猫の占い師は事件簿がお好き? 〜マオ・シルフィーユという女 (suryu-)
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序章 出逢いは占いと共に。
__占いって信じる? 私は信じます。だって私は占い師ですもの。
「まったく、本当についてないというか。ツキがないよな」
ある暑い日のこと。高層ビルの立ち並ぶ都市部から少し離れた沿岸部。少年が嘆息の言葉を呟きながらも佇んでいる。
その背は何となく悲哀に満ちていて、いかにも困っているという顔だ。
「真面目に働いていただけなんだよなぁ」
ここで働かせて下さい。と某国民的アニメの言葉が書かれたTシャツ。その上に羽織った半袖のカッターシャツ。ジーンズにスニーカー。至って普通の少年は、つい最近、会社で起こったことを想起していた。
”と、いうのも。”
「何もしてないのに、女性スキャンダルだの言われたってなぁ」
これである。今や社会では女性の強い時代。勿論、真面目な女性が多い中で、たまにこんな事案が発生することは、彼も知識として知っている。だが、まさか自分が出会うというのは、つゆにも思わなかったという事なのだ。
「で、ここでいいのかなぁ。この辺で占い師がいるとは聞いたけど」
しかしまぁ、お陰で路頭に迷う事となり、指針は定まらない。自分一人で悩む訳にもいかず、とうとう知人に紹介された占い師の元へと向かっていた。
曰く、よく当たる。人智を超えている。予測不可能を可能にする。などと、オススメの具合が怪しい宗教並みのために、一周回って試す気になったのだ。だが。
「場所を書いたメモ、適当すぎるだろ」
困ったことに、沿岸部のどの辺。としか書いていない為に、完全に当て感で進むしかない。本当に運の尽きが巡らないものだ。と再び嘆きたくなった。その時だ。
「あなた、そこのあなた」
声をかけられた。女性の声だ。高すぎず、されど低すぎず。心地の良い女性らしさを体現した声。足元を見ると、一匹の猫が見定めるように少年を見ていた。
「まさか、猫じゃないよな」
その呟きをキッカケにしたのかは分からないが、猫が少年を見ながらも背を向ける。着いてこい。と言うかのように、歩みを始めた。
「……着いて行っていいのか?」
猫は答えるはずがない。そう理解していたとして、問いかけるのは人の性か。幸いにも、猫はにゃあお。とひと鳴きすると、彼を見つめたまま。そういう事ならば、と言われた通り? にすることにした。
「なんというか、この先は裏の通りだっけ」
一本先隣道。それだけでも普通は通らないのに、今日は観察しながらも通っていく。
猫はこちらを見ながらも、一定距離を進む。観光しつつ進んでいくのがとても楽だと感じる程度には。
”にゃあお”
「ここ、なのか?」
ふと、猫が止まったのはとある一件の事務所のような建物の前。一階はカフェになっていて、その二階へと続く階段を昇っていく。後ろから猫も来ていたために、合っているようだ。
「占い事務所……蒼天の星か」
占いの事務所と言うと、探していたものかもしれない。ちらり、と猫を見る。足元に擦り寄ってきた。入れ、ということなのかもしれない。
「失礼します」
ノックは三回。その後に声掛け。礼儀は正しくするべきだと言うのは、常日頃から教わってきたこと。
「どうぞ」
中から声が聞こえたので、襟を正してから入る。緊張気味なために、軽く動きがぎこちなくなるが、変に思われないように、と呼吸を整え先を見る。
「いらっしゃいませ」
すると、そこには不思議な女性が椅子に座り佇んでいた。
容姿としては、ヴェールをまとい、紫髪に水色から緑へとグラデーションするメッシュを不思議な色合いの髪をボブのような短髪気味。幼さが残る顔立ちもいい。
服装はそれこそ、本の中で見るような魔術師のごとき服。首にはネックレスにしてある、大きな鏡がぶら下がっている。
そして、それら全てがひきたてあっていると思うほどの、見目麗しい女性だ。
