風の鳴る歌を翼にして光さすところまで (秋月玲)
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CASE 1

夢を見ていた。あの日の夢を。

 

 

あの可憐な歌姫から笑顔を奪ったのは誰だろう。自分か?

 

 

守れなかったのは間違いなく自分だろう。漆黒の翼を広げて飛ぶ彼女を止める術を知らない。

 

 

あの日、オレが選択を間違えなければ違った現実(今)があったかな?

 

 

なぁ?  奏

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

変な夢を見た。

 

 

 

まだ薄暗い時間に目を覚ます。時間を確認するために携帯に手をやると「4:28」と出ている。中途半端な時間だなと思い。携帯をベッドへ投げる。

 

 

二度寝してしまうと仕事に支障がというか起きられないのは間違いないため、嫌な汗を流すためにシャワーを浴びることにする。

 

 

シャワーを終え、軽く朝食を済ませたオレはソファーで煙草を咥えながら夢のことを考える。あれはなにか意味があるように感じたからだ。

 

 

全てに絶望したかのような目をした後輩。そんな彼女を悲しそうな表情で見つめるもう一人の後輩。そういえば、しばらくあの二人にあっていないなと思い出す。お互い忙しい身だ。仕方ないだろうと思うがなぜか胸に引っかかる。

 

 

口から吐く煙を見つめながら、ぼんやりと考える。どうしてそんなことを考えていたのか。この時オレはなにも知らなかった。

 

 

物思いに浸っていると携帯が着信を知らせる。

 

 

「はい」

 

 

『おはようございます。今下に着きました。もう準備出来ていますか?』

 

 

電話の相手から聞かれ、

 

 

「とっくに済んでいる」

 

 

そう伝える。

 

 

『流石ですね。駐車場で待っていますので降りてきてくださいね』

 

 

通話を終えると、準備しておいた荷物を持ち玄関を開ける。施錠をした後、お目当ての車を見つけ乗り込む。

 

 

「南さん、今日の予定は?」

 

 

「今日は新曲のPVの撮影の打ち合わせ。その後は新曲の宣伝に何個か番組に出演となってます」

 

 

運転する女性が言いながら渡してきた台本を受け取る。お昼の情報番組とバラエティが一本。これが今日のオレ、倉田光(ヒカル)仕事のようだ。

 

 

ソロの歌手としてそれなりにCDも売れるようになってきた。テレビの出演も増えてきた。もちろん、後輩たちの人気に便乗したところが大きい。そのため素直に喜べてはいない。

 

 

(あいつら、次はあそこでライブするって言うのに)

 

 

窓から見えた地上から高い位置に作られたライブ会場を見ながら落ち込む。大きさも収容人数も桁違いだ。街中にも彼女たちを起用したポスターあちこちに貼られている。

 

 

これ以上考えるとより落ち込みそうだったので、台本に目を通す。少しでも思考を違うものへ持っていきたかったのだ。

 

 

テレビ局について楽屋に向かう途中、珍しい人物に声をかけられる。

 

 

「お久しぶりですね。今日はテレビ収録ですか?」

 

 

緒川慎次さんだ。後輩たちのマネージャーをしている人だ。

 

 

「えぇ。そちらも?」

 

 

「いえ、今日は後日ある番組の打ち合わせでして。すいません。行かないといけないのでこれで失礼しますね」

 

 

緒川さんと話が終わり、自分のマネージャーである南さんを見る。

 

 

「少しなら大丈夫ですよ」

 

 

さすが付き合いが長いだけある。なんにも言わずにオレが思ったことを悟ってくれたようだ。

 

 

「なら久しぶりに後輩の顔を見てくるか」

 

 

そして今その後輩たちの楽屋前に来ている。色々考えてしまいそうだったので、考える前にノックする。

 

 

「はい」

 

 

すぐに後輩の1人、風鳴翼がドアを開けてくれた。

 

 

「よう」

 

 

「光さん。どうしてこちらへ?」

 

 

体を退けて中へ入れてくれる。もう1人の後輩、天羽奏の姿もある。

 

 

「どうしたんだい?」

 

「たまとま同じところで仕事だったみたいだからな。なかなか挨拶に来ない後輩の様子を見に来ただけさ」

 

 

翼が渡してくれたお茶を飲みながらそんな軽口を言う。

 

 

「それは悪かったね。あたしらは光がここで仕事だなんて知らなかったのさ」

 

 

「すいません。本来なら後輩である私たちが挨拶に行かなくてならないのに」

 

 

2人の返答を聞いて笑いそうになる。気持ちいいくらいに正反対だなと。

 

 

「まぁ今度のライブ期待してる。オレはちょうど海外で仕事だから行けないけど、成功するよう祈っておくよ」

 

 

そう言って立ち上がる。そろそろ行かないと南さんに怒られそうだ。

 

 

「ありがとな」

 

 

それがオレが見た最後の奏の笑顔だった。

 



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CASE 2

最後にツヴァイウイングの2人と話してから1週間が過ぎた。オレは今ロシアにいる。PV撮影のためだった。撮影も佳境に入ったところで思いもよらない知らせが届く。

 

 

「光さん。大変です」

 

 

マネージャーの南さんが蒼白の表情で伝えに来たので、嫌な予感はしていた。それでもその予想を遥かに超えるものが告げられる。

 

 

「ツヴァイウイングのライブですが、実験は失敗。ノイズも現れたようで、その戦闘で………」

 

 

そこで言葉に詰まる。オレの心はざわめきが止まらない。

 

 

「奏さんが亡くなりになられたとのことです」

 

 

頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲う。

奏が?

死んだ?

 

 

嘘だろ?

 

 

事実を受け止められずにいる。その後も南さんがなにか言っているが、入ってこない。先日楽屋を訪れた時の奏の笑顔が目に浮かぶ。

 

 

次にオレが気付いたのは奏の写真を抱いて、慟哭する翼を見つけたときだった。

 

 

「翼」

 

 

なんて声をかけていいかわからない。2人がこれまで姉妹のように仲良く過ごしてきたことを知っている。見てきた。

 

 

こちらを見た翼はオレの胸に飛びつき、しがみつき泣いている。ただただそうさせてやるくらいしか出来なかった。

 

 

「光、その、少しいいか?」

 

 

特殊災害二課の司令であり、翼の叔父である風鳴弦十郎が話かけてくる。オレも一応この二課に所属していることになるので、上司だ。ただ、泣き続ける翼をそのままには出来ないので、泣き疲れて眠るまで待ってもらった。

 

 

翼をベッドに運び、ようやくオレは二課の大人たちから話を聞けた。奏の最後のことを。

 

 

「そうか。奏は覚悟を決めていたんだな」

 

 

絶唱。それがどんなものかオレにもわかっている。シンフォギアは纏えないけど剣術では翼より強いため2人とは時間が合えばよく手合わせをしていた。ツヴァイウイングの2人がシンフォギアを纏い、人類共通の脅威とされる認定特異災害であり、13年前の国連総会で、特異災害として認定された未知の存在であるノイズと戦い続けていたことも。

 

 

「それでも早いって思うぞ、奏」

 

 

絶唱を使った奏は、その姿を塵となり風に乗って飛んで行ったそうだ。だから遺体はない。

 

 

(オレは無力だな。女の子に戦わせてなんにも出来なかった)

 

 

後悔だけが残る。

 

 

「心配なのは翼ちゃんよ。思いつめなければいいんだけど」

 

 

研究者として二課に所属している桜井了子の言葉に確かにと思う。翼は自分を責めそうだ。

 

 

「君には申し訳ないが、翼のことを頼みたい」

 

 

「オレに奏の代わりは無理ですよ。出来るだけやってみますけどね」

 

 

聞きたいことも聞いたので部屋を後にし、翼のいる部屋へ向かう。

 

 

大人しく眠る翼を眺め、どうしたもんかと頭を悩ませる。

かける言葉が見当たらない。

してやれることがわからない。

なにより未だ涙を流さない自分が1番不思議だ。奏も翼も妹のように可愛がってきた。身寄りのないオレには大切な家族のような存在。それがなくなったのに、何故か泣けずにいた。

 

 

 

そのまま一睡もせず、ただ翼の側にいた。翼が目覚めたときにオレの顔を見てまた泣き出す。

 

 

「光さん、奏が、奏が」

 

 

「あぁ、今は泣いていい」

 

 

それくらいしか言えずにいる。

 

 

 

「大変見苦しいところをお見せしました」

 

 

少しは落ち着いたのか、泣き止んだ翼がそう言ってくる。

 

 

「無理する必要はない。泣きたいときは泣いていいんだ」

 

 

「しかし、私は防人ゆえ泣いているばかりでは」

 

 

指を口に当てて、言葉の途中で遮る。

 

 

「防人の前に、歌手の前に、お前は女の子なんだ。人前で泣けないならオレの前で泣けばいい。弱音も涙も全部、受け止めてやるよ」

 

 

その日はずっと翼の側にいようと思った。しかし、それは許されない。

 

 

「光さん、申し訳ないのですが………」

 

 

PV撮影がまだ少し残っている。すぐにロシアに戻らなければならないようだ。

 

 

「私は大丈夫です。こんなときに仕事は辛いとは思いますが」

 

 

「この世界で生きて行くってのは、こういうことだとわかっているさ。寂しくなったらいつでも連絡してこい」

 

 

 

寂しそうな笑顔の翼に見送られ、仕事へと向かう。

 

 

「すみません。せめて奏さんの葬儀が終わってと思ったのですが」

 

 

「こうして最後のお別れに来れただけでもマシなんだろう」

 

 

そうしてロシアへ戻り、どこかうわの空で仕事をこなす。自分の心に無理矢理納得させながら。

 

 

(あたしなら大丈夫さ。だから翼のことを頼むよ。会いに来てくれてありがとな)

 

 

ふと奏の声が聞こえた気がした。



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CASE 3

奏ことがあってから2年の月日が流れた。相変わらず忙しくしている翼とオレ。あれから同情に近い感情からファンになってくれた人もいたりして複雑な気分だ。

 

 

「それでも私は歌で癒せるならいいと思う」

 

 

翼は会うたびにそう言っていた。でも、お前の心はどうやって癒すんだ?

 

 

 

「至急集まってくれ」

 

 

歌手として活動がない日はこうやって二課に呼び出されることも増えた。戦えるのは翼1人。その翼のケアのために呼ばれている。

 

 

「なぁ、南さん。オレ引退しようと思うんだけど」

 

 

正直、あの一件以来歌うことに抵抗がある。楽しく歌えてないのだ。

 

 

「それは、してほしくないです。光さんの最近の歌を聞いているので理由はなんとなくわかりますが」

 

 

司令や了子さん。緒川さんも驚きの表情をしている。

 

 

「もう少し考えてみてはいかがですか? あなたには多くのファンもいらっしゃるのですから」

 

 

緒川さんの言葉もわかる。決断するのが早いって言われるのもわかる。でも2年考えた結論だ。

 

 

「それなら最後に引退ライブでもしないとね。じゃないとファンが悲しむわよ」

 

 

それもそうだなと思う。引退の発表とライブの発表をいつにするかを考えていたら警報音が響く。ノイズが現れたようだ。

 

 

「すぐに翼を現場へ向かわせろ」

 

 

「ノイズの反応の他に高エネルギー反応。これはアウフヴァッヘン波形。波形パターンの照合完了。そんな」

 

 

「ガングニールだとお?」

 

 

その言葉に動揺が隠せない。だってそれは奏の。

 

 

「すぐに現場に向かいます」

 

 

同じように衝撃だったのだろう。翼が慌てるように飛び出す。

 

 

「オレも行きます」

 

 

「しかし、光ではノイズに」

 

 

そうわかっている。オレにはノイズと戦う力なんてないって。それでも、

 

 

「それでもこの目で確かめたいんだ」

 

 

司令の言葉を最後まで聞かず飛び出す。すぐに車に乗り込みエンジンを回す。その動作が普段より遅く感じてイライラが募る。

 

 

結局オレが現場に到着したときには翼が全て終えていた。そして翼の目の前にいる初めて見る女の子。奏の、ガングニールのシンフォギアを纏った少女。

 

 

「わたし翼さんに助けてもらったの2回目なんです」

 

 

その少女の言葉にオレも翼も、一瞬だが思考が停止する。意味がわからないからだ。

 

 

「おい、それどういうことだ?」

 

 

気付けば少女の肩を強く握り揺さぶっていた。

 

 

 

「光さん」

 

 

