ありふれた調律者は異世界にて (凡人EX)
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プロローグ

見切り発車が大好きな凡人の作品です。
よろしくお願いします。


 遠ざかる光を見ながら、少年は奈落へと落ちていく。上から少年を呼ぶ声が聴こえる。

 

「やはり、甘いな」

 

 その声の主を想いながら、目を閉じる少年。光が遮断され、声もまた遠ざかる。意識が闇に溶けていく錯覚に酔いしれる。

 

「……このまま果てるのも、嗚呼、良い物だろうな」

 

 望みにも近い呟き。だが、彼は自嘲する。何せ、奈落に落ちたところで死ぬことは無い。

 

 しかし、地面に着くのはかなりの時間がかかるだろう。その間に彼は、自分が奈落の底へ向かうまでの事を思い返し始めた。

 

 

 ───────────────────────

 

 月曜日。この言葉の響きで憂鬱を感じる者はどれほどいるだろうか。少なくとも、惰眠を貪る事を含め、己の好きな事をしていた者は、その自由から離されてまた縛り付けられる事を恐れるだろう。

 

 そんな日に、虚無を湛えたような光無き瞳の少年が、一路高校へと向かっていた。

 

 傍から見れば、宿題でも忘れたか、テスト勉強でもし忘れたか、はたまたその両方か。

 そんな憂鬱を通り越してもはや絶望を感じているのかと思われるが、この少年、虚時(うろじ)カムラを知るものからすれば、平時と何ら変わらないと答えるだろう。

 

 事実として、カムラにとっては月曜日の憂鬱なぞ無いも同じである。目が全てを飲み込まんとする漆黒なのも生まれつきだ。

 

 そして、一言も発する事無く、まるでそれが世界の摂理であるかのように、学校に入り、そして教室へと歩いていく。教室の扉を開ければ、これでもかと注目を浴びる。

 

 その目線には、恐怖・嫉妬・侮蔑。快いとは言えぬ感情ばかり浴びる事となったが、カムラはそれに一瞥もくれる事無く席につき、鞄から文庫本を取り出して読み始めた。

 

「おはよう、虚時君! 今日もギリギリだね、もっと速く来ようよ」

 

 と、挨拶をしながら彼の目の前にやって来る女子生徒。彼女の名は白崎香織(しらさきかおり)。学校内で二大女神と呼ばれる、男女問わず高い人気を誇る美少女である。

 

 腰まで届く艶やかな黒髪、少し垂れ気味な優しい瞳、スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

 

 常に微笑を絶やさない彼女は、非常に面倒見が良く責任感が強いため学年問わずよく頼られる。それを嫌な顔せず真摯に受け入れる辺り、高校生とは思えない度量の深さである。

 

「…………」

 

 そんな彼女をチラッと見はするが、それ以上何を言うでもなく、視線を活字に戻すカムラ。その態度にクラス中から怒りをぶつけられる。

 

 何故話しかけられたのに無視するんだ! とか、そんな事を思っているのだろう。

 

「……えっと、虚時君? もしかして元気ない?」

 

 不安気にカムラの顔を覗き込みながら聞く香織。カムラはその目をまたチラッと見て溜息をつき、「問題無い」と無愛想に答えた。

 

 彼女はよくカムラをかまう。授業をあからさまに聞いていない彼を良く思っていない生徒は多く、それを心配した心優しい香織が面倒を見ている。と、少なくとも他の生徒達には思われている。

 

 なお、カムラの成績はトップである。

 

 しかしながら、カムラの態度が改善される様子は一切見受けられない。そこでまた反感を買っているのだ。

 

 容姿の方は、それこそ香織に負けないほど長いオールバックの黒髪、漆黒の瞳を含め、二次元から飛び出てきたのかと思われるほどに“美しい”。

 

 その雰囲気は何処か寂しげで憂いを帯びており、ミステリアスな人物像が出来上がっている。詩のような、もしくは舞台役者のような独特な言い回しも、魅力に映ってしまうほどに。

 

 しかし、成人男性を精神病院送りにした、といった噂を耳にすることも多いため、女神と例えられる香織には相応しくないと考えられている。

 

(噂に関しては大体合っているし、やり過ぎなのも否めないが、その全てにおいて彼は寧ろ被害者側である。つまり正当防衛の範疇なのだ。先の例で言うなら、件の成人男性は彼を襲った通り魔である)

 

 そんなカムラが香織にかまわれているという事実が、男子生徒達に嫌われている理由だ。女子生徒達は単に、香織が世話を焼いているというのに態度を改善しない事に腹を立てているのだろう。

 

 先の噂があるため、声を大にしてそれを言う者は例外を除いて居ないが。

 

「そう? よかった〜……あ、虚時君、寝癖ついてるよ」

 

 と、香織は櫛を取り出してカムラの髪を梳かし始める。カムラは何も言うことなく、左手に持った文庫本のページを、親指のみで器用にめくる。

 

 何も言わないという状況を、少なくとも嫌われてはいないと解釈した香織は、鼻歌を歌いながら楽しげにカムラの髪を整えていく。

 

「虚時君、おはよう。毎朝大変ね」

 

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、香織は本当に優しいな」

 

「全くだぜ。そんなやる気ないやつにゃあ何言っても無駄だと思うけどなぁ」

 

 そこに、3人の男女が近づく。香織の親友達だ。

 

 唯一挨拶した女子生徒は八重樫雫(やえがししずく)。キザなセリフで香織に話かけた男子生徒は天之河光輝(あまのがわこうき)。そして投げやりな言動の男子生徒は坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)

 

 龍太郎は一切の覇気を感じさせず、自分達に目もくれずただ本を読んでいるカムラを見て、苛立ちを込めて鼻を鳴らし、光輝は大変だねとでも言いたげに香織を見る。

 

「虚時、いい加減その態度を直すべきじゃないか? いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だっていつまでも君にかまっていられないんだから」

 

「え? 私は虚時君にかまっていたいけど?」

 

「え? ……ああ、本当に、香織は優しいよな」

 

 香織のキョトンとしたような言葉は、光輝の中でカムラに気を使って言った事になったらしい。基本完璧超人な光輝だが、自分の正しさを疑う事が無いという悪癖がある。彼が白と言えば黒でも白となる環境であるのも拍車をかけている。

 

「……ごめんなさいね? 二人共悪気は無いのだけど……」

 

 この中で最も人間関係や心情を理解している雫が、カムラにこっそり謝罪するが、カムラは一切聞いておらず、ただ本を読んでいる。

 

「……おい、虚時。聞いているのか?」

 

 それにしびれを切らした光輝が、少し声を荒らげる。ここでようやくカムラは光輝の方を見て、口を開く。

 

「……魚よ、何故陸に上がるのか。貴様らの居場所は海だろう。飢えた者もいないと言うのに、わざわざ自らの身を捧げるか」

 

「……何を言っているんだ?」

 

「……真意は隠されてこそだ。わざわざ語るなどということはせん。席に着け、授業が始まるぞ」

 

 ……カムラは難解な言い回しが多く、誰に対してもそれを崩すことは無い。それがまた近づき難い要因となっている。今回もそうなり、意味が分からないため詰め寄る光輝だったが、すぐにチャイムが鳴って先生がやって来たため、カムラの周りにいた4人も席に戻った。

 

 

 ───────────────────────

 

 時は移り昼休み。授業中も、先生に当てられて問題に答えるときも本を手放さずにいたカムラ。途中で読み終えたらしく、新しい本になっている。

 

 そんな彼でも昼食は流石に抜けないのか、本を閉じ、こった首を伸ばしながら欠伸をして席を立とうとした……

 

「あ、ねぇ虚時君。よかったら一緒に食べない?」

 

 ところで香織に話しかけられた。本を閉じてしまった以上無視もできないので、とりあえず断る。

 

「私は学食だ、貴様も知っていよう」

 

「あ、そっか。でも、お金勿体なくない? よかったら作ってこようか? 味はいいと思うよ?」

 

「……ふむ」

 

 が、香織は退かない。敵意が集まる。カムラは思わず周りに分からない程度に眉をひそめた。敵意を向けられる不快感からではなく、香織の行動が解せないからである。

 

 何故ここまで自分にかまうのかが不思議でならないが、それを口にしたところで答えは変わらないだろう。「虚時君にかまいたいから」と、にこやかに言うのだ。毎回。

 

 ただ、香織の提案はカムラにとっても魅力的なものだった。思考の海に沈む程度には。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。虚時は眠たいみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけながら食べるなんて、俺が許さないよ」

 

 光輝が近づき、これまたキザなセリフを吐く。しかし、彼のイケメンスマイルもセリフも、天然が入った香織には効かないらしい。キョトンとしてしまっている。

 

「え? 何で光輝君の許しがいるの?」

 

 その言葉に思わず吹き出す雫。光輝も困ったように笑いながらあれこれ話している。その間もカムラは思考を巡らせており、動かない。

 

 とある男子生徒が近くに来てカムラを昼食に誘っていたが、カムラに制止されて帰っていった。それに気づいた者はいない。

 

「……少女よ、貴様、名は何と言ったか」

 

「……名前、覚えてくれてなかったんだ……香織だよ、白崎香織」

 

「そうか。香織よ、貴様の提案は興味深い。迷惑でなければ明日一度頼めるだろうか」

 

「え」

 

「ではな」

 

 カムラが誰かの提案を飲んだ、という事実に驚愕している香織達をよそに、カムラは足早に自分を呼んだ男子生徒、遠藤浩介(えんどうこうすけ)の元へ行こうとした。が、直ぐに立ち止まる。

 

「……灯台もと暗しとはよく言ったものだ。安寧が崩れ去るのも、常に足元からなのだな」

 

 と、光輝を向いて言った。その視線は、光輝の足元を見ている。そしてすぐ、純白に輝く円環と幾何学模様がカムラの視線の先に現れた。いわゆる魔法陣というやつだ。

 

 その異変には誰もが直ぐに気づき、魔法陣を注視する。否、金縛りにあったかのように目を離せない。その輝きは徐々に強くなっていく。

 

 魔法陣が、自分達の足元にまで広がったところで、ようやく異常事態に悲鳴をあげる生徒達。未だ教室に残っていた愛子先生が咄嗟に「皆、教室から出て!」と叫ぶと同時に、光が爆発し、教室を覆った。

 

 数秒、数分経って光が無くなった時、教室には、蹴倒された椅子や食べかけの弁当、散乱する箸やペットボトル、そして備品。混乱の跡を残して人だけが消え去っていた。

 

 後にこれは、白昼の高校で起きた集団神隠しとして世間を騒がせることになるのだが、それはまた別の話だ。




ま〜た複雑なのに手を出しちゃったよコイツ……

頑張って続けていきますので、お楽しみに。


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調律者は異世界へ

オリヒロをぶっ込んでみたくなる病。これだから見切り発車は辞められない。

尚、ロボトミー絡みの設定は憶測に過ぎませんので悪しからず。


 眩い光の中、虚時はただ警戒していた。光が収まり、真っ先に辺りを見回す。

 

 一番に目に入ったのは壁画。縦横10メートルはあるその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。

 

 背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。

 

(……なるほど、美しい。芸術には疎いが、素晴らしい物なのだろうな。醜い支配欲を押し出しているモデル、そしてそれを如実に表現した絵師には賞賛を送りたいものだ)

 

 そんな事を思うカムラ。彼の考える通り、芸術作品としての価値は確かに高いだろう。しかしよく見れば、どうにも胡散臭さが漂っており、何とも言えない。

 

 壁画から目を離して再び辺りを観察する。教室にいた者が全員、大きな広間の様な場所にいる。

 

 大理石で出来た荘厳な大聖堂、その最奥の台座にいるらしい。そして目の前には、白地に金の刺繍がなされた法衣を着た三十ほどの人間が、祈りを捧げるように跪いている。格好と状況、傍らの錫杖から、祈祷師か何かだろうか。

 

 その内、より豪華な法衣を纏う老人が前に進み出た。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 覇気の強い老人、イシュタルはそう言い、好々爺然とした笑みを見せた。

 

 

 ───────────────────────

 

 場所は移り、10メートルはあるテーブルが幾つも並ぶ大広間。ここも中々どうして煌びやかなものだ。晩餐会でも催す場所なのだろうか。

 

 生徒達は、上座に近い所に愛子先生と光輝達四人が座り、あとは取り巻き順に座っている。カムラは最後方で、一緒に持ち込めたらしい文庫本を開いている。

 

 思考が現実に追いついていないのか、イシュタルが事情を説明すると言ったからか、あるいは光輝が落ち着かせたからか。誰一人として騒ぐ事はなかった。

 

 教師より教師している光輝に、愛子教諭は泣いていた。

 

 全員が着席したと同時に、メイドがカートを押しながら入ってきた。ファンタジーそのまんまなメイド達に目を奪われる男子達。それを冷ややかな目で見つめる女子達。

 

 カムラは最初興味を示さなかったのだが、自分に飲み物を給仕した、同い歳程の少女を見て、驚いたように目を見開いた。

 

 そのメイドが離れようとした際、カムラは、

 

「……覚悟に満ちた眼をしているな。貴様、名は?」

 

 と問うた。少女も、何者にも興味を持たなそうなカムラに名を聞かれた事に驚いたが、直ぐに取り繕い、

 

「メル・パーシマリイと申します」

 

 と答えた。カムラはそれに対して頷き、

 

「また会うことになるだろう。私は貴様が気に入った」

 

 と言った。メルと名乗った少女は一礼し、持ち場に戻って行った。一連の流れを見ていた香織の背後には、般若のような物が立っていた。雫は震えていた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 

 ───────────────────────

 

 そうしてイシュタルが語ったのは、どうしようもなく勝手で、ある意味当然で、故にとても面白みのない話だった。

 

 この世界の名はトータス。人間族、魔人族、獣人族という三つの種族がいる。

 

 人間族は北一帯を、魔人族は南一帯を支配しており、獣人族は東の巨大な樹海にてひっそりと暮らしているそうだ。

 

 人間族と魔人族は、何百年も戦争をしている。一人一人が強力な力を持つ魔人族に対し、数によって対抗していた人間族。膠着が続いていたが、近年異常事態が発生した。

 

 トータスには、魔物という一種の災害のような存在する。生態の詳細は不明なのだが、野生動物が魔力を得て変異した異形だと言われている。そんな彼等は種族固有の強力な魔法を扱うため、害獣として恐れられている。

 

 魔人族がそれを使役しているというのだ。本能のままに動く魔物を使役するのは、せいぜい一、二匹程度だったのだが、それが覆ったのだ。

 

 これはすなわち、人間族の数というアドバンテージが崩されたことを意味する。つまり、人間族は滅亡の危機に瀕しているというのだ。

 

 困った人間族に、エヒトという神が勇者を召喚するという神託を下した。トータスから見て上位の世界に当たるカムラ達の世界。そこから召喚する事で強大な力を持つ事が出来るらしい。

 

 要するに、戦争に参加して魔人族を滅ぼせという事だ。

 

 これを聞いた愛子先生は大激怒。生徒を戦争に行かせるとは何事か、元の世界に戻せと猛抗議した。

 

 低身長に童顔、しかし常に一生懸命であり、空回りする姿も可愛らしいと生徒達に大人気な社会科教師、畑山愛子。今回の抗議も、「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と生徒達を和ませた。

 

 しかしイシュタル曰く、「エヒト様の力がなければ帰せない」らしい。それを聞いた生徒達は大混乱に陥った。

 

 カムラは、ここまでの話では一切反応を示さなかった。せいぜい魔物の説明を聞いて、少し郷愁に耽った程度だった。

 

 しかし、立ち上がってテーブルをバンッ! と叩いた光輝とイシュタルのやり取りに、耳を疑った。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 ……この時点で、本を閉じて俯いてしまうカムラ。

 

 龍太郎、雫、香織と、何時ものメンバーが賛同しても、クラスメイト達が当然のように便乗しても、愛子先生がオロオロしながら「ダメですよ〜」などと涙目で言っているのも、意識の外だった。

 

 カムラの異変に気付いたのは愛子先生だった。

 

「虚時君? どうしたんですか?」

 

 よく見れば震えている。本当に体調を崩したのかと心配になり、遅れて気づいた香織と共に駆け寄る。

 

「……クッ、クク、ハハハハ」

 

 右手で目元を押さえるカムラ。声も聴こえる。そして、

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 堰を切ったように爆笑する。顔を伏せていたのも、震えていたのも、笑いを堪えていたかららしい。

 

 沸き立っていたクラスメイト達は冷や水を浴びせられたかのように静かになり、急に笑い出したカムラに注目が集まる。

 

「何がおかしいんだ、虚時!」

 

 と光輝が問えば、カムラは笑いながら、何時もの芝居掛かった口調で答える。

 

「ハハハハハ! いや、中々愉快な事を言ってくれるではないか! ここまで笑うのは久しいぞ! 大海を知った蛙が飛び出したところで生きていける筈も無かろうというのに!」

 

 ようやく落ち着いてきたらしいカムラ。息を整え、更に続ける。

 

「そも、その老人が言うエヒトとやらが狂っていない保証も無かろう。この世界の人間どもの正気は、ああ、神が保証していようさ。されど、その神が正気かは誰も保証出来んだろう」

 

「質問に答えろ、何がおかしいんだ。訳の分からないことを「答えているだろうが」……は?」

 

「私は、安直に戦争へ我々を引きずり出した、貴様の浅はかさを滑稽だと言っているのだよ。戦争とは何かも知らぬのか? 殺し合いだぞ? 小説の様に、いや、物語の様に、ただ正義が悪を蹂躙するための都合のいいものでは無い。それを理解して言っているのか?」

 

 イシュタルの顔が険しくなり、クラスメイト達は青ざめる。戦争に参加する事の意味を再認識したらしい。

 

 それでも光輝は続ける。

 

「それじゃあこの世界の人達を見捨てろって言うのか!? 助けを求める人達を助けないでおけるのか!?」

 

 嘲笑う様に、カムラは答える。

 

「力無き者が助けを求めるのは当然だろう。悪い事では無い。それらを救おうという気概も認めよう。素晴らしいと賞賛しよう。しかし貴様、無関係の我々に頼り始めた時点で、この世界の人間にはもう未来は無いだろうよ。成長しきらぬ内に支柱を取られた草花は這い蹲るだけだ。それに、貴様には命を奪う覚悟も背負う覚悟もあるまい」

 

 苦しげに光輝は続ける。

 

「人間族は魔人族に苦しめられているんだぞ! 脅威に怯えながら過ごすなんて、可哀想だと思わないのか!?」

 

 態度を変えずにカムラは答える。

 

「魔人族もまた人間族に苦しめられているとは考えられんのか? 争いは同じ土台に立つもの同士でしか起きん。そういう意味では、人間族も魔人族も同じではないかね?」

 

 答えに窮するように黙りかける光輝だったが、認めないと言う代わりにかぶりを振る。

 

「いや、俺はこの世界を救う! 例えどんなに困難な道でも、俺は成し遂げてみせる!!」

 

 カムラは呆れたように、馬鹿にしたように笑う。

 

「まあ、貴様が言って変わるような人間では無いのは分かっている。精々足掻く事だな。賛同した貴様らも含めて、私は末路を見届けてやろう。無様に散るも、重荷に潰れるも、勝手にするがいい。楽しませろよ?」

 

 言うだけ言って、カムラは本を開く。静寂が訪れたが、イシュタルの問いでそれは破られた。

 

「では、貴方は我々に協力しない、という事ですかな?」

 

「さっきも言ったぞ、私は見届けると。何もせんよ。私に干渉しない限り、私も危害は加えん」

 

そう言うカムラに、イシュタルはより顔の皺を深くする。それを知ってか知らずか、カムラは思い出したように言う。

 

「ああ、もしそれが気に入らぬのなら……」

 

 カムラはおもむろに右手を掲げる。何処からか赤い光が集まっている。

 

 誰もいない場所にそれを振り下ろすと、赤い閃光が迸り、天井、壁、地面を抉った。クラスメイト達やメイド達から悲鳴が上がる。

 

 驚愕する皆に目もくれず、あくまで視線は本にあるカムラはしかし、無表情でこう言った。

 

「力で私を捩じ伏せてみせろ。この場の人間を血祭りにあげるぐらい、そう時間は掛からん私をな」




サイコパス正義マンの言動なんか分からんわ!と思いながら書いていました。

あ、主人公はぶっ壊れです。

おかしな点がございましたら、是非ご指摘ください。

凡人からでした。


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世界の秘密とステータス

書きたいことを書いてたら無理やり感が隠せなくなった凡人の作品です。


 カムラが一悶着起こしたが、そのおかげで要注意人物として教会に認識されただけで、その後は特に問題なく話が進んだ。

 

 そして今、召喚された場所である神山、その頂上にある教会から、麓のハイリヒ王国に向かっている。もし召喚される勇者達に戦闘経験が無かった時、王国で受け入れて訓練させるという事が決まっていたらしい。

 

 雲海が見下ろせる程高く、その雄大な景色に見蕩れる者が出るのも無理からぬ話である。

 

 尚、現在彼等は、ロープウェイの様に山を下る白い台座に立っている。白い台座には魔法陣が刻まれていること、直前にイシュタルが何やら詠唱していたことから、これも魔法なのだろう。

 

 すぐ側は綺麗な景色だが、落ちてしまえば確実に無事では済まない。そのため、皆中央に身を寄せている。しかし、目の当たりにした魔法に興奮を抑えきれず、騒がしい。

 

 カムラだけは、ギリギリの所に立って景色を眺めている。その漆黒の瞳には、僅かに感動が宿っているのが見える。無表情なのは相変わらずだが、何処と無く楽しげだ。

 

 雲海を突き抜け、地上が見える。山肌にせり出すように建てられた城、そこから放射状に広がる城下町、少しずつ見えてくる人々の営み。それは国と言うに相応しい賑やかさだった。

 

(……あちらから見れば、我々は正に神の使いなのだろうな。仰々しい演出だ。まあ、風景を楽しめたのは幸いか)

 

 見下ろしながら、カムラは思う。藁にもすがる思いで人々は自分達を召喚したのだろうと。必死な割に、自分達で足掻こうという気概を感じられない姿に興ざめしつつも、その眼は遠くを見ていた。

 

 

 ───────────────────────

 

 やがて台座は、王宮と繋がる高い塔に着陸した。そこから案内され、玉座の間へと通される。道中、騎士やら文官やら使用人やらが、期待や畏敬を込めた目で一行を見た。やはりというか、勇者とやらへ抱く希望は相当なものらしい。

 

 玉座の間に着くと、国王と思しき初老の男が、王妃や十歳程の金髪碧眼美少年、同じく十四、五歳程の金髪碧眼美少女と共に、イシュタルを迎え入れた。

 

 左に鎧に身を包んだ騎士達が、右には文官達が並んで佇んでいる。生徒達はその雰囲気に一部を除いてビビり倒している。

 

 と、国王がイシュタルへの挨拶をして自己紹介。国王はエリヒド・S・B・ハイリヒ、王妃はルルアリア、少年はランデル王子、少女はリリアーナと言うそうだ。

 

 次に騎士団長や宰相など、高い地位の者から紹介され、衣食住を王国が保証する事、次の日から戦闘訓練が始まる事が説明された。

 

 それが終わると歓迎の晩餐会が開かれた。

 

 カムラもごく普通に晩餐会に参加し、料理を食べていた。西洋料理に似た、しかしあまりに新しい見た目を楽しみ、舌づつみを打つ。

 

「カムラって、見た目に依らずよく食うよな」

 

「未知を探究する、いつも私がやっている事と同じだ。貴様が魔法に興奮するのと同じ事だよ、幸利」

 

 その隣には、カムラの数少ない友の一人、清水幸利(しみずゆきとし)がいた。中学校からの付き合いであり、イジメを受けていた幸利をカムラが興味を持って助けてから、気の置けない仲となっている。

 

 幸利が真性のオタクなのを知っているのはカムラを含め極少数で、カムラも秘密を(隠す気はサラサラ無いらしいが)幸利含む極少数には話している。つまり、

 

「それにしても、初っ端から暴れるとは思わなかったぜ」

 

「私は誰にも従う気は無い。“頭”も存在せぬ世界にやってこれたのだ、私の目的を果たすのに指図は要らんよ」

 

「おっかねぇなお前……」

 

 カムラの力を、その起源や彼自身の過去を含め知っているのだ。ついでに言うなら、そこそこ知り合って長いので、カムラの難解な言い回しをある程度理解出来る。

 

「……んで、お嬢様の視線を独り占めにしている事についてはどう思うよ? 羨ましい」

 

「見ているぐらいなら話しかけてくればよかろうにな。邪魔でしかないが」

 

「お前本当そういうとこだぞ! 非モテの俺への当て付けか! 白崎さんもいるってのにいいご身分だなチクショウ!」

 

「何を叫んでいるのだ貴様は」

 

「くそ、これだからカムラは……」

 

 このように、軽口を叩きあえる程度の仲である。他にも何人かいるが、それはまた別の話だ。

 

 

 ──────────────────────

 

 晩餐会は、ランデル王子が香織にしきりに話しかけたり、カムラが愛子と話したり、色々あった内に終わった。

 

 カムラは今、宛てがわれた部屋のベッドに横になっている。天蓋付きの広いベッドはフカフカで、寝心地が良い。睡眠の質を探究する姿勢はどこも同じなのだな、と感心していると、部屋の外に気配を感じた。敵意の類いでは無い。

 

「……夜の訪問は、果たして吉か凶か。貴様の話次第だろうな。隠れることは無い。恐れることは無い。私はどんな来客も受け入れよう」

 

 少し移動し、備え付けられていた椅子に腰掛け、遠回しに入室の許可を出したカムラ。どうやら伝わったらしく、扉が開けられる。

 

「……メルと言ったか。貴様がわざわざ私に用があるのなら、やはり相応の物なのだろうな?」

 

 そこに居たのは、カムラが気にかけたメイドの少女、メル・パーシマリイだった。メルは見事なカーテシーをすると、丁寧な口調でこう言った。

 

「覚えていただき光栄にございます。そして、突然の訪問申し訳ございません」

 

「謝罪はいらん。何をしに来た」

 

 突っぱねるカムラ。メルはバツの悪そうな顔になるが、すぐに戻る。

 

「……依頼です」

 

「ほう? 何を依頼するのかね。戦争に参加しろとでも言いに来たか?」

 

 茶化すように言うカムラ。しかし、メルは静かに首を振り、否定するだけだった。カムラが目を細める。

 

「……大きな力を持ちながら、戦争に反対した貴方。その力を貸してほしいのです。世界の真実を、明るみに出すために」

 

 その声や瞳には、カムラが見抜いたように、確かな覚悟が浮かんでいる。全てを敵に回しても戦い続けるというような、不退転の覚悟だ。

 

 カムラはそれを聞き、一度目を閉じる。嘗て、この様な人間を見たと、カムラは記憶している。それは、“調律者”として生きていた時の、最後の記憶。

 

 目を開いた瞬間、部屋が軋んだ。カムラから発せられた圧力は、そう誤認させるには十分なものだった。メルは気絶しかけるが、意識が闇に落ちるのを、何とか踏みとどまる。

 

「……話せ。この世界の真実とやら、実に興味深い。ただし、つまらぬなら殺す。八つ裂きにされる覚悟はしておけ」

 

 試すようにカムラは問う。その眼はしっかりと、メルの眼を見据えていた。気圧され、息を荒くし、冷や汗を流しながらも、メルは頷き、ゆっくりと語り始めた。

 

 

 ───────────────────────

 

 メルの話をまとめるとこうだ。

 

 トータスの神々は、その昔、自らの信徒を言葉巧みに誘導し、幾度となく戦争をさせてきた。

 

 それを良しとせず立ち上がった“解放者”と呼ばれた者達は、神々の住まう“神界”を突き止め、七人の先祖返りと呼ばれる強力な力を持った者たちを中心に、神々に戦いを挑んだ。

 

 しかし彼等も、神々の扇動により、神々への恩を忘れた神敵として、守るべき人々から“反逆者”の烙印を押され、迫害され、遂には中心の七人だけが残った。

 

 そして、バラバラになった解放者達は、大陸のいたる所に迷宮を作って潜伏。いつか、自分達の代わりにを神々の遊戯を終わらせる者が現れる事を願った。自分達の力を、意志と共に遺して。

 

「……つまり、この世界は未だ神の遊戯盤となっている、ということか。我々が呼ばれたのも、遊戯の駒にするためだろうな……して、何故貴様はそれを知っている? 解放者の誰かの親族か何かか?」

 

「……血の繋がり等はありません。しかし、パーシマリイの一族は彼等に助けられ、それから秘密裏に協力していました。世界の真実を聞き、それを語り継ぐ事を約束したのです」

 

 そこまで語って、メルは深く頭を下げる。

 