「は、初めまして」
「ええ、初めまして。星に導かれたようですね?」
なんとなく、なんとなく近くへ引き寄せられていく。不思議な人だな、とな普通は感想が先に出るのに、近寄って行く。得体の知れない感覚に、少年は囚われる。
「さ、どうぞこちらへおかけください」
「は、はい」
彼が、あっと言う間に彼女の前にたどり着くと、目の前に座りようやく気づいたことがある。猫耳が見えた。多分カチューシャだろう。と思うことにしつつ、ジロジロと見ない程度に女性を観察する。
手元で眺めていたと思われるのは、九星気学。と書かれた本。そして、何やら五芒星。そして六芒星の魔法陣が描かれた本とタロットも、隣に置いてあった。
「ふふ、どうなさりましたか?」
「え? あ、すいません。気になってしまって」
構いませんよ。と微笑む彼女は、やけに美しい。猫耳が動いた気がする。気のせいだろうか。
「それでは、占いを始めさせて頂きます。私が主に扱うのは、命術と呼ばれるものです。ご確認致しますが、知識は御座いますか?」
「あ、はい。たしか、年齢月日などを確かめて生まれ持ったもので占う……でしたっけ」
少年は答える。女性は顎に手をあて、数秒間程考えてから、頷いた。
「博識ですね。はい、そのようになっております。主に私の流派は九星気学(※1)となっておりますが、そちらは?」
「はい、少しだけ。確か家相(※2)にも使われるんでしたっけ。えっと、方位なんかも使うって。本命星っていうのも調べるんですっけ?」
「概ねの基礎知識ですが、よくご存知ですね。……ふふ、では幾つか簡単なご質問をさせていただきます。ご記入して頂けますか?」
「はい」
渡された書式にある質問内容。それらを答えていく。そして、最後に名前を書く時に、なにか動いた気かまして目をこらした。
「あれ?」
一瞬、文字がぶれた気がした。なにかに、吸い出されたような。気の所為だろうか? と訝しみながらも書式を返す。
「風水、廻……読みは、かざみめぐる。ですか?」
「はい、その通りです。何かありましたか?」
少年、廻の問いかけに、女性は静かに頷いた。心做しか、猫耳がペタンと倒れているような気もする。
「随分と珍しい苗字とお名前ですね。ふふ、私が知る限りの言葉でしたら、”清廉恪勤(※3)”という言葉が似合いそうです」
「そう、ですか? そんな真面目でもないと思うんですけど」
「そうでしょうか。なんとなく、仕事に精を出す方だと思われました。十九歳でそれ程のお方、なかなか居ないんですけれど」
やけに。本当にやけに褒められることに、廻はなんとなく気恥しさと照れを覚え、軽く頬が熱くなる事を感じる。いや、感じなければ正常でないとでさえ思った程だ。
その様子を見た女性は、なにを思ったかすっとタロットを投げてはキャッチ。そのまま広げて微笑んだ。
「そういえば、申し遅れました。私の名前はマオ・シルフィーユと申します」
その微笑みに、ついに廻は囚われてしまう。息を飲む彼に、微笑みを向けたままの彼女は、用紙を受け取った。
「それでは、順に結果から見ていきましょう。よろしいですか?」
それから数分ほど、用紙の確認を終えた女性。マオは廻に問いかける。廻はそのまま頷くと、マオが分かりましたと答える。そして、その瞬間廻の視界に、煌びやかに輝く、星が映る。
「__ これは?」
「おや、どうかなさりましたか?」
問いかけをした彼女はクスクスと笑う。まるで、廻の反応を楽しむかのように。目は、何かを見定めているのも感じ取ることが出来た。
「いえ、なんでもありません」
この星空はなんだろうか。一体どうやって。廻は聞きたい感情を抑えながら、じっとマオの占いの結果を待つ。真剣さながらな顔に、彼女の笑みはまた違う意味を持った。
「最近、会社の部署を移転させられたそうですね」
「え、あ、はい。そうです」
「その結果、部署が貴方の五黄殺の位置にあることが分かりました」
「ごおうさつ?」
