範馬 にほん昔ばなし (三柱 努)
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吉作おとし

昔々、そそり立つ岩と原生林で有名な、豊後の国、傾山の麓、上畑の里に、たくましい1人の若者がおった。

名を吉作といい、幼い時に猟や木こりをしていた父に死に別れ、母の手一つで育てられた。

そして、その母もやがてこの世を去った。

吉作は一人ぼっちになったが、身も心も強い山の男に育っておった。

 

吉作の仕事は岩茸採りじゃった。

岩茸というのはキノコの一種で、これを採るのは大変に難しく、シュロ綱をたよりに、絶壁にへばりついて、岩肌から掻きとらなくてはならなかった。

 

 

ある秋の日、吉作はいつものように、傾山に登った。

小さな割れ目、一つの襞さえも知り尽くしている。

この日は急な岩の上で、まだ吉作が行ったことのない富田津の主尾根から少し上がったところ。

早めに昼飯をすませた吉作は、今日の仕事場に、その岩の峰を選んだ。

岩の割れ目や木の根を伝わってよじ登り、ようやく岩の頂上に立った。

岩角の五葉の松の根っこにシュロ綱の端をしっかりとくくりつけ、絶壁を少しずつ降りた。

 

予想した通り、岩茸はいっぱいあった。

腰の籠は、みるみるいっぱいになった。

吉作は籠いっぱいにとれたので、ウキウキしておった。

 

ふと見ると、足のすぐ下に、小さな岩の棚があった。

ようやく立てるぐらいであったが、ちょうど良い休憩場所じゃった。

綱の端の結びこぶをにぎり、いっぱいに背を伸ばして岩の棚に降りた。

 

片手で綱をにぎって仕事をするという辛い姿勢から自由になった吉作は、疲れがとれるまでここで十分休むことにした。

 

「そろそろ帰るとするか・・・あっ!」

 

綱がない。

あるにはあるが、綱の端には手が届かない。

吉作の体重を支え伸びきっていた綱は、吉作が岩の棚へ降りて手を離している間に、手の届かない上の方へ上がってしまっていた。

 

岸壁には手掛かりが無い。

持っている道具といえば、岩茸を掻きとるための竹ヘラだけじゃった。

自分の力だけでは、もはや上ることも下ることもできない。

 

吉作は岸壁の淵に取り残されてしまった。

 

迂闊じゃった。

 

助けを呼ぶ以外、もはやどうすることもできない。

 

「おーい、おーい。助けてくれー。誰か、助けてくれー」

 

声をあげ、何度も何度も助けを呼んだ。

声は、はるか下の林に吸い込まれてゆく。

もし、自分の声を聞いてくれる人があるとすれば、つづら越えの峠道を辿り、日向の見立に向かう旅人だけじゃった。

 

返事は何一つなかった。

秋の日暮れは早く、岩壁を照らしていた陽はすでに陰り、夕闇とともに、厳しい寒さの夜がやってきた。

寒さと恐ろしさと空腹に震えながら、吉作は岩を伝う氷の雫に喉を湿らした。

 

翌日も朝早くも叫び続けた。

大きな声で何度も何度も叫んだ。

声は岩壁にこだまして、山の谷間に消えてゆく。

 

2日、3日経った。

声は次第に小さくなった。

 

 

 

その時、吉作は思い出した。

自分が“シコルス吉作”であったことを。

岩肌は手掛かりこそ無いが凹凸に富み、指先足先が引っ掛かる。

寝る前に、天井に打ち付けられた数寸ほどの釘を掴み、その状態で絵巻物を悠々と読む日課のあるシコルス吉作にとっては、まるで梯子を登るようなものであった。

 

こうして、シコルス吉作は綱すら掴むことなく、無事に崖上を登り、岩茸を籠いっぱいに背負って、村へと帰り着いたのじゃった。

 

 

 

 

しかし、因果というものは残酷なものじゃ。

 

時を違え、ある秋の日、同じ名ではあるが別の吉作が、同じように岩肌に取り残されてしもうた。

『しんくろにしてい』という意味のある偶然の一致というものじゃ。

 