「貴方にとって惹かれる事の無い話なのは重々承知です。それでも私は、狂える神々の所業を見過ごせない! 身を粉にし、世界を平和に導こうとした解放者が報われないのが、許せないんです……! どうか、どうかお願いします。その力を、私に貸してください……」

 

 語尾が強くなり、震える。カムラは再び問う。

 

「……その真実は世界を敵に回すだろうな。それでも、貴様は戦うと言うか」

 

「……例え、この命にかえてでも」

 

「……そうか」

 

 問いに答えるその声に、迷いはない。命知らずという訳でも無い。ただ悲願のために、彼女は戦う覚悟を持っているのだ。

 

(……これが、私の求めているものか。ああ、貴様の言った通りだった。全てを捨てて何かを成し遂げようとする者がいる。……つくづく貴様には感謝せねばなるまい)

 

 立ち上がり、メルの目の前に立つカムラ。

 

「顔を上げろ。答える前に一つ訂正しておきたい事がある」

 

「……?」

 

「貴様の話した世界の真実とやらは、実に面白い。確かに私を惹きつけたぞ」

 

「! ……ということは」

 

 驚きに顔を染めるメルに、無表情を貫くカムラは頷く。

 

「指図は受けん。しかし、貴様の想いは半分私が持とう」

 

「……ッ! ありがとう、ございます……」

 

 その言葉に感極まったのか、涙を流すメル。悲願が果たされるかもしれないのだ、当然のことだろう。

 

(……これで、少しは人に近づけるだろうか)

 

 そんなメルを見つめ、カムラは、最後の記憶にいる男に語りかける。成し遂げる意志を持った男を。

 

 

 ───────────────────────

 

 翌日、すぐに訓練と座学が始まった。カムラも一応出ておいてほしいとメルに釘を刺されたため、ここにいる。

 

 訓練する前に、指南役の騎士団長、メルド・ロギンスから、ステータスプレートなる銀色の物を渡された。

 

 ステータスプレートとは、現代の魔法では再現出来ない魔法が込められている物、アーティファクトの一種である。本来ならば国宝級の物らしいが、ステータスプレートに限っては、身分証明に使えるとして生産技術と共に広く流通しているらしい。

 

 メルドから使い方を聞き、早速魔法陣に針で指を刺して出た血を垂らす生徒達。カムラも針を指に刺そうとしたが、針が折れたので仕方なく犬歯で左親指を傷つけ、同じように垂らす。

 

 ステータスオープン、と唱えると、表に何やら情報が表示された。

 

 

=======================

虚時カムラ(エルヴァ) 男 16歳 レベル:───

天職:調律者

筋力:───

体力:───

耐性:───

俊敏:───

魔力:───

魔耐:───

技能:鍵の特異点[+発動速度上昇][+威力上昇]・妖精の特異点[+発動速度上昇][+威力上昇]・時の特異点[+限定操作]・波の暴走[+発動速度上昇][+威力上昇]・柱の暴走[+発動速度上昇][+威力上昇]・自動回復・幻想抽出・魂魄魔法・生成魔法・言語理解

=======================

 

 

「……」

 

 流石のカムラも絶句した。表示されるべきステータスが一切映らないのだ、無理もない。

 

(……いや、調律者や特異点が表示されるだけマシだろうか。しかし、何だこの魔法は)

 

 打ちひしがれている間に、光輝がメルドにステータスを見せていた。

 

 

=======================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

=======================

 

 

 流石勇者だと賞賛される光輝を見て、ステータスの基準がわからなくなるカムラ。一般人が平均10なのは理解しているが……

 

 あれこれ考えているうちに、カムラの番がやって来た。皆が優秀だったためか、表情がホクホクしている。が、カムラのステータスを見て、やはり固まってしまった。幸利が察したように「あっ……」と洩らしていた。

 

「……ちょっと待て、何だこのステータス。名前が2つってどういうことだ? いや、それより、調律者ってのは何なんだ? 特異点とやらも聞いたことがないぞ……」

 

「……気にする事はない。使い方は私が一番知っている。どの道訓練には参加しないがね」

 

「む、そうなのか?」

 

「義理がない。それに、彼らが魔人族とやらに勝てる未来が見えん。そうなれば、あとは踏みにじられるだけだ。私はゆっくりと、末路を見届けさせてもらう。貴様らがどう足掻こうと私には関係ない」

 

「……そうか、なるほど。まあ、俺も強制はせん」

 

 感謝する、とだけ伝え、待っていたらしいメルの所へ向かう。

 

「ステータスは如何でしたか?」

 

「さてな、私にはわからん」

 

「では、どうなさいますか?」

 

「……部屋に戻って一度寝るか」

 

「かしこまりました。ベッドメイクをしておきます」

 

「頼む」

 

 

 そんな二人のやり取りを見て、唖然とする生徒達。一日で完全な主従が出来上がっているらしい。

 

「ああ、事情はわからんが、彼女はカムラ……いや、エルヴァか? とにかく坊主の専属メイドになったらしい」

 

 あっけらかんとそう言うメルドに、開いた口が塞がらないといった風の生徒達。それに反応した者は、

 

「……へ〜、そうなんだぁ~」

 

 背後に鬼のような何かを出現させた香織と、

 

「……着実にハーレムルート行ってんじゃねぇかアイツ。どうせステータスもぶっ壊れチートなんだろ?」

 

 羨ましいと言いたげな顔を隠さない幸利の二人だけだった。




この小説の清水君は、カムラが関わったおかげでかなり社交的になってます。コミュ障ですが。

オリヒロを掘り下げるのはもう少しお待ちください。

……調律者ならどこまでやっても許される気がしたんだ。


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情報収集、会話、力の片鱗

檜山、貴様はどう足掻こうと死ぬ。

そんな凡人の作品です。


 カムラが自分のステータスに頭を抱えてから、2週間が経った。その間も、そして今も、カムラは王立図書館で情報収集していた。

 

 魔法について知り、試しに使おうとしてみたが、どうやら適性が無いらしく、使おうにも使えなかった。使いたければ長い詠唱と大きな魔法陣が必要らしい。それでも、極小の火種や水浴びできる程度の水ぐらいしか出ない。

 

 魔力量自体は暴力的と言える程にあるのだが、使えないので元も子もないという話だ。余談だが、魔力には個人で色があるのだが、彼は漆黒である。つくづく漆黒に縁がある男である。

 

 カムラはこれを、特異点の存在によるリソース不足と結論付けた。特異点や暴走の行使には魔力は関係ないのだが。尚、魂魄魔法と生成魔法は、メルの言う「解放者達の遺した力」らしい。あまり使いたくない幻想抽出共々、まだ使ってはいない。

 

 ただ、魔力を操る練習をしたら、“魔力の暴走”なる技能が増えたが。使ってみたら大混乱に陥ったので封印した。特異点を扱ってきた実績が、トータスに合う形で発現したらしい。

 

 

 まあ、カムラにとって重要なのはそっちではない。トータスの現状である。

 

 この世界には亜人族が存在するのだが、彼らは神からの授かり物とされる魔力を持たない。そのため、人間族や魔人族から、神に見放された悪しき種族とされ、差別されているとか。

 

 これも、神々がこの世界を魔法によって創り、今ある魔法はその劣化版という価値観から来ている。このことをポロッと幸利に話したら、それはそれは激怒していた。

 

『貴重なケモミミを迫害してんじゃねぇ!!』

 

 との事。カムラは声の大きさに驚いたが、

 

『言い続けると貴様が迫害を受けかねんぞ』

 

 と言って窘めた。ちなみにカムラ自身は、信仰によって価値観が変わるというのが全く理解できていない。

 

 ちなみに、海人族という種族も存在しているが、彼らは海産物という利益をもたらすため、教会のお膝元たるハイリヒ王国が公に保護している。カムラは更に困惑した。

 

 魔人族に関してだが、彼らは魔法の適性が人間族より高い。魔人族が人間族より強いと言われているのはその為で、魔人の王国ガーランドでは、子供ですら強力な魔法を放てるそうだ。

 

 ちなみに、人間族と魔人族の戦争理由だが、崇める神が違うかららしい。カムラはもう、深く考えるのをやめてしまった。真実を知るメルにとっても、この事は滑稽らしい。

 

(地球でも宗教観の違いで争いが起きるらしいが、ここはそれ以上だな。神の教えによってここまで排他的になれるとは、心底脱帽だ)

 

 というのが、カムラのトータスに対する感想である。神並の化け物を相手した事もある彼だからこそ言えることだろう。

 

 

 ───────────────────────

 

 図書館を立ち去り、しばらく歩いていると、

 

「あ、カムラさん」

 

「……」

 

 金髪美少女が話しかけてきた。カムラは首を傾げる。

 

「……? どうかなさいましたか?」

 

「………………………………誰だ貴様」

 

「へあ?」

 

「貴様のような者、私の周りにいたか?」

 

 その一言がよほどショックだったらしい金髪美少女。ピシッと音がするほど、わかりやすく固まってしまった。が、すぐに復活し、平静を装って名乗る。

 

「リリアーナです。リリアーナ・S・B・ハイリヒ。先週もお話しましたよね?」

 

「……………………ああ、なるほど」

 

「お、覚えてくださって無かったのですか?」

 

「寧ろ何故覚えられていると? ……ああ、さては貴様、忘れられるという経験が無いな? 生憎私は、身分や容姿で覚える事は無い」

 

「うっ……」

 

 カムラの一言に胸を抑える金髪美少女ことリリアーナ。よほど耳が痛い話だったらしい。

 

 事実、彼女は王族であること、人当たりのいい性格であることから、一度交流を持った人間から忘れられる事が皆無だった。

 

 正直、相手が悪いとしか言いようがない。カムラが人を覚えるのには、一定の基準がある。前回話した時に、リリアーナはそれをクリア出来ていなかっただけなのだ。

 

「それも……はい、そうですね。失礼しました……」

 

「そんなに忘れられる事が悲しいかね。いやそれより、何か用か?」

 

「あ、いえ。カムラさんは訓練に参加しないのかなと。皆さん既に訓練を始めていますし」

 

「訓練を受ける程弱くは無いのでな。そもそも、私に稽古をつける人間が可哀想だ。教え方がわからなすぎてな」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「……力の証明を望むなら、今すぐ勇者を殺すが」

 

「い、いえ、結構です! やめてください!」

 

「む、冗談だったんだが……」

 

「タチが悪すぎます……本当にやめてくださいね?」

 

 冗談で勇者殺害宣言するカムラ。真顔で言う上、実際遂行できるので自信たっぷり。そんなのが冗談に見えるわけが無い。

 

「まあ、何にせよ。訓練するぐらいなら自分で鍛える。その方が早い」

 

「……流石、と言えばいいのでしょうか?」

 

「さてな。では、私はそろそろ行くぞ」

 

「あ、はい。次は名前を覚えていてくださいね?」

 

「保証はしかねる」

 

 去っていくカムラ。その後ろ姿を見て、次も忘れられていることを覚悟するリリアーナであった。

 

 

 ───────────────────────

 

 更にぼんやりと歩いていると、訓練所に出た。時々幸利等の訓練の様子を見るぐらいでしか用はないが、ふらふらと着いてしまった。

 

 特に用事も無いため、そのまま去ろうとする……

 

 同時に、ノールックで後ろからの蹴りを最小限の身体捌きで躱した。下手人はバランスを崩して転倒する。

 

「イッてぇ!」

 

「おいおい何やってんだよ大介!」

 

「加減しすぎだろ、やっさし〜」

 

「うっせぇ!」

 

 ゲラゲラと笑う三人、それに怒る一人。この四人組の存在は、カムラも覚えている。が、興味が無いのでそのまま歩いていく。

 

「…………」

 

「おいおい待てよ虚時、俺達はお前に話があるんだよ」

 

「……ほう?」

 

 立ち止まるカムラを囲む四人。身長はカムラの方が頭1つ分高いので、木に集まる虫のような光景にも見える。

 

「てめえ、訓練も録にしねぇくせによく顔出せたな?」

 

「お前がサボってる間に、俺達すげぇ強くなったんだわ」

 

「そうか、それは良かったな」

 

「そんでよ、優しい俺達はお前に稽古をつけてやることにしたんだよ」

 

「ずっとサボってたんだからな。何があってもお前が悪いんだぜ?」

 

 ニヤニヤと笑う四人。そのままカムラを訓練施設から死角になっている場所へと連行していく。

 

 それを見た者は、誰一人として目を逸らした。

 

 

 四人組の紹介をしておこう。この四人組は檜山大介(ひやまだいすけ)斎藤良樹(さいとうよしき)近藤礼一(こんどうれいいち)、そして中野信治(なかのしんじ)。さっくり言うなら不良グループだ。

 

 地球にいた時から、彼らは香織によくかまわれるカムラが気に入らなかった。

 

 特に檜山は香織が好きである。ただし、青春特有の甘酸っぱさなぞ一切感じない、劣情に塗れた好意だが。

 

 そんな訳で、彼らは一度カムラと“お話”しようとしたのだが、結果はお察しだろう。結論だけ言うと、全員右腕に全治2週間の怪我を負うこととなった。それはそれは綺麗に折ったらしい。

 

 かつて自分達をボロボロにした相手な上、教会での出来事を見ていたため、カムラに対する恐怖は天井を突き抜けていた筈だった。

 

 だが、自分達も力を得、訓練でそれが伸ばされたのだ。カムラのステータスが分からない上、訓練に全く出てこない事も拍車をかけているらしい。ご都合解釈も添えられている。

 

 要するに、今の自分達なら勝てると、復讐する気満々で、意気揚々とカムラに喧嘩をふっかけに行ったのだ。

 

 

 しかし。

 

「はぁ、はぁ……何で当たんねえんだよ……」

 

 現実は甘くなかった。拳も、蹴りも、剣も、槍も、何一つとしてカムラに届かない。魔法も使ったが、火球も風球も全て避けられ、何なら腕のひと振りで掻き消された。

 

「……どうした? 稽古はもう終わりか?」

 

「はぁ、はぁ、舐めんなクソが!」

 

 近藤が剣を振りかぶるが、疲れきったそれが当たることも無く、カムラは避ける。ふらふらと倒れかけるが、何とか踏ん張る近藤。

 

「……ふむ。稽古をつけてくれたこと、心より感謝しよう」

 

「は? 何言って……」

 

 突然の感謝に困惑する四人組。しかし、そう言うカムラの顔を見て、動き続けて火照った体から血の気が引いた四人。寒気が襲った。なぜなら、カムラの顔は、

 

「そんな貴様らに感謝を込めて、私からも稽古をつけてやろう」

 

 それはそれは、愉悦に歪んだ笑顔だったからだ。

 

「収束」

 

 左手を前に掲げ、一言呟く。すると、中野の方向を向いて赤い柱が出てくる。と思ったら、弾かれたように中野がぶっ飛び、壁に激突した。

 

 柱が高速で飛び、中野の顔にめり込んだらしい。柱はすぐに消える。後に残ったのは、鼻が潰れた中野だった。

 

「ヒィッ!」

 

「この程度を避けられないのか、話にならんな。これでも加減はしているぞ?」

 

 そう言うカムラの周りに、二本の赤い柱。斎藤と近藤を向いている。が、反応させずにすぐに射出され、斎藤は腹に当たり嘔吐、近藤は這いずって逃げようとしていたため、背骨に当たり、肺の空気を出し切り気絶した。

 

 檜山を見るカムラ。ガタガタ震え、股間からアンモニア臭がする。目は、完全に恐怖に染まっている。それを見て、カムラは笑みを深める。

 

「随分震えているな? 貴様が想像していた光景と違ったからか? それとも、自分が喰らおうとしていた物が、自分を喰らう物だと悟ったからか?」

 

「あ……あ……お、お前ぇ……」

 

「何だ?」

 

「な、何で……何でそんなに強いんだよぉ……おかしいだろ……」

 

 恐怖に震えながらも、理不尽に対してかろうじて疑問を投げかける檜山。理不尽(カムラ)はそれに答える。

 

「さてな? 少なくとも、殺さねば死ぬ世界に生きていたのは確かだ」

 

 赤い柱の標準を檜山に合わせる。逃げようとする檜山だが、手足が震えて藻掻くしかできない。そして、抵抗虚しく、喉元に衝撃を感じた瞬間、檜山の意識は途絶えた。

 

 

「……流石にやりすぎたか。面倒な奴に見つかる前に治しておくか」

 

 先程までの笑みが無くなったカムラ。おもむろに左腕を掲げ、呟く。

 

「流れを受け止めるには、手は小さい。逆らいたくば、岸を歩け」

 

 左手から金色の波動が迸る。檜山達の傷が消え、何事も無かったかのように眠っている。

 

「……やはり、中々疲れるな」

 

 溜息をつくカムラ。そこに、

 

「……虚時君? 何してるの?」

 

「……香織か」

 

 ひょっこりと香織が壁から覗いていた。相も変わらず心配そうな表情をしている。

 

「此奴らが稽古をつけてくれたのでな。私も稽古をつけたのだ」

 

「……そっか。怪我は無い?」

 

「この程度で怪我なぞせん。してももう治っているだろうな。いや、それより……」

 

 いつの間にか香織の横に立っていたカムラ。こっそりと耳打ちする。

 

「……檜山と言ったか。奴には気をつけろ。彼奴の狙いは貴様だ」

 

「え?」

 

「何をしでかすかわからん奴だと、それだけは覚えておけ。……貴様がいつも共にいるあの少女に頼るのも良いだろう。ただし、光輝だけは頼るな。まともに取り合う事が無いだろう」

 

 言うだけ言って、カムラは忽然と姿を消した。香織が辺りを見回しても誰もいない。

 

(……檜山君が、私を?)

 

 カムラの言葉を反芻する香織。怯えたような目をしている。

 

(……頼るなら、あの少女……雫ちゃんの事かな)

 

 親友の顔を思い浮かべる。まずは相談だと、雫を探しに行った。

 

 ……カムラに名前を覚えられた事に気がついて、かなりだらしない顔になったのは、また別の話である。




愉悦系最強主人公。人の恐怖する顔を見るのが、生きてるって感じがして大好き。


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長い夜、月下に語らう

長い長い説明回その一。オリヒロのメルちゃん絡みの話もあります。

作者は零を殆ど読んでいませんので、色々雑ですがよろしくお願いします。


「……して、オルクス大迷宮とやらが、解放者の遺した試練の一つなのだな?」

 

「間違いありません。深くに真の大迷宮があるそうです」

 

 現在、カムラ含む勇者一行は宿場町“ホルアド”、その王国直営の宿屋に来ている。

 

 カムラとメルは同じ部屋。幸利が血涙を流していたのが印象深い。香織の後ろにも何かが見えたが、それも気にする程ではない。例えそれの存在感が増してきていてもだ。

 

 さて、何故彼らはこんな所に来ているのか。それ以上に何故勇者一行では無いメルもいるのか。話は前日に遡る。

 

 

───────────────────────

 

『明日から、実戦訓練の一環として“オルクス大迷宮”へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!』

 

 檜山達との一件の後、メルドからこう通達された。

 

 オルクス大迷宮は、全100層あると言われている迷宮で、七大迷宮の一つとして数えられている。階層が深くなるにつれ、住まう魔物の強さも上がっていくらしい。

 

 そんな迷宮なのだが、冒険者などにかなりの人気を誇る。魔法を円滑に使うための物質、魔石が採れるからだ。それも、かなり上質なものが。

 

 魔物は体内に魔石があり、その魔石を介して固有魔法を使う。その質や大きさによって、魔物の強さが上がるのだとか。

 

 上質な魔石である程高値で取引されており、冒険者達はそれを狙って迷宮に潜るのだ。

 

 そして、奥に行けば行くほど魔物が強くなるというわかりやすさから、傭兵や新兵の訓練にももってこいな場所なので、宿場町が出来上がったという。王国直属の兵士もここで訓練する事が多いため、王国直営の宿があるのだ。

 

 最初、カムラ自身行く気はさらさら無かったのだが、行かざるを得なくなった。メルとの約束があったからだ。

 

 メルの話によれば、オルクス大迷宮は解放者の一人が作ったダンジョンなのだという。

 

 パーシマリイ一族の伝承はかなり情報が削られており、解放者達の名前、神の真実、そしてオルクス大迷宮が試練の場である事や、解放者達が遺した魔法の事以外、殆どが今に残っていない。

 

 確認のためにも、何より神を討ち果たすためにも、メルは前から一人で迷宮に行っているのだが、どうしても限界を感じてしまっていた。

 

 と言っても彼女、素のステータスが化け物クラスで高いので、調子が良い時には単身50階層まで行った事があるのだそう。

 

 かつて最強と謳われた冒険者は65階層が限界、それも約百年前の事だとか。今となっては一流の冒険者で20階層、超一流で40階層。カムラも思わず、

 

『貴様が戦えばよかろうに』

 

 とツッコミを入れてしまった。しかし、この情報は秘密にしてある。そんな人間がいるというだけで後々面倒だからだ。神に目をつけられても困る。

 

 しかし、オルクス大迷宮に潜れる程強いというのは周知の事実なので、同行の許可はかなりあっさりと下りた。

 

 とにかく、トータスでも確実に上位の戦闘能力を持つ彼女でさえ、オルクス大迷宮の半分が限界なのだ。更に伝承によれば、オルクス大迷宮は100階層を越えてから更に100階層あるらしい。

 

 

───────────────────────

 

 ついでに、メルの事も話してしまおう。

 

 メルは、“便利屋”を営みながら世界の真実を語り継ぐパーシマリイ家に産まれた。彼女も例外なく便利屋が天職となる。

 

 ちなみに、便利屋というのは、様々な方面に才能を発揮出来る者の事。元来持っている技能しか扱えない筈のトータスにおいて、努力次第で様々な技能を手に入れられる特例中の特例である。

 

 しかし、それには長い時間を必要とし、手に入れた技能は本職の物よりは劣化している。それこそ才能によるのだが、完全に近づけることは出来ない。

 

 だがメルは一族の中でも、というか便利屋の中でも最高峰の才能を持っている。11歳という若さで独立した程だ。

 

 この頃からオルクス大迷宮へと足を運ぶ事が多くなった。地道に研鑽を積み重ね、数えて14歳の時に50階層を突破した。

 

 しかし、それからは先に進む事が出来ない。厳密には、そんな時間が無い。腕の良い何でも屋に依頼が来ないわけが無いのだから、当然な話である。

 

 一年ほど、どうしたものかと頭を悩ませていた所に舞い込んだ、王国直々の依頼。それが、異世界から召喚する勇者達の接待だった。

 

 全く関係のない世界を巻き込む神に対して怒りを覚えるのと同時に、機会が巡ってきたと人知れず喜んだ。王国からの依頼を盾に仕事を断り、自分よりも強いであろう勇者達に協力してもらおうと考えたのだ。

 

 自分も同じ事をやっているという嫌悪感と良心の呵責は奥底に沈めて、その依頼を受け、勇者達に接触しようとした。

 

 ……だが。召喚された勇者達は、確かに強大な力を持っている。しかしメルの目には、戦いに全く慣れていない雑魚としか映らなかった。

 

 光輝の存在がそれに拍車をかけた。戦争という物を、殺し合うという事をわかっていなさすぎる。賛同した周りも含め、神々に弄ばれた挙句に死ぬのがオチだ。

 

 期待外れもいい所だと落胆した。

 

 しかし、そこで動いた人物がいる。

 

 最初に見たときに目を奪われた少年。誰よりも薄い気配の少年。誰よりも周りを警戒していた少年。……いつでも狩れる、故に興味が無いという目をしていた少年。

 

 飲み物を入れた際に話しかけられた。何もかもを見透かされたと思わされた。それにより、興味を持つ事になった。そんな少年。

 

 虚時カムラ。

 

 カリスマを退け、場に流されず発言した意志の強さ。その言葉には、誰にも染まらぬ自我を感じた。

 

 そして、赤い斬撃。魔力を一切感じさせず、教会を深く傷つけたあの斬撃。召喚された勇者達の中で一際異彩を放つ、自分にも測れない力があった。

 

 よってメルは、カムラに接触する事を選び、今に至る。

 

 

───────────────────────

 

「ならば明日、行方を晦ませるか。覚悟はしておけ」

 

「元よりできております」

 

「頼もしいものだ……しかし、貴様がそこまで思い切りが良いとは思わなかったな」

 

「カムラ様に、全てを差し出すと誓った事ですか?」

 

「……それもあるな。私が元の世界に帰ると言ったらどうするつもりだった?」

 

「お供致します」

 

「……はぁ」

 

 即答に、大きな溜息。厄介なのが一人増えたらしい。

 

「まあ、それはいい。貴様の好きにすれば良い。私は何も言わん」

 

「ありがとうございます」

 

「……しかし、便利屋……魔獣とやらも含め、この世界に来てから、懐かしい気分にさせてくれる物が増えたな」

 

 ありありと思い出す情景。赤い霧とか言う伝説の便利屋を真っ先に思い出したが、とりあえず押し込める。

 

「何にせよだ、メル。貴様の話を聞いていて、私自身もかなり興味が湧いてきた。……いや、駒を使って私を消そうとするあたり、神……エヒトと言ったか? そやつは我儘放題の子供であるのは間違いないか」

 

「……? 駒、ですか?」

 

「ああ。教会の連中を通して、私に刺客を何度か送り込んでいるのだよ。妙な力を裏に感じ取れる。自分の気配を消す事も儘ならぬのかね?」

 

「いつの間にそんな事が!?」

 

「気付かないのも無理はない。悟られる前に心を殺しているのでね」

 

 唖然とするメル。自分が仕える人間の規格外さを再認識した。主の危機(?)に対応できなかった不甲斐なさより、主の底知れない力に対する畏敬が勝った。

 

 メルの想像を常に、遥かに越えてくるこの主。人間なのかもそろそろ怪しくなってきたが、本人は人間と言い張っているので何も言えない。

 

「とにかく、私は貴様と共に戦う。それだけは確実だ」

 

「……本当に、何と言えばいいか」

 

「礼も何も要らんよ。私はそれが楽しいと思っているのだから、対価は支払われているとも」

 

 楽しさを微塵も感じさせない無表情で答える。主のその様子に、何か引っ掛かりを感じるメル。その疑問を解消するため、質問を投げかける。

 

「……あの、一つよろしいでしょうか」

 

「ああ」

 

「カムラ様は、何者なのですか?」

 

「人間だが」

 

「いえ、そうではなく……その、あまりにも物事を俯瞰しすぎていると思いまして」

 

「……」

 

「戦争の意義をあの場で冷静に捉えていたのは、カムラ様、愛子様だけでした。それに、あの勇者が幼稚なことは疑いようがありませんが、大きな力を手に入れたと聞いたのなら、はしゃぐのも無理は無いでしょう」

 

「……」

 

「カムラ様の力は元から持っていた物、とすればあの冷静さは頷けます。それでも、いえ、それならばこそ、カムラ様は何故、どうしてその様な力を手に入れたのですか?」

 

 言っていて、メルは自分の疑問点をようやく把握してくる。

 

 カムラは、あまりに異質で、達観しすぎている。

 

 勿論その力は強大で、なおかつ異常だ。しかし、それは彼の本質の前では本当に些細な事だ。

 

 全てを自分とは関係の無い事だと言うかのように、もしくは、観客であるかのように捉えている。少なくとも、メルにはそう見えた。

 

 そうかと思えば、彼自身、好奇心を隠すことが一切無い。特に異世界の知識に対しては、非常に貪欲だ。

 

 10年やそこら生きてきた程度の少年が、そこまでの視点に至るとは到底思えない。それがわかるほど、カムラという少年は異質なのだ。つまり、

 

「……カムラ様は、何を見てきたのですか?」

 

 カムラの過去に、何があったのかを知りたいのだ。虚時カムラという人間が形成されるまでの過程を。

 

 カムラは、漆黒の瞳をじっとメルの目に向けている。全てを汲み取ろうとする様に、あるいは、全てを飲み込もうとするかの様に。

 

 そして、不意にベッドから立ち上がる。

 

「……それを話すなら、まずは客人を通そうか。メル、開けてやれ」

 

「かしこまりました」

 

 カムラに言われ、メルは部屋の扉を開ける。

 

「え、あ、うわぁ!?」

 

 ドタッとバランスを崩して誰かが入って来た。

 

「いったた……あ」

 

「こんばんは、香織様」

 

「こんばんは、だな。草木も眠ろうとしている夜更けに盗聴か。それには随分と相応しくない、大胆な装いだが」

 

 倒れてきたのは、香織だった。

 

 

───────────────────────

 

「ありがとう」

 

「お茶なら私がお入れ致しますのに」

 

「たまにはな。後で貴様にも入れる」

 

 備え付けられていた紅茶もどきを入れ、対面に座る香織に差し出すカムラ。そして自分も座り直す。傍らにはメルが立っている。

 