マオの占いの答えは、すぐに頭で理解できない。知らない単語ではあるから、理解したいと思い、質問する前に彼女がぴっ。と人差し指を立てた。
「五黄殺。これは、凶方位の呼び方のひとつで、大凶方位で移転などが起きていると、凶作用が出るんですよ」
「えっと、つまり?」
「つまり、貴方が移動した部署は、たまたま貴方にとって凶作用がある方位だったということです」
「なるほど……」
凶方位、と言われれば納得がいく。それにしても、廻からすると、どんな人が事を起こしたまで気になるところだが、それも彼女は分かっていた。
「次に、流派は変わってしまいますが、軽く実行した人の性格を占ってみましょう。……はっ!」
そう言えば、彼女は先程からタロットの山札を手で弄んではシャッフルしていた。
廻はその事をふと思い出した瞬間、彼女は山札の一番上を投げた。ストンっ。とテーブルに落ちたタロットが示していたのは__
「どうやら、今回の行動を起こしたのは、6.THE LOVERSの逆位置を体現した方のようですね」
「たしか……えっと、浮気性ですっけ」
「はい、そうですね。他にも刹那的な快楽を求めている。という意味もあります。その結果、貴方を追いやろうとしたのでしょう」
「刹那的な、快楽……」
そう言えば。と思い起こす廻には、最近彼のことを目の敵にしていた同僚が居た。記憶に新しいのは、わざわざ嫌がらせをしてきた。ということもあったので、予想は着いた。
「どうやら、心当たりがあるようですね?」
廻の顔に出ていたのか、マオが問いかける。頷いた廻に、なるほど。と呟くと徐ろにコートを取りだした。
「それでは、行きましょうか」
困惑する廻を眺めながら、外出の用意を済ませていく。占い道具も手に持っては、鞄につめていた。その動きは、廻に何を示すかは分からない。
「えっと、どこに?」
とりあえず。ということで問いかけてみる。するとマオは彼に、さも当然のように言う。それが、正解だというように。
「あなたの会社。ですよ」
いつの間にか、廻の肩には先程の猫が乗っていた。
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※1.九星気学とは、生まれた年月日の九星。干支と五行を合わせた占術。明治四十二年ほどに確立される。園田真次郎が気学として纏めたものと、それ以前の九星術を合わせたもの、これらを九星・気学(きゅうせい・きがく)と呼ぶ。
※2.家相(かそう)とは、一般的にあまり聞かない占いではあるのだが、建築の時には特に大事とされている。土地や家の間取りから吉凶を判断する。中国から伝来したが、日本では鎌倉時代前期の「陰陽道旧記抄」に「竈、門、井、厠、者家神也云々」と記されてあり、病に直結する場所を神格化させ祭祀を行い、その時に併せて位置を判断していたとされる。それが家相の原点とされている。
※3.清廉恪勤。日本の四字熟語で、清廉は心が清く、欲がないこと。恪勤は、真面目に勤めることを意味する。
参考元:Wikipedia 様。
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__ 株式会社・鳥海商事。この近場では一番大きな地方企業で、最近会社を大きく建て直したばかり。地域交流も多く信頼が熱い。
マオは、パンフレットを何度か読んだ後、少しばかり考え込んでいた。最中、コートは暑くないのか。と廻から聞かれたが、彼女にとって暑さは微塵もなく、平気と答える。
「それにしても、確かに話に聞いた通りの位置だけれど……」
「なにか気になることでも?」
「はい、少々」
会社の位置をさらに詳しく見てみると、経済的な立地自体が良いだけでない。霊的な意味でも良い位置とされる場所にあった。
”さらに”
「見覚えもある位置、か」
だからこそ、余計に悪いものが溜まるはずが無いのに。と思う部分が大きく、過信は良くないと思ってもそう信じさせてしまう力があるのだ。
「困りましたね」
