レベルアップで世界最強 (奈落兎)
しおりを挟む

第一章
プロローグ


 南雲ハジメは土下座した。悪いのは相手だが、勝てないからだ。

 情けないと笑いたければ笑え。嘲笑が目の前の男達だけでなく、周りを歩いていた一般人からも向けられていることに気づいてるが、それで後ろの子供と老人が助かるなら安いものだ。男達は馬鹿らしくなったのか去っていく。と、その時だった……

 

    お知らせ

 シークレットクエスト

 『無力な者の勇気』の

条件をすべてクリアしました

 

 と、謎の電子音と共に視界に半透明の板が映る。まるでゲーム画面のようだ。周りをキョロキョロ見ても、誰も反応していない。

 なんだろう、これ?

 

 

 

 

 帰って父と母に相談してみた。やはり見えないようだが、滅茶苦茶面白がってた。ステイタスは見れるのかと聞かれ、確認してみる。

 

名前∶南雲 ハジメ  レベル∶1

職業∶なし      疲労度∶0

称号∶なし

 

HP∶100

 ──

MP∶10

────────────────

筋力∶10  体力∶10

速度∶10  知能∶10

感覚∶10

────────────────

   分配可能ポイント∶0

 

 レベルはまあ、当然1。ステイタスは多分平均値だろう。分配可能ポイントは………レベルアップしたら出るのかもしれない。

 後デイリークエストで腕立て伏せ100回、腹筋100回、ランニング10キロやらねばならないらしい。

 無視したいがペナルティクエストが不明な今ある程度レベルが上がるまでやれと父から言われたので、仕方なくやる事にした。

 

 

 

 

「ぜぇ……はぁ、ぜぇ…………た、ただいまぁ」

「おかえり息子よ。クエスト報酬は?」

「はぁ、はぁ………えっと…………」

 

 報酬1.状態の回復

 報酬2.能力値ポイント+3

 報酬3.ランダムボックス1個

 

 すべて受け取りますか? と出たので当然全てを受け取る。

 ちょっと待ってろと奥に引っ込んだ父が握力測定器を持ってくる。

 

「まずは回復から………」

「えっと………『状態の回復』………」

 

 と、ハジメが呟くとぱぁ、と光に包まれ疲労が消える。実はランニング中すっ転んで怪我した場所も、治っていた。

 

「ほう、凄いな。じゃ、これ思い切り握ってみろ」

「う、うん………えい!」

「25.58…………お前………」

 

 これだけ? と言いたげな目を向けられた。

 

「じゃ、筋力に全フリ。そしてもっかい………」

「わかったよ………」

 

 父に言われたとおり能力値ポイントをすべて筋力にふる。そして、もう一度握力測定器を握る。

 

「40.63………一気に上がったなあ。20にしてたら普通に倍以上になってたぞ。能力値が上がるごとに、1つの値で上がる力が増えるのかもなあ」

 

 冷静な分析をする父に、ハジメは息子の痛い妄想に付き合っていたわけではなく、本気で信じてくれていたのかと感動した。

 

 

 

 それから大体6ヶ月。半年の時がたった。

 

「ううむ、なんかすごい身体になってるなあ」

「ハジメ、ちょっとデッサン人形代わりにして良い?」

 

 ハジメの筋肉は凄いことになってた。半年のトレーニングの成果もあるが、間違いなくステイタス分配に関係ある。身長もめっちゃ伸びた。

 半年……6ヶ月。つまり180日でポイント総合540。

 ハジメの今のステイタスはこんな感じだ

 

名前∶南雲 ハジメ  レベル∶1

職業∶なし      疲労度∶0

称号∶なし

 

HP∶1860

 ──

MP∶1290

────────────────

筋力∶210  体力∶100

速度∶120  知能∶60

感覚∶80

────────────────

   分配可能ポイント∶0

 

 筋肉は純粋な身体能力となった。速く走ることもできる。速度を上げることで、その速さに振り回されずに済むようになり、体力をつける事で長時間その身体能力を十全に使えるようになる。

 知能を上げた結果MPが上がったほか、一夜漬けでもテスト上位になれるようになった。デイリークエストがあるのに仕事を手伝ってくれるハジメに学業を疎かにしてほしくなかった両親は大喜びだ。

 感覚を上げると五感が鋭くなった。集中すれば家に帰る前からその日の夕飯が匂いで解るし離れた家の夫婦喧嘩の内容も聞ける。

 

「戦い方は学んで来てるな?」

「うん。師匠には教えることはないって………」

 

 戦い方を学んだのは歴史ある剣道道場の、古武術。剣道道場なのに何故古武術?

 因みにハジメは正確には古武術の技を学んだ訳ではなく、戦い方………駆け引きなどだ。ハジメの身体能力では下手な技を覚えるのは足枷になるとの事だ。

 ハジメの身体能力はもはや人外。なのになんで師匠は一方的にボコボコにしてくるんだろう。孫娘さんが優しいのが癒やしだ。

 

「どうしたハジメ、顔が赤いぞ?」

「な、何でもない………」

「そうか。まあ良い。いよいよ使う時が来たな………持っていけ」

 

 そう言って、鍵を渡してきた。ランダムボックスで手にした数本の鍵。何でもダンジョンに入れるらしい。

 

「行ってこい、ハジメ。危なくなったらすぐに帰ってくるんだぞ?」

「うん……」

 

 

 

 

 そんな生活を続け、ハジメのレベルは21まで上がった。それなりの年月が経ち17歳。

 

名前∶南雲 ハジメ  レベル∶21

職業∶なし      疲労度∶0

称号∶竜殺し(他2)

 

HP∶7580

 ──

MP∶2860

────────────────

筋力∶500  体力∶500

速度∶500  知能∶410

感覚∶410

────────────────

   分配可能ポイント∶0

 

 

 まもなくハジメに、大きな試練が始まる。




ハジメの容姿は奈落ハジメの黒髪番です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常の終幕

 南雲ハジメの朝は早い。

 朝起きたらデイリークエストをこなすために腕立て伏せに腹筋を終わらせる。ステイタスで上がった能力値の効果は意識的に消せるので──そうじゃなかったら軽く触っただけで物が壊れる──デイリークエスト時には使わないように心掛けている。

 素の筋力も念の為鍛えておけとの助言故にだ。

 

「ふあぁ〜………」

「お、ようハジメ。眠そうじゃねえか………今日は月曜だぜ?」

「ああ、龍太郎か………」

 

 最後のランニング中に声をかけてくる男子が居た。彼の名は坂上龍太郎。デイリークエストで朝ランをしているうちに仲良くなった少年だ。身長はハジメより高く、体格もがっしりしている。本来インドア派のハジメからすればデイリークエストがなければ仲良くなれなかった相手だ。

 とはいえ、体を鍛え、筋肉がついていくのは存外楽しく今では話もそれなりに合い、格闘漫画や筋トレ漫画などを貸す間柄になっている。

 

「いや、土曜から日曜にかけてちょっとな」

「鍛えんのは良いけど休みも大切だぜ?」

 

 因みにここ数年でハジメの口調はだいぶ変わった。口調、一人称は周りからのイメージはもちろん本人の内面も変える。厄介事に巻き込まれ思わず力を使い過ぎる、なんてことにならないように気を強く持てと師に言われたのだ。

 因みに土日はインスタンスダンジョンに潜っていた。ランダムボックスから得たインスタンスダンジョン。平均ランクEで、最高ランクはA。

 今のステイタスならE、Cは一日でクリア出来るがBともなると日を跨ぐ。Aはまだ使ったことが無い。

 

「ま、あんま頑張りすぎるなよ? 後で学校でな」

 

 曲がり角に差し掛かり龍太郎と別れる。

 

「頑張りすぎるな、か………」

 

 父は言っていた。この力が何故目覚めたかは分からないが、何かに備えている可能性が高いと。

 ハジメは己が人外の領域に居るのを理解している。それだけの力を持つ者を求める『システム』と名付けた何者か。

 力は純粋に力にぶつけるものだ。つまり人外の力をぶつけなければならない何かに備えさせる。それが漫画家とゲームクリエイターである両親の見解で、ハジメもその可能性が高いと思っている。

 ダンジョンでは死の危険が伴う。それでもシステムは未だ目標値に達したなどといったメッセージを寄越さない。なら、もし来たるべき災禍が来た時は………

 

「まあ、もうちょい頑張らねえとなあ………」

 

 ハジメはそう言ってラストスパートの速度を上げた。

 

 

 

 

 家に帰りシャワーを浴び、消費したエネルギーを補充するようにバナナなどの栄養価の高い物を食べ、家を出る。

 

「やあ、おはよう」

「…………恵里」

 

 玄関の前で待っていたのは、眼鏡をかけた美少女だった。ニコリやニッコリというよりは、ニコォや、ニヤァと言う擬音が似合いそうな笑みを浮かべた少女の名は中村恵里。ハジメの恋人だ。一応は………

 

「おいおい、休み明けに可愛い彼女が迎えに来てくれたんだぜ? もう少し、僕の顔を見て嬉しそうな顔をしたらどうなんだい?」

 

 演技がかった口調もその筈。彼女はハジメに合わせて敢えてそういったアニメやゲームなんかに出て来そうなキャラを作っている。

 

「新しい恋はまだ見つからないのか?」

「あはは。おかしなことを言うね。僕の恋を壊したのは君だろう? 責任は果たそうぜ。じゃなきゃ自殺してやる。僕を守ってくれるんだろ、お優しい君は」

 

 クスクス笑う恵里に、ハジメはどうしてこう拗らせた、と頭を抱えたくなる。

 後悔はない。恵里を放置すれば多くの者が心に傷を負った。結果として負わせるはずだった心のキズは恵里が負い、言葉通り自殺しかねなかったので負い目を感じたハジメが熱心に止めたのだ。その内こうなった。

 

「ところで疲れているようだけど、何かあったのかい? 休日、何やら彼女の僕に内緒で何処かに行ってたようだけど」

「まあ、そのうち話す………」

 

 ハジメはそう言って歩き出すと、恵里がスルリと腕を絡めてくる。

 まあ恵里は性格に難こそあれど美少女だし、懐けば可愛いところも見せてくるし、悪い気はしない。半年近く関われば最初の悪感情も失せてきた。明日からは迎えに行ってやっても良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 生徒達も殆ど集まった時間帯にハジメ達は教室につく。扉を開けると、一人の女子生徒が話しかけてきた。

 

「おはよう南雲君、恵里ちゃん。またギリギリだね、もっと早く来ようよ」

「ああ、おはよう白崎……ふぁ」

「おはよー」

「南雲君、本当に眠そうだね?」

 

 話しかけてきたのは白崎香織という、学校の二大女神と称される美少女だ。恵里は玄関で一度解いた腕を再びハジメに絡める。

 

「フフ。仕方ないだろう?ハジメは、昨晩そりゃあ疲れるような事をしたからね」

 

 もちろん恵里はハジメが休日何をしたか知らない。だが何処か挑発するように目を細め、ペロリと艶やかに唇を舐める恵里と合わせると、まるで言えない何かをしていたような。

 恵里の親友である鈴は、登ったのか、私より先に! 

と戦慄していた。

 

「へ、へぇ…………それって、どんな事」

「さあ? 友人でしかない君に、恋人同士の秘め事を教える理由はないからね」

 

 むむむ、と唸る香織。だが、恵里は確かに公的にはハジメの彼女で、香織は一緒に出かけたりもしないクラスメート。差は歴然である。と、その時……

 

「南雲君。おはよう。毎日大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

 

 学校1女子にモテる女と、学校1女子にモテる男が話しかけてきた。女の方は八重樫雫。ハジメが戦いの駆け引きを学びに行った剣道道場の娘であり、ハジメの師の孫娘。ハジメは道場の所謂裏技術を学びに行ってるので道場での知り合いは彼女だけ。

 男の方は天之河光輝。八重樫道場の門下生で一応はハジメの兄弟子に当たるが本人は知らない。正義感が強いが自分を疑わないので相手が悪いと思ったら徹底的に責める。

 恵里の初恋の相手であり、彼を手にする為に恵里が色々暗躍していたのだが、悪意に敏感になっていたハジメがクラスメートを助ける為にそのクラスメートに証拠を提出してしまった結果、そのクラスメートが正当な報復だと言わんばかりに恵里の所業を公にし責め立て、仲介に訪れた光輝もまた、恵里が何故そのような事をしたか解らないし悪いのは恵里だが俺から頼む、許してやってくれと恵里が結果としていじめられることになったのを無視した男だ。

 最後にそんな彼と親友ではある龍太郎が話しかけてきた。

 

「よおハジメ。ギリギリだな? 今日ぐらいはランニング休みゃ良かったのによ」

「おはよう八重樫、龍太郎。まああれは日課だからなあ。今じゃやらねえと逆に落ち着かねえ」

「ランニング? なんの話だ龍太郎。それより南雲、挨拶されたなら返したらどうなんだ」

「ん? してたか?」

「してなかったとも。君の記憶違いじゃないぜ」

 

 挨拶されなかったから挨拶しなかった。なのに挨拶した前提で責めてきた光輝にハジメが呆れながら、指摘しても言い合いになるだけだから恵里を使いそれとなく指摘するが光輝の顔がムッと歪む。が、その前にチャイムが鳴る………。何か言いたげに睨んだ後、大人しく先に帰っていった。

 

 

 

 

 

 昼休み。ハジメの飯は基本的に恵里が作る。精がつくものばかりが入ってるのはご愛嬌。ハジメは『無力な者の勇気』をクリアした報酬で『大呪術師カディンギルの祝福』を持っており、害と判断した効果を無効化する。

 その為溜まる、なんてことにはなっていない。

 ちなみに場所は教室。普段は屋上などに移動するのだが恵里が疲れた様子のハジメに気を使い教室で持ってきた弁当を広げたためだ。それ故に、ある人物がこれ幸いと突っ込んできた!

 

「南雲くん、恵里ちゃん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな?」

「あー………遠慮しとく。恋人と二人っきりで食べたいからなあ」

 

 クラスが不満げな空気で満たされた。香織は男女問わず人気者だ。対するハジメは、一部のものには人気が高いものの、授業中は親の仕事の手伝い疲れで寝ていることが多い為、不真面目な生徒と思われている。ましてや恋人が一年の頃に問題を起こした恵里だ。よく思われてないのだ、ハジメは。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲は恵里の料理があるみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理をついでで食べるなんて俺が許さないよ?」

「え? なんで光輝くんの許しがいるの?」

 

 光輝の言葉に香織が首を傾げながら返すと、雫は思わず吹き出していた。光輝が苦笑している中、ハジメはピクリと己の感覚に訴える何かを感じ取る。

 『ゴブリンシャーマン』や『リザードマンの呪術師』など魔法使い系のモンスターが魔法を放とうとする際感じる力………魔力の流れだ。

 発生源を特定する。光輝の足下。狙いは、光輝───!

 その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。

 自分の足元まで異常が迫って来たことで、ようやく硬直が解け悲鳴を上げる生徒達。未だ教室にいた愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

 光が収まった教室には、誰の姿もなかった。

 

 

 

『偽神のなり損ない』の加護をシステムに悪影響なデバフと判断しました

 

『バフ∶免疫』により脅威を排除しました

 

これよりイベントを開始します




龍太郎
友人。朝のランニングで知り合い努力出来るやつだと判断され、なんで漫画なんか読むんだ? と聞いた結果読んでみろと進められた筋トレ漫画、格闘漫画にハマる

恵里
光輝に見捨てられ壊れた後責任を感じた救おうとしてきたハジメに依存。付き合わなきゃ死ぬと脅し交際を迫った。
僕っ子であることを知った南雲両親によりハジメが好む漫画やゲームに出てくる腹黒僕っ子キャラの口調を真似ている


感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異世界召喚

 それは静かに歓喜した。

 器を得られたら、それで良いと考えていた。それで十分だと。

 しかし、居る。付属品の中に、『プレイヤー』が。

 ああ、それも、かつて争った者とは比べ物にならぬ強者だ。

 

『ノイント』

「ここに」

 

 その言葉に、すっと銀髪の戦乙女が現れ跪いた。それは、顔も向けずに己の腹心に命じる。

 

『フェアレーターを開放せよ。野に放て』

「は、いや………しかし」

『我は命じた』

「ただちに」

 

 主の言葉に困惑し、しかし2度も言わぬという主の態度にすぐに顔を伏せ従う。立ち上がろうとしたノイントに、主は気まぐれに声をかけた。

 

『ノイントよ、正義とは何だ? 悪とは何だ?』

「はい。正義とは、偉大なる貴方様。悪とはそれに逆らう愚か者共です」

『…………ありきたりな忠臣の台詞だな。面白みの欠片もない。まあ我がそう作ったわけだが…………反逆者共の手もあったとはいえフェアレーターを見習え』

「も、申し訳ありません」

『良い、許す。いけ』

 

 主の言葉に戦乙女は今度こそ立ち去る。その場に残ったただ唯一の存在であるそれは、クックと喉を鳴らした。

 

『千、二千? さて、どれ程の時が過ぎたか。待ちわびたぞ、諦めていたぞ我が敵よ………お前もまた正義を謳い、我が首を狙うか? カカカ。それもまた良い………ならば───』

 

 声が聞こえる。敵となれという声が。誰から与えられているのかも解らぬ声が。まあ良い、従おう。従うべきだ。

 神になり損なった人ならざる人外は一人の空間で笑っていた。

 

 

 

 

 

 教室を包み込む眩い光。ハジメは特に眩しい以外のダメージは負わなかったが、それは自分の能力値が高いからだけの可能性もあり、周りのクラスメート達が無事かどうか視覚以外の五感を駆使する。

 匂い、血の匂いはなし。心音………乱れているが許容範囲内。空気の流れ………ん? なんかクソ広いぞここ。というか人の気配が増えている。

 光が収まってきた。周りを目を向けると、そこは広間だった。巨大な絵画がある。金髪の美しい人物が描かれているが、何処か不気味だ。

 改めて周りを見渡すと、何処か大聖堂じみた光景が映り、こちらに頭を下げている集団が見えた。

 

「おいハジメ、これあれだよな。異世界召喚……何でだ?俺レスリングチャンピオンになった覚えねえぞ」

「いや、あれは結構特殊な召喚だったからな? 基本的に呼ばれんの学生だから」

「はあ? バカ言え。だってあの姫さん魔獣とか言うやべえ生物倒させようとしてたじゃねえか。ガキを呼ぶか? 普通」

 

 と、ハジメの影響で少し(?)特殊ながら異世界召喚に関する知識がある龍太郎が話しかけてきた。

 だが、どうやら龍太郎の中では強く、それでいて大人が呼ばれるのであって戦いに無縁の学生が呼ばれるとは思っていなかったようだ。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 ハジメと龍太郎が話していると、法衣を着て烏帽子を被って錫杖を持った老人が声をかけてきた。

 勇者と、確かに言った。龍太郎は何とも言えない顔をした。

 

 

 

 

 

 イシュタルと名乗った老人に連れられ移動する。十メートル以上あるテーブルの上座に畑山愛子が座り、光輝達。最後尾には恵里が座り、その隣にハジメ、その隣に龍太郎がいた。

 イシュタルが何やら話し始めたのは、この世界の名前がトータスであること。

 人間族、魔人族、亜人族の3種族がいる事。

 魔人族とは何百年も戦争中で、拮抗していたがここ最近魔人族があり得ぬ量の魔物を率いるようになり個では劣っていた人間族が絶賛ピンチな事。

 そんなおり、神の啓示があった事。

 その神の啓示が、異世界から勇者達を召喚するとのことだった。

 

「ふーん、どうでも良いね。ありきたりで面白くもない、眠気が出てくる下らない話だ」

 

 恵里はそう言ってハジメの膝に己の上半身を乗せスリスリ頬を腹に擦り付ける。視線を感じ、顔を上げ勝ち誇ったような笑みを浮かべたあと目を閉じる。

 

「おいおいあの姫さんも無茶苦茶だったが、どうすりゃ良い? バックドロップを喰らわせるべきか? いや、下手したら死ぬかあの爺さん」

 

 龍太郎は真面目な顔で何を言ってるんだろうか。取りあえずまず力で解決しようとするな。いや、戦争に参加しろと言ってるのは力で終わらせろと言われたようなものだが。と、その時猛然と抗議の声をあげる者がいた。

 

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 童顔低身長のおかげで威厳も全くない愛子だった。プリプリ必死に起こっているが可愛らしすぎて生徒達がほんわかしている。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 場に静寂が満ちた。重く冷たい空気が全身に押しかかっているように、誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見る。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

 愛子先生が叫ぶ。しかしイシュタルは当たり前のことを言っていると言うような態度を取る。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 ハジメはふと、イベントリから帰還石というアイテムを取り出す。ダンジョンに潜る際必ず手に入れる事にしているアイテムだ。効果は異次元であるダンジョンから脱出し元の世界に帰るというもの。

 使おうとしてみたがうんともすんとも言わなかった。

 

「やろう、老人だろうが知った事か。俺の背筋が唸るぜ」

「落ち着け龍太郎。帰る方法がわからない以上、信徒が全人口9割の教会に逆らうのは得策じゃねえ」

「けどよ………」

 

 ハジメの言葉に不満そうながらもゴキゴキ鳴らしていた手を下ろす龍太郎。と、その時だった。バン! と机が叩かれ、混乱する生徒達を静める声が響く……。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 拳を作り宣言する光輝。何故か歯がキランと光り、カリスマが発揮される。

 生徒達は希望に満ちた顔になり女子生徒の大半が熱っぽい視線を送る。が

 

「いやいや待て光輝!」

「? どうしたんだい、龍太郎」

「どーしたもこうしたも、冷静に考えろ!? 俺達が数倍から数十倍強かろうがそもそも魔人族ってのも人間より強いんだろ? その上魔物だ、お前、誰かが大怪我したらどうすんだ!」

 

 ここで大怪我で済むのは、龍太郎の知る異世界転移ものはなんかやかんやでプロレスで事が済むからだろう。一般人が怪我する程度の認識なのかもしれない。

 

「どうした龍太郎? 怯えているのか、君らしくもない。南雲、龍太郎に何を吹き込んだ!」

 

 と、自分のよく知る幼馴染らしくない行動をする龍太郎を見て、光輝は彼の隣にいたハジメを睨む。何がどうしてそうなった!?

 

「はぁ………龍太郎は単純に、危険に考え無しに飛び込むなつってんだろ?」」

「考え無し? お前と一緒にするな! どうせ、この世界で苦しむ人の事なんて考えてないんだろ。お前はそういう奴だ………元の世界にいた頃から、他人の迷惑を考えず香織にも迷惑をかけて」

「こ、光輝くん?」

「ちょっと、光輝………」

「止めないでくれ二人とも。南雲、今だから言うぞ。お前はもう少し他人の為に頑張ったらどうなん────ッ!?」

 

 他人の為に、その言葉に、ハジメは恵里の髪を撫でながら目を細める。途端に光輝はビクリと震え言葉を詰まらせる。

 

「…………イシュタルさん」

「なんですかな?」

「戦争には危険は付き物だ。俺達はただの学生。この国の兵士の最低年齢より下だと思うが、どうだ?」

「…………そうですな。皆様の年齢で、兵になれるのはそう言った家系のみです」

「なら、志願制にしてくれ」

「………まあ、それぐらいなら良いでしょう」

 

「南雲! お前、自分が戦いたくないだけだろ!」

「俺は参加する。それで文句はねえな? 龍太郎が言ってたように、怪我するかもしれねえんだ。それが嫌な奴は志願しなきゃいい」

「皆、惑わされちゃ駄目だ。安心してくれ、危険な目になんて合わせない。俺が全員連れて、必ず日本に皆を帰してみせる!」

 

 こうして、ハジメ達の戦争参加が決まった。




エヒト なんか変わってる


感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勇者歓迎パーティー

 その後いかにもファンタジーな乗り物で山の麓に移動した。どうやら光輝達はとても高い山の頂に居たらしい。

 ハジメは400を超える感覚で神山と呼ばれる地の殆どを音や空気の流れで判別していたので驚かなかったが。

 麓にある街………ハイリヒ王国の王都に付けばそのまま城の中に入れた。使用人や騎士達からは期待と畏敬の念を向けられる。見た目子供の学生達に、己より年端も行かぬ者達に世界の命運を委ねきっている。

 それ程までに『神の使徒』を心酔している。いや、これは『神』が寄越した使徒を………つまりは神を心酔しているのだろう。事実謁見の間では王が立って待っていた。その隣には王妃と思わしき女性と彼等の子供であろう金髪の美少女と美少年。

 王は跪き教皇イシュタルの手に口付けをした。宗教が王族より権威を持っている。ハジメは内心面倒なことになりそうだな、とため息を吐いた。

 そこからはただの自己紹介だ。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

 後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。途中、ランデルの目が香織に吸い寄せられるようにチラチラ見ていた。香織の魅力は異世界でも通用するようである。

 

 

 

 その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかった。たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりして地球組の顔を引つらせたが味は思いの外美味であった。

 ランデル殿下がしきりに香織に話しかけていたのをクラスの男子がやきもきしながら見ているという状況もあった。

 ハジメはバルコニーにて夜風を当たる。クラスメート達は殆どが厳つい、自分より強そうな相手に褒められ調子に乗ったり美男美女揃いの貴族の子供達に話しかけられ赤くなっている。

 

有害成分を検出しました

バフ∶免疫で解毒しました

 

「ええい、酔わずにやってけるかってんだ畜生め!」

 

 しかし、だ。『システム』がハジメに力を与えた理由がもしこの世界に来るからなら、『システム』的にはこの世界を救わせたいのだろうか?

 

(………いや、ないか)

 

 この世界に来る直前、ハジメは確かに『システム』の声を聞いた。イベントを開始する、と。

 これは、恐らく始まりに過ぎない。敵を倒せば倒すほど強くなるハジメにとって、ランダムボックスでダンジョンの鍵を得るより余程強くなれる環境だ。

 

(それに、ここには最初から越させる予定だったみたいだし)

 

 イベントリから幾つかの鍵を取り出す。インスタンスダンジョンの鍵だ。この鍵は○○で使える、と言うように使える場所が存在して、その場所を模したダンジョンを構築する。だが、中には使用場所が明らかに存在しない地名もあったのだ。そのうち1つに『ハイリヒ王国四番街路地裏』と記入された鍵がある。

 呼び出したエヒトとやらがシステムの管理者? なら魔法陣が光輝を起点に広がった理由が解らない。あれはハジメではなく光輝を狙っていた。

 光輝がプレイヤーの可能性はないだろう。力を感じないし、何よりダンジョンを体験しているなら他人に危険な場所に行くことを許容させるはずが無い。

 

「お一人ですか?」

 

 と、唸るハジメに声をかけるものがいた。リリアーナだ。金髪が月明かりを反射し淡く輝く様は何処か神々しい。

 

「一人にもなりたくなるさ。彼処にいきゃこの世界の連中が絡んでくるしな」

「…………貴方は、我々がお嫌いなのですか?」

「逆に聞くがあんたは、ある日突然知りもしない国に呼び出され追い詰められてる我々の代わりに戦ってくれと食い切れぬ食事が用意されたパーティー会場に来て、なんて大変な国なんだ救わなくてはと思えるか?」

 

 ここで敢えて神に関しては口にしない。先のやり取りを見る限り神の使徒が王族とはいえ継承権が低い王女相手に多少の不敬を働いた所で問題はなさそうだが神に不審があると口にしてしまえば異端審問を受ける可能性があるからだ。

 

「それは……! いえ、あなたの言うとおりです」

 

 何かを言おうにも言い返せぬと判断したのか、リリアーナは黙り込む。

 

「特に貴族共が酷いもんだ。親元から離して戦場に放り込むくせに自らの血筋の格を上げるために我が子は如何かなんて話をしてやがる………くっつけてえならてめえの子も参戦させて支えさせろっての」

「しかし、我等では魔人族には………」

「そうだな。関係ない俺等なら魔人族の前に放り出せるか」

「…………申し訳、ありません」

 

 俯き、肩を震わせるリリアーナに流石に子供相手に言い過ぎたかと反省するハジメは、ため息を吐いてリリアーナの頭に手を置く。

 

「ムキになって反論せず相手の言い分を受け入れる。ガキのうちにそれが出来りゃ上々だ。お前みたいなのがこれから国を支えるなら、まあこの国も多少守ってやる価値もあんだろ」

「へ? えっと…………」

「お前の為に国を守ってやっても良いって言ってんだ」

「ええ!?」

 

 そこまで言って、あれ? と首を傾げるハジメ。なんか違う気がする。リリアーナを見れば何やら顔を赤くしていた。はて、何があったのだろう?

 悪意には敏感なくせにそれ以外にはすっかり鈍感なハジメにはわからない。

 

「リリアーナ王女?」

「あ、は、はい………申し訳ありません」

「気分が優れないなら、休んだほうが良い」

「そう、させてもらいます。あの、お名前を伺っても………?」

「南雲ハジメだ」

「南雲、ハジメ様…………どうぞ、私のことはリリィとお呼びください」

 

 リリアーナはそう言って優雅な礼をする。

 

「ああ、よろしくなリリィ」

「はい。今夜の出会いに、結ばれた縁に感謝を………」

 

 そう言いながら立ち去るリリアーナ。そのタイミングを見計らったかのように、別の気配が近付く。

 

「やあ、何やら楽しそうに話しているから声をかけるのを躊躇ってしまったよ。恋人が居るのに異世界のお姫様と仲良しこよしでお話するなんて、君は本当に創作の世界が大好きなんだなあ」

 

 ニタリと微笑む恵里だった。ずっと近くで聞き耳を立てていたのには気づいていたが、一応は恋人が他の女と話していたことは怒っていないように見える。

 黒髪や夜闇に溶けるように交わる様は、その笑みを合わさりどこか禍々しい。同じ女なのに容姿と中身が違えばこうまで印象が変わるものなのか。

 

「まあ怒らないさ。怒る資格は僕にはない。少なくとも僕と君の関係は一般的な恋人とは違うのだからね………僕の我儘に付き合わせている君に、怒りなど抱いたりしないよ。君には、ね………」

 

 そう言って意味有りげにリリアーナの背中を見つめる恵里に、ハジメはふぅ、と肩を竦める。

 

「それで? 可愛らしい嫉妬をする恋人を慰める為に、俺は何をしてやればいいんだ?」

「別に何も求めないさ。ただ、そうだね………貴族のパーティーらしく、ダンスが始まったしなあ………」

 

 ニヤニヤ笑いながら見てくる恵里に、ハジメは呆れたような顔を浮かべ、片手を差し出す。

 

「私と一緒に踊っていただけませんか、お嬢さん」

「ええ、喜んで」




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ステータスプレート

 翌日になり訓練が始まる。どんな訓練か知らないので取りあえず運動はせずに集合場所に集まった。

 監督するのはメルド・ロギンスと言う騎士団団長だ。面倒な仕事を副団長に押し付けられる良い言い訳が出来たと言っているが、普通に考えてそんな怠け者が団長になれるとは思えないので気を使っているのだろう。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 メルドから配られたプレートを見る。ステータスと聞きハジメが思い浮かべたのは、南雲家命名『システムウィンドウ』。思い浮かべたら勝手に出て来た。

 これがこのプレートに表示されるのだろうか?

 

『南雲ハジメ ■■歳 ■ レベル:■

 

天職∶■■■

筋力:■■■

体力:■■■

耐性:■■■

敏捷:■■■

魔力:■■■

魔耐:■■■

技能:錬成      』

 

「………うっわ」

 

 何一つか分からない。不良品でも掴まされたか? と言うか、錬成? そんなスキルに覚えはない。改めてシステムの方で見てみる。………追加されてた。

 

   錬成Lv.1∶アクティブスキル

無機物の形状、密度、性質に干渉するスキル

カンストにより生成魔法に進化する

派生スキル∶なし

 

 無機物の形を変えられるスキルらしい。なる程。

 試しに石を拾い、念じてみる。石は鳥の形に姿を変えた。

 

「ハジメ。君はどうだった?」

「そっちこそ」

「僕はこんな感じさ」

 

『中村恵里 17歳 女 レベル:1

 

天職∶降霊術師

筋力∶56

体力:39

耐性:85

敏捷:46

魔力:90

魔耐:65

技能:降霊術・炎魔法・闇魔法・風魔法・魔力回復・魔力効率化・言語理解     』

 

「The、魔法使いって感じだな」

「そういう君は………何これ」

 

 本来数字が書かれるべき場所が真っ黒に染まっているのを見て恵里は困惑する。その間にもメルドが何やら説明を続ける。

 どうやらこの世界ではステータス成長してレベルが上がるらしい。レベルが上がってステータスが変化する訳ではない。ハジメの『システム』とは根本的に異なるようだ。

 後、魔力が高い者ほどステータスも高くなるらしい。何か理由があるのだろうか? 覚えとこ。

 それから各技能に合わせた武器ももらえるらしい。ハジメが現在ダンジョンで使用しているのは短剣だ。狭い通路では刃渡りが長いと引っかかるのだ。何時しか短剣による攻撃力補正のスキルも現れて、主流は短剣となった。

 速度を活かした所謂暗殺者タイプの戦い方だ。父は派手な戦い方より影に生きる方がかっこいいよな、とのこと。

 後、ハジメは映っていないが天職というのはスキルに連動していて、それに関しては無類の強さを発揮するのだとか。恵里は降霊術に一番適正があるのだろう。ますます腹黒僕っ子キャラに磨きがかかった。

 

「……………死者と話せる、か」

「…………………」

 

 どうやら彼女の歪みばかりを見てたせいで、歪みの始まりを軽視してしまっていたようだ。反省した。恵里の頭に手を置くと、無言で寄りかかってきた。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 そう考えると恵里はこの世界の一般人よりずっと強いのだろう。いやでもだからといって子供を戦場に駆出すのはやっぱり認められないけど。

 ちなみに早速メルドに報告したのは光輝だ。真面目というか、表情からして自信に満ち溢れていることから余程ステータスが満足できたらしい。

 

『天之河光輝 17歳 男 レベル:1

 

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解  』

 

 単純計算で一般人の約十倍。

 ステータス表記がハジメの能力値と同等なら光輝はハジメの5分の1程の強さになるのだろうか?

 そんなこと全然なさそうだ。まあそもそも別物だし。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

 

 メルドの称賛に照れたように頭を掻く光輝。ちなみに団長のレベルは62で、ステータス平均は300前後、この世界でもトップレベルの強さだ。しかし、光輝はレベル1で既に三分の一に迫っている。成長率次第では、あっさり追い抜きそうだ。

 ちなみに、技能=才能である以上、先天的なものなので増えたりはしないらしい。唯一の例外が〝派生技能〟だ。

 恐らくハジメにとっては『派生スキル』がこれに該当するのだろう。

 光輝以外も次々ステータスを開示していく。全員に『言語理解』があった。ひょっとして異世界人必須技能? 考えてみれば、それが無いと言葉が通じないのだから当然だ。ハジメには無いがな。

 最後にハジメの番になり、メルドは「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。

 

「……………壊れたか? すまん、新しいのをやろう」

 

 結果は変わらなかった。

 

「あ〜、その、なんだ…………錬成というのは主に錬成師が持つ技能で、錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

 歯切れ悪く言うメルドに、ハジメを目の敵にするも怖くて手が出せなかった男達が手に入れたステータスを見て有頂点になり絡んできた。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

 ウザい感じで絡んでくる檜山という男子生徒。明らかに嫌がらせなのに光輝は何もしない。相手がハジメだし嫌なら嫌と言わない南雲が悪いとでも思っているのだろう。

 

「ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」

 

 ハジメは面倒臭そうにステータスプレートを渡す。少なくとも自分にはなんの意味も無い板だ。ニヤニヤ受け取った檜山はあん? と訝しむ。

 

「メルド団長、これなんすか………?」

「いや、俺にもさっぱりだ………ステータスに記入できるほどの力がない赤子なら、数値がそうなってたりするのだが………」

 

 とはいえ赤子の筋力で少年の肉体を操れるはずが無い、と続けようとしたメルドだったがその前に檜山がゲラゲラ騒ぎ出す。

 

「じゃあお前、赤ちゃんより弱いってことかよ!」

「きゃはは! ぼく〜、大人しくママのおっぱい吸わせてもらったらどうでちゅか〜?」

「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

 

 次々と笑い出す生徒に香織や雫、龍太郎が憤然と動き出す。しかし、その前にウガーと怒りの声を発する人がいた。愛子だ。

 

「こらー! 何を笑っているんですか! 仲間を笑うなんて先生許しませんよ! ええ、先生は絶対許しません! 早くプレートを南雲君に返しなさい!」

「もう返してもらってる」

「………は? あ………あれ?」

「どうした? 赤ちゃん程度の動きも目で追えなかったのか?」

 

 愛子に毒気を抜かれステータスプレートを返そうとするも、なかった。ハジメがヒラヒラと見せつけるようにステータスプレートを翳せば唖然とし、次の言葉に怒りで顔を赤く染める。

 

「てめぇ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!」

「やめろ檜山! クラスメート同士で争って何になる! 南雲、お前もだ。弱いお前を心配してくれた檜山に対して、何だその態度は…………」

 

 ハジメは付き合いきれんと肩を竦めればクラス断トツ最下位のステータスでクラス最弱と思われるハジメの肩を乱暴につかもうと手を伸ばす光輝。龍太郎達に止められた。

 

「南雲君、気にすることはありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

 

 そう言って「ほらっ」と愛子先生はハジメに自分のステータスを見せた。

 

 

『畑山愛子 25歳 女 レベル:1

 

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解    』

 

 確かに非戦闘職だし全体的にステータスは低いが魔力は勇者に匹敵するし技能数は上だ。というか、この技能に天職………。

 

「…………畑山先生」

「は、はい、なんですか?」

「あんた最高の女だな」

 

 上手くすれば教会連中が強く出れないように出来る。ハジメはステータスプレートを持った愛子の手を包み素直な気持ちで称賛すると愛子は何故か顔を真っ赤にした。クラスメート達から怒気を感じる。何故だ。

 

 

 

 ちなみにその日の夕方は龍太郎と共にランニングをした。




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イジメ

 ハイリヒ王国王都の、とある路地裏。見た目こそ中世ではあるが魔法という、面倒な機構を作る必要もなく大概のことを行える技術があるため下水道などもある。そんな下水道に定期監査を行うための入り口は人気のない場所にある。万が一浄水機能に異常が生じた場合入り口から異臭がするだろうから。

 そして、普通なら関係者以外立ち入れぬはずのそこから一人の少年が出て来る。

 

「日が昇ってきたな。時間をかけ過ぎたか」

 

 南雲ハジメだ。

 『ランダムボックス』より与えられた『鍵』を使いインスタンスダンジョンを攻略してきたのだ。

 メルド曰くステータス不明。公的には何故か最弱扱いされたハジメは訓練をサボっても国からとやかく言われないから楽だ。おかげで全員が訓練してる間に農地に向かうところだった愛子とも話しが出来た。

 この辺りで使えるE級の鍵は全てクリアした。B級はそれなりに時間がかかるし、C級も不審に思われる程度には時間を有する。

 そろそろ鍛錬場に顔を出すか。彼等のレベリングによる変化がどの程度か見ておきたいし。

 

 

 

 

 

「ふぅむ………」

 

 強くはなってはいるが、劇的と言うほどではない。まだまだメルドの方がずっと上だ。ステータスは勿論技術も。

 とはいえ訓練と実戦は違う。王都外での魔物との戦闘、ついていけば良かった。そういえば雫はどこだろうか?

