最強のスラッガーを目指して!【本編完結】 (銅英雄)
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よくわかる(?)当小説の解説

遥「よくわかる!」

 

詠深「『最強のスラッガーを目指して!』の解説!」

 

遥&詠深「「イェーイ!!」」

 

朱里「……なにこれ?」

 

珠姫「あはは……」

 

遥「なにって……そのままだよ!」

 

詠深「この小説について解説するんだよ!」

 

朱里「ああ……。まぁ色々謎な部分や不可解な部分もあるだろうから、解説が必要と言えば必要……なのかな?」

 

珠姫「朱里ちゃんもそれで納得するんだ……」

 

遥「この小説の世界観や設定を解説するのは私、雷轟遥と!」

 

詠深「武田詠深と!」

 

珠姫「えっと……。山崎珠姫と」

 

朱里「はぁ……。早川朱里で解説していきます」

 

遥「それじゃあ朱里ちゃん、お願いします!」

 

朱里「いや……。私がするの?」

 

遥「本編でも語り部だからね!」

 

朱里「わかったよ。……まずはこの小説の世界観について解説をしていくよ。この小説は『球詠』という『まんがタイムきららフォワード』雑誌に掲載されている……」

 

詠深「朱里ちゃん朱里ちゃん、そこら辺は省いても良いと思うよ?」

 

朱里「そう……?じゃあ『球詠』の小説の二次創作になったのがこの『最強のスラッガーを目指して!』という小説で、『球詠』原作から私と雷轟が原作の展開に関わっていきます。多少の違いはあるものの、柳大川越との練習試合まではほぼ原作通りとなります」

 

珠姫「そこから少しずつオリジナル展開に進んでいくんだっけ?」

 

朱里「大きく変化するのは夏大会の梁幽館戦の中盤以降かな?」

 

詠深「それまでは概ね原作通りなの?」

 

朱里「原作との相違を挙げるなら、藤和高校との練習試合の描写を大まかに書いている事かな?藤和側にオリキャラがいるからね」

 

遥「朱里ちゃんの元チームメイトだね。金原いすみちゃん!」

 

珠姫「オリキャラの事について言っておいた方が良いんじゃない?」

 

朱里「それもそうか。えっと……。私と雷轟を含めるオリキャラが多数出ているのがこの小説の特徴とも言えるね」

 

詠深「他の『球詠』の二次創作ではオリキャラの名前の元ネタはプロ野球の選手だけど、この小説は違うんだっけ?」

 

朱里「作者曰くその名前のキャラを出した時に、その名字のキャラが原作に出たらややこしくなる……というのを避ける為にそうしているよ。ちなみにオリキャラの名前の元ネタは『実況パワフルプロ野球』という野球ゲームに出てくるキャラから取っているみたい」

 

遥「『実況パワフルプロ野球』……略して『パワプロ』は神ゲームだから、是非プレイしてね!」

 

珠姫「もう少しこの世界観について聞きたいな」

 

朱里「了解。この世界は『球詠』の世界に加えて『パワプロクンポケット』……略して『パワポケ』の世界が混合して、更に複数の作品に出てくる高校やキャラが出てくるよ」

 

詠深「『パワプロ』と『パワポケ』ってなにか違うの?」

 

朱里「『パワポケ』は元々『パワプロ』の世界の派生として発売されたゲームで、そこから『パワポケ』独自の世界観を作っていくゲームだね。『パワポケ』は1~15までのナンバリングとリメイク作品と中間作品が出ているね。私は『パワポケ』の方が好きかな?残念ながらもう新作発売は見込めないけど……」

 

珠姫(朱里ちゃんが少し残念そう……)

 

遥「他にはどんな作品が混じってるの?」

 

朱里「その前に私達が全国で対戦した高校や練習試合で対戦した高校、あとは私達と当たる前に負けてしまった高校なんかも紹介しておこうかな」

 

遥「ワクワク!」

 

朱里「まずは私達と2回に渡って戦った西東京にある白糸台高校」

 

詠深「神童さんとか二宮さんがいるところだね!」

 

珠姫「二宮さんの捕手としての技術とか、情報収集能力とか凄いよね……」

 

朱里「次に私達が全国大会の2回戦で戦った鹿児島の永水高校」

 

遥「私達が夏休み明けの連休で合宿に行ったところだ!」

 

朱里「まぁ合宿場所は永水高校じゃないけどね……。それと全国大会後に練習試合をした奈良の阿知賀学院」

 

珠姫「あの原村さんがいるところだよね……」

 

朱里「そして全国大会の決勝戦で戦った長野の清澄高校」

 

遥「宮永さんや天王寺さんを始めとする曲者揃いのチームだったね!」

 

朱里「この4校は『咲ーSakiー』という元は麻雀をする作品から出ている高校だね。あと私達は直接戦ってないけど、福岡にある新道寺もそこから出ているよ」

 

詠深「元は麻雀する筈の作品が何故野球を……?」

 

朱里「作者の趣味だそうだよ。あと理由としては全国の高校の名前が浮かばなかったから、他作品の高校の名前を借りているらしい」

 

遥「あれ?他にもあったよね?」

 

詠深「うん、洛山高校とか、鉄砂高校とか、あとなんか物凄く名前が長い高校とか……」

 

朱里「京都の洛山高校は『黒子のバスケ』という作品から出ているところだね。選手の何人かは『黒子のバスケ』原作で洛山高校の名前のキャラが出ているし」

 

珠姫「じゃああとの2校は?」

 

朱里「あとの2校は『パワポケ』に出てくる高校だね。どちらも作者が勝手にどの県か決めたから、それが正解って訳じゃないけど……。鉄砂高校は原作(ゲーム)だとエースの佐藤投手が重い球と超スローボールを使い分けて投げて、堅い守備力で地区上位まで勝ち進んだり、作品が進めば全国大会にも出場出来るレベルにまで成長するよ」

 

遥「じゃあもう1つの……なんだっけ?」

 

朱里「スクール学園高校学院高等学校だね」

 

詠深「な、何度聞いても覚えきれないなぁ……」

 

朱里「こちらは作品が進むにつれ再登場する度に名前が長くなる高校だね。初登場時はスクール学園高校と3つの学校の下の名前を合併させたチームで、後に様々な学校の下の名前を合併させたのがそうなっているみたい」

 

珠姫「なんで上の名前にしなかったんだろう……」

 

朱里「更に再登場した時の選手達が……」

 

遥「それ知ってる!朱里ちゃんに借りたゲームに出てた!すっごくリアルだったよ。まるで次元が違うというか……」

 

詠深「それって本編でも言ってたよね?結局どういう事なの?」

 

朱里「知らなければ知らない方が良いと思うけどね……」

 

朱里(実際見る人が見ればトラウマものだろうし……)

 

朱里「他には『MAJOR』からも出てるね」

 

遥「他の野球漫画からも出てるんだ……」

 

朱里「『MAJOR』からは海堂学園高校とEL学園が出ているね。どちらも向こうでは有名な高校だよ」

 

珠姫「この作品でも全国常連の強豪だね」

 

詠深「そうなんだ?」

 

遥「漫画も面白いよ!今度貸そうか?」

 

詠深「良いの!?」

 

遥「白菊ちゃんにも貸してるしね」

 

詠深「ありがとう遥ちゃん!」

 

朱里「高校の紹介はこんなものかな……?」

 

珠姫「あとはパロキャラや他の作者さんの『球詠』の二次創作からもキャラが出てるね」

 

朱里「その辺りの紹介はまた次回にするよ。」

 

遥「次回があるの?」

 

朱里「多分ね。その時があれば他に知りたい事があればそれと一緒に答えていく事にするよ」

 

詠深「その時はまたこの4人でやるの?」

 

朱里「どうだろうね。コラボキャラがこの企画に参加すると思う」

 

遥「じゃあ私はもう出れないの!?」

 

朱里(いや、少なくとも雷轟は出れるでしょ……)

 

珠姫「じゃあ締めの挨拶をして終わるよ」

 

詠深「今回解説をしたのは武田詠深と!」

 

珠姫「山崎珠姫と」

 

朱里「早川朱里と」

 

遥「雷轟遥でお送りしたよ!バイバイ!!」



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よくわかる(?)当小説の解説 2

詠深「よくわかる!」

 

遥「『最強のスラッガーを目指して!』の解説!」

 

遥&詠深「「イェーイ!!」」

 

朱里「続いてしまった……」

 

珠姫「続いちゃったね……」

 

遥「4ヶ月ちょっと前に始まったこの企画に続編が!」

 

詠深「帰ってきたのです!」

 

珠姫「まぁ実際に要望もあったしね……」

 

朱里「要望があるなら、とにかく応えたいというのが作者のモットーだからね……」

 

遥「今回も前回に引き続き解説役は私、雷轟遥と!」

 

珠姫「山崎珠姫と」

 

詠深「武田詠深と!」

 

朱里「早川朱里で解説していきます」

 

遥「それでは解説していきます!朱里ちゃんが!!」

 

朱里「やっぱり私がするんだ……。前回にこの作品に出ている他作品キャラについて話す……と言ったので、今回はそこを話そうと思います」

 

珠姫「えっと……。『咲ーSakiー』と『パワポケ』、あとは『MAJOR』と『黒子のバスケ』から出してる高校があるって話だったよね?」

 

朱里「それに加えて今回は実際に出ている他作品キャラを紹介していくよ」

 

遥「おおっ!」

 

朱里「まずは『咲ーSakiー』から宮永咲、原村和、片岡優希、高鴨静乃、新子憧、宮永照、大星淡、又野誠子、渋谷尭深、花田煌、室橋裕子、神代小蒔、石戸霞、薄墨初美、狩宿巴、滝見春、石戸明星、十曽湧、姉帯豊音、臼沢塞、名前だけなら弘瀬菫、松実玄、松実宥、鷺森灼、小瀬川白望、鹿倉胡桃、エイスリン・ウィッシュアートの合計27人だね」

 

遥「※紹介の為呼び捨てになっています」

 

珠姫「突然どうしたの遥ちゃん?」

 

遥「いや、説明だから強調しようと思って……」

 

詠深「それにしても随分と大所帯だね。野球が出来そう……」

 

朱里「次は『ワールドトリガー』から照屋文香、木虎藍、黒江双葉、雨取千佳、帯島ユカリの5人だよ」

 

詠深「『咲ーSakiー』と比べたら随分と少ないね……」

 

朱里「ちなみに『ワールドトリガー』からはこれからもキャラが増える可能性がある事をここに名義しておくね」

 

遥「文香ちゃんは私達と同じ新越谷の部員として今でも活躍してるよ!」

 

朱里「雷轟と同じスーパー初心者としてね」

 

朱里「次は『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』から雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣、一色いろは、三浦優美子、名前だけの登場で雪ノ下陽乃の合計5人だね」

 

珠姫「関東大会の1回戦で私達が対戦した総武高校の部員達だね」

 

遥「雪ノ下さんと三浦さんの2枚看板で成り立ってる野球部って話だよね?」

 

朱里「多少語弊があるけど、まぁ概ねそんな感じだね。こっちも今後キャラが増えるかもね」

 

遥「賑やかになっていくねぇ!ドンドン行こう!」

 

朱里「なんでそんなにテンション高いのさ……。次は『らき☆すた』から泉こなた、柊かがみ、柊つかさ、高良みゆきの4人。もちろん今後キャラが増えていくよ」

 

珠姫(もちろんなんだ……)

 

詠深「秋大会の3回戦で当たったね」

 

遥「それにしても他作品キャラが多いよね。まだいたよね?」

 

朱里「あとは『クロガネ』から刀条楓、『保健室の死神』から鏑木真哉、『SKET DANCE』から高橋千秋、『BanG Dream!』から朝日六花、『ラブライブ!サンシャイン!!』から渡辺曜……。5作品からそれぞれ1人ずつだね」

 

珠姫「その3作品も今後はキャラが増えていくの?」

 

朱里「『ラブライブ!サンシャイン!!』と『BanG Dream!』からは増やす予定みたいだね。最後に『異世界はスマートフォンとともに。』からエルゼ・シルエスカとリンゼ・シルエスカの2人だね」

 

珠姫「確か洛山高校に留学したんだっけ?」

 

朱里「まぁこれが投稿されている7月27日の時点では私以外知っちゃいけないんだけど、そこは解説兼番外編という事で……」

 

遥「今までの作品の中で作者が気に入ってる作品はあるのかな?」

 

朱里「『咲ーSakiー』、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』、『BanG Dream!』、『ワールドトリガー』は特にお気に入りみたいだから、今後は優遇されるかもね。それに他作品キャラだけじゃなくて、オリキャラも沢山出てるから、球詠の原型がなくなりつつあるんだけど……」

 

珠姫(あ、朱里ちゃんが遠い目をしてる……)

 

詠深「そ、そういえば他の作者さんが書いてる球詠の二次創作からのコラボキャラが出てるんだよね!?」

 

珠姫(ナイスだよヨミちゃん!)

 

朱里「……そうだね。東方魔術師さんが執筆している『新越谷の潜水艦少女』から渡辺星歌、志木蓮華、佐倉陽奈、佐倉日葵の4人と、たかとさんが執筆している『詠深の従姉妹はホームラン打者』から上杉真深、ウィラード・ユイ、クリス・ボストフ、ジータパーラーの4人が出てるよ」

 

遥「どちらの作品もとっても面白いから、これを見ている読者様も是非読んでいってね!それぞれのキャラがこの小説でどのような立ち位置なのかもこの小説を読めばわかるよ!」

 

朱里「丸投げ……」

 

詠深「ちなみに東方魔術師さんの小説には遥ちゃん、朱里ちゃん、二宮さん、清本さん、いずみちゃんが、たかとさんの小説には二宮さんがそれぞれ出てるよ!」

 

珠姫「二宮さん大人気問題……」

 

朱里「なんなら主人公(笑)の雷轟よりも人気あるよね」

 

遥「(笑)じゃないもん!主人公だもん!」

 

詠深「※なお最後の出番から40話以上出番がない模様」

 

珠姫「※なお様々な読者様から朱里ちゃんが主人公だと言われている模様」

 

朱里(武田さんも山崎さんも追い討ちを掛けるなぁ……)

 

遥「だ、だからこの場でいっぱい喋るもん!」

 

朱里(開き直っちゃったよ……)

 

遥「それにこの小説は私と朱里ちゃんのW主人公だし!」

 

朱里(その主人公の片割れの雷轟の出番がゴリゴリと削られている訳だけど……)

 

朱里「まぁ今後の雷轟に期待だね。今やっているシニアリーグの世界大会編が終わると私達もいよいよ進級だしね」

 

遥「2年生になったらNew雷轟を見せるからね!」

 

詠深「遥ちゃん、気合いが入ってるなぁ……」

 

珠姫「多分あれは空回りするパターンだよね……」

 

朱里「ちなみにたかとさんが書いている『詠深の従姉妹はホームラン打者』にシルエスカ姉妹が登場する事も決まっているよ」

 

珠姫「シルエスカ姉妹がこの小説に出たのも、たかとさんからの勧めみたいだね」

 

詠深「作者が出場キャラが増えたって喜んでたよ!」

 

朱里(どんどん『球詠』の原形が削られていく……)

 

朱里「あとは作者が書いている二次創作である『生死を賭ける戦いから麻雀の世界に転生しました。』から綾瀬綾香が出ているよ」

 

遥「『咲ーSakiー』が原作の二次創作だね。オリキャラ無双が見たい人向けだから、閲覧にも注意だよ!」

 

詠深「今回はここまでになるのかな?」

 

朱里「そうだね。キリが良いし、話すべき事は全部話したと思うし」

 

遥「次回も頑張って喋ります!」

 

朱里「次回のネタがそもそも出てくるかどうかだけど……」

 

遥「そこは……ほら!読者様に案を出してもらうから!」

 

朱里「まさかの丸投げ……」

 

珠姫「ち、ちなみに次回があったらいつ頃に投稿予定なの?」

 

朱里「9月9日……球詠最新刊が発売(予定)する日を予定しているよ」

 

詠深「発売(予定)……。延期したりしないよね?」

 

朱里「それはコロナ溝知る……だと思うけど、多分確定だと思うよ」

 

遥「多分と確定は矛盾してるんだよね……」

 

朱里「うるさいな……」

 

詠深「じゃ、じゃあ今回はここまで!」

 

珠姫「第3回がありましたら、お会いしましょう!今回の解説は前回に引き続き山崎珠姫と」

 

詠深「武田詠深と!」

 

遥「雷轟遥と!」

 

朱里「早川朱里でお送りしました」

 

遥「シーユー!!」

 

朱里「何故英語……?」



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よくわかる(?)当小説の解説 3

瑞希「…………」

 

和奈「…………」

 

詠深「…………」

 

珠姫「…………」

 

詠深「えっ?なんで皆無言なの!?」

 

和奈「き、緊張しちゃって……」

 

珠姫「第3回になるとゲストが代わるって朱里ちゃん達が言ってたけど……」

 

瑞希「ちなみにゲストは私と和奈さんになりますね」

 

詠深「という事は……MCは私がするの!?朱里ちゃんみたいにこういうの出来ないんだけど……」

 

瑞希「原作の主人公が何を言ってるんですか……。まぁこの企画も3回目にして、最大の危機が訪れていますから、武田さんを責めるのは筋違いかも知れません」

 

珠姫「こ、この企画の最大の危機……?」

 

和奈「あっ……」

 

詠深「えっ?わかったの!?」

 

珠姫「開幕から無言の時点である程度察しちゃったんだよね……」

 

詠深「えっ?タマちゃんもわかったの!?」

 

和奈「知らない方が良かったって思うんだよね……」

 

詠深「こ、答え合わせを……」

 

瑞希「ネタ切れです」

 

詠深「え……?」

 

瑞希「ネ・タ・切・れです」

 

詠深「き、聞きたくなかった……。知りたくなかったよそんなの!じゃあこの企画3回目で最終回打ち切り!?」

 

瑞希「案が出なければそうなるでしょうね。良くて企画休止です」

 

和奈「と、とりあえず自己紹介しない?」

 

珠姫「そ、そうだね!じゃあ詠深ちゃんから……」

 

詠深「わ、私!?え、えっと……今回の解説役はわ、私、武田詠深と!」

 

珠姫「や、山崎珠姫と」

 

和奈「え、えっと……。外伝の方で主人公の1人として登場してます。清本和奈と……」

 

瑞希「同じく外伝の方で主人公の1人として努めています。二宮瑞希で話していきます」

 

詠深「え、え~と……。しりとりでもする?」

 

珠姫「ヨ、ヨミちゃん!それは話題がない時の最終手段だよ!」

 

詠深「だ、だって……。話題が思い浮かばないんだもん!」

 

和奈「み、瑞希ちゃん。どうにかならないかな……?」

 

瑞希「……何故私に話を振るのかはわかりませんが、1つだけありますよ」

 

詠深「ほ、本当に!?」

 

瑞希「嘘を吐いてどうするんですか……。それを今回のテーマにしましょう」

 

和奈「そ、そのテーマって一体……?」

 

瑞希「テーマはこの小説どのようにして出来たか……です」

 

珠姫「こ、この小説の完成由来って事?」

 

瑞希「より正確に言うと、この小説のオリジナルキャラクター達が……ですかね」

 

詠深「キャラデザって事かな?」

 

瑞希「キャラデザは挿絵を張ってありますので、キャラ紹介の部分で見られるでしょう。そうではなく、オリキャラ達の性格についてですね」

 

和奈「例えば遥ちゃんや朱里ちゃんの性格がどのキャラをベースに作られているか……って感じで良いのかな?」

 

瑞希「概ねそれで合っていますよ」

 

詠深「おお……。製作秘話ってやつだね!」

 

珠姫「なんでそんなにテンションが高いの……?」

 

和奈「あ、あはは……」

 

瑞希「では簡単に、ざっくりと話しましょう。まずはW主人公の内の1人……雷轟遥さんについてです。彼女の性格は作者が書いているオリジナルキャラクター『ロータス』と『佐野美咲』から来ています」

 

和奈「それぞれ『ドラゴンボール』と『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の二次創作からのオリキャラだね。『佐野美咲』さんの方は『咲-Saki-』の二次創作の方にも出てるよ」

 

珠姫(ここぞとばかりに宣伝……)

 

瑞希「そして雷轟さんの性格面は明るく元気なムードメーカー、そして涙脆い……と女主人公によくある周りを引っ張っていくタイプの人間ですね」

 

珠姫「なんかヨミちゃんと似てるよね。遥ちゃんって」

 

詠深「そう?」

 

瑞希「イメージCV等は他のオリジナルキャラクターと同じように、ここ数年で有名になってきている方々ですね。具体的に言うと2016年くらいからでしょうか……」

 

和奈「私や瑞希ちゃんとかもそうかも。ほとんどのオリキャラのイメージCVがその年代を境に、有名になった人だよね。一部は除くけど……」

 

瑞希「声優を選んでいる基準も作者が好きな人だったり、応援している人だったりしますからね」

 

詠深「遥ちゃんの挿絵を見て思ったんだけど、遥ちゃんってポニテだよね?挿絵からだとちょっとわかりにくいけど……」

 

瑞希「そうですね。見辛いかもですが、それがどうかしたのですか?」

 

詠深「何か理由があるのかなって……」

 

瑞希「……作者曰く「俺、ポニーテール萌えなんだ!」だそうです」

 

珠姫「そ、それだけ?」

 

瑞希「それだけです。朱里さんもそうですが、作者はオリジナルキャラクターの挿絵を作る時に考えているのは、その人のイメージを考えているのと、作者がその時に好きな女性の髪型を連想して作成している事が多いそうです」

 

和奈「こ、この小説の闇を垣間見たかも……。じゃあ朱里ちゃんは?」

 

瑞希「朱里さんの場合は『ドラゴンボール』の二次創作の主人公である『ベル』、『咲-Saki-』の二次創作から『大宮鈴音』……この2人は同一人物ですね。そのキャラクターを元に、性格等を構成しています」

 

詠深「朱里ちゃんの性格は冷静だけど、試合になると熱くなる事もあって、基本的に自分からは前に出ない……ってなってるね」

 

瑞希「それにしても付け加えて内心は同様しやすいって書いておきましょう」

 

珠姫「い、良いのかな……?」

 

詠深「でも朱里ちゃんって1人で溜め込む事が多いんだよね。チームメイトとしてはもうちょっと相談してほしいかも……」

 

瑞希「朱里さんのそれに関しては小学生の頃からでしたので、今更言うのは野暮かも知れませんね。強引に踏み込む事も大切です」

 

珠姫「それって経験談?」

 

瑞希「はい。ですので武田さんも、山崎さんも、朱里さんが困っていたら、力を貸してあげてください」

 

詠深「うんっ!」

 

珠姫「もちろん……!朱里ちゃんには色々助けられてるからね」

 

和奈「……やっぱり朱里ちゃんは色々な人達に好かれてるなぁ」

 

瑞希「スター気質と言いますか、カリスマ性があると言いますか、人を惹かせる何かを、朱里さんは持っているんですよ」

 

詠深「さて……。キリが良いから、今回はここまでになるかな?」

 

珠姫「どうなる事かと思ったけど、なんとか今回はやり切ったね」

 

瑞希「しかしネタ切れしているのも事実ですので、この企画に次回があるのなら、それまでに案を出してほしいものですね」

 

和奈「次回ってなると……球詠の11巻の発売日?」

 

瑞希「予測されるのは約半年後となりますねとそれまでにネタを集めておいてほしいものです」

 

珠姫「そ、それじゃあ今回はここまで!また次回があれば見てください!」

 

瑞希「今回の解説役を務めましたのは二宮瑞希と……」

 

和奈「き、清本和奈と……」

 

珠姫「山崎珠姫と……」

 

詠深「武田詠深でお送りしたよ!」

 

瑞希「この小説を読んでいる皆様は、この小説の外伝である『小さな捕手と小さな強打者 ~最強のスラッガーを目指して! 外伝~』と、この小説の続編である『最高の選手を目指して!』と、他の作者の作品も読んでいって、内容が気に入りましたらお気に入り登録、感想、好評価をお願いします」

 

詠深「あと球詠の最新刊も本日発売だから、皆も是非買って行ってね!」

 

珠姫「さ、最後まで宣伝だ……」



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よくわかる?天王寺さん(達)とチェックする過去の全国出場校①

初の試み?の番外編?です。台本形式です。


天王寺「ハローハロー!知ってる人はこんにちは。初見の方は初めまして!私は天王寺。野球の楽しさを広める為に各地を渡り歩いてるよ。今回はゲスト4人とかつて全国にはこんなチームが出てたんだぞ……って話をしようと思う。まぁ雑談程度だから、特に構えなくても良いよ。何なら興味ない人達はそのままブラウザバックの方向で!じゃあ早速ゲストの4人を紹介するぜ!それではどーぞ!!」

 

遥「当小説の主役(強調)の雷轟遥です!」

 

朱里「えっと……。本編のモノローグと過去編の主役をさせてもらいました早川朱里です」

 

星歌「と、東方魔術師さん執筆の『新越谷の潜水艦少女』から出演させてもらってます渡辺星歌です!」

 

真深「たかとさん執筆の『詠深の従姉妹はホームラン打者』から出演させてもらってます上杉真深です」

 

天王寺「以上の5人でお届けするぜっ!」

 

朱里「……で、これどういう企画なんですか?」

 

天王寺「私達5人で過去に全国大会に出場した高校についての紹介さ。一風変わった紹介になるから、こうして大っぴらに紹介しようと思ってね」

 

星歌「そ、そうなんですね……」

 

真深「これ、時系列とかどうなってるのかしら……」

 

天王寺「この番外編?ではそういうの全部無視していくから、気にしなくても良いよ」

 

朱里&星歌&真深「アッハイ」

 

遥「どんな人達がいるのかなぁ……!」

 

天王寺「じゃあ雷轟が待ち切れない雰囲気出してるし、早速紹介していこう。今回は紹介するのはオリエント高校!」

 

星歌「オリエント……?」

 

遥「古代オリエント文明が関連する所なのかな?」

 

※オリエント高校は某野球ゲームに登場した高校です。同じゲームに登場した高校を本編で使わせてもらっています。

 

天王寺「その解釈で間違ってないよ。流石に全員紹介する訳にもいかないから、一部を紹介するぜ。本編開始から17年前に出場したデータから抜擢させてもらった選手を……」

 

朱里「本編開始17年前って私達が産まれたばかりじゃん……」

 

真深「プロフィールによっては産まれてない可能性もあるわね……」

 

※詳しくはそれぞれのプロフィールを見てみよう!上杉真深のプロフィールは『詠深の従姉妹はホームラン打者』から、渡辺星歌のプロフィールは『新越谷の潜水艦少女』からチェックだ(勝手に宣伝してすみませんでした……)!

 

天王寺「まずはこのオーダーに注目!」

 

 

1番 セカンド 暮尾

 

2番 ショート 義留賀

 

3番 センター 茶里音

 

4番 ファースト 亜礼久

 

5番 サード 飛利夫

 

6番 レフト 羽昼素

 

7番 ライト 火泰斗

 

8番 キャッチャー 阿利満

 

9番 ピッチャー 馬美論

 

 

朱里「…………」

 

星歌「…………」

 

真深「…………」

 

天王寺「どうしたどうした?3人共鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてー!」

 

朱里「い、いやいや……。なんですかこの難読苗字?」

 

真深「いくつかはそのまま読めそうだけれど……」

 

星歌「じ、17年前にはこんな苗字の選手がいたんだね……」

 

朱里「いやこんなの日本人の皮被った外国人選手でしょ……」

 

真深「そう思ってしまうのも無理ないわね……」

 

天王寺「調べたけど、それぞれ紛れもない日本人だったよ」

 

朱里「だとしたらどんな家計に産まれたんですかこの選手達……」

 

※敢えて男女のどちらかは触れません。

 

天王寺「雷轟なんかは目をキラキラさせて見てるぞー?」

 

朱里「えっ?」

 

遥「わぁ……!なんかエジプトに来た気分だよ!」

 

朱里「……雷轟ってこういうの好きなの?」

 

遥「歴史系は好きだよ!見てるとなんだかワクワクしちゃう!」

 

朱里「そうなんだ……」

 

真深「遥ちゃんの意外な一面を見た気がするわ……」

 

星歌「こ、こういうのも一流の選手になる為には必要なのかな……?」

 

朱里「それだけは絶対ないって言い切れる自信があるよ」

 

天王寺「皆はそれぞれなんて読むかわかるかな?軽いクイズだ!」

 

朱里「難易度たっか……」

 

※これを見ている人達も考えてみよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天王寺「それじゃあ答え合わせだね」

 

朱里「1つだけどうしても読めそうになかったよ……」

 

星歌「お、同じく……」

 

真深「予想していた読み方と一致しているのかしら……?」

 

遥「私は全部読めたと思うよっ!」

 

天王寺「じゃあ正解発表!」

 

 

暮尾(くれお)……元ネタはクレオパトラ7世。古代エジプト最後のファラオであり世界三大美女の一人。

 

義留賀(ぎるが)……元ネタはギルガメシュ。古代メソポタミアの王。

 

茶里音(ちゃりおと)……元ネタはチャリオット。重装馬車、古代の「戦車」。

 

亜礼久(あれく)……元ネタはアレクサンダー。マケドニアの王でありエジプトのファラオでもあるアレクサンドロス3世の別称。

 

飛利夫(ふぃりっぷ)……元ネタはフィリッポス2世。古代マケドニア王、マケドニアンファランクスを創始した戦術家。別称がフィリップ。

 

羽昼素(はひるす)……元ネタはパピルス。主に古代エジプトで使用された紙。

 

火泰斗(ひたいと)……元ネタはヒッタイト。アナトリア半島に王国を築いた民族及びその文明。

 

阿利満(ありまん)……元ネタはアーリマン。ゾロアスター教の悪神。

 

馬美論(ばびろん)……元ネタはバビロン。メソポタミア地方の古代都市。

 

 

天王寺「以上、正解発表でした!」

 

朱里「やっぱり1つ出来てなかった……」

 

星歌「わかるよ。飛利夫がどうしても読めなかったよね……」

 

真深「ほとんどがそのまま読めるのが、まだ簡単だったのかしらね……」

 

遥「やった!全問正解だ!」

 

天王寺「そんな雷轟にはボーナスステージだ。全問正解したらご褒美あげるよ」

 

遥「やったぁ!よしこいっ!!」

 

 

荒浦

 

羅吾

 

陀麗牡

 

貫美

 

明峰宗

 

 

天王寺「この5つ、何て読む?」

 

遥「ムムッ……!」

 

朱里「うーわ……。これそのまま読ませる気ある?」

 

星歌「も、もう星歌は1つもわからないかも……」

 

真深「一気に難しくなったわね。古代オリエント文明がヒントと言えばまだ難易度は低いのかしら……」

 

天王寺「ちなみに瑞希は全問正解してるぞー」

 

朱里「もう何も言うまい……」

 

星歌「あ、朱里ちゃんが悟りに入っちゃった……」

 

※これを見ている人達も遥と一緒に考えてみよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天王寺「それでは正解発表タイム!」

 

遥「ゴクリ……!」

 

朱里「自分でゴクリとか言っちゃってるよ……」

 

 

荒浦(あれっぽ)……元ネタはアレッポ。シリア地方最古の都市。

 

羅吾(らあ)……元ネタはラー。エジプト神話の太陽神(多分7割以上の人は某翼神竜が脳裏にチラ付く)。

 

陀麗牡(だれいおす)……元ネタはダレイオス。アケメス朝ペルシアの王。

 

貫美(かんびせす)……元ネタはカンビュセス。アケメネス朝ペルシアの王(あの漢字から読み方が5文字は無理しかない)。

 

明峰宗(あけめねす)……元ネタはアケメネス朝。現在のイランに興った王朝。

 

 

天王寺「以上、正解発表でした!」

 

遥「むぅ……!1問外した……」

 

朱里「逆に4問正解したの凄くない?」

 

遥「どうせなら全問正解したかった……」

 

朱里(逆にどこを間違えたのか気になるけど、掘り返すと面倒くさそうだ)

 

天王寺「それじゃあ今回はここまで!次回も一風変わった歴代の全国出場校を紹介していくぜぃ!」

 

朱里「えっ?次回もあるんですか……?」

 

天王寺「次回は緑満高校について紹介予定だぜ!」

 

星歌「緑満高校……?」

 

朱里「またとんでもない名前の選手が集まってるんだろうなぁ……」

 

真深「まぁ……気になってしまうわよね……」

 

天王寺「その時のゲストは変わると思うけどね!じゃあ〆の挨拶よろしく4人共!」

 

朱里「え、えっと……。これからも『最強のスラッガーを目指して!』シリーズをよろしくお願いします。この企画のゲストとして来たのは早川朱里と」

 

星歌「本編ってシリーズ化してたんだ……。渡辺星歌と」

 

真深「多分そのシリーズは現状3つの小説で成り立ってるわね……。上杉真深と」

 

遥「『最強のスラッガーを目指して!』の主役の雷轟遥でした!!」

 

天王寺(次回はそれぞれの2番手を呼びますかね……)




こんなシリーズが不定期に載ります。


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オリキャラ紹介 新越谷高校①

オリキャラの紹介を簡単に。ネタバレ注意?


雷轟遥 イメージCV 佐倉綾音

 

 

【挿絵表示】

 

 

この小説の主人公(こことても重要)。明るく元気なムードメーカー。涙脆い。

 

野球中継のホームランを見て、自分もこのようになりたいと思いまずは筋トレから始める。そのお陰で高校生の中でもトップクラスのパワーヒッターに覚醒する。

 

中学に朱里の所属していた川越シニアに入団を希望するものの、守備の練習をした事のない為打球処理が出来ずに不合格。その後朱里に言われて基礎……主に下半身の強化をする練習をしていた。

 

朱里と練習する内に朱里に対して何かが芽生えた。朱里の過去を知っている数少ない1人。

 

高校にて初めて新越谷野球部に所属する初心者(ここ重要)。課題は守備。

 

選手名鑑

 

①1年

 

②右投げ両打ち

 

③12月24日

 

④155センチ

 

⑤松原中

 

⑥犬

 

⑦筋トレ

 

⑧「朱里ちゃんと一緒ならどこでも!」

 

 

 

能力(パワプロ風に表示)

 

ポジション 三 外 一

 

打法……は状況によってフォームが変わる。

 

弾道4 ミートB パワーS 走力B 肩力B 守備力D 捕球F

 

 

特殊能力

 

アーチスト 一球入魂 エースキラー プルヒッター 代打○ サヨナラ女 満塁女 チャンスB 悪球打ち 積極守備 エラー

 

 

 

 

 

 

早川朱里 イメージCV 大橋彩香

 

 

【挿絵表示】

 

 

この小説のもう1人の主人公でモノローグ担当……になりつつある。冷静だけど、試合になると熱くなる事も。基本的に自分からは前に出ない。

 

川越リトルシニアで合計6年活動していた。

 

リトル時代に右肩を炎症して、シニアに上がった後に左投げに転向する。右投げの時はシンカーを決め球に多数の三振を取っていた。

 

左投げの時は試行錯誤して身に付けたストレートに見せ掛けた変化球とノビのあるストレートを織り混ぜて打者を困惑させて、更に奪三振が増えるようになった。

 

ある日遥と出会い、バッティングセンターにて遥の打力を目の当たりにすると、敵に回しなくないのと彼女と一緒に野球をしたくなったから、同じ高校の野球部(それが無理ならクラブチームか草野球でも可)で野球がしたくなる。

 

遥の練習メニューを下半身強化を中心に考え、あわよくば自分の下半身強化を試みる。

 

高校にて遥と共に新越谷野球部に所属する。課題は足腰と肩の強化とスタミナの増強。

 

選手名鑑

 

①1年

 

②左投げ右打ち

 

③6月4日

 

④158センチ

 

⑤川越シニア(仙波中)

 

⑥兎

 

⑦投球練習

 

⑧通学距離

 

 

能力

 

ポジション 投 外

 

投法オーバースロー1 打法ノーマル1

 

コントロールA スタミナC

 

変化球 スライダー2 カットボール1 ナックルカーブ5 SFF5 フォーク5 パーム2 シュート2 スクリュー1 チェンジUP2 ツーシーム

 

特殊能力

 

怪童 ドクターK 変幻自在 闘志 逃げ球 緩急○ 力配分 ポーカーフェイス

 

 

弾道3 ミートA パワーC 走力B 肩力C 守備力A 捕球A

 

特殊能力

 

アベレージヒッター 流し打ち 逆境○ チャンスメーカー ヘッドスライディング 悪球打ち 積極守備 選球眼




能力等は更新予定です。


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オリキャラ紹介 新越谷高校②

この紹介での学年は進級後になります。


陽春星 イメージCV 山根綺

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

口数は少なめで、やや人見知り。

 

梁幽館高校のOGである陽秋月の実妹(という設定)で、中学までは台湾のシニアで野球をしていたが、姉がいる国で野球がしたい一心で日本への留学を決意する。

 

進学先をどこにするかを迷っていたが、去年の夏大会で姉がいた梁幽館を破った新越谷を見て感慨し、新越谷へ進学を決めた。

 

ホームステイ先を決める段階でシニアリーグの世界大会が迫っており、両親からは『春星が気になった相手の所へホームステイすると良い』みたいな事を言われ、シニアリーグの世界大会で日本代表と対戦の時に、日本代表の選手達を見定めた結果、自分を完膚なきまでに打ち取った早川朱里にライバル心を抱きながら、早川家にホームステイ先を決定。

 

新越谷に留学してからは朱里に勝つ事を目標に野球をしていたが、紅白戦で猪狩泊と3打席に渡る全力勝負の末に、目標は『もっと色々な投手と勝負がしたい』というものになった。雷轟遥、大村白菊と一緒にスラッガーについてのあり方を時々語り合っている。

 

姉と比べてミート、走力、守備力は劣るが、パワーと肩の強さは上回っており、スラッガータイプ。台湾のシニアでも4番を打っていた。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 9月30日

 

④ 161センチ

 

⑤ 梨山シニア

 

⑥ 狸

 

⑦ 散歩

 

⑧ 日本に興味があるから

 

 

能力

 

ポジション 遊 二 一 外

 

打法 クローズド1

 

弾道4 ミートC パワーS 走力B 肩力S 守備力C 捕球C

 

特殊能力

 

アーチスト 一球入魂 エースキラー 火事場の馬鹿力 切り込み隊長 左腕キラー 鉄人 メッタ打ち 広角打法 走塁B 送球A チャンスB

 

 

 

 

初野歩美 イメージCV 本渡楓

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

元気印で、人懐っこく、生粋の後輩枠とシニア内で呼ばれている。妹っぽい。

 

川越シニア出身で、早川朱里に敬意がある。打撃能力はシニアの中で真ん中よりも下だが、守備方面とミートで男子選手に負けない実力を持ち、シニアで早期レギュラー取得に成功する。

 

朱里のいる高校に入るに当たって苦手方面を克服する練習を主にしていて、新越谷に入学してからその成果が発揮された。

 

メインポジションであるセカンドのライバルの藤田菫とはセカンドの守備意識について話し合っており、互いに得るものを得ている。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 6月16日

 

④ 150センチ

 

⑤ 川越シニア

 

⑥ 猫

 

⑦ シミュレーションゲーム

 

⑧ 通学距離 憧れの先輩がいるから

 

 

能力

 

ポジション 二 遊 三 一

 

打法 ノーマル6

 

弾道2 ミートA パワーD 走力B 肩力B 守備力B 捕球A

 

特殊能力

 

アベレージヒッター 固め打ち 内野安打◯ 流し打ち 粘り打ち バント職人 走塁B チャンスB 盗塁B

 

 

 

猪狩泊 イメージCV 茅原実里

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

常にぼんやりとしており、中々掴めないキャラクター性をしている(部員談)。

 

叔母が超ベテランのプロ野球選手で、叔母に壁当てを教えてもらい、それから毎日500球(多い時はその倍以上)している。持続力、集中力がかなり高い。

 

新1年生が入学すると同じタイミングで東京の学校から新越谷へと転校してきた。親の都合だと本人は言っているが、実際のところは不明。

 

かなりお金持ちの家計で、親戚も大企業で働いている。

 

人脈がそこそこ広く、機械弄りを趣味にしている女性からはハイテクなドローンをもらったり、とある野球チームの参謀役には野球のルールを教えてもらったりもしている。

 

壁当ての延長線上(本人談)で叔母からカーブ、スライダー、フォーク、そして叔母の決め球であるライジング(ストレートの一種)を教えてもらい、最初の紅白戦にて陽春星と3打席に渡る熱い対決が繰り広げられた。その影響で野球の楽しさに目覚める。

 

野球初心者組の中では断トツのポテンシャルを秘めており、最初の紅白戦時点で全国レベルのピッチングを見せた。今でも成長中。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 3月14日

 

④ 164センチ

 

⑤ 千刻学園

 

⑥ 鳶

 

⑦ 日向ぼっこ

 

⑧ 親の都合?

 

 

能力

 

ポジション 投 外

 

投法 オーバースロー1 打法 ノーマル1

 

コントロールA スタミナS

 

変化球 スライダー5 カーブ5 フォーク6 ライジング(ストレート系)

 

特殊能力

 

怪童 怪物球威 ガソリンタンク 強心臓 勝利の星 主砲キラー 精密機械 鉄腕 ドクターK 変幻自在 ポーカーフェイス

 

弾道3 ミートB パワーA 走力C 肩力S 守備力C 捕球D

 

特殊能力

 

意外性 逆境◯ 粘り打ち プルヒッター 送球A



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オリキャラ紹介 他校のライバル①

他校のオリキャラを紹介。今回は朱里の同期の3人です。ネタバレ注意?


二宮瑞希 イメージCV 日高里菜

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

冷静沈着で、誰に対しても常に敬語で話す。試合では捕手として戦略面を考えて主にゲームメイクをしている。

 

朱里と同じ川越リトルシニアで合計6年間活動していた。

 

リトル時代から正捕手としてずっとスタメンマスクを被る程の実力で、4年生時点で中学生レベルのキャッチング技術と、味方投手を乗せるリードでシニアの最後まで正捕手の座を誰にも渡さなかった。

 

リトル初期から朱里とバッテリーを組み、リトルシニアにいる間は名バッテリーとも呼ばれる。

 

朱里がリトルで故障してからも朱里の左投げ転向から、フォームの改善まで捕手として付き添い、最早夫婦レベル。朱里の過去を知っている数少ない1人。

 

高校はスカウトによって西東京にある白糸台高校に進学。シニアまでで培ってきた技術と才能で1年生にして正捕手の座を手に入れる。彼女によって投手の才能を開花させた選手が複数人いる。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 9月17日

 

④ 143センチ

 

⑤ 川越シニア(仙波中)

 

⑥ 鳥

 

⑦ 情報収集

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 捕

 

打法 クローズド1

 

弾道3 ミートS パワーC 走力B 肩力A 守備力S 捕球S

 

特殊能力

 

球界の頭脳 ささやき戦術 鉄の壁 精神的支柱 アベレージヒッター いぶし銀 カット打ち 粘り打ち かく乱 選球眼 逆境○ 広角打法 対変化球○ 流し打ち ラインドライブ 送球B チャンスA

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清本和奈 イメージCV 進藤あまね

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

臆病な性格だけど、身長の低さがコンプレックスで指摘されると怒る。試合では4番以外を打った事がないくらいのスラッガー。

 

朱里と同じ川越リトルシニアで合計6年間活動していた。

 

リトル時代から不動の4番で、リトル入団時から格上格下関係なしにホームランを連発し、6年間4番を守り続けた。

 

また走塁や守備も並以上あり、奇襲の二盗や、守備の時に見せるファインプレーも評価される。

 

高校では通算ホームラン数と打点数が1番多い京都の洛山高校にスカウトで入学し、そこでも4番としてレギュラー入りする。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 7月7日

 

④ 140センチ

 

⑤ 川越シニア

 

⑥ ハムスター

 

⑦ 打撃練習

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 一 三

 

打法 ノーマル6

 

弾道4 ミートS パワーS 走力A 肩力B 守備力A 捕球S

 

特殊能力

 

アーチスト 一球入魂 火事場の馬鹿力 鉄人 引っ張り屋 メッタ打ち カット打ち ダメ押し 粘り打ち ヘッドスライディング 悪球打ち 威圧感 走塁A 盗塁B 守備職人 積極守備

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金原いずみ イメージCV 戸松遥

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

ムードメーカーで気配りも出来る今時ギャル。試合では切り込み隊長を努める事が多い。

 

朱里と同じ川越シニアで3年間活動していた。

 

シニアにはスカウトで入り、安定したバッティングと足の速さ、盗塁等を評価される。甘い球ならスタンドへ運ぶパワーも持ち合わせている。

 

シニアでも1番を打っており、スカウトで入った東東京の藤和高校でも先頭打者を任させる実力者でもある。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 左投げ左打ち

 

③ 12月24日

 

④ 162センチ

 

⑤ 川越シニア

 

⑥ 狐

 

⑦ アクセサリー集め

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 外

 

打法 振り子

 

弾道3 ミートS パワーA 走力S 肩力S 守備力A 捕球B

 

特殊能力

 

安打製造機 切り込み隊長 広角砲 勝負師 トリックスター メッタ打ち カット打ち 粘り打ち パワーヒッター 悪球打ち ダメ押し 走塁A 盗塁A




こちらも能力は更新予定です。


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オリキャラ紹介 他校のライバル②

オリキャラ紹介。朱里の同期から2人です。ネタバレ注意?


橘はづき イメージCV 愛美

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

人懐っこい性格で、特に朱里にはせんぱいと敬称する程に懐いている。というか朱里を1人の女性として好意を抱いている。

 

朱里と同じ川越シニアで3年間活動していた。

 

小学生の頃に朱里が投げていたシンカーに憧れ、自分もあんな変化球を投げたい想いで野球を始める。

 

投球センスに光るものがあり、後の決め球であるスクリューを1ヶ月でマスターして、その後もカーブとスライダーも3ヶ月で投げられるようになる。

 

中学で朱里と同じ川越シニアに入団。朱里を見付けるとすぐに話し掛けて、現在のように強い憧れを抱く。試合では朱里が先発して、はづきがリリーフ……という展開がデフォルトだけど、実は朱里よりもスタミナがある。

 

高校はスカウトによって埼玉県内の梁幽館高校に入学。そこから更に変化球に磨きがかかって、決め球のスクリューを3種類に増やし、状況に応じて使い分けている。

 

梁幽館の高橋友里、吉川和美、小林依織、中田奈緒、陽秋月を中心にレギュラーメンバーとも友好な仲を築いている。特に高橋友里とはシニアも一緒だったので、朱里のピッチングについて時々話し合っている。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 左投げ左打ち

 

③ 2月28日

 

④ 156センチ

 

⑤ 川越シニア

 

⑥ 猫

 

⑦ ショッピング

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 投 外

 

投法 スリークォーター1 打法 ノーマル1

 

コントロールA スタミナA

 

変化球 スクリュー7 スクリュー5 スクリュー2 カーブ4 スライダー4

 

特殊能力

 

驚異の切れ味 ドクターK 変幻自在 緩急◯ 回またぎ◯ 根性◯ 対強打者◯ 球持ち◯ 逃げ球 リリース◯

 

 

弾道3 ミートS パワーA 走力A 肩力A 守備力A 捕球S

 

特殊能力

 

アベレージヒッター 意外性 逆境◯ 広角打法 内野安打◎ 粘り打ち パワーヒッター バント◎

 

 

 

 

 

友沢亮子 イメージCV 鬼頭明里

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

クールで冷静な性格から同性に凄くモテる。しかし試合になると熱くなる一面も。

 

朱里と同じ川越シニアで3年間活動していた。

 

シニアにはスカウトで入団。朱里、瑞希、和奈とリトル時代に対戦した事があり、特に朱里には手も足も出ずに敗北した事が悔しく、シニアで朱里を1番ライバル視している。

 

走攻守の三拍子が揃っており、その実力はシニアの男子達の自信を失くさせる程の天才。試合では常に3番を打っていた。

 

埼玉県内の咲桜高校には入学の8ヶ月以上前からスカウトの話が来ており、即決でスカウトを受ける代わりに咲桜高校での練習参加を許可してもらう。そこでは朱里を始めとするシニアの仲間に内緒でリトル時代にやっていた投手の練習も始める。

 

高校ではショートのポジションでレギュラーの座を奪いつつも、投手の練習を続けている。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 両投げ(投手をやる時は左、野手をやる時は右)左打ち

 

③ 4月1日

 

④ 161センチ

 

⑤ 川越シニア

 

⑥ 魚

 

⑦ 練習

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 遊 二 投

 

投法 オーバースロー2 打法 オープン2

 

コントロールS スタミナA

 

変化球 カーブ7 スクリュー6 スライダー4

 

特殊能力

 

驚異の切れ味 変幻自在 精密機械 ドクターK 緩急◯ 緊急登板◯ 対強打者◯ 球持ち◯ リリース◯

 

 

弾道4 ミートS パワーB 走力A 肩力S 守備力S 捕球A

 

特殊能力

 

安打製造機 いぶし銀 固め打ち カット打ち 逆境◯ 広角打法 守備職人 対変化球◯ チャンスメーカー 流し打ち 粘り打ち パワーヒッター バント◯




こちらも能力は更新予定です。


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オリキャラ紹介 他校のライバル③

オリキャラ紹介。他校の上級生からです。大豪月さんと非道さんは一部分に?が付いていますが、気にせずに見てもらえるとありがたいです。ネタバレ注意?


神童裕菜 イメージCV 日笠陽子

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

クールビューティーという印象が見受けられる。白糸台の中で1番達観している。

 

白糸台高校の3年生で、1年生から不動のエースとして活躍しており、春夏4連覇を果たす。最初の夏で全国優勝してから白糸台のレベルが跳ね上がる。

 

当時の捕手が彼女の1つ上の先輩で、その先輩以外に裕菜のボールを捕球出来る捕手がいなかった故にその先輩が引退してからは壁当てしか出来ず、3年目をどうするか悩んだ時に二宮瑞希の成績を偶然見付けてスカウトに動く。

 

瑞希が入学し、テストで裕菜のボールが捕球出来る事がわかってから瑞希を自身の専属捕手として2人でバッテリー練習を始める。

 

春頃に新越谷と柳大川越の試合を見て新越谷高校に興味を持ち始めて、それからは新越谷の県大会の準決勝と決勝戦を見に行く程に……。

 

 

選手名鑑

 

① 3年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 6月18日

 

④ 165センチ

 

⑤ 浅草シニア

 

⑥ 犬

 

⑦ 投球練習

 

⑧ 校風

 

 

能力

 

ポジション 投 外

 

投法 スリークォーター1 打法 オープン1

 

コントロールS スタミナS

 

変化球 ツーシーム スライダー6 カーブ6 フォーク6 シンカー6 シュート6 カットボール6 チェンジUP6

 

特殊能力

 

怪童 怪物球威 ガソリンタンク ギアチェンジ 脅威の切れ味 勝利の星 主砲キラー 精密機械 鉄腕 ドクターK 内角無双 変幻自在 緊急登板◯ 尻上がり 球持ち◯ リリース◯ 威圧感

 

 

弾道3 ミートS パワーS 走力A 肩力S 守備力A 捕球A

 

特殊能力

 

アベレージヒッター 意外性 固め打ち カット打ち 逆境◯ 広角打法 対エース◯ 代打◯ 流し打ち 粘り打ち パワーヒッター レーザービーム 威圧感

 

 

 

 

大豪月(名前不明) イメージCV 小林ゆう

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

豪快という言葉を体現している人間。チマチマとした事が嫌いで、真っ直ぐな人間が好き。一部分が謎に包まれている。

 

洛山高校の3年生で、1年生の頃から不動のエースとして活躍している。神童裕菜率いる白糸台高校とは因縁があり、大豪月が入学してからの全国大会で連続して準決勝でぶつかって敗北を繰り返している。

 

洛山高校が打撃チームになったのは大豪月が入学してからである。

 

2年後に清本和奈が入学して、入部テストでホームランを連発した事によって1年生から4番だったのが陥落。自身を4番から引き摺り下ろした和奈を気に入っている。

 

新越谷の県大会決勝戦を和奈が見に行くと聞いて非道を連れて観戦に。新越谷の4番を打っている雷轟遥と新越谷のエースである武田詠深に何らかの可能性を感じた。

 

 

選手名鑑

 

① 3年

 

② 右投げ右打ち

 

③ ???

 

④ 189センチ

 

⑤ ???

 

⑥ ライオン

 

⑦ 投球練習

 

⑧ ???

 

 

能力

 

ポジション 投 外

 

投法 オーバースロー1 打法 クローズド1

 

コントロールA スタミナS

 

変化球 Hスライダー5 Hシンカー5 SFF5

 

特殊能力

 

怪童 怪物球威 ガソリンタンク ギアチェンジ 強心臓 勝利の星 主砲キラー 鉄腕 ド根性 ドクターK 不屈の魂 緊急登板◯ 球速安定 尻上がり 球持ち◯ リリース◯ 威圧感

 

 

弾道4 ミートC パワーS 走力A 肩力S 守備力B 捕球B

 

特殊能力

 

アーチスト 一球入魂 エースキラー 火事場の馬鹿力 気迫ヘッド 重戦車 鉄人 引っ張り屋 レーザービーム 威圧感

 

 

 

非道(名前不明) イメージCV 西尾夕香

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

のんびりとした印象の人間で、不気味とも言われている。大豪月を慕っており、大豪月を追って洛山高校に入学。一部分が謎に包まれている。

 

洛山高校の2年生で、1年生の頃から正捕手を努める。

 

大豪月の組み込んだ練習メニューを改善させて洛山高校全体の練習メニュー考案係となる。捕手として出場する時はモノクルを装備する。それ以外のポジションでは眼帯を装備している。

 

和奈を後輩として猫可愛がりしている。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 右投げ右打ち

 

③ ???

 

④ 183センチ

 

⑤ ???

 

⑥ ナマケモノ

 

⑦ モノクル整備

 

⑧ 大豪月さんがいるから

 

 

能力

 

ポジション 捕 一 外

 

打法 クローズド1

 

弾道4 ミートA パワーS 走力B 肩力S 守備力A 捕球A

 

特殊能力

 

アーチスト 一球入魂 火事場の馬鹿力 気迫ヘッド 球界の頭脳重戦車 鉄人 引っ張り屋 広角打法 送球A 粘り打ち 威圧感




能力は更新予定?です。


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オリキャラ紹介 他校のライバル④

オリキャラ紹介。美園学院の三森3姉妹になります。今までの紹介よりも雑にまとめられていますので、御了承ください。

今までのキャラ紹介も含めてオリキャラ達にイメージCVを付けました。

ネタバレ注意?


※紹介の前に三森3姉妹の共通点を幾つか……。

 

・守れるポジションが一緒(多少の得意不得意はある)

 

・足の速さは高校生の中でもトップクラス

 

・試合になると時々熱くなる性格をしている

 

・姉妹揃ってポンコツになる時がある。

 

 

これ等を踏まえて閲覧よろしくお願いします。

 

 

 

三森朝海 イメージCV 南條愛乃

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

3姉妹の中で1番冷静。

 

美園学院の1年生。1年生からレギュラーを取っており、セカンド、ショート、センターを中心に守っている。県大会決勝戦ではセカンドを守った。

 

夕香と夜子の姉として気張り過ぎている節があり、妹の前ではしっかりしようと思っている。時々ポンコツになる。

 

園川萌と福澤彩菜を尊敬している。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 3月3日

 

④ 158センチ

 

⑤ 春日部シニア

 

⑥ 犬

 

⑦ 読書

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 外 二 遊

 

打法 ノーマル7

 

弾道3 ミートS パワーB 走力S 肩力B 守備力B 捕球S

 

特殊能力

 

気迫ヘッド 切り込み隊長 高速ベースラン 電光石火 トリックスター ロケットスタート 魔術師 アベレージヒッター 逆境○ いぶし銀 固め打ち 広角打法 高速チャージ 粘り打ち 内野安打○ プレッシャーラン ラインドライブ カット打ち 選球眼 積極守備

 

 

 

三森夕香 イメージCV 洲崎綾

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

3姉妹の中で1番元気。

 

美園学院の1年生。朝海と同様1年生からレギュラーを取っており、ショート、センター、セカンドを中心に守っている。県大会決勝戦ではショートを守った。

 

姉の朝海が気負う時や、妹の夜子が落ち込んでいる時に励ます3姉妹の支柱的存在。朝海とは別ベクトルでポンコツになる時がある。

 

中学時代に金原いずみとよく遊んでいた。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 3月3日

 

④ 158センチ

 

⑤ 春日部シニア

 

⑥ 猫

 

⑦ ショッピング

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 外 二 遊

 

打法 ノーマル7

 

弾道3 ミートB パワーA 走力S 肩力B 守備力B 捕球S

 

特殊能力

 

気迫ヘッド 火事場の馬鹿力 高速ベースラン 電光石火 ロケットスタート 魔術師 精神的支柱 パワーヒッター 悪球打ち チャンスA プレッシャーラン 初球○ 逆境○ 内野安打○ プルヒッター 高速チャージ 積極守備

 

 

 

三森夜子 イメージCV 黒沢ともよ

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

3姉妹の中で1番大人しい。

 

美園学院の1年生。朝海と夕香同様1年生からレギュラーを取っており、センター、セカンド、ショートを中心に守っている。県大会決勝戦ではセンターを守った。

 

朝海や夕香が時々ポンコツを発揮するので、そんな姉2人をまとめている影の姉。それでも時々ポンコツになるけど、姉2人よりはポンコツ度合いは控えめ。

 

中学時代は外出する度に何故か二宮瑞希と出会う事が多い。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 3月3日

 

④ 158センチ

 

⑤ 春日部シニア

 

⑥ 兎

 

⑦ 創作料理

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 外 二 遊 投

 

投法 オーバースロー2 打法 ノーマル7

 

コントロールB スタミナA

 

変化球 カットボール1 チェンジUP2 シュート1

 

特殊能力

 

強心臓 リリース◯ 回またぎ◯ 緊急登坂◯ 球持ち◯ 球速安定

 

弾道3 ミートA パワーC 走力S 肩力A 守備力A 捕球S

 

特殊能力

 

気迫ヘッド 大番狂わせ 高速ベースラン 電光石火 ストライク送球 ロケットスタート 魔術師 アベレージヒッター 意外性 流し打ち 粘り打ち カット打ち バント職人 ラインドライブ 高速チャージ レーザービーム チャンスA プレッシャーラン 選球眼 積極守備




能力等は更新予定です。


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オリキャラ紹介 他校のライバル⑤

オリキャラ紹介。今回は白糸台から3人です!ネタバレ注意?


鋼香菜 イメージCV 花守ゆみり

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

ムードメーカー的役割を持つ明るい性格だけど、緊張しやすい。少し弱気になりやすく、軟式野球をやっていた頃も不安な心を持ちやすかったが、二宮瑞希と出会いそれがなくなりつつある。

 

白糸台高校の1年生で3軍からコツコツと真面目に練習に取り組んだ結果、秋頃に1軍昇格を果たした。

 

二宮のお陰で大成した投手の1人で、主に制球力が上昇した。

 

1軍に昇格してからは新井と共に投球練習をする事が多くなり、それ以外では二宮とバッテリー練習をしている。

 

二宮に懐いている1人。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 4月1日

 

④ 157センチ

 

⑤ 秋葉中学

 

⑥ パンダ

 

⑦ 料理

 

⑧ 先輩への憧れ

 

 

能力

 

ポジション 投 一 外

 

投法 オーバースロー4 打法 ノーマル5

 

コントロールB スタミナS

 

変化球 Hスライダー5 Vスライダー5 スラーブ6

 

特殊能力

 

打たれ強さB 重い球 回またぎ◯ 緩急◯ キレ◯ 球速安定 シュート回転 対強打者◯ 奪三振 球持ち◯

 

 

弾道3 ミートC パワーA 走力B 肩力S 守備力B 捕球C

 

特殊能力

 

意外性 送球A 代打◯ 流し打ち プルヒッター ムード◯

 

 

 

 

テナー・バンガード イメージCV 東山奈央

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

活発という言葉を体現した性格。他者……特に自分よりも小柄な人間を見下しがちな性格だったが、二宮瑞希と出会いそれがなくなり、次第に落ち着きを覚える。

 

アメリカから留学してきた白糸台高校の1年生。白糸台に入ったのもGW前という微妙な時期だが、本人は一切気にしていない。

 

野球部に入ってからは二宮、鋼、佐倉陽奈、佐倉日葵とよく一緒にいるようになった。特に二宮に敬意を持っている。

 

二宮に懐いている1人。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 2月29日

 

④ 178センチ

 

⑤ ホワイトファルコンズ(エクスリーグのチーム)

 

⑥ ゴリラ

 

⑦ 日本文化の勉強

 

⑧ スカウト(留学)

 

 

能力

 

ポジション 外 三

 

打法 神主

 

弾道4 ミートB パワーS 走力C 肩力S 守備力C 捕球C

 

特殊能力

 

威圧感 アーチスト 一球入魂 エースキラー 火事場の馬鹿力 広角砲 重戦車 鉄人 送球A

 

 

 

 

新井麻琴 イメージCV 佐藤利奈

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

勝ち気な性格で自分に自信を持っている。プライドが高い。

 

白糸台の2年生。1年生までは制球力がない為に外野手を守るようになるが、二宮瑞希によって投手に返り咲く。

 

変化球が大嫌いで、ストレートしか投げない。これには監督を含めた白糸台全員が頭を抱えている。

 

全国大会の準決勝で新越谷に負けてからはキャプテンに指名された事もあり落ち着きを持つようになるが、やはりストレートしか投げない。

 

二宮のお陰で大成した投手の1人で、主に制球力が格段に上昇した。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 3月25日

 

④ 168センチ

 

⑤ 池袋ガールズ

 

⑥ 狼

 

⑦ 投球練習

 

⑧ 先輩への憧れ

 

 

能力

 

ポジション 投 外

 

投法 オーバースロー11 打法 ノーマル1

 

コントロールA スタミナS

 

変化球 なし!

 

特殊能力

 

威圧感 怪童 怪物球威 鉄腕 ハイスピンジャイロ 根性◯ シュート回転 力配分 逃げ球 乱調

 

 

弾道4 ミートA パワーS 走力B 肩力S 守備力B 捕球C

 

特殊能力

 

威圧感 送球A 逆境◯ パワーヒッター レーザービーム




能力等は更新予定です。

バンガードの性格はここから参考にして今後登場しそう……。


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オリキャラ紹介 他校のライバル⑥

オリキャラ紹介。今回は特徴的なあの人達?


村雨静華 イメージCV 金田朋子

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

忍者(自称)。言動がコテコテの忍者。常にサングラスとマフラーをしている。忍者と豪語しているだけあってプロをも凌駕する足の速さ、肩の強さ、守備範囲を持っている。打撃方面に関しては未知数。

 

梁幽館高校には一般入試で入学。その後同じシニア出身の橘はづきや高橋友理とは交流を持つも、言動のせいでチームメイトからは敬遠されがち。しかし段々認められている。

 

フットワークの軽さはシニア出身者や梁幽館メンバー随一で、日本とアメリカの往復を簡単にやってのける。

 

3年生の引退後は代走要因としてユニフォームを会得した。

 

外部との繋がりがかなり広く、アメリカを始めとする様々なコネクションを持っている。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 2月29日

 

④ 162センチ

 

⑤ 川越シニア

 

⑥ 蛇

 

⑦ 情報収集

 

⑧ 一般入試

 

 

能力

 

ポジション 外 捕 一 二 三 遊

 

打法 一本足

 

弾道2 ミートB パワーD 走力S 肩力S 守備力S 捕球S

 

特殊能力

 

高速ベースラン 高速レーザー ストライク送球 電光石火 鉄人 魔術師 ロケットスタート 内野安打◎ バント職人 選球眼 積極守備 代走要因 守備要因

 

 

 

 

黛千尋 イメージCV 豊田萌絵

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

洛山高校の2年生で、同じ2年生の非道や先輩の大豪月には気に入られ、後輩の清本和奈は癒し枠として可愛がっている。大豪月と非道によるスカウトによって洛山に入っている。

 

性格は人見知りで臆病。更にコミュニケーション能力も低いので、洛山部員以外とは話すのも一苦労。

 

マウンドに上がるとクールに相手打線を抑える。洛山には珍しい(唯一)技巧派タイプの投手で、様々な変化球を投げる。

 

大豪月、非道、清本以外の面子とは余り話さ(せ)ない。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 6月6日

 

④ 176センチ

 

⑤ 京都中学

 

⑥ 鼬

 

⑦ 動画鑑賞

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 投 一 外

 

投法 オーバースロー2 打法 ノーマル6

 

コントロールA スタミナA

 

変化球 ツーシーム スライダー4 カーブ2 チェンジUP3 シンカー2 カットボール3

 

 

特殊能力

 

怪童 怪物球威 ガソリンタンク ギアチェンジ 強心臓 鉄腕 変幻自在 緩急◯ 回またぎ◯ 緊急当番◯ 球速安定 牽制◯ 球持ち◯

 

弾道3 ミートB パワーS 走力C 肩力B 守備力B 捕球C

 

 

特殊能力

 

鉄人 アベレージヒッター 意外性 いぶし銀 固め打ち 逆境◯ 広角打法 パワーヒッター バント◯

 

 

 

天王寺 イメージCV 大久保瑠美

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

様々な場所を行き来しては野球の楽しさ、素晴らしさを広めている自由人。経済方面はネットビジネスで稼ぎ、パスポート等も発行期間には毎回必ず発行している。謎に包まれた人物。活発だったり、冷静だったりする。

 

元選手で現状は選手育成とマネージャーをしている。

 

選手としても優秀で、選手を辞めてからも自分磨きを欠かしていない。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 右投げ右打ち

 

③ ???

 

④ 158センチ

 

⑤ 川越シニア

 

⑥ 鳥

 

⑦ 野球

 

⑧ ???

 

 

能力

 

ポジション 外

 

打法 ノーマル1

 

弾道3 ミートE パワーA 走力A 肩力A 守備力A 捕球A

 

特殊能力

 

人気者




能力は更新予定です。なお天王寺さんの特殊能力が少ないのはひた隠しにしているから。


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オリキャラ紹介 他校のライバル⑦

オリキャラ紹介。今回は色々なところから……。例の如くネタバレ注意。


番堂長子 イメージCV 悠木碧

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

勝ち気な性格だが、目上の人に対しては素直で人懐っこい。

 

長打力に自信があり、高校1年生にして姫宮高校の4番を務める。

 

アウトローを自称しており、外角の変化球が得意で、ど真ん中のストレートに対して何故か空振りを繰り返す。これは姫宮高校野球部全員が認知しているが、外部には奇跡的に一部を除いてバレていない。それ以外はとても優れた選手で、部内では残念な天才と呼ばれている。

 

ど真ん中のストレートさえ克服出来れば……と自他共々思っており、現在も特訓中。

 

中学時代は草野球に混じって野球をやっていた。実は新越谷高校の雷轟遥と武田詠深とは同じ中学出身だが、不思議と中学時代に出会った事は1度もない。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 8月31日

 

④ 160センチ

 

⑤ 松原中

 

⑥ パンダ

 

⑦ 自己鍛練

 

⑧ 通学距離

 

 

能力

 

ポジション 一 三 外

 

打法 ノーマル1

 

弾道4 ミートC パワーS 走力B 肩力A 守備力B 捕球C

 

特殊能力

 

アーチスト 一球入魂 エースキラー 火事場の馬鹿力 切り込み隊長 鉄人 プルヒッター 扇風機

 

 

 

 

 

土方季弥 イメージCV 高橋李依

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

大人しめの性格だが、場の空気に当てられて熱くなる事もそれなりにあり。

 

高知県にある天下無双学園にはスカウトで入学。捕手をメインポジションとして安定したリード、フィールディング、長打力を買われて、1年生時点で4番に抜擢される。

 

同じ学年の沖田総司とは凸凹ながらも、捕手らしく引っ張っていき、なんだかんだで名コンビ名バッテリーと呼ばれる事に……。実は中学時代にて読者モデルとして多方面からスカウトされていたが、何れも断っていた。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 11月19日

 

④ 166センチ

 

⑤ 東雲学園

 

⑥ 犬

 

⑦ スポーツ観戦

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 捕 二 遊

 

打法 クローズド1

 

弾道4 ミートA パワーS 走力C 肩力S 守備力A 捕球A

 

特殊能力

 

アーチスト 一球入魂 エースキラー 火事場の馬鹿力 球界の頭脳 切り込み隊長 鉄人 鉄の壁 バズーカ送球 広角打法 プレッシャーラン 威圧感

 

 

 

 

 

ロジャー・アリア イメージCV 茅野愛衣

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

情報社会でも1、2を争うロジャー家の令嬢であり、自身も情報収集を楽しんでいる節がある。

 

佇まいから全てが生粋のお嬢様で、何をやらせても気品があり、野球にもそれが出ており、特に守備では優雅で上品な動きを見せる事から『Brilliant defense』という異名が付くようになった。

 

打撃方面でもスラッガーレベルの実力を発揮するが、得意なのはライナー性の当たり。捕球を試みた野手のグラブを弾く程の鋭い当たりを飛ばす事から『グラブ飛ばし』と名付けられる打球を放つ。

 

上品な容姿とは裏腹に搦め手を得意とし、相手をじわじわと苦しめる事に愉悦を覚える。所謂サディスト。

 

実は高校1年生時点で藤和高校に通っているが、野球部に入ったのは2年の夏大会が終わった後になる。何故藤和に進学しているかは本人のみの秘密……。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 6月30日

 

④ 165センチ

 

⑤ ワシントンシニア

 

⑥ 蛇

 

⑦ 情報収集

 

⑧ ???

 

 

能力

 

ポジション 遊 二 三 外

 

打法 神主

 

弾道4 ミートS パワーS 走力A 肩力A 守備力S 捕球S

 

特殊能力

 

アーチスト 安打製造機 一球入魂 エースキラー 切り込み隊長 芸術的流し打ち 高速ベースラン 高速レーザー 広角砲 左腕キラー 勝負師 ストライク送球 精神的支柱 トリックスター 魔術師 メッタ打ち ロケットスタート いぶし銀 威圧感



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オリキャラ紹介 他校のライバル⑧

オリキャラ紹介。親切高校から3人。ネタバレ注意。


ゴウ(剛田星奈) イメージCV 久保ユリカ

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

超絶ぶりっ子。誰に対しても良い顔を見せようと媚びたように接する。なので皆のアイドルでも目指しているのだろうかと思ってしまう。その上かなり計算高い。しかし幼馴染である番堂長子に対しては過去に起きた事件の影響で喧嘩腰。

 

そんな性格とは裏腹に、親切高校で4番を務める程のスラッガーで、その能力はチーム全体から信頼されている。

 

案外努力家で、影で練習も欠かさない。

 

全寮制である親切高校には自身の更なる高みを目指す為に進学。ルームメイトの鈴木美希は1番の親友。

 

渾名はゴウちゃん。自分の一人称もゴウちゃんに変えて、選手登録名も『ゴウ』に変更する程に主張が強い。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 6月16日

 

④ 158センチ

 

⑤ 越谷中学

 

⑥ 猫

 

⑦ 自分磨き

 

⑧ 更なる高みを目指す為

 

 

能力

 

ポジション 三 一 投

 

投法 オーバースロー1 打法 神主

 

コントロールC スタミナA

 

変化球 Hスライダー6 カットボール3 シュート4

 

特殊能力

 

重い球 勝ち運 緊急登板◯ 球速安定 闘志 一発 ド根性

 

弾道4 ミートB パワーS 走力B 肩力A 守備力B 捕球B

 

特殊能力

 

アーチスト 一球入魂 エースキラー 火事場の馬鹿力 切り込み隊長 鉄人 プルヒッター ムード◯ ムードメーカー

 

 

 

 

鈴木美希(ミッキー・スズキ) イメージCV 金元寿子

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

内向的な性格だけど、野球に関してはそんな自分を忘れられると小、中学時代で大活躍する。特に小学生の終わり頃から中学3年まで野球の本場アメリカのシニアで活動し、トップクラスの成績を残す。

 

アメリカのシニアでは名前がミキだからか、ミッキーと呼ばれるようになり、登録名も『ミッキー・スズキ』となった。

 

褐色している肌から外国人と勘違いされがちだけど、両親は共に日本人。両親は特に肌が褐色していないので、褐色肌は日焼けからなったものと思われる。

 

高校は根強い勧誘の下、埼玉の全寮制高校である親切高校へ。個性豊かな面々と共に更なる成長を求める。

 

内向的な性格が災いして、高校での試合出場数は少なめ。アメリカで活躍していた時はそんな事はなかったのに……。

 

剛田星奈は自分を引っ張ってくれる親友。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 10月22日

 

④ 159センチ

 

⑤ シアトルシニア

 

⑥ 兎

 

⑦ ランニング

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 外

 

打法 振り子

 

弾道3 ミートS パワーC 走力A 肩力S 守備力A 捕球S

 

特殊能力

 

安打製造機 一球入魂 エースキラー 切り込み隊長 芸術的流し打ち 高速レーザー ストライク送球 トリックスター 魔術師 ロケットスタート

 

 

 

 

一ノ瀬羽矢 イメージCV 豊崎愛生

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

内向的な上に、マイナス思考の持ち主。いわゆるネガティブ。

 

何をするにも後ろ向きで、前向きな人間を見ると煩わしくなる程。常に「人類が滅びれば良いのに……」と口ずさむ。

 

全寮制の親切高校に進学したのは、1人暮らしの予行演習の為だが、本人は一生親の脛を齧る気満々。そんな本人の態度を見かねた両親は高校を卒業したら1人で生きていけと余儀なくされた。

 

そんな本人の将来の進路は寮生活が可能で、なんとなくやっている野球を仕事?に出来るプロ野球選手になる事がほぼ確定してしまう。ただし本人にやる気は一切ない。

 

ネガティブな上に、やる気もいまいちだが、野球の腕は一級品。投げる変化球はどの投手にも当てはまらない独特な変化をし、多くの三振を切って取った。その実績を称えられてシニア内では選ばれし数字の選手達(ナンバーズ)の一員を担うようになった(ただし本人は知らない)。

 

出身シニアは早川朱里や二宮瑞希と同じで、朱里の前のエース投手として君臨していた。

 

高校に入ってからはネガティブに加えてものぐさも増して、より怠惰な性格になった。今ではその性格をチームマネージャーの坂柳有栖によって矯正させられている。

 

高校からはネガティブになればなる程に球の威力が上昇し、精神状態がLowになると、プロ選手ですらも抑えられるようになる。しかし精神をLowにする為には幾度も鬱にさせる必要がある為、常に苦痛を強いられるようになる。どのくらいで精神がLowになるかは本人の匙加減。

 

 

選手名鑑

 

① 3年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 8月10日

 

④ 166センチ

 

⑤ 川越シニア

 

⑥ コアラ

 

⑦ あやとり 昼寝

 

⑧ 両親による強制

 

 

能力

 

ポジション 投 外 三

 

投法 サイドスロー1 打法 クローズド1

 

コントロールS スタミナA

 

変化球 カーブ6(7) シュート5(7) シンカー6(7)

 

特殊能力

 

ガソリンタンク 驚異の切れ味 ドクターK ガラスのハート ノミの心臓 乱調 球持ち◯ 逃げ球 リリース◯ ※ネガティブ

 

弾道3 ミートB(S) パワーC(A) 走力C(A) 肩力B(A) 守備力B(S) 捕球B(S)

 

特殊能力

 

アベレージヒッター 意外性 いぶし銀

 

 

※一ノ瀬羽矢の固有特殊能力『ネガティブ』は発動すると、変化球の変化量と、野手能力が上昇する。




能力更新もするかも……?


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オリキャラ紹介 他校のライバル 終

嶋田飛鳥 イメージCV 夏芽

 

 

 

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レディースと言われてもそのまま信じてしまう風貌。ほぼ外見通り血の気が多く、怒声を浴びせる事が多い。

 

上下関係にとても厳しいが、最低限の礼儀があればあとは実力次第でその人間を気に入ったりする事もある。

 

自身の通っている紅洋高校は元神奈川屈指の野球名門校だったが、ここ数年で廃れてしまったところをたった1人で立て直す。その過程で自身の課す練習等に着いて行けずに同年代の部員達は皆辞めてしまう。

 

翌年も同様に最終的な新入部員は0だったが、その翌年に花形美玲、星美智瑠、伴翠の3人を始めとする有力な新入部員が自身の練習を初めて完遂した事によって、新生紅洋高校野球部を誕生させた。

 

リトル時代は川越リトル、シニア時代は横浜リトルでそれぞれレギュラーとして登り詰める程の実力者で、高校生になってもハイレベルなプレーは健在。高校生一の三塁手と呼ばれるようになった。

 

 

選手名鑑

 

① 3年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 9月9日

 

④ 169センチ

 

⑤ 横浜シニア

 

⑥ 豹

 

⑦ 走り込み

 

⑧ 通学距離

 

 

能力

 

ポジション 三 一 二 遊

 

打法 クローズド1

 

弾道4 ミートS パワーS 走力C 肩力S 守備力A 捕球B

 

特殊能力

 

アーチスト 安打製造機 一球入魂 エースキラー 火事場の馬鹿力 切り込み隊長 いぶし銀 流し打ち 粘り打ち ヘッドスライデイング 悪球打ち

 

 

 

 

十文字園香 イメージCV 矢野妃菜喜

 

 

 

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とても大らかな性格で、物事は大体他の人の意見を聞いてから判断する。

 

自分の練習よりも他の選手の育成をメインにしている変わった方針だが、彼女に見てもらえる選手は大きく成長する……という事が明らかになっている。それが判明したシニア時代から選手というよりはコーチや監督とほとんど同じ仕事をメインにするようになった。

 

しかし本人の実力も健在で、メインポジションである捕手としての実力も去ることながら、実は投手としても一級品。自分の経験に基づいてチームの投手と捕手は4、5番手ですら全国レベルにまで成長させてしまう恐ろしいコーチングの持ち主。しかし本人は特別な事は何もしていないと供述。彼女程謙虚な人間はそうはいない。

 

中学時点で所属するプロチームが既に決まっているが、高校3年生現在も多数の球団から引っ張りだこになっているらしい。

 

 

選手名鑑

 

① 3年

 

② 右投げ両打ち

 

③ 2月3日

 

④ 163センチ

 

⑤ 渋谷シニア

 

⑥ 魚

 

⑦ 選手育成

 

⑧ スカウト

 

 

能力

 

ポジション 捕 投 外

 

投法 オーバースロー4 打法 ノーマル1

 

コントロールS スタミナS

 

変化球 スライダー4 フォーク5 シュート6

 

特殊能力

 

ガソリンタンク ギアチェンジ 強心臓 主砲キラー 精密機械 変幻自在 ポーカーフェイス

 

弾道4 ミートS パワーA 走力B 肩力A 守備力S 捕球S

 

特殊能力

 

球界の頭脳 安打製造機 エースキラー 大番狂わせ 切り込み隊長 芸術的流し打ち 広角砲 勝負師 ストライク送球 精神的主柱 トリックスター 魔術師

 

 

 

 

 

暮羽恵梨香 イメージCV 前島亜美

 

 

 

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雷轟遥の幼馴染。朗らかな性格だが、小悪魔な一面もあり。小学生の頃から野球をやっていたが、色々あって遥には伝えられなかった。

 

高校に入るまではエースとして君臨していたけど、高校に入ってからは監督の指示でポジションをピッチャーからショートに変更。左利きにも関わらず、本職のショートよりも悠々とこなし、高校1年時点でレギュラーを勝ち取る。今でも時々抑え投手として投げる事がある。

 

小学校低学年時点で地元の埼玉から群馬に引っ越しするが、高校2年時に遥と再会してからは時々連絡を取り合っており、良好な関係を築いている。

 

家は和風喫茶店を営んでおり、時々店の手伝いもしている。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 左投げ左打ち

 

③ 12月31日

 

④ 160センチ

 

⑤ 前橋シニア

 

⑥ 犬

 

⑦ 散歩

 

⑧ 通学距離

 

 

能力

 

ポジション 遊 投

 

投法 オーバースロー1 打法ノーマル6

 

コントロールA スタミナB

 

変化球 スローカーブ7 フォーク5

 

特殊能力

 

驚異の切れ味 精密機械 左キラー 変幻自在 重い球 緩急○ 緊急登板○ 球速安定 クロスファイヤー 球持ち○ 逃げ球 リリース○

 

弾道3 ミートS パワーC 走力B 肩力B 守備力A 捕球S

 

特殊能力

 

安打製造機 切り込み隊長 広角砲 勝負師 魔術師 流し打ち パワーヒッター 悪球打ち 安定感

 

 

 

 

 

 

風薙彼方 イメージCV 新田恵海

 

 

 

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雷轟遥の実姉。幼少期に風薙家の養子になる事で遥とすれ違い、そのままズルズルと10年以上の年月が経過してしまう。

 

風薙家の本家はアメリカにある為、野球の本場とも言われるアメリカで野球をする事に。シニアリーグで上杉真深、ウィラード・ユイと同じチームになり、2人を妹のような存在だと思っており、2人も彼方を姉のような存在だと思っている。

 

中学時代に1度帰国した時に、早川朱里と出会う。その時の朱里の現状を自分に重ねて放っておけないと朱里に色々と師事。結果新越谷入学前の朱里になる。

 

1度再会した時に心を鬼にして遥を突き放す事で、遥の成長を試みた結果、自分が病んでしまうという矛盾が働いてしまう。

 

間違いなく高校生最強の投手。もしも神童裕菜や大豪月と同年代だったとしても、3強の1人になっていたと思われる。

 

病んだ彼女は冷徹な性格だが、普段は遥のように陽気で無邪気で人懐っこいな性格。

 

 

選手名鑑

 

① 3年

 

② 右投げ両打ち

 

③ 7月7日

 

④ 165センチ

 

⑤ ○○シニア(諸事情によって明記しない)

 

⑥ 猫

 

⑦ 野球の練習

 

⑧ ???(諸事情によって明記しない)

 

 

能力

 

ポジション 投 外

 

投法 オーバースロー2 打法 ノーマル1

 

コントロールS スタミナS

 

変化球 ドロップ7 ナックル7 オリジナル

 

特殊能力

 

怪童 怪物球威 ガソリンタンク ギアチェンジ 驚異の切れ味 強心臓 終盤力 主砲キラー 精密機械 鉄腕 ドクターK 内角無双 不屈の闘志 変幻自在 緩急○ 球持ち○ リリース○

 

弾道4 ミートS パワーS 走力A 肩力S 守備力A 捕球S

 

特殊能力

 

アーチスト 安定製造機 エースキラー 切り込み隊長 広角砲 勝負師 ストライク送球 鉄人 魔術師 悪球打ち




まだまだ沢山オリキャラがいますが、ここで載せなかったオリキャラは続編の方に載せますので……。


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オリキャラ紹介 遠前高校①

オリキャラ紹介遠前編。3、4つに分けて投稿。初登場時なので、進級前。


水鳥志乃 イメージCV 伊藤美来

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

大人しい性格。普段は口数も少なく、寡黙な性格だが、気配り上手で、影で野球部を支えている。

 

風薙彼方、上杉真深、ウィラード・ユイが同居しているアパート『水鳥荘』の管理人代理をしており、祖母に代わって住人の家賃管理等をしている。

 

川越リトルで野球をやっていたが、1つ年下の二宮瑞希の異常さを目の当たりにし、リトルで野球を辞める。

 

その後中学後半からは遠前町にあるアパート『水鳥荘』で祖母と2人暮らしを始め、高校に入ってからは祖母から管理人代理に任命される。

 

左隣の住人である外藤恭子(右隣には後に彼方達が住むようになる)と行動する事が多くなり、野球をやっている人間には冷たく当たっていた時期が出来た。

 

しかし彼方達と出逢い、彼方の投げる球を受けて、何を思ったのか、どうせ辞めるなら引退まで……という想いを背負って野球をする事に。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 1月1日

 

④ 161センチ

 

⑤ 川越リトル

 

⑥ 鳥

 

⑦ 囲碁

 

⑧ 通学距離

 

 

能力

 

ポジション 捕 外

 

打法 クローズド1

 

弾道3 ミートA パワーB 走力C 肩力B 守備力A 捕球S

 

特殊能力

 

球界の頭脳 ささやき戦術 鉄の壁 精神的主柱 アベレージヒッター いぶし銀 広角打法 粘り打ち 送球B

 

 

 

 

 

外藤恭子 イメージCV 白石凉子

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

基本的に陽気な性格。関西出身なのか、突っ込み気質になりがち。容姿と強めの口調の割には比較的優しい。

 

アパート『水鳥荘』の住人の1人だが、自分の部屋よりも志乃がいる部屋によく遊びに来る。

 

中学では大阪で野球をやっていたが、ある日を境に倦怠感が出たのか、野球をする事がなくなり、それと同時に『水鳥荘』へ1人暮らしの為に引っ越し

 

志乃の野球部入部と同時に家賃増加を盾に半ば強制的に野球部へ入部。不満を持ちながらも、同じ野球部員には優しめに接し、自身の能力上昇にも努める。

 

叔父がたこ焼き屋をやっていた影響でたこ焼きが好物で、調理の方も大阪人を唸らせる程の腕前を持つ。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 4月1日

 

④ 164センチ

 

⑤ 堺シニア

 

⑥ 猿

 

⑦ たこ焼き作り

 

⑧ 通学距離

 

 

能力

 

ポジション 一 外 捕

 

打法 オープン1

 

弾道4 ミートB パワーA 走力D 肩力A 守備力B 捕球C

 

特殊能力

 

アベレージヒッター 広角打法 チャンスメーカー 粘り打ち パワーヒッター プルヒッター 送球A

 

 

 

 

 

矢部明美 イメージCV 倉知玲鳳

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

明るく天真爛漫で、人当たりも良く、様々な人達から人気がある。

 

元々は何もしていない帰宅部だったが、天王寺のスカウトによって野球部に入部。実は部内で1番足が速い。

 

野球経験は0で、野球そのものもテレビで見る方が好きと消極的。しかし持ち前の走力で外野の守備範囲を広めに守る事が出来る。天王寺の教えにより、足の速さを活かした野球をするようになる。

 

真深達の加入によってスタメン落ちするも、代走で出場する事が多く、本人もスタメン落ちを然程気にしていない。

 

学校では委員会に属しており、部活に時々出られないので、スタメン落ちもある程度は仕方ないと供述しているが、影では黙々と練習してる負けず嫌いな一面もある。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 右投げ左打ち

 

③ 6月30日

 

④ 170センチ

 

⑤ 巣鴨中学

 

⑥ 兎

 

⑦ ジョギング

 

⑧ 地元だから

 

 

能力

 

ポジション 外

 

打法 ノーマル1

 

弾道3 ミートC パワーC 走力S 肩力D 守備力D 捕球C

 

特殊能力

 

気迫ヘッド 高速ベースラン 電光石火 ロケットスタート 高速チャージ 内野安打◯ プレッシャーラン 積極守備




能力は更新予定です。学年は更新しません。留年してる訳じゃないよ?


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オリキャラ紹介 遠前高校②

オリキャラ紹介遠前編2。初登場時なので以下略。


夢城由紀 イメージCV 明坂聡美

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

無表情姉妹の姉の方。幼少期から天王寺に忠実。高校在学中は天王寺を先輩と呼んでいるが、普段は別の呼び方をしている。

 

天王寺が野球の楽しさを広める為に転々と渡り歩いているのを姉妹揃って付き合う程に天王寺の事を心酔している。

 

野球を始めたのは遠前高校野球部に入ってからだが、これまでも天王寺のサポートをしていたので、スペックはかなり高い。

 

無尽蔵のスタミナの持ち主で、疲れるという事を知らない。なので同じ投手陣の風薙彼方、ウィラード・ユイも畏怖してしまう。更には彼方が教えたナックルを彼方以上に使いこなし、スタミナもある事から彼方とユイは2度畏怖してしまう。

 

場面がシリアスになろうと、ベンチでダラダラと出来る強心臓の持ち主で、ベンチにいる時は自前の湯呑みで飲み物を啜っている。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 5月5日

 

④ 160センチ

 

⑤ ???

 

⑥ 魚

 

⑦ 釣り 陶芸

 

⑧ 天王寺に同行

 

 

能力

 

ポジション 投 外

 

投法 オーバースロー1 打法 ノーマル1

 

コントロールC スタミナS

 

変化球 ナックル7

 

 

特殊能力

 

強心臓 鉄腕 不屈の魂 球持ち◯ 逃げ球 リリース◯ ポーカーフェイス

 

弾道3 ミートB パワーB 走力B 肩力A 守備力B 捕球C

 

 

特殊能力

 

意外性 いぶし銀 粘り打ち

 

 

 

夢城亜紀 イメージCV 明坂聡美

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

無表情姉妹の妹の方。幼少期から天王寺に忠実。高校在学中は天王寺を先輩と呼んでいるが、普段は別の呼び方をしている。

 

今まで彼女達に関わった人達はどっちがどっちか見分けが付かない事が多い。なおほくろの位置が1番見分けやすいポイント。

 

姉と同様に野球を始めたのは遠前高校野球部に入ってからで、天王寺のサポートをしていたお陰でスペックがかなり高い。

 

投手をしていないが、姉と同様に無尽蔵のスタミナを持つ。天王寺は彼女にも投手の才能を見出だしていたが、『姉がやるなら、自分はやらなくても良い』と即決したので、投手を辞退した。しかし本音は面倒くさいから(やる気がない訳ではない)。

 

姉と同様に強心臓の持ち主で、チームメイトからは『あの精神力は凄いけど、何故か見習いたいとは思えない』と姉妹揃って思われているらしい。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 5月5日

 

④ 160センチ

 

⑤ ???

 

⑥ 魚(を食べる事)

 

⑦ お茶(を飲む事)

 

⑧ 天王寺に同行

 

 

能力

 

ポジション 外 一 三

 

打法 ノーマル1

 

弾道3 ミートB パワーB 走力B 肩力B 守備力B 捕球B

 

 

特殊能力

 

大番狂わせ 鉄人 意外性 いぶし銀 カット打ち 粘り打ち

 

 

 

草野盾 イメージCV 三森すずこ

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

おっとりした性格の持ち主で野球部の姉的存在となっている。

 

天王寺に誘われて(やった事のない野球の才能を買われて)野球部に入った1人で、野球をする前は柔道をやっていた。その実力は高校生の中でもトップ3に入る程の持ち主で、高校2年の夏の時点では個人で優勝している。

 

別段柔道に拘っている訳でもなかったから、天王寺の誘いには少し考える期間をもらって考えた結果、野球をやる事に。柔道で培ったパワーを活かして、今やチームの本塁打率トップの持ち主になっている(上杉真深はベンチスタートが多い為)。

 

今でも真深から野球の(特に打撃方面)アドバイスをもらっては練習や試合で実践して結果を残している。最近の課題はもっぱら守備方面。未だに強い打球は捕球を困難にしている。

 

実は片手で林檎を握り潰したり、コンクリートを素手で砕いたりする事が出来る(前者の方はやった事がない)。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 10月30日

 

④ 170センチ

 

⑤ 高崎中学

 

⑥ 狐

 

⑦ 筋トレ 食べ歩き

 

⑧ 学校の雰囲気

 

 

能力

 

ポジション 一 三

 

打法 ノーマル7

 

弾道4 ミートB パワーS 走力C 肩力C 守備力D 捕球E

 

 

特殊能力

 

アーチスト 大番狂わせ 火事場の馬鹿力 鉄人 引っ張り屋 積極守備




能力は更新予定です。


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オリキャラ紹介 遠前高校③

オリキャラ紹介遠前編その3。これで風薙さん以外は全員紹介した……筈。なお初登場時なので以下略。


兼倉洋子 イメージCV 伊藤彩沙

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

遠前高校野球部の素人集団の中で唯一と言っても良いくらい尖った能力がない普通の素人。特に何かスポーツをしていた訳ではなく、特別優れた部分はないものの、粘り強く、人一倍努力もしている。天王寺にそこを見抜かれ、野球部へ入部する事に。

 

草野盾と2人で遠前高校野球部のお姉さん役を担っており、主に暴走気味の夢城姉妹の抑制がメイン。どちらかといえばお母さん役。

 

守っているポジションのライバルは強力な人ばかりなので、一時期野球部を辞めようと思った事があったが、同じ素人組達が頑張っている中で自分だけは足りてないと思い、辞める事なく、むしろ練習量を増やした。

 

 

選手名鑑

 

① 2年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 4月20日

 

④ 168センチ

 

⑤ 遠前中学

 

⑥ 犬

 

⑦ ショッピング

 

⑧ 家の近く

 

 

能力

 

ポジション 三 外

 

打法 ノーマル1

 

弾道3 ミートC パワーC 走力D 肩力B 守備力C 捕球E

 

特殊能力

 

意外性 粘り打ち ムードメーカー 積極守備

 

 

 

森川雫 イメージCV 小松未可子

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

遠前高校野球部一口数が少なく、最低限のコミュニケーションしか取らない。にも関わらず野球に関しては意志疎通がしっかりと出来ている。飴が大好き。

 

物静かな割には意外とアクティブな動きを野球で見せる。主に守備練習は張り切ってやっている。

 

打撃方面では天王寺の指示によって次に繋いだり、ランナーを進める事を主にしている。遠前高校野球部不動の2番打者。

 

冴木昌とは幼馴染で、家にもよく遊びに行く程の仲。兼倉洋子は中学の先輩。その影響なのか、昌との二遊間の連携は強豪校の選手並に仕上がっている。

 

 

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 12月31日

 

④ 165センチ

 

⑤ 遠前中学

 

⑥ 鳥

 

⑦ 飴集め

 

⑧ 家の近く

 

 

能力

 

ポジション 遊 二

 

打法 ノーマル1

 

弾道2 ミートA パワーE 走力C 肩力C 守備力B 捕球A

 

特殊能力

 

意外性 いぶし銀 守備職人 バント職人 選球眼 積極守備

 

 

 

冴木昌 イメージCV 早見沙織

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

遠前高校野球部の中で別の意味で口数が少なく、最低限のコミュニケーションしか取れない。しかし野球に関しては意志疎通が出来ている。森川雫とは幼馴染。

 

恥ずかしがり屋だが、野球においては物怖じせずにプレーする。守備では積極的だが、打撃方面では控えめ。遠前高校野球部不動の9番打者。

 

家が農家で、その手伝いをしている為に風向きが読めたり出来るし、意外とパワーがある。しかしそれが野球に活かせていない。時々雫が農作業の手伝いをする。

 

これからに期待したい選手ではあるが、恐らく雫共々高校で野球を辞めるだろうと天王寺が言っている。

 

三森3姉妹とは従姉妹関係にある。

 

 

選手名鑑

 

① 1年

 

② 右投げ右打ち

 

③ 12月28日

 

④ 162センチ

 

⑤ 遠前中学

 

⑥ 鳥(ただしカラスは除く)

 

⑦ 農作業

 

⑧ 家の近く

 

 

能力

 

ポジション 二 遊

 

打法 ノーマル1

 

弾道2 ミートB パワーC 走力C 肩力C 守備力B 捕球S

 

特殊能力

 

意外性 守備職人 バント◯ プルヒッター 扇風機 選球眼



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オリキャラ紹介 大人

オリキャラ紹介。今年初めてのキャラ紹介です。

大人の紹介とか原作ですらやってねぇよ……。

ですので紹介の一部に?がついているのは気にしないでいただきたい。

選手能力は全盛期の頃のものです。

ネタバレ注意?


六道響 イメージCV 堀江由衣

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

明るく、活発で無邪気な性格だが、捕手として試合中は冷静な判断を下す。

 

過去に最高の捕手と呼ばれていた。

 

朱里達が中学1年生の時に川越シニアの監督として指名されて、今でも続けている。

 

二宮瑞希と戦略面で気が合い、今でも時々話し合っている。二宮瑞希にとっての理想の捕手となっている。

 

朱里達が卒業してからも期待出来る若者を見ては「これからの成長が楽しみ!」とも思っている。

 

 

選手名鑑

 

① 大人

 

② 右投げ右打ち

 

③ 9月9日

 

④ 162センチ

 

⑤ ???

 

⑥ 犬

 

⑦ 選手育成

 

⑧ ???

 

 

能力

 

ポジション 捕 一

 

打法 一本足

 

弾道3 ミートA パワーA 走力B 肩力S 守備力S 捕球S

 

特殊能力

 

球界の頭脳 ささやき戦術 鉄の壁 バズーカ送球 精神的支柱 鉄人 安打製造機 一球入魂 広角砲 勝負師 粘り打ち 悪球打ち 流し打ち カット打ち 固め打ち パワーヒッター 対エース◯ 対変化球◯ 走塁B 盗塁B 威圧感

 

 

 

 

 

 

 

 

早川茜 イメージCV 田村ゆかり

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

基本的に冷静。本人は気付いていないが、色々な人にお節介を無自覚に焼いている。冷たい印象に反してとても優しい心の持ち主。

 

過去に最高の投手と呼ばれていた。

 

朱里の母親で六道響と一緒に名バッテリーと呼ばれていた。

 

様々な変化球と決め球として下から勢い良くホップしてくる球(ストレートをベースにしている)を投げ、その球を当時野球をやっていた人達からは『燕』と呼ばれていた。

 

朱里のリトル時代に投球技術を教えていた。

 

現在は単身赴任の身で主婦業をしながら時々野球を見に色々な場所に行っている。

 

一時期は朱里と衝突していたが、本当は朱里の事を想っての行動で、蟠りがなくなった。

 

六道響と共に様々な人望があり、朱里自身も知らないけど知り合いが沢山いる。

 

高校卒業と同時にプロ入りするも、2年も経たない内に引退。理由は朱里を身籠っていたから。朱里を産んでからも現役に復帰する事もなかった。

 

 

選手名鑑

 

① 大人

 

② 右投げ右打ち

 

③ 6月6日

 

④ 159センチ

 

⑤ ???

 

⑥ 猫

 

⑦ 散歩

 

⑧ ???

 

 

能力

 

ポジション 投 外

 

投法 アンダースロー1 打法 ノーマル1

 

コントロールS スタミナA

 

変化球 スライダー5 カットボール4 カーブ5 フォーク3 SFF4 チェンジUP5 シュート5 シンカー5 オリジナル

 

特殊能力

 

怪童 怪物球威 ガソリンタンク ギアチェンジ 脅威の切れ味 強心臓 勝利の星 主砲キラー 精密機械 走者釘付け 鉄腕 ドクターK 左キラー 不屈の魂 変幻自在 本塁打厳禁 球持ち◯ リリース◯ ポーカーフェイス

 

 

弾道3 ミートB パワーA 走力A 肩力A 守備力A 捕球A

 

特殊能力

 

アベレージヒッター 意外性 いぶし銀 固め打ち 広角打法 チャンスメーカー 流し打ち 粘り打ち パワーヒッター レーザービーム 送球A




最早これは大人じゃなくてOTONAである。


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オリキャラ紹介 番外編

リリ・フロイス イメージCV 井口裕香

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

朗らかな性格をしているが、時折クールで冷酷な一面も見せる。

 

アメリカで風薙彼方とバッテリーを組んでおり、当時は彼方の球を唯一捕れる捕手として重宝されていた。チームメイトで仲が良いのは彼方と1つ下の上杉真深くらいで、他の選手とは最低限の関わりしかない。誰とでも仲良く出来るが、それは表面上だけ。

 

日本観光の時に偶然早川朱里や二宮瑞希と知り合い、2人とはかなり仲良くなった。その後に知り合う清本和奈とも良好な関係を築く。

 

日本文化が大好きでどれくらい好きかと言えば、1週間に1度は自家用ジェット機を用いて日本観光に赴いたり、洋装な外観の家の内装を丸々和装にするくらい。中学2年生時点でジェット機の免許を取得しているが、実際に1人で乗るのは数年後の話になる。

 

野球能力は中学生の中では間違いなく最強格だが本人はそこまで試合に興味がないので、彼方が投げる時のみマスクを被る。尤も彼方のピッチングが圧倒的過ぎて本当に捕っているだけ。それでも彼方が投げる時は助かるとシニアの監督は言っていた。

 

他者の野球能力を見抜く事が出来て、朱里、二宮、清本、彼方、真深に加えて川越シニアの橘はづきを将来有望な一流の選手として見ている。他に川越シニアで活躍している選手には金原いずみや友沢亮子がいるが、彼女曰く『逸材』よりも上に行く事はないと言っている。金原と友沢の両名は将来プロ入りを余儀なくされているレベルらしいが、プロ選手もピンからキリまでなので、彼女の言う『逸材』止まりでもそれなりの活躍は約束されているだろう。

 

中学卒業後は医療学を学ぶ為にドイツへと留学。スポーツドクターとしての才能が輝き、数年後には様々な医療現場へ赴く事に(思えばジェット機の免許を取っていたのはこういう事態を想定していた可能性が高い)。

 

独立するまではダイジョーブと呼ばれる博士の助手をしており、博士の技術の中からスポーツ選手の能力をパワーアップさせる手術を物にする……という野望を秘めている。

 

忙しいながらも日本観光は忘れない。今となっては気分転換も兼ねているだろうが……。

 

 

選手名鑑

 

① 中学2年(初登場時)

 

② 右投げ右打ち

 

③ 11月23日

 

④ 165センチ

 

⑤ ○○シニア(諸事情によって明記しない)

 

⑥ 犬

 

⑦ 日本観光

 

⑧ 自分のやりたい事を見付けた為(中学卒業時点)

 

 

能力

 

ポジション 捕 外

 

打法 オープン7

 

弾道3 ミートS パワーA 走力S 肩力S 守備力S 捕球S

 

特殊能力

 

球界の頭脳 安打製造機 エースキラー 大番狂わせ 切り込み隊長 芸術的流し打ち 逆襲 広角砲 渾身の決勝打 勝負師 ストライク送球 精神的主柱 トリックスター ヒートアップ 魔術師 ホーム◯ ドーム◯ ホーム死守 ムード◯ ムードメーカー



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番外編
番外編 もう1つの再会


遥「前書きからこんにちは!雷轟遥だよ!」

朱里「早川朱里です」

遥「番外編では前書きでも私達が挨拶するよ」

朱里「今回が初めての番外編だよね?」

遥「うん。作者は前々からやる予定だったんだけど、内容や時系列がバラバラで、どのように書き上げるか悩んでたみたい」

朱里「……で、今回がその番外編の1回目って訳だね」

遥「その番外編の第1回は……なんとゲストキャラがいます!」

朱里「1回目からゲストキャラが出るって(色々な意味で)凄いね……」

遥「時系列は入学式の日……。ヨミちゃんが珠姫ちゃんと再会している裏側で、朱里ちゃんはそのゲストキャラと再会……って感じの話だよ!」

朱里「ちなみに雷轟の出番は名前しかないから」

遥「嘘っ!?私主人公だよね!?」

朱里「……長々とすみません。始まります」


入学式が終わって、クラス分け。周辺の人達は中学からの友達が一緒だったり、違ったりで一喜一憂している人達が多いみたい。

 

(雷轟とは別のクラスか……。まぁクラスが一緒だからどうって訳じゃないけど、賑やかな雷轟が隣にいないだけでやたらと静かに感じるね)

 

実際今日の登校でも雷轟が嬉しそうに制服が可愛いだの、高校で一緒に野球しようだのを学校に着くまでの間に3回も同じ内容を繰り返された。

 

(さて……。先生が来るまで少し時間があるし、週刊ペナントでも読んでよっと)

 

週刊ペナント……通称週ペと呼ばれる野球雑誌。私が毎週愛読している雑誌である。

 

最近では女子野球がよくピックアップされているから、どんな選手がどのような活躍をしているかを確認する為にも、高校女子野球の情報を集め、新越谷で野球をやる為にどのようなライバルがいるかもチェック出来る。

 

週ペには私が中学の頃に所属していた川越シニアも度々掲載されていた。

 

私も雑誌に掲載されるのを薦められたけど、写真とかが苦手な為それを断った。そういうのは金原とか友沢とかに任せれば良いんだよ!

 

「朱里ちゃん……?」

 

私の横で私を呼ぶ声が聞こえた。

 

(私の事を名前で呼ぶのはこの学校では雷轟しかいない筈……。二宮にすらまだ言ってないから、川越シニア出身の人にもまだ伝わってない。一体誰が……?)