「おーい、おーい。助けてくれー。誰か、助けてくれー」

 

声をあげ、何度も何度も助けを呼んだ。

声は、はるか下の林に吸い込まれてゆく。

 

翌日も朝早くも叫び続けた。

大きな声で何度も何度も叫んだ。

声は岩壁にこだまして、山の谷間に消えてゆく。

 

2日、3日経った。

声は次第に小さくなった。

 

 

 

その時、吉作は思い出した。

自分が“柳龍作”であったことを。

柳は奇怪な掌を持ち、ひとたび手で器を作ればそこに空気の入り込む隙間は無い。

和紙の上に手を乗せれば、手の動きに和紙は吸い寄せられ、宙で捕まえることも容易い。

であるならば、この岩肌に掌をピタとつければ、自分の体を支え、崖を登りきることもできるのではないか。

 

そうは上手くはいかなかった。

岩肌の凹凸は荒く、手の隙間は無くとも岩の隙間は無数にあった。

 

「これでは崖を上がれん」

 

やむなし。

柳龍作はおもむろに足袋を脱ぎ、袴を脱いで、下はふんどし一丁になった。

そのふんどしもまた脱ぎ、一反の布として垂らした。

柳龍作は何を思うたか、ふんどしに小便をかけ始めた。

みるみるうちにふんどしの白が薄黄色に汚れ、尿水の重さを纏っていく。

 

柳龍作は、そのびちょびちょに濡れたふんどしを上に向かって振り回した。

すると、ふんどしは崖の上に垂れた綱にぶち当たり、グルンとまとわりついた。

「摩擦よし」

柳龍作がふんどしをグンと引くと、綱も一緒について引っ張られた。

あとは普段、岩茸を採るのと同じく、綱を頼りに崖を登るだけ。

 

 

 

こうして、吉作たちは無事に村へとたどり着いたのじゃった。



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舌きりすずめ

むかしあるところに、じいさまとばあさまがおりました。

ある日、じいさまは山へ柴刈りに行きました。

 

すると、一羽のすずめが飛んできて、木に吊るしておいた弁当を食べてしまいました。

「ぼちぼち、めしにするかのう。おや…」

じいさまが弁当の蓋を開けると、弁当箱の中ですずめが寝ておりました。

「なんとめんこいすずめじゃあ」

 

じいさまは、すずめに“おちょん”という名前をつけて、たいそう可愛がりました。

「おちょん、ほら、ごはんだよ」

「チュンチュン」

「うまいか? そうか。ほうら、もっとお食べ」

「チュンチュン」

 

しかし、ばあさまはおもしろくありません。

「ふん。すずめの分際で米の飯を食うとは、贅沢なやつだよ」

 

 

その日もじいさまは、柴刈りに出かけました。

ばあさまは洗濯をしようと、お米を煮て洗濯糊を作りました。

 

「いいかい、おちょん。隣の猫に糊を食べられないように、番をしておくんだよ」

そして、ばあさまは川へ洗濯に。

ところが、おちょんは糊をぺろりと食べてしまいました。

 

「やや! 糊はどうした!」

戻ってきたばあさまはびっくり。

「隣の猫が食べました」

とおちょん。

 

「うそをつけ。おまえの口に糊がついているじゃないか。よくも大事な糊を食ってくれたな。こうしてやるわ!」

怒ったばあさまは、おちょんの舌を切ってしまおうとハサミを持ちました。

 

しかし、すずめの瞬発力にばあさまが敵うはずもなく、逃げ回るおちょんを捕まえることができません。

 

 

その時、おちょんは思い出しました。

自分が“アライJrおちょん”であることを。

そして、ばあさまも思い出しました。

自分が“ジャックばあさま”であることを。

 

「食事よりずっとすばらしいことがありそうだな」

「ん~。それはどうかな? おちょんにとってはすばらしいことではあるがね。ばあさまにとってすばらしいかと問われると・・・」

「出ようか」

 