 香織は純白のネグリジェ、それにカーディガンを羽織っただけの格好をしている。窓から射し込む月明かりが黒髪にエンジェルリングを作り出している様は、露出高めの装いも相まって神秘的だ。

 

 ちなみに、傍らのメルも同じく純白のネグリジェを着ている。月明かりに照らされ、白髪が煌めいている様は、香織も見惚れる程に美しい。

 

 大抵の男は、そんな天使の如き2人の美少女に魅了され、真っ赤になって挙動不審となるだろう。しかし、ここにいるのはカムラ。全く気にならないかのように、紅茶もどきに口をつけて香織に問いかける。

 

「……さて、何か用があったのか?」

 

「ううん、そういうのじゃなくて、えっと……夢を見て、ちょっと目が覚めちゃって」

 

「夢?」

 

 はて、夢で目が覚める。どんなに悪い夢だったのだろうか。それは、いつも笑顔な香織の暗い顔を見ればわかる。

 

「うん……真っ暗な中で、虚時君が一人で歩いてて……声をかけても全然止まってくれなくて……最後に、いなくなっちゃう夢」

 

「……なるほど、不吉な夢だな」

 

「うん。だからすごく心配で、こっちに来たんだけど……」

 

 持っていたティーカップを置く香織。その顔は、無理に笑っているようでとても痛ましい。

 

「……行っちゃうんだよね? 虚時君。大迷宮の奥に」

 

「……ああ、それがメルとの約束だからな」

 

 無機質に答えるカムラ。香織は「そっか……そうだよね……」と目を伏せてしまう。メルはつられて泣きそうになっている。

 

「虚時君。私ね、中学二年の頃から虚時君の事を知ってたんだ」

 

「……」

 

 瞑目するカムラ。香織は続ける。

 

 

───────────────────────

 

 中学二年だった頃、香織はある事件を目撃していた。

 

 男の子が不良連中にぶつかった際、持っていたタコ焼きをべっとりと付けてしまったらしい。

 

 男の子はワンワン泣いているし、それにキレた不良がおばあさんにイチャもんつけているし、男の子の祖母らしきおばあさんは怯えて縮こまっているし、中々大変な状況だった。

 

 おばあさんが、クリーニング代としてかお札を数枚取り出すも、それを受け取った後、不良達は更に恫喝しながら最終的には財布まで取り上げた。

 

 香織は最初から見ていたが、何も出来なかった。矛先が自分に向くのを恐れ、自分は弱いからと言い訳をしながら、見ている事しか出来なかった。

 

 不良達が満足して帰ろうとした時。

 

『弱者を虐げるのは楽しいか? 分からんでもないがね』

 

 その進路に、香織と同い歳程の少年が立っていた。

 

 そこからは一瞬だった。少年は不良達を罵り続け、激昂した不良達の攻撃を避けながら財布を奪い返し、おばあさんに返した。

 

 なおも殴りかかる不良の一人の手を受け止め、一言。

 

『実に憐れだな。彼我の差も見抜けんか』

 

 冷たい目でそう言う少年に、不良達は恐れをなして逃げた。

 

 武術の経験が無い香織でさえ、強いと思わせる程に鮮やかな身のこなしだった。しかしその少年は、一度も手を出さずにその場を収めたのだ。

 

 例えば光輝なら、実力も高い彼ならば、不良達と戦っただろう。それでも、少年は暴力に訴えなかった。

 

『助けてくださり、ありがとうございました』

 

『礼を言われたくてやったわけでも、助けたわけでも無い』

 

 少年は、男の子に目線を合わせ、ゆっくりと言った。

 

『次は、君が守れ。強ければ良いというわけではない。弱いまま戦うのもダメだ。自分が成しうる事を使って、全力で足掻け。何かを守る時、人は限界を簡単に超えるからな』

 

 香織は、少年のその言葉に心を打たれた。少年の人となり──人間の成長を楽しむ性分──を垣間見たような気がした。

 

 そこから少年の事について調べ、学校と名前を特定したが、話しかける勇気はなく、関わりを持ったのは高校生になってからの事だった。

 

 

「あの時の虚時君、凄く優しい顔をしてたんだよ? 本当に楽しみにしているんだって。そうやって言える虚時君はきっと、凄く、人間が好きなんだなって」

 

「……聞き捨てならない事もあったが。ああ、よく覚えているとも、あの少年の目は。彼奴らを恐れながらも、立ち向かおうと迷っていた。そんな人間ならば、いつか剣を取れるだろうなと思ってな」

 

「こうも言ってたよね。『わからなくてもいい。いつかわかることだ』」

 

「『だから、わかった時でいい。誰かを助けたなら、次は君だと言ってくれ』」

 

 カムラが合わせてくれた事が嬉しく、香織は微笑む。ただ、その微笑みは、覚悟を決めたようなものであった。潤んだ瞳でカムラを見つめている。

 

「…………私ね、その時からきっと虚時君……ううん、カムラ君の事が……好き、だったんだ。……えへへ、何言ってるんだろ、私。ごめんね」

 

 告白を誤魔化すように紅茶もどきを飲み干す。カムラは、その様子を見て、優しい微笑を浮かべながら一言。

 

「謝る必要は無い。……だが、返事は待っていてくれないか。どの道、明日私はいなくなるのでね」

 

「……………………うん」

 

「……私にとって意味は無いが、カムラという名を呼んでくれたこと、心より嬉しく思う。君には、私の名を呼んでいて欲しい」

 

 

───────────────────────

 

 カムラは一口にお茶を飲む。

 

「それは、まあ、それとしてだ……ああ、そうだな。貴様らが過去を語ってくれたのなら。私も、過去をもって返さねばなるまいな」

 

 珍しく苦虫を噛み潰したような顔になるカムラ。酷く面倒くさそうだ。

 

「短めにまとめるが、それでも長くなるだろう。構わないか?」

 

「うん、私は大丈夫」

 

「聞きたいと申し上げたのは私ですから。一字一句、聞き逃すことは致しません」

 

「ならばメルも座れ。今一度茶を入れるとしよう」

 

 促され、椅子に腰掛けるメル。沈黙が流れ、湯を沸かし、お茶を入れる音のみが聞こえる。

 

 座っている少女達は、お互いを見る。

 

(……惜しい程に優しい少女。カムラ様の目に狂いはありませんね。……カムラ様が好き……気持ちはよく分かります)

 

(……綺麗な人だなぁ。虚時君、こういう子が好きなのかな……? うぅ、メルさんも好きなんですか? とか聞くに聞けないし……)

 

 お互いを探り、お互いを理解しようとする。しかしそれは叶わず、カムラは紅茶もどきを淹れ終わり、自分の椅子に再び座って、脚を組む。

 

 お茶を置かれた2人は何事も無かったかのように、同時に紅茶もどきに口をつける。

 

「……さて、今から話すのは嘘でも何でもない。正真正銘、私が経験してきた事だ。突拍子のないことも、全て事実として受け止めてほしい」

 

 頷く2人を見て、カムラは再び話し始める。

 

「……ではまず、私が“虚時カムラ”で無かった頃の話をしようか。

 

 

 

 

 

 

 調律者も、“エルヴァ”という名も、“虚時カムラ”という人間も。全ては、あの地獄から始まったのだよ」




虚時カムラは、他者の理解を目標の一つとしているのです。

書きたいことを書いていたら非常に長くなりました。申し訳ありません。


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“少年”エルヴァ、“調律者”エルヴァ

ありふれ全然関係ない上にクソ長くなりました。

読みにくいのと説明不足は仕様ですのでご了承ください。

また、lobotomy corporationのオリジナル設定……と言うか捏造設定が大量にございます。ご注意ください。


 ……なんで……

 

 ……なんで……なんで……

 

 ……なんでなんでなんで……

 

 

 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで

 

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

 

しにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくない

 

 

 ……おとうさん……おかあさん……

 

 ……どこ? 

 

 さむいよ……こわいよ……

 

 あいたいよ……

 

 

 ───────────────────────

 

 …………ぼくは、どこにいるの? 

 

 …………なんでここにいるの? 

 

 …………ひるでも“そうじや”がいる。よるしかでてこないって、おかあさんいってたのに

 

 …………“ばけもの”もいる。“うらろじ”にはあんまりいなかったのに、ここにはいっぱい

 

 …………おとうさんのいってた“とし”がむこうにみえる。……あれ、こんなにとおかったっけ。ぼくのおうちはどこだっけ

 

 

 ───────────────────────

 

 ……いつからかくれてるっけ。ばけものにおいかけられて、あなをみつけて、ずっとねてて、それから……どうしてたっけ? 

 

 ……………………おなかすいた

 

 …………のどは……かわいてないや。“かわ”のみず、まずいけどおいしいもん

 

 さいしょはいたかったけど、いまはなんともない。

 

 ………………………………うたがきこえる。とりのうた。ひとのうた。くさのうた。そらのうた。ほんのうた。つみのうた。ほしのうた。にくのうた。きかいのうた。ふねのうた。かみのうた。

 

 かわのみずのんでから、ずっと、ずっと

 

 あかしろ)(くろあお)いうた

 

 

 ───────────────────────

 

 ……そうじやがしんでる。ばけものにたべられたのかな? 

 

 たいようがまぶしい

 

 おなかがすいてる

 

 ……イイナア

 

 ……そうじやのぶきだ。もらっておこう

 

 

 ───────────────────────

 

 ……ここはどこ? 

 

 うたがうるさい

 

 うるさい

 

 うるさいうるさいうるさい

 

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい

 

 

 ───────────────────────

 

 おとうさんのなまえ……わからない

 

 おかあさんのなまえ……わからない

 

 ぼくのなまえ……ぼくのなまえ……

 

 うるさい!! 

 

 ぼくは“エルヴァ”だ!! おまえじゃない!! 

 

 ぼくはぼくだ!! ぼくは……ぼくは……わからない

 

 なんでいきてるの? なんでしなないの? どうして、どうして……

 

 

 ばけものになったの? 

 

 

 うたがきこえなくなった

 

 

 ───────────────────────

 

 きょうもかいぶつたいじ。おなかがすいたからかいぶつたいじ。たべるためにかいぶつたいじ

 

 ……わからない

 

 どうしていきようとするんだろう

 

 どうしてここにいるんだろう

 

 かいぶつをたおして

 

 かいぶつのからだをとって

 

 いせきにいって

 

 かいぶつをたおして

 

 かいぶつをたべて

 

 ……いま、ぼくはどこにいるんだろう

 

 うたがぼくになった

 

 

 ───────────────────────

 

 ころされるかとおもった

 

 なんでぼくのことをころそうとするんだろう

 

 …………あ

 

 こいつ、そうじやだ

 

 なんだ、こんなによわかったんだ

 

 ……こどもをたべるんだよね? 

 

 ……じゃあ、ボクガタベテモイイヨネ? 

 

『……ぅ』

 

 ……? いきてる? 

 

 おかしいな、ちゃんとくびをおったのに

 

 もういっかい……

 

『……ゃ、めて……くれ……』

 

 ……え? 

 

『しに、た……く、ない……』

 

 ……………………

 

『ふふっ』

 

『……ぁ、ぃ』

 

 

 

 

『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!』

 

 

 

 

『……』

 

『今すぐにでも死にそうだって言うのに、生きたい!? そうだよね! まったくその通りだよ!! 腕も足もちぎれて、体が半分斬られても、声を出すのに精一杯だったとしても!!』

 

『自分が生きる為に他を踏みにじるんだ! 悪い事じゃない! 皆やってる事だ! どれだけ聖人ぶってても、必ず誰かが泣いているんだ!』

 

『ああ、感謝しよう! 貴様のおかげでようやくわかった! ()は生きている!』

 

『今! 私は! ここにいる!』

 

 それはそれとしてコイツは殺す。私に生を教えてくれたお礼に、一瞬で

 

 ……ところで、この肉塊はいつから持っていたんだ? 

 

 

 ───────────────────────

 

 憑き物が落ちたような気分だ

 

 ……そうだ。私にとってはどうでもいい。父も、母も、怪物共も、遺跡も、森も。壊れゆく物に何を頓着していたのか

 

 目が覚めた。生きる理由? 無い。強いて言うなら、生きたいからに決まっている。それでいいのか? 良くは無いだろうな。だから、私は壊そう。壊れゆく物を、無に帰す

 

 悲鳴が

 

 退廃が

 

 風化が

 

 私の心を充たす

 

 私の名はエルヴァ

 

 確かに、この名だけは覚えている。同時に、最もどうでもいい記憶だ

 

 歌が、私を祝福している

 

 

 ───────────────────────

 

 ここに来てから、何年経った? 遺跡に入り、最深部の赤い怪物を倒したのが……2年ほど前か。今、私は何歳だ? 

 

 あの二人に捨てられてからここに至るまで……3年か? 

 

 私の心を充たすあの歌が。私の血肉となったあの歌が。今日が私の誕生日だと教えてくれる。なら

 

『10歳の誕生日おめでとう、エルヴァ』

 

 

 ───────────────────────

 

『もしかして、君が例の“黒の墓標”かい?』

 

 ……? スーツを着た男? 

 

 いや、そんなことより。黒の墓標? 

 

『私の……事か?』

 

『さあ? 私も依頼を受けてやって来ただけだしね。詳細が“目”でも掴めないって言う話だし』

 

『……』

 

『おっと、そんな怖い顔しないでおくれよ。私は君と戦いに来たわけでは無いんだ』

 

『知ったことでは無い。私はただ、壊したいだけだ。貴様にその意思が有ろうと無かろうと関係ない』

 

『……ふむ、君は壊す事が好きと。なら私の話を聞くのは無駄ではないと思うよ?』

 

『……なにが言いたい?』

 

『君は“便利屋”を知っているかい?』

 

『……与えられた任務を、相応しい対価さえ払えば遂行する人間の事か?』

 

『そうそう、それ。何を隠そう私もその一人でね。今回、君を連れて来いって言う依頼を受けたんだ。“頭”から直々に。って言うか、私は頭直属の便利屋なんだけどね』

 

『……頭、から?』

 

『その様子だと頭も知っているみたいだね。君もここに捨てられた子供の一人なのかな?』

 

『……頭が私に何の用だ』

 

『是非とも使いたいんだそうだ。“爪”か、“調律者”に』

 

『……』

 

『どうする? どう転んでも、君の好きな破壊が仕事になるはずだよ』

 

『……………………連れて行け』

 

『! ああ、わかった! 良かった、コレで生きて帰れる……』

 

『何をブツブツ言っている? 早くしろ』

 

『あ、すまない。少し驚いてしまってね……ところで、ひとついいかな』

 

『何だ』

 

『その、目や骨のついた赤い剣と、白い蛇の……鎌? は何なんだい?』

 

『遺跡の最深部で手に入れた』

 

 

 ───────────────────────

 

『……やって来てすぐに脳を弄られるとは思わなかったな。アレも取られた』

 

『いや、それはいい……調律者の適性があったのもいい。が、しかし……存外に暇だな』

 

『……都市を巡ってみるか』

 

 

 ───────────────────────

 

 何処も彼処も、心が無い

 

 あらゆる物が手に入る。“翼”の“特異点”によって、彼らは不自由ない生活を送っている

 

 ……幸せには見えない。都市の人間は皆、翼に入るために全てを投げ打っている。己の幸せとなるかも分からないというのに

 

 外郭の人間が都市に入りたがるのもわかる。裏路地の人間が都市の中枢へと、“巣”へと行きたがるのもわかる

 

 ……何も知らぬうちが幸せか。力無き“羽”は、そのうち地に落ちるのが運命だと。思い至らぬうちは幸せだ

 

 

 ───────────────────────

 

『……この時の紅茶は私も気に入っているんだ。空虚の後に淹れる紅茶は、確かに私にも命の味を教えてくれるのだからな。貴様はどう思う? エルヴァ』

 

『……さあな。だが、仕事終わりの紅茶は、確かに良い物だな、“ガリオン”。つくづく貴様は、私と感性が合う』

 

『深い絶望を味わってきた者同士だからだろうな。……絶望に呑まれた私と、絶望を糧にした貴様は、正反対なのだろうがね』

 

『絶望の味を知っているならば、同類と言っても差し支えないだろうよ。こうして語らう事が出来るなら、な』

 

『……そうか……貴様が調律者となって、もう何年経った?』

 

『15年。ここは時の刻みがよく分かるよ』

 

『……時が巡るのもまた、早いものだな』

 

『……さて、私は行くとするよ。美味しい紅茶をありがとう』

 

『そうか。私は次の仕事もあるのでね。もう少しゆっくりしてから行くとしよう。また会おう』

 

『ああ、またいつか』

 

 

 ───────────────────────

 

 それから彼女と会うことは、ついぞ無かった

 

 ……しかし、素晴らしい物を見たのだ

 

 仕事に向かう途中で、“光の樹”が現れた

 

 その光は暖かく、優しく、私達の心に種を植えていった

 

 美しいと感嘆したが、まだ私は種に気づかず、そこを離れていった

 

 ……“L社”のある方角だったな。頭に沿わない研究をしていたという話だったが……こういう事だったのだろうか? 

 

 

 ───────────────────────

 

『……解せないな。何故そのような体になってまで、あの女を守ろうとする?』

 

『……』

 

『貴様の体に足りない物を言ってやろうか? 右脚は貴様の目の前にある。左目は私の掌にある。腹には穴が開いている。ああ、脇腹も抉れているな』

 

『……』

 

『ここまで失って尚死なないとは。その生命力は褒められる物だろうな。ああ、しかし、よく考えてみたまえ。貴様の守るあの女が、私達を呼んだのだ。あの女がやっていた事は、頭に反する事であったが故に、誰かが頭に告発した』

 

『……ぇ』

 

『貴様の守る女が、貴様を傷つけたのと同じ事では無いかね? あの女が生きている限り、貴様はいくらでも地獄を見るぞ?』

 

『……え』

 

『聞こえないかね? あの女の声が。こちらには来れないようにしているが、ああ、よく叫ぶな。貴様には逃げてほしいらしいぞ? 置いて行ってほしいらしいぞ?』

 

『……う……え』

 

『貴様の足掻きは大したものだった。私の連れて来た爪を4人も相手取り、一人残らず殺した。だが見ろ、貴様の灯火は消えかかっているぞ? 今の私は気分がいい。貴様の健闘を讃え、貴様だけは見逃してもいい』

 

『うるせえ!!』

 

『!? 貴様、まだ動くというのか!?』

 

『黙ってりゃごちゃごちゃごちゃごちゃ言いやがって……シロが何してるかは知らねえよ! んな事どうでもいい!! 約束だから、“シロ”を愛しているから、俺はお前に勝つ!!』

 

『……約束だと? 愛だと? ますます解せん。この世界では無意味でしかないと言うのに、そんな物のために貴様は立ち上がると?』

 

『グプッ……ケホッ、ハァ、ハァ……無意味なんかじゃねえ……人は、守るために強くなれるんだ!』

 

『……クク、ハハハハハハハハハハハハハハハ!! 面白い事を言う! ならばやって見せろ、私を乗り越え、証明してみせろ!!』

 

『黙って踏み台になりやがれ、調律者! 俺は“シャーリー”! 頭諸共、てめぇに人の強さを教える男だ!!』

 

 

 ───────────────────────

 

『……成程』

 

『シャーリー! 起きてシャーリー!』

 

『イダダダダダ! 揺らすんじゃねえよバカ!』

 

『シャーリー! ああ、本当に良かった……早く治さなきゃ、掴まれる?』

 

『無理に決まってんだろ、両腕無いんだぞこっちは……』

 

『……ごめんなさい』

 

『いいから、さっさと担いでくれ。起き上がられたら流石に無理だぞ』

 

『……安心しろ、それは無い』

 

『『!!』』

 

『……シャーリーと言ったか。貴様は確かに、人の強さを示した。調律者を打ち倒したのだからな』

 

『……んだよ、急にしおらしくなりやがって』

 

『まあ聞け……私を倒したところで、調律者も、爪も、いくらでもいるのだよ。頭がある限りな……それでも、シロ、だったか。その女と歩むのか?』

 

『当たり前だ! どんだけでも言ってやる、愛してるシロのためなら、どんだけでも戦ってやる!』

 

『シ、シャーリー! やめてよ大声で言うの!』

 

『何時もの事だろうが』

 

『恥ずかしいじゃない!』

 

『……クク、そうか。なら精々気をつけろ、成し遂げる者よ……良い物を見せてもらったよ』

 

『……お前、気持ち悪いな』

 

『ハハハハハハハハハハハハハ! 確かに、私らしくは無いな……達者に暮らせよ』

 

 

 ───────────────────────

 

『……随分と、派手な死に方したみたいだな』

 

『……貴様は……いや、それよりも、ここは?』

 

『何となくわかってんだろ? お前は死んだ。だからここに来たんだ。正確には、世界の中心、終わった物が集まる場所か』

 

『……成程、あれだけ大きな事をしでかしておいて、貴様自身は終わった物語となったのだな』

 

『何だ、知ってんのか……いや、お前も見たんだな、あの木を。何にせよその通りだ。俺はもう舞台から降りたんだよ。“カルメン”と一緒にな』

 

『……で、何故貴様は私と話している? カルメンとやらの所に行けば良かろう』

 

『舞台から降りたんだ、観客になっても良いだろ? それに、俺達の成した物を見届けるのは道理だ、違うか?』

 

『……それもそうだな。して、結果はどうだ? 期待通りになったかね?』

 

『期待以上だ。お前みたいな奴が、人の愛やら何やらを理解出来るようになったんだからな』

 

『クク、成程。貴様の仕業だったか、らしくないと笑ってしまったぞ』

 

『本当に気持ち悪かったぜ、あのお前……さて、話を変えよう。ここに来た奴には2つの道がある。ここより奥へ行くか、ここから出て行くかだ』

 

『……出て行った先は誰にも分からない、という事だな?』

 

『その通り。俺も見てないし、カルメンはさっさと奥へ行っちまった』

 

『ならばこそ、答えは一つだ。ではな、舞台役者よ。私は次へ向かう……もしガリオンに会うことがあれば、そう伝えておいてくれ』

 

『はいはい、さっさと行っちまえ。俺はこう見えても忙しいんでな』

 

 

 

『……ああ、次はどんな物語を見れるのか……今の私なら楽しめそうだ』




以上、エルヴァ君ことカムラ君の昔語りでした。

次回からちゃんとありふれに戻りますのでご安心ください。

質問等、お待ちしております。


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考察、誓い、そして迷宮へ

前回の要約とベヒモス戦前まで。

また……長くなってしまった……

申し訳ありません。


「……と、言ったところだが……ふむ」

 

 話を終え、2人の表情を見るカムラ。紅茶もどきを一口飲み、溜息と共に言う。

 

「……幸利然り、恵里然り、この話をすると呆然とするな。つまらない話だっただろうから、無理も無いがね」

 

 こう言うと、二人は目を見合わせ、台詞を合わせたかのように言う。

 

「……えっと、その、なんて言うか……ね?」

 

「……そうですね、情報が多すぎて……整理致します。カムラ様は、幼い頃に、人が住む事が到底出来ない場所に捨てられ、魔物より凶悪な怪物と戦いながらサバイバル生活をしていた」

 

「概ねその通りだな」

 

「……何度も死の淵に立ちながらも生きてきた、という事ですね?」

 

「何度か精神がやられそうになったが、掃除屋を始末した時、何とか生きる意味を見出した様な物だ。壊す事で、生を感じるようになった。一応、今もその価値観は、私の心に深く根付いているよ……」

 

「……うん。生きる為には、仕方なかった事だよね? そう考えなきゃ、カムラ君が壊れてたんだもんね?」

 

「まあ、な……あの川の水がいけなかったな。渇きを潤す為に、深淵を覗いたのだからな。おかげで、特異点に近い力を手に入れたが……失った物の方が多かった」

 

「……重力も、時間も操り、次元をも飛び越える。閉じられた物を開ける事も、思い通りの生物を創る事も自在。そんな26ある超技術を特異点と言い、それぞれ翼なる組織が保有していた」

 

「それらの先頭に立ち、規律を敷いてコントロールする頭や、監視する目も存在していたな」

 

「……都市に住んでいる人は、自由が無かったんだね……こういうのをディストピアって言うのかな?」

 

「都市以外も大概だがね。私の産まれた裏路地はいわゆるスラムそのものだった。正義や道徳なぞまかり通る事が無い程荒れていた。危険に対抗する為に、特異点の様な素晴らしい発明もまた、生まれていたが」

 

「……えっと、頭はカムラ君をスカウトしたんだよね? 便利屋って人に頼んで」

 

「あの世界の便利屋は、対価さえ払えば、倫理に背く事すら確実に遂行する。時々、私も驚く程の怪物がいたな。赤い霧と呼ばれる便利屋がそうだった」

 

「そしてカムラ様は便利屋に連れられ、頭の指令を受けて、頭に背く者を爪と滅ぼす調律者となった」

 

「ああ。言うなれば現場指揮官の様な物だった。特異点を使い、二度と歯向かう事の無いようにするのが、我々の役割だった」

 

「……しかし、カムラ様は」

 

 

 ……淡々と問答を繰り返していた3人だったが、メルの一言で静まり返る。香織もメルも、沈鬱な表情となり俯いている。

 

 カムラはいつもの無表情で沈黙を破る。しかし、その目の奥には、尊敬と、僅かな羨望が宿っている。

 

「……見誤っていた。人が人の為に、どれだけでも強くなれるなど、あの世界では戯言でしかなかった……しかしシャーリーは、私に見せてくれた。あの時初めて、人間の素晴らしさを見たのだよ」

 

「……だからカムラ君はあの男の子に言ったんだね。次は君が守れって」

 

「……そういうことになる……私が地球に産まれ、ここに生きているのは。それを知るためだろうな……実際、何かが変わってきているのだよ。私の中の何かが……貴様らのおかげでね」

 

 ゆっくりと、やれやれといった風に首を振る。考え込んでいる様な2人はしかし、カムラの次の一言で顔をバッと上げた。

 

「……コレを貴様らに話したのは、私なりの信頼の証だ」

 

「「!!」」

 

「理解せずとも良い。無理に共感する必要も無い……貴様らになら、話して良いと思ったのだから話したのだ。例え、私から離れる事になろうともな」

 

「……そんな」

 

「これを聞いてどうするかは、貴様らの判断に任せるよ」

 

 カムラは、己の所業がどういったものであったのか、地球の常識を知って理解している。

 

 自分の楽しみの為に、他の人間を殺戮してきたと告白した今、何を言われてもおかしくないと理解しているのだ。

 

 特にメルには、騙したような形になっているのだから。良心と言う物が、微かとはいえしっかりと芽生えているのだ。

 

 

 故に。

 

「……ねえ、カムラ君」

 

「……ああ」

 

「カムラ君は、変わりたいんだよね?」

 

「……」

 

 傍に来て、カムラの右手に両手を添える香織の温もりが、とても心地よく感じられた。

 

「……ああ、その通りだ。私は、人間の強さというものが……有り体に言えば、欲しいのだよ」

 

「……じゃあ、さ」

 

「うん?」

 

「私にも手伝わせてくれないかな? カムラ君が変わろうとする手伝い」

 

「……私自身にも終点が見えない、真っ暗な道だぞ?」

 

「一緒に連れて行って。カムラ君は、前は一人で頑張って来たんだから。誰かを頼るのも、人の強さだよ?」

 

 真っ直ぐカムラの目を見据える香織。普段は何もかもを吸い込むような漆黒の瞳が、今は吸い込まれている。

 

「カムラ様」

 

 声のする方に目を向ける。メルが、穢れの無い雪を思わせる銀の瞳で見ている。

 

「私は、カムラ様に救われたのです。一人で世界と戦う勇気が無かった私に、道を示してくれました……全てを捧げると言った事を、訂正するつもりは毛頭ありません」

 

「……私は手助けをすると言っただけだ。貴様の道は依然暗い。放り出しただけの無責任な男に、貴様の全てを捧げ程の価値はあるのかね?」

 

「灯りは与えてくれるのでしょう? ……それに、想いを半分持ってくださると言われた事、覚えていますよ」

 

 ……二人の言葉を聞いて、カムラは呟く。

 

「……本当に、君達に会えて良かった。ありがとう」

 

 呟きは明瞭で、傍の香織にも、少し離れたメルにも確かに届いた。二人は微笑む。

 

 カムラはティーカップを置き、右手を香織の両手から抜き取る。そして、右手を下に、左手を上にして手を合わせる。

 

「受け取ってくれ。私のささやかな感謝の気持ちだ……『幻想抽出』」

 

 途端、カムラの手の中で白い光が輝くように見えた。正体の掴めない何かが手の中に形作られていく。香織にも、メルにも、第六感でそう感じられた。

 

 徐々に白い光が視覚において明瞭になっていき、すぐに消えていく。カムラが手を開くと、そこには桜を模した簪が二つあった。

 