 

振り向くとそこには黒髪のお団子ヘアーの子がいた……ってこの子はもしかして……。

 

「もしかして渡辺?」

 

「やっぱり……朱里ちゃんだ。星歌の事を覚えてたんだね」

 

渡辺星歌……。川越シニアのチームメイトで、サブマリンと呼ばれる投法が印象的な投手だった。

 

シニアでも他にアンダーはいなかったし、私や二宮はそれなりに話す仲ではあったと思う。渡辺がどう思っているかは知らないけど……。

 

「まぁそれなりに話したからね。渡辺が投げるあの落ちる球……。渡辺の唯一無二って感じがして良かったと思うよ」

 

「朱里ちゃんはそう言ってくれるんだね。でも星歌のピッチングは学年が上がる度に段々と通用しなくなっていって……」

 

「3年に上がる頃には野球が楽しくプレー出来なくなった……か」

 

「うん……」

 

渡辺の投げる球自体は悪くない。しかし本人がプレッシャーを感じたり、川越シニアの選手層(特に投手)は広く、男子選手も多くいたので、女子の中でも背番号をもらえたのは私、二宮、清本、金原、友沢、橘の6人だけだった。

 

(六道監督も磨けば必ず光るって言ってたし、渡辺自身の欠点さえある程度なんとかすれば橘を追い越して背番号をもらえた可能性はあったかもね……)

 

二宮もたまにサインを無視してわがままになるって言ってたし、我の強い投手であったのは間違いないだろう。

 

「そ、そういえば朱里ちゃんはなんでこの新越谷に来たの?もう野球は辞めたの?」

 

「まさか。野球は辞めないよ。私の生き甲斐だし……。確かにこの新越谷高校は去年に不祥事を起こして停部中だけど、期間的にそろそろ停部が明けるだろうし、私は新越谷で野球をやるつもり」

 

「朱里ちゃんは凄いな……」

 

「渡辺も野球部に入らない?渡辺が入ってくれると私としてもありがたいからね」

 

渡辺は変化球投手だし、球種も多い。評判が悪い新越谷野球部に経験者が何人集まるかわからない以上は投手の経験者は是非ともほしい。

 

「朱里ちゃんの気持ちはとても嬉しいよ。でも星歌は……」

 

そういえば渡辺はシニアでの練習や、他の選手との実力差をかなり気にしていた。

 

練習にはなんとか着いていけていたけど、本人が言っていたようにシニアで渡辺が笑ってプレーしているのを見る事はなくなった。本人も何かしらのトラウマがあるかも知れない……。

 

「……わかったよ。無理には誘わない。でも私は待ってるからね」

 

「えっ……?」

 

「渡辺が来るのを。きっと他の部員達も歓迎してくれるよ」

 

まぁ何人集まるかわからないけど。下手したら部員が私と雷轟だけになる可能性もあるし……。

 

「まぁ入部は無理でも試合の日は観に来てよ。連絡はするから」

 

「うん……。楽しみにしてるね」

 

「大会も全国優勝する勢いで頑張るさ」

 

その前に部員を集めないとね。9人集まるかなぁ……?




朱里「……という訳で、入学式で私と渡辺が再会した話でした」

遥「本当に出番がなかった。私主人公なのに……」

朱里(雷轟は放っておこう……)

朱里「今回のゲストは東方魔術師さんが執筆しているの球詠の二次創作『新越谷の潜水艦少女』から渡辺星歌さんです」

星歌「は、初めまして……。星歌は渡辺星歌です」

朱里「そんなに緊張しなくても良いんだよ?」

星歌「だ、だって他の小説の住人の星歌がこの小説に出る事になるとは思わなかったから……」

朱里「まぁ今回はコラボ企画……って事で渡辺にはあちらとは少し設定を変えて私と同じ川越シニア出身の投手って事になってるよ」

星歌「せ、星歌がシニアで男子達と混ざって野球するなんて思わなかったよ……」

朱里「ちなみに渡辺は本編にも出る事が決まっていて、この番外編と同時に投稿している本編にちょっとだけ出ているよ。直近の話で私が言っていた『あの子』としても一応ね」

星歌「(ちょっとだけとはいえ)本編と同時に!?」

朱里「本編でもあと数話で登場するだろうね」

星歌「き、緊張してきたよ……」

朱里「部員の皆には私から紹介するから、そこまで緊張しなくても良いよ」

遥「それでは今回のゲストは『新越谷の潜水艦少女』から渡辺星歌ちゃんでした!」

朱里&星歌「あっ、復活した……」


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番外編 メリークリスマス!

メリークリスマス(2度目)!


今日はクリスマスイブ。梁幽館との練習試合の後に、金原主宰で二宮の家にてクリスマスパーティーをする事になった。

 

まぁクリスマスパーティーと言ってもプレゼントを用意した訳じゃないので、普通に二宮の家に遊びに来て、ドンチャン騒ぎするだけらしい。

 

「ホラホラ暗いよ朱里?折角瑞希の家に来たんだし、クリスマスだし、もっとテンションを上げていかなきゃ♪」

 

「そうですよ朱里せんぱい!今日は皆で盛り上がりましょうよ!」

 

ちなみに面子は家主である二宮、主催者の金原、清本、橘、そして私の5人。これクリスマスパーティーというよりは川越シニアの同窓会だな……。

 

「食事の用意が出来ましたよ」

 

「飲み物も持って来たよ」

 

二宮と清本がクリスマスパーティーにちなんだ食事の用意を持って来た。内容はターキーにケーキといった如何にもクリスマス……なものだ。あとはポテトやらサラダやら。

 

「おー!良いねぇ♪」

 

「今日はワンナイトカーニバルだね!」

 

金原と橘はテンションが高いなぁ……。今日の練習はかなりハードなものだったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事もそこそこに私はトイレを済まそうと、二宮にトイレの場所を聞いて用を済ませる。すると1つの部屋が目に入った。

 

(ん?開けっ放しの部屋……?)

 

「どしたの朱里?」

 

隣には私の前に用を済ませた金原が。

 

「いや、開けっ放しの部屋が目に入っただけだよ。早く3人のところに戻ろう」

 

「ん~?あれって……もしかして瑞希の部屋?」

 

二宮の部屋ねぇ……。

 

「どんな部屋かな……。ちょっと見てみようか♪」

 

「えっ?止めといた方が良いんじゃ……」

 

「大丈夫大丈夫!ちょっと覗くだけだから☆」

 

「いやいや、人の部屋を勝手に……」

 

「だって朱里も気になるでしょ?瑞希の部屋」

 

「まぁ気にならないと言ったら嘘になるかも知れないけど……」

 

なんか禁忌に触れようとしてるもん。怖いよ……。

 

「というか金原は二宮の部屋は見た事ないの?」

 

「ないよ~。瑞希の家に来るのも初めて。はづきも初めてだって言ってたし、和奈以外は行った事ないよ。朱里も初めてなんでしょ?」

 

「そうなるね」

 

まぁ清本は二宮の幼馴染だから頻繁に家で遊んでいるのは想像が出来るけど、コミュニケーション能力が高い金原と橘が二宮の家に行った事がないのは少し意外だったかも……。

 

「じゃあご開帳~♪」

 

(に、二宮の部屋……。何があるんだろうか?)

 

好奇心には勝てず、金原を止めきれず、二宮の部屋を覗く事に。

 

「「これは……!」」

 

私と金原の目に映ったのは数台のパソコンと、壁にびっしりと張られている紙だった。目のやり場がわからず、紙の内容に目が行く。

 

「これって……シニア時代の敵チームのデータ?」

 

「強豪シニアから、聞いた事のない名前のシニアまで選手データが細かく書かれてる……」

 

それだけではなく、私達川越シニアの選手データが書かれた紙も張られていた。

 

初野、木虎、友沢、清本、橘、金原、そして私等々……。日付を見ると、3月のものになっていた。私達が散り散りになる事を見越して、データを細かく収集して確認してから、二宮は白糸台に行った訳か……。

 

「……何をしているのですか?」

 

「「うわぁっ!?」」

 

背後から二宮の声が。び、びっくりした……。

 

「びっくりした……。急に声を掛けるのは止めてよ。ビビるじゃん!」

 

「そもそも人の部屋に無断で入ろうとしているのが悪いのではないですか?」

 

「まぁ言ってる事は正論だね。申し訳ない」

 

「それに関してはゴメンね?好奇心が働いてさ~」

 

「そんないずみさんと朱里さんには『好奇心は猫を殺す』という諺を授けますね」

 

その言葉を皮切りに私と金原は二宮の『無表情お説教』をくらいました。無表情だから、無駄に怖いんだよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?朱里ちゃんといずみちゃんはどこに行ってたの?」

 

「ちょっとお手洗いのつもりだったんだけどね……」

 

最終的に一緒になった私も悪いんだけどさ?とばっちりだよね?本当に酷い目に合った……。

 

「……って何それ?アルバム?」

 

「瑞希ちゃんと和奈ちゃんが幼稚園くらいの時ですよ!」

 

「どれどれ……?」

 

「おお~!和奈も瑞希も可愛いじゃん☆」

 

「私も和奈さんもこの頃は若いですね」

 

いくつだよ君達……。

 

「というかこの頃の瑞希ちゃんって明るくて活発だったんだ?私が初めて会った時には既に今の瑞希ちゃんだから、ちょっと意外……」

 

「あっ!それアタシも思ってた!」

 

「若気の至りですね」

 

だからいくつだよ……。まぁ幼稚園の頃と同じじゃないけど、今の二宮もある意味では活発だよね。

 

(しかし幼稚園のままのハイライトもちゃんとある二宮の状態で高校生まで成長したらどうなるのだろうか……?)

 

在りし日(幼稚園年少)の二宮が高校生になると……こんな感じ?

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

……ないな。ないない。違和感しかない。誰だこれ。

 

(多分それは私が今の二宮しか知らないからだろうとは思うんだけど……)

 

もしも清本みたいに幼き二宮を知ってたら、また違ってたんだろうね。

 

「……朱里さん?」

 

「なんでもないよ」

 

まぁ折角のクリスマスだし、今はこの宴を楽しみますかね。




続くかも?


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番外編 部活動

※時系列は進級前です。


今日も今日とて新越谷高校野球部で自分を高めようとしているある日の事……。

 

「そういえばずっと気になってたんだけど……」

 

「どうしたの?」

 

何やら武田さんが気になっている事があるみたいだ。なんだろう?

 

「遥ちゃんと朱里ちゃんって少し遅れての入部だったよね?」

 

「そうだね」

 

「遥ちゃんなんかはあんなにも野球をしたそうにしてたのに、どうして入学式が終わってすぐに来なかったのかなって……」

 

「ああ……」

 

確か私と雷轟が野球部に入ったのは入学式の翌日。雷轟に引っ張られて目にした光景は武田さんと主将の1打席勝負だったっけ?

 

(あの頃はまだ野球部の停部期間が終わってない可能性もあったから、入部しても意味がないかも……とか思ってたけど……)

 

まぁ馬鹿正直にそれを話す必要もないか。でも確か雷轟は……。

 

「雷轟がこの学校の全部活(同好会)に体験入部に行きたいって言っててね。私はその付き添いに行ってたんだ」

 

「へぇ……。でもこの学校って結構部活の数多いよね?」

 

「同好会合わせて43もあるらしいよ」

 

しかも結構な強豪が多いんだとか……。

 

「それで遥ちゃんと一緒に回ったの?」

 

「それが途中で雷轟を見失ってさぁ……。探しても見付からないから、私は私で体験入部に行ったんだよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

新越谷ってかなり大きい学校だから、探すの大変だったし……。

 

「それで朱里ちゃんはどの部から回ったの?」

 

「まぁとりあえず目に付いた所から見て行ったかな。私が体験入部したのは麻雀部だよ」

 

「麻雀部……確か全国出場候補だったよね!」

 

麻雀部の話に食い付いたのは芳乃さんだ。もしかして詳しいのって野球の事だけじゃない?

 

「朱里ちゃんって麻雀もやってたの?」

 

「私っていうかシニアの面子で時々ね。後輩にもそういうのが好きな子達がいたし……」

 

「でもなんか朱里ちゃんには似合うかも……?」

 

山崎さんがそう言うけど、私ってそんなイメージがある?そういうのって私よりも二宮じゃないの?

 

「結果はどうだったの?」

 

「半荘3回程打って、一応全部トップで終われたよ」

 

「全国出場候補の面子を相手にトップで終われたのね……」

 

「だから今でも朱里の勧誘をされるんだな……」

 

「ええっ!?朱里ちゃんってそんなに強かったの!?」

 

「麻雀は運の要素がかなり強いから、そういう日もあったって話だよ……」

 

というか主将から凡そ聞き捨てならない発言が聞こえたんだけど?まだ諦めてなかったのかあの人達……。

 

「安心してくれ。私と理沙の方から丁重に断らせてもらっている」

 

「申し訳ないです……」

 

「でも今でも時々助っ人には行っているのよね?」

 

「そうですね。それを条件にするところまで譲歩してもらいました……」

 

「という事は朱里ちゃんの麻雀の腕前は全国区って事……?」

 

「一緒にやってた面子の中では真ん中より下くらいですけどね……」

 

清本は火力が凄まじいし、金原はそれに加えて速度もある(その分清本より火力は劣る)し、二宮と六道さんに至っては1度も勝った事がないんだよね……。あの2人可笑しいでしょ!

 

「朱里ちゃんはどういう風に麻雀してるの?」

 

「普通だよ。堅実に打って、確実に和了る……」

 

「ふーん……?」

 

清本なんか頻繁に役満を張ってたりするから、心臓に悪いんだよね。まぁ二宮がよく潰してたけど。あれ?もしかして打ち筋で野球の選手タイプが出てる?

 

「川越シニア出身の面子で麻雀部を立ち上げたら、勢いで全国優勝しそうよね……」

 

息吹さんがボソッと呟いた発言については全力でスルーさせていただく。そんな事を想像するのがとても怖いから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……というか1つだけ高校生が関与しない方が良い部活あったんだけど、学校側が認可してるんだったら問題ない……よね?



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番外編 宿題

※時系列は1年目の夏……全国大会前です。


私達新越谷高校野球部は紆余曲折あって、全国大会出場までに漕ぎ着けた。

 

(ここまで長かった……。でもこれから二宮や清本、金原がいるチームと当たるかも知れないんだよね)

 

県大会でも橘がいる梁幽館、友沢がいる咲桜と強敵と渡り合ってきた。だから全国出場を決めた二宮達にも負けないように頑張らないと……!

 

「全国大会が始まるまでに夏休みの宿題もしっかりと進めてくださいね?」

 

な、なんか藤井先生の方から圧が……!?

 

(ヤベ……。ヨミ、見せて)

 

「えー?菫ちゃんに見せてもらいなよ」

 

「菫が見せてくれる訳ねぇよ……」

 

「よくわかってるじゃないの」

 

(私も進行は著しくないけど……)

 

その圧にやられたのか、川崎さんが武田さんに助けを求めていた。まぁ宿題って写せばあっという間だもんね。自分の為にはならないけど……。

 

「集まって勉強する?」

 

「私の家なら多少広いので、多人数でやるのは丁度良いですよ!」

 

なんか周りは勉強会の流れになってるな。私はどうしようか……?

 

「朱里ちゃんも白菊ちゃんの家に行くよね!?」

 

「えっ?う、うん……?」

 

「勉強会、朱里ちゃんも参加するって~!」

 

「じゃあ明日、白菊ん家に集合な!」

 

『おーっ!!』

 

「お待ちしておりますね!」

 

な、なんか大村さんの家に行く事になった。まぁ良い機会だし、その日の内に宿題も終わらせるか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、翌日。道中に武田さんと合流したので、一緒に大村家に。

 

「大きい……」

 

「そうだね……」

 

大村家は和風の大きな家だった。武田さんはあんぐりと口を開けていた。道場を有している家だし、かなり大きいのは想定してたから、武田さん程の驚きはない。フロイスさんの家を見てなかったら、私も武田さんのようなリアクションをしてたかもね……。

 

「いらっしゃいませ!皆さんはもういらしてますよ!」

 

「私達が最後だったか……」

 

「お邪魔します。今日はよろしくね」

 

「はい!」

 

もう全員揃ってるらしい。ちなみに他の面子は川崎さん、藤田さん、山崎さん、そして雷轟だ。芳乃さんは全国大会に向けて他校の分析を行うらしく欠席で、息吹さんと中村さんはその付き添い、主将と藤原先輩は2人で勉強会。曰く「朱里と珠姫と菫がいるなら大丈夫そうだな」だそうだ。なんか責任重大感増すから、過度の期待は寄せないでほしい……。

 

「おはよ~!」

 

「おはよう」

 

4人と挨拶を済ませて、早速宿題に取り掛かる。

 

「……で、早速見せてほしいんだが」

 

見せてもらおうとするの早くない川崎さん?もう写す気満々じゃん……。

 

「そう言うと思って持ってきてません」

 

しかし武田さんのカウンターが炸裂。川崎さんの顔が青くなった。もう終わらせたのかな?

 

「えっ……って事はヨミちゃんは宿題終わったの!?」

 

「うん!」

 

あっ、山崎さんの顔も青くなった。こっちはなんでだろう……?

 

「私も全部終わったよ!」

 

「えっ!?遥も終わらせたのか!?」

 

「だって夏休みを満喫したいもん!その為には宿題早めに終わらさなきゃ!!」

 

「うっ……!」

 

雷轟の発言により、川崎さんに更なるダメージが……。

 

「まずは全部やってみて、わからなかったら教えるから」

 

「はい……」

 

そう言って武田さんは席を外した。雷轟もそれに着いて行く。私もさっさと宿題を終わらせるかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

「なんとか終わったね……」

 

なんとか宿題終了。山崎さんも同時に終わったみたいだ。

 

「そういえばヨミちゃんと遥ちゃんどこ行ったんだろ……?」

 

「……迷惑掛けてないか不安かも。ちょっと行ってくるよ」

 

他所様の家で雷轟と武田さんが迷惑を掛けてないか気になるし……。

 

「あっ、私も着いて行くよ」

 

山崎さんも連れて、雷轟と武田さんを探しに。一体どこまで行ったのやら……。

 

「はいっ!!」

 

……いたわ。中庭に。雷轟も一緒に何をやってるの?

 

「何やってるの2人共?」

 

「あっ、珠姫ちゃんと朱里ちゃん!今ヨミちゃんのティーバッティングを見てたんだよ」

 

「やー、バットが重かったからボールの上を叩いたつもりだったんだけど、大分下を叩いちゃったよ。多分疲労でヘッドが思ってたよりも下がってるのが原因かも……」

 

「へぇ……?」

 

「不調の正体は疲労、休み過ぎとかの体調変化による感覚との微妙なズレ……それは1日の中でもあるんだけど、優秀な打者はそれを織り込んでスイングを調整出来るんだよ!」

 

今武田さんが言ってた事はシニア内の打者がよくやってた。特に清本、友沢、金原、二宮が……。彼女達は紛れもなく優秀な打者なんだよね。

 

「へぇ。ヨミちゃん、打撃に目覚めたんだ?」

 

「……って遥ちゃんが言ってた!」

 

「私は芳乃ちゃんと朱里ちゃんから聞いたよ!」

 

「あっ、そう……」

 

それから他愛のない事を4人で話し、そろそろ戻ろうってなった。

 

「全国……。目指すは優勝だね!」

 

「……もちろん」

 

手強い相手は沢山いる。そんな中私達はどこまで行けるのか……。不安と楽しみが入り交じってるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻ってみると、野球中継を見ている3人の姿が……。これ宿題終わってるの?

 

「こりゃ宿題終わってないね……」

 

「タマちゃんと朱里ちゃんは終わったの?」

 

「うん」

 

「私も終わったよ」

 

元々あと少しだけだったし……。

 

「白菊、開けなさい」

 

「あっ、お母様です」

 

部屋に入ってきたのは大村さんの母親だ。親子なだけあって、凄く似てるな……。

 

「西瓜を割ってきましたよ」

 

ん?切ってきたんじゃなくて、割ってきたの?剣道の技術で?凄く綺麗に等分されてるんだけど……。

 

「縁側でいただきましょうか」

 

「わーい!!」

 

縁側っていうと、さっき行ってた中庭が見える所だよね?なんか夏っぽいなぁ……。

 

「まだ終わってない人は駄目ですよ」

 

「ひえっ……」

 

「西瓜は冷蔵庫に入れておきますね」

 

大村さんの母親監修で川崎さんは宿題に追われたそうな。まぁドンマイとしか言い様がないね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 入学編

朱里「今回の番外編は二宮視点で物語が進みます」

遥「……という事は?」

朱里「私達の出番はないね」

遥「そんなーっ!!」

朱里「……あとはお願い二宮」

瑞希「……二宮瑞希です。この番外編では私が中心となるみたいです。入学編とあったので、この手の番外編は何話か続くみたいですので、暖かく見守ってくれると幸いです。では物語が始まります」


二宮瑞希です。私は去る方のスカウトによって王者と呼ばれる白糸台高校に入学する事になりました。

 

(しかし私がここ数年勢いに乗って王者と呼ばれる白糸台高校にスカウトされるとは思いませんでした。他にも適任がいたとは思いますが……)

 

まぁスカウトされたからには3年間私なりに精一杯頑張るとしましょう。

 

「野球部へようこそ。私は主将を努めている神童だ。この白糸台は完全実力主義……。学年等は一切関係ないから、是非とも自分達の実力を発揮してくれ」

 

(彼女が王者という称号を入手した立役者と言われている神童裕菜さんですか……。変幻自在の変化球を操るとの事ですし、彼女も朱里さんと同じくリードのしがいがありますね)

 

しかし人口密度が凄いですね……。私が中学の頃に所属していた川越シニアも似たようなものですが、この白糸台も負けてはいませんね。

 

(私がスカウトした二宮瑞希も来ているな。彼女なら最短で1軍まで来るだろう。楽しみにしているぞ……)

 

……?今神童さんと目があったような気がしますね。気のせいでしょうか?

 

「では各自練習に取り組んでくれ!」

 

『おおっ!!』

 

流石、凄い熱気ですね。とりあえずランニングから始めますか……。

 

「あ、あの……」

 

「はい?」

 

「よ、良かったら一緒に練習しても良いかな……?」

 

「私は構いませんが」

 

「良かった……。1人だったら心細かったんだぁ。私は鋼香菜っていうんだ」

 

「二宮瑞希です」

 

「二宮さん……。瑞希ちゃんって呼んでも良い?」

 

「構いませんよ」

 

「これから3年間よろしくね!」

 

「3年間生き残れたら……ですがね」

 

白糸台高校は実力主義……。総部員数が三桁を越える上に、レギュラー20人を1軍、その下の30人を2軍、更にその下の50にを3軍……。この100人に満たない人間はそれ以外……と扱われると聞いた事があります。

 

(野球部を辞めて行った人達も多数……。100人に残れない人達が耐えられなくなって辞めた……という事でしょうね)

 

まぁ3年間コツコツとやっていきましょうか。地道にやっていけば問題ないでしょう。

 

(問題は何故わざわざ私をスカウトしたか……ですね)

 

誰が何の為に私をスカウトしたのかを確かめる為にもまずは1軍昇格を目指していきますかね。2年に上がる前に辿り着ければ上等でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「れ、練習キツかった~!」

 

「まぁ名門校みたいですし、これくらいはするでしょう。むしろ3軍にすら属していない私達新入部員の練習メニューはまだ楽な方です」

 

私の勝手な予想ではありますが、3軍、2軍、1軍と上がっていく度にハードな練習メニューを行っている事でしょう。

 

「でもここの寮は豪華だよね!」

 

「寮に関しては入学時に決められた寮を1年間過ごすみたいですね。学年が上がる度に2年寮、3年寮と場所を移す……と配られたパンフレットに書いてありました」

 

練習が終わり入寮すると、今日1日私とずっと練習をしていた鋼さんと同じ部屋になりました。どのように部屋割りを決めているのかも確認する必要があるみたいですね。

 

(……それよりも川越シニア出身の方々が他校にスカウトされたという話もありますし、今日はそれを確認して寝ましょう)

 

和奈さんが京都の洛山高校、いずみさんが東東京の藤和高校、亮子さんが埼玉の咲桜高校、はづきさんが埼玉の梁幽館高校……。かつての仲間達が散り散りになって、全国の舞台で再会……というのも熱い展開ではありますね。

 

(注目すべきは亮子さんとはづきさんのどちらが激戦区の埼玉の覇者になるか……。咲桜も梁幽館も屈指の名門校ですし、白糸台もてこずる相手になる事は間違いないでしょう)

 

「私は疲れたから、もう寝ようかな……。瑞希ちゃんは?」

 

「もうしばらく調べものをしようかと思います」

 

「じゃあ先に寝るね。おやすみ……」

 

鋼さんは倒れ込むようにベッドに入りました。寝息を立てるまでの速度が尋常じゃないですね……。

 

(他に優良そうな情報は……!)

 

私とした事が……見落としそうになりました。

 

(まさか朱里さんが埼玉県内に所属していたとは……。数々のスカウトを蹴って古豪の新越谷高校に入学していましたか……)

 

これは私も負けてはいられませんね。学年が上がるまでに……と思いましたが、撤回です。何がなんでも最短で1軍に入って朱里さんに負けないようにしなければなりません。

 

打倒、早川朱里……です!




朱里「……という事で二宮の視点から白糸台の風景をお送りした訳ですが」

瑞希「私も青いですね。闘争心を剥き出しにするとは……」

朱里「そういう問題じゃなくない?」

瑞希「……ところでこの番外編はまだ続くんですよね?」

朱里「そうみたいだね。次回は二宮の昇格やこの番外編で新たに登場した鋼さんのポジションなんかも公開されるみたい」

瑞希「ちなみにどれだけ続くんですか?」

朱里「一旦は全国大会の準々決勝まで続くみたいだね。この番外編は作者曰く本編が停滞した場合のもう1つの本編らしいよ」

瑞希「成程……」

朱里「二宮を中心に鋼さんや白糸台の人達の生活を描く物語……になりそうかな。話が進めば更に新しいキャラが登場するかも」

瑞希「まだ増えるんですか?これ以上増やせば作者も捌き切れないのでは?」

朱里「まぁ作者の度量次第かな」

遥「それでは今回のゲストは白糸台高校の二宮瑞希ちゃんでした!」

朱里「復活した」

瑞希「立ち直りの早さが雷轟さんの取り柄でしょう」


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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 昇格編①

朱里「今回は前回の二宮視点の白糸台高校の一端をお送りするよ」

瑞希「おや?雷轟さんは?」

朱里「出番がないからって隅の方で石を積んでるよ」

瑞希「そ、そうですか……」


二宮瑞希です。突然ですが、1軍のグラウンドに召集されました。

 

辺りを見渡すと数人の部員達。その中に1軍の選手は1人もいないと聞く。これはもしかして……。

 

(私と同じ、メインポジションが捕手の方々でしょうね。神童さんがこの場にいる事と何かしらの関係があるとは思いますが……)

 

色々考えていると神童さんが私達に声を掛けてきました。

 

「今日は集まってもらってすまない。君達をここに呼んだ理由は私の投げる球を捕れる者が君達の中にいるかどうかを確かめる為だ」

 

(やはりそういう事でしたか……)

 

春大会の白糸台は全国優勝こそはしているものの、神童さん自身が全力で投げられなかったと言っていました。

 

今年の1年生と2年生の捕手全員が集まり、これから神童さんが投げる球を捕球出来るか……のテストみたいですね。

 

「もしもしこの中で私の投げる球を捕れる者が現れたらその者は次の練習試合で1軍メンバーとして連れて行き、更に結果次第ではそのまま1軍に昇格という形を取らせてもらう!」

 

神童さんの発言で周りが騒然とし始めた。無理もありませんね。今いる2年生方はともかく、入学したての1年生がいきなり1軍……つまりレギュラーメンバーとして入る可能性があるんですから。

 

(ともあれ1軍に昇格するチャンスが来ましたね。一応映像で神童さんが投げる球について予習はしてきましたが、まずは捕るところで結果を出さなければ意味がありません)

 

「では左の奴から順番に頼む」

 

「はいっ!!」

 

神童さんから見て左から……という事は私が最後ですね。ハードルが上がっているような気もしますが……。

 

その後1人、また1人と次々と挑戦しますが、一向に神童さんの球を捕球する気配が感じられませんでした。

 

「どうした?私はまだ本気を出していないぞ!」

 

これまで投げた神童さんの球はスライダー、カーブ、シュート、フォーク、シンカー、ツーシームの6種類。未だに誰1人として捕球しておらず、とうとう私の番が回って来ました。

 

「最後!……名前は?」

 

「1年生、二宮瑞希です。よろしくお願いします」

 

何にせよ私なりに頑張るだけ……ですね。

 

(なんだかんだ彼女に私の変化球を見てもらう口実にしてこのようなテストを設けたが……)

 

「…………」

 

(構えを見ると歴戦の捕手……という感じがするな。流石、全国クラスの捕手だ。彼女なら期待出来る)

 

神童さんが振りかぶって投げる。

 

(球種は……シンカーですか)

 

変化量ははづきさんの投げるスクリューをイメージしていけば捕れない球ではありませんね。

 

 

ズバンッ!

 

 

(……これが高校生最強の投手の投げる変化球。朱里さんが投げる球も凄かったですが、この人は更にその上を行く……。朱里さんがどのような練習をしているかによってここで大きな差が出そうです)

 

(やはり私の見立ては正しかった……。4ヶ月という短い間だが、私の新しい相棒は彼女しかいない)

 

その後も神童さんはスライダー、カーブ、フォーク、ツーシームと続けざまに投げて、私はそれを捕球する……という動作が行われました。

 

「……よし、合格だ。二宮を一時的に1軍に昇格させ、3日後の練習試合に動向させる!」

 

「ありがとうございます」

 

(一時的に……ですか。次の練習試合次第では1軍への昇格が確定したものになりそうですね)

 

だからといって気負う必要はありません。リトルとシニアでやってきた事と同じように神童さんをリードすれば良い話です。

 

今日の練習が終了し、同室の鋼さんにこの事を報告すると……。

 

「ええっ!?瑞希ちゃん1軍の試合に出場するの!?」

 

「一応ですが……」

 

予想通り喧しい反応が返ってきました。黙っておいたところで何れはバレるでしょうし、遅いか早いかの違いです。

 

「良いなぁ……。1軍は神童先輩や新井先輩がいるんだよね」

 

「他にも大星さんや亦野さん、渋谷さんと白糸台で名を残している選手が何人もいますね。期待の大型ルーキーである宮永プロも去年まではここの部員でしたし」

 

「そう!宮永プロ!私は宮永プロや新井先輩みたいなジャイロボールを投げたいの!」

 

「そういえば鋼さんは投手をやっているんでしたね」

 

「でもコントロールに自信がなくて……」

 

鋼さんや鋼さんが憧れている新井さんは投手ですが、制球に難ありで最近は外野に回されている……という話を聞いた事がありますね。

 

「制球力を身に付けたいのなら、正確に数を投げる方法がベストですね」

 

「そうだね。瑞希ちゃん、付き合ってくれる?」

 

「良いですよ」

 

就寝まで多少の時間がある為、鋼さんの投球練習に付き合う事に……。

 

何球かキャッチボールをした後に私は座り込み、ミットを構える。

 

「いつでも良いですよ」

 

「うん。いくよ……!」

 

 

ズドンッ!

 

 

(これは……!鋼さんの課題である制球力を克服すれば1軍でも通用するレベルですね)

 

「どう?」

 

「……悪くありませんね。鋼さんが投げたがっているジャイロボールもある程度制球力が身に付いたら挑戦してみるのもありかも知れません」

 

「本当に!?」

 

「はい」

 

「やったぁ!」

 

(単純な性格ですね。この手のタイプは褒めて伸ばすのが1番ですが、彼女の場合はそれには収まりません。2年後にはエースと呼べる実力に仕上げてみましょうか)

 

その為にまずは鋼さんの憧れである新井さんの問題を解決する必要がありますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして3日後。白糸台の1軍の練習試合の日がやってくる……!




朱里「今回はここまで。次回の番外編で二宮が白糸台で1軍に昇格出来るかが決まってくるね」

瑞希「私はいつも通り頑張るだけです」

朱里「それではまた次回の番外編でお会いしましょう」

瑞希「……そろそろ新越谷高校視点の番外編も書いた方が良いのでは?」


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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 昇格編②

朱里「二宮視点の番外編の続きですが、今回は特別ゲストがいます」

瑞希「特別ゲストですか……」

朱里「出番としては最後の方に少し出てくるだけで本格的な登場は次回からだけどね」

瑞希「私はその人達と切磋琢磨する訳ですね?」

朱里「大体そんな感じ」


二宮瑞希です。今日は1軍の練習試合に参加する事になりました。

 

(私が出来る事をやっていけば何も問題はありません。最悪神童さんの球が捕れるだけの壁……と思われていても1軍に上がるのには何の支障もないでしょう)

 

「今日の相手は風越高校だ。手強い相手ではあるが、決して勝てない訳じゃない。白糸台の野球をいつも通りやっていくぞ!」

 

『おおっ!』

 

風越高校……長野県の高校ですか。いきなり県外の有力校と練習試合が出来るのは凄いですね。白糸台の実力と監督のコネクションがないと出来ない事です。

 

(……っと、忘れるところでしたね)

 

「神童さん」

 

「どうした二宮?」

 

「これを監督に渡しておいてください」

 

私はそう言って紙の束を神童さんに渡した。

 

「これは……?」

 

「風越高校の選手データです」

 

私があっけらかんに言うと神童さん……というよりは私以外の全員が驚愕の目で私を見ていました。

 

「こ、これを1人で調べたのか?言ってくれれば私達も手伝ったぞ?」

 

「これは私の趣味みたいなものなので、気にしないでください。ただ1ヶ月前のデータですので、役に立てるかわかりませんが……」

 

風越高校との練習試合を1週間前くらいに聞いていればもう少し最近の情報も掴めたのですが……。悔やまれるばかりです。

 

「……いや、これで充分だ。ありがとう」

 

まぁ神童さんが納得しているのなら、問題ないでしょう。

 

 

風越高校との練習試合は5回が終了して、6対0で白糸台が大きくリードしています。

 

「二宮からもらった情報が凄く役立つな……。監督も大喜びだ」

 

「役に立てたのなら光栄です」

 

1ヶ月前のデータだったので不安でしたが、上手くはまって良かったです。1ヶ月もあったら朱里さんや和奈さんなら更なる進化を遂げていても可笑しくありませんからね。

 

「ねーねー、君って面白いよね~!」

 

「……?私は別段特別な事をした覚えはありませんが」

 

(あれは二宮にとっては当たり前の事なのか……。本人も趣味と言っていたし、大した奴だ)

 

「いやいや、普通はあんな面倒な事はしないって!あっ、私は2年の大星淡だよ。気軽に淡ちゃんって呼んでね♪」

 

「……遠慮しておきます。大星さん」

 

「もー、ミズキってば堅ーい!」

 

(大星がああいう風に絡む奴はそいつの何かしらを認めている……という事だ。この様子から二宮が1軍に昇格するのは決まったな)

 

(裕菜センパイの本気の球を捕れるだなんて壁として優秀だねー。それだけでもこの淡ちゃんが接する価値はあるでしょー!)

 

6点取られてもまだ風越は死んでませんね。一昨年まで全国常連校だっただけの事はあります。

 

「さて、私が投げるのはこの回までだ」

 

突然神童さんが降板宣言をしました。特にどこか痛めている様子はありませんでしたが……?

 

「えっ?裕菜センパイが投げなきゃ残りは誰が投げるの?」

 

(確かに……。この試合は神童さんが完投するものだとばかり思っていましたね)

 

(二宮をこの試合に呼んだのはもう1つ理由がある……。それを残りのイニングで見せてもらおうか)

 

「次に投げるのは新井、おまえだ!」

 

「わ、私ですか!?」

 

神童さんが指名したのはレフトで出ている新井さんでした。

 

「私長い間投手をやってませんよ!?」

 

「私は知っているぞ?新井が諦めずに投手の練習を夜遅くまでやっていた事を」

 

「部長……」

 

なんかドラマが始まりましたね……。そういえば新井さんは中学までは投手としてやっていましたが、高校に入って外野にコンバートしたという話を鋼さんから聞いた事があります。

 

それを突然新井さんが投げる等と……!

 

(成程、そういう事でしたか……)

 

神童さんの狙いは私に新井さんの投手の才を開花させる為に降板したという事でしょう。

 

(外野からだが、新井を飼い慣らすところを見せてもらうぞ)

 

まぁなるようにしかなりませんね。

 

「新井さん、持ち球を教えてもらっても良いですか?」

 

「私の持ち球はストレート一本だ!!」

 

「そうですか……」

 

鋼さんから聞いた通りですね。何かしらの変化球を身に付けた方が良いと思うのですが……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

とりあえず思うように投げさせたものの、一気に満塁のピンチになりましたね。自慢のジャイロボールが泣いています。ですが……。

 

(これまでの新井さんの投げ方で大体どうすれば良いかわかってきました。彼女の場合だと……)

 

「ヤバ……。満塁のピンチだし。私のようなノーコンだとやっぱり投手には向いてないのかな?」

 

「そんな事はありませんよ」

 

「でも3人連続で1度もバットを振らずに四球だし……」

 

「ですが新井さんは外野からの送球は出来ているじゃないですか」

 

「そりゃそうだけど……」

 

「それなら外野からバックホームの送球をイメージしてジャイロボールを投げてみてください」

 

「そ、そんなのでいけるのか?」

 

「私の見立てが間違ってなければこれで問題ない筈です」

 

間違っていればまた別の修正点を見付ければ良いだけです。

 

試合が再開して、新井さんが振りかぶる。

 

(外野からのバックホームをイメージ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(嘘……。入った!?)

 

(やはり予想通りですね。これを見越して監督は新井さんを外野にコンバートさせた可能性があります)

 

その後新井さんは連続三振で満塁のピンチを切り抜けました。

 

(荒れ球や抜け球が目立ちますが、一巡限りだと問題ないでしょう。そして新井さんが投手になるなら、この辺りも今後の課題としていけばいけそうです)

 

(凄いな……。たった一言で新井のノーコンが改善された。これなら今後新井を投手として任せても良さそうだ)

 

『ゲームセット!』

 

新井さんの投げるジャイロボールに風越打線は手も足も出ずに終わりました。なんとか誤魔化せて良かったですね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、瑞希ちゃんはそのまま1軍に昇格したの?」

 

試合が終わり寮に戻ると鋼さんが結果を知りたがっていたので、話すと羨ましそうな目線で私の方を見ています。

 

「神童さんも言っていましたし、1軍監督も認めていましたので、そういう事でしょう」

 

「入部してから2週間で1軍昇格なんて異例だよ!私なんて3軍昇格がやっとなのに……」

 

それも充分に凄い事だと思いますが……。

 

「それに入部して僅か3日で2軍に昇格した子達もいるし……」

 

「いましたね」

 

彼女達の実力ならばそう遠くない内に1軍に上がってきそうですね。

 

(名前は佐倉陽菜と佐倉日葵……。二遊間をメインポジションにしている双子の姉妹でしたね)

 

彼女達を見るとかつて川越シニアの対戦相手だった春日部シニアに所属していた三森3姉妹を思い出しますね。あの2人は彼女達に負けず劣らずの個性を持っていました。

 

まだ寝るには早いですし、少し練習していきましょう。

 

「瑞希ちゃん、どこに行くの?」

 

「練習です。少しでもうまくなりたいので」

 

私は打撃方面に難があるので、それを改善する為にフォームの確認からバットの振り方まで色々試行錯誤する必要がありそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陽奈お姉ちゃん、今日私達と同じ学年の子が1軍に昇格してたよ」

 

「二宮瑞希さん……。一目見た時から並々ならぬ人間ではないと思っていましたが、まさか2週間で1軍に上がるとはね」

 

「これは日葵達も負けてられないよ!」

 

「そうね……。私達も1軍昇格を目指して練習するわよ日葵」

 

「うん!」




朱里「……という事で今回のゲストは東方魔術師さんが執筆している球詠の二次創作『新越谷の潜水艦少女』から佐倉陽菜さんと佐倉日葵さんです」

陽奈「佐倉陽奈です。よろしくお願いします」

日葵「佐倉日葵だよ!よろしくねっ!」

瑞希「今後は彼女達もこの番外編に絡んでくる訳ですね」

朱里「それだけじゃなく、本編にも近い内に登場するよ」

日葵「私達が本編にも出るって!陽奈お姉ちゃん!」

陽奈「ええ。嬉しい限りね」

遥「それでは今回のゲストは『新越谷の潜水艦少女』から佐倉陽奈ちゃんと佐倉日葵ちゃんでした!」

朱里「いたんだ……」

遥「酷い!?」


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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 練習編

瑞希「二宮瑞希です。番外編始まります」

日葵「今回から日葵達も中心メンバーに入るよ!」

陽奈「本編にも出演が決まっているのは嬉しいですね」

香菜「あれ?私は?」

瑞希「心配せずとも鋼さんも本編に出ますよ」


二宮瑞希です。1軍に昇格してから1週間……。特に何かが変わった……という事はなく、日々練習と情報収集を繰り返す毎日です。

 

そんなある日の事……。

 

「瑞希ちゃんは私とバッテリー練するのーっ!」

 

「日葵達の守備連携の為のバッティングをしてもらうのーっ!」

 

このように鋼さんと日葵さんに腕を引っ張られ続けています。腕が痛いので、いい加減離してくれませんかね……。あと陽奈さんは妹さんを止めてください。

 

私がこのようになった理由は1軍に昇格した次の日に遡ります。

 

 

 

 

(1軍に昇格したとはいえやる事は変わりませんね。今日も1日頑張っていきましょう)

 

「あれ?瑞希ちゃん、1軍の練習は?」

 

「……1軍の練習メニューはなく、自主練習……という形になりますね」

 

「そ、そうなの?」

 

「1軍の監督曰く選手の自主性を試しているらしいです。高校生にもなったら練習メニューの管理くらいは自分でやれ……との事です」

 

私には選手の自主性という名目を利用してサボろうとしているようにも見えますが……。1軍監督は多忙だと神童さんが言っていましたが、その実態はわかりませんね。

 

「そ、それじゃあバッテリー練に付き合ってもらっても良いかな?私も早く1軍に上がりたいし……」

 

(鋼さんの投げる豪速球はそう簡単には打たれませんが、制球力がなく四死球が多いのが彼女の中学時代でしたね。制球力を改善すれば間違いなく全国トップクラスまで育つでしょう)

 

「構いませんよ」

 

「やった!」

 

鋼さんのバッテリー練習に付き合おうとした時……。

 

「ちょーっと待ったーっ!!」

 

「だ、誰!?」

 

背後から声が聞こえました。振り向くとそこには2人の女性が。確かこの方達は……。

 

「……佐倉陽奈さんと佐倉日葵さんですね」

 

「あっ、私達の事を知ってるんだ?」

 

「入部して3日で2軍に昇格した人達ですからね。それに……」

 

「それに?」

 

「私も貴女達と同じ埼玉からスカウトで来ましたから」

 

入部初日に私と同じように埼玉からスカウトが来ているので、驚きましたね。確かに古谷ガールズで活躍していた彼女達ならスカウトの話が来ても可笑しくありません。

 

「成程……。二宮さんも私達姉妹と同じようにこの白糸台高校からスカウトが来ていたのですね」

 

「そうなりますね」

 

「そうなんだ~!ねぇねぇ、瑞希ちゃんってどこのガールズで野球やってたの?日葵達は瑞希ちゃんの事を全然知らないんだよね」

 

日葵さんが私にどこのガールズに所属していたかを質問してきました。

 

「私はガールズチームには所属していませんよ」

 

「ガールズチームに所属していない……?それなら何故二宮さんをスカウトに……?」

 

「私はリトルシニア出身ですからね。ガールズチームの事は多少は耳にしていますが、主にリトルシニア相手の対策がメインでした」

 

情報収集もその辺りから中心にやっていましたね。高校で野球をやる為にはもう少し視野を広げる必要がありますので、女子野球で主となっているガールズチームの情報も欠かさず集めています。

 

「リトルシニア……という事は男子を交えて二宮さんは野球をやっていたのですね」

 

「男子と交じって!?凄ーい!」

 

私自身は周りに比べたら大した事はないと思うのですが……。心なしか鋼さんも私を見る目が尊敬の眼差しに見えます。

 

「……ところで貴女達は私に何か用事があるのではないですか?」

 

「あっ、そうだった。1軍に行けた瑞希ちゃんに私達の練習に付き合ってほしいんだよ」

 

「貴女達の?」

 

「それに関しては私から説明を……。私達は白糸台の2軍監督から今のままでは1軍に行けたとしても通用しない……と通告されました。そこで1軍行きを決めた二宮さんに私達のプレーを見てもらって何が足りないのかを教えてほしいんです」

 

成程……。私がそれをやるかはともかく、合理的なやり方ではありますね。

 

「ちょちょちょっ!瑞希ちゃんと先に約束してたのは私だよ!」

 

「えー、そうなの瑞希ちゃん?」

 

不満そうに日葵さんが私に聞いてきました。

 

「一応ですが、鋼さんに先程バッテリー練習に付き合ってほしいと言われましたね」

 

(まぁタッチの差だった事は言う必要はないでしょう)

 

「ふーん……。じゃあ明日は日葵達の練習に付き合ってね!」

 

「なっ……!それじゃあ明後日は私だよ!」

 

あの、勝手に私の予定を決めるのは止めてください……。

 

 

 

 

……あれから毎日この3人と何かしらの練習をしている気がしますね。

 

「私が……!」

 

「日葵達が……!」

 

いつまで私の腕を引っ張っているんですかね……。私は貴女達の玩具ではありません。

 

それと陽奈さんはオロオロとするのは止めてください。貴女の役目はこのじゃじゃ馬達の制止です。

 

「……こうなったら半分ずつやりましょう。先に片方の練習に付き合って、後程にもう片方の練習に付き合います」

 

「……私はそれでも良いよ」

 

「日葵、二宮さんが折衷案を出してくれたのだから、ここは折れておきなさい」

 

「はーい……」

 

本当に何故私が折衷案を出さなければいけないのでしょうね。

 

このように1軍に昇格してからは自主練習という名目で3人のお守りをする事になっています。

 

(まぁこの3人が2年後に主力メンバーの一員になる事によってこのお守りも意味はあるでしょう)

 

全ては2年後を見据えての投資です。




日葵「……という事で白糸台の日常でした!」

瑞希「何がどういう事なんですか……」

香菜「将来瑞希ちゃんとバッテリーを組む私もこれから大活躍するよ!」

陽奈「この番外編はこれからどうなるのかしら?」

瑞希「しばらくの間は本編の進み具合に合わせてこの番外編も投稿するみたいですね」

香菜「本編でも出番が増えますよーに!」

日葵「増えますよーに!!」

瑞希「そもそも私達は本編ではメインメンバーではありません。サブキャラも良いところです」


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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 乱入編

香菜「番外編、始まるよ!」

瑞希「元気が良いですね。なにか良い事でもあったんですか?」

香菜「それはこれからわかるよ!」

瑞希「それではスタートです」


二宮瑞希です。今日から所謂GWシーズンに入りました。白糸台高校もそれぞれ活気で賑わっている事でしょう。

 

(……と思ったのですが、どうも妙な空気を感じますね)

 

「大変!大変だよ!」

 

「鋼さん?どうしたのですか?」

 

「2軍に乱入者が現れたんだって!」

 

乱入者……という言葉は今日日聞きませんが……。

 

「その乱入者……というのは?」

 

「休み前に転校してきた子だよ。なんか道場破りみたいな事をしてるみたい!」

 

休み前に転校してきた……?確かアメリカからの転校生で話題になっていましたね。

 

「とにかく行ってみようよ!」

 

「構いませんよ」

 

触らぬ神に祟りなしですが、実力があるのなら今後の為にも見ておいた方が良いでしょう。

 

 

カキーン!!

 

 

「はっはーっ!2年連続で全国制覇をしたシライトダイの投手も大した事ないデース!」

 

2軍のグラウンドに行くとそこには金髪碧眼で、如何にも日本語覚えたてな口調の女性がいました。

 

(こういうのはフィクションの世界にしかないものばかりだと思っていましたが、現実で見られるとは思いませんでしたね)

 

少し感心していると2軍のグラウンドに足を運んでいた神童さんがこちらに来ました。

 

「二宮に鋼か。良いタイミングで来てくれたな。そこのバッターボックスで威張っている彼女を紹介しようと思っていたんだ」

 

道場破りという話なのに、偉く冷静ですね……。

 

「彼女はテナー・バンガード。アメリカからの留学生だ」

 

「白糸台も留学生という枠組みを採用しているんですね」

 

「数年ぶりだそうだ」

 

「な、なんで瑞希ちゃんも神童先輩もそんなに冷静なんだろう……」

 

私や神童さんの分も鋼さんや他の人が慌てていたら落ち着きを取り戻せるでしょう。それと同じですね。

 

(尤も神童さんはこの状況を想定していた気もしますが……)

 

「ヘイ!そろそろワタシを1軍に上げてくだサーイ!」

 

「ふむ……。実力はわかったが、人間性に少し問題あるな。とはいえ実力の方も今の君だと精々2軍レベルだな」

 

「なにを言ってるデスか!今ワタシが打ったのは時期1軍候補と言ってた人!つまりワタシは1軍レベルデース!」

 

「……それなら今来た2人と対戦してもらおうか」

 

「今来た2人?それはそこのリトルガールデスか?」

 

リ、リトルガールというのはもしかしなくても私の事ですか?

 

「君の言うリトルガールは私が認めた優秀な捕手でね。その隣にいる鋼が君の相手となる投手だ」

 

あっ、やはり私の事なんですね。川越シニアにいた頃に和奈さんと私の事をちびっコンビと揶揄した男子がいたのを思い出してしまいました。

 

「えっ?私が投げるんですか!?私まだ3軍ですよ!?」

 

「はっはー!2軍にすら届かない投手でワタシを抑えるなんて笑止千万デース!」

 

今の鋼さんの実力は他校ではエースに並ぶレベルだとは思いますが、この白糸台ではどのくらいの実力に位置されるのかも興味深いですね。

 

「3軍投手である鋼を打ったところでバンガードにはメリットがないだろうから、鋼から打つ事が出来たら君を1軍に昇格させよう」

 

「3軍から打つだけで1軍昇格とは……。こちらからすればありがたい限りデース!」

 

「鋼はバンガードを打ち取れたら2軍に昇格だ。頑張ってくれ」

 

「わ、わかりました……」

 

鋼さんとバンガードさんとの対戦ですか……。

 

「二宮、マスクを被ってくれ」

 

「私が捕手を務めても良いんですか?」

 

「おまえの優秀さを彼女にわからせる良い機会だからな。……おい、他の奴等は練習に戻れ。2軍の皆は今日のところは1軍のグラウンドを使うように」

 

『はいっ!』

 

神童さんの人払いも済ませて鋼さんとバンガードさんの1打席勝負となりました。

 

「み、瑞希ちゃん、どうしようか……」

 

「鋼さんの持ち球を駆使すればこの打席に限っては彼女に勝てるでしょう」

 

右打席で空を切るスイングをしているバンガードさんを見て彼女の特徴と改善点を予測してみましょう。

 

(和奈さんのようなスラッガータイプですね。長身なのを利用して低めに攻めてみましょうか)

 

鋼さんの肩を作り終えたので、勝負開始となります。

 

(投球練習を見る限りストレートは速いけど、それだけデスね。サクッと打って1軍デビューデース!)

 

(わ、私が打ち取れるのかな……)

 

1球目は低めにストレート。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

ちなみに審判は神童さんがやっています。

 

(見送りましたか……。次の2球目で勝負の分かれ目となるでしょう)

 

今度は高めにストレートを要求。

 

 

カキーン!!

 

 

「はっはー!」

 

(中々に豪快なスイングですね。アメリカでもかなり上位のスラッガーなんでしょうね)

 

バンガードさんの守備方面はまだわかりませんが、これくらいならもっと手強い打者はいくらでもいます。

 

『ファール!』

 

(あ、危なかったぁ……)

 

「次で決めマース!」

 

さて、チェックメイトといきましょう。

 

(瑞希ちゃんはここで渾身のストレートで決めろって言ってた。本当にこれでバンガードさんを抑えられるかはわからないけど、私は瑞希ちゃんを、捕手を信じるよ!)

 

鋼さんの投げる3球目。これまでと同じストレートですが……。

 

(なっ!?)

 

これまでのストレートとは違って鋼さん渾身のストレート。バンガードさんの1球目と2球目の様子を見る限りだとこれで打ち取れる……と確信が取れました。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「う、打ち取れた……」

 

「そ、そんな……」

 

なんとか三振させる事が出来ましたね。ですが次があれば同じようにはいかないでしょう。

 

(その辺りも鋼さんの今後の課題として考えるのも良いですね)

 

「さて、バンガードもわかっただろう。アメリカでどのような活躍をしていたのかは私は知らないが、君が井の中の蛙だと言う事がね」

 

「…………!」

 

「それがわかったのなら、1軍昇格の為に精進してくれ。鋼も今から2軍に昇格だ」

 

「は、はいっ!ありがとうございます!」

 

鋼さんも2軍昇格を決めれて良かったですね。私はそろそろ寮に戻って……。

 

「ちょっと待ってくだサーイ!」

 

「なんでしょうか?」

 

バンガードさんに呼び止められました。

 

「な、名前を……聞いても良いデスか?」

 

「二宮瑞希です」

 

「ミズキさんデスね!貴女の偉大さが伝わりマシた……。貴女の意表を突いたリードにワタシは感服しました!」

 

そんなに特別な事はしていませんけどね。いつも通りのリードだと思いますが……。

 

「これからは貴女に着いてこれるように頑張りマース!見ていてくだサーイ!」

 

そう言ってバンガードさんは走って行きました。なんと言いますか……。

 

「嵐のような人だったね」

 

本当にそうですね。




香菜「という事で私が2軍に昇格した話でした!」

瑞希「それにしても濃いキャラが出てきましたね……」

香菜「バンガードさんはこれから瑞希ちゃんに凄く懐くよ!」

瑞希「お守りの対象が増えただけでは……?」


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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 日常編①

バンガード「番外編、始まりマース!」

香菜「ああっ!私の台詞が奪われた!?」

瑞希「別に貴女の台詞でもないでしょう……」

日葵「今回は私達1年生の日常だよ!」

陽奈「正確に言えば二宮さん以外の4人の練習風景……ですね」


二宮瑞希です。1軍は自由練習という事ですので、私もそれなりにやりたい事をやっています。

 

「ふぅ……。とりあえずこれで一段落ですね」

 

今日はノートパソコンを使って他校の情報収集を行っています。都大会も近いので、西東京周辺の高校を中心に集めました。

 

(あとは投手陣の調整ですね。今年は新井さんが次期エース候補に成長しているので、大会が始まるまでの練習試合で何試合か投げさせたいのですが……)

 

その辺りは監督や神童さんと要相談です。

 

「瑞希ちゃん、作業終わったの?」

 

「一応はこれで一段落ですね」

 

少し休憩したら全国の強豪校の情報も集めておきましょう。私にとって夏大会は既に始まっています。

 

「じゃあ私達の練習を見てほしいんだ!」

 

「達……?鋼さん1人の練習じゃないんですか?」

 

「本当ならそうしたいんだけど、そうするとまた日葵ちゃんやバンちゃんと取り合いになっちゃうし、それならいっそまとめて見てもらおうと思ってね♪」

 

成程成程。つまり私の負担が5倍に増えるという事ですね?可愛い外見とは裏腹に鬼のような提案をしましたね。これでは自由練習という名の強制労働ではないですか……。

 

「……良いですよ。2軍グラウンドに行きましょうか」

 

「やった!」

 

ここで断っても私が了承するまで鋼さんは張り付いてくるでしょう。それならこの場で折れてしまった方が負担は少ない筈です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2軍グラウンドに辿り着くとバンガードさんが満面の笑みで私に抱き付いてきました。それに便乗して日葵さんも抱き付いてきます。正直暑苦しいです……。

 

「ミズキさん!会えて嬉しいデース!」

 

「瑞希ちゃん、来てくれてありがとう!」

 

「2人共、練習するので離れてください……」

 

これでは私が来た意味がありません。私はバンガードさんと日葵さんのマスコットではないです。

 

「二宮さん、今日は来てくれてありがとうございます」

 

陽奈さんが一礼してそう言う。それは良いので、私を抱き締めている2人を止めてください。貴女の役目はこのじゃじゃ馬達の抑止です。

 

「2人共、瑞希ちゃんに抱き付きたい気持ちはわかるけど、早く練習しよ!時間は有限なんだからね!」

 

「はーい!」

 

「名残惜しいデスが、仕方ないデスね。瑞希さんの為にもこの場は離れておきまショウ!」

 

鋼さんの言葉によって2人は私から離れた。私に抱き付きたい気持ちとはなんでしょうか。まるで理解が出来ません……。

 

2人が離れたところで、早速4人をまとめて見られる守備練習から……。

 

「では守備練習といきましょうか。それぞれポジションに付いてください」

 

私の合図で鋼さんが投手、陽奈さんと日葵さんがそれぞれ二遊間、バンガードさんがレフトに付きました。

 

「二遊間が揃っていますし、まずは連携から入りましょうか。鋼さんはセカンドかショートが一塁に送球する際にファーストへとカバーに入ってください」

 

「うん!」

 

「では6、4、3のダブルプレーからいきましょう」

 

 

カンッ!

 

 

ポロッ。

 

「あうっ……!」

 

「日葵さんは守備そのものは上手いのですが、ここぞと言う時の捕球に難がありますね」

 

「うん……。ガールズでも気を付けてって言われたよ」

 

「そこを克服すれば姉の陽奈さんにも負けない守備力が身に付くでしょう。そうなれば連携の際に陽奈さんの助けにもなります」

 

「陽奈お姉ちゃんの……。うん!頑張る!」

 

「日葵……」

 

双子の姉妹で二遊間というのは普通の人が守るよりも相性が良さそうですので、日葵さんの苦手を克服すればあの三森3姉妹に匹敵する守備力が身に付く……と思います。それも日葵さん次第ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

守備練習もそこそこに、次は打撃練習です。

 

「ここはワタシの独壇場デース!」

 

 

カキーン!!

 

 

「私だって負けないよ!」

 

 

カキーン!!

 

 

打撃練習になるとバンガードさんと鋼さんがマシンを相手に次々とホームラン級の打球を連発しています。それとは逆に……。

 

 

ガッ……!

 

 

「くっ……!」

 

先程の守備練習でお手本となった陽奈さんが難色を示していました。

 

「……陽奈さんは打撃が余り得意そうに見えませんね」

 

「転がすだけならなんとかなるのですが、あの2人や日葵のようにはいきませんね……」

 

ガールズでの陽奈さんの成績を見る限りだと内野安打やセーフティバントでの出塁が多く、1番を打っていたみたいですが……。

 

「陽奈さんには陽奈さんなりの役割があります」

 

「私なりの……役割……」

 

「無論前に飛ばす事も大切ですが、陽奈さんの場合は案外繋ぐバッティングの方が向いているかも知れません」

 

あくまでも私が見て思った事です。佐倉姉妹が所属していたガールズの監督とは意見が食い違う可能性がとても高そうです。

 

「……ありがとうございます二宮さん。課題が見えてきました」

 

「役に立てたのなら、なによりです」

 

陽奈さんは憑き物が堕ちたかのようなスッキリとした表情をしていました。

 

(日葵さんと陽奈さん……。ガールズの時と打順を逆にしてみるのも面白いのかも知れませんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日最後の練習は鋼さんの投球練習。鋼さん自身が課題にしている制球力の上昇を試みていますが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「う~ん、なんか微妙だなぁ……」

 

「変化球のコントロールが思うようにいっていない感じがしますね。まずは1つずつしっかりと投げられるようにしましょう」

 

「うん!」

 

鋼さんの投げるストレートは速く、制球力もあるので、都大会を勝ち抜けるくらいには通用する可能性があります。流石にストレートだけだと通用しないと鋼さん自身がわかっているのか、スライダーを投げられるようになっています。横、縦、斜めと良い具合に打者を困惑させる球種を持ってますね。

 

(ここから鋼さんが変化球を覚えるとしたらカットボールかチェンジUPか……。育成の幅が広がりますね)

 

まぁ今は投げられる球種に全てを注ぐようにさせましょう。新しい変化球は今投げている変化球が通用しなくなった時にまた考えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そろそろ2軍の練習終了の時間ですね。切り上げさせましょう。

 

「皆さん、そろそろ練習終了の時間ですので、片付けに入ってください」

 

「はーい!」

 

「もうそんな時間ですか……。時の流れは早いですね」

 

「まだまだ投げ足りないなぁ……」

 

「こうなったら早く1軍に上がってfreedomな練習をしたいデース!」

 

それぞれがそれぞれの想いを抱いて1軍昇格を目指しています。私もあのように必死になれたのでしょうか……?もしも私のポジションが捕手じゃなければ、彼女達と切磋琢磨してたのでしょうか……?

 

「ミズキさん、なんだか暗いデス。smileが大切デース!」

 

「……笑うのは苦手なんですよ」

 

(そういえば私が最後に笑ったのはいつでしたっけ……?)

 

まぁ今となってはどうでも良い事ですね。




香菜「…………」

瑞希「…………?」

香菜「……瑞希ちゃんって笑わないの?」

瑞希「そうですね。笑うような事がありませんので」

香菜「そっか……」


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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 試合観戦編①

朱里「はーい。じゃあ本編も過去編も無事に完結したし、ここからは番外編の執筆も作者は頑張っていくよー」

瑞希「この番外編もかなり執筆が久し振りとなりますね」

朱里「最後に書いたのが2021年の4月だから、雑踏1年と9ヶ月ぶりだね」

瑞希「本編の執筆で忙しかったらしいですからね」


二宮瑞希です。今日の1軍練習は自由練習なので、私は出掛ける予定なのですが……。

 

「どこか行くのか?」

 

白糸台の主将を努める神童裕菜さんに声を掛けられました。まぁ別段困る事は特にありませんが……。

 

「今日は自由練習の日ですので、オフにして練習試合を観に行きます」

 

「ほう?」

 

(二宮が足を運んで観戦に行く試合か……。興味あるな)

 

「私も着いて行って良いか?」

 

「構いませんが……」

 

なんと神童さんが同行する事になりました。しかし……。

 

「本日の1軍は自由練習とはいえ、指示出しはどうするのです?」

 

「そうだな……。九十九」

 

「はいな」

 

神童さんが呼んだのは九十九空さん。2年生の先輩で、選ばれし数字の選手達(ナンバーズ)と呼ばれていた選手(何故か私もそこに該当しますが……)の1人。横浜シニア出身の選手ですね。去年の夏からレギュラーを張っている実力者でもあります。

 

「今日の1軍の面倒を見てもらえるか?」

 

「それは良いっすけど、新井とかの方が良いんじゃないですか?」

 

「新井は次期主将候補だが、今後の事を考えると今は選手として頑張ってもらいたい。その点九十九なら任せられるさ」

 

「まぁ自分の立ち位置的に妥当な役割か……。わかりましたよ。新井の監視も兼ねてるんでしょ?」

 

「おまえの察しの良さに感心するよ。じゃあ頼んだぞ」

 

「うーっす」

 

九十九さんは気だるげな態度ではありますが、実力は本物ですね。神童さんからの信頼も厚いです。キャプテン気質ではありませんがサポーターとしてはかなり優秀で、私も見習わなくてはなりません。

 

「じゃあ私服に着替えて行こうか」

 

「はい」

 

なるべく動きやすい格好に着替えて出発です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達の行き先は朱里さんが通っている新越谷高校。今日は柳川大附属川越高校……通称柳大川越と練習試合を行っています。

 

「私が無理に着いて来てる訳だし、自分の分の交通費くらいは出すんだがなぁ……」

 

「県外ともなると、それなりに交通費は掛かります。私のわがままでもありますので、ここは出させてください」

 

「まぁ……二宮がそれで良いなら、別に良いが……」

 

(あとで学校側に請求しておくか)

 

ちなみに私自身の分は西東京から埼玉までの往復定期券半年分を購入しています。距離が距離なのでかなりの額になりましたが、ある筋から頂いたお金でなんとか買えました。

 

「それで?こうしてわざわざ埼玉まで行くんだ。おまえが気にしている相手がいるのだろう?」

 

「……そうですね。私がリトルシニアで6年間バッテリーを組んでいた投手が今から向かう新越谷高校にいます」

 

「新越谷高校か……。確か去年に不祥事を起こして、野球部が停部になっている所だっけか?古豪という印象はあるが、実際に二宮から見てウチの脅威になりうるのか?」

 

「今から行われる練習試合を見てみない事には何とも言えませんが、先程言ったバッテリーを組んでいた投手1人でもかなり脅威的だと思います」

 

「そうか……。ちなみにその投手と私……どちらが投手として格上なんだ?」

 

ふと神童さんからそんな質問が飛んできました。朱里さんは確かにシニアでは最強の投手でしたが……。

 

「……現時点では神童さんの方が圧倒的に格上でしょう。しかし今後の成長も考えると、追い抜かれる可能性は十二分にあります」

 

「成程な……」

 

(二宮にここまで言わせる投手とはな……。早川朱里……か。実際に私達の脅威になる存在ならば、出来るだけ多くのデータを得たいところだ)

 

これは私の正直な意見です。確かに朱里さんはシニア最強の投手とまで言われていましたが、それは所詮シニア(中学)レベル……。高校野球というシニアの1つ上の段階でしっかりと練習を積み重ねてきた神童さんとは比べるまでもないでしょう。

 

(朱里さんがシニア最強の投手なら、神童さんは女子高校野球で最強の投手になりますね)

 

男子選手と比べてもかなりの実力者でしょう。白糸台の春夏4連覇に貢献している選手はレベルが違いますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試合開始前の整列……。ギリギリ間に合いましたね」

 

「そうだな。二宮がシニア最強の投手と認めた早川朱里がいるチーム……。今後の参考にさせてもらうか」

 

試合時間のギリギリになってしまいましたね。間に合って良かったです。

 

(朱里さんがいる新越谷高校野球部の総合力……この試合で必ず計らせてもらいます)

 

そして早め早めの対策をしていきましょう。




瑞希「今回はここまでですね」

朱里「滅茶苦茶良いところで切るじゃん……。確か柳大川越との試合前だよねこれ?」

瑞希「尺の都合上、キリが良いのが丁度この場面だったのです。仕方がありませんよ」

朱里「次回は……?」

瑞希「新越谷と柳大川越との試合を私と神童さんの視点でお送りします」


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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 試合観戦編②

朱里「前回の続きだね?」

瑞希「続きですね」


二宮瑞希です。本日は新越谷高校と柳川大附属川越高校の練習試合に足を運んでいます。 更に私の通っている白糸台高校野球部のキャプテンを務めている神童さんが私の試合観戦に同行してくれました。付き合わせてもらったみたいで、申し訳なく感じてしまいますね。

 

「お、柳大川越の先発は大野か」

 

「柳大川越のエース投手を務めている選手ですね」

 

実は私と朱里さんの中学の先輩なのですが、顔合わせは1度もありませんでしたね。朱里さんの方は大野さんに会った事があるのでしょうか……?

 

「大野の右から放たれるクロスファイヤーがかなり厄介で、3月に練習試合をした時も苦戦させられたな」

 

「白糸台の打線は相当なレベルではありますが、それでも苦戦させられる投手……という訳ですね」

 

それでも苦戦するのは序盤だけでしょうが……。

 

 

カンッ!

 

 

「なにーっ!?」

 

「あらら……。大野の奴、油断していたな」

 

「三塁打を打たれましたね」

 

格下と侮ったのか、ただ単に立ち上がりが悪いのか……。後者でしょうか?

 

「だが油断していたとはいえ、大野の球を打ったあの左打者はレベルが高いな」

 

「彼女は福岡にある箱崎松陽中学出身の中村希さんですね。シュアな打撃とミートに長けているアベレージで1番打者に選ばれるタイプの選手です」

 

「二宮の情報網は福岡にまで網を張っているのか?」

 

「一応日本全国の中学、高校とアメリカの有力な選手の洗い出しは済ませています」

 

「……おまえが1軍練習の参加回数が少ない理由がわかった気がするよ」

 

1軍の練習が自由参加と聞いてからの私は、ずっと情報収集に勤しんでいましたからね。まだもう少し時間が掛かりそうですが、流石にそろそろ本格的に練習した方が良いですね。

 

その後2番の藤田さんが犠牲フライ、3番の山崎さんが死球、4番の岡田さんが二塁打と、大野さんは1点を取られた上に連打を許します。

 

「どうやら新越谷は今の大野から取れる内に点を取っていくスタイルで行くみたいだな」

 

「良い判断ですね。立ち直った大野さんから点が取れる可能性は低そうですし」

 

「それに柳大川越の投手は大野だけじゃないしな」

 

「そうですね……」

 

柳大川越には大野さんの他にもう1人……全国級の投手がいます。今のところ姿が見えていませんが……。

 

 

カンッ!

 

 

6番の川崎さんが打った球はふらふらと力なく飛んでいますが、野手と野手の間に落ちてヒット。新越谷は追加で2点取りました。

 

「良い流れだな」

 

「このまま新越谷のペースになれば良いのですが、そう簡単にはいかないでしょう」

 

先程塁に出た川崎さんが盗塁を試みるも、浅井さんの強肩によって二盗を阻止しました。そしてツーアウトとなり、大野さんが後続を三振に仕留めます。

 

「浅井の肩は流石だな。生半可な盗塁を許さない」

 

「それに大野さんを上手く立ち直らせましたね」

 

捕手として必要な能力もしっかりと兼ね備えていますね。こういう部分は参考になります。

 

「柳大でも4番を打っているし、良い選手だよ浅井は。……それよりも、おまえの目的の選手はスタメンにいないみたいだな」

 

「……朱里さんがスタメンにいないという事は指揮官を担当しているのでしょう。シニアでも朱里さんが投げない時は監督に変わって選手達を動かしていましたから」

 

あとは私も時々指示出しに参加していました。なので川越シニアには実質監督が3人いる事になりますね。

 

「それは凄いな……。そんな凄い奴がこの試合投げる可能性はあるのか?」

 

「それは新越谷の投手次第でしょう。武田さんという投手、見た事がないので無名で間違いありませんが、何かありますね」

 

武田さんの出身中学の野球部のデータをみれば、多少は出て来るでしょう。帰ったら調べてみますか。

 

「シニア最強の投手と言われた彼女よりも上だとは考えにくいが……」

 

「それはこの回でわかるでしょう」

 

(武田詠深……。マウンドにいるという事は朱里さんの目に敵った実力を持っている筈)

 

「見せてもらいますよ。朱里さんが認めた投手の実力を……」

 

恐らく武田さんは新越谷のWエースを担う可能性が高いでしょう。今の内にそのポテンシャルを見せてもらいます。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 試合観戦編③

朱里「どうやら作者はしばらくこの番外編を投稿するみたいだね」

瑞希「まぁこの試合観戦の下りに関しては本編の展開に私と神童さんの会話を付け加えているだけですからね。その後の話はまだ未定だそうです」

朱里「それで大丈夫なのか作者……」


1回裏の柳大川越の攻撃ですが、武田さんの投げる変化球に翻弄されて思うように打てていないみたいですね。流石は朱里さんが選んだ投手……という事でしょうか。

 

「あの柳大川越が三者凡退か……。武田はかなり良い投手だな」

 

神童さんから見ても武田さんのピッチングは高得点のようです。ですが……。 

 

「武田さんが優れているのもありますが、大元はあの捕手でしょう。彼女は美南ガールズでかなり活躍していました」

 

「美南ガールズか……。最終的な正捕手は別の奴だったな?」

 

武田さんの球を捕っている山崎さんはガールズチームで全国経験のある捕手……。先程の中村さんと武田さん、そして荻島ガールズ出身の岡田さんを合わせて新越谷野球部はかなりの力があるチームだという事がわかりました。 

 

「当時の美南の監督は打力のある方を使ったのでしょう。打力以外なら山崎さんの方が捕手としてのスペックは上回っています」

 

「そうだな……。私から見ても山崎が良い捕手なのがわかる。だがこれまで野球をやっていた中で二宮以上の捕手を私は知らないな」

 

「……買い被りですよ」

 

(照れてるな……)

 

不意に飛んできた言葉に顔が熱で帯びていくのが伝わってきました。こういう何の裏もない言葉で褒められる事には慣れていないので、どうも上手く対応が出来ませんね……。

 

「それで……どうだ?二宮から見た新越谷の実力は?」

 

「武田さんの球が初見とはいえ秋に県ベスト8まで勝ち進んだ柳大川越の打線を抑えられていますし、守備方面も一部を除いて鍛えられています。それに加えて武田さん、山崎さん、中村さん、岡田さんのような全国区レベルやその手前レベルの選手が揃っている事も踏まえて……県ベスト16前後ですね」

 

「県ベスト16か……」

 

「あくまでも現状は……です。新越谷野球部は今後凄い速度で成長していくでしょうし、もしかしたらこの夏中には私達白糸台と相見える可能性もあるでしょう」

 

「……その言葉が真実だとするなら、私の高校最後の夏は高校野球史上1番面白い事になりそうだな」

 

「…………」

 

ふと神童さんを見てみると、獰猛な笑みを浮かべていました。私の言った可能性の話でここまでの表情をするとは……。もしもそれが実現したら、神童さんはまだまだ大きく成長し、その切欠があの新越谷高校野球部となるのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2回表。新越谷の攻撃は7番から始まるのですが、二者連続で凡退。9番打者が打席に入りますが……。

 

「彼女は……」

 

「あの選手も知っているのか?」

 

「はい。彼女は雷轟遥……。朱里さんが気にしている選手で1歩違えば、私達の未来が大きく変わっていたかも知れない……。そんな選手です」

 

雷轟さんは朱里さんが時々練習に付き添っていて、朱里さんの話によると、和奈さんにも負けないスラッガーになる可能性を秘めている……との事。もしも彼女が川越シニアに入ってきていたら、和奈さんにとって大きな刺激になっていたのかも知れませんね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「カウントはツーナッシング……。追い込まれたな」

 

「ですがバットを振っていないのが気になりますね」

 

「素人という話だし、手が出なかった可能性もあるが……」

 

「その可能性は切っても良いでしょう。雷轟さんの構えから隙を感じません」

 

そして3球目。雷轟さんからはスイングの気配を感じませんが……。

 

 

カキーン!!

 

 

グラウンドのほとんどが見逃すと思っていた1球……。それに対して雷轟さんは超スピードでスイングしてバットに当てました。

 

『ファール!』

 

「ファールにはなったものの、これはとんでもないな。打球を場外まで飛ばしたのも大したものだが……」

 

「それ以上に雷轟さんのスイングスピードが厄介ですね。ボールをギリギリまで見極めて、打つ……。並の打者ならシングルヒットですが、彼女の桁外れのパワーがホームラン性の打球に仕上げています」

 

和奈さんの打撃を彷彿とさせるスイングでした。朱里さんによる仕込みがあるとはいえ、これで素人というのが可笑しな話ですね。

 

『ボール!』

 

「……どうやらバッテリーは雷轟を歩かせる選択を取ったようだな」

 

「それは仕方のない事でしょう。これ以上点差が離れると、柳大川越側は致命的になりかねないですからね」

 

(尤もそれこそが朱里さんの狙い……かも知れませんが)

 

『ボール!フォアボール!!』

 

朱里さんはこういう大きな結果よりも、副産物的な結果の方も重視する傾向にあります。要は極小の勝ち筋も逃さない慧眼の持ち主です。

 

「しかし後続はランナーを還し切れず……か。柳大川越は元々守備重視のチームだし、藤田が取られたアウトはまさにパターンに入っていたな」

 

「こうなってくると、新越谷は追加点が望めませんね」

 

3点のリードを死守する事が出来るか……。今後の展開が楽しみです。おや?朱里さんと目が合いましたね。

 

「……どうやら私達が来た事に朱里さんは気付いていたみたいですね」

 

「まぁ学校のグラウンドだしな。しかしよく私達が入れたな?」

 

「それは私の知り合いが偶然にもこの学校にいたので、その人に許可を頼みました」

 

持つべきは人の縁ですね。大切にしていきましょう。

 

「そういえば中学はこの辺りだったか?」

 

「そうですね。朱里さんと同じ仙波中学です」

 

「今投げてる大野も確か仙波出身だったな。という事は一歩間違えていたらおまえと早川は柳大川越に行っていた可能性もあったと……」

 

「……その可能性はありませんよ。新越谷に入ったのは偶然でしょうが、そもそも朱里さんは雷轟さんを大層気に入っているみたいですし、高校は雷轟さんと一緒なら何処でも……といった感じでしょう」

 

朱里さんはともかく実績のない雷轟さんを野球部が歓迎しない可能性まで考慮するのなら、まず強豪の高校には進学しないと思いますしね。

 

「まぁあれだけのバッティングを見たらライバルに回したくないって気持ちはあるかもな……」

 

「それに目を付けた朱里さんは雷轟さんに色々トレーニングをさせていたみたいです。朱里さんは雷轟さんはバッティングが凄いだけの素人だと言っていました」

 

「それはそれで凄いと思うが……。うちに入って来てたら守備次第で4番間違いなしだ」

 

神童さんにそこまで言わせる程の実力者……。バンガードさんも負けてはいられませんね。彼女にとっても雷轟さんは強力なライバルとなるでしょう。しかし……。

 

「そんな雷轟さんを9番……。守備面は余り期待しない方が良さそうですね」

 

「それは未来の雷轟に期待……と言ったところか」

 

「そうなりますね」

 

雷轟さんはあの風薙さんの妹ですし、ポテンシャルはあります。これは朱里さんの目論見通り、最強のスラッガーになる事も想定しないといけませんね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 試合観戦編④

瑞希「今回で新越谷と柳大川越の練習試合は終了ですね」

朱里「二宮と神童さんが裏側でどう見ていたかがよくわかる(かも知れない)試合だったね」

朱里(文のコピペ感が半端ないけど……)

瑞希「それでは始まります」


試合は4回裏。武田さんはここまでパーフェクトを決めており、今打席に立っている1番の大島さんとの対戦も武田さんが有利なように見えますが……。

 

 

カンッ!

 

 

「武田の球を上手く捌いたな。今打った奴は3月の試合では見ていないから1年生か……。柳大川越も優秀な選手を獲得してるようだ」

 

「今年柳大川越に入った1年生は朝倉さんを慕っている人が多数いるらしいですよ」

 

「朝倉の野球に惹かれたか、それとも人徳か……」

 

或いはその両方……ですね。投球技術も、カリスマ性も、神童さんは朝倉さんに劣っていないと思うのですが……。

 

「あれ……?」

 

「遥ちゃん!?」

 

……少し目を離していた隙に雷轟さんがトンネルをしていましたね。

 

「センター!!」

 

しかし朱里さんがいち早くセンターにカバーの指示を出し、センターの岡田さんが雷轟さんの後ろへ回り込みました。

 

「どうやら新越谷は雷轟がエラーをする前提で立ち回っているようだな。これもある意味では信頼されているな……」

 

「カバーも早かったですし、これはランナーも下手に進めませんね」

 

その後連打が続き1点返されるも、新越谷は武田さんの奮投と味方守備の助けもあって、後続の打者は上手く切りました。このまま新越谷が逃げ切ると良いのですが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし5回裏。柳大川越の打線が武田さんを捕捉え始め、遂には逆転を許しました。

 

「柳大が逆転したか……」

 

「落ち着いて1人1人処理していればあのバッテリーが抑えられない相手ではなかったと思いますが……」

 

2点のリードを活かし切れなかったのがキツいですね。今の大野さんからは得点は望めなさそうですし、これは決まりましたか……?

 

「確かに大野にホームランを打たれた球は些か不用意だったな。まぁ名捕手も完璧ではない……って事か」

 

「完璧な野球をする人なんてそう多くはありません。私が知っている限りでは貴女と朱里さんくらいです」

 

朱里さんにはまだ多少の欠点がありますが、神童さんには一切の隙を感じません。私と2歳しか年が違わないのが嘘みたいです。

 

「いや、私はそこまでの投手じゃないぞ……?」

 

訂正しましょう。神童さんは少しばかり鈍いみたいです。

 

「……いきすぎた謙遜は嫌味になります」

 

「なんで!?……しかしおまえがそこまで言う早川のピッチングも見たかったな」

 

「この試合は全て武田さんに任せるつもりでしょうね」

 

朱里さんが出るとしても、代打での出場になるでしょう。新越谷が逆転すれば朱里さんのピッチングも見れそうですが、望み薄ですね。

 

「じゃあそろそろ帰るか?」

 

「いえ、試合は最後まで見ましょう。私も朱里さんと一言二言話したい事がありますし」

 

勝負は最後まで何が起こるかわかりません。如何にして負け筋を消すかも大切です。

 

「そうだな。折角だから私も新越谷野球部に挨拶しておくか」

 

神童さんが新越谷野球部に挨拶……?何を話すつもりでしょうか?

 

「……それよりも柳大川越は投手を交代するみたいですね」

 

「そのようだな。この局面でリリーフを任せられるのは柳大川越には1人しかいない」

 

大野さんはセンターに入り、マウンドに上がるのは……予想外通り朝倉さんでした。

 

「おっ、やはり朝倉が出て来たな」

 

「そういえば昨年の夏の柳大川越は朝倉さんが中心になっていましたね」

 

先程も言ったように、朝倉さんを慕っている1年生が今の柳大川越には多いです。ここから更に結束力高まっていくのでしょうね。 

 

「ああ、4試合で失点は僅か3点……。これは全国でも上のレベルだ。私も朝倉の球みたいに速い球が投げられたら良いとも思っている」

 

神童さんの欠点2つ目は自己評価が低いところがあります。この辺りは朱里さんみたいですね。 

 

「……貴女は今のままでも良い投手ですよ。ツーシームは先発の大野さん以上で、複数の変化球を操る……。技巧という言葉は貴女の為にあるようなものです」

 

「はっはっはっ!持ち上げるのが上手いな。おまえは今までもそうやって多くの投手を成長させたに違いない」

 

神童さんの発言にまた顔が熱くなりました。不意に来るのはやはり慣れませんね……。

 

「……試合を観るのにに集中しましょう」

 

(また照れてる。可愛い奴め)

 

神童さんの欠点3つ目は無自覚に人をたらし込むところですね。成程。神童さんは性格面に難があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は最終回の7回表まで進み、朝倉さんが出てからは新越谷sideはまだボールを前に飛ばせていません。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

8番の川口さんが粘りましたが、結果は三振。あとは雷轟さんに託されたと思っていたのですが……?

 

「……代打で朱里さんが出て来ましたね」

 

「打順は雷轟のところ……。初心者とは言え期待値は雷轟の方が高いんじゃないのか?」

 

「朱里さんはバッティングも並以上はあります。朝倉さんは速球派ですし、この対決は面白いものが見られるかも知れませんね」

 

確かに神童さんの言うように雷轟さんの方が期待値は高いでしょう。しかしミート方面では朱里さんに軍配が上がります。確実に次に繋げるつもりなのでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

ツーナッシングから朝倉さんのSFFを打ち抜き、打球は内野を抜けて、やや後退している外野の頭を抜いてフェンス直撃しました。

 

「抜けたっ!?」

 

「回れ回れ!」

 

そして朱里さんは二塁でストップ……。新越谷で朝倉さんから初めて打ったのは朱里さんでしたか。

 

「朝倉のSFFを綺麗に合わせてきたな」

 

「朱里さんはシニアでも7番を打っていました。その理由としては綺麗なバッティングを見せるから……と監督が言っていましたね」

 

和奈さんや雷轟さんのようなスラッガーとはまた一味違うバッティングを朱里さんはします。

 

「おまえや早川がいた川越シニアは確かどのバッターも4番クラスの実力があるチームだったと聞いている……。そんな中でも女子のおまえ達がよくレギュラーを勝ち取ったな?」

 

「私と朱里さん以外にも3人がレギュラーで、ベンチにも10人程の女子が男子の混ざっている環境で背番号を貰いました」

 

「……改めて川越シニア出身の連中は揃いも揃って化物なんだと思ったよ。埼玉にも川越シニア出身の奴が何人かいたよな?」

 

「スカウトだけで去年の優勝校である咲桜高校に1人、一昨年の優勝校である梁幽館に1人、シード常連の椿峰に1人、そして新越谷に朱里さんで合計4人いますね。スカウト以外でも何人かはいますね。尤も朱里さんは10をも越えるスカウトを断って新越谷にいるみたいですが……」

 

亮子さんにいずみさん、はづきさん、あとは何故か茶来さんが強引に椿峰のスカウトを受けていましたね。まぁ実力はありますし、必ずしも損をしている訳ではありませんが……。

 

「その新越谷と柳大の試合もそろそろ終わりそうだな。最終回のツーアウト二塁で1番の中村か……」

 

「どんな結果でもこの打席が分岐点ですね。中村さんが点を取れば流れは新越谷へ……。そこから逆転の可能性が見えてきます。打てなかったらそのままゲームセット……という命運が中村さんにかかっているでしょう」

 

「じゃあそろそろ出る準備をしておくか」

 

「はい」

 

(……そういえば朱里さんに渡すものがありましたね)

 

朱里さんの所に行って、渡しておきましょう。朱里さんの今後の為に……。

 

『ゲームセット!!』

 

丁度試合も終わったようですし、ここから出ましょうか。校門前に行けば確実に会えるでしょうか?

 

「試合も終わったようだな。新越谷も惜しかった」

 

「そうですね。どちらの高校もこれからきっと強くなります」

 

この試合映像を見せるだけで、彼女達の発破掛けになると良いのですが……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 二宮瑞希と早川朱里

二宮瑞希です。新越谷野球部の活動が終わるまで、こうして神童さんと校門前で待っています。そろそろ出て来る頃でしょうか……来ましたね。

 

「すみません。少し良いですか?」

 

新越谷野球部の面々を呼び出す事に成功しました。すると新越谷野球部の部員の1人が……。

 

「も、もしかして白糸台高校の神童投手ですか!?」

 

「あ、ああ……」

 

神童さんに詰め寄ってきました。流石は春夏4連覇を成し遂げた投手ですね。野球をやっている高校生で知らない人はいないレベルではないでしょうか……?

 

(それはさておき、私は私の用事を済ませてしまいましょう)

 

「朱里さん、お久し振りです」

 

「……直に会うのはシニアの最終試合以来かな?久し振りだね。二宮」

 

そういえば朱里さんとはシニアの引退以来余り話せていませんでしたね。ずっと雷轟さんに掛かり切り……という話でした。

 

「朱里ちゃん、あの子と知り合いなの?」

 

「……リトルとシニアで同じチームの二宮瑞希。正捕手として6年間努めてきた実績を持っているよ」

 

自己紹介をしようと思いましたが、朱里さんが先に私の紹介を済ませていました。手間が省けるのは良い事です。

 

「凄い!6年間ずっとなの!?」

 

「……今思えば私よりも優れた捕手は幾らでもいたにも関わらず、何故私が6年間ずっとスタメンマスクを被れたんでしょうか?」

 

私自身はそこまで優れた選手ではないと思います。白糸台にスカウトに来たのも理由がよくわかっていません。何故か周りから微妙な空気が発せられていますが、気にしない事にしましょう。

 

「……こほん。それはさておき柳大川越戦は良い試合でしたね。私達も色々学ぶ事が多かったです」

 

「……そうだな。時折見せる思い切った大胆な指示はうちでは到底出来なかったよ」

 

「ありがとうございます。そう言ってもらえると参謀の芳乃さんも指示を出した甲斐があるというものです」

 

指示出しをしていたのは朱里さんではなかったようですね。まぁ朱里さんならもう少し安定するような指示出しをしていますし、大胆とはまた少し違いますね。

 

「……試合の指示出しは貴女がしていましたか。お見事です」

 

見習う部分もそれなりにありましたし、本当に足を運んで良かったと思っています。

 

「あっ、ありがとうございます!つきましては……」

 

「サインくださいっ!」

 

……何故か川口芳乃さんからサインを求められました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神童さんがサインを書いているのを見つつ、私は朱里さんに気になる事を尋ねる事に……。

 

「朱里さんはシニア時代に投手を……それもエースを任せられていた事を言わないつもりですか?」

 

「……実はそろそろ言おうと思ってたんだよね」

 

「……そうですか。それなら私からは特に何も言う事はありません。全国の舞台で待っていますよ」

 

朱里さん達ならきっと全国まで駆け登って来る事でしょう。 

 

「会えたら……ね。まだうちは発展途上だし」

 

「私は朱里さんがその気になれば全国に行くのはそう難しくないと思っています」

 

「どうかな?県内には私達の元チームメイトが何人かいるからただでさえ強豪揃いの埼玉県の中でうちが全国出場を決める難易度は更に上がっているしね」

 

確かに咲桜には亮子さんが、梁幽館にははづきさんがそれぞれスカウトに入っています。きっと彼女達は試合に大きく貢献する選手に育ってくるでしょう。

 

「……神童さんの方も用事を終えたようですし、私もそろそろ失礼します」

 

「そっか……」

 

「最後に朱里さんにはこれを渡しておきます」

 

「これは……?」

 

「朱里さんが投手をやるに中ってきっと役立つものです」

 

持ってきた方が良いと思ったのは間違いではありませんでしたね。

 

「……ありがとう。またね」

 

「はい。また……」

 

きっと新越谷野球部は私達の前に立ちはだかる事でしょう。新越谷の公式戦は逐一チェックした方が良いでしょうか?県大会には毎試合観戦に行くつもりで……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目①

二宮瑞希です。今日は夏大会のレギュラー発表の日なので、1~3軍の選手が集まっています。100人が密集しているので少し暑苦しいですが、まぁ我慢の範疇でしょう。

 

「す、凄い人だね……」

 

「人がゴミのようデース!」

 

「止めなさいバンガードさん。しかしこの人数が1度に集められるのは確かに異質ですね……」

 

「えー?お祭りみたいでなんか楽しいじゃん!」

 

私の横にいる4人は現状2軍ですが、1軍でも通用するレベルの実力を秘めています。まぁ平たく言えば1軍半ですね。

 

「あー。これからレギュラーを発表する。私が名前を呼んだ奴が夏大会のレギュラーだ。あと名前を呼ばれたからって返事とかはいらないぞー。ふあぁ……」

 

あの欠伸をしている人が白糸台の1軍監督です。怠惰な雰囲気ですが、実力はあります。というかなかったら、ここにはいません。

 

「えー、1番神童、2番二宮……」

 

「嘘っ!?瑞希ちゃん正捕手!?」

 

「凄いデース!私も負けてはいられまセーン!」

 

「まずは1軍昇格だね……!」

 

「そうですね。頑張りましょう」

 

私は無事に背番号を獲得する事が出来ました。とはいえやる事は変わりませんが……。

 

「11番新井、12番半田……」

 

新井さんと半田さんは2年生の主力の人達ですね。他に8番で呼ばれた大星さんと、9番で呼ばれた九十九さん等がいます」

 

「……以上の20人がレギュラーメンバーだ。今回は面子が動かなかったな。おいおいしっかりしてくれよ2軍3軍共~。これじゃあ何の為にテメー等を呼んだのかわからないぜ?」

 

「そういえば何で私達は呼ばれたんだろ……?」

 

監督のぼやきに反応したのは鋼さん。この100人が密集している事にようやく疑問を持ったみたいですね……。

 

「理由としては下克上の可能性があるからですね。今回はなかったみたいですが、時々2、3軍からレギュラーが抜擢される事があります」

 

「1軍にいれど、レギュラーメンバーに呼ばれなかった人は……」

 

「当然降格ですね。1軍外から呼ばれたところへ……」

 

「……恐ろしい話ですね。よしんば1軍に昇格出来ても、レギュラーに選ばれなければすぐさま降格ですか」

 

「まぁ厳しいっちゃ厳しいけど、この世は弱肉強食だから仕方ないんじゃないー?」

 

「そ、それで済ませて良いのかなぁ……」

 

白糸台の1軍は不定期に昇格し、大会のレギュラーに選ばれなければ降格……というシステムです。私はこうして無事に選ばれた訳ですが、これから行う事を考えれば私は2軍に降格しても仕方のないと思っています。

 

「瑞希ちゃん?何か恐ろしい事考えてない……?」

 

「気のせいですよ」

 

鋼さんはどこか和奈さんに雰囲気が似ていますね。何故か私の心配をしてくれています。

 

(とりあえず監督や神童さん達の許可は得ましたし、夏大会の動きは決まりましたね)

 

和奈さんやいずみさんも誘ってみるのも良いかも知れませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目②

二宮瑞希です。夏の大会が開幕しました。尤も私達の試合日は3日目な訳ですが……。

 

「今日も出掛けるのか?」

 

「はい。新越谷の試合を観てきます」

 

神童さんに軽く挨拶しておいて、埼玉に向かいます。帰りに川越シニアへ寄るのも良いですね。

 

(それに和奈さんといずみさんに会うのも久し振りですし、今日は良い日になりそうですね)

 

あの2人との会話からも得られるものはきっとあるでしょう。少しでも多くの情報を持って帰ってくるのが今の私の役割です。全寮制で自由練習(1軍のみ)を実地している白糸台だからこそ出来る芸当です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新越谷が試合を行う球場前で待ち合わせ……といずみさんが言っていました。この辺りの筈ですが……?

 

「お~い、こっちこっち!」

 

いましたね。しかも反対側から和奈さんも来ました。

 

「お待たせしてすみません」

 

「ま、迷っちゃった……」

 

どうやら和奈さんは迷った先にここに着いたみたいですね。京都の地に慣れ過ぎたからでしょうか……?

 

「アタシが誘っといてなんだけど、2人共よく来れたね?」

 

今日の新越谷の試合を観よう……というのはいずみさんからの提案です。いずみさんや和奈さんとはチャットで話しており、話を弾ませている内に今日の試合観戦のお誘いが来ました。

 

「私は今日は試合ではありませんので、学校の方を休んで来ました」

 

「わ、私も……!」

 

「やっぱ考える事は一緒か~」

 

まぁ仮にいずみさんからのお誘いがなくとも、私1人で試合を観に行っていたでしょうが……。

 

「朱里さん率いる新越谷高校の試合はなんとしても抑えなくてはいけません。自分の試合をブッチしてでも見に行きます」

 

「それはやり過ぎだと思うな~……」

 

そうですか?1番の障害となる可能性がある以上は何かを犠牲にしてでも、観るべき試合だと思いますよ?

 

「と、とりあえず中に入ろう?」

 

「そうですね」

 

球場に入り、試合が観やすい席へ……。

 

「初戦だからなのか、人がまばらにしかいないね……」

 

「対戦カードは2校共名があるチームではないですからね。明日にある梁幽館と宗陣の試合が本命でしょう」

 

シード校の試合……というだけでも人気の理由なのに、その梁幽館の相手をする宗陣高校はノーシードながらも全国区の実力があると前評判でも聞いています。もしかすると今大会で1番注目のカードになるかも知れませんね。

 

『プレイボール!!』

 

「おっ?試合始まったね!」

 

「先攻は新越谷の対戦相手……影森高校ですね」

 

「め、滅茶苦茶素早い動きで打席に入ったね……」

 

試合の意識が高いのか、それとも……。

 

 

カンッ!

 

 

「初球打ち!?」

 

「しかもボール球だよ……」

 

事前に調べてきた影森高校野球部のデータによると早打ちを仕掛けてきたり、常にクイックモーションで投げてきたりと、とにかく相手にプレッシャーを与えているみたいですね。

 

 

カンッ!

 

 

「また初球打ち……」

 

 

カンッ!

 

 

「これも初球から打ってきましたね」

 

エラーとヒットの末に影森高校が先制点を獲得。幸先が良くないですね。

 

「あちゃー、新越谷が先制されちゃったか……」

 

「新越谷が先制されるのは今年度に入って初めてですね」

 

「そうなの?」

 

「これまでの新越谷の試合では全て先制点を取ってきました」

 

「はぇー。じゃあそんな新越谷を相手に先制点取った影森は紛れもない強豪って訳か……」

 

「どちらかと言えばダークホースの側面が強そうですが……」

 

それでも柳大川越なんかを相手にローゲームを決めている辺りは強豪と言っても差し支えないのでしょう。

 

「それにしても影森ってところはこれまで全部初球打ちだね」

 

「なんか急いでるようにも見えるね~」

 

「ですが今の3番はよく打ったと思います。あのコースの球はそう簡単には手が出ませんから」

 

「う~ん……」

 

「いずみちゃん、どうしたの?」

 

「なんか違和感あるんだよね~」

 

「影森ですか?」

 

いずみさんが影森高校の何かに気付いたようです。こういう勘が鋭いのもいずみさんの特徴でしょうか?

 

「何て言うか……。もったいないって言うか……」

 

「もったいない?」

 

「野球楽しそうに見えないんだよねー。それがもったいないっていうか……。野球を嫌いにすら見えるよ」

 

その考えは強ち間違ってないのかも知れませんね。しかし1つ1つの動きはとても洗練されています。試合よりも練習の方が好き……というタイプでしょうか?

 

(何にせよここで躓いているようでは、新越谷が全国に行くのは夢のまた夢……ですよ)

 

ここからの立ち回りが重要です。頑張ってくださいね?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目③

瑞希「本日は同時にオマケを投稿してます」

朱里「オマケ(文字数本編の倍以上)……」

瑞希「続編では亡き天王寺さんが司会をやるので、興味のある方々は是非閲覧をお願いします」

朱里「死んでないから。なんなら続編でも天王寺さん普通に出て来るから……」


2回裏。新越谷の攻撃は4番の岡田さんからですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「うわっ……。今の入ってるんだ……」

 

影森のハイテンポに球審も釣られている節がありますね。ストライクゾーンも広く取っています。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

そのまま三者凡退となってしまう新越谷打線。慣れてしまえば攻略は楽にはなりますが……。

 

「これはやりにくい相手ですね……」

 

「影森の投手のテンポに着いていけてないもんね~。ストライクゾーンがいつもよりも広くなってるし……」

 

白糸台には釣り球を打たせる投手もいますが、そのタイプとはまた違いますね。ハイテンポピッチャーですか……。

 

「影森の過去のデータを調べてみましたが……」

 

「なんで……?」

 

「昨年の秋頃から中山さんはアンダースローのクイックを身に付けて、その上影森の打者は早打ちを仕掛けてくるようになったみたいです。それで格上相手にも成果を出しています」

 

「加えて守備レベルは高い……と。これは苦戦するかもね~」

 

「そ、そうかな?私はいけそうだと思うけど……」

 

「和奈さんはそうでしょうね……」

 

和奈さんの場合は当てればホームランですからね。今の和奈さんは本塁打数が全国で1番多い烙山高校の中でも4番に入っているそうですし、ますますホームランを打つ錬度が上がっている事でしょう。

 

「試合は硬直するのかな……?」

 

「どうでしょうね。対策を練っているか否かで変わってきます。打順が一巡する4回か或いは……」

 

(その前のイニングで何かしらあるかも知れませんね)

 

それが見られるかどうかは新越谷次第です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3回表は新越谷の藤原さんが3人で終わらせ、次の3回裏。7番に入るのは大村さんですが……。

 

「なんか気合い入ってるね~。あの子、前にウチ(藤和)と試合した時も張り切って大振りしてたし、当たれば間違いなくホームランってスイングを放つんだよね~」

 

「そうなんだ……。でも体格もしっかりしてるし、期待値は確かに高いかも?」

 

大村白菊さんは昨年の剣道の大会で全国優勝を勝ち取った紛れもない強者です。剣道では間違いなく最強格の1人ですが……。

 

 

カキーン!!

 

 

「わっ!?」

 

「良い音だねぇ……」

 

「間違いなくホームランですね」

 

同点に追い付けましたし、今の新越谷は影森に連打されない限りは負けはなさそうですね。むしろここからコールドゲームになる可能性すらあります。流れは完全に新越谷ですしね。

 

「新越谷ってもしかしてかなり強いのかな……?」

 

「どうだろうね~。ウチとやった時は接戦でウチが勝ったけど、次やったらどうなるかはわからないもん」

 

まぁそれは藤和側も同じ事が出来そうですが……おや?

 

「あっ、朱里ちゃんが肩を作り始めてる」

 

「本当だ。登板するのかな?」

 

「どうでしょう?梁幽館の偵察が見ている事を考えると肩を作っているだけ……という可能性もあります。エースナンバーを付けている武田さんも温存かもしれませんね」

 

朱里さんと武田さんの肩作りは恐らくブラフ。つまり本命は……。

 

「となると次に投げるのはあの7番の子か~。瑞希、あの子がどんなピッチングをするか知ってる?」

 

「いえ……。ですが彼女のセンスはかなりのものだと思います。柳大川越との練習試合を見ていましたが、少なくとも選球眼は一級品でしたよ」

 

「おお……。それは楽しみだね~☆」

 

川口息吹さんは1番とか2番とかが向いていそうですね。その為にはバントや走塁を鍛えて、ミートも身に付ける必要もありますが……。

 

『チェンジ!』

 

新越谷は後続が続かずその後も一進一退の攻防が続き、5回表。藤原さんの球威が落ち始めたのか、ワンアウト二塁のピンチになりました。

 

「藤原さんはここまでかな~」

 

「投げるのは7番の子だね」

 

「そうですね」

 

(前に練習試合を見た時は投手のデータはありませんでしたが、果たして……?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「凄っ!影森の投手とフォームほぼ一緒じゃん!」

 

「しかも初めてストライクを見送ったよ……」

 

影森の選手達から動揺が見られますね。予想外のアンダースローで困惑しているのでしょうか?

 

『アウト!チェンジ!!』

 

それからの川口さんは影森の打線をきりきりまい。新越谷はこの流れに乗りたいところですね。

 

『アウト!』

 

しかしそう簡単には流れを渡さない辺り、影森にも意地がありますね。そして6回表。ツーアウト一塁の状態で、バッテリーはは追い込みました。そして……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

まさか……今の球は……!

 

「あれって朱里ちゃんの……」

 

「……はい。球速は遅いですが、あの変化量とキレは間違いありません」

 

「えっ?今の球がどうかしたの?」

 

「あれは朱里さんがリトル時代の決め球に使っていたシンカーです」

 

「朱里ちゃんが右肩を故障してからはもう見られないと思ったのに……」

 

「これは思わぬ伏兵ですね。もしも球速まで朱里さんの球そのものになったら、そう簡単には打てません」

 

現状は大した球速ではありませんが、あれが今後化けると考えれば、警戒リストに入れておいた方が良いですね。

 

「アタシはシニアから朱里と知り合ったから、リトル時代の事はあんまりわからない……。でも確かにあのシンカーは凄かったね。これは勝負の機会が楽しみだ♪」

 

「川口息吹……。その名前、覚えましたよ」

 

朱里さんの意思を継いだ投手として、何れ対戦する時を楽しみにしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合は新越谷が勢いに乗り、そのままコールドゲームになりました。

 

「6回コールドですか……」

 

「やー、前に戦った時よりも新越谷はレベルが上がってるね。再戦出来たら良いねぇ♪」

 

「あとは朱里ちゃんに挨拶するだけだね」

 

「勿論です。その為に来たようなものですから」

 

あとは川越シニアに寄りましょうか。反対側で試合を観ているはづきさんと友理さんを連れて行くのもありですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目④

二宮瑞希です。新越谷の試合が終わったので、朱里さんの所へ挨拶に行こうと思います。

 

現在いずみさんが朱里さん達を探しているようですが……。

 

「あっ、いたいた。お~い!朱里ー!」

 

どうやら見付けたようです。朱里さんと一緒にいるのは武田さんと川口息吹さんですね。

 

「金原……。わざわざ県外から私達の試合を見てたんだね」

 

「もっちろん♪私達のチームの元エースのいるところは応援したくなるからね。瑞希に至っては自分の試合をブッチするつもりだったみたいだし☆」

 

「バッテリーを組んだ相手ですから当たり前です」

 

かつてバッテリーを組んだ人が敵に回ると厄介この上ないですからね。最大限の警戒をしてしまいます。

 

「朱里ちゃん、初戦突破おめでとう!」

 

隣では和奈さんが朱里さんに賛辞の言葉を送っていました。強豪校に通っている故の嫌味ではなく、ただただ純粋に朱里さんを労っているのがわかります。和奈さんはそれ程に純粋ですので……。

 

「あっ……。そっちの人達は初対面だよね。私は朱里ちゃんと6年間同じチームで野球をしていた清本和奈です。高校は京都にある洛山高校に通ってます」

 

「き、京都からよく応援に来たわね……」

 

まぁ私といずみさんもそれぞれ西東京と東東京から来ていますけどね。京都からと距離は余り変わらないと思いますが……。

 

「……まぁありがとね。なんとか初戦に勝つ事が出来たよ」

 

「まったまた~!朱里とヨミを温存する余裕があった癖に☆」

 

それでいてコールドゲームを決めてますからね。この場合はメタが刺さった……と言った方が正確なのですかね?