 一応は鍛冶職の可能性があるからとメルドに紹介された王宮抱えの武器職人の工房であるものを造って、渡そうと思ったのだがいない。まだ来ていないのだろうか? と、その時だった。

 

「あれ〜、誰かと思えば南雲じゃ〜ん。赤ちゃん以下の雑魚がこんなところで迷子でちゅか〜?」

「それとも中村のおっぱいでも吸いに来たか〜?」

「ぎゃはは! おねしょしちゃった報告じゃね〜の〜?」

「ぶは! それありえる!」

 

 ゲラゲラ下品に笑いながら小物四人集が現れた。少なくとも簡単に丸太を砕ける自分達が、余程強くなれたと喜んでいるようだ。

 

「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」

 

 一体なにがそんなに面白いのかニヤニヤ、ゲラゲラと笑う檜山達。

 

「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

 

 ハジメははぁ、とため息を吐きながら父の言葉を思い出す。

 

──ハジメ、良いか。その力は何かに備えているからだと思うから、力つけるべきだと思う。だが、飲まれるな。力を持つ者の責任なんかじゃない。そんなものはない。ただの、親父としての我儘だ。

 

「…………………」

 

 普段の素行を見る限り、あまり子を見て親を貶したくはないが自分は彼等よりよほど親に恵まれているなぁ、と改めて思った。

 

「おい聞いてんのかよ、さっさと来いよ! …………あ、あれ?」

「おいおい何やってんだ〜?」

「い、いや…………おら、来い!」

 

 やはりハジメの方が筋力が上。無理やり引っ張る気だったのにビクともしないハジメに困惑する檜山だったが再び引っ張ろうとする。

 下に見たいのだろう。自分を上に置きたいのだろう。だからそんな筈は無いとせっかく解った現実を否定する。

 

「ちょっと檜山! あんた等、いい加減にしなさいよ!」

「るせえぞ園部! 何ならてめえが相手するかぁ?」

「負けたら俺らの南雲への善意踏みにじった罰を…………そうだなあ、体で払ってもらうけどなあ」

「っ!」

 

 その言葉と視線に、割り込んきた女子生徒、園部優花はビクリと震える。

 

「ああ、別に良い。園部、大丈夫だ」

「だ、大丈夫ってそんな訳………」

「さっさと行くぞ檜山。何チンタラしてんだ?」

 

 ハジメがそう言って歩き出すと檜山が生意気と判断したのか後ろから蹴りかかってかる。優花が短い悲鳴を上げ………しかし檜山はすっ転んだ。まるで壁でも蹴ったかのように。

 

「何してんだよ〜、流石に優しすぎるぜ〜」

「あ、ああ………」

 

 なお声を掛けようとする優花に片手を振り視線で大丈夫だと伝えると不安そうな顔で見つめてくる。

 優香はランニングを始めたばかりの頃立ち寄った洋食屋の客と店員という間柄でしかないが、庇ってくれた人物に危険が及ぶのを無視できるほどハジメは甘くない。

 

 

 

「南雲〜、てめえマジで調子のってんなあ」

 

 転ばされたことを仲間に笑われた檜山は怒りに肩を震わせる。間違いなく人を殺せるだけの力を持ちながら怒気ばかりで殺気を感じないのは、己の力がどういったものか全く理解していないからだろう。

 

「大丈夫だつってんのになあ………」

 

 そんな檜山を無視してハジメは、結局何時でも助けられるようにかこっそりついてきてる優花の気配にため息を吐く。

 ハジメは、まだ本気を出す気はない。ニートのように聞こえるがそういう意味ではない。

 力がある者が近くにいれば、それがましてや知り合いならば人は守られて当然と思い込む。光輝の言葉に従う者が多かったのは自分が死ぬはずが無いと思っているのと、もし危なくなっても守ってもらえると思っている奴等が多いのが原因だろう。だから、少し薄情かもしれないが実際に死を実感するほどの境地に陥るまでは静観するつもりだったのだ。

 とはいえ自衛ぐらいはするが………。それでもハジメを下に見てる彼等なら多少痛めつけても吹聴しないという確信があったが、優花は違う。むしろ善意から、ハジメが馬鹿にされないようにと吹聴するかもしれない。

 鍛錬場から遠ければ檜山達をけちょんけちょんにしたあと直ぐに言わないように言えたが、すぐ近く。内緒話は出来そうにない。

 

「おらあ! 死ねやあ!」

「はあ………」

 

 振り下ろされた鞘に収まった大剣を躱す。ナイフを躱す。槍を躱す。

 どれ一つハジメにはかすりもしない。ポケットに手を入れたまま、ハジメは槍を踏みつけ檜山のバランスを崩させ事故に見せかけて膝で檜山の鼻を折る。手加減はした。しなければスイカ割りが人体で再現される。

 

「つぅ〜! こ、このやろう!」

「ここに焼撃を望む――〝火球〟!」

 

 と、檜山の取り巻きの一人、中野が魔法を使う。しかも火だ。チッ、と舌打ちしたハジメは地面を靴裏で擦る。バチッと黒い紫電が、魔力が走った。

 

「錬成」

 

 地面が形を変え、中野そっくりな像が出来上がり炎の玉によって爆ぜた。

 

「こ、この! ここに風撃を望む――〝風球〟!」

 

 今度は斎藤が風属性の魔法を放つが、再び地面から石像が現れハジメの代わりに食らう。因みに顔だけ斎藤の小便中の犬の像だった。理由? 嫌がらせに決まっている。

 

「てめぇこのやろう! ふざけてんのか!」

「ああ、嫌な気分になったろう?」

「ぶっ殺す!」

 

警告! 殺意を持つ者が近くに現れました!

 

「ああ? チッ………」

 

 システムメッセージに何やら不穏な気配を感じたハジメは、さっさと終わらせる事にした。地面から石柱が飛び出し、ハジメはバレリーナのように回転しながら柱を蹴り砕いていく。蹴り付けると同時に錬成の派生スキル《圧縮錬成》を行い破片を圧縮、より硬く、より重くした。

 砕けた破片は円錐状へと姿を変え檜山達の足に突き刺さった。

 

「があああ!?」

「い、いでああ!?」

「ぎゃああ!」

「ぐぎょえ!?」

 

 所詮は手にしたばかりの力で粋がったガキ。ハジメのように命の危険と対面したわけでもなし。骨が折れてなくても肉が抉れる怪我を負えばすぐに心がポッキリ折れる。

 敵意は一変、恐怖に染まった視線を向けてくる檜山達。こうなったら優花を攫ってでも口止めをしなくては。何、ハジメの能力値なら可能……

 

「南雲! 大丈夫!?」

「…………あ?」

 

 ハジメが優花を人の視線のない場所に攫うべく足に力を込めようとした瞬間、優花の方からやってきた。

 

「怪我、してない? 脚は、捻ってない?」

「おま、何で………」

「何でって、何がよ?」

「……………ああ、いや、良い」

 

 どうやら優花は怖がっていないようだ。丁度いいしこのまま口止めしておこう。

 

「悪い園部、この事は黙っててくれ」

「黙っててくれって…………コイツ等が言うんじゃ」

「雑魚の俺にやられたって? 強者にゃ媚びるくせにプライドだけがいっちょ前のコイツ等が?」

 

 そう言われると、確かにないか、と思う。色々聞きたいことはあるが、取りあえずは無事を喜ぶ事にした優花。と………

 

「何をやってるんだ!」

 

 この世界で……ここは異世界なので、あらゆる世界で一番面倒臭そうなのがやってきた。我等が勇者、天之河光輝だ。光輝は足から血を流す檜山を見て、ハジメを睨みつける。

 

「南雲………お前、なんて酷い。よくもこんな事が出来るな!」

「最弱の俺に出来ると思ってんのか?」

「園部さんがこんな事する筈がないだろ!」

「俺がやれるか聞いてんだよ」

「お前以外に誰がやるっていうんだ!」

 

 おかしいな。この男、ハジメの事を檜山達同様最弱と思っていた筈だ。なのになんで檜山達を倒せる前提で話しているのだろう。いや、間違いではないけど。

 

「おいその辺にしとけよ光輝。ハジメがやったとしても、こいつは一方的に人を痛めつけるような奴じゃねーって」

「龍太郎、何を言ってるんだ、事実こうして………」

「先に絡んできたのは檜山の方よ。南雲をリンチしようとして、返り討ちにあっただけ」

「リンチ? 檜山達がそんな事をするわけないじゃないか。大方、サボり魔の南雲を見かねて檜山達が声をかけてくれたのに嫌がってこんな事を、そんなところだろ」

「なっ!?」

 

 その言葉に優花はカッ、と顔を赤くした。雫や香織も光輝を睨むが光輝は気付かず、檜山達は我が意を得たりとばかりに声を荒げる。

 

「そ、そうなんだよ! それなのに南雲のやろう、ぶっ殺すとか、死ねとかさあ!」

「やっぱりか………南雲、お前は本当にどうしようもない奴だな……」

「いい加減にしなさいよ天之河! 南雲はねえ、檜山に脅された私を守るために大人しく連れてかれたのよ………!」

「園部さん。南雲を庇おうとする君の優しさは十分伝わった。だけど、一緒に戦う仲間を傷つけようとする南雲を……」

『るせえぞ園部! 何ならてめえが相手するかぁ?』

『負けたら俺らの南雲への善意踏みにじった罰を…………そうだなあ、体で払ってもらうけどなあ』

 

 と、微かなノイズ混じりな檜山達の声が聞こえた。振り返るとペンシル型のボイスレコーダーを持った恵里がニヤニヤ笑っている。檜山達の顔が青く染まる中、カチリとスイッチを押し操作する。

 檜山達の汚い罵声がたっぷり録音されていた。

 

「証拠はもう十分だろう勇者君。ハジメだって最初は無視してたんだぜ? けど優しいからねえ、園部さんのために仕方なく付き合ってやってたのに、無抵抗を良いことに調子づかれてこの有様だ……」

 

 やれやれと肩をすくめる恵里は、そのままハジメの下まで歩く。

 

「君は本当に優しいよなあ。その気になれば始めっから簡単に倒せたのに。だけど、コイツ等は調子に乗るだけで反省なんてしないぜ? さっさと終わらせてしまえば良いんだよ。時間の無駄だ」

「言い方はキツくても、訓練をサボる南雲に稽古をつけようとしたのは事実だ。南雲の行為は流石にやりすぎだ」

「はぁ〜?」

 

 わざとらしく大きな声を出し首を傾げる恵里に、光輝はうっ、と思わず後退る。

 

「一体、どうしたんだ恵里。君はそんな風じゃなかった筈だ………」

「何知ったかぶってんだおい」

「知ったかぶるなんて、だって俺達は、小学校から………」

「ふーん。ねえ、じゃあ君が僕を救ってくれたこと覚えてる?」

「え、あ、ああ………一年の時に………」

「あははははははははは!」

 

 光輝の答えに、恵里は可笑しそうに腹を抱えて笑い出す。

 

「一年? それって高校生の? 救ったって、まさか『恵里がやったことは反省させる。俺に免じて許してやってくれ』って、あの台詞?」

「あ、ああ………」

「…………ああ、笑える。ほんと、笑える。勇者くんさあ………君は僕を騙したことはあっても、救ったことなんて一度もねーんだよ」

 

 その表情は、全くの無だった。怒りに歪むわけでも嘲笑を顕にするわけでも悲しみを隠しているようですらない、完全な無。そこに一切の感情を感じさせないその表情に、光輝は再び後退る。と………

 

「お前らそこで何をやっている! もう訓練が始まるぞ!」

 

 と、メルドの声が聞こえた。光輝は何か言いたげにしていたが、龍太郎と雫に連れられその場から去る。檜山達は治療して欲しそうに香織を見るが、香織はそんな彼等を一睨みして去っていった。




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月下の語らい

 あの後、ハジメは光輝が納得していないようなのでつっかかってくるだろうと思い訓練をさぼった。適当な場所で片手逆立ち腕立て左右それぞれ50回(計100回)、丁度良い木にぶら下がりながらの腹筋100回、ランニング10キロは、ダンジョンから出た朝の内に済ませた。と………

 

「あ、南雲様!」

「ん、ああ………」

 

 ここ数日で顔見知りになったメイド達が声をかけてきた。ハジメは木に引っ掛けていた足を離すとスルリと地面に降りる。

 

「もう、またサボりですか?」

「はいはい、仕事手伝うから黙っててくれ」

「仕方ないですね〜」

「今日は庭師の手伝いでもあるので、重いですよ〜?」

 

 事の発端は、訓練2日目。訓練をさぼったハジメが、パーティーの片付けであろうか、山積みのカーテンやテーブルクロスが入った籠を運ぶ侍女の手伝いをした事に起因する。

 勇者の仲間に恐れ多いと畏まっていたメイド達だが、訓練をサボったのを黙っていてくれという口実をハジメが口にすればその時は仕方なく。5日目ぐらいからは彼女達も頼んでくるようになった。後、仕事が早く終わって暇ができたからと茶に誘われたが、そちらは恋人が(メイド達に)怒るからと断った。

 

 

 

 

 

 その日の夕方。ハジメが与えられた部屋で瞑想しているとドアがノックされる。扉を開けると恵里と鈴が居た。

 

「やっほ〜、ハジメン!」

「やあ、今いいかな?」

「おう………まあ上がれ」

 

 部屋に通すとハジメは背もたれに腕を乗せるように椅子に座る。女の子二人はベッドに腰掛けた。

 

「わざわざ二人でなんのようだ?」

「僕だって愛しい恋人には二人きりで会いたかったさ。けどねえ、今は女子は一人にならないように言われてるんだ」

 

 『なにせ強姦魔が現れたからねえ』と笑う恵里。要するに恵里が訓練中にあの音声を流して女子達が檜山達を警戒するようにしたのだろう。その結果、一人にならないようにとなったのだろう。因みに優花の側には女子最強の雫がついたらしい。

 

「それで要件だけどね、まあメルドさんからの連絡さ。明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征だってさ」

「ハジメンはそもそも参加してないけど、今までの魔物より強いんだって」

 

 オルクス大迷宮………とある理由から向かうつもりだったが思いの外早く機会が来た。もちろんハジメは参加するつもりだ。

 

 

 

 

 オルクス大迷宮は地下に伸びた巨大な迷宮で、階層は100階層まであるとされている。とはいえ誰もそこまで行ってないからあくまでも噂だが。

 中に住まう魔物は下に行くほど強くなるから強さが計りやすく、良質な魔石が出るから人が集まる。人が集まり生まれた街の名はホルアド。

 冒険者の宿場町だが、国の騎士達も訓練に使用するので専用の宿もある。ハジメ達が泊まる宿はそこだ。

 ハジメは部屋で休まず中庭で月を眺める。と、新たな人影が現れる。

 

「よお………」

「っ………なぐ……ハジメ?」

 

 現れたのは雫だ。アーティファクトの剣を持っている。素振りにでも来たのだろう。

 雫はハジメの師の孫娘だ。それなりの付き合いがあり、二人きりの時はハジメと呼ぶ。

 

「な、なんでここに……」

「これからまぁた生き物を殺しに行くからなあ。それも、危険度が増すと来た。少しでも気を強く持とうと素振りに来るなと予想してたんだよ」

「そう、お見通しってわけ………皆には内緒でお願いね?」

「素直に怖い、戦いたくねえって言やぁ良いのによお」

 

 呆れたように肩をすくめるハジメに、雫は出来ないわよ、と返す。

 

「皆、光輝だけじゃなくて私も頼りにしてる。私が折れるわけには行かないでしょう?」

「それがどうしたよ。お前は責任感が強すぎる。支えるばっかで誰にも寄りかからねえとその内折れるぞ」

「………………」

 

 八重樫雫は、頼られる側の人間だ。雫本人がそれを受け入れているのは過去、嫉妬に狂った醜い餓鬼共に受けたいじめによるトラウマによりハブられる事を恐れているというのもあるだろうが、何よりも本人の責任感の強さが大きな一因だろう。

 

「強い奴に責任を求めるのは群れて強者より力を持ったくせに己が傷つくのを恐れる弱者の戯言だが、強者が責任を果たすと決めりゃ本人の責任。別に止めやしねえが、お前はそこまで強くもねえだろ」

「私を強くないって言うのは、貴方ぐらいよ」

「そりゃそうだ。周りの連中はお前に憧れるだけ…………理解なんざこれっぽっちもしねえ。大方お前が戦うのが怖いと言えば天之河なら君らしくない、最近増えてるお前の妹達ならお姉さまらしくない、そう言って元に戻るように己の理想を押し付けるだろうよ」

「そんな意地悪言いに来たの?」

 

 むぅ、と拗ねたように膨れる雫に、忘れるところだったとハジメはインベントリから一本の刀を取り出す。

 

「無銘『冥雲』………その剣だと使いにくいだろ? 造ってやった。使えよ」

「日本刀………?」

「目に見えない程度に薄くだが魔法陣が刀身や鞘内部に刻まれていて、魔力を通すことで風の刃をまとったり伸ばしたりできる。切れ味や強度を落とさぬように、そして本来平面に丸く描く魔法陣の形を崩しても発動するように整理するのがまた大変で。参考にしたのは───」

「ア、ハイ………」

 

 ペラペラ話し始めたが聞き流す事にした雫。鞘から抜いた刀は月明かりが反射し思わず息を呑むほど美しい。

 

「…………ハジメ」

「───ん?」

「ありがとう。これがあれば、私は、もう少しだけ、頑張れる」

「そうか………まあ、頼りたきゃ言えよ。お前の家には世話になってっからなあ」

 

 

 

 雫と別れ、部屋に戻ろうとするハジメだったが固まる。扉の前にネグリジェ姿の香織が居た。

 

「なんでやねん」

「え? あ、南雲君!」

 

 どうやらハジメを待っていたらしい。

 仕方なく部屋に入れてやる。どうやらハジメが居なくなる夢を見て、不安になってきたらしい。

 安心させようと色々言うと変わらないね、と言ってきた。

 どうやら香織はハジメにとっても始まりと言える土下座事件を目撃したらしい。強い人が力で解決するのはよくある事だが、弱い人が解決しようとするのは中々いない。だから、香織の中で一番強いのは、ハジメなのだとか。

 優花の件もあるので香織を部屋まで送ってやる。その際、2つの視線が向けられていたことをハジメだけが気づいていた。




改めて言おう。恵里は病んでいるのは変わらないと


感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迷宮のトラップ

 翌日、一同はオルクスに向う。ステータスプレートを見せ迷宮に入った人数をチェックするらしい。

 しかしまるで博物館の入り口のようだ。露店も所狭しと並んでいる。少し下には地上の魔物よりも強い魔物が大量に居るのに。

 地上に出て来ないという絶対の確信があるのだろう。

 殆どのクラスメートは余裕そうだ。一部の生徒は緊張した面持ち。そのうちの一人である雫は冥雲の柄にそっと手を添えている。同じく緊張している香織は、ハジメを見て笑顔で手を振ってきた。

 迷宮の中は緑光石という光る鉱石のおかげでそれなりに明るい。魔物も、チート持ちの勇者御一行相手には弱くサクサク進んでいく。

 交代で前線へ出て行きハジメと恵里の番だ。

 

「よし、ハジメ見せてやれ!」

 

 メルドは、恐らくハジメが実戦経験豊富であることを気付いている。自分より強い事も。どんな戦い方をするのか興味津々な様子のメルドにハジメは面倒臭そうに向かってくる猪型の3匹の魔物を見つめる。

 

「錬成」

 

 パチンと指を鳴らせば先端が《圧縮錬成》により強固になった無数の杭が飛び出し魔物を貫く。磔にされ足がジタバタと暴れるが、恵里が魔法で焼き殺した。

 

「流石だな!」

「………メルドさん、褒めるのは良いですけど、褒めすぎても南雲はそれを理由にサボりますからその辺に………」

「ん? 何を言っている。ハジメのこれは、土魔法じゃなくて単に形を変える錬成だ。それを戦闘中にこの範囲、この速度で行えるとはなあ。魔法使い系の天職だったなら最強の魔法使いになれただろうに………いや、反応速度から戦士系も行けるか?」

 

 メルドの称賛に、数人が面白くなさそうな顔をしていた。檜山達小悪党組と光輝だ。

 努力すれば大概のことが出来る彼にとっては努力は報われて当然であり、逆に努力しない者が褒められるなどあっていいはずがない事なのだ。

 仮にハジメが本当に無能だったら努力が足りないと言うぐらいには努力信者の彼からすれば、元の世界の頃から授業中に寝て、帰っても漫画やアニメ、ゲームばかり(と光輝は思っている)なハジメは努力を怠る怠け者。称賛されることなど、あっていいはずが無いのだ。

 

 

 

 小休止を挟みながら、移動していく。

 現在本日最後の階層予定である20階層。21階層入り口まで向かえば帰還する。

 ハジメはピクリと目の前を見つめる。

 

「お? ハジメ、さては気づいたな? まだ言うなよ? お〜い、お前等! モンスターが擬態しているぞ? よ〜くみろ!」

 

 ハジメの視線が一つの場所に固定されたのを見て、メルドも気付きニヤリと笑うと周りに忠告する。光輝なんかが必死に探す中、獲物が自分達に警戒したことに気付いたのか岩に化けていたロックマウントというモンスターが現れ岩を投げてきた。それもゴリラだ。

 ルパンダイブさながら迫ってきたゴリラに雫や香織を含めた女子達はひっと、短い悲鳴をあげるが、小学生の時から性の視線を向けられていた恵里からすればどうと言うことはない。

 動けない女子達に、ハジメが仕方なく手を貸す。ロックマウントの目に石を投げ、怯んだ隙にメルドが斬り捨てる。

 光輝は香織達を怖がらせたロックマウントに怒り、狭い洞窟内で大技を放った。

 パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐き歯がキランと光るイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ! と声を掛けようとして、笑顔で迫っていたメルドに拳骨を食らった。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 メルド団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。

 その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

「グランツ鉱石だな………ニーナが持ってた」

 

 ハジメはとある貴族令嬢に頼まれ指輪を加工したのを思い出す。特に効果はないが見た目が綺麗で求婚に用いられるのだとか。

 因みに余った分を貰い恵里に髪飾りを作って渡したりした。

 

「………プロポーズ……」

「そういう意味だと、僕は君にプロポーズされたことになるのかな?」

 

 恵里がハジメに擦り寄りながら目を細めると香織が羨ましそうに見つめてくる。その視線に、檜山は舌打ちして良いところを見せようと駆け出した。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく檜山。それに慌てたのはメルドだ。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着き、うるせえおっさんだなと内心毒づきながら鉱石に手を伸ばす。

 メルドは、慌てて止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

 

 騎士の一人が叫ぶが遅い。檜山の手がグランツ鉱石に触れ、魔法陣が現れる。あっという間に広がったそれは部屋全体を包み込み眩い光が周囲を覆う。

 光が晴れると一同は幅10メートル程の橋の上にいた。手摺も縁石も何もなく、橋の下には底の見えぬ闇が広がる。さしずめ奈落の入り口といったところだろう。

 橋の向こうには通路。ハジメ達の背後には階段。そして、階段の前と橋の中央に魔法陣が現れる。どうやら魔物を召喚する魔法陣のようで、階段前からは骸骨剣士トラウムソルジャー。反対からは、トリケラトプスのような魔物が現れる。メルドはそれを見て目を見開く。

 

「まさか、ベヒモスなのか…………」

 

 ベヒモス。かつて最強と言われていた冒険者ですら勝てなかった魔物だったか、とハジメは己の知識から情報を引っ張り出す。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

「っ! ……み、見捨てるなんてできません!」

 

 光輝とメルドが言い争う内にもベヒモスはこちらに向かって突進してくる。咄嗟に騎士達が障壁魔法を発動するも、その衝撃で橋が揺れ、生徒達はパニックになり我先にと階段に向かって駆け出す。

 連携はもちろん訓練で学んだ事も活かしきれていない。ハジメは舌打ちして、クラスメートに突き飛ばされ転んだ優花に襲いかかったトラウムソルジャーを蹴り殺し、改めて周りを見る。

 恐怖は十分。皆、これが遊びではないと理解しただろう。

 だが同時にパニックになり本来の動きも出来ていない。落ち着かせるためにはリーダーが必要だろう。そのクラスリーダーはこの一団のリーダーであるメルドと言い争っていた。

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 メルドからすればこれは撤退戦。勝てぬ戦いだ。だが、光輝は仲間を置いていかずにベヒモスを倒すつもりである。自分なら倒せるからと、引こうとしない。

 

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。

 

「今回ばかりは無茶だ! ていうか後ろ見ろ後ろ!」

 

 龍太郎の言葉に光輝は漸く後ろに振り返る。そこでは仲間達が骸骨に襲われている。

 

「ここはメルドさん達に任せて、俺等はあっちをどうにかすんぞ!」

「くっ! だけど………!」

 

 光輝の中でクラスメート達を助けることと、メルド達を見捨てずベヒモスを倒すという2つの正義がせめぎ合う。世界は、そんな迷いの答えを待たない。

 

「下がれぇぇぇぇ!!」

 

 メルドの叫びと同時に障壁が吹き飛ぶ。暴風のような衝撃波が光輝達を吹き飛ばすも、咄嗟にメルド達が庇ったためなんとか無事ですんだ。

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

 光輝が問う。それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。

 

「やるしかねぇだろ!」

「……なんとかしてみるわ!」

 

 二人がベヒモスに突貫する。

 

「香織はメルドさん達の治癒を!」

「うん!」

 

 光輝の指示で香織が走り出す。

 光輝は、今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始した。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――〝神威〟!」

 

 光の本流がベヒモスを飲み込む。雫と龍太郎は既に撤退した。詠唱が終わるほんの数秒で、だいぶボロボロになっていた。

 だが、これでと光輝が緊張を解こうとするが、土煙の中から現れたのは無傷のベヒモスだった。

 

 低い唸り声を上げ、光輝を射殺さんばかりに睨んでいる。と、思ったら、直後、スッと頭を掲げた。頭の角がキィ───という甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。

 

「ボケッとするな! 逃げろ!」

 

 メルド団長の叫びに、ようやく無傷というショックから正気に戻った光輝達が身構えた瞬間、ベヒモスが突進を始め───

 

「寝てろ」

 

 ハジメの拳が頭蓋を砕き割り、ベヒモスの顎が橋に打ち付けられた。

 

「……………は?」

「天之河、クラスメート達の方に向かえ!」

「は? え? な、南雲? 何で、お前が……だって、俺でも………お前が、そんな、ありえな───」

「光輝! ぼーっとしてないで行くぞ!」

 

 困惑する光輝を龍太郎が連れて行く。ハジメはそれを確認するとベヒモスに向き直る。

 フラフラと立ち上がりハジメを睨むベヒモスは、固有魔法が使えなくなったのか普通に突進してくるも、ハジメは両角を掴む。体重差から引きずられるも、橋の一部が砕けるほど踏み込みベヒモスの突進を止めたハジメは、腕をそれぞれ上下に動かしベヒモスの首を捻る。

 ゴギャン! という音ともにベヒモスの首の骨が砕け、完全に沈黙した。ハジメが直ぐにクラスメート達のもとに戻ろうとした、まさにその時だった───

 

 

 

 世界から音が消えた。

 

 

 

 争う音も、生徒達の悲鳴も、落ち着かせようとする光輝の叫び声も止まり、風の音すら止む。

 無音の世界。動く者は誰もいない。戸惑っているのではない。そもそも、今の世界に()()()()()()()()()()

 たった一人、彼女を覗いては。

 

『───良い』

 

 どこから現れたのか、銀色の髪と………翼を持った女は、笑う。そして唐突にゴボリと血を吐き、血の涙を流した。

 体そのものも軋む。まるで、内側から破壊されるかのように。

 

『ああ、圧倒的な力が絶望を打開する。素晴らしい、まさにこれぞ英雄譚に相応しい。だが、些かありきたりが過ぎる』

 

 パチパチと拍手し、全てが静止した世界で英雄と称した人物を見つめ目を細める女はしかし、どこかつまらなそうに異世界の勇者とその仲間達を見る。

 

『やはり初めての失脚は劇的でないと面白くない。単なる敗戦では、味気ないな。それではつまらん。我がつまらぬ。故に……』

 

 ニィ、と笑いながら女はベヒモスの上に降り立つ。指を向ければ、足が徐々に砕けていく。

 

『盛り上げよう。慟哭を聞かせよ。恐怖から抜け出せぬ無様を晒せ。そんな仲間を見れば、嗚呼、お前は我を許せぬだろうか? この世界に連れてきた我を、殺そうとするだろうか?』

 

 女の目に映るのは、勇者………ではない。たった一人、ベヒモスに背を向ける男。

 

『……チッ。ここまでか………嗚呼、器がないことが悔やまれる。だが、我は何時でもお前を見ている』

 

 そう言い残し、女は完全に塵へと返り、音が戻ってくる。

 

「────!?」

 

 ハジメは足を止め振り返る。

 ()()()()()? 解らない。解らないが、それは突然始まった。

 

「グゥ、ルルルルルル」

 

 ベヒモスが首が90度以上曲がったまま、立ち上がる。首の位置はすぐに戻り、額の傷が塞がり、赤熱化し炎を吹き出す。

 

「グルオオオオオオオオオ!!」

 

 何が起きたか解らないが、一つだけ言えること。それは、第2ラウンドが始まったという事だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奈落の底へ

 ドゴォ! とハジメの蹴りがベヒモスの顎の骨を砕く。顎の骨を砕くほどの威力は、首の骨を折る。折ったはずだが、ベヒモスはハジメの足に()()()()

 

「─────!!」

「ヴヴヴゥゥゥゥッ!!」

 

 ガンガンと首を上下に振りハジメを橋に叩きつけるベヒモス。ハジメは錬成を行い地面に手を埋め体を固定すると身体を捻る。

 元々牙はハジメの体を貫いていない。抜け出た足を反対の足と揃え両足蹴りを放つ。ベヒモスの頭が抉れ体が橋を滑るように吹き飛んでいくもすぐに立ち上りハジメを睨み付けてくる。

 

「チィ、どうなってやがる…………!」

 

 ベヒモスの強さが変わっている。強化というより、最早()()だ。存在そのものが別物になったかのように強くなった。そこは、別に良い。それでもハジメの方が強いから。

 だから、何度も確実に殺している。殺している筈だ。首の骨を折った。頭を砕いた。内臓を貫いた。

 だが、死なない。()()()()()()()()

 即死の一撃でも即座に回復して攻撃して来る。

 回復で良いのかも不明だ。どちらかというと傷ついた事実が無かったことになったような………傷つく前に()()()()()()()()かのようだ。

 

「ゴアアアアアアアアアッ!!」

 

 兜を赤熱化させ突進して来るベヒモス。ハジメが角を掴むと炎が腕に絡み付く。

 

「こん、のぉ!」

 

 鼻頭を蹴りつけ角を引き抜く。やはり再生するベヒモスだったが角をベヒモスの頭部に深く突き刺す。再生の妨げになればと思ったが、あっさり抜けた。

 再生した肉に押し出されている訳でなさはなさそうだ。ベヒモスは再び突進しようと足に力を込めている。

 

「ばーん」

「────!?」

 

 と、緊張感のかけらもない声がハジメのすぐ後から聞こえる。途端にベヒモスの体がグラリと倒れかける。

 振り返れば人差し指と親指を立ててピストルに見立てた手を上に向けた恵里が居た。

 

「恵里!? お前、何やって……!?」

「サポート。だってあれ、どっちかというと僕の本分だ」

 

 恵里はそう言ってベヒモスを見つめる。あれは降霊術だ。いや、あるいはそれに近い、それ以上の何か。この世界の高名な降霊術ですら見抜けぬであろうそれを、恵里は観察し、理解する。

 再生しているのは別の何かだが、何度も死んでいるベヒモスが動くのは魂……より厳密に言うなら生存本能を消し去り闘争本能のみで構成された魂の欠片を死体に定着させられているからだ。

 

「術者を倒すしかねえってことか?」

「いいや? 闘争本能以外の意思の部分を動力にしてるみたいだから、それが尽きるまで壊すのも手だね。術者はどうやら何処かに行ったみたいだ。後6時間ぐらい全身の骨をへし折るレベルで殺し続ければ君の勝ちだね」

「ふざけろ」

 

 可能だがこれは撤退戦。そこまで時間をかける気はない。クラス全員が階段の向こう、上の階層に行ってくれたら助かるのだがトラウムソルジャーがいる以上難しい。階段にたどり着いても仲間は見捨てられぬと残っているのだ。

 ベヒモスを錬成で橋に沈めながらハジメはいっそ橋を落とそうかと考えるが、それは今後の探索に影響があるかもしれないと迷う。

 橋を壊さぬためにあまり深くは沈めらぬベヒモスが暴れ抜け出そうとするがハジメの錬成のほうが速く、抜け出せない。さて、ここからは千日手だ。死なぬベヒモス、最下層に用があるため橋を落とせぬハジメ。

 クラスメート達が階段にたどり着くのを待って、恵里を抱えて全力で撤退するか?

 

「因みに僕ならベヒモス止められるよ?」

「…………あ?」

「一時的にだけどね。魂と肉体と繋がりを薄くすれば、そのすきに」

「で、俺は何をすりゃいい?」

「グチャグチャにしてくれたまえ」

「りょーかい!」

 

 すぐさま走り出すハジメ。錬成が止まり、ベヒモスは橋の表層を砕きながら抜け出すとハジメに向かって突進する。

 

「おっ───らぁ!」

「─────!!」

 

 拳を握りしめ、腕に血管が浮かび上がるほど力を溜め、放つ。ベヒモスの頭部のみならず衝撃で背中も大きく抉れる。しかしやはり何事も無かったかのように再生していく………が──

 

魄離(はくり)♪」

 

 恵里の声が響く。ベヒモスの体は、再生する。すぐに動こうとして、しかし叶わない。

 戦い続けるというベヒモスの闘争本能が、体から剥がされたのだ。それでも術者の実力は恵里より上。

 数秒でまた動ける。数秒は、かかる。

 

「行くぞ」

 

 直ぐに走り出すハジメ。戦闘に参戦できるように、恵里は抱えないが離れすぎない。トラウムソルジャー達を蹴散らし道を作り、塞がらないうちに恵里と止めに渡るからだ。と、その時ベヒモスの気配が大きくなる。

 

「うわぁ、ずるぅい。条件付きで備えてたのかぁ」

 

 恐らく支配が断ち切られた時に備え、術式を忍ばせていたのだろう。人工魂魄とも言えるそれは恵里が離した魂が肉体に戻る前に与えられた命令をこなす。即ち、橋を落とすという行為だ。

 

「─────!!」

 

 赤熱化した兜を橋に叩きつけ、橋が激しく揺れひび割れていく。背後でガンガンと爆音がなるたびに橋が揺れ、とうとうベヒモスの立っていた場所が壊れ、そのタイミングでベヒモスの闘争本能も再び宿り追ってきた。

 

 

 

 

 メルドは階段に辿り着くと直ぐに生徒達に魔法を放ちベヒモスを攻撃するように指示を出す。

 檜山はハジメ達など置いてとっとと逃げ出したかったが、ふと香織を見る。ハジメを心配そうに見つめる香織を見て、昨晩を思い出す。

 檜山は香織がハジメの部屋に入るところを見たのだ。誰かの部屋の前で座って待つ香織を見て、声をかける勇気もなく、それでも最近女子達の間で噂になってる強姦魔から守ると切り出せば、などと考えているうちにハジメがやってきて香織を部屋に入れる所を、見ていた。

 

(今ならバレねえ………!)

 

 檜山は全員の視線がベヒモスに注がれているのを確認すると、魔法を放つ準備をする。得意系統の風ではなく、時間のかかる炎の魔法。流れ弾に見えるように進み方まで細かく設定する。

 

(死ね───!)

 

 放った魔法は些か不自然な動きでハジメに向かう。それでも、この状況なら気付くものは居ないはず。

 

(死ねえ!)

 

 まもなく着弾。狂気的な笑みを浮かべる檜山の視界で、ハジメが片腕で薙いで炎をかき消した。

 

「………はえ?」

 

 得意系統ではないとはいえ、自分が放った魔法をあっさり消され、ポカンとする檜山はしかしすぐにハジメと()()()()()

 

「ッ!?」

 

 バレた。バレた、バレたバレた!!

 まずいまずいまずい!

 檜山の脳裏に浮かぶのは訓練と称し痛めつけようとして逆にやられた記憶。

 今度こそ、殺される? いや、殺されなくてもバレたら、罪に裁かれる? 俺が? 南雲を攻撃しただけで?