「川の水を飲んでから使える様になったものだ。武器なんかも作る事が出来るが……とりあえず、二人にコレを渡しておこう。何かしらの効果はあるはずだ」

 

 

 その後、香織を部屋に送っていった。ついでに、香織をストーカーしていたから柱を幾つか刺しておいた檜山を治した。

 

 

──────────────────────

 

 さて、時は移り、オルクス大迷宮に挑む時がやってきた。

 

 入場受付の様な物もあり、ここで死傷者の管理のため、ステータスプレートを見せることになっているらしい。

 

「もうちょい陰鬱な感じを想像してたんだがなぁー」

 

 と、幸利は不満気だった。

 

 ちなみに、今回の訓練で、幸利はカムラ、メルと同じパーティーである。

 

 理由として、彼の交流の無さ、そしてステータスがある。

 

 

=======================

清水幸利 男 17歳 レベル:───

 

天職:闇魔導師、爪

 

筋力:───

 

体力:───

 

耐性:───

 

俊敏:───

 

魔力:───

 

魔耐:───

 

技能:闇属性適正[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇][+洗脳操作][+完全幻覚]・言語理解・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・爪の権限

=======================

 

 

 幸利は、自分が異世界で無双するという妄想を何度もしてきた。自分が主人公として活躍する妄想をだ。彼は、その程度にはオタクなのだ。

 

 しかし、色々目を瞑ればThe・主人公な光輝や、寧ろ元主人公兼現裏ボスとも思える親友の存在が、それを妄想に留めていたのだが。

 

『……これは……無いだろ……』

 

 流石に、呆然としてしまった。無双出来るような力を、こんな形で手に入れるとは思わなかったのだから無理もない。カムラの話から“爪”の存在は知っていたため、即座にカムラに相談したのだが、

 

『……待て、これは流石におかしいだろう』

 

 当のカムラも混乱していた。

 

 最初は他の勇者一行と同程度のステータスで、爪は勿論闇魔導師なんて天職もなかったのだが、急にこんな事になってしまった。原因は不明だが、カムラ曰く、

 

『この世界に来て、私が特異点を制約なしに使い始めたからか……?』

 

 との事。

 

 そんなわけで、同じく異常なカムラとパーティーを組むことになったのだ。

 

 

「ま、ステータスの高さに助けられてる感はあるけどな」

 

「私と組手をするのも良いやもしれんな」

 

「歴戦の化け物と組手して無事で済む気がしないんだが?」

 

「時の特異点がある」

 

「大怪我前提じゃねぇか!」

 

「あ、その組手私も参加してよろしいでしょうか?」

 

「私は構わん」

 

「……メルさんもしかしてバーサーカー?」

 

「何を仰いますか。戦うのが好きなだけですよ」

 

「いや、それをバーサーカーって言うのな?」

 

 オルクス大迷宮に入り、最後尾で進むカムラパーティー。前のパーティーの撃ち漏らしを、幸利とメルが狩り尽くしている。

 

 メルは、踊るような鮮やかな動きで、魔物の首を短剣で切り落としていく。遠くの魔物の脳天に、投げナイフの要領で短剣を刺したりもしている。

 

 彼女の使う短剣は、諸事情で手に入れた錬成を使って作成している。いざとなったら足元の岩石からも作れるとか。

 

 カムラに及ばないものの、無表情がデフォルトなメルだが、今はかなりイキイキしている。楽しそうだ。

 

 ちなみに、メルは普段から着ているメイド服での参戦だ。ニコニコ笑いながら首を切り落としていくメイドさん。控えめに言って怖い。

 

 一方の幸利は、身体能力で魔物を倒していく。殴る蹴るで肉塊になっていく魔物達が哀れである。時々闇魔法で洗脳し、同士討ちさせたりもしている。

 

 最初は肉が潰れる感覚を気持ち悪がっていた幸利だが、徐々に慣れてきて、今では余裕の表情だ。カムラやメルに対するツッコミも忘れない。毒されてきているとも言う。

 

 周りの目が中々面白い事になっている。放課後、食べ歩きながら談笑するかの様な気安さで魔物を倒していくのだから、恐ろしいだろう。メルド含む騎士達の表情も引き攣っている。

 

 なお、カムラはかなり暇している。幸利とメルの現在の強さを見るためだ。今の評価は、

 

「貴様ら二人で、戦争は終わるのではないかね?」

 

 といったところ。荒削りだがポテンシャルが高い幸利と、経験値が高く慣れているメル。本当に二人で終わらせそうだ。

 

 

 そんな三人の様子を、先頭の光輝率いるパーティーから見ている香織。カムラに貰った桜の簪を忘れずに刺している。こっそりと、同じパーティーの親友から話しかけられる。

 

「……香織、昨日告白でもしたの? カムラに」

 

「わっ!! え、恵里ちゃん……うん」

 

 “中村恵里”。ナチュラルボブが良く似合う、少々粘着質な声の少女だ。

 

 周りをよく見る少女で、香織がカムラに恋心を抱いているのに一番早く気づいたのは彼女だった。

 

 そこから香織は、幸利と同等にカムラと仲の良い恵里に、様々なアドバイスを求めた。その縁から、今では親友と呼べる間柄となっているのだ。

 

「その感じだと、上手くいったみたいだねぇ? もう付き合ってるの?」

 

「……ううん。やる事があるから少し待って欲しいって」

 

「へ〜。でもカムラにそこまで言われるって相当だよ? いい返事貰えると思う」

 

「そ、そうかな……」

 

「うんうん、だからそんな心配そうな顔しなくても大丈夫だよ。返事するまで簡単には死なないだろうし」

 

「……えへへ、ありがとね、恵里ちゃん」

 

「どういたしまして」

 

 等、危険な迷宮の中とは思えない騒がしさで、一行は徐々に下へと進んでいく。

 

 

───────────────────────

 

 そして、今回の目的地である20階層。次へと繋がる階段を見つけた時、今回の訓練は終了となる。

 

 異世界召喚された勇者達のハイスペックさで、着々と魔物を蹴散らし、魔石を回収していく。大迷宮の名に違わぬ広さだが、マッピングは47階層まで済んでいるので迷うことも無い。トラップの心配も無いはずだった。

 

 そして、階段手前の部屋は、まるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。

 

 そこを抜ければ今日の訓練は終わり。弛緩した空気の中、狭い通路を縦列を組んで進んでいく。と、先頭に立つ光輝達やメルドが立ち止まり、武器を構えた。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルドの忠告が飛ぶ。

 

 その直後、前方でせり出していた壁が、突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやら、カメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 メルドの声が響く。光輝達が相手をするらしい。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

 

 龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸う。

 

 そして、

 

「グゥガガガァァァァアアアア────!!」

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 体をビリビリと衝撃が走り、ダメージはないものの硬直してしまう。ロックマウントの“威圧の咆哮”。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる固有魔法だ。

 

 直に食らった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。

 

 ロックマウントはその隙に突撃するかと思えば、サイドステップして傍らにあった岩を持ち上げ、香織達後衛組に向かって投げつけた。

 

 見事な砲丸投げのポーズであったため、カムラは感心した。

 

 動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。

 

 香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないためである。

 

 しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的な光景に思わず硬直してしまう。

 

 投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中でこれまた見事な一回転を決め擬態を解いた彼らは、香織達に向かって飛び込んでいく。

 

 幸利が「すげぇ、ル○ンダイ○だ!」と感嘆している。血走った目で、「か・お・り・ちゃ~ん!」とでも言わんばかりに飛び込んで来るロックマウントに、思わず「ヒィッ!」と悲鳴をあげ、魔法を中断する後衛組。

 

 次の瞬間、無数の黒い閃光が走り、ロックマウントは見るも無惨な肉片と化した。別の意味で悲鳴があがった。香織達の背後には、

 

「油断している者から死んでいく。世の常だぞ?」

 

 呆れたように言うカムラが立っていた。血飛沫に気分が悪くなったのか、青白い顔で香織がお礼を言う。

 

「あ、ありがとう、カムラ君」

 

「礼は要らん。友や家族を守っただけだ」

 

 心なしか、カムラの纏う雰囲気が優しげである。

 

 ふと、二人の親友である“谷口鈴”が、驚いたように言う。

 

「……え? カオリン今、名前……」

 

「え? ……あ」

 

 言われて、香織は一瞬で顔が真っ赤になる。ニヤニヤしながら、カムラに近づく恵里。

 

「告白したって言うのはマジだったみたいだね? カムラ」

 

「ああ、確かにされたな。返事は待ってもらっているが」

 

「え、え、嘘、本当に!? 遂に!?」

 

「す、鈴ちゃん、静かにして!」

 

 カムラを中心に姦しい四人。さっきまでの恐怖やら何やらは、恋バナでどこかに消えたらしい。

 

 と、遠くで破壊音。見れば、勇者が雑魚相手に崩落の危険性を考えず、大技を使ったらしい。香織達の方へ「もう大丈夫!」とでも言いたげな顔を向けるが、即座にメルドに拳骨を貰い、叱られている。

 

「……カムラ、真性のバカって治せる?」

 

「その様な機械はあったかもしれんが……真性は無理だろうな」

 

 恵里の問に、苦虫を噛み潰したような顔で答えるカムラ。珍しく悔しげである。

 

「……ん? メルさん、アレなんだ?」

 

 幸利が、先程の衝撃で崩れた壁を指さし、隣のメルに聞く。それに気づいた全員がそれを辿ると、何やら美しい青白い石が。女性陣がうっとりしていると、メルの解説が入る。

 

「あら珍しい。グランツ鉱石ですね。特殊な効力はありませんが、その美しさから貴族が愛用しています。プロポーズにも使われますね」

 

「へ〜、確かに綺麗なもんだな」

 

「特殊な効力はありませんので、贈られた相手が清水さんを好きになる、と言った様な事はありませんよ?」

 

「いや言われなくてもわかってるから! メルさんの中で俺ってどうなってるんだ!?」

 

 メルと幸利の漫才の中、香織は顔を赤く染め、カムラをチラチラと見る。親友の雫や鈴、恵里は微笑ましそうにそれを見ている。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 と動き出したのは檜山だった。メルドの制止も聞かずに、ひょいひょい登ってグランツ鉱石を目指す。が、トラップを発見するためのアーティファクト、フェアスコープを使っていた騎士団員の一人が叫ぶ。

 

「団長! トラップです!」

 

「ッ!?」

 

 しかし、止めようとしたメルドも、騎士団員の警告も、柱を用意しようとしたカムラも、一歩遅かった。

 

 檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられ、不用意に触れた者へのトラップだ。

 

 召喚された日の様に、部屋全体に魔法陣が広がった後、強い光を放ち、カムラ達は消えた。

 

 消える前の、

 

「……彼奴は殺した方がいいかもしれんな」

 

 というカムラの呟きが、やけに明瞭に残った。




幸利君、爪に就職。やったね幸利君!調律者の部下ポジゲットだよ!

なお、カムラ君と恵里ちゃんの関係についてはもう少しお待ちください。

少なくとも、この小説は恵里ちゃん救済ルートも走ります。


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舞台は彼の手の上で

こじつけにこじつけを重ねた凡人の作品です。

よろしくお願いいたします。


 召喚されたあの日と同じ様に光に包まれ、一瞬の浮遊感が止むと、百メートルはある広い石橋の上にいた。横幅は二十メートルほどで、少しでも足を滑らせてしまえば、一直線に奈落である。

 

 カムラ達は、その橋の中間にいた。橋の両端は、それぞれ奥への通路と上への階段に繋がっている。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 階段を確認したメルドが号令を飛ばす。それによってようやくわたわたと動き出す生徒達。

 

 しかし、迷宮のトラップがこれで終わるはずもなく、生徒達の進路に魔法陣が出現、大量の骸骨が召喚された。

 

 さらにその反対には、十メートルはある巨大な魔法陣。そして、そこから召喚された巨大な魔物を見たメルドの、呻くような呟きが、やけに明瞭に響いた。

 

「まさか……“ベヒモス”……なのか……」

 

 

 目の前の魔物に混乱している生徒達や、ベヒモスなる魔物の雄叫びに我に返り、部下に指示を飛ばすメルド。そして、制止を聞かずに立ち向かおうとする光輝。

 

 その様子を見ていたカムラは、何かを思い付いた様に動き出した。

 

 最初に、真っ先に骸骨の魔物、“トラウムソルジャー”と戦闘している幸利の下へ。

 

「幸利」

 

「ああ、なんだ!? 見ての通り大混乱に陥ってる奴らのフォローに奔走してんだが!? ……って危ねぇ!」

 

 混乱の中で突き飛ばされたらしい女子生徒。彼女に剣を振り下ろそうとしたトラウムソルジャーを、幸利は全力で蹴り飛ばし、女子生徒を立ち上がらせる。

 

「おい、大丈夫か!」

 

「あ……うん」

 

「落ち着いてやりゃ、あの程度どうともねぇだろチート共! クールに頑張れ!」

 

「……うん、ありがとう!」

 

 前線に戻る女子生徒を見守った後、カムラに向き合い、用件を聞く。その内容に、顔を顰める幸利。

 

「……お前、マジで言ってんのかよ」

 

「大マジだとも。むしろ、こうでもせんと彼奴等は理解せんよ」

 

「白崎さんはどうするんだよ」

 

「フォローはしておく。恵里にも言っておくつもりだ」

 

「……はぁ〜、そうかよ。俺は好きにしていいんだな?」

 

「うむ。ある程度は面倒を見ておいてくれるのならな」

 

「はいよ……んじゃ、またな」

 

「ああ、後を頼む」

 

 そう言って走っていくカムラの背中を見送る幸利。一言、

 

「……発想が悪魔だな」

 

 とだけ呟き、前線に戻って行った。

 

 

 次に、同じくトラウムソルジャーを止める為に奮闘するメルの下へ。

 

「カムラ様」

 

「メル、予想外の事が起こったが、むしろ丁度いい。ここで離脱するぞ」

 

「方法は」

 

「奈落に飛び込む。そうなるように誘導しておく」

 

「私はそれまで何を?」

 

「現状維持だ」

 

「かしこまりました」

 

 目線だけ合わせ、指示を出す。了承の意を受け取り、一つ頷いて次に向かう。

 

 

「恵里」

 

「うわ、びっくりした。何か用?」

 

 カムラは、メルドと一悶着起こしている光輝を眺めている恵里に話しかける。

 

「所用があってな、私はここでメルと共に離脱する」

 

「あ、そう。それで? 僕に何を頼むの?」

 

「方法が方法なのでな。釘は刺しておくつもりだが、暴走するやもしれん。香織のフォローを頼みたい」

 

「嫌な予感しかしないな〜。まあ、任されたげるよ」

 

「感謝する」

 

「いいよいいよ。家族の頼みだもん……ああ、でも後で何かしてよね」

 

「次会う時まで考えておいてくれ」

 

 そうして、香織の下へと走るカムラを見送る。

 

「……ふふっ」

 

 その笑みに何が隠されているのか、カムラは知る由もない。

 

 

「光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

 

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

 

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 香織の近くへ行くと、こんな会話が聞こえた。話を聞いている限りだと、光輝はどうやらメルドを置いて撤退すると言うのが納得いかないらしい。

 

 龍太郎が光輝と共に戦う意思を示した事で、ベヒモスなる魔物への敵意が強くなる。雫の諌めようとする言葉も聞こえていないらしく、雫も苛立っている。

 

 “聖絶”と言う魔法による防御も、そろそろ持たない。

 

 カムラは慌てる香織の傍に立ち、香織にだけ聞こえるように話しかけた。

 

「香織」

 

「ッ! カムラく……」

 

「喋るな。奴らに悟られるな。わかったなら首を縦に振れ」

 

 緊張の中で想い人に話しかけられたからか、大声を出しかけた香織の口を、左手の人差し指で抑える。カムラが香織の肩に腕を回す形になっているため密着度が高い。香織は思考がオーバーヒートしそうになるが、かろうじて首を縦に振った。

 

「昨日君が聞いた様に、私はここで抜ける……香織、私を信じていてくれ。私はそう死ぬことは無い。何があったとしても冷静に、私は生きていると信じて待っていろ。昨日の返事もまだだからな」

 

 カムラは一字一句、ゆっくりと語りかける。香織が首を縦に振ったのを確認し、優しく微笑みかける。そして、メルド、そして光輝の下へ駆け出した。

 

 

「貴様ら、アレは私が何とかしよう」

 

「虚時!? 何故ここに……」

 

「そんな事はどうでもいいだろう。光輝、貴様は後ろの騒動を収めてこい。ベヒモスと言ったか、アレは貴様がどうこう出来る物ではない」

 

「なっ……」

 

「生きたければ、逃げるのもまた一つだ……と言っても、貴様は理解せんだろうが。とにかく、貴様ではアレを止められんのだよ。故に私が何とかしよう」

 

「何を言っているんだ! 訓練にも参加しない君に出来る筈が……」

 

「下がれぇ──!」

 

 メルドが叫ぶ。それと同時に、障壁が砕ける。ベヒモスはそのまま突っ込んでくる……かに思われたが。

 

「無駄だ」

 

 赤い柱がベヒモスに向かって飛んでいき、脳天に直撃。ベヒモスは凄まじい勢いで飛んでいき、橋に落ちた。巨体が落ちた衝撃で橋が揺れる。

 

「メルド、ある程度弱らせた後で魔法を叩き込め」

 

「何!? お前はどうするんだ!」

 

「その時に走って離脱する」

 

「……くっ、すまない! 光輝、逃げるぞ!」

 

「そんな! 訓練もしていない虚時がやれるなら、俺だって……」

 

「馬鹿言うな!! 坊主が訓練に参加していなかったのは、必要が無いからだ! 実際、俺含めてここにいる騎士隊員が束になっても敵わなかった! 今この状況を何とか出来るのは、坊主ぐらいだ!」

 

 メルドと光輝はカムラの方へと目を向ける。先程ベヒモスをぶっ飛ばした柱を幾つも周囲に浮かしているカムラと、苛立った様子でカムラを見るベヒモス。その威圧感は、誰も入る余地は無い。

 

「わかったならさっさとしろ!」

 

「……はい」

 

 しぶしぶと言った形に引き下がる光輝。勇者パーティーが離脱したのを確認するカムラ。その隙を突き、ベヒモスは角を赤熱させて突進するが、今度は白い柱でぶっ飛ばされる。尚も立ち上がるベヒモスを、改めて見上げるカムラ。

 

 十メートルはある巨体。その姿は、例えるならトリケラトプス。爪や牙が鋭く、頭部の角から炎が放たれている。

 

「貴様程の生物と戦うのは……久方ぶりだな」

 

 不敵に笑うカムラ。心なしか、ベヒモスは一歩後ずさった。それは……生存本能故だろうか。

 

「逆に言えば、貴様程度なら、外郭によくいた、ということになるがね。まあ、何にせよ……」

 

 一歩踏み出すカムラに、さらに一歩後ずさるベヒモス。その瞳には、困惑と、恐怖が宿っている。

 

「貴様の墓標は、私が用意しよう。何色がいい?」

 

 赤、白、黒、青。それぞれの色に光る柱が二本ずつ、カムラの周りを浮遊していた。

 

 

 ───────────────────────

 

 メルは奮闘していた。愛用の短剣と、独自に生み出した格闘術を駆使し、トラウムソルジャーを粉々にしていた。主人から貰った簪を刺してから、どうも調子がいい。体が軽くなったようだ。

 

 先程、ようやく事態に気づいた勇者が戻ってきて、メルドが激励を飛ばした事で、これまたようやく訓練通りの隊列を組めるようになった生徒達を、冷めた目で見ていた。

 

(今の今まで死を覚悟していなかったのでしょうか……こんなのを呼びつけるなんて、クソ神は何を考えているのでしょうか。マトモに戦えているのは清水さんぐらいじゃないですか……)

 

 依頼で戦場に立つこともあったメル。最初から覚悟ガンギマリで戦っていたので、勇者達が何故怯えているのか理解出来ていなかった。

 

(……それはそれとして、カムラ様は何を……)

 

 そう思い、反対側で戦っているカムラを探したのだが。

 

「……はい?」

 

 動きが止まった。その隙に斬りかかられるが、幸利がその前に助けに入る。

 

「何してんだメルさん。らしくない」

 

「……ありがとうございます、清水さん。その、アレを見ると……」

 

 指を指す方向を疑問顔で見る幸利。そこには、もはや瀕死のベヒモスと、腕を組み、余裕そうに立つカムラがいた。

 

 ベヒモスの脚には何本もの柱が刺さり、角は綺麗に折られている。ほとんど動けないベヒモスを、カムラは人外の腕力を持ってひたすら嬲っていた。その惨さは、ベヒモスに同情してしまう程。カムラの顔が活き活きしているのも、また拍車をかけていた。

 

「……よくあるやつだ。気にしたら負けだぜ、メルさん」

 

「……ですね」

 

 戦闘しながらそんな会話をする二人。流石と言うべきか、幸利は非常に慣れている。

 

 すると、

 

「お前ら! 魔法をありったけ打ち込め!」

 

 と言うメルドの号令が響く。様々な属性の魔法が、ベヒモスを打ち付ける。カムラはその隙を見て駆け出した。その一瞬、メルとカムラの目が、確かに合った。

 

「……そろそろのようです。清水さん、ご健闘を」

 

「お互い様だ。アイツがいるなら大丈夫だろうが、気をつけてな」

 

 一人の少年から繋がった縁。方や少年の親友。方や少年の付き人。しかし、二人の間には、友情が芽生えているのは、気の所為ではないだろう。

 

 メルはカムラの方へと駆け出し、幸利は避難を終えたクラスメイト達の方へと走る。トラウムソルジャーを召喚し続ける魔法陣を破壊するのも忘れなかった。

 

 

 カムラは、メルがこちらにやって来るのを捉え……その奥に、檜山がほの暗い笑みを浮かべているのを見た。

 

 途端、一つの火球がメルの背中で爆ぜた。予想外の方向からの攻撃に、メルの意識は途切れた。

 

「なっ、メル!!」

 

 焦った顔でメルに駆け寄るカムラ。命に別状は無い様だ。しかし、火球が一つ、今度は橋にぶつかり、先程の戦闘でボロボロだった橋が……遂に倒壊した。

 

 瀕死のベヒモスは、もがく元気も無いのか重力に任せて落ちていく。

 

 メルを抱き上げたカムラは、瓦礫を飛び移って上を目指すが、再び火球が襲い来る。両手が塞がっているために振り払う事も出来ない。メルを庇い、頭突きで相殺したが、その頃には足場に出来る瓦礫も無く、カムラも落ちていく。

 

 遠ざかる光に、生徒達の青ざめた顔を見て、カムラは静かに嗤った。ただ、香織の悲痛な表情には、流石に顔を顰めたが。

 

 ───────────────────────

 

 どこか遠くで聞こえていた悲痛な叫び。それが自分のものだと理解するのに、香織はかなり時間がかかった。

 

「いや、離して! カムラ君が! 助けに行かないと!! 離してぇ!!」

 

 飛び出そうとする香織を、雫と光輝が必死に羽交い締めにする。が、香織は全力で引き剥がそうとする。細い体のどこにそんな力があるのかと疑問を覚えてしまう程だ。このままでは、香織の体が壊れてしまう。

 

 しかし、離してしまえばそのまま飛び降りてしまうだろう。目の前で死にゆくのを見て余裕が無くなったのか、信じて待てと言う言葉は消えているらしい。それほどに必死で、香織の表情からは、普段の穏やかさが見る影も無くなっていた。

 

「香織っ、ダメよ! 香織!」

 

 雫は香織の気持ちが分かっているからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶことしかできない。

 

「香織! 君まで死ぬ気か! 虚時はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」

 

 それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない言葉だった。

 

「無理って何!? カムラくんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

 どれだけ強かろうとも、奈落に落ちてしまえば死ぬだろう……クラスメイト達はそんな風に考えているらしく、誰一人としてカムラの生存を諦めている。騎士団の面々も、悔しげな表情だ。

 

 故に、香織の叫びも、絵空事としか思えなかった。

 

 メルドが仕方なく、香織を気絶させようと近づくが、その前に一人の女子生徒が香織の隣に立つ。

 

「ねえ、香織。あれぐらいでカムラが死ぬって本当に思ってるの?」

 

 恵里である。何時になく真剣な表情で香織に語りかけると、香織は力を込めるのをやめ、恵里の言葉に耳を傾ける。

 

「恵里……何を言っているんだ、あの高さで無事な筈が」

 

「黙っててよ役立たず。香織、カムラに何を言われたか覚えてないの? アイツの事だし、信じて待て、みたいな事言ってたんじゃない?」

 

「……うん、言ってた」

 

「じゃあ待ってなよ。カムラは、そうそう約束を破らないよ」

 

 恵里の言葉に頷く香織。泣き腫らした顔だが、何とか吹っ切れた様な、清々しい表情だ。

 

 それを見て安心したメルドは、突然の暴言に放心していた光輝に指示し、脱出を促す。光輝もそれに従い、先頭に立ち生徒達を引っ張る。

 

 しかし。死を目の当たりにして、絶望する者があまりに多かった。良くも悪くも目立っていたクラスメイトの死、先程までの香織の叫びが、確かに生徒達の心を抉っていた。

 

 橋を見つめて茫然自失となる者も、「もう嫌!」と泣き崩れる者も。カムラが奈落に落ちた事は、生徒達に影をもたらしていた。

 

 そんな様子を、幸利は傍観している。親友から聞かされた計画を思い出しながら。

 

(……やっぱアイツ悪魔だろ……死んだと思わせて絶望を与えるって……並の人間が思い付く事じゃねぇんだよ、あのドSめ)

 

 奈落の底で親友が嗤っている気がした。自分達がいつ死んでもおかしくないと認識させるという話だったが……彼の趣味も入っているだろう。そんな気がしてならない。

 

(……まあ、今はともかく脱出だな。んで帰って……恵里やメルドさんと話し合えって言ってたな。今後の方針を)

 

 気にしていても仕方ない(気にする必要も無いし、気にしたら負け)ので、カムラの指示を遂行するために、今後の計画を立てる。途中で完全に苦労人ポジに落ち着いた事に気づいて少し絶望した。

 

 

 ───────────────────────

 

 落ちながら、カムラは考える。

 

(概ね計画通りだったな。あの少年が私ではなく、メルを狙ったのは誤算だったが)

 

 何故、檜山がカムラではなくメルを狙ったのか。それは本人以外に知ることは出来ないだろう。カムラは、メルが目を覚ましたら真っ先に謝るつもりである。

 

(……香織にも、まずは謝らねばなるまい)

 

 カムラの脳裏には、悲痛な表情で自分を呼ぶ香織が浮かんでいる。

 

 正直なところ、彼女にも死を覚悟しておいて貰いたかったカムラ。最後まで自分を案じてくれていた香織に対し、甘いと断じた。

 

 しかし、甘いと言ったのは彼女の優しさだけではない。

 

(……この私が、ああまで絆されるとはな……これも人の強みだろうか)

 

 名残惜しいと感じてしまった、自分自身もまた、甘いのだと。

 

 悪い心地はしない。求めていた物が近くなったようで、むしろ嬉しさすら感じる。

 

 今、カムラは確かに、“分かち合える愛情”が、自分の心に芽生えた事を自覚した。




檜山がどうなるかはもうちょいお待ちください。


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奈落の底にて怪物は産まれ、幻想は命を持つ


奈落に落ちた二人の一日目。半分くらいダイジェストです。


「……う、ん」

 

 何かに揺られている様な感覚に、メルは目を覚ます。誰かにおぶられているような、そんな揺られ方。

 

「気がついたか」

 

「……カムラ、様?」

 

 前方すぐ近くから、自分の主人の声がする。目を開けてみれば、確かにカムラがいる。どうやら、気絶していた自分を背負っていてくれたらしい。

 

 周りを見回せば、ぼんやりと明かりがある洞窟の中。記憶が正しいのなら、オルクス大迷宮の奈落の底だろう。

 

「背中に違和感は無いか?」

 

「? いえ、特には……あれ?」

 

「貴様が目覚める前に治しておいた……配慮が足りなかったな。まさか、貴様に向けて攻撃するとは思わなかった」

 

「……そうでした。私は確か、カムラ様の下へ走っていて、それで……」

 

 意識がはっきりとしてくるにつれ、気絶する前の事を思い出してきた。何者かの魔法が背中に当たって、そして……

 

「あっ」

 

「うん?」

 

「も、申し訳ございません! すぐに降りますから……」

 

 今更ながら、主人に背負われている事を思い出し、降りようとする。が、カムラは離さない。

 

「いい。色々あって疲れただろう。それにこれは、私なりの謝罪の気持ちだ。配慮が足りぬ故に、貴様を傷つけてしまったのだからな」

 

「で、ですが……それは私の油断もあります。カムラ様が悪いわけでは」

 