慌てて翼に止められ、遅れてやってきた緒川さんにも静止されてようやく冷静になれた。

 

 

「すまない」

 

 

意識が朦朧とするまま本部へ帰還した。ガングニールを纏っていた少女、立花響を引き連れて。

 

 

その後の流れはよく覚えていない。立花響が共に戦うことになったのはなんとなく理解した。

 

 

それでもどこかその少女を受け入れられずにいた。

 

 

「あのぉ? 光さん少しいいですか?」

 

 

自販機でコーヒーを買い、その側にある椅子でボーッとしていると立花響に話かけられていた。

 

 

「わたし、翼さんとうまくやりたいんですけど、どうも上手くいかないんですよね。光さんは翼さんと付き合い長いって聞きました。どうしたらいいと思います?」

 

 

勝手に相談を持ちかけられていた。気付けばオレの隣に座っていて。

 

 

「翼は」

 

 

そこで言葉に詰まる。奏じゃないと難しい。そう言おうとしてしまっていたからだ。

 

 

「難しいところは確かにある。気も強いし。それでも優しい子だ。きっと君から覚悟が感じられないんだろう。なんのために戦うのか。その覚悟が」

 

 

その言葉で納得したのか、何度も首を縦に振って頷いている。

 

 

「だったら、わたしに戦いを教えてください。強くなりたいんです。わたしにも守りたいものはあるんです」

 

 

断ろうと思った。それでも真剣な目をする立花に承諾してしまう。後々大きく後悔すると知らずに。

 

 

「どうしてオレなんだ? 司令や緒川さん。オレより強い人はいるのに」

 

 

「だって、光さんは翼さんや奏さんに稽古つけていたと聞いたので」

 

 

なるほど。そう思ってしまう。あの2人に稽古つけていた記憶はないが、一緒に訓練はよくしていた。

 

 

「でも強くなっただけじゃ翼は認めないと思うけどな」

 

 

「だとしてもです。想いを伝えるために、わたしにも守りたいものがあるって。そのためには守れるくらい強くないと意味がありませんから」

 

 

その後の訓練でわかったことは、この立花響という少女は、刀術も槍術も棒術も、銃器もそれらの素質がないことだった。

 

 

「立花は、その拳で戦うほうがいいかもしれないな」

 

 

武器の扱いが残念すぎるため、そう伝える。格闘技の経験はないが、それでもなんとか形になるよう何度も指導を続けいた。

 

 

「あれは、光さんと立花?」

 

 

その光景を翼に見られていたと知らずに。そして指導を続けることでだんだんとこの立花響を可愛がるようになっている自分に気付かずに。



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CASE 4

立花と翼は何度一緒に出撃しようがその呼吸が合うことはなかった。そもそも翼が合わせるつもりがないように見える。

 

 

「んー。どうもいかんな」

 

 

それは司令も感じているようだ。このままではよくないことも。

 

 

「翼、ちょっといいか?」

 

 

戦闘から戻った翼を捕まえて話をしようと思った。

 

 

「なんでしょう?」

 

 

「奏のことがあって、お前が立花を受け入れにくいことはわかる」

 

 

翼の表情が歪む。苦虫を噛み潰したように。

 

 

「それでももう少しどうにか出来ないか? 立花は立花なりに一生懸命やっていることだし」

 

 

「話はそれだけですか?」

 

 

初めて見る翼の冷たい目に思わずたじろぐ。

 

 

「ないようでしたら失礼します」

 

 

そう言い残し立ち去る翼。その背中を見つめるしか出来なかった。

 

 

「怒っているのか。まだ仕方ないか」

 

 

長期戦になると思っていたオレの思惑を覆すかのような大きな出来事が起こるとは思っていなかった。

 

 

 

数日後にノイズが現れたときのことだ。

 

 

「あいつらはなにをしているんだ」

 

 

そう呟く司令の言葉はおそらくこの場にいる全員の代弁だろう。ノイズを倒し終わったと思ったら立花が翼になにかを話しかけた。それをきっかけに翼が立花に刀を向けているのだ。

 

 

立花がなにを言ったかは聞こえなかった。それがきっかけなのもわかる。それでも驚くなと言うのが無理な展開だ。

 

 

「止めてきます」

 

 

オレが立ち上がると声がかかる。

 

 

「気をつけろよ? お前ではシンフォギアを止めることは難しいぞ」

 

 

司令の言葉に頷くと、大急ぎで現場へ向かう。

 

 

「そうね。あなたと私、戦いましょうか」

 

 

オレが到着したときに聞こえた翼の声。

 

 

「いやわたしが言っているのはそういう意味ではなくてですね」

 

 

立花の言葉も聞かず、翼が斬りかかる。なんとか立花はかわしたり防いだりしているが、次の翼の行動に心臓が飛び出そうになる。

 

 

アームドギアを空中で大きく展開し、それを蹴り込む翼の技《天ノ逆鱗》の体制に入っていたからだ。

 

 

「マジかよ」

 

 

なんとか立花に当たる直前に持っていた刀で受け止めることが出来た。

 

 

持っていた刀は当然折れ、ついでに受け止めた右腕も折れた。衝撃で内臓も傷ついたのか口から血を吐く。さすがにシンフォギアの攻撃を受け止めるなんて無謀すぎたかもしれない。

 

 

 

「光さん! どうして」

 

 

「なにをやってるんだよ。らしくないぞ、翼?」

 

 

翼の両目から大量の涙が溢れているのが、目に入り言葉に詰まる。

 

 

「泣いてるのか?」

 

 

「泣いてなどいない。私は剣、剣に涙など不要だ」

 

 

涙が止まる様子のない翼に動きが止まる。

 

 

「どうしてお前なのだ? 何故だ?」

 

 

立花に詰め寄る翼。両手を立花の肩に乗せ大きく揺さぶっている。

 

 

「ガングニールは奏の、それだけじゃない。どうしてソコにいるのがお前なのだ!!!」

 

 

「翼」

 

 

そっと翼の手を掴んで止める。

 

 

「八つ当たりか? らしくないぞ?」

 

 

「らしい? 私らしいとはなんですか? 全てを我慢し防人として生きる私のことですか!?」

 

 

翼の言葉に衝撃を受ける。そんなつもりはなかった。それでもそう受け取れるような言い方をしてしまったのだと思ったから。

 

 

もう自分の前だけでは、ただの翼でいていいとは言ってくれないのですね

 

 

翼の声は小さくなにを言ったのか聞こえなかった。それがすごく大事な言葉な気はしていた。

 

 

「翼、今なんて」

 

 

「もうよいのです。決別です。歌女であった私と」

 

 

オレの胸を押して離れると1度だけこちらを向く。 

 

 

「さようなら。***」

 

 

最後の言葉は風にかき消された。手を伸ばすオレを無視するように翼はその場から飛び立った。



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CASE 5

オレが目覚めたのは、あの日から3日が過ぎていた。

 

 

「目が覚めましたか?」

 

 

病院のベッドのようで、ベッドの横にある椅子には立花が座っていた。

 

 

「どうしてここに?」

 

 

「光さんはわたしのせいで怪我してしまったので」

 

 

それから立花から色々話を聞いた。オレは一歩間違えていたら命を落としていたかもしれないらしい。翼はあれから戻っていないようだ。

 

 

 

「それにしても全治1ヶ月か」

 

 

「そのくらいで済んでよかったじゃないか」

 

 

司令もいたようでそんなことを言われる。

 

 

「シンフォギアの攻撃を生身で受け止めるなんて無茶をする」

 

 

あの時のことを思い出す。咄嗟に動いてしまったが、自殺行為だったなと思う。

 

 

「それで今ノイズは?」

 

 

「それはわたしが頑張ります。翼さんの分まで」

 

 

明るく笑う立花の頭を撫でようとして、腕が動かないことに気付く。

 

 

「その右手は神経が壊れているそうだ。リハビリ次第だが、もしかすると2度と動くことはないかもしれん」

 

 

オレの視線に気付いたのか司令が説明してくれる。

 

 

「そうか」

 

 

一言だけ呟く。正直実感がない。

 

 

 

翼のいないまま数日が過ぎる。その間ノイズの相手は立花が上手くやっているようだ。オレも退院し、二課でリハビリついでに仕事をこなす。

 

 

「無理しないでくださいね。あったかいものどうぞ」

 

 

「あったかいものどうも」

 

 

オペレーターの友里さんが入れてくれたコーヒーを受け取り、画面を見つめる。片手で扱うのはなかなか慣れないが、なんとかやっていく。右手はまだ動く様子はなかった。

 

 

「翼ちゃんのこと、あまり自分を責めないでくださいね」

 

 

友里さんにお礼だけ言い作業を続ける。ノイズが何者かに倒された情報を主に探す。翼の行方の手掛かりが他に思い当たらないからだ。

 

 

「最近、九州の方でノイズが不自然に現れて消えているな。翼かもしれないし、行ってみるか」

 

 

この腕で音楽活動は休止している。時間もあるのでそう提案してみるか。

 

 

見つけた情報を司令や緒川さんにも見せて、そこに行かせてもらえるように頼む。

 

 

「しかし、1人で行くつもりか?」

 

 

「その腕じゃ難しいんじゃない?」

 

 

司令や了子さんには反対される。

 

 

「それでも翼がいるかもしれないなら行ってみたいんです」

 

 

「翼さんのことはあなたの責任じゃない。無理はしないでください」

 

 

緒川さんにもそう言われて行くのは難しそうだと感じる。どれだけ反対されても行くつもりでいるが。

 

 

「光さんが歌手活動を休止している今、私も暇していますし、運転手くらいなら出来ます。私でよければ」

 

 

南さんがそう言ってくれる。

 

 

「まぁそれならいいんじゃないの?」

 

 

了子さんが後押ししてくれたけどこともあり、ノイズが出たらすぐに撤去することを条件に許可してもらえた。

 

 

翌日、オレたちは目的の場所に来ていた。

 

 

「ここが前にノイズが現れた場所ですか?」

 

 

市街地でもなく、山の中にいる。

 

 

「あぁ。しかしこれは翼じゃないな」

 

 

戦闘があったであろう形跡を見ると、穴が空いたり一部が吹き飛んだような跡から、翼ではないことが予想される。あいつなら剣で切り裂いたような跡になるだろうから。

 

 

「でも翼さんじゃないならこれはなんなのでしょう?」

 

 

そう。シンフォギアは翼の『アメノハバキリ』と今は立花の体に埋め込まれている『ガングニール』しか存在は確認されていない。そのどちらもこの跡からは違うことがわかる。

 

 

「未確認のシンフォギアがあるっていうのか」

 

 

顎に手を置いて考えこむオレを見て南さんが本部へと確認を取る。

 

 

「やはりあの2つ以外のシンフォギアは確認されていないそうです」

 

 

「とりあえず今日はこの辺にして戻りましょう」

 

 

それ以上の手掛かりはないと思い、ホテルに戻ることにする。

 

 

「ここはあたしも居場所だ。荒そうってなら考えがあるぜ」

 

 

ふと言葉が聞こえた気がして、辺りを見渡す。誰もいないことを確認して歩きだす。

 

 

少し高い場所からこちらを見ている存在に気付くことなく。



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CASE 6

翌日、再びオレたちは同じ場所を訪れていた。ここに翼へ繋がる情報はなさそうに思えたが、未知の力を無視するのも違うと思ったからだ。

 

 

「それにしても、どんな風に戦えばこうなるんだ?」

 

 

大きく削られた地面を見つめ呟く。

 

 

「新たなシンフォギアか。はたまた全く違う力か。どちらにしてももう少し情報がほしいところだな」

 

 

櫻井了子が築いた、櫻井理論。それに基づき生み出されたFG式回天特機装束、通称シンフォギア。作った本人である了子さんがガングニールとアメノハバキリの2つしか存在しないと言っている。その言葉が本当なら、全く別の人間が真似して作ったものか。それとも「彼女」が嘘を言っているか。

 

 

「光さん、この辺りでは最近ノイズを目撃したという情報はないみたいです。大きな音がこの山からよくするとの情報はいくつかありますけど」

 

 

南さんの伝えてくれた情報から、この辺りで観測されたノイズは特定の誰かを狙ったかのような感覚を覚える。

 

 

 

「しかし、そんなことありえるのか? ノイズが意思を持って誰かを襲うなんて」

 

 

「ノイズが意思ですか?」

 

 

オレの呟きに南さんが反応する。まぁ当然の疑問だろう。

 

 