 

「ひ、ひぃあああ! クソ、死ね、死ねよおおお!」

 

 檜山の叫びになんだなんだと振り返る視線に、檜山は気付かない。

 

「ここに風撃を望む──〝風球〟ぅぅ!」

 

 

 

 

 

 

 真っ直ぐこちらに向かってくる魔法にハジメは舌打ちする。よりによってこのタイミングで来るか。愚かなのか、いっそ清々しいのか。

 取りあえず、暴れられても叶わないので階段にたどり着いたら殴ると、決めた時だった………

 

「あ───」

 

 後ろから聞こえる小さな声。檜山の事など最早眼中に入れず振り返れば恵里の足元が崩れ落ちて行く所だった。

 

「恵里!」

 

 すぐに手を伸ばす。まだぎりぎり、瓦礫を足場にすれば助かる。と………

 

「────!?」

「ちゅう」

 

 伸ばした腕の手首を恵里に掴まれ、引き寄せられキスされる。わざとらしく口でキスの音を言った恵里。突然の行動にハジメの思考が固まる。

 

「嬉しいなあ……助けに来てくれて。でもこれで、雫との約束も香織との約束も、後あのお姫様との約束も果たせないねえ」

 

 ニィ、と微笑んだ恵里の言葉に、ハジメが頬を引つらせる。

 

「君が悪いんだぜ? 僕というものがありながら、女を部屋に連れ込むなんて。ああ、ごめん。その事に文句は言わない約束だったね。恋する乙女の細やかな捻くれだと思って一回だけ見逃しておくれよ」

「お前、まさか………わざと?」

 

 あの一瞬、思考が停止した数秒の時点で最早戻る事は不可能。下手したら死ぬかもしれないのに、この女はわざと落ちたのかと引きつりながら尋ねるハジメに、恵里は肯定するように笑みを深めハジメに抱きつく。

 

「ああ、嬉しいな。嬉しいなあ………すべての約束をほっぽりだして、自分という最強の手札を失い考え無しが最強の座につくことでクラスメート達が危険にさらされる可能性を、考えることすら放棄して僕を助けに来てくれた。愛してるぜ、ハジメ」

「こ、この────こんのクソ女ぁぁぁぁっ!?」

 

 絶叫と笑い声の尾を引きながら、ハジメと恵里は闇の中に飲まれていった。




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

残された者達

 橋の崩れる音でよく聞き取れないが、明らかに悲鳴を上げながら落ちていくハジメと恵里。香織は、鈴はその光景を呆然と眺め、はっと我に返る。いや、それは果たして我に返ったと言えるのか。

 

「あ、や………いやあああああ!? 南雲君!? 恵里ちゃん!」

「恵里! ハジメン!」

 

 飛び出そうとする香織を光輝が、鈴を騎士団員が止める。

 

「離して! 南雲君が、恵里ちゃんも、助けに行かなきゃ!」

「離してよ! 離せ! エリリンが、恵里が! 鈴の、私の友達なのに! ハジメが、友達にさせてくれたのに!」

「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」

 

 それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない言葉だった。

 

「無理って何!? 南雲くんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」

「くっ! 雫、君も止めてく…………雫?」

 

 光輝が幼馴染の暴走を止めるべくもう一人の幼馴染を呼べば、雫はある一点を見ていた。肩で息をする檜山を。

 次の瞬間、金属音が響き渡る。

 

「ひっ!?」

「───!!」

 

 雫が振り下ろした刀をメルドが受け止めた音だった。己に死が迫っていた事に気付き尻餅をつく。メルドは予想以上の力に顔を顰める。

 

「雫!? なにを、どうして檜山を………!」

「………て、やる」

 

 光輝が慌てて叫ぶが雫は光輝も、メルドさえ無視して顔を青くさせる檜山を睨む。

 

「殺してやる!」

「ぬぅ───!?」

 

 ごうっ! と雫を中心に、魔力が吹き荒れる。魔法を介さぬ魔力の発露。メルドは目を見開く。

 

「この力、まさか…………()()と同じ!?」

「そこをどけ! その男を殺す、殺してやる!」

「ひ、ひああああ!?」

 

 慌てて逃げ出そうとする檜山を睨みつけ、雫はメルドを吹き飛ばし檜山へと斬りかかろうとして、龍太郎が羽交い締めにする。

 

「落ち着け雫! ハジメが落ちたのは、中村を助けるためだ! コイツを仇として殺したら、アイツの行動を否定することになんぞ!?」

「────っ!!」

 

 その言葉に雫が目を見開き動きを止める。そして、力なく呟く。

 

「………それでも、こいつは人を殺そうとしたわ。それに、目の前に魔法が迫らなければ恵里の足だって止まらなかった」

「それは………そうだ。こいつにゃ必ず罪を償わせる。だけど、ハジメを殺した報復ってんなら俺が止める」

「ハジメが死んでたら、どうするのよ」

「アイツが死ぬかよ………」

「………………」

 

 雫はふぅ、と息を吐く。龍太郎が大丈夫だと判断し腕を解くと刀を鞘に納め、鈴と香織を気絶させた。

 

「戻りましょう」

「あ、ああ………」

 

 雫の言葉にメルドが剣をしまう。雫は、ギロリと檜山を睨む。騎士達が檜山をすぐさま拘束する。

 檜山は助けを求めようとクラスメート達を見れば誰もが檜山に嫌悪の目を向けていた。いや、中野達は困惑の視線だが、少なくとも助ける気はなさそうだ。一人を除いて

 

「ま、待て雫! どうして檜山に斬りかかったんだ! 檜山は仲間だぞ、ちゃんと理由を聞かせてくれ!」

「はあ?」

 

 その言葉に龍太郎は何を言っているんだと言いたげな顔をした。

 

「あのな光輝、こいつは崩れ落ちる橋の上を走るクラスメートに魔法を放って落とそうとしたんだぞ?」

「それは、事故じゃないか。それに南雲は自分で飛び降りたんだ。檜山に責任はない」

「………中村は、迫ってくる魔法を見て足を止めたんだぞ? 南雲はそれを助けようとした。それに責任がないって言うのかよ!?」

「あの状況じゃ、魔法を外す事もある。俺達の誰がなっててもおかしく───ぐぅ!?」

 

 その言葉に、龍太郎は光輝の胸ぐらを掴む。

 

「んなわけねーだろ! 魔法の制御が外れた? あん時檜山はハジメをまっすぐ見てやがった。狙ってやがった。それに、例えわざとじゃねーとしても、罪がない? てめぇは轢き逃げもわざとじゃなけりゃ罪はねーって言いてぇのか!?」

「ち、ちが、俺は………そんな事…………!」

「龍太郎………」

 

 今にも殴り掛かりそうな龍太郎を止めたのは、雫だった。先程と逆だ。

 

「言っても無駄よ………」

「っ………ああ、クソ! なんでこうなる!」

 

 乱暴に手を離し頭を掻きむしる龍太郎に、光輝は何でこうなると内心疑問だらけだ。

 檜山は同じ勇者パーティーの仲間だ。仲間が仲間に攻撃するはずがない。ならばあの死ねという叫びはベヒモスに向けられて居たのだろう。何度も致命傷を負っていたベヒモスが向かってくるのだ、そりゃ怖い。魔法の制御だって誤ってしまう。

 だから、あれは偶然が生んだ不幸で、責められるべき者の居ない事故のはずだ。そう言いたげな光輝に同調する者は、最早いない。

 

 

 

──────────────────────────

 

『概ね予定通りだ…………』

 

 彼ならまあ生きているだろう。解放者達の隠れ家には解放者の残した魔法がある。あの迷宮の主を考えるに世界の真実とやらも隠されているだろう。で、あるなら彼は間違いなく此方を敵と、悪と認識するはずだ。

 迷宮内は観測不可能。オルクスでは端末も送れない。故に、出てくるのを待つしかない。無いのだが………

 

『待〜て〜ぬ〜』

 

 と、まるで子供のように駄々を捏ねだす。過去あそこを攻略したのは、確か一人いた。どれだけかかったか。確か数ヶ月。

 クソ、解放者め。死後も己を苦しめてくるか。

 元々待つという行為自体慣れていない。やりたいことは即実行。それこそ暗躍したくなった時ぐらいしかゆっくり行動しない。

 

『はあ、戦争の気配も近づいてきておるし、今日もやかましい。煩わしい塵芥共が』

 

 性別など疾うに意識の外に消えるほど悠久の時を過ごしたそれにとって数千年来の楽しみ。それに想いをはせていると、不意に聞こえてくる信者達の祈り。

 少し前までなら叶えてやっていた。平和など冗談ではない、仇を討てば罪になる世など認めたくないという願いがあったから叶えてやったら解放者達が現れた。

 しかし彼等以降、興味が惹かれる者はそこそこ現れてはすぐに消える。内一人は死体を利用させてもらっている。

 

『まあ良い。奴ならこの世界を救おうとするだろう………その時こそ改めて対面すれば良い』

 

 その為にはまず肉体を得る必要がある。異世界から引っ張ってきたのは、あれは駄目だ。器にはなるが力を十全に発揮し得ない。制作は失敗。せめてサンプルがあれば良いのだが。

 

『む………』

 

 と、不意に以前己が異世界から戦力を呼び寄せると教えてやった個体が祈りを捧げる場で祈っている。そんな所で祈らずとも聞こえる。人と言うのは無駄なものを作る。理解出来ぬ。そのくせやたら豪華なそれに使われる費用は神のために神のために。

 下らぬ者達だ。欲しいのは神ではなく己を正義と肯定するものだろうに。それが偉大であれば偉大であるほど良いと、名付けたのが神だ。

 敬うふりをして己の欲望の肯定者であることを望む。己を正義と肯定されることを望む。

 

『正義なものかよ、貴様等如きが。貴様等が敬う、我も…………嗚呼、嗚呼、ならば■らしく欲望の赴くまま、歩もう。貴様等が我を利用するように、我も利用させてもらおうぞ』

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 オルクス第100階層………()()()()にて、グチャグチャと咀嚼音が響く。音の発生源には、血だらけの熊が…………

 

「さて、どうやって脱出したもんかね〜」

 

 その熊の死体の上に腰掛け、熊の左腕を食うハジメは、口元を血で汚しながら、気絶している恵里のこめかみを指で押し呟くのだった。




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

降霊の先

 奈落へと落ちる途中、壁から水が吹き出す場所があった。恵里を抱き締めながら流れを見極め壁際に移動した。途中見つけた横穴に入り、ここに出た。

 かなり薄暗い階層で、魔物の強さも段違い。後ろから襲ってきた脚の発達した兎にカウンターで蹴りを決めようとしたら、空中で蹴りを躱されたのだ。まあ、すぐに裏拳に切り替え、壁へ叩きつけたが。

 その後狼や熊を倒して今に至る。

 

有害成分を検出しました

バフ∶免疫で解毒しました

 

 魔物の肉には毒が含まれている。ハジメならば問題なく食える。念の為ステータスプレートを見たが状態には一切の変化はない。

 

「ん、うぅ…………」

「よお、起きたか」

「あいたたたた! こめかみをグリグリするなよ」

 

 目を覚ました恵里にハジメはこめかみを押す力を強める。

 

「死ぬかもしれねえ自殺紛いやっといてこの程度の痛みで済むんだ。感謝しろ」

「乱暴だなあ」

「死んだらどうするつもりだった」

「別に…………」

 

 ハジメがもし助けてくれなかったなら、もう生きる気もなかった。ハジメが助けてくれても命が助からなかったとしても、幸せの絶頂で死ねるのだから悪くない。

 ハジメは眉間にシワを寄せ、恵里のデコを指で弾いた。

 

「あぅ……!」

「死なせてしまうかもと、思った………」

「………………」

「二度とやるな」

「…………ごめん」

 

 恵里はそう言って黙り込む。ハジメは、はぁとため息を吐くと壁に手を当て錬成で穴を開けていく。取りあえず恵里を休めるための拠点づくりだ。途中、何やら変な鉱石を見つけた。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だろう。

 『システム』を通して鑑定してみる。派生技能の《鉱物鑑定》よりも性能がいいのだ。

 

アイテム∶人工神結晶

入手難易度∶A+

種類∶魔道具

製作者∶オスカー・オルクス

人工的につくられた神結晶です。魔力を溜め込み成長し、飽和した魔力を『治癒の水』として排出します

アイテム∶治癒の水

入手難易度∶A

種類∶秘薬

あらゆる病症、毒、状態異常を癒やし傷を塞ぐ神秘の秘薬。トータスにおいて【神水】と呼ばれる。

栄養失調を抑えることも可

 

 超強力な回復アイテムを序盤で手に入れた。

 恵里に説明すると、なら魔物の肉が食べられるのかと聞いてくる。

 

「一応、ストアにゃ食料も売ってるが………」

「ストア?」

 

 こうなれば恵里は運命共同体だ。ハジメは己の抱える秘密を話す事にした。

 

「ふぅん。まるでゲームみたいだね………でもそっか。だから何処か人間離れしてたんだ」

 

 因みに知能ってなんの意味があるの? と聞いてくる恵里。ハジメは魔法関連だと思うと説明した。

 魔法らしき魔法が使えぬハジメからすれば確認しょうもないことだ。まあ心なしか知能に能力値を振れば錬成の速度や消費魔力が変わった気がする。

 

「それで、その『システム』の機能の一つ、ストアで色々買える、と?」

「食料はパンぐらいしかないな」

「うーん。ならそうしようかな………美味しくなさそうだし。あ、でもちょっと試したい事があるんだ」

 

 恵里はそう言って、己のステータスプレートのある一点を見つめる。ハジメは何をすれば良い、と尋ねた。

 

 

 

 

「おお、気持ち悪」

 

 2つの尾を持つ狼、脚の発達した兎、爪の長い熊。それらの死体を前に恵里はヘラヘラ笑う。

 

「で、試したい事って」

「魔法って、魔法陣で発動するじゃないか。だけど魔物はそれを持たない」

 

 恵里の言葉にハジメはそういえば自分は魔法陣で発動してなかったなあ、と改め目思い返す。

 

「でもこれ、人間も行ってると思うんだよ。ほら、『魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている』って、メルドさんも言ってたろう?」

 

 それは即ち身体強化という魔法を使っているという事。そして、降霊術で操った死体も魔法を使えることから考えれば、降霊術は死体の魔力の流れも操れると言う事だ。

 

「それを写し取る。そうだね……闇魔法───魄奪(ハクダツ)

 

 ゆらりと魔物たちの死体から黒いオーラが溢れ出す。それらは生前の形を取ると苦しみを訴えるように蠢き、恵里へと吸い込まれていく。

 が───

 

「あれ?」

 

 パシュンと蹴り兎と爪熊のオーラが弾けて消える。吸い込まれたのは、二尾狼だけ。この中では最弱の魔物。それが関係しているのだろうか?

 

「っ!? あぐ、くああああああ!!」

「恵里!?」

 

 恵里が突然苦しみだし、ハジメが慌てて神水を飲ませるも、落ち着いたのは一瞬。すぐに苦しみだす。

 どうも再生と破壊を繰り返しているようだ。ハジメは錬成と同じ要領で恵里の中に魔力を流し込み体内で暴れる魔力を整えていくが、恵里が暴れてやりにくい。下手に力を込めればハジメの力では壊してしまう。

 

「っ!」

「うぅ! うぅぐううう!」

 

 暴れらぬように抱きしめれば恵里はハジメの首に噛み付く。舌を噛むよりましだし痛くもない。されるがままにされていると、恵里の体に変化が起きる。

 再生と破壊を繰り返すうちに徐々にだが背丈が伸び、髪の一部が白く染まっていく。全てが白く染まる前に魔力が安定し、恵里は気を失った。

 

 

 

『中村恵里 17歳 女 レベル:15

 

天職∶降霊術師

筋力∶230

体力:190

耐性:340

敏捷:320

魔力:560

魔耐:360

技能:降霊術[+魂魄魔法]・炎魔法・闇魔法・風魔法・魔力回復・魔力効率化・魔力操作・纒雷・言語理解     』

 

「ステータスがすごく上がった。おまけに、見てくれよ。成功だ、魔物の魔法を手に出来た」

「魔力操作ってのは?」

「魔法陣を介さず魔力を操る技能だね。魔力の流れを生むのに必要な魔法陣が必要ないし、詠唱も使わず魔法が使えるみたいだ」

 

 指の先に炎を灯しユラユラ動かす恵里。身長が少し伸び、前髪の一部が白髪のメッシュになっている。

 

「で、この魂魄魔法ってのは?」

「うーん。よくわかんないけど、何だろうね…………生命エネルギーというか、魂と言うか、そういうのに干渉できるみたい。次はもう少し上手くやれる」

 

 死体を操るのではなく、死体に残された魔力を取り込むオリジナル魔法『魄奪』は、明らかに降霊術の、死体に残った残留思念に干渉するそれを超えた。

 それに加え急激に魔力が上がり魔法が進化したようだ。

 

「ところでそれ何?」

「お前が気絶してる間に作った」

 

 ハジメがそう言って見せたのはリボルバー式の拳銃だ。攻撃力のない恵里のために作ったのだが、雷を纏えるしレールガンに改造する事にした。

 

「というわけで渡すのは少し待て」

「あ、うん………」

 

 

 

 

 暫くして恵里専用ピースメーカー型レールガンが完成した。名前はドンナー。

 

「ハジメのぶんはいらないのかい?」

「殴った方が強い」

「それもそうか」

 

 

 

 

 そして、恵里のステータスとハジメのレベリングの為にその階層の魔物を狩る。

 絶滅させても暫くしたらリスポーンするらしく、時間を置いて殺し、恵里が残留魔力を食らう。残留魔力と思念を取り込んだ死体はどうやら通常の降霊術では操れないようだが魂魄魔法なら擬似的な魂魄を生み出し操る事が出来るようだ。生前と同じ魔法を使える様にするには多少時間がかかるが。

 

「この階層の魂にも慣れてきてしまったよ。簡単に言うならこれ以上強くはなれない」

「そうか………じゃあ、次の階層に………ん?」

 

 と、ハジメは倒した魔物の死体の近くにあらわれる『システム』によるドロップアイテムを回収していると、妙な物を見つける。

 

ルーン石∶天歩を発見しました

 

「…………ルーン石?」

 

   『スキル∶天歩』

ルーン石を割るとスキルが吸収出来ます

 

 小さな、文字らしきものが書かれた石。ハジメが握り砕くと、赤いオーラが溢れ絡みついていく。

 

スキル∶天歩を習得しました

 

 その日、再び魔物の悲鳴が階層各所から響き渡ったと、生き残った一匹の蹴り兎は語った。

 

 

 

『中村恵里 17歳 女 レベル:22

 

天職∶降霊術師

筋力∶350

体力:390

耐性:450

敏捷:410

魔力:1080

魔耐:430

技能:降霊術[+魂魄魔法]・炎魔法・闇魔法・風魔法・魔力回復・魔力効率化・魔力操作・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・言語理解     』

 

 

 

 

名前∶南雲 ハジメ  レベル∶28

職業∶なし      疲労度∶0

称号∶竜殺し(他3)

 

HP∶8560

 ──

MP∶3150

────────────────

筋力∶520 体力∶520

速度∶520 知能∶429

感覚∶429

────────────────

   分配可能ポイント∶0

 

 

保有スキル一覧

・纒雷

・天歩《+空力》《+縮地》《+豪脚》

・風爪




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奈落の吸血姫

 この迷宮は、錬成師からすれば宝の山だ。様々な鉱石があり、様々な武器を生み出せる。後恵里やハジメにとっては更に宝の山。様々な技能/スキルが手に入った。

 因みに気配を消すだけの鮫から得たスキルは『隠密』。姿も匂いも魔力も気配も消せる。恵里は魂を感知するから直ぐに解るそうだ。

 現在ハジメが得たスキルは

 

・暗視

・気配感知

・石化の魔眼

・隠密

・毒痰

・遠見

・魔力感知

・潜水

・毒血液

・強酸

・鎌鼬

・触爆

・土中遊泳

 

 ハジメはルーン石が出るまで、恵里は成長が止まるまで一つの階層にとどまる。恵里の銃の腕も大分上達した。

 二人の背後には奈落の魔物達がゾロゾロついてくる。もちろん全て死体だ。水棲のモンスターも使いみちがあるかもと死体をハジメの『インベントリ』に入れてある。

 そして、ハジメと恵里が落ちた階層から50層目。

 

「扉だね」

 

 そこには扉があった。

 脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

 扉に近づけば2つの窪みがある魔法陣が見えた。ハジメは父と手伝いでプログラミングなどを行うこともあり、『知能』の指数も上げたことでこの世界の魔法陣に描かれたどの部位が何を意味するのかを解る程度には知識をためた。そのハジメをして、目の前の魔法陣の性質がわからない。

 本質は変わらないだろうからもう少し時間をかければ解るかもしれないが、おそらくかなり古い魔法陣だ。

 

「開ける?」

「もちろん」

「楽しみだねえ。扉の先にあるのは希望か、絶望か。まあ50階層だし中ボスかもね」

 

 恵里はその前に、と石像2つに向かって杖を振るう。 闇色のオーラが溢れ恵里に吸収された。

 

「これでよし」

 

 どうやら生物と鉱石が合体し、普段は石化して休眠しているようだが、動けないのをいい事に魔力と魂魄を吸い取る恵里。

 魂魄魔法で新たな魂を作り定着させると石から生物に戻り恵里に跪いた。

 それを確認し、ハジメが扉を力の限り殴ると殴った箇所が完全に吹き飛び扉全体にも蜘蛛の巣状の亀裂が走り崩れていく。

 

「ケホケホ………豪快だなあ」

 

 立ち上る砂煙に咳き込みながら周囲の死体に命じ風を起こさせる恵里。発光器を持った死体達が薄暗い扉の向こうの広間を照らそうとするが必要ないと止める。

 自立思考が出来るのだから大した魔法だ、魂魄魔法というのは。と、感心しながら瓦礫の上を歩きながら中に入る。

 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている

 その立方体を注視していたハジメは、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。

 

「………誰?」

 

 それは人間だった。あるいは人の形をした何か。

 金糸のような金髪が垂れ下がり顔を隠して居ても美しいと思える顔はやつれており、弱々しい赤い瞳が除く。

 年は12か13の少女だ。

 恵里はジッと眺めた後、よし、と呟く。

 

「殺そう」

「えっ!?」

「おい……」

 

 恵里の声に少女がビクリと震え、続いて久々に声を出したのかエホエホと咳き込む。

 

「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

「もちろん断るぜ。君を助けたところで僕等になんのメリットがあるって言うのさ。第一こんなところで封印されている奴が危険人物でないとも限らない」

 

 何、痛いのは一瞬だよ。と爪熊の死体を一歩前に歩かせる恵里に、少女は恐怖の視線を向ける。もう泣きそうな表情で必死に声を張り上げてた。

 

「ちがう! ケホッ……私、悪くない! ……待って! 私……」

 

 知った事かよと恵里が爪熊の爪に風を纏わせ、振り上げ、ハジメが仕方ないとばかりに止めようと動く。が──

 

「裏切られただけ!」

「待て──」

 

 ピタリと少女の首の皮を薄く斬り爪が止まる。ハジメも後少しで爪熊の腕を切り裂く所だった短刀を止めた。

 

「……………裏切られた………裏切られた、かぁ」

 

 恵里の脳裏に浮かぶのは、父の死後暴力を振るうようになった母。そして、父を忘れたかのように連れてこられた男に、本当の意味で助けてくれなかった同級生。

 

「…………………話そうか。僕が性急過ぎた。僕らは言葉が通じる人間だったね」

 

 さあ話せ、と恵里が笑顔で言ってくる。少女はゴクリとツバを飲み込んだ。

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

 枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。話を聞きながら恵里は呻いた。家族に裏切られ、捨てられたと言うのに既視感が湧いたのだろう。しかし、ところどころ気になるワードがあるので、湧き上がるなんとも言えない複雑な気持ちを抑えながら、恵里は尋ねた。

 

「君は、どっかの国の王族だったのかい?」

「……」

 

 無言で頷く少女に、そっか、と返し一度目をつぶる。

 

「殺せないっていうのは?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「……それはすごいね。けど、君が怪しくなった」

「な、なんで…………!? エホ、ケホ!」

「だって、君の傷治ってないぜ? 嘘は良くないな」

 

 恵里がそう言って少女の首元を指で撫でる。その指には血が付着していた。先程爪熊が斬った傷だ。まだ傷は塞がっていない。

 

「固有、魔法……だから。この石に、魔力吸われて………生命維持しか、出来ない」

「つまり君を殺せる方法があるってことだろ? なのに封印?」

「それは、だけど………おじ様は……そう、いって………」

 

 恵里の目がスッと細くなる。聡明な彼女の事だ。気付いたのだろう。故にその瞳に宿る色は、嫉妬だ。

 

「ふーん。でも、殺してその魂を食べた方が僕等としては有意義だなあ」

「恵里………」

「っ…………解ってるよ」

 

 ハジメの言葉に不貞腐れたようにそっぽを向く恵里。ハジメがそんな彼女の頭を撫でれば頬を赤く染め、顔を隠すように抱き着いてくる。

 

「んじゃ、少しじっとしてろ」

 

 ハジメがそう言って立方体に触れる。黒い魔力の紫電が溢れ、立方体に魔力が注がれていく。

 

「っ……こいつは」

 

 少女の言葉からてっきり魔力は吸収されるのかと思いきや、ハジメの魔力に抵抗するように弾く立方体。あくまで吸うのは少女の魔力だけという事だろう。

 が、ハジメの魔力量はトータス同様の表記ではない。おそらく目の前の少女の最高値よりも高い。やがて魔力が押し負け、立方体はドロリと崩れた。

 少女の体が地面に落ちる。

 

「これ着てろ」

 

 ストアから適当に外套を買う。防御力補助も何もない種類としてはガラクタ扱いだが裸よりはマシだろう。

 

「………ありがとう」

 

 と、少女がハジメの手を握る。恵里がジッとその少女の手を見たので離すと「あ…」と切ない声を上げた。

 

「……名前、なに?」

「南雲ハジメだ」

「僕は中村恵里だ…………」

「お前は?」

 

 「ハジメ、恵里」と二人の名前を口ずさむ少女は、名を聞かれ暫く考えたあと顔を上げる。

 

「……名前、付けて」

「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」

 

 長い間幽閉されていたのならあり得ると聞いてみるハジメだったが、女の子はふるふると首を振る。

 

「もう、前の名前はいらない。……ハジメの付けた名前がいい」

「キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダー────」

「待った待った」

 

 某金髪ロリババア吸血鬼の名前をつけようとした恵里にハジメが呆れたように止める。そして、改めて少女の容姿を見る。

 

「………んじゃ、ユエで」

「ユエ?」

「ああ、ユエって言うのはな、俺達の故郷で〝月〟を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

 

 少女、改めユエがそう言って微笑むと、恵里は上に目を向ける。

 

「ハジメ、来るよ」

「おう。ユエを頼む」

「………………はいはい」

 

 恵里は一瞬嫌そうな顔をしてユエを俵担ぎしその場から飛のく。困惑するユエの視界の中、蠍のような魔物が降ってくるのが映る。

 その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。

 

「ハジメぇ!」

 

 ユエが叫び恵里から飛び降りようとするが恵里の力の方が圧倒的に上だ。

 

「はな、して! ハジメが………助けなきゃ!」

「助ける? 君に何が出来るって言うのさ」

「っ! 恵里が、血をくれれば……」

「それに、もう終わる」

「え───」

 

 次の瞬間、バチィ! と雷光が迸る。発生源は蠍モドキ…………の下。目を凝らすと土煙の中に人影が佇んでいた。

 

「キシィィィィィィッ!?」

「なかなか頑丈だな………」

 

 紫電を纏ったハジメはそう呟くと拳を握る。

 

「吹き飛べ」

「─────!?」

 

 ドガァァァァンッ!! と爆音が響き蠍モドキの体が浮かび上がる。とある階層で蜂型の魔物が持っていた固有スキルで、体に何か触れた瞬間爆発を起こすというもの。

 蜂は針を打ち出していたが、ハジメは打ち出せるものは無いのでこういった形で扱えるようになった。因みに、実はダメージは返ってくる。ハジメの耐久値が高く余程の威力を出さない限りはノーダメージではあるが。

 爆発の衝撃で内臓が破裂したのか、蠍モドキはひっくり返ったまま泡を吹きピクピク痙攣する。恵里がユエを降ろし、蠍モドキに近づき触れると黒いオーラが溢れ出し吸い込まれ、痙攣すら止まる。

 そのまま指で軽く蠍モドキを撫でると起き上がり、恵里に跪いた。

 

「んじゃ、お願いねハジメ」

「へいへい」

 

 一応は死体扱いなのでインベントリにしまえる。ハジメは蠍モドキをインベントリの中にしまい、恵里と共にユエに振り返る。

 

「……………貴方達、何………」

「「カップル」」

 

 

 

レベルがアップしました!

 

    【 お 知 ら せ 】

『プレイヤー』が要求レベルに到達しました

 

   『クエスト案内』

『転職クエスト』が届きました

 

 

 

名前∶南雲 ハジメ  レベル∶40

職業∶なし      疲労度∶0

称号∶竜殺し(他3)

 

HP∶11390

 ──

MP∶8960

────────────────

筋力∶535 体力∶535

速度∶535 知能∶460

感覚∶452

────────────────

   分配可能ポイント∶0




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 地上の勇者達

 因みに吸血鬼族は約三百年前に絶滅した。

 ユエという最強の切り札を失ったからだろうか? いや、不意をついたとはいえユエを封印しオルクスの50階層、上に戻れない性質を考えればオルクスを攻略する程の強者が居るのだ。それは考えにくい。となれば、ユエを封じた叔父ですら敵わぬ何かが現れたということだろうか?

 その辺について何か知らないかとハジメが尋ねればユエは困惑した。それはそうだ、恵里が言う殺す方法が実行されず、ハジメの言うようにオルクスを踏破できる強者が居て、滅んだ。それではまるで、ユエを何かから逃がそうとした可能性すらある。

 

「知らない。私は、そんなの………」

 

 ハジメや恵里視点から見れば、ユエの力は奈落を一人で攻略出来るようには見えない。そうなれば個にしろ個人の軍にしろ、その叔父はユエを超える力を持っていた事になる。

 そんな存在は知らないし、そんな存在を滅ぼせる奴等だって知らない。

 

「ふ、二人はどうしてここに居るの?」

 

 と、ユエが話題をそらした。ハジメは少し嫌そうな顔をしてここに来る経緯を話した。

 

 

 

 

「ハジメ、その女、すごく危険」

「それにゃ同意するが。まあ、惚れた弱みだ」

 

 そう言ってしなだれかかる恵里を抱き寄せながら言い切るハジメに、ユエは何とも言えない顔をする。恵里はとても幸せそうだ。

 

 

 

 

 そんな二人を寝かせ、ハジメは簡易拠点の外に出る。拠点には封印部屋を使おうと思ったのがユエが拒否したのだ。

 ハジメは改めて封印部屋の中央に来ると『システムウィンドウ』を開きメッセージを選択する。

 

   『クエスト案内』

『転職クエスト』が届きました

 

『転職クエストを受けますか?

  《 YES / NO 》

 

 当然YESを選択する。と、目の前にバチバチと音を立てながら光の渦が発生する。渦は少しずつ巨大化していき人一人が余裕で通れるぐらいの大きさになる。

 

「さあて、行きますか…………」

 

 

 

 

 

 時を戻そう。

 ハジメと恵里が奈落の底へと落ちた日は、全員が宿で眠った。その次の日に、王都へと帰還した。誰もまた迷宮に潜ろうなどと思えなかったし、勇者一行の2名が死んだことを報告しなくてはならないからだ。

 

「オルクスにて2名、死者が出ました」

 

 メルドの言葉に王国の貴族や教会の重鎮達はざわつく。それはそうだ、彼等にとって勇者とその仲間達は自分達を魔人族との戦争の勝利に導く存在。そんな勇者の仲間が、まだ魔人族と開戦前に死ぬなど冗談ではない。

 

「い、一体誰がなくなったのかね………」

 

 この場に居るのはメルド以外では光輝、龍太郎、雫の3人。つまり勇者と一行の中でもトップクラスの者達は無事。そこは一先ず安心だが…………

 

「中村恵里、南雲ハジメの2名です」

「なんと、中村殿が……!」「何ということだ、降霊術師として類まれな才能は、汚らわしい魔人族共の戦力すら奪えたかもしれぬのに」「口惜しい、何故死なせた! お前は何をやっていた!」

 

 口々に恵里の死を責める貴族や重鎮達。不意に、貴族の誰かが言った。

 

「所で、南雲ハジメとは誰だ?」「聞いたことあるな、確か訓練にも参加せず遊び呆けている使徒がいると」「ああ、あの天職もステータスも映らぬ」「知ってます。『無能』の」

 

 国王やイシュタルも明らかにホッとした。

 ピクリと龍太郎が肩を震わせ、雫が目を見開く。彼等はヒソヒソと言っているが常人を超える感覚を手にした転移者達にはハッキリと聞こえた。

 

「ああ、何だ。そこだけは良かった」「神の使徒のくせに役にも立たず、立とうとする気もない者など死んで当然ですからなあ」「いやはや、戦争の前に死んでくれて良かったですなあ」「ああ、戦果を残さず足を引っ張られて死んだのでは大変でしたな」

 

 悪意のある言葉が響く。悪し様に罵る貴族達に、正義感の強い光輝が叫ぼうとした瞬間、すぐ隣で一陣の風が吹き抜けた。

 

「へ───ぶぎゃ!?」

 

 ドゴォ! と貴族の一人の顔が蹴られ、床に倒れ踏みつけられる。踏みつけたのは、雫だ。

 

「ご、あ………」

「し、雫殿? な、何を………!?」

 

 慌てて他の貴族達が止めようとするが雫の放つ威圧感に呑まれ動けない。文句の一つすら言えなくなる。

 

「ふざけるな…………」

 

 それは冷たい声だった。それは、泣きそうな声だった。少なくとも光輝が聞いたことがない、光輝の前で出したのは、小学生の時一度だけの声だった。

 

「ふざけるな! 何様のつもりだお前等は!? 勝手に、私達をこんな場所に連れてきて、殺し合いをさせて、死んで良かった!? ふざけるな………ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな! お前が、お前等が落ちればよかったんだ! お前等が代わりに死んで来い!」

 

 魔力が吹き荒れ、雫の身体能力をステータス以上に引き上げていく。メキメキと頭蓋が軋む。後少しでも力を込めれば弾けた柘榴のようになるのは間違いない。

 

「し、雫! やめるんだ! 落ち着け、代わりに戦えなんて、()()()()()()()()()()()()()()()()!! ()()()()()()()()正しかったじゃないか!」

 

──素直に怖い、戦いたくねえって言やぁ良いのによお

 

「────!!」

 

 唐突に、ハジメの言葉を思い出し雫は光輝が掴んで来た腕を振るう。光輝に、触れられたくなかった。

 まるで風に吹かれたゴミのように吹き飛ばされ壁に激突する光輝。雫は、一度暴力を行ったことでなんとか平静を取り戻し、恐怖の視線を向けてくる貴族や教会の重鎮達に目を向ける。

 

「次、ハジメの事を侮辱したら、私はこの世界の人間族の為に戦いません。少なくとも、異世界から呼び出し家族から引き離しておいて死んで良かったなどと言う者達を助ける為に戦いたくない」

 

 雫は失礼します、と部屋から出て行く。その後気絶から目覚めた光輝もハジメを侮辱した事を抗議し。結果、勇者が激しく抗議したという理由で国王や教会も悪い印象を持たれてはマズイと判断したのか、ハジメを罵った人物達は処分を受けたようだが……

 逆に、光輝は無能にも心を砕く優しい勇者であると噂が広まり、結局、光輝の株が上がっただけで、ハジメは勇者の手を煩わせただけの無能であるという評価は覆らなかった。

 

 

 後は檜山だが、当然檜山はわざとじゃない、魔が差したと()()()()で土下座した。

 ハジメに向かった火の玉は自分の放ったもので、制御を誤ったのだという。そしてハジメに睨まれまた暴力を振るわれると思ってつい、と言うのが檜山の言い分。

 自分の中では檜山達はつい最近ハジメから不当な暴力を受けた事になっている光輝は檜山を許そうと言い出した。

 こうして反省しているんだ、だから許してやろうと。だが、誰も了承しなかった。

 勇者一行の一人が殺人などと、悪いイメージを持つことを嫌ったイシュタルは彼等を説得し無罪にしようとしたが、王宮の侍女やコック、庭師などが反発。彼等彼女等はハジメに助けられた事があるのだ。

 さらには、つい最近女の方から求婚したという新婚夫婦の貴族を筆頭に一部の貴族やリリアーナ王女も抗議。結果、檜山は王宮の地下牢に幽閉される事になったが数日後突如姿を消した。

 

 

 

 

「………貴方達は、怒るかしら」

 

 雫は眠る香織と鈴を見ながら呟く。あれから5日。2人は、まだ目を覚まさない。

 

「私は、許せないでしょうね」

 

 ハジメが恋人を助ける為に飛び降りたのは解る。だが、そもそも原因となる罠を発動し、その上ハジメを殺そうと魔法を放ち、罪による罰から逃げた檜山を許せるはずが無い。

 

「ん、うぅ……」

「……ん」

「!? 香織! 鈴! 聞こえる!?」

 

 2人が小さく呻き、雫が声をかけると2人はゆっくり目を開けた。

 雫は、2人に現状を話す。ハジメと恵里が奈落に落ちたのは事実である事。犯人の檜山を光輝が許そうとして、その檜山が逃走中である事。

 香織は言う、南雲君は生きてると。助けたいと。

 鈴も恵里を助けたいという。雫は同意した。彼女だって、ハジメを助けたいのだ。

 

「ん? なんで雫ちゃん、南雲君を下の名前で呼び捨てにしてるの?」

「え? ………あ!」

 

 

 

 香織も起きた翌日、再び訓練が始まる。しかし参加したのは半分にも満たない。殆どの者が死ぬかもしれない戦いを恐れたのだ。

 教会の者達は良い顔をしなかったが、愛子が王都周辺の()()()()()抗議した。戦う気のない者を闘わせるのは許さないと。

 愛子の反感を買えば食糧不足の改善が出来なくなるだけでなく、下手をすればさらなる飢餓が生まれるかもしれぬと知り、教会は愛子の言葉に大人しく従う事にした。

 そんなある日。訓練場にイシュタル達がやってきた。何やら恍惚としている。

 

「イシュタルさん、何かご用ですか?」

 

 光輝が代表してイシュタルに声をかける。

 

「ええ、ええ………喜ばしい事が起きましたからな」

 

 イシュタルはそう言って雫に目を向け、頭を下げる。

 

「八重樫雫殿、聖人への覚醒、おめでとうございます」

「……………はい?」

「魔力を直接操る、本来人では不可能な極地に至ったのでしょう?」

 

 イシュタル曰く、聖人とは人の身でありながら魔力を直接操り身体強化による高い戦闘能力を発揮するのはもちろんの事、固有魔法を使う神に選ばれた者達の事。

 そんな聖人で構成された騎士団は教会にとっても切り札と言える者達。そんな彼等が、雫に魔力の扱い方を教授するという。

 

「はじめして、雫様。私は聖人騎士団が末席マセカ・ヌーイ。今日から、貴方に魔力操作の手ほどきをします」

 

 聖人騎士団、と呼ばれた者達の中から一人の男が出てくる。顔は良いが、彼等の中では一番力を感じない。顔に出たのかマセカはニコリと微笑む。

 

「ええ、私は聖人の中では最弱。七罪の皆様には遠く及ばぬ身。ですが、騎士団長殿の強さを1メルドとした場合1.8メルドと言えるだけの強さはありますとも」

 

 つまりメルドの2倍近い実力を持つと自称するマセカ。因みに七罪とはその類まれなる力から人々が持つ罪を一つ神より許されるだけの力の持ち主であり、聖人騎士団の頭目達なのだとか。

 

 

 

 

 因みにメルド曰く実力主義の帝国では魔力操作、固有魔法持ちはまず間違いなく皇族に加えられ、結果として帝国の皇族は高確率で魔力操作や固有魔法を持つのだとか。

 その中でも今代の第3皇女は歴代最強と謳われているらしい。が、神に見放されたとされている亜人や自分の暗殺に来た神敵であるはずの魔人族すら雇用する事から蛮姫と呼ばれており、神に選ばれたというのが何処まで本気なのかわからないとの事。




メルド 王国騎士団長。強さの単位

とある貴族夫婦 妻は可愛らしい姿に惚れ夫は堂々とプロポーズしてきた男らしい姿に憧れたらしい

聖人騎士団 零の時代にはそこそこいた固有魔法持ち達(神の眷属)の現在の呼び名。多分原作エヒトに反逆者が生まれる事を恐れて消された存在なのでこの世界では顕在

感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転職クエスト前編

 薄暗い通路の中、青白く発光する骨の首をハジメが切り落とす。背後から剣を振るう同じく青白く発光する騎士に対しては、鎧の隙間にナイフを差し込み力任せに引き千切る。

 

「ハァ、ハァ───ふぅー……」

 

 ハジメは大きく息を吸い呼吸を整える。敵は、そこまで強くない。だが問題は数と、回復手段が無いということ。

 どうやら『転職クエスト』専用のダンジョン内ではストアは勿論として、既に買ってあるポーションやレベルアップによる状態の回復が行われないらしい。疲労は貯まる一方で───

 

「───っ!?」

 

 キィン! と乾いた音ともに飛んできた矢が弾かれる。

 

「そこぉ!」 

 

 さらにハジメが何もない空間を蹴ると、何かが吹き飛び壁に激突し腐った皮膚を覗かせる包帯だらけの人型モンスター。

 

「クソ、何体いやがるこいつ等………」

 

 疲労は貯まる一方で、息をつく暇もない。

 敵は次から次にとやってくる。というか、恐らくだが終わりがない。ドロップアイテムの『冥府の川の水』は、飲んでも平気なのだろうか?

 いや、アイテム説明を見る限りデメリットはないが。意を決して飲み、一息。

 少しだけ楽になった。

 恐らくだがこのダンジョンのモンスターは無限にリスポーンする。おかげでレベルが5も上がった。これ以上は上がりそうに無い。ならば、やるべき事は一つだけ。

 

「ボスの討伐、だよなあ」

 

 荘厳な扉。その向こうから感じる大きな気配。ハジメが竜殺しの称号を得ることとなった竜の巣と形容できるインスタンスダンジョンのボスの時も、似たような威圧感を感じた。あの頃より強くなっているはずなのに。扉に触れると、ギィィと錆びついた音を立て勝手に開く。

 中に入ると、そこは開けた空間だった。光源は天窓から差し込む月光だけ。ハジメの影が緩やかに伸びる。

 

「─────っ!」

 

 そして、それは現れた。影をそのまま抜き取ったかのように黒い体をした戦士。鎧がない肌の部分すら黒く染まった戦士は唯一赤い瞳をハジメに向ける。

 

『嘆きの守護者 潜影のエリヘル』

 

 表示された文字の色は()()()。こういったダンジョンではモンスターの頭上に文字が浮かび、強さに合わせて色が変わるのだ。

 ハジメより弱ければ色は白で、同じぐらいならオレンジ。強ければ、赤く。強いほど、黒に近く。

 ここはハジメに合わせて設定されたクエストなのだから当然と言えば当然だが、ハジメより強い。

 

「────!!」

 

 最大限の警戒をするハジメの前で、エリヘルが動く。一足でハジメの目の前に接近し、漆黒の片手剣を振るう。ハジメが短剣で斜めに受け止め反対の手に持っていた短剣を振るうもエリヘルの左手に新たな片手剣が現れてこれを防ぎ、エリヘルの蹴りがハジメの腹にめり込む。

 

「ぐっ!?」

 

 ハジメは力が乗る前にエリヘルの攻撃を防いだが、エリヘルは速度の乗ったハジメの一撃を防いだ。それが意味するのは、筋力は向こうが上。

 

──だが、速度なら!

 

─『スキル∶疾走』を使用します

─移動速度が30%増加します

─マナが1分間に1ずつ減少します

 

 

 空中で体制を整え、足を曲げ、衝撃を殺して壁に着地し、蹴り跳ねる。

 そのまま柱や空力を利用し縦横無尽に駆け回るハジメ。不規則な三次元移動を行いエリヘルの死角に移動し、全身をバネにこれまでの最高速度で首を狙い──

 

「ぐが!?」

 

 蹴り飛ばされた。

 

「──っ!?」

 

 何が起きた?