 

「そういえば清本さんって朱里ちゃん達がいたシニアではどんな活躍してたの?」

 

武田さんが気になったのか、和奈さんの活躍について尋ねてきました。まぁ何れわかる事なので、言ってしまいましょうか。

 

「清本はリトルシニアでずっと4番を打っていたよ」

 

「リトルシニアでのホームラン数が通算200本越えのスラッガーです」

 

「よ、4番!?」

 

「ホームラン数200本越え!?」

 

思えばリトルシニアでの安打数の内訳9割以上がホームランなんですよね。仮に飛鳥さんからのご教授がなかったら、和奈さんはどうなっていたのでしょうか……。

 

「驚くよね~?こんなにちっちゃいのが4番打ってる事に☆」

 

「ち、ちっちゃいって言わないで!瑞希ちゃんも大して変わらないもん!」

 

「何故私を巻き込むんですか……。確かに白糸台の野球部の中では私が1番小さいですが……」

 

ちなみに私の次に身長が低い方でも150センチを越えています。10センチ近く差があるんですよね。

 

「和奈、身長何センチだっけ?138?」

 

確かそれはシニア入団直後くらいの身長ですね。ちなみに私は140センチでした。

 

「140いってるもん……。み、瑞希ちゃんは何センチなの?」

 

「この間計った時は143センチでした」

 

一応育ち盛りの筈ですが、余り伸びを感じませんね。いずみさんや亮子さんは大きくなってるのがわかりますが……。

 

「瑞希、和奈、そういうのはどんぐりの背比べって言うんだよ?」

 

「いずみさんは私達より大きいからそんな余裕が出るんですよ?」

 

「そうだよ。10……いや、5センチでも良いから私達にも身長を分けてよ!」

 

別に大きくなりたいとは思いませんが、煽られると何か返したくなります。正直和奈さんは今のままでも良いですよ?色々な意味を込めて……。

 

「あはは……。じゃあアタシ達はそろそろ行くね」

 

「わかった。次に会う時は全国の舞台だと良いね」

 

朱里さんといずみさんが握手をしている光景を見ると、なんかライバル的な感じがしますね。私はこうして物語のメインを張るよりかは、そのサポートに回る方が性に合っています。

 

「はづきさんと友理さんにも挨拶に行きましょうか」

 

「そうだね」

 

「次の試合も観に行くつもりだよ。じゃあね~♪」

 

いずみさんが次の新越谷の試合を観戦する予告をしたところで次は梁幽館高校に通っている友理さんとはづきさんに挨拶に行きます。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑤

二宮瑞希です。朱里さん達と別れた後に友理さんとはづきさんに会う手筈ですが……。

 

「やっほーはづき☆」

 

「久し振りだねぇいずみちゃん!瑞希ちゃんと和奈ちゃんもそうだけど、わざわざ県外から応援に来たんだね……」

 

「まぁウチのエースだった朱里がいる高校はどんなチームに仕上がってるか気になるんだよね~。1度練習試合をした身だし」

 

「まぁ朱里せんぱいのいるチームなら何の問題もないよっ!次の試合で当たる事になるのは気掛かりなんですけど……」

 

確か今日の時点ではまだ梁幽館は宗陣との試合が終わってない気がするのですが……。これは梁幽館が負ける事を一切疑ってない発言ですね。尤もはづきさんの場合は純粋にそう思っていそうですけどね。

 

「瑞希さん、お久し振りです」

 

「お久し振りです友理さん。新越谷はどうでしたか?撮影結果も込みで……」

 

「そうですね……。個人的には良い試合が撮影出来ましたが、新越谷はデータが少ないです。停部が明けてからの練習試合も県外の高校が中心となっているみたいですし……」

 

いずみさんがいる藤和と試合をしたのは偶然でしょうか?それとも誰かのコネクションを利用して……?

 

「それでそれで?この後はどうするの?」

 

「折角だから、アタシ達3人は川越シニアの方に顔を出して行こうと思ってるよ。はづきと友理さんは?」

 

「う~ん……。折角だし、私も行こうかな?友理先輩はどうします?」

 

「……今日は止めておきます。監督や奈緒さん達に早いところ偵察結果を報告しておきたいですし」

 

「あー……。じゃあやっぱり私も梁幽館に戻りますね」

 

「良いんですか?」

 

「シニアに顔を出したいのは山々だけど、友理先輩が行かないのに、私が行くのはなんか変じゃないですか」

 

「そういうものですか……?」

 

「そういうものですっ!」

 

……というやり取りからはづきさんと友理さんは今回同行なしという事に。私達3人で川越シニアに顔を出しに行きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって川越シニアです。

 

「お疲れ様で~す!」

 

「お、お疲れ様です!」

 

「お疲れ様です」

 

今いる後輩達に挨拶をしつつ、指導をしている監督の六道さんにも挨拶を……。

 

「あれっ?3人共どうしたの?確か県外の高校に進んでたよね?」

 

「私達3人はそれぞれ学校の許可を取って、新越谷高校の試合を観戦しに行ってました」

 

「そっかぁ……。そろそろ夏の大会だったね。新越谷は朱里ちゃんの通っている高校……。朱里ちゃんは元気にしてた?」

 

「はい。普段と別段変わったところはありませんでした」

 

「それなら良かったよ!朱里ちゃんは抱え込む事があるからね。中2~中3の時も……」

 

六道さんは朱里さんに対して特別気に掛けている感じがしますね。確か朱里さんの母親とは高校時代にバッテリーを組んでいたそうですが……?

 

「まぁ何にせよ来てくれたんだし、時間がある限りはウチの練習を見ていってよ!」

 

「「はいっ!!」」

 

「もちろん見させていただきます」

 

シニアの練習風景そのものは私達がいた頃とは変わっていませんが、新しい世代がどこまで強くなっているのかは要チェックですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑥

二宮瑞希です。現在和奈さんといずみさんと一緒に川越シニアにお邪魔しています。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

今見ているのは犬猫バッテリーと呼ばれる犬河詩音さんと猫神雅さん。この2人とはリトル時代も一緒でしたね。一ノ瀬さんに負けず劣らずの変化球のキレを持ち合わせている投手詩音さんと、俊足巧打の捕手雅さん……。まだ2年生ながらもこの2人がチームの中心になっている感じがします。

 

「あっ、お疲れ様です!先輩達!!」

 

後方からやってきたのは川越シニアの現キャプテン、初野歩美さんです。『川越シニアの妹枠』と呼ばれるくらいには妹感ある私達の可愛い後輩です。

 

「おっつー歩美!チームの調子はどう?」

 

「おっつーです!まぁいつも通りですよ。私なんかがキャプテンやっても良いのか……ってのは今でも思ってますけど……。藍ちゃん月ちゃんとかもっと他にいたと思うんですよ」

 

「それでも監督は歩美さんをキャプテンに選んだ……という事です。チームメイトを引っ張っていくタイプと、チームメイトを支えていくタイプ……チームのキャプテンとして向いているのは前者で、歩美さんも前者です。それが1番大きな理由ではないですか?」

 

まぁあくまでも私の持論に過ぎませんが、前任のキャプテンがいずみさんなのもそういう理由だと思っています。

 

「藍ちゃんも月ちゃんも後者だから……って理由ですか。まぁ納得しましたよ。藍ちゃんはどこか気難しいところがあるし」

 

「誰が気難しいところがあるのかしら?初野さん……?」

 

「ひえっ……」

 

歩美さんの背後から藍さんが……。壁に耳あり障子に目ありですね。

 

「お久し振りです瑞希先輩」

 

木虎藍さん。雅さんが投げない時にマスクを被り、雅さんが投げる時はセカンドを守る……。俊敏な動きといずみさんに負けないシュアなバッティングをするのが特徴の捕手ですね。肩も強いです。

 

「と、ところで朱里先輩は来ていないのですか?」

 

「朱里先輩はいないみたいですね……。朱里先輩にも会いたいですよ。その為に新越谷に進路を決めたのに……」

 

どうやら歩美さんは朱里さんと同じ所に行きたい一心で新越谷を受験するみたいですね。表情からして藍さんも同じ理由でしょうか?後輩に好かれていますね朱里さんは……。まぁ良い事なのですが。

 

「私の方からも朱里さんに言っておきますよ。2人が会いたがってると……」

 

「ありがとうございます!」

 

「べ、別に私は……。でも朱里先輩には色々とお世話になりましたので……」

 

天性の人たらしと付け加えておきましょう。朱里さんは罪深いです。

 

「おーい!これからミニゲームをするから、良かったら参加して行ってよ!」

 

六道さんからこのようなお誘いをいただきました。まだ時間に余裕はありますし、折角なので参加してみましょうか……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑦

二宮瑞希です。今から川越シニアがミニゲームを行うようです。

 

ミニゲームとは……少ない人数でやる試合のようなものですね。六道さんがよく実地するみたいで、私もリトル時代からお世話になりました。

 

「いずみちゃんと、和奈ちゃんと、瑞希ちゃんと、詩音ちゃんと、雅ちゃんと藍ちゃんと、歩美ちゃんと……おーい!」

 

六道さんが声を掛けた方向には2人の女子選手がいます。1人は初対面ですが、もう1人は……。

 

「お久し振りです。星歌さん」

 

「み、瑞希ちゃん。ひ、久し振り……だね」

 

渡辺星歌さん。川越シニアで3年間プレーしましたが、最終的にはベンチ入りすら敵わなかった女子選手。他のシニアだったらエースを任せられるポテンシャルがあるだけに非常にもったいない実力者です。まぁ川越シニアの競争率が激しいのが1番大きな要因ですが……。

 

「星歌さんもここに顔を出しているのですね」

 

「う、うん。野球部には入れていないけど、その代わりにって思って……」

 

「朱里さんは何も言わなかったですか?」

 

星歌さんの着ている制服は朱里さんと同じ新越谷高校のもの……。停部明けの身としては星歌さん程の戦力は喉から手が出るくらいにはほしがると思うのですが……。

 

「……朱里ちゃんはいつでも待ってるって言ってたよ。ただ星歌が勇気を出せないのが悪いんだ」

 

「そうですか……」

 

こればかりは本人次第ですね。星歌さん自身の問題であり、新越谷で解決しなければならない問題です。

 

「……とりあえず今はミニゲームに集中しましょうか。六道さんもそのつもりです星歌さん達を呼んだ訳ですし」

 

「そ、そうだね……」

 

そういえば星歌さんと一緒に来たもう1人の方は……いずみさんが可愛がっているようですね。

 

「やー、この子可愛いねぇ!髪もモフモフだし、お人形みたい☆」

 

「ありがとうございます……?」

 

褒めているのか微妙なラインなのか、可愛がられている方は疑問符を浮かべているみたいです。

 

「……星歌さん、いずみさんに弄られている彼女は?」

 

「え、えっと……。あの子は黒江双葉ちゃんっていって、今年シニアに入団した1年生だよ」

 

「黒江双葉です。よろしくお願いします」

 

いずみさんに弄られながらも平然と自己紹介をする辺り、大物なんでしょうね。

 

「あっ、双葉ちゃんお疲れ~!」

 

「お疲れ様です。初野さん」

 

「お疲れ様。双葉ちゃん」

 

歩美さんと藍さんが黒江さんに気付いたので、挨拶をしています。藍さんが今まで見た事のない笑顔で接しているのは気のせいでしょうか?

 

「……どうも」

 

対する黒江さんは藍さんに冷たい目線を向けて柔軟に向かいました。これからシニアの夏が始まるのに大丈夫でしょうか?

 

「あー、特に気にしなくても良いと思いますよ?藍ちゃんと双葉ちゃんっていつもあんな感じみたいですし……」

 

「そうなんですね」

 

歩美さん曰くいつも通りのやりとりみたいです。それなら私が気にする事はないでしょう。

 

「人数も良い具合にそろってきたし、あとはチーム分けだね!」

 

六道さんがチーム分けをした結果……私と同じチームになったのは黒江さんと雅さんと詩音さんです。いずみさんと和奈さんとは分かれてしまいましたね……。

 

「よっし!それじゃあ瑞希達を全力で倒しにいこーっ☆」

 

『はいっ!!』

 

あちらはいずみさんの号令でまとまっていますね。チームワークでは向こうが上でしょうか?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑧

二宮瑞希です。さて、今からミニゲームのポジションを決める訳ですが……。

 

「いやー、瑞希先輩以外にマスクを被る人はいないでしょ!」

 

「雅さん、貴女は捕手ですよ?」

 

今でも藍さんと月さんとスタメンマスクの座を争っているそうじゃないですか。六道さんが言っていましたよ?

 

「わ、私は……」

 

雅さんの相方の詩音さんはどうすれば良いのかわからない……という表情をしています。堂々と言いたい事を言っても良いんですよ?

 

「……黒江さんはどう思いますか?」

 

「私は二宮さんの実力を知らないので、余り多くは言えませんが……。バッテリーが同じチームに固まっているのですから、それに合わせれば良いんじゃないですか?」

 

正直私は黒江さんの意見に賛成です。リトルからバッテリーを組んでいる雅さんと詩音さんの『犬猫バッテリー』に任せれば良いのですよ。

 

「……ではオーダーを決めましょうか。4人しかいないので、自然と守るポジションが限られます」

 

『はいっ!』

 

話し合った結論としてマスクは雅さんが被り、私はファーストを守る事になりました。バッテリーの相性を鑑みた結果です。

 

(向こうは星歌さんが投げるみたいですね。まぁ他に投手らしい投手はいないので、妥当ではありますが……)

 

今いる面子ではこれが限界ですが、何れかはちゃんとした試合もしてみたいものですね。

 

『プレイボール!!』

 

審判役は歩美さんになりました。現キャプテンが審判役……というのは何か思うところがありますね。まぁ本人が進んでやっているみたいですので、多くは言いませんが……。

 

「よろしくお願いします」

 

私達は後攻で、相手チームの先頭打者は藍さんですね。いずみさんは2番か3番でしょうか?

 

(2年生ながらもエースを任された詩音さんはどこまで強くなっているのか……。敵に回る可能性もある以上はここで見極めたいですね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球から決め球のシンカーですか……。リトル時代の朱里さんを見ているようで、頼もしいですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

コースも無理に攻めに行かない……というのも個人的に好感が持てます。雅さんの采配だけではこうはいかないですね。詩音さんの性格も出ているのでしょうか?

 

 

カンッ!

 

 

しかし3球目。藍さんはシュートを流し打ち、内野安打を決めました。

 

「ご、ごめん雅ちゃん……」

 

「ドンマイドンマイ!藍先輩の打撃能力はいずみ先輩に匹敵するし、私のリードが甘かったのもあるし、後続を切ってこ?」

 

「うん……」

 

どうも詩音さんは雅さんに依存し切っている部分が見られますね。打たれ弱さを上手く雅さんがカバーしている……。これはリトル時代もそうでしたね。

 

(しかし後続はなんとしても断たないといけませんね。星歌さんはまだなんとかなるとしても、いずみさんと和奈さん……特に和奈さんはシニア時代に比べて更に逞しくなって(身長は伸びていない)います。連打の末にホームランで一掃……という展開は避けたいですね)

 

とはいえこの場はあのバッテリーに任せましょう。私は一二塁間で見守っています。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑨

二宮瑞希です。ミニゲームのハイライトをザックリと私目線で見ていきます。

 

 

カキーン!!

 

 

「うわっ!?いずみ先輩飛ばし過ぎですって!4人しかいないから、外野なしなのに~!」

 

「ゴメンね雅?勝負の世界は非常なんだよ~!」

 

2番の星歌さんが送りバントでランナーを進めた後、3番のいずみさんが外野オーバーの打球を放ちました。これは下手するとランニングホームランの可能性もありますね……。

 

「二宮さん、ここは私が行きます」

 

「お任せします」

 

三遊間を守っている黒江さんが打球の処理をすると言って物凄い速度で走っていきました。あれは静華さんにも負けていませんね。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「えっ?嘘っ!?」

 

「ナイスキャッチ!ありがとー双葉ちゃん!!」

 

「あ、ありがとう!」

 

「いえ」

 

雅さんと詩音さんの様子を見る限りでは当たり前の光景で通っているみたいですね。いずみさんが口をパクパクさせているのに対して、藍さんは帰塁を済ませています。慣れの差ですね。

 

「静華ちゃんに負けない走力と守備範囲だったね……」

 

「このミニゲームでも重宝される訳だよ……。完全に藍を還した上で、アタシもホームまで行くつもりだったのに……」

 

「藍ちゃんは予測してたのか、帰塁してるね……」

 

「慣れの差かね~?」

 

向こうではいずみさんと和奈さんが私と同じような事を思っているみたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初回は和奈さんが先制ホームランを打って終了。詩音さんクラスの投手でも和奈さんを抑えるのは難しいようです。

 

「よろしくお願いします」

 

そして1回裏。先頭打者は先程ファインプレーを見せてくれた黒江さんですね。あの走塁を見る限りだと当てれば出塁は確実でしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

相手の先発は星歌さん。まぁ投げられるのが星歌さんしかいないので、消去法となっています。星歌さんのピッチングを見るのはシニア以来ですが、変化球のキレは健在ですね。川越シニアでなければユニフォームは確実にもらっていたでしょう。

 

 

コンッ。

 

 

2球目には黒江さんが一塁線へとバント。ファーストを守っているいずみさんがボールを捕る頃には既に黒江さんは一塁に辿り着いていました。

 

「あの守備でわかってはいたけど、やっぱり速いね~」

 

「ありがとうございます」

 

「静華とどっちが速いのかな~?会った事ある?」

 

「村雨さんは時々シニアに顔を出しに来ていますよ。それに私と村雨さんでは足の速さが違います。私や春日部シニア出身の三森さん達は純粋な機動力で走っていますが、彼女……村雨さんの場合は別の次元で走塁しているように見えます」

 

「そ、そうなんだ……」

 

一塁ベース上にていずみさんと黒江さんが興味深い話をしていました。静華さんと黒江さんとの走塁の違い……ですか。

 

(静華さんは忍びの者……と以前本人が言っていましたが、特有の走塁という訳ですか。瞬間的な走塁は静華さんの方が圧倒的。それはまるで気が付けばそこにいるような……。まさに別次元の走塁ですね)

 

考えている内に黒江さんが二盗三盗を済ませ、2番の雅さんによるスクイズによって同点になっていました。試合展開が目まぐるしいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑩

二宮瑞希です。試合展開は相も変わらず目まぐるしく進んでいます。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

元々三遊間を見ていた黒江さんが外野まで飛んだ打球を悠々と処理してくれるので、ホームラン以外で相手が得点する確率はかなり下がりました。和奈さんは歩かせましたしね。

 

『アウト!』

 

しかしこちらのチームは向こうのチームに比べてパワー不足で、尚且つ転がす事を目的とした打球がメインになってきますので、先程いずみさんが行ったみたいにスイングと同時に前進してくる守備に追われて点が取れません。

 

『ゲームセット!!』

 

ミニゲームは5イニングの延長なしで行います。つまり1対1の引き分けのまま試合終了ですね。

 

「やー、結局点取れたのは和奈のホームランだけだったか~」

 

「双葉ちゃんの守備範囲を越える事が出来ませんでしたね……」

 

「それを差し引いても詩音ちゃんの球は打ちにくかったと思うよ……?」

 

現在は歩美さんと六道さんを入れた10人で試合の振り返りをしています。

 

「双葉ちゃんありがとー!今日も大活躍だったよ~!」

 

「ありがとうございます。こういうミニゲームで結果を出して、秋ではスタメンを目指します」

 

黒江さんはギリギリのベンチ外と聞きましたが、今日の実力を見る限りでは充分にスタメンに入りますね。六道さんの事ですからそれも考慮した上でのミニゲームだとは思いますが……」

 

「でも瑞希先輩ってファーストも守れたんですね?ファインプレーも見れましたよ!」

 

「白糸台に入ってからは投手も含めた全ポジションの適性テストが行われるんですよ。それに中学までの実績は関係ありません」

 

捕手をやる傍らファーストを守らされる事もあるので、自然と覚えてしまうんですよね。ファーストも捕球能力は重要ですから。

 

「そこからポジションのコンバートも考えられる……という訳ですか。やはり名門というだけあって、色々な可能性が見出だされていますね」

 

「アタシもファーストなら守れるよ。今回みたいなミニゲームだとよく守るしね」

 

いずみさんは女子選手の中では背が高い方ですし、ファースト向きではありますね。

 

「まぁ背が高いからファースト向けって言うなら、和奈程向いてないのはいないよね~。ちっちゃいし☆」

 

「ちっちゃいって言わないで!まだまだ伸びるもん……」

 

和奈さんは今でも身長を諦めていませんね。そろそろ女子の成長期が終わりそうではありますが……。

 

「でもファースト=背が高い選手……というのも偏見ではないですか?むしろ低身長の方がファーストの適性があるかも知れません」

 

「藍ちゃん……」

 

「……まぁそれも一理あるかもね。ゴメンね和奈」

 

「い、一応気にしてるんだから、余り言わないでくれるとありがたいかな……」

 

藍さんの言う低身長がファーストに向いているというのは強ち間違いではないのかも知れませんね。体が小さいければ、送球する方も自然とミットに収まるように投げるでしょう。むしろ周りの選手の送球能力が重要となりそうです。

 

「そろそろ良い時間だから、県外にいる3人は帰り支度しといた方が良いよー」

 

六道さんが私、和奈さん、いずみさんの3人に帰り支度を促しました。もうすぐ暗くなりますし、それが良いでしょう。

 

「はーい!次は梁幽館と新越谷の試合にまた来ようかな~」

 

「私達川越シニアはいつでも待ってるからねっ!」

 

「ありがとうございまーす☆」

 

次の試合は3日後ですか……。白糸台の試合もないですし、また足を運びましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑪

二宮瑞希です。ミニゲームから3日が経過しました本日は新越谷の2戦目ですね。相手は梁幽館高校……一昨年の埼玉県大会優勝校です。

 

「やー、しっかし新越谷も2戦目からキツい相手と当たるよね~。先輩達も梁幽館相手にはかなり苦戦したって聞いたし……」

 

「私も聞いた事があるかも……。苦戦って事はなかったけど、中々粘りのある相手だったって言ってた」

 

どうやらいずみさんが通っている藤和高校も和奈さんの通っている洛山高校も梁幽館と試合をしたらしく、接戦だった様子で話しています。まぁ洛山の場合はエースの大豪月さんが投げていれば、少なくとも負ける事はなさそうですが……。

 

 

カンッ!

 

 

「おっ?初球から打っていったね?センター前ヒット!」

 

「そういえば新越谷は影森戦とオーダーが変わってるね。上位打線が弄られてる……」

 

「今打った山崎さんは梁幽館の先発投手の吉川さんとガールズで同じチームだったらしく、球筋はある程度把握している様子が伺えます」

 

「だから1番打ってるんだね~。狙い球絞るのも上手かったし、好球必打も心得てるっぽいし、1番向けの打者ではあるね」

 

「元々1番を打ってた中村さんを4番に置いてるね」

 

「どうやら新越谷は中村さんへの信頼がかなり厚いみたいですね」

 

(尤も理由はそれだけではないでしょうが……)

 

2番の藤田さんが送りバント、3番の川崎さんが内野安打、4番の中村さんがセカンドライナーと早い試合展開を見せます。

 

「ツーアウト一塁・三塁……。ここで先制点取れないと、相当キツい試合になりそうだね~」

 

「スライダー打ちも上手かったんだけどね……」

 

「梁幽館の守備が単純にそれを上回りましたね」

 

 

カンッ!

 

 

しかし5番の岡田さんが吉川さんのストレートを捉え、その打球は二遊間を抜けました。これで新越谷が先制点を取りました。

 

「練習試合した時も思ったけど、新越谷の中ではあの岡田さんと中村さんの打撃能力がずば抜けてるね」

 

「そうですね」

 

(両者共にアベレージヒッターというイメージがありますが……)

 

新越谷には和奈さんのような決定的なパワーヒッターがいません。一応大村さんや雷轟さんがそれに該当しますが、どちらも初心者で、安定した打撃とは現状程遠いですね。まぁこれからの成長に期待ですね。

 

「朱里の打席だ!」

 

「6番を打ってるんだね。シニア時代では7番を打ってた事が多かったから、ちょっと意外かも……」

 

「朱里さんの打撃能力は今の新越谷の中ではかなり高い部類に入ります。クリーンアップには入るタイプではありませんが、決して油断は出来ません」

 

野手としての朱里さんは打撃も守備も一定以上の能力があります。外野手としてやっていけるレベルですね。

 

 

カンッ!

 

 

朱里さんは初球打ち。打球はファーストの頭を越えましたが……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「うわっ……!あのライト守備上手っ!」

 

「先程のセカンドの方もハイレベルなプレーを見せていましたね。梁幽館は春よりも守備がレベルアップしています。それにセカンドの彼女は春の試合には出ていませんでしたから、相当練習したでしょう」

 

よく見ると、今の梁幽館のラインナップは春大と比べて、結構面子が変わっていますね。二遊間のは春にはいませんでした。

 

「でも1点は先制出来たね」

 

「今日の先発は武田さんですか……。いずみさん、以前に武田さんと対戦した時彼女はどういうピッチングをしていましたか?」

 

「そうだね~。ヨミはアタシから2つ三振を取ったからね。その時よりもレベルは上がっているだろうから、上手く投げればそう簡単には打たれないと思うよ」

 

いずみさんは空振りの少ない選手ですが、そんないずみさんから2度三振を取る……という事は武田さんも大きく成長している可能性が高いですね。

 

「いずみちゃんってシニアでもあんまり三振しなかったよね。武田さんって実は凄い投手なんだね!」

 

「おっ、和奈もヨミとやりたいの?」

 

「うん。やってみたい……!」

 

そんな話を聞いていると、和奈さんが武田さんと早く勝負がしたい……みたいな雰囲気を出していました。ジャンキーですね。

 

「……その為にまず新越谷にはこの試合に勝ってもらわないといけませんね」

 

「そうだね~。どうなる事やら……」

 

梁幽館は全国に行く為には必ず当たる壁です。頑張ってくださいね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑫

瑞希「投稿してると思ってたら、出来てなかったですね」

朱里「どういう事?」

瑞希「そのままの意味です。なので中途半端な時間での投稿です」


1回表の新越谷の攻撃は1点を取って終わりました。果たしてこれが大きくなるかどうか……。

 

「梁幽館の1番打者って日本人じゃない……よね?」

 

「はい。陽秋月さんは台湾人ですね。私達の1つ下の年に台湾のシニアで活躍している妹さんもいます」

 

「えっ?瑞希って家族構成も調べてるの……?」

 

「何故引いているのかはわかりませんが、陽さんの妹……陽春星のデータを調べたら、偶然知っただけです」

 

来年の3月にあるシニアリーグの世界大会で当たる相手になるでしょうし、警戒するのは当たり前なのです。そして警戒対象の情報収集は欠かしてはいけません。

 

「話を戻しますが、陽さんの通算打率は6割越えとなっています」

 

「3年間で6割なんでしょ?かなり凄くない?」

 

いずみさんならば、8割くらいは打てそうなものですが……。まだ先の事はわかりませんね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「おっ?良いコースだねぇ~。これは迂闊にスイング出来ない?」

 

「とは言えあれくらいなら打ってきそうなものですけどね。陽さんは初球打ちが多く、苦手なコースでも4割の確率で打ってきます」

 

「なんかいずみちゃんみたいな打者だね……」

 

「というか苦手なコース以外はいずみさんそのものだと言っても過言ではありません」

 

 

カキーン!!

 

 

2球目に投げてきたツーシームを捉えて、その打球はレフトへと飛んでいきました。

 

『ファール!』

 

「これはコースに助けられましたね。陽さんの得意コースなら間違いなくホームランでした」

 

「だ、大丈夫なのかな……?」

 

和奈さんが心配そうに武田さんを見ていますが……。

 

「少なくともこの打席は大丈夫でしょう」

 

「えっ?」

 

「追い込んだ今なら武田さんの決め球が来ます。『初見なら』まず打てないでしょう」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

予想通りに陽さんは空振り三振……。このまま勢いに乗っていきたいところですね。 

 

「先頭打者を三振……。幸先が良いですね」

 

「あの魔球みたいなカーブは初見じゃバットに当てるのは難しいからね~」

 

「そうだね。あれはわかっていても簡単には打てそうにないかも……」

 

逆に対策が出来ていれば、打つのは然程難しくはないでしょう。 

 

「新越谷の応援に来てるけど、あの陽さんには個人的に頑張ってほしいなー」

 

「……それは陽さんがいずみさんと似たタイプの打者だからですか?」

 

「そうそう!アタシがバッティングの改良をする時に何かヒントが得られるかも知れないからね♪」

 

いずみさんは藤和高校のリードオフガールなのに対し、陽さんは梁幽館のリードオフガール……。打撃タイプや成績だけを見れば両者互角ではありますが、重要になってくるのは陽さんが3年生だという事でしょうか? 

 

「そういえばいずみちゃんは初戦どれくらい打てたの?」

 

「4打数4安打2打点の3盗塁!絶好調だよ♪和奈は?」

 

「6打数6安打6本塁打の15打点。私も絶好調!」

 

「うひゃー、流石だね。和奈1人でそんなに点取れるって……」 

 

「加えて和奈さんがいる洛山高校は圧倒的な打撃チームですからね。1回戦は先攻で35対0の3回コールドで試合を終わらせています」

 

まぁ私に言わせれば、和奈さんもいずみさんも対して変わりませんけどね。 

 

「最近では敬遠球をどう打つかを研究してるよ」

 

「なんか人間辞めてない……?み、瑞希は?」

 

「3打数1安打1打点です。貴女達が可笑しいだけで、普通はこんなものですよ。それよりも試合を見ましょう」

 

これ以上の会話は不毛になりそうですから……。

 

1回表と同様に、目まぐるしい動きが続きます。2番の白井さんが内野安打、3番の高代さんが送りバントをそれぞれ決めてツーアウト二塁。そして……。

 

「うわっ!?」

 

「す、凄い歓声だね……」

 

「今日の観客は彼女を見る為に来た……という人が多いでしょうね」

 

梁幽館の4番打者……中田奈緒さん。高校3年間で50本を越えるホームランを打っています。

 

(一応和奈さんがリトルシニア累計200本塁打を記録していますが、リトルシニアと高校ではそもそも土俵が違いますからね。簡単にホームランは打てないでしょうね)

 

尤も和奈さんはその想定を軽く覆す能力を持っていそうなので、怖いところではありますね。しかも和奈さんが通う洛山高校は中田さんのような打者が沢山いるという話ですし……。

 

「でもどうするのかなこの局面……」

 

「瑞希ちゃんならどうするの?」

 

「私が山崎さんの立場なら間違いなく歩かせますね。主導権を握り切れていない以上は勝負を避けるべきです」

 

「あっ、バッテリーも瑞希ちゃんと同じ考えみたいだよ?捕手が立ち上がった……」

 

「ランナーなしならまだしも、ランナーいるし打たれたら逆転されるから、無理もないよね~」

 

確実に抑え切れる1度に全てを賭けた方がまだ分が良いでしょう。朱里さんならきっとそうします。それにしても……。

 

「初回から敬遠かよ!」

 

「そりゃないよ!」

 

「折角新越谷を応援しようと思ったのにー!」

 

「卑怯者!」

 

「勝負してよ!」

 

「せこい采配!」

 

「不祥事!」

 

「敬遠球打て中田!」

 

「凄い野次だね……」

 

全くです。もう少し静かに見れないのでしょうか?

 

「こんな野次はシニアで和奈が連続で敬遠された時以来だよね~」

 

そういえばあの時もかなりの罵声が飛んできましたね。相手チームには思わず同情してしまうレベルです。

 

「観客の中には中田さんの打撃を見に来た……という人も少なくないからでしょうね。それなのに初回から敬遠となると野次が出るのも無理はありません」

 

「それ込みで中田さんが凄い打者だって事をお客は理解してなさそうだね~」

 

「私も敬遠される側だから、気持ちはわかるかも……」

 

そこは大人になるべきですよ?和奈さん。

 

その後5番打者がタイムリーヒットを打って梁幽館が同点に追い付くものの、後続の打者を抑えて同点止まりで済ませました。これならまだまだ新越谷にも勝機がありそうです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑬

新越谷の攻撃は2回表、3回表と無得点で続きます。3回表の梁幽館の攻撃も失点はなしなので、まだ1対1の同点ですが、少し流れが悪いですね……。

 

「あ~。2回に続いて3回も無得点か……」

 

「相手は埼玉の4強常連校。そう甘くはないという事ですね」

 

「こりゃもう一層の事柵越えのホームランを狙っていくしかないね!」

 

「それが簡単に出来るなら苦労しません」

 

吉川さんは2番手で新越谷側は吉川さんの対策を念入りにしてるとはいえ、梁幽館の守備陣営がその上を行っていますからね。

 

「……いや、もしかしてあの子ならそれが出来るんじゃないかな?」

 

「あの子?」

 

「……ああ、彼女の事ですね」

 

「そそ。1回戦からベンチみたいだけど……」

 

(確かに彼女なら、雷轟遥ならそれを可能にするでしょうが……)

 

私の予想が正しければ、雷轟さんは完全なダークホースとして見ている筈……。だとしたら出すタイミングを伺っていそうですね。

 

「……恐らく朱里さんもそのタイミングを見計らっているでしょう」

 

「まぁ少なくともそれは今じゃなさそうだもんね~」

 

「ねぇ、あの子って誰?」

 

そういえば和奈さんはまだ雷轟さんと面識がなかったですね。影森戦の後に朱里さんと会った時は武田さんと川口息吹さんしかいませんでした。

 

「和奈はまだ会った事がないんだっけ?それならこの試合の終盤をお楽しみにって事で♪」

 

「ず、随分焦らすね……」

 

「期待のさせ過ぎは良くないですよ?」

 

それよりも試合ですね。状況としてはワンアウト二塁・三塁まで進んだところですか……。

 

「梁幽館はどう出るかな?」

 

「確実に点を取るならスクイズ、アウトカウントを稼ぎたくないならヒッティングでしょうね。待球で四球を狙うのもありではありますが……」

 

スクイズ警戒でここは1球外したいところですね。

 

「ウエスト球!」

 

「新越谷が読み勝ったね!」

 

しかし高代さんが強引に当てにいきます。

 

 

ガッ……!

 

 

打球は打ち上げたのですが、日射しに当てられて捕球が出来ずにボールが落下しました。幸い点は取られていませんが……。

 

「うわー。これはついてないね……」

 

「捕れた打球だっただけに、これは不味いかもね……」

 

ワンアウト満塁のピンチで、4番の中田さん。このままでは押し出しも視野に入れなければならないかも知れませんが……。

 

「……どうやらピンチを切り抜ける術を選ぶようですね」

 

「えっ?あっ……」

 

「朱里ちゃんがマウンドに!?」

 

なんとライトにいた朱里さんがマウンドに上がりました。武田さんはファーストに、中村さんがライトになります。

 

「この局面で出て来るって凄い度胸だね~☆」

 

「ですが新越谷にとっては最適解の一手です。これを見越して朱里さんと武田さんの両方をスタメンに置いたのでしょう」

 

「しっかしこんなに早く朱里の成長が見られるとはね。梁幽館には感謝だね♪」

 

「そうですね。朱里さんがシニアからどれだけ成長したのか楽しみです」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は朱里さんがよく投げるストレート(に見せた変化球)……。中田さんは球の正体を探っているのでしょうか?それなら1打席は費やせそうですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『す、ストライク!』

 

「え……」

 

「今のって……ストレートだよね?」

 

「……そうですね」

 

今の球はこれまで朱里さんが投げた球とは比べ物にならないレベルで速かったですね。まさか新越谷に入ってから身に付けた球でしょうか?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

観客席が騒然としているのに対して、私達は朱里さんのピッチングに言葉を失っています。

 

「あ、朱里ちゃん、いつの間にあんな球を投げるようになったんだろ……」

 

「あ、アタシは知らないかな~。瑞希は?」

 

「……私も知りませんでした。まさかあれほどの球速を身に付けていたとは」

 

やはり知らないというのが私にとっては1番の恐怖ですね。この試合を観に来た収穫はかなり大きいものになるでしょう。

 

(あれは間違いなく朱里さんが高校になって得たもの……。球速自体は洛山高校の大豪月さんには遠く及びませんが、恐らくあのストレートにも朱里さん特有の秘密がある筈。あとどれくらいそれを投げるかは知りませんが、分析させてもらいますよ)

 

更に後続の打者を朱里さんは三振に抑えました。中田さんに投げてきたストレートは1球も投げませんでしたね。もうこれ以上は投げないのでしょうか?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑭

イニングは4回表。この回は朱里さんの打順から始まりますね。

 

「朱里からか~。前のイニングでのピッチングで完全に流れを持ってったから、向こうとしては朱里を塁に出したくないだろうね」

 

「それは朱里さん自身もわかっている事でしょう。だから朱里さんからすれば、ここは必ず出塁したい場面です」

 

内野は後退していますね。1打席目で朱里さんにヒットを打たれた事で警戒しているのでしょうか?そうなると朱里さんが取る行動は……。

 

 

コンッ。

 

 

『バント!?』

 

朱里さんのバントは敵味方両方の意表を突いた形になりましたね。

 

「今のバントは上手いね~!」

 

「ですが向こうの対応も早いですね」

 

サードにいる笠原さんがいち早くバント処理をして、ファーストへと送球。判定は……。

 

『セーフ!』

 

朱里さんのヘッドスライディングのお陰で間一髪セーフですね。新越谷はなんとかして朱里さんを還したいところですが……?

 

 

ガッ……!

 

 

次の藤原さんが打球を打ち上げて、レフトが定位置で捕球しました。

 

『アウト!』

 

しかし審判のアウトコールと同時に朱里さんが一塁からタッチアップ。

 

『セーフ!』

 

「浅いフライからのタッチアップに反応が遅れたお陰でセーフになりましたか……。まぁ尤も朱里さんが僅かな隙を見逃すとは思えませんね」

 

「確かにね~。でもアタシ等でようやくその動機に気付くレベルなんだし、朱里を知らない人は引っ掛かっても無理ないっしょ?」

 

「それが朱里さんの狙いでしょうね。意外と狡猾なところがあります」

 

(いやー、それは瑞希の影響を受けたんじゃないかな~?)

 

「……何か?」

 

「なんでもないっ☆」

 

何やら失礼な視線をいずみさんから感じましたが、気のせいでしょうか?

 

 

カンッ!

 

 

次の打者の大村さんはショートへの深いゴロ。朱里さんも良いスタートを切っていたので、アウトながらも進塁打になりましたね。

 

「ああっ!ヨミさんと朱里さんで練習したのに、どん詰まりでした!」

 

どん詰まりの当たりにしてはかなり強い打球ですけどね。

 

「あれでどん詰まりなんだ……。まるで和奈みたいなパワーヒッターを見ている気分だよ」

 

「強ち間違ってはいないのではないですか?大村さんは中学の剣道大会で全国優勝を果たしています。野球に関しては素人でも、剣道で鍛えられた体幹とリストはかなりのものですよ」

 

「剣道かぁ……。道理で力強いスイングを感じる訳だよ」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

しかし武田さんが3球三振でスリーアウト。次の打順は1番からなので、打順調整という意味では悪くないアウト……と捉えるのがプラスでしょう。まだ新越谷の流れは継続しています。この流れを作ったのは間違いなく朱里さんです。

 

「流石朱里さんですね。流れの掴み方を理解しています」

 

「あのリリーフから流れが新越谷にあるままだしね。やっぱ敵になると厄介だね~」

 

「……でもそんな朱里ちゃんと勝負する為に私達は散り散りになったもんね」

 

「そうだね~。この埼玉だと梁幽館に友理さんとはづきと……」

 

あとは静華さんも梁幽館にいますね。この夏はベンチ外で、他校の偵察に回っているそうです。

 

「椿峰に1人、咲桜に1人……。誰かが新越谷を崩すか、それとも新越谷が全国に勝ち上がるか……。何れにせよ私達が新越谷と対戦するのは全国の舞台か練習試合だけですからね」

 

「まぁアタシは一足先に新越谷と戦ったけどね♪」

 

「いずみちゃん、羨ましい……」

 

和奈さんが凄く羨ましがっていますが、楽しみは後の方に取っておく……という解釈も出来ますよ?それにいずみさんのいる藤和高校が無事に新越谷との対戦に漕ぎ着ける保証はありません。

 

その後も両チーム譲らない戦いを繰り広げて、4回終了時点でまだ同点の状態です。

 

「なんかヨミの調子良くなってない?」

 

「本当だ。初回よりも凄いピッチングをしてるよ……」

 

「武田さんが尻上がりタイプの投手だからでしょうね。回が進む毎に球のキレが上がる厄介な投手です」

 

(恐らく調子が上がっている理由は朱里さんのピッチングの影響もありそうですが……)

 

もしも朱里さんが武田さんを焚き付ける為にマウンドに上がったのだとしたら、朱里さんは相当な策士ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑮

イニングは5回裏。梁幽館の攻撃は2番から始まりますが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

武田さんが三振に切って取ります。

 

「こんな良い試合滅多に見られないよ!」

 

「確かに双方譲らずの同点だもんね~!」

 

和奈さんといずみさんが興奮した様子で試合を見ています。接戦を滅多に見られないのは、恐らく所属チームが一方的な展開を押し付けているからでしょうね。私も同じです。

 

「……ただ少し梁幽館が有利に傾いていますね。先程のファインプレーが響いています」

 

「あのセカンドの守備によってチャンスに点を取れなくしてるもんね……」

 

「しかし新越谷も武田さんの好投によって決して流れを完全には渡さない……。恐らく次の中田さんの打席で試合は動き始めるでしょう」

 

『アウト!』

 

「おっ、3番も打ち取った!」

 

「ツーアウトランナーなしで4番だね……。歩かせるのかな?」

 

「確実に梁幽館を詰ませるなら、歩かせた方が懸命でしょう。ですが……」

 

「外野は長打警戒!」

 

山崎さんが指示を出している姿が……。今の武田さんなら抑えられると踏んでの判断でしょうね。

 

「新越谷は勝負のつもりですね」

 

「じゃあ遂に見られるんだ……!」

 

「和奈は目を光らせてるね。でもアタシもこの勝負、楽しみかも☆」

 

2人と同様に私も楽しみにしています。果たして成果を持ち帰れるのか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球に内角高めのストレートを空振り。良い球ですね。

 

「良いコースだねぇ」

 

「うん。あれは下手に手を出そうとすると、打ち取られちゃうよ」

 

いずみさんや和奈さん程の打者でも、あのコースに投げられたストレートは打ち取られる……と思わせる1球でした。

 

『ファール!』

 

しかし次の球を捉えて、その打球はライト線へ切れてファール。

 

『ファール!』

 

その次の球はボールコースにも関わらず、中田さんは強引にカットしました。 

 

「明らかなボール球もカットしてるね~」

 

「カウントが悪くなると歩かされるのを中田さん自身もわかっているからでしょうね」

 

「でもその気持ちはよくわかるかも……。私もシニアの時はくさいところ突かせてあわよくば凡打っていうピッチングを多くされてたから……」

 

「まぁ和奈のあのバッティングを見るとね~」

 

しかしその事に気付いた人はシニア時代には数人しかいませんでした。やはり中学生なので、深くは考えないのでしょうか?

 

「そういえば和奈さんのところは大会や練習試合では勝負してもらってるんですか?」

 

「うん。1回戦の相手投手は全員相手してくれたよ。1年生で4番なのが珍しかったからかな……?」

 

和奈さんは1年生ながらも打点数と本塁打数が全国で1番多い洛山高校で4番を任されています。ちなみにいずみさんは藤和高校で1番に抜擢されています。2人共1年生にして大躍進ですね。 

 

「洛山高校の去年と一昨年の4番は大豪月さんでしたからね。大豪月さんは有名ですから、彼女を越える打者なのか見てみたかった……という可能性はあるでしょう」

 

「そんなにその……大豪月さんは凄いの?」

 

「私も神童さんに聞いた話なので詳しい事は知りませんが、大豪月さんは通算ホームランの数が中田さんを越える75本のスラッガーで、バットに当てたらホームラン確実とまで言われていました。それに加えて……」

 

「大豪月さんって投手なんだよね」 

 

「中田さんも確か本職は投手だったよね?はー、エースで4番って本当にいるもんだね~」

 

投手を務めながらも、4番を任される圧倒的な長打力……。稀有な存在なのは間違いないですね。 

 

「更に洛山高校はここ2年間で全国でホームランの数が1番多く、2位との差が圧倒的なんだそうです」

 

「でも逆に走塁や守備は並くらいかそれ以下だって大豪月さんが言ってた……」 

 

「なんとも極端なチームだね……」

 

「洛山高校は野球スタイルが打撃に全振りですからね。埼玉にも熊谷実業というこれまた野球スタイルを打撃に極振りしているチームがあるのですが、洛山は打撃もそれ以外もその比ではありません」

 

なんて話をしている内に、フルカウント。次で9球目となりますが……。

 

 

カキーン!!

 

 

「初球と同じコースだね……」

 

「ですが初球とは違う渾身の球だったでしょう。単純に中田さんが武田さんの渾身を上回った……というだけの話です」

 

 

カキーン!!

 

 

「あれ?またホームランを打たれたよ?」

 

「……今のは余計な1本ですね。ですが梁幽館にとってはかなり大きいでしょう」

 

「と言うと?」

 

「今の武田さんは恐らく調子が最高潮に達しています。引き金になったのが、中田さんとの勝負を経たものだと思っていますが……」

 

そういう意味では先程ホームランを打ったのは梁幽館的には運が良かったとしか言い様がありませんね。後続の打者も完璧に抑えました。

 

(あと2イニング……。ここから新越谷は逆転するでしょうか?)

 

出来なければそれまで。朱里さんは……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑯

6回表。新越谷の攻撃は5番から始まり、ここから下位に向かっていきますが……。

 

 

カキーン!!

 

 

先頭の岡田さんが三塁打を放ち、チャンスが舞い込んできました。

 

「いよいよ吉川さんの攻略も大詰めかな~?」

 

「投手が代えられない内に最低でも1点は取っておきたいですね」

 

「でも次は朱里ちゃんだよ?」

 

朱里さんはこの試合そこそこ当たっていますし、何がなんでもランナーを還す動きを取るでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

打球は二遊間抜けてヒット。朱里さんは新越谷の中では安定した打撃をしますね。これで1点返してノーアウト一塁……。

 

「おっ?朱里が盗塁した!」

 

『セーフ!』

 

「今の盗塁は上手いね……!」

 

「相手捕手の隙を突いた良い走りでした」

 

こういう奇襲も朱里さんは出来るので、敵に回すと厄介なのです。和奈さんも、いずみさんも、そして私も……。朱里さんの実力をその目で見てきましたから……。

 

しかしその後三塁までランナーが進むも、同点まで追い付けずに6回表は終わりました。

 

「同点には追い付けなかったけど、新越谷の流れ来てるんじゃない?」

 

「……そうですね。打順も1番から始まりますし、武田さんのピッチング内容から見ても悪い展開ではありません」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

武田さんの勢いは継続しており、7番から始まる打線を連続三振に切って取ります。

 

「この勢いなら、最終回は良い展開で迎えられそうだね☆」

 

「うん。9番打者もツーストライクまで追い込んだよ」

 

9番には武田さんに対して当たっている西浦さんにもツーナッシング。そして3球目……。

 

「振り逃げ!?」

 

「捕手が落としたんだ……」

 

新越谷の山崎さんはガールズ時代では捕逸0で捕球能力がかなり高い選手でした。もしも彼女がシニアに在籍していたのなら、私達にとってきっと強力なライバルになっていたでしょう。

 

「山崎さんが捕逸……。これは珍しいものが見られましたね」

 

「そんなに?」

 

「山崎さんのガールズ時代は捕逸0どころか投手の暴投すらも止めていて、ワイルドピッチもありませんでした」

 

「そんな山崎さんが逸らす程の球……って事だよね」

 

「ヨミがこの試合の中で成長したって事だね☆」

 

「朱里さんはこの光景がどう映っているのでしょうか」

 

武田さんの成長を喜んでいるのか、自分も負けられないと奮起しているのか……。まぁ朱里さんと武田さんでは選手タイプが似ているようで違います。新越谷のWエースとして2人はこれからも強くなるでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「うわっ。遂に6割打者も三振に抑えちゃったよ……」

 

「振り逃げと合わせて4人連続で三振だね……」

 

「これは最後の攻撃の前で新越谷に良い流れが来ましたね」

 

このまま梁幽館が逃げ切るには、吉川さんを降板させた方が良いと思いますが……。果たして梁幽館はどう動いてきますかね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑰

7回表。新越谷の攻撃は1番からですが、武田さんの勢いに乗せられたのか1番、2番と連続出塁でノーアウト一塁・二塁のチャンスを迎えました。

 

「ありゃりゃ……。梁幽館はそろそろ投手の代え時なんじゃない?」

 

「事はそう簡単ではないと思いますよいずみさん。梁幽館程の強豪校ともなると、セーブを確実に決めるべくリリーフのタイミングはかなり慎重になりますからね」

 

「で、でも吉川さんピンチだよ?あの状態で中軸を抑えられるかどうか……」

 

「それも一理ありますね。だから代え時が難しいのです」

 

ここで代えるとなると、新越谷の強力打線を確実に抑えられるストッパーになりますが……。

 

「……どうやら投手を代えるようですね」

 

「まぁ展開厳しいからね~」

 

「誰に代わるんだろ……?」

 

梁幽館の投手陣は豊富ですが、今の新越谷を抑えられる投手となると……。

 

「あっ、はづきちゃんが出て来た!」

 

和奈さんの言葉でグラウンドを見てみると、そこにはマウンドに上がるはづきさんの姿が……。

 

「そういえば1回戦でもはづきはリリーフで投げてたね~」

 

「その試合の映像を見ましたが、彼女のスクリューはシニアの時よりも進化していました」

 

はづきさんの成長速度は目を見張るものがありますね。新越谷で言うと雷轟さんが当てはまりますが……

 

「はづきを打てたら新越谷の勝ち、はづきが抑えたら梁幽館の勝ち……。胸が熱くなる展開だねぇ!」

 

いずみさんの興奮とは裏腹に、打席に立っている中村さんからはこの展開を打破しようとする雰囲気を感じますね。

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!?」

 

「うわー。入るかなこれ!?」

 

中村さんが放った打球はライト方面にグングンと伸びていき……。

 

「は、入った……」

 

「逆転した……」

 

「やりましたね」

 

しかしはづきさんと元チームメイトの私達としては少し複雑ではありますね。ですが劇的な展開に対する興奮の方が強そうですね。

 

『ボール!フォアボール』

 

次の朱里さんは四球で出塁。なんだかんだはづきさんも先程のスリーランのダメージがありそうですね。そして……。

 

「おっ!」

 

「来ましたね……」

 

雷轟遥……。朱里さんが気に掛けている方であり、和奈さんのようなスラッガーの素質があり、何より野球を本格的に始めてまだ3ヶ月という脅威的な成長速度を見せています。

 

「あの子がさっき2人が言ってた?」

 

「彼女のバッティングだけなら和奈さん、貴女にも負けませんよ」

 

誇張表現ではなく事実です。彼女は将来プロ野球の世界で活躍する可能性がありそうですね。

 

「本当に!?どんなバッティングをするんだろ……?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

雷轟さんは2球見逃し。ツーナッシングです。

 

「見逃しかぁ……」

 

「あれは打つタイミング……絶好球を待ってるんだよ」

 

「和奈はわかるんだ?」

 

「同じスラッガーとしての感覚かも知れませんね」

 

「そういうものなのかなぁ……」

 

いずみさんが困惑している様子ですが、私もイマイチ要領を得ていません。

 

 

カキーン!!

 

 

3球目。はづきさんの大きく曲がるスクリューを雷轟さんは態勢を崩しながらも、スコアボードまで飛ばすホームランにしました。

 

「うひゃー、あの体勢でよくあそこまで飛ばすね~」

 

「それにはづきさんの投げたスクリューは決して悪くありませんでした。むしろ雷轟さんに投げた最後の球は本来右打者には手が届かないスクリューです」

 

それを雷轟さんは強引に届かせた……。雷轟さんの野球センスがかなりのものだと理解させられますね。

 

「私も1打席だけだと打てないかも。はづきちゃんがあんなに良い球を投げるなんて。それにそれを打ち抜いた雷轟さん……」

 

「おっ、和奈にもライバル出現?」

 

「うん……。彼女とは1回話してみたいかも」

 

和奈さんやいずみさんのような選手には同世代のライバルは多いに越した事はありません。更なる成長に繋がりますからね。私はそこまでの選手ではないので、少なくても問題はありません。

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

雷轟さんの打ったホームランが駄目押しでしたね。いくら梁幽館でも、調子の上がった武田さんは打ち切れませんでした。白糸台でもあの武田さんを打てるのは何人いるのか……。これから成長する事を考えると、相当厳しいかも知れませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑱

二宮瑞希です。新越谷と梁幽館の試合が終わり、少し経った後……。

 

「やっほー☆」

 

「こんにちは」

 

「2戦目突破おめでとう!」

 

折角なので、新越谷の人達と少しお話をしに来ました。何か得られるものがあるかも知れませんからね。それに……。

 

(もう1つ。こちらの用件を済ませておく必要がありますからね)

 

「ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 

朱里さんが席を外した……。このタイミングしかありませんね。

 

(しかし誰に話しましょうか……。主将の岡田さん?マネージャーの川口さん?)

 

責務が重要なこの2人に話すのは得策ではありませんね。かといって気遣いが出来て、視野の広い人でなければなりません。となると……。

 

「山崎珠姫さん」

 

ここは山崎さんにしましょうか。藤田さんや藤原さんとで悩みましたが、ここは同じ捕手……という側面や、2人よりも口が堅いだろうという私の偏見で決めました。

 

「二宮さん……?どうかしたの?」

 

「少し……2人で話せませんか?」

 

「うん、良いよ」

 

了承を得た事で、話をする為に場所を変えておきましょう。込み入った話になりますので……。

 

「話の内容が内容ですので、ここから少し離れましょう」

 

疑問符を浮かべている山崎さんですが、早歩きの私に追い付こうと駆け足で着いて来ます。

 

「タマちゃん……?」

 

山崎さんの動きに反応した武田さんが山崎さんに怪訝な表情を向けています。

 

(余り公にしたくない話なのですが……)

 

こうなれば武田さんにも話しておいた方が良いのでしょうか……?

 

「ヨ~ミ!今日のピッチング凄かったじゃん!」

 

どうするか悩んでいると、いずみさんが武田さんに絡み始めました。これは……。 

 

「わわっ!いずみちゃん!?」

 

「アタシ見てて鳥肌立っちゃったよ~!」

 

(ほら、なんか大事な話するんでしょ?ヨミの事はアタシに任せて☆)

 

(いずみさん……。感謝します)

 

「行きましょう。いずみさんが時間を稼いでいる内に」

 

「う、うん……」

 

いずみさんに一礼してここを早足で離れ、球場の裏に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し歩いた所に人気の少ない場所へ……。密会に使えそうな場所ですね。

 

「さて……。まずは2戦目突破おめでとうございます。朱里さんがいるとはいえあの梁幽館相手に勝利したのはとても凄い事だと思います」

 

これは素直な感想です。梁幽館は白糸台も苦戦する強豪校ですからね。

 

「あ、ありがとう……」

 

……そろそろ本題に入りましょうか。長話は禁物です。

 

「話というのは朱里さんについてです」

 

「朱里ちゃんの……?」

 

「山崎さん、貴女は朱里さんの過去についてどれくらい御存知ですか?」

 

朱里さんは山崎さんにも朱里さんの過去はある程度話している筈……。その程度によっては私の話す内容が変わってきます。

 

「……朱里ちゃんがリトル時代に右肩を炎症して、サウスポーに転向したって話を聞いたよ」

 

「……他には何か聞いていませんか?」

 

「あとは足腰と肩を鍛えるのと、スタミナを付ける為に外野手をやるって事くらいかな?」

 

「……成程。そうですか」

 

(相変わらず1人で背負いますね……。あの時も私が強引に聞き出さなかったらどうなっていたでしょうか?)

 

朱里さんが1人で抱え込んでいるのか、単に私達は信用されていないのか……。願わくば前者であってほしいものですね。

 

「……今から私が話す事はシニアの人達も一部の人以外は知らない事です。朱里さんは……」

 

私の話す内容に山崎さんは段々顔を青くします。友人のそのような話になると、そうなりますよね。

 

「そ、それは本当なの……?」

 

「朱里さんのご両親が言っていたので、間違いないでしょう。県大会で一定以上の結果を出さなければ朱里さんはこの埼玉を去る事になります」

 

「朱里ちゃんは反対しなかったの!?」

 

朱里さんは両親と冷戦状態とはいえ、反発しない方が良いと頭の中で思ってしまっているのでしょうね。だから受け入れるしかないと思っているみたいです。

 

「……朱里さんは自分の意見を押し殺す人間です。自らが前に出る事がなく、それこそリトルシニア時代でもエースを辞退しようとしていたくらいです。本人も仕方のない事だと思っていました。埼玉を離れる事もご両親の都合ですし」

 

朱里さんはいつもそうでした。1歩引いた立場で私達と接しているような……。新越谷でもそうなのでしょうか?

 

(いえ、それは少し違うのでしょうね。今の朱里さんは……)

 

私は昨日に朱里さんから聞いた内容を山崎さんにそのまま伝えます。

 

「そんな朱里さんが自分の意見を伝えました。新越谷を離れたくない……と。朱里さんはそれほど新越谷野球部を大切に思っています」

 

「朱里ちゃん……」

 

「そこでご両親は条件を出しました。大会で優勝したら残留を許す……と。去年も同じ事があったのですが、朱里さんは死に物狂いで川越シニアで全国優勝を勝ち取り、ここに残る事が出来ました」

 

(思えば雷轟さんを秘密裏に育てていたのはご両親に抗う為の術を水面下で準備していたのかも知れませんね)

 

雷轟さんを全国区の選手に育てる事こそが、朱里さんの両親に対する細やかな抵抗なのでしょう。

 

「……それで、朱里ちゃんが新越谷に残るにはどこまで私達は勝てば良いの?」

 

「……高校女子野球のレベルは毎年上がってきてますから、ご両親も高校になると条件を緩和しました。県大会優勝……そこまで勝ち上がれば朱里さんは3年間埼玉に残る事が出来ます。3年間……というのは朱里さんが出した精一杯の交渉の末にご両親が譲歩した結果でしょう」

 

「県大会……優勝……!」

 

それでもかなりハードルは高いでしょう。今の新越谷では少し厳しいかも知れません。

 

「今日の梁幽館戦を見る限りだとギリギリそこに辿り着けるか……というのが私から見た印象ですね。新越谷は確かにかなりの実力がありますが、準々決勝に当たる可能性がある柳大川越と大宮大附設、準決勝で当たる可能性が高い咲桜、決勝で当たるかもしれない椿峰と美園学院……。新越谷が勝ち上がるにはかなり高いハードルとなるでしょう」

 

「……それでも、私達はやるしかない。朱里ちゃんと離れたくないから!」

 

「……!」

 

(良い眼をしていますね。これなら新越谷はもしかすると……!)

 

今の新越谷に足りないのはハングリー精神……。1人でもそれを補えば、それが伝染して伝わるでしょう。そうすればきっと全国出場も現実になってきます。

 

「……全国で散り散りになっている川越シニアの人達もそれぞれ朱里さんのいる新越谷と戦いたいと思っています。勿論私も含めて。だから……新越谷こそが朱里さんの居場所になれる事を願っています」

 

これは紛れもない本心……。朱里さんには不自由なく、楽しく野球をしてほしいと思っています。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑲

二宮瑞希です。本日は新越谷の3戦目の試合観戦に来ています。和奈さんといずみさんというイツメンに加えて、梁幽館の中田さん、友理さん、はづきさんの3人が来てくれています。

 

「今日は朱里せんぱいの勇姿をこの一眼レフに焼き付けるよっ!」

 

開幕早々にはづきさんは全快のようです。全壊かも知れませんが……。

 

「しっかしはづきも切り替えが早いね~。試合に負けた時はワンワン泣いてたのに」

 

「それは昨日までの『情けない橘はづき』で、今日からは『New橘はづき』だよ!」

 

どの辺りがNewなのかは皆目見当が付きませんが……。ですがはづきさんの調子がいつも通りに戻ってきたのは間違いないですね。

 

「あっ、そろそろ試合が始まるよ」

 

「今日の新越谷は後攻……。投手陣のローテ的にもここが朱里せんぱいの登坂ポイント……。馬宮高校は今の新越谷よりもランクは落ちるから、朱里せんぱいの無双が見られる筈……!」

 

「な、何やら橘の様子が可笑しいんだが……」

 

「朱里さんが関わるとはづきさんはこうなってしまいます。別に放っておいても大丈夫ですよ」

 

「そ、そうか……」

 

この面子の中では中田さんだけが川越シニア出身ではないので、はづきさんの暴走ぶりに引いてしまうのも無理はありません。今日のはづきさんはなんだか鼻と顎が尖っているように見えて、辺りがザワザワとしていそうですが……。

 

「あれ?マウンドにいるのは朱里ちゃんじゃないよ?」

 

「……ゑ?」

 

和奈さんの言うようにマウンドに朱里さんはおらず、代わりに立っているのは川口さんです。

 

「なんで朱里せんぱいが先発じゃないんですか~!?」

 

「あはは!はづきドンマイ☆」

 

「馬宮高校には特に脅威的な選手はいませんからね。影森戦と同様に川口さんと藤原さんでいくつもりでしょう」

 

ですが2勝している勢いがあるのは間違いありません。朱里さんや武田さんよりも数枚落ちる投手でどこまで通用するのか……。

 

「それにしても大きいカメラ……」

 

「朱里せんぱいの勇姿を納める為に買った一眼レフなのに、朱里せんぱいが撮れないんじゃ意味がありませんよ!」

 

「落ち着いてくださいはづきさん。友理さんと中田さんに迷惑ですよ」

 

もう高校生になったのですから、少しは落ち着きを見せてほしいです。

 

「あはは……。気にしないでください……」

 

「それより私達も一緒で良かったのか?」

 

「新越谷の応援に来ているのでしょう?梁幽館の貴女達は秋大会以降も当たる可能性があるからその偵察も兼ねているとはいえ」

 

「ああ、後輩達の為にもうちを破った新越谷の野球は見ておきたいからな」

 

「それなら何も問題はありませんね。秋に向けての情報収集はとても大切な事ですから」

 

「瑞希さんが言うと、言葉の重みが違いますね……」

 

友理さんの言うように、私にとって情報は全てと言っても過言ではありません。あの時の悲劇をもう2度と繰り返さない為にも、日々の情報収集は欠かせません。

 

『プレイボール!!』

 

……今は試合観戦に集中しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は3回表まで進み、新越谷は一気に3点を取りました。

 

「一気に3点か……」

 

「結果論ですが、バントしてたら無得点でしたね。相変わらず良い攻撃です!」

 

「一巡目でも様子見しつつも先制点を取る……というのが新越谷の流れですからね。これまでの新越谷も影森戦以外は全て先制点を取っています」

 

如何に対策が実行されているかがよくわかりますね。

 

「流石朱里せんぱいのチームですね!」

 

「こらこらはづき、新越谷はもうワンマンチームじゃないよ」

 

「そうだな。攻撃と言い、守備と言い、新越谷はもう充分あの頃の強豪校に戻っているだろう」

 

むしろ今が新越谷の全盛期なのかも知れませんね。

 

「う~ん……」

 

「どうしたの和奈?」

 

「雷轟さんのバッティングを見たかったなって思って……」

 

「ああ、歩かされたからね」

 

「雷轟さんは私の決め球を打った人ですから!警戒されるのは当たり前ですよ!」

 

「何故はづきさんがそんなに自信満々なんですか……?」

 

(しかし格下相手とはいえ2勝している相手に朱里さんと武田さんを温存……。窮地に立たされている人とは思えませんね。朱里さんの思い切りも大したものです)

 

自信満々のはづきさんは置いておいて、こういう思い切りの良さも新越谷の強みなのかも知れませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

「試合が終わってみれば、新越谷の4回コールドですか……」

 

「馬宮は雷轟さんを歩かせた方が良かったでしょう。満塁敬遠の方がダメージは少なかった筈です」

 

「まぁどうにも満塁で敬遠するのは躊躇いがちなるのは仕方のない事だがな……」

 

「新越谷は破竹の勢いで勝ち進んでいくね~!」

 

「うん。もしかしたらこのまま優勝するかも……!」

 

「まぁ私達梁幽館に勝ったんだから?優勝くらいはしてもらわないとね~!」

 

いずみさん、和奈さん、はづきさんの3人の会話を聞きながら、私は先日山崎さんに話した内容を思い出す。

 

(今の新越谷が勝つにはあと1つ……何かしらの切欠が必要になってきます。誰がそれを握っているのか……)

 

「瑞希さん?どうかしました?」

 

「……なんでもありません」

 

私にはこうして見守る事しか出来ません。どうなるかは新越谷次第でしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目⑳

二宮瑞希です。本日も新越谷の試合を観戦に行きます。

 

新越谷は勢いが衰える事なく、準々決勝まで勝ち進んで来ています。ここまで来ると全国出場も現実味を帯びてきましたね。

 

「そんな準々決勝の相手は柳大川越か……。因縁の対決と言ったところだな」

 

「どちらにとっても縁がありますね。良い意味でも、悪い意味でも……」

 

ちなみに和奈さんといずみさんは試合日なので来れず、代わりに神童さんが同行してくれてます。白糸台の試合はありませんが、練習の面倒を前回と同様九十九さんに見てもらっています。

 

「柳大川越の先発は朝倉だな」

 

「練習試合とは逆のパターンですね」

 

柳大川越は大野さんが先発して朝倉さんが抑えのケースと、その逆のケース……。今回は後者ですね。

 

 

カンッ!

 

 

先頭の中村さんが初球からストレートを捉え、その打球はセンター前に落ちました。

 

「朝倉のストレートを初球から綺麗に運んだか……。やはり中村は新越谷の打線の中でも抜けているな」

 

「朝倉さんのストレートは簡単には打てませんからね」

 

先輩達も朝倉さんの球の攻略には時間が掛かったと言っていました。

 

「しかし中村が打ったとて、攻略が簡単にいかないのは確かだな」

 

「そうですね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

2番の藤田さんは三振に……。

 

 

ガッ……!

 

 

『アウト!』

 

3番の山崎さんは打球を打ち上げてファーストフライ。

 

 

ガキッ……!

 

 

『アウト!』

 

4番の岡田さんがセカンドゴロ。一塁ランナーが残塁の状態で1回表は終わりました。

 

「新越谷は初回無得点……。これまでの戦績からしたら珍しいな」

 

「練習試合の時も朝倉さんの球をまともにを打てたのは中村さんと朱里さんだけ……。攻略には時間がかかりそうですね」

 

(しかし2回表の攻撃は雷轟さんの打順から……。最高潮ではないとはいえ、埼玉最速と呼ばれている久保田さんからホームランを放っているから、球種がわかりさえすればもしかしたら……)

 

埼玉県内最速の久保田さんからホームランを打つ程の実力があるのなら、朝倉さんの球を打つのは然程難しくはないでしょう。

 

「しかし雷轟は練習試合から出世したな。今では5番を打っているじゃないか」

 

「これまでの成績も3打数3安打3本塁打10打点と和奈さん並の結果を残していますね」

 

相手が律儀に勝負してくれるとは言え、和奈さんと同様の頻度でホームランを打ってくるのはやはり厄介ですね。ウチの投手陣で雷轟さんを抑えられる可能性があるのは神童さんと新井さんくらいでしょうか?

 

(神童さんはともかく、新井さんは少し不安ですね。その不安を払拭させるべく、新越谷とぶつかった時の事を今の内に考えておくべきですね)

 

「洛山の清本と一緒と考えると私にとっては最大の敵になりそうだな……。清本も大豪月とは違って球の見極めをキチンとしているし、今年の洛山と……そして上がってきたら新越谷もかなり手強くなりそうだ」

 

「その時は最悪歩かせる事も視野に入れています」

 

超高校級スラッガーを要するチームはその打者が中心となって、周りも成長していきます。洛山の場合は元々スラッガーが多いですが、新越谷は雷轟さんの性格も相まって全員が打者として大きく成長しています。

 

(そんな新越谷打線を序盤とはいえ抑える事の出来る朝倉さんも、また超高校級の投手……ですね)

 

新越谷と柳大川越……。どちらが勝つにせよしっかりと観戦、分析をする必要がありますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 21

1回裏。柳大川越の攻撃ですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先頭の大島さんを三振に仕留めました。投げているのは武田さんですね。

 

「武田は前に見た時とは比べ物にならない程の成長を遂げてるな。特に最後に投げたストレートは簡単に打てるものじゃないぞ」

 

神童さんが武田さんを見たのは4月……。3ヶ月あればあれくらいの成長はするのかも知れませんね。

 

「先頭打者もあのストレートを狙っていたみたいですが、結果は空振り……。梁幽館や熊谷実業でもあのストレートに苦戦をしていました」

 

「柳大川越が勝つにはあのストレートをどういう風に攻略するか……それが鍵になるだろうな」

 

「あのストレートを投げる時のリリースポイントを見極めるところまでは出来ているみたいですし、あとは捉えるだけ……といった感じですが……」

 

(そうなってくると問題は守備……。ホームラン率はチーム内で1番高いけど、エラーの数もチーム内で1番多い雷轟さんがネックになるでしょうね。その辺りはセンターのフォローが必須となります)

 

まぁその辺りは新越谷も何かしら対策を講じているでしょう。

 

「もしも新越谷が全国に上がってきたら私達とも戦う可能性があるし、なるべく武田の投球をよく見ておこうか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は進み3回表。この回は朱里さんの打順からですね。

 

「新越谷も新越谷で厳しい展開だな。朝倉の球に苦戦している」

 

「朝倉さんからまともに打てる選手が少ないのが痛いところですね」

 

今のところ成果を出しているのが中村さんと今打席に立っている上がったさんだけですからね。打てそうな雷轟さんは念には念をの精神か歩かされています。

 

 

カンッ!

 

 

「おっ、初球から打った」

 

「タイミングも完璧ですね」

 

結果はヒットとなりました。朱里さんの打率はリトル時代もシニア時代もかなり高い方だったんですよね。上が凄まじいだけで、朱里さんも打者としてはかなり優秀なのです。

 

 

コンッ。

 

 

武田さんが送りバント。これでワンアウト二塁ですね。

 

「良い場面で中村に回ってきたな」

 

「そうですね。もしかしたら先制点を取れるチャンスです」

 

「問題はストレートとカットボール……。この2種を朝倉は投げているが、どちらに的を絞るか……って感じか」

 

「それについては見極める方法があります」

 

「ほう?」

 

確実に見極めるには朝倉さんの方と、内野陣の動きと見る箇所が多いのが難点ですが、山勘に頼るよりかは可能性があるでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「今打ったのはストレートですね。内野陣に動きがありませんでした」

 

「もしストレートじゃなければ、内野陣に何かしらの動きがある訳か……」

 

「1回、2回と朝倉さんがカットボールを投げた際に内野陣は特定の動きを見せています」

 

「つまり内野陣がその動きを見せれば……」

 

「カットボールを投げてくる……という事です」

 

 

カンッ!

 

 

中村さんが数球粘った後、柳大川越の内野陣の動きに合わせて中村さんの狙いがカットボールに変わりました。目に見える欠点がある以上、それを補える利点もある筈ですが……。

 

『アウト!』

 

一二塁間に飛ぶライナーをファーストが捕球。そのまま二塁へ送球してスリーアウトとなりました。

 

「目に見える欠点を機敏な守備で補う訳か……。成程、確かにこれは手強いな」

 

「守備連携のレベルは全国区ですし、こうなれば要求されるのはホームランとかになりますね」

 

現状は新越谷も負けてはいませんし、試合はまだまだこれからですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 22

4回裏。ここまで両チーム0点で、武田さんに至っては未だにパーフェクトです。

 

「武田の方はここまでパーフェクトを決めている訳だが、柳大川越も二巡目に入る。1打席目のようにはいけないだろうな」

 

「そうですね。それにパーフェクトとはいえ、ここまでの球数は54球……。かなり投げさせられています」

 

藤原さんや川口さんも成長していますが、それでも柳大川越の打線を抑えるのは難しいでしょう。そうなってくると、武田さんの球数管理を慎重にやらないといけません。

 

 

カンッ!

 

 

1番の大島さんが武田さんのストレートを捉え、ショート方向へ深いゴロになりました。

 

「大島の走力を見る限りはギリギリの内野安打……って感じだが……」

 

「川崎さんの送球が逸れましたね」

 

逸れた送球をファーストが捕球出来ず、後ろへ飛んでいき、大島さんはその間に二塁へと辿り着きました。

 

「結果はヒットとエラーか。ギリギリアウトに出来そうだと焦った結果生まれたものだな」

 

「大島さん的にも間に合うかは微妙なラインだったのでしょう。それが川崎さんの悪送球に繋がりました」

 

「川崎にしろ、大島にしろ、まだ1年生らしい初々しい部分が見えているな」

 

(まぁ逆にここにいる二宮は1年生とは到底思えない貫禄を醸し出している訳だが……。同じ年に産まれているとは思えないな)

 

その後は2番が凡退、3番が進塁打でツーアウト三塁。

 

「4番の浅井だな。前に新越谷と練習試合では三振3つだった……。そろそろ意地を見せてくる頃合いだろう」

 

「意地……ですか」

 

「奴とて強豪の3年生だ。同じ相手に三振続き……しかも1年生が相手だとプライドが許さないんだろうな。だから……」

 

 

カンッ!

 

 

「ここは何がなんでも打ってくるのさ。まぁ詰まらせてはいるがな……」

 

「右中間へのフライですね」

 

朱里さんが打球の処理に入りますが……」

 

「お?」

 

「足を縺らせましたね」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

しかしそれを誤魔化すようかの捕球……。そう簡単には弱みを見せずに、スリーアウトとなりました。

 

「このイニングも無得点か……。投手戦が続くな。私好みの展開になってきた」

 

神童さんは投手戦が大好きです。大豪月さんと凌ぎを削り合っている仲らしいですし、その影響も多少はあるのでしょうか? 

 

「武田さんのあのストレートも完全に攻略された訳ではないですし、他の球と上手く混ぜればそう簡単には痛打されません」

 

「しかしさっきの守備は……。天才の早川にも弱点はあるんだな」

 

「朱里さんはスタミナが他の先発投手よりもありません。シニアの時も完投した試合は私が徹底的に球数管理をさせていますので、全力で投球していません」

 

全力投球は恐らく50球も持ちません。だから朱里さんはストレートに見せた変化球を編み出した訳です。しかし……。

 

(朱里さんが梁幽館戦で見せたストレートもそう多くは投げられない筈。朱里さん達がこのまま全国まで勝ち上がったとしてもそれでは私達には通用しませんよ……?)

 

「早川がエースじゃないのは体力面が原因でもある……という事か?」

 

「恐らくそうでしょう。朱里さん本人もそれを理解して普段は外野の練習で足腰とスタミナを鍛えていると言っていました」

 

(そう考えるとリトル時代も朱里さんを酷使しすぎていましたね。それが故障の原因に繋がった可能性も……)

 

故障そのものは朱里さんの自業自得ではありますが、酷使の影響でガタが来ていた可能性も……?

 

「二宮?」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

(まぁその辺りの事を今更気にしても仕方ありませんね。今は武田さんの攻略の為に試合を見ておきましょう)

 

今はこの熱戦を観るのに集中しましょうか……!



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 23

試合は5回表。新越谷にとって最大のチャンスが巡ってきました。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「この四球でノーアウト満塁……。朝倉も攻略間近か?」

 

「どうでしょうね。捕まえ始めたのには間違いないでしょうが……」

 

柳大川越に動きが……。投手交代のようですね。

 

「大野に代わったか。この場面を抑えられる奴は他にいないだろうし、適任だな」

 

「新越谷側は朝倉さん程の苦手意識がないので、チャンスだと思っている可能性がありますね」

 

しかし柳大川越のこれまでのデータを見る限りでは、こういった場面では大野さんの方が良い結果を残しています。これを見越して代えたのでしょうね。

 

「大野も3ヶ月前より成長してるな。また柳大川越とは練習試合をしてみたいものだ」

 

「最後に白糸台が柳大川越と試合をしたのは3月でしたよね?」

 

私達1年生が入る前。その時の試合は2対0で白糸台が勝った訳ですが、内容は余り良くありませんでした。

 

「ああ。その時はまだおまえはいなかったからな。うちも良い捕手が入った事で、投手のレベルが大幅に上がった……。これなら私が引退した後でも安心だ」

 

「引退宣言はまだ早いですよ。まだ都大会の途中なのですから」

 

学校側からは春夏5連覇を期待されています。勝ちが積み重なれば積み重なる程に、負ける事が怖くなってきます。川越リトルシニア時代でもそれは変わりませんでした。

 

「……そうだな。これまで白糸台は春夏4連覇を成し遂げたから、この夏も全国優勝して笑顔で引退したいものだ」

 

「その為にもまずは全国大会に出場ですね」

 

「もちろんだ。私達3年にとって最後の挑戦が都大会で躓いた……なんて事になれば、笑い話にもならないからな」

 

主将ともなると責任はどんどんと重くなりますね。この場合は1年生で捕手の私にも乗っかってくるでしょう。私のリード1つで……なんて展開は避けていきたいものです。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「大野が放つ圧に気圧されたか、1点も取れなかったみたいだな」

 

「新越谷に3年生がいないからなのか、重みが伝わらないのかも知れませんね」

 

今大野さんが放っているのは3年生の選手からよく見られるブースト……のようなものだそうです。投手は全ての球のキレが倍増し、野手は打撃能力が格段に上がり、守備も鋭敏になります。

 

(何切欠で覚醒するかわからない……というのがとても興味深いですね)

 

覚醒がなくとも十二分に実力を出している選手も複数存在します(神童さんもその1人ですね)し、わからない事だらけで参りますね……。

 

そして5回裏。先頭打者を武田さんはツーストライクで追い込みました。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(あれは……!)

 

朱里さんがシニア時代に投げていた……ストレートに見せた変化球。

 

「最後に武田が投げたのはストレート……なのか?あれくらいの球速のストレートならタイミング的にも打てて可笑しくはなかったが……」

 

「あれは……。間違いありません。武田さんが投げたのは朱里さんがシニア時代に投げていたストレートに見せた変化球……」

 

「ストレートに見せた変化球?」

 

「変化球の曲がり始めを遅らせる事で変化量が小さくなる代わりに傍目からは変化してても気付かれにくくする球です」

 

「な、なんか凄い事を言ってるな……。そんな簡単に出来る事じゃないだろう」

 

「勿論です。朱里さんでさえ会得するのにかなりの年月を費やしました。本来ならそれでも早すぎるくらいです」

 

(それを武田さんは何日で……?柳大川越との練習試合を終えて朱里さんが投手をやっていた事を話してから?いえ、仮に朱里さんと知り合ったであろう4月からだとしても僅か3ヶ月……。そんな短期間で身に付けたと言うのですか……?)

 

「だとしたら早川の得意技を会得した武田は……」

 

「はい。武田詠深は天才の部類に入ります」

 

厳密には風薙さんが朱里さんに師事し、朱里さんが武田さんに師事したのでしょう。やはり武田さんは私達白糸台にとっては脅威の存在ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は7回表。打席には雷轟さんが入りますが……。

 

『ボール!』

 

「どうやらこの打席も雷轟は歩かされそうだな」

 

「しかし後続の打者は試合で当たっていますし、展開としては悪くないと思います」

 

既にカウントは3ボール。次の球も際どいボールゾーンに投げられます。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「打って出たな。雷轟の意地というやつか……」

 

「そうみたいですね」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

歩かせる前提で投げているにしては大野さんはかなり力強い球が投げられています。もしかして次の1球は……。

 

「ストライクゾーンにギリギリ入るツーシームか。これは簡単には打てないぞ……!」

 

「…………」

 

(例え簡単に打てないウイニングショットだとしても、ここぞというところで必ず仕留めるのが……)

 

 

カキーン!!

 

 

(スラッガー……というものですよね)

 

雷轟さんが大野さん渾身のツーシームを捉え、その打球はセンター方向へ大きく伸びて、場外へと飛んでいきました。

 

「大野が投げたツーシームは良い球だった。にも関わらず場外まで運ぶとはな……」

 

「しっかりセンター方向へと運ぶあたり雷轟さんも成長していますね。パワーなら和奈さんにも負けていません」

 

今の和奈さんは敬遠球の対策も進めているそうですが、雷轟さんは果たしてどこまで成長し続けているのでしょうか?

 

「仮に雷轟が打撃チームの洛山にいたとしても4番を任せられるレベルにまで成長してたな。早川、武田、雷轟……。他にも手強い奴はいるが、新越谷で特に注意しないといけないのはこの3人だな」

 

「和奈さんとは違って雷轟さんは両打ちですからね。右投げの神童さんと対峙する時は左打席に立つでしょう」

 

左打ちの強打者は女子選手にもなるとかなり稀少ですので、雷轟さんはこれからかなり目立つ事になるでしょうね。

 

「両打ちのスラッガーか……。雷轟は何れこの高校女子野球……いや、プロの世界にも旋風を巻き起こす存在になるのかも知れないぞ」

 

「それは私も大野さんから打ったあの打球で感じました。彼女はそう遠くない内に和奈さんをも越える最強のスラッガーになるでしょう」

 

(それこそ守備の方を鍛えたら手の付けられない存在になる可能性が高いですね。全国の舞台に上がってきたら雷轟さんがどのような成長を遂げるのか楽しみです)

 

このホームランが決勝点となり、1対0で新越谷が柳大川越に勝利しました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 24

二宮瑞希です。本日は白糸台高校野球部の公式戦……準々決勝が行われます。

 

先発投手は神童さんで、私も9番で出ている訳ですが……。

 

『ゲームセット!!』

 

この試合は4回コールドですね。スコアは11対0……。

 

「お疲れ」

 

「お疲れ様です」

 

試合が終わった後、私は球場の外で神童さんと話をしています。

 

「やはり神童さんが投げる試合は選手全員の力が違う気がしますね」

 

「そうか?私はいつも通り投げただけなんだが……」

 

「その結果があのスコアですか……」

 

「打線が奮ったよな」

 

そう言っている神童さんも3安打2打点ですが……。

 

「まぁウチの野手陣に関してはもう言う事はないだろう。それよりも投手陣だが……」

 

「神童さん以外の人達は終盤に崩れる事が多いです」

 

「そうだよなぁ……。二宮のリードのお陰である程度マシにはなってきてはいるんだが……」

 

「捕手のリードだけでは誤魔化すのが限界ですね。根本的な部分は当人達次第になります」

 

ここまで来ると、リードだけでは介入が出来ません。次期エース候補の新井さんが1番テコ入れしやすいのですが……。

 

「……じゃあ次の準決勝は新井に任せてみるか」

 

「まぁローテーション的にはそれが無難ですか」

 

準決勝では新井さんが投げる事に決まりました。

 

「しかし新越谷と柳大川越の熱戦を見ると、ウチの地区の大会がなんだか物足りなくなってくるな……」

 

神童さんはクールな印象がありますが、試合観戦をしていると熱い一面が見られるんですよね。特に投手戦が好みだそうです。

 

「新越谷と白糸台では環境に差があるので、仕方ないのではないですか?」

 

「それを言ってしまわれるとそこまでだな。しかし今の白糸台に期待が大きく乗り過ぎているのもまた事実だ」

 

「常勝強豪故ですね」

 

春夏5連覇が達成されるかどうか……というのが今の白糸台の現状です。逆に言えば、悪くてもその手前……全国決勝戦進出が端から決まっている印象すらあります。

 

「後輩達に余り良い教育にもならないし、手頃なところで負けた方が良いのかも知れないな。無論全力は尽くすが……」

 

「……そうなのかも知れませんね」

 

神童さんの言っている事は私にも少なからず共感出来る部分があります。川越シニアが渋谷シニアを破ったあの日から……ずっと今の白糸台と近い現状にあります。

 

「さて……。そろそろ皆の所に戻るか。クールダウンもある程度済ませた事だしな」

 

「そうですね」

 

ちなみに今までの会話は全てクールダウンのキャッチボールをしながら行っています。

 

(今の白糸台に勝つチームが現れて初めて白糸台のこれからが見えてくるのでしょうね)

 

そして白糸台に脅威を与えそうな高校が白糸台を打ち破る事を、今の私達は期待しているのかも知れません。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 25

二宮瑞希です。本日も新越谷の試合を和奈さんといずみさんと共に観戦していきましょう。

 

「新越谷もあと2つ勝てば全国出場だね~!」

 

「今日試合する咲桜、美園学院、椿峰と残っている高校もシードレベルの高校です。全国出場は新越谷にとって近いようで遠い道のりとなるでしょう」

 

そのような会話をしながらも、球場に入っていく。そこには既に電光掲示板に両チームのオーダーが表示されていました。

 

「これは……」

 

「いやー、これは凄い試合になりそうだね~」

 

「で、でも亮子ちゃんがショート以外のポジションを守っているのをシニアでは見た事がないよ」

 

友沢亮子……。シニアでは3年間ショートのレギュラーを守り切り、彼女が通う咲桜高校でも埼玉県内で最高の遊撃手とも呼ばれている田辺さんからもショートのポジションを奪取する程の実力者。それが……。

 

「だね~。まさか亮子が……」

 

電光掲示板に映っている亮子さんの上の数字は1……。つまりこの試合では亮子さんは投手を務める事になります。

 

「まぁ今は試合を観よっか。新越谷は朱里が先発みたいだし☆」

 

「そ、そうだね!」

 

「朱里さんが頭から出場しているのはこれで2試合目……。しかも今度は先発投手としての出場になりますね」

 

この試合の1番の見所は朱里さんと亮子さんの対決です。亮子さんシニアでの紅白戦では対朱里さんとの勝率は6割弱……。この試合ではその数値も覆るでしょうか?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「あ、あっという間に追い込んじゃった……」

 

「流石朱里だね~!」

 

「ですが見送り方に少し余裕が見えますね」

 

(これは朱里さんの投げるストレートに見せた変化球の正体を見極めようとする動き……。そうなると次はバットを短く持って、朱里さんの球に対抗するのでしょうか?)

 

私の予想した通り、咲桜の1番打者……小関さんはバットを短く持ってカット打ちを試みます。

 

 

ズバンッ!

 

 

しかし朱里さんの手数はかなり豊富……。事前に情報を聞いたところで、それを実践で対抗が出来るかはまた別の話ですね。

 

「朱里の球をカットしようとしたみたいだけど、そんな簡単にはいかないよね~。アタシだって打った事がないんだから」 

 

「あれ?いずみちゃんって朱里ちゃんの球を打った事がなかったの?」

 

「ないよ~!練習試合でも2三振しちゃったもん!」

 

そういえばいずみさんは朱里さんに全敗していましたね。高校でも未だに打てていないと……。

 

「朱里さんの球を同期でまともに打った事があるのは和奈さんと亮子さんくらいですからね。バットに当てるだけなら私でも出来ますが……」

 

私が朱里さんからヒット打てたのは1度だけ……。何度機会があるかはわかりませんが、高校ではなるべく多く打っておきたいですね。 

 

「種がわかればそこまで難しい球でもないんだけどね」

 

和奈さんが言うように、カラクリがわかれば当てるのは難しくはありません。それを朱里さんは手数の多さでカバーしています。

 

「アタシには今でもその種がわからないんだけど……。和奈教えて?」

 

「自分で考えよ?」

 

「ですよね~!」

 

(そう……。朱里さんの投げるストレートに見せた変化球を亮子さんは打った事がある……。総合戦績も亮子さんが上なので、亮子さんの打席になると中田さんに投げたあのストレートを投げてくる筈……!)

 

朱里さんの本気が見られる試合になると良いのですが……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 26

1回表は朱里さんが三者連続三振に抑え、1回裏を迎えます。

 

「さーて、亮子はどんな球を投げるかな~?」

 

「リトル時代は速球派の投手だったよね?」

 

「そうですね。速いストレートと、高速スライダーで上手く相手打者を打ち取る印象でした」

 

しかしリトル時代のピッチングのままでは通用はしない……。そこからどのような球を織り混ぜてくるでしょうか?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「かなり速いね。スライダーもキレが増してるよ……」

 

「でもあれくらいならアタシや和奈も打てるっしょ?」

 

「そうだね……。だから追い込んだこの場面で亮子ちゃんは決め球を投げてくる筈だよ」

 

亮子さんのリトル時代からの傾向ですね。ツーストライクまで取れば、確実に決め球で相手を抑えるという……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

止めは亮子さんの投げた決め球……なのですが……。

 

「まさか亮子ちゃんがあんな球を投げるなんて……!」

 

「あれは中々手が出せませんね。特に……左打者には打てない球です」

 

「げっ……!アタシは左打ちだし、もし亮子のところが勝ち上がると正直お手上げかも……」

 

亮子さんが投げたのはカーブ……。それもかなりの変化量です。あれは神童さんや一ノ瀬さんのカーブに匹敵しますね。

 

「新越谷の左打者は中村さん1人なのが不幸中の幸いですね」

 

「川口さんと雷轟さんは両打ちっぽいし、中村さん程苦戦はしなさそうだよね」

 

「アタシも今の内に何かしら対策練っといた方が良いのかなぁ?いやいや、新越谷が勝てば良いだけの話だよね?」

 

事はそう簡単にはいかないと思いますが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「今日は2番に入っている朱里さんも追い込まれましたね」

 

「右打者でも捉えるのが難しそうだね……」

 

ツーナッシングからの3球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「嘘……。そんなのアリなの!?」

 

先程投げたカーブと同様に、恐ろしく曲がりの大きいスクリューに朱里さんのバットが空を切りました。

 

「左打者にはカーブ、右打者にはスクリューとどちらも曲がりの大きい球を散らせてきましたね」

 

「あのスクリューもはづきちゃん以上のキレと変化量だよ。どうやって攻略するんだろ……」

 

今のスクリューを見て和奈さんにも不安が募ります。シニア最強打者にここまで言わせる変化球……。恐ろしいですね。

 

「これはお互いに三振の山が出来るね~」

 

「こうなってくると手の打ちようがあるのは朱里さんの方になりますね」

 

「次の打者は亮子ちゃんからだもんね。もしかしたら2回表が大きな分岐点になるかも……」

 

朱里さんが亮子さんを抑える事が出来れば、まだ勝負はわかりませんが……。

 

「やー、これは朱里達には頑張ってほしいかも……」

 

(亮子さんは朱里さんを越える為に虎視眈々と投手の練習をしていた……。その成果が今のピッチングだとすると、川越シニアのエースはもしかしたら亮子さんだったのかも知れませんね)

 

一応朱里さんと亮子さんは似て非なる投手ですので、そうなっても差別化は出来そうですね。

 

亮子さんも三者連続三振に仕留め、2回表。朱里さんが外角に投げた1球を……。

 

 

カキーン!!

 

 

亮子さんは一振りでスタンドへと運びました。

 

「あちゃー、ホームラン打たれちゃったか……」

 

「朱里さんが投げたコースも本来ならば亮子さんが苦手としているところで、油断もしていなかった……。この打席は完全に亮子さんが上回っていましたね」

 

亮子さんは亮子さんで自身の苦手に向き合っていたのですね。

 

「新越谷、大丈夫かなぁ……」

 

「試合はまだ序盤です。焦る事はないでしょう」

 

(とはいえ今の1点は新越谷にとって重いものとなるでしょう。それは朱里さん自身もわかっている筈……。ここから新越谷がどのように反撃するか見物ですね)

 

私のまだ知らない朱里さんの本気が……もしかしたら見られるかも知れませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 27

2回表。亮子さんにホームランを打たれた朱里さんですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

それを取り返すように5~7番の打者を連続三振に切って取ります。

 

「亮子さんにホームランを打たれたものの、後続は三振で抑えましたか」

 

「朱里って打たれてもあんまり気にしてなさそうだよね~」

 

「朱里ちゃんは試合の時に表情を変える事がないから、打たれても動揺しているかわからないもんね……」

 

「チームメイトとしてはそのポーカーフェイスは頼もしい限りですが、同時に監督泣かせでもありますからね」

 

まぁ普段の朱里さんは割と表情がわかりやすいですが……。

 

「……で、新越谷の攻撃は今日4番の雷轟さんだよね」

 

「どっちが勝つんだろう……。瑞希はどう思う?」

 

「……どうでしょうね。勝敗自体は何とも言えませんが、亮子さんが雷轟さんに対して初球をどう入るかによって1打席目の勝敗は決まると思います」

 

そんな雷轟さんが打席に入ります。

 

「あれ……?」

 

「どしたの和奈?」

 

「雷轟さんが左打席に立ってる……」

 

「ありゃ本当だ。遥って両打ちって話を聞いてたんだけど、これってどういう事なの?」

 

「……雷轟さんの思惑は雷轟さんにしかわかりませんが、長打を打つならスクリューよりも力のないカーブを捉える方が確率は高いから……でしょうか」

 

右打者にはスクリュー、左打者にはカーブとそれぞれの打者のバットが届かない変化球を亮子さんは持っています。雷轟さんはカーブ狙いでしょうか?

 

「で、でもあんなカーブは簡単に打てないっしょ?」

 

「そうですね。先程も言いましたが、初球の入り方で少なくともこの打席の勝敗が決まります」

 

雷轟さんが左打席に入る理由……。雷轟さんなりの考えがあるのでしょうが、それを見させてもらいましょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「えっぐいカーブだね~」

 

「せ、背中から大きく曲がって向かってくる感覚に陥っちゃうね……」

 

和奈さんの表現は決して大袈裟なものではないでしょう。それ程までに亮子さんの投げるカーブは凄まじい……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

空振り。雷轟さんは尻餅をついてしまいます。

 

「今のカーブ、1球目よりも変化が大きいね……」

 

「えげつないどころじゃないって絶対!」

 

「背中から曲がってくるカーブが外角低めギリギリに決まるとは……。あの角度から曲がってくる球は本来体を開かないと見る事は難しく、かといって最初から踏み込まないとバットには届きません」

 

あれ程の変化球に仕上げる為に一体どれ程の年月を費やしたのでしょうか……。亮子さんも朱里さんに負けず劣らずの天才投手(本職は遊撃手)ですね。

 

「両方を同時に……って普通は出来ないよね」

 

「亮子さんはそのレベルの変化量をカーブとスクリューで打者毎に使い分けています」

 

「えっ……!あ、あんなの打てないよ!ましてやあんな変化量のカーブやスクリューが外角低めギリギリに決めるなんて!」

 

「そうですね。流石に毎回は無理だとは思いますが……」

 

あの変化を外角低めギリギリに毎度コントロールするのはとても困難です。しかし亮子さんならそれをやってくる……という想いも心のどこかで抱いています。捕手としての勘でしょうか?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

想いは確信に変わり、カーブを3球連続で外角低めギリギリのストライクゾーンを通過しました。

 

「う、嘘でしょ!?カーブを3球全部あのコースに決めてくるなんて……!」

 

「打てない球をいつでも投げる事が出来る投手……。これは朱里さんに匹敵しますね」

 

「へ、下手したら朱里ちゃん以上かも……」

 

「朱里さんの決め球はストレートですから、一概に亮子さんが上……と結論するのは早計です」

 

(本当に狙って毎回決められるとしたら新越谷は苦しくなるでしょうね。やはり亮子さんのホームランはとても重たいものになっています)

 

ここから新越谷に逆転はあるのか、それとも亮子さんに抑え込まれたままなのか……。目を離せない試合になりましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は進んで4回表。朱里さんと亮子さんの2度目の勝負が行われます。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 28

4回表。咲桜の攻撃は4番の亮子さんからになります。

 

「朱里的にはリベンジしたいところだよね~」

 

「朱里さん特有の手数の多さを駆使すれば、まだ亮子さんを抑えられると思いますよ」

 

実際に朱里さんが亮子さんからもぎ取った4割の勝率はまさしく手数の多さを利用したもの……。この打席ではそれが見られる事でしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「あれ、梁幽館戦で中田さんに投げたストレートだよね……」

 

「相変わらず速いね~!」

 

朱里さんの投げたストレートはかなり速く見えます。高校生女子選手の中では確かに速い部類です。しかしもっと球の速い球を投げる選手は全国には沢山います。

 

(それでも、あのストレートはかなり速く見える……。恐らくはこれまで投げてきた球を遅く投げる事によって、あのストレートを速く見せているのでしょう)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

見せる事については朱里さんの上を行く選手はかなり少ないでしょうね。少なくとも埼玉にはいなさそうです。

 

「このまま3球で仕留めるのかな……?」

 

「どうだろうね~?朱里って結構慎重に投げるし、1、2球は外してくるんじゃない?」

 

「でも亮子ちゃんに球数稼ぐのは危険だよ……」

 

和奈さんの言うように、亮子さんは今の2球の時点で朱里さんを打つイメージを整えているでしょう。余計な球数は亮子さんに打たれる可能性をより高くするだけです。

 

 

ズバンッ!

 

 

「えっ……」

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「今の……球は……」

 

亮子さんが見逃し三振とは珍しい事もあるものですね。

 

「い、今朱里は何を投げたの?凄い落ちたんだけど……」

 

「……恐らくSFFですね。それもフォークのような落差のある球です」

 

あれ程落ちるSFFはそうそう見られません。プロ選手でも有数でしょう。

 

「あんな球、シニアでも投げていなかったよね?2人は見た事ある?」

 

「アタシは少なくとも見た事ないかな~」

 

「……私もありませんね」

 

やはり知らないというのは恐怖です。この試合を観ていなければ、どうなっていた事やら……。

 

(SFF自体はストレートに見せる球として投げた事はありましたが、まさかSFFそのものがここまでの球に成長しているとは……。恐らくあのSFFは先程投げた速いストレートと混ぜて使う朱里さんが新たに編み出した戦術でしょう。ストレートに見せた変化球を複数操り打者を翻弄させるピッチング、何か秘密があるであろう速いストレートで打者を打ち取るピッチング、そして速いストレートと同速で変化量があるSFFを混ぜたピッチング……。どれも脅威的です。更にそこから配球を混ぜる事も可能……という事ですか)

 

「……やはり同学年で朱里さんを越える投手はいないのかも知れませんね」

 

「チームメイトとしては頼もしいけど、敵になると厄介だねぇ。梁幽館戦で見た速いストレートと言い、今のSFFと言い、朱里がなんか遠くに行った気分だよ……」

 

「でも今日はあのSFFを見られて良かったね」

 

「亮子さんのカーブとスクリューにせよ、朱里さんのSFFにせよ、どちらかが勝ち上がった時に何れは目の当たりにする球でしょう。早めに見れて対策を立てられる……というのはとてもありがたいですね」

 

今日得た収穫はとても大きいですね。映像に残すのは直前の試合にしますが、肉眼で見られるだけ見ておきます。今後の為に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4回裏。新越谷は未だにノーヒットなので、この辺りで突破口を作っておきたいですが……。

 

 

カッ……!

 

 

なんという事でしょう。中村さんがバットを手から放した事によって亮子さんのカーブに届かせました。

 

「あのカーブに左打者がバットを届かせるのは不可能かと思いましたが……」

 

「と、届いたね。それもとんでもない方法で……」

 

「……アタシも真似したら同じように出来るかな?」

 

「普通は出来ないよあんな事……。たまにバットがすっぽ抜けてそれが偶然ボールに当たるっていうのはあるかもだけど、それがヒットになるなんて無理だもん」

 

「球が力のないカーブだった事と、適したタイミングで捉えたからこそ、内野の頭を越してヒットになったのでしょう」

 

これが球の速いスクリューだとしたら、良いところ内野フライだったでしょう。左打者の中村さんだからこそ、投げられたカーブに対応した……という事でしょうか?

 

「人間業じゃないよね~」

 

「多分偶然だとは思いますが……」

 

意図的にやったとなれば、中村さんはかなり優れた打者です。打つ事に貪欲でなければ、あのような行為は成立しないでしょうから……。

 

その後亮子さんは後続の打者を全員三振に仕留める。やはり生半可で打てる球ではないですね。

 

「雷轟さん、大丈夫かな……?」

 

特に4番の雷轟さんは1球もバットを振っていません。打つ気がないようにも見えました。

 

「3球全て見逃しでしたからね。打つ気がないと諦めていないと良いのですが……」

 

「う~ん……」

 

「いずみちゃんどうしたの?」

 

「いや、アタシならどうやって亮子のカーブを打とうかなって考えてて……」

 

「……迷惑行為になりますので、中村さんがやったようにバットを投げる真似は止めてくださいね?」

 

ないとは思いますが、万が一を考えていずみさんを制止しておきましょう。

 

「やらないよ!アタシの事をなんだと思ってるのさ!?」

 

「今時ギャル……でしょうか?」

 

「いずみちゃんって見た目がどう見てもギャルだもんね……」

 

髪を金色に染めており、アクセサリーやバッグ等の買い物を趣味し、コミュニケーション能力が高い……。まさに典型的ギャルですね。まぁ野球に打ち込んでいる事と、意外と成績が良いのが普通のギャルとは違うところなのでしょうが……。

 

「まぁ自覚はあるけどさぁ……」

 

どうやらいずみさんも自覚はあるようですね。ギャルに憧れでも抱いていたのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合はいよいよ終盤戦を迎えました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 29

6回の表裏もこれまでのイニング通りにそれぞれが三者三振に抑えます。意地と意地のぶつかり合いですね。

 

「6回が終わって残すは7回のみですね」

 

「ここまで両チームヒットが1本ずつだけだね」

 

「亮子のホームランと中村さんのすっぽ抜けヒットだけで、あとは皆三振だからね~」

 

「……もしかしたらこの試合が事実上の決勝戦になるかも知れませんね」

 

「どういう事?」

 

「埼玉県内でもここまでハイレベルな試合も、三振合戦もありませんからね。他の観客達も朱里さんと亮子さんのピッチングに釘付けです」

 

「確かに決勝戦でこれ以上……っていうのは難しいだろうね」

 

それでも決勝戦になると急に牙を剥く選手もいるでしょうし、一概に言える訳ではありませんが……。 

 

「今日の試合で投手をやっているのはそれぞれ違った天才的な才能を持っているのに加えて血の滲むような努力をした選手達です。どちらが勝ってもプロの世界は2人を注目するでしょう」

 

「あの2人は川越シニアの誇りだね!」

 

「勿論アタシ達も負けてられないよね~」

 

朱里さんと亮子さんを見て和奈さんといずみさんのやる気が上がってますね。この姿勢は私も見習うべきでしょうか。

 

「当然です。それが朱里さんだろうと、亮子さんだろうと、最後に勝つのは私達白糸台ですから」

 

「藤和だって負けないよ~?」

 

「洛山なんて打って打って相手が追い付けないようにするからね!」

 

和奈さんの発言は冗談に聞こえないのが怖いところですね……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7回表。朱里さんはこのイニングも三者連続三振です。

 

「この試合だけで朱里さんの奪三振が21、亮子さんの奪三振が18ですか……」

 

「これって高校生だと記録レベルなんじゃ……。完全試合があった試合でもアウトが全部三振なんて聞いた事ないし」

 

リトルでもシニアでも記録レベルですけどね。シニアでは朱里さんがポンポンと三振を取っていたせいで、いまいち記録感が薄れますが……。

 

「変化量の多いカーブとスクリューを打者毎に切り替えて投げる亮子さんと、速いストレートにそれと同速のSFFをコース自在に投げる朱里さん……。県内どころか全国でもこんな試合は中々お目にかかれませんね」

 

(この試合に神童さんも呼んだら良かったですね。投手としてあの2人のピッチングを生で見せたかったです)

 

神童さんはこういう投手戦が大好物ですからね。一応ビデオカメラに納めていますが、生で見た方が興奮する熱戦なのは間違いありません。

 

「1対0で7回裏……。新越谷は亮子ちゃんの球を打てるのかな?」

 

「この最終回は朱里さんからで、雷轟さんにも回ります。もしかしたら劇的な逆転が見られるかも知れませんね」

 

朱里さんが繋ぎ、雷轟さんがサヨナラの一打を放つ……という王道の展開が……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

朱里さんはあっさりと追い込まれました。ですが簡単には終わらせない……。そうでしょう朱里さん?

 

「あっ、捕手が落とした!?」

 

「振り逃げですね」

 

「やるね~。流石朱里!転んでもただじゃ起きない!」

 

「あのスクリューを打てないなら……とバットで捕手の視界を遮る事によって振り逃げを狙いましたか……。ビハインドの最終回の状況で賭けに勝ちましたね」

 

打てないなりにも色々ある……という訳ですね。私でも恐らく同等の手段に走るでしょう。

 

「雷轟さんの前にランナーが溜まった……。という事は」

 

「恐らくこの回で決着が着きますね」

 

「うわ……。なんかアタシ緊張してきたよ」

 

「私も……」

 

「恐らく新越谷の最後の勝機ですからね。試合内容的にも思わず唾を呑んでしまう展開になるのは仕方がありません」

 

それは和奈さんやいずみさんだけでなく、他の観客からも緊迫した雰囲気が伝わってきます。

 

(さて、朱里さん達はこの窮地を乗り越える事が出来ますか?)