ばあさまとおちょんは庭に出ました。

「もっと広い場所にしたかったのだが」

「十分だ」

ばあさまの拳にカウンターで合わせるように、おちょんはばあさまの側頭部を殴りつけました。

「ビューティフル」

にやりと笑うばあさまは何度も拳を振り回します。ですがおちょんにはかすりもしません。

 

おちょんの動きは完全なるフリースタイル。

打・突・蹴・組・投・極。全局面対応型闘争術。

であったが、幾度打ち込んでもばあさまは怯まず向かっていきます。

 

『なんと巨大きく。なんと重く。なんと強靭で。なんと俊敏く。なんと粘り強く。なんと力強く。なんと強い。

しかもこのばあさまは、それほどの潜在能力を持ちながら。徹底的で。執拗で。そして完全主義者』

ついにはばあさまの蹴りが、組み付きが、投げが、打が。

踏みが、おちょんを捉えました。

 

しかし、ダメージを受けると立ち上がってしまうおちょん。

いつだって立ち上がり、そして闘う。いつだっていつだっていつだって。

Stand and Fight

 

ばあさまに舌を切られたおちょんは森の中へと飛び去っていきました。

逃げられちゃしょうがない。

 

 

ばあさまがおちょんの舌を切ったと聞いて、じいさまはつぎの日、おちょんを探しに出かけました。

 

「すずめのお宿はどこかいな。舌きりおちょんはどこいった」

じいさまが歩いていくと、牛あらいに会いました。

「牛あらいどん、ここを舌きりすずめが通らなかったかい」

「おう。通った、通った。牛を洗ったこの水を飲み干したら教えてやろう」

しかたなくじいさまは、牛を洗って汚れた水を飲み干しました。

「はっはっは、よし。この先に馬あらいがいるから、きいてみるといい」

牛あらいは言いました。

 

「すずめのお宿はどこかいな。舌きりおちょんはどこいった」

じいさまが歩いていくと、馬あらいに会いました。

「馬あらいどん、ここを舌きりすずめが通らなかったかい」

「おう。通った、通った。馬を洗ったこの水を飲み干したら教えてやろう」

しかたなくじいさまは、馬を洗って汚れた水を飲み干しました。

「ようし。この先の竹やぶに飛んでったぞ」

馬あらいは言いました。

 

 

じいさまが歩いていくと、大きな竹やぶがありました。

 

すずめのお宿って、簡単に言うけどオイオイ。

入り口を抜けていったい何刻経った? 五刻、いや十?

竹やぶの中に家がありました。

トントンと戸をたたくと、中から「じいさまか、ばあさまか」という声がしました。

「じいじゃ、じいじゃ」

「じいさまならお入りください。」

じいさまが中に入ると、黒い着物をきたスズメが出迎えてくれました。

「ようこそ優秀なる日本の翁よ。さき程から主人もお待ち申してます」

スズメに案内されると、屋敷の奥におちょんがおりました。

「逢いたかった。おちょんや、すまなかったのう。ばあさまがおまえの舌を切ったというから、謝りに来た」

「じいさま、よく来てくれました。さあさあ、めしあがってください」

おちょんは喜びました。

 

おちょんは、じいさまに金のちゃわんに金の匙で、コーヒーを御馳走しました。

舌の切れたおちょんにコーヒーは染みますが、強がってゴキュゴキュと飲み干しました。

じいさまは「強いんだ星人」とつぶやきました。

 

 

じいさまが帰ろうとすると、おちょんが言いました。

「じいさま。おみやげは、大きいつづらがいいですか、小さいつづらがいいですか」

「わしは年よりだから、小さいのがいいな」

「じいさま、家に帰るまで、決してつづらを開けないでくださいね」

 

 

じいさまが家に帰ってつづらを開けてみると。

中から小さな人形と文が出てきたではありませんか。

『これはわたしが信じる神様。大切な人を守ります。元気出してください。今のわたしに必要ない』

 

「大きなつづらには、もっとお守りが入っているはず。よし、わしがいってもらってくる!」

ばあさまはじいさまに聞いた道を大急ぎで走っていきました。

 

大きな竹やぶの中の家につきました。

ドンドンドン。

「おい、ここをあけろ!」

「じいさまか、ばあさまか」

「ばあじゃ、ばあじゃ」

「お入りください」

ばあさまは急いで家の中に入りました。

 