「ノイズは無差別に人を襲うと思われている。しかし、ここに現れたノイズはそれだとおかしいんだ。この山の麓には小さな村がある。でも、ノイズの目撃情報がない。ならこの山にいる誰かを狙って現れたと考えたほうが自然なんだ。それにこの山だけにノイズの出現が集中しているのもおかしな話だ。でもノイズを操る聖遺物があると仮定すれば、納得もできる」

 

 

「そんな聖遺物があると?」

 

 

聖遺物に関してはほとんど知識はない。どんな力を持った物があっても不思議ではないのかもしれない。

 

 

考えこんでいると、耳に雑音が入る。ノイズが発する声のようなものだ。

 

 

「近くにいるのか?」

 

 

当然オレたちではノイズに抗う術などあるはずもない。急ぎで山を降りる準備に入る。

 

 

 

『Killter Ichaival tron』

 

 

そんなオレの耳に今度は歌が聞こえた。

 

 

「これは聖詠?」

 

 

シンフォギア装者がシンフォギアを纏う時に歌うものだ。

 

 

「なら、コレは新たなシンフォギアの仕業か」

 

 

ここに未知のシンフォギアがあることを意味している。翼のとも、立花のとも、もちろん奏のとも違う聖詠。

 

 

「どうします?」

 

 

近くで爆発音のような大きな音もし出している。未知のシンフォギアが戦っているのだろう。近づくか撤退か。

 

 

「南さんは村に戻って、司令に連絡を。オレは一応接触を試みてみる」

 

 

納得はしていない様子だったが、南さんは車に乗り込むと山を降りて行ってくれた。

 

 

 

 

ノイズにもシンフォギアにも気付かれないよう慎重に移動する。少し開けた場所で目に入ったのは、ノイズを銃やマシンガンのような武器で蹴散らしていく真っ赤なシンフォギアを纏った少女だった。

 

 

「あれがか」

 

 

邪魔にならないように隠れて様子を伺う。順調にノイズを倒していく少女に感心してしまう。

 

 

「翼や奏とは違った、それでいて慣れてる戦い方だな」

 

 

大味な戦闘は奏と似ているのかもしれないが、それでも撃ち漏らしがほとんどないところは似ていない。

 

 

ノイズをほとんど倒し終えて、私服に戻った白銀の髪をした少女。接触するならここかとオレも姿を見せる。

 

 

「お前は昨日の。お前があたしを狙っているのか?」

 

 

いきなり胸倉を掴まれる。

 

 

「なんのことだ?」

 

 

「惚けるな! 『ソロモンの杖』を使ってノイズをあたしにけしかけてるのはお前なんだろ?」

 

 

ソロモンの杖?

 

 

「なぁ、やはりノイズを操る聖遺物が存在するのか?」

 

 

「当たり前だろ。お前がそれを使ってあたしにノイズを襲わせたんだろうが!」

 

 

そんな聖遺物があるとして、なんでこの少女は狙われた?

誰に? なんのために?

 

 

頭の中を疑問が埋め尽くす。

 

 

そして何より、

 

 

「そのシンフォギアはどこで手に入れた?」

 

 

「やっぱり知ってるんじゃねぇか。これはあたしのパパとママの置き土産だ」

 

 

なるほど。少女の両親が作ったものか。誰かに渡されたものか。狙われていることを考えるなら渡されたものと考えるべきかな。

 

 

 

そこでまたノイズが現れる。

 

 

「だあ。今日はなんでこんなしつこいんだ」

 

 

『Imyuteus amenohabakiri tron』

 

 

1番聞いたであろう聖詠が聞こえた。空から降ってくる短刀でノイズはあっさりと倒されていく。

 

 

「そのギアはいったい? 翼」



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CASE7

現れた翼は《真っ黒なアメノハバキリ》を纏っていた。

 

 

「黒いギアだ? お前もシンフォギアかよ」

 

 

さっきの少女が騒ぐが、オレの耳には入ってこない。

 

 

「光さん」

 

 

こちらを見つめる翼の瞳はどこか淀んで見える。

 

 

「翼、今ま……」

 

 

言葉が途中で遮られる。少女が吹き飛んだのが見えたからだ。

 

 

「いきなりなにしやがる」

 

 

瓦礫から出てきた少女が腰に備えてあるミサイルを放つ。が、翼はあっさりと真っ二つに斬り裂く。

 

 

「誰もかれもが、私を」

 

 

「その場所にいていいのはお前ではない」

 

 

翼の言葉は小さく聞き取れない。

 

 

「なんなんだよお前は」

 

 

「風鳴翼が歌うのは戦場だ。容赦などしない」

 

 

翼の攻撃をなんとかかわす少女。しかし、長くもちそうにはない。

 

 

「翼! もうよせ」

 

 

オレが左腕で掴んだため、翼の動きが止まる。

 

 

「まさか光さん、右手が?」

 

 

咄嗟にとは言え、翼から遠いほうの腕でわざわざ掴んだことで察したのだろう。

 

 

「あぁそれは」

 

 

「私のせいなのでね」

 

 

上手く言い訳も浮かばずにいると翼にはわかったようで、刀を離して膝から崩れ落ちた。

 

 

「あぁ! 私は! 私は私が憎い!!!!!」

 

 

そのまま飛び去ってしまう翼。真っ黒がギアが、まるで真っ黒な翼で羽ばたくように見えた。

 

 

「ったく。なんだったんだ?」

 

 

「すまない。君を巻き込んだようだ」

 

 

実際翼がなんの目的でここに来たのかはわからない。でも、確実にこの子は巻き込まれた形だろうと謝る。

 

 

「クリスだ。雪音クリスだ」

 

 

なにを言われたのか一瞬わからなかったが、名乗られたのだとわかる。

 

 

「倉田光だ。君には少し話を聞きたいのだが、構わないか?」

 

 

オレも自己紹介って言っても名乗るだけだが。返し、雪音クリスを連れて本部へ戻ることにする。もちろん新たなシンフォギア装者なのだから色々と聞きたいし、保護しておきたい。

 

 

 

 

 

「あたしもいくつか聞きたいこともある。別に構わないって確かに言った。だけど、どうしてあたしは今ここにいるんだ?」

 

 

本部まで連れて来られると思っていなかったのだろう。本部に着くなり騒ぎ出す。

 

 

「司令、とりあえずこいつ、雪音クリスのことは任せても?」

 

 

「あぁ。俺が話しておこう」

 

 

司令の許可を得て部屋を出る。目的の人物はすぐに見つかった。

 

 

 

「真っ黒なギアねぇ。私にもさっぱりだわ」

 

 

了子さんはシンフォギアを作った本人だから、あの翼のギアについて聞いてみたが、答えは得られない。

 

 

「私が立証したシステムって言ってもわからないことも多いのよね。心象が作用しているとは思うんだけど」

 

 

「真っ黒だったってことは、なにか悪いモノが取り憑いたとか? それとも」

 

 

「心を闇に引きこまれたか。どっちにしても後回しには出来ない案件ね。色々調べてみるわ」

 

 

やはりそうなのかと思う。あの翼はどこか寂しそうで、禍々しさもあった。それに立花や雪音に対しての態度は翼らしくない。

 

 

「ありがとう」

 

 

お礼だけ言って部屋を出ようとしたオレの背中に言葉が投げかけられる。

 

 

「彼女を信じてあげなさい」

 

 

どうしてその言葉だったのかはわからないが、胸に留めておこうと思った。

 

 

 

「その、なんだ。勘違いして悪かったな」

 

 

いつものように自販機でコーヒーを買い、ベンチ座っていると話が終わったであろう雪音がやって来た。

 

 

「別に構わない」

 

 

「いやそれでも一応謝っておこうと思って」

 

 

まだ手をつけていないコーヒーを雪音に渡す。

 

 

「ありがと。気にすることはないさ」

 

 

そう言いながら雪音の頭を軽く叩く。

 

 

「いや、おい」

 

 

雪音がなにかを言っていたが、そのまま歩き自分用に当てられた部屋へと入る。

 

 

「心を闇にか。女の子だってわかっていても、翼なら大丈夫だと思っていたんだろうな」

 

 

翼を追い込んだのは間違いなく自分だろう。立花と翼がぶつかったあの日。

 

 

あのとき、オレが言葉を間違えなければ、翼はああならなかったのだろうか。

 

 

(大丈夫さ。まだ間に合うよ。光が***)

 

 

奏の声が聞こえた気がした。最後の1番聞きたい部分は聞こえなかったけど。

 

 

 

「でも、そうだな。オレが諦めるわけにはいかないよな。よし、翼に会って謝るか」

 

 

気合を入れるオレに司令から通信が入る。

 

 

『戻ったばかりで申し訳ないのだが、米国のお偉いさんがお前さんに会いたいそうだ。アメリカに渡ってもらえないか?』

 

 

「アメリカに? それは歌手としての仕事ですか?」

 

 

『ああ、歌手と二課。両方での仕事だ』

 

 

二課でのオレは主に交渉をメインにしている。それなりに有名だから、色々と都合の良い場面も多い。優先して会ってもらえたり、紹介してもらえたりと。

 

 

「わかりました。アメリカに向かいます」

 

 

翼のことは気になるし、歌手としての仕事は受けたくない。しかし、そうも言ってばかりいられない。なので不承不承ながら了承する。



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CASE 8

「はじめまして。こちらでアーティストをしている」

 

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ。さすがに貴女のことは知っていますよ」

 

 

まさか米国のトップアーティストが、交渉の場にいるとは思わず少し驚く。

 

 

「そう。その割にはなんの反応もないのね。やはりツヴァイウイングと昔からいるからかしら?」

 

 

「さあどうでしょうね。それで今日はどんな用件で?」

 

 

歌手として来ているわけじゃない。二課の職員として相手の要求を聞く。

 

 

「そうね。貴方とユニット曲をやりたいと思っているの」

 

 

「それはオレの一存では決めれることではないので」

 

 

正直、歌手としての依頼なら断りたい。世界の歌姫と言われるマリアとのコラボに興味がないわけではない。それでも誰かと歌う気になれないし、なにより今は右腕のこともあり、不可能に近い。

 

 

「そっちはその答えで結構よ。もう1つの用件なんだけど……」

 

 

「はっ?」

 

 

そのもう1つの用件があまりに予想外すぎて言葉を失ってしまう。

 

 

「私と私の妹のような2人を二課で受け入れてほしいのよ」

 

 

シンフォギア装者3人の受け入れ。それには驚きを隠せない。米国にシンフォギアがあることも驚きだが、それを二課で受け入れる。米国にノイズが出ないわけじゃない。ノイズへの対抗手段を手放す必要性がわからない。

 

 

「そもそもどうして米国にシンフォギアが?」

 

 

「それの説明がなければ受け入れられないですか?」

 

 

ここまでずっと黙っていた米国の聖遺物研究所の所長、ウェル博士が口を開く。

 

 

「ええ。さすがにどんな思惑があるのか判断しかねますからね」

 

 

「なるほど。2年前のツヴァイウイングのライブ。これの映像を極秘に手に入れましてね。もちろん極秘裏での入手なので一般に出回っていたりはしませんよ」

 

 

あの映像が仮にあったとして、そんな簡単に作れるものなのだろうか?

