原作を壊したくない円堂守の奮闘記 (雪見ダイフク)
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プロローグ

初投稿です。誤字脱字、文章としておかしい部分等、多々あるかとは思いますがよろしくお願いいたします。


気づいたら円堂守になっていた。

 

いきなり何だと思われるかもしれないが聞いて欲しい。俺は現代日本で高校を卒業し、その後就職。仕事はやりがいがあり、彼女こそいなかったが充実した生活を送っていた。しかし、朝になって目を覚ました俺の視界に入ったのは見慣れない天井。周りを見るとやはり見覚えの無い部屋。此処は何処だと困惑する俺の耳に

 

「守〜!早く起きなさぁ〜〜い!」

 

という声が届く。守?誰だそいつは?とさらに混乱を深める俺の視界にある物が映り込む。

 

「サッカーボール?」

 

机の上に置いてあるサッカーボール、その横にはかなり使い込まれているように見受けられるグローブと写真立て、そしてえらく汚い字が表紙に書き込まれたノート。

 

「……?この人、なんか見た事あるような…」

 

写真を目にした俺は、何故かそこに写っている人物に既視感を覚えた。

疑問に思いながら、視線を写真の横のノートに移す。

 

「………大……介……?」

 

表紙に書き込まれた解読不能なレベルで汚いその字からなんとか人名らしきものを読み取る。

その時、何かが脳裏を過ぎった。読めないほど汚い字で書かれたノート、大介という名前、使い込まれたグローブ、よく見ればこのグローブも見覚えがあるような気がする。もう一度写真を見る。オレンジ色のバンダナを身につけた男性。

 

「円堂…大介…?」

 

考えが纏まるより早くその名前を口が紡いだ。

 

円堂大介

 

イナズマイレブンという作品の主人公、円堂守の祖父。伝説的なゴールキーパーで既に亡くなったとされていたが、物語終盤で生存が発覚する。ラスボスと言えるチームの監督を務め、主人公の前に立ち塞がる人物。

 

そんな情報を思い浮かべるがなんでそんなキャラの写真が?

しかもなんか妙にリアルだし。二次元じゃなく実写ならこうなると言われれば素直に納得出来るレベルだ。

 

と、ここに来て新たに違和感を覚える。

 

「目線がいつもより低い……?」

 

俺の身長はそこまで高くはないが流石にここまで目線は低くはなかったはずだ。しかも、今まで頭が混乱して気づかなかったが、手足も短くなっている。明らかに成人男性のそれではない。

 

「どうなってんだよ、これ…」

 

さらに謎が増えて頭を抱えそうになったが、ふと先程聞こえてきた声を思い出す。守、確かにそう言っていた。俺は自分がいるこの部屋を改めて見回す。

 

「子供部屋…」

 

と感想を口に出し、状況からある仮説を立てる。

 

「いや、まさかなぁ…」

 

そんなファンタジーな事、小説じゃあるまいし起こるわけないだろうと思うが、否定し切れないならば確認するしかあるまい。

覚悟を決めた俺はドアを開け、部屋の外に出る。どうやら二階のようだ。先程の声は一階から呼んできたのだろうか。

意を決し階段を降りたところで声を掛けられた。

 

「やっと起きてきたのね、守。早く顔洗ってらっしゃい。」

 

先程の声の主だろう、やはりどこか見覚えのあるその女性は確かに俺の事を守と呼んだ。間違いであってほしかった仮説が現実味を帯びてきた。

 

「分かった。ところで洗面所って何処だっけ?」

 

と問いかけると、目の前の女性が呆れたような顔になった。

 

「まだ寝惚けてるの?そこよ。」

 

と指された場所を確認し礼を言い、不自然に思われないよう、しかし足早に洗面所に入る。一度深呼吸した後、鏡を覗き込む。

 

「マジか………」

 

そこに映っているのはやはり見覚えのある顔の少年。物語の主人公として慣れ親しんだ姿よりも幼く、トレードマークのバンダナもしていない。しかし、分かる。この人物は確かに、俺の好きだったイナズマイレブンの主人公

 

「円堂守になってる………」

 

 

 

 




このような駄文を読んでくれた方に感謝を。
続きはいつになるかは分かりません。ですが、続きを読みたいと言って下さる方がいるなら時間は掛かるかも知れませんが絶対に書き上げてみせます。
改めてありがとうございました。


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早すぎる邂逅

なんとか2話目書き上げました。疲れた。


「本当に大丈夫なの?」

 

心配そうな顔でそう聞いてくる母親に大丈夫だと返事を返す。あれからどうにか平静を装おうとした俺だったが、普段の様子をよく知る母親からすれば違いは一目瞭然だったらしい。熱でもあるのか、気分が悪いのかと慌ただしく問いかけられたので、体調が少し悪いので学校を休ませて欲しいと伝える。気分が良くないのは本当だったし、何より考えを纏める時間が欲しかった。実際に顔色も悪かったらしく、疑うことなく納得し学校に休む旨の連絡を入れてくれた。

 

「何かあったらすぐに、連絡するのよ?絶対無理はしないこと!」

「分かった、分かった。大分楽になってきたし大丈夫だよ。」

 

母親は今日はどうしても外せない用事があるらしく、俺を家に一人残す事ことがとても心配らしい。俺としては一人になれるのは好都合だったが、不安そうな表情を浮かべ、家を出ていった母親の内心を思うと罪悪感を感じる。

 

 

 

 

 

さて、考えを纏めるとするか。とは言っても何故か気づいたら幼少期の円堂守になっていた、という事くらいしか分かってないが。これは小説とかでよく見る転生、もしくは憑依ってやつなのか?あれから部屋を色々漁ってみたが、分かったのは円堂が現在小学四年生だということぐらいだ。何故こんな中途半端な年齢なのか、いっそ赤ん坊にでもなっていれば潔く転生したことを受け入れたものを。小学四年ということは十歳ぐらいか?しかし、それだけの年月を生きてきた円堂守の記憶を俺は一切思い出せない。両親が注いでくれたであろう愛情も、友達との友情も、何一つとして。

俺は俺の記憶しか持っていない。前世、と言っていいのか分からないがこうなる前の名前も家族構成、学歴に至るまで全てハッキリと思い出せる。

昨日までの円堂守が消えてしまったのか、俺と一つにでもなったのか、はたまた俺という人格が表に出ているだけで心の中でまだ生きているのか。本当のところは分からないが、今までのことを全く思い出せない以上は完全な他人になってしまったと言っても過言ではないだろう。

俺のことを心配していた母親のことを考えると心が痛む。あなたの息子の中身は見ず知らずの他人になってしまいました、とはとてもじゃないが言えない。

何はどうあれこうなってしまった以上、俺はこれから円堂守として生きていくしかないのだろう。家族や友達との関係などを考えると気が重いが、どうにか上手く誤魔化すしかない。

そして、今まで考えていたことも重要な問題ではあるが、それ以上に本来の円堂守がいなくなった、ということはこの世界にとって途轍も無く大きな意味を持つ。

以前にも言ったが円堂守はイナズマイレブンという作品の主人公だ。

イナズマイレブン、この作品は超次元サッカーRPGというジャンルを持って発売されたゲームが原作だ。その名の通りサッカーを題材にしたゲームだが、超次元と銘打つだけあって登場人物達は皆、必殺技というものを使う。炎を出したり、空を飛んだり、挙げていけばキリがないが、とにかく何でもありのトンデモサッカーが繰り広げられる。

そしてRPGらしく敵役もいるのだが、やっている事が本当に子供向けの作品なのか疑いたくなるほどヤバい。ゲームのシナリオの中で、円堂達はそれらを食い止めていく訳だが、これを放っておくと最悪の場合、戦争が起きてもおかしくない。どころかまず間違いなく未来を大きく歪めることになるし、人類や宇宙の存亡に関わってくるかも知れない。

………本当にサッカーゲームかこれ?

……とにかく、原作の展開から大きく変わってしまうとその影響で何が起きるか予想がつかない。円堂の中身が俺の時点でもう手遅れかも知れないが、やれることはやっておきたい。何より、俺のせいで原作の流れが変わるというのは少し、いやかなり嫌だ。これまで長々と語ったが俺はイナズマイレブンという作品が好きなのだ。原作の展開をこの目で見てみたいし、好きなキャラと話したり、必殺技を使ったりしてみたい。円堂守はいつだってサッカーを楽しんでいた。だから俺もサッカーを楽しむ。あまり重苦しいことばかり考えていても仕方ない。結局俺に出来るのは目の前のことに全力を尽くすことだけだ。

 

 

だからやろう、大好きだった世界を守るために、原作を守る為に、俺に出来ることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は雷門中の入学式だ。

 

あれから色々と大変だった。友達のことや学校のことがさっぱり分からなかった為、記憶喪失にでもなったのかと大騒ぎになった。何も覚えてないので間違いとは言い切れないが。幸い、同じクラスに原作キャラの一人である風丸一郎太がいたので、彼に話を振ることでなんとか冗談だということに出来た。……タチの悪い冗談は止めろと説教を食らったが。

というか円堂が筋金入りのサッカーバカだというのは皆が知るところであり、休み時間にボールを蹴っていたらいつもの円堂だと納得された。それでいいのか…?

 

円堂が原作でいつも特訓していた鉄塔広場を見つけ、鉄塔に登ってそこから見る景色に心を奪われたり、特訓に使っていたタイヤを探して町内を走り回ったり、やっとタイヤを手に入れ特訓を始めたら小学生の身体では流石に無理があったか、盛大にタイヤに吹っ飛ばされたり、慌ただしく時間は過ぎていき気付けば今日を迎えていた。

 

正直、中学に入学するまでに必殺技を習得したかったところだが、あいにく未だ習得出来てはいない。原作でもこの時点ではまだ必殺技を使えなかったはずなので焦ることはないのだが、主人公補正というものに期待が持てない以上、原作よりも強くなっておきたい。この日の放課後にある出来事が起きればあるいは一気に成長することが出来るかもしれないがあまり期待はしない方がいいだろう。起きなければその方がいいしな。

 

そんなことを考えている間に入学式は終わっていた。正直全く話を聞いていなかったが、たとえ聞いていたとしてもすぐに忘れるだろうから問題は無い。というか覚えているようなやつは普通いないだろ。いや、よっぽど真面目で堅物なやつなら覚えてたりするのか?などとまたしてもどうでもいいことを考えながら教室での教師の話も聞き流す。今日の予定が終了し、解散するとすぐさま職員室に直行する。サッカー部の顧問をしていたのは後にスパイとして買収される冬海先生(先生と付けなくてもいいような気もするが、一応この時点では普通に教師やってるはずなので一応付ける)なのは覚えているので、彼の元へ向かい

 

「サッカー部、入部希望です!!」

 

あらかじめ書いておいた入部届けを差し出す。

いきなりのことで冬海先生は頭が回っていないのか何度か俺の顔と入部届けに視線を往復させる。

 

「あ〜、悪いけどうちの学校にサッカー部は……」

「無いんでしょう?なら俺がつくりますよ、サッカー部」

 

その返しが予想外だったのかキョトンとした顔をした冬海先生だったが、すぐにその顔が嫌そうな色に変わる。

 

────うわ、分かりやす!すっごい嫌そう。少しは隠そうとしろよ。

 

その後も明らかに乗り気ではなく、遠回しに俺に諦めさせようとしていた冬海先生だったが、俺が折れる気が無いことを悟ったのか、深いため息をついたあと

 

「分かりましたよ。サッカー部が活動していた頃に使っていた部室が残っているので案内しましょう。」

 

と言って立ち上がった。自ら案内してくれるらしいことに若干驚く。

割と面倒見が良かったりするのか?まあ、案内してくれるならそれに越したことはないので冬海先生の後に続く。道中でマネージャー志望だという木野秋と合流し、三人で部室へと向かう。

 

「これがサッカー部の部室です。」

 

そう言って立ち止まった冬海先生の目の前にある建物を見て俺の顔が若干引き攣る。この部室が古いのは知っていたが実際に見ると想像よりも正直ボロい。ふと、横に立つ木野の顔を見ると彼女も想像していたものとは差異があったのか苦笑いを浮かべている。

 

「これが鍵です。好きに使ってください。では私はこれで。」

 

冬海先生はそう言い俺に鍵を預けて去っていく。なんとなくその姿を見送った後、部室の扉を開けてみる。物置にでもされていたのか中は物で溢れ、かなり埃が溜まっているようだった。まずは掃除からだな。

 

中に置いてあった物を外に運び出す。結構な量がある為、割と疲れる。

明日にすればよかったか?などと考えていると木野が声を上げる。

 

「円堂くん!これ見て!」

「なんだ?………あっ!これって…!」

「「サッカー部の看板!!」」

 

木野が持っていたのはサッカー部と書かれた木の板。そうか、何か違和感あると思ったら看板が掛けられてなかったのか。看板を見つけ若干テンションが上がった俺達は作業ペースを上げ、なんとか今日中に掃除を終えることが出来た。そして綺麗に磨き上げた看板を表に描ける。

ボロいのは変わりないけど、看板があるだけで部室って感じがしていいな。

俺と木野は自然と手を上げ、ハイタッチを交わす。

 

「「雷門サッカー部、始動!!」」

 

────此処から始まるんだ……!!

 

感慨に耽る俺の耳に、呟くような小さな声だったが確かに、

 

「サッカー部」

 

という単語が聞こえる。

早速入部希望者か!?と勢いよく振り返り、そこにいた予想外の人物に目を見開く。

まるで炎のように逆立てた白髪。先端がイナズマのような形をした独特の眉。強い意志を湛えるその瞳。

 

「豪……炎寺…?」

 

いずれ雷門のエースストライカーとなる、しかし、今この場所にいるはずのない男が、そこに居た。

 



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偽物の決意

お気に入り登録して下さる方が思ったより多くて、感想までもらえたのでテンション上がって書き上げました。


「豪……炎寺…?」

 

今俺の前に立っているのは間違いなく豪炎寺修也だ。主に炎の必殺技を使う中学サッカー界における伝説のストライカー。原作では彼のシュートによって数多くの勝利をチームに齎した。しかし、彼は一年の時は木戸川清修中の生徒のはずだ。二年の時に彼が雷門中に転校して来て、円堂と出会いそこから物語が動き出す……はずなんだけど……。

あまりの驚きに呆けていると豪炎寺が訝しな表情を浮かべる。

 

「……何処かで会ったことがあったか?」

「えっ?」

「……何故俺の名前を知っている?」

 

そう言われて気付く。確かに今まで一度も会ったこともない人間に名前を知られているのは不自然だろう。何故此処に豪炎寺がいるのかは分からないが、彼に不信な感情を抱かれるのは非常に不味い。内心激しく困惑しながらもなんとかこう切返す。

 

「お前、サッカーやってるだろ?試合を観たことがあったからさ」

 

豪炎寺が何処のチームに所属していたかなど、小学生時代の情報は何一つとして知りはしないがサッカーをやっていたことだけは確実だろう。咄嗟に考えたにしては筋が通っていると内心で自画自賛する。しかし、どうしたことか豪炎寺は先程よりも顔を顰める。

 

────えっ?なんで?

 

豪炎寺の表情からは困惑や疑念といった感情が見て取れる。

 

「「………………」」

 

豪炎寺は何も返答せず、俺達のあいだに沈黙が訪れる。そこに

 

「円堂くん、私先に帰ってるね」

 

俺達の気まずい雰囲気に何かを察したのか木野がそう声を掛けてくる。

 

「あ、ああ。掃除、手伝ってくれてありがとな木野」

「うん。また明日ね」

 

そう言って立ち去っていく木野の姿を見送り、再び豪炎寺に向き直る。

 

「「………………」」

 

再び訪れる沈黙。こうしていてもどうにもならない。俺は豪炎寺に向かって口を開こうとして

 

「この学校に、サッカー部があったのか?」

 

と先んじて豪炎寺に問いかけられる。

 

「ああ、随分前に廃部になって以来、ずっとそのままだったらしいんだけど、俺、どうしてもサッカーがやりたくてさ。サッカー部つくることにしたんだ。」

 

会話を再開できたことに安堵しながら、豪炎寺の問いに答え、こちらも問う。

 

「ところでお前、サッカー部に入ってくれるのか?」

「俺は……」

 

豪炎寺は少し考え込んでいたようだったが、

 

「俺は、サッカー部に入るよ」

 

と言ってくれた。会話中に雲行きが大分と怪しくなっていたがなんとかなったな……。

 

「だが、少し聞きたいことがある。」

「ん?何だ?」

 

すっかり安心していたところにそう言われたので、俺も聞き返す。

 

「俺が試合をしているところを観たことがあると言っていたな。なら俺の必殺技についても知っているのか。」

 

言葉が詰まる。豪炎寺の代表的な必殺技と言えば〈ファイアトルネード〉だが、その技を習得したのがいつ頃なのかは知らない。もし、まだ習得していないなら、この技を答えた瞬間、俺が嘘を吐いたことが露見し、豪炎寺は俺を疑いの目で見ることだろう。なら、知らないと言いたくなるが試合を観ていたとこちらから言ってしまった手前、必殺技のことだけ知らないのも不自然だ。よって俺の答えは一つしかない。

 

「あ、ああ。ファイアトルネードだろう?凄い必殺技だよな」

 

どうか合っていてくれと祈りながら答える。果たして……

 

「……………」

 

豪炎寺は何も答えない。まさか、間違っているのか?胸中が不安に覆い尽くされる。立ち尽くす俺にようやく豪炎寺が口を開いた。

 

「………これが最後の質問だ」

 

思わず息を呑む。俺の答えは合っていたのか?何を聞かれる?

 

「お前は誰だ」

 

……………………えっ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は誰だ」

 

豪炎寺の睨みつけるような視線が俺を射抜く。

 

「あ、ああ。そういえばまだ自己紹介もしてなかったな。俺は……」

「その必要は無い」

 

俺の言葉を遮り豪炎寺がそう断言する。

強い語調にやや気圧される。鋭い目付きと相俟ってある種の威圧感のようなものを豪炎寺から感じる。

 

「円堂守のことは俺もよく知っている」

「なっ………!?」

 

俺のことを知っている?何故?いったい何処で豪炎寺は俺のことを知ったんだ。接点は何もないはず……。いや、だがその言い方はまるで……

 

「俺は今まで何処のチームにも所属していなかった」

 

混乱する俺に豪炎寺はさらに畳み掛けるようにそう言った。

は?どういうことだ。チームに所属していない……、サッカーをしていなかったってことか!?なんで!?

 

「だから人前で試合に出たことも、ましてや必殺技なんてものを誰かに見せたことも無い。なのに、お前はさっきから何を言っている」

 

頭が真っ白になる。いったい何が起こってるんだ。どういうことなんだ。

 

「世宇子中、エイリア学園、FFI」

 

さらに衝撃が身体中を駆け巡る。何故、今そんな単語が出てくる。知っているはずがない。ありえない。

 

「お前も、俺と同じなんじゃないのか」

 

俺と……同じ?それは、どういうことだ。いや、待て、そんなまさか…

 

「お、お前も!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言えば、豪炎寺は俺と限りなく似た境遇だと分かった。彼も俺と同じように気付いたら豪炎寺になっていたらしい。原作では豪炎寺の妹は兄の全国大会決勝の応援に向かう途中で事故に遭い、意識不明の状態となる。それを阻止したかった彼は、本来進学するはずだった木戸川清修中に行かなければいいという結論に至ったらしい。しかし、クラブで活躍してスカウトされた場合、断ると遺恨を残すことになるかもしれないと考え、何処のクラブにも入らなかったそうだ。

自分が活躍することを前提としての考えであり、聞いている時に少しイラッとしてしまった。

しかし聞けば既に独力で〈ファイアトルネード〉を習得しているらしい。マジかよ、こちとら〈ゴッドハンド〉どころか〈熱血パンチ〉すら習得出来てないってのに……。俺、才能ないのかな…。

事故を回避するだけなら他にもどうとでも出来たはずの彼がわざわざ雷門に入学したのは原作主人公である円堂と共に居れば、自分が原作から多少外れた行動をしたとしても主人公補正的なものでどうにかなるだろうと考えたからとのこと。

しかし、肝心の円堂は自分と同じように中身が別物になっていた。現在進行形で目の前で頭を抱えているが、俺からすれば頭を抱えたいのはこっちだ。

こいつの行動は多少どころか原作から大きく逸脱してしまっている。小学生時代に有名になったりもしていないので、物語序盤の最重要イベントである帝国学園との練習試合のフラグが完全にへし折られている。

ちなみに俺が危惧していた原作の展開を変えることで将来起こりうるかもしれない事態については聞いて見たところそこまで深く考えてなかったらしく、顔が真っ青になっている。

さっきから薄々そんな気はしていたがこいつ実はアホなんじゃないのか。

こいつの妹が事故に遭わずに済んだのはいいが、それからどうするかもっと考えろよ。ここからどうやって原作の展開に軌道修正すればいいんだ。

 

それからしばらく話し合い、俺達は一つの結論を出した。

それは全国大会で優勝すること。ひとまずはそこを目標として定めた。

もう既に原作の展開をそのままなぞることは不可能に近い。だが、全国大会の優勝などの大きな節目となる、所謂歴史の分岐点となりうる事柄を原作と同じように保つことで、なんとか原作の大まかな流れを守ると共に、歴史に与える影響を少しでも抑えることが出来るのではないかと考えた。

たとえ偽物であったとしても、曲がりなりにも円堂守と豪炎寺修也が揃っているのだ。大会を勝ち抜いていくのは決して不可能ではないはず。

 

 

目指すべきものは変わらない。俺は、可能な限り原作を守ってみせる!!

 

 

 




自分で文章考えるのって思ったより難しいですよね。
あと、サブタイトルがなかなか決められねぇ。もっといいタイトルが思いついたら後から変更するかも。

完全に見切り発車で書き始めてストックもないので更新頻度がどれくらいになるかはまだはっきり言えませんが、なるべく間隔を開けないようには努力いたします。

長々と失礼しました。


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原作開始

豪炎寺と話し合った後、何事もなく家までたどり着いた。

円堂守を主人公としたシリーズの続編に当たる作品の話になるのだが、敵がとある理由から円堂守を襲撃し、サッカーを捨てさせることによる歴史の改変を行うといったエピソードがある。それが起きる可能性も無くはないと思っていたのだが結局何も起きなかった。これはこの世界が原作でいうところの正史の世界線であるということなのか。それとも本来の円堂守よりも俺が未来に及ぼす影響が小さく、歴史の改変などする意味もないということなのか。

リスクこそ大きいが、この出来事が起きれば時空の共鳴現象によって必殺技を手っ取り早く習得出来るのではないかという思いがあったり、また、俺が未来で原作を守れている証明になるのではないかと考えていたのだが、そう甘くはないらしい。

まあ、続編主人公が助けに来なければその時点で俺の物語は終わることになるので何も起こらなければそれに越したことはないのだが。

 

 

それからは大きな問題もなく、サッカー部の活動も順調だ。原作通りに半田と染岡が入部し、それ以外では俺の勧誘に応じてくれた影野と、なんと風丸も入部してくれた。風丸は原作では陸上部だったので大会前に助っ人としてスカウトすることになると思っていたが、これは嬉しい誤算だった。どこでフラグを立てたんだろうか?

原作では円堂、染岡、半田の三人しか一年の時点ではいなかったはずだが、そこからさらに三人増えて六人となり、幸先の良い滑り出しとなった。

出来たばかりで実績もなく、人数も少ないこともあって、雷門中のグラウンドを使っての練習はなかなか出来なかったが、それほど広くないスペースでもリフティングやパス回しなどはやれたし、河川敷のグラウンドで練習したり、他校のサッカー部に頭を下げて一緒に練習させてもらったり、とにかくやれることは何でもやった。

原作のこの時期よりも練習量はかなり多いのではなかろうか。

一年の秋頃には染岡が〈ドラゴンクラッシュ〉を、風丸が〈疾風ダッシュ〉を習得した。この二人は明らかに原作開始時より既に実力は上回っているだろう。頼もしい限りである。

一方俺は未だに〈ゴッドハンド〉を習得出来ていない。何故だ……。

ちなみに何度やっても一向に習得出来る気配が無かったので〈熱血パンチ〉の習得は諦めた。わざわざパンチング技を覚えなくとも、〈熱血パンチ〉で止められる程度のシュートは技なしでも止められるようになればいいだけだ。断じて豪炎寺が呟いた

 

「お前が熱血じゃないからじゃないか?」

 

という言葉に納得してしまった訳では無い。熱血の基準って何だ…。いったい何でそれを判定してるんだ…。

 

二年に進級してからは原作通りに一年が四人入部し、合計で十人。あと一人部員が増えれば試合が出来る人数となった。原作では部員達はすっかりやる気を失ってしまっていたが、この世界線では皆毎日真面目に練習に取り組んでいる。その甲斐あって廃部だとかそういう話は今のところ出ていない。

そんなある日、俺は冬海先生に校長室に呼び出された。

 

 

 

 

 

「練習試合……ですか?」

「ええ」

 

何事かと身構えていた俺だったが、どうやら俺が何かやらかしたとかそういう話ではないらしい。しかし、これはまさか……

 

「相手は帝国学園です」

 

やはりそうか。この時期に突然の練習試合といえば思い浮かぶのは帝国学園しかない。

 

「どうです。凄いでしょう?」

「この四十年間、フットボールフロンティアで優勝し続けている無敵の学園だよ」

 

口ではそう言いつつ、普段と変わりない表情の冬海先生と興奮している様子の火来校長。

 

「帝国のことは俺も知っていますけど……なんでうちに?向こうにメリットがあるとは思えませんが…」

 

原作では雷門に転校して来た豪炎寺が目的で練習試合を申し込んで来たはずだが、この世界線では豪炎寺は無名の選手だ。うちの部に帝国が脅威を感じるような実績を持つ選手はいない。帝国にとって雷門などそこらの有象無象と変わらないはずだ。それがいったい何故……。

 

「それに試合をするには部員も足りませんし……」

「あら、なら試合までに残りの部員を探せばいいのではなくて?」

 

そう言うのは冬海先生、火来校長と共にこの場にいたこの学校の理事長の娘である雷門夏未。この学校の生徒会長を務めている才媛だ。

 

「仮にもこの学校の名前を背負って試合をするのだから、情けない負け方をしないように努力することね」

「……まるで負けるのが前提みたいな言い方だな」

「あら、当然でしょう?貴方達のような弱小サッカー部が勝てると思うの?」

「やってみなきゃ分からないだろ、そんなの」

 

睨み合う俺と雷門。原作におけるヒロインの一人だが、俺はこいつと少々相性が悪い。顔を合わせればだいたいこんな感じで険悪な雰囲気になる。

 

「……分かったわ。そこまで言うのなら、もしも勝てたなら貴方達のフットボールフロンティアへの出場を認めましょう」

 

フットボールフロンティア。中学サッカー日本一を決める大会。この大会の優勝が俺が豪炎寺と決めた第一の目標でもある。

 

「俺達が去年の大会に出場出来なかったのは部員が足りなかったからだ。それはお前に認めてもらうようなことじゃない。だからその代わりに、帝国に勝ったら俺達を弱小と言ったことを撤回しろ」

「……いいでしょう。貴方達が勝てば、先程の発言は取り消します」

 

 

 

 

 

その後に部室へと向かったのだが、呼び出された俺のことを心配していたらしく、何かあったのかと部員達から質問攻めを喰らった。

校長室での話を部員達に伝えると、心配そうな表情が驚愕へと変わった。

 

「帝国と練習試合!?」

「帝国って、あの帝国でやんすか!?」

「マジかよ……」

 

部員達が驚きの言葉を口にする。無理もない。俺も原作を知っているから冷静でいられるが何も知らなければ同じような反応をするだろう。

ふと豪炎寺の方を見ると目を見開き、口を開けて呆然としている。こいつのこんな表情は珍しいな。

 

「円堂、本当なのか……?」

「ああ」

 

自分がこの練習試合のフラグをへし折ったのだと以前に俺から責められたこともあってか、困惑を隠せない様子。実際、試合を申し込んで来た理由は分からないしな。

驚いていた部員達だが、今度は主に一年が不安そうにしている。

 

「む、無理ですよ。帝国なんて……」

「勝てるわけありませんよ……」

「恥かくだけでやんすよ……」

「キャプテン、ホントに試合するんスか……?」

 

………完全に諦めムードになってやがる。まあ、無理もないが…。

 

「おいおい、今からそんなに弱気になってどうするんだ?練習試合なんだから負けたってどうなる訳でもない。それより帝国と、最強のチームと試合が出来るんだぜ?こんな機会そうそうないんだ。絶対いい経験になる。帝国相手にどこまでやれるのか、俺達の全力をぶつけてやろうぜ!」

 

こういうのはあんまり得意じゃないんだけどな…。

うん、まだ不安そうではあるけどさっきまでよりはマシな顔になったな。

帝国との試合まではまだ何日かある。部員ももう一人探さないといけないし、出来ることをやっておかないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《風丸視点》

 

円堂はあの日から少し変わった。あの日、円堂は声を掛けてきたクラスメイトに

 

「ごめん、誰だっけ?」

 

と言い、おいおい、忘れたのかよ?などと茶化していた他のクラスメイト達に対しても同じように問い掛けた。

その不安そうな様子はとても嘘には見えなくて、本当に分からないのかと騒ぎになりかけた瞬間、

 

「じょ、冗談だって。なあ、風丸?」

 

と俺に言ってきた。心配しかけたところにそんなことを言われたのでタチの悪い冗談は止めろと説教してしまった。クラスメイト達はまだ少し心配そうだったが休み時間にボールを蹴る円堂を見て、一応冗談だと納得したらしい。

しかし、俺はその姿を見て違和感を覚えた。傍目にはいつもと変わらないように見えるけど……

 

━━━━━━━円堂はあんな顔でボールを蹴っていただろうか。

 

今までボールを蹴っている時の、サッカーをしている時の円堂はいつだって笑顔だった。今も普段と変わらないように思えるけど、俺にはどこか辛そうに見えた。

何かあったのかと聞いて見たが、少し驚いたような顔をした後、何も無いと言われるだけだった。

俺には相談出来ないことなのか……?

その後、円堂は急に成績が良くなり、普段の言動も大人びたものになった。やっぱり何かあったんじゃないかと聞いてみても返ってくる答えはいつも同じ。

円堂が何処か遠くに行ってしまったような気がした。

何で俺には何も相談してくれないんだろう。そんなに俺は頼りないか。それとも

 

━━━━━━━友達だと思っていたのは、俺だけだったのか…?

 

一度芽生えてしまった疑念は俺の胸の中に残り続けた。

中学に入学したら、陸上部に入ろうかと思っていたが、円堂にサッカー部に入らないかと誘われた。

俺もサッカーをやれば、同じフィールドに立てば、お前は俺を頼ってくれるのか?

 

━━━━━━━円堂、俺達は、友達だよな?

 

 

 




更新遅くてすみません。
キャラの口調とか違和感あったら申し訳ない。
気の赴くままに書いてたら風丸が原作とは違う方向に病みそうになってるんだが、なんでこうなったんだろう。


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三人目のイレギュラー

試合描写って難しいですね…
違和感とかないと良いんですけど……


帝国戦に向けてまずは部員を探そうと言う話になったのだがこれはあっさりと解決した。俺がマックスこと松野空介に声を掛けてみたところ拍子抜けするほどあっさり入部してくれた。まあ、原作でも面白そうという理由で入部したはずだから、勧誘すれば乗ってくるのではないかとは思っていた。ならさっさと勧誘しておけよと言う話だが、器用で大抵のスポーツは出来るが、飽きっぽい性格をしているという設定だったので早めに入部してもらったはいいものの直ぐに飽きてしまい退部する、なんて展開になることを危惧した為、後回しにしていた。

とにかく、部員は十一人揃ったので今日から猛練習を開始した。

 

 

 

 

 

練習を終えた放課後、俺と豪炎寺はとあるサッカー雑誌を広げていた。

俺達というイレギュラーの存在や帝国が練習試合を申し込んで来た理由が分からないこともあり、情報収集をした方が良いのではないかと思い至ったのだ。そこでとりあえず帝国の記事が掲載されているというサッカー雑誌を購入してきた訳なのだが、

 

「「…………………」」

 

その記事を読んだ俺達二人の感想は恐らく全く同じだろう。雑誌の記事では帝国のキャプテンである鬼道有人を写真付きで紹介しているのだが……

 

「「………こいつ、誰?」」

 

その少年の姿に俺達は思わず声を上げる。原作における鬼道と言えばゴーグルにマントにドレッドヘアというそんな中学生いるかとツッコミたくなる、現実に居れば不審者扱いされそうな格好をしている。だがこの写真の少年はゴーグルもマントもしていなければ、ドレッドヘアでもない。肩まで伸ばした茶髪に赤い瞳。素顔を見たことがなければ同一人物だとは思わないだろう。

おまけに、十年に一人の逸材、帝国の天才ストライカー、などと書かれている。なんか同じような感じで称えられてる選手いなかったか?というかMFですらないのかよ。

 

「おい、まさかこいつもじゃないだろうな」

 

という豪炎寺の言葉を否定は出来ない。俺達という前例がある上にここまで原作とかけ離れているのだ。むしろそうである可能性は高いかもしれない。しかし、そうと決まった訳でもない。俺達の行動はさらに謎を深めるだけの結果に終わった。

そして時間は流れ、遂に帝国との練習試合の日を迎える。

 

 

 

 

 

俺達はユニフォームに着替え、グラウンドで帝国学園の到着を待っている。

今日の試合、大量得点は期待出来ない、良くて二点が限度。それも相手が油断していればの話であり、実際には一点取れるかどうか。

ならば勝つ為には自ずと失点を最小限に抑える必要があるのだが、ここで問題になるのは俺が未だに〈ゴッドハンド〉を使えないことだ。いや、ホントなんで使えないんだろう。練習量も実力もこの時点で考えれば原作よりも勝っていると思うのだが……。

と、そんなことを考えていると僅かに地面が揺れ出す。……来たか。

凄まじい音を立てながら雷門中の正門前に駐車したのは帝国学園のサッカー部専用の装甲バス。…実際に見ると迫力が凄いな。これ公道通れんの?

バスのドアが開かれると、そこからレッドカーペットが敷かれる。そしてその両脇に帝国の生徒が整列し敬礼する。軍隊かよ…。

レッドカーペットの上を鬼道を先頭にして帝国イレブンが歩いてくる。

……流石にオーラが凄いな。王者の貫禄とでも言うべきか。

 

「雷門中サッカー部キャプテンの円堂守です。練習試合の申し込み、ありがとうございます」

「……初めてのグラウンドなんでね。ウォーミングアップをしてもいいか?」

「ええ、どうぞ」

 

ここのやりとりは原作通りか。しかし、事前に知ってはいたがやはり違和感が凄いな。声は鬼道そのものなのに外見が完全に別人だ。

帝国がウォーミングアップを始める。…どいつもこいつも上手いな。プレーの一つ一つが正確な上に、次の動作に移るまでに一切無駄がない。

でも、俺達だって必死に練習して来たんだ。チームとしての力は劣っているかもしれないが、個人の力は負けていない部分もあるはず。そこに突破口を見出すしかない。

 

「円堂くーーん!」

「ん?」

 

帝国のウォーミングアップを眺めていると名前を呼ばれた。あれは木野か?一緒に居るのは……

 

「彼、サッカー部に入ってくれるって!」

「どうも、目金欠流です」

 

ああ、そういやこいつも居たっけか。戦力的には居なくても変わらないからすっかり忘れていた。まあ、十一人ちょうどしか居ないと怪我人が出た時とか困るし、居て損になることもないか。

 

「ホントか?よろしくな目金」

「ええ。ところでもう十一人揃っているのですか?」

 

……最後の一人で加入するつもりだったか、こいつ。メンバーが揃っていることを認識すると立ち去ろうとしたので、秘密兵器だとか切り札だとか適当なことを言って丸め込み、ベンチに座らせる。一度入部すると言った以上は簡単には逃がさんぞ。

そうこうしているうちに帝国のウォーミングアップも終わったようなのでグラウンドに整列する。

審判がコイントスを行おうとするが、鬼道が必要ないと言って自陣へと戻っていく。なので雷門ボールから試合開始だ。

両チームの選手がポジションにつく。……なるほど原作の鬼道と佐久間のポジションが入れ替わっているのか。佐久間は原作でも個人でのシュート技は持っておらず連携メインの選手だったから確かにこうなるのは妥当と言ったところか。

対するこちらのフォーメーションは原作と同じなので特筆するべき点はない。強いて言うなら風丸をサイドではなく中央に配置しているぐらいか。風丸のディフェンス能力はチームで最も高い。なので中央の守りを固める意味合いで風丸を配置している。それに風丸の足ならサイドから攻め込まれてもフォローが間に合うはずだ。

 

審判の笛が吹かれ遂に試合が始まる。

 

豪炎寺が軽くボールを蹴りだし、キックオフ。染岡がドリブルで上がっていく。しかし、帝国イレブンは誰も動かない。

 

「舐めやがって!!」

 

そのままゴール前まで上がった染岡がシュート体勢に入る。体を捻ると染岡の背後に青い竜が現れる。

 

「くらえ!!ドラゴン……クラッシュ!!」

「パワーシールド!!」

 

しかし、染岡の必殺シュートは帝国キーパー源田の創り出した衝撃波によって弾き返される。帝国の何人かはろくに試合経験も無いであろう弱小校の選手が必殺技を使ったことに意外そうな表情を浮かべている。俺は鬼道の顔を見るが別段驚いた様子は見受けられない。

弾かれたボールを帝国DFが拾い、中盤の佐久間へ、さらに鬼道とツートップを組む帝国のもう一人のストライカー寺門へとパスが繋がる。

 

「始めるか」

 

鬼道が何かを呟くと、ボールを受けた寺門はいきなりセンターライン付近からの超ロングシュートを放つ。ボールは唸りを上げ雷門ゴールへと迫る。身構える俺だったが、ボールがゴールに届くことはなかった。

 

「ふっ!!」

 

素早くシュートコースへと割り込んだ風丸がこのシュートをブロック。しっかりとボールをキープする。

 

「何っ!?」

「ほう……?」

 

まさかDFに止められるとは思っていなかったのか、シュートを放った寺門が驚愕し、鬼道も感心したような声を出す。

 

────よし、通用するぞ。

 

俺もこの風丸のプレーに手応えを感じていた。帝国は強いが全く歯が立たない訳じゃない。勝ち目はある。

ボールは風丸から半田へと渡る。半田は豪炎寺にパスを出そうとしたようだったが、豪炎寺には二人がかりでマークがついていた。

……やけに豪炎寺を警戒しているな。やはり鬼道は…。

半田は豪炎寺にパスを通すのは無理と判断したか、染岡へとパスを出す。しかし、これを読んでいたのか、帝国MF辺見がパスカット。やや下がり目の位置にポジションをとっていた鬼道へとパスが通る。

来た、いったいどんなプレーをするんだ。俺は鬼道の挙動に注目する。

 

「止めるぞ壁山!」

「はいっス!」

 

ドリブルを開始した鬼道からボールを奪おうと風丸と壁山の二人が迫る。

 

「ふっ…!」

 

しかし、鬼道はこれを意にも介さず、鮮やかなフェイントで二人を抜き去る。俺と鬼道の一対一の状況。ペナルティエリアの外から鬼道がシュート体勢に入る。

 

「こい、絶対に止めてみせる!!」

 

放たれたシュートのコースは俺の正面やや右。これなら取れる!

そう思った瞬間、ボールが急激に曲がり始める。

 

「なっ!くっ………!」

 

飛びついた俺を嘲笑うかのようにボールは俺の手をすり抜け雷門ゴールのサイドネットへと突き刺さった。

 

帝国、先制。

 

0-1

 




作者はサッカーはゲームしかまともにやったことないです。
そこまで深い知識がある訳ではないので変なところがありましたらどんどんご指摘してください。
まあ、でもイナイレならなんとかなるやろ(適当)


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始まりの一点

燃え尽きました。


ゴールの中に転がるボールを呆然と見つめる。

点を奪われた。それも必殺技すら使わず、至極あっさりと。

 

「円堂」

 

立ち尽くす俺だったが、その声に振り返る。すると皆がゴール前に集まって来ていた。

 

「円堂、大丈夫か?」

 

……そうだ。まだ試合は始まったばかりだ。気持ちを切り替えないと。キャプテンの俺がこんな調子でどうするんだ。

 

「あ、ああ。悪い、油断した。でも次は止めてみせる。まだ試合は始まったばかりだ。取り返していこうぜ!」

 

俺の言葉に『おう!』と、気合いの入った返事が返ってくる。よし、先制点を取られたけど士気は落ちていない。これなら戦える。

 

雷門ボールで試合再開。マークがついていない状態からドリブル突破を試みるつもりか、ボールを持った豪炎寺がドリブルを開始、しかし

 

「スピニングカット!!」

 

鬼道のディフェンス技によって阻まれる。あいつ、FWのくせにディフェンスまで一流かよ。だが、ボールを奪い返そうと豪炎寺が鬼道と競り合う。フェイントを駆使し抜こうする鬼道だが豪炎寺も簡単には抜かせない。激しくボールを奪い合う二人だが、単独での突破は難しいと見たか、フォローに入った佐久間とのワンツーパスで豪炎寺を突破する鬼道。そのままドリブルで攻め上がる。

半田とマックスを速度の緩急だけであっさりと抜き去り、風丸のスライディングを跳躍して躱す。着地際を狙った壁山もヒールリフトでボールを上空に蹴り上げて躱し、自身も回転しつつ飛び上がる。

 

────あのモーションはまさか、豪炎寺の!?

 

驚愕する俺だったが、鬼道が纏ったのは豪炎寺の鮮やかな炎とは違う、漆黒の炎。

 

「ダークトルネード!!」

 

先程のシュートとは比べ物にならない威力を持っているだろう。

両手でシュートを迎え撃つが、必殺技なしで止められる訳もなくあっさりと俺の両手は弾かれ、ボールはその勢いのままに俺の体ごと雷門ゴールに叩き込まれる。

 

0-2

 

「ぐっ、っ……!」

 

蹲ったまま立ち上がれない。なんて威力。原作でもシュートの威力に負け、体ごとゴールされるシーンはあったが、想像以上の衝撃だ。

 

「く、う、ぉ……」

 

しかし、倒れる訳にはいかない。半ば無理矢理、根性で立ち上がる。

 

『円堂!』『キャプテン!』

 

再び皆がゴール前に集まって来ていた。情けない、シュートを打たれる度にこうして仲間に心配を掛けるのか、俺は。

 

「大丈夫だ……次は、止める…!」

 

全くもって大丈夫ではないが、虚勢を張る。ここで弱気な姿を見せたらチームが崩れる。

 

「なに、まだ二点だ。俺は今日、ハットトリックを決める予定だから何の問題もない」

 

すると豪炎寺が唐突にそんなことを言い出す。そして染岡もそれに張り合いだす。

 

「なら、俺はダブルハットトリックを決めてやるぜ!」

 

いや、それは流石に無理だろ……。

 

「ふっ、大きくでたな。なら俺と染岡で九点は取る事になるな。円堂、あと六点は取られてもいいぞ」

 

……お前、励ましてるのか馬鹿にしてるのかどっちだ。そのニヤついた顔を止めろ。

 

「ふん、馬鹿言うな。もう一点もやらねぇよ」

 

……なんだかんだで痛みも引いてきたし、いつものふざけたやり取りをしたおかげで気分も晴れた。

 

「よし、まずは一点返すぞ!」

『おう!!』

 

 

だが、無情な現実は容赦無く俺達に牙を剥く。

 

 

再び雷門ボールから試合再開。今度は慎重に中盤でパスを回していく。

しかし、

 

「ぬるいパス回しだな!」

 

宍戸からマックスへのパスを帝国7番、咲山がインターセプト。

ボールは佐久間へと渡る。

 

「デスゾーン開始」

 

鬼道の号令と共に、佐久間がボールを蹴り上げ、寺門、洞面と共にボールを中心に三角形を描くように高く飛び上がる。

空中で三人が回転し、ボールに気を送り込む。紫の瘴気を纏ったボールをこれまた三人同時に蹴り込む。

現時点での帝国最強の必殺技が雷門ゴールを襲う。

 

一か八か賭けるしかない!

半身の構えをとり、右手に意識を集中させる。

出来るはずだ。自分を信じろ!

 

「うおおおおぉ!ゴッドハンド!!」

 

しかし、〈ゴッドハンド〉が発動することはなく、俺の叫びは虚空へと消える。

 

「くっそ!……があぁぁぁぁぁああ!!!」

 

当然止めれる訳は無く、ボールは再び俺の体ごとゴールに突き刺さる。

 

0-3

 

「はっきり言ってやろう。貴様等に勝ち目など無い」

 

地に這い蹲る俺の耳に、鬼道のその言葉はやけにはっきりと聞こえた。

 

 

「「ツインブースト!!」」

 

鬼道と佐久間の連携シュートによってゴールを奪われる。

 

0-4

 

「百裂ショット!!」

 

万全の状態であれば止められたかもしれないそのシュートも、ダメージが蓄積した体では止めることは叶わず、ゴールネットを揺らす。

 

0-5

 

「ダークトルネード!!」

 

再び放たれた鬼道の必殺技が三度俺の体を吹き飛ばし、ゴールに突き刺さる。

 

0-6

 

「「「デスゾーン!!」」」

 

最早まともに抵抗することすら出来ず、再び吹き飛ばされボールはゴールへ。

 

0-7

 

「ダークトルネード!!」

 

そのシュートに、反応すら出来なかった。

 

0-8

 

俺ではゴールを守れない。

 

0-9

 

……勝てない。

 

0-10

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

地獄のような前半が終わり、荒い息を吐き出す。もう限界だ。グラウンドに倒れ込んでしまいたい。でも、駄目だ。円堂守はこんなことで諦めたりはしない。そうだ。だから、まだ、立ち上がらないと。

 

「はぁ…はぁ…。まだだ。まだ後半が残ってる…。まだ試合は終わってない……」

 

何故だ。何故、誰の声も返って来ない。何故そんな目で俺を見る。

俺のことを、そんな、痛々しいものを見るような目で、見ないでくれ。

 

「……もう、後半が始まる。ポジションにつけ…」

 

よろよろと立ち上がり、フィールドに向かう俺の背に声が掛けられる。

この声は風丸か。

 

「円堂……」

「……なんだよ、風丸」

「お前、この試合、楽しんでるか?」

 

…………は?なんだ?こいつは何を言ってる?こんな試合、楽しい訳が…

 

「もっとサッカーを楽しめよ。俺にサッカーの楽しさを教えてくれたのはお前だ。いつだって、どんな時だって、全力でサッカーに向き合って、楽しむ。それがお前だろ?」

 

────────。

 

「俺が言いたかったのはそれだけだ」

 

遠ざかっていく風丸の背中に俺は何も言えなかった。

 

「円堂」

「……今度は豪炎寺か…」

「俺は今お前が何を考えているのか、何を思っているのかは分からない。ただ一つだけ、はっきりと言えることがある」

 

……こいつが言いたいのは何だ…。

……止めろ………。

その先を言うな。

自分でも何故かは分からない。だが、本能がその言葉を言わせるなと叫んでいる。

俺が口を開くよりも早く豪炎寺がその言葉を紡ぐ。

 

「お前は、円堂守にはなれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後半が始まってからも、風丸と豪炎寺から言われた言葉が頭の中で何度も何度も繰り返される。

 

『もっとサッカーを楽しめよ』

『お前は、円堂守にはなれない』

 

サッカーを、楽しむ……。円堂守になったあの日からサッカーを楽しいと感じたことは、あっただろうか。いつだって俺の中にあったのは、原作を壊してはならない、その為に強くならなければならない。そんな強迫観念のような感情だけだった。

それがより強くなったのは風丸と染岡が必殺技を覚えた辺りからだったか。仲間が強くなることの喜びは置いていかれることへの恐怖と焦りへと変わっていった。それからは以前よりも〈ゴッドハンド〉の習得に固執するようになった。〈ゴッドハンド〉を使えるようになれば、自信が持てると思った。安心できると思った。

しかし、今思えばそれが間違いだったのかもしれない。豪炎寺と決めたように原作の大まかな流れだけを守るのなら、なにも〈ゴッドハンド〉に拘る必要はない。より強力な必殺技はいくらでもある。それらの習得を目指してもよかったはずだ。それをしなかったのは〈ゴッドハンド〉が円堂守の必殺技だからに他ならない。結局俺は原作を守るだのなんだの偉そうなことを言っておいて、やっていたのは原作の円堂守をそのままなぞろうとしていただけ。

必殺技を習得出来ないのも当然だ。習得するに足る技術がある。それを成すだけの努力もした。しかし、最も大切なものが決定的に欠けている。

サッカーに対する想いが。

サッカーにまともに向き合おうともせず、成れもしない他人の背中をただひたすらに追い求め、仲間には偽りの自分を演じ続ける。

とんだ紛い物だ。

……こんな俺に雷門のゴールを守る資格など、最初から無かったんだ。

ぼやけた視界の先で鬼道が〈ダークトルネード〉の体勢に入ったのを捉える。負ける……。

 

視界が暗闇に閉ざされていく。

 

敗北を受け入れようとした瞬間、聞き慣れた、しかしひどく懐かしい声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだだ!!」

 

気づけばそんな言葉を口に出していた。

 

「「まだまだ!!終わってねぇぞぉぉぉお!!!」」

 

俺の声と、全く同じ、しかし俺ではない誰かの声が重なり、フィールドに響き渡る。

冷たくなっていた体に火が灯る。

全身に力がみなぎってくる。今まで感じたことの無い、不思議な感覚。

無意識のうちに右手を構えていた。すると、まるで何かに導かれるかのように全身に溢れる力が右手に集まっていく。

右手を天に掲げると、そこから爆発的な気が放出され、

 

──────白銀に輝く、巨大な右手が出現した。

 

 

 

 

 

 

 

「うおおぉぉぉぉぉ!!!!」

 

右手で〈ダークトルネード〉を受け止める。僅かに拮抗した後、シュートの威力は完全に殺され、俺の右手にボールが収まる。

 

『円堂!』『キャプテン!』

 

皆が歓喜の声を上げる。

豪炎寺がマークを振り切り走り出したのが見えた。

豪炎寺に向かってボールを投げ渡そうとした俺だったが、投げる前に体が限界を迎え、膝から崩れ落ちる。

俺の前方に転がるボールに向かって帝国のFW寺門が走り込んで来る。

まずい、今シュートを打たれたら………!

しかし、寺門がボールに到達する前に影野がスライディングでボールを弾く。こぼれたボールを風丸がキープ。だが、後方から鬼道が迫る。

 

「このボールだけは、渡すものか!!」

「何!?」

 

風丸が鬼道を〈疾風ダッシュ〉で抜き去る。鬼道が一対一で抜かれたことに帝国イレブンは驚愕を隠せない。

 

「半田!」

 

ボールは風丸から半田へ

 

「俺だってやってやる!ジグザグスパーク!!」

 

半田がジグザグにドリブルすると青い稲妻が地面に走り、相手の動きを封じる。半田の新必殺技が、帝国の守りを切り崩す。

 

「染岡!」

「おう!」

 

半田から染岡へのパスが通る。ボールを受け取った染岡はすぐさまシュート体勢に入る。

 

「ドラゴンクラッシュ!!」

 

染岡の放ったシュートはゴールとは見当違いの方向へと打ち上げられる。

 

「頼むぜ……豪炎寺!!」

「ああ!」

 

染岡が放ったのはシュートではなく豪炎寺へのパス。そのボール目掛け豪炎寺が回転しながら飛び上がる。

鬼道の必殺技とあまりにも似通ったその技に帝国イレブンが目を見開く。しかし、その左足に灯るのは雷門に絶望を齎した漆黒の炎ではなく、チームを勝利へと導く、鮮やかな希望の炎。

 

「ファイア……トルネエェェェドッ!!」

 

豪炎寺の放った〈ファイアトルネード〉の炎が染岡の生み出した竜を飲み込み、炎の龍と化して帝国ゴールへ向かう。

 

「パワーシールド!!」

 

源田の創り出した衝撃波と炎の龍がぶつかり合う。

 

『いけえええええええええ!!!!』

 

ピシリ、という音と共に衝撃波に亀裂が走る。亀裂はどんどん広がり、やがて衝撃波は完全に打ち砕かれ、炎の龍がゴールネットを食い破った。

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃあああ!!」

「ついに取ったでヤンス、一点!」

「やったな!」

「ああ!」

 

フィールドに雷門イレブンの歓喜の声が響く。

俺も、ゴール前で影野に肩を貸してもらいながら、笑顔を浮かべる。

 

ついにやったんだ。帝国から点を取ったんだ。

 

しかし……

 

────────銀色か……

 

先程の〈ゴッドハンド〉について考える。俺の〈ゴッドハンド〉は原作の円堂のものとは違い、銀色の輝きを放っていた。

割り切ったつもりではあるが、やはり俺は本来の円堂とは別人なんだな。

 

 

「帝国学園から試合放棄の申し入れがありました!よってこの試合雷門中の勝利とします!」

 

 

審判の言葉に皆が驚いている間に帝国イレブンはさっさと雷門中を去っていく。去り際に鬼道と一瞬目が合った気がしたのは気のせいだろうか。

 

帝国学園が立ち去り、グラウンドには俺達だけが残された。

 

「勝った……のか?」

「勝った気はしないけどな」

「九点差つけられてたしね」

 

素直に喜んでいいのか迷っている様子の皆に俺も近づく。

 

「まあ、確かに勝ったとは言いづらいかもな。でも見ろよ」

 

俺はスコアボードを指差す。

スコアボードには確かに俺達がもぎ取った得点が記録されている。

 

「この一点は勝ったことより大きな意味があると思う。俺が止め、皆が繋ぎ、豪炎寺が取った。俺達が初めて、チームとして取ったこの一点」

 

俺はそこで言葉を切り、皆の顔を見渡す。

 

「この一点が俺達の伝説の始まりだ!」

『おお!!』

 

 

 

 

 

 

 

───それにしても、あの時聞こえた声は、誰だったんだろう?

 




うちの円堂くん、メンタルクソ雑魚過ぎない……?
何か途中最終回みたいなノリになった気がしますがまだ続きます。


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別視点とその後

前話を投稿する前と比べてお気に入り三倍ぐらいになってて笑う。
話進んでないうえにキャラ崩壊激しいかもしれないけど、許してください。



───俺は、なんて無力なんだろう。

 

俺は、円堂に頼ってもらいたくてサッカー部に入ったんじゃなかったのか。

円堂を助ける。それをするのは、今じゃないのか。

やれると思っていた。サッカー部に入ってから今まで、必死に練習を重ねて、必殺技も使えるようになって、帝国とだってきっと戦える。そう、思っていたのに。

 

『ゴーーーーール!!キーパー円堂、このシュートも止めることが出来ず、これで帝国10点目だぁーーーー!!』

 

いつの間にか実況を始めていた、角間がそう叫ぶ。

 

───10点目……

 

帝国のシュートをブロックすることが出来て、俺のプレーは帝国にも通用するんだと思った。

でも、それはただの思い上がりだった。

徐々に開いていく点差。帝国のシュートによってボロボロになっていく円堂を、ただ見ていることしか出来ない。

もちろん黙ってやられるのを見ていた訳じゃない。

相手の攻撃を止めようとした。ボールを持って、攻めようとした。

でも、駄目だった。

帝国のエース、鬼道の実力は俺の想像を遥に上回っていた。いや、鬼道だけじゃない。他の誰を相手にしても俺とはレベルが違う。

ドリブルであっさり抜かれ、パス回しで翻弄され、気づけばシュートを打たれている。

ドリブルで攻め上がろうとしても、ディフェンスラインからでは鬼道が障害となり、上手くいかない。

誰にも負けない自信があったスピードにおいても、帝国の選手は俺と同等か、それ以上の速さを持っている。

 

何も出来ないまま、前半が終わった。

 

ボロボロの体で荒い息を吐く円堂。その生気の失せた顔と、濁った瞳が円堂の前半の苦痛を物語っている。

 

「はぁ…はぁ…。まだだ。まだ、後半が残ってる…。まだ試合は終わってない…。」

 

それが本心ではないのは、火を見るより明らかだ。しかし、諦めの言葉を吐かないのは、キャプテンの責任か、それとも選手としての意地か。

その円堂に、誰も声を掛けない。否、掛けられない。その痛ましい姿に言葉が出てこない。

 

「……もう、後半が始まる。ポジションにつけ…」

 

そう言って、ふらつきながら立ち上がり、フィールドに向かう円堂に何かしてやりたい。俺に出来ることは何かないのか……。

 

───ふと、昔、円堂から言われた言葉を思い出した。

 

あれは、円堂に誘われて一緒にサッカーをしていた時、上手くパスを出せなくて落ち込む俺に、円堂が言った言葉。

 

「失敗なんか気にすんなよ。もっと楽しもうぜ?俺、今お前とサッカー出来て、スッゲー楽しいんだ!」

 

笑顔と共に投げ掛けられたその言葉に、落ち込んでいた心が軽くなった。

 

あの時とは状況はまるで違うが、少しでも円堂を元気づけてやりたい。

そう思って投げ掛けた言葉で、円堂の表情が完全に消え失せた。

何がいけなかったのかは分からない。だが、何かを致命的に間違えたのだと悟った。

俺は、その顔を見るのが嫌で、自分がそんな顔にしたことを認めたくなくて、逃げるように円堂に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼に対しての第一印象は決して良いと言えるものではなかった。

その日は嫌なことがあって気分転換がしたくて、私のこの町で一番好きな場所に向かっていた。幼い頃、よく母と父と三人で夕日を見ていたあの場所に。しかし、その日はその場所に先客がいた。

鉄塔を登った私の目に映ったのは、オレンジ色のバンダナを身に付けた少年の姿。別に誰かの所有地ではないのだし、よく考えれば誰かいたとしても不思議ではないのだが、その時の私は思い出の場所に他人が入り込んで来たのが不快に感じたのだ。

 

「貴方、そこで何をしているのかしら」

「ん?……誰だ?」

 

それが私、雷門夏未と彼、円堂守の最初の出会い。

 

それから少し会話をしたのだが、私の言動が高圧的だったこともあり、初対面にもかかわらず口喧嘩に発展してしまった。

気分転換に来たというのに、さっぱりそんな気はなくなってしまった。

今日のことは忘れよう、そう思ったのに。

次の日、学校の廊下でばったり彼と遭遇してしまい

 

「げっ、昨日の偉そうなやつ」

 

などと彼が言うものだから、周囲の目があることも忘れてまた口喧嘩をしてしまった。

それ以降、何度か学校で鉢合わせることがあったのだが、どうにも気が合わないのか大抵は言い争いになってしまう。

しかし、何度も繰り返す内に、気を使わず言いたいことを言える彼との会話を楽しんでいる自分がいた。

この学校の理事長の娘であること。言動が少々厳しいものであること。

私のことを慕ってくれる者もいるが、同時に疎ましいと思う者も多い。

そんな中で彼との会話は、他のことは忘れて本音をぶつけることのできるものだった。打てば響くような会話は楽しく、いつしか、彼の姿を探すようになっていた。

 

帝国学園との練習試合について話した時は少し驚いてしまった。

彼が、サッカー部を弱小と呼んだことを撤回しろと言ったことを。

普段の会話から私は彼が冷静で合理的な思考を持っていると思っていた。サッカー部が弱小なのは客観的に見て、明らかな事実だ。彼がそれを否定したことが意外だった。だから、彼にそう言わせるサッカー部に興味が湧いた。

 

練習試合当日。サッカー部に所属しているのは知っていたが、グラウンドが使えずいつも校外で練習しているようだったので彼がユニフォームを着ているところは初めて見た。普段とは違う雰囲気に、思わず少し格好良いなと思ってしまった。

 

 

試合は一方的な展開になった。雷門は手も足も出ず、帝国がどんどん得点を重ねていく。絶望的な力の差。それを一番理解しているのは帝国のシュートを受けている彼のはずだ。なのに

 

───どうして、立ち上がれるの?

 

彼は決して、倒れなかった。何度強烈なシュートを浴びて、地に倒れ伏しても、立ち上がる。

 

───もう、立ち上がらないで

 

これ以上彼が傷ついていくのを見るのが嫌だった。なのに、その姿から、目を離すことが出来ない。そして

 

───その白銀の輝きに、心を奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

円堂がシュートを止めた。それを認識すると同時に帝国ゴールへ向かって走りだす。まさか鬼道のシュートが止められるとは思っておらず油断していたマーカーは反応が遅れ、俺に追いつけない。

円堂と視線が絡み合う。パスが来る。

しかし、円堂はパスを出す前に限界を迎えたか、その場に崩れ落ちる。それを目にして思わず足を止めかけたが、ボールに向かっている帝国の寺門、その死角から必死の形相で追いすがる影野の姿を見て、止めかけた足を動かす。皆を信じろ。俺の元に必ずボールは届く。

 

そして、確かにボールは俺の元に繋がった。

 

影野、風丸、半田、染岡。一年の頃から共に雷門サッカー部を支えてきた、大切な仲間達

 

────お前達が繋いだこのボール、決して無駄にはしない!!

 

決意と共に空中へと舞い上がる。回転し、左足に炎を纏う。だが、足りない。こんな炎では〈パワーシールド〉を打ち破れない。

 

────もっと熱く、もっと激しく、燃え上がらせろ、魂を。

 

炎が勢いを増す。仲間達の想いを胸に、力強く、見る者に勇気を与える、暗闇を晴らし明るく照らす、希望を灯せ。

 

「ファイア……トルネエェェェドッ!!」

 

仲間達の想いを乗せたその一撃は、後に多くの者に語り継がれる、伝説の幕開けとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国学園のとある一室で二人の人物が向かい合う。一人は帝国学園サッカー部キャプテン、鬼道有人。もう一人はサングラスを掛け、茶髪のオールバックをポニーテールでまとめた男。帝国学園総帥、影山零治。

 

「鬼道、お前はあのチームの情報をどこで手に入れた」

 

影山が鬼道にそう問いかける。サングラスの隙間からは鋭い眼光が覗いている。

 

「……………」

 

鬼道は何も答えない。その眼光に怯むことも、目を逸らすことも無く、ただ無言を返すのみ。

 

「……まあ、いい。もう下がれ」

 

鬼道が答える気がないのを察したか。影山は鬼道にそう言い、退出を促す。鬼道は無言のまま、その言葉に従いこの場を去る。

部屋には影山一人が残される。

 

「……鬼道。お前は、私の敵となるか」

 

その呟きは、誰にも聞かれることはなく、静かに闇に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国との試合の後、俺は鉄塔広場に来ていた。体中が痛いし、直ぐに家に帰って休みたいところではあったが、どうしても感覚を忘れないうちに〈ゴッドハンド〉の練習をしたかった。今日の試合でやっと使えるようになったんだ。早くものにしないとな。

最早使い慣れた吊りタイヤを手に取り、思い切りぶん投げる。

右手を構え、気を集中する。よし、

 

「ゴッドハンド!!」

 

俺の叫び共に〈ゴッドハンド〉が発動する。必殺技を自分の意思で使えることに感動を覚える、が

 

────あれ、なんか薄っ……?

 

吊りタイヤを右手で受け止め、まるでガラス細工のように呆気なく〈ゴッドハンド〉は粉々に砕け散った。

 

「へっ?……ぐぼぁあ!?」

 

間抜けな声を上げる俺だったが、タイヤは当然止まることなく俺の体を吹っ飛ばした。

全身に走る痛みに悶えながら頭の中を疑問が埋め尽くす。

 

────何故だ。習得出来ていなかったのか?しかし、発動は出来たぞ?どうなっている。

 

痛みを堪えながら何とか立ち上がり、再度吊りタイヤを手に取る。

 

「……もう一度だ」

 

今度はしっかりと観察するぞ。迫り来るタイヤに向かって再び〈ゴッドハンド〉を発動する。そう、確かに発動は出来るのだ。

 

ただ、色は薄く、厚みも無いだけで。

 

またしても宙を舞う俺の体。仰向けに倒れながら、嫌な確信を得る。

だが、それを認めたくはない。

 

────今日は、もう帰って休もう。そうだ、疲れていたのが原因だ。そうに違いない。きっと明日になれば大丈夫さ。

 

 

 

 

 

そんな俺の願いは、翌日、密かに練習していたのだと宣った半田の〈ローリングキック〉によって〈ゴッドハンド〉を破られ、完全に否定されるのだった。

 




イナイレの二次創作のヒロインはエイリア勢だったり、TSアフロディだったり、音無だったりが多いですよね。
この小説にヒロインがいるとしたら夏未です。
作者の力量不足でオリキャラみたいになっちゃってますがここは譲れません。
円堂のヒロインは夏未です。ふゆっぺ?秋?知らんな。

誰か円堂と夏未の甘々な恋愛小説書いてくれ。私が喜びます。


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尾刈斗中

サブタイトルが思いつきません……


色々と試してはみたが、結論から言うと〈ゴッドハンド〉は現状では役に立たない。本来であればこの時期では非常に強力な必殺技なのだが、俺の〈ゴッドハンド〉は威力が低すぎる。威力の低いシュート技はおろか豪炎寺のノーマルシュートすら止められない始末だ。むしろ使わない方がいいまである。

なんでこんな事になってるのか俺なりに考えてみたのだが、なんというか、〈ゴッドハンド〉を形成する為の気の総量とでも言うものが足りてない。もしくは右手に気を集中しきれてないのではなかろうか。

帝国との試合で初めて発動した時は体中にみなぎる力が右手に集中していくのをはっきりと感じられた。その時と比べると右手に集まっている力が少ないような気がするのだ。

単純に俺の気の扱い、コントロールが下手くそなだけなら技術的な問題だろうからなんとかなるかもしれない。

だが気の総量が足りてないなら恐らく直ぐに解決できるような問題でもない。原作ゲームで例えるなら、必殺技自体は習得しているがTPが低くて最大値が発動に必要なTPを下回っている状態と言えば分かりやすいだろうか。RPGで魔法を覚えたけどMPが足りなくて使えない状態、と言った方がイメージしやすい人もいるか。

これに関しては解決策はない。レベルアップして能力値を増やすしかないだろうな。

しかし、身体能力やテクニックといった部分は原作円堂と比べても別段劣ってはいないと思うのだが、気というのはそういうのとは関係ないのか。精神的な要素が大きいとか言われたら納得できなくもないけど。

あの施設で特訓を重ねればどうにかなるんじゃないかとも思うが、使えるようになるのは原作通りにいったとしてもフットボールフロンティアの予選が始まってからだ。

それまで〈ゴッドハンド〉抜きでどう戦うかは考えておく必要がある。

場合によっては新しい必殺技を覚えるのもありかもしれない。どうせなら円堂守の技ではない、俺自身の必殺技を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

珍しく学校のグラウンドが使えるらしかったので、今日は学校で練習している。本当はこれが普通のはずなんだけどな。普段は学校ではあまり練習できないから河川敷のグラウンドとかを使うことが多いのだが、あまりに練習している姿を見かけない為、帝国との一件までサッカー部の存在を知らない生徒も一部居たみたいだし。

……部員募集のポスター、一応まだ貼ってあるんだけどなぁ。

などと思っていると木野に呼ばれる。そちらを見ると木野の横に雷門夏未の姿が。なんであいつがいるんだ。

不思議に思いつつそちらへ向かう。

 

「帝国との練習試合はお疲れ様でした。中々面白い試合だったわね」

「なんだ、見てたのか。わざわざ感想言いに来たのか?」

 

少し意外だ。こいつサッカーに興味あったのか。そういえば原作の夏未もあの試合見てたっけ。というか十点も取られた試合を面白いと言うのは人によっては嫌味に捉えられそうだな。割と付き合いは長いし、そういう意図はないのは分かるけど。

 

「いえ、貴方とは一つ約束をしていたでしょう」

「約束?」

 

なんかあったっけ。やべえ、思い出せん。

 

「貴方達が帝国に勝ったなら、弱小と言ったのを撤回すると約束していたでしょう?」

「……ああ、なんだそのことか」

 

すっかり忘れていた。そういえばそんな事言ってたっけな。

 

「もういいよ。それは」

「え?」

 

正直、あの試合を勝ったとは思えない。相手が試合放棄して帰っただけだからな。実際には大量得点差で負けていた試合だ。

俺が本心からそう言っているのが分かったのだろう。ひとつ頷いた後、夏未が言葉を返す。

 

「そう。ならもう一つの用件について話しましょうか」

「もう一つ?まだなにかあるのか?」

「ええ。喜びなさい。貴方達の次の試合の相手が決まったわ」

「次の試合?」

 

また試合か。原作の展開から考えると次は尾刈斗中かな。確か試合を受けないと呪うとかって脅してきてたんだったか。昔は何とも思わなかったけど、一歩間違えたら犯罪だよなあれ。

 

「相手は尾刈斗中よ。……その様子だと知ってるみたいね」

「ああ、色々と変な噂があるところだろ」

 

尾刈斗中には相手の足が止まるだとか、シュートがゴールを逸れるだとか、色々と噂が多い。実際には種はあるものの事実であることも多いが、荒唐無稽な噂も多い。

 

「今年はフットボールフロンティアにも参加するのでしょう?予選開始前に惨敗、なんてことにならないよう気をつけることね」

「ああ。負けるつもりはないさ。ありがとうな雷門」

 

こいつの憎まれ口は今に始まったことではない。少し言い方に難があるだけで別にこちらを馬鹿にしている訳ではないのは分かるのでさらっと流し、伝えてくれた礼を言う。

 

「……ねぇ。一つよろしくて?」

「ん?まだ何かあるのか?」

「いえ、そうではないのだけど……。貴方、私のことを雷門と呼ぶわよね。学校や理事長の名前も雷門なのだし、これからは名前で呼んでくれないかしら?」

「へ?」

 

これまた予想外な話題が出たな。原作でも円堂は夏未と呼んでいたはずだけど、あれっていつからだ。この時期ってもう名前呼びだっけ。

思わぬ提案に考え込んでいると雷門がこちらを睨んでいる。まあ、別にいいか。何かある訳でもないし。

 

「分かったよ、夏未。これでいいか?」

 

そう言うと夏未は少し頬を赤らめた。いや、なんでだ。どこに頬を染める要素があった。というか

 

「なあ、俺がお前のこと名前で呼ぶのはいいんだけどさ」

「な、何かしら?」

「お前、俺のこといつも貴方としか呼ばないだろ。俺のことも名前で呼べよ」

 

そう言うと夏未が固まった。少し迷ったような様子を見せた後、何か、覚悟を決めたような表情になる。

……名前呼ぶだけなのに何の覚悟を決めたんだこいつ。

 

「ま、ま……ま…ま…ま…」

 

先程よりも赤い顔で壊れたようにそう繰り返す夏未。

……大丈夫かこいつ。

 

「き、今日はこれで失礼するわね!」

 

そう言って勢いよく去っていった。結局呼ばないんかい。

なんだったんだと思いながらグラウンドに戻ると半田や染岡がニヤニヤしながらこちらを見ている。

 

「……なんだよ?」

「いや?別に?」

「なんでもないさ」

 

練習に戻っていく二人。……なんなんだいったい。

ふと豪炎寺を見ると、どこか呆れたような顔をしていた。

 

「俺、何かやったか?」

 

どこかスッキリしないまま、俺も練習を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新聞部の音無春奈です!今日からサッカー部のマネージャーやります!」

 

音無の入部もこの時期か。翌日、木野からマネージャーになりたい子がいると聞かされ部室で会うことになった。

帝国との試合を見て俺達のファンになったという音無は練習を見学していたらしいのだが、見ているだけでは満足出来なくなったらしい。

後ろで半田とマックスが音無じゃなくてやかましじゃないか、とか割と失礼な事を言っている。元気がよくていいと思うけどな。

 

「入部希望者はいつだって大歓迎だよ。よろしくな音無」

「はい!よろしくお願いします!」

 

音無は情報面で強いからな。居てくれると心強い。

 

「元新聞部ってことは情報収集とかは得意だよな?早速で悪いんだけどさ、今度尾刈斗中と試合することになったんだ。だから尾刈斗中のこと、調べてもらうことって出来るかな」

 

調べても有用な情報が得られるかは分からないが、何もしないよりはマシだろう。すると

 

「そう言われるかと思って……尾刈斗中の試合映像、手に入れて来ました!」

 

有能かこいつ。

早速映像を見せてもらうがそこに映っているのは尾刈斗中の選手が一方的に得点する姿。相手は全く動かない。

 

「なんであいつら動かないんだ?」

「たぶん、動けないんです。噂によると尾刈斗中の呪いだとか」

 

疑問の声を上げたマックスに音無がそう答える。

 

「呪いねぇ…」

 

尾刈斗中の呪い。ゴーストロックと呼ばれるその正体は所謂催眠術だ。

選手の動きと監督の声で、視覚と聴覚から催眠を掛け動きを止めてその隙に得点する。キーパーは手の動きで催眠を掛け、相手の平衡感覚を狂わせシュートの威力を弱める。

何も知らなければ脅威だが、理屈さえ分かっていれば対処するのはそう難しくない。原作では円堂は大声を上げて催眠をかき消した。このことから視覚か聴覚の内、どちらか一方をどうにか出来ればゴーストロックは破れる。なら、そもそも相手の動きに惑わされなければいいだけの話だし、なんなら耳栓でもしておくだけで無力化出来る。シュートの方も豪炎寺の〈ファイアトルネード〉なら、空中から打つ技だから相手キーパーの催眠の影響も少ないだろう。

染岡は既に必殺技を習得しているし、豪炎寺も最初からサッカー部にいるから原作での試合前の問題も何もないし、尾刈斗中は催眠術さえどうにか出来ればそこまで大した相手じゃない。原作との差異が何もなければ苦戦はしなくても済みそうだ。

 

俺の必殺技の事とか、考えなくてはいけないこともあるが、今はひとまず試合に向けての練習に集中しよう。




原作知識有りの二次創作で尾刈斗に苦戦するのってなかなか無いですよね。大抵あっさり対処して結構な得点差で勝ってるイメージがあります。


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証明

尾刈斗戦という名のオリ必殺技習得回です。
作者のネーミングセンスに関しては、期待しないでもらいたい。
*サブタイ変えました。


迫り来るタイヤを右手で受け止める。だが勢いを殺しきれず吹き飛ばされる。

 

「ぐっ…」

 

尾刈斗中との練習試合を明日に控えた現在。俺は鉄塔広場で一人特訓に励んでいた。

 

「もう少し、もう少しだ…」

 

俺がしているのは必殺技の特訓。〈ゴッドハンド〉に見切りをつけ、新たな必殺技の習得の為、アイデアを考えていたのだが、円堂の必殺技を思い返していて一つ、閃いたことがあったのだ。それを早速試してみたところ確かな手応えを感じた。

それ以来、尾刈斗との試合までに必殺技を完成させることを目標とし、特訓していたのだ。

完成度は既に九割といったところか。あとひと押しで完成出来る確信がある。

 

「あとはもう試合の中で完成させるしかないか」

 

円堂守のとある必殺技を参考にした俺の必殺技。尾刈斗が相手なら完成出来なくても勝てはするかもしれないが、だからこそ挑戦する絶好の機会であるとも言える。俺に試合の中で成長するなんて芸当が出来るかは正直自信がないが、やるだけやってみよう。やる前から弱気になっていたら、何も成し遂げることは出来ない。

自分の右手を見つめる。

ボロボロになったグローブはこれまでの努力の証だ。

努力したところで必ず報われる訳じゃない。でも努力は自分を裏切ることは無い。

この必殺技を完成させることは俺にとってのある種の証明だ。

自身が決して原作の円堂の後を追うだけの存在ではないことの証明。

完成したところで威力は恐らく〈ゴッドハンド〉を上回る程ではない。〈ゴッドハンド〉を完璧に使いこなせるようになれば、この技を使うことはもしかしたら無くなるかもしれない。だけど、自分だけの必殺技を作り上げたという事実は、きっとこれからの俺の支えになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして尾刈斗中との試合当日を迎える。皆には既に尾刈斗の使う催眠術と、その対策については話してある。念の為に耳栓も全員に渡しておいた。耳栓に関してはつけていると味方の声も聞こえなくなり、連携が取りづらくなる為、あまり使いたくはないがあった方が安心出来ると思ったので一応用意した。

 

「円堂、来たぞ」

 

風丸の声で俺も正門の方を見ると確かに尾刈斗中の選手の姿が見える。

尾刈斗のメンバーはオカルト関連の用語や作品をモチーフとしてるんだっけ。なんか凄い見た目してる奴いるな。

頭に蝋燭巻き付けてる奴とかいるんだけど、それ大丈夫なのか。せめて火は消した方がいいと思うんだが。

 

グラウンドに雷門と尾刈斗の選手が整列する。尾刈斗の監督が冬海先生と握手した後、俺達に話し掛けてくる。

 

「君達と帝国との試合。見させてもらいましたよ。いやはや、全くもって素晴らしかった。今日はお手柔らかにお願いしますね」

 

この監督、原作だと豪炎寺を目当てにしてて、それ以外の選手への態度は悪かった覚えがあるけど、あまりそんな感じはしないな。

それより向き合ってる尾刈斗のキャプテンの方が気になる。一つ目が描かれたバンダナを着けてるんだが、目がどう見ても完全に覆い隠されている。前見えてんのか、これ。

 

「尾刈斗中キャプテンの幽谷です。今日はよろしくお願いします。」

「あ、ああ。雷門サッカー部キャプテンの円堂守です。こちらこそよろしく」

 

俺の視線に気づいたのかこちらに挨拶して来たのでこちらも返す。え、マジで見えてるのかそれ。いったいどういう構造になってるんだ、そのバンダナ。

俺のそんな疑問をよそに試合が始まる。

 

 

尾刈斗の幽谷のキックオフで試合開始。

ボールを持ったMF武羅渡がドリブルで上がっていく。マークについたマックスが抜かれるものの、その隙をついて少林がスライディングを仕掛ける。武羅渡はこれを躱しきれず、ボールが弾かれる。

しかし、こぼれ球を同じくMFの月村が押さえた。

立ち塞がった壁山をフェイントで上手く躱し、シュート体勢に入る。

 

「くらえ、ファントムシュート!!」

 

月村が放ったシュートは紫の気を帯びながら、分裂して雷門ゴールに迫る。

 

────分裂しているように見えようとも、ボールは一つ。本物は……これだ!

 

ボールの幻影に惑わされることなく本物のボールを判断した俺は、正面から全力のパンチングで迎え撃つ。一瞬、シュートの威力に押されそうになったものの、なんとかボールを弾き返す。

 

────やはり、尾刈斗のシュートは必殺技無しでもどうにかなりそうだな。

 

このボールは壁山が拾う。パスを繋いでいきFWの染岡にボールが渡る。

 

「ドラゴン……クラッシュ!!」

 

染岡の放ったシュートは、ボールに飛びついた尾刈斗のキーパーの手を掠めながらもゴールネットを揺らす。

雷門の先制点だ。

 

「よっしゃあ!」

「ナイス、染岡!」

 

試合を観ている観客からも歓声が上がる。

だが、尾刈斗の選手や監督には焦った様子はない。まだゴーストロックも使ってないし、様子見ってところか。

 

試合再開後、尾刈斗のパスをカットし、雷門が攻め上がる。

 

「ファイアトルネード!!」

 

今度は豪炎寺のシュートが決まり、二点差となる。

 

二点目を取られた尾刈斗はついにゴーストロックを使ってくる。

 

「しまった……!」

 

ゴーストロックの仕組みは理解しているつもりだったが、やはり知識として知っているだけなのと、実際に体験したのでは違う。

ゴーストロックによって動きを封じられた俺はそのままゴールを奪われ一点を返される。

しかし、この失点によって雷門の選手はゴーストロックの脅威をはっきりと認識した。落ち着いて、冷静にプレーしている。相手の動きに惑わされることはない。

尾刈斗はゴーストロックがあっさりと攻略されたことに動揺したか、動きに精彩を欠き、雷門が染岡と豪炎寺の連携技、〈ドラゴントルネード〉で追加点を奪う。その後も雷門は攻め続けたが追加点は生まれず、3-1で前半を折り返す。

 

 

「皆、いい調子だ。後半もこのまま攻めるぞ。ゴールは任せろ」

『おう!』

 

ゴーストロックによって一点は取られたものの、前半はほとんど雷門のペースで試合が進んだ。やはり催眠無しの純粋な実力勝負になれば雷門に分があるようだ。

しかし、にも関わらずシュートは何本か打たれている。なんとか無失点で凌いだが、カウンターでヒヤッとする場面も少なくはなかった。こうして見ると、オフェンスよりもディフェンスの方が課題が多いかもしれないな。今の雷門にはドリブル技やシュート技を覚えている者はいるが、ディフェンス技は誰も使えない。壁山が早いとこ〈ザ・ウォール〉を習得してくれれば改善されるかと思うんだけどな。

そして、俺の必殺技もまだ完成していない。尾刈斗はゴール隅を狙ったコントロールシュートを多く打ってきた為、試す機会が無かったのだ。後半はチャンスがあれば試していきたい。

 

 

後半に入ってからも試合は雷門のペースで進んでいた。更に追加点を奪い、4-1としてからは膠着状態が続いているが、もう試合は決まったようなものだ。正直、この結果は互いのチームの決定力の差によるところが大きい。仮に尾刈斗に豪炎寺と同格のストライカーが一人でもいれば恐らくここまで一方的な試合にはならなかっただろう。後は、催眠術に頼らない、実力の高いキーパーがいれば十分に強豪を目指せる。

 

そんなことを考えていたら、ボールを持った幽谷がドリブルでゴール前に切り込んでくる。

 

「まだ試合は終わっていない…!もう一点返してやる!」

 

気を引き締める。残り時間から考えても逆転はもう有り得ない。だが、まだ試合が終わった訳では無い。勝った気になるのは早過ぎる。

この試合、もう何度目になるか。幽谷が〈ファントムシュート〉の体勢に入る。ここまでは今日何度も見た光景。だが、そこに月村が走り込んでくる。

 

「「ファントムシュート!!」」

「何!?」

 

なんと幽谷と月村は二人同時に〈ファントムシュート〉を放ったのだ。

それによって通常の〈ファントムシュート〉よりも威力が上がっている。駄目だ。このシュートは必殺技無しでは止められない。

点差もあるしこのシュートを決められても勝ちは揺るがない。止められなくてもいい。そんな思考が頭の中を過ぎり、それをすぐさま否定する。ここで逃げる訳にはいかない。このシュートを止められなければ、俺にとってこの試合は敗北したに等しい。

 

────ここだ。ここであの技を完成させる!

 

相手の気持ちの籠ったシュート。それを止めるという強い意志。掛けていたピースが埋まる。今なら出来るはずだ。

イメージするのはフットボールフロンティアでの優勝後のifストーリーを描いた、アレスの天秤、その続編となるオリオンの刻印において円堂守が使用した必殺技、〈ダイヤモンドハンド〉。

右手に集中させた気を放出するのではなく、そのまま右腕に纏わせる。

ダイヤモンドの如き輝きも無ければ、硬度も遠く及ばない。だが、今はこれで十分。

金属特有の光沢を放つ右腕をボールに向かって突き出す。名付けて……

 

「メタリックハンド!!」

 

受け止められたボールの威力は完全に殺され、俺の右手にボールが収まる。

それと同時に、試合終了を告げる審判の笛が鳴り響いた。

 

 

 

4-1で雷門の勝利。帝国の時とは違う確かな勝利に部員達が歓喜の声を上げる。これが雷門の実質的な初勝利だな。

それに、俺の必殺技も無事に完成した。〈ゴッドハンド〉を初めて使った時とは、また違った感動を覚える。感慨に耽る俺に幽谷が声を掛けてくる。

 

「俺達の負けです……。でも、次は負けません」

 

そう言って背を向ける幽谷を無言で見つめる。確か幽谷はまだ一年だったはず。これからの尾刈斗は強くなりそうだな。来年以降、雷門の強力なライバルになりそうだ。

 

「次も…俺達が勝つ」

 

俺の言葉に一瞬だけ足を止めた幽谷だったが、直ぐにまた歩き出す。

 

 

部員達に振り返り、声を上げる。

 

「次はフットボールフロンティアだ!このままの勢いで勝ち進んでやろうぜ!」

『おう!』

 

 

俺達の、フットボールフロンティアへの挑戦が始まる。

 




ドラゴントルネードは実はもう既に習得している。ゴーストロックの種も割れている。でもどうにか尾刈斗戦を盛り上げたい。その結果、こうなりました。
試合描写結構省いてるので賛否両論あるかもしれませんが、暖かく見守って下さると幸いです。
長々と失礼しました。


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相談

 

 

「フットボールフロンティアの地区予選一回戦の相手が野生中に決まりました」

 

冬海先生から予選一回戦の対戦相手が告げられる。原作通りに野生中か。野生中は昨年の地区予選を決勝まで勝ち進んだチーム。全国レベルの身体能力に加え、空中戦に滅法強いのが特徴だ。とはいえ、原作とは違い豪炎寺と壁山は既に〈イナズマ落とし〉が使える。帝国や尾刈斗の時は出番がなかったが、野生中戦では猛威を奮ってくれることだろう。

しかし、冬海先生がこの部室に来るのは随分と久しぶりに感じるな。帝国や尾刈斗との試合が決まった時も来なかったし。

 

「初戦で大差で敗退、なんて事は勘弁してほしいですね」

 

なんて言っているがこの時期のこの人は既に影山と繋がっているはず。

内心ではむしろ早く負けろとでも思っていそうだ。原作とは違う形で何か仕掛けて来る可能性は否定出来ないし、この人の言動にも注意しておいた方がいいかもしれないな。

 

「ああ、それから…」

「チィーっす。オレ、土門飛鳥。一応DF希望ね」

 

土門飛鳥。鬼道が送り込んだ帝国のスパイ。原作では雷門に転校して来た当初はスパイとしての役目を果たしていたが、円堂達と関わっていく内に自分の行為に罪悪感を抱き始め、ある出来事が切っ掛けで帝国を裏切り、名実共に雷門サッカー部の一員となる。

 

「君も物好きですね、こんな弱小クラブにわざわざ入部したいなんて」

 

そう言って去っていく冬海先生。仮にも自分が顧問を務めるクラブに対してのあまりの言い草に土門も困惑している。

 

「土門君」

「あれ?秋じゃない。お前、雷門中だったの?」

 

この二人は昔、アメリカで一緒にサッカーやってたんだったか。よく覚えてないけど、古い知り合いであるのは間違いない。

 

「歓迎するよ。よろしくな、土門。木野、知り合いなんだったら土門のこと、お前に任せてもいいか?色々教えてやってくれ」

「うん、分かった」

「ところで、相手、野生中なんだろ?大丈夫かな」

 

木野に土門のことを頼んでいると、土門がそう話し出す。

 

「なんだよ、新入りが偉そうに」

「前の中学で戦ったことあるからね。瞬発力、機動力共に大会屈指だ。それに空中戦での強さは折り紙付き。そう簡単に勝てる相手じゃないと思うけどね」

 

アニメの方でこんなやり取りあったな。てことはこの世界はアニメの世界線ってことでいいのかな。ゲームとアニメだと微妙に展開が違うからややこしいんだよな。フットボールフロンティア編での差異が一番大きいのは一之瀬の加入の有無や〈マジン・ザ・ハンド〉の習得時期辺りか。特に一之瀬はゲームだと隠しキャラクターで、特定の条件を満たさないと仲間にならなかったはずだから気を付ける必要がある。まあ、そんな先のことより今は野生中の方が大事だ。

 

「土門の言う事にも一理ある。ファイアトルネードやドラゴントルネードがあるし、イナズマ落としで高さ勝負に負けるとは思えないけど、決して油断の出来る相手じゃない。気を引き締めていこう」

 

そう言って練習に向かう。今日の練習場所は河川敷だ。

 

「円堂。さっきの言い方だと、イナズマ落としって技は高さに定評のある技なのか?」

「ん?ああ、イナズマ落としはな…」

 

土門に〈イナズマ落とし〉について説明してやる。

 

「へぇ…。なるほどね…」

 

……これも帝国に情報として流すんだろうな。正直あまり気分のいいもんじゃないが、知られて困るようなもんでもないし、土門が俺達の仲間になる為には必要な過程だ。今は目を瞑るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ジャンピングサンダー!!」

「シャドウヘア〜〜」

「壁山…スピ〜〜ン」

 

一年生組は土門の言葉でまた不安になっているらしい。自分達で考えた必殺技の練習をしているのだが、栗松と少林はいい。確か〈ジャンピングサンダー〉は威力こそ低いが、ゲームでアニメから逆輸入する形で実装されていた技だからな。習得出来れば攻撃の幅が広がる。

だが、宍戸、お前は試合中にどうやって髪の中にボールを入れるつもりなんだ。しかもボールを二つ使っている時点でルール的にもアウトだ。壁山に至ってはその場で回転しているだけだ。そんな事してないでお前は早く〈ザ・ウォール〉を覚えてくれ…。

 

「クイックドロウ!!」

「コイルターン!!」

 

マックスが染岡からボールを奪い、影野がそのボールを奪い返す。うん、いい動きだ。それにマックスと影野はいつの間にか必殺技が使えるようになってたんだな。これで二年は目金以外は全員が必殺技を習得した訳だ。

原作の同時期よりは多少皆も強くなってるのかな。でも、一年と二年であまり実力に差が出来てしまうと、連携にも支障が出るだろうし、気を付けておく必要がある。

一年生達は焦りもあるんだろうな。帝国、尾刈斗との試合で活躍したのは二年生ばかりだ。自分達もサッカーが好きで入部して来て、真面目に練習に取り組んで来たのに、結果が残せない。それが歯痒いのだと思う。

今度、一年を誘って居残り練習でも一緒にやってみるか。

 

「円堂、ちょっといいか」

 

そんなことを考えていると豪炎寺が声を掛けてくる。

 

「なんだよ、豪炎寺」

「少し、相談したい事があるんだ」

「相談?」

 

珍しいな、こいつが俺に相談事なんて。何かは知らないが、大事な大会前に悩みを抱えたままにしておいて、試合で実力を出せないなんてことになったら困るからな。力になれるかは分からないが、聞くだけ聞いてみるか。

 

「俺が力になれる事なのか?とりあえず話してみろよ」

「ああ……」

 

いつになく真剣な顔になる豪炎寺。まさか思ったより深刻な内容だったりするのか。

 

「俺、最近新しい必殺技の特訓をしてるんだけどさ。何度やってもちっとも上手くいかないんだ。だから何かアドバイスをもらえないかと思って」

「新しい必殺技?」

 

知らなかった。こいつも必殺技の特訓をしてたのか。でも、〈ファイアトルネード〉に〈ドラゴントルネード〉に〈イナズマ落とし〉、次はどんな技を覚えようとしてるんだろう。

 

「どんな技なんだ。アドバイスって言われても、詳しい事を聞かないと流石に何も答えられないんだが」

「ああ、爆熱スクリューだ」

「………はい?」

 

俺の聞き間違いかな。こいつ今〈爆熱スクリュー〉って言ったか。

 

「ごめん、もう一回聞いてもいいか」

「爆熱スクリューだ」

「……………」

 

〈爆熱スクリュー〉。原作における世界への挑戦編で豪炎寺が習得する技で、豪炎寺が単独で放つ必殺技としては最高の威力を誇る。

習得出来ればフットボールフロンティア参加校のキーパーで、止められる者等絶対に居ない為、間違いなく無双出来ることだろう。しかし、断じてこんな時期に習得出来る技ではないし、しようとするべき技でもない。

 

「なんで今、そんな技覚えようとしてるんだよ……。どう考えても無理だろ…」

「この間の尾刈斗戦で、お前が新必殺技を完成させただろう?」

「うん」

「だから俺も新しい技を開発しようと思ってな?」

「うん」

「爆熱スクリューを覚えようと思ったんだ」

「なんでだ」

 

なんで試合中はあんなに頼りになるのに、いきなり斜め上方向にぶっ飛んだ思考してるんだよこいつ。

 

「百歩譲ってもそこは普通、爆熱ストームからじゃないのか?」

「?爆熱スクリューの方が威力は高いだろう?」

「いや、確かにそうだと思うけど…、そもそも本当に覚えられると思ってんの?」

「?」

 

豪炎寺は心底不思議そうな表情を浮かべる。

 

「俺は豪炎寺なんだから、爆熱スクリューだって使えるはずだろ?」

「あ、はい」

 

駄目だこいつ。自分が〈爆熱スクリュー〉を習得出来る事を全く疑っていない。

 

「で、何かアドバイスないか?」

「え、あ、ああそうだな……えっと」

 

相談の内容が衝撃的過ぎて思考が上手く纏まらない。うん、アドバイスだろ。〈爆熱スクリュー〉の。うん、分かんねーよ。

 

「えっーと、あ、そうだ!何か、そう、回転!回転が重要なんじゃないか?」

「回転?」

「ほら、原作で豪炎寺が初めて爆熱スクリューを使った時、綱海のシュートを見て、あの回転は!とか言ってたじゃん?」

「ふむ…」

 

何か考え込む豪炎寺。何か混乱して普通に答えちまったけど、これ止めるべきだったんじゃないのか。もし、万が一使えるようになったら更に原作が崩壊するんだが。

 

「ありがとう。参考になった」

「え、ああ、そう……」

 

練習に戻っていく豪炎寺。

……あいつ、本当に習得したりしないだろうな。

 

 

何事もないただの練習のはずが、思わぬ不安を抱えることになったのだった。

 

 




これからどうなるか?作者にも分かりません。


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エースストライカー

1話で収めようとしたら長くなりました。


地区予選一回戦当日。俺達は試合会場となる野生中へとやって来た。

 

「ここが野生中か、まるでジャングルだな」

 

辺りは一面見渡す限り森で囲まれている。ここまで来ると田舎ってレベルじゃないと思うんだが…。

雷門中と野生中の中間地点辺りの学校のグラウンドを借りるとかじゃ駄目なのかな。野生中の生徒しか応援来れないだろここじゃ。

 

ん、何か騒がしいような…。

 

そちらに目を向けると、野生中のサッカー部員と思わしき者達が夏未が乗って来た車に群がっていた。

初めて車を見たらしく、興奮している様子。

……今のご時世に車見たこと無いって有り得るのか。ここまでくると田舎者ってよりジャングルに住む部族とか言われた方が納得出来るぞ。

 

「なんなのよ…」

「こんな奴らに負けられっかよ…」

 

反応に困っている夏未と呆れる染岡。というか当たり前のように夏未がいるがわざわざこんな所まで応援に来たんだな。

 

「ええ。折角見に来てあげたんだから、見応えのある試合を期待しているわね?」

「ああ、任せろ」

 

グラウンドに向かうと、周りは観戦に来た野生中の生徒達でいっぱいだ。

 

「うわ、俺達完全にアウェーだな」

 

半田がそう言う。アウェーとは言っても物投げつけられたりする訳じゃないし、精々ブーイングくらいのものだろうけど、経験の少ない俺達にとってはこの環境は中々厳しいかもな。

 

「皆、観客は気にするな。俺達はいつも通りのサッカーをするだけだ。むしろ、この空気を楽しむぐらいのつもりでいこう」

「キャプテンは前向きッスねぇ…」

「後ろ向きになったって仕方ないだろ?それより壁山、今日の試合はお前が鍵になるかもしれないんだ。よろしく頼むぜ?」

「は、はい!オレ、頑張るッス!」

 

壁山の気合いも十分。これならいざ〈イナズマ落とし〉を打つ時にしり込みすることも無さそうだ。

 

 

とうとう始まるんだ。フットボールフロンティアが。必ず優勝してやるぞ。

 

────ドクンッ……。

 

心臓が急に高鳴り、思わず胸に手を当てる。しかし、伝わってくる心臓の鼓動は静かに規則的なリズムを刻んでいる。

 

「円堂?どうかしたか?」

「……いや、何でもない」

 

────気のせいか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両チームの選手がポジションにつく。今日の雷門のフォーメーションはFWが染岡と豪炎寺のツートップ。MFが少林、半田、マックス、宍戸。DFは栗松、壁山、影野、風丸。

まあ、いつも通りだな。〈イナズマ落とし〉の為に壁山をFWにする案もあったが、そうすると守備が手薄になる。だから前半はDFについて、DF陣が野生中の動きに慣れた後半からFWにポジションを上げる予定になっている。土門は能力的にはスタメンでもいいぐらいなのだが、チームに入ってまだ日が浅く、スタートから出てもらうのは少し不安が残る為、ベンチとなっている。

 

雷門ボールでキックオフ。

中盤で慎重にパスを回していく。

 

────寄せが早いな。

 

ボールを取られてはいないが、野生中の選手達の動きが早い。ボールを持った選手に即座に詰め寄ってくるせいで落ち着いたプレーが出来ていない。

 

────相手の動きに皆が慣れるまでは気は抜けないな、これは。

 

この試合。思っていたよりもシュートを打たれる回数は多くなるかもしれない。

気を引き締めていると、オーバーラップしたサイドの風丸へとボールが渡る。俊足を飛ばしサイドを駆け上がっていく。早い、野生中の選手と比べても全く引けを取っていないどころか、むしろ上回っている。

 

「疾風ダッシュ!!」

 

必殺技で相手DFを躱し、野生中陣内深くまで切り込んだ風丸は中央へとセンタリングを上げる。

 

「よし!」

 

そのボールに反応した豪炎寺が〈ファイアトルネード〉の体勢に入るが、

 

「何!?」

 

豪炎寺よりも更に高く飛んだ野生中キャプテン、鶏井にボールを奪われる。

 

「高さなら負けないコケッ!」

「くっ…!」

 

鶏井がボールを大きく蹴り出し、前線の水前寺へと繋がる。

 

「不味い、皆戻れ!」

 

風丸が攻め上がり、守りが手薄になっている雷門陣内のサイド際を水前寺が駆け上がっていく。こいつ、他の選手と比べても明らかに早い。

雷門の選手がディフェンスに走るが、誰も追いつけない。

ゴールライン際まで来てなんとか追いついた栗松がスライディングを仕掛けるが、それよりも一瞬早く水前寺がボールをゴール前へ上げる。

このボールにMFの大鷲が飛び込む。シュートを阻止しようと影野もジャンプするも届かない。

 

「コンドルダイブ!!」

 

上空からの叩きつけるようなヘディングシュート。

右手に気を集めて、〈メタリックハンド〉の体勢に入る。

 

「ターザンキック!!」

「なっ…!?」

 

しかし、横から飛び出して来たFW五利がシュートチェイン。シュートの軌道が変わる。

 

────しまった……!完全に逆をつかれた!

 

右手に気を集めそれを腕全体に纏わせるという工程を必要とする為、〈熱血パンチ〉よりも発動速度で劣る〈メタリックハンド〉では、間に合いそうにない。

 

「と、どけぇぇぇ!!」

 

それでも必死にシュートに飛びつく俺だったが、やはり届かず、ボールは雷門ゴールに突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野生中の先制点。まさかたった一度の攻撃で失点するとは。野生中の身体能力を甘く見ていたか。

 

────いや、違う。

 

今の失点の原因は俺の慢心だ。〈メタリックハンド〉で野生中のシュートは止められるだろうと高を括っていた。もっと周りをよく見ていれば、FWが走り込んで来ているのにも気づけたはずだ。

 

「あんなに特訓したのに…」

 

不味い、先制点を取られたことで士気が下がっている。特に、自分が上がった隙を突かれた風丸の顔が暗い。

 

「悪い!止められなかった!だが、試合はまだ始まったばかりだ!直ぐに取り返すぞ!確かに相手は手強いが、落ち着いて対処すれば十分対抗出来る!」

 

チームを鼓舞する。こういうのは口に出すのが大事なんだ。

 

「風丸、今のは良いオーバーラップだったぞ!」

「円堂、でも……」

「点を取られたのは結果論でしかない。俺達が点を取っていた可能性だって高かった。お前は間違ったプレーはしていない。もっと自分に自信を持て」

「円堂……ああ、分かった!」

 

よし、これで風丸も大丈夫だな。まだまだ試合はこれからだ。もう一点もやるものか。

 

 

雷門ボールで試合再開。

ボールを持った豪炎寺が攻め上がるが、野生中のチェックが早い。直ぐに囲まれてしまった。

 

「くっ、隙がない…!」

「豪炎寺!こっちだ!」

 

ボールは豪炎寺から染岡へ。そしてゴールからはやや遠い位置だが、染岡が早くもシュート体勢に入る。

 

「空中戦で適わないならこいつはどうだ!ドラゴン──」

「スーパーアルマジロ!!」

 

染岡が必殺技を放とうとするが、それよりも早く、猛スピードで突っ込んで来た野生中DF獅子王に大きく吹き飛ばされる。

染岡は足首を押さえ、倒れたまま立ち上がれない。

 

「染岡!」

 

試合が止まり、俺達は染岡に駆け寄る。

 

「染岡、大丈夫か」

「ッ、ああ。どうってことねぇよ、こんなの」

 

口ではそう言うものの、表情は固い。

 

「木野、どうだ?」

「……駄目。足首を捻ってる。試合は無理よ」

「選手交代か…」

 

ここで染岡が抜けるのは痛い。〈ファイアトルネード〉が封じられている以上、染岡が抜ければ得点手段が完全に〈イナズマ落とし〉に限定されてしまう。

 

「仕方ない…。土門、染岡と交代してDFに入ってくれ。壁山、少し予定よりも早くなるが、ここからはお前がFWだ。豪炎寺とイナズマ落としで点を取ってくれ」

「はいよ」

「わ、分かったッス!」

 

現状では恐らくこれがベストだ。壁山が前線に上がることで生じる穴は、土門が居れば埋められる。

 

野生中のスローインから試合再開。

ボールは野生中MF香芽に渡り、そのままドリブルに入る。

 

「キラースライド!!」

 

だが、代わって入ったばかりの土門が必殺技でボールを奪う。

 

「いいぞ土門!」

 

やはり現時点で信頼出来るかは別として、土門の実力は本物だ。

ボールを奪った土門から宍戸、半田へとボールが繋がる。そのまま豪炎寺へとパスを出そうとした半田の足が止まる。ゴール前の豪炎寺には厳しいマークがついていた為だ。

壁山はFWの練習は普段はしていない。当然、FWとしては素人で、動きも拙い。それを早くも見破られたか、壁山をフリーにしたまま豪炎寺にマークが集中してしまっている。

 

そこからは俺達の防戦一方だった。野生中の猛攻をなんとか凌ぐものの、豪炎寺が思うようなプレーをさせてもらえず、〈イナズマ落とし〉はおろか、まともにシュートすら打てない。

 

「スネークショット!!」

「メタリックハンド!!」

 

放たれたシュートをなんとか受け止める。まだ二点目は許していないが、何度もシュートを受け止めている右手はダメージが蓄積されていっている。

 

ここで前半終了の笛がなり、両チームの選手はベンチへと引き上げていく。

 

ベンチに戻った俺は木野に氷を貰い、右手を冷やす。ハーフタイム中に少しでも回復させておかないとな。

皆の顔を見渡すがやはり、表情は暗い。こっちはろくにシュートチャンスを作れず、攻められっぱなしだからな。仕方ないことではあるが。

とはいえ、このままでは何も出来ないまま時間が過ぎていくだけだ。まだ二点目は取られていないが、流れを変えられなければそれも時間の問題だろう。そうなればもう逆転は難しくなる。

 

「皆、いいか」

 

そう考えていると豪炎寺が声を上げる。

 

「後半は俺にボールを集めてくれ。頼む」

「豪炎寺……。そうは言ってもお前にはマークが──」

 

そう言う豪炎寺に反論する俺だが、視線の強さに気圧される。

 

「俺はエースストライカーなんだ。どんな逆境であろうと、最後にボールを託すことが出来る、チームを勝利に導くことが出来る、それが、エースストライカーなんだ」

「豪炎寺……よし、皆!後半は豪炎寺にボールを集めるぞ!いいな!」

『おう!』

 

今の豪炎寺の言葉を聞いて、反論する者は誰もいなかった。

 

 

後半が始まってからも野生中の猛攻が続く。こぼれたボールをサイドに蹴り出し、一息つく。不味いな、前半から攻められ続けていたことで皆、スタミナが切れ始めている。元々スタミナが劣っていたのもあるかもしれないが、攻撃しているよりも守備をしている方が精神的な消耗はずっと大きい。その影響が出始めている。

今の雷門は前線に壁山と豪炎寺を残し、それ以外の全員がゴール前まで戻って来て、なんとかゴールを死守している状態だ。

 

「くそ、豪炎寺にボールを繋げられない…!」

「守っているだけで精一杯だ…」

 

残り時間は刻一刻と少なくなって来ている。早くどうにかしないと。でも切っ掛けがない。

ゴール前で風丸が大きくボールをクリアする。クリアしたボールを野生中の選手がトラップし、

 

そのボールを自陣まで戻って来た豪炎寺がスライディングで奪い取った。

 

立ち上がった豪炎寺は鋭い眼光を放ちながらドリブルを開始する。

 

────あいつまさか、あの位置から一人でゴールまで持っていく気か!?

 

確かに野生中は攻め続けて、前のめりになっているせいで守りは薄くなってはいる。だが、いくらなんでも無茶だ。豪炎寺からボールを奪おうと野生中の選手が豪炎寺に殺到する。

しかし、豪炎寺は冷静に一人目をまた抜きで突破。二人目も鋭い切り返しであっさりと躱し、三人目をヒールリフトで抜き去る。ボールのトラップ際を狙った四人目の横にボールを軽く蹴り出すと、回転を掛けられたボールは四人目の横を過ぎ去った豪炎寺の元へと戻って来る。

あっという間に四人を抜き去った豪炎寺の前に野生中最後の砦、キャプテン鶏井が立ち塞がる。

ここで時間を使えば、抜き去ったDF達が戻って来てしまう。やはり、無理かと思われたその時、

 

「俺は負けない……!俺は……豪炎寺修也だぁぁぁぁあ!!」

 

その叫びと共に豪炎寺の体が炎に包まれる。炎を纏った豪炎寺はそのまま強引に鶏井を吹っ飛ばし、ついに野生中DF全員を抜き去った。

 

────今のは、ヒートタックル!この土壇場で新たな必殺技を編み出したのか!?

 

豪炎寺の突破を遮る者はもう誰もいない。無人の野生中陣内を豪炎寺がドリブルをしているとは思えない速度で駆け上がっていく。

ゴール前に到達した豪炎寺はボールを蹴り上げシュート体勢に入る。

 

「ファイアトルネードッ!!」

 

放たれたシュートは野生中キーパーの繰り出した必殺技をあっさりと打ち破り、野生中ゴールに突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「豪炎寺ぃぃぃぃ!!」

「やっぱ凄いよお前!」

「豪炎寺さん!」

 

皆が豪炎寺の元に駆け寄る。すげえなあいつ。絶対無理だと思ったわ。

豪炎寺は俺と目が合うと、無言でガッツポーズ。俺もそれを返す。

 

────ホント頼りになる奴だよ。あれで中身違うとか嘘だろ。

 

豪炎寺のスーパープレーによって同点に追いついた雷門。当然士気は最高潮。暗い表情をしている者等一人もいない。

一方の野生中イレブンは皆揃って愕然とした表情を浮かべている。無理もない。自分達が一方的に攻め続けていたのに、たった一人の力によって同点に追いつかれたのだ。その衝撃は計り知れない。

 

とはいえまだ同点。残り時間も少ないし、野生中はこれまで以上に激しく攻めてくるはずだ。豪炎寺が取ったこの一点を無駄にはしない。必ずゴールを守り抜いてもう一度豪炎寺に繋げてみせる。

 

予想通り、試合再開直後から野生中が物凄い形相で攻め込んでくる。

しかし、こちらも完全に精神的に持ち直した。先程までのような一方的な展開にはならず、一進一退の攻防が続く。

 

残り時間がほぼ無くなり、恐らくロスタイムを残すのみとなった頃、中盤の混戦から野生中が抜け出す。

 

「スネークショット!!」

 

FW蛇丸がロングシュートを放つ。残り時間が少なくなって焦ったか。その位置からのシュートなら確実に止められる。そう思った俺だったが、ボールはゴールに向かわず上空へと軌道を変える。

 

「これは!?」

「コンドルダイブ!!」

 

空中で既にシュート体勢に入っていた大鷲がこのシュートをヘディングで打ち降ろす。

 

「ターザンキック!!」

 

その先に走り込んだ五利が更にシュートを加速させる。三人掛でのシュートチェイン。間違いなく、この試合で放たれたどのシュートよりも高い威力を持つであろうシュートが雷門ゴールを襲う。

 

『円堂!』『キャプテン!』

 

消耗仕切った今の俺にこのシュートが止められるのか…。

 

────いや、違う。止められるか、じゃない。絶対に止めるんだ。

 

「勝つんだ……こんな所で…負けてたまるかぁ!!」

 

────ドクンッ……。

 

「うぉぉぉぉおお!!!」

 

白銀に輝く巨大な右手がシュートを受け止める。この土壇場で奇跡的に発動した〈ゴッドハンド〉。三人の力を合わせたシュートは、神の手を打ち破る事は出来ず、俺の右手にボールが収まる。

 

「いっけぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

円堂がスローイングしたボールは中盤の半田へと渡る。厳しいマークに合う豪炎寺を見て前半と同じく、足が止まる。半田と豪炎寺の視線が絡み合う。

 

────俺にボールをくれ……!!

 

豪炎寺の目から意思を読み取った半田の中から迷いが消える。

 

「豪炎寺!!」

 

豪炎寺へボールが上がる。三人のマークを背負いながら豪炎寺が飛び上がる。しかし、マークについていた三人の内の一人、鶏井が豪炎寺よりも僅かに高く飛び上がる。ヘディングでボールがクリアされる、よりも一瞬早く、豪炎寺がオーバーヘッドの体勢でボールを真下へと撃ち落とす。地面に跳ね返ったボールを落下しながら足裏で踏みつけてキープ。着地と同時のダッシュでマーカーを振り切る。

 

「壁山!」

「はいッス!」

 

豪炎寺の呼び掛けに応え、壁山が宙を舞う。豪炎寺も跳躍し空中で体勢を上向きに変えた壁山の腹を踏み台にして、更に高く跳躍する。

必死の形相で追いすがり、跳躍した鶏井の更に上空から豪炎寺がオーバーヘッドキックを放つ。

 

「「イナズマ……落としぃぃぃ!!」」

 

遥か上空から放たれたシュートは、青白い稲妻を纏い、野生中のキーパーに反応すら許さず、ゴールネットに突き刺さった。

 

そして試合終了の笛がフィールドに鳴り響く。

 

 

激戦を制し、俺達雷門中は無事地区予選一回戦を突破した。

 




書き始めた時はもうイナズマ落としも覚えてるし、盛り上がる所無いだろうからダイジェストにしようとか考えてたのにどうしてこうなったんだろう……。


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インフレの足音

自分が今、どこにいるのか分からない。辺り一面真っ白な空間で誰かの背中を追いかけている。

姿はぼやけていて、顔も見えない。背丈から察するに俺と同い年くらいだろうか。その誰かが立ち止まり、俺に向かって振り返る。

 

────サッカー、やろうぜ。

 

 

 

 

目覚ましの音で目が覚める。ふと周りを見るが間違いなく自分の部屋だ。

 

「夢…か?」

 

普段は夢なんて滅多に見ないんだけどな。目覚めたばかりだというのに妙に頭は冴えている。夢の内容を思い返す。

 

「サッカーやろうぜ、か…」

 

その言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶのは円堂守。俺ではなく、原作の、本来の円堂守だ。

確かめようが無い事だから、円堂守になったあの日に考えてから、一度も考えなかった、否、考えないようにしてきた事だが、この体に宿っていたはずの本来の円堂守の意識は、完全に消滅してしまっているのだろうか。

 

「「まだまだ!!終わってねぇぞぉぉぉお!!!」」

 

帝国戦の時に聞こえたあの声。あれは、俺と全く同じあの声は、もしかしたら、本来の円堂守の声ではないのか。昨日も、試合前と〈ゴッドハンド〉を発動する直前に、一瞬だけ心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。帝国の時のような声は聞こえなかったが、あれももしかしたら……。

 

……円堂守の意識がもし、少しでも残っているのなら、いつか、彼にこの体を返す日が来るのだろうか。

 

俺はこの体を知らない内にとは言え、乗っ取ったようなものだ。本来の円堂の意識が残っているのなら、そうするのは当然の事。むしろ、今までこの体を勝手に使っていた事を謝罪しなければいけない立場だ。でも、そうなった場合、俺はどうなるのだろう。もう、皆とサッカーをする事は出来ないんだろうな。

 

「それは少し……嫌だな…」

 

つい口に出してしまった俺の力ない呟きは、誰にも聞かれることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サッカー部の部室へと向かいながら昨日の試合を振り返る。色々と反省点の多かった試合だ。最初の失点は、俺の慢心が無ければ防げていたはずだし、染岡の負傷に関しても、よく原作を思い出してみればアニメで同じような展開があった。対策を取っていれば染岡がああなることは無かったかもしれない。壁山を何も考えずに原作と同じようにFWに上げてしまった事もそうだ。前線で一人、何も出来ないまま孤立していた壁山。あの試合で一番もどかしさや無力感を感じていたのは、間違いなくあいつだ。試合は豪炎寺のおかげでなんとか勝てたけど、あいつばかりに頼り過ぎる訳にはいかない。一人に集中して負担をかけ続ければ、必ずどこかでその付けが回ってくる。

原作の知識がある事は必ずしも良い方向へ転ぶとは限らない。大きなアドバンテージである事は間違いないが、頼り過ぎれば足元を掬われる。キャプテンである俺の言動は、部員達にも影響する。もっと色々考えないといけないな。

 

 

部室のドアを開けると、そこには夏未の姿が。

 

「どうしたんだよ夏未」

「今日から私、雷門夏未はサッカー部のマネージャーになりましたので、よろしく」

「え」

『えええええええ!?』

 

いつ間にか後ろにいた部員達が驚きの声を上げる。びっくりした。いつから居たんだお前ら。

 

「どういう風の吹き回しだ?」

「あら、私がマネージャーになるのが何か問題でも?」

「いや、そんな事はないけどさ」

 

夏未がマネージャーになったのって原作でもここだっけ。時期的にそんなにズレてはいないとは思うけど、よく覚えてないな。

 

「昨日のようなギリギリの勝利では無く、やるからには完璧な勝利を目指して欲しいもの。その為に、私も出来ることはさせてもらうわ」

 

えっと、もっと危なげなく勝てるように、自分も何か手伝いたいってとこかな。これは。原作よりも少し言い回しが優しくなってるような気がしないでもない。

 

「心強いよ。これからよろしくな、夏未」

「ええ」

 

俺と夏未が握手を交わす。イナビカリ修練場の事とか、夏未は原作でも色々やってくれてたからな。最近は割と友好的に話すようになったとはいえ、ちょっと前までは会う度に喧嘩してたから、もしかしたらマネージャーになってくれないんじゃないかと思ってたが、これで肩の荷が一つ下りた。

 

 

今日は雷門中のグラウンドが使えるようだったので、学校での練習だ。確か野生中に勝ってから、他校の偵察隊とかが来るようになるはずだからな。河川敷よりも出来れば学校での練習の方が好ましい。偵察隊も流石に校内までは入って来ないだろうし。

 

「ファイアトルネード!!」

「ゴッドハンド!!」

 

豪炎寺の〈ファイアトルネード〉を〈ゴッドハンド〉で受け止める。しばらく拮抗した後、勢いを失ったボールが俺の手に収まる。

 

「完全にものにしたな。ゴッドハンド」

「ああ、ようやくな」

 

野生中戦の最大の収穫。俺が〈ゴッドハンド〉を使えるようになった。とはいえ〈メタリックハンド〉よりも〈ゴッドハンド〉の方が消耗も激しい。これからは相手のシュートによって、使い分けていく形になるだろう。

折角編み出した〈メタリックハンド〉が直ぐに型落ちになったのは、少し悲しい気持ちもあるが、元々〈ゴッドハンド〉を覚えるまでの繋ぎのつもりの技だ。こうなるのは最初から分かっていた事。割り切らないとな。

 

「ところで豪炎寺、お前の方はどうなんだよ」

「ん?俺か?」

「爆熱スクリューだよ。前に言ってただろう?」

 

そう、ある意味俺が今一番気になっているのはこの事だ。絶対無理だと思っていたのだが、帝国や野生との試合とかを見てると、こいつなら習得出来るんじゃないかと思えてきてしまった。

 

「ああ、あれか」

「で?どうなんだよ?」

「完成の目処は立ったぞ」

「マジで!?」

 

え、出来るんじゃないかとは思ったけど早くないか。この間アドバイスしたばかりだぞ。しかもそのアドバイスも、役に立つのかよく分からんようなやつだったのに……。

 

「ほ、本当に……?」

「ああ、お前のアドバイスのおかげでな」

「……あれでか?」

 

天才かこいつ。マジであんなのでどうにかなったのか。技のモーションも完成した時のイメージも完璧だから、そんなもんなのか……。

いやいや、でも俺は同条件どころか、それ以上に色々分かってる状態で〈ゴッドハンド〉を習得出来なかった訳で……。

 

「円堂、盛り上がってるところ悪いが、まだ目処が立っただけだ。完成した訳じゃない」

「え、あ、そうか、そうだよな」

 

流石にフットボールフロンティアで〈爆熱スクリュー〉はオーバーキルもいいとこだもんな。エイリア学園との戦いで使えれば上出来もいいとこだろ。

 

「で、完成はいつ頃になりそうなんだ?俺としてはエイリア学園との戦いでお前が戻って来た時に使えれば色々楽になるんじゃないかと思うんだが」

 

その頃なら原作への影響も少なそうだしな。

 

「流石に少し時間が掛かりそうなんだ」

「うんうん」

「地区予選決勝には間に合わないかもしれない」

「うん……ん?」

「だが、本戦には間に合わせてみせる」

「いや、早いわ。アホか」

 

なんなんだよこいつ……。何でこいつだけ世界への挑戦始まってるんだよ。フットボールフロンティアで何と戦うつもりなんだ。

 

「出来れば帝国戦に間に合わせたかったんだが……」

 

止めろ。そんなもん今の時期にぶち込まれたら源田がトラウマになるわ。

はあ、もうこれ豪炎寺一人でフットボールフロンティア優勝出来ちまうんじゃないか。

 

原作……壊れていくなぁ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────帝国学園第一グラウンド

 

本来であれば、練習中の部員達の声で賑わうはずのその場所は、静寂に包まれていた。

 

「な、なんなんだよ、今のシュート……」

「なんて恐ろしい……」

「こんなの、有り得るのか……」

 

その静寂を破るのは帝国サッカー部に所属してはいるが、一軍には上がれない、所謂二軍の選手達。

彼等の視線の先にあるのは、吹き飛ばされたまま立ち上がれない自分達のキーパー。そしてシュートによって大きく抉れ、溶解した地面とひしゃげたゴール。

 

その惨状を作り出した張本人、帝国学園キャプテン鬼道有人は、なんの感情も読み取れない、冷たい瞳で地に伏せるキーパーを見据える。

 

────ようやく完成したな。

 

雷門との練習試合よりも前からずっと練習して来た必殺技。どんな相手であろうともゴールを奪い取る為の、組織力を重視する帝国の理念に真っ向から反した、個人による圧倒的な暴威。

 

彼はこの世界が本来辿るべき歴史。円堂が原作と呼ぶ物語の事を知っている。鬼道有人率いる帝国学園は、地区大会決勝で雷門に破れ、その後、全国大会の一回戦で圧倒的な大差で敗退する。だが、

 

────そんなもの、認められるか。

 

最初から敗北する事が決まっている?それが自分が歩むべき道だと?

 

────ふざけるな。

 

そんなものを、認める訳にはいかない。それを認めてしまったら、俺の今までの努力を、そして俺に付いて来てくれた帝国の皆を、否定する事になる。

王者帝国のプライドに掛けて、誰にも負けるつもりは無い。

 

────雷門だろうが世宇子だろうが、俺の前に立ちはだかる者は例外なく、容赦無く叩き潰す。

 

それをこの世界が認めないというのなら、運命という名の鎖が俺の勝利を阻むというのなら

 

────そんなもの、この俺がぶっ壊してやる。

 

冷たい瞳に狂気を宿し、王者はその牙を研ぎ澄ます。

 

 




鬼道さんが習得した技はオリジナルではないです。
予想できても感想欄でのネタバレは控えてもらえるとありがたいです。


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イナビカリ修練場

翌日、河川敷のグラウンドで練習に励む俺達。

 

「やっぱり見られてるなぁ」

 

他校の偵察隊と思わしき人達が相当な数いる。中にはカメラまで持ち出してる人もいるみたいだ。正直、対策とかしたところで必殺技を封じるなんて事は難しいと思うのだが、俺のこういう思考が野生中戦での苦戦を招いたのだ。何事も慎重過ぎるぐらいでちょうどいいのかもしれない。

部員達にはあれが偵察隊だという事は既に伝えてある。一部の部員はあれが俺達のファンだと思っていたらしく、若干ガッカリしていた。まだ地区予選の一回戦を勝っただけ、しかも観客は殆ど野生中の生徒しか居なかったのだから、ファンなんてつくはずないだろと思うのは俺だけなのかな。

必殺技の練習は控えて、基礎練習や連携の確認等をしているが、不便だし見られていると居心地も悪い。

次の対戦相手は御影専農中。一回戦で戦った野生中も強かったが、はっきり言って御影専農は野生中よりも確実につよい。情報収集やデータ分析に長け、相手チームの選手の行動パターン、必殺技に至るまでを解析し尽くす。そのうえ、キーパーの杉森は正ゴールキーパーの座を掴んでから今まで、無失点記録を更新し続けており、原作でも〈ファイアトルネード〉、〈ドラゴントルネード〉に加え〈イナズマ落とし〉まで防いでみせた。エースストライカーの下鶴は原作では豪炎寺の〈ファイアトルネード〉をコピーしていた。

こちらを完璧に分析され尽くした状態での戦いになる以上、勝つ為には奴らの持つデータを上回るプレーをする必要がある。

 

「夏未、ちょっといいか」

「何かしら、円堂君」

「最近、他校の偵察隊が多くて、ろくに必殺技の特訓が出来てないのはお前も知ってるだろ?それでお前に頼みたい事があるんだ」

「頼みたい事?」

「ああ、お前に、誰にも見られる事無く、必殺技の特訓が出来る場所を探してほしいんだ」

「……貴方ねぇ、そんな場所があるなら最初から言ってるわよ」

「無理を言ってるのは分かってる。でもこんな事頼めるのはお前しかいないんだ。頼む」

 

夏未に向かって頭を下げる。試合までの僅かな期間で、それほどの成長を促す為には、あの施設の存在が不可欠だ。

 

「……分かったわ。でも期待はしないでちょうだい」

「ああ、ありがとう夏未!」

 

後は夏未に任せるしかない。アニメでもゲームでもあの施設を見つけて来てくれたのは夏未だった、はず。俺の記憶が確かなら、だけど。試合の事は割と覚えてるんだけど、それ以外は曖昧な事も多いんだよな。

 

それとあと一つ、現状の必殺技が杉森に止められる可能性が高い。原作ではこの試合で〈イナズマ1号〉を覚えた訳だが、

 

────出来れば使いたくないんだよなぁ、あの技。

 

〈イナズマ1号〉はGKとFWの二人による連携シュートだ。そう、GKとFWの。つまりシュートを打つ片方は俺になるのだが、問題がある。

キーパーがシュートを打つ為に前線に上がると、当然ゴールががら空きになる。止められてカウンターでも食らおうものなら即、失点に結びついてしまう。

原作の円堂は多くの連携シュートに関わっていた。後にそれが問題視される程に、積極的に攻撃参加も行っていた。

正直、俺に同じものを求められても困る。少なくとも俺には、いくらチャンスであっても、ゴールを放り出して前線へ駆け上がっていくような勇気は無い。というかキーパーが役割を無視して、前線で攻撃に加わっていたら、ディフェンス陣は堪ったもんじゃないだろう。原作円堂がそんなプレーを何度も行っていても、殆ど文句を言われてもいないのは流石としか言い様がない。

使うのはもう本当にどうしようもなくなった時だけにしたい。

ならどうやって点を取るのかという話になるが、あの施設で特訓すれば、こぼれ球を押し込むなり、連続でシュートを打ってごり押すなりすれば、一点ぐらいならなんとかなるだろう。

あとは俺が点をやらなければいい。今まで無失点で終わった試合がない。いつも何かしらの形でゴールを奪われているが、今度こそゴールを守り抜いてみせる。

豪炎寺にもその旨を伝えると、どこか残念そうではあったが納得してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作だと偵察に来た御影専農の杉森、下鶴との勝負があったが、今のところはそんな事は起きていない。起きないならそれはそれでいいんだけど、原作と展開が違うと自分の知らない所で何かあったんじゃないかと思ってしまう。

そして俺達は今日は夏未に呼び出されたので、練習を中断して指定された場所に来ている。

開かずの間、とか呼ばれて雷門の七不思議だかなんだかに数えられる扉の前。そこで夏未を待っている。

ちゃんと見つけてくれたみたいだな。扉が開き、中に誰かが立っている。悲鳴を上げる部員をスルーして、その人物に声を掛ける。

 

「夏未、ここが頼んでいた場所なのか」

「ええ、そうよ。さあ、入って」

 

夏未に連れられ、扉の中の階段を下りていく。そこにはパッと見では用途がよく分からないような謎の機械がズラリと並んでいる。

 

「ここはイナビカリ修練場。伝説のイナズマイレブンの秘密特訓場よ」

 

俺が夏未に見つけてほしかった施設とはここの事だ。ここなら、誰にも見られる事無く、思う存分特訓出来る。ここでの厳しい特訓なら、短期間の内に実力を伸ばす事が可能なはず。

 

「円堂、イナズマイレブンって?」

 

風丸がそう聞いてくる。あれ、イナズマイレブンについて話した事はそういえば無かったか。アニメだと古株さんから聞かされたはずだけど、そんな事を聞いた覚えは無いし。

 

「イナズマイレブンってのは、四十年前の雷門サッカー部のことだ。俺もあまり詳しく知ってる訳じゃないが、フットボールフロンティアで優勝目前まで勝ち進んでいたらしい。今では知る人こそ少なくなったけど、伝説なんて呼ばれてる」

「へぇ、そんなチームがあったのか」

「でも、何でキャプテンがそんな事知ってるでヤンスか?」

「俺のじいさんがイナズマイレブンの監督だったんだよ。それでな」

 

実際はそんな話は聞いた事無いけど、筋は通ってるだろう。前世の記憶で、とは言えないし。

 

「夏未、本当にここがイナズマイレブンの特訓場なのか」

 

見れば記憶と照らし合わせて確信出来たが、確認しないのも不自然なので一応聞いておく。

 

「ええ、本当よ。かなり古くなっていたけど、必殺技の練習場としてリフォームしたの」

「そうか。夏未、ありがとな」

「私にここまでさせたのだから、負けたら承知しないわよ?」

「ああ、もちろんだ。必ず勝ってみせるさ」

 

 

修練場の扉が閉ざされる。この扉はタイマーロックになっており、特訓が終わるまでは開かないらしい。

 

「よし、やるぞ!」

『おう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閉ざされていた修練場の扉が開かれる。特訓を終えた俺達は、体力を使い果たし、皆倒れ込んでいる。

 

「死ぬかと思ったでヤンス…」

「イナズマイレブンってこんな特訓してたんだ…」

「結局新必殺技は出来なかった…」

 

想像以上に厳しい特訓に、弱音を吐く部員達。気持ちは凄く分かる。知っていたから覚悟はしていたが、それでもこの辛さだ。何の心構えもなくこの特訓を受ける事になった皆の疲労は肉体的にも、精神的にも相当なものだろう。だが、

 

「元気出せよ。伝説のチームと同じ特訓を乗り越えたんだ。この特訓は無駄にはならない。必ず俺達の力になる。試合まで毎日ここで練習するぞ!」

『お、おぉ……』

 

弱々しい返事が返ってくる。

ボロボロの俺達を見て、木野と音無は救急箱を取りに戻った。階段を上り、二人の姿が見えなくなると同時に、豪炎寺が立ち上がる。

 

「豪炎寺?」

 

若干ふらつきながらも、修練場の中に戻っていく。なんとか立ち上がった俺も豪炎寺を追う。

 

「豪炎寺!お前まだやるつもりなのか」

「円堂……ああ、そのつもりだ」

 

まじかよこいつ。でも、そんな体力が残っているようには見えない。

 

「ここでの特訓は、必ずあの技の完成を早めてくれるはずだ」

 

それは、確かにそうだろう。元々、その為の施設だしな。しかし、

 

「今、無理することないだろ。怪我したら元も子もないじゃないか。それにお前、本戦までには完成するって言ってただろ。それで十分じゃないか」

 

〈爆熱スクリュー〉なんて元々、フットボールフロンティアで使うには強力過ぎる必殺技だ。無理をしてまで習得を早める必要は無いはずだ。

 

「……円堂、帝国には鬼道がいるだろ」

「え?あ、ああ…」

「あいつが俺達と同じだろうと、そうでなかろうと、この世界の帝国学園は原作とは別ものだ。なら、原作には無い切り札の一つや二つ、あってもおかしくない、そう思わないか」

「それは……」

 

否定は出来ない。鬼道は既に原作では習得していないはずの〈ダークトルネード〉を習得している。それにもし鬼道が俺達と同じなら、雷門や世宇子に対抗する為の何かは、確かにあるかもしれない。

 

「お前、その為に爆熱スクリューを…?」

「ああ」

 

ただの天然かと思ってたけど、こいつも色々考えてたんだな。

 

「分かった。なら、俺もやる」

「え?」

「そんな事聞かされて、俺だけ休んでなんていられるかよ。どうせ言ったって止めやしないんだろ?」

「円堂……」

「あと、お前帝国のことばっか気にしてるけど、次の相手は御影専農だからな?先の事ばっか考えて足元掬われんなよ?」

「……ああ!」

 

俺達二人は再び、イナビカリ修練場での特訓を開始した。

 

 

その後、特訓を終えた俺達は疲労困憊で動けなくなり、木野と音無にこっぴどく説教を食らった。

 



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サッカーサイボーグ

 

試合までの一週間の間、俺達はイナビカリ修練場での特訓を続けた。河川敷での勝負は起こらず、試合当日を迎える。

 

「これ、サッカー場か?」

 

御影専農中へと足を運び、グラウンドにやって来たわけだが、周りはアンテナだらけだ。この学校って農業系だったよな。思いっきり見た目は機械系だけども。

 

 

控え室でユニフォームに着替え、試合の準備をする俺達。トイレに行こうと、控え室を出たところで杉森と遭遇する。

 

「御影専農のキャプテンだよな?今日はよろしくな」

 

そう言って俺は手を差し出すが、杉森は一瞥しただけで握手には応じず。

 

「君達は我々には勝てない。棄権する事を進める」

「……大した自信だな。やってみなければ分からないだろう」

「君達のデータは全て分析済みだ。結果は分かりきっている」

「……参考までに聞きたいんだが、そのデータだと、雷門の勝つ確率はどれぐらいだ」

「聞かない方がいい」

 

そう言って俺の横を通り過ぎ、遠ざかっていく。

 

「……雷門を舐めるな。データが全てじゃない事を教えてやるよ」

 

その俺の言葉に杉森はなんの反応も返す事はなかった。

 

 

 

 

 

「結局新必殺技は出来なかったようですね。どう戦うつもりです?」

 

試合前に冬海先生がそんな事を聞いてくる。勝たれたら困るクセに、白々しい。

 

「確かに、新必殺技は出来てません。ですが、安心してください。この一週間の特訓の成果を発揮して、必ず勝って見せますよ」

「……そうですか」

「それより冬海先生」

「何です?」

「珍しいですね、そんな事を気にするなんて。いつもは試合前でも関心無さそうにしてるのに」

「!……私はサッカー部の顧問ですからね…。こう見えて、いつも貴方たちの事を考えていますよ…」

「一度も練習を見に来た事すらないのにですか」

「………」

 

これ以上話す事は無いとでも言うかのように黙り込んだ冬海先生から視線を外す。

 

「皆、御影専農は強い。でも、イナビカリ修練場の特訓を乗り越えた今の俺達なら、必ず勝てる。さあ、行くぞ!」

『おう!』

 

 

 

 

 

雷門ボールのキックオフ。ボールを持った染岡がそのまま上がっていく。染岡の前に、御影専農のエースストライカー、下鶴が立ち塞がるが

 

「何っ!?」

 

下鶴は棒立ちのまま、染岡に抜き去られる。

 

「ディフェンスフォーメーション、γスリー、発動」

 

杉森の指示で、御影専農の選手達が行動を開始。染岡からボールを受けた豪炎寺の動きを読んでいたかのように、目の前に立ちはだかる。

豪炎寺は自分にマークが集中した為に、フリーになっている染岡にパスを出す。ボールを受けた染岡はそのままシュート体勢に入る。

 

「ドラゴンクラッシュ!!」

 

放たれた染岡の必殺シュートは、コース上にいた御影専農の選手達がボールを一回ずつ蹴り、ボールは杉森の元に辿り着いた時には完全に勢いを失っていた。

なるほど。正確な指示出しと、それを寸分違わず実行する選手達。大したもんだ。今のシュートブロックだって、染岡のシュートの威力や角度を完璧に把握していなければ出来ない芸当だ。しかし、なんというか

 

「……気持ちの悪いサッカーだな」

 

実力があるのは確かだろうが、どこか機械の様な冷たい印象を受ける。サッカーサイボーグとはよく言ったものだ。

 

ボールは杉森から下鶴へと渡り、そのままドリブルで攻め上がる。

 

「オフェンスフォーメーション、βツー、スタンバイ……実行」

 

杉森のその指示に従い、下鶴がパスを出す。しかし、それを風丸がスライディングでカットする。早くも特訓の成果が出始めてるな。

 

「あいつ、よく間に合ったな」

 

そう土門が声を掛けてくる。今日は土門が栗松の代わりにDFに入っている。原作だと影野がベンチになるけど、この世界だと影野は一年の時からサッカー部にいたから、実力は栗松よりも上だ。

ボールを奪いそのままドリブルで持ち込んだ後、風丸は宍戸へパスを出す。しかし、このボールを御影専農に奪われる。

そのままマックスと土門が抜かれ、ゴール前に持ち込まれる。

 

「影野、壁山、11番のマークにつけ!」

 

下鶴には二人掛りのマークをつける。これで一人にマークを集中させた分、逆サイドの山岸がフリーになる。御影専農はそこを突いてくるはず。

予想通りに山岸へとボールが渡る。ゴール左隅を狙ったシュートを余裕を持ってキャッチする。

御影専農のデータに基づいた正確なサッカーは確かに脅威だ。だが、それは裏を返せば、必ず最も成功率の高いプレーをしてくるということ。視野を広く持ち、状況を上手く誘導してやれば、次のプレーを予測するのは、決して不可能なことではない。

 

ボールは俺から風丸へ、風丸から豪炎寺へと繋がる。

 

「ファイアトルネード!!」

「シュートポケット!!」

 

杉森の創り出したバリアは、〈ファイアトルネード〉の勢いを完全には止めきれず、しかし、両手でこのボールを弾く。

だが、雷門の攻撃はまだ終わっていない。弾かれたボールに染岡が走り込んでいる。

 

「行くぞ豪炎寺!ドラゴン──」

「トルネードッ!!」

「シュートポケットォ!!」

 

素早く体勢を立て直した杉森が再び〈シュートポケット〉でこのシュートを止めに掛かる。しかし、〈ファイアトルネード〉よりも威力の高い〈ドラゴントルネード〉を止めることは出来ず、またもバリアは突き破られる。杉森はシュートの威力に後ずさりながらもなんとかボールを弾き返す。

 

「豪炎寺さん!」

 

このボールにオーバーラップして来た壁山が走り込んで来ている。跳躍した壁山を踏み台に、豪炎寺が上空へと飛び上がる。

 

「「イナズマ落とし!!」」

「ロケットこぶし!!」

 

しかし、杉森が今度は完璧にこのシュートを弾き返す。

 

────今の攻撃を防ぎ切るのか。

 

恐らく同じ事が出来るキーパーは、全国的に見てもそう多くないだろう。杉森は間違いなく全国クラスの選手だ。

今の攻防からも分かる通り、奴から点を取るのは容易ではない。だが、決して不可能という訳でもない。奴は〈ファイアトルネード〉と〈ドラゴントルネード〉に対して〈シュートポケット〉を使った。それが示すのは、御影専農の事前のシュミレーションでは〈シュートポケット〉で完全に止めきれていたということ。だが、実際には両方とも完全には止められず、〈イナズマ落とし〉には別の必殺技での対処を余儀なくされている。これは、豪炎寺や染岡のシュート力が奴らの持つデータを上回った証拠だ。奴らがデータに固執すればするほど、この僅かな差がどこかに隙を作り出す。そこを攻めれば、得点に結びつけることが出来るはずだ。

 

 

ボールを確保した御影専農が攻め上がってくる。早くもゴール前だ。

 

「オフェンスフォーメーション、データファイブだ」

「来るぞ!風丸は10番のチェック!壁山と影野は9番をマークだ!」

 

これで、選択肢は大分絞れる。マークの厳しい山岸へのパスは無い。時間を掛ければ、こちらに体勢を立て直されるからバックパスの線も薄い。風丸を突破してそのままシュートを打ってくる可能性は否定出来ないが、それよりも確率の高い選択肢があればそちらを優先するはず。なら残る選択肢は一つ。逆サイドの下がり目の位置から走り込んで来ている下鶴だけだ。

10番の大部から予想通り、下鶴へとボールが渡る。後はこいつのシュートを俺が止めればいい。

ボールを受けた下鶴は、ボールを空中へと蹴り上げ、自身も回転しながら飛び上がる。

 

「ファイアトルネード!!」

「ゴッドハンド!!」

 

下鶴が豪炎寺の〈ファイアトルネード〉を使ったことに皆は驚いている。俺も初見なら同じように動揺し、ゴールを奪われたかもしれないが、こいつが〈ファイアトルネード〉を使えるのは知っている。

冷静に〈ゴッドハンド〉でこのシュートを受け止めた。

シュートを受けた感覚からすると、豪炎寺の〈ファイアトルネード〉よりも若干威力は低いか。しかし、〈メタリックハンド〉では止めきれないだろう。十分に脅威となり得る。

 

 

試合はまだまだこれからだ。気は抜けない。

 




キーパーの指示出しとか、こんな感じでいいのか分からない……。
でも原作でも似たようなもんだったし、大丈夫ですよね……?


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予想外の伏兵

オリジナルの試合展開は不自然じゃないか不安です…。


 

ゴール右隅にコントロールされたシュートを、パンチングで大きく弾く。ボールはサイドラインを割り、試合が止まる。

 

「まずいな……」

 

得点こそ未だ0-0のままだが、さっきまでと比べて確実に雷門が押され始めている。

御影専農は攻めに転じる時、FWの二人と10番だけでなく、両サイドのMFもゴール前まで上がってくるようになった。これによって先程までのように次のプレーを予測するのが難しくなった。俺が御影専農のプレーを読むことができていたのは、一人だけをフリーの状態にすることでパスを誘導していたからだ。しかし、攻撃の人数が増えたことで選択肢が多くなり、それができなくなった。

しかも、その影響でカウンターを警戒して、サイドの風丸と土門が上がりづらくなった為に、こちらの攻撃力まで削られている。

MFが上がってくる分、中盤は薄くなり、シュートまでは持っていけても、杉森からゴールを奪えない。

〈ファイアトルネード〉も〈ドラゴントルネード〉も、あともう一歩、威力が足りない。

そして何より大きな問題がもう一つ。イナビカリ修練場での特訓により、身体能力が上昇したことで相手の想定を上回れていたが、それも徐々にではあるが対応され始めている。

御影専農は試合中も頭につけた装置で、ベンチと通信のやり取りを行っている。データとのズレを修正し、それを監督が選手達に伝えているのだろう。今はまだ通用しているが、ズレを完全に修正されれば打つ手がなくなる。それまでにどうにかして点を取る必要がある。

その為には御影専農の想定から完全に逸脱した、予想外のプレーをしなくてはならない。やはりリスクを覚悟してでも、〈イナズマ1号〉を使うしかないのか。だが、使うタイミングは慎重に見極めなければならない。もし、俺がゴールを離れている時にボールを奪われて失点したら、御影専農はそのリードを全員で守りぬこうと考え、自陣深くまで引いてくるはず。そうなれば勝ち目がなくなる。

 

────何かないのか。流れを変える、突破口となる何か……。

 

「クイックドロウ!!」

 

中盤でマックスがボールを奪う。

 

────何だ?