 

3番の山崎さんが送りバント失敗でキャッチャーフライ。初めて三振以外のアウトになりましたね。そして4番の雷轟さんですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あっという間ツーストライク。亮子さんも恐らく3球で決めるつもりでしょう。

 

「あー、全く手が出ずに追い込まれた!」

 

「やっぱり打てないのかな……?」

 

「……あのレベルのカーブは左打者には届きませんからね。それこそ中村さんのように意表を突いた行動にでも出ない限りは打てないでしょう」

 

(それでも雷轟さん程のスラッガーならこの状況でも何かが起こるのではないかと思ってしまいますね。前の打席もスイング1つしないのはこの打席の為の布石なのではないかと……)

 

2打席目の三振からこう思ってしまいます。そして……。

 

 

カキーン!!

 

 

その予感は当たり、雷轟さんが放った打球はポールに直撃。

 

「逆転したね……」

 

「う、打っちゃったよ……」

 

「これまで抑えられ続けても、打者は最後に打てばそれで勝利です。だからこそ2打席目のような見逃しでどのように打つかを模索する事が出来ました」

 

そして3打席目の2球も今のホームランの為の布石なのでしょう。

 

『ゲームセット!!』

 

怒涛の三振合戦でしたが、1対2で新越谷が咲桜を降しました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 30

二宮瑞希です。今日は私達白糸台高校野球の都大会……準決勝が行われます。

 

「今日は準決勝な訳だが……。ウチは秋に向けた準備も行うと監督が言っていた。だから今日のオーダーに3年生は出さない」

 

神童さんの発言に周りが騒然とし始めました。確かに3年生が出ないとなると、戦力的に大幅なダウンは避けられませんが……。

 

(2年生で主力になるのは大星さん、九十九さん、新井さん、半田さん……。この4人が中心にオーダーが組まれるでしょう)

 

私の予想は当たり九十九さんが1番、新井さんが先発投手で3番、大星さんが4番、半田さんが5番となっています。私も9番で入っていますね。

 

「これが今日監督が決めたオーダーだ。準決勝の相手はシード常連の松庵学院。3年生不在のオーダーだろうが関係ない……。いつも通り全力で勝ちに行け!!」

 

『はいっ!!』

 

オーダーで呼ばれた2年生方は威勢良く返事をします。やる気があるのは良い事ですね。

 

「ミズキも頑張ろうね~!」

 

「私はいつも通りにプレーするだけです」

 

「えー?つまんないのー!」

 

大星さんが何やら文句を言っていますが、私のスタンスが変わる事はありません。

 

『プレイボール!!』

 

何はともあれいつも通りにやっていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!!』

 

試合は0対6で私達の勝利。特に危なげのない試合でしたが……。

 

(5、6、7回にそれぞれ1回ずつ四球を出したのは良くないですね。付け入る隙が出来てしまいます)

 

しかしそれ以外は特に問題はないでしょう。私自身も2安打3打点と中々の好成績で終われました。

 

「この勢いで全国まで駆け上がるぞ!」

 

『おおっ!!』

 

試合に出ていない人達も含め、より一層気合いが入りましたね。スポ根精神は暑苦しいですが、嫌いではありません。

 

そして球場を出ると、見覚えのある2人が……。

 

「朱里さん?それに山崎さんも……。観に来てくれたんですね」

 

「どうも」

 

「こ、こんにちは……」

 

埼玉から態々来てくださるとは……。いつも私達が新越谷の試合を観に来ているので、その意趣返しでしょうか?

 

「まぁ私達の試合を毎回観てくれてたみたいだしね」

 

予想通りの返しですね。朱里さんは中々に律儀な方です。 

 

「勿論決勝戦も応援に行きますよ。その日は練習も休みですので」

 

「その日はうちの決勝戦前日なんだがな……」

 

部の方針曰く、試合前日は1軍の練習を休みにしてそれぞれのリフレッシュを謀っているらしいです。私はその1日を情報収集に費やしたり、2軍にいる鋼さん達のお守りをしたりしています。神童さんが呆れている気がしますが、気にしないでおきましょう。

 

「しかし早川と山崎が観に来てたのか……。私のピッチングも見せた方が良かったか?」

 

「いえ、新井さんのピッチングを丁度生で見たいと思っていたので、今日は来て良かったです」

 

どうやら朱里さんは新井さんを見たかったみたいですね。そうなると神童さんが投げようが、新井さんが投げようが、余り関係のなかった話でした。

 

「ほほう?私のピッチングを見たかったとはお目が高い」

 

「新井さんは試合終盤になると球が荒れ始めるのが今後の課題ですね。3年生が引退したら新井さんがエースになるのですから、それまでに荒れ球をなくしましょう」

 

制球力はあるのに、終盤になると球が荒れてくる傾向が新井さんにはあります。疲れは特になさそうですし、単に力み過ぎなだけだとは思いますが、早めに手を打っておいた方が良さそうですね。

 

「うっ……!良いじゃん!今日はノーノー決めたんだからさ」

 

「駄目です。全国の強豪はその隙を突いて崩しに行くのですから、早めに対処するに越した事はありません。朱里さんなら既に幾つか対策が浮かんでいても可笑しくないですから」

 

「そ、それは過大評価が過ぎんじゃ……」

 

ほんの少しの隙も見逃してはくれないでしょう。いっそ新越谷と試合する時は新井さんを先発にしてみましょうか?荒療治も必要です。

 

「……私達はそろそろ帰るね?」

 

「わかりました。決勝戦、頑張ってください」

 

「うん……」

 

私達の今後の為に新越谷と試合をしておきたいところですね。その為にも新越谷には頑張ってほしいところです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 31

二宮瑞希です。本日は埼玉県大会の決勝戦……新越谷と美園学院の試合が行われます。

 

球場に向かう途中で和奈さんにも会ったのですが……。

 

「春以来だな大豪月」

 

「我が宿敵の神童ではないか!」

 

神童さんと洛山高校の大豪月さんが何やは睨み合っています。和奈さんはその光景を見てはオロオロとし、大豪月さんの側近的存在の非道さんはニコニコしながら2人のいがみ合いを見ています。

 

「おまえ達も新越谷の試合を観に来たのか?」

 

「フン!新越谷には我が洛山高校の清本が世話になった奴がいるそうだな!他にも優秀そうな奴がいれば、スカウトするという目的もある」

 

「スカウト……。おまえと非道が進学予定の仏契大学に誘うつもりか?」

 

「お眼鏡に叶う奴がいれば……な」

 

どうやら大豪月さん達はスカウト目的もあるそうです。

 

「そろそろ試合が始まりますよ~?」

 

「ム?もうそんな時間か。行くぞ非道、清本!応援席が我々を待っている!」

 

「はーい」

 

「は、はいっ!」

 

大豪月さんに連れられて、和奈さんと非道さんが先行して行きました。

 

「……私達も行こうか」

 

「そうですね」

 

いずみさんが先に着いているみたいですし、あの3人もそこに向かうでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

球場に到着するといずみさんが既にいるのですが、萎縮している様子ですね。まぁ大豪月さんも、非道さんも、神童さんも威圧感がありますので、無理もないですね……。

 

『プレイボール!!』

 

「いよいよ始まりましたか……」

 

「今更だけど、私達……練習そっちのけで朱里ちゃん達の試合を観に来てるんだよね……」

 

白糸台は1軍が自由練習ですし、洛山も似たようなものだと聞いていますし、これ等に関しては私達の方が異常でしょう。

 

「やー、気にしたら負けだと思うよ。それよりも……」

 

「どうかしましたかいずみさん?」

 

「そっちは連れて来たんだ……って思ってね」

 

いずみさんの目線は和奈さんの右にいる大豪月さんと非道さん。2人共かなり大柄で、いずみさんでさえ身長差20センチ以上あります。

 

「ああ、私達の事は気にしないでくれ」

 

「そうそう!可愛い後輩のライバル達が活躍する姿をこの目で焼き付けておかないとな!!」

 

「まぁそういう訳だからよろしく~」

 

「え、えっと……。確かいずみちゃんは初めてだったよね?私の隣にいる2人は……」

 

「私の事は大豪月さんと呼びなさい!そして私の隣にいるのは相棒の……」

 

「非道で~す。よろしく~」

 

「まさか大豪月達がわざわざ埼玉まで他校の試合観戦に来るとはな?今日は確か京都予選の決勝だった筈だが……?」

 

そういえば洛山高校は今日決勝戦でしたね。普通は主力3人が抜けては予選突破が困難なのですが……。

 

「そう言う神童だって来てるではないか。うちの4番と白糸台の不動のエースが興味を示しているチーム……。そして今日はそんなチームの決勝戦だからな!試合をブッチしてでも観に行くさ!」

 

「あっ、試合結果きましたよ~。18対6で私達洛山が全国の切符を入手しました~」

 

やはり洛山高校は打力が尋常じゃないですね。この3人抜きでも18点も取れるとは……。

 

「ウム!やはり私達がいなくても問題なかったな!!」

 

「あはは……」

 

「……洛山って荒いチームだね~」

 

「今日の試合も和奈さん、大豪月さん、非道さんの主力3人が抜けても全国出場が容易いチームになっています」

 

「うちも洛山には苦しめられたからな」

 

白糸台と洛山は2年の縁があります。これからもこの二校の縁は続いていくのでしょうか?

 

「洛山が2年連続ベスト4止まりなのは白糸台が準決勝で私達の進撃を阻むからだ!点も2、3点しか取れないし、練習試合ですらも打てないし!」

 

「今年は負けませんよ~?」

 

「望むところだ」

 

「私達白糸台も負けません」

 

「おーい……。新越谷の試合とっくに始まってるよ~?」

 

「火花バチバチだね……」

 

私も神童さんに便乗して洛山高校にライバル視しておきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 32

少しした言い争いがありましたが、今度こそ試合を観戦しましょう。

 

美園学院で2年生ながらもエースを務めている園川さん。持ち球はスライダーとシュートの横系の変化球ですね。

 

 

カンッ!

 

 

シュートを打った中村さんですが、ショートゴロになりそうですね。

 

『アウト!』

 

「うわー。あのショートってまさか……」

 

「ショートだけじゃないよいずみちゃん。セカンドとセンターにも……」

 

「本当じゃん……。よく見ると電光掲示板の1~3番ってあの姉妹だし……」

 

どうやら和奈さんといずみさんも気付いたようですね。電光掲示板を見ればすぐにわかるのですが、如何せん目の前の試合に集中し過ぎましたね。

 

2番、3番と続けてセンターライナー、セカンドゴロで終わりました。

 

「お~、センターラインの3人は守備が上手いですね~」

 

「ウム、うちでは到底無理だな!」

 

洛山高校は打点と本塁打数が全国1位なのに対して、エラーの数も全国1位です。埼玉県にも熊谷実業というエラーの数が多いチームがありますが、洛山はその比ではありませんね。私達との練習試合で乱打線になった事を思い出しました。

 

「それはどうなんだ……。しかし本当に上手いな。守備範囲も尋常じゃないくらいに広い」

 

「瑞希ちゃん、あの3人って……」

 

「うわ……。決勝戦であの3姉妹と激突ってキツいね~」

 

「そうですね。それに加えて園川さんのピッチング……。亮子さんのところが最大の山場……という訳でもありませんでした」

 

投手としての実力は間違いなく亮子さんが上ですが、守備力……特にセンターラインの守備は圧倒的に美園学院が上ですね。あの3姉妹が全て持って行ってます。

 

「あの3人を知っているのか?」

 

「はい。春日部シニアの鉄壁3姉妹と呼ばれた人達です」

 

「その通り名だけでも守備が上手いイメージがするね~」

 

「じ、実際私達も彼女達には苦戦しました……」

 

「和奈がホームラン打ってくれなきゃ負けてかもしれないしねっ☆」

 

和奈さんのホームランがなければ、かなり長い試合になっていたでしょうね。まさに鉄壁と呼ぶに相応しい守備でした。

 

「流石洛山の4番だ!先輩として鼻高々だぞ!!」

 

「だ、大豪月さん、恥ずかしいから大声で言わないでください……」

 

和奈さんはもう少し誇っても良いと思いますけどね。自信さえ身に付けば、スラッガーとしては超一流に育つでしょう。

 

1回裏。新越谷の先発は武田さんですが、1~3番にいる三森3姉妹を連続で凡退させました。

 

「初回はお互い三者凡退か……。春に全国を経験している美園学院に対して良い勝負をしているな」

 

全国経験高校を相手に拮抗している新越谷もまた、全国レベルの高校というのは訳ですね。まだまだ勝負は始まったばかりですが……。 

 

「武田さんの方も調子は良さそうですね」

 

「な、なんだあの魔球は!?インチキだインチキ!」

 

「大豪月さん、あれは多分ナックルスライダーですよ~。ちゃんとした変化球ですって~」

 

大豪月さんが意義を唱え、非道さんがそれを宥めています。なんだか洛山高校野球部の立ち位置がなんとなくわかってきますね。

 

「それよりもヨミって朱里がよく投げてたストレートを完全に物にしたんだね。いつの間に……」

 

「準々決勝で初めて投げる場面を目撃しましたが、いつでも投げられる代物になっています」

 

厳密には朱里さんのストレートに見せた変化球ですが、いずみさんはまだカラクリに気付いていないみたいです。余計な事は言わないでおきましょう。いずみさんの為にもなりませんし。

 

「武田さんも成長速度が凄まじいね。まるで朱里ちゃんを見ているみたい……」

 

「そんな2人が新越谷のWエースを担っている……と考えると私達にとってかなり脅威的な相手になりますね」

 

「私達との対戦が楽しみだな」

 

「そうですね」

 

私達白糸台が新越谷と対戦するその時……。私達が本気で向き合えそうな気がします。今の白糸台は勝つのに全力ではありますが、どこか本気ではないイメージすらありますからね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 33

2回表。4番の雷轟さんですが……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

敬遠によって歩かされました。

 

「園川程の投手が歩かせる……となると、相当雷轟を警戒しているみたいだな」

 

「そうですね。雷轟さんがそれ程の強打者……という事でしょう」

 

それとは別に目的がある敬遠のようなきもしますが……。

 

「フン!敬遠等という狡い真似は私ならせぬがな!」

 

「大豪月さんは正義学園の野球スタイルばりに正々堂々ですもんね~」

 

「せ、正義学園……?」

 

「な、名前からして堂々としてそう……」

 

いずみさんと和奈さんは正義学園という単語に首を傾げていました。昔は強かったのですが、今では衰退しています。知らないのも仕方ないでしょう。

 

「正義学園は20年程前までは愛知県の全国常連校でしたが、今は地区中堅くらいに落ち着いています」

 

「あー、だから名前に馴染みがないのかな……?」

 

「瑞希ちゃんってそこまで調べてるんだね……」

 

当然です。いつ当たるかもわからないので、全国の高校野球部は調べ尽くしています。

 

『アウト!』

 

話をしている間にツーアウトですね。三森姉妹の連携による併殺といったところでしょうか……。

 

「サード寄りの打球なのに、ショートが処理するのか……」

 

「その方が確実……だからでしょうね」

 

ファースト寄りの打球も同様にセカンドが処理するでしょうね。彼女達の守備はそういう風に出来ています。それにしても……。

 

「三森姉妹の連携、高校に入ってから更に成長していますね」

 

「あの3人自体も別に悪い人間……って訳でもないもんね。チーム全体からも信用されているっぽいし」

 

信頼されているからこそ、あのようなプレーも許容している……という事でしょう。

 

「いずみちゃんって3姉妹と仲良いの?」

 

「アタシは友達だと思ってるよ。中学ではそこそこ一緒に遊んでたし」

 

「相変わらずいずみちゃんはコミュ力高いね……」

 

川越と春日部はそれなりに距離がある筈なのですが……コミュニケーション能力の高さがここまでさせるのでしょうか?

 

「まぁ私達ならあんな守備なんて関係ないけどな!」

 

「ホームランを撃てば解決ですもんね~」

 

「おまえ達はそうだろうな……」

 

洛山高校野球部の選手達はとにかく当てればホームラン寸前というパワーヒッター達が蔓延っています。

 

「でもこうなるといよいよ1点もあげられないよね」

 

「それはお互いそう思っていそうですが……」

 

(現に雷轟さんは歩かされている……。そこから併殺を取られるケースも考えると本当に1点でも取られるとそれが決勝点になりそうですね)

 

三振を取りに行く武田さんと、三森3姉妹を中心とした守備陣を信頼して打たせる園川さん……。どちらがより有利なのかは序盤では検討が付きませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 34

試合は進んで4回裏。打者は三森夕香さんですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「2球見逃したね」

 

「待球戦法は三女の夜子が使ってるイメージが大きかったけど、夕香もそれに肖ってるのがな?」

 

何がなんでも武田さんの投げる球を見極めようとしていますね。朱里さんが投げるストレートに見せた変化球も投げる可能性まで考慮すると……。

 

 

ガキッ……!

 

 

「打ち取った……けど、あの当たりは良くないね」

 

「あれじゃ3姉妹の走力の餌食だもんねー」

 

打球はキャッチャー前に力なく転がっています。あれではいち早く捕球したとしても……。

 

『セーフ!』

 

内野安打になりますね。

 

「キャッチャー前の打球は問答無用でヒット扱いか……。あの走力はかなり厄介だぞ」

 

三森3姉妹の走力を完全に封殺するのは神童さんでさえ難しいでしょう。まぁ神童さんならそもそも当てさせもしないとは思いますが、警戒させていても損はないでしょう。課題としては高めに集中させて打ち上げさせる事でしょうか?

 

「3姉妹の得点パターンに入っちゃったね……」

 

「川越シニアにいた時は朱里のお陰で塁に出さずに済んだけど、ここから二盗三盗は当たり前で、そこから確実に1点を取りに行く流れになってるんだよね。本当に厄介だよ……」

 

和奈さんといずみさんの会話の間にランナーは三塁へと進んでいます。やはりあの走力は脅威的ですね。

 

「足速いな……。あの3姉妹は全員あれくらい速いのか?」

 

「そうですね。細かい差違はありますが、3人共あのように二盗三盗は容易く出来るでしょう」

 

その差違すらも端から見れば気にならない程度ですね。一応それぞれ走り出しのタイミングとか、足の動かし方とか、私でもわかる部分はあるのですが、その辺りは彼女達と当たる時に伝えても遅くはないでしょう。

 

「アタシもあれくらい速くなれたら良いんだけどねぇ……」

 

「あれよりも速い……ってなるとあの子だけかも知れないね」

 

「あの子……?あれよりも上がいるのか?」

 

和奈さんの発言に神童さんは呆れ交じりで呟きました。和奈さんの言うあの子……というのは村雨静華さんの事でしょう。

 

「私達と同じシニア出身で主に代走や守備で途中出場する事が多かった人です。和奈さんが言うように彼女ならあれよりも素早く盗塁を成功させるでしょう」

 

静華さんが同じチームにいたのは僅か4ヶ月程でしたが、彼女の走塁と守備には大いに助けられましたね。

 

「盗塁とかチマチマするのは好かんな。野球の基本はホームランと三振だ!」

 

「それを基本にしてるのはうちだけでしょうね~」

 

洛山高校はこのような野球スタイルだからこそ、本塁打数と打点が全国トップな訳ですね。その代わり守備を削ぎ落としているのか、エラー数も全国トップですが……。

 

3番の三森夜子さん。武田さんのストレートを打ち上げて、ショートフライ。少し深いですね。これはもしかしたら……。

 

『アウト!』

 

アウトカウントと同時に、三塁ランナーがスタートを切りました。

 

「おいおい。内野フライでタッチアップを成立させるつもりなのか?」

 

「それを可能とさせるのがあの3姉妹でしょうね。シニア時代もあれくらいのフライなら、普通の選手で言うところの外野フライと大差ないでしょう」

 

しかしこの後に新越谷側は思わぬ方法で逆転する事になるのですが、私達はまだそれを知る事はありません……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 35

新越谷はこの5回表で最大のチャンスが訪れました。

 

「ノーアウト二塁・三塁……。ヒット1本で逆転出来るんじゃない?」

 

「それだけではありませんよ。見てください」

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「け、敬遠!?」

 

「一塁が空いているからか……。三森達は守備範囲がかなり広いし、三重殺狙いと見て良いな」

 

神童さんの推察は正しく、センターラインの3人が大きく前進してきました。

 

「うわえっぐ……。あんなの内野に飛ばしたらトリプルプレーになるんじゃないの?」

 

「セカンドとショートが実質的にファーストとサードも守ってるようなものだから、本来のファーストとサードは少し外野寄りに守れるね……」

 

その辺りも考えられたシフトという事でしょう。こうなると突破口は……。

 

「フン!あのような小賢しいシフト等ホームランを打てば解決するぞ!」

 

「まぁそれが簡単に出来ないから新越谷の川崎ちゃんは苦労してるんでしょうね~」

 

まぁ大豪月さんの発言は間違っていないのですが、非道さんの言うようにホームランを打てる確率が低めだからこそ、あの3姉妹はシフトを敷いてきたのでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

川崎さんはスクイズを試みるも空振り。すると……。

 

「えっ?嘘!?」

 

「ま、まだ前に出て来るの!?」

 

セカンドとショートがかなり前進。打者との距離は3メートルありません。

 

「あれ打撃妨害になるんじゃないのか……?」

 

「審判も戸惑っていますが、続行されているという事は特に問題ない……という事でしょう」

 

あの姉妹だからこそ出来る事……。あの姉妹でなければ、神童さんの言うように打撃妨害になるのは間違いないですね。

 

 

コンッ!

 

 

「プッシュバント!?」

 

「内野の頭を越えた!」

 

強引に当てに来た形が偶然にもプッシュバントに繋がったようですね。過剰前進した二遊間を越えました。

 

「だがセンターのカバーも早いな。予めこうなる事は予測していた……という訳か」

 

やはり夜子さんも3姉妹の1人だけにあのシフトの穴をよく理解していますね。しかし……。

 

 

カツーン!

 

 

「あちゃー。これは同情しちゃうね……」

 

「一応センターの送球ミス……で良いんだよな?」

 

「彼女も必死だったのでしょうね」

 

その結果が新越谷に逆転を許してしまうのですから、何があるかわからないものです。

 

「それにしても予想外の展開だったね……」

 

「三森3姉妹がバントを警戒して前に出過ぎた事と、川崎さんが慣れていないであろうプッシュバントに対応しきれなかった事……。これ等が上手く守備のリズムを崩しましたね」

 

「でも2点目のやつは完全にアクシデントじゃん。これはちょっと美園学院の投手が可哀想かもね~」

 

「私達ならバント等という姑息な真似は絶対にさせないがな!」

 

「だ、大豪月さん……。バントは立派な野球の戦術ですよ」

 

「諦めなよ清本ちゃん~。大豪月さんの……というか今の洛山の野球は今大豪月さんが言った野球が基本なんだからね~」

 

「うひゃー、洛山相手に小技とか仕掛けたら怒鳴られそう……」

 

いずみさんは小技を重視するタイプので打者ですので、洛山とは相性が悪そうですね。

 

「まぁ大豪月がいる限りはそうなりそうだな……。小技は日本野球の代名詞でもあるんだぞ?」

 

「野球はホームランか三振だ!!」

 

「……最早この人は末期かも知れませんね」

 

草野球のチームにマックスパワーズという名称のチームと、男ホームランズという名称のチームがありますが、その人達と今の洛山高校はプレースタイルが同じなのかも知れませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 36

5回裏。紆余曲折あって、新越谷はツーアウト一塁・三塁のピンチに陥っています。

 

「雷轟の守備や捕球は今後の課題になるかもな」

 

「そうですね。全国出場チームはその隙を突いて勝つチームばかりです」

 

壊滅的な守備力を差し引いても雷轟さんを採用しているのは、和奈さんに匹敵するスラッガーだから……。しかしここまで歩かされると期待するのは難しいかも知れませんね。

 

「この決勝戦は互いに攻撃面では小技をぶつけあって、守備面では両エースが奮闘している……。良い試合だな」

 

雷轟さんが歩かされる以上、新越谷はそれ以外の総合力で美園学院と渡り合わなければなりません。現状は互角ではありますが、点を取られると不味い展開になるでしょう。

 

「フン!私はチマチマしてて好かんな!もっと豪快なホームランとかを私は見たいんだよ!!」

 

「それを得意としている新越谷の4番さんは歩かされていますからね~」

 

「た、確かに……。これって本当に新越谷が勝てるのかな?」

 

「どうでしょうね。ですが新越谷は選手層が圧倒的に薄いのが痛手になっているのは確かです」

 

「それに次は3姉妹の中でもカットが上手い朝海だもんねー」

 

「この場面が武田さんにとって正念場になりそうですね」

 

ここを抑える事が出来れば、流れは一気に新越谷へと傾きそうではありますが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「凄……。カット打ちに長けてる朝海相手にバットを振らせてないじゃん!」

 

「結構球数投げてると思うのに、あの勢いは凄いね……」

 

しかし三森朝海さんは紛れもない曲者……。このチャンスの場面で何か仕掛けてきそうではありますね。

 

「あっ!?」

 

「捕手が逸らした!?」

 

三振に終わるかと思いきや、振り逃げで同点にしましたね。

 

(例え振り逃げになったとしても一塁アウトでは得点には至りませんが、あの姉妹の走力ならその心配も必要ないという訳ですね)

 

「最後は強引に振り逃げを狙いに行ったか……」

 

「フン!私の投げる豪速球ならばあのような狡い手は使わせないがな!」

 

「大豪月さんが言うと説得力が違いますね~」

 

確かに大豪月さんのような球なら、先程朝海さんがやった振り逃げ狙いはほぼ不可能でしょう。今後の成長を加味すればどう転ぶかはわかりませんが、少なくとも現状は無理に等しいでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「今の振り逃げで崩れなくて良かったねぇ。後続の打者も問題なく抑えられたよ」

 

「こうして見ると武田さんはエース向きの選手ですね。圧倒的な変化球、それに合わせるストレート、本気で投げるストレート、物怖じしないメンタル、強打者との勝負に対するモチベーション等……。エースに必要な要素が揃っています」

 

そんなエースを勝たせるチームに新越谷がなれるかどうか……。この終盤戦でそれが見られると良いですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 37

試合は7回表。6回の表裏は両チームピンチに陥りながらも、無失点でしょう切り抜ける辛抱強いピッチングを見せてくれました。

 

「武田と園川だけを見るなら、どちらの学校が勝っても可笑しくはない。そうなると総合力の勝負だが……」

 

「客観的に見れば美園学院の方が圧倒的に上……。ですが新越谷高校は時折魅せてくれますからね」

 

「魅せる?」

 

見せるではなく魅せる……。梁幽館との試合でそれが伝わってくる……。実に不思議な力を持ち合わせていますね。

 

 

カンッ!

 

 

先頭の藤原さんがレフト前ヒット。最終回にして三森3姉妹の射程圏から外れた打球を可能としていますね。尤も全員がそうではなさそうですが……。

 

「今のヒットもギリギリ……といったところだろう。あと2メートル程ショート寄りにずれていたら、間違いなくアウトだった」

 

「どんな形であれヒットはヒットです。新越谷は折角出来たチャンスを活かしたい場面ですね」

 

 

コンッ。

 

 

「バント……」

 

『アウト!』

 

「これでワンアウト二塁!」

 

 

カンッ!

 

 

「今度は打ち上げたけど……」

 

『アウト!』

 

「このアウトでタッチアップを成功させてツーアウト三塁!」

 

目まぐるしい展開ですね。打席に入るのは9番の武田さんですが……。

 

「……?武田の雰囲気がこれまでとは少し違うな?」

 

「神童さんも気付きましたか……」

 

「まぁな。それに大豪月と非道も今の武田に何かを見出だしているようにも見える」

 

そういえば静かだと思っていましたが、武田さんから溢れる闘志を感じて魅入っている訳ですね。和奈さんも同様に魅入ってます。

 

「何々……?ヨミがどうしたの?」

 

この場で唯一状況が飲み込めていないのがいずみさん。もしや以前フロイスさんが言っていた逸材止まりとそれ以上の境界線が張られていて、いずみさんは……?

 

「……状況を軽く整理すると、武田さんがこの場面で決めてくると予測しているのですよ」

 

 

カキーン!!

 

 

武田さんが放った一打は低い弾道を描き、失速しつつもギリギリのラインでセンタースタンドへと入っていきました。

 

「こ、これって……」

 

「武田さんがホームランを打った……って事だよね?」

 

「そうですね」

 

優れた投手は打撃方面にも秀でている……というのは間違いないですね。普段の武田さんはやたら空回りしている印象がありましたが、今のホームランでそれを修正するべきでしょう。

 

「い、今のホームランは熱かったねー。アタシ心臓がバクバク言ってるもん」

 

いずみさんにはさぞ劇的な展開に見えていた事でしょう。これもまた魅せる野球です。 

 

「入るか入らないかの瀬戸際……。打力が低い武田さんだからこそ打てたホームランですね」

 

そして武田さんに感化されたのはいずみさんだけではなく……。

 

「ウム、あれも私好みのホームランだな!ピッチングと言い、武田詠深は中々骨のある奴だ!!」

 

「大豪月さん、嬉しそうですね~」

 

「あのホームランを見ていたら練習したくなったぞ。非道!清本!帰って練習だ!!」

 

「了解で~す」

 

「は、はい!」

 

洛山の3人……特に大豪月さんが武田さんの評価を大きく上げたでしょう。

 

「……私達も帰るか」

 

「そうですね。あのホームランが間違いなく決勝点ですし、埼玉県代表は新越谷高校で間違いありませんので」

 

私達も帰って明日の決勝戦に備えましょう。

 

「じゃあアタシも帰って練習しよっと☆」

 

(流石にここから負けるような事はないでしょう。おめでとうございます朱里さん……)

 

もちろんまだ油断出来る状況ではありませんが、確実にアウトを取って行けば負ける事はないでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 38

二宮瑞希です。私達白糸台高校は昨日に全国出場を無事に決めた訳ですが……。

 

「…………」

 

神童さんが浮かない顔をしています。大方の原因は想像できますが、一応尋ねてみましょう。

 

「どうしたのですか?」

 

「二宮か……。いや、私達白糸台は無事に全国出場を果たした訳だが、どうにも物足りなくてな。新越谷が繰り広げてきた熱戦を見た後だとどうしてもそう感じてしまう……」

 

「チームとしてのレベルは新越谷よりも遥かに高い相手がほとんどですが……」

 

「まぁ……な。これも白糸台野球部が圧倒的だからこそなのだろう」

 

(その圧倒的の内訳の8割以上は神童さん自身のピッチングだと思いますが……)

 

何にせよこれはかなり深刻ですね。ここは秘密裏に進めていた計画を実行しましょうか。

 

「……二宮です。3日後に決行します。そちらで主力の選手を可能な限り誘っておいてください」

 

私はあるところ複数に電話を掛けます。本来なら夏大会が終わった後にしようと思いましたが、今の神童さんの状態が少しでもマシになるのなら決行しましょう。

 

「どこに電話してたんだ?何回か別の相手に掛けていたみたいだが……」

 

「そうですね。私が電話した相手は……」

 

私は3日後に行う事を神童さんに話しました。

 

「成程な……!それは楽しみだ」

 

「神童さんならそう言うと思いました」

 

あと掛けていないところは私達の行き先の新越谷……。電話を掛ける相手は朱里さんにしましょうか。

 

『もしもし?』

 

「こんにちは朱里さん」

 

『どうしたの?電話なんて……』

 

「実はですね……」

 

私は突発的に連合チームを組んで新越谷に行く事を伝えました。

 

『な、なんだって!?』

 

「ではその日を楽しみにしています」

 

『ちょっ、二宮!?』

 

朱里さんが何か言おうとしていましたが、通話を終了しました。内容は当日に聞くとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして3日後。私達は新越谷へと赴いた訳ですが……。

 

「今日はよろしくな!」

 

「まぁ私達はベンチスタートだがな」

 

「何ぃ!?」

 

「まぁまぁ落ち着いてください~」

 

まずはこちらのメンバーを紹介します。まずは神童さん、大豪月さん、非道さん。

 

「また新越谷と試合が出来るとは思ってなかったな」

 

「新越谷のデータを得るチャンスですね!」

 

「次は負けない」

 

梁幽館の中田さん、陽さん、友理さん。

 

「私もこの試合で準決勝のリベンジをするとしよう」

 

「頑張ろうね亮子ちゃん!」

 

咲桜の田辺さんに……。

 

「亮子張り切ってるね~!」

 

「でも全国を前にこんな試合が出来るとは思わなかったね……」

 

「うんうん。機会を作ってくれた瑞希ちゃんには感謝しないとね!」

 

「今日は良い試合にしましょう」

 

川越シニアOG(先程紹介した友理さんも含む)の亮子さん、いずみさん、和奈さん、はづきさん、最後に私です。

 

中々に壮観な面子が集まりましたね。朱里さん達も萎縮していますが、それは追々慣れるでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 39

二宮瑞希です。試合前に簡単に自己紹介を……と言いたいところですが、新越谷の方達が面識がないのは洛山の大豪月さんと非道さんだけですので……。

 

「私の事は大豪月さんと呼びなさい!」

 

「非道で~す。よろしく~」

 

2人には簡潔に自己紹介を済ませてもらいました。この後に川口吉乃さんが私、神童さん、中田さん、友理さん以外の人達にサインを求めていた(私と神童さんは以前挨拶した時に、中田さんと友理さんは新越谷の方達に激励を送りに行った時にもらったらしい)ので、その時間を取って試合の準備を行います。

 

「さて……。とりあえず誰がこのチームをまとめ買いんだ?」

 

中田さんがそのような質問をしますが、実績を考えるとここは神童さんが適任でしょう。そう思っていたのですが……。

 

「経由して来た面子も多少はいるが、この合同試合の切欠を作ったのは二宮だ。それならその立役者にこのチームをまとめてもらいたい」

 

はい?何故私が……?

 

「……と私は思っているが、皆はどうだ?」

 

「神童がそれで良いのなら、私は異論なしだな!」

 

「まぁ反対理由はないですね~」

 

大豪月さんと非道さんは賛成……。

 

「それが最善なら反対の理由はない」

 

「そうだな。神童は二宮をかなり信頼しているようにも見えるし、私達も信じるべきだろう」

 

「それに瑞希さんの指揮力は私も存じていますし、この面子もまとめられると思います」

 

陽さん、中田さん、友理さんも賛成……。

 

「皆からの信頼も厚そうだし、反対の理由はないかな」

 

田辺さんも賛成……。

 

「まぁアタシ達は今更言う事はないよね?」

 

「そうだな」

 

「瑞希ちゃんが適任だね!」

 

「が、頑張って瑞希ちゃん!」

 

そしていずみさん、亮子さん、はづきさん、和奈さんも賛成……。これが四面楚歌ならぬ十一面楚歌という訳ですね……。

 

「……わかりました。僭越ながらこの場は私が指揮を取ります。とりあえずオーダーを決めましょう」

 

後で六道さんが来てくれるみたいですし、それまでは私がまとめ役に徹しましょう。

 

「そうだな。とりあえず……私と大豪月は先程も言った通りベンチスタートを希望する」

 

「くそっ!私には見る事しか出来んのか……!」

 

「まぁまぁ大豪月さん、その内出番がありますって~」

 

この場にいるのは12人。神童さんと大豪月さんがベンチスタート希望で……。

 

「あ、あの……。私はマネージャーを希望したいのですが……」

 

「……まぁマネージャーはいた方が良いな」

 

……という友理さんの希望を汲んで、必然的にスターティングメンバーが決まります。

 

和奈さん、いずみさん、亮子さん、はづきさん、中田さん、陽さん、田辺さん、非道さん、そして私の9人になりますが、所々ポジションが被っていますね……。

 

「私と亮子ちゃんは大会でも二遊間で出てたし、それで良いんじゃないかな?」

 

「データを見ると亮子さんがショート、田辺さんがセカンドで出場している試合が多いですね。わかりました」

 

まずは二遊間ですね。次は……。

 

「アタシと陽さんは外野で確定で良いんだよね?」

 

「そうですね。いずみさんがレフト、陽さんがセンターで行きますが、それで良いですか?」

 

「それで問題ない」

 

レフトとセンターが決まりました。ここはライトも決めておきましょうか。それとついでに……。

 

「はづきさんが実は二刀流を目指しているという話を入手したのですが……」

 

「ちょちょちょ!?それまだ梁幽館の人達にしか言ってないトップシークレットなんだけど!?瑞希ちゃんはどうやってそれを知ったの!?」

 

「知りたいですか?」

 

「……やっぱ良いや。それで?私がライトに入れば良いの?」

 

「待ってくれ。ライトには私が入ろう」

 

「えっ?奈緒先輩!?」

 

はづきさんを外野に突っ込もうとしたら、中田さんがライトに入る事になりました。

 

「はづきはまだまだ発展途上。奈緒の方が外野の完成度が高いし、試合に勝つには奈緒を外野に入れた方が良い」

 

「秋先輩……」

 

「卒業までの間、可能な限り色々と教える」

 

「お、お手柔らかにしてくれると助かります……」

 

どうやらはづきさんは本格的に二刀流を目指すようです。センスはかなりのものなので、強力奈緒のライバルになるのは間違いないでしょう。

 

二遊間に続いて外野、そして必然的に先発投手も決まりましたね。

 

「私はファーストに入るから、清本ちゃんはサードをよろしく~」

 

「えっ?は、はい!」

 

そしてトントン拍子でファーストとサードも決まり、私は必然的に捕手になりました。私が仕切るようになったとは言え、メンバー事情であっさりと決まりましたね。

 

あとは打順ですが、それぞれの成績を鑑みると……。

 

 

1番 レフト いずみさん

 

2番 センター 陽さん

 

3番 ショート 亮子さん

 

4番 サード 和奈さん

 

5番 ライト 中田さん

 

6番 ファースト 非道さん

 

7番 セカンド 田辺さん

 

8番 キャッチャー 私

 

9番 ピッチャー はづきさん

 

 

「オーダーはこれで行きたいと思いますが、良いでしょうか?」

 

1番と2番、6~9番は一考の余地がありますが、これが恐らく最善手でしょう。

 

『異議なし!』

 

……どうやらこれで決まりのようですね。

 

「お待たせしました」

 

新越谷の方達にこちらのオーダーを渡します。

 

「む、向こうは凄いオーダーだな……」

 

「梁幽館の陽さんと中田さんに咲桜の田辺さんと友沢さんが大会の時の打順じゃないものね」

 

新越谷の方達は驚愕の声をあげていますが、異論がなかったのでこうなりました。

 

「そっちには監督はいないの?」

 

「もう少しすれば来ると思います。遅れるみたいですので、先に始めておけと言っていました」

 

序盤は本当に私が監督代理をする事になります。神童さんや友理さんにヘルプを頼んだ方が良いでしょうか……?

 

「……まぁそういう事なら先に始めようか」

 

私達は整列して、互いに挨拶をします。

 

『よろしくお願いします!!』

 

いよいよ試合開始ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 40

じゃんけんの結果、私達は後攻になりました。

 

「さて……。はづきさんとバッテリーを組むのも数ヶ月ぶりとなりますが……」

 

「今更瑞希ちゃんの実力は疑ってないって!進化した私の球も簡単に捌けるよ!」

 

「……まぁはづきさんが問題ないと言うのなら良いでしょう」

 

(この試合を通して今の新越谷、そして今後の対戦相手になり得る選手達のデータを集めておきましょうか)

 

私自身の目的はそこにありますからね。

 

「いけー!希ちゃん!」

 

「先頭頼むぞー!」

 

(新越谷で生粋の左打ちは今打席に立っている中村さんのみ。単純な相性で苦しむのはここだけですが、果たして今のはづきさんは……?)

 

はづきさんが振りかぶった瞬間……。

 

『なっ!?』

 

新しく変わったはづきさんのフォームに新越谷の面々は驚いていました。スリークォーターですか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(球速自体は夏大会の時と然程変わってはいませんが、サイドスローよりも上の角度から投げられるその球は圧倒的に速く感じてしまいます)

 

(ふふん、驚いているみたいですね。監督にフォーム変更を言われてから今のフォームでのピッチングを依織先輩とずっと練習してきたんです。秋大会までは見せるつもりはありませんでしたが、サービスですよ!)

 

 

ズバンッ! 

 

 

『ストライク!』

 

2球目のスライダーで中村さんを空振り。そして……。

 

(これで……三振!)

 

(なんとしてもバットに当てる!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3球目も空振りで三振に仕留めました。

 

(はづきさんが最後に投げたのは、かつて中村さんにホームランを打たれた変化が最も小さいスクリュー……。あの時のお返しも込めた1球でしたね)

 

恐らく初めて感じたであろう大きな敗北。そしてそこから出て来る悔しいという感情ともっと強くなりたいという憤り……。これ等が今のはづきさんを形成している訳ですか……。

 

『アウト!』

 

2番の藤田さんも凡退。ちなみに新越谷の打順は……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 キャッチャー 山崎さん

 

4番 レフト 雷轟さん

 

5番 センター 岡田さん

 

6番 サード 藤原さん

 

7番 ショート 川崎さん

 

8番 ライト 朱里さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

……と、このようになっています。現状要注意なのは雷轟さんと朱里さんですね。

 

『アウト!』

 

そして3番の山崎さんも凡退。中村さんに対して投げた三振を狙うピッチングと、藤田さんと山崎さんに投げた打たせて取るピッチング……。この両方を上手く駆使すれば、新越谷の打線は抑えられそうですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 41

1回表は三者凡退に抑え、1回裏の私達の攻撃に移ります。

 

「よっし!じゃあ行ってくるねっ☆」

 

こちらの合同チームの先頭打者はいずみさん。武田さん相手に以前2三振していたみたいですが、あの頃のいずみさんよりも確実に成長しているでしょう。

 

(アタシの仕事としては後続の人達の為にヨミの球種を探る事だけど、まずは練習試合のお返し!)

 

 

カンッ!

 

 

いずみさんは初球打ち。本来なら球数を稼いで武田さんの球種を探ってもらおうと思いましたが……。

 

「……余程練習試合の三振が堪えたみたいですね」

 

(いずみさんは多少のボール球でも安定させてヒット性の当たりにする事が出来る……。藤和の人達もこの技術を買って1番に選出してるのでしょう)

 

「彼女のバッティングは自由だな」

 

「それがいずみさんの持ち味でもあります。シニアでも悪球打ちが出来る数少ない1人でしたから、武田さんのナックルスライダーを強引にヒットに出来ました」

 

自身の打撃に自信がある故に、中田さんの言うような自由なバッティングに繋がる訳ですね。

 

(あれが藤和高校のリードオフガールの実力……。私も負けてはいられない!)

 

「そしてそんな金原に触発されて打席に入って行ったな」

 

陽秋月さん……。選手タイプとしてはいずみさんと同タイプ。得意としているコースと、苦手としているコースが2人真逆なところで差別化が出来ます。

 

(よーし、じゃあ初球から行っちゃおっかな~♪)

 

いずみさんは盗塁を狙うつもりのようですね。それでは待球で行きましょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

いずみさんのスタートは完璧。山崎さんの送球は悪くないのですが……。

 

『セーフ!』

 

悠々セーフですね。静華さんや三森3姉妹のようにはいかなくても、いずみさんとてかなりの走力を有しています。

 

「盗塁のスタートは良かった……。君が指示を出したのか?」

 

余りにも綺麗に出来過ぎている展開に中田さんが私に尋ねてきました。私が指示したのは陽さんに待球だけです。

 

「私は何も指示していません。いずみさん自身ヒット1つで得点に繋がるように動いたのでしょう」

 

「川越シニア出身の人間は皆自我が強いのか……?」

 

「……悪く言えば荒くれ者の集団ですからね。勿論キチンと指示を聞く人もいます。梁幽館にいるあの2人がとても良い例でしょう?」

 

「……納得だな」

 

 

カンッ!

 

 

2球目に打った陽さんの打球はセカンドゴロですが、いずみさんは三塁へと到達。最低限の結果ですね。

 

(ワンアウト三塁……。亮子さんにはなんとしても点を取ってもらいましょう)

 

次は亮子さんの打順ですね。こちらも最低限の結果で先制点を取りに行きましょうか。

 

「お願いしますね。亮子さん」

 

「任せておけ」

 

(武田の球種で要注意なのは大きく曲がるナックルスライダーとツーシーム、そして速めのストレートに朱里が投げていたストレートに見せた変化球の4つ……。それ等が上手い具合に噛み合って、相手打者を打ち取る……というのが武田の基本戦術だ。瑞希のサインは得点重視。それなら私は浅いゴロか三振に気を付けていけば良い)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あっという間にツーナッシング。ですが亮子さんはきっと仕事をしてくれるでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

(それが川越シニアの3番打者……というものですからね)

 

打球はセンターライナー。

 

『アウト!』

 

アウトにはなりましたが、いずみさんが生還するには充分な深さですね。

 

「たっだいま~☆」

 

まずは先制点……。このまま主導権を取りましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 42

無事に先制点を取りましたね。ツーアウトでランナーもいませんが、良い流れです。

 

「い、行ってくるね!」

 

「和奈ファイト~!」

 

ここで和奈さん。出来ればもう1点ほしいですね。

 

「彼女が洛山高校の4番なのか……。小柄な体型からは全く想像からは出来ないな」

 

洛山高校の選手達は和奈さん以外は全員身長が170センチ以上……。ここにいる面子の中でも大豪月さんと非道さん以外の人達全員よりも大きい人達の集まりです。

 

「ウム!我が洛山でもホームランの数はトップ!甘いコースなら軽々場外よ!!」

 

「……その発言が決して大袈裟ではないのが和奈さんですね」

 

しかも質が悪い事に、和奈さんもいずみさん同様に悪球打ちが出来ます。多少のボール球なら……。

 

「この試合でも見れるかな~?和奈の場外弾」

 

「どうでしょうね。武田さんも良い投手ですから、借りに打たれたとしてもそう何度もホームランにする事は難しいかも知れません」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(外角のボールゾーンにストレート……。和奈さんとの勝負を避けるつもりなら、その程度の外しは意味を成しませんよ?)

 

しかし2球目に投げられたナックルスライダーは更に大きく外れるコースへと曲がりました。捕手が捕れるか怪しいコースへと……。

 

(予想通り!)

 

和奈さんはそれを予測していたかのように、踏み込んで打ちに来ました。

 

 

ガッ……!

 

 

「詰まらせたか……。あの身長であのコースに当てる事自体が難しかったのだから、仕方ないな」

 

打球はフラフラしていますが、これは……。

 

「……いえ、どうやらアウトと捉えるのは早計のようですね」

 

「何……?」

 

 

ガシャンッ!

 

 

打球がフラフラとしながらもポール直撃ですか……。

 

「和奈さんは高校に入って更にパワーを付けましたね」

 

「フハハハ!あれが我が洛山高校の4番打者……清本和奈よ!」

 

「これにはプロスラッガーもびっくり~」

 

洛山高校ではこれが出来るのを当たり前になるように鍛えられているようですね。しかしそれを不自然と思うのも当然の話で……。

 

「いやいやいや、可笑しいだろう!何故あんな体勢を崩した……というか転んでいたぞ!?それなのにどうしてあの当たりが出せる!?」

 

梁幽館で4番を打っていた中田さんがありえないと言わんばかりに抗議しています。私も正直同意見ではありますが、結果に反映されている事が全てなのです。

 

「やー、アタシ達は慣れてたからそんなに驚いてないけど、やっぱり可笑しいですよね~」

 

「それはそうだろう。シニアにいた頃でも何回かあんな風に和奈がホームランを打つ場面を見たが、今でも疑問に思うぞ……」

 

「そう……でしたね。すっかり感覚が麻痺してしまいますねこれは……」

 

いずみさん、亮子さん、友理さんの3人も可笑しいとは思っていますね。慣れの差でそこまで驚いてはいないようですが……。

 

「……何にせよ今は頼もしい味方だ。清本のホームランを喜ぼうじゃないか」

 

(それにしても今の打撃……。清本と勝負をする時は最大限警戒しないと打たれてしまうな。全国前に清本の規格外なパワーを見られて良かったよ)

 

神童さんの目からは和奈さんのホームランを見て何か得られるものがあったようですね。やはりこの合同試合を組んで正解でした。

 

5番の中田さんは大きく打ち上げてライトフライ。今の打球でも和奈さんならホームランにしていたと思うと、やはり和奈さんのパワーは異常ですね。改めてそれがわからされました。

 

(やはり武田もレベルアップしているな。完全に打ち損じてしまった……。それを思うとあんなホームランを打った洛山の清本が異常なだけだな。あれでまだ1年生とは恐ろしい……)

 

中田さんも同様の事を思っていそうですね。和奈さんの成長は計り知れません。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 43

2回表。新越谷も真打ちが登場したようですね。

 

「頼んだぜ!スラッガー!!」

 

「任せてよ!!」

 

新越谷の4番打者……雷轟さんです。

 

「…………!」

 

雷轟さんが打席に入った瞬間、辺りからピリッとした雰囲気が流れました。

 

(これは和奈さんに匹敵する……というのも事実に近付いて来ましたね)

 

(大会でホームランを打たれた借りを……返させてもらいますよ!)

 

はづきさんは勝負する気満々のようですし、雷轟さんを抑えにいきましょうか。

 

(初球からいきましょうか)

 

(勿論!)

 

初球からはづきさんの決め球……大きく曲がるスクリューを要求。はづきさんもそのつもりで私のサインに頷きます。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

普通に打とうとすれば右打者には届かない外角ギリギリのスクリュー。雷轟さんは両打ちですが、はづきさんが左投げの投手なので右打席に立っているのが仇になる形ですね。

 

(2球目はどうしますか?ストレートやスライダー、打ち取るスクリュー等でタイミングを狂わせますか?)

 

(ううん、雷轟さんにはずっとこれでいく……!)

 

(……そうですか。それなら確実に投げ切りましょう)

 

はづきさんはどうしても雷轟さんを大きく曲がるスクリューで抑えたいようですね。見せ球や釣り球を一切考えない配球で行くようです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

これでツーナッシング……。本来なら1球外して様子見ですが、今のはづきさんは留まる事を知りません。

 

(これで……フィニッシュ!)

 

変わらず外角低めにミットを構えますが、先程の2球に比べてかなり大きく曲がっています。

 

「うわっ!さっきまでよりもエグい変化してるぞ!」

 

「遥ちゃん!」

 

強打者を相手にすると大きく力を発揮するタイプの投手……。はづきさんにはその傾向がかなり大きいみたいですね。

 

(……ここだ!!)

 

「はぁっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

先程の和奈さんと同様に体勢を崩しながらも打ってきました。その打球はドンドンと伸びていき、スタンドへと吸い込まれました。

 

「ふぅ……」

 

「大丈夫ですか?」

 

「うん……。それにしてもやっぱ凄いねー。あのレベルの強打者はまだまだ私の手が届く段階じゃなかったや!」

 

「はづきさん……」

 

「でも大丈夫だよ。あのホームランが切欠となって、この橘はづきは更に成長していく……。次に新越谷と相見える時はスーパーはづきちゃんになっているのだ!!」

 

特に落ち込んでいる様子はなさそうですね。そもそもはづきさんはここで引き摺るようなメンタルをしていませんでしたか。

 

「さぁ、後続の打者を抑えて行くよ~♪」

 

気丈に振る舞ってはいますが、決して悔しくない訳ではないでしょう。

 

(その悔しさを良い方向でぶつけてくださいね)

 

『アウト!チェンジ!!』

 

雷轟さんにホームランを打たれてからは吹っ切れた様子を見せたはづきさんが初回と同様に打たせたり、三振を取りに行ったりのスタイルで新越谷の打線を翻弄していきました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 44

2回裏。こちらの攻撃の先頭は……。

 

「よろしく~」

 

洛山の非道さんからですね。

 

「この回の打順は非道からか!これは面白い事が起こりそうだな!」

 

「去年と春の練習試合で対戦したが、非道はなんて言うか……不気味な打者だからな」

 

「不気味?」

 

非道さんは洛山には……いえ、他でも2人といない個性的な打者です。言動やバッティングスタイル等を形容して彼女と対戦した人達は声を揃えて『不気味』と称するようです。

 

「確かに彼女の高身長から放たれる雰囲気には気圧されそうになるが、不気味……とは一体?」

 

「何だろうな?口で説明するのは難しい。非道との付き合いが長い大豪月なら何かわかるんじゃないか?」

 

神童さんが大豪月さんに説明を求めます。正直私も非道さんの事は色々な意味で気になりますので、何かしら聞けると良いのですが……。

 

「ム?非道の事か?彼奴との付き合いは幼少期からにはなるが、そんな私にもまだ全ては話しておらん!」

 

「そうなのか?」

 

「左様。出逢った時から私と行動を共にしているが、非道からは私から何かを掠め取ろうとしているような印象がある……。油断ならない奴よ!」

 

「今の話からわかるのは非道という人間がかなりの曲者……という事だけだな」

 

中田さんの言葉に付け加えるなら、洛山で常に3番を打っている事から並のスラッガー以上の打撃を見せる事……でしょうか?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「打つ気配が感じられない……?」

 

誰かが呟いたように、非道さんはバットを振るどころか微動だにしていません。何か狙いがあるのは間違いないのでしょうが、それは恐らく非道さんにしかわからない事でしょうね。

 

(これは……確かに厄介な球だね~。清本ちゃんはよくホームランを打てたものだ~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(審判によってはボール判定されるコースなのに、それでもストライクの判定……。この打席は様子見かな~)

 

「こうして見逃していても何をするのか、何が狙いなのかがわからない……か。成程、不気味と呼ばれる訳だ」

 

中田さんも非道さんの行動を見てようやく不気味の意味合いがわかったようです。

 

「バッティングに関して言えば、非道は誰にも当てはまらない動きをするからな……」

 

「他の打者がやろうとしても、安打以上に仕上げるのはかなり難しかったでしょう」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

どうやらこの打席では見られなかったようですね。

 

(次の打席には打たせてもらうよ~?)

 

武田さんが投げたのは3球全てナックルスライダーですね。球筋を見極めていたのでしょうか?

 

「1球も振らなかったのは珍しいな非道?」

 

「球筋を見極めたかったんですよ~」

 

「次は打てそうか?」

 

「多分なんとかなるんじゃないですかね~?」

 

大豪月さんと非道さんの会話から次の打席になると武田さんが攻略出来るかのように話していました。

 

「~♪」

 

当の非道さんは自分の打席が終わると、鼻歌を歌いながら装着していたモノクルを外して、眼帯を新たに装着していました。捕手に入る時と、打席に入る時にモノクルを装着していて、それ以外は眼帯を装着しているみたいですが、いまいち違いがわかりませんね。

 

『アウト!』

 

非道さんについて色々と考えている内に私の打席が回ってきましたね。出来る事をやっていきましょうか。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 45

ツーアウトランナーなし。私の打順が回ってきましたね。

 

「よろしくお願いします」

 

(武田さんの球を間近で見るのは初めて……。公式戦で当たる前に機会をもらったのは良い事ですね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(今のストレートが梁幽館打線を苦しめたストレートですか……。これは凡打を誘うタイプの球ですね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(2球目は緩急を付ける為にナックルスライダーですか……。これ等を散らすだけで打者は迂闊に手を出す事は出来ない……というのも仕組みですね。配球次第で全国でも打者を打ち取る事が出来そうです)

 

本命は今投げたこの2球種でしょう。他の球種をどのように見せるか……。配球の組み立て甲斐がある投手ですね。何れはバッテリーを組んでみたいものです。

 

(3球目は朱里ちゃんの球でお願い)

 

(了解!)

 

3球目に投げられたコースはストライクゾーン。3球勝負を試みているのでしょうか?

 

(3球目はストレート?いえ、これは……!)

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

(打ってきた!?)

 

(朱里さんが投げていたストレートに見せた変化球ですか。媒体はカーブですね)

 

朱里さんがあれを身に付けて3年以上……。内訳9割は私が捕っていた球ですので、目を凝らせば違いが見えてきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ファール!』

 

それから5球程ファールで粘り続けています。確実にアウトにしようとストライクゾーンにほとんど投げて来るので、カットしやすいですね。

 

(ですがまだもう少しだけ……武田さんの球を見ていたいですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

これでフルカウント……。球数で言えばそろそろ20球に到達しそうですね。

 

「タイム!」

 

(ここでタイムを掛けましたか……。結果がどうあれ、次の1球で終わりそうですね)

 

新越谷の内野陣とライトから朱里さんが駆け寄ってきて何やら話し合っています。この間に私も色々と考えておきましょうか。

 

(武田さんの持ち球は強ストレートと呼ばれる球、ナックルスライダー、ツーシーム、カットボール、そして朱里さんから教わったストレートに見せた変化球……。まだ他にも隠していそうですが、目にするのはこの5球種ですね。ではこれ等を今後白糸台と当たった時に備えて、どのように対策していくかを……)

 

「お願いします!」

 

……考えようと思いましたが、どうやらタイムが終わったようですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

そして歩かされましたね。

 

(20球……。予想よりも稼げましたね。これで二巡目の布石を敷く事が出来ました)

 

あとは後続の打者に任せましょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

はづきさん?いくらなんでもアッサリと三振し過ぎていませんか?

 

「やー、参った参った。武田さんってばかなり良い球投げるんだもんなぁ……」

 

まぁ当の本人は得られるものもありそうですし、一概に駄目とは言い辛いですね。はづきさんには投で挽回してもらいましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 46

2回終了時点。後方から2つの人影が見えました。

 

「あっ、2回が終わってる!」

 

「手続きをキチンとしていれば途中で間に合ったと思うわよ。貴女がモタモタしていたのが悪いんじゃない……」

 

どうやら到着したみたいですね。六道さんが入校手続きに戸惑っていた様子です。

 

「久し振りだね朱里ちゃん。元気そうで何よりだよ!」

 

「お久し振りです六道さん」

 

一応こちら側の監督を務めるのですが、2人はその前に朱里さんにご挨拶をしています。

 

「朱里」

 

「か、母さん!?六道さんと今でも面識あるの?」

 

あの2人は時々交流しているみたいですが、朱里さんがそれを知らなかったのは冷戦状態の時期があったからでしょうか?

 

「茜ちゃんは私の飲み仲間だよ!」

 

「貴女が勝手に絡んでくるのよ……。とりあえず何人しか私達の事を知らないみたいだし、自己紹介でもしたらどうかしら?」

 

……お酒の席に限っては六道さんが絡みに行っているみたいですね。

 

(そういえば六道さんは白糸台の監督ともお酒を飲む仲だと聞いた事がありますね。私の推薦理由もその辺りが関係しているのかも知れません)

 

まぁそれは邪推のし過ぎなのでしょうが……。

 

「私は六道響だよ!川越シニアで監督をやってるんだ。よろしくね!」

 

「早川茜よ。朱里の母に当たるわ。よろしく」

 

試合途中ではありますが、六道さんと茜さん……朱里さんの母親の紹介です。

 

「あ、朱里ちゃんの……」

 

『お母さん!?』

 

『お義母さん!?』

 

朱里さんの人望の厚さが伺えますね。何人かは別の感情もありそうですが……。

 

「ちょっと待って……。六道響さんと早川茜さんって……まさか20年前に世界一の高校生バッテリーって呼ばれたあの!?」

 

川口芳乃さんがいち早く2人の実績に気付き、それを知った事でこの場のほぼ全員が騒然とし始めました。

 

「なんか久々に聞いたね。その通り名」

 

「貴女はシニアで監督をやっているけれど、私なんてもうただの主婦よ?」

 

「いやいや、茜ちゃんも腕は衰えてないじゃん。この前の草野球擬きでも投手として活躍してたよね?」

 

「あんな機会も2度とないでしょうね。それにまだ私も最低限の事は出来るわ。だって朱里に投球の技術を教えているもの」

 

茜さんは今でも朱里さんに対して良き指導者であろうとしているみたいですね。アンダースローの専門コーチみたいなところがありますが、もしも他に優秀なアンダースロー投手がいたら、ついつい何かしらの指導をしていそうです。

 

「朱里があんなに凄い投球をするのは最強投手と呼ばれた母親からだったとはな……」

 

「道理で朱里が鋭い投球をする訳だね……」

 

「流石朱里せんぱいです!」

 

亮子さん、いずみさん、はづきさんの3人も朱里さんのリトル時代の部分までは知らなかったみたいですね。川越リトルでも知っているのは私と和奈さんくらいでしょうか?

 

「今は試合中なのだし、私達は連合チームの責任者として合流するわよ」

 

「まぁ指示出しは瑞希ちゃんだけでもでいけると思うし、私達はベンチから観戦だね!」

 

いえ、私だけではまだまだ不安です。指導者として手伝ってください。

 

「じゃあ二宮達の監督って……」

 

「私達よ。響が言っていたように私達はただ貴女達の試合を観るだけになると思うわ。責任者……という立場上連合チームの監督になるだけよ」

 

私と交代して指示出ししてくれても良いのですよ?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 47

3回表は朱里さんの打順からですが……。

 

「あら、朱里の打順からなのね」

 

「朱里ちゃんは他のシニアだったらクリーンアップでも通用する程のバッティングセンスの持ち主だからね。はづきちゃんの球もどこまで成長してるか楽しみだなぁ」

 

元最強バッテリーからプレッシャーをもらってしまっていますね。しかも朱里さんだけでなく、はづきさんにまでその影響が及んでいます。

 

(様子見です。低めにストレートを)

 

(了解了解!しっかし朱里せんぱいのお義母様に見られる何で色々な意味でプレッシャーだよ)

 

サインは低めのストレートを要求。

 

 

カンッ!

 

 

(しまった。初球打ち!?)

 

初球打ちを決められて、はづきさんは焦っています。低めのストレートを読まれましたね。

 

『ファール!』

 

(……ファールで助かりました。朱里さんにストレートは通用しませんね)

 

(それならスクリューで!)

 

2球目にはスクリューを要求します。3段階ある中の2つ目です。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「良いぞ朱里!」

 

「当たる!当たるよーっ!」

 

スクリューにも難なく合わせてきますか……。朱里さん的には何がなんでも塁に出て、流れを掴もうとしている訳ですね。

 

 

カキーン!!

 

 

3球目に2球目と同様のスクリューを反対側のコースに投げてもらいましたが、綺麗に合わせられましたね。飛距離的にホームランにはならないと思いますが……。

 

「やった!外野の頭を抜けた!」

 

「回れ回れ!」

 

朱里さんは一塁を蹴って二塁へ。ライトの中田さんがボールを捕って矢のような送球をセカンドに投げます。際どいタイミングになりましたね。判定は……?

 

『セーフ!』

 

セーフ。これで一打同点のピンチになってしまいました。

 

「次はヨミだな」

 

「ヨミちゃーん!決勝戦のようなホームランを期待してるよー!」

 

ノーアウト二塁で次の打者は武田さんですね。

 

(この局面は十中八九送りバントでしょう……。発言からしてヒッティングの可能性もありますが、読み負けた時のリスクが大きいので無理は出来ませんね。ここは素直にワンアウトを貰いましょうか)

 

ここで最悪なのは一塁・三塁の状況に陥るか、エンドランを決められる事……。それに比べるとワンアウト三塁の状況の方が優しいでしょう。

 

 

コンッ。

 

 

一塁線にバント……。素直にワンアウトもらっておきましょう。尤もこの面子でそれがわからない人はいないと思いますが。

 

『アウト!』

 

これでワンアウト三塁。ここで新越谷は打者一巡しますね。

 

「一打同点だ!」

 

「いけーっ!希ちゃん!」

 

(1打席目の借りは返す……!)

 

(上位打線は危険ですが、歩かせる訳にもいきませんね……)

 

セオリー通りに行けば内外共に前進守備……。しかし頭を抜かせると、同点になった上でワンアウト三塁の状況に陥ってしまうでしょう。

 

(外野には中田さん、陽さん、そしていずみさん……。ここは彼女達を信用するべきでしょう)

 

「内野、外野は前進してください」

 

「セオリー通りのシフトね」

 

「連合チームの実力を考えると頭を抜かれても長打にならなさそうだね。逆を突かれても大きな被害は出ないって瑞希ちゃんは考えたみたい……」

 

まさに六道さんの言う通り。私は外野を信じます。

 

(絶対にピンチを切り抜ける!)

 

はづきさんのやる気も信じましょう。レフト線に打たせるように誘導させます。

 

 

カキーン!!

 

 

「レフト!」

 

(アタシか~。届くかな……?)

 

私も、はづきさんも、いずみさんを信じています。だからきっとこの打球も……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「ふー、なんとか間に合った……」

 

(アウトにしてくれると……信じていましたよ)

 

丁度朱里さんがホームの近くまで来ていますね。いずみさんの肩なら刺してくれるでしょう。

 

『アウト!』

 

これでチェンジですね。なんとかリードを維持出来ました。

 

(大豪月さんと神童さんが肩を作っているようですし、はづきさんはこのイニングで交代ですね)

 

どちらが投げるにせよ、私達がかなり有利になる筈です。このままリードを保っておきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 48

試合は進んで4回表。はづきさんはここで降板となり、いよいよあの2人が始動します。

 

「うう……。打ち取られちゃった……」

 

「ドンマイ和奈♪」

 

打ち取られて落ち込んでいる和奈さんをいずみさんが宥めています。武田さんの成長速度は計り知れません。

 

「向こうでは朱里が肩を作っている。恐らく後半で投げてくるだろうな」

 

「どうやらそのようですね」

 

(これは朱里さんの成長ぶりも間近で見られるチャンスですね)

 

私が知らない朱里さんの成長をここで見られるのはかなり大きいでしょう。

 

「「じゃんけんっ!!」」

 

ふと右を向いてみれば、神童さんと大豪月さんがじゃんけんをしていました。

 

「あれは何のじゃんけんですか?」

 

「なんか~。どっちが先に投げるのか決めてるんだって~」

 

近くにいた非道さんが言いますが……。じゃんけんで決めて良いものなのですか?

 

「しゃあっ!私の勝ちだぁ!!」

 

「そんなに早く投げたかったのか……」

 

「よっし!やっと私の出番が来たぞー!!」

 

「嬉しそうだな……」

 

じゃんけんの結果、先に投げるのは大豪月さんになりましたね。

 

「これは……いつも大豪月さんの球を受けている非道さんに代わった方が良いのでしょうか……」

 

「ん~?その必要はないよ~。捕手はこのまま二宮ちゃんで~」

 

「……私で良いのですか?」

 

「全然良いよ~。大豪月さんも二宮ちゃんの事は認めてるしね~。球の質は違えど、神童さんの球をいつも捕ってる二宮ちゃんなら捕り零しの心配もないだろうし~」

 

「……わかりました」

 

そこまで頼りにされているのなら、代わった方が良いなんて言えそうもありません。気張っていきましょう。

 

「いくぞ新越谷!!」

 

 

ズバンッ!

 

 

これが高校生最速のストレートですか……。長く捕り続けていると、手が痺れてしまいそうですね。

 

(ですがこのストレートを捕れる機会もまたとありませんね。この機会を大切にしましょう)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

2番の藤田さん、3番の山崎さんを連続三振。新越谷の中では比較的空振りの少ない2人を空振りさせるそのストレートは確かに魅力的です。そして……。

 

「あれ?あの子って……」

 

「朱里が気にかけている子ね。野球を本格的に始めたのは今年かららしいわ」

 

「って事は初心者なんだ……。そんな子が4番って凄いんだね!」

 

新越谷には2人といないスラッガー……雷轟さんの登場です。

 

「彼女は現時点で新越谷のスラッガーと化しています。1打席目でもはづきさんからホームランを打っています」

 

「あのはづきちゃんから!?……前のシニアの監督と朱里ちゃんからあの子をチームの採用試験落としたって話を聞いた時は勿体ないって思ったけど、本当に勿体なかったなぁ」

 

「テストではポロポロと落としていたらしいですからね。雷轟さん打撃を見る前に落としてしまったと……」

 

「……でもそのお陰であの子があそこまで大きくなったって事だよね」

 

「その日から朱里さんが彼女の練習に付き添っていたみたいです」

 

「この打席ではどのような勝負を見せてくれるのかしらね」

 

朱里さんが目を付けたスラッガーと高校生最速の豪腕投手……。勝負の行方を予測するのは難しいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 49

マウンドに大豪月さん、打席には雷轟さん……。両者の睨み合いが始まっています。

 

「行くぞ……!打てるものなら打ってみろ!」

 

(雷轟遥……。コイツは今まで戦ってきた奴等とは一味違うな。面白い!私のストレートを打てるかな?)

 

(菫ちゃんと珠姫ちゃんからどんな感じかは聞いた……。あとは私のタイミングで……!)

 

「うおおおおっ!!」

 

(スイング始動!)

 

スイングが通常よりもかなり早いですね。大豪月さんのストレートはそれ程まで……という事でしょうか?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(やはり当ててきたか……!)

 

(腕が痺れる……。これが最高のストレート!)

 

大豪月さんの表情を見ると、当ててくるのを予測していたような……そんな表情をしています。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(ボールが真後ろに……!タイミングが合ってきた証拠ですね。このままストレート1本で勝負をするのは危険ですが……)

 

大豪月さんは他にもファスト系の変化球も投げる投手です。他の球種も混ぜてタイミングを狂わせるべきではありますが……。

 

(野球はこうでないとな!力と力のぶつかりあい……。これが私の望んでいた野球なんだ!!)

 

(……それを伝えるのは野暮ですね。好きに投げさせましょう)

 

この打席は次の1球で決着が付きそうですしね。

 

「…………」

 

「…………」

 

(いくぞ雷轟遥……!これが私の……全力だ!!)

 

(力には力で……!私の全力を大豪月さんのストレートにぶつける!!)

 

 

カキーン!!

 

 

先程投げたストレートは間違いなく大豪月さんの中でも最高のストレートだったでしょう。しかし雷轟さんが放った打球はレフト方向にそのまま入っていきました。

 

「ほ、ホームランだ!」

 

「あのストレートを打っちゃった!?」

 

「凄いよ遥ちゃん!!」

 

「遂に同点ね!」

 

新越谷sideは同点になった事で盛り上がっています。勢い通りに進ませると不味いですね。

 

「…………」

 

「大豪月さん……」

 

一方で打たれた大豪月さんを和奈さんが心配していました。

 

「フハハハハ!雷轟遥、流石私が見込んだ女だ……。だが次は負けん!それにまだ試合は終わってないからな!後続を抑えるぞ!!」

 

しかし大豪月さんにしてみれば、必要のない心配だったようですね。

 

「清本ちゃん、切り替えて守ってこ~?」

 

「……はいっ!」

 

和奈さんの方は非道さんが宥めました。あの2人も中々良いコンビです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

雷轟さんに打たれた事がトリガーとなったのか、大豪月さんの球の勢いが増したように思えます。まだ速くなるんですか?

 

「あの子……打ったね」

 

「ええ、良いスイングだったわ」

 

「あの時投げた大豪月さんのストレートも過去最高のもの……。どちらが勝っても可笑しくありませんでした」

 

ベンチに戻ると六道さん、茜さん、友理さんが先程の雷轟さんについての総評をしていました。我々連合チームのリリーフが調子付いている雷轟さんを止める事を期待しておきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 50

試合は進んで6回裏。マウンドには朱里さんが上がっています。

 

「朱里ちゃんと勝負……!」

 

こちらの攻撃は和奈さんの打順から……。

 

(初球はストレート!)

 

(これは……速い方のストレートだ!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

初球から朱里さんのストレートを捉えます。

 

「場外まで飛んで行ったな……」

 

「味方としては頼もしい限りです」

 

敵に回ると厄介な事この上ないですが……。練習試合の時も和奈さんを抑えるのは苦労したものです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(しまった!SFF!?朱里ちゃんの速い方のストレートと球速が同じだから思わず釣られてしまったよ……。次はちゃんと見極める……!)

 

「今投げたのはSFFか……。早川の持ち球はかなり豊富だな。1打席で打つのは厳しそうだ」

 

「ですが攻略法もあります」

 

「攻略法……?」

 

「まぁそれについては私が打席に入って確かめます。シニア時代と変わっているかどうかを……」

 

もしも朱里さんの攻略法がわかれば、神童さんならきっと打ってくれるでしょう。

 

『ファール!』

 

「しかし今のファールで15球目か……。清本も随分と粘るな」

 

「和奈さんはスラッガーでありながらも、かなり粘り強い打者です。練習試合の時でそれはわかっている筈ですが……」

 

「まぁ……な。改めてそう思ったんだよ」

 

 

ガッ……!

 

 

「打ち上げましたね」

 

「だがフラフラとしながらも打球は伸びて行ってるぞ?あのまま入るんじゃないか?」

 

そうなるとこちらとしてはありがたいのですが……。

 

『アウト!』

 

世の中そう甘くはありませんね。

 

「惜しかったね和奈」

 

「完全に詰まらされたよ……」

 

詰まらせてホームランスレスレの当たりを打てるのは異常なんですけどね。しかし……。

 

「朱里さんが最後に投げた球はシニアでも殆んど投げなかったので、意表を突かれましたね」

 

「朱里せんぱいがあれを投げるのは主に紅白戦で和奈ちゃん相手にだもんね」

 

朱里さんが和奈さんに投げたのはツーシーム。これは朱里さんが和奈さんに勝つ為に編み出された球ですが、シニア時代よりもキレが上がっていますね。

 

「でも2人共ナイスファイトだったよ!」

 

「ええ、どちらが勝っても可笑しくなかった……。特に速いストレートとSFFは良かったわ」

 

(朱里が清本さんに投げたのはツーシーム……。他の変化球に比べて決め球に匹敵する球威だったわね。新越谷に入ってからの朱里の成長を私は余り知らない。それは朱里が新越谷に残りたいが為に私達に内緒で練習した成果……と考えるべきかしら)

 

朱里さんは茜さんにわからないように身に付けた球をこうして見せている訳ですが、朱里さん的には自身の成長を見てほしいのでしょうか?

 

『アウト!チェンジ!!』

 

中田さんと非道さんも打ち取られたみたいですね。やはり朱里さんは侮れません。

 

「さて……。いよいよ7回だな」

 

「頑張っていきましょう」

 

6回が終わり、7回に突入。いよいよ白糸台のエースが登坂します。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 51

7回表。マウンドには大豪月さんに代わり、神童さんが上がります。

 

「私はまだまだ投げられるが……。まぁ良い。あとは頼んだぞ神童!」

 

「はは……。まぁ精一杯やるさ」

 

あの2人の温度差が激しい気がしますね。大豪月さんの熱さを神童さんが冷静に捌いています。

 

新越谷の攻撃は3番からですか……。

 

(一足早い新越谷戦か……。サインはどうする?)

 

(いつも通りで良いでしょう。新越谷は手強い相手ですが、神童さんの変化球があればこの短いイニングで打たれる事はありません)

 

警戒する打者は数人いますが、神童さんを打つには少しばかり経験が足りませんね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(変化球のキレもいつもより良いですね。新越谷と戦う事が楽しみだったのでしょう)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

しかしこうなってしまうと……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

少し新越谷には同情してしまいますね。今日の神童さんは過去一の調子の良さですからね。

 

(山崎さんに投げたのはスライダー、カーブ、シュート……。曲がり方が違う変化球を同じ変化量で投げてくるのが神童さんの強みの1つですよね)

 

まずはウォーミングアップと言わんばかりに山崎さんを三振に仕留め、そして……。

 

「来い!!」

 

4番の雷轟さん。本格的に野球を始めて3ヶ月程ですが……。

 

(こうして対峙すると威圧感があるな……)

 

(こちらも全力でいきましょう)

 

尤もこの時の神童さんは全力であっても、まだ全てを見せてはいません。そしてこの試合で神童さんの全てを見せる事はないでしょう。例え雷轟さんに打たれたとしても……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「な、なんだ今の球は!?」

 

「……多分ツーシームだね。私や武田さんが投げるそれとは比べ物にならないノビとキレがある」

 

神童さんは全ての選手の中でもトップ唯一ツーシームとムービングファストボールを操る投手ですが、この試合ではムービングファストボールの方は投げそうにありませんね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

今投げたのはシンカー。変化球の引き出しが多過ぎて狙いを付けさせてはくれません。これが神童裕菜という投手なのです。

 

「圧倒的な変化球ね。今投げているのが高校生最強の投手と呼ばれた人間……」

 

「神童裕菜ちゃん……。あの子は今すぐプロ入りしたとして、来年には二桁勝利は確実だろうね」

 

「今後神童さんを攻略出来る人間がいるかいないかで今年の全国大会の勝者が決まるわ」

 

六道さんや茜さんの神童さんに対する評価もかなり高いですね。浅草シニア出身と聞いていましたが、シニア時代ではその名前を聞く事はありませんでした。無名で無冠の天才……という事でしょうか?

 

(な、何がなんでも打たなきゃ……!打ってこの試合に勝つ!!)

 

(……良い闘志だ。だがまだ負ける訳にはいかない!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

何がなんでも当てようとする雷轟さんを冷静に抑えました。最後に投げたのはフォークですか……。

 

5番の岡田さんも3球三振……。今の新越谷には神童さんを打てる選手はいなさそうですね。今後に期待しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

7回裏。抑えた勢いのまま、神童さんが朱里さんからホームランを打ちました。打者としてのセンスもかなりのもので、本当に隙がありませんね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 52

二宮瑞希です。今日いよいよ全国大会の舞台……西宮へと出発します。

 

「瑞希ちゃん、頑張ってね!」

 

「私達はスタンドで精一杯応援しマース!」

 

鋼さん達4人が私を見送ってくれています。気持ちはありがたく受け取っておきましょう。

 

「春は私達も瑞希ちゃん達と一緒に行く側を目指すよ!陽奈お姉ちゃん!」

 

「そうね……。私達も早く瑞希さんと共に並びたいものです」

 

「私が2軍落ちする可能性も決して0ではないと思うのですが……」

 

もちろんそうならないように練習しますし、結果を出します。

 

「もしも瑞希ちゃんが2軍落ちするようなら、白糸台野球部は終わりだよ。お先真っ暗だね!」

 

日葵さんの発言はかなり大袈裟だと思います。私よりも優秀な捕手は絶対にいます。

 

「二宮ー。そろそろ行くぞー」

 

「わかりました。……ではこれで失礼します」

 

「私達も試合前日には行くからね!」

 

1軍入りしていない白糸台野球部は試合前日に西宮に向かう事になっています。

 

「バンガードさんはその前に補習がありますので、それを切り抜けてください」

 

「……ムズカシイニホンゴワカリマセーン!」

 

「都合が悪くなって、日本語不自由になってる……」

 

「……私が責任を持ってバンガードさんの面倒を見ます」

 

「お願いします」

 

ちなみにバンガードさんは国語と社会で赤点を取っています。1発で切り抜けられたら無事に応援に行ける訳ですが、あの調子だとどうも不安です。

 

「そういえば1軍野球部は赤点とか大丈夫だったの~?」

 

「日葵、白糸台の1軍野球部にもなれば赤点を取る訳にはいかないのよ?大丈夫に決まっているじゃない」

 

私が歩いている背後では佐倉姉妹がこのような会話をしていました。実は大星さんと半田さんがかなり不安だったのは伝えない方が良いでしょう。赤点も取っていないみたいですし。知らぬが仏です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって西宮……。

 

「さーて。宿泊施設に着けば、あとは自由時間だ。時間を観光に使うも良し、身体を休めるのに使うのも良し……。じゃあ神童、あとはよろしく~」

 

監督が簡潔に話すと、神童さんに続きを任せてどこかへ行ってしまいました。中々の自由人ですね。

 

「あー、まぁ私から話す事は特にない。ただこれだけは言わせてもらう。私達が目指すのは春夏5連覇!そこに異論はないだろうし、頑張っていこう!」

 

『はいっ!』

 

春夏5連覇……。今年の夏は色々と障害が多そうですが白糸台なら、神童さんならそれが出来ても何ら不思議ではないと思わせるのが凄いですね。

 

(私も……神童さんを支えていきたいですね)

 

捕手としても、後輩としても……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 53

二宮瑞希です。前回の場面から日数が経過し……。

 

『ゲームセット!!』

 

私達白糸台高校はこの試合で準決勝進出を決めました。

 

「お疲れ」

 

「お疲れ様です。神童さん」

 

対戦相手は阿知賀学院。2年生3人と3年生2人が中心となってかなり手強いチームでしたが、神童さんを打つには今2歩程足りません。最早彼女を打てる高校生は存在しないのではないでしょうか?

 

「次は準決勝だな」

 

「はい。ですがローテーション的には……」

 

「ああ。次の試合の先発は新井だ。次の相手が洛山になろうが、新越谷になろうがな……」

 

私達白糸台が第1試合を勝ち抜き、ベスト4に1番乗りしましたが、聖皇学園、大安高校、浦の星学院、清澄高校、そして洛山高校と新越谷高校……。このような6つの高校の内半分が私達と同じ景色に到達する訳ですね。

 

「……観に行くか。第2試合」

 

「そうですね。他の皆さんは……」

 

「いや、偵察は私達だけで充分だ。他の選手達やマネージャー達にもそう伝えておいてくれ」

 

「わかりました」

 

(和奈さん、朱里さん、2人のぶつかり合いを楽しみにしていますよ?)

 

準々決勝第2試合は30分後に始まるらしいので、なるべく良い席を取っていきたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始5分前。ギリギリ間に合いましたね。

 

「二宮的にはどっちが勝つ方が望ましいんだ?」

 

一息吐いていると、神童さんからこの準々決勝第2試合の勝者はどっちが良いのかを尋ねられました。私の答えは決まっています。

 

「……新越谷の方が望ましいでしょう。洛山と試合をするのは骨が折れそうですから」

 

「大豪月曰く恒例らしいがな?白糸台と洛山が準決勝で試合をするのが……」

 

「神童さんと大豪月さんの投げ合いが……ですね」

 

しかし仮にこの試合に洛山が勝ったとしても、新井さんが先発するのは変わりません。そうなると打ち合いになる事は必至でしょう。洛山高校野球部は新井さんの球との相性が最悪ですからね。

 

(そういえば春に洛山と練習試合をした時も、先発投手は新井さんでしたね……)

 

乱打線という言葉は洛山を相手にした時にする言葉だというのもあの練習試合で学びました。あとは小手先のリードも洛山には通用しません。純粋な投手力と打撃力が問われる試合でした……。

 

「洛山の先発は大豪月じゃないみたいだな」

 

「そうですね。準決勝に備えての温存でしょうか?」

 

電光掲示板のオーダーを見ると、投手のところには『黛』と載っていました。練習試合では見なかった投手ですが、この試合でその全貌がお目見えする事でしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 54

二宮瑞希です。準々決勝第2試合……新越谷と洛山の試合観戦を神童さんと共にしています。私達白糸台が次に当たる対戦相手の偵察ですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「洛山の投手にしては球速が遅いな」

 

「確かに洛山にはいない軟投派ですね」

 

洛山高校の投手陣はとにかく球速が速い選手ばかりです。良く言えば豪腕、悪く言えば力任せ……。そのようなイメージが強い選手達の集まり……。

 

(その中で黛さんのような球速ではなく球持ちで勝負する投手はかなり珍しいですね……)

 

「大豪月が秘密兵器がいるみたいな事を言っていたが、もしかしたら黛がその秘密兵器なのかもな」

 

「そうかも知れませんね」

 

 

ガッ……!

 

 

黛さんが投げたのはチェンジUP。ストレートとの使い分けも出来ています。打たせて取るタイプの投手と見て良さそうですね。

 

 

ポロッ!

 

 

…………。

 

『セーフ!』

 

「まさかあんな小学生でも簡単に処理出来るイージーフライを落とすとは……。よくあれでレギュラーを取れましたね」

 

「まぁあれが洛山の野球だからな。二宮も練習試合でそれはわかっているだろう?それに根武谷の場合は今のミスを帳消しに出来るレベルのバッティングが出来る」

 

それを差し引いてもあのエラーは酷いの一言に尽きます。

 

「それにしても今のミスは酷過ぎますよ」

 

「洛山の面々ならあれは日常茶飯事さ。清本と黛以外とは去年も戦ったが、最低限の処理を難なく出来るのは大豪月と非道くらいだろう」

 

洛山高校のエラー率は全国トップとありましたが、その要因が見られましたね。しかし……。

 

「……今年初参戦の黛さんのピッチングを見る限りではそんな洛山の野球スタイルと相性が最悪にも見えます」

 

「黛のデータは全くないからな。大豪月が秘密兵器と豪語していた投手の実力をこの目で見る為に今日は来たようなものだ」

 

「黛さんは2年生……。来年も戦う可能性がある以上なるべくこの試合で多くのデータを入手したいところですね」

 

2番の山崎さんはバント。セカンドが前進して打球を捕りに行きますが、トンネル。バントをした山崎さんもかなり困惑様子で一塁ベースへ走って行きました。

 

「二者連続でエラー出塁。しかも結果的にバントエンドランを決めた形になりましたね……」

 

「まぁ洛山は大豪月が投げる時以外は必ず初回に失点するから、今日のこの展開もそうなんだろうな」

 

しかし気になるのは初回以降の失点が全くない事……。あのようなミスを連発するのに、2回以降は無失点で切り抜けています。奪三振数もそこまで多くはないにも関わらず……。洛山の野球は理論では計れませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 55

その後ツーアウトになったものの、新越谷はこの回6点を獲得しています。

 

「打者一巡したな……」

 

「まだ初回なんですが……」

 

しかも新越谷が取った点の半分以上がエラー絡みなんですよね。この守備力……というか捕球力は鍛え直さなければいけないレベルでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

セカンド正面のゴロですが、先程の傾向から察するに……。

 

 

 

ポロッ!

 

 

やはり落としましたね。まだ新越谷のチャンスは継続でしょうか……?

 

 

バシッ!

 

 

「おっ?ショートが素早くカバーに回ったな」

 

「セカンドのトンネルを予測した守備シフト……という訳ですか。並の思考では決して辿り着きそうにもありませんね」

 

恐らくシフトを手配しているのは捕手の非道さんでしょう。洛山でなければ出来ない先読みシフトには敬服しますね。

 

「不思議な事に洛山がポロポロと連続エラーをしているのは初回だけなんだ。2回以降のエラーの数は0……」

 

「それまた不思議な話ですね。あのようなエラーを見ると、また繰り返しそうなものですが……」

 

「あそこまで行くと、わざとエラーをしているように見えてしまうよな。そんな事をしてもメリットなんてないも同然なのに……」

 

「そう思わせる事が出来るのが洛山高校野球部……引いては大豪月さんや非道さんの手腕なのでしょう」

 

一見わざとエラーをしているように振る舞わせる事で以降のエラーを0にし、油断し切った対戦相手を打線で再起不能にしてしまう……というのが洛山野球部のイメージですね。

 

(これの恐ろしいところは多分エラーをしたのはあくまでも当人達の練習不足から生まれたもの……。ここまでくると洛山野球部がどういった練習方針なのか興味が湧いて来ますね)

 

攻守交代。いよいよ洛山の攻撃ですね。

 

「基本的には私達との練習試合と同じ……まぁ要するにいつも通りに攻めるんだろうが、新越谷がどう対処するかだな」

 

 

カンッ!

 

 

初球から打ってきましたね。三遊間に転がる鋭いゴロです。

 

「……抜けたな」

 

「かなり速い打球なので、ある程度仕方はないですね」

 

しかし問題はその後で、抜けた打球はそのままの勢いでレフトフェンスに当たりました。

 

「エグい打球だな……。あれは仮に捕れたとしても、打球の余韻が腕に来てしまうぞ」

 

「それで見悶えている間に結果的に内野安打になる訳ですか……。まともに捕りに行けば怪我に繋がりそうですね」

 

そして打球は外野を抜けたので、バッターランナーは一気に三塁まで辿り着いています。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

2番打者を歩かせてしまい、3番には……。

 

「洛山不動の3番打者……非道だな」

 

「基本的に1打席目は様子見をする傾向にありますが、新越谷の先発投手が以前の合同試合で対戦した武田さんなので、それも恐らくはないでしょう」

 

武田さんは非道さんに対して低めのナックルスライダーで空振りを誘いますが……。

 

 

カキーン!!

 

 

非道さんはボールを掬い上げるように打ち、打球はそのままセンタースタンドへと吸い込まれて行きました。

 

「非道は生粋のローボールヒッターだから、外すとしても高めに外すべきだったな」

 

「傾向からはわかっていたとしても、ワンバウンドしそうなコースを難なくホームランにする方が可笑しな話だと思いますよ」

 

「それをするのが非道という打者だ。新越谷もそれを思い知った事だろう」

 

「それにしても非道さんのスイングはかなり独特なものですね」

 

「所謂アッパースイングというやつだな。少なくとも高校生でやっているのは非道だけだろう。他の奴が同様にやろうと仕手も打ち上げてフライになるだけだ」

 

「どれだけの練習の末にあのような打球に仕上がるのか……。そこも興味ありますね」

 

洛山一の曲者は間違いなく非道さんでしょう。参謀という言葉がとても似合っています。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 56

カキーン!!

 

 

非道さんがホームランを打った後、それに続くように和奈さんもホームランを打ちました。

 

「……私に言わせれば、清本のような小柄な打者が洛山の4番に君臨している方が驚きだよ」

 

「和奈さんはリトルとシニアで約6年間4番を打っていましたからね。そこが評価されたのに加えて、恐らく洛山でも力を無自覚に見せ付けたのでしょう」

 

「無自覚に……?」

 

「和奈さん的には基本いつも通りに打っているだけなんですよ。それが如何に難しいかも知らずに……」

 

「だから洛山でも4番を打っている訳か……」

 

『洛山高校は3番非道、4番清本の連続ホームランで新越谷との点差を一気に2点差まで詰めました』

 

『洛山の売りの1つであるホームランが量産されていますね。武田選手のピッチングそのものは悪くなさそうですが、洛山のバッティングがその上をいっています』

 

『これは慎重に立ち回らないと一気に逆転を許してしまいますね』

 

『ですが慎重に行き過ぎると洛山高校の思う壺でしょう。切り替えるなら洛山高校の想定を越える球を武田さんが投げないとコールドゲームになる可能性が非常に高くなります』

 

まさに実況と解説の言う通りの出来事が起ころうとしています。そうならないように新越谷も奮起する事でしょう。どういう結果になろうとも、この試合は間違いなく乱打線になりますね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

立ち直った武田さんは5番の大豪月さんを空振りに取っている訳ですが……。

 

「相変わらず豪快なスイングだな。大豪月の奴は……」

 

「大振りにも関わらず、隙の見当たらない……。打者としては極力相手にしたくないですね」

 

神童さんの変化球なら抑えられそうではありますが、一点狙いをされると呆気なく打たれるでしょう。和奈さんとはまた違う次元のスラッガーですね。

 

 

ガッ……!

 

 

2球目に投げられたツーシームを詰まらせて、ライト方向へとふらふら飛んでいます。

 

「おいおい……。もしかして入るんじゃないだろうな?」

 

「ライトにいる朱里さんがフェンスによじ登っていますね」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

なんとか大豪月さんをアウトに出来ましたね。打球を捕った朱里さんからすれば、冷や汗をかくものです。

 

「相変わらず大豪月のパワーはデタラメだな。並の打者なら定位置でアウトだろうに……」

 

「和奈さんも同じような事が出来ますからね。パワーチームと呼ばれる洛山でも和奈さんと大豪月さん……。この2人はその中でも群を抜いています」

 

最早あのようなフライは洛山にとっては日常茶飯事なのでしょう。

 

「2人に次いで非道が入る感じだな。彼女の場合は不気味さが合わさって、私からしたら大豪月や清本よりも相手にしたくない打者だ」

 

「非道さんは洛山では他にいない分析タイプです。前に連合チームで新越谷と戦った時に武田さんと朱里さんの投げる球を1球も振らなかったのもデータを分析して、洛山の人達に伝える為でしょう」

 

基本的に武田さんの球種は全て把握されていると思った方が良いでしょうね。

 

「それで武田は続けざまに打たれた訳だな。こうなってくるとこれから先洛山を抑えるのは難しいかも知れないな」

 

「そうですね。ここからはジャンケンです」

 

先程大豪月さんを打ち取ったようなジャンケン……。洛山に知られていない投手が投げるのならまた話は変わってきそうですが、武田さんや朱里さんレベルでないと通用させるのも難しいでしょう。新越谷は常にジャンケンを強いられています。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 57

イニングは進んで5回表。新越谷も洛山も打ち合いを続けており、スコアも13対11となっています。

 

「大豪月が投げていないとはいえ、あの洛山を相手にここまで食らい付くとはな……」

 

「黛さんの投げる球の球速が新越谷にとっては丁度打ちやすいのでしょう。それに新越谷もここまで勝ち抜いてきた強豪ですから」

 

「そうだな。古豪と呼ばれた新越谷はもういない。この場にいる今の新越谷は紛れもない強豪だ」

 

そのような話を神童さんとしていると、洛山側に動きがありました。

 

「いよいよですね」

 

「ああ。大豪月が投げる。新越谷は追加点を取るのがかなり難しくなったぞ」

 

「不可能……とは言わないんですね」

 

「世の中に絶対はないからな。それに新越谷には本気ではないとはいえ、大豪月からホームランを打った雷轟がいる……。雷轟の前でランナーを貯める事が今の新越谷には必要だろう」

 

あの球速に食らい付いた雷轟さんは確かに大豪月さんの本気を打つ事も難しくはないでしょう。

 

(それにまだ新越谷には朱里さんがいますから……)

 

朱里さんは和奈さん程のパワーも、いずみさんや亮子さんのようなミートもないですが、打つ時は打ちますからね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「トルネード投法……。本気だな」

 

「私達との練習試合と、以前新越谷と行った合同試合ではオーバースローでした。その時はまだ全てを出していなかったのですね」

 

「府大会でも大豪月はオーバースローだったよ。トルネード投法は主に全国の準々決勝以降にしか使用しない」

 

「丁度今が準々決勝ですが、それは関係なさそうですね」

 

「ああ。元々新越谷と戦う時点でトルネードで行く事は確定していただろう。それ程に大豪月は新越谷を評価している」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

大豪月さんのストレートに手も足も出ずに3球三振……。あれ程の球速はプロの世界でも中々見られませんからね。いきなり打て……と言われても難しいでしょう。ですが……。

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

次は朱里さんの打順。何かしらが起きても不思議ではありません。

 

 

コンッ!

 

 

次の2球目で朱里さんは無事にセーフティバントを決め、ワンアウト一塁になりました。

 

「大豪月の球に着いてこられるのは新越谷で雷轟だけだと思っていたが……」

 

「朱里さんはバッティングも一流ですからね。川越シニア以外の場所で野球をやっていたら間違いなく4番を打てるレベルでしょう。今回はバントでしたが、次の打席ではヒット以上の成果を出せるかも知れません」

 

和奈さんでも、いずみさんや亮子さんでも、朱里さんのような対応力はないでしょう。本職が投手だからこそ出来るのかも知れませんね。

 

「新越谷が洛山に勝つには後続が大豪月の球を打てるかどうかにかかっているな」

 

「そうですね。たった2点のリードではあっという間に洛山にひっくり返されます。……ですが当てる事さえ出来ればきっと突破口を掴めるでしょう」

 

「その心は?」

 

「バットに当てればきっと何かが起こります。特に洛山の守備力においては……!」

 

その後朱里さんが洛山のミスを誘ってチャンスを広げる等の芸当も見られましたが、後続の打線が続きませんでした。やはり簡単にはいかなさそうですね。

 

「大豪月が藤田に投げたのはSFFか。私達の試合でも10球投げたかわからないが、まさかこんなに早い段階で見られるとはな」

 

「そんなに珍しいのですか?」

 

あれ程の球速の持ち主ならば、ストレート1本でも勝てそうではありますが……。

 

「大豪月は基本的にストレートしか投げないからな。本人曰く認めた相手にしか変化球は投げないそうだ」

 

「……それをこの場面で投げるという事は、藤田さんを、新越谷を認めた……と?」

 

「恐らくそうだろうな」

 

春で練習試合を行った時はストレート1本でしたね。その時は練習試合というのもあるでしょうが、単純に当時の白糸台の打線に対して大豪月さんが変化球を投げるのに値しない……と思っていた可能性も捨て切れません。

 

「大豪月さんが投げる変化球はSFFだけですか?」

 

「私が知っている限りだと他には高速スライダーと高速シンカーも投げるぞ。まぁあいつ自身が新しい変化球を身に付けているかも知れないから、それが全てとは言えないが……」

 

「そうですか……。新越谷は大豪月さんの変化球を打てると思いますか?」

 

「さぁな……。大豪月の投げる変化球はストレートと遜色ない球速だが、幸いストレートよりも若干遅い。速度の違いに気付く事が出来たのなら、もしかすると……って感じだろう」

 

大豪月さんの変化球投球割合はもしも洛山が勝ち上がって来た時の参考にしておきたいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 58

6回表。新越谷の攻撃は1番からですが、大豪月さんのストレートとSFFを織り混ぜた投球に二者連続三振となっています。

 

「あの球速から落ちてくると、かなり厄介だな。私達も他人事じゃない」

 

「リードは新越谷がしていますが、切欠1つで逆転されかねませんからね」

 

「新越谷で注目するとしたら、やはり雷轟になるが……」

 

「その雷轟さんに回らない事には厳しいでしょう」

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

話をしている内に状況が動きましたね。岡田さんが大豪月さんのSFFをファールにしたところですか……。

 

「詰まらせてはいたが、タイミングは合っていたな……」

 

「そうですね」

 

先程の打者まではそんな気配がありませんでしたが……。

 

 

カンッ!

 

 

「岡田が大豪月のストレートを上手く捉えたな」

 

「それだけではありません。その前のSFFもタイミングは完璧でした」

 

誰かが大豪月さんの投球について目処があるように伝えている可能性はありそうですね。 

 

「……もしかして大豪月のピッチングに何か癖があるのか?」

 

神童さんも同様の事に気付いたようです。収穫ですね。 

 

「ここからではよくわかりませんね。ですがもしも大豪月さんに何かしらの癖があって、それを新越谷の誰かが見抜いたとしたなら……」

 

「大豪月は攻略される……という訳か」

 

(可能性があるのは雷轟さんか朱里さんですね。タイミング的には雷轟さんの方がありそうですが……) 

 

「もしも本当にあるかも知れない大豪月さんの癖を見抜いたのなら、この回で勝負が決まるかも知れません」

 

「丁度打席に入っているのは今日全打席でホームランを打っている雷轟か……」

 

「この全国大会でも見所トップクラスの勝負ですね」

 

ここが恐らく新越谷にとって最後の大豪月さん攻略のチャンスでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

まずはストレートですね。真ん中ではありますが、大豪月さんだからこそ手が出ない豪速球です。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

そして2球目のSFFを雷轟さんは当ててファールにしました。

 

「今のを当ててくるか……。1球目のストレートと言い、今のSFFと言い、高校生レベルじゃ当てる事すら難しいぞ」

 

「プロ選手でも難しそうですね」

 

しかしそんな大豪月さんの球を雷轟さんは当ててきています。しかも段々タイミングが合うようになって……。

 

「……次の1球で決着だな」

 

「互いの集中力を全てぶつけるつもりでしょう」

 

 

カキーン!!

 

 

大豪月さんが3球目に投げたのはストレートでした。それも過酷1番の球威の……。それを雷轟さんは越えて行った訳ですね

 

「……これは大豪月の負けだな」

 

「そうですね。今のは試合を決定付けるホームランでした」

 

無論洛山相手に15対11ではすぐにひっくり返される点差でしょう。それでもかなり大きい1点ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

あれから洛山が1点返しましたが、新越谷の粘りが追加点に至らず試合終了。やはり雷轟さんのあのホームランが試合を分けているような気がしますね。

 

「決まったな」

 

「はい」

 

私達白糸台高校の次の相手は……新越谷です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 59

二宮瑞希です。新越谷と洛山の試合を観終えて、神童さんと宿舎に戻ろうとしているのですが……。

 

「ム?そこにいるのは神童ではないか!」

 

「二宮ちゃんもいますね~」

 

「…………」

 

洛山の大豪月さん、非道さん、そして和奈さんと鉢合わせしました。

 

「……新越谷に負けたみたいだな。試合見てたよ」

 

「そうか……。私は全力を出したし、黛の実力も確認したかったから、何の悔いもない!」

 

「黛ちゃんの球種や相性なんかも新越谷戦である程度把握出来ましたしね~」

 

今日の試合は黛さんの試運転も兼ねていたみたいです。貴重な公式戦で中々の胆力を持ち合わせていますね。これが洛山高校の選手……という事でしょうか?

