきはガリベン君だよ……ほぼ最初の段階で、あんたの正体まで全部、読んでるんだからね」

 

「……まあ、貴女という存在が(・・・・・・・・)いる時点で(・・・・・)、5人のうち4人がブレーメンの面子で、もう1人が私だと予想が出来たんでしょうけどね」

 

「成る程……ガリベン君の視点から見ると、そうなのかも」

 

 猫の少女は、ふむ、とうなずいています。

 

「……それで、貴女は、これから(・・・・)どうするんです(・・・・・・・)

 

 ……ここ(・・)から出て行く方法は、いくつかあります。

 

 今まで通り、普通に、先に進む(・・・・)

 『ねずみ』の小児の様に、死ぬ(・・)

 『こども』の老女や、『ふえふき』の壮年の様に、留まる(・・・)

 

 ……大きくまとめると、この3つでしょうか。

 

 まあ他にも探せば、後戻りする(・・・・・)、とか方法はあるのでしょうが」

 

「うん、それなんだよねえ……。

 

 正直、あんまり、よく解ってないんだよねえ」

 

 少女は、考えているようでした。

 

「……まあ、好きなだけ考えると良いですよ。

 

 生きて帰れるか否かの、大事な選択ですから……」

 

「あ、いや、選択肢はもう、決まっているよ。

 

 ただ、何でその選択肢になるのかなあ、って考えててね」

 

「……は?」

 

 私が驚いた声を上げると、少女は当たり前の様に答えます。

 

「もしも私がガリベン君の正体に気づかなかった場合。

 何も考えずにこのまま出口に向かったと思うよ。

 つまり、ガリベン君は、私がそのまま先に進む様に誘導したって事になる。

 

 なので、正解は、『このまま、先に進む』。

 

 理由は、『ガリベン君が、私を、そうなるように(・・・・・・・)誘導したから(・・・・・・)』」

 

「……貴女……そういう物の考え方、止めませんか?」

 

 私は呆れたように、声を上げました。

 

 スイムさんで出された謎々しかり。

 彼女はどうも問題本文ではなく、出題者の意図や他人の考えから逆読みして(・・・・・)、問題の答えに辿り着いている様に思えます。

 

「更にいうと。

 

 ガリベン君が正体を隠していた理由は、『ピザデブ引きニートになっているのを、私に知られるのが

嫌だった』というもの。

 

 

 超天才のガリベン君が(・・・・・・・・・・)そんなアホな理由で(・・・・・・・・・)バカ犬やネクラちゃん(・・・・・・・・・・)を見捨てる訳がない(・・・・・・・・・)

 

 当然(・・)他の面子も(・・・・・)無事脱出(・・・・)しているはずだ(・・・・・・・)

 

 またもや、斜め上の方向から推理が始まっています。

 私は思わず、眉間を押さえてしまいました。

 

「……あの……ちゃんとした方法で謎を解いてほしいのですが……」

 

「つまりまとめると、これが、正しい手順。

 

 初めに『ねずみ』の小児が死んで。

 次に『こども』の老女がいなくなって。

 その次に『ふえふき』の壮年がいなくなって。

 そして最後に『おとな』の少女が先に進む……」

 

 少女はそう呟きながら。

 『ふえふき』の壮年が送った、最後のメールを読み直しています。

 

『緑のドアが、正しい進行ルートです。

 進行ルートに沿って進めば、いやでも元の世界に辿り着くことが出来ます』 

 

 少女はその文章を2度口に出して読んだ後。

 小さく「そうか」と呟いて、更に言葉を続けました。

 

「……成る程。

 

 つまり、この、ドアの進む道こそが!

 

 ハーメルンの物語の(・・・・・・・・・)進行する時間軸(・・・・・・・)なんだ(・・・)!」

 

 明後日の方向からアプローチされた正解に、私は思わず、ため息を吐きます。

 ……残念ながら、正解(・・)です(・・)

 

 脱出の順番は(・・・・・・)物語からいなくなる(・・・・・・・・・)順番で(・・・)

 脱出の方法は(・・・・・・)物語の内容に準拠(・・・・・・・・)していたのです(・・・・・・・)

 

 まず、『ねずみ』が死んで。

 次に、『こども』と『ふえふき』がいなくなって。

 そして、『おとな』は死にもせず、いなくなりもせず。

 

 ……そのまま物語の時間軸を進み続ける。

 

 つまり、少女の言うとおり。

 『おとな』の少女は、このまま先に進むのが正解、ということになります。

 

「……いやあ、それにしても、最初の時点で気づいていたガリベン君、凄すぎでしょ!」

 

 少女は、改めて私へ視線を移すと。

 汚らしい笑顔で、言葉をつむぎます。

 

「ねェ、どんな気持ち?