 

今、ほんの僅かな時間だが、御影専農の選手の足が止まったように見えた。ボールはマックスから豪炎寺へと渡り、〈ファイアトルネード〉を放つが杉森の〈シュートポケット〉によって防がれた。だが、それよりも

 

────今、足が止まったのは何故だ。

 

同じような状況でボールを奪ったことはこの試合で何度かあったはず。だが、あんな風に足が止まったことは無かった。考えろ、さっきのは今までと何が違った。

マックスが〈クイックドロウ〉でボールを奪った様子をもう一度、頭の中に思い浮かべる。必殺技は研究され尽くしているはずだし、何故、

 

────いや、待て。クイックドロウ?あの技は確か……。

 

「影野、次に相手が攻撃してきたら──」

 

一つ、気づいたことがある。俺の考えが正しければ……。

 

「オフェンスフォーメーション───」

 

来た。御影専農がゴール前に攻め上がってくる。

 

「影野!今だ!」

「コイルターン!!」

 

御影専農の足が一瞬止まる。下鶴が影野にボールを奪われる。やはりそうか。

 

────見つけたぜ……突破口!

 

審判の笛がなり、お互いに無得点のまま、前半戦が終了する。

 

 

 

 

 

控え室に戻って来た俺達だが、チームの皆の顔はそう明るいものではない。このままではまずいということは全員が感じ取っている。

 

「円堂、後半にイナズマ1号を使ったらどうだ」

「いや、使うとしても試合終了間際だ。少しでもリスクを減らしたい」

 

残り時間がもう残っていない状況なら、ボールを奪われても失点する前に試合が終わるかもしれないからな。

 

「なら、いっそ俺が爆熱スクリューで……」

「駄目だ」

 

豪炎寺がそう言うが、確かに未完成であったとしても〈シュートポケット〉や〈ロケットこぶし〉程度なら十分に破れるパワーはあるかもしれない。だが、

 

「それは雷門の切り札だ。できれば帝国戦までは温存しておきたい。勿論、後が無くなれば仕方ないが」

「なら、どうするんだ?」

「俺に一つ、策がある。先ずはそれを試してみたい」

 

前半で確かめたことが正しければ、得点できる可能性は十分にある。

 

「鍵になるのはお前だ、半田」

「え、俺か?」

 

杉森、お前のゴール、そろそろこじ開けさせてもらうぞ。

 

 

 

 

 

御影専農ボールで後半が始まる。先ずは相手の攻撃を凌ぐ。話はそれからだ。

 

「オフェンスフォーメーション───」

 

前半は中央からの攻撃が多かった御影専農だが、今度はサイドから攻め込んできた。後半から攻め方を変えてきたか。

 

「ディフェンス、マークを外すなよ!」

 

右サイドに展開した藤丸が大きく逆サイドにボールを蹴り出す。ボールを受け取った左サイドの山郷はもう一度、このボールを右サイドへ戻す。

 

────横の揺さぶりを掛けてきたか……。

 

雷門はサイドを大きく使った攻めに慣れていない。流石、嫌な攻め方をしてくる。藤丸が更に右サイドにボールを送る。対応してポジショニングを変えようとした俺だったが、このボールを中央の下鶴がカット。

 

「何っ!?」

 

そのまま俺の逆をついたシュートを放つ。

 

────くそッ!完全に釣られた……!!

 

シュートに飛びつくが、駄目だ。届かない。

 

「うおおおおお!!」

「風丸!」

 

しかし、このシュートを全力で戻った風丸がスライディングで掻き出す。こぼれたボールは土門が押さえた。

 

「サンキュー、風丸。助かったぜ」

「ああ、俺もこのぐらいはしなくちゃな」

 

何か吹っ切れた様な顔をしてるな。もしかしてまだ、野生中の時の失点を気にしてたのか。ホントに真面目な奴だな。

 

何はともあれ、ボールは確保した。今度はこっちの攻撃だ。

ボールは中盤のマックスから宍戸、染岡へと渡る。

 

────ここからだな……。

 

「「ドラゴントルネード!!」」

 

染岡と豪炎寺が〈ドラゴントルネード〉を放つ。だが、キーパーの杉森は余裕の構えだ。〈ドラゴントルネード〉は、この試合で既に何度か止められている。だから本命はこっちじゃない。

放たれたシュートの軌道は、ゴールからは僅かに外れている。しかし、ミスキックではない。シュートコースに半田が走り込んでいる。

 

〈クイックドロウ〉と〈コイルターン〉。この二つの技に共通しているのは、今までに試合で一度も使ったことがなく、野生中戦以降の練習でもギャラリーの前では披露していないということ。つまり、チームメイト以外に見られておらず、御影専農もデータを持っていないということ。御影専農の足が止まったのは、データにない必殺技を使ったから。そして、雷門にはもう一つだけ、同じ条件を満たす必殺技が存在する。

 

「ローリングキック!!」

 

体を捻りながらジャンプした半田が、〈ドラゴントルネード〉の軌道を変える。杉森は半田が走り込んで来ていることは恐らく気づいていた。だが、シュート技のデータが無いことから、半田がシュートを打つ可能性は殆ど無いと判断したはず。だからこそ、予想外となる半田のシュートで不意をつくことができる。そして、杉森が咄嗟の反応で繰り出す必殺技は、〈ロケットこぶし〉よりも発動までの時間が僅かに短い〈シュートポケット〉であるはず。〈シュートポケット〉は一度、杉森に弾かれゴールとはならなかったが〈ドラゴントルネード〉で破っている。なら、そこに威力が低いとはいえ、れっきとしたシュート技である〈ローリングキック〉のパワーを足してやれば……。

 

予想と違わず、繰り出された〈シュートポケット〉をボールが突き破る。両手でボールを抑えに掛かる杉森だったが、勢いを止めることはできず、杉森の手を弾き飛ばし、ボールは御影専農ゴールへと吸い込まれた。

 

御影専農にとって予想外となる伏兵が、雷門に待望の先制点をもたらした。

 




若干短めですがキリがよかったのでここで切りました。
不遇な必殺技に日の目を当ててやりたい。


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データを超える力

 

「やるじゃねぇか、半田!」

「凄いですよ半田さん!」

 

御影専農のゴール前で半田が皆に揉みくちゃにされている。上手くいってよかった。一度しか通用しない手だったからな。

 

一個人の情報の全てを知るなんてことは不可能だ。知った気でいても、何かしらの取りこぼしは必ずある。親友や親兄弟にだって知らないことはあって当然だ。ましてやそれが見ず知らずの他人なら尚更な。この一点は、御影専農がデータに頼ったサッカーをしていたからこそ生まれたもの。御影専農のサッカーにとって、情報収集の重要さは言うまでもない。それを怠っていたのが原因の失点は御影専農のサッカーの根底を揺るがすことになる。

 

────杉森、今の失点はお前がデータに頼らず、自分自身の意思でゴールを守っていれば防げたはずだ。

 

〈ドラゴントルネード〉に〈ローリングキック〉の威力を足したところで、〈ロケットこぶし〉を破れる程のパワーは無い。杉森が最初から半田にも意識を向けた上で、〈ロケットこぶし〉で対応していれば何の問題も無かった。

 

────これでも、お前はデータが全てだと言えるのか。

 

 

 

 

 

 

 

試合再開後から、御影専農の様子がおかしい。杉森が困惑している様子を見せた後、御影専農の選手達の動きが止まった。

まさかと思い、御影専農のベンチを見ると、さっきまでいたはずの監督の姿がない。失点されたことで、選手達を見限ったのか。

眉間に皺を寄せる。まだ試合は終わっていない。杉森達の実力を考えれば逆転することは十分可能なはず。なのに、選手達の誰よりも早く、チームを導く立場であるはずの監督が勝負を投げたというのか。それは、ここまで頑張ってきた選手達への裏切りではないのか。御影専農の監督への苛立ちを隠せない。

 

御影専農の選手達はここまで、状況に応じてその都度指示を出され、それを忠実に実行していたにすぎない。だから、その指示が無くなれば、どうしていいか分からず足が止まる。自分達の意思でプレーすることを忘れてしまっている。

 

「ファイアトルネード!!」

 

豪炎寺のシュートに必殺技を発動することもできず、杉森がゴールを奪われる。あれは、本当にさっきまでゴールを守っていた奴と同一人物なのか。呆然と立ち尽くすその姿は、まるで迷子のようだ。

 

試合が再開するが、御影専農の選手達は動かない。ボールを奪いそのまま上がっていく染岡を黙って見送る。完全に勝負を諦めてしまっている。

 

「ドラゴンクラッシュ!!」

 

染岡がシュートを放つ。杉森は俯いたまま、動かない。そのままゴールされるかと思われたが

 

「うおおああああ!!!」

 

杉森が雄叫びと共に〈シュートポケット〉を発動する。発動が遅れた〈シュートポケット〉は本来の威力を発揮できず、〈ドラゴンクラッシュ〉に突き破られる。

 

「負けたくない……!俺は……負けたくない……!」

 

杉森は諦めずボールを両腕で受け止める。シュートの威力に押し込まれながらも、ギリギリのところで止めてみせた。

 

「皆も同じだろう!最後まで……戦うんだ!」

 

そう言って杉森は自分の頭の装置を投げ捨てる。

 

「最後の一秒まで……諦めるな!」

 

杉森の言葉を聞いた御影専農の選手達の瞳に、確かな闘志が宿る。さっきまでとは違う。一人一人が、自分の意思で戦うことを選んだ。

 

────ここからが本当の勝負だな。

 

 

 

 

 

 

 

そこからは両チーム一進一退の攻防が続く。

豪炎寺の〈ファイアトルネード〉を杉森が〈シュートポケット〉で防げば、下鶴の〈パトリオットシュート〉を俺が〈メタリックハンド〉で受け止める。

両チーム一歩も譲らず、どちらも得点できないまま、時間だけが過ぎていく。

そんな中、俺は原作の円堂のとある言葉を思い出していた。

 

────気持ちには気持ちで応える!それが本気の相手への礼儀だ!

 

御影専農の選手達を見る。与えられた命令を淡々とこなすのではなく、全員が自分の意思で、全力でぶつかって来ている。

 

────なら、こっちも全力のプレーをしなきゃ、失礼だよな。

 

覚悟を決める。

 

「壁山、影野、少しの間、このゴールを任せてもいいか」

「はいッス!」

「……ああ、分かった」

 

俺のやろうとしていることを察した二人が了承の返事を返す。その声を聞くと同時に、俺はゴールを飛び出して前線へと走り出した。

敵味方問わず、俺が上がって来たことに驚いているが、ただ一人、豪炎寺だけがその意味を即座に理解し、笑みを浮かべる。

 

「いくぞ!豪炎寺!」

「おう!」

 

豪炎寺が軽くボールを蹴り上げ、ボールの左側に俺が、右側に豪炎寺が回り込む。

 

「「イナズマ1号!!」」

 

タイミングを合わせ、二人同時にシュートを放つ。

センターラインからの超ロングシュート。しかし、意表をついたキーパーのシュートに御影専農の選手は反応できていない。誰にも遮られることなく稲妻を帯びたボールが御影専農のゴールへと到達する。

 

「シュートポケットォォォ!!!」

 

杉森が全身全霊の〈シュートポケット〉でこのシュートを迎え撃つ。許容上限を超えたシュートの威力にバリアが突き破られ、ゴールに向かうボールを杉森が両手で受け止める。だが、シュートの威力に押され徐々にゴールへと押し込まれていく。

 

「負け……るか……!俺は……俺は!う……おおおおお!!!」

 

やがてボールの回転は止まり、杉森の両手にボールが収まる。確かに杉森はボールを止めてみせた。しかし、無情にもその体はゴールラインを割っており、雷門の得点となる。

 

御影専農のボールで試合が再開されるが、すぐに審判の笛が吹かれ試合終了となる。3-0で雷門の勝利だ。

 

 

 

 

 

 

 

ゴール前に立つ杉森へと歩み寄る。

 

「杉森」

「……円堂」

 

こちらを見る杉森の顔には疲労と悔しさが見て取れる。決して試合前の様な無表情ではない。

 

「良い試合だったな。最後のお前の気迫、凄かったよ」

「……不思議な感覚だ。自身のデータは把握しているが、あの瞬間確かに、俺はデータ以上の力を発揮できていた気がする……」

 

そう言って自分の両手を見つめる杉森。

 

「……杉森、これは俺の個人的な考えなんだけどさ、もう駄目だ、って思った時に自分の背中を押してくれるのは、日々の努力と諦めない強い意思の力だって、俺はそう思ってる」

「意思の……力?」

「ああ、あの時、お前はこのボールだけは止めてみせる、絶対に負けない、っていう強い意思を持っていたはずだ。そういう、誰かに勝ちたい、負けたくないって気持ちが、限界以上の、データを超える力を引き出すんだ」

「データを超える……力……」

「それにさ」

 

言葉を切り、杉森に笑いかける。

 

「誰に命令される訳でもなく、純粋に勝利を目指して、自分の全部を出し切った試合は、楽しかっただろ?」

「たの……しい?……そうか、これが、楽しいという気持ちか……」

 

杉森が自分の胸に手を当て、目を閉じる。

 

「円堂、君達のおかげで、大切なことを思い出せた。ありがとう」

「俺は何もしてないさ。お前らが全力を尽くした結果だよ」

「……そうだな…」

 

俺は杉森に向かって右手を差し出す。

 

「またやろうな。今度は前半から、お前ら自身のサッカーで」

「……ああ、必ず」

 

試合前には交わされることのなかった握手を俺達は交わす。

 

 

 

 

この試合で俺もまた一つ、成長できた気がする。

3-0と点差だけを見れば雷門の完勝だが、実際には危ない場面も多かった。

次の準決勝、相手は恐らく尾刈斗を破って秋葉名戸が勝ち上がってくるはず。秋葉名戸はどんな手を使ってくるか分からない。原作とは違い豪炎寺が出場できる分、楽にはなるかもしれないが油断は禁物だ。

 




短めで申し訳ない。
盆休みが終わるので投稿速度が落ちるかと思います。
ご了承ください。


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オタク集団との戦い

 

御影専農との試合を終えた翌日、俺達は部室でミーティングを行っていた。

 

「尾刈斗が負けたか…」

 

つい先程、準々決勝の試合結果がネットにアップされ、俺達の準決勝の相手が判明した。

 

「あの尾刈斗が負けるなんて……」

「秋葉名戸っていったいどんなチームなんだ?」

 

準決勝の相手は原作通りに秋葉名戸になった。今大会最弱と言われる秋葉名戸。純粋な実力勝負であれば負けることはまずありえない。

 

「木野、音無、秋葉名戸の情報はあるか?」

 

秋葉名戸が原作と比べて強化される要素は特にないし、大丈夫だとは思うが、確認するのは大事だ。

 

「学力優秀だけど少々マニアックな生徒が集まった学校」

「フットボールフロンティア参加校の中でも、最弱の呼び声が高いチームです」

「そして……な、何これ!?」

 

木野が顔を赤らめ、声を荒らげる。ああ、あれか。

 

「尾刈斗中との試合前も、メイド喫茶に入り浸っていた、ですって」

「な、なんですと!」

 

その言葉に目金が反応して立ち上がる。やっぱりこいつはこういう反応をするのか。てか原作よりもオーバーになってないか。夏未が物凄く冷ややかな目で見てるぞ。

 

「これは行ってみるしかないようですね。そのメイド喫茶に」

「いや、なんでそうなる」

「秋葉名戸学園とやらがあの強豪、尾刈斗中を破ったのにはきっと何か訳があるはず。僕にはその訳がメイド喫茶にあると見ました。行きましょう、円堂君!」

「いや、行かないから」

 

いつになく自信満々にそう言う目金だが、それお前が行きたいだけだろ。というか俺にその話を振るのは止めろ。夏未が凄い目で見てきてるから。怖いから。

 

「円堂君、いいですか。僕達は秋葉名戸のことを何も知りません。これは言わば、試合を有利に進める為の情報収集なのですよ!」

「……はあ、分かったよ」

 

俺は全くそうは思わないが、許可しないと目金は止まらないだろう。それに豪炎寺も居るし、勝てる試合だと思うけど、秋葉名戸は何をしてくるか分からない怖さがある。穏便に事を運ぶには、原作をなぞるのが無難だ。目金と秋葉名戸に面識を持たせるのはそう悪いことではない。

 

「だけど、全員で行かなくてもいいだろう?お前と……後一人ぐらい行けばいいだろ」

 

目金一人だけを行かせるのも少し不安だ。お目付け役として誰か一人同行させればいいだろう。誰か行きたい奴はいるかと聞いてみれば、全員が無言で目線を逸らした。……仕方ない。

 

俺達の生贄を決める、熾烈な戦いが始まるのだった。

 

 

 

 

 

俺達の戦い、じゃんけんに破れメイド喫茶への同行が決まった染岡が絶望の表情を浮かべている。原作ではそれほど嫌がってなかったような気がするけど、集団心理ってやつかな。流石にそこまで親しくもない目金と二人きりでメイド喫茶と言うのは抵抗があるらしい。しかし染岡と目金が二人きりでメイド喫茶って想像してみると絵面が凄いな。

 

「さあ、練習始めるぞ!」

 

思わず笑ってしまいそうになるのを堪えつつ、練習に向かう。染岡が助けを求める視線を送ってきているが気付かないふりをする。じゃんけんをしている最中、誰とは言わないがずっと殺気を感じて冷や汗が止まらなかったのだ。許せ染岡。俺はまだ死にたくない。

 

 

 

その後、酷く疲れた顔をした染岡から聞いた話によると、だいたい原作と似た様な展開になったようだ。原作の展開を思い出すとあの場に染岡一人を放り込んだことに今更ながら罪悪感を覚える。今度、雷雷軒でラーメンでも奢ってやろう。

溜まった鬱憤を晴らすかのごとく、練習に励む染岡。それに触発されてか、他の部員達もやる気になっている。原作だと秋葉名戸のサッカー部を見て、練習へのモチベーションが落ちていたからな。メイド喫茶に行くのを少人数にしたのは正解だった。

 

「円堂」

 

声を掛けてきたのは豪炎寺。

 

「頼みがあるんだが」

 

……なんか似た様なことが前にもあったような気がする。

 

「……なんだよ?」

 

若干警戒しながら聞き返した俺に豪炎寺が言ったのは、予想していなかった驚きの言葉だった。

 

「次の試合、俺をスタメンから外してほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合当日、秋葉名戸学園までやって来た訳だが

 

「どうして私がこんな格好を……」

 

マネージャーはメイド服着用とかいう訳の分からんルールに従って、メイド服に着替えた雷門のマネージャー達。木野と音無は結構ノリノリだけど夏未は嫌そうだな。まあ、本当ならこういうのを着るような奴じゃないから仕方ない。

そしてメイド姿の三人を秋葉名戸のサッカー部員がカメラで撮影している。おい、本人の許可取ってから撮れよ。

しかし、まあ、

 

「これが準決勝の相手かぁ……」

 

分かってはいたが、実際に見ると気が抜けるな。とてもじゃないがこんな奴らに負けるイメージが湧かない。

 

 

 

 

 

「今日のスタメンだが、豪炎寺を抜いて目金で行こうと思う」

『ええ!?』

 

全員が驚きの声を上げる。無理もない。俺だって同じ立場なら同じ様に驚くだろう。

 

「なんで目金がスタメンなんだよ!?」

「そうでヤンスよ!」

「やっぱり豪炎寺さんがいないと!」

 

こうなるよな。皆が言うことも尤もだ。豪炎寺を外さなければならない理由もなければ、目金を出す理由もない。仮にもイナビカリ修練場の特訓に耐えているだけあって目金も体力はそこそこついてきてはいる。しかし、技術面では部内で一番下だ。

 

「目金だってサッカー部の一員だ。今回はなんかやる気になってるし、出してもいいかと思ってさ」

 

この試合に掛ける目金の熱意は本物だ。原作抜きに考えてもこういう気持ちになってる奴は出してやりたいと思う。それに元々どこかで出場させるつもりではあったのだ。この機会を逃せば、恐らく次に目金が出なければならなくなる可能性が一番高いのは世宇子戦になる。流石に初めての試合の相手が世宇子というのは酷なので、経験を積ませておきたい。

 

「でも、なんで豪炎寺さんを外すんですか!」

 

結局そこだよな。豪炎寺は雷門のエースストライカー。普通に考えれば大事な準決勝のスタメンから外すのはありえない。俺も本当なら外したくない。だが、これにも理由はある。

 

「……皆、豪炎寺がいるのが当たり前だと思ってるだろ?今までの試合を振り返ってみても、俺達は豪炎寺に頼りすぎてる」

 

野生の時も御影専農の時も、豪炎寺がいなければ勝てなかった。別に豪炎寺に頼るのが悪い訳じゃないが

 

「この先、豪炎寺が試合に出れない時だってあるかもしれない。それに何より、豪炎寺一人に頼らなきゃ勝てない様なチームが帝国に勝てるはずがない」

 

自分がやるんだという意識を全員が持たなければ、きっと帝国には勝てない。ましてや今日の相手は参加校最弱の秋葉名戸。豪炎寺がいないだけで勝てなくなるようでは話にならない。というのが表向きの理由。本当の理由は別にあるのだが今はそれは置いておく。

 

「だから、今日は豪炎寺に頼らず、俺達だけの力で勝つ」

 

俺の言葉に皆は一応納得はしたみたいだ。まだ不安そうにしてる奴もいるけれど。

 

「面白ぇ、やってやろうじゃねぇか!」

「大船に乗ったつもりでいてくださいよ」

 

染岡と目金がそれぞれやる気を示す。この調子ならなんとかなりそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋葉名戸との試合が始まったのだが、相手は一向に攻める気配がない。ボールを奪いに行くが相手の妙なノリにペースを崩されている。

原作通りに後半に勝負を掛けてくるつもりだな。前半で点を取れると思っていたが実際に試合してみると力が抜ける。こりゃ前半はこのまま終わるな。

 

俺の予想は当たり、前半を0-0のまま折り返す。

 

「まさか全く攻めてこないなんて……」

「よく分からない奴らだな……」

 

皆も別に動きは悪くないんだがな。相手の考えが分からず困惑しているようだ。

 

「恐らくだが、あいつらは後半に攻めてくるつもりなんだろう。前半は守備に徹する作戦だったんじゃないかな」

「でも、なんでそんなことを?」

「多分だけど……単純にスタミナがもたないからじゃないか?」

『ええ……』

 

体つきや目金と染岡から聞いたメイド喫茶での様子を考えると、普段から練習もあまりしていないのだろう。スタミナがそれほどあるとは思えない。

 

「何にせよ、後半からが勝負だ。皆気は抜くなよ」

 

 

 

 

 

 

そして始まった後半戦。予想通り攻め上がってくる秋葉名戸。ボールを奪いに行ったマックスがボールをスイカとすり替えられ突破される。実際に見ると酷い技だ。あれ、相手の監督が食ってるスイカだろ。試合妨害で退場させてくれないかな。

そんなことを考えている間にボールはゴール前。

 

「「ど根性バット!!」」

 

サッカーじゃなくて野球じゃねぇかとツッコミを入れたくなる必殺技によるシュートが雷門ゴールに向かう、が

 

「よっ、と」

「何っ!?」

 

横っ飛びで軽くキャッチする。相手は止められたことに驚いているが、こんなのは不意をつかれなければただのシュートと変わらない。むしろ普通に蹴るよりも威力は低いかもしれない。

 

「行け!カウンターだ!」

 

素早くボールを蹴り出す。秋葉名戸の陣形はFWが五人という超攻撃的なもの。上手く機能すれば攻撃力はかなりのものだろう。

しかし、この陣形は致命的にカウンターに弱い。FWの五人に加えてMFまでもが攻撃に参加する為、得点できずにカウンターを食らった場合に守備の人数が少ない。特に中盤はがら空きだ。おまけに戻りも遅い。

一度の攻撃で何としてでも一点もぎ取る為の陣形なのだろうが、諸刃の剣という言葉がこれ程似合う戦い方もそう無い。

 

無人の中盤を走り抜けた染岡がDF二人を抜き去りシュート体勢に入る。

 

「ドラゴンクラッシュ!!」

 

放たれたシュートはキーパーの体ごと、秋葉名戸のゴールに叩き込まれた。………え、決まったんだが。〈五里霧中〉と〈ゴールずらし〉はどうした。

皆が喜ぶ中で一人困惑する俺。えっと、今染岡がDF二人躱してゴール前に一人しか残ってなかったから〈五里霧中〉が使えなかった、のかな。そして〈ゴールずらし〉も間に合わずにそのままゴール、ってことだよな多分。

 

その後、失点し後が無くなった秋葉名戸は全員攻撃を仕掛けてきたものの、真正面からぶつかり合えば雷門に分がある。カウンターからの得点を三度重ね、4-0で勝利したのだった。

あれ、目金出した意味…………。

 

なお原作の様な展開にはならなかったものの、試合後に目金と秋葉名戸の間には謎の友情が芽生えており、大会で優勝してアメリカ遠征に行った際に限定フィギュアを彼らの分も買ってくると約束していた。

 

 

試合前に色々言ったのになんかあっさり勝ってしまった。目金の見せ場を潰してしまったことに若干罪悪感を覚えるが、苦戦しなかったんだし良しということにしておこう。

 




目金の活躍を無くして申し訳ありません。
全国の目金ファンの皆様にこの場を借りて謝罪申し上げます。


作者の秋葉名戸戦に対するモチベーションが低過ぎて良い展開が思いつきませんでした。まあ、こういうこともあるよね。
帝国戦は頑張るので許してください。

※作者は別に秋葉名戸戦が嫌いな訳ではないです。


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スパイ騒動

会話が多くて地の文が少し少なくなってしまいました。


 

「率いるチームを決勝戦まで進めるとは、流石だなあ、冬海?」

「も、申し訳ありません……。まさかあいつらがここまでやるとは……」

 

人気の無い校舎裏で電話をしている男。その額には汗が流れ表情も強ばっている。

 

「どんな手を使ってもいい、雷門中を決勝戦に参加させるな。いいか、どんな手を使ってもだ。もしも失敗した時は……」

「わ、分かっております。何としても、不参加にしてみせます」

 

通話を終えた男は、その場に蹲り悲痛な声を漏らす。

 

「駄目だ…。うちのチームを決勝戦に参加させたら、私は破滅だ……!」

 

その一部始終を物陰に隠れた少年、円堂守が聞いていたことに、その男、雷門中サッカー部顧問冬海が気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に冬海と影山が繋がってるか確証が欲しくて後をつけてみたが、思ったよりも早くボロを出してくれたな。さっきの電話の相手は間違いなく影山だろう。こうして追い詰められた冬海は俺達の乗るバスに細工を仕掛ける訳だが

 

「さて、どうしたもんかな」

 

原作通りに事を運ぶのなら何もしなくていい。土門が冬海を告発するのを待てばいいだけだ。ただし、それは原作通りになることを前提として考えるならの話だ。

土門が冬海の犯行を知ったのは、偶然朝に冬海を見かけたのが切っ掛けだ。何かしらの要因が重なればそれが起こらない可能性は十分ある。

俺や豪炎寺はこの出来事を知っているから、何も知らずに細工されたバスに乗り込む、何て展開にはどうやってもなりえないが、何の事前情報も無しにこの事を指摘すれば、何故俺達が知っていたのかという疑念を皆に抱かせることになる。

………面倒だが、俺も動いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝早く、サッカー部が決勝戦に向かうのに使用する予定のバスが格納されているガレージに入っていく人影。しばらく何かをしていた様だ。頃合いを見てこちらから声を掛ける。

 

「冬海先生」

「!!」

 

人がいるとは思っていなかったのだろう。振り返った冬海の顔には、焦りの色が見て取れる。

 

「おはようございます、冬海先生」

「え、円堂君……」

 

声を掛けた人物が俺であることを認識し、冬海はさらに顔色を悪くする。

 

「え、円堂君……。な、何故ここに……」

「いえ、冬海先生がここに入っていくのが見えたので、挨拶でもしようかなと。………バスの整備でもしていたんですか?」

「……!!」

 

俺の言葉に息を詰まらせる冬海。しかし、黙っているのは不味いと判断したか、引き攣った笑いを浮かべて話し出す。

 

「え、ええ。当日に整備不良でも起こされては堪りませんからね」

「へえ、それはどうも。でも冬海先生、整備の資格なんて持ってたんですね」

「ええ、一応はね」

 

これ以上会話を続けると不味いとでも思ったか、会話を切り上げてガレージから出て行こうとする冬海を呼び止める。

 

「冬海先生」

「……何です」

「昨日の電話の相手、誰だったんです?」

「!?」

 

驚愕の表情を浮かべる冬海。

 

「な、何のことで───」

「なかなか面白いことを言っていましたね。雷門を決勝戦に参加させたら先生は破滅する、でしたか?」

「……………」

 

驚愕から一転、冷たい目で俺を睨みつける冬海を見据える。

 

「……聞き間違いでしょう。君には関係の無いことです」

 

そう言ってガレージを去っていく冬海。

今はこれでいい。後は俺と冬海の会話を盗み聞きしていたであろう土門に任せよう。さっき柱の影に隠れてるのが見えたからな。原作と同じ様な流れにしてくれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国戦を控え、皆の練習にも熱が入っている。

 

「よし、もう一度だ!」

「「はい!」」

 

風丸が栗松と宍戸と何かやってるな。最近あの組み合わせよく見るけど、新しい技でも作ってるのかな。

 

「クンフーヘッド!!」

「クロスドライブ!!」

 

少林とマックスが覚えたばかりのシュート技を何度も打ち込み、精度を高めている。MF陣の得点力が増すのは良い事だ。豪炎寺や染岡以外の選手も積極的にシュートを打っていけば、相手にプレッシャーを与えられる。

 

「行くぞ壁山!」

「はいッス!」

 

壁山は染岡と半田を相手にしてのディフェンス練習か。最近たまに壁山のでかい体がより大きく感じる事がある。〈ザ・ウォール〉の習得も近いかもな。

皆が練習に励む中、土門が練習を抜け出しどこかへ行くのが見えた。

原作を考えれば鬼道と話しに行くのだろう。……あいつも色々悩んでるんだろうけど、信じるしかない。俺達の仲間である土門飛鳥のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か有用なデータでも手に入ったか?」

「……いえ、そういうことじゃないんですが」

 

問い掛けたのは決勝戦で雷門と戦う帝国のキャプテン、鬼道有人。応えたのは雷門サッカー部の一員である土門飛鳥。

 

「鬼道さん、本気なんですか。いくら何でもやり過ぎですよ。移動用のバスに細工するなんて……」

「…………」

 

鬼道は何も言わない。土門の問いに沈黙を返す。

 

「鬼道さん!」

「……それが帝国の、いや、総帥のやり方だ」

「………!!」

 

その言葉にショックを受ける土門。自分もスパイとして雷門にいる以上、帝国に後暗い部分があるのは理解していたが、そこまでとは思っていなかったのだ。

 

「……土門、お前が雷門に行く前に、俺がお前に言ったことを覚えているか?」

「えっ?」

 

言葉を失う土門に今度は鬼道がそう問い掛ける。

 

「あの時、俺は言ったはずだ。お前が自分の行動に疑問を覚えることがあれば、その時は自分の心に従えと。お前がこのまま帝国のスパイを続けようが、帝国を裏切り雷門につこうが俺は構わん。お前が、自分の意思で決めるんだ」

「俺の、意思で……」

 

考え込む土門を残し、その場から立ち去ろうとする鬼道の耳に、一番会いたくなかった相手の声が響いた。

 

「お兄ちゃん」

「……春奈か」

 

鬼道の前に立つのは雷門のマネージャーである音無春奈。

 

「雷門中の偵察にでも来たの?」

「偵察?そんな必要はない。勝つと分かっているのに、そんな労力を払う必要がどこにある?」

「……!!」

 

鬼道を睨む音無と、何も感じていないかのようにその視線を受け流す鬼道。場の空気がより一層険悪なものへと変わる。

 

「貴方は、変わってしまった……」

「何だ、分かってるじゃないか」

 

鬼道が笑う。目の前の愚か者を、嘲笑うかのように。

 

「お前の知ってる俺は、もうどこにも居ないんだよ」

「……!!」

 

音無の顔が歪む。信じたものに裏切られ、今にも泣き出してしまいそうな彼女に背を向け、鬼道は去っていく。

 

「………そう、どこにもな」

 

小さく呟いた鬼道のその言葉が、音無の耳に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方のような教師はこの学校を去りなさい!これは理事長の言葉と思ってもらって結構です!」

 

どうやらきちんと夏未に冬海のやろうとした事は伝わったらしい。原作通りに冬海の企みは暴かれ、夏未が解雇通告を突きつける。

 

「クビですか。そりゃあいい。いい加減こんな所で教師やってるのも飽きてきたところです」

 

悪びれた様子も無く、そんなことを宣う。

 

「しかし、この雷門中に入り込んだ帝国のスパイが私だけと思わないことだ。ねぇ…………土門君?」

 

それだけを言うと、冬海は笑いながら立ち去って行く。

なんでこいつはこう余計なことを言うかな。黙ってどっか行ってくれりゃいいのに。

冬海のその言葉で、土門に皆の視線が集中する。

 

「………冬海の言う通りだよ。皆、悪ぃ!」

「おっと、待てよ土門!」

 

自分が帝国のスパイだという事を認め、走り去ろうとする土門の腕を掴んで引き止める。

 

「離してくれ円堂!俺は………!」

「知ってたよ」

「……えっ?」

 

抵抗する土門だったが、俺の言葉を聞いて動きを止める。

 

「な、ならどうして……?」

「どうしてって、お前は俺達の仲間だろうが」

「お前!話を聞いてなかったのか!?俺は帝国のスパイなんだぞ!」

「……はあ。あのな土門、スパイだとかそんなのは関係ない。その雷門のユニフォームを着れば、皆仲間なんだよ」

「そんな屁理屈……!」

「屁理屈なんかじゃないさ。お前は野生の時も御影専農の時も、雷門の勝利の為に尽くしてくれたじゃないか」

「それは……」

「後、夏未が持ってるあの手紙、お前が書いたんじゃないのか?」

「…………」

 

この場の沈黙は肯定と同義だな。

 

「同じスパイである冬海を告発したってことは、お前はもうスパイは辞めるってことだろ。それでいいじゃないか」

「……それでも、お前らを騙してたのは事実だ」

 

………なんか段々面倒くさくなってきたな。

 

「いつまでもうじうじ言ってないで、さっさと練習に戻るぞ。だいたいなぁ、そんな辛そうな顔してる奴のこと、放っておけるかよ。心配しなくても、こんな事でお前のこと追い出そうとするやつなんかうちの部には居ねぇよ。そうだろ?皆!」

 

皆が頷きを返してくれる。

 

「……俺、まだ、サッカー部に居てもいいのか……?」

 

土門が声を震わせながらそう聞いてくる。

 

「当たり前だろ。お前は雷門中サッカー部の土門飛鳥だ。これからもよろしくな!」

「……ああ!」

 

涙を流しながら、土門が破顔する。今日、土門は本当の意味で俺達の仲間になった。

 

 

「さて、冬海も居なくなって気持ち良く決勝戦に挑める、と言いたいところだが一つ、問題がある」

「?何だよ円堂、問題って?」

「フットボールフロンティアの規約書によると、監督の居ないチームは大会への参加が認められないらしい」

『え?』

「つまり冬海が居なくなったから、代わりの監督を見つけられなきゃ不戦敗になるってことだ」

『えええええええええええ!?』

 

響木監督の勧誘、どうすっかなぁ………。

 




円堂の誕生日に帝国戦を投稿しようとか思ってたんですが、作者が書くのが遅すぎて全然間に合いませんでした(泣)


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監督勧誘

そんな訳で新しい監督を探すことになったのだが、誰に頼むかは考えるまでもない。

 

響木正剛。

四十年前の雷門サッカー部、イナズマイレブンのキャプテンでGKを務めていた人物。現在は稲妻町の商店街で雷雷軒というラーメン屋を営んでいる。

原作を抜きにしても彼以上に適任な人物は他に居ないだろう。

問題はどうやって勧誘するかだ。原作では響木さんから円堂大介の秘伝書の存在を教えられたから、そこから響木さんに頼むという案が出たはず。だが俺はそんなこと教えてもらってないし、全然接点がなかった中学生が、いきなりラーメン屋の店主に監督になってくれと頼み込むのは、あまりに不自然だ。昔の事を調べれば元イナズマイレブンだというのは分かるかもしれないが、その為に調べ回るのも怪し過ぎる。隠せたとしても露見した時の言い訳が立たない。

 

「どうしたんだ?」

 

悩む俺に豪炎寺が声を掛けてくる。

 

「響木監督の勧誘、どうしようかと思ってさ。秘伝書の事も教えてもらってないし、サッカーやってたことも知らないだろ?声掛ける理由が無いなって」

「ああ、そういうことなら、前にサッカーしてたって聞いた事あるぞ」

「え、マジ?」

「俺、雷雷軒に結構通ってるんだけどこの前ポロッと漏らしてな」

 

………こいつの有能ムーブは何なんだ。試合での活躍もそうだが、俺が毎回頭を悩ませる割に、いつも対処が後手後手に回ってるのが馬鹿みたいじゃないか。しかし、そういうことなら一応理由はできたか。

 

 

豪炎寺と共に雷雷軒まで足を運ぶ。

 

「監督になって下さい。お願いします!」

「……仕事の邪魔だ」

 

とりあえず直球で頼んでみたが、反応は悪い。まあ、無視されるよりはマシだと思っておこう。

 

「響木さん、昔サッカーやってたんですよね?俺達、どうしても監督が必要なんです。お願いします!」

 

俺の言葉に顔を上げた響木さんは、そのまま俺の顔をじっと見つめる。

 

「あの?俺の顔に何か……?」

「お前……円堂大介の孫か?」

「え?は、はい。そうですけど」

「そうか!大介さんの孫か!大介さんの!」

 

ああ、そうか。この事もまだ知られてなかったのか。でも、これは話を広げる口実になる。

 

「俺の爺さんのこと、知ってるんですか?その言い方だと結構親しそうですけど、もしかして響木さん、伝説のイナズマイレブンの一人だったり!?」

「……イナズマイレブンは災いを齎すぞ。関われば恐ろしいことになるだけだ」

 

そう言って手に持っていたお玉を俺に突きつけてくる。響木さんは別に嫌がらせでこんな事を言ってる訳じゃない。イナズマイレブンの悲劇は、響木さんにとって忘れることのできないもの。下手に関わることで同じ様な悲劇を生まない為に、厳しい言い方をしているのだろう。でも、ここで引く訳にはいかない。

 

「次の試合、地区予選の決勝戦の相手は、帝国学園なんです」

「!!」

「お願いします。帝国に勝つ為には、響木さんの力が必要なんです!俺達の監督になって下さい!」

 

そう言って今まで黙っていた豪炎寺と共に頭を下げる。

 

「……客じゃない奴は出て行け。仕事の邪魔だ」

「……分かりました。今日はこれで失礼します。でも、また来ますから。行こう、豪炎寺」

 

もう一度響木さんに頭を下げ、雷雷軒を後にする。

 

 

「で?どうするんだ。原作と同じ様に勝負を仕掛けるのか?」

「最終的にはそうなるだろうな。でも直ぐには仕掛けない。今後の事を考えると、鬼瓦さんとも話しておきたいからな」

「鬼瓦さん?あの人と何かあったっけ?」

「……イナズマイレブンの悲劇はあの人から聞くんだよ。後、響木さんがイナズマイレブンのキーパーだったのもな」

「そうだったか」

 

俺達は原作の知識を持ってはいるが、細部に至るまでの全てを記憶している訳じゃないし、曖昧になっている部分もある。こういう認識の擦り合わせは大事だ。間違った認識のまま、お互いがこうだと思い込んで行動すれば下手をすれば何か、取り返しのつかないことになる可能性も有り得るからな。

 

「豪炎寺、響木さんの説得は俺に任せてくれないか?」

「お前の方が適任だと思うし俺は構わないが」

「ありがとう」

 

いつも試合では豪炎寺に頼ってしまうことが多いからな。こういうところでは俺が頑張らないとな。

 

そのまま今日の練習場所である河川敷のグラウンドに向かう。到着してから少しの間、練習の様子を見ていたが、やはりどこか熱が入っていないようだ。このままだと不戦敗になる状況だし無理もない事ではある。

木野に皆を集めてもらい、先程の雷雷軒でのことを報告する。

 

「皆、聞いてくれ。監督の当てが見つかった」

「本当か円堂!?」

「ああ、さっき豪炎寺と一緒にその人の所に行ってきたんだ」

「そ、それで……?」

「……残念ながら、断られた」

 

俺の言葉に希望を見た部員達の顔が暗くなる。……上げて落とす様な言い方をして申し訳ないと思うが、隠しておく訳にもいかないからな。

 

「必ず俺がその人を説得してみせる。皆が練習に集中できない気持ちはよく分かる。だけど俺を信じてくれ、頼む」

 

そう言って皆に頭を下げる。

 

「……顔を上げろよ、円堂」

 

俺にそう言うのは風丸。

 

「別に改まって頭なんて下げなくても、俺達はお前を信じるさ」

 

その言葉に皆を見ると、苦笑を浮かべる者、頷きを返す者、反応はそれぞれだが否定の声は上がらない。

 

「皆……ありがとう」

「俺達にもできることがあれば、何でも言ってくれよな」

 

再び練習を再開した部員達。不安が無くなった訳ではないだろう。それでも、俺を信じてくれている。頑張らないとな。ん、あれは……。

 

こちらを見ているとある人物を発見したので、その人物の元へ向かう。

 

「よお、久しぶりだな鬼道」

「………」

 

こいつと会ったのは練習試合の時以来だな。一度ちゃんと話をしてみたいと思ってたけど、何しに来たんだろうか。

 

「監督が居なくなって意気消沈しているかと思ったが、思ったよりそんな様子は無さそうだな」

「ああ、なんとかな。冬海の事で何か言いに来たのか?」

 

原作では冬海の事で謝りに来たと記憶していたので、そう聞いてみる。

 

「冬海?何故この俺が、あんな奴のした事に気を使わねばならない。全てはあいつが勝手にやったこと。俺には関係ない」

 

影山の指示が原因だし、全くの無関係ではないと思うが、鬼道に非がある訳じゃないのは確かだわな。しかし、じゃあ何で来たんだろう。

 

「俺は貴様らの様子を見に来ただけだ。やる気のない奴らを倒しても意味はないからな」

「そりゃあどうも。見ての通り、心配してもらわなくても大丈夫だよ」

「そのようだな。まあ、貴様らの調子に関係なく、帝国の勝利は間違いないが」

「……言ってくれるじゃないか。そう簡単に負けるつもりは無いぜ?」

「ふっ、面白い冗談だ。貴様の様な紛い物になど、負ける気がせん」

「なっ!?紛い物だと!?」

 

かつての練習試合では確かに、帝国に大差をつけられたが、それでもこいつにそんな風に言われる筋合いは無いはずだ。

 

「試合の途中で勝利を諦めようとする様な奴を、俺は円堂守だと認める気は無い。紛い物で充分だ」

「……ッ!今の俺は、あの時とは違う!!」

 

つい声を荒らげてしまう。今の俺はあの時よりも随分と強くなったはずだ。もうあの時の様にはならない。

 

「どうかな?お前自身がそう思っていても、人はそう簡単に変われるものでは無い」

「………!!」

「じゃあな。貴様等との試合、楽しみにしておいてやるよ」

 

その言葉に、俺は何も言い返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼道と話した後日、俺は響木さんをもう一度説得する為に雷雷軒に向かっている。鬼道に言われた事は一旦忘れる。今はこっちが優先だ。

 

「円堂守だな?」

 

と雷雷軒に向かう途中で声を掛けられた。運がいいな。こんなにすんなりと鬼瓦さんと遭遇するなんて。それとも待ち伏せでもされてたか。まあ何でもいいか。

話があると言うので場所を鉄塔広場に移し、そこでイナズマイレブンの悲劇が語られた。鬼瓦さんがそれについて疑問を抱き、その真相を探る為に刑事になったという事も。……アニメで見てた時は何とも思わなかったが、初対面の中学生にいきなりこんな事話してると思うと、結構ヤバい人に思えて困る。

頃合を見て響木さんについても聞いてみたところ、快く色々と話してくれた。いい人ではあるんだけどな。後の話になるけど、豪炎寺を沖縄に逃がしてくれたり、悪役を皆逮捕してくれるし。あれ、そう考えるとこの人って超重要人物だな。

 

「貴重なお話しを聞かせてもらって、ありがとうございました。鬼瓦さん」

「ああ、時間取らせて悪かったな。頑張れよ」

「はい!」

 

鬼瓦さんと別れて、改めて雷雷軒に向かう。鬼瓦さんから話も聞いたし、今日で説得も蹴りをつけてやる。

 

「響木さん!!」

「……またお前か」

 

俺の声に面倒そうに反応する響木さん。

 

「何度来ても答えは変わらんぞ」

「なら、俺と勝負しましょう」

「勝負だあ?」

「響木さん、キーパーだったんですよね?鬼瓦さんから聞きました」

「……鬼瓦のオヤジか。あのお節介め」

 

そう言って手に持っていた新聞に目を落とす響木さん。やはり応じてくれる気は無いようだ。しかしこちらも引く訳にはいかない。

 

「キーパーなら、どんなボールも受け止めるもんじゃないんですか」

 

元キーパーとして、その言葉を聞き流せなかったのか、響木さんが顔を上げる。

 

「昔の事は聞きました。でも、一度試合ができなかったからって、それがどうしたって言うんですか。人生はそれぐらいで終わるもんじゃないですよ」

「このガキンチョが……」

「俺、思うんですよ。キーパーは足を踏ん張って、へその下に力入れて、でないと守れるゴールも守れない」

「へその下に、か……。大介さんも似たような事を言ってたな。キーパーがゴールを守ってるから、皆全力で敵にぶつかっていける」

「そうです。だから俺も、貴方に全力でぶつかります。勝負です。貴方がシュートを3本打って、俺が3本共止めたら、監督をやってもらいます」

「はあ?3本中3本だと?アホな勝負だ」

「やるのか、やらないのか、どっちですか」

 

俺と響木さんが見つめ合う。少しの間の沈黙の後、響木さんが静かに口を開いた。

 

「お前、さっきから言ってるのは誰の言葉だ?」

「……え?」

 

誰の言葉って、どういう意味だ。原作では確かにこんな感じのやり取りで勝負に応じてくれたはずなのに。

 

「お前の言葉には気持ちが篭っていない。だから薄っぺらく感じる。そんな言葉では、誰の心も動かすことはできんぞ」

「─────」

 

言われてみれば、確かにその通りだ。今の俺の言葉は、原作の円堂の言葉をなぞっただけのもの。自分の心の内から出たものではないのだから、そこに感情が宿ることもない。

黙り込む俺の姿を見てため息を吐いた後、響木さんが店の奥に引っこもうとする。

 

「待ってください!!」

 

反射的に引き止める。これでどうにかなると思っていたから、他に説得の言葉など考えてはいない。でも、ここで引いたらきっと、響木さんはもう話を聞いてくれなくなる。約束したんだ。俺がこの人を説得してみせるって、皆と。だから

 

「俺達の、監督をやってください……。お願いします!!」

 

深く頭を下げる。俺は原作の円堂じゃない。原作に頼らずに、自分の言葉を、この人にぶつけるんだ。

 

「皆の大会を、こんなところで終わらせたくないんです……!俺にできることなら、どんなことだってやります!だから……!!」

 

自然と口から出てきたのは、そんな言葉だった。

そうだ。原作を守る為なんかじゃない。初めは俺一人で始まったサッカー部。皆が居てくれるから、今のサッカー部が、俺があるんだ。だから俺は、皆に恩を返さなくちゃならない。全国優勝っていう、最高の形で。その為に、こんなところで終われない。

 

「お願いします……!!」

「……勝負」

「えっ…」

「勝負、するんだろ。お前が勝てば監督をやってやる」

 

俺の想いが少しでも通じたのか、響木さんが勝負に応じてくれた。よかった。もう駄目かと思った。

 

勝負の為に場所を河川敷へと移す。

 

「いいな、3本中3本だぞ」

「はい!」

 

ゴール前で響木さんと向き合う。必ず勝ってみせる。

 

少しリフティングをした後、響木さんが1本目のシュートを放つ。

ゴール左隅にコントロールされたシュートを、何とか弾いた。

精度もスピードも、長いブランクがある人の蹴ったシュートとは思えないものだった。やはりこの人は凄い。

 

「1本目、止めましたよ!」

「やるな」

 

今度は先程とは違い、助走もつけてシュートを放つ。明らかにさっきのシュートよりも威力がある。

 

「メタリックハンド!!」

 

金属の右手でシュートを受け止めた。

 

「ほう?……右腕に気を纏わせ、硬質化させたのか。面白い技を使う」

「これで後1本ですよ!」

「調子に乗るなよ。次の1本を落としたら監督の話は無しだ」

「はい!分かってます!」

 

響木さんがボールをセットし、大きく足を振りかぶる。

 

「鬼瓦の言ったことが本当なら……見せてみろぉお!!」

 

放たれたシュートの圧に気圧される。ノーマルシュートではあるが、そこらの必殺技を優に上回る威力だろう。

ならばこちらも最強の技で対抗するのみ。

 

「ゴッドハンドォォォ!!!」

 

銀色に輝く神の手が、響木さんが放ったシュートを完璧に受け止めた。

 

「今のは正しく、ゴッドハンド……。大介さんが帰ってきたようだ」

 

シュートを止めた俺は、響木さんに駆け寄る。

 

「俺の負けだ。監督を引き受けよう」

「響木さん……!!ありがとうございます!!」

 

礼を言うと共に頭を下げる。

 

「孫、お前……名前は?」

「守……円堂、守です」

「守……。いい名前だ。俺の店でお前が俺に言った言葉、忘れるなよ」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、新監督の響木正剛さんだ!」

 

場所は変わって雷門サッカー部の部室。皆に響木さんを紹介する。

 

「よろしく頼む。決勝戦はもう目の前だ。お前ら全員鍛えてやる!」

『おう!』

 

 

 

さあ、ついに決勝戦だ。必ず勝ってみせる。勝って皆と、全国へ行くんだ。

 




次回から多分、帝国戦が始まるかと思います。
帝国戦は書き溜めてまとめて投稿したいと思ってます。
ですが、時間が掛かりすぎると判断した場合はいつも通り1話ずつ投稿します。


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開幕を告げる凶弾

ごめんなさい。短いです。


 

「気をつけろ!バスに細工してくる奴らだ。何をしてくるか分からない。落とし穴があるかもしれない。壁が迫ってくるかもしれない」

 

電車に揺られ、要塞のごとき威容を持つ帝国学園に到着し足を踏み入れた、その時に発した響木監督の第一声である。

その言葉を真に受けた1年達が辺りを警戒している。何してくるか分からないのは確かだけど流石にそれは無いんじゃないかな。

 

「監督が選手を揶揄うなんて……」

「多分、監督なりの緊張を解す方法なんだと…」

 

夏未がそんな事を呟き、木野は苦笑を浮かべている。だが、その隣の音無の表情はどこか険しい。鬼道の事が気になっているのだろうか。そういえば、この世界の鬼道と音無の関係はどうなっているんだろう。そこは原作通りなのかな。そんな事を考えながら帝国学園の廊下を歩き、雷門に用意されたロッカールームに到着する。原作だとここに着いた時に中から鬼道が出てきたけど、別にそんな事はなく、中に入った後、何も仕掛けられていないか一応確認しておく。

確認を終えた後、ユニフォームに着替えスタジアムに向かった。影山と遭遇するのが嫌なので、不用意に歩き回ったりはしない。会ったら何言ってくるか分からないからな。不安要素はなるべく少なくしておきたい。

 

スタジアムに着いた俺達はアップを始める。しばらくすると観客席が観客達で埋まる。こんな中で試合をするのは初めてだな。

すると緊張した壁山を宍戸がくすぐっている。何やってんだか。

止めに入ろうとしたところで、壁山が足元にあったボールを蹴り上げる。天井に当たったボールは宍戸の頭に落ちてきた。自業自得だな。ん、あれは……

 

「宍戸、危ない!」

 

宍戸の腕を掴んでこちらに引き寄せる。するとさっきまで宍戸がいた辺りに何かが落ちてきた。俺はそれを手に取る。

 

「ボルト?」

「宍戸に当たったらどうすんだよ。帝国はちゃんと整備してんのか?」

 

それを見た染岡が文句を言っている。これが落ちてきたってことは原作と同じ、あの罠が仕掛けられていると見てよさそうだな。俺はそのボルトを響木監督に渡す。受け取った響木監督は険しい顔で手に取ったボルトを見つめている。これで多分、鬼瓦さんの元へとこのボルトは送られるはず。

 

試合前にフィールドに整列する雷門と帝国の選手達。鬼道と握手をした時に話し掛けられる。

 

「この試合が始まったら……後は分かってるな」

 

鬼道の言葉に無言で頷く。この前会った時にも思ったが、やはりこいつも俺や豪炎寺と同じだと考えてよさそうだな。

 

雷門ボールからの開始となり、試合開始の笛が吹かれる。と、同時に雷門側のフィールドに、スタジアムの天井から鉄骨が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────皆は、無事なのか?

 

土煙で視界が塞がれ、皆の安否が確認できない。しかし、実際に見るととんでもないな。直撃すれば間違いなく死人が出るだろう。そうなれば帝国側も管理問題とかで色々責められるはず。そのリスクを許容してでも、雷門を潰したいのか。奥歯を噛み締める。今まで俺は、影山を恐ろしい人物だと認識はしていても、別段特別な感情は抱いていなかった。しかし、今皆を危険に晒され、影山に対する怒りが込み上げてくる。

土煙が徐々に晴れていき、全員が怪我も無く、無事でいることが確認できる。俺はほっと胸を撫で下ろす。よかった、皆が無事で。

 

鬼道がフィールドを出てどこかへ歩いて行くので、後を追いかける。とある部屋の中に入ると中には影山の姿が。

 

「俺の勝ちですね総帥。貴方の企みは阻止された。もう俺達帝国イレブンは貴方に従うつもりは無い」

「……言っている意味が分からないな。私が細工したという証拠でもあるのかね?」

「証拠ならあるぜ!」

 

自分は何も知らないとでも言うような態度を取る影山だったが、その声と共に影山の前にある物が投げ込まれる。俺が響木監督に渡したボルトだ。ということは……

 

「そいつが証拠だ」

「鬼瓦さん!」

 

鬼瓦さんの話によると、スタジアムの工事関係者を調査したところ、影山からの依頼でボルトを緩めたという証言を得ることができたらしい。

 

「鬼道、お前など私にはもはや必要ない。勝手にするがいい。だが、いずれ後悔することになるぞ。必ずな」

 

そんな言葉を残し、抵抗することも無く連行されていく影山。捕まったところでどうにでもなるという自信があるんだろうな。実際に原作では証拠不十分ということになって釈放されていたはずだし。そして、鬼道への言葉は、あのチームの存在があるからか。

影山が連行され、部屋に残ったのは鬼道の他に帝国の数名と俺、そして響木監督。

 

「円堂、こんな事になった以上、お前達の不戦勝という形でも構わない。判断は任せる」

 

鬼道がそう言ってくるが、確かに、確実に全国に行くのなら、ここで戦わないという選択肢もあるだろう。だが、それで全国への切符を手に入れたとしても、きっと誰も納得はいかないだろう。ソレにこんな事を言ってはいるが、これはこいつの本心じゃないのは明白だ。その目に宿る闘志が、それを物語っている。

 

「いや、やろう。俺達の決勝戦を。俺達はサッカーをする為にここまで来たんだからな。あの練習試合の借りを返すまでは、帰るに帰れない」

「……感謝する」

 

スタジアムの修復も完了し、帝国は安西という教師を監督代行として試合に臨む。コイントスから仕切り直し、帝国ボールからの試合開始となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────遂にこの時が来た。

 

雷門との地区大会決勝。本来の歴史で帝国が雷門に敗れることになる試合。だが、この俺がそんな事にはさせない。

 

────俺は今日、この試合で、運命を覆す。

 

相手ゴール前に立つ円堂を見据える。あの練習試合の日、帝国に大量得点を許し、諦めようとするその姿を見て、この世界に俺の知る円堂守という人物はいないのだと悟った。

円堂守とサッカーをしてみたいという想いが、全く無かった訳ではない。だが、この世界に俺の憧れた主人公はいない。ならば躊躇う理由など何も無い。

完膚なきまでに、雷門を叩き潰す。その為に先ずは、あの技で円堂の心を折る。

 

────光栄に思えよ。俺のこの技を公式戦で初めて受けることになるのは、貴様だ。円堂守。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

審判のホイッスルが吹かれ、試合が始まる。と同時に鬼道がボールを上空へと蹴り上げる。そして鬼道自身も、そのボールに向かって跳躍する。ボールに到達した鬼道は両足でボールを挟み込み、そのまま捻じるようにボールを変形させる。

 

────このモーション、まさか!?

 

黒い稲妻が走り、禍々しいオーラに包まれ死の槍と化したボールが、まるでドリルの様な不快な音を大音量で響かせながら、雷門ゴールへと墜ちる。

 

試合開始と共に放たれたセンターサークルからの超ロングシュート。当然、シュートブロックに走る雷門の選手達だったが

 

『うあああああ!?』

 

凄まじい威力によって近寄ることすらままならず、吹き飛ばされる。

 

「ゴッドハンドォォォ!!!」

 

神の手を持って、死の槍を受け止めに掛る。だが、あまりにも技の威力が違い過ぎる。

今まで雷門の窮地を幾度と救ってきた神の手が、信じられない程に呆気なく、死の槍が纏う禍々しいオーラに触れただけで、消し飛んでいく。神の手が完全に消滅し、シュートと俺の間を遮る物は何も無くなり、そして

 

────俺の意識は、闇へと呑み込まれた。

 

 




という訳で、鬼道の覚えた技はデススピアーでした。
今の円堂に止められるイメージが全く湧いて来ないですねぇ……。
ここからどうしよう(白目)

前話で帝国戦はまとめて投稿すると言ったな。あれは嘘だ(いや、本当にごめんなさい。やっぱり直ぐに書ける気がしません。前言撤回します)


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怯える心

連続投稿は諦めたが、帝国戦はなるべく早く更新します。
本日2話目。


「───堂、円堂!!」

 

その声で、目を覚ます。俺、どうしたんだっけ。

 

「円堂!しっかりしろ!」

「風丸……?」

 

俺、確か……。そうだ、帝国との試合が始まって、それで……。

 

「ぐっ……!?」

 

体の痛みで目が覚める。鬼道の〈デススピアー〉を受けて気を失っていたのか。

劇場版イナズマイレブン、最強軍団オーガ襲来に登場するオーガのキャプテン、バダップが使う必殺技、〈デススピアー〉。ゲームでは世界編に実装されている。

豪炎寺といい鬼道といい、どうなってんだよ。なんでお前ら揃いも揃って段階をすっ飛ばしていくんだ。俺も混ぜて欲しいぜ、全く。

 

「円堂!大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ」

 

風丸だけじゃなく皆もゴール前に集まってきている。フィールドの外に出されてないってことは、直ぐに目覚めたんだろうけど、気絶してたしな。皆が心配するのも無理はない。

 

「物凄いシュートだったな、今の」

「あんなのどうすればいいんだよ……」

 

鬼道の〈デススピアー〉の威力を見て、萎縮してしまっている。どっからどう見てもヤバいシュートだったからな。だけど、

 

「いや、恐らくあのシュートはそう何度もノーリスクで打てるものじゃない。少なくとも前半にもう一度打ってくることはない、と思う」

 

俺の予想が間違っていなければ後半にはまた打ってくる可能性はあるが、前半は大丈夫だと思う。

今の俺では〈デススピアー〉を止めることは正直言って難しい。最低でもあと1失点は覚悟しておいたほうがいい。

 

「まだ始まったばかりだ。前半のうちに逆転してやろう!」

 

リードを許した状態で〈デススピアー〉を打たれて突き放されたら、逆転するのは難しい。理想は2点リードすることだが、そう帝国は甘くない。前半で何とか最低でも同点まで持って行ければいいんだが……。

 

 

試合再開後、染岡と豪炎寺が帝国陣内へ攻め上がっていく。

 

「直ぐに同点にしてやるぜ!いくぞ豪炎寺!ドラゴン───」

「トルネード!!」

 

一度は源田からゴールを奪った染岡と豪炎寺の連携。赤く染まった竜が帝国ゴールに襲い掛かる。

 

「パワーシールド……V2!!」

 

しかし、源田の進化した衝撃波の壁によって弾き返される。鬼道だけじゃない、他の選手も原作よりも強化されているのか。

 

「クロスドライブ!!」

「ふっ!」

 

こぼれ球を押さえたマックスがシュートを放つが、源田はこのシュートを必殺技も使わず軽々とキャッチ。やはりFWの二人以外のシュートではパワーが足りないか。

 

ボールは源田から佐久間へ。王者の名に恥じぬ素晴らしいパス回しで、雷門イレブンを翻弄。誰一人ボールに触れられないまま、ゴール前へと運ばれる。

 

「百裂ショット!!」

 

寺門の必殺シュート。だが、この技はそこまで威力は高くない。止められる。

しかし、その瞬間、先程の〈デススピアー〉がゴールに迫ってくる光景が頭を過ぎる。

 

「………!!」

 

パンチングで弾こうとしたが、ボールの中心から僅かにズレたか、ボールは弾かれることなく、軌道は逸れたものの雷門ゴールへ。そのままゴールするかと思われたが、ボールはクロスバーを叩き、ゴールラインを割り帝国のコーナーキックとなる。

俺は自分の右手に視線を落とす。何かに怯えるように震える右手。

 

────何だ、これ。

 

帝国の佐久間のコーナーキック。

 

「ダークトルネード!!」

 

ゴール前に蹴りこまれたボールに鬼道が反応し、シュートを放つ。そのシュートを止める為、〈ゴッドハンド〉を発動しようとする。

しかし、今度はかつての練習試合で〈ダークトルネード〉によってゴールを奪われた場面がフラッシュバックする。

 

────またかよ………!!

 

〈ゴッドハンド〉の発動は何とか間に合ったものの、充分な気が込められておらず、〈ダークトルネード〉を止めきることができずに、神の手が砕け散る。だが、またしてもボールはクロスバーに弾かれ、このボールを風丸が大きくクリア。何とか危機を逃れる。

 

────どうしちまったんだ……!!俺の体……!!

 

右手だけでは無い。全身に微かだが震えが走っている。

こんな、大事な試合で、何がどうなってるんだ。

 

 

クリアされたボールは中盤の半田へ。帝国の選手が素早くチェックに行くがその前に染岡にパスを出す。

 

「ドラゴンクラッシュ!!」

「パワーシールドV2!!」

 

染岡のシュートは〈パワーシールド〉によって阻まれる。だが、

 

「ファイアトルネード!!」

 

衝撃波にぶつかったシュートに、豪炎寺が〈ファイアトルネード〉を叩き込む。原作でも帝国からゴールを奪った攻めだ。これなら。

衝撃波の壁がひび割れ、砕け散る。豪炎寺のシュートは体勢が整っていない源田の横を抜けゴールへ向かう。しかし、そのシュートコースに帝国DF五条が回り込んでいる。

 

「何っ!?」

「ククッ、予想通りですよ……スピニングカット!!」

 

ボールは弾かれ、ゴールにはならず。弱点は分かってるから、そこのカバーは完璧って訳か。鬼道の入れ知恵か。何にせよ、今ので得点できなかったのは痛いな。

 

ボールは帝国が押さえ、再び始まるパス回し。練習試合の時よりも遥かに早く、正確なプレー。こいつら、元から強かったのに、更に動きが洗練され磨きがかかってやがる。

 

「イリュージョンボール!!」

 

持ち前のスピードで風丸が何とか追い縋るが、必殺技によってあっさり突破され、ボールは佐久間へと渡る。ボールを持った佐久間の前方に、鬼道と寺門の二人が走り込む。

 

佐久間が指笛を吹くと、地面から5羽のペンギンが現れる。

 

「皇帝ペンギン!!」

 

佐久間が前方の二人に向かってボールを蹴り出す。それと同時にペンギンが宙を舞う。

 

「2号!!」

 

そのボールを鬼道と寺門の二人がツインシュート。ペンギンが複雑な軌道を描きながらボールと共にゴールへと襲い掛かる。

 

「ゴッドハンド!!」

 

俺の繰り出した〈ゴッドハンド〉の五指にペンギンの嘴が突き刺さる。シュートの威力によってゴールへ押し込まれていく俺の耳に、鬼道から言われた言葉が蘇る。

 

『紛い物』

『人はそう簡単には変われない』

 

「…………ッ!!」

 

神の手が打ち砕かれ、ボールは俺の体ごと、雷門ゴールに突き刺さった。

 

「………俺はッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追加点を奪い、勢いに乗る帝国の猛攻が続く。不調の俺をカバーする為に、ディフェンス陣は全員がゴール前に結集し、帝国のシュートの嵐を何とか防いでいる。今も壁山が体を張ったディフェンスで、帝国のシュートを弾き返した。

 

情けない。俺が一人でゴールを守れないばかりに、皆に負担を掛けている。俺が、チームの足を引っ張ってしまっている。何が今の俺はあの時とは違う、だ。これじゃあの時と何も変わらない。鬼道の言った通りじゃないか。

 

「ツインブースト!!」

 

ディフェンスの隙間を通し、鬼道と佐久間がシュートを放つ。〈メタリックハンド〉で迎え撃つものの、またしてもかつて同じ技でゴールを奪われた記憶が頭を過ぎる。

 

「…………ッ!!」

 

シュートを止めることはできず、ボールは弾かれる。そのボールを辺見が再びシュート。体勢が崩れている俺はこのシュートを止められない。しかし、影野が飛び出し、体でこのシュートをブロック。ボールは空中へと弾かれる。

 

「陣形が崩れたぞ!今だ!」

 

俺と影野の二人が体勢を崩したことで、守備に穴が空いた。その隙を逃さず、鬼道の号令によって放たれる〈デスゾーン〉。

 

「うぉぉおおおお!!」

 

ディフェンスの隙間を抜けていくボールに、今度こそゴールを奪われたかと思ったが、土門がなんと顔面でこのシュートをブロック。ボールはラインを割り、ここで前半終了のホイッスルが吹かれる。

 

「土門!大丈夫か土門!なんて無茶を……!しっかりしろ!」

「デスゾーンは……これぐらいしなきゃ、止められない……」

「円堂……俺も、雷門イレブンに……なれたかな…」

「!!……ッ 、当たり前だ!お前は俺達の仲間だ!何回も同じこと言わせんな!」

「そっか……」

 

俺の言葉を聞いた聞いた後、気を失った土門が担架で医務室へと運ばれる。

 

俺のせいだ。俺が一人でちゃんとゴールを守れてさえいれば、土門にあそこまでさせずに済んだのに。

 

「円堂!!」

 

俯き、歯を食いしばる俺の耳に聞こえたその言葉に反応して、顔を上げた瞬間、炎を纏ったボールが俺の顔面に直撃した。




意識していなくとも、体はその苦痛を、恐怖を覚えている。
その記憶がデススピアーを切っ掛けに蘇る。


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覚醒

 

「がっ!?」

 

顔面にボールを受け、吹き飛ばされる。痛みに耐えながら、何とか体を起こし、ボールを蹴った人物を睨みつける。誰かなど考えるまでもない。炎を纏ったボールなど、蹴れるのはこいつだけだ。

 

「少しは目が覚めたか?」

「何しやがる……豪炎寺!!」

 

豪炎寺は俺の怒声など、全く気にせず、冷ややかな目で俺を見下ろす。

 

「それはこっちのセリフなんだがな。何だ、前半のお前の腑抜けたプレーは」

「………ッ!!」

 

それを言われては言い返す言葉は俺にはない。前半、不甲斐ないプレーをしていたのは事実だ。

 

「何を怖がってるのか知らないが、試合中はプレーに集中しろよ」

「……ッ、お前に俺の気持ちが分かるのかよ!?いつだって、たった一人でゴールを守らなきゃならない俺の気持ちが!!」

 

ついカッとなって言い返してからハッとする。違う、こんな事を言いたかった訳じゃない。本心からこんな事を思っている訳じゃない。だが、口から出た言葉を取り消す事はできない。八つ当たりの様な言葉をぶつけてしまったことに対して顔から血の気が引くのを感じる。

 

俺の言葉に呆気にとられていた豪炎寺だったが、やがて俺の言葉を理解したのか、一度目を瞑り考えるような仕草を見せた後、口を開く。

 

「円堂」

「な、何だよ?」

「なぜ、皆がお前のことをキャプテンと呼ぶのか、分かるか」

「は?」

 

何だその質問は。今の状況と何の関係があるんだ。質問の意図が掴めず困惑する俺だったが、豪炎寺はそれ以上口を開かず、俺の返答を待っているので仕方なく答える。

 

「なぜって……俺がサッカー部を作ったからだろ」

 

他に誰もいなかったから、成り行きで俺がキャプテンになった。それ以上でもそれ以下でもない。他に理由などないはず。

しかし、豪炎寺は俺の返答を聞いて顔を顰め、大きくため息を吐いた。

 

「お前は何も分かっていない。周りを見てみろ」

 

気づけば、座り込む俺を囲むようにして皆が集まってきていた。

 

 

「円堂、お前はいつも、俺達の為にラグビー部の連中や稲妻KFCの会田さん、隣町の学校のサッカー部の顧問。色んな人に頭を下げて回ってくれたよな」

 

「半田……」

 

「俺が豪炎寺との差に悩んでいた時に、俺は俺でいいんだって言ってくれただろ。あれ、嬉しかったんだぜ?」

 

「染岡……」

 

「影の薄かった俺を、サッカー部に誘ってくれた。いつも、俺を見失ったりしないでくれる」

 

「影野……」

 

「イナズマ落としの特訓の時、遅くまで付き合ってくれたッスよね」

 

「壁山……」

 

「どんな小さなことでも、真剣に相談に乗ってくれたでヤンス」

 

「栗松……」

 

「カンフーがサッカーに生かせないか、一緒に考えてくれたこと、覚えてますよ」

 

「少林……」

 

「周りについて行けるか不安になっていた俺を、励ましてくれて嬉しかったです」

 

「宍戸……」

 

「サッカー部に誘ってくれたのが君じゃなかったら、きっともう飽きちゃってるよ。これでも感謝してるんだ」

 

「マックス……」

 

「お前が後ろに居てくれるから、俺は振り返らず、前だけを見ていられるんだ。俺だけじゃない。皆、他の誰でもない、お前だからついてきたんだ」

 

「豪炎寺……」

 

「円堂、俺はいつも、お前に助けられてばかりだ。だから今度は俺にお前を助けさせてくれ。一人で辛いなら、お前が背負ってるものを、俺にも一緒に背負わせてくれ。お前が守ってるゴールは、俺達皆のゴールなんだから」

 

「風丸……」

 

 

 

……俺は、なんて馬鹿なんだろう。いったい何を、あんなに怖がっていたんだろう。俺にはいつだって、俺を信じてくれる仲間が、こんなにも居たというのに。

 

気づけば、体の震えは止まっていた。代わりに、瞳から涙が溢れた。心が暖かいもので満たされていくのを感じる。

 

涙を拭い、立ち上がる。

 

「ありがとう、皆。おかげで目が覚めた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

審判に促され、後半戦の為にポジションに向かう俺達。しかし、俺はフィールドに足を踏み入れる一歩手前で歩みを止めた。徐に額に手を持っていく。そこにあるのは、円堂守のトレードマークであるオレンジ色のバンダナ。少しでも円堂に近づきたくて、少しでも繋がりが欲しくて、せめて形だけでもと思い、円堂守になったあの日からずっと使い続けてきたバンダナ。でも、それももう必要のない物だ。ゆっくりと、頭に着けているバンダナを外す。

 

────憧れるのは、もう止める。

 

どれだけ、憧れたところで、他人にはなれない。それに、そんな事にもう意味はないと思える。円堂守になれなくとも、ありのままの俺を信じてくれる、大切な仲間達が傍にいてくれる。それさえ忘れなければ、俺は迷わずに歩いて行ける。

 

────今までありがとう。

 

手に持っていたバンダナを投げ捨てる。前を向けばそこにあるのは、俺を待つ仲間達の姿。俺は大きく一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷門ボールから後半が始まったものの、直ぐに帝国にパスをカットされてしまい、帝国の攻撃が始まる。

帝国の矢のように鋭いパスが雷門ディフェンスを切り裂いていく。ボールはゴール前の佐久間の元へ。鬼道と寺門が走り出し、前半にゴールを奪われた〈皇帝ペンギン2号〉の陣形が形作られる。

佐久間が蹴り出したボールを、鬼道と寺門の二人が同時にシュート。5羽のペンギンと共にボールが雷門ゴールへと飛来する。

 

半身になり、静かに右手を構える。精神を集中し、気を集める。

 

『紛い物』

 

確かに俺は紛い物なのかもしれない。でも、それがどうした。紛い物の放つ輝きが、本物に及ばない等と誰が決めた。

 

『人はそう簡単には変われない』

 

変わる必要なんてない。だってこれが俺なんだから。俺を信じる皆を、皆が信じてくれる俺を、信じろ。

 

 

顕現した神の手の放つ輝きは今までよりも強く、大きさも一回り大きく。

 

「ゴッドハンド……改!!」

 

進化した神の手がペンギン達を吹き飛ばし、ボールは俺の右手に収まる。

 

「さあ、反撃だ!」

 

ボールを大きく蹴り出す。だが、なんとこのボールを、凄まじい反応で跳躍した鬼道がカット。ボールは再び佐久間へ。

 

「皇帝ペンギン2号を止めたことは褒めてやろう。だが、たとえ進化したとしても、ゴッドハンドでは帝国の攻撃を凌ぎ切ることなどできはしない」

 

俺に向かってそう言い放ち、鬼道は再び跳躍。ボールを持った佐久間の前方には寺門と辺見が走り込む。

 

「皇帝ペンギン!!」

「2号!!」

 

三度放たれた皇帝ペンギンの向かう先は、雷門ゴールではなく、空中で既にシュート体勢に入っている鬼道。

 

「ダークトルネード!!」

 

〈皇帝ペンギン2号〉から〈ダークトルネード〉のシュートチェイン。闇色の炎を纏ったペンギンが雷門ゴールへと襲い掛かる。

 

 

鬼道の言葉は決して間違っていない。進化した〈ゴッドハンド〉でも、このシュートを止めるのは厳しい。そして、〈デススピアー〉は絶対に止められないだろう。

 

ならばどうする。簡単なこと。答えは一つだ。止められないのなら、より強力な技で対抗するのみ。

 

体を捻り、シュートに背を向ける。誰のものかまでは分からないが、驚く声が聞こえる。背を向けたと言っても、逃げる訳ではない。心臓に集めた気を右手に余すことなく伝えるには、こうするのが最適だと知っているから。

試してみたことはおろか、この技の為の特訓すら、一度たりともしたことはない。だが、不安はない。できないなんて気持ちは、微塵も湧いてこない。

 

この胸に溢れる想いを力へと変える。

 

「オオオオオオオ!!!」

 

ありったけの気を注ぎ込んだ右手を天に突き上げれば、俺の体から紫電が迸り、咆哮と共に、白銀に輝く魔神が姿を現す。

 

 

雷門対帝国。かつて果たされることのなかった因縁の舞台で、長き時を超え、伝説が今、蘇る。

 

 

「マジン・ザ・ハンドォォォォ!!」

 

突き出された魔神の右腕が、闇の炎を纏うペンギンをものともせず、ボールをその手に掴み取る。

 

 

 

「バカな!?」

 

シュートを止められたことに対してか、それとも俺が〈マジン・ザ・ハンド〉を使ったことに対してか、鬼道が表情を歪め、驚愕の声を漏らす。

 

「全員、上がれぇぇぇ!!」

 

ボールを再び大きく蹴り出す。今度こそ、雷門の逆襲が始まる。

 



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舞い上がる翼竜

円堂が蹴り出したボールが雷門の選手に渡る前に、洞面がこのボールをカット。しかし、ボールが足から僅かに離れた瞬間、風丸が俊足を飛ばしこのボールを掻っ攫う。

 

「宍戸!」

 

風丸から宍戸へのパス。ボールを受けるも、咲山の激しいチャージが宍戸を襲う。

 

「少林!」

 

体勢を崩されながらも、何とかボールをキープし、少林へとパスを繋ぐ。

 

「竜巻旋風!半田さん!」

 

少林が必殺技で辺見を躱し、ボールは半田へ。

 

「キラースライド!!」

「しまった!」

 

半田が成神にボールを奪われる。

 

「コイルターン!!」

 

だが、このボールを円堂の号令と共に、ここまで上がって来ていた影野が奪い返す。

 

劣勢に立たされていた前半とは打って変わって、帝国と互角以上に渡り合う雷門。

円堂は、良くも悪くも、雷門の要であり精神的支柱でもある。彼が崩れれば、チームも崩れる。だが、逆に彼が実力以上のパフォーマンスを発揮した時、選手達もそれに呼応するかのように、見違えるように動きが良くなる。

帝国を完成されたチームと評するのなら、雷門は未完成。今まで、数々の試合の中で成長し、勝利への活路を見出してきた。

この試合中も、選手達は急成長を遂げている。先の円堂のプレーが起爆剤となり、本来なら未だ格上であったはずの帝国学園との差は、急激に縮まりつつある。

しかし、その僅かな差が壁となり、雷門の行く手を阻む。

 

ボールを奪われようとも、すぐさまそれを奪い返し、全員でボールを繋げてきた雷門だったが、ここで攻撃の手が止まる。

FWの二人に、厳しいマークがついており、ボールを送ったところで、得点に結びつけるのは困難だろう。

帝国の選手がボールを奪いに迫る中、ボールを持った半田が選んだのは、後方へのバックパス。

FWの二人に拘ることはない。彼等に繋げるのが難しいのなら、別の手段を取るまで。雷門の得点源は決してFWの二人だけではないのだから。

 

ボールを受けた栗松の前方を、風丸と宍戸が縦に並ぶように走り出す。先ず栗松がボールを蹴り出し、宍戸がその勢いを殺さないまま、前方の風丸へとこのボールを送る。二人分の力が込められたボールを、風丸が更に加速させて打ち出す。

 

「「「トリプルブースト!!」」」

 

一人で駄目なら二人で、二人で駄目なら三人で。

三人分の力を結集させたシュートが帝国ゴールへと向かう。

 

「パワーシールド……V2!!」

 

この試合、雷門のシュートを尽く防いでいる衝撃波の壁を源田が繰り出す。

余裕の表情を見せていた源田だったが、衝撃波にぶつかり、そのまま弾かれることのないボールを見て、その顔色を変える。衝撃波に亀裂が走り、その力に耐えきれず、砕け散る。

驚愕に目を見開く源田の横をすり抜け、ボールが帝国ゴールに突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったでヤンス!」

「俺達が点を取ったんだ!」

 

栗松と宍戸が手を取り合って喜びを露わにし、風丸も静かにガッツポーズをとる。

あいつら、いつの間に……。何か新技でも作ってるのかとは思ってたが、〈トリプルブースト〉とは。改めて面子を見れば納得できるが、少し驚いたな。

とはいえ、ようやく1点取れた。まだリードされているが、この調子なら充分に逆転の芽はある。

 

 

 

試合が再開し、帝国が攻め上がる。咲山から辺見、辺見から洞面、洞面から佐久間へ。流れるようにパスを繋ぐ。

ボールを持った佐久間がドリブルを始めるも、その前に壁山が立ちはだかる。

 

「ザ・ウォール!!」

「何っ!?」

 

壁山の背後に巨大な岩壁が出現し、佐久間が弾かれボールを奪われる。

 

「いいぞ、壁山!ナイスプレーだ!」

「はいッス!」

 

ついに〈ザ・ウォール〉を習得したか。壁山の大きな体がいつもより、更に頼もしく思える。

 

「風丸さん!」

「おう!宍戸!栗松!もう一度だ!」

 

風丸、宍戸、栗松の三人が再び〈トリプルブースト〉の体勢に入る。多少ゴールからは遠い位置だが、それでも〈パワーシールド〉を打ち破る威力はあるだろう。これで同点に追いつく。

 

「「「トリプルブースト!!」」」

 

しかし、俺の考えに反し、放たれたシュートに対し、源田は〈パワーシールド〉の体勢を取らず、胸に手を当てるような仕草をする。源田の目が赤く光り、背後に同じように目を光らせる獣が現れる。

 

「ハイビーストファング!!」

 

前方へと勢いよく飛び出し、その勢いのまま、獣が獲物に食らいつくように両手で上下からボールを挟み込む。完全に勢いを失ったボールをそのまま、地面に叩きつけるようにしてキープする。

 

「この俺の守るゴール。もう1点も許しはしない!」

 

堂々とそう宣言する源田。キング・オブ・ゴールキーパーの面目躍如と言ったところか。しかし、〈フルパワーシールド〉ではなく、〈ハイビーストファング〉を使ってくるとは。登場したのが無印本編ではなく、アレスの天秤なので、正確な威力は測りづらいが、元となった技を考えると、〈フルパワーシールド〉よりも威力は高いと見ていいだろう。

 

「佐久間!」

 

源田からダイレクトでボールは佐久間へ。

 

「鬼道!」

 

佐久間はすぐさまそのボールを前方の鬼道へと送る。DF二人がシュートに参加する為に守備が手薄になる〈トリプルブースト〉の弱点を突いた鮮やかなカウンター。

鬼道はこのボールを上空へと蹴り上げ、自身も跳躍する。これは、〈デススピアー〉か。身構える俺だったが、

 

「円堂、ここは俺達に任せて!」

「影野!?」

 

そう言った影野と壁山がボールに向かって飛び上がる。二人は空中で体勢を変え、影野が〈イナズマ落とし〉の要領で更に高く飛び上がる。鬼道よりも一瞬早く、ボールに到達した影野がこのボールをヘディングでクリアした。

 

「何だと!?」

 

鬼道が驚愕の声を上げる。俺もまさか、あんな方法で〈デススピアー〉を防ぐとは思わなかった。それに影野が今のようなプレーをするのは、イメージと違ったから驚いた。影が薄いことをいつも気にしてるが、間違いなく、今このフィールドでお前が一番目立ってたぜ、影野。

 

影野がクリアしたボールを少林が拾う。

 

「クンフーヘッド!!」

 

そして何を思ったか、センターライン付近の、ゴールからは遥かに距離が離れた位置から、いきなりシュートを放つ。

そのシュートの行く先にいるのは半田。

 

「ローリングキック!!」

 

一瞬、ぎょっとしたような顔を浮かべた半田だったが、直ぐにそのシュートに込められた意図を察したのか、マックスの居る方向へと必殺技で軌道を変える。

 

「クロスドライブ!!」

 

マックスがこのボールをゴールに向かって打ち出す。だが、高い。ゴールバーを越えてしまう。そんな俺の思考を否定するかの如く、鋭いドライブ回転によってボールは急降下。その先には染岡が走り込んでいる。

 

 

 

パスではなく、シュートを繋ぐ。一見滅茶苦茶にも思えるそのプレー。それを可能とするのは、日々の練習によって育まれた、互いへの強固な信頼。

 

 

 

二度のシュートチェインによる加速により、かなりの速度になっている上に、鋭い回転を掛けられたボールを、足元に正確にトラップするのは難しい。意表を突き、なんとか振り切ったものの、マーカーはすぐ後ろに迫っている。ボールが足元から離れれば、恐らくボールを奪われてしまうだろう。ならば、直接シュートを打つしかない。だが、鋭い回転の掛かったボールは、少しでも蹴る位置がズレれば、あらぬ方向へと飛んでいくだろう。

 

染岡はかつての、帝国との練習試合の時の事を思い出す。帝国から1点を奪ったあの時、自分は最後に豪炎寺にボールを託すしかなかった。この大会でも、出場していなかった秋葉名戸戦を除けば、結果を残しているのは豪炎寺ばかり。それでも、今、このボールは自分へと託された。このシュートを決められなければ、雷門のストライカーを名乗る資格は無い。そんな想いと共に、大きく足を振りかぶる。背後には青い竜が現れ、振り抜いた足は寸分違わず、ボールの中心を捉える。

 

一つ一つの力は小さくとも、それが積み重なれば、やがて大きな力となる。染岡の竜が、ボールに込められた力を受けて、その姿を変えていく。竜は今、大空を翔る翼を手に入れる。

 

フィールド上空へと舞い上がった竜は、そのゴールネットを食い破ろうと帝国ゴールを襲う。

 

「ハイビーストファング!!」

 

竜と獣が、真正面から激しくぶつかり合う。

 

しばしの間、拮抗していた両者だったが、やがて竜の顎が獣の牙をへし折り、源田の体ごと、帝国ゴールへとボールは叩き込まれた。

 




なんかお気に入りが急に増えたことに困惑し、この小説が日刊ランキングに載っているのを見て、思わず変な声が出ました。


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決着

────何だ、これは。

 

見上げた視線の先にあるのは、同点を示す得点表示。視線を移せば、同点に追いつき、歓喜に湧く雷門イレブンの姿。

 

────何なんだ、これは。

 

〈パワーシールド〉が破られるのは、想定内だ。かつての練習試合の時にも破られていることを考えれば、別に不思議なことではない。

だが、〈ハイビーストファング〉が破られるのは、完全に予想外だ。今の雷門に、この技を破れる程の威力を持つシュートは存在しない、はずだった。

何故、〈トリプルブースト〉なんて技を、もう使えるようになっている。〈ハイビーストファング〉を破った今のシュートは何だ。そのシュートに繋げたあの凄まじい連携は何だ。前半は、誰の目から見ても明らかな程の差があったというのに、何故、今はこちらと互角か、それ以上に渡り合えるようになっている。いっそ異常とすら思えるその成長速度を目の当たりにし、背筋に怖気が走るのを感じる。

 

────その切っ掛けを作ったのは、誰だ。

 

相手ゴール前に立つ、その人物を見据える。以前、自身が紛い物と評したはずのその男に、何故、そんな力があるのか。

〈デススピアー〉によって、奴は折れかけていたはず。前半の醜態がそれを物語っている。立ち直ったのはいい。〈ゴッドハンド〉が進化したのも、まだ分からないでもない。だが、何故いきなり〈マジン・ザ・ハンド〉を使えるようになるのだ。前半ではそんな素振りは全く見せなかったことを考えると、習得したのはあの瞬間か。そんな事が、できるものなのか。

 

────今まで、俺達が長い時間を掛けて、積み重ねてきた努力は、たった一試合で覆されるというのか。俺は、円堂守の紛い物にすら、勝てないのか。

 

「ふざけるな……」

 

────そんな、そんなことを──。

 

「認めてたまるかあああああ!!!!!!」

 

試合再開と同時に、勢いよく飛び出し、豪炎寺と染岡を一瞬で抜き去る。そのまま半田とマックスを躱したところで、ボールを上空に蹴り上げる。そのボールに向かって、跳躍する。

 

「これで………終わりだあああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈デススピアー〉の体勢に入った鬼道を見据えながら、俺は秋葉名戸戦の前に豪炎寺と話したことを思い出していた。あの試合で豪炎寺が欠場した本当の理由は、あの時点でほぼ完成していたという〈爆熱スクリュー〉による足への負担が、想像していたよりもかなり大きく、そのまま練習し、試合にも出るとなれば、帝国戦までにベストな状態に戻すのが難しいという判断によるもの。

〈爆熱スクリュー〉が足にそれだけの負担を掛けるなら、同じことが〈デススピアー〉にも言えるはず。共に本来なら、こんな時期に習得しているはずのない必殺技。その威力に、体の方が追いついていないのだ。

鬼道はこの試合、最初の〈デススピアー〉に加えて、〈ダークトルネード〉、〈ツインブースト〉、〈皇帝ペンギン2号〉にその連携シュートと、何度もシュートを放っている。その足に掛かっている負担は、どれ程のものとなっているのか。

そんな状態で放つ〈デススピアー〉は、一度目に放たれたものよりも、いくらか威力は落ちるはず。勝機を見出すとすれば、そこしかない。

 

「デス………スピアァァァァァァ!!!!!!」

 

黒雷を迸らせ、凄まじい不快音を奏でながら、死の槍が雷門ゴールへと墜ちる。

その前に、風丸と壁山の二人が立ち塞がる。

 

「やるぞ壁山!!」

「はいッス!!」

 

風丸が足を振り、青色の衝撃波を発生させ、壁山が自身の背後に、巨大な岩壁を作り出す。

 

「スピニングカット!!」

「ザ・ウォール!!」

 

二人が生み出した二重の壁が、死の槍を食い止めようとする。

 

「そんなものに、止められるものかああああ!!!」

 

死の槍の前に、壁は一瞬で崩壊し、二人が吹き飛ばされる。

 

「お前達のプレー、無駄にはしない!!」

 

今のシュートブロックで、ほんの僅かであったとしても、確かに威力は落ちているはず。二人のプレーに応える為にも、絶対に止めてみせる。

 

体を後ろ向きに捻り、心臓に集めた気を右手へと伝える。右手を天に突き出し、紫電と共に、背後に白銀の魔神を出現させる。

俺の動きと連動し、突き出された魔神の右腕が、凄まじい轟音を轟かせながら、死の槍とぶつかり合う。

 

しかし、恐るべきは〈デススピアー〉の凄まじき威力。かつて最強と謳われたキーパー技を以ってしても、その進撃を阻むことはできない。

 

魔神の右腕に亀裂が走り、その体が、徐々に砕け散っていく。

 

やはり、無理なのか。今の俺では、〈デススピアー〉を止めることはできないのか。

そんな考えが頭の中を過ったその時、俺の背を誰かの手が支えた。

 

「円堂一人で、ゴールを守ってるんじゃない!!」

「俺達が、キャプテンを支えるでヤンス!!」

 

影野と栗松が、左右の後方から俺の背を支える。

 

「お前ら……ありがとな……!いくぞ!!」

 

そうだ。俺は一人じゃない。皆と力を合わせれば、止められないシュートなんて、絶対にない。

 

「「「うぉぉおおおおおお!!!」」」

 

 

 

足への多大な負荷による威力の低下。シュートを打った位置が、ゴールから距離があったこと。風丸と壁山の二人掛りでのシュートブロック。円堂の〈マジン・ザ・ハンド〉と影野、栗松による〈トリプルディフェンス〉。数々の要因の上に成り立つ、何十、何百と繰り返した末に、ようやく訪れるかもしれない一度の奇跡。

 

 

 

雷門ディフェンス陣の執念が手繰り寄せた奇跡は、確かに、円堂守の右手に収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そん………な……」

 

止められた。〈デススピアー〉が。その事実を認識し、限界を迎えた体が崩れ落ちる。

円堂がスローイングしたボールに向かって駆け出そうとしたが、駄目だ。足に力が入らない。もう、動けない。

 

────負ける。

 

ボールは風丸に渡り、辺見を〈疾風ダッシュ〉で抜き去り、半田、マックスへとパスが繋がる。そして、ボールは豪炎寺へ。

 

────俺は、負けたのか。

 

あれほど、否定し続けてきた敗北を、受け入れようとしている。自身の全てを賭けた一撃は、ゴールネットを揺らすことはなく、足はもう限界。これで、終わり────────

 

「まだだ!まだ時間はある!」

「ボールを奪って、もう一度鬼道に渡すんだ!」

 

なのに、仲間達から聞こえてくる声は、そんなものばかり。まだ、誰一人として、諦めていない。俺を信じて、ボールを繋ごうとしてくれている。

 

────まだ、終わりじゃない。あいつらが諦めていないのなら、俺も、諦めない。だから。

 

 

 

 

ゆっくりと立ち上がり、鬼道有人は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後半に入ってから、ここまで沈黙を保ってきた豪炎寺へとボールが渡る。ゴールを目指し、ドリブルを開始する。成神の〈キラースライド〉を横へのステップで躱し、大野の〈アースクエイク〉を跳躍して回避。〈ヒートタックル〉を発動させ炎を纏い、万丈と五条の〈ダブルサイクロン〉の強風を受けて、激しさを増した炎で二人を吹き飛ばす。圧巻の突破力を見せつける豪炎寺。彼の前に、立ち塞がるのはキーパーの源田のみ。

 

左腕を振るい、激しく燃え盛る炎を纏う。回転しながら飛び上がった豪炎寺の周囲に炎の竜巻が形成される。

 

「爆熱……スクリュゥゥゥッ!!!」

 

遂に解き放たれたその爆炎が秘める威力は、鬼道の〈デススピアー〉にも決して劣らない。世界を相手にしても通用する規格外のシュートが、帝国ゴールを襲う。

 

「止める!ハイビーストファングゥゥゥ!!!」

 

しかし、どれだけ鋭く、獰猛であろうとも、獣の牙では燃え盛る爆炎を鎮めることは敵わない。

獣のオーラは一瞬で焼き尽くされ、源田を吹き飛ばし、シュートは無人の帝国ゴールへと向かう。

 

 

「さ、せるかああああ!!!!」

 

ゴールラインを割る直前で、気力を振り絞り、ここまで戻って来た鬼道がこのシュートをブロック。否、打ち返しに掛かる。

 

「負けて、たまるかッ!!俺は、俺は……!!誰にも、負けない!!そう誓ったんだッ!!こんな、ところで……!!」

 

必死に持ち堪える鬼道だったが、爆炎の勢いは微塵も衰えることは無く、鬼道の足は弾き飛ばされ、ボールは帝国ゴールへと突き刺さる。

 

 

一瞬の静寂の後、試合終了の笛が鳴り響き、因縁の対決は終わりを迎えた。

 

 




なんかすごい疲れた。
ランキングに載るのは嬉しいけど、こんな小説が載っていいのかとビクビクしてたので、更新が空いてランキングから名前が消えたことに安堵している自分がいる。
まじでお気に入りが急に増えたんだけど、これ維持できる自信ないわ。


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豪炎寺の目標

 

「勝った……のか?」

 

豪炎寺のゴールが決まり、試合終了の笛が吹かれた。表示されている得点は、3-2で雷門の勝利。

 

「やったぜ!」

「円堂!」

「俺達が優勝したんだ!」

 

駆け寄ってくる仲間達の姿を見て、ようやく優勝したという実感が湧き上がってくる。

 

「よっしゃあああ!!」

 

我慢できなくて、気づけば叫んでいた。仲間達と抱き合い、喜びを分かち合う。

勝ったんだ、あの帝国に。何度も、もう駄目だと思った。でも、その度に皆が俺を支えてくれた。俺達皆で掴み取った優勝。

 

「ありがとう、皆!」

 

皆は俺の言葉を聞き、笑顔を浮かべる。

 

『どういたしまして!』

 

「よし、円堂を胴上げだ」

「ええ!?何でだよ!?」

 

染岡がいきなりそんなことを言い出し、あれよとあれよという間に皆が俺を取り囲み、皆の手で俺の体は宙を舞う。

 

「ちょっ!?止めろって!俺より豪炎寺の方がいいんじゃないか!?決勝ゴール決めたのあいつだし!!」

 

その言葉に皆は手を止め、一斉に豪炎寺の方を向く。ぎょっとした様な顔を浮かべる豪炎寺。

 

「次は豪炎寺を胴上げだぁ!!」

「待て!?俺を売ったな円堂!?」

 

逃げる豪炎寺とそれを追う皆。その光景に自然と笑いが込み上げてくる。

 

「円堂」

「鬼道?」

 

後ろを振り向けば、そこに居たのは足を引き摺っている鬼道。

 

「足、大丈夫か?」

「ん?ああ、これぐらい何ともない。全国大会までには完治するさ」

「そっか、帝国も全国大会には出られるんだもんな」

 

前年度の全国大会の優勝校である帝国には、自動的に今年度の全国大会への出場権が与えられている。

 

「円堂、悪かったな」

「え?」

 

突然謝られて、困惑する。別に謝られるようなことはしてないと思うんだが。

 

「お前を、紛い物と呼んだこと」

「ああ……」

 

そういえばそんなこと言われたっけな。でもまあ、

 

「いいよそれは。俺が紛い物なのは間違ってないしな」

「いや、それは違う」

「鬼道?」

 

力強い否定の言葉を返されて思わず鬼道の顔を見返すと、真剣な顔で、真っ直ぐに俺を見る瞳と、視線がぶつかる。

 

「この試合中、お前のプレーが雷門の選手達に力を与えていた。認めるよ。その体に宿る魂は別物であったとしても、お前は確かに円堂守だ」

「鬼道……」

 

そう言った後、鬼道は右手を俺に向かって差し出す。

 

「全国大会で、必ずお前達にリベンジする。………必ずな」

「……ああ。決勝戦で、また会おうぜ」

 

固く握手を交わす俺達。こいつと、こんな風に握手を交わす日が来るなんて思ってなかった。全力でぶつかり合えば、分かり合えるものなんだな。

身を翻し、フィールドを去ろうとする鬼道の姿を見ながら、そんなことを思う。あ、そうだ。そういえば。

 

「鬼道、お前音無とは……?」

 

俺の言葉に鬼道は背を向けたまま、足を止める。原作だと、この試合で鬼道と音無は分かり合えたはずだけど、こいつはそもそも音無とどうなってるのか知らなかった。

 

「俺には、あいつと会う資格は無い」

「え?」

 

原作の記憶あるのに、仲違いしてるのか。何したんだよこいつ。

 

「これからも、春奈のことを頼む、円堂」

「あ、ああ……」

 

今度こそ、フィールドを去る鬼道。原作でも連絡さえ取り合っていたらすれ違うこともなかったはずだし、原作知識があればその辺は大丈夫かと思ったけど、あいつにも色々あるのかな。

 

「円堂」

 

と、また呼ばれたのでそちらを見ると、こちらを恨みがましい目で見る豪炎寺の姿が。どうやら、この様子から察するに、結局捕まったらしいな。

 

「よお、豪炎寺。胴上げ、楽しかったか?」

「お前……後で覚えてろよ」

 

こちらを睨む豪炎寺の視線に気づかない振りをしてそっぽを向く。悪いとは思うが、やられると結構怖いんだから仕方ないだろ。

まともに取り合う気がない俺にため息をつき、豪炎寺が口を開く。

 

「よかったのか?」

「ん?何が?」

「さっき鬼道に全国大会の決勝で会おうって言ってただろ。原作に拘ってる円堂的にはいいのかなと思ってさ」

「ああ、そういうこと」

 

原作では帝国は全国大会の一回戦で負けるからな。俺が原作の展開を守ることに拘ってることを知ってるこいつからすれば、意外な発言だった訳だ。

 

「ま、いいんじゃないか。もう色々、原作とはかけ離れてるし。最終的に雷門が優勝すれば何とかなるだろ」

 

この試合でとうとう俺自身も原作の展開をぶっ壊したからな。もうどうやってもフットボールフロンティアが原作通りの流れになることはない。正直〈マジン・ザ・ハンド〉と〈爆熱スクリュー〉があれば、少なくとも世宇子以外の相手には負けるイメージは湧かない。千羽山の〈無限の壁〉も、木戸川の〈トライアングルZ〉も、問題なく対処できるだろう。というか今思ったが、武方三兄弟は〈トライアングルZ〉を習得しているのだろうか。〈バックトルネード〉も確か豪炎寺の〈ファイアトルネード〉への対抗心で編み出した技だったし、豪炎寺が木戸川へ入学しなかったことで、間接的に武方三兄弟の弱体化を招いたとしたら、少し申し訳なくなるな。

 

「ん、どうかしたか」

 

そういえば、最初に原作をぶっ壊す引き金を引いたのはこいつだったなと思い、豪炎寺を見ていると、すっとぼけた顔でそう聞いてきて若干イラッとした。

 

「別に。それより、完成してたんだな。爆熱スクリュー」

「ああ、前にも言ったけど、秋葉名戸戦の前には殆ど完成してたからな。帝国戦に間に合ってよかったよ。鬼道も想像以上の技を使ってきたしな」

「ああ、そうだな」

 

鬼道の〈デススピアー〉には度肝を抜かれた。あれを止められたのは奇跡だろう。一対一じゃ全く止められる気がしない。豪炎寺の〈爆熱スクリュー〉も、相手からしたらあんな感じなんだよな。そう考えるとかなり理不尽な存在だよなこいつ。

 

「豪炎寺は今日も大活躍だったな。爆熱スクリューも凄かったけど、その前の突破も凄かった。思わず鳥肌が立ったよ俺」

「な、何だよいきなり……?あの時の突破に関しては、〈キラースライド〉と〈アースクエイク〉はタイミングさえ誤らなければ、躱すのは難しくないさ。〈ダブルサイクロン〉を破った時の〈ヒートタックル〉は咄嗟の思いつきだったけど……」

「……お前、〈ダブルサイクロン〉受けたの初見じゃなかったか」

「ああ」

「……それでいきなり、あんな突破方法思いつくもんなのか」

「ああ」

 

こいつ、前から思ってたけど間違いなく天才だよな。豪炎寺だとか関係無しに。

 

「それに、俺この試合はハットトリック決めてやろうと思ってたのに、結局1点しか取れてないし、まだまだだよ」

「心意気は買うけど、流石に無謀じゃないのかそれは……」

 

この自信はどこから出てくるんだろうな。こいつが不安そうにしてるところとか、見たことない気がする。

 

「円堂、俺、爆熱スクリューは習得できたことだし、次は爆熱ストームを覚えるよ」

「いや、今は別にいいよ。フットボールフロンティアが終わった後でいいよ、うん」

 

向上心が凄い。俺もこの辺は見習うべきなのかも知れないが、少なくともそれ今じゃなくてもいいだろ。

 

「だいたい爆熱ストームよりも、爆熱スクリューの方が威力高いだろ。覚える必要あるのか?」

「俺も最初はそう思ってたんだけどさ、最近ちょっと思いついたことがあって」

「思いついたこと?」

 

何だろうか。嫌な予感しかしない。こいつ、絶対に何か突拍子もないことを言い出すぞ。

 

「ゴッドキャッチってあるだろ?」

「え?ゴッドキャッチ?」

 

また予想外な名前が出てきたな。〈ゴッドキャッチ〉は原作の円堂守が世界編で習得する必殺技で、映画に登場する技等を除けば、円堂守の最強のキーパー技でもある。勿論、こんな時期に話題に出るような技ではない。

 

「ゴッドキャッチがどうしたんだよ?」

「あの技ってさ、アニメだとどうだったか忘れたけど、ゲームだとマジン・ザ・ハンドの進化系って明言されてただろ?」

「………そうだっけ?」

 

はっきりとは覚えてないが、そう言われてみれば、円堂大介がそんなことを言っていたような気がしなくもない。

 

「でも、それが何だって言うんだよ?」

「いや、それってさ。ゴッドキャッチの魔神は、マジン・ザ・ハンドの魔神が進化したものってことだろ?」

「まあ、文字通りに捉えればそうなるな」

 

何かこいつの言いたいことが何となく分かってきた気がする。全然分かりたくないけど。

 

「なら、爆熱ストームの魔神も、極めればなんかスゲーのになって、新しい技作れないかなって」

「最後だけ適当だな、おい」

 

本当にちゃんと考えてんのかこいつは……。思いつきで喋ってるような気がしてならない。

 

「それに俺、目標を決めたんだ」

「目標?」

「うん、お前や、多分鬼道も、ちゃんとした目標を持ってるだろ。俺は最終的なそれが曖昧だったからさ。自分なりに考えてみたんだ」

「まあ、それはいいことなんじゃないか?どんな目標何だよ?」

「世界大会の決勝でハットトリックを決めて、大会の得点王になる」

「馬鹿なのかお前は」

 

もはや無謀すら通り越した滅茶苦茶な目標を聞かされて頭が痛くなる。

 

「……お前、それどれくらいゴール決めれば達成できると思ってんの?」

「え?全試合でハットトリックすれば何とかなるかと思ってるけど?」

「……あ、そう」

 

 

この時、俺は馬鹿と天才は紙一重という言葉は、こいつの為にあるのだと確信した。

 




この小説における豪炎寺はバグキャラのようなものです。
何故、こうなったかは作者にも分かりません。


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OBと独壇場

 

帝国との試合の翌日。雷雷軒で祝勝会を行った帰り道を豪炎寺と二人で歩く。

 

「楽しかったけど、ちょっと疲れたなー」

「お前は監督の手伝いをしてたもんな」

 

原作でもそうだったけど、結構な人数がいるし、監督も一人じゃ大変かと思い、自主的に給仕の手伝いをしていたのだ。

 

「皆も俺が相手だからって遠慮なかったからなー。お前も手伝ってくれてもよかったんだぜ?」

「やだよ、誰がやるか。そんな疲れそうなこと」

「お前ね……」

 

最近前にも増してキャラを取り繕うことをしなくなってきたなこいつ。遠慮が無いってのはいい事なのかもしれないけれども。

 

「次は戦国伊賀島か」

「その前にOBとの練習試合があるぞ」

「ああ、それもあったか」

 

豪炎寺が話し出したが、忘れてそうだったので訂正すると、案の定覚えていなかったような反応をする。

 

「何だよ。伝説のイナズマイレブンとの試合だぞ。楽しみじゃないのか?」

「お前は楽しみなのかよ?あの試合は、炎の風見鶏しか得るものはないだろう」

「でも、昔の経験談とか聞けそうじゃないか」

 

豪炎寺の反応は薄い。俺は割と楽しみなんだけどな。凄技特訓ノートは何とか読めるようにはなってるけど、やっぱり内容を実際に体験したことのある人の話は参考になると思うし。

 

「そんなの聞いてどうするんだ。少なくとも、試合が始まってすぐは相手がまともにやる気がなくて時間の無駄だぞ」

「お前、それは流石に失礼じゃないか?」

「事実だろう」

 

今までになくモチベーションが低そうだな。何かあったのか。

 

「お前、そんなに試合したくないの?炎の風見鶏は覚えといた方がいいだろ」

「原作でも、結構あっさり完成したし、俺とお前が主導で特訓すれば、見本なんて無くたって習得はできるだろ。OBとの試合よりも、自主練でもしたい」

「……爆熱ストームの?」

「ああ」

 

それってただ単に特訓に割く時間が減るからやりたくないってだけかよ。自己中か。心配して損したわ。

 

豪炎寺とそんな会話をした後日、響木監督から連絡があり、日曜に河川敷でOBとの練習試合が決定した。

 

 

そして当日。試合開始直後はやる気のないプレーをしていたOB達は、響木監督の一喝でまるで別人のように良い動きをするようになった。のだが、

 

「ファイアトルネード!!」

 

豪炎寺の放ったシュートが、OB側のゴールネットを揺らす。この試合これで豪炎寺の得点は5点目。あれだけやる気がなかったくせに、いざ始まってみれば嬉々として得点を重ねていく。その一切の容赦のないプレーに、味方も若干引いている。

 

「……お前、あれだけやる気無さそうにしてたのは何だったんだよ?」

「?やる気が無いのと手を抜くのは違うだろ。何言ってんだお前」

 

さも当然のようにそう宣う豪炎寺。その不思議そうな顔を止めろ。殴りたくなるから。

 

「でも、全然炎の風見鶏を打ってこないな。あれを見れないとこの試合の意味がないんだが」

「いや、試合再開してすぐにお前がボールを奪って攻め上がっていくから、向こうのシュートチャンスが生まれないんだろうが。自覚無かったのかよ」

「……ああ、なるほど。気持ちよく点が入るから、楽しくて気づかなかった」

 

なるほど、じゃねえよ。さてはお前、帝国戦で1点しか取れなかった鬱憤をこの試合で晴らそうとしてるだろ。この試合、お前以外殆ど何もしてないぞ。

OBの人達もお前のこと、ヤベー奴を見る目で見てるじゃないか。

 

「とにかく、次はもう少し抑えてくれよ。お前の独壇場で試合にならない」

「……分かったよ。あと1点取ったら攻めるの止めるから」

「おい」

 

何故、そこでもう1点とる必要があるんだ。もういいだろ。

 

「だって、あと1点でダブルハットトリックだし……」

「……分かった、もう何も言わん」

 

言ってもどうせこいつは聞かない。それで大人しくなるならもうそれでいい。その直後に、豪炎寺は宣言通りにゴールを奪い、ダブルハットトリックを達成するのだった。……この前言ってた全試合でハットトリックって、世界大会でだよな。これからの全試合って意味じゃないよな。

 

とにかく、それで一応は満足したらしい豪炎寺が攻めるのを控えるようになった為、ようやくまともな攻防が始まる。いや、本当にOBの方々には申し訳なく思う。こちらの都合で呼んだのに、待っていたのは一方的な蹂躙とか笑えんわ。

 

「備流田ァァ!!」

「おう!」

 

そしてボールはゴール前。備流田さんと浮島さんの二人がボールを蹴り上げ、浮島さんはそのまま跳躍し、備流田さんはオーバーヘッドキックの体勢となり、同時にシュートを放つ。ボールから燃え盛る炎で形成された鳥の如き翼が出現し、その翼を羽ばたかせ、ボールはゴールへと向かう。

俺はシュートに対抗する為、体を捻り、右手に気を送る。

 

「マジン・ザ・ハンド!!」

 

魔神を出現させ、その右腕でボールを受け止める。僅かな拮抗の後、俺の右手にボールは収まった。

 

「なっ!?」

「あれは、円堂監督の……!?」

 

俺が〈マジン・ザ・ハンド〉を使ったことに、OBの人達は驚いているが、それはこちらもだ。原作でも円堂の〈ゴッドハンド〉を破っていたし、かなりの威力なのは分かっていたが、原作よりも強化されていたであろう帝国の〈皇帝ペンギン2号〉と比べても全く見劣りしない威力だ。四十年ものブランクがあってこれなら、全盛期は一体どれほどの威力だったのだろうか。

その後はどちらも譲らず、一進一退の攻防が続き、どちらも得点できないまま試合は終了した。

 

その後は、俺は凄技特訓ノートの内容でOBの人達と盛り上がり、皆も各々でOBとの交流を楽しんだ。そして、俺達も〈炎の風見鶏〉をやってみようという話になり、スピードとジャンプが重要と言ったところ、名乗りを上げた風丸と豪炎寺が挑戦することになったのだが、

 

「くそっ!」

「また失敗か……!」

 

何度やっても一向に成功する気配が無い。原作ではそこまで苦戦してなかったので少し意外だ。ちなみに二人の距離とスピードが重要だというのは既に伝えてある。

ただ、雷門も帝国と同様に原作よりも多少は強くなっているかもしれないとは思っていたが、まさかこんな所でその弊害が出るとは思わなかった。

失敗する原因は単純に二人の息が合わないから。走り込む距離は問題ないが、スピードが風丸の方が上回っている為に、まずそこで合わない。そして、そこをクリアしてシュートまで持っていけても、

 

「まだ、俺の方が強いか……」

「すまん、豪炎寺……」

「いや、俺の方にも問題はあるからな。お互い様だ」

 

豪炎寺の方がキック力が高いせいでシュートが真っ直ぐ飛ばない。ゴールネットを揺らすどころか、ポストに当たればいい方で、大抵はあらぬ方向へと逸れる。風丸が申し訳なさそうにしているが、スピードは風丸の方が合わせてるんだし、キック力に関しては豪炎寺がおかしいだけなので、気にしなくていいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数時間後。

 

「「炎の風見鶏!!」」

 

炎の翼をはためかせ、ボールは見事にゴールネットを揺らした。

 

「やった!とうとう成功したな、豪炎寺!」

 

遂に完成した〈炎の風見鶏〉に、風丸が歓喜の声を上げ、豪炎寺へと呼び掛けるが、豪炎寺は黙ってゴールの中に転がるボールを見つめている。

 

「豪炎寺?」

「風丸、もう一度いいか?」

「えっ?あ、ああ」

 

その様子を訝しんだ風丸がもう一度声を掛けるが、豪炎寺はもう一度〈炎の風見鶏〉を打ちたいと言い出す。その言葉に、何か駄目だったのかと不安を抱きつつも、風丸は了承の返事を返す。

 

「「炎の風見鶏!!」」

 

ボールは再びゴールネットを揺らす。

 

「豪炎寺、今度はどうだ?」

「……風丸、今日これから時間はあるか」

「え?」

 

完璧な手応えに、風丸は豪炎寺へと再び声を掛けるが、返ってきたのはそんな言葉だった。

 

「これから二人で特訓するぞ。この技はもっと高い威力で打てるはずだ」

「い、今からか?もう夕方だぞ。明日からでもいいんじゃ……」

「駄目だ。行くぞ風丸」

「え?ちょっ、待っ!?」

 

風丸からすれば何の問題も無かったのだが、豪炎寺は何か気に入らなかったらしく、風丸を引きずるようにして連行し、特訓を始めるのだった。

 




帝国関連の話の間は若干影が薄かった豪炎寺さん。
書いてるうちに、気づけば勝手に生き生きし出す。


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開会式

「「炎の風見鶏!!」」

 

炎の翼をはためかせ、ボールはゴールネットを豪快に揺らす。連日の特訓の成果か、目に見えて精度は上がってきている。

OBとの練習試合のあったあの日こそ、豪炎寺に引きずられるようにして特訓を始めた風丸だが、翌日からは結構乗り気になっていて、自ら特訓に励んでいる。しかし、〈トリプルブースト〉に加え〈炎の風見鶏〉まで習得したとなると、風丸がさらに攻撃的な選手になったな。一応〈スピニングカット〉も使えるようになっているとはいえ、明らかにDFよりもMFやFWの適性の方が高いような気がしてならない。というか今気付いたが、チーム内で唯一風丸だけがシュート、ドリブル、ディフェンス技を全て使えるんだな。万能かあいつ。

原作では陸上部からの助っ人という扱いだったから、陸上部に戻るのかどうかの問題、というか葛藤があったが、この世界線の風丸は最初からサッカー部なのでそんな事も起こらず、全国大会に向けて特に問題もなく、練習に励む日々を送っている。

 

変わったことと言えば、昨日理事長が練習中にやってきて、部室を新しくしないかと提案されたことぐらいか。結論から言うと断った。原作でそうだったから、という理由が全く無い訳ではないが、それ以上に俺自身がこの部室に愛着が湧いているからだ。最初はあまりのボロさに顔を引き攣らせていたというのに、不思議なものだ。他の皆も別に不満はないようだったので、今の部室を使い続けることなった。一年組から反対意見が出なかったのは少し意外だったが、真面目に練習に取り組み、この部室も使ってきた分、多少の愛着はあったらしい。しかし、今以上に部員が増えると狭くなるのも確かなので、今の部室とは別に新しく作ってもらうように頼んでおいた。続編となる十年後には、サッカー棟なんてものが建ってるくらいだからな。これから部員はどんどんと増えることだろう。

 

そんな出来事があった翌日。いつものように練習に励んでいた時。

 

「円堂君!」

 

という木野の切羽詰まったような声に、そちらを向くと、携帯電話を片手に顔面蒼白となった夏未の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と木野、そして夏未の三人は理事長が事故にあったという連絡を受け、病院へと足を運んでいた。

雷門家の執事であるバトラーさんからの話によると、全国大会の会場であるフロンティアスタジアムの下見に行った帰りに、事故にあったらしい。同乗していた関係者も負傷したが、その中でも最も重症なのが理事長とのこと。

 

「夏未さん……」

「……大丈夫、大丈夫よ」

 

そう言う夏未だが、目に涙を浮かべた弱々しいその姿は、ちっとも大丈夫な風には見えない。

 

「……夏未、部活のことは気にしなくていいから。今はお父さんについててやれよ。その方がいいだろ」

「お父さんが目が覚めた時、一番最初に夏未さんの顔を見せてあげて」

 

今の夏未にマネージャーの仕事をさせても、何も手につかないだろうし今は理事長の傍に居させてやった方がいいだろう。

 

「木野、俺は練習に戻るから、夏未のことを頼んだ」

「うん、分かった」

 

木野に夏未を任せ、病院を後にする。雷門中への道を歩きながら、理事長の事故について考える。全国大会を翌日に控えたこのタイミングでの事故。犯人は、というか仕組んだのは間違いなく影山だろう。原作でもあった出来事だ。

そこまで考えて足を止める。俺が何かしていれば、この事故を防ぐことができたのだろうか。そう考えて、直ぐにそれを否定する。分かっていたからと言って俺がどうこうできることでもない。俺の預かり知らぬ場所で起きた出来事に干渉することはできない。最初から今回のようなことが起きるのは分かっていたはずだ。原作を守るということは、作中に起きる悲劇を許容するということなのだから。エイリア学園によって知らない学校が破壊されても、俺はきっとそこまで怒りを覚えることは無いだろう。なのに、自分に近しい者が関わっている時だけこんな風に悩むのは傲慢だ。俺が今やるべきことは、試合に勝つこと。それだけ考えていればいい。だけど、

 

「……分かっていて何もしようとしない俺は、人でなしなのかもしれないな」

 

父親の凶報に体を震わせ、涙を浮かべる夏未の姿を思い出し、どうしようもなく胸が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全国中学サッカーファンの皆様、遂にこの日を迎えました!今ここ、激闘の殿堂フットボールフロンティアスタジアムは、かつてない激闘の予感に、早くも興奮の坩堝と化しています!フットボールフロンティア、開幕!』

 

今日は全国大会の開会式だ。

実況をしてるのは、いつも雷門の試合の実況を勝手にやってくれてる角馬の親父さんの……駄目だ、名前忘れた。

まあ、とにかく今日からついに全国大会が始まる。俺達はスタジアムの控え室で入場するまで待機している。

 

『各地域より激戦を勝ち抜いてきた強豪チームが、今日より日本一の座をかけて、さらなる激闘に臨みます!一番強いイレブンはどのチームだ!では、ご紹介しましょう!近畿ブロック代表、戦国伊賀島中学────』

 

選手の入場が始まったようなので、皆に一声かけておく。

 

「とうとうここまで来たな。今まで色々あったけど、終わりよければすべてよし!優勝して、雷門中の名前を日本中に知らしめてやろうぜ!」

『おう!』

 

皆からも気合いの入った返事が返ってくる。

 

『続いて関東ブロック代表、雷門中学───』

 

「よし、行ってこい」

『はい!』

 

響木監督の言葉に全員で返事を返し、俺と豪炎寺を先頭にしてスタジアムに入場する。これだけ観客が大勢いると少し緊張するな。

 

『雷門中学は、地区予選大会においてあの帝国学園を降した恐るべきチーム!伝説のイナズマイレブン再びと、注目が集まっています!』

 

チームの説明になってなくないか。帝国を倒したということしかこの説明だと分からないんだが。全チームの紹介しなきゃならないし、こんなもんなのかな。しかし、イナズマイレブンの名前出しても年配の人しか分からないんじゃないか。観客の年齢層の割合が分からないからなんとも言えないけど、知らない人の方が多いだろ。

 

『さらに昨年の優勝校、帝国学園が特別出場枠にて参戦!関東ブロックでの地区予選決勝において、雷門中との死闘を繰り広げながらも惜敗した超名門帝国!特別枠にて王者復活を狙います!』

 

俺達の後に続くのは帝国学園。横に並んだ鬼道に話し掛ける。

 

「もう足はいいのか?」

「問題ない。心配は不要だ。そもそも一回戦には、たとえ足を引きずってでも出場するさ。原作の二の舞にはさせん」

「気合い入ってんな。まあ、相手が相手だし無理もないか。………勝てよ、鬼道」

「ふん、貴様に言われるまでもない」

 

『そして残る最後の一校、推薦招待枠として世宇子中学の参戦が承認されております!』

 

しかし、世宇子中の選手達は姿を見せず。世宇子中のプラカードを持った女の子だけが一人で入場する。……傍から見たら完全に罰ゲームだな。

 

『えー世宇子中学は本日調整中につき、開会式には欠場とのこと』

 

やっぱりこの場に世宇子は出てこないのか。調整中って、いったい何の調整をしてるんだか。しかし、姿を隠しておくメリットって何かあるんだろうか。少なくとも、隣の鬼道が世宇子の名前が出てから、ずっとピリピリしてるから、一応全く効果がないこともないけれど。

 

『以上の強豪達によって、中学サッカーの日本一が決められるのです!』

 

 

────勝つ。この先の原作を守る為にも、まずはこの大会で優勝する。

 

 

────俺は負けない。初戦で世宇子を倒し、決勝で雷門も倒して、もう一度日本一になる。

 

 

────俺が得点王になる為には、何点ぐらい必要だろうか。世宇子の大量得点を計算に入れると、一試合で5得点ぐらい目指した方がいいか。

 

 

それぞれの想いを胸に、フットボールフロンティア全国大会の幕が上がる。



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神の力

アフロディの口調とか分からんわ。変だったらごめんなさい。


開会式を終えた翌日。俺達雷門中の初戦の相手は近畿代表の戦国伊賀島中。

監督が忍者の末裔だかで、選手を忍術で鍛えているらしいチームだ。

原作では、試合前に霧隠が豪炎寺に絡みに来たが、この世界線の豪炎寺は全国的に見ればまだ無名なので、そんなことも起こらず、試合が始まった。

 

戦国伊賀島の忍術を駆使したサッカーに翻弄され、苦戦する俺達だったが、試合が動いたのは前半の半ばを過ぎた辺り。豪炎寺のそんなもの知ったことかと言わんばかりの強引な中央突破からのゴールを皮切りに、勢いに乗った雷門は〈炎の風見鶏〉で2点目を奪い、リードしたまま前半を折り返す。当然、戦国伊賀島は後半、激しく攻め込んで来たが、〈マジン・ザ・ハンド〉でゴールを死守。戦国伊賀島に得点を許さない。その後、残り時間が少なくなって焦った戦国伊賀島の隙を突いたカウンターからの〈炎の風見鶏〉で3点目を奪い、試合を決める。試合終了が迫る中、ただ一人執拗に戦国伊賀島のゴールを狙い、前線に残り続けていた豪炎寺が駄目押しの一発を叩き込み、4-0で雷門の勝利となった。

 

 

「よっしゃあ!」

「初戦突破だぜ!」

「やったあ!」

 

全国大会一回戦を突破し、皆喜びの声を上げている。そんな中で一人だけ、皆とは違う反応を示している者がいる。そう、豪炎寺である。

 

「くそっ、もう少し時間があれば……」

 

この試合の4得点全てに絡む活躍をしていながら、何を悔しがっているのだろうかあいつは。試合中、勝敗がほぼ決まった後もあいつだけゴールを奪おうと攻め続けていたが、帝国戦までと比べて、明らかにプレースタイルが変わったように思える。あれか、鬼道が〈デススピアー〉なんて使ったもんだから、自分も自重なんてする必要はないとでも思ったのか。

活躍してる訳だし別にいいんだけど、何かあいつだけ皆とは別の場所を目指しているような気がしてならない。

 

まあ、何はともあれ俺達は勝った。

 

────次はお前の番だぜ、鬼道。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、フットボールフロンティア全国大会一回戦。本日ぶつかり合うのは、昨年の王者帝国学園と世宇子中学!帝国学園が圧倒的な強さを見せつけるのか、それとも世宇子中が大番狂わせを起こすのか!注目の一戦です!』

 

────とうとうこの日が来たな。

 

俺が運命という名の壁を越えられるか否か。その答えが今日の試合で分かる。

フィールド中央、世宇子のキャプテンである腰まで伸ばした長い金髪が特徴的な少年、アフロディと対峙する。

 

「鬼道有人君だね?君のことは影山総帥から聞いているよ」

「影山総帥……か」

 

別に彼らからしたらバレても何ともないことだろうが、ここまではっきりとその名前を出してくるとは思っていなかったので、少し意外に思う。

 

「君にはどうせ気づかれているだろうから、隠す必要はないと総帥が仰ってね。………その様子だと本当に知っていたようだね」

「…………」

 

影山が何をもってそう思ったかは知らないが、確かに世宇子と影山の繋がりを知っていることは確かだ。原作からの知識で知っているのもあるが、この目で偶然だが、プロジェクトZという文字列を見たことがある。推薦招待枠という前回にはなかった枠での出場校。調べてみれば、チームとしての情報も、地区大会での対戦記録も何も分からない。不自然にも程がある。仮に何も知らなくとも、不審には思っただろう。

 

「総帥は君のことを自らの最高の作品であり、最も恐れた選手でもあると言っていた。総帥にそこまで言わせる君には興味がある」

 

恐れた、と過去形で語っているということは、今はそうではないということか。原作よりも強化された帝国の選手達、そして何より、この俺の〈デススピアー〉があっても、こいつらにとっての脅威にはなり得ないというのか。

 

「勝敗は見えているが、多少は楽しませてくれると期待しているよ」

「……もう勝った気でいるのか」

「当たり前だろう?人は決して神に勝つことはできない」

「自分が神だと言いたいのか」

「さあ、どうだろうね」

「……なら」

 

 

「人は、神を倒せると証明しよう」

「やれるものならやってご覧よ」

 

 

 

 

帝国ボールから試合開始。攻め上がっていく。

 

「何……?」

 

しかし、世宇子は誰一人動かない。こちらの攻撃に対して何の抵抗もしない。

 

「舐めるな!」

 

ボールを上空へと蹴り上げ、回転しながら飛び上がる。漆黒の炎を纏いシュートを放つ。

 

「ダークトルネード!!」

 

まずは小手調べだ。さあ、どうくる。

 

「ツナミウォール……V3!!」

「なっ!?」

 

漆黒の炎に包まれたシュートは世宇子ゴールキーパー、ポセイドンの生み出した津波に呑み込まれ、あっさりと止められた。

 

「鬼道のダークトルネードが……!?」

「あんなにあっさり止められるなんて……」

 

止められたのはいい。元より〈ダークトルネード〉で世宇子のゴールを破れるとは思っていない。だが、

 

「V3だと……?」

 

ポセイドンの〈ツナミウォール〉が進化しているのは想定外だ。それもV3ともなれば、現状ゴールを奪うのは至難の業だ。

 

ポセイドンはキープしたボールをこちらに投げ渡す。シュートを打ってこいというのか。ならば、

 

「佐久間、寺門、洞面!!」

 

俺の号令で三人が跳躍。空中で三角形を描くような体勢となり、回転してボールに気を注ぎ込む。

 

「「「デスゾーン!!」」」

「ツナミウォールV3!!」

 

三人同時に放ったシュートは、しかしポセイドンによってまたしても簡単に止められてしまう。駄目だ、完全に力負けしている。

ポセイドンは再びボールを寄越してくる。俺達のシュートなど、何度打たれてもいいということか。

 

「なら、次はこれだ!」

 

佐久間が指笛を吹き、地面からペンギンが現れる。蹴り出したボールと共にペンギンが飛来し、前方に走り込む寺門と辺見がそのボールを二人同時にシュート。

 

「「「皇帝ペンギン2号!!」」」

 

打ち出されたシュートの向かう先はゴールではなく、その上空。

 

「ダークトルネード!!」

 

雷門との試合でも使った〈皇帝ペンギン2号〉と〈ダークトルネード〉の連携シュート。これならどうだ。

 

「ツナミウォールV3!!」

 

しかし、闇色の炎を纏ったペンギンは、またしてもポセイドンの津波に呑み込まれ、シュートはゴールには届かず。

 

「そんな!?」

「俺達の必殺技が通じない!?」

 

帝国の誇る数々の必殺技をあっさりと破られ、帝国イレブンに動揺が走る。駄目か。この連携なら、世宇子からゴールを奪えると想定していたが、甘かった。帝国や雷門が原作よりも力をつけているように、世宇子も本来よりも強くなっているらしい。

残るシュートは〈デススピアー〉のみ。だが、世宇子相手にそう何度もシュートチャンスが巡ってくるかどうか。

そう考えていた俺にポセイドンがボールを投げ渡し、人差し指を立て、自分の方に曲げ挑発してくる。

影山がいるなら、俺の〈デススピアー〉のことも知っているはずだ。分かった上で、止める自信があるというのか。いいだろう、ならば望み通り打ってやる。世宇子を倒す為に編み出した最強の矛。

 

「止められるものなら止めてみろ!!」

 

ボールを上空高くへと蹴り上げ、自身も跳躍。両足でボールを挟み込むようにして変形させ、世宇子ゴールへと打ち出す。

 

「デス……スピアァァァァァ!!!」

 

黒い稲妻を迸らせ、死の槍が世宇子ゴールを脅かす。

今まで、動かなかった世宇子の選手達が行動を見せる。シュートコースにDF4人が立ちはだかり、一斉に必殺技を発動する。

 

「「「「裁きの鉄槌!!」」」」

 

4人掛りでのシュートブロック。オーラで形成された4本の巨大な足が、〈デススピアー〉を踏み潰さんと力を込める。

 

「だが、その程度では……!!」

 

いくらか勢いは衰えたものの、〈デススピアー〉が〈裁きの鉄槌〉を粉砕し、ボールはゴールへと向かう。

 

「ああ、止められないだろうさ。これで終わりならね」

 

だが、いつの間にここまで戻ってきたのか。そこには純白の翼をその背に顕現させたアフロディの姿。

 

「真……ゴッドノウズ!!」

 

真の名を冠する神の一撃が、死の槍を打ち返す。

 

〈デススピアー〉の威力も内包したその一撃が、ゴールからゴールへ、フィールドを真一文字に切り裂き、源田にろくな抵抗すら許さず、帝国ゴールへと突き刺さった。

 

「………!!」

 

「これが神の力だ!!」

 




アフロディは転生者ではありません。一応案としてはあったのですが、あまり転生者を増やし過ぎると、作者に扱いきれなくなるので。
なお、それでも影山によって強化はされる。


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無情なる現実

 

────俺のデススピアーが、打ち返された……だと……?

 

あまりのことに思考が上手く纏まらない。雷門に防がれた時とは違う。完全に〈デススピアー〉が破られた。世宇子に勝つ為の、その為の矛がへし折られた。

 

────デススピアーは、世宇子には通用しないのか……?

 

────俺は、勝てないのか……?

 

「鬼道!!」

 

その声に、沈んでいた思考が引き上げられる。

 

「佐久間……」

「鬼道、大丈夫か?」

 

………。少し、動揺していたようだ。冷静に考えれば、まだ諦めるには早すぎるというもの。先のシーンを思い返しても、奴らが他のシュートとは違い、〈デススピアー〉にだけは警戒しているのは明らかだ。つまり〈デススピアー〉なら、世宇子からも得点を奪える可能性があるということ。アフロディがゴール前まで戻って来るような状況は、そうは起こらないはず。ならば、前線でシュートまで持ち込めれば得点の芽は十分にある。

 

「……大丈夫だ。ありがとう佐久間」

「ああ」

 

想定外のことが起きると、直ぐに思考が悪い方向に向くのは俺の悪い癖だ。そんな時はいつも皆に助けられてきた。俺一人では越えられない壁も、きっと皆となら越えられる。

 

「まだ試合は始まったばかりだ。まずは1点、取り返すぞ」

 

〈デススピアー〉が打ち返されたのはかなりの衝撃だったと思うが、誰一人として闘志は衰えていない。シュートを受けた源田も、ダメージこそあるだろうが、怪我をした様子はない。

 

帝国イレブンの強さ、思い知らせてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が再開され、ドリブルで攻め上がる。しかし、またも世宇子は動かない。

 

────どういうつもりだ?

 

「メガクエイク!!」

「がっ!?」

 

そんな思考が生まれた一瞬の隙を突き、俺の前に躍り出たディオの必殺技によって吹き飛ばれる。

そして、ボールはアフロディへ。

 

「遊びはここまでだ。教えてあげよう、神に挑むことの愚かしさを………ヘブンズタイム」

 

ボールを奪おうと詰め寄る佐久間と辺見だったが、アフロディが指を鳴らした瞬間、気づけばアフロディは二人の後方へと移動していた。

 

「なっ!?」

「いつの間に……!!」

 

驚愕する二人だったが、続いて発生した突風によって吹き飛ばれる。

 

「「ぐわぁぁぁ!!」」

「佐久間!辺見!」

 

あれが〈ヘブンズタイム〉か。ある意味、世宇子と戦う上で一番の鬼門となるのがこの技だ。強力なキーパー技はそれ以上のシュート技で打ち破ればいい。強力なシュートは、強力なキーパー技や、シュートブロックで対抗できる。だが、この技には明確な対応策は存在しない。原作ではカオスのネッパーに破られたが、どういう理屈で破ったのかさっぱり分からない以上、参考にもならない。実際に見れば、何か思いつくかとも思ったが全く止められるイメージが湧かない。けれど、だからといって諦める訳にはいかない。ゆっくりと歩いてドリブルするアフロディの前に回り込む。

 

「止める……!!」

「……やれやれ、君はもう少し賢いと思っていたんだけどね。まだ、力の差が理解できないのかい?」

「どれだけ力の差があろうとも、それは諦める理由にはならない!」

「そうかい、なら……」

 

アフロディが指を鳴らし、気づいた時には既にアフロディは俺の後ろに居た。

 

「精々、無駄な努力を続けるといい」

 

突風が吹き荒れ、空中へと投げ出された体がフィールドに叩きつけられる。

帝国の選手達がアフロディを止めようと向かっていくが、尽く〈ヘブンズタイム〉によって吹き飛ばされる。

とうとうゴール前に到達したアフロディは、六枚の純白の翼を羽ばたかせ空中へと舞い上がる。翼を広げると、ボールが白い雷のようなものを纏い、そのボールをアフロディが打ち出す。

 

「真ゴッドノウズ!!」

「ハイビーストファング!!」

 

先程とは違い、源田も必殺技を発動して対抗する。しかし、

 

「ぐああああ!?」

 

シュートを止めることはできず、アフロディの放ったシュートが源田の体ごと、帝国ゴールに突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二点差なら、まだ何とかなるはずだ。これ以上失点を重ねなければ、まだ可能性はある。その、はずだ。

 

「ダッシュストーム!!」

「「ぐわあああ!?」」

 

デメテルの必殺技で洞面と成神が吹き飛ばれる。中盤を強引に突破し、帝国ゴールへと攻め上がる。

 

「ダッシュストーム!!」

 

再び必殺技を発動し、DFラインの突破を図る。

 

「五条、万丈!今だ!」

「「ダブルサイクロン!!」」

 

だが、佐久間の指示で二人が必殺技を発動。〈ダッシュストーム〉の強風を何とか相殺する。

しかし、零れたボールは世宇子のFW、ヘラが押さえる。ボールを軽く蹴り上げ、連続で何度も蹴り込み、ボールは青い気を纏う。

 

「ディバインアロー!!」

「ハイビーストファング!!」

 

青白い矢となって放たれたボールは、獣の牙に食い止められる。

先程は〈ゴッドノウズ〉により、ゴールを奪われた源田だったが、今度はしっかりとシュートを止めてみせた。

 

よし、〈ゴッドノウズ〉以外のシュートであれば、〈ハイビーストファング〉で対応できるようだな。アフロディとポセイドン以外の選手が原作とそれほど実力に違いがないのであれば、〈ダッシュストーム〉を防いだように、どうにか対抗できるはず。隙と言える程のものではないが、勝機を見出すとすればそこしかない。攻撃も守備も、できるだけアフロディを避けてボールに触れさせないようにする。そして前線でボールを受けた俺が〈デススピアー〉を叩き込む。単純かつ穴だらけな策だが、他に打てる手がない。〈ゴッドノウズ〉も〈ヘブンズタイム〉も、対抗する手段がない以上は、どうしようもない。

 

しかし、そんな俺の考えを見透かしたかのように、世宇子の選手達はここからさらにその実力を見せつける。

 

佐久間がアポロンの〈裁きの鉄槌〉によってボールを奪われる。ボールはFWのデメテルへと渡り、万丈と五条の二人が先程と同じく〈ダブルサイクロン〉の体勢をとる。だが、デメテルは〈ダッシュストーム〉を使わず、徐に右手を上げ、指を鳴らす。次の瞬間、デメテルは二人の背後に移動しており、突風によって二人は吹き飛ばされる。

 

「………は?」

 

今のは紛れもなく〈ヘブンズタイム〉。だが、何故アフロディ以外の選手が〈ヘブンズタイム〉を……。

混乱する俺を他所にデメテルが純白の翼を羽ばたかせ、舞い上がる。

 

「ゴッドノウズ!!」

「ハイビーストファング!!」

 

放たれたシュートは源田の必殺技を破り、帝国のゴールへと突き刺さる。失点は痛いがそれよりも、

 

────何故、デメテルがヘブンズタイムとゴッドノウズを使う!?