 エリヘルの速度がハジメを上回った? いや、違う。これは、そんな単純な話じゃない。

 空気の流れが無かった。気配察知や魔力感知でも、唐突に背後に現れた。恐らく短距離転移。

 

「っ! ぐ、つぅ!!」

 

 ハジメの視界から、エリヘルが再び消える。ほぼ反射で振り返り短剣二本を頭上に掲げると二本の片手剣が轟音を立てて短剣とぶつかり、ハジメは強制的に膝を付かされ部屋全体の床が罅割れる。

 

「ぐ、ぬぅ………!」

『────!!』

 

 そのまま力で押し潰そうとしたエリヘルだったがハジメの体が地面に沈む。錬成、ではない。

 

 『スキル∶土中遊泳』

アクティブスキル

必要マナ150

体積より大きな無機物内を水

中扱いで泳ぐことが可能。

1秒間にマナを1ずつ消費する

 

 ちなみに息は出来ないが、『潜水』という使用マナなしのパッシブスキルで呼吸を必要とせず潜っていられる。問題は………

 

 1862 / 10580 

 

 残りのマナだ。今もなお減っていく。土中遊泳を使っているから当然だろう。

 だが、上がれない。気配察知や魔力感知を使うまでもなく、地上でエリヘルが此方を認識しているのが解る。

 深く逃げて正解だった。ハジメは一度目をつぶり、『隠密』を発動。これで地上のエリヘルはハジメを見失ったはず。確認のために動くと、ついてこない。困惑してるのかウロウロとしている。

 『隠密』発動中は音や匂いはもちろん、如何なる痕跡、空気の動きすらも認識出来ない。認識するには相当数の感覚の能力値が必要だ。

 ハジメは更に深く潜ってから、一気に上昇する。『潜水』は水中での速度にも補正をかける。ハジメの遊泳速度は、もはや海人族すら白目を向くレベルだろう。

 生憎と地面の中からは地上が見えないが、ある程度の予測はできる。狙いは、胴!

 金属音が響き渡る。

 

「っ! うっ、そだろ?」

 

 視界に映るのは半ばから消失した左腕を振り上げるエリヘル。防がれた。いや、弾かれた。

 地面を抜けてまず目に写ったのは片手剣を振り上げるエリヘル。速度が乗ったハジメの刺突は、しかしだからこそ横からの衝撃に流され高く高く飛ばされる。

 空中では身動きが取れない!

 対してエリヘルは短距離転移がある。何処からくる!? 警戒するハジメだったが、エリヘルはハジメを眺めるばかりで何もして来ない。

 まもなく地に足がつくというところで漸くハジメの目の前に現れ、剣を振るう。

 

「っ!?」

 

 658 / 10580 

 

 目の前に現れたおかげでギリギリ回避し、そのまま斬り合う。片腕を飛ばしたおかげで、疲労が溜まってきたハジメでも互角にやり合える。剣戟の音と火花が2人の周りに散る。

 

「────ッ!!」

『────ッ!!』

 

 先程の意趣返しと言わんばかりにエリヘルの腹を蹴り飛ばしたハジメは、感じた違和感について考える。

 何故隙だらけの空中で襲わなかった。彼処なら、仮に防げても壁や地面に叩きつけ、ダメージを与える事が可能なのに。襲わなかったのでは無く、出来なかった?

 もう一つの疑問は、まだ地に足がつく前に現れたくせに、わざわざハジメの影を踏みつけるようにして目の前に現れた事。あれが背後だったならなす術が無かった……………()

 

「──────そうか」

 

 再びハジメが駆け抜ける。エリヘルにではなく、翻弄するように周囲に。しかしエリヘルからは目を放さない。

 

『スキル∶天歩』から『瞬光』が派生しました

 

    『スキル∶瞬光』

アクティブ

使用マナ150

知覚機能の拡大。

及び『天歩』の各派生技能効果を上昇

 

 即効使用!

 

 508 / 10580 

 

 引き上げられた感覚の中で、エリヘルの足元、厳密には影からほんの僅かに黒いオーラが溢れている。

 

「ここだ!」

 

 ハジメが雷を纏う。纏雷だ。紅雷により、月光で浮かび上がっていたハジメの影が消され、エリヘルの影が弾けるように闇を吹き出す。

 

『────!』

「おおお!」

 

 『縮地』を使用し、固まったエリヘルの隙を逃さずその喉目掛けて短剣を突き立てる。それでも反応したエリヘルだったがエリヘルとハジメの得物が砕け、ハジメの短刀が僅かにエリヘルへと突き刺さった。

 

 412 / 10580 

 

「まだ、だあああああ!!」

『─────ッ!!』

 

 ナイフを通して纒雷をエリヘルに流す。内から流れる電流に、エリヘルは身体をうまく動かせないのか、ゆっくりと、しかし確かに動きハジメの首を掴む。

 

「───────ッ!!」

『───────ッ!!』

 

 

 356 / 10850 

 

 マナがどんどんと減っていく。

 エリヘルの手に加わる力が万力のように強くなっていく。このままいけば、ハジメの首の骨をへし折るだろう。

 

 278 / 10580 

 

 上等だ、とハジメは反対の手に持つ短剣をエリヘルの左肩に突き刺す。

 

 194 / 10580 

 

 要は何方かが先に死ぬか、それだけだ。酸欠になりながらもハジメは寧ろ力を込める。

 

 0 / 10580 

 

 やがて雷が消える。もはやマナは残っていない。発動できるスキルは一つもない。が───

 

「か、はぁ───! はぁぁ、はああああ!」

 

 ハジメは()()()()()。エリヘルの手には既に力が籠もっておらず、その体はゆっくりと倒れた。

 ハジメは呼吸を整えインベントリから取り出した水を飲む。

 

レベルがアップしました!

レベルがアップしました!

 

 レベルアップの通知が来たと言う事は倒せたのだろう。改めて深呼吸する。かなりギリギリの勝利だ。恐らく100回やって1回勝てる唯一の勝利。不意をつけねば死んでいた。

 と、エリヘルの死体から光の柱が灯る。アイテムだ………

 

【潜影のマント】

【影渡り】

【革の巾着】

【即時帰還石】

を得ました

 

アイテム革の巾着を開封しました

【280万ゴールド】を得ました

 

「防具に、ルーン石か。それに金………報酬が良い」

 

『アイテム∶潜影のマント』

入手難易度∶S

種類∶防具

物理ダメージ18%減少

『隠密』使用時の消費マナの不要化

体力+20 速度+20

 アイテムも良い感じだ。早速着込む。

 ボロボロの黒ローブだったが装着すればすぐに見えなくなった。

 そして最後に………

 

『アイテム∶即時帰還石』

種類∶消耗品

転職クエスト専用アイテムです

帰還石を割ると即時にダンジョンの外へ

移動できます

転職クエストが終われば自動で

破壊されます

倉庫に保存できません

 

「…………は?」

 

 何故、ボスを倒してこれが出てくる?

 帰れるように? いや、ならば転職クエストが終われば自動で破壊される理由がわからない。まさか………

 

「──!? 何だ、霧!?」

 

これより転職クエストを開始します

 

 よりによって、最悪な予感が当たった。

 霧の向こうに何時の間にか佇んでいた同じ顔をした真っ白な女達が嗤い、周囲に白い騎士や獣達が無数に現れた。




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転職クエスト中編

交戦時間の長さに合わせて

上位クラスへの転職に必要な

 ポイントが付与されます

 

 00:00:10 

 

 ポイント、つまり無制限ウェーブと言う事か。

 

 00:00:08 

 

 数字が減る。白いモンスター達が僅かに身を落とす。まるで何時でも走り出せるよう準備するかのように。いや、おそらくそうなのだろう。

 

  00:00:03 

 

 ハジメもまた、息を吐いてモンスター達を見据える。

 

 00:00:00 

 

「「「──────っ!!」」」

 

 タイマーが0になった瞬間、モンスター達が襲いかかってくる。真っ先に飛び出してきた狼の頭を蹴り飛ばす。

 コイツラは、弱い!

 白い騎士達はそれなりに硬いが動きは遅く、疲労が溜まったハジメでも対処できる。問題は、数だ。

 

 00:00:17 

 

 数字が増えている。現段階では17秒。

 ハジメは早速手にしたアイテムの効果を発動する。

 『隠密』の発動。マナ消費は無し。暗殺者にとってこれ以上ないほどのアイテム。

 交戦時間の長さだから、撃破数は必要ない。が、次から次へと現れているのを見るに対処したほうが良いだろう。

 

『悪霧の幻影 ベリンダ』が『解呪の霧』を使用しました

 

『隠密』が解除されます

 

 ハジメの『隠密』が解け、今もなお増え続ける白いモンスター達が一斉に振り返る。

 攻撃を避けながら柱の上に移動し短剣を付きたてぶら下がったハジメが白い女達を睨めばケタケタと笑っているのが見えた。

 

「あんにゃろう………」

『キエェェェェッ!!』

 

 と、白い鷹型のモンスターが突っ込んで来る。すぐに柱からナイフを抜いて斬り殺し、地面で待ち構えていた騎士の槍を避けて頭を踏み砕くとベリンダと言うらしい女の一体に向かって跳ぶ。

 

『アハ───!』

 

 ギィン! という金属音。巨大な盾を持った重戦士がハジメの攻撃を身を挺して防ぐ。

 能力値の差で盾も腕も、その向こうの胸元すら吹き飛んだがハジメの勢いは完全に死んだ。その隙をメイスを持った重戦士が攻める。

 

「チィ!」

 

 腕の骨がミシミシと音を立てる。まだエリヘルとのダメージが抜け切っていない。ボス戦後に無制限ウェーブとか父にエイプリルフールでやらされたゲーム以来だ。

 ハジメが吹き飛ばされた先では別のベリンダがスッと指を掲げ、白いモンスター達が迫る。

 

「ふっ!」

 

 回転蹴りで全て吹き飛ばし、着地隙に足を狙って来たワニをかわす。死体は、ない。殺した………否、()()()()()()()()()()()()

 『悪霧の幻影 ベリンダ』………その名の通り霧を操るモンスターなのだろう。そもそもがベリンダとはシルフの一団が仕えていた女の名で、シルフとは今でこそ精霊として神聖なイメージが高いがアレキサンダー・ポープの詩の中では、癇癪や虚栄に満ちた女性は、その魂は天に昇ることのできない暗黒の霧となるために、死後になるものとされた悪霊だ。

 

「はっ、上等だ! その笑みを恐怖に引き攣らせてやるぜ!」

 

 とはいえこの状況、虚勢に縋りたいのはむしろハジメだ。精一杯獰猛な笑みを浮かべ白い……霧のモンスター達を壊していくがベリンダ3体を中心に発生する霧はどんどん濃くなっていき比例するようにモンスターの数、強さが上がっていく。

 これで無制限ウェーブとかクソゲー過ぎる。ただでさえベリンダに攻撃が届かないのに、更に遠のく。

 

「が、ああああ!」

 

 ドゴォ! と熊型の霧のモンスターを蹴り飛ばし数体巻き込ませる。先程までならそれで死んだが巻き込まれた内数体が起き上がろうとして、その前に踏み殺していく。と………

 

『─────!!』

「っ! この!」

 

 一体が足を掴んでくる。直ぐに踏み殺すが影が指す。オーガ型のモンスターが棍棒を振り降ろしハジメの頭蓋を揺さぶる。

 

「─────っ!!」

 

 周りに武器を持ったモンスター達が殺到してくる。轟音が響く。

 立ち上がったハジメが殴り飛ばし、斬り殺した音だ。

 

疲労が一定値を超えました。能力値がダウンします!

 

 体が重い。呼吸するだけで喉も肺も痛い。足が震える。だが、ハジメは力を込める。帰還石は使わない。逃げない。

 必ず、勝つ。勝って、自分の足で出て行く。

 叫び声を上げるのすら億劫なハジメは無言で霧のモンスター達を相手する。気のせいかベリンダ達の顔に焦りが生まれ、霧のモンスターの勢いが増す。

 

「─────っ!!」

 

    クエスト案内

デイリークエスト─強者を目指して

       目標

 

─腕立て伏せ   【0/100】

─腹筋     【0/100】

─スクワット   【0/100】

─ランニング  【0/10Km】

 

注意─すべて完了できない場合

未完了度に応じてペナルティーが

科されます

 

「あ?」

 

【残り時間8秒】

 

【残り時間7秒】

 

 新たにタイマーが現れカウントを刻む。一瞬の硬直に、霧のモンスター達は一斉に殺到するも奏者が3人もいるからか連携が取れずぶつかりあい、ハッと我に返ったハジメが直ぐに対処する。

 

【残り時間1秒】

 

【残り時間0秒】

 

 

 

     お知らせ

デイリークエストが未完了です!

 

 

ペナルティーゾーンに移動します

 

 

 

 ザァ、と砂混じりの乾いた風が吹く。ハジメの視界に写ったのは、どんよりとした霧が立ち込める月明かりだけが頼りの廃墟ではなく、オレンジの空と沈みかけのくせにそれ以降全く動かない太陽が照らす砂漠だった。

 

「…………ペナルティーゾーン?」

 

 これまでペナルティーを避けていたハジメだったが、ペナルティーはクエストだったのかと周囲を見回す。完全に転職クエストダンジョンとは別の場所。

 

「ん? てことは………! ストア!」

 

 ハジメの言葉にストア画面が開く。やはり、ここではストアが使える!

 

【HP∶63/15630】

【MP∶0/10580】

【疲労度∶92】

 

 HPも残り少ない。ストアで購入した最高級のポーションを飲む。

 

疲労が回復します

 

「………?」

 

 疲労が回復しても体力が回復しない。HPを見る限り、死にかけのままだ。ポーションの限界を超えたのだろう。

 と、そんな事を考えていると砂が擦れる音を耳が拾い、砂の中を蠢く複数の気配を感じ取る。

 

「キエエエエエエエッ!!」

 

 砂を巻き上げ飛び出して来たのは百足だ。低いビルほどもある巨大な百足の名は巨大毒牙砂ムカデ。

 虫のくせに歯茎のある口からベロリと舌を出す。

 

     お知らせ

 ペナルティークエスト∶生存

目標∶ペナルティー時間終了まで

   生存してください

 ペナルティー時間∶4時間

  残り∶4時間00分00秒

 

「上等。ストアが使えるって事はレベルアップで体力も回復すんだろ? こいよ。ムカデども!」




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 悪夢に挑む者達

 ハジメがエリヘルという強者から確率1%の勝利をもぎ取った瞬間から半日ほど時間を戻す。

 光輝達勇者御一行は再びオルクス大迷宮に訪れていた。ただし訪れているのは光輝、龍太郎、雫、香織、鈴の所謂勇者パーティと、永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティー、そして檜山を失った小悪党組だった。

 小悪党がここに居るのは別に正義感ではない。檜山を失ったあと、纏める人物が居なかった。檜山は彼等四人の中で一番だったから。

 一人一人行動しても優花の件で女子達の目はもちろん、檜山と仲が良いことを知っている王宮の使用人達からの視線がきつく、光輝に纏められ、人の役に立っているように見える事がしたいのだ。

 因みに一部の生徒達は愛子の護衛を買って出た。小悪党組も当初そちらに着こうとしたが猛反発された。

 愛子のところには他にも神殿騎士という、聖人騎士団には劣るものの教会のエリート達が付いた。なお、顔がいい。

 まあ愛子はハジメから顔が良い奴が来たら存分に警戒するように言われていたので気は許してないが、見た目のせいでツンとした態度も可愛らしく神殿騎士達のほうが愛子に落ちているが。何がしたいの、こいつ等。

 そんなこんなで一部の異世界組とメルド達騎士団を引き連れ今日で迷宮攻略六日目。

 現在の階層は六十層だ。確認されている最高到達階数まで後五層である。

 しかし、光輝達は現在、立ち往生していた。正確には先へ行けないのではなく、何時かの悪夢を思い出して思わず足が止まってしまったのだ。目の前には、断崖絶壁。

 そう、彼等の目の前には何時かの悪夢に似た光景が広がっている。次の階層へ行くには崖にかかった吊り橋を進まなければならない。それ自体は問題ないが、やはりあの時の悪夢が足をすくませる。

 

「香織……大丈夫よ、きっと………」

「うん、そうだよね雫ちゃん………」

 

 奈落へと続くかの如く深い闇を見つめる香織に、雫が声をかける。香織はその言葉に少しだけ表情を和らげる。

 

「恵里………ハジメン」

「鈴………」

「うん。大丈夫………鈴は信じてるよ。二人が生きてるって。特に恵里は、本当にもう、うん、ハジメンがいれば何処でも生きてけるんじゃないかな」

 

 と、鈴が遠い目をする。去年までの彼女は人前では常に笑顔で、疲れた様子など微塵も感じさせずに子供っぽいが愛嬌のあるキャラだった。こんな顔をする様になったのは、彼女がハジメとも話す光景を目にするようになってからだったか、と香織が微かに目を細めると鈴はビクリと震えキョロキョロ辺りを見回し「……?」と首を傾げた。

 3人の少女達が嘗ての悪夢を思い起こさせる場で、悪夢に挑んだ友人達を思い出しながら先に進もうとしているのを見て龍太郎は己の拳を握り見つめる。 

 イシュタル曰く聖人へと目覚めた雫には、もはや無手では叶わぬ身。それでも、それが無くても雫は進んだろう。ならば自分も………と、覚悟を決める一同の中空気を読まぬ者がいた。

 光輝だ。彼の中ではハジメも恵里も既に死んでいて、死んだ者に思いを囚われるなど()()()()()()、そんな間違いを()()()()()()()()()()()()()()()()と思っているので2人の死を悼んでいると思い慰めの言葉をかける。

 

「香織、雫、鈴……君達の優しいところ、俺は好きだ。でも、クラスメイトの死に、何時までも囚われていちゃいけない! 前へ進むんだ。きっと、南雲も恵里もそれを望んでる」

「おい、光輝……」

「龍太郎は黙っていてくれ! 例え厳しくても、幼馴染である俺が言わないといけないんだ。……香織、大丈夫だ。俺が傍にいる。俺は死んだりしない。もう誰も死なせはしない。香織を悲しませたりしないと約束するよ」

「…………檜山君を許したのに?」

 

 香織は、とても冷たい声でそう言った。

 直接的な原因になったかは定かではないが、勇者一行がピンチになった原因を作り、橋の上をかけるハジメに向かい魔法を放った檜山を反省したのだから許そうと言い出したらしい光輝を、香織は理解できなかったしするつもりもなかった。

 

「香織、檜山だけを責めるのは間違っている! 彼は、南雲にイジメられていた被害者でもあるんだ!」

「……………」

 

 香織はもういいと視線をそらす。光輝がまだ何か言おうとしていたが流石にまずいと判断したのか龍太郎が光輝を引っ張っていく。

 この数日で勇者一行はそれなりに強くなった。特に雫はマセカの実力をさっさと抜いてしまい、今では七罪の一人から手解きを受けている。ベッドに誘われるのが難点だがそこを抜けば魔力操作の扱いは一級だしマセカのようにステータスだけ凌駕し調子乗ってるタイプではなく技術もあるので雫にとっては良い師だ。ベッドに誘ってくるが。

 まあそんな悩ましい師だが雫からも手解きをお願いしたい相手に鍛えられ、そんな雫を筆頭に進むのだから一行はあっという間に65階層にたどり着いた。

 

「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

 付き添いのメルドの声が響く。光輝達は表情を引き締め未知の領域に足を踏み入れた。

 しばらく進んでいると、大きな広間に出た。何となく嫌な予感がする一行。その予感は的中した、と何者かの笑い声が聞こえてきそうな現象が起きた。

 広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

 光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

 龍太郎もまた、冷や汗を流しながら叫ぶ。

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

 撤退を行える前提のメルドの言葉に、光輝は不満そうな表情を作った。

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

 

 確かに今の光輝達ならベヒモス相手には問題ないだろう。それが()()()()()()()であったなら。

 少なくともハジメと戦闘していた突如強くなり、更に何度致命傷を負っても死ななくなったベヒモスならば全滅。戦う気の光輝達には悪いが退路は確保する。

 そして、魔法陣が一際強く輝きベヒモスが姿を表した。

 

「グゥガアアアアアア!!」

 

 ビリビリと大気を震わせる咆哮を放つベヒモスに、己の友人を奈落へと落とした元凶の1つを前に鈴は目を細め魔力を練り杖を掲げる。

 

「聖域にて振るわれる刃 神敵を滅ぼせ 【聖絶・(しん)】」

「ッ!? グギャアアアアア!!」

「…………え」

 

 細い円柱形に伸びた結界がベヒモスの肉体を突き破る。骨を避け内蔵を貫いた無数の結界はすぐに消え大量の血が流れる。

 グラリと倒れかけたベヒモスの目の前に、雫が一瞬で現れる。ハジメ手製の無銘『冥雲』が魔力を吸い風を纏う。風は鋭く長い刃を形成する。

 

「ふっ!」

 

 その刃は一瞬にしてベヒモスの首を切り落とした。




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転職クエスト後編

 無数の屍が砂漠を埋める。

 

レベルがアップしました!

 

「ふぅ〜……」

 

 ストアで購入したポーションを飲みながらムカデの屍に腰を下ろすハジメ。

 

 ペナルティークエスト∶生存

目標∶ペナルティー時間終了まで

   生存してください

 ペナルティー時間∶4時間

  残り∶0時間3分51秒

 

名前∶南雲 ハジメ  レベル∶51

職業∶なし      疲労度∶0

称号∶殺虫者(他3)

 

HP∶17350

 ──

MP∶10870

────────────────

筋力∶546 体力∶546

速度∶546 知能∶471

感覚∶463

────────────────

   分配可能ポイント∶0

 

 以前地下鉄駅を利用したインスタンスダンジョンで虫型モンスターを殺しまくり手にした称号、昆虫系モンスターとの交戦時の際に能力値を30%アップさせる称号だが、かなり役にたった。

 因みに竜殺しは常時能力値20%アップとドラゴン系モンスターとの交戦時60%アップだ。

 指定モンスター以外にも有効なのは仮にも竜殺しなんて英雄しか持たぬ称号故だろう。

 

「さて、と………」

 

 時間を確認すれば、後2分。準備しなくては。

 ハジメはストアから攻撃力の高い短剣を探し、購入する。

 

【アイテム∶アイスタガー】

入手難易度∶B

種類∶短剣

攻撃力+80

 

効果【氷結】∶斬りつけた箇所から相手を凍らせる属性ダメージを追加します

 

 相手は霧だ。散られてすぐ新たな兵にされるよりは此方のほうが良いだろう。

 後はスキルだ。手に入れたばかりのルーン石を砕いてスキルを吸収する。

 

【スキル∶影渡りLv.1】

アクティブスキル

必要マナ無し

 

半径500メートル以内の影、または

マーキングした影に移動可能。

マーキング移動の場合使用すると

4時間マーキング移動が使用できなくなります。

スキルのレベルに合わせて変動します

 

 エリヘルの使っていたスキルだ。

 マーキング移動とかもあるのか。まああの場面では必要のない機能だったから知らないのも当然か。

 残り時間は2秒。ハジメは深く息を吸い、吐き出す。

 

残り∶0時間0分1秒

 

 コンディションはバッチリ。これ以上、相手の好きにさせるつもりはない。

 

残り∶0時間0分0秒

 

ペナルティークエストを終了します

 

 

 

 次の瞬間ハジメの視界に映るのは真っ白な濃霧。その向こうから無数の霧のモンスター達の気配。

 霧が蠢き、襲いかかってきた狼型にアイスタガーを突き刺せばパキリと氷付き白い結晶がキラキラと地面に落ちる。

 霧には還らない。予想通り。

 

『『『─────ッ!!』』』

「ハハア!」

 

 向かってくる霧のモンスター達を次々切り刻み氷に変える。少しずつではあるが霧が薄くなる。姿を見せたベリンダ達が慌てて霧を増やそうとしているのが見え、『隠密』を発動。同時に『土中遊泳』を実行。

 

『────?』

 

 『隠密』を解いたはずなのにハジメの姿が見えない事にベリンダ達は動揺し、霧の生成を思わず止める。

 霧のモンスター達には一応自立思考こそあるが標的を見失った今、主達の命令がなければ途端に動かない。

 姿を表さぬハジメを警戒し、近くの壁や柱に背を預けようと動くベリンダは、ハジメにとっては良い的だ。

 

『────!!』

 

 柱を通り現れたハジメが一体のベリンダを背中から斬りつける。傷口の周辺の水分や血が凍りつき、氷の針が内から肉を貫いていく。その痛みに絶叫するベリンダだったが頭部を踏み潰され悲鳴も消える。後に残されたのは透明な血を流す純白の躯。

 

『────!』

『───────!』

 

 ベリンダ達からの口から隙間風のような、人の声の様な音が溢れる。仲間がやられ戸惑っているようだ。

 霧の発生源が1つ失われた事で霧のモンスターの数が減り霧も少し薄くなる。天窓から再び薄らと月が顔を覗かせる。

 

『─────!』

 

 ベリンダの顔が恐怖に染まり霧のモンスター達をけしかけ、無数の霧のモンスター達が味方をも押しつぶしながら殺到し、ベリンダがホッとした瞬間背後から喉を短剣で貫かれる。

 

『───? ─────!?』

 

 ピキパキと体の中から水分が凍りついていき白い体に霜が貼る。喉は氷に貫かれ、ハジメが短剣を抜けば力なく倒れ凍りついた顔に亀裂が走る。

 

『────!』

 

 最後のベリンダが両手を振り上げると、残された部屋中の霧が集まり霧のモンスター達もベリンダの頭上に集まる霧の塊に吸い込まれる。

 霧の球体はバサリと翼を広げた。

 

『オオオオオオオオッ!!』

 

細氷の彫像 アイスドラゴン・レプリカ

 

 ハジメの目の前に現れたのは白い竜。踏みしめた床が凍り付くそのドラゴンの身を形成するのはダイヤモンドダスト呼ばれる細かい氷の粒だ。

 これまでの霧のモンスターと異なり、確かなモンスターとして顕現した。

 

「バカが………」

 

 だが、悪手だ。巨大なドラゴンは、確かに恐ろしいだろう。それに、凍ったものは凍らせられないのは当たり前。

 だがこの場で巨体なモンスターは動きを阻害するだけ。何よりハジメは竜殺しの称号を持つ。

 拳の一撃でアイスドラゴン・レプリカは砕け散る。着氷性の霧のようにハジメの腕を氷が覆うが、表面だけだ。

 

『ア、アア───』

 

 ベリンダが後退る。奥の手だったのだろう。散った細氷は地面へと落ちていく。

 

『イ──』

 

 ハジメの姿が消える。しかし僅かな黒いオーラを纏って目の前に現れ、ベリンダは慌てて顔の前で両手を交差させる。

 

『イヤアアアア!』

 

 その防御ごと、ベリンダを脳天から真っ二つに切り裂く。左右に別れ地面に横たわる躯は顔が良いだけにより一層不気味だ。霧は、完全に消えた。 

 

    04:31:38

試験部屋内のモンスターを

  全て倒したので

転職クエストを終了します

 

「……………終わっ、た?」

 

 ボス戦後に無制限ウェーブをやらされたハジメは少しシステム不信になっていた。まだ何があるのでは? と警戒しながら周囲を見回す。

 

獲得したポイントによっては

  更に上位の職業に

   転職できます

 

 どうやらきちんと終わったらしい。ふう、と息を吐いたハジメは幾つかアイテムが落ちているのに気付く。

 

【着氷霧】【霧の兵士】

【濃霧】【蒼氷の指輪】

を得ました

 

 ベリンダの死体とアイスドラゴン・レプリカの死体からアイテムを得た。

 

【蒼氷の指輪】

入手難易度∶A

種類∶装飾品

アイスドラゴン・レプリカの

核に使われていた指輪です

冷気を操る力を与えます

 

装備者【  】

同調率ーー%

【着氷霧】

【】

【】

知能+15

 

 能力がダブっている。あまり魅力的なアイテムでない。後で恵里にあげよう。それよりも、クエスト報酬だ。

 気配を消し、影を渡り、短剣を扱う。

 暗殺者、もしくは盗賊を選ぼう。

 

転職クエストでの活躍を分析し

   職業を与えます

 

「ん? 選択式じゃねーのか」

 

 とはいえハジメの戦闘スタイルを考えると暗殺者か戦士、ここでは魔法系スキルも手に入れたし魔法剣士、魔法戦士の可能性もあるか。

 

プレイヤーのいる場所には

 常に死が溢れています

 

プレイヤーが立ち寄った場所には

    屍の山が積まれ

   血の川が流れます

 

 なかなか物騒なことを言ってくる。まあ、否定できないが。

 

プレイヤーは強くなることを

   切に望んでいて

  仲間に頼らずとも

 己の力で道を切り開きます

 

 そんな事はないのだが、この転職クエスト内ではソロプレイだから否定できない。

 

強さを渇望し、さらなる力を求める

貴方の前では亡者すら逃れる事叶わず

 その思いは冥府の王すら心動かす

その関心は貴方にさらなる力を与える

 

「…………んん?」

 

 なんか、おかしい。冥府の王?

 亡者………は、先程の、というかこの転職クエスト専用ダンジョン内のモンスター達のことだろうか?

 何だ、それは。まるで職業を与える為の試練ではなく、与える職業の為に試練を用意したような………。

 

「っ! これが、俺の職業………?」

 

貴方の職業は【死神】です




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

転職

 死神………死神とな。

 ハジメの脳裏に刀を2段階開放する和服姿の男達と、りんご大好きでノートを落とすヴィジュアル系バンドのボーカルみたいなのや眼鏡をかけた捜査官が思い浮かぶ。

 いや、こういうのでは無いんだろう。恐らく骨が黒いマントを羽織ったあれ。

 

「…………うーん?」

 

 だが、どうにも想像できない。

 所謂職業武装(ジョブウェポン)があるのだとしたらそれは鎌になるのだろうか?

 父の作ったゲームには職業に合わせた武器などもあるのでううむ、と考えるハジメ。

 とはいえ、選択肢は無し。一応取るか取らないか選べるようだが職業ありとなしでは能力値に影響があるかもしれない。職業による能力値補正がある。

 

「転職する………」

 

転職しました

 

 ハジメの言葉にピロンと電子音が響く。

 

会得したポイントにあわせ

さらに上位クラスの職業に

転職する機会が与えられます

 

 さて、どの程度ポイントを得られたか。

 

予想プレイ時間を超過しました

加算点が与えられます

 

 まあこれは、そうだろう。なにせペナルティークエスト中の時間も含まれているのだから。

 

即時帰還石を使用しませんでした

加算点が与えられます
 

体力が50%以上残っています

加算点が与えられます

 

敵を全て倒しました

加算点が与えられます

 

 ピロンピロンと電子音が鳴り響き視界をメッセージが覆う。これなら上位クラスに転職出来るかもしれない。

昇給ポイントの合計が

限界値に達しました

 

【死神】から【冥王の影】に転職します

 

「冥王の影?」

 

 死神の次は冥王と来た。とりあえず上級職になれたようだがやはりどんな事に向いているスキルなのかさっぱり分からない。

 

【職業専用スキル】を習得しました

 

【ボーナス能力値】を獲得しました

 

 シューと音が響きハジメの体から黒いオーラが溢れ出し、すぐに消える。ハジメは早速スキルを確認する。

 

【スキル∶影の衣】

職業専用スキル

必要マナ なし

 

物理耐性30% 魔法耐性40%の衣を纏えます

冥王の影の一部から作られし衣です

バフの解呪効果を確率で無効化します

『呪い』系統を無効化します

相手との能力値差で成功率変動

 

【スキル∶冥王の宝物庫】

職業専用スキル

必要マナ なし

 

冥王より貴方に与えられた権限です

宝物殿の中の部屋の一つを貸し与えられます

影を通し物を収納できます

 

【スキル∶死神の伴侶】

職業専用スキル

必要マナなし

 

冥王より貴方に与えられた権利です

距離を無視し【宝物庫】内部の空間を

契約した伴侶と共有できます

 

「………お、これいいな」

 

 ハジメはスキルを一つ一つ見ていき、3番目のスキルに目を止めた。現在ハジメは恵里の操った死体をインベントリに入れているが、何らかの理由で恵里と逸れたら恵里が孤立してしまう。しかしこのスキルを使えば死体を【宝物庫】に入れておく事で恵里が何時でも死体を呼び出せる。

 

【スキル∶死神のオーラ】

職業専用スキル

必要マナなし

 

己より能力値が劣る相手を

【恐怖】【混乱】【発狂】

状態にします(対象任意選択可能)

同スキルで何れかの状態となった

敵を【即死】させます(任意発動)

─【恐怖】∶全ての能力値−50%

─【混乱】∶能動的行動の成功確率変動

─【発狂】∶精神完全破壊

 

 最後の最後に物騒なの来た。

 これ、効果も任意にできるだろうか?

 上2つはともかく発狂はヤバすぎる。

 とりあえず使う機会が無いことを祈ろう。後は、ルーン石によるスキルを吸収する。

 

【スキル∶着氷霧】

アクティブスキル

必要マナ 80

 

触れた対象を凍りつかせる

冷気の霧を発生させます

 

【スキル∶濃霧】

アクティブスキル

必要マナ200

 

環境変化スキル。一度の仕様で

周囲一体を霧で包みます

魔力を足すことで濃度上昇

感覚値−30%

 

【スキル∶霧の兵士】

アクティブスキル

必要マナ 一体30

 

霧を様々な兵士に作り変えます。

兵士の強さは術者の能力値に依存します

【着氷霧】との合成可能

 

 一度に3つも有用なスキルが手に入った。この【濃霧】。感覚の能力値を下げるということはさらにハジメを見つけにくくするという事だ。

 【影の衣】を合わせればハジメを見つけられる者などかなり限られるのではないだろうか?

 とりあえずここで習得できるものは習得した。さっさと帰ろう。

 

 

 

「おっ帰り〜」

「………恵里」

「へえ、それが話に聞いていたダンジョンの入り口かい? あ、消えた」

 

 ダンジョンから出ると恵里が待っていた。

 なんかデジャヴ。

 恵里はハジメの背後の光の渦を興味深そうに見る。渦は小さくなりながら消えていく。

 

「……ボロボロだね」

「まあ………」

「そ……まあ、心配は、してないけどね」

 

 そう言いながら杖の先端でガリガリと地面を削る恵里。拗ねたようにハジメと目を合わせようとしない。

 

「悪かった………」

 

 ハジメがそう言って抱き寄せるとムッと眉間にシワを寄せる。

 

「僕の事チョロいと思ってる?」

「まあ、ぶっちゃけ………」

「なら、もっと抱きしめてくれ」

「ああ」

 

 恵里の言葉に大人しく従うと恵里は漸く目を合わせてくれた。腕の中から見上げてくる恋人の姿に、愛らしさを覚える。

 

「さっきの、嘘。心配した………」

「そっか」

「君が強いのは知ってるよ。でも、君を強くしようとする『システム』が与える試練は、きっと君に合わせてある」

「……………」

「何も言わずに行ったのは、死ぬかもと思ったから?」

「……………それもある」

 

 実際死にかけたし。

 

「……君が死んだら、魂魄だけでもこの世界に留めてやる」

「……………そうか」

「でも、触れ合えないのは嫌だ」

「気を付ける」

 

 そう言って、恵里から離れるとハジメは【蒼氷の指輪】を取り出す。

 

「詫びの品って訳じゃねえが、受け取ってくれるか?」

「…………綺麗」

 

 透明感のある蒼い指輪を見て思わずと言ったふうに呟く恵里。精巧な花の装飾があるその指輪は恵里の心を奪うには十分。

 

「『システム』の用意したアイテムだけど、俺には必要ないからな。受け取ってくれるか」

「………『システム』が?」

 

 ハジメの言葉に、恵里がピクリと反応する。嫌だったのだろうかと思えば、恵里はニタリと笑った。

 

「いいね。それ、欲しい」

「そ、そうか?」

「その『システム』には意思があるんだろ?」

「多分な」

「そんな存在が、君だけに影響を与える存在があると聞いた時から、僕は気が気じゃなかったからね………でも、これで『システム』に関わったのは君だけじゃない………僕が、僕だけが君の特別だ」

「そうだな………お前は、俺の特別だ」

「当たり前さ。僕以外の特別なんて二人しか認めない」

 

 二人は認めるのかと、ハジメは少し複雑な気分になった。

 恵里はそんな心境を理解してかニッコリ笑うと左手を差し出してくる。これで察せぬほどハジメは恋人の想いに鈍感ではない。恋人相手にはたまに鋭くなるのだ。本当にたまにだが。

 

「…………ふふ」

 

 左手の薬指に嵌り淡く輝く指輪を見て、恵里は嬉しそうに微笑んだ。

 

「ところで、さっきから気になってたんだけどその模様、何?」

「ん?」

「右目に、Vが書かれてるよ」

 

 

 その後、視力に影響が無いことから取り合えず放置することにして、起きたユエを連れ階層を移動する。

 途中恐竜にハジメのテンションが上がったりした。

 100階層では、7つの首を持つヒュドラが出たが霧のモンスター達で数の暴力で殲滅し恵里の軍団に加えた。

 

「んじゃ、行くか。多分あそこがゴールだろ」

 

 ヒュドラの死体を影の中にしまい、奥にあった部屋に入るハジメ。中は広大な空間に住み心地の良さそうな住居があった。

 上を見上げれば太陽のような光源が浮かんでいた。

 魚の泳ぐ川や、畑まである。自給自足が可能そうだ。というか畑が管理されているということは人がいるのか?

 と、建築物に目を向ける。中には様々な部屋があった。風呂もあった。後で入ろう。

 3階には、一部屋しかないようだ。奥の扉を開けると、そこには直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。いっそ一つの芸術といってもいいほど見事な幾何学模様である。一体どれだけの情報量の魔法陣なのか。錬成に一部似た作りがある。

 しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影である。人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。

 その骸は椅子にもたれかかりながら俯いている。その姿勢のまま朽ちて白骨化したのだろう。魔法陣しかないこの部屋で骸は何を思っていたのか。寝室やリビングではなく、この場所を選んで果てた意図はなんなのか……

 

「……怪しい……どうする?」

「……………んん?」

 

 ユエが警戒し、恵里は死体に対してなにか違和感を覚える。それが何かは解らない。ハジメは、警戒しながらも魔法陣に踏み込む。

 この家、ハジメの錬成を弾くのだ。何かを調べるにしてもまずはここから。と、魔法陣に踏み込んだ瞬間、魔法陣が輝きだした。

 

『……………ああ』

「────!」

 

 カタリと目の前で、骸が動く。

 

『とうとう現れたんだね。はじめまして、新たなる『プレイヤー』………』

 

 骸は、青白い光を纏いながら起き上がる。何処からともなく現れた黒い傘の先端で、とんと床を叩いた瞬間床が開いた。

 

「っ!?」

 

 仕掛け、ではない。錬成!