 望まない方向から答えを見つけられて。

 ねェ(・・)()どんな気持ち(・・・・・・)?」

 

「ぶっちゃけ、ムカついてます」

 

 私の正直な台詞に、少女は声を上げて笑いました。

 

 相変わらずの笑顔で、意気揚々と、出口へ向かう猫の少女。

 

「……ひとつ、アドバイスして差し上げましょう」

 

 流石に悔しかったので、私は、少女の笑顔に負けないくらい汚らしい笑顔で、同じく言葉をつむぎます。

 

「今回出てきた面子は、たまたま(・・・・)そうなった未来から(・・・・・・・・・)引っ張ってきただけ(・・・・・・・・・)、ですよ?」

 

「……?」

 

 首を傾げる少女に、私は更に続けます。

 

「未来は確定していない、ということですよ。

 

 当たり前ですがね。

 

 そう、例えば、ですが。

 

 貴女が、鷹臨(たかのぞみ)高校に合格しなかった未来があったとして」

 

 少女の、唾を飲み込む音が聞こえました。

 

「高校3年間一緒にいなかった鶏の少年が。

 

 ……まさか(・・・)フリーな状態だと(・・・・・・・・)思ってるんですか(・・・・・・・・)?」

 

「……!!

 

 く、くそー!

 最高の捨て台詞だな、それー!」

 

 少女は悔しそうに唇を噛むと。

 

 

 ……中庭の向こうの、緑色の扉へと、歩き出したのでした。



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エピローグ
原子番号28


 時刻は8月某日、午前7時過ぎ、場所は浦野ハイツ、その、門の、前。

 

 猫屋敷西は、廃墟の前に立ち尽くしていました。

 

「……ゴールってことで……良いんだよ、ね……」

 

 なんだか、長い夢を見ていたような気がします。

 

 緊張の糸が切れたのでしょうか。

 

 少女はその場でぺたんと尻餅をつくと、ため息をつきました。

 

 ふと。

 

 視線を横に、移動すると。

 

「スー、スー」

 

 ……何故か、鶏の少年が、いました。

 少年は、浦野ハイツの壁にもたれ掛かって、静かに寝息を立てています。

 

「……おいおい、どういうことだってばよ」

 

 猫の少女は、思わずその気持ちを口にしますが。

 

 ……面倒臭くなったのでしょうか。

 

 ごん、と、頭で頭にアタックすることにしました。

 

「いたっ」

 

 鶏の少年が目が覚めます。

 

「え、あ、お」

 

 少年は、突然のことに驚いたのでしょうか。

 

 いろいろ、言いたい言葉を厳選した後に。

 

「……えーと……じゃあ、ま、帰りますか」

 

 ……厳選しすぎて、ただの保護者になったようでした。

 

「いやいや、その前に……ガリベン君……なんでここに、来たの?」

 

 少女の、その言葉に。

 

 鶏の少年は、大欠伸をして、答えました。

 

「……わかりません(・・・・・・)

 

 猫の少女は、考えました。

 

 多分、この『わかりません』には、常人では理解できないような、たくさんの意味が含まれている、と。

 なので。

 

「……つまり?」

 

 本人に語らせるのが正解だ、と考えた少女は、とりあえず先を促してみました。

 

「……ちゃんとした根拠があるわけではありませんが」

 

 少年は、お尻についた土を払って立ち上がりながら答えます。

 

「……どうせ、貴女、怪異を追って、怪奇(ニッケルさん)に巻き込まれたんでしょう」

 

 うぐ、少女は、言葉を詰まらせます。

 流石は天才、ぐうの音も出ないほどに正解です。

 

ちゃんと勉強(・・・・・・)していれば(・・・・・)、こんなことには巻き込まれませんでしたよ?」

 

 少年は、やれやれ、と溜め息を吐いた後。

 

 ……座り込んでいる少女に、手を伸ばしました。

 

「……」

 

 デジャブを感じながら、少女はその手を取ります。

 

「えへへ~」

 

「さて、帰りますか……って、いつまで繋いでるんですか」

 

「いつまでも~」

 

 手を離さない少女に、少年は呟きます。

 

「……じゃあ、鷹臨高校程度、ちゃんと受かってくださいね?」

 

「き、貴様……鷹臨高校に、『程度』をつけたな……!?」

 

 天才の思い上がった発言に、少女は声をあげました。

 ……勿論手は繋いだままです。

 

「……あ、ところでさ。

 なんで浦野ハイツにいるって解ったの?」

 

「……西さん、某巨大掲示板にスレ立ててたでしょう?