 

〈ヘブンズタイム〉と〈ゴッドノウズ〉は、アフロディの必殺技ではないのか。何故それを他の選手が使うことができる。

 

「隙だらけだよ」

「ッ、しまった!」

 

試合再開後、動揺を隠せない俺からアフロディがボールを奪う。不味い、アフロディにボールを持たせたら止められない。そう思った俺だが、アフロディはあっさりとボールを手放す。ボールを受けたアテナから咲山がボールを奪おうと詰め寄るが、

 

「ヘブンズタイム」

 

アテナが指を鳴らし、咲山の背後へ。遅れて発生した突風によって吹き飛ばされる。

アテナからFWのヘラへとボールが繋がり、ヘラは先程のデメテル同様、空中に舞い上がる。

 

「ゴッドノウズ!!」

 

白い雷を纏ったシュートが放たれ、源田の〈ハイビーストファング〉を破り、帝国のゴールネットを揺らす。

 

「ま……さか……」

 

そんなことが有り得るのか。何故、どいつもこいつも〈ヘブンズタイム〉や〈ゴッドノウズ〉を使えるようになっているんだ。原作より強くなるにしても程があるだろうが。こんな相手にどうやって勝てば……。

 

 

 

そこからは地獄だった。俺は世宇子のDFの厳しいマークによって思うようなプレーができず、完全に封じ込められ、世宇子のMF、FWの誰にボールが渡っても、例外なく〈ヘブンズタイム〉で為す術なくディフェンスを突破され、放たれた〈ゴッドノウズ〉が源田の抵抗虚しく、帝国ゴールに突き刺さる。

 

 

気づけば既に得点は0-10となっていた。

 

 




アフロディとポセイドンだけじゃ足りないような気がして強化してみた。これも全部影山って奴のせいなんだ。そうに違いない。


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限界を超えて


少し短めになってしまった。


 

電光掲示板に表示された得点差を、虚ろな目で見つめる。まだ前半ということもあり、残り時間で考えれば逆転するのは不可能ではない。だが、いくら時間があろうとも、点を取れなければ点差は広がっていくだけだ。〈デススピアー〉ならゴールを奪えるはずだが、世宇子の固い守りの前に俺一人ではシュートまでは持っていけないし、なにより俺以外ならばシュートなど打たれてもなんの問題もないと言わんばかりにDF全員で俺を押さえ込みにくるのだ。失点して試合が再開した時はボールを持てるが、それ以外ではボールに触れることすらできない。

容赦なく放たれる〈ゴッドノウズ〉を受け止め続けた源田はもう限界だ。他の皆も〈ヘブンズタイム〉によって幾度となく吹き飛ばされ、そのダメージでフィールドに倒れ込んだまま起き上がれない。唯一、佐久間だけがなんとか立ち上がっているものの、ダメージは大きく、立っているだけで精一杯だろう。

 

────あいつも、こんな気持ちだったのか。

 

いつぞや、円堂に向かって言った言葉を思い出す。試合の途中で諦めたことを責めた俺自身が、折れそうになっている。圧倒的な力の差を前に屈するその気持ちが、今なら痛いほどによく分かる。

 

────所詮、俺はこんなものなのか。運命を変えることは、できないのか。

 

雷門との試合のような、死力を尽くした末の敗北ならまだ納得できる。だが、今の現状はどうだ。一方的に蹂躙され、磨き上げた矛を放つこともできず、仲間達が倒れていくのをただ見ていることしかできない。これでは何が原作と違うのか。いや、鬼道が出ていなかった分、原作の方がマシかもしれない。

 

────俺達の今までの努力は、全て無駄だったのか。

 

俺だけじゃない。皆、これまで血の滲むような努力を重ねてきたというのに、その結末がこれか。

鬼道有人の偽物に過ぎない俺には、最初から分不相応な想いだったのかもしれない。でも、それでも、もっと皆と、

 

────勝ちたかったなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────俺は今まで、あいつに何をしてやれただろう。

 

いつだって、苦しい時、辛い時、皆が最後に頼るのはあいつだった。そして、あいつは常にそれに応え続けてきた。なのに、俺達はあいつに何かを返してやれていたのか。

皆を頼ってはいても、いつもあいつは独りだ。心のどこかで、俺達に対して壁を作っている。

雷門に負けた時も、そして今日も、あいつは自分を責めるのだろう。自分の力が足りなかったと。負けたのは自分のせいだと。

でも、そうじゃない。責任はあいつ一人のものではなく、俺達全員のものであるはずだ。あいつが一人で抱え込んで自分だけが傷つくことはないんだ。

でも、今の俺に何ができる。かろうじて立ってはいるものの、できるのはもうワンプレーが限界だろう。〈デスゾーン〉も〈皇帝ペンギン2号〉も奴らには通用しない。それに今動けるのは俺だけだ。俺一人で放てるシュート技は無いし、ましてや奴らからゴールを奪える程の威力を持つ技など─────

 

────いや、ある。

 

そうだ、あるじゃないか。一つだけ、俺が単独で使え、かつ奴らからゴールを奪える可能性を持つだけの威力がある技が。

今の消耗仕切った状態で使えば、俺の体がどうなってしまうかは分からない。それでも。

 

指笛を吹けば、2号のものとは違う赤いペンギンが地面から現れ、宙を舞う。

 

「なっ!?止めろ佐久間!!」

 

俺のやろうしていることに気づいた鬼道が叫ぶが、もう遅い。止める気もない。

赤いペンギンが振り上げた右足に噛み付く。激痛が走るが、それを無視してシュートを放つ。

点を取る。帝国があいつ一人のチームではないと証明する為に、あいつが、俺達のキャプテンが、前を向けるように。傷つかずに済むように。

 

「皇帝ペンギン……1号ォォォォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐああああああああああぁぁぁ!!!!!!」

 

シュートを放った佐久間の絶叫がフィールドに響き渡る。〈皇帝ペンギン1号〉は威力こそ凄まじいが、使用者への負担があまりにも大きい為に封印された禁断の技。まして、限界まで酷使した体で放てば、体に掛かる負担は想像を絶する。

 

そのシュートを目にし、今まで余裕の表情を浮かべていた世宇子の選手達の顔色が変わる。その技が持つ威力が、自分達のゴールを脅かすものであると気づいたが為に。

 

「裁きの鉄槌!!」

 

シュートコースに割り込んだヘルメスがシュートブロックを仕掛ける。が、止まらない。その程度では〈皇帝ペンギン1号〉を止めることはできない。

〈裁きの鉄槌〉を粉砕し、ボールは世宇子ゴールに向かう。

 

「ツナミウォール……V3!!」

 

ポセイドンの生み出した津波が、シュートの行く手を阻む。赤いペンギンが津波を食い破らんと、その力を振り絞る。

 

永遠にも思える長い、長い激突の末に、敗れたのは赤いペンギン。

 

ペンギンが力尽き、津波の壁に呑み込まれ、ボールはポセイドンの手に収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「佐久間!しっかりしろ佐久間!」

 

「鬼道……ボール…は?俺の……シュートは…決まったのか……?」

 

「ッ、……ああ、決まったよ、お前のおかげで、1点返せたんだ」

 

「そう……か……鬼道……お前は………一人なんかじゃ……ない」

 

「……!!」

 

「いつだって……お前…には……俺達が………いる……」

 

「佐久間……」

 

「鬼道……帝国の……俺達の………サッカーは……負け…ない……そう……だろ……鬼……道………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言って佐久間は気を失った。俺は、俺は……。

 

「やれやれ、理解できないな。何故、勝ち目の無い勝負に、そこまで必死になれるのか」

 

ボールを持ったアフロディのそんな声が聞こえる。

 

「そんなことをしても、何の意味も無いというのに」

 

「黙れ」

 

その言葉を許すことはできない。佐久間のプレーが、無駄だったなんて言わせない。俺が、意味の無いものになんて、させない。

 

「ア、フロディィィィィ!!!」

 

アフロディに向かって、全力で飛び出す。〈ヘブンズタイム〉を発動するよりも速く、間合いに踏み込み、アフロディと全く同時にボールを蹴り込む。

ボールを挟んで、俺とアフロディの右足がぶつかり合う。

 

「何度やっても同じだ。君は僕には勝てない!」

「だ、まれぇぇぇぇぇ!!」

 

一度はもう駄目だと思ったのに、不思議と力が湧いてくる。1点返したと言ったんだ。お前のおかげだと、そう言ったんだ。その言葉を、決して嘘にはしない。

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!!」

「なっ!?」

 

強引にアフロディを吹っ飛ばし、そのままボールを高く蹴り上げる。

 

「この僕が、力負けしただと!?」

 

驚愕の声を漏らすアフロディを尻目に、ボールに向かって跳躍する。

 

 

人の身では神に勝てぬというのなら、今、人を超えろ。神を超えた"鬼"となれ。

 

 

「デス……スピアァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

迸る黒雷はより激しく、纏う気はより禍々しく、感じる圧力はより強く。

全身全霊を持って放たれた極大の死の槍が世宇子ゴールへと堕ちる。

 

「真……ゴッドノウズ!!」

 

アフロディが自身の必殺技で、このシュートを打ち返しに掛かる。まるで、1点目の時の焼き直しのようなその光景。

しかし、今度は死の槍が打ち返されることはなく、逆にアフロディを弾き飛ばし、ボールはゴールへ。

 

「ツナミウォール……V3!!」

 

ポセイドンが津波の壁を生み出すものの、それをものともせず突き破り、ボールは世宇子ゴールへと突き刺さった。

 

 

 

そのゴールを見届け、気力の全てを振り絞った鬼道が崩れ落ちる。

 

帝国学園の試合続行不可能による世宇子中の勝利が審判によって宣言されたが、勝者であるはずのアフロディの顔は屈辱に歪み、眼前に倒れ伏す鬼道をいつまでも睨み続けていた。

 




久しぶりにイナイレやりたくなってファイアを引っ張り出してきて、データを確認したらキーパーが鬼道でビーストファングG5覚えてて草生えた。
当時の俺は鬼道に何の恨みがあったんや……。


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止まらぬ進化

 

「て、帝国学園が……!!」

 

二回戦に向けてイナビカリ修練場での特訓に励んでいた俺達の耳に、音無の声が飛び込んだ。

音無のその様子から、俺は帝国と世宇子の試合の結果を悟る。

 

「1-10で……世宇子中に、完敗しました……」

 

その言葉に、皆が驚愕の声を漏らす。

 

「そんな!?」

「ガセじゃねぇのか!?」

「あの帝国が、10点も取られるなんて……」

 

俺は帝国と世宇子の試合を見には行かなかった。鬼道には勝てと言ったが、心のどこかで帝国の勝利を信じきれずにいるという自覚があったから。

でも、原作よりも強くなっているはずの帝国が、そこまでの大差をつけられるとは思っていなかった。

 

「音無、詳しく教えてくれ。鬼道は試合に出ていたんだよな?」

「……見たことも無い技が次々決まって、帝国が、手も足も出なかったそうです。帝国のキャプテンが1点を返した後、帝国の選手達はフィールドに倒れたまま誰も立ち上がれず、帝国の試合続行不可能によって相手の勝利になった、と」

 

音無の言葉に皆が騒然としているが、そんなものは俺の耳にはろくに入ってこなかった。

 

────1点、取ったんだな、鬼道。

 

相当な力の差があったのだろう。練習試合の時の帝国と俺達のような、もしくはそれ以上の差が。それでも、あいつは1点をもぎ取った。最後まで、諦めなかったのだろう。次々と仲間達が倒れていき、自分達のプレーが何一つ通用しない。そんな絶望の中で、最後まで。

 

原作の円堂は、帝国の敗北の知らせを聞き、すぐさま鬼道に会いに行った。だが、今の俺が会いに行ったとして、あいつに何と声を掛ければいいのだろう。原作で鬼道が戦うことすらできなかったのとは違う、死力を尽くして、それでも届かなかったあいつに。

 

「……皆、練習に戻ってくれ。帝国が負けたのはショックだけど、俺達がやるべき事は変わらない。今は二回戦を勝ち抜く事だけ考えよう」

 

俺の言葉に、納得した者もいれば、できなかった者もいるだろうが、ひとまずは皆練習に戻っていく。

 

「音無、二回戦の相手が決まるまでは、帝国を破った世宇子中について調べてくれないか」

「……分かりました」

 

音無も今は何かをしていた方がいいだろう。鬼道のことで内心色々と思うことはあるだろうが、体を動かした方がきっと少しは気が晴れるはず。

 

「鬼道に会わなくていいのか」

 

音無が修練場を後にしたのを見送った後、豪炎寺がそう聞いてくる。

 

「……俺が会いに行ったところでどうなる。これからの事は、あいつ自身が決めればいい」

「……そうか」

 

原作のように雷門に来るか、それとも別の道を行くか。全てはあいつ次第だ。俺はいつも通り、練習に集中するだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言って皆に続いて練習に戻って行った円堂だが、上手く隠しているだけで俺から見ればお前が一番動揺してるように見えるけどな。まあ、人のことはさておき、問題は世宇子だ。10点取られたことはいい。理論上は〈爆熱スクリュー〉を十回ぶち込めば俺にもできることだ。だが、1点しか取れなかったのは流石に驚いた。世宇子がそれだけ強いということなんだろうが、鬼道の〈デススピアー〉は防がれたのだろうか。それとも一度しか打てなかったのか。後者ならいい。だが、前者なら話は変わる。鬼道の〈デススピアー〉の威力は、俺の〈爆熱スクリュー〉と比べても遜色ないものだ。〈デススピアー〉が防がれるということは〈爆熱スクリュー〉も防がれる可能性があるということ。〈爆熱ストーム〉は既に七割方完成しているし、決勝までには十分に間に合う計算だが、それも通用する保証はない。

 

────今のままでは駄目か。なら、どうする。

 

〈爆熱ストーム〉と並行して何かもう一つ別の技を覚えるか。だが、今からでは決勝に間に合うかは分からないし、豪炎寺の個人技で残るのは〈マキシマムファイア〉ぐらいだ。あの技は映画でしか使われてないし、それもシュートチェインとかしてたから、単独の威力がいまいちハッキリしない。なんとなく、やろうと思えば割とあっさりできそうな気はするが、覚えるメリットもあまり無い。

 

────あ、でも〈ラストリゾート〉もあったな。

 

オリオンの刻印というシリーズで、豪炎寺が使った必殺技を思い出す。あれは一応世界編の技だし、作中での扱いから考えても威力は高いはずだ。他の豪炎寺の技とは方向性が違うし、習得にも時間が掛かるかもしれないが、試してみる価値はあるかもしれない。後は今覚えている技を進化させるか、それとも〈グランドファイア〉を一人で再現できないかやってみるか。技自体はシンプルなものだし、火力さえ何とかできればいけるかも──────

 

 

誰も知らぬところで、自重をかなぐり捨てた天才の進化は加速する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達の全国大会二回戦の相手は、千羽山中に決まった。

 

「千羽山中は、山々に囲まれ、大自然に鍛えられた選手達がいます」

「きっと、自然に恵まれた環境なんスね」

「皆のんびりしてそう」

 

音無の言葉に、壁山と少林がそんな感想を漏らす。お前ら、もっと他に思うことないのかよ。

 

「彼らは、無限の壁と呼ばれる鉄壁のディフェンスを誇っています。未だかつて得点を許していません」

「全国大会まで?」

「ええ、1点たりとも」

 

全国大会まで1失点も許さないというのは、並大抵のディフェンス力でできることではない。ディフェンスだけで言えば、恐らく帝国すら上回るだろう。

 

「シュート力には難点もありますが、この鉄壁のディフェンスで、ここまで勝ち抜いてきたんです」

 

難点があるとは言うが、ここまで勝ち上がってきたということは少なくとも1点は取っているということ。原作でも、円堂からゴールを奪っているし、油断はできない。

 

原作ならここで円堂が、鉄壁を破るにはダイヤモンドの攻めだ、とか言い出すんだけど、俺がそんなこと言ってもいきなりどうした、みたいになりそうだよな。

 

「どんなに高い壁も必ず乗り越える方法はある。突破できないDFも、ゴールを奪えないキーパーも、この世には存在しない。俺達の攻撃力なら、きっと得点できるさ。さあ、相手も決まったことだし、今日も練習、頑張ろうぜ!」

『おう!』

 

皆の士気は高い。これなら何の不安も無い。と、よかったんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

「宍戸、パス!」

「はい!」

 

風丸がパスを要求するも、宍戸のパスはタイミングが合わず風丸の後ろを通り過ぎた。

 

「何やってんだよ」

「すみません!いつもみたいにパスしたつもりなんですけど……」

 

 

「壁山ヘディングーー!!」

 

壁山がヘディングでボールをクリアしようとする。しかし、ボールは壁山の顔面に直撃し、壁山はグラウンドに倒れ込む。

 

「何やってんだよー壁山!」

「おっかしいなぁ?いつもみたいにやったんスけど……」

 

 

「栗松!」

「うわ!?」

 

土門が栗松にパスを出すが、早すぎるボールに栗松は対応できない。

 

「……もしかして俺のボール、スピード違反だった?」

 

 

「ドラゴン──」

「トルネード!!」

 

染岡と豪炎寺がドラゴントルネードを放つ。しかし、ゴールへ向かう途中で赤い竜も、ボールが纏う炎も消え、威力の下がったシュートを軽くキャッチする。

 

 

やっぱりこうなったか。イナビカリ修練場を使う以上はこうなるのは分かっていたが、ここでこの状態になるのは正直キツいな……。

 

ここで響木監督から集合がかかる。一旦練習を中断し、ベンチに集まる。

 

「皆、調子でも悪いの?」

「そんなことないんだけど……。おかしいなあ……」

 

動き自体は悪くないだけに、不思議に思うのは当然だよな。俺も原作で知ってなきゃ気づかないだろうし。

 

「円堂、お前は気づいてるんじゃないか」

 

響木監督がそう聞いてくる。え、これ言っていいのか。原作だと黙ってたような……。

 

「……短期間の内に急激に成長したことによる弊害、であってますよね」

「ああ」

 

分かっているのは確かなので、質問に答える。まあ、皆も知っていれば何か対策できるかもしれないしな。

 

「弊害?何だよそれ」

「イナビカリ修練場での特訓や、これまでの試合で俺達は前よりもかなり強くなってる。ここまではいいか?」

「ああ」

「短期間で急に身体能力が上がったことで、走ったり、ボールを蹴ったりする基本的な動作の感覚が掴みきれてないんだ。他の人がどれだけ成長したかもな。だから、自分で思っているよりも高く飛んでしまう。パスが強くなってしまったり、逆に弱かったりしてタイミングが合わなくなり、連携が上手く繋がらなくなる」

「なるほど」

 

他の皆も、何となく理解したようで頷いている。上手く説明できたかは分からないが、伝わったのならよかった。

ただ、俺にさっきから質問してきていたのは豪炎寺である。得心が行ったように頷いているが、何でお前は覚えてないんだよ。今度、こいつとはちゃんと話し合う必要があるかもしれない。

 

ところで、この感覚のズレは原作では鬼道によって解消されたが、鬼道が雷門に入らないようであればこの状態で千羽山から点を奪わないといけなくなるのか。それに鬼道がいたとしても、FWだから同じことができるかも分からない。どちらにせよ苦戦は免れないだろう。

 

まあ、最悪豪炎寺の〈爆熱スクリュー〉で1点は取れるだろうから、後は俺が点を取られないかどうかだな。

 




もはや豪炎寺の暴走を止めることは誰にもできないのだ……。


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転生者集結


久しぶりにサブタイが思いつかない……。何かいいのが浮かんだら後から変えるかもしれません。


 

あれから感覚のズレを修正し、なんとか連携を取れるようにしようと色々と試してはみたが、結局あまり効果はなく、二回戦当日を迎えていた。

 

「どうするんだよ、こんな状態で……」

「連携技も使えないんじゃ、点なんて取れないんじゃ……」

 

鉄壁を誇る相手を前に、今の状態では勝てないのではと弱気になっている者も何人かいる。おい、やめろ。そんな言い方したら……。

 

「心配するな。点なら俺がいくらでも取ってやる。無限の壁も、全て焼き尽くしてしまえば、後には灰が残るだけだ」

 

ほら見ろ。こいつが張り切り出すじゃないか。やる気になるのはいいが、最近のこいつは何するか分かんないから怖いんだよ。

 

「監督、今日のフォメーションなんですけど───」

「まだ、それを決めるのは早い」

「え?」

 

今日の試合について監督に確認しようとしたら、そんなことを言われる。

 

「もう一人来る」

「もう一人?」

 

それって、まさか……。

俺がそう思った瞬間、そいつは姿を現した。

 

雷門のユニフォームに身を包んだ、帝国のキャプテン、鬼道有人が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うそおおお!?』

 

まさかの登場に、皆が騒然とする。俺も正直、鬼道が雷門に来るとは思っていなかったので、驚いている。

 

「鬼道、お前……」

「勘違いするな」

 

鬼道に対して、迷いながらも声を掛けようとしたが、鬼道の発した言葉によってそれは遮られた。

 

「俺はお前達の仲間になる訳じゃない。雷門のユニフォームを着ても、俺はあくまで帝国の鬼道だ」

「どういうことだ?」

「これは帝国の皆と話し合って決めたこと。俺のプレーには、帝国イレブン全員の魂が篭っている。ならば、その俺が世宇子を倒せばそれは帝国が世宇子を倒したに等しい。その為に、お前達雷門を利用する。それだけだ」

 

言いたいことは分からないでもないけど、割と無茶苦茶な理屈だなおい。まあ、でも、

 

「それでも、俺は嬉しいよ。よろしくな、鬼道」

「……ふん」

 

俺の差し出した手をとる鬼道。すると、豪炎寺も何か言いたいことがあるのか、一歩前に出た。

 

「鬼道……」

「何だ、豪炎寺」

「たとえお前でも、エースストライカーの座は譲らないぞ」

「……お前、人の話を聞いていなかっただろう」

 

……いつも通りの平常運転だな。いや、待て、鬼道がいるということは豪炎寺に俺の代わりにツッコミを入れてくれるかもしれん。たまには俺以外の奴がこいつの天然ボケに振り回されてもいいだろう。皆そういう時の豪炎寺がめんどくさいことを知っているから、基本的に俺に押し付けてくるからな。

 

「心配せずとも、そんなものに興味は無い。俺は帝国のストライカーであって、雷門のストライカーではないからな」

「本当か?そう言っておきながら、内心では虎視眈々とエースの座を狙っているんじゃなかろうな」

「……妙に疑り深いな、お前」

「大事なことだからな」

「………」

 

表情には出ていないが、呆れているような雰囲気が鬼道からひしひしと伝わってくる。そして、それを向けられている当の本人は全く気づいていないらしく、何故かドヤ顔である。

 

「はいはい。その話はまた後でな」

「待て、円堂。まだ話は───」

「ちょっと黙ってろ。お前が喋ると話が進まん」

 

止めないと延々と続きそうだったので、強引に豪炎寺を後ろへ下げる。まだ何か言いたげだったが、無視する。

 

「何か悪いな、鬼道」

「……いや、お前も大変そうだな」

 

鬼道が同情するような視線を向けてくる。止めてくれ、あれでも試合中はこの上なく頼りになるんだ。普段がちょっとアレなだけなんだ。

 

「それはそうと、足は大丈夫なのか、鬼道」

 

ずっと気になっていたのだ。雷門との試合でも、足を引き摺っていたし、きっと世宇子戦でも相当無茶をしたのだろう。完全には回復していないと思っていたのだが。

 

「ああ、雷門の時よりは負担は軽かったからな。流石に何度もデススピアーは打てんが、普通にプレーする分には問題ない」

「そうか、よかった」

「まあ、もう一度同じ様な無茶をすれば病院送りになるかもしれんがな」

「……大丈夫なんだよな?」

 

万全の状態ではないということか。〈デススピアー〉は強力だが、それに頼ることはできないと。それでも鬼道は優秀な選手であることには違いない。チーム力が上がることは確実だ。

 

「ふん、デススピアーを二、三発打っただけで情けない。鍛え方が足りないんだよ」

「豪炎寺、お前だって前に一試合で爆熱スクリューを打てるのは二発ぐらいが限度だって言ってたじゃないか。鬼道と変わらないだろ」

「円堂、いつの話を言ってるんだ?今の俺なら気合いで十発は打てる」

「気合いってなんだよ……。え、マジ?」

「マジだ」

 

ええ………。帝国の試合からそんな経ってないんだけど……。

どうなってるのこいつ……。

体にかかる負担とかそんな短期間でどうにかできるもんなのか。成長とかいう次元を超えてるような気がするんだが。こいつ本当に人間か。

 

「新しくマキシマムファイアも覚えたことだし、やはりエースストライカーは俺しかいないな」

「いや、そのくだりはもういいから………今なんて?」

 

何か聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするが、気の所為だろうか。

 

「ん?エースストライカーは──」

「いや、その前」

「マキシマムファイア?」

「………」

 

聞き間違いじゃなかった、だと……。え、練習してたの〈爆熱ストーム〉じゃなかったのか。

 

「お前、爆熱ストームはどうしたんだ」

「え?ほぼできてるけど?」

「ええ………」

 

早い。早過ぎる。何をどうすればそんなにポンポン新技を覚えられるんだ。こいつどんな特訓してるんだ。

 

「じゃあ爆熱ストームと一緒にマキシマムファイアの特訓もしてたのか」

「いや、してないぞ」

「えっ」

「特訓の合間に気分転換で試してみたらできただけだ」

「うっそだろお前!?」

 

もうやだよこいつ。何か聞く度にどんどんおかしくなっていくんだけど。俺はどうすればいいんだ。

ふと、鬼道がさっきから静かだなと思い、そちらを見てみると、

 

「気分転換で新技だと……?それにもう爆熱ストームまで……?お、俺がデススピアーを覚えるまでにどれだけ苦労したと……」

 

何か、現実に打ちひしがれていた。安心しろよ、鬼道。世間一般からすればお前も十分天才だから。ただ、豪炎寺がおかしいだけだ。間違いない。だから落ち込むの止めろ。この中で一番弱い俺が惨めになるから。

 

「元気出せよ、鬼道」

「円堂……」

 

鬼道の肩に手を置く。これぐらいで参ってたらこいつとは付き合っていけない。それに、

 

「どうせ、俺達はこれからこいつに振り回される運命だ。諦めろ」

「そんな運命認めてたまるか!?」

 

いや、だってなあ。どうせ豪炎寺はこれからもずっとこんな調子だろうし。精神的ダメージを受けるのも、原作の知識を持ってる俺達だけだろうからなぁ。人間、諦めが肝心だ。ツッコミはするが、止められはしない。

 

「お前ら、流石にそれは俺に対して失礼じゃないか……?」

「そう思うなら自分の言動を振り返ってみろ」

「……ふむ」

 

考え込む豪炎寺。こいつだって原作の知識があるんだから、きちんと考えれば、自分がどれだけおかしなことをしてるか気づけるはずだ。

小さく頷いた後、豪炎寺が口を開く。

 

「すまない。何がおかしいのかさっぱり分からない」

「ちょっと期待した俺が馬鹿だった」

 

少し考えたぐらいで気づけるなら、もっと自重してるわ。何で少しまともな答えを期待してたんだろうか俺は。

 

「俺の中の豪炎寺のイメージが崩れていく……」

 

鬼道が遠い目をしてそう呟く。気持ちは分かるが、そんなものはさっさと壊してしまった方が楽になれるぞ。さあ、お前も早くこっち側に来い。

 

 

「お前達、そろそろいいか」

「「「えっ?」」」

 

その声に振り向けば、他の皆は響木監督の前に集合しており、俺達だけが取り残されていた。

 

「……お前達、今が試合前なのを忘れているだろう」

「「「あっ……」」」

 

 

そんなことはすっかり頭から抜け落ちていた俺達は、揃いも揃って間抜けな声を漏らすのだった。

 




作者としては転生組とかよりも、雷門の三馬鹿とか呼んだ方がしっくりくる。


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並び立つ天才

 

俺達も監督の前に集合し、監督からこの試合のスターティングメンバーが言い渡される。

 

「FWは豪炎寺と鬼道のツートップ。後はいつも通りだ」

「え?」

 

染岡をスタメンから外すのか。守備力の高い千羽山を相手にするなら染岡も含めたスリートップの方がいいんじゃ……。

 

「俺が監督に言ったんだ」

「染岡?」

「監督は宍戸をベンチに下げるって言ったんだけどよ、全員が鬼道のことを信用しきれてる訳でもないだろ。そんな状態で宍戸を鬼道が入るから下げるって言っても、納得できない奴もいる。だから俺が代わりに下がることにしたんだ。俺がFWとして鬼道より劣ってるのは、俺自身が一番よく分かってる。ベンチから、鬼道や豪炎寺のプレーを一度じっくり観察したいって言ってな」

 

そんなやり取りがあったのか。でも、染岡だって活躍してるんだし、鬼道や豪炎寺と比べることないと思うけどな。言っちゃ悪いが、こいつらは特別だし。

 

「って訳だ。雷門のストライカーとして、情けねえプレーしたらタダじゃ置かねぇぞ、鬼道」

「ふん、誰にものを言っている」

 

この二人のツートップも、俺は見てみたいな。勿論、豪炎寺を含めたスリートップも。

 

「よし、無限の壁、攻略してやろうぜ!」

『おお!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼道」

 

整列を終え、ポジションにつこうとする鬼道を呼び止める。

 

「何だ、円堂」

「鬼道、お前、俺達の問題については知ってるよな?」

「問題?何かあるのか?」

「覚えてないか?千羽山戦で原作では鬼道が修正したあれだよ」

「……ああ、あれか」

 

俺の言葉で、原作でのことを思い出した様子。鬼道が感覚のズレを修正できるかで色々と変わってくるだろうからな。

 

「あれ、なんとかできそうか?」

「俺がか?」

「ああ」

「知らん」

「………」

 

いや、豪炎寺じゃないんだから、もっとこう、何かないのかよ。

 

「原作の鬼道がやっていたことを俺に求められても困る。第一俺はゲームメイカーでもないしな。そんなことができるとも思えん」

「そっかぁ……」

 

まあ、こればっかりは仕方ないか。鬼道が言うように、原作とは別人な訳だしな。

 

「多少連携が覚束なくなった程度で苦戦するようなら、所詮その程度だということだ。なに、心配はいらん。俺と豪炎寺が無限の壁如きに止められるものか」

「はは、すげえ自信だな」

「自信?違うな。俺は事実を述べているだけだ」

「……頼もしいよ、本当に」

 

豪炎寺とはまた違った安心感。不安なんてどこかにいってしまった。

どんなプレーを見せてくれるのか、楽しみだ。

 

ゴール前、キーパーのポジションにつき、前を見る。センターサークルの中には、ツートップとして並び立つ豪炎寺と鬼道の姿。原作でも、負傷退場とかで試合の途中から鬼道がFWをやってる時はあったかもしれないけど、最初からは多分無かったよな。こうして二人の姿を見ていると感慨深い気持ちになる。

 

もうすぐ、雷門ボールでキックオフだ。さあ、今日も勝つぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「豪炎寺、まず俺達で点を取るぞ」

「ん?」

「無限の壁を破るのに、俺達二人いれば十分だということだ。無失点記録など、相手が弱かったからできたのだと教えてやる」

「……面白い。やるか」

 

審判の笛が吹かれ、キックオフと同時に、ボールを後ろに預けることはせず、豪炎寺と鬼道の二人が飛び出す。

ボールを奪おうとする千羽山のFWをあっさりとワンツーパスで抜き去り、そのまま千羽山陣内に突進する。

たった二人だけの攻撃。それもカウンターでも何でもなく、選手全員が自陣にいる試合開始直後の特攻。そんなものは、ここまで鉄壁と謳われる守備力で勝ち上がって来た千羽山にとって、止めることは簡単。そのはずだった。

 

止まらない。たった二人の攻撃を、千羽山が止めることができない。シュートと見紛う程の高速のパスワークを駆使し、豪炎寺と鬼道が千羽山のディフェンスを切り崩していく。あっという間にゴール前に到達し、豪炎寺がボールを空中へ蹴り上げる。

 

「合わせろ鬼道!」

「足を引っ張るなよ、豪炎寺!」

 

二人が同時に、回転しながら跳躍する。そのまま豪炎寺が〈ファイアトルネード〉を、鬼道が〈ダークトルネード〉を発動。豪炎寺の左足と鬼道の右足が、同時にボールを蹴り込む。

鮮やかな橙色の炎と、闇を孕む漆黒の炎。相反する二つの炎を纏うシュートが、千羽山のゴールに向けて打ち出される。

 

対するはここまでの対戦相手全てのシュートを封殺してきた〈無限の壁〉。

仁王立ちの構えを取る千羽山のキーパー、綾野の両横に牧谷、塩谷がポジショニングを取り、そそり立つ巨大な壁を出現させる。

 

〈無限の壁〉にシュートが激突する。しかし、シュートの威力は全く衰えることはなく、ボールの纏う二つの炎が反発し合い、その威力が増幅されていく。壁に亀裂が走り、〈無限の壁〉が崩壊していく。やがて、壁は完全に崩れ去り、ボールは千羽山のゴールに突き刺さった。

 

試合開始から僅か一分。千羽山の無失点記録がいとも容易く破られた。

 

 

「そ、そんな!?」

「オラ達の無限の壁が……!!」

 

ここまで自分達を勝利に導いて来た、チームの象徴たる〈無限の壁〉が、試合開始早々に破られた。千羽山の選手達の動揺は計り知れない。

 

 

「ファイアトルネードとダークトルネードの合体技………さしずめデュアルトルネードってところか」

「えっ、ファイアトルネードDDじゃないのか?」

「……片方はダークトルネードだろうが」

「同じようなもんだろ」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっげぇ………。いや、マジで凄いなあいつら。まさかこんなにあっさりと〈無限の壁〉を破るとは。それも〈爆熱スクリュー〉や〈デススピアー〉も使わずに。今の技、即興で合わせたのか。よく息が合ったな。その前のパスワークも見事の一言に尽きる。物凄い速さのパスを出しあってたけど、あれ俺から見たらお互いに向かってシュート打ち合ってるようにしか見えなかったんだが。なんであれで正確なボールコントロールができるんだろう。

敵は滅茶苦茶動揺してるし、味方は全員唖然としている。

ふと、豪炎寺と鬼道のプレーを観察すると言っていた染岡を見ると、盛大に顔を引き攣らせていた。まあ、あんなの参考になんぞならんわな。そして、当の本人達はというと、

 

「なあ、やっぱりファイアトルネードDDだって」

「しつこいぞ豪炎寺」

「だってさあ……」

「……ファイアトルネードDDは、二人同時にファイアトルネードを放つ技だろう。俺が使ったのがダークトルネードである以上、本質的に別の技だ」

「じゃあお前もファイアトルネード使えよ」

「俺はファイアトルネードは使えん」

「なら今覚えろ」

「できるか!!」

 

何を言い合ってるんだあいつらは……。なんとなくどういう流れかは分かるけども。とりあえず続きは試合が終わってからやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千羽山ボールで試合再開。しかし、〈無限の壁〉を破られた動揺から千羽山は未だ立ち直れておらず、動きが鈍い。その隙を、その男が見逃すはずもない。

 

「スピニングカットV2!!」

 

鬼道が必殺技でボールを奪い、豪炎寺にパスを出す。また二人で攻め上がるのかと思ったが、何を思ったか豪炎寺はその場でボールに覆い被さるように深く上体を倒し、左足を高く振り上げる。

 

「グランドファイアァァァァ!!!」

 

────ちょっと待て。

 

俺の内心の混乱をよそに、放たれたシュートは〈ファイアトルネード〉とは比較にならない程の極大の炎を纏い、地面を抉り、溶解させながら千羽山ゴールへと突き進む。

 

「無限の壁!!」

 

千羽山も〈無限の壁〉を発動するも、シュートが壁に触れると、瞬く間に炎が〈無限の壁〉を焼き尽くし、ボールはゴールへと突き刺さる。ゴールネットが焦げ臭い匂いを放ち、敵味方問わず畏怖の視線が豪炎寺へと寄せられる。

 

「……なんか威力が足りない気がするな。分身の仕方は分からんし、とりあえず三人分の力を込めて蹴ればできるかと思ったが、流石に無理か」

 

いや、ゴールしてますけど。十分過ぎる程に威力あるように見えましたけど。というか何を試そうとしてらっしゃるんですか豪炎寺さん。なんですかそのとんでも理論は。

 

「鬼道、次はお前も一緒に蹴れ。二人でならもう少し威力が出るだろう」

「お前が自重する気がないのは分かったが、そこに俺を巻き込もうとするな」

「?何の話だ」

 

 

ああ、今日も平和だ。




先のことは知らん。今が楽しければそれで良い。


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蹂躙

豪炎寺被害者の会、会長に千羽山が就任しました。


試合が再開し、千羽山はまずディフェンスラインまでボールを下げ、そこからサイドへとボールを展開していく。露骨なまでに豪炎寺と鬼道の二人にボールを触らせないようにする為のパス回し。千羽山が精神的ダメージから立ち直り、対応してきた訳ではない。あの二人、特に豪炎寺にボールを渡してはまずいと、千羽山の選手全員が本能的に悟ったが故の行動。ただし、その行動は本質的には逃げているだけであり、動きは未だ精彩を欠いている。今の千羽山は、圧倒的な強者による狩りから逃げ惑う獲物でしかない。

 

「クイックドロウ!!」

 

当然、そんな状態ではまともなプレーができるはずもなく、あっさりとマックスがボールを奪い取る。

 

「豪炎寺!」

 

そしてすかさず豪炎寺へとパスを出す。先のプレーによって、豪炎寺が単独で〈無限の壁〉を破れることは証明された。ならば彼にボールが集まるのは必然だ。しかし、雷門の選手達の感覚のズレは未だ修正されてはいない。マックスが出したパスは短く、これは千羽山の選手にカットされる。誰もがそう判断した。そこには円堂や鬼道も含まれる。だが、いつだって、周りの予想を遥かに上回っていくのが豪炎寺クオリティである。

豪炎寺は自分へのパスが短いと判断するや否や、地面を強く踏みしめ、前へ進む体を力づくで押さえつけ、後方へと跳躍。空中で強引に体を捻り、無理矢理ボールを確保する。驚異的なボディバランスでそのままシュート体勢へと移行し、左足に纏った炎が剣の形状を象っていく。

 

「マキシマムファイア!!」

 

振り抜かれた炎剣による一撃が、先程の〈グランドファイア〉と同様に、地面を抉りながら千羽山ゴールを襲う。

 

「無限の壁!!」

 

千羽山が再び〈無限の壁〉を作り上げる。既に二度も破られてしまった自分達の最高の技。だが、今度こそは止めてみせる。そんな想いで繰り出された千羽山の誇る鉄壁は、シュートの持つ熱量によって溶解し、剣の形に抉り抜かれ、ボールはゴールへと突き刺さった。

 

 

前半5分、豪炎寺修也、ハットトリック達成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつ今凄い動きしなかったか。え、人間ってあんな空中で自在に体勢を変えれるもんなの。ボール取った時完全に頭下向いてたけど、なんであそこから一度も地面に足をつけずに〈マキシマムファイア〉の体勢に入れるんだ。重力が仕事して無いんだけど。

 

そしてまだ始まったばかりなのに、もう3点差である。見ろ、千羽山の選手達の顔を。完全に戦意を喪失しているじゃないか。ディフェンスに特化した千羽山にとってこの点差は死刑宣告みたいなもんだろ。というかこのペースだと後何点入るか分からんぞ。嫌な予感しかしないんだが。

 

そして俺の予感は残念ながら的中する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

力の差を悟り、戦意を喪失した千羽山を豪炎寺と鬼道が激しく攻め立てる。

豪炎寺との連携からゴール前でDF三人を抜き去り鬼道がシュートを決めれば、それに対抗心を燃やした豪炎寺がFWからDF、果てはGKまでをも抜き去り無人のゴールへとシュートを叩き込む。

豪炎寺がいい練習台だと言わんばかりに、恐らく未完成と思われるえげつない威力のシュートを何度も放ち、それが面白いように千羽山のゴールネットを尽く揺らす。

 

気づけば、前半終了時点で点差は10-0である。

……どっかで見たことのある点差だな。

 

素晴らしく上機嫌でベンチへと戻っていく豪炎寺とは対照的に、千羽山の選手達の足取りは見るからに遅く、その姿はさながらゾンビのようである。惨い。

 

「お前が容赦なさ過ぎて流石に引くわ」

「俺も同意見だ」

「何言ってるんだ。まだまだ攻めるぞ」

「「マジかよこいつ……」」

 

鬼道すらも付いて行けないゴールへの執着。ちなみに、連携技での得点込みで豪炎寺は前半8得点である。どれだけ点を取れば満足するのだこいつは。

 

「何か、思ってたよりも弱い……のか?」

「いや、豪炎寺や鬼道が強すぎるんじゃないか?よく分かんないけど」

 

豪炎寺と鬼道が殆どのボールをカットし、そのまま攻め上がっていく為、それ以外の皆は何もすることがなく、拍子抜けしてしまっている。俺もゴールを守っている意味があるのかは甚だ疑問である。

 

「鬼道、後半は───」

「………分かった」

 

豪炎寺が鬼道に何やら話しているが、まだ何か試すつもりなのか。貪欲というか何というか……。

 

「円堂、お前も上がってこい。キーパーなんぞこの点差ならいらん」

 

言ったよこいつ。俺が薄々思ってたけど言っちゃいかんと思ってたことを言いやがったよ。でも俺が上がって何するんだ。〈イナズマブレイク〉でもやるのか。ぶっつけ本番で成功させる自信無いんだけど。

 

「俺とファイアトルネードDDをやるぞ」

「ファイアトルネード使えねぇけど」

「何っ!?」

「何故そこで驚く!?」

 

俺が〈ファイアトルネード〉を使える訳ないだろうが。一度も練習したことないぞ。なんでできると思ったんだよ。

 

「練習中に何度も見てるだろ!?」

「それで習得できたら誰も苦労せんわ!!」

 

見ただけで必殺技が使えるようになってたまるか。あれ、でも原作の立向居も〈ゴッドハンド〉を映像で見ただけで覚えてたような……。もしかしてこの世界の天才は皆見ただけで技を習得できるのか。

 

「……円堂、何を考えてるかは知らんが多分違うと思うぞ」

「そ、そうだよな、ありがとう鬼道……」

 

危ない。何か間違った認識を持つところだった。

 

「くそっ、じゃあファイアトルネードDDは無理か……。仕方ない、イナズマブレイクをやろう」

「お前どんだけファイアトルネードDDやりたいんだよ……」

「だってカッコイイだろ」

 

そうかもしれんけど〈イナズマブレイク〉だってカッコイイだろ。元祖最強技だぞ。ロマンに溢れてるじゃないか。

 

「イナズマブレイクは鬼道が主体の技じゃん……」

「自分の技使いたいだけじゃねぇか」

 

あれか、自分主導じゃないと嫌なのか。どんだけ俺様思考なんだよ。

 

「とにかく円堂も上がってこい。無いと思うけどシュート打ってきたら壁山と風丸でなんとかしろ」

「「ええ……」」

 

突然名指しされた二人も困惑の声を上げる。流石に無茶苦茶じゃないのかと思い、監督に聞いてみたが、

 

「好きにしろ」

 

まさかのGOサインである。視界の端で豪炎寺が「言質はとった」などと呟いているが、まさか前半のあれで自重しているつもりだったのか。嘘やん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハーフタイムが終わり後半が始まる。正直、この点差で棄権したりしない千羽山には敬意を表する。後半も地獄が続くことは明らかだろうに。

 

「イグナイトスティール!!」

 

後半開始早々に豪炎寺がボールを奪い取る。何かさらっと新技使ったけど、それお前の技じゃないんだが。炎使ってる技なら何でも使っていいと思ってるんじゃないだろうなお前。

 

「来い円堂!」

「ああもう!なるようになれ!」

 

ゴールを飛び出し前線へと駆け上がる。豪炎寺は鬼道にボールを渡す。

 

「鬼道、やるぞ!」

「お前ら、俺が主導の技なのに何故、俺には一切確認を取らないんだ……」

「何ブツブツ言ってんだ!さっさとやれ!」

「ちょっと待て!まだ俺が上がってない!」

「理不尽な……」

 

俺が十分な位置まで上がったのを確認してから、鬼道がボールを蹴り上げる。闇の力が込められたボールが落雷に撃たれたかのように、稲妻を纏い急降下。そのボールを俺、豪炎寺、鬼道の三人が同時に蹴り込む。

 

「「「イナズマブレイク!!」」」

 

激しい稲妻を帯びたボールが、〈無限の壁〉を突き崩し、ゴールネットに突き刺さる。しかし、

 

「なんか……」

「うん……」

「はあ……」

 

成功したのは嬉しいが、今日既に十回見た光景に感動なんてものは微塵も湧かない。

 

「威力も思った程出てないな」

「お前の中で無限の壁を破れるのが最低条件みたいになってないか……?」

「イナズマブレイクの扱い、こんなのでよかったのか……?もっと相応しい場面があったんじゃ……」

 

何故か三人揃うとぐだぐだになる俺達だった。

 

 

その後も雷門、というか豪炎寺と鬼道の二人と、時々俺も加わった猛攻が続く。

 

「「ツインブーストF!!」」

 

原作で世宇子からゴールを奪った〈ファイアトルネード〉と〈ツインブースト〉の連携でゴールを奪う。

 

「「イナズマ1号!!」

「ダークトルネード!!」

 

新たな連携を編み出し、さらに追加点を奪う。

 

「爆熱ストーム!!」

 

まだ未完成の炎の魔神の一撃が、ゴールネットを揺らす。

 

「ラストリゾート!!」

 

放たれた未完の最終兵器が、ゴールに突き刺さる。

 

「グランドファイア!!」

 

何故か前半に打った時よりも威力が上昇した極大の炎が、ゴールネットを焼く。

 

 

そんな調子で点を取り続け、試合終了のホイッスルがなった時には、得点は25-0となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圧倒的な大差での敗北による屈辱か、それともこの地獄が終わりを告げたことへの安堵か。千羽山の選手達がフィールドに崩れ落ち、嗚咽を漏らす。

その姿を見て、今さら罪悪感が襲ってくる。途中からは攻撃参加することに抵抗を覚えなくなっていたが、どう考えてもやり過ぎである。観客も、あまりに一方的な惨劇に静まり返っている。当然、雷門メンバーも皆気まずそうな表情を浮かべている。そんな中、豪炎寺と鬼道の二人だけが他とは違った反応を見せる。

鬼道は帝国時代に似たような試合をした経験があることもあり、泣き崩れる選手達を一瞥しただけで無関心である。

そして、豪炎寺はというと。

 

満面の笑みを浮かべていた。

 

この試合に余程満足したのだろう。当たり前だ。この試合における豪炎寺の得点は、連携技を抜きにした単独でのゴールだけを見ても18点。連携技も含めれば25得点の内、23得点に絡んでいる。これで満足できなければお手上げというものだ。

 

単独のゴールだけでも二試合で20得点という頭のおかしい成績により、当然ながら他の一切の追随を許さず、ゴールランキングのトップを独走している。

 

 

ディフェンスに特化した千羽山でこれなら、どちらかというとオフェンスの方が優れている木戸川相手だとどんな結果になるのだろう。今から体の震えが止まらない。




おかしいな、こいつらを苦戦させる為に世宇子を強化したのに、まだ全然足りてない気がする。
作者は千羽山が嫌いな訳じゃないんやで……。
何も考えずに書いてたら、犠牲になっただけなんや……。


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正しい歴史


前話ではっちゃけ過ぎてどうするか考えまくった挙句、何故か変な方向に……。なんでこうなるんや……。


 

千羽山との試合を終え、残すは準決勝と決勝を残すのみ。別ブロックでは世宇子が二回戦を20-0の大差で勝利し、準決勝に駒を進めた。

………なんで主人公チームが、ラスボスよりも大差で勝ってるんだろうか。ネットとかで調べてみたが、あの千羽山との試合は相当話題になっているらしい。鬼道が雷門に移籍したことでも物議を醸していたが、それ以上に話題に上がっていたのが豪炎寺である。試合での圧倒的な活躍は人々に強烈な印象を残したらしい。調べれば、豪炎寺のことを指す二つ名みたいなのがわんさか出てくる。原作でも呼ばれてた炎のストライカーや、天才プレイヤー、伝説の再来、なんてのはまだいい方で中には、炎の怪物、灼熱の魔王、なんてものまである始末。本当にあいつはどこに向かっているのだろうか。

 

皆の感覚のズレは少しずつだが、修正されてきている。これなら準決勝までにはいつものプレーができるようになるだろう。だが、それとは別に問題が出てきた。

 

「くそっ……!!こんなんじゃ駄目だ!!」

 

染岡がシュート練習をしているが、ボールは枠を捉えず、ポストに当たって跳ね返される。あの試合から染岡の様子がおかしい。原因は十中八九豪炎寺だろう。豪炎寺の活躍を見て焦っているのだと思う。ベンチから鬼道や豪炎寺のプレーを観察すると言っていた染岡だが、あの試合は参考になるようなものじゃなかった。観察というよりはひたすらに見せつけられたと言った方が正しいのではないか。原作とは違い、最初から同じチームで、同じように努力し、同じ時間を過ごして来たはずだった。なのに、気づけば豪炎寺との間には大きな差ができていた。鬼道の加入もあり、自分のFWとしての価値に疑問を覚えてしまっているのかもしれない。

 

他にも、視線の先にはドリンクを渡そうとする音無と、それを無視して歩く鬼道の姿。

同じチームにいるんだから、勝手に和解するだろうと思っていたが、この分では進展は期待できなそうだ。一度、鬼道から事情を詳しく聞いた方がいいかもしれない。

別に俺が干渉するようなことではないと言われればその通りなのだが、同じチームにいる以上はどうしても二人の様子は目に入る。正直、いい加減鬱陶しくなってきた。俺に音無のことを頼んでくるぐらいなのだから、嫌いなんてことはないのだろうし、素直になれば上手くいくと思うんだけどな。

 

そんなことを思っていると、いつの間にか音無が座るベンチの横に誰かが立っていた。そういえば、木野と土門がアメリカから友達が来るから迎えに行くって言ってたな。ということはあいつが一之瀬なのか。

 

一之瀬一哉。木野と土門の幼馴染で、フィールドの魔術師と呼ばれた天才プレイヤー。アメリカで交通事故に遭い、サッカーが二度とできないと医師から診断されたことから、こんな自分の姿を見せたくないと、周囲には死んだことにしていた。しかし、サッカーを諦めきれず、厳しいリハビリを続け見事に復活を果たす。原作ではフットボールフロンティアの準決勝から雷門に加入し、そのままエイリア学園との戦いにも参加、世界への挑戦編ではアメリカ代表として、円堂達の前に立ちはだかった。

 

ボールがサイドラインを割り、一之瀬の足元に転がる。すると何を思ったかドリブルしてコートの中に入ってくる。そして戸惑う半田と栗松の二人をあっさりと抜き去った。

流石にいい動きだ。フットボールフロンティア編ではかなり上位の実力者だからな。

一之瀬はそのままゴール前で立ち止まり、ボールを両足で挟み込み、宙返りの要領で飛び上がる。空中でシュート体勢を取ると、一之瀬の背後には青いペガサスが出現する。

 

「ペガサスショット!!」

 

────お前もかよ!?

 

驚愕しながらも、反射的に体を捻り心臓に気を溜める。右手に気を送り、魔神を出現させ、シュートを迎え撃つ。

 

「マジン・ザ・ハンド!!」

 

しかし、技の威力が違いすぎる。魔神はあっさりと消し飛ばされ、ボールはゴールに突き刺さった。

 

「マジン・ザ・ハンドが……!?」

「あんなに簡単に破られるなんて……」

 

皆が驚愕の声を漏らすが、俺の頭の中は大混乱である。え、何で一之瀬がこの時期に〈ペガサスショット〉なんて使えるようになってんの。鬼道の話だと世宇子もめっちゃ強化されてるらしいし、この世界どうなってんだよ。この先の敵も皆強くなってるんじゃないだろうな、そんなバタフライエフェクト要らねえんだけど。

 

「良い技だね。アメリカの仲間にも見せてやりたいな」

「簡単に破っといてよく言うよ……。アメリカでサッカーやってんの?」

「うん。この間、ジュニアチームの代表候補に選ばれたんだ」

 

その辺は原作と変わりないんだな。なんで一之瀬は代表候補になれたんだろうとか思ったことあるけど、この一之瀬なら納得できるわ。

 

「聞いたことがある。将来アメリカ代表入りが確実だろうと評価されている天才日本人プレイヤーがいると」

「へえ、じゃあこの場には天才が三人もいる訳か」

「三人?」

「うちのチームにも、天才って呼ばれてる奴らがいてさ。一人はそこの鬼道と………あれ?」

 

豪炎寺の奴はどこに行ったんだ。そういえば今日は姿を見ていなかったな。

 

「なあ、誰か豪炎寺どこ行ったか知らないか?」

「豪炎寺さんなら、今日は用事があるって帰ったッスよ?」

「はあ?」

 

皆に聞いてみれば、壁山からそんな声が返ってくる。俺なんの連絡も受けてないんだが、そういうことは先に言っとけや、あの野郎。でも、用事ってなんだろう。今まで練習を休んだことなんてなかったのに。

 

「何してるの皆?」

「あ、木野、戻ってきたのか。今さ───」

 

いつの間にか帰って来たらしい木野がそう聞いてきたので、一之瀬が来ていることを教えようと思ったが、それよりも早く一之瀬が木野に抱きついた。………イケメンだから許される行動だな。俺が同じことをしたらぶっ飛ばされそう。

 

「お、お前!何を……!?……あっ」

 

木野の横に居た土門が声を荒らげるが、途中でそれが誰なのか気づいたらしい。

 

「久しぶりだね。俺だよ」

「一之瀬君……!!」

「ただいま、秋」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼馴染三人、積もる話もあるだろうとしばらくは三人だけにしてやることになった。ベンチに座って話し込む三人を見ながら俺は鬼道に尋ねる。

 

「なあ、鬼道。一之瀬は転生者なのかな?」

「何故そう思う?」

「だって本当なら、この時期にペガサスショットなんて覚えてるはずないじゃないか。だから一之瀬も俺達と同じなのかなって」

「ふむ………。俺は違うと思うがな」

「どうして?」

「もし、俺が一之瀬に転生若しくは憑依したとして、一番気にするのは交通事故だ。絶対にそれを回避しようとするはず」

「まあ、そうだな」

「だが、あいつは原作同様に事故に遭っているようだし、さっきの木野とのやり取りも原作そのままだった。あえて原作の通りに行動している可能性はなくはないが、それならペガサスショットを覚えているのは不自然だ。少なくとも、さっきの勝負で使う意味がない」

「うーん。なるほどな」

 

じゃあやっぱり転生者じゃないってことか。俺達が関わらなくてもインフレしてるのはなんでなんだろうか。

そんな疑問を鬼道にぶつけてみると、こんな答えが返ってきた。

 

「……俺の考えが合ってるかは分からんが、覚えてないはずの技を使えるようになっている、という認識がそもそも間違っているのかもしれない」

「どういうことだ?」

「円堂、お前が原作と呼ぶのはどのストーリーだ?」

「え?どのって………俗に言う無印のストーリーじゃないのか?FFIで優勝して、イナズマイレブンGOに繋がっていく」

「そうだな。別にその考えは俺も間違ってないと思う。だが、イナズマイレブンという作品の世界線はそれ一つだけじゃない。オーガが襲来したり、プロトコルオメガによる歴史介入が起きたり、エイリア学園事件が起こらず、アレスの天秤、オリオンの刻印へと分岐する世界線もある。なら、今俺達が生きるこの世界が、必ずしも原作、正史の世界線だとは限らない訳だ」

「俺達がいるから強くなったんじゃなくて、そもそも皆最初から強いパラレルワールドってことか?」

 

それは………考えたことなかったな。有り得ない話ではない、のかもしれない。鬼道が言うように、この世界が原作における正史の世界線であることを証明することはできない。

 

「それに、俺はプロトコルオメガの襲撃を受けたことがある」

「はあ!?」

 

いや、マジかよ。え、俺そんなのされてないけど。なんで鬼道だけ。

 

「だ、大丈夫だったのかよ……?」

「松風天馬とフェイ・ルーンが来なければどうなっていたかは分からんがな。時空の共鳴現象のおかげで化身を出せたのもあって、なんとか追い返せた」

「え、お前化身出したの?」

「それ以降は何度試しても無理だがな」

 

鬼道の化身ってどんなのだ。原作でも無かったし、想像つかないな。ってか天馬とフェイと会ってんのか。まあ、あの二人来なきゃどうにかなってないか。

 

「その時に奴らが言っていたんだ。お前達のようなイレギュラーは排除しなければならない、とな」

「で、でも俺は何もされてないぞ?」

「そう、お前"達"ということは俺の他にも居るということ。俺はお前も襲撃を受けたと思っていたが、そうでないのなら、お前は奴らのインタラプト修正の対象外だということになる。考えられるのは、お前の歴史へと与える影響が俺よりも低いと判断されたか、若しくは」

 

そこで言葉を切り、俺の目を見る鬼道。

 

「お前が円堂守に憑依するのが、この世界の正史であるのか、だ」

 

「えっ?」

 

「そもそも原作とは中身が違い、敵も強いこともあって、本来の歴史では俺や豪炎寺のようなイレギュラーが居らず、原作の円堂のような成果を残せないとしたら、奴らがお前を放置することにも納得がいく」

 

内容が衝撃的過ぎて頭に入ってこない。俺がこうなるのが、正しい歴史なのだとしたら、それは───

 

「ちょ、ちょっと待てよ鬼道。お前が言うことが正しいのだとしたら、じゃあ、この体に元々宿っていた円堂守はどうなるんだ!?最初から、俺のせいで消えることが正しい歴史だなんて、そんなの……!!」

 

そんなのあんまりではないか。なら、なんの為に、俺が憑依するまでの十年間、円堂守は生きてきたのだ。

 

「……お前だけが俺達三人の中で、成長が遅いことも、一人だけ時空の共鳴現象の影響を受けていないと考えれば、納得できないことはないんだ。ただし、事実を確かめる手段が無い以上、全ては机上の空論でしかない。そういう可能性もあるとだけ思っておけばいいさ」

「…………」

 

俺にそう言って練習に戻っていく鬼道。俺は何も言葉を返すことはできず、しばらくその場に呆然と立ち尽くすのだった。




思いつきで変な設定をつくることに定評のある作者。
ただし、それを活かせる保証はない。

何か疑問があっても深く考えてはいけない。頭を空っぽにして勢いで読むのだ。深くツッコまれたら作者も分からん。


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鉄塔広場の一幕


サブタイは思いつかなかったので適当。


 

「そこだ!」

「ッ!やるね!」

 

俺の視線の先では鬼道と一之瀬がボールを奪い合っている。両者全く譲らぬ互角の攻防。俺からすればどっちも異次元の世界だ。ついていける気がしない。あれから一之瀬も俺達の練習に参加して、一緒にボールを蹴っている。鬼道と勝負し始めてからは、お互いに熱中して周りは置いていかれてるけど。

 

俺は鬼道の話について考えていた。俺が円堂に憑依するのは、この世界の正史かもしれないということ。じゃあもし、本来の円堂の意識が残っていて、体を返そうとしたら、それも歴史を歪めることになるのか。それに、時空の共鳴現象だとか、そんなこと考えたことなかった。二人よりも弱いのは、俺の努力が足りないせいだと思っていた。でも、本当にそうなのか。豪炎寺の異常な成長速度は、そんなもので説明がつくものなのか。鬼道はプロトコルオメガに襲撃された時に化身を出したらしいが、時空の共鳴現象が今までずっと起きていたのなら、何故化身を扱えるようになっていない。帝国戦で俺はいきなり〈マジン・ザ・ハンド〉を覚えたが、時空の共鳴現象って本来あんな感じなんじゃないのか。長期間に渡ってずっと継続するようなものなのか。

 

「あーー!!分かんねぇーー!!」

 

ごちゃごちゃ考えてても埒があかない。悩むだけ無駄だこんなの。事実がどうであれ、俺はやれることを全力でやるだけだ。

 

「一之瀬ーー!!今度は俺とPK対決やろうぜ!!」

「うん!いいよ!」

 

とりあえず原作でもやってたみたいに、一之瀬と勝負してみたが、ボロ負けした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習後、俺は久しぶりに鉄塔広場へと足を運んでいた。昼間の鬼道の話は、考えてもしょうがないし、一度頭の片隅にでも置いておいて忘れようと思ったが、胸の中のもやもやしたようなあまり気分のよくない感情は簡単には消えてくれなかった。こういう時は今、目の前に広がるこの景色を眺めるのが一番だ。原作の円堂とは関係なしに、稲妻町を一望できるこの景色に心を奪われた。特に夕焼けは最高だ。見ているだけで、嫌なことを全部忘れさせてくれる。

 

「円堂君?」

「ん?」

 

名前を呼ばれて振り返る。するとそこには夏未の姿が。

 

「夏未?どうしたんだ、こんなところで」

「貴方こそ」

「俺は……ちょっとな。久しぶりにこの景色を見たくなって。お前は?」

「私も同じようなものよ」

 

そう言って俺の隣に来る夏未。訪れる沈黙。黙って二人で夕焼けの景色を眺める。

 

「ここ、俺のお気に入りの場所なんだ。この景色を見てると、嫌なこと全部忘れさせてくれる」

「あら、私もよ。小さい頃に両親とよく来た場所でね。この町で一番好きな場所なの」

「へえ。……そういえば、お前と初めて会ったのもここだったな」

 

夏未と初めて会った時のことを思い出す。あの日も、ここで夕日を眺めていたら、急に現れて喧嘩腰の偉そうな態度で出てけとか言うもんだから、すっげー口喧嘩になったんだよな。

 

「あの頃はお前、すごい刺々しかったよな。口を開けば嫌味ばっかりでよ」

「あら、貴方こそ、人のことを会う度に偉そうだの、口が悪いだの、色々と言ってくれたじゃない」

 

そんなに前の話じゃないのに、なんだか懐かしく感じるな。あの頃は夏未とこんな風に並んで話す日が来るとは思ってなかった。

 

「……円堂君、何かあった?」

「えっ?」

「嫌なことがあったから、ここに来たのではなくて?」

「……嫌なことっていうか、ちょっと悩みがあっただけだよ」

「それは私には言えないことかしら?誰かに話してみれば楽になるかもしれないわよ」

「……ごめん」

 

人に話せるような内容じゃないし、仮に言ったとしても理解されないだろう。これは俺の問題だ。

 

「そう……。無理に話せとは言わないわ。でもね円堂君」

 

俺と夏未の視線が絡み合う。強い意志を湛えるその瞳に、吸い込まれそうな錯覚を覚える。

 

「貴方は決して一人ではないわ。苦しい時は、周りに頼ることを忘れては駄目よ?」

「……ああ、分かってる」

 

自分を見失いそうな時に、こうして大事なことを再確認させてくれる人がいるってのは、幸せなことだよな。

 

「夏未が居てくれて、俺は幸せ者だな」

「なッ!?い、いきなり何を言い出すのよ!?」

「えっ?いや、日頃の感謝の気持ちをだな……」

 

顔を真っ赤に染めた夏未が、若干上目遣いになりながら俺のことを睨んでくる。こ、このアングルは、何か普段よりもくるものがあるような……。

多分、今俺の顔もかなり赤くなっているのだろう。

なにやら変な雰囲気になりかけたところで、

 

────ドォォォォン!!

 

「「……ッ!!」」

 

下の方から何やら凄い音が聞こえてきた。

 

「な、何だ?今の音……?」

「さ、さあ?下から聞こえたみたいだけど……」

 

気になり、鉄塔を降りてみると辺りには土煙が舞っていた。そしてそこに居たのは、

 

「痛え……」

「ご、豪炎寺君………?」

 

今日は用事があるとかで練習を休んでいた豪炎寺である。

 

「ん?円堂と……雷門?こんなところで何やってるんだ?」

「それはこっちの台詞だ。何やってるんだよお前」

「見て分からないか?」

「見てって………」

 

豪炎寺は背中に、俺が使っているものと同じようなタイヤを背負い、両腕と両足、それと胴にも何か巻き付けている。足元にはサッカーボール。

 

「もしかして……特訓か?こんなところでやってたのか……」

「お前は最近、ここ使ってないみたいだったからな。タイヤ、使わせてもらってる」

「それ、俺のタイヤかよ……」

 

よく見れば傷の付き方とか、何となく見覚えがあるような気がしなくもない。

 

「人の物を勝手に使うなよ……。今度、新しく貰ってきてやろうか?」

「よろしく頼む」

 

即答かよ……。少しは遠慮ってものがないのかこいつは……。

 

「それ、腕とか足に何つけてるんだ?」

「これか?重りだ」

「重り?」

「こういうのってやっぱ効果あるのかなって」

 

重りか……。そういえば、原作でもリトルギカントが20kgだったかの重りをつけて試合してたっけ。エイリア学園の使ってたボールも、相当重そうな描写があったし、この世界でもこういうトレーニングは一定の効果は期待できるのかもしれない。

 

「重さはどれくらいなんだ?」

「両足に付けてるのがそれぞれ20kgで、胴体と腕につけてるのが10kgだな」

「……お前なんで平然としていられるの?」

 

背負ってるタイヤの重さも考えると相当な重量だぞ。自分の体重よりも重いだろ。

 

「あとはこれだな」

 

そう言って豪炎寺が履いていたスパイクを脱いで手渡してくる。ただのスパイクに見えるけど、これがなんだって────

 

「重っ!?」

 

思わず落としそうになった。なんだこのスパイク。普通のと比べると馬鹿みたいに重いんだが。

 

「一足5kgの特注スパイクだ」

「このスパイク何でできてんだよ!?」

「知らん」

 

自分が使ってる物くらいどういう物か知っとけよ……。

エイリア学園のボールといい変なとこまで超次元だなこの世界。それとも俺が知らないだけでこのくらいの重さのスパイクは前世でもあったんだろうか。

 

「そのうち体壊すぞお前……」

「慣れればそれ程苦でもないぞ?」

「ええ……」

 

鬼道、やっぱり違うよ。時空の共鳴現象とか関係ないって。こいつに関してはただおかしいだけだよ絶対。

 

「それにしても……」

 

俺と夏未を見てニヤニヤと笑う豪炎寺。何だよ。

 

「デートの邪魔しちゃったかな?」

「なっ!?」

 

はぁ。何言い出すかと思えば……。デートって、そんな訳ないだろ。俺と夏未はそういう関係じゃないし。

 

「そんな──」

「違うわよ!!」

 

俺の言葉に被せるように食い気味に否定する夏未。恋愛感情持たれてるとは思ってないけど、そんなはっきり否定されるとちょっとショックだな……。

 

「そういうことだ。第一、俺と夏未じゃあ釣り合わないさ。そういう邪推は夏未に失礼だぞ」

「……馬鹿」

「えっ?」

 

何で俺罵倒されたの。何か変なこと言ったかな。

 

「私はこれで失礼するわ。二人とも、また明日ね」

 

そう言って足早に去っていく夏未。何なんだよ……。

 

「俺に色々言ってくるくせに、お前はそういうとこ鈍いよなぁ」

「……何が?」

「……駄目だこりゃ」

 

何が言いたいんだよ。はっきり言ってくれないと分からないじゃないか。っとそうだ。

 

「豪炎寺、今日一之瀬が来たぞ」

「一之瀬?……ああ、そういえばそんな時期か。でもこの時期の一之瀬って合体技抜きだと大したことないんじゃないか?」

「それがもうペガサスショットを使えるようになってるんだよ。鬼道とも互角にやり合ってた」

「マジか!?」

 

豪炎寺に一之瀬のことを伝えると、珍しく驚いている。こいつからしても相当意外だったみたいだな。それとこいつには一つ聞きたいことがある。

 

「豪炎寺」

「ん?」

「お前、プロトコルオメガに襲撃されたことあるか?」

 

こいつが過去にプロトコルオメガに接触されたことがあるのなら、鬼道の話の信憑性が高まる。鬼道がイレギュラーなら、それは間違いなくこいつにも当て嵌るだろうからな。

 

「プロトコル、オメガ?何だっけそれ」

「……本当に知らないのか?」

「知らないっつうか、聞き覚えはあるけどよく思い出せないな。そのプロトコル何とかがどうかしたのか?」

 

こいつの性格から考えても、知らないフリをしているとは考えにくい。なら、本当にプロトコルオメガの襲撃は受けていないのか。こいつはイレギュラーだとみなされていないということなのか。

 

「知らないなら別にいいんだ」

「そうか?そんなことより、俺も一之瀬と勝負してみたいな。明日も多分来るよな?」

「明日の予定とか聞いてないから分からんけど、多分来るんじゃないか?トライペガサスの特訓とかしてないし」

「よし!」

 

一之瀬との勝負に目を輝かせる豪炎寺。強い奴と戦うのがそんなに楽しみなのか。やっぱり脳筋だろこいつ。

 

 

次の日、グラウンドでいくら待っても一之瀬は姿を見せず、夕方になった。

 

「来なかったじゃないか、円堂」

「あっれぇ?おかしいな……」

 

と、木野の姿が見えたので一之瀬のことを聞いてみる。

 

「木野、一之瀬は今日来なかったけど、何か予定でもあったのか?」

「一之瀬君?今日の便でアメリカに帰ったわよ?」

「えっ」

 

帰った、だと……。わざわざ日本まで来て一日で帰っただと……。

フットワークが軽すぎるだろ。いや待て、それより帰ったってことは雷門に一之瀬が加入しないってことだよな。それって不味くないか。フットボールフロンティアはともかく、エイリア編であいつが居ないとどっかで詰むんじゃ……。

 

 

勘弁してくれよ……。こんなバタフライエフェクト要らねえんだって……。

 




《悲報》 一之瀬、アメリカに送り返される。
雷門のインフレをこれ以上進める訳にはいかないからね。しょうがないね、うん。

真面目な話を続けることに耐えられなくなったら、豪炎寺の出番だ。
こいつは作者の中で何をさせてもいいキャラなので、真面目な空気をぶち壊したい時に重宝します。


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豪炎寺vsトライアングルZ

展開が思いつかなかった為に少し遅くなりました。


あの後、豪炎寺から何でいつ帰るのか確認しなかったのかとしつこく責められたが、そんなこと言われても一日で帰るとは思わんだろ。何しに来たんだよあいつ。マジで木野に顔だけ見せに来たのか。顔だけ見せて満足したのか。

 

と、いつまでも一之瀬のことばかり考えていても仕方ない。何を言ってもアメリカから戻っては来ないんだから。次の準決勝、木戸川清修との試合のことでも考えよう。とは言っても豪炎寺と鬼道が点を取る、俺が〈マジン・ザ・ハンド〉でゴールを守る。それ以外に言うことは無い。何も考えなくてもそれだけであっさりと勝てそうだから困る。

木戸川で脅威となるのは武方三兄弟の〈トライアングルZ〉くらいだ。ディフェンスでは西垣がいるが、豪炎寺と鬼道の攻撃を止めるのは無理だろう。他に考えられるとすればアニメでは登場しなかった〈ブーストグライダー〉や〈ハリケーンアロー〉か。共に強力な必殺技だが、三人技であるために発動時の隙も大きいはずだ。攻略は不可能ではない。

そんな考えを抱きつつ、豪炎寺と木戸川の因縁もない為、何事もなく準決勝当日を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼道!俺達はお前に勝つ!」

「パワーアップした僕達武方三兄弟の力」

「見せてやる!」

 

豪炎寺との因縁はなくとも、別の関わりはあったらしい。試合前のアップをしていると木戸川の三兄弟に絡まれた。どうやら鬼道に宣戦布告に来たらしい。去年の木戸川は豪炎寺がいなかったから、武方三兄弟がFWとして試合に出続けていた。そして決勝で鬼道率いる帝国学園に完敗した訳だが、その経緯から原作での豪炎寺への対抗心が鬼道へと移り代わっているような状態らしい。

 

「残念ながら俺は今日は試合には出んぞ。というかお前らは誰だ」

「「「何ィ!?」」」

 

だが、鬼道の記憶には三兄弟のことなど欠片も残っていなかったらしい。少し同情する。というか

 

「え、お前今日出ないの?初耳なんだけど」

「俺の目的は世宇子だけだ。この試合に出る必要性を感じない。俺はあそこにいる人間かどうかあやしいような奴とは違うからな、万全の状態で世宇子に挑む為にも無理はしたくない」

 

豪炎寺のことを見ながらそう言う鬼道。そういえばまだ足は万全の状態まで回復していないんだったか。それなら仕方ないか。

 

「俺達のことを忘れただと!」

「それに試合にも出ない!?」

「僕達のことを舐めてるんですか!」

 

お前ら一人で喋れないのかよ。さっきから何で三人で順番に喋るんだ。

 

「文句があるなら引きずり出してみるんだな。お前達にそれができるとは思えんが」

「何だと!?」

「調子に乗るなよ!」

「その言葉、後悔させてあげましょう!」

 

というやりとりの後、武方三兄弟はアップに戻った訳だが、

 

「お前……あんまり相手を挑発するなよ。頭に血が上ると何するか分からないような奴だって世の中にはいるんだから」

「俺がいつ挑発をした。ただ事実を言っただけだ」

「無自覚かい。タチ悪っ」

 

こいつも豪炎寺とは違う意味でズレてるとこあるよな。原作の鬼道と比べても口悪いし、無自覚に毒を吐く時があるし。

 

ちなみに三兄弟が絡みに来ている一方で、土門と西垣が再会を果たし盛り上がっていた。西垣といえば〈スピニングカット〉だけど、パクられ過ぎてこの世界だと皆に誰の技かと聞いたら鬼道という答えが返ってくるんだろうな。何故か申し訳なくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日のスタメンだが……」

 

どこか疲れたような顔をした監督から、今日のスタメンが発表される。俺の横にいる豪炎寺が満足気に頷いている辺りに監督が疲れている理由があるような気がしてならない。

 

「豪炎寺をDFに、風丸がFWで出てもらう」

『えっ?』

 

監督の言葉に皆戸惑っている。そんな試みをしたことは一度もないはずだが、どういう意図があるのだろうか。

 

「豪炎寺の強い希望でな……」

 

ああ、豪炎寺が満足気なのはそういう……。監督は豪炎寺に押し切られた訳か。しかし

 

「お前何考えてんだよ?お前のことだからこの試合もハットトリック決めるつもりでいるもんだとばかり俺は思ってたんだが」

「もちろんそれはするつもりだが?」

「ん?」

 

こいつ今日DFで出るんじゃなかったか。もしかしてリベロでもやるつもりなのか。

 

「ディフェンスラインからでも点は取れるだろう」

「ええ……」

 

まさか味方ゴール前からのシュートで3点以上取るつもりなのかよ……。

 

「でも何でDF何だよ?FWじゃ駄目な理由でもあるのか?」

 

すると豪炎寺は俺にだけ聞こえるように小声で耳打ちしてくる。

 

「どうせならトライアングルZと勝負したいなって思ってさ。無印一期では最強格のシュート技の一つだ。どれほどのものか興味があってな」

「勝負ってどうするつもりだよ。シュートを受け止めるのはキーパーの俺だぞ?」

「ダイレクトで相手ゴールに打ち返す」

「ええ……」

 

さっきの話と合わせて考えると〈トライアングルZ〉を最低でも三度以上打ち返して得点するつもりなのかこいつ。鬼か。また相手の心を折るつもりかよ。

 

「できるかは分からんが、この為に新技も開発したからな。まあ、任せてみてくれよ」

「また何か習得したのか?マジでどうやってんだよ……」

 

思い立ってから技を覚えるまでが速過ぎる。こいつだけ時間の流れが違うんじゃないかとすら思える。

 

 

そんな訳で今日の雷門のフォーメーションはセンターバックのポジションに豪炎寺と壁山。サイドバックに栗松と土門。MFは右から少林、マックス、半田、宍戸。FWは染岡と風丸のツートップだ。染岡のワントップにしなかったのは、単純に一度も使ったことがないので、普段のフォーメーションの方がいいだろうと判断した為だ。風丸がFWなのはスピードを活かした突破力と〈トリプルブースト〉や〈炎の風見鶏〉といった強力なシュート技を持つ点を買われたから。あれ、DFよりもFWの方がしっくりくるような……。気のせいかな……。

 

 

両チームがポジションにつき、もうすぐ試合が始まる。

 

「はあ!?豪炎寺がDFだと!?」

「ありえないだろ、みたいな!?」

「僕達を舐めるのもいい加減にして欲しいですね!!」

 

恐らく千羽山との試合を見て豪炎寺を要注意人物としてマークしていたのだろう。DFのポジションについた豪炎寺を見て武方三兄弟が怒ってるが、別に舐めてる訳じゃないんだけどな。というか多分この試合も豪炎寺が暴れるだろうから、その怒りを試合が終わるまで維持し続けられるといいんだが……。あれ、何で俺は敵の心配をしてるんだ。

 

 

 

木戸川ボールでキックオフ。武方三兄弟がパスを回し攻め込んで来る。流石は三つ子というべきか。三兄弟の連携は完璧だ。

雷門ディフェンス陣にボールを渡さず、中盤を突破される。勝がボールを上空に蹴り上げ、そのボールに向かって努が跳躍する。〈ファイアトルネード〉や〈ダークトルネード〉と似通ったモーションで回転し、青い炎を纏う。

 

「これがダークトルネードを超える俺達の必殺技!バックトルネード!!」

 

青い炎を纏った足でボールを踵落としで打ち出す。身構える俺だが、シュートコースには豪炎寺が待ち構えている。

 

「俺が勝負したいのはこれじゃない!!」

「「「何ィ!?」」」

 

何故かキレ気味で、必殺技すら使わず左足で〈バックトルネード〉を蹴り返した。いや、どんなキック力してんだよ。

 

豪炎寺が蹴り返したボールはマックスが押さえた。そのまま一人躱して染岡へとパスを繋ぐ。

 

「俺が決めてやる!ドラゴンクラッシュ!!」

 

体を捻り青い竜を出現させ、染岡がシュートを放つ。これに対して木戸川のキーパー軟山は右拳に青い気を纏わせ、パンチングで対抗する。

 

「カウンターストライク!!」

 

〈ドラゴンクラッシュ〉を完璧に跳ね返し、ボールは一直線に武方三兄弟の元へ。その名の通り、一瞬で木戸川のカウンターとなる。

 

「ちょっと早いが見せてやる!」

「今度はさっきみたいにはいかないぜ!」

「僕達が編み出した最強のシュート!」

 

三兄弟が再び攻め込んで来る。これは〈トライアングルZ〉を打ってくるのか。

 

「そうだ!さあ、打ってこい!」

「いや、打ってこいじゃねぇ!仮にもDFならフリーでシュートを打たせようとするなよ!」

 

豪炎寺に文句を言うが、無視される。この野郎……。

 

三兄弟はそのままシュート体勢。勝がボールを蹴り出し、努がそのボールを空中へと蹴り上げる。そのボールを勝を踏み台に跳躍した友がボレーシュート。シュートを打った後は、トライアングルに見立てた決めポーズをとる。

 

「「「トライアングルZ!!」」」

 

一見ふざけているようにも思えるが、その威力は本物だ。帝国の〈皇帝ペンギン2号〉にも劣らぬ威力を持つだろうシュートが雷門ゴールへ向かう。

 

「そうだ!これを待っていた!」

 

しかし、シュートコースには豪炎寺が待ち受ける。さあ、どうするんだ。試合前に言っていた新しい技を使うのか。

 

豪炎寺はその場で跳躍し、空中で前方へと一回転。すると豪炎寺の左足から魔法陣と、燃え盛る炎を連想させる赤い刀身を持つ剣が出現する。迫り来るシュートに向かってその左足を振り下ろす。

 

「エクスカリバー!!」

 

────いや、それはお前が使っちゃ駄目だろう!?

 

驚愕に目を見開く俺をよそに、豪炎寺は〈トライアングルZ〉を完璧に打ち返し、〈エクスカリバー〉の距離があればある程に威力を増すその特性を最大限に発揮できるゴール前から放たれ、〈トライアングルZ〉の威力も合わさったそのシュートは木戸川のキーパー軟山に対処できるような威力ではなく、その体ごとゴールへと突き刺さった。

 




《悲報》 エドガー 技をパクられる。


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雷門の点取り屋


豪炎寺のエクスカリバーですが、感想欄のコメントを採用してレーヴァテインに改名します。
名前変えるか迷ってたけどいい名前が思いつかなかったから助かる。
作者のネーミングセンスの無さを読者が補う。完璧だな。


 

一瞬の出来事に両チーム共、何が起きたかを直ぐには理解できなかった。一番早く現実を認識したのは〈トライアングルZ〉を打ち返された張本人である武方三兄弟。

 

「そ、そんな……!?」

「ありえない……!!」

「俺達のトライアングルZが……!?」

 

自分達の必殺技に絶対の自信を持っていたからこそ、動揺も大きい。防がれただけならまだ理解できる。だが、直接打ち返されたという事実が理解を拒む。

他の選手達も何が起きたかを理解し、驚愕する者、慄く者、闘志を燃やす者、それぞれの反応を見せる。

 

「うーん?思ったより手応えがなかったな?」

 

腕を組み、頭を捻る豪炎寺の背後にゆっくりと歩み寄り、思いっきり頭を叩く。スパーンと小気味いい音を立て、豪炎寺が前のめりによろめく。

 

「いってぇ!?何すんだよ円堂!?」

「お前は一度、自重というものを学ぶべきだ。何を考えたらエクスカリバーを覚えようと思うんだ」

「シュートをシュートで打ち返すって考えた時、最初に浮かんだのがエクスカリバーとホワイトハリケーンだったんだからしょうがないだろ。エクスカリバーの方が簡単そうだったんだよ」

 

比べる対象がおかし過ぎるんだが、こいつの頭はどうなっとるんだ。というか簡単そうだからで技を覚えるんじゃない。

 

「エクスカリバーは流石に不味いだろ……。他に何かなかったのか……」

「そんなに駄目か?うーん。………よし、なら名前を変えよう。レーヴァテインってのはどうだ」

「いや、そういう問題じゃ……」

 

待てよ、〈ファイアトルネード〉や〈ダークトルネード〉が別の技として成立してるんなら、こいつの〈エクスカリバー〉はエドガーのものとは明らかに別物だから、名前さえ同じじゃなければ似てるだけの違う技と言い張れるかもしれん。

 

「レーヴァテインって北欧神話のスルトの剣……だったか?………いいんじゃないか、うん」

 

こいつの技は〈レーヴァテイン〉であって〈エクスカリバー〉ではない。誰が何と言おうと違うのだ。うん、そういうことにしておこう。

 

 

 

木戸川ボールで試合再開。武方三兄弟が攻め込んで来るが、動揺からか隙が伺える。

 

「そこだ!」

「っ!?しまった!」

 

今日はFWに入っている風丸が勝からスライディングでボールを奪う。本来はDFの風丸が前線にいることで、より高い位置でボールを奪いやすくなっている。この布陣の利点だな。

 

「染岡!」

「おう!」

 

ボールは風丸から染岡へ。そのままドリブルで木戸川陣内へと切り込む。

 

「俺が……!!俺だってゴールを決めるんだ!!」

「染岡!こっちだ!」

 

半田がパスを要求するが、染岡は自分で持ち込もうとする。不味い、少しボールを持ち過ぎだ。染岡が一人で前に出過ぎてる。

 

「スピニングカットV3!!」

「何っ……ぐぁっ!!」

 

西垣が染岡からボールを奪い取る。V3か、流石に本家本元だけはある。木戸川がパスを回し、中盤の競り合いへと移行する。

 

「クイックドロウ!!」

 

しばらく中盤で膠着状態へと陥っていたが、ここでマックスが抜け出た。風丸へとボールが渡り、〈疾風ダッシュ〉で相手DFを躱してそのままシュートを放つ。しかし、ゴール左隅を狙ったシュートはキーパー軟山にパンチングで弾かれ、ボールはラインを割る。雷門のコーナーキックだ。

流石に単独のシュート技を持たない風丸ではゴールを奪えないか。前線の守備力は上がっているが、やはり得点力は落ちているな。加えて染岡の動きがおかしい。焦りからか、いつものプレーができていない。

こうなってくると豪炎寺が自陣のゴール前にいるのは痛いな。こいつがFWなら簡単に点取ってくれそうだが。というかこいつさっきからゴール前から一歩も動いてないんだが、この位置から動かないつもりなのか。

 

「豪炎寺、DFだからって攻めちゃ駄目な訳じゃないんだぞ?セットプレーだし、上がったらどうだ?」

「いや、そうするとカウンターに対応できない可能性がある。俺は今日はここで相手のシュートを全て打ち返す」

「いや、俺がいるからな?お前いなくてもそんな簡単に点取られるつもりないからな?それにトライアングルZを打ち返すって言ってたのに、いつの間にか増えてないか」

「物足りなかったから、他のシュートでも打ち返す練習がしたい」

「そんな練習お前しかやらないし、試合中にやるものでもねぇよ……」

 

だいたい〈トライアングルZ〉で駄目なら他のシュートはもっと物足りないんじゃないのか。もう世宇子の〈ゴッドノウズ〉ぐらいしか〈トライアングルZ〉より威力の高い技は無いぞ。少なくともこの大会では。

 

そうこう言っているうちに半田がコーナーキックを蹴る。ゴール前の混戦を避け、ボールはやや後方に控えていた少林の元へ。

 

「クンフーヘッド!!」

 

帝国戦以来の少林の必殺シュート。ゴール前の選手達がブラインドになり、キーパーはこのシュートに反応できていない。

 

「スピニングカットV3!!」

 

だが、このシュートを西垣がブロック。さっきからいい動きをしている。原作では〈スピニングカット〉と二期の闇堕ちくらいしか印象に残っていないが、もしかしたら今大会のナンバーワンDFはこいつなのかもしれない。そうなってくると何故、一之瀬と西垣は強化されてるのに土門は据え置きなんだ。帝国のサッカー部がよほど肌に合わなかったんだろうか。

 

とか思ってたら土門が武方三兄弟へのパスをカットした。ボールを奪おうと迫る武方三兄弟を避け、サイドの栗松へパスを出す。栗松は素早く縦にボールを繋ぐ。栗松からのパスを受け取った宍戸が持ち込もうするものの、そこは西垣の守備範囲。あっさりとボールを奪われる。

さっきから攻撃の殆どを西垣に潰されている。まさかこいつにここまで苦戦させられるとは。

 

西垣から努へパスが繋がる。友とのワンツーパスで壁山を抜き去り、雷門ゴールに迫る。だが、ここで豪炎寺が動く。

 

「イグナイトスティール!!」

 

ゴール前からは動かないという自らの宣言を破り、努からボールを奪い去る。もう当然のように〈イグナイトスティール〉を使うんだな……。

そして何を思ったか、西垣へ向かって突っ込んでいく。

 

「何ッ!?」

「さあ、勝負だ!」

 

どうやら西垣の実力を見て、勝負の対象が移ったらしい。強い奴を見つけたら、すぐさま勝負を吹っ掛けに行く。戦闘狂か何かなのかあいつは……。

 

「舐めるな!!スピニングカットV3!!」

 

真正面から自分に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる相手に、必殺技を使わない理由など無い。衝撃波の壁が豪炎寺の行く手を阻む。しかし、豪炎寺も黙ってボールを奪われるようなことはしない。炎を纏い、当然のように〈スピニングカット〉を突破する。驚く西垣だが、直ぐに冷静さを取り戻し、炎に巻かれぬように一定の距離を保ちつつ豪炎寺の突破を許さない。まさか豪炎寺が攻めあぐねているのか。

西垣を引き摺るようにして木戸川陣内へと入り込む豪炎寺だったが、少し時間を掛け過ぎたか、女川、光宗の二人のDFが西垣に加勢。三人で豪炎寺の周囲を旋回し始める。これは〈ハリケーンアロー〉か。あれは無印世界編まで高威力を保ち続けた最強クラスのディフェンス技。豪炎寺でもまともに受けたら不味いんじゃ……。

だが、俺の心配とは裏腹に豪炎寺は口元に笑みを浮かべる。

 

「染岡!」

 

自分にDF三人を引き付け、ゴール前の守備を薄くしての染岡へのラストパス。豪炎寺の狙いはこれだったのか。

 

「いけ、染岡!お前がゴールを決めるんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豪炎寺は凄いやつだ。そんなことはずっと前から分かっていた。同じように練習して、一緒に頑張っているはずなのに、いつだってあいつは俺の前を走っていた。ずっと、その背中に追いつきたくて、手を伸ばし続けてきた。でも、すぐ前を走っていたはずのその背中は、気づけば遥か遠くを走っている。それが、どうしようもなく悔しかった。豪炎寺のことを勝手に、雷門でツートップを組む相棒だと思っていた。鬼道が入って来て、そのポジションまで奪われるのではないかという不安に駆られた。そして、それを心のどこかで仕方ないことだと受け入れようとしている自分がいた。なのに

 

「いけ、染岡!お前がゴールを決めるんだ!」

 

お前は俺にボールを送るのか。自分で突破して、そのままシュートを決めることだって、お前なら簡単なはずなのに、俺にパスを送ってくれるのか。

豪炎寺のパスをトラップする。俺だって馬鹿じゃない。このパスに込められた想いに、気づけないはずがない。信じてくれている。自分よりも遥かに劣っている俺を、それでも、俺が必ずシュートを決めると。

俺は、豪炎寺の相棒だ。なら、その相棒が、俺を信じて出したラストパスを決められなくてどうする。

豪炎寺がDFを引き付けてくれたおかげで、今俺の前にいるのはキーパーだけだ。後はシュートを打つだけ。だが、〈ドラゴンクラッシュ〉は止められてしまう。ならどうする。決まっている。豪炎寺が日々進化し続けるように、この瞬間、俺も今までの自分を超えればいい。イメージするのは、帝国戦でゴールを奪ったあのシュート。あの時は、皆の力があったからゴールを奪えた。だが、今は一人。それでも不安はない。自分を信じろ。今まで積み重ねてきた努力は、必ずそれに応えてくれる。

ボールを空中へと蹴り上げれば、それを追うようにして逞しき翼を携えた青い翼竜が姿を現す。空中のボールに気を送り込み、共に急降下。青白く光り輝くボールを、渾身の力で蹴り込む。

これが俺の─────

 

「ワイバーンクラッシュだあああ!!!!」

 

放たれたシュートはワイバーンと共に、木戸川ゴールへと唸りを上げ襲い掛かる。軟山の繰り出した〈カウンターストライク〉を完璧に打ち破り、ボールは木戸川ゴールへと吸い込まれた。




まさか豪炎寺無双以外の展開がこの試合で生まれるとは思っていなかった。
完全オリジナルの試合展開は文字数がなかなか増やしづらくて困る。もっと豊かな発想力が欲しい。


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天穿つ炎


豪 炎 寺 の タ ー ン


 

シュートを決めた染岡が豪炎寺に向かって拳を突き出す。豪炎寺もそれに応える。

染岡のこと、心配してたけど俺の取り越し苦労だったみたいだな。なんだかんだ言ってやっぱりいいコンビだよ、あの二人は。

 

「今の、狙ってたのか?」

 

ゴール前に戻って来た豪炎寺に話し掛ける。

 

「染岡にラストパスを送ったのはそうだな。本当なら西垣も躱すつもりだったんだが、思ったよりやるよあいつ」

 

西垣を抜かなかったのはわざとじゃなかったのか。こいつでも抜けないとなると本格的に策を考えた方がいいかもしれない。二点差だが、サッカーでは危険とよく言われる点差だ。気は抜けない。

 

「だが、心配はいらない」

「でも、さっきは抜けなかったんだろ?」

「さっきはな。だが、一つ閃いた。今度はぶち抜く」

「また何かやるつもりかよ……」

 

頼むから思いつきで技覚えるのやめてくれないかな……。俺や鬼道の立場がないんだが……。

まあ、こいつのおかげで染岡も立ち直ったし、多少のことは許容するか。

 

「染岡も吹っ切れたみたいで安心したよ。ワイバーンクラッシュを使えるようになってるって知ってたのか?」

「いや?覚えたのは今じゃないか?」

「えっ?じゃあなんで……」

「………あいつの様子が最近おかしいのは気づいていた。原因が俺にあるだろうことも」

「え、お前気づいてたの?自分のことしか眼中に無いのかとばかり……」

「……お前の俺に対する認識は置いておくとして、染岡に足りなかったのは自信だ。どんなことがあってもブレずに自分を貫き通す強い意志。心の持ちよう次第で人はどんな風にだってなれる。今のゴールで少しは自信を持てただろうさ」

 

何だろう、言ってしまえばただの精神論でしかないはずなんだが、こいつが言うと物凄く説得力があるように聞こえる。

 

 

それ以降は染岡に西垣がマンマークにつき、雷門は何度も攻め込むものの、チャンスを活かしきれず追加点は奪えない。一方、木戸川清修も武方三兄弟を中心とした連携で雷門ゴールに迫るが、ゴール前に立ちはだかる豪炎寺を警戒してシュートまでは持ち込めず、試合は膠着状態へと陥る。

後半に入っても試合は動かず、両チーム共にゴールを奪えないままロスタイムを迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────それにしても、千羽山の時と比べて随分とロースコアになったものだ。

 

正直に言うとこの試合も結構な得点差がつくのではと危惧していたが、豪炎寺がゴール前から離れないのもあり、予想以上に良い試合になっている。

だが、この男がこのまま何事もなく試合が終わるのを良しとするはずもない。

 

「……円堂、ゴールは任せるぞ」

 

俺の返答を聞かぬまま、豪炎寺がゴール前を離れ前線へと駆け上がっていく。まあ、あいつからしたらよく我慢した方だな。

 

「ちょっ、チャンスッしょっ!!」

「あいつさえいなければ……!!」

「今度こそ決める!!」

 

それを見た武方三兄弟がゴール前へとなだれ込んで来る。豪炎寺がいなければ簡単にゴールを奪えるとでも思っているのか。随分と舐められたものだ。

武方三兄弟へとボールが渡り、〈トライアングルZ〉の体勢に入る。勝から努、努から友へとボールが繋がる。友がボレーシュートを放ち、決めポーズを取る。

 

「「「トライアングルZ!!」」」

 

迫り来るシュートの威力は俺が今まで受けてきた中でも上位にくい込んでくる程だ。豪炎寺の奴はよくこんなものを蹴り返せるものだ。

だが、強くなっているのは豪炎寺だけじゃない。成長速度では適わないが、それでも俺だって努力してるんだ。

 

精神を集中させ、心臓に気を集める。今までは体を捻って気を溜めていたが、もうその必要もない。集めた気が球状の塊となって胸から飛び出す。そのまま俺の体の周りを旋回した後、右手に宿る。右手を突き上げれば今まで通り、否、さらに圧力を増した魔神が現れる。

 

「マジン・ザ・ハンド……改!!」

 

進化した魔神の右手が〈トライアングルZ〉を完璧に受け止め、ボールは俺の右手に収まる。

 

「何ィ!?」

「そ、そんな……」

「こいつにまで……」

 

豪炎寺に続き、俺にも〈トライアングルZ〉を防がれた武方三兄弟が崩れ落ちる。

前線へと走る豪炎寺とアイコンタクトを交わす。

 

────こい、円堂。

 

────ちゃんと決めろよ?豪炎寺。

 

「いっけえええ!!!」

 

右腕を振りかぶり、豪炎寺目掛けて思いっきりボールを投げる。俺のロングスローは狙い通りに豪炎寺の元へ。

残り時間がもう無い中、豪炎寺からボールを奪おうと木戸川のMF陣が三方向から襲い掛かる。それを見た豪炎寺は全身から炎を迸らせ、右腕を振るう。すると、燃え盛る炎がまるで意思を持つかのように独りでに蠢き、木戸川の選手達を飲み込み、吹き飛ばしていく。

何あれ……。必殺技……じゃないよな。とうとう技関係なしに炎を操るのがデフォルトになったのかあいつ。どういうことだよ。

 

「俺が止める!!」

 

中盤を突破し、炎を纏ったまま木戸川陣内を突き進む豪炎寺に西垣が向かっていく。

豪炎寺はその場で立ち止まり、左手を眼前にかざす。豪炎寺の纏う炎が勢いを増し、そこに向かって集中していく。燃え盛る炎の中から何かを掴むような仕草をした後、左手を天に掲げる。その手に握られているのは巨大な炎の大剣。それを腰だめに構え、すれ違いざまに振り抜く。

 

「巨人の剣!!」

 

炎の斬撃によって西垣を吹き飛ばし、二度目の勝負は豪炎寺に軍配が上がった。

 

今度は〈王の剣〉の火属性バージョンですか……。技名は前半の〈レーヴァテイン〉と関連付けたのかな。まあ、元ネタ的には同じ剣なんだし使えてもおかしくない………いや、おかしいわ。危ない、感覚が麻痺してきている。さも当然のように使うもんだから、あいつが正しいのかと思いそうになる。というかもうシュート技ですらないんだが、なんでもありだな、おい。

 

遂にゴール前まで到達した豪炎寺。しかし、木戸川の残りのDF三人が豪炎寺の周囲を取り囲み旋回し始める。あれは〈ハリケーンアロー〉か。前半では不発だったが、強力な必殺技であることは間違いない。たとえ豪炎寺であってもまともに受ければ恐らくボールを奪われてしまうだろう。だというのに

 

「何やってる!?豪炎寺!!」

 

豪炎寺は動かない。その場で立ち止まり、左足でボールを踏みつけ、キープしたまま、不敵な笑みを浮かべている。いったい何を考えているんだあいつ。〈ハリケーンアロー〉が発動する。砂塵が巻き上がり、竜巻に豪炎寺が囚われる。

 

「豪炎寺!!」

 

思わず叫んだ俺だったが、次の瞬間、〈ハリケーンアロー〉によって発生した竜巻を炎が飲み込んだ。

 

「えっ?」

 

燃え盛る巨大な炎の竜巻が、豪炎寺に襲い掛かろうとしていたDF三人を吹き飛ばす。〈ハリケーンアロー〉の竜巻を逆に利用したのか。炎の竜巻ということは〈爆熱スクリュー〉か。いや、だがこれは……。

 

かつての帝国戦での豪炎寺の〈爆熱スクリュー〉を思い出す。あの時と比べて、〈ハリケーンアロー〉を利用したことを踏まえても……。

 

「でかすぎないか……?」

 

炎の竜巻は、さらにその大きさと激しさを増し、天を衝く灼熱の嵐の誇る熱量は、フィールドの反対側である雷門ゴール前まで伝わってくる程だ。気のせいか、竜巻の上空の天候すらも、雲を巻き込み変動しているような────。

 

────待て、天候……?まさか……!?

 

フィールドには熱風が吹き荒れ、そのあまりの熱量に誰も近づくことすらできない。

そして遥か上空、竜巻のさらに上方に豪炎寺がボールと共に姿を現す。

 

「はああッ……!!」

 

豪炎寺が咆哮と共にボールに気合いを込めると、天を衝く灼熱の嵐がボールにみるみるうちに凝縮されていく。見ているだけでも凄まじいエネルギーが込められているのが分かる。

 

「スカーレット………ハリケェェェンッ!!」

 

豪炎寺の左足によって解き放たれた灼熱の嵐が、フィールドに吹き荒れる。巨大な炎の竜巻と化してゴールに襲い掛かるその光景を前に、木戸川のキーパー軟山はゴールの守備を放棄して逃げ出した。しかし、誰が彼を責められようか。人は決して天災に抗うことなど出来はしないのだから。

 

そして、無人のゴールを竜巻が飲み込み、灼熱の炎がゴールネットを焼き尽くす。

 

一瞬の静寂の後、我に返った審判の笛が吹かれ、雷門対木戸川清修の試合は幕を閉じた。

 




この先どうなろうが知ったこっちゃねぇ(震え声)
これは全てをぶっ壊そうとする豪炎寺と、どうにか軌道修正を図ろうとする作者の勝負だ……。
そんなこと言うぐらいならもっと大人しくさせろという話だが、思いつくままに書いたらこうなるんだからしょうがない。
大人しい豪炎寺なんて豪炎寺じゃない。

オリ技のネーミングセンスに関しては触れないでおくれ。ただスカーレットハリケーンはクリムゾンハリケーンと迷ったんだ。でも炎の色って考えたらこっちかなって……。
何かいい案あったら教えてください。お願いします。(土下座)

長々と失礼しました。


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舞台の裏側


キャラの再現度には目を瞑ってくれ。


 

薄暗い、とある一室。いくつものモニターに映る映像を、その男は見つめていた。

 

最初は、中々良い動きをする選手がいる、その程度の認識だった。あの練習試合で、鬼道とまともにやり合い、帝国から1点をもぎ取ったのは、自分にしては珍しく素直に感心したものだ。

だが、それだけ。潜在能力の高さは認めるが、円堂大介の孫の存在を加味しても、所詮帝国に適うはずもない。故に、地区大会の決勝で帝国が敗北したことに驚きを隠せなかった。帝国には鬼道がいる。今まで自分が見てきた中で、最も才能に溢れ、最も敵に回るのを恐れた男が。

鬼道が敗北したのは、周りの雑魚が足を引っ張ったからだと推測した。現に世宇子との試合では帝国の選手達が圧倒される中、鬼道だけが最後まで世宇子の勝利を脅かす存在だった。結果的に見れば1点に抑えてはいるが、ディフェンス全員で対処しなければ止められないということは、客観的に判断して鬼道の能力が世宇子の大多数の選手のそれを上回っているということだ。

 

そして、雷門と千羽山との試合を見て、自分の目を疑った。

 

鬼道が雷門に行ったのは問題視はしていなかった。鬼道一人が加わったところで、チームとして世宇子を超えることはできない。帝国との試合がそれを証明している。

円堂大介の孫が〈マジン・ザ・ハンド〉を習得していたのは予想外だった。だが、亜風炉ならば問題なくゴールを奪えるだろう。たとえ伝説のキーパー技であっても、神のアクアによって強化された奴の敵ではない。

 

しかし、この男だけは別だ。

 

モニターに映る映像では一人の少年が、千羽山を文字通りに蹂躙している。鬼道の得点もあったが、25得点の内、殆どの得点を決めたその男。────豪炎寺修也。

 

この男はあまりにも異質だ。明らかに他の選手とは隔絶した力。世宇子の選手と比較しても、全てにおいてこの男の方が上だろう。日本サッカーのレベルを、完全に逸脱してしまっている。

 

雷門の試合データは全てチェックしたが、地区予選決勝での帝国との試合以降の成長速度が異常過ぎる。木戸川清修との試合でも、千羽山戦から僅かな時間しか経過していないというのに、凄まじい成長を続けている。

 

この男を決勝戦に出場させてはならない。そう考えるのはあまりにも自然なことだった。たとえ世宇子であっても、絶対に勝てない。巷では試合での活躍から天才と言われ始めたらしいが、断じてそんな生温いものではない。鬼道が十年に一人の逸材なら、この男は百年に一人の怪物だ。

 

部下にはこの男を排除するよう命じた。たとえ命を落とすことになっても構わない。不幸な事故として処理されるだけだ。何があっても試合に出場させてはならない、と。

だが、交通事故に巻き込もうとすれば、野性的な勘と驚異的な身体能力で回避される。頭上から看板や鉄骨等を落下させれば、気づいていた様子はないというのに、全て紙一重で当たらない。通り魔に見せかけて直接襲わせれば、偶然近くに居合わせた警官によって取り押さえられた。それ以外にも、ありとあらゆる手段を用いてこの男を始末しようとしたが、尽く失敗に終わる。

 

まるで、この世界の運命に愛されているかの如く、この男を害するもの全てが無に帰す。

 

全く持って不可解なことではあるが、意味のないことにいつまでも拘っていても仕方ない。本人を害することは出来ずとも、親類はその限りではない。家族構成も調べたが、この男には妹がいる。それも部下に調べさせた情報では大層大事にしているらしい。ならば、その妹が決勝戦の日に事故にでも遭えば、試合などしてはいられまい。

 

その男───影山零治は邪悪に笑う。

 

自分が手を出そうとしている物が、決して触れてはならない、龍の逆鱗に等しいことにも気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は富士山麓、広大に広がる樹海を超えた先のとある施設。関係者からは星の使徒研究所と呼ばれている。

その施設の中の一室。暗闇に満たされたその場所に、それぞれ白、赤、青のスポットライトに照らされた三人の少年の姿があった。

 

「わざわざ呼び出して何の用だ、グラン」

 

赤いスポットライトに照らされた、赤い髪と燃え上がる炎のような髪型が特徴的な少年、バーンが口を開く。

 

「私も暇じゃないんだ。余計な時間を取らせないでもらいたいね」

 

続いて青いスポットライトに照らされた、白髪をたなびかせる、どこか冷たい印象を受ける少年、ガゼルが自分達を呼び出した存在に向かって言葉を発する。

 

「二人とも、フットボールフロンティアの試合映像は見たかい?」

 

最後に、白いスポットライトに照らされた、色白の肌に、バーンと似通った赤い髪を逆立てた少年、グランが二人の言葉に応える。

グランのその言葉と共に、グランの背後に試合の映像が映し出される。どうやら雷門と千羽山の試合のようだ。

 

「雷門、豪炎寺修也か……。中々興味深い存在ではあるが……」

「これがなんだってんだよ。さっさと本題に入れ」

 

既に一度見たことのある映像を見せられ、ガゼルとバーンが訝しげな視線をグランへと向ける。

 

「君達は彼のことをどう思う?」

「はあ?」

「何が言いたい?」

 

グランの問いには答えず疑問を返す二人。

 

「彼の実力は現時点でも俺達、マスターランクに匹敵する。このまま成長し続ければ、エイリア学園にとって大きな脅威となるだろう」

「……それで?」

「………」

 

バーンが言葉で、ガゼルが沈黙をもって先を促す。

グランの背後の映像が、木戸川清修との試合のものへと変わる。豪炎寺が試合終了直前、〈スカーレットハリケーン〉によってゴールを奪うシーンが映される。

 

「彼は俺達にとっての最大の障害となり得る。俺達三人も、こうしていがみ合っていては不味いことになるかもしれない」

 

そこで言葉を切り、バーン、ガゼルの顔を順番に見つめ口を開く。

 

「バーン、ガゼル、俺と協力しないか。俺達三人が力を合わせれば、最強のチームができるはずだ」

 

三人の間に沈黙が訪れる。

 

「クッ……ハハハハッ!!」

 

沈黙を破ったのはバーン。心底おかしいと言わんばかりに笑い声を上げた後、グランを見つめる。その視線には嘲りの色が見て取れる。

 

「何を言うかと思えば……。マスターランクチーム、ガイアのキャプテンともあろう者が、そんな奴にビビってるのかよ。協力?ハッ、有り得ないな。それが用件だってんなら、俺は帰らせてもらうぜ。テメェの妄想に付き合ってやる義理はねぇ」

 

そう言った後、赤いスポットライトが消え、バーンがこの場を立ち去る。後にはグランとガゼルの二人が残される。

 

「ガゼル、君はどうだい?」

 

グランの言葉に、瞳を閉じ、沈黙を保っていたガゼルが口を開く。

 

「残念だが、私も君と協力などする気はない。豪炎寺修也は確かに興味深い存在だが、君がそこまで言う程だとは思えない。臆病風に吹かれたのなら、マスターランクの座から降りることを勧めるよ」

 

青いスポットライトが消え、ガゼルもこの場を後にする。室内にはグランだけが残される。

 

 

 

 

「やはりこうなるか……」

 

グランもこの提案に二人が頷いてくれると思っていた訳ではない。自分の考えを二人にも伝えておきたかっただけだ。

豪炎寺修也はエイリア学園にとっての大敵となるだろう。口ではああ言っていたが、二人も気づいていない訳ではない。ただ、認めたくないだけだろう。

 

父さん───エイリア学園のトップである吉良星二郎は、豪炎寺修也をエイリア学園に引き入れようと考えているようだが、グランはその考えには否定的だ。強い者はエイリア学園に入れてもいい。それ自体は別にいいのだ。だが、彼は駄目だ。大き過ぎる力は、やがては自らの身を滅ぼす。彼をエイリア学園に引き入れれば、エイリア学園は内側から喰い破られ、呑み込まれるだろう。

 

グランとしては豪炎寺修也よりも、円堂守を引き入れた方がいいのではないかと思っている。グラン率いるガイア、バーン率いるプロミネンス、ガゼル率いるダイヤモンドダスト。三チーム共に同じマスターランクのチームだが、実力はガイアが頭一つ抜けている。その要因の一つは、キーパーにあるとグランは考えている。三チームのキーパーの実力を比べた時、ガイアのネロと比べて、他の二チームのキーパーは明らかに劣る。マスターランクチームに所属してはいるが、実力的にはファーストランクのデザームとそう変わらない。そこに一石を投じてやれば何か変化が起きるのではと思うのだ。

無論、今の円堂守の実力はマスターランクには遠く及ばないが、高いポテンシャルがあるのは確かだ。今後の成長次第ではその選択肢も十分に考えられる。

もっとも、グランにはそんな決定権はない。決めるのは父だ。

 

 

グランは映像に映る円堂守の姿を見つめる。しかし、先程の打算的な考えは抜きにしても───

 

「君と、サッカーをやってみたいな」

 

 

 

白いスポットライトが消え、室内は暗闇に閉ざされた。




この小説、いったいどこに向かってるんでしょうか?


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懊悩煩悶

気づけば辺り一面、真っ白な空間に居た。

 

────この夢、久しぶりに見たな。

 

真っ白な空間の中を歩いていく。何も無く、どちらが右で左なのか、上か下かも定かではない。だが、歩みを止めることはない。

しばらく歩いていると、どこからかボールを蹴るような音が聞こえてくる。

 

気づくと、俺はサッカーコートの中、ゴール前に立っていた。周りには雷門のユニフォームを着た皆の姿がある。

そして、反対側のゴール前に、一人だけ誰かが立っている。

 

────皆と、サッカーがしたい。

 

そんな声が俺の耳に響き、俺は夢から目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

木戸川清修との準決勝を終えた翌日、俺は風丸と染岡に練習を任せ、ある事で頭を悩ませていた。

 

「何悩んでるんだ?」

 

その声に振り返れば、そこに居たのは豪炎寺と鬼道。この二人が練習以外で一緒に居るのは実は珍しかったりする。プレーでは息の合う二人だが、割と神経質なところがある鬼道と、色々と大雑把な豪炎寺はプライベートだと意見が合わないことも多い。勉強に対する姿勢一つ取っても、鬼道は教科書の隅々まで読み込み、全ての内容を覚えているらしいが、豪炎寺は一回やったことだからと言って、恐らく教科書をそもそも開いたことすらない。授業中もずっと寝ている。豪炎寺のそんな態度に鬼道がよく青筋を立てている。ちなみに俺は懐かしみながら、時折前との違いを見つけたりして結構楽しんでいる。

 

「いや、必殺技のことで悩んでて……」

 

話を戻そう。俺が悩んでいるのは必殺技について。というのも、今の俺の使えるキーパー技は〈メタリックハンド〉、〈ゴッドハンド〉、〈マジン・ザ・ハンド〉の三つ。その内、〈メタリックハンド〉と〈ゴッドハンド〉は世宇子には通用しないだろう。残るは〈マジン・ザ・ハンド〉なのだが───

 

「鬼道、マジン・ザ・ハンドは世宇子に通用すると思うか?」

 

原作通りなら、〈マジン・ザ・ハンド〉があれば何の問題も無い。だが、

 

「……はっきりとは言えんが、恐らくアフロディのシュートを止めるのは厳しいだろうな」

「やっぱりか……」

 

今の俺の力ではアフロディの進化した〈ゴッドノウズ〉に対抗するのは難しい。アニメでは二期中盤以降はまるっきり出番が無くなり、〈ゴッドハンド〉よりも影が薄くなった〈マジン・ザ・ハンド〉だが、〈ゴッドノウズ〉は演出の都合もあるだろうが、世界編まで現役で使われ続けた技だ。下手をすれば〈正義の鉄拳〉でも未進化では止められるか怪しい。

 

「新技を覚えればいいだろ。特訓なら付き合うぞ。次は〈正義の鉄拳〉か?それとも〈怒りの鉄槌〉か?」

 

豪炎寺の新技を覚えるという意見には俺も賛成なのだが、問題は何を習得するかだ。俺も最初は順番通りに次は〈正義の鉄拳〉かと思っていたのだが、

 

「本当に……それでいいのかな……」

「?どういう事だ?」

「俺だけが、円堂守の後を追うだけでいいのかなって……」

 

鬼道も豪炎寺も、原作の彼等とは明確に違う成長を遂げている。俺も原作の円堂とは違った進化をするべきなんじゃないか。そんな風に考えしまう。

 

「オリジナルの技を作るという事か?しかし、今から考えるには時間はあまり無いぞ?」

「分かってるよ、そんな事は!だから悩んでるんだろ!?だいたい何で俺だけがお前らと比べてこんなに弱いんだよ!!俺だって……努力してるのに……」

「円堂……」

「………」

 

気まずい雰囲気が流れる。何言ってんだ俺は……。こんな事言いたかった訳じゃないのに……。

 

三人揃って黙り込んでいると、部室の扉が開き、皆が入ってくる。

 

「キャプテン!」

「早く練習来てくださいよ!」

「皆待ってますよ!」

「決勝戦までこの勢い、止めたくないんですよねー!」

「俺達一年、絶対優勝するって誓ったでヤンスよ!」

「雷門中はもう誰にも止められないッス!」

「お前ら……」

 

……一年達がこんなにやる気になってるのに、俺の個人的な事で水を差す訳にはいかない。

 

「よしっ!やろう!今、三人で作戦会議してたんだよ。なっ?」

「………」

「ああ……」

 

「今日も張り切って、練習やるぞー!」

『おう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、原作と同じように壁にぶつかる訳か。しかも、目指す所は見えず、暗闇の中でもがいている」

「大丈夫さ、円堂なら」

 

そう言い切った豪炎寺の顔を鬼道は見る。その目は円堂のことを信じきっているように見える。

 

「………随分と信用しているんだな。あいつの事を」

「あいつはやる時はやる奴だ。お前だってよく知ってるだろ?」

「……まあな」

 

地区予選決勝、帝国との試合で見せた成長は目を見張る物があった。鬼道も円堂のことを信じていない訳ではない。だが、豪炎寺がここまではっきりと言い切るのは意外だった。豪炎寺なら、円堂が新技を覚えられなくても俺が点を取るから問題無い、とでも言うのかと思っていたのだ。

 

「それに───」

 

そこで言葉を切り、目を閉じる。次に目が開いた時には、豪炎寺の目には闘志が宿っている。

 

「あいつは俺の親友で、相棒で…………ライバルだからな。こんなところで潰れたりしない」

「ライバル……ね。誰が見てもお前の方が強いと思うが?」

「今はそうかもな。だが、いずれあいつは俺に追いつく。必ずな」

 

豪炎寺は円堂のことを信じている。そして円堂も、普段の態度から豪炎寺のことを信じているのが分かる。鬼道はあくまでも帝国のプレイヤーであり、事が済めば帝国に戻るつもりでいる。雷門にあまり深く関わり過ぎるべきではないと考えている。だが、お互いを信じ合う円堂と豪炎寺の関係が、鬼道には羨ましく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでよしっと……」

 

皆との練習を終えた後、俺は鉄塔広場に来ていた。探しておいた今まで使っていたよりも一回りサイズの大きいタイヤを木に吊るし、準備完了だ。迷った時は、一度原点に立ち返ってみるのも手だ。〈メタリックハンド〉を編み出した時も、ここで練習していたのを思い出す。あの時と同じように、俺だけの必殺技を開発する。若しくは習得している必殺技を改良して、より強い技へと昇華させる。決勝戦まで時間はないが、やるしかない。俺はタイヤを思いっきりぶん投げた。

 

 

 

 

 

 

「がっ………!!」

 

タイヤによって大きく吹き飛ばされる。もう何度目だろう。最初はやる気に満ちていたのに、いつしか俺の胸には、こんな事で本当に新技を身に付けられるのかという不安が渦巻いている。

 

「もう……一度だ……!!」

 

それでも、他に出来ることもない。再びタイヤを投げる。

俺は豪炎寺が何かする度に、文句を言ったり、ツッコミを入れるだけで、自分も変わろうとはしなかった。木戸川清修との試合で、進化した〈マジン・ザ・ハンド〉で〈トライアングルZ〉を止めて、俺だって成長してるんだって、実感できた。だけど────

 

────スカーレット………ハリケェェェンッ!!

 

奥歯を噛み締める。あのシュートを見た時、頭を思い切り殴られたような気分になった。何を〈マジン・ザ・ハンド〉を進化させたくらいでいい気になっていたんだ。俺はいつだって、豪炎寺に頼っているだけじゃないか。練習試合のあの時から、いつも最後は豪炎寺が決めてくれた。俺の心にはいつもどこかに余裕があった。豪炎寺が居れば何とかなる。無意識にそんな風に考えていた。それは依存だ。そんなものを、本当の信頼とは呼ばない。

 

あいつは俺を信じてくれているのに、そんなことでどうする。俺はもっと強くならなくちゃならない。

雷門は豪炎寺のワンマンチームだ。調べれば、そんな声も沢山出てくる。悔しかった。そんな風に言われることが。何より、それを当然のように思っていた自分が、許せなかった。

 

豪炎寺は、原作通りに話が進めば、チームから長期の離脱を余儀なくされる。そうなった時、今の豪炎寺に頼り切った状態では、恐らくチームは機能しなくなる。キャプテンとして、そんな事態を見過ごす訳にはいかない。

 

「ぐっ………!!」

 

タイヤに吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。気づけばもう辺りは暗くなっていた。そろそろ帰らなくては不味い。痛みを堪え立ち上がり、帰路に就く。

 

────本来の歴史では俺や豪炎寺のようなイレギュラーが居らず、原作の円堂のような成果を残せないとしたら

 

以前、鬼道に言われたことが頭を過ぎった。

 

「くそっ……………」



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必殺技を求めて

 

「どうしたの、円堂君。その顔?」

「何が?」

 

朝、家を出たところで偶然木野と会ったので挨拶をしたのだが、俺の顔を見るなり何故かそんなことを言われた。

 

「何がって……すごい隈よ?何かあったの?」

「………いや、少し寝つきが悪かっただけだよ。何でもないさ」

 

駄目だな。周りに心配掛けてるようじゃ。もっと上手くやらないと。

 

 

 

 

「豪炎寺、鬼道」

 

教室に入り、二人に声を掛ける。

 

「円堂、おはよう。……酷い顔だな」

「睡眠はしっかり取らないと体が持たないぞ」

 

そんなに酷い顔してんのかな。ちゃんと鏡見てくりゃよかったかな。

 

「そんなことはどうでもいいだろ。それより今日の練習の後、特訓に付き合ってくれよ」

「鉄塔広場での特訓はもういいのか?」

「タイヤ相手にしてるだけじゃな……。やっぱ生きたシュート受けないと………って何で鉄塔広場で特訓してたこと知ってるんだ?」

「え?あ、いや。お前ならあそこで特訓するかなって」

 

こいつ、さては見てたな。声掛けてくれればいいのに。

 

「場所はどうするんだ。今日もそこでやるのか?」

「いや、今日はグラウンドでやろう。ゴールもあった方がいい」

 

鬼道と特訓のことで確認を取っていると、クラスメイトに話し掛けられた。

 

「円堂、サッカー部、ついに決勝戦まで勝ち進んだんだって?」

「スゲーよな。ついこの間まで部員もいない弱小だったのによ」

「ここまで来たら絶対優勝してよね!」

 

「あ、ああ……」

 

 

 

「ああいうのもプレッシャーになったりするのかな?」

「普段なら何とも思わないだろうが、今の精神状態だと多少の影響はあるかもしれないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習も終わり皆が帰った後、俺と豪炎寺、鬼道の三人だけがグラウンドに残る。

 

「円堂、何か新技の糸口は掴めているのか」

「………いや、まだ何も。でも、今日こそは……」

「……辞めだ」

「え?」

 

そう言って帰ろうとする鬼道。俺は慌てて呼び止める。

 

「待てよ鬼道!何で帰るんだ!」

「そんな状態で特訓などしたところで無駄だと言っている。漠然としたイメージすら無く、ただ我武者羅になっただけで必殺技ができるものか」

「うっ……」

「少し頭を冷やすんだな。話はそれからだ」

 

グラウンドから立ち去る鬼道を俺は止めることができなかった。鬼道の言うことは何も間違っていない。俺だってこれじゃ駄目だなんてことは分かってる。でも、それでも他にどうすればいいのか分からないんだ。

 

「円堂」

「豪炎寺……」

「やるんだろ?」

 

ボールを片手に問い掛けてくる豪炎寺。

 

「……いいのか?」

「鬼道はああ言ってたが、やってる内に何か思いつくかもしれないだろ?俺でよければ付き合うよ」

「……ありがとう」

 

俺はゴール前に、豪炎寺はペナルティエリアのやや外側に立つ。

 

「いくぞ円堂!」

「来い!」

 

豪炎寺はボールを蹴り上げ、回転しながら飛び上がる。

 

「ファイアトルネードォッ!!」

 

焔を纏ったボールを両手で受け止めるが、シュートの威力に徐々に押し込まれる。

 

「がっ……!!」

 

何とか弾いたものの、俺の体もネットまで吹き飛ぶ。

 

「円堂!大丈夫か!?」

「……来いよ」

「えっ」

「もっと、本気で来いよ……!遠慮なんてしてんじゃねぇぞ!!爆熱スクリューだろうがマキシマムファイアだろうが、何でも打ち込んで来いよ!!」

 

手加減なんてしてほしくない。それじゃわざわざ付き合ってもらってる意味がないから。

 

「……分かった。いくぞ!!」

 

豪炎寺が軽くボールを浮かせ、そのボールに左足で回転を掛け炎を纏わせる。回転を掛けた時の勢いのまま、その場で一回転。左足でシュートを放つ。

 

「ヘルファイア!!」

 

アルゼンチン代表、ジ・エンパイアの必殺シュートか。相手にとって不足はない。迫り来る炎を纏ったシュートを前に、俺は右腕に気を集める。

 

「メタリックハンド!!」

「なっ!?」

 

金属の光沢を放つ右手でシュートを受け止めるが、当然止められるはずもなく、俺の体ごとボールはゴールに突き刺さる。

 

「ぐっ………」

「何考えてんだ円堂!止められる訳ないだろ!」

 

倒れ込む俺の前に豪炎寺が駆け寄ってくる。止められる訳ない、か。確かにそうだ。でも───

 

「この技は……俺が一番最初に習得した技だからな……」

「最初って……ゴッドハンドじゃないのか?」

「まあ、そうなんだけどさ。でも、オリジナルの技って意味じゃこの技が初なんだ。だから、この技に何かヒントがあるんじゃないかって思って……」

「ヒントって……ダイヤモンドハンドでも覚えるつもりか?」

「それじゃ結局円堂の後追いになっちゃうだろ。そうじゃなくて、折角作ったオリジナル技なんだし、このまま使わなくなるのも寂しいだろう?だから、新しい技に繋げられないかと思ってさ」

「うーん、難しいな。俺の技は既存の技か、それを改造したものだからなぁ……」

「そういやレーヴァテインとかはどうやって覚えたんだ?」

 

単純に気になる。改造したとは言うが、元の技の完成度が高ければ高い程、それに手を加えるのは難しくなるはずだ。イギリスのエースストライカーの必殺技である〈エクリカリバー〉やアーサー王とのミキシマックスによって使えるようになる技である〈王の剣〉を改造するのは、新しく技を開発するよりもむしろ難しいような気がするが。

 

「言葉で説明するのは難しいな……。必殺技ってのはさ、個人によって適性っていうか、相性みたいなものがある」

「相性?」

「例えば、俺がエターナルブリザードを使ってるのが想像できるか?」

「……いや、イメージと違うから想像しにくいな。炎を使った別の技にして使ってる姿なら想像できるけど」

「そうだろうな。実際、試してみたことはあるけど、全く手応えがなかったし」

「やってみたことがあるのか?」

「ああ、一人でクロスファイアが打てるようになるんじゃないかと思ってな」

 

お前………。いや、今は何も言うまい。

 

「で、話を戻すぞ。エクスカリバーもやっぱり相性が良くないのか、最初は全然上手くいかなかったんだ。だから─────燃やしたんだ」

「………燃やした?」

 

どういう意味だ。何かの比喩的な表現か。

 

「ああ、違うな。何ていうか……必殺技をぶっ壊して、その技を構成してる要素の代わりに火を混ぜ込むっていうか……」

「……よく分からん」

 

感覚派はものを教えるのが下手だと言うが、その例に洩れずこいつも何を言ってるのかいまいち理解しずらい。今の説明だと改造というより、技を新しく作り直してると言った方が正しい気がするが。豪炎寺にそう聞いてみる。

 

「ん?んー………。んん、うーん。ちょっと違う、かな?あくまで構成してる要素だけを置換するというか……」

「……そもそもエクスカリバーを構成してる要素って何なんだよ」

「………………色、とか?」

「ふざけてんのかお前」

 

言うに事欠いてそれかよ。何かヒントになるんじゃないかと期待した俺が馬鹿だったわ。

 

「な、何だよ。じゃあお前もマジン・ザ・ハンドの出し方説明してみてくれよ!」

「へ?何で?」

「………爆熱ストームが魔神を上手く出せないせいで完成しないんだ」

「そうなのか?前使ってた時も一応出せてはいたと思ったが」

「あと一歩何か足りないんだよ……」

「へぇ……」

 

意外だな。こいつのことだからもう完成させているものだと思っていたが。というかもっと強力な技使ってるがそっちの方が覚えやすかったのか。

 

「魔神の出し方なぁ……」

 

あまり詳しく考えたことなかったな。初めて出した時も勢いで出したようなもんだし。

 

「こう、気を集めてだなぁ……」

「うん」

「グワァーッと」

「…………」

「…………」

 

俺達の間に沈黙が訪れる。やばい、豪炎寺の俺を見る目がやばい。

 

「それだけかよ!?俺より酷いじゃないか!!」

「なんだと!?お前の説明だって変にややこしく言おうとするから分かりづらいんだよ!!」

「擬音だけで一言で纏めようとするよりはマシだ!!」

 

それからしばらく俺達の低レベルな言い争いは続いた。我に返った時にはだいぶ遅い時間になっており、時間を無駄にしたと二人揃って項垂れることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何をやってるんだ、あいつらは」

 

ああは言ったものの、気になって様子を見に来たのだが、何故か円堂と豪炎寺は特訓をせず喧嘩をしていた。断片的に聞こえてくる内容からくだらないことだと推測できる。

 

「戻ってくる意味もなかったな」

 

あの様子なら直ぐには終わりそうにない。馬鹿二人に構って俺まで時間を無駄にしたくはない。

 

「気になるなら混ざってくればいいんじゃない?」

 

帰ろうとした俺の耳にそんな言葉が聞こえた。振り返るとそこにいたのは雷門で最も関わりたくない相手だった。

 

「春奈……」

「お兄ちゃんは行かないの?」

「……俺はお前の兄ではない。言っただろう。お前の兄はもうどこにもいないのだと」

 

踵を返して立ち去ろうとする。春奈とはあまり話していたくはない。

 

「待って!!」

 

だが、春奈に腕を掴まれ、引き止められる。

 

「離せ」

「嫌!」

「……俺はお前の兄では」

「違う!!」

 

俺の言葉は春奈の絞り出すような声に掻き消される。

 

「見ていれば分かる……。どれだけ変わったように見えても、私に冷たくても、貴方は私のお兄ちゃん」

「……止めろ。俺にはお前に兄と呼ばれる資格はない」

「……ッ!資格って何!?そんなもの要らない!!私はただ、昔みたいに……」

「……そんな日が来ることはない」

「………!!」

 

春奈の腕を振りほどき、今度こそこの場を立ち去る。そうだ、そんな日は来ない。俺にはそんなものは許されない。俺はお前の兄の"有人"ではないのだから。

 

「どうして……?お兄ちゃん……」

 




結局ぐだぐだになる円堂と豪炎寺と、拗らせてる鬼道さんでした。

感想で円堂が闇堕ちしそうという声が多いですが、今のところはその予定はないです。
円堂が闇堕ちするルート分岐は練習試合の帝国戦です。あの試合でゴッドハンドを発動できずにそのまま敗北した場合、色々あってFF決勝戦で世宇子のGKとして、豪炎寺率いる雷門の前に立ちはだかる。というルートが一応存在します。気が向いたらいつか書くかもしれません。


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独りじゃない

 

豪炎寺と低レベルな争いを繰り広げた翌日。気を取り直して俺達は特訓に励んでいた。

 

「グランド……ファイアァァァ!!!」

 

今日三度目となる、迫り来る極大の炎を両手で迎え撃つ。だが、一瞬で両手は弾かれ、俺の体はゴールネットにボールごと叩きつけられる。

 

「が、はっ………!!」

 

凄まじい衝撃に、直ぐには立ち上がれずその場で蹲る。

 

「円堂……もう止めないか」

「……まだ……まだ……もう、一度だ……頼む、豪炎寺……」

「……分かった」

 

特訓を始めてからそう長い時間は経っていないが、もう既に俺はボロボロになっている。だが、豪炎寺の提案を却下し特訓を続行する。強力なシュートを受け続ければ、嫌でも鍛えられるはず。後は俺が強くなるのが先か、潰れるのが先かだ。

 

「マキシマム……ファイアァァァ!!!」

 

再び放たれる爆炎がゴールに迫る。右手に気を集め、〈メタリックハンド〉を発動。そこから〈マジン・ザ・ハンド〉の体勢に入るが、上手く気を制御できず、気は霧散してしまい、〈メタリックハンド〉も解除される。炎が俺の体を飲み込み、ボールはゴールネットに突き刺さる。

 

駄目だな。あれから試行錯誤を繰り返し、〈メタリックハンド〉と〈マジン・ザ・ハンド〉を組み合わせてみたらどうかと思いつき、何度かやってみたが全く上手くいかない。やっぱりこんな思いつきの方法じゃ無理か……。

 

「……雨か」

 

倒れ込む俺の顔にポツポツと雨が当たり始める。曇ってたけど、ついに降ってきたか。散々豪炎寺のシュートを受けた体にはちょうどいいクールダウンかもな。冷たい雨が気持ちよくて仕方ない。

 

「風邪引くぞ、円堂」

「なあ、豪炎寺……」

「なんだ」

「俺、必殺技を完成させることができるのかな……」

 

〈ゴッドハンド〉を覚えようと必死に練習を繰り返していた頃を思い出す。あの頃も、今と同じように、本当に俺にできるのかと不安でいっぱいだった。

 

「諦めるのか?」

「………いや」

 

体を起こす。膝をつき、豪炎寺の手を取り立ち上がる。

 

「最後まで足掻くよ。諦めるのは、やれることをやり尽くしてからだ」

「そうか」

「ありがとな、豪炎寺。今日も付き合ってもらって」

「俺は構わないさ。それより円堂、ちょっと頑張り過ぎじゃないのか。明日は日曜だし、一日くらい休んだらどうだ?」

「……何言ってんだ。そんな暇はないだろ」

「だが、昨日よりもさらに酷い顔をしているぞ。皆も心配している」

 

……それは、気づいてなかったな。そんなに顔色悪いのか。無駄な心配掛けて情けない。もっと上手く誤魔化さないと……。

 

「はぁ………。その顔は分かってないな……。ほら、今日はもう帰って風呂入って、さっさと寝ろ。どうせ明日もやるんだろ?」

「ああ、頼む。じゃあ、また明日な」

「ああ」

 

豪炎寺と別れ、家に向かう。明日は何を試すか考えておかないとな。

 

 

 

「思っていた以上に重症だな、これは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜明けて翌日。雨に打たれたのが不味かったのか、俺は熱を出してしまい寝込んでいる。こんな時に何やってんだ俺は……。

仕方がないので、豪炎寺には事情を説明し、今日の特訓は中止となった。折角日曜日で一日中特訓ができるはずだったのに、こんなことなら昨日は雨が降る前に切り上げるべきだった。

体は痛いし、寝たいところだが、さっぱり眠くならない。時間を無駄にしているという焦燥ばかりが募っていく。

ベッドの上で悶々としていると、扉をノックされたので返事をする。母さんが何か持って来たのかと思ったのだが、部屋に入って来たのは予想外の人物だった。

 

「な、夏未……?」

 

居るはずのない人物の登場に混乱する。いや、マジで何でだ。住所とか知ってたのか。いや、問題はそこじゃなくて……。駄目だ、熱で上手く頭が回らん。

 

「な、何で夏未が……?」

「えっと、豪炎寺君から円堂君が熱で寝込んでるから、お見舞いに行ってくれって電話があって……」

 

豪炎寺が夏未に連絡したのか。どういうつもりなんだか。というかわざわざ人に行かせるぐらいならあいつが来いよ。いや、来なくていいけども。

 

「なぜ寝ていないの?体調が悪い時は無理せずに休んだ方がいいわよ?」

「眠くならないんだよ。別に好きで起きてる訳じゃない」

「そう……。円堂君、最近何に焦っているの?」

「……気づいてたのか」

「あんな疲れ切った顔をしておいて、気づかない方がおかしいと思うのだけど」

 

そこまで言われる程なのか……。どうやら俺は自分で思っているよりもおかしくなってきているらしい。

 

「……不安なんだ。必殺技はいくら特訓しても朧気な形すら見えてこない。今の俺じゃ世宇子のシュートを止められない。ゴールを守れないキーパーなんて、いる意味がない。俺が皆の足を引っ張るせいで負けるんじゃないかって、そんなことばかりが頭に浮かんでくる」

 

自然と弱音が口を衝く。普段ならこんなことは言えないが、熱で意識が朦朧としてきているのもあってか、自分でも驚く程にあっさりと本音を吐き出していた。

 

「ねえ、円堂君。この間私が言ったこと、もう忘れてしまったのかしら」

「………忘れてなんか、ない。でも……」

「皆に迷惑を掛ける訳にはいかない。とでも考えているのでしょう?」

「…………」

 

図星だった。なぜ分かったのだろう。そんなに俺は分かりやすいだろうか。

 

「貴方に頼られることを嫌がるような人は貴方のチームメイトにはいないのではなくて?むしろ、貴方が一人で苦しんでいることを悲しむと思うわ」

 

そうかもしれない。皆良い奴だから、相談すれば真剣に考えてくれることだろう。風丸や染岡辺りはなぜ黙っていたのかと怒るかもしれない。でも、それは甘えだ。一度それを良しとしてしまえば、俺は皆に頼りきりになってしまいそうで怖い。

 

「誰かに頼ることは悪いことではないわ。頼り、頼られ、互いに助け合い、壁を乗り越えていく。それがチームというものだと私は思うのだけれど、貴方にとっては違うのかしら」

 

さっきから何なんだ。何で俺の考えていることが分かるんだ。何で俺の欲しい言葉を、こんなに的確に言ってくれるんだ。

 

「貴方は一人じゃない。貴方が迷いそうになるなら、何度だって同じことを言ってあげる」

 

そう言って夏未は俺の手を取る。

 

「私は、貴方の傍にいる」

「─────」

 

その言葉が、何か、俺の中の欠けていた部分に入り込んで来るような感覚を覚えた。思えば、円堂守になったあの日、一番最初に感じたのは寂しさだったのかもしれない。家族に、友達に、もう会えない。そんな不安や悲しみを胸の奥底に押し込んで、見ないようにしてきた。この世界で自分は独りなんだと、心のどこかで思っていたのかもしれない。でも、本当は誰かに、今の言葉を言ってほしかったのだと思う。

思わず涙が零れた。視界がぼやける。強烈な眠気に襲われ、意識が落ちていく。

 

「───おやすみなさい」

 

夏未のその言葉を最後に、俺の意識は完全に途絶え、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日には熱も下がり、久しぶりにぐっすりと眠れたこともあり、体調はかなり良くなった。しかし

 

「夏未にどんな顔して会えばいいんだ……」

 

あの後、目が覚めた時には夏未はもういなかった。夜になっていたので当たり前なのだが。一瞬残念だと思った後、俺は自分の醜態を思い出し、羞恥に悶えた。熱に浮かされていたとはいえ、散々情けないことを言っただけでなく、終いには泣き出したのだ。正直、かなり気まずい。

 

「おはよう」

「おはよう………おお」

 

悩みながら教室まで辿り着き、豪炎寺に挨拶をする。豪炎寺は俺の声に振り返り挨拶をした後、俺の顔を見て驚いたように声を漏らす。

 

「……何だよ?」

「いや、随分と顔色が良くなったなと思って。効き目があったようで何よりだ」

 

そういえば夏未が来たのはこいつの差し金だったか。結果的に見れば俺はこいつに感謝すべきなのだろうが、どうもこいつの手のひらで転がされているようで釈然としない。普段すっとぼけたことばかり言っているくせに何故こういう時だけ妙な勘を働かせるのだろう。

ニヤニヤと笑う顔がムカついたのでとりあえず頭を一発叩いておいた。豪炎寺の抗議の声を聞き流し、自分の席に着き授業の準備をする。一連のやり取りを見ていた鬼道がため息を吐いたような気がするが気のせいだろう。

 

 

 

一日の授業を終えて部活の練習が始まる。夏未の様子は普段と変わりないように感じる。俺が変に意識し過ぎてるだけなのか。

練習が終わる頃には俺も普段通りに話せていたように思う。ただ、夏未の顔が少しだけ赤かったような気がする。昨日のは疲れから熱が出ただけで風邪とかではないと思っていたが、もしかして実は風邪でそれを移してしまったのだろうか。だとしたら申し訳ない。夏未が学校を休むようなことがあれば、俺もお見舞いに行くことにしよう。

 

今日の練習も終わり、豪炎寺と特訓を始めようと思ったのだが

 

「何で皆帰らないんだ?」

 

何故か練習が終わったというのに、誰一人として帰らずグラウンドに残っているのだ。

 

「水臭いぜ、円堂」

「えっ」

 

すると風丸にそんなことを言われる。どういうことだ。

 

「最近残って特訓してるんだろ?」

「俺達も付き合うよ」

「キャプテン一人に苦しい思いはさせないッスよ!」

「俺達皆で特訓するでヤンス!」

 

風丸に続き、皆口々にそう言い出す。

 

「お前ら……」

 

────貴方は一人じゃない。

 

その通りだな、夏未。俺が勝手に怖がっていただけ。もっと早く、皆を頼ればよかったんだ。自然と笑みが零れる。

 

「よし!決勝戦まであと少し、皆で特訓しよう!」

『おお!』

 

不安が完全に消えた訳ではない。けれど、きっと大丈夫。そんな気持ちも湧いてくる。だって、

 

 

俺は、独りではないのだから。




自分が何を書きたいのか分からなくなってきた今日この頃。
次から世宇子戦に入ろう。多分、きっと。
アフロディ来ないのかって?来たら豪炎寺に追い返される未来しか見えない。
合宿?やる意味ある?


