野球神様に誘われて人生やり直しました ~パワフルプロ野球の世界に転生~ (駿州山県)
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【序章】 パワプロアプリの世界へ転生

初めまして。
今日から実況パワフルプロ野球の2次創作を書きます駿州山県と申します。

つたない小説ですが、よかったら読んでくださいね。


 

「またダメだったか……」

 

大学四年になり就職活動を開始したものの、何十個と言う会社に落とされていた。

対策はばっちり練ったおかげでエントリーシート,筆記試験はばっちりなのだけど、面接になると途端に上手くいかない。

それもこれも特技の欄が問題だ。

高校,大学と野球にだけ打ち込んできたのだから野球と書ければいいのだけど、高校野球でピッチャーとして挫折してトラウマになってマウンドから投げれなくなり、大学に入って野手に転向するも慣れない動きで体を悪くしてしまい腕が肩から上がらなくなった。

病院にもかかったが長いリハビリが必要だと言われ、つまり野球人生が終わってしまったのだ。

特技に野球と書くとどうしてもこのことを思い出してしまい急にうまく話せなくなる。

他の特技を書こうにも野球だけに打ち込んできた結果、書けるものがなく話が詰まってしまう。

一度上手く行かなくなるとその雰囲気を後に引きずってしまい、それが何度も続いて連戦連敗と言った状態だった。

 

高校の時に戻れたらな……。

もう何度思ったことかわからない。

高校最後の甲子園。俺はピッチャーとしてマウンドに上がり、チームを勝たせてきた。

言い過ぎじゃないかって? そんなことはない。常に失点は0~2点に抑え、地区最優秀投手とまで言われてきた。

だが地区予選決勝戦、最後の一人で指を球から滑らせてしまいど真ん中に失投。

相手の打者はこれ見よがしに気持ちよく振り抜き。サヨナラ逆転ホームランを許してしまった。

それまで欠かさなかったロージンを忘れていたし、手が汗で濡れていたことにさえ気づいていなかった。

少しでも冷静さを欠いていなければ優勝していたのは俺たちで、甲子園での活躍も約束されていたはず。

 

気づけば頬を涙が伝い、首まで流れ落ちていた。

もう選手として関わることができない野球。だけど俺の野球への愛はまだ消えてない。消せない。

どうすればいいのかわからない人生に絶望していると、急に囁くような声が聞こえてきた。

 

『じゃが神様は見捨てておらんぞい』

 

とうとう幻聴まで聞こえるようになった。そう思った。

 

『いやいや、待て待て。

 幻聴ではないぞ。ちゃんとお前に話しかけておる』

 

しかし辺りを見渡してみても誰もいない。

俺に話しかけているのなら、なぜ姿が見えない?

 

『わしはとあるゲームの世界で野球神と呼ばれておる。

 神は姿を現すことはできんのじゃ』

 

声の主……野球神と言うらしい、はそう言うとふぉっふぉっふぉと楽しそうに笑った。

 

『わしはの、野球が大好きなんじゃ。

 そして皆に野球を好きになってもらいたい。

 お主の野球に書ける思い、とてももったいなく思う。

 じゃから、わしの世界にお前の転生させようと思うのじゃ』

 

あんたの世界? だが俺はもうダメなんだ。腕が肩より上がらなくて……。

 

『安心するがよい。

 お前がするのは転移ではなくて転生じゃ。

 体はいたって健康なものなのじゃ』

 

なんだって?! なら、いますぐでも……。

 

『ふぉっふぉっふぉ。そう言うと思ってな、すでに転生中じゃわい』

 

気づくと俺の体はすでに見えず、ただひたすら真っ白な世界にいた。

そして意識が薄れていった。

 

『ああ、そうじゃそうじゃ。

 言い忘れたが当然能力は初期の……。

 しまった、もう遅かったの。

 まああやつなら大丈夫じゃろう』

 

最後に何か言われた気がしたが、俺の耳にはもう何も聞こえていなかった。

 

 

 

時は甲子園の地区予選決勝。覇道高校対パワフル高校の9回裏ツーアウト。3対0で負けている。

相手投手は去年から活躍している地区ナンバーワンピッチャーの木場だ。

パワフル高校はほとんど何もできないまま9回まで来てしまった。

木場も疲れていたのか9回裏でコントロールを乱し、なんとか満塁まで持ち込むことができた。

そして俺の打席だ。

木場の第一球は奴の得意球の爆速ストレート。しかしコントロールが乱れど真ん中。

そこにありったけの力を込めバットを振りぬくと、球はレフトの頭を越え更に球場の外に着地した。

サヨナラ満塁逆転ホームランだ!

右手の拳を握りしめ、高く上げながらダイヤモンドを回る。三塁を回りホームベースを踏んだところで思い出した。

あれ? 俺の右肩、高く上げてる?

 

『ちょっときみきみ、話の途中で寝ないでくれるかな?』

 

なんと夢だった。しかも、良いところで起こしてくれるなよ!

俺が味わえなかった地区予選の優勝だったんだぞ!

 

『いい夢見てたみたいだね。

 しかし、君本当に良い身分だね。

 この野球神様の代理、安内なみきの説明の途中に寝るなんて!』

 

そうだった。

俺は野球神の代理を自称するこいつに、これからの人生について説明されていたところを寝てしまっていたのだ。

だって転生とかよくわからないことばっかり言うから……。

 

『仕方ないなあ。もう一回説明するね?

 君には実況パワフルプロ野球と言うゲームの世界で、高校生活をやり直してもらいます。

 野手でも投手でも、好きなポジションにつけるから自由に選んでね』

 

やり直せる、投手、と言う言葉のところで胸がズキンと痛んだ。

 

『じゃあ、ものは試しだ。

 早速サクセスモードいってみよう!』

 

安内なみきがそう言うと、視界が急に反転した。

俺の視界にはデッキと言う文字が見えている。

 

『あ、そうそう。

 今回はお試しだからポジションは1塁手で決定ね』

 

1塁手と言われて正直ほっとした。

投手と言われたらどうしていいかわからなかった。

 

『で、このデッキってやつなんだけど。

 イベキャラと呼ばれるキャラクターを組み合わせたものなんだ。

 まだ君は矢部昭雄ってキャラしか持っていないから、ガチャを一回引いてみようか』

 

そう言うと、急に犬の形をしたピッチングマシーンが現れ、俺に向けて球を飛ばしてきた。

なぜか手に持っていたバットでその球を打ち返すと、球は地面にぶつかって割れた。

そこから出てきたのは、星井スバルと言う名前のキャラのカードだった。

この星井スバルと言うキャラはどうやらピッチャーらしい。

 

『じゃあ、引いたキャラをデッキに加えるね。

 デッキに加えるとチームメイトとして一緒に野球で戦えるからね。

 これからどんどんキャラを集めて、君だけのデッキを完成させてね』

 

安内なみきがそう言い終えると俺の視界が切り替わった。

 

『サクセスモードにはアイテムを持ち込めるんだ。

 アイテムを持ち込むとサクセスを有利に進めることができるからね』

 

アイテム。なんだろう? お高いグローブとか、練習器具とかかな?

 

『じゃあ、実践に入るよー。

 最初は練習の仕方を教えるね』

 

練習の仕方って……バカにしてるのか?

練習くらい一人でできるし!

 

『いやいや、違うんだよ。

 ここは現実の世界じゃなくて、パワプロの世界!

 練習の仕方も異なるからちゃんと知ってね』

 

そうだった。ゲームの世界だって話だった。

最初の練習は打撃練習。俺が打撃練習に向かうと、すでに練習してるやつが二人いた。

……全く同じ顔をしている。双子?

もくもくと打撃練習をしていると、眼鏡をかけた人物が近づいてきた。なぜか後ろに犬を連れている。

 

「君がパワプロくんでやんすか?

 自分は矢部昭雄と言うでやんす。

 こっちの犬はガンダー。

 よろしくでやんす」

 

それだけ言うと去っていった。

なぜ練習場に犬を連れて……? 彼に聞きたかったが、すぐさま安内なみきから話しかけられた。

 

『練習すると経験点って言う形で君が成長できるポイントが手に入るんだ。

 じゃあ早速成長してみよう』

 

俺の気持ちなど無視する形で進められた。

今回手に入った経験点は筋力,技術,精神の3つだ。

この3つを使ってあげられるのは……ミート? 他にも上げられそうなやつもあるけど、今はこれしかあげられないみたいだ。

ミートを2つほどあげて数値が30になった。Fと書いてある。これはランクかな? Aが最も高そうな感じだ。

 

『無事上げられたみたいだね。

 こうやって能力を上げて成長していくんだよ。

 どう? 現実の世界とは違うでしょ』

 

本当に全然違った。成長が目に見える形にあると言うのは成長を実感できて良いと思えた。

 

『次は休んでみよう。

 ほら、体力ってゲージが見えるでしょ?

 あれが低いと怪我をしちゃうから気を付けてね。

 あんまり体力が低い状態で練習すると、ただの怪我じゃ済まないからね?』

 

肩を壊した時のことが思い出された。

もうあんな思いは絶対にしたくない。絶対に体力が低い状態で練習はしないと誓った。

 

『最後に実践だよ。

 相手のピッチャーがボールを投げてくるからしっかり打ち返してね』

 

言われると、俺はメットをかぶった状態で打席に立っていた。

マウンドには青いユニフォームのキャラがいる。

相手が両腕を振りかぶると、なぜかどこに投げてくるかがわかった。

と言ってもど真ん中、なめてんのか! と余裕で打ち返してやる。

間違いなくヒット判定。それもツーベース。よっしゃ! と思ったが、相手はまだ投げて来る。

何度か投げてきた球は全て外野まではじき返してやった。

棒球みたいなストレートばっかり投げてくるもんだから、最後のほうはいらついてファウル気味だった。

危ない危ない。

 

『これで僕からの説明は全て終わりだよ。

 これから頑張ってね』

 

安内なみきが言い終えると、俺の意識は急激になくなった。

 



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1章 1話 パワフル高校1

物語は基本的にパワプロアプリに沿って進めます。
パワプロアプリと内容に差があるのは、オリジナル性を入れてあるためです(って言っていいものか)


俺の名はパワプロ。

子供の頃からの親友のスバルと一緒にプロ野球選手を目指していた。

だけどスバルは親の都合で転校してしまった。

いつか二人でもう一度会って甲子園を目指そう。そう誓って別れた。

あれから十年近く経ち、高校2年。

俺はパワフル高校の一塁手として甲子園を夢見て日々練習に勤しんでいた。

 

……と言うのが今の俺の現状だ。

スバルはピッチャー、俺は野手で甲子園を目指す! あの時の思いを胸に、俺は今も野手として頑張っている。

前世の記憶も残っているけど、現世の記憶もばっちりある。

高校二年生の俺は甲子園の夏、俺はレギュラーに選ばれることもなかった。

ベンチで一生懸命応援したけど結果は一回戦負け。その前の年も一回戦負けだった。涙を流す上級生を前に、俺たちが最上級生になる今年こそ……そう、誓った。

 

 

 

キーンコーンカーンコーン。

 

おっと、ようやく退屈な授業が終わった。さ、練習だ練習。

俺は授業終わる前から準備していたバッグを背負い、すぐに教室から飛び出した。

 

「あ、パワプロくん」

 

「矢部君。今日も部室まで競争するかい?」

 

「もちろんでやんす。

 って言っても、一度としてパワプロくんがおいらに勝てたことはないでやんすけどね」

 

「ぐぬぬ……言わせておけば……」

 

そう、矢部昭雄(俺は矢部君と呼んでいる)は野球はそんなに上手くないくせにやたらと足が速い。

陸上をやっていたとかそういう話は一切聞かないのに不思議だ。練習もそんなに一生懸命してるわけじゃないのに。

その反対に俺は毎日サボらず、それどころか追加で練習をしているのに一向にうまくならない。

 

近くにいたやつのよーいドンの掛け声で、俺と矢部君は同時に駆け出した。

 

「誰だ! 廊下を走ってる奴は!」

 

そんな声も聞こえたけど知らんぷりだ。

2年生の教室は2階。階段を降りて下駄箱で履き替え、そこから運動場を遠回りして部室に向かう。

これがルートだ。

なんとか先行できた俺は、階段を降りるまで優位に立っていた。

 

(いける!)

 

いつもは矢部君に常に先行を許していたから、今日は勝てると思えた。

だが、矢部君の足の速さは運動場に出てからが本番だった。

 

「ふふ、パワプロくん甘いでやんす。

 おいらはいつも手を抜いてあげていたでやんす」

 

「なにぉー」

 

頑張ったがダメだった。

やはり矢部君は足が速い。そこだけは認めなければならない。

 

「じゃ、いつものパワリンよろしくでやんす」

 

「悔しい……!!」

 

しかも矢部君は息切れさえしてないのが余計に悔しい。

二人して部室のドアを開けると、俺たちより先に誰かがいた。

授業が終わり次第、最速で来たはずなのに一体誰が……。

 

「あ、小筆ちゃんでやんす!」

 

「小筆ちゃん?!

 どうやってそんなに早く……」

 

「きゃっ」

 

俺たちの大きな声に驚いてしまったらしい。

小筆ちゃんは野球部のマネージャーだ。

メガネをかけていて目がクリクリしている。中学生みたいな幼い顔をしていて、それでいて人見知りだ。

人見知りを克服するために野球部のマネージャーになったらしいのだが、未だに上手く溶け込めておらず悩んでいるらしい。

 

「小筆ちゃん、急に大きな声を出してごめんよ」

 

「ほんとでやんす。

 パワプロくんがごめんでやんす」

 

待てよ矢部くん。先に大きな声を出したのはお前だろう。

 

「い、いえ……。

 私こそ必要以上に驚いてしまってすいません。

 あの、そ……それ……」

 

小筆ちゃんは日誌で顔を隠しながらデスクの上を指さした。

 

「監督からの伝言?」

 

「遅刻します。って書いてあるでやんす。

 あの監督またでやんすか……」

 

うちの監督ははっきりいってやる気がない。練習さぼってパチンコに行ってるってもっぱらの噂だ。

けどその代わり小筆ちゃんが練習メニューも考えてくれていて、なんとか野球部が成り立っている。

 

「ほんと小筆ちゃんさまさまだよな」

 

「い、いえ……私、しつれいします!」

 

小筆ちゃんは恥ずかしくなったようで部室から逃げるようにいなくなってしまった。

これさえなければ本当によくできたマネージャーなんだけど。

出て行った小筆ちゃんの代わりに小田切が入ってきた。

小田切は1年生選手だ。1つ年下とは思えないほど守備が上手い。俺も毎日見習っているが、追いつくどこから突き放されている。

 

「プロ選手の本を読んでいたら遅くなっちゃって」

 

ケラケラと笑いながらそういう小田切には、仕方ないなと返すしかない。

小田切は場の雰囲気を和ます力がある。なんか怒れないんだよな。

その後、練習着に着替えた俺たちはグラウンドに集合した。

 

「あれ? 宇渡くんがまだでやんす」

 

宇渡と言うのは1年生ながらもレギュラーを勝ち取った我が校きってのパワーヒッターだ。

ただとても弱気なのが玉に瑕でちょっとのことでも逃げるような行動をする。

 

「いやぁ、スマンスマン。

 みんな集まっとるな」

 

遅れてようやく監督がきた。

ほんとこの高校は真剣味が足りないよな……。

 

 

 

監督の今月の方針は攻撃力のアップらしく打撃練習をよく見に来ている。

だから今週は打撃練習を集中して行うことにした。

俺は去年監督のダメさに呆れて、アピールするのを完全に怠っていた。

その結果練習試合にも出させてもらえず、補欠でくすぶっていたのだ。

だが今年はそういうわけにはいかない。

俺は鬼気迫る思いでバットを振った。しかし、俺の思いとは裏腹に打球はポテンヒットくらいしか飛ばなかった。

 

練習していると、ふと視線を感じた。

 

「パワプロくんも感じたでやんすか、

 影山さんの視線を」

 

いきなり後ろに矢部君が現れた。

 

「矢部君いつのまに。

 ところで影山さんって?」

 

「影山さんはプロ野球のスカウトでやんす。

 影山さんに注目されるとプロへの道が開けるでやんすからね。

 みんな普段から頑張ってるでやんす」

 

みんなが頑張ってると言う言葉はよくわからないけど、そういうことなら俺も頑張ろう。

アピールする相手が二人に増えた。だが、影山さんは姿が見えないのでどうやってアピールすればいいのかわからない。

とりあえずは監督へのアピールを目指そう。

 

 

 

「今日も疲れたでやんすね~」

 

「そうだね。

 もうちょっとで、なんて言うか……打撃のコツが掴めそうだったんだけどな」

 

「パワプロくん、それ先週も言ってたでやんすよ」

 

矢部君と他愛もない話をしながら練習を切り上げようとすると、練習場にまだ残ってる宇渡が目についた。

 

「今日はガンダーロボの再放送があるので

 早く帰るでやんす~」

 

矢部君はアニメの再放送求めてさっさと帰ってしまった。

俺は残って打撃練習している宇渡が気になった。

あいつパワーはあるんだけど、いまいちミートが上手くないんだよな。

 

「宇渡、残って練習か?」

 

俺が声を掛けると、宇渡は疲れた顔をしていた。

 

「あ、先輩……。

 毎日ヒット以上の当たりを10本出してから帰るんだけど今日は調子が出なくて……」

 

ただでさえ弱気な宇渡だ。

上手く行ってないときの気持ちの落ち込みは相当だろう。

 

「宇渡、お前が納得するまで手伝うよ」

 

「ありがとう先輩!」

 

上手く行ってない時の辛さはよくわかってる。だから、応援してあげたくなったんだ。

俺の手伝いが上手く行ったのか、その後宇渡はホームランをたたき出し、無事10本のノルマを達成した。

 

 

 

「パワプロくん、聞いたでやんすか?

 今日転校生が来るらしいでやんす」

 

「なんたってこんな時期に」

 

「しかも、あの覇堂高校からの転入と言う噂でやんす」

 

「なんで覇堂高校から転入してきたのかわからないけど、これは戦力アップになるね!

 早速声を掛けに行こう!」

 

転入生は隣のクラスとのことで、休み時間に早速矢部君と見に行った。

 

「あのイケメンの彼でやんすね。

 早速女の子に囲まれてるでやんす」

 

みんなが群がっていてよく見えないな、もうちょっと近づいてみよう。

群がる人を押しのけて、見に行くと……あれ? どっかで見た顔だ。

 

「あれ? もしかしてパワプロか?」

 

「えっ……スバル?!

 覇堂高校からの転入生ってスバルだったのか!」

 

まさか幼いころに分かれたスバルとこんなところで会うなんて。

 

「パワプロくん、知り合いだったでやんす?」

 

「そうなんだ。

 スバルとは子供の頃一緒に野球をしてたんだ」

 

スバルが俺との会話を優先してくれたことで、スバルに群がっていたやつらは若干距離をおいてくれた。

 

「本当に久しぶり。

 まさか君がここの生徒だとは知らなかったよ」

 

「じゃあ、子供の時の一緒に甲子園に行く約束が叶えられるな!」

 

スバルが投手で俺が野手。それで甲子園を目指す。子供の時に誓ったあの思いがよみがえった。

 

「……すまない。

 実はボクはもう野球はやめたんだ」

 

なんだ……って……。

 

「そういうことだから。じゃ」

 

「星井くーん」

 

「えー、ちょっと待ってよー」

 

それだけ言うと、スバルは逃げるように去って行ってしまった。

スバルに群がっていたやつらはそのままスバルを追いかけてついていった。

 

そんな……あんなに野球が好きだったスバルが……。

落ち込んでる俺に矢部君が今日メガネを変えたとか言ってきたけど正直どうでもよかった。

スバルとはもう一度話す必要がある。あいつが野球をやめた理由があるはずだ。それを突き止める!