「……はぁ、ならば命令だ。メル、そのまま背負われていろ……後で、今までより動く事となる。今はよく休め」

 

「……かしこまりました」

 

 主人に命令と言われてしまえば、反抗する事もできない。ので、大人しく揺られる事にする。心臓がうるさいのは、どうにもなりそうもないが。

 

 早鐘を打つ心臓を落ち着かせようとしながら、ふと、メルは気づく。

 

「カムラ様、髪切りました?」

 

「ん? ああ、一つの区切りとして丁度良いと思ってな。元は面倒で伸ばしていたのだが……それはそれで鬱陶しくてな」

 

 そう、今まで腰まであった長い黒髪を、バッサリ切ってしまっていたのだ。美女と言われてもおかしくない顔立ちだったが、髪が短くなった事により、男らしさを感じられる様になった。

 

 美女から正統派なイケメンへのクラスチェンジである。ちなみに、現在の髪型は所謂ツーブロックというやつに近い。素材がいい分、わかりやすくイケメンになったカムラである。

 

 

───────────────────────

 

「そういえば、メルよ」

 

「はい」

 

「こんな物を見つけたのだが、心当たりは?」

 

 そう言ってカムラは、どこからか石を取り出す。青白いバスケットボール程の鉱石。何故か水滴が滴っている。

 

「……いえ、このような鉱石は見たことがありません。魔力の様な物は感じますが……」

 

「やはりそうか。何やら強い力が込められているらしいので持ってきたのだ。水も出ている事だから水源として使えるやも……どうした?」

 

「……あ、もしかしたら“神結晶”かもしれません」

 

「神結晶……どこかで見たな、そんな物の記述を」

 

「はい。千年以上の長い年月をかけ、大地の魔力が魔力溜りに溜まり、結晶化した物です。神話には、クソ神がそれから流れる“神水”……この水滴でしょうか、それを使い人々を癒したとも伝わっています」

 

「ああ、アレか。そうだ神話で見たな。確か、どのような怪我、また病であろうとも治すと言う水だったな、神水とは。既に失われていたとも聞いたが」

 

「この迷宮の創始者、オスカー・オルクスは自力で神結晶を作れたと聞きます。あってもおかしくはないかと」

 

「……稀代の天才だな、オスカー・オルクスというのは」

 

「錬成の腕に関しては、神代でも最高峰だったそうです」

 

 

───────────────────────

 

 もう十分に休んだというメルを降ろし、歩き続ける二人。道中、異常に脚が発達した兎や、雷を纏う狼、風の刃を飛ばしてくる熊に遭遇したが、兎と狼はメルがギリギリ、熊はカムラが余裕で倒した。

 

「さては貴様、ベヒモスを倒せるな?」

 

 とはカムラのツッコミ。サポートもしたし、満身創痍になった(具体的には、兎に蹴り飛ばされて血を吐いたり、狼の雷に焼かれかけたりした)が、割かし元気なメルに、さしものカムラも若干恐怖を感じたそうだ。

 

 ちなみに、怪我は神水で治した。カムラが神結晶に魔力を流すと、溢れる程に神水が流れ出てきたので、水源兼万能薬としてありがたく利用させて貰う。

 

「神代の万能薬を湯水の如く……贅沢の極みだな。教会の人間が聞けば、それこそ金の成る木か、或いは神の恩恵を独占する不敬者と見るだろうよ」

 

「私としては、カムラ様の魔力量がおかしいと思うのです。本来千年もの年月をかけてゆっくりと溜まっていくはずなのに……」

 

「……いや、それはオスカー・オルクスにも言えることだろう」

 

 余談だが、カムラの持つ時の特異点でも傷は癒せるが、カムラはあまり使いたがらない。時を戻すのはそれなりに疲れるらしい。時間の流れを固定するだけならあまり問題はないとの事。

 

 

───────────────────────

 

 更に探索を続ける二人。

 

「……階段が見つかりませんね」

 

「うむ。これでは上にも下にも行けん。ここでひとまず野宿だな」

 

「そうですね……」

 

 と、ここでキュルルル……と可愛らしい腹の音が鳴る。メルが顔を赤らめ、小声で「申し訳ありません……」と謝っている。

 

「……そういえば、朝に食べて以来、何も口にしていないな。今はもう夜だ、無理もない」

 

「……ずっと暗いままですし、時間感覚が狂いそうですね」

 

「私はそうでも無い。時の特異点で凡そ把握出来るからな……とはいえ、腹ごしらえはどうするか」

 

 神水の効果で空腹になろうとも動けるとは言え、飢餓感は癒えない。流石に心を治す効果は無い。

 

 カムラは、いざと言う時のために取っておいた魔物の肉を見る。具体的には腹ごしらえに使えるかもしれないからだ。しかし……

 

「魔物を喰うのもいいが……猛毒だったな」

 

「変質した魔力を取り込むと、体がボロボロに崩れるそうですね」

 

 魔物の肉は、人体には猛毒なのが問題だ。適切な調理をすれば食べられるかもと思っているからこそ持ってきてはいるが。

 

「……しかし」

 

「カムラ様?」

 

 カムラの目が光る。餌を目の前に置かれ、待てをされている犬のような目をしているのだ。

 

「……いやいや、待ってください冗談ですよねカムラ様、いくら何でもこれは……」

 

「……臭いし不味いな。食えぬことも無いが」

 

「カムラ様!?」

 

 メルは諌めようとしていたが、カムラはその前に狼の肉を口に運んでいる。手が出るのも食べるスピードも本当にはやい。

 

 ところで、先程も言ったが、魔物を食った人間は、例外無く、すぐに体が崩れ落ちたと言う話だ。カムラも同じ末路を辿る……

 

「しかし、何ともないな」

 

「はい?」

 

 事は無かった。平気でバクバク食べている。本格的に人間なのかが怪しくなってきた。

 

 

 しかし、ひたすら肉にかぶりつくカムラを見て、メルも徐々に空腹感が強くなっていった。

 

「しかしだ、メルよ」

 

「はい」

 

「私は何ともないが、確かにこれは猛毒やもしれんぞ」

 

「……どう言うことですか?」

 

 狼一匹分の肉をたいらげたカムラは、いつもの無表情で、しかし真剣な声色で話す。

 

「私の前世は既に話したな? その時に語ったと思うが……私も無事ではなかった」

 

「……“川”の水の話、ですね」

 

 頷くカムラは、更に続ける。

 

「あの水を飲んだ時……私は非常に苦しんだ覚えがある。いや、忘れられない程に苦しんだ、と言うのが正しいな」

 

「カムラ様でも……いえ、当時は普通の少年だったんでしたね……この肉も同じと言うわけでしょうか」

 

「ああ。この肉、不味いだけでは無い。それ以上に何かを感じるのだよ、経験的にもな」

 

 カムラはただ食事をしていただけではない。魔物の肉に含まれる猛毒、それを探っていたのだ。それを可能にしたのが、カムラがこの世界に来て目覚めた固有の技能、“魔力の暴走”。

 

 魔力の暴走は、普通に使えばカムラ自身の膨大な魔力を起点、もしくは引き金に、周囲の魔力に依存する物を無効化、消滅させる技能。

 

 無効化だけでなく、魔法を暴発させたり、魔力その物を探知する事が出来る。神結晶を見つけたのも、その原理を応用しての事だ。

 

 初めて使った時は、ハイリヒ王国中の魔力に依存した物が異常をきたした。例えば、小さい被害では料理の為の火が消えたり、訓練中の兵士達が魔法を急に使えなくなったり、大きい所だと、王国を守る結界が揺らいだりもした。

 

 今回は、魔物に宿る魔力が変質している故に猛毒と聞き、試しに調べてみたのだが……端的に言えば、川の水と似通っていた。幻想ではなく、魔力が詰まった物体である。

 

 故に、危険と判断したのだ。

 

「……ただ、メルよ」

 

「はい」

 

「魔物の肉を食えば……壁を越えられるやもしれん。私がそうだったようにな」

 

 カムラは、同時に可能性を見出していた。カムラは、川の水を飲むことで、幻想の一端に触れ、汲み上げ、形を与えられるようになった。それが“幻想抽出”だ。

 

 魔物の肉も、もしかしたらそうかもしれない。魔力が多い程、身体能力も強化されるらしいこの世界で、濃厚な魔力を取り込めたなら、あるいは……と。

 

「……ある種、これは覚悟を確かめるものとなる。現状、私もこれを無毒化するのは不可能だ。そもそも、今腹を満たしたければ、これを食うしかない。メルよ、お前はどうする?」

 

 メルが自分と同じ苦しみを味わうかもしれない。出来ればそれは避けたい。

 

 現状でも、メルは強い。しかし、神には届かない。その爪は、牙は、神に届く前に折れるだろう。カムラはそう確信していた。

 

 かつて、神の如き威容を放つ、白い胎児の様な怪物と闘った彼だからわかる。まだ足りないと。

 

 折れるのならば、それも又良し。苦痛を避けるのは、生き物の本能だからだ。幸い、他にも道はありそうだ。他の大迷宮という道が。

 

 ……メルは、主の言外の意を理解した。だからこそ。

 

「……神水と共に食べれば、五体満足に済むかもしれません」

 

 魔物を食らう決意をした。

 

「……わかりきっていた事だったな。脅かすような言い方だったが……ああ、よく言った。いざとなれば私が時を戻すが、覚悟はいいな?」

 

「……神を敵に回すと決めた時から、覚悟は出来ております」

 

 ならばとカムラは兎の肉を渡す。メルは、躊躇い無くそれにかぶりつき、神水を飲んだ。

 

 …………

 

「あ、ぐゔぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」

 

 突然、メルが獣のような唸り声を上げて苦しみ出す。何かに侵食されるような感覚。激痛と共に体のあちこちが軋み、脈打つ。神水が足りなかったかとまた飲むが結果は変わらない。壊れた箇所から修復され、また壊れ、また修復され……それをひたすら繰り返す。

 

「あ゙があ゙ぁ゙ぁぁぅぅぅぅ゙ぁぁぁ!!」

 

 苦しむメルを無言で抱きしめ、見守るカムラ。暴れるメルに殴られようと、引っ掻かれようと、離してなるものかと、我が子をあやす様にしっかりと抱きしめる。

 

 その感覚はメルにも確かに伝わっていた。激痛も、恐怖も、幾分か和らいだ気がした。

 

 

「……似ているな」

 

 カムラは、川の水を飲んで自身に起こった出来事を思い返す。あの時は確かに激痛もあったが、それ以上に心を蝕まれた。何者かが心の中に入り込み、カムラ……エルヴァ自身の自我を内側から否定していた。エルヴァという存在が消えようとしていた。

 

 それでもなお助かったのは、エルヴァが無くならなかったのは、彼の、子供ながら尋常ではないほどの強度を持つ自我のおかげだった。

 

「負けるなよ、メル」

 

 

───────────────────────

 

「……」

 

 激痛の度に体が慣らされていき、やがて収まる。呼吸も安定してきたので、カムラは腕を離す。

 

 メルは無言で、ゆっくりと瞼を開け、手を開閉させる。よく見れば、手には魔物の様な赤黒い線が走っている。

 

「……よく耐えたな。気分はどうだ?」

 

「……とりあえず、不味いですねこの肉」

 

「軽口を叩けるならば心配ないな。あと、私の食らっていた化け物よりは美味いぞ? 奴らはもはや味が無かったからな。臭いや味があるだけマシだ」

 

「……本当に過酷だったんですね。ええ、今のところ問題ありません……寧ろ、コンディション的には最高です」

 

 そう言って、姿勢を正したメルは、違和感に気づいた。

 

「……胸が、大きくなっていますね」

 

「身長も伸びたな。負荷が全体にかかったからだろう……女性らしさが増したと言うべきか?」

 

「魔物の肉を食べると成長を先取りできるんでしょうか。新しい発見です……そうだ、ステータスは」

 

 そして、メルはステータスプレートを取り出して見てみると……

 

=======================

メル・パーシマリイ 15歳 女 レベル:46

 

天職:便利屋

 

筋力:790

 

体力:830

 

耐性:660

 

俊敏:1030

 

魔力:940

 

魔耐:910

 

技能:技能習得[+洗練][+期間短縮][+見聞の極]・全属性適正・錬成[+精密錬成][+高速錬成]・格闘術[+身体強化][+浸透破壊][+遠当て]・縮地[+重縮地]・先読・剣術・魔力操作・胃酸強化・天歩[+空力]

=======================

 

「……ええ。何かと可笑しいですね」

 

「素のスペックが高かったのが功を奏したか。魔物の技能も手に入れたようだな。良かったでは無いか、一息に人類最強候補だぞ?」

 

「嬉しい様な、嬉しくない様な……この天歩とはなんでしょうか。あの兎の宙を蹴る様な動きでしょうか」

 

「だろうな。魔力操作は……陣や詠唱無しで魔法を使えるといったことか」

 

 物は試しと、メルは足元の少し高い場所に足場があるのをイメージする。そして、その上に立つと……

 

「……浮いたな。少しだけ」

 

「これに縮地を組み合わせれば、機動力がかなり高くなりそうですね。そう考えると、あの兎も縮地を使えたのかもしれません」

 

「……胃酸強化とやらもある事だ。そう苦しむ事は無いだろうし、他の肉も食うか?」

 

「是非いただきます」

 

 カムラの誘いに乗り、狼や熊の肉を食べていくメル。熊を食べた時に一瞬痛みが走ったが、何ら問題は無かった。

 

「しかし、躊躇い無く生で食らうとはな」

 

「……はしたないのはわかっているのですが……父と旅をしていた時を思い出して、つい……」

 

「……どの様な旅に出ていたのかは聞かん」

 

 

───────────────────────

 

「そういえば、カムラ様も魔物の固有魔法を使えるようになったのでしょうか。ステータスは……変わったとしても分からないでしょうが」

 

「……そういえば、最近自分のステータスを見ていなかったな。どれ」

 

 ゴソゴソと制服のポケットからステータスプレートを取り出し、見てみると……

 

=======================

虚時カムラ(エルヴァ) 男 16歳 レベル:───

 

天職:調律者

 

筋力:───

 

体力:───

 

耐性:───

 

俊敏:───

 

魔力:───

 

魔耐:───

 

技能:鍵の特異点[+発動速度上昇][+威力上昇]・妖精の特異点[+発動速度上昇][+威力上昇]・時の特異点[+限定操作][+保存期間延長]・波の暴走[+発動速度上昇][+威力上昇]・柱の暴走[+発動速度上昇][+威力上昇]・魔力の暴走[+魔力探知][+魔力掌握]・自動回復・幻想抽出[+半幻化][+罰鳥]・魂魄魔法・生成魔法・言語理解

======================

 

「……ふむ」

 

「固有魔法を手に入れた訳では無い、と……この半幻化とは何なんですか?」

 

「……いや、今は気にするな。来るべき時のために取っておくとしよう」

 

 少し渋るような言い方に「しまった」と思ったメルだったが、カムラは相も変わらず無表情。特に気にしている様子は無い。どうでも良さそうだ。

 

「……では、この罰鳥とは?」

 

「コイツなら、そろそろ帰ってくるはずだ……ああ、来たな」

 

 カムラはステータスプレートから目を離し、奥の方を見やる。すると、腹部に赤い模様のある白い小鳥が飛んできた。

 

「あら可愛い。あの子が罰鳥ですか?」

 

「ああ。貴様が寝ている時に、偵察などを頼もうかと抽出したのだ。かつて、少しの間過ごしていた森にいた鳥でね。かなり利口な子だよ」

 

「あの兎よりも愛着が湧きますね。脚が太くて気持ち悪かったですから」

 

 カムラは、自身の記憶から特定の幻想を抽出出来ないかと考えていた。その実験や、魂魄魔法の練習を兼ねて抽出したのが罰鳥である。

 

 魂魄魔法とは、メル曰く魂への干渉を可能にする魔法。ならば自分で魂を創造できるのではと踏んだカムラは、抽出した罰鳥の肉体に魂魄を宿そうと画策していた。

 

 しかし、結果的に魂魄魔法は必要無かった。生き物として抽出された幻想は、生き物として活動し始めたのだ。よくよく考えれば、外郭の生き物達は大体そんな物だった。

 

「ああ、ただ、魂魄を一から創ろうとしたのは無駄では無かった。面白い事が分かったからな」

 

 腕に止まった罰鳥を構いながら、カムラは言う。

 

「面白い事……ですか?」

 

「簡潔に言えば、神代魔法はどうやら字面通りとはいかんらしい」

 

「……えっと」

 

「魂魄魔法で干渉できるのは魂魄だけでは無い。現に、記憶を元に抽出する事ができたのは、魂魄魔法があったからだ……記憶を読み取ると言う形で使ったのだよ」

 

「……申し訳ありません、私にはよく……」

 

「何、いずれ分かる時が来る。世界の真実は。最奥は。深淵は。常に隣にいるのだからな……あの世界の真理を知り、使う私が言うのだ、間違いは無いと断言しよう」

 

 クツクツと笑うカムラ。腕に止まっている、キョトンとした様な顔の罰鳥で色々と台無しな感じだが、愉快に笑っている。

 

 

「……ところで、その子に名前はつけないのですか?」

 

「……うむ。罰鳥から取って、パニと言うのはどうだ? 地球で罪を表す言葉をもじったのだが」

 

「……ピーちゃんではダメですか?」

 

「一応言っておこうか。此奴はピーちゃん等と呼べるほど可愛くはないぞ?」

 

「いやいや、この子が可愛くないとは言い難いでしょう……」

 

「いや、見ていろ……コレを食え」

 

 そう言って、明らかに小鳥では食べられないサイズの肉を差し出す。罰鳥はそれをじっと見た後、

 

 

 

 赤い模様から巨大な口を出し、それによって肉を一口でたいらげた。

 

 

 

 メルは衝撃的な光景に唖然としている。

 

「……ピーちゃんにするか?」

 

「……パニちゃんにしましょう」

 

 ちゃん付けだけは外せないメルであった。




雑な展開は御容赦ください……どうしても罰鳥を出したかったんです……

ツッコミがあるかもしれないので先に補足しますが、前にカムラは幻想抽出をあまり使いたがらないといった描写があったと思いますが、あれは自重のためです。

超がつくほど強力な武器を製造出来ると知られては、面倒な事になりかねなかったので。

次に一度王国の様子を覗いて、あのメインヒロインの所へ行きます。


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番外・調律者のまいた種

伏線的なのを大量に張る回です。

キャラ崩壊……と言うより、誰おま注意です。


 オルクス大迷宮から無事に脱出した勇者達は、王城に帰還し、オルクス大迷宮での出来事を話した。

 

 まず、新たに発見されたトラップの事。20階層のあのトラップは、あまりに危険だからだ。

 

 そして、カムラとメルが落ちた事の報告。

 

 オルクス大迷宮でのメルの死(実際には超元気だが)は、王国内でかなりの衝撃だった。

 

 メルは、便利屋界隈では超がつく有名人である。便利屋最高峰の名門、パーシマリイ家の長女にして、本人も家族に負けず劣らず優秀な便利屋。いわゆる天才美少女として、その名は知れ渡っている。

 

 オルクス大迷宮に潜れる程の実力者である事も知られているので、先のトラップによって命を落としたと言う報告は、彼女をよく頼っていた王国としてもかなり応えたらしい。

 

 カムラに関してだが、教会が裏で手を引いていたこともあり、不穏分子として認識されていた彼の死には、誰もが胸を撫で下ろした。

 

 曰く、「勇者達を内側から瓦解させる危険分子」

 

 また曰く、「人類、ひいてはエヒト様を敵に回す愚か者」

 

 ぶっちゃけどちらも完全な間違いではないが、とにかく王国の貴族達はカムラが恐ろしかったらしい。

 

 ちなみに、そんなのを呼んだエヒトに対して恨みつらみが出ることは無かった。教会が、神が与えた試練として大きく喧伝したからだ。それで収まるあたり、信仰は本物なのかもしれない。

 

 表立って態度に示すことは無かったが、誰もがその死に安堵した……

 

『彼の死は、此度の戦争において、人間族の勝率を半分以上下げるのと同等だと考えています』

 

 報告するメルドの発言は、貴族達の頭上にハテナを浮かばせた。

 

『彼はかの伝説の冒険者達でも敵わなかった魔物を、一人で圧倒していました……それも、おそらく本気を出していない状態で。我々騎士団や勇者達が束になってかかっても、彼は歯牙にもかけないでしょう。それ程までに、彼の力は圧倒的でした』

 

『それに、これは私見でしかありませんが、彼は言われているほど悪意の強い人物では無いと思われます。おそらく、上手く頼み込めば、彼は我々に力を貸してくれたかもしれません。今となっては、迷宮の底に落ちてしまったので、確かめようはありませんが』

 

 そう聞いた王国は更に混乱した。主に、やっちまったという感情から。

 

 

───────────────────────

 

「団長も悪だな、アイツが協力するわけねぇのに」

 

「うーむ、そうは言われてもだな……坊主が居ないうちに悪名だけが広がるのは、複雑でな……」

 

 愉快そうに笑う幸利と、バツの悪そうな顔で話すメルド。

 

 幸利は、先にカムラから様々な話を聞いている。世界の真実や、カムラが神を引きずり下ろすために立てた計画の事。

 

 その上で頼まれている事があり、実行に移しているのだ。その為に、メルドを含めて何人かを招集した。まだ来ていないが。

 

 メルドはメルドで、世界の真実を既にカムラから聞かされている。

 

 カムラは、メルドの葛藤に気づいていた。自分より若い者達を戦争に駆り出して良いのか。神の使いとして扱っても良いのか。

 

 そして、神への信仰心が揺らいでいる所に、真実を教え、協力を取り付けた。神に背いてでも、勇者達を守る事を約束させたのだ。

 

 メルドは、最初はバカバカしいと切り捨てた。しかしカムラの話は、自分の疑問に的確な答えを導き出し、その後のカムラの問いかけによって、協力する事を決めたのだ。

 

 

「『既に気づいているというのに何故動かない? それが貴様の目指す物なのか?』……ってか。アイツホントにそういうの上手だな。人の葛藤に決定的な言葉をぶち込んでくるんだからよ」

 

「……坊主に操られているような気がしてならんが……本来、私達の戦争であると言うのに、エヒト様はお前達を呼んだ。その時からおかしいと思っていたんだ。しかし……それを見破られるとは思っていなかったな」

 

「心につけ込んだりするのはアイツの十八番だからな……」

 

 親友の顔を思い浮かべる。回想の中でさえも、悪辣な笑みを浮かべている様な気さえした。

 

 

───────────────────────

 

「さて、アイツに頼まれた人達は集まったな」

 

 時は夜、場所はメルドの仕事部屋。幸利が呼んだ、すなわちカムラが呼んだのは、恵里、メルド、愛子、そして……

 

「ねぇ幸利。何でコイツもいるの?」

 

 コイツこと、天之河光輝であった。愛子がコイツ呼ばわりを諌めるも、聞かれていない。

 

 光輝も光輝で気にしていないようだ。むしろ、かなり不機嫌で、かついつものキラキラオーラが幾分か無くなっている様子に、恵里も愛子も、メルドでさえも意外そうである。

 

「さあな、アイツの考えは俺にもよく分からん。まあとにかく、夜分遅くに付き合わせてしまって申し訳ない」

 

「いえ、それは良いのですが……その、虚時君やメルさんが、クラスメイトの誰かの手で迷宮の奥に落とされたというのは、本当なんですね?」

 

 信じたくないと言うように問う愛子。答えたのは恵里だった。

 

「残念ながら間違いないね。見てたから犯人に聞いたんだけど、しっかりと認めてたよ」

 

 それを聞いて愛子は気絶しそうになるが、幸利が闇魔法で意識を無理やり覚醒させる。コイツも中々鬼畜である。

 

 

 実は、愛子も先にカムラから世界の真実を聞かされているのだ。その上で、カムラはとある提案を持ちかけた。

 

『貴様の大事な生徒達を救いたくば、貴様が動くしかあるまいな』

 

 カムラは、愛子の天職である“作農師”に目をつけた。作農師とは文字通り、農業関係において絶大な影響を与えられる職業だ。

 

 しかもこれ、かなりレアな天職であり、また異世界から召喚された故か、戦争についてまわる糧食問題を完璧にカバーできる程に高い性能となっている。

 

 カムラが頼んだのは、その能力で愛子自身の発言力を上げることだった。

 

『私やメルは確実に教会の敵になる。その時に備えて力をつけてほしい。それに、王国は確実に生徒達に戦争への参加を強制させる。それを退けるためにも、貴様の発言力というのは重要になってくるだろうな』

 

 との事。ぶっちゃけカムラだけで事足りるかもしれないが、メルや香織の事もあるので万全を期しておきたかったのだ。

 

 最初、愛子は猛反発した。愛子からすれば、カムラとて大事な生徒なのだ。そんな彼が世界を相手に戦うなど、いくらなんでも無茶としか思えなく、許容などできようはずもなかったのだ。

 

 しかも愛子は、カムラの異常な強さを知っていてなお反対した。そのあたり、彼女の“生徒達に危険な目にあってほしくない”という想いは本物なのだろう。

 

 最終的に、『守るだけでは無かろう。生徒を信じるのも教師の役割ではないかね?』と言われてぐうの音も出なくなったが。

 

 しかし、王国の指示に従って農地開拓などをやり、帰ってきた矢先のお通夜ムードである。聞いてみればカムラやメルが奈落に落ち、死んだという。

 

 ぶっ倒れかけたところを、幸利が招集したのだ。『アイツなら生きてますよ』と。ただし、同時に生徒が殺人を起こした(殺されたという二人は今頃魚みたいな魔物を食べている)事も伝えられ、今に至るまで悶々と過ごしていたということだ。

 

 

「ちなみに、犯人の手綱は僕が握ってるよ〜。暫くは僕の奴隷みたいなものじゃないかな?」

 

「……おい待て、お前達は犯人が誰だかわかっているのか?」

 

 実の所、生徒達は誰があの火球を打ったのかというのを知らない。皆の注目は、カムラの下へ走るメルや倒れ伏したベヒモスに向いていたからだ。

 

 犯人を知っているのは、幸利、恵里、香織、そして光輝の四人である。幸利は事前に計画を聞いていたから。恵里はその観察眼から。香織はカムラの言葉でその人物を警戒していたため。光輝は何となく当たりが着いており、確かめたら案の定といったところか。

 

「え? そりゃあ勿論。だって見てたし」

 

「カムラはそいつに、自分を打つように誘導したかったらしい。まあ、結果メルさんがやられた訳だが。流石に予想外だったみたいだな」

 

「……人を利用しようとするとああなるんだ。色々な物を他人に押し付けてきたからよく分かるよ」

 

「……ねぇ待って、光輝君マジでどうしたの?」

 

「別に。アイツが俺を呼んだって聞いてろくな事にならないなって思って絶望しているだけだよ」

 

 やはりというか、光輝が暗い。照明を全部消した夜の部屋位に暗い。普段とは真逆と言ってもいいかもしれない。

 

「まあ、誰が殺したかをハッキリさせるって言うのはやめろってカムラは言ってたな」

 

「何故だ?」

 

「自分が殺したかもしれないってのを擦り付けるためらしい。あくまでも、死を覚悟して乗り越えろっていう話だし、どちらになっても文句は言うな、ってとこだろうな」

 

「ちなみに、僕は犯人の監視を頼まれてるんだ〜。一線を超えて歯止めが効かなくなった可能性もあるからね」

 

 思案顔になるメルドと、暗い顔になる愛子。「そんなことより」と話題を変える幸利。

 

「とにかく、メルド団長は生徒達の保護を、愛子先生は引き続き農地開拓なり何なり頑張ってってところか。ああ後、メルド団長へは『使い所を見誤るな』とも」

 

「任せろ、お前達を生かす為に使う事を誓おう」

 

「私が行動しないといけませんしね。皆の為に頑張りますよ!」

 

 メルドの言葉は何とも頼もしい。愛子は例の頑張るぞいなポーズで気合いを入れているため何とも可愛らしい。

 

「んで、恵里はアレの監視と、結局何して欲しいのかってのを決めとけってさ」

 

「アハハ、律儀〜。うん、どっちもやっとくよ」

 

「天之河は……コレ、手紙を預かってる」

 

「……」

 

 訝しげな表情で手紙を受け取る光輝。早速開けて内容を確認すると、めちゃくちゃ嫌そうな顔になった。

 

「……俺、やっぱりカムラが嫌いだ」

 

「……カムラが嫌いってお前が言ったら、『安心しろ、私も貴様だけは嫌いだ』って伝えろって言われたわ……オイオイ、嫌悪感増し増しじゃねぇか。どうしたよお前ら」

 