おちょんはばあさまに、ステーキを出しました。

「ばあさま。おみやげは大きいつづらがいいですか、小さいつづらがいいですか」

「大きいのをくれ」

「ばあさま。家に帰るまで、決してつづらを開けないでくださいね」

 

 

ばあさまは早くつづらの中を見たくて見たくてたまりません。

「もう、しんぼうたまらん!」

まだ家につかないうちに、ばあさまはつづらを開けてしまいました。

 

すると。つづらの中からは、ドリルやらフレームやらボルトやら、おそろしいものがぞろぞろと出てきました。

「あぁぁ、ああーっ!」

 

 

骨延長手術。

ボルトの調整による仮骨の成長速度は、成長期にあっても1日1ミリ。

成人に至っては1日0.25~0.5ミリというスピードである。

毎夜襲い来る圧痛と引き換えに、ばあさまは都合8か所の延長によるさらなる高みへと至りましたとさ。

 



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赤いクレヨン

ある夫婦が中古の物件を購入した。

値段も安いし周囲の環境もよく、日当たりも良好。中古とはいえ何もかも申し分のない家だった。

 

ところがある日のこと、夫が廊下を歩いているとそこに一本の赤いクレヨンが落ちている。

 

彼ら夫婦に子供はいない。

だから、家の中にクレヨンなどあるはずがなかった。

 

「変だな」と思った彼だが、おそらくは前の住人の忘れものだろうと判断し、深く考えずにそのクレヨンを拾うとゴミ箱に捨てた。

 

数日後の朝、彼が新聞を取りに行こうと廊下に出ると、あの日と同じ場所にまた赤いクレヨンが落ちていた。

 

さすがに不思議に思って、そのことを妻に話すと、彼女の顔がさっと青ざめた。

 

「実は私も昨日掃除をしている時に、廊下に赤いクレヨンが落ちていたので拾ったのよ。あなたが言っているのとまったく同じ場所で」

 

『もしかして、知らない間何近所の子供でも入り込んできたのだろうか?』と思ったが、そうだとすれば家の中のどこかに落書きがあってもいいはずだ。

クレヨンだけが落ちているとなると、これは何とも不気味な話じゃないか、と夫婦話した。

 

恐くなった二人は、いつもクレヨンが落ちている場所の周囲を調べてみることにした。

 

改めて家の図面を片手に廊下を調べた二人は、奇妙なことに気づく。

明らかに間取りがおかしいのだ。

家の図面を観ても、外から見た感じでも、この家には本来ならばもう一部屋あるはずだった。

 

 

その部屋があるべき場所と言うのが、例のクレヨンが落ちている廊下のすぐ前なのだ。

 

 

 

二人が問題の場所の壁を叩くと、そこだけ明らかに周囲と音が違う。

何やら空洞がありそうな感じの音だった。

 

夫が壁紙をはがしてみると、そこには念い入りに釘でうちつけられた引き戸が隠されていた。

彼は釘をすべて引き抜くと引き戸を開き、閉ざされた部屋の中へと足を踏み入れる。

 

するとそこはガランとした何もない部屋。

その部屋の真っ白な壁は、赤いクレヨンで書き殴られたこんな文字で、びっしりと埋め尽くされていた。

 

 

 

 

 

キャンディ

 

キャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディキャンディ

 

 

部屋にびっしりと書かれたキャンディの文字。

一辺が2mほど、高さ2m。四方の床と天井と床。計24㎡。

そのキャンパスを埋める文字を書ききるのに、かかる時間はおそらく・・・例えるならボウル一杯に盛ったキャンディを1つずつ、ゆっくりと、舐めつくすほど所要するであろう。

その間、壁の上の方や下の方といった書きにくい場所にも、ずっと休まず書き続けたのだろうか。

問題は根気や労力どころの話ではない。

腕が上がらなくなるまで、腰が曲がったまま元に戻らなくなるまで、同じ姿勢を取り続けたのだろうか。

 