そう誓った。

 

 

 

それから一ヵ月経った。

いつもの通り、授業が終わって部室まで矢部君と競争しようとしていると、帰ろうとするスバルを見つけた。

 

「矢部くん、すまない!

 先に言っててくれ!」

 

「パワプロくん、勝負を投げたでやんすか?

 パワリンおごりでやんすからね」

 

矢部君あまい。これは不戦勝ではなくノーゲームだ。負けていないのにパワリンを驕るはずないだろう。

俺はスバルを追いかけた。

 

「スバル」

 

俺はスバルの肩を掴んだ。

スバルの右肩は膨張しているように筋肉がついていた。

スバルは野球を辞めてない……そう確信した。

 

「どうして野球を辞めたんだ!

 あの覇堂高校で野球やってたんだろ!

 野球部で何かあったのか?」

 

「……キミには関係ないことだよ」

 

「待て! 逃げるな!」

 

ビクッ。

スバルの体が一瞬痙攣した。

 

「もう……ボクに構わないでくれ!」

 

スバルは走って行ってしまった。

速い……あの肩と言い足の速さと言い、絶対に野球を辞めてない。

逃げるなと言った時のあの反応……何か関係あるのか?

そう思ったが結局のところわからなかった。

 

 

 

最近練習が楽しい。

急に成長できるようになった。今までどんなに練習しても全く成長しなかった。

だが夏の甲子園が終わってから、急に成長するようになったのだ。

能力も、オールFに届いていなかったのがようやくオールFになった。

Fと言う能力は、おそらく今の野球部の中で最低クラスだと思う。

だけど成長できるようになったと言うことは未来がある。

俺はパワフル高校を野手として甲子園に導く! 改めて俺は気合を入れなおした。

 

 

 

あれからまた一ヵ月経った。

隣のクラスに行っても休み時間は女子に囲まれていてスバルに近づけない。放課後向かってもスバルはすでにおらず、話しかけるチャンスさえなかった。

俺は練習に打ち込むことしかできず、悶々とした思いで過ごしていた。

 

(くそ……スバルと話したいのに……)

 

考え事をしていたせいか、打撃練習の結果も思わしくない。

 

「先輩、気が散りすぎじゃないっすか?

 練習に実が入ってないみたいですよ」

 

そんな俺に小田切が話しかけてきた。

 

「あ……ああ……お前の言う通りだ。

 気を付ける」

 

気づけば周りのみんなが俺を見ていた、どうやら小田切はみんなに代わって声をかけてくれたらしかった。

 

「ところで、あの人なんなんすかね。

 さっきからずっと練習を見てるんですけど」

 

小田切の見ている方を向くと、そこにいたのはスバルだった。

スバル……俺の練習を見ていた?

 

「スバル!」

 

俺が声を掛けると、スバルは逃げ出した。

 

「待ってくれスバル!」

 

相変わらずスバルは足が速かった。だが、俺だって怠けていたわけじゃない。

……スバル! スバル! 練習によって俺の足はちょっとだけ速くなっていた。

それでもスバルがずっと練習していたなら追いつけなかったかもしれない。

だが、スバルはこの二カ月何もしていなかった。だから俺なんかに追いつかれたんだろう。

 

「ハァ……ハァ……スバル……」

 

「ハァ……まさか君に追いつかれるなんて……」

 

スバルに追いついたけど、なんて声を掛けたらいいかわからなかった。

何を言ってもまたスバルには逃げられてしまう気がした。だから……

 

「なあスバル。キャッチボールしないか。

 昔は毎日一緒にやっただろう」

 

スバルはしばらく黙っていたが、小さな声でつぶやいた。

 

「まあ……それくらいなら」

 

俺たちは練習場に戻ると、みんなの練習の邪魔にならないようにグラウンドの外でキャッチボールをした。

ゆっくりと投げるボール。そしてゆっくりと投げ返されるボール。

 

「こうしてキャッチボールしてると昔のこと思い出すよな」

 

最初は黙ってキャッチボールしてるだけだったけど、なんとなく昔のことを思い出してそう言ってしまった。

しまった! と思ったけど、意外にもスバルは返事をしてくれた。

 

「うん、あの頃はただ野球が楽しかった」

 

スバルの言ってることは間違いないと思えた。上手いとか下手とか関係なく、ただただ野球ができることが楽しかったんだ。でも、今は違うのかもしれない。

きっとまた野球がやりたくなったらスバルは戻ってくる。高校が無理だって大学がある。

だから、スバルの今の気持ちを優先することにした。

 

「俺さ、お前とのあの時の時間が今でも宝物なんだ。

 あの時の約束も……だから、俺絶対に甲子園行くよ!」

 

今までの緩い球から、目いっぱい力強く投げた。

俺の投げた球はスバルのグローブに吸い込まれ、気持ちいい音を立てた。

 

「キャッチボールしてくれてありがとな」

 

それだけ伝えた。

今の俺は甲子園に行く実力が足りない。だからただ練習あるのみだ、そう思って練習に身を入れた。

 

 

 

翌日朝練に向かうと、誰かが投球練習をしていた。

あれ、誰だ? あんな速い球を放るやついたっけ。

そう思って近寄ると、俺を見つけたキャッチャーが近寄ってきた。

 

「パワプロ!

 投球練習したいって言うからキャッチャーを

 買って出たけど……俺には無理だよ!」

 

そいつはそう言って、キャッチャーの防具を脱いで逃げていった。

あいつは確か外野だったよな。あの速さの球を受け止めるのは大変だろう。

 

「全く困るなあ。

 まだ数球しか投げてないのに」

 

この声……。

俺が固まっていると、

 

「流石元覇堂高校の選手でやんす」

 

それってやっぱり……。

 

「朝一番で入部届を受け取りましたよ」

 

いつの間にか近寄ってきていた小筆ちゃんが俺に入部届を見せてくれた。

星井スバル そう書いてある。

 

「パワプロ、ゴメン。遅くなったよ。

 ボク、あの時一緒に誓った夢、やっぱり叶えたいみたいだ」

 

帽子を深くかぶって、照れ臭そうにしたスバルがいた。

 

「君とキャッチボールして思い出したんだ。

 楽しく野球をしていたあの頃を。

 だから……ダメかな?」

 

「良いに決まってるだろ!

 ちょうどうちにはピッチャーがいなかったんだ」

 

そう、なぜか偶然だがうちの野球部にはピッチャーがいなかった。

今いるピッチャーは他の守備位置でレギュラーから外れたやつがやっていた。

 

「そうか、じゃあ頑張らせてもらうよ。

 ところで……1つ相談があるんだ」

 

途端にスバルが真面目になった。

 

「なんだ……どうしたんだ?」

 

「実は、二ヵ月のブランクが気になって。

 だからボクと勝負してくれないか?」

 

なんてことはない、スバルはブランクを気にしていただけだった。

 

「じゃあ、とりあえず勝負するか!」

 

俺はスバルと勝負をすることになった。

勝負は10球、4割打てたら俺の勝ち。それ未満ならスバルの勝ちだ。

 

「本気で行くからね。君も本気できてくれよ」

 

スバルはそう言ってマウンドに行った。

本気ってどういう意味だろう。当然本気を出すつもりだった。

 

 

 

結果、10球中7球がヒット性の当たりだった。

 

「うーん……ブランク二カ月あるし、こんなもんか?」

 

ストレートはそこそこ早かったけど、現役時代に投げていた俺のストレートのほうが早かったと思う。

 

「そうだね……これから鍛えなおす必要があるよ」

 

スバルはハハハと笑うと、練習をするためにブルペンへ向かった。

いつものスバルと違う気がした。

 

 

 

スバルが入部してから一ヵ月が過ぎた。

俺の能力は更に上がって、1つだけDになった。

だがチームの雰囲気がよくない気がする。

頑張ってるのは俺とスバルの二人だけ、そんな状態だ。

 

「なあ、みんな。今日の練習はこれで終わりにしないか?」

 

練習前のミーティングで、スバルがいきなりそんなことを言い出した。

 

「スバル、なんでだ!

 練習量だって全然足りてじゃないか!」

 

「パワプロ落ち着いてくれ。

 覇堂高校の頃の友達から、今日覇堂高校が練習試合をすることを聞いたんだ。

 だから、見に行かないか?」

 

なんだ、そういうことか。まさかスバルまで……と思ってしまった。

 

「良い提案だ。是非行こう!」

 

俺は即肯定した。

運よく、覇堂高校は隣の学区だ。

走って行けば30分もかからない。

 

「みんな、行くぞ!」

 

そう声をかけて走ったものの、俺はチームの中で中盤くらいの位置にいた。

一番先頭を走っているのは矢部くんだ。

どんどん差をつけられ、10分もすることには矢部君の姿が見えなくなっていた。

 

「ハァ……ハァ……やっと着いた。

 で、練習試合は……あれ? やってない?」

 

やっと着いた覇堂高校のグラウンドでは試合は行われていなかった。

練習試合は急遽中止になったのかな?

 

「パワプロくん……」

 

やっと覇堂高校に着いた俺に矢部君が話しかけてきた。

 

「覇堂高校は……去年のベスト8校にコールド勝ちでやんす……」

 

「なんだって!」

 

「おいらが着いた時にはすでに五回裏だったでやんす。

 最後は木場が三者三振で抑えたでやんす……」

 

木場……地区ナンバーワンピッチャーと噂高いあいつか。

俺は木場の顔は見たことない。だけど名前は有名だ。

野球雑誌に取り上げられたこともあるらしい。

 

「そこにいるのは星井じゃねえか?

 久しぶりだな」

 

急に柄の悪いやつが話しかけてきた。スバル……悪そうなやつは大体友達……?

変な想像を巡らせていると、ガラの悪そうなやつはスバルに近寄って絡み始めた。

 

「試合見に来たんなら声くらいかけろよ。

 そうそう、俺今日の練習試合の奪三振10だぜ。

 どうだ、すごいだろ」

 

去年のベストエイト相手に五回で奪三振10……まさかこいつが……木場。

俺は初めて見る木場にプレッシャーを受けている気がした。

俺の現役時代でも五回で奪三振10なんて数字はほとんどたたき出したことがない。

俺は木場を威嚇するように睨みつけたが、木場は俺なんてどこ吹く風でスバルの首に腕を掛けて更に絡み始めた。

 

「急にいなくなったと思ったらパワフル高校に入ってたのか。

 そっちじゃお前程度でもエースになれるのか。

 まあ試合で当たったらよろしくな」

 

「お前元チームメイトだろう!

 スバルになんて口をきくんだ!」

 

俺は木場のスバルへの態度に頭にきて、誰より先に叫んだ。

 

「ああ? なんだお前。

 んー……ああ、そうか。知らないのか。

 スバルはな、逃げ出したんだよ。

 この俺とのピッチャー争いにな」

 

スバルが……逃げた?!

あの時、俺の逃げたと言う言葉にびくっとしたスバルがようやくわかった。

スバルはこいつから逃げたんだ。きっとピッチャーとしての格を見せつけられて、どうしようもなくなくなってそれで逃げてしまったんだ。

 

「こいつは負け犬だ。

 もっとやるやつだと思ってたんだけどな、残念だよ」

 

木場は心底スバルを見下したような顔で、暴言を吐く。

スバルを貶めるのは許さない! そう思って反論しようとしたところ、

 

「……違う……ボクは……」

 

スバルがか細い声を出した。消え入りそうな声だ。

こんな弱いスバルは初めてみた。

 

「スバル……」

 

「……っ!」

 

スバルは走り去ってしまった。

なぜか足が動かず、走り去るスバルを見送ることになってしまった。

 

「さ、帰れ帰れ。

 今日はもうおしまいだ」

 

木場の言葉で我に帰った俺は、木場に言いたかったことも言えずにそのまま帰路についた。

 

 

 

「スバルくん……大丈夫でやんすかね」

 

帰り道、矢部くんがぼそっと呟いた。

 

「……俺、スバルに会ってくる!」

 

いてもたってもいられなかった。

あの頃の俺は、甲子園に行けなかったのは自分のせいだと思っていた。

なぜかチームメイトは誰も俺には声をかけてくれなかった。

きっと、俺は一人で野球をしていたんだ。だが、現世では違う。

一緒に野球をやる仲間がいる。

一緒に甲子園を誓い直したスバルがいる。だから、スバルに声をかけないと。そう思えた。

 

スバルの家に行くと、スバルは帰ってなかった。

 

「多分、近くの運動公園じゃないかしら。

 あの子たまに練習が終わった後も一人で何かしてるみたいなのよ」

 

練習が終わった後も?

スバルがそこまで頑張ってるなんて知らなかった。

もしかして、木場への思いを払拭するためだったのかもしれない。

俺は今スバルがどんな気持ちでいるか考えながら運動公園に向かった。

運動公園に着くと、一人壁当てをしてるやつがいた。

歩いて近寄って行くと、スバルは俺が来たことが分かったのか壁当てをやめた。

 

「パワプロ、ボクの話を聞いてくれるか?」

 

「ああ……」

 

悲壮な顔をしたスバルは、ぽつりぽつりと昔のことを話し始めた。

子供の頃、俺と別れたスバルは引っ越し先でリトルリーグに入った。

人一倍練習して、なんとチームのエースで四番になったらしい。

才能もあったのだろう、スバルの成長は目覚ましく中学では大活躍をしたらしい。

だが高校を目前に親の転勤があり、こちらに引っ越してきた。

野球の強い高校である覇堂高校を受け、無事入学したものの……そこであの木場にあったらしい。

最初は木場との力関係もそれほどなく、良いライバル関係として競い合っていたようだ。

しかし木場との実力は少しずつ離れて行き、ある日その差は圧倒的なものとなってしまった。

紅白戦での投げ合いの結果、スバルは味方のエラーも相まってピンチに陥り、結果5対0.

その後、逃げ出すようにしてパワフル高校へ転入してきたと言うことだった。

 

「すまない。

 君にこんな自分を知られたくなくて……」

 

スバルの声は俺にかろうじて聞こえるほどに小さくなっていた。

俺はかつての自分とスバルを重ねていた。

ピッチャーを逃げ出した自分、野球を逃げ出したスバル。似ているものがある。

だけど、あの頃の自分とは違う。スバルにはまだ取り戻せるものがある。

 

「スバル、一度負けたからってなんだ!

 次に勝てばいいじゃないか!」

 

「あの木場に勝つことなんてできやしない。

 ベスト8相手に完勝してたんだ。

 今のボクには彼を越えられる力は、ないよ……無理だ」

 

「お前は、まだ本当にダメになっていない!

 野球人生が断たれたわけじゃないだろ!」

 

「え……?」

 

あまりの俺の気持ちの入りようにか、スバルは驚いていた。

 

「球を放れなくなったわけじゃないだろ!

 腕が痛むわけでもない!

 なんで投げれるのに、もっと投げないんだ!

 練習をしないんだ!」

 

「パワプロ……?」

 

スバルは俺の目ではなく、頬を見ていた。

俺の頬には温かいものが伝っていて……そうか、俺は涙を流していたんだ。

 

「無理なんて言わなくでくれ!

 お前はもう一度立ち上がってくれたじゃないか。

 それに……」

 

「野球は一人でやるものではないでやんす」

 

え……矢部くん……?

いつの間にか俺たちの周りには矢部くんたちチームメイトがいた。

俺の最後の言葉は矢部くんに持っていかれた。

 

「へへ……全部聴いていたわけではないでやんすが、

 なんとなくわかったでやんす。

 あんまり真面目に練習してたわけではないおいらたちが言うのもアレでやんすが、これからは気持ちを入れ替えて頑張るでやんす。

 だから、スバルくんも……」

 

矢部くん……なんで君は一番いいところを全部持ってっちゃうんだい。

 

「矢部くん、君は木場のすごさを見ていたんだろう?

 なんで諦めないでがんばろうなんて言えるんだ」

 

「おいら、毎日パワプロくんと部室まで競争してるでやんす。

 パワプロくんはおいらよりはるかに足が遅くて、はっきり言って手加減をしてるでやんす」

 

おい、待て……今それを言う必要があるのか。

 

「……だけど、毎日少しずつタイムが縮まってきてるでやんす。

 だからおいらも、練習終わった後走り込んで足に磨きを

 かけてるでやんすよ。

 きっと木場も同じ気持ちに違いないでやんす。

 スバルくんに追いつかれまいと必死でやんす。

 後は根性と、本人たち以外のところで追い越せばいいでやんす」

 

「そうか……そうだね。

 僕は木場の追いつかれまいと言う気持ちに負けてしまったんだ。

 だけど……もう一度頑張るよ。

 甲子園までの間に、木場に追いつくことはできないかもしれない。

 だけど、精いっぱいがんばる。

 だから頼むよ。パワプロ、ボクをサポートしてくれ」

 

「ああ、もちろんだ。

 絶対に勝とう」

 

良いところを全て矢部くんに横取りされてしまったせいで俺の中では微妙な気持ちになってしまったけど、スバルが立ち直ってくれてよかった。

 

 

 

「みんな、聞いてくれ!」

 

翌日の練習前、ミーティングの時にスバルがみんなに声をかけた。

 

「覇堂高校にいたボクだからわかることがある。

 それは、練習量が圧倒的に不足してると言うことだ。

 だから……新しい練習メニューを立ててみた。

 小筆ちゃん、頼むよ」

 

スバルがそう言うと、小筆ちゃんがみんなに紙を配った。

 

「ボクの覇堂高校での経験と、小筆ちゃんの計画で各自それぞれに合った練習メニューを作った。

 打倒覇堂高校のため、この練習をこなして欲しいんだ」

 

すごいぞスバル……一日にしてここまで立ち直れるなんて。

スバルの成長に俺が感動していると、どこからともなく声が上がった。

 

「えー。今でも辛いのに、まだ増やすのー」

 

その言葉で場がシーンとしてしまう。すぐに言い返さないといけないのに、なぜか俺の口からは言葉が出なかった。

 

「なんてことを言うんですか!」

 

一番最初に反論したのは……まさかの小筆ちゃんだった。

 

「覇堂の木場さんは、他の人の二倍練習してるんです!

 星井さんは、その木場さんより更に多くの練習をしようとしてるんです!」

 

木場が他の奴の二倍?

通りですごいはずだ。しかも、スバルはその木場を更に超える練習をしようとしていたなんて。

木場に追いつくには、木場を超えるには、木場より多くの練習が必要なんだろう。

だから自身には一番厳しいノルマを課していたんだ。

そして、それを小筆ちゃんだけが知っていた。

 

「小筆ちゃん……」

 

「はっ……わたし……っ!」

 

小筆ちゃんの大きな声なんて初めて聴いた気がする。

ただ、大きな声を出したと言うことに恥ずかしくなってしまったのか、小筆ちゃんは逃げるように部室からいなくなってしまった。

 

「みんな……やってみないか?」

 

俺はなんとか声を振り絞った。本当なら、もっとスバルに共鳴するようにみんなに声を大にして言いたかったのに。

沈黙が場を制す中、最初に声を出したのは矢部くんだった。

 

「これだけの練習をしたら、おいらもっと足が速くなりそうでやんすね」

 

なんとも矢部くんらしい、冗談ぽい言い方だ。

 

「この練習、プロ野球選手と同じ練習方法が取り入られていていいですね」

 

次に声を発したのは小田切だ。いつも通りの軽いチャラさがある。

 

「毎日打撃練習だけは取り入れて欲しい」

 

そして宇渡。お前はそればっかりだな。

その後は俺も俺もと、最終的にチームメイトみんながスバルの意見に合意した。

新生パワフル高校野球部が誕生した瞬間だった。

 



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1章 2話 パワフル高校2

パワフル高校の第二話になります。
あんまりおもしろくないかもしれませんが良かったら読んでください。
なお、ストーリーはメインストーリーに沿っています。
多少のオリジナルは加えています。


 

スバルと小筆ちゃんの計画した練習スケジュールをこなした結果、俺の能力はCになるものも出てきた。

足は相変わらずFで、未だに部室までの競争で矢部くんに勝てたことがない。

そんな話をスバルとしていたら、スバルが急に笑い出した。

 

「ふふふ……」

 

「どうしたんだスバル?!」

 

真面目な顔で俺の愚痴を聞いてくれているのだと思ったのに、いつもと違うスバルに驚いた。

 

「ごめんごめん。楽しくって、つい。

 覇堂高校の時は、みんな己を高めるの必死で、こんな風にチームメイトと話し合って笑い合うことなんてなかったからさ」

 

「……それだ」

 

「え?」

 

「それだよ、スバル!