 そこから逆引きしたんです」

 

 少年の取り出したスマホには、どこかで見た文章が載っていました。

 

 

 

『0125 名無しの原子番号28 2016/08/※※ 13:59:49

 

 >1さんへ

 ○○町7不思議、『金属の笑顔』は『浦野ハイツの202号室』に行けば分かるらしいですよ。

 

 ttps://***********

 個人情報が書いてあるので、5分後に削除します』

 

 

 

「あ~……あれ、でもこれ、すぐに削除されたはずじゃあ……」

 

「ええ、苦労しました(・・・・・・)

 

「あ~……」

 

 なにも言えずに猫の少女は、そんな感嘆の声をあげるのみ、でした。

 

「さっきも言いましたけど。

 

 ちゃんと勉強(・・・・・・)していれば(・・・・・)、こんなことには巻き込まれませんでしたよ?」

 

「……ん?

 

 どゆこと?」

 

 少年は、もう何度目かの溜め息を吐きました。

 

 少女はその横顔を見ながら、「絶対鷹臨高校受かってやる」と気持ちを新たにします。

 

 既に昇っていた太陽は、夜だった辺りの温度をじりじりと上げ始めています。

 

 少年は片手で器用に(・・・・・・)、書き込まれたハンドルネームを拡大しながら答えました。

 

「良いですか?

 

 これを機会に、覚えてください。

 

 

 原子番号の28番は(・・・・・・・・)



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『ねずみ』の小児

 自分の住んでいた世界に無事戻れた『ねずみ』の小児は、心配していました。

 

 『こども』の老女は、ちゃんとお家に帰れたのか、と。

 

「ううん、ぜったい、だいじょうぶだ」

 

 『ふえふき』の壮年が、きっと何とかしてくれる。

 

 だって、頭が悪いと自覚のある自分にですら、7不思議の『しりとり』について理解させ、『殺される』ことがゴールであると解らせる事が出来たのだから。

 

 それでも、不安は募ります。

 

 小児はそんな不安を紛らわすかのように、老女にもらった金属の笛を山中で強く吹き鳴らしました。

 

 笛は壊れているのか、音はなりませんでしたが。

 なんだか、老女のもとへ、その音が届いているような気がして、何度も何度も笛に息を吹き込み続けるのでした。

 

「よし、かえるか。

 ……ん、なんでお前たち、くるかなあ」

 

 ……何故かその笛を吹いた後に、大量の野犬がやってきました。

 老女も知らない事でしたが、それは壊れた笛ではなく、人間の聞こえないレベルの音を発する、犬笛(・・)、と言うヤツでした。

 野犬達と小児はそれから何度も戦闘になり。

 その過程で、小児は、馬鹿みたいに強い男(・・・・・・・・・)に成長していくのですが。

 

 それはまた、別の、話。

 

 

 

 

 

 

 

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『こども』の老女

 8月某日、縁側にて。

 

『こども』の老女は、ぼんやりと空を眺めていました。

 

 死んだつもりだったのですが、何故か、生きて、この世界に舞い戻ってきたようです。

 ……恐らく、『ふえふき』の壮年がいろいろ調整してくれたのでしょう。

 

 ……どういう理屈でそうなったのかは、解りませんが。

 

「ばーちゃん、ばーちゃん、見てくれよ~!」

 

 ふと、隣を見ると。

 

 老女の孫が、彼女に向かって話しかけていました。

 

 可愛かった孫は、既に中学生。

 日に日に、在りし日の旦那に似てくる孫を、老女はニコニコと眺めています。

 

 その手元には、『18歳以下無差別級空手選手権優勝』の賞状がありました。

 

「ほら、これならもう、じーちゃんより強いだろ!」

 

「うーん、まだかもねえ」

 

 老女は、正直に、言いました。

 

「嘘だよ。

 それ、『思い出補正』ってヤツだ!」

 

 孫の可愛らしい反論に、老女は思わず噴き出します。

 

 

「大体、じーちゃん、なにか賞とか、もらってたの?」

 

 そう言われると、老女の旦那は、まともな大会などには出ていませんでした。

 

「じーちゃんは、なんの賞も取っていなかったよ。

 だけどね」

 

 まあ、それでも、と老女は思います。

 

「流石のあんたも、『人食いモナリザ(・・・・・・・)とタイマンは(・・・・・・)張れないだろう(・・・・・・・)?」

 

 

 

 

 

 

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『ふえふき』の壮年

「おっかえりなっさ~い!」

 

 やたらテンションの高い声に、『ふえふき』の壮年は「ただいま」と、静かに返しました。

 

「ワタシにする?

 ワタシにする?

 

 それとも。

 

 ワ・タ・シ?」

 

「ご飯にしましょうかね」

 

「てめえ!