 普段の八方美人な光輝からは考えられない言葉だ。しかし、ハッキリと光輝は、カムラが嫌いだと言った。しかも、カムラも光輝をハッキリ嫌いと言ったという。そんな二人に驚きを隠せない愛子。

 

「あ、天之河君……?」

 

「……気にしないでください。色々と確執があるんです、アイツとは。手紙には、とりあえず勇者しとけみたいな事が書かれてた。できることも無いし、従うよ」

 

 唖然とする皆を後目に、光輝は用はないと立ち去っていった。

 

「……うっそでしょ、あの人間大好きなカムラが嫌いって言ってたの?」

 

「間違いない。ポーカーフェイスが崩れるぐらい嫌いらしい……アイツのあんな顔見た事無いわ、超怖かった」

 

 

 ───────────────────────

 

『勇者として戦うのはいいが……何時まで迷っている? 何時までその仮面をつけているつもりだ?』

 

「……」

 

『認めないだけ無駄だ。理想だけでは何も救えはしない。事実として、貴様は皆を殺そうとしているのだぞ?』

 

「……わかってる」

 

 カムラが、俺に言いたい事はわかってる。

 

 ずっと迷ってる。おじいちゃんが死んでから……カムラに出会って、衝突して……

 

 最初からそうだ。流石にそこまでバカじゃない。皆を巻き込んだ事も、今まで俺の正しさで皆が振り回されて来たことも。その度に、俺を責める俺がいるから。

 

 それでもやめないのは、俺の、子供以下の我儘だ。

 

「……俺は、お前を認めない」

 

 

 ───────────────────────

 

 檜山は恐怖していた。カムラ達を狙った火球は、確かに檜山の物だった。

 

 オルクス大迷宮に挑む前の日の夜。性根が臆病な檜山は、翌日の大迷宮への挑戦を前に緊張し、落ち着こうと外に出ていた時、香織が、ネグリジェ姿でどこかへ向かうのを見た。見蕩れていると、香織はこちらに気付くことなく歩いて行く。

 

 何処へ向かうのか気になり、ストーカーしていたら、香織はある部屋の前で立ち止まった。そこは……カムラの部屋だった。

 

 そこから先の記憶は無いが、それだけで檜山は理解した。香織は、カムラに恋情を抱いていると。普段からの態度の理由も、理解してしまった。

 

 檜山はそれが許容できなかった。光輝の様な人物ならば、所詮は住む世界が違うと諦められた。しかし、カムラは社交性が欠片も無いし、香織に迷惑をかけておいて態度を直しもしない人間のクズだ。それなら自分でもいいじゃないかと、頭がおかしいことを、自分を棚上げして本気で思っていた。

 

 グランツ鉱石を手に入れようと動いたのも、その焦りがあったのだろう。そしてベヒモスと戦うカムラを見て……悪魔に魂を売った。

 

 カムラに魔法が効かないことは知っているので、恐らく主人を迎えに行ったのであろうメルを狙い、カムラがそちらに気を取られている隙に橋を壊した、というのが一連の流れである。

 

 ただ、人を殺したという実感に恐怖している、という訳では無い。

 

「な……何なんだよアイツ……俺、俺は、香織の為にやったんだ……な、なのに……」

 

 彼を責めた恵里に対して、恐怖を感じているのである。

 

『そんなことしたって、香織は手に入らないのにねぇ……あの程度でカムラが死ぬわけないし、無駄だったってわけだよ。ねぇ、どんな気分? 欲しかった人の好きな人を殺した気分は。それでも手に入らないってわかった今の気分はどう? 知ってる? 君が二人を落としたの、香織は知ってるんだよ? ……アッハハハ、何その顔、気づかれてないって本気で思ってたの? そんなわけないじゃん、香織は君がどんな風な目で自分を見てるかって知ってるんだよ? カムラの事をよく思ってないって事も。そりゃあ警戒されるよねぇ、アハハハハ!』

 

 淡々と話す恵里の声は、水底に溜まる泥の様に深く沈み、その瞳は、カムラに引けを取らないほどに、闇を湛えていた。

 

『……ねぇ、人殺しさん。僕が上手く言っておこうか? 香織は僕の言う事は蔑ろにはしないよ? 勿論、暫くは僕の言う事聞いて貰うけど……ああ、そんなに難しい事は言わないよ。僕も欲しいものがあるから、それを手に入れる準備を手伝ってってだけ』

 

「……………………い、いや、アイツに従っていれば、後はどうとでもなる……ここまで来て、やめるわけにはいかないんだ……ヒ、ヒヒヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒ」

 

 狂った様に笑う檜山。その目は、欲望が渦巻いていた。

 

 

 ───────────────────────

 

「家族みたいに育ってきた奴を、面と向かって嫌いって言われたのがそんなに嫌か?」

 

「……寧ろ、幸利はどうなの? 親友を嫌いって言われたんだよ?」

 

「あー、別に何とも。そんなもん千差万別だってことはわかりきってるだろ?」

 

「そうかも、しれないけどさ」

 

「その調子だと、どうせ檜山にもボロクソ言ったんだろ。キレてる時、カムラみたいになるからなお前」

 

「……あの女を追い返す時に、色々教えてもらったんだ。渋々って感じだったけどね」

 

「量産型か何かか?」

 

「条件さえ揃った人間なら自分みたいにできるって言ってた」

 

「……」

 

「カムラがとんでもないのは今更でしょ?」

 

「……いや、そうじゃなくて。恵里はその条件を満たしてたんだなぁ、と」

 

「ああ、うん。自殺を考えるぐらい心がボロボロだったからね。あの時カムラが来てくれてなかったら、多分川に飛び降りてたよ」

 

「……何か、スマン」

 

「大丈夫。もう終わった事だから」

 

 

 ───────────────────────

 

「……香織」

 

「なあに? 雫ちゃん」

 

「あなた、これからどうするの?」

 

「……暫くは迷宮で頑張る。カムラ君は待っててって言ってくれたしね」

 

「……その、あの火球は」

 

「事故って事になったね。うん、わかってる」

 

「犯人、知ってるのよね?」

 

「知ってるけど、何もしないよ? どうするかはカムラ君に任せる……けど」

 

「けど?」

 

「もし私が暴走しそうになったら、止めてくれる?」

 

「……ええ、勿論。親友の頼みだもの」

 

「ありがとね」




ああ、タグも増やさないとなぁ……

この小説において、光輝君はカムラ君が関わったおかげで原作よりも闇が深いです、とだけ。


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調律者、便利屋、吸血姫

原作メインヒロイン、ようやく登場。

チートを通り越した化け物と吸血姫の邂逅をお楽しみください。


 王国から舞台は移り、カムラとメルのいる奈落。二人と一羽はあの後、下に行く階段を見つけ、様々な魔物を食べながら迷宮を攻略していった。

 

 全く光源のない階層では石化させてくるトカゲがいたり、タール状の何かに満たされた階層では気配の察知を妨げる魚がいたり。光源はメルが緑光石を加工してランプを作ったし、魚の気配遮断はカムラには通用しなかった。

 

 更に行くと全体的に毒霧が充満している階層で、毒の痰を吐くカエル(虹色)やこちらを麻痺させてくる蛾(カムラが「モ○ラか」と呟いた)がいた。メルは常に神水を服用しつつ進んだ。やはりというか、カムラには毒が効かなかった。罰鳥は少し苦しそうだったので、神水を少しずつ飲ませてあげた。

 

 魔物も食ったが、カエルより蛾の方が美味しかったことに、かなり悔しい気分になったメルであった。

 

 密林の様な階層では、体の節ごとに分裂して襲ってくる巨大なムカデや、RPGで言うトレントの様な樹の魔物がいた。

 

 ムカデは、メルが悲鳴をあげる程に気持ち悪かった。分裂して来た時、メルの悲鳴が大きくなり、涙目になりながら銃を乱射した。罰鳥がメルをめちゃくちゃつついていた。

 

 メルが泣き止むまで、カムラが慰めていたのは想像に難くないだろう。

 

 トレント擬きだが……コレは全滅させた。倒す度に落とす果実がめちゃくちゃ美味かったからだ。熊の毛皮を使ったリュック(メル作)に入るだけ入れた。時の特異点で保存性もバッチリだ。

 

 メルのステータスは現在、この通りである。

 

=======================

メル・パーシマリイ 15歳 女 レベル:63

 

天職:便利屋

 

筋力:1680

 

体力:1960

 

耐性:1530

 

俊敏:2600

 

魔力:2170

 

魔耐:1920

 

技能:技能習得[+洗練][+期間短縮][+見聞の極]・全属性適正・錬成[+精密錬成][+高速錬成][+鉱物系探査][+鉱物系鑑定]・格闘術[+身体強化][+浸透破壊][+遠当て]・縮地[+重縮地]・先読・剣術・魔力操作・胃酸強化・天歩[+空力][+豪脚]・纏雷・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性

=======================

 

 元からステータスが高く、便利屋がそもそも戦闘向きでもあるからか、魔物を食べた時のステータスの伸びは著しい。そのうち余裕で三万とかを超えそうである。

 

 更にメルは、途中から新しい武器をカムラから貰った。“紅の傷跡”と言う、手斧と銃のセットだ。銃の使い方はカムラから教わった。メル曰く、「とても使い易い」らしい。

 

 なお、カムラのステータスは変わりないので省略させていただく。

 

 そして、体感的に五十階層は進んだだろうと言う所で、カムラ達はとある異質な扉の前にいた。脇道の突き当りにある空けた場所にある、高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉。その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

 

 明らかに危険だが、カムラは開けた方がいいと判断した。経験的に、こういった状況では好奇心に任せた方が収穫があると知っているからだ。

 

 何があるのか分からない、なら万全を期して、というメルの進言により、彼らはしばらく体術の修練などを行っていた。

 

 そして今、二人は扉を調べていた。

 

「……壁には見たことの無い魔法陣。しかし、魔力を流すと……」

 

「確実に石像が動き出しますね。今か今かと待ち構えている感じがします」

 

「チュン!」

 

「パニちゃんもこう言ってますし」

 

 定位置となったメルの頭の上で、パニちゃんこと罰鳥が鳴く。よく懐いている。

 

「魔力を使わず、となると、物理でしょうか? カムラ様が何とか出来ますかね?」

 

「いや、物理に頼らずとも開ける方法がある」

 

 メルと罰鳥が頭の上にハテナを浮かべているが気にせず、扉に手を置くカムラ。そして……

 

「妖精よ……」

 

 と呟き、扉に黄金の波動が伝わる。次の瞬間、扉がひとりでに開いた。

 

「……特異点ですか?」

 

「“閉じられたという概念”を強制的に開放するのが“妖精の特異点”だからな。行くぞ」

 

 スタスタと奥へ行ってしまうカムラ。遅れてメルが駆け足でついて行く。

 

 

───────────────────────

 

 部屋は真っ暗で、かなり広い空間らしい。メルは“夜目”によって、カムラは元からの視力で、部屋の全貌を掴んだ。

 

 聖教教会の大神殿で見た、大理石の様な艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして、部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 

 そのうち、カムラとメルは石の前面の中心辺りに光る何かが生えているのを見つけた。カムラが“魔力の暴走”で調べると、かなり弱っているが、人間らしい。

 

「……だれ?」

 

 不意に、かすれた少女の声がした。ビクリとするメル。

 

「……こんな所に、人?」

 

 ユラユラと、上半身から下と両手を石に埋めたままに動く人。幽霊映画のように、長い金髪が垂れ下がっており、その間からは月の様な紅い瞳が覗いている。

 

「……だれ、でもいい……助けて……もう、もう……ひとりはいや……」

 

「……随分と必死な懇願だな? 何故こんな所にいるのかを話してみろ。面白ければ助けよう」

 

「こんな時まで自分の楽しみを優先する。そこに痺れる憧れる」

 

「……幸利、私だけでなくメルも……」

 

 そんな漫才を繰り広げる二人と、相方の少女の頭の上の鳥に目をぱちくりさせる少女。カムラが「早く話せ」と促すと、たどたどしく話し始める。

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

「……波乱万丈ですね。しかし、吸血鬼と言えば数百年前に滅んだはずですが……」

 

「その間、ずっと封印されていたという事だな……してメル、この鉱物は?」

 

「……どうやら、魔力を弾くみたいですね。鉱物系鑑定が通用しません」

 

「ふむ……」

 

 肝心の少女を置いてけぼりにして、立方体の分析を始める二人。少女はまた目をぱちくりさせる。

 

「……助けてくれるの?」

 

「ん? ああ。吸血鬼とやらの話、非常に興味を唆られた。しばし待て……メル、外を注意しておいてくれ。ここで魔力を使えばトラップが発動するやもしれん」

 

「かしこまりました」

 

 メル(と罰鳥)が部屋の外へ出たのを確認し、立方体に手を置く。途端、カムラの体から、部屋の闇よりも暗い漆黒が立ち上った。

 

「吹き荒れろ」

 

 宣言通り、カムラの魔力が嵐の様に暴れる。するとすぐ、立方体がどろりと溶け、少女が重力に従って落ちた。外で何かが雄叫びをあげたが、直後に銃声が響いた。

 

 やがて、魔力に耐えきれず、石が完全に消し飛んでしまった。もったいないことをしたかもしれない。真上から何かの気配がしたが、感知して間髪入れずに柱を飛ばし、ついでに青い斬撃を飛ばした。断末魔と共に血の雨が降った。

 

「目を潰せば余裕でしたね、あの巨人達。銃というのは本当に素晴らしい武器です」

 

「気に入ったようで何よりだ。上の魔物の肉も回収しておこう」

 

 助けられた少女は、怒涛の展開に呆ける事しかできなかった。

 

 

───────────────────────

 

 部屋の外に出て、メルが錬成で作った洞穴に入った三人と一羽。メルは先程の石像の魔物(サイクロプス的な巨人)と、カムラが地面を踏ませずに惨殺した魔物(巨大な蠍型だった)の肉を焼いている。少女は罰鳥をもふもふしている。微笑ましい。

 

 そしてカムラは、先程の部屋で探し物をしていた。興味深い物を見つけたとか何とか。

 

「戻った」

 

「おかえりなさいませ。収穫はありましたか?」

 

「ああ。中々面白い収穫がな」

 

 と言って、手の中の小さな鉱石を見せる。ダイヤモンドの様な輝きを持つ鉱石だ。そして、目をキラキラさせながら罰鳥をもふっている少女へと目を向ける。

 

「……少女よ、貴様に見せたい物がある」

 

「……?」

 

「貴様の叔父の遺言の様な物だ。何故あそこに貴様を封印したのか、というな」

 

「……叔父様が?」

 

 少女の顔が険しくなる。話を聞く限り、裏切った叔父が許せないのだろう。

 

「そう皺を寄せるな……見ておいた方がいい。このままでは貴様も、貴様の叔父もあまりに哀れだ。ああ、メルも見ておけ」

 

「……ん」

 

「はい」

 

 二人が頷いたのを確認し、カムラはその鉱石に魔力を少し流す。すると、金髪紅眼の美丈夫が浮かび上がる。少女とどこか似通った雰囲気の男だ。少女の顔が更に険しくなった事から、やはりこの男は少女の叔父なのだろう。

 

『……アレーティア。久しい、というのは少し違うかな。君は、きっと私を恨んでいるだろうから。いや、恨むなんて言葉では足りないだろう。私のしたことは…………あぁ、違う。こんなことを言いたかったわけじゃない。色々考えてきたというのに、いざ遺言を残すとなると上手く話せない』

 

 映像の中で、自嘲するように苦笑いを浮かべながら、その男は気を取り直すように咳払いをした。

 

『そうだ。まずは礼を言おう。……アレーティア。きっと、今、君の傍には、君が心から信頼する誰かがいるはずだ。少なくとも、変成魔法を手に入れることができ、真のオルクスに挑める強者であって、私の用意したガーディアンから君を見捨てず救い出した者が』

 

 カムラもメルも何も言わない。ただ、男の言葉を聞いている。

 

『……君。私の愛しい姪に寄り添う君よ。君は男性かな? それとも女性だろうか? アレーティアにとって、どんな存在なのだろう? 恋人だろうか? 親友だろうか? あるいは家族だったり、何かの仲間だったりするのだろうか? 直接会って礼を言えないことは申し訳ないが、どうか言わせて欲しい。……ありがとう。その子を救ってくれて、寄り添ってくれて、ありがとう。私の生涯で最大の感謝を捧げる』

 

 少女……アレーティアは微動だにしない。表情が拍子抜けした様な、呆けた様なものになっている。ただ、その眼には歓喜が詰まっている。優しい日の叔父と重なったが故か。

 

『アレーティア。君の胸中は疑問で溢れているだろう。それとも、もう真実を知っているのだろうか。私が何故、あの日、君を傷つけ、あの暗闇の底へ沈めたのか。君がどういう存在で、真の敵が誰なのか』

 

 そこから語られた話は、アレーティアにとっては意外な、メルにとっては今まで聞いてきた世界の真実に、更に上乗せされる程に重要な話だった。

 

 アレーティアは神子……神の依代として生まれ、神──真名をエヒトルジュエという──に狙われていたこと。

 

 それに気がついた男が、欲に目の眩んだ自分のクーデターにより、アレーティアを殺したと見せかけて奈落に封印し、あの部屋自体を神をも欺く隠蔽空間としたこと。

 

 アレーティアの封印も、僅かにも気配を掴ませないための苦渋の選択であったこと。

 

『君に真実を話すべきか否か、あの日の直前まで迷っていた。だが、奴等を確実に欺く為にも話すべきではないと判断した。私を憎めば、それが生きる活力にもなるのではとも思ったのだ』

 

 封印の部屋にも長くいるべきではなかったのだろう。だから、王城でアレーティアを弑逆したと見せかけた後、話す時間もなかったに違いない。

 

 その選択が、どれほど苦渋に満ちたものだったのか、映像の向こうで握り締められる拳の強さが、それを示していた。

 

 それに気づいたアレーティアは、否、気づく前から静かに涙を流していた。

 

『それでも、君を傷つけたことに変わりはない。今更、許してくれなどとは言わない。ただ、どうかこれだけは信じて欲しい。知っておいて欲しい』

 

 男の表情が苦しげなものから、泣き笑いのような表情になった。それは、ひどく優しげで、慈愛に満ちていて、同時に、どうしようもないほど悲しみに満ちた表情。

 

『愛している。アレーティア。君を心から愛している。ただの一度とて、煩わしく思ったことなどない。──娘のように思っていたんだ』

 

「……おじ、さま。ディン叔父様っ。私はっ、私も……」

 

 父のように思っていた、と。その想いは、ホロホロと頬を伝う涙と共に流れ落ちて言葉にならなかった。だが、罰鳥を抱きしめる腕に、更に力が入ったことが、それを何より雄弁に伝えている。

 

『守ってやれなくて済まなかった。未来の誰かに託すことしか出来なくて済まなかった。情けない父親役で済まなかった』

 

「……そんなことっ」

 

 目の前のあるのは過去の映像だ。男……ディンの遺言に過ぎない。だが、そんなことは関係なかった。叫ばずにはいられなかった。

 

 ディンの目尻に光るものが溢れる。だが、彼は決して、それを流そうとはしなかった。グッと堪えながら、愛娘へ一心に言葉を紡ぐ。

 

『傍にいて、いつか君が自分の幸せを掴む姿を見たかった。君の隣に立つ男を一発殴ってやるのが密かな夢だった。そして、その後、酒でも飲み交わして頼むんだ。〝どうか娘をお願いします〟と。アレーティアが選んだ相手だ。きっと、真剣な顔をして確約してくれるに違いない』

 

 夢見るように映像の向こう側で遠くに眼差しを向けるディン。もしかすると、その方向に、過去のアレーティアがいるのかもしれない。

 

『そろそろ、時間だ。もっと色々、話したいことも、伝えたいこともあるのだが……私の生成魔法では、これくらいのアーティファクトしか作れない』

 

「……やっ、嫌ですっ。叔父さ、お父様!」

 

 記録できる限界が迫っているようで苦笑いするディンに、アレーティアが泣きながら手を伸ばす。叔父の、否、父親の深い深い愛情と、その悲しい程に強靭な覚悟が激しく心を揺さぶる。言葉にならない想いが溢れ出す。

 

 カムラはそっとアレーティアの頭を撫で、メルはその背中を擦る。映像越しの親子の再会を邪魔しないように寄り添う。

 

『もう、私は君の傍にいられないが、たとえこの命が尽きようとも祈り続けよう。アレーティア。最愛の娘よ。君の頭上に、無限の幸福が降り注がんことを。陽の光よりも温かく、月の光よりも優しい、そんな道を歩めますように』

 

「……お父様っ」

 

 ディンの視線が彷徨う。それはきっと、アレーティアに寄り添う者を想像しているからだろう。

 

『私の最愛に寄り添う君。お願いだ。どんな形でもいい。その子を、世界で一番幸せな女の子にしてやってくれ。どうか、お願いだ』

 

「……その依頼、確かに承りました。パーシマリイ家の誇りにかけて、必ず」

 

「貴様の愛に免じ、この少女が幸せを掴む時まで、共にいるとしよう」

 

 微笑み、頷き、二人は返す。心なしか、罰鳥の顔も決心したように凛々しい。

 

 二人の言葉が届いた訳では無いだろう。だが、確かに、ディンは満足そうに微笑んだ。きっと遠い未来で自分の言葉を聞いた者がどう答えるか確信していたのだろう。色んな意味で、とんでもない人だ。流石は、神と戦い抜いた男というべきか。

 

 映像が薄れていく。ディンの姿が虚空に溶けていく。それはまるで、彼の魂が召されていくかのようで……

 

 三人が、決して離れないと寄り添いながら真っ直ぐ見つめる先で、ディンの最後の言葉が響き渡った。

 

『……さようなら、アレーティア。君を取り巻く世界の全てが、幸せでありますように』

 

 

───────────────────────

 

「……親子の情……素晴らしい物だな。私はもう覚えていないが……嗚呼、何処へ行っても、何時になろうとも、それは美しい」

 

「ええ、本当に……実家に帰りたくなってきました。お父様やお母様は元気でしょうか」

 

 グスグスと、罰鳥を抱きしめて泣きじゃくるアレーティアを見ながら、二人はそんな会話を交わす。二人とも、形は違えど親とは久しく会っていない(カムラに関してはもう会えないだろう)。しかし、ディンとアレーティアの様子を見て、懐かしさを憶えずにはいられなかった。

 

 やがて、少女が泣き止んだところで、カムラは話しかける。

 

「アレーティアと言ったな。貴様の叔父……いや、父親は、誰よりも素晴らしい人物だっただろう?」

 

「……ん。凄く誇らしい」

 

「それは良かった……して、アレーティアよ。貴様はこれからどうする?」

 

「……連れて行ってくれないの?」

 

「貴様が望むなら。いや、貴様の父と約束した以上、私もメルも、貴様を放ってはおけん」

 

「……ん、連れて行って。私を幸せにして?」

 

 赤ら顔で、妖艶に微笑みながら、アレーティアは言う。カムラは既視感を覚え、メルに目配せをする。

 

「生粋の女たらしですね、カムラ様は」

 

 ニッコリと笑ってそう返された。つまりは、そういう事だろう。カムラに永久就職するつもりらしい。

 

「……あー、その、何だ。アレーティアよ、その返事は待ってほしい。先客がいるのだ」

 

「ん。大丈夫、いつまでも待つ。何なら三人で美味しくいただく」

 

「不穏な事を言うな、有り得そうで恐ろしい」

 

 好奇心のままに扉を開けてみれば、随分ととんでもないものを背負い込んでしまったらしい。

 

 同時に、ライバルの気配を察知した治癒師の少女が般若を発現させ、親友を戦々恐々とさせた。更に、とある“爪”の少年が思いっきり地面を殴りつけ、立派なクレーターが出来上がった。その顔は憤怒に満ち満ちていた。

 

 しれっと誰かが頭数に入っているが、気にしてはならない。メルの無表情な瞳に情欲が宿ったのも、絶対に察してはならない。

 

 と、今更な事をアレーティアは問うた。

 

「……名前、ちゃんと聞いてない……私はアレーティア。アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール。二人は?」

 

 本当に今更だ。三人ともしっかりと名乗っていなかった。アレーティアは、『名を名乗るなら自分から名乗れ』というツッコミを避けるためか、それともそう教育されてきたからか、先に自分のフルネームを名乗った。

 

「そういえば、確かに自己紹介がまだでしたね。私はメル・パーシマリイ。便利屋で、今はカムラ様のメイドをさせていただいております。アレーティア様が抱いているのはパニちゃんです」

 

「チュン!」

 

「私は虚時カムラ。色々と特異な力を持ってはいるが、気にするな」

 

 二人の名前を、アレーティアは心に刻むように何度も復唱し、顔を上げる。

 

「……ん、これからよろしく」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

「よろしく……さて、いい加減アレーティアの服を作らねばな……」

 

「? ……あ」

 

 実は、今の今まで一糸まとわぬ姿だったアレーティア。12、3歳程度の身体年齢だが、出ているところは出ている。寧ろ、同年代よりは発育がよろしいかもしれない。そんな少女の胸も大事なところも丸見えだった。

 

 先程とは別の意味で顔を紅潮させて、カムラを無言で睨みつけるアレーティア。デリカシーの無い主を呆れた様に見るメル。そして、何が悪いのか分からないといった顔のカムラ。

 

 神を殺すための旅路に、新たな仲間が加わった。




化け物がやって来た結果、先の展開をいくらも先取りする事となりました。調律者なら仕方ない。

というわけで、ユエさんはアレーティアとして生きていきます。ハジメさんに殺されそうですが……


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調律者に容赦は無い

今回かなり短いです。


 アレーティアが仲間となってから数日、調律者一行は大迷宮探索を続ける。

 

 あの後、アレーティアの服を幻想抽出によって作り出したのだが……なんというか、所謂魔法少女の様な服なのだ。ピンク色がかなり目立つ。幸利辺りが物凄い反応を示すかもしれない。

 

 なお、アレーティア本人は可愛いと気に入ってくれた。彼女自身魔法にずば抜けた才があるので、違和感という点では特にない。ついでなのでステッキも作った。

 

 ……大元は、実際に魔法少女として戦っていた少女の物なのだが。

 

 その魔法少女は愛と正義の名のもとに戦っていたが、その少女の愛は、どこか脅迫的な物だった。その少女の正義は、自らが悪になる事を厭わない物だった。否、正義を守るために悪となる事を、少女は選んだ。

 

 カムラが聞いた話はそこまでだ。幾らか存在する魔法少女達の話を、頭に所属していた際に資料を見聞きしただけの、知識だけの物である。

 

 そんな少女が使っていた装備一式なので、アレーティアに悪影響を及ぼす可能性も無くはない。

 

 それはメルにも言えることで、メルに与えた手斧と銃も、狼に凄まじい怨念を持つ赤ずきんの少女の装備が元だ。狼を見て暴走しないか心配である。

 

 

 とはいえ、二人共かなりの練度で使いこなしてくれている。

 

 メルは元々短剣を使っていたのもあり、手斧への順応が早かった。銃への適正も相当なもので、最近秒間6発打ちを見せてくれた。

 

 アレーティアは、元から魔法陣や詠唱なく上級魔法を連発できる程の魔法適正が、カムラの与えたステッキと、かなり親和性が高い物だった。

 

 ステッキから星型の何かを連射し、ついでと言わんばかりに炎属性最上級魔法、“蒼天”を放つなど、ファンシーかつ爽快な戦いぶりだ。カムラは暇だ。

 

 ついでに、アレーティアは吸血鬼の先祖返りというだけあり、血液によって魔力を急速に回復する事ができる。血液の提供者はメルだ。

 

 カムラの血も吸った事があったのだが……

 

『……あ? え? 何……私……あえ? ……あ、あ、あ、これ、なに? なにもみえない? わかる? わからない? わからない……わたし……』

 

 等と、細かく痙攣しながら支離滅裂な言葉を発し始めたので、すかさず時の特異点で巻き戻した。カムラの見解では、

 

『私の血を通して深淵を覗きかけたのだろう。私の魂に染み付いた幻想が、体をも蝕んでいる、とも言えるかもしれないな』

 

 らしい。こんなもん摂取し続けたら、いつかアレーティアが壊れるので、メルの血を定期的に飲んでいる。こちらは魔物を食べたせいかとても濃厚らしい。

 

 

 ───────────────────────

 

「「「………………」」」

 

 アレーティアと出会った階層から、更に潜った一行。160センチはある草が特徴的な草原の階層にて、三人と一羽は息を潜めていた。三人は困惑していた。何故なら……

 

「随分と可愛らしい花ですね」

 

「……ん、お花畑」

 

「土壌ではなく恐竜の頭から生えているがな」

 

「チュン……」

 

 その草原には、頭から可憐な花をちょこんと生やした、トリケラトプスもどきやらティラノサウルスもどきやらの魔物が何体もいたからだ。

 