 俺たちは覇堂高校と同じことをしても、きっとダメなんだ。

 俺たちなりの方法で勝つ努力をしないと!」

 

俺はすぐさまチームメイトを集めた。もちろん小筆ちゃんもだ。

 

「みんな、力を貸して欲しい。

 覇堂に勝つためには練習だけじゃダメな気がするんだ。

 だから、俺たちにしかできない力を高める方法をみんなで考えて欲しいんだ!」

 

俺は全員が集まった部室で、大きな声で呼びかけた。

 

「急にそんなこと言われてもな……」

 

シーンと静まった中、珍しく宇渡が最初に声をあげた。

 

「俺、パワーはあるんだけどミートが悪くてさ」

 

「それで?」

 

「あ、うん……」

 

言いかけた宇渡が急に黙ってしまった。一体どうしたんだろう。

 

「もしかして、弱点を克服したいのかい?」

 

「そっ……そうなんだ!」

 

宇渡の言葉に反応したのはスバルだった。おそらく、チームの中でもっとも弱点……トラウマを克服したい人物だ。

だから宇渡が言いたいことに気づけたに違いない。

弱点を克服すると言うことは、一度自分の弱点をさらけ出すと言うことだ。

 

「それなら、長所も伸ばせるといいっすね」

 

小田切の言うことももっともだ。

 

「弱点を減らして長所を伸ばすか。

 間違いなくいいことなんだけど、そう簡単なことじゃないな……」

 

みんなの長所、短所を見つけるために時間を費やすか。

その間の練習が止まってしまうが、これを最初にやらなければ意味がない。

みんなどうすればいいか考えてこんでしまった時、

 

「あっ……あの!」

 

小筆ちゃんだった。小筆ちゃんは先日のスバルの件依頼、徐々に声を大にして意見を言えるようになった。

 

「これ……役に立てないでしょうか」

 

「ん? どれどれ……」

 

小筆ちゃんが出したのは、小筆ちゃんのノートだった。

中には、小筆ちゃんの書いたであろうポエムがたくさん書いてあった。

 

「ポエム?

 これをどう役立てればいいの?」

 

みんなを代表して俺が言うと、小筆ちゃんは驚いたような顔をした後、顔を真っ赤にして

 

「すいません! 間違えました、こっちです!」

 

別のノートを出してきた。

どうやら先ほどのは……小筆ちゃんの黒歴史に違いない。

見なかったことにしておいてあげよう。

 

小筆ちゃんが出しなおしたノートに書いてあったのは、それぞれの長所と弱点だった。

 

「私、皆さんの役に何か立てないかって思って。

 ずっと書き溜めてたんです」

 

「すごいぞ……練習での癖だけじゃなく、試合での動きまで書いてある!」

 

小筆ちゃんのノートに、一人1ページ分びっしり情報が書かれていた。

自分の分のページを見ると、ミート〇、その他ダメと書いてあった。

その他ダメって……そりゃまだFのステータスも多いけど、ひどい。

 

この時を境に俺たちはどんどん変わっていった。

矢部君は得意な足だけでなく、打撃もよくなった。

宇渡はミート撃ちの練習をすることで、打率も大きく上がり、そしてロジカルなトレーニングをすることでパワーもより高くなった。

スバルも、球速が上がり、更に変化球も球種が増えてキレがよくなった。

全て順調だ。しかし、まだ足りない気がする。

みんな自分の成長に喜んでいるのだが、俺だけがまだ不安だった。

 

「みんな、集まって下さい」

 

珍しく監督からの招集があった。

 

「なんでしょう、監督」

 

「来週から、合宿をします」

 

合宿……?

そんなこと今まで一度もしたことがなかったのに。

 

「えぇ、皆さんの頑張りを見ていたらですね。

 私も何かやらなくてはと、思いまして」

 

監督は急に後ろを向いた。照れ臭いのだろう。

しかし、誰も思わないのだろうか。合宿の費用はどこから捻出されたのかということを……。

 

 

 

合宿の場所は、県内の大学が持っている運動施設だった。

運動施設の横に合宿所も備えていて、良い環境で練習できること間違いない。

どうしてこんな場所がとれたのかと思ったのだけど、どうやらパワフル高校のOBにその大学の教授がいたらしい。

その教授を経由してなんとか借りることができたとのことだった。

ただし、ご飯の支度はチームメンバーだけで行うこと。これが条件だった。

 

全てのメンバーが一度は食事当番が当てはまることになり、俺はちょうど中日に当たった。

初日にスバルが食事登板になり、どうやって作ったのかわからないようなすごい食事を作ったことが話題になった。

あれはとても美味しかった……スバルにもう一度食事当番をと言う声も多数上がったが、スバルは一人しかいないピッチャーだ。

そんなことで練習量を減らすわけにはいかなかった。

そして俺の食事当番の日になり、毎回当番と一緒に食事を作っているマネージャーの小筆ちゃんと一緒に料理を作っていた時。

 

「パワプロくん……相談があるんだけど……」

 

野菜を切りながら小筆ちゃんが深刻そうに言ってきた。

周りを見たが、どうも俺にしか聞こえてないようだ。

 

「みんなに練習の説明をしたいんだけど、上手く行かなくて……」

 

小筆ちゃんは今までまともに人と会話さえおぼつかなかった。

それが、ようやくスバルの件を介して喋れるようになった。

だけど今まで会話をしてこなかったことによるコミュニケーション問題はそう簡単に片付くわけもなく……。

 

「なるほどね。

 じゃあ、小筆ちゃんも変わってみない?」

 

「え?

 私が、変わる……ですか?」

 

「そう、スバルも、俺も、みんな変わろうとしてるんだ。

 弱点を克服して、強敵に立ち向かうために。

 小筆ちゃんにだってきっとできるよ」

 

「難しそうですね。

 でも……がんばってみます」

 

そう口に出した小筆ちゃんは、はにかんだような嬉しそうな顔をしていた。

 

 

 

「あー、宇渡くんは、そのー……」

 

私はパワプロくんに言われた変わる努力をした。

いきなり顔を見せあっては難しいから、まずは鏡を見ながら特訓だ! と息巻いたものの……。

 

「難しいなあ……やっぱり」

 

鏡の中の私は今までと何も変わっていなかった。

自信なさげな顔をして、俯いて、髪型も……髪型?

 

「もし私が髪型を変えたら、みんな気づいてくれるかな」

 

ただそれだけのつもりだった。

でも、髪型を変えたことは自分の中の気持ちさえ変化させることができた。

髪留めを使って髪型を変えただけ、それだけなのになぜか私は自分が全くべつのものに生まれ変わったような気がしたのだ。

 

「小筆ちゃん、髪型変えたんだね。

 ちょっとの変化だけどとても良いと思うよ」

 

パワプロくんは私の微々たる変化に早速気づいてくれた。

それが功をせいしたのだと思ってる。パワプロくんには感謝しかない。

 

「京野さん、宇渡くんに説明してもらっていいですか」

 

監督と一緒に考えた宇渡くんの練習の説明は私が行う。

昨日練習したときは上手く行かなかったけど、今なら……。

私はそう思いながら宇渡くんの元へと向かった。

 

 

 

「パワプロ、小筆ちゃん変わったね?」

 

「そうだなスバル。

 髪留め一つに収まりきらない変化があると思うよ」

 

「ん? キミ、小筆ちゃんに何かしたのかい?」

 

「いや?

 何もしてないけど」

 

俺は何もしてないけど、小筆ちゃんと俺から何か感じ取ったのかスバルが変なことを言い出してきた。

 

「でも、本当に小筆ちゃん変わったでやんすよね。

 見つめると目を背ける小筆ちゃんも良かったでやんすが、見つめ返してくる小筆ちゃんもなかなか……」

 

「パワプロ、ちょっと変化球を見てくれないか。

 打席に入ってくれると嬉しい」

 

「ああ、いいぜ」

 

変なことを言い出した矢部くんを無視して、俺たち二人は練習に入った。

 

 

 

「パワプロくん、ごみ袋は全部持ちました?」

 

「これで最後だよ、小筆ちゃん」

 

合宿は最終日までしっかり続け、お昼前に終わった。

清掃も済ませてあるし、後は帰るだけだった。

 

「待ちたまえ、そこの君!」

 

急に声を掛けられた。

 

「なんですか?」

 

知らない声だったので、普通に返答する。

そこには、金髪でロンゲの人がいた。眉毛が細くてなんかキラキラしている。

 

「君じゃないよ!

 そうそう、そこの美しい君さ!」

 

金髪のロンゲは小筆ちゃんに詰め寄った。

 

「うちのマネージャーに近寄らないでもらおうか!

 と言うかお前は誰だ!」

 

無理やり体を金髪ロンゲと小筆ちゃんの間にねじこむと、嫌そうな顔をしながら金髪ロンゲが答える。

 

「虹谷 誠だ。覚えておいてくれよ、美しい君」

 

俺の問いに返答してるのだが、完全に小筆ちゃんに向かって言っている。なんてやつだ。

 

「私たちの後に合宿所を使う人たちですね。

 高校は……」

 

「天空中央高校さ!」

 

大げさな手振り身振りで虹谷が答えてくれる。

 

「天空中央高校! 確か去年の……」

 

「優勝校ですね」

 

覇堂の木場でさえ敵わなかった相手、それが目の前にいる。

それがこんな軟派なやつだと思うと正直気が抜ける。

 

「七色の変化球とは僕のことさ」

 

七色の変化球と言うことは、全部で7種類球種があると言うことだろうか。

全方向投げられる上に、さらにファストボールまで使いこなす。木場が敵わなかった相手と言うのも間違いないのかもしれない。

 

「騙されないでください。

 七色は苗字の虹谷からきているだけで、変化球は四種類しか本当は使えないようです」

 

小筆ちゃんの冷静な突っ込みに、虹谷の細いまゆげがピクピクと動いていた。

おい木場。お前本当にこいつに負けたのか? なんかこいつが本当に強いのかどうかさえ怪しくなってきた。

 

「う……美しいお嬢さん。

 なかなか言うじゃないか。

 だが、輝く優勝旗を見れば君の態度も変わるだろう!」

 

「そうはいかない!

 今年勝つのは俺たちパワフル高校だ!」

 

「パワフル高校? 聞いたことないな。

 どうせ君たちは甲子園まで上がって来られないだろうからね。

 甲子園まで上がってきたら相手をしてあげるよ。

 では、さらばだ美しいお嬢さん!」

 

虹谷は高らかに笑い声をあげながらいなくなった。

 

「くそっ……なんて嫌な奴だ」

 

「行きましょう、パワプロくん。

 もうすぐバスが出ちゃいます」

 

あくまでの冷静な小筆ちゃんに連れて行かれ、俺はしぶしぶバスに乗った。

虹谷、覚えておけよ!

 

 

 

合宿から帰ると、すぐにまた通常の練習が始まった。

小筆ちゃんの的確な指摘。効率のいい練習。みんなの頑張り。

それぞれが実になって俺たちを成長させる。

甲子園に行くことも夢ではないのではないか、なんとなくそうみんな思えるようになるほど成長した頃だった。

 

「おい、聞いたか。

 春の選抜、覇堂高校が準決勝敗退だってよ」

 

なんだって?! 木場が……準決勝敗退?

 

「なあ! 相手は……どこなんだ?」

 

「パワプロか。相手は、天空中央高校だってさ」

 

「天空……中央……」

 

虹谷がいる、あの天空中央か。

疑わしかったけど、どうやら実力は本物のようだ。

待っていろ、虹谷……覇堂を破って甲子園に行くのは俺たちだ。

気持ちが強くなった俺は、その日の練習に一層身が入った。

 

 

 

今日は日曜日。疲れをとるため、練習は休みになっていたのだが、俺は体を動かしたくてジョギングをしていた。

無理して体を壊したくはないから、ダッシュやランニングではなくジョギングだ。

川沿いをジョギングしていると、向こうから見たことある顔のやつが同じくジョギングをしていた。

 

「お前は……木場!」

 

「ん? もしかして星井のチームのキャプテンのやつか。

 どうだ? 星井は元気にしているか?」

 

この間はやたらとスバルを煽ってきたくせに、今回は余裕しゃくしゃくな態度だ。

そこが余計に気に入らなかった。

 

「……教えてやらねえ」

 

「なんだと?」

 

「お前には教えてやらねえって言ったんだよ!

 スバルに負け犬って言ったやつになんかな!」

 

俺はあの時のことが思い出されて、カッときて言ってしまった。

言ってしまったらもう後は買い言葉に売り言葉だ。

 

「なんだと、この野郎。

 ならもっと言ってやろうか。

 星井は負け犬だ! 俺から逃げ出した負け犬だ!」

 

「お前だけは許さねえ! 勝負だ!」

 

「ほー。俺に勝負を挑んで来るやつがいたとはな。

 ちょうどいい、そこにグラウンドがある。

 もちろん野球で勝負だ!」

 

「望むところだ!

 俺が勝ったら、スバルを負け犬って言ったことを

 謝罪してもらうからな!」

 

「ああ、いいぜ。

 お前が勝てるわけないけどな」

 

木場からしたら俺はただの無名の選手だ。

甲子園出場校からしたら、万年一回戦負けの高校の選手なんて相手にならないと思っているのだろう。

木場、虹谷以外でお前に負けをくれてやる!

五球勝負で俺は四安打だった。ただ、四安打にできたのは木場が爆速ストレートを使わなかったからだ。

木場もまさか爆速ストレートを使わないでも四球も打たれるとは思わなかったのだろう。五球目に爆速ストレートを使ってきたのだが今度は俺が逆にやられた。

爆速ストレート、ものすごい重い球だ。ただのストレートと同じだと思って打ったら、ピッチャーフライになった。

 

「ふん、やるじゃねえか」

 

負けセリフっぽい言葉を吐くと、木場はそそくさといなくなった。

どうだ、見たか! って……あれ? 俺謝ってもらってないぞ。

まさかの木場に逃げられた。

 

 

 

「皆さん、今日は何の日か覚えてますね」

 

「はい! 練習試合の日です!」

 

俺は誰よりも早く答えた。打倒木場,虹谷の思いは誰よりも強いつもりだ。

 

「はいそうです。

 なんと、今日は瞬鋭高校との練習試合ですよ」

 

瞬鋭高校は、毎年覇堂高校と優勝争いをしている高校だ。

今年は特にメンバーが優秀だと言われていて、打倒覇堂を早くから掲げている。

 

「ピッチャーの烏丸は球速こそ木場に劣るものの、変化球の質は負けてはいない。

 油断すると痛い目に合うよ」

 

スバルが情報を教えてくれる。

打倒覇堂の前哨戦にはばっちりの相手だ!

俺は瞬鋭の烏丸相手に、3打席2ホーマーの大活躍を見せた。

 

 

 

そして、甲子園予選の開始前日。

野球部は疲れをとるために一日休みになった。

俺は野球の道具を買うために、駅前に出かけると……またしても奴と出会ってしまった。

 

「……木場っ!」

 

「パワプロか。

 本試合ではこの前みたいにはいかないぞ。

 星井ともどもぶっ潰してやる!」

 

「それはこっちのセリフだ!

 決勝戦では、お前が俺たちに潰される番だ!」

 

そう言ってにらみ合っていると、

 

「この人がお兄ちゃんが言ってたパワプロさん?」

 

木場の横から女の子の声が聞こえた。

お兄ちゃん?

 

「ああ、静か。出て来るな。これは男の話し合いだ」

 

木場の隣にいるのは、木場によく似た顔立ちでそれでいて整っていて……あれ? 妹? こんなにかわいいのに?

俺がポカーンとしていると、

 

「初めまして。

 お兄ちゃんがいつもお世話になってます。

 お兄ちゃん、パワプロさんに負けてから練習が激しさを増したんですよ」

 

「バカ! 黙ってろ!」

 

まさか木場にこんな妹がいるとは思わなかった。

木場と違って性格もよさそうだし……本当に兄妹か?