 

 

「もちろん、僕のこの頭脳があってこそですがね」

 

 

当然それで納得するわけもない。しかしながらそれ以上のことは聞けそうにない。

 

 

「それで双方のメリットは?」

 

 

「それはもちろん、戦力アップ。僕も出向くので技術的にも大きいと思いますよ?」

 

 

こちらへはまぁそうだろうなと思う。

 

 

「実は米国には不審な動きがあるの。だから二課の保護してもらいたいと思っているわ」

 

 

翼は未だ行方知れず。立花は未熟さが残る。こちらとしては大きいと思うが、それでもどこまで信用できるかわからない話に判断に困る。

 

 

「わかりました。前向きに上に掛け合ってみましょう。ただし、装者の検査、及び管理はこちらに。ウェル博士にもしばらくは監視の意味も込めてこちらの職員が補佐としてつきます。後、マリアさんには歌手としてだけでなくタレントとしての活動も要求されると思います。その条件でよければですが?」

 

 

オレの言葉に今度はマリアとウェルが相談をしている。正直、これでも不安のほうが強い。だから最低でもこのくらいは相手に飲ませないと。

 

 

「わかったわ。その条件で構わない」

 

 

マリアの言葉にウェルも頷くのを確認して、この話は終わる。

 

 

「ところで、他の装者2人というのは?」

 

 

「今なら訓練室にいるはずよ。見学していく?」

 

 

マリアの案内で訓練室へ向かう。

 

 

「やはり噂は本当のようね。風鳴翼の失踪」

 

 

二課にこれから来るマリアに誤魔化しても意味がないのかもしれない。

 

 

「そんな噂があるのか。まぁ今活躍休止していて、オレとは違ってメディアへの露出も少ないから仕方ないのかもしれないな」

 

 

なんとなく、そう答えてしまう。多分、オレが認めたくないからだろう。

 

 

「着いたわ。今ちょうど訓練している2人よ」

 

 

緑のシンフォギアを纏う金髪の少女と、ピンクのシンフォギアを纏う黒髪ツインテールの少女がそこにはいた。

 

 

「イガリマのシンフォギア、金髪のほうが暁切歌。シュルシャガナのシンフォギア、黒髪のほうが月読調よ」

 

 

マリアが2人の紹介をしてくれる。オレはそれに耳を傾けながら訓練を眺める。

 

 

暁のほうは、大胆な攻撃に動きが目立つ。月読のほうは確実性を求めすぎて攻撃パターンが読みやすい。

 

 

「中に入っても?」

 

 

「なにを言っているの? シンフォギアに生身でやりあうって言うの?」

 

 

オレが聞くと初めて見るマリアの慌てた顔。

 

 

「まぁ、奏や翼ともよくやってたからな。そっか。二課のほうはデジタル体になってのだったか。ならこっちでは諦めるか」

 

 

向こうでの訓練は生身じゃなく、オレの体をコピーさせた体を動かして戦っていたのだったと思い出す。もう立花の訓練に付き合うときは生身と生身だったし、翼ともしばらくやっていなかったから忘れかけてた。

 

 

「そんな技術があるなんて驚きね」

 

 

「まぁノイズと戦う手段がないから、オレが強くても意味がないかもしれないけどな」

 

 

そうどれだけ強くても、指令や緒川さん、オレもノイズと戦えない。それがもどかしくもある。



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CASE 9

現在、マリア、暁、月読、ウェル博士の4人を連れて飛行機に乗っている。あの後、指令に伝えると驚くほどあっさり許可が降りた。

 

 

「それにしても、こんなにあっさり許可されるとは思ってなかったわ」

 

 

「それは同感だ。まぁあの人のことだから拒否することはないと思っていたけど」

 

 

マリアから年齢を聞かれ『23』だと伝えると、マリアのほうが年下であることがわかった。歌詞としても今年でデビュー8年なのもあり、敬語を使うことを禁止された。交渉の場でも途中から使っていなかった気もするが。

 

 

「光さんはもう歌わないの?」

 

 

月読は米国にいても日本の音楽が好きなようで、オレの歌もよく聞いていてくれたようだ。

 

 

「腕が治ったらかな」

 

 

「でもその腕、治らないかもって聞いたデス」

 

 

暁の言うようにオレの腕は治ることはないかもしれない。

 

 

「日本に着いたら1度僕が診察してみましょうか?」

 

 

ウェル博士は研究者としても優秀だが、医療にも精通しているようでそんなことを言ってくれる。まぁこの人に診てもらうのは何故か怖い気もするが。

 

 

「最近は曲は作ってないのかしら? もし作っているのなら、私の日本でのデビュー曲は貴方に任せたいのだけど?」

 

 

「そのくらいなら。世界の歌姫にふさわしい曲が書けるかは別だけど」

 

 

談笑をしながら空の旅を過ごす。最初は専用のセスナで帰る予定だったが、襲撃にあった。そのため民間機での帰国となっていた。狙ったのは米軍で間違いはなさそうだ。

 

 

(これは面倒なことになるだろうな。オレとしては翼を早く見つけたいのだが)

 

 

米国がなにを思って襲撃してきたのか、また誰を狙ったものなのかはわからない。それでも面倒事なのは間違いがないので、軽く溜め息を溢す。

 

 

「じーーー」

 

 

「どうした?」

 

 

月読がこちらをずっと見つめていたので聞いてみる。

 

 

「風鳴翼のことを考えていたの?」

 

 

「どうして翼のことだと思うんだ?」

 

 

やはり翼の失踪は有名な話なのかと思う。

 

 

「だって、恋人なんでしょ?」

 

 

予想外の言葉に咳き込む。

 

 

「どうしてそうなる?」

 

 

「ありゃ? 違うデスか? 週刊誌でそんなこと載ってたデス」

 

 

暁が見せてくれた週刊誌には翼とオレが2人で歩く姿が写っている。

 

 

「これいつのだ?」

 

 

最近、というかあれから翼とこうやって並んで歩くことなんてなかったはずだし。この週刊誌も発売されたときに何かしらの情報が入ってくるはずなんだが。

 

 

「さっきCAさんから買っていたわね」

 

 

なるほど。発売されたばかりのものか。それにしてもなにも聞いていないし、連絡もないのはなんでだ? 南さんならきっと連絡してくれるはずだし、先日連絡したばかりでもある。

 

 

「写真は半年以上前のやつか」

 

 

写真をよく見てみると、半年ほど前に翼の他に歌手仲間数人と食事に行ったときのやつだった。

 

 

「これ他にも歌手仲間がいて、数人で食事会しただけなんだけどな」

 

 

そう言って携帯を確認すると南さんからメールが何件も届いていた。ほとんどが今回の件で、事務所は否定のコメントをすること。情報が漏れていて、オレが今日帰国すると知られているから空港にマスコミが殺到しているかもしれないことだった。

 

 

「これはマリアは別口から出たほうがいい。護衛は3箇所にして、マリアの護衛。この3人の護衛。残りはオレのSP役を頼む」

 

 

護衛で来ている黒服の職員たちに指示を出す。マリアと一緒に帰国なんて知られたらまたなにを書かれるかわかったものじゃない。

 

 

「ええ。それがいいでしょうね。私も来日早々スキャンダルなんてごめんだしね」

 

 

マリアや3人もそれで納得してくれた。本部までオレは別行動になる。

 

 

そんなことを思いながら空港へ到着する。空港へ到着すると意外なことにマスコミはおらず、代わりにノイズが出迎えてくれた。

 

 

「こんなことアリデスか?」

 

 

「どうするの? わたしたちが?」

 

 

シンフォギアを纏おうとする2人を慌てて止める。

 

 

『Balwisyall Nescell gungnir tron』

 

 

その必要がないからだ。上空に二課のヘリが飛んでおり、そこから1人の少女が飛び降りてきたから。

 

 

「ここはとりあえずあいつに任せて、本部に向かおう」

 

 

立花にこの場を任せ、4人を二課の車へ誘導する。

 

 

「大丈夫かな?」

 

 

「問題ないよ。立花もそれなりに強いし、今遅れて雪音も到着した」

 

 

月読は不安だったのか何度も後ろを振り返っていたが、イチイバルを纏った雪音も現れたことで納得したようだ。

 

 

ノイズを2人が処理してくれたのでオレたちはあっさりと本部にたどり着くことが出来た。

 

 

「ここがデスか?」

 

 

まぁ学園の地下にあるとは思わないだろうから、暁の反応もよくわかる。

 

 

「ああ、こっちだ」

 

 

教師専用の校舎へ入り、そこから端末を使ってエレベーターを起動させる。

 

 

「なにかに捕まっていたほうがいい」

 

 

勢いよく落ちるエレベーターに慌てて4人とも手すりに捕まる。

 

 

「こんなところに毎日通うの?」

 

 

げっそりとした月読がそう呟く。

 

 

「今戻りました。ゲストもきちんとお連れしてます」

 

 

まだノイズと戦闘中だったようで、指揮する指令は軽くこっちを見ただけで画面へ視線をすぐに戻す。

 

 

「見学していてもいいかしら?」

 

 

「もちろん」

 

 

マリアの言葉に指令がすぐに返事をし、全員がモニターに集中している。

 

 

『Imyuteus amenohabakiri tron』

 

 

突如流れた聖詠にマリアたち以外はオレも含めて焦る。



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CASE10

「なんなのよ。あのギアは」

 

 

了子さんが声を荒げる。オレから話を聞いていたが、見るのでは違うのだろう。滑走路で立花と雪音の間に舞い降りた翼。それを見てオレも驚く。

 

 

「前より黒くなってやがる。あのバカ」

 

 

ギアの黒くなっている部分が以前より広がっているように思えた。それを見たオレは、思わず飛び出していた。

 

 

「ちょっと、待ちなさい」

 

 

マリアが後ろで叫んでいるがオレは振り返らず、走る。

 

 

車に乗ってさっきまでいた場所へ急いで戻る。

 

 

オレが到着した時にはまだ睨み合ったままだった。

 

 

「立花に、雪音と言ったか? 私の邪魔をするなら斬り捨てる」

 

 

「待ってください。翼さん。わたしたち一緒に戦えないんですか?」

 

 

「お前の邪魔ってなんだよ。あたしらはなんもしてねぇ」

 

 

言い争う声を聞きながら近づく。

 

 

「今後一切、ノイズに関わってくれるな。アレは私が全て斬る」

 

 

ノイズを奏の仇と思っているのか、そんなことを言う翼。

 

 

「もう1つ、二課からも手を引いてもらおうか」

 

 

「あたしは元々連れてこられただけだ。あんたがいないから手伝ってやってるだけだろうが」

 

 

その言葉が翼の怒りに火をつける。

 

 

《蒼ノ一閃》。アームドギアにエネルギーを集約させ、斬撃に乗せて飛ばす翼の得意技。それが雪音に襲いかかる。

 

 

「毎回毎回、いきなりすぎだろ」

 

 

なんとか手をクロスさせ、防御した雪音。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

オレが雪音に手を差し伸べると背中から寒気を感じる。振り向くと翼が見たことないほど、冷たい目をし殺気を飛ばしていた。

 

 

「翼?」

 

 

その時、すぐ近くに車が止まり、中からマリアと暁、月読が降りてくる。

 

 

「お前らなにしに来た?」

 

 

「生身でシンフォギアを相手にしようなんてどこまで無茶するのよ」

 

 

マリアに怒られる。まだ相手にしてはいないのだが。

 

 

『Seilien coffin airget-lamh tron』

 

 

『Zeios igalima raizen tron』

 

 

『Various shul shagana tron』

 

 

3人が聖詠し、シンフォギアを纏う。マリアがアガートラームを、暁がイガリマを、月読がシュルシャガナをそれぞれ。

 

 

「お前たちもシンフォギアか。私の邪魔をしてくれるな!」

 

 

翼の刀をマリアがなんとか受け止めている。

 

 

「これが本当にあの風鳴翼なの?」

 

 

一瞬の隙をつかれ、腹部に蹴りが入る。

 

 

「マリア」

 

 

マリアが吹き飛ばされたのを見て、月読が丸鋸を飛ばして攻撃する。これを翼は屈んでかわし、剣を振り上げ月読を殴り上げる。

 

 

「すいません。翼さん」

 

 

その背中に完全に死角から立花が殴りかかる。体を捻ってそのまま遠心力を利用し、立花を殴りつける。

 

 

「やったるデス」

 

 

暁も鎌を振り下ろすが翼が簡単に受け流し、柄で殴られる。

 

 

「だったら全部乗せだ!」

 

 

雪音がミサイルを飛ばす。これも切り捨てられ、爆炎の中きら現れた翼に反応の遅れた雪音は吹き飛ばされた。

 

 

「装者が5人がかりでこのザマかよ」

 

 

「顔合わせもまだで連携が取れないとは言え」

 

 

「これはさすがにショック」

 

 

「強すぎデスよ」

 

 

「同じシンフォギアとは思えない」

 

 

雪音、マリア、月読、暁、立花がそれぞれ立ち上がりながら言う。気持ちはわかる。見ているオレも驚きが隠せない。シンフォギアの性能にそこまでの差はないはずだ。それが全員でかかってこの有様なのだから。

 

 

「こんなものなのか。この程度の力でなにを守る? その程度の覚悟でなにを掴み取る? 戦場を、風鳴翼を馬鹿にするな!!!」

 

 

翼は吠えるとこちらへ向く。

 

 

「光さんも光さんです。このような連中になにを期待しているのです? なにも守れやしない。救えはしないのに!」

 

 

淀んだ瞳になにを映している?

禍々しい雰囲気はなにを思っている?

霞んだ表情はどこへ向かって飛んでいる?