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波乱の幕開け


ああ、やっと世宇子戦に入れた……。


 

あれからチーム一丸となって特訓に励んだ俺達。結局俺の必殺技は完成することはなかったが、ここまで来たらやれることをやるだけだ。

決勝戦当日である今日、フットボールフロンティアスタジアムに向かう為に駅に集合した俺達だったが、

 

「………来ない」

 

約一名、いくら待っても姿を現さない者がいる。俺達雷門の絶対的エースストライカー、豪炎寺である。

 

「円堂、どうする。これ以上待っていたら俺達も間に合わなくなるぞ」

「……仕方ない。先に会場へ向かおう。きっと後から来るさ。もしかしたら何かあって先に行ってるのかもしれないしな」

 

あいつの行動に読めないところがあるのは事実だが、こんな時に何の連絡もせずに遅れて来るような奴ではない。何事もなければいいんだが……。

若干不安そうな様子を見せる者もいるが、ひとまず会場へと向かう。

 

 

 

そして会場に到着したのだが、辺りには人の姿は無く、決勝戦当日だというのに、会場は静まり返っている。おまけに閉ざされた門には閉鎖という張り紙までしてある。

 

「誰もいないぞ……?」

「どうなってるんスか?」

 

皆も困惑を隠せない。そうだ、確か決勝戦の会場は変更になるんだ。今日の試合を行う場所は……。

 

「はい、そうです。えっ?どういうことですか?……でも、今更そんな……。はい…はい、分かりました」

 

夏未の携帯に電話が掛かって来る。夏未の言葉から察するに会場の変更の連絡か。

 

「夏未、今の電話は?」

「大会本部から……。急遽、決勝戦の会場が変わったって……」

「変わったって……どこに?」

「それは……」

 

半ば確信を持って夏未に問い掛ける。その返答が返ってくる前に、俺達の頭上に急に影が差す。反射的に上に視線を向ければ、目に映ったのは空中に浮かぶ巨大な建造物。その外装には翼を持つ女神のような彫像が備え付けられ、見るものに厳かな雰囲気を与える。まるで神殿のようにさえ感じられるあの建造物こそ、フットボールフロンティア決勝戦の舞台、ゼウススタジアム。

なぜこれ程巨大な建造物が空中を浮遊することができるのか、俺にはさっぱり理解出来ない。この世界はたまに当然のように明らかにオーバースペックの建物やら道具が出てくるから反応に困る。

スタジアムの中に入り、フィールドに辿り着く。パッと見でもフロンティアスタジアムと遜色ない立派なスタジアムだ。かといってわざわざ変更する理由もないと思うが。

 

「決勝当日になって、ゼウススタジアムに変更……。影山の圧力ね。どういうつもりかしら」

 

ちなみにだが、鬼道からの話で皆も世宇子に影山が関わっていることは知っている。特に夏未は理事長からの情報や、鬼瓦さんとも連絡を取っていたみたいだから、俺達よりも色々知っていることもあるだろう。ふと視線を感じて背後を見上げると、そこにはフィールドを見下ろす影山の姿が。

 

「影山……」

 

俺の声で皆も気づいたようだ。特に鬼道は鋭い視線で影山を睨みつけている。

 

「円堂、話がある」

「?はい」

 

響木監督が俺に向かってそんなことを言う。えっ、このタイミングで話ってもしかしてアレか。

 

「大介さん……お前のお祖父さんの死には、影山が関わっているかもしれない」

 

────ドクンッ……。

 

原作でもこの発言にどういう意図があったのか、俺はよく覚えてはいない。だが、正直なところ、俺にそれを言われても困る。監督からすれば、俺が祖父さんに憧れてサッカーを始めたのだと思われているのかもしれないが、それは本来の円堂守であって俺からすれば赤の他人なのだ。それに実は生きていることも知っているので尚更どういう反応をすればいいのか分からん。ただ、まあ。

 

「……関係ないですよ、そんなの」

「……何?」

「確かに、俺は祖父さんの後を追って強くなって来たのかもしれない。でも、俺は祖父さんの為にサッカーをやってる訳じゃない。ここにいる皆と優勝する為に、今俺はここにいる。だから、祖父さんのことは俺にとっては戦う理由が一つ、増えるだけのことです」

 

思ったことを言ったけど、これで良かったのかは分からない。響木監督は俺の言葉を聞いて口元に笑みを浮かべる。

 

「さあ、決勝戦の準備だ!」

 

原作の円堂と大分違うこと言ったはずだけど、大丈夫だったみたいだな。響木監督が俺に抱いている印象も原作の円堂とは違うかもしれないし、思ったことそのまま言ったのが逆に良かったのかもしれない。監督を勧誘した時みたいに原作の円堂の言葉をそのまま言ってたら、面倒臭いことになっていた可能性が高い気がする。

 

 

控え室でユニフォームに着替える。ここまで色々なことがあった。楽しいこと、辛いこと、皆と乗り越えて決勝まで辿り着いた。豪炎寺と出会ったあの日、二人で決めた目標であるフットボールフロンティア優勝はもう目の前だ。だと言うのに、

 

────いったいどうしたんだ、豪炎寺。

 

刻一刻と試合開始時間は迫って来ているが、豪炎寺は来ない。

 

「キャプテン、どうするんですか?」

「豪炎寺さんがいないと……」

 

皆も、特に一年生組は豪炎寺がいないことに不安を感じている。無理もない事だ。今までの試合において、豪炎寺の存在感は図抜けている。あいつがベンチにもいない試合というのを俺達は経験したことがない。いざという時にあいつに頼れないのは、皆にとって精神的な負担となるかもしれない。

 

「豪炎寺抜きで試合をするしかない」

「でも……!!」

「あいつは必ず来る。それまで、俺達だけの力で戦い抜くんだ」

 

いない以上はどうすることも出来ない。豪炎寺を信じるしかない。皆も俺の言葉に覚悟を決めたようだ。

 

「行くぞ」

 

控え室を出て、フィールドへと向かう。扉を開ければ、スタジアムは満員の観客で埋めつくされていた。その光景に圧倒される俺達だったが、突然突風が吹き荒れ、そちらを向くと、そこには世宇子イレブンの姿があった。

 

「あれが世宇子か……」

 

直接この目で見るのは始めてだな。そちらを見ていると、俺の横に立っている鬼道が拳を震わせているのに気づく。

 

「鬼道」

「……心配は要らん。これはただの武者震いだ。俺の怒りは、全て試合にぶつける」

 

そう言ってアップに向かう鬼道。この試合に掛ける思いはあいつが一番かもしれない。豪炎寺がいなくとも、鬼道なら世宇子からゴールを奪えるはずだ。

 

 

 

アップを終了させ、ベンチ前に集合して円陣を組む俺達。

 

「俺がここまで来れたのは、皆がいたからだ。皆がいてくれる限り、俺は何があろうと絶対に諦めない。この試合、俺達の全てを出し尽くして、必ず勝つ。皆で優勝しようぜ!」

『おお!!』

 

俺達が試合に向けて気合いを入れた一方、世宇子は運ばれて来たドリンクをイレブン全員が一斉に飲み干す。

 

「僕達の、勝利に!」

『勝利に!』

 

あれが神のアクアか。身体能力を増強させるドリンク。当然、本来ならドーピングで失格な訳だが、影山が支配するこの大会でそんなものが発覚する訳もなく、その力で今大会を勝ち上がって来た世宇子。だが、それがどうした。そっちがドーピングで強くなるなら、俺達はチーム全員の力でそれを超えるだけだ。

 

 

フィールド中央、両チームが整列し、キャプテンである俺とアフロディが握手を交わす。

 

「世宇子中のキャプテン、アフロディだ」

「雷門中キャプテン、円堂守」

「鬼道君から僕達のことは聞いていなかったのかな?もし聞いた上でこの場に立っているのなら、愚かとしか言えないが」

「何とでも言えよ。お前らがどれだけ強くても、俺達は勝ってみせる」

 

俺の言葉を聞いて、アフロディはおかしそうに笑う。

 

「威勢が良いね。……ところで、君達のエースストライカーの姿が見えないようだけれど」

「……少し、遅れてるだけさ。あいつは必ず来る」

「必ず来る、か。果たして本当にそうかな?」

 

何だ、こいつのこの態度は。まさか……。

 

「お前ら、豪炎寺に何かしたのか」

「さあ、何のことか分からないな」

「お前……!!」

 

影山お得意の盤外戦術って訳かよ。狙ったのは豪炎寺本人か、それとも原作の木戸川戦の時と同じく、妹を狙ったのか。どちらにせよ、豪炎寺が手に負えないからとはいえ、こんな手段に出るとは。怒りで拳を握り締め、眼前のアフロディを睨みつける。

 

────こんな奴らに、負けてたまるか……!!

 

 

 

 

 

 

両チームの選手がポジションにつく。豪炎寺がいない為、少しでも得点力を上げるべく、影野の代わりに〈トリプルブースト〉の発動要因となる栗松をスタメンに。FWは染岡と鬼道のツートップで試合に臨む。

 

雷門ボールから試合開始。染岡からボールを受けた鬼道がドリブルで切り込む。

 

「イリュージョンボール改!!」

 

世宇子のFWをあっさりと抜き去る鬼道。だが、その前にアフロディが立ち塞がる。

 

「アフロディ……!!」

「やあ、久しぶりだね鬼道君。君にはあの時の借りを返さねばならないと思っていたんだ。そして、今一度教えてあげよう。神に抗うことの無意味さを」

「黙れ……!!」

 

鬼道がアフロディへと突進する。アフロディは迫り来る鬼道を前に、冷静に左手を顔の辺りまで持ち上げ、指を鳴らす。

 

「………は?」

 

気づいた時には、アフロディは鬼道の背後へと移動していた。そしてその足元にはボールがある。何が起こったかを鬼道が理解する前に、発生した突風によって鬼道が吹き飛ばされる。

 

「ぐああああああ!?」

「鬼道!!」

 

────今のは、まさか……。ヘブンズタイムをディフェンスに使ったのか!?そんな馬鹿な!?

 

 

 

鬼道からボールを奪ったアフロディに染岡、半田、マックスの三人が迫る。

 

「ヘブンズタイム」

 

しかし、アフロディは一瞬で三人を抜き去り、三人が吹き飛ばされる。そのままゆっくりと雷門陣内を歩いて攻め上がるアフロディ。

 

「まだだ……!!」

 

しかし、先程吹き飛ばされた鬼道がアフロディの前に回り込む。

 

「相変わらず執拗いね。君の相手をするのも、もう何度目かな」

「うおおおお!!」

 

アフロディのボールを奪おうと鬼道がアフロディに向かう。だが、先程までとは違い、アフロディは鬼道に向かってボールを蹴り込み、ボールを鳩尾に食らった鬼道が吹き飛ばされる。

 

「がっ!?」

「君はそこで這いつくばっているといい。また後で相手をしてあげるよ」

 

痛みに蹲る鬼道を無感情に見下ろし、再び歩を進める。壁山と土門の体は恐怖に震えていた。先程までのアフロディのプレーの理解の及ばなさに。

 

「怯えることを恥じる必要はない。自分の実力以上の存在を前にした時」

 

左手を鳴らしたアフロディが一瞬で二人を抜き去る。

 

「当然の反応なのだから」

 

発生した突風によって二人が吹き飛ばされる。雷門ディフェンスを突破し、ゴール前まで到達したアフロディ。残るはキーパーの俺一人。

 

「こい!必ず止めてみせる!」

「天使の羽ばたきを聞いたことがあるかい?」

 

アフロディの背中に純白の翼が形成され、空中へと舞い上がる。翼を広げ、ボールに凄まじいエネルギーが注ぎ込まれる。

 

「真ゴッドノウズ!!」

 

白い稲妻を帯びたシュートが雷門ゴールに迫る。俺は心臓に気を集中させる。凝縮された気が胸から飛び出し、右手に宿る。

 

「マジン・ザ・ハンド改!!」

「本当の神は……どちらかな」

 

魔神を出現させ、その右腕でシュートを迎え撃つ。

 

「ぐ……くぅ……!!」

 

凄まじい衝撃が右手に伝わってくる。俺の体は徐々にゴールへと押し込まれていき、やがて限界を迎えた魔神が消し飛ばされ、シュートを受け止めようとした右手を巻き込み、俺の体ごとボールは雷門ゴールへと突き刺さった。

 

 

世宇子中先制。そして

 

「………!!み、右腕が……!?」

 




豪炎寺を試合から遠ざけ、円堂には負傷によるハンデを背負わせる。
いつだって、豪炎寺にはご都合主義が味方し、円堂には試練を与える。それがこの小説だ。知らんけども。


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力の差


本日二話目です。


 

ゴールを奪われたことはいい。点を取って逆転すればいいだけのこと。だが、

 

────右腕が上がらねぇ……!!

 

今のアフロディのシュートで痛めたか、右腕に激しい痛みが走り、まともに動かせない。ただでさえ新技も完成せず、シュートを止めるのが厳しいというのに、左腕だけでどうやってゴールを守れば……。

 

「分かったかい?これが、君が愚かにも勝とうとしていた相手の実力だよ」

「くっ…!」

 

俺にそう言い放ち自陣へと戻っていくアフロディ。ゴールを奪われた俺には言い返す言葉はない。

 

「円堂!」

「キャプテン!」

 

ゴール前の俺の元に皆が駆け寄ってくる。

 

「円堂!大丈夫か!?」

「悪い、止められなかった……」

「円堂!?お前、腕を痛めたのか!?」

 

俺の様子を見た風丸が声を上げる。流石に腕を押さえてたら気づかれるか。

 

「ああ、でも大丈夫だ」

「大丈夫じゃないだろ……!!そんな状態でゴールを守るなんて無茶だ!!」

「かもな。でも、無茶でも何でもやるしかないんだ。雷門のキーパーは、俺しかいないんだから」

「円堂……」

 

風丸の言う通りなのだろう。こんな腕で世宇子からゴールを守り切れるとは到底思えないし、無茶をして怪我が悪化すれば今後にも影響しかねない。だが、後を任せられるキーパーがいない以上は俺がゴールを守るしかない。

 

「……よし、俺達で円堂をカバーするぞ!奴らにシュートは打たせない!」

「風丸……」

 

風丸が皆を鼓舞する。しかし、皆の顔は暗い。

 

「風丸さん……。でも、そんなこと言ったって……」

「今だって、たった一人にゴールされたんですよ?」

「ただでさえ豪炎寺がいないのに、円堂までこんな状態じゃ……」

 

不味いな……。豪炎寺が不在で不安を抱えていた状態で、俺まで負傷したことでチームが揺らいでいる。このままじゃ、点差よりも先に心が折れる。

 

「どうしたんだ皆!!試合はまだ始まったばかりだぞ!もう諦めるのか!!」

「止めておけ。やる気のない奴らにいくら言っても無駄だ」

 

説得を続けようとする風丸にそんな声が掛けられる。そちらを見ると、鬼道がゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「鬼道、お前も大丈夫か?」

「ああ、全く……。相変わらず容赦のない奴らだ」

 

アフロディによって二度に渡り吹き飛ばされた鬼道だが、プレーに支障が出る程のダメージは負ってはいなさそうだ。

 

「円堂、たとえ腕が折れようがお前にはゴールを守ってもらうぞ」

「ああ、望むところだ」

 

俺の返答に小さく笑みを浮かべた後、鬼道が皆に向き直る。

 

「諦めるのは貴様らの勝手だが、悔しくないのか。このまま負ければ、貴様らは豪炎寺がいなければ何も出来ないと思われたまま終わることになるんだぞ?雷門が豪炎寺のワンマンチームだと言われているのを知らん訳ではあるまい」

『!!』

 

……鬼道の奴、俺が言いづらかったことを真正面からぶん投げてきたな。とはいえ、その効果は覿面だったようだが。

 

「豪炎寺がいなくたって、俺が点を取ってやらあ!!」

「俺達は豪炎寺だけのチームじゃない!!」

「俺達もやる時はやるでヤンス!!」

 

鬼道がこんな役回りを自分から買って出るのは意外だったが、帝国でもキャプテンをしていただけあって選手達をその気にさせるのは上手いな。

 

「風丸も言ってたように、まだ試合は始まったばかりだ。取られたら取り返せばいい。俺も可能な限りゴールを守ってみせる!」

 

 

 

 

 

 

 

雷門ボールで試合が再開される。先程は単独で攻め込んだ鬼道だが、今度は一旦後ろにボールを預ける。ボールを受けたマックスは半田へとボールを回す。その間に染岡と鬼道は世宇子陣内深くまで入り込む。しかし、ここで鬼道が世宇子のDF四人に取り囲まれる。

 

「くっ、またか……!芸のない奴らめ!」

「何とでも言うといい。君さえ抑えておけば、雷門等取るに足らない」

 

あれでは鬼道にはパスを出せない……。半田も同じように判断したのだろう。染岡にパスを出そうとしたようだったが、

 

「裁きの鉄槌!!」

「ぐあっ!?」

 

それよりも早く、ヘルメスが発動した〈裁きの鉄槌〉によってボールを奪われる。素早くチェックに向かったマックスを〈ヘブンズタイム〉で吹き飛ばし、そのままドリブルで攻め上がる。

 

「キラースライド!!」

「ザ・ウォール!!」

 

土門と壁山の二人が必殺技でボールを奪おうとする。並の選手ならば突破するのは困難だろう。

 

「ヘブンズタイム」

「「ぐわあああああ!!」」

 

だが、世宇子の選手を止めるにはそれでは足りない。〈ヘブンズタイム〉によって二人は抜き去られ、遅れて発生した突風によって空中へと吹き飛ばされる。

 

「ゴッドノウズ!!」

 

ゴール前、純白の翼をはためかせ空中へと舞い上がったヘルメスがシュートを放つ。

 

「ゴッドハンド!!」

 

そのシュートを左手の〈ゴッドハンド〉で迎え撃つ。先程のアフロディのシュートと比べれば威力は低い。だが、左手での、本来の威力を発揮しきれていない〈ゴッドハンド〉を破るには十分すぎる。神の手が砕け散り、ボールは俺の体ごとゴールネットへ突き刺さる。

 

「くそっ……!!」

 

鬼道から聞いてはいたが、本当にアフロディ以外の選手も〈ゴッドノウズ〉や〈ヘブンズタイム〉を使うのか。〈裁きの鉄槌〉まで使ってくることを考えれば、原作同時期のアフロディが強化されて複数人いるようなものだ。おまけにアフロディ当人はそれ以上に強化されているときた。万全の状態であれば、アフロディ以外の選手の放つ〈ゴッドノウズ〉なら止められる自信がある。だが、この腕ではそれすらも難しい。

 

 

 

「取られたら、取り返すだけだ!俺が決めてやる!」

 

今度は染岡がドリブルで攻め上がる。世宇子の選手はこれを余裕の表情で見送る。まるで止める必要などないと言わんばかりの態度に染岡が怒りを燃やす。

 

「舐めやがって……!!くらえ!!」

 

染岡がボールを蹴り上げ、それを追うように地面からワイバーンが出現。空中でボールにパワーを送り込み、青く輝くボールと共に染岡の元に急降下。

 

「ワイバーンクラッシュ!!」

「ツナミウォールV3!!」

 

しかし、宙を舞い、世宇子ゴールを狙うワイバーンは、ポセイドンの生み出した津波に飲み込まれ、地に落とされる。

 

「俺のワイバーンクラッシュが……!!」

 

染岡の〈ワイバーンクラッシュ〉でも単独ではゴールは奪えないか。〈トリプルブースト〉とのシュートチェインが現状一番可能性があるかもしれない。だが、今のシュートもわざと打たされたものだ。そう易々とシュートチェインを許すとは思えない。こうなると鬼道が封じられているのが痛い。〈デススピアー〉ならゴールを奪えるはずだが、世宇子もそれは分かっている。何としてでもそれだけは阻止してくるはずだ。

 

ポセイドンがボールを大きく蹴り出す。ボールの落下地点に回り込むアテナだが、このボールをディフェンスラインから上がって来た風丸がカット。

 

「疾風ダッシュ改!!」

 

そのままアテナを抜き去り、攻め上がる。そうだ。世宇子はDF全員が鬼道のマークについている。それは裏を返せば、中盤を突破出来さえすればキーパーの前には誰も選手がいないということ。風丸のスピードならシュートチャンスを作り出せるかもしれない。

 

そんな俺の考えを嘲笑うように、突破されたはずのアテナが一瞬で風丸に追いつき、ボールを奪い取った。

 

「何っ!?」

 

完全に躱したつもりだった風丸が驚愕の声を上げる。速い。風丸と同等か、それ以上だ。神のアクアは身体能力増強のドリンク。スピードもここまで引き上げられているのか。

先程とは一転、ボール奪った世宇子は中盤でパスを回す。素早いパス回しに雷門の選手達はついていけない。自分達の身体能力を誇示するかのような、必殺技すら使わないスピードとパワーに任せた強引なプレーでディフェンスを突破される。

 

「ゴッドノウズ!!」

 

今度はゴール前でラストパスをデメテルがシュートを放つ。俺は左手に気を集め、〈ゴッドハンド〉でシュートに対抗する。だが、やはり止められない。再び神の手が砕け散る。

 

「くっそがああああ!!」

 

一か八か、シュートに向かって全力でヘディングを叩き込む。〈ゴッドハンド〉によって、いくらかシュートの威力は落ちているはずだ。止められると信じて、必死の抵抗を重ねる。

僅かな拮抗の後、大きく体勢を崩されはしたものの、何とかボールを弾き返すことに成功する。

やった、そう思った俺だが、すぐに背筋が凍る。弾き返したボールの先には、シュート体勢に入ったアフロディの姿。そして放たれるシュート。必殺技ですらない、先程まで受け続けた〈ゴッドノウズ〉に比べれば大したことはないただのシュート。だが、体勢が悪過ぎる。まともに踏ん張ることすら出来ずに、体ごとゴールに叩き込まれた。

 

 

既に点差は3点。自分達のプレーが何一つ通用しないまま、雷門は絶体絶命の状況に追い込まれた。




バランスブレイカーがいないとめっちゃ書きやすいの草。


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勝利は遠く

円堂達が決勝を戦っている一方、稲妻町の病院の一室に豪炎寺は居た。彼が見つめる視線の先には、ベッドに横たわり眠る妹の姿がある。

 

────俺の所為だ。

 

原作で影山の策略により、昏睡状態に陥っていた夕香。だが、この世界ではそれは起こらなかった。だから、もう終わったことだと、関係の無いことだと思っていた。だから、駅に向かう途中で、夕香が事故に遭ったという連絡を受けた時は目の前が真っ暗になったような気持ちだった。

幸いにも、事故によるショックで気を失っているだけで、怪我自体は軽傷であり、直に目を覚ますだろうとのことだった。それを聞いた豪炎寺は、生まれて初めて神様というものに感謝した。妹の夕香は豪炎寺にとってかけがえのないものだ。夕香の存在によって救われたと言っても過言ではない彼にとっては、妹は自分の命よりも大切なものだと断言できる。

だからこそ、自分が許せない。こうなることを考えもせず、勝手なことをし続けてきた自分が。円堂に何を言われても、最後には受け入れてくれるという確信があったから、自重なんてものは考えもせずに只只強くなることだけを目指して来た。

なのに、強くなった所為で自分にとって最も大切なものを失いそうになるなど、本末転倒もいいところだ。

………皆は、大丈夫だろうか。俺は、決勝戦に出ることよりも、こうして夕香の傍にいることを選んだ。それは、皆への裏切りだ。世宇子は強い。鬼道から聞いた話では、原作よりもかなり強くなっているらしいから、苦しい戦いを強いられていることだろう。本当ならば、エースストライカーである自分がチームを引っ張らなければならないのに、なぜ俺はこんな所にいるのか。

夕香の傍にいたいという想いと、今すぐに皆の所に駆けつけたいという想いがせめぎ合っている。

 

「お……にいちゃん……」

「!!夕香!目が覚めたのか!?」

 

その声に、夕香の意識が戻ったのかと思ったが、どうやらただの寝言のようだ。

 

「かっこいい…シュート…決めて勝たなきゃ……だめ、だよ……」

「………!!」

 

その言葉に息を呑む。今日が決勝戦だと言う話はしていたが、この状況でこの言葉を聞くことになるとは。

 

「俺は……」

 

目を閉じれば、俺の頭の中に皆の顔が浮かんでは消えていく。一番最後に、円堂の顔が浮かぶ。

 

『豪炎寺!』

 

目を開ける。もう、迷いはない。

 

「済まない、夕香。だけど俺は……これ以上、自分の気持ちに嘘はつけないんだ」

 

夕香の目が覚めるまでは、病院で見守っていたい気持ちはある。けれど、俺は行かなきゃ絶対に後悔する。ここで行かなきゃ、俺じゃない。豪炎寺修也じゃない。

 

夕香に背を向け、病室を出たところである人物と鉢合わせる。

 

「……父さん」

「………」

 

この病院で医師を務めている俺の父、豪炎寺勝也。正直あまり会いたくなかったので、少し気まずい。

 

「待て」

 

無言で通り過ぎようとしたが、呼び止められたので仕方なく立ち止まる。

 

「何か……?」

「どこへ行く気だ」

「……試合に。今日、決勝戦だって言っただろ」

 

俺の言葉を聞いた父さんは大きくため息を吐いた後、こう続けた。

 

「またサッカーか。お前にとってそんなものが、事故に遭った妹よりも大切なのか」

「……夕香よりも大切なものなんて無いさ。でも、サッカーだって大切だ。俺が俺でいる為に、今行かなきゃ駄目なんだ。俺を信じてくれる仲間達がいる。俺はそれに応えなきゃならない」

 

きっとこの人には理解出来ないだろう。でも、それはこの人だけの所為じゃない。今まで、一度も俺の方からも歩み寄ろうとしたことはないし、何なら父親だと思えるようになったのも、そう昔の話ではないのだから。

そう言ったきり、何か言葉が返ってくる気配もなかったので、その場を後にする。走らないように、しかし出来る限りの速度で病院の廊下を進む。

 

「……修也。お前にとって私は……」

 

 

 

 

病院の外に出てからは全力で足を動かす。今からでは、どれだけ急いでも会場に辿り着くのは良くて試合終了5分前といったところだ。間に合う保証もない。だが、そんな可能性は考えない。只ひたすら走る。俺を待つ、仲間の元へ。

 

────皆……俺が行くまで、持ち堪えてくれ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ……!!」

 

放たれたシュートが俺の顔面に当たり、弾かれラインを割る。俺はその場に倒れ込む。あれから更に点差は広がり、現在の得点は5-0で世宇子がリード。まだ前半だというのに、雷門の選手達は皆例外なく地に倒れ伏している。

 

「まだ続けるかい?……いや、続けるに決まってるね。では質問を変えよう。チームメイトが傷ついていく様子を、まだ見たいのかい?」

 

世宇子は強い。その強さは俺達の想像を遥かに上回っていた。俺達のプレーは何一つ通用せず、皆が傷ついていく。

 

「続けるか棄権か、君が決めるんだ」

 

アフロディが言うように棄権という選択肢もあるだろう。客観的に見て実力の差は歴然。観客の中にはこれ以上続けることは無意味だと考える者もいるかもしれない。だけど

 

「舐めん……なよ」

「何……?」

「俺の仲間に……このくらいで、諦めるような奴なんていない」

 

アフロディが間違っていることがあるとしたら、それは皆を侮っていることだ。

 

「そうだろ……皆!!」

 

俺の言葉がフィールドに響く。その声は倒れ伏す皆の耳に、確かに届いた。

 

「円堂の……言う通りだ!」

「俺達は…まだ、戦える!」

「試合はこれからだ……!」

 

俺の言葉で染岡が、風丸が、半田が。皆が次々に立ち上がる。

 

『まだ……終わってねぇぞ!!』

 

俺を信じてくれる仲間がいる限り、俺は何度だって立ち上がってみせる。そして、俺も皆を信じている。だから、絶対に折れない。折らせない。どんなに絶望的な状況であろうとも、心に灯る炎は誰にも消すことは出来ない。

 

 

 

染岡を筆頭に、世宇子陣内へと攻め上がる雷門。

 

「ディフェンスは攻撃陣を徹底的に狙え!」

「メガクエイク!!」

「裁きの鉄槌!!」

 

アフロディの号令で世宇子の選手達が一斉に必殺技を発動。雷門の選手達を吹き飛ばし、ボールを奪う。

 

「オフェンスは守備陣を!」

「ヘブンズタイム!!」

「ダッシュストーム!!」

 

ディフェンスに向かう雷門の選手を吹き飛ばし、ゴール前に迫る。

 

「キーパーは重点的に!」

「ゴッドノウズ!!」

 

皆が再び倒され、雷門ゴールにシュートが迫る。これ以上点をやる訳にはいかない。〈ゴッドハンド〉では止められない。ならどうする。考えろ、考えるんだ……。

 

左腕に気を集中させる。左手が鋼鉄の輝きを帯びる。だが、ここから更に気を込める。肘辺りまでが鋼鉄に覆われ、そこから腕を守る篭手を形成する。迫り来るボールを、アッパー気味に下から思い切り殴りつける。

 

「メタルガントレット!!」

 

────正面から止めるのは無理でも、別方向から衝撃を与えて僅かでも軌道を逸らせれば……!!

 

左手が弾かれるものの、ボールはゴールバーを叩いて跳ね返る。思った通りだ。アフロディ以外のシュートは、左手だけでもやりよう次第でどうにかなる。

 

跳ね返ったボールは心底意外そうな顔を浮かべるアフロディの元へ。

 

「……君がどこまで耐えられるか、興味が湧いてきたよ」

 

そう言ってアフロディはボールを横に蹴る。ボールはサイドラインを割り、世宇子の選手達がベンチに引き上げていく。

 

────神のアクアの補給時間か……。

 

実際にやられると腹が立つ行動だが、今は少しでも体を休める時間ができたと考えるべきか。

 

 

 

試合再開後、すぐにボールを奪われ、世宇子の攻撃。何とか立ち上がった皆が再び倒され、ゴールではなく痛めつけることを目的としたシュートによって俺も倒される。

 

────こんな奴らに、どうやったら勝てるのかは分からない。それでも……。

 

「俺は……諦めないぞ……!!こんなシュートぐらいで……俺が折れると思うな……!!」

「……なら、試してみようか」

 

アフロディが〈ゴッドノウズ〉の体勢に入る。翼を広げ、エネルギーを注ぎ込んだボールをアフロディが蹴りこもうとした瞬間、審判の笛が吹かれる。前半終了だ。

 

「命拾いしたね」

 

アフロディ達がベンチへと戻っていく。俺達も肩を貸し合い、何とか立ち上がり、ベンチへと向かう。

 

 

 

ベンチへと戻り、その場に座り込む。やはり今のままでは駄目だ。このまま痛めつけられれば、いずれ限界が来る。原作以上に開いてしまった点差が苦しい。豪炎寺抜きで奴らから6点も取るのは至難どころではない。勝利が、あまりにも遠い。

 

「神のアクア?」

「ええ、神のアクアが世宇子の力の源よ」

 

そういえばベンチに先程までマネージャー達がいなかったような気がする。どうやら色々と動いてくれていたようだが、無事でよかった。後は鬼瓦さんがやってくれるはずだ。

 

軽く怪我の手当てをした後、俺は鞄の中からある物を取り出す。原作で円堂が〈マジン・ザ・ハンド〉を習得する切っ掛けとなった、円堂大介のグローブ。既に〈マジン・ザ・ハンド〉は習得しているので必要ないと思っていたが、母さんから祖父さんも連れて行ってやってくれと言われ、持ってきていたグローブ。それを左手に身に付ける。

 

────力を貸してくれ。祖父さん……。

 

 

日本の頂点を決める、運命の後半戦が始まる。

 



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逆襲の雷門

仕事という名の壁が作者の前に立ちはだかっているので更新速度戻ります。


世宇子ボールから後半開始。ボールを持ったアフロディは相変わらず、余裕を隠そうともせず歩いて攻め上がる。

 

「ヘブンズタイム」

 

染岡と鬼道が吹き飛ばされる。やはりあの技を攻略しない限り、アフロディの突破を止めるのは不可能なのか。

 

「サイクロン!!」

「クイックドロウ!!」

「無駄だよ」

 

半田とマックスが同時に必殺技で仕掛けるが、これも通用しない。先程の二人同様吹き飛ばされる。

しかし、時間差で宍戸と少林がスライディングでボールを奪いに掛かる。

 

「ヘブンズタイム」

 

だが、連続で発動した〈ヘブンズタイム〉の前には無意味。結果は変わらず、地に叩きつけられる、〈ヘブンズタイム〉の厄介な点は技の性質もそうだが、モーションが小さいので隙がないことにある。純粋に破る以外に攻略の術は無い。

 

「ヘブンズタイム」

 

壁山の大きな体支えにして突風に堪えようとしたディフェンス陣だったが、そんな単純な手では太刀打ち出来ず、空中へ投げ出され、フィールドに倒れ込むことになる。

 

「残るは君だけだ」

 

アフロディが俺に向かってボールを蹴り込む。反応しきれず、ボールは俺の顔面に直撃してアフロディの元に跳ね返る。俺は痛みに耐えながら立ち上がる。

 

「何故だ……。勝ち目の無い戦いにどうしてそれ程熱くなれる」

 

再びアフロディがシュート。今度は反応するも、左腕だけでは止めきれず、ボールは弾かれ、アフロディがもう一度シュートを放つ。

 

「何故君は僕をイライラさせる……!!」

 

アフロディの蹴ったボールが俺の鳩尾に叩き込まれ、耐え切れずに前のめりに倒れ込む。

 

「そうだ。君は神の力を得た僕に、ひれ伏すしかないんだ」

「……まだだ」

「……!!」

 

膝をつき、体を起こす。ボロボロの体で、尚も立ち上がる。

 

「まだ……終わってねぇぞ……!!」

「嘘だ……。体力は既に限界のはず……」

「俺の限界を……お前が決めるな……!!」

「……ッ!!」

 

アフロディが何度も、何度もシュートを放つ。それを受けた俺が倒れ、その度に起き上がる。

 

「まだだ……」

「……ッ!!君はいったい何なんだ!!」

 

 

 

 

人は自らの理解の及ばないものに恐怖を感じる。アフロディもそれは例外ではない。何度倒そうと立ち上がってくる円堂の姿は、アフロディには理解出来ないものだ。

無意識の内にアフロディが後ずさる。一瞬遅れてそれを自覚する。

 

────神である僕が……怯えているというのか……?そんなことが………。

 

「ッ!!そんなことは……あってはならない!!」

 

アフロディが純白の翼を背中に顕現させ、空中へと舞い上がる。翼を広げ、ボールにエネルギーを送り込む。

 

「これで終わりだ……!!」

 

 

 

 

 

────人は、倒れる度に強くなれる。

 

他でもない、アフロディが原作で言った言葉。その通りだと思う。俺は今まで、何度も迷い、挫け、立ち止まりそうになった。その度に、風丸が、豪炎寺が、夏未が、チームの皆が俺を支えてくれた。

俺はどうやっても円堂守にはなれないし松風天馬のようにもなれない。先頭に立って皆を引っ張っていくなんて出来ない。かといって、皆の横を肩を並べて、同じように走っていくには、俺は弱過ぎる。きっとこの先も、俺は皆に助けられながら前へと進んでいく。だから、俺は皆の前でも、隣でもなく、後ろにいる。躓きそうになったら手を引いてもらいながら、誰かが置いていかれないように、誰かが道を踏み外しそうになったなら、すぐにそれに気づけるように、一番後ろで皆を見守る。皆が、安心して前だけを見ていられるように、俺がゴールを守る。だから─────

 

「もう……1点足りとも入れさせやしねぇ!!」

『円堂!!』

『キャプテン!!』

『円堂君!!』

 

拳を握り締める。ふと視線を落とせば目に入るのは、焦げ跡のついた左手のグローブ。

 

────そうか!そういう事か!!

 

体の力を抜き、一度深呼吸した後、左手を胸に当て目を閉じる。

 

「諦めたか!だが、今さら遅い!」

 

アフロディがそう言った直後、俺の体から白銀のオーラが立ち上る。俺は勘違いしていた。〈マジン・ザ・ハンド〉は右手でしか出せないと思い込んでいた。だが、円堂大介が使っていたオリジナルの〈マジン・ザ・ハンド〉は左手を使っていたという。原作の円堂の〈マジン・ザ・ハンド〉は彼が編み出した、彼だけのものだ。それが、必ずしも俺に適したものであるとは限らない。

体に流れる気に、意識を集中させろ。体を巡る血液の循環のように、淀みなく完璧に気をコントロールしろ。

 

「うぉぉおおおお!!!!」

 

目を見開き、気を集中させた左手を天に突き出す。俺の体から紫電が迸り、白銀の魔神が姿を現す。

 

「真……ゴッドノウズ!!」

 

俺の〈マジン・ザ・ハンド〉は右手に気を伝える瞬間に僅かなロスが発生していたんだ。だが、左手を使えば右手に気を伝えるモーションは必要ない。不要な工程を省いたことにより、気を伝達する効率が上がり、余剰分の気が発生する。体から限界まで気を振り絞り、余剰分の気と合わせ魔神の体に纏わせる。全身に鋼鉄の鎧を纏った魔神が咆哮を上げる。円堂大介のものでも、円堂守のものでもない。

 

「これが俺だけの……マジン・ザ・ハンドだぁああああ!!!!」

 

真の名を冠する神の一撃と、鎧を身に纏った魔神の左手が轟音を響かせながらぶつかり合う。一瞬の拮抗の後、神の一撃の威力は殺され、魔神の左手がガッチリとボールを掴み取った。

 

「馬鹿な……!!」

『円堂!!」

『キャプテン!!』

『円堂君!!』

 

アフロディが驚愕の声を漏らし、雷門の皆が歓喜の声を上げる。俺は風丸にボールを渡す。

 

「裁きの鉄槌!!」

 

アテナがボールを奪おうと必殺技を発動するが、それよりも早く風丸が俊足を飛ばし、必殺技の範囲外へと駆け抜ける。

 

「そんなものに……捕まってたまるか!!」

「何だと!?」

 

風丸はマックスへとパスを出す。ボールを受けたマックスに、ヘルメスが迫る。

 

「イリュージョンボール!!」

「はっ!そんな技で───」

 

確かにこれではヘルメスを躱すのは困難だ。だが、必殺技を前にして一瞬足が止まる。それで充分。

 

「鬼道!」

「何!?」

 

〈イリュージョンボール〉によって空中へと舞い上がったボールを半田が鬼道へと送る。虚をつかれたヘルメスはこれに反応出来ない。

厳しいマークに遭いながらも、鬼道がこのボールをキープする。

 

「裁きの鉄槌!!」

 

アポロンの必殺技を躱し、前へと進む。

 

「メガクエイク!!」

 

隆起した地面を逆に利用し、高く跳躍。ディオを突破する。空中で三人目のマーカーであるヘパイスの〈裁きの鉄槌〉が迫るが、〈ダークトルネード〉を〈裁きの鉄槌〉に向かって放ち、相殺する。世宇子DF三人を突破した鬼道だったが、着地と同時に体勢を崩す。そこに容赦無く襲い掛かる四人目のマーカー、アレスの〈裁きの鉄槌〉。

 

「鬼道!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────無理だ。ボールを奪われる。

 

直感的にそう察する。円堂がアフロディのシュートを防ぎ、俺まで繋がったボール。何としてでもゴールにねじ込む、そう思い突破を試みたが、駄目だったか。

さっきの風丸、マックス、半田の世宇子を上回るプレーは、前半まででは考えられないものだ。やはり円堂のプレーは、雷門の選手全員に力を与えるらしい。敵として相対すれば恐ろしいことこの上ないが、味方としては頼もしい。だが、その中には俺は含まれていなかったらしい。当然か。俺は心から雷門の一員になっている訳ではないのだから。自嘲するように小さく笑みを浮かべる。

 

────所詮、俺一人ではこんなものか……。

 

迫り来る〈裁きの鉄槌〉を前に、目を閉じ、諦めようとしたその時

 

「お兄ちゃーーーーーん!!!!」

 

そんな声が、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼道の体から衝撃波が発生し、アレスの発動した〈裁きの鉄槌〉を消し飛ばす。鬼道の背中から、黒い影が溢れ出す。

 

影山零治は、この試合で一つのミスを冒した。それは、鬼道有人という存在を軽視してしまったこと。突如現れた豪炎寺という光に目が眩み、自身が最も恐れたはずの男を野放しにしてしまった。万全を期すのならば、豪炎寺だけではなく鬼道も試合から遠ざけるべきだった。豪炎寺が派手な活躍をする為にそちらにばかり目が行きがちだが、鬼道の秘めるポテンシャルは決して豪炎寺に劣るものでは無い。そして何より、時空の共鳴現象の影響下にあったとはいえ、この世界線で現状唯一、鬼道は化身を発現させたことのある男だ。眠っていたその力が、妹の叫びによって、今目覚めた。

 

「────────!!!!」

 

鬼道が声にならない咆哮を上げ、黒い影が鬼道の背に異形を形成していく。漆黒の肌を持つ剛腕が影を引き裂き、異形がその姿を露わにする。

 

それは鬼だった。漆黒の肌に、額には血のように赤い一本の角。全身に闇色の瘴気を纏い、角と同じく血に濡れ、赤く染まった大剣を携えている。

 

「羅刹の王……ブルート!!」

 

漆黒の鬼が地に突き刺した大剣を抜き放ち、振りかぶる。空中に蹴り上げたボールを鬼道が踵落としで打ち下ろす。それと同時に鬼が大剣を振り下ろす。

 

「鬼神の斧!!」

 

凄まじい威力を秘めたシュートが、地を抉りながら世宇子ゴールへと向かう。

 

「ツナミウォールV3!!」

 

ポセイドンが津波を生み出し、このシュートに対抗する。だが、化身に対抗するにはあまりにも力不足。津波は一瞬で突き破られ、ポセイドン諸共ボールは世宇子ゴールへ突き刺さった。

 




作者のネーミングセンスに期待するなといつも言っているだろう……!!
鬼道の化身は不満があれば自分で適当な名前に脳内変換してやってください。化身技に関してはダークエクソダスの魔王の斧のオマージュです。
ちなみにブルートはドイツ語で血って意味です。良さげな名前が思い浮かばなかったんだ。許しておくれ。


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怒涛の猛追


前話の円堂の新技の名前はマジン・ザ・ハンドのままです。本質的には同じ技なので、うちの円堂だけの特別な進化だとでも思ってください。


 

鬼道の化身によるシュートでついに1点を返した雷門。雷門のメンバーが歓喜の声を上げ、鬼道へと殺到する。

 

「やった!ついに点を取ったぞ!」

「鬼道、何だよ今の!」

「やっぱお前も凄いやつだよ!」

 

皆に揉みくちゃにされている鬼道だが、口では離れろとは言いつつも、どこか満更でもなさそうな表情を浮かべている。それにしても、まさか化身を出すとは思わなかった。やっぱあいつも化け物だわ。間違いなく豪炎寺の同類だ。

まあ、何はともあれようやく1点だ。

 

「さあ、この調子で逆転するぞ!」

『おお!』

 

士気を高める俺達だが、世宇子イレブン、特にアフロディは恐ろしい形相で鬼道を睨みつけている。まだ1点取られただけ。しかし、世宇子にとっては大きな1点だ。この試合こそ、鬼道を完全に押さえ込むつもりだったというのに、またしても得点を許してしまった。世宇子イレブンが屈辱に身を震わせる。

 

 

「たかが1点で調子に乗るな!!」

 

素早いパス回しからボールはアフロディへ。壁山がマークにつく。

 

「ヘブンズタイム!!」

 

指を鳴らし、一瞬で壁山の背後へ。遅れて突風が吹き荒れる。

 

「ザ・ウォール……改!!」

 

だが、壁山が吹き飛ばさる前に必殺技を発動。強風を必死に堪える。壁山が何とか吹き飛ばされずにその場に踏みとどまり、突風が止む。壁山が膝をつくが、その背後から宍戸の手を足場に少林が跳躍。

 

「シューティングスター!!」

「なっ!?」

 

背後からの強襲で、突破したと思い込み油断していたアフロディからボールを奪い取る。すぐさまボールを奪い返そうとするアフロディだったが、それよりも一瞬早く少林がパスを出す。

ボールを受けたのは栗松。その前方に風丸と土門が走り込む。栗松がボールを蹴り出し、それを土門が更に加速させる。二人分の力を加えたボールを最後に先頭の風丸が打ち出す。

 

「「「トリプルブースト!!」」」

「シュートチェインを警戒しろ!FWのマークにつけ!」

 

〈トリプルブースト〉だけではゴールを奪うには威力が足りない。アフロディもそれを理解しているが故に、DFに指示を出す。だが、シュートの軌道の行先はサイドに展開した鬼道と染岡のどちらでもない。

 

「何!?」

 

そこに走り込んでいるのは半田とマックスの二人。

 

「見せてやろうぜ、マックス!!」

「おう!」

 

半田とマックスの二人が両手を繋ぎ、勢い良く回転し、竜巻を発生させながら浮かび上がる。二人の蹴り足がVの字を描くようにして、同時にボールを蹴り込む。

 

「レボリューションV!!」

 

サイドに展開したFWの二人に釣られて、世宇子のディフェンスは中央ががら空きになっている。シュートブロックを掛けることも出来ずに、竜巻を纏ったボールが世宇子ゴールに向かう。

 

「ツナミウォールV3!!」

 

ポセイドンが津波を生み出し、このシュートを受け止める。だが、シュートの威力に押され、津波の壁が徐々に崩れていく。やがて、ボールは津波を突き破る。ポセイドンが両手で押さえ込みに掛かるが、止めきれず弾かれる。ポセイドンは大きく体勢を崩したものの、ボールは惜しくもゴールバーを叩いて跳ね返る。内心胸を撫で下ろしたポセイドンだったが、すぐに顔が青く染まる。

跳ね返ったボールの先には、軽快なステップでマーカーを振り切った鬼道の姿があったからだ。

 

「ダークトルネード!!」

 

鬼道が容赦無く、大きく体勢を崩したポセイドンの顔面にシュートを叩き込み、その勢いに吹き飛ばされたポセイドンごとゴールネットを揺らす。

 

「何だと……!!」

 

 

 

2点目を奪われたことにアフロディが驚愕の声を漏らす。まだ点差はあるとはいえ、世宇子が連続得点を許すなど、本来あってはならないことだ。

 

「彼が……他の選手の力を引き出したとでも言うのか……!!」

 

忌々しげに円堂を睨みつける。もう茶番は終わりだ。全力で叩き潰す。

 

 

 

試合再開から、アフロディが雷門陣内へ攻め込んでいく。先程までの余裕に満ち溢れたゆっくりとしたドリブルではなく、スピードに乗った高速のドリブル。

 

「スピニングカット!!」

「そんなものが通用するか!」

 

風丸が衝撃波を発生させ食い止めようとするが、アフロディは容易く衝撃波の壁を突破する。たとえ〈ヘブンズタイム〉を使用せずとも、その突破力は健在だ。

 

「ボルケイノカット!!」

「なっ!?」

 

しかし、〈スピニングカット〉を突破した瞬間、今度は土門が衝撃波を発生させ、地面から噴き出した炎の壁にアフロディがボールを奪われる。

 

「染岡!」

 

土門が染岡にパスを出す。鬼道や先程シュートを放った半田とマックスを警戒していた世宇子はDFが完全に裏をかかれ、綺麗にパスが通る。

 

 

 

世宇子は神のアクアによって超人的な身体能力を得ているが、それが世宇子の弱点にもなる。力だけを信じるが故に、その絶対性が否定されれば簡単に揺らいでしまう。特にディフェンスはそれが顕著だ。世宇子の選手達はチームメイトの実力は認めていても、心から信じているのは自らの力だけだ。それを証明するように、強力な必殺技を数多く持つにもかかわらず、世宇子には連携技が一つも存在しない。選手一人一人が自分の力だけでどうにかしようとする為に、一度崩れてしまえば連携が取れずに守備はガタガタになる。

加えて、唯一自分達よりも上の実力を持つとチーム全員が認めているアフロディが連続でプレーを阻まれたことによる動揺も、それに拍車をかける。

 

 

染岡がボールを蹴り上げる。地面から出現したワイバーンがボールに力を送り、青く輝くボールを蹴り出す。

 

「ワイバーンクラッシュ!!」

「なっ……どこへ打って……!?」

 

染岡は〈ワイバーンクラッシュ〉をゴールではなく、後方へと打ち出す。疑問を浮かべた世宇子だが、そのシュートの先に走り込んでいる選手を見て驚愕する。

 

「いくぞ!!」

 

そこに走り込んでいるのは、ゴールから離れここまで上がって来た円堂。まさかのプレーに世宇子の選手達は虚をつかれ、反応出来ていない。

 

 

 

 

 

額に気を集め、〈ゴッドハンド〉の要領で右手を形成する。更に気をコントロールし、形成した右手を鋼鉄でコーティングする。咄嗟の思いつき故に威力は保証出来ないが、そこは〈メタリックハンド〉の応用による強度の補強と〈ワイバーンクラッシュ〉の威力を足すことでカバーする。鉄の右手が拳を握り、ヘディングでボールをゴールに向かって放つ。

 

「メガトンヘッドォォォ!!」

 

やはり完全には使いこなせないか、〈ワイバーンクラッシュ〉を跳ね返した瞬間に、鉄の拳がバラバラに砕け散る。だが、一瞬でも保てれば充分だ。ポセイドンはまさか俺がシュートを打ってくるとは思っておらず、技の発動が遅れた。津波を発生させようとするが、それよりも早く、俺のシュートがゴールに突き刺さった。

 

 

キーパーまでもがシュートを放つ全員攻撃で、一気に2点差まで詰め寄った雷門。そして、チーム全員が待ち望んだあの男が、ついに会場に到着する。

 

「待たせたな……皆!!」

 

雷門のエースストライカー、豪炎寺修也。参戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『豪炎寺!』

『豪炎寺さん!』

 

チーム全員が豪炎寺の元に駆け寄る。

 

「この野郎、やっと来やがったか!!」

「待ってましたよ!豪炎寺さん!」

「……済まなかった。迷惑を掛けたな」

 

豪炎寺が頭を下げる。その姿に皆が何も言えなくなる。何も豪炎寺を責めたい訳では無いのだ。

 

「豪炎寺……大丈夫なのか?」

 

俺の問いに込められた意図を察したのだろう。豪炎寺が小さく頷いた後、笑みを浮かべる。

 

「ああ、心配ない。ここからは思う存分暴れてやるさ」

「そっか、よかった」

 

少なくとも、命に関わったりってことはないんだな。こいつも、こいつの妹も。心配していただけに、それを聞けて肩の荷が下りたような気分になる。

 

「鬼道、その様子だと随分無理をしたようだな」

「……まあな」

 

肩で息をする鬼道を見て、豪炎寺がそう話し掛ける。この試合、ずっと厳しいマークを受け、化身まで出した鬼道の体力はもう限界に近いだろう。

 

「だが、まだ満足しちゃいないだろう?俺も手伝ってやるから、お前は少し休んでいろ」

「……お前の言う通りにするのは少し癪ではあるが……。そうさせてもらおう」

「おう、任せろ」

 

そして豪炎寺は世宇子の選手達に向き直る。世宇子の他の選手達が豪炎寺の登場に怯えたような様子を見せる中、アフロディだけが俺達を睨みつけている。

 

「現れたか、豪炎寺修也……!!だが、今更もう遅い!この残り時間で何ができる!」

 

確かにアフロディの言う通り、残り時間はもう5分程度しか残っていない。2点差をひっくり返すのは、正直かなり難しいと言える。

 

「遅くなんてないさ。むしろちょうどいいハンデだ」

 

豪炎寺が獰猛な笑みを浮かべる。その目には確かな怒りが見て取れる。

 

「お前らから3点取るのに、5分もあれば充分だ」

 




ついに奴が帰ってきてしまった……。

この試合の円堂の所業。
・左腕一本でゴッドノウズを防ぐ。
・マジン・ザ・ハンドを進化させ、アフロディの真ゴッドノウズを止める。
・即興でメガトンヘッドを使う。
こいつも充分バケモンやんけ(白目)


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怒りの爆炎


怒りによるブーストで超強化された豪炎寺の蹂躙劇、はーじまーるよー!


 

5分で3点取るとは言ったが、ただ点を取るだけでは駄目だ。それでは俺の腹の虫が治まらない。点を取るだけなら4点でも5点でも取ってみせるが、それではこいつらはただ負けるだけだ。やるなら徹底的にだ。跡形もなく、完膚無きまでに、世宇子というチームを叩き潰す。

 

怒りに燃える怪物は、物騒にも程がある決意を固めていた。

 

 

 

センターサークルにボールがセットされ、試合が再開されようとしている。だが、フィールド内は異様な雰囲気に包まれていた。その原因は宍戸と交代し、雷門のスリートップの一角としてフィールドに立つ豪炎寺修也。彼から発せられる怒気がフィールドの空気に溶け込み、充満している。それだけでフィールド上の気温は数度上昇し、選手達は肌が焼けるような感覚を覚える。

 

審判の笛が吹かれ、ヘラが軽く蹴り出したボールをデメテルがアフロディへ下げる。ボールを受けたアフロディだが、前を向いた瞬間ギョッとする。目の前に、世宇子のFWを追い越した豪炎寺が立っていたからだ。

 

「い、いつの間に……!」

 

思わずアフロディが後ろへボールと共に飛び退く。豪炎寺はそれに何の反応も示さず、言葉を紡ぐ。

 

「言っておくが、手加減は期待するなよ。俺は怒っているんだ。皆を傷つけたことを。それに何より……関係の無いはずの夕香に手を出したことを!!」

 

豪炎寺が凄まじい怒気をアフロディへと向ける。足元から炎が吹き荒れ、豪炎寺の体から発生するあまりの熱量に周囲が歪んで見える。それに気圧されるアフロディだが、引き攣った笑みを浮かべ、左腕を掲げる。

 

「たとえ君でも……この技は破れない!!」

「ならさっさとやれよ。そんなに俺が怖いか。自称神様?」

「……ッ!ヘブンズタイム!!」

 

豪炎寺の言葉に、アフロディが顔を歪める。忌々しげに豪炎寺を睨みながら、指を鳴らし神の御業を発動する。時間が、止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

停滞した世界の中でアフロディは笑う。この技を一度発動すれば、動けるのは神である自分のみ。散々偉そうなことを言っていたが、所詮ただの人が神に適うはずもなかったのだ。そう、そのはずなのに

 

────何故、僕を見ている!?

 

意識等あるはずがない。この停滞した世界に踏み込めるのは、神の力を持つ自分だけの────

 

────その程度か。

 

必死に否定しようとするアフロディの耳にそんな言葉が響き、視界は鮮やかな赤に満たされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラスが割れるような音と共に、停滞した世界が動き出す。豪炎寺を中心に形成された灼熱の世界が、停滞した世界を塗り潰す。

 

「ムスペルヘイム」

 

荒れ狂う灼熱の海にアフロディが呑み込まれる。炎がまるで意思を持つかのように独りでに蠢き、灼熱の世界の中心に佇む主の元へとボールを運ぶ。

豪炎寺が左足で強くボールを踏みつけると、炎が舞い上がり、豪炎寺の周囲に渦巻き、天を衝く巨大な炎の渦を作り出す。

 

 

以前、豪炎寺は円堂に魔神が上手く出せないのだと言ったことがある。あれから決勝までの間に何とか完成までは漕ぎ着けたものの、本当なら世宇子に通用する程の威力はなく、〈マキシマムファイア〉や〈グランドファイア〉といった技の方が威力が高い為に、そちらを豪炎寺も優先して使う、はずだった。だが、激甚な怒りが怪物を更に上へと押し上げる。限界の壁をいとも容易く数枚ぶち破り、新たな次元へと足を踏み入れる。

 

 

炎の渦を引き裂き、魔神が姿を現す。円堂の魔神とよく似た炎の魔神。だが、決定的に違うのはそのサイズ。天高くから世宇子の選手達を睥睨する炎の魔神は、円堂の魔神の優に三倍以上の大きさを誇る。円堂や鬼道が愕然とした表情を浮かべ、世宇子の選手達はその威容に恐れ慄く。

 

背に巨大な炎の魔神を従え、燃え盛る爆炎を纏った豪炎寺がゆっくりと世宇子ゴールへ向かって歩みを進める。

 

「……ッ、何をしている!早くボールを奪え……!」

 

アフロディの声で世宇子のディフェンス陣が我に返り、恐怖を押し殺し豪炎寺からボールを奪うべく、一斉に必殺技を発動させる。

 

「「「裁きの鉄槌!!」」」

「メガクエイク!!」

 

並の選手ならば一溜りもなく、ボールを奪われることだろう。だが、彼等の前にいるのは常人の理解を超えた怪物。

 

「邪魔だ」

 

その一言と共に、炎の魔神が剛腕を振るい〈裁きの鉄槌〉を消し飛ばす。〈メガクエイク〉によって隆起する地面を歯牙にもかけず踏み砕き、尚も歩みを進める。

 

遂にゴール前に到達した豪炎寺が足を止める。世宇子キーパー、ポセイドンは震え上がっていた。逃げ出しそうになるのを必死に堪える。前半の余裕の表情は見る影もなく、その顔は恐怖に彩られていた。

 

豪炎寺が左腕を掲げると、周囲に吹き荒れる炎が導かれるように一点に集中していく。渦巻く炎が魔神の眼前に巨大な火球を作り出し、跳躍した豪炎寺の左足が、魔神の咆哮と共にそれを解き放つ。

 

「爆熱ストーム……G5!!」

 

最大限の進化を遂げた灼熱の究極奥義が世宇子ゴールを襲う。荒れ狂う爆炎が大気を焦がしながら突き進む。

 

「う、うわあああああ!!!?」

 

視界を埋め尽くす炎を前に、ポセイドンがゴールを放棄して逃げ出そうとするが、判断を下すのが一瞬遅かった。熱風に体が煽られ、灼熱の嵐に呑み込まれる。〈爆熱ストーム〉が世宇子ゴールを焼き尽くし、後にはネットが焼き切れ、黒焦げになったゴールと、倒れ伏すポセイドンだけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………今の、何。え、怖いんだけど。あいつ〈爆熱ストーム〉は習得出来てなかったんじゃないの。俺の聞き間違いじゃなければG5って聞こえたんだが、階段一気にすっ飛ばし過ぎじゃないのか。いや、それよりも魔神のあの大きさは何だ。本当に〈爆熱ストーム〉だったのかさっきの。別の技と言われても全く疑わんぞ、俺は。まあ、何にせよ分かったのは

 

────何があってもあいつは怒らせないようにしよう。

 

あれが自分に向かって来るのを想像したら怖すぎる。ポセイドンじゃなくても逃げたくなるよ。多分、俺でも逃げる。いや、負けられない試合なら何とか止めようとはするだろうけども。

残り時間は僅かではあるが、豪炎寺が破壊したゴールを入れ替える為に試合が一旦止まる。イナズマイレブンのゴールって相手の圧倒的な力を見せつける演出以外で壊れるんだな。初めて知ったわ。ネットなら破った奴いた気がするけど。……よく考えるとサッカーゴールぶっ壊すって凄いパワーワードだな。

そして、シュートを受けたポセイドンは立ち上がれず、担架でフィールドの外に運び出される。控えのキーパーであるイカロスが交代で入るが、遠目からでも足が震えまくっている。否、イカロスだけでなく、世宇子のほぼ全ての選手が恐怖で戦意を喪失している。その中で唯一、アフロディだけが凄まじい形相で豪炎寺を睨みつけている。凄いなお前、メンタル強過ぎだろ。

豪炎寺は先程のプレーでいくらか気が治まったのか、近寄り難い雰囲気は影を潜めたものの、相手からは恐怖を向けられ、味方からはドン引きされる状態で平然としていられるのは流石としか言い様がない。

 

 

 

 

 

ゴールの交換が終わり、試合が再開される。

 

「僕は確かに、神の力を手に入れた…!その筈なんだ……!!」

 

アフロディが単身、雷門ゴールに向かい攻め上がる。声を震わせ、何かに縋るように、なりふり構わず突進する。

柄ではない強引なプレーで中盤を突破し、〈ヘブンズタイム〉によってDFも躱し、ゴール前でシュート体勢に入る。

純白の翼をはためかせ空中へと舞い上がり、ボールにエネルギーを注ぎ込む。白い雷を纏ったボールを、右足で打ち出す。

 

「真……ゴッドノウズ!!」

 

そのシュートに対し身構える俺だったが、いつの間に戻って来たのか、シュートコースに豪炎寺が立ち塞がる。再び巨大な炎の魔神が出現し、辺りに熱風と爆炎が吹き荒れる。

〈レーヴァテイン〉で打ち返すのかと思ったが、違うんだな。何するつもりなんだろうか。

爆炎が魔神の左手に収束していき、巨大な火球が形成される。だが、ここからは先程とは違い、火球が徐々にその形状を変化させていく。あれは……

 

────剣……か?

 

それは炎で作り出された巨大な剣だった。迫り来る〈ゴッドノウズ〉を豪炎寺が左足で蹴り返しに掛かり、それと同時に魔神が炎剣を両手で振り下ろす。

 

「ソード・オブ・ファイアァァァァァ!!!!」

「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!?」

 

豪炎寺がアフロディのシュートを蹴り返す。荒れ狂う炎が地面を抉り、溶解させながら世宇子ゴールへ向かう。世宇子のディフェンス陣に必殺技を使う気力は既になく、何の抵抗もなくゴールへと到達したボールが、技を出すことも出来ずに震えるイカロスごと世宇子ゴールに突き刺さった。

 




ゴール先輩に勝利する豪炎寺さん。
ポセイドンが逃げ出すことはあっても、物理的に退場させたの多分この作品しか無いよ(白目)

この試合後は怒りのブーストがなくなり、若干ですが弱体化します。そうしないと話が終わるので……。


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最後の激突!神vs魔神


三馬鹿のイナズマブレイクで最後を締めたいとか思ってた時期もありましたよ、ええ。そんなものは時空の彼方へと消えていきましたがね。


 

同点に追いついたのは良いとして、何て技を使ってるんだ。〈ソード・オブ・ファイア〉って確かイナズマイレブンGOの天馬、神童、剣城の合体化身である魔帝グリフォンの化身技だったよな。究極の絆(妹への愛)ってか。喧しいわ。〈爆熱ストーム〉の魔神を化身の代わりに使うな。いや、あの魔神って確か化身の一種とか聞いたことあるから、やろうと思えば可能性は無くはないのか?なら、俺も化身出さなくても〈グレイト・ザ・ハンド〉使えるようにならないかな。………グレイト出てないのにグレイトの手とはこれ如何に。

まあ、あいつがおかしいだけだよな、うん。

 

「さあ、これで同点だ。最後の1点は俺達で取るぞ、鬼道」

「お前が来てから大して時間は経っていないはずなのに、精神的な疲労を覚えているんだが……」

 

豪炎寺に話し掛けられた鬼道が何やらぼやいているが、俺から言わせればお前も大概だぞ。お前ら二人で世界大会やるな。日本国内にお前ら止めれる奴もういないだろ。エイリア学園が来ても一方的に蹂躙してる姿しか想像出来ないんだが。

 

何はともあれ、後1点。長かった試合も、もうすぐ終わる。目標に定めた日本一の栄冠はもう目の前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────負けた。

 

アフロディは自らの敗北を悟っていた。残り時間はもうロスタイムを残すのみ。〈ゴッドノウズ〉は止められ、相手のシュートは止める術が無い。

自分達、世宇子は神のアクアによって強くなった。神の力を手にし、この試合も雷門を圧倒し完璧な勝利を手にする。そのはずだった。

だが、現実はどうだ。味方は皆、恐怖に呑まれ戦意を喪失している。例え同点のまま守りきったとしても、延長戦になればこちらに勝ち目は無い。豪炎寺修也が来てから、ボールを回し時間稼ぎに徹すれば、もしかしたら勝てた可能性はあるかもしれない。だが、そんな勝利は無意味だ。世宇子にとって勝利とは、常に完璧なものでなければならない。………いや、少し違うか。本当は認めたくなかったのかもしれない。自分達がたった一人の選手に劣るという事実を。総帥から彼を試合に出場させないようにすると聞かされた時、多くの者は安堵を覚えた。だが、アフロディの胸中は複雑だった。それは、戦う前からお前の方が弱いと言われたに等しいことだったから。神として、いや、一人のプレイヤーとしてそれを認めたくなかった。せめて、実際に競い合って優劣を決めたかった。それが、勝てない勝負であるとしても。

 

────結局、この状況は全て僕の所為か。

 

点を取ろうと思えば、いくらでも取れたはずだ。だが、相手を痛めつけることを優先してゴールを奪おうとしなかった。その結果、アフロディの〈ゴッドノウズ〉は止められ、進化を遂げた鬼道有人と豪炎寺修也には歯が立たず追い詰められた。

 

────これで、終わりか。

 

このような無様な姿を見せた以上、総帥は既に世宇子を見限ったことだろう。元々、あの人は僕達を道具として信用していただけで、そこに信頼は無い。使えない道具は捨てられるだけだ。

何もかもを失い、後は訪れる敗北を待つのみ。……そのはずなのに、アフロディの中に、まだ燻っているものがある。

 

────僕は、まだ………負けたくない。

 

それは全てのプレイヤーが当たり前に持ち合わせる感情。力に溺れ、弱者を蹂躙するのが当然になっていた彼等が、忘れてしまっていたもの。

 

暗く、澱んでいたアフロディの目に、火が灯る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボールがセンターマークにセットされ、試合が再開されようとしている。

 

「何……?」

 

センターサークルに立つアフロディの姿を見て、思わず声が漏れる。ここに来てアフロディがFWにポジションチェンジ。俯いたアフロディの顔は見えず、その真意も読み取れない。だが、どんな意図があるにせよ、ここに来ての変化。油断は出来ない。

 

審判の笛が吹かれ、試合再開。デメテルが軽くボールを蹴り出し、アフロディへ。しかし、アフロディは俯いたまま、その場に棒立ち。

 

そのアフロディへ豪炎寺と鬼道が向かっていく。アフロディがゆっくりと顔を上げる。その目には、先程までは感じられなかった強い決意が見て取れる。そして次の瞬間。

 

急加速したアフロディが、豪炎寺と鬼道を一瞬で抜き去った。

 

「………は?」

 

あの二人があんなにあっさりと抜かれただと。いきなりどうなっているんだ。

続けて迫る染岡を軽快なステップを踏み、幻惑させ突破。そのままマックスと半田を鮮やかなフェイントを駆使し抜き去る。

 

────何だ!?さっきまでと動きが変わった!

 

 

 

 

円堂はアフロディの動きが変わったと感じたが、変わったと言うよりは戻った、と言った方が正しい。神のアクアは確かに、使用者の力を引き上げるが、それは身体能力の話であってテクニックが向上する訳ではない。そもそも、神のアクアは誰が使っても強くなれる万能の代物ではないのだ。常人が服用すれば、それこそ只では済まない。世宇子の選手達は影山に見出された、神のアクアに耐えうる素質を持つ者達。今と同等とは言えずとも、元々確かな実力を持っていた。アフロディのプレーは〈ヘブンズタイム〉のゴリ押しによる突破や、〈ゴッドノウズ〉の決定力が目立つが、それは本来の彼のプレーとはかけ離れたもの。華麗なテクニックを駆使し、敵味方を問わず見るものを魅了する美しいプレーこそが、本来のアフロディの持ち味。追い詰められた時、本当に信じることが出来るのは、何かに頼った紛い物の強さではなく、日々の努力によって積み重ねてきたもの。この土壇場で、アフロディは本来の自分を取り戻した。

 

 

 

土門の〈キラースライド〉を跳躍して躱し、壁山が〈ザ・ウォール〉を発動させ立ち塞がるが、ヒールリフトによってあっさりと突破される。栗松をエラシコで、風丸を鋭い切り返しによって体勢を崩させ、また抜きで抜き去る。

 

遂に雷門ディフェンス全員を抜き去り、円堂との一騎打ち。アフロディがシュート体勢に入る。

 

アフロディの背に巨大な翼が現れる。しかし、その色はこの試合幾度となく見せてきた純白ではなく、神々しい光を放つ金色。エネルギーを込められたボールが光り輝く。金色の翼をはためかせ空中へと舞い上がったアフロディは、そのまま全力の踵落としでボールを打ち出す。

 

「ゴッドォ………ブレイクゥゥゥ!!!!」

 

さらなる進化を遂げた神の一撃が、雷門ゴールに向かって放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迫り来るシュートを前に、今の俺では止められないと本能で理解した。だが、残り時間から考えて、ここでゴールを奪われれば、そこで恐らく試合が終わる。何としてでも、止めなければならない。

そんな中、豪炎寺と鬼道が世宇子ゴールへと上がっていくのが見える。あいつらなら、抜かれてからゴール前まで戻って来てシュートをブロックすることも出来たはず。そうしなかったのは、俺を信じているから。シュートを止めた俺から、必ずパスが来ることを信じて、あいつらは走ってるんだ。なら、俺はその信頼に応えよう。出来るはずだ。いつだって、俺はそうやって壁を乗り越えてきたのだから。

 

────なあ、聞こえてるんだろ?

 

目を閉じ、自らの内に語りかける。今まで何度か、その存在を感じたことがあった。そして、今ははっきりと分かる。

 

激しく脈打つ心臓の鼓動が、燃えるように熱い体が、胸の奥底から無限に湧き上がるような闘志が、その存在を俺に教えてくれる。

 

────見ているだけなのは、もうつまらないだろう?

 

俺一人では止められないのなら、力を合わせればいい。俺は一人ではないのだから。

 

「一緒に………サッカーやろうぜ!!」

 

────ドクンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「うぉぉぉぉおおおおお!!!!」」

 

俺の体から凄まじい稲妻が迸り、銀色に輝く魔神が姿を現す。そして、一瞬遅れて銀色の魔神と対を成すかのような、()()()()()()()が出現する。

左腕を構える俺の動きと連動して、白銀の魔神が左腕を、黄金の魔神が右腕を引き絞る。

 

「「マジン・ザ・ハンドォォォォ!!!!」」

 

 

────その時、人々の目には、左腕を突き出す円堂守の姿に、右腕を突き出す、オレンジ色のバンダナを身につけた少年の姿が、重なって見えたという。

 

 

銀色の魔神の左手と金色の魔神の右手が、神の一撃を迎え撃つ。凄まじい轟音を鳴り響かせ、お互いを上回らんとぶつかり合う。

 

────ありがとな。

 

激しくぶつかり合う両者だったが、神の一撃が徐々にその威力を無くし、やがて円堂守の左手にボールは収まった。

 

 

 

「いっけぇぇぇぇぇ!!」

 

ゴール前へと走る豪炎寺と鬼道目掛けて、全力でボールを蹴り出す。円堂が蹴り出したボールは走り込む二人の上空へと到達し、ボールが青い輝きを帯びる。

ボールに向かって二人が跳躍し、鬼道が左足で、豪炎寺が右足で同時にシュートを放つ。

 

「プライム───」

「レジェンドォォォォ!!」

 

最上の伝説と銘打たれた一撃が、世宇子ゴールに向かって放たれる。

 

『いっけぇぇぇぇぇ!!』

 

チーム全員の想いを乗せた一撃は、世宇子のキーパー、イカロスを吹き飛ばし、ゴールネットに突き刺さった。そのゴールと同時に、審判の試合終了の笛が鳴り響き、日本の頂点を決める死闘は終わりを迎えた。

 

 

6-5

見事な逆転勝利で、雷門中が日本一の栄冠に輝いた。

 




アレスの天秤に登場した風神雷神の旧魔神バージョン。ところであれ、風神雷神よりマジン・ザ・ハンドWの方がシンプルで良いと思うのは俺だけなのか。

そして、世宇子戦まで無事に書ききれたことに作者自身が驚きを隠せない。千羽山辺りから内心これもう無理やろ、とか思ってたけど案外何とかなるもんやな。


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閑話 抱いた想い

50話記念。


この物語の主人公が円堂守に転生、若しくは憑依したのは円堂守が十歳の時であり、憑依する以前の記憶は無い。

円堂は比較的早くにこの事実を受け止め、原作を守る為に動き出した。

では円堂以外の二人、同じ転生者である豪炎寺と鬼道はどうだったのだろう。

これから語られるのは、二人の転生者の目覚めと彼等が内心に秘める想い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けて、一番最初にその顔を見た。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、『お兄ちゃん』と俺を呼ぶ少女の顔を。

状況が掴めず困惑していると、激しい頭痛に襲われた。走馬灯のように脳裏に様々な記憶が過ぎっていく。そうして理解した。俺が、どうなってしまったのか、目の前の少女が誰なのかを。

突然頭を押さえ苦しみ出した俺を見て、さらに顔を歪め涙を流す少女に、小さく笑みを浮かべ言葉を掛ける。

 

「大丈夫だよ、春奈。心配するな」

 

 

 

 

 

泣き疲れて眠ってしまった春奈の頭を撫でてやりながら、この状況について思考を巡らす。信じ難い話ではあるが、俺はこの少女の兄である"有人"という人物になってしまっているらしい。昨日の晩から急な高熱に襲われ意識を失い、目が覚めたらこうなっていたという訳だ。俺が、この体に憑依でもしたのか、あるいはこの少年の前世が俺で記憶が戻りでもしたのか。俺には死んだ記憶など無いし、どちらにせよ信じられない話ではあるのだが。問題は元々この体に宿っていたはずの人格が消えてしまったこと。表面化していないだけで、眠っているという可能性も有り得なくはないかもしれないが、何となくもう彼はどこにもいない気がする。ただの勘で根拠は無いが。

 

目の前の少女を見る。まだ幼い彼女にとって、この少年はたった一人の血の繋がった家族だ。別に意図的にこの状況に陥った訳ではないのだから、俺がこの先どうしようがそれは自由だろう。誰にも文句を言われるような筋合いは無い。だが、俺が自分の都合を優先することでこの少女を一人にするのは忍びない。少なくとも、彼女が一人で生きていけるようになるまでは、俺は彼女の兄を演じよう。

 

そうして、"有人"と"春奈"という名前の組み合わせにどこか聞き覚えがあるような気がしながらも、俺のこの世界での生活が始まった。

 

 

 

記憶はそのまま残っているのだから、記憶の中の少年の言動をなるべくなぞるようにし、違和感を持たれないよう気をつければいい。最初はそう軽く考えていた。

 

「お兄ちゃん!」

 

だが、自分の考えの甘さをすぐに思い知ることになる。

 

「お兄ちゃん!」

 

そう呼ばれる度に、胸が締め付けられるような感覚を覚える。記憶がある所為なのか、自分が春奈に対し、確かな愛情のようなものを抱いていることに気付く。だが、どれだけ俺が春奈に愛情を注ごうとしても、それは消えてしまった有人という少年の残り香であって、俺の本心から生まれたものではないのではないかという疑問に苛まれた。

 

「お兄ちゃん!」

 

自分に向けられるその声は、笑顔は、俺ではなく有人に向けられたものだ。そう呼ばれる度に、何故お前がそこにいるのだと責められているような気がしてどうにかなりそうだった。俺が自分の兄ではないと気付けば、俺に向けられる笑顔が、嫌悪と侮蔑に変わるのではないかと恐怖した。いっそ記憶など無ければ良かったのだ。何も知らなければ、一から春奈と関係を築けただろうに。

 

そんな日々を送っていたある日、俺は影山零治と名乗る人物と出会う。俺はここでようやくこの少年が後の〈鬼道有人〉なのだと気付いた。

 

何時バレるともしれない、他人を演じ続ける日々に神経をすり減らしていた俺は、影山の誘いに飛びついた。

原作の主要人物である鬼道がいなくなれば、物語に与える影響は計り知れない。だから、俺はこの男の手を取らなければならない。そんな身勝手な理屈で自分を無理矢理納得させ、俺は春奈の元から逃げ出した。

 

そうして、俺は鬼道有人となった。

 

 

今でこそ同じチームで近い距離にいるが、一度は逃げ出した俺が春奈の隣に兄として立つのは流石に虫が良すぎる話だ。俺にはもう、そんな資格は無い。

 

 

でも、いつか叶うのならば、もう一度────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────俺は、いったいどうなったんだ。

 

気付けば体は全く動かせず、目もぼやけてよく見えず、聞こえてくる音もどこかノイズが入ったように聞こえる。もしかしなくてもこれ、ヤバい状況なんじゃないのか。

落ち着け、落ち着いてよく考えるんだ。俺は………あれ?

 

────俺はどこの誰で、こうなる前に何してたんだっけ?

 

………いや、おかしいだろ!?目が覚めたら体も目も耳も不自由で、おまけに記憶喪失ってどんな状況だよ!?何か覚えてることないのかよ!?

 

必死で頭を回転させ、ある一つの単語に辿り着く。

 

────イナズマイレブン……?

 

超次元サッカーRPGというジャンルのゲーム。アニメや漫画にもなっている。………いや、これでどうしろと?

何でこの状況で思い出せるのがサッカーゲームのことだけなんだよ!?しかもアニメや漫画の内容まで事細かに思い出せるし!!

馬鹿なのかよ俺は!?もっと違うこと覚えとけよ!何でこんな何の役にも立ちそうにないことしか覚えてねーんだよ!!

 

「修也……」

 

混乱した俺の耳がそんな言葉を拾う。誰だそれ?何て疑問を抱きながら、急に襲って来た眠気に抗えず、俺の意識は闇に落ちた。

 

 

 

それから数日経った。俺はどうやら赤ん坊になっており、あの時聞こえた修也という名前は俺のことらしい。何故こうなったかは分からないが、一つはっきりしていることがある。

 

────意識がある状態で赤ん坊の生活を送るの、地獄なんだが。

 

泣き声でしか意思表示が出来ず、一日中寝たきりで下の世話をされる。何て羞恥プレイなのこれ?赤ん坊だから変な気は起きないけど、授乳の時とか気まずくて仕方ないんだが。え、俺しばらくこの生活が続くの?嘘やん………。

 

 

 

さらに数年が経ち、俺も自分の意思で動けるようになった。いや、自由って素晴らしいね、うん。ところで、最近知ったが俺のフルネームは"豪炎寺修也"というらしい。………思いっきり原作キャラなんだが?

俺、将来は炎を出せるようになるのか。オリジナル技作ったり……うん、ロマンだな。

まあ、なってしまったものは仕方ないんだが、名前を呼ばれるのだけはどうしても慣れない。名前を呼ばれる度に、俺はそんな名前じゃないという気持ちが湧いてくるのだ。他人の名前で呼ばれる気持ち悪さと、何より、本来あるべき人物を押し退け、そこに俺が居座っている現状に罪悪感を抱いている。息子の中身がこんなんだとは両親には申し訳なさ過ぎてとても言えない。というか両親のことをきちんと親だと思えない。俺の親はこの人達ではないと思ってしまうのだ。だからといって前世?の両親のことは全く覚えていないのだが。

 

 

それからどれだけ時間が経っても、俺は自分が"豪炎寺修也"であることを受け入れられなかった。罪悪感は以前よりも強くなり、名前を呼ばれただけで吐き気がする。正直、気が狂いそうだった。

 

そんな俺を救ってくれたのが、夕香だった。

 

「お兄ちゃん」

 

夕香の前でだけは、名前も思い出せない誰かでも、豪炎寺修也でもなく、ただの兄でいられた。

この子を守ろう、そう思った。この子の為に、俺は強くなる。原作で降り掛かる悪意から、この子を守れるように。

 

原作通りに夕香を事故に合わせるなど有り得ない。木戸川になど死んでも行くものか。ならばどうするか。

 

散々考えた末に出した答えは、原作主人公の主人公補正に頼ろう。という他力本願も甚だしいものだった。円堂守なら、なんやかんやで原作通りじゃなくても何とかしてくれるだろう。そう思って進学した先で、生涯の親友と出逢うことになる。

 

 

一度、円堂に聞いたことがある。俺ではなく、原作の豪炎寺がいた方が良かったかと。円堂は、きょとんとした顔を浮かべた後、こう言った。

 

「それ、聞く意味あるか?俺にとって、というかこの世界の豪炎寺はお前しかいないんだから、そんなこと気にするだけ無駄だろ。俺はお前がいてくれて良かったと思ってるよ」

 

それは、円堂からすればなんてことは無い、当たり前の答えだったのだろう。だけど、俺はその言葉に救われた。原作を知る円堂なら、俺なんかよりも、原作の豪炎寺がいてくれた方がいいと、内心では思ってるんじゃないかと不安だったから。原作の知識を持って尚、本当に俺自身を見てくれているのだと分かった。思えば、これが俺が豪炎寺修也であることを受け入れた切っ掛けだったのかもしれない。

 

 

俺達はこれからも、力を合わせて壁を乗り越えて行く。

 

 

だけどな、円堂。

 

 

俺はいつか、世界の頂点を決めるような大舞台で、お前と戦ってみたいと思ってるよ。

円堂守だとか、豪炎寺修也だとか、原作を守るだとか、そんな柵は全部忘れて、全力をぶつけ合いたい。ただ一人の────

 

 

 

────ライバルとして。




申し訳ないですが、エイリア編はちゃんと考えないとエタりそうなので、次の更新は遅くなるかもしれません。
私自身、エイリア編はかなり好きなエピソードなのでどうにか書き切りたい気持ちはあります。ですが、一応世界編の構想も練り始めてるので、最悪どうしても納得する展開が書けなければ、色々な部分を省略しながら無理矢理にでもエイリア編を終わらせて世界編に突入します。

それはそうと鬼道はめっちゃ悩むのに、豪炎寺はスラスラ書けるの何でなんだろう。





オマケ
三馬鹿を抜いたこの世界のヤベー奴ランキング(暫定)

1位 ロココ
2位 ヒデナカタ 風丸(ダークエンペラーズ)
3位 各国エース級 ヒロト

2位と3位の差は単騎でロココからゴールを奪える可能性が僅かでもあるかどうかです。
風丸はあくまで闇堕ちした場合の強さであって、闇堕ちしなかった場合や元に戻ると大幅に弱体化します。


オマケのオマケ
FF終了現時点でのロココ(豪炎寺を止める為の最終兵器)の習得技

真ゴッドハンドX
タマシイ・ザ・ハンドG3
XブラストV2
???
オメガ・ザ・ハンド


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雷門崩壊


大変長らくお待たせ……したかは分かりませんけど、投稿再開します。今までより少し投稿速度が落ちるかもしれないですけど、許してください。
後、これまで以上に原作が崩れていく可能性(大阪とか愛媛の出来事がそもそも起きるか分からなかったり)がございますので先に謝っておきます。ごめんなさい。


 

『雷門が遂に逆転!!そしてここで試合終了!!フットボールフロンティア決勝戦、勝ったのは雷門!!劇的な大逆転勝利だーーー!!』

 

「勝った……のか?」

 

すぐにはそれを理解出来なかった。だが、俺達を称える観客の声と駆け寄ってくる仲間達の姿に、やっと優勝したという事実を認識する。

 

『やったぜーーー!!』

 

仲間達と勝利の喜びを分かち合う。辛く、苦しい試合だった。だけど、誰も諦めなかった。だからこそ掴めた勝利。原作で円堂が口にしていた勝利の女神がもしいるとしたら、満面の笑みを浮かべていることだろう。

 

 

 

 

 

「僕達を倒すなんて……なんて奴ら何だ……」

 

喜びに湧く雷門の面々を見ながら、アフロディがそんな言葉を漏らす。だが、悔しげな口調とは裏腹に、その顔には清々しい笑顔が浮かんでいた。

 

「君達のおかげで、大切なことを思い出せた気がするよ」

 

 

 

 

 

「やっと第一目標達成ってところだな、円堂」

「ああ、でもまだまだこれからだ。これからも頼りにしてるぜ、豪炎寺」

「ああ」

「何の話をしてるんだ?」

 

俺と豪炎寺の会話に鬼道も混ざってくる。

 

「鬼道、お前もありがとな。世宇子に勝てたのはお前のおかげだ」

「ふん、俺は自分のやりたい事をしただけだ。礼を言われるような事じゃない。ただ、まあ……」

 

そこで一度言葉を切る鬼道。今までに見た事のないような笑顔を浮かべ、口を開く。

 

「帝国の皆には及ばないが、お前らとのサッカーも、悪くない」

「ーーーー!!嬉しいこと言ってくれるなこいつ!」

 

俺達のことを利用しているだけだと言い続けてきた鬼道からこんな言葉が聞けるなんて、今日は本当に良い日だ。

 

「これからも頼むぜ、鬼道!」

「……ふん、気が向いたらな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表彰式も終わり、俺と豪炎寺はタクシーで病院へと向かっていた。

俺は右腕の怪我の為、豪炎寺は妹の元へと戻る為に。

 

「良かったな、豪炎寺。得点王になれて」

「ああ、世宇子が全試合を大量得点で勝ち上がっていたから不安だったからな。無事にタイトル取れて俺もホッとしてるよ」

 

とは言いつつも、世宇子で最多得点を上げているアフロディが22ゴールに対し、豪炎寺は32ゴールなので数字だけを見れば圧倒的である。連携技は打った選手全員の得点として計算されるらしいので、これだけの差がついた。まあ、例え単独の得点だけで集計しても24ゴールで得点王には変わりないのだが。………やっぱこいつおかしいわ。

おまけにMVPまで獲得している。各試合内容を考えれば当然ではあるが。

 

表彰式の後、俺も皆と騒ぎたかったのだが、腕のことを心配されて豪炎寺と一緒に響木監督が手配してくれたタクシーに押し込まれた。こんなの大したことないし、トロフィーだって片手でも落とさないってのに、皆心配性だよなぁ。

 

「ところで円堂」

「ん?」

「エイリア学園って今日のいつ頃来るんだ?」

「………えっ」

 

…………ヤバい。すっかり忘れていた。そういえばアニメだと優勝した後、帰りのバスで雷門中に向かってる時に、学校に襲撃してくるんだったか。ま、まあゲームだと確か一週間ぐらい間があったはずだし、今日来るにしたってそんなに急に……。

 

そこまで考えたところで、上空を黒い光が雷門中の方角へと猛スピードで向かっていくのが見えた。

 

「…………」

「…………」

「もしかしなくても、今のだよな……?」

「今の……だな……」

「「………………」」

 

ある意味タイミングピッタリだったな。じゃなくて……。

 

「鬼道がいれば何とかなるんじゃないか……?」

「鬼道なら、もう雷門に用はないとか言って、ユニフォーム脱ぎ捨ててどっか行ったぞ」

「嘘だろ!?」

 

一縷の望みを賭けて口に出した言葉は、豪炎寺によって無慈悲に否定された。このタイミングで何考えてんだあいつは。決勝戦の後の感動的なやり取りは何だったんだよ。エイリア学園来るの分かってたはずだろ。優勝したのが嬉しくて忘れてた俺が言えたことじゃないけど……。

何で三人も原作知識持ってる奴がいるのに、誰も気づかないんだよ。

 

「豪炎寺!お前も覚えてなかったのかよ!?」

「えっ、いや、覚えてたけど何も言わないから、何か対策でもあるのかと思ってたんだが」

「ねぇよそんなもん!覚えてたんなら言えや!」

 

普段言わなくてもいいことまで言うくせに、何でこんな時だけ思い出したように無口キャラになるんだよ。そんなものお前に求めてねぇよ。

 

「運転手さん!雷門中に向かってください!急いで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは……!?」

「ひでぇ……」

「いったい何が……」

 

雷門中へと戻って来た風丸達が目にしたのは、跡形もなく破壊された雷門中の校舎。眼前に広がる予想外の光景に誰もが動揺を隠せないでいる。

 

「き、君達なのか……!?」

「校長先生!」

 

風丸達に声を掛けたのは憔悴し切った様子の雷門中校長、火来。

 

「何があったんですか!?」

「う、宇宙人だ!」

「えっ?宇宙人……?」

 

火来校長の口から出た言葉に困惑を隠せない一同。確かにこの様子は尋常ではないが、それと宇宙人という単語はすぐには結び付かない。

 

「そうだ!宇宙人だ!宇宙人が攻めて来たんだ!!」

「そ、そんな馬鹿な……」

 

常識的に考えて信じられる話ではない。だが、火来校長の様子はとても冗談とは思えない。

未だ状況が掴めない中、瓦礫が崩れるような音が近くから聞こえ、そちらに目をやる。そこに居たのはユニフォーム姿で倒れ伏す雷門の用務員である古株、そしてイナズマイレブンのOB達。

 

「古株さん!?」

「それにOBの人達まで!」

「大丈夫ですか!!」

 

それぞれ倒れている彼等の元に駆け寄り、声を掛ける。

 

「バトラー!!」

「申し訳ありません……。皆様の代わりに宇宙人と戦ったのですが、歯が立ちませんでした……」

「皆の代わりに?どういうことなの?宇宙人と戦ったって……!!」

 

夏未も自分の執事であるバトラーへと声を掛けると、そんな言葉が返ってくる。それにより、さらに疑問は深まる。

 

「古株さん、あんた……」

「おお、響木か……」

 

火来校長に肩を借り、何とか立ち上がった古株に響木も声を掛ける。流石の響木もこの状況を理解出来ていない。

 

「昔取った杵柄、久しぶりにキーパーの名乗りを上げたんだが……奴らには通用しなかったよ…」

「本当に宇宙人と戦ったのか……」

「ええ……サッカーで戦いを挑んで来たんですよ」

「サッカーで?どういうことですか……ッ!?」

 

響木の問いに答えた火来校長に詳しい話を聞こうとした風丸だが、何処かから飛んで来た黒いサッカーボールによって遮られる。

 

「何だ!?」

 

3つの黒いサッカーボールが、崩壊した雷門中の校舎の上空で紫色の怪しい光を放つ。その光が収まると、先程まではいなかった三人の人物がその場に立っていた。

 

「や、奴らです!!奴らが、サッカーを挑んで来たのです!!」

「お前らが宇宙人だってのか!?」

 

バトラーの言葉を聞き、問いを投げかけた染岡に、中央に立つ抹茶色のような髪を独特な形で纏めあげた男が口を開く。

 

「我々は、遠き星エイリアよりこの星に舞い降りた、星の使徒である。我々は、お前達の星の秩序に従い、力を示すと決めた。その秩序とは………サッカー!」

 

そう言った後、足元のボールを蹴り上げ、隣にいるピンク色の髪に褐色肌の女へと手渡す男。ボールを受け取った女はその場でリフティングを始める。

 

「サッカーは、お前達の星において、戦いの勝利者を決める手段である。サッカーを知る者に伝えよ」

 

リフティングをしていた女が、抹茶髪の男の逆隣にいる青髪の大男へとボールを渡し、何度かボールを蹴った後、抹茶髪の男にボールを返す。ボールを受け取り、右足でボールを踏みつけながら男が言葉を続ける。

 

「サッカーにおいて我々を倒さぬ限り、この地球に、存在出来なくなるであろう」

 

男の言葉に誰もが言葉を失う。あまりに非現実的な状況に、これが現実であることを理解することを脳が拒んでいる。だが、

 

「お前達が何者であったとしても、古株さん達をこんな目に合わせたのを、許す訳にはいかない!」

「それに、宇宙人だろうが何だろうが、学校壊されて黙ってられるか!」

「今度は俺達と勝負だ!!」

 

そんな事は関係無い。自分達の通う学校が破壊され、顔見知りの人物達が傷つけられた。戦う理由は、それだけで充分過ぎる。

だが、戦意を燃やす風丸達に、その必要は無いと言い放つ。

 

「見よ。この学校は崩れ去った。即ち、勝負が終わった証。……尤も、あれが勝負と呼べるものならな」

 

崩れて瓦礫と化した校舎の上に立ち、敗れ傷ついた者を見下し笑う男に、風丸達の怒りが増す。

男は足元のボールを浮かび上がらせると、怪しい光を放つボールを蹴り放つ。ボールは一同の頭上を越し、崩れ去った校舎の中で、奇跡的に形を保っていたサッカー部の部室へと向かい。その威力にサッカー部の部室は呆気なく倒壊した。

 

「俺達の部室が!!」

「なんて事を……!!」

「あの野郎!!」

 

自分達が今まで過ごして来た部室を目の前で破壊され、一同の怒りは頂点に達する。

だが、怒りを露わにする彼等を嘲笑うような表情を浮かべた後、独りでに男の手に舞い戻ったボールが再び光を放ち、それが収まった時には宇宙人を名乗る男達の姿は、もう何処にも見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き、消えた………?」

「奴ら、いったい何処に行ったんだ……」

 

周囲を見回すが何処にも宇宙人の姿は無い。

 

「あいつら、逃げやがったな!」

「染岡先輩、落ち着いてください……」

「これが落ち着いてなんていられるか!」

「ひぃっ!?」

 

声を荒らげる染岡を宥めようとする宍戸だが、染岡の剣幕に気圧される。義理人情に厚い染岡は、この中でも特に激しい怒りを抱いている。否、染岡だけではない。胸に渦巻く怒りは、全員が共有するものだ。

そんな中、木野と夏未に電話が掛かってくる。

 

「土門君?」

 

木野の電話の相手は、西垣に優勝の報告をする為に木戸川清修へと足を運んでいるはずの土門からのようだ。

 

「ええっ!?……それが、雷門中にも宇宙人が……」

 

聞こえて来る内容から察するに、木戸川清修にも宇宙人は現れたようだ。最後には敗れたとはいえ、豪炎寺とも渡り合った西垣を有する木戸川清修が宇宙人に完敗したというのは信じ難いが、木野の様子から見て、そういう事で間違いないのだろう。

 

「お父様、今何処に居るんです?」

 

一方、夏未の電話の相手は夏未の父である雷門の理事長からのようだ。

 

「傘美野中?」

「夏未、傘美野中に宇宙人はいるのか」

「え、ええ……。傘美野中のサッカー部に、勝負を挑んでるって言ってるわ」

「傘美野中なら、隣町だ!」

「行こう!傘美野の皆を助けるんだ!」

 

傘美野中は、まだ雷門が人数も少ない弱小だった頃、円堂が頭を下げ、一緒に練習させてもらった仲だ。今でこそ交流は少なくなっているが、決して見捨てられる相手ではない。

 

「行くぞ皆!」

『おう!』

 

 

円堂がいない今、代わりに風丸が中心となり、一同は宇宙人と戦う為に傘美野中へと向かう。




【悲報】 円堂、豪炎寺、鬼道、土門不在の為ジェミニとの初戦、目金含む10人で戦う模様。


〈雷門に向かう前のレーゼ〉
雷門が帰ってくる前に早く校舎を壊さないと……!!急げ、急げ!!

〈星の使徒云々言ってる時のレーゼ〉
あれ?ヤバい奴らがいない!これならいける……!!


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開戦!エイリア学園!

 

「どうした。何故返事をしない」

 

傘美野中サッカー部は、突如現れた宇宙人を名乗る者達に勝負を迫られていた。

 

「我らと勝負をするのかしないのか。返答無くば、今すぐお前達の学校を破壊する」

「ま、待って下さい!学校を壊すのだけは止めて下さい!」

「ならばどうする?」

「ぼ、僕らは弱小で他の学校みたいに強くないんです。だから……!」

 

原作と呼ばれる世界線では部員の問題行動によって、部活動停止となり長期間に渡り同好会として活動していた傘美野だが、此処では雷門と関わり共に練習していた時期があったことで、それを免れ普通に部として活動していたりする。とはいえ弱小であることには違いないのだが。

 

「他の学校か…。我らはつい先程、雷門中を破壊してきたところだ」

『!!』

 

その言葉に傘美野中サッカーの面々に衝撃が走る。今では手が届かない存在になってしまったが、かつては共に練習し、汗を流した雷門は傘美野にとっても特別な存在だった。雷門がフットボールフロンティアを勝ち抜いていく度に、喜びの声を上げたものだ。

その雷門が破壊された………?それは、円堂達が負けたということなのか。

 

「あの雷門が敵わないなんて……」

「駄目だ。棄権しようキャプテン……」

「………そうだな」

 

傘美野中キャプテンである出前は、自らの無力さを噛み締めながら口を開く。自分達の学校を守る為に。

 

「決めました。僕ら棄権します!試合はしません!」

 

勇気を持って発せられたその言葉を、宇宙人達は笑う。まるで、どうしようもない愚か者を見たように。中央に立つ男がそれを止め、足元の黒いボールに怪しい光を灯す。

 

「弱き者め」

「な、何するんだ!?」

「破壊だ。勝負を捨てるとは、自らを弱き者と認めたも同然。よって敗者とみなし……破壊する!」

 

男が右足を振りかぶり、ボールを蹴り出そうとした瞬間。

 

「待て!!」

 

その声に足を止める男。声が聞こえた方を向くと、そこには雷門中イレブンの姿があった。

 

「風丸、染岡!皆も!無事だったのか!」

「ああ、間に合ってよかったよ。……宇宙人!傘美野の代わりに、俺達が相手だ!」

「………いいだろう。ボールを持ってこい」

 

雷門が代理で戦うことを認めた男は出前にボールを持ってくるように指示を出す。男の持つボールを使わないのかと疑問に思う風丸達。それに気づいたのであろう男がその理由を口にする。

 

「お前達のレベルに合わせてやる」

「何だと……!!」

 

雷門を見下すその発言に、声を荒らげる部員達。

 

「落ち着け、お前達」

「監督……」

「奴らのペースに嵌るな」

 

響木のその言葉にいくらか落ち着きを取り戻す雷門。

 

「円堂君に豪炎寺君、鬼道君と土門君もいないのよ?人数も10人しかいない上に、キーパーもいないわ。本当に大丈夫なの?」

 

夏未の心配は尤もだろう。円堂や豪炎寺は精神的支柱でもあるチームの要だ。それが欠けている上に相手は得体の知れぬ宇宙人。そう思うのも当然と言える。

 

「問題ねぇよ」

「ああ、厳しい状況ではあるが、やるしかないんだ」

 

だが、風丸達の決意は固い。相手が誰であろうと、どんな状況であろうとも、勝利を信じて戦う。それが、雷門のサッカーだ。

 

「皆やるぞ!」

『おお!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと着いた……!!皆は!?」

 

雷門中へと辿り着いた俺と豪炎寺の目の前に広がるのは、学校が破壊され瓦礫の山と化した光景だった。

 

「学校が壊されてるってことは、皆が負けたってことか!?」

「落ち着け円堂。よく思い出せ。雷門中は原作でも戦う前から壊されてただろ」

「えっ、ああ、そういえばそうか……」

 

駄目だな。完全に気が動転してる。豪炎寺の言う通り、一度落ち着こう。

大きく息を吸い、深呼吸する。えっと……原作では雷門が壊された後、どうなったんだっけ……。確か……。

 

「おお!?円堂君!」

 

先の展開を思い出そうとしたところで、自分の名前を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、そこに居たのは雷門の校長である火来先生だ。

 

「校長先生!大丈夫ですか!?皆は何処に!?」

「ああ、大丈夫だよ。風丸君達は傘美野中へ向かったようだ」

「傘美野中?」

 

そうだ、思い出した。確か傘美野に現れたジェミニストームと雷門が代わりに戦うことになるんだ。そうと分かればすぐに傘美野に向かわないと。

 

「豪炎寺!早く傘美野へ………あれ?」

 

隣にいたはずの豪炎寺の姿がない。慌てて辺りを見回すと、少し離れた所で崩れた校舎を眺め、何やら考えるような仕草をしている豪炎寺を見つける。

 

「何やってんだ豪炎寺!さっさと行くぞ!」

「ああ、円堂。いや、世宇子との試合でゴールぶっ壊せたし、俺もその気になればこれぐらい出来るのかなって思って」

「何恐ろしいこと考えてんのお前!?」

 

今考えるようなことかよ。実際出来ても驚かんけども。むしろ普通にやれそうで怖い。あれ、そう考えると原作の世界編の選手達も皆同じことが出来ることに……。

そこまで考えたところで頭を振って想像をかき消す。何やら危ないことを考えてしまうところだった……。

 

「何やってんだ円堂。早く行こうぜ」

「俺1回キレてもいいかな?」

 

この状況でもマイペースな言動を貫く豪炎寺に、若干殺意が芽生えるが鋼の精神力でそれを抑え込む。

いかん、これぐらいで苛ついてたら切りが無い。さっさと傘美野に行かないと。

 

「ところでお前、腕大丈夫なの?」

「今更それ聞く!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達の名前を聞こうか。俺達は雷門中サッカー部だ」

 

試合の準備が整い、センターマークにボールをセットしたところで、風丸が宇宙人にそう問い掛ける。

 

「お前達の次元であえて名乗るとすれば、エイリア学園とでも呼んでもらおうか」

「エイリア……学園?」

「そして、我がチームの名はジェミニストーム。我が名はレーゼ。さあ、始めようか」

 

 

 

 

 

 

「壁山、キーパーを頼めるか?」

「お、オレッスかあ!?お、オレ、キーパーなんてやったことないッスよ!?」

「大丈夫。いつもみたいにゴール前に立って、シュートをブロックしてくれればいい。もし点を取られても、すぐに俺達が取り返す」

「か、風丸さん……。そんなこと言ったって……」

「俺達も全力でお前をサポートする。奴らにそう簡単にはシュートは打たせない。だから頼む、壁山」

「……分かったッス。オレ、やるッス!!」

 

壁山の大きな体なら、ゴール前に立つだけでも多少はシュートコースを制限出来るはず。キーパーの経験の無い壁山に多くは望めないが、それは俺達の誰がやっても同じことだ。俺がキーパーをすることも考えたが、現状の雷門の最有力となる得点手段は〈ワイバーンクラッシュ〉〈レボリューションV〉〈トリプルブースト〉の3つだ。普段よりも得点力が大幅に低下している以上、手札は多い方がいい。

 

「DFは俺、栗松、影野のスリーバック。FWは染岡と目金────」

「待って下さい、風丸君」

「目金?」

 

残りのポジションを決めていると、目金が何か意見があるようで一歩前に出る。

 

「僕はディフェンスに回ります。僕がFWに入っても悔しいですが、役に立てるとは思えません。でも、相手のシュートを止める為の壁ぐらいにはなれるはずです」

「目金……分かった。お前もDFに入ってくれ」

「頼むッスよ、目金さん!」

「ええ。全力を尽くします」

 

他の部員に比べて実力が劣る為に、この試合は仕方なく出場してもらうことになる、そう思っていた自分を恥じる。たとえ控えでも、目金もれっきとした雷門イレブンだ。

 

「染岡、FWはワントップになるが問題無いな?」

「勿論だ。任せとけ」

「よし。相手が何者であれ、やるのがサッカーである以上は俺達にも勝ち目はある。………さあ、行くぞ!!」

『おう!』

 

 

 

雷門ボールからキックオフ。染岡が攻め上がっていくが、一気に加速したレーゼにボールを奪われる。

大口を叩くだけあってかなりのスピードだ。神のアクアによって強化されていた世宇子と同等かそれ以上だ。

 

「スピニングカット!!」

「……!!……少しはやれるようだな?」

 

だが、ついていけない程ではない。世宇子に圧倒されたのは〈ヘブンズタイム〉を筆頭とする強力な必殺技があってのこと。純粋なスピードだけなら、普段からそれを遥かに上回るプレイヤーと練習を重ねているのだ。ならばただ速いだけのドリブルに対応出来ないはずはない。

 

「宍戸!」

 

宍戸へとパスを出すが、素早い動きでボールをカットされる。あのスピードでは安易なパスを出せば奪われてしまう。もっと慎重になる必要があるか。

 

「「シューティングスター!!」」

 

奪われたボールを宍戸と少林が連携必殺技で即座に奪い返す。よし、皆も相手の動きに対応出来ている。これならいけるぞ。

 

「染岡さん!」

 

やや下がり目の位置にいた染岡に少林からのパスが通る。ボールを受けた染岡はゴールからはやや離れているが、シュート体勢に入る。

 

「止められるもんなら止めてみやがれ!!ワイバーン……クラッシュ!!」

 

青い体躯を持つワイバーンが相手ゴール目掛けて滑空する。ゴールを確信した俺達だったが、シュートコースにレーゼが割り込む。

 

「井の中の蛙大海を知らず。力の差を思い知るがいい!」

 

レーゼが右足で〈ワイバーンクラッシュ〉をブロック。否、数メートルに渡り押し込まれたものの、見事にこのシュートを打ち返してみせた。

 

「何だと!?」

 

自身の必殺技を蹴り返された染岡が驚愕の声を上げる。俺はシュートブロックに走るが間に合わない……!!

影野、栗松、目金が体でシュートを止めに掛るが、僅かに威力を削いだだけでボールは雷門ゴールに向かっている。

 

「壁山!!」

「通さないッス!ザ・ウォール改!!」

 

このシュートに必死に抵抗する壁山だったが、力及ばず。岩壁は粉砕され、ボールは雷門ゴールに突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃

 

「お前は……!!」

「やあ、初めまして。円堂君、豪炎寺君」

 

傘美野中へと向かう円堂と豪炎寺の前に、エイリア学園最強の刺客、グランが立ちはだかる。



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脅威の侵略者

エイリア学園の選手達はインフレしてるのかって?してないよ?ジェミニとイプシロンはね。


 

「俺の名はグラン。エイリア学園マスターランクチーム、ガイアのキャプテンだ」

 

知っている。知っているとも。エイリア学園最強と言っても過言では無い存在。こんなタイミングで遭遇等本来ならするはずの無い存在。

 

「……傘美野を襲ってる宇宙人の仲間ってことか」

「その認識で構わないよ」

 

俺はこいつのことをよく知っているが、不自然に思われないように知らない振りをする。

しかし何故こいつは今、俺達の前に現れたんだ。原作ではこんな展開は無かった。

 

「俺達に何の用だ」

「俺はただ君達を足止めしに来ただけだよ」

「何?」

 

どういうことだ。足止めだと?俺達を傘美野に向かわせないようにしてこいつに何の得がある。

 

「父さんはジェミニストームを捨て駒程度にしか思ってないようだけど、流石に活動を始めてすぐに倒されたらエイリア学園の名前に傷がつくからね」

 

……つまり、ジェミニストームの実力は俺と豪炎寺が居れば何とかなるレベルということか。こいつはそれを防ぎに来たと。

 

「……悪いが、お前に付き合うつもりは無い。俺達は傘美野に向かわせてもらう」

「そう簡単に通すと思うかい?」

 

睨み合う俺達とグラン。出し抜いて先に進もうにも、無造作に立っているように見えてまるで隙がない。

 

「……でも、そうだね。これは全部俺の都合であって、君達には納得出来ないだろう。だから、ゲームをしよう」

「ゲームだと?」

「簡単な勝負さ。すぐそこにサッカー場があるから、そこで俺が君達からボールを奪って、そうだな…………3点。3点取るまでに君達が俺を抜いて一度でもゴールを決めれば君達の勝ちでいい。君達が勝ったなら、俺は大人しく君達を通して今日のところは帰ろう。どうだい?」

 

3点取るまでに1点だと?何だその明らかにこちらが有利な条件は。しかも今の言い方だと、こちらのボールから常に勝負を始めるということか。………俺達を舐めているのか。それとも余程自分の実力に自信があるのか。或いはその両方か。

 

「やろう、円堂」

「豪炎寺……」

 

俺がどうするか決めかねていると豪炎寺がそう言ってくる。

 

「此処で何時までもこうしていても仕方がない。さっさとこいつを倒して皆の所へ行くぞ」

「……そうだな」

 

どのみち、勝負に勝たなければ俺達を通す気は無いのだろう。ならば結局選択肢は一つしか無い。

 

「……決まりだね。じゃあ行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルールの確認は必要かい?」

「いや、問題無い」

 

フィールド中央で豪炎寺とグランが向かい合う。俺はゴール前に立ち、豪炎寺に声を掛ける。

 

「頼むぞ、豪炎寺!」

 

豪炎寺は俺の言葉に無言で頷きを返す。今の豪炎寺の実力は、原作を基準にして考えれば恐らく世界レベルに達している。エイリア最強のグランと言えど、勝機はあるはずだ。

 

 

 

 

豪炎寺がボールに触れる。と同時にグランの姿が掻き消える。豪炎寺も右側へ即座に跳躍する。気がつけば、先程まで豪炎寺が居た位置にグランが立っていた。

 

「へえ、よく躱したね」

 

グランが感心したような声を漏らす。だが、俺は内心パニックに陥っていた。

 

────何だ、今のは……!?

 

理屈は分かる。単純に目で追えない速度で動いただけだろう。だが、これだけ距離があってまともに捉えられないとは、尋常な速度では無い。

豪炎寺の顔にも冷や汗が浮かんでいる。

 

「なら、これはどうかな?」

「!!」

 

再びグランの姿が掻き消え、豪炎寺がその瞬間、バックステップで飛び退く。

 

「……面白い。なら、次はもっと激しく行こうか」

 

また見えなかった。俺でこれなのだから、すぐ傍で相対している豪炎寺の体感速度はその比では無いだろう。よく反応出来るものだ。

 

グランが凄まじい速度で豪炎寺に襲い掛かる。最小限の動きでボールをキープし続ける豪炎寺だが、それで精一杯なのだろう。見たことも無いような苦悶の表情を浮かべている。無理も無い。休み無く豪炎寺のボールを奪いに掛るグランの動きは、俺の目には残像を捉えるのでやっとだ。ここまでボールをキープ出来ているのは、豪炎寺の優れた動体視力と反応速度あってのものだ。

 

「コントロールが乱れたね」

「しまった!」

 

僅かに足元からボールが離れた隙を突かれ、遂に豪炎寺がボールを奪われる。グランの右足がボールを捉え、俺の視界からボールが掻き消える。

 

次の瞬間、俺の体はボールごとゴールへと押し込まれていた。

 

「がはっ!?」

 

遅れてその事実を認識する。馬鹿な。まるで見えなかった。

シュートによって吹き飛ばされ、ゴールに突き刺さるその瞬間まで、シュートを受けたことすら分からなかった。

 

「円堂!大丈夫か!?」

「ぐっ……。ああ、大丈夫だ。それより、思った以上にやばい相手だぞ」

「ああ、どうやらそうらしいな……」

 

俺の視線の先、フィールド中央に立つグランは息一つ乱さず、涼し気な笑みを浮かべている。

 

「まずは1点」

 

 

 

再び豪炎寺がドリブルで攻め込むが、今度はグランは動かない。笑みを浮かべたまま、静かに豪炎寺を待ち受ける。

 

「手加減は無しだ!!」

 

豪炎寺が左手を眼前にかざすと、炎が激しく吹き上がり、集中していく。

 

「巨人の剣!!」

 

やがて炎は巨大な剣を形成する。木戸川清修戦で会得した豪炎寺が持つ最強のドリブル技。燃え盛る炎の大剣を手に、その斬撃でグランを抜きに掛る。だが

 

「温いな」

 

豪炎寺の斬撃をひらりと躱し、燃え盛る炎をものともせず、回し蹴りで炎剣をへし折る。そのまま豪炎寺を強引に吹っ飛ばし、ボールを奪う。

 

「ぐぁああ!?」

「豪炎寺!!」

「人の心配をしている暇があるのかい?」

 

そんな言葉と共にグランがボールを蹴り、

 

全く反応出来ないまま、俺の顔の横を通り過ぎたボールがゴールへと突き刺さった。

 

呆然と立ち尽くす俺と、地に這い蹲る豪炎寺。

 

「これで2点目、後がなくなったね」

 

俺達に有利な条件?勝ち目がある?思い上がりも甚だしい。俺達とこいつでは文字通り次元が違う。実力に差があり過ぎる。勝ち目など最初から無かった。

 

 

 

 

「まだだ!まだ終わってない!ドリブルで抜けないなら、直接ゴールにねじ込んでやる!!」

 

豪炎寺が上体を倒し、左足を天高く振りかぶる。

 

「グランドファイアァァァァァ!!!!」

 

千羽山の時とは違う、豪炎寺曰く、三人で放つ本来のものよりも威力は僅かに落ちるが、確かな一つの技として完成された正真正銘の〈グランドファイア〉。フィールドを抉り、溶解させながら突き進むそれを、

 

 

グランはあっさりと膝蹴りで止めて見せた。

 

 

「そんな馬鹿な!?」

 

本来よりも威力が落ちるとはいえ、それでも〈爆熱スクリュー〉や〈マキシマムファイア〉よりも威力は上のはず。それを技も使わず、ああもあっさりと止めるなんて。

 

「今ので終わりかい?だとしたら正直ガッカリだな」

「ッ!ああああ!!」

 

そのグランの言葉に信じられないものを見たような表情で固まっていた豪炎寺が我に返る。全身に炎を纏い、グランへと突進する。

だが、ボールを奪えない。ボールを奪おうとする豪炎寺を意に介さず、グランはボールをキープし続ける。

 

「ボールを寄越せ!!」

 

完全に冷静さを欠いている。あんなにも余裕の無い豪炎寺は初めて見る。思えば、練習試合の帝国戦の時から、追い詰められたことはあっても豪炎寺が圧倒されたことは無かった。豪炎寺は今、初めて感じているのかもしれない。自分のプレーが何一つ通用しない絶望感を。そして、俺がかつて味わったどうしようもない無力さを。

 

「ムスペルヘイム!!」

 

豪炎寺を中心に灼熱の世界が形成される。荒れ狂う炎がグランへと襲い掛かる。だが、グランは天高く跳躍しこれをあっさりと回避。体を捻り、そのまま空中でシュート体勢に入る。

 

────流星ブレード………いや、違う!これは……!!

 

「天空……落としぃぃぃ!!」

 

天空(そら)が、否、宇宙(そら)が堕ちる。

 

 

原作と呼ばれる世界線において唯一単独で、世界最高のキーパーからゴールを奪った必殺シュートが、円堂に向かって放たれる。

 

 

「マジン・ザ・ハンドォォォォ!!」

 

鋼鉄の鎧を纏った魔神の左手でこれを迎え撃つが、シュートに触れた瞬間、魔神は消し飛ばされ、俺の体ごとゴールに突き刺さる。

 

世宇子との試合からダメージを蓄積していた俺の体はそこで限界を迎え、俺はそのまま意識を失った。

 

 

 

俺達は、グランの前に全く歯が立たず、惨敗を喫した。




インフレ先輩「さて、そろそろ本気出すか」
作者「止めてください。死んでしまいます」

作品の都合上仕方ないことではあるんですけど、ジェネシスが世界的に見れば大したことないってのが昔からいまいち納得出来ないんですよね。ということでグラン強化してみた。


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思惑と乖離

どうも、豪炎寺をボコボコにするのが楽し過ぎた反動で若干モチベーションが下がっております。作者です。


「円堂!しっかりしろ円堂!!」

 

グランのシュートを受けて気絶した円堂に駆け寄る。円堂は世宇子戦で受けたダメージがチームの中でも特に大きかったはずだ。そこに〈天空落とし〉なんてくらったんだ。早く病院に連れて行かないと……!!

 

「勝負は俺の勝ちだね」

 

汗一つかかず、勝負を始める前と全く変わらない様子のグランがそう言う。

 

「尤も、勝敗以前の問題かもしれないけど」

「………ッ!」

 

何も言い返せなかった。グランの言う通り、実力に差があり過ぎて勝負になっていなかった。俺達はただ遊ばれていただけだ。まるで消耗していない様子からも分かるように、グランは全く本気を出していない。今の俺達では、本気を出す価値さえも無かったということ。

 

「それじゃあ、俺は帰るよ。その様子だと、とても試合に向かえはしないだろうからね」

 

いつの間にかグランの足元にあった黒いボールが白い光を放ち、気がつけばグランの姿はどこにも無かった。

 

「………」

 

完敗だった。この世界に豪炎寺修也として転生して以来、始めて味わうと言っても過言では無い程の屈辱。自分の実力を過信していたところに冷や水を浴びせられたような気分だ。

今はまだ、届かない。だが、目指すべき領域は垣間見た。ならば、後はやることは決まっている。

 

「この借りは必ず返す……。力を見せつけたつもりだろうが、それが間違いだったと思い知らせてやる……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙人との試合に臨んだ俺達だったが、前半が終わる頃には5点のビハインドを背負っていた。

実力はそこまでの差は無いと感じるが、やはりキーパーが居ないことと、人数が少ないこと。そして、世宇子との試合の消耗が響いてきている。

俺や染岡はまだ比較的よく動けているが、一年達、特に慣れないキーパーのポジションでシュートを受け続けた壁山はもう限界だ。

ディフェンス陣が必死にシュートをブロックしてはいたが、流石に全てのシュートを防ぐことは出来なかった。その結果が5失点の現状だ。

今のままでは、後半に逆転することは不可能。いや、それどころか更に点差は広がっていくだろう。

 

「風丸、どうする……?」

「………」

 

何も答えられない。打開策が思いつかない。今この場に豪炎寺が居れば、あいつ一人で逆転することも可能だろう。鬼道が居れば、立ち回り次第でこの程度の点差ならどうとでもなるだろうし、円堂が居てくれれば、ゴールを任せて全員で攻め上がれば勝機があるかもしれない。

だが、今はあいつらは居ない。あいつらに頼ることは出来ない。俺は円堂と対等であることを望んでいながら、実際はあいつに頼ってばかりだ。あいつが居なければ、俺は何も出来ない……。

このまま試合を続ければ、試合が終わるよりも先に皆の体力が限界を迎えるだろう。そんな状態で無理にプレーを続ければ、故障に繋がるかもしれない。

 

「この試合はここで終了とする」

 

考え込む俺に、レーゼがそう言い放った。

 

「な、何?まだ試合は終わっていないぞ!」

「いいや、終わっている。少なくとも、お前達とこれ以上試合を続ける意味は無いと判断した」

「なっ………」

「もはやこの試合の結果は見えている。お前達は我らに勝てない」

「そんなもの、やってみないと……!!」

「分からない、と言いたいのか?フッ……言うは易く行うは難し、口だけなら何とでも言える」

「……ッ」

 

悔しいがその通りだ。根性だとか精神論でどうこうなることではない。

レーゼの足元の黒いボールが紫色の光を放つ。

 

「や、やめろーーーーー!!!!」

 

出前の叫びも虚しく、レーゼが蹴り放った黒いボールが傘美野中の校舎を破壊する。いや、レーゼだけではない。他のジェミニストームを名乗るチームのメンバーもレーゼ同様に黒いボールによって破壊活動を始めた。

 

「あ、ああああああああ!!!!」

 

傘美野中サッカー部のメンバーの絶望の声を聞きながらも、俺達は校舎の倒壊に巻き込まれないよう、自分の身を守ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グラン、噂の二人とやり合ったんだって?で、どうなんだよ。実際にその目で見た感想は」

 

星の使徒研究所へと戻ったグランにそう声を掛けたのはバーン。どうやらグランが円堂と豪炎寺の足止めに向かったと聞いて気になっていたようだ。

 

「そうだね……。正直、現状では相手にならないな」

「ハッ!やっぱりお前の過大評価だったんじゃねえか」

「だけど」

「あん?」

 

以前豪炎寺のことを高く評価していたグランの目は節穴だったと嘲笑おうとしたバーンだが、グランが更に言葉を紡ごうとしたので訝しげな表情に変わる。

 

「あくまで現状の話だ。彼らは必ず強くなる」

「……何を根拠に言ってんだか。で?それだけ言うくせに、豪炎寺修也を連れて来なかったのかよ」

 

バーンの言うことも尤もだ。元々、エイリア学園内部では豪炎寺を引き込もうとする動きがあった。グランがそれだけ評価しているのなら、そのまま連行した方が違和感は無い。

 

「ああ、その話は無くなったよ」

「ああ?どういうことだ」

 

バーンにはその話は初耳だったので、グランに詳細を問う。

 

「俺が父さんに言ったんだよ。彼を引き込む必要は無いってね。中々納得してもらえなかったけど、今日の結果もあって考えを変えてくれたよ」

「テメェ……何考えてやがる」

 

豪炎寺の危険性を訴え、バーンとガゼルの両名に協力を持ち掛けたのは他でもないグランだ。そのグランの豪炎寺を軽視するかのような行動に、バーンは疑念を覚える。

 

「別に、俺にとっては豪炎寺修也よりも欲しい選手が居た。それだけのことだよ」

「欲しい選手だと?誰のことだ」

「バーン、君はあの三人にどういう印象を持ってる?」

「ああ?」

 

バーンの問いには答えず、新たな問いを返すグラン。

 

「三人ってのは………豪炎寺修也と円堂守、それに鬼道有人のことか」

「ああ、彼らは三人それぞれが違うタイプの選手だ。豪炎寺修也は常に進化し続け壁を破っていき、鬼道有人は一見すると分かりにくいが、成長の切っ掛けになっているのは恐らく誰かへの想いだ。そして、最も不気味なのが円堂守だ」

 

そこで一度言葉を切るグラン。バーンはひとまず最後まで聞くつもりのようで、無言で先を促す。

 

「実力そのものは他の二人に劣っているが、爆発力では決して引けを取らない。何より、彼の闘志とでもいうべきものに引き上げられるように、他の選手も力を増す。それは、個人を抑え込めばいいだけの豪炎寺修也よりも、ある意味脅威となるものだ」

 

ここまで聞けばバーンにもグランが誰を欲しているのか分かる。

 

「お前が欲しいのは円堂守か。だがよ、それだけの理由なら別に他の二人でもいいんじゃねえか?実力は他の二人には劣るんだからよ。それに結局引き抜くなら、今日円堂守を連れてくればよかったじゃねえか」

「それだけなら、ね。だけどエイリア学園は脅威となる可能性を排除したいだけで、実力目当てで引き抜こうとしている訳じゃない。なら、それに一番適しているのは円堂守なんだよ。雷門はチーム全員が纏まった良いチームだけど、常にその中心には一人の人物が居る。それが」

「円堂守ってことか」

 

グランの言葉を引き継ぐようにバーンが口を開く。バーンの答えを聞いたグランが笑みを浮かべる。

 

「豪炎寺修也が居なくなったところで、雷門は崩れない。だけど、それがキャプテンであり、チームの絶対的な要である円堂守なら?増してや、チームメイトに理由も言えず、自分の意思でチームを離れるとなれば、残された選手はどう感じるかな?」

「……性格の悪いこった。これだからテメェは好きになれねぇ」

「それにね」

「まだ何かあんのかよ」

 

徹底的に雷門を調べあげているグランに若干辟易しながらも、バーンは続きを促す。

 

「彼の目が好きなんだ」

「気持ち悪ぃこと言ってんじゃねえよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グランと別れ、バーンは一人考えを巡らす。グランは円堂守に豪炎寺修也とやり合った。グランが何をしようがそれは勝手だが、今回のこれは自分の標的を横取りされたようで気に入らない。

今回もお咎めは何も与えられなかったようだが、グランの独断での行動であり、良く思っていない者も居る。

 

「テメェが好きに動くんなら、俺が何したって文句は言えねぇよなあ?」

 

要注意人物だとされていたのはもう一人残っている。

 

「鬼道有人………精々楽しませてくれよ?」

 




どうにかしてプロミネンスの出番を作ってやるぜ……!!
原作なんぞ知らん!!
バーンとグランの会話については途中から作者もよく分かんなくなってるので、おかしなところがあっても勢いで理解してくれ。どうせこの先もノリで展開は変わるから、何となく流れさえ掴めてたら問題ないから。


あ、後Twitter始めました。更新した時とか執筆状況とか呟こうかと思ってるので興味がある人は雪見ダイフクで検索してみてね。アイコンの画像ないから分かりやすいと思う。

追記
作者のマイページにリンク貼りました。


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狂い始めた歯車


更新遅くなってごめんなさい。
ちょっと時間が空いたので文章とかおかしなところがあるかも……。
仕事が忙しかったのもあるんですけど、それ以上に思ったように書けないんですよね……。
まあ、盛り上がってくれば自然と書けると思うので、エタることだけはないようにボチボチ更新していきます。


 

目が覚めて一番最初に視界に映ったのは真っ白な天井だった。

 

────知らない天井だ。

 

寝ぼけた頭でそんなお決まりの文句を思い浮かべながら、首を動かし自分が何処にいるのか確認する。どうやら病院の病室のようだが、転生してからは病気になることも無かったので病院のお世話になることも無く、久しぶりに目にする白い個室に新鮮な感覚を覚える。

 

────俺は、確か………。

 

自分が何故病院にいるのか考えて、すぐに理由に思い至る。グランの〈天空落とし〉をくらった後の記憶が無いので、そこで気を失い病院に運び込まれたのだろう。……完敗だった。豪炎寺や鬼道が居ればエイリア学園が相手でも絶対に勝てると思っていたが、考えが甘かった。グランの実力は俺の想像を遥かに上回っていた。ジェミニストームやイプシロンはどうか分からないが、グランとジェネシスの座を争っているであろうバーンやガゼルも相応の実力者だと考えていいだろう。エイリア学園との戦いは原作以上に厳しいものになるかもしれない。

 

そこまで考えたところで、グランと勝負することになった理由を思い出す。雷門とジェミニストームの試合はどうなったんだ。あれからどれくらい時間が経ったかは分からないが、流石にもう試合は終わっているはず。等と思っていると、不意に扉をノックする音が響いた。

 

「円堂……?目が覚めたのか!」

 

病室に入るなり、俺を見てそう言ったのは風丸。パッと見では大きな怪我はしていなさそうだ。少しホッとする。

 

「大丈夫なのか、円堂……?」

「ん?ああ、大丈夫。よく寝たからか、大分体が軽くなったよ」

 

世宇子戦から溜まっていた疲労は完全に抜け切ったようだ。右腕もまだ多少痛むものの、動かせるようになっている。この体、回復力凄いな。

 

「病院に向かっていたはずのお前が、何でこんな事になってるんだ……。いったい何があったんだ円堂……?」

「………」

 

答えに詰まる。伊達に長い付き合いがある訳では無い。風丸の顔を見れば何かあったことぐらいは分かる。俺を心配していたのも勿論あるだろうが、それだけにしては疲労や憔悴、焦りといった感情が薄らとだが見て取れる。ジェミニストームには負けてしまったのだろう。世宇子との試合の疲労が溜まった状態で、キーパーもエースストライカーも居なかったのだ。流石に条件が悪過ぎる。だが、責任感の強い風丸のことだ。どうせ負けたのは自分の所為だとか思い詰めているのだろう。当然誰もそんなこと思っちゃいないが、口で言っても納得しないだろう。そんなところに更に強い敵、それも雷門のメンバーにとって絶対的な強さの象徴である豪炎寺を圧倒する存在を教えるなど、火に油を注ぐようなものだ。絶対に思考が悪い方向に悪化する。ここは多少不自然でも何とか誤魔化した方が良いかもしれない。

 

「え、ええっと……そ、そう!途中で寄り道しようと思ったんだけどさ、そこで盛大にすっ転んじゃって……」

 

────アホかぁぁぁ!?何が多少不自然でもだ!不自然にも程があるだろ俺ぇぇぇ!!こんなんで風丸が納得する訳が……。

 

「そう……か」

 

────あれ?納得………した?

 

よく分からないが、これ以上追求してくるような気配は無さそうだ。若干疑問を覚えたものの、納得してくれるなら好都合だと話の矛先を別の話題へと向ける。ジェミニストームとの試合には負けてしまったこと。ただ、試合が前半だけで終わったこともあり、負傷者は出なかったこと。俺を病院に運んだ後、何か用があると言って豪炎寺は帰ったこと。風丸から色々と聞き出した俺はエイリア学園の襲撃による影響で病院のベッドが足りてないという事情もあり、即日退院することになった。元々軽傷であったし、腕も診てもらったところ、2、3日も安静にしていれば問題無いだろうと言われたので帰っても良しと判断されたのだ。

病院の玄関前で風丸と別れ、俺は家路についた。

 

風丸の心に、確かな罅が入り始めたことにも気付かないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────円堂、やっぱりお前は、俺には何も言ってくれないんだな。

 

円堂と別れ、歩きながら風丸は思う。あの場では追求はしなかったが、流石にあんな誤魔化しで納得した訳では無い。聞いたところで答えてはくれないと思ったから何も言わなかっただけだ。

 

────豪炎寺や鬼道になら、お前は話すのか。

 

円堂が豪炎寺や鬼道と話す姿を、最近はよく見かけていた。同じチームなのだから、話す機会は多いだろうと大して気にしていなかったが、ふと考えてしまった。

 

────俺が、弱いからなのか。

 

豪炎寺や鬼道のような強さがあれば、円堂はもっと俺を頼ってくれるのだろうか。ずっと一緒にやってきたのに、それだけでは足りないのか。俺が円堂との間にあると信じていた信頼は、所詮その程度のものなのか。

 

「お前にとって、俺は……………」

 

 

 

揺らぐ心。その日、僅かにだが、確実に、風丸の瞳は濁り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「守?豪炎寺君から手紙預かってるわよ?」

「え?豪炎寺から?」

 

家に帰り、夕食を終えた後、唐突に母さんが思い出したようにそんなことを言った。豪炎寺が手紙?何でわざわざ手紙なんだ。メールでいいだろうに。母さんから手紙を受け取り、自室へと向かう。机の椅子に腰掛け、手紙を開く。

 

「……何だこれ」

 

見た瞬間、思わず声を漏らす。豪炎寺の手紙にはただ一言。

 

『旅に出る』

 

と大きく書かれていた。……いや、これだけならホントに何で手紙で伝えたんだよ。理由も何処に行ったのかも何も分からないんだが。報連相という言葉を知らんのかあいつは。

詳しい話を聞こうと豪炎寺の携帯に電話を掛けてみるが繋がらない。電源を切っているのか。伝えるべきことは伝えたとでも言いたいのか、あの馬鹿は。

原作と同じくエイリア学園に接触されて自分からチームを離れた、という可能性はあるが、グランの実力を知って修行の旅に出た、という理由の方があいつの性格を考えるとしっくり来る気がする。

 

しばらく考え込んでいたのだが、やはり真相は分からない。一応まだ居るかもしれないし、居なくてもお手伝いさんか誰かに聞けば何か分かるだろうと思い、豪炎寺の家に行ってみることにする。

 

夕食の後片付けをしていた母さんに一声掛けてから、玄関を出る。豪炎寺の家への道を思い出しながら走り出し、家から出てすぐの角を曲がったところで人とぶつかる。

 

「す、すみません!」

 

反射的に謝ってから、ぶつかった相手を見て驚愕する。

 

「円堂守君だね」

「お前達は……!?」

 

俺の前にはサングラスを掛け、黒いコートを着たスキンヘッドの人物が3人。原作で豪炎寺をエイリア学園に引き入れようと暗躍していた奴らで間違いない。何故こいつらが……。

 

「我々はエイリア学園の志に賛同する者。円堂君、是非とも君の力をエイリア学園の為に役立ててもらいたい」

「……仲間になれってことか?そんな提案に俺が頷くとでも思っているのか」

 

豪炎寺では無く、俺を勧誘しに来た……?どういうことだ……。

勿論エイリア学園に協力するつもり等微塵も無いが、恐らくこいつらは……。

 

「いいのか?断れば君の周りの人間の安全は保証出来ないが。……例えば、家族やチームメイト達の、ね」

「………」

 

やはり、か。こうなってしまえば、俺に取れる選択肢はそう多くない。大人しくこいつらの仲間になるか。それとも人質が無事に保護されるまではチームから離れ、身を隠すか。だが、それは……。

 

「忘れるな。我々は君のことを常に監視している。下手なことをすれば………分かるな」

 

今日のところはこれで十分ということか。そう言って立ち去っていく黒服達。俺は何も答えられず、奴らが去った後もしばらくその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

こんなことになるとは思っていなかった。豪炎寺が居なくなるのは想定していたが、まさか俺を勧誘して来るとは。

真相は分かっていないが、豪炎寺はチームを離れた。鬼道も世宇子を倒すという目的を果たし、帝国へと戻ったのだろう。そして、俺も近い内にチームには居られなくなる。

 

そうなれば、雷門は……。




前話であんな終わり方しておきながらバーンが出てくるのはもう少し先という……。すまない、本当にすまない。

という訳で始まりました。脅威の侵略者編・円堂離脱ルート。別名、風丸闇堕ち一直線ルート。

先のことは考えてはいますがすっごいフワフワしてるのでノリと勢いで簡単に変わります。ま、何とかなるやろ!


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それぞれの始動


え〜、まずは本当にごめんなさい。
自分でもこんなに間が空くとは思いませんでした。更新を待っていて下さった読者の皆様に感謝しております。
久しぶりすぎて文章とかおかしくないかめっちゃ不安です。
遅くなった理由は色々とありますけど、ボチボチ投稿再開していきます。
今後もよろしくお願いします。


「地上最強のサッカーチームを作らねばならない。あのエイリア学園を倒す為に!」

 

翌日、雷門中へと呼び出されたサッカー部の面々はイナビカリ修練場の地下で理事長よりそう伝えられた。

 

だが、俺は昨日の事で頭がいっぱいでろくに話が入ってこなかった。

昨日、あれからしばらくして我に返った俺は豪炎寺の家を訪ねたが、やはり豪炎寺は既に居なかった。家政婦のフクさんが言うには、ボールやスパイクといったサッカー用具の他に、財布等の最低限の物だけ持って家を出たらしい。大事な用があるからしばらく戻れない、そう言って。

 

別にこれに関してはそれほど気にはしてない。勝手な行動をとった事に思う事がない訳ではない。だが、あいつのこれは今に始まった事ではない。少し早くなっただけで、原作通りになっただけだと思えばいい。どうせ今よりもさらに手がつけられない化け物になって帰ってくるだろう。沖縄に向かっているかどうかが心配ではあるが、流石にあいつもそれぐらいは分かっているだろう。……多分。

 

それよりも問題は俺がチームに居られなくなる事だ。自分で言うのも何だが、俺はこのチームのキャプテンであり唯一のGKでもある。俺が抜けた後、チームがどうなるか正直予想がつかない。原作でも雷門の選手が次々と離脱していく中、最後までチームが崩れなかったのはその中心に円堂が居たからだ。

そして一番の懸念事項は原作2期ラスボスであるダークエンペラーズが結成されるか否か。ダークエンペラーズは怪我等の理由から雷門を離れた選手達で構成されたチーム。誰も怪我による離脱者が居ない現状、全員をチームに繋ぎ止める事ができれば問題はない、はずだった。

だが、俺が居なくなる以上はそれを念頭に置いたメンタルケアはできなくなる。

予想外の事が重なった結果ではあるが、結局俺のエイリア編の認識が甘かった。俺は心のどこかで思っていたんだ。原作よりも雷門は強くなっているし、豪炎寺や鬼道が居ればそれほど苦戦はしないだろうと。

それに、皆と共に過ごす時間が長くなればなるほど、皆がダークエンペラーズになってしまうのが想像できなくなっていった。俺は信じたくない。原作の知識があったとしても、それはこの世界では変わるのではないかと。原作の円堂と俺とでは、皆と積み重ねてきたものも違うはず。それに何より、俺達がやってきた事が、あんな石っころなんかに負けるだなんて思いたくない。

これは俺の願望を皆に押し付けているだけなのかもしれない。でも、それでも────

 

「やります。俺達にやらせてください!」

 

理事長の言葉にそう返したのは風丸。

 

「俺達があの時勝ってさえいれば、傘美野が壊される事はなかったんだ……!もうあんな思いは誰にもさせたくない。そうだろ、皆!」

「ああ、俺達がエイリア学園を倒すんだ!」

「俺もやってやりますよ!」

 

皆が次々に自らの思いを口にする。俺は………。

 

「円堂!」

「……ああ、そうだな。やろう!雷門の新しい挑戦の始まりだ!」

 

もう、俺にできるのは、皆を信じることだけだ。

 

 

「準備ができ次第出発だ。円堂、頼んだぞ」

「監督は……どうするんですか?」

 

そうだ、エイリア学園との戦いでは響木監督ではなく、あの人が監督になるんだ。

 

「俺は行かん」

『ええ!?』

 

監督のまさかの言葉に驚愕の声を挙げる皆。

 

「響木監督には私から頼んでいる事があるのだ。これもエイリア学園と戦う為に必要な事でな」

 

理事長の言葉で響木監督がついてこないという確証が持てた一同がざわめき出す。

響木監督が俺達の監督になってからそう長い時間が経った訳ではないが、監督を皆信頼している。エイリア学園との戦いに響木監督が居ないのは不安になるだろう。

 

「心配するな」

 

響木監督がそう言うと同時にエレベーターのドアが開き、黒髪の女性が入って来る。

 

「紹介しよう。新監督の吉良瞳子君だ」

『ええ!?』

 

……ちょっと思ったんだが、瞳子監督ってどういう経緯で雷門の監督になる事を理事長や響木監督に認めてもらったんだろうか。

多分自分から売り込んで来たんだと思うけど、そんなに詳しい事までは話してないよな。響木監督に裏切り者とか後から言われてたし。でも、瞳子監督について調べるとかしなかったのかな……。

まあ、そんな事気にしてても意味ないか。

 

「ちょっとガッカリですね、理事長。監督が居ないと何もできないお子様の集まりだったとは思いませんでした」

 

瞳子監督の開口一番がこれである。ゲームとかだとあんま気にならなかったけど、実際に言われると少しだけイラッとくるな。

 

「本当にこの子達に地球の未来は託せるんですか。彼らは1度、エイリア学園に負けているんですよ?」

「勝ちますよ。俺達は」

 

俺はともかくとして、皆の実力を疑われるのは我慢ならなかったので口を挟む。

 

「皆が前回負けたのは、全国大会決勝での疲労が溜まっていたからです。おまけにキーパーやエースストライカーも居なかった。万全の状態なら必ず勝っていました。それに、敗北は無駄にはならない。必ず次の勝利へと繋がるはずです」

 

俺と瞳子監督の視線が交わる。視線は逸らさない。これに関しては俺も引けない。

俺の気持ちが伝わったか、瞳子監督は小さな笑みを浮かべた。

 

「頼もしいわね。でも私のサッカーは今までとは違うわよ。覚悟しておいて」

 

言葉が足りない時もある。真意が伝わりにくい時も。でも、間違った事は言わない人だ。信頼できる。俺が居ない間も、チームを任せられる。

 

地上最強のチームを作る旅が、ついに始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に1人であんな所に行くのか、坊主?」

「ええ、乗せてくれてありがとうございます」

 

円堂を病院へと運んだ後、必要最低限の荷物を持って家を飛び出した俺は、エイリア学園との戦いが終わったら世界大会が始まるまでの間の特訓に使おうとしていた場所へと向かっている。

少ない情報から何とか場所を調べ上げ、ある程度の目星はついていた。

漁師の家を訪ね、その場所について知っている人が居ないか聞いて回った。海の事ならその職業に就いている者が詳しいと思ったから。そして、早朝から迷惑だと罵声を浴びせられながらもしぶとく聞き込み続け、諦めかけた頃にようやくその場所を知っている人を見つけた。

連れて行ってくれと頼んだのだが、子供が1人であんな所に何をしに行くつもりだ、危険だと最初は相手にしてもらえなかった。だが、俺のあまりに執拗い説得に最後は折れてくれた。決めてはやはり土下座だろうか。誠意を持って頼めば気持ちは伝わるものだ。

 

俺はグランに完敗した。手も足も出なかった。情けない話だ。

俺は自分が強くなったと思っていた。世宇子を圧倒し、力を見せつけ、エイリア学園にだって負ける訳がない、そう思っていた。

だが、現実は違った。俺は世界の広さを知らなかっただけだ。小さな箱の中で、自分こそが最強だと天狗になっていただけだ。

エイリア学園であれなのだ。世界にはもっと凄い化け物が大勢いるに違いない。

この程度で世界大会で得点王に、即ち世界一のストライカーを目指そうなどと、思い上がりも甚だしい。

………否、そもそも世界一を目指す事が間違っていたのだ。俺はもっとスケールの大きい戦いを知っているではないか。時空最強を求める旅と人間の限界を超越した子供達との戦いを、宇宙の運命を掛けた戦いを。

 

俺が目指すべきだったのは最強のストライカー。世界一は当然、全時空、全宇宙において頂点に君臨する。真の最強。

 

その為には今のままでは駄目だ。チームに居たままでも強くはなれる。だが、それには限界がある。

もっと強くなるにはより過酷な環境で自分を追い込む必要がある。この場所なら、俺に手を差し伸べてくれる者は誰も居ない。

 

「さあ着いたぜ。様子は見に来るつもりだが、間違ってもくたばってくれるなよ?俺は人殺しになりたくねーからな」

「本当にありがとうございました。分かってます。俺はこんな所で終わりませんよ。誰よりも強くなるまでは」

「………ま、無理だけはしないこった。この島にはお前を助けてくれる奴は居ないんだからな」

 

その後もこちらの身を案じ、山のように小言を言い残した後、漁師は港へと戻って行った。

今日あったばかりの中学生相手に随分親切にしてくれた。あの人が居なかったら俺はここに来れなかった。この出会いに感謝しよう。

 

さて、もう後には引けない。厳しい自然の脅威が、孤独の苦しさが俺を襲うだろう。だが、それでいい。

それを乗り越えて、俺は強くなる。どこまでも。

 

だから、俺が戻るまでの間、チームを頼んだぞ円堂。

 

 

 

たった1人、誰よりも過酷な豪炎寺の特訓が始まる。

その舞台に選ばれた島は、10年後にはこう呼ばれている。

 

────ゴッドエデン、と。

 




やばい奴がやばい覚悟を決めてやばい場所に行った件について。
頼むからジェネシス戦辺りまで帰って来ないでくれ。

あと吹雪ファンに怒られる覚悟を決めました。


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賭けと信頼


投稿を再開するとか言ってすぐに1週間音沙汰が無くなる駄目作者がいるらしい。
少しずつペース戻していきます。(多分)


 

『先程襲撃現場で、中学校連続破壊事件の際に宇宙人が学校破壊に使ったと同一と思われる、黒いサッカーボールが発見されました』

 

奈良県でエイリア学園による襲撃があったらしく、招集を受け雷門に集まった俺達が見ているのはその事件を扱ったニュース映像である。

 

「更に最新情報だ。エイリア学園は財前総理を連れ去っている」

 

総理大臣という思わぬ人物の名前が上がった事で皆が少しざわつく。

普通に暮らしてれば一生縁がないような存在だよな。

 

「情報によれば総理は謎の集団によって連れ去られたという。この謎の集団はエイリア学園と関係があるようだ」

 

謎の集団……あのハゲ共か。財前総理を誘拐したのってあいつらだったっけか。割と色々やってるんだなあいつら。豪炎寺を追い回してたイメージしかないわ。

 

「出発よ。エイリア学園とすぐに戦う事になるかもしれないわ」

「瞳子君、円堂君達を頼む。情報は随時、イナズマキャラバンに転送する」

「イナズマキャラバン?」

 

監督達の会話の中の聞き覚えのない単語に誰かが疑問の声を漏らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お〜〜〜!!』

 

へぇ、これがイナズマキャラバンか。青色を基調とした車体に黄色のイナズマ模様。正しく雷門カラーだな。

 

「イナズマキャラバンはこの地下理事長室と繋がる前線基地になるのです」

 

……ここって理事長室って扱いだったのか。何で地下に作ろうと思ったんだろう。今はこうして役に立ってるからいいとしても、普段全く使わなさそうだが。

ん?扉に立てかけてあるあれって………。

 

「サッカー部の看板?」

「ここは言ってみれば新しい部室。だったらこいつは必要だろうが」

 

そう言って響木監督が笑顔でサムズアップをする。俺も監督に笑顔で返す。

 

「ありがとうございます。響木監督」

 

 

 

それからキャラバンについての説明を簡単に受けた。どうやら原作同様に運転手は古株さんがやってくれるらしい。

………有難いけど、これって給料とか出てるんだろうか。もし無給だったら古株さんに足向けて寝れなくなるな。

 

「しっかりな、皆」

「はい、監督」

「お前達はエイリア学園に勝てる。俺はそう信じているからな」

『はい!』

 

皆が次々にキャラバンへと乗り込んでいき、俺も続こうとしたところで風丸に呼び止められる。

 

「円堂」

「ん?どうした風丸」

「豪炎寺は……本当に来ないのか?」

「………ああ」

 

一応皆には今日集まった時に豪炎寺が来ない事は伝えてある。どうしても外せない用があって、それが済んだら合流する、と。

 

「大丈夫さ。豪炎寺が居なくたって俺達は強い。それにあいつもすぐに戻って来るよ。心配ないって」

「そう、だな」

 

なるべく明るい感じで言ったつもりだが、あまり納得できた様子ではない。まあ、こんな時に何をやってるんだって思う方が自然だからな。

だけど何を言ったところで豪炎寺は居ない。あいつ抜きで戦うしかないんだ。正直あいつがいつ戻って来るかは予想がつかない。ちゃんと考えて行動していれば沖縄に居るだろうから原作と同じタイミングで合流できるだろうけど、あいつが予想通りに素直に行動している姿はどうも想像しにくい。寧ろ予想もつかないような突拍子も無い場所にいる方があいつらしい気さえする。………というか海外に武者修行とかしに行ったりしてないだろうな?なんか不安になってきたぞ……。

 

「円堂?どうした?」

「あ、いや。何でもない」

 

危ない、思考がまた変な方向に行きそうになってた。逆に心配されてどうするよ俺。

 

豪炎寺の事は一先ずは置いておき、俺と風丸もキャラバンに乗り込む。

 

「イナズマキャラバン、発進スタンバイ!」

 

全員が乗り込んだ事を確認し、瞳子監督が号令を掛ける。

するとキャラバンを停めてあった床がせり上がり、キャラバンを地上へ…………って何でこんな仕組みがあるんだよ。まじでどういう意図で作られたんだよこの施設。

やがて床が止まり、目の前のシャッターが開いてキャラバンが発進する。ここグラウンドの真下だったのか。というかグラウンドが左右に割れてるんだけど。ゼウススタジアムの時も思ったけど、やっぱこの世界変なとこで技術力高いよな。

 

雷門中を飛び出したキャラバンが向かう先は奈良。

流れる景色に目を向けながら、家で荷物をまとめていた時に電話で鬼道と話した内容を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────という訳なんだ。鬼道、今すぐとはいかなくても雷門にもう一度力を貸してくれないか」

 

恐らくは原作で豪炎寺が離脱したのと同じタイミングで俺も離脱するだろうから、それまでにできる事をやろうと思い、とりあえず鬼道に電話してこれまでの経緯を説明した。

俺と豪炎寺が居なくても鬼道が居れば戦力的にはある程度はカバーできるはずだ。

 

『………そちらの事情は理解した。確かにその状況なら俺を頼ろうとするのも分かる』

「それじゃあ……!」

『だが断る』

「えっ」

 

なんだよ、一瞬期待してしまったじゃないか。変な声出たわ。

 

「な、何でだよ?すぐにじゃなくてもいいんだぞ?お前が帝国に戻ったのだって理由があるだろうし、その辺の問題が解決してからなら───」

『円堂』

 

有無を言わせぬ様な強い語調で名前を呼ばれ、思わず押し黙る。

 

『お前が言う通り、俺が帝国に戻ったのは考えがあっての事だ。だが、それは既に問題ない。雷門に戻ろうと思えば何時でも戻れる』

「なっ!?じゃあ何で駄目なんだよ!?」

『……俺が初めて雷門のユニフォームを着た日、俺が言った言葉を覚えているか?』

「はあ?」

 

鬼道が言った言葉?初めて雷門のユニフォームをって事は千羽山の時だよな。…………。

 

「悪い、その日の事は覚えてるけど、どの言葉だ?」

『俺は言ったはずだ。世宇子を倒す為に雷門を利用するだけ。お前らの仲間になる訳では無いと。そしてお前も豪炎寺も居ない雷門に利用するだけの価値は無い』

「なっ………」

『雷門の最大の長所は、試合の中で劇的に成長する爆発力だ。だが、それはお前の存在あってのもの。その長所を失った雷門と俺が戻りフルメンバーになった帝国。どちらが強いかなど言うまでもないだろう』

「……まさか、帝国がエイリア学園と戦うって言うのか」

 

鬼道の言う事はあながち間違いとは言い切れない。確かに鬼道が戻った帝国はエイリア学園に対抗するだけの力がある。

 

『そうできれば良かったんだがな。帝国の多くのメンバーは世宇子との試合で負った怪我から復帰したばかりだ。流石にすぐに奴らの相手をするのは荷が重い』

「じゃあどうする気だよ?まさかエイリア学園なんて放っておけなんて言わないだろうな?」

『………お前がチームに復帰するまでは、もしかしたらそれがベストかもな』

「おい!?」

 

本気かこいつ。エイリア学園を放置したらどれだけ被害が拡大するか、分からないはずはないだろうに。

 

『円堂、お前は言ったな。皆を信じると』

「え?あ、ああ……」

『俺から言わせてもらえば、お前は自分の存在が雷門にとってどれだけ重要か分かっていない。皆を信じる?それはお前の願望を押し付けているだけだ。お前が居なくなれば間違いなくチームは崩壊する。お前が考えている様な都合の良い展開にはならない』

 

……そんな事はない。俺が居なくても皆なら、絶対に強くなれる。力を合わせてエイリア学園と戦っていける……はずだ。

 

『だが、お前は何を言っても納得はしないのだろうな。だから賭けをしよう』

「……賭け?」

『そうだ。お前が抜けた後の雷門が─────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼道、賭けは絶対に俺が勝つよ。ずっと皆の事を見て来た俺だから言える。お前の言う通り、チームは崩れるかもしれない。下向き、立ち止まるかもしれない。でも必ず最後には立ち上がって、前に進む。

 

だから、その時はチームを頼むぜ。鬼道。

 




最近世界編の妄想をよくする。特に決勝の展開とかは頭の中で大体形になってる。いつかそこまで行けるといいんですけどね。
あとどれだけ掛かることやら……。

それと相変わらずサブタイが思いつかねぇ……。


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宇宙人疑惑


もう開き直って週1投稿にしようか……。
3日に1回ぐらいは投稿できるようにしたいんですけどね……。


 

道中、特に語る事も無く無事に奈良へと到着した俺達は総理の誘拐現場であるシカ公園へと向かったのだが、

 

「中には入れそうにないでヤンスね……」

「ここまで来て門前払いかよ……」

 

当然ながら現場は捜査を行う警察で一杯だ。関係者でもない俺達が入るのは難しい。監督がどうにか入れてもらえないか交渉を行っているが、まあ無理だろう。

原作だとこれどうやって入ったんだっけか。こんな細かい所までは流石に覚えてないな……。

 

「もしもし、バトラー。お父様に繋いで」

 

何やら夏未が理事長に電話を掛けているようだが、流石に無理じゃないか?一学校の理事長に警察を動かす発言力なんて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ありがとうございます。助かりました、理事長」

 

入れたわ。どんだけ顔広いんだよ理事長。

とりあえず周りを見回してみるが、壊れた橋や銅像など、襲撃の後がいくつか見て取れる。確かここでエイリア学園の黒いサッカーボールを見つけるんだったか。

 

「よし、まだどこかにエイリア学園に繋がる手掛かりがあるかもしれない。手分けして探すぞ」

 

皆に指示を出し、公園内の捜索を始める。原作だとどの辺に落ちてたんだったかな、あのボール。警察の捜査でまだ見つかってないんだから見つかりにくい場所にあるんだろうけど。

 

 

 

「無いな……」

 

あれからしばらく探しているが、一向に見つからない。こりゃ闇雲に探してても駄目かもしれないな。

何とかして原作の記憶を思い出すしかないか……。

 

「あ、あったッスーーーーー!!」

 

とか考えていると壁山のそんな声が聞こえてきた。その声に俺も含める皆が集まってくる。

 

「見つけたのか壁山。どこだ?」

「あ、キャプテン。この池の中ッス!」

「池?よくそんな所探そうと思ったな」

 

感心して壁山と一緒に居たはずの目金に視線を向けると、気まずそうに視線を逸らされた。

………こりゃ真面目に探してなかったな。見つかったのは偶然か。まあ、何でもいいか。

 

池の中のボールを引き上げる。……やっぱり重いな。とても軽々と蹴れるような軽さじゃない。

ただなぁ……。なんとなくとある事を思い出してしまい何とも言えない表情を浮かべてしまう。

 

思い出したのは以前偶然遭遇した特訓中の豪炎寺。あの時のあいつは全身に合計100kg近い重量を背負いながらも平気で動けていた。あれを思い出すとこのボールを蹴れるのが凄い事なのか分からなくなってくる。

……というか今更ながらあいつは本当に人間か?