 

「行くぞ! 静!」

 

バツが悪かったんだろう。木場はすぐさまその場を去って行った。

 

「パワプロさん、それでは」

 

静ちゃんは深く頭を下げると、木場に着いていった。

兄妹って言っても全然違うんだな、と思った。

 

 

 

そして甲子園予選の一回戦。

俺たちの相手はバス停前高校と言う変な名前の高校だった。

バス停前にあるからバス停前高校? 本当にそんなふざけた名前の高校があってもいいのだろうか。

相手の選手は全員同じ顔をしている。だが明確に名前は違くて、背番号も違う。

とても奇妙な思いをしながら俺たちは戦った。

結果、圧勝だった。

打倒覇堂を目指す俺たちにとってはただの通り道でしかなかった。

その後順調に勝ち続け、とうとう予選の決勝戦になった。

もちろん相手は覇堂高校だ。

 

「よう。ここまできたか」

 

「ああ、勝負だ」

 

挨拶が終わり、お互いにそれだけ言うと、俺たちはグラウンドへ。木場はベンチで向かった。

 

「なあ、パワプロ。

 君たち、知り合いじゃなかったよね?」

 

スバルが間抜けな質問をしてくる。

 

「違うよ、ライバルさ」

 

木場をライバルと呼ぶ俺に何か疑問を感じていそうなスバルだった。

試合は1~3回まではお互いにノーヒットで進んだ。

木場は爆速ストレートを活かした配球で、ほとんどが三振。当たっても凡打を築いた。

一方スバルは巧みに変化球を使い、ランナーを出すも0点に抑えていた。

風向きが変わったのは6回。木場の三回目の打席で、スバルがホームランを打たれてしまった。

投手としてだけではなく、打者としても一流。それが木場だった。

 

「スバル、今の一点は忘れていこう。

 まだ後3回ある。俺たちにも逆転の目はある」

 

スバルにそう伝えたが、スバルの心は折れてなかったようだった。

かく言う俺は、木場を打ち崩せていなかった。

木場は俺に対して徹底的に爆速ストレートを投げてきた。

爆速ストレートは通常のストレートより体力を使うらしいので、同じ打席で投げても一回くらいなのだが、なぜか俺に対しては全球爆速素トレードだ。

ままならない打率に俺は悶々としていた。

一対一で勝負した時、木場は決して油断していたわけではなかったはずだ。だが逆に悟らせてしまったのだ。

俺に対して甘い配球はしない、と。

それが結果的に全球爆速ストレートを投げさせることになってしまった。失態だ。

 

俺達は木場を打ち崩すことなく、9回を迎えた。

スバルの疲労は頂点に達し、肩で息をすることも多くなった。真夏の暑さがスバルから余計にスタミナを奪うのがうらめしい。

なんとか一人目を打ち取り二人目は木場だ。

木場には一度ホームランを打たれているし、スバルにとっては投げにくい打者に違いない。

だが……勝利の女神も、木場も容赦がなかった。

スバルは木場に二度目のホームランを打たれてしまった。

 

「マウンドに立ち尽くすスバルに声をかけるために近寄るが……かける言葉がない」

 

俺はただ一人マウンドにたって頑張っていた時期もあったと言うのに、かける言葉が見当たらなかった。

 

「パワプロ、大丈夫だ。後二人投げぬく」

 

明らかに疲れている体を酷使して、スバルは残り二人をなんとかアウトにとった。

後は……俺たちの番だ。

運よく打順は1番からだった。俺たちは木場からまともなヒットを打つことができなかったが、フォアボールやポテンヒットが合計3回ほどあり、最終回に1番から始めることができた。

1番は矢部くんだ。しかし、矢部くんは木場のボールにまだ一度も当てることさえできないでいた。

 

「矢部くん! 頼む!」

 

俺は目を瞑って祈りを捧げたが、それもむなしく矢部くんは三振になってしまった。

 

「申し訳ないでやんす……」

 

声のトーンを落として矢部くんが帰ってきたが、矢部君を誰も責めることなんてできない。

次は小田切だ。

 

「できるだけ頑張ってみます」

 

小田切は前回運よくポテンヒットを打っている。

なのでもしかしたら……そういう思いでいたのだが……。

 

「すいません、ダメでした」

 

あっけなく三振。ツーアウトになってしまった。

次は……俺の番だ。

すでに俺は2回アウトに取られている。木場の爆速ストレートに詰まらされて、両方とも外野フライだった。

だが、次こそは。そういう思いで打席に向かう。

打席から見る木場の後ろに、炎が見えた。

第一球目、当然のように爆速ストレート。

低めいっぱいに決まった。まさか最後まで……と思ったが、木場の思いは揺るがないようだった。

木場はスライダーやカーブも使えるが、爆速ストレート一本に完全に絞ることにした。

二球目。少しボールに流れたが、つい振ってしまった。なんとかファールに持ち込んで、アウトになるのを防いだ。

危なかった。まさかあんないいコースをまだ投げられるなんて……。

とうとう俺は追い込まれた。木場の顔は勝利の笑みを浮かべている。

しかし俺はまだ負けたと思っていなかった。

三球目。木場の投げた爆速ストレートは……先ほどの二球目より少し甘かった。

木場の疲れから、握力が落ちていたのかもしれない。

回転数の落ちた爆速ストレートはただのストレートを少し重くした程度だった。

俺は爆速ストレートを思い切り引っ張った。

打球はファールラインぎりぎりを飛んで……外野席に入った。

 

ホームランだ。

 

「やった!」

 

俺はバットを放り投げると、ダイアモンドを一周した。

マウンドの木場は先ほどまでの笑みが嘘のように悔しがっていた。

あいつも爆速ストレートが甘かったことをわかったに違いない。

俺は悔しがる木場を見ながら三塁を回りホームについた。

三打数一安打。結果からすれば悪くはないのかもしれないが、俺は決して嬉しくはなかった。

 

そして次は宇渡だ。

宇渡は未だに木場の球についていけてなかった。

一球目。木場はフォークボールを投げた。宇渡はストレートを待っていたようで、大振りに空振りしてしまった。

 

「宇渡、しっかりと振れてるぞ!

 後はタイミングだけだ!」

 

俺たちは宇渡を応援するが、宇渡は俺たちの応援を受けて逆に縮こまってしまっていた。

二球目、宇渡のねらい目のストレートだ!

打った! そう思った。だが、空振りだった。

あの時の、宇渡の小さくスイングしてしまう癖が出てしまっていた。

 

すかさず監督がタイムを取り、宇渡に声を掛けていた。

宇渡は監督の言葉に何度か頷くと、打席に戻ってタイムを解除した。

さっきよりはいい、だが宇渡の本来の構えとは程遠い。

それでも、頼む。頼む。と強く念じていたが……。

 

「ストラック! バッターアウト!

 ゲームセッツ!」

 

アンパイアのストライクの掛け声がむなしく響き渡った。

 

「スバ……ル……」

 

俺はそれ以上何も言うことができず、ただ立ち尽くした。

チームメンバーも、ベンチから出ることなくそのまま立ち尽くしていた。

次第に視界が白んでいき……安内なみきが目の前にいた。

 

「どうでした? 満足いく結果になりました?」

 

笑顔で言う安内の顔はとても憎らしく見えた。

 




思ったより長くなりました。
筆がノリましたね。


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1章 3話 パワフル高校3

 

「スバルは……? 甲子園は……?」

 

「甲子園行けませんでしたから終わりですよ。

 最初からやり直しです」

 

「勝手に終わらせるな! って、え?!

 やり直し?」

 

「そうです。聞こえませんでした?

 最初からやり直しですよ」

 

やり直しってなんだ? 今までがんばってきたみんなは?

みんなで行った練習は! 俺たちのきずなは!

 

「野球神様の代理で言いますけど、あなたはこの世界の甲子園で優勝しないと元の世界には戻れないんです。

 そういう決まりですから!

 さ、早く戻った戻った」

 

「え、ちょ……待って……」

 

「言い忘れたので最後に言いますけど、ステータスは初期からやり直しですからねー」

 

ステータスはやり直し、その言葉だけが俺の頭の中で響いていた。

 

 

 

俺の名はパワプロ。

子供の頃からの親友のスバルと一緒にプロ野球選手を目指していた。

だけどスバルは親の都合で転校してしまった。

いつか二人でもう一度……って! 

ちくしょう! 本当に最初に戻っちまった。

 

キーンコーンカーンコーン。

 

授業がちょうど終わりを迎えた。

俺はパワフル高校野球部の練習着のまま授業を受けていて、授業が終わるとすぐ部活に行ける恰好になっている。

しかし、前回のようにすぐさま部活に行こうとは思えなかった。

理由は2つある。

1つ目は、今のタイミングで俺がどんなに練習をがんばっても能力が上がらないからだ。

2つ目は、前回と同じ行動をしても甲子園に行けないと思ったからだ。

おそらく能力は中途半端にしか上がらず、また一点差で負けてしまうに違いない。

どうしたらいいものかと思っていると、

 

「パワプロくん、練習行かないでやんすか?」

矢部君が訪ねて来た。

そりゃそうか、毎日部室まで競争してるんだ。今日になって急に来なくなったらおかしいと思うだろう。

 

「矢部くん。

 今日はちょっとね。考え事をしたくて」

 

「考え事でやんすか?

 わかるでやんす。

 おいらもあの子のことで頭がいっぱいで!」

 

ちがわい。お前と一緒にするな。

って言うか、女の子のことを考えてるなんて一言も言ってない!

 

「野球のことに決まってるだろ!」

 

「そうだったでやんす。

 パワプロくんはほんと野球のことしか頭にないでやんすからねー」

 

この世界のパワプロも、現実世界の俺もそういう点では似たり寄ったりなんだよな。

なんとなく嬉しくなった。

嬉しくなったついでに、ものは試しだ。矢部くんにきいてみよう。

 

「ねえ、矢部くん」

 

「なんでやんす?」

 

矢部くんは器用にも眼鏡をはずさないまま拭いていた。

そういえば矢部くんのメガネを外した時の顔って見たことないな。ちょっと気になる。

 

「俺たちは、どうしたら甲子園で優勝できると思う?」

 

「何を言ってるでやんす。

 簡単なことでやんす!」

 

まさか。矢部くんに甲子園で優勝するためのアイデアがあるとは!

聞いてみるもんだ。こんな近くに答えがあるとは思わなかった。

 

「まず予選で勝ち進むでやんす。

 すると地区予選の決勝に辿り着くでやんす。

 決勝戦ではおいらのサヨナラ逆転満塁ホームランが炸裂するでやんす!

 甲子園に行ってからは美少女がおいらのサインを求めて……」

 

「はぁ、聞いた俺がバカだったよ」

 

矢部くんには二度と意見を求めることはないと思った。

 

浮かれた矢部くんは誰もいない方向にひたすら話していたので、放っておいてそのまま部室に向かった。

 

「今日は俺の勝ちっと」

 

部室のドアを開けると、そこには小筆ちゃんがいた。

 

「やあ小筆ちゃん。

 今日も早いね」

 

「あ、パワプロくん……。

 うん。今日も練習頑張ってね」

 

小筆ちゃんはそれだけ言うと、そそくさと出て行ってしまった。

あれ? 小筆ちゃんってあんな反応だったっけ。

それとも、今日は矢部くんがいないから? はたまた、俺が着替えるから出て行ってくれた?

あ、俺すでに練習着だから着替える必要ないんだ。

小筆ちゃんがなんとなく違う、そのことについて考えをめぐらせていると、

 

「パワプロくん、ひどいでやんす!」

 

矢部くんがドアを開けて入ってきた。

 

「あ、矢部くん。

 今日は俺の勝ちだからパワリンよろしくね」

 

「ノーカウントでやんす!」

 

「それより、練習をしよう。

 みんなもうグランドに集合してるよ」

 

矢部くんを放ってグラウンドに向かうと、みんなすでに練習を始めていた。

ちなみに、やろうと思っていた打撃練習には空きがなかった。

仕方なく走塁練習の列に入り込むと、いつもは部室で調べものをしている小筆ちゃんがいた。

小筆ちゃん、練習を堂々と見に来るなんて珍しいな。いつもは隠れてこっそり見たりしてるくらいなのに。

 

小筆ちゃんは極度の恥ずかしがり屋だから決して近寄って見たりはしない。

だけど、そのかわりメモはばっちしとってあるからすごいんだけど……なんだろう。違和感がある。

自分の番になると走り、そして少しの休憩を入れてまた走る。

これって……陸上部がよくやっている練習だよな。野球部でも取り入れたのか。

そうして走り込むこと30分。

 

「これ……思ったより……辛い……」

 

走力の低い俺は、他の人より頑張らないとついていけなかった。そのせいか余計に疲れる。

 

「はい、皆さん休憩ですよー。

 10分休んだら次の練習を始めてくださいねー」

 

いつの間にやら監督が来ていて休憩の合図を出した。

普段いないくせに! って思うけど、今だけは感謝だ。

 

「あの……パワプロくん……ちょっといいかな?」

 

休憩しているときに小筆ちゃんが話しかけてきた。

 

「うん? どうしたの小筆ちゃん」

 

「あのね……良かったら今日一緒に帰らない?

 話したいこともあるし」

 

「うん、いいよ。

 でもなんで急に」

 

「じゃあ、また後で」

 

なんで急に一緒に帰ろうなんて? って聞こうとしたけど、すごい速さでいなくなってしまった。

あの速さは矢部くんの走力も上回る気がする。

 

走力練習の後の遠投、そして守備練習も終わって今日の練習が全て終了した。

部活で汚れた汚い練習着からキレイな練習着に着替えて……あれ? 俺なんで練習着から練習着に着替えてるんだ?

よくわからない疑問を抱えていると、部室にはすでに誰もおらず俺一人になっていた。

 

「パワプロくん、一緒にかえろ」

 

そして、小筆ちゃんが俺を待っていた。

 

「あのね。

 今日は陸上部の練習を取り入れてみたんだけど……どうだった?」

 

「うーん……とにかくすごいきつかった!

 みんなもいつも以上に疲れてたみたいだけど、いつもと異なる練習方法だったからかみんな生き生きとしてたよ!」

 

「そう……良かった。

 自信なかったんだ。パワプロくんにそう言われて良かった」

 

少しだけ頬を赤らめる小筆ちゃんは可愛かった。

 

 

 

その日から小筆ちゃんは毎日練習に来ていた。

昨日はなんか良い感じだったから、てっきり俺の練習を見に来てくれてるのかと思った自分が恥ずかしい。

 

そうこうしてるうちに、スバルが転校してくる日になった。

 

「パワプロくん、聞いたでやんすか?

 転入生が来るらしいでやんす」

 

「覇堂高校からのだろ?

 知ってるよ矢部くん」

 

「どうして知ってるでやんす!

 おいらさっき聞いたばかりだったのにでやんす」

 

悔しがってる矢部君を放って、スバルがいるクラスに向かった。

 

「あそこにいるイケメンが転入生でやんすね。

 まあ、おいらには負けるでやんすが」

 

何をバカなことを。と思ったが無視してスバルに近づく。

 

「お前……もしかしてパワプロか?」

 

スバルは俺のことを覚えていた。しかし、それは前回の俺のことじゃない。子供の時の俺のことだった。

今回のスバルには早く野球部に参加して欲しい。だが、前回の二の足は踏みたくない。

だから、まずはスバルへの近づき方を変えた。

 

「ああ、スバル。久しぶりだな。

 まさかこんなところで会うとは思わなかったよ。

 別れた後のことも聞いてみたいし、ちょっと話さないか?」

 

「……すまない、この後学校を案内してもらう約束があるんだ」

 

最初俺の顔を見たときの明るい顔はどこへいったのかと言うほど、スバルの顔は暗かった。

 

「俺が案内するよ!」

 

だが俺はどうしてもスバルと話す時間が欲しい。なので案内役を買うつもりだったのだが。

 

「ダメよ! 星井くんを案内するのは私たちなんだから!」

 

「そうよ! どこの芋かわからないけど星井くんを取らないでちょうだい!」

 

急に俺とスバルの間に女の子が数人入り込んできて、鬼の形相で俺をにらんだ。

な、なんだこの子たち。

 

「そういうことなんだ、パワプロ。

 すまないな」

 

女の子たちと言う蛇に睨まれたカエルの俺は、身動きもできずにスバルを見送ることになった。

 

「くそ! スバルと話すチャンスだと思ったのに!」

 

うまくいけば、明日からでもスバルが野球部に入ってくれるかもしれなかったのだ。

前回スバルを上手く説得できなかったせいで無駄にした二カ月間を今回こそは有効に活用しようと思ったのに。

 

上手く行かなくてむしゃくしゃした気持ちをバットへの素振りに変換する。

だが、

 

「パワプロくん、素振りが乱れてるよ?」

 

感情で振っていたのを小筆ちゃんに咎められてしまった。

 

「あっ……ごめん。小筆ちゃん。

 集中するよ」

 

「うん……頑張ってね」

 

小筆ちゃんは俺のバットの振りが元に戻ったのを見ると、小声で声を掛けてそのまま他のチームメイトの練習を見に行ってしまった。

くっ……小筆ちゃんに少し恥ずかしいところを見られてしまった。

なぜか、俺はその後恥ずかしくなってあんまり練習に身が入らなかった気がした。

 

せっかく経験点が入るようになったというのに、まじめに練習をしなければ意味がない。反省だ反省。

練習着から着替え終わり、部室を出るとそこには小筆ちゃんがいた。

 

「パワプロくん、一緒に帰らない?」

 

「うん、一緒に帰ろう」

 

俺は即返答していた。

部室棟から校門への道を二人で歩いていた。

 

「パワプロくん。

 今日練習に身が入ってなかったみたいだけど、何かあったの?」

 

開口一番、小筆ちゃんに痛いところをえぐられた。

 

「うっ……実は、星井スバルを野球部に勧誘したくてさ。

 俺、子供の頃は親友だったからまずは会話しようと思って、話しかけるチャンスをうかがってるんだけど、上手く行ってなくて」

 

一人で悶々とするよりは! そう思って俺は思い切って小筆ちゃんに打ち明けた。

 

「……らしくないよ」

 

「え?」

 

「らしくない。

 パワプロくんは、悩まずに思った通りに動いてみるべきだよ」

 

小筆ちゃんにそんなことを言われるとは思ってもみなかった。

けど、そうなのかもしれない。

 

「そんなに……変だったかな」

 

「うん、だって……私もそんなパワプロくんが……」

 

えっ……そんな俺が……? ドキドキ……。

もしかして小筆ちゃん、俺のことが……。

そう思ってなんとなく下を向いてしまった顔を上げると。

 

「パワプロくん、パワリンおごってくれでやんす。

 昨日、超合金ガンダーロボ買ったら、お金がなくなってしまったでやんす」

 

お前かーい!

しかも、いつの間にか小筆ちゃんはいなくなっていた。

くそ! いい雰囲気だったのに。

 

そして一ヵ月後、前回と全く同じイベントをこなしてスバルが野球部に入部した。

スバルが野球部に入部してからは、スバルの練習を見に女子生徒がたくさんやってきた。

 

「スバルくんさまさまでやんすね。

 いつかこの中に矢部ファンが……」

 

なんか黒い野望を抱いているやつもいた。

 

「いけね、部室にタオルを忘れてる」

 

俺は後ろポケットにタオルが入ってないことに気づき、部室に戻るとそこには何やら手紙を書いている小筆ちゃんがいた。

 

「どうしたの、小筆ちゃん。手紙なんて書いて」

 

俺に声を掛けられて小筆ちゃんはビクッとした後、すぐに書いていた手紙を隠した。

そして声の主が俺だとわかると、ほっとしたみたいで……隠した手紙を俺の前に出した。

 

「私……恥ずかしくて、人によっては手紙で言いたいことを伝えてるんだけど……」

 

手紙で?! いくら恥ずかしがり屋だからって、どういうコミュニケーションの取り方してるんだこの子は……。

 

「本当は手紙なんかじゃなくて、ちゃんと言えたら良いんだけど……」

 

手紙でのやりとりは時間のロスも大きいし、コミュニケーションの伝達が悪すぎる。

なんとかしてやりたい気持ちはあるんだけど、

 

「相手の顔を見ると緊張するなら、相手の顔を野菜だと思えばいいとか、相手の目を見なければいいとは言うけどね」

 

「野菜……難しいかも。

 相手の目を見なくても、やっぱり緊張しちゃう……かな」

 

「そうだよな。俺がもしそんなこと言われても、無理だし。

 自分で言っておいてなんだけど、野菜ってなんだよって」

 

「プッ……」

 

珍しく小筆ちゃんが笑った。

 

「小筆ちゃんも笑うんだね。

 いつも何かに怯えてるような顔をしてるから、意外だったよ」

 

「これは……パワプロくんと話してる時は、そういうことがないからで……」

 

「え? 聞こえない。

 なんて?」

 

小筆ちゃんの小声を聞き取るために顔を近づけると、

 

「……っっ!!」

 

小筆ちゃんは急に俺から離れると、逃げるように部室からいなくなってしまった。

 

「なんだったんだ、小筆ちゃん」

 

小筆ちゃんの奇妙な行動に俺は疑問しかなかった。

 

 

 

「やっべ! 爆睡してしまった」

 

俺は昨日深夜にやっていたドキュメント番組、『元プロ野球選手のあの人は今』で夜更かしをしてしまったせいで、寝不足で学校に来るはめになり授業中に爆睡してしまっていた。

眠い目をゴシゴシとこすり、少しだけ体を動かして凝りをほぐし、席を立とうとすると何か小さな紙のようなものが落ちた。

 

「なんだこれ?

 なになに……授業が終わったら校舎裏で待っています?

 京野小筆!?」

 

小筆ちゃんのメモ書きだった。しかし、いつのまにメモを置いておいたんだろう。って、思い返すと最後の授業どころかその前の授業から記憶がない。

どうやら俺は二限分寝てたようだった。

 

急いで校舎裏に向かうと、そこには下を向いて俯いている小筆ちゃんがいた。

 

「小筆ちゃん?」

 

声を掛けると、小筆ちゃんは顔を上げてこちらを見たものの何か言葉を発する感じがない。

 

「小筆ちゃん、何かあったの?

 もしかして相談事?」

 

最近小筆ちゃんからの相談が多かったから、もしかしてと思った。

だけど、

 

「あ……そ、その……」

 

小筆ちゃんはさっきより共同不審が増して、俺が呼び出されたと言うのにすでに逃げ腰な姿勢だ。

 

「す……すみません。

 次こそちゃんと告白しますーっ!!」

 

それだけ言うと、矢部くんを超える速さでいなくなってしまった。

 

「え……あれ?