 ハジメと骸を飲み込む穴ほ深さは30mほどで、ハジメは地面に着地する。そのハジメの視界の中で穴が広がっていき、巨大な広間が作られていく。微かな光は緑鉱石だろう。

 

『すまないね。実は期待しつつも諦めていたんだ。専用の場を用意していなかった』

「………あんたは、『プレイヤー』を知ってるのか?」

『私達の仲間にもいたからね…………ああ、自己紹介がまだだったかな? 私はオスカー・オルクス。反逆者と呼ばれる存在の一人だ』

 

 そういえばオルクス大迷宮は反逆者が作った場所だったか。

 

『さて、急増で申し訳ないが、これより『プレイヤー』専用試練を始める。君達には、クエストと言ったほうがわかりやすいかな?』

 

 さて、と骨だから表情は分からぬが、オスカーが笑う。

 

『クエスト開始だ』

 

 オルクス大迷宮臨時クエスト。

 解放者オスカー・オルクスの試練、開始。




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オスカー・オルクス

 先に動いたのはハジメだ。瞬間的な加速で接近し、短剣を振るう。狙いは首。

 

『判断が早い』

 

 が、傘によって防がれる。骨組みならともかく小間すら傷つけられないのはどういう事だ。何で出来ている。と、パリリと僅かな魔力の紫電。

 

『錬成……』

「────!?」

 

 ハジメの足元に、()()()()()()

 足場が無くなり、何時かと同じように底の見えぬ奈落に吸い込まれていくハジメは即座に天歩を発動し落下を止め上へ駆け上がろうとするも、その前に周囲から膨大な魔力の流れを感じる。

 

「くっ!?」

 

 無数の石の槍が崖の表面から伸びてくる。それはハジメが錬成しか使えなかった頃の魔法的な攻撃手段に酷似しているが錬成速度、精度、規模、それら全てが今のハジメすら上回る。

 だが───

 

「なめんなぁ!」

 

 たかが石で、傷つけられる程ハジメは脆くない。力任せに石の槍衾を突破し101階層に戻る。オスカーと目が合う。合ったと思う。骨だけど。

 

『────!?』

 

 『隠密』を発動し姿を消したハジメは空力を駆使しながらオスカーに接近する。

 

──アーティファクト 黒手袋

 

「ぐっ!?」

 

 短剣が何かに弾かれる。アイスタガーが凍らせ目に見えない何かの姿を顕にする。

 糸だ。ハジメの感覚を逃れたと言うことは相当細い上に『隠密』に類似するスキルが付与されている。それで周囲を常に守っていたらしい。

 

「この───!」

 

 キキィン! と金属音が響き空中で糸が凍りつく。

 痕跡を残すあたりハジメの『隠密』には劣るようだ。見えない攻撃がある前提で集中すれば見つけられる。

 凍りついた糸をすべて砕くが足元から伸びてきた石の壁に弾き飛ばされる。

 

「らあ!」

 

 地面に降り立ち錬成で柱を作り、蹴り砕き破片を円錐型に変え飛ばす。が、オスカーに触れる前に形を変え、ハジメの方に戻ってくる。

 

「っ! 錬成とアーティファクトだけじゃねえのか!?」

『これも錬成さ。仮にも生成魔法へと通じる魔法だ。これくらい、極めれば出来るさ』

 

 オスカーがそう言いながら錬成を操り、無数の石柱がハジメに向かって伸びてくる。すぅ、と息を吸ったハジメはブゥ! と液体を吐き出す。

 

──強酸+溶解液

 

 ジュワァ! と音を立て石柱が溶けていく。

 仮にも魔物の力を使ったわけだが驚いた様子は見せない。

 

「っらあ!」

 

 フラム鉱石という、50度で融解し100度で発火し3000度の熱を生む鉱石を使った焼洟手榴弾を投げつける。

 力の限り投げつけた焼洟手榴弾はそれこそミサイルの如き速度で進むが、オスカーを守るように石の壁が現れ弾く。生まれた炎が薄暗かった階層を明るく照らす。

 

──隠密+影渡り

 

『────』

 

 姿を消したハジメに、オスカーが錬成を使いハジメがいた場所に大量の石槍を地面から生やす。だが、ハジメは既にそこには居ない。

 オスカーの背後に移動し脊椎を狙い短剣を振るい、弾かれる。

 

「───!?」

 

──アーティファクト 黒外套

 

 様々な防御術式が付与されたアーティファクトだ。この迷宮に挑んでいるという事は全ての()()()()()()()()()()()()()

 ならば転移などで来て当たり前。対策はしてある。特に、首の後ろという人間の急所にして死角は念入りに。

 

──アーティファクト 小さな魔剣・氷結式

 

 ハジメを後ろ蹴りで距離を取らせたオスカーが、虚空から取り出した小さな剣を投げつける。それは魔剣だ。

 本来なら大国が所有し国宝として扱われる、戦争続きで失われつつあるそれをオスカーは使い捨てる。

 

「────!?」

 

 真っ白な冷気が砕け散った魔剣から放たれ、ハジメを包み込み地面を霜が覆う。炎すらも消え去った。

 

『………やったかな?』

 

 と、オスカーが風を操り冷気の霧を吹き飛ばそうとしたが、その前に真っ黒な外套を纏ったハジメが飛び出してくる。

 

──影の衣

 

 物理、魔法の耐性を上げたハジメは空気を押しのけるような速度でかける。

 

『?』

 

 ならば冷気の霧はあっさり吹き飛ぶはずなのに、むしろハジメの後を追うように広がる。いや、これは………ハジメから霧が発生している?

 

──アーティファクト 小さな魔剣・爆裂式

 

 すぐさま霧を吹き飛ばしハジメに攻撃すべくアーティファクトを使う。飛ばされた魔剣。

 『飛行』、『加速』の術式も組み込まれた魔剣は敵を決して逃しはしない。高速でハジメに迫る魔剣を見て、オスカーは着弾を予見し、しかしその予想は外れる。

 ハジメは魔剣の柄を指で挟み全て掴み取ったのだ。そのまま投げ返した。

 それだけなら再びハジメに向かうのだろうが、ハジメが『隠密』を発動したことにより標的を見失いリセットされた魔剣はそのままオスカーに向かって飛んでいく。いや、厳密にはオスカーの周囲だ。

 アーティファクトひとつひとつ見ればわかる圧倒的な技量の差。オスカー程の技術者なら誤爆を避ける機能ぐらいつけているだろう。だから込められた魔力量からしてオスカーにダメージを与えることのない距離に着弾させ、砂埃を巻き上げる。

 その間にも霧が広がり階層を包み込む。ハジメの気配は、掴めない。

 

──アーティファクト 探知の魔眼

 

 オスカーが空中に投げた小さな球体が発光する。気配や姿を消す魔法の効果を消し去るアーティファクトだ。だが………

 

(──効かない? 魔法が弾かれた)

 

 だとしたら余程強力な隠蔽能力か探知妨害スキルがあるのだろう。この霧の中、そんな暗殺者に狙われるというのは詰みだ。

 

『────っ!!』

 

 オスカーの右腕が切り飛ばされる。金属繊維でできたローブをあっさり切り裂かれた。自動発動する『錬成』により切れ味を失わせ、『衝撃緩和』により打撃武器としての効果もほとんど奪うローブなのだが………。

 恐らく『プレイヤー』としての武器だろう。オスカーはこの世のあらゆる無機物に対して絶対的優位性を持つ。逆に言えば()()()()()()()()()()『プレイヤー』の武器には干渉出来ないのだ。

 だとしても相当な強度を持つローブを切り裂くなんて余程『筋力』の『能力値』が高いと見た。

 戦闘スタイルは暗殺系。『筋力』と『速度』などを重点的に上げているのだろう。素早く動き狙いをつけさせず、近づかれれば強力な攻撃。

 とある少女のように周辺一帯を押し潰すような芸当が出来ないオスカーには相性が悪い相手だ。

 

『…………いや、僕にも出来るけどね』

 

 そう言ってオスカーは…………()()()()()()

 

 

 

(まじか彼奴!)

 

 天井が下がり、床が持ち上がった。

 超広大な領域全てを操った。いや、確かにあの階層を作ったのもオスカーなのだから不可能ではないのだろうが………。

 『土中遊泳』が無ければ流石に危なかった。この質量ならハジメに通用する。

 

「───っ!?」

 

 と、地中に何かが移動する気配を掴む。オスカーではない。ないが、恐らくアーティファクトがハジメに向かっている。場所がバレた!?

 『隠密』は機能している筈なのに。

 

「ちぃ!」

 

 答えとしては簡単だ。今、この土の中はオスカーの魔力に満たされている。『隠密』は気配も姿も匂いも消すし痕跡だって認識させないが、オスカー程の術者ならいくら上手に気配を溶け込ませようと自身の魔力に満ちた無機物内の異物を探知するのは容易い。

 ハジメが地中を泳ぎ回避していくが狙いに正確性が増していく。

 

「こん、の…………錬成!」

 

 やってる事はハジメの錬成と同じ筈だ。魔力量任せにオスカーと自分の周りに空間を無理矢理生み出す。

 開けた空間。『隠密』を使ったままのハジメを見失ったオスカーに向かって、天歩を用いて接近する。

 

──アーティファクト 小さな魔剣・雷撃式

 

 オスカーは全方位に大量の小型の魔剣を放つ。雷撃により相手の動きを麻痺させることも出来る魔剣だ。

 魔法耐性はあるとは言え、一本一本が先度までの魔剣と比べ物にならない力を秘めている。

 

──冥王の宝物庫!

 

 ハジメに向かってきた魔剣を全て冥王の影より作られた【影の衣】を通して飲み込む。とっさの判断だったが、出来たようだ。

 だが魔剣が一部消えたという事実はオスカーにハジメの位置を知らせる。

 

──アーティファクト 黒傘

 

 実はこの傘、ローブ同様に金属繊維で編まれたもの。それだけでも十分な強度だが更に聖絶という防御魔法すら付与されている。それに対してハジメは【冥王の宝物庫】から小さな魔剣を放つ。

 雷光が輝き影が生まれる。オスカーの持つ傘の向こうに生まれた影から、ハジメが現れる。

 

『────っ!?』

 

──アーティファクト 小さな魔剣・決戦兵装

 

 魂魄魔法という魂に干渉する魔法の応用で所有者の魂に戦い方を叩き込むという、本来ならオスカーらしくもない、いざという時の為に用意していた武器を取り出し慌てて防ぐ。防ぐが、続いて2撃目。

 今度は防げずオスカーの首の骨の隙間に刃が入り、頭を切り飛ばした。

 

『─────』

 

 ガッ、ゴン! と意外と鈍い音を立て頭蓋が転がる。気配は未だ消えず。ハジメがすぐ様踏み砕こうとしたが───

 

『待った待った! 負けだよ、僕の負けだ!』

 

 と、オスカーの頭蓋骨が叫んだ。その言葉に動きを止めつつも警戒するハジメだったが、オスカーの気配は小さくなっていく。

 

『流石、プレイヤーだね。うん、合格だ。神代魔法、持っていくと良い』

「神代魔法?」

『………え?』

 

 ハジメが不思議そうな顔をすればオスカーも不思議そうな声を出す。

 神代魔法。神々が世界を作るのに使ったとされる魔法だ。人間が使う魔法はこれの劣化と言われているが、なぜこのタイミングでその単語が出てくる?

 

『君は、神代魔法を求めてこの迷宮に来たんじゃないのかい?』

「いいや? 何だ、迷宮を攻略すりゃ神代魔法が手に入るのか?」

『…………他の試練もクリアしたんだろ?』

「他の試練?」

『……………まさか、解放者の試練をクリアしたのは、初めて?』

「そうなるな………」

 

 オスカーの頭蓋骨があんぐり口を開き、そして、今度は笑い出した。

 

『はは…………はははは! そうか! そうか………凄いな、君は』

「………お前、『プレイヤー』に何をさせたい」

『それは……上の魔法陣で、解る………悪いね、もう………時間が…………ああ、それと、何かしてほしいことはあるけど、強要する気は、ないよ…………君のこれからが自由な意志の下にあらんことを』

 

 話をそう締めくくり、オスカーの骸から魔力が消えた。

 

 

 

 

 

『───筈なんだけどなあ』

 

 ううむ、とオスカーは腕を組む。切り飛ばされた腕はカルシウムを錬成で変形させ直した。

 

『なんで僕を生かしたんだ? いや、死んでるけど』

「そりゃお前。俺は発想はあるから強力なアーティファクトを作れるが技術面ではお前に劣るからな。なら技術者を仲間にすりゃさらに強力なアーティファクトが造れる。むざむざ成仏なんてさせるかよ」

「逆らえるとは思わないでくれたまえ」

 

 あの後オスカーの骸を持って帰ったハジメは恵里に魂魄を引っ張ってこさせ、再び宿させた。

 その際魂魄そのものに滅茶苦茶縛りをつけてオスカーを支配したのだ。

 

『うーん。まあ、迷宮攻略に参戦しないという『縛り』があるだけマシかなあ』

 

 とはいえ流石に神に逆らった反逆者。自由意志をある程度残し、オスカー自身の要求も幾つか飲む事で漸く支配出来た。魂の格がこれまでの存在とは比べ物にならない。

 

『それに、こうして活動できればまた彼女に会えるかもしれないしね。良いとも、協力しよう。それで、どんなアーティファクトを作るんだ?』

「ああ、とりあえず移動用アーティファクトを作ろうと思うんだがここは………」

『ああ、それならここをこうした方が魔力を流す効率が上がるよ。それと、この技能は持ってるかい? 持ってるならここに………』

「なるほど………」

 

 ハジメとオスカーは早速アーティファクト造りに取り掛かる。技術者同士、新たな発想と格上の技術持ち、互いに興味あるのか話は進む進む。女子達は置いてけぼりだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

おまけ

 

 その日の晩、天井の太陽が月に変わり淡い光を放つ様を、ハジメは風呂に浸かりながら全身を弛緩させてぼんやりと眺めていた。奈落に落ちてから、ここまで緩んだのは初めてである。風呂は心の洗濯とはよく言ったものだ。

 

「はふぅ~、最高だぁ~」

『ははは。親父臭いよ?』

 

 何故か骨もいる。骨しかないから体温なんて感じないはずなのになんで風呂入ってるんだろうこいつ。それと何時の間にその眼鏡つけた。そして何故風呂でつけている。

 

 

 

その頃の風呂の外。

 

「帰れ」

「…………」

 

 恵里が風呂の入り口の前で、風呂に突撃しようとしたユエに対して一言。ユエはむぅ、と頬をふくらませる。

 

「私も、ハジメと肉体関係持ちたい」

「もってなんだい。僕だってまだ持ってないよ」

「…………そうなの?」

「……………そう」

「なら、待つ」

「………あ?」

「私は別に2番でも構わない」

 

 ユエは王族だ。優れた男を複数の女が囲うのは当然だと思っている。正妻になれないのは、一時期王位に就いた者として思うところが無いわけではないが、仕方ないと割り切れる。

 

「ああ、優れた男なら〜とか言う奴? ファンタジー世界の王道だよね。いやだね。させない」

「………決めるのは、ハジメ」

「いいや。僕だ。僕等の世界では一夫一婦が普通なんだ。その価値観を持つ僕が、その価値観を持つ恋人が嫌だと言った。権利ならある」

「………どうしたら、認めてくれるの?」

「僕が認めるのは二人だけだよ。せっかく作った八方美人な敵無しを捨ててまでこんな僕の親友やるバカと……………」

「…………?」

 

 と、そこで恵里は言葉を区切る。その視線がそらされる。壁に阻まれているが、その先にあるのはオスカーとハジメの簡易工房。

 この迷宮で手に入った神代魔法………生成魔法を使って作られている一本の刀がある。

 

「僕のせいで想いを口にすることのなかった…………ハジメの()()()()()()()()だけだ…………まあ、こっちはそのまま自覚するなと思ってるけど」




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真の歴史

 この世界はその昔から種族間同士で争いが絶えない。

 まあ人間なんて肌の色や言語の違いはもちろん何なら容姿が醜いというだけで差別する人種だ。身体的特徴が異なればそれだけ戦争も置きやすい。

 だが、それでも戦争が長続きしたのは神の仕業だという。各々の神は他種族、他神を神敵とし、神と奇跡に魅せられた者達はそんな神敵を滅ぼさんと躍起になる。

 しかし実際は神々はそんな者達を見ながらゲームのように楽しんでいるのだとか。

 そんな神々を討つべく立ち上がったのが解放者。オスカーを始め、七人の神代魔法使いに一人の『プレイヤー』が中心メンバーだったのだとか。

 そのプレイヤーはハジメのように『強者を目指して』───デイリークエストがなかったらしく能力値はハジメより低かったのだとか。

 それでも昇華魔法という神代魔法などと組み合わせ強化し強くなるも、解放者についた者達と神を信仰する者達、人同士の争いに心を痛め自らの命を持ってその戦争を止めたそうだ。

 

「無責任だね。その結果がさらに数百数千年の神の統治だ」

『返す言葉もないね。でも、目先の者を見捨てて、その先の幸福だけ考えれば、僕達はきっとその先も全てを犠牲にするようになった。最終的な結果のみを求める事になってしまった』

 

 恵里の言葉にオスカーはそう返す。彼とて思うところが無かったわけではない。人々の為に闘おうとした彼女が、人々同士の争いを止める為に、敵に回った人々まで救おうと命を捨てたのだ。憎みもした。だが、それでも闘いが止まり、あの時、あの時代の死者が減ったのは事実なのだ。

 

「ま、僕はそれを無責任だと思いこそすれど、責める気はないよ。誰が死のうが、結局は僕等にとって他人だ。

 問題があるとすれば、ハジメが神と戦う選択をした場合神が似たような手を使う可能性もあって、ハジメは頭が良いから今も未来も天秤に掛けて、片方をとっても後悔してしまう事だ」

 

 まあ、十中八九神と戦うだろう。そもそも神がどういった基準であのクラス………厳密には天之河を選んだのか知らないが、一度目をつけた以上仮令戻ったって何度でも召喚される可能性がある。

 それ以前にハジメは人を殺せる覚悟は出来るかもしれないが見捨てる覚悟は少ないだろう。

 例えばその相手が『これは俺達の戦いだ! 後から来た奴が邪魔すんな!』と怪物に挑んだらハジメも手は出さな…………いや、出すな。絶対出す。死ぬギリギリではあろうが助ける。

 そういうハジメ相手に神の手はそれなりに有効だろう。

 オスカー曰く『プレイヤー』は強くなるほどそういった殺人に関する忌避感を薄れさせるとは言うが、それは『システム』的に()()()()()()()()()()()()()からだろう。困難に挑む理由になるならその感情は残すはずだ。恵里が『システム』ならそうする。

 

「僕と見ず知らずの誰か、どっちが大切なんだろうね」

「きっとそれなら恵里を選ぶ……」

「そして後悔するんだろ。僕を前にしながら、顔も知らぬ見捨てた誰かを常に考える…………ああ、嫌だ嫌だ。そんなの耐えられない」

 

 ユエの言葉に恵里は自分を選んでくれた後のハジメを想像し顔をしかめる。

 いっそ弱いまま盛大に裏切られば性格が作り直されたかもしれないが、それでは恵里が好きになったハジメでは無くなる。

 見ず知らずの誰かの為に動ける。それは天之河と同じだがちゃんと救おうと考え、その結果起きた不幸にも目を向け後悔できるハジメが好きなのだ。

 

「だから結局、ハジメの為に神を殺さなきゃいけない。まあ、お人好しのハジメでも、この世界の長い歴史で起きた差別までは、この世界の人達で何とかしろと考えるだろうから神殺しまでだけどね」

『ああ、そうだね。異世界の人間に、この世界の命運を任せてすまない』

「そう言えばハジメは?」

 

 

 

 

 

 デイリークエストには隠し要素があった。

 実はこれ、ノルマを2倍こなすと一度だけ特別な『ランダムボックス』が貰えるのだ。

 『祝福されたランダムボックス』と『呪われたランダムボックス』の何方か1つ。ハジメは両親と相談し、手に入れたのは『祝福されたランダムボックス』。

 『プレイヤーが望むアイテムが支給される』というそれは、確かに強くなると決めたハジメに必要なものだった。

 

【アイテム∶冥府の鍵】

入手難易度∶S

種類∶鍵

 

ダンジョン∶冥府の鍵です

オルクス200階層で使用できます

 

 使用しなかった理由は入手難易度からしてダンジョン難易度Sという高レベルダンジョンである事と、場所が解らなかったこと。

 今は職業も手に入れこの世界でだいぶレベルアップした。故に挑む準備は整った。

 

「あ、ここに居たんだ」

 

 と、背後から声をかけられる。恵里だ。

 

「………? どうかしたの?」

「ちょっと挑んでくる」

「……………そう」

 

 その言葉に、恵里は納得したように呟く。

 

「………今度は言ってくれたんだね」

「まだ根に持ってる?」

「もちろん」

「そうか………」

「…………………」

「………………」

 

 暫く無言な時間が続く。先に口を開いたのは恵里だった。

 

「行かないで、って言ったらどうする?」

「行かない」

「でも、その結果この先何かに失敗すれば、挑んでおけば良かったって思うんだろう?」

 

 否定は出来ない。だから黙っていると、恵里はため息を吐く。

 

「良いよ、行って来たまえ」

「良いのか?」

「やるべき事をやらず失敗して後悔するより、やれる事は全部やって失敗する方がショックは少ないだろう?」

 

 それはそうかも知れないが失敗前提で話を勧めないでほしい。

 

「………ありがとな」

「せいぜい気をつけて。帰ってきたら、キスしてあげる」

「なら、ますます頑張んねえとな」

 

 ハジメはそう言うと鍵を使用し、光のゲートを潜った。

 

 

 

 

 ゲートを抜けるとそこは薄暗い洞窟の中だった。

 緑鉱石ではなく、青白く光る水晶が幾つも生え洞窟内を照らしている。ふと振り返ると、ゲートが塞がれていなかった。このダンジョンは出入りが可能なようだ。そこは、かなり安心できる。

 

「………向こうか」

 

 奥から強い気配を感じる。ハジメはその気配に向かって歩き出した。

 暫く進むと開けた場所に出る。そこでは水晶が整理されているのか規則的に並び、部屋の奥には巨大な扉………門が見える。

 その門の前に立つ人影。

 文字通りの影があった。光を全て飲み込むかのような漆黒の衣を纏い、顔がある場所からは黒い靄が溢れている。エリヘルよりも更に影のようなモンスターはハジメを認識すると己の影から黒い靄を溢れ出させ鎌を生み出す。

 

【冥王の影 テッタレス】

 

 ヒュドラが表ボス、オスカーが裏ボスとするなら、さしずめ隠しボスと行ったところだろう。肌がひりつく濃密な殺気を前に、ハジメは攻撃に備え【影の衣】を纏い、己の得物を構えた。




オスカー・オルクス
最初は完全支配しようとしたが恵里をして抵抗力が強く自由意志を残すことに加え幾つか条件を受け入れる事でようやく縛ることが出来た魂の持ち主。
解放者の一人。『縛り』の一つとして迷宮攻略には力を貸さないので迷宮に挑むための条件も教えない。
奈落編の裏ボス


テッタレス
種族名がハジメの職業名と同じモンスター。
奈落編の隠しボス。

感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

テッタレス

 先に動いたのはテッタレス。

 近接系戦闘職持ちの技能によくある『縮地』を思わせる速度でハジメに迫り鎌を振るう。

 

「────!」

 

 速い、が得物の間合いの関係上ハジメの少し前で止まってから攻撃動作に移ったのでハジメの速度なら回避───

 

「っ!?」

 

 直感。ハジメは後退ではなく、その場でしゃがむ。ハジメの頭上を大鎌の()が通過した。

 もしあのまま下がれば鎌の刃がハジメを襲っていただろう。

 

「とっ、ちぃ!」

 

 振り抜いた鎌を、慣性など力で無視して振り上げたテッタレスはそのまま振り下ろす。横に飛び退いたハジメが居た場所に鎌の()が突き刺さる。

 鎌の長さが変わった。間合いが掴みにくい。

 だが、此方の間合いに無理矢理にでも入れれば此方の物だ。

 

──影渡り

 

 幸いにも光量が多く影が出来ている。即座に影を通して転移しアイスタガーで斬りつけるがギィン! と金属音が鳴り響く。

 

「───!?」

『────』

 

 テッタレスが持つのは2本の短剣。柄も刀身も全てが漆黒の短剣。どこから現れた!?

 

「────!」

 

 ギギギィン! ガィン! と二人の間で火花が散る。ハジメの速度に完全に対応している。もっと速く、と『疾走』を発動しようとして、ハジメの脚を何かが貫いた。

 

「ぐ!?」

 

 動きが止まったハジメに向かって振られる短剣。ハジメは影渡りで岩の影に転移し回避すると錬成で岩を無数の槍に変え放つ。それらはテッタレスの足元から湧き出るように現れた無数の黒い棘に弾かれる。

 

「………影か」

 

 棘も、武器も、その素材はテッタレスの影のようだ。恐らく影を操るスキル。と、テッタレスがスッとハジメを………より正確にはハジメの纏う【影の衣】を指差す。

 

「───!?」

 

 オスカー戦の経験からテッタレスの指先からハジメの纏う【影の衣】に伸びた細い糸に気付き慌ててスキルを解除しようとするも消えなかった。即座に脱ぎ捨てると同時に【影の衣】の内部が黒い棘で満たされる。あのまま着ていたらアイアンメイデンも真っ青な事になっていた。と、ハジメが顔を青くする中テッタレスが接近する。武器は双剣。

 影の攻撃はテッタレスの自身の影から伸びるように行われる。近接戦に持ち込み、足元から襲うのが有効と判断したのだろう。

 ハジメは少しでも予兆を感じ取れるように【天歩】の派生スキル、空中に立つ【空力】を使い地面より少し高い位置に立つ。

 魔力は少しずつ消費されていくが影の僅かな揺らめきから攻撃を察知できる。

 下から伸びてくる影の槍を後ろに大きく飛びかわしたハジメにテッタレスは双剣を無形態に戻しすぐ様鎌に作り変え振るう。

 しゃがんで避けようにもテッタレスの影はハジメの足元まで伸び既に無数の刃の先端を生やしている。

 

──土中遊泳

 

霊気に満たされた地面です

   透過できません

 

「!?」

 

 後ろに大きく飛びそのまま壁に潜ろうとしたが、発動に失敗する。僅かな硬直。されど己の実力を凌駕してる相手には大きな隙。

 

「ぐぅ!!」

 

 大鎌の刃を逆手に構えた左のアイスタガーで受け止める。孤を描いた刃をガリガリ音を立てながら滑ったアイスタガーは柄にぶつかり、勢いの乗ったテッタレスの『筋力』をハジメの腕に伝える。

 

「──ぎっ!?」

 

 その勢いに乗り跳ぼうとすれば鎌の一部が変形して左手を貫く。変形は続く。刃が生き物の様に曲がりながらハジメの首を狙う。影渡りを使おうとしたが間に合わないと判断したハジメは腕を切り落とし回避してから移動するが、移動してすぐテッタレスの追撃、影の杭が迫る。

 ハジメは地面を錬成で隆起させ影を区切る。地面ごと上に持ち上げられた影から伸びる杭は見当違いな方向に伸びた。

 

「報酬1、状態の回復」

 

 ハジメはデイリークエストの報酬を使い傷を癒やすと壁を蹴り破片を飛ばす。破片はテッタレスに向かうも、その破片の隙間を縫うように黒い矢が迫りハジメは上に跳ぶ。

 

──アーティファクト 錬鎖

 

 オスカー特製のアーティファクトの一つ、鎖を袖口から数本飛ばすハジメ。先端が杭になっている鎖は地面に突き刺さると同時に弓を構えていたテッタレスの周囲の地面が盛り上がり鰐の顎のようにテッタレスを挟む。

 

『─────!』

 

 が、内部から破壊される。意趣返しとでも言うかのようにテッタレスの周囲で蠢く影の鎖がハジメに向かうが天歩を利用し空中移動すると背後から斬りかかる。

 鎌首をもたげた影に防がれる。

 ハジメはさきほど切り落としたことでナイフを落とした左手に魔力を込める。

 

──風爪+飛爪!

 

 爪から斬撃を飛ばす飛爪と風を纏い爪の切れ味を増す風爪の合わせ技。左手による攻撃手段など打撃だけと油断していたテッタレスを深く切り裂く。

 

『─────!』

 

 テッタレスは左腕が切り落とされ、しかし影を操り見た目だけ修復すると即座に向かってくる。ハジメは『豪脚』を使いテッタレスを蹴り飛ばし。

 そのまま地に足が付く前に猛攻を開始する。

 ハジメの本来のスタイルである速度重視の連撃ではなく、威力重視の攻撃を食らわせる。

 テッタレスの影から直接放つ攻撃は僅かな硬直がある。1秒にも満たない硬直。ハジメとてその隙を責めるのは難しい。ならば、その場に留めさせない。

 

『─────!』

 

 『速度』も『筋力』も、本来ならテッタレスがハジメに勝る。それでも押されるのは傷によるものと、気迫の差。

 

「こちとらキスが待ってんだよ。こんなところで死ねるか!」

 

 本物の腕より力と反応速度で劣る影の左腕を破壊し、右腕に風爪を叩き込む。

 

『────!!』

 

 そのまま武器を捨て、殴る。ちまちま切るより此方のほうが有効と判断した。

 テッタレスが纏うのもまた【影の衣】なのだろう。物理耐性30%。威力は3割減だが、確実に効いている。

 テッタレスはズタズタに引き裂かれた右腕を影で縛り無理矢理動す。骨組みがあるぶん左腕より操作が速い!

 

「─────!」

『─────!』

 

 両者の拳が同時に相手のほおにめり込む。仰け反る両者は、しかしすぐに大勢を立て直しテッタレスは再び短剣を構えハジメは拳を握る。

 

 

 

「ハァ───ハァ、ふう………げほ、はあぁ………」

 

 ドサリと腰を落とし大きく息を吸うハジメ。その体には無数の刺突傷や切り傷があった。

 そんなハジメの前には頭部が殴り潰されたテッタレスの死骸。死んでる、よな?

 

レベルがアップしました!

レベルがアップしました!

レベルがアップしました!

 

 死んだっぽい。ならばそろそろアイテムの光が出るか、とハジメがポーションを飲み立ち上がろうとした時だった。

 

「な………」

 

 テッタレスの死体の輪郭が溶けるように崩れ、黒い靄となりハジメを覆う。死後の呪い系統か!? と警戒するハジメが『システム』の報告を待つと

 

職業専用スキルを習得しました

 

「………あ?」

 

 転職した時のように、【職業専用スキル】を得たというメッセージが来た。

 

【スキル∶影の仕立て】

職業専用スキル

必要マナ なし

 

冥王より貴方に与えられた権限です

影を操り武器、防具などに変えられます

位階が下の【死神】の【影の衣】を

操作可能

【影の衣】作成権限

 

 これは、テッタレスが使っていた技か。ひょっとして、設定的には【影の衣】を作ったのはテッタレスだったのだろうか?

 

【スキル∶冥府の門番】

職業専用スキル

必要マナ なし

 

冥王より貴方に与えられた権限です

冥府の門を開ける権限です

冥府の門を通る際、冥府内で訪れた

場所に自由に転移できます

 

 もう一つは冥府探索に役立ちそうだ。冥府の門とはアレのことだろう。と、考え込んでいるとハジメは口の中に何か違和感を覚える。何かが口の中にあるような………?

 暫くしたら消えた。不思議に思い、口を開け鏡を取り出す。

 

「あんらこれ………」

 

 舌には『Ⅳ』と言う文字が書かれていた。




因みにハジメは【冥王の影】 ペンテ

今回の戦いで 【冥王の影】 テッタレス・ペンテ

感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅立ちと出会い

名前∶南雲 ハジメ  レベル∶56

職業∶冥王の影      疲労度∶0

称号∶竜殺し(他3)

 

HP∶17350

 ──

MP∶18760

────────────────

筋力∶600 体力∶600

速度∶600 知能∶509

感覚∶468

────────────────

   分配可能ポイント∶0

 

 約2ヶ月がたった。

 これが現在のハジメの能力値。デイリークエストの報酬は物理的戦闘に回しているほぼ肉弾戦タイプ。

 だが魔力も高く、得意な戦闘は暗殺系。

 

『【デイリークエスト】か。彼女も持ってたらなあ……』

 

 と、オスカーは言う。

 恵里もユエも戦闘経験を積み、恵里の軍勢も増やしハジメも新たなスキルを使い慣れてきた。

 因みにあれ以来冥府には向かっていない。何せ門番の強さがあれだ。神代魔法を幾つか得てから挑むという事になった。

 

「さて、お前達も準備はいいか?」

「もちろん」

「……ん」

 

 ハジメが振り返ると恵里とユエが返事をする。2人は、というかこの場の全員が黒い上着を羽織っている。デザインはそれぞれだが全てハジメが造ったものだ。つまり【影の衣】。

 やはりテッタレスが【影の衣】を造っていたという設定なのだろう。それとは別に鎧のように硬質化して纏うこともできるが此方は意識してないと影に戻るので諦めた。

 

「俺達の目的は神を殺し日本に帰ること」

「うん……」

「ん……」

『………』

「その為にはこの世界をめぐる必要がある。こんな時代だ。見たくもねえもん見るし、人を殺すかもしれねえ………それでも、俺と来るか?」

「当たり前だろ?」

「私の居場所。ハジメ達のいる所」

『僕はそもそも神殺しが目的だからね』

 

 三者三様の言葉に、そうか、と呟くハジメ。

 

「んじゃ、行くか」

 

 地上に転移し、隠された出口を抜け出て『ライセン大峡谷』に出るハジメ達。そして…………

 

「……………何だ、この女」

「ここ処刑地だから………罪人?」

「悪者?」

 

 銀髪の美少女が凶悪な魔物が群生し、魔法が使えない筈の処刑地でもあるはずの場所でスヤスヤ寝息を立ていた。

 

『…………あ』

「知り合いか、オスカー?」

『多分………いや、間違いないかな。彼女達の中でこんな行動を取るのは、彼女だけだ』

「………?」

 

 因みにオスカーは顔が骨なのでアーティファクト 黒仮面というフルフェイスマスクをつけているのだが、そのマスク越しに額を抑える。

 

「んにゅふふ〜………オー君たらまたミレディたんにメイド服きせてるの〜? えふふ〜」

「ミレディって、ミレディ・ライセンか? お前等そんな関係?」

「にゃはは。オー君の盗撮魔〜………」

「オスカー、流石にそれは………」

『やろう! ぶっ殺してやる!』

 

 

 

 ハルツィナ大樹海。

 方向感覚を狂わせる霧に加え、凶悪な魔物が住み着く危険地帯。それでもほんの数年前までは多くの人間が訪れた。

 危険で強力なぶん、樹海で手に入れた魔物の素材は高く売れるし、何より亜人の国がある。

 亜人。魔力を持たぬ神に見放された種族。獣の特徴を持った人間もどき。何をしても良いと宣言された相手に、人は驚くほど残酷になれる。

 だが、訪れたのは数年前まで。ここ数年、樹海で消息を断つ者が増えたのだ。おかげで奴隷が補充できない、今居る奴隷を不用意に減らすなととある皇女により奴隷の待遇改善が行われている。完璧とは言い難いが。

 が、亜人を壊れるまで犯したいと考える奴や希少価値が付いたとする奴隷商達は国の目を盗み樹海に侵入する。強い冒険者を雇い、亜人の奴隷を使えば大丈夫だろうと考え。

 

 

 

 

「はっ、ひ………はぁ、はぁ…………!」

 

 だが、その冒険者は必死に逃げていた。おかしい。なんで、魔物から逃げるならまだ解る。

 だが、よりによって()()()()から逃げる事になるなんて、どう考えてもおかしいだろ!

 

「クアアアアア!」

「う、うわ!?」

 

 方向感覚もつかめず、樹海の奥に来てしまったらしい。猿型の魔物が現れ男は慌てて剣を構え………魔物の首が飛んだ。

 

「あ、ああ………」

 

 周囲には何時の間にか己を取り囲む複数の影。彼等が持つナイフが鈍く輝く。

 樹海の中で、悲鳴が響く。今日もまた、樹海に挑んだ身の程知らずが消息を断った。




因みに神の使徒の強さは零基準(隕石の衝突でも戦闘続行可能)からエヒトにより強化されている。
なので原作魔王さまの開戦ブッパはほぼ意味がない

エヒトは約2ヶ月ぶりのハジメの姿にテンションバク上がりしてる。オスカーを見て更に面白がってる



感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 帝国からの使者

 時を戻す。

 ハジメがテッタレスとの死闘を勝ち抜き、恵里のお帰りのキスを受けた頃。

 勇者一行は、一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。

 道順の分からぬ未到達の階層、中ボスとも言えるベヒモスを超えた先にいた強力な魔物達。

 疲労が見え始めた勇者達に、休養を挟んだほうがいいと判断したのだ。

 それだけならホルアドに留まったのだが、新階層到達の知らせに帝国から勇者に会いたいと通達が来た。

 かつて伝説の傭兵と謳われた傭兵王へルシャーが建国した完全実力主義国家へルシャー帝国では、信仰より実益を取りたがる。そんな彼等に召喚されたばかりで実力の伴わぬ勇者達を見せれば軽んじられる可能性があった。故に、帝国があまり興味を持ってないことを幸いにと対面を延期していたのだ。

 だが、今やベヒモスを倒す事にすら成功した。ならば十分と教会も判断したのだ。

 そんな話を帰りの馬車の中で教えられながら、勇者達は王宮に到着した。

 馬車が王宮に入り全員が降車すると、王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。十歳位の金髪碧眼の美少年である。光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。

 ランデル殿下は、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ってくると、大声で叫んだ。

 

「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」

 

 もちろんこの場には、香織だけでなく他にも帰還を果たした生徒達が勢ぞろいしている。その中で、香織以外見えないという様子のランデル殿下の態度を見ればどういう感情を持っているかは容易に想像つくだろう。

 

「………………」

 

 だが、香織はあまり良い顔をしなかった。というのもこのランデル、香織の友人である恵里が落ちたと聞きある言葉を言ってしまったのだ。

 

『聞けば香織の友人は無能のせいで落ちたと聞く。勇者達の中に無能が紛れていたなど……それがわかった時点で処分していればこんな事には。余にも責任の一端がある。すまぬ!』

 

 と、恵里の死をハジメのせいにし、かつ気を引くつもりだったのか自分は香織の友人の為に権力使うよアピールしてきたのだ。ハジメ? 余の香織に男の友達がいるわけなかろう的な考えだ。

 もちろん香織達はハジメを生きていると信じている。だから我慢できた。

 

「ランデル殿下。お久しぶりでございます」

 

 だがあまり関わりたくない相手ではあるので他人行儀で接する香織に、ランデルは思わず怯む。それでも精一杯男らしい表情を作って香織にアプローチをかける。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

「お気遣いありがとうございます」

 

 もっとも香織としては子供に守られるようではいけないと考えているので、いらない気遣いだが。

 その後ランデルは光輝に噛み付いたりリリアーナがやってきて逃げていったり、光輝がリリアーナを口説いてあっさり流されたりなどとあったが、そのまま各々の部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 王都の中を、一人の女が歩く。

 男も女も、子供も老人も例外なくその女に目を奪われ時を止める。

 美しい女だ。珍しいディープバイオレットの髪を靡かせふんふんと鼻歌を歌いながら歩く。

 

「あら、美味しそうな林檎ね。一つくださる?」

「は、はい!」

「その指輪きれいね。私にちょーだい」

「ど、どうぞ!」

「あら可愛いぬいぐるみね。くださいな」

「………」

 

 彼女が欲しがれば誰も彼も全て差し出す。店の商品も恋人が買ってくれた指輪も祖母が作ってくれたぬいぐるみも。

 彼女はそれを当然の権利のように扱う。

 彼女の行動を聞き責める者はこの世界には居ない。何故なら彼女の強欲(つみ)は他でもない神に許されているのだから。

 

「──!」

 

 と、女はカフェの2階のテラスにいる少女の姿を見つけると、ニンマリ笑みを浮かべ跳び上がる。

 スキップでもするかのように軽やかに、そのままフワリと少女の対面の席に降り立つ。

 

「久し振り、雫!」

「マリィ……」

 

 少女の名は八重樫雫。勇者一行の中で聖人に目覚め、勇者一行最強の力を手にした少女。対する女はマリィ・ベギーアデ。聖人の中でも特に力を持つ七人からなる、人の持つ罪を一つ許された強欲担当。

 

「相変わらずすごい格好ね……」

「………そう?」

 

 教会に仕える女らしく頭にベールは被っているが、ウィンプルで隠していない。ミニスカだし肩だって出している。おまけに胸の谷間からへそまで大きく切り取られ、健康的でいて真っ白な肌が見えている。

 普通シスターとは露出を抑えるものではないのか? と雫が聞けば、抑えてるわよ? と不思議そうな顔でアームウォーマーを見せてきた。

 

「あ、店員ちゃんジュースお願い。それから甘いのぜーんぶ持ってきて」

「へ、えっと………」

「急いで、ね?」

「は、はい」

 

 マリィがニッコリ微笑むと店員の少女は顔を赤くして慌てて駆け出す。

 

「………そんなに食べれるの?」

「一口ずつなら」

「残ったぶんは?」

「さあ? その辺の誰かに食べさせるわ」

 

 子供のように楽しそうに笑うマリィに、思わずクラリとくる雫。

 自分にそちらの気はない。例えシスターズという非公認の謎組織が出来ていたとしても自分には絶対ない、と言い聞かせる。

 

「雫も食べる? はい、あーん♪」

 

 そう言ってケーキの一部をフォークで切り取り雫の前に持ってくる。雫が食べると、満足そうに再び自分の分も食べ始めた。

 

「相変わらず、その力の悪用をやめないのね」

「だって私の意志で発動してる訳じゃないもの。それに、貴方みたいに強い心を持てば防げるのよ? そういう意味じゃ貴方の自称妹達は凄かったわね。愛ね、素敵だわ」

 

 マリィの言葉に雫は何とも言えない顔をする。中学の頃から現れだし、高校でも結成された女子限定雫ファンクラブ『シスターズ』。またの名を妹を名乗る不審者。

 そんな連中がトータスでも湧いたのだ。

 