 

「雷轟には結局勝てていなかったようだが?」

 

「確かに今日は負けたが、野球を続けている限りはまたどこかで再戦するだろう。その時に勝てば良いのだ!」

 

「……そういう考え方もあるのか」

 

どこか……。大豪月さんは3年生で既に引退となります。そうなるとプロの舞台になりそうですね。

 

「和奈さんは今日もホームランを量産していましたね」

 

「……今日はホームラン3本と5打点しか取ってないよ」

 

「充分じゃないですか……」

 

ホームランはそんなポンポンと打てるものではありません。和奈さんや洛山の人達が異常なだけです。

 

「それに雷轟さんの方が打ってたし……」

 

「雷轟さんの方はホームラン4本と8打点でしたか……」

 

もう1人異常な人がいましたね。しかも雷轟さんに至っては本格的に野球を始めたのが今年から……。

 

「うん、大豪月さんのSFFも完璧に捉えていたし……。あのSFFは私もまだスタンドまで飛ばした事がないんだ。それを雷轟さんはわかっていたように……」

 

神童さんと話していましたが、もしかすると大豪月さんが投げる球には何かしら癖があり、雷轟さんはそれを……。

 

「……スタンドからでしか見てないので確証は持てませんが、大豪月さんの投げるボールには何か癖があるのかも知れませんね」

 

「癖……?」

 

「それを雷轟さんは見抜いて打ったのでしょう」

 

(尤も雷轟さんがホームランを打ったあのストレートには癖はないようにも見えましたが……)

 

そうなると純粋に力量で雷轟さんは大豪月さんを凌駕した事になります。今年から野球を始めたとは到底思えない野球センスの持ち主ですね……。

 

「……もしも本当に大豪月さんの癖を見抜いて打ったのなら、雷轟さんはもう既に私を越えるスラッガーだね」

 

「和奈さん自身がそう思っている……というのは意外ですね」

 

和奈さんが並々ならぬ努力を重ねていたのは私も知っています。小柄な体躯でパワーが出るように精一杯の筋トレと、鋭いスイングが出来るようにバットも常人の何十倍、何百倍も振って、それでいながらも走塁や守備の練習も怠らない……。

 

「うん……。雷轟さんはきっと私にはないものを持ってるんだと思う。それが何かはまだわからないけど……」

 

「その何かがわかったら……その時はまた私が全国で最強のスラッガーになるんだよ!」

 

(和奈さんはいきなり現れたに等しい雷轟さんの実力を認めていますね。ライバルの存在を認め、更なる高みを目指そうとするギラギラとした執念もある……。洛山に入って和奈さんは変わりましたね)

 

私の知っていた臆病で人見知りの和奈さんはもういませんね。今いるのは野球を楽しんでいるスラッガーです。

 

「……私には縁のない単語ですが、頑張ってください」

 

私ももう少しパワーを付けるべきですかね……。

 

「それよりも大豪月、おまえはこれからどうするつもりだ?」

 

「私はもう既にやるべき事は決まっている!」

 

「やるべき事?」

 

「ウム、それはな……。大学に進学して、箔を付けるのだ!」

 

「……進学するのか。プロには行かないのか?」

 

「私の最終的な行き先は既に決まっている!なので私がプロの世界に入る事はないだろう」

 

どうやら大豪月さんはプロ野球入りをしないようです。

 

「……そうなると雷轟と再戦するのは難しいんじゃないか?」

 

「そうでもない。雷轟遥がどこに行くのかは知らぬが、野球を続けていれば何れは相見える!ベーフェスもあるしな!!」

 

ベーフェス……。『ベースボールフェスティバル』は高校野球、プロ野球、大学野球、社会人野球等々様々な野球チームが参加する一種のお祭りですね。進路は違えど、最終的にそこで対戦する訳ですか。

 

「……本気か?」

 

「無論私は何時でも本気だ。神童も一緒に来るか?」

 

「……面白そうだし、考えておこう」

 

まさか神童さんまで大学進学を決意させようとするとは……。大豪月さんと神童さんの付き合いは普通ではなさそうですね。

 

「他にはその計画に入ろうとする奴はいるのか?」

 

「我が洛山では非道と清本が計画に乗ってくれるぞ!」

 

「私は大豪月さんの行く道に着いて行きますよ~」

 

そして非道さんと和奈さんを大学進学のようです。非道さんはともかく、和奈さんまでもが……。余程大豪月さんのお世話になったみたいですね。

 

「……まぁ私も白糸台の連中に何人か声を掛けておく。だが期待はするなよ?」

 

「心配せずとも私と神童が手を組めば敵などいない!」

 

その発言が全く冗談に思えないのが怖いところですね。少なくとも大学野球界隈ではあの2人が在学中の大学が連覇するのは間違いないでしょう。

 

「……では私達は宿舎に戻るとしよう」

 

「京都に帰るのか?」

 

「他の連中はそうするだろうが、私達3人は全国大会を最後まで見届けるつもりだぞ!」

 

「私達を破った新越谷がどこまで進むのか見物ですしね~」

 

自分達に勝ったからなのか、新越谷の試合観戦をするようです。私もよく観戦していますが、新越谷の野球にはどこか惹かれる部分があるんですよね。不思議です。

 

「そういう事だ。神童よ、新越谷は手強いぞ?」

 

「わかっているさ。新越谷の強さは私と二宮が最初に新越谷の練習試合を観戦したあの時から……」

 

新越谷と柳大川越の試合を観戦した時から、警戒していたんですよね。あの頃はここまでの力は付けていませんでした。何切欠で成長するのかわからないものですね。 

 

「瑞希ちゃん、準決勝見に行くから頑張ってね!」

 

「私はいつも通り試合に臨むだけです。例え相手が朱里さん達でも……」

 

対新越谷戦で私に出来る事を1つずつやっていきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 60

二宮瑞希です。明日はいよいよ準決勝……新越谷との試合です。今日はそれに向けての軽いミーティングですね。神童さんと私が前に出て進行をします。

 

「明日の相手は埼玉代表の新越谷高校……。Wエースを担っている武田、早川とスラッガーの雷轟が中心となっているチームだ」

 

「総合的な打力はあの洛山高校とも打ち合えるかなり火力が高く、特に先程言った雷轟さんがかなりの脅威となるでしょう」

 

ビデオで撮った映像を見せると、部員の皆さんが騒然としています。見せているのは洛山との試合ですね。黛さんが投げている時の……。

 

「基本的に1~3番でチャンスを作り、4番の雷轟がランナーを一掃させるオーソドックスな打撃だが、新越谷は下位打線も時折強力なバッティングをしてくる……。こちらとしては打撃を上回る投球をすべきだと思っている」

 

そうなってくると今の新越谷と渡り合える投手になりますが……。

 

「そこで……だ。明日の試合は新井に先発を任せようと思う」

 

「私ですか!?」

 

まぁ不安要素は少なからずありますが、妥当な判断ではありますね。神童さんは前の試合で完投していますし、投げるとしても後半になるでしょう。

 

「武田や早川と投げ合えるのは現状おまえしかいないからな。頼んだぞ?」

 

「はいっ!」

 

「真琴で本当に大丈夫~?淡ちゃん不安で仕方ないよ~」

 

「うっ……!だ、大丈夫だ!私のストレートは打たれない!……と思う」

 

「自信なくしてんじゃん……」

 

「し、仕方ないだろ!?新越谷は洛山の大豪月さんの球も打ってるんだ……。球質が違うとは言え、完全に抑えられるかは何とも言えないよ」

 

大星さんと新井さんが何やら微笑ましい言い合いをしていました。

 

「まぁ打たれる前提で行くのも良くない事だ。緊張感を出す為に成績によっては罰ゲームを出そうと監督が言ってたぞ」

 

「へ?ば、罰ゲーム……ですか!?」

 

「ああ。まぁ無様なピッチングをしない限りは問題ないと監督が言っていたし、新越谷との試合ならきっと良いピッチングが出来るさ」

 

「部長……」

 

こうして新井さんは自分のピッチング次第で罰ゲームを受ける事になりました。捕手の責任もかなり大きそうですね……。

 

「それで肝心のオーダーだが、対新越谷を意識したオーダーとなっていると監督は言っていた。皆、確認してくれ!」

 

神童さんが監督からの言伝てを聞いて発表されたオーダーは……。

 

 

1番 ショート 亦野さん

 

2番 セカンド 渋谷さん

 

3番 ピッチャー 新井さん

 

4番 センター 大星さん

 

5番 ライト 神童さん

 

6番 サード 鮫島さん

 

7番 レフト 九十九さん

 

8番 ファースト 神宮寺さん

 

9番 キャッチャー 私

 

 

このようになりました。打撃方面で優秀な半田さんは新井さんと神童さんの両採用という事でベンチですか……。

 

(そして捕手は私ですね。新井さんが罰ゲームを受けないように、頑張ってリードするしかありません)

 

「それではミーティングをこれにて終了する。明日に備えて今日は休むように!!」

 

『はいっ!!』

 

明日次第で色々と決まってきそうですね。

 

「あ、あの……。私の罰ゲームって一体どんな内容なんです?」

 

「まぁ練習等の肉体的に影響が出るものじゃないと監督は言っていた。精神的、気力的にどうかは知らんが……」

 

……新井さんと神童さんの罰ゲームの内容については聞かなかった事にしましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 61

二宮瑞希です。今日はいよいよ新越谷高校との試合ですね。

 

「今日はよろしくな」

 

「良いゲームにしましょう」

 

新越谷野球部への挨拶も忘れません。挨拶はとても大切ですから。そして新越谷のオーダーは……。

 

 

 

1番 レフト 雷轟さん

 

2番 キャッチャー 山崎さん

 

3番 ファースト 中村さん

 

4番 サード 藤原さん

 

5番 センター 岡田さん

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 ピッチャー 朱里さん

 

8番 セカンド 藤田さん

 

9番 ライト 川口さん

 

 

……このようになっていました。先発は朱里さんですか……。

 

(神童さんの変化球を1球でも多く見てほしくて雷轟を1番に添えたけど、二宮に読まれていたっぽいね……)

 

(やはり雷轟さんを1番に置いてきましたか……。新越谷はこの大会で奇数の試合で雷轟さんを1番に置いていく傾向を確認したので、もしかしたら……と思い神童さんを先発から外したのが功を奏しましたね)

 

神童さん以外にはこの思惑は伝えていませんでしたし、どのみちローテーションの関係上神童さんが先発する事はなかったと思いますし、特に伝える必要もなかったでしょう。

 

『プレイボール!』

 

いよいよ試合開始。先攻は私達ですね。

 

「亦野さん、朱里さんは数多くの球種を放ります。なるべく多くの球を見てください」

 

「映像では決してわからないストレートに見せた変化球……か。わかった」

 

白糸台1軍の先輩達は私の言う事も親身になって聞いてくれています。こういう懐の大きさが1軍たる所以なんでしょうね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

まぁ結果は3球三振ですが……。決して亦野さんが悪い訳ではありませんよ?

 

「お疲れ様です亦野さん。朱里さんの球はどうでしたか?」

 

「ああ、二宮の言う通りストレートに見せた変化球だったよ。私に投げてきたのは多分カーブ、スクリュー、SFFかな」

 

朱里さんはストレートに見せた変化球の手数がこれでもかと言わんばかりに多いので、簡単には打てそうにもないですね。これは最悪一巡目を捨てる事も視野に入れた方が良いでしょうか……。

 

「そうですか……」

 

(球の仕組みをわかっていても簡単には打たせない……。流石は朱里さんですね)

 

「渋谷さん、出来れば朱里さんの持ち球を多く引き出してください」

 

「うん……。わかった」

 

渋谷さんの見送り技術に関しては亦野さんよりも上です。眼鏡をしているとは思えない動体視力ですね。

 

「ミズキってば張り切ってるね~!」

 

「それ程この試合に本気なんだろう」

 

「私はいつも通りです」

 

いつも本気で臨んでいます。

 

「嘘だっ!!」

 

嘘ではありません。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

渋谷さんも3球三振。最後の1球だけバットを振ったのはわざとらしいですが、特に問題はないでしょう。

 

「……早川さんが投げたのはカットボールとパームボールかな?遠目から見たらストレートと変わらないかも」

 

「やはり朱里さんは持ち球を増やしてきましたね」

 

朱里さんの場合はまず体力増強からだと口を酸っぱくして言っているのに、手数を増やそうとしているのは戴けませんね。この試合が終わったらお話してみましょう。

 

「ストレートに見せた変化球って本当なんだ?」

 

「なんだ?大星は信じてなかったのか?」

 

「センパイ達があんな遅いストレートにここまで抑え込まれているなら、信じるしかないね~。まぁこの大星淡ちゃんに任せなさい!」

 

朱里さんのストレートはあれよりも速いですけどね。スローボールとまではいきませんが、並の変化球くらいの球速です。

 

「その前に新井さんがいます」

 

(恐らく朱里さんはこの辺りから本当のストレートも混ぜて投げてくるでしょう)

 

新井さんの打席で朱里さんのストレートをこの目で見定めさせてもらいますよ。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 62

ツーアウト。朱里さんが連続三振を決めています。亦野さんも渋谷さんも打率は決して低くない筈なのですが、朱里さんを相手に持ち球を探る……という名目上このような事態を生んでいる訳ですが……。

 

(クリーンアップに入ると、また別の球種が見られる筈……。新井さん、お願いします)

 

生粋のファストボーラーである新井さん相手なら、恐らく朱里さんが投げるのは……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(な、なんだ今のストレートは!?私の投げる球よりも遅い筈なのに、手が出なかった……)

 

やはり投げてきましたね。朱里さんの本気……即ち最速のストレートを。

 

「今早川が投げたストレートはこれまでとは違うな」

 

「梁幽館戦や咲桜戦で投げていたものよりも球威が増しています」

 

球種を増やしつつも、球速UPも決して怠らない……。それでいて何故スタミナが一向に増えないのかが疑問で仕方ありません。朱里さんは本来抑え投手に向いている……という事ですか?

 

「へー、あんな球も投げられるんだ……」

 

「私達に投げた球は手を抜いていた……と?」

 

「いえ、あれはあれで朱里さんの本気でしょう。スタミナ消費を抑える為のものではありますが……」

 

球速を変化球に合わせたストレートと、今投げた最速のストレート……。どちらも朱里さんの本気には違いありません。問題は朱里さんを相手に決め打ちは不可能……という事です。

 

「何にせよ勝負の時が楽しみだね~!」

 

「そうだな。一応早川からホームランを打った事はあるが、新井に投げている球は私には投げてこなかった……」

 

その時は多分流しのつもりで投げていましたし、神童さんのホームランそのものが不意を突いた一発だったので、投げる隙がなかったのでしょう。

 

「朱里さんの持ち球は神童さん以上です。当てるだけなら難しくありませんが、前に飛ばすとなると朱里さんが持つ球種を散らすだけでそれが困難になります」

 

(新井さんに投げているストレート、渋谷さんに投げたストレートに見せ掛けたパーム……。恐らくそれ以外にも私が知らない球種がきっとあるでしょう。それなら今回の私の目的は朱里さんの球種を全て引き出す事ですね)

 

朱里さんの球種を1つでも多く引き出しておきましょう。知らない事程に怖いものはありませんから……!

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(……1打席目は手が出なかったが、次は絶対に打ってやる)

 

新井さんにはずっと本気のストレートでしたね。本来ストレートは新井さんの得意球なのですが、朱里さんのノビのあるストレートと山崎さんのリードを合わせ、更には他の球種を織り混ぜてくる……。本当に朱里さんは敵に回ると厄介極まりないですね。

 

『早川選手、白糸台の打線を連続三振で切り抜けました』

 

『1打席目は様子見……。それを白糸台の選手達も、早川さん自身もそう思っているでしょう』

 

解説をしている宮永選手の言う通り、この序盤戦はまだお互いに様子見の段階です。2打席目以降に仕掛けていく予定です。

 

『そうなると白糸台が動き始めるのは2打席目以降になる……という事ですか?』

 

『恐らくですが……』

 

私の打順が回ってくれば、可能な限り球数を稼がせてもらいますよ。チームの勝利の為に……!



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 63

1回裏。新越谷の先頭打者は雷轟さん……。最初から本命ですね。

 

(いきなり本命が相手か……!)

 

(よーし!打つぞー!!)

 

新井さんから走る緊張感と、雷轟さんから感じる張り切り……。これは初球勝負ですね。

 

 

(二宮のあのサインは……。初球、初球でこの打席の全てが決まる!)

 

(初球打ちで決める!)

 

初球勝負のつもりで外角高めのコースを要求します。このコースならギリギリ打ち取れる筈……。

 

 

カキーン!!

 

 

雷轟さんは外角高めのコースに釣られ、ライト方面に打ち上げますが……些か伸び過ぎですね。

 

(おいおい!伸び過ぎだろ!?このまま入るんじゃないよな……!?)

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「ほっ……」

 

結果はライトフライ。ギリギリでしたね。ですが安堵の溜め息を吐くのはまだ早いですよ?

 

(なんて当たりだ……。アウトには出来たが、フェンスいっぱいまで飛んでいたぞ)

 

(バットの跡を見る限り僅かに芯からずれていたようですね。コース次第ではホームランを打たれていた……と考えるべきでしょう)

 

「悔しいーっ!!」

 

悔しがっている雷轟さんを見て、改めて配球や打者に対する情報がとても大切だと学ばされました。

 

 

カンッ!

 

 

しかし新井さんの喜びも束の間……。2番、3番に連打を許します。直前の試合が洛山高校だったのも良くないですね。速球に慣れています。

 

(大豪月さんのストレートがなかったら多分手も足も出なかったかも……)

 

(映像でも見たけど、新井さんってストレートしか持ち球がないんかな……?)

 

「タイムお願いします」

 

とりあえずタイムで息を整えましょう。

 

「荒れ球が目立っています」

 

「やっぱりか……。雷轟を打ち取ってからどうも思うようにいかないんだよな」

 

幸い新越谷側はまだ新井さんの投げる荒れ球に気付いていませんが、それも時間の問題でしょうね。

 

「だから変化球を覚えるように言ったんですよ。あの大豪月さんも変化球くらいは投げます」

 

「うっ……!ストレートオンリーの投手という私の個性が崩れるから嫌だ!!」

 

(そうなると新越谷打線に捕まるのも時間の問題なんですよね。現に今ピンチですし……。その性格を治してほしいという意味合いも兼ねて今日の先発を新井さんにしたのですが、これは1度打ち込まれなければわからないかも知れませんね……)

 

それにこの調子では新井さんの罰ゲームは不可避ですが……。それもまた本人の為になるでしょう。

 

「な、なぁ二宮。私の罰ゲームって一体何が行われるんだ?」

 

「私も詳しい事は聞いていませんが、監督曰く『精神的にキツイもの』だそうです」

 

「そ、そうか……」

 

(まぁ本当は罰ゲームの全貌を全て聞いていますが……)

 

内容的にも新井さんが3年生の引退後に部長になる事も考えると、相当キツイものになるでしょうね。

 

「ば、罰ゲーム回避の為に頑張らないと……!」

 

新井さんの動機はやや不純ですが、やる気が出るのは良い事です。あとは自我を抑えてくれる事を祈りましょう。

 

 

カンッ!

 

 

4番の藤原さんが打った打球はセンター前に落ちますが……。

 

「……あはっ!」

 

 

ズバンッ!

 

 

センターを守っている大星さんがセンターゴロを決め、バッターランナーの藤原さんもアウトで併殺。新井さんは大星さんに救われた形になりましたね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 64

2回表。先程のセンターゴロの併殺で勢いは手繰り寄せたと思います。あとは朱里さんを相手に点が取れるかどうか……。

 

「ふっふーん!この淡ちゃんに任せなさいっ!」

 

「まぁまだ1打席目だ。気負うなよ?」

 

「裕菜センパイってば心配し過ぎだって~!じゃあ行ってくるね!」

 

大星さんは余裕綽々といった感じですね打席へと向かいました。

 

「……大星は打てると思うか?」

 

「この打席は少なくとも打てないでしょうね。朱里さんの球種を探るのはかなり困難ですから」

 

「二宮が断言するって事はそういう事なんだな……。私も早川からホームランを打った事は忘れた方が良さそうだ」

 

そう言って神童さんはネクストサークルへと歩いていきました。

 

(思えばあの時に神童さんが朱里さんからホームランを打てたのは本当に幸運だったんですね……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(ふーん……?)

 

初球は見逃し……。大星さんが打つ時は初球打ちが多いので、珍しいですね。それ程に朱里さんを警戒しているのでしょうか?

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

2球目は手を出し、レフト線切れてファール。こうしてホームランを狙おうとするところが大星さんの良い所でもあり、悪い所でもあります。打ち気なのは良いのですが、そこに漬け込まれるのが良くないんですよね……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

そして今回は大星さんの打ち気が悪い方へと働いた結果ですね。新井さんに投げたストレートで三振になりました。

 

「……朱里さんが最後に投げたのはストレートですね。前の2球で遅めのストレート(に見せた変化球)を見せる事で急にくる速い球に手が出なくなる……といった戦術を使ってきました」

 

「これに関しては大星が迂闊過ぎたな」

 

「うぅ~!次は絶対に負けないもん!!」

 

2打席目には別の配球を組み立てて来て、大星さんが翻弄される未来が見られますね……。

 

「それじゃあ……行ってくるとしよう」

 

「裕菜ちゃん、打てそう……?」

 

「さぁな。1度早川からホームランを打っているが、あの時と比べて成長しているのは今日のピッチングを見るだけでわかるし、少なくともいきなり打つ……というのは出来そうにない」

 

(あの神童さんがここまで言うとは……。やはり朱里さんもまだまだ成長しているみたいですね)

 

シニア時代までの朱里をよく知っている私が、なるべく朱里さんの球種を多く引き出しておきたいところですね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

神童さんは初球打ち……。2球目までは見逃す傾向が多いですが、もう形振り構っていられない……という事でしょうか?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目も打ってきました。これまで通りのバッティングスタイルでは朱里さんには勝てない……と理解しているという事ですね。そして3球目……。

 

(ストレート……にしては遅いな。またストレートに見せた変化球か?それなら何を媒体にしてるか見極めるか……!?)

 

(よし、かかった!)

 

(なっ!落ちた!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

神童さんが空振り……。最後に投げたのはフォークですね。

 

「やられたな……。まさかフォークを投げてくるとは」

 

「SFFと同等に落ちましたね。並の投手だと決め球レベルです」

 

「あれだけの球種を散らされると打つのに苦戦しそうだね……」

 

特にフォークとSFFは球速が似通っている分見分けが付き辛いですからね。

 

「それでも打つさ。どんな投手が相手でも最後に勝つのが白糸台なのだから」

 

「そうですね。それに……」

 

(朱里さんは体力が他の先発投手よりもない……。川越シニアでは抑え投手だったはづきさんよりも……。だとしたら全力で投げている以上もつとして5イニング……といったところでしょうか)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

また三振ですか……。これで6連続三振となってしまいました。まだ流れは渡さないつもりですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 65

瑞希「本日でこの小説は通算1000話になります」

朱里「まさかこんなに続くとは思わなかったよね。もうとっくに本編完結してるんだけどさ……」

遥「喜ばしいよね!」

瑞希「一応同時にフロイスさんの紹介も載せていますので、興味がある方々は見て行ってください」

遥「キャラ紹介1人で1000文字行くって凄くない?」

朱里「絶対フロイスさんの紹介だけかなり長いよね……。それに能力も滅茶苦茶強そう……」

瑞希「後から出て来るキャラ程強く見えるのはよくある事ですね」

遥「これからもこの小説をよろしくお願いしますっ!」

朱里「あと何回言うかわからないけどさぁ……。この小説とっくに完結してるんだよね」

瑞希「それと約1年半ぶりに外伝の投稿もしています」

朱里「こっちも遂にやっとだね……」

瑞希「まだ試合展開も碌に考えていませんが……」

朱里「まぁ外伝の方もその内投稿頻度が上がると良いね」


2回裏。朱里さんに負けないように、新井さんにも頑張ってほしいところですが……。

 

 

カンッ!

 

 

先頭の岡田さんに出塁を許してしまいます。

 

(やはり新井さんのジャイロボールが捉えられていますね。大豪月さんのストレートに比べると打ちやすいからでしょうか……)

 

(くっそ……!私これでも大会中にノーノーを何度か決めてるんだぞ!?)

 

新井さんからは動揺の色が見えますね。ここで点を取られると、色々な意味で厳しい事になりそうです。

 

 

カンッ!

 

 

しかし6番の川崎さんにもヒットを打たれます。

 

(不味い。このままだと不味い……!罰ゲームを受けるのは嫌だ!)

 

新井さんを見ると、先程よりも動揺していました。まだ慌てるには早いと思いますが……。

 

 

コンッ。

 

 

(朱里さんは手堅く送りバントですか……。まぁ併殺を考えると妥当な判断ではありますね)

 

ここは素直にアウトをもらっておきましょう。

 

『アウト!』

 

とりあえずワンアウトですね。

 

(一塁が空いていますね。それなら……!)

 

新井さんに敬遠の指示を出します。新井さんは敬遠を好まない我の強い投手ですが、より確実にアウトをもらう為の作戦だとわかっているので、渋々従ってくれています。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

これでワンアウト満塁ですが……。

 

 

カンッ!

 

 

「セカンド!」

 

次の川口さんをセカンドゴロに打ち取り、併殺も取れました。ひとまずピンチは脱しましたね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3回表になりましたが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『早川選手、これで8者連続三振です!』

 

『ダブルプレーの悪い雰囲気を一蹴させる良いピッチングですね。決して主導権を相手に渡しません』

 

まだまだ流れは渡してくれそうにありませんね……。

 

「ミズキ!ファイト~!!」

 

「なんとか繋いでくれーっ!」

 

大星さんと新井さんからエールが送られましたが、私はいつも通りにするだけです。

 

(二宮との対決か……)

 

(朱里さんと本気で対決するのは初めてですね。一応連合チームを組んで新越谷と試合をした時やその後のチーム分け等で1打席戦った事はありますが、あの時の朱里さんはあくまでも流し……)

 

これまでの8人の打者を相手にした時の配球はシニア時代に比べても然程大きく変わっていないのが不幸中の幸いですね。これならある程度予測も出来ます。

 

(投げてきたのは……ストレートに見せた……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

予想通りではありますね。朱里さんと6年間バッテリーを組んできたメリットがここで大きく出ました。

 

(それなら次はこれで……!)

 

(この速度……。これは恐らく……!)

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

SFFですね。カットボールと2択だったのですが、なんとか当たって良かったです。そして3球目……。

 

(これは……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

フォーク……ですか。しかも神童さんに投げた球よりも速いですね。

 

「まさか二宮が空振りをするとはな……」

 

「今のフォークには完全に騙されましたね。ですが映像を撮ってもらってますので、後で確認しておきましょう」

 

(流石、転んでもただで起きないな……)

 

鋼さん達や2軍マネージャーの2人に試合の撮影をして正解でしたね。グラウンド整備の時間になりましたら、映像をもらいに行きましょう。

 

「でも不味くない?今のところ全員三振だよ?」

 

「次の回から二巡目に入ります。各々で思った事を朱里さん相手にぶつけていけば必ず突破口は開けるでしょう」

 

(こいつ……本当に高校1年生か?)

 

どこかから失礼な視線を感じますが、二巡目に入ればいくらかの対応は出来るでしょう。白糸台がこのまま終わる訳にはいかないのです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 66

3回裏。新越谷の攻撃は雷轟さんから始まりますが、新越谷のベンチで何やら話し合いが行われているようです。

 

「…………」

 

(新越谷側のあの感じ……。もしや新井さんが時々投げる棒球に気付いたのでしょうか……?前のイニングだと川崎さんに打たれた時に投げたジャイロボールが丁度『あれ』でしたからね。雷轟さんにそこを突かれると間違いなくホームランを打たれます)

 

新井さんは時々棒球を投げる事があるのですが幸いと言って良いのか、その棒球はほとんどがボールゾーンに投げられます。映像を見ても悟られにくい筈ではありますが……。

 

(この威圧感……。連合チームと新越谷が試合した時よりも強力なものになっていますね。1打席目は運良く打ち取れましたが、万が一雷轟さん相手に棒球が来てしまう事を考慮するなら……)

 

「二宮さんが立ち上がった!?」

 

「敬遠だ!」

 

この試合は1点がものを言う試合になりそうですし、不安要素は確実に潰した方が良いでしょう。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

雷轟さんを四球で歩かせた後……。

 

 

コンッ。

 

 

次の山崎さんが送りバント。これでワンアウト二塁ですか……。

 

 

カンッ!

 

 

3番の中村さんが初球打ち。打球はセンター前に落ちました。

 

 

ズバンッ!

 

 

大星さんが素早く打球を処理してくれて助かりました。雷轟さんは三塁でストップしてくれていて、失点を阻止です。

 

(4番の藤原さん……。雷轟さんが1番にいるから、その次にパワーが高い彼女が相手だと、棒球が来てしまうのは不味いですね。……とは言えその次の岡田さんもストレートに強い打者ですので、ここの勝負を避けたところで何も意味はありませんね。棒球がこないように祈りましょう)

 

(チャンスで回ってきたわね。遥ちゃんから聞いた『あれ』のタイミングで上手く打てると良いけど……)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(当てられましたか……。これは本格的に不味いかも知れませんね)

 

(……っ!腕は痺れるけど、なんとか着いて行ける。あとは遥ちゃんが言ってた『あれ』がくるまで粘るだけね)

 

藤原さんもジャイロボールを投げる事が出来るので、それで新井さんのジャイロボールの軌道が読み安いのかも知れませんね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

続けざまにファールを打たれて5球。確実に新井さんが棒球を投げるのを待っていますね。藤原さんはパワーヒッターなので、確実にホームランになるでしょう。

 

(くっ!粘ってくるな……)

 

(……ここは歩かせるべきですね)

 

 

(なっ……!また敬遠だと!?)

 

(これ以上は不味いです。これまでの傾向からしてそろそろ『あれ』がくる頃でしょう)

 

確率的に考えると、そろそろ棒球が来ても可笑しくありません。満塁にはなってしまいますが、次の岡田さんは藤原さんに比べるとホームランの危険性はグッと落ちます。それに満塁の方がフォースアウトが取りやすいですしね。そう思って、私は立ち上がったのですが……。

 

(わ、私は……!)

 

(えっ……?)

 

(私はこれ以上逃げたくない!!)

 

なんと新井さんが癇癪を起こして、ストライクゾーンに投げてしまいます。

 

(しかも球の勢いがない……。これは駄目ですね)

 

(これは……『あれ』ね。悪いけど、打たせてもらうわよ!)

 

 

カキーン!!

 

 

『藤原選手が新井選手のジャイロボールを捉えました!打球は伸びていき、スタンドへ……ホームランです!白糸台相手に先制のスリーランホームラン!!』

 

『新井選手にも意地があったのでしょうか?二宮選手の敬遠指示を無視して投げてしまいました』

 

『新井選手のプライドに反する行為だったと言う事でしょうか?』

 

『恐らくは……。白糸台高校野球部にはプライドという概念は必要としていないですから、それを破って点を取られる……というのはかなり痛手となりますね』

 

全くです。1点がものを言う試合だと新井さんに忠告した舌の根が乾かぬ内にこの様です。

 

(これは投手交代ですかね?新井さんが監督の逆鱗に触れてないと良いですが……)

 

(プライドに負けて点を取られる……。新井もまだまだ未熟だな)

 

監督が怒る事はなくても、罰ゲームは避けられません。自業自得ですね。

 

その後大星さんのファインプレーのお陰で追加点は阻止する事が出来ました。それにしても3点差が大きいですね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 67

4回表。打順は1番から始まります。

 

「私達白糸台はここまでパーフェクトを決められている……。多分部を創立してから初めてだろうな」

 

「しかも全員が三振だもんねー」

 

「も、もしもこのまま早川に抑えられたら……」

 

「まぁ私達がこのまま終わる訳にはいかないだろう。亦野、必ず出て来い。何なら初球打ちで構わないぞ」

 

「了解」

 

神童さんの言葉でベンチ全員が引き締まりましたね。まぁ序盤の時点で3点ビハインドになっているから、ピリピリするのは仕方ない事です。

 

 

カンッ!

 

 

亦野さんは初球打ち。見事に一塁線を抜けた当たりです。

 

『先頭打者の亦野選手、早川選手のストレートを初球から捉えてヒット。早川選手の連続三振記録と、ここまで培ってきたパーフェクトピッチングがここで途切れます!』

 

「ノーアウト一塁で渋谷か……。セオリーならここは送りバントだな」

 

「…………」

 

(神童さんの言うようにセオリーならこの場面での渋谷さんの仕事は送りバント……。ですが3点ビハインドのうちからしたら簡単にアウトをあげるのは勿体ない気がしますね)

 

攻撃イニングはこの回を合わせて5回しかありません。負けている時なら、アウトの数は慎重に扱わなければなりません。かといって併殺を打とうものなら話にもなりません。まぁ渋谷さんが併殺を打つとは思えませんが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

まずはウエスト球ですか……。渋谷さんのバントと、亦野さんの盗塁を警戒していますね。そして2球目……。

 

(これは……ストレート?コース的にギリギリ。カットするべき?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(嘘……。空振り!?)

 

(渋谷さんに投げたのはフォークですね。これも騙されました。こちらはまだ1球余裕がありますし、様子見でいきましょう)

 

朱里さんの球種は本当に自由自在に操れますからね。まさに変幻自在の投手という訳です。カウントが不利になるまでは様子見に徹した方が良さそうですね。 

 

(うん……。わかった)

 

渋谷さんも了承してくれています。私がサインの指示出しをしている事に誰も不満を持たないなんて可笑しな話ですね……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(ギリギリのコース……。入ってたんだ……)

 

(ウエスト寄りのコースか。これは走り辛いな……。まぁ私自身盗塁するタイプじゃないけど)

 

(亦野さんが盗塁するタイプじゃないのが功を奏しましたね。朱里さんが投げたツーシームは球種の中では速い部類に入りますし、もし走らせていたら山崎さんの肩力次第では亦野さんはアウトになっていました)

 

とは言えこれでカウントが不利になりましたね。コース次第でバットを振っても文句は言えません。

 

 

ガッ……!

 

(しまっ……!)

 

案の定焦りを出したのか、渋谷さんは打ち上げます。レフトへとふらふら打球が力なく飛んでいます。浅いフライなので、タッチアップも厳しいですね。

 

(ランナーが静華さんや三森3姉妹なら、こんなフライでもタッチアップが出来そうですね……)

 

 

ポロッ!

 

 

「あっ」

 

「えっ?」

 

考え事をしている内に、雷轟さんがエラーをしていました。

 

「まぁこちらとしてはラッキーか……」

 

「そうですね。これでノーアウト一塁・二塁です」

 

(……これは嬉しい誤算ですね。雷轟さんの捕球率的にそろそろだとは思っていましたが、タイミングが完璧です)

 

エラーの多い選手を中心に捕球率の計算を普段からしておいて良かったです。良い形で結果が出ましたね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 68

4回表。ノーアウト一塁・二塁で中軸に回ってきました。ここで是非とも点を取っておきたいですね。

 

(もしもここで点が取れなければ、相当苦しい展開を強いられます。お願いしますよ……)

 

 

カンッ!

 

 

新井さんも初球から打ちました。。打球は先程とは違って鋭いライナーで、再び雷轟さんのいるレフトに飛んできていますが……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

(今度はちゃんと捕れたよ!)

 

今度はエラーしませんでしたが、亦野さんと渋谷さんがそれぞれタッチアップ。これでワンアウト二塁・三塁となります。

 

(ふふーん!ここは1打席目の借りを返すよ!)

 

打席には意気揚々と大星さんが向かっています。普段はちゃんと結果を出していますので、本来なら期待出来るのですが……。

 

(相手はあの朱里さんですからね。現状日本最高の高校生投手は間違いなく神童さんですが、朱里さんはその神童さんに次ぐ……いえ、状況や条件が違えば間違いなく神童さんを越えてきます)

 

現に3回まで私達が三振し続けていたのがその証拠ですね。そんな朱里さんを相手に最大のチャンス……。最低でも1点は取っておきたいですね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

高めのフォークを簡単に打っていきましたね。やはりチームメイトとして大星さんは頼りになります。

 

(あとは人間性をなんとかすれば、選手としても淑女としても世に出せるでしょう)

 

「……なんだろうな?いつも無表情な二宮だけど、なんか母性みたいなものが感じられたんだけど」

 

「確かに……」

 

ベンチで半田さんと九十九さんが私の話をしていますが、今は大星さんの打席に集中しましょう。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目のSFFにもタイミングが合っていますね。出来ればこのまま朱里さんを押し切ってほしいですがそう上手くはいかないでしょう。

 

(ふっふっふっ……。段々早川朱里の球にも慣れてきたよ。次はホームランだね!)

 

(……とか思ってそうですね大星さんは。朱里さんを相手にして1番危険なのは慣れてきた頃なんですから、油断しないでくださいね)

 

朱里さんの球は決して相手に馴染ませない……。本当に厄介です。そして3球目……。

 

(これは……ミズキが言ってたストレートに見せ掛けた変化球?それならタイミング合わせて打つよ!)

 

(……って思ってるなら、無駄だよ大星さん。何故なら私が今投げたのは偽ストレートの中でも1番完成度が高く、尚且つ実際に変化球としても採用を検討するレベルの球の……!)

 

まさか朱里さんが投げたのは……。

 

(嘘……。これってチェンジUP!?)

 

チェンジUP……。ストレートに馴染ませた打者を打ち取るには最も効果的な変化球ですね。大星さんもタイミングがずらされました。ですが……。

 

 

カキーン!!

 

 

(……朱里さん達も大星さんを甘く見ていたみたいで助かりました。大星さんが1番得意な球は白糸台内でも限られた人達しか知りませんので、ストレートが得意球だと誤報を与えて、今の様に不意打ちを狙う為の……)

 

(チェンジUPが1番得意なんだよね~!)

 

大星さんはチェンジUPで不意を突いたと思った投手の不意を突く為に得意球になった……と神童さんが言っていましたが、こういうところに性格が出ますね。

 

(しかし喜んでばかりもいられませんね……)

 

(えっ……!?)

 

センター方向に飛んでいる打球はどんどん失速していっています。大星さんがやや不十分な態勢で打ったのも理由の1つではありますが、朱里さんが投げたチェンジUPに何かしらの秘密があるのは間違いないでしょう。

 

『アウト!』

 

このアウトで再びタッチアップした事によってなんとか1点は返せました。しかし次の神童さんも打ち取られましたし、これはいよいよ新井さんが打たれたスリーランが深刻なダメージになってきましたね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 69

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

5回から投手を新井さんから神童さんに交代。それに伴い新越谷の打線を三者三振に抑えます。流石は神童さんですね。

 

「ナイスピッチです」

 

「ありがとう二宮。しかし展開としては良くないな……」

 

「そうですね……」

 

ここ4、5年の間の白糸台がここまで苦戦を強いているのは初めての事で、特に神童さんは入部以来のチーム敗北に繋がる危機に直面しています。

 

(なんとか流れを手繰り寄せようとしますが、朱里さんが……新越谷が粘り続けているのが問題ですね)

 

4回に取れた1点以降、決定打が出ない事が拍車を掛けてチーム全体にプレッシャーが乗っかっています。

 

『…………』

 

そのプレッシャーが乗っかった結果が、このチームの暗い雰囲気ですが……。こんなチームのムードは野球人生で初めてな気がします。

 

「まるでお通夜ムードだな……」

 

「それ程追い詰められているみたいですね」

 

「そんな中でも顔色1つ変えず冷静に振る舞っている二宮が1番頼もしい。この6回表はおまえの打順からだが、行けそうか?」

 

神童さんも平静を保っていますね。流石はチームのエースと言ったところでしょうか?そんな人に期待を寄せられている……。応えたいですね。

 

「……なるようにしかなりませんが、この雰囲気を少しでも和らげる事が出来るように頑張ってきます」

 

ビハインドの状況から一矢報いる為にも、頑張っていきましょうか。

 

「…………」

 

(朱里さんのスタミナ切れも近そうですね)

 

元チームメイトとしてはやや複雑ではありますが、勝負の世界は非常……。容赦はしませんよ?

 

(出来ればこの打席も3球勝負でいきたいな……)

 

(大星さんに投げたチェンジUPを5回表では1球も投げなかった……。となるとあのチェンジUPはスタミナ消費が激しい球種となりますね。他にもフォークやSFFもキチンと変化させてくればその分握力を使う筈……。上手くいけばこの打席で朱里さんに引導を渡す事が出来ますね)

 

果たして朱里さんを降ろす事によって流れが良い方向に行くかは未定ですが、朱里さんは既に疲れを見せています。粘って球数を稼ぎたいところですね。

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

初球はストレート……。恐らく今日1番の球威でしょう。

 

(……なんとか着いていけましたね。朱里さんの雰囲気から察するにこのイニングで限界の筈なのに、まだここまでの球威が出せるなんて……!)

 

(はぁ……。もう握力がヤバい事になってるよ。二宮に対する球数次第ではこの打席で降板だね……)

 

やはり朱里さんは油断なりません。疲れてきているとは思えない球威です。

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

これでツーナッシング……。簡単に終わらせる訳にはいきません。川越リトルシニアの中でも、多分白糸台内でも……非力な部類に入る私を1年生にしてレギュラーを置いてくれた白糸台野球部の為に……!

 

(……私には和奈さんや雷轟さんのようなスラッガーではありません。いずみさんや亮子さんや神童さんのようにアベレージにも長けている訳でもありません。私がここまで登り詰めたのは持ち前の情報力と情報量……。これくらいしか私が誇れるものはありません)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「ミズキってばあんなに凄い打者だったんだね~!」

 

「なんだ大星、知らなかったのか?」

 

「てっきり裕菜センパイの球が捕れるだけの壁だと思ってたよ。あとちょっと生意気な後輩」

 

「……それだけじゃないさ。二宮はチームの為に持ち前の情報力と情報量を活かして他校の選手の弱点や癖、得意球や苦手球なんかを1人で調べて監督に伝えたんだ。それは決して監督に気に入られる為じゃなく、あくまでもチームの勝利の為に……!」

 

「……うん、それは私でもなんとなく伝わったよ」

 

「だが本人はそれだけじゃ足りないらしく、夜遅くまで二宮が課題とする打撃面を自分なりに工面してこの全国大会の舞台まで、ただ1人の1年生レギュラーとして……な」

 

「凄いね……」

 

「大星も1年生からレギュラーだったが、二宮は大星とは違って才能とは縁遠い野球生活を過ごしていた。普通の人間なら根を上げるであろう環境でも二宮は頑張ってきた。そんな二宮を私は努力の天才と呼んでいるよ。そして……憧れに近い感情を抱いている」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「良いぞーっ!」

 

「当たる!当たるよーっ!」

 

チームメイトから応援の声が聞こえます。普段の試合では圧倒している事が多かったので、こういう状況になる事はありませんでした。

 

この試合を切欠に白糸台はもっと強くなるでしょう。ですがその前に白糸台が逆境にも強い……というところを見せねばなりません。

 

(これで8球目……。しつこい人間は嫌われるよ全く)

 

(……私は、朱里さんと並べたでしょうか?朱里さんだけじゃなく、和奈さん、いずみさん、亮子さん、神童さん、新井さん、大星さん、亦野さん、渋谷さんのような凄い選手達に少しでも近付けたでしょうか?王者白糸台と呼ばれている高校に入って凡人の域から抜け出せたでしょうか?)

 

私がここまで頑張ってこれたのは、リトル時代に見た朱里さんの圧倒的なピッチング……。それを見てからはこの人に並びたいと思いました。それが切欠でした。

 

しかし今は……この白糸台高校野球部で二宮瑞希という爪跡を残す為に日々精進しています。凡人脱却を目指しています。

 

「…………!」

 

(朱里さんのあの表情……まだ何か隠している球種がありますね?ギリギリまで温存するその気概は朱里さんらしいです)

 

本当に手数が多過ぎて1度の打席では把握し切れませんね。

 

(恐らく次の9球目で朱里さんは新しい球を投げてくるでしょう)

 

私はそれを打ちます……!

 

(これは……揺れて曲がっている……?)

 

(さぁ、初見で対応出来るかな?)

 

(球の軌道や揺れ方……更にコースを考えるとここを振ればバットに当たる筈です)

 

投げられたのはナックルカーブ……。揺れて曲がるこの変化球を捉えるのは困難ですが、臆する訳にはいきません。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

私が三振した事を告げるコールと同時に……。

 

 

ドサッ!

 

 

『朱里ちゃん!!』

 

『朱里!!』

 

朱里さんが倒れてしまったようです。完全にスタミナ切れのようですね。

 

(しかし自分が燃え尽きる覚悟で投げ抜いたナックルカーブ……。朱里さんも新越谷に入って変わりましたね)

 

ですがスタミナ管理が杜撰ですね。これは試合終了後に朱里さんとお話をする必要があるみたいです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 70

ワンアウトになったところで、マウンドには武田さんが上がりました。

 

「出て来たのは武田だな」

 

「あの洛山と投げ合って勝利した投手として結構有名だね……」

 

「球種は朱里さん程多くはないですが、決め球のレベルは間違いなく朱里さん以上です。中でも……」

 

私は武田さんの球種の中でも注意するべき球をベンチ全員に伝えました。

 

「……以上です」

 

「わかった。二宮が頑張ってくれたところで早川が降板したのは痛いけど、もう四の五の言ってられないな……。1番打者として、突破口を作ってくるよ」

 

「お願いします」

 

亦野さんはここまで追い込まれるような事は初めてなんでしょう。だからか打席に立つ時に少し力が入り過ぎています。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(このストレート……早川のストレートと引けを取らないぞ!)

 

球速は朱里さんと武田さん……差違を感じられませんね。ただ武田さんの方が手元で伸びて来るのに対して、朱里さんは様々なストレートに見せた変化球があるので速く感じてしまいます。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

『ファール!』

 

2球目はレフト線切れてファールですね。

 

「惜っしい~!」

 

「ここで仕留められなかったのは痛いな……。武田は確実に決めに来るぞ」

 

「そうですね。ここで武田さんが投げるのは……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

決め球のナックルスライダー。ここ数試合で1番大きく曲がっていますね……。

 

「武田の球……データ以上のノビとキレだったよ」

 

 

 

「そうですか……。武田さんの投げる球は数値では計れませんので、仕方ありません」

 

「おまえがそんな事を言うのは珍しいな」

 

「裕菜ちゃん以来かな……?」

 

「神童さんも武田さんとは別の意味で数値では計れません。捕手として色々と楽しみです」

 

武田さんの場合は打者によってムラがあります。格下相手よりも格上相手の方が実力を発揮する対強打者に特化したタイプの投手のようです。 

 

「裕菜の成長を楽しみたいのなら、この試合でも勝たないとな」

 

「三振した誠子が何か言ってる~!」

 

「大星も生意気に拍車がかかってるな……」

 

(勝ちたいですね。このチームで……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

渋谷さんも三振……。あとは最終回の攻防を残すのみですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして7回裏。この回は3番からなのですが、新井さん、大星さんと連続で凡退してしまい、あっという間にツーアウトです。

 

『…………』

 

「雰囲気が重いな……」

 

「追い詰められていますね」

 

「なんで2人はそんなに冷静なんだ……?」

 

亦野さんがそう訊いていますが、私も神童さんも事実を受け止めているだけです。

 

「……だが私はまだ諦めていない。最後まで足掻くさ」

 

そう言って神童さんは打席に向かいました。

 

『な、なんと王者白糸台が追い込まれています!ツーアウトです!』

 

『ここ2年で白糸台が追い込まれている……というケースは初めてですね。一矢報いる事が出来るのでしょうか?』

 

(まさか私達がここまで追い込まれるとはな……。武田との対決はこれが初めてだが、武田の方はどんな状況下でも嬉しそうに、楽しそうに投げている……。私とは真逆のタイプだ)

 

神童さんは武田さんと対決するのは初めてですが、なんとか対応してほしいものですね……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(今投げたのはナックルスライダーか……。早川が二宮に投げたナックルカーブとはまた別のベクトルで凄いな。私の投げる変化球のどれにも当てはまらない良い球だ)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(そして強ストレートと呼ばれる球で緩急を付ける……か。山崎の配球も相まって良いピッチングだ)

 

あっという間に追い込まれますが、神童さんを見ると追い込まれた……という印象が見受けられませんね。こういう部分はとても頼もしいです。

 

 

カキーン!!

 

 

4球目。レフト方向へ伸びていきます。このままスタンドに入れば、流れが掴めますね。

 

 

バシッ!

 

 

「ああっ!?捕られた!」

 

「い、いや……まだだ!」

 

捕球されたと思われる球の勢いがまだ死んでいません。

 

(うっ……!なんて打球。ミットに収まったのに、勢いが死んでないよ!このままじゃ弾かれてスタンドに入っちゃう……)

 

「いけーっ!」

 

「入れーっ!」

 

ギュルギュルと音がしそうなボールの勢いに、雷轟さんが踏ん張っています。

 

(でも私は落とさない……。今日の試合でも足を引っ張っちゃってるからね。それを取り返す為にも絶対に落とさないよ!)

 

雷轟さんは身体を前に倒し、ボールがスタンドに入るのを阻止しました。そして……。

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

「ああ……」

 

「負け……た」

 

試合終了。1対3で私達白糸台は新越谷に敗北……。こうして私の白糸台での野球の最初の夏が幕を閉じました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 71

『し、試合終了です!1対3で新越谷高校が王者白糸台高校を破りました!!』

 

『新越谷高校は洛山高校にも勝利しており、そして白糸台高校を含めて2つのシード校相手に勝利。新越谷の伝説が今日から生まれそうですね。白糸台の常勝はここで終わりますが、白糸台を破った新越谷が優勝に王手をかけ、決勝戦でも良い試合をする事を期待しています』

 

試合が終わると、白糸台のほとんど……特に3年生の先輩が泣いているのが見られます。特に辛そうなのが新井さんですね。直接敗北に繋がるホームランを打たれてしまったのですから……。

 

「顔を上げろ!整列が終わるまでが試合だ!そこに勝ち負けなどないぞ!!」

 

そんな中神童さんが全員に渇を入れます。自分も辛い筈なのに、他の部員を引っ張るその姿は紛れもない白糸台高校野球部のトップでした。

 

「胸を張れ。私達に勝利した新越谷というチームは紛れもなく強豪だった……。そしてわかっただろう?私達白糸台はもう勝って当たり前の常勝チームではない事を。今日の敗北をしっかりと噛み締め、明日以降の糧にしろ!さぁ整列だ。行くぞっ!!」

 

『はいっ!!』

 

目を腫らしている人がほとんどですが、神童さんの一言で少し元気になったようですね。

 

『ありがとうございました!!』

 

整列が終わったので、私は朱里さんの所へ向かいます。話しておこうと思う事がありますので……。

 

「朱里さん、お疲れ様です」

 

「良い試合だったぞ」

 

私の後ろには神童さんもいました。神童さんも朱里さんに言いたい事があるのでしょうか?

 

「ありがとうございます。なんとか逃げ切る事が出来ました」

 

「早川と武田には一杯食わされたな。新井が未熟な点もあったが、それ以上に2人の好投が勝利に繋がったと思う」

 

「そうですね。朱里さんがギリギリまで新しく覚えたフォーク、チェンジUP、ナックルカーブの3つがデータになかったのが悔やまれます」

 

新井さんの精神面、朱里さんの隠していた球種と武田さんの成長……。思えば終始流れを新越谷に掴まれていた気がしました。

 

(そしてその要因は間違いなく……)

 

「……私個人としては武田さんの成長がやっぱり大きいと思いますね」

 

「ほう?」

 

「神童さん達も目の当たりにしたと思いますが、武田さんの成長速度は凄まじいです。ムラは目立ちますが、それを補うレベルで球種それぞれにキレやら変化量やらが増していってます」

 

朱里さん曰く武田さんの成長速度はとっくに高校生のレベルを越えている……みたいですね。武田さんはムラさえなければ、神童さんと同等の変化球投手になりそう……というのが私個人としての評価です。

 

「確かにな……。だが私から見ればそれは早川も同じ事だ」

 

「私なんて……。今日の試合でも倒れてしまいましたし」

 

そうですね。朱里さんは倒れてしまいましたね。

 

「朱里さんがスタミナを付けなければいけないのはリトル時代からの課題にも関わらず、変化球ばかりを覚えて体力が着いていっていないんですよ」

 

「うっ……!」

 

全く……。朱里さんは昔から無茶をし過ぎですね。今は山崎さん達に引っ張ってもらいましょう。

 

「はっはっはっ!早川も二宮の尻に敷かれているな!!」

 

「……まだまだ言いたい事は山のようにありますが、新越谷の勝利に免じてこの辺りで止めておきます」

 

今は朱里さんとは別のチームですからね。

 

「何にせよ私達はこの準決勝で敗退した……。ここまで来たら優勝を目指して頑張ってくれ」

 

「もちろん決勝戦は応援に行かせてもらいます」

 

「おっ、良いなそれ」

 

どうやら神童さんも応援に行くみたいですね。

 

「それではそろそろ失礼します」

 

「とりあえず宿舎に戻るか」

 

宿舎に戻って、新井さんの罰ゲームの実行といきましょうか。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 72

二宮瑞希です。宿舎に戻った私達は私を含めた一部の人間が一部屋に集結しています。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

構図としては新井さん1人に対して神童さん、九十九さん、半田さん、大星さん、そして私の5人が向き合っています。

 

「さて……。監督から聞いた新井の罰ゲームだが……」

 

「うう……!」

 

いつもは強気な新井さんが借りてきた猫みたいになっていますね。新井さん自身が戦犯となっている上に、サイン無視なんかもありますから、致し方ないのですが……。

 

「全国大会決勝戦の翌日から、秋の大会が始まるまで『新井真琴ではなく、別の名前で呼ばれる事』……だ」

 

「えっ……と?それってどういう……?」

 

所謂渾名ですね。罰ゲームと評している時点で碌な渾名しかなさそうですが、新井さんの自業自得とも言えます。

 

「それで……だ。白糸台の部員達に集まってもらって、渾名の候補をいくつか出してもらっている。九十九、ホワイトボードに候補となる渾名を書いてくれ」

 

「了解っす」

 

「えっ……ええ?」

 

神童さんの指示で九十九さんが秋大会までの新井さんの呼び名の候補をつらつらと書いていきました。当の新井さんはまだ状況が飲み込めていない様子ですが、気にせず進行します。

 

 

① 直球馬鹿

 

② 犬

 

③ 脳味噌筋肉

 

④ 男女

 

⑤ おさるのジョージ

 

⑥ ジャイロウーマン

 

⑦ ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン

 

⑧ 新井真琴

 

 

……以上の8つが新井さんの呼び名となる訳ですね。いくつかふざけたような呼び名が混ざっていますが、一体誰が考えたものでしょうか?

 

「これ等の中から1つ……秋の大会までの新井の呼び名候補だ」

 

「ちょちょっ!悪口とかもあるじゃないですか!?こんな悪口とか絶対に……」

 

「諦めなって真琴!これは罰……なんだからね!」

 

「大星おまえ……。他人事だからってイキイキし過ぎだろ!?」

 

「まぁ戦犯だし、多少は……ねぇ?」

 

「くっ……!九十九も他人事だと思ってやがる……」

 

「……そういう訳だから諦める」

 

「半田まで……」

 

ちなみに私と神童さんは事前に新井さんの罰ゲームを決定させていたので、すがる事すら出来ません。割り切りも必要ですよ?

 

「ちなみに救済措置として⑧におまえのフルネームを載せているが……」

 

「そ、そうですよ!⑧が1番多かったら、現状維持で良いんですよね!?」

 

「白糸台の野球部全員から事前にアンケートと取ったところ、⑧に入れた人は1人しかいませんでした」

 

「お、終わった……」

 

⑧が1番少ない事がほぼ確定したのか、新井さんがガックリと項垂れました。同情はしますが、自業自得なので仕方ありませんね。

 

「……まぁ話は以上だ。全国大会の決勝戦が終われば、おまえの呼び名を発表するからな。大星、九十九、半田。新井に付き添ってやれ」

 

「はーい!」

 

「うっす」

 

「了解」

 

「…………」

 

新井さんはこの罰ゲームを経て、精神面において大きく成長するでしょう。そうするように仕向けた監督を恐ろしく思いますが、そもそもが新井さんの自業自得だと思うと……戒めという意味合いも兼ねれば納得してしまいますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 73

二宮瑞希です。新井さんが大星さん達にドナドナされてから数日……。今日はいよいよ全国大会の決勝戦です。

 

「新越谷と清澄か……。どちらも全国のシード校を2校倒している紛れもない強豪だな」

 

「特に清澄の場合は初出場なのもあり、ダークホースという側面がかなり強いです」

 

選手データを見たところ総合力はほぼ互角ですが、経験値の差で新越谷がやや有利……というのが私個人の見解ですね。

 

 

「そろそろ行きましょうか。早く行った方が良い席を確保出来ます」

 

「そうだな。出来れば真ん中の方の席で観戦したいところだ」

 

神童さんは野球観戦の際は中央の席で見るらしいですね。思えば新越谷と柳大川越の試合でも中央の席で観戦してました。見所のある熱戦は良い席で見たいという気持ちは理解出来ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神童さんと球場に向かう道中に……。

 

「やっほー瑞希☆」

 

「やっぱ瑞希ちゃんも来るよね。この一戦は」

 

いずみさんとはづきさんに出会いました。いずみさんは初戦が終わって東東京へと戻ったと聞きましたが、決勝戦の組み合わせに縁があるから観に来たのでしょうか……?

 

「2人も新越谷と清澄の試合を観に来たのですか?」

 

「まぁね。今日は藤和の方の練習も休みだし、せっかくだから新越谷の結末を見届けようと思ってね!」

 

「私はコレで朱里せんぱいの勇姿を収めるよ!」

 

はづきさんは鞄から一眼レフを取り出しました。拘りがありそうな逸品ですね……。

 

「この4人で決勝戦を観に行く訳だな。観客席に着くと、もっと賑やかになったりしてな……」

 

神童さんからフラグめいた発言が……。あまり大人数になると、良い席を確保出来るかわかりませんよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達4人は球場に到着し、席を確保した訳ですが……。

 

「ム?私達の隣の席とは奇遇だな!」

 

「これも何かの廻り合わせですかね~?」

 

「で、でも瑞希ちゃんがいると、なんか安心しちゃうかも……」

 

私達の左隣には和奈さん、大豪月さん、非道さんの洛山トリオが……。

 

「貴女達もこの決勝戦を観に来たんだ?」

 

「端から見ると何の集団かと思われそうだな……」

 

右隣には亮子さんと田辺さんの咲桜コンビがいました。偶然ですよね?非道さんの言うような何かの廻り合わせではないですよね?

 

「それにしてもなんとか良い席を確保出来たね……」

 

「人数が人数ですのでどうなるかと思いましたが、ここからならよく見えるでしょう」

 

私達計9人がこの席に辿り着いたのは偶然ですが、よくもまぁ見通しの良い席を確保出来たものです。

 

「今日は大所帯だね~」

 

「ウム。賑やかなのは良い事だ!」

 

「ここにいるのはかつて新越谷と戦った連中ばかりという事か……」

 

そういえばこの場にいる全員が新越谷と試合経験のある人達ですね。いずみさんのいる藤和だけは清澄とも戦った事がありますが……。

 

「うん、私達も県大会の準決勝で新越谷と戦ったもん。ねぇ亮子ちゃん!」

 

「……そうですね。あの準決勝は朱里との投げ合いで私自身もまだまだ成長の余地があるという事がわかった良い試合でした」

 

朱里さんも亮子さんも既に高校のレベルを越えているのですが、まだ成長していくのでしょうか?私も負けないように頑張らないといけませんね。

 

「朱里せんぱいがまたスタメンじゃない……」

 

「あはは!はづきは相変わらずだね~」

 

はづきさんは朱里さんがスタメンでない事に落ち込んでいますが、準決勝の途中で倒れた事を考えれば、朱里さんは休ませた方が良いでしょう。

 

「全員合わせて9人……。それも皆新越谷や朱里さんに縁のある人達ばかりですね」

 

(それに今日の試合相手……清澄高校は天王寺さんが選手を育ててここまで勝ち上がってきている……。油断は禁物ですよ朱里さん)

 

特に清澄の中軸にいる3人は打撃能力がかなり高く出ています。

 

『さぁ、間もなくプレイボールです!!』

 

最強を決める試合がいよいよ始まりますね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 74

二宮瑞希です。遂に全国大会の決勝戦が始まりました。私達は観戦ですが……。

 

「新越谷は後攻か……。とりあえず有利な後攻めは取れたな」

 

「ですがこれだけで優位になるとは限らないでしょう。もしも押せ押せモードだったら、むしろ不利に働く可能性すらあります」

 

『1番 ピッチャー 片岡さん』

 

「そういえば1番打者で投手ってなんか珍しいね?」

 

「そうですね。全国区のチームで1番打者で投手なのは阿知賀学院の高鴨さんくらいでしょう」

 

「阿知賀の高鴨は無尽蔵なスタミナを持っていながらも、チーム一の走塁を見せてくる稀有な選手だな」

 

「ウム!ある種洛山向きの選手とも言えよう!」

 

「実は洛山に足の速い子って少ないですからね~」

 

洛山は打撃と球速に特化したチームなので、それ以外は良くて平均……というイメージが強いですね。そしてそれは走塁も例外ではありません。

 

 

カンッ!

 

 

「うわっ!初球からいったよ……」

 

「右中間抜けてツーベースになっちゃったね……」

 

これは新越谷、いきなりのピンチですね。

 

「新越谷側は様子見なんだろうが、少し不用意だったな。どんな選手だろうと、決勝戦まで勝ち上がってきた1番打者なんだ……。かなりの実力者なのは間違いない」

 

「まずはここを凌げるかどうかで、今後の流れが変わってきますね」

 

ちなみに先程ヒットを打った清澄の片岡さんはタコスの有無で調子が大きく変わる選手……とデータにはありました。なんとも変わった選手ですね。

 

 

コンッ。

 

 

「そして2番は送りバント……か。動きが徹底されてるな」

 

「セオリー通りですね」

 

「洛山にバントをする選手などいない!」

 

「多分まともにバントが出来るのは私達3人と黛ちゃんくらいですかね~」

 

そういえば洛山からは一切バントの気配がありませんでしたね。ただ単にバントが出来ないだけでしたか……。まだまだわからない事が多いですね。

 

「えっ!?み、瑞希ちゃん。あの人って……」

 

「はい。間違いありません」

 

清澄高校野球部にて最も警戒しなくてはならない打者……。 

 

「瑞希と和奈の知り合い?」

 

「あの人は宮永咲さん……。リトル時代で朱里さんが3度に渡って完敗した人です」

 

「あの朱里が完敗だと……?」

 

亮子さんが朱里さんの完敗に驚いていました。無理もありませんね。朱里さんがあそこまでボロボロに打ち込まれたのは後にも先にもあの宮永さんしかいませんから……。

 

「端から見たら大した事ないように見えるが、あの打者……とてつもない実力を秘めているな!」

 

「ただ者じゃないっていうのは伝わりますね~」

 

「待て……。宮永だと?まさか宮永照さんの……」

 

神童さんは気付いたようですね。宮永さんの正体に……。 

 

「はい。あの人は期待の大型新人プロの宮永照さんの妹です」

 

去年まで白糸台野球部にいた二刀流投手である宮永照さんの妹……。それが宮永咲さんです。何故長野と西東京で別れてしまったのは知りませんが、恐らくは家庭の事情でしょう。 

 

「えっ?プロ選手の妹!?」

 

「それに彼女の場合はそれだけではありません」

 

宮永さんこそが朱里さんが最も苦手とする打者……。それは偶然なのか必然なのか……朱里さんに対してだけ全打席ヒット以上の当たりを出しています。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

しかし宮永さんはこうして見逃しの三振が多いです。不可解ではありますが、彼女なりに何かしらを狙っているのは伝わってきます。

 

「……全部見逃したね?」

 

「1球も振る気配がなかったな?」

 

「……関係あるかはわかりませんが、投手が朱里さんじゃないから……という可能性はありますね」

 

リトル時代では朱里さんキラーだった可能性すら今では考えてしまいますね……。

 

「どういう事?」

 

「リトル時代での宮永さんが打った打席は朱里さんが途中登板した時に偏っています。偶然だとは思いますが……」

 

そこも朱里さんが宮永さんを苦手としている理由ですね。

 

「……つまり何らかの理由で打率を調整してるって事か?」

 

「はい。しかも宮永さんは意図的に打率を5割丁度に調整しています」

 

「……それが本当ならとんでもない事だね」

 

「リトルでもその意図に気付いたのは私と朱里さんと和奈さんくらいですからね。当時の監督すら気付いていませんでした」

 

もしかしたらこの試合で朱里さんが宮永さんに対する苦手意識を克服出来るのかも知れませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 75

宮永さんが見逃し三振。これでツーアウト三塁ですね。

 

「あの清澄の4番……。あの人からピリッとした雰囲気を感じる」

 

「ピリッとした雰囲気?威圧感……的なやつ?」

 

「ううん。多分それとはまた別だと思う。なんて言えば良いのかな?こう……相手を薙ぎ倒すっていうか、捩じ伏せるっていうか……?」

 

和奈さんが言うピリッとした雰囲気を醸す打者……4番の鏑木さんは今大会でホームランを二桁打っています。初心者ながらも、実績をしっかりと残している雷轟さんと同等の打者ですね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「うわっ!?初球からホームランすれすれじゃん!」

 

鏑木さんは長打力を持ち合わせながらも、ミートにも長け、守備にも貢献している選手です。和奈さんのような万能なスラッガーとして育てるつもりでしょうか……?

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「追い込んだとはいえ、3球で決め辛いだろうな」

 

「とはいえカウントを悪くする訳にはいきません」

 

セオリー的には1、2球外して様子見……。ですが初心者が多い集団とわかっているのなら、正直に3球勝負するのも一手ですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「おおっ!決め切った!?」

 

「何々今の球!?手元で微妙に変化しなかった!?」

 

川口さんが投げたのは神童さんが決め球にしている球ですね。ここまでの試合で一切投げていませんでした。

 

「……川口さんが投げたのはムービングファストボールですね」

 

「ストレートと似た球速の変化球……か」

 

神童さんの目から見ても、かなりの精度が感じられた事でしょう。これは川口さんも雷轟さんや清澄にいる初心者集団と同様に、全国にも通じうる……野球適性の高い初心者である事がわかりますね。

 

「全国大会中に身に付けた……にしては精度が高過ぎますね~」

 

「ウム、あれは相当な下積みを積んできたに違いない!」

 

それでも簡単には取得出来ません。川口さんの野球センスがかなり高いのは間違いないでしょう。

 

「ムービングファストって確か昔朱里ちゃんが挑戦しようとして出来なかったんだよね?朱里ちゃんが教えたのかな?」

 

そういえば朱里さんがリトル時代に取得を試みていましたね。当時は残念ながら叶いませんでしたが、その過程を川口さんにアドバイスした……という可能性はありますね。

 

「どうでしょうね?朱里さんならあり得る事ではありますが……」

 

「清澄側も何かしらの秘策がありそうだし、この試合は先がどうなるか全く予測が出来ないね」

 

「私達としては新越谷に勝ってほしいところです!」

 

「それはここにいる全員が同じ事を思っているだろう。特に我々のように埼玉県の高校にいる人は全員な」

 

はづきさんや亮子さんは埼玉の高校を代表して新越谷を応援しているようです。洛山も、私達白糸台も、その気持ちは同じ……。白糸台に勝った新越谷には是非とも優勝してほしいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 76

1回裏。新越谷の攻撃に入ります。清澄の先発投手は片岡さんですか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球はストレート。割と力任せではありますが、コースを突いた良い球です。宮永さんがリードをしている……というのもあるでしょうが……。

 

「流石決勝戦と言うべきか……。かなり速いストレートだ」

 

「フン!まぁ私には遠く及ばないがな!」

 

「だ、大豪月さんよりも速い球投げる人ってそんなざらにはいないような……」

 

まぁ和奈さんの言う通りですね。現状日本の高校生の中では間違いなく最速投手でしょう。

 

 

カンッ!

 

 

「そして大豪月の球を見てきた新越谷の打線にとっては捉えるのも難しくない……か。半端に速いと、却ってそれが仇になりそうだな」

 

「そうですね」

 

とはいえ何人もが今打った中村さんのようにはいかないでしょうね。他にそれが出来そうなのは山崎さん、岡田さん、そして雷轟さんが候補に挙がりますね。

 

「清澄高校の連中は宮永以外の全員が野球をこの春から始めた人間ばかりのようだな」

 

「この春から!?あの投手もかなり速い球を投げるし、4番の子なんて和奈ちゃんみたいなスラッガーの才能があるよ!」

 

神童さんの発言にはづきさんが驚いた表情をしながらグラウンドを見ています。

 

「……それを可能になるよう育成するのが天王寺さんの腕前です」

 

それぞれの個性を活かして、それを大きな長所に変える……。間違いなく天王寺さんにしか出来ない芸当です。

 

「アタシも天王寺さんにお世話になったからわかるんだけど、あの人の教え方はヤバいよ」

 

「そういえばいずみちゃんは天王寺さんに指導してもらったんだったね」

 

「それだけじゃなく、いずみ以外の選手の中でも当時の川越シニアで9割以上は天王寺さんに指導してもらっていた……」

 

「私達の1つ下の世代までの川越シニアは天王寺世代と呼ばれていましたね」

 

私達の1つ下の後輩達は大小の差はあれど天王寺さんにお世話になっていました。

 

「……改めて川越シニアの連中が化物揃いだとわかったが、二宮達はそんな天王寺からは指導してもらってないのか?」

 

「そうですね。私と朱里さん、和奈さん、亮子さん、はづきさんは天王寺さんの指導を受けていません」

 

「へー、はづきも天王寺さんと関わっていなかったんだ?」

 

「あの人は苦手なんだよね……。だから極力関わらなかったの」

 

「はづきさんのそれは正しい判断ですね。天王寺さんの指導は麻薬のような中毒性がありますから」

 

実際に天王寺一派……みたいな派閥が出来上がり、チームの約9割は派閥に入っており、当時は朱里さんや和奈さんが肩身狭そうにしていましたね……。

 

「ち、中毒!?」

 

「ま、まぁ瑞希ちゃんの言う中毒って言うのは大げさなんですけど、実際に他の人の指導だと物足りなくなるってシニアの人達は言ってました……」

 

「そうなんだ?でもアタシは何ともないよ?」

 

(そういえば以前天王寺さんがいずみさんを逃した……みたいな事を言っていましたが、清澄の人達はもしかすると……)

 

天王寺さんの指導がなければ、野球をやっていけない……と刷り込ませようとしている可能性すら頭に浮かびますね。

 

「どうした二宮?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

(まぁ例えそうだとしても悪い事何1つとしてないので、何も問題ありませんね)

 

まぁ恐らくはこの試合が終われば天王寺さんは清澄を離れる事になると思いますし、私の考え過ぎでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 77

カンッ!

 

 

新越谷はノーアウト一塁から更にチャンスが広げ、ノーアウト一塁・二塁になりましたね。

 

「これは先制点取れるんじゃない?」

 

「取れるなら、取っておきたい場面ではあるが……」

 

 

カンッ!

 

 

はづきさんと亮子さんの会話の側から、3番の岡田さんがサードにライナー性の強い当たりを打ちます。

 

 

バチィッ!

 

 

「えっ?弾いたよ!?」

 

「うわ……。ランナー戻り掛けてたじゃん……」

 

いずみさんの言うように、ランナーは2人共戻り掛けていたので……。

 

『アウト!』

 

サードがそのまま三塁ベースを踏んでワンアウト。

 

「セカンド!」

 

『アウト!』

 

そして二塁へと送球し、ツーアウト。

 

「ファースト!」

 

『アウト!』

 

一塁もアウト……。サードライナーがトリプルプレーに化けましたね。

 

「うわー、ついてないなぁ……。サードがライナー捕ってたら、ワンアウトで済んだのに、打球を弾いたばっかりに……」

 

「ライナーを弾いた事で、向こうにとってはラッキーな展開になっちゃったね……」

 

ラッキー?あのプレーが偶然の産物にしては手際が良いような気がしますね。

 

「ラッキーか……。それにしては手際が良いな」

 

どうやら神童さんも同じ事を思っていたようです。まだ1回なので、まぐれという線は消せませんが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2回表は川口さんが無失点で切り抜け、2回裏。打順は4番の雷轟さんからになりますが……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「やはり雷轟は歩かされるか……」

 

「まぁ片岡さんの球は速いだけですからね。ストレートに強い雷轟さんと勝負すれば間違いなくホームランを打たれます」

 

雷轟さんは大豪月さんのストレートを2度もホームランにした実績がありますから、まともに勝負をすれば間違いなくホームランになるでしょうね。

 

「清澄の片岡と新越谷の雷轟……。2人共この春に野球を始めた筈なのに、大きく差を開いているな」

 

「朱里ちゃんが言うには雷轟さんは中学の頃から下積みを続けていたから、その差なのかも……」

 

「多分筋トレの方はもっと前から続けてたんじゃないかな~。それこそ小学生の頃から~」

 

「ウム、借りに筋トレを中学から始めたのなら私のストレートはホームラン等にはならんだろうな。今まで続けていたとして約10年程と見た……」

 

「じ、10年間ずっとって凄いですね……」

 

まぁ和奈さんも似たようなものですがね。2人の違いは野球に多く費やしているか否かでしょうか?そしてセンスは雷轟さんの方に軍配が上がります。

 

「気付かない内にそれが趣味になってそう……」

 

「ともあれそんなスラッガーがいると新越谷側も頼もしく思っているだろうな」

 

「………」

 

(1回のトリプルプレーが気になりますね。サードにいた鏑木さんが打球を弾いていなければワンアウトで済んでいましたが、あの動きは……。これも天王寺さんの仕込みでしょうか?)

 

ランナーがいるこの状況下……間違いなく清澄側は仕掛けてくるでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

「これ三遊間抜けるんじゃない!?」

 

「抜けたら長打になるよ!」

 

確かに抜ければ長打になり、雷轟さんは生還出来るでしょう。しかし……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

サードの鏑木さんによるファインプレーで、帰塁出来ずにダブルプレー。更には……。

 

 

カンッ!

 

 

今度は左中間に打球が飛び、これも抜ければ三塁打になるでしょう。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

これもセンターによるファインプレーでアウト。ハッキリとわかるのはサードとセンターの守備レベルはかなり高い……という事です。

 

「……今のプレーで確信しました。1回裏のトリプルプレーも狙ってやっていますね」

 

「嘘っ!?あのサードライナーの取り損ないが!?」

 

「……にわかには信じられないが、確かにあのサードとセンターの動きは清澄の中でも頭1つ抜けているな」

 

神童さんも今のプレーで前のイニングのトリプルプレーが故意にやっていると確信したようです。

 

「あの2人はバッティングも良い感じですね~。強豪校に入ってもレギュラーを取れるレベルですよ~」

 

「間違いなく洛山には無理な守備だな!」

 

「胸を張って言える発言じゃないだろう……」

 

確かに洛山の選手があのプレーを試みようとすれば、エラーになってランニングホームランになりかねないですね……。

 

「しかしこうなると新越谷が劣勢ですね」

 

「川口がここから清澄の打線を上手く抑えられるかに掛かっているな」

 

「加えて雷轟さんは歩かされている……」

 

(県大会の決勝戦では武田さんが上手く決めましたが、この試合を決めるのは新越谷にせよ、清澄にせよ、誰になるのか見物ですね……)

 

恐らく試合の鍵になるのは宮永さんの打席になるでしょう。投げるのかどうかはわかりませんが、朱里さんと宮永さんの対決の結果=が試合の勝敗に直結しそうです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 78

3回表。清澄は二巡目に入ります。

 

 

ガッ……!

 

 

片岡さんはムービングファストを引っ掻けて、ボテボテのサードゴロですが……。

 

「かなり足速いね。内野安打狙えそう……」

 

「かといって焦らずに打球を処理するべきです。そうでないと……」

 

 

スカッ!

 

 

(あっ……!)

 

「……このようになってしまいますからね」

 

「雷轟のエラーを見る度に新越谷側はヒヤヒヤするな……」

 

「そうですね。白糸台では考えられないです」

 

あんなトンネルをやった日には確実に降格処分になってしまうでしょう。 

 

「新越谷のように人数が少ないところでもギリギリだろうね。人数に余裕があったら、多分控えスタートだろうし……」

 

「守備が鍛えられたら私よりも上かも知れないね……」

 

和奈さんは守備もかなりレベルが高いですからね。雷轟さんのように打撃だけ……という訳ではありません。 

 

「でも清本ちゃんもまだ負けてないけどね~」

 

「ウム、最後に勝てればそれで良かろうなのだ!」

 

雷轟さんと和奈さんのライバル関係はまだ始まったばかりです。最後がいつになるかはわかりませんが、私としては和奈さんを応援してますよ? 

 

「だがここまできたら新越谷には優勝してほしいものだ……」

 

神童さんの呟きに私は同意します。この決勝戦でも逆境を乗り越えてほしいものです。

 

 

コンッ。

 

 

そんな話をしている内に、送りバントを決めていました。これでワンアウト三塁ですね。そして次は宮永さんの打席ですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

どうやら勝負みたいですね。ワンアウトなら歩かせる選択肢もありましたが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「そういえばアタシは詳しく知らないんだけど、その……朱里に完勝した宮永さんってどういう打者なの?今のところはなんか打率を調整してるって事しかわかんないけど……」

 

カウント1、1の状態でバッテリーは次にどう攻めるか……を頭の中で考察していると、いずみさんが宮永さんについて尋ねてきました。

 

「打者としてのタイプはいずみさんと亮子さんを足した感じでしょうか?ミートに長けていて、安定感があり、時折ホームランも狙える……そんな打者です」

 

「万能手か……。宮永さん見てたら、アタシに足りないものが見えてくるかなー?」

 

 

カンッ!

 

 

3球目に投げられたムービングファストを宮永さんは打ち、その打球は三遊間を抜けました。これで清澄が先制ですね。

 

「……打撃方面ではあのように鋭いスイングを見せてきます」

 

「かなり速かったな……。和奈みたいにギリギリのところまで球筋を見極めた上で、素早いスイングを見せている」

 

「それでいて、プロでも捌くのが難しいレベルの打球を打ち放つ……か。打撃方面は最早プロでも通じそうだねー」

 

亮子さんといずみさんが宮永さんの打撃を食い入るように見ています。私の発言で意識するようになったのでしょうか?

 

『三塁ランナーがホームイン!先制は清澄高校。宮永選手のタイムリーヒットです!』

 

『宮永選手は中々良い打球を放ちましたね。あの打球は簡単に捌く事が出来ません』

 

この1点は新越谷にとってかなり重くなりそうですね。確実に柵越えが狙えそうな雷轟さんはずっと歩かされると考えると、他の打者が清澄の守備力を越える必要がありますが、果たして誰がそれを成し遂げるのか……。その辺りに注目してみましょうか。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 79

3回裏。新越谷の打順は7番から始まりますが……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

藤田さん、川口さんと連続で四球になり、ノーアウト一塁・二塁のチャンスを迎えます。

 

「同点のチャンスだね!」

 

「可能なら逆転まで漕ぎ着けたいところだけど、清澄の守備連携はかなりしっかりしてるからねぇ……」

 

「特にサードとセンターには要注意だな。現状は一塁が埋まっているから、併殺も取りやすくなっている」

 

 

コンッ。

 

 

亮子さんの考えと一致しているのか、新越谷は送りバントによってワンアウト二塁・三塁にしてきましたね。

 

「これならヒット1本で2点取れそうだね!」

 

「ただ清澄の守備の前にエンドランを仕掛けるのはリスクが高い気がしますが……」

 

そして1番の中村さんに打順が回ってきますが……。

 

「敬遠か……。一塁を埋める作戦のようだな」

 

「これで満塁になりますし、フォースアウトが取りやすくなる分清澄側としても妥当な判断になりますか」

 

『ボール!フォアボール!!』

 

これでワンアウト満塁に……。

 

 

カンッ!

 

 

2番の山崎さんが打った打球はレフト線へ。本来ならレフト前に落ちて、同点……或いは逆転までいけそうなものですが……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

サードの鏑木さんによる跳躍によってアウトになり、更にそのまま三塁ベースを踏んでダブルプレーとなってしまいました。

 

「惜っしい~!同点に出来ると思っていたのになぁ」

 

「あの跳躍力は凄いですね。確かに鏑木さんは空手部出身の筈なのに、どうしてあそこまで飛べるのか……」

 

「空手にジャンプっているのか……?」

 

空手についてそこまで詳しくないですが、私の知る限りでは跳躍が必要そうな場面はなさそうですね。あそこまでの跳躍力は鏑木さん自身のものなのか、天王寺さんによる仕込みなのか……。敵に回ると厄介な事には変わりありません。 

 

「いや、それよりも二宮さんがどうして鏑木さんが空手部出身なのを知っているところから突っ込むべきじゃないの?」

 

調べました。

 

「私達白糸台はもう慣れたぞ?」

 

「ウム、私と非道も慣れたぞ!」

 

「元よりただ者じゃないのはわかってましたし、二宮ちゃんの情報網が凄いって春に白糸台と練習試合をした時にわかりましたしね~」

 

「アタシ達は瑞希とチームメイトだったから……」

 

「慣れてしまいましたね」

 

「同じく……」

 

「私と朱里ちゃんに至ってはリトルからの付き合いですし……」

 

何やら私の方を見て内緒話をしているみたいですが、私を挟むのは止めてください。 

 

「あれ?私が可笑しいのかな?」

 

「心配するな田辺。私も君と同意見だ」 

 

「私の事は良いのです。それよりも……」

 

「…………?」

 

「しれっと私達に混じってお菓子を食べている宮永プロに触れるべきではないのですか?」

 

前のイニング辺りから梁幽館の中田さんと陽さんがはづきさんの隣の席に合流し、数分前くらいに神童さんの隣を陣取っている宮永照さんに突っ込むべきではないですか?私の事は二の次でしょう。 

 

「……去年まで宮永先輩と一緒だった私からしてもこの光景は日常だったからな」

 

「美味しい」

 

「か、カオスだ……」

 

和奈さんがボソッと言いますが、これ程までに他校の選手が集結している時点で既に混沌としています。新越谷の影響力と言っても良いでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 80

4回表。新越谷はどうやら投手を交代するようです。2番手は藤原さんですか……。

 

「投手交代だけじゃなく、守備位置も結構入れ換えてきてるな」

 

他の守備位置としては川口さんがライトに、レフトにいた中村さんがファーストに、ファーストにいた武田さんがサードに、サードにいた雷轟さんがレフトになっています。

 

選手の人数がギリギリな事を逆手に取って、色々なポジションを守れるようにしている訳ですね。部員数が多い私達白糸台ともなると、そのポジションがほぼ専属になってしまいますからね。一部例外もいますが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「凄っ!藤原さんっていつからジャイロボールを投げられるようになったの!?」

 

「お披露目したのは全国大会の1回戦からですね」

 

私も直接は見ていませんが、映像を見て予習はしてきています。イメージトレーニングも多分大丈夫でしょう。 

 

「そっかー。アタシは試合だったから見られなかったんだよね」

 

「先発の川口息吹と言い、今の藤原と言い、そして武田、早川と……。新越谷は選手層が薄いように見えるが、投手陣は優秀なのが沢山揃っているな!」

 

「そうですね~。野手のレベルも全国レベルまで成長していっていますね~。一部の選手はその中でもトップクラスかも~」

 

大豪月さんと非道さんの言うように新越谷の投手陣はそれぞれタイプが違い、それぞれの特性を抜きん出るように育成されていますが……。

 

「それでも何人かは拙い部分が見え隠れしてるがな。その辺りが新越谷の今後の課題になるだろう」 

 

「言い方は悪くなるけど、新越谷がここまで勝ち上がってきたのは投手戦を制したお陰な試合が9割を占める。梁幽館や咲桜、美園学院、そして白糸台も投手戦に勝ってきた結果だと思う」

 

中田さんの指摘通り、新越谷の何人かは拙い部分が見えています。具体例を出すと雷轟さんがしたエラーがそうですね。それを陽さんの言う投手戦で制したゲームで誤魔化している……。そのように見受けられます。

 

「まぁ熊谷実業や永水や洛山みたいに打線に火が点く試合もあるけど、格上相手にはどうしても武田、早川、雷轟の3人に依存しがちなのが目立つな」

 

「実力面でも精神面でも、良くも悪くも依存する……か」

 

新越谷でも特に主力となっている3人ですね。打撃方面では岡田さんや中村さん、山崎さん辺りが候補でしょうか……。切れ目とわかる部分で詰まってしまうのも新越谷の課題になるでしょう。ですが……。

 

「この試合は清澄側も新越谷と似た部分が多いから、良い勝負をしているように演出してるね」

 

「清澄は宮永さんと天王寺さん以外はこの春に野球を始めた人ばかりですからね。それよりも……」

 

「もぐもぐ」

 

(宮永プロはすっかり馴染んでいますね。藤原さんがジャイロボールを投げたのを見ても特に反応していませんでしたし、彼女にとっては取るに足らない球……という事でしょうか?)

 

宮永プロはポーカーフェイスですので、いまいち表情が読み難いですね。付き合いが長くなれば、ある程度はわかってくるのでしょうか? 

 

「これも美味しい」

 

……今現状は栗鼠のようにお菓子を頬張っている子供にしか見えませんが、オフの日くらいは……という事でしょう。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

藤原さんが3人で締めました。急なジャイロボールへの対応が難しいと見受けられますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 81

4回裏。清澄側も投手交代のようですね。

 

「清澄も投手交代か……」

 

「投げるのは……センターを守ってた子?」

 

「刀条楓……。昨年の剣道の全中で個人戦全国準優勝の実績を持っています」

 

「あっ、その試合アタシも見たかも!かなりの有名人じゃん!」

 

ちなみに全国優勝を成し遂げたのは新越谷にいる大村さんのようです。こうしてみると世間は狭いですね。中学までは同様に剣道で全国トップクラスの成績を残した上で、今は野球をやっている……という。

 

(まぁ大村さんはともかく、刀条さんの方は確実に天王寺さんの差し金でしょう。あの人は例え素人だろうと、野球の適性を完璧に見抜くのですから……)

 

才能を見抜く眼は是非ともほしいと思っています。今後の為にも……。

 

『アウト!』

 

先頭打者が打ち取られ……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

4番の雷轟さんに対しては徹底的に歩かせる方針のようですね。

 

「ワンアウト一塁……。これってまたゲッツーの予兆?」

 

「そう何度も取れるものじゃないと思うけどね……」

 

 

ガッ……!

 

 

次の藤原さんは刀条さんの投げる球を打ち上げ、サード後方の浅いフライとなりました。端から見るとわかり辛いですが、データとして見れば刀条さんは相当厄介な球を投げています。

 

 

ポロッ。

 

 

『えっ!?』

 

『落とした!?』

 

この観客席のほぼ全員があのイージーフライを溢した事に驚いているようです。しかしあのサードはこれまでの傾向から考えると……。

 

『アウト!』

 

素早い動きで落としたボールを拾って、そのまま二塁へと送球しました。洗練されている動きですね。まるで何度も何度も練習してきたかのように……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「またあのサードによって阻まれてる!」

 

この試合のMVPは間違いなくサードの鏑木さんになるでしょうね。少なくとも守備方面では清澄のピンチを何度も救っています。 

 

「これが元々鏑木さんの中に潜んでいた野球の才能だと思われます。それを天王寺さんが上手く引き出したのでしょう」

 

「天王寺さんって何者……?」

 

「私達が所属していた川越シニアで選手育成を主に活動していました」

 

「本人もレギュラー狙えるレベルで上手いんですよねー。アタシも天王寺さんの実力見てびっくりしたし……」

 

「そのような人物が何故選手としてプレーをしなかったんだ?」

 

私もそれが気になって天王寺さんの事を調べましたが、少なくとも選手としてのデータは存在しませんでした。モヤモヤしますね……。

 

「……私なりの考察ですが、天王寺さん自身が人に野球を教える事に快感を覚えたからじゃないかと思います」

 

本人は野球を教える事に喜びを覚えているようですし、そういう解釈も間違いではないでしょう。

 

「か、快感!?」

 

「つまり天王寺さんはそういう趣味のある変態?」

 

「へ、変態って……」

 

「それを言うなら瑞希の情報に対する執着も紛れもない変態のそれだよね☆」

 

「失礼な事を言わないでください。私は変態ではありません」

 

私は知らなければならない事の為に色々と調べているだけです。それ以外の情報収集はあくまでもオマケです。

 

(いや、金原の言いたい事はなんとなくわかるぞ……)

 

(なんか危ない眼をしながら情報収集してそうですよね~)

 

(ウム。それもまた才能だな!)

 

「……何故か失礼な視線を感じるのですが?」

 

「気のせいだろ」

 

約3名から失礼な視線を感じました。私は変態ではありません。何度でも否定させてもらいます。変態ではありません。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 82

5回表。清澄の打線は新たに代わった投手によって凡退を築いています。

 

「新越谷はまた投手を代えてきたな。3番手は武田か……」

 

藤原さんはどうやらショートリリーフのようで、4回表だけ投げていたようですね。武田さんとポジションが代わり、藤原さんはサードに戻ります。 

 

「最後に投げたチェンジUPは前に映像で見た時よりも精度が上がっていましたね」

 

「ヨミもかなり強くなったのを感じるねー。また新越谷と戦ってみたくなっちゃったよ☆」

 

「それは私達も同じだよ……!」

 

「是非ともリベンジマッチで勝ちたいところだね~」

 

武田さんと対戦経験のあるいずみさんや梁幽館、洛山はリベンジに燃えているようです。熱いですね。

 

「我々3年生はもう戦う事がないと思うと少し寂しい気分にもなるな……」

 

「仕方ないさ。高校生は3年間……。運動部は夏が終われば引退というルールがあるんだからな」

 

「『ルールを守って楽しく野球!』だね!」

 

「それ、何か違わないか……?」

 

3年生勢は引退が悔やまれる……といった表情をしています。最高の成績を残せないと、悔いが残るのは仕方ないでしょう。不完全燃焼なのでしょう。それは次の舞台で発散させてください。

 

「…………」

 

(……急に宮永プロが静かになりましたね。実妹である宮永咲さんが打ち取られたのに対して何か思うところがあるんでしょうか?)

 

それでも一心不乱にお菓子を頬張ってはいますが……。

 

『アウト!』

 

気が付けばあっという間にツーアウトですか……。新越谷からしてみれば良くない流れですね。

 

『新越谷高校、選手の交代をお知らせします。川口息吹さんに代わりまして、ピンチヒッター大村さん』

 

新越谷は流れを断ち切る為に代打攻勢ですね。打席に立つのは大村さんですか……。これで新越谷の部員でこの試合にまだ出場してないのは朱里さんだけになりました。

 

「……なんかあの2人から並々ならぬ雰囲気を感じるんだけど?」

 

「それはそうでしょう。刀条さんと大村さんは昨年の剣道の全中にて決勝戦で戦っているのですから」

 

「野球の試合なのに向かい合っているのは、どっちも剣道の全国大会で決勝戦を戦った選手……。なんとも不思議な縁だよね」

 

「確かに……。なんで野球をやってるんだろ?」

 

「刀条さんの方は天王寺さんのスカウトでしょう。大村さんの方は……恐らく野球がしたかったからなのでは?」

 

「なんか急に適当になったね……」

 

当たり前です。野球をする理由は本人にしかわからないのですから。

 

「流石に個人の感情まではわかりません。半分くらいならコールドリーディングの要領で読み取れない事もないですが……」

 

「コールドリーディングって最早占い師じゃん……。瑞希にアタシの将来を占ってもらおっかな~?」

 

「お断りします。法外の料金を請求しますよ?」

 

「……やっぱ止ーめた」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「速い……!」

 

「これまでの刀条さんとは違いますね」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「しかし大村も負けていないな」

 

「ここまで来ると、互いに意地のぶつかり合い……」

 

大村さんと刀条さん。この2人の対決に軍配が上がるのは……。

 

 

カキーン!!

 

 

大村さんのようですね。センタースタンドへと一直線です。

 

『ほ、ホームランです!代打攻勢が上手くはまりました!大村選手の同点ホームラン!!』

 

『ホームランを打った大村選手はもちろんですが、最後のストレートを投げた刀条選手も良い守備ピッチングでした』

 

何はともあれとりあえず同点ですね。

 

「な、何て言うか剣道部出身同士とは思えない対決だったね……」

 

「刀条さんも投手として中々のレベルまで成長しています。流石、天王寺さんが育てた選手の1人ですね」

 

エースと言うよりは2番手タイプではありますが、それでも全国区の投手として育っています。 

 

「その球を打った大村も打者として大きく成長しているな。データを見る限りだと雷轟と同じく守備方面に課題あり……と言ったところだな」

 

「大村は我が洛山に相応しい選手になりそうだな!」

 

確かに守備方面に難ありのスラッガーで、洛山の大多数の選手と共通はしますが……。 

 

「いや、大村さんは新越谷の選手だから……」

 

大豪月さんのさりげない引き抜きを田辺さんがさりげなく阻止していました。次の大会に向けての駆け引きを見た気がしますね。

 

「まぁまぁ~。大村ちゃんじゃなくとも、9月頃には新たな戦力が入るじゃないですか~」

 

「……それもそうだな!」

 

「なんだ?洛山は誰かスカウトしたのか?しかも来月に入部って……」

 

確かに気になる情報ですね。少し調べてみますか……。

 

「それは相見えた時のお楽しみだ!」

 

「別に隠す程のものでもないですけどね~。それよりも今は試合に集中しましょうよ~」

 

洛山の新チームは気になりますが、今は非道さんの言う通り試合観戦に集中しましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 83

新越谷と清澄の試合もいよいよ7回に突入しました。スコアは1対1のまま、そして新越谷はまた投手を交代するようです。出て来るのは……。

 

『新越谷はまたも投手交代。背番号18番の早川選手です』

 

『早川選手は昨年のシニア大会で全国優勝を果たした川越シニアのエース投手ですね』

 

ここで朱里さんの投入ですか……。この采配が新越谷にとってどう働くか……見物ですね。 

 

『そんな選手がレギュラーをもらっていないみたいですが……』

 

『高校レベルともなると男女問わずにハイレベルですからね。全国優勝したチームのエースだったとしても中学と高校はまた別……という事でしょう』

 

そして朱里さんの登板に過剰反応するのが……。

 

「出ましたよ!朱里せんぱいです!!」

 

「な、何もないところから一眼レフが出て来ただと……!」

 

はづきさんですね。一眼レフを急に取り出した事で、中田さんが引き気味になっています。 

 

「はづきちゃんって相変わらず朱里ちゃんの事が好きだね……」

 

「何を当たり前の事を言ってるの!?私にとって朱里せんぱいは……!」

 

「まーた始まった……」

 

「こうなると長くなるので、はづきさんの戯れ言は聞き流して良いですよ」

 

「元チームメイトに対して随分冷たいな……」

 

はづきさんがこうなると中々止まらないので、適当に流すのが1番です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

二者連続三振……。リリーフで投げているからか、かなり飛ばしていますね。そして……。

 

「遂にきましたね。この試合の最大の見所が……」

 

「朱里ちゃんと宮永咲さんの対決……だね」

 

「リトル時代の朱里が完敗したのがあの宮永咲という打者か……」

 

「朱里なら勝てる……って言いたいところだけど、宮永咲さんは打つ時は急だから、いつだって不安なんだよね……」

 

いずみさんの言うように、宮永咲さんは打つ時は突拍子もなく突然打ってきます。それは和奈さんにも負けないスイングスピードで……。 

 

「そういえばいずみちゃんは宮永咲さんのいる清澄と戦ったんだよね?」

 

「……あんまりその事は思い出したくないかな~?先輩の決め球が容赦なく打たれたから」

 

「早川にとってここが正念場だろう。宮永咲相手に抑えるか、打たれるか……」

 

「さっきの大村ちゃんと刀条ちゃんの勝負よりも緊張しますね~」

 

「むしろ元剣道部の2人の対決であれ程の緊張感が生まれるのが可笑しいと思うな……」

 

大村さんと刀条さんの場合は剣道の試合の雰囲気も持っていってそうですけどね。 

 

(咲……!)

 

(宮永プロが急に食い入るように試合を観始めましたね。妹が当事者とは言えプロが注目する程の対決……。はづきさんではありませんが、何か記録に残した方が良さそうですね)

 

この対決はもう2度見れない可能性すらありますからね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

外角低めに全力のストレート……。これは相当宮永咲さんを警戒していますね。そして警戒している相手に朱里さんは……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

内角高めにSFFを投げて、ツーナッシング。しかし……。

 

(この状況はリトルの時と類似していますね……)

 

違うのは今の朱里さんの球種と、朱里さん自身が左投げに転向している事……。

 

「朱里ちゃん……!」

 

和奈さんも気付いたようですね。朱里さんがかつてリトルの試合で宮永咲さんと対峙した時の事を……。

 

『タイム!』

 

ここでタイムが掛かります。このタイムも当時を再現していますね。

 

「瑞希ちゃん、これって……」

 

「そうですね」

 

「な、何々?今から何が起ころうとしてるの!?」

 

私と和奈さんの発言が気になるのか、いずみさんが食い付いてきました。他の人もいずみさん同様に気になっているみたいですね。

 

「……朱里さんが宮永咲さんを追い込んだこの状況下はリトルの時と同じです。カウントは有利に運んでいるのにも関わらず、タイムを取って内野陣が集まります」

 

「その後に投げる朱里さんの球は今日1番の球を投げるんです」

 

「凄いじゃん!」

 

タイムが終わり、朱里さんは3球目を投げます。恐らくリトル時代と同じように、朱里さんの執念が込められた球を投げるでしょう。今日1番の球を……。

 

「ま、待ってよ……。リトル時代の朱里せんぱいはそれで宮永咲さんに完敗してるんだよね?それじゃあ……」

 

「察しの通りですはづきさん。朱里さんの全力を込めた1球を……」

 

 

カキーン!!

 

 

「一切の容赦がなく、無慈悲に打ち砕くのが宮永咲……という打者です」

 

リトル時代はシンカー、そして今打たれたのはストレート……。どちらも朱里さんが決め球として扱っていると言っても過言ではない1球を宮永咲さんは鋭いスイングによって、打球をスタンドへと運んでいきました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 夏大会編 1年目 84

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

宮永咲さんにホームランを打たれたものの、朱里さんは後続の打者を三振に抑えました。

 

「悔いの残るピッチングになっちゃったね……」

 

「このまま新越谷が負ければ、朱里が負け投手になるのか~」

 

「初めてですね。朱里さんが負け投手になるのは……」

 

「そうなのか?」

 

「はい。リトルシニア通して、朱里さんは負け投手になった事がありません」

 

リトル時代も宮永さんに打たれただけで、それ以外の打者に対しては問題なく抑えていました。先程の鏑木さんのように……。

 

「まだ新越谷の負けと決まった訳じゃないよ!ね?瑞希ちゃん!」

 

朱里さんに敬意を抱いているはづきさんはこの状況下でも新越谷の勝ちを疑っていないように見えました。それははづきさんが朱里さんのいる新越谷を応援しているのか、それとも埼玉代表の意地なのか……。恐らくはどちらもでしょうね。

 

「……まぁ最終回で1点負けてるとはいえ、打順は1番からだ。十分にチャンスはあるだろう」

 

「新越谷の上位打線はハイレベルだからな!きっと逆転するさ!」

 

 

カンッ!

 

 

大豪月さんがそう言った瞬間、先頭の中村さんが初球から打っていってヒットとなりました。

 

「新越谷もこの局面にきて、清澄の守備に気付いたみたいですね」

 

「清澄の守備?」

 

「今中村さんが打ったように、清澄の守備陣でハイレベルな守備を見せるのはサードの鏑木さんと今投げている刀条さん……。逆にその2人に気を付けてさえいれば、清澄の守備は並レベルに過ぎません」

 

「だからこうして打てたんだね……」

 

少し遅いくらいですが、まだ逆転のチャンスはあります。

 

 

コンッ。

 

 

次の山崎さんが一塁線に送りバント。

 

『アウト!』

 

「これでワンアウト二塁……。スコアリングポジションにランナーが溜まってチャンスだよ!」

 

「しかしこうなると二遊間へのライナーに注意だな。下手を打つと、一気にゲームセットだ」

 

無論そうならないように新越谷も動くでしょう。次の打者の岡田さん次第でこの試合の命運が決まりそうです。

 

 

カンッ!

 

 

「打球はショート!」

 

「中村さんのスタートが良いお陰か、三塁はセーフだね!」

 

「ここで岡田が内野安打を決められるかどうかで、試合の展開が決まる……!」

 

ファーストミットの捕球音と、岡田さんのヘッドスライディングの音がほぼ同時に響きます。

 

『セーフ!』

 

判定はセーフ。これでワンアウト一塁・三塁になりました。

 

「こ、これ本当に逆転出来るんじゃ……?」

 

「4番の雷轟さんが歩かされても、満塁だよ!」

 

「懸念点があるとすれば、一塁が埋まっている事か……?」

 

一塁が埋まっている事で併殺が取りやすく、そうなれば清澄が逃げ切る事になります。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「えっ……?」

 

「勝負した!?これまで歩かせていたのに……」

 

この局面で雷轟さんと勝負する理由を挙げていけばランナーを溜める方がリスクが高い事、雷轟さんの次に控えている藤原さんも雷轟さん同様のパワーヒッターである事、この局面で併殺を狙いにいっている事でしょうか……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「2球連続でストライク……。どうやら本当に勝負するみたいだな」

 

「でもなんで急に……?」

 

「……もしも岡田さんが出塁出来なかったら、雷轟さんは歩かされていたでしょう。一塁を埋めるという大義名分の為に」

 

「だとすると、岡田さんのあのヘッドスライディングが試合を分岐したって事……?」

 

「その可能性はかなり高いでしょう」

 

 

カキーン!!

 

 

雷轟さんが放った一打は上空に羽ばたいていくいく鳥のように飛んでいきました。

 

『ゲームセット!!』

 

雷轟さんのサヨナラホームランによって、2対4で新越谷高校の勝利……。新越谷が全国優勝を果たしました。

 

「……良い試合だったな」

 

「ウム、まさに決勝戦に相応しい試合だったぞ!」

 

「ですね~」

 

神童さんと大豪月さん、非道さんがこの試合を賛辞し……。

 

「1つ何かが違ったら埼玉県代表は私達咲桜だったかも知れないだけに羨ましく、眩しい光景だよ」

 

「新越谷に勝ちさえすれば、我々梁幽館も……とつい思ってしまうな」

 

「来年は後輩達がきっと仇を取ってくれる」

 

田辺さん、中田さん、陽さんは来年の夏(或いは今年の秋)に後輩達がこの光景を願い……。

 

「この一眼レフであの胴上げのシーンを押さえましょう!」

 

はづきさんが新越谷の胴上げシーン(上げられているのは朱里さん)をカメラで撮り……。

 

「これは私達も負けてられないな」

 

「だねー。あっ、その写真後でアタシに頂戴はづき」

 

「帰ったら早速練習……だね。私も雷轟さんには負けてられないよ。はづきちゃん、私もその写真ほしいな」

 

「学ぶ事が多い試合でした。これ等を活かして更に精進するまでです。はづきさん、私にもその写真をください」

 

亮子さん、いずみさん、和奈さん、そして私は朱里さんに負けないように、これからもっと頑張っていくと決意を新たに燃えています。

 

(次に勝つのは白糸台ですよ……)

 

新越谷の胴上げシーンを尻目に、次は負けない事を改めて誓いました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて①

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

『…………』

 

二宮瑞希です。数日前にもこのような光景がありましたね。ただ唯一違うのは、野球部全員が集結している事です。

 

「全国大会が終わり、私達3年生は引退となる」

 

神童さんの一言で辺りが騒然としました。次のキャプテンは誰になるのか……という話し声が聞こえます。

 

「それで次のキャプテンだが……新井!」

 

「は、はい!」

 

「次のキャプテンはおまえだ。白糸台野球部を引っ張っていってくれ」

 

「は、はい!精一杯頑張ります!」

 

「話は以上だ。あとは各自で自主練に励んでくれ!」

 

『はいっ!!』

 

3年生が引退し、今日から新しい白糸台野球部が始まりますね。私も出来る事を精一杯やっていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、終われば良かったのですが、そうはいかないのが世の中です。世知辛いですね。

 

「それでは遂に遂に!新井真琴の新しい呼び名が今日、この瞬間から決まろうとしていまーす!」

 

今大星さんが言ったように、今日から秋大会直前までの新井さんの新たな呼び名が決まろうとしています。大星さんはかなりノリノリです。

 

 

① 直球馬鹿

 

② 犬

 

③ 脳味噌筋肉

 

④ 男女

 

⑤ おさるのジョージ

 

⑥ ジャイロウーマン

 

⑦ ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン

 

⑧ 新井真琴

 

 

ちなみにこれ等が新しい呼び名候補ですが、果たしてどの呼び名が選ばれているのでしょうか……。

 

「それでは当の本人の登場でーす♪」

 

「…………」

 

先程キャプテンに選ばれた新井さんです。新越谷との試合以降覇気がないようにも見えましたが、今は少し元気を取り戻していますね。

 

「これから呼び名が変わる新井真琴さん!今の気持ちをどーぞ!!」

 

「おまえ楽しんでるだろ……。まぁこうなってしまったのは私に至らない部分があったからだし、覚悟は出来ている……。例え直球馬鹿と呼ばれようが、犬と呼ばれようが、脳味噌筋肉と呼ばれようが、それは私に対する戒め……。甘んじて受け入れるさ」

 

「……真琴の覚悟も十分みたいだね」

 

「大星、一思いにしてやれ」

 

この罰ゲームに尽力を尽くした神童さんも、新井さんの結末を見守ろうとしていますね。

 

「それじゃあ発表するよ。新井真琴の新しい呼び名は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「⑦のミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンにけってーい!」

 

「ぶっ!?」

 

決定したようです。吹き出したのは新井さん改めてミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンさんですね。

 

「ちょ、ちょっと待て!そんな長い名前絶対に嫌だぞ!」

 

「往生際悪いねぇ。正直のところこの結果は私も予想外だったんだよ?」

 

「そうなのか?」

 

「ミズキ、投票の結果を出して!」

 

「はい」

 

大星さんに言われて、投票結果をホワイトボードに写します。

 

 

1位 ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン 35票

 

2位 直球馬鹿 34票

 

3位 男女 31票

 

4位 おさるのジョージ 19票

 

5位 脳味噌筋肉 12票

 

6位 犬 10票

 

7位 ジャイロウーマン 8票

 

8位 新井真琴 1票

 

 

「……壮観だな」

 

「1位と2位が1票差なんですね」

 

「それじゃあ今後は白糸台野球部を引っ張ってね?ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン部長!」

 

「う、受け入れるしかないのか……」

 

こうして白糸台の新しい部長はミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンさんに決まりました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて②

二宮瑞希です。秋の大会に向けてやれる事をやっておきましょう。

 

という訳で3年生引退後に発表される1軍昇格を勝ち上がったのが……。

 

「ヘーイ!遂に時代が私に追い付きマシター!」

 

「やったねバンちゃん!」

 

テナー・バンガードさんです。現状は彼女1人ですが、あと数人は1軍に上げても問題ない性能をしていますね。

 

「それなら例の試合でその候補を確定させれば良いんじゃないのか?」

 

例の試合……というのが白糸台恒例となっている1軍昇格戦ですね。私も春の練習試合で無事に1軍昇格を果たしました。

 

「そうですね……。鋼さんと佐倉姉妹の3人に1軍昇格戦に同行してもらいましょうか」

 

「ええっ!?良いの!?」

 

「別に構わないでしょう。3人共1軍でも通用するポテンシャルを秘めているのは確かです」

 

「瑞希ちゃん……」

 

「私達にもチャンス到来だよ!陽奈お姉ちゃん!」

 

「そうね……。機会を作ってくれたミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン部長には感謝しかないわ」

 

ちなみにミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン……というのは秋大会直前までの新井さんの呼び名です。今では白糸台内でこの呼び名が浸透しています。

 

「相変わらず新しい呼び名に慣れないな……。まぁ罰なんだし、受け入れるしかないんだけど、一体誰がこんな長いの考えたんだよ……」

 

誰が考えたのかは大方予想が出来ますが、この場でそれを暴いても何の意味もないでしょう。

 

(まぁ投票最後の1人がバンガードさんで、それまで1位と2位が同率だったので、実質バンガードさんが決めたと言っても過言ではないですね)

 

今となってはそれを口にする必要もないでしょう。ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンさんも受け入れているみたいですし、とやかく言う事ではありません。

 

「しかし問題は秋の1軍昇格戦と、1軍の練習試合の日程が被っている事だな……」

 

「大星さんや半田さんは1軍の試合に同行させた方が良いでしょうね。そして部長となったミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンさんは言わずもがな……」

 

「1軍昇格戦の方にマネージャーを1人付けるか?これまでの試合ではほぼ二宮1人でやってきたが、3年が引退した後だと1人はキツいだろうし……」

 

私は1人でも問題ありませんが、好意は素直に受け取るべきですね。

 

「……わかりました」

 

「よし、じゃあ昇格戦の方には千川を付ける。それよりも監督役が必要になるな。ウチの監督はこっちの試合にいるから……」

 

マネージャー問題は風音さんがいるからともかく、問題は監督役……という立ち位置ですね。

 

「……神童元部長に頼むかな」

 

「神童さんも引退してからは忙しいのではないですか?」

 

「本人はそれなりに余裕があるって言ってたから、経緯を話せば同行してくれるとは思うが……」

 

後日神童さんに事の経緯を話すと、無事に許可を得ました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて③

二宮瑞希です。今日は1軍昇格戦の対戦相手について神童さんとマネージャーと話し合っていますが……。

 

「確か夏前の1軍昇格戦の相手は洛山でしたよね?」

 

「ああ。基本的に連続で同じ相手は選ばないから、必然的に洛山以外になるんだが……」

 

和奈さんのいる洛山は先程の理由で除外するとして、他に候補に挙がっているのは……。

 

「藤和、咲桜、梁幽館、椿峰、姫松、永水、鉄砂、SGKGK、花咲川、羽丘、月ノ森、そして新越谷……か」

 

普段1軍昇格戦でお世話になっている高校です。こうして見ると、東京と埼玉が多いですね。ちなみにSGKGKというのはスクール学園高校学院高等学校の略称です。

 

「……新越谷ですか?」

 

「個人的な意見を差し引いても、それが良いのかもな」

 

ポツリと呟いた言葉に対して、神童さんは賛成のようです。

 

「でもみずっち、新越谷はウチの1軍が負けたんだし、2軍が勝つのは厳しくない?」

 

今回の1軍昇格戦に同行してくれるマネージャーの千川風音さんです。この白糸台に一般入試で入った私と同じ中学出身で、親しい人には渾名で呼ぶ傾向があります。詳しい紹介はまた何れ……。

 

「確かにウチは新越谷に負けたが、あれはミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンが二宮のサイン無視をした影響がかなりデカいからな……」

 

ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンというのは新井さんの新しい呼び名です。

 

「ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンさんのサインミスがなければ完封すらも視野に入れていましたし、2軍でもかなりの試合展開が予想出来ます」

 

「う~ん。まぁ計算上だとそうなるのかな……」

 

風音さんも納得したようですね。

 

「じゃあ次の1軍昇格戦の相手は新越谷に決まりだな。当日に向けての段取りなんかは私の方でやっていこう」

 

「神童さんはもう引退しているのに、ここまで野球部に力を貸してくれるのですね」

 

「まぁ実を言うと、私はもうやるべき事が決まってるからな。あとは勉学の方を多少頑張るだけで良いんだよ。だから卒業のギリギリまでは野球部の力になりたいと思ってる」

 

本当に立派な人ですね……。私にとっての部長はずっとずっと神童さんなのかも知れません。口振りから察するに、プロ野球入りではなく大学進学でしょうか?