そして、赤いクレヨンの消費量たるや。

赤いクレヨンだけで数ダース・・・段ボール1箱、それ以上か。

 

 

 

「あなた。隣にも、空間が・・・」

妻が家の図面を睨むと、この赤い部屋の隣にも同じように部屋がありそうな空間があった。

 

壁紙を剥がし、隣の部屋に続く扉を開ける。

するとそこはガランとした何もない部屋。

その部屋の真っ白な壁は、真っ赤に染まっていた。

 

そこは、まるで凄惨な殺人事件の現場のように、壁や天井にまで血が飛び散っていた。

妻は、そのあまりにもショッキングな光景に腰を抜かした。

だが只1人、夫だけはその光景に口角を上げニヤリと笑い、こうつぶやいた。

 

「ずいぶんと苦戦したようだな。この血の主がここでどう戦い、どう苦しんだかが手に取るように理解る。

そして、どう勝利したかも」

 



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マッチ売りの少女

 

その日は、大変寒く、雪が降っている日でした。

そしてあたりが暗くなって、大みそかの晩のことでした。

一人のみすぼらしい、歳のいかない少女が、帽子もかぶらず、はだしで通りを歩いていました。

 

この子は家を出るときは、それでも木靴をはいていたのです。

ところが、これはお母さんが履いていたものだったので、大きすぎました。

しかも、さっき往来で二台の馬車がおそろしく走ってきた時に、片方はなくし、もう片方は男の子が持って行ってしまったのです。

 

こうして、この少女は寒い道を裸足で歩いています。

古ぼけたエプロンの中には、マッチをたくさん持っていました。

今日は誰もマッチを買ってくれる人はいなく、誰もわずか一シリングのお金さえ恵んでくれないのです。

 

お腹をすかして、寒さに震えているその様子は、本当にかわいそうです。

美しくカールしている金色の髪の毛に雪がかかります。

でもそんなことより、窓から明かりがさしてきて、ガチョウの丸焼きのおいしそうなにおいがしてきました。

 

今日は大みそかの晩で、少女はそのことばかり考えていました。

少女はとある家の壁の前に座って、うずくまりましたが、寒くなるばかりでした。

でも、家に帰ってもマッチは一つも売れていないので、お父さんにぶたれるだけです。

 

少女の小さな手は、もう凍えてしまっていました。

一本の小さなマッチでも、こんな時はとても役に立つのです。

 

少女はマッチに火をつけました。

暖かい明るい炎が出てきて、少女はそこに手をかざしました。

 

なんと不思議な炎でしょう。

しんちゅうの胴のついている鉄のストーブの前に座っているような感覚です。

 

少女は足も温めようと、足をのばしましたが、そのとたん、火は消えて、ストーブも消えてしまいました。

そして手に残ったのは、マッチの燃えさしだけです。

 

少女は新しいマッチをこすりました。

マッチの中を見ると、そこにはテーブルがあって、その上にはフルコースの料理が並んでいました。

何皿か、数えられないほど。カロリーに換算すれば、数万キロカロリーはくだらないでしょう。

そしてテーブルの端にはローストされたガチョウが、美味しそうにありました。

そして、その丸々と太ったガチョウが皿から出てきて、少女のほうへ歩いてきました。

 

と、その時マッチの火が消えました。

そうすると、目の前には家の壁とガチョウがあるだけです。

太った? 肥満? 否・・・肥満ではない。よく絞り込まれた、とてつもなく巨大な!

筋肉!!!

のガチョウです。

 

おそらくは目の錯覚。目に焼き付いた残像なのでしょう。

 

 

少女はまたマッチを燃やしました。

今度は、クリスマスツリーの下に座っています。

それはとても大きく、とても綺麗に飾られていました。

少女は思わず手を伸ばしましたが、そのとたんにマッチは消えてしまいました。

残されたのは三角のクリスマスツリーだけ。

三角。ガチョウが逆三角なら、それを逆さにしたような三角のクリスマスツリーでした。

 