「全員『お姉様を誑かす雌犬がぁ』なぁんて襲ってきたから、私にしようとした事をしてあげたわ。泣いてたわね………自分がされて嫌なことを人にするなんて」

 

 「まあ私はするけどね」とマリィはケーキを食べていく。一体何をしたのだろう。

 

「それより雫、これ上げるわ」

「かわ………これは?」

 

 マリィが取り出したぬいぐるみを見て思わず女の子の部分が反応する雫。ギリギリ理性で抑え込む。彼女の事だ、何処からか無償で取ってきた可能性もある。

 

「シスターズの一人から取ってきたの。彼氏からの贈り物だったんですって。でも、人の命を奪おうとして知人数名が死んで物を盗まれるだけなんてラッキーよね?」

 

 サラリと人を殺した事を何でもないかのように言うマリィに、雫の背筋に冷たいものが走る。 

 

「雫に上げるって言ったら、『お姉様は私のような小娘と同じ趣味のはずがない!』ですって。滑稽よね、憧れるばかりで見ようともしない……」

「………彼女達が、嫌いなの? 殺したくなるほど」

「いいえ? まさか………好きよ、私は、あの子達。欲望に忠実で、望む未来を手に入れる為なら人の尊厳も命も奪えるほど強欲。ええ、ええ、仮令神が許さなくても、私が、(強欲)に誓って赦してあげる………」

「でも、殺すのね」

「汗に塗れて乱れるのも、血に塗れて乱れるのも、違いなんて無いわ。どっちも相手の体液に塗れるのだもの………彼女達が私を濡らすほど魅力的じゃなかっただけよ」

 

 この女は、違う。自分との価値観が大きくずれている。

 誰が師になるかで面談した5人の七罪で、唯一の女性だったから師に選んだが、失敗だったかもしれない。

 

「だから、ね。雫もこの後私と一緒にベッドで仲良く乱れない?」

「お断りします」

「あらそう………残念。ま、男の子ならともかく女の子じゃあ無理矢理で歪む顔は好きじゃないもの。またの機会にしておくわ……あ、貴方達このケーキ食べておいて」

 

 マリィはそう言って、名も知らぬであろう客達に己が残したケーキの処理を任せ立ち去ろうとする。そんなマリィに、雫が思い出したように声をかける。

 

「そういえば、帝国の謁見には七罪もくるの?」

 

 未だ5人しか知らぬが、残りの二人はどんな人物なのか少し気になる。

 

「行かないわよ。少なくとも私や団長と、前回不参加のあの子も………なぁに、二人が気になる?」

「…………まあ」

「とっても悪い子と、とっても強い人…………団長は化け物だから、貴方より、私より強いわよ。3()0()0()()()()()()()()、一度も敗北をしたことが無い人だもの」

 

 

 

 

 

 それから3日後。光輝達は帝国より来た使者と謁見の間にて対面していた。使者の数は6人。その誰もが、強い。最低でもメルドクラスだ。

 特に………と、雫は興味なさそうに目を閉じている女性と一見特徴のない男を見て、この二人だけは別格だと思った。

 

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

 

 かつての敗北を味わわされたベヒモスを倒せたと聞いたからか、イシュタルは誇らしげに光輝を呼ぶ。光輝もまた日々強くなっていく己に、努力の成果を感じているのか精悍な顔で前に出た。

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 

 使者は、光輝を観察するように見やると、イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの、若干、疑わしそうな眼差しを向けた。その後雫に目を向けたあたり見る目はあるのだろう。

 使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。

 その視線に居心地悪そうに身じろぎしながら、光輝が答えにつまる。何せ自分はベヒモス相手に何もしていないのだ。

 

「えっと、ではお話しましょうか? どのように倒したかとか。あっ、六十六層のマップを見せるとかどうでしょう?」

 

 光輝は信じてもらおうと色々提案するが、使者はあっさり首を振りニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛の一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

「えっと、俺は構いませんが……」

 

 光輝は若干戸惑ったようにエリヒドを振り返る。エリヒドは光輝の視線を受けてイシュタルに確認を取る。どう在ってもこの場の最大権力者は王ではなく教皇なのだ。

 イシュタルは頷いた。神威をもって帝国に光輝を人間族のリーダーとして認めさせることは簡単だが、完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには、実際戦ってもらうのが手っ取り早いと判断したのだ。

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

 

 こうして急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定したのだった。

 

「………すいません」

 

 と、移動中目を閉じた女性が話しかけてきた。改めて見ると、美しい女性だ。これまであった誰よりも綺麗な顔立ちをしている。首の後ろで整えられた短い髪が陽光を浴び輝いている。

 

「………何か?」

「その剣、見たことのない作りですが………もしや勇者殿達の国の?」

「………はい」

「ええ、そうですよ。南雲ハジメと言って、たたかう力が無いことを言い訳に、訓練もサボるようなやつでしたが」

 

 と、光輝も勝手に答える。自分の中で出来た価値観で。雫達が顔を顰めるのも気付かず「雫も、あんなやつの武器を使ってあげるなんて優しいな」などと言ってる中、女性は「戦闘要員ではないのですね」と呟いた。

 

「………だったら、何だと言うんです?」

 

 もしやこの女も神の使徒なのに戦わぬとは、なんて言うつもりかと警戒する雫に香織、そして鈴。

 

「その剣の製作者、私にください」

「…………あ?」




マリィ・ベギーアデ
七罪『強欲』
固有魔法《魅了》 派生元∶魂魄魔法

 制御の効かない魅了で従順になった相手からむしろ開き直って色々献上させる。魅了がなくても10人中10人が振り返るレベルの美人。
 様々な魔法適性を持ち魔法陣無しで魔法も使えるし身体強化の練度も高い。自身に惚れ込んだ戦士達から門外不出の技すら教えさせそれを覚える才覚を持つ。
 また、隠している魔法がある模様。
 男女何方でもイケて強い相手が好き。男は無理矢理、女は同意が趣味。寝取りは好きではないが真に愛しているなら自分如きに惑わされぬと魅了が聞いた相手の恋人の恨み言を一蹴する。そもそもその恋人ごと惚れられることがほとんどだが。
 現在は雫の師をしておりよくベッドに誘う。
 意外と戦闘狂。


 感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 帝国と勇者

アルトリアキャスター爆死した


 鞘に収まった剣を見て欲しがると言うのはどういう事か。

 鞘の中にある剣の形を予測できるのか?

 いや、それはどうでも良い。今この女は、何といった?

 自分でも予想外なほど反射的に低い声を出した雫に、鈴がひえ、と慄いた。

 

「それは、どういう意味でしょうか…………」

「言った通り………」

「つきました」

 

 雫の問いかけに女が応えようとしたが、その前に案内の言葉が響く。

 開けた場所といえば、まあ訓練場だろう。

 帝国側と王国、教会側に分かれ、話は一旦終わる。

 光輝の相手は使者の護衛の一人のようだ。なんとも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。

 刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。構えらしい構えもとっていなかった。何なら欠伸までしている。

 光輝は、舐められているのかと顔を顰める。最初の一撃で度肝を抜いてやれば真面目にやるだろうと、最初の一撃は割かし本気で打ち込むことにした。

 

「いきます!」

 

 【縮地】を使い高速接近し、唐竹割の要領で振り下ろす。並の兵士では反応できない速度だ。光輝は寸止めする為に速度を緩め…………

 

「ガキが」

「ガフッ!?」

 

 護衛が振り上げた剣に吹き飛ばされる。鎧越しに腹に当たり、それでも衝撃が内臓を揺らし吐き気が襲う。護衛は掲げた剣をまた力を抜いた自然な体勢で構えている。そう、先ほどの攻撃も動きがあまりに自然すぎて危機感が働かず反応できなかったのである。

 

「はぁ~、おいおい、勇者ってのはこんなもんか? まるでなっちゃいねぇ。やる気あんのか?」

 

 平凡な見た目にそぐわぬ乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。その表情には失望が浮かんでいた。

 確かに、光輝は護衛を見た目で判断して無造作に正面から突っ込んでいき、あっさり返り討ちにあったというのが現在の構図だ。光輝は相手を舐めていたのは自分の方であったと自覚し、怒りを抱いた。今度は自分に向けて。

 

「すみませんでした。もう一度、お願いします」

「やだね………」

「えっ……」

「今の一撃でお前の底は知れた。時間の無駄だ」

 

 護衛はそう言うと剣を納め踵を返す。もうやる気はないと明らかに言っているような態度だ。

 

「ま、待ってください! 俺は、まだ本気を出してません!」

「そうですな。勇者の力は本来悪しき者に振るわれるもの。人間相手には多少手加減してしまったのでしょう」

 

 光輝の言葉を肯定するかのようにイシュタルも付け足すと、護衛はイシュタルを胡散臭げに睨みふん、と鼻を鳴らす。

 

「なら勇者殿、賭けをしないか?」

「賭け、ですか?」

「そちらが勝てば戦場でてめえが矢面に立つのを認めてやる。そっちが負けりゃ、俺達帝国は少なくともお前等が魔人共を疲弊させきるまで動かねえ」

「「「────!?」」」

 

 暗に勇者達が魔人族との戦争で死ぬまで戦争に参加しない。そう言った。しかも勇者達が命を賭しても魔人族には勝てないと言い切った。

 

「貴方は! 解っているんですか!? この戦争は、人類の未来の………!」

「人類の、未来ねえ。あのなぁガキ………魔人族との戦争が本気で人類の窮地だとでも? んなもん『傲慢』が動きゃすぐ終わる。戦場に出た全ての命を殺し尽くしてな」

「傲……慢?」

「なんだ。やっぱり勇者相手にも顔見せすらしてねえのか。まあ、彼奴こそ誰より『怠惰』でもあるからな…………いや、単に虫けらに興味ねだけか」

 

 聞き覚えのない単語に困惑する光輝を見て、護衛は目の前の光輝などもはやどうでも良さそうにこの場にいない誰かに苛立つ。

 

「ところでお前、人間じゃ相手にならん程の身体能力だが、少々素直すぎるな。元々、戦いとは無縁か?」

「えっ? えっと、はい、そうです。俺は元々ただの学生ですから」

 

 「それが今や神の使徒か」と護衛はイシュタル達を睨む。

 

「そもそもお前は、他所の世界の住人だろうが。それがこの世界の為にぃってか? 冗談も休み休み言え」

「冗談なんかじゃありません!」

 

 自分は本気だ。本気でこの世界の人達を、苦しむ人達を救うつもりだ。命だって賭ける覚悟はある。それを、救うべき人に偽りと言われ光輝は叫んだ。

 

「俺は必ず、この世界の人間を救います」

 

 その姿は、ああ何と眩しいことか。これまで自分がやり遂げたことが自信になっているのだろう。何処までも眩しく、輝かしい栄光を歩む者のオーラを纏っていた。だが──

 

「……………ああ?」

 

 護衛は青筋を浮かべ振り返る。光輝は思わず後退る。

 

「良いだろう、賭けはいらねえ。続きをしてやる」

「あ、ありがとうございます」

「礼は、その命で払え」

「え──」

 

 護衛が一気に接近する。速い!

 目で追うのもやっとの攻撃に、光輝は確かに死の恐怖を感じ取る。

 

「っ!!」

 

 光輝の身体を純白の光が覆う。限界突破と言う、一時的に全ステータスを三倍に引き上げてくれるという、ピンチの時に覚醒する主人公らしい技能である。

 だが、咄嗟にガードしようと構えた剣は弾き飛ばされる。

 

「……………」

「────っ!!」

 

 護衛の掌に炎が灯る。詠唱は、ない。無詠唱………魔力操作持ちの、聖人!

 炎が放たれる。光輝の頭上に。外したわけではない。光輝が無様に転んだだけだ。倒れた光輝の顔に落とされる足。体を転がし躱せば石畳が砕け散る。

 

「おらどうしたクソガキ。さっきと何が変わった?」

「お、俺は、魔力操作を持ってません! それに、貴方が聖人だと知ってたら!」

「知ってたら対処出来るとでも? はっ、なめられたもんだ。それに、魔力操作を持ってねえだぁ? おいおい、お前ら神が寄越した使徒なんだろうが。まさか魔人族相手に『僕は魔力操作持ってないから身体強化せず詠唱唱えて来てください』って頼み込むつもりか?」

 

 魔人族は魔力に優れた者達が生まれる。だからか、基本的に魔力は安定し魔力操作持ちは生まれにくい。生まれにくいが、居ないわけではない。

 そいつら全員に自分に合わせて弱くなれとでも言う気なのだろうか、この男は。

 

「その程度の人間が、この世界の人間を救う? その程度の人間に、この世界の人間が救われる? そんなに弱そうか? 俺達は? …………人間(俺達)をなめんな、クソガキ」

 

 護衛が再び接近する。イシュタルが慌てて発動した光の壁もあっさり砕かれる。

 

「う、うわあああああ!!」

 

 今度こそ、死ぬ! 光輝にできる事など最早叫ぶだけ。斬られる! そう思った瞬間光輝と護衛の間に金色の軌跡が割り込む。

 

「そこまでです」

 

 目を閉じた女性が持つ細く鋭い剣が護衛の剣を僅かに切り裂き止めていた。護衛はそれを見て、チッと舌打ちした。

 

「……ガハルド殿もお戯れが過ぎますぞ?」

「……チッ、バレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」

 

 イシュタルに〝ガハルド殿〟と呼ばれた護衛が、周囲に聞こえないくらいの声量で悪態をつく。そして、興が削がれたように肩を竦め剣を納めると、右の耳にしていたイヤリングを取った。

 すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。

 四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

 その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」

 

 そう、この男、何を隠そうヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人である。まさかの勇者と戦っているのが同盟国のトップという事態に、エリヒド陛下が眉間を揉みほぐしながら尋ねた。

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」 

 

 謝罪すると言いながら全く悪びれた様子がないガハルド。エリヒドははぁ、とため息を吐く。フットワークが軽いこの皇帝はこういったサプライズを良くするのだ。

 

「…………()()()?」

「───っ!」

 

 が、女性のたった一つの単語ビクリと震える。

 

「あー………改めて申し訳ないエリヒド殿。俺が来たことで今夜のパーティーも改めなくてはならないと思っているだろうがその必要はない。こちらの落ち度だ」

「あ、うむ………」

 

 光輝は自分を助けてくれた女性を見る。雫や香織にも劣らぬ、あるいは凌駕している美女だ。光輝の周りには居なかった、大人の女性。

 

「あ、あの……」

「時に……」

 

 光輝が何かを語る前に女性は雫に目を向ける。いや、目を閉じてるから顔か。

 

「お父様がしたように、我々も賭けをしませんか?」

「賭け、とは?」

「その剣の製作者。南雲ハジメを私にください」

 

 なぜこのタイミング彼の名が出るのが解らぬ光輝はえ? と間の抜けな声を出す。雫は眉をしかめる。

 

「彼は、今ここにはいません」

「? 豊穣の女神の方へ?」

「そういう訳では………」

「ふむ………」

 

 ほんの少しだけ目を開いた女性は、納得したように頷く。

 

「そういう事でしたら、私が見つけ、帝国に連れ帰りましょう。どうやら貴方の専属鍛冶師ではないようですし」

「──っ。 解りました」

「?」

「貴方が勝てば、ハジメに貴方の剣を造らせましょう。私が勝てば、貴方の権限全てを用いて彼を探し、見つけ次第私に教えて下さい」

 

 スラリと『冥雲』を抜きながら前に出る雫に、光輝は困惑する。

 

「し、雫? 何を言ってるだ。南雲はもう………貴方も、どうして南雲なんかを」

「光輝、邪魔。どいて」

「勇者殿。邪魔です」

 

 にべもなくあしらわれる光輝は困惑しながらも、雫のオーラを見て危険と判断したのか龍太郎に引きずらていく。

 

「ところで、お父様って」

「ああ、自己紹介がまだでしたね。私はエリーゼ・D・へルシャー。帝国の第3皇女です」

 

 つまり、殆どが聖人と呼ばれる魔力操作持ちで生まれる皇族の、歴代最強。

 勇者一行最強の女と、帝国最強の女が、本人の預かり知らぬところで本人の所有権をかけた戦いを始めた。




因みに熱心な信者の多いハイリヒ王国では聖人が生まれると教会に速攻で渡される。なので実は戦争になったら帝国が余裕勝ちする
が、帝国は初代へルシャーより教会最強の男が動けば覚悟も誇りも無為に返された上、戦場ごと国が滅ぶと言われ教会に近いハイリヒ王国に手を出せないでいる


感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間 帝国最強と勇者一行最強

福袋ガチャでマイフレンドが7人来た。ロムルスより驚いた


 対峙する雫とエリーゼ。

 雫の得物は無銘『冥雲』。エリーゼが構えるのは細い剣だ。

 

「…………?」

 

 既視感。

 エリーゼの構えを見て、雫は何処か懐かしい感覚を覚える。剣の構えといえば同門の光輝はどうかと見れば特に気づいた様子はない。

 

「…………やはり」

「っ………」

 

 と、エリーゼが声をかけてきたので意識を戻す。模擬戦とはいえ相手から意識を割いてしまった事を反省する。

 

「似ていますね」

「………? …………!」

 

 その言葉に、気づく。既視感の正体。

 エリーゼの構えは、似てるのだ。日本の剣道家………いや、どちらかと言うなら剣術家か?

 刀を扱う前提、重さで斬るのではなく、斬れ味で斬る構えに良く似ている。

 

「行きます」

 

 その言葉と同時にエリーゼが踏み込む。魔力の流れは感じなかった。純粋なる体術。だが、速い。

 振り下ろされた剣はまっすぐ刃が立てられており、雫は『冥雲』の刃を立て受け止める。

 刀は横からの衝撃に弱い。この世界にしかない素材で作られた『冥雲』は横からの力にもある程度耐えるが、エリーゼの力を横から受けるべきでは無いと判断。

 そのまま数合打ち合う。剣戟の音が響き、受けきれなかった剣に皮膚を浅く切り裂かれる。しかしそれは雫のみだ。

 

「───っ」

 

 強い。

 技術、基礎能力、精神力。その全てが雫を上回る。七罪を前にしたかのような圧迫感。これが帝国最強の聖人。

 

「貴女は、違いますね」

「?」

「基礎は、2ヶ月以上前からあったものです。他の勇者の仲間達とは違う」

「………基礎なら、光輝にもあったはずよ」

「ええ。ですが、あれは心構えがまるで出来ていない。あれでは基礎を実践で活かせるわけもなく………活かせないのならば無いも同然です」

 

 皇帝と言い皇女と言い、どうやら帝国にとって世界を救う勇者の評価は低いらしい。

 

「さて、それではそろそろ」

「ええ……」

「「聖人らしく、戦うとしましょう」」

 

 瞬間、両者から魔力が暴風となって吹き荒れる。それもすぐにやんだ。活性化した魔力は両者の内にて練られ、身体能力を底上げする。

 

「───!」

「…………」

 

 次の瞬間二人が消えた。

 少なくともその場にいる者達はガハルドを除き、そうとしか判断できなかった。

 剣戟の音が響く。時折残像が見えるばかりで二人の姿は捉えられず、火花と砂埃が舞うばかり。

 

──八重樫流 山嵐

 

「───っ」

 

 鞘と刀を瞬時に持ち替えるフェイントにも、あっさり反応するエリーゼ。漸く二人の剣戟が一旦止まる。お互いに距離を取り、エリーゼは己の剣に顔を向けた後雫に向ける。

 やはり、強い。恐らく本気を出していない。

 雫が互角に戦えているのは彼女の手加減と、我流ゆえの僅かな拙さ、そして彼女の理想とする戦い方に剣があっていないゆえだ。なるほど、ハジメを欲しがる訳だ。理由は解った。だが、絶対に渡すつもりはない。

 

「………貴女の剣」

「?」

「やはり、私の理想通りです。それを扱う、あなたの技もまた」

 

 そう言ってエリーゼは………()()()()

 

「───!?」

 

 その目に見つめられ、全てを見透かされるような感覚を覚える皮膚が泡立つ。

 空を思わせる蒼い瞳はまっすぐ雫を捉え、しかしすぐに閉じる。

 

「……目を、開けないの?」

「ええ。この目は、()()()()()()()()

 

 そう言って再び剣を構えるエリーゼに、先程以上の既視感。

 

──八重樫流 流水落葉

 

 水流れるが如く緩やかでいて、しかし速い接近。そこから放たれる一撃を()()()()()()()()()()

 

「───!?」

 

 エリーゼが使ったのは、間違いなく八重樫流刀術。

 驚愕するも見知った技故にギリギリで反応し防ぐ。地面を擦りながら勢いを殺した雫の前で、エリーゼは軽く剣を振るっていた。感覚を確かめるように。

 

「今のは………」

「私の目は、少し特殊でして。この目にはあらゆる情報が入ってくるんです」

「情報?」

「ええ。薄目にしても構成する物質、用途………その剣が私にとって理想的だと判断できたのもこの目のおかげです。ですが、完全に開くと見えすぎる………体格、体脂肪、体重、身長、体温は勿論血管の枝分かれの数から、その人がこれまで歩んできた過去まで見えてしまう。だから、貴女の剣を、学ばせて頂きました」

 

 それこそエリーゼの持つ異能。エリーゼの前で人は隠し事を行えない。戦士であればこれまで学んできた技術を盗まれる。

 勿論、()()()()なのだから完璧とは言い難い。エリーゼの才能を持ってして、再現率は8割といったところだろう。だが、なれてくる。

 雫はふー、と細く息を吐き刀を鞘に収める。

 

「…………その構えは知ってます。ですが、敢えて使いません」

 

 そう言いつつエリーゼも剣を鞘に収める。だが、違う。似てるが、雫の構えとは異なる。2人は良く似た、しかし異なる構えのまま、同時に踏み出す。

 

──八重樫流抜刀 疾風之舞

 

──我流抜剣術 空切笛

 

 ヒュッ、という刀が空を斬る音と、ピュウという剣が空を斬る笛のような音が一瞬だけ響き、ぶつかり合う。

 

「「────っ!!」」

 

 パキャァン! という高い音が響き鉄の破片が舞う。

 

「…………っ」

「武器に、救われましたね………」

 

 雫とエリーゼは短くなった己の得物を見つつ、エリーゼは残った刃を鞘に収めながら言う。雫は悔しそうに俯いた。

 冥雲はハジメが雫の為に造ってくれた刀だ。雫以上に使いこなせる者など居ないと思っていたし、事実同じ八重樫流の光輝でも十全に使いこなせなかったろう。

 だが、もしエリーゼが冥雲を持っていたなら、言い訳のしようもなく負けていた。ステータスの差なんてものではない。エリーゼは本気を出さず、雫に合わせていた。

 

「いい経験になりました。感謝を………今回は、引き分けで構いません。なので、私も好きにやらさせてもらいます」

「ええ………」

 

 頭を下げてきたエリーゼに雫も頭を下げ皆の所に戻る。悔しそうに唇を噛み締める雫に、香織も鈴も話しかけられない。話しかけるのは、空気を読めない我等が勇者!

 

「雫、気にする事はない。南雲の造った武器のせいで、君が負けたわけじゃない」

「……………黙れ」

 

 一応、ハジメが刀を造る工程をみていた錬成師達は居るらしい。そのうち何人かはハジメの足を舐め技術を学ぼうと王都で逃走劇を繰り広げたらしい。

 似たようなのを造っているし、雫も見せてもらった事はあるが、満足の行く代物はなかった。それでも王国のアーティファクトよりは使えるはずだ。

 

「……………っ」

 

 だが、『冥雲』の代わりにはとてもなりえない。性能的にも、雫の心情的にも。

 

 

 

 

 

「………………」

「……………」

「……………………」

 

 翌日、リリアーナは気まずい気分を味わっていた。昨日、ハジメからもらった剣が折れてしまった雫が落ち込み普段している早朝訓練も行っていないようだったから元気づけようとお茶に誘ったのだが、途中出会ったエリーゼが製作者であるハジメについて教えて欲しいと言い出しお茶会に参加。

 そして、無言の時間が続く。

 

「………エ、エリーゼ様は、お強いんですね。噂通りです」

「様は結構。どちらも、同盟国のトップの娘に過ぎません」

 

 それはそうだが帝国の皇族と王国の王族では単身ではまるで別物だろうと思う。

 

「………あ、あの、雫」

「何?」

「え、えっと………」

 

 エリーゼがいる状況で、負けたことを持ち出すことも出来ずリリアーナはちょっと泣きたくなってきた。

 

「…………南雲ハジメとは、どんな人物ですか?」

「とても、強い人よ」

「ほう………」

 

 強い人間と聞きエリーゼは興味を示す。その辺りは実力主義の帝国人らしい。

 雫はふぅ、と息を吐いてから、南雲ハジメという人物について話し出す。

 刀術や体術こそ学んでいないものの、祖父の弟子であり同門とも言える間柄であったこと。日本刀に関しては彼も漫画や祖父からの知識だけで造ったのはこの世界で初めてとのこと。ベヒモスを圧倒できるだけの力を持ち、しかし不死身となったベヒモスとの戦闘の際、奈落へ落ちてしまったこと。

 

「私の過去を見ればわかるんじゃないの?」

「見えすぎて疲れますので」

 

 一度目にすれば問答無用でその存在の情報が叩き込まれるエリーゼ。実は人の顔をまともに見れた事はない。

 

「しかしなるほど。その人は貴女を良く知っていたからこそ、貴女にあった剣………刀、でしたか? 刀を打てたと」

 

 となれば全く他人の自分の刀を打ってもらうのは難しいだろうか?

 

「まずは私を良く知ってもらわなくては」

「…………」

 

 この人は天然なのだろうか。

 何となく毒気も抜かれ、他愛ない会話をする3人。それを、遠くから眺める者がいた。

 

 

 

「雫ってば、あんな顔もするのねえ」

 

 魔力で強化された視界や聴覚で3人の会話を覗くのはマリィ。負けて落ち込んだ雫を慰めようと探していたのだがまさかエリーゼと普通に話しているとは。

 しかし、南雲ハジメについて話す時の雫の表情。自分は見たことがない。自分の前ではしたことが無い。

 

「……………」

 

 クルクルと髪を指に絡めるマリィは、気づけば半眼になっており、そんな自分の行動に気づき少し驚く。

 

「妬いてるのかしら? 私ったら。やだやだ、らしくない………何時だって強欲に、好き勝手。それが私でしょうに………でも、南雲ハジメ、かぁ」

 

 ベヒモス程度………否、()()()()()()なら七罪誰もが踏破可能だ。100層より先には6つの文様がある扉があり、その先は進めなかった。

 七罪の威信を示す事の出来る情報ではあるが、教会は敢えて発表しなかった。あれは恐らく扉を知られる事を嫌ったのだろう。

 

「あの扉の向こう、何があるのかしらね?」

 

 オルクスの階層ごとの魔物の強さの変化を考えれば、彼処から先はベヒモスクラスのモンスターがうじゃうじゃといるだろう。そこを超えた人間は、少なくとも聖人の中でもトップクラスの実力を持つ者と並ぶ。

 

「良いわ、良いわ。興味湧いてきちゃった。雫には悪いけど、私が先に見つけて、摘み食いしちゃおうかしら?」

 

 ペロリと赤い舌が唇を舐め、獰猛な笑みを浮かべるマリィ。人類最強の一角達が、南雲ハジメに目を付けた。

 

 

 

 

 帝国の使者達が帰る日。

 エリーゼとの確執もなくなり調子を取り戻した雫は、城仕えの錬成師達の作品であるムラクモを振るう。

 

「ほ〜う………」

 

 そんな雫を見て興味深そうに声を出す者がいた。

 

「………どうも、ガハルド陛下」

「おう。加減してるとはいえエリーゼと互角に戦う女が剣を振ってるからな、ちょいと見学させてもらったぜ」

 

 気配を消し見ていた事を悪びれる様子もなく軽快に笑うガハルド。

 

「うちに来ねえか? エリーゼにお前の剣を教えてやってくれよ」

「彼女なら、私から見た技を直ぐにものにするでしょう」

 

 勇者一行に対する勧誘。教会に喧嘩を売りかねない行為を、雫はあっさり流す。

 

「そのような事をして、『傲慢』は動かないのですか?」

「ああ、動かねえよ。言っちゃ悪いが、彼奴からしたら帝国がお前程度を引き入れたって、興味も持たねえ。虫の巣に虫が一匹増えたところで気にする奴なんていねえだろ?」

 

 この男は、プライドが高いのだと思っていた。少なくとも光輝に救うなどと言われキれる程度には己の実力を下に見られるのを嫌っていた。その彼が、虫扱いを認める『傲慢』………一体、どれほどの実力者なのか。

 

「雫! ここに居たのか………皇帝陛下?」

 

 と、雫を探していたのか光輝がやってくる。大方早朝訓練に付き合うよ、とでも言う気だったのだろう。ガハルドの姿を見て少しだけ驚く。

 

「……………」

 

 そんな光輝の様子から雫とはそれなりに付き合いが長いのだろうと判断したガハルドは、あることを提案する。

 

「雫、俺の愛人にならねえか?」

「はい?」

「なっ!?」

 

 ガハルドの言葉に雫は首を傾げ、そういえばエリーゼからガハルドが自分を気に入っていると聞いていたことを思い出す。

 

「ガハルド皇帝陛下。それは流石に冗談が過ぎると思います」

「ああ? 冗談? 俺は本気だぜ。エリーゼと彼処まで戦えて、その上美人で聖人と来た。これで誘わなきゃ皇族の名折れだ。そもそもだ、なんで小僧が口を挟む?」

「雫は俺の大切な仲間で幼馴染です、口を挟むのは当然の事かと」

「は、幼馴染ぃ? 要は付き合いが長いだけの他人だろうが。そんな奴が雫の未来を決めると?」

 

 ふん、と鼻を鳴らすガハルド。

 その反応に光輝はムッと顔をしかめる。なまじ顔が良い分、ああ、まるでか弱い乙女を守る騎士のようだ。姫のほうが騎士より強いし迷惑そうな顔をしているが。

 しかし、気に入らない。自分がこうして間に割って入ったんだからとっとと失せるのが当たり前だと言わんばかりの顔。自分が何かすればそれだけで解決すると思っているのか? 雑魚のくせに傲慢な。

 『傲慢』はいい。ムカつくがそれだけの実力を持つ。目の前のこいつは違う。

 

「光輝、良いわ」

「だけど雫………!」

 

 雫は光輝の横を通り抜け前に出る。

 

「折角のお誘いですが、お断りいたします」

 

 雫の言葉に光輝は安堵の表情を浮かべる。

 

「…………そうか、まぁ、焦らんさ」

 

 ガハルドはふっ、と不敵に笑うと、去り際に光輝を見る。弱いくせに守っているつもりの騎士気取り。ふん、とガハルドが鼻で笑うと、光輝は顔を顰める。

 光輝はこの男とは絶対に馬が合わないと感じ、しばらく不機嫌だった。




おまけ

帰国中のエリーゼ

(そういえば、家族以外で呼び捨てで呼び合うのは初めてでしたね)

 何せ皇族であり聖人であり歴代最強。そんな彼女に気軽に話しかける者など今まで居なかった。
 だが、今回姫と勇者一行という、身分が近い二人の知り合いができた。

「っ………まさか、これは…………私に友人が出来た?」

 エリーゼ・D・ヘルシャー。これまで友人と呼べる人数、0。



エリーゼ・D・へルシャー

帝国第3皇女。
固有魔法《鑑定眼》 派生元∶昇華、魂魄の複合

 他人の思考や肉体情報、過去の経歴まで全て見える特殊な目を持っているがゆえに普段は目を閉じている。
 その性質から魔人、亜人を問わず人間であると見ており樹海から亜人を攫えなくなったのを幸いとし亜人の数を減らすだけの現状を改善。奴隷である事は変わらないが無闇な暴力や理不尽な遊びをやめさせた。
 剣の重さで斬るのではなく斬れ味を活かした戦い方を好み、自身の戦闘スタイルの理想系と言える刀に興味を持ち製作者であるハジメを探す。実は友達がいない。

感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第ニ章
ライセン大峡谷と残念美少女


 祈りが聞こえる。願いが聞こえる。

 救いを求める。平和を求める。敵の死を求め、己の正義の肯定を求める。

 知らぬ知らぬ知らぬ。黙っていろ。我が興味あるのは一人だけ。我の心を動かすのは一人だけだ。

 神の言葉などなくても勝手に納得するだろう貴様等は。

 訪れた幸福に神の祝福という名を与え己こそ善とし、降りかかる不幸を神の仕業だと我こそ悪とする。

 もう飽いた。貴様等の相手はうんざりだ。

 

 

 

 

 場所は移り、ライセン大峡谷という処刑地。

 

「……………?」

「どうしたの、ハジメ」

「いや………気のせいだ」

 

 ハジメは誰かに見られたような気がして周囲の気配を探るがモンスターか自分達以外何もいない。あくまで僅かな違和感を感じただけだったし、気のせいだったかと首を傾げるハジメは改めてオスカーに鎖で雁字搦めにされている銀髪の美少女を見る。

 

「あいだだだ!? オー君ちょっと、この鎖微妙に棘生えてない!? フェアちゃんそういうプレイはちょっと! リューちゃんじゃないんだから!」

『黙れポンコツ! 勝手に人で変な夢を見るな!』

 

 涙目で抗議する銀髪の美少女。フェアというのだろうか? オスカーの知り合いらしい。数千の時を過ごしたオスカーの………人では無いのか、オスカー同様特殊な方法で生き延びているのか。

 

「オスカー、そいつは?」

『おっと、すまない………』

 

 ハジメの言葉にはっとし鎖を解く。銀髪の美少女はふへ〜、ため息を吐きハジメを見て親指をグッと立ててきた。ウザい。

 

『彼女は………』

「おっと、自己紹介ならフェアちゃんがするぜ? はっじめまして! フェアちゃんはフェアレーター! フェアたんって気軽に呼んでね♪」

 

 神が作ったが如き美貌で満面の笑みを浮かべ、片手を腰に、片手をピースサインを作り目元に添えるフェアレーターと名乗った少女。

 完璧なポーズだ。完璧すぎてイラッと来た。

 

「…………オスカー、こいつは?」

『元神の使徒………』

 

 オスカー曰く、エヒトは己の部下として魅了能力を持った使徒を世界各地に散りばめていたらしい。

 神の使徒は数字持ち(ツイファー)と言う数字を与えられた個体から、数が不明の量産個体まで居るらしい。この量産個体は情報共有能力があり、そこから神の使徒全てを奪えないかと解放者達が魂に干渉する魂魄魔法、生命に干渉する変成魔法、境界に干渉する空間魔法、それら全てを強化する昇華魔法を行い当時の解放者リーダーミレディの思考パターンを植え付けた。

 

「その結果が、これか………」

「イェ〜イ!」

 

 きゃぴるるん、と擬音が聞こえてきそうなポーズを取るフェアレーターを見ながら呟くハジメに、オスカーは疲れたように黒仮面の額を押さえる。

 

「でもでもまさかオー君に会えるとは思ってなかったよ」

『僕も、君が残されていたとはね………』

 

 結果的に一体の乗っ取りには成功したが、直ぐに切り離された。そのまま解放者の仲間として行動していたのだが、解放者敗北後破壊されたか初期化されたかと思っていた。

 

「フェアちゃんも彼奴が何考えてるかさっぱりだね〜。300年くらい前に器候補が見つかったって喜んでたけど、その後もっと楽しい事が起きたのかその話題はすぐ終わったけど」

「器?」

「エヒトは体を持たないんだよ。なまじ魂としての格が高い分世界の修正力というか抵抗力をもろに受けちゃうの。だから器が必要なんだ」

「………300年前…………まさかそれって、吸血鬼か?」

「………え」

「あー、確かにそんな話もしてたような?」

 

 その間はずっと封印されていて情報は疎らに入ってくるばかり。詳しくは知らぬというフェアレーターだが、ユエが生まれた300年前、神の真実を知り姪を殺す手段がありながら殺さなかった叔父、偶然にしては出来すぎている。

 ユエもその事に気付いたのか顔を青く、むしろ真っ白にしている。

 

「なら、叔父様は? 私は、どうして………」

「因みにフェアちゃん達も本来は器として作られたんだよね〜」

「ん? てことはエヒトって女神なのか?」

 

 ユエの身体を狙い、器候補の使徒を女として創る。性別など長く体もなく存在していればどうでも良くなりそうだが、使徒を創ったばかりの時点では肉体を失ったばかりだろうし。

 

「もしくは………オカマ?」

「その可能性もあるか」

 

 オスカーは思う。この世界を何万年と苦しめている奴がオカマとか絶対嫌だと。

 

「所でオー君、この人達は?」

『「プレイヤー」と、その仲間達だ』

「『プレイヤー』!?」

 

 オスカーの言葉にフェアレーターは目を見開きハジメに詰め寄る。

 

「その『プレイヤー』がオー君といるってことは」

「まあ、神殺しが目的だな」

「〜〜〜っ! ありがとう!」

「「────っ!?」」

 

 涙を浮かべハジメに抱きつくフェアレーターに恵里とユエが反応する。そんな二人の様子に気付かないフェアレーターは「よ〜しおばあちゃんがキスしたる」と口を近づけたがハジメの膂力に剥がされた。

 

「それでオスカー、こいつ使えるのか?」

『まあ、元神の使徒だからね。僕とナイズの合わせ技で隕石もどきをやったけど戦闘続行可能だったし、初めての勝利は強化した当時のミレディが魔力使い切るレベルで行った魔法だったから………』

 

 通常兵器では刃が立ちそうにない。銃弾一つ一つに貫通系の魔法を付与したほうが良い気がしてきた。

 

「更に言えば強化されてるからね〜。オー君達もあの時よりずっと強いとはいえ、最近じゃオー君達をどう皮肉ったのか知らないけど『開放者』なんてのを作ったらしいし」

「? どう皮肉ったって………ああ」

 

 ハジメ達からすれば解りやすい皮肉だったが、考えて見ればここでは言語が異なる。『解放』と『開放』は自動的に翻訳されるハジメには同じ音に聞こえただけだ。改めて単語単語を詳しく聞けば聞き覚えがないはずなのに意味がわかる全く別の言葉が聞こえる。

 

「………ん?」

 

 つまり、エヒトはわざわざ日本語に合わせてきた?