 

(それなら私も神童さんが行く予定の大学に進学を希望しましょうか……)

 

なんて想いは胸の内に秘めておきましょう。少なくとも2年以上後の話です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて④

二宮瑞希です。今日は1軍昇格戦のメンバーに加えて、一部の1軍メンバーと一緒に埼玉に向かいます。私と風音さんにとっては一時的な帰省ですね。

 

「みずっちー。バスの手配は終わったよー」

 

「ありがとうございます」

 

1番張り切っているのはもしかしたらマネージャーの仕事を越えている風音さんかも知れませんね。同じく一時的な帰省だからでしょうか?

 

「それじゃあ行こうか」

 

『はいっ!』

 

監督役の神童さんを筆頭に私達はバスに乗っていきます……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスに揺られて2時間程……。新越谷高校に到着しました。

 

「二宮。バスに降りて、新越谷野球部へ挨拶を頼む」

 

「わかりました」

 

何故私が1番最初なのかはよくわかりませんが、特に否定する理由はありませんので、バスから降りて挨拶をします。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「…………」

 

挨拶をしたら朱里さんから微妙な顔をされました。失礼ですね。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします」

 

「お願いしまーす!」

 

「よろしくお願いしまーす」

 

鋼さん、陽奈さん、日葵さん、風音さんと順番に挨拶を済ませ、あとは必要事項を……。

 

「うちの監督ですが、所用によってこの場に来る事が出来なくなりましたので、代わりに……」

 

「私が白糸台の監督代理を務める。今日はよろしくな」

 

神童さんが臨時の監督として新越谷に挨拶を。とはいえ神童さんはサインのやりとりを私に任せると言っていましたし、実質私が監督役で、神童さんは責任者枠ですね。流石に大人なしという訳にはいきませんので、監督の友人(野球知識なし)がいますが……。

 

「まぁ夏大会でも実質的な監督は神童さんでしたし、何も問題もないでしょう」

 

「監督はああ見えて多忙だからな」

 

ふらふらとしているイメージはありますが、監督としてのスペックはかなり高いんですよね。実力も実績もありますので、私達は信頼している訳ですが……。

 

「それでは改めまして新越谷高校の皆さん……よろしくお願いします」

 

『よろしくお願いします!!』

 

選手全員で新越谷野球部に例をして、いよいよ試合開始ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先攻は私達になりました。

 

「オーダーはどうするんだ?」

 

「2軍オーダーをベースにすれば良いでしょう」

 

2軍の試合でよく目にするオーダーは……。

 

 

1番 ショート 日葵さん

 

2番 セカンド 陽奈さん

 

3番 ライト 九十九さん

 

 

 

……1軍にいる九十九さんをこんな感じでしょう。本来ならバンガードさんも同行予定でしたが、彼女は1軍の試合の方で試運転する事になりました。まぁ彼女の性格を考えると、1軍試合の方が肌に合っているでしょうし、新越谷にバンガードさんの存在を伏せる事も出来ます。なのでこれはこれで悪くないですね。

 

「佐倉姉妹はポジションが逆じゃないのか?」

 

「少し試したい事がありますので、これでいきたいと思います。2人はこのポジションで良いですか?」

 

「私は問題ないよー!」

 

「二宮さんの意見なら、間違いはないでしょう」

 

陽奈さんからの絶対的な信頼が来たところで、あとは……。

 

 

8番 ピッチャー 鋼さん

 

9番 キャッチャー 私

 

 

……これで良いですね。半田さんからは同じ1年生の方が息が合うと言っていましたし、同学年で組むバッテリーの方が相性が良いのも頷けます。

 

「それではまずは日葵さんに出塁してもらいましょうか」

 

「任せてよっ!」

 

2軍の試合で打率8割越えの実力者……。夏の全国優勝校相手に通用するのか見物ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑤

今日はもう1つ番外編を書いてみました。興味のある方々は呼んでいってください。


『プレイボール!!』

 

試合開始。日葵さんが打席に向かいます。

 

「よーし、頑張るぞーっ!」

 

本人もやる気があるみたいですし、期待が出来ますね。

 

「新越谷の投手は……見た事がないな?新顔みたいだが……」

 

「渡辺星歌……。私や朱里さんと同じ川越シニア出身の投手ですね」

 

星歌さんが新越谷に入っていたのは知っていましたが、このタイミングで野球部へ入部するとは思いませんでしたね。

 

「新越谷の5番も見た事ないねー」

 

「データが少ないですね。蒲生中出身くらいでしょうか……」

 

(当たり前のように川原の出身中学を言い当てるのが可笑しく思えるのは私の気のせいか……?まぁ慣れはしたが)

 

神童さんが何やらこちらを見ていますが、今は試合に集中しましょう。

 

(ミートや足の速さを考えて1番に日葵さんを置きましたが、本来なら1番は陽奈さんが適任……。手探りではありますが、この打順で成果が出せるか見物ですね)

 

 

カンッ!

 

 

「おっ、初球から打っていった」

 

内角のスライダーをいとも簡単に捌いて、ヒットとなりました。

 

(不味いな……。配球が読まれている可能性がある)

 

(思った通りの配球でしたね。山崎さんのリードは初球に外角攻めを要求してくる可能性が高く、それを読まれていると錯覚させて内角に投げさせる……。まぁ日葵さんだからこそ上手く当てれたコースと球ですね。星歌さんのピッチングを見るのはシニア以来ですが、中々良いスライダーを投げています)

 

(瑞希ちゃんの言ってた通りの展開になったなー。次の陽奈お姉ちゃんの打席で一気に生還を狙っちゃうよー!)

 

事前に山崎さんの配球についての予測を日葵さんに伝えましたが、ガールズでの対戦経験もあってか、上手く合わせられましたね。

 

「2軍の試合では日葵さんが出塁すれば、ワンアウト以内なら確実に点が取れる……とデータにはありますね」

 

「それは凄いな」

 

「流石はひーちゃんだねぇ」

 

「そして妹を還すのは姉の役目……ですよね?」

 

「任せてください。必ず日葵をホームへ還します」

 

2番の陽奈さんは日葵さんが出塁したなら、ほぼ確実にホームへと還してくれます。

 

(陽奈さんは課題である打撃方面をこの4ヶ月半でしっかりと鍛えましたが、この試合でそれを見る事は出来るでしょうか……)

 

「…………」

 

「…………」

 

星歌さんが投球動作に入った瞬間……。

 

『は、走った!』

 

日葵さんがスタートを切りました。タイミングは完璧ですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

ウエスト球と思いましたが、ストライクコースに投げてきましたね。走られる想定だったのでしょうか?

 

『セーフ!』

 

無事に盗塁成功ですね。あの姉妹のパターンに入りました。

 

(素直に仕掛けますか……!)

 

私は姉妹2人にサインを出します。

 

((あのサインは……!))

 

星歌さんの投球動作の瞬間、再び日葵さんはスタートを切り、陽奈さんはバントの構えを取ります。

 

(しまった!?バントエンドラン!)

 

「バントエンドランも上手く決まりそうだな」

 

「はい。ですが相手はあの新越谷……。2度は通用しないでしょう」

 

だから1度限りの奇襲です。無論出来そうならばどんどん仕掛けますが……。

 

 

コンッ。

 

 

陽奈さんのバントは完璧ですが……。

 

(あの速度やったら三塁で刺せるかも……!)

 

日葵さんが減速していますね。日葵さんの方でも仕掛けを打っていましたか……。

 

「違う……。中村さん!ホームだ!!」

 

「えっ!?」

 

「ふふーん、もう遅いよー!加速っ!!」

 

朱里さんが気付いた時には既に遅く、日葵さんが加速しました。やりますね。

 

「サードで刺せる……と思わせる事で一塁ランナーを確実に生還させる腹つもりか……」

 

「フィルダースチョイスを狙う一手ですね」

 

「ひーちゃんは中々の曲者って訳だー」

 

「くっ……!」

 

しかし中村さんは態勢を崩しながらもホームへと送球。中々に器用ですね。

 

『セーフ!』

 

「先制点GET~♪」

 

ですが先制点はいただきました。この勢いに続きたいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑥

1番と2番の佐倉姉妹によって、私達白糸台は先制点を獲得しました。

 

(思いの外あっさり点が取れましたね。日葵さんも陽奈さんもナイスプレーです)

 

(なんとか日葵をホームに還せたわね……。ガールズとは逆の役割だったけれど、案外私はこっちの方が向いているのかも知れませんね)

 

(陽奈お姉ちゃんが日葵をホームに還してくれた……。今まで逆だったけど、瑞希ちゃんの決めたオーダーだと陽奈お姉ちゃんが日葵の為に頑張ってくれる姿が見れて嬉しいな。これからはこの打順でも良いかも!)

 

佐倉姉妹を見ると、2人共満足そうにしています。1軍に上がったとして少なくとも打順の方はこのままで良さそうですね。そして……。

 

(今……っ!)

 

陽奈さんが初球から盗塁を試みます。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

今度はウエスト球にしましたね。ですが……。

 

『セーフ!』

 

結果はセーフ。まぁ元々1番を打っていて、その走力は健在ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

しかし後続の打者は3人連続で凡退……。星歌さんの球は簡単に打てそうにありませんね。

 

「では行きましょうか」

 

「う、うん……」

 

当の鋼さんは緊張していました。見れば見る程に和奈さんそっくりですね。身長以外。

 

 

ズバンッ!

 

 

「は、速い……!」

 

「これで2軍レベルなのかよ!?」

 

しかし緊張とは裏腹に鋼さんのピッチングそのものは問題なさそうです。

 

(むしろ今日の鋼さんは調子が良さそうですね。これは佐倉姉妹がもぎ取った1点が大きくなりそうです)

 

新越谷の動き次第では完封も現実的になりますね。

 

「あの白糸台の投手って有名な選手なの?」

 

「う~ん……。私は知らないかな?」

 

「芳乃ちゃんでも知らないとなると中学の頃は野球部やガールズで野球をやってなかったのかな?朱里ちゃんはどう?知ってる?」

 

「……いや。少なくとも中学時代に名を上げたという訳ではなさそうだね」

 

新越谷側のベンチからそのような会話が聞こえました。鋼さんの実績はほぼありませんからね。

 

(そう……。『実績は』ありません。しかし実力はあります。白糸台野球部の中で1番伸びているのは間違いなく鋼さんですからね。今日の試合は鋼さんによって新越谷打線を抑えさせてもらいますよ)

 

結果はどうあれ、完投はさせます。スタミナもありますからね。可能ならば朱里さんにも分けてあげたいくらいには……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

これで追い込みましたね。

 

(追い込みましたね。最初の打者は景気良く三振を取りにいきましょうか)

 

(わかったよ瑞希ちゃん!)

 

ストレートを2球続け、3球目に投げたのは……。

 

(うっ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

鋼さんの球種である3種類のスライダーの内の1つ……。横に曲がるスライダーですね。

 

(先頭打者……それも新越谷で1番ミートがある中村さんを三振に出来たのは大きいですね。この後も山崎さん、岡田さんとミートがある打者が続きますし、慎重に投げていきましょう)

 

若干制球力に欠けるのが鋼さんの短所です。そこをリードでなんとかするのが、今日の私の仕事ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑦

中村さんを三振に切って取った流れに乗って2番の山崎さん、3番の岡田さんを打ち取りスリーアウト。流れは悪くないですね。

 

(一巡目はストレートとスライダーの2球種でいけそうですね)

 

新越谷の動きを見て、縦と斜めも解禁していきましょうか。今は攻撃に集中です。

 

(星歌さんはシニア時代に乱調によって崩れる事が多々ありました。それさえなければ背番号をもらえただろうと六道さんも言っていましたね。この試合で乱調を起こすかどうかは山崎さんのリードにかかっていますし、スコアもリードもしていますから、その時が来るのを待つのも一手ですね)

 

しかし2回表は三者凡退。リードが1点では心元がないので、出来れば追加点がほしかったのですが……。

 

(この回は3人で終わってしまいましたか……。星歌さんもシニアから練習を欠かさずしていたようですし、初回に点を取れたのはありがたいですね。もしかしたらここから点が取れない可能性も考慮する必要がありそうです)

 

「新越谷の渡辺か……。川越シニア出身というだけあって、かなりハイレベルな投手だな」

 

「速いシンカーと遅いシンカーを打ちあぐねている気がしますねー」

 

風音さんの言っている事は間違いではないのですが、それ等は何れも星歌さんの決め球ではありません。これまでのピッチングを見る限りは鋼さんと同様に温存しているようですが……。

 

「点が取れない分は守りで返していきましょう。鋼さんは完封するつもりで投げてください」

 

「で、出来るかなぁ……」

 

鋼さんは不安そうにしていますが、2軍の試合では時々完封しているみたいですし、今日の調子なら狙いに行くのもなしではありません。

 

(さて……。4番の藤原さんと6番の川崎さんはストレートに強いですし、スライダー中心の配球で攻めましょうか。それに5番の川原さんはノーデータ……。最低でも2回は回ってきますので、その時にデータを取らせてもらいますよ)

 

配球自体は読まれていても不思議ではありませんが、こちらの守備練習も兼ねているので、長打に気を付けながら投げさせましょう。

 

(初球からスライダーでいきましょう)

 

(うん!)

 

コースは右打者の内側に食い込む所。仮にストレート狙いなら内野ゴロになりますが……。

 

 

カンッ!

 

 

完璧に合わせられましたね。三遊間に飛ぶライナー性の打球で、抜ければ二塁まで走られますが……。

 

 

バシィ!

 

 

『アウト!』

 

ショートを守っている日葵さんが飛び込んで捕球しました。三森3姉妹程ではありませんが、守備範囲が広い事で三遊間付近の打球はああして処理してくれます。

 

「あ、ありがとう……!」

 

「良いって良いって!どんどん打たせてこーよ!」

 

「う、うん!」

 

こうして声掛けをする事により、投手の一人相撲を阻止する事が出来ます。鋼さんのピッチングスタイルはミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン(新井)さんに似ている節がありますから、時折声掛けはしておいた方が良さそうです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑧

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

試合は3回表。先頭打者が三振に倒れます。

 

「なーに他人事のようにしてるのさ?みずっちの事でしょー?」

 

「そうですね」

 

この回は私の打順からだったのですが、星歌さんの球筋を見るのに集中していました。その結果1球も振らずに三振になりましたが……。

 

「まずは振らずに様子見……か。洛山の非道に似てきたんじゃないか?」

 

「あの人の独特さは中々真似出来るものではないと思いますが……」

 

確かに1球も振らなかったのは非道さんのスタイルではありますね。私は非道さん程のパワーはありませんが……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「そして1打席目で掻き回していた佐倉姉妹も凡退だな」

 

「星歌さんの球を決め打ちするのはかなり難しいでしょうね」

 

星歌さんは朱里さん程ではありませんが、球種が多い投手です。その為狙い球を絞らせるのがかなり困難になってきます。

 

(そう考えると、初回に点が取れたのは相当運が良かったのですね……)

 

それならこの1点を死守するつもりで、鋼さんをリードしていきましょう。

 

「よーし!今度こそ打つぞーっ!」

 

……そういえばこの回は雷轟さんの打者からでしたね。今日は9番に配置されているようです。

 

(雷轟さんか……。どうするの瑞希ちゃん?)

 

(勝負で問題ないでしょう。公式戦ならともかく、これは練習試合。全国トップクラスのスラッガーに鋼さんの球が通用するか確かめる良い機会です)

 

まぁ今の鋼さんだと公式戦では歩かせる事になりますが……。

 

(しかし慎重に入っていきましょう。雷轟さんが相手だとそれでも足りないくらいですからね)

 

(うん……!)

 

まずは内角低めにストレートを。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(振ってきませんでしたか……。雷轟さんもかなり慎重になっていますね。勝負してもらえるのが久々だからでしょうか?)

 

夏大会までの印象ではストライクゾーン……特に勝負球には食い付いてくる選手でしたが……。

 

(瑞希ちゃん、次はどうするの?)

 

(同じコースからの真ん中付近に曲がるスライダーをお願いします)

 

(了解!)

 

2球目は同じコースからに外に逃げるスライダーです。カウント稼ぎも兼ねているのですが……。

 

 

カキーン!!

 

 

これは雷轟さんに読まれ、完璧に捉えられてしまいます。

 

(し、しまった!!)

 

『ファール!』

 

しかし打球はレフト線切れてファール。ギリギリでしたね。

 

(あ、危なかった……)

 

(流石、和奈さんを越えたスラッガーですね。敬遠球の対策は出来ていないようですが……)

 

これは2打席目以降に歩かせる可能性すら出てきましたね。

 

(瑞希ちゃん)

 

(……仕方ないですね。2つ目の解禁といきましょうか)

 

(うん!)

 

まぁこの試合に限っては全打席勝負でも、鋼さんが逃げ切りそうな気もしますがね。では仕留めましょう。

 

(嘘っ!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

鋼さんの投げる2つ目の変化球……縦に落ちるスライダーで雷轟さんを三振に切って取りました。ここからは縦に落ちるスライダーも混ぜて投げさせましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑨

試合は両投手陣が奮闘しており1対0のまま試合が進行しています。

 

(予想以上に星歌さんに苦戦しますね。乱調の気配もなし……。これも山崎さんが優れた捕手である証拠ですね。見習いたいくらいです)

 

非道さんに山崎さん、シニアでは十文字さんもですか……。私にはないものを持っている人達が今後同じ捕手としてのライバルになっていくのでしょうね。

 

そして試合は5回表……。

 

「みずっちファイト~!」

 

「かっ飛ばせ瑞希ちゃーん!」

 

「が、頑張って!」

 

(さて、追加点がほしいところですね)

 

この回は私の打順から……。1打席目は見逃しだったので、この打席では打っていきたいですね。

 

(瑞希ちゃんは相手にすると危険なんだよね。1打席目で抑えられたのが奇跡なくらい)

 

(この打席は星歌さんに球数を費やしてもらいましょうか)

 

まずは1球目。カーブですね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(カーブにタイミングが合ってる……)

 

(だったらスライダーで!)

 

2球目は……スライダーですか。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

カウントは追い込まれましたが、ここから粘らせてもらいます。

 

(それなら今度はストレート!)

 

3球目はストレートですね。それならタイミングを上手く合わせれば……!

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

引っ張り気味になってしまいましたか……。少し球威に流された感じがしますね。

 

(瑞希ちゃんってパワーがあったんだね。星歌はレギュラーメンバーとはほとんど関われなかったから、知らなかったよ……)

 

(こうなるとストレートは危険だな……。星歌ちゃんの数ある変化球で打ち取るよ!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

その後も2種のシンカーを続けざまにファール。あのシンカーは緩急を付ける意味合いでも厄介ですね。

 

(これで星歌さんの残る球種は私が知る限りではあと1つですね……)

 

(……珠姫ちゃん、あれを投げさせてもらうよ!)

 

(……そうだね。二宮さんにはことごとくカットされているし、今まで投げた球よりも変化が大きいから三振も狙える)

 

恐らくここは星歌さんの決め球を投げてくるでしょう。

 

(いくよ瑞希ちゃん……。これが星歌の投げられる最高の球!)

 

(この感じは……。星歌さんの決め球がきますね。あの鋭いフォークボールが……!)

 

次で丁度10球目……。ここで打てれば、日葵さん達が得点に繋げてくれるでしょう。

 

(これからの星歌は朱里ちゃん達新越谷の皆と並ぶ為に……前に進む。今から投げるのはそんな星歌の決め球!!)

 

(コースは外角高め……。シニア時代の星歌さんから今までの成長を計算すると……!)

 

恐らく低めに落ちてくる筈ですが……。

 

(この球は……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

私が想定したよりも数センチ低かったですね。ギリギリバットが当たりませんでした。

 

「みずっちが空振りなんて珍しいね?」

 

「私だって空振りくらいはしますよ」

 

スイングは他の打者に比べて少なめかも知れませんが……。

 

「二宮が空振りするのは早川との対戦以来か……。ここは見事に三振に切って取った渡辺を褒めるべきなんだろうな」

 

神童さんの言う通りですね。星歌さんは今この時も成長している事でしょう。土壇場に強いタイプみたいですし。

 

(このまま凡退が続くと、向こうに勢いを渡してしまいますね……)

 

鋼さんのピッチング次第で勝敗の行方が左右されます。温存している球の解禁のタイミングも慎重に見極めないといけません。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑩

5回表は星歌さんが私を三振に取った後、勢いに乗り始めたのか、日葵さんと陽奈さんを連続で凡退させます。

 

(不味いですね……。星歌さんに抑え続けられて流れが向こうに傾き始めています)

 

「あーっ!なんか急に打てなくなったよ。陽奈お姉ちゃん!」

 

「そうね。渡辺さんもかなり良い球を投げるわ」

 

「こうなったらこっちも負けてられないよ香菜ちゃん!」

 

「もちろん!私のストレートと変化球で打ち取り続けるよ!!」

 

鋼さんが自信満々にそう言いますが、まだまだ山場はあるんですよね。まぁ水差し発言は控えましょう。

 

「頼りにしていますよ」

 

これは私の正直な気持ちです。来年の今頃には鋼さんがこの白糸台野球部を引っ張る事になるでしょうから……。

 

「今年の1年生達は頼もしいな」

 

「そうですね。彼女達は3人共1軍に上げても通用するでしょう」

 

「二宮がそう言うなら間違いないな。それがわかっただけでも新越谷と練習試合を組んだ甲斐がある」

 

神童さんの私の評価で選手の行方を左右させる……みたいな言い方は気になりますが、今は置いておきましょう。

 

「星歌さんの成長も知れましたし、私からしたら良い事ずくめです」

 

「本当、転んでもただでは起きないよな……」

 

「無駄死にしないようにしていますからね」

 

何事にも無駄がないように生きる……。これが幼少期の頃から胸に誓った教訓です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして5回裏。鋼さんは負けじと川崎さん、藤田さんを三振に仕留めます。

 

「じゃあ大村さん、頼んだよ」

 

「星歌の代わりに鋼さんを打ってね!」

 

「私に繋いで白菊ちゃん!!」

 

「はい!私なりに精一杯頑張ります!!」

 

どうやら星歌さんはここで降板のようですね。代打で出て来たのは大村さんです。

 

(大村さんですか……。この春に野球を始めた初心者ですが、全国大会決勝戦でホームランを打っていますし、油断は出来ませんね。パワーだけなら洛山高校の人達に負けてないでしょう)

 

(どうするの?)

 

(この局面で出て来たのは気になりますが、勝負でいきましょう。これが公式戦なら歩かせますが……)

 

(うん!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は横に曲がるスライダーでストライク。振り遅れてますね。

 

(振り遅れてる……。このままいけそうかな?)

 

(油断慢心せずに投げましょう。次はこのコースにお願いします)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

続けて縦に落ちるスライダー。これで追い込みましたね。

 

(追い込みましたね。1球外して様子を見ましょうか)

 

(ううん、3球で決める。相手が困惑している内に三振を取りたい!)

 

(……そうですか。まぁ練習試合ですし、構いませんよ。鋼さんが後悔しないピッチングをしてください)

 

(ありがとう瑞希ちゃん!)

 

3球勝負をする事に決めましたが、当の大村さん本人は目を瞑っていますね。所謂瞑想でしょうか?

 

(心を落ち着かせていけば捉えられる筈です。これまでの傾向や鋼さんのピッチングから察するに次に投げてくるのは……)

 

3球目はストレート。ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン(新井)さんに憧れている側面もあってか、ストレートが1番キレています。

 

(……来ました。ストレートです!)

 

 

カキーン!!

 

 

しかしストレートにタイミングを合わされました。

 

(ストレートを待っていましたか。ヤマを張ったのか、狙っていたのか……。何れにせよ大村さんの得意な球がわかったので、後悔はありませんね。次に回ってきた時は大村さんの傾向を利用してみましょうか)

 

幸いホームランにはならず、フェンスに直撃の二塁打で済みました。鋼さんの球質の重さに救われた形になりましたね。

 

「やった!白菊が繋いだぞ!」

 

「このまま点を取っていくよ!」

 

「頼んだわよ遥!」

 

「任せて!!」

 

しかし次は雷轟さんの打順……。大村さんで切っておきたかったですが、仕方ありませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑪

ツーアウト二塁。ここで打者は今日9番を打っている雷轟さんです。

 

(さて……。悪いタイミングで雷轟さんに回ってきましたね)

 

(瑞希ちゃん、ここはもちろん……!)

 

(勝負……ですね?わかりました。後悔がないピッチングをしてください)

 

(うん!)

 

初球のサインは横に曲がるスライダー。内角ギリギリのコースへと曲がるようにサインを出します。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(まずはワンストライク……!)

 

(次はここにお願いします)

 

次は低めに落ちるスライダー。空振りが取れたらラッキーのつもりで投げます。

 

 

カキーン!!

 

 

打球はライト方向へ。場外まで飛んでいきましたが……。

 

『ファール!』

 

「ほっ……」

 

ポール切れてファール。あのコースの球をあそこまで運ぶとは……。やはり要警戒打者ですね。

 

(今のがファールで助かりました。しかし今のは洛山の非道さんの打ち方……。雷轟さんは それを見て自力で物にしましたね)

 

あの独特なアッパースイングは和奈さんでも難しいと言っていました。そしてそれを物にする雷轟さんには天性の才能があるのかも知れません。

 

(まぁ『あの人』の妹ならば、これくらいはやってのける……と思ってしまいますね。……いえ、才能だけで言えば『あの人』以上でしょう)

 

そんな強打者をどう抑えるか……。まだ抑えられる手立てはありますが、今後の為にも温存しておきたいところです。

 

(瑞希ちゃん……)

 

(……本当は鋼さんが大会で登板する時までとっておきたかったのですが、仕方がありませんね。3つ目を解禁しましょう)

 

(良いの?)

 

(新越谷相手……況してや雷轟さんには温存は出来ません、先程と同じコースに投げてきてください)

 

(ありがとう!)

 

色々考えましたが、今の鋼さんの技量では雷轟さんを抑える事はほぼ不可能……。今から投げさせるのは、鋼さんが決め球にしようと試みている球です。

 

(何かくる……!恐らくこれまで鋼さんが温存していたものだと思うけど……)

 

3球目。コースは2球目と同じでその球は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

斜めに曲がりました。これが鋼さんの切り札的存在によって、雷轟さんを三振に抑える事に成功します。

 

(なんとか三振に出来ましたが、2度目で通用する可能性は低いですね。鋼さんにはこれからストレートと3種類の変化球を磨いてもらいましょう)

 

(やった……!全国最強のスラッガーを連続で三振に抑えた!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後新越谷の投手型星歌さんから川原さんへと交代。こちらは4番からなのですが、かなり速い球を投げますね……。

 

(前まで投げていた星歌さんの球が比較的遅球で、川原さんが比較的速球を投げます)

 

それ等が相まって、私達白糸台は佐倉姉妹でもぎ取った1点で止まりました。

 

『ゲームセット!!』

 

しかし新越谷の打線を鋼さんは完封。土壇場までの温存が効いていましたね。

 

(負けたか……。2軍とはいえ流石白糸台。完全にやられたよ)

 

(なんとか逃げ切れましたね。鋼さんのピッチングが予想以上に良かったのが勝因でしょうか……。星歌さんにも苦戦しましたし、もしも朱里さんや武田さんが投げていたらこの試合で勝てていたかどうかわかりませんね……。ですが何にせよこれで1勝1敗です)

 

あとは公式戦で借りを返させてもらいます。

 

(練習試合では負けたけど……)

 

(公式戦では……)

 

(絶対に負けません(ない)よ……!)

 

あとから風音さんから聞いた話によると、私と朱里さんが睨み合って、火花バチバチだったらしいです。自覚はこれっぽっちもありませんが、闘争心を剥き出しにしていたとは。私もまだまだ青いですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑫

二宮瑞希です。試合終了後に軽く反省会を……という事で、鋼さん、陽奈さん、日葵さんの3人と話し合っています。ちなみに神童さんと風音さんには席を外してもらっています。

 

「今日はお疲れ様でした」

 

「試合は楽しかったけど、全然打てなかったな~!」

 

「そうね……。私達ももっと精進しないといけないわ」

 

陽奈さんと日葵さんは初回以降は打てていなかった事を悔いています。もう少し打てると思っていたのでしょう。

 

「そうですね。反省点はそれぞれありますが、それを差し引いても今日の試合は良かったですよ。鋼さんのピッチングは今後も制球力が課題ですが……」

 

「瑞希ちゃんが褒めてくれた!」

 

「陽奈さんも日葵さんも初回の走塁は最高でした。あれがなければ最悪負けていた可能性ありましたので……」

 

「ありがとう瑞希ちゃん!」

 

「ありがとうございます二宮さん」

 

これは紛れもない本心です。神童さんも褒めていました。

 

(それに先日に一足早く1軍に昇格したバンガードさんを温存出来て良かったです。朱里さん達に披露するのは次の全国大会になりますね)

 

「今日を以て鋼さん、陽奈さん、日葵さんは1軍に昇格です」

 

「ほ、本当に!?」

 

「やったわね。日葵……!」

 

「うん!陽奈お姉ちゃん!!」

 

「これからは2軍に落ちないように互いに切磋琢磨していきまきょう」

 

昇格は難しいのに、降格はあっという間ですからね。少しの油断も出来ません。

 

『うん(はい)!!』

 

「それと明後日なのですが……」

 

「そういえば予定を空けるように言っていましたね」

 

「瑞希ちゃんがサプライズを仕掛けている予感がするよ!」

 

サプライズ……かどうかは知りませんが、そこそこ大掛かりな催しを行う予定です。

 

「それじゃあ今日は解散なのかな?」

 

「遅くならない程度なら自由行動でも問題ないですよ」

 

「やった!ねぇねぇ、ごはん食べに行こうよ!」

 

「良いわよ」

 

「レイクタウンも興味あるかも……」

 

自由行動と聞いた瞬間に、3人が嬉しそうな表情をしていました。まぁ折角他県に来たのですから多少は問題ないでしょう。試合に勝ったご褒美です。

 

「では18時30分に新越谷の最寄り駅前で集合としましょう」

 

「瑞希ちゃんは行かないの?」

 

「私は少し用事がありますので……」

 

そう言って、3人と別れます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?あの3人も参加か?」

 

「はい。明後日からは連休に入りますし、3人の経験値を伸ばすのにも最適でしょう」

 

「千川も来れれば良かったんだがな……」

 

「まぁ連休ですし、仕方ないけどでしょう」

 

風音さんはそこそこ大規模のゲーム大会に参加するそうで、日程が丸被りしていました。私の姉も参加するらしいので、結果は姉経由で聞いても良いかも知れません。

 

「じゃあ2日後はよろしくな」

 

「神童さんも、保護者役をお願いします」

 

「まぁあいつ等もそこまで子供ではないだろう」

 

色々な面子が集まりますからね。あの烏合の衆をまとめられる人が1人でも多くほしいです。

 

(どんな試合になろうとも、データに修めるべきですね)

 

今から出来る準備をしていきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑬

二宮瑞希です。今日は再び新越谷に行きます。

 

「お待たせ瑞希ちゃん!」

 

「準備は終わりましたか?」

 

「う、うん。なんとか……」

 

寮を出て駅に向かうのですが、鋼さんが準備に時間が掛かっていたようです。

 

「神童さん達は既に駅に向かっているみたいですし、急ぎましょうか」

 

「それにしても行き先は新越谷高校って行ってたけど、また新越谷と試合をするの?」

 

「厳密には少し違います。詳細は現地で話しますよ」

 

歩きながら、今日の予定を軽く鋼さんに話しておきます。

 

「おっはよー!」

 

「おはようございます」

 

「忘れ物とかないか?」

 

日葵さん、陽奈さん、神童さんと合流しました。神童さんが本当に保護者染みてきましたね。

 

「それにしても神童元部長、私も参加して良かったんですか?」

 

一昨日の面子に加えて今日はミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン(新井)さんも来ています。

 

「ああ。部の方は九十九と半田が見てくれるって言ってたからな。たまには息抜きも大切だ」

 

「まぁあの2人がいてくれて大いに助かってますよ。基本的に大星のストッパーも兼ねてますから……」

 

ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンさんはああ言っていますが、九十九さんも半田さんも時々大星さんの悪ノリに付き合う側面もあります。そこを上手く諌めるのが部長のミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンさんの仕事です。

 

「そうそう。新越谷に着いたら、帰るまでの間はおまえの呼びなは一時的になくそう」

 

「えっ?ほ,本当ですか!?新越谷にまで広まる事を覚悟すらしていたのに……」

 

「ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンと呼ぶのはあくまでも白糸台内だけだ。そして今から行くのは新越谷……。つまりおまえの名前はミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンではなく、新井真琴という本来のフルネームで呼ぶ事になる」

 

ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンという呼び名を余り多くに広める必要がないだけですけどね。それを知らずにミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンさんは神童さんに感涙の涙を流さんばかりの目で見ています。

 

「おっ?大豪月からだ。もう私達以外の全員が新越谷駅前に着いているらしい。急ぐぞ!」

 

『はいっ!!』

 

ちなみに今日の試合に参加する面子は和奈さん、いずみさん、亮子さん、はづきさん、天王寺さんの川越シニアOGに加えて美園学院の三森3姉妹、天王寺さんのいた清澄から鏑木さんと刀条さん、そして洛山から大豪月さんと非道さん。この面子に私達が加わる訳ですね。

 

「新越谷だけじゃなくて、他の学校の子達も来るんだね。ワクワクしてきた!」

 

「わ、私は緊張してきたよ……」

 

楽しみにしている日葵さんと緊張している鋼さんを見て、もうすぐ濃い面子が集まるのだと改めて確信してきました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑭

二宮瑞希です。新越谷に到着しました。

 

「今日はちゃんと間に合いましたね」

 

「3日前から準備はしてたからね!」

 

私達の責任者役を買って出たのは川越シニアの監督を務めている六道響さんです。新越谷以外の面子にバラつきがあるのは、こうして六道さんによって集められたからですね。彼女達にアポイントを取るのはかなり大変でしたが……。

 

「中には初めましての子もいるから、改めて自己紹介するね!私は六道響。普段は川越シニアの監督をやってるけど、今日はこの場にいる全員が来年の夏に向けてある事をやってもらう為にここに来たよ」

 

六道さんの紹介で何人かは騒然としています。かなりの有名人ですから、無理もありません。私にとっても六道さんは憧れの選手なのですから。

 

(それにしても来年の夏……ですか)

 

来年の夏といえば、4年に1度行われる県対抗総力戦ですね。宛ら野球オリンピックといったところでしょうか?

 

「来年の夏……という事は4年に1度やっている県対抗総力戦ですね?」

 

「流石瑞希ちゃん!……今彼女が言ったように来年の夏は全国大会と併用して県対抗総力戦をするよ。内容について大雑把に説明すると各県の各高校からここ4年の間に一定以上の成績をあげた選手がその県代表の選手として県対抗総力戦に出てもらって、各県代表と試合をして、全国で1番強い都道府県を決めるんだ。前回の4年前は神奈川県が都道府県最強に登り詰めているよ」

 

ここ数年の神奈川は本当にレベルが高いですよね。4年前は丁度神童さんが中学生の頃で、白糸台は海堂学園高校に勝てるレベルではありませんでした。宮永プロが当時のエースとして頑張っていましたが、如何せん他があと1歩及ばなかったみたいです。

 

「誰が選ばれる……っていうのは来年にならないとわからないけど、少なくとも今日瑞希ちゃん達が連れて来た子達は総力戦のメンバーに選ばれる可能性を秘めているから頑張ってね!」

 

まぁこの面子を集めるように頼んだのは六島さんですが……。

 

「……それでここからが本題なんだけど、今日はここにあるクジを引いてもらってチーム分けをするよ!」

 

六道さんの一言で全員……特に新越谷の人達が驚いています。

 

「理由としては総力戦に備えて今まで一緒に野球をやった事のない人達で親睦を深めたり、連携レベルを上げたりする為だね」

 

合理的な理由ですね。県対抗総力戦では知らない人と同じチームで野球をやる可能性がありますし、総力戦に備えて今の内にその環境に慣れておけ……という魂胆でしょう。

 

「クジには赤と白の紙が入っているから、チームはそれを参照にしてね!」

 

六道さんはどこからか箱を取り出しました。どこから出したのでしょうか……。

 

「じゃあ順番に名前を呼んでいくよー!まずは二宮さん!」

 

「はい」

 

いきなり私からですか。白の紙が入っていましたね。

 

「くぅ……!私は見ている事しか出来ないのか!?」

 

「私達は既に引退した身だからな。皆が活躍している場面をこの目で見ようじゃないか」

 

神童さんと大豪月さんは私達の保護者役も兼ねていますので、見守ってくださいね?

 

厳正なチーム分けの結果は……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑮

二宮瑞希です。混合試合のチーム分けをやっています。その結果は……。

 

「朱里さんと同じチームですか……。ミット越しで朱里さんの成長を感じるチャンスですね」

 

「私だけじゃなくて、他の人のサポートも頼むよ……?」

 

朱里さんが何か言っていましたが、気にする事はないでしょう。他の私達と同じ白チームは……。

 

「一昨日の敵は一時的に友……ですか」

 

「頑張ろーね!陽奈お姉ちゃん!!」

 

陽奈さんと日葵さんも同じチームですね。鋼さんとは分かれましたか……。

 

「まさか早川朱里と同じチームになるとはね……」

 

「総力戦で同じチームになる可能性もあるし、良い機会なんじゃない?」

 

「……私達の修行の成果を早川朱里のバックで見せるとは思わなかった」

 

続いて三森3姉妹。総合守備力が高くなりそうです。

 

「朱里と同じチームっていうのは心強いわね」

 

「うん……。朱里ちゃんはシニアでも安心感があったから、星歌も心強いと思うよ」

 

「朱里ちゃんなら大丈夫だと思うけど、なんか緊張するね……」

 

川口さん、川原さん、星歌さんの新越谷投手陣。朱里さんは新越谷でも慕われているみたいですね。

 

「お~、新井ちゃんも一緒なんだ~?」

 

「……非道と同じチームとか全く想像出来ないが、まぁよろしく頼む」

 

非道さんとミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン……ここでは新井さんでしたね。確かに非道さんと同じチームなのは想像出来ない部分があります。

 

「刀条さん、今回は同じチームで頑張りましょう!」

 

「……そうですね。この場では共闘しましょう」

 

新越谷の大村さんと清澄の刀条さん。この2人は昨年まで剣道をやっていて、全国大会の決勝戦で試合をした間柄でしたか……。心強くはあります。

 

(相手チームの内訳は川越シニアOGは和奈さん、いずみさん、亮子さん、はづきさん。鋼さんと清澄の鏑木さん。あとは新越谷の武田さん、山崎さん、中村さん、藤田さん、藤原さん、川崎さん、岡田さん、そして雷轟さんですか……)

 

赤チームは打撃力、白チームは守備力にまとまった感じがしますね。

 

「それでどうするの二宮?」

 

「幸い守備方面では心強い味方がいますから、彼女達を軸にオーダーを組んでいきましょうか」

 

次はオーダー決めです。

 

「守備力重視で行くとして、誰が投げるの?」

 

赤チームの打線を抑えられる確率が1番高いのは……。

 

「朱里さんしかいないでしょう」

 

「えっ……?私?」

 

朱里さんは自分が指命されるとは思っておらず、困惑していました。朱里さんは自分の実力を過小評価し過ぎです。

 

「他の皆も賛成しているみたいですよ?」

 

皆さんに確認を取ったところ、朱里さんが投げるのに賛成していました。やはり朱里さんの実力がわかる人達の集まりなので、納得までが早いです。

 

あとはセンターラインに三森3姉妹を置いて、守備重視でオーダーを組みつつ、ある程度の打撃力を残して……。

 

 

1番 セカンド 三森朝海さん

 

2番 ショート 三森夕香さん

 

3番 センター 三森夜子さん

 

4番 レフト 非道さん

 

5番 ライト 新井さん

 

6番 ファースト 日葵さん

 

7番 サード 陽奈さん

 

8番 キャッチャー 私

 

9番 ピッチャー 朱里さん

 

 

……これが恐らく最善のオーダーでしょう。こうしてみると内野陣とセンターに一卵性双生児が固まっていますね。

 

(あと陽奈さんと日葵さんにはそれぞれサードとファーストに入ってもらって、三森姉妹の守備力と連携を見てもらいましょう)

 

佐倉姉妹の守備連携を三森3姉妹のように強固なものにするのも目的でしたが、同じチームとしてそれが実現するとは嬉しい誤算でしたね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑯

二宮瑞希です。無事に混合チームのオーダーを決め終わりました。そして……。

 

 

1番 レフト いずみさん

 

2番 ファースト 中村さん

 

3番 ショート 亮子さん

 

4番 ライト 雷轟さん

 

5番 サード 和奈さん

 

6番 セカンド 鏑木さん

 

7番 センター 岡田さん

 

8番 キャッチャー 山崎さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

……これが相手チームのオーダーですね。予想通りの強力なオーダーになっています。

 

「……しかし敵だと恐ろしいが、一時的にとはいえ味方になると物凄く頼もしいな」

 

向こうのベンチから話し声が聞こえました。話を切り出しているのは岡田さんですね。

 

「ええ……。特に3~6番はそれぞれ4番を打っていたのよね」

 

「これなら私達の勝ちは揺るがなさそうだぜ!」

 

確かに打力だけを見るのなら、川崎さんの言うように赤チームの勝利は揺らがないでしょう。いずみさん、亮子さん、和奈さん、雷轟さんの4人は特に警戒した方が良いですね 

 

「いや……それはどうだろうな」

 

「友沢さん……?」

 

しかしその発言に意義を唱えたのは亮子さんでした。 

 

「だね~。向こうには朱里と瑞希がいるし、守備方面はガチガチだしね」

 

いずみさんも続きますが、朱里さんはともかく、私の力は微々たるものですよ? 

 

「……そういえば三森3姉妹がセンターラインを守っているね。これはホームランを打たないと厳しいかも」

 

「シニアでも朱里と瑞希が揃えば鬼に金棒。あの2人からまともに打てたのは和奈くらいなものだけど……」

 

私達白チームの売りは守備方面にあります。もちろん新井さんや非道さんの長打力には期待したいところです。あと天王寺さんが偉く私を持ち上げている気がします。

 

「それもあくまでシニア時代の話……ですね。あれから朱里ちゃんも瑞希ちゃんもそれぞれ成長してるし……」

 

朱里さんの成長速度は確かに凄まじいです。多分この試合で朱里さんは更に成長する事でしょう。 

 

(あの川越シニアOGの人達がそこまで言うなんて……。朱里ちゃんと二宮さんが同じチームと試合をする最初で最後のチャンス。同じ捕手として二宮さんの朱里ちゃんの力の引き出し方を学ばなきゃね)

 

ふと山崎さんと目が合いました。なんでしょうか……?

 

「あれは二宮を意識してるんだよ。同じ捕手として……ね」

 

「私をですか?私は特別な事は何もしていませんが……」

 

「いやいや……。二宮がそのつもりでも、周りはそうは思えないからね?そもそもあの白糸台で1年生にして正捕手に選ばれるのってかなりの異例だから」

 

朱里さんの言葉にこの場にいる全員が首を縦に振っていました。本当に特別な事はしていないんですけどね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃんけんの結果、私達白チームは後攻になりました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑰

『プレイボール!!』

 

いよいよ試合開始ですね。

 

『1番 レフト 金原さん』

 

(よーし!絶対に朱里から打ってやる!)

 

いずみさんは意気揚々と打席に入っています。 

 

(いずみさんは未だに朱里さんのストレートに見せた変化球に対応が出来ていない……。ですが油断せずにいきましょう)

 

(もちろん。元より私は誰1人として油断なんてした事がないよ)

 

朱里さんの手数さえあれば、そう簡単には打たれない筈です。ミットを中央付近に構えて勝負といきましょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(うっひゃ~。間近で見るとこのストレートはヤバいね。今まで見た球の中では速い方だけど、これはただ速いだけじゃないもん)

 

見た感じいずみさんはまだ朱里さんを打つ気配は感じられませんね。

 

(遊び球なしの3球勝負でいきましょうか)

 

(当然)

 

2球目は空振り。そして……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(あちゃー、3球で終わっちゃったか……。出来ればもうちょっと粘りたかったなぁ)

 

幸先良くいずみさんを三振に抑えられましたね。この調子でいきましょう。

 

『2番 ファースト 中村さん』

 

藤和のリードオフガールの次は新越谷のリードオフガールですね。

 

(これが正真正銘朱里ちゃんとの真剣勝負……。今までの1打席勝負とは違う緊張感やね。面白いやん!)

 

その中村さんはどこか楽しそうにしていました。良い性格をしてますね。

 

(中村さんはいずみさんから長打力を引いた感じの選手……と見ている限りでは思っていますが、何が切欠で化けるかわからないですね)

 

(実際中村さんとの勝負はいつ負けても可笑しくないものばかりだった……。全勝出来ているのが奇跡なくらいだ)

 

初球は外角高めに構え、朱里さんが投げたのは……。

 

(この球の軌道は……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

ナックルカーブでしたが、読まれていましたね。

 

(まさか朱里さんのナックルカーブをいきなり当ててくるとは思いませんでしたね。流石新越谷で1番ミートがある選手です)

 

朱里さんと同じ高校にいるだけあって、対応力はいずみさんよりも上ですね。2球目は内側に投げさせましょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

次はフォークですね。無事に空振りさせられました。

 

(フォークボール……。朱里ちゃんってこんなに球種が豊富やったんやね。でも私も負けんよ!)

 

(追い込まれているというのに、萎縮どころか更に前のめりになりましたね)

 

3球目。先程と同じコースに構えて、朱里さんが投げたのは……。

 

(球が落ちてくる……。フォークボールかいな?それなら打つ!)

 

 

カンッ!

 

 

フォークを読まれていたみたいですね。ですが……。

 

「サード!」

 

「任せてください!」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

サードを守る陽奈さんがライナーを捕球してアウトになりました。陽奈さんは肩も強いですし、サードも回れそうですね。

 

(そして恐らくは日葵さんも同様に……。この試合はあの姉妹に三森3姉妹の守備を間近で見てもらう目的の他に、2人がそれぞれファーストとサードを守れるかを見ています)

 

先程の陽奈さんの動き的に問題はなさそうです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑱

ツーアウトとなって、打席に立つのは亮子さんです。

 

『3番 ショート 友沢さん』

 

(次は友沢か……)

 

(亮子さん相手にはとりあえずこのコースに構えますので、そこから答えを見付けてください)

 

私は外角高めに構えると、朱里さんは頷いて投球動作に入ります。やはり朱里さんには特に指示を出さない方が良い球を投げる気がしますね。

 

(朱里の投げる1球目……。これはナックルカーブか……?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は見送りですか……。亮子さんも朱里さんを相手にすると、慎重さが目に見えてきますね。

 

(友沢は1球目に見た球を2球目で当てて、3球目にはホームランを打つ精密機械。同じ球を投げるのは本来危険なんだけど……)

 

亮子さんの精密機械ぶりを見ると同じコースに投げるのは危険ですが、敢えてそれで釣ってみましょうか。朱里さんも同等の事を思っているようですし。

 

(2球目も同じコースの同じ球か……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

当てられはしましたが、亮子さんにしてはやや焦っている印象が見受けられましたね。

 

(やはり当ててきたか……。私がこれまで友沢に負けてきたのは友沢の打撃を見て焦っていた部分があるからなのかも知れない。高校生になって新越谷の皆と出会った事で私なりに友沢に対する解答が見付かった気がするよ)

 

(1球目、2球目と同じコース……なのに、球のキレが増している気がするな。県大会準決勝では見られなかった景色をこの場で見た気がする……!)

 

亮子さんが焦っている理由は恐らく朱里さんの凄まじい成長によるもの……。朱里さんの成長は留まる事を知らないようにドンドン成長していっています。そこから焦りが生まれるのでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

この打席は朱里さんの成長が見れた気がしますね。3球全てが同じ球、同じコースなのに、亮子さんが空振り三振です。本当に厄介な投手ですよ。朱里さんは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回裏。私達白チームが勢いに乗って先制点を取りたいところではありますが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先頭の三森朝海さんが空振り三振に倒れ……。

 

『アウト!』

 

『アウト!チェンジ!!』

 

2番の三森夕香さん、3番の三森夜子さんが凡退に倒れました。余りにもあっさりと凡退しているように見えるのは私の気のせいという事にしても良いですか?

 

「ま、まぁ切り替えて守備に付こうよ」

 

「……そうですね」

 

朱里さんに宥められて、守備に付きます。この回……2回表は彼女の打席から始まりますし、入念な準備をして臨みましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑲

2回表。この回は4番の雷轟さんから……。作戦決行の時ですね。

 

「よーし!朱里ちゃんからホームランを打つぞー!!」

 

「遥の奴張り切ってるな」

 

「朱里ちゃんとの真剣勝負を楽しみにしていたものね」

 

当の雷轟さんは張り切っているみたいですが、この陣形と朱里さんのピッチングを越えられますか?

 

「では皆さん、手筈通りにお願いします」

 

『了解!』

 

私が指示を出すと、バッテリーの私達とセンターの夜子さん以外のポジションが変わります。 

 

「あれ?向こうの守備が……」

 

「ポジションが変わるのか。随分早いな……」

 

「……ってあれは大胆過ぎない!?」

 

ほとんどのポジションが交代している事によって、赤チームは狼狽えています。 

 

「大方瑞希の入れ知恵だろうな。他にあんな小癪な手腕を発揮するのはあの中にはいない」

 

天王寺さんは私の狙いに気付いているみたいですね。あとは六道さんもでしょうか? 

 

(非道さんがもしかしたら同じ事を思っているかもだけど……)

 

「ははー、そういう事か……。瑞希ちゃんも随分思い切ったね」

 

やはり六道さんも気付いていましたか。

 

「六道さんは何か分かったんですか?」

 

「まぁね。でも内緒だよ!」

 

しかし気付いていながらも、彼女達にこの陣形の意味は教えないようです。

 

「いや、赤チームが勝つ為に教えてくださいよ……」

 

「私と天王寺さんは監督支援にあって監督じゃないんだよ。あくまで解答を見付けるのは自分達だからね!」

 

この試合は選手達が各々の判断で動くように言われています。目的は恐らく来年に行われる県対抗総力戦に向けているものだと思われますが……。

 

『4番 ライト 雷轟さん』

 

改めて試合再開です。 

 

(練習では感じなかった威圧感……。それだけ本気だって事だよね。光栄だよ)

 

(朱里ちゃんに勝つ……!他の事は考えないよ!!)

 

(雷轟さんも朱里さんも凄い気迫ですね。互いに一歩も譲らない……といった感じでしょうか)

 

こんなヒリヒリとする圧をぶつけられる他の選手の気持ちを考えてなさそうですね。私は別段気にしないので、構いませんが。

 

(とりあえず内角低めに構えて様子を見ましょうか)

 

私が構えると朱里さんは頷き、投球動作に入りました。制球も問題なさそうですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(振って来なかったか……)

 

(危ない危ない……。空振りを誘うフォークだったんだね)

 

空振りを誘うフォークのつもりでしたが、釣られてはくれませんでしたね。選球眼も中々です。

 

(朱里さん、次はここです)

 

(了解)

 

コースは真ん中高め。スラッガー相手にはハイリスクなコースですが、朱里さんならばリスク以上のリターンが得られるでしょう。

 

(私の次の手は……これだ!!)

 

(速い……。ストレート?)

 

雷轟さんはストレートだと思ってスイングを始動していますが、これはそんな打者から空振りを誘う球……。

 

(えっ?嘘っ!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(やられた……。まさかSFFだったなんて……!)

 

雷轟さんは読みが外れて悔しそうにしていました。朱里さんから打つのはかなりの難易度が高いのですから、そこまで気落ちする必要はないのですが……。

 

(次はここにお願いします)

 

コースは真ん中に……。力を込めて投げてください。

 

(コースの真意は二宮にしかわからない……。何にせよ全力で投げよう。私は雷轟遥に勝つ)

 

(朱里ちゃんとこんな風に勝負出来るなんて嬉しいよ。私にとって朱里ちゃんは私に野球の楽しさを教わったから、雲の上の存在だったから……。朱里ちゃんのお陰で野球が好きになれたんだよ!)

 

(いくよ雷轟……!)

 

(私は全力で迎え撃つよ朱里ちゃん!)

 

ど真ん中へと投げられる球は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

私のミットに吸い込まれます。この2人の対決の度にこのような空気が流れるのは些か心臓に悪いですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて⑳

カウントは1、2……。カウント上では有利になりましたが、雷轟さんの場合は抑えるその時まで有利不利がハッキリしない厄介な打者です。

 

「うわっ!今のストレート速いよ!」

 

「間違いなく朱里の中で最速だろうな」

 

球速自体は全国的に見て中の上くらいですが、簡単打てる代物ではないのもまた事実……。連投出来るかがこの試合の行方を占う事になるでしょう。

 

「あんな朱里ちゃんを見るのは初めてだよ……」

 

「アタシ達も見た事ないかもね。少なくともシニアではあんなイキイキとしてなかったよ」

 

確かに今の朱里さんはどこか楽しそうに投げていますね。リトルシニア時代では見受けられなかった表情です。

 

「雷轟さんは朱里ちゃんの力を引き出すカンフル剤になってるね。お互いに無自覚なんだろうけど……」

 

雷轟さんは朱里さんの、朱里さんは雷轟さんの力をそれぞれ引き出しているのでしょうね。和奈さんの言うように無自覚のようですが……。

 

「こうなったらどっちも応援しよう!」

 

「……今は敵チームだが、確かに遥にも朱里にも頑張ってほしいな」

 

新越谷のメンバーは朱里さんと雷轟さんの両方を応援する事にしたみたいです。チームメイトとしては片方を贔屓にするのは気まずいからでしょうか?

 

(凄い……。今の1球からは朱里ちゃんの魂を感じたよ!)

 

(今のストレートは自分の中で最高の球だった。阿知賀との練習試合でも投げたものだ。あの時と今の雷轟との対面で何か共通する部分はどこなのか……)

 

(……今のストレートは簡単に打てるものではありませんでした。朱里さんの表情から察するに今のストレートは偶然のものでしょうが、もしもこれをいつでも投げる事が出来るのならば敵として対峙した時にとても厄介なものとなります)

 

朱里さんの覚醒の切欠はどこにあるのか、それとも特定の相手に対してでないとそれが見れないのか……。色々調べてみる必要があるみたいです。

 

(それはさておき、そろそろ決めにいきましょうか。まだあのストレートは投げられそうですか?)

 

(……うん、大丈夫。思い切りいくよ)

 

朱里さんの方は問題なさそうですね。それならど真ん中にどっしりとミットを構えておきましょう。それで朱里さんは最高の1球を投げてくれる筈です。

 

(新越谷に入ったから……いや、そもそも雷轟がいなかったら投げられる事のなかったストレートだね)

 

(次に投げるのは恐らく朱里ちゃんの全身全霊が込められた球。私はそれを全力で打ち返すだけ……!)

 

互いの命運を決める1球。その結果は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガツッ……!

 

 

「……?これってバットの欠片?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その1球は、私のミットに豪快な音を奏でました。

 

「……最高の球でしたよ朱里さん」

 

金属バットが砕けるという普通ならありえない現象が起きていますが……。今は気にしない方向にしましょうか。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(やるね朱里ちゃん……。次は私が勝つよ!)

 

(私は誰にも負けるつもりはないよ)

 

朱里さんと雷轟さんの勝負の余韻に浸る暇もなさそうです。何故なら次は……。

 

「…………」

 

あの和奈さんとの対決が控えているのですから。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて21

『5番 サード 清本さん』

 

(一難去ってまた一難ですね)

 

やっとの思いで雷轟さんを抑えましたが、また同じ思いをする羽目になりそうです。

 

(あれは木のバット?)

 

(これは相当気合いが入ってますね。全国大会から和奈さんの雰囲気が大きく変わっています)

 

全国大会直後に洛山が昨日まで合宿を行っていたらしいですが、それと関係がありそうですね。雰囲気も今までとは違います。

 

(打席に立つと振り撒かれる威圧感が更に凄まじいですね。本来なら歩かせるべきでしょうが……)

 

(言うまでもなくここは勝負だよ)

 

ここは勝負です。朱里さんもそのつもりみたいですし、全力で抑えにいきましょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

見逃し……。今の和奈さんからはそこはかとなく非道さんと似た雰囲気を感じます。

 

2球目。緩急を付ける為にチェンジUPを要求。結果は……。

 

(は……?えっ?だ、打球は!?)

 

なんとボールが消えました。不思議な事もあるものですね。ミットにはないので、当てられたのは確かですが……。

 

 

ドンッ!

 

 

「えっ……?えっ!?」

 

『フ、ファール!』

 

打球の行方はレフト線でした。フェンスに当たっていた事もレフトが気付くのが遅れた……となると、相当速いスピードで打球が飛んだみたいですね。

 

(覇竹の勢い……だね)

 

(恐ろしいスイングスピードですね。目にも止まらぬ速さでスイングして、打球もそれに合わせて高速で飛んでいきました)

 

(これが私が獄楽島で得た新技。これで私は雷轟さんを越えてみせるよ……!)

 

「な、なんだ今のスイング!?」

 

「打球が消えたかと思ったらレフト線に……」

 

「す、凄い……!」

 

赤チーム側も今の和奈さんのスイングに脱帽している様子です。むしろ洛山の人達以外は絶対に驚くでしょうね。

 

「この場では味方だが、本来なら敵になる相手だ。ヨミや理沙が投げるのなら、彼女の対策を考えないといけないな……」

 

新越谷の人達もあの和奈さんに危機感を覚えましたね。

 

「朱里ちゃんがどう抑えるか……ね」

 

(朱里ちゃん、大丈夫かな……?)

 

「いやー、これってアタシ達も決して他人事じゃないよね……」

 

無論他人事ではありません。この打席をヒントに、私達の方でも洛山の対応策を考えておきましょう。

 

「そうだな。和奈と対峙する時にあのスイングに対する解答を見付けないといけない」

 

今は勝負に専念しましょうか。和奈さん相手には……。

 

(……朱里さんの方は何やら考え込んでいるみたいですが、私のやる事は変わりません。ただミットを構えるだけです)

 

朱里さんが何やら驚いている様子ですが、私がミットを動かす事はありません。

 

(まぁ正気だったら雷轟や清本と勝負しよう……なんて思わないよね。わかったよ)

 

運命の3球目。その結果は……。

 

 

カキーン!!

 

 

2球目と同様にスイングし、今度はセンターへと一直線。

 

『ホ、ホームラン!』

 

低い弾道を描いてホームランになりました。

 

(しかし流石清本……。リトルからの付き合いだけあって成長した私の球を打つのも難しくない……って事か)

 

(雷轟さんも打てなかったストレートを私は打てた……。あれがあの時の雷轟さんに投げたストレートだったのか……と問われたらわからない。勢いは感じたから、それに近いものだと思うけど……)

 

朱里さんにとっても、和奈さんにとっても、この打席で得るものはあったでしょう。私も同じ気持ちですから……!



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて22

試合は進んで最終回。前のイニングで朱里さんと三森姉妹によって同点に追い付く事に成功しました。

 

そして奮投している朱里さんは無理な投球は禁物……という事で、マウンドを降ります。そして朱里さんの次に投げるのは……。

 

「無理無理無理無理!なんで星歌がマウンドなの!?」

 

駄々をこねている星歌さんです。

 

「駄々をこねないでください。貴女は朱里さんの意思を継いで投げてもらいます」

 

「他にも適任はいるよ!なのに……」

 

確かに川原さんや息吹さん、最悪朱里さんには外野に入ってもらう形で新井さんでも良いでしょう。しかし……

 

「……朱里さんはこれも良い機会だと言っていました」

 

「良い機会……?」

 

朱里さんは言っていました。星歌さんの殻を破るタイミングは今が適任だと……。

 

「星歌さんはシニアにて格上相手に自信が持てずトラウマになっていました。自分の力が通じる訳がない……と」

 

「…………」

 

「そんな星歌さんは何の為に新越谷野球部に入ったのですか?」

 

タイミングとしては新越谷のネームバリューに釣られて……とか考えてしまいますが、星歌さんの場合それはなさそうです。

 

「それは……こんな星歌でも野球部の力になりたいから……。星歌に勇気をくれた新越谷野球部に恩返しがしたいから……」

 

……答えはわかっているみたいですね。

 

「その想いと私を抑えた時の気迫を思い出して投げてください。そうすれば向こうの上位打線を抑える事が出来るかも知れません」

 

「そ、そこはかも……なんだ……」

 

「世の中に絶対はありません。そこに限りなく近付く事は可能ですが……」

 

朱里さんみたいにならずとも、星歌さんは星歌さんです。星歌さんの唯一無二の性能を思う存分発揮すれば、簡単には打たれないでしょう。

 

「それも星歌次第……って事だよね。うん、頑張るよ!」

 

(どうやらわかってくれたようですね。シニア時代での星歌さんの我の強さは高校に入ってから収まっているみたいですし、もしかしたらがあるかも知れませんね)

 

懸念事項は色々ありますが、頑張って星歌さんをリードしていきましょう。

 

「おっ、次は星歌が投げるんだ?」

 

「星歌ちゃんのピッチングってシニア時代だと格上に対しては苦しい……って印象だけど……」

 

「それはあくまでもシニア時代までの事だ。今いる星歌はその頃とは違うだろう」

 

亮子さんの言う通りですね。和奈さん達の印象はあくまでもシニア時代まで……。今の星歌さんは新越谷高校野球部の渡辺星歌として、マウンドに上がっています。

 

「亮子ちゃんの言う通りだよ。今の星歌ちゃんは新越谷野球部に入って自分の殻を破ろうとしている……。朱里ちゃんはその切欠が私達になるように仕向けているかもね」

 

(星歌ちゃんは自分に自信がないって言ってたけど、シニアの皆はちゃんと星歌ちゃんの事を見ていてくれてるよ。だから自信を持って投げ切ってね!)

 

シニアの時は六道さんが星歌さんを気に掛けていましたね。それは監督だから……という側面が強いですが、何より放っておけなかったのでしょう。六道さんの性格からして、そして1人の捕手として困っている投手が気になったのでしょう。

 

「簡単に朱里の思惑通りさせないのがアタシ達だからね~。自信を付けている星歌には悪いけど、赤チームの勝利の為にも打っちゃうよ~☆」

 

簡単には打たせません。むしろ星歌さんで全員抑え切るつもりでリードします。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて23

7回表。星歌さんがマウンドに上がり、上位打線を抑えるように発破を掛けましたが……。

 

『1番 レフト 金原さん』

 

白糸台戦の星歌さん以上の戦果を出さねば、いずみさんや亮子さんを抑えるのは難しいでしょう。雷轟さんや和奈さんだと尚更……。

 

(赤チームは1番のいずみさんから……。白糸台戦で見せた星歌さんのピッチングなら苦戦はすれど、抑えきれない相手ではないと思いますが、その辺りはいずみさん次第ですね)

 

(お~。星歌と勝負するのってシニアの紅白戦でもあんまりなかったよね?なんだかワクワクしてきたよ!)

 

(いずみちゃん……。川越シニアでは星歌にとっては雲の上のレギュラー陣の一角だった。男子にも負けないパンチ力と足の速さでシニアではずっと1番を打っていて、藤和高校でも不動の1番……。正直星歌じゃ抑えられないと思っていたのに、今はそんな負の感情はない……)

 

星歌さんもやる気を出しているみたいですし、私が水を差すのも違うでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

初球の球は様子見でしたが、いずみさんは打ってきましたね。 

 

(三塁線切れたか……。星歌も良い球投げるね~)

 

(初球から打たれた……。やっぱりシニアの1軍で活躍していた人は違うな……。でも星歌だって負けないよ!)

 

星歌さんの方は前のめりになっていますね。これなら心配ないでしょう。

 

続けてカーブやスライダーを投げさせますが……。

 

 

カキーン!!

 

 

このようにタイミングを合わせて打ってきます。ジリ貧になると、こちらが不利ですね。

 

『ファール!』

 

(星歌も成長してるみたいだけど、アタシからしたらまだまだ甘いね。これで全力だったなら次でスタンドへ放り込むよ?)

 

いずみさん的には次の1球で決めに来るでしょう。それならこちらもそれに合わせるべきですね。それにしても……。

 

(いずみさんの方は余裕がありますね……。それなら決め球を投げてもらいましょう)

 

(瑞希ちゃんのあのサインは……!)

 

打ち気になって構えを大きく取っているいずみさんなら打ち取れるでしょう。星歌さんの決め球で……!

 

(これは……星歌の決め球?でも予測の範囲内!)

 

 

カキーン!!

 

 

いずみさんは星歌さんの決め球を予測していたのか、タイミングを合わせて打ってきました。センタースタンドに入りそうな一打ですね。ですが……。

 

『アウト!』

 

こちらのセンターは三森夜子さんです。並外れの守備範囲で前進位置からフェンスギリギリまで下がるのも容易となります。

 

(しかしアウトに出来たのは、間違いなく星歌さんの決め球の球威によるもの……。自信を持っても良いでしょう)

 

(球威に圧された……。まぁこれは星歌をどこか侮っていたアタシの敗けだね。でも次はアタシが勝つからねっ☆)

 

いずみさんを抑えた勢いで3人で終わらせたいところですが……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

2番の中村さん、3番の亮子さんを続けて歩かせてしまいました。

 

(ギリギリのコースを攻め過ぎましたかね。少しの制球ミスがこのような四死球を招きます)

 

反省会はあとにして、今は迎える怪物達を抑える事を優先にしましょうか。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて24

ワンアウト一塁・二塁で雷轟さんの打順……。そしてその次には和奈さんが控えています。

 

「そうそう!言い忘れてたけど、今日の混合戦は色々な部分を見たいから、延長はなしだよ!」

 

「「な、なんだって!?」」

 

六道さんが言い忘れていた……と言っていた発言が尾を引いていますね。驚きの声をあげているのは雷轟さんと星歌さんです。

 

「こ、こうなったら絶対に打つよ!」

 

「こ、こっちだって負けないよ遥ちゃん!」

 

星歌さんもやる気を出しているみたいですし、これなら問題なさそうです。

 

初球は低めに……。運が良ければ腰砕けの内野ゴロになりますが……。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

思わぬ打球で星歌さんの動揺が顔に出て来てしまっています。幸いライト線切れますが……。

 

『ファール!』

 

……思ったよりもギリギリでしたね。

 

(1球目から大ファールとか勘弁してほしいよ……。でもこれくらいじゃ星歌は萎縮しないよ!)

 

(ファールになっちゃった……。次はセンタースタンドに放り込むよ!)

 

星歌さん自身は雷轟さんとの勝負を楽しんでいるみたいですね。

 

(緩急を付ける為に次は遅めのシンカー……といきたいところですが、読まれると酷ですね。次は逆を突くカーブをお願いします)

 

(うん!)

 

私のリードで、雷轟さんに勝てるよう最善を尽くしましょう。

 

(カーブ!?でもこのまま打っちゃえ!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

今度はレフト線ギリギリのファールですね。これは暗に広角に打つのは容易い……という雷轟さんのメッセージのような雰囲気を感じます。

 

(タイミングがずれちゃった……。シンカー読みでいったからかな?)

 

当の雷轟さんはシンカーとカーブを読み違えてしまった……みたいな顔をしていました。作戦がはまっているようでなによりです。 

 

(危ない当たりだったけど、追い込んだ……。次で終わらせたいな)

 

(それなら星歌さんの決め球……と思わせましょう)

 

(思わせる?)

 

(星歌さんの投球パターンを逆手に取りましょう)

 

追い込んだ今なら星歌さんの決め球で三振を取りに行く……というのがこれまで見せた星歌さんの配球パターン……。しかしそれは読まれてしまう可能性が高いので、別の球で雷轟さんを打ち取ろう……という腹積もりです。

 

(コースは真ん中……。ここから落ちるのかな?)

 

雷轟さんはここから落ちると思っています。それこそがこの1球の思惑です。

 

(お願い……!)

 

星歌さんは神に願うようにしています。これは練習試合のようなものですが……。

 

(も、もしかしてストレート!?)

 

 

カキーン!!

 

 

良い当たりを打たれますが、段々と打球は失速していきます。球威に圧されましたね。

 

『アウト!』

 

(悔しい……。ストレートを打ち損じるなんて……悔しい!)

 

(やった……。遥ちゃんに勝ったよ!)

 

雷轟さんは心底悔しそうに、星歌さんは嬉しそうにしていました。星歌さんに至っては小さくガッツポーズをしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

……喜びも束の間。次の和奈さんにスリーランホームランを打たれ、それが決定打となり私達白チームは敗北しました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて25

二宮瑞希です。混合試合が終わり、今は次の試合を行う前の小休止タイムとなっています。

 

(この混合試合はそれぞれのチームの主力がどのような成長を遂げているか……という情報アドバンテージが大きく取れますね。それはどのチームも同じですが、白糸台の場合は大星さんやバンガードさんを連れて行かなかった事がこちらに有利に傾いています)

 

現状1番の収穫は和奈さんの成長ですね。それを越える収穫が見られれば御の字です。

 

「はーい!皆試合お疲れ様!勝ったチームも負けたチームもよく頑張ったよ!!」

 

普段は厳しい練習や指示を出す六道さんですが、本来の性格と相まっては飴と鞭の使い分けがとても上手いです。かなり監督向けですね。

 

「この後は15分休憩した後にもう1度チーム分けをして試合をするからね。水分補給はしっかりと!」

 

まだまだ暑いですからね。水分補給は欠かせません。昨今は厳し過ぎる指導が問題になっていますが、六道さんならその心配もなさそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小休止が終わり、再びチーム分けを終えた訳ですが……。

 

「あ、あの……。チーム分けをやり直ししたりとかは……」

 

朱里さんが六道さんに抗議していました。朱里さんのチームは主力こそは集まっていますが、正捕手がいませんからね。山崎さんも非道さんも私と同じ白チームです。

 

「……頑張れっ!」

 

「はい……」

 

どうやら抗議失敗のようですね。

 

「朱里ちゃん、大丈夫かな……?」

 

そんな朱里さんの状況に山崎さんが心配していますが……。

 

「山崎ちゃんの心配はわかるけど、今は私達白チームの事について考えないとね~」

 

「非道さんの言う通りです。正捕手がいなくても、手強いチームである事には変わりありません」

 

いずみさんに和奈さん、雷轟さんがいますからね。長打力だけなら間違いなく相手の方が上です。

 

「それで瑞希、こちらのオーダーはどうするんだ?」

 

こちらのチームのオーダーも決めないといけない訳ですが、私が決めるのですか?

 

「六道さんが仰っていましたが、この混合試合は選手達の自主性に任せています。ですので選手の皆さんがすべてを決めてください」

 

……と、白チームの責任者である藤井さんがそう言っていますが、本当に私が決めても良いのですか?

 

「おっ?どうやら向こうチームのオーダーが決まったみたいだね~」

 

赤チームのオーダーが決まったようですね。少し狡いですが、それを参考にオーダーを決めましょう。

 

 

1番 レフト いずみさん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 ショート 川崎さん

 

4番 サード 和奈さん

 

5番 ライト 雷轟さん

 

6番 センター 陽奈さん

 

7番 ファースト 日葵さん

 

8番 キャッチャー 朱里さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

「どうやら相手チームは早川さんが捕手をするようですね」

 

「朱里ちゃん……」

 

そして先発は武田さんですか……。これなら元々考えていたオーダーの打順を少し弄るだけで問題なさそうですね。

 

「私達白チームのオーダーはこちらです」

 

 

1番 セカンド 三森朝海さん

 

2番 レフト 三森夕香さん

 

3番 ライト 三森夜子さん

 

4番 ショート 亮子さん

 

5番 ファースト 中村さん

 

6番 センター 岡田さん

 

7番 サード 藤原さん

 

8番 キャッチャー 山崎さん

 

9番 ピッチャー 新井さん

 

 

元々決めていたオーダーから5番以降を少し動かしました。これで試合に臨みましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて26

『プレイボール!!』

 

試合開始です。私達白チームは後攻ですね。

 

「それじゃあ行って来るねー☆」

 

左打席にはいずみさんが……。

 

「ところでこの試合の先発は新井ちゃんなんだね~?」

 

ふと私の隣に座っている非道さんが話し掛けてきました。

 

「私達白チームの中で1番先発の適性が高いのは新井さんですからね」

 

「成程ね~」

 

(他にも2つ程新井さんを先発にした理由がありますが、この場で言う必要はないですね)

 

「今は新井さんと、新井さんの投球パターンを軽く伝えた山崎さんを見守りましょう」

 

「そうだね~。それよりも私達白チームには3人の正捕手がいるのに、スタメンには山崎ちゃんを選んだ理由が知りたいな~?」

 

非道さんは先発捕手が山崎さんである理由が知りたいようです。ここは建前の理由を言っておきましょう。

 

「私は前の試合でマスクを被りましたので、今回はお休みです。それとも……非道さんがマスクを被りたかったのですか?」

 

「う~ん。私も今回はお休みかな~?理由は多分二宮ちゃんの『本当の理由』と同じだと思うよ~?」

 

(やはり非道さんには見抜かれていましたか……)

 

それを口に出さない辺りが私がこの試合を休んでいる『本当の理由』と同じみたいですね。抜かりない人です。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「それにしても去年までの新井ちゃんは1人の外野手だったのに、今となってはあの白糸台のエースとして君臨してるんだね~」

 

「神童さん曰く、まだまだ足りない部分は多いそうです」

 

ちなみに私も神童さんと同じ事を思っていました。

 

 

ガッ……!

 

 

2球目でいずみさんは打ってきましたが、打ち上げましたね。ピッチャーフライです。

 

『アウト!』

 

「いや~、それにしても新井ちゃんのストレートは相変わらず勢いがあるよね~。大豪月さんよりかは遅いけど、ジャイロボール特有の回転数で上手く差別化が出来てるって感じがするよ~」

 

「しかも新井さんの場合は高校生投手の中では2人といないハイスピンジャイロの使い手ですからね」

 

藤原さんが一応ジャイロボールを投げますが、球速から全てにおいて新井さんの完全下位となっています。新井さんのジャイロボールは真似をしようとしても、中々出来る事ではないでしょう。

 

「これでジャイロボールを活かした変化球なんかを覚えたら、手が付けられなくなるね~」

 

「そうですね。フォークボールにカットボール、速度の差を活かすチェンジUPや敢えてのカーブ系と引き出しが広がります」

 

「良いね良いね~。あとはSFFとかスライダー系統とかね~。新井ちゃんはカスタマイズのし甲斐があるよ~」

 

しかし新井さん自身が変化球を覚えようとしないので、私と非道さんが言っている案も絵に描いた餅でしかありません。もったいないです。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

ストレートだけでここまで抑えられる投手はそういないので、それだけに変化球を覚えようとしない新井さんが本当にもったいないです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて27

1回裏。こちらの攻撃は三森3姉妹が連続で続きます。

 

『1番 セカンド 三森朝海さん』

 

「朝海姉さんガンバーっ!」

 

「捕手に回っているとはいえ、早川朱里が相手……。一切の油断は出来ない」

 

「わかっているわ」

 

そういえばこの姉妹は朱里さんや一ノ瀬さんを相手に手も足も出なくて、あの2人を強く意識している様子が伺えます。

 

「きなさい」

 

朱里さんのリードから何か得られるものはあるか……。その辺りもこの試合の肝ですね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

朝海さんは初球のストレートをカットし、ファール。

 

 

カンッ!

 

 

続いて2球目のチェンジUPもファール。川越シニアとの試合ではなかった朝海さんの本領……カット打ちですね。そして3球目ですが……。

 

(くっ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(やった……!三振取った。あの球で!!)

 

(嬉しそうだね武田さん……。私もあの魔球をなんとか捕球出来てホッとしているよ。まぁ三振スタートなのは勢いに乗れそうだね)

 

3球目は武田さんの決め球のナックルスライダー。朝海さんはカットし切れませんでしたか……。

 

「三森朝海さんを3球三振に仕留めるとは……。朱里さんも中々やり手ですね」

 

「…………」

 

(山崎さんが複雑そうに朱里さんと武田さんを見ていますね。これは山崎さんの打席にどのような対決が見られるか楽しみです)

 

この試合の1番の注目所は武田さんと山崎さんの対決かも知れません。

 

「朱里のリードで三森朝海を三振させるとはな」

 

「ブルペン捕手をした事があるらしいですし、朱里さんも性格的に捕手向きではありますから、最低限の捕球力があるのなら捕手としてもやっていけるでしょう」

 

(尤もそれで食べていけるかと問われたら否ですがね。2番手としてそれなりに……といったところでしょうか)

 

まぁ現状はブルペン捕手でしょう。もしも川越シニアから藍さんが入るようならば、その必要すら必要なくなる訳ですが……。

 

「ヨミちゃんのあの球もしっかりと捕ってる……。朱里ちゃんって捕手も出来たんだ?」

 

「朱里ちゃんは何度かブルペン捕手をやった事があるから、この試合はその延長線上なのかな?」

 

「あれ程なら早川さんを捕手の2番手にしても問題なさそうですね。白糸台の名捕手の二宮さんも認めているみたいですし」

 

私のお墨付きだからか、新越谷側でも朱里さんか2番手捕手として君臨しそうな展開になろうとしています。

 

「それなら今後朱里ちゃんには捕手の練習もさせた方が良いんですかね?」

 

「それは本人次第でしょう。早川さんは投手ですし」

 

(……新越谷の監督さんと川口芳乃さんが朱里さんを2番手捕手として起用する流れになりそうですね。投手と捕手の両立はやるとなれば大変でしょうが、頑張ってください朱里さん)

 

捕手は全ポジションの中で尤も難しいですから。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて28

『アウト!チェンジ!!』

 

紆余曲折ありましたが、三森3姉妹をそれぞれ凡退させてチェンジとなりました。

 

「3人で終わったか。朱里も武田も中々やるな」

 

「しかし今のままでは二巡目で通用しません。その辺りの事を朱里さん達がどう対策するか見物ですね」

 

(朱里さんが捕手として開花するかどうかも見物と言えば見物です。これは案外山崎さんもうかうかしていられないかも知れませんね)

 

藍さんも新越谷に行くと言っていましたし、進級すれば更なるライバルが増える事でしょう。

 

2回表。この回は4番からですが……。

 

 

カキーン!!

 

 

4番の和奈さんと……。

 

 

カキーン!!

 

 

5番の雷轟さんに連続でホームランを打たれます。

 

「遥ちゃんも清本さんも新井さんのストレートを完璧に捉えていますね!」

 

「そうですね。雷轟さんは元々ストレートに強い投手ですし、今後新井さんと対決の機会が来ても現状は問題ないでしょう」

 

ふと川口芳乃さんと藤井さんの会話が聞こえました。確かに藤井さんの言う通りではありますが……。

 

(この試合で新井さんには現状1番の強敵となりうる和奈さんと雷轟さんの対策を独自で身に付けてもらいますよ)

 

新井さんもそのつもりで投げていますし、今のホームラン2本は必要経費でしょう。

 

「新井さん、大丈夫ですか?」

 

「ああ、問題ない。心配掛けて済まないな山崎」

 

「遥ちゃんと清本さん……。この2人は今後歩かせますか?」

 

「いや、勝負でいく。これは練習試合だし、今後私があの2人を捩じ伏せる事が出来ないのならば白糸台のエースとしてやっていくのは難しくなるからな」

 

「新井さん……」

 

新井さんもわかっているようで何よりです。新越谷に負けた事で大きく成長したようですね。

 

「だからこの試合で私がどこまでいけるか見守ってくれよ。おまえも二宮に負けていない実力を持っている……という事は前の回でわかっているからな」

 

「……はい!」

 

(私の球を捕ってくれている山崎の為にも、神童さんの後釜を努める為にもこの試合は負けられない……。全国大会の準決勝では私が冷静じゃなかったから負けてしまい、先輩達の夏を終わらせてしまったんだ……。そのリベンジをする程の実力を身に付ける方法をこの練習試合で私なりの解答を見付けるんだ!)

 

「……それにもう2度とあんな呼び名はごめんだしな」

 

「新井さん……?」

 

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

 

ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンと呼ばれるのは嫌……という理由もありそうですねこれは。まぁ呼ぶ方も疲れるという声も3割程来ていますし、互いに秋大会までの辛抱ですよ。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて29

2回裏。ツーアウトから2人連続でヒットを打ち、二塁・三塁のチャンスです。

 

『8番 キャッチャー 山崎さん』

 

しかも打席には山崎さん……。上手くいけば2点以上は取れますね。

 

(私のリードを山崎さんに見てもらう良い機会だ。それに山崎さんも武田さんと勝負したいだろうし、武田さんも山崎さんと勝負したいと思うしね)

 

(ピンチの場面でタマちゃんとの勝負……。なんだかワクワクしてきたよ!)

 

(ヨミちゃんとの勝負……。練習試合とはいえ真剣に勝負するのって実は初めてなんじゃないかな?)

 

朱里さん、武田さん、山崎さん……。三者三様の想いがバッターボックスから伝わってきています。

 

(初球……強ストレート!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

初球から打ってきましたね。山崎さんの性格上武田さんとの勝負は慎重になるものだと思っていましたが……。

 

(幼馴染との勝負……と考えると、むしろ積極的に打っていくものなのかも知れませんね)

 

私がもしも山崎さんと似たような立場で和奈さんと勝負するようならば、もしかしたら同じ積極性を持っていたかも知れません。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

2球目のカットボールは見送り……。かといって冷静さも失った訳ではなさそうですね。

 

(今のコースは際どかったけど、ボールか……。山崎さんもよく見たね)

 

(朱里ちゃん、次はどうするの?)

 

(3球勝負は難しいってわかってたし、もう1球外すよ。でも空振りを取るあの魔球でお願い)

 

(うん!)

 

3球目は空振りを誘う低めのナックルスライダー。初見の打者なら引っ掛かっても可笑しくありませんが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

しかし山崎さんの行動はどれもピンポイントですね。それぞれの球を一点読みしています。投手が武田さんだからこそ出来る所業でしょうか。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(今のも打ってきた……。しかし追い込んだ。あの魔球で三振を取りにいくよ)

 

(OK!)

 

(!?……これはあの球がくるね!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(まぁバッテリーを組んでいた山崎さんにはお見通しだよね。こうなったらどこまで粘られるかわからないけど、全てのコースに投げるつもりでいきますか!)

 

朱里さんなりに山崎さんへの有効打を探しているのが伝わってきています。下手な行動は読まれるでしょうし、朱里さんにとっては1番難しい打者を相手にしている気分でしょう。

 

「1つのミスも許されない戦いですね」

 

「ああ、緊張感が違う。武田も今までで1番の球を投げているしな」

 

「ヨミちゃんと珠姫ちゃん……。そして朱里ちゃん。これはどっちを応援したら良いんだろう……」

 

新越谷の面々は川口芳乃さんを始めに複雑そうな顔をしています。しかしこの勝負を楽しんでいる節も見受けられます。本当に複雑そうですね。 

 

「チームとしてなら山崎さんを応援するべきですが、新越谷としてはどちらにも頑張ってほしいところですね」

 

恐らくはそれが正解でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

今のファールで20球目ですね。かなり粘っています。武田さんも山崎さんも肩で息をしています。

 

(武田さんの1番自信のある球でいくよ)

 

(……それならもちろんあの球で!)

 

(そうなるよね。最高の球できてよ)

 

21球目。投げられたのはナックルスライダーですが……。

 

(嘘っ!?こんな大きな変化……見た事がない!)

 

山崎さんの想定よりも大きく曲がっていました。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

高校野球史上の名勝負だと思われます。2人共、お疲れ様でした。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて30

イニングは進んで5回裏。私達白チームの攻撃ですが、赤チームは投手を交代するようです。

 

「め、滅茶苦茶緊張するわね……」

 

「全国大会でも投げてたんだから、大丈夫だよ。むしろ私が捕手としてちゃんと出来ているか不安だよ」

 

投げるのは川口さんですか。

 

『5番 ファースト 中村さん』

 

こちらは丁度4人連続で新越谷の選手が続くのですよね。

 

「このタイミングで交代なのか。せめて新越谷の4人が終わってからだと思っていたが……」

 

神童さんがこのタイミングでの交代に疑問を抱いているようですが、その理由は大体察しが付きますね。

 

「恐らくは川口さんの現状を見てもらう為でしょう」

 

「息吹ちゃんの……現状?」

 

私の発言にいち早く食い付いたのは妹である川口芳乃さん。

 

「他に何か新しく覚えた変化球とかってある?」

 

「今は練習中かしら……。だから朱里のサインでいかせてもらうわ」

 

「了解。リードのまま逃げ切ろうね」

 

マウンドでは朱里さんと川口さんがサインの確認をしていました。新越谷の選手4人に対してどのように攻めるのか……。見物ですね。

 

「川口さんの今の実力を新越谷の選手目線で確認してもらい、そして川口さん自身も今の実力を把握する事で自ずとこれからの課題が見えてくる……というのが朱里さんの筋書きでしょうね」

 

朱里さんはかなり強かな一面がありますし、そうしてくる……という可能性は極めて高いでしょう。

 

『…………』

 

「……?どうかしましたか?」

 

私が言い終えると、非道さんを除いた全員が驚愕の目で私を見ていました。非道さんは何やら口笛を吹いています。なんなのでしょうか……?

 

「いや、おまえも早川も中々な事を考える……と思ってな」

 

「そうですか?」

 

神童さんの発言に皆さんが首を縦に振っていました。誰にでも考え付く事だと思いますが……。

 

「それよりも試合に集中しましょうか。果たして朱里さんが想い描く事態に事が運ぶかどうか……注目ですよ」

 

朱里さんの思惑通りに事を進めないように仕掛けたいところですが、下手に動くと逆効果ですね。ここは新越谷の皆さんを信用しましょう。色々な意味で……。

 

(初球からシンカーでいこうか。様子見なしの投球で)

 

(わかったわ)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

初球のシンカーをいきなり当てましたね。中村さんは新越谷の打者の中でもかなり上位に位置しますね。雷轟さんがパワーなら、中村さんはアベレージ……といったところでしょうか。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

2球目はムービングファストボールが外角ギリギリに外れてボール。日本の投手でこれ程のムービングファストは中々お目に掛かれませんね。川口さんも相当レベルの高い投手です。

 

(投手力だけなら、白糸台よりも上位に行くかも知れませんね)

 

(息吹ちゃんのムービングファストボール……。ムービングファスト自体日本で見られる事はあんまないって朱里ちゃんや芳乃ちゃんは言ってた……。息吹ちゃんの完成度はアメリカの選手のそれにも負けとらん。面白いやん!)

 

(中村さんの表情がジャンキーのそれになってきた……。カウント1、1で次に投げるコースと球は……!)

 

3球目に投げたのは……武田さんが投げるナックルスライダーの亜種でしょうか?

 

(これはヨミちゃんの……!2回でヨミちゃんが珠姫ちゃんに投げたやつと比べたら全然打てる!)

 

 

カキーン!!

 

 

「ライト!!」

 

打球はライトへ。雷轟さんの補給率を考えると、失策の期待も多少はありますが……。

 

 

バシィッ!

 

 

『アウト!』

 

まぁそこまで甘くはありませんね。雷轟さんも成長しているという事でしょう。

 

「……次は私の打席だな」

 

それに期待……という意味では岡田さんの方が可能性が高いですからね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて31

『6番 センター 岡田さん』

 

中村さんは打ち取られましたが、真打ちはここからですよ。まずは岡田さんから……。

 

(次は主将か……。この先も藤原先輩、山崎さんと強打者が続くから、慎重に投げさせないとね)

 

過程はどうあれ、岡田さんはきっと良い結果を残してくれるでしょう。色々な意味を込めて……。

 

(うっ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

コースは内角高めですか……。本来なら身内なのに、かなり強気なピッチングですね。いえ、身内だからこそ……でしょうか。

 

(なんてキレのシンカーだ……。息吹がここまでの球を投げるなんてな。この混合戦がなかったらわからなかったぞ)

 

(主将にも通用はしている……。次は外角にあの魔球のコピーでお願い)

 

2球目は外角へ。球種はナックルスライダーですね。

 

(次は外角か!しかも逆に曲がるヨミのあの球のコピー。だが……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

しかしこれを岡田さんは当ててきます。タイミングが合っていますね。

 

「追い込まれたな。岡田はどう出るか……」

 

「打ちますよ。岡田さんは」

 

「ど、どういう事!?」

 

驚きの声をあげたのはネクストサークルで待機している藤原さん。カウント上はバッテリー側が有利なので、この状況に対して岡田さんの勝ちを確信している私に疑問を持っているようです。

 

「というか打たなければならない……と思っているでしょうね。朱里さんや川口さん、そして前のイニングまで投げていた武田さん……。この混合試合を通して『新越谷の主将』としての意地を見せなくてはならないと思います」

 

「怜……!」

 

まぁ全ては私の推測に過ぎませんが……。打席にいる岡田さんと、ベンチ越しから見える藤原さんの表情から察するに、強ち間違ってはいないでしょう。『新越谷の先輩』として、この混合試合で敵に回っている後輩達に先輩としての意地を見せようと躍起になっています。

 

(ヨミや息吹、そして朱里が……後輩がここまで奮闘してるんだ。私も先輩として、キャプテンとしての意地がある……。ここは打たせてもらうぞ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

(しまった!)

 

3球目に投げられた低めのムービングファスト……。それを岡田さんは完璧なタイミングで合わせてレフトスタンドへと伸びていきました。

 

『ホームラン!』

 

先輩としての意地の一打、後輩達には負けていられない……という想いの一打でしたね。

 

「……岡田がホームランを打つ事すらも予想してたのか?」

 

「ホームランを打ったのは結果論ですが、岡田さんに……そして朱里さんと川口さんにも良い刺激になる一打を放つだろうとは思っていました」

 

この混合試合が切欠に、新越谷はかなり強くなるでしょうね。人数が増えた事もあり、夏に……そして2日前に試合をした新越谷とは思わない方が良いのかも知れませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて32

岡田さんがホームランを打ち、1点返しました。

 

「ごめん……」

 

「……いや、少し甘いコースを指示しちゃったからね。主将なら打っても可笑しくなかったよ」

 

(流れが良くない方向にいってるな……。前の中村さんだって風向きによってはホームランになっていた可能性があるし、次の藤原先輩はパワーなら新越谷では雷轟に次ぐ……)

 

バッテリーの動揺次第ではこのままこちらに勢いを手繰り寄せる事も可能になるでしょう。

 

『7番 サード 藤原さん』

 

(次は私ね。怜に続くわよ!)

 

藤原さんが打席に入って行きました。あれは岡田さんに続こうと奮起していると同時に、岡田さんと同様の気持ちを抱いていそうです。

 

「藤原は岡田に続くと思うか?」

 

「勢いや想いは同じでしょうね。ただそう上手くいくとは思えませんが……」

 

捕手とはいえ、相手は朱里さんですからね。それに投手の時と捕手の時では厄介さが違うでしょう。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

初球からホームラン性の打球ですね。コースは藤原さんが苦手と思われる低めのコース……。

 

(私だって隠れて練習くらいするわ。新越谷で敵に回ると1番手強いのは朱里ちゃんってわかっているもの。いつかするかも知れない紅白戦に備えて私の苦手な低めのコースをヨミちゃんと珠姫ちゃんと練習しておいて良かった)

 

(藤原先輩が苦手を克服したとなると低めに集めるのは厳しいかな……?)

 

「おいおい……。藤原って低めのコースが苦手なんじゃなかったのか!?」

 

驚きの声をあげているのは新井さんです。2日前の試合結果は風音さんにビデオを撮ってもらって、白糸台の部員全員に見てもらっています。そしてそれによると、藤原さんは低めに対する打率がかなり低い……と思っていたのですが……。

 

「……その筈ですが、一概にそうと決め付けるのは危険ですね。対応がかなり早いです」

 

しかしただで打たれた訳ではないでしょう。その証拠に2球目には……。

 

「1球目と同じコース!?」

 

「完全に克服したのなら、この1球を完璧に打ち返す事が出来ると思いますが……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(それでもまだ完璧に克服出来た訳じゃない……。朱里ちゃんはもうそれを見抜いたのね。流石だわ)

 

(思った通り、まだ完全に低めに対応出来ている訳じゃない。とはいえ1球目の時みたいにタイミングを合わされると主将とのアベックホームラン……なんて事になりかねない)

 

「……そう簡単には打たせないでしょうね。本職ではないとはいえ、朱里さんが相手ですから」

 

(早川がここまでのリードをしているのは二宮をロールモデルにしているからじゃないのか?なんか二宮と似たリードをしているし……)

 

何故か新井さんが私を見ていますが、私は何もしていませんよ?

 

 

カンッ!

 

 

藤原さんは高めに投げられたシンカーを打ち上げました。高低差を活かした良い配球でしたね。

 

『アウト!』

 

藤原さんは打ち取られましたが、このまま抑え込まれる程甘くはないですよ。

 

『8番 キャッチャー 山崎さん』

 

(珠姫と対戦ってなると私の投げる球が見透かされている気がするのよね……)

 

(この試合で1番手強いのは山崎さんかも知れないね……)

 

それを教えてくれるのが、山崎さんの役目……なのかも知れませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて33

山崎さんの打席。初球は低めに投げられましたが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「初球は見送りましたか……」

 

「山崎ちゃんもかなり慎重になってるね~」

 

山崎さんの打席になると、非道さんと話す事が増えてきました。同じ捕手として、何かを見出だそうとしているのでしょうか?

 

「……山崎は良い捕手だ。純粋だし、投手の労り方もよく知ってる。願わくばそのまま育ってほしい」

 

そして新井さんからの評価がかなり高いですね。バッテリーを組んだのも、今日この時が初めての筈なのですが……。

 

「二宮や非道みたいにではなく、山崎は山崎で純粋に……」

 

これは失礼な事を言われていますね?まるで私が純粋ではないみたいな物言いです。

 

「そんな新井ちゃんに良い事を教えてあげるよ~?」

 

「な、なんだよ非道……」

 

非道さんは一息吐いて、こう言いました。

 

「一流の選手は必ずどこか頭のネジが飛んでいるか、何かしらの狂いを許容しているものなんだよね~」

 

「なん……だと……!」

 

つまり傍目から見れば常識的な神童さんでも何かしら狂っている部分がある……と。中々に興味深い話ですね。

 

「まぁつまり純粋な山崎ちゃんのままだと二流止まりになっちゃうね~」

 

「ぐっ……!ど、どこからか非道の発言の穴を見付けないと!」

 

穴は空きまくっていると思いますけどね。しかし一定の説得力があるのも事実です。一点特化した一流はそれ以外の能力が乏しい傾向にあり、特化した一点を更に追及する余りに他を削ぎ落とすという狂いを見せる事があります。

 

(今非道さんと言い合っている新井さんも変化球を投げない……という狂いぶりを見せていますし、新井さんもそれが否定出来ないので、こう言い詰まっていると思われますね)

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

「新井も非道も今は山崎の頑張りを見ておくんだ。中々興味深そうな議論をしているようだが、それは後でも出来るだろう?」

 

神童さんから試合に集中するように注意がきます。議論は中断ですね。

 

「そうですね~。じゃあ新井ちゃんの狂いっぷりについてはまた後で話そうか~」

 

「そんな内容じゃなかっただろうが!?」

 

……まぁ狂っていなければ、ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンと呼ばれる言はなかったと思いますけどね。その時点で新井さんは何かしらの狂いがあるのでしょう。

 

(あの振りかぶり方……)

 

(くる……。息吹ちゃんの決め球としている球が!)

 

(これが私の……全力よ!!)

 

川口さんが投げるシンカーは今日1番のキレと変化量を見せました。

 

(でも……これも想定内!!)

 

 

カンッ!

 

 

しかし山崎さんはそれを想定していたのか、タイミングを合わせてヒットを打ちました。山崎さんが狂い側に行くのも時間の問題……という気もしますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後紆余曲折あり、スコアは同点となりました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて34

6回表。この回はクリーンアップから始まるのですが新井さんの調子がどんどん上がっていき、先頭の川崎さんを三振に。そして……。

 

『4番 サード 清本さん』

 

4番の和奈さん、5番の雷轟さんとの勝負を迎えます。

 

「頼んだよ和奈ーっ!」

 

「ホームランで勝ち越しだーっ!」

 

声をあげているのはいずみさんと武田さんですね。新井さんはストレート一本槍ですので、和奈さんどのような相性は不利……。そして雷轟さんに対しては更に不利になります。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

回が進む毎に調子を上げていきますね。和奈さんがストライクゾーンのストレートを見送る事は滅多にありません。

 

(つまり今の新井さんは和奈さんを抑える事が出来るポテンシャルを秘めている……という訳ですか)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

しかし2球目のストレートはスタンドに入る大ファール。和奈さんもまだ負けていませんね。

 

(1打席目と全然違う。速さも、ノビも、球の重さも……。それでも、なんとかバットに当てる!)

 

(追い込んだ……。だがここからが本番だ。清本のデータを見る限りだと最初の2球目は様子見で見逃すかカット、3球目以降に手を出す事が多いからな)

 

「そういえば新井には清本の打撃データは伝えてあるのか?」

 

「一応和奈さんの傾向に関しては軽く伝えています。ですがそれはあくまでも傾向……。実際に抑える事が出来るのは新井さん、そして今新井さんをリードしている山崎さん次第になります」

 

ツーナッシングからの3球目……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

……今のは甘めのコースにも関わらず、和奈さんが少し振り遅れましたね。これはもしかするかも知れません。

 

「新井のストレートも大分良くなったな」

 

 

 

「そうですね。現役高校生で最速も実現する可能性が大いにあります」

 

 

 

「そう考えると新越谷に負けたのは新井にとってプラスとなるだろう」

 

「あとは陽奈さんや日葵さん、鋼さん……。あとはバンガードさんの存在も白糸台にプラスとなってきています」

 

「おまえの代の中心になる連中だな。今年もそうだが、来年も楽しみだな」

 

「その代わり私はあの4人のお守りをしている訳ですが……」

 

特に日葵さんとバンガードさんの……。鋼さんはストッパーにはなりませんし、陽奈さんは妹の日葵さんに甘い節が見受けられますので、実質的にあの鋼さんと陽奈さんのお守りもプラスされる訳です。

 

「はっはっはっ!それも必要経費だろう」

 

「……そう割り切っていますよ」

 

その代償に彼女達が大きく成長してくれるのならば、お釣りが来るくらいだとも思っています。お願いしますよ?色々な意味で……。

 

 

ガッ……!

 

 

「おっ?清本が打ち上げたぞ」

 

「ピッチャーフライですか……」

 

『アウト!』

 

(そんな……!)

 

(まずは1人……。次は雷轟遥だ!)

 

和奈さんは悔しそうにしており、新井さんは安堵の溜め息を吐いています。それ程に緊迫した勝負のようですね。

 

(そして次に控えているのは……)

 

「…………!」

 

雷轟遥という和奈さんと同等以上のスラッガーです。ここで彼女を抑えられるかどうかで、今後が大きく変わってくるでしょう。踏ん張り所ですよ?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて35

『4番 ライト 雷轟さん』

 

打席に入る雷轟さんからは楽しそうな雰囲気が伝わってきますね。普段いずみさんが意気揚々と打席に入る時以上でしょうか? 

 

(あの清本でも打ち損じる球だ……。雷轟は無事に打てるだろうか?)

 

(絶対に打ってみせる!)

 

雷轟さんは張り切っており、そんな雷轟さんを朱里さんが保護者のように見守っていました。朱里さんは存外母親気質なのかも知れません。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(速い……。1打席目の時とは全然違うよ。でもワクワクする!)

 

1打席目とは違う新井さんのストレートに対して、雷轟さんはとても嬉しそうにしています。大会中は歩かされる事が多かったみたいですので、その反動で余計にそう思えてくるのでしょう。

 

(そういえば新井さんの投げる球は速くて重いって皆が言ってた。それなら……!)

 

(足を上げた!?)

 

(あれは確か……)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

2球目は内角高めのコースでしたが、雷轟さんは一本足打法で新井さんのストレートに対抗してきました。

 

「一本足打法……。ウチとの試合では見なかったな」

 

「重い球を打つ為に編み出したフォームのようですね」

 

一本足打法から発せられるパワーを鑑みると、雷轟さんが現状の女子高校生打者で1番打力があるでしょう。

 

(今のは一本足打法か……。まさか雷轟がこんな打法を隠していたとはな)

 

こうなると長期戦は不利……。決めるなら次が良いでしょう。

 

(やっぱり……。思った通り、これなら重い球にも対応出来る!)

 

(今のままだと雷轟にも打たれる……という事か。それならもっと、もっと球に力を込めれば……!)

 

運命の3球目は……。

 

(今度こそホームランを狙う!!)

 

 

 

カキーン!!

 

 

打球はセンター方向へと飛んで行きますが……。

 

「打球が失速していっているな」

 

「これならワンチャンフライで捌けるね~」

 

打球が失速しても尚、ホームランになろうとしています。岡田さんも柵ギリギリまで下がっていってますね。

 

(お願い……。このまま入って!)

 

(これ以上は無理だ。こうなったら足掻けるだけ足掻く!)

 

雷轟さんがホームランを打つのか、岡田さんが捕球に成功するのか……。

 

(入って……!)

 

(…………!)

 

打球は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

ホームランまであと1センチもなかったでしょう。それでも岡田さんがギリギリの捕球に成功しました。

 

(な、なんとか捕れた……。普段は味方だから、遥の打球がどれ程凄いのかを余り理解出来てなかったな。こういう機会がなければわからないままだったのかも知れない)

 

(ギリギリだったが、雷轟を打ち取った……!これで1勝1敗。次は全国の舞台でケリを付ける。待っているぞ)

 

(打ち取られちゃった……。もっともっと練習しないと……!)