「ガチョウさんは・・・ソップだね」

「この私が痩せっちゃ、とでも?」

ガチョウとクリスマスツリーの間の空間は、まるで蜃気楼が発生しているように歪んでいきました。

雪の降る寒い街で、この空間だけ湯気が発生している。

近寄りがたい事が起こる。そう、まるで狭い部屋でハンマー投げの選手がハンマーをぶん回すほど危険が。と、少女は感じ取りました。

 

「こうなれば、勝負しかあるまい」

「力っくらべですか?」

ガチョウはニヤリと笑いました。

「マッチ売り勝負だ」

 

 

クリスマスツリーは最初、自分の耳を疑いました。

「マッチョが売りの私たちが・・・ですか? そういうオチじゃないんですか?」

「フフン。何を心ときめかない事を。クリスマスツリーくん、私たちは何のために現れたのかね? “彼女”を救うために決まっているではないか」

ガチョウは紳士な態度で少女の手を取り、エプロンの中からマッチを受け取った。

 

「売り上げを競う。シンプルだ」

「わかりました」

 

 

こうして、逆三角ガチョウと三角クリスマスツリーの、マッチ売り勝負が始まった。

とはいえ、鍛錬に比類なき両雄も、商いは土俵外。

待ちゆく人々は、近寄りがたい2人を避けて通ります。

 

「これでは売れないですね。ガチョウさん」

「クリスマスツリーくんは商才が無いようだね。需要というものを考えてみれば子供でも答えは出る。こんな大晦日にマッチ単体を欲する人なんぞいると思うのかい?」

そう言うと、ガチョウは葉巻をセットにしてマッチを売り始めました。

 

「それは・・・いいのか? あらかじめ用意したものを」

「少女を救うのがルール。違反はあるまい?」

ガチョウのニヤつきに、クリスマスツリーは歯噛みしました。

何故ならガチョウは、葉巻の次はワインを付け始めたのです。

 

「・・・ならば、こちらも」

そう呟くと、クリスマスツリーは石炭を取り出し、手のひらの中に納め

ギュゥウウウウウ

 

握り潰された石炭は分子構造が変化し、その表面の暗黒に輝きを宿す。

金剛石化。とはいえ、その際に要する圧力たるや・・・

アリエナイ。

が、クリスマスツリーの放した手から零れ落ちたものは、まさしく大粒のダイヤモンドであった。

 

「これは、勝負がつきましたね」

「ああ。私の勝ちだ」

 

ガチョウが付け合わせ商法で最後に売却したもの。

それは、このマッチ売り勝負の・・・放映権だったのです。

 

 

 

こうして、チマチマと街頭でマッチ売りをしていた少女の元には、使い切れないほどの利権が転がりこみ・・・幸せに暮らしましたとさ。

 



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うらしまたろう

むかしむかし、海辺の村に、浦島太郎という若者が住んでいました。

太郎は毎日、海で魚をとって、年老いたお母さんと一緒に暮らしていました。

 

ある日のこと。

「あぁ、今日もあまり魚がとれんかったのう」

太郎ががっかりしながら浜へ上がると、わいわい騒ぐ子どもたちの声が聞こえてきました。

「おや? なんだろう?」

 

見ると、子どもたちが小さな亀を捕まえて、虐めていました。

「やーいやーい、子亀。早く歩いてみろ」

「おいおい、かわいそうじゃないか。離しておやり」

「いやじゃ、いやじゃ。はなすもんか」

「そんなら、この魚みんなやるから、その亀と取り替えておくれ」

子どもたちは、魚を貰うと帰っていきました。

「あぶないところだったな。さあ、海へおかえり」

太郎は亀をそっと海にはなしてやりました。

亀は何度も太郎のほうをふりかえりながら、沖のほうへと消えていきました。

 

次の日も海は荒れ、魚は一匹も釣れません。

太郎があきらめて浜に上がろうとすると、突然大きな波が寄せてきたかと思うと、目の前に大きな亀があらわれました。

おどろく太郎に亀は言いました。

「昨日はうちの子を助けていただき、ありがとうございます。お礼に竜宮へご案内します」

「そんなこと言われても、おら、潜れん」

「どうぞ。わたしの背中にお乗りください」

太郎が亀の背中にまたがると、亀はスーッと泳ぎだし、海の中を深く深く潜っていきました。

 