 

「因みに何を開放されたんだ?」

「フェアちゃん達って反逆を起こさないように脳に情動抑制というか、一定以上の感情の高ぶりを脳が認識しないように出来てるんだよ」

 

 それこそ感情という流れを塞き止めるように、と己の頭を指差すフェアレーター。

 

「その情動抑制機能の蓋を外されたのが『開放者』………詳しいことは、フェアちゃんも分かんない」

 

 封印されてたしね〜、と肩をすくめるフェアレーター。そもそも何が目的で封印が解かれたのかも謎なようだ。

 

(タイミングや日本語に合わせた事を考えるに、俺達異世界組が関わってんだろう。なら、()が……まあ、俺だろうなぁ)

 

 解放者に『プレイヤー』が居たのなら当然エヒトも知っているはず。つまりエヒトはハジメを意識しているということ。いずれ何らかの接触があるかもしれない。

 

「まあ良いさ。とにかく各迷宮巡って神代魔法を手に入れる。それが優先事項だ」

「お〜………ところでオー君、試練の内容とか迷宮に入る条件とか教えるのはありかな?」

『そういうのは、きちんと自分でやるべきだと思う。彼が「プレイヤー」とはいえ、()()()()()()は、間違いなく恩恵を与える何者かの領域に近い』

「確かに。ヒーちゃんも()()()()()()持ってなかったのにあれだったしね………試練はきちんとやったほうが良いか」

「………………………」

 

 もちろん全部聞こえている。話からして迷宮に入るには条件があるものもあるらしい。

 

「ところでオー君なんでマスクの上から眼鏡をかけてるの?」

『僕のトレードマークだからね』




フェアレーター
所属∶解放者(元神の使徒)

量産型神の使徒の内一体で情報共有能力を通して神の使徒を乗っ取る予定だったが先に対応され結果として一体だけになった反逆の使徒。
ミレディの精神がモデルになっておりテンションが高い。情動抑制機能が壊れている
過去昇華魔法で何度も強化されており隕石にぶつかってもびくともしない


感想お待ちしております



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盗賊と兎人族

「うっひょ〜! はっや〜い!」

 

 ハジメとオスカーの合作『魔導四輪』のサンルーフから顔を出し風を浴びるフェアレーター。運転しているのはハジメだ。

 後部座席はオスカーの隠れ家にある『宝物庫』という収納系アーティファクト──宝石内に特殊な圧縮空間が存在している──を使い見た目より広くなっており、中央にはテーブル、備え付けの冷蔵庫には大量の食料なんかもある。

 

『ところでマスター……』

「ん?」

 

 現状オスカーの魂を縛る恵里はマスターと彼に呼ばれている。ゆえにオスカーがマスターと呟けば当然反応する。

 

『…………彼女、放置していいのかな?』

「……………」

 

 手袋に包まれたオスカーが指差した先にいるのはユエだ。フェアレーターの言葉を聞き、色々混乱しているらしい。

 

「なんて言うのさ。大好きな叔父……ううん、あの子にとってお父さんに裏切られたと思った。300年の孤独の中、それでも憎しみより悲しみが来るほど大好きで、他の大切を作って割り切ったつもりが、実は愛していたかもしれない、なんて………慰め方なんてわかるわけ無いじゃん。少なくとも僕には無理だ」

 

 そもそも届くかどうかも微妙なところだ。ハジメなら或いは届くかもしれないが、そんなものは一時の逃げにしかならないし、ハジメもそんな方法をとったりはしないだろう。

 もしハジメに恋人が居らず、弱くて、裏切られ心が壊れたままユエと出会っていればお互い依存し合ったんだろうなぁ、と人間観察が得意な恵里は結論づける。そんなもしもの可能性があるから、ハジメに慰めてほしくない。

 というかハジメの話が確かならエヒトとかいう女神かもしれない奴もハジメを意識しているとか。ふざけるな、僕の恋人だぞと恵里も不満げなオーラを出す。

 運転しているハジメは無理として、車体から落ちかけサンルーフの縁にしがみついてるフェアレーター(バカ)にも期待できない。

 

『あー、ユエ…………』

「…………何?」

『その、何と言えば良いか解らないけど』

「なら黙ってて」

『はい……』

 

 取り付く島もない。オスカーは孤児院育ちとはいえ長男だから我慢できた。長男じゃなかったら少し泣いてたかもしれない。涙は出ないけど。

 

「ユエ……」

「………ん」

「…………」

 

 ハジメが運転しながら声をかけるとユエが顔を上げ恵里が成り行きを見守る。

 

「全部の迷宮回ったら、もう一度あの部屋に行ってみるぞ。何かあるかもしれねえ」

「…………いい、の?」

「エヒトの正体に気づいたんならなんか対策を残してるかもしれねえからな。それまでは、忘れろ」

「………忘れさせ───」

「その辺にしたまえ」

 

 縋るようにハジメに近付こうとしたユエだが恵里に止められる。

 

()()は、許せないを超える。苦しいだけなら、許せないし止める。けど、忘れるために、利用するために僕のハジメに触れるなら……………殺すぞ」

「…………ごめん。頭、冷えた」

「そ。流石、強いね………」

「年下に、諭されたから………年上として、ちゃんとする」

 

 グッと拳を握るユエを見て、恵里はあっそ、と興味なさそうに視線をそらす。だが、先程より両者とも空気が軽くなった。と、キキィと魔導四輪が止まる。

 ライセン大峡谷の出口にたどり着いたのだ。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。ライセン大峡谷の出口から、徒歩で半日くらいの場所が樹海になっているようだ。

 流石に階段を魔導四輪では登れないので徒歩で行く。と───

 

「複数の気配……」

「ああ、しかもできるだけ気配隠してるねこれ」

 

 ハジメの呟きに恵里が目を細める。ハジメは能力値の感覚の高さから、恵里は気配察知などの技能に加え、魂魄魔法という神代魔法を持つゆえに気付いた。他の面々も気づいてるようだ。戦いに身を置いて長いゆえだろう。

 

『どうみる?』

「気配を消して動かねえ。まあ、ライセンから出てきた冒険者から素材を奪うってところだろ」

 

 調べた限り、昨今樹海から奴隷を攫えなくなってるらしい。おまけに亜人の扱いも変わってきている。そうなれば樹海で亜人を攫う連中からすれば痛手だし、直ぐに代わりを買えた頃と違い、補充が難しい今樹海のモンスターを狩りにいって亜人に死なれたり逃げられたりしたら永遠に彷徨うかもしれない。

 ならばライセンに潜る冒険者もいるだろうし、そこで疲弊した冒険者から奪ったほうが金になる。実際ライセン入り口付近でならそれなりに死体があった。

 帰れる範囲のつもりで己の実力を誤ったのだろう。

 

「俺が先に行く。こん中じゃ一番丈夫だしな」

「死体は出来るだけ損傷させないでね?」

「…………使うのか?」

「いや、魂魄とって記憶を覗く時、激痛の中死ぬと魂魄の記憶が曖昧になるみたいだから」

 

 そういえば魂取って技能を得ていた。記憶も奪えたのか。確かに相手が人間だったら色々この世界の情報が手に入るかもしれない。

 

「あんま人を殺したくはねえけど」

「ここはそういう世界だよ。覚悟はしてたろ?」

「まあ、軽く脅してみるさ」

 

 ハジメはそう言って一人地上に出る。隠れているのは6人程。

 

警告! 殺意を持つ者が近くに現れました!

 

「…あ?」

 

 魔力の流れを感じると同時にメッセージ音。そのまま炎が飛んできた。

 

「ひゃっは〜! あたったぜ!」

「おいバカ! 水か土系統にしろって言ったろ! 装備や素材まで燃えたらどうすんだ!」

「おいそれより女はいねえのか? ……………あ?」

「………………」

 

 炎が晴れる。無傷のハジメを見て、男達はキョトンとする。しかし直ぐに杖や剣、弓を構えた。

 

緊急クエストが発生しました!

 

   【緊急クエスト∶敵を倒せ】

 

プレイヤーに敵意を持つ者達が現れました

全員を倒して身の安全を確保してください

 これに従わない場合心臓が停止します

       残り人数∶6人

      倒した人数∶0人

 

「……は?」

 

 そのメッセージ内容に、ハジメは目を見開く。『システム』はハジメに人殺しをさせたいようだ。いや、人に殺されるなと言っているのか?

 

「お〜、無事か兄さん。なんだなんだ、魔法を無効化するアーティファクトでも持ってたかぁ?」

「ならそれ置いてけよ。命だけは助けてやるぜ」

 

 ニヤニヤ笑いながら殺意を隠そうともしない男達。優越感に浸ったその顔は、ハジメが惨めに命乞いをするのを待っているのだろう。

 

「………人の命を奪おうとしたってことはそれなりに覚悟が出来てるってことだよな?」

「はぁ〜? なんですぅ?」

 

 ハジメの言葉にわざとらしく耳に手を添え仲間達とゲラゲラ笑う男たち。なれている。人を殺したのは、一度や二度ではあるまい。ハジメに魔法を撃ってきたのは恐らく新入りだろうが、仲間入りするだけありこんな状況でもニタニタと笑っている。

 

「こういう言葉、差別してるみたいで嫌なんだが。初めて殺すのがお前等みたいなクズで良かった」

「ああ? おい兄ちゃん、状況がわかってねえのか?」

 

 と、男の一人がハジメの肩に腕を回し締め付けようと力を込める。だが、すぐに目を見開く。

 まるで岩にでも手を掛けたかのようにビクともしない。ハジメは男の頭を掴むとそのままグシャリと握り潰した。

 

「……………え」

 

 それを見た男達はポカンと固まる。すぐに正気に戻ったのは、獲物から反撃される事あるからだろう。

 

「え、詠唱唱えろ!」

「ここに水あり──!」

 

 リーダーの号令に詠唱を唱えようとした魔法師はそのまま首を切り落とされる。影渡りではない、純粋な高速移動。しかし周りの者達からしたらまるで瞬間移動。

 

「ひ、ひぃ! 何が!?」

「こ、殺せ!」

 

 槍使いが頭を狙い放った槍を最小限首を動かし躱すと、伸ばされた腕を掴み肩に押し付けるようにしてへしおり短剣で心臓を貫く。

 2名が左右から迫ってきたが、錬成で地面を砂に変え沈めると【影の仕立て】で影から無数の杭を放ち頭部を穴だらけにする。残り2人。

 

「う、うおおおお!」

 

 と、盾を構え突っ込んでくるリーダー。そのまま轢き殺す気なのだろうが、ハジメは盾ごと男の腕を殴り折る。

 

「いぎ、ああああ!? 馬鹿な、ありえねえ! お前、まさか聖人!?」

 

 砕け散った盾と圧し折れた腕を見て叫ぶリーダーは、ハジメを魔力操作持ちの聖人と思い恐怖で顔を青くする。

 

「こ、殺さないでくれ! 頼む、俺には家族が………そう、そうだ! 家族だ! 俺は家族のために!」

「お前は、家族が居るって命乞いをした奴を助けたか?」

「っ………う、うるせええ!」

 

【スキル∶死神のオーラ】を発動します

 

 ハジメの言葉に激高し襲いかかろうとした男だったが、ハジメがスキルを使用した途端に目を見開き固まる。

 

「あ、わ…………ひうあああああ!?」

「ひ、ひひゃ、はうああ!?」

 

 ズリズリと後退りながら逃げようとするもうまく力が入らない男。そして、ハジメに最初に魔法を放った新入りも逃げようとして足をもつれさせる。魔法は放とうとして杖を落とす。あれが【混乱】。

 ハジメは【死神のオーラ】のもう一つの能力を使う。

 

「えあ?」

「あ──」

 

 男達は、そのまま死んだ。

 

   クエスト報酬

 

 【緊急クエスト】の

条件を全てクリアしました

 

 

 報酬を確認しますか?

 

  【はい/いいえ】

 

「………………」

 

 人を殺した。思ったより、何も感じない。

 南雲ハジメという人間がこうなのか、命を賭けるダンジョンに潜るうちに価値観が変わったのか、『システム』によるものか。どれにしろ、ハジメの精神性は平和な日本では異端のそれになったのだろう。

 

「…………ハジメ」

「恵里……」

「僕は、ずっと側に居るよ?」

「………ありがとな」

 

 一同は再び魔導四輪にのり樹海へと向かう。

 樹海を覆う霧は、恵里曰く樹海の水分に生成魔法で魂魄魔法の一端が付与されているらしく、霧になっている間内部に入った亜人族以外の魂に干渉し方向感覚を狂わせるようだ。更に亜人族には現在地まで教えてくれるらしい。

 

「まあちょちょいとハッキングすれば僕らも進めるね」

「なら行くか」

『…………』

 

 オスカーは何とも言えない気配を出す。そんなオスカーをフェアレーターがからかい、雷(文字どおり)を食らってた。

 

「……………来たな」

 

 霧の中進み、ハジメが呟く。霧の中に隠れ数人が様子をうかがって来ている。その内一体が、リーダーと判断したのかハジメの首を狙い───

 

「!?」

 

 攻撃を弾かれた。

 それを合図にしたかのように一斉に向かってくる集団。うさぎの耳が揺れる。亜人族の中でも温厚で知られる兎人族だ。

 

「ひゃっはー! 殺せぇ!」

「汚物は消毒だー!」

「刻め刻め!」

 

 温厚とは一体。

 一見すれば先程の男達のように暴力に酔っているようにも見えるが、ポーズだ。その瞳は冷静、威嚇の意味合いもあるのだろう。

 

「恐怖」

 

【スキル∶死神のオーラ】を発動します
 

 

「「「────ッ!?」」」

 

 【死神のオーラ】により恐怖で身が竦み能力値を半減させられた兎人族達は、すぐさま距離を取る。逃げ出さないだけ先程の男達より戦闘慣れしている様子がわかる。

 

相手の抵抗力が高く効果を取り消されました

 

「……ん?」

 

 メッセージの報告。そして、それを肯定するかのように高速で接近してくる気配。

 

「どっせい! ですぅ!」

「────」

 

 ガードしたが足場が脆すぎて砕ける。バランスを崩したハジメの脇腹に鞭のようにしなる蹴りが放たれ数本の樹を圧し折りながら吹き飛ばされる。

 

(物理ダメージは減衰しているはずなんだがな)

 

 パンパンと埃を払いながら立ち上がるハジメ。今の一撃、オルクスでも十分通用する一撃だった。間違いなく勇者より強い。勇者は最強の職業だとか教会は言ってたが、最強とは一体………

 

「侵入者め、性懲りもなく人攫いに来ましたか!? ですが残念! このフェアベルゲン最強の戦士シア・ハウリアが、ウッサウサにしてやるです!」

「ウッサウサ?」

 

 ビシッ! とこちらを指差し宣言する青みがかった白髪の兎人族の少女は、よくわからない宣誓をしてきた。




シア・ハウリア
固有魔法∶未来視 派生元∶再生魔法

フェアベルゲンでは魔力持ちの子供が生まれると戦士として育てられる。シアも例に漏れず戦士となるべく教育を受けたが家族思いのハウリア達が幼い彼女だけにはと自分達もと鍛え始め何だかおかしくなってしまったのが数年続く悩み。
長老集の一人の孫娘に懐かれているのが最近の悩み
魔力持ちの戦士は魔獣と呼ばれ、魔獣の中でも最強の戦闘能力を誇る。必殺技は兎人族の脚力を活かした《破王脚》。敗北を知らない。


感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

プレイヤーVSバグ兎

 シア・ハウリアと名乗った兎人族の戦士。どうやらフェアベルゲン最強らしい。

 まあそれはそうか。こんなのが何人も居れば亜人が奴隷の立場になるはずが無い。亜人族と人間族の確執は、知っていたつもりだが所詮つもりだった。まさかいきなり殺しにかかってくるとは。

 奴隷など遠い過去の日本に生きてたハジメからすれば理解しにくい。

 

(そういえば、緊急クエストが発生しないな。亜人は『システム』的には戦闘になっても当然の存在なのか?)

 

 と、考え込んでいる間にシアが接近し殴りかかってくる。狙いは顔面。上半身を倒しながら体全体の力を乗せた拳。

 上体をそらし回避すれば腕をふるった勢いのまま飛び上がり回転しながら蹴りを放つ。

 

「んな!?」

「軽い……」

 

 が、ハジメはあっさり受け止める。その衝撃で背後の砕けた木の欠片が吹き飛んでいく。

 

「こん、の!」

 

 シアは地面に指を食い込ませると体を捻る。むりやり拘束から逃れようとするが、無意味。

 

「乙女の足を気安く触るんじゃねーです!」

 

 拘束から抜け出るのは不可能と判断し、自由な脚でハジメを蹴りつけるシア。だがろくに力も入れられない蹴り。ハジメに通用するはず無く、シアはまるで山でも蹴るかのような錯覚に陥る。

 

「気安く触るなか、そいつは悪かった。すぐ離してやる!」

「!?」

 

 グン、と足を引っ張られ、体を襲う強烈なG。そのまま投げ飛ばされた。木々を幾つも圧し折り道中の岩を破壊し不運なことに池に落ちた。群生していた魔物達が肉片になる。

 

「〜〜〜っ! こんの、馬鹿力めえ!」

 

 ザバァ! と池から飛び出してくるシア。後ろからシアを狙い口を開け迫る角の生えた蛇の首を掴むとハジメの居る方向にぶん投げる。

 

「お前が言うか」

「ぬわっひゃ!?」

 

 木々の影を利用し影渡りをしながら池の辺りに移動したハジメに、まさか返事が帰ってくるとは思っていなかったのかシアは慌てて池から飛び出る。

 

「………貴方、何者です? 帝国の聖人じゃありませんよね? エリーゼさんが約束を違えるとは思えません。まさか、教会?」

「エリーゼ?」

 

 聞いたことがない、誰だ? 聖人は、確か魔力操作持ちだったか?

 エリーゼという帝国の、恐らく兵士達に命令出来る立場と何らかの約束をしたようだが………と、シアから魔力が溢れ出る。シアの足元がミシリと沈んだ。

 

「どっちでも良いです。とりあえず、ぶっ飛ばす! ですぅ」

 

 亜人族にとって、人間とは自分達を脅かす敵だ。交渉するには、まずは向こうが攻撃に移れないようにする必要がある。すなわち、最強の戦士とやらを倒す。

 

「どっ、せい!」

「!?」

 

 シアが接近し、拳を振るう。その踏み込みで地面が陥没し驚愕するハジメに拳を叩き込む。

 

(───重い!)

 

 強烈な一撃だ。少なくとも先程より、ずっと。

 驚愕するハジメの前でシアは更に拳を振るう。

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!!」

 

 一撃一撃が必殺の一撃。大気を揺さぶる豪腕。純粋な魔力操作による身体強化だけではない。他に何か要因がある筈。

 

「図に、乗るなぁ!」

「っ!!」

 

 まともに喰らい続けるのは危険だ。ガードしながら隙を伺い、シアの腹を蹴りつける。吹き飛ばされたシアは、しかし途中で勢いが減速しフワリと地面に降り立つ。

 

「……………お前、重さを変えてやがるのか」

「………正解です」

 

 その不自然な動きを見てシアの攻撃の重さの秘密を見抜く。体重操作。それも、体重移動なんて技術では無く文字どおり体重が増えたり減ったりしているのだ。

 殴る瞬間に体重を重くして攻撃力を増し、吹き飛ばそれそうになれば空気と同じぐらいの重さになり風船のように吹き飛ばされるのを防ぐ。

 

「神代魔法の一つですぅ。本当なら色んなものの重さを変えられるらしいですが、私は自分の重さを変えるのが精一杯」

「あっさり教えるんだな?」

「純粋な力は、知ったところでどうにかできるもんじゃねーんです」

 

 ドゴォ! と片足を地面に叩きつけるシア。大地が割れ、ハジメの左右で捲れ上がった地面が即席の壁となる。逃げ場を失ったハジメに向かって、シアが()()()()()。壁となった地面を蹴りながら、自らを砲弾とし、空気を押しのけ、衝撃波が発生する。退くのが間に合わなかった空気が他の空気とぶつかり圧縮され赤く燃え上がる。

 

「破王脚!」

 

 兎人族の優れた脚力、魔獣の持つ魔力操作に、シアが持つ特別な魔法。その全てを使い放たれる必殺技。

 シアの持つもう一つの特別な魔法は戦闘に置いて回避に使用される。仮に同じ魔法を持つ者が現れても、勝てると判断した技だ。当たればでかいし当たらなくてもでかい。

 轟音が樹海を揺さぶる。周囲一帯の木々が地面ごと消し飛び巨大なクレーターが生まれる。だが────

 

「つぅ………今のは、それなりに効いたぞ」

「………う、うそ」

 

 ハジメは健在。

 能力を知られようと力技で押し潰せるだけの必殺技。師である()()をして、発動させる前に止めるしか手段はないと言わしめたその技を、よりによってハジメは耐えて見せた。

 

「俺の勝ちだ。眠れ、最強」

 

 

 

 

 

 聞こえてきた大地を揺らす轟音に、恵里達は振り返る。周囲には文字どおり頭から花を咲かせ虚ろな目をした兎人族達と、そんな彼等に取り押さえられる兎人族。恵里の背後には人と植物の中間のような存在、アルラウネとでも形容できるモンスターの死体が控えていた。花を咲かせていない兎人族の一人はおお、と感嘆の声を上げる。

 

「間違いねえ。シア姐御の破王脚だ……」

 

 確か、必滅のバルトフェルドとか名乗ってた少年だ。

 

「あの技を出させるなんてあの野郎も強いって事だ。だが、終わりだ。あの技を受けて無事だった奴は───」

「戻った」

 

 と、恵里の影からズルリと黒い靄が這い出たかと、思うと気絶したシアを抱えたハジメが現れた。

 

「んな!?」

「うきゅ〜………」

 

 目を回し気絶したシア。ハジメはゲフ、と血を吐くとポーションを飲み込み、傷を癒やすと兎人族達に向き直る。最強であるシアがやられた以上、フェアベルゲンに彼に勝てる存在はいない。悔しげに俯く彼等に対してハジメはふぅ、と息を吐く。白い霧が溢れ、頭に咲いた花に触れると花は凍りつき、砕ける。

 はっと正気に戻った兎人族達は慌てて距離を取り、気絶したシアを見てありえないと驚愕を顕にする。

 

「お前達の最強は落ちた。抗う術を失い、それでも闘うというのならそれもよし。だが、俺は争う気はない」

「…………何だと?」

「俺は迷宮攻略者。この世界の裏側の一端を知る者。フェアベルゲンと交渉がしたい」




破王脚

地面を割り壁を作り、壁を蹴りながら加速しつつ重力魔法で落ちながら最大威力の蹴りを放つ技。地形を隕石衝突したが如き有様に変える威力を持ち直接当たればその比ではないダメージを与える



感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

長老衆

 その報せにフェアベルゲンは震撼した。フェアベルゲン最強の戦士であるシアがやられたのだ。神代魔法を手に入れ、より強力になりハウリア達を抑えてくれている次期長老衆も確実とされたシアの敗北。

 それはつまりフェアベルゲンで勝てる者が居ないということ。

 相手は交渉を望んでいる。逆らう意味は、ない。少しでも被害を減らすためには、応じるしか手段が残されていない。

 

 

 

 

「………………………」

 

 目茶苦茶警戒されていた。

 長老衆と言うらしい、何れも魔力を持った亜人族達。シア程ではないがフェアベルゲンの中で感じる魔力の中では十分な魔力量と言えよう。そんな彼等と唯一対面するハジメ。残りの面子は外で待機だ。

 アルフレリックと言うらしい森人族は会談の場を造ると木々を操り小屋を生み出した。

 本質的には愛子と同じく作農系。それを十全に使いこなしている。

 

「それで、我々に要求とは?」

「大樹に向かいたい。その許可が欲しい」

「……………何?」

 

 ハジメの言葉に、亜人族達の空気が変わる。

 ()()()()()神聖視されるものの重要視されていなかった大樹だが、今は違う。大樹が()()()()()()()

 そして、そこに向かいたがるということは………

 

「お主は、()()()か?」

「………知っているのなら、話は早い」

 

 ハジメはそう言ってオルクスの指輪を取り出す。長老衆達は刻まれた文様をマジマジと見つめ、確かに、と納得した。

 

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。では一つ尋ねよう。神の真実は、その試練の場に記されているか?」

「ああ………」

「では、神の真実を知ったお主は、なんの為に神代魔法を集める」

 

 大樹が大迷宮であること、その攻略の報酬が神代魔法であること、この世界の神のこと、亜人達はその全てを知っているらしい。恐らくはシア・ハウリアが使っていた体重操作。あれが神代魔法だったのだろう。

 

「俺の目的は神殺し。いや、正確には手段とも言えるが」

 

 元の世界に帰るには神を殺すしかないだろう。それに、オスカー達の願いも叶えてやりたいとは思っている。思っているが………

 

「つまり、世界を救うと?」

「そんなつもりはない」

「? 神を殺し、世界を解放したいのではないのか?」

「オスカーにゃ悪いが、俺はエヒトを殺したからと言って世界が平和になるなんて思ってない」

 

 オスカーには悪いがこれは偽らざるハジメの本音だ。自意識を持つ生き物というのは存外自分を上に置きたがる。

 神など居なくても神を作り、神の言葉を騙る。神のためなら全てが許されるのではなく、全てを許されたいがために神を求めるのだ。

 

「神代魔法は集めるし、神と戦う事にも抵抗はない。だが、その後にまで手を出す気はない。オレはこの世界の人間じゃないからな」

「この世界の人間ではない?」

「エヒトに人間族側の戦力として召喚されたんだよ。魔人族と拮抗させたいのか、暇つぶしなのかは知らんが」

「…………暇つぶしだろう。仮に拮抗させたいなら、七罪の『傲慢』がいる限り人族に戦力を追加する理由がない」

 

 七罪の、『傲慢』。確か教会に仕える聖人の集団のリーダーだったか?

 300年以上生きている存在で、()()()()()()()()()()()()と言われる絶対強者。亜人にもその強さが知れ渡っているらしい。

 

「そんなに強いのか、その『傲慢』は」

「当時生きていた森人族が残した言葉通りなら、通常攻撃がシア・ハウリアの破王脚とほぼ同等だ」

「バケモンじゃねえか」

 

 よく魔人族が今日まで絶滅してなかったな。魔人族が存在していることをどうでも良いと思っているのだろうか?

 

「ま、まあいい。俺の目的はさっき言ったように、大迷宮の攻略。お前達には危害を加えないことを約束する。通してもらえないか?」

「お前さんが攻略した大迷宮は幾つかね?」

「オルクスだけだ」

「………なら、無理だ」

「どういう事だ? 試練参加条件に、攻略数が関係しているのか?」

「その通りだ。ライセンの迷宮を攻略したシアとエリーゼ殿が次に向かったのはまさしく大樹だったが、大樹の根本に石碑があり、そこに他の迷宮の攻略の証をはめると文字が浮かび上がったのだ………」

 

 そこに書かれていた文字というのが

 

〝四つの証〟

〝再生の力〟

〝紡がれた絆の道標〟

〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

 と言うもの。4つの証は、まあ攻略の証だろう。再生の力は恐らく再生に関係する神代魔法。紡がれた絆は、亜人族に道案内を頼めるかといったところか。

 というかエリーゼって誰だ。シアもその名を言っていたが、大迷宮を攻略できる実力者のようだが。

 

「帝国の姫だ」

「…………お前達からすりゃ宿敵じゃねーの?」

「彼女は我々と交渉を望んできた。力ある者が正義の帝国は、そのうち力ある者に滅ぼされる。それを変えたいから兄が皇帝になった際、力を貸せと」

「要するにクーデター起こすから協力しろってか? 随分大胆な姫さんだな。つか自分で皇帝になれよ」

「女性がなる場合は先に結婚相手が必要らしい………彼女は、自分より強い相手しか認めぬそうだが」

 

 そう言って、熊人族の長老ジンが遠い目をする。なんでも自分の右腕的存在が挑みあっさり返り討ちにあったのだとか。

 次期長老も期待視される有望な魔獣であったが、一秒すらかからずのされたらしい。

 

「ジン君もね」

「ルア! 貴様余計なことを言うな!」

 

 まあ純粋に好意だけでは無いのだろう。帝国を乗っ取るチャンスだったのだ。そのチャンスを活かせなかったらしいが。

 

「まあ、そんな訳で人間族とも友好を築けていければいいと我々は思っている」

「全員がか?」

「…………いいや、反感を抱く者も多い」

 

 そりゃそうだ。帝国が生まれて三百年。その間ずっと家族や友人を攫われ、傷つけられ、殺され続けていたのだから。魔獣の存在を考えると、戦争にもなった事があるかもしれない。

 教会に管理されているであろう王国の文献じゃ、亜人版の聖人とも言える魔獣については隠されていたが。

 

「神が居なくなろうと確執は消えない。だが、俺はそこに手を出さない。だから、俺は世界を救えない」

「そういう事か…………まあ、儂等としても『僕は異世界から来ました。貴方達の争いを止めてみせます』などと言われてもふざけるなとしか言えんし、構わぬよ。せめてこの世界で、この世界の住人の手で大切な誰かを失う。その上で争うべきでないと思えて、そこで漸く我等の争いに口を挟む権利を得る」

 

 アルフレリックの言葉には他の長老衆も同意のようだ。ハジメはそう言ってもらえると助かる、と笑う。

 何せ知り合いに、戦を止められるだけの力があるくせに何もしないのか、と言いそうな奴がいるからだ。

 

「それはそれとして、大迷宮とは別の用事で大樹に赴きたいのだが」

「む? それは、まあ構わぬ。シア・ハウリアを圧倒した上で我等を害さぬのだ。信頼はともかく、信用はしよう…………とはいえ、大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ。来客用の宿を用意する。しばし待たれよ」

 

 そういう訳で、フェアベルゲンにて10日ほど滞在することになった。ハジメは恵里の魔法なら行けるかもとは思ったが、休息させるいい口実になるかとその提案に乗ることにした。

 

 

 

 

 

 その翌日。

 

「「「弟子にして下さい!!」」」

 

 デイリークエストをこなそうと宿の外に出れば兎人族達が頭を下げていた。シア・ハウリアは居ない。

 

『なんで人の布団に潜り込んでやがりますかこの変態!』

『ああん! そんな、目覚めていきなりひっぱたくなんて。誤解よシア、私は少しでも傷の治りが早くなるように舐めていただけ。け、けっして起きたシアにお仕置きされようなんて!』

『〜〜〜! こんのド変態!』

『ち、長老の孫娘にド変態だなんて! あ、相変わらず礼儀を知りませんね。ハァハァ………!』

『くぅ、何をしたら嫌がるんですか貴方は!』

『い、嫌がることをするの!? そんな、酷い! うふふ、何をするの!? 鞭で叩くの? 重力魔法で体重を増やしながら踏みつける!? あ、それとも放置プレイ!? それはそれで…………』

『チッ、優しくしますよ?』

『不意にやってくるシアの優しさ………幸せすぎます』

『駄目だ、強すぎる。誰か助けてくださぁい!』

 

 ハジメの鋭敏すぎる感覚により遠くから聞こえてきたシア・ハウリアの叫びと、初めて聞く少女の声。

 昨日気絶させたし、何か助けて欲しいことがあれば一つぐらい聞いてやるつもりだったハジメだったが、取り敢えず今の悲鳴は聞こえなかった事にすると決めた。




長老衆

全員が魔力操作持ちのフェアベルゲン上位の戦士たち。


アルフレリック

長老衆の一人。品種改良や成長促進などの技能を持つ魔獣。即席で家とか作れる。植物で大型の魔物を締め殺すことも可能。
孫娘がおかしくなって泣きそう。と言うか良く泣いてる


アルテナ

アルフレリックの孫娘。回復魔法が得意。
主に自分に使う内にフェアベルゲン1の治癒師になった。なぜ自分に良く使うか、それを知ろうとしてはいけない。


感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フェアベルゲン

 フェアベルゲン滞在中。弟子にしてくれと迫るハウリア達から逃げるハジメ。ああいう手合いは相手していたくない。

 

「ふぅ、なんとか巻けたか変態共め」

「ふう、なんとか巻けましたか変態めぇ、ですぅ」

「「………………」」

 

 森のこかげに隠れ、自分同様何かから逃げるように気配を消しながら高速で移動していた気配の正体、シア・ハウリアと意図せず同じ場所に隠れたハジメ。

 とっさに隠れる原因になった近くにいたハウリアと、シアが逃げていたアルテナが叫びながらかける音が聞こえてくる。

 

「「───!」」

 

 ガシッと互いの手を取るハジメとシア。ここに、新たなる友情が生まれた。

 

 

 

「はぇ〜、異世界。異世界の人達はみぃんなハジメさん達みたいに強いんですか?」

 

 シアの秘密の隠れ家だという洞窟に移動したハジメとシア。ここに誰かを呼ぶのはエリーゼ以来だという。

 友達なのかと聞けば師弟関係なだけとの事だ。

 

「どうぞ、蜂蜜水です」

「サンキュ」

 

 洞窟の奥には小さな池があった。澄んでいて、冷たい。

 

「すいません、うちの家族が……」

「気にするな。お前も苦労してんだろ」

「ええ、それはもう。なぁんでああなっちゃったんですかねぇ………私が戦士に選ばれる前は、それはもうお花を踏むのすら嫌がる温厚すぎてちょっとイラッと来る集団でしたのに」

 

 遠い目をして乾いた笑みを浮かべるシア。というか昔の集団にもイラッとしてたのか。

 彼女曰く、温厚だが家族思いのハウリア達は幼い娘が戦士として危険を冒すのを良しとせず、さりとて国の決定を止めることも出来ず、ならば自分達もと鍛え始めたそうだ。

 魔力持ち自体は全体の1割にも満たない。大半の戦士は魔力無し。だから戦士になること自体は可能だが、兎人族は元来弱い種族。シアも魔力持ちでも所詮兎人族だろぉ? とからかってくる奴等を何人も埋めた。

 そんなバカにされる兎人族だが、ハウリア達は頑張った。

 

「頑張った。頑張ったんです、その結果があれなんですよ!」

 

 ドン! とテーブルを叩くシア。テーブルが粉々に砕け散った。あの結果と聞きハジメの脳内にヒャッハーと高笑いするハウリア(通称ヒャッハウリア)達の姿が脳内に浮かぶ。

 

「…………その、元気だせ」

「うぅ。もう家族から距離置きたい。エリーゼさんのところに厄介になりたい」

 

 目尻に涙をためるシアの頭をヨシヨシと撫でてやる。家族は変人になるし、変態のストーカーは出来るし彼女も大変のようだ。

 

「いっそ、私もハジメさんの旅についていくとか」

「あ? やめろやめろ。俺にゃ恋人がいるんだよ」

「そういう意味じゃないですよ〜。私の好みのタイプはもっと優しくて、包容力が高い人です。あれ、ハジメさん該当します? でも、彼女持ちですしねえ」

「お前の親父と同じぐらいだが、優しくて包容力がある男なら心当たりがあるぞ」

「あ、おじさんはNGです」

 

 ハジメの脳裏に浮かんだのは何かと世話になっていた騎士団長だが、シアの琴線に触れなかったらしい。

 

 

 

 

「ふぅ〜………」

 

 フェアベルゲンは霧を遮る結界で覆われている。恵里はその境界で、片手を霧に突っ込んでいた。

 この霧自体が持つ特性は闇魔法に近いが、特殊な性質は魂魄魔法の粋に達している。

 効果を及ぼす対象の選択。狙って当てるのではなく、狙ったものだけに当たる防御不能の攻撃。

 

「…………いけ」

 

 放たれた炎が霧の中を真っ直ぐ突き進む。岩の中で眠っていた魔物を焼いた。

 木々は燃えず、岩の温度は少しも上がらず、肉の焼ける匂いに誘われやってきた他の魔物達にも一切影響を及ばさない。

 

「こんなもんか………」

 

 感覚はつかめた。ありえない話だが仲間の誰かが人質になっても敵だけ狙うことも可能。

 後、魂を直接攻撃する魔法でも生み出そうか?

 他には………例えば、記憶や想いを焼く魔法。

 

「…………………はぁ」

「どうした」

「ひゃ!?」

 

 思いついた魔法の使用方法に思わずため息を吐くと、後ろから声がかかる。振り返ればハジメが立っていた。

 

「何か考え事か?」

「…………自分の薄汚さを改めて自覚した」

「その使い方が間違ってると思えた時点で、マシだろうよ」

「……………」

 

 グシャグシャ乱暴に頭を撫でられ、顔を赤くする恵里。見透かしたようなその態度が、最初は嫌いだった。今では、それがとても安心する。

 

「ところでさ、この霧って、ハジメには何の効果もないよね?」

「ああ、だから一人で行ってくる」

「なんで滞在したの?」

「お前を休ませたかったから」

 

 それだけ言い残すとハジメは霧の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 ハルツィナの『大樹』。そこで使える鍵を使用し入ったダンジョンで、森の中襲いかかってくる獣よりの獣人系のモンスター。

 ハジメはスッと短剣を構えた。

 

 

 

 

 

「こんなもんか」

 

 死屍累々。数多の死体が転がり地面を赤く染める。

 なるほど確かに強かった。が、今のハジメにとっては相手にならない。ダンジョンランクもAだったし。

 ダンジョンの外へ出ると、門が閉じていく。何時も通りの光景。だから、ここからは何時もとは違う光景。

 

「これが『プレイヤー』の潜るダンジョンですか。この世界に隣接しながら独立した世界。なんとも興味深い…………あ。すいません、もう一度出してもらって良いでしょうか?」

「誰だ、お前?」

 

 消えていくゲートを興味深そうに見つめる銀色の髪の美少女。その容姿はどことなくフェアレーターに似ている。なら、おそらくは

 

「はじめまして南雲ハジメ様。私の名はラウム。精神抑制を解除された、開放者の一人です。どうでしょう、ここで殺し合いをしてみませんか?」

 

 その言葉と同時に、大樹周辺の一角で木々が吹き飛んだ。




ラウム

開放者の一人
糸目の物腰が丁寧な女性。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラウム

 地面がめくれ上がり土煙があたりを包む。土煙の中から飛び出してきた影、ハジメはチッと舌打ちして土煙の奥の気配に向かって風の斬撃を放つ。

 

「どこを狙っているのですか?」

「───!」

 

 振り向きざまに魔力を炎に変え放つハジメ。世界を赤く染める炎が木々を焼き払う。同時に、腹を物凄い力で殴られた。

 影の衣で威力を減衰しているが吹き飛ばされ、空歩で作った足場で靴裏を擦りながら停止する。

 

「魔物の力、ですか。随分と変わったお力ですね」

 

 森の一角を地獄のように変えた炎の中から無傷のラウムが現れる。その鎧も、肌も、髪すら焼けていない。圧倒的な防御力? いや、違う。何だ?

 

「…………綺麗」

「………あ?」

「失礼、この炎の事です。私は、そのような事を感じる機能はなかったのですが………」

 

 閉じていた目を僅かに開き、眼下に広がる炎の海を見つめるラウムはうっとりと呟く。その頬を赤く染める理由は、炎の色だけではないだろう。

 

「木々が、魔物が、命が燃えていく………それは、こんなにも美しい光景だったのですね」

 

 男を誘う娼婦のような、熱を孕んだ笑み。人形めいた美しい容姿はしかし人形では浮かべられないであろう確かな心を宿した笑み。

 

──劫火狼+■■魔法

 

「貴方の命も、ぜひ燃やさせてください」

 

ラウム式■■魔法 命萌える赤い森!!

 

「─────!?」

 

 視界が、世界が炎に包まれる。周辺一帯がハジメの放った炎より高温、広範囲に燃え上がる。これだけの炎、酸素など使い切る。森に燃え移った火と違い燃料となる木々もない。魔力だけでは数秒程度しか維持できぬはずなのに炎の勢いは一向に収まる気配がない。

 燃えているのは木々でも酸素でもない。文字通り()()()()()()()()()()()()。燃料など必要ない。空間が残り続ける限り燃え続ける炎は、空間という概念を焼き尽くすほどの()()()()()()()()()()

 

「ちぃ!」

 

──濃霧+着氷霧!