 結構恥ずかしいんだから突っ込めや!」

 

 自分の言った台詞で真っ赤になる奥さん(・・・)に、壮年は笑いながら答えます。

 

「裏野ハイツに、行ってきたんですよ……ていうか、なんで色々先に教えてくれなかったんですか?」

 

 奥さんは、「ああ」と手を打つと、「教えなくてもなんとかなるし、むしろ教えて変に勘ぐっちゃうとダメだろうなあ、と思って」と答えています。

 

「なるほど。

 ……取り敢えず……もう少し痩せた方が良さそうですので。

 食事を摂ったら、ランニング、してきます」

 

「むふふふふ~」

 

「……どうしたんですか?」

 

 気持ちの悪い笑顔をする奥さんに、壮年は口元をひくつかせて問います。

 

「ねェ、どんな気持ち?

 若かった頃の私に引きニート扱いされて。

 ねェ(・・)()どんな気持ち(・・・・・・)?」

 

「ははは……惚れ直しましたよ」

 

「ひえ!?」

 

 奥さんは驚いています。

 自分が言った「太ってもニートでも、ガリ勉君はガリ勉君」発言は、すっかり忘れていたようです。

 壮年は、なんだか、意地悪がしたい気持ちになったようです。

 

「……やっぱり、ご飯の前に、西()に、しますかね」

 

「ひえ!?」

 

 少年(・・)の言葉に。

 

 少女(・・)は辛うじて、そう返すのでした。

 

 

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『おとな』の少女

 鷹臨高校、合格発表の掲示板前。

 

「う、う、う、受かってるわ~!」

 

 大声を上げるのは、猫の少女。

 

 どこからともなくやって来た屈強な男性陣により、何度か空中を舞っています。

 

「……凄いですね。

 ぶっちゃけ無理かと思ってましたよ」

 

 鶏の少年は、『首席』に自分の番号があるのを確認すると、感慨も無さそうにそう呟きました。

 

 夏から本気を出した少女でしたが。

 

 やはり今までの穴を埋めるまでには至ってなかったのです。

 

「私、多分、国語満点に近いよ」

 

 しかし少女は、恐ろしい能力を手に入れていました。

 それは……。

 

 国語の文章を読まなくても、問題文だけで解答を当てると言う、能力……!

 

 問題作成者の気持ちを考えると言う頭のおかしい解答法で、少女の国語の点数は毎回9割を越えていました。

 

「……あれ?

 野良犬とネクラちゃんは?」

 

「……ネットで合格発表を確認するとか言ってましたよ?

 あ、二人とも受かってますので大丈夫……」

 

 少年の言葉を制して、少女が呟きます。

 

「……ガリベン君。

 

 ……高校の合格発表……一緒に頑張っていた二人……最高の結末……『一緒に、お祝いしよっか?』……」

 

 ハッと、少年がリアルに声を上げます。

 

 天才の癖に、そう言うことには気づかないようです。

 

「いけません、邪魔しなければ!

 いきましょう、西さん!」

 

 自分とは別の少女に入れあげる少年のその言葉に。

 

 猫の少女は勿論(・・)笑いながら(・・・・・)頷くのでした(・・・・・・)

 

 知れたこと。

 

 愛のイベントには呪詛を。

 朋友の恋路には汚灰を。

 

 それこそが(・・・・・)リア充撲滅教の心意気(・・・・・・・・・・)なのですから!

 

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『かたりべ』の中年

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「う~ん、またもや、全員、ですか」

 

 私はそう呟きながら、緑色の扉を通って、今までの謎を(・・・・・・)引き返しています(・・・・・・・・)

 

「あんまり、甘いヤツだと思われたくないのですが……まあ、仕方ないのかもしれませんね……」

 

 独り言を呟きながら、もと来た道を戻ります。

 

 

 かたりべ(・・・・)、べにがらす、すいむ、むくろえき、きんじろうぶね、ねずみ、みさきぼっこ、こども、もめんどうふ、ふえふき、きんぞくのえがお、おとな。

 

 そう、私のゴールは。

 戻りに戻って、一番最初の、裏野ハイツの入り口(・・・・・・・・・)、だったりします。

 

「次があれば、もう少し非情になったほうが良いかもしれませんね……」

 

 いろいろと、頭の中で考える私。

 

よし(・・)次は(・・)廃園になった(・・・・・・)遊園地でも使って(・・・・・・・・)クズを皆殺しに(・・・・・・・)するようなヤツに(・・・・・・・・)しましょう(・・・・・)!」

 

 次回作を思い付いた私は、ぽん、と柏手を打ちながら。

 

 ……ボロボロに破壊されて、先に進めなくなった『紅鴉』の扉を見て、言葉を続けます。

 

「……まあ(・・)私が無事に(・・・・・)脱出できれば(・・・・・・)の話ですが(・・・・・)



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