 

『お、溺れる』

海の中で、太郎は当然息ができません。声も出せず亀に助けを求めることもできません。

 

 

しかし、太郎は自分自身にも黙っていたことがありました。

例えば、5分間の無呼吸運動が可能であること、とか。

 

 

「さあ、つきましたよ」

亀は太郎を下ろしました。

「おお、ここが竜宮か!」

そこへ、まばゆいばかりの衣装をまとった乙姫が現れました。

 

ズル・・・ググ・・・ズズ・・・めりめり・・ベリベリ・・ブチッ

 

乙姫が、衣装をズボンの裾から脱ぎ捨てて現れました。

傷のない所が無い。その背に彫られた鬼の形相も、斜めにぶった切る大傷痕。

「ビューティフル」

太郎は思わず漏らしていました。

 

2人の間にあるものは言葉ではありませんでした。

拳・・・海底の岩・・・乙姫の履いていた下駄・・・腰掛け・・・

腰掛けの砕けた欠片は、むしろ気遣い。

呼吸の暇さえ無い太郎の拳だけが・・・

 

グァー!

 

乙姫の拳はたった1発

「な・・・なんてパンチだ」

ではなく、大きく振りかぶったもう1打

 

「まだやるかい?」

元気イッパイのもう1打

「まだやるかい?」

「まだやるかい?」

 

その時、太郎は乙姫の口にウニを押し込みました。

目が覚めるほどの閃光が乙姫を襲います。

「まだやるか?」

既に、太郎に言葉はいりませんでした。電気クラゲの群れに向かって殴り飛ばされた太郎・・・

 

 

ドライバーを務めていたカメ(150)は、このときの様子をこう語っている。

 

「そう、あの事件がきっかけです。わたしも個人的には賛成です。例外的にという条件付きですが、平魚にも玉手箱の装備を認めるべきです」

 

「ハイ、舞い踊っていました。いえ、鯛やヒラメではなく」

 

「空間を作ったんです。こう、春夏秋冬の。ウラシマ効果と一緒ですよ。しかしそれを、お土産でやるんですからねェ。すごい煙でしたよ。モクモクっていうんですか?」

 

「え? 『開けないと思ったか?』 って? 太郎がですか?」

 

「・・・・・・・・・・・」

 

「ん~。やっぱりあなた達はワカってない。浦島太郎という人物を」

 

「そりゃアンタ、『開けないでください』って伝えておくと、ふつうは開けませんよ。ふつうはね。だけどコレは浦島太郎のハナシでしょ」

 

「こうやってシュルッとですな。もうムチャクチャですわ」

 

 

 

その後、浦島太郎の姿は浜辺で発見された。

竜宮城に着いた時には、多く見積もっても30歳前後。

しかし、事実はどうた

実年齢97歳

数秒の間に目にみえて衰えだし、1分と経たず容姿が実年齢に追いついてしまう。

 

医学全史を見渡しても全く前例のないこと。ここまでの極端な例は・・・

 

この浦島太郎の話は、公式な記録にはならないが・・・

あくまで非公式。よもやま話として伝わる事であろう。

 



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チコタン ~ぼくのおよめさん~

なんでかな?

なんでかな?

なんでピクタン 好きなんかな?

なんでこないに 好きなんかな?

 

 

 

ピクタン ピクタン ピクタン ピクタン

 

 

 

視力8.0ある 目ェやからかな?

T-REXのステーキ嗅ぐ 鼻やからかな?

ジュラ紀でいちばん チビやからかな?

ジュラ紀でいちばん ゲラやからかな?

なんでこないに 好きなんかな?

なんぎやなあ なんぎやなあ

 

 

 

ピクタン ピクタン ピクタンタン

どないしょう どないしょう

ピクタン ピクタン

ピクタンタン ピクタンタン ピクタンタン ピクタンタン

ピクピクピクピク

ピクタンタン ピクタンタン

 

 

 

ぼくは アナタを・・・・・・・・・

ぼくは アナタを・・・・・・・・・

 

 

 

たべてもたろか!