生憎、大きな力が働いているこの場所で、たとえ個人の凶方位があろうと悪いことが起きるようなはずが無い。とは言いたいほどの良さ。九星気学のスペシャリストである彼女が、地図を見ただけで分かるほどのレベル。更に思考を深めさせる。
「そんなに、困ることが?」
「大丈夫です。廻さんはご安心を」
ただ、ここから先は現地内部で見るしかない。ついでにタロットも信用していけば、なんとかなる。目的のビルの前には既に着いた時には、彼女の思考は纏まっていた。
マオは意を決して、廻に少々の待機を告げたあと、ビルに入る事に。自動ドアをくぐる時に、ちらりと笑みを向けるのは忘れなかった。
すると、周りの目が一気に彼女に向く。注目を浴びるのはわかっていた。猫耳を小さく動かす中、彼女は音を聞き分けるが、異常はない。とにもかくにも、受付の女性に話しかけることにしたのか、笑みを浮かべる。
「すいません、少し宜しいですか?」
「は、はい。当社になにか御用でしょうか?」
「ちょっと、フロアを見せて欲しいんです」
「は、はぁ……? アポイントはお取りになられておりますか?」
「いえ。実はまだでして」
確認します。と言うものの、受付はなんとも言えない顔をしながらも受話器を取った。その上で、上司と確認を取りながらもマオの方に向き直る。
「あの、お名前をお聞きしても?」
「申し遅れました。占い師の、マオ・シルフィーユと申します」
受付は更に、少々お待ちください。と告げると、上司との通話に戻る。さて、どうなるか。としばらく沈黙していた彼女が、ついでに。思索に耽っている時間から呼び戻されたのは、意外にも早く大体数十秒後だった。
「お待たせ致しました。社長がお呼びになられております。依頼人のお方も居られるるのでしたら、是非連れてきて欲しい。との事です」
「かしこまりました。では、そのように」
受付の案内を聞いた後、入口前に待機させていた廻を呼ぶ。頷いた彼と共に、直通エレベーターの前に立って、ボタンを押す。
程なくして降りてきたエレベーターに乗った時に、廻がマオの顔を不安そうに見つめた。
「本当に。本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ふふ、信じてください」
今の彼女には月並みのことしか言えないが、なんとなくカンは言っていた。真相にたどり着く時は今日だろう。と。
それを信じてエレベーターの扉が開いた先にいたのは、中肉中背で顔は悪くない。スーツに身を包み、髪は案外かっちりとしているわけでもなく、至って優しげな普通の男性だった。だが。
__お久しぶりですね、マオ・シルフィーユさん。
廻の顔は驚きに染まり、マオはなるほど。と疑問に合点がいった。こういう事情が無ければ、ここまで完璧な位置に会社を建てる人は早々いない。さらに、自分の占いも知っている人でないと。と踏んでいたからだ。
「改めまして。鳥海の社長を務めている、星野道也と申します」
「なるほど、あの時会社の建設位置を相談に来てくださった方ですね」
「はい、大体三年ほど前だったでしょうか?」
この男性、マオにとって見覚えがある。以前占った相手と思い出すのには、そう時間がかからなかった。会社の位置諸共考えれば、確かに彼女自身などが占わなければこの位置に会社はないのだから。
「それで、我が社に何か問題があったようですね。あなたが来るということは」
「はい。依頼人の彼が、凶方位で解雇の被害を受けたのです。この位置的にありえないと思ったので、フロア見学をさせて頂きたく」
__ なるほど、彼が例の。と社長である道也は顎に手を添える。数分程の長考は、マオと廻に多少の緊張を与えたあと、彼は微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ただ、念の為私にも該当フロアを確認させてください」
「勿論です」