 告白?!」

 

ひどく間抜けな告白だったが、その後部室でもう一度顔を合わせた俺たちは話し合い、付き合うことになった。

 



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1章 4話 パワフル高校4

 

「パワプロくん、ここ毎日緩みっぱなしでやんす。

 甲子園目指す気あるでやんすか?」

 

「パワプロ先輩、流石にあの練習はないっすわ」

 

「パワプロ、一体なにが君をそうさせてしまったんだ」

 

「パワプロくん……最近練習に身が入っていないと思うの」

 

四面楚歌とはこういうことだろうか。

スバルや矢部くん、チームメイトだけでなく、彼女になった小筆ちゃんにまで言われてしまった。

しかし、そこまでひどかっただろうか。小筆ちゃんと付き合うようになってから、小筆ちゃんを家まで送って玄関でおしゃべりして、帰ったら時間がないからお風呂に入って寝て……あれ、自主練の時間がなくなってるや。

今まで自分だけが気づいてなかっただけで、みんなが言う緩んでるのも当然のことだった。

これからは気を張りなおしてがんばらなければ! 小筆ちゃんとは別れないけどね。

 

その後前回と同じイベントを順調にこなし、合宿に入った。

前回と能力はかなり違っていた。前回は合宿入る際はDが1つにほとんどの能力がEかFくらいだったのだが、Fは1つもなくなり半数以上はDが増えている。

何より、すでにミートがCだ。

なぜこんなにもステータスが違うのかと考えたのだが、やはり小筆ちゃんと付き合えたことが理由ではないかと思う。

彼女がいると強くなれる、守りたい者が……いや別に守るわけじゃないけど強くなれる。そういうことなのかもしれない。

合宿の効果は抜群で、手に入る経験点は普段の1.5倍。おかげで能力はメキメキと上がった。

 

「パワプロくん……相談があるんだけど」

 

彼女になった時でも小筆ちゃんの合宿時のイベントも健在だった。

小筆ちゃんは髪留めを使い、イメチェンに成功。彼女でなかった時も、可愛くなったなと思ったものだが、自分の彼女がこうも可愛くなると思うととても感慨深い。

そしてこれも毎度のことだが、虹谷に会った。

虹谷は今まで一度として違う行動はとったことはなかった。だが、今回は俺の方が違う態度をとった。

 

「お前、人の彼女に手を出すなぁっっ!」

 

「なっ……なんなんだ君はいったいっ」

 

俺の彼女にちょっかいをかけてきた虹谷を俺はバットを持って追いかけまわし、天空中央高校の選手からパワフル高校の狂犬と言う二つ名で呼ばれることで有名になった。

 

甲子園予選開始まで残り一か月。俺たちは順風満帆だった。特に俺は小筆ちゃんと言う彼女がいて、俺を全面的にサポートしてくれる。

小筆ちゃんが練習を見てくれているとき、なんか練習が捗るんだよな。そのことをみんなに話すと、頭や背中を叩かれて痛い目に合うことになった。

そして練習の合間を縫って小筆ちゃんとデートをすること5回目。

 

小筆ちゃんと愛を育んだ結果か、俺はアーティストと言う能力を得た。これは宇渡が持っているパワーヒッターと言う能力の上位能力で、強振したときにホームラン性の当たりが出やすくなる。

この能力で、今度こそ木場を打ち崩す! 俺の熱意も最高潮に達した。

 

今日は甲子園予選の一回戦目、相手はラズベリー高校だ。

前回戦ったバス停高校ではない。俺はこの物語を繰り返しているはずなのに、相手が同じでないことに不信を覚えた。

しかし、戦って勝つことだけは変わりない。

俺たちはラズベリー高校を10対0で勝利した。

ラズベリー高校は良いウォーミングアップになった。おかげで、その後の戦いに弾みをつけることができた。

俺たちは二回戦,三回戦と快進撃を続け、とうとう決勝戦になった。

 

「よう。ここまできたか」

 

「ああ、勝負だ」

 

木場との勝負もこれで二回目。お互いに知り合ってるライバル同士だ。ライバル同士には言葉はいらない。これで十分だった。

またもやなぜ知り合いなんだとスバルに疑問をかけられたが、強い者同士惹かれ合うんだと適当なことを言ったら納得してくれた。

 

俺の打順は3番だ。4番ではなかったにしろ、ホームランで俺がランナーを返してやる! それくらいのつもりでいた。

一回の表、俺たちの攻撃は1番の矢部くんが三振。2番の小田切も変化球を打ち損じて凡打。3番の俺は木場の爆速ストレートを真芯でとらえたはずなのにも関わらず、センターフライに終わってしまった。

ヒット狙いなら高確率で出塁できたと思うのだが、今回の俺はパワーも前回より高くアーチスト持ちだ。甘えは許されない。

そして1回裏。今度は俺たちが守る番だ。

スバルの立ち上がりはとてもよく、1・2・3番と三振、凡打凡打と抑えることができた。

更に2回、3回と続きお互いに0点のまま試合が進んだ。流れが変わったのは4回。矢部君がデッドボールで出塁し、小田切は凡打だったものの俺がヒットで繋ぎランナー1・3塁。

ここで4番の宇渡だ。宇渡のパワーなら木場の爆速ストレートも外野席まで打ち返せる。

だが……宇渡相手に木場は爆速ストレートを使わなかった。なんと変化球でたったの3球で三振に打ち取ってしまった。

続く5番が凡打になり、この回もパワフル高校は0点だった。その反対に返す4回の裏でスバルは失点してしまう。

少し……ボール半個分甘く内側に入ったボールを木場に外野席まで運ばれてしまった。

 

「まだだ! まだ負けたわけじゃない!」

 

俺たちの気持ちはそれだけでは揺るがなかった。

そして5回、6回とまたお互いに0点が続いていく。

バックスクリーンの1対0がかれこれ30分以上変わらず目に焼き付いていた。

 

6回表、俺の三回目の打席。

その回最初が俺の打席だった。前回だと、そろそろ木場は疲れてきてコントロールを崩していた頃だった。

だから……今度こそ爆速ストレートを捉えられる!

そう思った二球目。力強いがコースが甘く入った爆速ストレートを今度こそ真芯で捉えた!

打った感触は、ホームランだった。しかし、打球は途中で失速。外野は外野席に背中を預けるまで後ろに下がったが、外野席に入ることなく外野のグローブにボールが吸い込まれた。

 

「アウト!」

 

前回とは異なり、3打席0安打。チームに全く貢献ができておらず、俺は悔しくて腕を震わせることになった。

俺たちが木場を打ち崩せない間もスバルは奮投し、なんとか8回まで1失点で進めることができた。

とうとう最終回、9回表。ここまで来てしまった。スバルは疲労がにじみ出ていて、頭からタオルをかぶってずっと下を向いていた。

俺たちは……スバルにのみ負担を強いてしまっていた。ここで点を取れなければ、俺たちはただの役立たずになってしまう。

みんなで気合を入れなおし、望んだ9回だったが……木場の球速はここにきて最速をたたき出していた。

だが決して疲労していないわけじゃないはずだ。俺はそう思い、木場の爆速ストレートを打ち返すために打席に向かった。

一球目。木場は爆速ストレートを低めギリギリに投げてきた。

あの球を低めに投げられるととても打ちずらい。そこまでパワーがない俺にすれば、外野フライにさせられてしまう危険があったため、見過ごすしかなかった。

二球目。またしても爆速ストレート。だが、今度はインいっぱいの球だった。俺は若干振り遅れ、外野まで飛ばした者のファウルに切れてしまった。

もうツーアウトだ。

三球目。木場はまたしても爆速ストレート。しかも、力強さが決してなくなっていなかった。

木場の球は高めに外れてボールになったが、俺は木場の実力を考え直させられた。

今のままでは、ホームランは打てない。そう思い、急遽ミートに転換した。

四球目も爆速ストレートだったが、ミートに変えた俺は木場のボールを見事レフトに打ち返し、ヒットになった。

木場からヒットを打ったはずなのに嬉しくない。味方もここにきてのヒットに喜んでいた。だが俺は喜べない。

その理由は……満身創痍気味の宇渡に繋いでしまったからかもしれない。

宇渡はここまで木場の球に一度として触れることができずにいた。その結果、絶望的なまでの弱気になってしまっていた。

その宇渡にこの試合の行く末を任せてしまったことに後悔を感じていた。

 

結局俺たちはまだ覇堂高校に負けてしまった。

結果的に考えてみると木場はスタミナを切らすことなく投げ続け、爆速ストレートの球威は全く変わらず俺はホームランを打つことができなかった。

 

「パワプロ,星井。

 今まで一回戦負けだったパワフル高校をここまで立ち直らせたことと言い、決勝までチームをひっぱってきたことだけはあるぜ。

 だが、勝ったのは俺たちだ。パワプロ、お前はパワフル高校ではなく覇堂高校を選ぶべきだったな。

 一緒に甲子園を戦えないのは残念だぜ」

 

それだけ言うと、木場は去って行った。

俺たちはと言うと出せる言葉がなく、前回同様ただ立ち尽くすだけだった。

なぜ……なぜ勝てない。何度やり直しても勝てない運命なのか。

 

 

 

『君は、なぜ覇堂高校に勝てないか気づいていると思ったんだけど勘違いかな?」

 

俺の心にやつの声が響いた、そう安内なみきだ。

覇堂高校に勝てない理由を俺は気づいている、そう改めて自分でつぶやいた時、胸がズキンと痛んだ。

 

『あくまでも知らない振りをするんだ?

 へえ。じゃあ、ボクが言葉にしてあげるよ。

 君がピッチャーをやればいいんだ」

 

わかっていたけど認めたくない言葉を言われ、何も言えなくなってしまった。

 

「星井くんはとても良いピッチャーだけど、いかんせんスタミナがないよね。

 特に変化球投手だから握力とかもないと最後まで投げきれないだろうし。

 それに、なんとなく決め手に欠けるんだよね。

 木場君の爆速ストレートみたいなものが彼にはないんだよね」

 

スバルがピッチャーで俺が野手、それで甲子園を目指していたんだ。今更ピッチャーになんて鞍替えして……いや、でも俺は元々ピッチャーをしていた。

ピッチャーの知識や技術なら誰よりもあるつもりだ。

なら、それもありなのか。スバルのスタミナがなくなってきた後半に俺に代われば……だがやはりスバルに申し訳が……。

 

『途中でピッチャーを諦めた人や、野手からピッチャーに鞍替えした人はゼロなのかい?

 それとも、君がピッチャーをやらないことは、甲子園に行くことより重いのことなのかな」

 

そこまで言われて気づいた。

俺は一体何を守ってきたのだろうか。一番大事なのは、甲子園に行くことだ。

ポジションなんてどこでもいいじゃないか。

 

「気づかせてくれてありがとう」

 

安内なみきの顔を見ずに言った。正直今回の言葉はありがたかったが、まだ顔をまっすぐに見ながら言える程こいつのことが好きにはなれない。

 

『早く行きなよ。

 みんなが待ってるんだろ。

 ああ、後……これ以上野球以外のことにうつつを抜かしすぎないようにね」

 

安内なみきの声が聞こえると、俺の意識は薄れまたあの時に戻った。

 



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1章 5話 パワフル高校5

 

キーンコーンカーンコーン

 

いつものごとく授業が終わった。すぐにバッグを持って教室から飛び出し、矢部くんと競争して部室に向かう。

相変わらず矢部くんは早くてやはり勝てなかった。しかしこれが俺の未熟さを思い出させてくれる。

部室には小筆ちゃんがいて、矢部くんの声に驚いて机の上の監督のメモを知らせると部室から逃げるように去って行った。

なんとなく……今回の小筆ちゃんは違う気がする。なんて言うんだろう。よそよそしいと言うのか、他人ぽいと言うのか。

なぜかはわからないが、親しくなれない感じがする。前回あれほど親しくなって付き合ったのが嘘のように思える。

その後、毎度のようにチームメイトと顔を合わせるグラウンド集合があり、練習を開始した。

やはり最初は監督へのアピールが大事だ。俺は一ヶ月間、みっちりと監督へのアピールを行った。

 

「パワプロくん、転入生が来たらしいでやんす」

 

今回の俺はピッチャー登録している。だから投球練習をしていたのだが、そこに矢部くんがやってきた。

スバルがきた。心臓がドクンと強くなった。実は前回からわかっていたのだが、矢部くんからこの話を聞くまでは誰に聞いても転入生の話が出てこない。

ゲーム要素だからなのかもしれないが、とても不思議なものでだからこそ矢部くんから直接この言葉を聴く必要があったのだ。

そして久しぶりに会って場所を変えて話をし、野球に誘うも当然のように断られた。

だが俺は諦めはしない。今回こそ、スバルと一緒に甲子園に行くんだ。そして今の段階ではスバルは決してYESと答えない。

だから俺は当たり前のように去った。

 

「パワプロくん、なんか諦めがいいでやんすね。

 パワプロくんらしくなくて気持ち悪いでやんす」

 

メガネのヤツが何か横で言っているが、言わせておくことにした。

それからスバルに会えない日が続いた。こちらからスバルを積極的に探してはいないわけだが、すれ違うどころか遠目に見えることもない。

スバルはこの期間、完全に俺を避けていたんだとようやくわかった。

そして運命の日。

 

「先輩、ちょっといいっすか?」

 

小田切が話しかけて来る。俺は横目でチラとスバルの存在を確認した。

 

「じつは……さっきからこっそりとこっちを見てる人がいるんですよ。

 うちの学校の生徒みたいですけど」

 

スバル……!

俺は声を出すでもなく、スバルへ向けて一直線に駆け寄った。

いつもなら、気づかれた時点で逃げ出すスバルだったが、最初から走って近寄ってきたことに驚きも覚えたのか、スバルは逃げることさえできなかったみたいだ。

 

「スバル。

 キャッチボール、しないか?」

 

もう俺は無駄な言葉を吐くことさえしなかった。

 

「キャッチボールくらいなら……」

 

スバルとのキャッチボールはいつもグラウンドの外で行っていた。だが、今回は俺がピッチャーなので投げ込みを行っている場所を利用させてもらった。

 

「ナイスボール!

 こうしていると思い出すな、少年野球のときのこと」

 

「……うん、あのころは楽しかった。

 暗くなるまでただ夢中でボールを追いかけたっけ」

 

今回のスバルは……前回のスバルとは少し違う気する。

 

「お前と一緒に過ごしたあの時間は宝物だよ。

 一緒に甲子園に行こうって約束も、今でもずっと

 忘れずにいたりしてさ」

 

スバルの投げ返すボールは毎回俺の胸元に吸い込まれる。

野球を辞めてもなおこのコントロールだ。

 

「……ボクだってそうさ!

 転校してからもずっと、あの約束はボクお心の支えだった」

 

突然スバルの投げ返す球が変わった。力強いストレートだ。

 

「いくぞ! ラスト一球!」

 

ピッチャーに転身した俺のボールはいつもよりも強かったと思う。

ズバン。ボールはスバルのグローブに収まって、そしてスバルは手を痺れさせていた。

 

「ありがとな!」

 

俺はそれだけ言い、スバルはグラウンドから去って行った。

そして翌朝。

 

「パワプロ! 助けてくれよ!」

 

キャッチャー役をやらされていた外野のやつが俺に向かってきた。

ああ、こいつ今回もスバルの球を受けさせられてたのか、可哀そうに。

 

「あんなに熱いボールを投げられたら、返さないわけにはいからないからね」

 

「スバル……」

 

「あの日の約束を叶えよう!

 一緒に甲子園に行こう!」

 

こうして、3度目となる俺たちの甲子園を目指す旅が始まった。

 

 

 

「パワプロ、ちょっといいか」

 

投球練習の合間にスバルが話しかけてきた。ピッチャーに転身したからわかるが、スバルの練習は常に鬼気迫っている。一緒に練習している俺もその気を受けてやる気に溢れさせられるほどだ。

 

「ボクがかつて一度だけキミに投げた、あの不思議な球を覚えているかい?」

 

「不思議な……球?」

 

「ボクたちがまだ小学生のころ、同じチームに所属していたよな。

 6年生の頃の紅白戦……最終回裏。

 ボクはピッチャーとして最後のバッターのキミと対決した。

 2ストライク3ボールで、ボクはキミに対してすっぽ抜けに近いボールを投げたんだ」

 

小学校6年の時の紅白戦、俺は思いを巡らせた。現実を生きてきた俺の記憶にはないが、この世界のパワプロの記憶にはしっかりと残っていた。

 

「その球はフォークともカーブともつかない不思議な変化をしたんだ……」

 

「あのときのボールか!」

 

俺はすっぽ抜けの棒球だと思って打ちにいったら、見たこともない変化をしたボールに反応できず三振してしまった。

 

「あの球をマスターすればどんな打者でも打ち取れるはずなんだ。

 あの覇堂高校にも通じるはずなんだ!」

 

これは今までにないイベントだった。俺は直観した。そうか、スバルに足りなかったのはスタミナもそうだがこれだったのか!

 

「スバル、協力させてくれ。

 あの球を復活させよう!」

 

それから俺たちは何日もかけて練習した。

 

「まだまだだな。キレの悪いカーブって感じだ。

 あの時の変化とはほど遠いよ」

 

俺の言葉にスバルの疲労が増した感じがした。だが、これに関して妥協は許されない。厳しい言葉をかけるしかない。

 

「にぎりやリリースタイミングを変えてみたらどうかな」

 

「考えられる握りは全て試したんだ。

 リリースタイミングもね……」

 

提案のつもりだったのだが、スバルは投げ込みの間にすべて試していたようだった。

 

「あの球はやっぱり幻だったんだろうか……」

 

少しもあの変化に近づけた感じがしないからだろうか。スバルはとても弱気になっていた。

 

「スバル。諦めるのはまだ早い」

 

「そうだな。

 パワプロ、もう少しだけ付き合ってもらってもいいか?

 試したいことがあるんだ」

 

「それでこそスバルだ!

 俺、あの時のように打者に立つよ。

 その方が何かイメージが湧くかもしれないだろ?」

 

「……助かる」

 

スバルの声は消え入りそうだったが、まだ目は死んでいなかった。

 

 

 

打者に立ったパワプロは……とてもピッチャーとは思えないほどの威圧感があった。

 

「(パワプロ……君は本当にピッチャーなのか!?)」

 

どこに投げても打たれる気しかしない。

思えばあの時もそうだった。あの試合でボクはパワプロに打ち込まれていて、球種が読まれているのではないかと思ったほどだった。

だから、リリース時……強引にボールの握りを変えて、球種を読ませないようにした。

今ならあの時の気持ちになって投げられる!

 

「行くぞ! パワプロ!」

 

ボクの投げた球はすっぽ抜けのように手から飛び出て、そして特に変化することもなくキャッチャーのミットに収まった。

 

「おいおい……変化球どころかただのすっぽ抜けじゃないか」

 

パワプロはそう言ったが、ボクは明確に感触を掴んでいた。

そうこれだ……この感じだ!