 

「全員動くな!」

 

と、俺が豪炎寺宇宙人説を疑っていると唐突にそんな事を言われる。声が聞こえた方を向くと黒服に身を包んだ明らかに一般人ではないが警察でもなさそうな人達が居た。

 

確かSPフィクサーズだったか。文字通り、財前総理のSPで構成されたチーム。……SPって割とファッションとか自由なのか?髪型とか髪色とか目立ちそうな奴居るけど。

 

「もう逃がさんぞ!エイリア学園の宇宙人!」

 

ああ、そういえばこんな展開だったな。しかしいきなり宇宙人だと決めつけてかかるのはどうなんだろうか。

 

「宇宙人って俺達のことか?」

 

これは風丸の言葉である。口に出していないだけで他の面々も困惑しているような雰囲気を感じる。

 

「財前総理はどこだ!どこへ連れ去った!」

「いや、俺達は……」

「黙れ!その黒いサッカーボールが何よりの証拠だ!」

「違いますよ。このボールは池に落ちてた物で……」

「とぼけるつもりか!」

 

話聞けよおい。

 

「我々は総理大臣警護のSPだ」

「だからっていきなり宇宙人呼ばわりするなんて失礼じゃないですか!」

 

何人かは風丸の反論に同意するように頷いている。まあ、あっちからしたら確かに怪しく見えても仕方ないのかもしれないけどな。総理の誘拐事件の犯人を探してる訳だし、多少殺気立っても無理はない。

 

「あの、警察には俺達の事は話が通ってるはずなので1度確認を────」

「宇宙人はどこだ!」

 

また喋ってる途中で遮られたよ……。頼むからちゃんと話聞こうぜ……。

 

黒服の大人達の後ろから同じ黒服の少女が歩み出る。赤みがかった髪に青い帽子を被ったその少女の事を俺は知っている。

 

 

財前塔子。エイリア学園に誘拐された財前総理の娘で、原作における地上最強イレブンのメンバーの1人。ゲーム2作目からの新要素である女性選手であり、脅威の侵略者編を代表するキャラの1人だ。

 

 

塔子は俺達を見て何かに気づいたような様子を見せる。塔子は宇宙人じゃないって気づいてたけど、雷門の強さを確かめようとするんだったか。

 

「動かぬ証拠があるのに、往生際の悪い宇宙人ね」

 

そう言う塔子の視線の先にあるのは例の黒いサッカーボールだ。これを持ってるのを見られた時点でこの展開をどうにかするのは無理か。

 

「本当に違うんだが……どうしたら信じてもらえるんだ?」

「そうだね……なら、証明してもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でサッカーなのよ?」

 

宇宙人ではない事を証明する為にサッカーの試合をする事になった。夏未が疑問の声を漏らしているが最もだ。仕方ないしやるけど、勝っても宇宙人じゃない証拠にはならないだろうに。

 

「さあ?でも、やって損はないわ。大人相手に彼らがどこまで戦えるか、見てみたいの」

 

 

「相手は大人だ。フィジカル面ではこちらが劣るかもしれないが、そこは気持ちでカバーするぞ。スピードやテクニックなら充分に勝負できるはずだ。皆、勝つぞ」

「おう!任せろ!バンバン点取ってやるぜ!」

「その意気だ染岡。頼んだぜ」

 

豪炎寺も鬼道も居ない現状、フォーメーションは染岡のワントップになる。だが、攻撃力は染岡もかなり高い。この相手なら全く不足はない。

 

「でも、どんなチームなんでヤンすかね?」

「あいつら、あの格好でやる気なのか?」

「そこは皆気になるよな。どうだ、音無。見つかったか?」

 

俺も細かい事までは記憶し切れていないので、音無に相手の情報を調べてくれるように頼んでいたのだ。

 

「ちょっと待ってください………あ、ありました!」

 

お、流石は音無だ。短い時間しかなかったがちゃんと調べれたみたいだな。

 

「SPフィクサーズ。大のサッカーファンである財前総理のボディガードでもあるサッカーチームです」

「ええ?」

「サッカーで体を鍛えてるって事か?」

 

……ボディガードに必要な強さとサッカーの強さじゃ全くの別物な気はするけどな。通じる部分もあるのかもしれないけど。

 

「相手が大人というだけでも大変なのに……」

「どうやって戦えばいいでヤンすかね……?」

「監督、アドバイスお願いするッス!」

 

壁山の言葉に監督は一瞬考えたようだが、

 

「とりあえず……君達の思うようにやってみて」

 

という一言を返した。

 

「「ええーー!?」」

 

監督って存在は響木監督のイメージが強いからなぁ……。取り合ってもらえなかった事に壁山や栗松はショックを受けてるようだが、これは仕方ない。

 

「栗松、壁山」

「キャ、キャプテン……」

「別に監督だってお前らに意地悪がしたい訳じゃないさ。監督は俺達がどんなプレーをするのか知らないんだ。アドバイスを求められても困ると思うぜ?」

「あ……」

 

会ってから間もないし、あんまり喋る人でもないからな。こういうちょっと言葉が足りなかったりが積もり積もって不信感へと変わっていくかもしれないし、俺がいる間はなるべく気をつけるようにした方がいいかもしれない。

 

「相手がどんな奴らだって関係ないさ。俺達は俺達のサッカーをやればいい。この前に宇宙人と戦った時と違って、ゴールは俺が守るんだ。皆も後ろは気にせず、ガンガン攻めてくれ」

 

正直、相手に豪炎寺や鬼道みたいな手合いが居ない限りは、ゴールを奪われる気はしない。

 

 

両チームがポジションにつく。………何で当然のようにサッカーコートがあるんだろうか……。

まあいいか。フォーメーションはFWは染岡のワントップ。MFはマックス、半田、少林、宍戸に加えて風丸のポジションを上げて中盤の層を厚くした。DFは土門、壁山、栗松、影野。そしてGKは俺。

原作だと確かこの試合の時は人数が1人足りなかったはずだけど、ジェミニストームとの試合で誰も離脱せず、ちゃんとメンバーを揃えられてるから余裕が持てるな。

 

後、懸念事項を挙げるとすればゲームメイカーが居ないせいで中盤の支配力が低い事だな。豪炎寺や鬼道といった1人で試合をひっくり返せる選手が居ないから、中盤を押さえられたら予想よりも苦戦するかもしれない。

 

 

この試合が、俺が何も気にせずに思い切りプレーできる最後の試合になるかもしれない。悔いのないプレーをして、必ず勝つ。




試合まで辿りつけなかっ……た……。(ガクッ)
はてさて塔子の実力の程は……?


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迅速果敢

気づいたら前に更新した時から結構経ったような……。
き、きっと気の所為だな(震え声)

そして相変わらずサブタイで迷う。


『さあ、雷門イレブン対SPフィクサーズ!間も無く試合開始だぁ!』

 

何故か居る角馬の実況がグラウンドに響き渡る。いや、ホントに何で居るんだろう。さっき茂みから自転車で出て来なかったか。まさか東京から自転車で来たんじゃ……いやいや、そんな馬鹿な。

まあ、あまり深く考えないでおこう……。

 

雷門ボールから試合開始。一旦後ろにボールを下げ、中盤でパスを回していく。情報が無い相手の時は立ち上がりは慎重過ぎるぐらいでいい。

ただ、SPフィクサーズは守備が優れたチームだったはずだからこちらから攻めていかないと睨み合いになるかもしれないな。

 

 

俺の予想は当たり、慎重にパスを回す雷門だが、SPフィクサーズも無理にはボールを奪いには来ない。このままじゃ埒が明かないな……。

そう思ったのは俺だけではなかったようで、雷門が動く。風丸がサイドライン際を駆け上がっていき、そこにマックスからのパスが出る。ボールを受けた風丸はそのまま相手陣内に切り込んでいく。当然、相手も黙ってはおらず、風丸からボールを奪おうとするが───

 

「は、速い……!!」

 

スピードに乗った風丸のドリブルに追い付けず、振り切られる。この風丸のスピードも原作同時期より上だと断言出来るものの1つだな。1度引き離されれば、もう簡単には追い付けない。

敵陣の深い位置まで独走した風丸が中央の染岡へとセンタリングを上げる。

 

「甘いよ!」

 

だが、このボールは後ろに下がっていた塔子にカットされる。中々良い動きだ。染岡にもしっかりとマークがついていたし、簡単には点を取れないかもしれないな。

 

「さあ、攻めるよ!」

 

ボールを奪い、SPフィクサーズがカウンターを仕掛ける。以前、野生中と戦った時は同じような形のカウンターから失点したが、今回は風丸が上がった陣形の穴は他の中盤の選手がしっかりと埋めている。……今思えば風丸はFWでも良かったかもしれない。前半の状況次第では後半から提案してみるか。

 

「クイックドロウ!!」

 

マックスがボールを奪い、再び攻めようとするが───

 

「ザ・タワー……V2!!」

 

塔子が地面を塔の様に隆起させ、その頂上から稲妻を落としボールを奪い返す。

……当然のように技が進化してるんだけど。やっぱりこの世界線の選手は皆原作よりも強いんだろうか。まあ、グランがあれだったからどんなのが出てきても冷静に見れそうな気はするが。

 

ボールは塔子から館野へ。

 

「通さないッス!ザ・ウォー────」

「「合・気・道!!」」

「うわぁ!?」

 

その前に立ち塞がる壁山だったが、舘野とその横を走る極火の連携技によって突破される。……俺は合気道なんて全然知らないけど、どの辺にその要素があるのか分からない。あと2人でやる必要もあるのか今の技は。

 

舘野から先手、木曽久へとパスが通り、木曽久がゴール前にボールを蹴り上げる。走り込んで来た加賀美が木曽久の手を取り、その体を一回転させ、ボールを木曽久の臀部で叩きつける様にして打ち出す。

 

「「トカチェフボンバー!!」」

 

迫り来るシュートを前にして俺は考えを巡らす。SPフィクサーズは今、雷門陣内に攻め込んで来ていて陣形が前のめりになっている。ワントップである染岡が厳しいマークを受けるであろう事は想像に難しくない。それに加えて不測の事態に備えてできるだけ早めに先制点を取っておきたい。このシュートを止めたらすぐにカウンターを仕掛ける。点を取れるかは相手が陣形を立て直す前にどれだけ早く前線にボールを送れるかが重要になる。その為に俺が取るべき行動は────。

 

刹那の間に思考を纏め、すぐさまそれを実行に移す。気をコントロールし額に集中させる。〈ゴッドハンド〉の要領で気で右手を形成し、更に鋼鉄を纏わせる。

 

〈メガトンヘッド〉。世宇子との試合の中で思いつきで再現した技。未だ完成したとは言い難いが、〈ワイバーンクラッシュ〉を打ち返せるぐらいのパワーはある。この程度のシュートなら同じように打ち返せるはずだ。

 

「うおおおおお!!」

 

シュートをヘディングで迎え撃ち、予想に違わず鋼鉄の拳がシュートを完璧に弾き返す。

ボールはゴール前の選手達の頭上を越え、中盤の半田へ。

 

『なっ!?』

 

俺のプレーが予想外だったか、SPフィクサーズの面々が驚愕の声を漏らす。

ピンチを一転してチャンスへと変える。攻防に優れた〈メガトンヘッド〉は本当に優秀な技だ。原作では世界編ですら通用していたし、本格的に習得を目指すのも有りかもしれない。

陣形を立て直そうとするSPフィクサーズだが、それよりも早く半田から染岡へのパスが通る。

パスを受けた染岡はまだゴールまでは少し距離があるが、DFが詰め寄ってくる前にシュート体勢に入る。

 

ボールを上空へと蹴り上げ、それを追うように青き翼竜が舞い上がる。空中のボールにエネルギーが注ぎ込まれ、青く輝く。そのボールと共に翼竜が急降下。染岡が渾身の力を持って打ち出す。

 

「ワイバーンクラッシュ!!」

 

このシュートに対し、SPフィクサーズのGKである鉄壁はゴール前に半透明のライオットシールドを展開し、防ごうとする。

 

「セーフティプロテクト!!」

 

原作では染岡はこの技で〈ドラゴンクラッシュ〉を防がれたはずだが、染岡が放ったのは〈ドラゴンクラッシュ〉を上回る威力を持つ〈ワイバーンクラッシュ〉。

鉄壁の作り出した盾はシュートの威力に耐え切れず砕け散り、ボールはゴールへと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い……」

 

先制点を奪い、喜ぶ雷門イレブンを見ながら、塔子は気づけばそう口に出していた。

 

「シュートを直接打ち返すなんて……」

 

FWの放ったシュートの威力も凄かったが、その前のキーパーのプレイだ。確かにシュートを受け止めるよりも素早く攻撃に転じる事ができるだろうが、思いついたところでそれを実行できる選手がどれだけ居るのか。

 

「これが、日本一のチーム……」

 

今年のフットボールフロンティアは雷門中が優勝したというのは知っていた。そして今戦っている彼らがその雷門なのだと、塔子は気づいていた。にも関わらず、宇宙人ではないかと疑いをかけて勝負を持ちかけたのは、彼らの強さを知りたかったからだ。

宇宙人に攫われた父を助ける為に、塔子はより強い仲間を求めていた。自身も所属するSPフィクサーズも決して弱いチームでは無いが、その本質はあくまでも要人警護のSPだ。宇宙人を相手にするには少々荷が重い。そんな中、巡り合った日本一のチーム。塔子は内心で歓喜した。彼らなら、宇宙人との戦いにおける頼れる味方になってくれるかもしれない。だが、塔子は雷門が日本一になったという事実は知っていたが、実際に試合を見た事はなかった。実力を疑っていた訳では無いが、どれ程のものか、自分の目で確かめたかった。

 

────予想以上だよ。

 

彼らとなら、きっと宇宙人とも戦える。だが、今はこの試合だ。元々、向こうの実力を試す為の試合だが、簡単に負けてやるつもりは無い。

 

確かな希望をその胸に抱き、塔子は試合に意識を集中させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々見せてくれるじゃない」

 

一連の攻防をベンチから見ていた瞳子も感心したように呟いていた。実際に瞳子が雷門イレブンの試合を見るのはこれが初めてだが、予想していたよりも良い動きだ。

雷門の監督になるにあたり、軽く雷門の事を調べていた瞳子だが、出てくるのは豪炎寺の情報が殆どだった。その中でも、雷門は豪炎寺のワンマンチームだという話は数多く、その豪炎寺が居ない事に若干の不安を抱いていた瞳子だが、蓋を開けてみれば皆優秀な選手達だ。そんな心配はしなくてもよさそうである。

特に円堂の実力はチームの中でも傑出している。考えてみれば豪炎寺や鬼道といった世間で天才だの化け物だの怪物だのと言われている様な選手達が、キャプテンとして認め背中を預けていた選手なのだ。それが弱いはずも無い。

少なくとも、守備に関しては円堂が居れば問題は無さそうだ。

 

 

そう判断した瞳子であるが、そう遠くない内に円堂が居なくなり、頭を抱える羽目になる。

原作では登場して間も無い頃は冷たい印象が目立った瞳子であるが、数年後、キャラバンに参加していたメンバーに印象を聞いてみると、殆ど似た様な答えが帰ってくる。

 

────あの人は苦労人である、と。

 

その言葉に嘘は無く、これから選手達の事で色々と悩む事になる瞳子であるが、本人は勿論そんな事は知る由もなかった。

 

 

 

 

余談だが、フットボールフロンティア決勝の世宇子戦では豪炎寺はたった5分しか出場していなかったので、他の選手に注目がいきそうなものだが、逆に言えば5分のみでハットトリックを達成した訳であり、その内容も実に圧倒的であった為、結局最も評価を受けているのは豪炎寺だった。鬼道や円堂辺りも評価は高そうなものだが、鬼道は前半は完全に抑えられていた事や、円堂は5失点した事が評価を落とす要因となっていた。

世間ではあの試合は世宇子が舐めプしなければ大量得点差がついていた試合であり、チームとしては雷門は勝利はしたものの世宇子よりも劣ると見られている。

 




何故か苦労人フラグが立つ瞳子に合掌。まあ、とある選手の性格がアレな事になってるし、鬼道も我は強いからね。うん。


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二度目の勝負

あけましておめでとうございます。今年もペースは遅くとも一歩一歩確実に更新していきたいと思います。

感想の数が累計で500件を突破しました。いつも励みになっております。ありがとうございます。個人的にはお気に入りが増えるより感想が来た方が嬉しいです。
でも、あんまり厳しい感想は送ってもいいですけど程々にしてください。凹みます。


 

先制点を奪い勢いに乗る雷門はその後も度々SPフィクサーズのゴールを脅かしたものの、染岡に厳しいマークがついていることもあり、あと一歩のところでチャンスを活かしきれず、前半は1-0のまま終了した。

だが、後半からは風丸のポジションをMFからFWへと変え、前半以上に激しく雷門が攻め立てる展開が続いた。

原作では怪我をしていたメンバーをベンチへと下げたことで人数が少ない状態での試合を強いられていたが、この世界線では誰も負傷者はおらず、数的不利になることはない。

風丸がスピードを活かして相手ディフェンスを掻き乱し、その影響でマークが分散されたことで動きやすくなった染岡が追加点を奪う。更に相手の動きに慣れた他の面々も積極的に攻め上がるようになったことで、SPフィクサーズが雷門の攻撃を抑えきれなくなり、結局〈トリプルブースト〉と〈レボリューションV〉で2点を追加し、4-0というスコアで雷門がSPフィクサーズを下したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作だと試合終了直前のゴールでの勝利だったけど、思ったより余裕を持って勝てたな。それだけ皆強くなってるってことか。

 

「勝負は俺達の勝ちだけど、これで満足か?」

 

塔子に向き合い、そう問い掛ける。塔子は試合前とは違い、笑顔を浮かべ俺の問いに答えた。

 

「ああ、負けたよ。流石は日本一の雷門イレブンだ」

「やっぱ気づいてたのか」

『ええっ!?』

 

俺は原作でのことを知っているから、塔子が雷門だと気づいているのは分かっていたが、そんなことは知らない他の皆は驚きの声を上げる。そして塔子も俺が気づいているとは思っていなかったようで意外そうな表情を浮かべている。

 

「分かってて勝負を受けたんだ?」

「どっちみちやらなきゃ話が進まなさそうだったし……。なんか理由があるのかなって思ってさ」

「………これは完敗だね」

 

俺の言葉を聞いて塔子は苦笑を浮かべる。

 

「試す様な真似してごめん。でも、どうしても知りたかったんだ。日本一のチームの実力を」

「……そりゃまた、どうして?」

 

知っていることをわざわざ聞くのは面倒だが、知っているのは不自然だし皆は分かってないからちゃんと聞かないとな。この辺しっかりしておかないと知らないはずのことをうっかり喋ってしまってややこしいことになりそうだし。

 

「私は……宇宙人に攫われた財前総理の娘なんだ」

『そ、総理大臣の娘ぇ!?』

 

驚愕の事実に皆が声を上げる。……前からちょくちょく思ってたけど、皆リアクションいいよな。俺ももっと驚かないと不自然だろうか。それはそうと、

 

「……なあ、話の腰を折る様で悪いんだけど1つ聞いてもいいか?」

「……そんなに驚かないんだね。何?」

「総理大臣の娘が何でSPなんかやってるんだ?普通は守られる側じゃないのか?」

 

これは俺が個人的に思っていたことだ。原作じゃその辺は全然突っ込まれなかったから聞いてみたかった。

 

「……同じことをよく言われるよ。SPなんかやっていて、何かあったらどうするんだ。危ないことは止めろって。……でも、私は守られているだけなんて嫌なんだ。自分のことくらい、自分でどうにかできる。私だって、パパを守りたいんだ」

「………」

 

理由になってるようでなってない主張だな。正直、これは俺の勝手な想像だが、子供だから許してもらえている。甘く見られている部分はあるのだろう。……まあ、俺がどうこう言うことでもないか。

 

「そっか。悪かったな。あんまり聞かれたくないこと聞いちゃって」

「いや、気にしてないよ。気になるのも分かるしね。話を戻してもいい?」

「ああ。といっても大体想像はつくけどな。父親を助ける為に強いチームを探してたってところだろ?」

「………びっくりした。その通りだよ。よく分かったね?」

 

まあ、原作知識がありますので……。

 

「………あんた達なら、エイリア学園に勝てるかもしれない。私と一緒に戦ってほしいんだ。パパを助ける為に……!」

 

真剣な顔でそう言う塔子。俺達の答えは決まっている。

 

「勿論さ!なあ、皆!」

『おう!』

 

俺が皆にそう言えば、当然だと言わんばかりに返事が帰ってくる。

 

「……ありがとう!」

 

笑顔を浮かべる塔子に向かって右手を差し出す。

 

「俺は円堂守。よろしくな!と……財前、えっと」

 

塔子、と言いかけて慌てて口を噤む。危ない、まだ名前聞いてなかったわ。

 

「私は財前塔子。塔子って呼んでよ」

 

よかった。不自然には思われなかったみたいだな。

 

「んじゃ、よろしくな塔子」

 

お互い笑顔で握手を交わす。

 

いい雰囲気だったが、それを破るように、シカ公園のビジョンに映像が映し出される。

 

『地球の民達よ。我々は宇宙からやって来た、エイリア学園なり』

「レーゼ!!」

 

映し出された人物の姿を見て、風丸が思わず声を上げる。あいつがレーゼか。……抹茶ソフトだな、うん。

 

『お前達地球人に我らが大いなる力を示す為、この地球に降り立った』

 

……なんだろう。シリアスな場面なのは百も承知なんだが、世界編のあいつを知っているから、大仰な台詞回しが凄く痛いものに見えて仕方ない。どんな気持ちで演技してるんだろう。

 

『我々は野蛮な行為は望まぬ。お前達の星にある、サッカーという1つの秩序の元において、逆らう意味が無いことを示して見せよう』

 

……いくつも学校を破壊して、少なくない怪我人も出ているだろうに、野蛮な行為は望まないなどとよく言えたものだ。自分本位な物言いに若干腹が立つ。

 

「何?それは本当か?」

 

そんなことを思っていると、SP達に何か連絡が入ったようだ。あいつらの居場所かな。確か場所は────

 

「探知しました!放送の発信源は奈良シカTVです!」

 

そうそう奈良シカTVだ。……なんか、こう、総理を誘拐してからまだ遠くに行ってなかっただけかもしれないけど、都合良く近くにいるとご都合展開だよなぁって感じがするな。

 

とにかく、ジェミニストームがいるテレビ局へ向かおう。………そこで、多分奴らと試合をすることになるだろう。その試合が終わったら、俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

テレビ局に到着した俺達は中に入り、エレベーターで屋上へと向かう。外からでもエイリア学園のボールの光が屋上から見えた為だ。

因みに、警備員に入るのを止められるなんてことはなく、普通に入れた。アニメ基準の世界だろうからないだろうとは思っていたが、やはり某奈良最強は仲間にはならないらしい。個人的に割と好きなんだけどな、あのキャラ。

 

 

屋上に辿り着き、視界に入ったのは紫色の光を放つ黒いボールとその周りに立つエイリア学園。間違いない、ジェミニストームだ。

 

「レーゼ!!」

 

風丸の声に反応したレーゼが振り返り………多分俺の顔を見た瞬間、一瞬だけギョッとした様な表情を見せたような気がする。一瞬だったので確証はないが。ただ、表情は冷静だが、目線はこちらから逸らしている。何となくその視線を追うと、そこにいたのは俺を脅してきたあのハゲ達だった。

やはりあいつらはこの試合を監視するつもりか。となると俺は下手なことはできないな……。

 

「何の用だ、人間。お前達は既に我々に敗北したはずだが……改めて降伏の申し出でもしに来たか?だが、ゲームは始まったばかり。地球人は真に思い知らねばならない。我らの大いなる力をな」

 

不敵な笑みを浮かべそう宣うレーゼには何もおかしな様子はない。やっぱりさっきのは俺の見間違いか。

 

「誰がお前達に降伏なんてするかよ。俺達がここに来たのはお前達ともう一度戦う為だ」

「そうだ!学校壊されたままで、黙って引き下がれるか!」

「傘美野の奴らの為にも、今度こそお前達を倒す!」

 

俺に続くように、染岡や風丸もレーゼに向かって吠える。敗北の悔しさは、勝利でしか拭えない。2人の、いや、他の皆のやる気も最高潮だ。

 

「………いいだろう。二度と立ち上がれぬよう、叩き潰してくれる」

 

 

雷門対ジェミニストーム。2度目の勝負が今、始まる。




レーゼ(円堂いるけど大丈夫なんだよな!?な!?)

円堂離脱する前に年越しちゃったよ……。


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屈辱のゴール

正月の気分が全くしない。


ジェミニストームの選手達は既にポジションにつき、俺達もベンチで試合の準備をする。テレビで試合の放送もするらしく、慌ただしく機材が用意されている。……テレビ局にサッカーコートは普通は無いと思うんだが。まあ、今更か。

 

「円堂、私も一緒に戦わせてくれ。あいつらを倒して、パパを助け出すんだ!」

「ああ、勿論だ。よろしく頼むぜ、塔子」

 

人数は足りているが、塔子も力を貸してくれるようだ。塔子が加われば中盤の層が厚くなる。守備力は勿論だが、司令塔としての役割も期待できるかもしれない。原作だと鬼道がいたからそういう描写は無かったが、SPフィクサーズでは司令塔ポジションだったはずだからな。とはいえ、初めてプレーするチームで多くを求めるのは酷だ。もしかしたら程度に考えておこう。

 

「傘美野で戦った時は負けたが、今回はあの時とは違い万全の状態だ。それに今回は円堂がいる。前みたいに大量得点を取られることは無いはずだ。積極的に点を取りにいこう」

「ああ、今度こそゴールを奪ってやるぜ!」

 

風丸の言う通り、皆が前回の時との最大の違いはGKがいることだろう。大量失点を奪われたのはGKである俺がいなかったから。それは間違ってはいないだろうし、今回は大丈夫だと思うのも当然だろう。だが………。

 

目線をコートの脇に立っている例の3人組へと向ける。あいつらに監視されている限りは、俺は全力ではプレーはできないだろう。無失点で抑えることは可能かもしれないが、それをやってしまうと母さんや父さんに手を出される可能性がある。シュートを打たれたら、最悪はわざとゴールを───。

 

「監督、何か指示はありますか?」

「いえ、自分達で考えてプレーしてちょうだい」

 

考えているとそんなやりとりが聞こえてくる。俺が役に立たないと分かれば、監督はどうするのだろうか。できれば皆に不信感を抱かせないような采配をしてほしいが……。

 

 

 

俺達もポジションにつく。今回のフォーメーションはオーソドックスな4-4-2の陣形。SPフィクサーズ戦の後半と同じく、風丸をFWにして少林の代わりに塔子を入れた形となる。

 

雷門ボールから試合開始。染岡がドリブルで切り込んでいくが、素早くレーゼが詰め寄ってくる。だが、染岡は冷静に一旦ボールを後ろに預け、自身はジェミニストーム陣内へと侵入していく。

ボールを受けた塔子にもディアムがチェックにくるが、しっかりとボールをキープしパスを回す。

 

よし、いいぞ。確かにジェミニストームの動きは速いが、対応できない程じゃない。これならシュートさえ打たれなければいけるかもしれない。

 

ボールはやや下がり目の位置にいた風丸へ。すかさずガニメデがボールを奪いに掛かる。

 

「グラビティ───」

「遅い!疾風ダッシュ!!いけ、染岡!」

 

必殺技を発動しボールを奪おうとするが、それよりも早く風丸がガニメデを抜き去り、染岡へとラストパスを送る。

 

「よし、いくぜ!」

 

ボールを受けた染岡はボールを蹴り上げ、〈ワイバーンクラッシュ〉の体勢に入る。青い翼竜が空を舞い、ボールに気を送り込み急降下。染岡がシュートを放つ。

 

「ワイバーンクラッシュ!!」

 

染岡のシュートに対し、ジェミニストームのGKであるゴルレオは右手に小規模のブラックホールを発生させ迎え撃つ。シュートがブラックホールに引き寄せられ、ゴルレオの右手に向かい………僅かな拮抗の後、ゴルレオの右手を弾き飛ばし、ボールはゴールに突き刺さった。

 

雷門、先制。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃああああ!!!!」

「やったな染岡!」

「ナイスシュート!」

 

前回惨敗した相手から先制点を奪い喜ぶ皆を見ながら、俺は違和感を覚えていた。

 

────やけにあっさりと決まったな……。

 

DFの反応も遅かったし、何より失点したにも関わらず、ジェミニストームには一切動揺した様子が見られない。1点取られたぐらいなら問題ないということか。それとも何か他に意図が……?

 

ジェミニストームのボールで試合が再開される。ディアムが軽くボールを蹴り出し、そのボールを受けたレーゼはボールに回転を掛け………()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何ッ!?」

 

────キックオフシュートだと!?

 

「アストロ……ブレイク!!」

 

エネルギーが集まり、不気味な輝きを放つボールをレーゼが蹴り込む。放たれたシュートは地面を抉りながら、雷門ゴールに向かって突き進む。

完全に虚を突かれた雷門イレブンはこのシュートに反応できていない。

 

「ッ!壁山!!ブロックだ!!」

「は、はいッス!ザ・ウォール改!!」

 

咄嗟に指示を出し、壁山がシュートブロックを試みる。岩壁がシュートを食い止めるが、流石に止めきることはできず、岩壁は粉砕されシュートはゴールに向かう。

 

俺は左手を胸に当て、気を集中させる。左手を天に突き出し、白銀の魔神を出現させる。更に魔神に鋼鉄の鎧を纏わせ、その左手でシュートを迎え撃つ。

 

「マジン・ザ・ハンド!!」

 

シュートと魔神の左手が激突する。そしてその瞬間、このシュートは止められるという確信を得る。〈ザ・ウォール〉によるシュートブロックでいくらか威力が下がっていることも相まって、確実にアフロディの〈ゴッドノウズ〉よりも威力は低い。だが、俺の視界の端にあの3人組の姿が映る。

 

──── いいのか?断れば君の周りの人間の安全は保証出来ないが。……例えば、家族やチームメイト達の、ね。

 

「くっ……!!」

 

あの時のあいつらの言葉が頭を過ぎる。このシュートを止めることはできる。だが、それをすれば……。

 

「………ごめん、皆」

 

左手の力を抜き、ボールが俺の腕を弾き飛ばし雷門ゴールに突き刺さる。

 

『…………え?』

 

雷門が先制ゴール奪った矢先、ジェミニストームがあっさりと同点に追いついた。だが、雷門のメンバーにとっては単に同点に追いつかれるよりもその衝撃は大きい。

 

「そ、そんな……」

「円堂のマジン・ザ・ハンドが……破られた……?」

 

〈マジン・ザ・ハンド〉はアフロディにも破られたことがあるが、あの時は皆相手に圧倒されていた。だが、今は違う。試合を行っているメンバーは相手との実力差はそれ程でもないと感じており、実際に先制点を奪っている。だからこそ、円堂があっさりと失点した事実は雷門イレブンにとって信じ難いことだった。

 

そして円堂自身もまた、自身への怒りと情けなさで拳を震わせていた。止められたはずのシュートにわざとゴールを奪われる。キーパーにとっては屈辱以外の何物でもない。

 

 

わざとゴールを奪われる、というのはイナズマイレブンGOでも、フィフスセクターによる勝敗指示を守る為に行う描写があった。テレビで見ていた時は何やってるんだよ、ちゃんと止めろよ。そんな風に思っていたが、自分が同じ立場になってみればこれ程に悔しいものは無い。自分の感情を押し殺し、実行していたであろう三国に対する尊敬の念が湧いてきそうだ。

 

────でも、何でいきなりキックオフシュートなんて……。

 

視線を前に向ければ、こちらを見ていたレーゼと視線が噛み合う。歯を食いしばる俺を見て、レーゼはニヤリと嘲るような笑みを浮かべた。

その表情を見て察する。あいつは俺の事情を知っていると。あの3人組はエイリア学園の人間であるのだから、レーゼがあのことを知らされていても何ら不思議では無い。今のシュートはそれを確かめる意味合いもあったのだろう。

 

だが、これであいつも理解したはずだ。この試合、俺がシュートを止められないことを。恐らく、ここからはボールを持てば多少距離があろうとお構いなくシュートを打ってくるだろう。打てば入ると分かっているのだ。ならばやることは決まっている。

 

この試合に勝ち筋があるとすれば、それは俺が失点する以上に点を取り続けることだが、雷門とジェミニストームには対して実力差はないことから、正直それは現実的では無い。

 

雷門は2度目の敗北を喫するだろう。

 

────俺は後、何回ゴールを奪われればいいんだ。

 

 

試合は始まったばかり。円堂にとって地獄に等しい時間はまだ続く。




正月休みの間に円堂離脱までいきたい。そこまで進んだら息抜きに豪炎寺サイドの話をちょっとだけ挟みます。


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届かぬ勝利

正月休みがいつ間にか終わっていた。
そしていつも通りサブタイが思いつきません(白目)


 

「円堂、大丈夫か……?」

 

皆がゴール前に集まって来る。大丈夫、とは言い難いが悟られる訳にはいかない。せめてこの試合が終わるまでは……。

 

「……ああ、大丈夫だ。止められなくてごめん」

 

そう返すものの、風丸や染岡、半田等はいまいち納得していないような顔をしている。まあ、長い付き合いだしな。違和感を覚えてもおかしくはない。

 

「ほら、早く試合を再開しようぜ」

「あ、ああ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先制点を奪い、勢いに乗ろうとしたところで水を差された雷門だが、表面上は冷静に見える。だが、気持ちの切り替えとはそう簡単にできるものでもない。

 

「あっ!?」

 

宍戸からマックスへのパスをグリンゴにカットされる。グリンゴはすぐさまFWのリームへとパスを送り、リームはそのボールをダイレクトで雷門ゴールに向かって蹴り込んだ。

 

しかしシュートコースは円堂の真正面。流石にこれを決められるのは不自然なので円堂もしっかりとキャッチする。

 

────あからさま過ぎると不自然だから止めれるシュートも打ってくるってことか?……こっちからしたら有難い、か。

 

円堂はボールを壁山に渡し、そこから半田、塔子へとパスが繋がる。塔子はパンドラを素早いフェイントで抜き去り、ドリブルで攻め上がる。原作ではシュートブロック等のディフェンスが印象深い塔子だが、彼女はDFではなくMF。決してオフェンスの能力も低くはない。

 

「風丸!」

「よし!」

 

ボールは風丸へと渡る。風丸はマークについた二人のDFを引き摺るようにしてサイドへと展開。中央の守りを薄くしたうえでセンタリングを上げる。

 

「いくぞマックス!」

「おう!」

 

そこに走り込むのは半田とマックスの二人。手を繋いだ二人はお互いの遠心力を利用するようにして回転しながら上昇。〈レボリューションV〉の体勢に入る。

だが、シュートを打つ前に空中でイオにこのボールをカットされる。そしてボールはレーゼへ。ボールを受けたレーゼはディアムと共にボールを上空へ蹴り上げる。ボールを中心に宇宙の景色が広がり、空中から打ち下ろすように二人同時に蹴りつける。

 

「「ユニバースブラスト!!」」

 

またもやハーフウェーライン付近からのロングシュート。雷門から1点目を奪った〈アストロブレイク〉よりも高い威力を誇るジェミニストームの最強技がゴールを襲う。

 

「そう何度もやらせるかよ!」

「今度こそ止めるッス!」

 

だが、雷門DFも黙ってはいない。一度キックオフシュートによに失点したことで、ロングシュートを警戒していた土門と壁山がシュートブロックを仕掛ける。

 

「ボルケイノカット!!」

「ザ・ウォール!!」

 

岩壁と炎の二重の障壁がシュートの行く手を阻む。シュートがまず炎の壁に接触し、その威力を弱めながらも炎を引き裂いていく。やがて炎の壁を突き破ったボールはその勢いのままに岩壁を粉砕しゴールに向かう。シュートブロックは突破されたものの、確かにシュートの威力は弱まっている。普段の円堂であれば容易く止めてみせるだろう。………普段通りであれば、だが。

 

「ゴッドハンド改!!」

 

円堂はこのシュートに対し、〈マジン・ザ・ハンド〉ではなく〈ゴッドハンド〉を選択した。シュートの威力は〈ゴッドハンド〉でも充分対応できるレベルまで弱まっている。下手な消耗を避けるという意味でも、決して間違った選択ではない。

しかし、円堂がこの時〈ゴッドハンド〉を使ったのは、威力の落ちたシュートで〈マジン・ザ・ハンド〉が破られるのが不自然だと判断したからである。今の円堂にこのシュートを止めることは許されない。

シュートを受け止めた神の手はほんの僅かな拮抗の後、粉々にくだけちり、ボールは雷門ゴールへと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷門とジェミニストームの試合はテレビ局で行われており、その試合は全国に放送されている。

帝国学園でもサッカー部の面々が集まり、この放送を見守っていた。

 

「くそっ、何をやってるんだ円堂は!」

 

そう言葉を漏らしたのは源田。テレビの画面にはレーゼの放った〈アストロブレイク〉によって3点目を奪われた円堂の姿が映されている。かつては日本一のGKと呼ばれた源田だが、今ではその称号は円堂にこそ相応しいものだと源田は思っている。帝国の、鬼道のシュートを止め、世宇子のシュートをも円堂は止めてみせた。自分ができなかったことを、円堂は成し遂げたのだ。今の源田にとって円堂は超えるべき目標であり、ライバルでもある。自分よりも上だと認めた男が不甲斐ない姿を見せていることに源田は苛立ちを覚えていた。

 

源田が若干私情の交じった見方をしているのに対し、佐久間や辺見といった面々は冷静にこの試合を分析していた。

 

「ディフェンス陣が不調の円堂をカバーしているが……」

「正直厳しいな。あれでは消耗する一方だ。このままでは……」

 

そしてそんな声を聞きながら、鬼道は画面に映る円堂の姿をじっと見つめていた。

 

────随分と酷い顔をしているな、円堂。

 

眉間に皺を寄せ、苦しげな表情をみせる円堂を見ながら鬼道は思う。気持ちが分かる、とは言えない。自分は同じ立場に立っている訳ではないから。だが、キャプテンとして味わっているであろう苦しみなら、何となく推測はできる。

 

────辛いだろう。早く終わってほしいと思っているのだろう。だが、お前がいなくなった後、チームメイトはそれ以上に悩み苦しむだろう。それしか道が無かったとはいえ、決めたのはお前だ。だからこそ、その苦しみはお前が背負うべきものだ。

 

鬼道の視線は、試合が終わるその時まで逸らされることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの?」

 

試合を見ていたのは何も帝国だけではない。遠い北の大地、北海道でも放送を見ている者がいた。

 

体調が優れなかった為に練習を控え、部室でその放送を見ていた白恋中サッカー部の荒谷紺子は隣で一緒に観戦していた少年が立ち上がったのを疑問に思い、声を掛けた。

 

「私は練習に戻る。これ以上この試合を見る意味は無い」

 

そう答える少年の声は、感情を感じさせない冷たい響きを孕んでいる。

 

「えっ?で、でもまだ……」

「私は練習に戻ると言った。それとも、私に意見する気か?荒谷」

「……ごめんね。何でもない」

 

申し訳なさそうに顔を伏せる荒谷を興味無さげに一瞥した後、少年は部室を後にする。

部室を出る直前、ふとテレビの画面を振り返った少年の目には、主人公であるはずの少年の姿が映った。

 

「円堂……守……」

 

彼等はいずれ自分と関わってくるのだろうか。少年はそんなことを一瞬だけ考えたが、すぐにどうでもいいことだと思い直す。誰が相手であろうと、少年の在り方が曲がることは無い。

 

「私は……ただ完璧であればいい」

 

 

 

 

この世界に生まれ落ちた四人目のイレギュラー。彼が表舞台に立つ日は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アストロブレイク!!」

「「ぐっ……!!」」

 

レーゼが放ったシュートを影野と栗松が体を張って防ぐ。こぼれ球をダイレクトでリームが蹴り込むが、これも土門がブロックし半田がボールをクリア。ボールはサイドラインを割った。

 

────俺はいったい……何をやっているんだ……!!

 

2点目を奪われ、その直後に追加点を許し、流石に俺のいつもの調子では無いことに気づいた皆は、俺をカバーする為にFWの2人を残しDFに加えてMFまでも後方まで下がり守備に専念している。そしてこれ幸いと言わんばかりに放たれるジェミニストームのシュートの嵐を、皆は体を張って防いでいた。

誰が見ても明らかな程に、俺がチームの足を引っ張っている。

 

────勝つ為に、皆本気で、全力でプレーしている。なのに俺は、俺だけが、勝利を目指していない。……今の俺にこのゴールを守る資格なんてあるのか。

 

審判の笛が響き渡り、前半戦が終了する。……こんなにも前半が終わるのが遅いと思ったのは、帝国との練習試合の時以来だ。

 

「皆……ごめん。俺の所為で……」

 

本当はもっと、言いたいことは沢山ある。だけど言葉にできない。

 

「気にすんなよ。調子の悪い時ぐらい誰でもあるって」

「僕達がカバーするからさ」

「そうッスよ!いつもゴールを守ってくれてるんスから!」

「今度は俺達が、キャプテンを助けるでヤンス!」

「皆……」

 

いつもなら温かい気持ちになったであろう皆の言葉が胸に突き刺さる。違う、違うんだ。俺は………。

 

「たったの2点差だ。後半はガンガン点取って、すぐに逆転してやるぜ!」

「ああ、時間は充分にある。やってやるさ!」

 

後半………。俺は、後半も同じように手を抜くのか……?皆が、勝つ為に全力を尽くしている中で、俺は、またわざとゴールを奪われるのか………?

 

 

「………嫌だ」

 

 

誰にも聞こえないであろう小さな声でそう呟く。もう、嫌だ。これ以上は、我慢できない。後半からは本気でプレーする。人質にはすぐには手を出さないはずだ。その前に、自分から奴らの元に行けばいい。馬鹿なことを考えているのは分かっている。だけど、これ以上皆を裏切りたくない。だから────

 

「この試合は棄権します」

 

────えっ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

監督が何と言ったのか、一瞬理解できなかった。

 

「か、監督?今、何て……」

「この試合を放棄すると言ったのよ。これ以上続ける意味は無いわ」

 

迷いなくそう言い切る監督に呆気に取られていた皆だが、監督が何を言っているかを理解すると口々に抗議の声が上がる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ監督!?」

「何言ってるんですか!」

「まだ後半が残ってるのに棄権だなんて!!」

「ふざけんじゃねぇぞ!!」

 

だが、監督は皆の声をまるで聞こえていないかのように聞き流し、レーゼに向かって口を開く。

 

「其方もそれで構わないかしら」

「………自ら敗北を認めるというのか」

「ええ」

「………良いだろう。このまま続けたとて、勝敗は目に見えている。早いか遅いかの違いだ」

 

いつの間にかレーゼの足元にあった黒いボールが光を放つ。

 

「ま、待て!」

「塔子!」

 

この場を立ち去ろうとするジェミニストームに向かって塔子が叫ぶ。

 

「パパを……パパを返せ!!」

「……行くぞ」

「………!!」

 

レーゼは塔子を相手にせず、ボールの放つ光が増し、思わず目を瞑る。光が収まり目を開けた時には、もうそこにはジェミニストームの姿はなかった。

 

「き、消えた……」

「パパを……助けられなかった……。ちくしょおぉぉぉぉ!!!!」

 

塔子の慟哭が響き渡る。その悲壮な姿を見ながら、後半を戦わずに済んだことに対して安堵を覚えてしまったことが、酷く後ろめたかった。




円堂離脱までが長い……。


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さらば雷門 また逢う日まで

自分でもこれで良かったのか分かんないですけど、とりあえず書かないと進まないので投稿。
後から気になったら書き直せばいいや。


 

ジェミニストームとの試合を終えた俺達は、テレビ局を後にし、キャラバンでシカ公園まで戻って来ていた。

 

「くそっ!納得いかないぜ……何で監督は試合を放棄なんてしたんだ!!」

 

そう不満を漏らすのは染岡。先制点を奪い、確かな手応えを実感していただけに、悔しさは人一倍だった。

そして不満を抱いているのは染岡だけではない。勝利の可能性が少しでも残されているのなら、最後の一分、一秒まで諦めずに全力を尽くす。それが雷門のサッカーだ。今日の瞳子の試合放棄は到底受け入れがたいものだった。

とはいえ、不満を口に出している程度でそれが爆発していないのは、あのまま試合を続けていても勝つのは難しい、と心のどこかで思っていたからでもある。

 

 

「円堂、そう落ち込むなよ。調子が悪い時なんて誰でもあるさ」

「………ああ」

 

皆に申し訳なくて俯いていた俺に風丸がそう声を掛けてくれるが、気分はちっとも晴れない。

 

────俺……思ってた以上にチームの足手まといだったな……。

 

チームを離れることになるのは覚悟していたはずだった。でも、何とかチームに残留したままでどうにかならないかと、そういう思いもあった。……それがどんなに甘い考えだったか、思い知らされた。

 

だから─────

 

「……ごめんな」

「……円堂?」

 

ちょうどキャラバンから降りてきた監督に向き合う。意を決して、口を開く。

 

「監督、俺は…………チームを離れます」

 

────さよならだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

円堂が言った言葉の意味を、すぐには理解することはできなかった。

 

「い、今何て言ったでヤンスか?離れるとかなんとか……」

「ど、どういうことですか……?」

 

周りからも困惑の声が上がる。はな、れる?チームを?それは……。

 

「……分かったわ」

「……短い間でしたが、お世話になりました。……皆のこと、よろしくお願いします」

 

円堂と監督のそんなやり取りを前にして、ようやく現実を認識する。

 

「ちょっ、ちょっと待てよ円堂!!いきなり何を言ってるんだ!?」

 

思わずそう叫べば、周りからも同じように声が上がる。

 

「そ、そうですよ!!キャプテンがいなくなるなんて……」

「どういうつもり何だよ、円堂!」

「監督も何言ってるんですか!?」

 

円堂は何も答えない。答える気はないと言わんばかりに無言を貫く。そして監督は────

 

「私の使命は地上最強のチームを作ること。戦う意志の無い者は必要無いわ」

「そ、そんな……」

 

あっさりと円堂を切り捨てようとする監督に絶句する。円堂自身はそれを気にも止めず、この場を立ち去ろうとする。

 

「円堂!?おい、どこに行くんだ!!」

 

慌てて円堂を追いかける。何度も円堂に向かって声を掛けるが、円堂は歩みを止めない。だが、納得いかない以上はこのまま行かせる訳にはいかない。

 

 

 

 

 

「円堂!!」

 

エイリア学園によって破壊された鹿の象の前まで来て、ようやく止まってくれた。

 

「円堂……何で出ていくなんて言ったんだ……?今日の試合で調子が悪かったからか?もしそうなら、さっきも言ったけど、誰にだって調子の悪い時はある!俺ならいつだって特訓に付き合うぞ!そ、そうだ!何なら今から────」

「風丸」

 

必死に円堂に向かって語り掛けるが、円堂が発した声でそれを遮られた。

 

「何度も言わせないでくれ」

 

円堂がそう言って振り返る。

 

「俺はチームを離れる。今の俺がいても、足手まといになるだけだ」

「……ッ!!そんなの……!!」

 

足手まといになる?だからチームを離れる?それを本気で言ってるなら何で……どうして……。

 

「そんな……苦しそうな顔をしてるお前を、放っておけるはずないだろ!?」

「!!」

 

円堂が驚いたような表情を見せる。分からないはずがないだろう。いったい何年一緒にいると思ってるんだ。今のお前の顔は、辛いけど、それを自分だけで抱え込もうとしてる時の顔だ。

 

「何で一人で全部抱え込もうとするんだ……!!辛いなら、苦しいなら、俺にも話してくれよ!!仲間だろ!?」

「………」

 

俺の言葉を聞いた円堂は一瞬だけ迷うような素振りを見せたが、一度自分を落ち着かせるように目を閉じる。開かれた目には、もう迷いは無かった。

 

「……ごめん、風丸」

「……ッ!!」

 

………やっぱり、俺には話してくれないのか。ここにいたのが俺じゃなくて豪炎寺なら、鬼道なら、お前は話してくれたのか?俺にはお前の重荷を一緒に背負う資格すら無いって言うのか?お前にとって、俺は────。

 

「風丸!」

 

思考の渦に呑まれそうになっていた俺に向かって、円堂が何かを投げ渡してくる。それをなんとかキャッチし、手の中にあるそれを覗き込む。

 

「これは……」

「雷門のキャプテンマークだ。………俺はいつか、絶対にチームに戻って来る。だからその時まで、そのキャプテンマークはお前に預ける」

「俺……に…?」

 

こんな……大切な物を……?

 

「皆を頼んだぜ、風丸」

 

そう言って笑う円堂に、俺は何も言葉を返すことができなかった。円堂の背中が遠のいていく。駄目だ。止めなきゃ……止めなきゃならないのに……。

 

『……ごめん、風丸』

『キャプテンマークはお前に預ける』

 

俺を、信じてくれているのか……?でも、ならどうして何も話してくれないんだ……。お前は俺のことをどう思っているんだ。

 

 

俺は……何を信じればいいんだ………?

 

 

俺は、円堂が立ち去るのを、ただ黙って見ていることしか、できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────これで、良かったんだろうか。

 

正直、自分の行動が正しかった自信はない。チームを抜ける上で色々考えていたのだが、まず瞳子監督から離れるように言われるのは駄目だと思った。監督と皆の関係を少しでも良い状態で維持するには、監督が俺を追い出したのではなく、俺が自分から出て行ったと印象づけた方がいいと考えた。だから自分からチームを離れることを切り出した。……まあ、その後の必要ない発言で結局印象悪くなったような気がするが、あれぐらいなら大丈夫だろう………多分。

風丸にキャプテンを任せるのは正直賭けだとは思う。原作を知っている者が俺の行動を見れば、多分バカだと言うだろう。ただでさえ闇堕ちする可能性が高い風丸に、さらにプレッシャーを掛けるようなことをしてどうするのだと。だが、これはもうどうしようも無いのだ。俺が抜けた後の雷門で最もキャプテンとしての適正が高いのは、恐らく風丸だ。染岡や半田も候補として考えていたが、二人とも仲間想いで慕われてもいるのだが、染岡はやや直情的で頭に血が上りやすいところがあるし、半田はこれからの戦いでチームを引っ張っていくには個人としての能力が物足りない。結局、プレーで皆を引っ張ることもでき、物事を冷静に判断できる。普段からディフェンス陣を纏めている風丸が一番適任なのだ。

……後は、これはあまり言いたくないが、あえてキャプテンとしての立場を与えることで、少なくとも俺がチームに戻るまでは風丸をチームに繋ぎ止めて置くことができるのではないかと思ったのだ。原作以上に思い詰め、下手したら闇堕ちどころか潰れる可能性すら否定できない、リスクの高い賭けだが、俺に打てる手はこれくらいしかなかった。

 

「全部終わったら、風丸に謝らなくちゃな」

 

そして、ありがとうと伝えよう。俺を追って来てくれたこと、抱え込んでることに気づいてくれたこと、言葉を尽くしてくれたことを。

 

「これからどうすっかなぁ………」

 

思い出すのはグランの〈天空落とし〉。あれを止めなくてはジェネシスには勝てないだろう。チームから離れている間にそれができるぐらいに強くならなくてはならない。

しかし、強くなると言ってもどうしたものやら。豪炎寺が沖縄に原作通りにいるなら、一緒に特訓してもいいんだけどな……。

 

「あいつが素直に沖縄に行ってるかなぁ……?」

 

日本全国を巡って武者修行とかしてた方があいつらしいと思う。それか未開の地でサバイバルとか………流石にないか。

それにいつまでも豪炎寺頼りじゃ駄目だよな。でも、俺一人で特訓してもいつもろくな結果が出ないからなぁ……。上手くいったのって〈メタリックハンド〉ぐらいだもんな。行き詰まって思考が駄目な方向に向かったら一人で軌道修正できる自信が無い。かといって沖縄で土方と特訓したところで、言っちゃ悪いがそんなに強くなれる気がしない。原作の豪炎寺はよく自力であそこまで強くなったよなぁ……。

やっぱりキーパーの特訓を誰かとするなら、強力なシュートを打てるストライカーがいて欲しいよな。豪炎寺以外だと鬼道……は無理か。じゃあ後誰かいるか?…………………。

 

「……あ。あいつならどうだ?……ん、いや、でもなあ……」

 

一人思いついたが、これって有りなのか?でも多分協力は取り付けられると思うんだよな……。原作でも一時は雷門に加入してくれた訳だし。

 

「まあ、駄目元で当たってみるかな。……………あ、響木監督ですか?円堂です。鬼瓦さんの携帯の番号教えてもらえませんか?」

 

響木監督から鬼瓦さんの電話番号を聞き出し、早速連絡する。

 

「もしもし、鬼瓦さんですか?円堂です。…………はい。はい、そうです。ちょっとご相談と、聞きたいことがありまして……」

 

俺は鬼瓦さんに自分が今置かれている状況を説明した。ちゃんと説明できたか少し不安だったが、すぐに俺の両親やチームメイトの家族の安全を保証する為に動いてくれるそうだ。俺の今後についても色々と提案してくれたが、それに関してはさっき思いついたことがあるので、聞いてみることにしよう。

 

「あの、鬼瓦さん。教えて欲しいんですが───」

 

多分、鬼瓦さんなら知っているだろう。分からなくても、調べれば分かるはずだ。

 

 

 

「───世宇子中ってどこにあるか分かりますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃。ゴッドエデンで特訓を開始した豪炎寺はと言えば……。

 

「………君、大丈夫かい?」

 

それは、原作と呼ばれる本来の歴史であれば有り得なかったはずの出会い。

最強を目指す炎のストライカーとゴッドエデンに住まう悲しき亡霊。

 

その出会いは、お互いに何を齎すのか─────。

 




次回、「豪炎寺の無人島生活」

お楽しみに。


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豪炎寺の無人島生活

途中から何書いてるか分かんなくなった。


 

円堂が雷門から離脱した頃から若干時は遡り、豪炎寺はゴッドエデンへと足を踏み入れた。ただし、ゴッドエデンという名前で呼ばれるのは今から十年後の話であり、当然フィフスセクターも結成されておらず、誰の手も加えられていない現在のこの島は、かつて人が住んでいた形跡こそ僅かに残ってはいるものの、そこいらの無人島と大した違いは無い。

 

豪炎寺もそれは当然ながら分かっている。その事を踏まえたうえで豪炎寺がこの島に持ち込んだ荷物を確認してみよう。

 

財布

携帯電話

サッカーボール(予備を含めて3個)

スパイク等のサッカー用具一式

その辺の自販機で買ったスポーツドリンク

 

以上である。はっきり言おう。アホである。

 

遭難した訳でもなし、自分から無人島にやって来たのだから、もう少しまともな準備をするべきである。

尤も、豪炎寺からすれば一刻も早くこの場所に辿り着き、特訓を開始したかった訳で、そんな準備をしている時間はなかった、という言い分があるのだがそれは一先ず置いておこう。

 

一般的に無人島に遭難、まあ豪炎寺の場合は自分から来たので少し違う気もするが、とにかく無人島に来て最初にするべきことは何だと思うだろうか。寝床の捜索、飲み水や食料の確保等、やるべきことは色々と思いつくのではないだろうか。さて、では豪炎寺はというと

 

「よし、無事に着いたことだし、早速修行を始めよう」

 

まるでそれが当然だとでも言うかのように、真っ先に特訓に取り掛かるつもりのようだ。そしてどんな特訓をするかは予め考えていたらしい。

 

「先ずは分身を出せるようになるところからだな」

 

サッカー選手の発言としては明らかにおかしい気がしないでもないが、この世界のサッカーは超次元。おまけに発言者は豪炎寺とくればこれはもう通常運転である。

 

とはいえ、豪炎寺は以前から分身は会得したいとは考えていたが、原理がよく分からないことから諦めていたはずである。だが、どうしても諦め切れなかった豪炎寺は自身の記憶を必死に探り、とある必殺技に思い至った。

〈オリオン・クロスバイパー〉。オリオンの刻印に登場したあの技は分身っぽい何かを出していたが、〈分身フェイント〉等の分身とは原理が違うように感じられた。そして豪炎寺は思った。あの出し方なら炎で同じことができるのではと。

恐らく円堂が聞いていれば頭の中に盛大に?マークを浮かべたであろうが、豪炎寺は大真面目である。

 

目を閉じ、集中する豪炎寺の体から炎が溢れ出す。炎が蠢き豪炎寺の隣に人型を形成していく。

いったい〈オリオン・クロスバイパー〉の何を参考にしたのだと言いたくなるが、豪炎寺にとっては分身を出すイメージさえ朧気にでも掴めればそれで良かったのだろう。何はともあれ、炎の分身体というこれまたよく分からないものを作り出すことに成功した豪炎寺だが、ここで一つ問題が発生した。

 

────何だ?動かない?

 

炎を押し留めて人型にするところまでは上手く行ったが、全く動かせない。いや、炎を集めて人の形に取り繕っているだけなのだから当然なのだが、豪炎寺からしてみれば動かせるはずだったらしい。

分身は動かせず、かといって自分が動こうとすればせっかく作った分身の形が乱れる。革新的なアイデアを思いついたつもりだった豪炎寺だが、これでは流石に使い物にならない。

 

 

実はこの分身だが、豪炎寺の持つ圧倒的な才覚をもってすれば決して動かせなくはない。だが、ここで問題になるのは豪炎寺の気のコントロールが壊滅的に下手くそであるということだ。

実はこの男、円堂があれだけ気を集中やら纏わせるやら、色々考えて技を編み出していたのに対して、殆ど感覚だけで技を使っていたのだ。

円堂は以前、まだ〈ゴッドハンド〉を習得できていない頃に気の総量が発動するに満たないからではないか、などと考えたことがあるが、豪炎寺に関しては全く逆のことが言える。

即ち、保有する気の総量が多すぎて大抵の技は力ずくで使えてしまうのだ。例えば豪炎寺が〈爆熱ストーム〉を習得するのに時間が掛かったのも、ここに理由がある。ひたすらに気を注ぎ込み火力を高めればよかった〈グランドファイア〉等と違い、魔神を形成する為にはある程度の気のコントロールは必須になる。豪炎寺の〈爆熱ストーム〉の魔神が、円堂の魔神よりもかなり大きいのは、それだけ大量の気を注ぎ込んだということであり、同時に円堂と同サイズまでコントロール仕切るだけの技術がないということでもある。豪炎寺が〈爆熱ストーム〉を発動する為に消耗する気の量は本来必要な量の凡そ十倍。原作ゲームでいうところのTPに換算すると、三作目の世界への挑戦を基準に考えても一発につき約460ものTPが必要な計算になる。これは一般的な選手が全ての気力を絞り尽くしても届かない程の数値であり、それを軽々と連発できる豪炎寺のやばさが際立つというものだ。

 

 

「くっ………う……ぉお……」

 

苦悶の表情を浮かべ、どうにか分身体を動かそうとする豪炎寺だが、この炎の分身を自由自在に動かすとなれば、今の豪炎寺とは比較にならない程に精密な気のコントロールが必要だ。少なくとも今の豪炎寺では何かコツを掴みでもしない限りすぐにはどうにもならない。しかし、そんなことは知らない豪炎寺からしてみれば、どうにかして動かせるようになろうとするのは当然のことであり──────

 

 

────結果、早朝から日が沈み始める時間まで、豪炎寺は試行錯誤を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ………はぁ……」

 

大量に流れ落ちる汗を拭い、地面に倒れ込む。普段の豪炎寺から考えられない程に消耗仕切っており、乱れた息を深呼吸してゆっくりと整える。

 

「ちく……しょう……。結局…全然駄目……だった…」

 

一日掛けて全く進展がなかった。ひょっとしたら今のやり方では分身を出すことはできても、動かすのは無理なのかもしれない。なら、どうすれば────

 

「……?あ、あれ……?何で……」

 

そこまで考え、体を動かそうして気づく。体に力が入らない。どころか凄まじい喉の渇きと、空腹感が襲ってくる。

 

実はこの男、色々あって世宇子との試合の日に朝食を取って以降、何も口にしていない。ゴッドエデンについて調べていたり、特訓に夢中になるあまり、全く気にしていなかったが、集中が途切れたことによりそのツケが一気に回ってきた。

 

────や、やばい……!このままだとマジで飢え死にする……!

 

こんな阿呆らしいことで死ねるかと、必死に体を起こそうとするが、体は動いてくれない。世宇子との試合にグランとの勝負、この島に来てからの特訓。度重なる消耗で豪炎寺の体はとっくに限界を迎えており、むしろ何故今まで動けていたのか不思議なくらいなのだ。普通はここまで酷い状態になる前に気づけるはずなのだが……。

 

────ちよっ……!?何か視界ぼやけてきたんだが!?死ぬ!誰かいないのか……!?

 

豪炎寺の焦りが大きくなる。無意識に誰かに助けを求めるが、自ら厳しい環境を求めて誰も助けてくれる者がいないこの島に来たのだ。当然、自分でどうにかするしかない。

 

────円堂……皆……ごめん。俺……ここまでかも……。

 

必死に仲間を逃がし、敵を引き受けて戦い抜いた戦士の死に様のような雰囲気を醸し出しているが、実際はただの自業自得の空腹でぶっ倒れているだけである。

その時だった。半ば諦めかけていた豪炎寺の耳に、その声が聞こえたのは。

 

「………君、大丈夫かい?」

 

豪炎寺は後に語る。もしあの島とは別の無人島で特訓をしていたら、多分あの時死んでいたと。

そしてそれを聞いた円堂や鬼道は、怒ればいいのか呆れればいいのか分からず、何とも言えない表情を浮かべたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜助かったよ!ホントにありがとう!」

 

分けてもらった果物と、何かよく分からない肉を頬張りながら、豪炎寺は自分を助けてくれた目の前の人物に目を向ける。

やや褐色の肌に紺色のボブカット。前髪の一部を触覚のような玉飾りで留めてあり、その先端は赤と白に染められている。

向き合った印象は決して派手ではなく、むしろ地味と言えるが、ここまで特徴が一致していて、おまけにこの島にいるとくれば、原作でも登場したあのシュウで間違いないだろう。

 

「……別に助けた訳じゃないさ。君がどうなろうと僕はどうでもいい。ただ、この島で死なれたら迷惑なだけだ」

 

円堂守を主人公としたシリーズから十年後を描いた続編となる、イナズマイレブンGOに登場したキャラクターであるシュウ。ファンからの人気もかなり高いキャラであり、人気投票によって選ばれたベストイレブンにも選出されている。

シリーズでも群を抜いた悲劇的な過去の持ち主であり、豪炎寺の記憶が確かなら今目の前にいる彼はこの島にかつて住んでいた少年の亡霊、のはずだが───

 

────そうは見えないよなあ。ちゃんと足あるし。

 

「なあシュウ。一つ聞いてもいい?」

「名前を教えた記憶はないけど……何?」

 

何故か自身の名前を知られていることを訝しみながらも、質問の内容を促すシュウ。豪炎寺は口の中の物を飲み込み、一息ついてから口を開く。

 

「シュウって幽霊かなんかなの?」

 

 

あまりにピンポイントかつ直接的な質問に、シュウの顔色が変わる。

 

「……なんでそう思ったの?」

「なんとなく」

「………」

 

予想以上に簡潔すぎる答えに思わず呆気に取られるシュウ。そんな彼に構うことなく、豪炎寺が言葉を続ける。

 

「後は……気配、かな」

「気配?」

「シュウが俺に声を掛けてくるまで、何の気配も感じなかったのに、いきなり現れたから。流石にあんな状態でも、余程の使い手でもない限りは誰かが近づいてきたら分かる」

「………君、この島に何しに来たんだい?」

 

こいつはサッカープレイヤーではないのか。余程の使い手とは何だ。何の使い手なんだ。

豪炎寺がこの島に来てから、ずっとその様子を伺っていたシュウだが、終始何をしているか理解できなかった。

 

傍から見れば、豪炎寺のやっていたことは人型の炎の横で何時間もうんうん唸っているだけである。少なくともそれをサッカーの特訓だと思う者はそうそういないだろう。

 

「強くなる為だ。その為に、俺はこの島に来た」

「……何の為に?」

 

そんなことを聞いた自分にシュウは驚いていた。助けたのはこの島で人が死ぬのが嫌だっただけだし、別に他人が強くなろうとする理由などどうでもいいはずだ。少なくとも普段のシュウであればこんな質問はしなかったはずだ。それが何故……。

 

「誰にも負けたくないから……かな?あとは仲間の為と……そうだな、妹の喜ぶ顔が見たいから……とか、かな」

 

その答えを聞き、シュウは豪炎寺を見てから何となく感じ取っていたものの正体に気づく。それはどうしようもない嫌悪だ。

 

強くなりたい、そう語る豪炎寺の目からは自分の力を微塵も疑っていないのが感じられる。自分は誰にも負けないという強烈な自負。

そして何より、妹のことを口にした時の表情。恐らくこの男は妹のことが大切なのだろう。それこそ、他の何を犠牲にしてもいい程に。

 

自分の力に絶対的な自信を持ち、それでも貪欲に強さを求める。きっとこの男は何が起ころうと妹を守り通すのだろう。会ったばかりで、何も詳しいことは知らないはずなのに、不思議とそんな確信を抱いた。

 

 

つまりこの男の在り方は、シュウがかつてそう在りたいと願ったものに酷似している。

 

そしてそれは、今のシュウにとっては決して手が届かないもの。自分の力を信じ切れず、妹を守ることもできなかったシュウには。

 

「………そう。いつまでいるつもりか知らないけど、特訓でも何でも好きにすればいいよ。じゃあね」

「あ、待ってくれよ!」

 

早々にこの場を立ち去ろうとしたシュウだったが、豪炎寺に呼び止められ、思わず足を止める。

 

「こうして会えたのも何かの縁だしさ。一緒に特訓しないか?」

「断る」

 

シュウは豪炎寺の提案を一蹴する。冗談では無い。豪炎寺の存在はシュウにとって眩し過ぎる。できればもう関わりたくは無い。

 

 

今度こそ立ち去るシュウ。だが、彼は知らない。これから豪炎寺がこの島にいる間、野生の勘とでも言うべき何かによって居場所を突き止め、逃げようとするシュウを引き摺って毎日、無理矢理特訓に付き合わせ続けることを。




なんかすっごい疲れた。


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バラバラのチーム

週一投稿が定着しつつある……。


奈良での一連の騒動の後、イナズマキャラバンは東京へと戻って来ていた。

 

円堂がチームを去り、どうして止めなかったのかと風丸を責める者、純粋に円堂を心配する者、これからどうすればいいのかと不安を抱く者。

それぞれの感情をぶつけ合い、収拾がつかなくなる中、次の目的地を瞳子は淡々とメンバーに伝えた。

 

────帝国学園に向かい、鬼道、そしてキーパーとして源田をチームに引き入れる。

 

この提案に染岡や半田を筆頭とする仲間意識が強い者達は勿論の事、その他のメンバーも少なくない反発を覚えた。鬼道は以前にもフットボールフロンティアで共に戦った経験もあり納得できる。だが、円堂の代わりに源田をキーパーにする、というのはすぐには受け入れがたい話だった。雷門のキーパーは円堂しかいない。円堂以外の誰かがゴールに立つ事など考えられなかった。

瞳子もその反応は想定していたものだった。瞳子は淡々と感情ではなく理屈で、キーパーが不在であることの重大さを説き続けた。

メンバーも頭では理解している。エイリア学園と戦う上で、実力あるキーパーの存在は必要不可欠だ。いつ戻って来るかも分からない円堂を待ち続ける時間的余裕もない。

結局、多くの者が納得し切れないままに奈良を後にし、東京へと戻ることになった。

 

東京へと向かう途中で、チームに同行していた塔子の元に財前総理が発見されたとの連絡が入った為、一旦進路を変え国会議事堂へ。

塔子は無事に父親である総理との再開を果たし、父親の反対を押し切り正式に雷門の一員となり、エイリア学園と戦うことを決めた。

 

そして現在、帝国学園へと向かうキャラバンの中で、風丸は己の手の中にあるキャプテンマークに目を落としていた。

 

────俺に、キャプテンなんて務まるんだろうか……。

 

自分が戻るまで、このキャプテンマークを俺に預ける。円堂は確かにそう言った。戻ると言ったからには、いつかはちゃんと戻って来るのだろう。

でも、それはいつの話だ?エイリア学園と戦いながら、チームを纏めるなんてことが、俺に出来るのか?

視線を上げ、キャラバンの中を見渡せば、目に映るのは不機嫌な様子を隠そうともしない染岡や半田、土門。これからのことに不安を抱き、表情に影を落とす一年達。そこにエイリア学園を倒すという目的の元、志しを一つにしていたはずのチームの姿はない。

円堂守、そして豪炎寺修也。守護神とエースストライカー。サッカー部創立から共にチームを支えてきた二本の柱。それらを失った今のチームに求められるのは、今まで以上に強固な団結だ。

チーム全員が力を合わせ、彼らのいなくなった穴を埋めなければならない。その為には、仮にもキャプテンである自分がチームを纏めなければ。だが、どうやって?円堂はどうやってチームを纏めていたのか。何度考えても分からない。何も特別なことをしていた訳ではないのかもしれない。円堂はただ自分の為に、チームの為に出来ることをしていただけなのかもしれない。それでも、誰もが円堂をキャプテンであると認めていた。心からの信頼を向けていた。

 

────俺に円堂と同じことが出来るのか?俺なんかより、もっと適任がいるんじゃないのか……?

 

風丸が脳裏に思い浮かべるのは、目的地にて顔を合わせるであろう鬼道有人の姿。帝国でキャプテンとしてチームを纏めあげていた彼の方が自分などよりもキャプテンとして相応しいのではないか。そんなことばかり考えてしまう。

 

 

円堂は別に風丸に自分と同じようにすることを求めていた訳では無い。そして当然、鬼道の方が風丸よりもキャプテンに相応しいなどとも思っていない。自分には自分のキャプテンとしての在り方があるように、風丸なりのやり方でチームを纏められると信じたからこそ、円堂は風丸にキャプテンを任せた。だが、その想いは風丸には届いていない。このままではいずれチームは崩壊するだろう。

 

 

 

 

 

「夏未さん、大丈夫?」

「ええ……何でもないわ……」

 

木野にそう答える夏未だが、その表情は固い。夏未もまた、円堂が離脱したことに強いショックを受けた一人だ。動揺と混乱から、引き止めることも出来なかった自分への失望と、またもや自分一人で何か抱え込んだらしい円堂への憤りが夏未の中で渦巻いていた。

貴方は一人ではない。貴方には仲間がいる。何度も円堂に向かってそう言ってきたはずだが、まだ言い足りなかったらしい。

 

────帰ってきたら、説教ね。今度こそ、しっかり分かるまで言い聞かせないと。

 

円堂がいつかチームに戻って来ることは微塵も疑っていない為、思いの外前向きな夏未であった。

 

 

 

 

 

 

あからさまに苛立っている様子の染岡だが、別に円堂がいなくなったことに対して不機嫌になっている訳ではない。勿論、納得はしていないが、監督が円堂を追い出した訳でもなければ、キーパーがいないと不味いことだって理解している。故に染岡が本当に怒っているのは先のジェミニストームとの試合での自分の不甲斐なさである。先制ゴールを奪ったことなど何の言い訳にもならない。前半だけとはいえ、1点しか取れなかったのが事実だ。監督が源田だけでなく、鬼道も仲間にすると言ったのは、鬼道が優秀なプレイヤーであるのは大前提として、今の雷門は得点力が不足していると思っているからではないのか。あの試合、得点チャンスは何度もあったはずだ。だが、自分はそれを活かしきれなかった。あの場にいたのが豪炎寺なら、鬼道なら、自分に単独でディフェンスを突破してゴールを奪うだけの力があれば、勝利することが出来ていたのではないか。

 

 

自分はあの二人とは違う。そんな風に吹っ切れたつもりでも、ふとした瞬間に湧き上がる劣等感。雷門の点取り屋と言っても、所詮自分は彼等がいれば三番手のストライカーに過ぎない。

 

────俺にもっと……力があれば……。

 

 

 

 

 

「キャプテンがいなくなるなんて……俺達これからどうなるんスかねぇ……」

「さあ……。でも、監督はキャプテンのこと、必要無いとか言ってたし、俺達もいつかは……」

「嫌な想像は止めるでヤンスよ!」

「だけど豪炎寺さんも戻って来ないし、俺達じゃあ……」

 

そんな会話のやり取りをしている一年生達。彼等は今のチームの微妙な雰囲気を敏感に感じ取っている。その胸に抱いているのは、チームの絶対的存在がいなくなったことに対する不安。そして、自分達の実力がこれから先も通用するのか。円堂を必要ないと言い切ったように、いずれは自分達も切り捨てられるのではないかという怯え。

 

 

 

それぞれの胸に芽生え始めた仄暗い感情の欠片。今はまだ小さい種でしかない。だが、それがいつか花開いた時、円堂が恐れ、そうなって欲しくないと願った戦いは現実となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに来るのも久しぶりだな……」

 

フットボールフロンティア地区予選決勝で訪れた時以来の帝国学園。まるで要塞の如き威容に気圧される。何度来てもこの威圧感には慣れそうにないな。そんな風に思っていると門の前に誰かが立っているのに気づく。

 

「ふん、思ったより遅かったな」

「鬼道……」

 

そこにいたのはフットボールフロンティアを共に戦い抜いた帝国のキャプテン、鬼道だった。まるで俺達が来るのを知っていて、待っていたかのような口振りだが、どういうことだろうか。

 

「鬼道、俺達が来るのを知っていたのか?」

「知っていた訳では無い。だが、遠くない内に帝国に来るだろうことは予測出来ていた。凡その事情も察している。………やはりあの馬鹿共はいないようだな」

「馬鹿共って………もしかして円堂と豪炎寺のことを言ってるのか?」

「他に誰がいる」

 

あ、相変わらず口が悪いな……。味方としては頼りになるのは百も承知だが、この毒舌だけは中々慣れない。

 

「おい、鬼道。お前な……」

「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い。純然たる事実だ」

 

円堂と豪炎寺を馬鹿呼ばわりされたことに染岡が抗議の声を上げようとするも、暖簾に袖押しである。訂正する気など毛程も無いのだろう。

 

そんなやり取りをしていると、監督が鬼道の前に出て口を開く。

 

「初めまして、鬼道君。私は吉良瞳子。雷門の監督をやっています」

「……監督、ね」

 

ジロジロと監督を見る鬼道。監督が変わったことは知らなかったはずだが、監督を見て鬼道は何を思うのだろう。

 

「あんたらがここに来た理由は分かっているつもりだが、俺は応じる気はないぞ」

「なっ!?どうしてだ、鬼道!?」

 

鬼道の言葉に思わず声を上げてしまった。協力してくれることを疑っていなかった故に、その言葉が信じられなかった。

 

「何故、と言われてもな。お前らが勝手に始めた戦いだろう。俺には関係ないことだ」

「エイリア学園がやっていることに、何とも思わないのか!?」

「知らんな。赤の他人がどうなろうが、俺にはどうでもいい」

「なっ!?」

 

冷たく言い放った鬼道の言葉に絶句する。その表情にも、声色にも、嘘をついているような気配はない。本心から、そう思っているのか。自分の、帝国の敵にならない限り、関係はないと……?

 

 

「────おいおい、鬼道クン。仮にも元チームメイトに対して冷たいんじゃねぇの?」

 

唐突にそんな声が聞こえ、鬼道の後ろを見やるとそこには見覚えの無い、白いメッシュを入れたモヒカンという独特の髪型をした少年が立っていた。

 

「……これは俺とこいつらの問題だ。お前は引っ込んでいろ、()()

「鬼道、こいつは?」

 

もしこの場に円堂がいれば相当混乱したであろう。原作から考えればこんな所にいるはずのない人物が、帝国学園の制服を着て、気安く鬼道に声を掛けているのだから。

 

「……こいつは不動明王。俺が雷門にいる間に帝国に転入して来た男だ」

「どぉーも、よろしく」

 

ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべながら、一応はこちらに頭を下げる不動。……正直、帝国のイメージとはあんまり合わない奴だなと思う。

帝国のサッカーは組織立っているというか、連携に重きを置いているはずだ。だが、目の前の少年はどうにもチームワークを重視するようなタイプには見えなかった。

 

「おい、不動!何をやってるんだ!」

「佐久間、落ち着け。傷に障るぞ」

 

今度は俺達にも見覚えのある相手。今回、帝国に来た目的の一人である帝国のGKの源田とMFの佐久間だ。佐久間の方は松葉杖をついているが、まだ世宇子との試合での怪我が治っていないのだろうか。

 

「チッ、面倒臭ぇのが来やがったぜ」

「なんだと!?勝手に練習を抜け出しておいてなんだその言い草は!!」

「鬼道クンの元チームメイトってのがどんな奴らか見に来ただけさ。それより、そんな大声出したら体に良くないぜ?佐久間サン?」

「誰の所為だ!!」

 

突如始まった言い争いに呆気に取られる俺達。同じくその光景を見ていた鬼道は深くため息をついた。

 

「……不動、気が済んだのなら練習に戻れ。佐久間、源田、お前達もだ」

「へいへい、分かりましたよっと」

「不動、キャプテンに向かってその態度は何だ!!」

「……佐久間、もうその辺にしておけ。俺は気にしていない」

「し、しかし鬼道……」

「そうそう、本人が良いって言ってんだから、あんまり執拗いと嫌われるぜ?」

「なっ!?不動、貴様……!」

「……はあ」

 

再びため息を吐いた鬼道の背中には何故か哀愁が漂って見えた。もしかして帝国に戻ってからずっとこんな感じなんだろうか。

鬼道も色々と苦労してるんだと思うと何故か少しだけ親近感が湧いた。

 

「ん?何だあれ?」

「えっ?」

 

言い争いを続ける佐久間と不動を見ていたら、半田のそんな声が聞こえて視線の先を見上げる。あれは………何だろう、赤い……ボール?

遥か上空から落下して来たと思われる謎の物体は、帝国学園内部へと落ちたようで、轟音が響き渡る。

一瞬だけ見えたあれは……まさかエイリア学園の……?

 

「な、何だ今の!?」

「フィールドの方から聞こえたんじゃないか!?」

 

鬼道達は状況を確認するべく、学園内のサッカーコートへと向かう。俺達もそれに続く。

帝国学園の長い廊下を抜け、コートに辿り着いた俺達の目に映ったのは、赤い光を放つ黒いサッカーボールとその周りに立つ、赤と白のユニフォームを身にまとった選手達。その中心に立つ、赤い燃え上がる炎のような髪型をした少年がこちらを見据え、不敵な笑みを浮かべている。

 

 

 

円堂を失った雷門が直面する最初の試練。

プロミネンス、襲来。




豪炎寺のステータス載せようと思ってたけどごめん、次回にするわ。
後半は風丸視点です。円堂がいない間の一人称視点は基本的には風丸、鬼道、たまに吹雪、みたいな感じになると思います。


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紅蓮の試練

私が書きたいのは試合であってキャラの心情描写とかじゃないんだよなぁ……。何書いてんのか自分でも分かんなくなるし……。

前話に夏未の描写を少しだけ追加しました。

そしてお気に入りが2000を超えました。維持する自信はありません()
読者の皆様、いつもありがとうございます。完結まではまだまだ掛かると思うのでこれからもよろしくお願いします。


 

「俺達はエイリア学園マスターランクチーム、プロミネンス。俺はキャプテンのバーンだ」

 

その言葉に今までに二度に渡りジェミニストームと戦ってきた雷門の面々から困惑の声が上がる。

 

「プ、プロミネンス……?」

「エイリア学園にはジェミニストームの他にもチームがあったのか?」

 

ジェミニストームを倒せば全てが解決すると思っていただけに、新たなチームの登場に衝撃が広がる。だが、その辺りの情報を知っている鬼道にとっては、この状況は他の者とは違った意味で動揺を隠せなかった。

 

────何故セカンドランクのジェミニストームすら倒されていない状況でマスターランクのプロミネンスが……。

 

本来ならセカンドランクのジェミニストーム、ファーストランクのイプシロンが倒されてからようやく重い腰を上げるはずの存在であるマスターランクチーム。それが動くとなればそれ相応の理由があるはずだが──。

 

「鬼道有人、そして雷門中。お前らは俺が直々に潰してやる。光栄に思えよ?」

 

ニヤニヤとこちらを見下した様な笑みを浮かべながら放たれたバーンのその言葉で、薄らと目的を察する。

 

────奴らの狙いは俺か……?

 

円堂と豪炎寺の前にグランが現れたという話を聞いた時、自分は放置されていることに対して、舐められているのかと若干腹を立てたものだが、今更手を出してくるとは……。いや、今の発言からすると雷門がいるこのタイミングを狙われたのか。

だとすれば少しまずいな……。俺個人が目的なら一人で勝負でもなんでもすればそれで済む話だが、雷門も標的になっているのなら試合をすることは避けられない。今の雷門がプロミネンスと戦えば原作のジェミニストームとの初戦のように大量の脱落者が出ても不思議では無い。グランのことを考えればバーンもそれに匹敵するレベルの実力であることは間違い無いだろうし、そいつが率いているチームが弱いと考えるのは楽観的過ぎる。帝国のメンバーも大半が病み上がりで、万全の状態とは言い難いし、正直言って勝ち目などゼロに等しい。

風丸にはエイリア学園がどれだけ破壊行動をしようがどうでもいい、などと言ったが、奴らを煽ってやろうとしただけで別に本心からエイリア学園の好きにさせてやればいいと思っている訳では無い。ただ、俺は手の届く範囲の身内が大切なのであって、何の面識も無い人間を気に掛ける程お人好しでは無いだけだ。尤も、もっと噛み付いて来るかと思っていたのに、黙りこくってしまって拍子抜けしたのは事実だが。

何にせよ、ここで雷門に完全に潰れてもらっては困る。結果的に賭けに負けたようで癪だが、今回は仕方ないか。

 

「言っておくが、お前らに拒否権は無ぇ。さっさと試合の準備をしな」

「……いいでしょう。試合を受けます」

「少しいいか」

 

雷門の監督が試合の申し込みを受け入れたタイミングで声を掛ける。

 

「帝国は奴らと試合が出来る状態では無いんでな。俺も目的のようだし、今回は手を貸そう。源田、キーパーを頼めるか」

「俺は構わん。今の雷門にはキーパーがいないからな。俺が入るのが妥当だろう」

 

源田にも声を掛ければ、頼もしい返事が返ってくる。この状況で源田がプレー出来るのは幸いだった。俺のシュートを日頃から受けているだけあって世宇子から受けた怪我は一番軽傷だったからな。

 

「しょうがねぇなあ。だったら俺も────」

「いや、お前は出なくていい」

「──って何でだよ!?」

 

不動が自分も出ると言おうとしたようだが、即却下する。こんな負け試合で無理に不動を消耗させる意味は無い。これからの戦いにこいつの力は必要だ。

俺自身、不動と接した時間はまだそう長くはないが、見ていれば分かることは色々とある。まず、どういったバタフライエフェクトの結果なのか知らないが、不動が帝国に転入して来た。これはいい。元々、不動の動きを警戒して帝国に戻ったので、その心配が無くなったのは朗報だった。見ていれば、何か企んでいるかどうかぐらいは分かる。飄々とした態度をとってはいるが、あれはそういう性格なだけだろう。

だが、一つ残念なのは恐らく原作無印よりも不動本人のゲームメイク能力が低い可能性があることだ。これについては実戦で判断した訳では無いので正確では無いかもしれないが、練習を見ている限りではそんな気がするのだ。原作の不動とここにいる不動は別人と考えた方がいい。まあ、原作と比べればの話であって、優秀なMFであることには違いない。原作でも地上最強イレブンは中盤の層が薄いチームだったからな。不動がいれば少しはマシになるだろう。未だブツブツと文句を言っているが、無視しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────お兄ちゃん……。

 

フィールドに立つ鬼道の姿を音無は見つめていた。この帝国にやって来てから、一度として視線を合わせようとすらしてくれない自分の兄。

鬼道が雷門からいなくなった時、音無は寂しさと共に僅かながらの安堵を覚えた。そして後からそれを自覚し、そんな風に思ってしまった自分に嫌悪を抱いた。

頑なに自分と兄妹であることを否定する鬼道だが、音無にとっては今も昔も、大切な兄だ。

もし、この試合が終わった後、また一緒のチームにいられるのなら、その時は今度こそ、昔のように────。

 

共にいることに不安はある。それでも、音無は鬼道との関係が改善される日が来ることを願う。それが一方的な感情であったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風丸はいきなりの展開に困惑しながらも、試合の準備を終え、フィールドに立つ。

相手はエイリア学園の新たなチーム。ジェミニストームの他にもチームがあったことには驚いたが、相手がエイリア学園である以上はやるべきことは同じだ。けれど────。

 

自分の左腕に巻かれたキャプテンマークに目をやる。ゴールを振り返れば、そこにいるのは円堂ではなく、雷門のユニフォームに身を包んだ源田の姿。

 

円堂がいないのは、はっきり言って不安だ。そんな感情を必死に取り繕う。今は俺がキャプテンなんだ。その俺が不安がっていたら、チームにも影響が出てしまう。

 

────俺が、俺が頑張らなきゃ……。キャプテンとしてチームを引っ張らなくちゃならないんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

センターサークルに立ち、鬼道はこの試合で自分が取るべき行動を考えていた。敗北が濃厚なこの試合において、自分がすべきことは少しでも負傷者の数を抑えること。可能かどうかはさておき、一応はそれを念頭に置いておくべきだろう。

最も注意すべきバーンを俺がどこまで抑え込めるか、重要になってくるのはそこかもしれない。

 

────そう簡単には潰されてはやらんぞ。油断しているようなら、容赦なく、その喉元に食らいついてやる。

 

試合開始のホイッスルが鳴り、染岡からボールを受けた俺はそのままドリブルで攻め上がる。だが、プロミネンスの選手達は誰一人として動こうとしない。世宇子を思い出し、少し苛つくが動くつもりがないなら好都合だ。このままシュートまで持ち込んでやる。

 

中盤のバーンの横をすれ違いざま、呟くような声が耳に届く。

 

「少しは楽しませてくれよ?」

 

誰にも阻まれることなく、ゴール前まで到達した俺は天高くボールを蹴り上げる。

 

────出し惜しみはしない。最初から全力でいく。

 

ボールに向かって跳躍し、両足でボールを挟み込み、捻じるようにして変形させる。

 

「デス……スピアァァァ!!」

 

赤黒い稲妻を帯び、死の槍と化したボールがゴールへと向かう。しかし、シュートコースに先程抜いたはずのバーンが立ちはだかる。いつの間に戻って来ていたのか。かつてアフロディに〈デススピアー〉を蹴り返された時と酷似した状況に嫌な予感を覚える。そして直ぐに、それが間違っていないことを思い知らされる。

バーンは迫り来る凶弾に微塵も怯まず、まるで軽くトラップするかの如く、バーンの胸に受け止められた〈デススピアー〉は完全に威力を失い、バーンの足元にボールはこぼれ落ちた。

 

「なっ!?」

「鬼道のデススピアーが……!!」

「そんな馬鹿な!?」

 

その光景に〈デススピアー〉の威力をよく知る雷門、帝国のメンバーから驚愕の声が上がる。

斯く言う俺も、予想していたとはいえ、渾身の一撃がまるで通用しないことに動揺を隠せない。

 

────俺のフルパワーのデススピアーをこうもあっさりと……!!

 

雷門や世宇子に防がれたことはあった。だが、それは幾重ものシュートブロックや疲労により威力が落ちていたのが大きかった。流石にここまで容易く止められたのは想定外だった。

 

「そんなもんか?もっと来いよ」

 

好戦的に笑いながらこちらを挑発するバーン。その言葉に従う訳では無いが、バーンからボールを奪うべく、奴の元に向かっていく。

そしてボールを奪おうとした瞬間、バーンの姿が視界から消えた。

 

「は……?」

 

────消えた?奴はいったいどこに……。

 

刹那の内に思考を巡らせ、そして足元に俺のものとは別に影が出来ていることに気付く。

 

「上か!!」

 

上空を見上げれば、一瞬で俺が〈デススピアー〉を放った時よりも高く跳躍していたバーンの姿がそこにあった。

恐るべきは一瞬で天高くまでの跳躍を可能とする脚力と、驚異的なボディバランスによって生み出される、まるで飛んでいると錯覚する程の滞空時間。

空中でゆったりとした動作からバーンが放ったゴール前からの超ロングレンジシュートは、炎を纏いながら恐ろしい速度で加速していき、雷門ディフェンス陣と源田の反応を許さず、ゴールネットに突き刺さった。

 




鬼道がバーンを完璧に押さえ込んで誰も負傷者が出ない世界線?そんな物は無い(無慈悲)

不動の能力云々は作者がちゃんと書く自信が無い為の保険なので気にしなくてもいいです。

そして気になるという声があったので豪炎寺のステータスを載せます。
ぶっちゃけ普段はそんな物気にして書いてないので、あくまでゲームに実装されるならこんな感じになる、という参考程度ですけどね。


豪炎寺 修也 Lv40
属性 火
GP 5000 TP 7500
キック 300
ボディ 220
コントロール 180
ガード 150
スピード 220
スタミナ 250
ガッツ 200
必殺技(消費TPは豪炎寺仕様)
必殺技は6枠まで?そんな縛りある訳ないやろ。
※連携技の一部は主導が豪炎寺では無い為、無掲載。
ファイアトルネード TP 40
イナズマ落とし TP 50
ヒートタックル TP 40
イナズマ1号 TP 55
爆熱スクリュー TP 156
グランドファイア TP 380
マキシマムファイア TP 174
イグナイトスティール TP 85
レーヴァテイン TP 198
巨人の剣 TP 210
スカーレットハリケーン TP 350
ヘルファイア TP 144
ムスペルヘイム TP 350
爆熱ストームG5 TP 460
ソード・オブ・ファイア TP 950(ブチ切れ状態のみ発動可)
ぞくせいきょうか
火のこころえ
シュートプラス


あれ?おかしいな……ステータス若干控えめにしたはずだったのに結局化け物に……。


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鬼神が目覚めた日

作者の構想を完膚無きまでに粉砕する男、鬼道有人。


帝国学園のグラウンドにて行われている雷門とプロミネンスの試合。

ベンチからそれを見ている瞳子の内心は焦りと疑念に満ちていた。

とある理由からエイリア学園の内情について重要な情報を持つ瞳子だが、その実態の全てを知っている訳では無い。ジェミニストームを倒せば全てが解決すると考えてはいなかったが、マスターランクなる階級のチームがあることを瞳子はここで初めて知った。いくつのチームがあるかは定かではないが、マスターランクというからには最上位に位置するチームであることは間違いないだろう。そんな相手に対し、勝率が低いことは百も承知ではあったが、多少なりとも相手の手の内を知れるのなら、価値のある試合だと、そう思っていた。だが────

 

────なんてことなの……。ここまでレベルが違うなんて……。

 

プロミネンスのキャプテンであるバーンと名乗った少年のことを瞳子は知っていた。見れば他のメンバーも、その多くが彼を慕っていた者達で構成されている。確かに高い実力を持つ選手達ではあった。だが、瞳子が知る彼らと、今目の前で雷門を蹂躙している彼らは正に次元が違う。

いったいどんな手を使ってこれほどの力を手に入れたのか。瞳子が想定していた実力を遥かに上回っている。これでは手の内を知るどころか、雷門というチームが完全に潰れてしまう。現に未だ前半ではあるが、雷門の選手は全員が満身創痍。倒れている者が殆どで、辛うじて立っているのは源田、鬼道、風丸、染岡の四人のみ。しかし、源田はキーパーというポジション故に他のフィールドプレイヤーよりも若干ダメージが少ないものの、既に15失点を喫しており精神的にも限界が近い。風丸、染岡の二人は気力だけで持ち堪えている様な状態であり、もう一度倒されれば次は立ち上がれないだろう。ベンチには負傷交代した宍戸と影野が横たわっており、マネージャー達が手当てをしているが、怪我の度合いからしてチームから離脱させざるを得ない。そしてこのままでは全員が戦えなくなる。監督として、選手を守る為にもこの試合を終わらせなくてはならない。瞳子がそう判断し、動こうとしたその時────

 

 

────プロミネンスのネッパーから、鬼道がボールを奪い取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボールを奪われた張本人であるネッパーは、そしてその瞬間見ていたバーンや瞳子も、何が起こっているかを直ぐには理解出来なかった。

我に返ったネッパーが鬼道から奪い返そうとするが─────

 

「なんだと!?」

 

躱す。この瞬間まで、プロミネンスの選手達の動きに全くと言っていい程についていけなかった鬼道が、まるでネッパーの動きを読んでいたかの如く、ネッパーが動き出す直前から回避行動をとっていた。

 

 

試合が始まる直前まで、勝つことは難しいと考えていた鬼道だが、今はそんな思考は微塵も頭の中に存在していない。今の鬼道の中にあるのは実にシンプル。

 

────負けたくない。

 

ただそれだけ。鬼道は思う。よく敗北からも学ぶことがあるだとか、負けたとしても次に繋げればいいだとか、そんな言葉を聞くが、鬼道から言わせればそんなものはただの綺麗事だ。どんな前向きな言葉を並べ立てても、敗北したという事実は変わらない。敗北の悔しさも虚しさも、情けない自分への怒りも、決して消えることはない。雷門の一員として世宇子を倒した鬼道だが、敗北の痛みはその胸に残り続けた。そして今、またしても屈辱的な敗北が齎されようとしている。そんなものを、認められるはずがない。

 

豪炎寺(競い合う好敵手)がいなければ、自分は勝てないのか?

 

────違う。

 

円堂(必ず倒すと誓った相手)がいなければ、自分は勝てないのか?

 

────違う。

 

俺は、俺の力で、勝利を掴み取ってみせる。

 

相手のスピードは驚愕だが、少し慣れてきた。なんとか相手の動きを目で追うことぐらいは出来る。ならば集中して相手の動きを見極めろ。相手の視線、重心、軸足の角度、周りの選手の位置、空気の流れ、呼吸や瞬きのタイミング。あらゆる要素から、相手の二手、三手先の動きを予測しろ。相手の方が速いなら、相手が動き出す前に動け。

 

バーラのスライディングを跳躍して躱し、ヒートのショルダーチャージを自分から体勢を崩して受け流し、続けて殺到するプロミネンスの選手からボールをキープし続ける。

 

────もっとだ……もっと……もっと集中しろ……!!

 

だが、そんな滅茶苦茶なプレーは長くは続かない。限界を超えた情報量を処理し続けた脳はオーバーヒートを起こし、防衛本能によって強制的に意識がシャットダウンされる。

本来なら、意識を失った鬼道の体は崩れ落ちるはずだった。だが、勝利への渇望が、固く閉ざされていたはずの扉をこじ開ける。

 

 

理性という名の枷は失われ、心の奥底に封じ込められていたはずの本性が、目を覚ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、反射的にプロミネンスの選手達は動きを止めた。目の前にいる鬼道有人の発する気配が変わった。先程まで伝わって来ていた気迫とは違う。鬼道の体から放たれる殺気が、周囲の空間に充満する。プロミネンスの選手達は体に鉛を背負わされたような錯覚を覚えた。体が重く、水の中にでもいるかのような息苦しさすら覚える。

プロミネンスの選手達が見つめる中、鬼道に更なる変化が訪れる。鬼道の体から赤黒い稲妻が迸る。瞳孔や結膜が血のように赤く染まり、身に纏う殺気が更に一段重くなる。

 

「ガァァァァァァァァ!!!!」

 

聞く者に恐怖を植え付ける悍ましい咆哮を上げ、迸る稲妻がプロミネンスの選手達を吹き飛ばす。

そして次の瞬間には、それをやや後方で傍観していたバーンの体は宙を舞っていた。

 

「………は?」

 

バーンは理解出来なかった。今、何が起きた?何故自分は空中にいるのだ?思考が纏まらないバーンの視線が空中でシュート体勢に入った鬼道の姿を捉える。

 

見る者に恐怖を与える、凄まじいエネルギーが込められたボールは鬼道が纏っているのと同様に赤黒い稲妻を迸らせる。

 

「ウグァァァァァアア!!!!」

 

鬼道が打ち出したボールは地を抉り、砂塵を撒き散らしながらゴールへ向かう。後の時代において〈ディザスターブレイク〉という名で呼ばれる破壊の一撃。

 

「バ、バーンアウ……ッ!?」

 

そしてプロミネンスのキーパー、グレントをいとも容易く吹き飛ばし、ボールはゴールに突き刺さった。

 

「な、なんだと!?」

 

体勢を立て直し着地したバーンが驚愕の声を上げる。自分達が点を取られた?こんな雑魚共を相手に?腸が煮えくり返りそうなバーンだが、鬼道はそんなバーンを歯牙にもかけず自陣へと戻っていく。

 

理性が完全に飛んでしまっている鬼道だが、辛うじてサッカープレイヤーとしての本能は残っているようだ。

 

 

 

 

 

 

「潰せ!!そいつを叩き潰せ!!」

 

試合が再開されると共にバーンの怒号が飛ぶ。プロミネンスのメンバーも言われるまでもなくそうするつもりではあった。だが、今の鬼道を相手にするには彼らでは足りない。

 

「ァァァァァアアアアア!!!!」

 

プロミネンスのFW、サイデンの視界に広がる赤黒い稲妻。それを認識した次の瞬間には鬼道によって吹き飛ばされ、ボールを奪われていた。

直ぐ様ボール奪い返す為にプロミネンスの選手が鬼道に殺到する。

 

「ガアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

だが、止まらない。止められない。全身に悍ましい黒雷を纏い、咆哮を上げながら、鬼道がプロミネンスの選手を蹴散らし、ゴールへ向かい突進する。

 

「なんなんだこいつは……!!」

 

苦戦することなど考えもしなかった。ただ、暇潰し程度の感覚で手を出しただけだった。円堂守や豪炎寺修也はグランに手も足も出なかった。ならば鬼道有人も同じ様なものなのだろうと。実際に試合が始まってからも取るに足らない程度の相手だったはずだ。だというのに────

 

「ウウウゥゥゥガアアァァァ!!!!」

「チッ!!聞いてねぇぞ!?とんだ化け物じゃねえか!!」

 

鬼道有人、否、もはや狂った鬼と化した鬼道がバーンに迫る。

 

「ッ……!!舐めんなぁぁぁ!!」

 

鬼道とバーンの右足がボールを挟んで激突する。全身全霊の力を込めて蹴った右足は容易く弾かれ、バーンは大きく吹き飛ばされ、地に叩きつけられる。エイリア学園の中でも、限りなく頂点に近い存在であるはずのバーンが、完全に力負けしていた。

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!!」

 

鬼道の体から稲妻だけでなく、どす黒い瘴気が放たれる。鬼道は足元のボールを空中へと蹴り上げ、自身も跳躍する。

空中のボールが凄まじい瘴気を纏う、赤黒い稲妻がスパークし、回転を始めたボールはやがてどす黒い色合いとなり、ボールの形状も剣山の如く刺々しいものへと変化する。

 

「アアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

咆哮と共に放たれたボールは赤黒い巨大なオーラを帯び、地を抉り、プロミネンスの選手達を巻き込み、蹴散らしながらゴールへと向かう。

 

「う、うわあああぁぁぁ!?」

 

その光景を前に、完全に恐怖に呑まれてしまっていたグレントは必殺技を発動することすら出来ず、轟音を響かせながらボールはゴールネットへと突き刺さる。

 

 

 

 

 

「ふざけんな……!!こんなことがあって溜まるか!!俺達はマスターランクチーム、プロミネンスだぞ!?それが、こんな野郎に……!!」

 

スコアは15-2で大差をつけてはいるが、もはやそんなものは何の意味も無い。このままでは間違いなく逆転される。それも、たった一人に。

このままでは終われない。こんな試合で負ける訳にはいかないのだ。ジェネシスの称号を得る為にも、自分は最強でなくてはならないのに……!!

 

「鬼道……………有人ォォォッ!!!!」

 

鬼道に向かって突進する。何があろうとこいつを倒す。この男は自分の敵だ。どんな手段を使ってでも潰さねばならない。

 

対する鬼道は脱力したような姿勢で俯いていた。先程まで放っていた殺気や瘴気はなりを潜め、不気味な程に静かだ。バーンが間合いに入っても動こうとしない鬼道を遠慮なく全力でボールごと蹴り飛ばそうとしたバーンだが、それが現実になることはなかった。

 

「───────!!!!」

 

突如、鬼道が声にならない咆哮を上げ、闇の波動がフィールドを駆け巡る。先程まで放っていたそれと比較にならない程の膨大な稲妻を迸らせ、鬼道の背から溢れた影が異形を形成する。

 

世宇子戦で見せた鬼道の化身〈羅刹の王 ブルート〉。しかし漆黒の体躯を持つその鬼の外見も以前とは少し違っていた。

まず、額の一本の角は左右にも同じ角が生えて三本に。纏う瘴気はより重く、深く。血に染まった身の丈を超える大剣を両手に携え、その全身には深紅の禍々しい文様が浮かんでいる。

 

「───────!!!!」

 

蹴り上げたボールに向かって鬼道が跳躍すると、ブルートが両手の大剣を大地から抜き放ち、振りかぶる。鬼道が踵落としでボールを打ち出すのと同時に、ブルートも大剣を振り下ろす。

それは圧倒的な暴力。何人たりともその進撃を阻むことは出来ない、破壊の奔流。

 

「させるかぁぁぁぁ!!」

 

必死の形相でゴール前に回り込み、体でこのシュートを止めにいったバーンだったが、試合開始直後の〈デススピアー〉とは違い、全く威力を殺すことは出来ず、キーパーのグレント諸共吹き飛ばされ、ボールはゴールネットを突き破り、帝国学園の校舎に巨大なクレーターを作り上げる。

 

 

理性を失い、本能のままに暴れ狂う鬼神に対抗することなど出来はしない。それこそ、世界の運命に愛されたバグの様な存在でもない限りは。




なんやこいつ……。


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予想外の報せ

主人公どこいった?


「待ってくれよ、シュウ!!」

「誰が待つか!!特訓なら一人で勝手にしていろ!!」

 

ゴッドエデンの山中にて、木々を飛び移りながらかなりの速度で移動する二つの人影。自らの特訓に付き合ってもらおうと追いかける豪炎寺とそれから逃げるシュウである。この逃走劇が始まってから既に二時間程。流石に息が切れ始めているシュウに対して、まだまだ余裕のある豪炎寺。追いつくのは時間の問題だろう。尤も、何の整備もされていないゴッドエデンの島中を走り回っているだけでもかなりいいトレーニングにはなる。なんなら毎日行ってもいいかもしれない、などとシュウが聞けば黙ってはいないであろう考えを巡らす豪炎寺であったが、その足が唐突に止まる。

 

「!!……これは……」

 

豪炎寺の足が止まったのを見たシュウが全力でこの場を離れていくが、豪炎寺はそんなことは気にせず、自身が感じ取ったものに意識を集中させる。

 

「この気は………鬼道……か?」

 

敵として、仲間として、競い合ってきたライバル、鬼道有人。その鬼道のものと思われる、この遠く離れたゴッドエデンからですら感知出来る凄まじい気の奔流。

現状の豪炎寺を超えるであろう、物凄い気だ。驚きもあるが、それ以上に流石は鬼道だ、と己のライバルに対して心中で感嘆の声を上げた豪炎寺であったが、遅れて気づくある違和感。

 

「この気……鬼道にしては暴力的過ぎるような……。それに酷く不安定だ。まるで、暴走でもしてるみたいな……」

 

感じられる気は確かに鬼道のものだが、普段の鬼道のものとは似ても似つかない程に酷く荒々しい。しかも感じる気は先程よりも僅かにだが、更に大きくなっている。鬼道が今、どういう状態にあるのかは分からないが、もしこれが本当に暴走しているのだとしたら、かなり危険な状態であるかもしれない。

豪炎寺が知る鬼道の実力は、己とほぼ互角。だが、今感じている気はそうとは思えない程に大きい。それは即ち、鬼道が己の限界以上の力を行使しているということ。そんな状態が長時間続けば、当然体への負担も計り知れない。

 

────円堂、何してる?鬼道を止められるのはお前しかいないだろ。

 

円堂なら今の鬼道をどうにか出来るのではと。恐らく誰が聞いても無理だと言うだろうが、豪炎寺は本気で円堂なら出来ると思っている。まあ、それはともかくとして。

 

豪炎寺は知らない。円堂が既にチームにいないことを。そして、今の鬼道を止められる円堂以外の人間が、その場に居合わせていることも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴヴゥゥ……グ……ガァァァァァァァァァァァァァァァアア!!!!!!」

 

化身の一撃によって3点目のゴールを奪った鬼道だったが、ここでその様子に変化が訪れる。

理性を失った状態と言えど、先程まではあくまでもゴールを奪うこと、勝つ為にその力が向けられていたが、遂にその境界線まで崩壊したか、ゴールを奪った後、自陣に戻ることはなく、その場で鬼道の化身が暴れ始めた。

両手の大剣を振り回しフィールドを削り、体から放たれる雷撃が辺りに撒き散らされる。鬼道自身も何かに耐えるように体を捻り、悶えるような仕草を見せながら叫び続ける。

 

「ガァァァァァァァァァァ!!!!」

 

その声も先程までの悍ましい響きとは違い、どこか悲痛な色が混じっている。限界を超えた力の行使に、鬼道の体が悲鳴を上げ始めているのだ。このままでは鬼道の体が再起不能になり、文字通り動かなくなるまで暴れ続けるだろう。

 

 

その様子を見ていた瞳子は自身の判断が遅れたことを悟る。鬼道がボールを奪ったのを見て、もう少し様子を見ようとしたのが間違いだった。しかもそこから豹変した鬼道の姿に呆気に取られ、正常な判断が出来なかった。このままではまずいことは瞳子も承知しているが、今の鬼道に自分が静止の言葉を投げ掛けたところで、効果があるとは思えない。

 

「お兄ちゃん!!」

「音無さん!?」

「駄目よ!!危険だわ!!」

 

どうすればいいかと考えを巡らしていると、自身の横からそんな声が聞こえてくる。見れば音無が木野と夏未の静止を振り切り、鬼道へ向かって駆け出していた。

 

「なっ────!?」

 

思わず声が出る。この娘は何をしているのだ。危険だというのが分からないのか。

 

「待ちなさい───!!」

 

一瞬遅れて自身も静止の声を掛けるが、聞こえていないのか、音無が止まる気配は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木野や夏未、監督。皆が自分を止めようとするのは当然だ。音無とて自身が今、どんなに危険なことをしようとしているのか分からない訳では無い。

でも、それでも、我慢出来なかった。気づいたら体が動いていた。

 

鬼道が豹変したのを見て、音無が感じたのは恐怖だった。ただしそれは、鬼道の力や明らかに理性を失っている様子に対する恐れでは無い。

音無が恐れたのは、鬼道が自身の手が届かない場所に行ってしまいそうに感じてしまったから。自分には冷たい兄だが、本質は昔の優しかった兄と何も変わらないのだと音無は信じている。なのに、今の兄のプレーは普段の兄のものとはまるで違っていた。ようやく会えた兄が、別人になってしまった様で音無は怖かった。だからこそ、苦しむ兄を放っておくことなど出来なかった。

 

鬼道の背に顕現した異形の剣が大気を裂き、稲妻が荒れ狂うその空間に踏み込むことに恐怖が無い訳では無かったが、それよりも今の兄を助けたいという気持ちの方がずっと強かった。

 

鬼道の元へと駆け寄る音無を避けるかの如く、大剣も稲妻の暴威も音無を襲うことは無かった。

そして、鬼道の元へと辿り着いた音無はその背に縋り付き、その存在に呼び掛ける。

 

「お兄ちゃん────!!」

「!!ガ、ガァァァ……ガァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

音無の声に一瞬だけその動きを止めた鬼道だったが、直ぐにまた藻掻き、苦しみ出す。しかし、先程までよりも若干だが、動きは鈍くなっているようにも見える。

 

「お願い……お兄ちゃん……」

「ガァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

鈍くなった動きと反比例するかの如く、周囲には凄まじい雷撃が荒れ狂う。もはや中心にいる二人の姿を外から捉えることすら難しい。だが、不思議とすぐ傍にいるはずの音無には何のダメージも与えることはなく、音無は鬼道の体を強く抱き締め、涙を流しながら懇願する。

 

「お願いだから……元に戻ってよ………お兄ちゃん──────!!!!」

「─────!!」

 

音無の叫びに、今度こそ鬼道の動きが完全に止まる。雷撃が霧散し、化身がその形を維持出来ず、黒い影が鬼道の体へと戻っていく。

 

「ハ……ルナ………」

 

鬼道の体が抱きついていた音無共々崩れ落ちる。一瞬だけ取り戻した理性をもって音無を認識した鬼道は妹の名を呼び、完全に意識を失った。

そして音無も気力を使い果たしたか、鬼道と折り重なるようにして倒れ込みながら気を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暴れ狂う鬼神は鎮まり、フィールドには静寂が訪れる。誰もが倒れ伏した鬼道を見つめる中、唐突にその静寂は破られる。

 

「ふざけんなよ……」

 

凄まじい怒気を孕んだバーンの声。額に青筋を立て、殺気の篭った瞳で鬼道を見つめるバーンの姿は何をしでかすか分からない怖さがあった。

だが、バーンが何らかの行動を起こす前に、上空から飛来した白い輝きを放つエイリア学園のサッカーボールによって遮られる。

 

「何を勝手なことをしているんだ、バーン」

 

そのボールと共に姿を現したのはエイリア学園最強の戦士、グラン。新たなエイリアが現れたことに周囲が動揺する中、バーンに問いを投げる。

 

「そこを退けよ……グラン!!」

 

グランは怒鳴り散らすバーンのユニフォームが妙に汚れていることに気づく。見ればプロミネンスの他のメンバーもそれなりに消耗している様子。そして、バーンの視線の先には意識を失った鬼道の姿。

 

「……どうやら、想像以上に面白いことになっていたようだね?バーン」

「……ッ、テメェ!!」

 

全てを見透かした様なグランの態度は、今のバーンには普段よりもずっと癪に障る。怒りのままにグランへ怒声を浴びせようとしたバーンだったが、グランに鋭い視線を向けられ押し黙る。

 

「だけど、それとこれとは話が別だ。これ以上の勝手な行動は許さない」

「!!……チッ」

 

血が上っていた頭が冷やされる。バーンとて馬鹿では無い。自身の行動が独断の勝手なものなのも、グランが来てしまったならこれ以上は何も出来ないことも理解している。

グランの足元のボールが白い光を放つ。バーンの後ろにプロミネンスのメンバーが集まるとその光が増していく。

 

「鬼道有人……次は必ず、テメェを潰す」

 

眩い白の輝きが空間を満たし、その光が収まった時には、既にプロミネンスもグランの姿もそこには無かった。

 

 

 

 

 

 

特に怪我が酷かった何名かは瞳子が手配した救急車によって病院へと搬送され、比較的軽傷だった者も簡単な手当てをした後、キャラバンで病院へと向かい治療を受けた。

結果的に五名が入院することとなり、円堂がいなくなった雷門にとっての最初の試練は最悪の形で幕を閉じた。

その入院した五名の内の一人である鬼道は目立った外傷こそ無かったものの、死んだ様に眠り続け目を覚まさない。

そして鬼道の意識が戻らないまま一週間が過ぎた頃、その報せは届いた。

 

 

────北海道、白恋中を襲撃したジェミニストームが倒された、と。

 




なんかまだまともに登場すらしてない奴がやらかしてるんですけど……。


午後28時さんから円堂のゴッドハンドの画像を頂きました!


【挿絵表示】


これで見れるようになってますかね?
作品に関するものならイラストでも雑コラでも何でも嬉しいので、どんどん送ってくださいね!
私が嬉しいので!(それ以上のメリットは無い模様)


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再起する神

週1投稿すら守れない駄目作者がいるらしい……。
そしてめっちゃ難産だった割にクオリティは大したことないという……。泣けてくる。


今回はあとがきに鬼道と円堂のステータス載せてます。少し長くなっちゃったんでどうでもいいって人は飛ばしてください。
それとアンケートも始めたんで答えてもらえると嬉しいです。


 

ジェミニストーム敗北の報せが雷門に届いた頃より少しだけ時間は遡る。

 

 

 

雷門中とフットボールフロンティア決勝戦で激闘を演じた世宇子中のキャプテンであるアフロディはとある公園のベンチに座り、物憂げな表情を浮かべていた。

 

「世宇子の強さは偽物だった………か。皆これをどんな気持ちで見ているのだろう……」

 

そう呟くアフロディの視線は傍らの雑誌へと向けられている。開かれたページに書かれているのは世宇子の記事だ。それも華々しい内容ではなく、忌まわしい神のアクアによるドーピングについての記事。

 

「偽物なんかじゃない……。皆、努力したんだ。神のアクアに頼らなくても、世宇子は強かったはずだ……」

 

世宇子は元々、全国的に有名な強豪でもなんでもなかったが、個人の練習量では決して強豪にも引けを取らないという自負はあった。そして実力に関しても。

名声も賞賛も無くとも、確かに充実していたはずだ。皆とのサッカーは楽しかった。それだけでよかったはずなのに、自分の判断がチームを狂わせた。影山の甘い言葉を、神のアクアの齎す力の誘惑を、振り払うことが出来なかった。

 

「あんなことは間違っていた。僕はキャプテンとして、なんでもっと早く気づくことが出来なかったんだろう……」

 

情けなくて涙が溢れる。思わず両手で目を覆ったアフロディの耳に、その声は届いた。

 

「よう、探したぜ。こんな所で何してるんだ?」

「えっ?」

 

思わず顔を上げれば、目の前に立っていたのはフードを目深に被った人物。背格好からして自分と同年代だろうか。しかし先程の声はどこかで聞いた覚えがあるような……。

 

「なんだよ?もう俺のことを忘れちゃったのか?」

 

そう言ってフードを脱いだその人物の正体は、アフロディにとって予想もしなかった人物だった。

 

「久しぶり、って程でもないか?アフロディ」

「円堂……君…」

 

自分達を闇から救い出してくれた雷門のキャプテンが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「円堂君……何故、君が此処に……?」

「まあ、色々あってな」

 

鬼瓦さんと連絡を取り事情を説明した俺は警察の秘密裏の協力の元、なんとかエイリア学園の監視を掻い潜り、鬼瓦さんから聞いた情報を頼りに世宇子中へと辿り着いた。

 

世宇子の校舎を目にした時は自分から来ておいて何だが、世宇子中って本当にあったんだなと妙な感動を覚えてしまった。アレスの天秤が発表される前はてっきり影山がでっち上げた架空の学校なのかと思ってたからな。

 

早速サッカー部を訪ねた俺だったが、勿論最初は警戒、というか凄く驚かれた。自分達を負かしたチームのキャプテンが突然やって来たら無理もないか。ましてや向こうは神のアクアなんて物を使ってた負い目とかもあっただろうからな。世宇子に来た経緯を説明し、助力を請う俺に対して世宇子のメンバーは困惑を隠せない様子だった。そしてそんな中、誰かが呟いた。

 

「キャプテンにも聞いてみないと……」

 

その言葉で、俺はアフロディの姿が見えないことに気づいた。そのことを尋ねてみると、これから練習の予定なのだがまだ来ておらず何の連絡もない為、探しに行こうとしていたところだという。丁度いいので俺も探すのを手伝い、ついでにアフロディとも話そうと思っていたのだが。

 

アフロディの傍らの雑誌に目をやる。そこに書かれている記事に思わず顔を顰める。ベンチに座るアフロディの姿を見つけて声を掛けたものの、何か様子が変だと思ったらそういうことか。

 

「隣、座ってもいいか?」

「え?あ、ああ……」

 

一言断りを入れて、アフロディの横に腰を下ろす。未だに俺が現れたことに対して頭が回っていないようで生返事だったが、まあ問題は無いだろう。

 

「で、どうかしたのか?何か悩みでもあるなら、相談ぐらいなら乗ってやれるぜ?」

「えっ?」

 

俺の言葉に驚いた様子を見せたアフロディだったが、雑誌が開いたまま置いてあったことに気づいたのだろう。納得したような表情になった後、口を開く。

 

「……折角だけど、君に相談するようなことじゃないさ。君の方こそ、こんな所で油を売っていてもいいのかい?」

「……それを言われると痛いな」

 

まあ確かにアフロディからすれば、俺がこんな所にいるのは不自然だよな。自分なんかに構っている暇なんか無いと思われても仕方ない。

 

「……実は一時的にだけど雷門を抜けることになってな」

「え?」

 

驚くアフロディに、俺は世宇子の他のメンバーと同様にこれまでの経緯を説明した。

 

「そうか……。あの試合で君の様子がおかしかったのはそういうことだったのか……」

 

どうやら奈良でのジェミニストームとの試合をテレビで見ていたようで、なにやら得心がいったようだ。……まあ、ジェミニストームのシュートより世宇子の、特にアフロディのシュートの方が強力だったし、俺が変なのも分かって当然か。

 

しかしアフロディはそれから再び俯き、黙りこくってしまう。何となく何を考えているのかは分かるが、アフロディが口を開くのを待つ。

 

「……円堂君、君が僕達を頼ってくれるのは嬉しい。だけど、今の世宇子ではきっと君の期待には応えられない」

「……どうしてだ?」

「どうしても何も……。君だって神のアクアのことは知っているだろう」

 

これは世宇子のことを鬼瓦さんから聞いた時に知ったのだが、フットボールフロンティア決勝戦の後、原作とは違い影山は逮捕されていないらしい。どうもあの試合で豪炎寺が来た時点で、世宇子は敗北すると判断し逃走を図っていたようなのだ。影山という後ろ盾を失った世宇子の神のアクアによるドーピングは直ぐに明るみに出た。当然そんな一大スクープをマスコミが見逃すはずもなく、翌日には新聞や雑誌でその事実は世間が知ることになった。圧倒的な実力でフットボールフロンティアを勝ち上がったダークホース、という評価は地に落ち、ドーピングに頼った卑怯者というレッテルを貼られることになってしまった。

 

「僕は間違いを冒した。皆を巻き込んで、大きな間違いを。……僕なら、そうしない道を選ぶことが出来たのに」

「アフロディ、お前……自分のせいだと思ってるのか?」

「僕はキャプテンなんだ。皆を守るべきだった。なのに、誘惑に乗って間違った道を選択した。……キャプテン失格さ」

「キャプテン失格……か」

 

問題を抱え込み、自分一人のせいにして思い悩む。その姿が、いつかの自分と重なって見えた。

 

「キャプテンってのは大変だよな。自分のことだけじゃなくて、チームのことも考えなくちゃならない。………アフロディ、俺とお前はよく似てるよ」

「……君と、僕が?」

 

訝しむような視線を向けてくるアフロディだが、俺はお前が思ってるような立派な人間じゃない。

 

「お前は間違えたって言うけど、俺だって間違いそうになってばかりだ。何度も自分のことしか見えなくなって、間違いそうになって、その度に誰かがそれに気付かせてくれた」

 

帝国との練習試合の時の風丸と豪炎寺。地区予選決勝での帝国戦ではチームの皆に、そして世宇子戦の前は夏未が、俺を導いてくれたから、今の俺がある。

 

「アフロディ、俺達がキャプテンでいられるのは皆が俺達をキャプテンだと認めてくれているからだ。何度道を間違えようと、お前が自分はキャプテン失格だなんて思おうとも、チームの皆がお前を認めているのなら、お前は紛れも無くキャプテンなんだ。……それとも、お前はもうサッカー自体を辞めてしまおうなんて思ってるのか?」

「……そんなことは出来ないよ。サッカーが好きなんだ。好きで好きでたまらないんだ。それに、皆が僕を頼ってくれてる。皆をちゃんと元通りにするまでは、卑怯者呼ばわりされようとも責任を果たすつもりだ」

 

……少し安心した。酷く思い詰めていたから、サッカーを辞めて責任を。何て考えてたらどうしようかと思ったぜ。

 

「なら、それでいいじゃないか」

「えっ?」

「絶対に間違えない人間なんていないさ。大切なのは間違えた後にどうするかだろ?お前は間違いを認めて反省して、前を向いて歩き出そうとしてる。もうそれでいいじゃないか」

「そう……だね」

「それにさ。お前は今の世宇子じゃ俺の期待に応えられないって言ったけど、そんなことはないと思うぜ?」

 

思い出すのはフットボールフロンティア決勝戦で受けた世宇子のシュートの数々。そして、試合終了間際に見せたアフロディのプレー。

 

「俺は神のアクアのことを詳しく知ってる訳じゃないけどさ。あれって要するに身体能力を向上させる物なんだろ?飲んだからって、それだけでサッカーが上手くなる訳じゃない。実際に見て、体験すれば分かる。お前らの技は、一朝一夕で身に付くようなもんじゃない。受けたシュートの数だけ、俺はお前らの強さを知ってるつもりだ」

 

改めてアフロディに向き合い、右手を差し出す。

 

「世宇子の力を貸してほしい。エイリア学園を倒す為に。そして証明しよう。世宇子の強さを」

「……ありがとう、円堂君」

 

アフロディは俺の差し出した右手をとる。

 

「そこまで言われては、断る訳にはいかないな。よろしく頼むよ、円堂君」

「ありがとう、アフロディ」

 

俺と握手を交わすアフロディの顔に、先程までの影は無い。俺の言葉が少しでもこいつの為になったなら、それだけでも此処にきた甲斐があったというものだ。

 

「ああ!!こんな所にいた!!」

 

とそんな声が唐突に響き、そちらに目を向ければそこには数人の世宇子のメンバー。

 

「もうとっくに練習時間過ぎてますよ!!キャプテンなんだから時間守ってくださいよ!!」

 

その言葉に俺とアフロディは顔を見合わせ、どちらからともなく笑みを零す。

 

「すまない。今いくよ!」

 

アフロディはもう大丈夫だろう。俺も頑張らないとな。生半可な実力ではグランに届かない。目指すのは〈天空落とし〉を単独で止められるレベル。果てしなく高い目標だがやるしかない。まずは世宇子戦で使った〈マジン・ザ・ハンド〉の二体同時使用の習得を目指すか。

 

 

 

離れていても、目指す場所は同じ。エイリア学園打倒に向け、円堂の世宇子との特訓の日々が始まろうとしていた。




ステータス閲覧←

鬼道 有人 Lv 42
属性 林
GP 2700 TP 3500
キック 250 ボディ 190
コントロール 240 ガード 180
スピード 200 スタミナ 180
ガッツ 160

化身 羅刹の王 ブルート
KP 180 ATTAC 120
化身技 鬼神の斧
化身スキル はかいのオーラ

必殺技
ダークトルネード
スピニングカット
イリュージョンボール
ツインブースト
デススピアー
デュアルトルネード
イナズマブレイク
ツインブーストF
プライムレジェンド
クリティカル!
林のこころえ
シュートプラス

鬼道有人 (暴走時)
キック 750 ボディ570
コントロール 5 ガード 450
スピード 600 スタミナ 20
ガッツ 160

必殺技
ディザスターブレイク
デスブレイク


円堂 守 Lv40
属性 風
GP 1200 TP 950
キック 85 ボディ 70
コントロール 90 ガード 175
スピード 90 スタミナ 100
ガッツ 250

必殺技
ゴッドハンド改
メタリックハンド
イナズマ1号
真マジン・ザ・ハンド
メタルガントレット
こんしん!
セツヤク!
不屈の精神
ネバーギブアップ


実は二人とも原作とは属性が違っていたりする。鬼道は林属性なので将来的に皇帝ペンギン3号やキラーフィールズが属性一致で打てるのはデカいかもしれない。
円堂は風属性。ゴッドハンドやマジン・ザ・ハンドも風属性という設定だったりする。理由は単純に銀色から連想出来る属性のイメージが風が一番しっくり来た為。豪炎寺を筆頭とする火属性シューターへの属性有利を失い、林属性の強力なシューターは多いので属性的には原作よりも弱体化してるかもしれない。





オマケ
作者が現段階で想定している世界編ロココのガード
1250


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兄妹の関係

誰かサブタイトル考えてくれ。
若干短めです。


 

「皆、大丈夫?」

 

プロミネンスとの試合で負傷した雷門の面々は病院へと運び込まれ、その内、特に怪我が酷かった者達は入院することになってしまった。

入院したのは半田、マックス、宍戸、少林の四人。

 

「そんなに心配するなよ木野、大した怪我じゃないんだからさ」

「そうだよ」

「そうですよ」

 

半田の言葉に便乗してマックスや宍戸もそれを肯定する。入院等と大袈裟なことになってしまったが、すぐに復帰出来るはずだ、と。

 

「怪我しちゃったのは、俺の鍛え方が足りなかったせいですよ……。今からでも、特訓しましょう!……いたっ!!」

「駄目よ無茶したら!!」

 

少林が起き上がろうとするも、怪我の痛みでそれは出来ず、慌てて木野が体を支える。

 

「でも俺……悔しいんです……」

 

瞳に涙を滲ませながら少林が言う。この場には木野の他にもメンバーが揃ってはいるが、誰も掛ける言葉が見つからない。

 

「……もっと俺が強かったらいいのに。そしたらあんな奴らやっつけられるのに……!!」

 

半田が絞り出すように発したその言葉が全てだった。どれだけ明るく振る舞おうとしたところで、その想いは全員に共通して存在するものだ。

拳を強く握り締め、奥歯を噛み締める。そして思う。

 

『強くなりたい』 と。

 

「……皆の気持ちは分かるけど、先ずは怪我を治さなくちゃ。大丈夫、きっと直ぐに良くなるわ」

 

木野とてその想いは分かってはいる。だが、それが無茶をしていい理由にはならない。せめて少しでも気持ちが軽くなるように励ますことぐらいしか、木野には出来ないけれど、それが無駄ではないと信じて声を掛ける。

 

「……ねえ、風丸君と染岡君が居ないようだけど……それに音無さんも……」

 

そんな中、その言葉を発したのは夏未。殆どのメンバーが集まっている中で確かに彼等はこの場に姿が見えない。

 

「風丸君と染岡君は分からないけど……多分、音無さんは────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん……」

 

半田達が居るのとは違う病室。音無の視線の先にはベッドで眠っている鬼道の姿。先のプロミネンスとの試合で暴走し、意識を失った鬼道はあれから丸一日以上眠り続けている。病院の検査では軽い怪我はあれど、その他は特に問題は無いと結果が出ている。

だが、まるで死んだ様に一人眠り続ける兄の姿を見ていると、音無は無性に不安になるのだ。ひょっとしたら、もうこのまま目を覚まさないのではないかと、そんなことばかり考えてしまう。

 

「ん?君は確か……」

 

俯く音無の耳にそんな声が届き、振り向くとそこには病室に入って来た佐久間と源田の姿があった。

 

「ええと……雷門のマネージャーの……」

「音無……だったか?」

 

そう言う二人の顔にはどうしてここに居るのかという疑問が見て取れる。二人からすれば雷門のマネージャーが一人で鬼道の病室に居るのを不自然に思うのは不思議ではない。

 

「あ、あの……私、お兄ちゃんの……」

 

妹、だと言おうとした音無であったが、その言葉が口から発せられることはなかった。思ってしまったのだ。自分は今も昔も変わらず有人の妹の春奈のつもりだが、兄はきっとそうではない。この二人に妹だと伝えても、兄からすればそれは酷く迷惑なことなのではないかと。

 

「お兄ちゃん?そういえばあの時も……。もしかして、君は鬼道の妹なのか?」

 

訝しむような表情を浮かべる佐久間に、無理もないと苦笑する。

音無春奈と鬼道有人の容姿はお世辞にも似ているとは言い難い。言われなくては兄妹だとは気づけないだろうし、鬼道は妹がいるなどとは絶対に言わないだろうから、こういう反応をされるのは仕方ない。

そう思ったからこそ、佐久間が次に発した言葉は音無にとって衝撃だった。

 

「確かに妹がいるとは聞いたことはあるが……」

「……えっ?」

 

本当に?兄が、自分のことをチームメイトに話したのか?自分は、妹だと思われているのか?

 

「そうなのか?俺は初耳だが……」

「お前はあの時いなかったからな。あれはまだ俺達が一年の時……」

 

困惑する音無に気づかず、佐久間は当時のことを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ帝国学園に入学して間も無い頃、大勢の部員が凌ぎを削る帝国のサッカー部において、入部して即一軍のレギュラーに定着した鬼道有人という存在は当時の佐久間からすれば遠い存在だった。

同じ学年ということもあり、面識自体はあったもののまだそれ程親しくもなく、用事があれば話す程度の関係だった。

そんな鬼道と休憩中に偶然鉢合わせ、二人きりになった時に沈黙に耐えかねて聞いたことがあるのだ。鬼道の家族について。

なにか深い意味があった訳ではなく、ただの話のネタとして振っただけ。鬼道財閥の跡取りと聞いたことがあったから、そういう凄い家なら何か面白い話でも聞けるかもしれない。ぐらいの軽い考えから出た話題だった。

今思えば割と無神経な質問だったが、鬼道は思っていたよりも友好的で、こちらが振った話題に乗って来てくれた。

自分が鬼道家の養子であり、実の両親は事故により他界していると。

思った以上に重い話になってしまい、この話を振ったことを後悔した佐久間であったが、気まずい気持ちを振り払おうと口を開く。

 

「じゃあ、もう血の繋がった身内はいないのか?」

 

口に出してから、強引にでも別の話題に切り替えるべきだったのではと思い至ったが、既に言ってしまった言葉を取り消すことは出来ない。

恐る恐る鬼道の様子を伺った佐久間が見たのは、実の両親のことを語る際も表情を崩さず、他人事のような態度であった鬼道が言い淀んでいる姿。

 

「………妹が、いる」

「妹?」

 

何故そこまで言いにくそうだったのかは分からないが、佐久間からすれば先程よりは明るい話になりそうなだけで十分である。

 

「仲は良いのか?」

「……いや、もうずっと連絡も取ってないな」

 

こいつ家庭環境が複雑すぎやしないかと若干辟易してきた佐久間ではあるが、鬼道はそれに気づいた様子はなく、言葉を紡ぐ。

 

「そもそも、俺はあいつと関わる資格が無い。……あいつが幸せに暮らしているのなら、それでいい。こんな薄情な兄のことなど、忘れてしまった方がいいのさ」

 

自嘲するような笑みを浮かべるその表情は、いつも自信に満ち溢れた姿ばかり見ていた佐久間にとっては、そこそこ印象深く記憶に残るものであった。

 

「……少し喋り過ぎたな。佐久間、今聞いたことは忘れろ。どうせこの先、気にすることはないであろう事柄だ」

 

そう言って練習に戻って行く鬼道の纏う空気は既にいつも通りのものだ。鬼道の言う通り、その日からこの会話を思い返すようなことはなかったけれど、頭の片隅でこのやり取りは覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐久間の話を聞いた音無は溢れる困惑を隠せなかった。幸せに暮らしているのならそれでいい?それではまるで、自分のことを大切に思っているようではないか。

資格が無い、というのは以前にも言われたが、自分を嫌っている訳ではないのか?