 

岡田さん、新井さん、雷轟さん……。3人の想いがこの1打席で大きく変わりましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!』

 

色々とありましたが、今回の試合は引き分けに終わりました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて36

二宮瑞希です。混合試合の2度目が終了し、休憩がてらに非道さんと山崎さんと少し話をしています。この2人からは同じ捕手として何かしら得られるものがあるかも知れません。

 

「まぁ私の場合は組んでる投手の好きにさせるかな~?というか洛山の選手は九分九厘が我の強い人間だから、自動的にそうなっちゃうんだけどね~」

 

洛山の選手達はかなりの荒くれ者達だそうです。和奈さんの安否が心配ではありますが、非道さんや大豪月さんに任せておきましょう。

 

「……すると非道さんは投手のスタイルに任せているんですか?」

 

「そうなるね~。まぁ尤も私は今年に入るまでは大豪月さんみたいな人としか組んだ事がなかったから、黛ちゃんの存在って実は勉強になったりするんだよね~」

 

ちなみに洛山の投手陣は黛さん以外は速球派の人達ばかりだそうです。投げる変化球も速球系ばかりみたいなので、新井さんの亜種のようなものですね。

 

「投手のスタイルに任せる……」

 

「私が言うのもなんだけど、山崎ちゃんは難しく考え過ぎだよ~。捕手の仕事量は全ポジションの中で1番多いかも知れないけど、それを意識して他を疎かにしてしまったら意味がないからね~」

 

非道さんはそんな山崎さんとは対照的に楽観的な思考を持っている……ように思わせる言動をしています。

 

「他……と言いますと?」

 

「まぁ基本中の基本である相棒投手の状態や、このコンディションならどこまでいける……とか。私はまずそこを考えてから次にいくけどね~」

 

「成程……」

 

非道さんなりに色々と考えての言動だとすると、かなり警戒しないといけないでしょうね。今後の事を考えると……。

 

(まぁ今は気にしても仕方がありませんね)

 

「早川ちゃんはどうだったかな~?」

 

「はい?」

 

「今回捕手をガッツリとやってみて~」

 

ここで私達の話を聞いていた朱里さんに話題がきました。朱里さんも急に来るとは思っておらず、戸惑いを見せていますが……。

 

「そうですね……。私自身味方投手の投げる球の捕球で精一杯だった部分もありますが、その中で私が学んだのは味方投手をどう立ち直らせるか……でしょうかね」

 

「おっ?と言うと~?」

 

「武田さんや息吹さんがピンチの状態に陥ってパニックになった時に私の立場だったらどうするのが効果的か……と考えてそれを伝えただけなんですが、2人はそれで上手く立ち直って、それを私のお陰だと言ってくれたんです」

 

成程……。朱里さんは投手ですので、投手としての気持ちを捕手目線から伝えた訳ですか。朱里さんならではの解答ですね。

 

「成程~。普段のポジションが投手である早川ちゃんだからこそ見れる部分だね~。参考になったよ~」

 

「こ、これで参考に……?」

 

「早川ちゃんはこれで本当に参考になってるか……って思っているかもだけど、少なくとも私は新たに捕手として学べた部分はあったよ~。だから自信持っても大丈夫~」

 

「非道さん……」

 

私も捕手としての課題が何かしら見えてきました。この混合試合はやはりやって正解でしたね。

 

「朱里さんなりに頑張った結果だと思いますよ。投手能力もあるでしょうが、捕手デビューで2失点で済んだのは価千金です」

 

「二宮……」

 

武田さんや川口さんが優れた投手だとしても相方捕手の能力が低ければ、もっと酷い結果になっていた事でしょう。それを考えると、朱里さんは捕手に向いています。

 

「……そうだね。私も捕手として朱里ちゃんには負けられないって思っちゃった。もしも私が怪我とかしちゃったら新越谷をよろしくね!」

 

「えっ?山崎さん?」

 

そういえば現状新越谷には捕手が山崎さん1人だけでしたね。来年には朱里さんを慕っている藍さんが新越谷に行きそうではありますが、それまでが結構大変そうです。

 

(しかし朱里さんは本当に捕手に向いているかも知れませんね。元のポジションが投手なので両立は困難ですが、もしも完璧にこなせるようになるのならばプロが放っておかないでしょう)

 

「早川捕手が誕生した瞬間だね~」

 

まぁどうなるかは朱里さん……そして新越谷次第ですかね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋に向けて37

二宮瑞希です。新越谷での濃い試合日程が過ぎ去り、私達は白糸台へと帰ります。

 

「新越谷で混合試合をした事はきっと良い糧になるだろう。しかしこうして新越谷の門から外に出たこの瞬間から……新越谷とはまた敵同士の関係だ。自分達が本来白糸台の人間である事を忘れるな!」

 

『はいっ!!』

 

新井さんの言葉に鋼さんと佐倉姉妹は元気良く返事をし、私と神童さんはそれを見守っています。

 

「もうすぐ8月も終わりか……。9月の中頃には大会もある。二宮はどう見る?白糸台がどこまで勝ち進むのか……」

 

ふと神童さんが私に秋大会で白糸台の勝算を訊いてきました。何故私に訊くのでしょうか?

 

「いやなに、先の展開を見据えているだろうおまえに訊いておきたいんだよ。ある程度は見えているんじゃないのか?」

 

そういう事情でしたか……。

 

「……まぁ都大会なら問題なく突破出来ると思いますよ。神童さん達3年生が抜けた事で投手陣にやや不安がありますが、そこは新井さんと鋼さん次第でどうにでもなるでしょう」

 

「野手陣に関しては佐倉姉妹とバンガードの加入で夏とほぼ似たような総合力になっている訳か……。外野に関しては大星と九十九がいるし、2番手捕手の半田も2年生な訳だしな」

 

半田さんは神童さんの投げる本気の変化球を捕球出来ませんが、それ以外の球なら捕れます。新井さんとの相性は決して悪くはありませんしね。

 

「春にある全国大会の行方まではわからないか?」

 

「清澄のようなダークホースがいないとも限らないでしょう。それに3月にはシニアリーグの世界大会もありますし」

 

シニアリーグの世界大会は中学2年生~高校1年生までが出られるシニアリーグの大会でアメリカにて開催されます。ちなみに高校1年生の選手が出場する場合は昨年所属していたシニアでの成績によって出場資格の有無がわかります。私や朱里さん、和奈さん等のシニアで結果を残した選手達には全員通知が来ています。

 

(そういえば朱里さんはどうするつもりでしょうか……?)

 

「全国大会の日程と丸被りの大会か……。そういえば二宮は世界大会の方に出るんだったな?」

 

「そうですね。1年目、2年目と出られなかったので、最後の年くらいは出ようと決めています」

 

ちなみに和奈さんといずみさん、亮子さんも既に出場を決めています。

 

「二宮抜きだと1年生連中の精神状態が若干不安ではあるが……」

 

「流石に当人達の成長を願うばかりですね」

 

私だっていつまでも側にいられる訳ではありません。それをわかってもらう為にも私は単独で別行動を取っていますから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスに揺られて数時間。白糸台に帰ってきました。

 

「それじゃあ部の事は頼むぞ?ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン部長」

 

「うっ!?は、はい……」

 

白糸台に帰ってきたという事は、再び秋大会が始まるまでの間はミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン部長の誕生という訳です。良い夢は見られましたか?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ①

二宮瑞希です。今日から秋の都大会が始まります。

 

「ふっふっふっ……。遂に私の時代が来たぞーっ!」

 

白糸台の校門を出たところで誰かが叫んでいました。

 

「な、なんかテンション高いね……」

 

「まぁ今日から大会だしね~。気持ちはわかるよ!」

 

「まぁ恐らく彼女がテンションを高くしているのは別の理由でしょうが……」

 

ちなみに今声を高らかに叫んでいるのはミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン改め新井さんです。罰ゲームから解放されたので、解放感が違うのでしょう。私が知る限りで1番テンションが高いです。

 

「ゴホンゴホン!……今日から都大会が始まる。3年生が抜けてから初めての公式戦になるが、私達白糸台なら心配はないだろう。しかしそれは1人1人が精一杯全力のプレーをしてこそだ。油断慢心は決してするな!我が部の部訓をモットーに試合に臨め!」

 

『おおっ!!』

 

ちなみにウチの部訓は『どんな相手にも敬意を払え、どんな相手でも格下ではなく格上だと思え、そして常に今の自分を越えようとしろ!』というものになっています。長いですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、その試合の結果は。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先発の新井さんが荒ぶり……。

 

『ゲームセット!!』

 

全打者三振の完全試合を決めました。

 

「よっしゃあっ!!」

 

その新井さんは校門前で叫んでいた時と同じテンションをしています。あのテンションの高さは解放感から出ていますね。

 

「凄くハイテンション……」

 

「麻琴にとっちゃ復帰試合で荒ぶってるんだろうけど、こっちに打球が飛んで来ないからつまんなーい!」

 

「まぁ無駄な労力割かなくても良いし、私は別に良いけどね」

 

レフトの半田さん、センターの大星さん、ライトの九十九さんです。半田さんは私が新越谷へ試合観戦に行く日と白糸台の試合が被った時に捕手を務めています。というか半田さんメインポジションが捕手です。

 

ちなみに九十九さんがアベレージヒッター、半田さんがパワーヒッター、大星さんはこの2人の打撃性能を足したオールラウンダーです。まぁ白糸台野球部……それもに入っている以上は最低限の実力がありますけどね。

 

「お疲れ~!」

 

「お疲れ様です」

 

「デース!」

 

佐倉姉妹とバンガードさんですね。それぞれ1~3番で、大活躍でした。

 

「わ、私も頑張らないと……!」

 

今日はベンチだった鋼さん……。次の試合では先発ですので、その時に頑張ってもらいましょう。

 

(しかし打撃力なら夏よりも今の方が上ですね。今日の相手がベスト4常連だったので、6点しか取れませんでしたが……)

 

それでも本来なら二桁得点がざらになりそうな打撃陣です。とても頼もしいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ②

二宮瑞希です。今日は試合の日ですが、監督と新井さんの許可を取って試合観戦へと赴きます。

 

「それでは行ってきます」

 

「前々から思っていたが、試合に出られるチャンスを放棄してまで試合観戦に行くとはな。変わっていると言うか……」

 

新井さんが呆れ混じりに言っていますが、これは私の性分です。

 

「……まぁ趣味みたいなものですので」

 

「そんな酔狂な事をする奴なんて、他にいないんじゃないか?まぁ半田はマスクを被れるって嬉しそうにしてたけど……」

 

「半田さんも得をしますし、私は試合データを収集出来ますし、チームとしてもデータは取って損する事はないでしょう。それよりも彼女達をよろしくお願いします」

 

「まぁ任せておけ。私は今日投げないが、白糸台は二宮抜きでも勝てるって事を示してやるよ」

 

「私の力はそれ程大きくないと思いますが……」

 

(そう思っているのはおまえだけだ……)

 

新井さんが何か言いたそうにしていますが、気にせずに試合観戦へと行きましょう。埼玉へ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって埼玉県。早速試合会場へと向かいましょう。

 

「あれ?瑞希ちゃん?」

 

「本当だ。奇遇だね~☆」

 

新井さんが言うところの酔狂な人間がここに2人いましたね。いずみさんがいる藤和高校も、和奈さんがいる洛山高校も、今日は試合の日だったと思いますが……。

 

「2人は何故ここに?」

 

「アタシは先輩達に休めって言われたんだ~。気分転換も兼ねて、試合観戦に来たんだよね。一応埼玉は古巣だしさ」

 

「私は非道さんに埼玉の秋大会の観戦をするように言われて……」

 

いずみさんは気分転換、和奈さんは非道さんの依頼でここにいるようですね。

 

「瑞希はどうして?なんとなーく理由はわかるけど……」

 

「お察しの通りですよ」

 

「察しの通りなんだね……」

 

特に取り繕う必要はないので、正直に言っても問題はないでしょう。

 

「そ、それでどうするの?朱里達新越谷も今日は試合だけど、そこを観に行く?」

 

いずみさんは新越谷との試合を観戦するのかを訊いています。新越谷の対戦相手は明嬢学園ですか……。

 

「……いえ、他の試合にしましょうか」

 

「あれ?新越谷じゃなくても良いの?」

 

「明嬢学園の実力はここ2、3年良くてベスト8前後……。多少の苦戦はすれど、新越谷が負けるとは思えません。夏は選手層がギリギリでしたが、今は星歌さんや川原さんの投入で多少の余裕が出来ています。加えて新越谷の成長を鑑みると……そこまで重要な結果は得られないと判断しました」

 

明嬢学園相手なら、最悪朱里さんや武田さんを温存しても問題なさそうですからね。

 

「まぁ瑞希が言うなら仕方ないかー。じゃあ他の試合に行こっか☆」

 

「それにもう片方の球場では梁幽館の試合があります」

 

はづきさんの成長が目まぐるしいですし、場合によってはそちらの方が脅威ではあります。

 

「はづきちゃんが投げるみたいだし、楽しみだね……!」

 

そんな訳で梁幽館が試合をする会場へ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向かったのですが……。

 

「えっ?二宮達……!?」

 

「おや、奇遇ですね」

 

「あっ、朱里ちゃん達だ」

 

「もしかしてアタシ達と目的が同じ感じ?」

 

朱里さんが星歌さんと川口息吹さんを連れていました。偶然とは怖いものですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ③

二宮瑞希です。はづきさんがいる梁幽館の試合がある球場へと試合観戦に来たのですが、行き先で朱里さん達に遭遇しました。

 

「3人はどうしてここに?」

 

朱里さんは私達がここにいる理由が気になるようです。まぁ私達がいる高校は今日試合日ですし、いずみさんも和奈さんも主力選手ですので気になるのも頷けます。

 

「……アタシはさ、先輩達に根を詰め過ぎだって言われて休みをもらったんだよ。でもただ遊ぶのも申し訳ないし、折角だから埼玉へ野球観戦に来たんだ♪」

 

「わ、私は非道さんに『激戦区である埼玉県の秋大会を観に行ってね~。どの試合を観るかは選んでも良いから~』って言われてここに……」

 

いずみさんと和奈さんがここにいる理由は先程訊きましたが、いずみさんは想像以上に追い込まれているみたいですね。リトル時代の朱里さん程ではなさそうですが、それなりに危険な状態のようです。和奈さんは……非道さんの声真似が上手ですね。

 

「私はいつも通りです」

 

私がここにいる理由を答えると、川口さん以外の4人が微妙な表情をしていました。特に可笑しな理由は言ってない筈なのですが……。

 

「でも朱里がいるのも珍しいよね。新越谷って確か今日試合だったと思うけど……」

 

「3人に比べれば別に珍しくもないと思うけど……。まぁ新越谷も部員が増えたし、私は隣にいる渡辺と息吹さんを連れて別球場で行われる試合を観に来たって訳」

 

それでも3人がここにいる事で新越谷の部員数はギリギリになると思いますが、層は薄くても1人1人が実力者揃いの新越谷なら然程心配はいらないのかも知れませんね。

 

「朱里と星歌と息吹って変わった組み合わせって感じがするよね。なんかそれぞれタイプが違うって言うかさ……」

 

朱里さん、星歌さん、川口さん。この3人の共通点は……。

 

「朱里さんが星歌さんと川口息吹さんを連れている理由として考えられるのは2回戦で当たる可能性がある影森高校に2人のピッチングを偵察等で見られるのを避ける為……というのが妥当でしょうね。川口息吹さんは少なからず影森とは因縁がありそうですし、星歌さんはアンダースローですので、もしも影森戦で投げる事になると見られるのはまずい……と言ったところでしょう」

 

影森は夏から秋に掛けてかなり成長していると聞きますし、強豪校の仲間入りをしていても可笑しくありません。

 

「……まぁそんなところかな。それに私達が離れても3人共新越谷を……仲間を信じているからね」

 

「朱里ちゃん……」

 

「朱里……」

 

朱里さんは相変わらず人たらしの才があるようです。リトルでもシニアでもかなり人気があったのは、こういうところから来ているのでしょう。

 

「あははっ!朱里は相変わらずチームメイトに慕われてるね☆」

 

「そう……?」

 

「少なくともアタシ達やはづきはそうじゃん?それに藍と歩美も朱里を追って新越谷に進学するって言ってたし」

 

「藍ちゃんも歩美ちゃんも朱里ちゃんを尊敬してるもんね……」

 

「そうですね。あの2人は純粋に朱里さんを慕っています。はづきさんとは違って」

 

はづきさんの場合は敬愛を越えていますからね。朱里さんが時々貞操の危機をはづきさんから感じる……という苦情が私に来ました。私が対応出来る訳ではないのですが……。

 

「シニアリーグの世界大会に歩美ちゃんは参加するらしいよ?」

 

「初野への挨拶はその時にでもしておくかな……」

 

シニアリーグの世界大会は3月に行われます。今は9月ですし、半年先まで歩美さんは朱里さんと会えない訳ですか……。

 

「朱里さんもたまにはシニアの方に顔を出してみてはどうですか?」

 

「シニアの方に?」

 

「確かに朱里は引退以来シニアに顔を出してないもんね~。自分を見つめ直す切欠になるかもだし、良いんじゃないかな?」

 

「そうだね。私達もこうして埼玉まで来た時は帰る前にシニアへ顔を出してるよ。その度に藍ちゃんと歩美ちゃんに朱里ちゃんの所在を聞かれるんだよね……」

 

「うっ……!」

 

いずみさんと和奈さんの追撃に朱里さんはタジタジですね。朱里さんは押しに弱い部分が見受けられますので、こうして圧を掛ければ……。

 

「……そうだね。今日辺り川越シニアへ顔を出しに行くよ」

 

このように落ちます。優しいのと、チョロいのはまた別物ですよ? 

 

「折角だから、アタシ達も顔出しに行こっかな~?」

 

「無論私はそうするつもりでしたよ」

 

「まぁ恒例行事みたいなものだったしね……」

 

今の川越シニアは新チームになっていますし、戦力がどのようになっているのも気になりますからね。選手層は厚いので、弱体化はしてないと思うのですが……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ④

二宮瑞希です。この球場で行われる試合が2試合終わりました。どちらの試合も見応えがありましたね。

 

「さて、いよいよですね……」

 

「そうだね~。正直アタシ達はこれをメインに来たようなものだし☆」

 

この球場で行われる第3試合。梁幽館と熊谷実業の試合が今日のメインとなるでしょう。

 

「梁幽館高校VS熊谷実業……。埼玉県大会屈指の見所よね」

 

「どっちが勝ち上がってくるかわからないけど、間違いなく両方手強いね……」

 

他にも見所はあるでしょうが、こんなに早い段階で梁幽館と熊谷実業が当たるとは予測が出来なかったでしょうね観客席の盛り上がりも今までとは比べ物になりません。

 

「今日の試合は確かはづきちゃんが投げるんだよね?」

 

「大事な一戦を任されるなんてはづきも成長してるね~」

 

「最後にはづきさんの投球を見たのは7月末……。あれからも更に成長しているに違いありません」

 

7月に見たはづきさんはフォームがサイドスローからスリークォーターになっていました。スリークォーターから放たれる球はサイドスローの時よりもキレが段違いと、はづきさんの成長が目まぐるしいです。

 

(恐らくはづきさんの元々持っていた才能が梁幽館で開花した……と思われますね)

 

そしてそれは打撃方面でも現れています。オーダーも1番を任されているみたいですしね。

 

「あっ、試合始まるよ!」

 

梁幽館は先攻……。つまりいきなりはづきさんの打席が見られる訳ですね。

 

 

カンッ!

 

 

初球打ち。はづきさんは内角低めのストレートを難なく捉え、その打球は内野の頭を越しました。

 

「今の球は簡単に打てるコースじゃないような……」

 

「それを初球で完璧に捉えてヒットにする橘さん……」

 

(今の橘のバッティングは私自身が課題としてるもの……。それを簡単にやってのけるなんて……!)

 

星歌さんと川口さんが唖然としており、朱里さんからも動揺の色が伺えます。少なくともこの時点でのはづきさんは朱里さん以上の打撃技術がある……と見受けられますね。

 

『アウト!』

 

「これでスリーアウトですね」

 

初回から4点を獲得。はづきさん次第でこの4点がセーフティリードに化けますね。 

 

「埼玉随一の打撃チーム相手にはづきちゃんがどんなピッチングをするのかな?」

 

「……なんかそれ以上の打撃チームである洛山で4番を打っている和奈がそれを言うと煽ってるようにしか聞こえないな~」

 

私もそう思います。尤も和奈さんにそのつもりはないでしょうが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

はづきさんは得意のスクリューを連投し、先頭打者を三振に切って取りました。

 

「相変わらずはづきの投げるスクリューはエグいねぇ。アタシは左打ちだから、あの手元をに来る感じがどうも苦手だな~」

 

「それにそのスクリューを三段階に分けて投げてるから、狙いを絞るのも難しいよね……」

 

「スクリューそのものにフォーム等の違いはありませんからね。はづきさん曰く握りを少し変えている……という話ですが、余程の視力がない限りは違いがわかる事はないでしょう」

 

私もギリギリなんとかわかるくらいです。朱里さんとはまた別の意味で敵には回したくないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「え、えっと……。確か今は最終回だよね?今ので何個目の三振だっけ?」

 

「……今ので丁度20個目です。それどころか熊谷実業の選手は誰1人としてはづきさんの球に当てられていません。加えてはづきさんは全ての打者を3球で抑えています。四死球も一切ありませんね」

 

熊谷実業の打線は変化球に弱めですが、それが最高(熊谷実業目線では最悪)の形で噛み合っています。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

そして最後の打者も3球三振ですか……。

 

「はづきさんの持つ変化球を駆使して熊谷実業相手に63球で決めて、アウトは全て三振の完全試合ですか……」

 

「わ、私達なんかとんでもない場に居合わせてない!?」

 

「あ、あのスクリュー打てるかな……?」

 

これは野球史に残る試合になりましたね。はづきさんの成長具合がとんでもない……という事がよくわかりました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑤

二宮瑞希です。梁幽館と熊谷実業の試合が終わり、今日完全試合を達成させたはづきさんも一緒に川越シニアへと顔出しに向かいます。

 

「朱里ちゃんは川越シニアの方に顔を出しに行くの?」

 

「そうだね。話題に出た日の内に行こうとは思ってるよ」

 

「それなら星歌も顔出しに行こうかな……」

 

どうやら星歌さんも顔出しに来るみたいです。まぁ星歌さんは部に入るまではほぼ毎日顔を出していたみたいですし、今日もそのほぼ毎日のようなものでしょう。

 

「良かったら息吹さんも来る?」

 

ここで朱里さんが川口さんも川越シニアの練習場へ誘います。まぁこの場で1人を省くのも何か違うので、自然な形ですね。 

 

「えっ?部外者の私が来ても良いのかしら……?」

 

「なにも問題ないでしょう。新越谷の部員達は六道さんとも面識がありますし、シニアの皆さんも六道さんの知り合いなら邪険に扱う事もありません」

 

「二宮の言う通りだよ。それに息吹さんにとってもプラスになる事間違いなしだしね」

 

一部視線はあるでしょうが、六道さんの知り合いなら問題はない筈です。

 

「朱里せんぱーい!」

 

梁幽館の時間が終わり、こちらに合流したはづきさんが朱里さんに飛び掛かります。蛙のような跳躍力ですね。

 

「急に飛び込んで来ない……の!」

 

「あだだだだっ!?こめかみがっ!」

 

はづきさんの顔面は朱里さんの右手にガッチリと掴まりました。そのまま朱里さんのアイアンクローまでの流れまでが様式美のようにものですね。

 

「おーい。じゃれてないで、早く行くよー!」

 

「そ、そうだった……」

 

いずみさんの声掛けによって朱里さんは持ち直し(右手ははづきさんを掴んだまま)、今度こそ川越シニアへと向かいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川越シニアへと到着しました。

 

「ああ。まだこめかみが痛い……」

 

到着の1分前まではづきさんはアイアンクローを決められていたので、ダメージがまだ抜け切っていないようです。

 

「あれ?今日は朱里ちゃんもいるんだ。珍しいね!」

 

朱里さんがシニアへ顔出しに来るのは多分初めてでしょう。

 

「今日もここで練習して行くでしょ?」

 

「もっちろん♪」

 

「は、はい。折角なので、身体を動かして行きます」

 

「私はフォームや練習メニューの確認をします」

 

いずみさんと和奈さんは軽く身体を動かしに、私は練習メニューのチェックとフォームの確認を行います。これも最早恒例ですね。

 

「いつもありがとう瑞希ちゃん。凄く助かってるよ!」

 

「私が勝手にやっているだけですので、気にしないでください」

 

「いやいや、お陰でうちの投手陣は大きく成長してるし、瑞希ちゃんと同じ捕手の子も瑞希ちゃんを見習って練習してるから、成長も凄まじいしね!」

 

「それはその人達の適性が偶然当てはまっただけですよ」

 

実際に成長しているのはその人達の頑張りが1番の理由です。六道さんの様子からして、川越シニアの新チームも問題なく機能しているようですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑥

二宮瑞希です。川越シニアへとやってきました。

 

「そういえば藍さんと歩美さんは来ていますか?」

 

「2人共来てるよ!」

 

私はやる事をやる前に、藍さんと歩美さんが来ているかを確認します。2人共引退した身ですので来訪頻度はそこまで高くはないと思いますが、どうやら来ているみたいですね。

 

「……だそうですよ?」

 

「今聞いたよ……」

 

「……成程ね。じゃあ私は2人を呼びに行って来るね!」

 

六道さんが私と朱里さんの会話を聞いて、藍さんと歩美さんを呼びに行きました。朱里さんもそれに続きます。

 

(私は私で色々と進めておきましょう)

 

まずはシニアリーグの世界大会に向けて歩美さんの練習メニューの調整から始めましょうか。

 

「瑞希先輩。お久し振りです」

 

背後から声が掛かったので振り返ると、月さんがいました。百瀬月……。歩美さん達と同じ代の捕手ですね。藍さんと交代でマスクを被っていました。どちらの方が実力が上なのか……と問われると、どちらも遜色ない……というのが私個人の感想でしょうか?

 

「お久し振りです月さん。他の3人と一緒ではないのですか?」

 

雪村紅葉、志田葵、赤松翠の3人に加えて月さんで1つのグループ……という印象がありましたが、どうやら1人のようですね。

 

「3人共用事があるみたいで……。そんな訳で私1人になりますね」

 

「それなら月さんもこの後にする(と思われる)ミニゲームに参加していきませんか?経験値も稼げるでしょうし」

 

月さんに提案を出すと、思案顔した後に……。

 

「う~ん……。魅力的なお誘いですけど、私もこのあとに用事があるんですよね。だからまたの機会に……」

 

「そうですか……。まぁ用事があるのなら仕方ありませんね」

 

あの4人の動向を今わざわざ調べなくても良いでしょう。本人達が話しやすい環境を作るのも大切です」

 

「おーい!今から紅白戦をするよーっ!」

 

六道さんからお呼びが掛かりましたので、行きましょうか……。

 

「それではこれで失礼します。3人によろしく言っておいてください」

 

「はい!瑞希先輩も頑張ってください!」

 

月さんと別れて、朱里さん達の所へ向かいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「木虎、初野、こちらは私と渡辺が通ってる新越谷高校の野球部部員である川口息吹さん。ポジションは私と同じ投手と外野手だよ」

 

「川口息吹よ。よろしくね」

 

「木虎藍です。ポジションは捕手で、サブポジションとして二塁手と外野手を守れます。朱里先輩とは何試合か一緒にバッテリーを組んでいました。川口先輩、よろしくお願いします」

 

「初野歩美です!シニアでレギュラーを取れたのは僅か3ヶ月だったけど、セカンドの守備をやってます!サブでも内野全般いけます!私も藍ちゃんも新越谷に受験して、野球部に貢献したいと思っています!」

 

六道さんが面子を集めている間に、藍さんと歩美さんが川口さんとそれぞれ自己紹介を済ませています。川口さんからすればあの2人は未来の後輩ですし、今の内にコミュニケーションを築けると良いですね。

 

「ごめ~ん!1人しか連れて来る事が出来なかったよ……」

 

六道さんがそう言って連れて来たのは黒江さんでした。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑦

二宮瑞希です。六道さんが試合をする為に面子を集めていましたが、来たのは黒江さん1人でした。

 

「おっ、双葉じゃん!今日も相変わらずもふもふだね~♪」

 

開幕からいずみさんが黒江さんの髪をもふもふと触っています。いずみさんは黒江さんの髪がお好きなようです。 

 

「金原さん、お疲れ様です。二宮さんと清本さんと橘さんと渡辺さんもお疲れ様です」

 

髪をもふもふと触られながらも、表情を変えずに挨拶をする黒江さんは将来大物になるんでしょうね。

 

「朱里ちゃんは会うの初めてだよね。この子は今年入った新人で、3年生の引退後にレギュラーの座を勝ち取った実力者だよ!」

 

「黒江双葉です。私は中学1年生ですので同じ高校でプレーする事は出来ませんが、金原さん達から早川さんの噂は予々お聞きしています」

 

そういえば朱里さんは黒江さんと会うのは初めてでしたね。朱里さんの噂の内九分九厘はいずみさんとはづきさんだと思います。

 

「……早川朱里だよ。金原達から聞いているとは思うけど、川越シニアのOGなんだ。よろしく」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「黒江さんと私が会うのは初めてだって言ってたけど、渡辺は会った事があるの?」

 

「う、うん。星歌が野球部に入るまでは川越シニアに時々顔出ししてたから、双葉ちゃんとは何回も練習した事があるよ」

 

「成程ね」

 

黒江さんのポジションは外野手ですが、六道さんの話によると投手の素質もあるらしいですね。今後はその辺りの事も見ていきましょうか。

 

「やっほー双葉ちゃん!」

 

「お疲れ様です」

 

歩美さんはキャプテンとして1年間過ごしていましたが、黒江さんとの仲は比較的良好でした。それに対して……。

 

「お疲れ様。双葉ちゃん」

 

「……どうも」

 

良い笑顔で挨拶する藍さんに対して、黒江さんは冷たい表情で返します。この2人……というか黒江さんの方は藍さんと何かしらの確執がありそうですね。

 

ちなみに藍さんの対人欲求は年上には舐められたくない、同い年には負けたくない、年下には慕われたい……だそうで、今もなお泣きそうになっているのは黒江さんには慕われたいのに、冷たくされてショックを受けています。藍さんには雅さんや詩音さんがいると信じましょう。

 

「集まったのは合計10人か……。それなら5対5のミニゲームになるかな?」

 

「5対5のミニゲーム……。あれか~」

 

5対5のミニゲーム……というのはシニア時代によくやった簡易野球ですね。主にポジションは投手、捕手、一塁手、三塁手に加えて外野手を1人置くか、内野を手広くするか……という配列を考えるのも醍醐味ですね。

 

「守備力の時は結構考えてポジションに付かないといけないもんね……」

 

「私と六道さんは捕手なので、余り関係ありませんね」

 

AチームとBチームで組分け、Aチームはいずみさん、はづきさん、川口さん、黒江さん、私に、Bチームは朱里さん、和奈さん、星歌さん、藍さん、歩美さんになりました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑧

二宮瑞希です。チーム分けが完了し、いよいよミニゲームが始まります。

 

「じゃあジャンケンで先攻後攻を決めてね!」

 

ジャンケンの結果、私達は先攻になりました。

 

「それではオーダーを決めていきましょうか」

 

「そうですね」

 

「で、でもどう決めるのかしら?5対5なんて初めてでよくわからないわ……」

 

「まぁこういうのはフィーリングが大事なんだよ!アタシ等も大体勘でポジションとか決めてたりするしね☆」

 

いずみさんの言っているそれはかなり最初の方で、川口さんにしか当てはまりそうにないですね。

 

「まずはポジションから決めましょう」

 

「そうですね」

 

面子的には消去法で私が捕手に回る必要がありますね。あとは誰が……というかどっちが投手に回るかですが……。

 

「それはもちろん今日の試合で完全試合を叩き込んだこの橘はづきちゃんに任せなさいっての!」

 

「……という事ですが、川口さんは構いませんか?」

 

「えっ?ええ。私はよくわかってないし、とりあえず皆の指示に従うわ」

 

なんだかんだ川口さんの適応力の高さが伺えますね。

 

「それなら川口さんは外野におきましょうか。レフト寄りにするか、ライト寄りにするかですが……」

 

いずみさんと黒江さんは両方かなり足が速いですが、より走力が高い方は外野のカバーは必要なさそうですね。

 

「あっ、それならアタシちょっと三遊間守ってみたいかも」

 

「いずみさん。貴女は左投げなので、向かないとは思いますが……」

 

「何事も経験だって☆このミニゲームの本来の目的と同じっしょ?」

 

まぁ……それはそうですね。守った事のないポジションを守らせる事によって、その人の新たなる可能性を見出だせるかも知れない訳ですからね。

 

「……良いでしょう。ただしボロが出れば、すぐにポジションを代えさせてもらいますからね?」

 

「はーい☆」

 

尤も朱里さんがその穴に気付かないとは思えませんが……。

 

「ではいずみさんのカバーを川口さんに任せます。レフトをお願いしますね?」

 

「わ、わかったわ」

 

「その他の細かい連携等は皆さんにお任せします。それではます確実に先制点を取っていきましょう」

 

『おおっ!!』

 

私達のチームの切り込み隊長を務めるのは……。

 

「ほ、本当に私で良いの?金原さんとか、黒江さんの方が良いんじゃない?」

 

「いずみさんはこの面子の中で1番長打力があるので、4番に回ってもらいます。黒江さんは小技多用の為に2番です」

 

「了解!まぁウチの参謀担当の采配なら間違いはないって☆」

 

結果論でこうしておけば良かった……というのは多少ありますが、そういうのを見付けるのも、このミニゲームの醍醐味です。

 

『プレイボール!!』

 

さて……まずは先制点ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑨

試合開始。先攻は私達です。ちなみに今回のミニゲームのオーダーは……。

 

 

1番 川口さん

 

2番 黒江さん

 

3番 はづきさん

 

4番 いずみさん

 

5番 私

 

 

……といったものになっています。いずみさんはリトル時代に4番の経験がありますし、この中で1番パワーがあるので、適任でしょう。

 

(星歌先輩、まずは低めにお願いします)

 

(了解)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は見逃しですね。川口さんは選球眼が優れている印象が見えますので、四死球狙いもありですね。

 

 

カンッ!

 

 

しかし2球目のストライクゾーンを当て、その打球は歩美さんがいる一二塁間へ鋭いゴロになります。

 

(やばっ!捕られるかしら!?)

 

見た感じではギリギリ抜けそうな印象ですが……。

 

「抜かせないっ!」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

歩美さんの横っ飛びによってアウトとなりました。惜しかったですね。

 

(これなら世界大会で男子よりも優先されてセカンドに入る可能性があるね)

 

(歩美ちゃん、また守備が上手くなってるなぁ……)

 

このミニゲームはある種世界大会に向けた練習なのかも知れませんね。歩美さんの守備力が見られて、六道さんも何か納得したような表情をしています。

 

「行ってきます」

 

「双葉ガンバーっ!」

 

「まずは出塁だよーっ!」

 

いずみさんと和奈さんの応援を受け、黒江さんが左打席に入ります。

 

(双葉ちゃんには少し高めを攻めてください)

 

(うん!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

高めを見逃し、ボール。選球眼の良さは川口さんにも負けていませんね。しかし……。

 

 

コンッ!

 

 

黒江さんは2球目で強めのバント。打球はサードへと転がります。

 

「くっ……!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『セーフ!』

 

悠々の内野安打ですね。朱里さんと川口さんがが驚いているようですが、初見だと無理もありませんね。

 

(足速っ!?もしかしたら三森3姉妹よりも速いかも……)

 

(黒江さんの本領は塁に出てから……。今みたいな内野安打も多いですが、出塁してからが黒江さんにとっては本番ですね) 

 

(双葉ちゃんのシニア入団当初はレギュラーじゃなかったものの、3試合に1回はスタメンに入っている……。足の速さを活かして内野安打を量産。打率は5割越え、盗塁数も脅威の23回……。双葉ちゃんの真骨頂は塁に出てからだよ!)

 

確か現状のデータによれば、盗塁数は23回。これは全シニアでは2位と15の差を付けてのトップです。出塁したら、盗塁はほぼ確定と見て良さそうですね。

 

「走った!」

 

(双葉ちゃんが走るのは読んでる。読んでるんだけど……!)

 

 

ズザザッ! 

 

 

『セーフ!』

 

星歌さんのクイックは並程度なので、黒江さんが止まりませんね。藍さんが投げる前に二塁へと到達しています。

 

 

カンッ!

 

 

3番に入るはづきさん。放った打球は三塁線抜けてヒット。仮にエンドランのつもりがなくとも黒江さんは確実に三塁を回るので、結果的にエンドランになります。

 

(思いの外楽に先制点が取れましたね……)

 

しかし今後点が取れるかはわからないので、この1点を死守するつもりでいきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑩

1回表。1点先制出来たのは良いものの、後続で凡退続きとなり追加点は得られませんでした。

 

「いやー。星歌も中々良い球投げるよね~。藍とも相性バッチリだったし!」

 

「そうですね。追加点は難しそうですし、あそこで点を取れたのは僥倖でしょう」

 

「あとは取った1点を5イニング守り抜くだけだね!このはづきちゃんにお任せあれっ☆」

 

今日のはづきさんなら確かに0点に抑えられる可能性はいつもより高いでしょう。

 

(だとするなら手強い打者は和奈さんと朱里さんになりそうですね……)

 

向こうは既に攻撃準備が整っているようで、藍さんが右打席に入っています。あとの打順は……。

 

 

2番 歩美さん

 

3番 星歌さん

 

4番 和奈さん

 

5番 朱里さん

 

 

……となっています。和奈さんから朱里さんに続く形のようですね。

 

「ではお願いしますよ?はづきさん」

 

「任せてよっ!」

 

「バックにはアタシ等も付いてるんだし、打たせちゃっても良いよ☆」

 

……といういずみさんの発言にはづきさんは打たせて取るピッチングを中心にします。まぁ今日は三振を21個取っていましたし、省エネピッチでも良いでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

(よし、当たった!)

 

藍さんは初球打ち。打球は転々と三塁線に転がっていきます。どうやら内野安打狙いのようですね。

 

「よっと……!」

 

サードに付いているいずみさんが捕球に成功。レフトを守っている時とは勝手が違うのか、少し拙いですね……。

 

(でも際どいな~。送球逸れないか不安だけど……!)

 

(いずみ先輩はサードの守備をやった事がない筈……。間に合うかしら?)

 

 

ズバンッ!

 

 

黒江さんのミットの捕球音と、藍さんの足が一塁ベースに付くタイミングがほぼ同じでした。際どい判定ですが……。

 

『セーフ!』

 

やはりセーフになりましたか……。いずみさんの捕ってからの送球がやや遅れた事によって生まれた内野安打ですね。藍さんの走塁の上手さもあるんでしょうが……。

 

「初野、ちょっと耳を貸して」

 

「はい?」

 

朱里さんが歩美さんの耳元へ何かを伝えたようです。

 

「成程……。了解しました!」

 

どうやら歩美さんも朱里さんの作戦を理解したようです。

 

(しかし不味いですね……。もしかするとこの守備陣形の弱点に気付かれてしまった可能性があります)

 

「瑞希ちゃん、どうしたの?」

 

「……なんでもありません」

 

(この打席は様子見でいきましょうか。弱点を突かれたらその時に対応すれば良いだけです)

 

大切なのは臨機応変。仮にいずみさんを狙われたら、それに合わせて守備位置を交代すれば良いだけの話です。

 

(最悪なのは点を取られた上で、ランナーが残る事ですね。そうならないように整えていきたいところです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑪

ノーアウト一塁。打席には歩美さんが立ちます。

 

(次は歩美ちゃんか……。小技を得意としてるし、ここは送りバントなのかな?)

 

コースは低めに。もしも歩美さんが送りバントをするのなら、素直にアウトカウントをもらっておきたいところでもありますからね。

 

(よし、かかった!)

 

 

カンッ!

 

 

「いっ!?」

 

(……やられましたね)

 

打球は三遊間へ……。確実にいずみさんを狙った打球です。

 

(やっば……。アタシ左利きだから、この打球は上手く処理出来ないんだよね)

 

いずみさんが捕球するも、送球に手間取り……。

 

『セーフ!』

 

内野安打となりました。これでノーアウト一塁・二塁ですか……。

 

(よし……。上手くいけば逆転のチャンス!)

 

(やはり左利きのいずみさんを狙ってきましたか。それなら……)

 

「タイムお願いします」

 

今の陣形はこれまでですね。そもそも左利きのいずみさんを三遊間に置く事に無理があったのです。全員がマウンドへ集合し、作戦会議です。

 

「やー。やっぱ無理だったか~」

 

「左利きが二遊間とサードを守るのは希有ですからね」

 

「でも反転動作のスピードは速かったんじゃない?練習を重ねれば、いけそうだと思うよ?」

 

「そう?」

 

確かにいずみさんは初めて三遊間を守るにしては、センスは悪くありません。ですがそれはまたの機会にしましょう。

 

「……どちらにせよポジション交代です。いずみさんはファーストへ。打球が外野に飛んだ時にライト方面も任せますよ?」

 

「了解っ☆」

 

「川口さんはセカンドをお願いします。状況によってはファーストのカバーをする事になります」

 

「わ、わかったわ!」

 

「黒江さんは三遊間と、レフトをお願いします」

 

「わかりました」

 

これでセンター以外は見れそうですね。センターに飛んだ時はいずみさんと黒江さんのどちらかがカバーする形で問題ないでしょう。

 

「渡辺」

 

「なにかな?」

 

「この局面では……」

 

向こうでは朱里さんが星歌さんに何やら耳打ちをしています。こちらの時間を使って、あちらでも作戦会議に時間を当てている……という訳ですね。

 

「……それで良いの?」

 

「最悪のケースを避けたいからね」

 

「わかったよ」

 

……どうやら向こうは終わったみたいですね。こちらの作戦会議の時間を丸々利用されてしまいましたが、まぁ良いでしょう。

 

「お待たせしました」

 

ノーアウト一塁・二塁という事で、併殺を取りに行くシフトを敷いています。状況次第ではトリプルプレーも視野ですね。

 

 

ガッ……!

 

 

1球見逃してからの2球目。星歌さんは打ち上げて、サード後方の小フライとなりました。

 

「…………」

 

「…………!」

 

はづきさんと黒江さんが互いに目配せをしています。やるのですね?はづきさんが打球を取りに行きます。

 

「木虎、初野、急いで走って!」

 

朱里さんは気付いたようですが、時既に遅しです。 

 

「「えっ!?」」

 

はづきさんはランナー2人の隙を見逃さず、わざとフライを落球させます。そのまま素早い動作で捕球し、サードへ。

 

『アウト!』

 

無事にアウトを取った黒江さんはそのままセカンドへ捕球。

 

『アウト!』

 

そして川口さんがファーストへ捕球。

 

『アウト!』

 

「いや~、悪いね~!まぁさっきのお返しって事で☆」

 

『アウト!』

 

そしてファーストにいるいずみさんがボールを取ってアウト。

 

「と、トリプルプレー!?」

 

「そんな……」

 

これは清澄高校でもやっていた連携ですが、この面子でも出来るとなると、相当に守備力が高い事になりますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑫

試合は進んで3回裏。前のイニングで和奈さんにホームランを打たれて、1対1の同点となっています。

 

「が、頑張るよ!」

 

「焦らずにね」

 

(この回は星歌さんからですか……。次の和奈さんを歩かせると考えれば、ここは打ち取りたいところですね)

 

(前の打席では星歌のせいでチャンスを潰してしまった……。それに皆には守備にも助けられているし、星歌は……!)

 

まずはカウントを取りにいきましょうか。

 

(はづきちゃんのスクリューを打つのは星歌には無理だけど、カウントを取りに行く他の変化球やストレートなら……星歌でも打てる!)

 

 

カンッ!

 

 

 

打球は一塁線抜ける痛烈なゴロ。

 

「息吹、セカンド入って!アタシが取りに行くから!」

 

「わかったわ!」

 

いずみさんがボールを取りに行きますが……。

 

(長打コース?でも一塁が空けば次の和奈ちゃんが歩かされる可能性もあるし……)

 

(ツーベース以上にすれば次の清本は歩かされる可能性が高い……。でも長打コースだから、一塁で止まるのはもったいない。どうするかは渡辺の判断に任せるよ)

 

短打で済ませれば和奈さんと勝負ですが、二塁打以上なら歩かせる事も視野ですね。まぁこれは練習ですし、最終的にはづきさんに任せる判断でいきましょうか。

 

(よし!)

 

星歌さんは一塁を蹴りました。どうやら長打にするみたいですね。

 

(出来れば三塁まで行きたい……!)

 

なんと星歌さんは二塁を蹴りました。確かにここで三塁打にすれば、次の和奈さんを歩かせるとそのリスクが高くなりますが……。

 

(星歌ってばアタシの肩を嘗めてない?流石に暴走でしょ?)

 

いずみさんから放たれる矢のような送球がサードを守る黒江さんのグラブにスッポリと収まります。

 

(星歌は、星歌だって……!)

 

「刺させてもらいますよ。渡辺さん」

 

星歌さんと黒江さんによるクロスプレー。かなり際どいですね。

 

『……セーフ!』

 

判定はセーフのようですね。ノーアウト三塁ですか……。

 

(それにしてもカウントを取りに行く球を狙われましたか……。スクリューとの見分けがつければ打つのはそう難しくない……という事ですね)

 

まぁはづきさんについて幾分か勉強になったので、収穫ですね。

 

「瑞希ちゃん……」

 

「ノーアウト三塁で和奈さん……。現状同点ですし、前の打席の事を考えれば歩かせる必要がありますが、どうしますか?」

 

「私は……。瑞希ちゃんはどう思うの?」

 

「……私が一緒に組む投手は基本的に能力が高い人しかいません。そうなると私は投手の判断に従うまでです。はづきさんが前の打席に和奈さんと勝負すると判断したから、私はそうしました。今回はどうしますか?」

 

「私……は……!」

 

(私は梁幽館でなにを学んだ?川越シニアの経験があってこそバッティングスタイルがいずみちゃんにそっくりな陽先輩や和奈ちゃんにそっくりな奈緒先輩を相手に怖じ気づく事なく勝負出来た……。梁幽館では更に色々な打者を相手にしてきた……。1打席目での私はそれで少し油断していたのかも知れないね!)

 

約1分に渡る葛藤の末にはづきさんは……。

 

「決めたよ。瑞希ちゃん!」



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑬

ノーアウト三塁。打席には和奈さんが入ります。

 

(果たしてはづきさんの選択は……?)

 

 

ズバンッ!

 

 

コースは真ん中低め。これはつまり……。

 

『ストライク!』

 

(勝負……してきた!?)

 

(成程。それがはづきさんの選択ですか……。それならとことん和奈さんとの勝負に専念しましょう。和奈さんを殺る為に……!)

 

この場にいる全員……なんなら和奈さんですら意外そうにしています。

 

(確かにはづきさんは今日の試合で熊谷実業を相手に63球の完全試合を決めた……。ですが和奈さんは熊谷実業よりも数段上のスラッガー。1打席目にホームランを打たれた事からもわかるように、今のはづきさんでは和奈さんには勝てない……)

 

そう……思っていたのですが、ここにきてまたはづきさんの成長を目にした気がします。

 

(奈緒先輩を何度も相手にした時の事を思い出せ……。和奈ちゃんから放たれる威圧感はそれにも匹敵する……いや、もしかしたらそれ以上なのかも知れない。それでも私は……!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

2球目は場外に飛ぶファール。ギリギリですね。

 

(それにしてもスラッガーとの勝負は肝が冷えますね……。洛山との練習試合をした時も似たような事を経験しましたが、今はそれ以上とも言えます。特に和奈さんが相手ともなると尚更です)

 

(次は変化の大きいスクリューで!)

 

はづきさんは今のファールで前のめりになり、変化の大きいスクリューで和奈さんの打ち取りを試みます。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

変化の大きいスクリューを読んでいたのか、タイミングを合わされましたね。

 

(ただ今の打球がファールとなると……)

 

(差し込まれた……。タイミングは完璧だったのに、ホームランに出来ないなんて……!)

 

(……いけるかも!)

 

4球目。ここが勝負でしょう。しかし……。

 

(変化の大きいスクリューは変化に合わされる事があるので、和奈さん相手には悪手ですね)

 

特に和奈さんは変化球打ちが得意ですからね。変化の大きい球程に和奈さんの『的』となりうるでしょう。 

 

(むむぅ……!それなら次はこれだ!)

 

確実に打ち取りに行く……という意志で投げられた変化の小さい速いスクリュー。スクリューだけでいくつもの球種に分けられるのがはづきさん独自の強みですね。

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「でも打球の軌道が低いですね」

 

低弾道を描く和奈さんの打球……。ここからホームランに化ける可能性があるのがとても怖いところですが……。 

 

 

パァンッ!

 

 

(今回はその心配もいりませんね)

 

『アウト!』

 

ひとまずおめでとうございます。はづきさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合は緊迫した展開が続きましたが、両チーム最終的に追加点には至らず1対1の引き分けで終わりました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑭

二宮瑞希です。ミニゲームの結果は1対1の引き分けで終わりました。

 

「結果は引き分けだけど、お互いに熱い試合だったよ!じゃあ今日はこれで解散。後片付けは私の方でやっておくから、気を付けて帰ってね!」

 

六道さんの指示に従い、私達は帰路に着きます。

 

「ん~!終わったぁ!」

 

「お疲れ様でした。今回も中々有意義な試合でしたよ」

 

「この変則野球は新しいサブポジションの開拓に繋がるかもだから、川越シニアでは定期的にやってるもんね……」

 

これを機にいずみさんがファーストを守るようになるかも知れませんし、川口さんがセカンドを守るようになるかも知れません。それがこのミニゲームですね。 

 

「次は負けませんよ!朱里せんぱい達新越谷にも!」

 

「橘達梁幽館と当たるとしたら秋大会の決勝か……。まぁ負けないように頑張るよ」

 

「準決勝に咲桜がいるけどね……」

 

「それにそこまでの道のりも決して楽じゃないわよね……」

 

朱里さん達新越谷だけでなく埼玉県大会そのものが激戦区なので、梁幽館側も決して楽な道のりではないでしょう。 

 

「まぁとにもかくにも関東大会や春の全国大会に出場出来るように頑張るまでだよ」

 

「そうね」

 

「うん……!」

 

星歌さんも、川口さんも、このミニゲームを切欠に自信を付けてきたみたいですね。まぁその方がライバルとしても張り合いが出るというものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ……。そんな事があったんだ」

 

「色々と収穫の多い1日でした」

 

白糸台に戻って、今は鋼さんと会話中です。その時に今日あった出来事を話しています。

 

「そちらはどうでしたか?試合には勝ったと聞いていますが……」

 

試合に勝った報告は聞いていますが、私が聞いたのは試合結果だけ……。今日先発だった鋼さんの結果はまだ聞いていませんからね。

 

「えっと……。完投して、4安打1失点だったよ。終盤に捕まっちゃった感じかな……」

 

鋼さんはリード次第で結果が変わってくるタイプの投手です。少なくとも半田さんのリード通りに投げれば、最悪の結果にはならないでしょう。

 

「やっぱり瑞希ちゃんの方が調子良く投げられるって印象だったかな……」

 

「……その発言は決して半田さんの前でしてはいけませんよ?」

 

「し、しないよっ!?」

 

まぁあの人の性格上気にはしないと思いますが、良い気分ではならないでしょうからね……。

 

「それに半田さんのリードは決して悪いものではないでしょう?」

 

「半田先輩がどうというよりも、私は瑞希ちゃんともっとバッテリーを組みたいって思うの。1軍に上がったのも私のその想いが強かったからだし……」

 

「……気持ちはありがたいですが、それでは3月に行われる春の全国大会でやっていけませんよ?」

 

私はその時期になると、シニアリーグの世界大会に行っていますからね。その場合は必然的に鋼さんと半田さんのバッテリーになります。なので今の内に鋼さんと半田さんである程度の信頼関係を得なければなりません。

 

「そっか……。そうだよね。瑞希ちゃん、私頑張るよ!」

 

「はい。頑張ってください」

 

その気持ちが続く限り、鋼さんは成長し続けるでしょう。それこそプロで結果を残せるくらいには……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑮

二宮瑞希です。大会を順調に勝ち進んでいく中、本日はドラフト会議の日となっております。

 

「い、いよいよ今日だね……!」

 

「そうですね」

 

「誰が指名されるのか、ワクワクするね!」

 

ちなみに今は鋼さんと佐倉姉妹とテレビを見ています。3人が齧り付いているので、画面が余り見えません。テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見てくださいね?

 

「白糸台の中だと……神童先輩、亦野先輩、渋谷先輩でしょうか?」

 

「候補に挙がるのはそれくらいでしょう」

 

他の3年生達も活躍はしているのですが、あの3人に比べるとどうもスカウトの印象が薄い気もします。

 

(尤も神童さんはこのままプロ入りするつもりはないようですが……)

 

話によると、神童さんは大豪月さんと同じ大学に進学して大学野球に旋風を巻き起こすそうです。天王寺さんみたいな事をするつもりのようですね……。

 

「あっ、始まるよ!」

 

『これより今年度女子選手のドラフト会議を始めます』

 

何はともあれドラフト会議の始まりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラフト会議は中盤が終了しました。

 

ここまで指名された知人は梁幽館の中田さんと陽さん。この2人はどちらも男女混合リーグですね。両者中位指名でしたが、これが女子独立リーグだと間違いなく上位指名……それもドラフト1位としての指名でしょうね。

 

埼玉繋がりで熊谷実業の久保田さん、咲桜高校の田辺さんと小関さん。久保田さんが男女混合リーグで中位指名、田辺さんと小関さんが女子独立リーグで上位指名となります。

 

そして……。

 

『白糸台高校の亦野誠子選手です』

 

「来た!亦野先輩だ!」

 

「どうなるかな……?」

 

「女子独立リーグなら上位、男女混合リーグなら中位指名となりそうですね」

 

私の見解では亦野さんと渋谷さんは中田さん達と同じ立ち位置だと思われますが……。

 

『隠岐キャットハンズ(女子独立リーグ)1位指名、頑張パワフルズ(男女混合リーグ)5位指名となりました!』

 

「ああ……。亦野先輩でも男女混合ともなれば中位指名なんだね」

 

「男女混合ともなると、特に女子選手は生半可な実力では生き残れないですからね……。上位に食い込む女子選手ともなるば、そもしかすると常識の範疇を越えている実力者を指すのかも知れません」

 

鋼さんの呟きに答えたのは陽奈さん。陽奈さんの言うところの常識の範疇を越えた選手と言えば……。

 

『続けて洛山高校の大豪月選手……』

 

やはり彼女が該当しますか。加えて大豪月さんの投打躍動能力を加味すると、どの球団も喉から手が出る程に必要とされますから……。

 

『女子独立リーグから10球団と男女混合リーグから10球団。な、なんと全てのチームから指名が来ております!』

 

「す、凄い……!」

 

このように10球団ずつ……合計20球団から指名が来る訳です。神童さんの事も考えると、このドラフト会議はかなりの波乱を生みそうですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑯

『激しい取り合いが予測されると思いますので、全ての選手を指名し終わってから競争になります』

 

大豪月さんですが全球団指名という事で、行方は最後に回ります。

 

「ぜ、全期球団指名ってそんな事があるんだね……」

 

「それ程に実力があり、結果を残してきた……という事なのでしょうが……」

 

「凄いよねー。私でもそんな風に出来そうもないもん」

 

3人は大豪月さんがどこの球団に入るか盛り上がっていますが、あの人がプロ野球で縛られる印象が全くないんですよね。

 

(それに以前神童さんと話していた大豪月さんが旋風を起こそうとしている……という発言を考えても、大豪月さんはプロ入りしないでしょう)

 

ドラフト会議は1人1人と続き、次は……。

 

『白糸台高校の渋谷尭深選手です』

 

「来たよ!渋谷先輩!」

 

「亦野先輩はパワフルズに決定しましたが、3年間コンビを組んでいた名残で渋谷先輩も亦野先輩と同じ球団に入るのでしょうか?」

 

「指名先次第でしょう。むしろ敵に回る可能性の方が高いと思います」

 

そんな話をしていると、渋谷さんの指名結果が……。

 

『名寄ドッグス(女子独立リーグ)1位指名、頑張パワフルズ6位指名となりました!』

 

「おっ?片方は亦野先輩と同じチームだよ!」

 

「渋谷先輩としては、亦野先輩と同じチームに所属したいでしょうね」

 

陽奈さんの指摘通り、渋谷さんは亦野さんの所属予定であるパワフルズに決定しました。

 

「亦野先輩も渋谷先輩も無事に同じチームに入れて良かったね……」

 

「これからも同じ球団で頑張っていけると、もっと素晴らしいでしょう」

 

陽奈さんが語るのはあくまでも理想論……。実際には現実が待ち受けているでしょうから、あの2人も白糸台OGとして頑張っていきたいでしょう。

 

『……さん。薩摩フリックス(女子独立リーグ)6位指名です!』

 

「こうしてみると、女子選手は大半が独立リーグ指名なんだよね……」

 

「それに関しては仕方がないでしょう。むしろこれが本来あるべき未来なのかも知れません」

 

そう思うと亦野さんも渋谷さんも、他から見るとかなりの実力を持っている事がよくわかりますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも1人、また1人と過ぎていき、いよいよ最後の選手となりました。そして最後の1人はもちろん……。

 

『最後は神童裕菜選手です』

 

「神童先輩だよっ!」

 

「あの人の実力を考えれば、指名されない訳がありません」

 

神童さんは今年の3年生の中では間違いなく1番の投手です。更に大豪月さん程ではないですが、投打躍動能力もあります。なので……。

 

『な、なんと大豪月選手と同じく全てのチームから指名が来ました!』

 

このように全球団からの指名が待っています。

 

(しかし私は事前に聞いていますが、これから先の事を考えれば波乱しかなさそうですね……)

 

これから起こる波乱に頭を痛めながらも、ドラフト会議に注目します。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑰

神童さんも大豪月さんと同様に全球団から指名が来ました。

 

「流石は神童先輩ですね」

 

「神童先輩と洛山の大豪月さん……。2人がどこの球団に行くのか気になるね」

 

『ただいま神童、大豪月両選手がこの場に来ておりますので、本人達による球団逆指名とします』

 

「き、球団逆指名!?」

 

「しかも2人同時って歴代で初めてだよね!?」

 

球団逆指名……。それは選手がどこの球団に所属するかを自由に決められるシステム。従来の指名では2球団のどちらかしか指名が出来ませんが、逆指名システムによって私達女子が所属出来る全20球団全ての選択肢が出来上がります。

 

そして日葵さんが言ったように、逆指名2人同時は例年にないものです。1人だけなら何度かはありましたね。去年白糸台を卒業した宮永プロがその例でしょうか?

 

壇上に上がった神童さんと大豪月さん。数秒の沈黙の後に、神童さんは……。

 

『私、神童裕菜と大豪月は共にプロ入りを辞退します』

 

爆弾発言と言っても過言ではない宣言が飛び出しました。

 

(事前に聞いているとはいえ、肝が冷えそうになりますね……)

 

それと今の内に耳を塞いでおきましょう。今は沈黙していますが、その後にきっと……。

 

「「「ええっ!?」」」

 

『ええっ!?』

 

3人の声とテレビの声が一致した瞬間です。耳を塞いでいても煩いですね……。

 

「ふ、2人共プロ入りを辞退しちゃうの!?」

 

「だ、大胆な発言ですね……」

 

「そ、そんなのもったいなくて出来ないよ……」

 

鋼さんの言う事はごもっともですね。しかし先々の事を見据えると大学卒業の肩書きもほしいと思う気持ちはわかるので、仮に何も聞いていなかったとしても、神童さんが高卒で終わらせる訳にはいかないというのは気付けていたと思いますが……。

 

『で、では2人は大学を卒業してからのプロ入りを視野に入れていると……?』

 

『そうですね……。少なくとも私はそのつもりです』

 

ちなみに視野に入れているのであって、大学卒業後にプロ入りをするとは限りません。かくいう私も似たような進路を描いている訳ですからね。

 

『しょ、衝撃の事実が発覚しましたところで、今年度女子選手のドラフト会議を終わります……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラフト会議から数時間後。私は神童さんと2人で話をしています。

 

「今日は会場を震撼させましたね」

 

「……まぁこうなる事は予測していたさ。それよりもどうだ?二宮の考えは?」

 

私は前々から神童さんの進学予定の大学に来ないかと誘われています。まぁ肝心の進学先の大学はまだ決まっていませんが……。

 

「……元々大学進学の予定でしたし、私は神童さんに着いていきますよ」

 

「そうか。それは大学進学後の楽しみが増えたな。でも良いのか?プロ入りはしなくて……」

 

神童さんに高卒でプロ入りをしないかと訊かれますが、私の答えはもう決まっています。

 

「大学進学は既に決まっています。神童さんに誘われたので、進学先でも野球はするでしょう。ですが私は大学で野球を辞めます」

 

この発言に神童さんは意外そうにしていながらも、どこか納得したかのような表情をしていました。この人には私の考えはお見通しなのかも知れませんね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑱

二宮瑞希です。神童さんと会話をしている最中に朱里さんから電話が掛かってきました。

 

神童さんは気にしなくても良いとの事で、遠慮なく朱里さんと通話する事に……。

 

「どうしましたか?」

 

『今日ドラフト会議があったでしょ?それで改めて私は大学で4年、私の足りない部分を補おうと決意したんだよ』

 

どうやら朱里さんは大学進学を予定しているみたいですね。奇しくも私や和奈さんも同じ大学進学組……。これは朱里さんも誘ってみても良いのでは?

 

『……という事を一応言っておこうとね』

 

朱里さんは大学在学中に右肩のリハビリも進めるみたいです。朱里さんは回復が早い方ですし、1年間集中すればリトル時代のように投げられるようになるでしょう。無論節制は必要ですが……。

 

「そうですか……。もしも朱里さんもこちら側に来れば3年後にはとても強力なチームが出来上がりますね」

 

『そういえば今日神童さんがプロ入りを辞退したのってやっぱり……』

 

「そうですね。大豪月さんと同じ大学に進学し、私や和奈さんが入学するまでは諸々の準備期間となるでしょう」

 

問題は神童さんと大豪月さんの進学先の大学がまだ決まっていない事……。2人で吟味しているみたいですが、中々に難儀しているそうです。

 

『……というか二宮とも行くんだね』

 

「私は神童さんに誘われました。曰く最初から野球名門と呼ばれた大学に行くのではなく、野球部(サークル)がない大学に進学し、そこで旋風を起こす……と。要するに天王寺さんと同じ事を目論んでるみたいですね」

 

1から野球部を作り始める事は大豪月さんにとって必要な経験らしいですが、こうしてスカウトで人材を集めていては余り名門校と変わらないような……とも思っています。まぁあの人なりに何かしらの考えがあるのでしょう。私が口出しする事ではありません。

『二宮はそれに乗るんだ?』

 

「短い期間ですが、神童さんにはお世話になりましたからね。私を必要としてくれているのなら、私はそれに応えるまでです」

 

私の力が役に立つのなら、私は全力で神童さんのサポートをしたい……。その一心です。

 

「朱里さんは高校を卒業したら埼玉を離れる事になりますが、具体的には決まっているのですか?」

 

『どうだろう……?私の右肩を完全に治すには母さんの知り合いの医者のところに通いつめないといけないから……』

 

「……進学先は自動的にその付近となる訳ですね?」

 

『そうだね。多分……の方になるね』

 

この通話を聞いている神童さんに目配せをすると、神童さんは頷いてスマホを取り出しました。恐らく大豪月さんに連絡するのでしょう。

 

「……では神童さんにはそのように伝えておきます。神童さん経由で大豪月さんにも報告がいくでしょう」

 

『そ、それって2人の進学先をわざわざ私に合わせるの!?』

 

「朱里さんの母親からその辺りの事は聞いていますので」

 

朱里さんの安否を心配して、茜さんに色々聞いていたのが良い形で繋がりましたね。

 

「……という訳で、早川が高校卒業後に行く……に合わせた大学に」

 

『それなら私に心当たりがある!後日詳細を送ろう!』

 

向こうではトントン拍子で話が進んでいます。これは何がなんでも朱里さんには大学進学を決意してもらわなければなりませんね。

 

「では今後の話し合いをしますのでこれで……。後日朱里さんにも詳細を送ります」

 

『ちょっ!二宮!?』

 

朱里さんが何か言いたそうにしていましたが、気にせずに神童さん達と話し合いをしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果、朱里さんがリハビリする施設に徒歩5分の先にある仏契大学へ進学先が決まりました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑲

二宮瑞希です。今日は試合観戦に赴きます。

 

「それでは頑張ってください」

 

「や、やっぱり瑞希ちゃんがいないと不安だな……」

 

鋼さんが不安そうにしていますが、3月になると私はアメリカに行くのですよ?

 

「確かに瑞希ちゃんの抜ける穴は大きいけど、それで負ける白糸台じゃないってところを見せ付けないとね!」

 

「日葵の言う通りね。勝たないと二宮さんに申し訳が立たないわ」

 

チーム……というよりはこの面子を引っ張るのは陽奈さんの役目になりそうですね。

 

「任せるデース!ミズキさんの意思は私達で継ぎマショウ!」

 

それだとなんだか私が死んだみたいになるのですが……っと。いずみさんから連絡がきましたね。

 

「では行ってきます。何かありましたら風音さんと紗菜さんに言ってくださいね」

 

先輩達よりも同学年の方が言いやすい事もあるでしょうから……。

 

「お土産は草加せんべいが良いデース!」

 

確かに埼玉まで足を運びますが、遊びに行く訳ではありません。草加せんべいは通販で買ってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合会場に着きましたが、いずみさんと和奈さんはまだのようですね。会場前に誰かいますが、あれは……。

 

「おや、朱里さんと雷轟さんじゃないですか」

 

「えっ!?に、二宮!?」

 

朱里さんと雷轟さんがいました。目的は同じでしょうか?

 

「ちなみに和奈さんといずみさんも後で合流しますよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

藤和も洛山も試合の日ですが2人は現状冷却期間のようなものだと言っていましたし、こうして試合観戦に誘える訳ですね。

 

「遅れてごめ~ん……」

 

いずみさんの到着ですね。和奈さんはまだいないようですが……。

 

「……って朱里と遥もいるじゃん。もしかして2人もはづきが投げる試合の観戦に?」

 

「まぁそんなところかな」

 

(実際のところは改めて橘が投げる球を分析しておきたいっていうのもあるけどね……!)

 

いずみさんが言ったように、今日の試合のメインははづきさんが投げる試合を観る事です。何ならはづきさんに誘われて私達はここにいる訳ですからね。

 

その後遅れて来た和奈さんと合流し、試合会場へと足を運びます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客席は今にも埋まりそうな程に多いです。まだ試合が始まる1時間前なのですが……。

 

「やっぱ名門同士の試合ともなると、観客の動員数が違うね~。アタシ達立ち見だもん」

 

「ですが比較的観やすい席は確保出来ました」

 

ここからなら試合風景を全体に渡って見渡せます。

 

「おっ、今からシートノックやるみたいだよ」

 

美園学院のシートノックですね。

 

 

カンッ!

 

 

ノッカーの打った打球は三遊間を抜ける当たりですが、美園学院の場合は……。

 

 

バシィッ!

 

 

このように三森3姉妹の守備範囲となります。ショートにいるのは夕香さんですね。

 

(今まで上手い守備……というのを数多く見てきましたが、三森3姉妹は連携という点においては高校で1番かも知れませんね)

 

そんな美園学院に梁幽館が勝つ事が出来るのか……。今から要注目ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ⑳

二宮瑞希です。いよいよ梁幽館と美園学院の試合が始まろうとしています。

 

「あっ、始まるよ!」

 

「どっちが勝つかな~?」

 

選手層は美園学院が上だと思いますが、その辺りは投手……はづきさん次第でどうにでもなりますね。

 

『プレイボール!』

 

先攻は梁幽館。先頭打者ははづきさんですね。それに対して美園学院の投手は……。

 

「今日の先発は三森夜子さんのようですね」

 

「本当だ!投げるとこ見るの久々だよ」

 

「最後に投げるところを見たのってシニアの夏大会だったもんね……」

 

最後にマウンドに立ったのは1年以上前ですが、果たして……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「速いね~!」

 

「球速だけならエースの園川さんとも引けを取らないかもね」

 

(園川さん達2年生の引退後、夜子さんが投手として私達新越谷に立ち塞がる可能性もある……か)

 

夜子さんは打たせて取る投手……。そしてその理由として三森姉妹の連携を活かす為のものと考えると、高校に入って更に磨きの掛かった守備力で園川さんとはまた別のエースとして君臨する可能性はあるでしょうね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「今のスライダーもコースギリギリに上手く決まったね」

 

「彼女は元々コースギリギリを突いて勝負するタイプですので、打つ側としては厄介になるでしょう」

 

加えて園川さんと捕手の福澤さんの組み立てた配球はコースギリギリを攻めるものなので、夜子さんとも相性が良いですね。これは中々に苦戦しそうです。

 

 

カンッ!

 

 

はづきさんは夜子さんのストレートを当て、打球は三遊間のゴロですが……。

 

「ショート!」

 

「OK!」

 

このように三森姉妹に止められる訳ですね。

 

『アウト!』

 

従来の三森3姉妹の守備範囲はセンターラインか外野全域に渡るものでしたが、この試合では夜子さんを投手にする事で、内野の守備をより磐石にしています。

 

それに加えてあの3人だけで内野の守備が完結するので、ファーストとサードは外野寄りに守る事も可能……。三森3姉妹の守備力と守備範囲を活かした陣形ですね。実質外野が5人いるようなものです。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

内野の守備は実質三森姉妹の3人だけなのに、内野を抜く事すら許されませんね。

 

「これ梁幽館はキツいっしょ。内野抜けないし……」

 

「よしんば内野を抜けたとしても、美園学院は実質外野を5人で守ってるようなものだし……」

 

「ホームランを打てば解決するのでは……?」

 

雷轟さんの意見が決して大袈裟に聞こえないのが、あの守備陣を物語ってますね。梁幽館が勝つにはまずピッチングでなんとか流れを掴まなければなりません。はづきさんの踏ん張り所ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ21

1回裏。マウンドにははづきさんが上がります。

 

「はづきちゃんだ」

 

「1回戦の時も思ったけど、マウンドに上がる様は夏よりも決まってるね~☆」

 

1回戦は完全試合を達成させたはづきさんですが、果たしてこの試合でも同じようにいくかどうか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「嘘……。3姉妹の中でもカットに定評がある朝海が空振ったよ!?」

 

「はづきさんの投げる大きな変化のスクリューは元々空振りを狙う為のものではありますが、更に磨きが掛かってますね」

 

「朝海さんは金原にも負けてないミート力だけど、あれは打てないだろうね……」

 

2球目も空振ってストライク。そして3球目も……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(美園学院は3姉妹の守備力で、梁幽館ははづきさんのスクリューによる三振でそれぞれ打者を打たせない……。これは投手戦になりそうですね)

 

状況は五分五分くらいですが、打てはする分梁幽館が少しだけ有利な気もしますね。

 

「さて、梁幽館の攻撃だね」

 

「4番吉川さん、5番西浦さん、6番小林さん……。3人共夏大会で下位打線を打っていた人達ですね」

 

そして3人共左打ちですか……。そういえばこの試合でも友理さんは出ていないみたいですが、完全サポートに徹するつもりなのでしょうか?

 

 

カンッ!

 

 

「セカンド!」

 

「任せて!」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「相変わらず動きが良いね~」

 

「夏よりも連携に磨きが掛かってるよね……」

 

「今の打球は本来ファーストに任せる範囲ですが、三森3姉妹の場合は一塁線への打球はセカンドが、三塁線への打球はショートがそれぞれ範囲内となっていますね」

 

「だから内野全般を三森3姉妹が見て、本来のファーストとサードは外野を守っているように見えてしまうって事だね……」

 

朱里さんの言うように内野の守備は三森3姉妹で事足りてしまう為に、今の美園学院はレフトとライトをそれぞれ前後列の二段構えとなっています。センターのカバーもしやすくなって、三森3姉妹の守備力と守備範囲を信頼した良いフォーメーションです。

 

 

カンッ!

 

 

「ここは私がいく」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「今の打球は本来ならセンター前に落ちているよね……」

 

「夜子さんが元々センターなのも相まって、センター方向の打球処理もお手のものですね」

 

「今の美園学院の守備陣形ってこれが理想形なの?」

 

「いや、こんなの三森3姉妹がいて初めて成り立つ陣形だから……」

 

あまりにも隙のない守備範囲に雷轟さんが思わず疑問に思ってしまっています。初心者に優しくない陣形ですね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ22

試合は進んで4回表。両チームここまでパーフェクトですね。

 

「二巡目に入りましたので、本番はここからとなるでしょう」

 

「どっちもここまでパーフェクトって凄いねぇ……」

 

「特に3姉妹の守備範囲が厄介だよね。あの3人だけで内野全体を守ってるみたいだし……」

 

「投球内容的に手をつけられそうなのが夜子さんで、まだボールを捉える気配がない橘のバックには3姉妹程の守備範囲を持つ選手はいない……。この試合がどうなるかなんて予測が付かないよ」

 

朱里さんの言うように一見打てそうなのは夜子さんなのですが、打てそうなのであって、三森3姉妹の鉄壁守備が夜子さんを打てなくしているのが要因ですね。

 

(空振りを連発するはづきさんと、姉妹連携を優先させて打たせる夜子さん……。現状は五分五分ですが、こうなると不利になっていくのははづきさんかも知れませんね)

 

『アウト!』

 

「あっ、また打ち取られた!」

 

この回も無得点のようですね。均衡を崩すまいと両チーム躍起になるでしょう。均衡が崩れた瞬間に、瓦解しそうな試合展開なのですから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして4回裏。

 

 

コンッ。

 

 

「三森朝海さんはセーフティバント……。まぁ向こうからしても想定の範囲内ですね」

 

「あれ?でもバントシフトじゃなかったよ?」

 

「下手にバントシフトを敷いてバスターを決められると一気に三塁打とかになりかねません。はづきさんも慎重です」

 

三森3姉妹の厄介な点は足の速さ……。下手にバントシフトを敷いてそれが裏目に出ると長打になりかねない俊敏さが持ち味ですね。あの走力を越えるのは静華さんと黒江さんくらいでしょうか?

 

「でもこれで均衡が崩れたかな……?」

 

「3姉妹の内の誰かが出塁すれば得点率はほぼ100%だもんね~」

 

これは現状の白糸台において日葵さんが出塁し、陽奈さんが還すという流れを作っているのと同じですね。

 

「……いや、事はそう甘くはないみたいだよ」

 

 

バシッ!

 

 

(よし!体はなんとか反応した……!あとは送球するだけ!)

 

『アウト!』

 

「えっ!はづきってばいつの間にあんな素早いフィールディングが出来るようになったのさ!?」

 

「今のは動きがかなり速かったね……」

 

今のフィールディングは三森3姉妹と同等の素早さ……。もしやはづきさんは3姉妹の動きをトレースしたのでしょうか?

 

(しかし今のフィールディングをそう何度も出来ない筈……。いつ今の動きをしてくるかわからない以上はセーフティバントもしにくくなっている……と考えるべきでしょうか?)

 

そう考えると、はづきさんのフィールディングは今日1番のビッグプレーでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ23

5回表。この回はトップに戻ってはづきさんの打順からなのですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「はづきどうしたんだろ?1球も振らなかったけど……」

 

「恐らくですが、はづきさんはピッチングに専念する為に体力を温存しているのでしょう」

 

「温存……?」

 

「本来投手というポジションは投げるのに集中させる為に下位打線に置く事が多いです。今回のはづきさんのように打撃方面でも期待されていると上位打線に置かれているケースもありますが」

 

神童さんや新井さんのケースはむしろ稀ですね。あの2人は野手としても起用する事もあるので、上位打線に配置する事も珍しくありません。今のはづきさんもこのケースに当てはまりますね。

 

「じゃあプロ野球でDH制があるのは?」

 

突如話題がプロ野球になりましたが、雷轟さんの疑問に答えておきましょう。あくまでも私の持論ですが……。

 

「……これは私の持論になりますが、投手がピッチング1本に絞る為と、守備が苦手でバッティングに自信がある打者を起用する為でしょう」

 

今の新越谷の選手に当てはめると、雷轟さんがDH枠に収まるでしょう。来年にある県対抗総力戦で擬似的にプロ野球と同じ体験も出来そうですしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「5回表終了時点で未だに両チームパーフェクトですか……」

 

「梁幽館は朝海さん以外は橘による三振、美園学院は打たせているもののほぼ全ての打球を3姉妹に任せて取ったアウト……。中々ハイレベルな試合だよね」

 

「そうだね~。まるで埼玉県の夏大会の準決勝で朱里と亮子が投げ合った時みたい☆」

 

夏大会の朱里さんと亮子さんの対決とはまた違いますが、スコアの状況は似ていますね。

 

「亮子ちゃん……はこの秋大会には参加出来ないんだよね」

 

「そう……だね。私と橘がほぼ毎日お見舞いに行って様子を見てる。本人は気丈に振る舞ってはいるけど、私達の見えないところではきっと悔しい想いをしていると思う」

 

亮子さんは事故に遭って入院しているみたいです。3月にあるシニアリーグの世界大会には間に合いそうだと朱里さんから聞いていますが、スタメン採用が出来るかはまた別になりそうですね。

 

(また入院している亮子さんの状態はリトル時代の朱里さんと同じような状況とも聞いています。であれば相当危険な精神状態のようですね……)

 

そんな亮子さんに誰かが付いていれば良いのですが、朱里さんと亮子さんでは色々と違いますからね。亮子さんには頑張ってほしいところです。

 

「で、でもでも!どっちのチームが均衡を破るのかは楽しみだよね!投手戦の醍醐味だよ!」

 

雷轟さんが話を変えてくれたので、乗っておきましょう。重苦しい空気が苦手な訳ではないですが、得意という訳でもないですからね。

 

「……そうですね。4回の動きを見る限りだと危険なのは梁幽館でしょう」

 

「はづきの動きが若干激しいからね~。先にバテちゃうかも」

 

「……それでもここが踏ん張り所なのも間違いないかも知れないね」

 

踏ん張り所を越えると、今度は梁幽館が有利になる筈……。はづきさんもその機会を伺っているようにも見えますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ24

イニングは6回裏。ツーアウトまではづきさんはパーフェクトを決めていましたが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

9番打者を歩かせてしまいました。

 

「均衡が……!」

 

「遂に破れたね……!」

 

「はづきさんからガス欠の片鱗が見えてきましたね。更に美園学院の次の打者は三森朝海さん……。向こうからしたらチャンスですね」

 

「大丈夫かなぁ……」

 

前のイニング辺りから制球が乱れていましたし、これははづきさんにとってはピンチでしょう。

 

(三森3姉妹の機動力を封殺する方法はありますが、リスクがかなり高いですね。ツーアウトなのが不幸中の幸いでしょうか)

 

ここからはづきさんが取りそうな行動は……。

 

「……って嘘でしょ!?」

 

「捕手が……立ち上がったね……」

 

「成程……。3姉妹の機動力を塞ぎにきましたね」

 

奇しくも私と同じ考えに至ったようですね。

 

「確かにあれなら3姉妹は迂闊には動けないけど……」

 

「ハイリスクハイリターン……。まさにギャンブルとも言える行動ですね」

 

満塁ならばどこに投げてもフォースアウト……。三塁にいるランナーは三森3姉妹程の機動力はないので、ゴロならばホームへ投げてアウトをもらう算段でしょう。

 

「満塁まで塁を埋めてカウント中で3姉妹が盗塁しないように仕掛けましたか……」

 

「妥当ではあるんだけど、この状況だと外野まで飛んだら一気に3点取られちゃうね~」

 

外野前のヒットですら3点取られてしまうでしょう。三森3姉妹の機動力はそれ程に脅威的です。

 

「だからはづきちゃんにとってはここが正念場って事に……」

 

「逆にここを凌げたら流れは一気に梁幽館側に傾く……」

 

「これは恐らく初球の入り方次第で勝負が決まりますね」

 

「そうだね。今の橘と夜子さんはかつての友沢と雷轟と似た雰囲気を感じるよ」

 

「私もあんな感じだったんだね~」

 

あの時は当事者だった雷轟さんはこのようなピリッとした雰囲気を出していた自覚がなかったのでしょう。

 

はづきさんが投球動作に入り、そこから投げられたのは……。

 

「スクリューじゃ……ない!?」

 

「はづきさんが投げたのはストレート……。しかもあのストレートは……」

 

「朱里ちゃんが得意としている……」

 

(ストレートに見せた、変化球……)

 

この土壇場で朱里さんの得意球を投げましたか……。まぁはづきさんは朱里さんに憧れ(以上の感情)を抱いていましたし、朱里さんの得意球を投げられるようにして横に並び立ちたい……と思っていても不思議ではありませんね。

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!?」

 

「しかもタイミングバッチリだよ!」

 

「かつて三森姉妹は朱里さんのストレート(に見せた変化球)に手も足も出ませんでしたが、高校生になって死に物狂いで練習したのでしょう。球の軌道を完璧に読んでいます」

 

「それも凄いけどさ、アタシがビックリしたのは夜子がホームラン級の当たりを打った事だよ」

 

「そうだね……。姉妹の中では非力だった印象があったよ」

 

いずみさんと朱里さんから見れば、夜子さんは姉妹の中で1番パワーのない印象みたいですね。

 

「でも3番を打ってるよ?だったらそれなりのパワーがあるんじゃ……」

 

雷轟さんが2人の発言に首を傾げています。まぁこの中でシニア未所属ですからね。

 

「……その疑問に答える前に打球の行方を確認しましょうか。試合の命運を分ける一打ですので」

 

「うわっ……。これ入るんじゃないの!?」

 

「入らなくてもフェンスに当たるんじゃ……」

 

打球は吉川さんが守っているレフト方向。入るか入らないかの瀬戸際ですが……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「嘘っ!?捕ったよ!」

 

「ファインプレーだ!!」

 

吉川さんが打球を捕った瞬間、いずみさんと雷轟さんが嬉しそうに抱き合っていました。まるで自分の事のように喜んでいますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ25

「それでさっきの続きを訊かせてほしいんだけど……」

 

先程までいずみさんと抱き合っていた雷轟さんが話の続きを訊きたいと言いました。切り替えが早いですね……。

 

「そうですね……。それでは改めて三森3姉妹のスペックをそれぞれわかる範囲内で紹介しましょうか」

 

この場にいる中では和奈さん以外が関東大会で当たる可能性がありますからね。復習の意味も兼ねて説明しておきましょう。

 

「まず三森3姉妹に共通するのは機動力の高さと、そこから生まれる守備範囲の広さです」

 

「当てればヒット(内野安打)確実で、外野前の当たりでもツーベース狙えるもんね~。もしかして外野オーバーならランニングホームラン狙えるんじゃない?」

 

私の説明にいずみさんが補足します。三森姉妹を全く知らない人にとってもわかりやすく脅威的ですね。ちなみに捕球能力に関してはリトル時代ではそこそこの失策率があったそうです。機動力に引っ張られた結果でしょうか……。

 

「次に打撃能力ですね。朝海さん、夕香さん、夜子さんの並びでオーダーが組まれており、姉妹がそれぞれ別の役割を持っています」

 

「長女の朝海がカット能力に長けてるんだよね?」

 

「そうですね。ミートが抜群に上手く、シニア時点で全国有数のカット打ちが得意な打者となります。パワーに関してはいずみさんよりもやや低いくらいです」

 

ちなみにシニア時点でのいずみさんと比較しています。

 

「続いては次女の夕香さん。役割としては朝海さんが出塁した時に確実に次に繋げてあわよくば自分も出塁してやろう……という魂胆が打撃能力に現れていますね」

 

白糸台では佐倉姉妹が似たような役割を持っていますね。まぁ三森3姉妹を連想して、私があの2人に動きを教えた訳ですが……。

 

「でも実は3姉妹の中では夕香が1番パワーがあるんだよね~」

 

「確かに3人の中で1番本塁打数が多いですね」

 

シニア時点でのいずみさんよりも長打力があるのは間違いないでしょう。

 

「最後に三女の夜子さん。役割は出塁したランナーを確実に還すお掃除係ですが、見送りが多い印象にあります」

 

「朝海はカットに優れてるけど、夜子は待球に優れてるって感じかな?聞く感じでは朝海の劣化みたいに思えるけど……」

 

「しかし速球打ちなら姉妹の中で1番上手いですね」

 

だからという訳かはわかりませんが、朱里さんのストレートに見せた変化球を上手く捉えたのかも知れませんね。

 

「3人の役割から適切な打順は朝海さん、夜子さん、夕香さんが一般的ですが、彼女達の中では長女、次女、三女の繋ぎが大きな結果を出しました」

 

「大きな結果?」

 

「先頭の朝海さんが出塁した時の得点率が9割越えになりました」

 

「凄っ!」

 

「何度聞いても凄い話だよね……」

 

「また夕香さんが繋いだ時の生還率も同様に9割を越えています」

 

「だから春日部シニアに勝つには三森姉妹の出塁を許してはいけないって他シニアの共通認識が出来上がったんだよね……」

 

今聞くと本当に脅威ですね。しかも高校に入ってそれが更に磨かれてると思うと、厄介な事この上ありません。

 

「このような結果は姉妹の打順を弄ると起こらなくなり、再び元に戻すと同じ結果が算出されました。ですのでパワー関係なしに三森3姉妹の打順は朝海さん、夕香さん、夜子さんとなる訳です」

 

「成程……!」

 

雷轟さんに体良く力された感じがありますが、まぁこれは必要経費でしょう。

 

『アウト!』

 

7回表は一気にツーアウトまで追い込まれています。ここで3人で終わってしまうと、また美園学院に流れが行ってしまいますが……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ26

7回表。あっという間にツーアウトになりました。

 

「美園学院はまだ余裕があるね~」

 

常に全力投球で三振を取りにいっているはづきさんと、ピッチングに関しては6、7割の力で抑え続けている夜子さん……。そうなるとスタミナ配分に気を遣っている夜子さんの方はまだ余裕があるでしょう。力を入れている守備に関しても他の人達に任せて無理はしていないようですし。

 

「とは言えここで勢いに乗らないと梁幽館は厳しいだろうね」

 

「あっ、選手交代するみたい!」

 

9番打者に代打を出すようです。出て来たのは1年生の堀さんですか……。

 

「梁幽館は代打で1年生の堀さんが出て来たね」

 

「データが少ない身としてはありがたいかもね!」

 

朱里さんと雷轟さん……新越谷にとっては堀さんの打撃データを得られるチャンスですね。私も関東大会に向けてよく見ておきましょうか。

 

「ここで堀さんが繋ぎ切れなければ梁幽館の勝ち筋がほとんどなくなりますね」

 

「はづきの事を考えると梁幽館に勝ってほしいけどね~」

 

「でもはづきちゃんの方はガス欠し始めてるし、ここで決めてほしいね……!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「打たせて取るピッチングにしては速くない?」

 

「ある程度の球速で投げなければ、つるべ打ちにされる可能性は高いですからね」

 

「本気で投げたら夜子って速球派に属するんだろうね」

 

しかしこれまでのイニングに比べて球速が上がってきているのも事実……。勝負所だと判断したのでしょうね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「ストレートにタイミングが合ってるね」

 

「夜子の持ち球の中に確かチェンジUPがあったよね?」

 

「この試合中でも何度か投げていますね」

 

他にはカットボールとシュートがあります。どの変化球も変化量は少なく、ストレート狙いの打者を詰まらせる目的でしょう。性質だけで言えば朱里さんのストレートに見せた変化球に似ていますね。

 

 

カキーン!!

 

 

3球目に投げられたチェンジUPを堀さんは完璧に捉えました。

 

「うわっ!タイミング完璧じゃん!」

 

「凄く綺麗に合わせたね……」

 

ストレート続きの後に投げるチェンジUPは確実に打者を詰まらせるのですが、それに対して堀さんは冷静にチェンジUPに合わせられましたね。

 

「数少ないデータから見た堀さんと夜子さんの投球フォームは同じで、球種も知っている限りだと2人共似ている……。これで堀さんが夜子さんの投げるチェンジUPを上手く捉えたと見て良いだろうね」

 

「でもなんであんなにドンピシャに打てんただろう……?」

 

「投球フォームが似通っている投手はその投手の腕の振りとかで投げる変化球がわかるらしいですので、それで上手くチェンジUPを合わせられたのでしょう」

 

「そ、それってそんな簡単に出来るものなの……?」

 

今の一打が偶然による産物なのか、必然的に生まれた結果なのか……。それがわかるのは堀さんだけでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7回裏。はづきさんのスタミナは限界近かったのですが、堀さんのホームランによって発奮し、三者三振に仕留めました。

 

「朝海さんと夕香さんとの勝負を避けて満塁策を取ったはづきさんは冷静に判断していましたね」

 

「塁が埋まっていると足が活かせない状態を作った事で勝負を制した……か」

 

『ゲームセット!!』

 

あの満塁策は一見無茶に見えて、存外合理的だったというのが三森3姉妹のお陰でわかりましたね。良い試合でした。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ27

二宮瑞希です。本日は都大会の準決勝ですが……。

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

試合の方は私達白糸台が無事勝利。先発の鋼さんも5安打完封と良い成績を残しています。

 

「や、やった……!」

 

「お疲れ様です」

 

「こんな大舞台で投げられるのも瑞希ちゃんのお陰だよ!」

 

「私はただ鋼さんに適したリードをしただけです。この結果は間違いなく鋼さんの実力によるものですよ」

 

実際に鋼さんは磨けば光る原石でしたからね。新越谷の雷轟さん程の極端な例ではありませんが、元々あった才能が花開いただけです。

 

「それに打線の方も火吹いていますし、気楽に投げられたのではないですか?」

 

「そうだね……。確かにそれも大きな要因かも」

 

ちなみにスコアは11対0ですね。7回表で一気に5点取れたのが、相手に追い討ちを書けました。

 

(初回の佐倉姉妹の連携から始まり、バンガードさんも2本塁打6打点と勢い付いています)

 

このように他の1年生達が大きく成長しているのを見ると、私も負けられないと思ってしまいますね。とはいえ私は私に出来る事をやっていくだけです。

 

「お疲れ様ー!2人共!」

 

「お疲れ様です」

 

「日葵さんと陽奈さんもお疲れ様です」

 

佐倉姉妹……。姉の陽奈さんと妹の日葵さんです。この2人は亦野さんと渋谷さんの後任としてしっかり活躍していますね。打撃方面はもちろん、守備で大きく助けられています。簡易版三森姉妹と言うべきでしょう。

 

「私達が揃えば怖いものなしデース!」

 

そしてスラッガーのバンガードさん……。ミート方面の調整によって5番に置いていますが、対戦相手によっては4番を任せる事が出来ます。今の2年生が引退した後になると確定でしょう。

 

「バンちゃんもナイバッチだったよ!」

 

「THANK YOUデース!この調子で白糸台を全国までGoシマース!」

 

時折滲み出るルー大柴みたいな口調が気になりますが、まぁまだ日本語に慣れていない……という事にしておきましょう。

 

「これで決勝進出だね……」

 

「この後には関東大会も控えていますから、油断は一切出来ませんね」

 

「でも私達5人が力を合わせれば、きっと大丈夫だよ!」

 

「この勢いで頂きまで登って行きマショウ!」

 

関東大会に勝つ事が出来れば、その次は春の全国大会……。春は私がシニアリーグの世界大会に行っていていないのが気掛かりではありますが、彼女達がそれぞれの力を発揮出来れば……といったところでしょう。風音さんや紗菜さんとも相談が必要ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ28

瑞希「時系列は一気に関東大会準決勝第2試合まで飛びます」

香菜「と、飛び過ぎなんじゃ……」

瑞希「本来ならクリスマス過ぎまで飛ばしても良いんですけどね。その辺りは作者の匙加減です」

香菜「そうなんだ……」


二宮瑞希です。最近冷え込んできました。

 

「気温の変化が目まぐるしいね……。急に寒くなってきたもん」

 

「そうね……」

 

今は関東大会の期間中で、私達白糸台は先程決勝戦へと駒を進めました。

 

「動けば暖かくなってくるよ!」

 

「それはそうなのだけど、身体が暖まっているのは先程の試合で完全試合を決めた新井先輩くらいなのよ……?」

 

日葵さんの発言に陽奈さんは完璧な答えで返しました。あの聖皇学園を相手に完全試合を決めた新井さんは身体的にも、精神的にもかなり暖まっているでしょう。

 

「ま、まぁまぁ。それはこの後の練習で暖まったら良いんじゃないかな……?」

 

「……そうですね。早く着替えて白糸台に戻りましょう」

 

「私は風の子なのでCHARAヘッチャラデース!」

 

バンガードさんはこのくらいの気温は平気のようです。まぁなんとかは風邪を引かないとも言いますしね。

 

ちなみに私達白糸台は練習設備の都合上試合日の度に白糸台と球場を往復している訳ですが、本来なら球場近くの宿泊施設に泊まる必要があります。

 

「瑞希ちゃんはやっぱり新越谷の試合を観に行くの?」

 

「それが監督の指令ですからね」

 

まぁ指令がなくとも、私自身がお願いしていたでしょうが……。

 

「あれ?瑞希ちゃんは?」

 

「もう観客席に行っちゃったよ」

 

「ミズキさんは広報部隊の一員かも知れないデスネ!」

 

「二宮さんですので、決して大袈裟とは思えないですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客席に到着です。試合が終わってすぐに来たので、新越谷の面々は凄く驚いていましたね。

 

そんな新越谷に梁幽館の先発投手である吉川さんの傾向を伝えて、新越谷野球部は試合へと向かいました。

 

「さて……。偵察用のビデオカメラも設置しましたし、あとは試合開始を待つだけですね」

 

新越谷の試合観戦にはいつも和奈さんといずみさんがいましたが、今回は私1人です。 

 

「すまない。隣良いか?」

 

……と思っていましたが、梁幽館野球部を引退した中田さんと陽さんがこちらにやってきました。

 

「構いませんよ。どうぞ」

 

知らない仲ではないので、一緒に観戦する事を許容します。何かスッポリと収まった感じがしますね……。

 

「では失礼する……」

 

「今日は梁幽館の応援に来たのですか?」

 

「ああ。彼女達には是非とも新越谷にリベンジしてほしいところだが……」

 

「新越谷もあれからかなり強くなってるし、特にあの4番は要警戒が必要……」

 

中田さんと陽さんにとっても新越谷は因縁深い相手……。特に武田さんや朱里さんには強い意識を持っていそうですね。

 

「勝利の事を考えるのなら歩かせるべきだが、バッテリーもただ歩かせるだけ……だと何も得られないだろう。来年の夏以降も当たる事を考えたら雷轟を抑えられる手段はほしい」

 

(プロに指名された中田さんと陽さんにここまで言わせるとは流石……というべきなんでしょうね)

 

「私達白糸台の勝利の為にも、この試合で得られるものがあれば良いのですが……」

 

私は私の目的の為にこの試合観戦のデータを得ましょうか。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ29

『プレイボール!』

 

試合開始。先攻は梁幽館ですね。新越谷の先発投手は武田さんですか……。

 

「夏ではウチは後攻だったが、この試合では先攻か……」

 

「梁幽館では主に打倒新越谷という目標を抱えているから、この一戦は見逃せない」

 

陽さんの話によりますと、夏大会で新越谷に負けてからはいつもの2倍以上の練習量を行うようになったとか……。

 

『1番 ライト 橘さん』

 

特に1番に君臨したはづきさんがそれを物語ってますね。

 

「あの夏大会以降、橘は目まぐるしい成長を見せていると監督と後輩から報告が来ている。競争が激しい梁幽館でまさか2番手兼トップバッターを務める程になってるとはな……」

 

「はづきには色々訊かれた……」

 

はづきさんは1番打者になるまで成長をしていますが、その過程でここにいる陽さんや中田さんを始め色々な人から色々な技術を盗んでいるそうです。現状の梁幽館では1番の成長株でしょう。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

初球は見逃し。そして2球目にツーシームを捉えてファール。

 

「これは私の時と似た状況……」

 

夏大会の時と似た配球ですね。陽さんはこの時三振で終わりました。

 

「そうなるとはづきさんの一点読みが活きそうですね」

 

「一点読み?」

 

「相手が武田さんのような変化の大きい球種を使う投手に限りますが、決め球を投げるタイミングを見極めて打つ……。今のはづきさんならそれでホームランを打つ事も可能でしょう」

 

 

カキーン!!

 

 

話をしている内にはづきさんがホームランを打ちました。武田さんのナックルスライダーを完璧に捉えたようですね。

 

「武田の決め球を完全に読んでバットを振り切った……。はづきの勝ち」

 

「夏大会が終わって橘が打撃練習を熱心にしていた事は知っていたが、まさかここまでの長打力を身に付けてたとはな……」

 

意外性の面もあって、新越谷にとっては完全に不意打ちだったでしょうね。今のはづきさんはここにいる陽秋月さんを模した打者になっていそうです。

 

「元々はづきさんに並以上の打撃力がある事はわかっていましたが、その打撃力を梁幽館に入って大きく伸ばしていますね。武田さんが投げるナックルスライダーを一点読みされた時点でこの勝負……いえ、この試合は新越谷にとってかなり不利に働くでしょう」

 

「今日の先発は和美……。夏大会の借りを返してほしいところだけど、新越谷の打線も協力……。全国優勝も果たしてるし、抑えるのは簡単ではない筈」

 

「それなのに新越谷が不利になる……とはどういう事だ?」

 

「それは吉川さんのピッチングを見たらわかると思います」

 

(私の予想が正しければ吉川さんもゾーンになる条件は揃っている可能性が高いですからね……)

 

新越谷にとっても、梁幽館にとっても、はづきさんのホームランでもぎ取った1点は大きいでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ30

その後武田さんはランナーを出しつつも後続の打者を抑え、1失点で切り抜けます。

 

「追加点は取れなかったか……。新越谷もまだウチに勢いを渡していないな」

 

「本来ならここからあと2、3点は取ってた」

 

「新越谷は夏大会で全国制覇を成し遂げています。その上3年生はいなかったので、実力の方は健在という事でしょう」

 

況してやそこから成長していたり、新入部員が入っていたりするので、夏以上の力を発揮していると言っても過言ではないでしょう。

 

1回裏。新越谷の攻撃です。

 

『1番 キャッチャー 山崎さん』

 

「山崎が1番打者というのはやはり和美を意識しての事?」

 

「恐らくそうでしょう。オーダー全体でも雷轟さん以外は余り変わっていないようにも見えます」

 

「つまり今の新越谷のオーダーは梁幽館を徹底的に対策する為のオーダーという訳か……」

 

夏大会と類似しているオーダーにする事で一種のジンクスを感じさせますが、もう今の吉川さんには関係ないと思いますが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「追い込んだ……」

 

「ストレートとカットボールも以前の吉川の比ではないな。制球もしっかりしている」

 

「捕手の小林さんありきかも知れませんが、それでも今の吉川さんを相手に新越谷は苦戦するでしょうね」

 

小林さんにははづきさんもお世話になっていますし、そもそも梁幽館には静華さんもいます。

 

(静華さんといえばまだ身を潜めているようですね。夏とは状況が全く違いますし、新越谷は出し惜しみをして勝てるじゃないですよ?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

最後は吉川さんがスライダーをギリギリのコースに決めて見逃し三振。今のは手が出なくても仕方がありませんね。

 

「3球三振……。和美の成長具合が凄まじい」

 

「確かに……。まさかここまでの実力を秘めているとはな」

 

元々能力はあったのでしょう。3年生が引退した事で更に力を付けています。はづきさん程ではないにしろ、吉川さんの成長速度も凄まじいですね。もしかしたら……。

 

「今日の吉川さんならもしかしたら見られるかも知れませんね」

 

「見られる……?何を?」

 

「最上級生によくあるゾーン……。あのピッチングの更に上です」

 

「現状でかなり調子が良さそうに見えるが、もしかしたら更に上が……?」

 

「恐らく……ですが」

 

(今の吉川さんはまだゾーンに入っていない……。新越谷は今が点を取るチャンスですね)

 

逆に吉川さんがゾーンに入るまでに点が取れなければ、新越谷は一気に敗勢となるでしょう。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

三者凡退……。完全に流れは梁幽館ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ31

1回裏は吉川さんのピッチングによって三者凡退。山崎さん以外は打たせて取っていますね。

 

「吉川さんのピッチングスタイルは夏大会と変わらずバックの守備を信頼した打たせて取るもののようですね」

 

「恐らく監督の指導の賜物だろうな」

 

「私達は打撃に関してはある程度自由にやらせてもらえたけど、守備はそれなりに管理されてた……」

 

そういえば梁幽館の監督が栗田さんになってからは選手それぞれに打撃や守備に課題を出して管理させていると聞いた事があります。私には向かない規則ですね。戦術は友理さんもいる事もあり気が合いそうではありますが……。

 

「名将である栗田監督の指導によって梁幽館の投手は大体が吉川さんと同じピッチングをしていますね。しかしはづきさんは違いますよね?」

 

打撃方面では自由にしていた中田さんや陽さん出すら守備方面ではある程度管理されていた……。しかしはづきさんからはそれが感じられません。はづきさんの性格上そんな窮屈な野球を強いられていたら、こちらに愚痴が飛んできそうですからね……。

 

「はづき……?」

 

「秋大会の1回戦……はづきさんは熊谷実業を相手に全て三振の上に、無駄球が一切ない63球で試合を終わらせていました。完全試合とは言え全ての打者に対して三振を取りに行くピッチングを栗田監督は好まないと聞きます。いつ頃からかは知りませんが、はづきさんは自由にやらせてもらえてのではないですか?」

 

「何故そう思う?」

 

「これは私の持論に過ぎませんが、はづきさんはかなり我の強い人間です。加えて負けず嫌いですので、相手を捩じ伏せるピッチングを好みます。シニアでもそうでしたが、彼女はある程度自由にやらせた方が成果を発揮するタイプですからね」

 

シニア時代のはづきさんには基本中の基本を教えていれば、あとはほぼ自由にさせていました。その結果スタメンに食い込む事はありませんでしたが、可能性を見出だしてベンチ入りはさせていました。これは六道さんの監督としての慧眼ぶりがよくわかるでしょう。

 

「……驚いたな。全くその通りだ。監督は橘がある条件を達成させた事により、投球練習を自由にやらせてもらう権利を得た。監督の指定も今のフォームに変更する時くらいだろう」

 

「それってはづきが入部してすぐの頃の……?」

 

「ああ。自由にとは言っても橘自身は色々な奴に師事を頼んで投球も、打撃も今のように大幅成長を成し遂げた……。今の橘は私達を越える選手だ」

 

「それは私も同意」

 

どうやらはづきさんは入部直後に中田さんと陽さんと1打席勝負をして、それに勝ったみたいです。土壇場に強いというか、胆力があるというか……。はづきさんらしいですね。

 

(そういえばはづきさんのフォームがサイドスローからスリークォーターに変更されていましたね。栗田さんははづきさんの場合スリークォーターの方が更に伸びると判断したからでしょうか?)

 

スリークォーターになった事によって、球速が伸びました。変化球も3種のスクリューを中心にストレートと合わせて良い塩梅となっています。その内オーバースローになっても不思議ではなさそうですね……。

 

(それに2人の発言と言い、準決勝で吉川さんが投げている事と言い、はづきさんが今の梁幽館のエース、そして中心選手になっていますね)

 

この試合は吉川さんだけでなく、はづきさんも注目対象にしておきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ32

試合は3回表。この回は9番から始まりますが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

四球で歩かせてしまいます。中々の選球眼ですね。

 

「さーて。2打席連続でホームラン狙っちゃおうかな~?」

 

はづきさんが勢い良くスイングして打席に入ります。

 

「新越谷としては武田の決め球をホームランにした橘はかなり警戒しているだろうな」

 

「実際に武田さんのナックルスライダーをあそこまで完璧に捉えたのははづきさんが初めてですからね」

 

(まぁその心理を利用した動きをはづきさんはしてくるでしょう)

 

ノーアウト一塁ですし、一応送りバントが視野に入ります。しかしはづきさんが夏大会の陽さんと同様にバントをしてこないと決め打っている可能性もあるでしょう。

 

 

コンッ。

 

 

「初球からバントか……!」

 

「しかもはづきの動きを見るにセーフティバント……」

 

この打席は初球から仕掛けてきましたね。前の打席でホームランを打っているのが響いています。

 

『セーフ!』

 

一塁も二塁もセーフ。ノーアウト一塁・二塁とピンチを広げてしまいます。

 

「中々思い切った行動をしましたね。少なくとも栗田さんからは出ないであろうセーフティバントです」

 

「監督もこの場面なら本来は送りバント……」

 

自由にやらせている選手以外だと確実に送りバントでしょう。ワンアウトからのバントも多いので、もらえるアウトは確実にもらっていきたい新越谷としてはラッキーな方針ですね。

 

「バント自体は新越谷も読めていた……。橘が1打席目にホームランを打った事が効いているな」

 

「はづきさんもそれを狙ってのセーフティバントだったと思いますよ。はづきさんの、今日の梁幽館の狙いはチャンスの場面で確実に彼女に回す事を目的にしているでしょう」

 

「目的……」

 

「対武田さんの相性が良く、今日4番に入っている西浦さんが今の新越谷にとっての鬼門となります」

 

夏大会では武田さんを相手に当たりに当たっていました。今日の梁幽館は対新越谷にもある程度対応したオーダーになっていますね。或いは夏のリベンジの為でしょうか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

試合展開は2番が送りバント、3番が三振となり、ツーアウト二塁・三塁となっています。そして4番には西浦さんが入ります。

 

(西浦さんを4番に置いた理由もきっと武田さん対策でしょう)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

今の武田さんからは西浦さんへの苦手意識は感じられませんし、この調子でいけば間違いなく抑え切れるでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ピンチを凌ぎ切りましたね。あとは同点……或いは逆転するだけですよ?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ33

3回裏。新越谷の先頭打者は雷轟さんですが……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

敬遠していますね。徹底的に歩かせるつもりでしょうか?