喰うって、なんて素敵なんだ!

 

 

 

 

ピピピピピピピ ピクルさん

ぼぼぼぼぼぼぼ ぼくぼくと

ゆうゆうゆうゆうゆうゆう 勇次郎越えのパートナーに

ななな なってください

 

 

 

もしきみが

父越えの壁になってくれたら

ままま マナーの勉強いたします

 

地上最強になります

食器洗いもサボりません

ちゃぶ台返しません

女の子も泣かしません

ぜぜぜ ぜったい誓います!

 

 

 

ピピピピピピピ ピクルさん

そそそそそそそ そやさかい

ぼぼぼぼ ぼくのスパーリング相手に

ななな なってください!

 

 

 

 

 

 

 

ほっといてんか!

ほっといてんか!

空中ブランコなんか いらん

ライオンなんか いらん

あほたれ あほたれ!

母ちゃんのあほたれ!

なんで ぼくひとりだけ 産んだんや!?

ぼくが空手継がんならんのに

そやから

ぼくは空手を終わらせたのに・・・・・・・・・

 

 

 

ほっといてんか!

ほっといてんか!

館長室なんか いらん

靴紐なんか 見とない

あほたれ あほたれ!

父ちゃんのあほたれ!

なんで 魚を舐めたんや!?

ピクタン 風俗のキャッチは嫌いやのに

そやから

ぼくは失恋したのに・・・・・・・・・

 

 

 

ほっといてんか!

ほっといてんか!

ひとりぼっちでほっといてんか!

 

 

 

 

 

 

ええこと ええこと 思いついた

ピクタン ピクタン 烈すきゆうた

ピクタン ピクタン 克すきゆうた

ピクタン ピクタン ジャックすきゆうた

そんなら そんなら ピクタンすきな

足 腕 顔だけ 売ったらええねん

ほんまに ええこと 思いついた!

ヤッホー ヤッホー ヤッホー ヤッホー

ヤッホー!!

 

 

 

ピクタン ピクタン ニッコリ わろた!

ピクタン ピクタン オッケーゆうた!

ピクタン ピクタン ゆびきり げんまん

ピクタン ピクタン 世界一の

ピクタン ピクタン 最強やるぞ!

ヤッホー ヤッホー ヤッホー ヤッホー

ヤッホー!!

 

 

 

 

 

 

二人でゆびきりしたのに・・・・・・・・・

親子喧嘩になったら 夕食を共にしようと

二人でゆびきりしたのに・・・・・・・・・

親子喧嘩に勝ったら

地上最強の男になろうと

二人でゆびきりしたのに・・・・・・・・・

 

 

 

おいしい足 食べさしたろ思てたのに

おいしい腕 食べさしたろ思てたのに

おいしい顔 食べさしたろ思てたのに

 

 

 

そやから そやから

いっしょうけんめ 鍛錬したのに

強い子になったのに

そやのに・・・・・・・・・

そやのに・・・・・・・・・

 

 

 

ピクタン 轢かれた

トラックに轢かれて ピクタン死んどらん

横断歩道じゃないけど

黄色い旗にぎっとらんけど ピクタン死んどらんくて、肉喰って

しばらくして烈タン死んだ

 

 

 

烈タン わろてる 東京ドームの下から

烈タン わろてる 写真の中から

烈タン わろてる 痛かったの堪えて

次に活かそうと考えて

躱せなかったのこらえて

烈タン わろてる・・・・・・・・・

 

 

 

笑うな 烈タン!

写真の中なんかで 笑うな!

 

ぼくは つらいねんぞ

ぼくは さびしいねんぞ

ぼくは 泣いてんねんぞ

そやのに・・・・・・・・・

そやのに・・・・・・・・・

 

 

 

だれや!?

烈タン殺したのんだれや!?

ぼくの烈タン殺したのんだれや!?

ぼくの烈タン殺した奴を生き返らせたんだれや!?

だれや 

だれや!?

 

だれや 

だれや 

だれや!?

 

だれや 

だれや 

だれや!?

 

 

阿呆ゥッ!!

 



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