 

 

オレは翼が翼に見えなかった。まるで別人を見ている気分だ。

 

 

「なにがここまでお前を変えた?」

 

 

オレの言葉に不思議そうに首を傾げる。

 

 

「私はなにも変わってなどいません。ただ、覚悟を強く持っただけです。あの日弱かった自分と決別するために」

 

 

「やはり奏の幻影に囚われているのか」

 

 

奏を守れなかった。あんなことになってしまった責任を全部背負っている。

 

 

「さっきから好き勝手言ってくれる」

 

 

5人は顔を見合わせると頷き、それぞれの方向から翼に襲いかかる。

 

 

「生ぬるいな」

 

 

上空へと飛び避ける翼。そこを遠距離攻撃の雪音が狙う。

 

 

「これしきのことで」

 

 

ミサイルを足場にし、更に上空へと飛ぶ。

 

 

「まずい!」

 

 

オレが気付いたときには遅かった。

 

 

 

《千ノ落涙》空から小太刀が雨のように降り注ぎ、雪音以外の4人を巻き込む。《天ノ逆鱗》アームドギアを大きく変化させ、その柄を蹴り押すように雪音へと落とす。

 

 

「おい! 無事か?」

 

 

オレが叫ぶが、煙幕が晴れて見えた光景は悲惨だった。全員シンフォギアがボロボロになっており、原型を留めていないほど破損している。辛うじてギアを纏えているといった感じだ。

 

 

「そろそろ幕を下ろしましょう」

 

 

翼が後ろに飛んで、全員が一直線上に入るように位置取る。

 

 

《蒼ノ一閃》再びあの斬撃が飛び全員を襲う。頭で考えるより先に体が動いていた。

 

 

持っていた刀でなんとか軌道を逸らす。代償にオレは全身から血が噴き出るのを見つめる。

 

 

「どうして? どうしてそやつらをあなたが守るのですか? どうして、私の邪魔をするのですか?」

 

 

そこでオレは意識を手放した。



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CASE 11

オレが気を失ってから、翼はその場を去ったようだ。今はオレと装者5人は揃って入院している。

 

 

「体のほうはどうかしら?」

 

 

マリアを先頭にオレの病室にみんな入ってくる。

 

 

「まったく無茶しやがる」

 

 

「シンフォギアを受け止めるなんて無謀」

 

 

雪音や月読は呆れた顔を。

 

 

「なかなか起きないから心配したデス」

 

 

「本当びっくりしたんですよ?」

 

 

暁や立花は安心した表情を向けられる。

 

 

「それでも助かったわ。ありがとう」

 

 

マリアの言葉に合わせるように装者たちが頭を下げる。

 

 

「お互い生きてるんだ。それでいいだろう」

 

 

今回もオレの怪我は、全治3ヶ月の大怪我だ。

 

 

「お互い長い入院生活になるんだ。聞いておきたい。どうしてあいつはあんな風になっちまったのか」

 

 

「そうね。次に戦うときの参考になるかもしれないわね」

 

 

雪音やマリアに言われる。翼が今のようになってしまった理由。

 

 

「きっとわたしが原因なんですよね?」

 

 

「それは違うぞ。立花。あれはオレの責任だ」

 

 

項垂れる立花を宥め、オレはとりあえず全員に座ることを勧める。

 

 

「そうだな。まずはオレが翼や奏と初めて会った頃から話そうか。長くなると思うがいいか?」

 

 

全員が頷いたのを確認して、ゆっくりと話し初める。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「光、今日は君に会わせておきたい人がいてな」

 

 

指令に言われてオレは久しぶりに二課に顔を出していた。

 

 

「それでわざわざ、オレは呼び戻されたわけですか?」

 

 

当時のオレは二課より歌手としての活動がメインで、この日も全国ツアーの合間に呼び出されていた。

 

 

「まぁそう言うな。これから会わせる2人は後輩になるんだ」

 

 

「歌手活動をさせるってことですか?」

 

 

指令の言葉に疑問を聞いてみる。

 

 

「もちろん。装者としてがメインになると思うがな」

 

 

そうなんだ。と納得しながら指令について行き、そこでオレは初めて後輩となる2人と対面する。

 

 

「風鳴翼です。よろしくお願いします」

 

 

「天羽奏だ」

 

 

礼儀正しく挨拶する風鳴翼とぶっきらぼうな天羽奏。最初の印象は、どこか悲しみを目に宿し、人形のように言われたことをこなす翼。近づく者にはお構いなく噛みつき、怒りと憎しみを胸に宿す奏。そんな印象だった。

 

 

それから時間が空けば二課を訪れ、翼や奏の様子を見てきた。

 

 

「だから、それじゃ遅いんだよ!」

 

 

「むぅ。今のはそっちのタイミングが早すぎる。あれじゃ返り討ちよ」

 

 

訓練室にいる2人を見に来ればこの有様だ。常に言い争いをしている。実際にノイズと戦っている姿も何度か見たが、それぞれが好き勝手に動いているだけと言った感じだ。

 

 

「毎度毎度、これじゃあ困るんだがな」

 

 

指令が呟く言葉は、ここにいるみんなの意見だ。

 

 

「あれだけお互いが勝手に動かれたらサポートの仕様がありませんよ」

 

「それにこっちの指示を無視して動くことも少なくありませんしね」

 

 

オペレーターの藤尭さんと友里さんも愚痴を溢す。オレも同じ意見だった。

 

 

「これじゃ2人で共闘させる意味がないな」

 

 

「なら、光くんが一回コテンパンにするってのはどう?」

 

 

オレの呟きに了子さんがそんなことを言い出す。

 

 

「それをされれば、あの2人は考えるでしょうが、危険すぎます」

 

 

緒川さんが止めてくれる。オレだって生身でシンフォギアの相手なんかしたくない。

 

 

「それなら大丈夫よ。最近、訓練室を改良してデジタル化して戦うことが出来るようにしたから」

 

 

どこまで読んでその装置を作ったのやら。本当に了子さんには驚かされる。常に他人の数歩先を見据えて用意している。

 

 

「わかりましたよ。指令や緒川さんが倒したんじゃ意味ないでしょうし、オレがやりますよ」

 

 

その日、戦闘の終了した2人を訓練室へ連れて行く。

 

 

「なんなんだよ? 今ノイズと戦ってきたばかりのあたしらをこんなとこに連れてきてよ」

 

 

「訓練ですか? 実戦が終わったばかりでは、逆効果かと」

 

 

2人はぶつぶつ言いながらもついてくる。

 

 

「2人共、シンフォギアを纏って中に入れ」

 

 

「はぁ? 本当に今から訓練かよ。今更ノイズを相手にしたって意味ねえと思うけどな」

 

 

奏が文句を言う。

 

 

「誰がノイズが相手って言った」

 

 

「ノイズでないなら誰が? 叔父さまか緒川さん?」

 

 

翼の疑問は最もだろう。あの2人以外にシンフォギアを相手に出来る人はそうそういない。

 

 

「なんのためにオレがここにいると思っている? オレが相手するに決まっているだろ?」

 

 

オレが相手なことに2人は驚く。

 

 

「ああ、手加減とかはいらないぞ。了子さんが訓練室を改良してデジタル化して戦えるからな。まぁ今のお前らが相手なら生身でやっても怪我なく終わらせる自信はあるけどな」

 

 

オレの挑発に2人とも無言でシンフォギアを纏う。

 

 

「じゃあ始めようか?」

 

 

オレは刀を取り出し構える。その余裕が気に入らなかったのか、奏が槍を大振りさせながら近づく。

 

 

「くらえ!」

 

 

横振りに飛んでくる槍を軽く後ろに飛んでかわす。体スレスレを槍が通過し、オレは槍の上へ乗っかる。

 

 

「なっ!?」

 

 

一気に詰め寄り、刀で奏の胴体を斬り裂く。

 

 

「くっ!」

 

 

その行動に呆気を取られていた翼が慌てて、剣を振りかぶる。

 

 

「あまいな」

 

 

奏の槍を足場に飛びよけ、そのまま翼も斬りつける。

 

 

「くそったれ!」

 

 

奏が再び槍を振り回すが、翼を蹴り飛ばしこれに当てる。

 

 

その後もオレは2人の攻撃を1度も当たることなく、訓練を終える。



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CASE12

今回も回想シーンです


オレが簡単にあしらっていたのが納得いかなかったのか、翌日もオレへ挑んでくる2人。

 

 

「天羽、お前は一撃一撃が大振りすぎだ」

 

 

奏の槍をかわしながら、蹴り飛ばす。

 

 

「風鳴は攻撃が単調すぎるな」

 

 

翼の攻撃を防ぎカウンターで斬りつける。

 

 

「2人とも隙が多すぎる」

 

 

地に伏せる2人に告げる。

 

 

「それでも強すぎだろ?」

 

 

「お前らがオレに一撃すら入れれないのは、連携がなってないからだよ。バラバラに攻撃してくるから読みやすい」

 

 

訓練室の隣に設置された休憩室で飲み物を飲みながら反省会のような感じで話す。

 

 

「倉田さんは私はどうすればいいとお考えですか?」

 

 

「とりあえずお前らが連携をしっかりすることじゃないか? せっかくの共闘が意味を為していない」

 

 

翼の問いにそう返すと、わかりやすく2人とも不貞腐れる。

 

 

「こいつと共闘だぁ? あたしはごめんだね」

 

 

「私だってこんな野蛮な人と合わせるなど」

 

 

何度やってもこの様でオレも呆れる。

 

 

「音楽もそうだが、1人で奏でる音と2人で奏でる音は違う。難しくなる。だけど成功したときは素晴らしい旋律を奏でる。それはお互いが苦手な部分をフォローすることが出来るから。お互いを信じているから力強く歌えるからだ。そしてそれは戦闘でも一緒だろ?」

 

 

それでもまだ渋る2人。

 

 

「天羽の一撃はとても重い。オレが撃ち合うのを遠慮したくなるほどだ。しかし、正確さがない。

風鳴のほうは、攻撃はとても正確で速い。だが、正直すぎる。もう少しフェイントを入れるなり、ずる賢くなれ」

 

 

「天羽は風鳴の慎重さや冷静さが足りない。風鳴は天羽の大胆さや狡猾さが足りない。お前ら見てるといいコンビだと思うよ」

 

 

 

そこまで言ってようやくお互いのことを見つめる2人。

 

 

「背中を預けるほど信用しろって言ってるわけじゃない。とりあえずはお互いを利用することから始めてもいいんじゃないか?」

 

 

「「お互いを利用?」」

 

 

「そう。相手の動きも計算して、それすらフェイントに使うくらいにな」

 

 

なるほどと頷く2人。これでとりあえずは一安心かな。

 

 

「明日からしばらく相手はしてやれない」

 

 

オレの言葉に一瞬驚くがすぐに思い出してくれたらしい。

 

 

「確か、PVの撮影で海外でしたね?」

 

 

「ギリシャだっけ?」

 

 

すぐに確認してくる。

 

 

「ああそうだ」

 

 

「お土産楽しみにしとくぜ」

 

 

「必要ないとは思いますが、海外では我々の想像のつかないようなことがあると聞きます。お気をつけて」

 

 

 

2人の言葉に頷く。

 

 

「よし、最後にお前らお互いと戦ってみろ。それを見て、帰ってくるまでの課題を与えてやる」

 

 

驚いた顔をしているが、すぐに訓練室に戻り戦闘を始める2人。なんだかんだ言いながらオレの言うことは聞いてくれるようになった。

 

 

 

 

2週間の撮影が終わり戻ったオレは、すぐに2人に呼ばれて訓練室に連行される。

 

 

「戻ったばかりのところ、お疲れとは思いますが」

 

 

「あたしらの力見てほしくてさ」

 

 

奏の言い方に少し気になったから、すぐに準備をして訓練室に入る。

 

 

「驚いたな」

 

 

奏の攻撃を避けた先に翼が待ち構え、剣を振り下ろす。それを受け止めると奏が剣ごと上空から蹴り降りて、オレは初めて攻撃を受けた。

 

 

「なかなかいいコンビになってるじゃないか?」

 

 

その後も様々なところで2人の連携を見せられ、2人がかりだともうオレが相手をするのがしんどくなるほどだ。

 

 

「あれから2人で色々話してみたのさ。その、認めてもらいたいのは一緒だったからさ」

 

 

「ええ。私も奏も、1人で認めてもらうことばかりに気を取られ、本質を見失っていたことに気づきました」

 

 

翼が奏と呼んだことに驚く。これまではあなたとしか言っていなかったのに。

 

 

「翼もあたしもさ、誰かと歌うってことがこんなに気持ちいいって知らなかった。でもそれを教えてくれた。ありがとな」

 

 