 

「うーん……これがあの時の球とは思えないけど……スバルを信じるよ!」

 

確かにあの時の球と比べるべくもない。それくらい今の球はひどかった。だが、この球を突き詰めていった先にあの球がある。

そう思った。

この日、パワプロは夜球が見えなくなるまでボクに付き合ってくれた。

 

 

 

「みんな、覇堂高校の練習試合を見に行かないか」

 

覇道高校の練習試合を見に行く日……もうそんな時期か。そう思った。

スバルの熱い思いを受けて、みんなで覇堂高校の試合を見に行くことになった。

覇堂高校はベスト8相手に5回コールド。それがこの話の結末だ。うちのチームでこの試合に間に合うことができるのは矢部くんのみ。

だからと言って、走ることを決してあきらめたりしない。

と思って走ったものの、やはり俺はチームの真ん中くらいに辿り着いた。スバルは矢部くんの次だったが、やはり試合には間に合わなかったようだった。

 

「そこにいるのは星井だろ?」

 

遠くから木場がスバルに話しかけていた。

 

「てめえ、試合を見に来てたんなら挨拶ぐらいしに来いよ」

 

木場は歩いてスバルに近寄ると、腕をスバルの首に掛けた。

前回まで同じことをスバルはされて何も言えなかった。

 

「……無言かよ。相変わらずスカしてやがるな。

 そのユニフォーム、パワフル高校の野球部に入ったのか。

 よかったな、そっちじゃ負け犬のてめえでもさぞかしちやほやされてんだろ」

 

「スバルは負け犬なんかじゃない!」

 

俺が割って入るも効果もなく、

 

「オレたち覇堂高校の野球部はどこよりもハードな練習をしている、だから強い!

 その練習から逃げ出した星井は負け犬だ!

 根性なしの負け犬なんだよ!」

 

もう同じセリフを三回も聞いたはずなのに、俺の頭は冷静になることはできなかった。

 

「おまっ」

 

「ボクは!」

 

しかし、いつもながら逃げ出していたスバルは木場の腕を振り払った。

 

「ボクは! ……ボクたちは、覇堂高校に負けたりはしない!」

 

大きな声で木場に反論したスバルに、誰もが驚いていた。

 

「甲子園に行くのはボクたちだ!

 せいぜい首を磨いて待っていろ!

 みんな、行こう」

 

スバルの目が燃えていた。行ける……今回こそ覇堂高校を破って甲子園だ。

そう思えた。

 

 

 

「まだまだ……もう一球!」

 

俺たちの練習は、覇堂のコールド試合を見た後さらに熱が入った。

スバルの新変化球練習も、俺以外にもチームの者が交互に手伝うことになり、ただのすっぽ抜けだった棒球も少しずつ変化するようになってきていた。

 

「なあ、パワプロ。

 次で思った通りの変化をしなかったら、ボクはあの球を諦めるよ」

 

なのに、スバルが弱気になっていた。

 

「なんでだ! ここまで頑張ったじゃないか。

 もうあの球はただのすっぽ抜けの棒球じゃないんだ。

 後少し……後少しのはずだろ!」

 

「この球の完成のために、ボクとキミは他の練習があまりできていないだろう。

 それに、チームメイトにも迷惑をかけている。

 これ以上待たせるわけにはいかないんだ」

 

確かにスバルの言う通りだ。

パワフル高校の能力は覇堂高校に対し大分劣っている。これ以上差をつけられるわけにはいかず、むしろ近づかなければならなかった。

 

「だけど、ここでオレたちの努力をムダにしてしまうわけには……」

 

二人で落ち込んでいると、察したチームメイトが近寄ってきた。

 

「まったく、見てられないでやんすね。

 オイラたちももっと手伝えるでやんす」

 

「俺たちにもっと手伝えることがあれば言ってくれよ!

 迷惑なんてかかるわけないだろ!」

 

みんなが、そう言ってくれた。

 

「みんな……ありがとう!

 じゃあ、お願いがあるんだ。

 あの時の試合を再現したいんだ!」

 

あの小学生の時の9回裏。打者が俺でピッチャーがスバル。

あの時の勝負は、再現性を増すためにノーカウントから始められた。

 

「ストライク!」

 

一球目は、ボールから入ってくるスライダーだった。

スバルは新変化球を練習しながらも、持ち球だったスライダーの切れ味もアップさせていた。

二球目、球1個分外れてボール。相変わらずのコントロールだ。

三球目、今度はストライクゾーンからボール球に外れていくシンカーだった。

正直シンカーには手が出せなかった。それくらいするどかった。

四球目、落差の激しいフォーク。目は球をしっかり追いかけられていたのだけど、バットが落差においつけず空振ってしまった。

五球目、インに外れたボール球だ。ボールは俺の顔近くを通った。そう……あの時もこれを投げられた気がする。

スバルはあの時俺の顔近くにボールを投げ、腰をひけさせたかったに違いない。だが、俺はあの時も逃げなかった。顔近くを通ったボールをそのまま見送り、次のボールをホームランにするために気を昂らせたのだ。

とうとうフルカウントになった。場は完全にあの時の再現となった。

 

「スバル……来い!」

 

スバルは気がみなぎっているように見える。心なしか……腕もすこし光っているように見えた。

スバルが振りかぶり、指から離れたボールはすっぽ抜け……ではなく、ストレートの速さだった。

ストレート?! 俺は少し反応が遅れてしまい、カットしようとバットを合わせたが、

 

シュルルルルッ。

バシーン!

 

そこから、ボールはフォークのようなカーブのような変化をした。

キャッチャーはミットにボールを収められずに後ろに逸らしてしまっていた。

 

「今の球は……間違いない! オレが三振したあの球だ!」

 

「で……できた……」

 

「なんでやんすか……今の球は」

 

誰もが驚いていた。おそらく今の球界に同じ球を投げられる人物はいないはずだ。

スバルは新しい武器を身に着けて成長した。俺は……どうなんだろうか。

高校の時の決勝戦で負けた時より、成長できているのだろうか。そう思うと、何とも言えない気持ちになった。

スバルの新変化球完成でみんなが浮かれている中、俺だけがただ取り残されたような気持になった。

 



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1章 6話 パワフル高校6

 

スバルの新変化球は、スタードライブと名付けられた。星井だからスターと言うのは安直な気がしていたけどスバルはその名前をすごい気に入っていた。

ちなみに、スタードライブは甲子園決勝まで封印することになった。初見で覇堂高校に投げたほうが勝率も上がるからだ。

予選での勝率が下がってしまう可能性があるが、今まではスバルはスタードライブではなくフォークで勝ち抜いてきていたから、問題ないはずだ。

そして甲子園前の最後の仕上げ、瞬鋭高校との練習試合の日。

スバルはスタードライブを封印したまま、8回を投げ切り9回裏で降板。ワンナウトでランナー1・2塁の状態から俺に代わり、俺はなんとか1失点で投げぬいた。

自分の力を確かなものにしたスバルは、甲子園に向けて調子を上げて行った。

 

 

 

甲子園予選前日。

今日は練習は休みだ。俺は練習をせず家で今までのことを思い返していた。

一回目。俺は打者として覇堂高校に立ち向かった。

木場の爆速ストレートに苦戦し、基本ヒット狙いで失投染みた球をホームランにもできたが、打ち崩すことはできなかった。

二回目。打者として前回より強くなった俺だったが、木場の爆速ストレートは強く重かった。

長打狙いに変えたためか、外野フライになることも多く前回より結果は悪かった。

そして三回目。今回の俺は少しでもスバルの負担を軽くするために6回、7回から投げることになる。

その分、スバルは打者としても活躍できるようになるため、打線も楽になる予定だ。ピッチャーへの転向により打者としての実力は低下しているが、ヒット狙いなら俺も活躍できるはずだ。

今度こそ、今回こそ勝てる!

その思いだけを一日中胸に抱き続けた。

 

初戦の相手は前回に引き続きストロベリー高校だった。前回同様なんなく勝つことができた。

宇渡もホームランが打てて、絶好調のようだ。

しかし、バス停前高校は本当にどうしたんだろうか。

 

続く二回戦,三回戦と順調に勝ち進み、とうとう甲子園予選の決勝戦。

グラウンドで向かい合う覇堂高校とパワフル高校。

 

「星井。俺はお前だけには負けねえ。

 負け犬のてめえには、絶対にな!」

 

俺たちも気合が入っていたが、木場も気合が入っていた。

しかも、今まで戦った時以上にだ。なぜ……。

 

「お前、いい加減にしろよ!

 スバルがどれほどすごいやつか知りもしないで!」

 

今回は珍しく、他のチームメイトも木場に反論していた。

 

「うるせえっ!

 星井がすげえヤツってことはオレだって百も承知なんだよ!

 オレと星井が組めば、完全無欠だったんだ!

 あの天空高校にだって……。

 だからこそ許せねえ!

 それだけの力を持っていながら、野球から逃げた

 こいつのことは!」

 

今までにない流れだった。

木場が今までスバルに執着していた理由を初めて知った。

木場はずっと前からスバルを認めていた。それどころか、木場もスバルのことをライバルだと思っていたに違いない。

 

「言い訳はしないよ。

 ボクは、キミから、野球から逃げた。

 でもパワプロがもう一度立ち上がる勇気をくれたんだ。

 もう二度と逃げたりしない!

 甲子園をかけて、勝負だ。木場!」

 

「互いに、礼!」

 

気合が十分に高まった状態で、審判の言葉により試合が始まった。

1回の表。1番の矢部くんは木場のたまになすすべもなかった。先頭打者ホームランでやんす! なんて言っていたが、分不相応と言うやつだ。

2番小田切。バントの構えをしたりして木場に揺さぶりをかけていたが、木場は全く動じずツーストライクからの3球目はなんとかカットしたが、4球目であえなく三振となった。

そして3番、スバル。今までの3番は俺だったが、俺は投手に転向したため3番がスバルに変わった。

今まではスタミナ不足が懸念されていたため、7・8・9番あたりになっていたが後半俺に代わることもできるため、打撃にも重心を置くことができるようになった。

 

「勝負だ、星井!」

 

木場の気合は漲っていて、球の鋭さは矢部くん、小田切に対するものとは段違いだったと思う。

だが打者として立ったスバルは一歩も引かず立ち向かったが外野フライに落ち着いてしまった。

 

「やはり、木場はすごいピッチャーだ」

 

スバルはそんなことを言っていたが、後ろ向きな意味ではなく倒すのに十分。とそういう感じのように見えた。

1回の裏、スバルはまだスタードライブは見せない。だが、三者凡退に打ち取った。一歩も引かない投手戦になることだけはこの時点でわかった。

2回の表、宇渡が先頭打者だ。だが、宇渡のスイングは球をかすることはなかった。5番,6番も凡退だった。

2回の裏、先頭打者は木場。木場はエースと言うだけでなく四番バッターでもある。うちの宇渡と比べてミートも良いらしいし、間違いなくA級ピッチャーだ。

1球目。スバルは臭いところにストレートを投げた。だが木場はこれを見送りボール。

2球目。ストライクゾーンからボールに外れる球を空振り。

3球目。木場の胸元辺りから落ちるフォークでバットの振りを乱されまた空振り。

4球目。外角ギリギリに入ったスバルのストレートを木場が見逃して三振となった。

 

二人の1回目の対決は、どちらも投手の勝利となった。

そしてそのまま回は進む。

スバルはスタードライブと言う隠し球を持っているからか、前回,前々回より余裕をもってこなせていた。

今回はお互い0点のまま進み、4回表。スバルの2回目の打順が回ってきた。

相変わらず矢部くんも小田切も木場を崩せていない。しかし、それでもスバルは打つ気で打席に臨んでいた。

ヒット狙いの小さな構えではなく、あくまで狙いはホームラン。そう言った大きい構えだった。

そのスバルに対して木場は本気だった。3球連続で爆速ストレートだった。これはおそらく、木場の相手に対する礼儀のようなものなのかもしれない。

木場がライバルだと思った相手、脅威だと思った相手。そんな相手にのみ行う行動。それが爆速ストレートなのだ。

2球まではかすりもしなかったスバルだったが、3球目。振り遅れたがなんとか当ててバックネットにボールが飛んだ。

そして4球目。さらになんとか当ててバックネットに飛ぶ。

木場の爆速ストレートは、実際の球速より早く感じる。それが行動にも影響しているのか、実際に振り遅れているのだ。どういうカラクリなのかわからないが、爆速ストレートは簡単に打ち崩せるものではなかった。

実際にスバルも4球目までの打ち損じで手を痺れさせていたせいか、5球目は見事に振り遅れて空振り三振だった。

 

今度は木場の2回目。

スバルは手の痺れを取るために、手を回すなどの普段しない行動をしていた。

そしてその行動の意味を木場は見切ったのか、2球目のスライダーを見事センターに打ち返し、ノーアウト1塁となった。

だが覇堂もその後続かず、結局お互い0点となった。

5番6番に一切容赦せずに抑えたスバル。最強のピッチャーらしく、堂々としている木場。身内びいきならスバルだが、まだこの勝負の結果はどうなるかわからなかった。

 

さらに回は進み3回目の対決。

ワンナウトで矢部くんがなんとかバントを宛て、足を活かして1塁にヘッドスライディングを決めた。

 

「セーフ!」

 

今まで出塁できていない矢部くんの俊足が覇堂のメンバーにはわかっていなかったのだろう。出塁を許してしまった。

そして2番の小田切、まさかの送りバントで矢部君を2塁に送る。

ここでスバルの番だった。

ランナーを2塁に置いた時のスバルは、威圧感があった。

なんと初級を外野に打ち返し、矢部くんをホームに返した。

パワフル高校ベンチは大盛り上がりだ。スバルはみんなに叩かれ、完全にヒーローだった。

俺もスバルの首に腕を回し、よくやった、よくやったと褒めた。

続く宇渡はようやく木場の球にバットを当てられたものの凡打。5番は三振だった。

 

6回裏。覇堂の攻撃。ここで木場の3回目の登場となった。

この回スバルは痛恨のミスをしていた。3番の打者に投げたシンカーが甘く入り、それを外野まで運ばれてしまったのだ。

打球はいいところに飛んでしまい、3番は鈍足だったのに2塁打になった。

次が木場だと言うところもつらい、だがツーアウトだ。

満を持して登場した木場からは、黒いオーラのようなものが見えた。

1球目、フォーク。おそらくスバルはこの回でスタードライブを使う気だろう。

敢えてフォークを見せ球に使うことでスタードライブを使った時の効果が上げようとしているに違いない。

フォークは外角に外れてボールだった。

2球目、シンカーは木場にぶつかるように投げられ、そこからストライクゾーンに入っていった。

見事なコースだったが、それを木場は避けようともしなかった。なぜだろうか。シンカーだと気づいていて、それでもボールだと思ったのだろうか。

3球目、ここでスバルはスタードライブを投げた。

外角高めにストレートと同じ球速のボールがいき、木場はチャンスとばかり渾身の振りをしたがボールはそこから内角の低めまで落ちた。

変化の度合いも今までで最高クラスだった。

バシーン。キャッチャーミットが気持ちよく鳴ると、その変化球の異常さに気づいた観客が騒いだ。

 

「な、なんだ……今の球……」

 

沸く観客だったが、試合は止まらない。

カウントはツーストライクワンボール。

4球目はまたも高め。球速はストレート。だが……また落ちる可能性がある。

よって木場は何がなんでも振らなければならなかった。だが、木場はストレートである可能性にかけてしまっていた。

ボールは無残にも木場の足元に突き刺さり、

 

「ストラック!

 バッターアウト!」

 

審判が空振り三振を告げた。

こうして続く打者もスタードライブで三振に抑えたスバルがベンチに戻ってきた。

 

「やったな、スバル!

 スタードライブ最高のお披露目じゃないか」

 

「ああ……だが……思った以上にスタミナを食ってしまったよ。

 今日のスタードライブはものすごくキレがいい。

 代わりにスタミナが……」

 

帽子を脱いだスバルの髪の毛は汗で濡れていた。暑いからではない。それほどにスタミナを使う変化球だったに違いない。

そして、木場との真剣勝負ということもそれに上乗せされているんだろう。

マネージャーにすぐに氷を持ってきてもらうと、スバルを冷やした。

 

「後少しだ、後少し……頑張ってくれ」

 

「ああ……パワプロ……絶対にキミまで回す」

 

疲労困憊のスバルだったが、目はまだまだ死んではいなかった。

結局スバルは8回まで投げ切った。しかも、あの最強覇堂打線を0点に抑えてだ。

 

「パワプロ、後は頼んだ!」

 

スバルは肩で息をしていて、交代時のハイタッチの弱々しさででどれだけの疲労がつきまとったのかがよくわかった。

9回裏。後スリーアウトで俺たちパワフル高校の勝利が決まる。

しかしこの回は1番バッターからだった。一人でも塁に出れば木場まで回ってしまう。

俺は7・8回とピッチング練習をスバルと一緒に投げているつもりでじっくりと行った。

だから肩は十二分に温まっている。

 

まず1番バッターだ。最強覇堂の1番バッターと言うところだろうが、県内最速とのうわさだ。

だが……俺はもう弱点を知っている。

インにストライクかボールかわかりにくい変化球を投げると、打ち損じることが多い。

俺の今回で三回目となる知識が、そう答えを導き出していた。

ファール、ファール、と二回続き。そしてストライクから大きくボールに外れる球が凡打となり、ワンナウト。

次に2番バッター。こいつは……今回の試合、もっとも投げにくいバッターだった。

スバルからも3回中2回ヒットを打っており、残りの1回もストライクかボールか微妙なラインを審判に拾ってもらったような状態だった。

初球で外角のぎりぎりの球を投げたはずだったのに、それを難なく外野まで打ち返されてしまった。

彼にすればスバルのボールに慣れていたわけだから、能力の劣る俺の球なんか打ち返せて当然だったのかもしれない。

俺はランナーで埋まったファーストを悔しい思いで睨み、3番バッターを迎えることになった。

この3番バッターは打力はあるもの足が遅い。変化球で打ち取らせる投球をすれば抑えられる。スバルもそうやっていた。

だが、変化球にも慣れてきていたのか、二球目のカーブを振りぬかれヒットを許してしまった。

ワンナウト1・3塁。バッターは木場。最悪な状況になってしまった。

ヒットどころか、外野フライでも同点に持ち込ませてしまう。そして、スバルではなく俺では覇堂打線を0点に抑え続けることはできない。

だから、木場を絶対に抑える必要があった。

 

「覇堂相手によくやったと褒めてやるぜ!」

 

木場がバッターボックスに入ると、真っ先にそう言ってきた。

 

「まだ早いぜ。そういうセリフは勝ってからにしてもらおうか!」

 

ピンチなのは間違いないが、これでもスバルと同じ練習をずっと一緒にやってきたんだ。

相手が木場だと言っても、俺は負けるつもりはなかった。

 

初球、イン寄りのストレート! 力のこもったボールだったはずなのに、木場に三塁側に大きく打たれ……結果ファール。

 

「ちっ。

 星井より遅いもんだから早く振っちまったぜ」

 

俺の球がスバルより遅いと言っても、最高144km/hのスバルに対し140km/hだ。

それほど遅いわけではないのに、こんなに簡単に打たれてしまう。木場、やはり恐ろしいやつだ。

二球目はシュートだ。ストライクゾーンギリギリからボールに外れる良い球だったのだが、木場には見過ごされてしまった。

三球目、フォーク。ギリギリストライクになるように投げたのだが、木場は空振り。

 

「くそっ……」

 

空振った木場は荒れていた。それもそのはずだ、先ほどまでは同じようなスバルのスタードライブを見ていたのだ

体がそっちに慣れていても仕方ない。

四球目、今度はストライクゾーンからボールに外れるフォーク。二球続けてのフォークだったが、今回は完全に見切っていたからか、振りもされなかった。

そして五球目。球は俺の手からすっぽ抜けて……その事実に木場が目を見開いた。チャンスを見逃してくれるようなやつではない。的確にボールの軌道に向けて、バットを振りぬこうとしていた。だが、

 

シュルルルルッ。

 

俺の手から離れたボールはすっぽ抜けではなくスバルのスタードライブだ。

変化したことに木場が驚き、空振りだと思えたがなんと球にバットを合わせてきた。

体は完全に流れているのだが、バットだけを残して先の方に当ててきた。

それなのに三遊間に強い打球が飛んだ。

 