 ドシン、ドシンと地面を踏みしめる度、頭の花がフリフリと揺れる。凄く……気が抜ける。

 

「和みますが……なぜあんな花が?」

 

「……イジメ?」

 

「いや、流石にイジメは無かろう……洗脳でもされているのではないかね? かつて、自らの花粉を浴びた人間を同種へと変える木がいた。似たような物やもしれんな」

 

 と、カムラが予想を述べ終えると、何を思ったのかメルは花に向けて銃を撃った。バァン!! と清々しい銃声がなり響き、放たれた弾丸は音速を超え、トリケラトプスもどきの頭の花を散らした。

 

 花を撃たれたトリケラトプスもどきは、一瞬ビクッ!! と痙攣し、その場に倒れてしまった。

 

「……花が本体の可能性も出てきましたね」

 

「さてな。まだ脈はありそうだ」

 

「……イジメられて殺されて……哀れ」

 

「イジメから離れんか」

 

 倒れ伏したトリケラもどきを見つめながら各々こぼす。ただ、カムラの言う通り生きてはいるだろう。痙攣が止まっていないが。

 

 やがてトリケラもどきは何事も無かったかの様に起き上がり、辺りをキョロキョロと見回す。そして、足下に花を見つけると、これでもかと何度も踏みつけ始めた。

 

 一通り踏みつけた後に上げた顔は、心なしかスッキリしていた。相当鬱憤が溜まっていたらしい。そして、カムラ達を見つけて目を見開いた。

 

「“緋槍”」

 

 すぐにアレーティアの火属性魔法によって頭を撃ち抜れた。

 

「親の仇の様に必死でしたね」

 

「本当にイジメやもしれんな……む?」

 

 何かに気がついたカムラ。アレーティアを撫でる手を止め、二人を脇に抱え、飛んでいた罰鳥を頭に乗せた。

 

 そして軽く跳躍し、着地点に柱を召喚、それに乗り、柱を射出した。イメージとしては○白白だろうか。あの様に飛んでいる。音速を超えようかという速度だが、どういう訳か身体への負担は無い。

 

「か、カムラ様?」

 

「……急にどうしたの?」

 

「チュン!」

 

「いや、あのままいれば囲まれてしまっていたのでね。この階層、どうやら相当にあの花の被害が大きいらしい」

 

「全ての魔物があの花を咲かせている、という事ですか?」

 

「確証は無いが、指揮をする魔物がいるのは確かだ。多数の気配が我々の方に向かっていたからな。この階層を支配する魔物がいるのだろう」

 

「……じゃあ、どうするの?」

 

「簡単だ、ここを焼き払う。中心からやってしまえばどうとでもなろう……貴様らが強すぎて、最近私が暇なのもあるがね」

 

 そう語るカムラ。その瞳には、獰猛さが微塵も隠すことなく表れていた。相当暇だったらしい。メルもアレーティアも、その獰猛さに顔を蕩けさせた。彼女達も相当末期である。

 

 

 ───────────────────────

 

 おあつらえ向きに、階層の中心には大樹があった。柱はその中心に突き刺さった。

 

「さて、ここから全てを焼き尽くしてくれようか……“幻想抽出”」

 

 カムラは右手を前に掲げる。掌の先に、視覚では捉えられない光が集まる……

 

 トータスでも、地球でもない世界。虚時カムラが、カムラとして生きていた世界。何処かに確かに存在する世界。その中心にある、生と死の原型より、カムラは幻想を汲み取る。汲み取った幻想に姿を、現世に存在するための形を与えてやるのだ。

 

 ……五感で捉えられる様になった光はやがて収まり、人類が夢見た物の一端が、カムラの手の中に出来上がった。幻想が、この世界に現れた。

 

 それは、火の着いた十本のマッチだった。それを見たカムラは、一つ頷いて眼下の草むらにその内の一本を落とす。

 

 いつの間にやら、大樹には頭に花を咲かせた恐竜の様な魔物が集まっていた。マッチはそのうちの一体の頭に当たった。

 

 

 爆炎が広がった。

 

 

 マッチが衝撃を受けた途端、広範囲に凄まじい爆発が起きたのだ。瞬く間に火の手はカムラ達の視界の端にまで広がった。

 

 ちなみに、カムラの指示でメルが防御魔法を使っていたので、一行は傷一つなかったりする。

 

 下にいる魔物達は、爆心地にいた魔物が吹き飛び、爆発に巻き込まれることのなかった魔物は広がった炎によって灰になった。

 

 それを見て、カムラは更にマッチを投げる。爆発が四方で、立て続けに九回。大樹にも炎が広がってきたが、カムラが大樹を時の特異点で保護しているので、一行にまで火の手が回ってくることはなかった。

 

「……うわぁ、容赦ない」

 

「ピィ……」

 

「……時折、カムラ様は非常に残酷ですね」

 

「……悪癖だな。滅ぶもの、死にゆくもの、その全てが私は好きなのだ……しかし……クク、クハハハハハ! ああ、やはり愉しいものだ! 命が散る様はやはり美しい! 夢見た少女の最期の輝きともあらば尚更だ!」

 

 カムラの容赦の無さに若干引くアレーティアに罰鳥、慣れてきた自分が怖くなってきたメル、そしてテンションが昂り爆笑するカムラ。カムラが笑うと凄く怖い。

 

 しばらくして、カムラが魔力の暴走を発動。広がっていた炎を消し飛ばすと、残ったのは一行が立つ大樹のみであった。

 

「さて、この階層の魔物は全て燃やしたし、次に行くとしようか」

 

「……階段残ってる?」

 

「あそこの洞窟も爆発で崩れていますからね……」

 

「あの洞窟から花粉が飛んでいたのでね。念入りに破壊させてもらったよ。中にいた魔物も燃え尽きたようだ」

 

「……カムラ一人でよくない?」

 

「私達の出番をいただけるだけありがたいと思いましょうか……」

 

 結局、カムラのせいで何も残らなかった。アレーティアとメルは、改めてカムラの規格外さを実感した。




幻想抽出は、エルヴァ君曰く

「抽出される物に一貫性は無い。ある程度は私が設定できるが……パル○ンテの様に安定しないのだ」

だそうです。


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最後の関門と■■■■

オリジナルに力を入れてました……

今回は、皆大好きな○○様が登場します。お楽しみに。


 焼き尽くした草原地帯を後にした一行は、数えて百層……つまり、真のオルクスの最終層、その手前の階段で休んでいた。

 

「さて、次の階層がいよいよ最後か。早いのやら遅いのやら……わからんな」

 

「圧倒的に早いと思いますよ? 体感的にはまだ数ヶ月程度ですからね。約百層を降りてきたと考えれば、相当なものかと」

 

「ふむ、そうだな。コレもお前達の頑張りの賜物だろうよ」

 

「ん」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

 この階層に来るまで、戦闘は基本メルとアレーティアに任せ、カムラは特異点の利用や幻想抽出による後方支援に徹していた。その理由は、ある時の会話からである。

 

 

『カムラ様、この階層より戦闘を我々に一任させて頂けませんか?』

 

『……ほう、私が魔物に至らぬとでも?』

 

『いいえ、逆です。寧ろ……』

 

『……私達の出番が無くなる』

 

『カムラ様一人で迷宮を攻略したと判断されてしまっては、我々が神代魔法を手に入れられない可能性がありますので』

 

『……ふむ』

 

『……お父様の為にも、神代魔法が欲しい』

 

『それに、あのクソ神と戦える戦闘能力を養うという意味でも我々に任せてほしいのです』

 

『……そうさな。本来私が出しゃばる物では無かったな……良かろう、存分に戦え』

 

『はい』『ん!』

 

 

 というわけだ。身も蓋もないが、ぶっちゃけカムラ一人で無双できるのだ。それではメルやアレーティアの修行にはならない、だから大人しくしろ、という話だ。

 

 まあ、草原地帯ではあまりに暇になったが為に焼け野原にしてしまった訳だが。

 

 お陰様で、少なくともメルのステータスは爆上がりである。現在のステータスはこう。

 

=======================

メル・パーシマリイ 15歳 女 レベル:63

 

天職:便利屋

 

筋力:2450

 

体力:2780

 

耐性:2120

 

俊敏:4190

 

魔力:3780

 

魔耐:3690

 

技能:技能習得[+洗練][+期間短縮][+見聞の極]・全属性適正・錬成[+精密錬成][+高速錬成][+鉱物系探査][+鉱物系鑑定]・格闘術[+身体強化][+浸透破壊][+遠当て]・縮地[+重縮地]・先読・剣術・魔力操作・胃酸強化・天歩[+空力][+豪脚]・纏雷・風爪・夜目・金剛・威圧・遠見[+定点観察]・気配感知・熱源感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性

=======================

 

 魔物の肉を食べても技能が増えなくなったが、ステータスが順調に伸びているのがわかるだろう。

 

 しかし、流石に次の階層ではカムラも参戦する。後方支援を主にするのは変わらないが、必要に応じて柱や斬撃で攻撃するという。

 

「……さて、充分に休めたか?」

 

「ん」

 

「魔力、身体能力、精神力、共に問題ありません。武器の方もこれといった事はありません」

 

「魔力や身体の回復は神水に頼りっきりだがな……よし、行くか」

 

 一行は休息を終え、いよいよ最後の階層へと足を踏み入れた。

 

 

 ───────────────────────

 

 出たのは、無数の巨大な柱に支えられた、大きく広い部屋。柱に刻まれた彫刻も手伝ってか、その空間は何とも荘厳さを感じさせてくれる。

 

「……ここでも」

 

「……どうしたの?」

 

「…………私の故郷にあった遺跡、その最深部もこの様な空間だった……白い天使や、赤い肉塊、楽団の指揮者や形容できぬ何かも、そこで対峙した覚えがある」

 

「……カムラ様」

 

「二人共、気を抜くな。幼い私が死を覚悟したような怪物と戦う事になるやもしれん。件の肖像の加護も、私の抽出では少し劣化したものとなっている故な。パニ、私に何かあれば全力で彼女達を守れ」

 

「チュン!」

 

 ごくりと唾を飲み込む二人。力強く鳴く罰鳥。カムラにそこまで言わせる化物がどれほどのものかも気になったが、後でゆっくり聞かせてもらう事にした。

 

 

 淡く輝く柱に導かれ、しばらく歩いていると、これまた見事な彫刻の巨大な扉が見える。

 

「カムラ様、あの扉の先が解放者の住処です。何かが現れるとするなら、恐らく……」

 

「ここであろうな……そら、早速お出ましだ」

 

 最後の柱の間を越えた時、三十メートルはあろうかという巨大な魔法陣が、赤黒い光を放ち、脈打つ。

 

 その明らかに強大な威圧感に、メルとアレーティアは緊張し強ばり、カムラでさえも目を見開いた。

 

 ………………否。カムラは天井を睨みつけていた。その顔はまるで、因縁の相手と対峙したかのようで。

 

「……世界を越えてまで、何故……!!」

 

「カムラ様?」

 

「メル! アレーティア! アレは貴様らには手に負えん! 決して手を出すな!」

 

 珍しく、いや、今までに見たことの無い、カムラの余裕の無い表情と激しい声に気圧される二人。カムラの目線を追うと……

 

「見るな!!」

 

「「ひっ」」「ぴ」

 

 視界に移る前に、カムラの声が響く。怒っているともとれる声に、二人と一羽は縮み上がってしまう。しかし、気にする余裕も無いのかカムラは続ける。

 

「貴様らの精神力がどれほどのものかは分からん。しかし、アレを見れば無事では済まん! 幸い奴は戦闘能力はさほど高くない。貴様らはあの蛇の相手を! 私もすぐに終わらせる!」

 

 矢継ぎ早に指示を飛ばし、カムラは煙の様に消えていった。

 

 同時に、光が彼女達を包んだ。魔法陣が、召喚を完了した様だ。

 

 そこにいたのは、六つの頭に長い首、鋭い牙に赤黒い眼の、魔法陣と同等サイズの巨体を持つ怪物。メルやアレーティアは知る由もないが、地球ではヒュドラと表されるモノに違い無かった。

 

「……メル、パニ」

 

「……カムラ様なら大丈夫でしょう。私達は私達の敵を。アレーティア様、パニちゃん、行きます!」

 

「ん!」

 

「ピィ!」

 

 

 ───────────────────────

 

「……」

 

 カムラは咄嗟の判断により、二人と一羽のいる部屋と空間を切り離し、絶対的な安全空間に(規制済み)をぶち込み、対峙する。

 

 その(規制済み)の姿は、とても(規制済み)で、かつ(規制済み)な(規制済み)。叫ぶ声もまた(規制済み)なものであった。

 

(規制済み)は(規制済み)の様な(規制済み)を(規制済み)し、カムラに襲いかからんとしているようだ。

 

 しかし、カムラは動かない。(規制済み)に対し、心を奪われているようだ。いや、語弊がある。ここで言う“心を奪われる”とは、不快感を押し込めているという事だ。

 

「よもや、トータスに来てまで怪物と戦う事になろうとはな……」

 

 カムラは感慨深い様に、憎々しげに呟く。(規制済み)の動きは遅い。襲おうとしていても、中々前に進まない。

 

「相も変わらず、(規制済み)な(規制済み)だな。とはいえ、彼女達に任せなくてよかった。こんな(規制済み)を見ては、如何に彼女達と言えど、無事では済まんな……さて、何故ここにやって来たのかは知らんが……」

 

(規制済み)の体から、新たに眷属らしき小さな(規制済み)が現れる。一体となっていたらしい。それを見ても、カムラは落ち着きを見せている。柱を何本も具現化させる。標的は勿論(規制済み)。

 

「貴様も、私も、本来はこの世に在らざるものだ。あの世界からやって来たのか、それともたまたま似ているだけかも知れぬが……そんなことはどうでもいい。要らぬ物は消えるのみ。大人しく消えようではないか」

 

 ──貴様だけな

 

 その言葉を皮切りに、優に二十を超える数の柱を、凄まじい速度で射出していった。

 

 

 ───────────────────────

 

「はぁ……はぁ……」

 

(黒いのが何もしてこないのが気がかりですが……とにかく白と黄色を何とかしないと……!)

 

 一方、メルとアレーティアが戦う魔物は、オルクス大迷宮のトリを飾るに相応しい、厄介かつ強力な魔物であった。

 

 六つの頭にそれぞれ紋様があるのだが、赤、青、緑の頭がそれぞれ炎、氷、風の魔法を放ち、潰しても白の頭がたちまち再生させていまい、白を狙っても黄色の頭が肥大化して防ぎ、ノーダメージ。

 

 先程から銃を打ち、アレーティアが魔法を使って頭を潰しているのだが、即座に回復されていくためにジリ貧となっていた。

 

 黒い頭が何も仕掛けてこないので、警戒しながらアレーティアに指示を出そうとした矢先に、

 

「いやぁああああ!!!」

 

「!? アレーティア様!!」

 

 絶叫。見れば、黒いのと目を合わせて動かないアレーティア。更に言うなら、目が完全に虚ろである。

 

 黒い頭が大口を開けてアレーティアに襲いかかる。何とか助けに行こうとするメルだったが、他の頭の魔法に阻まれて動かない。

 

「アレーティア!!」

 

 普段の敬語がとれ、普通の少女の様な悲鳴を上げて呼びかけるメルだったが、アレーティアは金縛りにあったように動かない。もうダメかと思われた瞬間、

 

「チュチュン!」

 

 真っ白な身体を赤くした、アレーティアの肩に乗っていた罰鳥が、腹から引き裂かれたようにしてくちばしを出し、黒い頭を丸呑みにする。アレーティアはくたりと倒れる。魔物も驚いたのか、一瞬動きが止まる。

 

 その隙をついて数発発砲しつつ、メルはアレーティアの元へ向かう。

 

「アレーティア、しっかりして! アレーティア!!」

 

 アレーティアを抱き抱え、懸命に呼びかけるメル。その甲斐あってか、徐々に焦点の合わない目が光を取り戻していく。

 

「……メル?」

 

「アレーティア!」

 

「良かった……私、また置いていかれて……」

 

「え?」

 

 アレーティアが言うには、黒い頭に睨まれた途端、カムラやメル、罰鳥に見捨てられ、再び暗闇に封印される光景が頭を支配し、動けなくなったらしい。

 

「バッドステータス系の魔法……! つくづく厄介な相手ですね……!」

 

 魔物の面倒さに歯噛みするメル。発砲によって幾つか頭が潰れた為か、当の魔物は回復に手間取っているらしい。

 

 本格的に狩る者の眼となったメルの腕の中で、アレーティアがか細い声で話す。

 

「……メル……私……」

 

 その目には涙が浮かんでおり、不安が伺える。暗闇から救い出してくれた二人と一羽に見捨てられるというのは、精神的に非常に堪えたのだろう。

 

「……アレーティア、大丈夫」

 

「……」

 

 メルは、アレーティアに目線を合わせて語る。全ては、大切な友を勇気づけるために。

 

「カムラ様が、貴女を置いていくなんて有り得ない。そんな事があったら、私もカムラ様から離れるわ」

 

「……」

 

 アレーティアは目を見開いたが、無理は無い。

 

 メルのこの宣言は、実際驚くべきものである。普段から、メルはカムラに全てを捧げたと公言する程に、忠誠を誓っているのだ。

 

 更に、アレーティアは知っている事だが、メルはカムラを一人の異性として愛している。共に戦うことを約束してくれた少年。誠実さも合わせ、好きにならない要素が無いとも語っていた。

 

 つまるところ、そんな事があるならば、メルはカムラを従者としても、女としても見限ると言ったのだ。カムラがアレーティアを見捨てるなど、有り得ない事であるが故に。

 

 それに、とメルは続ける。

 

「私も、貴女を見捨てない。付き合いは短いけど、アレーティアは私の一番の親友だもの」

 

「チュチュン! チュン!」

 

「……うん、うん! ありがとう!」

 

 メルの親友宣言と罰鳥の鳴き声に、華のような笑顔を見せるアレーティア。誰もが見蕩れそうなその笑顔に、メルもまた笑顔で返す。

 

「ギャァァァァァァ!!!!!!」

 

 咆哮。魔物が回復を完了したらしい。

 

「近くから攻撃しに行きます。アレーティア、手伝ってくれる?」

 

「ん!」

 

 メルは魔物の方に駆け出す。それを捉えた魔物は魔法を放つが、

 

「“緋槍”! “砲皇”! “凍雨”!」

 

 アレーティアの魔法が矢継ぎ早に放たれる。凄まじい速度で、大量の炎の槍や、これまた凄まじい密度の風の刃を伴う竜巻、非常に鋭い氷の雨が魔物を襲う。

 

「発射!」

 

 ダメ押しと言わんばかりに、アレーティアは魔法の杖から砲撃を発射する。アレーティアの金色の魔力が光となり、大気を震わせながら炸裂する。

 

 余裕が無いのか、黄色の頭は白い頭だけを守り、他の頭は撃ち抜かれ、爆散する。回復しようと白い紋様の頭が動き始めた時。

 

「そこまでです」

 

 心做しか冷酷な声。メルが、ピンク色の狙撃銃を構え、空中に立っている。この狙撃銃は、切り札の一つとしてカムラから与えられた物だ。

 

 心を護る兵隊の狙撃銃は、カムラに貰った後に錬成によって細工を施し、カムラ監修メル作の新しい武器へと進化した。

 

 後付けとして、魔力との親和性が高いシュタル鉱石を元に作られた電磁加速装置。それをを取り付けられたその狙撃銃は、メルの“纏雷”によって銃弾を加速させる。

 

 メルの構えた狙撃銃は、二つの頭をその射線上に捉えた。“纏雷”を発動し、引き金が引かれた。

 

 ズガン!! と大砲の如き音を響かせて放たれた銃弾は、残った二つの頭を跡形もなく消し飛ばし、天井を抉って何処かへと消えていった。全ての首が倒れたのだ。

 

「~~~~~~っ、し、衝撃が凄まじいですねコレ……私も消し飛ぶかと思いました……」

 

 実はこの狙撃銃、電磁加速装置込みの運用は初だったりする。使う相手がいなかったからだ。それだけこのヒュドラ擬きが強敵だったと言えるだろう。

 

 その予期していなかった衝撃によって身体が悲鳴を上げたが、無視できる程度ではある。

 

 メルがアレーティアの方に視線を向けると、魔力枯渇で疲れてはいるものの、笑顔でサムズアップしている。メルもまた笑顔でサムズアップを返し、屍となった魔物の正面に降り立ち、アレーティアの方へと歩み出す。

 

「メル!」

 

「ピイ!!」

 

 しかし、切羽詰まったアレーティアと罰鳥の声を不審に思い、その視線を辿っていくと。

 

「……嘘……」

 

 七つ目の頭が胴体から音もなく起き上がり、メルを睥睨していた。その銀の頭は、メルから視線を外してアレーティアを捉え、予備動作も無く極光を放つ。

 

 呆気にとられ、反応が遅れたメルは助けようと駆け出すも間に合わず、先程の砲撃に迫る勢いの極光が、アレーティアとその肩の罰鳥を襲い、彼女達を消し飛ばす。

 

 

 

 

 

「無駄だ」

 

 そんな未来が来ることは無かった。

 

 無数の赤い斬撃の雨が極光を打ち消し、勢いそのままに銀の頭に無数の傷を付けた。

 

 銀の頭が睨むのは、その斬撃の発射源。そこには……

 

「すまない、少し手こずった」

 

 アレーティアと罰鳥を庇うようにして立つ、制服姿の少年。すなわち、虚時カムラであった。

 

「カムラ……カムラ!」

 

「すまなかった、思っていたより数が多くてな」

 

 アレーティアはカムラに抱きつき、顔を胸板に擦り付ける。そこへメルが駆けてくる。

 

「お帰りなさいませ、カムラ様……」

 

「ああ、ただいま……お前達、よく戦ったな。クク、満身創痍と言ったところではないか。あとは私に任せろ」

 

 魔物は動かない。魔物に思考があるならば、きっと疑問でいっぱいだろう。

 

『何なのだ、コイツは!』

 

 と。突然現れたその少年は、有無を言わさない迫力を持ち、圧倒的な強者の風格を纏うのだから無理も無い。

 

「早く休ませてやりたいのでな。すぐにケリをつけさせて貰おう」

 

 そう言ってカムラは右手を掲げる。青い光がそこに宿るのがよく分かる。

 

 

 カムラの攻撃は、宿る光の色によってその効果が変わる。

 

 赤い光なら物理的な破壊を、白い光なら精神的な破壊をもたらし、黒い光なら物理的な物と精神的な物の両方を削り取る。

 

 青い光ならばそれは、あらゆる物の寿命を削り取る。

 

 カムラ、いや、調律者の場合、その能力は確実な死をもたらす力として振るわれる事となる。

 

 つまり、カムラが青い斬撃を繰り出す時は、“仕事”を早く終わらせたい時に他ならないのだ。

 

「我らの踏台となれ……!」

 

 振るわれた右手からは、青い無数の斬撃が放たれた。それに当たった魔物は、傷こそは無かったが、最後の頭は倒れ伏してしまった。

 

「…………疲れたな」

 

「ええ、本当に……カムラ様が間に合わなければ、どうなっていたことか……」

 

「……死ぬところだった」

 

「ピ……」

 

 三人はその場に座りこんでしまう。戦いに戦い抜いた先に、漸くラスボスを倒した安心感からだ。

 

 が、魔物の向こうにあった彫刻の扉がひとりでに開いた。一瞬新手を警戒したが、“魔力暴走”には何も引っかからない。次への道が開けただけらしい。

 

「漸くこの迷宮も終わりらしいな……よし、行くぞ」

 

「はい(ん)(ピイ)」

 

 そうして一行は扉へ向かう。漏れる光は、言いようもなく安心できるものだった。




という訳で、■■■■は(規制済み)、すなわち盲愛様でした。

……え?出番が少ない?情報を規制しないと流石にヤバイので……


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解放者の住処

オルクス大迷宮編、完結へ……

長かった……ここまで見てくださった皆様、ありがとうございました。まだまだ続きますので、よろしくお願い致します。


「…………太陽、か?」

 

「……眩しい」

 

「チュン!」

 

 一行が扉を抜けた先にあったのは、広大な空間や住み心地の良さそうな家。それに加え、何故か太陽が存在していた。先程まで暗い迷宮の中であったにも関わらず、である。

 

 太陽と言っても、円錐状の物体に光り輝く球体が引っ付いているだけなのだ。しかしその光は仄かに暖かく、無機質さを感じさせない。植物が元気に育っているのも鑑みると、太陽と何ら遜色ないと考えられる。

 

「……伝承によれば、オスカー・オルクスは仲間と協力し、太陽を人工的に作り上げる事に成功したそうです」

 

「ほう、恒星を作り上げるか。かつての私でもできるかは怪しいな。この景色も含め、つくづく感心させられる」

 

 そう言って前面の景色を眺め回すカムラ。球場程の広さに加え、天井近くの壁から滝の様に水が流れ込み、川を形成しているそこは、カムラが感嘆する程の風景だ。川の近くには畑すら完備されている。家畜小屋もあり、至れり尽くせりだ。

 

「実に清々しい空気だな。もう少し人がいても、ここだけで何年と過ごせそうだな」

 

「……すごい。あ、魚」

 

「外の川から泳いできている様ですね。自炊には困らなさそうです」

 

「あぁ……さて、家の方も調べるか」

 

「ん」「かしこまりました」「ピ」

 

 

 家の中に入ってみれば、暖炉や台所、トイレまである部屋……要はリビングがある。ソファもあり、幾らでも寛げそうである。

 

 更に奥へ行くと、再び外に出た。そこには丸い穴が広がり、地球で言うライオンを象った彫像が口を開けていた。隣の魔法陣に魔力を流すと、お湯が出てきた。

 

「風呂か。後で入るとしよう」

 

 これにはカムラも思わず笑みを浮かべた。元より綺麗好きな彼にとって、この事は幸いであった。

 

 余談だが、和食や温泉、神社などと言った、所謂日本の文化はカムラのお気に入りだったりする。彼の気質が、元より日本人に近いのもあるだろう。

 

 ちゃぷちゃぷと素足で水を蹴るアレーティアが、そんなカムラを見て不意にこう言った。

 

「……入る? 私達と、一緒に……」

 

「うん? 私は構わんぞ。まあ、探索が先だがな」

 

「んっ」

 

 混浴の申し出を、カムラは自然な流れで承諾した。背中に冷たい何かが走った気もするが、気のせいであろう。治癒士の少女の背後に、よりハッキリと般若が形を持ったが、気のせいなのだ。

 

 風呂に入るのを後の楽しみとして、一行は風呂場を後にした。

 

 

 階段を見つけて上ってみれば、何やら封印が施された書斎や工房らしき部屋を見つけた。妖精の特異点で開けることもできるが、後のお楽しみとした。

 

 再び上への階段。三階へ上ってみれば、そこには奥に、ただ一部屋のみ存在していた。その部屋に入ってすぐに目に付いたのは、七、八メートル程の精緻かつ繊細な魔法陣。一つの芸術品として売りに出しても良いかもしれない程に美しく見事な幾何学模様だ。

 

 が、次に目に付いたモノの方が衝撃的であった。魔法陣の向こう側の、豪奢な椅子に座る骸。黒と金の刺繍が施されたローブを着ており、お化け屋敷のオブジェと言われても納得できる程綺麗に保存されていた。

 

 保存されていた、と言うのは少々おかしいか。座ったままに果てたとしか思えない姿勢なのだから。よく考えれば、家も人が長い事居ないと分かる気配の割に整理されていた。もしかしたら、環境を整える仕組みがあるのかも知れない。

 

「……メル、もしや」

 

 亡骸から目線を外し、傍らのメルを見やるカムラは、そのまま固まってしまった。

 

 静かに、はらはらと、涙を流していた。

 

「……オスカー……オルクス、様……」

 

 亡骸に駆け寄るメル。カムラとアレーティアもそれに続いた。そして、メルが魔法陣の中央に立つと、魔法陣が白く輝く。

 

 刹那、メルや、追いかけてきたカムラとアレーティア、罰鳥の頭の中に何かが侵入し、奈落へと落ちた時からの記憶が走馬灯のように想起された。どうやら、正しく迷宮を攻略したのかを、記憶を読み取って調べているらしい。神代魔法だろうか。

 

 輝きが収まると、三人と一羽の前に、亡骸と同じ格好の青年が立っていた。

 

『試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス、この迷宮を創った者だ。反逆者と言えば分かるかな?』

 

 そう言った青年、オスカー・オルクスは、これがホログラム映像の様な物である為、質問に答えられないと断りを入れ、話し始める。

 

 メルの代まで伝えられている、世界の真実に相違ない内容。オスカーの目に、声に、嘘は無い。パーシマリイの一族が信じていた通り、彼らは狂える神から世界を解放しようとしていたのだ。