思いの外、交渉はすんなりと進んでしまった。道也はどうやらマオのことを信用しているのか、彼女の言葉を疑っていない様子。
「それじゃあ、お願いします。廻さん」
「あ、はい。五階の部署なんですけど……」
「ふむ、伺わせてもらうよ」
そのまま、好機と見ては廻の案内で件の五階に向かう。道中、道也は廻とマオのことをいくらか観察しているのか、たまに視線を送る。
マオは気づくも、声に出して注意することはあえてしない。寧ろ、社長として見極めている。と理解した上でスルーを決め込んだ。廻も気にはなるが、そのまま案内を続ける。
「それにしても」
エレベーターの音が鳴り響き、五階に降り立ったまではいい。が、その瞬間マオは奇妙な違和感を抱いた。目の前には広間。左には、窓の無い壁である。
「……」
だが、それはあとで指摘しよう。今まで指摘されることの無かった、廻の肩の上の猫を見ると、猫は頷いたようにも見える。
「ここです」
思考に浸る暇はない。すでに、広間から続く通路を通り抜けて、廻の案内は終わっているのだ。マオは気合いを入れ直せば、踏み入れることにした。
着いた先の部署は、目まぐるしく人が動く動き続けている。仕事の真っ最中なのだから仕方ないが、それにしても、やはりマオの中の違和感は消えない。
ふと、気になったためか彼女はタロットをめくる。愚者の正位置。この中には愚者が居る。つまりは、ということなのだろう。
「課長さん。部長さん。ちょっと部署、見させてもらうよ? 彼らがいるのは気にしないでくれ」
「あ、はい!」
「はいっ……っ」
課長と部長。マオは一瞬の観察で、両方ともに緊張を確認したあとに、容姿も頭に刻んだ。
特に印象に残るのは課長で、若く顔も良い。仕事も出来そうな雰囲気だ。彼が愚者なのか。カードを通してみるも、そんな雰囲気はない。
「あれ、 もしかして、廻。なのか?」
「あ、はい。課長……」
「あー……そういうこと、か。まぁ今気にしたって仕方ないし、後で聞かせろよ?」
その課長は、廻さんを見てなんとなく心配している様子。彼も頷く様子を見ては、マオには悪いことが起きる雰囲気に見えない。
「……風水君、か」
だが、部長を愚者のタロットを通して見た途端、なるほど。と頷くことになる。あとは浮気者を探すだけ。そう思って職場を見渡せば、見えたのは一人視線を送る、軽そうな女性。
軽そうな、というのはいい意味ではない。明るく元気というのでもなく、ただただ軽派な存在だ。髪も染めているあたり、社会人としての自覚が……とマオ自身が言えないのが辛いところである。
「さてさて、どうなるかしら」
小さく呟いた後に、彼女は浮気者のタロットを通して女性を見る。思った通りだった。ここまで来ると、あとはこのフロアの歪みの原因までだが。
「課長さん、少しよろしいですか?」
「あ、はい。どうなされましたか?」
マオの問いかけに課長が近寄ると、女性の視線が強くなった気がする。ともすれば、微笑んだ後に女性を指さす。
「すいません、先程から彼女がやけに視線を向けてくるのですが、私、何か粗相をしてしまいましたか?」
「え? ……吹田君?」
女性はサッと目を逸らすが、イラついた顔をしている。マオはすかさず彼女の方へと歩み寄ると、微笑みを向ける。
「どうなさりました?」
「えッ!? あ、いや、なんでも、ない……です」
たどたどしい敬語と、驚きに包まれた女性。その手にもつスマホのホーム画面がちらりと見える。おそらく課長の写真だ。
だが、この課長の写真は意図して撮られたものでは無いだろう。カメラ目線ではないからだ。プライベート時にも見えた。
「ありがとうございます。社長さん、間取り図はありますか? このフロアの」
「え? それは……すぐには用意できませんね」
ならば、と次の詰めにかかる為にマオは動く。彼女の突然の質問に、社長は少し困ったな。と言ったふうに考え込む。
確かに、間取り図なんてそんな簡単に用意出来るものではない。だが、彼女にはある種確信があった。こういう時に、真面目であればいいことがある。つまりは。