 

 影の衣で身を守るのも限界がある。マナをだいぶ消費するが広範囲に絶対零度の霧を生み出し炎を相殺する。

 

「残念。燃やせませんでしたか」

「………………」

 

 影の衣が僅かに溶け崩れた。あれは恐らく空間に作用する炎で、全てを燃やす類の炎ではない。なのに、溶け崩れた。いや、解け崩れた。

 影の衣と炎の()()()()()()()()()。長時間触れ続ければ、文字通りその命を炎へと変えるだろう。

 

「狂人が………」

「人ではありません。魂持たぬ人形ですから………ええ、だから貴方の魂を私にください」

 

 ラウム自身は着氷霧の影響は、受けていない。先程の炎を防いだ時と同じだ。魔力で防御? それもおそらく違うだろう。何らかの魔法。だが、正体が掴めない。

 試すか。

 

「しぃ!」

 

 炎の球と風の刃を同時に放つ。避ける動作もしないラウムに炎の球と風の刃が当たり弾ける。

 

「あら?」

 

 そして、炎の中に混ぜ込んだナイフがラウムに触れる前に止まっていた。魔法、物理、ともに防げるようだ。厄介極まりない。

 

「空間系統の魔法か」

「………………」

「感情を覚えるべきじゃなかったな。隠し事に向いてねえよお前」

 

 僅かな動揺を見逃さなかったハジメの言葉にラウムは己の顔をペタペタ触れる。

 

「? 表情というのは、つい出てしまうものなのですね。今まで表情を取り繕う必要性に駆られなかった弊害でしょうか。それで───?」

 

 コテン、と首を傾げるラウム。その口元に浮かぶのは、上位者の優越。

 

「空間魔法も使えぬ貴方が、どうやって私に攻撃を当てるというのですか?」

 

 その言葉に再び攻撃を放つが、届かない。

 周囲の空間に干渉し、見た目こそ変わらぬもののラウムとハジメの周りには文字通り遥か遠い距離がある。

 会話が成立し、攻撃を行えるということは音や光は見た通りの距離を通るのだろう。

 

「なら簡単だ。光の速さで攻撃すりゃいい」

「何を────っ!?」

 

 ハジメの瞳が金色に光り、パキパキ音を立てラウムの体が灰色に染まっていく。石化だ。

 直ぐに魔力を流し石化の魔力を押し飛ばすが、そのために魔力の制御が乱れる。

 

「らあ!」

「っくう!!」

 

 ミシリ、とハジメの蹴りを受け止めた腕が軋みを上げ、ハジメの放った炎により木々が燃え尽き地面が溶けた場所へと叩き落されるラウム。

 

「つぅ………あ、痛………痛、い?」

 

 己の腕を見ながら目を見開くラウム。なまじ強かったぶん、感情を得てから初めての痛みなのだろう。その目に僅かな恐怖が宿る。

 

「ラウンドツーだ。神の木偶」




ラウム

空間魔法を得意とする開放者。ハジメの放った炎が森を焼く光景を見て命を燃やす事に美しさを覚えた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

痛みを知らぬ者

 痛みとは生物が持つ危険信号。本能的に忌避し、遠ざかり命を繋ぐためのもの。その痛みを与えられながら、しかしその場から離れるという本能を与えられていなかった神の使徒からすれば、それは初めての体験に等しい。

 

「っ!!」

 

 恐怖を前にした者の行動は2つ。恐怖の対象から逃げるか、恐怖の対象を消し去ろうとするか、だ。ラウムは、後者。

 

「ひ、ああああ!!」

「!?」

 

 腕を振るうと同時に見えない何かに押し飛ばされる。地面が捲れ上がり木々がへし折られ霧が吹き飛ぶ。

 全身に力を込め衝撃に耐えようとしたがかなりのダメージを追った。影の衣がなければ危なかった。

 

「───っ!?」

 

ラウム流空間魔法 神獣の牙

 

 ゾワリと悪寒を感じ、その場から跳び退く。

 音もなく、地面が、その場にあった木々が刳り取られる、否、食いちぎられたとでも言おうか。

 断面近くにひび割れ一つ作ることなく消え去った。

 舌打ちし木を蹴りで折るとラウムに向かって蹴り飛ばす。絶対防御が戻ったのか空中で止まる。

 

「死ね!」

 

 ドン! と音が響き衝撃が発生する。内臓が圧迫されゴボリと血を吐くハジメ。

 様々な攻撃を放ってくるラウムから一定の距離を保ちながら森をかけていく。時折魔法を放つが、届いていない。

 先程迄の余裕の表情を消すラウム、攻撃パターンは解りやすくなった。

 主に使うのは攻撃を()()()()()防御魔法、押し飛ばす魔法、空気の振動などと違い防ぎようのない空間震、指定した場所を空間そのものごと刳りとる攻撃力最大の見えない牙。

 空間震は兎も角として、あの牙はまずい。防御力も硬度も関係なく刳り取られるだろう。

 とはいえ規模はそこまで大きく出来ない。大きくしようとすれば狙いが雑になる。ハジメの速度なら十分回避可能だ。

 攻撃と防御は併用できないようだし、狙うとしたらそこだが攻撃範囲が一々広すぎて近付けない。

 

「ちょこまかと!」

 

 ズン! と空間が震え木々が吹き飛び地面が捲れ上がる。更地になった森で、ハジメを睨み付けるラウムに向かって人の背丈をゆうに超える大木の欠片を投げつけるも避けるまでもなく外れる。

 

「見つけた!」

「っ!?」

 

 と、ラウムがハジメに腕を向けるとハジメの体がその場に固定される。念力、のような力で抑えられているのとは、少し違う。体を空間に固定されたような。

 

「燃えて、溶けて、(ほど)けて、消えろ!!」

 

 先程よりは規模は小さく、しかし殺傷力は変わらぬ炎が灯る。物質の融点も沸点も、強度も意味をなさぬ炎。境界を溶かして解かす炎。防御は、不可能。だが………

 

「がっ!?」

 

 それなりに集中力を要するため、無防備になった背中を切りつけられる。焼くような痛みに魔力の流れが乱れ落下するラウム。

 その背中が踏付けられる。

 

「が、あ!? ………あ、貴方………何故」

 

 斬りつけたのも、踏みつけたのも、ハジメだ。だが、どうやって? 防御不能の、出来たとしても数秒しか持たぬ必死の炎に包まれて、しかも飛んできた気配もなく。

 ドッ! と飛ばされた大木の欠片が落ちる。

 

「答える必要、あるのか?」

 

 そのまま止めを刺そうとするハジメ。が──

 

「っ!?」

 

 何かが襲いかかってくる。

 慌てて防御するが質量差で弾き飛ばされる。襲いかかってきた何かを睨めば、木で出来た巨大なドラゴン。葉っぱの形や木の皮の質感的に、この樹海の木々がそのままドラゴンにでもなったかのようだ。

 チラリとラウムを見れば、居ない。逃げられたか、逃されたか、誰かに救われたのか。

 どちらにせよ不味い。ラウム、あれは明らかに子供だ。痛ければ泣き、暴れるガキ。成長途上。それを逃した。今後厄介になりすぎる。

 見つけようにも、木竜が大きな口を開けて襲いかかってくる。

 

「──?」

 

 噛み付いたつもりが手応えが、歯応えがなくキョロキョロ辺りを見回す木竜。その翼の影から滲み出るように現れたハジメが炎を放つ。

 水分が一瞬で抜け、あっという間に燃えだすほどの高温。

 木竜は一瞬で炭素の塊へと変わる。気配を探すが、追えない。逃げられた。

 

「………くそ!」

 

 

 

 

 

 

「酷いざまですねぇ、我が姉妹ともあろうものが」

 

 ラウムを投げ捨て、呆れたように、からかうように笑う銀髪の女性。

 

「ティーア」

「はい、あなたの姉妹のティーアですよ?」

 

 顔立ちは似ている。というか同じはずなのに、幼さを感じさせる雰囲気であり、その中に何処か艶やかさを持つ女の名を呼ぶラウム。

 

「………油断しただけです。痛みを、私は知らなかった。次はもう少しうまく」

「そうですか。でも、まずは痛みになれるところからですね」

 

 回復魔法で傷を癒やしながら睨んでくるラウムにティーアと呼ばれた女は肩をすくめる。

 

「次、ですか。主からの伝言です、一度彼に挑んだ者は、時が来るまで再戦は控えよとのことです。良かったですね? 彼、まだ怖いのでしょう?」

「……………」

 

 言い返せず、ラウムは黙り込むのだった。




ティーア

幼さというか無邪気さを感じさせる雰囲気に加え、何処か艶やかさを持ったドM。


感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

次の旅立ち

 魔力の使いすぎでその場に倒れ込むハジメ。

 全盛期のオスカー達が破れたのだ、一筋縄では行かないと思っていたが、予想以上の強さだ。もっと、もっと強くならなくては。いざという時、恵里を守れない。

 恵里の身も心も守る為には、五体満足で彼女の下に帰るだけの力がいる。

 

「…………………」

 

 と、倒れ込んだハジメに覆いかぶさるように影が指す。視線を上げれば恵里が居た。

 

「派手に暴れたね」

「ああ、その上逃げられた……」

「そっか………」

 

 未だ魔力が戻りきらず、状態も疲労になっているハジメの頭を持ち上げ己の膝の上に乗せる恵里。

 

「強くなるの?」

「当然」

「最低でも、僕を守れるぐらい?」

「それじゃ足りないだろ。お前を残してしまえば、なんの意味も無い」

「……………」

 

 その言葉に、恵里は微笑む。ハジメの頭を優しい手付きで撫でる。

 

「そうとも。君がいない世界なんて、僕は生きていけない。ましてや、君に、恋に盲目になった結果、失敗した事を教えられたからね。だから、僕は君以外に二度と恋なんてしないと誓ったんだから」

「そりゃ、光栄、だ…………な………」

 

 ゆっくりと目を閉じるハジメ。恵里はかけてくるオスカーとユエを見つけると、シーと人差し指を唇に当てた。

 

 

 

 

「知らない天井だ………」

 

 目を覚まし、見覚えの無い天井を見上げるハジメ。あの後、運び込まれたのだろう。ここはおそらくフェアベルゲン。

 起き上がろうとすれば、腕に何かが引っかかる。見れば恵里がすうすうと寝息を立てていた。その白髪混じりの黒髪に触れる。さらりと指を擦り抜ける。

 首筋に触れれば、温もりを感じる。 

 

「恵里、起きてるだろ?」

「…………うん」

 

 その言葉に、目を開く恵里。

 ゆっくり起き上がった彼女の体からシーツが滑り落ちて、真っ白な肌が陽光に輝く。

 

「………あの、な。流石に恋仲つっても、俺だって男なわけで、我慢出来ないかもしれないぞ?」

「しなければいいだろう? 僕は、君の女なんだから」

 

 首を傾け、目を細める恵里。その頬が興奮で赤く染まっていく。ハジメが細い肩を掴み、引き寄せる。二人の距離が0になり、唇を啄むように重ねていく。舌が絡み合い、ハジメが恵里の体を押し倒した、まさにその瞬間だった。

 

「ハロハロ〜! 起きた!? 起きたよね? 気配でわかるよおっは…………ありゃ?」

 

 バーンと扉を開け入ってきたフェアレーターは頬に指を当て首を傾げる。ウザい。そして、ニマ〜とうざったく笑うと唐突に叫びだす。

 

「ええ〜!? なになに、起きた途端にやるのがそれですか〜!? 二人ともわか〜い! けだもの〜! まあそうだよね、年頃の男女二人だもん! フェアちゃんもいいと思うよ!」

 

 そう言って、椅子を移動させて座る。

 

「さ、続けて」

 

 その日、フェアベルゲンで銀髪の美女が空を舞った。

 

 

 

「一先ず近くの街で物資を調達。その後ライセン大峡谷に向かう」

 

 空間魔法に対抗するには同じく空間魔法がいるだろう。しかし絶対防御に対応するだけなから重力魔法でも十分のはずだ。何せ重力の干渉速度は光と同じで、空間固定と力技で破れる。

 

「つまりはミレディたんを迎えに行くのねそうなのね!? テンション上がってきたー!」

『君は手伝えないよ。僕もだけどね』

 

 やっふー! と元気になるフェアレーターに、オスカーが呆れたようにいう。そして、今度はシアに目を向ける。案内役を買って出た彼女は、神との戦闘、あるいは神の使徒とも戦うために付いてくるとのことだ。フェアベルゲンの本音としては、亜人達にとっての神とも言える『解放者』の手助けになれば、と言ったところだろう。

 

「ふふふ、これでもう父様達の言動に胃を痛めることも、変態から逃げ回る日々ともおさらばですぅ!」

 

 シアにはシアで目的があるっぽいが。その首には装飾の施された首輪がつけられている。

 エリーゼ皇女御用達の首輪だ。奴隷の首輪としての効果はないが、身分証にはなる。この首輪を持つ者に手を出すのはエリーゼ皇女の私物に手を出すのと同義であり、この首輪を持つ者は下手な帝国兵よりも高い権限を持つ。更に言えば、この首輪をつけたシアを引き連れるということは、ハジメ達は対外的には皇女の縁者に映る。反皇女でもない限りはまず帝国においては安全を保証されるとの事だ。

 

「んじゃ、行くか」

「ところで本当に私が運転して良いんですか?」

『ああ、シアさんの運転技術は大したものだよ』

 

 因みにこの魔導四輪。ハジメの知識&技術にオスカーの技術が加わり、地球の車の操作方法を完全再現している。自動錬成による路面調整もON-OFFが効くようにしたので地面の凹凸を利用して跳ねる、なんて映画のような事も出来る。まあ、それは技術があれば、だが。

 

「まあただ、安全運転で頼むな」

「ん、のんびり景色を堪能したい」

 

 ハジメの言葉にユエが頷く。因みにハジメの隣は恋人の恵里と、発明について話し合うオスカーだ。仲の良い師弟である。

 

「フフン、任せてください。事故を起こさなければ、必然的にそれは安全運転!」

「? シア、それは何か変。少しま………」

「アクセル! 全開!」

 

 ただ魔力でタイヤが動くのではなく、完全再現したエンジンが風魔法と火魔法によって稼働しブオオオオン! と音を立てる。

 

「お姉さま! 私もつれでいっ!?」

 

 何やら飛び出してきた影があったがシアのドラテクで木の根をジャンプ台にして跳ね、タイヤで顔面を叩く。

 あぁぁん! と妙に艶っぽい悲鳴がドップラー効果で消えていった。




オスカー・ハジメ「「私達が造りました!」」

製法や機能について聞いたが最後、5時間ぐらい語ってくる錬成師弟。

感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブルックの街にて 前編

 遠くに町が見えてきた。

小規模な町で街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるのなら、それなりに充実した買い物が出来そうだ。

 魔導四輪を『宝物庫』にしまい、徒歩で街に近づく。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 現れたのは兵士というよりは冒険者風の男。

 規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。ハジメは、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

 

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

 ふ〜ん、と気のない返事をして名を確かめる。

 特に指名手配も受けていない名だ。技能なんかは隠されているが、そこは個人情報。そもそも顔を変えたところでステータスプレートは偽装できない。

 

「じゃ、残りの連れを…………」

 

 と、そこで門番は固まる。何せそこには人間離れした美貌を持つ金と銀の美少女に、今や滅多にお目にかかれない兎人族の奴隷、しかも皇女御用達の。3人には美貌で劣るも、それでも美少女と呼べる眼鏡の少女は、どこか影を感じさせる怪しい魅力があった。あとついでに怪しいフルフェイス。

 

「はい……」

「あ、ああ………」

 

 まずは恵里がステータスプレートを渡す。正直助かった、他の美少女だったらきっと動く事も出来なかったろう。そんな門番の心中を察したのかハジメが若干睨むが思うだけなら勝手だ。思っただけで手を出すのは屑のやることだ。

 

『僕達は生憎、モンスターに襲われた際紛失してしまってね』

「ん、だからない」

「ああ、なんて可愛そうな私達! だから、ね? 通して、いいでしょ?」

「あ、いや………し、しかしだな」

 

 犯罪履歴のないステータスプレートを持った者を同行させて、ステータスプレートを紛失したと言い張り街に入る手段は、無くはない。

 綺麗所三人組なら、まあ彼女達が犯罪行為を犯せば嫌でも噂になるだろう。しかしこの怪しい仮面は………

 

「大丈夫大丈夫、オー君はその昔変態鬼畜眼鏡の称号をもらったけど、指名手配にはなってないから」

『てめぇいい加減にぶち殺すぞフェア!』

「やーん、オー君怒った〜!」

 

 ケラケラ笑いながらオスカーから逃げるフェアレーター。何というか、仲の良い兄妹のようで毒気が抜かれる。

 

「兄妹か?」

「彼奴の姉的存在が恋人だとは聞いたが」

「その姉は?」

「今は別の場所にいる。一応、そろそろ会いに行くつもりだが」

 

 なるほど、婚約準備か? などと考える門番。

 まあ、仮面の不審者など指名手配にはないし仮面の上につけるよっぽど拘った眼鏡をかけた犯罪者も行方をくらませたなんて報告はない。本来なら身分証がなければ税をもらうのだが……。

 

「通って良し。ようこそ、ブルックへ」

「ああ、どうも。おっと、そうだ。素材の換金場所って何処にある?」

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

「おぉ、そいつは親切だな。ありがとよ」

 

 門番に例を行ってブルックへ入る。それなりに賑わった街だ。露店なんかもある。生憎手持ちの金がないので先に換金しに行く。

 

「ほほ〜、ここが人族の街ですか。あ、あれ美味しそうですね!」

 

 耳をピコピコ動かし目をキラキラ輝かせるシア。アリーゼから人族の暮らしはある程度学んでいたものの、直に見るのではまるで違う。

 

「買うのは後な」

「ところで、どうするの、素材の質は。奈落の素材を出して受付嬢が驚愕して、ギルド長登場! いきなり高ランク認定! 受付嬢の目がハートに! なぁんてやってみる?」

「目立つのは避けたいな。それに、好意を寄せて来る女はお前一人で良い」

「………♡」

 

 その言葉に目を細めハジメの腕に絡みつく恵里。甘々な光景なのに、野生の勘が鋭い、戦士として育ったからそりゃもう鋭いシアには蛇が絡みついているように見えた。入り込めない二人の世界にユエはモヤモヤ。それに気づいたシアが後ろから抱きしめ頭を撫でてやる。自分にはないふくよかなそれにユエはイライラ。

 限界が来て胸を鷲掴み。ニャー! という叫びとヒャー! という悲鳴が響いた。ハジメと恵里は何やってんだこいつ等、と言いたげな顔をしていた。

 そんな事もありながらメインストリートを歩いていき、一本の大剣が描かれた看板を発見する。かつてホルアドの町でも見た冒険者ギルドの看板だ。規模は、ホルアドに比べて二回りほど小さい。

 ハジメは看板を確認すると重厚そうな扉を開き中に踏み込んだ。

 初めて見る顔に、視線が集まる。それが美少女達が殆どのパーティーとわかり見惚れ恋人に殴られる冒険者達。怪しい仮面の男は、まあそれも目立つ。オスカーも生前の姿のままだったら、女性から似たような視線を貰ったことだろう。何せ町の女性殆どが彼を狙っていたのだから。

 ハジメもまあ、それなりに視線は送られているが恵里が腕に絡みついているから恋人付きかとすぐに視線を外される。

 カウンターにいた受付は、恰幅の良いおばちゃんだった。もう少し大きな町ならば冒険者のやる気向上で美男美女が対応するのだろうが、まあ普通はこんなものだろう。

 

「冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

「ああ、素材の買取をお願いしたい」

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

「ん? 買取にステータスプレートの提示が必要なのか?」

 

 ハジメの疑問に「おや?」という表情をするオバチャン。確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるらしい。冒険者になれば様々な特典も付いてくる。生活に必要な魔石や回復薬を始めとした薬関係の素材は冒険者が取ってくるものがほとんどだ。町の外はいつ魔物に襲われるかわからない以上、素人が自分で採取しに行くことはほとんどない。危険に見合った特典がついてくるのは当然だった。

 

「他にも、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするね。どうする? 登録しておくかい? 登録には千ルタ必要だよ」

 

 手持ちがないので換金額から引き落として貰うことにした。ユエ達はどうするかと聞かれたが、取り敢えず保留しておいた。ここに来る前、オスカーなら作れるかもと思って聞いてみたが、ステータスプレートは『昇華魔法』の合わせ技。色々力が制限されてる今は不可能との事だ。

 戻ってきたステータスプレートには、新たな情報が表記されている。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに〝冒険者〟と表記され、更にその横に青色の点が付いている。

 青色の点は、冒険者ランクだ。上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化するのだ。ちなみにこれは通貨と同じ上がり方。この世界の通貨はルタで、日本とそんなに変わらない。つまりはお前の価値は1円な、と言われているようなものである。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪いところ見せないようにね」

「ああ、そうするよ。それで、買取はここでいいのか?」

「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

 

 魂魄魔法で精神を支配したりして、きれいな状態で保たれた素材は56万ルタで売れた。おばちゃんから貰った地図に書かれていた風呂付き宿、『マサカの宿』に向かう事にした。

 何がまさかなのだろうか? まさか平将門?

 宿に付き中に入る。

 宿の中は一階が食堂になっているようで複数の人間が食事をとっていた。ハジメ達が入ると、お約束のようにユエとシアとフェアレーターと恵里達美少女と、怪しい鉄仮面眼鏡オスカーに視線が集まる。それらを無視して、カウンターらしき場所に行くと、十五歳くらい女の子が元気よく挨拶しながら現れた。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」

 

 ハジメが見せたオバチャン特製地図を見て合点がいったように頷く女の子。

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 

 どうやらおばちゃんの名前はキャサリンと言うらしい。

 

「一泊でいい。食事付きで、あと風呂も頼む」

「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

 

 女の子が時間帯表を見せる。なるべくゆっくり入りたいので、男女で分けるとして二時間は確保したい。その旨を伝えると「えっ、二時間も!?」と驚かれたが、日本人たるハジメとしては譲れないところだ。

 

「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と大部屋が空いてますが……」

 

 ちょっと好奇心が含まれた目でハジメ達を見る女の子。そういうのが気になるお年頃だ。だが、周囲の食堂にいる客達まで聞き耳を立てるのは勘弁してもらいたいと思うハジメ。ユエもシアもフェアレーターも恵里も美人とは思っていたが、想像以上に四人の容姿は目立つようだ。出会い方が出会い方だったので若干ハジメの感覚が麻痺しているのだろう。

 

「ああ、大部屋で頼む」

「え、二人部屋3つとかじゃ駄目なの?」

 

 と、恵里。男子二人を離す気かと男達がニヤニヤ笑う。が……

 

「僕とハジメ、その他で分ければいいだろう?」

 

 恵里の爆弾発言に固まる。

 

「……ずるい」

「え? 恵里さんとハジメさんは恋仲なんですよね? 横恋慕のユエさんがとやかく言うのはおか………いたたた! おっぱい引っ張らないでください!」

 

 ムギューと胸を掴み体重をかけてくるユエ。か弱いユエに下手に攻撃すれば肉片を作ってしまうため派手な抵抗が出来ないシアはふん、と胸筋に力を込める。たれそうになった胸が引き戻されバルンと揺れユエがポコポコシアを叩き出す。

 

「……………大部屋で頼む」

「あ、はい………」




感想お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブルックの街にて 後編

 翌日、ハジメとオスカーは新た武器やアイテムを作るために宿に残り女子組は街に出る。ムキムキマッチョなオカマが店員の服屋が3人に服を見繕ってくれた。

 

「服ねえ……僕はハジメが作ってくれるって言ってたからどうでも良いんだけどね」

 

 キャイキャイとテンション高めの女子達に対して一人だけ断った恵里は気怠げだ。本当はハジメと居たかったのだろう。

 

「なら何でついてきたの?」

「そりゃあ君が色々やりすぎそうな子だからね」

「?」

「ここは君の生きてた時代じゃないんだぜ。ただ可愛いだけで、なんでも許されるわけがない。ましてや、君の時代君がどれだけ貴重なのかは知らないけどこの時代には君のような魔力操作持ちが沢山いる」

 

 最も、ほとんどが教会に所属しているが。それでも彼女が最強の魔法使いと言われていたのは三百年前。今の時代、彼女より上の存在がいるかもしれない。

 

「君の国を、同胞を滅ぼし尽くした奴は未だ顕在みたいだし」

 

 七罪と呼ばれる、教会最強戦力の長。伝説として語られる存在。言葉通りの生きた伝説。

 

「ちなみに何か知ってる?」

 

 文献には戦争を終わらせたとか巨竜を殺したとか………吸血鬼を滅ぼしたとか書かれていたが、具体的な戦い方、使用した魔法、戦術については書かれていない。

 

「………知らない」

「そっか………」

 

 伝説の始まりは驕り高ぶり神の座を得ようとした吸血鬼達を討伐した時と記されていた。まさかと思うが、初陣で吸血鬼を滅ぼしたのだろうか?

 吸血鬼族にはユエを封印するために施されていた封印からして、少なくとも2つの迷宮を攻略したであろう実力者がいるだろうに。

 

「そいつも攻略者なのかな」

「うーん。その頃フェアちゃん封印されてたから知らないなぁ」

「でも人間族って300年も生きれるんでしたっけ? ユエさんと同じ、不死系?」

「だとすると、同い年?」

「良かったねユエ。ハジメはおとなしく諦めて、その人と付き合ったら?」

 

 恵里の言葉にムッと顔を歪めるユエ。そんなユエに、恵里は笑みを崩すことなく返す。

 

「ハジメだっただけさ。僕も、君も………ハジメだからじゃなくて、救ってくれたから………それがたまたまハジメだっただけ。でも僕には、君と違ってちゃんとハジメを見る期間があった。君には絶対に渡せないなあ」

「それを決めるのは」

「僕だよ。君の、王族の価値観なんか、一般人に求めるな」

 

 ゴゴゴ、と魔力がぶつかり合う。シアがハラハラしフェアレーターがケラケラ笑っていると、そんな魔力の渦を感じれないのか、話しかけてくる者がいた。

 

「あ、あの!」

「「………ん?」」

 

 気が付くと男達に囲まれていた。話しかけてきたのは、その内の一人。

 

「ユエちゃんとシアちゃんとフェアちゃんと恵里ちゃんで名前あってるよな?」

「?……合ってる」

 

 何のようだと訝しそうに目を細めるユエ。シアは、亜人族であるにもかかわらず〝ちゃん〟付けで呼ばれたことに驚いた表情をする。

 男は振り返り、後ろの男たちに頷く。残りの男達も意を決したように前に出てくる。

 

「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」

「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」

「「「フェアちゃん! 俺とお茶しない!!」」」

「「「恵里ちゃん! 俺のものになれ!!」」」

 

 唐突な告白に、シアはえー、と固まる。自分がつけている首輪は、第三皇女の所有物である証なのだがここではあまり知られていないのだろうか。

 

「僕の体は足の先から頭の先まで全てハジメのものだから断る。髪の毛一本だって、他の男にはあげない」

「私もお断りです。奴隷した私に、何をする気ですか?」

「ん。ありえない」

「えー、なになにお茶? いいよ! もちろんおごりたよね!」

 

 フェアレーター以外は断った。まさに眼中にないという態度に、男は呻き、何人かは膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。しかし、諦めが悪い奴はどこにでもいる。まして、彼女達の美貌は他から隔絶したレベルだ。恵里も顔立ちでは他の三人に負けているが、唯一の彼氏持ちだからか、どこか薄暗さを感じる怪しい色気がある。多少、暴走するのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。

 

「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

 暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿す。三人を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫っていく。フェアレーターは告白してきた男達と一緒にどっかいった。

 そして遂に、最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらユエに飛びかかった。その姿はまさに発情モンキー。

 ユエは冷めた目付きで一言呟く。

 

「凍柩」

 

 魔法名通り、氷の柩に閉じ込められる男。そのまま地面に落下に無様な悲鳴を上げる。

 ユエは、ツカツカと氷の柩に包まれる男のもとへ歩み寄った。周囲には、ユエの実力に驚愕の表情を見せながらも、俺ならばと言わんばかり身構えている男連中がいる。なので、ユエは、見せしめをすることにした。

 ユエが手をかざすと男を包む氷が少しずつ溶けていく。それに解放してもらえるのかと表情を緩める男。さらに熱っぽい瞳でユエを見つめる。

 

「ユ、ユエちゃん。いきなりすまねぇ! だが、俺は本気で君のことが……」

 

 未だ氷に包まれながら男は更に思いを告げようとするが、その言葉が途中で止まる。違和感に気づく。溶かされていく氷がごく一部だけだ。それは……

 

「あ、あの、ユエちゃん? どうして、その、そんな……股間の部分だけ?」

 

 そう、ユエが溶かしたのは男の股間部分の氷だけだ。他は完全に男を拘束している。嫌な予感が全身を襲い、男が冷や汗を浮かべながら「まさか、ウソだよね? そうだよね? ね?」という表情でユエを見つめる。

 そんな男に、ユエは僅かに口元を歪めると

 

「……狙い撃──」

「そこまで」

 

 パシ、と男の股間に向けた手を恵里が抑える。

 

「………なんのつもり?」

「僕は別にやりすぎとは思わないけど、残念ながら内臓潰して生殖能力奪うなんて普通に犯罪だろ? こいつ等がクズなら良いんだけど、、後々僕等を犯罪者にする口実作られると困るんだよ。君だけで責任とってくれるんなら大歓迎なんだけどね」

 

 再び険悪な空気が流れる。もはや男の事などそっちのけだ。

 

「だいたい、押し倒したあとどうせ固まるだけで手も出せないようなチキンの玉を一々潰すなんて時間の無駄だよ」

 

 潰す、という言葉にヒュンと己の股間を抑える男達を尻目に、恵里はユエの手を話し肩をすくめる。

 

「面倒事は、一気に終わらせればいいんだよ…」

 

 パチン、と指を鳴らす。とたんに男達が虚ろな表情になりフラフラと帰路につく。

 

「何をしたの?」

「魂魄に干渉。今後、彼等の方から僕達に話しかけてくることは無いよ」

 

 恵里はそう言って歩き出す。シアはユエと恵里の対立が本格的になってきたら恵里の味方をしようと決めた。

 

 

 

「おう、お帰り」

『ちょうど色々完成したところだよ』

 

 宿に戻ると仮面を取り眼鏡骸骨になったオスカーとオスカー製高性能メガネをかけたハジメが出迎える。レアな眼鏡姿のハジメに恵里はトキメイた。

 

「それと恵里、新しい『影の衣』だ……」

「わあ……」

 

 死神の衣とでも言うべき外套だった影の衣は、制服のような規律を感じさせ、しかしファンタジー世界のような要素も付け足された黒衣。

 

『僕も口を挟もうかと思ったけどハジメは君の為に作るから、これだけは口を出して欲しくないって言われてしまったよ』

 

 愛されてるね、と笑うオスカーに恵里は長さの調整がまだされていないため余った袖で口元を隠した。

 

「んじゃ、明日からライセン迷宮に向かう。シア、案内は任せた」

「了解です。ただ………中には絶対、もう二度と入りません」




感想待ってます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ライセン迷宮の入り口

 オルクスの真なる迷宮はラストダンジョンとして設定されている。故に、ライセンの……それも表向きの大迷宮の魔物など雑魚でしかない。

 わざわざ死体を操る価値もないが、素材は売れるので指輪の宝物庫に入れていく。冥王の宝物庫にはゾンビ兵やオスカー製の魔剣を入れている。

 

「ここの魔物、特殊な力とか無いんだね」

「魔法が分解される地だからな。特殊な魔法より、身体強化に魔力を割ける魔物の方が生き残るんだろ」

 

 なるほど、確かにそうだ。魔法が使えない場所で、魔力を体外に出して使う魔物が蔓延れる筈がない。

 

「それにしてもこのハンマー、中々手に馴染みますねぇ。名前とかあるんですか?」

『ふふ。良く聞いてくれたね!』

 

 と、オスカーが得意げに言う。特に名前をつけた覚えのないハジメはオスカーは名付けてたのかと耳を傾け、フェアレーターは何故かアチャー、と頭を押さえる。

 

『なんでもミンチ君一号!』

「却下で」

『え!?』

 

 仮面ごしだし仮面の下は骨だし、表情のわからぬオスカーだがどうやら驚愕しているようだ。逆にそのネーミングが受け入れられると思ってる事に驚きだ。

 

「………ドリュッケンだ。錬成を組み込んでるから、アックスモードと叫べば殺傷能力重視の斧になる。シールドモードで盾だ」

「ドリュッケン………意味は分かりませんけど、いいですね!」

『ま、待ってくれ! なら三段階変化君は!』

「オスカーさんは、名付け親にはならないでくださいね」

 

 新たな名を考えようとするオスカーだったが、シアはやんわり断った。

 

「あ、つきました! ここです、ここここ!」

 

 そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアは、その隙間を指差す。

 

「では、私はここで待ちます。絶対に入りませんからねぇ!」

「頑張ってくださいねえ。フェアちゃんはふかふかベッドが恋しいので街に帰りますね〜」

「え? あれぇ………」

「そもそも出口ってここなんですか?」

「…………あ」

 

 シアとフェアレーターのやり取りにハジメははぁ、とため息を吐く。

 

「シアはフェアと一緒に街に戻れ。迷宮を攻略したら、俺等も戻る」

「でも………いえ、はい。失礼します」

 

 そう言うとシアはフェアレーターと共に歩き出す。

 

『じゃ、僕もこの辺で………』

「何言ってるんだい? オスカーは僕達と来るんだよ」

 

 オスカーも帰ろうとするが恵里の魂魄魔法により動きがギシリと止まる。

 

『………僕は手伝わない約束じゃ』

「うん。僕が操って魔法を使わせる………君が手伝うわけじゃない」

 

 とはいえ、いくら死者でも解放者の魂。長時間操る事は今の恵里では難しいので恵里の影に仕舞う。

 影の中は繋がっているので、恵里とハジメはもし離れても『冥王の宝物庫』を使い何時でも合流可能だ。

 

「んじゃ行くぞ……入り口は文字の近くらしいが………」

 

 岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。

 

「………あれじゃない?」

 

 ユエが指差した方向に視線を向ける恵里とハジメ。

其処には、壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

 

『おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』

 

 

《!》や《♪》のマークが妙に凝っている所が何とも腹立たしい。

 

 

「……なんじゃこりゃ」

「……なにだろうね」

 

 恵里とハジメがポカンと文字を見つめる。シアが案内した以上、間違いなくここがライセンの迷宮なのだろうが、本当になんだコレ。

 シアは精神攻撃してくる迷宮だと言っていたがなるほど、いきなり硬直させられた。

 

「ま、まあいい………入るぞ」

 

 と、ハジメが壁をドン、と叩き振動を確認する。

 

「ここだな……」

 

 隠し扉を見つけ、押す。壁がぐるりと回転し、ハジメを暗闇へと誘うが暗視があるので問題ない。闇に紛れ飛んできた漆黒の矢を全て掴み取る。

 

《入って来ていいぞ》

 

 『念話』を使い恵里に呼びかけるの恵里達も入ってくる。やはり矢が飛んで来たが、これも全てハジメが受け止める。恵里は構えていた銃をおろした。

 周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。ハジメ達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

『ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ』

『それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ』

 

「………そういや、フェアの人格のベースだってな、ここの迷宮主」

「ああ……」

「納得」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ライセン迷宮

 ライセンの迷宮は魔法が使えない環境に加え、様々な罠が襲いかかってくる迷宮。おまけに暇なのか、罠が設置された場所には文字通りの煽り文句が描かれている。

 更にシアの情報によると迷宮は一定時間毎に変化するらしい。

 

「お、ここにもあった。錬成っと………」

 

 ただ、その仕組みは粘土のように作り変えているわけではなく、立体パズルのように幾つものパーツを組み直しているようだ。

 薄暗い明かり、人工的故に存在する壁の彫り込みに隠されたパーツの継ぎ目を錬成で溶接していく。製作者は泣いていい。

 

「ユエ〜、凍らせそこねた罠には気を付けるんだよ〜」

 

 おまけに、恵里が【着氷霧】を発動させ罠のスイッチが動かぬように凍らせていく。この世界由来の魔法ではないからか、こちらは分解されないのだ。

 

「ユエ、少し寄れ。恵里、俺から離れるな」

 

 と、不意にハジメが恵里を抱き寄せユエに近付くように言う。不思議に思う二人、同時に、氷を突き破り壁から丸鋸が飛び出す!

 

「チッ!」

 

 破壊は簡単だが破片がどう飛び散るか解らない。飛んで交わし、しかし空中にいるのを狙ってきた杭を影の衣で捉え飲み込む。

 

「手動で罠を発動してやがるな………面倒くせぇ、一気に駆けるぞ」

 

 手動である以上、ラグが生まれる。ハジメは加速し迷宮を駆け抜ける。

 途中、壁の向こうに空間があるのに気づき壁を蹴破る。

 

「迷宮の組み換え機構は溶接されて、壁も壊される。ん、哀れミレディ・ライセン」

「マップに細工して良い迷宮なんて、イージーモードも良い所だからねえ」

「お前ら降りろ……」

 

 壁の向こうの部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両サイドには無数の窪みがあり騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には微かな魔力を持った菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 ハジメは周囲を見渡しながら微妙に顔をしかめた。

 

「いかにもな扉だな。ミレディの住処に到着か? それなら万々歳なんだが……この周りの騎士甲冑に嫌な予感がするのは俺だけか?」

「こう言うのってお約束は守られるものだよね」

 

 そんなことを話しながらハジメ達が部屋の中央まで進んだとき、確かにお約束は守られた。

 

ガコン!

 

 ピタリと立ち止まるハジメ達。続いて、別の音が周囲から聞こえる。周囲を見ると、騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分がギンッと光り輝いた。そして、ガシャガシャと金属の擦れ合う音を立てながら窪みから騎士達が抜け出てきた。その数、総勢五十体。

 

ドガガガン!

 

 と炸裂音が響き、恵里がドンナーで頭部を狙い撃つ。流石に鎧の隙間から目を狙う、なんて神業は出来ないが、大きく仰け反る騎士達。恵里の影が広がり『冥王の宝物庫』から現れる無数の魔物が騎士達に殺到した。

 

「物量戦ならこっちが上だな」

「ん……」

 

 ハジメやユエも参加してるが、殲滅戦に置いてこの中で一番は間違いなく恵里だ。何なら彼女一人に任せてもいいかも知れない。

 

「いや、けど時間かかりそうだな」

 

 よくよく見ると騎士達は再生機能までついてた。流石に無限とは思えないが、どれだけかかるか解らない。

 

「恵里……」

「適材適所だね、解るとも」

 

 恵里が影に死体兵を飲み込むと恵里を驚異と判断したのか騎士達が狙って来る。その内一体の頭をハジメが掴み……

 

「錬成……」

 

 魔力を通し他の騎士達に向かい投げつける。黒い魔力が紫電のように迸り、騎士達がただの鉄塊と貸す。

 

「こいよ鉄人形、一体残らず屑鉄に変えてやる」

 

 

 

 ハジメがまだ持っていない鉱石何かも使われていたので、鉄屑は全て回収することにした。

 

「あ、扉開いた」

「通路みたいだね。明らかにボス部屋への道みたいだ………僕だったらここで散々苦労させて振り出しに戻させるけど」

「ハジメに迷宮滅茶苦茶にされるよりマシだった、とか」

「じゃあここ固定して、迷宮滅茶苦茶にした後戻ってこよう」

「鬼かお前は」

 

 ハジメが呆れながら進むと騎士達は距離を取りながら付いてくる。恐らくだが、最終試練には本来参加する筈なのだろう。だがハジメに触れられれば役に立たない鉄屑になり果てるので距離を取っていると言ったところか。

 

「道が切れてる」

 

通路の終わりが見えた。通路の先は巨大な空間が広がっているようだ。道自体は途切れており、十メートルほど先に正方形の足場が見える。

 

「飛ぶぞ」

 

 ハジメはそう言って恵里をお姫様抱っこした。ユエは背中にしがみつく。そのまま地面を踏み砕くほどの脚力で跳ぶが、突如正方形の足場がスィーと動く。

 

「っ!? チィ!」

 

 地味な嫌がらせに舌打ちしつつ『宝物庫』から取り出したオスカー製の『これで安心! 切れない鎖』(オスカー命名)を取り出し先端の杭を正方形に突き刺す。隙有りとばかりに突っ込んできた騎士。ハジメの首を狙うそれを、恵里がギロリと睨んだ瞬間バランスを崩しハジメ達の頭上を通過する。

 ハジメ達を通り過ぎた騎士は、そのまま勢いを減じることなく壁や天井、床に激突しながら前方へと転がっていった。

 

「これって、重力?」

「だろうな。つか、何した?」

 

 鎖を引き寄せた勢いで正方形の上に着したハジメは、壁に()()しガクガクと震える騎士を見て尋ねる。

 

「魂をあげた。他人から操られてる人形が、自意識を持って混乱してるのさ」

「趣味が悪い」

 

 ユエの言葉にアハハハ、と笑う恵里。ハジメもまあ、今回ばかりはユエに同意だ。

 

「それにしても………ここは」

 

 

 ハジメ達が入ったこの場所は超巨大な球状の空間だった。直径二キロメートル以上ありそうである。そんな空間には、様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊してスィーと不規則に移動をしているのだ。完全に重力を無視した空間である。だが、不思議なことにハジメ達はしっかりと重力を感じている。おそらく、この部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。

 なんか天空の城ラ○ュタみたいだな、と思っていると、不意に目を見開きユエと恵里を近くの足場に投げ飛ばし、超高速で降ってきた赤熱化した巨大な何かを蹴りつける。

 

「───っ!!」

 

 ミシッ、と足が軋む。しかし、先に耐えられなくなったのは鉄塊。砕け散り周囲に破片が散らばる。

 

「おお〜、やるやる。その強さ、やっぱりプレイヤーだね、君?」

 

 不意に聞こえた態度の軽い女の声。視線を向ければ、一人の少女が浮いていた。

 

「我こそはミレディ・ライセン! 可愛くて強い、解放者のリーダーなのだ!」

 

 ビシッ! と妙ちきりんなポーズを取るミレディ。ハジメ達は胡散臭げな視線を向ける。

 

「ほらほら、解放者だよ? とって〜も偉くて優しい人だよ? 称える歌を歌ってもいいんだよ? ふんふふ〜ん、ミ、ミ、ミ、ミレディちゃんは〜♪ とっても可愛い女の子〜♪」

 

ハジメ達は思った、こいつ………ウゼェと。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。