形容し難い複雑な感情が頭の中を駆け巡る。

 

俯き黙り込む音無の姿と、かつての鬼道の言葉から何かを察したのであろう佐久間が口を開く。

 

「俺には、君と鬼道の間に何があったのかは分からない。だけどこれだけは言える」

 

その言葉に顔を上げた音無の視界に映るのは真剣な眼差しでこちらを見やる佐久間の姿。

 

「鬼道は……あいつは何の理由もなく家族を蔑ろにするような奴じゃない」

「……ッ!」

 

そんなことは分かっている。誰よりもよく知っている。

 

自分のことを拒絶する兄を、信じたい気持ちはある。浴びせられる冷たい言葉が、本心ではないのだと、そう思いたい。

けれど、何を根拠にそれを信じればいいのか分からない。

昔のように笑い合えるような関係に戻る為に何をすればいいのか、兄が何を求めているのか、自分には分からない。

 

「鬼道が目を覚ましたら、一度ちゃんと話し合ってみるといい。大丈夫、きっと分かり合えるさ」

 

視線をベッドで眠る兄に向ける。その寝顔はとても穏やかで、音無からすれば酷く懐かしいものだ。昔は隣にいつも穏やかな兄の笑顔があって、それが当たり前だった。

 

もう一度、あの頃のように────。

 

 

 

 

音無は関係の修復を望み、鬼道が目覚めるのを待つ。そして鬼道もまた、深い眠りの底で、自らの感情と向き合うことになる。




なるべく次は遅くならないように頑張ります……。
次回「霞の中の邂逅」(仮題)
気長にお待ちください。


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霞の中の邂逅

シリアスが続くのどうにかしてくれんか。
豪炎寺が恋しいよ。

そして作者恒例、後半何書いてるか分かんなくなってきて、面倒くさくなってきたせいで若干文章が適当になる。


「こんな所にいたのか、風丸」

 

風丸は一人、病院の屋上に佇み、金網越しに景色を眺めていた。そこに掛けられた背後からの聞き覚えのある声に振り返る。

 

「……染岡」

「一人で何やってんだよ?」

 

染岡のその問いに風丸は答えない。何をしているのかと言われても、特に何をしている訳でもないから。否、何をすればいいのか分からないから。

 

何も答えない風丸に、染岡もまた沈黙を返す。僅かな風の音だけを残し、静寂が訪れる。それから数分程時間が経ち、沈黙に耐えきれず口を開いたのは風丸だった。

 

「……何も聞かないのか」

「だから聞いてんじゃねぇか。何やってたんだって」

「………」

 

風丸が言いたいのはそういうことではない。それは染岡も分かっている。分かっていて、風丸から切り出すのを待っている。

小さく息を吐き、風丸が静かに言葉を紡ぐ。

 

「昨日の試合……何も出来なかった」

「……」

「何も出来なかったんだ……!!」

 

静かに語り出した言葉は、すぐに荒々しいものへと変わる。絞り出すような言葉とともに、拳を強く握り締める。

 

風丸の脳裏に浮かぶのはプロミネンスと名乗ったチームによって蹂躙される自身と仲間の姿。

風丸は自分が強いなどとは思っていない。しかし、宇宙人という存在が相手であっても充分に戦えるとは思っていた。事実、ジェミニストームには二度の敗北を喫してはいるが、風丸のプレーは通用していたし、そこまでの実力差があるとは感じなかった。こちらが万全の状態で挑むことさえ出来れば勝てるという確信すらあった。

そして昨日、そんな淡い自信は、木端微塵に砕け散った。

 

相手からボールを奪うことは疎か、触れることすら出来ない。ボールを持ったところで、相手を抜くことも、パスを通すことも出来ない。一番の武器であるスピードですら、全く追いつけなかった。

 

フィールドに一人、また一人と倒れていく仲間の姿を、ただ見ていることしか出来なかった。

 

「俺は……円堂にチームを任されたんだ……。仮にもキャプテンである俺が、皆を守らなきゃいけなかったのに……!!」

 

プレーでチームを引っ張ることも出来ず、仲間を守ることも出来ない。そんな自分にキャプテンの資格などあるのか。考えれば考えるほどに湧いてくるそんな感情に、風丸は押し潰されそうになっていた。

 

 

風丸の言葉を聞いた染岡は少しだけ考えるように目を閉じた後、こう切り出した。

 

「……本当にそうなのか?」

「……何がだよ?」

「皆を守らないと駄目だって話だ」

「……だって……円堂なら……」

「円堂は俺達を守ってなんてくれねぇよ」

 

染岡の言葉が意外であったか。その言葉を聞いた風丸が目を見開く。それを気にせず、染岡は言葉を続ける。

 

「帝国や世宇子の時に、円堂が俺達を守ってくれたか?違うだろ。あいつは励ましたり、発破をかけたりはしても、守ってなんてくれねぇ。何でか分かるか」

「………」

「俺達を信じてるからだ」

「……!!」

 

風丸の脳裏を過ぎるのは、これまで円堂と共に過ごしてきた日々の記憶。苦しい試合なんて何度もあった。ミスをしたこともあるし、自分のせいで点を取られたこともある。そんな中で常に変わらず存在するのが、苦しい状況でも諦めず、仲間を信じる円堂の姿。

 

「俺達ならやれるって……そう、信じてる」

「自分には自信が無いくせに、仲間のことは誰よりも信じてる。それが円堂だ。………俺にはキャプテンに何が必要なのかなんて分からねぇけど、一番大切なのはそういうことなんじゃねぇか?」

「大切なのは……信じること……」

 

プロミネンスとの試合を風丸は思い返す。あの時の自分は、チームを纏めることで頭がいっぱいだった。仲間を信じる。そんな、当たり前のことさえ、出来ていた自信は無い。自分がなんとかしなければいけないとばかり考えていたような気がする。

 

「キャプテンになったからって、円堂になろうとすることはねぇだろ。お前は円堂じゃねぇんだから、お前はお前でいいんだよ」

「俺は、俺でいい……」

 

円堂の代わりになることばかり考えていた風丸にとって、その言葉は目から鱗が落ちるようなものだった。凝り固まっていた頭が冴えていくような感覚。

 

────俺は、円堂の代わりじゃない。

 

今は、ごく自然にそう思える。何故、自分はあんなにも頑なに円堂と同じことをしようとしていたのか、不思議に思えるほどに。

 

「……ありがとう、染岡。おかげで目が覚めたよ」

「いいってことよ。……それに、今のも円堂の受け売りだしな」

「えっ?」

 

風丸が染岡の方を見れば、染岡は少しばつが悪そうに頬を掻きながら視線を逸らしている。

 

「前に円堂に言われたんだよ。豪炎寺になろうとしなくていい。俺は染岡竜吾なんだからって。俺は俺のサッカーを極めればいいんだってな」

 

 

当時の円堂からしてみれば、原作と同じようなことを言っただけであり、何も特別なことをしたという意識はない。だが、原作とは違い、円堂は染岡がどれほど凄いストライカーになるのかを知識として知っていた。もちろん、原作の円堂が染岡を信じていなかった訳では無いが、いずれ至る領域を知っているが故に、その円堂の言葉には一片の曇りもなかった。そこに込められていたのは、染岡は必ず凄いストライカーになる、という純度100%の信頼。そして、それは当然染岡にも伝わる。豪炎寺との差に思い悩んでいた染岡にとって、その言葉は救いであり、明日への活力となった。だからこそ、この時の円堂の言葉は染岡にとって大切なものだった。今この時も、しっかりと胸に残り続けるほどに。

 

 

「俺も柄にもなく焦ってたけど、ふとこの言葉を思い出したんだ。豪炎寺や鬼道と比べたって意味ねぇ。俺は俺のサッカーをすればいい」

「……そうか。今この場にいなくても、俺達は円堂に助けられてるんだな」

 

円堂は確かにチームから去った。それでも、円堂が残した多くのものが、自分達の中に息づいている。

 

「頑張ろう。今日からまた。円堂が帰って来た時に、これが地上最強のチームだって、胸を張れるように。手伝ってくれるか?」

「当たり前だろうが。もう二度と宇宙人なんかに負けやしねぇよ」

 

そう言って染岡が突き出した右拳に、風丸も拳を合わせる。

 

チームが厳しい状況にあるのは変わらない。しかし、どんなに苦しくても、前に進むしか道は無い。二人は覚悟を固めた。

 

 

晴れ渡る青空の下、二人が交わした誓い。エイリア学園との戦いを最後まで戦い抜く。そんな二人の想いが、果たされるのか。それは誰にも分からない。分かるとすればそれは、この世界の運命かもしくは────

 

 

────本来辿るはずだった歴史を知る者、ぐらいであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────これは、夢か何かか。

 

気づいた時には、右も左も分からない。周りはどこを見ても白一色で埋め尽くされている、何処とも知れぬ場所に一人立っていた。

そして、そんな空間で目の前には掠れた情景が浮かび上がる。そこに映っていたのは、紛れも無く鬼道有人。だが、それは俺であって俺では無い。特徴的なドレッドヘアーを後頭部で纏め上げ、ゴーグルとマントを身に着けた、本来の鬼道有人の姿。

 

────なんだ、これは。

 

雷門との練習試合で円堂達を痛ぶる姿。地区予選決勝で敗北し、全国大会の一回戦で世宇子に大敗した。雷門の一員となり、決勝で世宇子にリベンジを果たす。

 

俺となんら変わらず、それでいてどこか違った、その軌跡。

 

その後は地上最強チームの一人としてエイリア学園と戦い、日本代表の司令塔として、世界の舞台を戦い抜いた。

 

そこまでを延々と見せられた後、目の前の映像は最初から無かったかの如く消え去った。

 

────こうあるべきだったとでも言いたいのか。

 

だとしたら、それは意味のないことだ。俺は鬼道有人ではあるが、原作のそれとは完全に別人。同じ道を歩くことなど有り得ない。俺は俺の思うがままに生きる。そうだ。俺は帝国の鬼道有人────────

 

『そうやって、また仲間を言い訳に使うのか?』

 

どこからか響いたその声に、体が凍りつく。耳を塞ごうとしても、それを許さぬとでも言うかのように体は動いてくれない。

 

『佐久間や源田が真・帝国学園に引き入れられるのを阻止する為?違うだろう。お前が帝国に戻ったのは、そんな理由じゃない。二人を言い訳に使うのは止めろ』

 

────違う。俺は、二人を守る為に……。

 

『お前はただ怖かっただけだろう』

 

────────。

 

『雷門に勝てず、世宇子にも勝てず。誰よりも運命を否定しながら、結局同じ道を辿る自分が情けなかった』

 

────黙れ。

 

『これから先も、同じように運命に敗北するのが怖くて仕方がなかった。だから雷門の一員としてエイリア学園と戦う道を放棄し、逃げ出した』

 

────黙れ!!

 

『だというのに、円堂と豪炎寺によって、本来あるべき運命は簡単に捻じ曲がった。お前があんなにも変えたいと願い、終ぞ叶わなかったものが』

 

────黙れ……!!黙れ……黙れッ!!!!

 

『プロミネンスとの試合で、単に負けるだけなら何ということも無かったはずだ。しかし、お前はそれを拒んだ。それは何故か?お前自身が一番よく分かっているだろう?』

 

全てを分かった様な態度で淡々と発せられるその声を、今すぐ黙らせたかった。心の奥底に押し込み、必死に目を背けていたものを、無理矢理引きずり出されるような嫌悪感を抱く。

 

『プロミネンスとの試合は本来なら発生しないものだ。今まで自分が敗北したのは、運命に破れただけだと思い込もうとしていたお前には、さぞかし苦痛だっただろうよ』

 

その言葉を否定したいのに、その為の言葉が見つからない。心のどこかでそれを認めてしまっているから。

 

『負ければ、それを運命のせいには出来ない。単に自分の実力が足りなかったということを、これ以上ない形で突きつけられることになる。それを許容出来ず、分を超えた力を求めた結果がこれだ』

 

目の前に再びどこかの情景が映し出される。これはあの後か……?

しかし、これは……。

 

そこに映っていたのは、明らかに理性を無くし、獣の様な咆哮を上げる自分の姿。どす黒い瘴気と赤黒い稲妻を纏い、相手を蹂躙するその様はまさしく化け物のようだった。

 

『醜いな。これがお前がしたかったサッカーか?こんなものが、お前が求めた力なのか?』

 

唖然とする俺にお構いなく、その声は俺にそう問う。

これが、俺の欲しかったもの……?

それは─────

 

────違う。

 

自分でも上手くは言えないが、少なくともこんなものを望んではいない。それだけは断言出来る。

 

目の前の映像に映る自分は、いよいよ力を抑えきれなくなったか、完全に暴走している。そんな状態の俺に向かっていくその人物の姿を目にし、思わず声が出る。

 

────春奈ッ!?

 

余りにも危険なその行動に、それが既に起こったことなのも忘れて、止めに入ろうとしてしまった。しかし、体は縛り付けられたように動かない。祈るように見つめる視線の先では、不可解な現象が起きていた。

 

────避けている?いや、春奈を避けているのか?

 

自分の体から放たれる雷撃は、春奈の体を捉えることはなかった。まるで、無意識に傷付けないようにしているかのように。

 

春奈はとうとう俺の元まで辿り着き、俺の体にしがみつきながら、正気に戻ってくれと懇願する。涙を流すその姿に、自分がそんな顔をさせているのかと思うと心が痛む。

その春奈の言葉が通じたのかは定かではないが、俺と、そして春奈も崩れ落ちるようにして意識を失った。

そこで映像は途切れた。

 

『出来た妹に感謝するんだな』

 

────……………。

 

何も言えず、黙り込む俺だが、その声はそれを許さず、問いを重ねる。

 

『お前は何の為にサッカーをする』

 

────何の……為に……?

 

『鬼道有人だから?運命に負けたくないから?そうじゃないだろう。お前の原点を思い出せ』

 

────俺の……原点……。

 

『この世界の行く末を気にしないのなら、お前の言う運命を変える方法など幾らでもあっただろう?それをしなかったのは何故だ?サッカーに拘ったのは何故だ?』

 

────それ……は……。

 

『何故、お前はサッカーをする?』

 

────そういう、ことなのか……?そんな、単純なことでよかったのか……?

 

その問いに対する答えはある。けれど、そんなものでいいのかと疑問を抱く俺に、先程よりも少しだけ柔らかい声音で声が響く。

 

『お前が本当の意味で強さを求めるなら、大切なことを間違えないことだ』

 

その言葉を切っ掛けに、視界が歪み出す。夢が終わる。感覚的にそれを理解し、そこでふと、自分は誰と話していたのかという疑問に思い至る。しかし、それを口に出すことは出来ず、仮初の世界は崩壊していく。

 

『あまり、春奈を悲しませるなよ』

 

薄れゆく意識の中で、そんな声が、聞こえた気がした。

 




一直線に堕ちていくよりも、一度立ち直った方が後々の絶望は大きくなるのです。

ちなみに作者は愉悦部員でもなんでもありません。


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北の大地へ

更新が遅くてすまねえ……。
モチベーションが上がらないんじゃ……。
書かないといけないとは思ってるんだけどね。

タイトル詐欺。思いつかないんだからしゃあない。


 

「皆、集まっているわね」

 

プロミネンスとの試合から1週間。入院組以外は怪我も治り、これからのことに不安を抱える者もいるものの、それぞれが特訓に励んでいた。

そして特訓を終え、半田達の病室に見舞いに訪れていた部員達に、病室に入って来た瞳子が掛けた第一声がこれである。

 

「監督?何かあったんですか?」

 

ここのところ、理事長と何やら連絡を取ったりしていて忙しそうにしていた瞳子。これからどうするかについてだろうと考えていた風丸は何か方針でも決まったのかと瞳子の返答を待つ。

 

「単刀直入に言うわ。よく聞きなさい」

 

瞳子は室内の部員達の顔を見渡してから口を開く。

 

「北海道、白恋中学のサッカー部にジェミニストームが倒されたわ」

『………え?』

 

予想外の言葉の意味を理解出来ずに思わず呆けてしまう一同。

 

「い、今……何て言ったでヤンスか?」

「ジェミニストームが倒された……?」

「じょ、冗談ッスよね?」

「俺達が負けた相手だぞ……?」

 

ジェミニストームの強さをよく知るからこそ、その言葉をすぐには信じることは出来なかった。口々に放たれる言葉は、どれも瞳子の言葉を否定しようとする言葉ばかりだった。

 

「監督、本当……なんですか?」

 

そう瞳子に聞き返す風丸自身も、その事実を受け止め切れてはいない。自分達しか戦えないなどと自惚れていた訳では無いが、仮にも日本一である雷門が勝てないなら、他のチームが試合をしても勝てないだろうといった考えが頭の片隅にあったのは否定出来ない。

 

「……ええ。白恋中はジェミニストームを7-3のスコアで降したそうよ」

 

瞳子のその言葉を聞いた一同に再度衝撃が走る。

 

「あいつらから7点も取ったってのか……?」

「それに失点もたった3点……」

「そんなに強いチームが、なんでフットボールフロンティアに出てこなかったんスかねぇ……?」

 

「チームとして強いかは分からないわよ」

 

口々に発せられた言葉の一つを瞳子は静かに否定した。

 

「どういうことです?監督」

「……私も情報でしか知らない以上はっきりとは言えないけれど、白恋中の挙げた得点は全て1人の選手によって記録されたものらしいの」

「ひ、1人?ジェミニストームから1人で7点取ったってことですか?」

「ええ。それも後半だけで全得点を叩き出したらしいわ」

『…………』

 

開いた口が塞がらないとはこのことか。思わず絶句する一同。

 

「嘘だろ……?」

「そんな、豪炎寺じゃあるまいし……」

 

ここで豪炎寺なら同じことが出来てもおかしくないと思われているあたり、彼等の豪炎寺への印象はお察しである。

 

「白恋中のエース、吹雪士郎。私達の次の目的は彼をチームに引き入れ、戦力アップを図ること。準備が出来次第、北海道へ向かうわよ」

「で、でも監督、そうは言っても俺達は今は8人しかいませんよ?」

「そ、そうッスよ!」

「ジェミニストームが倒されたなら、そんなに急がなくてもいいんじゃないでヤンスか……?」

 

先のプロミネンスとの試合では鬼道達が協力してくれたが、その前にエイリア学園と共に戦うのは断られている。あの時はあくまでも、帝国学園に襲って来たから迎え撃ったというだけだ。現状の雷門は大量の負傷者を出したことで試合が出来るメンバーが揃っていない。

 

「貴方達、プロミネンスの存在を忘れた訳ではないでしょう?それに、ジェミニストームが倒されたことで、さらにイプシロンと名乗る新たなチームが現れたという情報もあるわ。ぐずぐずしている暇はないの」

「ええ!?」

「プロミネンスの他にも……」

「エイリア学園にはいったいいくつのチームがあるんだ……?」

 

プロミネンスに惨敗して、さらに倒さなければならない相手が増えたとくれば、弱気になってしまうのも無理はない。しかし、立ち止まっている時間はない。

 

「メンバーが足りないなら、集めるしかないでしょう」

「あ、集めろったって……」

 

エイリア学園とわざわざ好き好んで戦おう等と言ってくれる様な奇特な者を3人も集めろと言われても、流石に短時間では無理がある。

そんな空気が場に流れたが、唐突に響いたその声によって、一同の視線は一点に引き寄せられた。

 

「その必要は無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き、鬼道?」

「お兄ちゃん!?」

 

その声に病院の入口の方へ振り向けば、そこにいた人物に思わず目を見開く。なにせその男はプロミネンスとの試合から、1週間も昏睡状態となっていたのだから。

 

「お、お前、目が覚めたのか!?」

「少し前にな……。それより、人数が足りないのだろう?それは俺がなんとかしよう。俺や源田が共に戦うことに文句はないだろう?元々お前らはその為に帝国まで来たんだからな」

「そ、そりゃお前らが一緒に来てくれるなら、それ以上はないけど……。お前、あんなにキッパリ断ってたのに、どういう風の吹き回しだ……?というかそんなすぐに動いて大丈夫なのか?」

 

取り付く島もなかった鬼道が、急に意見を翻したことに疑問を抱く風丸だったが、鬼道自身もその問いに対するはっきりとした答えは持ち合わせてはいない。

 

「フッ……。この俺がこの程度でどうにかなるものか。それに、理由等どうでもいいだろう。……まあ、強いて言うとすれば、賭けに負けたといったところか」

「賭け?何の話だ?」

「お前達が知る必要のないことだ。今日のうちに荷物を纏めておけよ。出発は明日、北海道へ向かう前に帝国学園に立ち寄ってくれ」

 

そう言って立ち去ろうとする鬼道だったが、何を思ったか病室から一歩出たところで足を止める。

 

「春奈」

「えっ?」

 

自分が呼ばれるとは思っていなかった音無が思わず声を上げる。鬼道から音無に話し掛けたのは幼い頃を除けば、長く記憶にないことだった。

 

「………心配を掛けてすまなかったな」

「……!!」

 

その一言だけを残し、今度こそその場を去る鬼道。そんなことを言われるとは思ってもなかった音無は、関係改善の希望が見えたような気がして、少しだけ気分が晴れたのだった。

 

 

 

 

ちなみに鬼道はその後、病室を勝手に抜け出したことがバレ、鬼の形相を浮かべた看護師によって病室へと連れ戻された後、説教と検査を受けることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、各々準備を済ませキャラバンは鬼道に言われた通り、帝国学園を訪れていた。そこで待っていたのは、当然と言わんばかりに目を覚ましたその日に退院した鬼道、源田、見送りに来た佐久間ともう1人。

 

「で、そいつが11人目なのか?鬼道」

「そうだ」

 

鬼道、源田を入れても10人。1人足りない状況であり、後1人は誰になるのかと思っていた雷門メンバー達。風丸の確認に鬼道は肯定の意を返す。

 

「おい。俺は行くなんて一言も言ってねえぞ」

「お前の意見など端から聞いていない。これは決定事項だ」

「おい!?」

 

鬼道が連れて来た人物、不動明王は明らかに納得していない様子で鬼道に噛み付く。雷門側としても、人数が足りないのは確かだが、不動がプレーしているところを見たことがなく、どれほどの実力なのかも全く分かっていない為に強くは言いづらい。

 

「なんで俺がこんな奴らと宇宙人退治なんてやらなきゃならねぇんだよ」

「仕方ないだろう。佐久間は怪我が治っていないからな。消去法でお前になる」

「はあ?俺はあいつの代わりかよ」

 

鬼道の言葉を聞き、さらに不機嫌になる不動。自分が誰かの代用だなどと言われて良い気分にならないのは当然である。

 

「阿呆らしい。そこまで言われてホイホイついてくわけねーだろ」

 

踵を返しその場を去ろうとする不動だったが、鬼道が呟いた言葉に足を止める。

 

「そうか。そこまでエイリア学園と戦うのが怖いなら仕方ない。他を当たるか」

「ちょっと待て」

「ん?」

 

聞き捨てならない言葉が耳に入り、鬼道を睨む不動だが、当の鬼道は何か問題でもあったかと言わんばかりにすっとぼけた態度を取る。

 

「誰がそんなこと言った」

「お前」

「言ってねぇ!!」

 

不動が怒鳴るが鬼道は何処吹く風だ。露骨に耳を押え、うるさいと言いたげな視線を寄こす鬼道に不動の怒りは増す。

 

「……すまん。言い過ぎた。だが許してくれ。俺はお前ならエイリア学園と戦うのに強力な戦力になると思っていたんだ。お前なら安心して中盤を任せることが出来ると。だから少しショックでな……。だが、そこまで嫌なら無理強いはしない。残念だが他を当たろう」

 

今度は不動の表情が変わる。呆気に取られた顔、と言えばいいだろうか。

いつも言い合いが絶えず、今も馬鹿にされているのだと思っていただけに、そんな風に思われていたと知り不動は……。

 

「ま、まあ、そこまで言うなら行ってやってもいいぜ?精々俺の足を引っ張らないように気をつけろよな」

「そうか!来てくれるか不動!ありがとう!…………ちょろい奴め」

「何か言ったか?」

「いや?何も?」

 

その流れの一部始終を見ていた佐久間と源田はなんとも言い難い表情を浮かべている。

 

「なあ佐久間。鬼道の奴、不動をおちょくる時は普段より生き生きしてないか?」

「反応がいいから楽しいんだろ。あれで言うこと聞くならいいんじゃないか」

「…………」

 

あまり仲が良くないのも相まって不動には割と辛辣な佐久間である。

 

 

 

何はともあれ、これで人数は揃った。目指すは遥か北の大地、北海道。

白恋中のエース、吹雪を仲間に加えるべく、一同は再び東京を後にする。

 

 




不動の扱いは多分この先も大して変わらない。

次回、吹雪登場(多分)

吹雪が出てくればモチベ上がると思うんだよ。うん。
やっぱり豪炎寺みたいにちょっと頭のネジ外れてる奴書いてる方が楽しいからね。


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吹雪士郎

グレートロードの情報が公式から来たと思ったら発売予定来年ですらなくて草

相変わらずサブタイトル思いつかないせいで適当。


 

「は………はっくしょん!!うぅ……寒いッス……」

 

東京を後にしたキャラバンは、道中で何度かのトレーニングを挟みながら北海道へと辿り着いた。

現在は目的地である白恋中を目指し、雪道を進んでいる。

 

窓から見える雪景色を眺めながら、鬼道は目的の人物について思考を巡らしていた。

 

────吹雪、か……。

 

鬼道が気にしているのはジェミニストームから大量得点を奪ったという吹雪の実力について………ではない。鬼道が考えているのは吹雪は()()()()()()、ということ。即ち────

 

────俺達と同種の存在なのか、否か。

 

円堂守、豪炎寺修也、鬼道有人。イナズマイレブン無印の原作における主要キャラクターを3人挙げろと言われれば大抵はこの3人の名を挙げるのではないだろうか。そして4人目を挙げるとすれば吹雪士郎の名を挙げる者は多いはずだ。主要キャラという括りで考えれば吹雪も転生者である可能性は否定出来ない。

 

鬼道の中では吹雪が転生者であると考えるに足る仮説が成り立ちつつある。

 

雷門や帝国のメンバーは現時点で原作よりも確実に実力は上だ。それは自分達が関わっていたことが大きな要因となっているのは間違いない。

世宇子が強くなっていたのも元を辿れば、影山が鬼道に影響を受けた結果と言えるし、木戸川の西垣に関しても一年次のフットボールフロンティアで帝国と対戦したことが関係している可能性はある。そう考えると一之瀬が原作よりも強くなっていたのが不可解ではあるが、強力な必殺技は習得していても、身体能力やテクニックは当時の鬼道と互角のレベルだった。

これらのことから、一部の例外はあるとしても、基本的には原作よりも強くなっているのはイレギュラーである自分達と関わりのある者だけと考えていいはずだ。エイリア学園に関してはエイリア石とかいうよく分からないアイテムの影響もあるのだろうし、今は置いておく。

ジェミニストームとの試合で吹雪が残したという成績は原作の強さのままでは確実に無理だと断言出来るレベルのものだ。原作でもシュート力だけならジェミニストームを圧倒していた吹雪だが、ディフェンスに突破を阻まれる場面もあったし、なにより実力の劣る白恋のメンバーをカバーしつつ、相手を蹂躙出来る程の実力はなかった。失点をたった3点に抑えたことから見ても、白恋中というチーム自体が原作よりも強くなっていると考えた方が自然だが、その原因となったであろう吹雪が転生者である可能性はそれなりに高い。

そしてもう一つ、道中で春奈が吹雪について調べていくうちに浮かびあがった、ブリザードの吹雪、熊殺し、等の原作にもあった異名とは明らかに毛色の違ういくつかの異名。

 

【氷の支配者】【暴君】【雪原の帝王】

 

原作にはこんな異名は存在しなかったはずだ。そのどれもが、原作の吹雪のイメージとはかけ離れている。噂だけが一人歩きしてしまっている可能性もあるが、それでも同じような方向性の異名が複数存在するということは、それらを連想させる何かがあるのだろう。

転生者でなかったとしても、原作の吹雪とはプレイスタイルそのものが違うことはほぼ確定だと考えていい。

 

────まあ何にせよ、これ以上の情報が出てこなかったのだから、直接会って確かめてみるしかないか。

 

思考を打ち切った鬼道だが、窓の外はいつの間にかかなりの猛吹雪となっており、ホワイトアウトとまではいかずとも視界は大分悪くなってしまっている。

等と思っているとキャラバンがガクッと揺れ、停止した。

 

「こりゃ雪だまりにタイヤをとられたか?ちょっと見てくる」

 

キャラバンの運転手をしている古株さんがそう言い、外の様子を見に行こうとするが………何か、こんなシーンが原作でもあったような……。

という鬼道の思考は突然のキャラバンの激しい揺れにかき消された。

バランスを崩した古株さんが転倒し、皆も混乱しているようだ。

 

「ひぃぃぃぃぃぃ!!??」

「きゃ!?」

「な、何だ!?」

 

目金が悲鳴を上げ、そちらを見ると何やら外を指さしているようだが……。

 

「く、熊が……」

「なに!?」

 

原作でも熊が襲って来たことを思い出した鬼道だが、時期がズレていることもあり、完全に無警戒だった。

まさかこの広い雪原で同じように襲われるとは。いったいどんな運の悪さなのか。

そして鬼道がそんな悪態を心の中でついている間も、キャラバンは激しく揺られている。このままではいずれ転倒させられるだろう。そうなれば逃げることも困難だ。

 

────仕方ない。自信はないが、やってみるか。

 

流石に熊は相手をしたことがないが、原作当時の吹雪に何とか出来たのなら、自分でもやれるはず。

そう思い行動に移そうとした瞬間、ソレは鬼道の視界に映った。

 

窓越しかつ視界も悪く、はっきりと見えた訳では無い。しかし、風に靡く白いマフラー、やや紫がかった銀色の髪、鬼道が知るよりも鮮やかな色彩を放つ翡翠の瞳。その少年の名は────。

 

キャラバンが大きく揺れ、視界が傾く。そして、凄まじい轟音と共に襲い掛かる浮遊感。

衝撃で皆が体勢を大きく崩す中、いち早く状況を察した鬼道がキャラバンの外へと飛び出る。制止する音無の声が聞こえたが、今はそれよりも確かめなければならないことがある。

 

しかし、外に出た鬼道はそこに誰の姿も認めることが出来なかった。そこに残されていたのは、直線状に削り取られたように大きく抉れた雪面と、何か大きな物を引き摺ったような跡だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあ〜!凄い、本物の雷門中だ!」

「テレビで見たのと同じだ!サインちょうだい!」

 

結局あの後、少し周りを探してみたが誰も見つからず、あれが本当に吹雪だったのかも分からず終いだったが、本人に会えばはっきりするだろう。

無事に白恋中へと到着した俺達はグラウンドで練習中だった白恋中のサッカー部を訪ねた。

最初は突然の訪問者に訝しげな態度だったが、それが雷門中のサッカー部だと分かった途端、態度が軟化した。

その姿には強豪が纏うような雰囲気は微塵も無く、風丸達は本当に彼等がジェミニストームを倒したのかと疑問を抱いているようだが、どうせ吹雪一人の力で勝ったのだろうから、こんなものだろう。

しかし肝心の吹雪の姿は見えない。先程見たのが本当に吹雪なら、まだ戻って来ていないのかもしれない。

 

「吹雪士郎君は?どこにいるのかしら?」

『えっ……』

 

それまでは雷門のメンバーにいっそ馴れ馴れしいとすら思える態度でぐいぐいと迫っていた白恋中の面々が、監督が吹雪の名を出した途端に固まった。

 

「ふ、吹雪、君?えっと……今日はまだ来てないよね……?」

「多分、まだ帰って来ないと思うけど……」

「北ヶ峰に行くって言ってたから、まだ大丈夫……なはず……」

 

恐る恐る各々で確認を取り合うその姿に違和感を覚える。どうにも出来れば戻って来て欲しくない、とでも思っている様子だし、吹雪について話す彼等の目には怯えの色が見える。もう少し詳しく聞こうと思い口を開きかけたところで、直感的に何かを感じ取った。

時間の流れが遅くなったような感覚。遅れて微かに耳に届いた、何かが空気を裂くような音。

 

それに気づけたのはほぼ偶然に近い。空気を裂いて死角から飛来する、青白い冷気を纏ったボール。何もしなければ頭部に直撃していたであろうそのボールを、半ば反射的に自ら体勢を崩しオーバーヘッドに近い体勢で蹴り返す。

咄嗟のことで加減も出来ずかなりの威力があったはずのボールは、打ち返された先にいた人物によってあっさりとトラップされ、軽く蹴り上げたボールをその手に持つ。

グラウンド脇の土手の上からこちらを見下ろすその少年の目は、氷の如く冷えきっていた。




吹雪のファンに怒られる覚悟はもう決めたんだ。


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衝撃のファーストプレー

いつもより若干長い。


 

突然の出来事に呆気に取られる雷門イレブンを尻目に何事も無かったように階段を下りてグラウンドに足を踏み入れる、白恋中のユニフォームを見に纏った少年。

その姿を呆然と見つめていた一同だったが、我に帰った白恋の荒谷が少年に向かって声を荒らげる。

 

「い、いきなり何してるの!?吹雪君!!お客さんだよ!?危ないじゃない!!」

 

その言葉に雷門イレブンは驚きの表情を浮かべる。目の前の人物が自分達の目的にしていた人物だと分かったからだ。

 

「ただの挨拶のようなものだ。この程度で一々騒ぐな」

「……随分物騒な挨拶があったものだな」

 

そう言い鬼道は吹雪を睨みつける。当然だろう。間一髪で気づけたからよかったものの、一歩間違えば大きな怪我をしていた可能性もある。おまけにもう少し軌道がズレていたら妹に当たっていたかもしれないのだ。鬼道が怒るには十分過ぎる。

しかし、当の吹雪は何処吹く風。鬼道の睨みなど全く気にせず言葉を返す。

 

「あれぐらい対応出来ないようでは程度が知れるというものだ。喜べよ、お前には及第点をくれてやろう」

「……そいつはどうも」

 

吹雪の上から目線の物言いに苛立つ鬼道だが、吹雪はそんなことはどうでもいいと言わんばかりにあっさりと鬼道から視線を外し、白恋の面々に向き直る。

 

「お前達、何故勝手に練習を始めている。私が来るまではミーティングをしていろと言ったはずだが?」

「そ、それは……」

「…えっと」

 

別段吹雪の声音はきついものではなかったが、白恋の面々は吹雪に問い詰められているという状況だけで既にしどろもどろになっている。まともな返答が得られそうにないことに小さくため息をついた後、吹雪が口を開く。

 

「……まあいい。今日のところは不問としよう。練習を再開するぞ」

 

その言葉を聞き、白恋の面々は吹雪の気が変わらぬうちに急いで練習へと戻っていく。それに続こうとした吹雪を瞳子が呼び止める。

 

「吹雪君、少し時間いいかしら?」

 

しかし吹雪はそれに応えず、否、振り返ることすらせずその声を無視してグラウンドへ歩いていく。

 

「吹雪君、少し話を……」

「……はぁ」

 

瞳子の再度の呼び掛けに気だるそうに振り返る吹雪。

 

「何だ、女。手短に要件を言え」

「おん……」

 

思わず顔を引き攣らせる瞳子。別に中学生を相手に礼儀を求めてはいないが、流石に限度というものはある。それでもこちらが頼みを聞いてもらう立場である以上は強くは出れない。喉から出そうになった言葉を飲み込み、まずは自己紹介から始めようとするが……。

 

「お前の名などどうでもいい。覚える気のない名を聞く意味はない」

「……そ、そう。なら単刀直入に言うわ。エイリア学園と戦う為に貴方の力を貸して欲しいの。うちのチームに入ってくれないかしら」

「戯け、寝言は寝て言え」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

瞳子の言葉をバッサリと切り捨て背を向けようとする吹雪を風丸が止める。

 

「頼むから、もう少し考えてくれないか?」

「くどい。お前達のチームに入るメリットが私にはない。そもそも、お前達はエイリア学園を倒す為にと言うが、私はあの連中が何処で何をしていようがどうでもいい。くだらない正義感を振りかざしてヒーローごっこがしたいなら他を当たるんだな」

「なっ……」

 

余りの言い分に言葉を失う風丸。鬼道からも似たようなことを言われたが、それよりも明らかに酷い。

 

「ならお前は、エイリア学園のやってることを見過ごすって言うのか!!」

「その通りだが?」

「……ッ、白恋中を守る為にジェミニストームと戦ったんじゃないのか!?」

「私は目の前の鬱陶しい害虫を駆除しただけだ。そこに学校を守るなどというくだらない意思は存在しない」

 

必死に吹雪に訴えかける風丸の言葉も虚しく、吹雪の返答はどこまでも冷徹だ。雷門の誰もが理解出来ない、傲慢とすら思えるその思考回路。

それでも諦めずに言葉を紡ごうとする風丸を制するように、吹雪に向かって飛来する影。

 

鬼道が蹴ったボールである。

 

吹雪は冷静に迫り来るボールをトラップし勢いを殺すと、鬼道に向かってボールを蹴り返す。鬼道もそのボールを完璧にトラップし、右足でボールを踏みつけてキープ。二人がその場で睨み合う。

 

「……何のつもりだ?」

「何、さっきの挨拶を返していなかったと思ってな」

「……ほう」

 

────やっと表情が変わったな。

 

能面のように無表情だった吹雪の表情を引き出し、鬼道はしてやったりと内心で独り言ちる。ここまでのやり取りで鬼道は吹雪が原作とは完全に別人であると確信している。人の性格など周囲の影響で簡単に変わるだろうが、それでもここまで酷くはならないだろう。

僅かな時間しか接していないにも関わらず、明らかに分かる人格の破綻具合。というよりもはやサイコパスではないのかこれは。転生者であるとしても何故ここまで捻くれたのかと思わずにはいられない。

吹雪がチームに加入したとしても、チーム崩壊の引き金を引く劇薬にしかならないのではと思う鬼道だが、より強力な戦力が必要なのも事実。

 

「面白い。十把一絡げの雑魚とは違うとは思ったが、身の程知らずにも私に盾突くか」

「さっきから聞いていれば何様だお前は。上から目線でベラベラと偉そうに」

「完璧たる私がお前達よりも上位の存在であるのは当然だ。私の言葉を不快と感じるのはお前が自分の立場を理解出来ていないだけだ」

「ふん、ああ言えばこう言う。人の話はもっとちゃんと聞いたらどうだ」

「聞く価値があるのならそうするさ。だが有象無象が垂れ流す戯言を聞くのは時間の無駄というもの。そんなことすら分からないのか?」

「理解した先で行き着くのがお前のような性根が腐り切った存在なら微塵も分かりたくないな」

「お前如きが私のいる高みに登り詰められるはずがないだろう。身の程を弁えろよ、凡人」

「その言葉、そっくりそのまま返してやろう」

 

ヒートアップしていく吹雪と鬼道の舌戦。ひりついた空気に他の者は口を挟むことも出来ない。

鬼道としてもどうやってこいつを仲間にしたらいいのかは皆目見当もつかない。今までことある事に豪炎寺のことを頭がおかしいと思ってきたが、目の前のサイコ野郎に比べれば百倍マシである。

 

「ここまで私に噛み付いてくる愚か者は初めてだ。………興が乗った。お前を試してやろう」

「………何?」

「試合をしてやると言っているのだ。私の力を欲するのなら、それ相応の資格を示せ。万が一お前が私に土をつけることが出来れば、チームでも何でも入ってやろう」

 

突然の提案に少し戸惑う鬼道だったが、目的を考えればこの提案に乗らない手はない。

 

「……いいだろう。だが一つ訂正しろ」

 

了承の言葉と共に眼前の吹雪を見据える。

 

「お前が戦うのは俺一人ではない。雷門というチームだ。そこだけは間違えるな」

「……個人ではなくチームの力で私を倒すとでも言いたいのか?くだらん」

 

吹雪がそこで一度言葉を切る。侮蔑の色を浮かべていた翡翠の瞳に明確な敵意が宿る。その身から発するプレッシャーが膨れ上がる。今までに相対してきたどの敵よりも強大なその威圧に思わず気圧される一同。

 

「────叩き潰してやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「監督、作戦は?」

「ひとまずは好きにしていいわ。状況に応じて指示を出します」

 

試合前、ベンチにて準備をする雷門イレブン。

 

「あの吹雪って野郎、気に入らねぇぜ……」

「本当にあんな奴をチームに入れるのか?」

 

そう言うのは染岡と土門だが、同じ様なことは誰もが思っていることだろう。とても仲間として上手くやっていけるとは思えない。

 

「奴の言い分が気に入らないのは確かだが、負ければ奴の言葉が正しいと証明すると同義だ。こちらの意志を通すには勝つしかない」

「その通りよ。これはエイリア学園との戦いではないけれど、負けられない試合という意味では同じよ。気を引き締めなさい」

 

鬼道の言葉に付け足す形で瞳子もメンバーに注意を促す。負けてもいい試合というのが存在するのは確かだが、この試合はそうではない。

吹雪のこともあるが、今のチームはメンバーが大幅に入れ替わった直後、それに加えてジェミニストーム、プロミネンスと負け続けている状況だ。この辺りで敗北のイメージを払拭しておかないと変な負け癖がつきかねない。

 

「相手はジェミニストームを倒したチームだ。絶対に油断は出来ない。だけど俺達の実力を出し切れれば、きっと勝てる。鬼道、源田、不動。まだチームに馴染みきれてないかもしれないが、頼むぞ」

「ふん」

「任せておけ。ゴールは割らせん」

 

風丸の言葉を心配など必要ないと言わんばかりに鼻で笑う不動と頼もしい言葉を返す源田。

二人の様子に頷き、風丸が声を張り上げる。

 

「勝つぞ!!」

『おう!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打って変わって白恋ベンチの空気は、はっきり言って緩んでいた。

 

「あの雷門と戦えるなんて……!」

「宇宙人の時みたいにもしかして雷門に勝てるんじゃないべか?」

「もし本当に勝てたら、僕らが日本一ってこと?」

 

わいわいと騒ぐチームメイトを吹雪は冷めた目で見つめていた。

 

────馬鹿共が。何を浮かれている。

 

瞳子や風丸、鬼道に対して見下す姿勢を決して崩さなかった吹雪だが、内心では雷門というチームの力を冷静に計算している。

雷門は伊達に日本一と呼ばれるチームではない。まともにやり合えば白恋のメンバーでは相手にならないだろう。自分一人の力で対抗してもいいが、吹雪としてはそれはあまり取りたくない手段である。吹雪が理想とする完璧なサッカーは決して個人で完結するものではないのだ。

 

────少しお灸を据える必要があるか。

 

「ふ、吹雪君、作戦は?」

 

吹雪が考えを纏めたところで荒谷が吹雪にこの試合についての作戦を求めてくる。見ればいつの間にか吹雪の周りにメンバーが集まって来ている。全員が注目する中、吹雪が口を開く。

 

「お前達の好きにしろ」

「えっ?」

「聞こえなかったか?好きにしろと言ったんだ」

 

吹雪の意外な言葉に呆気に取られる一同。恐る恐る代表して荒谷が再度問い掛ける。

 

「い、いいの……?」

「何度も同じことを言わせるな。それより、準備は出来ているんだろうな?」

「う、うん」

「ならばいい。さっさと行け。試合が始まる」

 

その言葉でグラウンドに散っていくメンバーの姿を見つつ、吹雪もその後を追う。

その途中でちらりと、横目で雷門ベンチの鬼道へと視線を向ける。

 

────少しは楽しませて欲しいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、いよいよ始まります!!雷門中対白恋中の練習試合!!実況は私、角馬圭太でお送りします!!』

 

 

何故かいる角馬の実況をBGMに試合が始まろうとしていた。そしてポジションについた吹雪の姿に困惑の声が上がる。

 

「MFだと?」

「あいつ、FWじゃないのか……?」

 

ジェミニストームから一人で7点を奪ったという情報から吹雪はFWだと思い込んでいたことから、吹雪がMF、所謂トップ下と呼ばれるポジションについたことでメンバーに動揺が広がる。

 

────FWでもDFでもなく、MFか……。

 

自身という前例があるだけに吹雪が原作とは違うポジションについたことは鬼道にとっては意外ではあってもそこまで驚くことではない。

 

雷門ボールから試合開始。染岡からボールを受けた鬼道がドリブルで攻め上がっていく。

 

────何だ?

 

白恋の選手が鬼道からボールを奪いに来るが、何故か一度吹雪の方を見やり困惑する様な様子を見せる。鬼道は氷上、喜多海の二人を軽く躱し、吹雪へと迫る。

 

────さあ、見せてみろ!

 

しかし、吹雪は動かない。能面のような無表情を貼り付けて腕組みをしたまま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『えっ?』

 

それに驚くのは白恋の面々だ。鬼道は一瞬何かの作戦かとも考えたが、他の選手の反応からそれはないと直ぐに自身の考えを否定する。

 

────何を考えているか知らないが、止める気がないならこのまま点を取らせてもらう。

 

吹雪を抜いた勢いのまま加速した鬼道を白恋のディフェンス陣では到底止めることは出来ず、瞬く間のうちに全員が抜き去られてしまう。

 

「こ、来い……!」

 

鬼道が右足でシュートを放つ。必殺技でも何でもないただのノーマルシュート。しかし鬼道の凄まじい脚力から放たれたその一撃は、並の必殺技の威力を凌駕するほどに強烈だ。

 

「オーロラカーテン!!」

 

白恋中のキーパー、函田はこのシュートに対し地面に手をつき、その技の名の通りオーロラのカーテンを展開し防ぎに掛かる。だが残念ながら両者の基本的なスペックに差があり過ぎる。鬼道のシュートはあっさりと〈オーロラカーテン〉を貫通し、ボールはゴールネットに突き刺さった。

 

 

雷門の先制点だが、あっさりとし過ぎていて喜びよりも困惑の方が勝る。鬼道の実力の高さは皆が知るところではあるが、それにしても手応えが無さ過ぎる。本当にこのチームがジェミニストームを倒したのかという疑問が再燃する。何故吹雪が動かなかったかも気に掛かる。

 

雷門のそんな困惑をよそに白恋のボールから試合が再開する。喜多海が蹴り出したボールを氷上が後ろの吹雪へと送る。吹雪にボールが渡ったことで警戒する雷門イレブンだが、ボールを受けた吹雪は驚きの行動に出る。右足を高く振り上げ、そのままシュート体勢に入ったのだ。それを見た雷門のディフェンス陣は即座にシュートコースに割り込み、ブロックの体勢を取ろうとする。だがそれは全く意味のないものだった。

 

「えっ……」

 

それは誰の声だったのか。吹雪はそのままセンターサークル付近からのロングシュートを放つ。ただし雷門ゴールではなく、()()()()()()()()()()()()

完全に予想外なこのシュートに対し、白恋の選手は誰も反応出来ず、そのままボールはゴールネットを揺らす。

 

 

雷門中と白恋中の練習試合。注目の吹雪士郎のファーストプレーは、まさかのオウンゴールであった。




雷門のスターティングメンバー
GK 源田
DF 栗松 壁山 影野 土門
MF 風丸 不動 塔子 目金
FW 染岡 鬼道

作者も吹雪を扱い切れる自信はない。


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暴君の実力

もう更新遅れるのが通常運転になってきてる……。
GWで少しは更新頻度をあげたいところ。


誰もがその行動の真意を理解出来なかった。敵味方全員の視線を浴びながら、吹雪が静かに口を開く。

 

「お前達、試合前に浮かれていたな。もしかしたら雷門にも勝てるかもしれない、と」

 

それは白恋中のチームメイトに向けた言葉。いつも通りの無表情で、しかし決して無視できない圧力を持って言葉は紡がれる。

 

「何故そう思った?」

 

その問いに誰も答えられない。否、吹雪は答えさせるつもりなどない。問い掛けるような言葉を投げ掛けているだけで、実際には一方的なやり取り。

 

「宇宙人に勝ったからか?」

 

────お前達が?

 

────誰のおかげで?

 

────どうやって?

 

ここまで言われれば、白恋の選手達は吹雪が何を言わんとしているのかに気がつく。それは吹雪が常日頃からチームメイトに言い聞かせていたこと。好きにしろ、などという言葉を真に受けた愚か者共への忠告。

 

「私はお前達に何の期待もしていない」

 

取るに足らない実力しか持たないチームメイトが、何かを成せるとは思わない。失敗は想定しても、成功には常に疑いを持つ。吹雪が信じるのはあくまでも自分自身のみ。

 

「お前達は何も考えなくていい。お前達はただ私の指示に従ってさえいればいい」

 

味方が使い物にならないのなら、自分でそれを動かせばいい。完璧である自分の手足として。

無能の余計な判断など不要。全てを委ねることを望む。

 

「私の命令に忠実に従う駒であれ。そうすれば勝利をくれてやる」

 

なんの躊躇も無く、唄うように、僅かに笑みさえ浮かべてその言葉は紡がれる。

白恋のメンバーは吹雪の言葉を諦念と恐怖を持って受け入れる。吹雪がいなければ何も出来ないことを他ならぬ自分達が最も理解しているが為に。だがそれを良しとしない者もこの場にはいる。

 

「お前!!仲間に向かって何てこと言いやがる!!」

 

多くの者が吹雪のあまりの言葉に絶句する中、吹雪に詰め寄ったのは染岡。情に厚い彼には今の吹雪の言葉が我慢ならなかったようだ。

しかし吹雪は怒りを露わにする染岡の言葉を聞き、可笑しくて堪らないように笑いを漏らす。

 

「ふ……ふふ……」

「何がおかしい!!」

「いやなに、余りにも的外れな言葉だったものでな」

「何だと?」

「チームワーク?信頼?仲間?実にくだらん。それは所詮群れることでしか何かを成すことの出来ない弱者の思想だ。真の強者にそんな余分なものは必要ない」

 

吹雪の瞳に浮かぶ狂気的な光に染岡が気圧される。吹雪はただそこに立っているだけだというのに、得体の知れないプレッシャーを放っている。

 

「私はチームメイトを仲間だなどと思ったことは一度としてない。あいつらは私の駒だ。……とは言っても、ろくに役に立たないガラクタの駒だがな」

「……ッ!!お前…!!」

「よせ染岡」

 

なおも吹雪に詰めよろうとする染岡を鬼道が肩に手を置き留める。

 

「鬼道!お前はあいつが言ってることに何とも思わないのかよ!!」

「そういう訳ではない。だがお前が今どれだけ言葉を尽くしたところで、奴には響かん。奴の言葉を否定するにはこの試合で証明するしかないんだ」

「そういうことだ」

 

鬼道が染岡に向けた言葉を吹雪が肯定する。鬼道が吹雪の方に視線をやればこちらを見据える吹雪と視線がぶつかる。

 

「せっかく2点もハンデをくれてやったんだ。少しは私を楽しませてみせろ」

「………何?」

 

────そういう可能性も考えてはいたが、まさか本当に……?だとしたらそれは……。

 

「愚かとしか言い様がないな」

「何だと?」

 

鬼道の言葉に吹雪が分かりやすく眉を顰める。自身を射抜く吹雪の刺すような視線に臆することなく鬼道は吹雪を見返す。

 

「お前は自分の力に余程自信があるらしいが、この世に絶対何てものは存在しない。例え99%勝敗が確定しているとしても、状況がひっくり返ることは有り得る」

 

鬼道は短時間の間にある程度は吹雪の人となりは掴めてきた。その傲慢とすら思える態度は、確かな実力に裏打ちされるものなのだろう。少なくとも、何の理屈も根拠もなく自信を持つようなタイプの人間では無い。

だが鬼道は思う。例えどんな事情があったとしても、誰が相手であろうと一人で勝利することが出来るだけの力を仮に持っていたとしても、自身の力のみを妄信し味方を駒と呼び見下すその在り方は本当の強さとはかけ離れたものだと。

脳裏を過ぎるのはフットボールフロンティア地区予選決勝、そして全国大会決勝での円堂の姿。相手との間に明確な実力の差があろうと、決して諦めない。迷い、膝を着きそうになったとしても、そこから立ち上がり自らの殻を破っていく。その姿が、闘志が、自身だけでなく味方をも鼓舞し力を与える。本当の強さとはああいうものだ。

 

「不愉快だ」

 

鬼道のそんな思考は吹雪の発した言葉によって遮られる。

 

「お前が私の在り方に何を見たかは知らん。誰と比べているのかも興味は無い。だが私を否定していいのは私自身だけだ」

 

まるで鬼道の思考の一部を読んだかのような発言であるが、もちろん吹雪が他人の思考を読んだりできる訳では無い。だが自身を通して誰かを見ていると鬼道の視線から察しただけである。

 

「駒共を使って遊んでやるつもりだったが、その前に分からせる必要がありそうだな。お前達凡人と私の─────格の違いを」

 

 

 

白恋中のボールで試合が再開される。ボールはすぐさま吹雪へと送られる。吹雪は右足でボールを踏みつけると雷門、特に染岡に向かって右手を自分の方へ何度か手招きするように動かし分かりやすく挑発を行う。

 

「野郎……ふざけやがって!!」

 

先程は鬼道に抑えられたものの、未だ吹雪に対する怒りが消えてはいなかったこともあり、この挑発に乗った染岡が吹雪に向かって突っ込んでいく。

 

「くらえッ!!」

 

走り込む勢いのまま、吹雪の足元のボール目掛けて染岡が鋭いスライディングタックルを仕掛ける。これに対して吹雪は何の行動も起こさず、染岡のスライディングがボールを捉える。

 

「なッ────!?」

 

しかし吹雪の凄まじい脚力によって押さえ付けられたボールは染岡のスライディングを受けてもビクともしない。驚愕の声を上げる染岡を冷ややかに吹雪が見下ろす。

 

「それで終わりか?なら───」

「………!?がッ!!」

『染岡!!』

 

吹雪が蹴り込んだボールが染岡の鳩尾を直撃し、その威力に染岡の体は宙を舞い、数メートルに渡って吹っ飛ばされる。こぼれたボールは吹雪がしっかりとキープする。

 

「吠えるしか脳の無い雑魚はそこで這い蹲っていろ」

 

痛みに蹲る染岡に目もくれず、ドリブルを開始した吹雪に鬼道が詰め寄る。

徐々に縮まる二人の距離。しかしお互いに一切減速せず、まるで初めからそうするべきだという共通認識を持っているかのように真正面からの勝負を選択する。

ボールを挟んで二人の右足が同時に激突する。テクニックの一切を度外視した、力と力のぶつかり合い。一瞬、激突した瞬間においては確かに両者の激突は互角であった。だがその天秤はすぐに傾く。

 

「───ッ!!」

「残念だったな。尤も────」

 

力負けした鬼道が弾き飛ばされる。驚愕に目を見開きながらもすぐに体勢を立て直し、吹雪を追おうとした鬼道だったが、それは叶わなかった。

 

「私にとっては最初から見えていた結果だが」

 

────足が……痺れて……!!

 

鬼道を突破し雷門陣内へと攻め込む吹雪はその勢いのままに前方の不動へと向かっていく。

吹雪がどんな行動を取ったとしても対応するべく身構える不動だったが、吹雪は先程と同じように一切減速せず、どころかむしろ加速していく。

 

「こいつ、いったい何考えて……!?」

 

このまま衝突するつもりかと焦る不動だったが、吹雪は不動と接触する直前に真横へとボールを軽く蹴り出す。鋭い回転を掛けられたボールは不動の横をすり抜けた吹雪の足元へと戻って来る。

 

「ザ・タワーV2!!」

 

鮮やかな一人ワンツーで不動を突破した吹雪に、間髪入れず今度は塔子が必殺技でボールを奪い取りに掛かる。

だが聳え立つ塔から降り注ぐ雷を吹雪はあっさりと躱し、そのまま突き進む。

 

「初見で見切るなんて……!?」

「視線、体勢、動作に入るタイミング。動きを予測する材料などいくらでも存在する」

 

不動と塔子の二人を突破し中盤をあっさりと突破した吹雪だが、ここで風丸がサイドから瞬足を飛ばし、吹雪に追いつく。

 

「行かせない!!」

「ほう?スピードが自慢らしいな。だが────」

 

次の瞬間、さらに加速した吹雪が風丸を簡単に引き離す。

 

「なッ……」

「その程度では話にならんな」

 

必死に追い縋る風丸の抵抗も虚しく完全に突き放され、ついにゴール前。残る障害はセンターバックのポジションに入っている壁山と影野、そしてキーパーの源田のみ。

 

「ザ・ウォール改!!」

 

壁山が自身の背後に岩壁を出現させ、吹雪の行く手を阻む。しかし吹雪は冷静にボールを空中に蹴り上げ自身も跳躍。〈ザ・ウォール〉を足場代わりにして宙返りの要領で壁山の頭上を飛び越える。

 

「そのような貧相な壁で私が止められるものか」

「まだだ!影縫い……改!!」

 

壁山の背後に回ることで吹雪の視界から外れ、持ち前の影の薄さを活かして気配を消していた影野が吹雪の着地の瞬間を狙って背後からボールを奪おうとする。

〈影縫い〉は元々は戦国伊賀島の必殺技であり、自身の影を用いて相手の足を絡め取る技であったが、この技の習得に成功した影野は相性が良かったのか、この技を改良することに成功していた。

影野の影から伸ばされた無数の手が吹雪の足元だけでなく、全身を拘束していく。この瞬間、ドリブルを始めてから殆ど減速すらしていなかった吹雪の動きが初めて止まった。

しかしその事実は吹雪の神経を逆撫でする効果しかなかった。

 

「この痴れ者が!!」

 

裂帛の怒気と共に吹雪の体から発せられた冷気が影を凍り付かせ、次の瞬間には全身を拘束していた影は粉々に砕け散った。

全てのディフェンスを突破し、残るはキーパーの源田のみ。既にペナルティエリア内に侵入している吹雪はシュート体勢には入らず、そのままドリブルで源田をも抜きに掛かる。

 

「うおおッ!!」

 

ゴールを飛び出しボールに飛びつく源田だが、吹雪はそれを嘲笑うように鮮やかな跳躍で源田を躱す。そのまま空中で無人のゴールに向かってシュートを放とうとする。

しかし源田もまだ諦めてはいない。飛びついた勢いのまま両腕の力で体を持ち上げ、倒立のような姿勢で足を伸ばし吹雪のシュートをブロックしようと試みる。

 

「なッ……!?」

 

だがそれすらも読んでいたか。無人のゴールを前に吹雪が選択したのは緩やかな弧を描くループシュート。懸命に伸ばした源田の足の上を無情にも通過したボールはそのままワンバウンドしてゴールネットを揺らす。

 

文字通りたった一人で立ち塞がる全員を抜き去り、ゴールを奪ってみせた。全員の視線が集中する中、吹雪は嗤う。

 

 

「これで少しは理解出来たか?この場において、誰が絶対の存在であるのかを」




何故か若干優遇される影野。


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歪なチーム

感想見てると当然のように豪炎寺の方が吹雪より強いと思ってる人が多いのホント草。
返せてないけどちゃんと見てます。ありがとうございます。

あとサブタイは例のごとく適当なので深い意味はない。


「くそッ!!」

 

ゆっくりと自陣へと戻っていく吹雪の後ろ姿を見ながら、源田が拳を地面に叩きつけ悔しさを露わにする。プロミネンス戦で大量失点を許し、今度こそはと意気込んでいた源田にとって、必殺技すら使わずゴールを奪われたのは耐え難い現実だった。

今は同じチームとはいえそこまで親交がある訳では無い雷門の面々はそんな源田になんと声を掛けるべきか迷っていた。

 

「だっせぇな」

 

それを破ったのは空気を読まず放たれたその言葉だった。

 

「なんだと?」

「あんなにあっさりゴール奪われちゃって、キング・オブ・ゴールキーパーの名が泣いてるぜ?」

「不動、貴様!!」

 

激情のままに不動を睨む源田だが、不動はそんな源田を冷ややかに見下ろす。

 

「いつまでもめそめそしやがって。お前がするべきなのは次どうやって止めるか考えることじゃねぇのかよ?」

「……ッ、それは………」

「不動の言う通りだ」

 

不動から放たれた正論に返す言葉が見当たらず押し黙る源田の耳にその言葉は届いた。声がした方を見れば白恋陣内にいた鬼道と染岡が戻って来ていた。

 

「二人とも大丈夫なのか?」

「問題無い。足の痺れももう治まった」

「このぐらいなんて事ねぇよ」

 

心配する風丸にそう返す二人に無理をしている様子はない。鬼道が源田の方へと歩み寄って来る。

 

「鬼道……」

「これから先、エイリア学園と戦っていく上で失点などいくらでも有り得る。その度に責任を感じていたら切りがないぞ。難しいだろうが、そこは割り切れ」

 

そこで鬼道は源田から視線を外し、回りを見渡して言葉を続ける。

 

「お前達もだ。吹雪のプレーは衝撃的だったかもしれないが、プロミネンスの時ほど圧倒的な差がある訳じゃない。この試合の中で対抗策を練ればいい」

「それにまだこっちが1点リードしてるんだ。吹雪以外の選手にはそうそう遅れは取らないだろうし、落ち着いて自分達のプレーが出来れば必ず勝てるさ」

 

鬼道の言葉を引き継ぐ形で風丸も浮ついたチームを落ち着かせようと言葉を尽くす。

 

そんな彼らの様子を吹雪は冷ややかに見つめていた。

 

 

 

 

「さっきはよくもやってくれたな!」

 

試合再開と共に染岡がドリブルで攻め上がっていく。

 

「氷上、喜多海」

 

攻め上がる染岡の両サイドから二人のFWがプレスを掛ける。しかしフィジカルでは染岡に分がある。二人を強引に引き離そうとした染岡の足元から僅かにボールが離れる。その瞬間を狙いすましたかのようなスライディングで吹雪が染岡からボールを奪い取った。

 

「なっ……くそっ!!」

 

すぐさまボールを奪い返そうとする染岡だが、吹雪は先程とは違いあっさりとボールを手放す。ボールは左サイドのMFである居屋へと渡る。

ドリブルで攻め上がろうとする居屋に塔子が迫る。

 

「3秒後にボールを戻せ」

 

塔子のスライディングよりも一瞬早くボールは吹雪へと戻される。吹雪はこのボールをダイレクトで塔子の後方へと走り込ませた氷上へと送る。

 

「トラップした後、ワンテンポ待って右サイドへ」

 

氷上へと詰め寄る不動を十分に引き付けボールは右サイドへ。空野と目金の競り合いになるが、雷門の中では目金は唯一白恋の選手よりも実力的に劣る。目金に競り勝ちボールをキープした空野が右サイドを駆け上がる。

だがサイドバックのポジションに入っている土門がカバーに向かう。目金以外の選手に白恋の選手が一対一の状況を制するのは難しい。このままではあっさりとボールを奪われるだろう。

 

「45度の角度で中央へ切り込みそのまま直進」

 

中央へと方向転換した空野にぴったりとついていく土門。しかしここまで上がって来た吹雪が空野と交差しボールは吹雪へと渡される。土門はそれに一瞬気づくのが遅れ、吹雪は誰もいない右サイドを素晴らしい速度で駆け上がる。そのままゴールライン際まで攻め込み中央へとクロスを上げる。グラウンダーのスピードのあるボールは、しかし壁山の正面。取れる、そう思った壁山だったが回転の掛けられたボールは壁山の少し手前でゴールの方向へとバウンドした。そのボールの軌道の変化に壁山が反応するよりも早く、ディフェンスラインを抜け出した喜多海がノーマークでシュートを放つ。

 

「はぁッ!!」

 

決定的な場面ではあったが、ゴール右隅を狙って放たれたこのシュートを源田が横っ飛びでがっちりとキャッチ。追加点は許さない。

 

だがここから試合の流れは白恋中へと傾いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうこと……?」

 

雷門側のベンチにて怪訝そうな表情でそう呟いたのは夏未であるが、隣に座る木野や音無も似たような表情を浮かべている。

 

「試合開始直後と、白恋中の選手の動きが全然違う……」

 

吹雪に1点返されて以降、試合は完全に白恋中のペースとなっていた。何度も決定的な場面をつくられていながらもその尽くを源田のファインプレーで凌ぎ、なんとか失点は許していない。だがこちらの動きを読んでいるかのようにあっさりとパスはカットされ、逆に相手は軽々と守備を突破しシュートまで持ち込んでいく。とても安心して見ていられるような内容ではない。

 

「もしかして、最初は手を抜いてたってことですか……?」

「それは違うわ」

 

ふと思いついたことを口にした音無に否定の言葉を投げ掛けるのは瞳子である。マネージャー三人の視線が瞳子に集まる。

 

「この状況を作り出しているのは吹雪君よ」

「吹雪君が?」

「ええ。声やハンドサインで常に味方に指示を出し続けているわ。恐らく味方と相手、フィールド上の選手全員の動きを予測しながら」

「……そんなこと出来るんですか?」

 

もし本当にそれが出来ているのなら人間離れした凄まじい分析力や情報処理能力だが、否定することは出来ない。事実としてフィールド上、特に中盤は吹雪によって完全に支配されている。だが吹雪の指示がいくら優れているとはいえ他にも理由は存在する。

 

「貴女達、サッカープレイヤーに求められる能力とはどんなものがあるか分かるかしら」

「ええと……フィジカルとかテクニックとか……ですか?」

「もちろんそれもあるわ」

 

自身の問いに対する音無の答えを肯定しつつも、足りていない要素について瞳子は語る。

 

「必要な要素を全て挙げていれば切りがないけれど、その中の一つに戦術理解力、つまり判断力というものがあるわ。ボールを持てば次はパスを出すのか、ドリブルをするのか、シュートを打つのか。その場の状況を理解し次にどう動くのかを決める力。差がついているのはそこよ」

「どういうことですか?」

「白恋の選手達は全ての状況判断を吹雪君に委ねているのよ。本来そこに割くべきリソースを次のプレーに集中させることが出来る。それによって本来の実力以上の力を発揮出来ている」

 

とはいえこれは選手達が吹雪の指示を何があっても疑わずに信じるという前提条件があって初めて成立する連携だ。白恋の選手達は吹雪に恐怖を抱いてはいるが、同時に絶対的な存在である吹雪に揺るぎない信頼を向けてもいる。

ただしそれは一般的な考えとは掛け離れた、一方的な歪な信頼関係ではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだ!」

 

居屋から吹雪へのパスを不動がカットすることに成功する。いくら白恋の選手達の動きが良くなったと言っても元からある実力差が簡単に覆る訳はない。彼等だけで雷門に対抗することは出来ず、当然ながらボールが最も集まるのは吹雪だ。どれだけ目まぐるしくボールを動かし、ポジショニングを変えたとしてもそこは変わらない。不動はそれを読んで吹雪へのパスをカットしたのだ。とはいえ吹雪もそれは理解している為、そう簡単にはカット出来ないように敵味方の位置を誘導していたのだが、ここは不動のセンスが瞬間的に上回る形となった。

ボールを奪った不動だが吹雪との距離は大して離れておらず、吹雪のスピードであれば一瞬で詰め寄ることが出来るだろう。不動はすぐさま前線の鬼道へとパスを出そうする。

 

「真アイスグランド」

 

だがそれよりも一瞬早く発動した吹雪の必殺技によって氷漬けにされボールを奪われる。

 

「私を出し抜こうなど100年早い」

「くそっ!!」

 

吹雪はボールを再び居屋へと預け、自身は前線へと駆け上がっていく。

 

「駒共では点を取るのは難しいようだが、そろそろ同点にしてやろう」

「吹雪が上がったぞ!!マークにつけ!!」

 

上がってくる吹雪の姿を見た源田からディフェンス陣に指示が飛ぶ。だが吹雪の指示によるボール回しで白恋は的確に雷門ディフェンスを突破していく。そしてついにゴール前で吹雪にボールが渡る。

 

「吹き荒れろ」

 

ボールと共に跳躍した吹雪がボールを挟み込むようにして回転を掛ける。するとボールを中心に凄まじい冷気が渦巻き、瞬く間にボールが凍り付いていく。吹雪は地面に片手をついた体勢から再度跳躍し回転で勢いをつけてシュートを放つ。

 

「エターナルブリザード」

 

荒れ狂う豪雪を纏った氷の弾丸が雷門ゴールに向かって放たれる。そのシュートを見た鬼道は驚愕する。鬼道が知る〈エターナルブリザード〉は原作でも強力なシュートではあったが、その威力は未進化の〈ドリルスマッシャー〉で対抗出来る程度のものであり、世界編においては使用されることすらなかった。だが今吹雪が放ったこのシュートからは自身の〈デススピアー〉や豪炎寺の〈爆熱スクリュー〉と比べても遜色ない程のパワーを感じる。

 

「ザ・ウォール改!!」

 

壁山がシュートブロックを仕掛けるも焼け石に水。シュートが壁に触れた瞬間、岩壁は凍り付き殆ど威力を殺せないままバラバラに砕け散る。

 

「ハイビーストファング!!」

 

自身が誇る最強の必殺技で対抗する源田だったが、先程の岩壁と同様に獣の牙は一瞬で凍てつき、粉々に砕け散る。ボールはそのまま源田の体諸共ゴールへと突き刺さる。

 

与えたハンデを自らの手で帳消しにした吹雪が嘲笑うような笑みを浮かべる。

 

「やはり2点では足りなかったな?尤も、何点ハンデがあろうが何も変わらないだろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪のスルーパスに反応した喜多海がシュートを放つ。しかしこれは源田のナイスセーブによって阻まれる。ボールはラインを割り、白恋のコーナーキックとなる。勝ち越しこそ許してはいないものの依然として試合は白恋のペース。

 

────このままではまずいな……。

 

鬼道とて今の均衡がいつまでも続くものではないことは分かっている。しかしだからといって自分に何が出来るというのか。戦略面では原作の鬼道と比べて遥かに劣るという自覚がある。無理にボールを奪いに行ったところで振り回されるのが落ちだ。かといってこのまま前線でボールが来るのを待つだけではどうにもならない。どう動くべきか……。

一人悩んでいるとゴール前の源田と目が合った。はっきりとは分からないが、何かこちらに訴え掛けているような目線。

 

────何か狙っているな。

 

具体的に何を狙っているかは定かではないが、あの視線はそういうことだろう。上手く合わせられるといいが……。

 

白恋のコーナーキック。キッカーは荒谷のようだ。FWの氷上と喜多海は当然として、両サイドのMFである居屋と空野もゴール前に上がって来ている。最も注意すべき人物である吹雪はゴール前の密集地帯からやや後方の位置に控えている。こぼれ球でも狙っているのだろうか。

荒谷がゴール前へとボールを放り込む。競り合うのは居屋と栗松。体格的には栗松の方が不利かと思われるが、身体能力では上回るが故に難なく競り勝つ。そのままヘディングでボールをクリアしようとして───

 

────それよりも一瞬早く、ゴール前を飛び出した源田がこのボールをキャッチした。

 

再び視線が絡み合い、鬼道は今度こそ源田の狙いを察した。空中でボールを手放し、源田は大きくボールを蹴り出す。それと同時に鬼道は反転し白恋ゴールへと走り出す。

ロングパスによるカウンター。言ってしまえばそれだけの単純な策。だが前半終了間際、セットプレーで殆どの選手が上がっているこの状況下でならこの上なく有効な戦術となりうる。それに加えて鬼道の実力を考えれば相手ディフェンスとの競り合いになったとしても負ける要素は微塵も無い。シュートまで持ち込むことさえ出来れば確実に得点へと結び付く。鬼道についていたマーカーはスピードについていけず完全に振り切られている。ノーマークで空中のボールに飛びつき、ノートラップでシュートを放つ。

 

「これで……!?」

「私がその程度の浅知恵を見抜けないとでも?」

 

────吹雪!?こいついつの間にここまで戻って……!!

 

ゴールを確信したシュートは空中で吹雪にがっちりとブロックされる。しかしバランスを崩し落下しながらも無理矢理体を捻りオーバーヘッドの体勢で強引に再びシュートに行く。

 

────シュートさえ打てれば……!!

 

ボールを捉えた右足が振り抜かれることはなかった。鏡写しの如く全く同じ体勢で吹雪がこのシュートもブロックしたのだ。

 

「………!!」

「お前では私に勝てない」

 

今度こそそれ以上何も出来ず、縺れながら地面へと落下する。こぼれたボールは追いついてきた白恋のDFによってクリアされ、そこで前半が終了した。

 

 

ベンチへと戻る雷門イレブンの足取りは重い。現状劣勢であるのは誰が見ても明らかであり、試合開始直後以外はほぼ攻められっぱなしなのだ。攻撃と守備では後者の方が精神的にも体力的にも消耗は激しい。

黙り込むメンバーを見兼ねて瞳子が口を開こうとするが、それよりも早く不動が希望を齎す。

 

「突破口はある」

「ほ、本当か、不動!?」

 

MFのポジションについてはいるがディフェンス陣の統率も同時にこなしていた風丸はこのままではまずいことを誰よりもよく分かっていた。だからこそ不動のその言葉にいち早く反応した。

 

「ああ。教えてやるぜ。てめぇがどんなに凄くても、体は一つしかない以上は必ず限界があるってことをな」

 

白恋ベンチの吹雪を見据え、不動はそう宣言した。




エターナルブリザード好きなんですけど人格統合後は全く出番が無くなったのが残念だったので世界編でも使えるように強化しました。

それと最近全然モチベーションが上がらないので気分転換も兼ねて、白恋戦が終わったら予定を少し変更して豪炎寺サイドをチラッとやった後、円堂サイドの話へと移ります。多分4〜5話ぐらい?になるかと思います。上手く纏められればですけど。


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支配者の逆鱗

白恋戦長ぇ……。


後半開始共に吹雪の号令で攻め上がる白恋。細かくパスを繋ぎ雷門ディフェンス陣を翻弄する。再び劣勢の状況に追いやられる雷門だが、選手達の顔に焦りは無く落ち着いている。吹雪もそのことにはすぐに気が付いていた。開き直っただけか、それとも何か策があるのか。ほんの一瞬だけ思考を巡らすが、何を企んでいようと上から叩き潰すだけだとすぐに思考を切り捨てる。

 

 

────その奢りがお前の敗北に繋がるんだぜ?暴君さんよ。

 

吹雪を見据えながら不動は内心でそう呟いた。流れを変える為にもなるべく早めに仕掛けたいところだが、まずはボールを奪わなければ始まらない。吹雪が指揮を執っている以上は簡単なことではないが、唯一確実にボールをキープ出来る可能性があるシチュエーションが存在する。

 

────頼むぜ……源田。

 

それは相手がシュートを打ってきた時。より正確に言えば吹雪以外の選手がゴールを狙って来た時である。吹雪のシュートを止めるのは難しいかもしれないが、周りの選手達を使って遊んでいる間は自分以外の選手にシュートを打たせる機会は必ずあると不動は見ている。吹雪以外のシュートなら源田が止める。決定的な場面を演出してくるので絶対とは言いきれないものの、そこはもう源田に託すしかない。自身が立てた策が他人任せのものであることに苛立ちを感じる不動であったが、千載一遇のチャンスは思っていたよりも早く訪れる。

 

吹雪からボールを受け取った空野に目金が突破され、またもサイドライン際からの攻撃を許す展開となる。やはり身体能力だけなら目金も最低限のものは持っているが技術面では厳しいものがある。カバーに入った土門も上がって来た荒谷とのワンツーリターンで突破される。白恋の選手は個々の能力こそ低いが、吹雪の指示さえあれば普段から様々なシチュエーションの練習をさせられているので攻撃のバリエーションは豊富でありそう簡単には止められない。

またもゴールライン際まで雷門陣地を陥れた空野がボールを折り返す。中央へのセンタリング。否、それにしては大き過ぎる。逆サイドへのロングパスだ。ボールの行方はしっかりと把握しつつもディフェンス陣もポジショニングを変え────

 

────壁山や影野の頭上でこのパスをカットした吹雪の姿を見て驚愕することになる。

 

いつの間にここまで上がって来ていたのか。あれだけの存在感を発揮していながらも意識の隙間を突くような器用なプレーもこなす吹雪。

完全に不意を突かれ、体勢が整っていないままシュートに備え身構える源田だったが、吹雪はその姿を見て愉快げに口角を吊り上げる。既にシュートモーションに入っていた吹雪だったが、それはフェイク。体を捻り右側に走り込む氷上へとラストパスを送る。

 

「なっ!?」

 

一連の流れについて行けず振り回されたディフェンス陣は誰もマークにつけておらず、完全にノーマークで逆サイドのがら空きのゴールへとボールを蹴り込む氷上。

正しく決定的。誰もが勝ち越しのゴールを許したと思った。しかしただ一人、源田だけは希望を捨てていなかった。

 

「うおおおおおお────!!!」

 

源田は咄嗟にゴールポストを利用し三角飛びの要領で逆サイドへとダイブしたのだ。だがそれでも届かない。間に合わない。それを悟った源田は一か八かの賭けに出る。

 

「はっ!!」

 

〈パワーシールド〉の要領で拳を地面に叩き付け、衝撃波の壁を発生させる。こんな体勢から発動したことはなく、更に気を溜める時間もなかったことから、上手くいくかは五分五分といったところであった。しかし源田は賭けに勝った。溜めが短かった分、本来の威力よりも威力は劣るであろうが、大した威力でもないノーマルシュートを止めるにはそれでも充分だった。衝撃波の壁に阻まれたボールは呆気なく弾かれる。

 

「ぉぉおおおお───!!!!」

「何だと!?」

 

正に執念の守りでゴールを死守した源田が雄叫びを上げ、それを見た吹雪が思わず目を見開く。

吹雪が自らシュートを打っていれば決められた確率は高かったであろう。だが駒を使ってゴールを奪う方が面白いという理由でそれを選択しなかった。吹雪の純粋に勝利を目指さない傲慢さが生んだ明らかなミスである。

 

「風丸!カウンターだ!!」

 

こぼれたボールを押さえた風丸に不動が叫ぶ。想定していた状況とは異なるがこれ以上ないチャンスである。吹雪がゴール前にまで上がって来ている以上、前半のように戻ることは出来ない。ロングボールを前線に放り込めば得点に繋がる。風丸はすぐさま大きくボールを蹴り出す。

 

「させるかッ!!」

 

しかし吹雪も黙ってはいない。距離的に直接カットするのは無理だと判断し、パスの軌道上に氷柱を形成しこれを阻んだのだ。あっさりとやっているがもう滅茶苦茶である。

だが何にせよパスを止めることには成功した。ボールを押さえるのは難しいと判断し、中盤へ全力で戻る。

再びボールを押さえた風丸はこのボールを不動へと送る。

 

────よし。ここからだ。

 

それを見た吹雪は目深に不動につくように指示を出す。吹雪にとっても自分が戻るまでの時間稼ぎをさせる為の指示であったが、不動が取った行動は吹雪にとって想定外のものだった。

ボールを持った不動は前ではなく後ろ。つまり雷門陣内へ向けてドリブルをしだしたのだ。

 

不動の狙いは単純。吹雪のゲームメイクは緻密な計算と予測の上に成り立っている。ならばそれを狂わせてやればいい。全く意味の無い予想外の行動を取れば、必ず吹雪はその行動に意味を見出そうとするはず。

 

思考に気を取られた吹雪の動きが一瞬鈍る。ほんの僅かな時間ではあるが、それが命取りになる。

 

「ボルケイノカット!!」

 

吹雪の眼前に炎の壁が形成され、視界が遮られる。もちろんそんなものは簡単に突破されてしまうが、それで充分。

不動がその瞬間に反転し、目深に向かってパスを出す。当然敵からボールを渡され混乱する目深。そこに加えて本来すぐに出されるはずの吹雪の指示が〈ボルケイノカット〉の妨害により出すことが出来ていない。

 

「キラースライド!!」

 

目深からすぐさまボールを奪い返し、ディフェンスを突破する。

 

「ッ、真都路!!押矢!!11番のマークにつけ!!私は14番を止める!!」

 

吹雪がセンターバックの二人に染岡のマークにつくよう指示を出し、自身は鬼道のマークに走る。

パスを使って攻めてくるのであれば、パスカットを狙うなりオフサイドトラップを誘うなどやりようはある。だが個人技による中央突破を選択されれば白恋のディフェンス陣ではどうやっても止められない。故に吹雪自身が戻るしか取れる手段は無く、より脅威度の高い鬼道を止めようとする。

互いに優れた戦術眼を有しているからこそ、状況さえ限定出来れば不動にも吹雪の取る行動は予測出来る。

不動は鬼道でも染岡でもなく、斜め後方へとパスを送る。

 

「何ッ!?」

 

パスを受け取ったのは栗松。更にその前方に縦に並ぶようにして土門と風丸が走り込んでいる。栗松が前方へ向かって蹴ったボールを土門が更に加速させ、最後に風丸が三人分の力を乗せた一撃を放つ。

 

「「「トリプルブースト!!」」」

 

雷門陣内から放たれた超ロングシュートだが、ゴールに届きさえすれば白恋のゴールを脅かすだけの威力は持っている。それを察した吹雪が反転し跳躍。右足を振り抜き、さながら先程自身を妨害した〈ボルケイノカット〉の如く氷の壁を形成する。

氷の壁に阻まれたボールは空中へと弾かれる。ボールを確保するべく飛びつく吹雪だがそれよりも一瞬早く鬼道がこのボールに反応している。

既に〈ダークトルネード〉の体勢に入っている鬼道に対して、自身の方が一瞬遅いと判断した吹雪は鬼道のシュートを打ち返すべく、空中で体勢を整える。

 

「ダークトルネード!!」

 

鬼道がシュートを放つ。と同時に吹雪は驚愕する。鬼道が白恋ゴールではなく、真下に向かってボールを打ち下ろした為に。

鬼道は信じていた。たとえ状況を限定し、動きを予測し、裏をかいたとしても、それでも吹雪は食らいついてくると。だからこそ、鬼道は最後を託す。雷門のもう一人のストライカーに。

鬼道が打ち下ろしたこのボールに染岡が走り込む。マークについていたはずのDF二人は完全に引き剥がされている。

 

────ッ、この役立たず共が!!

 

内心で毒づく吹雪だが、流石にもうこの状況ではどうすることも出来ない。

 

「ドラゴン……クラッシュ!!」

 

誰にも遮られることなく放たれた青き竜を伴う一撃に白恋のキーパー、函田は殆ど反応することも出来ず。染岡のシュートは白恋ゴールに突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃあぁぁぁぁ!!」

「やったな染岡!!」

 

ゴールを決めた染岡の元に集まり、喜びを顕にする雷門イレブン。今まで攻められっぱなしだったゆえに爽快感は一際である。

 

「まさかあんなに上手くいくなんてな」

「不動さん、凄いッス!」

 

作戦を立案した不動に話の矛先が向くが、当の不動は難しい顔をしている。分かっているのだ。本当に大変なのはこれからだと。不動本人からしても上手くいきすぎなくらいの成果であるが、もう同じ手は通用しない。吹雪に弱点があるとすれば、傲慢さを隠そうともしないその思考と、恐らくは今まで格下としかまともに戦って来なかったことからくる経験の浅さだ。今回はそこを上手く突くことが出来たが、問題はこれで吹雪がどう出るかだ。そのままならまだいいが、これが仮にお遊びを辞め、全力でゴールを狙いに来ればどうなるか。不動は嫌な確信を抱いている。白恋というチームは吹雪という頭脳の元、全員で戦うよりも、吹雪一人の方が強いという確信を。

試合全体のコントロールにリソースの多くを裂きながらも、あれだけのプレーが出来るのだ。その全てを自分だけに集中すればどうなるのか。それを想像し、不動は冷や汗を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝ち越しのゴールを奪い歓喜に湧く雷門イレブン。その一方で吹雪は屈辱に身を震わせていた。

 

「この私が……失点を許しただと……」

 

────完璧であるはずの私が、あんな雑魚共に……!!

 

ギリッ、と音が鳴る程強く歯を噛み締め、憤怒の表情を浮かべる吹雪。そんな状態の彼に話し掛ける勇気がチームメイトにあるはずもなく、怒りの矛先が自分達に向かないように祈ることしか出来ない。それはそう長い時間ではなかったが、白恋の選手達にとってはとてつもなく長く感じた。

 

「……辞めだ」

 

しばらくして吹雪がそう呟く。体から発する怒気はそのままに、不気味な程に無表情であった。

 

「や、辞めって……何を……?」

 

誰からともなくそう問い掛けられると、吹雪はチームメイトを睨みつけ答えを返す。

 

「何を?決まっているだろう。お前達のような使えない駒を使うのをだ」

 

吹雪が理想とするサッカーは個人で完結するものではない。だが、そんなものは吹雪が抱いている怒りの前では無意味。今の吹雪には自分に屈辱を与えた愚か者共を叩きのめすことしか頭にない。ただしそれは頭に血が上っているだとか、冷静さを欠いているという訳ではない。そうではなく、ただ優先順位が切り替わっただけの話。

 

「で、でもまだかなり時間も残ってるし、やっぱり皆でやった方が────」

 

氷上の言葉はそれ以上続かなかった。吹雪が氷上に詰め寄り、顔面を右手で鷲掴みにし強引に口を噤ませたのだ。そのまま至近距離で氷上の瞳を覗き込みながら吹雪は静かに、しかし残酷に周りにも聞こえるように決定的な言葉を放つ。

 

「何度も言わせるな。これ以上お前達が出来ることなど何もない。私の邪魔にならないよう、コートの端にでも寄ってじっとしていろ。…………分かったな?」

 

吹雪が手を離し、威圧から解放された氷上がへたり込む。氷上の言葉は自分達の為の言葉ではなく、単純に残り時間がまだ多く吹雪一人では消耗も激しいだろうからという理由からの言葉だったのだが、そんなものは吹雪には届きはしない。

 

氷の如く冷たく閉ざされた心は何人をも寄せ付けず、暴君は真の支配者へと変貌する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3-2と雷門が勝ち越し、白恋のボールから試合が再開される。氷上がボールを吹雪へと送ろうとしたが、ホイッスルが鳴ると同時に飛び出した鬼道がこのボールを奪う。

 

────ここで一気に決める!!

 

不動と同様、鬼道もまた形容し難い嫌な予感を感じていた。だからこそ、持てる力の全てを駆使し追加点を奪い試合を決める。その覚悟を決め、鬼道は切り札を切る。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

鬼道が雄叫びを上げ、その背中からどす黒い影が溢れ出す。その影が蠢き、徐々に異形を形成していく。

 

「羅刹の王……ブルート!!」

 

血に濡れた大剣を携え、闇色の瘴気を纏った漆黒の鬼が降臨する。その鬼を背に従え、目指すは白恋のゴールただ一つ。

その鬼道の前に吹雪が立ちはだかるが、化身の力があれば前半のような結果にはならない。まともにぶつかり合えば今度は自分が勝つ。その確信があったからこそ、鬼道は驚愕に目を見開くことになる。

 

「な……に……!?」

 

ほぼ棒立ちの吹雪の右足と鬼道の右足がボールを挟んでぶつかり合い、()()()()()()()()()()()()()()()。理解の及ばぬ状況に混乱する鬼道は確かに見た。吹雪が嗤ったのを。

次の瞬間、気づけば鬼道は弾き飛ばされていた。集中が乱れて化身が形を失い、フィールドに倒れ込む。そして吹雪に視線を向け、それを目にする。

 

吹雪を中心としてフィールドに吹き荒れる猛吹雪。吹雪を覆い隠すように渦を巻き、豪雪が天へと舞い上がる。極寒の冷気を孕んだ、氷の檻。フィールドの気温が低下していき、地面には霜が降りる。それを見た鬼道や元々の雷門メンバー達はある人物を連想する。

 

────これは、まるで豪炎寺の……。

 

かつて雷門のエースストライカーである豪炎寺が似たような現象を引き起こしたことがあった。世宇子戦で怒りに燃える豪炎寺が発した怒気は周囲の気温を上昇させ、その身から溢れる炎は渦を巻き天へと立ち上った。眼前に広がる光景はそれと酷似していた。

 

「ハハハハ……ハハハハハハッ!!」

 

嗤う、嗤う。豪雪の檻の中、吹雪は狂ったように嗤い続ける。吹き荒れる猛吹雪はやがて一つの形を成していく。吹雪が止むと共に、その異形は姿を表した。

 

舞い散る氷の結晶を背に、凍てつく冷気を纏う冷酷なる支配者が周囲を睥睨する。黒を基調とした装いに身を包み、その手に持った槍は敵対する者を容赦なく刺し貫くだろう。美しき氷の女王、その名は────。

 

「白銀の女王……ゲルダ!!」

 

吹雪が背に従える異形を目にし、鬼道は驚愕に目を見開く。

 

「化身……だと……!?」

 

完全に予想外。鬼道の化身は世宇子戦で追い詰められた際に意図せずして発現した云わば偶然の産物である。今でこそある程度のコントロールが出来ているが、決して狙って習得したものではない。だからこそ、吹雪が化身を使えるとは思わなかったのだ。

 

「自分にしか使えない特別な力だとでも思ったか?思い上がるなよ、凡人風情が!!」

 

鬼道の驚愕をよそに吹雪がシュート体勢に入る。凍てつく極寒の冷気がボールを覆い尽くす。そのボールに込められたエネルギーは前半の〈エターナルブリザード〉の比ではない。氷の女王がその手に持った槍を振り下ろすと同時に、吹雪がその一撃を解き放つ。

 

「アイシクルロード………はあぁぁぁぁ!!!!」

 

絶対零度の一撃が雷門ゴールに向かって放たれる。自陣からの超ロングシュートだが、化身による必殺シュートは通常の必殺技とは比較にならない威力を誇る。シュートコースに回り込み、ブロックを試みる鬼道だが再び化身を出す余裕はなくあっさりと弾き飛ばされる。

 

「ザ・タワーV2!!」

「ザ・ウォール改!!」

 

塔子と壁山が果敢にシュートブロックを仕掛けるが、威力を殺すことはおろか、一瞬たりとも耐えることも出来ずに二重の防壁は貫かれる。

 

「ハイビーストッ……!?」

 

減速するどころかむしろ加速して更に伸びて来たシュートに源田は反応し切れず、大地を凍てつかせ美しき氷の軌跡を描きながらボールは雷門ゴールに突き刺さった。

 

 

「さあ、もっと足掻け!全力を尽くせ!敗北に抗え!その悉くを…………私は叩き潰そう!!」




次回【化身対決!鬼道vs吹雪!!】

円堂「なんか俺が居ない間にイナズマイレブンGO始まってるんだが……」


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化身対決!鬼道vs吹雪!!

お久しぶりです。遅れてすまねえ……。
なんか色々忙しくて書く時間もないしモチベーションも上がらないし、もう散々……。

お詫びにちょろっと豪炎寺サイドをぶち込んだから許して。


 

試合は再び振り出しに戻り、雷門のボールから試合が再開される。鬼道はひとまずボールを中盤の不動へと下げる。不動はこのボールをサイドの風丸へとはたく。

鬼道は自分が未だ動揺から完全に立ち直っていない自覚があった為に不動に指揮を委ねる選択を取った。不動は化身の脅威を正確に推し量れている訳ではなかったが、正面から相手をするのはまずいと判断しサイドへ展開した。普通に考えて選択としては間違ってはいない。だが相手が悪い。

 

吹雪が腕を無造作に振るうと背に従えたゲルダが同じようにその手に持った槍を振るう。すると凄まじい突風が吹き荒れ、これをまともに食らった風丸があっさりと吹き飛ばされる。ボールは風に巻き上げられ、上空へ。

 

「しまった……!!早くボールを……!?」

 

こぼれ球を確保するように指示を出そうとした不動だが、既に上空でボールをキープしている吹雪の姿に思わず目を見開く。

 

────あの一瞬でこの距離を詰めたってのか!?なんてスピードだ……!!

 

本気になり化身を発動したことでパワーだけでなく、スピードも一段ギアが上がっている。先程までとはまるで別人とすら思える程の速さ。その吹雪の着地際を狙って塔子が詰め寄るがゲルダの横薙ぎの槍の一振で簡単に蹴散らされる。雷門陣内の浅く攻め入った位置ではあるが早くもシュート体勢。

振り抜かれた右足から放たれたシュートはディフェンスの間を縫うように高速で通過し、飛びついた源田の手を弾き飛ばしてゴールネットに突き刺さった。

 

あっさりと勝ち越しのゴールを決めた吹雪は静かに自陣へと戻っていく。恐るべきはその実力。一対一ではまるで相手にならない。

このゴールで鬼道の中の動揺は完全に消え失せた。その代わりに覚悟を決める。

 

────化身に対抗するには化身をぶつけるしかない。あいつは俺が抑える。

 

目には目を。歯には歯を。現状はそれが最も有効な手段だと思われる。問題は鬼道のスタミナがどこまでもつかだが、それは吹雪も同じだ。多少のリスクを許容してでも吹雪を止める必要がある。これ以上の追加点は致命傷になる。

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

試合再開と同時に化身を出すべく、鬼道が気合いを込める。背中からどす黒い影が溢れ出し異形を形作っていく。

 

「遅過ぎるな」

「がっ!?」

 

だが漆黒の鬼が姿を現すことはなく、異形が形になるよりも早く鬼道に詰め寄った吹雪が強引にボールを奪い取った。

化身には化身をという鬼道の考えは決して間違ってはいない。しかし鬼道の化身は発現してからあまり使っておらず、練度もそう高いとは言い難い。化身を出現させる際には集中する必要があり、その間はどうしても隙が出来る。その隙を見逃さない吹雪ではない。更に言えば化身を出した瞬間から今まで、試合が中断している間も含め化身を常時発動し続けている為、吹雪にはそんな隙はない。

 

「鬱陶しい凡人共が。私の前に立つな」

 

吹雪に詰め寄ろうとする雷門の選手を見て、吹雪はゲルダの持つ槍の石突きで地面を叩く。すると吹雪の左右からゴールまで続く巨大な氷壁が迫り上がる。その壁に雷門の選手達は阻まれ、吹雪の眼前にはゴールへと一直線に繋がる道が出来上がる。

 

「エンペラーロード」

 

その名称は原作ゲームにおける世界編でチームガルシルドが使用する必殺タクティクスと同様だが、完全に個人の力だけで成されたこの状況をタクティクスと呼べるかは怪しいところではある。しかし齎す結果が同じならその名を使っても何もおかしくはないだろう。

 

各々が眼前には聳え立つ氷壁を破壊しようと必殺技を繰り出すが、氷壁はその程度ではびくともしない。己が用意した遮る物のない道を吹雪が駆け抜ける。瞬く間にゴール前まで到達した吹雪がシュートを放つ。

 

「ハイビーストファング!!………ぐぁぁぁぁぁ!!!!」

 

大気を裂くゲルダの強烈な槍の一突きと共に放たれたシュートは、源田の発動した〈ハイビーストファング〉をあっさりと打ち破り、ボールは雷門ゴールに突き刺さった。

 

3-5

 

吹雪の圧倒的な力の前に、一度は勝ち越したはずが瞬く間に追いつかれ、突き放されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

判断を誤った。今の失点の責任は、間違いなく俺にある。同じ化身なら対抗出来るはずだと、安易に考えてしまった。そのせいであんな明白な隙を晒し、この状況を招いた。

3点。勝つ為には、吹雪を完全に押さえ込んだとしても最低でも3点が必要だ。正直、絶望的と言っていいだろう。だが諦める訳にはいかない。

 

ここから先は一度のミスが命取りになる。神経を研ぎ澄ませ。精神を集中させろ。

 

背中から溢れた影が漆黒の鬼へとその形を変えていく。今度こそ顕現した羅刹の王が咆哮を轟かせる。

 

勝つ。その決意を胸に、目の前の敵を見据える。

 

「そうだ。それでいい。全力を持って向かって来るがいい。それをねじ伏せてこそ、価値がある」

 

認めよう。吹雪は俺よりも確実に強い。今のままでは勝てない。余分な物は捨てろ。味覚も触覚も嗅覚も、今はいらない。地を蹴る感触も、ボールを蹴る感触も無くなったとしても、体がそれを覚えているならば、俺は戦える。聴覚は必要か。……否。ここから先は周りに気を使う余裕も、周りが入り込む隙もありはしない。視覚は必要だが、そこに色はいらない。ゆっくりと視界に映る景色が色を失い、モノクロに染まっていく。

極限の集中が齎す引き伸ばされた意識の中で、力強く大地を蹴る。

 

 

二つの極星が糸を引くように引き合い、二人の化身使いは激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い空の下。二つの大きな気がぶつかり合うのを感じて、思わず動きを止めた。一つは自分もよく知るもの、もう一つは分からないが、相当の実力者であることは確かであろう。

 

「どうかした?」

 

突然固まった俺を訝しんだか、少し離れた所でこちらを見ていたシュウが声を掛けてきた。

 

「………いや、何でもない」

 

この間から何やら面白そうなことになっている鬼道が少し、ほんの少しだけ羨ましくはあるが、今は自分のことに集中しよう。俺にとってのお楽しみは逃げも隠れもしない。グランの顔を脳裏に思い浮かべれば、あの時抱いた怒りと悔しさが溢れ出す。

 

怒りに呼応して体から漏れ出した炎を左足に収束させる。激しく燃え盛る紅蓮の炎の熱量で、周囲の空間の景色が歪んでいく。

目の前に鎮座する身の丈程の大岩に向かって左足を振り抜けば、まるで豆腐でも砕くかの如く、大岩はバラバラに砕け散る。空中に四散した大岩の欠片を無造作に蹴り飛ばせば、欠片は一瞬で灼熱の弾丸と化し、軌道上の大木をへし折り数十メートル先の滝壺へと着弾。巨大な水柱が立ち、辺りに大量の水しぶきが撒き散らされる。

 

妥協はしない。ジェネシスとの最終決戦。そこを照準に徹底的に鍛え上げる。その時まで────

 

「待っていろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼道と吹雪の蹴り足が衝突し、周囲に氷と闇が入り交じった衝撃波が吹き荒れる。ブルートの剣とゲルダの槍が激しく鍔迫り合い、火花を散らす。逃げ場の無くなった衝撃が弾け、両者同時に後方へと弾かれる。

ボールはその場でギュルギュルと音を立て回転しながらその場に留まっている。

 

────互角。

 

両者再び同時に地を蹴り、ぶつかり合う。

ブルートが横薙ぎに大剣を振るえば、ゲルダが槍の柄でそれを受け止め弾き返す。その勢いのままに突きを放つと間一髪のところでブルートが剣の腹でそれを遮る。どす黒い瘴気を剣に纏わせ、ゲルダの槍を弾いたブルートが上段から袈裟斬りを放つ。しかしゲルダが体を捻りこれを躱し、ブルートの斬撃はフィールドを切り裂くだけに終わった。その隙に今度はゲルダがその手に持つ槍に極寒の冷気を纏わせ、横薙ぎの一撃を放つ。直撃するかと思われた瞬間、ブルートが身をかがめゲルダの槍は空を切る。ゲルダのがら空きの胴に向かってブルートが大剣を斬り上げる。と同時にゲルダが素早く槍を持ち直し、上段から振り下ろす。再び鍔迫り合いになるが、上を取っているゲルダの方がやや有利か。ジリジリと押し込まれるブルートだったが、剣を傾けてゲルダの攻撃を受け流すことに成功する。そのまま回転斬りを放ち、ガードは間に合ったものの、ゲルダが弾き飛ばされる。すかさず追撃を仕掛けるブルートだったが、ゲルダがその手に氷の槍を形成し投擲したことで阻まれる。

睨み合う両者。次の瞬間には同時に距離を詰め、再びぶつかり合う。

 

 

熾烈を極める二柱の化身の激突。果たして勝利の女神が微笑むのは鬼道か、吹雪か。




最後の方もはやサッカーの描写じゃなくて草


アンケート締め切りました。合計967件の投票、ありがとうございました!
今後の展開の参考にさせていただきます。………まあ結局オリキャラ出る可能性はあるんですけどね!その場合は少しでも受け入れてもらえるようなキャラに出来るように頑張ります。


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沈まぬ暴君

 

フィールドの中央で正しく異次元の攻防を繰り広げている二人を、風丸は見ていることしか出来なかった。

 

────俺は………無力だ。

 

自分にもっと力があれば。そんな風に思わずにはいられない。だが気持ちだけは切らしてはダメだ。

これが一対一の勝負であれば、風丸に手出しはどう足掻いても出来ない。しかしこれはサッカー、決して個人の勝負ではないのだ。

だから信じろ。自分にもまだ、出来ることがあるのだと。必ずその時はやってくる。今は耐えろ。鬼道を、仲間を信じて。

 

 

拳を強く握り締め、風丸はただひたすらに待つ。決して好機を逃さぬように、目の前の光景をその目に焼き付けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、どれだけの時間が経ったのだろう。とても長かったような気がするが、ほんの僅かな時間だったような気もする。

何度目かのぶつかり合いの末、後方へと弾かれ一旦距離を取る。

 

────このままでは……。

 

傍目には未だ互角の攻防を続けているように見えるかもしれない。だが徐々に天秤は傾き始めている。ここに来て化身の練度の差が出始めていた。先程から僅かだがこちらが押されている。このまま続けていれば、そう遠くないうちに競り負ける。それは吹雪も分かっている。

だが打てる手がない。今も全神経を傾け、何とか渡り合えているのだ。策を講じる余裕などない。

再び地を蹴り、同時に目の前のボールを蹴る。またしても弾かれるが────

 

────!!俺の方が若干遠い……!!

 

吹雪よりも鬼道の方がほんの僅かではあるが、長い距離まで弾かれた。これでは次は吹雪の方が一瞬早くボールに到達する。さらに意識が逸れたのが災いしたか、何度も踏み締め、荒れたフィールドに足を滑らせ体勢が大きく崩れる。

 

────しまっ……!!

 

引き伸ばされた意識の中で、吹雪が嗤うのが見えた。ボールを奪われる。いや、この位置からシュートを打つつもりだ。

ここでゴールを奪われたら、負ける。

 

しかし俺はどうすることも出来ず、吹雪がシュートを放つ、その寸前。

 

「うおおおおおおおおお!!!!」

 

────一陣の風が、ボールを颯爽と掻っ攫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼道も吹雪も、お互いに意識を集中させていた。だからこそ気づけなかった。鬼道が吹雪よりも長い距離を弾き飛ばされた、その瞬間に風丸が駆け出し、凄まじい勢いで突っ込んで来ていたことに。

ダイビングヘッドのような格好で、文字通り飛び込み、ボールをクリアした風丸。タイミングはとんでもなく際どいものであり、優れた身体操作技能を持つ吹雪だからこそ足を止めることが出来たが、一歩間違えば勢い余った吹雪の蹴りを顔面に食らっていてもおかしくなかった。

しかしそんな風丸の決死のプレーによるクリアは充分なものではなかった。こぼれたボールに反応する吹雪だったが、それよりも一瞬早く動いた者がいた。

 

「影縫い!!」

 

地面から伸びた影がボールを掴み、横合いへと勢いよく放り投げて吹雪から遠ざけられる。ボールはそのままサイドラインを割るかと思われたが、ただ一人そのボールを追う者がいる。

 

「絶対に………繋いでみせるでヤンス!!」

 

サイドバックの栗松が懸命にボールを目指し足を動かす。だがそれでもこのままではボールがラインを割る方が早いだろう。

 

────もっと……もっと速く走るでヤンス!!

 

きっとこうしてボールを追うのが風丸であれば、きっとボールに届いたはずだと栗松は思う。けれど今ここにいるのは自分だ。自分しかいないのだ。

 

────もっと速く………風丸さんのように……!!

 

栗松のスピードが上がる。目まぐるしく高速で足を動かし、少しでも前へ、前へと進む。もっと速く走りたい、風丸のように。同じDFとして栗松が抱いていた憧れ。その想いが必殺技へと昇華する。

 

「ダッシュアクセル!!不動さん!!」

 

加速した栗松がラインぎりぎりのところでボールに追いつき、パスを出す。足をもつれさせ、そのまま勢い余ってごろごろとコートを転がったものの、確かにボールは繋がった。

パスの行先は不動であるが、その背後からは吹雪が迫って来ている。トラップしている余裕はないと判断し、不動はこのボールをダイレクトで全力で蹴り上げる。ゴール前に高々と上がったボール。しかしこれは────

 

「どこに蹴ってるんだよ不動!?」

 

思わず塔子が声を上げるが、無理もない。不動が蹴ったボールは高く上がりすぎて跳躍したところで届かない。かといって落ちて来るのを待てば競り合いになる。折角繋がったボールを不意にした不動を責めたくなるのは当然だ。しかしそれは全てが終わってからで遅くない。

 

「跳べ、鬼道!!」

「────ッ!!」

 

不動の声は今の鬼道には届かない。しかし鬼道は跳んだ。不動が無駄なことをするはずがない。何か意図があるはずだと信じて。

 

「何を企んでいるのか知らないが……やらせると思うなよ!」

 

当然吹雪も黙って見ている訳はなく、足元から空中のボールに向けて氷を伸ばす。凄まじい勢いで形成される氷が、大質量の氷塊と化して鬼道諸共呑み込まんと押し寄せる。

 

「今だ───ッ!!」

 

────これか!!

 

鬼道は空中で体勢を無理矢理変え、ブルートの剣を横薙ぎに一閃。迫り来る氷を斬り飛ばす。切断された氷の断面。平らなそれは、空中での新たな足場となる。

 

「!!しまった……!!」

 

自身の行動を利用されたことに気づいた吹雪が忌々しげに顔を歪める。吹雪がどう動くかは賭けではあったが、ここまでの試合の中で不動は吹雪のプレーの傾向を分析していた。咄嗟の状況であれば吹雪ならこうすると不動は読んでいたのだ。

鬼道が氷の足場を用いて更に高く跳躍する。鬼道は遥か上空に舞い上がったボールよりも高い位置にまで達する。そこから重力に引かれて落下しながらも身体を捻り回転することによって勢いを上乗せし、振り下ろされたブルートの大剣と共に、全体重を乗せた渾身の踵落としをボールに叩き込む。

 

「鬼神の斧ォォォォォ!!!!」

 

遥か上空から打ち下ろされる鬼神の一撃。吹雪が形成した氷塊を真っ二つに引き裂きながらボールは白恋ゴールへ向かって一直線。しかしその軌道上には吹雪が回り込んでいる。

 

「この私から……二度もゴールを奪えると思うなぁぁぁ!!!!」

 

上空から迫り来るその一撃を、ゲルダの持つ槍で迎撃する。周囲に轟音と衝撃波を撒き散らしながら、鬼道のシュートとゲルダの槍がぶつかり合う。

 

「この……程度で……!!私が……ッ!?」

 

拮抗する二つの力の衝突。その最中、シュートを弾き返すべく吹雪が更に力を込めようとした瞬間、それは起こった。

吹雪が背に従えるゲルダの姿が、ノイズが走ったかのようにぶれる。ほんの一瞬の出来事であり、吹雪もすぐに持ち直した。だが、その一瞬が勝負を分けた。

 

────ピシリ。

 

何かが砕けるような音が響く。激しくぶつかり合う中、吹雪の耳には何故かその音はやけにはっきりと聞こえた。

それは均衡が崩れる引き金。ゲルダの槍の穂先に小さな、しかし確かな亀裂が走る。その亀裂は瞬く間のうちに槍全体へと広がり、ゲルダの槍は粉々に砕け散った。

 

「………!!」

 

驚愕に目を見開く吹雪の顔の真横を通ったボールは、フィールドにワンバウンドしてゴールネット上部へと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今のゴールで1点差に詰め寄った雷門。しかしその代償は大きい。

 

「………!!くっ……は……」

 

モノクロに染まっていた鬼道の視界が色づく。シャットアウトしていた感覚が戻り、処理する情報量が急激に増えたことによる頭痛で集中が途切れた。アドレナリンの大量分泌によって誤魔化されていた疲労が一気に身体にのしかかる。化身を維持出来ず、異形が影となって身体へと戻っていく。

化身の急激な体力消費によるスタミナ切れ。滝のような汗を流し、フィールドに膝をつく鬼道。

 

────ここまで……か。

 

試合終了まで持たせられない体たらくに歯噛みする鬼道。だが成果は充分だ。ゴールを奪ったこともそうだが、何より大きいのは────。

 

「な……に……」

 

前を向いた鬼道の視線の先には、鬼道と同じようにフィールドに崩れ落ちた吹雪の姿。その背に氷の女王の姿はない。

吹雪は今まで自分と同等の存在と競い合った経験がない。己の限界を分かっているつもりではあったが、化身同士のぶつかり合いは吹雪の想像以上に体力を消耗させていた。それに加えて、力を過信し試合が止まっている間などの必要がない時にまで化身を出し続けていたことがここに来て響いている。

残り時間はあと僅かだが、吹雪が動けなくなれば1点差など有って無いようなものだ。勝敗は決した。

 

 

 

 

 

────このままであれば、だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────負ける……?この私が……?

 

無様に跪き、荒い息を吐き出しながらも、思考は止まらない。

 

────この私が……限界だというのか。

 

自身が想定していたよりも、限界を迎えたのは遥かに早かった。自身の体力と相手の力を読み違えた。

このままでは負ける。駒共では奴らを抑えきれない。私の計算ミスが原因で、敗北する────。

 

────そんなもの認められるか……!!

 

私は負けられない。負けてはならない。勝負事において、肯定されるのは常に勝者。なればこそ、私が完璧であることを証明する為には、私は勝利し続けなければならない。

 

────お前が……完璧になれ。

 

脳裏を過ぎるのは自身の最も古い記憶。己を縛る呪縛であり、制約となったその言葉。

吹雪士郎は完璧でなければならない。自身はそうあれと願われ、生まれた。それを捨てることなど許されない。完璧でないのなら、私に価値はない。

 

────何か……何かないのか……。状況を打開する方法が……!!

 

そんな都合の良いものなどありはしないと分かっていても、諦めることなど出来ない。普段なら邪道と切り捨て、当てにしない本来なら持ち得るはずのない知識まで総動員して思考を続ける。

そんな時、ふと視界に映った。烏滸がましくも不安げな色を瞳に湛え、私を見る駒共の姿が。

 

────………何だ。まだ、使えるものがこんなところに有るではないか。

 

無くなったのなら、有るところから引っ張ってくるまでのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪の足元から氷が広がっていく。その氷は徐々に面積を広げていき、遂には白恋陣内全域を覆い尽くした。

 

────何だ?いったい何を……。

 

鬼道のそんな思考は突如響いた白恋の選手達の悲鳴によって掻き消された。

 

「うわぁ!?な、何だこれ!?」

「吹雪君!?何なのこれ!?」

 

見れば植物の蔦のような氷が白恋の選手たちを捕らえている。その光景が持つ意味が分からず、固まる雷門イレブン。そんな中、更なる変化が訪れる。

 

「あ……え……?」

「何……体が………」

「力が……抜けて……」

 

氷の蔦に捕らわれていた白恋の選手達の体が脱力し、次々に意識を失っていく。白恋陣内を埋め尽くす氷が妖しい光を放つ。

そして次の瞬間、信じ難い光景が雷門イレブンの目に映る。

 

フィールドに膝をつき、俯いていた吹雪の身体から勢いよくどす黒い影が溢れ出す。砕かれたはずの槍すらも再生し、美しき氷の女王が再びフィールドに顕現する。立ち上がった吹雪の身体からは青白いオーラが立ち上り、感じる圧力も先程までよりも強くなっている。

 

「な、何で……?」

「もう限界だったはずじゃ……」

 

雷門の何人かが困惑したように疑問の声を漏らす中、鬼道だけが吹雪が行ったことの正体を看破していた。

 

「吹雪……!!貴様……自分が今何をやっているのか分かっているのか!!」

 

憤怒の形相で声を荒らげる鬼道だが、吹雪はそれを全く意に介さずに返答する。

 

「約立たずの駒共を最後まで有効活用してやろうというのだ。感謝こそされど、非難される謂れはないな」

「貴様……!!」

 

吹雪が行ったことは実にシンプル。氷を媒介とし、チームメイトから無理矢理気を奪い取り、自分の力へと変換したのだ。

化身の力を送り込む〈化身ドローイング〉とは似て非なる、悪魔の如き所業。

 

「さあ、終わりにしてやろう」

 

 

 

無慈悲にそう宣言する吹雪を前にして、鬼道の脳裏には一時は師と仰いだ、ある男の言葉が響いていた。




何でこいつ登場から間も無いのに、ラスボスみたいなムーブかましてんの……?

白恋戦は次話で終わる……多分。その後試合後のやり取り書いて、前にも言ったように円堂サイドに移ります。
豪炎寺?前話にちょろっと出たからもうええやろ。


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開かれた扉

二話連続投稿の一話目


『甘さなど捨ててしまえ。そうすれば、お前は真の強さを手にすることが出来る』

 

吹雪が再び化身を発動し、絶体絶命の状況に追い込まれた今、不意に過ぎったその言葉。かつては師と呼んだこともある男、影山零治が俺に向かって投げ掛けたものだ。あの時、今よりも幼かった俺は、その言葉に何と応えたのだったか─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日はとある市のサッカーの大会の決勝戦だった。帝国学園に入学前、当時の俺が所属していた影山の息のかかったクラブチームは大会を順調に勝ち進み、決勝戦へと駒を進めていた。俺はチームのエースストライカーとしてその日の決勝戦に臨んだ。

試合は終始こちらが優勢で進んだ。俺はハットトリックを達成し、後半のロスタイムを残しスコアは3-0。もう完全に勝負は決まっていた。相手が負けを悟る中、更なる追加点を奪うべく俺達は攻め続けた。そして試合終了直前、相手陣内のペナルティエリアまで侵入した俺は、相手の開き直ったかのような執拗なディフェンスに攻め切れず、マークが外れていた味方にパスを出した。俺のパスを受け取ったチームメイトのシュートは惜しくもゴールバーを叩き、追加点とはならずそのまま試合は終了した。

試合には勝ち、無事に優勝の栄光を掴んだ。最後のシュートを外した奴を攻める者はいなかったし、別段俺も気にしてはいなかった。しかし影山はそれが気に入らなかったらしい。

 

「何故、パスを出した?」

「何故って……フリーの味方がいたからですが?」

 

そんな俺の言葉に、影山は呆れたようにため息をついた。

 

「お前の能力ならあの程度のディフェンスは突破出来ていたはずだ。お前の中にはいざとなれば味方を頼るという考えが常にある。だからこそ、際どい場面では無理をせず、安易にその選択を取ってしまう」

 

実のところ、影山のこの指摘は間違ってはいない。この頃の俺は何が何でもゴールを奪うという執念が欠けていた。自分が無理をしてボールを奪われるくらいなら確実にパスを繋ぐ方がいいと思っていたし、決定的な場面以外ではシュートを打つのを嫌ってすらいた。

 

「そんな甘さなど捨ててしまえ。そうすれば、お前は真の強さを手にすることが出来る。他の誰も辿り着けぬ高みに、手が届くはずだ」

「………」

 

影山のその言葉にすぐに答えることは出来なかった。それは、心のどこかで影山の言葉を認めている自分がいたからなのかもしれない。影山の口添えでチームに加入し、いきなりエースの地位を手に入れた俺をチームメイト達が良く思っていないのを知っていた。俺からは何も思うところは無かった為に普通に接していたつもりだが、それでもチームメイトとの間に壁を感じていた。それを多少なりとも煩わしいとは感じていたし、彼等のことなど気にせずにプレー出来たら楽だろうなと思ったことが無いとは言えない。

 

「ですが……サッカーは11人でやるものです。たとえ俺だけの力で勝っても、それはサッカーじゃない」

 

苦し紛れに口から出た言葉はただの綺麗事だった。そこに自分の意思が乗っていたかは怪しかった。

 

「そんなことは関係無い。重要なのは勝つことだ。お前には他者の力など必要無い」

 

意識の隙間を縫うように頭の中に入り込んでくる影山の言葉が苛立たしかった。そして何よりも嫌だったのは、それを受け入れそうになっている自分がいたことだ。

 

「………嫌です」

「……何?」

 

なのに、俺の口から出たのは明確な否定の言葉だった。

 

「貴方の言うことが正しくて……それを強さだと言うのなら、俺は弱くていい。間違いだらけだって構わない。だって……そんなサッカーはきっと楽しくない。どんなに強くたって、それを楽しいと思えないのなら、それは俺の求めるものじゃない。それに────」

 

その先の言葉は、俺に背を向けた影山の発した言葉にさえぎられ、口にされることはなかった。

 

「……いずれお前も思い知ることになる。その時に、後悔しないようにするのだな」

 

影山が言い残したその言葉は、俺の頭の片隅に棘のように残ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

記憶の海から浮上し、目を開けばそこにあるのは勝利を確信し、こちらを見下す吹雪の姿。

 

────ああ、そういうことか。

 

この試合中、ずっと感じていた微かな苛立ち。その正体に思い至る。

 

────こいつは、有り得たかもしれない俺なんだ。

 

あの日、影山の言葉に従い、他者を切り捨て自分だけを信じるようになっていたら、きっと俺もこいつと似た様な存在になっていただろう。これ程の力を手に出来ていたかは分からないが、碌でもない奴に成り下がっていることは確かだと思う。

吹雪は俺よりも強い。その事実が、今の俺が間違っているのだと言われているようで腹立たしい。

今の状況が影山の言っていた"思い知らされる"ということなのだとしたら、もう充分に分からされた。けれど、それがどうした。今更今まで積み重ねてきた物を捨てるのか。

 

────それだけは有り得ない。

 

そんなことはしない。いや、出来ない。

 

だってそうだろう。

 

────こんな俺と共に歩んでくれる、最高の仲間達が出来た。

 

────共に競い合うことが出来る、好敵手達がいる。

 

その全てが、今の自分を形作る大切なピース。何が欠けても駄目なんだ。それを自分から捨てることなど出来ない。

 

「お前は可哀想な奴だな」

「……何だと?」

 

気づけばそんなことを口にしていた。俺の言葉を聞いた吹雪が訝しげに眉を寄せる。

 

「仲間と勝利の嬉しさを分かち合う喜びも、敗北に涙する悔しさも知らず、一人孤独に戦い続ける。お前はそんなサッカーをしていて楽しいのか」

 

思えば、俺は色々と恵まれている。鬼道家に引き取られてからは、何一つ不自由することなく暮らしてきた。不安な時も、苦しい時も、いつだって誰かが傍にいてくれた。練習環境にだって不満を覚えたことはない。

では吹雪は?あまりに実力のかけ離れたチームメイト達、雪の降り積るグラウンド、ろくに指導経験の無い顧問。何もかもが足りないこの劣悪な環境の中で、間違っていると、あいつに言ってやれる人がいたのか?

 

「俺がお前に……本当のサッカーを教えてやる」

 

その言葉を聞いた吹雪が小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら口を開く。

 

「何を言うかと思えば……。本当のサッカーを教える?お前が私に?くだらん。今のお前に何が出来るというのだ。ほざくなよ、精も根も絞り尽くしたぼろ雑巾風情が」

 

確かに、今の俺にはもう化身を出す力は残っていない。普通に考えれば勝ち目は無い。けれど俺は一人ではない。ならば戦える。

それに、本当の意味での限界は、まだ先にある。

 

脳裏に固く閉ざされた巨大な扉を幻視する。プロミネンスの時には無意識に開かれた扉。それを自らの意思でこじ開ける。

とはいえ扉を全て開く必要は無い。今の俺ではあの力を完全にコントロール下に置くことは出来ない。だから少しだけ、ほんの少しだけで構わない。ほんの僅かな時間だけ、今よりも少しだけ強くなれればそれでいい。

 

鈍い音を立て、扉が僅かに開かれる。と同時に溢れ出した力の濁流に意識が持っていかれそうになる。不味い、このままでは、また暴走し─────

 

 

 

不意に、不安そうな顔でこちらを見つめる、春菜の姿が目に映った。

 

 

────お願いだから……元に戻ってよ………お兄ちゃん────!!!!

 

 

また、俺は同じ誤ちを繰り返すのか?また、春菜を傷付けるのか?涙を流させるのか?

 

 

千切れそうになる意識を強引に繋ぎ止める。勢いに呑まれ、開きかけた扉を押し戻す。

 

こんなにも簡単に飲まれそうになるなど、情けなさで泣きたくなる。あんな表情をさせている馬鹿はどこのどいつだ。あんな顔をさせたい訳じゃない。あんな顔は見たくない。あいつが、もっと安心出来るように、目を背けたりしなくてもいいように………だって………いつだって────

 

 

────大切な人に、笑っていて欲しいから……!!

 

 

「俺が……証明する……。仲間がいてくれることが……けっして無駄なんかじゃないことを……!!信頼が生む力が……個を上回ることを……!!」

 

 

その言葉と共に、鮮やかな闇が、溢れ出した。

 




こいつ試合の度に覚醒してんな。


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死力を尽くして

二話連続投稿の二話目です。前話をまだ読んでない方はそちらからお読みください。


 

「なんだ……?」

 

理解し難い光景を目にした吹雪が思わず声を漏らす。鬼道の身体から溢れた闇が、鬼道を覆い隠していく。かつての暴走時の禍々しさはなりを潜め、むしろ見ていると落ち着きすら感じるような、そんな闇。それは例えるなら、人々に安らぎを与える、夜の帳の如く。

全身に薄らと闇色の燐光を纏い、先程とは全く質の違う存在感を放つ鬼道が吹雪を見据える。

 

「……何度も何度も鬱陶しい男だ。この期に及んで未だそのような世迷言を吐けるその精神ごと、打ち砕いてやる」

 

今の鬼道の状態は吹雪の知識には無い。だが未知であるから何だと言うのか。所詮は凡人の最後の足掻きに過ぎない。完璧である自分が敗北するはずもない。そんな思いと共に吹雪がシュート体勢に入る。

氷の女王を中心に世界が凍てつき、閉ざされていく。凄まじい冷気がボールに纏わり付き、高まるエネルギーでボールが超振動を起こし、甲高い音が辺りに鳴り響く。

 

「この一撃をもって終局としよう────アイシクルロード!!」

 

氷の女王が槍を振り下ろし、絶対零度の一撃が打ち放たれる。迫り来るそのシュートに鬼道は真っ向から立ち向かう。

 

「おおおおおおおおおお!!!!」

 

雄叫びを上げ右足でボールを迎え撃ち、あまりの衝撃に足が引き抜かれるような錯覚を覚えながらも懸命に踏み留まる。

 

「くっ……お……ぉ……!!」

 

潜在能力の一部を引き出したとはいえ、化身の力に対抗するには流石に無理がある。徐々に鬼道の体は後方へと押し込まれていく。その時だった。鬼道の左右から二つの足がボールに蹴りを加えたのは。

 

「……!!お前ら……」

「一人で格好つけてんじゃねぇ!!」

「俺達もいるぜ!!」

 

鬼道に不動、染岡も加えた三人掛かりのシュートブロック。だがそれでもシュートの勢いは止めらない。僅か数秒の間は持ち堪えたが、結局三人纏めて弾き飛ばされる。

 

「僕だって……雷門の一員だ!!」

「目金君!?」

 

三人が持ち堪えている間に後方へと回り込んだのであろう目金が、その身をシュートの軌道上に投げ出す。盛大に吹っ飛ばされ、もんどり打ってグラウンドに倒れ込む目金の姿に、ベンチの木野が悲鳴を上げる。

 

三人掛かりの抵抗と目金の献身により、僅かながらにシュートの威力は削がれた。そしてディフェンスが体制を整えるには充分な時間を稼ぐことに成功した。

 

「ザ・タワーV2!!」

「ボルケイノカット!!」

 

それぞれがバラバラに必殺技をぶつけたところで、〈アイシクルロード〉は止まらない。だからこそ、力を合わせる。

 

本来なら壁のように広がるはずの〈ボルケイノカット〉の炎が、塔子の形成した塔に纏わりついていく。瞬く間のうちに炎は燃え広がり、燃え盛る炎の塔が完成した。

 

「ザ・ウォール改!!」

「影縫い!!」

 

更にその背後では、壁山が創り出した岩壁に影野が影を纏わせることによって強度を底上げし、シュートに備える。ブロック技を持たない栗松も壁山を背後から支え、少しでも力になるべく行動している。

 

この土壇場で、二つの新たな連携ディフェンス技が生まれた。日本全土を見渡しても、比肩するものはないであろう強固なる守り。それを〈アイシクルロード〉が容赦無く削り取っていく。これだけやってもまだ止まらない。が、しかし無駄でもない。炎による熱が冷気を奪い、防壁を砕く過程で確実に威力は落ちてきている。

 

「そんな物で……止められるものか!!」

 

遂に炎の塔と影を纏った岩壁が崩壊し、ボールは雷門ゴールへと向かう。もうディフェンスは居らず、残るは最後の砦であるキーパーの源田のみ。

 

────止める。このシュートだけは止めてみせる。

 

迫り来るボールを前に源田は思う。この5失点の責任は全て自分にあると。ゴールを守っていながら、肝心な場面で何も出来ていない。吹雪以外のシュートはかなりの数を防いでいるが、そんなものは何の言い訳にもなりはしない。例え100本のシュートを止めようが、1本でも決められればそれはキーパーの責任であり、失態だ。

目の前に迫っているシュートの威力は度重なるシュートブロックにより、かなり落ちているはず。本来なら一人で守らなければならないゴール。それをここまでしてもらって守れないのであれば────

 

────俺に、このゴールを守る資格は無い!!

 

胸に手を当てた源田の両眼が赤く輝く。背後に現れたオーラで形作られた獣が咆哮を上げる。あらん限りの力を込めて地を蹴り、前方へと飛び出す。その勢いのままに、獣の牙に見立てた両腕でボールを上下から挟み込み、受け止める。

 

「ハイビーストファング……V2ゥゥゥ!!!」

 

ギュルギュルと音を立てて回転するボールを、懸命に抑え込む。獣のオーラが徐々に凍り付いていくのも気にせず、弾かれそうになる腕を気合いで押し留める。

皆が固唾を飲んで見守る中、少しずつボールの勢いは無くなっていき、やがて源田の両手にボールが収まった。源田が俯いていた顔を上げ、掴み取ったボールを高々と天に掲げる。

 

「おおおおおおおおおお!!!!」

 

「源田!!」

「止めた……止めたぞ!!」

「やった……!」

 

源田が感情を爆発させ、雷門イレブンはその光景に歓喜の声を上げる。

そして、それを驚愕の表情で見つめる者が一人。

 

「馬鹿な………私のシュートを……アイシクルロードを止めただと……?」

 

いくら人数を掛けて威力を削られたとはいえ、自分のシュートが止められる等とは微塵も考えていなかった吹雪は、すぐには事実を受け入れられず呆然と立ち尽くす。しかしまだ試合は終わってはいない。そんな吹雪に構わず、展開は動く。

 

「風丸!」

 

源田のロングスローにより、ボールは中盤の風丸へ。パスを受け取り、直ぐ様反転した風丸がドリブルを開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪がシュートを打った時、反射的にディフェンスに向かおうとした。だが理性がそれを踏み留まらせた。例え吹雪のシュートを止められたとしても、それだけでは駄目なのだ。リードしている状況ならともかく、今は得点を奪いに行く必要がある。吹雪のシュートを止めた後、悠長に時間を掛けて攻めていては点を奪うのは難しい。かといってロングパスはカットされる可能性が高い。だからこそ、素早くカウンターを決めゴール前へとボールを繋ぐ為に、攻撃の駒を残しておかなければならなかった。

吹雪のシュートを止められる可能性がどれだけあるかなんて正直分からなかった。一歩間違っていれば、俺が戻らなかったばかりにシュートを止められず、試合が決まっていた恐れすらあった。

しかし、確かにこうしてボールは俺の元に届いた。だから─────

 

────今度は、俺の番だ。

 

「調子に乗るなよ……凡人共がぁぁぁ!!!!」

 

シュートを止められた動揺から立ち直った吹雪が、憤怒の形相を浮かべこちらに向かってくる。

 

────俺が凡人だなんてことは、俺自身が一番よく知っている。

 

ずっと、俺よりも凄い奴らの背中を追い続けてきた。隣に立ちたいのに、いつまで経っても追いつけない、その背中。

豪炎寺の様に、ゴールを奪うことが出来る訳じゃない。円堂の様に、相手のシュートを止めることも出来ない。なら、俺には何が出来る?

 

────そんなの決まっている。

 

俺にあるのはこの脚だけだ。俺が勝負出来るのは速さしかない。

 

吹雪が背に従える異形が躊躇いなく、その手に持つ槍を振り下ろす。咄嗟に横に飛び、その一撃を紙一重で回避する。だが、勿論それで終わるはずもない。追撃の二撃、三撃、薙ぎ払い。縺れそうになる足を必死に動かし、それらを何とか躱していく。

 

「このボールだけは……絶対に渡さない!!」

「ッ、ちょこまかと……!!」

 

 

躱す、躱す、躱す。風丸は歯を食いしばり、懸命にボールをキープしながら、振り下ろされる槍を何とか凌いでいく。今の吹雪は完全に頭に血が上っており、動作が大振りになっていることもあり、何とか保っているこの均衡。

それは口が裂けても舞い等とは呼べない、泥臭く不格好な姿。しかし必死に、ボールを繋ごうと全力を尽くすその姿は、見る者の心を熱くする。

 

 

────もっとだ……!もっと速く……!!

 

そう思っても、この足はこれ以上速くは動いてくれない。文字通り息付く暇もなく、脳が酸欠を訴え視界が白ずむ。頼むから、もう少しだけもってくれ。もう少し、もう少しなんだ。皆が繋いだこのボールを、俺が────

 

「────あ」

 

その一撃を、躱すことが出来ないと悟る。まるで走馬灯の如く、自分に向かってくる槍が、ゆっくりとスローモーションで見える。動いてくれとどれだけ願っても、鉛の様に重くなった体は言うことを聞いてくれない。結局、無理なのか。俺では、何も─────

 

 

 

 

 

『皆を頼んだぜ、風丸』

 

 

ふと、あの時に聞いた最後の言葉が、脳裏を過った。

 

 

「─────ぁぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

既に限界だったはずの風丸の体が加速する。突風を纏い、今までにない速度で駆け抜けた先には、吹雪の姿はなかった。

 

「いっ………けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪を抜き去った風丸からパスが送られる。その行き先に待つのは染岡。このボールをしっかりとトラップし、染岡はボールを上空へと蹴り上げる。ボールを追うように現れた翼竜の体躯は今までよりも逞しく、鱗の持つ輝きも強く。

皆が守り、風丸が繋いだ、沢山の想いが込められたボール。その想いに、染岡は応える。

蒼き翼竜と同じ輝きを持つボールが、翼竜に導かれて染岡の元へと急降下。そのボールを、渾身の力をもって打ち出す。

 

「ワイバーンクラッシュ……V2ゥゥゥゥゥゥ!!!!」

 

進化した染岡のシュートが、白恋ゴールに向かう。

 

「さ、せるかァァァァ!!!!」

 

しかし、その凄まじい執念の成せる業か、風丸に抜き去られたはずの吹雪が、染岡の放ったシュートの前に立ちはだかる。

 

「これで…………何!?」

 

染岡のシュートを打ち返そうとした吹雪だったが、それよりも早く染岡のシュートがコースを変える。蒼き翼竜は再び大空へと舞い上がる。

 

────頼んだぜ。

 

染岡は知っている。自分の弱さを。染岡は知っている。同じストライカーとして、彼らの強さを誰よりも。

だから、迷わずに最後を託すことが出来る。染岡はその強さを持っている。

 

 

北国の空に、闇色の彗星が上る。激しい回転を伴いながら上空のボールへと向かうその彗星は、更なる力の高まりを示すかの如く、やがて赤雷を迸らせる。

 

 

「ダーク………トルネェェェェェェェェドッッッ!!!!!!!」

 

 

遥か上空から黒と蒼が入り交じった色合いのシュートが放たれる。翼竜の澄んだ蒼色の鱗が、黒く染まっていく。赤雷を纏う翼竜が、その身を漆黒へと変え、咆哮を上げながら白恋ゴールへと突っ込んでいく。

 

「今度こそ終わりにしてやる!!アイシクル………ロードォォ!!」

 

それを見た吹雪は一歩も引かず、自身の化身技をもってこのシュートを打ち返しにいく。

漆黒の翼竜とゲルダの槍が正面からぶつかり合い、轟音と衝撃波が辺りに撒き散らされる。その正面衝突の均衡は、ほんの一瞬で崩れ去る。

 

「な……何………!!」

 

シュートの威力に負け、吹雪の体が徐々にではあるが、確実に後方へと押し込まれていく。

 

「何だ……このパワーは……!!」

 

自分が力負けしているという事実に驚愕の声を漏らす吹雪。化身を使っている吹雪に対して、鬼道は化身を使うどころか体力すらもろくに残っていなかったはずなのだ。到底理解出来るはずもない。

 

「これが……信頼が生む力、だとでも言うのか……!!そんなもので……この私が……!!」

 

『いけええええええええええええ!!!!!!』

 

その声援に後押しされた漆黒の翼竜が、ゲルダの槍を弾き飛ばす。そのままゲルダの腸を食い破り、驚愕に目を剥く吹雪を飛び越え、白恋ゴールに食らいついた。

 

同時に試合終了を告げる笛の音が鳴り響き、雷門対白恋の死闘は引き分けという形で幕を閉じることとなった。




まるで最終回のような纏まり方だ……。


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円堂 究極の試練

なんか円堂書くのすげー久々な気すんな?と思ったけどよく考えたら更新速度落ちたせいでリアルだと最後に出てきてから四ヶ月ぐらい経ってた。そりゃ久々に感じるわ。


試合終了を意味する笛の音は酷く現実感が無く、ゴールの中に転がるボールを呆然と見つめ立ち尽くしていた。

 

────引き……分け……。

 

そんなものは私にとって敗北と同義だ。こんな結末、到底受け入れられるはずがないというのに、こんなにも苛立たしいというのに、同時にどこか清々しいような気分になっているのは何故だ。

 

『俺がお前に……本当のサッカーを教えてやる』

 

胸がざわつく。あんな奴らに私が絆されるなど有り得ない。そのはずなのに、この感情は、衝動は何なのだ。

 

「私は……何も間違ってなどいない。完璧である為に、必要なことをしているだけだ。………これまでも、これからも」

 

私は何も変わらない。私を縛るものは一つだけでいい。仲間などいらない。他人など、信じてもすぐにいなくなるだけだ。

 

 

どれだけそう自分に言い聞かせても、胸に灯った小さな熱は、中々消えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合終了から十数分が経過し、気を失っていた白恋の選手達も無事に目を覚ました。気だるげな様子こそあれど、後遺症のようなものは見られない。

 

「私にその程度の調整が出来ない訳がないだろう。まだ使える駒を自分で壊したりはせんよ」

 

呆れたような口調でそう宣う吹雪であるが、それが本心からの言葉かどうかは定かではない。

 

「さて、私が負ければお前達のチームに入るのだったな?負けを認めるのは癪ではあるが、見苦しく言い訳をするつもりもない。大人しくお前達の軍門に下るとしよう」

 

あっさりとそう宣言する吹雪に鬼道や風丸は少々拍子抜けしてしまう。大方よく分からない理屈を並べ立てて引き分けすら認めないのではないかと思っていたのだ。

 

「……一応引き分けだったんだが」

「この私を相手に引き分けたのだ。勝利に等しい栄光であろう?喜べよ」

 

相変わらずの上から目線の物言いではあるが、そこに敵意は無い。

 

「ま、まあとにかく、力を貸してくれるってことでいいんだな?」

「最初からそう言っているだろうが。理解力の無い愚図め。お前の頭の中には綿でも詰まっているのか?」

 

もう一度確認しておこうと問い掛けた言葉に返ってきた罵倒に、思わず顔がひくつく風丸だったが、これからは仲間としてやっていくのであればこれにも慣れねばなるまいと出掛かった言葉を飲み込む。

 

「それじゃ───」

「ちょっと待ってくれ!」

「って、土門?」

 

よろしく、と綺麗に纏めようとしたところで待ったが掛かる。何やら真剣な顔で一歩前に出て、土門が口を開く。

 

「なあ、本当にそんな奴をチームに入れるのか?皆も見ただろ?こいつがチームメイトに何をしたか!本当にこいつを信用していいのか!?」

 

それは誰しもが思っていたことだ。鬼道や不動、そして風丸もまた、よりチームが強くなる為にそれを許容しようとした。しかしそれが出来ない者もいる。

 

「土門の言う通りだ。そんな奴いなくたって、俺達だけで戦っていける」

「染岡……」

 

土門に続いて染岡もそう言うが、同じようなことを思っているのは殆ど全員だろう。それ程に吹雪の印象は悪い。

 

「別に私は構わないぞ?無駄な時間を潰すことが無くなる訳だからな。お前達の好きにするといい」

 

そしてそこに更に油を注ぐ吹雪。本当に興味が無い、というよりは雷門の面々の反応を見て面白がっている様子だ。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい!貴方達!」

 

この流れに慌てるのは瞳子だ。彼女からすれば吹雪は多少の不和を許容してでも確実に確保すべき戦力である。この先のエイリア学園との戦いにおいて、吹雪の力は必ず必要になる。瞳子はそう判断している。

 

「黙れ女。誰もお前の意見など聞いていない。引っ込んでいろ」

「貴方、私に対しては特に当たりが強くないかしら……?」

 

やり取りに割って入ろうとした瞳子だったが、吹雪に一蹴される。何もしていないのに何故か敵視されていることを嘆いてしまうのは致し方ないことであろう。

 

「許せ。監督やコーチといった人種は生理的に気に入らないだけだ」

「り、理不尽だわ………」

 

思わずそうぼやいてしまう瞳子であったが、無理に意見を通そうとして吹雪に臍を曲げられでもしたら困る為、一旦大人しく引き下がる。その背中に哀愁が漂っているように見えるのは気のせいだと思いたい。

 

「風丸、お前が決めろ」

「鬼道?」

 

そんな中、鬼道は風丸に決定権を委ねる。押し付ける訳ではなく、そうするのが相応しい為に。

 

「今はお前が雷門のキャプテンだろう。なら、最後に決めるのはお前であるべきだ」

「鬼道……。でも、さっきの試合でも実際にチームを引っ張っていたのはお前だったし……」

「そんなことは関係ないだろう。それに引き分けという結果を引き寄せたのはお前だぞ」

「えっ?」

 

身に覚えのないことを言われて疑問の声を漏らす風丸に、鬼道はため息を吐いた。

 

「俺達が力を合わせて活路を見出す中、お前だけはたった一人で吹雪を抜いて見せた。最後のゴールはお前がいなければ存在しなかった。お前は充分、頼れるキャプテンだよ」

「鬼道……」

 

そんなことを言われるとは思っていなかった為、面食らってしまった風丸だったが、鬼道が嘘を言う理由もない。鬼道の言葉をきちんと受け止める。

 

「あの……すみません……」

「ん?……目金?」

 

声がした方を見やる風丸。そこにいるのは目金なのだが、少し様子がおかしい。

 

「どうやらさっきの試合で足を捻ってしまったようで……」

「ええ?」

「大変!音無さん、救急箱!」

「は、はい!」

 

木野と音無がすぐに手当てを行ってくれているが、足を引き摺っていたようだし、すぐにはプレーするのは難しいだろう。無理をすれば悪化させるだけだ。

今の雷門は人数がギリギリであり、1人でも欠ければ人数が足りなくなる。とはいえ目金を責めるのはお門違いというものだろう。先の試合で全力を尽くした結果であり、事実として他の選手に実力で劣りながらもよくチームの為に働いてくれた。

しかしこのタイミングでこうなった以上はもう答えは決まったようなものだ。

 

「……吹雪」

「どうやら決まったか。私はそこの奴の代わりか?穴埋めが見つかるまでは精々我慢────」

「違う」

「……何?」

 

吹雪の言葉を風丸が遮る。訝しげに風丸を見る吹雪を、風丸は真っ直ぐに見つめ返す。

 

「人数が足りないのも理由の一つではある。でも、きっとあいつなら、円堂ならお前のことも受け入れると思ったからだ」

「……円堂……守か……」

 

円堂の名前を聞き、少し考えるような仕草をする吹雪だが、風丸には吹雪が何を考えているのかは分からない。けれど、吹雪も円堂のことは知っているのだなと意外に思った。自分以外は例外無くどうでもいいとでも思っているかと思っていた。

 

「そんな何の根拠も無い理由で私を受け入れると?周りの意思を無視して」

「手厳しいな……。だけどさ、俺達はまだ会ったばかりだろ?お互いのことを分かったって言うには、まだ早すぎると思うんだ。一緒にプレーしていれば、きっと分かり合えると思う」

「……甘い考えだ」

「だな。円堂のお人好しが移ったのかもな」

 

風丸が目の前の吹雪に向かって、右手を差し出す。

 

「よろしくな、吹雪」

「…………」

 

差し出された右手に対し、吹雪もまた右手を伸ばし─────

 

────風丸の手を払い除けた。

 

「何か勘違いしているようだから言っておくが、私はお前達の仲間になるのではない。ただ力を貸してやるだけだ。どう使うかはお前達の勝手だが、精々足を引っ張ることのないよう気をつけるんだな」

 

吹雪の言葉に風丸は苦笑を浮かべる。分かり合えるとは言ったが、それなりに長い時間が必要になるだろう。今は辛抱強く付き合っていくしかない。

 

「皆も、一先ずそれでいいか?」

 

「分かった……。今はそれでいい」

「……チッ」

「は、はいッス……」

 

土門や染岡も吹雪を仲間にするのが、戦力的に見れば最適であることは理解している。全て納得した訳ではないだろうが、今はそれを飲み込む。他の者も反対意見を言う者はいないようだ。

 

 

風丸は雲間から光が差し込む北海道の空を見上げる。同じ空の下、円堂もどこかで頑張っているのだろう。風丸には何をしているのかは分からないが、円堂の帰る場所であるこのチームを、しっかりと守っていこうと思う。代理であれ、このチームのキャプテンとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ああ、今日はよく晴れてるなぁ……。

 

雲一つない綺麗な青空を見つめながら、目の前の現実から目を逸らす。自分で言っていて少し悲しくなってくるが、理不尽なことには慣れているつもりだ。訳の分からない転生、いや憑依か?まあどっちでもいいか。から始まり、始まる前から崩壊していた原作に何故か強くなっている敵チーム。阿呆なことを言い出す豪炎寺に、自重せずガンガン新技を開発する豪炎寺、明らかなオーバーキルを繰り返す豪炎寺に、旅に出るとか言って勝手に居なくなる豪炎寺。挙句の果てにチームから出て行く羽目になった。………あれ、おかしいな。豪炎寺が占める割合がやけに多いような……。俺の心労が多い原因はよく考えなくてもあいつか?今度会ったら一発殴ろう。

とまあ、色々言ってはいるが、こうしてチームから離れて世宇子と特訓してるのも、元を正せば自分の行動の結果だ。甘んじて受け入れるさ。

 

……だけど。……だけどさぁ……………これはないだろう?