「あ、えっと。持ってます」
「廻さん、持っていらしたんですね」
「は、はい」
部署の細かい位置まで覚えている彼は、マオの占いの時に、この場所をしっかりと答えてみせた。間取りを細かいところまで覚えていなければ、できない事だ。
「すいません、お借りします」
「ふふ、ありがとう」
だから、と踏んでみた結果は大成功。その間取りを見るや、決め手になるな。と微笑んだ。いそいそと間取り図を取り出してくれた廻に感謝の言葉を述べ、頭に読み込む。
対して、会社に来てから彼女をずっと眺めていた廻は、なんとなくマオのしたい。やりたいことが分かった気がしてならない。妙に空気が合うのだ。だから、マオを呼ぶことにした。
「あの、こっち。変なところがあったんですけど……」
「ええ、私も気になっていたところです」
「おや、そちらに何かあるのかい?」
先程、フロアに入った時のことを思い出した。そう、窓のない壁。しかし、その方角にあってはならないもの。ともすれば。
壁の方へ向かう度に、遠くから見る部長の顔が焦りに濡れていくのが感じ取れる。だが、マオは容赦することは無い。
「ねぇ、廻さん。風を感じません?」
「風、ですか」
「はい、風です。目を閉じてみれば……」
「は、はぁ?」
廻も廻で、言われるがままに目を閉じる。そのままゆっくりと風とやらを探してみる。
「……」
十秒ほど立つと、何かのうねりが見えた気がした。まぶたは降りているのにだ。そして、足元にまとわりつく風を感じた途端、彼は目を開ける。
「……ここ、ですか?」
「ええ、そこです」
廻が指さした先を見て、マオは優しく頷いた。廻の目には、何らかの形で渦巻くものが見える。それが自分でなにかは分からないが、その先に何かあると確信している。
「あの、私にもわかるようにお願いしたい」
社長の道也の疑問も最もで、そういえば。と思い出したマオは、悪戯猫のようにクスッと微笑んだ。
「分かりました。さ、お願い」
”にゃあお”
壁の向こうから、悠々と歩いて猫が現れる。それだけで普通は驚くはずなのに、廻はむしろ当然だと思っていた。あの猫が現れなければ、”流れ”の辻褄が合わない。と。
「こ、これは一体……」
「さぁ、ありがとう。先に進みましょうか」
困惑する道也を後目に、壁の隠し扉をくぐる。すると、その先にはまぁなんとも言えない光景があった。
クリアファイルが沢山並んで、さらには無造作に札束などが置いてある。つまりは。
「これは重大な隠し事ですね。部長さんの」
「……これは」
社長として仕事をしていた道也は、この光景を見て驚く。先ずいつの間に、とか色々なことを考えたが、間取りを考えたら確かに窓がないのはおかしかった。ともすれば、だ。
「……ありがとう。彼を解雇させるように言った部長も彼でね。女性と組んで、か。……笑えないな」
道也は察しの悪い男ではない。それどころか、一代で叩き上げた大きな商事の社長であるだけに、彼もまた明晰な頭脳を持っている。
「えっと、説明してもらっても?」
たまらず口を挟んだ廻に気づいた道也は、悪かったね。と苦笑いを向けた後に向き直る。
「まず、君の居た部署の部長だが、君のことを女性スキャンダルによって解雇してくれと頼んだことにより、君が解雇されたのは前提条件だ」
「は、はい」
「その時、課長さんが猛反対して、そんな事実はないと僕に言ってくれた。だが、女性側が急にヒステリックを起こし、刑事事件にする。とまで言い始め、君を泣く泣く解雇せざるを得なくなったという経緯がある」
「……」
経緯を聞いた廻には、なんだこれ。という感情が大きく浮かび上がる。だからこそ、彼は大きな感情を沈めるために呼吸を繰り返す。マオも、その背中を撫でていた。
「まぁ、私も証拠なしに不当解雇とまで言ったけれどね。……さて、こうなればあの時と話は別。今度は彼と彼女がクビになる番だ。君は戻る気はあるかい?」
「__え」