「倉田さんには本当感謝しかありません」

 

 

そう言って揃って頭を下げる2人の頭をゆっくり撫でる。

 

 

「光でいいよ。奏、翼」

 

 

顔を真っ赤にしながらこちらに勢いよく向く2人。

 

 

「ああすまん。つい頭を」

 

 

「いえ、そのことはいいのですが、今私たちを名前で」

 

 

頭を撫でて子供扱いしたことへの抗議かと思ったら違った。

 

 

「迷惑なら止めるが?」

 

 

「いや逆だよ。名前で呼ばれて初めてあたしたちが認めてもらえたんだって嬉しいのさ」

 

 

なるほどと頷く。

 

 

「これも翼と話して決めたことなんだけどさ」

 

 

「私たちのコンビ名ですが、くら……いえ、光さんが決めてもらえないでしょうか? 私たちを羽ばたかせてくれたのは光さんなので」

 

 

オレでいいのかと思いながらも2人を見て真剣に考える。

 

 

「2つの翼と羽。両翼って意味で『ツヴァイウイング』ってのはどうだ?」

 

 

天羽奏と風鳴翼。それぞれ名前からそう名付ける。

 

 

「うん。すごくいいと思う」

 

 

「ああ、あたしも気に入ったよ」

 

 

2つの笑顔を前に安心する。

 

 

そしてこの日から2人はよく懐いてくれた。兄を慕うように。デビューしてすぐに人気が出て忙しいにも関わらず頻繁に本部に顔を出していて、本部にオレがいないときはメールや電話などしてきて。

 

 

 

そして2年前のライブでの惨劇が起こった。

 

 

ライブでのことはオレは話を聞いただけで、詳しいことはあまり知らない。ライブ後は翼ともどこか疎遠になり、メールや電話をすることもあまりなくなる。

 

 

それでも翼が再び歌いだし、オレが歌えずにいると連絡をくれた。癒すために今は歌うのだと。

 

 

「光さんがいてくれるから私はもう一度歌おうと思えた。片翼ではどれほど飛べるかわかりませんが」

 

 

そう言って笑う翼の、悲しみと後悔を背負ったままの笑顔がとてもオレの心を締め付けた。



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CASE13

「ライブでの惨劇までの間、2人は本当に仲良くなって。内気な翼を奏が引っ張ってたりしていた。それこそ姉妹のように」

 

 

改めて思い返すと、本当にあの2人は自分の中では大きな存在だと感じる。

 

 

「だからあのライブで奏のことがあった時の翼は見ていられないほど荒んでいた。オレの言葉も届かないほどに。オレも同じく荒んでいたからそこまで優しく接することも出来ていなかったけどな」

 

 

そこで立花が買ってきてくれていたお茶を口に含み、立花の表情を伺う。立花にとってはあのライブでの惨劇は他人事ではないだろうから。

 

 

「1年くらい過ぎた頃から翼は再び歌い始めた。どんな心境の変化があったのか、それはわからないが」

 

 

そこで溜め息を1つ。きっと立花にはここからが辛い話だろう。

 

 

「最近では昔ほどではないが、笑ったりしていた。それが立花の登場で少しな。正直、オレも最初は受け入れられなかった。立花の纏うそれは奏と同じガングニールだったから」

 

 

それを聞いて俯く立花。大丈夫だと言う意味で立花の頭に手を置く。

 

 

「でも、それはあくまできっかけだ。直接の原因は正直わからない。でもトドメはオレの言葉だろう」

 

 

あの日告げてしまった。『翼らしくない』。この言葉が翼の心を壊した原因なのだろう。

 

 

「それがオレが話せる全てかな」

 

 

オレの話を聞いて全員が何かを考えるように真剣な表情をしている。立花はどこか暗いが。

 

 

「まぁ色々とわかったこともあるし、わかんないこともあるが。その、あいつが悪いやつじゃないってことはわかった」

 

 

雪音が後頭部に手を回して言う。

 

 

「そうね。私としては、ツヴァイウイングの素顔や昔のことが聞けたのが新鮮だったわ」

 

 

マリアは1度だけツヴァイウイングと会ったことがあるそうで、そのときは歌手としての2人だったから印象が違ったのだろう。

 

 

「アタシはあの2人を簡単に倒してることに驚きデス」

 

 

 

「わたしも。指導して強くしているところも」

 

 

暁や月読の言うことは少し違う。オレが簡単に勝てていたのも最初だけだし、それもあいつらが技とかを使わずにいたからだ。指導も助言したくらいで、自分たちで考えてちゃんと答えにたどり着いている。

 

 

「わたしは、光さんに認められてから、2人を名前で呼んだことが気になりました。わたしたちは認めてもらえてないんだなって」

 

 

確かにここにいる全員をオレは名前ではなく姓名で呼ぶ。マリアはファーストネームが呼びづらいから別だが。

 

 

「それは違う。オレはあの2人以外を余程じゃないと、名前で呼ばないって決めているからな。あの2人より先に名前で呼んでいた、了子さんと南さんくらいだよ。後、呼びづらいからマリアはマリアと呼ぶが」

 

 

カデンツァヴナさんとか呼びづらい。途中で噛みそうだしな。

 

 

「それはあの2人が特別だからかしら?」

 

 

「特別なのは特別だ。でもそれだけじゃない。身寄りのないオレに初めて出来た家族のような存在なんだ。そしてそれはこの先もあの2人だけだと言えるからかな」

 

 

司令や緒川さん、了子さんに藤尭さんや友里さんも大切な存在だ。それでもあの2人ほどではないし、家族とまでは言えない。それはきっと目の前の装者たちもだろう。

 

 

「とりあえずだ。今の話を聞いてあたしは決めた。あたしを強くしてくれ。今は体がそんなのだから難しいかもだけどよ」

 

 

雪音に続くように他の装者たちも頭を下げてくる。

 

 

「とりあえず、本部で了子さんか司令に聞けば翼や奏の戦っている映像があるかもしれない。それを見て勉強してほしい。後、今の翼はオレじゃあどうにもならないくらい強い。だからオレの助言なんて役に立つかわからない。それでもいいか?」

 

 

全員が頷くのを確認してオレはその提案を受け入れる。

 

 

 

話すことも終わって、全員がそれぞれの病室に戻り1人になって考える。翼の強さの秘訣。あれは怨みや憎しみに近いものを感じる。どうやってそこから翼を救い出すかを。奏がもういない今、出来るのはオレだけなんだろうと。

 

 

夜も更け月が照らす中、眠れないでいるオレの前に1人の来客がやってくる。

 

 

「こんな夜更に誰かと思えば」

 

 

「非常識なのは存じています。しかし、2度も私のせいで怪我をさせてしまい、どうしても会いに来てしまいました」

 

 

青い長い髪を揺らしながらベッドに腰掛ける翼は、月明かりのせいもあっていつもより美しく見えた。

 

 

「別に迷惑だなんて思っていないよ」

 

 

「ふふっ。相変わらずですね。そうやってこんな私にも優しくしてくれる」

 

 

ギアを纏っているときとは別人のような翼に、いつもと変わらないように見える翼に安心する。

 

 

沈黙が辺りを支配する。どんな言葉を投げかけていいのか。今度は間違わないようにと慎重になり、言葉が浮かんでこない。

 

 

「忘れていました。これお見舞いです。食べられますか?」

 

 

そう言いながら袋から取り出したのは洋梨。きっとオレの好物だと知っているからわざわざ買ってきてくれたのだろう。だから頷いて答える。

 

 

「よかった」

 

 

ベッドから降り椅子に座ると綺麗に皮を剥き、切ってくれる。

 

 

「はい。どうぞ?」

 

 

そのままフォークで口に運んでくれる。重症のオレを気遣ってくれてのことだろうが、食べさせてもらうのは少し恥ずかしい。

 

 

「どうしました?」

 

 

小首を傾げる翼に少し体が火照る。こんなことをされて照れているのだろうか。

 

 

「いや、もらうよ」

 

 

翼に食べさせてもらったソレの味は覚えていない。近くにある翼の顔が、してもらっていることが、オレを照れさせる。

 

 

同時に思う。風鳴翼という少女はこんなにも美しいのかと。




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CASE14

翌朝目を覚ますともう翼の姿はなかった。夢だったのかと思うほどなんの痕跡も残っていなかった。持って来てくれた洋梨さえも。

 

 

「翼……」

 

 

思わず呟く。昨夜の翼は普段の翼に見えた。まだ戻ってこさせることが出来そうだと思う。

 

 

そんな中、二課ではある話題が盛んに行われた。新たな完全聖遺物が見つかったのだ。

 

 

冥王ハデスの槍『バイデント』が。

 

 

なんとか車椅子に乗せられオレもソレを見に行く。

 

 

「ハデスの槍なんて物騒な予感しかしないわ」

 

 

「冥王って呼ばれている神様のだよね?」

 

 

マリアや月読は不安そうな顔をしている。

 

 

「アタシの鎌も死神のデスよ?」

 

 

「それとは意味が違うだろ」

 

 

暁の言葉に雪音は呆れているようだ。

 

 

「でもまだ眠っているみたいだし、気にしなくても大丈夫なんじゃ?」

 

 

オレより一足先に退院している装者たちに後ろを押してもらいながらオレは久しぶりに二課へとやってくる。

 

 

「元気そうでよかったですよ」

 

 

「これを元気と言うならな」

 

 

ウェル博士の言葉に嫌味で返す。今はこの人の相手をしている場合ではないからだ。

 

 

 

「それで例のモノは?」

 

 

オレの言葉を聞いて司令がモニターにバイデントを映し出す。これがか。二又の槍。禍々しい雰囲気を醸し出すその槍に何故か見入ってしまう。

 

 

【我を求めるか?】

 

 

声が聞こえた気がして辺りを見渡す。

 

 

【力を望むなら、我を受け入れよ】

 

 

まただ。オレにしか聴こえていないようで、誰も反応しない。

 

 

(力か。翼を救う力は確かに欲しい。でも)

 

 

どうしてか、モニターに映るコレを受け入れていいとは思えない。

 

 

【声が聞こえるなら、求める証】

 

 

確かにオレは力が欲しい。翼を救う力が。翼やこの子たちが戦わなくて済む力が。

 

 

「それにしても冥王の槍なんて聖遺物。実在するなんてね」

 

 

了子さんの言葉で思考が戻る。

 

 

「やっぱり曰く付きだったりするんですか?」

 

 

「それは起動させたみないとわからないわ」

 

 

立花と了子さんのやりとりを聞いてある疑問が浮かぶ。

 

 

(起動していないのにオレは呼びかけられているのか)

 

 

それはこの槍を無意識に求めているようだった。

 

 

(考えても仕方ない。聞こえているか? バイデント。冥王の槍がただで使えるわけがない。誓約か条件があるのだろう?)

 

 

口に出すわけにはいかず、心で呼びかけてみる。

 

 

【誓約は3つ。呪いに打ち勝つことが出来て初めて使うことが許される。打ち負けた場合、お前の魂を頂くことになる。次に……。最後に……。これが誓約だ】

 

 

後半2つの誓約に迷ってしまう。

 

 

【ただし、この槍はどんな呪い、怨みをも貫くことが出来る】

 

 

この力があれば翼を救えるのか。なら!

 

 

(迷う必要はないな。どうすればお前を手に入れられる?)