 

「円堂守………サッカーを捨てろ!!」

 

 

頼むから今すぐ帰ってくれ。




はい、という訳で始まりました。円堂視点という名のオーガ襲来イベント。

脅迫されてチームから追い出された挙句、オーガをぶつけられる主人公がいるってマ?
ひっでぇ作者もいたもんやなあ……。


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招かれざる襲撃者

試合までいかなかった……。


 

「いくぞ円堂!」

「ああ、来い!」

 

俺が雷門を離れて世宇子の元に身を寄せてから、早くも二週間近くが経とうとしている。新たな必殺技の習得を目指し、俺は特訓に明け暮れる日々を送っていた。

 

「ディバインアロー!!」

「リフレクトバスター!!」

 

ヘラとデメテルが俺に向かって二人同時にシュートを放つ。俺は全身の気を練り上げ、このシュートを迎え撃つ。

 

「はああああ!!マジン・ザ・ハンド(ダブル)!!………どわっ!?」

 

薄らと形になった二体の魔神はシュートが触れた瞬間に消し飛び、そのまま俺は吹っ飛ばされ、シュートは二つ共ゴールネットを揺らした。

 

「くそっ……また失敗か……」

 

原作に則るのなら、俺が次に覚えるべき技は〈正義の鉄拳〉なのだろうが、ただ原作円堂の後追いをしても意味がないのはもう分かりきっていることだ。色々考えた結果、俺は世宇子との試合でアフロディの〈ゴッドブレイク〉を止めたあの技を習得することに決めた。技名は二体の魔神を出すことから、シンプルに〈マジン・ザ・ハンドW〉と命名し、技のイメージがはっきりしており、一度実際に使用したこともある技ということもあって、習得するのにさして時間は掛からないだろうと意気揚々と特訓を開始したのだが、これがさっぱり形にならない。

 

「ホント何でなんだろうなぁ……」

「………やはり特訓方法に問題があるんじゃないかい?円堂君」

「アフロディ……。でも最初はお前だって乗り気だったじゃないか」

「まさかあれからずっとやるとは思わないだろう?このままだと技を習得するよりも先に君の体が参ってしまうよ」

 

アフロディの言う特訓法とは二人同時にシュートを打ち込み、それを俺が止めるという実にシンプルなものだ。魔神を二体出すということで、それならシュートの方も増やせば何か見えるものがあるのではないかと考え、5日ぐらい前からこの特訓をしだしたのだが……。

 

「まあ、確かに何の進展も無いんだが……じゃあどうすればいいんだよ?」

「いや、それを僕に聞かれても……。ゴッドハンドやマジン・ザ・ハンドの時はどんな特訓をしていたんだい?」

「え?あ、いやそれは……」

 

〈ゴッドハンド〉は闇雲にひたすらタイヤ特訓を繰り返してただけだし、〈マジン・ザ・ハンド〉に関しては思いつきでやってみたら出来ただけだからなぁ……。ん?いや、待てよ……。

 

「タイヤ……」

「え?何か言ったかい?」

「タイヤだよ!」

「は?」

 

今までずっとやっていて、今この時出来ないこと。それはつまり一つだ。

 

「アフロディ!タイヤないか!?」

「た、タイヤ……?」

「タイヤ特訓だよ!やっぱ俺にはあれが必要なんだよ!」

「落ち着きたまえ、円堂君!?よく分からないが多分間違ってるぞ!!」

 

原作円堂も世界まで行ってもわざわざタイヤ探し出してやってたくらいだし、円堂守って人間にはやっぱりあれは必要なのだ。世宇子の皆のシュートが悪い訳ではないが、やはり何か物足りなくも感じるのだ。

 

「タイヤ持ってきてくれ、アフロディ!!」

「いや、だから……」

「いいから!!タイヤ!!」

「だからね……」

「タイ───」

「落ち着けと言っているだろう!!真ゴッドノウズ!!」

「んあ!?ちょっ、ちょっと待っ……!!グボァッ!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛てぇ……。何もゴッドノウズを打つことないだろう……?」

 

今日の特訓を終え、俺とは別に練習していた世宇子の皆と一緒にグラウンドの整備をしながら、頬のジンジンとする痛みに思わずぼやいてしまう。

 

「君が訳の分からないことを言い出すからだ。ストレスも溜まってるんだろう。丁度いいから明日はゆっくり休むことにするといい」

「え?い、いや、ちょっと待ってくれ。こんな時に休むなんてそんな……」

「こんな時だからこそだよ。急がば回れという言葉もあるだろう?体は大丈夫でも、精神が疲弊していては必殺技なんて完成しないさ」

「………」

 

確かに、ずっと特訓を続けてはいるが、最近は上手くいかないことで不安ばかりが大きくなってきている。少なくとも、特訓を開始した当初と比べて後ろ向きなことを考えることが多くなっているのも事実だ。

 

「………はあ。やっぱ我武者羅にやっても駄目ってことか。分かった。明日は大人しく休んでおくよ」

「そうするといい。気分転換すれば、何か良い案も思いつくかもしれないしね」

「そうだな。ありがとう、アフロディ」

「礼には及ばないさ」

 

何か俺はいつもから回ってばっかだよなぁ……。こんなんじゃ雷門の皆に笑われちまうよ。風丸に色々押し付けた手前、俺がこれくらいで躓いてる場合じゃないってのに……。

 

「何だあれ?」

 

誰かが呟いたその声に思考の海から戻って来た俺は、何かあったのかと周りを見回す。するとグラウンドの中央辺りが何やら光っている。

 

「あれは………って、眩し!?」

 

少し見ていると急に光が強くなり、思わず目を瞑ってしまう。そして目を開けた時には、予想外の光景がそこにあった。

 

「………はい?」

 

さっきまでは確かにいなかった、軍服姿の集団。特に中心に立つ人物の容姿には覚えがある。銀髪に褐色の肌。額には何かの紋章のような刺青。

 

────バダップ?ってことはもしかしなくてもオーガ?え、いや何で?

 

「………イレギュラー発生。こちらオーガ。応答願う」

 

オーガといえば劇場版、及びゲームでは三作目となる世界への挑戦に登場するチームで、その正体は歴史を変える為に80年後の未来からやって来た兵士達。その圧倒的な実力で円堂達を窮地に追いやった実力者達だ。

 

────マジで何で?来るタイミングおかしくね?

 

「………応答無し。作戦指揮の全権をバウゼンよりバダップへと移行」

 

劇場版ともゲームとも襲撃してくるタイミングが違う。というか彼らの理屈ならもっと大勢の観客がいるような舞台の方が望ましいのでは?劇場版でオーガが歴史を変える為に、襲撃するタイミングをフットボールフロンティアの決勝戦に定めていたからこそ、俺も大きな節目さえ変わらなければ最低限の原作の流れは守れると判断したというのに。

 

「標的を確認。作戦を修正」

 

それに、そもそもの前提としてこの世界線はオーガのいる歴史と繋がっているのか?以前、鬼道はプロトコルオメガの襲撃を受け、天馬とフェイの加勢によりそれを退けたと聞いた。天馬達が登場するイナズマイレブンGOとオーガの存在する歴史は別物だと思っていたが、俺の認識が間違っていたのか?

 

「フェイズ1、スタート」

「………!?」

 

混乱から立ち直ることが出来ず、思考を続ける俺の視界が歪む。それと同時に平衡感覚も覚束なくなり、一瞬ふらついてしまう。そして、気づけばそこは世宇子中ではなく、見覚えのあるスタジアムだった。

 

「ここは……フットボールフロンティアスタジアム?」

 

転移させられたのか?何の為に?よく分からないが、試合をするだけなら世宇子中のグラウンドでいいんじゃ……。

 

「え?………あれ?」

「俺達、何でこんなところに?」

 

耳に届いた声に振り向けば、そこには世宇子の皆の姿があった。どうやら一緒に連れて来られたらしい。いまいち状況が飲み込み切れないが、少なくともオーガの狙いは俺であるのだろうから、皆は巻き込んでしまった形になる。申し訳なく思いはするが、こうなったら一緒に戦ってもらうしかないか。

 

「スタジアムが……」

 

そして、俺達が立ち尽くす中、フロンティアスタジアムもまた、その様相を変えていく。全国のサッカー少年達が日本一を掛けて戦う、いわば俺達の聖地とも呼べる場所が、元の様子とは似ても似つかない禍々しい雰囲気のスタジアムへと変貌した。

 

────これがオーガスタジアム……。実際に見ると不気味というか、悪趣味だな。誰だよ設計した奴は。

 

「チームオーガ、戦闘を開始する」

 

やりたくねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──西暦20XX年──

 

「ええい!!まだか!まだオーガの消息は掴めんのか!!」

 

室内に焦燥を孕んだ怒号が響き渡る。声の主はフットボールフロンティアで雷門の監督を務めた響木正剛と瓜二つであり、何らかの血縁関係があるのではないかと思われる。

 

「だ、駄目です!指定していた時代のどこを探しても、オーガの反応は検知出来ません!」

「こちらも同様です!ヒビキ提督!」

 

その返答にヒビキは思わず顔を歪める。いったい何が起こっているというのか。

オペレーション・サンダーブレイク。歴史からサッカーを消し去る為にヒビキが考案し、推し進めてきた計画。その要である実働部隊のオーガを80年前の時代へと送り込んだ。そこまではよかったのだ。

問題はここから、過去へと送り込んだはずのオーガとの通信が突如途絶えたのだ。それからは何度こちらから呼び掛けても応答は無く、80年前だけでなく、その前後となる過去と未来にも捜索の手を伸ばしているが、未だ朗報は無い。

 

「これは……ヒビキ提督!こちらをご覧になってください!」

 

そんな中、ヒビキに見せられたのはオーガのバイタルや周囲の環境を分析していた観測データ。それが何を示すのか、すぐには分からなかったヒビキであるが、僅かな時間を置いてその不可解さを理解する。

 

「何だ……これは?これは自然なデータではない……。設備の誤作動やエラーはなかった。何者かの……外部からの干渉、ハッキングでもなければ、こんなデータは……」

 

ある一時を境に全くの無を映し出すデータだが、こちらがオーガを捕捉出来なくなったタイミングの数分前からのデータが、作為的に書き換えられた形跡がある。

まるで、こちらが状況を認識するのを遅らせるのが目的のように、あたかもまだオーガの存在を捕捉出来ているように見せる偽造データ。

 

この場にいる者が不正を行ったのであれば、監視システムによりすぐに分かる。故に犯行は外部の人間に限られる。だが、この計画を知る者はこの場にいる者で全てのはず。あらゆるリスクを考慮し、極少数の精鋭達だけで秘密裏に進めてきた計画なのだ。どこから計画が漏れたのか、そして何の目的があるのか。

 

「いったい………誰が……」

 

 




オーガ襲来は小説版を1度読んでみたいと思ってたんですが、いまさらわざわざ買うのもなあと思ってしまい手が出せないでいます。
そういえば当時は何でこいつら馬鹿正直にサッカーで勝負挑むんやろとか思ってましたけど、円堂の影響力が大きすぎて下手に暗殺とかしてしまうと歴史が歪むらしいですね。流石教祖様やでぇ……。


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戦慄!オーガの力

遅くなってすまねえ……。
考えるの面倒だから、細かいとこはご都合主義で押し切るわ。
後からどうにか帳尻合わせればええやろ。


あれからどうにか話し合いで解決出来ないかと対話を試みたのだが、全く要領を得ない返答が帰ってくるだけだった。

こうなった時点で試合をする以外に道はないらしい。

 

「はあ……。なんかごめんな。変なことに巻き込んじまって」

「いや、試合をするのはいいんだけれど……。どういう状況なんだい、これ?」

「正直俺もあんまよく分かってないんだが……友好的じゃないことだけは確かだな」

「……そういえばさっきもサッカーを捨てろだとか言ってたね。彼らの目的は円堂君ということか………」

 

そう言って少し考え込むアフロディ。あいつらのことを知識として知ってる俺は兎も角、こいつらからしたら本当に訳が分からないだろうからな。

 

「分からないことは多いけれど………君が戦うと言うのなら、僕達も力を貸そう。恩人である君を見捨てるような真似は出来ないからね」

「聖人か?お前」

 

前からたまに思ってたが、神のアクアを使ってた頃と比べてこいつ性格変わり過ぎじゃないか?いや、元々こっちの方が素なんだろうけど。

 

「何だか知らんが、こんな奴らさっさと倒して帰ろうぜ」

「俺達に気を使う必要はないぞ。俺達は俺達で勝手に戦うだけだからな」

「世宇子のゴールは任せるぞ、円堂」

 

デメテルやヘラ、ポセイドンもそんな言葉を掛けてくる。原作だと世宇子のメンバー個人を掘り下げるようなエピソードはなかったから分からなかったけど、実際に関わってみると気の良い奴らなんだよな。

劇場版だと世宇子はオーガに36-0の大差で敗れた。神のアクアを使用した状態の世宇子がだ。とは言っても今の世宇子は弱体化したとはいえ、原作の世宇子よりかはまだ強い。同じようなことにはさせない。36点も死んでも取られるものか。そんな阿呆みたいな大量得点が許されるのは豪炎寺だけだ。

 

────俺はサッカーを捨てたりなんてしない。必ず勝つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーガの待つフィールドに世宇子の選手達が散らばっていく。俺は世宇子のユニフォームを持ってないから雷門のものを着ているが、ゴールから見える景色は全然違って新鮮だな。

………中でも10番を背負ったアフロディの背中を見ていると違和感を覚えるな。俺にとっての10番は豪炎寺ってイメージが染み付いてるから、味方で違う奴が10番付けてるのは嫌って訳じゃないけど、何となくしっくりこない。勿論アフロディが相応しくないなんて思ってる訳じゃないが。

世宇子の皆も定位置について試合の準備が整った訳だが、審判とかどうするんだろうか。

 

すると俺の視線の先でバダップが徐ろに右手を上げ、フィールド脇の上空へと向ける。ほんの一瞬の間の後、バダップの右手の先にホログラムで試合時間が表示された。………そんな便利な技術あんの?

で、審判は………もう何もする様子はないな。え、審判無し?ウッソだろお前。……いや、待てよ。よく考えたらいてもいなくてもあんま変わらんか。どうせ試合続行可能かどうかの判断ぐらいしかしないし。

 

ボールは俺達から開始みたいだな。試合開始を告げる笛の音が鳴り響き、試合が………え?今どっから笛の音聞こえた?誰もいないんだが?

…………うん、考えるのはよそう。今は試合に集中だ。

 

 

 

 

 

デメテルが軽くボールを蹴り出しキックオフ、と同時に一瞬で距離を詰めたエスカバとミストレによってボールを奪われる。

かなりのスピードだな……。あの時見たグランの目で追えない程の理不尽な速度ではないものの、ついて行くのは相当難しいだろう。

俺の考えを肯定するかの如く、パスを回すオーガの選手達にこちらは全く対応出来ていない。

 

「無理に追うな!ゴール前を固めろ!」

 

闇雲に追い回しても体力を消耗するだけだ。相手の動きに慣れるまではとにかくゴールを死守するしかない。俺の指示に従い、ディフェンス陣はゴール前を塞ぐようにポジショニングをとる。しかしこれは────

 

「馬鹿!もう少し広がれ!密集し過ぎだ!!」

 

ゴール前を固めろとは言ったが、これはやり過ぎだ。サイドもがら空きになってしまっているし、目の前にDFが集結したせいで俺の視界も制限されてしまっている。

自分の指示が生んだ状況に危機感を覚えていると、ボールがエスカバに渡ったのが見えた。ゴールから少し離れた位置ではあるが、そのままシュート体勢に入る。

エスカバの背後の地面から赤い色をした箱のような物が現れ、そこにエネルギーが充填されていく。

 

「デスレイン!!」

 

エスカバがシュートを放つと同時に、その背後から無数の砲撃が放たれる。空を埋め尽くす、漆黒の光弾は正しく雨のようだ。

 

「「「裁きの鉄槌!!」」」

 

このシュートをブロックするべく、ディフェンス陣が一斉に必殺技を発動するが、この瞬間においてはそれは悪手だった。

 

────しまっ……!?これじゃ見えねぇ!!

 

〈デスレイン〉の光弾は数こそ多いが、本物は当然一つだけだ。ならばそれ以外をブロックしたところで意味は無い。重要なのは本物のボールを見分けることなのだが、眼前に展開された〈裁きの鉄槌〉の壁がブラインドになってそれが見極め切れない。更にはその壁もほんの僅かな時間で粉砕される。

 

「本物は……これか!!ゴッド……ぐあっ!!!!」

 

シュートがゴールに届くまでの一瞬で本物を看破し、〈マジン・ザ・ハンド〉よりも発動の早い〈ゴッドハンド〉で対応しようと試みるも、それすら間に合わず体ごとゴールに叩き込まれた。

 

オーガ、先制。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すまん円堂……。俺達のせいで……」

「いや、お前らのせいじゃない。今のは俺のミスだ」

 

アポロンが真っ青な顔で謝ってくるが、そもそも今のは雷門の皆と同じ感覚で指示を出した俺が悪い。俺達は一緒に特訓をしていたが、こんなことになるなんて予想してなかったし、当然ディフェンス間の連携の確認も練習も行っていない。そんな状態じゃこうなって当たり前だ。

それに加えて世宇子は神のアクアを使っている間、格下の相手とばかり戦っていて連携をとって守備をする機会などずっと無かったことも拍車を掛けた。

少なくとも俺がきちんとその辺りを考慮出来ていれば、こんな失点の仕方はしなかったはずだ。

 

「誰のせいでもないよ。まだ1点だ。切り替えていこう」

「……そうだな。次は止めてみせる」

 

アフロディの言葉に頷き、気持ちを切り替える。まだ試合は始まったばかり、いくらでも取り返す時間はある。

 

 

試合がリスタートし、今度はこちらがパスを繋いで攻め上がっていく。ボールはデメテルからヘラ、アフロディを経由してヘルメスへ。

 

「ヘブンズ───」

「「「シグマゾーン!!」」」

 

〈ヘブンズタイム〉による突破を図ったヘルメスだが、それよりも早く、ドラッヘ、イッカス、ジニスキーの連携技でボールを奪われる。

ドラッヘが奪ったボールをすかさずエスカバへと繋ぎ、エスカバがそのままドリブルで攻め込んで来る。

 

「エンゼルボール!!」

 

エスカバの進路に立ちはだかったディオとヘパイスだったが、エスカバが軽くボールを蹴り上げると、ボールに天使のような輪っかと羽が生え、自由自在に空中を飛び回るボールを捉えきれず、あっさりと二人は抜き去られてしまった。

 

────こいつら、必殺技はゲーム仕様かよ!?

 

劇場版では展開や尺の都合もあってか、バダップ、エスカバ、ザゴメルの三人しか必殺技は使用しなかった。だが、ゲームにおいて登場した際には全員が強力な必殺技を覚えていた。そして重要なのはこいつらが登場したのは三作目の世界編であり、当然必殺技も世界でも通用するレベルの強力な技が多い。こっちがゲーム一作目に相当する、フットボールフロンティア編の技しか殆ど使えないことを考えると、かなり状況は厳しくなった。

 

ゴール前まで攻め込んで来たエスカバを止めようと、アポロンとアレスが向かっていくが、エスカバは二人を充分に引き付けて逆サイドのミストレへとパスを出す。完全に逆を突かれた形となり、ノーマークのミストレへとボールが渡る。

ミストレは上空高くへとボールを蹴り上げ、それを追うように自分も跳躍。両足でボールを捻じるように変形させ、赤黒い稲妻が迸る。

 

「デススピアー!!」

「あれは、鬼道君の……!?」

 

ミストレが〈デススピアー〉を使ったことに驚愕するアフロディ達だが、そんなものはお構い無しに強烈な不快音を響かせながら、死の槍は雷門ゴールへと墜ちる。

 

「あの時は一人じゃ無理だったが……今度は止める!!」

 

帝国戦の時よりも、俺だってずっと強くなっているんだ。〈デスブレイク〉なら兎も角、〈デススピアー〉なら止められない道理はない。

左手を胸に当て気を集中、それを爆発させ背後に白銀に輝く魔神を形成する。更にその体躯を覆うように気をまとわせ、鋼鉄の鎧と化す。

 

「マジン・ザ・ハンド!!」

 

俺の動きと連動し、突き出された魔神の左腕が迫り来る死の槍を受け止める。瞬間、あまりの負荷に吹き飛ばされそうになる体を懸命に抑え込む。

 

────お、重い……!!あの時の鬼道のデススピアーよりも……!!

 

あの時感じた威力も恐ろしいものだったが、当時の鬼道より高い身体能力を持つミストレが放った〈デススピアー〉は、それを更に上回る。

負荷に耐え切れず、魔神の纏う鎧に罅が入り、徐々に砕け散っていく。

 

「ッ………く……お…ぉぉ………!!」

 

ギリギリのところで数秒踏み留まったものの、抵抗虚しく魔神は消し飛ばされ、ボールはゴールへと向かう。

失点を覚悟した俺だったが、必死の抵抗が功を成したか、ボールはゴールバーに嫌われフィールド外へと弾き出される。

 

「た……助かった……」

 

辛うじて失点は免れたが、決して喜べる内容ではない。ミストレの放つ〈デススピアー〉でこれなのだ。よりキック力は上であろうバダップの放つ〈デススピアー〉はほぼ止めるのは不可能と見て間違いない。〈デスブレイク〉に関しては正直考えたくもない。

 

「立てるかい?円堂君」

「え?あ、ああ。ありがとう、アフロディ」

 

いつ間にか戻って来ていたアフロディの手を借り、立ち上がる。

 

「彼等、想像以上の実力だね……」

「ああ……。正直このままだと不味いな」

 

今のままだと、相手の動きに慣れるとかどうこう言ってられる状況じゃない。攻められっぱなしじゃいつかジリ貧になる。

 

「……円堂君、どうにかして僕にボールを繋いでくれないか」

「何か考えがあるのか?」

「ああ。この流れを一度断ち切る」

「……分かった。任せろ」

 

アフロディにどんな考えがあるかは知らないが、今はやれることは何でもやるべきだ。上手くボールを確保出来ればいいんだが……。

 

 

オーガのコーナーキックから試合が再開される。サンダユウの蹴ったボールはゴール前上空へと高々と上がる。そのボールに反応するのはエスカバとミストレ。どっちがシュートを打つつもりかは分からないが、どっちにしろ〈デススピアー〉が飛んでくるのは確実だろう。だが───

 

「させるかぁぁぁぁぁ!!!!」

「「!?」」

 

その場で跳躍し、ゴールバーを足場にして更に飛ぶ。驚愕に目を見開くミストレとエスカバの頭上のボールを思い切り殴り付ける。

 

「いっっけぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

渾身の力を込めてパンチングし、クリアしたボールが中盤のアフロディの元へと一直線に向かう。コーナーキックで上がって来ていたオーガの選手達はこれをカット出来ず、アフロディへとボールが通る。

 

────さあ、ボールは届けたぜ。いったい何する気だ?

 

「………いくよ」

 

その背に純白の六枚羽を形成したアフロディが、ボールと共に上空へと舞い上がる。

 

「まさか!?その位置から打つつもりか!!」

 

上空のボールがアフロディの送り込む気によって白い稲妻を纏い、その表面を圧縮された気が覆う。そのボールをアフロディが渾身の力で蹴り放つ。

 

「真ゴッドノウズ!!」

 

敵味方全員の意表を突いた、自陣からの超ロングシュート。文字通り今までの流れを完全に一刀両断するそのシュートが、オーガのゴールへと向かう。

かなり強引ではあるが、今の状況なら有効な一手だ。それに〈ゴッドノウズ〉のパワーなら〈ニードルハンマー〉ぐらいならもしかして破れるんじゃないか?

 

しかし、そんな俺の甘い考えを嘲笑うように、オーガの誇る堅牢なるゴール前の壁が、シュートの前に立ち塞がる。

 

ブボーがその小さな拳を地面に叩きつけると、周囲の地面が隆起し、それにより衝撃波が巻き起こる。

ゲボーが上空で回し蹴りを放つと、その前方に禍々しい紫色の衝撃波の壁が形成される。

 

二重の壁に正面から衝突した神の一撃は、ゴールに届くことすら出来ずその勢いを失った。

 

「ゲボゲボゲボ!」

「ブボブボブボ!」

 

「なっ……!?」

 

今のは……〈グランドクエイク〉に〈デーモンカット〉か?共に世界編でも上位に位置づけされる強力なディフェンス技だが、距離があったとはいえアフロディの〈ゴッドノウズ〉の威力を殺し切るとは……。

 

 

 

〈デスブレイク〉はおろか〈デススピアー〉を止めることすら難しく、オフェンスはFW二人の〈エンゼルボール〉と〈デビルボール〉、それにゲーム通りなら〈キラーフィールズ〉もあるよな。ディフェンスは〈シグマゾーン〉に〈グランドクエイク〉、〈デーモンカット〉。それを潜り抜けたとしても待ち受けるのは無印最強のキーパー技の一角足る〈ハイボルテージ〉。

おまけに個々の身体能力でも劣る上に、こっちは即席チームで連携すら危ういときた。

 

 

……………………これ勝てる要素ある?

 




作者は迷ったんだ。うん、散々迷ったんだよ。でも決め切れなくてね。
だから皆で決めてくださいお願いします。


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曽孫登場!?交わる歴史

アンケートにご協力いただきありがとうございました。
助っ人として登場するのは計352票を獲得した、豪炎寺&シュウペアに決定しました!


意表を突いたアフロディのロングシュートも得点には繋がらず、突破口を見出すことが出来ないまま、オーガの猛攻が続く。

 

「がっ!?」

「ぐああ!!」

 

フィールドを切り裂く弾丸の如きボールが、世宇子の選手達に着実にダメージを与えていく。最初は果敢にボールを奪いに行っていたが、次第に消耗していき、一人、また一人とフィールドに倒れ伏していく。

 

「デスレイン!!」

 

もう何度目か分からない死の雨が、俺の守るゴールに降り注ぐ。痛む身体に鞭を打ち、繰り出した〈マジン・ザ・ハンド〉も呆気なく粉砕され、シュートはゴールネットを揺らす。

 

リスタート早々にボールを奪われ、再び蹂躙が始まる。前半が終わるまでがこんなにも長く感じるのは、いつ以来だろうか。ディフェンス陣はもはやまともに動くことも出来ず、ゴール前でノーマークのミストレにボールが渡る。

 

「デススピアー!!」

 

全身の気を練り上げ魔神を形成しようとするも、身体の痛みで集中が途切れ、気が霧散する。せめてもの抵抗として突き出した右腕が弾き飛ばされ、そのまま身体ごとゴールに押し込まれる。

 

オーガのシュートが放たれ、それが俺の守るゴールのネットを揺らす。それが繰り返されること、これで()()

 

────勝て……ないのか。

 

個人としてならともかく、チームとしての実力差があり過ぎる。幾度となく襲い掛かるオーガのシュート、それを何度か止めることには成功している。ミストレの〈デススピアー〉は〈マジン・ザ・ハンド〉で威力を削いだ後、〈メタルガントレット〉と不完全な〈メガトンヘッド〉で何とか軌道を逸らした。エスカバの〈デスレイン〉は〈デススピアー〉と同じように威力を削ぎ、出来うる限りの気を足に集中させ、回し蹴りで弾き飛ばした。しかし、無理をしている分消耗も激しく、かつそんな曲芸染みたプレーがそう何度も成功するはずもなく、じわじわと点差は広がり続ける。

 

「円堂守、サッカーを捨てろ」

 

気づけば、ゴール前でバダップがボールを持っていた。この試合、バダップはまだ一度もシュートを打っていない。オーガ最強の兵士たる奴のシュートを止めるのは限りなく不可能に近い。それでも─────

 

「俺は……サッカーを捨てたりなんかしない……!!絶対にな!!」

「お前のくだらないサッカーが、言葉と情熱が、この者達を傷つけているのだ。それが分からないか?」

 

………確かに、世宇子の皆はオーガとは本来何の関係も無い。完全に俺が巻き込んだだけだ。けど皆は戦うって言ってくれたんだ。俺がその意思を否定するのは皆に対する侮辱に等しい。それに、俺もここまでの試合で一つ気づいたことがある。

 

「……うるせえな」

「何?」

「お前の言葉は響かねぇって言ってんだよ。人に物言う前に、自分の言葉で喋りやがれ」

 

どういう事情かは知らないが、こいつらの目、()()()()()()()()()()()本来のオーガは手段や経緯はともかく、本気で国を、自分達の未来を憂いて行動していたはずだ。少なくとも、円堂守を倒すという確固たる意志を持っていた。なのにこいつの言葉にも、他の奴らのプレーからも、何の感情も感じられない。だから酷く薄っぺらく、空虚に感じる。

 

「自分の意志で戦ってもいない奴に、負けてたまるか……!!」

「…………円堂守、サッカーを捨てろ」

 

俺の言葉に何の反応も示さず、バダップはボールを上空高くへと蹴り上げる。そして自らも跳躍。

 

────来る……!!バダップのデススピアーが!!

 

今のままでは、ミストレやエスカバよりも確実にキック力が上であろうバダップのシュートを止めるのは不可能だ。一か八かに賭けるしか活路はない。

 

精神を集中し、全身の気を心臓へと集める。凝集した気を放出し、白銀の魔神を形成する。そして、それを維持したまま、残りの気をかき集めて再度心臓に集中させる。

 

────思い出せ、あの時の感覚を!!体は一つである以上、俺だけでも出来るはずだ!!

 

ゴールの遥か上空で、バダップがボールを両足で挟み、捻じるように変形させる。赤黒い稲妻が周囲の空間を焼き、高まった気が、シュートが放たれる前だというのに既に甲高い不快音を奏で始める。感じる圧力はミストレの〈デススピアー〉の比ではない。

 

「デス……スピアァァァ!!V3ィィ!!」

 

遂に放たれた極大の死の槍が、俺の守るゴールへと降ってくる。タイミングを合わせ、俺はかき集めた気でもう一体の魔神を形成しようとして────

 

────気をコントロールし切れず、もう一体魔神を出すどころか、一体目の魔神すら維持出来ず集めた気は呆気なく霧散した。

 

「………!!ちっくしょおおお!!!!」

 

せめてもの抵抗として、腰を落とし両手を前に突き出してシュートに備えるが、こんなものは何の意味も成さないだろう。

 

 

────そんな風に思ったものだが、勝利の女神はまだ俺を完全には見捨てていなかったらしい。

 

突如横合いから飛来した青白い光が死の槍とぶつかり合い、俺の視界は光に満たされた。

 

 

思わず瞑っていた目を開けた時、すぐ目の前まで迫っていたはずの死の槍は消え失せ、代わりに1人の少年が立っていた。

 

「はじめまして、ひいじいちゃん!!オレ、円堂カノン。未来からやって来たんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ひ孫〜〜〜!?』

 

ちょうどカノンが乱入して来たところで前半が終わり、ベンチに戻って来た俺達はカノンの話を聞いていたのだが、そこでカノンが語った内容に驚愕の声が上がる。

 

「たしかに顔つきは円堂君によく似ているようだけど……」

「信じられるかよそんな話……」

 

内容が内容だけに皆、半信半疑のようだ。だが俺は円堂カノンが現れたという事実に混乱していた。

オーガがいる時点でカノンがいるのは全くおかしくないのだが、来るならもっと早く来るものだと思っていたし、なによりカノンは円堂と木野がくっついた場合のひ孫だと聞いたことがある。公式が明言した訳ではなかったかもしれないが、髪色とか意識している部分があるのは確かだろう。

だから来るならカノンと同じ立ち位置の別人とか、そうでなくても何かしら原作との違いがあると思っていた。しかし、目の前のカノンは俺が知るそのままの姿だ。

え、俺将来は木野と結婚することになるのか?嘘だろ、原作と違ってあっちも俺のこと絶対にそういう対象として見てないって。

 

「ひいじいちゃん、はいコレ」

「ん?」

 

あれこれと考えていた俺に、カノンが何かを手渡してくる。これは────

 

「祖父さんのノートか?」

 

それは間違いなく、俺が持っているのと同じ、【大介の凄技特訓ノート】だった。そういや劇場版でも証拠として見せてたっけか……。

何気なく渡されたノートの中身をパラパラと見ていた俺だったが、そこである違和感に気づく。

 

「……?なあ、これ誰の字だ?」

「え、どれ?………やだなあ、ひいじいちゃんのメモでしょ?これ」

 

ノートを覗き込んだカノンがそう言ってくるが、それは少し変だ。

 

「いや、俺こんなメモ書いた覚えはないぞ」

「忘れてるだけじゃないの?それかこれから書くとか……」

「でも俺が書いたメモも見当たらないし、第一俺はこんなに字汚くないぞ」

 

仮にも円堂守として解読は容易に出来るが、わざわざそんな暗号と間違われるほど崩れた字を書く意味もない。というか俺では余程意識してそういう風に書かないとそんな字は書けないし。

 

「え、ええ?そんなはずは……な、なんで?」

 

なんか酷く混乱してるようだが、それはこっちもだ。確かにこれは俺が所持しているノートではない。しかし、偽物なのかと問われれば答えは否だ。円堂大介の滅茶苦茶な筆跡は真似ようと思って真似れるものではない。このノートは本物だ。何度も読み返して筆跡は目に焼き付いているし、それは断言出来る。ではこのノートはいったい?

 

『カノン!!』

「「うわっ!?」」

 

混乱する俺達の傍らから響いた声に驚いて思わず飛び上がる。声がした方を見れば、そこにはここではないどこかを映した映像、いやホログラム?よく分からないが、そんな感じのものが空中に浮かんでおり、スーツ姿の丸いサングラスを掛けた何か胡散臭い感じの男が映っていた。この人何て名前だったっけ……。

 

『良かった……!!やっと通信が繋がりましたね』

「キラード博士!!」

 

ああ、そうだ。そんな名前だったな。印象薄くて忘れちまってたわ。ん?何か後ろがザワついてるような……?

 

「か、影山!?」

「な、なんでお前がここに……!!」

 

って、なんか変な勘違い起こってるんだが!?いや、たしかに似てるけども!もしかしたら血縁者だったりするかもだけども!

 

「キラード博士!!何か変なんです!俺のもってる凄技特訓ノートが、ひいじいちゃんのじゃなくて、それで────」

『落ち着きなさい、カノン。貴方、私の話を最後まで聞かずに飛び出して行ったでしょう』

 

あ、こっちの勘違いは無視して話進めるんだ。まあ、聞いてりゃ別人なのは分かるからいい、のか?

 

『いいですか、カノン。今貴方がいるその世界は、我々が生きる世界とは異なる、所謂パラレルワールドなのです』

「えっ、パラレルワールド……ですか?」

『ええ。ですからそこにいる円堂守さんは、貴方の曽祖父である円堂守とは限りなく近い存在である別人なのですよ』

 

………そう来たか。まあ、時空の共鳴現象とかあるくらいだし、複数のパラレルワールドが存在するのは事実だわな。でも、そもそも未来人が過去に干渉して来てる時点でパラレルワールドに分岐してるような気がするが、そういうのとは違うんだろうか。いまいちそこら辺の仕様が分からんな。

 

「で、でも俺、確かに80年前に向かったオーガの後を追ったはずですよ?それが何でそんなことに……」

『何故オーガがその世界線にやって来たのかは私にも分かりません。そしてもう一つ重要なことですが、連続する時間軸の過去ならともかく、パラレルワールドへ複数人を行き来させる技術力は、私にはありません』

「え?ってことはもしかして……」

『残念ながら貴方が用意していた助っ人達は、そちらに送ることは出来ません』

「そ、そんな……」

 

おいおい、助っ人なしとかマジかよ……。カノンが来たってことはそっちにも期待してたのに。いや、カノンがいるだけでも有難いけど。というか1人に限定すればパラレルワールドへの移動を可能にするこの人は何者なんだよ。キラード博士を掘り下げるエピソードとかなかったよな?

 

『ですが朗報です、カノン。貴方が用意していたのとは別に、助っ人の当てが見つかりました』

「えっ、本当ですか!?」

『ええ。あちらから声を掛けてきたのです。道さえ示してもらえれば、後は自力で行くから、と』

 

どうやら助っ人はいるらしい。しかし誰だ?声掛けてきたとか、自力で行くとか、聞いてる限りではこの時代の人間ではなさそうだが……。

 

『さあ、来ますよ』

 

その言葉と共に、何かが割れるような音が響いた。一瞬どこから聞こえたのか分からなかったが、辺りを見回し、天を仰ぎそれに気づく。いつ間にか赤黒く染まっている空、そこに巨大な亀裂が走っている。そして────

 

 

────その亀裂から、灼熱の炎が溢れ出した。




豪炎寺を助っ人にするにあたり、とあることで悩んでいたのですが、もっとカオスな状況にしたいので踏ん切りがつきました。
ということで登場するのは修行中の現代の奴ではなく、少し先の未来の豪炎寺になります。どんな化け物になっているのかお楽しみに。

完全に余談になりますが、先日作者は水分もあまり取らず、冷房もつけてない部屋で寝落ちするように昼寝した結果、家の中で軽い熱中症になるアホをやらかしました。
最近すごく暑いので、水分補給はしっかりするようにしましょう。

次の更新は水曜か木曜になる予定です。
以上!!


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最強の助っ人

イナイレのインフレが行き着く最果てってただの異能バトルだと思うんだ。
つまり豪炎寺が人間やめててもそれはインフレって奴のせいなんだよ。


 

天に走った亀裂から溢れた炎。一度広がってしまえば、それを抑えることは出来ず、炎の勢いに負けて天空に穴が空く。そこから現れたのは巨大な炎の龍。大気をビリビリと震わせる咆哮を上げながら、天を駆ける龍が赤黒く染まった空を食い破っていく。

 

その姿はさながら、破滅を齎す天災か、それとも暗黒を祓う救世主か。

 

禍々しい空を食い尽くした龍が、蒼天の下で再び咆哮を上げる。すると龍を形作っていた炎が纏まりを失い、一点に集中していく。炎が集まっていく先には、一人の少年の姿があった。その背中へと集った炎が、まるで不死鳥の如き巨大な翼となる。炎の翼をゆったりとはためかせ、少年は呆然と天を見上げていた円堂達の前に降り立った。

 

「よっ!円堂、元気か?」

 

その少年の名は豪炎寺修也。後にゴッドエデンと名付けられる島で修行中のはずの、雷門中のエースストライカーである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ど」

「ど?」

「どこからツッコめばいいのか分からねえ……!!」

 

お前今の今までどこに居たんだとか、どういう登場の仕方だとか、第一声の調子が軽過ぎるとか、考え出したらキリがない。なんで再会しただけで頭痛を覚えないといかんのだ……。

 

「何悩んでるのか知らないが、程々にしとかないとストレスで禿げるぞ?」

「誰のせいだよ!!………ん?」

 

すっとぼけた発言に思わず怒鳴り返してしまったが、何だろう。どう見ても豪炎寺なのだが、何か違和感があるような………?

 

「お前……豪炎寺、だよな?」

「ああ。未来のって注釈はつくけどな」

「……未来?」

 

未来………ああ、違和感覚えたのはそういうことか。顔つきとかはともかく、よく見たら背も伸びてるようだし、何か雰囲気が少し違うような気もする。

 

「って、未来?どういうことだ?」

「?聞いてないのか?助っ人に来たんだが」

「いや、助っ人が来るとは聞いたけど、自力で来るとかって話だったから…………え、お前どうやって来たの?」

「どうやってって……そいつらと」

 

豪炎寺は徐にオーガを指さした後、カノンの方に目をやる。

 

「そいつが通って来た時空の乱れを辿って来ただけだが?」

「………悪い、日本語喋ってもらっていいか」

「だから、時空の乱れをだな」

「分かったもういい」

 

何でこいつは生身の人間が自力で時空を超えてくることを当然のように話してくるんだ。さっきの登場といい、完全に人間やめてるだろこれ……。

 

「ちなみに未来って、どれぐらい先の未来から来たんだ?」

「この時からだと約2年後ってとこかな?」

 

2年………ということはFFIの後どころか、雷門中を卒業してしばらく経った頃ってことか?それはまた、FFの期間中にあれだけ強くなった奴が、それだけ時間が経てばどんなことになってるのか恐ろしい限りだな……。

 

「ところでもう一人一緒に来た奴が居るんだが、見てないか?」

「ん?もう一人って……」

「僕ならここに居るぞ」

「うわっ!?」

 

突然背後から聞こえた声に驚き振り返ると、更なる驚きに見舞われることになる。褐色の肌に紺色の髪。そして一部だけ色の違うその髪を留める髪留め。何かえらく記憶にある、とある人物と特徴が一致する者がそこに居た。

 

「………え?シュウ?」

「………何で君達が僕のことを知ってるのかは、詮索すると面倒そうだから聞かないでおくよ」

「え?………あ」

 

思わず口に出してしまったが、確かに俺がシュウの事を知っているのは変だ。不審に思われても仕方ない………って、君達?もしかして豪炎寺も?………まあ、何も考えずに名前呼びそうではあるな。

 

「シュウ、何処に居たんだ?」

「何処に居た?無理矢理連れて来た挙句、どうせなら派手に登場したいとか言って僕を空中で放り出したのはどこの誰だと思ってるんだ。僕じゃなかったら死んでるぞ」

「ええ……」

 

お前、連れて来といてそれはないだろう……。というかこの2人ってどういう繋がりなんだ?シュウがゴッドエデンから出てくるとは考えにくいし、豪炎寺がどこかのタイミングであの島に行って知り合ったとか?それにしたって割と友好的な関係を築けてるのは驚きだが。

 

「…………」

「……な、何だ?」

 

とか何とか考えていると、シュウがこちらをじっと見つめてきた。流石に正面から初対面の人間に注視されると居心地が悪い。

 

「ああ、すまない。この頭の狂った男の親友だと言うから、よほど頭のおかしい同類か、存在しない空想の産物だと思っていたんだけれど………なるほど」

 

何かに納得したように頷いたシュウが、俺の肩に手を置いてくる。そしてやたら良い笑顔を浮かべて口を開く。

 

「僕に被害が来ないように頑張ってくれ。……死ぬ気で」

「何が!?ってか痛い痛い!!何か肩ミシミシいってるんだけど!?」

「なあ、そんなのはどうでもいいんだけどさ」

「いや、どう見てもそんな軽い感じじゃないんだが!?」

 

何か絶対に無視してはいけない事柄だと直感が囁いて来るんだが!?シュウの声のトーンも完全に本気だったし。気になる……!!気になるが…………絶対にろくなことじゃねぇ!!

もうやめだ。これについては後で考えよう。で?豪炎寺は何を言いかけたんだ?

 

豪炎寺の目線の先を見ると、そこには大量の油汗を流し、子鹿のように足を震わせる世宇子の皆の姿があった。………完全にトラウマになってるな。まあ、あの時の豪炎寺は確かに恐ろしかったし、こうなるのも無理ない気はするが……。

しかしそんな中、意を決したようにアフロディが一歩前に踏み出す。

 

「豪炎寺君、僕達は……」

「ストップ。そこまでだ、アフロディ」

 

何かを言いかけたアフロディを、他ならぬ豪炎寺が止める。それに戸惑うアフロディだったが、豪炎寺はアフロディを諭すように話し出す。

 

「お前達が俺に言いたいことがあるのは知ってる。だけどそれを言うべきなのは俺じゃないはずだ。お前にも分かるだろ」

「………そう、だね。確かに、未来から来たという君に言っても、自己満足にしかならないか」

「そういうことだ。まあ、心配するなよ。この時代の俺も悪いようにはしないさ」

「……ありがとう、豪炎寺君」

「礼はこの時代の俺に伝えられた時の為に取っておけよ。俺は何もしてないからな」

 

………何だろう。別に豪炎寺がまともなことを言ってても何も変ではないはずなんだが、何かこう……言葉では言い表せない複雑な感情が湧き上がってくるな。

 

「あ、そうだ。これだけは忘れないようにしとかないとな」

 

豪炎寺はそう言い、左手を顔の横まで持ち上げ、人差し指を立てる。何をするのかと不思議に思い見ていると、豪炎寺の指先に小さな炎が灯る。豪炎寺が何かを呟くと、その炎は勢いよく上へと打ち出され、スタジアムの遥か上空で弾けた。すると雲一つない青空だった空が見る見るうちに炎を連想させるような鮮やかな茜色に染まっていく。ほんの僅かな時間で、青空は夕焼けへとその姿を変えた。

 

「お前今何したんだ?」

「これか?簡単な造りの結界だ。こうしとかないとこの時代の俺が来てしまうかもしれないからな」

「………結界云々は置いとくとして、この時代のお前が何処に居るのかは知らないけど、よっぽど近くに居ない限りはそんな心配する意味ないだろ」

「いや、俺はともかく、オーガやお前の気を感じ取れば、文字通り飛んで来る可能性がないとは言い切れない」

「なあ。ナチュラルに気を感じ取るとか言わないでくれないか?ドラ〇ンボールじゃないんだからさ……」

 

2年掛けて完全に人間卒業したなと思ってたのに、この時代からそんなこと出来るのかよ。俺今度あいつと会った時に見る目が変わりそうなんだが……。

 

「さて、これで準備は整った訳だが……」

 

豪炎寺がオーガへと視線を向ける。その目に見える感情は……怒り?

 

「………自分の不始末は、自分でつけないとな」

「豪炎寺?今何か言ったか?」

「………いや、何でもない」

 

オーガに対して、何か思うところでもあるんだろうか?まあ、明らかに洗脳か何かされてるような様子だし、こいつもそういうのは嫌いだろうしな。それで怒ってるのかもしれない。

 

「豪炎寺、悪いな」

「ん?何がだ?」

「……7点も取られちまってさ。普通なら、これで試合は決まってる」

「…………」

 

豪炎寺やシュウ、カノンという助っ人が居れば、まだどうなるかは分からない。だけど、後半に入ってからも俺が足を引っ張ってしまうのは変わらない。世宇子の時といい、ジェミニの時といい、肝心な時にろくにゴールを守れない自分に腹が立つ。

 

「普通なら、だろ?たかが7点差くらい、俺がすぐにひっくり返してやるさ」

「………ああ、頼む。もしかしたら後半も点を取られるかもしれないが……」

「円堂、1点取るのに掛かる時間は、最短でどこまで短くすることが出来ると思う?」

「えっ?」

 

前半を思い出して弱気になっていると、豪炎寺からそんな質問が飛んで来た。

 

「……1分……いや、30秒とか?前世だと開始数秒のゴールとか聞いたことあるけど、あんまり現実的じゃないと思うし……」

 

俺の答えを聞いた豪炎寺が愉快そうに笑う。

 

「ま、普通はそうだよな。だが、答えは1秒だ」

「はあ?そりゃ無理だろ」

「どうしてだ?キックオフと同時にシュートを打って、1秒以内にボールがゴールに届けば、理論上は可能だろ」

「そんな机上の空論言い始めたらキリがないだろ。いったい何が言いたいんだよ?」

「まあ、つまりだ。1秒でのゴールは無理にしても、お前は30秒あれば点が取れると思ってるんだろ?」

「………一応、話の流れ的にはそうなるな」

「なら単純計算で後半だけでも60点は取れることになる。7点差くらいちっぽけなもんだろ」

「えらく極端な話だな、おい……」

「結論言うとだ。それだけ点取れる時間的余裕があるなら、お前が何点取られようが、それ以上のペースで俺が取り返してやる。だからお前は、そんなこと気にせずに、いつも通りでいればいいんだよ。自分を信じない奴に、勝利の女神は微笑んでくれないぜ?」

「豪炎寺………」

 

自分を信じない奴に、勝利の女神は微笑んでくれない、か。………焦ってたのかもな。必殺技は全然完成しないし、いきなりオーガと試合なんてすることになるし、認めるのは癪だけど、こういう時はこいつの言葉が1番効くんだよな。

 

「………全く、最初からそう言えばいいじゃないか。例えがややこしい上に長いんだよ」

 

俺は右手を上げ、豪炎寺に向かって軽く突き出す。

 

「───頼むぜ、相棒」

「───ああ、任せろ」

 

豪炎寺も同じように右手を上げ、拳を突き合わせる。

さあ、後半の開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世宇子は助っ人として参戦した豪炎寺、シュウ、カノンの3人がデメテル、アテナ、アルテミスと交代し、FWのポジションにつく。オーガは彼らを見ても何の反応も示さない。

 

何処からともなく後半開始の笛の音が鳴り響く。エスカバのキックオフで試合が再開し、ミストレが中盤のバダップへとボールを下げる。

 

 

───が、これを一瞬で距離を詰めた豪炎寺がカット。そのままシュート体勢に入る。

 

 

センターサークル内からのロングシュート。これが円堂の知るこの時代の豪炎寺であれば、恐らく〈グランドファイア〉を放ち、ゴールを狙ったであろう。だが、多くの経験を積み重ね、激戦を潜り抜け成長した彼に、そんなものは必要ない。

 

豪炎寺が振り上げた左足が、掻き消える。

 

それとほぼ同時に、敵味方の誰一人として反応することさえ出来ず、真紅の閃光がザゴメルの守るオーガのゴールネットを貫き、観客席のフェンスに風穴を空けた。

恐らくボールを蹴った際に生じたであろう、破裂音にも似た爆音と、コンクリートを粉砕した轟音が、一瞬遅れてフィールドに響き渡る。

そしてようやく、何人かが何かが起こったことに気づき始める。

 

「お前らが洗脳されてるとか、自分の意思で戦ってないとか、そんなのはどうだっていい。だけど、これだけは覚えておけ」

 

多くの者が未だ何が起きたかを理解すら出来ていない中、それを引き起こした張本人は淡々と宣言する。

 

 

「お前らが神を喰らう鬼なら───────

 

 

 

───────俺はそれすら超える最強だ」




豪炎寺修也 後半開始3秒 ゴール


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躍動する怪物

正直必殺技を使わせる意味はないんだけど、淡々とノーマルシュートで点を取っても面白くない訳で………。


 

「さて、次はどうやって点を取ってやろうか」

 

まるで世間話でもするような様子でそんなことを呟いている豪炎寺だが、周囲はそれを得体の知れない物を見るような目で見ていることに、あいつは気づいているのだろうか。

 

まるで、見えなかった。

 

ボールをカットする為に動き出した瞬間も、シュートを打った時の足の振りも、肝心のシュートそのものも。

 

グランと勝負した時にも、速すぎて動きが見えなかった。あの時は圧倒的な力の差を感じ取れた。だが、今のは違う。()()()()()()()()()力の差があり過ぎて、何がどうなったのか、どう凄いのかも分からない。たった2年で、これ程までに成長するというのか。

 

混乱が冷めやらぬ中、オーガのリスタートで試合が再開される。先程とは違い豪炎寺は動かず、一旦ディフェンスラインまで下げられたボールを、まるで誰かを避けるがの如くサイドに展開する。

ジニスキーからドラッヘにボールが渡り、そのままミストレにパスを出す。しかし、このボールを冷静にカノンがカット。

 

「カノン!寄越せ!」

「豪炎寺さん!」

 

それを見た豪炎寺が即座にパスを要求し、それに素直に応じたカノンからパスが繋がる。オーガ陣内浅く攻め入ったところ、カノンからのパスを受け取った豪炎寺がそのまま振り向きざまにシュートを放つ。

先程と比べれば常識的な範囲内の速度のシュートがオーガのゴールへ向かう。だが見る限りではこのシュートは枠に行っていないように見える。距離がある為、正確には分からないがボール2~3個分程度ゴールバーよりも高いだろう。同じように判断したのであろうオーガのキーパー、ザゴメルがシュートに備えて身構えていた体を脱力させ────

 

「甘いぜ、二流キーパー」

 

────ほぼ直角に近い角度で下方向へと軌道を変えたボールに反応出来ず、ボールがゴールネットに突き刺さる。

 

「試合が止まった訳でもないのに気を抜くな。洗脳されたぐらいでそんな当たり前のことさえ忘れたか」

 

言ってることは間違ってないけど、今の俺も初見で止めれる自信ないんだが……。この超次元世界でシュートの軌道にツッコミなんて入れてたらキリがないが、必殺技でもないのにそんな変態的な軌道のシュートを打つな。なんで数十メートル直進したボールが、ちょうどゴールライン手前で鋭角に落ちるんだ。どんな回転掛けたらそうなるんだよ。

 

 

再び試合が再開し、今度は細かくパスを繋いで攻め上がってくるオーガ。豪炎寺はまたも動かない。

助っ人に入ってくれている3人が全員FWである為、それより後ろは元から居る戦力でどうにかするしかない訳だが、前半あれだけ好き勝手やられたのが後半から都合良く対抗出来るようになるはずもなく、あっさりとゴール前まで侵入を許してしまう。

 

「デスレイ───」

 

エスカバがシュートを放とうとするが、それよりも早く一陣の風がボールを横から颯爽とかっさらった。それが誰かはもう言うまでもないかもしれないが、豪炎寺である。さっきまでセンターサークルに居た気がするが、ツッコむだけ無駄だろう。

 

「来いよ、二流共」

 

豪炎寺のその挑発に乗った訳ではないだろうが、1番近くに居たエスカバが豪炎寺に物凄い勢いで突っ込んでいく。その勢いのままスライディングタックルを仕掛けるが、豪炎寺はそれをあっさりとバックステップで躱す。そこを狙いミストレが背後から襲い掛かるが、これも軽くいなす。体勢を立て直したエスカバが再び仕掛けるも、浮き玉で頭上を通され躱される。ボールのトラップ際をミストレが狙うが、全く意に返さず突破される。

 

「ん?」

 

エスカバとミストレを軽くあしらった豪炎寺だが、そこにバダップ、ドラッヘ、サンダユウの3人が迫る。そして後ろからはエスカバとミストレが追い縋る。

5人もの選手に囲まれた豪炎寺だが、その顔には焦りの色は全くない。いっそ緩慢とすら思える動作でボールをキープし続ける。

 

「5人掛かりでもこんなもんか?洗脳で判断力が落ちてるとは言え、情けないな。大切なのは相手の気を感じ取り、動きを読むことだ。お前らは目だけで動きを追うから、俺についてこれないんだよ」

 

少なくとも俺はその理論が適用されるのはバトル漫画の世界だけだと思う。間違ってもサッカーに必要な要素だとは思いたくない。

しばらくボールをキープし続けた豪炎寺だが、何を言っても反応はないと理解したか、急加速して包囲網の間を縫うように一瞬で駆け抜ける。

 

「選手としての矜恃も、軍人としての信念も、大切なものを全部忘れてしまっているお前らに、俺が手加減してやる理由はないよな」

 

豪炎寺が腕を振るうと、虚空に一筋の赤い光が走り、そこから勢い良く炎が溢れ出す。爆発的に燃え広がった炎が無数に分散し、その全てが炎の剣と化す。

 

「グラディウスレイン」

 

豪炎寺の背後から放たれる大量の炎の剣による絨毯爆撃により、オーガのディフェンス陣が為す術なく蹴散らされていく。

 

あれは〈巨人の剣〉の進化系なのだろうか、それとも虎丸の〈グラディウスアーチ〉をパクった上でドリブル技として流用したのだろうか。何にせよ、フィールドのおよそ3分の1が火の海と化しているあたり、ドリブル技に必要な火力を大きく逸脱していることは間違いないだろう。

 

燃え広がった炎が再び豪炎寺の元へと集まっていき、豪炎寺の左右に渦巻いていく。やがて炎は豪炎寺と瓜二つの人型となる。

 

豪炎寺がボールを上空に蹴り上げ、2体の分身がそれを追うように回転しつつ飛び上がる。タイミングを合わせ、同時にボールを蹴り込み、エネルギーを増幅させたシュートが真下に向かって打ち下ろされる。

それを上体を限界まで倒し、左足を高々と振り上げた豪炎寺がオーガのゴールへと向けて打ち放つ。

 

「エボリューション(ファイア)!!」

 

凄まじい爆炎を伴って放たれたシュートが、文字通りフィールドを焼き尽くしながらゴールへ向かう。

 

「エレキトラップ!!」

 

ザゴメルが両腕を振るい、電撃の網を張り巡らせシュートを迎え撃つ。彼の最強のキーパー技の〈ハイボルテージ〉はDF2人との連携技の為、豪炎寺のドリブル技によって蹂躙されDFが戻れていない今は使うことは出来ない。

その為、使える中で最も強い技でシュートに対抗しようとしたザゴメルの選択は間違っていない。ただし、選択を間違えようがどうしようが答えは変わらないという理不尽な現実があっただけ。

 

電撃の網は一瞬で焼き尽くされ、炎の勢いに呑まれ体勢を崩したザゴメルの頭上を掠めるように通過したシュートが、ゴールネットを焼き尽くし、加えて言えばゴールそのものも数メートル吹っ飛ばし、いつの間にか修復されていたフェンスを再び破壊し、今度は観客席に飛び込み、最上段までを破壊しようやく止まった。ボールは完全に炭化している。

 

 

えげつねぇ………。あれ、観客が居たら死人が出てるんじゃないか?謎技術によって一瞬で元通りになった観客やゴールだが、先程の光景は強烈過ぎてしばらく忘れられそうにない。というかさらっと分身使ったな。いや、いつかは使えるようになってもおかしくはないとは思っていたが。そして気のせいでなければ、立ち上がったザゴメルの膝が震えているように見える。シュートに対する恐怖が洗脳を上回ったか……。

同じキーパーとして、今のシュートを受け止めることを想像すると、全く笑えないというか同情してしまう。

 

などと考えていたら、リスタート早々に豪炎寺がボールを奪った。………俺ら居る意味あるか?もう絶対あいつ1人でいいだろ。

 

「シュウ!!」

 

豪炎寺がシュウへとボールをはたく。が、その速度と威力が尋常ではない。炎を纏い、大気を切り裂き突き進むボールは明らかにパスではなくシュートである。それも一般的な必殺技を遥かに上回る威力の。

 

「暗黒神……ダークエクソダス!!」

 

それを見たシュウが一切の迷いなく化身を発動する。シュウの体から溢れた影が一瞬で形を成し、巨大な斧を携え、闇のオーラを纏った暗黒の神が顕現する。

ダークエクソダスがその手に持つ斧を両手で構え、まるで野球のようにフルスイング。刃の腹でボールを捉え、前線へと物凄い勢いで弾き飛ばす。

 

………今のプレーになんの迷いも淀みもなかったが、もしかして普段からあんな感じの動きをよくしているのだろうか。じゃあ誰を相手にしているのかと考えれば当然1人しかいない訳で。

自分に被害が来ないように頑張れと言われた意味を何となく察してしまい、何故か申し訳ない気分になった。

 

「ナイスパスだ、シュウ!」

 

こちらも明らかにパスと呼べるような威力ではなかったが、当然のように走り込んでいた豪炎寺があっさりとこのボールを受け止める。

 

「うぉぉおおおお!!!!」

 

咆哮と共に豪炎寺の周囲に炎が迸り、ボールに凄まじいエネルギーが充填されていく。高まり続ける熱量により、やがて炎の色は青く染まっていく。

更に豪炎寺の体から炎が溢れ出し、そちらは青ではなく、赤よりもなお深い真紅に染まっていく。

蒼と真紅の炎を纏い、凄まじい熱量を放つボールを1度オーバーヘッドで打ち下ろし、左足で回転を掛けボールを空気の層で包み込み、内部で更に激しく燃え上がらせる。臨界寸前にまで高まったエネルギーを纏うボールを豪炎寺が左足で打ち出す。

 

「ラストリゾートォォ!!」

 

解き放たれた蒼と紅の2体の竜がフィールドに激しくその体躯をぶつけ、その度にフィールドを抉り、破壊しながら突き進む。

何度も軌道を細かく変えながらゴールに向かうそのシュートはザゴメルの目の前で弾け、ゴール周辺は二色の炎に塗り潰され、炎の柱が立ち上る。

 

炎が収まった後には、炭化してボロボロに崩れ落ちたゴールと、全身から焦げ臭い匂いと煙を上げながら倒れ伏すザゴメルの姿があった。




豪炎寺被害者の会 名誉会長 ザゴメル

【グラディウスレイン】
虎丸のグラディウスアーチから着想を得て生み出された必殺技。
50を超える剣群をもってフィールドごと相手選手を火の海に沈める。
普通にシュート技としても使える。
豪炎寺曰く決してパクった訳ではないとのこと。
ソードバレルフルオープン!!

【エボリューションF】
未来豪炎寺の編み出したオリジナル技。
エボリューションと名が付いているが、ジョーカーレインズもマッハウィンドも使ってない為、実際はファイアトルネードDDとグランドファイアのオーバーライド技。
しかし本人はエボリューションだと言い張っている。

【ラストリゾート】
ただ完成させるだけでは飽き足らず、魔改造された。
本家は原作では扱いが酷かったが、こちらは最終兵器の名に恥じぬ威力を誇る。
豪炎寺的にはΣのように4体の竜を出すことを目標にしているらしい。


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冷めた心

変わっていないように見えて、中身は結構違うという話。


 

全身から白煙を上げ、倒れ伏すザゴメルを豪炎寺はじっと見つめる。

何やら後方で円堂が頭を抱えているような気配がするが、そんなことはどうでもいい。というか豪炎寺からすればそんな反応をされること自体が心外である。

円堂がどう思っているかは知らないが、別に豪炎寺とて考え無しにプレーしている訳ではないのだ。

 

最初の2点でオーガの実力の底は見えた。結果、本気ではあっても全力を出す必要はないと判断し、豪炎寺なりの方法でオーガの洗脳を解く方法を模索していたのだ。

相手を煽るような言動を取ったのは感情を揺さぶる為。最もこれは成功すれば儲けもの程度の認識だった。ならば肉体的にも精神的にも徹底的に追い込むことで、火事場の馬鹿力的な何かで洗脳が解けはしないかと考え、わざとらしく派手なプレーをした。

普段の豪炎寺であれば、無意味に観客を巻き込むようなシュートは打たない。この場に観客が1人もいないからこそ、あんなシュートを威嚇の意味合いも込めて打った訳であるが、周りに無駄な被害を出さないように気をコントロールすることぐらいは出来る。

しかしそれでも洗脳を解くことは出来なかった。ザゴメルの足が震えているように見えたが、あれは意思の表れというよりは危険を感じ取った肉体の反射的な反応であろう。

次はどうするかと考えていると、目の前のザゴメルに変化があった。

 

若干ふらつきながらも、ザゴメルが自分の足で立ち上がった。これはいい。相当なダメージではあるはずだが、洗脳で痛みも感じていないだろうし、体が動く限りは立ち上がってくるのは理解出来る。だが、体の傷が目に見えて分かる程の早さでみるみるうちに治癒していくのはどういうことなのか。

 

「………やはり、そうか」

 

それを見て豪炎寺は薄々感じていた疑念が確信へと変わる。

そもそも豪炎寺は最初は過去へと渡り、円堂の手助けをする気はなかった。自分がそんなことをしなくても円堂なら自力でどうにかすると思ったし、余程のことがない限りは過去や未来への干渉等しない方がいいとも思っていた。そんな考えを曲げ、豪炎寺がこの時代へやって来たのは、自分でも説明出来ない嫌な予感を無視出来なかったからだ。そして今、その予感の正体が分かった。

オーガの選手達から感じていた、本人のものではない別の気。それが、ザゴメルの体を治癒している間は先程よりも強く感じることが出来た。恐らくはオーガを洗脳した者の気なのだろうが、これがどういう訳か豪炎寺の気と酷似しているのだ。全く同じという訳ではない為、未来の豪炎寺本人ということはないとは思うが、血縁者、それこそ豪炎寺の子孫のセカンドステージチルドレンか何かである可能性は高い。

何が目的でこんなことをしているのかは分からないが、自分が撒いた種である以上は自分の手で片をつけるのが筋というものだろう。少なくとも今はそれでいい。

 

 

 

リスタートと同時にダッシュし、相手との距離を詰める。当然それを避けるように相手はボールを回す訳だが、所詮は操り人形。気の抜けたパスをカットするのは容易い。

ボールをカットし、ドリブルに入るが、相手の寄せが甘い。反応が遅い。フェイントを掛ける必要すらなく、スピードについて来れないのだからわざわざ緩急をつける意味も無い。歯ごたえが無さすぎて欠伸が出そうになるが、それも無理もないとも思う。

 

今の豪炎寺を止めることが出来る者等、世界中探しても数える程しか居ない。各国のエース級の選手達でさえも本気を出せば圧倒してしまえる。フットボールフロンティアで二連覇を果たし、公式戦無敗のまま雷門中を卒業した豪炎寺は、そのまま高校に進学することなく世界中を回る武者修行の旅に出た。父親には猛反対されたし、夕香に寂しい思いをさせてしまうのも心苦しかったが、自分の力をもっと高めていく為にはそれが最適だと思った。思えば、周りが皆反対し説得してくる中で唯一、しょうがない奴だな、と呆れた様に笑い背中を押してくれた円堂に、あの時の自分は救われていたのかもしれない。

そうして世界へと飛び出し、世界を自分の目と足で見て回るうちに、豪炎寺は世界は自分が思っていたよりも狭く、つまらない物なのだと知った。勿論まだ世界の全てを知った訳ではないが、豪炎寺は世界にはもっと凄い奴が沢山居ると思っていたのだ。世界大会に出場していなかった国等、それこそ幾らでもある。ならばその中に、まだ見ぬ強敵が待っているのだと、信じて疑わなかった。なまじ世界大会の経験があった故に、そんな風に思ってしまったのだろう。鬼道と二人掛かりでもボールを奪えなかったヒデナカタの圧倒的なテクニックや、幾度と無く放った豪炎寺の渾身のシュートを尽く受け止めてみせたロココを知っていたから。

けれど、いくら世界を探してみても、彼等のような存在には滅多に出会えなかった。大抵の者は最初は自信満々な癖に、少し相手をすれば勝手に戦意を喪失していく。再会した世界大会で鎬を削ったライバル達も、その殆どは成長した豪炎寺の敵ではなかった。

中学3年次のフットボールフロンティアで、あろうことか化身アームドを披露し、豪炎寺の全力のシュートを打ち返してみせた鬼道は、やはりまともではなかったと、自分のことを棚に上げて思ったものだ。

 

 

 

そんな思考を切り上げ、目の前のオーガの選手達を見やる。こいつらも決して弱くはない。世界レベルでみてもむしろ強い部類に入るのだろう。しかしそれだけだ。

何も考えずに適当に放ったシュートが、ゴールネットを揺らす。キーパーが反応出来ていないのだから、どこから何を打っても同じだ。同じことを繰り返す作業でしかない。シュウはともかく、わざわざ未来から来たカノンや、アフロディ達にも本当なら見せ場を作ってやりたいところではあるが、気づけばもう同点になってしまっている。7点差等所詮はこんなものだ。どうせならば20点差くらいついていれば、もう少し楽しめただろうに。

以前、豪炎寺のことを100年に1人の怪物と称した記事を出した記者が居たらしいが、本当にそうだろうか。年月と共に積み上げた歴史とは決して甘く見てはいけないものだ。選手達の経験や知識、それを元に編み出された新たな戦術や技。今は通用する技術も、数年後には研究され尽くして全く通用しなくなる、なんてことも有り得るはずなのだ。それなのに、80年後の精鋭を集めたはずのオーガは、豪炎寺相手にまるで歯が立たない。確かオーガの時代は国が一度再編されているはずだし、地域紛争も多いとかいう話だから、失われてしまった技術も多いのかもしれない。だが、それにしても80年経ってもこの有様なのだ。

ずっと、強くなることだけを考えてきた。強くなるのが楽しかった。なのに、最近では強くなりすぎたと感じる。ここ数ヶ月で全力を出せたのは円堂と勝負した時の一度だけだ。

ゴールを量産し相手を圧倒するのも、それはそれで悪くはないのだが、最後の最後までどちらに天秤が傾くか分からない、ギリギリの勝負は本当に得難いものだと今は思う。

実の所、身体能力自体はもう既に上が見えなくなってきていると感じる。勿論、体が成長すると共に筋力量などは自然と増えるだろうが、そんなに伸び代はないと思う。突き詰めれば豪炎寺は途轍も無く早熟なだけなのだろう。きっといつかは周りが豪炎寺に追いつく日が来る。けれどそれが5年後なのか、10年後なのかは分からない。

 

 

この時代の豪炎寺も、同じ存在であるのだからいつかは同じ道を辿るだろう。そしてオーガを洗脳して操っている誰かも、もしかしたら同じなのかもしれない。自分が生きる時代に敵が居ないのなら、過去や未来にそれを求める気持ちは分からないでもない。寿命の短いセカンドステージチルドレンなら尚更だろう。まあ、子孫なのが確定している訳ではないのだが。

 

 

何にせよ、今の豪炎寺に出来るのはこの試合を終わらせることだけだ。さっさともう1点取って、逆転するとしよう。




ちなみにこの豪炎寺は正確には本編世界線のパラレルワールドの豪炎寺の為、これから全く同じルートを辿る訳では無い、とだけ言っておく。


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鬼の目覚め

この作品ではバダップはこういうキャラなんだよ。うん。細かいことは気にしたらダメなんだよ!!


 

────いや、なんか本当にスゲーなあいつ……。

 

前半あんなに絶望的だったのに、豪炎寺が殆ど1人で同点までもって行ってしまった。豪炎寺の実力を疑っていた訳ではないが、これではあんなに落ち込んでいた俺が馬鹿みたいじゃないか。

でも、どうしてだろう。そんな豪炎寺のプレーに違和感を覚えるのは。

最初は、相変わらず滅茶苦茶な奴だと思った。俺の知ってる豪炎寺と全然変わっていないと。だが、途中からはやけに淡々としているというか、らしくないというか……。

 

「………2年、か」

 

とても短いようでいて、今の俺達にとっては長い時間。それだけ経てば、変わって当然なのかもしれない。今よりも色々な経験をしたのだろうし、話していても精神的に成長している様に感じた。

 

────それが、今のお前のサッカーなのか。豪炎寺。

 

俺の知る豪炎寺のプレーは良くも悪くも強烈だ。味方の闘志を奮い立たせ、希望を齎すこともあれば、相手や見ている者の心を折ってしまいかねない程に強引で自己中心的な面もある。けれど、それが悪いことだとは思わない。悪意は無いし、プレーが齎す結果は、真剣に相手に向き合っているからこそのもの。

なのに、今見ている豪炎寺のプレーからは、何も感じない。楽しさも、ゴールした時の喜びも、何も伝わってこない。何でお前はそんな無表情でボールを蹴ってるんだ。いつだって闘志を剥き出しにして、笑ってるのがお前だろ。

………お前の居る時代の俺は、お前の隣には居ないのか。それとも、一緒に居たとしても、実力に差があり過ぎて今の様な関係ではいられないのか。

 

 

 

どちらにしても、ずっと一緒に戦ってきた豪炎寺が、何処かとても遠い所に行ってしまった様な気がして、それは、とても嫌だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────そろそろ終わりにするか。

 

退屈だし、何か洗脳を解く良い方法でも思い浮かばないかと、ボールをキープしながら考え続けていた豪炎寺だったが、どうにも何も浮かんでこない。こういうのは鬼道とかの方が向いてるんだろうなと思う。少なくとも自分には向いていない。

それにしても、散々振り回し続けていたせいで、体力を消耗し尽くして誰も動けないというのに、試合は続行されるようだ。審判は居ないし、洗脳してる奴がその辺は判断してるのか知らないが、さっさと終わらせてやればいいと思うのだが。

しかし残り時間ももう少ないことだし、どの道これで終わりかと、シュートを打とうした瞬間。バダップから感じる謎の気が強まった。

 

「……なんだ?」

 

豪炎寺の視線の先で、スタミナ切れで動けなくなっていたバダップが立ち上がる。その体は薄らと赤い気に包まれ、全身の筋肉が膨張している様に見える。

 

「大量の気を送り込むことで、身体能力を無理矢理引き出しているのか?だがこれでは……」

「……ぐっ……!?ぐっ……が……ぁ……」

 

バダップの表情が苦悶に歪む。それはそうだろう。この方法は体のリミッターを外側から強引に破壊している様なものだ。引き出された力に体が耐えられなければ、それは想像を絶する苦痛と化すだろう。

 

────いや、待て。表情が変わっただと?

 

先程までは痛み等感じていなかったはず。だが今のバダップは間違いなく全身に走る激痛に顔を歪め、歯を食いしばって耐えている。

 

「まさか洗脳が解けたのか?他人の気を大量に受け入れたことによる拒絶反応か何かか……。だが……」

 

よりによってこのタイミングか。強制的に強化された肉体は、洗脳状態で自意識が無い状態でならば、リスクを考えなければ運用出来るだろうが、意識が戻ってしまったのなら、もうまともに動くことすら出来はしないだろう。

 

「お……俺は……こ、此処は……?俺は……何……を……ぐっ!?」

 

頭を押さえながら、視線を虚空へと走らせ茫洋と呟くバダップの姿から察するに、洗脳は未だ完全に解けた訳ではないのかもしれない。洗脳と痛みに苛まれているバダップの意識が体の制御権を賭けてせめぎ合っている。

 

「そ、そうだ……俺は……過去…に……。円堂………守……」

 

洗脳されている間の記憶もぼんやりとは残っているのか、うわ言の様に呟くバダップの瞳が、こちらのゴール前に立つ円堂の姿を映した途端、強烈な意志の光を帯びる。

 

「俺は……負ける訳には…………いか……ないんだッ!!」

 

その言葉と共に、バダップの体が弾丸の如き速度で飛び出し、豪炎寺からボールを奪い去る。

 

「何だとッ!?」

 

普段の豪炎寺ならば決して反応出来ない様な速さではない。だが、まさか動けるとは思っておらず、完全に気を抜いていた為に反応が遅れた。すぐさま反転して後を追おうとした豪炎寺であったが、すぐにその足が止まる。

今のバダップは、文字通り意思の力だけで動いている。一挙手一投足の度に、骨が砕け筋肉が断裂する痛みに苛まれているはず。常人ならば間違いなく動けるはずがない状態。それを凌駕し、ねじ伏せてでも押し通したい信念がある。それを向ける相手が居る。果たして自分が、その勝負に割り込んでもいいものか。

 

「………………」

 

再度その場で反転し、豪炎寺はゆっくりとオーガのゴールに向かって走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!」

 

凄まじい雄叫びを上げながら、バダップが世宇子の選手達を蹴散らしながら突き進む。結膜を真っ赤に充血させ、瞳孔を見開き、鼻血を流しながら走るその姿は、文字通り鬼気迫るものがある。

 

「あの馬鹿……何をやってるんだ……!!」

 

そのバダップに、豪炎寺への悪態をつきながらシュウが向かっていく。大方この男に同情心でも抱いたのだろうが、洗脳等される方が悪いのだ。この男に力が無かったから洗脳され、こんなことになっている。ならば全てはこの男自身の責任であり、同情する義理も意味も無い。

 

バダップとシュウがボールを挟んで真正面からぶつかり合う。そしてボールを蹴り合ったバダップの右足から、何かが砕ける様な嫌な音が、フィールドに響き渡った。

そしてバダップと衝突したシュウも右足に伝わった感触から察する。バダップの右足の骨が砕けたことを。シュウは自分の勝利を確信し────

 

「───ぉぉおおおおお!!!!」

「なッ!?」

 

壊れた右足で、バダップがシュウを弾き飛ばし突破された。シュウの身体能力は、豪炎寺の特訓に度々付き合わされることもあって相当に高い。それこそ、バダップでは本来なら押し負けて当然のはずであった。しかし、結果としてバダップはシュウとの一騎討ちを制した。無理矢理引き出された力と、全身に走る激痛と洗脳を押さえ込む強靭な意思の力が、シュウを上回った。

 

 

 

 

 

 

 

壊れた右足で大地を踏み締めた瞬間、あまりの激痛に上げそうになった叫びを飲み込む。掠れた視界と朦朧とする意識を、体に走る痛みが繋ぎ止める。

 

「俺は………負けられない……!!」

 

自分の体を支配しようとする何かを、気力を振り絞り押さえ込む。この身体も、戦う意思も、自分だけのものだ。誰にも渡すものか。

 

「未来を変える……!!」

 

肺が、心臓が軋む。胃液が逆流し喉が焼ける。腕を振り、ボールを蹴る度に、ぶちぶちと何かが引きちぎれる様な音が耳に響く。命を削っている実感。気持ち悪いという言葉では言い表せない程の不快感に苛まれる。だが止まれない。

 

「人を弱くする……サッカー無き世界を……!!」

 

軍部将軍職の父と、次期女性総理大臣候補の母との間に生まれ落ちたバダップにとって、国に尽くすという考えは、誰に言われるまでもなく自然と持ち合わせていた感情だった。

何の疑問も持たず、軍事学校である王牙学園に入学したバダップは、優れた身体能力と頭脳を持って、瞬く間のうちに学園のトップに君臨した。そしてその能力を買われ、オペレーションサンダーブレイクと名付けられた国の命運を掛けた作戦の実行部隊である、オーガのリーダーに抜擢される。

 

『サッカーやろうぜ!』

 

バダップは知った。その悪魔の呪文を。サッカーを世に広め、国の、未来の人間の弱体化を招いた元凶。自分が倒すべき敵を。

自分が敗北すれば、今までやってきたことが無に帰す。掛けられた期待を裏切ることになる。国の未来を閉ざすことになる。故にここで負けること等許されない。

一個人の体、命と国の未来。どちらが大事か、比べるまでもない。国への自己犠牲精神ではない。命を賭して作戦を遂行する、兵士としての覚悟を、バダップは持っているだけだ。

この命尽きるまで、戦う。自分の成すべきことを、倒すべき敵を、倒す。

 

 

「円堂守ーーーーーーッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらに向かってくるバダップの姿は、洗脳されていた先程までとはまるで違う。感情を剥き出しにし、雄叫びを上げながら強烈な殺気を叩きつけてくるその様はまるで鬼の様だ。

バダップがボールを空高くへと蹴り上げる。〈デスブレイク〉ではない。ミストレとエスカバが動けない今、あの技は使えない。バダップが空中でボールを両足で挟み込み、捻じるように変形させる。膨大な赤黒い稲妻が迸り、大気を焼き、空間を支配する。ぎりぎりと音を立て、限界まで引き絞られたボールが解き放たれる。

 

「サッカーを捨てろッ!!!!円堂守ーーーーーーッッ!!!!」

 

ドリルの様な不快な音を伴い、天から落ちる黒き死の槍から感じるその威力は、前半に放たれた〈デススピアー〉とは比べ物にならない。〈デスブレイク〉と比較したとしても、決して劣らないであろう。そんなシュートを今の俺が止められるとは到底思えない。だというのに。

 

────信じてくれるんだな。お前は。

 

死の槍を見やる視界の端で、豪炎寺がこちらに背を向け、走る姿が見える。きっと俺は、あいつの時代の俺よりも遥かに弱い。このシュートを止める力がないことも、きっとあいつは分かってる。それでも、あいつは走ってる。いつもと変わらず、俺を信じて。

 

「……なら、諦める訳にはいかないよな」

 

「円堂君!!」

「ひいじいちゃん!!」

 

それに、俺はいつも、1人ではないのだから。

 

「必ず止めてみせる……。だから……アフロディ、カノン。お前らの力、今だけ俺に預けてくれ!!」

『おう!!』

 

 




書いてから気づいたが、展開が世宇子の時とあんま変わらねぇ……。
今後はこの流れないから許して……。


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神聖なる神の手と魔神の王

サブタイトルにサッカー要素が微塵も無い件について。

気がどうたらこうたらの設定はこの小説独自のものです。実際どうかは知りません。


「必ず止めてみせる……。だから……アフロディ、カノン。お前らの力、今だけ俺に預けてくれ!!」

『おう!!』

 

俺の言葉に2人の頼もしい返事が返ってくる。俺1人ではこのシュートを止めるのは無理だ。だから力を合わせる。小さな力も、それが幾つも合わされば大きな力になる。今までも、俺はそうして窮地を乗り越えてきたのだから。

 

アフロディとカノンが左右から俺の両肩に手を置く。

 

「あの日、僕は知った。諦めない人間の底力を。力を合わせることで生まれる強さを。君が思い出させてくれた。だから、今度は僕が君に力を貸そう。あの時の恩を、今こそ返す時だ!!」

「まだまだ、終わってない!!俺は信じるよ。ひいじいちゃんのサッカーを!!俺達の未来を!!」

 

肩に置かれた手を通じて俺の体に2人の気が流れ込んでくる。大量の気が、行き場を求めて俺の体の中で激しく暴れ回る。

 

「ぐっ!?っ、……ぐぅぅ…………!!!?」

 

全身に走る痛みを歯を食いしばって耐える。こんな方法は一度も試したこともない。無茶は承知の上だ。それしか勝つ方法がないのなら、迷う余地はない。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

本来、一つの肉体に複数の人間の気が混在する状況は有り得ないものだ。化身ドローイングやミキシマックスはそれに近い状態ではあるが、前者はあくまでも化身の力を送り込むものである為に純粋な気ではなく、後者は適性がなければ弾かれてそもそも意味を成さない上に、使用されるオーラはあくまでもミキシマックスに必要な要素だけを抽出したものである為、こちらも同様に純粋な気とは言い難い。

ありのままの他人の気が体に流れ込んでくる。これは言い換えればウイルスが体内に侵入してきた様なものだ。当然、体はそれを排除しようとして激しい拒絶反応を起こす。

円堂達がやろうとしていることは、一歩間違えばバダップの様に全身がズタボロになり、再起不能になりかねない程に危険なものだ。

だが、ここで偶然にもカノンの存在が状況を好転させる。円堂と血縁関係に当たるカノンの気の性質は、驚く程に円堂と似通っていた。その為にカノンの気に対しては拒絶反応も小さく、それどころか円堂とアフロディの二つの気を中和する様な効果を発揮していた。

荒波の様に荒れ狂っていた気が、奇跡的な偶然により安定していく。

 

 

先程よりは体を流れる気は安定してきたものの、明らかに俺が自分でコントロールできる気の上限を超えてしまっている。安定してきた気が乱れない様に持ち堪えるのが精一杯だ。けれど、全てを俺1人で行う必要はない。

俺に代わり、アフロディが気のコントロールを請け負う。他人の気を操作するような真似はやったこともなく難度も相当なもののはずだが、大量の汗を流しながらもアフロディはそれをこなす。どうすればいいかは分からない。だからこそ、アフロディは自身の必殺技をイメージしたのだろう。澱みなく流れる気が徐々に背中に集まっていく。集中し、高まっていく気は、やがて一つの形を成す。

それは翼。アフロディの〈ゴッドノウズ〉の六枚羽に酷似しているが、違いは三対六枚ではなく、一対の巨大な翼であること。その翼から、周囲に純白の雷が迸る。

莫大な気が、何かに導かれるかの如く俺の右手に集まっていく。高まった気が光を放ち、雷がバチバチと音を立ててスパークする。

あまりの気の高ぶりに耐え切れず、ガタガタと震え始めた右手を左手で無理矢理押さえ込む。

もう理屈はいらない。後は本能に任せて解き放つのみ。

 

シュートに向けて右手を突き出し、押さえ込んでいた全てを解放する。

 

そうして現れた巨大な神の手は、白銀よりも眩い、神聖さすら感じさせる穢れなき純白の輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」

 

黒き死の槍と、純白の神の手が正面から激突する。赤と白の雷が激しく迸り、フィールドを砕いていく。受け止めた際の衝撃で僅かに押し込まれたものの、その後は黒と白の極光の勢いは拮抗している。

 

「円堂君!堪えるんだ!!」

「ひいじいちゃん!!」

 

後ろから俺の体を支えながら2人が声を掛けてくるが、それに応えている余裕はない。〈マジン・ザ・ハンド〉を完全に上回る、現状で考え得る最強の技のはずだ。その最高出力を持ってしても、拮抗するのがやっと。どころか受け止めた死の槍の勢いは、弱まる気配は微塵もない。

 

「オオオオオオオオッ!!!!」

「!?」

 

バダップのその叫びに呼応する様に死の槍の勢いが増す。呆気なく拮抗は崩れ、徐々にゴールに向かって押し込まれていく。

 

────執念がボールに乗り移っているとでも言うのか……!!

 

内心で悪態をつきながらも、右手に込める力は緩めない。より腰を落とし、臍の下に力を入れるのを意識して何とかゴールラインすれすれで踏み止まることに成功する。とはいえ依然崖っぷちの状態であることに変わりはない。

 

────負けられ……ないんだ……!!

 

もしここでゴールを奪われたとしても、豪炎寺なら残りの僅かな時間であっても逆転することはできるだろう。だが、だからといってそれを受け入れられるかは別の話だ。この試合、俺は何もしていない。何もできていない。豪炎寺が点を取り返してくれるのを、後ろからただ見ていただけじゃないか。

 

────このシュートを止めなきゃ、口が裂けても勝ったなんて言えねぇんだよ……!!

 

負けられない。本当なら俺がやらなきゃいけないことを、風丸に全部押し付けて、何の為に俺は今ここに居るのか。

 

────あいつらが頑張ってるのに、俺がこんなところで勝手に膝をつく訳にはいかねぇだろうが!!

 

力の差があるからなんだって言うんだ。そんなことを言い訳にして諦めるなんて、俺が帰ってくることを信じて待っていてくれているであろう皆への裏切りでしかない。

何でこういつも、大切なことをギリギリになるまで気づけないんだ俺は。情けなくてしょうがない。

………でも、まだ間に合う。まだ負けてない。俺はこのシュートを止める。そして豪炎寺に繋ぐ。

 

 

さあ、力を振り絞れ。これが限界であるものか。まだ俺は立っている。まだ俺の右手はシュートを受け止め続けている。ならばまだ出せる力が残っているはずだ。全て出し尽くしたのなら、もうその後には何も残らないはずなのだから。

 

「ぉぉぉおおおおおお!!!!」

 

神の手が放つ輝きがより強くなる。空間を、死の槍ごと白く、白く満たしていく。純白の羽が舞散り、雷がより激しく轟く。

 

 

今日の分を出し尽くしたのなら、明日の分を、それでもダメなら次の日の分の力を捻り出せ。そうすれば限界なんてない。

 

 

光り輝く純白の神の手が、死の槍を握り込む。否、握り潰す。手の中で暴れ回る死の槍の力に耐え切れず、神の手がひび割れていく。それに構わず力を込める。

 

「「オオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!」」

 

俺とバダップの叫びがフィールドに響き渡り、白い光が視界を満たす。何かが砕け散る様な音が耳に届き、視界が戻った俺の目に映ったのは、白煙を上げながらも、確かに俺の右手に収まったボールだった。

 

ほんの一瞬だけ、何が起きたか理解できず呆然とし、考えるよりも早くボールを前線へと蹴り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ直ぐにこちらへ飛んで来るボールを見ながら、豪炎寺は思う。やっぱり凄いやつだと。ゴール前まで走ってきたのはいいが、今の円堂には少し荷が重かったかと思っていた。だが、こうしてボールは自分の元へとやってきた。

 

「来い、シュウ!!」

 

円堂が自分の信頼に応えたのだから、自分もそれに応えなくてはなるまい。せっかく今はシュウも居ることだし、あのシュートを打つとしよう。編み出したのはいいが、こういう機会でなければ使うことがない技だ。

 

俺の考えを察したのか、シュウが途轍も無く嫌そうな顔を浮かべる。そういえばこの技が完成した時に言われたっけか。

 

「僕はお前を強くする為の道具じゃないんだぞ」

 

別にそんな風に思っちゃいないが、客観的に見て強化パーツの様な扱いになってるのは否定しない。でも仕方ないじゃないか。俺の動きにシュウが合わせ切れないんだから。

 

「………今回だけだぞ!いいな!?」

 

見つめ続けているとシュウがそう叫び化身を発動する。よし、じゃあ俺も準備するか。

軽く息を吸い、大きく吐き出す。全身の気に意識を集中し、奥底に眠る力に目を向ける。久しぶりに本気を出すんだ。

 

────死なない様に気をつけてくれよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「豪炎寺!?」

 

予想外の光景を目にし、思わず叫んでしまった。豪炎寺がシュウへと何かを言い、シュウが化身を出した。ここまではいい。だが次の瞬間、シュウはダークエクソダスの持つ斧を豪炎寺目掛けてぶん投げたのだ。そしてどうなるのかと思いきや、斧は豪炎寺に直撃し、盛大に土煙を巻き上げた。

土煙が邪魔でどうなったか分からず、じっと豪炎寺が居た場所を見つめる。

 

────慌てるなよ、円堂。

 

すると俺の耳にそんな言葉が届き、それと同時に土煙が爆炎とどす黒い影によって吹き飛ばされる。ダークエクソダスの斧を爆炎が包み込み、それを影が飲み込んでいく。

 

 

かの炎のストライカーが内に秘めるは炎の魔神。貪欲に力を求めるそれは、暗黒神の力を得て進化する。其れは最早ただの魔神に非ず。

荒ぶる炎の化身は今、魔神の王へと至る。暗黒を司る神の武器を簒奪し、その身が発する炎は世界すらも焼き尽くす。

 

その化身の名は─────魔神王ガザード

 

 

 

 

 

 

激しく燃え盛る爆炎が、周囲の空間を支配していく。炎を発する黒き肉体には禍々しく発光する紋様が走り、肩や頭部には炎の様な意匠の武具を身に纏う。その手に持つ暗黒神の斧はその存在を変質させ、暗黒の力と炎の魔神の力を内包し、途轍も無い存在感を放っている。

その威容は目にした者に絶望と恐怖を植え付ける。誰しもが一目見て理解するのだ。その存在に抗うことの愚かしさを。圧倒的な格の違いを。

 

豪炎寺が己の元へと届いたボールを空中へと蹴り上げる。そしてそのボール目掛けて自身も跳躍。オーバーヘッドの体勢で左足を振るう。

魔神の王が手に持つ斧が激しく燃え盛り、それと同時に暗黒の力が炎の周りを渦巻く。空には暗雲が立ち込め、落雷が轟く。

 

「いくぜ………魔神王の裁断!!」

 

豪炎寺がシュートを放つと同時、魔神の王が斧を振り下ろし、炎と闇を内包した特大の斬撃波が放たれる。

 

 

正しく常識の埒外。サッカーという枠に収めるには威力のあり過ぎるその斬撃は、フィールドとゴール諸共、スタジアムそのものを両断した。

 

 




円堂の新技。名前はまだ無い。
ゴッドハンドとゴッドノウズの複合技。
今回は3人での使用となったが、将来的には1人で使う。
威力が高くても納得のいく技を考えた結果こうなった。
セイクリッドハンドとかそんな感じの名前になる。多分。


未来豪炎寺
やばい一面が露呈する度に未来円堂の株が上がっていく………。


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戦い終わって

最後の最後まで円堂編だったのか疑問が残るなこれ………。


「もう行くのか、豪炎寺」

「ああ。この時代の人間じゃない俺が、あまり長居し過ぎるのもよくないだろうからな」

 

豪炎寺の放った凄まじいシュートの余波により、フィールドは炎に包まれスタジアムは一部が崩壊。とんでもないそのシュートを受けたオーガの選手達の安否が気になったが、気づくと彼等の姿はどこにもなかった。

シュートのインパクトが強過ぎてそちらにばかり目がいってしまっていたが、豪炎寺曰くキーパーのザゴメルを初め、オーガの選手達はシュートが直撃する直前に消えたという。オーガを洗脳していた者の仕業だと思われるが、単に敗北を悟り撤退させたのか、それとも他に思惑があったのかは定かではない。

何にせよ残り時間や得点から見ても、俺達の勝利と判断して間違いないだろう。

 

そして、戦いが終わったということは、助っ人達との別れを意味する。

 

「本当にありがとうな、豪炎寺。勝てたのはお前達のおかげだよ」

「礼なんていらないって。俺達の仲だろ?それに勝てたのはお前の力もあってのことだ。あんまり自分を卑下するなよ」

 

俺の言葉に少し照れた様な様子を見せながら、豪炎寺がそんなことを言う。まあ、自分を低く見るのは俺の悪い癖だ。ただの照れ隠しで言ってるのは分かってるが、追々直してかなきゃならない点ではある。

 

「ふっ!!」

 

俺達から少し離れた位置で、豪炎寺が左足を振るう。すると豪炎寺の目の前に裂け目の様なものができ、それに豪炎寺が両手を掛けて左右にこじ開けると、そこには何とも形容し難い景色が広がっていた。

………どうやって帰るのかと思ったら、帰りも力技なのかよ。というかサラッとおかしなことをしてるが、もう俺はツッコまんぞ。

 

「………豪炎寺」

「ん?何だ?」

「あ、いや……」

 

自然と豪炎寺を呼び止めていたが、何でそうしたのか、自分でもよく分からなかった。…………いや、違うか。多分、自分で思ってる以上に、豪炎寺が試合中に見せた様子が気に掛かってるんだ。何と言うか、多分あまり良くない兆候の様な気がしたから。

 

「……あのさ、豪炎寺。あんまり1人で思い詰めるなよ?」

「………え?」

「何かあったら、お前の時代の俺に相談してやれよ。お前からしたら俺は弱いかもしれないけど、きっとお前に置いてかれないように、必死で走ってるはずだからさ」

「───────」

 

豪炎寺の表情が、不意を突かれた様に固まる。自分でもいきなり何言ってんだと思う。他に掛ける言葉があったんじゃないかとも思う。けど、頭に浮かんだ言葉を、気づいたら口に出していた。

 

「………ハハッ……ハハハハッ!!」

「お、おい?」

 

固まっていた豪炎寺が、心底可笑しそうに、そしてどこか嬉しそうに笑い出した。

 

「……何もそんなに笑わなくてもいいと思うんだが」

「ハハハッ………わ、悪い悪い。そんなつもりじゃないんだけど………やっぱり円堂は変わらないなと思ってさ」

「はあ?」

 

何やら1人でスッキリした様な顔してるが、こっちはなんのことやらさっぱり分からない。1人で納得して碌に説明もしないところは直ってねぇなこいつ。

 

「分かってるよ。俺のことを一番理解してくれてるのはお前だからな。…………俺のこと、頼むぜ?色々と迷惑を掛けると思うけどな」

「ああ、任せろ。お前みたいに滅茶苦茶にならないように頑張るさ」

「おっと、そいつは難しい相談だな。俺は中々手強いぜ?」

「自慢気に言うことかよ」

 

何故か若干ドヤ顔でそう言う豪炎寺に苦笑しつつ、普段と変わらない会話を交わす。これが最後の会話だというのに、湿っぽい空気はどこかへ行ってしまった。まあ、この方が俺達らしいか。

 

「じゃあな、円堂」

「元気でな、豪炎寺」

 

その言葉を最後に、豪炎寺とシュウの2人は裂け目の向こうへと消えていった。………今更だが、ほんとにちゃんと帰れるんだろうなあいつら?なんか不安になってきたんだが。

 

 

「ひいじいちゃん」

「カノン」

 

空気を読んで黙っていてくれたであろうカノンに話し掛けられる。本当のひ孫ではないひ孫と話すのも、これで最後だな。

 

「俺、ひいじいちゃんとサッカーできて良かったよ。一生忘れない。…………まあ、俺が来た意味はそんなに無かった気がするけど」

「そんなことないさ。カノンが来てくれたから、あいつらだって来れたんだ。それにあのシュートはカノンが居なきゃ止められなかった。だからそんな風に言うなよ」

「そ、そうかな?へへっ」

 

事実、カノンが来てくれていなければ、あのまま〈デススピアー〉を食らって全て終わっていたはずだ。それにあの時、カノンが現れたことに対する戸惑いも大きかったけど、それ以上に、絶望的な状況に光が差した。それだけで、追い詰められていた心が軽くなった。精神的に救われたんだ。それを無意味だと切り捨てるほど、俺は馬鹿じゃないつもりだ。

 

「またな………と言いたいところだけど、俺がどれだけ長生きしたとしても、カノンとはもう会えないんだよな」

「……そうだね。キラード博士の話じゃ、俺の知ってる未来と、ひいじいちゃんのこの時代は、直接的な繋がりはないらしいから……。もし、カノンって名前のひ孫が産まれても、それは俺とは別人なんだと思う」

「そっか……」

 

未だに目の前の少年が、俺のひ孫であるという実感は湧かない。だが、せっかく出会えたサッカー仲間にもう会えないのは、とても残念だと思う。でも────

 

「カノン。俺達は一緒に戦った仲間だ。例え血の繋がりがなくたって、俺達は心で繋がってる」

「………うん」

 

 

「俺はお前のことを忘れない。だから、もし奇跡が起きて、また逢えたなら────」

「うん。もしまた逢えたら、その時は一緒に────」

 

 

「「サッカーやろうぜ!!」」

 

 

俺から離れて、こちらへ手を振りながら光に包まれるカノンの姿を、手を振り返しながら目に焼きつける。その姿を、決して忘れないように。

 

光が収まり、カノンの姿は完全に無くなった。降っていた手を下ろして空を見上げる。日が沈み、赤みがかった空。今も未来も変わらないであろう空を、カノンも見ているのかと思うと、感慨深い気持ちになる。

 

「行ってしまったね」

「ああ」

 

こちらに声を掛けながら、アフロディが俺の横に立ち、同じ様に空を見上げる。

 

「正直、色々あり過ぎてまだ頭が追いつかないよ」

「確かに怒涛の展開だったよなぁ」

 

世宇子中で練習してたらいきなりオーガが現れて、試合をすることになって。全然歯が立たなくてもうダメだって時にカノンが来て、豪炎寺とシュウが来て。

………こうして羅列してみると訳分かんねぇな。ツッコミどころは満載だが、どうにか無事に乗り切れてよかったぜ。

 

「………ところで、円堂君」

「ん?」

「考えないようにしていたんだが、やっぱり見て見ぬふりはできないかなと思ってね……」

 

やけに言いにくそう、というか若干顔が青ざめているアフロディに嫌な予感を覚える。何かあったか?

 

()()、どうしようか」

「………え」

 

アフロディの視線の先を追うと、そこには芝が焼け落ちて地面が抉れ、ゴールもひしゃげて、挙句の果てには豪炎寺の最後のシュートによって破壊されたスタジアムの姿が………

 

「修繕費とか、相当な額になると思うんだけど……」

「 」

 

………え、いや、待ってくれ。あれって俺達のせいじゃないよな?……いや、オーガは俺のことを狙ってきたんだから、やったのは豪炎寺でも元を正せば俺が原因ということに……。

 

 

………………………………………………。

 

「アフロディ、俺達は何も知らない。何も見ていない。いいな」

「えっ」

「さあ、すっかり遅くなっちゃったからな。さっさと帰ろうぜ!」

「円堂君!?現実逃避はよくないぞ!?」

「うるせぇ!!俺は知らんぞ!!やった本人はもう居ないんだから俺達には関係ない!!」

 

幸い豪炎寺の張っていた結界のおかげで近隣の住宅への被害はない。今のご時世なら、エイリア学園に罪を擦り付けられるはずだ。誰も目撃者が居ない今なら、逃げれば誰にも分からん!!

 

「よし、ダッシュで帰るぞ皆!!俺に続けぇ!!」

「円堂君ーーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ………と」

 

行きに通って来た道を何とか辿りながら、無事に元の時代に戻って来れた。深い森が生い茂るゴッドエデンの懐かしい景色を見ながら、内心で胸を撫で下ろす。時間逆行なんてするのは初めてだったから少し不安だったが、なんとかなってよかったな。

 

「悪かったな、シュウ。無理矢理付き合わせちまって」

「悪い?お前がそんな殊勝なことを思うはずないだろ。思ってもないことを口に出すな」

 

シュウの相変わらずの毒舌に苦笑する。個人的にはもう少し態度を軟化させてほしいところだが、過去の自分の所業を思い返せば自業自得という他ない。

 

「もう二度とその顔を見ないで済む様に願ってるよ」

 

そう言ってシュウはゴッドエデンの森の中へ消えていった。別れる度に同じ様なことを言われているが、もう少しバリエーションはないのだろうか。どうせ定期的に訪れるのだから、毎回同じことを言われると飽きるというものである。

シュウに知られれば激怒されそうなことを考えながら、自分はどうするか考える。

元々はイタリア近辺でヒデナカタを追っていたので、そっちに戻ってもいいんだが………。

 

「一度、家に戻るか」

 

一応、日本に戻って来た際には家に顔を見せるのが父さんとの約束でもある。久しぶりに夕香の顔も見たいし、丁度いいかもな。

 

「それにしても────」

 

この時代に戻る前に、過去の円堂に言われた言葉を思い出す。

 

『何かあったら、お前の時代の俺に相談してやれよ。お前からしたら俺は弱いかもしれないけど、きっとお前に置いてかれないように、必死で走ってるはずだからさ』

 

今の俺の事情なんて何一つ知らないはずなのに、俺の内心を僅かでも察してるのは素直に驚きだ。俺のプレーから何か感じ取ったのだろうか?

それまでも分かってはいたが、やっぱり円堂だなとしみじみ思ってしまった。

 

瞳を閉じれば、まるで昨日のことのように、円堂と勝負した日のことを思い出せる。あの日、全身全霊のシュートを受け止められ、呆然とする俺に、あいつは言った。

 

『最強?強くなり過ぎた?ふざけんなよ。自惚れんのも大概にしろ。お前よりも強い奴なんて、探せば居るに決まってんだろ。そんなに世界は小さくねぇぞ。大体なぁ、忘れんじゃねぇよ!!お前の全力を受け止めてやれる奴が、少なくとも1人、ここに居るぞ!!これまでも………これからもだ!!』

 

その後、言いたいことぶちまけたら途端にぶっ倒れたのはあいつらしくて笑ってしまうが、とにかく、その言葉は無意識に天狗になっていた俺の鼻をへし折るには十分だった。

あいつが居るから、俺は道を間違えないでいられる。道を踏み外しそうになったとしても、ぶん殴ってでも引き戻してくれると信じてるから、俺は前だけ見て走っていられる。

 

オーガを操っていた奴が、俺とどんな関係があるのかは分からないけれど、もし俺の子孫とかだったりするのなら、俺にとっての円堂の様な存在が、傍に居てくれることを祈ろう。

 

 

 

豪炎寺は稲妻町を目指し、歩き始めた。居るかどうかも定かではない子孫に想いを馳せながら、そして─────

 

 

─────脳裏を過った、最悪の想像から目を逸らしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───???───

 

「こ、ここは……?」

 

意識を取り戻したオーガの一員、エスカバが最初に口にしたのはそんな言葉であった。任務で過去へと飛んだ後の記憶がないのも不可解ではあるが、それ以上に自分がどこに居るのか皆目見当もつかない現状は、エスカバから冷静な判断力を奪っていた。

否、エスカバだけではない。同様に意識を取り戻した他のメンバーも、状況を理解できていない。何名かは死んだように眠っているバダップに声を掛けたりしているが、殆どは困惑した様子を隠せない。

 

「おいエスカバ。どこだここは」

 

ミストレがエスカバにそう問うが、エスカバとてその質問に対する答えは持ち合わせていない。エスカバの知識には、今自分達が居る場所と思われるものは存在しない。

いや、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()等、存在するのか。自分自身や他のメンバーの姿を視認できていることから、単に光がないだけではないのは分かる。だがそれだけだ。それ以上は何も分からない。

 

「……俺にも分からッ!!」

 

分からない。そう言おうとしたエスカバの視線の先に、唐突に人影が浮かび上がる。

 

逆立てた髪は、色素の抜け落ちた白髪。肌はまるで死体の様に白く、瞳には何の感情も読み取れない闇が広がっている。身に纏っているのはユニフォームの様に見えるが、少なくともエスカバの記憶にはないデザインのものだ。

 

「豪炎寺……修也……?」

 

その容貌は、エスカバがデータとして知っていた人物に酷似していた。その男の名前を、思わず呟く。

 

 

 

 

『当たらずしも遠からず………といったところか』

 

闇の中に、機械の様に冷たい声が響く。

 

『だが、お前達がその先を知る必要は無い』

 

男の身体から、周囲の闇よりも更に色濃い暗黒が溢れ出す。

 

『お前達にはまだ利用価値がある。来るべき時まで、眠っていろ』

 

不気味に蠢く暗黒の炎が、凄まじい速度でオーガを飲み込み、次の瞬間にはそこには誰の姿も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オーガもプロトコルオメガも愚かなものだ』

 

『過去を変えることはできない。過去に干渉した時点で、それは枝分かれした世界を一つ増やしているだけだというのに』

 

 

『自らの選択を、否定することはできない』

 

『犯した過ちを、無かったことにはできない』

 

『背負った十字架を、放棄することは許されない』

 

 

『まだ足りない。もっと強くなれ。世界の誰よりも強く』

 

『そして、いつか──────』

 

 




未来円堂
豪炎寺の全力のシュートを受け止めたということで株が上がり続けていたが、実際には止めれたのは奇跡に近い。おまけに全ての気を使い果たした反動で3日程生死の境を彷徨った。勢いで豪炎寺に啖呵を切ってしまったが、次は死ぬのではと戦々恐々としている。

最後の方に出てきた奴
オーガを操っていた男。豪炎寺と瓜二つの外見をしている。
現時点ではこれ以上の開示できる情報はない。


次回からは本筋の雷門サイドに戻ります。


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吹雪式雪国特訓

吹雪の言動を考えるのがなによりも難しい。
なんで俺はこいつをこんな性格にしてしまったんだ。


────俺は一体何をしているのだろうか。

 

膝に手をつき、乱れた息を整えながら、風丸はそんな疑問を覚えずにはいられなかった。

特訓、そう、これは特訓のはずだったのだ。なのに、ボールを蹴ることも無く、仲間達の悲鳴が響き渡る()()は一体何だと言うのか。

 

「風丸!そっちに行ったぞ!」

 

染岡の怒声の様な声に顔を上げれば、猛スピードでこちらに迫って来る()の姿が見える。

僅かな休息では碌に体力も回復できていないが、このまま立ち尽くしていては怪我どころではすまない。

鉛の様に重く感じる足を動かし、走る。走る。

 

疲れで思考が鈍くなっていくのを自覚しながらも、風丸はこうなった経緯を思い返していた。そう、事の発端は吹雪のあの一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訓練?」

 

白恋中との練習試合を行った翌日、白恋中のグラウンドを借りて練習を行おうとした雷門イレブンに、吹雪は言った。

曰く、「無駄な練習をするぐらいなら、自分の用意する訓練を受けろ」とのこと。

練習を無駄と言い切った吹雪に、当然何人かは反論したが吹雪は聞く耳を持たず。それどころか

 

「一々騒ぐな。五月蝿い奴らめ。猿でももう少し利口に物を言うというものだ。私に反論したければ、それ相応の言い分を考えてから口を開け。尤も、畜生にも劣るその頭ではそれも難しいかもしれんがな」

 

口を開けば人を侮辱し、怒らせるそれは最早一種の才能かもしれない。全く羨ましくない才能であるが。

 

ヒートアップしていく口論、とも呼べない何か。あまりに見苦しいのでここでは割愛するが、素晴らしい語彙力で巧みに罵倒を叩きつける吹雪に、やり取りを見ていた風丸や鬼道、不動は呆れを通り越して感心してしまいそうな程だ。

 

「あいつあんなのでよくこの年齢まで生きてこれたもんだな……?」

 

そう呟くのは不動である。不動とて己の性格が捻くれている自覚があるが、吹雪の言動は不動の比ではない。協調性を重んじる日本社会であの性格はさぞ生きにくかろう。

 

「吹雪君、学校を完全に私物化してるから……」

「でも教師は注意したりするだろう?」

「いや、吹雪君の名前を出せば校長先生でも従うよ」

「どんな中学生だよ!?」

 

白恋中サッカー部の面々と風丸の会話の中でサラりととんでもないエピソードが飛び出してくる。

気になった鬼道が詳しい話を聞いたところ、吹雪は教師、生徒を問わず多くの人間の弱味を握っており、かつ自身のファンクラブの人間等も含めると相当の数の人を動かせる為、実質的に白恋中を支配しているに等しい状態らしい。

 

「まあまあ、朝からそんなにいがみ合うなよ。吹雪もそれだけじゃ分からないから、どんな特訓をするのか教えてくれないか?」

 

そう言うのは現実逃避をしていてもどうにもならないと、若干の胃痛を感じながらも仲裁に入った風丸である。

 

「馴れ馴れしいぞ凡愚が。何故私が一から十まで説明してやらねばならんのだ。そんなことは自分で考えろ。お前達は上位者足る私に従っていればそれでいいのだ」

 

こいつは仮にもチームメイトして仲良くしようという気はないのであろうか。………まあ、ないからこんな態度なのであろうが。

 

「でも皆練習しようとしてたんだから、ちゃんと説明してくれないと納得できないだろ?お前の特訓だって嫌々やっても効果は薄いんじゃないか?」

「戯け。その練習に意味が無いと何度言えば分かるのだ。お前らの頭には綿でも詰まっているのか?そもそも、お前達は誰の許しを得て私の意に反しようとしているのだ。お前達有象無象にそんな権利があるはずがないだろう」

「……………」

 

 

それから少し時間を使いはしたものの、源田や鬼道の協力の元、どうにかこの場を収めた風丸だが、吹雪を仲間に迎え入れたことを早くも後悔し始めたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員納得とはいかぬものの、吹雪の特訓を受けることを決めた雷門イレブンは、吹雪の先導で北ヶ峰と呼ばれる大雪原を訪れていた。

 

「着いたぞ」

「着いたって、何もないぞここ?」

「こんな所で練習するんスか?」

 

疑問の声が漏れるのも無理はないだろう。吹雪の指示で荷物も殆ど持ってきておらず、各々が身に付けている物を除けばサッカーボールが2つあるだけ。どういう特訓をするのか想像するのは難しい。

 

「そう慌てるな。まずはあいつを呼ばねばな」

 

そう言うと吹雪は徐に指笛を吹く。指笛の音が、雪原に響く。すると、その音色に応える様に獣の鳴き声の様な声が聞こえて来る。

 

「何だ今の?」

「……不気味な声だったね」

「お前が言うのか……」

「ん?何かこっちに近づいて来てるけど、あれは……」

 

物凄い勢いで雪を巻き上げながら、何かが近づいて来る。そしてその姿がはっきりと見えて来ると、雷門イレブンの顔色が変わる。

 

『く、熊ーーーー!?』

 

驚愕と恐怖で叫び声を上げる一同。その中で、吹雪だけがその姿を見て、顔を顰めながら悪態をつく。

 

「チッ。あの馬鹿、前よりも移動速度が遅くなっている。近々、もう一度調教する必要があるか……」

 

猛スピードで近づいて来たヒグマは吹雪の目の前で立ち止まる。

 

「吹雪!危な………えっ」

 

壁山等は熊の登場に腰を抜かしているが、何より至近距離に居る吹雪が危険だと思い声を上げた風丸だが、熊が取った行動に目を丸くする。

吹雪の目の前の熊が、吹雪に向かって頭を垂れたからだ。

 

「安心するがいい。こいつは私の下僕だ。命令も無しに人を襲うほど愚かではない」

「げ、下僕って………この熊が……?」

 

吹雪に向かって懐疑的な視線が集まるが、それも無理はないだろう。吹雪の言動がぶっ飛んでいるのは身に染みている一同だが、一般的に人間の脅威として認識するのが正しい熊を従えていると言われても、簡単に受け入れられるものではない。

 

「……それで?わざわざそいつを呼んで俺達に何をさせる気だ」

 

そう吹雪に問うのは鬼道である。鬼道とて他の面々と同じ様に驚きもしているし、混乱もあるが、それでも吹雪ならこれぐらいはするだろうと納得できてしまった。………鬼道自身もそれがいいことなのかは判断しかねるが。

 

「お前達にはこの熊、山オヤジの相手をしてもらう。こいつを囲んで円になれ」

「ええ?こ、この熊とでヤンスかぁ……?」

「さっさとしろ」

「ひぃ……!!」

 

山オヤジに対する恐怖はあるが、ここで反論したところで吹雪は引かないであろうことは皆理解している。渋々吹雪に言われた通りに吹雪と山オヤジを囲む様に円を作る。

 

「よし………山オヤジ、分かっているな?」

 

その言葉を聞いた山オヤジが頷いたのを確認し、吹雪は一同が作った円の外に出る。そのまま少し離れた位置まで歩き、鬼道に声を掛ける。

 

「鬼道、お前はこちらに来い」

「何?俺だけか?」

「そうだ。お前には私と別の特訓をしてもらう」

「………分かった」

 

吹雪に言われた通りに鬼道は吹雪の元に歩く。吹雪はそれを確認すると、徐に右腕を掲げる。

すると山オヤジを囲む風丸達を更に囲む様に、雪に覆われた地面から分厚い氷の壁が競り上がっていく。

 

「ッ!?」

「ふ、吹雪!?何を!?」

 

鳴り響く轟音に振り向いた鬼道が目を見開き、風丸が思わず声を上げる。鬼道は既に吹雪の近くまで来ていたが、すぐ様反転し走り出す。だが鬼道の足よりも氷の壁が形成される方が遥かに早い。

 

「山オヤジに食い殺されないよう、気をつけることだ。死線を潜り抜いた時、お前達は力を得る」

 

無慈悲な吹雪の呟きと同時に、高さにして10メートル以上はあるであろう氷の壁が完成する。鬼道は一瞬遅れて氷の壁に到達するも、分厚い壁を前に何もできず立ち尽くす。

 

「さあ、私達の方も始めるぞ。さっさとこちらへ来い」

「ッ、吹雪!!」

 

何も無かったかの様に鬼道に声を掛けてくる吹雪に思わず声を荒げ、吹雪を睨みつける鬼道。しばし睨み合っていた両者であるが、先に鬼道が折れ、吹雪に向かって歩き出し──────

 

『うわぁぁぁぁぁ!!??』

 

壁の中から鳴り響いた悲鳴に足を止める。

 

「始まったか」

「何だ!?中で何が起こっている!!」

「別にどうということはない。山オヤジがあいつらを襲っているだけだ」

「何だと!?」

 

吹雪の言葉を聞き、氷の壁を破壊するべく化身を出そうとした鬼道だったが、いつの間にか喉元に突き付けられていた氷の刃に気づき動きを止める。

 

「お前に壁を壊されては困るのでな。大人しくしていろ」

「ッ!どういうつもりだ吹雪!!特訓をするんじゃなかったのか!?」

 

氷の壁の内側の広さは、どう見積っても直径で50メートル程度しかない。そんな中で逃げ道もなく、対抗手段もない状態でヒグマに襲われる等、死地と言っても過言ではない。

 

「私の考える特訓はお前達の様に生温くはないと言うだけだ。なに、心配はいらん。怪我をさせない様に山オヤジには言い聞かせてある。命令通りに動くのは白恋の駒共で確認済みだ。………尤も、所詮は低脳な獣。腹が空けばどこまで理性が持つかは定かではないがな」

「何が特訓だ!!こんなことに何の意味がある!」

「意味ならある」

 

吹雪に向かって怒声をぶつける鬼道だったが、吹雪が発したその一言に込められた圧に思わず押し黙る。

 

「身体能力や技術の向上は一朝一夕で成せるものではない。それよりも精神面や状況への判断力、適応力に絞って強化を促した方が短期間で強くなる為には遥かに効率がいい。少しの判断ミスが命の危機に直結する状況に長時間身を置かせることで、判断力を鍛えると共に常に思考を止めないことを体に覚え込ませる。加えて言えば、動きにくい雪の上でそれらを行うことで自ずと体の動きは最適化されていくだろう。………他にも色々と理由はあるが、少なくとも普通に練習を重ねるよりかは効果的だろうよ」

「…………」

 

強引ではあるが、吹雪の言うことも幾らかは納得できてしまった鬼道は、反論することもできずに黙り込む。

 

「………短い時間であれば、危険は少ないという言葉に嘘はないんだな」

「あいつら次第ではあるがな。だが、曲がりなりにも私と引き分けた連中だ。これぐらいはやってもらわねば困る」

「………分かった。納得はしていないが、今は皆を信じよう」

 

吹雪に特訓を中止する意思がない以上、鬼道にできるのは仲間の無事を祈ることだけだ。その鬼道の言葉を聞き、吹雪は薄い笑みを浮かべる。

 

「よし、ではこちらも始めるとするか。鬼道、お前気を感じ取ることはできるか?」

「いや、できないが」

 

 

唐突に訳の分からないことを言う吹雪を前に、こちらも一筋縄ではいかなそうだと、鬼道は内心でため息をついた。




ぶっちゃけこの世界だと普通に練習してるより変なことしてた方が効果高そう。


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雪原の死闘

※作中に登場する特訓は架空のものです。危険ですので真似しないでください。


雪の上という劣悪な条件下であったとしても、風丸のスピードは健在だ。トップスピードは出せずとも、山オヤジに追いつかれることなく走り続ける。

 

「!!」

 

顔だけで背後を振り返った風丸の視界に、山オヤジが己の身を投げ出し突っ込んで来る姿が移る。咄嗟に横に飛んだ風丸が一瞬前まで居た場所を山オヤジが通過し、そのまま勢い余って氷の壁に激突する。だが氷の壁は揺るぎもせず、山オヤジも直ぐに立ち上がる。

 

「くそっ!これでも駄目か……」

 

この状況に陥ってからどれだけ時間が経ったかは定かではないが、最も足の速い風丸は積極的に囮を買って出ていたこともあり、既に息が上がってきている。

 

「ワイバーンクラッシュV2!!」

 

山オヤジが再び風丸に向かって動き出した瞬間を狙って、染岡がシュートを放つ。しかし山オヤジはシュートが当たる寸前に大きく上体を背後へと反らし、紙一重でシュートを躱す。

 

「またか……!!」

 

いつの間にかこの氷の壁の中に転がっていた1つのボール。恐らく吹雪が持ってきていたボールだと思われるが、これでどうしろというのか。考えた末に山オヤジに向かってシュートを放っているのだが、これが全く当たらない。

今度はシュートを放った染岡を標的としたか。山オヤジが進路を変更し突進する。当然逃げようとした染岡だが、足を滑らせ大きく体勢を崩してしまう。

 

「しまっ……」

「パワーシールド!!」

 

染岡が山オヤジの巨体に跳ね飛ばされる寸前で源田が割り込み、衝撃波の壁で攻撃を食い止める。

 

「助かったぜ、源田!」

「礼を言っている余裕はないぞ!」

 

源田の言葉通り、山オヤジが二撃、三撃と腕を振るえば、呆気なく衝撃波の壁は砕かれる。しかしその間に染岡と源田は距離を取っており、一旦仕切り直しとなる。

致命的な状態にはならないものの、状況を打開する策が見いだせないまま、時間だけが過ぎていく。

今のところ最も有効的なのは〈スピニングカット〉や〈ボルケイノカット〉による足止めだが、あくまでも進路の妨害の域を出ず、有効打にはなり得ない。〈ザ・タワー〉や〈影縫い〉ではその巨体からは想像もつかない程に俊敏な山オヤジの動きを捉え切れず、〈ザ・ウォール〉は自身の背後に壁を作る性質上、相手と真正面から対峙する必要があり、そもそも論外。〈ダッシュアクセル〉や〈疾風ダッシュ〉を用いて囮になれば気は引けるが、消耗が激しくリスクも高い。かといってシュートで体力を削ろうにも、前述の俊敏性で尽く躱されてしまう。

不動も思考を巡らせてはいるが、これはサッカーではない。相手がボールに目もくれない以上はパス回しで攪乱することもできず、策を弄しても力ずくで突破される上に勝利条件も不透明。

これだけ悪条件が重なってしまえば、いくら不動と言えども簡単には状況を好転させることはできない。

 

加えてこれは余談ではあるが、山オヤジは吹雪の下僕である。普段の主からの扱いは極めて悪く、特に理由も無く、理不尽に頑丈なサンドバッグとしてシュート練習に使われたりする日々の中、生き残る為に環境に適応した山オヤジは野生の同種と比べて遥かに高い俊敏性と耐久性を獲得している。四肢を氷漬けにされ身動きを封じられた状態で、土手っ腹に〈エターナルブリザード〉を叩き込まれるのが日常と化している山オヤジにとって、〈ワイバーンクラッシュ〉を二、三発食らったところで大したダメージにはなり得ない。

 

 

「グオオオオオ!!」

 

「来るぞ!!」

 

 

分厚い氷の壁の中、命懸けの特訓は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした!?そんなものか!!」

「くっ……!!」

 

上空から降り注ぐ氷の礫を鬼道は己の直感を信じ、何とか避けていく。一つ一つの大きさは拳大であり、そこまでの脅威では無いようにも思えるが、イカれた速度で打ち出される氷塊の持つ威力は、鬼道の足元に着弾した際に巻き起こる轟音と雪煙がその凄まじさを物語っている。

 

────くそっ!!音を潰されると何も分からん!!

 

背後に従えたブルートの大剣を闇雲に振り回し、奇跡的に迎撃に成功する。しかし、大剣を大振りした際にできた隙を見逃さず飛来した氷の槍がブルートの左肩口を穿ち、体勢を崩される。鬼道は次弾の迎撃は不可能と判断し、体を投げ出して雪の上を転がる。次の瞬間には鬼道が居た場所に無数の氷の礫が降り注ぐ。

 

────これのどこが特訓だ!!命が幾つあっても足りんぞ……!!

 

 

 

『鬼道、お前気を感じ取ることはできるか?』

 

この言葉から始まった二人の特訓。吹雪曰く、自分も気を感じ取ることはできはするが、そこまで練度が高い訳ではない。咄嗟の時や余裕がない状況に置いては感知までは手が回らない。今まではそれでも問題が無かったが、雷門との練習試合で今後は必要になると判断したとのこと。

鬼道からしてみれば相手の気を感じ取って位置を把握するなり、動きを読む等、どこのバトル漫画だとツッコミを入れたくなる話ではあったが、吹雪の語る内容に嘘偽りがないのであれば確かに有用な技術であることは認めざるを得ない。

しかし、じゃあやれと言われてできるのであれば誰も苦労はしない。この世界に気という概念があることは理解している鬼道だが、コツも何も分からず、いきなり感じ取れと言われても難しい。

 

「こうした方がいいとかないのか?お前は最初はどうだったんだ?」

「知るか。むしろ何故できない?」

 

吹雪にコツを聞いたところで、帰ってくる返事はこれである。本当に教える気があるのか問い詰めたくなる返答であるが、罵倒が飛んでこなかっただけマシだと鬼道は軽く流した。

幸いなことに、自身の特訓の為もあってか吹雪は協力的だったので、手伝ってもらいながら検証を続けた結果。

 

「………これ……か?何となく、ぼんやりと感じるものがあるような……」

「ここまでやってようやくとはな。なんとも要領の悪い奴だ」

 

化身レベルにまで高まった気であれば、薄らとではあるが感じることができるようになった。吹雪は呆れた様子を見せているが、鬼道からすれば快挙である。

 

ちなみに吹雪は半径100m圏内であれば辛うじて感知が可能だが、どこぞの馬鹿は100km以上離れていても感知自体は可能である。決して引き合いに出してはいけない。

 

「やっと特訓が始められそうだな。まずはこれで視界を塞げ」

「は?」

 

タオルを差し出しながら、ふざけたことを抜かす吹雪の顔を凝視する鬼道であったが、当の吹雪は何処吹く風である。

 

「……一応聞くが、何故だ?」

「視覚を閉ざすことでより深く気を感じる訓練だ。ぼさっとするなよ。時間は限られているぞ」

「………」

 

渋々従い、タオルで目を覆い視界を閉ざす。鬼道は黒一色の視界の中、ぼんやりと浮かび上がる様に吹雪の化身であるゲルダの姿を認識する。

そしてようやく特訓を始めた訳だが────

 

「やる気がないのかお前……!!」

「ボールが見えないんだから仕方ないだろうが!!」

 

当初は目隠しした状態でボールを奪い合う、という体であったが、吹雪はともかく鬼道はボールがどこにあるのかも分からず、奪い合う以前の問題であった。

ここで素直に特訓方法を見直せばよかったのだろうが、ここで二人揃って妙なところで負けず嫌いなのが災いした。鬼道も化身なら感知ができるということで、化身の動きを気で読み取るという特訓を始めたのだが、それがいつ間にか化身を用いた文字通りの戦闘という訳の分からない方向へとシフトしていったのだ。

 

接近戦なら的が大きいこともあって何とか渡り合えていた鬼道であったが、一度距離が開いてしまえば最早吹雪の独壇場であった。

上空から氷の礫を降らし、氷の槍を射出し、氷の茨で拘束しにかかる。ゲルダ本体を辛うじて感知できるだけの鬼道には、その全てが不可視の攻撃となる。吹雪の攻撃を殺気と音を頼りに時に躱し、時に迎撃していく鬼道であるが、こうなってくると当初の目的が完全に行方不明になっている。だが、お互いにそんなことは既に頭に無い。

 

「いい加減に………しろぉぉ!!」

「……!?くっ……!!」

 

劣勢に追い込まれていた鬼道だったが、ここで完全に吹っ切れたか、咆哮と共に体から溢れ出した闇をブルートの大剣に纏わせ、斬撃波を放つ。目で見て判断できないせいで一瞬反応が遅れた吹雪だったが、これを辛うじて躱す。

攻撃の手が緩んだ隙に鬼道が闇の波動を迸らせ、氷の礫を粉砕し、闇を凝縮して形成した槍を射出し、氷の槍を叩き落とす。そのままぼんやりと感じるゲルダの気を目掛けて突貫する。

 

「おおおおおおお!!」

「チィッ!調子に乗るな!!」

 

吹雪は自身に向かって突っ込んで来る鬼道の足元に氷の蔓を纏わせ、上空へと放り投げる。更にその頭上に巨大な氷塊を形成し、鬼道に落とす。対する鬼道も空中で体勢を立て直し、ブルートの大剣を振るい氷塊を迎撃する。巨大な質量を持つ氷塊を形成するにはそれなりに気を消費する必要があり、鬼道もそれを辛うじて感知できたからこそ、迎撃が間に合った。

バラバラに崩れた氷塊と共に、轟音と雪煙を上げながら落下する鬼道。その姿は雪に隠れて見えなくなるが、吹雪はしっかりと鬼道の気を捉えていた。

再度放たれたブルートの斬撃波をゲルダの槍の一振で相殺する。吹雪に向かって突進しながらも追撃の斬撃を放つ鬼道に対し、吹雪も攻撃を相殺しつつ前に出る。

糸を引く様に二人の距離が縮まり、ブルートの大剣とゲルダの槍が激しく鍔迫り合う。一度は弾かれ距離を取り、両者同時に地を蹴り、再度衝突する。

 

 

止める者の居ない中、二人の馬鹿の戦いは苛烈さを増していく。




俺は気の赴くままに書く。だから止まるんじゃねぇぞ……。


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炸裂する拳

更新が遅れるのはもうデフォだな、うん。
そして相変わらずサッカーはしてない。


『お前って本当に可愛げが無い奴だな。何でいつもそんな機嫌が悪いんだよ?』

 

もうずっと昔のことのように思える、いつかの会話を思い出す。

 

『可愛げが無くて結構です。貴方にそんなもの見せても何の得にもならないわ』

 

強がりでもなんでもなく、当時は本当にそう思っていた。彼にどう思われたとしても、どうでもいいと。それが変わったのは、いつからだっただろうか。

 

『ひっでぇ言い草……。絶対友達少ないだろお前』

『貴方には関係ないでしょう。そもそも誰のせいで機嫌が悪いと思ってるのよ。貴方がいつも余計なことを言うからでしょう』

『はあ?俺がいつ何を言ったって?』

『あら、自覚が無いなんて本当におめでたい人ね』

『お前なぁ………』

 

以前は今からは考えられない程に仲が悪かった。顔を合わせれば、いつも何かを言い合ってばかりで、楽しく談笑した記憶は無い。犬猿の仲というのは自分達の様な関係を言うのだろうと思っていた。

 

『げっ、雷門』

『あら、何かしらその態度は。少し失礼ではなくて?』

『日頃の自分の言動を思い返してから言えよ』

 

『何故休日にまで貴方の顔を見なくてはならないのかしらね』

『それはこっちの台詞だ。何でこんな所に居るんだよ』

『私が何処に居ようと私の勝手でしょう』

 

『お前、人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ』

『馬鹿になんてしないわ。勝手に貴方がそう思っているだけじゃない』

『何だとぉ』

『何よ』

 

本当に嫌っているのなら、徹底的に避ければよかった。何度も何度も遭遇していれば、流石に彼の行きそうな場所くらい分かる。けれどそれをしなかったのは、きっと、自分の本当の気持ちに薄々気づいていたから。

本音をぶつけることができる相手は、彼だけだった。何を言っても、彼は私を本気で拒絶することはなかった。くだらないことで言い争って、きっと楽しくもなんともなかったはずなのに、最後にいつもこう言うのだ。

 

『またな、雷門』

 

飾らないありのままの自分を受け入れてくれた様で、その言葉を聞く度、胸が暖かくなった。"理事長の娘"でも"生徒会長"でもない、ただの私で居られる時間が、いつしかとても大切なものになっていた。

 

 

────雷門夏未は、円堂守のことが好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏未さん、大丈夫ですかね?最近ぼーっとしてることが多いですけど……」

「そうね……」

 

雷門中のマネージャー3人は特訓中のメンバーに差し入れるべく、おにぎりを握っていた。手際良く作業を進めていく木野と音無であったが、夏未は先程から手が止まっており、明らかに心ここにあらずといった様子だ。その原因は木野も音無も察しはついている。

 

「キャプテンが居なくなってからですよね、夏未さんがああなったのって」

 

夏未の円堂に対する気持ちは、木野や音無も察している。というかかなり分かりやすい為、気づいていないのは当の円堂くらいのものだろう。

円堂も夏未とのことで部員からからかわれたりもしているのだが、ラブコメ主人公ばりの鈍感さを発揮し、全てスルーしている。この件に関してだけは、首を傾げ的外れなことを言う円堂と、それに呆れる豪炎寺といった普段とは逆の光景がよく見られたものだ。

 

「今何処に居るんですかね、キャプテン。というか個人的に連絡ぐらいしてあげてもいいんじゃないですか!?」

「あはは……。でも円堂君、そういうところ結構抜けてたりするから……」

 

そう言って苦笑する木野を、音無はジッと見つめる。

 

「な、何?」

「……木野さんってキャプテンとの付き合いはかなり長いですよね。仲も良いですし、もしかして木野さんもキャプテンのこと好きだったり!?」

「ええ!?」

 

いきなりのことで木野が素っ頓狂な声を上げる。やはり年頃の女子ということでそう言った話題には興味があるのか、木野に詰め寄る音無の瞳は心なしか普段よりも輝いて見える。

 

「サッカー部ができた時からの付き合いだし、仲が悪いとかはないけど………恋愛感情は無いかなぁ。それに円堂君は見てて心配になるというか、不安になる気持ちが大きかったし……」

「不安、ですか?」

 

木野の言葉に音無は首を傾げる。音無の知る円堂守という人物は、部員から慕われる頼もしいキャプテン、といった印象だ。裏表が無く真っ直ぐで、接していて好ましい人格者。後輩である音無にも気軽に声を掛けてくれる良い先輩である。多少無理をし過ぎる様なことはあれど、見ていて不安になる、というのは音無にはよく分からなかった。

 

「1年生の頃……それこそ、音無さんが入部する少し前までの円堂君ってね、何と言うか、今よりずっと危なっかしい人だったの」

 

当時のことを思い返しながら、木野は続ける。

 

「生き急いでいるというか、いつも無理をしてて、顔は笑っててもどこか辛そうで……。多分、私と話してる時もあんまり本音で話してることってなかったんじゃないかな」

 

木野は知る由もないが、その頃の円堂は原作の円堂ならこうする、原作の円堂ならこれぐらいはできる、といった考えが言動の前提にあり、木野は円堂本人ですら自覚していなかった微妙な精神状態に気づいていた。成れもしない存在を目指し、もがき苦しむ様を傍で見続けていた訳で、それは心配にもなるだろう。

 

「あっ、でも………夏未さんと話してる時だけは少し違ったかな」

「夏未さんと?」

「うん。あの2人、前は会う度に口喧嘩ばっかりしててね?」

「あ、私知ってます。有名でしたよね」

 

生徒会長として、全校生徒の模範となるべく完璧な優等生であった夏未が、それを崩して円堂と口喧嘩をする姿に初めて見た生徒は驚いたものだ。

加えて言うと、夏未のファンクラブの会員達は、普段とは違う夏未の一面を引き出す円堂を敵視していたりもする。

 

「普段はずっと気を張ってた円堂君が、夏未さんと言い合ってる時だけはそんなことなくて自然体で……喧嘩するほど仲がいいってこういうのを言うのかなあって、少し羨ましかったな」

「へぇ〜」

 

そんなことを話しながら手を動かす2人であったが、ガラッ、という扉が開く音がしてそちらに目を向ける。

 

「吹雪君?……って」

「お兄ちゃん!?」

 

特訓に行っていたはずの吹雪の姿に首を傾げる2人であったが、吹雪が無造作に肩に担いでいた人物を床に放り捨てると、それが誰であるかに気づき、木野は驚き、音無は悲鳴の様な声を上げる。音無の声で夏未も気づいたようで、目を丸くしている。

 

「大した怪我はない。心配せずともしばらくすれば目を覚ますだろう」

 

慌てて鬼道に駆け寄る音無にそれだけ言って、立ち去ろうとした吹雪であったが、不意にその足を止める。

 

「……それはあいつらへの差し入れか何か?」

「えっ?あ、うん。そうだけど」

 

吹雪の視線の先にあるのは机の上の皿に盛られたおにぎりの山。数秒それを見つめた後、呟く様に吹雪が口を開く。

 

「……一つ、貰ってもいいか」

「うん。勿論」

 

元々、差し入れる対象に吹雪も入っているつもりなのだ。断る意味もない。

木野の言葉を聞き、おにぎりを口へと運び、一口、二口と無言で咀嚼する。表情からは何を考えているかはよく分からない。

 

「えっと、どう?」

「悪くはない」

 

そう言っておにぎりを一つだけ食べた吹雪は、今度こそその場を後にする。

 

「……なんだったの?」

「さあ……?」

 

状況についていけず困惑した声を出す夏未に、木野も曖昧な応えを返す。因みに音無は吹雪のことは気にせず、鬼道の怪我の手当をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいなお前ら?ちゃんと俺の指示通りに動けよ」

「言われなくても分かってるよ」

「ああ。そろそろ終わらせよう」

 

日が傾き、空が徐々に茜色に染まり始めた頃、朝から始まった雷門イレブンの山オヤジとの特訓も佳境を迎えようとしていた。

時間は掛かったものの、不動は山オヤジの行動分析を既に終えている。

それぞれ疲労は溜まっているが、それを押し殺して行動に移る。この巫山戯た状況を終わらせる為に。

 

「こっちだ!」

 

山オヤジの気を引くように、風丸が山オヤジの前を横切る。流石の風丸もスピードはかなり落ちてきているが、山オヤジの動きも僅かにだが鈍ってきている。短時間なら囮としての役目を果たすことはできる。

山オヤジは目についた者を襲うが、特に自分に背を向けて逃げる者をターゲットにしやすい傾向がある。これは不動がスタミナが比較的余っていたメンバーと共に自身が囮になって確かめた。ここが作戦の起点だ。

不動の読み通り、山オヤジは風丸を標的に定めその背を追う。

それを確認した不動が指示を出し、山オヤジの真後ろに回り込んだ土門がシュートを放つ。

山オヤジはその優れた敏捷性をもって、己に向かってくるシュートを簡単に躱してしまう。それに加えて、当たったとしても大したダメージにならないことも既に分かっている。しかし、自身の死角となる背後からの攻撃にだけは、僅かだが反応が鈍い。そして、頭部を狙った攻撃だけは必ず避けるという特徴がある。

山オヤジが紙一重で、後頭部に向かって放たれたシュートを避ける。が、その瞬間、山オヤジの動きは止まる。そこを狙い撃つ。

 

「塔子!」

「ザ・タワーV2!!」

 

天高く聳え立つ塔から降り注ぐ雷が、山オヤジの体を穿つ。無論これだけではダメージは期待できない。だが────

 

「……ガッ……ガ……ァ」

 

〈ザ・タワー〉の雷に感電し、山オヤジの動きが完全に止まる。山オヤジに〈ザ・タワー〉が直撃したのは、実はこれが二度目。一度目は動きが止まっている間に何発もシュートを打ち込んだが、倒すには至らなかった。だが、当たれば動きが止まる。それが分かってさえいれば、作戦に組み込める。

 

 

山オヤジは動かない体に苛立ちながらも、視界を巡らす。そして気づく。一人、減っている?