「私としては、君のような人物にいて欲しいのだがね。ダメならば仕方ないけれど」
良ければ。といった体の道也からの問いかけは、青天の霹靂。廻からしてみれば、有り得ることではない。こんなチャンスに。と思わなくもない。だが、心が否定していた。それよりも__
「……申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
「ほう、理由は何かな?」
その答えに道也は興味があった。一個人としての、なのか。社長としての、なのか。それとも。
対して、廻も迷うことは無い。その目には光が宿っていた。
「やりたいことが、出来ましたから」
その真っ直ぐな眼差しに、道也は呆ける。そして。
「__ は、はははは。ははははは!」
それは大層な大笑いだった。道也もこれほどおかしく、しかし嬉しく。望んでいた答えが返ってきたのは、久々だったのかもしれない。
廻はその笑い声の大きさや、何故そこまで嬉しさを感じるのかという理由は分からない。だが、それでも。それでもやるべきことは決まっていた。
「マオさん、外に出たらお話があります」
「はい、分かりました。廻さん」
「それでは、ご案内しよう。それと、部長と吹田君はあとで社長室に誰か呼んでおいてくれ」
マオは、そんな廻の決心を決めた顔を見て、可愛らしさを覚えるのと同時に、嬉しさを隠せず耳を細かく動かす。だが、それには誰も気づかない。気づくわけが無い。
猫は、廻の肩の上にまた乗っていた。
■■■
あれから、会社をあとにしたマオと廻は、マオの事務所に戻る中で会話をしていた。
内容は普通の。ごく普通の雑談だが、とても楽しいものとなっていた。二人は会話の華を咲かせた後に、マオは本題を切り出す。
「それで、話ってなんでしょう?」
「あ、いやまぁ。やりたい事なんですけど」
「ふむ?」
なんとなく、マオは察している。だが、彼の口から聞きたい。そうでなければ意味が無い。気づけば、事務所の目の前に着いていた。
「あ、着いたし丁度いいや。……ここで働かせてください!」
廻の告白は、マオの顔を破顔させる。今日一で綻んだと言ってもいいだろう。その後で、タロットを指でくるくる回して、頷いた。
「ふふ、そのTシャツの通りの言葉ですね。もちろん、いいですよ」
__それは、望んでいたものだ。
「っ、やったぁ!」
嬉しそうに飛び上がる彼に、彼女は微笑んだまま。これからどんな楽しいことになるか。と期待をふくらませつつ、彼女は改めて笑う。
「改めていらっしゃい。そして、ようこそ。占いの館、蒼天の星へ。私と楽しくお仕事しましょうね?」
この日から、摩訶不思議な出来事たちは起こり始める。でも、それはきっと楽しいことへと結びつく。なにせ、占いは人を助けるためにあるのだから__
初めましての方は、初めまして。以前からお付き合いしてくださり、お久しぶりの方はお前何やってんだよ! と思うかもしれません。
どうも、suryu- と申します。
まさかの本人様のご提案により、公認小説を書くこととなったのですが、今回のテーマはなんと占術! 自分の普段書かないテーマですので、必死こいて勉強して参りました。
とくに、今回の九星気学云々は今後も使いますし、タロットも多く出てきます。さらに、ファンタジーまで。
ここまで属性持って平気なの? と思う人は、昔私が書いていた二次創作よりマシなので、安心してください。(いえ、安心できる要素どこにもないですけども)
そんな当作品ですが、新人Vtuberのマオ・シルフィーユさんが題材となっております。今後どうなるのかという楽しみを胸に、皆様閲覧なさってくだされば。というのと、マオさんの方にも是非顔を出していただけたらと思います。
それでは、次回であいましょう!
マオさんのTwitter→ https://twitter.com/mao_fortune?s=09
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