「小田切!」

 

俺は打球を目で追いながらショートの小田切の名前を呼んだ。

 

「うっす!」

 

小田切はちゃんと打球に反応していて、抜けたと思われた三遊間の球をダイビングキャッチしていた。

そして、ランナーが飛び出していた一塁に向かって、何とか投げた。

一塁手はダイビングキャッチに上手く反応できず、戻るのが遅れていたこともあって……

 

「アウト!」

 

野手に打者、ランナー、観客。全員が見守る中審判の判定はアウトだった。

この瞬間、俺たちパワフル高校の甲子園出場が決まった。

 

「やっ……たぁーっ!!」

 

俺たちはなりふり構わず優勝を喜んだ。

覇堂高校の選手はみんな俯いているが知ったこっちゃない。

だが、パワフル高校のこのメンバーでさえ三回戦ってやっと一回勝てた相手だ。

むしろ、今回俺たちが勝てたのは運が良かっただけかもしれない。

それくらいの強敵だった。

 

「まさか……俺たちが負けるなんてな……」

 

マウンドの俺の元までスバルがやってきて、二人で抱き合って喜んでいたところ木場がやってきた。

 

「星井。やっぱりてめえはすげえよ。

 あのとき、なんとしてでもてめえを覇堂高校につなぎとめるべきだったな」

 

「いや……きっとボクは覇堂高校にいたらダメになっていた。

 キミの大きな背中の陰でいつまでも小さく丸まっていたに違いない。

 パワフル高校のみんなと、パワプロに会えたからここまで強くなれたんだ」

 

「そうか。パワプロ。お前には感謝しなきゃいけねえ。

 お前のおかげで最高のライバルを相手に最高の試合ができたぜ。

 そしてあの最後の打席。痺れたぜ。

 まさかお前まであの変化球を投げれるなんてな」

 

「ああ、スタードライブのことか」

 

「スタードライブか、いい球だな。

 俺の爆速ストレートにも負けてない」

 

「そう言ってもらえたら、甲子園での活躍は間違いないね」

 

「ああ。俺たちの分まで、甲子園で暴れてきてくれよ!」

 

木場、最初は暴言のひどいやつだと思っていたが……気持ちのいいやつだった。

スバルに対しての暴言も、彼なりのスバルへの励ましだったのだろう。

だから、心から感謝できた。

 

「ああ、そうだ。

 虹谷誠。あいつこそが甲子園最強ピッチャーだ。

 がんばれよ」

 

木場は途中一回だけ振り返るとそう言った。

あの合宿所で会った虹谷誠。自称虹色の変化球。

俺はまだあいつのすごさを知らなかった。

 



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1章 7話 パワフル高校7

 

「いやあ、キミたち!」

 

甲子園球場の前までやってきた俺たちを迎えたのは、あの天空中央高校の虹谷誠だった。

 

「君たちがてここへやってくるとは思ってなかったよ。

 本当に覇堂高校を破るなんて。

 奇跡ってあるものなんだねー」

 

すごい煽ってくるわけだが、虹谷誠の天空中央高校は甲子園予選は苦も無く優勝したらしい。そこからくる自信のなせるものなんだろう。

だが、うちも覇堂高校に勝ってきたんだ。虹谷に引け目を感じることなんてない。

 

「そういえば、あの美しいレディの姿が見えないようだが?」

 

「もしかして小筆ちゃんのことか?

 小筆ちゃんなら、合宿所に向かったぞ」

 

「む、それは残念。

 だが大会に向けての楽しみが一つ増えたな。

 次は試合のグラウンドで会おう。

 それまで負けないようにね。

 アデュ~♪」

 

虹谷は俺たちなんて目じゃないとでも言わんばかりの発言だったが、決勝戦に来れる実力を持っていることを認めるような言い方でもあった気がする。

覇堂高校を破ったことで実力を認めていると言うことだったのだろうか。ただチャラいだけじゃなく実力もある……そう思わせる何かがあった。

 

「あいつ何言ってるでやんす。

 次会うのは開会式でやんすよね?」

 

しかし矢部くんは全く関係ないことを思っていたのか的外れなことを言っていた。

 

 

 

開会式も終わった。

初戦は赤壁高校だ。試合前の練習の時間になると銅鑼を叩く音が聞こえて驚いた。

 

「な、なんでやんすか?」

 

矢部くんだけに限らずチームのメンバーが銅鑼の音で自分自身を見失いそうになっていた。

 

「相手に引きずられちゃダメだ。

 俺たちは俺たちの野球をすればいいんだ」

 

あの覇堂高校相手に行った野球。あれが出来れば間違いなく決勝まで行ける。

俺たちはあの戦いを胸に一回戦の相手、赤壁高校へ挑んだ。

 

赤壁高校は何度も甲子園に出場している高校で俺たちパワフル高校と違って応援団も立派だった。

 

「だが、勝つのは俺たちだ」

 

赤壁高校の練習を見ると、安定しているが……決して強いわけではなかった。

投手の球速は確かに速いが、その外に目立って強い変化球があるわけではない。

しかし……

 

「手ごわそうでやんす……」

 

現代野球を学び甲子園出場投手と同等の力を持つ俺はそうでも、チームメンバーからすれば強敵のようだった。

 

「大丈夫だ。覇堂高校に比べれば、木場に比べれば

 なんてことないさ!」

 

俺がそう言うと、みんなはあの試合を思い出したようで力強く頷いていた。

 

 

先行は俺たちパワフル高校。相手投手は周湯と言う選手だ。

木場には少し劣るものの、MAX150kmのストレートに3種類の変化球を持っている。

だが速球頼りになりがちらしく、ストレートの選択は50%を超えているらしい。

 

「みんな、ストレートだ。

 ストレートに絞って打て!」

 

小筆ちゃんが集めた情報を基にみんなにそう指示を出すと、

 

「おうっ!」

 

みんな完全に意志統一ができているようで、応答の声はズレることもなかった。

 

先頭打者は矢部くんだ。

矢部くんは、練習の時はそこそこ上手いのだが試合になると急にダメになる。

よって心配していたのだが……。

かろうじて当てた打球が絶妙な場所に飛び、内野安打になっていた。

 

二番目は小田切だ。

初球送りバントで、難なく矢部くんを二塁へ進塁させた。

 

「小田切、ナイスバント」

 

ささいなことだが、小田切に声をかけると

 

「あれくらいどうってことないっすよ」

 

普通に笑顔で答えていた。

 

三番目はスバルだ。

宇渡には敵わないが強打者であるスバルなら、矢部くんを返すことだってできるはずだ。

スバルは初球,二球目と見過ごしてカウントはワンストライクワンボール。

三球目のスプリットフィンガーファストボールをカスらせてファール。

 

「おい……今のスプリットフィンガーファストボールだよな……」

 

プロ野球界でもなかなかいない珍しい変化球だ。速球に近い速さで落ちるボールはストレートと見間違い打ちにくい。

しかし、続く四球目。スバルはストレートを三遊間にはじき返し、タイムリーツーベース。

そして四番の宇渡。一回の立ち上がりを気持ちよく攻められた相手投手は、初球のコントロールを乱しそこを宇渡に打ち込まれた。

 

「宇渡! ナイスバッティン!」

 

パワフル高校のベンチ,観客席から歓声が沸いた。

スバルがホームに帰り、なんと一回で2点先取。だが、その後は続かず二者凡退になってしまった。

 

スバルの後に投げる、そう決めた俺だったが現代では甲子園に行ったことがなかったこともあり、うずうずしていた。

俺の出番はどんなに早くても6回から。スバルが相当打ち込まれない限りそれより前に登板することはない。

もちろんスバルに打ち込まれて欲しいわけじゃないが、この目の前の光景を見ると少しでも早くマウンドに登りたくてたまらなかった。

 

一回の裏。

小筆ちゃんの情報に寄ると赤壁高校の3番から5番の三人が木場に近いくらいの強打者だと言うことだった。

1番,2番も大したことないわけではないのだろうが、覇堂を破ったスバルの相手ではなかった。

 

それぞれ4,5球を使ってツーアウトを取ると、赤壁の3番。

バッターボックスに立つと、強打者としての貫禄があった。

キレの増したスバルのスライダーをカットし、渾身のシンカーは振り遅れだったが特大のファールになった。

ただし、続く四球目。ストレートがギリギリに決まり見過ごしの三振になった。

 

俺ではあそこまでのコントロールは出せない。

木場もすごいがスバルも今大会屈指の投手だ。そう改めて確信できた。

 

そのまま点を取り続け……とできたらよかったのだが、どうやら1回で俺たちの目的がストレートであることが完全にバレてしまったようだった。

ストレートは見せ球としてボールに使われることが多くなり、代わりに速度の近いスプリットフィンガーファストボールがストライクゾーンで使われることが多くなった。

結果ファウルや打ち損じ、三振が増えて点を取れなくなった。

 

その反面、相手打線にスバルが少しずつ打ち崩され、途中4回に1点を取り返されてしまった。

だがスバルもそれ以上崩れず7回まで1失点で2対1で俺に交代した。

 

「パワプロ、前みたいに頼むぞ!」

 

8回裏のマウンドに登った俺は、三者三振……とはいかないが、ヒットを打たれたりしたが凡打に抑えたりして8回裏を乗り切った。

そして最終回も同様に乗り切った。

俺とスバルは二人ともスタードライブを見せることなく一回戦を勝ち上がった。

 

「パワフル高校、先発の星井くんと中継ぎ,抑えのパワプロくんの二人で赤壁高校を見事に打ち取りました」

 

後で聞いた話だが、実況からもこのような話があったらしく俺はスバルの後を継ぐ投手としての立ち位置を選んで正解だと思った。

 

二回戦の相手はくろがね商業高校だった。

この高校は、今までメインで投手をやっていたパピヨンと言う名前の白鳥のマスクをつけた投手が体を壊し、抑えに変わったと言うチームだ。

その結果実力は低下しるということだったが、それでも甲子園に出場できるということは全体的なレベルは間違いなく高いはずだ。

 

今回は俺たちは後攻になった。

しかし相手の打者は……赤壁高校と比べて弱かった。

スバルは難なくアウトに打ち取る。四番はかなりの実力者であることは間違いなかったが、調子に乗らせたスバルの敵ではなかった。

しかし1つだけ気になることがあった。

それは、なぜか毎回出塁する選手がいたことだ。

ストライクゾーンギリギリのボールがなぜかその選手の時だけ審判がボールにしたり、内野に転がったボールが突如イレギュラーバウンドしてエラーになったりするのだ。

結果、スバルはその選手相手にだけは100%の出塁を許してしまうと言う屈辱を味わっていた。

ただその選手から打線が続くことはなく、スバルと俺のリレーをもって0点に抑え反対にこちらは4点の得点をあげていた。

8回から投手を変わったパピヨンはすごかった。あの投手が先発として投げていたら……どうなっていたのだろうか。

そう思うが、大事なのはいまだ。俺たちは二回戦を順調に勝つことができて、大いに盛り上がっていた。

 

そして、決勝戦前夜になった。

 

「パワプロさん、おられますかー。

 電話が来てますよー」

 

合宿所の自分に割り当てられた部屋でストレッチをし、体のケアをしていると俺宛てに電話がきた。

誰からだろう、と電話に出ると。

 

「ああ、やっと出たか! 

 オレだよ! オレ」

 

まさかのオレオレ詐欺の電話だった。

甲子園に出て多少有名になったからか?

 

「オレオレ詐欺とかどうでもいいんで。

 切りますね」

 

電話を切ろうとすると、

 

「詐欺じゃねえよ! 俺だよ! 木場だ!」

 

木場からだった。

 

「ああ、木場か。

 最初からそう言えよ」

 

「うるせえ! 詐欺なわけねえだろ!」

 

ここで言い返しても良いが、話が進まないので電話してきた理由を聞くことにする。

 

「で、電話の理由はなんだ?」

 

「まあ……なんだ。

 決勝進出おめでとう」

 

ツンデレかよ! って思うくらいしおらしかった。

 

「……ありがとう」

 

なんかこっちまで恥ずかしくなった。

 

「決勝戦の相手、天空中央高校だってな」

 

どうやらこれが本題のようだ。

 

「ああ、あの虹谷の天空中央高校が相手だ」

 

そう、覇堂が前回の甲子園で負けた相手。本当は4種しか変化球を投げれないくせに虹色の変化球なんて大した二つ名がついている虹谷の高校だ。

 

「わかっていると思うが、虹谷の変化球に気をつけろ。

 あいつの変化球は、本当に虹色なんだ」

 

「なんだそれ?

 虹色に輝いてるってことか?」

 

「なわけねえだろ。

 いいか、変化球って言うのは投げられる球種が多いほど打ちにくくなるのは当然だ。

 そしてあいつが投げる変化球は全てが一級。

 それが組み合わされると、7種類の変化球があると思えてしまうくらいなんだ」

 

「それで、七色の変化球と」

 

「そうだ。油断はしないと思うが、そこまで考えてかかれってことだ」

 

「なるほど。助かったよ。

 

「いや、いい。

 俺たちに勝ったお前たちには優勝してもらわないといけない。

 じゃないと、覇堂高校が弱いと思われるからな!」

 

そして電話が急に切られた。

なんだ? 恥ずかしさが限界に達したのか?

だが、木場からの話はありがたかった。

七色の変化球が打ちずらいのであれば、打ち崩す策が必要だ。

それを練る時間ができた。

 

「パワプロ、電話はなんだったんだい?」

 

部屋に戻るとスバルから話しかけられた。

俺とスバルは二人部屋で一緒だったから、ちょうど作戦を練るのにちょうどよかった。

 

「ああ、実は木場からの電話だったんだ」

 

「木場から?! それで……?」

 

スバルには木場からの電話の内容を一字一句伝えた。

 

「あの木場が言うくらいなんだ、間違いないだろう」

 

木場の実力に対する信頼はとても高い。その木場が実力で負けた相手のことだ。

信じて間違いないはずだった。

しかし俺は気になることがあった。

 

「スバルは天空中央高校のことは知らないのか?」

 

木場が試合で負けたということは、相手のことをスバルも知っているのではないだろうか。

 

「ああ……ちょうど甲子園の前に紅白戦で負けたからな……」

 

しかし、天空中央高校のことはスバルの中で御法度だったらしい。

暗黒スバルが誕生しそうだったので急いで話を変えた。

 

「で、正直言って今の打線でどうだろう?」

 

「木場以上の投手と過程したとして、厳しい……どころか、無理だろうな」

 

俺の中でも今の打線のままでは虹谷を打ち崩すことはできないと思っていた。

スバルも同じ意見だったらしい。

 

「言っては悪いが、宇渡が虹谷から打てることはないだろう。

 何せ変化球との相性も抜群に悪いしな」

 

そう、宇渡は間違いなく強打者なのだがミートが悪くストレートならともかく変化球となると極端に打てなくなってしまう。

 

「そうすると、虹谷から出塁できる可能性があるのは……。

 矢部くんとスバル、ギリギリ小田切ってところか」

 

たった三人しかいない。そうなると勝つ確率が極端に低くなってしまう。

どうしたものかと思っていると、

 

「いや、もう一人いる」

 

「誰だ? そんなやついたか?」

 

「お前だよ、パワプロ」

 

「俺?!」

 

確かに俺はこのパワフルプロ野球の世界に入って、打者としての特殊能力が身に着いた。

それは、相手の投げるボールの具体的な場所がわかると言うことだ。

ストレートなら投げた瞬間位置がわかるし、変化球でもその位置から変化するだけなので、他の選手より圧倒的に打率が高かった。

 

「だが、俺は中継ぎ,抑えだぞ?」

 

「そうだ。だが、外野ならできるだろう?」

 

この世界だと、ピッチャーは総じて肩も強い。

強肩の選手レベルだ。

 

「そういう手もあったか……。

 なら、打順を変えて……」

 

その後スバルとああでもないこうでもないと1時間近く議論した後、監督の部屋に向かった。

 

「ちょうど私も何か策を打とうとしていたところだったんですよ」

 

あのパチンカスの監督がそこまで考えていたはずない、とそう思ったがすんなり受け入れてくれたと好意的に解釈することにした。

 

「これで明日への準備は万端だ。

 やるぞ、スバル!」

 

「おう、パワプロ!」

 

対天空中央高校の策は完璧になった。

 



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2章 1話 覇堂高校1

急な展開で申し訳ありませんが、今話から話は覇堂高校に変わります


 

明日天空中央高校と甲子園の決勝戦で戦う。だと言うのに俺はずっと気になっていたことがあった。

覇堂高校の木場嵐士のことだ。最初俺たちはスバルをあんな状態にしたあいつを憎んでいた。あいつ憎し、あいつに勝つため頑張っていたのも嘘ではないと思う。

だがライバルとして認識されて、面と向かって勝負を挑んで、甲子園予選の決勝戦で戦って……多くを話すようになって、やつのことが少しずつわかっていった。

木場嵐士は決して悪いやつじゃない。それどころかスバルを認めて、実力があるのになぜ頑張らないのかと彼なりに叱咤激励していて、その方法は間違っていたかもしれないけど、それを俺たちは最後の最後で汲むことができた。

だから、どうしても気になってたまらなかった。もし立場が違えば……。

 

『じゃあ、行ってみようか』

 

そう思ってしまったからか、またもやつの声が聞こえた。

 

「待て! 今は明日の甲子園の決勝戦が!」

 

『ダメダメ。そんな状態で勝てるわけないって。

 じゃあ、行くよー』

 

その声を最後に俺の意識は途切れた。眠くなったとは明確に違った。

 

 

 

俺は覇堂高校に入った。

中学で野球を頑張っていた俺は、全国から強者の集まるこの覇堂高校になんとか入学することができた。

覇堂高校の練習は全国屈指と言われるほど厳しく、辞めていく仲間も多い中なんとか諦めることなく続けることができた。

チームは木場と星井の二人に引きずられてどんどん成長し、全国屈指のチームになった。

俺はまだレギュラーを勝ち取れていない、だが……木場と星井と一緒に甲子園に行くため、一層気合をいれて練習をすることにした。

 

「パワプロくん、とうとうオイラたちも念願の一軍に昇格したでやんすね」

 

苦しい練習を一緒に耐え抜いた矢部くんが隣で言う。

あれ? 矢部くんってパワフル高校に入学してるんじゃなかったのか?

そう疑問に思ったのだが、なぜかすんなりと受け入れてしまっている自分がいた。

 

「そうだな矢部くん。

 だがここからが本番だ。

 もっと頑張ってレギュラーを目指さなければ!」

 

そう二人で気合を高めていると、

 

「パワプロせんぱぁーいっ!

 昇格おめでとうございまぁーす!」

 

部室のドアが開けられると同時に元気な声が入ってきた。

木場の妹の木場静火だ。

 

「ありがとう、静火ちゃん」

 

パワフル高校の時にも思っていたが、この子……本当にかわいい。

 

「アタシ、先輩のこと応援していますから。

 サポート、超はりきっちゃいますよ!」

 

「静火ちゃん、静火ちゃん。

 オイラも1軍に上ったでやんすよ?」

 

「あーそーですねー。

 おめでとーございまーす」

 

俺との会話を邪魔された静火ちゃんは矢部くんに適当な返事をしていた。

 

俺に向けられた好意的な言葉にデレデレしていると、

 

「所信表明が始まるぞ!」

 

今日は木場がキャプテンになって初日だったので、みんなで集まることになっていた。

キャプテンが木場,副キャプテンは星井。その説明があり、二人からの話が始まった。

 

「前の代では甲子園には出場したものの三回戦敗退。

 優勝は果たせなかった。

 先輩たちの悲願はボクらの代で果たそう!」

 

スバルの……いや、星井の気合の入った言葉にみんなは拍手をすると同時にそれぞれ気持ちを高ぶらせていた。

覇堂高校に入学することになった瞬間、俺とスバルは子供の時からの親友ではなくなってしまっていた。

どうやらストーリーが都度変わるらしく、スバルのあの時の記憶も当然のようになくなっていた。よって、呼び方もスバルではなくて星井だ。

 

「キャプテンに任命された木場嵐士だ。

 てめえら、わかってんだろうな?