今自分が相手をしている人数は把握していたはずだが、一人足りない。

何処に──────

 

そこまで考え、自身の足元の影を見て、頭上を見上げる。そして見つける。己に向かって拳を振るおうとする、人間の姿を。

 

「フルパワー────」

 

「お前が頑丈なのはよく分かった。何回シュートをぶち込んでも、このままじゃ倒せそうにねぇ。だがな………… ()()()()()()()()()()

 

「シールドォォ!!」

 

キングオブゴールキーパーの拳が、山オヤジの額に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グォォォォォオオオオォ!!??」

 

〈フルパワーシールド〉のエネルギーが山オヤジの体内を駆け巡り、今までに味わったことのない痛みに山オヤジが絶叫を上げる。

一連の流れの中で、源田は壁山の〈ザ・ウォール〉の反動を利用し、上空高くへと飛び上がっていた。こちらの狙いに山オヤジが万が一にも気づくことがないように、視界から、その意識から完全に姿を消していた。

全てを理解した山オヤジが、全身の痛みで意識を朦朧とさせながらも、怒りのままに目の前の源田へと腕を振り下ろす。よりも早く────

 

「これで終わりだ」

「ワイバーンクラッシュV2!!」

 

蒼き翼竜の一撃が、今度こそ山オヤジの顔面に突き刺さり、山オヤジの意識は闇に溶け、その巨体は地に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やったのか?」

 

静まり返る中、誰かがフラグの様なことを呟くが、山オヤジが立ち上がる気配はない。

 

「終わったか……」

 

そのことを認識し、皆が安堵の息を吐きながら、その場に脱力した様に座り込む。大半の者は疲労困憊といった様子で、壁山や栗松等は抱き合って生き残れたことを喜んでいる。

だが、その余韻をぶち壊すかの如く、ビシビシと音を立てながら、周囲を囲っていた氷の壁に亀裂が走っていく。やがて氷の壁は決壊し、轟音を立てながら完全に崩れ去った。

 

「外だ……」

「俺達、出られたんだ」

 

目に映る何処までも続くかの様な広大な雪原を見て、感動を覚える者もいる中、彼等を地獄へ落とした張本人の声が響く。

 

「思ったよりも早かったな。丸一日程度は掛かるかと思っていたが」

「吹雪……」

 

まるで罪悪感等感じていない様にそう宣う吹雪に対して、何か言い返したくはあるが、そんな気力は誰も残っていない。その様子を無表情で見ながら、吹雪が口を開く。

 

「本来ならもう少し続けたかったが、事情が変わった。あの女からの伝言だ」

 

 

 

「京都にエイリア学園からの襲撃予告が届いた。喜べ、明日には出発だ」




次からは京都、漫遊寺。ようやく話が進む……。


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漫遊寺の悪戯小僧

話が進まん……。


「今回の予告先は、京都の漫遊寺中よ」

「漫遊寺中?」

 

北海道での文字通り、命懸けの特訓を乗り越えた一同は、エイリア学園からの襲撃予告があったという情報の元、京都へと向かっていた。

 

「聞いたことない学校だな」

「確かフットボールフロンティアにも参加してなかったわね」

 

この場に少林が居れば、それはもう詳しく漫遊寺中について語ってくれただろうが、残念ながら彼はこの場には居ない。

キャラバンの中からちらほらと聞こえてくる疑問に答えるように、瞳子が漫遊寺について話し出す。

 

「漫遊寺中は、学校のモットーが心と体を鍛えることで、サッカー部も対校試合はしないのよ。でも、フットボールフロンティアに参加していれば、間違いなく優勝候補の一つとなっていただろうと言われる、実力のあるチームよ」

「漫遊寺のことは俺も知っている」

 

優勝候補という言葉に皆が驚く中、瞳子の言葉に続くように鬼道も漫遊寺のことを口にする。

 

「真偽はともかく、一部ではフットボールフロンティアの表の優勝校が帝国であれば、裏の優勝校は漫遊寺と言う者も居たからな」

「そ、それって帝国と同じくらい強いってことでヤンスか?」

「そんなチームがあったのか……」

 

雷門イレブンは帝国学園の強さをよく知っている。だからこそ、漫遊寺がそれほどの評価を得ているというのは衝撃だった。

だが、鬼道の隣に座っている男はその評価を鼻で笑った。

 

「何を言うかと思えば、帝国なんぞが引き合いに出される時点で、そいつらの実力はたかが知れているだろう。何を驚く必要がある?」

 

わざわざ名前を出すまでもないが、つまらなそうに窓の外の景色を眺めながらそんな事を言うのは吹雪士郎。

北海道でのあれこれを得てキャラバンに加わった新たな仲間である。

 

「おい吹雪、ここには帝国の奴も居るんだぞ。何もそんな言い方しなくてもいいだろ」

「だが事実だろう。ドーピングに頼るような無能共に二桁失点で敗北したチームが、未だに高い評価を得ている方が私からすれば驚きだがな」

「お前なぁ……!!」

「やめろ染岡」

 

ライバルを貶されたことに憤る染岡であったが、当の帝国のキャプテンである鬼道にそれを制され、渋々引き下がる。それを確認した後、鬼道は隣に座る吹雪へと目を向ける。

 

「何だ鬼道。お前も何か言いたいことがあるのか」

「……いや、帝国が世宇子に惨敗したのは事実だ。お前の言い分を否定するつもりはない」

 

無論本心では反論したくて堪らない鬼道だったが、ここでそんな口論をしたところで、場の空気を悪化させるだけなのは分かっている。だから、鬼道が吹雪に問うのは別のことだ。

 

「それよりも……今回、漫遊寺に襲撃予告を出したチームについて、お前が知っていることを話せ。ここに居る者の中で、奴らを直接見たことがあるのはお前だけだろう」

 

鬼道は漫遊寺に襲撃予告を出したイプシロンのことは勿論知っている。だが、それは本来なら知りえない知識だ。故に吹雪に情報の開示を求める。ジェミニストームを倒した際に、吹雪はイプシロンと対峙しているはずだからだ。

鬼道の意図を察したのか、景色を眺めていた吹雪が振り返る。

 

「……私も多くは知らん。私が聞いたのはイプシロンというチーム名と、ファーストランクとかいう地位を自称していたことぐらいだ」

 

吹雪としてもこれぐらいしか言えることはないのだ。知りすぎていても不自然に思われる故に、当たり障りの無いことしか言えない。そもそも話す必要性を吹雪が感じていないというのもあるが。

しかしそんな僅かな情報でも、吹雪以外のメンバーには引っ掛かる言葉があった。

 

「ファーストランク?確かプロミネンスはマスターランクとか言ってなかったか?」

「それであってたはずだ。言葉の意味からするとマスターランクの方が上だろうから、そのイプシロンって奴らはプロミネンスよりは弱いってことか?」

 

帝国学園でのバーンの言葉を思い返しながら、そんな議論をし始める一同だったが、吹雪はそれを聞いて黙ってはいられなかった。

 

「待て。プロミネンスだと?お前達、私が倒したあの雑魚共以外にも戦ったチームがあったのか?」

「ああ。順を追って話そう────」

 

原作の流れから考えても、雷門はジェミニストームとの試合経験しかないと思っていた吹雪からすれば完全に寝耳に水である。ジェミニストームの襲撃時に北海道に居なかったのも、自分を含むイレギュラーの存在によって時期がズレた結果だと吹雪は判断していたのだ。

そんな吹雪の驚きようは鬼道にはよく理解できた。自分も同じ立場だったなら、耳を疑っただろう。

鬼道は吹雪に、雷門のこれまでの道筋を順を追って説明していく。無論、他のメンバーが居ることも考慮し、円堂と豪炎寺がグランの襲撃にあったことなどは伏せたが。

プロミネンスとの試合の顛末までを聞き終えた吹雪は、難しい顔をして何かを考え始めた。

吹雪が今の話を聞いて何を思ったかは鬼道には分からなかったが、完全に自分の世界に入り込んだ様子から、これ以上は話し掛けても無駄だと判断し、未だイプシロンに関して話し合う周りの声を聞きながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか……のんびりしてるな?」

「襲撃予告なんて全然気にしてない感じ……」

 

北海道から京都までのかなりの長距離の移動ではあったが、適宜休憩や息抜きの特訓などを挟みつつ、一行は無事に漫遊寺中までやって来た。

そこで彼等が目にしたのは、楽しげに会話を交わす女子生徒や武道の型の練習をしている男子生徒の姿。その光景は平和そのもので、とてもつい先日に襲撃予告を受けたとは思えない。

 

「とにかく、サッカー部を探そう」

 

近くに居た生徒にサッカー部に聞いたところ、奥の道場をサッカー部が使っているらしいので、ひとまずそこを目指し歩き出す。

漫遊寺の校舎は一般の学校のそれとはかなり違っており、外見は完全に寺である。珍しいその外観に目を引かれながらも奥へと進んでいくと、蹴球道場と書かれた看板が入り口に提げられた建物が見えてくる。

 

「お、あれじゃないか?」

「みたいだな。さっさと行こうぜ」

 

そう言い、何故か先頭を早足で歩き始めた不動であったが、その矢先に盛大に足を滑らせ、まるでギャグの様に音を立てながらひっくり返った。

 

「お、おい!?大丈夫か、不動?」

「痛ぇ……何だこの床……」

 

不動が顔を顰めながら見ている場所は、他の場所と比べて少し色が違っていた。それを見た木野が床を触り、あることに気づく。

 

「これ、ワックスじゃないかしら」

「はあ?ワックスぅ?何でそんなもんがこんな所に────」

 

 

「うっしっし!ざまぁみろ!」

 

 

木野の言葉に不動が疑問の声を上げると、横合いからそんな言葉が響いた。一同が声がした方を見ると、何やら岩陰から漫遊寺の生徒らしき、外に跳ねた藍色の髪が特徴的な小柄な少年が顔を覗かせている。

 

「引っ掛かってやんの!フットボールフロンティアで優勝したからっていい気になって!こんなのに気づかないなんて実は大したことないんじゃないの?」

「んだとぉ……」

 

あまりに分かりやすい挑発であったが、そこは割とチョロい性格をしている不動である。少年の思惑通りに怒りを露わにし、廊下の柵を乗り越え、少年の元へ向かおうとし────

 

「待て、不動」

 

不意に聞こえたその声に動きを止める。振り返ると吹雪が呆れた様な様子を見せながら、不動を見ている。

 

「そいつを追うのは勝手だが、降りるなら真下ではなく少し位置をズラせ。落とし穴があるぞ」

「は?」

 

吹雪の指摘を聞き、地面を見る不動。すると確かに、今まさに不動が降りようとした場所だけ、周りと比べて若干違和感がある。

 

「チッ……」

 

それに加えて、やり取りを聞いていた少年が舌打ちをしたことが決定的であった。

そしてそんな時であった。近くから誰かの名前を呼ぶ声が響いたのは。

 

「木暮ーーーッ!!」

「!!まずッ!!」

 

その声を聞いた少年の反応は早かった。軽い身のこなしで柵や岩を飛び越え、木の幹を蹴って反動で勢いをつけ、あっという間に姿を消した。

 

「な、なんだったんだ……」

「まったく……ちょっと目を話したらすぐにサボって……」

 

一同が呆気に取られていると、サッカーボールを脇に抱えた、オレンジ色の手拭いを頭に巻いた漫遊寺の生徒が、ぶつぶつと何やら呟きながら、奥の道場の方から歩いてくる。その生徒は雷門イレブンに気づくと駆け足で近寄り、深々と頭を下げた。

 

「すいません、お客人。私はサッカー部のキャプテンをしている垣田と申します。先程はうちの部員が失礼をしました」

「うちの部員?ってことは……あいつサッカー部なのか?」

「ええ。木暮と言うんですが────」

 

 

 

 

風丸と垣田の会話を聞きながら、鬼道は吹雪に先程のやり取りで気になったことを聞いてみた。

 

「吹雪、お前何故あの場所に落とし穴があると分かった?」

 

鬼道も原作の知識から、落とし穴があるかもしれないとは思ったが、あれほどはっきりと断定はできなかった。にも関わらず、吹雪は確信を持って落とし穴の存在を口にしていた。鬼道はそれが引っ掛かったのだ。

 

「あの位置に僅かではあるが、あの小僧の気が残っていたからな。気を流して地形を探ってみたら落とし穴を見つけただけだ」

「さらりとよく分からんことをしているなお前……」

 

初めて聞いた気の活用法に感心すればいいのか、呆れればいいのか分からない鬼道である。少なくとも地形探査の技術はサッカーには間違っても必要ない。

 

「それよりもあの小僧、悪くない身のこなしだった。荒削りだが、鍛え方次第では使える駒になるやもしれん」

「お前がそんなことを言うとは意外だな」

「当然だろう?現状の戦力は万全とは言い難い。後顧の憂いを断つ為にも、予備の駒はどれだけあってもいい」

 

相変わらず選手を駒扱いして話す吹雪に、あまり良い感情は持てない鬼道であったが、ここであることに思い至る。

 

吹雪は口を開けばとことん高圧的で、会話をすれば実にナチュラルに相手を見下し、貶し、罵る。だが、曲がりなりにも自身に近い存在であると認めているのか、鬼道にだけはほんの少しだけ態度が軟化する。

それを周りも感じているのか、キャラバンの中でも吹雪の隣の席を押し付けられたし、今もこうして皆の少し後ろを並んで歩いて、会話をしている。

 

────俺、自然とこいつの相手をする係になってないか?

 

それに気づき戦慄する鬼道。冗談ではない。こんなサイコ野郎に振り回されるのは御免である。問題児に振り回されるのは円堂の役目であろう。

 

────円堂がいずれ戻ってきたら、どうにかしてこいつの担当を押し付けねば……。

 

時に自分も振り回す側になることを全く自覚せず、そんなことを考え始める鬼道であった。



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月下の語らい

10月終わるまでに間に合わなかった……。


あの後、一同は垣田にサッカー部の道場へと案内され、そこで漫遊寺のサッカー部にエイリア学園との戦いに協力する旨を伝えた。

しかし、漫遊寺のサッカー部はこれを拒否。彼等曰く、自分達がサッカーをするのはあくまでも身体と心を鍛える為であり、争う為ではない。例えエイリア学園が相手であっても、話し合えば分かり合える。これが彼等の主張であった。

当然、染岡や風丸達はこれに強く反論した。雷門の面々はエイリア学園の恐ろしさを身に染みて知っている。幾多の学校を破壊してきた残虐さも、その実力も。到底話し合いなど通じる相手ではないと、言葉を尽くした。

だが、漫遊寺のサッカー部員達はその言葉を聞いても考えを変えることはなく、むしろ雷門がそのようなことになったのは心に邪念があったからであり、心を無にして接すれば必ず通じると言って反論し、それ以上は聞く耳を持たず、交渉はそのまま決裂した。

その後、一同は気持ちを切り替え、練習場所を探すことに。時間は掛かったが、漫遊寺中の近くの河川敷に練習ができそうなスペースを見つけることができたが、既に日が暮れてきていた為、練習は明日からということになり、夕食を取った後は談笑をしたり、1人でボールを蹴る者が居たり、それぞれが様々なことをしながら時間を潰し、明日の練習に備えて早めに就寝となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝袋に入ってからしばらく経ち、周りが皆寝静まったのを見計らって俺はキャラバンの外へ抜け出した。

原作でもそうだったが、木暮の身の上を垣田から聞かされてから春奈の様子が少しおかしい。ということは恐らく───

 

────やはり、な。

 

キャラバンに背を預ける様に座り込んでいる春奈の姿を見つける。幼い頃に親に裏切られたという木暮の境遇を自分と重ねてしまい、思うところがあったのだろう。これは原作でもあったシーンだ。兄妹の絆を感じられる中々良い時間であったと記憶している。

しかし、春奈に原作の鬼道がしたように話し掛けるとして、何と声を掛ければいいのだろうか。さすがに原作と同じ距離感で話せるほど、俺は春奈と打ち解けれていない。完全に自業自得であるし、今も無理に話し掛ける必要はないのだが、いい加減春奈とも向き合わなければならないだろう。資格が無いだのなんだのと言い訳をするのはもう止める。

 

「……眠れないのか?」

「……お兄……ちゃん?」

 

軽く深呼吸をし、意を決して言葉を発する。春奈は俺に気づいていなかったようで、俺の声にびくりと体を震わせる。………しまった。先に近づいて顔を合わせてから話すべきだったか。

いきなり自分の行動に反省点を見出しているうちに、振り返った春奈は自分に声を掛けたのが俺であることに信じられない様な表情で目を丸くしている。………今までの態度がアレだっただけに仕方ないことではあるが、改めてこういう反応をされると少し傷つくな。

驚きに固まった春奈に苦笑しつつ、少し間を空けて俺も腰を下ろす。お互いにすぐには口を開かず、無言の時間が流れる。

 

「木暮のことが気になるのか」

「……あの子の気持ち、分かるような気がして」

 

口に出してから、この言い方では恋愛的に気になってるのか聞いてるみたいじゃないかと思い至り、少し焦ってしまったが、春奈は俺の意図を正確に察してくれたようでほっとする。

 

「お母さんとお父さんが事故で亡くなったっていうのは、分かってた。頭では分かってたけど………裏切られたって気がして……」

「………」

 

両親が亡くなって間もない頃の春奈は、現実を受け入れられず、兄に縋り付き、泣きじゃくっていた。そんな妹を、何も言わず抱き締め、全てを受け止めていた兄の姿。俺の記憶の中にある、俺ではない、本当の鬼道有人の姿。

 

「もしお兄ちゃんが居なかったら、私だってあの子みたいに────」

「それは違う」

 

続けられた春奈の言葉を、黙って聞いていることは俺にはできなかった。その考えを、肯定してやる訳にはいかない。

 

「お前は強い。お前は俺なんて居なくても、立派に生きてきた。音無の家で、雷門で。……こんな俺なんかより、お前はずっと強い人間だ。だから、そんな風に自分を疑うのは止めろ」

「………ありがとう。ねえ、お兄ちゃん」

「何だ?」

「………ふふっ」

 

小さな笑い声が聞こえて、何かおかしいことでもあったのかと横を見れば、春奈は心底嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

「春奈?」

「お兄ちゃん、私………お兄ちゃんを、お兄ちゃんって呼んでも、いいんだね?」

「────」

 

目尻に涙を溜めてそう言う春奈を前に、俺は以前までの自分の彼女に対する言動を改めて思い返した。

 

『お前の知ってる俺は、もうどこにも居ないんだよ』

『俺はお前の兄ではない』

 

冷たく突き放し、繋がりを否定し続けてきた。傷つけ続けてきた。

そんな奴が急に心を入れ替えて兄貴面をするなど笑わせる。こうやって話をする前に、しなければいけないことがあった。

並んで座っていた体勢をずらし、春奈に正面から向き合う。そして、深く頭を下げる。

 

「春奈。今まですまなかった。俺の自分勝手な考えで、ずっとお前を遠ざけてきたこと、どんなに謝っても謝り切れない。煮るなり焼くなり、好きにしてくれていい。………だが、もしお前が許してくれるのなら、一度だけでいい。俺にお前と兄妹としてやり直すチャンスをくれ。頼む」

 

判決が下されるのを待つ罪人の様な気分で、心からの誠意を込めて言葉を発する。頭を下げたまま、春奈の答えを待つ。

例え春奈がどんな意思を示したとしても、俺は甘んじてそれを受け入れる。この先、共に居られなくなるようなことがあろうとも。

そんなことはないと思いつつも、後ろ向きな考えを抱き、それを否定することができない自分に情けなさを感じていると、少しだけ離れていた距離を、春奈が詰めてきたのが分かった。拳を握り、身構えていると、俺の背に手が回され、冷たくなっていた体に温もりが伝わる。

抱きしめられている。そう気づくのに、時間は掛からなかった。

 

「佐久間さんの……言う通りだった……」

「……?」

 

俺の耳元で春奈が零した呟きに疑問を覚え、顔を上げる。何故このタイミングで佐久間の名前が出るのか。というか2人は何か関わりがあったのだろうか?

 

「北海道に向かう前、お兄ちゃん入院してたでしょ?その時に、佐久間さんが言ってたの。お兄ちゃんは何の理由も無く家族を蔑ろにするような人じゃないって。話し合えば、きっと分かり合えるって」

 

佐久間がそんなことを?………そういえば、随分前に佐久間には妹が居ることを話したことがあった気がする。まださほど親しくもなかった頃の、他愛も無い会話の中で話しただけの妹のことを、あいつはずっと覚えていたのだろうか。

世宇子の時にも思ったが、春奈のことだけでなく、佐久間は俺のことを本当によく見ている。きっと、俺の気づかないところでも色々と世話を焼いてくれていたのだろう。エイリア学園のことが片付いたら、きちんと礼を言おう。

 

「………チャンスなんて、いらない」

 

春奈の発した言葉に、思考を引き戻される。潤んだ瞳が、しっかりと俺の姿を捉えていた。

 

「だって……そんなもの無くたって………私は、ずっと────

 

 

 

 

────お兄ちゃんの、妹だから」

 

その言葉と共に向けられた春奈の表情は、幼い頃に見て以来、ずっと見ることのなかった、満面の笑顔だった。

胸に込み上げてくる様々な感情を飲み込みながら、春奈の体を抱きしめ返す。

 

「────ああ。そうだったな。俺も……いや、俺は────

 

 

 

────お前の兄だ」

 

 

長いすれ違いの末に、ようやく分かり合えた兄妹を、夜の空に浮かぶ月の光が、優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ戻るか?」

「私もう少しここに居る。お兄ちゃんは先に戻ってて」

「分かった。だが、夜は冷える。あまり遅くなり過ぎないようにな」

「うん」

 

あれから少しだけ取り留めのない話をした後、俺はその場を後にした。

正直に言えばもっと色々なことを話したいところだが、そのせいで春奈と木暮のやり取りを潰してしまうのも申し訳なく感じる。別に原作を守らなきゃならない、なんて思っている訳ではないが、これから時間はいくらでもある。少しずつ、失った時間を取り戻していけばいい。

だから、俺が今から話をしなければいけないのは春奈ではない。

 

春菜に不審がられることがないよう、キャラバンに戻るふりをしつつ、俺はキャラバンを停めてある脇の森の中へと足を踏み入れる。

しばらく進み、多少大きな声を出してもキャラバンに届かない場所で足を止め、そいつに声を掛ける。

 

「盗み聞きとは趣味が悪いな────吹雪」

「なんだ。気付いていたのか」

 

まるで悪びれた様子もなく、木陰から姿を見せる吹雪に思わず視線が鋭くなる。春奈との会話は聞かれて不味いのものではないが、だからといって盗み聞きされて気分を害さないはずもない。

 

「何を白々しい。途中であからさまに気配を漏らしたくせに」

「いや、何。あまりにも滑稽な会話だったものでな。つい笑ってしまったのだ」

「滑稽だと……?」

「そうだろう?何が兄妹だ。くだらん。血が繋がっていようが、所詮は他人。何故そこまで想い合えるのか理解に苦しむ」

「……兄妹は家族だ。他人じゃない。大体、お前にだって信じられる人が一人くらい────」

「居ない」

 

居るんじゃないか。そう言おうとしたのを遮った吹雪の瞳を見てぞっとする。信じられない程に熱が感じられない、まるで氷のように冷たい瞳。

 

「私にそんな者は居ない。必要ない。今も、昔も、これからも」

 

その言葉には、とてつもない圧が込められていた。どこか、自分に言い含めているようにも感じられるその言葉に気圧されていると、吹雪が背を向け、話はもう済んだとでも言わんばかりにキャラバンへと戻ろうとする。俺はそれを呼び止めた。

 

「待て吹雪!」

「……何だ」

「これだけ聞かせてくれ。お前は、俺と同じ転生者だと思っていいのかどうか」

 

確信を持って問い掛ける。他の者が居る前では聞けないことであるし、まず間違いないだろうが、一応これだけははっきりさせておく必要がある。

 

「………そうであるとも言えるが、そうでないとも言える」

「……えっ」

 

予想に反する曖昧な返答に困惑する俺を、振り向いた吹雪の視線が捉える。先程までのような圧は消えていたが、相変わらずそこに友好的な感情は見られない。

 

「鬼道、お前の言う転生者の定義とは何だ?」

「それは……」

 

俺はその問いにすぐに答えることができなかった。円堂と話している時も、転生者の定義など考えたことはなかった。

 

「イナズマイレブンというゲームやアニメの知識を記憶として持つ者か?それとも、異なる世界で生きた魂を持つ存在か?少なくとも、後者であるのなら、吹雪士郎の名を持つ転生者なんて存在は、もうこの世の何処にも存在しない」

 

それは………どういう意味だろうか?転生者ではないと言っているようだが、吹雪は俺の問いにはそうであるとも言えると答えていた。それに、今の言い方では、かつては転生者と呼べる存在が別にいたかのような………。

 

「………じゃあ、お前は何なんだ」

 

俺の言葉に、吹雪は薄い笑みを浮かべて答える。

 

「私は誰でもない。だからこそ、私はただ完璧であればいいのさ」

 

 

 

今度こそキャラバンへと戻っていく吹雪に、鬼道はそれ以上は何も言えず、鬼道に新たな謎を残し、夜は更けていった。




強引に展開を変えたい時に豪炎寺が便利なように、文字数稼ぎたいとか思ってたら気づいたら吹雪を書いている。
お前ら出しゃばってくるんじゃねぇ……!!


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イプシロン襲来

 

「ごめんね、お兄ちゃん。こんな事頼んじゃって……」

「気にするな。俺もあいつの事は気になっていたからな」

 

春奈と和解し、吹雪から意味深な事を聞かされたりと随分濃い一夜を明かした翌日、俺は早朝から春奈に頼まれ漫遊寺のグラウンドを訪れていた。

そこには準備万端といった様子でこちらを待つ木暮の姿がある。どうやら無事にあの後、アニメと同じような展開になったらしいな。木暮の相手をしていたのは古株さんだった気がするが、何故か俺になったらしい。

まあ、春奈の頼みを断る気もないし、木暮の事が気になっていたのも嘘ではない。この際、しっかりと実力を見極めてやるとしよう。

 

「俺からボールを奪ってみろ。………できるものならな」

「や、やってやる……!!みてろよ……!!」

 

古株さん相手には割と強気な態度を取っていた気がするが、俺が来て緊張でもしているのか、明らかに体に力が入ってしまっている木暮を見かねて少しだけ挑発的な物言いを付け加える。

………少しは効果があったようだが、まだ硬いな。だが、動いていればそのうち気にならなくなるか。

 

「いいわよ!」

 

春奈のその言葉を合図に、木暮は地を蹴りこちらへ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様。お兄ちゃん」

「ああ、ありがとう」

 

春奈から手渡されたスポーツドリンクを呷り一息つく。あれから二時間程ぶっ通しで木暮の相手をしていたが、スタミナは一級品だな。今も俺の休憩が終わるのが待ち遠しいと言わんばかりにこちらを見ている。

 

「それで、どう?お兄ちゃん。木暮君は」

「そうだな……」

 

さて、どう答えたものか……。

 

「………瞬発力や持久力といった身体能力はそれなりだな。パワーこそ無いが、それは体格的にも仕方ない。それより問題なのは技術力の無さだな」

 

長い間、道場の掃除等の雑用を通じて身に付けたスタミナは全国的に見ても上位に位置するだろうし、スピードや判断力も悪くない。だがボールを奪いに来る際も正面から突っ込んで来るだけで、寧ろスピードに振り回されている印象すら覚える。しかし、改善しようとも対人経験の無さからくる技術の欠如は如何ともし難い。そういったものは一朝一夕で身に付くものではない。勿論、中には僅かな期間でそれを覆す才能の持ち主も居るだろうが、木暮はそういったタイプではないだろう。

〈旋風陣〉を既に習得している可能性も考えていたが、木暮に関しては原作との乖離は無いと断じていいだろう。そうなると今チームに加入したところで、周りについていくのは難しいか。そもそも人数が不足している訳でもなく、実力の足りない木暮を加入させる意味合いも薄い。

とはいえ将来的な事も考えれば加入させた方がいいのは間違いないのだが────。

 

「おい!いつまで休憩してんだよ!」

 

木暮のその声で思考に入り込んでいた意識が引き戻される。………どうなるにせよ、今は納得がいくまで付き合ってやるか。

 

「待たせたな。今行く………!?」

 

苦笑を浮かべつつ、木暮の方へ向かおうと一歩を踏み出すと同時に、どこからともなく、紫がかった怪しげな黒い霧が辺りに漂い始める。

そして、ふと視線を感じて振り返り、漫遊寺の校舎の上に佇むエイリア学園の選手を見つける。

強膜部分が黒く染まった瞳に尖った耳、長い黒髪をマフラーの様に首に巻き付けたその男の名はデザーム。エイリア学園ファーストランクチーム、イプシロンのキャプテン。

倒すべき敵が、無表情に俺を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「漫遊寺との試合を見たところ、スピードで押してきたジェミニストームとは違い、イプシロンは的確に相手のFWを封じて攻撃を削いでくる。漫遊寺が敗れたのは自分達のプレーをさせてもらえなかったからよ。

貴方達もそれを頭に入れておいて。それにある程度戦い方を知れたとはいえ、全てを晒した訳ではないはずよ。だから前半は守りを固めて相手の出方を────」

 

姿を表したエイリア学園ファーストランクチーム、イプシロン。漫遊寺は彼等に対して対話による解決を試みるも、イプシロンが校舎を破壊するという回答を示し、交渉は決裂した。

その後、漫遊寺はイプシロンとの試合を行うも、実力差は大きく、為す術ないまま、10分と持たずに試合続行不可能な状態に追い込まれ敗北した。

勝者たるイプシロンは漫遊寺の校舎の本格的な破壊に踏み込もうとするが、雷門が代わりに試合をするとチームを代表して風丸が主張。イプシロンのキャプテンであるデザームがこれを受け入れ、雷門とイプシロンの試合を行う事が決まった。

 

「待ちなさい、吹雪君。まだ話は終わっていないわよ」

 

現在はイプシロンとの試合における作戦を瞳子がチームに伝えていたのだが、その途中で吹雪が背を向けた事に気付き、瞳子がそれを呼び止める。

 

「おい女。お前は何か勘違いしているようだな」

 

周りに背を向けたまま、吹雪が話し始める。目上の人間であるはずの瞳子に対して、相変わらず失礼極まりない態度であるが、瞳子もそれは今は飲み込む。

 

「勘違い?どういう事かしら?」

「あの胡散臭い輩共との戦いに手を貸すとは言ったが、お前の指示に従ってやると言った覚えはない。そもそも、何故お前如きの指示に私が大人しく従ってやらねばならんのだ」

「…………吹雪君、今の貴方は雷門の一員なの。勝手な事をされてはチームの足並みを乱す事になるわ。それぐらい貴方も分かるでしょう」

「だから何だと言うのだ。私がお前達に合わせるのではない。お前達が私に従えばいいのだ」

「待ちなさい、吹雪君!!まだ話は……ッ!!」

 

自分が舐められている事に関しては今は捨て置き、チームの事を考えろと吹雪を諭す瞳子だったが、吹雪は我関せずと言った態度で一人ピッチに向かう。顔を顰め、頭痛を覚えて頭を押さえた瞳子を責めるのは酷というものだろう。

 

「か、監督?どうするんですか……?」

「………守備を優先する方針は一先ずそのままでいいわ。吹雪君の指示も方針から大きく外れるものであれば無視しなさい。ただし、鬼道君、染岡君。貴方達二人はできる限り吹雪君のフォローに入ってくれるかしら。勿論攻め上がっても構わないから」

 

未だ頭痛は治まっていないものの、チームに改めて作戦を皆に伝える瞳子。しかし、その内容の一部に疑問の声が上がる。

 

「え、いいんですか?監督」

「先取点を取る事ができるのであれば、それに越した事はないもの。吹雪君に一人で任せておくよりはましよ。不動君、貴方は三人が突出し過ぎないように、チーム全体のバランスをとって。できるわね?」

「へいへい。分かりましたよ」

「頼むわね。後は────」

「み、皆さん!!あ、あれ見てください!?」

 

頭の後ろで腕を組みながら、了承の返事を返す不動を見て一つ頷き、続けて話出そうとした瞳子を遮るように、目金の慌てた声が響く。何事かと目金が指差す方向へと目を向けた一同であったが、予想外の光景を目にして思わず固まる。

既にピッチに散らばったイプシロン。そのゴール前に立つキーパーのデザームと至近距離で睨み合う吹雪の姿に、瞳子は胃まで痛くなってきた気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だお前は」

「気に入らんな。お前のこちらを値踏みするようなその眼。加えて頭が高い。誰の許しを得て私を見下ろしている」

 

周囲のイプシロンの選手達が己に向ける殺気も全く気にせず、普段の調子を崩さない吹雪。もし円堂がこの場に居れば、身長的に仕方なくないか?といったツッコミが入ったかもしれない台詞を吐いているが、完全にただのいちゃもんである。それもかなり面倒臭い類の。

 

「……確かジェミニストームを倒したのはお前だったか。奴等を倒した程度で随分と思い上がっているようだな?」

「思い上がる?それは其方の方だろう。地を這う蟻の矮小な牙が、天を舞う龍に届くと思っているのだからな」

「フッ、自らを龍に例えるか。面白い。大言壮語でなければ少しは楽しませてもらえそうだな」

「ああ。だから」

 

吹雪はデザームの眼前に右手の指を三本立てて突き付ける。

 

「3分だ」

「何?」

「3分で思い知らせてやろう。私とお前の格の違いを」

「………クッ、フフ……フハハハハッ!!」

 

デザームは吹雪の言葉を聞き、愉快げに笑う。

 

「漫遊寺中は6分で片付けた。我々に歯向かい続ける雷門イレブン、そしてジェミニストームを倒したお前を称え、更に短い時間で決着を着ける気でいたが…………いいだろう。お前が力を示す事ができたなら、最後まで相手をしてやる」

「その言葉、忘れるなよ」

 

デザームに背を向け、自陣へと向かう吹雪。だが数歩歩いた辺りで足を止め、背を向けたままデザームに釘を刺す。

 

「どうなろうと、途中で逃げられると思うなよ。そんな事は例え天が許しても、私が許さん」

「…………」

 

デザームは吹雪の言葉に沈黙を返す。吹雪も特に何か返事を求めてはいなかったのだろう。気にした様子もなく自陣の自分のポジションにつく。

 

「お前達、いつまでやっているのだ。さっさとしろ」

 

自分が見られている事に気づいた吹雪が煩わしげに眉を顰めながらそう宣う。しかし、あわや一触即発かと冷や冷やしながら見守っていた一同からすれば、何事もなくよかったと安心していたところにこれである。

 

「じ、自由過ぎる………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷門もそれぞれポジションにつき、試合開始を待つ。今回のフォーメーションは前回の白恋戦の目金のポジションを吹雪に置き換えた形となる。

 

古株が試合開始の笛を吹き、鬼道のキックオフで試合開始。染岡はちらりと吹雪を一度見るが、そちらではなくサイドの風丸へとパスを送る。

パスを出した染岡と鬼道はイプシロン陣内に入り込むが、中盤から染岡にはファドラとクリプトが、鬼道にはスオームとメトロンがそれぞれマークにつく。

風丸にもケンビルがスライディングタックルを仕掛けるが、風丸はこれを跳躍して躱しそのまま空中で不動へとパスを出す。

が、このパスは吹雪にカットされた。

 

「なっ!?」

 

思わず声を上げる不動を無視して、ボールを持った吹雪はそのままドリブルでイプシロン陣内へと切り込んでいく。

 

「吹雪!パスを出せ!………おい、吹雪!!」

 

風丸がパスを要求するも、これも当然のように無視し、FWの二人のマークに中盤の人数が割かれているのをいい事にそのまま単独で中央突破を図る。

それを阻止しようとイプシロンのDFであるタイタンとケイソンが立ちはだかるが、吹雪はこれを意にも介さずあっさりと突破してしまう。

 

「この俺を躱しただと!?」

「少しばかり図体がでかいだけの木偶に、私が止められるものか」

 

驚愕の声を上げるタイタンを一蹴し、吹雪はそのままシュート体勢に入る。

空中で回転を掛けられたボールを中心に、豪雪が吹き荒れる。ピッチに片手をついた体勢から吹雪が回転しつつ跳躍、右足でシュートを放つ。

 

「エターナルブリザード」

 

このシュートに対し、キーパーであるデザームは右手を天に翳す。すると右手に気が集中していき、次の瞬間にはデザームの右手は巨大なドリルと化していた。

 

「ドリルスマッシャー……V2!!」

 

高速で回転するドリルをシュートに向かって叩きつけるデザーム。その衝突は一瞬だけは拮抗したように見えた。

だが、ボールが纏う極寒の冷気は、それに触れるドリルを瞬く間に凍りつかせていく。やがて根本まで完全に凍ってしまったドリルは粉々に砕け散り、ボールは驚愕に目を見開くデザームの体ごとゴールネットに突き刺さった。

 

「そ、そんな……!?」

「デザーム様が……!!」

 

デザームが敗れた事に動揺するイプシロンの選手達を尻目に、ゴールに倒れ込むデザームの前まで歩み寄った吹雪が嘲るように口角を吊り上げる。

 

「1分で充分だったな」

 




プロットの破壊神、豪炎寺&吹雪

何でこうなった?


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吹雪の思惑

この辺はあまりクオリティに自信が持てない……。
あとサブタイはいいのが思いつかなかった。


「ナイスシュート」

 

先制点を奪った事は喜ぶべき事だが、吹雪の独りよがりなプレーで得た得点、更には試合開始直後のいきなりのゴールという事もあり、嬉しさを感じるよりも困惑する様な気配が広がる中、鬼道は吹雪に賞賛の声を送る。

 

「………意外だな。味方にパスを出せだのと下らん事を言うかと思ったが」

「言って聞くなら言うがな。どんな形であれ、ゴールを奪えたのなら責めるつもりはない」

「ふん。少しは身の程を弁えたと見えるな」

「勘違いするなよ。俺はお前のプレーを肯定している訳じゃない。過程はどうあれ、成果は認めると言っているだけだ」

「………まあいい。次はお前にもパスを出してやる。自分の仕事を果たせるように精々頑張るんだな」

 

鬼道にそう言い、自陣へと戻っていく吹雪と入れ替わる様に染岡が鬼道の元へやって来る。その顔には分かりやすく不満の色が浮かんでいる。

 

「良いのかよ、鬼道。好きにさせといて」

「良くはない。だが試合中にあれこれと議論するのは得策ではないし、あまり五月蝿く言い過ぎてやる気を無くしでもしたらその方が面倒だ。それに吹雪も俺達が不利になる様な事はしないだろう。今は我慢するしかない」

「……分かった」

 

未だ不満そうではあるが、一応納得した染岡が吹雪に続いて自陣へと戻っていくのを見ながら、鬼道は染岡に対しては言わなかった事を考える。

 

────とはいえ、吹雪が今の様なプレーを続けるのであれば、確実に他のメンバーが吹雪に向けるヘイトは時間が経つにつれて大きくなっていくだろう。それを上手く発散させる事ができればいいが、どこかで爆発してしまえば最悪の場合、チームが内部崩壊を起こす可能性も無くはない。どうにかする必要があるのは間違いないが…………………ひとまず今は試合に集中するか。

 

思考を一旦打ち切り、鬼道も自陣へと戻る。背中にイプシロンの選手達の刺す様な視線を感じながら。

 

 

 

 

 

 

先制点を奪われたイプシロンは試合再開と同時に勢い良く雷門陣内に攻め込んでいく。

 

「メテオシャワー……V2!!」

「ぐっ!!」

「うわっ!?」

 

マキュアが上空へと蹴り上げたボールをオーバーヘッドの体勢で蹴り落とすと文字通り、ボールが隕石の雨と化しフィールドに降り注ぐ。不動と塔子はこれに対応できず、マキュアの突破を許してしまう。

が、跳躍していたマキュアの着地際の隙を突いて吹雪があっさりとボールを奪う。

 

「ッ!!マキュア、お前嫌い!!」

「どうでもいいな。そんな事は」

 

そのままドリブルで攻め込む吹雪にスオームとメトロンが迫る。先程は中盤の選手が染岡と鬼道のマークについていたが、今はDFの選手達とマーカーをチェンジしたようだ。

左右から挟み込むようにスライディングタックルを仕掛ける二人を跳躍して躱すと、吹雪は今度はパスを出す。

ボールの行き先に居るのは鬼道だが、その前をマークについているモールとケイソンが塞いでいる。このままではパスは繋がらず、ボールを奪われてしまう。だが、強烈な横回転が掛けられていたボールはモールとケイソンの手前で大きく弧を描く。このボールの回転を見切っていた鬼道はマーカーの意識が自分から外れた一瞬をついて走り出しており、悠々とこのパスに追いついた。

慌ててボールを奪いに行くモールとケイソンだったが、鬼道は冷静にヒールでボールを蹴り上げ、モールの頭上を通して突破。続くケイソンも鋭い切り返しについていけず置き去りにされる。

そのままシュートにいくかと思われたが、モールとケイソンが抜かれたのを見て、染岡のマークについていた二人の内の一人であるタイタンが自分の方へ向かおうとしているのに気付き、鬼道はマーカーを振り切って走り出した染岡へのスルーパスを選択する。

 

「決めるぜ!!ワイバーンクラッシュV2!!」

 

ゴール前でボールを受け取り、染岡とデザームの1対1となる。絶好の決定機を得た染岡は迷わずシュートを放つ。

蒼き体躯を持つ翼竜がイプシロンゴールを目指して羽ばたく。

 

対するデザームは気を纏わせた両手を円を描くかの様に動かす。するとデザームの前方の空間が歪み、異空間へと繋がる穴が広がる。

 

「ワームホール……V3!!」

 

〈ワームホール〉に飲み込まれたワイバーンはデザームの左上方に出現し、ゴールを目指していた勢いのままにフィールドに墜落。染岡のシュートは追加点を奪うには至らなかった。

 

「くそっ!!」

「どんまい、染岡!」

「良いシュートだったぞー!」

 

悔しがる染岡に風丸や塔子から励ましの声が掛けられる。実際、攻撃の形としては悪いものではなかった。この調子で何度もシュートを打っていけばいずれは得点も期待できるだろう。

そんな悠長な事を言っている余裕があれば、だが。

 

染岡のシュートを受け止めたデザームはその場でボールを大きく前方へと蹴り出す。通常のバントキックとは異なり、コンパクトな足の振りから放たれたそのボールは低空軌道でぐんぐんと伸びていき、自陣の中盤を越え、センターラインすらも越え、更に加速していく。

 

「これは……!?パスじゃない、シュートだ!!」

「ゴールからキーパーが直接……!?」

「壁山!財前!」

 

不動の指示で壁山と塔子がシュートブロックに走るが、虚を突かれ反応が遅れた塔子はこのシュートに追いつけそうにない。意を決し、壁山は単独でのブロックを試みる。

 

「ザ・ウォール改!!」

 

壁山の背後に出現した岩壁がシュートを受け止める。しかし、ノーマルシュートとは思えない威力に、じりじりと押し込まれていく。

 

「ぐ……ぐぐっ………うわぁ!!」

 

必死に耐えていた壁山だが、遂に岩壁は崩壊した。だが、その甲斐あって何とかシュートを止める事には成功し、ボールが零れる。

問題はその零れ球目掛けてゼル、メトロン、マキュアの三人が猛スピードで突っ込んで来ている事だ。壁山がシュートブロックによって体勢を崩している事に加え、一気に攻撃に転じられたせいで守備の体勢が整っておらず、雷門ゴール前でイプシロンの三人対影野という状況に陥ってしまう。

 

「影縫い改!!」

 

零れ球を押さえたゼルから一度はボールを奪い取った影野だったが、そのボールをすぐさまメトロンに奪い返されてしまった。

 

「戦術時間2.7秒。ガイアブレイクだ」

「「「ラジャー!!」」」

 

デザームの指示で三人がシュート体勢に入る。三人が気合いを込めると、周囲に浮かび上がった岩の塊が空中のボールに纏わりついていく。それをマキュアが右足のオーバーヘッドで、その両横からゼルが右足、メトロンが左足で同時にシュートを放つ。

 

「「「ガイアブレイク……V2!!」」」

 

纏わりついた岩が蹴り砕かれ、オーラに包まれたボールが雷門ゴールを襲う。

 

「ハイビーストファングV2!!」

 

対する源田も獣のオーラを纏い、獰猛なる牙をもってこれを迎え撃つ。ギュルギュルと音を立てて回転するボールを押さえ込みに掛かる源田だったが、三人技という事もあり、〈ガイアブレイク〉のパワーに負け、体ごとゴールへ押し込まれてしまった。

 

これで試合は降り出しに戻った。だが、イプシロンの選手達は喜びは見せず、淡々と自陣へと戻っていく。彼等に油断はない。先制点を奪われ、イプシロンとしてのプライドに傷を付けられた彼等は、雷門を全力で倒す心構えになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。悪くない脚力だな。キーパーをやらせておくには惜しい」

 

失点して悔しがる源田を励ます自チームのメンバーを尻目に、吹雪が考えるのは先程のデザームが蹴ったボール。キックのフォームからしても、あれが全力ではないだろう。今までに吹雪が見てきた中でもかなり上位に食い込むキック力だ。

 

吹雪は目を閉じ、普段はあまり見ようとしない自身の内にある記憶に目を向ける。そしてデザームの本当のポジションや、キーパーをしている理由を知る。

 

「成程、理解できなくはない。だが、私を前にして未だにキーパーをしているのは実に愚かだな」

 

自分も本気でプレーしている訳ではない事を棚に上げ、デザームが全力を出していない事に不快感を覚える吹雪。

 

「点を取るのはいつでもできるが………それでは面白くない。良い試合にしてやろうじゃないか」

 

何かを思いついた様に吹雪はそう呟いた。

 

「引き摺り出した上で、その自信を粉々に砕いてやろう。その時、お前がどんな顔をするのか、見物だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから試合は膠着状態へと陥った。雷門、イプシロン双方共に優秀な選手が揃っている。その守りを崩すのは簡単な事ではない。とはいえ、この状況を作り出している原因は一人の選手に集約される。

 

本気になったイプシロンは果敢に雷門陣内へと攻め込むが、その尽くを中盤の吹雪が刈り取っていく。

時に真正面から、時に味方を利用して隙をつくり、的確にボールを奪いイプシロンの攻撃を封殺する。

しかし、雷門の攻撃もまた、吹雪が原因で得点には至っていない。試合開始直後の様な単独での突破は也を潜めているものの、味方が全力疾走し、かつ身を投げ出した上で何とか届く様なギリギリのパスを繰り返しているせいで、上手く攻撃が形にならない。

吹雪がパスを出すのは鬼道や風丸が多いが、特に鬼道へのパスは酷かった。先程の横回転を掛けたパスから始まり、DFの頭上を通すドライブ回転を掛けたパスや、シュートさながらの威力のパスをギリギリ届く範囲で繰り返す。パスを受けた鬼道は当然体勢を崩しており、シュートは打てずボールを戻すしかなかった。

もはや嫌がらせとしか思えないパスを送られ続け、鬼道のフラストレーションは溜まる一方だった。

 

「いい加減にしろ、吹雪!!もっとまともなパスを出せ!!」

「……前半はもう終わるか。良いだろう。しっかり決めろよ」

 

顳顬に青筋浮かべて怒鳴る鬼道に、あっさりと吹雪は応じてセンタリングを上げる。

ゴール前上空に上げられたボールに一瞬呆けてしまった鬼道だが、直ぐに我に返りボールに飛びつく。

 

空中でボールを両足で挟み、捻じる様にして変形させる。膨大な気を込められたボールに赤黒い稲妻が奔る。

 

「デススピアー!!」

 

大音量の不快音を響かせながら、禍々しいオーラに包まれた死の槍がイプシロンゴールへと堕ちる。

 

「ドリルスマッシャーV2!!」

 

それに対抗するデザームだが、触れた傍から〈デススピアー〉の回転に負け、〈ドリルスマッシャー〉が抉り、粉砕されていく。

積もり積もった鬱憤を多分に孕んだ、八つ当たりに等しい気持ちで放たれた鬼道のシュートがイプシロンゴールに突き刺さり、再び雷門が勝ち越しとなる。

 

 

そして、ここで前半終了の笛が鳴り響き、試合は後半戦へ突入する。

 




【朗報】鬼道のデススピアー、三度目のゴール。話数にして30話以来、69話ぶり。

イプシロンまでは原作と大差ないと以前言ったかもしれませんが、イプシロンはジェミニよりは強化されています。


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小さな一歩

た だ い ま

久しぶりすぎてあんまちゃんと書けてる自信ないけど許してくだせぇ……


結果的に2対1とリードして前半を終えた雷門だが、ベンチの雰囲気はそうとは思えない程に悪い。

 

「何か言いたい事があるなら言ってみればどうだ。尤も、私からすればあの程度のパスも受け取れないお前達に問題があると思うがな」

「なんだと……!!」

 

前半で終始好き勝手し続けた吹雪のその言葉に、元々吹雪をあまり良く思っていない染岡や土門といった面々は怒り心頭である。

斯く言う俺も今回は擁護するつもりはない。前半終了間際のゴールでいくらか気は晴れたが、後半も同じ様なプレーを続けるつもりなら溜まったものではない。

 

「吹雪」

「何だ、キャプテン?」

 

俺も吹雪に再度文句を言おうとしたが、それより早く風丸が吹雪に声を掛ける。キャプテンと呼んではいるが、明らかに馬鹿にした態度だ。

 

「何であんなパスを出すんだ」

「私はちゃんと取れるパスを出しているが?」

 

白々しいことこの上ない。いったいどの口が言っているのか。

 

「吹雪、俺達はチームだ」

「だから?」

「俺はお前を信じたいと思う。でも、そうじゃない奴だって居る」

「ほう」

 

これには俺も含め、周りで聞いていた者達もギョッとしてしまう。これでは皆吹雪の事を信じていないと言ったも同然だ。吹雪とてそんな事は分かってはいるだろうが、わざわざ口に出すとはどういうつもりなのか。

 

「だけど、お前の実力は皆知ってる。お前という人間を信じられなくても、それだけは信じられる」

 

まあ、それはそうだろう。逆に言えば、その実力があるからこそ、こうして吹雪も好き勝手できているのだから。吹雪に不満があったとしても、自分の方が強いと言われれば反論は難しい。

 

「その上で聞く。お前は、ちゃんと取れるパスを出しているんだな?」

「………ああ」

 

嘘は許さないと言わんばかりの風丸の視線を受けながら、やや間が合ったものの、吹雪も答えを返す。

 

「……分かった。なら、後半からはあのパスは俺にだけ出せ」

「何?」

「おい、風丸?」

 

思わず染岡が声を上げるが、吹雪も風丸もそれに反応はせず。吹雪は風丸の意図を探る様にその顔を見つめる。

 

「………いいだろう。精々頑張る事だな」

「ああ。ありがとう」

「貴方達、あまり勝手な事を言わないでくれるかしら」

 

ここで監督が話に入って来たが、会話の切れ目を探っていたのが丸分かりだ。悪い人ではないのは分かるが、正直この試合は指揮などなくとも勝てる。あまり役に立たないのは否定できない。

 

「前半をリードして終われたのは良しとします。でも吹雪君、貴方勝手な事をし過ぎよ。チームの一員だという自覚を持って────」

「黙れ無能」

 

吹雪に対して苦言を呈する監督だが、吹雪の絶対零度の視線を向けられ口を噤む。まあ、言って聞くなら最初からあんなプレーはしないだろう。

監督の気持ちはも分かるが、言うだけ無駄だ。

 

「おい吹雪、言い過ぎだぞ!」

「無能を無能と呼んで何が悪い?どうしても私に指図したいのであれば、地に頭を垂れて懇願でもするんだな」

「吹雪!」

 

風丸が注意するも、吹雪は何処吹く風といった様子だ。くだらないとでも言う様に鼻で笑い、フィールドへ向かう。

 

「監督、吹雪の肩を持つ訳では無いですが、前半は吹雪が散々好き勝手した状態でもリードできているんです。ちゃんと戦えれば確実に勝てる相手だ。一旦このまま後半は任せてくれませんか。何かまずい状況になれば、その時は指示をください」

 

俺の言葉に、お前もか、とでも言いたげな視線を向けてくる監督。まあ、言葉を濁してはいるが、何もしなくていいから黙ってベンチに座ってろと言ってる様なものだからな。それを読み取れない程鈍い人ではないか。

 

「………分かったわ。ただし、その時はきちんと指示に従ってもらうわよ」

「ええ。もちろんです」

 

 

 

 

 

後半はイプシロンのボールから試合再開となる。前線の高い位置から俺や染岡がプレスを掛けるが、イプシロンは冷静に細かくパスを繋げてこちらを躱してくる。リードを許しているとはいえ、それでヤケになる様な程度の低い相手では流石にないな。

 

「ボルケイノカット!!」

「良いぞ、土門!」

 

だがここで土門がファドラからボールを奪う事に成功する。その前には吹雪と不動が居るが、前半で散々意味不明なプレーを繰り返していたせいか、吹雪にはマークが付いていなかった。

 

「不動!」

 

それを見た土門は一瞬迷った様な素振りを見せたが、不動へのパスを選択する。状況だけを見れば吹雪にパスを出した方が良いように見えるが、吹雪への信頼の無さが不動へのパスを選ばせた。まるで原作アニメにおける、ダイヤモンドダスト戦のアフロディの様だな。

 

「財前!」

「よし!鬼道!」

 

パスを受け取った不動にはメトロンがマークに付いていたが、持ち前のテクニックでボールをキープし、塔子へとボールを繋ぐ。塔子は不動からのパスをダイレクトで俺に繋げようとしたが、このボールはセンターバックであるタイタンのヘディングによって弾き返されてしまった。

1対1の状況に持ち込めれば負ける気はしないが、パスをカットされてしまってはどうしようもない。俺も何とかパスを受けようとはしたが、相手のポジショニングが良かった。

 

ただ、問題はこの弾かれたボールの行き先である。

まるでそこに来るのが分かっていたかの如く、走り込んだ吹雪がそのボールを収めた。そしてすぐさま、風丸に向かってパスを出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────くそっ!遠い!

 

自分の前方へと蹴り出されたボールに全力で向かう風丸だったが、思わず内心で愚痴を零してしまう。

前半で吹雪は何度か風丸にもパスを出していたが、風丸は一度もそれをまともに受ける事ができなかった。

無論それを誰かに責められた訳ではないし、自分に非があるとは思っていない。

 

────でも、だからって今のままで良い訳がない。

 

吹雪は前半に際どいパスばかり出していたが、逆に言えば常にギリギリのパスを出せるぐらいに、皆の身体能力を把握しているという事でもある。

きっと自分達が思っている以上に、吹雪は周りを見ているのだろう。けれど、今のままでは皆吹雪の事を理解しようとはしないだろう。それでは駄目だ。

プロミネンスとの試合の後、染岡と話し合った風丸は皆を信じる事の大切さに気づいた。同時に、自分は円堂の様なキャプテンになれない事も。

だが、そんな自分でも、率先して吹雪と向き合う事はできる。全力でぶつからなければ、きっと吹雪は心を開いてはくれない。ならばそれは自分の役目だ。

それが、キャプテンとして自分ができる事だから。

 

「すまん、吹雪!もう一度パスをくれ!」

 

必死に伸ばした足をすり抜け、ボールがサイドラインを割る。拳を地面に叩きつけたくなる衝動を飲み込み、吹雪に再度パスを出す様に要求する。

 

吹雪はそんな風丸の姿に何も言わず、しかし要求通りに何度も風丸へとパスを出す。

 

2度、3度、イプシロンの猛攻を凌ぎつつも、自分がチャンスを駄目にしてしまっている事に焦りを覚え始める風丸。だが挑戦は止めない。

 

「今度こそ……!?」

 

風丸の走り出しにタイミングを合わせた吹雪のボールは、先程までよりも更に少し遠く見えた。無理だ。届かない。

そんな弱気な想いが鎌首を擡げ────それを認めつつ、それでも足を動かす。

 

風丸は同年代のサッカープレイヤーとしては優秀な部類に入る。本業であるディフェンスも上手いし、足の速さを活かしたドリブル突破や、シュート技を決めた事すらある。けれど、その程度では駄目なのだ。

鬼道や吹雪、今この場には居ない豪炎寺の様な、飛び抜けた力を持つ面子を纏め上げるには、それでは足りない。それこそ円堂の様な、実力とは別に言葉では言い表せない"何か"が必要だ。

風丸にはそんなものは無い。風丸が胸を張って誇れるのは、己の脚くらいなのだ。

 

「おおおお……!!」

 

白恋中との試合で吹雪を抜き去った時の事を思い返す。あの時、確かに風丸は今の限界を超えたスピードを出す事ができていた。

けれど、それと同時に、限界を超えるなんていうのは、ほんのひと握りの選ばれた人間だけができる事だとも思う。そして、自分はきっとそんな人間ではない。

ならば、あの時のスピードをもう一度出す事は、決して不可能ではない筈なのだ。

 

自分が思っていたよりも、自分の限界はもう少し先にあるだけ。

 

そこに届くように、一歩、二歩、前へ、前へ────。

 

「あぁぁぁぁ!!!!」

 

勢いのまま、無我夢中で身体を投げ出した先で、ボールと風丸の距離はゼロになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹雪の無茶振りパスに食らいついた風丸が、ダイビングヘッドに近い形で中央の不動へボールを折り返す。

散々失敗に終わっていたパスが通るとは思っておらず、虚を突かれる形となったイプシロンの陣形が崩れているのを見て、不動はすぐさま高くボールを蹴り上げた。前半の得点から、鬼道なら多少距離があろうとゴールを奪えるという判断だ。

 

その鬼道は風丸がボールに追いついた瞬間から、いち早く動き出してタイタンのマークを振り切っていたものの、下がって来ていたファドラとクリプトが迫って来ている。

それに構わず鬼道はボールに向かって跳躍するが、ファドラとクリプトも一瞬遅れて跳ぶ。

 

「確か……こんな感じ、だったか!」

「「なっ!?」」

 

吹雪が原作アニメで、競り合いになったイプシロンの選手を踏み台にした光景を脳裏に浮かべながら、2人の背中を足場にして、蹴り落としながら再度跳躍する鬼道。

 

「デス……スピアァーー!!」

 

イプシロンのゴールへと放たれたこの試合2度目となる死の槍は、デザームが繰り出した〈ドリルスマッシャー〉を再度打ち砕き、見事にゴールネットを揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リードを2点に広げ、歓喜に湧く雷門。中でもゴールを決めた鬼道と、吹雪のパスに追いつき、ボールを繋いだ風丸は仲間達からの祝福を受けていた。

 

「ナイスゴール、鬼道クン」

「お前も良いボールだったぞ、不動」

 

「よく追いつけたなぁ、風丸!」

「流石ッス、風丸さん!」

「痛っ、お前ら背中叩くなって」

 

チームメイトから揉みくちゃにされている風丸に、吹雪が近寄っていく。それに気づいて風丸の背中をバシバシと叩いていた染岡や、壁山や栗松といった群がっていた面々も空気を読み、一歩下がる。

 

「吹雪」

「………」

 

向かい合う吹雪と風丸。吹雪は相変わらず無表情ではあるが、その眼はしっかりと風丸を見据えている。

 

「ギリギリ及第点と言ったところか。多少使える駒である事は認めてやろう。これからも精々励むんだな。凡人」

 

それだけ言って自陣へと戻って行く吹雪。その態度に染岡が一言物申そうとするが、それは風丸が制する。

 

「良いんだ。今はこれで」

 

それはちっぽけな事かもしれない。けれど確かに、それは和解への第一歩になるのだ。小さな歩みでも、それを止めなければいつかは辿り着ける。

その時、きっと吹雪と分かり合える。風丸はそう信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合の流れは完全に雷門に傾いている。このままならば、雷門の勝利は間違いないだろう。

 

このままならば。

 

 

「審判……ポジションチェンジだ」

 




本当は100話記念で何かしようかと思ってたけど、期間開きすぎてそんな感じじゃなくなっちゃったんで、次話から四馬鹿共のキャラ紹介でもしようかと思います。………そんな書く事あるか分からんけど。


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進撃のデザーム

まだ月一投稿の範疇だからセーフ。
冒頭以外は鬼道視点。


それ程大きくはなかったが、その声は不思議とよく響いた。

声に釣られて雷門イレブンが視線を向けた先には、宣言通りにフィールドプレイヤーのユニフォームへと装いを変え、FWのポジションへと歩いて来るデザームの姿があった。その代わりに元々FWのポジションで出場していたゼルがゴールへ向かう。

 

「あいつ、キーパーじゃなかったのか?」

「何考えてるんだ……?」

 

それを見た雷門の選手達の間に困惑が広がる。GKとFWのポジションチェンジ等、早々聞く話ではない。彼等が知る中では、円堂が何度かゴールを離れてシュートを打つ場面は記憶にあるが、それにしても別にポジションを変えた訳ではなかった。両極端とも言える2つのポジションの適性を持つ者等、中々居るものではない筈だ。

故にこの場に置いて、デザームの真の力を知るイプシロンの選手達以外で、このポジションチェンジに驚いていないのは2人だけだ。

 

わざわざ言うまでもないが、1人は鬼道。

原作の知識を持つ彼はデザームの本当のポジションを知っており、それを実際に目の当たりにしたところで、警戒こそすれど驚きはない。

そして、もう1人は────

 

「ようやくだな。……面白い試合にしてやろうじゃないか」

 

静かにそう呟き、愉快気な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷門イレブン。お前達の強さに敬意を評して、私も本気を出すとしよう」

 

問答をするつもりはないらしく、一方的にそれだけ言い残してポジションにつくデザームからは、リードされているにも関わらず、それを感じさせない程の自信が伺える。

他のイプシロンの選手達も、ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべている。

 

どうやら余程デザームの実力を信用している様だが、ここから巻き返される程の力があるとは思えんがな。無論、油断するつもりは微塵もないが。

風丸達も未だに困惑は残っている様だが、奴等の様子からはったりの類でないことは感じ取っている。わざわざ言わずとも、デザームを警戒して動くだろう。

それよりも気になるのは吹雪の奴だ。

前半から何か企んでいる様だが、いったい何をしでかすつもりなのか……。

あいつの性格から考えても、万が一にもこちらが負ける様な事ではないはずだが、逆に言えば負けなければ何をしてもいいと考えている可能性はある。

度が過ぎた事をしでかさないように注意せねば……。

 

 

 

 

 

 

試合再開のホイッスルと共に、こちらの陣地へと切り込んで来るデザーム。奴の実力を見極めるべく、ボールを奪いに行こうとした染岡を視線で制して、俺が奴に向かう。

 

「……ッ!!」

 

俺が間合いに入った瞬間、デザームは強烈な踏み込みから一気に加速し、俺を抜き去ろうとする。

 

「むッ……!」

 

だが、その加速に僅かに遅れながらもついてきた俺に、デザームの顔が微かに歪む。

確かにかなりのスピードだ。今まで俺が相対して来た者達の中でも、間違いなく最上位に位置する速さ。しかし、俺がこうしてついていけている時点で、内心でデザームの脅威度を一段下げる。

速さで振り切れないと見たデザームは俺を躱すべく、細かくフェイントを織り交ぜて俺を翻弄しようとするが、これにも問題なく対応する。

未だにボールを奪えてはいないし、キック力等を加味した総合力で言えば、俺以上の可能性は否定できない。けれど、吹雪と戦った時の様な差は感じないし、バーンの様に目で追えない程の速さがある訳でもない。

こいつは今、ここで倒せる相手だ。

 

「デザーム様!」

 

俺を単独で躱すのは難しいと判断したか、デザームはフォローに入ったメトロンとのワンツーパスで俺を突破する。流石に2対1の状況では分が悪い。

だが、後ろには吹雪がいる。あいつならデザームからボールを奪える筈だ。そうすれば、デザームの力に心酔しているイプシロンの連中には間違いなく大きな隙ができる。そこを一気にカウンターで攻めて追加点を奪えれば、それでこの試合は決まる。

 

そう思い振り返った先では─────

 

 

────あっさりとデザームに抜かれる吹雪の姿があった。

 

 

「………は?」

 

抜かれた?吹雪がデザームに?馬鹿な。

俺を単独で抜けなかったデザームに、ポジション的にもオフェンスの方が得意な俺よりも、ディフェンス能力で優れる吹雪があんなにあっさりと抜ける筈がない。

いったい何がどうなってるんだ……。

 

混乱する俺だったが、デザームに抜き去られた吹雪の表情を見て、その答えを悟る。

 

────あいつ、抜かれたのはわざとか!?

 

吹雪の表情には、一切感情が乗っていなかった。何一つとして揺らぎのない、完全な無。だが、吹雪の性格上、自分を出し抜いた相手がいれば、雷門との試合で見せたように激昂して荒ぶるだろう。そうでなくとも、あの様に全く心が動かない等有り得ない。

それこそ、自分から意図して抜かせでもしない限りは。

 

吹雪が何のつもりでデザームの突破を許したかは分からないが、結果として俺が先程まで思い描いていた未来とは真逆の事がフィールド上で起こっていた。

俺と吹雪という、現状の雷門で最も強いと言える2人が立て続けに突破された事で動揺が広がっている。デザームはそれを見逃さない程、甘い男ではない。

吹雪を突破した勢いのままに雷門の中盤を食い破ったデザームが、雷門ゴールに迫る。ディフェンス陣も慌ててデザームを止めようと動くが、それよりもデザームがシュート体勢に入る方が早かった。

 

デザームがボールを踏みつけると、足元に異空間へと繋がる穴が開き、デザームが姿を消す。

 

「!?奴はどこに……」

「来るぞ、源田!」

 

────グングニル……V3!!

 

何処からかデザームの声が響き、先程デザームの足元に開いた穴が空中に開き、そこから禍々しい紫のオーラを纏い、槍と化したボールがゴールへと向かう。

 

「なっ……!?ビーストッ……ぐおおお!!」

 

源田はこのシュートに反応したものの、〈ハイビーストファング〉の発動は間に合わず、当然素の状態では止められる筈もなく体ごとゴールへ押し込まれる。

 

 

 

 

 

 

これで得点差は3-2。差が縮まってしまったが、まだリードはしている。けれど、全く油断のできない状況だ。

悔しさを露わにする源田と、そんな源田に声を掛ける風丸や壁山の姿を見つつも、思考を巡らす。

源田には悪いが、今のは例え〈ハイビーストファング〉の発動が間に合っていたとしても、止められたかどうかは怪しい。

デザームの〈グングニル〉も当然の如く進化していたし、単純な技の威力だけなら世界レベルと言っても過言ではない。だが、あのシュートの最も厄介な点はその威力ではない。

あの技はシュートを打つ瞬間は異空間へと潜っていて姿が見えない。シュート自体もその軌道が途中からしか分からないせいで、キーパーからは非常にタイミングが図りづらい上に、シュートブロックも困難だ。

強力な技だという認識はあったが、これは想像以上だな。

 

それに吹雪の事もある。デザームをわざと抜かせたのはほぼ間違いないだろうが、何のつもりか問い質したところで素直に答えるとは思えない。

あいつが何を考えているか分からない以上は、どう動いてもフォローが効く様に立ち回るしかないが、そうなるとデザームを止めるのが非常に難しくなる。

先の対決から、俺を単独で抜けないのはもう理解できた筈だ。なら今度は最初から連携で突破しに来るのは明白。1体1ならともかく、多人数を一度に相手にして押し留められる程の差は、俺と奴等にはない。

なら、俺にできる手段はただ一つ。

 

────差が縮まったのなら、もう一度突き放すだけだ。

 

 

 

 

 

 

イプシロンがゴールを決めた事で、雷門のキックオフから試合が再開。染岡からボールを受け取った俺はまず不動へとボールを預けようとする。

が、このボールは吹雪にカットされた。

 

『!?』

 

味方が驚愕するのもお構い無しに、吹雪はそのまま自陣からの超ロングシュートを放つ。

吹雪のこのプレーに虚を突かれたイプシロンの選手達はこのシュートに反応できない。

 

「ワームホール……V3!!」

 

しかし、反応できなかったのはフィールドプレイヤーの話だ。問題なくこのシュートに反応したゼルが放った〈ワームホール〉によって、あっさりと止められてしまった。

吹雪の強靭な脚力によって放たれたシュートは、ノーマルシュートといえどそれなりの威力ではあった。だが、その程度ではイプシロンの必殺技を破るには足りない。おまけにコースもキーパーの真正面であり、とてもゴールを奪うつもりがあったとは思えない。

 

「なんのつもりだ、吹雪!!」

「私はゴールを狙っただけだが?それよりも、悠長に話している時間があるのか?」

 

吹雪に詰め寄るも、やはり全く悪びれもせずに白を切る。そんな吹雪の言葉に振り向けば、ゼルの素早いスローイングによって、既にボールはイプシロンのDFへと渡っている。こいつの思惑通りに動くのは癪だが、試合が止まっていない以上はこうして話している時間が無いのも事実だ。

 

「くそっ!」

 

仕方なく吹雪の元を離れて自陣へと走る。

 

そうこうしている内にボールはタイタンから、ファドラを経由してマキュアへ。

 

「戦術時間0,7秒。メテオシャワーだ」

「了解!」

 

ボールを持ったマキュアはボールを奪いに行った塔子を〈メテオシャワー〉で突破し、デザームへとパスを出す。

そのデザームのトラップ際を狙って風丸がスライディングタックルを仕掛けるが、デザームはこれを跳躍してあっさりと躱す。

 

「ボルケイノカット!!」

 

だが、畳み掛けるように空中で身動きの取れないデザームに土門の〈ボルケイノカット〉が迫る。しかし、デザームはこれにも動じず、〈ボルケイノカット〉によってボールを奪われるよりも早く、メトロンにパスを出す。

 

「1,4秒。右へ躱せ」

 

メトロンからボールを奪うべく、影野が〈影縫い〉を発動するが、影がメトロンの体を捕らえるよりも早く、突破されてしまう。

 

「真……ガニメデプロトン!!」

 

メトロンは両手に紫色のオーラを集めて、ボールを雷門ゴールに向かって打ち出す。どう見てもハンドにしか見えないが、審判の笛は鳴らない。

 

「もうこれ以上点はやらん!ハイビーストファングV2!!」

 

〈グングニル〉や〈ガイアブレイク〉と比べて威力の劣る〈ガニメデプロトン〉は、源田がしっかりと受け止めた。

 

ひとまず失点の危機は免れたが、全く安心はできない。

デザームが前線へ上がった事で、他のイプシロンの選手達も動きが良くなっている。デザームは元々、キーパーでありながら仲間に指示を出す司令塔の役割も担っていた。しかし、物理的な距離が離れている事もあり、前線には指示が出しづらかった筈だ。それがポジションチェンジした事で解消されてしまっている。

 

 

未だ1点のリードを守りつつ、しかし確実に、試合の流れはイプシロンへと傾き始めていた。




今回から後書きで四馬鹿のキャラ紹介?等していきます。
興味ない方は飛ばしてもらって大丈夫ですよ〜。

【円堂守】
今作の主人公。円堂守に転生?憑依?してしまった自称一般人。初期設定はほぼ無いに等しく、必殺技の習得等は作者の思いつきと勢いで決まる。
銀色のゴッドハンドとか、原作円堂の声とか、全部書いてたら勝手に生えてきた。不思議な事もあるものです。
色々と対策を考えて動こうとするも、大抵肝心なところで抜けていたり、予想外の事態に見舞われる為、原作知識を持っている強みを活かせた事はあまりない。
現在は渾身のガバでチームを離脱中の為、出番の多い鬼道の方が主人公では?という声も多い。
仲間からの信頼は厚く、雷門の頼れるキャプテン。尚、作者と読者からは馬鹿のお世話係という共通認識を持たれている。

おまけ
【雪見ダイフク】
特に由来はない。強いて言えば語感が気に入ったから。ちなみに作者は雪見だいふくを食べたことがない。

【原作を壊したくない円堂守の奮闘記】
原作?何それ美味しいの?状態の為、タイトル詐欺も甚だしい事になっている。
当初は円堂が自分以外の転生者達に振り回されつつ、原作を守ろうとするコメディみたいな感じにしようと思って付けたタイトル。間違ってもどシリアスな展開を書くつもりはなかった。
一応タイトル回収する方法を考えてはいる。

次回は豪炎寺の紹介?です。はい。


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独白

ちょい短いです。


「何なんだよ……こいつら……」

 

漫遊寺中で繰り広げられる雷門とイプシロンの試合。その一部始終を見ていた木暮夕弥の口から、思わずそんな言葉が漏れ出た。

 

雷門中サッカー部。今年のフットボールフロンティアで優勝した、日本一のチーム。曲がりなりにもサッカー部員として、木暮もその名前を聞いた事はあった。しかし、自身が所属する漫遊寺のサッカー部は対外試合を行わない。大会で対戦する機会もなければ、それ以前に自分はまともに練習すら参加させてもらえない控え選手でしかない。そんな木暮にとって、日本一に上り詰めた存在など、決して手が届かぬであろう遠い存在でしかなかった。

そして、そんな雷門中サッカー部と同じく、各地を襲っているという宇宙人の事も、木暮は自分とは関係ない遠い世界の出来事の様に思っていた。

 

そんな存在達が目の前で繰り広げるサッカーから、目を離すことができない。

 

初めて見た時は、自分が仕掛けた悪戯に簡単に引っ掛かる間抜けな奴らだと思った。日本一なんて言ったところで、こんなものかと馬鹿にしていた。

この分なら、こいつらが戦っているという宇宙人だって、大した事ない奴らなんだろうと、そう、思っていたのに。

 

フィールドの外から見ているというのに、そのスピードは目で追うだけで疲れてしまう程で、そのシュートは信じられない程に強烈で、その必殺技の迫力に実際に食らったわけでもないのに圧倒された。

 

漫遊寺のサッカーは、あくまで心を鍛える為のものだ。練習は常日頃から欠かさず行うし、その中で試合形式の練習をすることだってある。部員の誰もが、真剣にサッカーに打ち込んでいる。

けれど、それはどこまでいっても勝つ為のものではないのだ。自らの心を律し、精神を鍛える。その為のもの。

そんなものが何になるのかと馬鹿にしながらも、木暮はサッカーというものをそれしか知らなかった。

もちろんテレビでプロの試合を見たりしたことはあったが、実際に目の前で繰り広げられる、勝利を目指してお互いの全力をぶつけ合うサッカーは、そんなものよりもずっと、木暮の心を強く打った。

 

『サッカーに自信が無いから、こんなことしてるんでしょ!?』

 

音無、だったか。昨日の夜、道場に悪戯を仕掛けている最中に出くわした、雷門中のマネージャーと口論になって言われた言葉が頭を過ぎる。

 

それはどうしようもない程に、木暮の痛い所を衝いていた。本当は分かってる。雑用をさせる意味も、原因が俺にあるのも。

でも、どうしても信じられなかった。自分を置いて居なくなった母親の様に、他人なんて内心では何を考えているのか知れたもんじゃない。

裏切られて傷付くくらいなら、最初から近づかなければいいんだ。

 

自分に実力が足りないからだと分かっていても、わざと取れないパスを出したのだと相手に言い掛かりをつけた。過剰な仕返しを行い、馴れ合いを拒んだ。周りは全て敵だと、そう思い込んだ。

そして、それは上手くいっていた。漫遊寺の連中は木暮の事を問題児として扱い、思惑通り木暮は一人になった。

それで、良かったはずだったのに。

 

それをあの女は、木暮の事なんて何も知らないくせに、ずけずけと言いたい事を言ってきて、木暮が何を言っても痛い反論を返して来た。垣田達よりも遥かにしつこく言い募ってくるその姿に苛立ちを覚えた。何より、木暮と正面から向き合おうとするその姿に、淡い期待の様なものを抱いた自分を嫌悪した。

 

『見せてみなさいよ!貴方の本気のサッカーを!』

 

好都合だと思った。どれだけ綺麗事を並べたところで、相手は日本一のチームのマネージャーだ。長い間まともにボールを蹴っていない木暮の実力を見れば、落胆して勝手に離れていくに決まっている。

そう思っていたのに、あの女も、あの女の兄だという男も、木暮がどれだけ情けない姿を見せても、そんな様子は微塵も見せなかった。

 

楽しかった。全く歯が立たず、ボールを奪える気は最後まで湧かなかったが、それでも、何も考えずただボールに向かうのは、楽しかった。

 

木暮はサッカーが好きだ。どんなに居心地が悪くても、回りくどい事をして孤立を選んでも、それでもサッカー部を辞めないのはそんな単純な理由でしかない。

 

「俺も……あんな風に……」

 

今はまだ、余りにも遠い世界。けれど、いつかは───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「監督!何か手を打たないとこのままじゃ……!」

 

デザームがFWにポジションを変えて以降、明らかな劣勢に追い込まれている現状に、雷門ベンチの木野が瞳子を見やる。

だが、瞳子はそんな木野に何も言わない。否、言えない。

 

瞳子はとても歯痒い思いをしていた。策があるのなら疾うに打っている。勝手な事をし続けているとはいえ、吹雪を下げるのは論外だ。控え選手は目金しか居らず、交代させたところで弱点を増やすだけだろう。

加えて吹雪は相変わらずデザームを止めるつもりは無いようだが、決定的なパスは幾度も潰しており、この状況に陥っているのが吹雪のせいだとするなら、この状況を保てているのも吹雪のおかげだと言える。

どうにか追加点を奪おうにも、確実な得点源である鬼道は複数人でマークされており、パスを通すのも難しい。

かと言ってディフェンス面で何か手を打とうにも、ほぼ全員が下がって守備に徹しているこの状況で、多少フォーメーションを変えたところで効果は薄いだろう。むしろそれが原因で守備のリズムを崩す事に繋がりかねない。

 

瞳子は考える。吹雪を下げるのは論外。だがそれは、この試合に勝つ為の話。これからのことを考えれば、今日この試合に敗北するとしても、吹雪を下げることにもきっと意味はある。

このまま吹雪の好き勝手にさせていては、いつか手痛いしっぺ返しを食らう。瞳子の指導者としての直感がそう訴え掛けている。どんな罵詈雑言を浴びせられるのだとしても、全てが自分の思い通りにいくわけではないのだと教えなければならない。本来であれば、人が成長していく過程で自然と教えられる当たり前のことを、教える必要があるのなら、それはチームの引率者である瞳子の役目だ。しかし───。

 

「それでも……私は……」

 

頭ではどうするべきかは分かっている。だが、瞳子の立場が、目的がそれを躊躇わせる。

 

「私の使命は……エイリア学園を倒すこと」

 

瞳子はとある事情からエイリア学園の内情については誰よりも詳しい。無論、全てを知るわけではないが、警察やマスコミなどよりも遥かに詳細な情報を持っている。

故に、何を差し置いてもエイリア学園を倒すことが先決だという意識を捨てることができない。

今ここでイプシロンを倒すことができれば、瞳子の目的に大きく近づく。逆に負けてしまえば、その道は遥かに遠のいてしまうだろう。

イプシロンよりも強大なプロミネンスが後ろに控えているし、バーンにグランと呼ばれていたあの少年のこともある。あれは間違いなく、瞳子が弟の様に接していた()()()だ。口ぶりからして、恐らくはプロミネンスと同格か、それ以上のチームの一員か、或いは率いているのだろう。

一刻も早く、止めなければならない。間違った道に進もうとしている彼等を。他でもない瞳子の手で。

 

指導者としての責務と私情を天秤に掛け、後者を選ぶ。

責められるべき行いだという自覚はある。全てが終われば、どんな非難も甘んじて受けよう。だから、今は───。

 

 

そんな瞳子の視線の先で、再び放たれたデザームの〈グングニル〉が源田の〈ハイビーストファング〉を打ち破り、遂に試合は振り出しへと戻るのだった。





キャラ紹介②
【豪炎寺修也】
作者公認チート。世界のバグ。生まれてくる世界を間違えた男。シスコン1号。
例によって初期設定は原作よりちょっと天然入ってることくらいだったはずなのだが、暴走に暴走を重ねて今に至る。どこから間違えたかは分かるが、何故こうなったかは作者にも分からない。
作中で影山が100年に1人の怪物と称しているが、読者からは100年に1人もこんな奴がいてたまるかというツッコミを受ける。尤もである。
現在はヌルゲー化を避ける為、作者によってあの手この手でチームを追い出された。が、今度は帰って来た時にどんな化け物になってるのかと頭を抱える羽目になっている。解せぬ。
並行世界線の未来では自力で時空を超えたりしており、本当に人間かも疑わしくなってきている。


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私が使ってやろう

感想返せてなくて申し訳ない。
ちゃんと全部読んでます。


 

「点を取りにいこう」

 

試合終了まで残り時間僅かというところで同点に追いつかれてしまった雷門。このまま引き分けに持ち込むという選択肢も存在するが、風丸はあくまでも勝利を目指す意思を示す。

それに異を唱える者は居ない。引き分けで終わっていいなどと考えている者はこの場には誰一人存在しない。

源田はもうこれ以上点はやるものかと闘志を昂らせ、鬼道や染岡の瞳は自分こそが勝ち越しのゴールを奪うのだと雄弁に語っている。

その他の者達も気力は十分。勝負はここからだと気持ちを切り替えている。

 

 

 

対するイプシロンはもはや自分達の勝利を疑っていなかった。彼等はデザームが敗北する姿など微塵も想像しておらず、このまま追加点を奪いファーストランクとしての面目を保てるだろうことに安堵する者さえ居た。

彼等のその考えは一概に間違っているとは言えない。鬼道や吹雪と言った一部の例外を除き、デザームの実力は雷門を上回っている。その鬼道もディフェンス陣の徹底したマークで抑え込むことができており、吹雪に至っては1点目のゴールを奪って以降はこちらを負かそうという意思が感じられない。

故に、一抹の不安を胸に抱いているのは、依存とも言える周囲からの期待を一身に受けるデザームのみだった。しかし、そのデザームも何があろうと己の力で捩じ伏せるだけだと、その不安を捨て置いた。

そして───

 

 

 

 

「そろそろ頃合か」

 

両チームの闘志がぶつかり合うその中で、1人だけが、誰にも気づかれずに仄暗い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

染岡から風丸、風丸から塔子、そして不動へ。雷門は試合再開から細かくパスを繋いで攻め込むが、ここに来て改めて吹雪の存在が雷門にとって重い足枷となっている。

何をしでかすか分からない吹雪を避けてパスを回していることで、中盤のスペースを上手く使えていない。イプシロンもそれを分かっていて、本来なら吹雪につくはずのマーカーがフリーで動き回っている為、度々人数的な不利も生じている。

 

────どうする?このままじゃジリ貧だ。

 

ボールを持つ不動はこの状況を打開するべく、思考を続ける。

吹雪に回す?───否。吹雪とて負けていい訳はないだろうし、戦況が見えていないとも思わないが、それでもここまでの動きを鑑みれば今ボールを預けるのは余りにもリスキーだ。

FWの2人にボールを託すか?───否。雑にパスを出したところで、2人に届くまでにカットされるのが落ちだ。

鬼道は複数人にマークされているが、いざとなればどうにかして振り切りるだろう。それぐらいの能力はある。

染岡のシュートはデザームが相手ならともかく、身体能力などの面から見てデザームよりも落ちるであろうゼルであればゴールを奪えるかもしれない。

だが、だからこそ2人へのパスを出すのは最後の決定的瞬間であるべきだ。

サイドから崩す?───否。塔子に単独でイプシロンを相手取れる程の突破力は無い。あくまでも彼女の真価はディフェンス面の能力の高さにある。これ以上の失点が許されない今、カウンターに対する備えとして塔子はあまりポジションを上げたくない。

風丸であればそのスピードを活かした突破で活路を見出すことができるかもしれないが、ゴールを奪えるだけのシュート能力は無い。警戒を煽れはするだろうが、それ以上の直接的な脅威になり得ないのなら陣形を崩し切ることはできない。

で、あるならば────。

 

不動は己の能力と相手の能力、この試合で把握できている限りの情報を元に、ゴールへの道を導き出す。

 

「よし……いくか」

 

出した結論は、単独での中央突破。

 

『なっ!?』

 

白恋戦から今までパサーとしての役割に徹し、無理なプレーは避けてきた不動のこの選択に、敵だけではなく味方からも驚きの声が上がる。

 

「舐めるな!」

 

一瞬驚きはしたものの、それ以上にこの状況で自分を抜けると判断された不動のマーカーであるメトロンが怒りを顕に不動と対峙する。

 

別に不動はメトロンを舐めている訳ではない。勝算の低い賭けに出たつもりもない。

確かに不動はこれまで決定的なパスを供給することはあれど、目立った突破力を披露することはなかった。だがそれはできないのではなく、やる必要がなかっただけのこと。

中盤でボールを奪われることの危険性を、不動はよく分かっている。白恋戦では相手の中盤に自分の上位互換と言っても過言ではない吹雪がおり、中央突破など仕掛けようものなら即座にボールを奪われ、失点に繋がっただろう。故には端からそんな選択肢は存在しなかった。

この試合に於いては前半に吹雪が無理なパスを繰り返していたこともあり、個人技による突破が有効な場面は存在した。しかし、その時点ではこちらがリードしており、吹雪の行動が読めないという不安要素も有ったことから、手札は残しておいた方がいいと考えていた。

 

そして今、未だ吹雪という不安要素は残っているものの、限られた選択肢の中で最も可能性を感じたのがこの中央突破だった。

不動の全力のドリブルを見ていないメトロンと、これまでの試合の中でイプシロンの選手達の動きを観察してきた不動。情報という名のアドバンテージは不動にある。

 

右へ左へ細かくフェイントを織り交ぜ、メトロンを抜きにかかるが、流石にメトロンもそう簡単には突破を許さない。

不動のスピードでは純粋な加速だけで振り切るのは難しい。だが、ボールキープに徹すればメトロンが自分からボールを奪うのが難しいことにも不動は気づいている。

 

ボールを奪われる隙を作らぬよう細かいボールタッチを繰り返しながら、不動が僅かに後退する。メトロンは警戒しながらも深追いはせずに不動の出方を窺う。

不動は小さく息を吐き出し呼吸を整える。意を決して、持ちうる限りの加速を持ってメトロンの左側を駆け抜けようとする。当然の如くメトロンはそれについてくるが、スピードで振り切れないのは端から分かっている。

相手を上回る為には必ずしも相手を超える能力を持つ必要はないのだ。競うだけの力さえあれば、そこに駆け引きが生まれる。

 

加速する体を無理矢理制御し、鋭く右へ切り込む。メトロンも対応できてはいるが、最初からそのつもりで動く不動と、不動の動きを見て動くメトロンでは動き出しに差ができる。

メトロンが右足で踏み込み、不動を追い重心を左へ傾ける。その瞬間にメトロンの右足へボールを当て、股の間を抜く。一瞬何が起きたか分からず、メトロンの体が硬直する。その横を不動が通り過ぎて行く。

 

不動が中盤を突破した。その事実を周囲が認識すると同時に、状況が動く。

不動のこれ以上の突破を阻止するべく、鬼道についていた3人のマーカーの内の1人、モールが不動に向かう。鬼道は残りのマーカーを振り切るべく、仕掛けるタイミングを窺う。染岡は自身が今取るべき行動はシュートを打つことではなく、より確実性のある鬼道にボールを繋げることだと判断。ポストプレーの為にややポジションを下げつつマーカーを釣り上げる。

 

その全てを把握しつつ、不動はモールをギリギリまで引き付けて風丸へとパスを送る。

 

「中央へ切り込め!」

 

そのままライン際を駆け上がろうとした風丸だったが、不動の言葉で進路を変更し中央のゴール前へと切り込む。これによってゴール前での4対4の攻防となるが、不動にモールが、染岡にケンビルが、鬼道にタイタンとケイソンがマークについている今、風丸はフリーの状態。

これが単なるサイドからのドリブル突破であったならば、イプシロンは焦る必要はない。サイドを深く抉られたところで、風丸の決定力では直接ゴールを狙うのは難しく、またそこまで攻め込まれるまでの時間で守備を整えられる。

だが、ここで風丸がフリーの状態で抜け出せば待っているのはキーパーと1体1の状況。それも角度の無いサイドからならともかく、スペースの広いゴール正面となれば、1つの可能性が浮上する。

 

キーパーをドリブル突破されて失点するという可能性が。

 

ボールを持つのが他の選手であれば、そんな心配は要らなかったはずだ。だが、風丸のスピードはイプシロンの選手を上回っている。加えてキーパーのゼルは普段はFWのポジションについている。無論ゼルとてキーパーとしての能力は高い。しかし、長い間他のポジションをしていたが故に土壇場での判断力などで不安は残る。

だからこそ、風丸を無視することができない。鬼道をマークしていたケイソンが風丸を止めに掛かる。

 

この瞬間、3人でマークしなければ封じられなかった鬼道のマーカーは、たった1人となる。それも巨体故にイプシロンの選手の中でも比較的スピードが落ちるタイタン1人に。

ゴールを狙う鬼は確信する。好機が来たと。

 

「風丸!」

「ッ!不動!」

 

ケイソンを抜きに掛かるか一瞬思案した風丸だったが、不動の声に反応してそちらへパスを出す。

パスが己の元に届くまでの僅かな間に、不動と鬼道がアイコンタクトを交わす。ここまで来れば、お互い何をすべきかは分かっている。

モールにぴったりと張り付かれながらもボールに走り込んだ不動は、そのボールをダイレクト、かつヒールでモールの股の間を抜きゴール前に通す。そして、そこには当然のようにタイタンを引き剥がした鬼道が走り込んでいる。

 

これ以上ない、決定的なラストパス。

それを────ここまで戻って来たデザームが掻っ攫った。

 

『なっ!?』

 

驚愕の声を上げる周りに一切反応を示さず、デザームがドリブルを開始する。反転しすぐさまそれを追おうとした鬼道だが、速度を落としたことで追い付いてきたタイタンが、反則すれすれの激しい寄せをして来たことで体勢を崩される。

デザームはその間に不動をあっさりと躱し、雷門ゴールへ向かって進撃する。

 

「ザ・タワーV2!!」

 

不動は抜かれ、風丸は攻め上がっていて間に合わない。吹雪は動かないとなれば、中盤で残るは塔子のみ。必殺技でデザームを止めようと試みるものの、デザームの動きを捉えきれず〈ザ・タワー〉の雷撃は虚しく空を切る。

塔子を突破し、遮る物の無い中盤を駆け抜け雷門陣内へと攻め入るデザーム。その前方に、集結した雷門ディフェンス陣が立ちはだかる。

 

「止めるぞ!」

「はいッス!」

「ここを抜かれる訳にはいかない!」

「通さないでヤンス!」

 

土門、壁山、影野、栗松。その誰もが、何がなんでも止めるという強い覚悟を持ってその場に立っている。しかし、その程度の気迫にデザームが臆する訳はなく、彼等を抜きに掛かるつもりすら、デザームには無かった。

 

「雷門イレブンよ。素晴らしい戦いぶりであった。その健闘に敬意を表し、この一撃をもって引導をくれてやろう」

 

ボールを踏み付け、立ち止まったデザームの足元に異空間へと繋がった穴が開く。それを見た土門達が慌ててボールを奪いに来るが、当然間に合うはずもなく、デザームの姿は異空間へと消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボールと共に異空間へと潜ったデザームはすかさずシュート体勢に入る。

 

「これで終わりだ……グン───ッ!?」

 

右足を振りかぶり、〈グングニル〉を放とうとしたデザームだったが、ここである異変に気づく。

ここはデザームの作り出した異空間であり、当然他には誰も居ない。外界と遮断されたこの空間に於いては、暑さも寒さも感じない。何故なら、そんな変化を齎す要因が存在しないからだ。

ならば、何故、今この空間に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

異変はそれだけには留まらない。

デザームの耳に、何かが割れるような音が響く。走馬灯のように引き伸ばされた意識の中でデザームが目にしたのは、内側から氷の膜に覆われひび割れた空間。

 

────グングニル。北欧神話に語られる最高神が持つ槍か。

 

その声に、デザームの全身が総毛立つ。

 

────お前のような凡人には過ぎた代物だ。故に。

 

〈グングニル〉を放つ為に振りかぶった右足は、もうデザーム本人にも止められない。振り抜かれた右足が捉えたボールは────。

 

────私が使ってやろう。

 

「氷結のグングニル」

 

ほんの僅かに遅れて振り抜かれた吹雪の右足によって、意図も容易く蹴り返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが割れる甲高い音がフィールドに響き、虚空から禍々しいオーラに彩られた氷の槍が出現する。

 

『!?』

 

明らかに通常の〈グングニル〉とは異なるそのボールが、しかもイプシロン側のゴール目掛けて飛んでいく光景に、誰も理解が追い付かなかった。

そんな周りの驚愕を背景に、美しい氷のアーチを京都の空に描き、〈氷結のグングニル〉がイプシロンゴールを襲う。

 

「ワームホールV3!!」

 

何とか驚愕から立ち直り、〈ワームホール〉で対抗するゼルだったが、デザームの〈ドリルスマッシャー〉すら容易く打ち破った吹雪のシュートに〈グングニル〉のパワーまで上乗せされたその一撃を止められる道理はなく、至極あっさりと〈ワームホール〉は突破され、ゼルの体ごと氷の槍がイプシロンゴールを貫いた。

 

 




これにてイプシロン戦終了。試合後のやりとりは次話で。
全くのノープランから始まったこの試合、長い長いトンネルだった……。

キャラ紹介③
【鬼道有人】
バグ2号。十年に一人の逸材という異名を持つシスコン。インフレの元凶。
例の如くまともな初期設定は無い。
天才ゲームメーカー?そんな賢そうなキャラ俺馬鹿やから書けんわ。せや!いっそFWにしたれ!という作者の適当なノリで原作からポジションを変えられた。
その他の設定は全て後から生えてきた為、途中まで作者の中ですらキャラが定まっていなかった。
一部の馬鹿共のせいで比較的常識人枠のように思われるが、実のところこいつも結構なキチガイである。極端な話、妹と世界を天秤に乗せられれば、躊躇いなく妹を選び世界を滅ぼすくらいには。
エイリア学園との戦いに参加しているのも、負けたままではいられないという思いと、妹や仲間の身を案じて、といった面が大きい。
最近では円堂が不在のせいでこいつが主人公のような扱いになってきている。実は登場話数で考えるとあと数話で円堂より多くなるのであながち間違いとも言い切れないかもしれない。


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勝者の特権

更新遅くてすんません。
後書きがやたら長くなってしまってます。


 

氷の槍がイプシロンゴールを貫くと同時に、試合終了を告げる長い笛の音がピッチに響く。

スコアは4-3で見事に雷門の勝利、なのだが。

フィールドの選手達は各々の勝利に、敗北にリアクションを取ることもできず、今起こった出来事に理解が及ばず呆然としていた。

 

 

雷門のゴール前、思わずといった様子で無意識にピッチに膝をついていたデザームは、己の背後にゆっくりと歩み寄ってくる誰かの気配に振り向く。そこには、氷の様に冷たい瞳でデザームを見下ろす吹雪の姿があった。

 

「───勝てると思ったか?」

 

その声は、差程大きいわけでもなく、周りに聞こえる様に声を張っているわけでもなかったが、不思議とよく響いた。

 

「哀れなものだな。万に一つも有りはしない勝利の可能性を信じ、求め、それを掴もうとした寸前に、全てを否定されるその姿。実に愚かで、無様で、お前の様な凡人にはお似合いの姿だ」

 

デザームは吹雪のその言葉の意味を理解できなかった。イプシロンはあと少しで勝利を手にするはずだったのだ。それは決して、手が届かないものではなかったはず。

 

「本当に?」

 

自分の思考を読み取ったかの如く挟み込まれたその一言に、デザームの背に冷たい汗が流れる。

 

「所詮は履いて捨てる塵芥。己の置かれた立場も状況も、何一つを分かろうともしない愚物よな。お前は自分達が互角の勝負を演じることができているのが実力によるものだと真に思っていたのか?あれだけ私が手心を加えてやったというのに、その慈悲に気づかないとは」

「…………」

 

デザームは何も言わない。言えない。目の前の男が散々おかしな行動を取っているのは事実であり、それを不審にも思っていた。警戒もしていた。

しかし、自らのチームを不利に追い込む様な行動や、仲間と明らかに不仲な様子を見せられては、単なる仲間割れという可能性も捨てきれなかった。結果的にデザームは、否、イプシロンというチームは吹雪という選手のことを一旦捨て置いた。

 

「私の掌の上で踊るのは楽しかったか?道化よ」

 

結果はどうあれ、デザー厶達イプシロンは勝利を目指して全力を尽くしたのだ。にも関わらず、吹雪はデザーム達を端から敵としてすら認識していなかったとでもいうのか。それは、余りにも救いが無い。

 

「良い顔だ。絶望と失意に濡れた情けない負け犬の顔。お前に相応しい」

 

完全に心が折れたデザームに言い返す気力は既に無く、力なく項垂れ視線をピッチに落とす。それを見た吹雪の顔が愉悦に染まる。

 

「そうだ、それでいい。頭を垂れろ。恭順しろ。敗者を見下ろすのは勝者の特権だ。お前に私を見下ろす権利は無い」

 

結局、試合開始前にデザームが吹雪に対して侮った視線を向けたその瞬間から、この結果は吹雪の中で決定づけられていた。吹雪が試合の中で考えていたのは、決して相手の戦意を失わせることがないように状況をコントロールしながら、最後に目の前の勝利を完全に否定して心を折ること。

如何に少ない労力で、かつ周りの駒の能力を確かめながら、相手に悟られることなく終局を迎えるか。吹雪がしていたのはそんなゲームでしかなく、そこに一切の情けも思いやりもありはしない。

暴君にとって、目の前の矮小な存在にそんな思考を向けてやる価値は無いのだから。

 

「ク……クク……クハハハッ……ハーハッハッハ!!」

 

静まり返ったフィールドに、吹雪の嘲笑が響き渡る。他者を見下し、罵倒し、嘲り笑う。そこには本来在るべきはずのスポーツマンシップの欠片も有りはしない。

しかしそんな吹雪を止めることは誰にもできない。それを成すことができる対等な人間をもたないが故に、孤独な暴君は愚かに嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ざまぁねぇな、デザーム」

 

そんな地獄の様な空気の中、唐突に聞こえたその声は差程大きな声ではなかったにも関わらず、吹雪の笑い声に掻き消されることなく、不思議とよく響いた。

 

「ッ!バーン!」

 

吹雪が笑いを止め、風丸達が声の主を視界に捉える。そこに居たのはエイリア学園、プロミネンスのキャプテンであるバーン。雷門にとっては多くのチームメイトを病院送りにされた因縁の相手だ。

 

「随分と情けねぇ面を晒してるじゃねえか、デザーム。お前らには失望したぜ」

「バ、バーン様……我々は……」

 

バーンに対して恐怖が混じった声を漏らすデザーム。先程までの自分に対するものとはまた違った態度に、吹雪がその様子を興味深げに観察している。

 

「敗者に用は無ぇ。お前らはエイリア学園から追放する」

 

そう言ったバーンの足元にあった黒いボールが独りでに浮き上がり、眩い光を放つ。思わず目を瞑った風丸達が再び目を開けた時、そこには既にイプシロンの選手の姿はなかった。

 

「デザーム達が……」

「あいつらだって仲間だったはずじゃねえのかよ……!」

 

目の前から人が消えたことに動揺する者が居る中、染岡などはバーンの仲間に対する仕打ちに憤りを覚えていた。そんな染岡が漏らした言葉が耳に入ったのか、バーンはそれについて淡々と触れる。

 

「仲間?ああ、そうだな。だが、あいつらは負けた。弱い奴はエイリア学園には必要無ぇ」

「気に入らんな」

 

バーンの言葉に染岡や風丸などが反応を返すよりも速く、言葉を発したのは意外にも吹雪。その顔はさも機嫌が悪いと言わんばかりに歪んでいる。

 

「自分が上位者であると思っているその態度。心底気に食わん。凡人はそれ相応の振る舞いをしろ。見ていて不快だ」

 

お前が言うか、と周りから総ツッコミを食らいそうなことを平然と宣う吹雪。当然ながら冗談ではない。

 

「ああ?何だテメェは?雑魚は引っ込んでな」

「ほう……私を雑魚呼ばわりとはな。お前を凡人と呼んだことを撤回しよう。お前の様な低脳をそんな風に呼んでしまっては凡人に失礼だからな」

「………言うじゃねえか」

 

元より血の気が多く、比較的短気な性格をしているバーンだ。吹雪の自身を小馬鹿にした言葉に、沸点を超えるとまではいかずとも苛立ち、眉間に皺を寄せる。

 

「───落ち着け、バーン」

 

吹雪に言い返そうとしたバーンだったが、前触れなく聞こえたその声に動きを止める。そしてバーンにしては珍しく、ばつが悪そうに振り返る。

 

「……居たのかよ、ヒート」

「すぐに熱くなるのはお前の悪い癖だよ」

「……分かってるよ」

 

いつの間にかバーンの後ろに居たのは、右頬についた傷が印象的な、顔立ちの整った白髪の少年だった。ヒートと呼ばれたその少年とバーンの口振りからして、どうやら2人は親しい間柄のようだ。

 

「雷門イレブン。今日はイプシロンを追放しに来ただけだ。お前らとやり合うつもりはねぇ」

 

そう言うバーンは雷門イレブンを見渡すし、鬼道に目を止める。

 

「次に会う時は今度こそ潰してやる。精々、それまでに強くなるんだな」

 

かつて己に屈辱を味わわせた存在に向けてそう宣言し、黒いボールが放った光が収まった時、そこにバーンとヒートの姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆様、本当に色々とありがとうございました」

 

イプシロンとの試合から一夜明け、俺達は京都の地を離れ東京へと戻ろうとしていた。

漫遊寺のキャプテンである垣田を先頭に、漫遊寺のサッカー部員達が俺達に頭を下げてくる。

 

「や、やめてくれよ。そんな風に頭なんて下げてもらわなくてもいいって。元々あいつらと戦うつもりで俺達はここまで来てたんだから」

「いえ、皆様が居なければ私達ではこの漫遊寺中を守ることはできませんでした。自分達の未熟さを改めて知ることができたという意味でも、皆様には感謝してもしきれません」

「いや、だから……」

 

それに対して狼狽しながら頭を上げてくれと頼む風丸と、意地でも頭を下げなければ気が済まない垣田達という謎の構図が発生している。

感謝くらい素直に受け取っておけばいいものを。風丸も変なところで真面目だな。

というかそんなことよりも春奈の前に神妙な顔で歩み出た木暮の方が俺は気になっているのだが。

 

「……俺さ。お前に言われたこと、色々考えたんだ」

 

春奈が木暮に何を言ったのかは、大体のことは春奈から聞いている。記憶に残っているアニメで言っていたこととほぼ同じ内容であったが、原作とは違ってイプシロンとの試合を経験していない木暮は何を思っているのか。

 

「正直、お前に言われたことは今でも凄くムカついているし、偉そうな口利きやがってって、思わないわけじゃないけど───」

 

そこで一度言葉を切った木暮は少しだけ俯いた後、憑き物が落ちた様な穏やかな表情を見せた。

 

「でも、もうちょっと、頑張ってみようって思えたんだ。雷門のサッカーを見て、そう思えたんだ」

 

木暮は目の前の春奈に向かって右手を差し出す。

 

「次に会うまでに、もっともっと上手くなって、お前をぎゃふんと言わせてやる。だから、楽しみにしてろよな」

「木暮君……」

 

春奈が感動した様な面持ちで、木暮の差し出した右手に応じる。これで終われば良い雰囲気だったんだがな。

 

「……ん?きゃあっ!?」

「うっしっしっ!引っ掛かった!」

 

木暮が忍ばせていた蛙の感触に春奈が悲鳴を上げる。そのリアクションを見た木暮が馬鹿にした様に笑う。当然そうなれば被害を受けた春奈が黙ってはいない。

 

「木暮君ッ!!」

「うわぁ!逃げろぉ!」

「待て、木暮!!」

 

春奈だけでなく、恩人に失礼な態度を取ったことに憤慨する垣田までもが木暮を追い回す。

 

「待ちなさい!!」

「やだね!!捕まえれるもんなら捕まえてみろ!!」

 

最後までなんとも締まらない空気になってしまったが、プロミネンスの時の様に悲惨なことになるよりはずっとマシだ。

この時点でイプシロンを倒してしまったことや木暮が仲間にならないなど、原作と乖離してしまった部分もあるが、もうそれは今さらだろう。

これが吉と出るか凶と出るかは分からないが、その時々で上手く対応していくしかない。まあ、それは兎も角として───。

 

「あれ?」

「春奈に蛙を握らせたのはいただけんな。大人しく罰を受けろ」

 

逃げ回る木暮の首根っこをひょいと掴み上げれば、本人は何が起きたか理解できていない様だったが、俺の声で状況を理解したのか顔色が真っ青に染まる。

 

「おい!放せ!放せったら!!」

「木暮君!!」

「木暮!!」

「!?……ぎゃああああ!!!!??」

 

 

漫遊寺の空に木暮の悲鳴が響き渡る。木暮がどうなったかは、わざわざ言うまでもないだろう。

 





キャラ紹介④
【吹雪士郎】
バグ3号。雪原の暴君。鬼畜外道を地で行く男。
作者にしては珍しく、ちゃんと設定があるキャラ。……なのだが結局作者の想定を超えた外道に仕上がっている。一応、改心?覚醒?的な流れは考えてはいるのだが、登場から僅かな時間で積み上がりまくった外道ポイントをチャラにできるかは正直疑問である。
ネタバレになるのであまり語れることは無い。

完全に余談であり本編で語ることもないであろう話にはなるが、オーガ戦で助っ人として登場した豪炎寺が辿った世界線では、雷門が白恋に敗北した為仲間にならず、そのまま世界編に突入し代表選考の候補には選ばれたものの、久遠監督から「今のお前はチームに必要ない」と言われ落選する。
そのことを逆恨みし、日本代表に制裁を加えるべく単身海を渡り、ロシア代表チームを乗っ取りFFIに殴り込む。が、結局日本代表に敗北して自暴自棄になっていたところをガルシルドに目をつけられ、RHプログラムの実験台にされた挙句洗脳され、チームガルシルドの一員として日本代表の前に立ちはだかる。
という本人も踏んだり蹴ったりな上に、様々な方面に迷惑を振りまき続ける存在と化す。その為本編の流れは一応吹雪救済ルートと呼べなくもない。


おまけ
【ヒート】
プロミネンスのMF。バーンの幼なじみという恵まれた設定をゲームでもアニメでも生かせなかった男。見た目が個人的に結構好き。
本作では折角の幼なじみ設定を生かしてバーンの相棒的ポジションにできないかと考えている。その結果オリキャラ化するとか言ってはいけない。
世界への挑戦編ではキーパーに転向させられた上に、何故かビーストファングを習得している。にも関わらず控えで台詞もろくに無いという、瞳子監督の謎采配の被害者となっている。
その反面、無印3での自由値も含めた合計ステータス値が、あのヒデナカタすら上回る全選手中トップというよく分からない待遇を受けているキャラでもある。


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いずれ楽園と呼ばれる戦場

作者が書きたかったという理由で唐突に挟まれる豪炎寺回。
相変わらず1人だけ世界観が狂っているが気にしてはいけない。



 

雷門がイプシロンとの激戦を制し京都の地を後にした頃、遠く離れた名も無き無人島で、豪炎寺修也は一人思い悩んでいた。

 

「どうするかな……」

 

初日こそ無理が祟って餓死仕掛けるというアクシデントがあったものの、それ以降は特に問題なく特訓漬けの生活を送っていた豪炎寺。

身体能力の伸びも実感できており、自分の判断に間違いはなかったのだという確信を持つことができていた。しかし、ここにきて豪炎寺の考えに誤算が生じていた。

 

「結局……無人島って言ってもこんなものか」

 

単純に言ってしまえば、豪炎寺はこの無人島の生活に極僅かな時間で適応し切ってしまっていた。

今でこそ、この島は人の住んでいない無人島であるが、かつては人が住んでいたこともある。それは即ち、人が住めるだけの資源が存在するということに他ならない。湧き水の位置や食べることができる木の実や果物の選定が済んでしまえば、水分や最低限の食料は確保できる。海に潜れば魚を獲ることもできるし、火を起こすのは豪炎寺にとっては朝飯前であるから、夜を越すのもそう難しいことではない。島に生息している野生動物達は既に豪炎寺との力関係を理解してしまっている為、襲ってくることもない。

そして、こうなってしまえばこれは無人島での過酷なサバイバル生活ではなく、少し自分でしなければならないことが多いだけの日常と化す。

厳しい状況に己を追い込む為にわざわざ無人島くんだりまでやって来た豪炎寺にとって、これは割と致命的なことであった。

イナズマイレブンGOの時代の様に特訓施設でもあれば話は変わったかもしれないが、今の時代に当然そんな物は無い。

 

「これなら鬼道相手に特訓してた方が良かったか?いや、でもそれはそれでなぁ……」

 

鬼道ならば豪炎寺にとっての練習相手として何の不足もない。何度か鬼道の気の昂りを感じたこともあり、やはりチームに残っていた方が良かったのではないかという考えが顔を出す。しかし、エイリア学園との戦いの中で纏まった特訓の時間が取れるのかという疑問もあり、じっくりと腰を落ち着かせて特訓に集中できるこの場所がやはり最適解だという結論に至る。

更に言うなら、無人島での特訓によって身体能力は間違いなく向上している豪炎寺だが、その一方で気のコントロールに関しては殆ど進展がない。辛うじて炎の分身の指先程度は動かせるようになったものの、必殺技を打つにはまだまだ先は長い。

 

「鬼道と特訓したところでどうにもならなそうだし、こういうのは円堂の得意分野だからなぁ……」

 

実際には豪炎寺よりは鬼道の方が気のコントロールに関してはマシなのだが、まあ殆どどんぐりの背比べの様なものなので豪炎寺の認識もあながち間違いではない。かといって円堂の変なところで理屈臭い説明で、感覚派の極地と言って過言ではない豪炎寺が理解できるかはそれはそれで怪しい。

 

「やっぱりあいつを頼るか。………それに、どうせなら徹底的に自分を追い込んでみよう。何か見えるものがあるかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、シュウ。俺と戦ってくれ」

「何がという訳で、なのか全く分からないんだが?」

 

豪炎寺の唐突な願い出に訳が分からない、といった様子のシュウ。いつも通り特訓に付き合わされるのかと辟易していたところにこの言葉を聞けば無理もない。

 

「一度やれるところまで自分を追い込んでみたいんだ。お前しか頼れる奴が居ないんだよ。頼む!」

「………戦うと言ってもどうすればいいんだ。言っておくが、僕は君の為に命を掛けるつもりはないよ」

 

亡霊であるシュウがこんなことを言うのもおかしな話ではあるが、普段の豪炎寺を見ていればまともにやり合えば一方的にボコボコにされるのが目に見えている。ちなみに断っても了承するまで追い掛けられるのは分かっている為、それは諦めている。

 

「大丈夫だ。俺は今、限界まで気を消耗し切っている。いつも程の力は出せないし、俺からは攻撃もしないって約束する」

 

豪炎寺のその言葉にシュウが訝しげな表情を浮かべる。この男が何をすればそこまで消耗できるのか、疑問が尽きない。それを察したのか、豪炎寺も隠すことなく自分の行いを口にする。

 

「海の中で炎を出し続ける特訓してたら消耗が激しくてな。何か水温が上がったからか魚とかが大量に浮いて来て焦ったけど、今日の晩飯にするさ」

「何やってるんだ君は!?生態系が乱れるからやめろ!!」

 

この島を守っているシュウとしては、島周辺の生態系についても気にするべき事柄のひとつである。知らぬ所でそれを乱されていたとあっては流石に怒る。

 

「わ、悪かったよ。でも、他に都合良く消耗できる方法が思いつかなかったんだから仕方ないだろ?ほら、俺を懲らしめるっていう建前もできたことだし、戦おうぜ?な?」

「建前という言葉を君が使ったら意味無いだろう………。はあ、分かったよ。やるならさっさと終わらせよう」

「ほ、本当か?やってくれるのか!?」

 

わたわたと言い訳をしていた豪炎寺であったが、シュウの了承の言葉に瞳を輝かせる。

 

「やらなきゃ納得しないだろう。ここだと狭いからもう少し開けた所に場所を移そう」

「あっ、待ってくれ、シュウ!」

「今度は何───」

 

移動しようとしたシュウが豪炎寺の呼び止めに振り返り、豪炎寺が浮かべた何時になく真剣な表情に思わず息を呑む。

 

「絶対に手は抜かないでくれよ。遠慮無く化身も使え」

「……君はかなり消耗してるんだろ?危険だと思うけど」

「怪我をするくらい何でもないさ。というより、それくらいじゃあ足りない。どうせなら殺すつもりでやってくれ」

 

 

 

「この程度のことで豪炎寺修也が死んでしまうなら、俺は所詮その程度の器だったってことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段は物静かな無人島に、断続的な轟音と咆哮が響き渡る。シュウの化身である〈暗黒神ダークエクソダス〉が己の武器である斧を縦横無尽に振り回し、破壊を振りまく。その一振り、一撃が大地を抉り、木々を薙ぎ倒し、大気を震わせる。

そんな破壊の嵐の真っ只中で、今尚形を保ち続ける人間が1人。

 

「おおおおおおッ!!」

 

頭上から振り下ろされる戦斧の刃に豪炎寺が気を纏わせた両手を添えて受け流す。少しでもタイミングがズレれば諸に斬撃を食らう神業を当たり前の様に成功させ、斧は豪炎寺の体を捉えることなく大地へと向かい盛大に土煙を巻き上げる。

 

「──ッ!!」

 

しかし、受け流したはずの豪炎寺も無傷という訳ではない。直撃こそ避けたものの、斬撃の風圧によって皮膚が裂け、腕から鮮血が舞う。

いや、よく見れば血を流しているのは腕だけではなく、ここまでの攻防の中で幾度と無くダークエクソダスの攻撃を往なし続けてきた豪炎寺の全身は傷だらけで、見に纏っているユニフォームにも血が滲んでいる。

普段の豪炎寺ならばこの様な状況にはなり得ない。ダークエクソダスの斬撃によって生じる風圧など、その身に纏う膨大な気によって無条件で体に届くことすらないだろう。だが、必要最低限まで気を落としている今の豪炎寺にそんな防御力は望めない。

 

────くそッ!想像以上にきつい!もう少し気を残しておくべきだったか!?

 

豪炎寺はシュウに海の中で炎を出し続けて消耗したと説明したが、当然ながらそれだけで短時間で豪炎寺の莫大な気を使い尽くせるはずもない。実際には炎の分身を動かす特訓を行い消耗し、それが回復し切れていないまま、連日同じことを繰り返し更に消耗していくという悪循環に陥っていたことが大きいのだが、そんな自分の行動を既に豪炎寺は後悔し始めていた。

 

「うお!?危ねッ!!」

 

雑念が混じった隙を逃さず今度は横からの薙ぎ払い。咄嗟に屈んで躱し、間髪入れずにダークエクソダスが発したオーラに吹き飛ばされる直前に自ら後方へ飛び、距離を取る。

 

────余計なことを考える余裕はない!今は集中を切らすな!走り続けろ!

 

風圧だけでダメージを負うのなら、まともに食らえばどうなるかは想像に難く無い。現在の豪炎寺の気の量では迎撃することも不可能。故にできることはなるべく大きく回避することだけであり、自分からは攻撃しないと言った手前それを破る気にはなれず、されど逃げてしまえば特訓にならなくなる。どうしてもある程度までしか距離は取れず、それが更に豪炎寺の体力を消耗させる要因となっていた。

 

しかし、そんな戦況にも次第に変化が訪れ始める。ダークエクソダスの斬撃による負傷は増え続けているが、徐々に豪炎寺が斬撃の軌道を見切り始めた。自分がどう動けばどんな攻撃が飛んでくるのか、どう避けるのが次の行動に繋げる為に最も適しているのか、斬撃の風圧がどの程度の範囲なのか。それらを無意識に、理性ではなく本能で学習し即座に生かす。

攻撃を躱しながらもシュウを森の中へと誘導し、地面に落ちている小石や木の枝など、あらゆる物を囮に使いながら、地面だけではなく周りの木々も足場にした三次元的な動きでシュウを翻弄する。

 

────もっとだ!もっと速く!!

 

未だかつて無い程に効率良く体中の気を循環させ、身体能力を強化して動き続ける豪炎寺。その頭からは無駄な思考が削ぎ落とされ、純化した意識が次に取るべき最適解を叩き出す。

自分が頭で考えるよりも先に、体が動く。シュウとダークエクソダスの次の動きが視覚化され、容易く避けれる。何時になく鮮明に自分の気を感じ、思うがままにコントロールできる。豪炎寺の意識が、全能感によって満たされていく。

スポーツの世界において広く知られる極限の集中状態───ゾーンへと突入した豪炎寺は、それと同時に自らが定めた制約すらも忘れ去った。

 

「!?」

 

ダークエクソダスが横薙ぎの斬撃を繰り出した次の瞬間、シュウは初めて豪炎寺の姿を完全に見失った。だが、それは一瞬のこと。素早く視線を巡らし、豪炎寺を見つける。

 

振り抜かれた斧の上に立ち、居合いの構えの如く、右手を腰に添えて身を捻った豪炎寺の姿を。

 

「───」

 

それを見た瞬間、シュウの頭の中で大音量で警報が掻き鳴らされる。このままでは不味い、そんな根拠のない直感に従い全力で身を捻り、それとほぼ同時に豪炎寺の右手が振り抜かれる。

微量の気を纏わせた右手が大気を巻き込み、真空の刃を生み出す。目に見えぬ刃は先程までシュウの体があった場所を通過し、背後の木を倒すまではいかずとも確かな傷跡を刻む。

それを見たシュウは躱せなければどうなっていたかを考えゾッとする。自分からは攻撃しないとは何だったのかと文句を言おうとし───目を離した一瞬の隙に迫って来ている豪炎寺の姿を目にして驚愕する。

 

「なっ!?」

 

咄嗟にダークエクソダスの斧を振るい、それを受けた豪炎寺の姿が掻き消える。否、正確には、ダークエクソダスが斬撃を放った僅か後方に豪炎寺の姿はあった。気に一切頼ることなく、体捌きのみで残像を生み出し、彼我の距離を誤認させる。普段ならば難しい身体操作の極地を、今の豪炎寺は容易くやってのける。

シュウの間合いの内側に踏み込んだ豪炎寺はシュウの体に向かって掌打を打ち込むが、シュウもただではそれを食らわない。腕を差し込みガードしつつ後方へと飛び衝撃を逃がそうとして────

 

「がっ!?」

 

豪炎寺の放った掌打がシュウの体に届くよりも早く、想像以上の衝撃を受けてシュウの体が宙を舞う。

豪炎寺が放ったのはただの掌打ではない。自らの気を筒状に空気中に形成し、それを通して掌打を放つことによって擬似的な空気砲を実現したのだ。あくまでも攻撃に用いるのは元々大気中に存在している空気であり、それによって気の消費を最低限に抑えながらも高い威力の攻撃を放つことに成功した。

 

予想外のダメージを負ったシュウだが、体勢を崩しながらも何とか倒れ込むことなく着地に成功する。だが、自分に追撃を仕掛けるべく距離を詰める豪炎寺の姿に、シュウは冷静ではいられなかった。

先の豪炎寺の攻撃には一切の躊躇が存在しなかった。どちらも少しでも反応が遅れていたら、致命傷になっていた可能性すら有り得るものだ。

 

「───ッ」

 

シュウという存在は、かつてこの島に住んでいた少年の亡霊だ。一度は死を経験してはいるが、あくまでもそれは元々住んでいた村を追放された末に野垂れ死んだだけであり、何か外的な要因によって死に至った訳ではない。狩りなどは勿論命懸けではあるが、ここまで死の可能性を身近に感じたことはない。その恐怖が、シュウの精神を蝕んでいた。

 

「あああああぁぁッ!!」

 

感情の昂りと共に吹き上がったオーラで豪炎寺を吹き飛ばし、今まで確かな理を持って振るわれていたダークエクソダスの斬撃が、滅茶苦茶な軌道を描く。

 

────これは、動きが……!!

 

ここまでの戦いの中でシュウの動きを分析し、高精度の先読みを実現していた豪炎寺にとって、半狂乱に陥ったシュウが放つ無秩序な攻撃は、今までのものとは比べ物にならない程に対応しにくいものへと変貌していた。

 

振り下ろされる一撃目を躱し、二撃目の横薙ぎの一閃を掻い潜り、返しの三撃目も何とか受け流すが、ここで足を滑らせ大きく体勢を崩してしまう。そこに容赦無く振り下ろされる四撃目。

 

「くっ……!?」

 

無理な体勢ながらも攻撃を受け流そうとした豪炎寺だったが、体勢が崩れているが故に足元の踏ん張りが効かず、タイミングも僅かにズレてしまっていた。

その結果、攻撃を受け流す為に刃の側面に触れていた右手の指が骨が砕ける音と共にあらぬ方向に折れ曲がる。更には軌道を逸らし損ねた刃が右肩口を捉えその肉を抉り飛ばす。そのまま振り下ろされた斧が巻き上げる土煙と共に血飛沫が飛ぶ。

 

「─────ッ!!」

 

今までに感じたことのない激痛に、豪炎寺が苦悶の表情を浮かべる。集中が途切れて足が止まってしまう。だが、このまま痛みに悶えている余裕などない。豪炎寺はダークエクソダスが再び攻撃体勢に入っていることに気づいていた。

 

────この気の動き……今度は横からか。………よし、今……ッ!?

 

シュウの気を感じ取り、次の攻撃を予測した豪炎寺だったが、タイミングを図り回避行動に移ろうとして、眼前に迫り来る壁に目を見開く。

 

────躱……せない……!!せめて防御を……!!

 

巨大な斧の刃の側面で殴りつける。本来の用途ではないその使い方では、当然何かを切り裂くといったことはできない。だが、もはや巨大な鈍器と化していると言っても過言ではないその使い方は、今の豪炎寺に致命傷を与えるには十分過ぎる威力を持っていた。

 

豪炎寺も咄嗟に腕を交差し、防御体勢を取っていたものの、そんなものでは焼け石に水。ダークエクソダスの斧が豪炎寺を捉え、その衝撃に防御に使った両腕の骨が粉々に砕け、それでも尚殺し切れない衝撃が豪炎寺の全身を貫く。

そのまま勢いを殺さずダークエクソダスが斧をアッパースイングの如く振り抜き、豪炎寺の体は天高く打ち上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────う……ごほッ!?」

 

喉元から何かがせり上がってくる気持ち悪い感覚に、途切れていた意識が強制的に引き戻される。視界に映る赤色に、自分が今吐き出したものが血であることを理解すると同時に、今の状況を思い出す。

 

ダークエクソダスに吹っ飛ばされた俺は、どうやら随分な高さまで到達しているらしい。この高さから下手な落ち方をしたら、今の状態では怪我どころでは済まないだろう。それを考えれば、空中で意識が戻ったのはかなり運が良いと言える。

 

────しかし、良い一撃を貰ったな。マジで死ぬかと思った……。

 

防御が間に合っていなかったらと思うと恐ろしい。まあ、その防御に使った腕はボロボロで感覚が無いし、吐血したということは体の内側にも何かしらのダメージがあるかもしれないが、今は生き残れたことに感謝するべきだろう。

 

────ん?

 

そんな風に思っていた俺だったが、地上から激しい気の高ぶりを感じて、何とか視線を下に向ける。そこには、膨大な気を斧に纏わせ振りかぶるダークエクソダスの姿があった。

 

────おいおいおい!!まさかあれぶっ放すつもりか!?

 

構えは違えど、あの気の高ぶりから考えてあれはダークエクソダスの化身技である〈魔王の斧〉に違いない。空中では身動きが取りづらいし、そもそも今の状態ではあれを迎撃する力もない。正直まともに食らったら本気で死ぬと思う。

 

「待っ───!!」

 

待ってくれ、そう叫ぼうとしたが、言葉にならずに噎せてしまう。そういえば、今まで集中するあまりにきちんと呼吸ができていなかったかもしれない。いきなり大量の空気を送り込まれた肺がまともに働かないのも当然か。

そして、今ので微かに維持できていた集中も完全に途切れた。さっきまで感じていた全能感は無くなり、アドレナリンの過剰分泌で疲れを感じていなかった足は、それを自覚した瞬間から痙攣して言うことを聞かなくなった。

 

腕も足も動かず、僅かに残った気ではこの場を打開する方法も思い付かない。

頭から地面に真っ逆さまに落下していく俺に向かって、無慈悲にもダークエクソダスの斧が振り下ろされる。

 

俺に迫り来るその一撃は、何故か驚く程にゆっくりと見える。それが何なのかと一瞬考え、これが俗に言う走馬灯というやつかと理解する。そして、それを自覚すると共に、脳裏にこれまで体験した出来事が浮かんでは消えていく。

文字通りの命の危機。それを何とかする術を、どうにかして記憶の中から掘り起こさなければならない。

 

必ず、必ず何かあるはずなんだ。そうだ、あれは確か────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『気のコントロール?』

『そう。コントロール』

 

世宇子との決勝戦の前に円堂と特訓していた時、魔神の出し方について口論になった後、帰り道の途中で急に円堂がそう切り出したんだ。

 

『ちょっと考えたんだけどさ、魔神を出すっていうのは気を魔神の形にするってことであって、お前が詰まってるのはそこじゃないかと思うんだ』

『でも俺も結構使える技は多いぞ?多少は気も扱えると思ってるんだが?』

 

今思えば完全に他的外れで、気の扱いも全然できていない訳だが、この時はそうは思っていなかった。〈レーヴァテイン〉や〈スカーレットハリケーン〉も習得して、それなりに自信を持っていた。

 

『まあ、それはそうなんだけどさ?やっぱり明確な形がある物を気で作ろうとするのって炎を出したりするのとはまた違うと思うんだ』

『そう言うもんか……ん、でもレーヴァテインはどうなるんだ?あれは剣だし、形のある物だろ?』

『あれは面積も小さいし、形も簡単だからそこまで細かいコントロールは要らないと思う。けど魔神はそうじゃない。人型だから形も曲線的な所が多いし、指とか顔とか筋肉の具合とか、そういう細かい所は相応のコントロールがないと作れないはずだ』

『………別にそんな細かい所、ちょっとくらい適当でも大丈夫なんじゃないのか?大切なのそこじゃなくね?』

『確かに少し形が崩れてたとしても、技として発動することは可能だろうな。だけど、お前が完成系としてイメージしてるのは原作の爆熱ストームだろ?なら、そこから崩れればその分だけ技としての完成度は下がる』

 

この話をしてる時、俺は話の内容を完全に理解できているとは言い難かったと思う。炎なんて出そうと思えば出せるし、他人の気を感じ取ることだってできた辺り、俺と円堂じゃこういう感性も違うのだろう。

 

『俺だって体が覚えてる部分もあるから、マジン・ザ・ハンドを出す時に一から十まで意識してコントロールしてるって訳じゃないけど、それは魔神を出せるのが前提の話だ。お前の場合はまだその段階に達してないんだと思う』

『そう……なのか?』

『ああ。だから、まずお前がやるべきなのは自分の気を感じて、それを自由に扱えるようになること。例えば、そうだな………流れるプールとかイメージするといいかもな』

『はあ?流れるプール?なんだそれ』

『別に馬鹿にしてる訳じゃないって。いいから聞け。プールを体、その中の水を気だと考えるんだ。流れと同じ方向に水を掻き混ぜたらどうなると思う?』

『どうって、流れに沿って混ぜるんだから流れが速くなるんじゃないのか?』

『そうだな。じゃあ流れとは反対向きに掻き混ぜたら?』

『………なんて言えばいいんだ?流れが相殺されるというかなんというか』

『イメージできたなら無理に言葉にしなくてもいい。プールの水と気は同じだ。無理に動かそうとしても上手くは動かせない。気の流れを掴んでそれに逆らわないように動かす。まあ、慣れてきたら話は変わってくるけど、少なくとも最初の内はそういう風に考えるのが良いと思う』

『気の流れ……ねぇ』

 

『まあ、俺が言ってることが絶対に正しいって保証は無いし、お前なら何も考えずにどうにかしちまいそうな気もするけどな。けど、お前がいつか壁にぶつかった時のヒントくらいにはなるんじゃないか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────気の流れ。流れるプール。

 

自分の体の内側に意識を向ける。感じる気は、普段とは比べ物にならない程に小さく、頼りない。けれど、今はそれが好都合。

 

────ああ、なんだ。そういうことか。

 

気の流れが分からなかったのは、それを感じ取る力が低いのではなく、体内の莫大な気の全てを知覚し切れていなかったから。

分からないから、本来あるべき流れを無視して大量の気で無理矢理流れを作っていた。効率が悪いのも当然の話だ。

 

体内に流れる気に意識を傾け、ほんの少しだけ流れに沿うように操作する。そうすれば、今までが何だったのかと思う程にスムーズに、かつ高速で気が全身を循環していく。

感覚さえ掴んでしまえば、後はどうとでもなる。少なくとも、この気の量であれば、今の俺でもそれなりにコントロールすることができる。

 

引き伸ばされた意識の中で、今も尚迫り来るダークエクソダスの斧の軌道上に、都合五枚の極小サイズの円形の盾を生成する。

それと同時にゆっくりとしていた時間が普段の速さを取り戻し、一枚目の盾を斧が砕き割り、一切勢いが弱まることなく二枚目、三枚目も粉砕される。四枚目の盾も粉々に砕け散り────五枚目にしてほんの僅かに、斬撃の速度が弱まる。

とはいえ、それは常人であれば知覚することすら不可能なレベルの瞬きにも及ばぬ刹那の猶予。しかし、今この瞬間においてはその刹那が生死を分ける。

 

今の気の量では、攻撃を完全に防ぎ切るだけの硬度を持った盾を作ることなど不可能。気を集中させて防御力を高めても、ボロボロの体を僅かばかり強化したところで殆ど意味をなさない。つまり、端から防御することを考えるだけ無駄なのだ。故に、今考えるべきはこの斬撃をどう受けるかに他ならない。

骨が砕けた腕は論外、痙攣して動かない足は下手な受け方をすればちぎれ飛ぶ可能性すら有り、サッカープレイヤーとしてはこれも有り得ない。ならば胴体で受けるのかと問われればそれも否。この威力の攻撃を諸に受けては、恐らくは内蔵が潰れて致命傷になる。

ならばとんでもない賭けにはなるが、俺の浅知恵で考えついたこの場所に全てを掛ける。

 

一瞬の内に強引に体勢を変え、斬撃を頭頂部、つまり頭蓋骨で受けにいく。何となく硬くて分厚そうなイメージがあるのと、体勢的に最も均等に衝撃を全身に分散させることができると考えてのことだ。

 

果たして、首が千切れたかと思う程のとんでもない衝撃と共に、俺の体は砲弾の如く吹き飛ばされた。薄れゆく意識の中で自分が賭けに勝ったことを確信し────そこから地獄が始まった。

 

掠れた意識が地面に叩きつけられた衝撃で強制的に引き起こされ、地面との摩擦で皮膚が捲れ上がる激痛に意識を失い、折れた木の枝が腹に突き刺さった拍子に意識を取り戻し、岩に叩きつけられた足の骨がへし折れた衝撃で再び気絶し、何度も地面や樹木に跳ね返る内に肋骨が折れた痛みで再度覚醒する。

 

自分がどうなっているのか全く理解ができないまま、覚醒と気絶を繰り返し、それが幾らか続いた後、ようやく地獄は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この無人島の中でも上位に位置するであろう大きさの大木に寄り掛かるように、一つの人影があった。

その様子を観察してみれば、常人であれば悲鳴を上げてもおかしくない惨状がそこにあった。

まず、頭部からは夥しい量の血が流れ、顔を赤く染め上げている。そして、血が流れているのはそこだけでなく、太い木の枝が突き刺さった腹部や肉が抉れた肩からは今なお血が溢れ、一部の皮膚は痛々しく捲れ上がり、全身に無数に刻まれた切り傷からも血が滲んでいる。

文字通りの血の海に沈んでいるその光景のインパクトに意識を持っていかれて気づきにくいが、外傷以外にも右足はおかしな方向に折れ曲がっているし、変色している両腕は骨が粉々に砕けている。加えて肋骨も折れている他、全身に数十ヶ所の打撲と内出血。

もはや何故生きているのかも不思議に思える程の瀕死の状態に在りながら、それでも豪炎寺修也は凄絶な笑みを浮かべていた。

 

────掴んだ。

 

行き詰まっていた気をコントロールする感覚。それを知ることができたのは、豪炎寺にとって望外の成果だ。

この状態から全快するには、いくら豪炎寺と言えどもかなり時間が掛かることだろう。一週間、二週間、もしかしたらそれ以上に掛かるか、豪炎寺自身にもそれは分からない。

だが、傷が癒えてからの特訓の効率は今までの比ではない程に向上することだろう。

 

薄れゆく意識の中、豪炎寺は最後の力を振り絞り、骨が砕けた腕を持ち上げて腹部に刺さった枝を引き抜く。それによって腹からは更に血が噴き出すものの、すぐに傷口を焼いて強引に止血する。特に出血の酷い頭と肩を同じ様に止血し、遂に気も使い果たす。

 

限界を迎えた豪炎寺の意識が途切れる。だが、意識はなくとも本能が豪炎寺を生存させるべく、全力を傾ける。気は回復した側から全て傷の治癒に向けられるだろう。恐らく全快するまでは意識が戻ることはない。

 

 

 

更なる強さを求め、怪物は一時の眠りに就いた。

 




なおこの後我に返って探しに来たシュウに何故これで死んでいないのかとドン引きされる模様

次回からはまともなイナイレに戻るのでご安心を。


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バックアップチーム

た だ い ま。
鬼道視点の短めの箸休め回。
更新止まってる間に感想や評価してくれた人達ありがとうございます。
感想返せてませんけどちゃんと見てます。
少しずつ更新していけるように努力します。


 

イプシロン戦の後、京都から東京へ向けて走り出したキャラバンは一晩の休息を挟んで稲妻町へと帰って来ていた。

ジェミニストーム、プロミネンスと敗北が続く中で漸く掴んだエイリア学園を相手にしての勝利の余韻は未だに残っており、車内の空気は明るい。円堂がチームを離れ、一時は最悪の状態だったチームがよくここまで持ち直したものだ。

とはいえ、いつ爆発するか分からない爆弾は今も尚チームの中にあるのだが。

 

俺は隣に座る吹雪に視線を向ける。腕を組んで目を瞑っているが、眠っている気配はないので視線に気づいてはいるのだろう。その上で無視しているだけだ。

誰にも気づかれないように小さくため息を吐く。

北海道での一連のやり取りから今まで、吹雪の行動は結果的に見ればチームにとってはプラスになってはいる。だが、それはあくまでも結果論でしかない。相手選手の尊厳を踏みにじって高笑いするような輩は、どう考えても雷門というチームの性質とは噛み合っていない。戦力さえ整えば、チームから外れてもらうことも視野に入れておいた方がいい。

風丸や監督がどう考えているのかは知らないが、少なくとも1人くらいはそういった視点の考えも持っておくべきだろう。

 

「古株さん、停めてください!」

 

そんな思考は、土門が発したその言葉に遮られた。何気なく窓の外を見てみれば、土手の下には丁度河川敷のグラウンドがあり、そこに何人かの人影が見える。

 

 

「ダークトルネード!!」

 

雷門のジャージを着た銀髪の男が、嫌という程に見なれた自身もよく使う技を放つ。

 

「スピニングカットV3!!」

 

対して、シュートの軌道上に立ち塞がった青いバンダナとドレッドヘアーが特徴的な男は、勢い良く右足を振り抜き、それによって生じた衝撃波の壁が、銀髪の男が放った〈ダークトルネード〉を完璧に弾き返した。

 

「良いぞ、西垣!シャドウも良いシュートだったぞ!」

 

ゴール前に立つ、スキンヘッドに幾つも棘が生えたような独特な髪型をした長身の男が2人に声を掛けている。

 

 

「やっぱり西垣だ!」

「御影の杉森と……誰だあいつ?」

 

西垣とは親交のある土門と、風丸もそれについて行き河川敷のグラウンドへと降りて行く。

そういえばこんな展開もあったな、と俺は原作アニメの記憶を思い返す。バックアップチーム、だったか。エイリア学園と戦う雷門を支援する為に、有志によって作られた存在。原作では杉森とシャドウの2人だけだったが、西垣もいるのはバタフライエフェクトの結果か。

 

「今のは……ダークトルネードか?」

「おいおい、技パクられてんじゃんかよ、鬼道クン?」

 

源田はシャドウが〈ダークトルネード〉を使ったことに驚いているようで、その隣からは不動が冗談交じりにそんな言葉を掛けてくる。それを聞いた俺の心境は正直、何とも言えないものだった。

不動は俺の技をシャドウが真似たと言うが、どちらかと言えばそれは逆だろう。

"天才ゲームメーカー"ではなく、ストライカーになると決めた時、必要だと感じたのは個人でのシュート技だった。

原作での鬼道は、強力な連携シュートの多くに絡んでいるという点で見れば決定力も備えた選手ではあったが、個人で放てるシュート技は持っていなかった。だがゲームメーカーではなく、ストライカーとして大成する為には連携技だけでは足りない。時には自らの力のみで強引に点を奪いにいくことも重要だと俺は考えた。そして、数あるシュート技の中から〈ダークトルネード〉を習得することを決めた。

その決断に、特に大きな意味はない。鬼道有人という人間が使っていて違和感が少なく、それでいて比較的早い段階から習得が可能であると判断した技が〈ダークトルネード〉であったというだけ。

本来であれば、鬼道有人の代名詞ではなく、シャドウが編み出した技と認識されるべき技なのだ。

 

「……騒ぐ程の事でもないだろう。そこまで複雑な技でもないんだから、使える奴がいても不思議じゃない」

 

シャドウが〈ダークトルネード〉を習得したのがいつかは知らないが、仮に本当に真似たのだとしても目くじらを立てる様なことでもない。同じ技でも使い手次第で強くも弱くもなる。大切なのはきちんと自分の物にできているかどうかだ。

 

「誰だあいつらは」

「御影専農の杉森と木戸川清修の西垣。過去に雷門と対戦したチームの選手達だ。もう1人は知らないが」

 

いつの間にやら窓の外に視線を向けていた吹雪からの質問に、シャドウのことは周りの目があるので誤魔化しつつ答える。

それを聞いた吹雪は少し考えた後、杉森達の事に思い至ったのか、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 

「ああ、あの負け犬共か」

「おい、そう言う言い方はよせ」

「事実を言って何が悪い。お前とてあの負け犬共の末路を知らん訳ではあるまい」

「……お前が何を指してそう言っているのかは想像がつくが、まだそうなってはいないし、今話すことでもないだろう」

「ふん……どうだかな」

 

吹雪はそれで杉森達に対する興味を無くしたようで、再び座席に身を預けて目を閉じる。

若干不穏な会話ではあったが、それほど大きな声ではなかった為、周りには聞こえていなかったようだ。

 

そしてこのタイミングで風丸と土門が戻って来る。風丸の話によると、予想通り杉森達はバックアップチームとして動いているらしい。

原作では居なかった西垣については円堂が連絡を取っていたそうだ。フットボールフロンティアでは曲がりなりにも豪炎寺と渡り合った選手。実力的には申し分ない。

正直な所、原作では欠片も役に立たないどころか、利用されて敵になったりとむしろ足を引っ張っていた印象があるが、現在のチームの層の薄さを考えれば杉森達も連れて行った方が良いことは間違いないのだ。

監督がどういう考えでいるかは知らないが、バックアップチームのような存在があるに越したことはない。

 

その監督は、風丸から杉森達と練習する約束を取り付けてきたという話に対してあっさりと許可を出した。

そこで杉森達を見定めるつもりなのだろうか。どうせ練習するにしても、移動の手間を考えれば場所は河川敷のグラウンドになることは容易く予想できる為、こちらとしても異論はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は一度雷門中に戻り、雷門理事長と話した後はもう夕方だった為、今日はここで解散となった。塔子や吹雪はどこで寝泊まりするのかという問題が上がったが、塔子は木野の家に泊まることになったらしい。

 

「此処か?権力者にありがちな無駄に見栄を重視した建築だな」

 

そして誰も引き取ろうとしなかった吹雪は俺に押し付けられた。鬼道の邸宅を見て早速毒を吐いているが、こいつはこういうことを言わないと気が済まないのか。正直、こいつを泊めたらストレスが凄そうだったので断りたかったが、流石に適当なホテルに突っ込めばいいという案は却下された。

ならば監督が面倒を見ればいいとも提案してみたが、監督は無言で目を逸らした後、チームワークがどうのと言い訳地味たことを言い出したので、余程嫌だったのだろう。まあ、吹雪は吹雪でその提案を聞いた途端、監督に対する罵倒を繰り出していたので気持ちは分からないでもない。

 

………とにかく、一晩だけの我慢だ。流石の吹雪も少しぐらいは遠慮というものを知っているだろう。行き過ぎた行動は控えるはずだ。

 

 

 

尚その後、行動は控えても案内された部屋や夕食に対する批判という名の口撃が止まらなかったのは言うまでもない。

そのせいで鬼道は自宅に帰ってきたというのに、これまでにない程の居心地の悪さを感じながら夜を過ごしたのだった。

 



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