 

 

【今夜呪いが降りかかるだろう。それに打ち勝てば我はお前の心に存在する】

 

 

なるほど。どんな呪いが降りかかろうが、必ず打ち勝つ。翼を、みんなを助けるためにも。

 

 

その後、せっかく二課に顔を出したのだからと、装者たちの戦闘を見て助言をすることとなった。

 

 

「立花は、踏み込みが弱い。それじゃ拳に威力が伝わらない。後、手数ももっと増やせ。ただ殴るだけじゃダメだ。雪音は……」

 

 

その後も全員の助言を続ける。

 

 

病院へ戻り、休むオレは悪夢にうなされていた。

 

 

『ノイズに襲われて生き残ったらしいぞ』

 

 

『両親や妹を犠牲にして助かったらしい』

 

 

聞こえてくるのは、昔よく言われた言葉。

 

 

『よく家族を犠牲にしておいて生きていられるよな』

 

 

『一緒に死ねばよかったのに』

 

 

小学生の頃、家族で出かけた先、父親の運転する車が高速道路を走っていたときにノイズと遭遇した。夏休み中なこともあり、あたり一帯は地獄絵図と化していた。我先にと誰もが逃げ出す中で、逆走車や車を捨てて逃げる人がいるため追突事故が多発していた。ガソリンに引火したのか、火の海となりノイズ以外での死者も多かった。

 

 

オレの家族もそうだった。追突を避けようと大きくハンドルを切ったため壁に激突。運がよかったのか悪かったのか、そこはノイズが壁半分ほどを壊したところであり、オレだけが車から投げ出された。

 

 

下がちょうど川であり、オレはなんとか一命を取り留めた。が、両親と妹は焼死体として発見される。

 

 

幼くして家族を失ったオレに待っていたのは、親戚同士によるオレの押し付けあい。保険金などもなく厄介なだけのオレは、結局誰も引き取ることを拒否し、施設へ預けられることが決まる。その施設も数年後にはノイズの襲撃があり崩壊。そこから1人で生きていくこととなる。

 

 

学校に行けば、罵倒の嵐。机に落書き、物がなくなる。こんなのは日常茶飯事で、暴力を振るわれることも珍しくなかった。教師も見て見ぬふりならまだよくて。ひどいときは教師も一緒になってしてくることもあった。

 

 

だからオレは中学からは行くことを止めた。両親の残してくれた僅かな貯金を持って故郷を捨てた。

 

 

全てを恨んだ。憎んだ。壊してしまいたかった。

 

 

「光さん! 光さん!」

 

 

優しく強く呼ぶ声にオレは目を覚ます。

 

 

「うなされていたようだったので、不承不承ながら起こさせていただきました」

 

 

目の前には心配そうに見つめる翼の顔があった。

 

 

「すごい汗」

 

 

タオルで額の汗を拭いてくれる翼。

 

 

「身体も拭いたほうがいいですよ?」

 

 

そう言って少し席を外してくれる翼。全身の汗を拭いていると左腕に黒い痣がある。触れるとそれがバイデントだとわかった。

 

 

「この夢が呪いってことなのか?」

 

 

考えていると翼が顔を覗かせる。オレが着替え終わったことを確認すると、再びベッドへ腰かける。

 

 

「眠れませんか?」

 

 

「お前はどうなんだ? 食事や睡眠はきちんと取っているのか?」

 

 

オレの言葉に頷く翼。

 

 

「ええそこは心配いりません。私なりにそれなりにやっていますよ」



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CASE15

「戻ってこれないのか?」

 

 

オレが聞いた言葉に翼は悲しそうな表情を見せる。

 

 

「光さんにお会いするのもこれを最後にしようと思っております。今の私は剣でも防人の誇りさえも失いました。両翼の折れた翼は地に、どこまでも深く堕ちるだけですから」

 

 

「本当にさようなら。ありがとうございます」

 

 

返事も待たずに翼は窓から飛び去った。

 

 

その日から退院するまで、翼が現れることはなかった。あの悪夢も毎日見続けた。あの悪夢に心が折れたときが、呪いに負けたときだと思い、なんとか耐えている。翼を必ず助けるという思いだけで。

 

 

退院したオレはすぐに二課へ顔を出す。あれから右手も少しずつ動くようになり、普段の生活では支障のない程度には回復していた。楽器を演奏するほど回復はしていないため、音楽活動は休止のままだが。

 

 

「新しいギアが出来た?」

 

 

二課に顔を出したオレを待っていたのは了子さんから告げられたその言葉だった。バイデントの発見からひと月ほどしか経っていないのに、この人には驚かされる。

 

 

「まぁ僕の力もあってでしょうけどね」

 

 

「それで、新しいシンフォギアはなんの聖遺物の欠片を?」

 

 

ウェル博士がなにか言っているが、とりあえず了子さんに話を聞くことにする。

 

 

「神獣鏡よ。正直、他のシンフォギアより出力は落ちるわ。でも浮遊力と魔除の力で最凶のギアとも言えるわね」

 

 

「なるほど。それで適合者は見つかっているんです?」

 

 

オレが聞いた言葉に装者の何人かは暗い表情になる。

 

 

「わたしの親友に小日向未来って子がいるんですけど」

 

 

「あたしも何度か助けられたり、会って話したりした子なんだが、どうやらな」

 

 

立花と雪音の話でわかった。その小日向って子が適合者なのだろう。

 

 

「アタシや調も同じ学院なのでよくしてもらってるデスよ」

 

 

「うん。料理教えてもらったりしてる」

 

 

学生装者とは繋がりの深い人物のようだ。

 

 

「私は何度か会ったくらいね。翼とも顔見知りらしいわ」

 

 

マリアや翼とも顔見知りとなるとそうなのだろう。

 

 

「それが原因なのか?」

 

 

「ご名答。近くで彼女たちのフォニックゲインに触れ続けたことが、適合者にさせた。そう僕は思っています。これぞまさに愛のなせる技」

 

 

何故そこで愛なのかは置いといて、オレがバイデントに魅入られたのもそれが影響しているのかもしれないな。友を戦地に引き込んだようで、装者たちが落ち込むのもわからなくもない。

 

 

「それで、その小日向って子は? 話はしてあるんだろ?」

 

 

「今弦十郎くんが説明しているところよ」

 

 

ならばとオレは足を司令のいる部屋へと向ける。

 

 

「少し話してくる」

 

 

すぐに司令の返事へ到着し、中に入れてもらう。黒髪でセミロング。後髪に大きなリボンが特徴的な少女がいた。リディアンの制服を着ていることからも、この子が小日向未来だとわかった。

 

 

「倉田光さん?」

 

 

「はじめまして。小日向未来さんでよかったかな? オレはここ二課で交渉を主に請け負っている倉田光です」

 

 

オレを見て驚く小日向にとりあえず自己紹介をする。

 

 

「はい。リディアン二回生です」

 

 

「どうして歌手の光さんが? 光さんも翼さんやマリアさんみたいに?」

 

 

大人しい子かと思ったが、よほど気になったのか勢いよく聞いてくる。

 

 

「さすがにオレにはノイズと戦う力はないよ。それでも支えになりたいとこうして二課に所属させてもらっている」

 

 

「力もなくて怖くないですか? 逃げたいって思いませんか?」

 

 

悩んでいるのだろう。だからオレに聞いてくるのだとわかる。

 

 

「オレの家族はノイズ関連の事故で亡くなった。もちろん怖いさ。でも、怨みや仇ってこともあるけど、翼をはじめ装者の皆が戦っている。オレはオレの出来ることをして、一緒に戦っていけたらって思う。もちろん前線に出る彼女たちと肩を並べられてるなんて思わないけど」

 

 

ひと息ついて続ける。

 

 

「それでも少しでも力になれたらと。支えになれたらと思っている。ノイズの脅威から世界を守るだなんて大きなことは言わない。大切な人を場所を守りたいんだ」

 

 

オレの言葉で吹っ切れたのか、小日向は装者になることを決めた。

 

 

「すまん、俺にはあの子を巻き込んでいいのか、どうにも迷ってしまってな」

 

 

小日向が検査のため了子さんに連れて行かれたあと司令が口を開く。

 

 

「オレはなにも。決めたのは彼女、小日向ですよ」

 

 

小日向が装者になることを決めたことを聞くと装者たちは複雑そうな顔をしている。

 

 

「大切なら尊重してやれ。小日向は守られるより隣に立つことを選んだんだ」

 

 

そう。守られるよりも。

 

 

それはオレも一緒だ。戦える力を選んだ。代償がどれほどのものであっても。小日向がどれほどの覚悟かはわからない。それでも、生半可な気持ちじゃないことは間違いないだろう。

 

 

「そう、お前たちがシンフォギアを纏うと決めたときと同じように。確かな気持ちと覚悟は持っているはずだ」

 

 

誰でもそうだ。最初の一歩を踏み出す勇気。それはなかなかに大変なものだ。

 

 

前を向くことも、堕ちることも。なぁそうだろ?

 

 

翼。

 

 

その黒いギアが生半可な気持ちでないとわかる。だとしても、オレはオレの我が儘を貫く。



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CASE16

「歌を聴きたい?」

 

 

小日向を含めた装者たちに呼び出され、訓練が終わった後に言われた言葉。

 

 

「そうデス。アタシたちちゃんと聴いたことないデスよ」

 

 

「生で聴いてみたい」

 

 

「わたしもお願いします。わたし、ファンなんです」

 

 

暁、月読、小日向が主に頼んでくる。小日向に至ってはオレのアルバムを持っている。

 

 

「まぁいいか。なら3人はついてこい」

 

 

二課に用意してもらっているオレの部屋へと、3人を案内しようとする。

 

 

「そんな未来たちだけずるいですよ」

 

 

「私だって興味あるわよ」

 

 

「あたしもだ」

 

 

他の3人からもそんな声が出て、全員を連れて行く。正直あんまり大きな部屋じゃないんだけどな。楽器の演奏や作曲で使う程度なのだから。

 

 

「さてなにを歌うかな」

 

 

適当な場所に座らせ、オレは楽曲を探す。まだ演奏出来るほど治っていないから。

 

 

《♪♪♪♪♪》

 

 

オレが毎回ライブで歌う曲をとりあえず選曲してみる。そこからリクエストにも応えながら数曲ほど。久しぶりに歌うが、装者たちの反応がいいからか楽しく歌えた。

 

 

気付けば時間も遅くなっており、学生ばかりの装者たちがあまり遅い時間までいるわけにもいかないので、解散になった。

 

 

オレにとっての最後となる観客たちを見送り、1人部屋に残る。

 

 

その日は珍しくそのまま眠っていたらしく、翌朝身体が痛む。変な体勢で寝ていたからだろう。

 

 

「あら? 昨夜はここに泊まっていたんですね」

 

 

部屋から出たところで友里さんと出会う。

 

 

「ええ。昨日久しぶりに歌ったのが疲れたみたいで気付いたら寝てまして」

 

 

「あらそれは私も聴きたかったな」

 

 

行く場所が一緒なため並んで歩きながら話す。

 

 

「機会があれば是非」

 

 

目的の部屋に到着するとまだ他の職員の姿はなかった。司令もまだなんて珍しいな。

 

 

「司令がまだなんて、なにかあったのかしら?」

 

 

「おお、早いな」

 

 

そんな会話をしていると司令が入ってくる。それを見て安堵する。その後了子さんやウェル博士、藤尭さんもやってくる。緒川さんとマリアは今日、任務で不在だ。

 

 

「翼ちゃんのギアなんだけどね。おそらくあれは一種の暴走状態よ。どうやってるかはわからないけど、それを制御していると思うわ」

 

 

了子さんがオレだけに聞こえるように、近くで囁く。

 

 

その後は通常通りの日常が流れる。夕方になってマリア以外の装者たちも本部に顔を出す。

 

 

「光さん、今日もお願いします」

 

 

立花の言葉にオレが椅子から立ち上がろうとしたタイミングだ。勢いよく警戒音が流れ、ノイズの出現を知らせる。

 

 

「ノイズ出現位置特定」

 

 

藤尭さんが特定した位置データを見て装者たちは、飛び出していく。それにしても、本来ノイズと遭遇するのは通り魔に合うより低い確率と言われるほど滅多に現れないはずだ。それがここ最近頻繁にだ。

 

 

「了子さん、ウェル博士。なんでこんなに頻繁にノイズが現れると思います?」

 

 

オレの問いかけに2人だけでなく全員が考えこむ。

 

 

「そうですね。確かにここ最近の出現率は異常。しかも日本ばかり。僕はノイズが求めるなにかが日本にあると思いますね」

 

 

「ノイズに意志があると?」

 

 

ウェル博士からの言葉にオレが返す。

 

 

「ちょっと違うわね。ノイズが引き寄せられるなにか。それがあるんじゃないかしらね。完成聖遺物とかね」

 

 

了子さんが答えてくれたことで皆の頭には同じモノが浮かんだだろう。

 

 

「バイデントか」

 

 

「でもアレはまだ起動していないはずじゃあ?」

 

 

藤尭さんの言うように起動していないように見えるはずだ。オレ以外の人には。

 

 

「だから起こしに来ている。かもしれませんね」

 

 

そんな会話をしていると装者たちが現場に到着する。別任務に出ていたマリアも合流し、6人が分かれてノイズを蹴散らしていく。

 

 

特に危なげなくノイズを倒していく装者たち。しかし、胸騒ぎがして仕方ない。

 

 

『Imyuteus amenohabakiri tron』

 

 

モニターから聞こえた聖詠。胸騒ぎの原因がわかったようで慌ててモニターに視線を移す。

 

 

6人の中心に立つように真っ黒なギアを纏った翼がいた。

 