 オレたちでテッペン獲るぞ。

 覇堂の練習は日本一、つまりオレたちが一番強い!

 ガンガン行くから気合入れろよ!」

 

星井とは全く異なる、感情重視だったがそれでもチームメイトは星井の話と同様気を昂らせていた。

流石チームを引っ張る二人だと思う。

 

「気合なんて一時的なものだ。

 具体的な方針を言ってもらわないとな」

 

だが、そんな中反対的な意見を述べる者もいた。

キャッチャーの水鳥だ。星井より論理的でクール。だが頼れるキャッチャーだ。

 

「盛り下げるね水鳥くん。

 嵐士を信じて、みんなでがんばろうよ!

 

反面、とても軽い感じの者が金原。能天気な感じであるがこいつが曲者で足は速いしミートもとても上手い。

そう言えば、覇堂の1番はこいつだった!

 

「まずはランニング10周、行くぞ!」

 

木場の合図で練習が始まった。

ただのランニングでさえ気合が入る。そんな中一人だけ違う者がいた。

 

「どうしたんだ星井。

 声が出てないぞ?」

 

副キャプテンのはずの星井の元気がなかった。

 

「さっき、ボクは木場と同じことを口にしたんだ。

 だけど木場が言うとみんなの瞳に炎が灯ったんだ。

 その差について考えていた……」

 

パワフル高校の時、星井は言っていた。

木場に負けたと。この時からすでにその予兆があったのかもしれない。

 

「良くも悪くも木場は野球バカだからさ。

 細かいことは気にせずに頑張っていこうぜ!」

 

そうフォローしたが、星井は完全には納得してない様子だった。

 



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2章 2話 覇堂高校2

 

「ノック行くぞオラァ!」

 

「「「おうっっ」」」

 

今日も木場のノックが始まった。

一人当たりのノック数は100を優に超えるもので、しかも打球はその選手がギリギリとれるかとれないかを狙ったもののため、一打一打の疲労感はとても大きく時には倒れる者まで出るようになった。

 

「どうしたどうした!

 この程度でへばってて甲子園に行けると思ってんのか!」

 

木場の言うことはとても厳しい。

だが全員にノックをする木場が一番きついのだ、と言うかよく続けられるなこいつ。

 

「ちゃはは……

 嵐士の言う通りだよ。

 そもそも一人で全員のノックをしている

 嵐士が一番キツイはずなんだ。

 その嵐士がこれだけ踏ん張ってる。

 それなら、オレっちたちが

 寝てるわけにはいかないよね!」

 

俺も矢部くんも疲労が限界に達しようとしていたが、金原だけ元気だった。

こいつは守備も上手くて木場のノックを難なく受けているように見えたが、別に辛いわけではないのだと思う。

 

「ああ、その通りだ!

 オレも負けないぞ!」

 

その夜、金原の声掛けでみんなはノックを最後まで受け続けることができた。

翌日、完全に疲労が取れてないこともあって昼の練習はそこそこに夜間練習がなかった。

 

シュッ! シュッ!

 

しかし、グラウンドの隅で星井だけが残って練習をしていた。

 

「星井、あんなキツイ練習の後に自主練をやってるのか!」

 

「パワプロか。

 ああ。ただ木場の練習に付いて行くだけじゃ木場を超えることはできないからね。

 今年こそあいつからエースの座を奪い、甲子園のマウンドに立ってみせるんだ!」

 

「すごいガッツだな、流石星井だ!

 よし、俺も練習につきあわせてくれ!」

 

それから、星井との毎日の練習が始まった。

星井との練習をこなし続けたある日。

 

「パワプロ、明日から朝練習を1時間早く始めないか?」

 

「えーっ!? 1時間!」

 

今も結構へとへとになるまでやっている朝練なのだが、それを1時間も早くやろうと言う。

木場もそうだが星井もなかなかの熱血漢と言うのか……。

この世界にはなかなか理論的な練習とかそういうのが周知されていないこともあってこういうことが多かった。

 

「きついのはわかってる。

 ダメなら、ボク一人でやるよ」

 

「いや……やろう。

 それぐらの根性を見せないと甲子園には行けないもんな!」

 

「ありがとう。パワプロなら

 そう言ってくれると思っていたよ。

 木場は本物の怪物だからね。

 あいつに勝つには、練習量だけでも勝たないと」

 

そう、木場は……部活での練習以外に家でも自主練をしているとのことだった。

それに勝つには練習量をもっと増やさなければならない。星井はそう感じていた。

しかし……朝二人で朝練に向かっていると、誰もいないはずのグラウンドから音が聞こえて来た。

 

ブンッ。ブンッ。

何の音だろうと思ってそっちに行くと、

 

「「き、木場ぁ?!」」

 

星井と俺の声がハモった。

まさか1時間早く来た俺たちよりも木場の方が早く来ていたのだ。

 

「おう、お前ら。

 今日は早いじゃねえか」

 

「木場、どうしてこんな時間から?」

 

「実は通常の朝練だけじゃ物足りなくてよ。

 それでいつも早く来て自主練してんだ」

 

「いったい、いつからこの練習を?」

 

「えーっと、たしか……

 1年の秋ごろからじゃねえか?

 それより、三人で練習するならボールの数が足りねえな。

 ちょっと取ってくるぜ」

 

そう言って木場は部室にボールを取りに行った。

 

「ああ……かなわないな。

 ボクの本気の決意をあいつは1年も前に上回っていたんだ」

 

この時からだろうか。

星井の顔色が少しずつ変わっていった気がした。

 

それから、特に何も変わることなく朝練は続けられ現状の実力把握のための紅白戦が開催された。

紅白戦は木場と星井の二人がチーム頭となりメンバーを一人ずつ選んでいった。……ちなみに俺と矢部くんはレギュラーとしては選ばれなかった。

試合は両チームとも0点のまま5回まで進んで行ったが、星井のチームのメンバーのエラーを機に相手チームが勢いづき、一気に5点奪取となった。

個人的な見解だと、ランナーを背負ったときの星井は気負いすぎる感がある。力んで投げたボールを打たれた感じに思えた。

そしてこの試合抜群に安定していた木場からその点数差は返しようもなく、そのまま9回を終えてしまった。

マウンドで勝ったことに喜んでいた木場だったが、星井はベンチで深く俯いていたのを俺は覚えていた。

そして翌日、

 

「星井のやつ遅ぇな……

 練習がもう始まるってのによ、何やってんだよ!」

 

イライラしながらも、それでも星井を待つ木場。

木場は、本当に星井のことを認めているんだな。そう思えた。

 

「あれっ……星井くんのロッカーから名札が外されてるでやんす」

 

え? 名札が?

三人で星井のロッカーを調べていると監督が部室にやってきた。

 

「ああ、ここにいたのか。

 突然だが星井は両親の仕事の都合で転校することになった」

 

「「「えぇーっ?!」」」

 

「本人たっての希望で、送別の場は持たないことにした。

 星井も悩んだ末に出した答えだろう。

 尊重してやれ」

 

それだけ言うと監督は部室を出てグランドに向かって行った。

 

「クソッ、なんでだよ!

 覇堂高校には寮があるじゃねえか!

 残ろうと思えば残れたはずだ。

 俺は認めねえぞ!」

 

木場の星井に対する熱い思いに俺たちが何も言えないでいると、

 

「そうか、練習だな」

 

「え?」

 

「あいつは練習がきつくて、イヤになって逃げだしたんだ!」

 

「オイラ、星井くんがそんなことで野球部を辞めるなんて信じられないでやんす」

 

「ああ、きっと何か事情があったんだ。

 でも……何か一言ぐらいは言って欲しかったよ」

 

俺は、パワフル高校の時に星井が野球部を辞めることを知っていた。

なのに止められなかった。そのことに罪悪感を感じられずにはいられなかった。

 

「ハン。辞めたヤツのことなんか考えるだけ無駄だぜ。

 おめえら! いつも通り練習を始めるぞ!」

 

木場はそう言っていつもより厳しい練習を行った。

だが俺はそんな木場とは正反対に、あまり練習に身が入らず監督に怒られてしまっていた。

 



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2章 3話 覇堂高校3

 

「オラァ!」

 

ズバーンッ!

 

木場の投げる球が水鳥の構えるキャッチャーミットに気持ちいい音を立てて吸い込まれる。

あいつの爆速ストレートだ。

あいつがこれを覚えたのは……いつからなんだったっけ? だけど、星井のスタードライブみたいに、甲子園の予選直前に覚えた変化球とは違う。

正真正銘の決め球だった。

 

「なぁ、本当にやるのか?」

 

そしてそれを見ている俺は、授業の休憩時間にトランプで負けて罰ゲームをやらされているところだった。

 

「もちろんだ。トランプで負けたら罰ゲームって約束だっただろ?

 ほら、グダグダ言ってないで練習中の木場を早く怒らせてこいよ」

 

勝ったやつらは本当に適当だ。

まあ俺も勝ってたらそっちの立場だったんだから仕方ないけど。

それにしてもなんて言ったらいいものか……。

そうだな、ネーミングセンスにしよう。爆速ストレートってださいなって言ってみるか。

 

「なぁ、木場。ちょっといいか」

 

俺はたかが罰ゲームで木場の爆速ストレートの名を貶めるために声を掛けた。

練習を邪魔されて、ネーミングを馬鹿にされて木場は2重の意味で怒るのだろう。

今から考えても怖い。

 

「おう、どうしたパワプロ。

 今練習中なんだ」

 

「ば……爆速ストレートって名前!

 正直ダサいよな!」

 

「な、なんだと……」

 

言ってしまった! もう口から出た言葉はもう一度口に戻すことはできない。

言われた木場は目をつぶると、ボールを持った手をプルプルと震わせていた。

まさか……爆速ストレートを俺にぶつける気か?! いくらなんでも、死ぬ! 死んじゃう!

 

「てめえ……

 てめえもそう思うか!

 爆速ストレートって名前、オレもカッコ悪いと思ってたんだ!」

 

急に笑顔になって俺の肩に手を置いてきた木場は、さっきとは別人のようにしか思えなかった。

どうやら本心で言ってるらしい。

 

「え、そうだったの?」

 

気が抜けたのもあって、脱力した。

 

「勝手にそう呼ばれているだけで、ずっと気に入ってなかったんだ。

 そうだ、もっとカッコいい名前を考えようぜ、パワプロ!」

 

その日、練習そっちのけで二人で爆速ストレートの名前を考えた。

いいのか? お前はそれで。

 

 

 

星井の転校依頼、練習がさらに厳しくなった。

 

「今日は全員で河川敷を走るぞ!

 死ぬ気で付いて来い!」

 

先頭を走る木場についていけているものがほとんどいない。

俺もなんとか食らいついてはいるのだが、少しずつ引き離されている。

 

「てめえら、へばってんじゃねぇよ!

 まだゴールは先だぜ!」

 

「オ、オイラ……体力の限界でやんす」

 

走りに自信があるはずの矢部君が体力を尽して倒れた。

そういえば、昨日ガンダーのプラモデルを遅くまで組み立ててたって言ってたもんな……。

 

「矢部、僕の肩に捕まれ」

 

水鳥がすぐさま近寄って矢部君を立ち上がらせる。

 

「水鳥くん、ありがとうでやんす……」

 

矢部くんは肩で息をしながら水鳥をお礼を言っているが、水鳥……そいつのは自業自得だから助けなくていいぞ。

 

「星井と言う参謀を失ってから、木場は暴走を始めている……。

 僕は引き返すことにする。

 今のアイツに付き合っても体を壊すだけだからな」

 

「えっ?!」

 

意外だった。いつも冷静沈着だが木場の練習には文句も言わずについていったあの水鳥の発言とは思えなかった。

 

「キミも倒れたくなければ早々に見切りをつけるべきだ」

 

水鳥はそれだけ言うと、矢部くんに肩を貸しながら元来た道を戻って行った。

その姿を見ていたら……しまった。木場たちを見失ってしまった。

その後木場たちを探しながら河川敷を走ったのだが、見つけられることなく……その後走り終えた後も部室にはもう誰もおらず……ほんと疲れた。

 

 

とうとう秋大会が始まった。

覇道高校は木場のピッチングで常に0点に抑え順調に勝ち進んだが、なんと準決勝の途中で金原がダイビングキャッチで怪我をしてしまった。

 

「あぁっ、金原が!?」

 

「おいっ、大丈夫か!?」

 

「ダ、ダメみたいだ。

 足が……」

 

金原は足をねんざしたようで、足がパンパンに腫れていた。

 

「わかった。

 あとはなんとかするからてめえは医務室へいけ」

 

「嵐士、ごめん」

 

金原の代わりの選手が交代したが、その後も他の選手の怪我は続いた。

 

「ヤバイでやんす。

 みんな、ケガやミスを連発でやんすよ!」

 

「もしかしたら……猛練習の疲労が取れていないのかも?」

 

「そうかもしれないでやんす。

 このままだと……」

 

俺たちの予感はまさに的中してしまう。

エラーのせいで木場は1点を取られ、集中ができていないせいかバッティングも思うように振るわずまさかの準決勝で敗退してしまった。

 

「みんなごめんな。

 大事なところでケガしちゃって……」

 

不調が続く最初となってしまった金原が、球場外でみんなに謝っていた。

 

「……謝ることはねぇよ」

 

木場は怒るかと思いきや、思った以上に冷静になっていたように見える。

 

「負けたのはオレたちが空いてよりも弱かったからだ。

 それより、ケガの具合はどうなんだ?」」

 

「大したことないよ。

 一週間もすれば復帰できるって」

 

金原以外の選手も、大体同じくらいの怪我だったらしくそこまで支障は出なかったようだった。

 

「よし、木場。そろそろ帰ろうぜ」

 

骨折などの最悪なケースは逃れることができて安心したこともあり、木場にみんなで帰る旨を伝えたのだが、

 

「いや、悪いけどよ……。

 ちょっと一人にしてくれ」

 

あの木場が弱気になっていた。冷静になってたんじゃない、弱気になっていたんだ。

うなだれて歩く木場の姿を見て、チームメイト全員が唖然としてしまい、誰も声をかけることができなかった。

 

 

 

「今日の練習は終わりだ」

 

木場はあれから覇気がなくなっていて、練習も全く厳しくなくなっていた。

木場を心配して、水鳥、矢部くん、金原と4人で集まった。

 

「最近なんだか木場から覇気が感じられないな。

 練習も前より厳しくないし、どやす姿も見ないし」

 

「星井の離脱で迷走したツケが秋大会で露出した。

 おそらく、自分のやり方に疑問を持って

 しまったんだろう」

 

水鳥が冷静に語ってくれた。

 

「ちゃははー。

 いつもの嵐士に戻ってくれないと調子が狂うよ」

 

「それについてだが、みんなも同じように思っているみたいだな。

 これを見てくれ」

 

水鳥が広げたのはチームメイトの記録だった。

 

「木場がふさぎこんでから全員の記録が低下してきているだろう?」

 

覇堂高校の高いモチベーションは間違いなく木場あってのものだ。

だからこそ……木場があんな状態では、チーム全体がまずいことになってしまう。

 

「……オレのせいだ」

 

金原がぼそりとつぶやいた。

 

「オレが……怪我をしたせいだ。

 オレが怪我をしたから試合に負けた!

 それで嵐士は失望したんだ!」

 

あの金原がキャラを忘れたようだった。

 

「中学の時のオレはガリ勉タイプの暗いヤツだった。

 友達もいなかったオレを嵐士は野球に誘ってくれたんだ。

 オレは野球の楽しさを知って、野球のおかげで友達ができて、変わることができたんだ。

 今のオレがあるのも全部嵐士のおかげ。

 強くなって嵐士に恩返しするつもりだったのに、これじゃ足を引っ張ってるだけだ」

 

金原は腕を震わせていて……目からは涙が零れていた。

 

「……木場はそんな風に思ってないと思うがな」

 

「俺もそう思う。

 金原、心配するなよ。

 俺がなんとかして木場をもう一度燃え上がらせてみせるさ!」

 

 

 

三人の前でそう誓った……ものの……どうすればいいんだろう。

とりあえず木場を見つけてまずは話をしないと……。

そう思って木場の練習パターンから居場所を推測すると、

 

ブンッブンッ。

 

河川敷を走っていたら素振りの音が聞こえた。

俺が見ていることにも気づいていなかったようで、木場はもくもくと素振りをしていた。

 

 

 

「と、言うことがあったんだ」

 

例の4人で集まって、俺が見たことを告げると

 

「なるほど。

 おそらく、みんなに無理をさせない分自分を鍛えることで戦力アップをしようと考えているんだろうな」

 

言うが早いか、水鳥はそのまま部室を出ようとした。

 

「水鳥くん、ミットをもってどこへいくでやんす?」

 

「決まっているだろ。

 木場のところへ行って張り倒してくるんだ」

 

「「「えぇーっ!?」」」

 

あの冷静な水鳥からそんな言葉が聴けてびっくりした。

 

「あいつ一人の力で行ける程甲子園は甘くないんだよ!」

 

水鳥はダッシュでそのまま部室から出て行ってしまった。

 

「オイラたちも行こうでやんす」

 

水鳥を追おうとした矢部くんに金原が待ったをかけた。

 

「待った。

 キャッチャーの水鳥はともかく、オレたちが行ってどうなるんだ」

 

「「そ、それは……」」

 

俺も矢部くんも金原の言葉の正しさに戸惑ってしまった。

 

「練習を中断させて、これからオレたちがどうしたらいいのか教えてもらうのか?

 オレたちいつまで嵐士におんぶにだっこなんだよ!

 あいつがいねえと何にもできないのかよ!」

 

金原はこの間から自分なりに考えていたんだろう。

木場に頼らないチームづくりと言うものが必要だったのかもしれない。

 

「話は聞きました。

 木場に負担をさせたくないなら、キミたちが木場と同じレベルまで強くなりなさい。

 そうすればあいつが背負っている物を肩代わりもできるだろう」

 

なんと監督が部室に入ってきた。

もしかすると、ずっと部室の外で聞いていたのかもしれない。

 

「しかし……木場くんと同じレベルになるにはどうすればいいでやんすか?」

 

「これを見なさい」

 

監督が紙を広げると、そこには各個人用の練習メニューが書いてあった。

 

「木場の練習メニューを元に、ワシと水鳥で選手毎にあったものに改良したものだ。

 今のチームの状態では誰もできんと思っていたが」

 

「す、すごいぞこれ。

 練習量は多いけど、体を壊さないよう考えられてる!

 みんな……やろう。これで木場を見返してやろう!」

 

「「おおっ!(でやんす!)」」

 

「パワプロ、どうやらお前にはリーダーシップがあるようだ。

 木場の代わりに指揮をとりなさい」

 

「えっ? 俺が?」

 

「ちゃははー。とぼけないでよー。

 頼むよ、キャプテン代理っ」

 

調子を取り戻した金原から真っ先に言われた。

 

「よっ。キャプテン代理っ。でやんす。

 ただし、やりすぎはよくないでやんすよ。

 反感を買うでやんすからね」

 

矢部くんからも勧められて……もう逃げ道はないと思った。

 

「わかった……木場のいない今、俺が指揮をとる!

 みんな、がんばろう!」

 

そうして、俺が覇堂高校の練習の指揮を執ることになった。

 



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