 

 伝承を信じ、先祖の友の雪辱を果たそうとしてきた一族。己らが知る世界の秘密を、誰にも話す事が出来ずに抱えてきた一族。その行動が、数千年の時を経て、無駄では無かったと。そう感じたメルは泣きじゃくる。

 

 

 映像の中のオスカーは、更にこう続ける。

 

『そして、この映像が流れているなら、パーシマリイの一族、その末裔が居る事だろう』

 

 ……とんだサプライズだ。オスカーは、パーシマリイの子がいつかここに来ると信じ、映像を遺していたらしい。記憶を探られたのはそのためでもあったのだろうか。

 

『パーシマリイの子供達。君達は、彼女が僕達にしてくれた事をかなり遠慮して伝えてられていると思う……ただ、彼女は陰ながら手伝ってくれただけじゃない。その身命を賭して、僕達を助けてくれた。改めてお礼を言いたい。本当に、ありがとう』

 

 深く頭を下げるオスカー。パーシマリイ一族は、解放者達を助けたという者や、今のパーシマリイであるメルなど、女傑が産まれやすい家系らしい。

 

「オスカー……様っ! わた、私達は!」

 

 膝から崩れ落ち、感涙し、言葉が出てこないメル。オスカーはそれすら見越している様に、優しい微笑みを浮かべる。ディンもそうだったが、つくづく凄まじい人間達だ。

 

『君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを』

 

 オスカーの映像はそこで途切れ、同時に再び何かが入り込んでくる感覚が。オスカー・オルクスの扱っていた神代魔法を刷り込んでいるらしい。

 

「“生成魔法”か……私は元から持っているが、やはり錬成師の為にある様な魔法だな。“錬成”を満足に扱えるメルならば、これも使いこなす事が出来ような」

 

「……私には難しそう」

 

「ぐすっ、ひっく……」

 

「……メルはどうする?」

 

「……しばらく待つか」

 

「ん」

 

「チュン!」

 

 

 

「お恥ずかしいところをお見せしました……」

 

 落ち着いたメルは、晴れやかな無表情で謝罪する。それに対して、よく見なければ分からない程度の微笑を浮かべてカムラは答える。

 

「なに、構わんさ。メル達の頑張りがここまで来た、それだけの話だよ……ただし、ひとつ聞かせてもらおう」

 

 言葉を切ったカムラは一転、初めて出会ったあの日の様な、意識が飛ばされそうな程の圧力を纏う。傍らのアレーティアは足が竦んでしまったらしい。

 

 嘘は赦さない。言外にそう伝えるカムラは、それこそあの日の様に、試すような口調で問う。

 

「オスカー・オルクスは、神殺しを強要しないと言った。なれば、メル・パーシマリイ。貴様は、ここで終わる事も出来よう。平穏な日々を過ごすことも出来よう……貴様は、尚も解放者達の雪辱を晴らそうと戦うか?」

 

 問いかけるのは、その覚悟。神殺しを強要されていない。ならばわざわざ戦う必要も無い。戻る事も、まだ出来なくはない。

 

 コレはかなりの甘言だろう。実際問題、メルは、メル自身には、エヒトを殺す理由が特に無い。ただ、先祖代々伝えられてきた雪辱を晴らす為だけに、エヒトを殺そうとしているだけなのだ。

 

 ある意味究極の選択かもしれない。

 

 解放者達の想いを捨て、平和に暮らすか。

 

 平和な日々を捨て、命を賭けた戦いに臨むか。

 

 ……あの日よりも震える事無く、落ち着いて返した答えは、カムラにとっても分かりきっていた事だった。

 

「……不肖、メル・パーシマリイは、自分の為ではなく、もう居ない先祖やその友の、敵討ちの為に戦うということになります……そしてそれは、傍から見れば、狂っていると取られてもおかしくはありません」

 

 目を合わせず、俯いてそう宣うメル。カムラはそれに、追い討ちをかけるように同調する。

 

「ああ、少なくとも私には理解出来ないな。過去の為に何かを成すなど、無駄以外の何物でもあるまいさ。求められてすらいないのだから尚更な」

 

「しかし。私自身にも、戦う理由はあるのです」

 

「ほう?」

 

 目線で続きを促すカムラ。顔を上げたメルの、その眼は、覚悟に満ち満ちていた。

 

「私の、いえ、パーシマリイ家の誇り。そして、解放者達の願い。パーシマリイに産まれた以上、それを確かに引き継いでいるのです。私は、その為に戦いたい」

 

 しかし、カムラは更に問いかける。

 

「崇高な物だな。しかし、それらもまた貴様と切り離せる物であろう? 平和を捨てるには足りぬと思うがね」

 

 対し、メルは首をゆっくりと横に振る。

 

「十分なのです。私にまで受け継がれてきたこの想いは、願いは、決して色褪せる物ではありません。今でもはっきりと色付いているのです。友の為に、世界の人々の為に、私は最後まで戦います」

 

 力強い宣言だ。カムラが息を呑む程に、強い覚悟だ。見守るアレーティアも、罰鳥も、尊敬の眼差しでメルを見つめる。

 

 やがて、カムラはフッと笑い、圧を解く。

 

「……素晴らしい。私など敵わぬほどに、強い決意だ。やはりあの日、メルに話しかけて良かった。そう心から思うよ」

 

「カムラ様……っ!?」

 

「あ」

 

 カムラは思わず、メルを抱きしめていた。想い人からの突然の抱擁に、メルは目を白黒させ、アレーティアは先を越されたと少しショックを受け、治癒士の少女は杖を粉々に圧砕し、闇魔導師の少年は「結局顔かクソォォォォ!!!」と天に吼えた。

 

「試すような事をしてすまなかった。そして……しかと見届けたぞ。“連綿と受け継がれる想い”を。それを忘れないでおくれ。それがある限り、私は共に戦い抜く。約束しよう」

 

 頭を撫でながらそう言うカムラ。カッコイイっちゃカッコイイのだが……悲しいかな、メルはキャパオーバーで気絶してしまっていた。

 

 

 その後、家と川との間程度の座標にオスカーの墓を立てた。ついでに、オスカーが嵌めていたと思われる指輪も頂戴した。メル曰く、攻略者の証としても機能するらしい。そのおかげか、封印されていた部屋もその指輪で開いた。それらの扉には指輪と同じ十字に円の重なったような紋様が刻まれていた気がする。詳しく確認してはいないが。

 

 書斎に入ると、この家の設計図らしき物を発見した。地上へと帰るならば、どうやら指輪を持って先程の魔法陣を使えばいいらしい。なんでも、あの魔法陣は地上へとワープする機能も備えているそうだ。

 

「さて、これで我々はいつでも帰れるわけだな」

 

「ええ。しかし、ここにしばらく留まるおつもり、なのですよね?」

 

「その通りだ。何をすると思う?」

 

「……メルの装備の補充、私達の訓練」

 

「ああ。だがもう一つ、私の訓練もあるな」

 

「……カムラ様の訓練?」

 

「……鍛える必要、ある?」

 

「チチュン?」

 

 二人と一羽の目線が刺さる。確かにどんな化け物相手であろうとも、一人で無双できるカムラだが、こう言うのには理由があった。

 

「訓練、と言うよりは実験だな。“幻想抽出”で作り出せる物や生物の確認がある。先程、私の故郷に存在していた怪物がいた。同じ程の脅威が無いとは考えにくい。ただでさえ奴らがいる原因が分からんからな」

 

「今の私達では、どうにもならないような……怪物」

 

「その対処の為に、私は私の今の限界を知っておく必要がある。故に“幻想抽出”と神代魔法の合わせ技などをじっくり試す。手数は多い方がいい」

 

「……一理ある。どれくらい居る?」

 

「二ヶ月……いや、三ヶ月だな。鍛えるだけでは息が詰まる。息抜きも必要だろうさ」

 

 

 かくして、神殺しを成そうとする者達は牙を研ぎ始めた。世界のバランサーを務めた者が、少女の想いに応えて神を再び殺す時まで……そう長くはかからないだろう。

 

 

 

 

 

 オマケその一

 

 戦乙女と形容できる、美しい女性達が飛び交う、極彩色の空間。その一角にて、光り輝く人型が、何かに怯える様にガタガタと震えていた。

 

 この人型、名をエヒトルジュエ。即ち、トータスを創り出した神であり、人々を破滅へと向かわせる邪神であり、カムラ達の滅ぼすべき敵である。

 

『な、何なのだ彼奴は……』

 

 しかし、その姿からは、人々を弄ぶ邪神としての禍々しさも、世界を創り出した創造神としての威厳も、皆無であった。

 

『い、イレギュラー如きに、この我が! 崇高なる神たる我が!! イレギュラー如きにィィ!!!』

 

 叫ぶエヒトルジュエ。腕を振るえば、光弾が飛び、光線がうねり、使徒たる戦乙女達を蹂躙する。一つ一つが大陸を消し飛ばすその力は、癇癪で振りかざして良いものでは無いのは想像に難くない。

 

 エヒトルジュエをそうさせるのは、彼? がイレギュラーと呼ぶ少年。虚時カムラであった。

 

 カムラは、如何なる時もエヒトルジュエの存在を感知している。時折、思い出したかの様に、その闇の如き殺意を向けるのだ。

 

 しかし、曲がりにも神と言うべきか、殺意の裏にあるカムラの心を読もうともした事があった。

 

 

 分かったことは、カムラの底知れない怪物性と、貪欲に全てを、世界すらも喰らおうとする精神だけであった。

 

 コレを知ったのが、カムラ達が大迷宮へと潜る前。即ち、少なくとも一ヶ月、彼? はその殺意に怯え続けているのだ。

 

 さらに、今でもカムラの、死を幻視させるほどの殺意が時折届くのだ。それでも正気を保ってはいる辺り、流石は神だと褒める事も出来よう。

 

『おのれ、おのれぇ……イレギュラーァァァァァァ!!!』

 

 怒り狂う神の絶叫を、暴走を、止めるものはいなかった。

 

 

 

 

 

 オマケその二

 

「……やはり良い……」

 

「ピィィィ……」

 

 探索を一通り終え、ゆったりと足を伸ばすカムラ。顔が珍しく緩みきっている。罰鳥も、玩具の様に器用に浮きながらリラックスしている。

 

 そんなカムラの右には、

 

「……ここまでゆったりできるのは、何時ぶりでしょうか……」

 

 と、メル。また左には、

 

「……お風呂……久しぶり……」

 

 と、アレーティア。

 

 この二人、左右からカムラに抱きつく形になっている。タオルなんぞ付けていないので、二人の胸が直接カムラの腕に当たっている。所謂『当ててんのよ』と言うやつだ。

 

 だがカムラ、一切ツッコミが無い。カムラのカムラも反応してすらいない。臨戦態勢でも無いのに大きい辺り、流石調律者である(?)。

 

 恋する乙女達がそれに不満を覚えぬはずもなく、勇気を振り絞って聞いてみた。

 

「………………カムラ」

 

「何だ?」

 

「……私達の胸」

 

「? うむ、当たっているな。それがどうかしたか?」

 

「い、いえ、それにしては、その……反応が薄すぎではありませんか?」

 

「……何を期待してたのだ貴様らは……今生では香織がいるのでな。何かをするとしたら、先ずは彼女だ」

 

「「……」」

 

 ぐうの音も出ない。カムラは文化として混浴がある事を知っているから二人と共に入る事を承諾したのであって、特段手を出そうだ等と考えていた訳では無いのだ。

 

 しかし、

 

「…………貴様らの気持ちも分かってはいるつもりだ。前も言ったが、答えるならば香織の後だ。それまで待て」

 

「んっ」

 

「…………ありがとうございます……」

 

 言質を取れたので、結果的には良かったかもしれない。

 

 

「……カムラのが反応しないのは?」

 

「…………今生では経験は無い。が、果たして前世で無いとは言えるかね?」




勇者達のベヒモス退治とか書きたいのですが、それよりも優先すべき物がありますのでそちらにご期待ください。

以下、オマケの補足。

エヒトは既にガクブル状態です。立ち直ろうとする度に殺意を浴びるので立ち上がれない無限ループ。尚、カムラ君が殺意を飛ばすのは気まぐれです。

カムラ君は調律者時代、男娼の真似事をして、頭に背く会社を潰しています。曰く、

「女性が仕切っているならば簡単に瓦解する」

為、やりやすかったそうです。


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爪は研がれ、自らをも傷つける

受験も終わり、(別作品投稿したりしてたけど)完全復活!

雰囲気を思い出すためのリハビリ代わりに、彼の活躍をお見せしましょう!

尚、今回の話は次回と同時期です。

それでは、どうぞ。


 ハイリヒ王国、王宮。

 

 フラフラと、目的も無く彷徨う、黒ずくめの少年。

 

 清水幸利。いつの間にやら爪になっていた少年は今、ただ何も考えずに王宮内を散策していた。

 

 というのも、今日は別の国からの使者の応対で非常に忙しく、何時もは誰かがいる王宮の廊下に誰もいない。その物珍しさに任せて散策を始めた、というのが一つ。

 

 もう一つは、

 

(……貴重なケモ耳を奴隷扱いするヤツらとかツラ見たら殺しかねないんだよなぁ……)

 

 という事。

 

 実は彼も、使者達と顔合わせする様に予定が組まれていたのだ。メルドが是非とも紹介したいと相談した結果である。

 

 が、相手の国はヘルシャー帝国。ハイリヒ王国の同盟国に当たる軍事国家。そしてかつてカムラも話していた、亜人族を奴隷として扱う国なのだ。

 

 ケモ耳娘を愛する清水にとって、それは何よりも大罪。殴りかかっても罪悪感は無い程度には、うっかりと称して殺っても良いと思っている程度には怒っている。

 

 しかし今の清水は、腕力を初めとして正真正銘の人外である虚時カムラに次ぐ力を持っており、順調に人外への道を歩んでいるのだ。

 

 そんな彼が、帝国の使者に握手を求められたとしよう。ちょっと力を入れてしまうかもしれない。清水にとっては嫌がらせ程度の力を。だが、普通の人間である向こうにとっては、それは致命傷になりかねないのだ。

 

 そういう事もあり、メルドや、メルドと共に出席を勧めてきたリリアーナの誘いを断ったから。

 

 …………そしてもう一つ、単純にいても仕方ないからである。

 

 清水はカムラが居なくなってから、迷宮に行くことが無くなった。

 

 カムラの言いつけ通りに、面倒を見ているのである。

 

 カムラという良くも悪くも目立つ人間が奈落に落ちたという事実は、生徒達に大きな傷を残していた。端的に言えば、戦う事が怖くなったのだ。

 

 何時か訪れる結末、それを早める戦場という場所への恐怖。それによって、精神的に参ってしまった。

 

 それを見越していたカムラ(元凶)は、弱っている所を駄神(エヒト)に付け込まれたり、王国から戦争への参加を催促されたりしないようにまず彼らを守る事を、清水に命じた。

 

 故に彼は王宮に残り、光輝やメルド、愛子の説得で引きこもる事を許されたクラスメイト達を見守っているのだ。

 

 効果は絶大。クソ(エヒト)からのコンタクトは特に無いが、国王に禁じられたにも関わらず戦争への参加を促す貴族やら教会関係者は清水の妨害と工作で何も出来なくなっていた。闇系魔法のスペシャリストが本気を出しているのだから当然である。

 

 しかし、依然として迷宮に行くメンバーもいる。

 

 光輝率いる人間側の希望、勇者パーティー。どうしようも無いクズこと檜山を中心とした小悪党パーティー。そして実はカムラや清水との接点もある永山重吾という少年率いるパーティー。

 

 勇者パーティーや永山パーティーは割とどうとでもなるし、問題の小悪党パーティーは実質的に恵理の手の上。清水が気にする要素は無い。

 

 そして今回、というか今になって帝国側がコンタクトを取ろうとしたのは、かの伝説の魔物、ベヒモスを単独撃破した勇者に興味を持ったからだ。

 

 ここからは連絡を取り合っている恵理からの情報なのだが、六十五階層まで行った彼らは、あの時の再現とでも言うようにベヒモスに遭遇した。

 

 同時に、気味が悪い程に楽しげな音楽と共にカーニバルテントが現れ、中から縫い付けて形を作ったような、これまた気持ち悪い肉塊が登場したらしい。

 

 近接格闘を得意とする永山がまず肉塊と組み合ったのだが、物理は通りにくいが痛くもないという情報をもたらしてくれた。

 

 その間に、光輝一人がベヒモスを鬼の様な凄まじい気迫と共に切り刻み、残った肉塊も、何と香織がカムラの様な白い斬撃で倒したとか。

 

 その肉塊からピエロの様な物が出てきたが、そちらは難なく倒せたという。

 

『あの娘カムラが好きすぎて調律者に近づいてない? 光輝も光輝で明らかにおかしい動きしてたし』

 

 恵理の報告は、『これからよろしくね、()()?』の一文で締められた。当然清水は頭を抱え、しばらく布団から出られなかった。

 

 話は逸れたがとにかく、勇者に興味を持ったから使者が来たのだから、探索メンバーでない自分が居ても仕方ないのだ。

 

 以上の点から、清水は暇を持て余して王宮をブラついている、という事だ。

 

「……カムラに何て言おう…………つか、カムラが知ったらどんな顔すんだろうな……」

 

 ついでに言うなら、怒涛の展開に心が疲れ果てたから、というのもある。

 

 

 ──────────────────────

 

 ブラブラ歩いて、王宮の外に出た清水。外にも誰もいないという状況が中々愉快で、そのまま気分に任せて歩いていた。

 

「……ん?」

 

 瞬きをしたその瞬間、その視線の先にシスター服を着た美少女が現れた。もう一度言うが、瞬きの瞬間に、である。

 

 そしてもう一度瞬きをした時。

 

「うぉぉおおおお!?」

 

 シスター少女の手に握られた大鎌が横一線に振るわれた。清水は間一髪の所で○トリッ○ス避けによって躱し、更に持ち方を変えて下から振り上げられた大鎌を受け止めた。

 

「おいアンタ! 挨拶もなしに殺しにかかっちゃダメって親に教わらなかったのかよいやつまらないこと言いましたすみませんホントに勘弁してください……」

 

 勢いよく睨み合う清水だったが、シスター少女の酷く冷たい目に威勢をそがれてしまう。

 

 と言うのも彼女、非常に人形くさいのだ。美しく、そして長い銀髪に大きく切れ長の金眼、顔立ちは幼さと大人の色気を両立させ、何処ぞの調律者を彷彿とさせる絶妙なバランスで顔のパーツが揃っている。肌は雪のように白く、手足はスラリと長く伸びているように見える。

 

 尚思春期男子たる清水の視線は胸に行ったのだが、こちらは大きすぎず小さすぎず程よく肉づいている。身長等から察するに、人間ならば成長期。将来有望な美少女なのだ。

 

 しかし、それを考えても大きくマイナスになる無表情さなのだ。人形くさいと言うのは大体このせいであり、無感情と言うよりは無機質、無表情と言うよりは能面と言った具合である。ぶっちゃけいわく付きのフランス人形なんかより怖い。

 

「清水幸利、主の命により、私、イヴが貴方を排除します」

 

「ッウェイ!」

 

 機械的な冷たさのある、冷酷な声の宣言から間を置かず振るわれた大鎌を、間抜けな声を出しながら、()()()()()()()()()を利用して弾き返した。

 

 跳躍で距離を全力でとり、植木の前に着地した清水が見たのは、長めの持ち手に身長程ある刃が付いている、バランスを無視した大鎌を両手に一つづつ持つ少女であった。

 

 怪力にも程があるとか色々ツッコミたかったが、何より気になったのは“主の命”という部分。

 

「はあ〜なるほど? 大方クソ神エヒトちゃまがカムラにビビってて、でも手も足も出ないからまだ殺れそうな俺を始末しに来たと言うわけだな?」

 

 ピク、とシスター少女、“イヴ”の眉間が少し痙攣したのを、清水は見逃さなかった。内心で隙を見せたことに対してほくそ笑み、ある魔法をこっそり、無詠唱で発動させる。

 

「裏でコソコソみみっちく暗躍してちゃ俺達を潰せねぇって思ったのか? おお怖い怖い、俺タダの人間だってのにな? 自分が手を下したくないなら教会のウジ虫共操るなり何なりすりゃ良いだけじゃねぇか? ん?」

 

 イヴは不快そうに顔を顰めた……いや、厳密には数ミリ口が動いただけだが、すぐに無表情に戻る。

 

「主は神としての責務を果たす為、貴方達という余りにも逸脱したイレギュラーを排除する事を決めました。その役目には下界の駒では不十分だと考えたのでしょう」

 

 これを聞いた清水は噴き出した。

 

「ファ──ーwwwめーっちゃくちゃ面白い事言ってくれんじゃんwww世の中をさんざ引っ掻き回した挙句に強すぎる奴らは怖いからセーギの名のもとに排除ってwwwやってる事がまんまワガママ放題のクソガキじゃねぇか腹イテーwww三文芝居にもなりゃしねぇクセして喜劇としちゃ上等な部類とか笑い殺しに来てるだろwww」

 

 正しく抱腹絶倒、大爆笑も大爆笑。途中から斬りかかってきたイヴの攻撃を躱しながら笑い続ける。

 

 遂にはイヴの身体が銀色の魔力に包まれる。これはおそらく勇者等が使う、ステータスを底上げする魔法“限界突破”のようなものなのだろう。事実、イヴは音を置き去りにする速度で清水の首を、心臓を、腹を切断せんと大鎌を振るう。

 

 余波で遠くの雲を斬り、植木を斬り、大地を斬る。人体に振るう力では無いそれが、的確に隙だらけな清水を襲う。絶殺の意志は、イヴの魔力が大鎌に乗っているところからもわかる。

 

 エヒトの使徒というのは、他者の魔法を含むあらゆる物を分解する魔力を与えられている。更にそれは、人間の心臓にあたる部位の魔石の様な器官を通じ、エヒトから供給され続けるので、少なくとも魔法を使って息切れを起こすことは無い。

 

 更にこのイヴという使徒は、魔力を使っての身体能力の上昇において他の使徒の追随を許さないレベルに調整されているのだ。ステータスを最大10倍に引き上げることができ、その時間は無制限。エヒトの人形として考えるならば、最高峰の戦闘能力を持っているのだろう。

 

 しかし、それでも尚当たらない。大鎌を振るう速度をいくら上げようとも、いくら巧みに振るおうとも、清水にかすりもしないのだ。

 

「くっ……! はぁぁぁぁぁ!!」

 

「ふひひ……遅せぇなぁ……吠えても変わんねえって……はぁ、カムラの柱や斬撃の方がよっぽど速いわ」

 

 叫びあげてまだ大鎌を振るうイヴに対して、笑い疲れて息切れする清水だが、その間も余裕で避け続ける。

 

 苦肉の策として、ステータスを10倍に引き上げようとした時。

 

 

 イヴはガクッと、片膝を着いてしまった。

 

 急激に、力が入らなくなったのだ。

 

 それを見た清水はニヤリと笑ってイヴに歩み寄る。

 

「おー、漸く効いてきたか? まあ持った方だな?」

 

「イ、レギュラー……私に、何を……」

 

「単純な話だ。闇魔法の正しい使い方、デバフをかけたんだよ。ただし時間差でな」

 

 その魔法の名は“虚身”。闇系魔法に適性を持つと知った時から清水が考案し作り出した、オリジナルの魔法である。

 

 効果は至極単純かつ非常にいやらしく、相手の身体能力に制限をかけるという物である。相手の魔力量や耐性によっては時間がかかるのが難点だが、それでも相手の動きを封じるという一点に特化した凄まじい魔法である。

 

「実践でも急に致命的な隙を晒させる事が出来る様になれば、チーム組んだ時とかも楽に討伐できるんでね。実験させてもらったよ。時間差で仕込んで攻勢に出てる時に効果が出たら……油断してたところを全力で叩けるわけだ」

 

「………………」

 

「おー? 黙りこくっちまってどうしたんだ? お祈りか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザシュッ

 

 

「…………は?」

 

「この程度の小細工、気づかないとでも思いましたか、イレギュラー」

 

 血を吐く清水。その視線は、大鎌によって貫かれた自分の腹部に向いていた。

 

「最初から貴方が私に魔法を使っていたであろうと言うのはお見通しでした。かかってもすぐに振り払える様にするのもまた、容易いことでした」

 

 淡々と、言外に全て無駄だと宣告される。“爪”であろうとも、それは所詮、神の手足にすらも及ばない。清水にはそう取れるであろう宣告である。

 

「……は、ははは、は…………ゲホッ、なるほど、踊らされてたのは……俺だった訳か……」

 

「……」

 

 用はないと、無言でもう片方の大鎌で首を刎ねようとするイヴ。清水はそれに待ったをかけた。

 

「待てよ……ハァ……カムラの弱点……知りたくねぇのか」

 

 ピタリと、振り上げた腕、そして大鎌を止めるイヴ。向こうで見ている主に確認を取ると、喋らせてから殺せとのお達しが。目線で続きを促す。

 

「……ハァ……ゲホッ、ゲホッ……俺達の世界には、漫画ってモンがある」

 

 清水が顔を上げる。その目は、顔は、生気に満ちている。さしものイヴもこれには驚くが、清水の話は続く。

 

「その中にさ、とんでもなく強い奴がいるんだよな……』

 

 目の前の人間の声が朧気になる。得体の知れない不気味さを感じ、首を刎ねようと大鎌を振るうが、蜃気楼の様にそれはすり抜けた。

 

『例えば……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「五感を掌握する、とかな」

 

 ふっと、目の前の清水が消えたと思いきや、頭を掴まれている感覚が出てくる。声も後ろから。

 

「“狂華水月”。カムラと考えた、理論上最凶クラスの魔法だと思うぜ? あ、名前は元の漫画から拝借してる」

 

 “狂華水月”。清水が煽りだす前に発動した、清水のオタク魂が作り出した魔法だ。相手の感覚、それこそ魔力絡みの感覚も掌握する魔法。それを操作して錯覚を起こさせることが出来る、規格外の魔法。

 

 詠唱ありでも詠唱無しでも発動にかなり時間がかかるのが難点であり、長々と煽っていたのは、煽りが効くと判断した上で時間稼ぎするためである。

 

 魔法を易々と看破できたと錯覚させたのも、幻影を殺させ、攻撃の手を止めるため。

 

 全て、彼の仕組んだ通りに動いたのである。

 

「んで今、金縛りにあってると思うけど、それが“虚身”の応用な。んじゃ、大人しくしてて貰おうかね」

 

 イヴが何を思っているのか、清水には分からない。が、少なくとも清水自身は何も思っていない事は確かだ。

 

 計算に計算を重ね、何重もの罠によって絡めとる。闇魔導師として覚醒した清水は、だからこそ慢心を忘れなかった。何故、と問われれば、答えるまでもない、と彼は言う。それ程までに、清水にとって彼の存在は大きいのだ。

 

 

 

 ───────────────────────

 

「ご主人様~? 具合が悪いんですか~?」

 

「…………あ、いや、大丈夫です……」

 

 結論から言うと。

 

 清水は失敗した。

 

 神の使徒を倒した、それまではよかった。しかしその後、神との繋がりを断ち切ったのがダメだった。

 

 清水は“爪の権限”と闇系魔法によって、イヴとエヒトとの繋がりをぶった切り、戦闘不能状態にしようとしたのだ。

 

 その試み自体は上手くいった。上手くいきはした……のだが。

 

 簡単に言うと、バグったのだ。

 

 エヒトへの忠誠が、どうやら清水への忠誠へと置き換わってしまったらしいのだ。下手に“爪の権限”を使った影響なのだろうか。

 

 戦闘能力はそのままに、新しく従者ができた。これは嬉しい誤算なのだが、問題は。

 

「どうやって誤魔化そうかな……」

 

 下手な認識阻害は皆に悪影響を及ぼす可能性があり、危険性が高い。

 

 清水は悩む。元々いなかった少女が何故、自分に仕える事になったのか。それをどうやって説明したものか。

 

「む〜〜〜……ご主人様! 構ってよ〜〜〜!」

 

 そして何故こんなにもベッタリなのかも説明せねばなるまい。

 

 

 

 こうして“爪”の少年は、自らの行動で自らの首を絞める羽目になった。

 

 そして同時に、彼の物語もまた、動き始めたのだ。




というわけでずっと考えていた展開。清水君、ジャンプのヨン様化。そして神の使徒の仲間入りです。

久しぶりとはいえ、上手く纏められなかったこと、何よりイヴちゃんの内面描写が思いつかなかった事が心残りではありますが、とにかく。

ここ(と活動報告)を持ちまして、復活を宣言させていただきます。

これからもどうぞ、凡人EX、そして“ありふれた調律者は異世界”にてをよろしくお願い致します。


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