 

「翼……」

 

 

次の瞬間。オレは、いや全員が驚くことしか出来なかった。あれから何度も訓練した。連携や苦手も克服させた。

 

 

それでも翼は《逆羅刹》。逆立ちし、回転しながら足から出した剣で全員をまとめて斬りつける。更に《風輪火斬》。二刀を連結させ、焔を纏ったアームドギアを回転させての一閃で追い討ちをかける。

 

 

気付けば装者たちは全員、地に伏せていたのだ。

 

 

「装者の回収に向かいます」

 

 

急いで部屋を飛び出して、ヘリで現場に向かう。少し離れたところで降ろしてもらい、そこからは走って現場に駆けつける。

 

 

「やはり来てしまうのですね」

 

 

淀んだ瞳で。禍々しい雰囲気で。冷淡な表情で。翼がオレを見ることなく呟く。

 

 

あの病室で見た翼が幻に思えるほど、今の翼は別人のようだ。

 

 

「あなたがいるから。私は! 私は!! これ以上私を迷わせないで!!!!!」

 

 

「そうか。そうだな。オレも覚悟を決めたよ。翼、お前を救うためならオレは悪魔にでも魂を売ろう」

 

 

そっと腕にある痣に触れる。



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CASE17

【我を求める意味はわかっているのだろう?】

 

 

「ああ」

 

 

心に直接バイデントの声が響く。

 

 

【それで良いのだな?】

 

 

「問題ない」

 

 

オレの答えに満足したのか、ようやく姿を見せるバイデント。二又の槍がオレの手に握られる。

 

 

「その聖遺物はいったい?」

 

 

翼がそれを見て驚く。いや、翼だけじゃない。通信機から司令や了子さんを始め、本部にいるメンバーから声が飛んでいる。

 

 

「それはバイデント?」

 

 

「まさか、曰く付きの聖遺物を起動させたのかよ」

 

 

立ち上がろうとしながらオレが目に入ったのだろう。マリアや雪音が声を上げる。

 

 

「どんな力があるかわからないのに」

 

 

「無茶デスよ。扱うことさえ出来るか怪しいデスよ」

 

 

必死に立ち上がろうとする装者たちを見つめる。

 

 

「これなら翼を救えるんだ。だから、頼む。ここはオレに任せてほしい」

 

 

ジッとお互い見つめていると小日向が口を開く。

 

 

「光さんはそれを使うとどうなるのか、知っているんですね」

 

 

もう隠しても仕方ないと頷いて返す。

 

 

「どう……なっちゃうん……ですか?」

 

 

恐る恐ると言った感じで立花が聞いてくる。翼も気になるのか、大人しくしている。

 

 

「バイデントの効果は、全ての呪いや怨みを相殺する力だ。そして、その代償は3つ。1つは悪夢を、1番思い出したくない過去を毎日、散々見せられる」

 

 

オレが悪夢でうなされていたことを知る翼は、口を両手で覆い驚く。

 

 

「2つ目は、1度装着すると離せなくなることだ。それこそオレの命が止まるまで。使う間もこいつはオレを乗っ取ろうと色々仕掛けてくる。負ければただの殺戮兵器となり、世界を滅ぼしにかかるだろう」

 

 

言葉が出ないのだろう。本部も含め誰も口を開けないでいた。

 

 

「最後は、これを手放した瞬間には使用者の存在は食われてしまうことだ」

 

 

「存在を?」

 

 

誰が呟いた言葉か。存在が消える意味は誰もわかっていないようなので、全員かもしれない。

 

 

「存在。オレが生きてきた記憶、残してきたもの、オレが存在したと証明される全てが消える」

 

 

「そんな! それじゃ!」

 

 

「ああ、オレのことは誰の記憶にも残らない。オレが存在した歴史が消えるんだ」

 

 

全員が動揺しているのがよくわかる。口は動くが言葉が出てこないようだ。

 

 

「だから、お前たちに頼みたい。オレがいなくなった後、翼を支えてやってほしい」

 

 

「どうして!? どうしてそんな力を!?」

 

 

真っ先に叫ぶのは翼だ。

 

 

「翼、お前を救うためだよ。泣き虫で、意地っ張りで、照れ屋で。でも真っ直ぐで、優しくて、強くて。誰かのために歌えて、泣けて、笑える。そんな翼に戻ってほしいからだ」

 

 

「私は奏があんなことになったとき、悲しさもあった。でも光さんが優しく抱きしめてくれることを、隣を独り占め出来ることを嬉しくも思ってしまうような女なのです! だからそこまでしてもらう資格などないのです!!」

 

 

大粒の涙を流しながら訴える翼。

 

 

「そう。だから私たちを目の敵にしていたのね」

 

 

「わたしが光さんの近くに行きすぎたから、翼さんはそんな風に」

 

 

マリアや立花が呟く。いや、装者たちはなぜ翼が暴走していたのか理解したようだ。

 

 

「そうだ! 奏と私の場所だったのだ! 光さんの隣は! 戦い終わって迎え入れてもらえるのは!! その場所は誰にも取られたくなかったのだ……」

 

 

泣き叫ぶ翼は、幼い少女のように見えた。

 

 

「その場所を奪わせないために私は、全て排除すると決めたのだ。でも……」

 

 

「知っていたさ。そんなこと全部」

 

 

翼が触れるところまでゆっくり歩き、泣く子供をあやすように翼の頭を撫でる。

 

 

「オレが軽率な行動をしたから苦しめてしまったんだな。悪かった」

 

 

槍を持つ左手に力を込める。

 

 

「だからもう、悩むことも、苦しむこともない」

 

 

オレの行動に気付いたのか、翼が大きく目を見開く。

 

 

「嫌……。私はそんなこと望んで……」

 

 

翼の言葉を最後まで待たず、槍で貫く。腹部に刺さった槍からは翼の血が伝う。

 

 

「致命傷にはならないはずだ。だから」

 

 

静かに槍の先端を引き抜く。

 

 

「起動させたときから、こうするしか道は残っていない。だから、この命くれてやるよ。バイデント」

 

 

今度は先端を自分の心臓めがけ突き刺す。人の体はこんなにも簡単に刺さるものなんだと場違いのかもしれないことを思う。

 

 

「ああ、オレは翼のことが……」

 

 

そこでオレは意識を手放した。

 

 

真っ暗な闇へ引きずり込まれるような感覚に襲われる。

 

 

【わからんな。人間の考えることは】

 

 

(そうかもな。でも、後悔はない。満たされているんだ)

 

 

【これが愛というやつなのか? 理解しがたい感情だ】

 

 

(でも、だから人間は強く飛べるものなのさ)

 

 

【まぁよい。今はゆっくり眠るがよい】

 

 

暗い闇の中そんな会話が繰り広げられていた。



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CASE last

翼の視点


私、風鳴翼は目の前の少女、立花の言葉に苛立ちを隠せないでいた。

 

 

「わたし、奏さんの代わりになれるように頑張ります」

 

 

先程私に向けられた言葉だ。虫唾が走る。

 

 

奏と同じガングニールを纏うだけでも私の神経を逆撫ですると言うのに。お前なんかが奏の代わりになどなれるはずもない。

 

 

「そうね。あなたと私、戦いましょうか」

 

 

そう言って立花に剣を向ける。もう我慢がならなかった。

 

 

「奏がいなくなって私は1人で戦い続けた。この身も、心も防人として戦い抜くと決めて!」

 

 

刃で斬りかかる。立花はただ斬られている。正直、動きが素人だ。それがまた私を苛つかせる。

 

 

《天ノ逆鱗》。アームドギアを空中で巨大化させ、蹴り落とす。その体勢に入ったところで私は腹部に痛みを感じ、崩れ落ちる。

 

 

「翼さん!」

 

 

立花に受け止められ大事には至らなかったが、謎の腹部の痛みに何故か懐かしさを感じていた。

 

 

「翼さん。わたしいつも親友に一言多いって怒られるんです。だからもし、翼さんの嫌がることを言ってしまったのならごめんなさい。でも、わたしたちがいがみ合っているのを喜んでくれないとわたしは思います」

 

 

誰に? 奏にだろうか?

まずその疑問が浮かんだ。しかし、何故か立花の言葉に納得してしまう。

 

 

結局立花への苛立ちはどこか消え失せ、その後雪音が加わり、マリアや暁、月読が参入したことで、二課の装者は一気に増える。

 

 

「これはいったい?」

 

 

合流したばかりのマリアたちと立花や雪音は簡単に呼吸が合っている。私だけが上手く噛み合わない。

 

 

「なんかマリアさんたちと一緒に戦うの初めてな感じしないんですよね」

 

 

「お前もか。あたしもそうなんだよな」

 

 

「初対面なのに懐かしい感じ」

 

 

そんな会話が聞こえる。

 

 

「それにしても。なにか足りない気がするのよね」

 

 

「マリアもデスか? アタシも変な感じがするデスよ」

 

 

マリアや暁の言葉には私も含めた全員が感じていた。

 

 

なにか大切なものが抜けている気がする。心にポッカリと穴が空いたような感覚に襲われている。

 

 

数日後には小日向が神獣鏡のギアを纏うことが決まる。小日向も私たちと同じような感覚を感じているようだった。

 

 

「奏。私はこれでよかったのだろうか? いつのまにか立花のことも認めている。雪音やマリアたちにも頼もしくも感じながらいる。防人の誇りを忘れているつもりはないが」

 

 

昔なら考えられなかった自分の感情に、つい奏の写真に語りかける。

 

 

「あれ? 奏との写真はこんなに少なかっただろうか?」

 

 

所々抜けがあるアルバムを見つめ、呟く。そして古びたなんの写真も飾られていないアルバムに胸が痛む。

 

 

小日向も含めた全員が珍しく二課に集まっていた。

 

 

「歌を聴いてみたい?」

 

 

月読に言われた一言。

 

 

「そうデス。アタシたちちゃんと聴いたことないデスよ」

 

 

「生で聴いてみたい」

 

 

「わたしもお願いします。わたし、ファンなんです」

 

 

暁や小日向にまで言われて戸惑う私を他所に、3人は顔を見合わせている。

 

 

「あれ?」

 

 

「前にもこんな会話したデスか?」

 

 

雪音や立花も頭を捻っている。

 

 

「しかし、歌と言われてもどうしたものか。場所もあるまいし」

 

 

「あら場所ならあるじゃない?」

 

 

私の呟きにマリアが返す。しかし、初耳だ。

 

 

「そうだな。あそこは防音もしっかりしていたし」

 

 

「楽器も置いてあったりしたもんね」

 

 

雪音や立花の言葉に全員が頷いている。

 

 

「ちょっと待ってくれ。そんな場所私は知らないが?」

 

 

私以外の全員が知っているのに、1番古くから二課にいる私が知らないのはおかしい話の気もする。

 

 

「とりあえず行ってみませんか?」

 

 

「そうだな」

 

 

私が案内されるという少し変わった状態で、1つの部屋にたどり着く。誰かが最近まで使っていたのか、埃もなく綺麗な部屋。ピアノとギター、簡単な録音機がある部屋。

 

 

「不思議だ。私はこの部屋によく来ていた気がする。しかし、皆はどうしてこの部屋を知っていたのだ?」

 

 

私の質問に全員が顔をしかめる。

 

 

「どうして知っているんでしょう?」

 

 

「思い出せない」

 

 

とりあえずギターを手に持ってみる。しっかりとくる感じだ。

 

 

「歌ってみせてもらえる?」

 

 

マリアに促され、音源を探す。それにしても再生する機械はあれど、曲がない。風鳴翼として歌ってきた曲も、ツヴァイウイングとして奏と歌ってきた曲も見当たらない。よく来ていた気がするが、私が使っていた部屋ではないのだと改めて思う。

 

 

「音源がないのであれば困ったものだな」

 

 

入っているのは知らない1曲のみ。

 

 

「とりあえずその曲をかけてみたら?」

 

 

「それもそうだな」

 

 

そう言われて再生ボタンを押す。流れてくるメロディに何故か涙が止まらない。

 

 

あぁ、この曲は私が初めて作ろうとした曲だ。色々な人に協力してもらって完成させた曲。どうして忘れていたのだろう。

 

 

 

「翼さん。これなんて曲ですか?」

 

 

あぁこれは

 

 

 

『風の鳴る歌を翼にして光さすところまで』




これで完結となります。


また違う作品も書いていこうと思うので、よければそちらも楽しみにしていただけると幸いです


リクエストなどあれば受け付けます(書けるかどうかは別)


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