 

「どうやら雷轟は歩かせる方針でいくようだな」

 

「割り切ってる……」

 

それがバッテリーの判断だというなら仕方のない事かも知れませんね。

 

 

コンッ。

 

 

5番の岡田さんが送りバントを決めてワンアウト二塁。スコアリングポジションにランナーが溜まりましたね。そして6番の藤原さんへの1球目に……。

 

「三盗……?」

 

「小林はかなりの強肩の筈だが……」

 

「雷轟さんにとってもそれは折り込み済みでしょう。それに良いスタートを切っています」

 

『セーフ!』

 

いくら強肩でも不意を突く事、ある程度の走力と走塁技術がある事、良いスタートを切る事で盗塁そのものは難しくないでしょうね。

 

「これで新越谷側はスクイズの択も出来ましたね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

2球程ウエスト球を投げ、その内の1球はホームスチールを試みていました。揺さぶってますね。

 

「カウントはツーボール、ワンストライクか……」

 

「和美達が少し不利」

 

「梁幽館バッテリーと朱里さんとの読み合い勝負になっていますね。秋大会の影森戦での雷轟さんがちらついて迂闊な動きが見せられない分朱里さんが有利になっています。そして朱里さんもそれがわかっているので、有利のままにボールカウントが取れます」

 

唐突なホームスチールからのバク宙は何よりも相手バッテリーの意表を突いていました。

 

「影森戦での雷轟か……」

 

「確かバク宙してた……」

 

「野球を初めて間もない雷轟さんだからこそ、出来るアクロバティックな走塁です」

 

「それはそういう問題でもないような気がするが……」

 

雷轟さんにとっては最適解という部分においてはこれが正解のような気もしますけどね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

これでフルカウントですか。お互いにとっても次が勝負ですね。

 

 

カンッ!

 

 

藤原さんが放った打球は三遊間を抜けました。何にせよこれで同点ですね。

 

「同点に追い付かれた……」

 

「相手の方が1枚上手だった……。今の打席からはそう思ったな」

 

相手バッテリーを揺さぶる行動は監督の藤井さんやマネージャーの川口さんよりも朱里さんの領分な気がしますね。

 

「雷轟さんの盗塁、藤原さんの打撃、そして指示出し……。今回は朱里さんの思惑通りに事が運びましたね」

 

「早川が指示を出していたのか?」

 

「雷轟さんの盗塁に関しては朱里さんが1枚噛んでいると思いますよ。影森戦でも雷轟さんの三盗とホームスチールは朱里さんが指示を出していました」

 

まぁ朱里さんにとってもバク宙は予想外だったと思いますが……。

 

「早川はコーチや監督に向いているかも……」

 

「それには私も同意見だが、早川は選手としても優秀だからな……」

 

(そう考えると川越シニアの環境が如何に良かったかを物語ってますね……)

 

指導者として最高峰の六道さんがシニアの監督をやっていましたからね。元々はリトルの監督でしたが、朱里さんが肩を壊すまではリトル一の投手に育てられていました。そう考えると、朱里さんのいる環境はかなり良いものとなっていますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ34

試合は6回表。スコアは1対1の同点です。

 

「両投手譲らないな」

 

「硬直状態……」

 

「ですが互いのピッチングの内容を見るに、有利なのは梁幽館の方でしょう」

 

「和美は段々と打たれなくなっていってるし、なんとなくわかる」

 

「武田も負けていないように見えるが、この回で捕まえそうだな」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

この回は9番から。先頭打者は問題ないでしょうが……。

 

『1番 ライト 橘さん』

 

この次のはづきさんですね。今日の試合で唯一の2安打打者ですから……。

 

「はづきは試合を重ねる度に成長を繰り返している」

 

「この試合でも当たっているな。唯一の得点者に加えて、唯一2安打打っている打者だ」

 

夏大会での梁幽館は西浦さんが武田さんキラーでしたが、この試合でははづきさんがその役割を担っていますね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

1球見送ってからの、カット打ち……。新越谷にとってははづきさんを切れるかどうかで流れが変わってくるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「これでフルカウントか……。橘も粘り強くなってるな」

 

「中々出せるしぶとさじゃない……」

 

「はづきさんの粘り強い部分はシニア初期の時代からその頭角を表していました」

 

(まぁ尤もそれは主に朱里さんへのアプローチに対して……ですが)

 

あの情熱を野球に向けてくれれば大成する……と六道さんは言っていましたが、それが今実現されようとしているのでしょうか?

 

「しかし武田の球は簡単に打てるものではない。現に連続でヒットを打てているのは橘だけだからな」

 

「夏大会において武田さんとの相性が良かった西浦さんも2打席目は凡退していましたからね。それと梁幽館ではもう1人……加藤さんが最近の成績では伸びています」

 

それでもこの試合においては武田さんを打ち切れていない……。やはりはづきさんが唯一の突破口ですね。

 

(一体どこからそんな情報を仕入れてる?うちは極力情報を洩らさないようにしてる筈だけど……)

 

 

カキーン!!

 

 

9球目。遂にはづきさんは武田さんの球を捉えました。その打球は右中間に。

 

『セーフ!』

 

今度は二塁打ですか……。その内亮子さんのようにサイクルヒット達成しそうですね。

 

「タイム!」

 

ワンアウト二塁という場面でタイムが掛かりました。掛けたのは梁幽館側ですか……。

 

「監督がタイムを掛けた……?」

 

「上位打線を代えるのか……?」

 

「……いえ、どうやら代走のようですね」

 

「代走……?橘を代えるというのか?」

 

「はづきを代えると、武田を完璧に打てる打者が減るんじゃ……?」

 

「ここが勝負所と踏んだのでしょう」

 

そうなるとこの場で出てくるのは……やはり静華さんでしたね。

 

「はづきさんの代走として出て来たのは彼女でしたか……。これは確実に点を取りに行く動きですね」

 

「二宮は彼女を知っているのか?」

 

「シニアが一緒でしたからね。彼女自身は相変わらずみたいですが……」

 

「あの奇抜なマフラーみたいなのを付けているのはシニアからずっと……?」

 

「彼女曰く物心付いた頃から身に付ける忍の証……だそうです」

 

少なくとも出逢った時点では既にあのマフラーを装着していましたね。

 

「そういえば本人もそんな事を言っていたな。それで他の部員からは敬遠されがちだが……」

 

「個性が強過ぎる彼女ですが、決して悪い人間ではありません。こうして代走として出場しているのなら、梁幽館の部員達も彼女を認めている……という事でしょう」

 

というか認めざるを得ないでしょうね。静華さんの走力は三森3姉妹より上……という次元ではありませんから。

 

「それでも未だに彼女には慣れない……」

 

「それもまた個性……と割り切った方が良いのかも知れません」

 

言動を気にしなければ、立派な戦力です。最早梁幽館側も静華さんの言動を気にしていないのでは……?

 

「あっ、走った」

 

初球から静華さんは仕掛けてきました。ボールがキャッチャーミットに収まる前に既に三塁へと到達しています。やはり規格外の走力ですね。

 

「村雨の走塁を見るのはこれが初めてだが、あんなに速かったのか……」

 

「あんなに悠々とした三盗を見たのは初めて……」

 

3年生がいる時点では静華さんは裏方に徹していたそうです。なんなら高校生になって表舞台に出るのはこの試合が初めてなのでは……?

 

「それが村雨静華……という人間です。美園学院の三森3姉妹以上の走力を持ち、足の速さを活かした守備力は無限大の守備範囲を誇り、更に……」

 

「更に……?」

 

「……ここから先は新越谷の攻撃になればわかると思います。少なくともこの場で言えるのは梁幽館は確実に1点を取る……という事です」

 

フルカウントまできていますが、果たして……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「三振か……」

 

「これでツーアウト……」

 

「確かに三振で終わりましたが、それと同時に静華さんがホームスチールを成功させています」

 

これまたキャッチャーミットに収まる前に静華さんはホームへと辿り着いています。ワンアウトだったから出来た事ですね。

 

「ホームスチールまでいとも容易く……」

 

「……確かにこの走塁は次元が違うと言わざるを得ないな」

 

静華さんのホームスチールによって、梁幽館は勝ち越しに成功しました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ35

試合は6回裏。

 

 

カンッ!

 

 

9番の武田さんがライト前に打球を飛ばしましたが、あれは悪手ですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『アウト!』

 

「ライトゴロだと……」

 

「あの肩の強さは私達梁幽館の中では間違いなく1番……」

 

静華さんの能力に関して秋までの間ひた隠しにしていたようですね。中田さんと陽さんですら驚いているのがわかります。

 

(そして今のアウトが完全なトリガーとなりましたね……)

 

『アウト!』

 

「……!和美の球の勢いが上がった」

 

観客席越しからでもわかるでしょう吉川さんの能力の飛躍的上昇……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「完全に覚醒しましたね。吉川さんは柳大川越の大野さんと同じ条件でしたか……」

 

「あれが君の言っていた……」

 

「ゾーン……」

 

吉川さんの場合ははづきさんの存在がかなり大きいでしょう。そして美園学院との試合でのはづきさんの奮投を見たのも切欠となりそうです。

 

「中田さんも夏大会で武田さんからホームランを打った時にその片鱗は見受けられました。私達が見たのはあの一瞬だけでしたが……」

 

「……確かにあの時は確実に打てたと思ったが、もしやあれがそうだと言うのか?」

 

「条件についてはまだわかりませんが、調べてみればわかると思います」

 

加えてゾーン習得者はゾーン状態を自覚していない人が大半です。私の知る限りでゾーン状態を上手くコントロール出来るのは神童さんとフロイスさんくらいでしょう。

 

(まぁ風薙さんのようにゾーン状態に無自覚でも次元の越えた選手もいますし、ゾーン状態でなくとも力を発揮出来ている十文字さん等は神童さんと同等かそれ以上に厄介になってきそうですが……)

 

「私は……?」

 

「陽さんは直接確認は出来ませんでしたが、春大会や、去年の秋大会の映像でそれらしい雰囲気を感じたと神童さんが言っていました」

 

公式戦で梁幽館と当たる確率は低めに見積もっていたのでまだ調べていませんが、これを機に過去のデータを見直ししておきましょう。

 

「神童か……。彼女や君を含めた白糸台には色々と驚きの連続だな」

 

「味方になれば頼もしいけど、敵に回れば厄介極まりない。プロでは是非同じ球団で一緒に戦いたい……」

 

「……それに関しては私も同意見だな。神童もそうだが、君は別の意味で敵に回したくない」

 

「無茶を言わないでください。2人が指名されたチームは違う球団じゃないですか……」

 

陽さんは福岡にあるプロチーム。中田さんは東京にあるプロチームにそれぞれ指名されています。どちらも男女混合リーグですね。

 

(まぁ私は大学でキッパリと野球を辞めるつもりではありますが……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は2対1のまま、7回裏を迎えます。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ36

試合は7回裏。

 

「この回を抑えれば、新越谷にリベンジが出来るな」

 

「でも1点差しかないから、油断が出来ない……」

 

「加えてこの回はクリーンアップから始まりますからね」

 

今の吉川さんにとって確実に危険なのは雷轟さんだけでしょう。

 

「それにしても外野に妙なシフトを敷いているな」

 

「レフトはほぼ定位置だけど、センターはレフト寄りに寄ってるし、ライトに至っては1番端を守ってる……」

 

ライトに静華さんがいるからこそ出来る芸当ですね。三森3姉妹がいる時の外野シフトに似ていますが、超人的な走力の持ち主が1人しかいない場合の配置でしょうか?

 

(本来なら静華さんはセンターを守らせるのがベストではありますが、敢えてそうしている可能性も考慮しておくべきですかね)

 

あとは静華さんのポリシーとか……?

 

「これは右中間に打つよう誘っていますね」

 

「誘っている?」

 

「確かに新越谷側はポッカリと空いている右中間に打てば長打となるだろうが……」

 

 

カンッ!

 

 

今現に中村さんが右中間へと打球を放ちましたね。バットコントロールはピカ一でしょうか。ですが……。

 

 

バシィッ!

 

 

『アウト!』

 

「このように右中間への打球を静華さんに処理させて、静華さんの守備範囲を見せ付ける為だと思われます」

 

「これは実質右中間を村雨1人で見ているようなもの……」

 

「恐ろしい守備範囲だが、味方だと頼もしいな」

 

ワンアウトとなり、4番の雷轟さんですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

敬遠で歩かされます。どうやら雷轟さんは徹底的に歩かせる判断のようですね。その判断が吉と出るか凶と出るか……。この局面で問われます。

 

「ゾーンに入ったとて雷轟は抑えられないという判断のようだな」

 

「和美の性格上調子に乗って勝負に行きがち……」

 

「だから小林のリードも合わせた敬遠なのだろう。雷轟はゾーンに入った吉川でも抑え切れないと踏んだ結果だ」

 

吉川さんの性格的にもしかしたらゾーン状態に入れば雷轟さんを抑えられる……と思っていそうですが、それを小林さんによって抑制されている訳ですか。しかし梁幽館全体から吉川さんは『そういう性格』だと認定されているような気がしますが……。

 

 

カンッ!

 

 

5番の岡田さんが初球から打っていきますが……。

 

「打球はサード正面……!」

 

「ここで併殺を取れれば、梁幽館が勝利する……!」

 

確かにお二方の言うように併殺を取れれば、新越谷は負けてしまいます。サードはセカンドへと送球……。

 

(ここで負けるようなら、今の新越谷は警戒する必要はありませんね)

 

しかしそれで終わらないのが新越谷です。意地を見せてくださいよ?

 

 

ズバンッ!

 

 

『……セーフ!!』

 

これは雷轟さんの意地ですね。ヘッドスライディングで二塁へと飛び込み、セカンドのタッチとほぼ同時でしたが、判定はセーフ。岡田さんも一塁へと辿り着いていますし、これでワンアウト二塁ですね。

 

『アウト!』

 

……と思ったのも束の間。藤原さんが大きい当たりを打ちますが、結果はセンターフライ。今度はちゃんとセンターが処理しましたね。

 

「何にせよあと1人……!」

 

「だが二塁・三塁のピンチだ。踏ん張れよ吉川……!」

 

ツーアウト二塁・三塁の状況で打席に立つのは朱里さんです。この場にいずみさんと和奈さんがいればミーハーのように騒ぎ立てそうな場面になりましたね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ37

ツーアウト二塁・三塁。ヒット1本でサヨナラ勝ちが狙える局面で回ってきたのは朱里さんです。

 

「ツーアウト二塁・三塁で朱里さんの打順ですか……」

 

「夏大会での早川の印象としては難しいコースにも上手く対応出来る打者……という感じだが……」

 

中田さんからの朱里さんの評価はかなり高いですね。その印象は正しいです。

 

「その印象で間違ってはいませんよ。ですが……」

 

「何かあるの?」

 

「朱里さん自身が試合を左右する打者になるのが初めて……という点が問題になる可能性があるという事です」

 

何せリトルシニア時代ではこのような局面で朱里さんに回ってくる事はありませんでした。なので朱里さんにとっては初体験になります。

 

「朱里さんは新越谷の中では足が速い方ですが、ライトに飛ばせば静華さんの送球によってライトゴロになりますし、二遊間の2人は夏大会に出場していた白井さんと高代さんにも負けてない守備力を持ち、吉川さんはゾーン状態……。条件が良くないですね」

 

「その吉川が踏ん張れるかどうか……か」

 

「それもあるでしょう。ですので朱里さんに要求されるのはファースト以外の内野手の頭を越す当たりを打つ事……。朱里さんが打てれば新越谷の勝ち、それ以外なら梁幽館の勝ちです」

 

「随分はっきりと言うな?」

 

「仮に朱里さんが歩かされるとして、次の川崎さんは朱里さんに比べれば期待値はかなり低いです。過去の成績を見る限りですと川崎さんは広角に飛ばせる打者ではありません。新越谷のベンチ中で他にショートを守れる人がいるのなら、代打として一発のある大村さん、川原さんか、安定した成績を出している照屋さんを出すべきでしょう」

 

仮にその3人を出したとしても、朱里さんより期待値が低いのには間違いありませんが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「良いコースに決めてきた……」

 

「あれは手が出せないな」

 

バッテリーは際どいコースを攻めて、最悪歩かせる判断を取っていますね。正しい判断では。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

これでツーナッシング。3球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「決まった……?」

 

『……ボール!』

 

「入ってないのか……」

 

「審判によってはストライク判定を出すコースですね。朱里さんは救われました」

 

しかしこのような幸運はもうないと見て良いでしょう。今度こそ朱里さんは追い込まれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

 

 

 

『ファール!』

 

「次で15球目か……。吉川も早川も本当にギリギリな戦いをしているな」

 

「実際にどっちが勝っても可笑しくない……」

 

朱里さんという打者との勝負……という観点で見れば、有利なのはバッテリーの方ですね。一塁が空いていますし、歩かせる判断はありでしょう。

 

「スリーボールになっていますし、バッテリーは朱里さんを歩かせる選択もありです」

 

「吉川の性格上、ここは勝負続行だろうな」

 

「パッと見だと抑えられる可能性の方が高いから、それはあり得る……」

 

吉川さんの性格をよく知っているようです。それに雷轟さんに比べると朱里さんが安全なのもまた事実……。そう考えると勝負するのも自然ですね。

 

(確かに雷轟さん程の危険性はなく、読み合い次第では勝てる打者なので、無理にピンチを広げる必要はありません。朱里さんはそれを見越してここまでしている可能性がありますね……)

 

 

カンッ!

 

 

朱里さんは吉川さんのスライダーを捉え、その打球は鋭いゴロを描きます。

 

「打球はショート……!」

 

「抜ければサヨナラ、捕れれば私達梁幽館の勝ち……!」

 

ショートが追い付きそうな打球。最低でも同点にはしておきたいですね。

 

「抜けろーっ!!」

 

朱里さんの声がここまで聞こえました。中々聞かない声量での叫び……。朱里さんの必死さが伝わってきます。その結果は……。

 

「……抜けましたね。とりあえずは同点です」

 

「レフトが打球に追い付いた……」

 

「村雨程じゃなくても強肩だ。クロスプレーには持ち込める筈……!」

 

中田さんの言う通り、岡田さんと小林さんとのクロスプレーになりました。判定は……。

 

『……セーフ!セーフ!!』

 

これで新越谷の勝ちですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ38

『ゲームセット!!』

 

スコアボードには2対3の表示がされています。新越谷が勝った……という事実が如実に現れていますね。

 

「最後には新越谷が勝ちましたか……」

 

「……良い勝負だった。本当にどちらが勝っても可笑しくなかったよ」

 

「それでも……自分達がいたチームが勝てなかったのはとても悔しい……!」

 

中田さんの言うようにどちらが勝っても可笑しくはありませんでした。それを新越谷が制した……ただそれだけですね。 

 

「勝つ事があれば、負ける事もあります。実力が拮抗している高校同士の対戦はほんの少しの綻びが敗北に繋がり、今回は新越谷が梁幽館の綻びを見付け、試合に勝つ事が出来ました」

 

僅かな隙を見せれば、その時点で敗因に繋がる……。私達白糸台との試合でも僅かな隙を突かれた訳ですね。 

 

「綻び……とは結局何だったんだ?」

 

「……恐らくですが、終始雷轟さんとの勝負を避けた事でしょう」

 

「だけど雷轟は……」

 

「確かに雷轟さんは全国で1、2を争うスラッガーで、勝負を避けたい気持ちはわかります。ですが勝負を避けられた時に備えて雷轟さんが確実に点が取れるプランを新越谷全体で考え、その結果があの走塁でしょうね。雷轟さんとの勝負を避けると、雷轟さんの走塁に翻弄されてしまいます。今回の影森がそうでしたね。逆に言えば勝負をして雷轟さんを抑える事が出来たなら、新越谷の流れは崩れ、梁幽館の勝利へと一気に近付く事が出来たでしょう」

 

雷轟さんは勝負を避けられた時に備えて対策を講じた結果、身に付けたのがあの走塁だと考えるべきでしょう。静華さんや三森3姉妹とは比べるべくもありませんが、意表を突くには良い形でした。

 

(それでも私達には通用しませんよ……?)

 

「君は……凄いな。常に状況を二手、三手先を見据えている」

 

「確かに……。普通そんな事まで出来ない」

 

「これが私の性分なんですよ。趣味であり、日課であり、日常なんです。こういう風に情報を集め、それを分析し、そこから思考を回らせないと落ち着きません」

 

(本当に、気が付いたら今の私が誕生していただけです。多分『あの時』からずっと……)

 

それは幼少期の記憶……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザザッ……!

 

 

瞼を閉じると、幼少期の記憶が映像のように浮かびました。映っているのは私と和奈さんですね。

 

『かずなちゃん!どうしたの!?』

 

『な、なんでもないよ……』

 

和奈さんが疲弊している様子を私は心配していたのですね。

 

『なんでもなくないよ!かずなちゃんつらそうだもん!』

 

『ほんとうに、なんでもないからっ……!』

 

和奈さんは強がっていましたが、虐めを受けていました。

 

『いっちゃった……。かずなちゃん、ぜったいにだいじょうぶじゃないよね……。しらべ……なきゃ。かずなちゃんにきがいをあたえるこたちにはおしおきしなきゃ……!』

 

和奈さんに虐めを行っていた人達を懲らしめる為に私はその人達のありとあらゆる情報を姉と協力して集めたのでしたね……。

 

 

ザッ!ザザッ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そして……そうしている内に今の私が出来上がったのでした)

 

「どうした?何かあったか?」

 

「いきなり目を閉じたから、寝たのかと思った……」

 

過去を振り返っていると、中田さんと陽さんに心配されてしまいました。流石に寝てはいません。

 

(とりあえず関東大会の決勝戦まで勝ち進みましたので、白糸台は恒例脳裡オーダーでいきましょうか)

 

あとはそれを新越谷に伝えるのですが……。静華さん経由で伝えておきましょう。

 

『はい。こちら村雨』

 

「お疲れ様です。二宮です」

 

『おおっ!瑞希殿!どうしたでござるか?』

 

「新越谷野球部の皆さんに伝言をお願いします。関東大会の決勝戦、私達は1年生だけで挑みます。これをどう捉えるかは新越谷の皆さん達次第です……と」

 

『……了解したでござる』

 

静華さんに伝言を任せたところで、私はそろそろ白糸台に戻りましょう。

 

「行くのか?」

 

「試合結果は出ましたからね。その報告もありますし、白糸台に帰ります」

 

「今日は有意義な時間が過ごせた……。ありがとう」

 

「それはお互い様ですよ」

 

中田さんと陽さんと別れを済まし、帰りの電車の中で決勝戦の事を考えましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ39

二宮瑞希です。いよいよ関東大会の決勝戦が始まろうとしています。

 

「間もなく試合が始まります。いつも通りを心掛け、可能であれば勝利を目標に、頑張っていきましょう」

 

本日の試合は1年生のみの出場なので、私が選手間の指揮を任されています。一応ベンチには2年生の先輩方が何人かいてくれるのですが……。 

 

「本当に1年生だけで大丈夫~?」

 

「大星、これも白糸台では毎年恒例なんだ。諦めて受け入れろ」

 

このように大星さんが駄々をこね、新井さんがそれを宥める光景が見受けられます。こうして見ると、新井さんの精神的成長が伺えますね。部長に指名されたのと、罰ゲームがあってのものでしょう 

 

「ぶ~!……途中出場はありなのミズキ?」

 

「……基本的には最後まで1年生だけでいきます。例外があるのなら、向こうの動き次第になるでしょう」

 

例えば新越谷が私達と同様に1年生のみの出場を試みていて、代打等で2年生が途中出場したり……とかですね。

 

「向こうと言えば……まさか瑞希ちゃんの予想が的中するとは思わなかったな……」

 

「確かに……。新越谷も1年生のみで構成されたスタメンで来るとは……」

 

「今日は1年生同士の対決だね!」

 

……まぁ私の想像がこうして現実となった訳ですが。 

 

「新越谷も同じような考えを持っている……と予想しただけなんですけどね。1年生同士となると総合的に不利なのはこちらになります」

 

朱里さんと雷轟さんを筆頭に、朱里さんに匹敵するレベルの投手である武田さん、全国区の捕手である山崎さん、安定した成績を残している中村さん……。この5人は特に警戒した方が良いでしょう。来年にある県対抗総力戦の埼玉代表としてメンバー入りしそうですしね。

 

「まぁ新越谷は部員の15人中12人が1年生だからな。こういった状況に備えて高いレベルの1年生を育成していっているんだろう」

 

単純に人数不足……という理由もありそうですが、選手それぞれがハイレベルな事には間違いありませんね。 

 

「ですが決して勝てない相手ではありません。勝利を目指して頑張っていきましょう」

 

『おおっ!!』

 

ちなみに新越谷のオーダーですが……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 キャッチャー 山崎さん

 

4番 サード 雷轟さん

 

5番 ショート 川崎さん

 

6番 ライト 大村さん

 

7番 ピッチャー 朱里さん

 

8番 センター 照屋さん

 

9番 レフト 川口さん

 

 

……このようになっています。先発は朱里さんですか。

 

(ベンチにいる1年生は武田さんと星歌さん……。投手陣においてはもしかすると私達白糸台よりも上かも知れませんね)

 

それでも最後に勝つのは私達白糸台……といきたいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ40

じゃんけんの結果、私達は後攻となります。

 

「な、なんだか新越谷とは不思議な縁がある気がするよ……」

 

「前に練習試合をした時も鋼さんが投げていましたし、今日の試合……白糸台の恒例で1年生のみの出場になっているとはいえまた鋼さんが投げる訳ですからね」

 

本音を言えば新井さんも新越谷にリベンジしたい気持ちはあるでしょう。しかし春の全国大会に出場するのは柳大川越に決まった以上、リベンジは早くても夏に持ち越しとなりました。

 

「今日は部長の分まで頑張らないと……!」

 

「気張り過ぎないようにいきましょう」

 

『プレイボール!』

 

試合開始の号令と共に、中村さんが左打席に立ちます。

 

(新越谷の打撃傾向は徹底して調べたつもりですが、何が起こるかわかりません。打者1人1人を集中して抑えていきましょう)

 

鋼さんにはスライダーのサインを出します。

 

 

カンッ!

 

 

(初球打ちですか……)

 

「せ、セカンド!」

 

打球はセカンドゴロ。まぁ陽奈さんなら溢す事のないイージーなゴロですね。口は災いの元となりそうなので、決して口には出さずに心の中で留めておきますが……。

 

『アウト!』

 

この調子で打ち取っていきましょう。

 

(今日は神童さんや和奈さん達も観に来ている……。無様な試合は見せられませんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

初回は三者凡退に仕留めます。

 

「出だしは良い感じですよ。このピッチングをキープしていきましょう」

 

「が、頑張るよ!」

 

1回裏。最早このチームにとってのリードオフガールになる日葵さんが打席に入ります。

 

「よろしくねー!」

 

日葵さんは1番に君臨してから、初回の出塁率はほぼ100%です。しかし例外があるとすればこの試合も当てはまりそうですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

朱里さんの球威がここ数年で最高潮に辿り着いています。あの球速のまま最終回まで持つ事はないでしようが、それでも厳しい展開が強いられます。

 

「日葵ちゃんが初球見逃すのって珍しいね……」

 

「あの子は好球必打を好む部分はガールズの時からよくあったわ」

 

日葵さんはガールズ時代では2番をよく打っていたそうですが、今では立派な先頭打者として仕上がっています。

 

「そういった意味でも日葵を1番に据えた二宮の判断は正しかったんだろう。私も今のピッチングが出来るのは二宮のお陰だしな」

 

「何故私が持ち上げられる流れになっているのかは知りませんが、日葵さんのバッティングスタイルやミートとパワーの高さ、そして走力を考えれば2番よりも1番が向いている……。そう思っただけです」

 

極めて単純な考えだと思いますが……。

 

(その思考にすぐ辿り着ける人間はそう多くはないんだよ……。やはり神童元部長が二宮を『異常』だと言っていたのは間違いではなかったな。敵に回したくない人物だ……)

 

「しかし日葵さんはこの打席では朱里さんを打つのは無理でしょう」

 

「ええっ!?」

 

「日葵の成長速度は凄まじいものだけれど、それでも早川さんを打つのは不可能だと言うのですか?」

 

「日葵さんは確かに天才的な部分が目立ちますが、単純な実力勝負においては朱里さんがその上を行く……それだけです」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「で、でもタイミングはあってるよ!?」

 

「投げているのが他の投手陣なら、日葵さんは出塁まで漕ぎ着けるでしょう。しかし朱里さんは別です」

 

「別……?」

 

「朱里さんは他の投手陣に比べて手数の多さが圧倒的です。本来なら狙い球を絞る事すら困難です。加えて朱里さんが全力で投げているという事は……」

 

 

ズバンッ!

 

 

(よし!上手く引っ掛かった!)

 

(嘘……。私が空振り!?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「このように三振させる事も可能です」

 

本気の朱里さんのデータはほとんどないので、データを洗い出すのが大変です。序盤は見ていく事になるでしょうね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ41

日葵さんが三振に倒れ、トボトボと落ち込んだ様子を見せて戻ってきました。

 

「日葵が空振りなんて珍しいわね。ガールズ時代でもほとんどしなかったのに……」

 

陽奈さんの言うように、日葵さんは空振りは少ないのです。好球必打の傾向の割には意外だと思いました。 

 

「……朱里ちゃんの変化球、前よりもキレてたよ。あのフォークは簡単には打てないかもね。悔しいけど……!」

 

「あ、あの日葵ちゃんがそこまで言うなんて……」

 

「それが朱里さんですからね」

 

変化球の完成度は高くなる一方ですが、朱里さんのスタミナ増強の傾向は一切見られません。恐らく球種開発に力を入れているのでしょうね。朱里さんはもしかして抑え投手として君臨する予定なのでしょうか?

 

「ミズキさんがそこまで言うとは……。アカリさんの球はワタシが打ってみせマース!」

 

今回のオーダーで4番になったバンガードさんが張り切っています。やる気があるのはとても良い事なのですが……。 

 

「始めに言っておきますが、この試合においてバンガードさんは期待出来ません」

 

「why!?」

 

「バッサリ切ったな……」

 

今の朱里さんの投球スタイルはバンガードさんと相性が悪いです。というか朱里さんどころか新越谷の投手陣には余り強く出れそうにはありませんね。ジャイロボール主体の藤原さんくらいでしょう。 

 

「映像からでは伝わりませんが、朱里さんは変化球主体の投手な上に、変化球の種類も多いので、バンガードさんとは相性が極めて悪いです」

 

「ぐぬぬ……!映像ではただのストレートにしか見えないノニ……!」

 

「それが朱里さんの持ち味です。如何に変化球をストレートと類似させられるか……。それを朱里さんがシニア時代にとある人に教わった技術を精一杯に仕上げました」

 

「とある人って……?」

 

「その方は今アメリカにいます。私も彼女の情報は余り持っていませんが、その中でわかるのは彼女が投げる球は朱里さんの完全上位互換である事……それだけです」

 

「早川さんが今投げている球の……!?」

 

「更に彼女は来年の夏大会にて日本の高校で出場してきます。そうなると白糸台にとっては最大の敵となるでしょう……」

 

「そ、そんなに……!?」

 

まぁあまり多くを名言する必要はなさそうですね。今はこの試合についてです。

 

「ですので彼女に勝つ為にもこの試合で朱里さんの突破口を掴みましょう」

 

「それが今日の試合の目的……という事ですか」 

 

「そうなりますね。陽奈さんは今日の面子の中では日葵さんと並んで期待出来る打者です。頑張ってください」

 

対朱里さんにおいては佐倉姉妹の打撃が必要になってきます。夏以降も考えると尚更に……。

 

「二宮さん……はい、行ってきます!」

 

佐倉姉妹は守備方面でもかなり活躍が見込めます。期待していますよ。

 

(気になるのは彼女が入る予定である日本の高校にあの『上杉真深』さんや『ウィラード・ユイ』さんが一緒に来るかも知れないという事……。今もアメリカで同じチームで活躍しているみたいですし、仮に彼女達が清澄のような無名の高校に入ったとしてもその高校は間違いなく全国で1、2を争うチームに仕上がるでしょうね)

 

超高校級の投手とスラッガーであるウィラードさんと上杉さん、そして現時点でもプロやメジャーでも十二分に通用する風薙さん……。次の夏は彼女達の事も考えなければなりませんね。

 

「……願わくばあの人達が同じ地区には入ってほしくないですね」

 

「瑞希ちゃん、何か言った?」

 

「……いえ」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ああっ!?お姉ちゃんも三振しちゃったよ……」

 

「……早川からは神童元部長のような雰囲気を感じるな」

 

新井さんの呟きも決して大袈裟ではないのかも知れません。朱里さんは新越谷で更に成長しています。

 

(ですが成長しているのは鋼さんも同じ……)

 

むしろ伸び代だけで言えば、鋼さんは朱里をも上回っています。その伸び代を上手く生かすのが捕手としての務めですね。頑張っていきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ42

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

結局初回は三者連想三振ですか……。流れが悪いですね。こういう時はこちらもピッチングで流れを変えていくべきでしょう。

 

「この回は雷轟さんから……!」

 

2回表は4番の雷轟さんから始まります。それと同時に鋼さんから緊張感が感じられますね。

 

「雷轟さんは秋大会、関東大会と歩かされてばかりですね。それ程彼女の打力を恐れている投手が多いみたいですが……」

 

「……瑞希ちゃんは私が雷轟さんと勝負をするのは反対?」

 

「…………」

 

鋼さんが雷轟さんとの勝負に反対か私に尋ねてきます。

 

(鋼さんの実力はここ数ヶ月で急上昇している……。新越谷との練習試合では偶然打ち取れましたが、今度もそうなるとは限りません。更に新越谷は朱里さんが投げている以上得点も難しいとなると……)

 

「……私はこの状況下で雷轟さんと勝負をするのはおすすめしませんが、鋼さんが雷轟さんと勝負をしたいと言うのなら、私はそれに従います」

 

私個人としては歩かせる事を推奨しますが、この試合においては鋼さんの意思を尊重させても良いでしょう。全国大会で新越谷とは勝負しない訳ですから存分にデータを集められる……という大義名分もあるので、私としてはどちらに転んでも損はありません。

 

「瑞希ちゃん……」

 

「新越谷との練習試合を思い出して、雷轟さんに勝ちにいきましょう」

 

「うんっ!」

 

(鋼さんにとって雷轟さんはこの先大きな障害となるでしょうし、この関東大会もあくまで調整……。勝利するに越した事はありませんが、この試合は新越谷の1年生達のデータが取れれば充分でしょう)

 

雷轟さんとの勝負を通じて、鋼さんの更なる成長を期待しましょう。

 

(まずは低めにお願いします)

 

(うん!)

 

初球は低めにストレート。一応手を出すと詰まらせるようなコースに投げさせますが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

とりあえずはストライク1つ目ですね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

しかし2球目。タイミングをずらしたのにも関わらず、雷轟さんは豪快な打球を放ちます。

 

(タイミングをずらした筈なのに、あそこまで飛ばすなんて……)

 

(……やはり雷轟さんは油断ならない相手ですね。何れは和奈さんのように敬遠球を打つ方法を考えていそうです。和奈さんとは違って身長には難儀していない時点でいつか敬遠球もスタンドへ運ぶレベルのパワーを身に付けているでしょう)

 

或いは既に身に付けている可能性すらありますね。

 

(3球目は……?)

 

(以前に雷轟さんを打ち取った斜めに曲がるスライダーを意識させてみましょうか)

 

(了解!)

 

雷轟さん的にここは以前打ち取ったスライダーがちらつく筈……。それならここはストレートで打ち取りにいきましょう。

 

(ストレート!?)

 

 

カキーン!!

 

 

打球音はあれですが、当たり的には打ち取っている筈です。なので……。

 

『アウト!』

 

無事に打ち取る事が出来ました。とりあえずはこちらに流れを手繰り寄せる事に成功しましたね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ43

2回表は雷轟さんを打ち取った勢いで、そのまま三者凡退に。この調子で私達が先制点を取っていきたいですね。

 

「それでは行ってキマース!」

 

2回裏。この回の先頭打者であるバンガードさんが張り切って打席に向かいますが……。

 

「バンちゃん張り切ってるねー!」

 

「でもあの張り切りって空回りしそうな予感がするよ……」

 

鋼さんの指摘通り、あれは空回りの前兆です。バンガードさんは対ストレートにはかなり強く、新井さんのジャイロボールを完璧に打ち返す程の打者なのですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

このように変化球とわかると簡単に空振りしてしまいます。打てる時もあるにはあるのですが……。

 

「空を切る勢いが凄いね……」

 

「とても未来の4番打者とは思えませんね」

 

「あははっ!無様~!」

 

バンガードさんの空振りっぷりを見たベンチの皆さんは様々な反応を見せています。大星さんに至ってはゲラゲラと笑っています。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「……しかしこれは酷いな。いや、私がどうこう言える立場じゃないんだが、これはなんとかした方が良いんじゃないか?」

 

「……既に矯正プログラムは組んであります。しかしこの試合でやっていくのは難しそうなので試合が終わり次第、徹底的にやっていきます」

 

「そ、そうか……」

 

(いつもの無表情だが、怒ってる……よな?私が過去に二宮に対してサイン無視をした時の比じゃないぞ……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

結局バンガードさんは3球三振ですね。はぁ……。

 

「み、瑞希ちゃんが溜め息を吐いてる……」

 

「そ、それ程に酷かったのでしょうね。バンガードさんの空振りは……」

 

「ミズキから雷が落ちるんじゃない?」

 

「瑞希ちゃんって怒るにしても怒鳴るタイプじゃないと思うよ?多分諭すタイプだと思う」

 

何やらベンチ内で話していますが、私はとにもかくにもバンガードさんにお説教……ではなくお話です。

 

「……なんですか?あの大振りは?」

 

「ミズキさん、これには山よりも深く、海よりも高い訳があるのデース!」

 

どうやらあの大振りにはバンガードさんなりの大きな理由があったそうです。それは知りませんでしたね。

 

「ほう……?ではその理由とやらを聞かせてもらいましょうか?」

 

「み、ミズキさん怖いデスよ。smileデース!」

 

「前にも言いましたが、私は笑うのが苦手なんですよ。それよりも私とお話しをましょうか?」

 

「ひえっ……!」

 

楽しいお話タイムの始まりです。それにしても私の顔はいつも通りですよ?

 

「……二宮は怒らせるとヤバいな」

 

「瑞希ちゃんは普段は温厚なんですけど……」

 

「ああいう風に馬鹿をしない限りは無害……という訳か。私が過去に二宮のサインを無視して打たれた時もあんな風に怒りはせずとも、二宮はストレスを溜め込んでいた……と考えると、謝罪の意味も込めて今度あいつを労っておくかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

バンガードさんとお話している間に2回裏が終わりました。しかも3人共三振ですか……。

 

(次の攻撃で私に回ってきますし、皆さんの為にも突破口は作っておきたいですね)

 

そんな想いを秘めて、3回表裏に臨みます。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ44

3回表。この回は朱里さんからですか……。

 

(先頭打者は朱里さんですか……。朱里さんは打撃方面でも一定以上の成績を残しますので、油断せずにいきましょう)

 

(うん!)

 

朱里さんはピッチングと同じように、バッティングでもその器用さを見せます。シニア時代でも一定の打率を残していますしね。

 

(今の鋼さんなら落ち着いて投げれば、痛打されないとは思いますが……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は斜めに曲がるスライダー(その球種はカーブともスライダーともとれる事から『スラーブ』とも呼ばれています)。朱里さんは見送りですね。

 

(い、いきなりスラーブか……。これはコース的にも手が出ないよ)

 

この調子で対強打者用の配球を用いて朱里さんを抑えていきましょう。

 

(瑞希ちゃんのサインは外角低めにスライダー……!)

 

2球目。その結果は……。

 

 

カンッ!

 

 

「!!」

 

『打った!?』

 

タイミング完璧でしたね。どうやら朱里さんには読まれていたみたいです。レフト前ヒットとなってしまいました。

 

「タイムお願いします!」

 

次の打者を迎える前に朱里さんがタイムを掛けて、照屋さんと川口さんの元に駆け寄ります。それと同時に鋼さんがマウンドに駆け寄ってきました。忙しい状況ですね……。

 

「ごめん。打たれちゃった……」

 

「いえ、鋼さんが投げた球は決して悪くはありませんでした」

 

(恐らく朱里さんにこちらの配球が読まれている可能性が高いですね。一応3つ程パターンは用意していますが、それも全て読まれている可能性を考慮するのなら……!)

 

「み、瑞希ちゃんどうしよう……」

 

「どうするも何も、現状の私達に出来るのは配球を変えるくらいしかありません。打たれたら打たれたらでまた考える……それだけですよ」

 

おろおろと狼狽えている鋼さんを軽く慰め、私は朱里さん達の方を向きます。

 

「……それは本当なの?」

 

「まだ確証が持てないけどね。それに私と雷轟以外を相手にする時の鋼さんは……」

 

余り声は聞こえませんが、恐らくは配球の事について話しているのでしょう。

 

「鋼さん、初球の入り方で配球が読まれているとわかればパターンを変えていきますよ」

 

「う、うん……!」

 

(読まれている事も含めて、次はどうリードしましょうか……)

 

頭の中で複数の解答を浮かべて、次の打者との対戦に集中します。

 

「よろしくお願いします」

 

次の打者は照屋さん。そういえば小学校が同じでしたね。新越谷の(将来性抜群の)初心者の1人ですか……。

 

(この局面を乗り切れば、こちらが有利になるのは間違いないのですが……)

 

可能ならば、ここは抑えていきたいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ45

先頭の朱里さんに打たれてしまい、ノーアウト一塁。打席には照屋さんが入ります。

 

(照屋さんは初心者ではありますが、新越谷の選手の中では打率が高め……。甘く入らないように注意しましょう。初球はこれで来て下さい)

 

(うんっ!)

 

鋼さんに出したのは外角へと曲がるスライダー。

 

(カウントを取りに行く外目のスライダー……!朱里さんの指摘通り!)

 

 

カンッ!

 

 

(初球から打たれた!?)

 

(やはり読まれていましたか……)

 

ほぼ完璧に配球を読まれていますね。朱里さんから伝わっているのでしょう。6年間の付き合いである程度バレてしまうのは仕方がありません。

 

照屋さんにエンドランを打たれてしまい、ノーアウト一塁・三塁のピンチになります。

 

(ち、チャンスの場面で回ってくると緊張するわね……)

 

次は川口さんですか……。

 

(川口さんは選球眼が鋭いタイプです。カウントを悪くすると歩かせてしまいそうですね……)

 

この手の打者は基本的に3球勝負で良いでしょう。もちろんカットされない前提です。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は見送りですね。

 

(次はこれでいきましょうか)

 

(了解!)

 

川口さんや中村さんのような左打者に対する配球を投げさせていますが、恐らくこれも……。

 

(初球は朱里の読み通り……。もしも朱里の言うパターンが本当ならこの次に来るのは……!)

 

(左打者に食い込むスライダー……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

三塁線ギリギリですね。フェアにならなかったのは助かりました。

 

(ふぅ……。なんとか追い込んだよ)

 

(配球パターンが読まれているとなると、雷轟さんや朱里さんを相手に使っていたパターンを織り混ぜて投げてみましょう)

 

(うん……!)

 

朱里さんや雷轟さんを相手にするなら、ここは斜めに曲がるスライダーで三振を取りに行きます。

 

またそれ以外の打者が相手なら、ストレートで詰まらせに行きます。

 

(それぞれの配球を混ぜ、そこから幾通りのパターンを思考……)

 

その中から導き出される答えは……。

 

(……中間択になる縦に落ちるスライダーですね)

 

(わかった……!)

 

(3球目。パターン通りなら鋼さんの決め球であるスラーブを投げてくる筈……!)

 

川口さんが想定しているパターンでは斜めに曲がるスライダーかストレートになっている筈……。上手くいけば、これで三振になりますね。

 

(縦に落ちるスライダー!?)

 

(裏を突いた……。これで三振だよ!)

 

「………!」

 

川口さんが戸惑っているのを見るに、想定したものと違うのは確かでしょう。

 

(野球はまだまだ素人だけど、私なりに鋼さんの投げる球をデータから予測して、朱里の言う事を『信じないで』次に繋いでみせる!)

 

 

カンッ!

 

 

(嘘っ!?)

 

裏の裏を突いた配球だと思いましたが、綺麗に合わせられましたね。

 

打球は一二塁間を抜け、タイムリーヒットとなってしまいました。

 

「息吹さん、ナイバッチ」

 

「ええ。朱里の言う事を信じなくて良かったわ」

 

「う、うん……。言いたい事はわかるけど、その言い方は私がちょっと傷付くんだよ……」

 

「えっ?あっ……。ゴメンゴメン!そんなつもりで言ったんじゃないのよ!?」

 

「わ、わかってるよ……」

 

(……朱里さんと川口さんの会話からするに朱里さんは自分の想定を川口さん(と照屋さん)に話し、裏を突かれないように半信半疑くらいにしておこう……という算段でしたか)

 

私もまだまだですね。この試合を通じてそれを痛感しました。

 

「ごめん……。打たれちゃった……」

 

「……今のは仕方ないですよ。相手の読みが鋼さんを上回りました」

 

(朱里さんが何かを吹き込んだとは言え、ピンポイントに縦に落ちるスライダーを捉えられるとは思いませんでした……)

 

「……どこか甘くなっているのかも知れませんね」

 

「瑞希ちゃん……?」

 

「こちらの話です。気にしないでください」

 

過去に私が和奈さんを虐げていた人達を屠ったあの頃の非常さを忘れてしまっていたようです。切り替えていきましょう。もう甘さは見せません。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ46

3回裏。一応この回に私の打順が回ってきます。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ヤバイねこれ。特にフォークとSFFが……」

 

「最早手が付けられないデース!」

 

「こうなったら、瑞希ちゃんにお願いするしかないよ!」

 

ベンチでは朱里さんの三振ショーに絶望している様子です。まだあと1度は回ってくるのに、諦めが早過ぎます。

 

「二宮は頼りになるかも知れんが、頼り過ぎは良くないぞ。自分の力で切り開くつもりで早川に臨め」

 

「……新井部長の言う通りです。二宮さんばかりに頼るのは良くないですね」

 

「お姉ちゃんと部長の気持ち通りではあるんだけどね……?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「これはもう瑞希ちゃんに頼るしかなくない?」

 

「…………」

 

「…………」

 

新井さん?陽奈さん?何故そこで黙るのですか?もしも私が三振してしまったらどうするのですか?

 

「……とりあえず行ってきます」

 

(今の私の役割は白糸台ベンチの諦めムードを払拭する事ですね……)

 

朱里さんの球を打つのは困難ですが、私にやれる事をやるしかありません。

 

(球数を稼がれるくらいなら勝負を避けるべきなんだろうけど、それすらも二宮の思惑通りになっている気がしてしまうのが二宮の恐ろしいところだよ……)

 

(さて、数ヶ月ぶりに朱里さんと勝負です。皆さんの話によりますとストレートに見せた変化球にフォーク、SFFを多用してくる……との事ですね)

 

「早川の球は前に対戦した時の比じゃないな。特にSFFとフォークが見分け辛い分厄介だ」

 

「あ~あ、私も試合に出たいな~!」

 

「お、大星先輩、余りわがままを言うのは良くないですよ」

 

「全くだ。後輩にこんな事を言わせるな」

 

「瑞希ちゃん、打てるかな……?」

 

「この打席に限ってはわからないが、最後にはきっと打つ……。二宮瑞希はそういう奴だよ」

 

ベンチでは期待の声があがっていますし、なるべくそれに応えたいところではあります。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

……という想いを秘めていたら、追い込まれてしまいましたね。

 

(これで二宮さんを追い込んだ……んだけど)

 

「…………」

 

(二宮さんって表情が表に出ないから、焦っているのかもよくわからないんだよね……)

 

ここからは朱里さんの性格と山崎さんのリード傾向をこれまでの打者からもらったヒントで読んでいきたいです。

 

(見送りカウントは全て使いきりました。ですが傾向的に朱里さんが次に投げる球は……)

 

三振を取りにいく変化球ですね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(SFFに合わせられた!?)

 

(……やはり二宮は一筋縄ではいかないね)

 

フォークとの2択だった訳ですが、これに関しては本当に勘でしかなかったので、無事に当てられて良かったです。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

次はカットボール。ストレートに見せているので、打ち取られないかヒヤヒヤものですね……。

 

(朱里さんの事ですし、そろそろまだ投げていない変化球を投げてきそうですね)

 

朱里さんの球種でフォークとSFFに匹敵する変化球は限られますが、本当にそれを投げてくるのか……といったところですね。そんな5球目ですが……。

 

(この軌道と変化は……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(ナックルカーブでしたか……。最後に見てから投げている場面が余りなかったので、見落としていましたね。私もまだまだ甘いです)

 

(よし……!第1ラウンドは私達の勝ちだ!)

 

リードの甘さがバッティングにも出ていた……と考えると、これから支障が出そうですね。ですが今はチャンスを待つしかありません。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ47

試合は6回裏まで進みました。

 

スコアは1対0のまま、私達白糸台に至っては5回までノーヒットだった訳ですが……。

 

 

カンッ!

 

 

「ナイバッチー!」

 

「ようやく早川を捕まえたか……?」

 

7番、8番と連続で朱里さんの球を打ち、ノーアウト一塁・二塁のチャンスが訪れました。

 

(ヒットを打てたとはいえ、朱里さんの球はまだ勢いがあります。新越谷の守備シフトを上手く突いた良い安打ですね)

 

お膳立てをしてもらった感じもしますが、チャンスの場面で私に回ってきましたね。

 

(状況的には併殺を避ける為に送りバントでワンアウト二塁・三塁にするのが無難ですが……)

 

「瑞希ちゃん!」

 

「頑張ってくださいね」

 

ここまで期待の声もらっておいて、それは違う気がしますね。

 

「行ってきます」

 

なるべく良い形で次の日葵さんに繋げたいものです。

 

(ここが恐らく最大のチャンスですね。もしもここで点が取れないとなると私達の敗北はほぼ確定と見ても良いでしょう)

 

『9番 キャッチャー 二宮さん』

 

勝負ですよ。朱里さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

それなりに球数を稼ぎましたし、私の仕事としては終わりで良いでしょう。本来ならば……。

 

(カットもギリギリですね。タイミングが寸分でも違えば空振りになってしまいます。向こうにそれが悟られてないと良いのですが……)

 

(ボール球は見逃されるし、ストライクゾーンを通る球はギリギリのところでカットされるし、状況が悪くなる一方だ。どうしたものかね……?)

 

「良い感じに瑞希ちゃんが粘ってるね」

 

「二宮さんは私達の為に早川さんの球数を費やしてくれています。日葵、私達のバットで白糸台を逆転まで導くのよ。二宮さんの頑張りを無駄にしないようにね」

 

「もちろんだよ!陽奈お姉ちゃん!」

 

(1年生達の結束が深まっていく……。これも二宮の人徳のお陰だろうな。まぁ本人は自覚が全くないみたいだが……)

 

「ミズキさん、fightデース!」

 

「頑張って……!瑞希ちゃん!」

 

(今の主力メンバーを中心に1年生にまとまりが出来ているのは間違いなく二宮に感化された影響だろう)

 

私を応援してくれている彼女達の為に、次へ繋ぎたい……。そう思ってしまいますね。

 

(これも甘さから出た想い……ですか)

 

しかしそれを否定しようとは思いませんね。どこか心地良いと思っているからでしょうか……?

 

「タイム!」

 

ここで山崎さんがタイムを掛けます。朱里さんの息を整える為のものでしょう。今の内に私も色々と整理しておきましょう。

 

(朱里さんの持ち球、バッテリーの配球、投げられたコース、そして7番、8番の打者が朱里さんの球を打てた事……。これ等を考慮して次に朱里さんか投げる球を予測していきましょう)

 

「……1つだけ、試したい事がある」

 

「試したい……事?」

 

「これが失敗すれば一気に逆転を許されてしまう……。試しに何球か投げたけど、未完成なんてレベルじゃないくらいに酷かった……。大分マシになったとは思うけどね」

 

「それが……二宮さんを抑える術になりうるの?」

 

「それはわからない……けど、意表は突けると思うし、やってみる価値はあるかもね。その分リスクも高い。所謂ハイリスクハイリターン……ギャンブルだよ」

 

「……朱里ちゃん、私は朱里ちゃんを信じるよ」

 

「……ありがとう。今は二宮達を抑える事に専念させてもらうよ」

 

タイムが終わり、山崎さんが戻ってきました。

 

「お願いします!」

 

山崎さんの表情が変わりましたね。そして……。

 

「…………!」

 

(……今の朱里さんからは今までの朱里さんとは比べ物にならない何かを感じますね。余りこういうのは信じないのですが、現に朱里さんからは風薙さんの影が重なって見えます)

 

今の朱里さんとして完成させた切欠を作ったのが風薙彼方さんです。アメリカにいるそうですが、近々日本に来るそうです。

 

(これが私の全力……!あの人から教えてもらった集大成をこの1球に捧げる!)

 

次で丁度10球目ですね。朱里さんは全身全霊の力でぶつかってくるでしょう。

 

(速度、軌道から察するに朱里さんが投げてきたのはストレートか、ストレートに見せ掛けた変化球。もしも後者なら今の私では当てる事は出来ません。狙いはストレート1本に絞りましょうか)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(……後者の方でしたか。今の1球は風薙さんを連想させる良い球でした。あれを投げ続けられると日葵さんや陽奈さんでも打つのは不可能でしょう。偶々投げる事の出来た1球である事を願うしかありませんね)

 

「瑞希ちゃん……」

 

「繋ぐ事が出来ずすみません」

 

「……まぁ早川が投げた最後の1球はこれまでの早川とは違った。ここにきてまたギアを上げてきたな」

 

ここで追い付きたかったですが、悔いても仕方がありませんね。まだチャンスは継続していますし、まずは同点を目指しましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

結果だけを言うと、勢い付いた朱里さんから打つ事は出来ませんでした。

 

『ゲームセット!』

 

試合は1対0で私達白糸台は敗北……という形で終わりました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ48

二宮瑞希です。関東大会は新越谷の優勝で幕を閉じました。

 

「1年生諸君、今日の試合はお疲れ様。結果は残念だったが、各々が次にどうすれば良いのかが見付かった事だろう……。それぞれの課題を胸に、春大会に向けて練習に励んでくれ!」

 

『はいっ!!』

 

(特に春大会は二宮がいないからなぁ……。十文字のような選手もいないし、二宮がやっていた仕事については私達で手分けしてやるしかないか……)

 

私の課題は2つの意味で朱里さんの球種把握ですね。

 

「負けちゃった……」

 

「早川さんの球が1打席目よりも2打席目、1球目よりも2球目と段々進化している……そんなイメージが浮かびました」

 

主要メンバーによる追加の反省会です。まぁ朱里さんの球についてどうこう……という内容のようですが。 

 

「確かにな。仮に私や大星が代打で出たとしても打てるかと聞かれれば恐らく無理だっただろう」

 

「えぇ~!?そうかな~?」

 

夏でも新井さんと大星さんは朱里さんに苦戦していましたし、朱里さんの成長具合も考えると、新井さんの推測は概ね正しいでしょう。

 

「……その推測は間違っていないと思います。6回の私に投げた最後の1球から朱里さんの投げたストレートに見せ掛けた変化球はこれまでよりも球速やキレが上昇していました。それに織り混ぜて投げたSFFとフォークはそれ等と相性が抜群でしたね」

 

ナックルカーブを投げたのは私へのあの1球だけですし、フォークとSFFの見分けが遅れたのも敗因の1つでしょう。

 

「早川さん、凄かった……。私にもあんな投球が出来るかな?」

 

「鋼さんは鋼さんです。朱里さんのようにはならなくても良いんですよ」

 

「瑞希ちゃん……」

 

「貴女の持ち味を最大限活かせるように私の方でも考えておきますので、鋼さんも頑張ってください」

 

そもそも朱里さんと鋼さんでは球種が全然違います。鋼さんは朱里さんよりもはづきさんの方が選手タイプとしては近いでしょう。野球センスも含めて……。

 

「うん……うん!私もいっぱいいっぱい頑張るよ!」

 

「良い話デス!」

 

「おまえが占めるのか……」

 

(今回の鋼さんの投球内容自体は良かったですし、朱里さんの進化も把握出来ました。朱里さんの球を打った7番と8番の人達は1軍に昇格しても良さそうですね。そして朱里さんが6回以降に見せたピッチングが今後常に出来るようになるか……それ次第でシニアの世界大会で優勝出来るかが変わってきます)

 

まずはシニアリーグの世界大会に向けて……。情報収集を開始しましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ49

二宮瑞希です。世間一般では冬休みの時期に入ります。

 

白糸台1軍は自由練習なので、私は年始まで休暇をもらって埼玉へと帰省します。

 

クリスマスイブには新越谷と梁幽館の練習試合を観戦し、合同練習にも参加させてもらいましたね。

 

(実家に帰ってからもやる事は余り変わりませんね。シニアリーグの世界大会に向けて情報収集に勤しみましょうか)

 

特に警戒しなければならないのはアメリカ代表のエース投手であるウィラード・ユイさんと、4番打者の上杉真深さん。そしてその2人の直属の先輩になっている風薙彼方さん……。風薙さんに関しては来年の夏に確実に敵として現れるでしょうし、少しでも多くのデータが欲しいところですね。

 

(そうなるとまずは風薙さん周辺の情報を集めましょうか)

 

風薙さんと繋がりのある静華さんなら、何かわかるかも知れませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……と思って梁幽館まで赴こうとした時期が私にもありました。

 

「あれ?もしかして瑞希ちゃん!?東京の高校に入ったって聞いてたのに、まさかここで会えるなんて思ってなかったよ!」

 

私も会えると思っていませんでした。まさか風薙さん本人がこの埼玉に来ているとは思ってもみませんでした。

 

(しかも隣にいるのはウィラード・ユイさん……。集めようとしていた情報の対象がこうして眼前に現れるというのは良い意味で誤算でしたね)

 

そういえば今いる河川敷は朱里さんと風薙さんが初めて出逢った場所で、朱里さんを介して風薙さんと交流したのもこの河川敷でした。風薙さんにとっては縁の深い場所なのでしょうか?

 

「風薙さん、お久し振りです。相変わらず元気そうですね」

 

「うんっ!私は元気だよ!」

 

見ての通りですね。それよりも……。

 

「あの、彼方先輩……?」

 

「あっ、ごめんごめん!紹介するね瑞希ちゃん。この子はアメリカで仲良くなった私の後輩の1人で……」

 

「ウィラード・ユイよ。よろしくね?」

 

よく存じ上げています。丁度貴女達の事を調べようと思っていました。

 

「二宮瑞希です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

(随分と小柄だけど、その身体から発せられるオーラ……。ただ者じゃないわね……!)

 

「そうだ!瑞希ちゃん、ミット持ってきてる?」

 

「ありますよ」

 

捕手にとってのキャッチャーミットは半身と同義ですから。

 

「ちょっと私の球を捕ってくれないかな?この河川敷に来ると、なんだか気分が昂っちゃって……」

 

「その理屈はわかりませんが、了解しました。準備しますね」

 

ひょんな事からアメリカの野球部の最前線で活躍している選手達と出会しました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ50

二宮瑞希です。河川敷を通っていると、風薙さんとウィラードさんに遭遇しました。

 

 

ズバンッ!

 

 

そして今はこうして風薙さんの球を捕り続けている訳ですが……。

 

(風薙さんの球を見たのは3年ぶりですが、最早当時とは比べ物になりませんね……)

 

(彼方先輩の球を寸分のブレすら見せずに捕り続けるなんて……。この捕球能力は世界一の捕手とも言われるリリ・フロイスと競るわね……!)

 

風薙さんの持ち球はこの豪速球に、ほぼ同速で投げられるドロップボールとナックルボール……。決して多くの球を操れる訳ではありませんが、1つ1つが研ぎ澄まされています。

 

(大豪月さん以上のストレートと神童さん以上の変化球のキレ……。これは来年の夏は嵐が吹き荒れますね)

 

「よし!じゃあ次で最後にしよっか。じゃあ瑞希ちゃん、打者役をお願い!」

 

「……?わかりました」

 

「彼方先輩、もしかしてあれを投げるんですか?」

 

「そのつもり。きっと瑞希ちゃんなら良い反応をくれる刈らね」

 

「……それなら私が球を捕ります。構えているだけで良いなら、私でも出来ますし」

 

「ありがとうユイちゃん!」

 

ラスト1球というタイミングで私が打者として指名されました。風薙さんとウィラードさんの会話から察するに、投げられるのはど真ん中のストレート系列の球のようですが……?

 

(風薙さんの自信に満ち溢れた表情から察するに、恐らく風薙さんの決め球を投げてくる筈……)

 

しかも1球限りみたいですので、可能なら打っていきたいですね。

 

「じゃあいくよ……!」

 

「「…………!」」

 

(風薙さんから発せられる威圧感……。世界最強レベルの投手はやはり別格ですね)

 

(普段の朗らかで無邪気な彼方先輩とは正反対と言ってもいいわね……。慣れていなければ押し潰されそうよ)

 

風薙さんが投球フォームを取って投げます。

 

(かなり速いですが、先程まで投げていたストレートと大差ありませんね……)

 

とりあえず打ってみますか……!?

 

 

ズバンッ!

 

 

「これは……」

 

(まぁ初見では絶対に打てないわよね……。というかほとんどの人が手を出せないわよあんな豪速球!)

 

確かに芯で捉えた筈なのですが……。球が……貫通した?

 

「どうかな?私の決め球だけど……」

 

「……中々に面妖な球でした」

 

(先程はスイングしたから、あのようにすり抜けたようにも見えた……。恐らく当てるだけならバントの構えをするだけで良いでしょう)

 

「やっぱり瑞希ちゃんは凄いね。決して諦めないって眼が好感持てるよ!ね?ユイちゃん!」

 

「そ、そうですね……?」

 

(眼の光が消えてるようにも見えるから、余りわからないわね……。それに何をしてくるかわからない……って思わせる二宮さんのポーカーフェイスは油断が出来ないのは確かだと思うわ)

 

中々有意義な時間が過ごせたところで、そろそろ行きましょうか。

 

「……私はこれで失礼します」

 

「あっ、もしかして用事があった……?だったら引き止めてごめんね?」

 

「気にしなくても問題ないですよ」

 

メインの用事の7割はもう済ませましたからね。

 

「そうだ瑞希ちゃん!朱里ちゃんに会ったら伝言をお願いっ!」

 

「わかりました」

 

風薙さんのメッセージを聞いて、2人と別れます。

 

(気分を変えてバッセンに行ってみましょうか)

 

先程の空振りのイメージを払拭させる為にもアリですね。唯一出逢わなかった上杉さんの情報収集はそれからにしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……と、そう思っていた訳ですが。

 

「あっ、二宮さんだ!」

 

「遥ちゃんの知り合い……?」

 

バッセンで出逢った雷轟さんの背後には上杉さんがいました。偶然というか既視感というか……。今日はなんだか奇妙な日です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ51

二宮瑞希です。気分転換というか気紛れでバッセンに訪れると、そこには雷轟さんと一緒に上杉真深さんがいました。既視感です。

 

「ここで会うとは思わなかったよ!二宮さんは帰省中?」

 

「……そうですね。もうすぐ年末ですし、年始までは滞在しようと思っています」

 

まぁ情報収集に時間を費やすでしょうが……。

 

「あっ、紹介するね?彼女はバッセンで偶然会った……」

 

「上杉真深です。よろしくね?」

 

「二宮瑞希です。よろしくお願いします」

 

よく知っていますよ。なんなら3月の世界大会での対戦相手になる可能性が高いです。

 

「真深ちゃんはね、アメリカの高校で一線級を張ってたんだよ!」

 

「一線級って……。大袈裟ね」

 

それもよく知っていますよ。先程会った風薙さんとウィラードさんのトリオとして活動している事も。

 

(そして『一線級を張ってた』……という過去形で表していた事から、今は日本の何処かで活動を始める事も含めてよく知っています)

 

しかしまだ何処の高校かまでは把握していません。春までにはその辺りも抑えておきたいですね。

 

「そういえば遥ちゃんが帰省って言ってたけれど、二宮さんはこの辺りの高校じゃないの?」

 

(……特に隠す必要はなさそうですね。なんなら上杉さん達の活動所在地を把握出来るかも知れません)

 

「西東京にある白糸台高校です」

 

「白糸台高校……知っているわ。とある投手を中心に春夏4連覇を果たした高校ね。アメリカでも一時期持ちきりの話題となったわ」

 

とある投手というのは神童さんの事ですね。しかし私が捕手として出た事によって、5連覇目を阻止される……というのは皮肉なものです。

 

「そんな二宮さんは白糸台で1年から正捕手を務めてるんだよ!」

 

先程の上杉さんの時もそうでしたが、何故雷轟さんが得意気なのでしょうか?

 

(しかし雰囲気と言い、発言と言い、つくづく雷轟さんは風薙さんに似ていますね……)

 

雷轟さんと風薙さんは姉妹ではないか……と以前朱里さんが言っていましたが、これはほぼ確定と見て良いでしょう。それに上杉さんは武田さんに雰囲気が似ている事から察するに、武田さんの親族だと思われます。従姉妹か何かでしょうか?

 

「そういえば二宮さんは打たないの?打ちに来たんだよね?」

 

「もちろん打ちますよ。その為のバッセンですので」

 

思わぬ人物がいたので、会話と情報収集に集中していましたね。尤も打つとてこの2人には遠く及びませんが……。

 

(流しのつもりなので、軽く当てていく感じで問題ないでしょう)

 

バッセンで打ちに来たのはリトル時代以来ですが、特に変わりなくいつも通りに打ちます。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ52

二宮瑞希です。バッセンで雷轟さんと上杉さんに偶然出逢い、交流していましたが、バッティングセンターとは本来バッティングをする場所……。それに従い私は1番遅いストレートのケージに入ります。

 

 

カンッ!

 

 

こうしてタイミングを合わせて、自分の理想の安打を打ち続けます。これをリトル時代ではよくやっていましたね。

 

 

カンッ!

 

 

「綺麗に捌くわね……」

 

「1番遅いストレートってこんな感じなんだ。まるでスローボールみたい……」

 

実際にこのケージはスローボールを模して作られたと聞いています。機械の球ではありますが、スローボール対策をする時も利用させてもらいました。

 

 

カンッ!

 

 

「タイミング完璧……」

 

「実際スローボールをタイミング良く打つのは簡単ではないものね……」

 

「そうなの?」

 

「ええ。速いストレートを打つのと、スローボールを打つのではまるで違うの。尤もスローボールを投げられる機会はそうないから、余計にそう思ってしまうかも知れないけれど……」

 

上杉さんの言うように、スローボールを投げられる事はそうありません。見せ球として使う事はあっても、それを中心に投げる事はほぼありません。鉄砂高校の佐藤さんが超スローボールを使いますが、それも決め球として使う訳ではありません。

 

 

カンッ!

 

 

「うう……。あんなに遅い球だと逆にタイミングを狂わされちゃうよ……」

 

(そのスローボールに対してあれ程にまで完璧に合わせて打つ……。それが出来る二宮さんは打者としてかなりハイレベルね。遥ちゃんのようなスラッガーとはまた違った厄介さを持っているわ)

 

何故か2人がこちらを見ていますが、私は流しのつもりで打っています。見ても面白いものは特にありませんよ?

 

 

カンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10球が終わったので、私はケージから出て軽くストレッチをします。

 

「お疲れ様っ!」

 

「綺麗なバッティングだったわ」

 

雷轟さんと上杉さんが私を褒めていますが、本来私達は敵同士の関係です。何か情報を得ようとしているように見えるのはきっと私の気にし過ぎなのでしょう。

 

「……もうこんな時間なのね」

 

「どうしたの真深ちゃん?」

 

「今から従姉妹の家に行くのよ。年末年始の間そこにお世話になるのだけれど……。そうだ。良かったから遥ちゃんと二宮さんも来ないかしら?私の従姉妹を紹介するわ」

 

なんと上杉さんからそんな提案が飛び出してきました。今日会ったばかりの私達に従姉妹を紹介するなんて、コミュニケーション能力がずば抜けてますね。それがアメリカにいた影響なのか、本人の素なのか……。どちらかと言えば後者でしょうか?

 

(まぁ私も雷轟さんも上杉さんの従姉妹はよく知っている人物である可能性が高いと思いますが……)

 

ひょんな事から上杉さんと雷轟さんと出逢い、従姉妹さんの家に行く事になりました。今日という1日の濃さは今年1番でしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ53

二宮瑞希です。バッセンで出逢った雷轟さんと上杉さん。今から上杉さんの従姉妹さんの家にお邪魔する事になりました。世の中何があるかわかりませんね。

 

「着いたわ。ここが私の従姉妹の家よ」

 

「あれっ?ここって……」

 

まぁ予想通りでしたね。雷轟さんも気付いたようです。表札に書かれている『武田』という文字に……。

 

(しかし上杉さんが武田さんの従姉妹ともなると、私の部外者ぶりが大きくなりそうですね……)

 

上杉さんが呼び鈴を鳴らし、出て来たのは武田さんでした。

 

「いらっしゃい真深ちゃん!待ってたよ!あれ?遥ちゃんと二宮さんもいる」

 

「あら。ヨミは2人を知ってるの?」

 

「うん。二宮さんとは何度か試合した仲だし、何より遥ちゃんはチームメイトだからね!」

 

「そう……。それなら自己紹介とかは必要ないみたいね」

 

というか雷轟さんからその辺りは聞いていないみたいですね。まぁ偶然ではあるでしょうが……。

 

「とりあえず上がって上がって!タマちゃんと朱里ちゃんも来てるよ!二宮さんもどうぞ!」

 

「ええ。お邪魔するわね……!」

 

そう言ってやや早足で上杉さんは入って行きました。

 

「どうしたんだろ?朱里ちゃんの名前を聞いた途端に、真深ちゃんの空気が変わったけど……」

 

(どうやら上杉さんは朱里に確執を持っているみたいですね……)

 

世界大会で朱里さんに完敗した事を気にしていそうです。

 

「それより私達も入りましょうか」

 

「そうだねっ!」

 

私からしてみれば敵地に赴くようなものですが、武田さんは気にしていないみたいですね。度量の大きさが伺えます。

 

「お邪魔しまーす!」

 

「お邪魔します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

挨拶を済ませて、武田さんの部屋にお邪魔しています。

 

「雷轟と二宮がいるのは予想外だったなぁ……」

 

私にとっても奇妙な縁だったりします。

 

「ここに来る途中でこの2人に会ったのよ」

 

「バッセンにいたら、真深ちゃんと出会ったんだよ!」

 

「遥ちゃんって可愛らしい見た目で豪快に打つんだもの。思わず声を掛けちゃったわ」

 

私かバッセンに来た時には既に雷轟さんと上杉さんが話していましたが、上杉さんの方から雷轟さんに声を掛けたみたいですね。

 

「それにしても真深ちゃんの従姉妹ってヨミちゃんの事だったんだね!」

 

「ええ。年末だから帰省にね。しばらく泊まっていくの」

 

「そうなんだ~。それにしても従姉妹か……。だからどこかヨミちゃんに似ていたんだね」

 

血縁関係……と言われれば、確かに上杉さんは武田さんと似ています。特に雰囲気が……。

 

「そういえば二宮はどうしてここに?」

 

朱里さんは私がいる事が不思議に思い、訪ねてきました。まぁこの中では私が1番の部外者ですからね。気になるのも無理ありません。

 

「私は人と会ってきた帰りなのですが、上杉さんと雷轟さんからお誘いを頂いたので、こちらに来た次第です。私としても朱里さんがいたのは意外でしたが……」

 

「さっきの雷轟の話でわかると思うけど、上杉さんって武田さんの従姉妹なんだって。それで……」

 

「……成程。上杉さんが武田さんのいる埼玉に訪れ、その時に朱里さんに会おうと思っていたんですね。思えば3年前のリトルリーグの世界大会において上杉さんは朱里さんをライバル視していました」

 

「二宮さんの言う通り、私は早川さんに敗れたあの日から、どうしたら早川さんに勝てるか……そう思いながら毎日練習に明け暮れていたわ」

 

私の中の疑問がようやく解けましたね。上杉さんは朱里さんに負けないように必死で力を付けてきているみたいです。朱里さん、今の上杉さんは相当手強くなっていますよ?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ54

二宮瑞希です。河川敷で風薙さんとウィラードさんに出逢い、バッセンに赴くと上杉さんと雷轟さんに出逢い、その流れで上杉さんの従姉妹だという武田さんの家にお邪魔しています。

 

(話の流れで上杉さんが相当朱里さんを意識しているのがわかりましたね)

 

「……真深ちゃんと朱里ちゃんって中学1年の時にその、リトルリーグの世界大会で対決したんだよね?」

 

「ええ。3打席対戦して、結果は私の全敗……。かつてない悔しさを覚えたわ」

 

上杉さんはアメリカのシニア内では無類の強さを持っていたそうです。そんな中で朱里さんの登場……。井の中の蛙……とまではいかずとも、世界の広さを実現した事でしょう。

 

「……上杉さんは、朱里さんの投げた球の正体に気付いていますか?」

 

「当時は全くわからなかったわ。ストレートにしては可笑しい……とは思っていたけれど、確信には至らなかった。……でも今は違う。あの人と出会って、話を聞いて、あの人が似た球を投げているのを見て、私の中でピースがはまっていく感じがしたの」

 

当時から朱里さんを攻略しようと躍起になっていたみたいですね。並の打者なら朱里さんの投げるストレートに見せた変化球に対してなす術なく絶望していくのですが、上杉さんの場合はやられればやられる程に次は打つ……という気持ちが強くなっていくようです。

 

「そうですか……。聞きたい事が聞けて良かったです」

 

もう上杉さんには朱里さんのストレートに見せた変化球は通用しないと見て良いですね。見せ球には使えそうですが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから話が続き、世界大会繋がりでふと思い出した話題を出す事に……。

 

「そういえばシニアリーグの世界大会運営から通知が今日来ていましたね」

 

私が口に出すと、朱里さんは思い出したかのように通知が書かれている封筒を取り出しました。

 

「持ってきたのですか?」

 

「うん……。私と二宮はもちろん、上杉さんにも多分関係すると思うからね」

 

用意周到ですね。

 

「私は既に目を通しましたが、上杉さんの方は?」

 

「まだ見ていないわね。早川さん、良かったら見せてもらっても良いかしら?」

 

「構わないよ」

 

上杉さんはまだ目を通していないので、朱里さんに見せてもらう事に。ちなみに簡単に概要をまとめると……。

 

 

『今年のシニアリーグの世界大会は男子も、女子も、優秀な選手達が揃っていて甲乙付けがたいので、男女別で行う事を決定した。各国男子20人、女子20人とチームを分けて、励んでください』

 

 

……といった感じです。今年から男女別で行われるみたいですね。

 

「今年は男女別で別れるのね……」

 

「あれ?じゃあ今までは男女混合だったの?」

 

上杉さんの呟きに疑問符を抱いたのは武田さんです。去年までは男女混合だったのですよ? 

 

「そうですね。まぁ男子とは別に女子選手にも段々と優秀な選手が揃ってきている事はわかっていましたが、運営も大胆な事をしました」

 

他にも男女混合だと色々な問題が起こりかねない……という理由もありそうですが……。

 

(何にせよ世界大会で優勝するには、朱里さんをどのように起用するか……。それに掛かっていると言っても過言ではありませんね)

 

先発ローテーションに入れるか、抑え投手として活用するか……。その辺りは日本代表の監督と要相談でしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ55

二宮瑞希です。話の流れで山崎さんと雷轟さんが武田さんの家に泊まる……という流れになり、3人は出掛けて行きました。というのも……。

 

「早川さん。少し……話良いかしら?」

 

……という上杉さんのシリアスな雰囲気で朱里さんに話があるとの事です。それを見て、武田さんなりに気を遣った可能性が考えられますね。私も席を外そうかと考えていましたが……。

 

「二宮さんにも聞いてほしいの」

 

上杉さんの力強い瞳と言葉で私も残る事になりました。どうやら私にも何かしら関係のある話なのでしょう。

 

「……それで?上杉さんは何を聞きたいのかな?」

 

切り出したのは朱里さん。

 

「そうね……。色々と聞きたい事はあるけれど、早川さんに今の……3年前のリトルリーグの世界大会で私達に投げたあのストレートに見せた……球。それを教わったのはあの人で、良いのかしら?」

 

(まぁその質問になるよね……)

 

上杉さんの話とは朱里さんが投げたストレートに見せた変化球を誰に教わったのか……というものです。朱里さんは風薙さんに例の球を教わった訳ですが、風薙さんは上杉さんの直属の先輩らしいので、色々と考えたのでしょう。

 

(尤も3年前の時点で風薙さんは上杉さんにストレートに見せた変化球について話していなかったと思いますが……)

 

もしも話していたのなら、きっとどこかで打たれていたでしょうから。

 

「……あの人って言うのは、上杉さん達と同じ高校に通ってて、1つ上の先輩で、雰囲気がどこか雷轟と似ている……『風薙彼方』さんで間違いないかな?」

 

「……そうよ。私達がお世話になっている彼方先輩で間違いないわ。私達は彼方先輩に救われたの」

 

ここでようやく確信を突いた会話になりましたね。今まで上杉さんが切り出せなかったのはこの場に雷轟さんがいたからだと思われます。

 

(……という事は上杉さんは雷轟さんと初めて対面したその時点で雷轟さんが風薙さんの妹だと察したのでしょう)

 

上杉さんもウィラードさんも風薙さんの妹について何か聞いている事も考えると、上杉さんと雷轟さんがこうして出逢ったのも必然……というのは私の考え過ぎでしょうか?

 

「風薙さんは3年前の4月初旬まで日本にいて、それからアメリカに渡ったって話を聞いた……。上杉さん達が風薙さんと邂逅したのはその時なの?」

 

「……いいえ、私が彼方先輩と初めて会ったのはアメリカで間違いないけれど、それは4年前の春頃なのだから」

 

朱里さんよりも上杉さんを方が先に風薙さんと邂逅したみたいですね。という事はフロイスさんと出逢ったのも、朱里さんより上杉さんの方が先……と見るべきでしょう。

 

「そっか……。あの人は元気にしている?」

 

「ええ……。いつも太陽のような明るさで私達を引っ張ってくれているわ」

 

いつの間にか風薙さん中心の話になっていますね。雷轟さんがいては話せなかった内容だと考えると、今の内に話しておこうという腹でしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ56

「私もここに来る前に風薙さんに会ってきました。性格とかは相変わらずでしたが……」

 

「えっ?二宮、風薙さんと会ってきたの?」

 

「会ったのは偶然です。本来なら静華さんに会って必要な情報をもらおうとしたのですが、その時に風薙さんと……ウィラードさんもその場に居合わせてました」

 

(成程……。現状風薙さんとウィラード・ユイさんは一緒に行動しているようだ。上杉さんの帰省が終わり次第、上杉さんもそこに合流する……という形を取っているのだろうね)

 

朱里さんが何やら思案顔をされています。それなら更に追加で情報を与えておきましょうか。

 

「そして……そのついでと言ってはなんですが、風薙さんの球を数球受けてきました」

 

「!?」

 

今度は上杉さんが驚愕しています。忙しいですね……。 

 

「それで……どうだったの?」

 

「……3年前の風薙彼方さんはもういませんね。彼女は既に別の次元へ進んでいます」

 

まぁあれ程の選手なら3年もの月日が経てば成長も著しいでしょう。アメリカのシニアや高校でも最前線で闘ってきた訳ですしね。 

 

「別の……次元?」

 

「まずストレートですが、球速は大豪月さんを凌ぎます」

 

「大豪月さんを……!?」

 

あくまでも現状の風薙さんと夏時点での大豪月さんを比較した時の話です。それからの事を考えると、今は大豪月さんの方が上でしょうね。

 

「彼女の持ち球であるドロップも、ナックルも、更にキレを増しています。そして……」

 

「そして?」

 

バットを貫通する摩訶不思議な球を投げる……等というのは口で説明し辛いですね。

 

(それにこれからの事を考えて、朱里さんは自分の目で見た方が良いでしょう)

 

「……これは私が説明するよりも、朱里さん自身が体験した方が早いと思います」

 

「そっか……」

 

「風薙さん達はかつて私達が練習していた河川敷に足を運んでいるみたいです」

 

「あの河川敷に……」

 

厳密には先程風薙さんに朱里さんが河川敷に行くと連絡をしたばかりなのですが、朱里さんの性格上……そして朱里さんと風薙さんの関係的に朱里さんが風薙さんに会いに行かない訳がありません。

 

「ただいま~!」

 

どうやら武田さん達が帰って来たみたいですね。というか家主不在で出掛けたのは良かったのでしょうか……?まぁ上杉さんがいるし、問題ないとは思いますが……。

 

「……私はこれでお暇するね」

 

「朱里ちゃん……?」

 

行くみたいですね。風薙さんに会いに……。

 

「お邪魔しました」

 

「……私もこれで失礼します。お邪魔しました」

 

私も同行しましょう。朱里さんを呼び出した責任もありますし、もしかしたら捕球役が必要なのかも知れませんし。

 

「私もちょっと出て来るわ」

 

「ええっ!?真深ちゃんまで!?」

 

上杉さんも交えて、風薙さんとウィラードさんが待っている河川敷へと向かいます。朱里さんが風薙さんとの再会で何かを得られたら良いのですが……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ57

二宮瑞希です。再び河川敷に訪れると、風薙さんとウィラードさんがキャッチボールをしていました。連絡してから戻ってくるの早いですね……。

 

「……ここに来ると思ってたよ。朱里ちゃん!」

 

「お久し振りです。風薙さん」

 

私もそうですが、朱里さんも風薙さんと会うのは3年ぶりになるんですね。

 

「……遥は元気してるかな?」

 

「そうですね。相変わらず元気いっぱいです。その、雷轟とも1度話し合った方が良いと思いますよ」

 

「そう……だね……。うん、わかってはいるんだけど……」

 

話の流れで風薙さんと雷轟さんが姉妹だという事が確定しました。容姿や性格で薄々察してはいましたが……。

 

(そうなってくると、苗字が違う事に疑問が出て来るのですが……)

 

頼まれてもいないのに、そこまで調べるのは野暮というものでしょう。私にも情報収集の線引きくらいはします。

 

「初めまして……かしら?早川さん。私はウィラード・ユイ。真深と彼方先輩のチームメイトで、ルームメイトよ」

 

「は、早川朱里です。よろしくお願いします……」

 

朱里さんは動揺した様子でウィラードさんと握手をしています。有名人と会った時みたいな初々しい反応ですね。

 

「私は先程会いましたが、改めて……。二宮瑞希です。上杉さん、ウィラードさんと3月に相見える事を楽しみにしています」

 

先程済ませましたが、一応私の紹介もしておきましょう 。

 

「貴女の事はとても印象に残っているわ。小柄な体型とはいえ裏腹に、物怖じせず彼方先輩の投げる球を全球堂々と捕球していたもの」

 

「彼方先輩の球を捕ったって話を聞いた時は耳を疑ったけれど、本当だったのね……」

 

「驚くのも、疑うのも無理もありません。風薙さんの投げる球を初見で捕れる選手はいない……と騒がれているくらいですしね。自惚れるつもりはありませんが、捕球技術と情報力に関して私は誰にも負けません」

 

特に情報ですね。生業にしてから10年以上……。私にとって必要な情報を集め続けています

 

「まぁフロイスさんくらいかもね。風薙さんの球を初見でも捕れる捕手は……」

 

「確かにリリは初見でもバンバン捕ってたね。だから私専属捕手みたいな扱いになってたんだけど……」

 

「いつからかリリ先輩がそれを良く思わなくなったんですよね……」

 

唯一風薙さんの球を捕り続けていたフロイスさんは風薙さんの専属捕手扱いに不満を持つようになった……という話は本人から電話で2時間に渡る愚痴を吐いていました。

 

「世界一の中学生捕手とも名高かったリリ・フロイスにもそんな欠点があったのね。専属捕手なんてむしろ価値観が上がりそうなものなのに……」

 

3人の中で唯一別のシニアだったウィラードさんは意外そうに呟いていました。

 

(そんなフロイスさんはドイツの高校に入学しましたが……)

 

ふらふらと、飄々としているあの人が1ヶ所に留まる事が想像出来ませんね。

 

「話を戻して、瑞希ちゃんは本当に凄い選手だよ。アメリカにはまずいないタイプの捕手だし、私からしたら世界でも1、2を争う捕手だと言っても過言じゃないもん。それはプロ選手を含めた全員の中で、2人といない最高の捕手……」

 

「……それは流石に誇張し過ぎだと思います」

 

私なりに精一杯やっているつもりではありますが、精々中の上くらいだと思っています。

 

「……彼方先輩の球を初見で捕れるだけである程度は察していたけれど、二宮さんって本当に凄い選手なのね」

 

「そうね……。3年前はまだそれが表に出ていなかったもの」

 

「私は黒子に徹する方が性に合っていますから、表に出て行動するのはいつも他の人に任せています」

 

裏で暗躍する方が合っています。静華さんと同じです。

 

「そんな瑞希ちゃんはシニアリーグの世界大会に向けて何か動いているのかな?」

 

「……そうですね。この場では口にしませんが、既に他国の有力選手の情報は8割方抑えています。もう3ヶ月もありませんしね」

 

有力な選手以外にも最低限の情報がほしいところではあります。

 

「ねぇ真深、もしかしたら私達の情報も既に……」

 

「……ええ。抑えられていても可笑しくないわ」

 

今ヒソヒソ話をしている上杉さんとウィラードさんの情報も入手していますが、この2人は後半になるにつれデータが宛にならないと思われます。この2人を抑えるとしたら朱里さん任せになるのでしょうか……?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 秋~春へ58

二宮瑞希です。河川敷に風薙さんとウィラードさんに出逢いました(私は2度目ですが……)。

 

「あっ、そうだ!朱里ちゃん、折角だから私の投げる球……見ていかない?」

 

「それは願ってもない事ですが、良いんですか?これからライバルになる選手に持ち球を見せても……」

 

「全然!さっき瑞希ちゃんにも見せたし、それに……」

 

朱里さんの疑問に対し、風薙さんは一呼吸置いて……。

 

「私は誰にも負けるつもりはないから……!」

 

先程までの陽気な雰囲気から一変し、鋭い表情になりました。普段と投げる時のギャップが違って戸惑いそうですね。

 

(出たわね。彼方先輩の威圧感……)

 

(味方ながらいつもヒヤヒヤするものね……)

 

(この威圧感……。神童さんや大豪月さんにも負けていない。あの2人と対戦していなかったらきっと私は押し潰されていた)

 

風薙さんが放つ圧は神童さんや大豪月さんにも負けておらず、強力なものです。

 

(私達に近しい年代で最強の投手……と問われれば、間違いなく神童さん、大豪月さん、風薙さんの3強でしょうね)

 

3人は他の投手陣を圧倒していますね。強いて言うなら、風薙さんだけ2人より1つ年下という違いがあります。成長の余地を1年多く残している……と考えれば、風薙さんが2人よりも1年分上回っている可能性が高いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

双方の準備が出来たところで、朱里さんと風薙さんの勝負開始(審判役は私がやる事になりました)です。まずは1球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク』

 

投げられたのは真ん中からボールゾーン付近へと曲がるドロップボール。これは空振りをしても仕方がないですね。朱里さんは見送っていますが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク』

 

次に投げられたのはナックルボール。現代の魔球と言われているその球ですが、風薙さんの場合はドロップとストレートの両方がストレートと遜色のない球速な上に、そこから大きく曲がります。ハッキリ言ってこの2球種を散らされるだけで並の高校相手なら完全試合が狙えそうです。

 

「次はストレートを投げるよ」

 

予告ストレートです。しかし風薙さんのストレートはわかっていても打てる代物ではありませんよ……?

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール』

 

しかし朱里さんはなんとか食らい付いてファールにします。

 

「予告していたとはいえ、彼方先輩のストレートを当ててくるなんて……」

 

「早川さんが優れた投手だって事は真深や彼方先輩から伝え聞いているけど、バッティングもそこいらの4番打者よりも優秀だわ」

 

あくまでも神童さんや大豪月さん、そして今投げている風薙さんと比べて劣っているだけであって、朱里さん自身は強豪校の中軸を任せる事の出来る打者です。少なくとも私はそう思っていますよ。

 

「……次で最後の1球ね。私が最近完成させた決め球を投げるよ」

 

これも予告ですね。先程私に投げたあの摩訶不思議な球をまた見られます。

 

「行くよ……!」

 

投げられたコースはストレートと同じ。朱里さんなら再びカットする事が出来るでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

……それがただのストレートならですが。

 

『ストライク。バッターアウト』

 

「これが私の最高の球。1球……瑞希ちゃんに投げたのを含めて2球限りのサービスだよ。次の夏大会、及び県対抗総力戦でこれを攻略出来る打者と私は対戦したい……。それが朱里ちゃんと遥がいる埼玉なのか、瑞希ちゃんがいる東京か……。どこが来るかわからないけど、待ってるね」

 

「あっ、彼方先輩!?」

 

最後にそんな台詞を残して風薙さんは去って行き、ウィラードさんはそれを追い掛けて行きました。

 

「……私もそろそろヨミの家に戻るわね。またシニアリーグの世界大会で会いましょう」

 

上杉さんも去って行き、この場に残ったのは私と朱里さんの2人です。

 

「どうでしたか?風薙さんの投げる球は……」

 

「……正直圧倒的だったよ。3球目に投げたストレートも打てたのは多分偶然。そして最後に投げた球は……」

 

風薙さんが最後に投げたのは、バットが貫通する摩訶不思議なストレート……。ですが何かしら攻略法があるのは間違いありません。私は打つ方と捕る方で合計2球見させてもらいました。

 

「……どうして、どうやってあのような面妖な球を投げられるようになったかは謎ですが、打つ為の手掛かりは掴めた気がします」

 

「奇遇だね。私もだよ。でも……」

 

「それが実行出来るかはまた別の問題……という訳ですか」

 

「うん……」

 

攻略法がわかったとて、投げられる球が豪速球な事には変わりありません。この1打席勝負は小型のカメラに動画化しています(もちろん許可はもらいました)ので、そこから攻略法をじっくりと見付けていきましょう。

 

(本当ならウィラードさんの球も見ておきたかったのですが、自身の手札はそう簡単には晒しませんね。仕方ありません。3月を待ちましょう)

 

まずはウィラードさんと上杉さん……。シニアリーグの世界大会が行われる3月に向けて私の出来る事をやっていきます。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編①

二宮瑞希です。寒い日々が続きますね。今は3月なのですが……。

 

「頑張ってね瑞希ちゃん!」

 

「私達は寮のテレビから応援していますよ」

 

「瑞希ちゃん抜きでも練習と春の全国大会頑張るよっ!」

 

今日からしばらくの期間、私はアメリカに行く事になります。気掛かりが色々ありますが、今は彼女達を信用しましょう。

 

「お土産は日本代表の優勝でお願いシマース!」

 

良い事を言っている筈のバンガードさんなのですが、貴女の母国はアメリカですよ?

 

「……行ってきます」

 

『行ってらっしゃい!』

 

4人の見送りをありがたく思い、出発します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道中に和奈さんと出会い、集合場所へと到着。そこには朱里さんがいました。

 

「おはようございます。朱里さん」

 

「朱里ちゃん、おはよう」

 

「おはよう。2人共」

 

「いよいよ始まるんだね。世界大会……!」

 

「この3人が揃うのは3年前のリトルリーグの世界大会以来ですね」

 

朱里さんも、和奈さんも、そして私も……シニアの選手として出場するのは初めてとなります。

 

「今年は勝ちたいね……!」

 

「去年、一昨年と日本はアメリカに接戦で負けています。向こうには上杉さんとウィラードさんを筆頭に、様々な選手が揃っていますからね」

 

「その2人も凄いけど、去年まではボストフ選手とかもいたからね。それに対して接戦まで持ち込めるところに日本代表の底力を感じるよ」

 

「そんなボストフ選手達がいなくなってもアメリカ代表はまだまだ選手層が厚いです」

 

去年までに比べると幾分かマシに思える時点で規格外ではありますね。事前情報がなければ、ボロボロになっていた可能性が濃厚です。

 

「……そういえば洛山にもアメリカ代表の選手が2人いましたね」

 

「ま、まだ一部にしか知られてない情報なんだけど、流石瑞希ちゃんだね……」

 

洛山と白糸台の因縁は深いですからね。ある意味1番多く情報を集めていると言っても過言ではないでしょう。

 

「風薙さん達よりも早いタイミングで洛山にもアメリカからの留学生が来ています。去年の世界大会にも出ていました、双子の姉妹で2番でセカンドを守っている妹のリンゼ・シルエスカさんと、3番でサードを守っている姉のエルゼ・シルエスカさん……。この2人の貢献度もかなり高いです」

 

「あの2人がうちに留学してるって話も次の夏大会が始まるまで秘密にする予定だったんだけどなぁ……」

 

秘密兵器のつもりだったのでしょうが、そうはいきませんでしたね。洛山と遠前高校の試合データを取ってきた風音さんと紗菜さんには感謝しています。

 

「その他にも世界一の遊撃手と名高いロジャー・アリアさん、シニア時代にウィラードさんとバッテリーを組んでいたパトリオ・パトリシアさん、ウィラードさんと対を成すと言われている技巧派投手のアルヴィン・スペードさんの3人は今年も健在です」

 

私達と同い年の3人ですね。特にロジャーさんとはそれなりの縁があります。

 

「……その3人がもしもアメリカから日本へ留学したら中々大変な事になりそうですね」

 

(まぁロジャーさんに至っては既に藤和高校に留学しているようですが……)

 

本人の話によると、野球部にはまだ入っていないとの事です。情報収集に専念したいからでしょうか? 

 

「ははっ!まさかね……」

 

「そ、そこまではないと思うけど……」

 

「と、とりあえず空港に行こうか」

 

「そ、そうだね!」

 

「……?2人共、何をそんなに焦っているんですか?」

 

そんなに焦っても何も良い事はありませんよ?

 

(しかしアメリカばかりに気を取られてはいけませんね)

 

アメリカ以外にも手強い国はいますから……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編②

二宮瑞希です。空港から飛行機に乗っていざアメリカへ出発です。

 

「そういえば茜さんはご一緒ではないんですか?確か女子日本代表の監督を勤めるんですよね?」

 

「ああ、母さんとは別行動なんだよ。なんか色々やる事があるみたい」

 

どうやら朱里さんと茜さんは別行動のようです。一国の監督ともなれば仕事量が違うのでしょうね。

 

そして飛行機でアメリカへと向かっている道中、互いに近況報告です。

 

「すると洛山は風薙さん達がいるところと練習試合をした……と?」

 

「うん。でも14対11で負けちゃったんだよね……」

 

「そのスコアから察するに先発したのは風薙さんではありませんね?」

 

洛山高校は確かに攻撃的なチームですが、それでも風薙さんが投げたなら完全試合を達成させる事も難しくはないでしょう。

 

「そうだね。投げてたのはウィラードさんだったよ」

 

「えっ?ウィラードさんから11点も取ったの?凄くない?」

 

確かに普通なら朱里さんのように大金星な評価をあげられるでしょう。しかし……。

 

「でもウィラードさんは全然本気を出してなかったんだ。打たせて取る……って感じのピッチングをしてたから。多分世界大会まで手の内を晒さないようにする為だと思うんだけど……」

 

「過去のウィラードさんからは考えられないスタイルですね。群馬県にある遠前高校……でしたか。そこの野球部に入ってウィラードさんなりに何かを掴み、成長したのでしょう。確か遠前高校には天王寺さんもいた筈ですからね」

 

天王寺さんが有するチームは初心者の集まりですが、全国常連クラスの成績を残す事で有名です。加えて風薙さん、上杉さん、ウィラードさんの3人もいるとなると、全国優勝しても可笑しくありませんね。

 

「あとびっくりした事があって、遠前の捕手がなんと水鳥先輩だったんだよ」

 

「えっ?水鳥さんが?」

 

「水鳥さんですか……。あの人の捕手としてのセンスはかなりのものでした。しかし何故野球を辞めたのかはよくわからないんですよね。私からすればもったいない限りです」

 

(いや、水鳥先輩が野球を辞めたのって……)

 

(十中八九二宮が原因だと思うなぁ……)

 

私のリードは水鳥さんのリードを参考にしている部分もあります。少なくともリトルで終わらせるのはもったいないと思っていました。

 

「それに下位打線は本気を出したウィラードさんを打てなかったし、最終回に交代で出て来たその風薙さん……?には私も非道さんも手も足も出なかったし……」

 

どうやら風薙さんはラストイニングだけ登板したようですね。采配は基本的に天王寺さんが行っているようですが、狙いがいまいち掴めませんね……。

 

「やはり和奈さんでも風薙さんを相手に初見で打つ事は不可能ですか?」

 

「ドロップとナックルにはなんとか着いて行けたんだけど、その後に投げられた球は空振りしちゃったなぁ……」

 

その後に投げられた球……というのは、恐らく私と朱里さんに投げたバットを貫通する摩訶不思議なストレートの事でしょう。

 

「和奈さんはその球に対して何か攻略法は浮かびましたか?」

 

「う~ん……。なんとなく、ボンヤリとしかわからないかな?朱里ちゃんが投げてるストレートに見せた変化球と性質は似てるんだけど、それは変化球とは言えなさそう。打ったと思ったらバットをすり抜けちゃったし……」

 

初見ではやはりその感想になりますね。まるで幻覚を見せられているかのような。ですが……。

 

「まだ曖昧ですが、あのストレートに対してわかった事があります」

 

「えっ?瑞希ちゃんはあれの正体がわかるの!?」

 

「私もなんとなく……だけど」

 

「朱里ちゃんも!?」

 

朱里さんも同様の事を思ったらしく、和奈さんにその内容を話します。

 

「……成程。確かにそれなら当てる事は出来るね。本格的な攻略法はそこから見出だすって事で良いのかな?」

 

「多分ね。清本ならそれが出来ると思うよ」

 

「……まぁ風薙さんと相見えるのは次の夏の全国大会、或いは県対抗総力戦になりますので、その話はその時にしておきましょう」

 

「そうだね……」

 

何れにせよ風薙さんを攻略するのは来年の夏……。それまでに牙を研いでおきましょうか。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編③

二宮瑞希です。アメリカに行く飛行機に乗り、現地に着くまでの間は互いに近況報告としています。

 

(近況報告に乗じて何かしら有益な情報が得られると良いのですが……)

 

「近況報告と言えば……。朱里ちゃんと瑞希ちゃんは最近何をしてたの?」

 

和奈さんの近況報告を終えた後、私と朱里さんの報告の番が回ってきました。ここは先に私が言いましょうか。 

 

「私はいつも通り、情報収集を中心に、練習試合をしたり、最近では後進の育成に力を入れています」

 

「後進の育成?」

 

「もうすぐ4月になりますので、白糸台野球部に入りたいと希望する人達を少し早めに白糸台野球部の練習に参加させています」

 

春休み前ですが、白糸台に進学予定の後輩達が野球部へと一足早い入部状態となっています。私が見た感じだと数人はレギュラーを狙えそうなスペックがありますね。

 

「朱里さんはどうですか?」

 

「私は別段大した事はしてないけどね……」

 

(実は新越谷にも4月から留学生が来るって事は黙っていよう……)

 

「そういえば新越谷にも留学生が4月に来るみたいですね」

 

私調べによりますと、新越谷にも留学生が4月に入学する事が決まっているみたいです。まだそこまでしか知りませんが……。

 

「なんで知ってるの……?」

 

「秘密です」

 

ニュースソースは極秘です。

 

「み、瑞希ちゃんってなんでも知ってるよね?」

 

「なんでもは知りません。知っている事だけです」

 

(その知らない事を知ろうとするのが私ですから……)

 

「その情報源が一体どこから出てるのかって話だよね。私も清本も敵対してからは極力情報を洩らさないようにしてる筈なんだけど……」

 

「ドローンでも飛ばしてるの?」

 

「さて、どうでしょう」

 

「「え……?冗談だよね?」」

 

実際ドローンにはかなり興味が惹かれます。専用の技術と免許の入手さえ出来れば、ドローンを使った情報収集もありかも知れません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話している内に時間は経過し、もうすぐアメリカの空港へと到着になります。

 

その隣で朱里さんが日本代表のメンバーが記されている紙を確認しようとの事なので、3人で拝見する事に……。

 

 

・早川朱里 高校1年生 投手(外野手・捕手) 川越シニア

 

・渡辺曜 高校1年生 投手(一塁手・外野手) 沼津シニア

 

・一色いろは 中学3年生 投手(二塁手・三塁手) 稲毛シニア

 

・十六夜瑠花 中学2年生 投手(遊撃手・外野手) 渋谷シニア

 

・二宮瑞希 高校1年生 捕手 川越シニア

 

・高橋千秋 高校1年生 捕手(一塁手・投手) 目黒シニア

 

・清本和奈 高校1年生 一塁手(三塁手) 川越シニア

 

・綾瀬綾香 中学3年生 一塁手(外野手) 稲毛シニア

 

・初野歩美 中学3年生 二塁手(一塁手・三塁手・遊撃手) 川越シニア

 

・雷蓮 中学3年生 二塁手(遊撃手・外野手) 梅田シニア

 

・朝日六花 中学3年生 三塁手(投手・一塁手) 米原シニア

 

・剣美澄 中学3年生 三塁手(捕手・外野手) 梅田シニア

 

・友沢亮子 高校1年生 遊撃手(二塁手・投手) 川越シニア

 

・帯島ユカリ 中学2年生 遊撃手(外野手) 三門第一シニア

 

・金原いずみ 高校1年生 外野手 川越シニア

 

・三森朝海 高校1年生 外野手(二塁手・遊撃手) 春日部シニア

 

・三森夕香 高校1年生 外野手(二塁手・遊撃手) 春日部シニア

 

・三森夜子 高校1年生 外野手(二塁手・遊撃手・投手) 春日部シニア

 

・村雨静華 高校1年生 外野手(捕手・一塁手・二塁手・三塁手・遊撃手) 川越シニア

 

・雨取千佳 中学2年生 外野手 三門第一シニア

 

 

メンバーの全容としてはこんな感じですね。川越シニア出身の選手が多いです。

 

「記載されているのが女子のみとは言え、今年の代表メンバーは豪華な顔触れですね。どの選手もそれぞれ成果を残している人達ばかりです」

 

「その大体が川越シニア……というか埼玉のシニアメンバーで固まっているのも、別の意味で凄いと思うけど……」

 

実際に実利者揃いですね。飛行機が着陸するまでの時間は戦力の分析といきましょうか。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編④

二宮瑞希です。飛行機が空港に到着するまでの間、日本代表メンバーの分析に入ります。

 

「特に注目するのはこの面子の中で数少ない中学2年生で、投手である十六夜さんですね」

 

「十六夜さんかぁ……。試合で相見えたのは1度っきりだけど、多彩な変化球を操る良い投手だったよね」

 

持ち球はカーブ、シンカー、シュート、カットボール、チェンジUP……。中々にリードのし甲斐がある投手です。

 

(他の中学2年生は雨取さんと帯島さん……。どちらも有望株ではありますね)

 

どこかの試合で使っておきたいですが、世界を相手にその機会が訪れるかどうか……。

 

「あっ、今年は静華ちゃんも入ってるよ!」

 

「本当だ……」

 

静華さんは余り表立たない人ですが、この世界大会に出る理由があるのでしょうか……?

 

(静華さんと言えば、例の情報をなるべく多く彼女から聞き出したいところですね)

 

『間もなく空港へと着陸します。乗客の皆様はシートベルトをしっかりとしてください』

 

もうすぐ到着ですね。切り換えていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港に到着し、目的地へと向かいます。

 

「おーい!3人共、こっちこっち~!」

 

「いずみちゃん!」

 

目的地付近でいずみさんがこちらに手を振っています。目印としては丁度良いですね。 

 

「もう3人以外は全員揃ってるよ。早く早く!」

 

「もうそんな時間でしたか……」

 

他の日本代表のメンバーは監督も含めて揃っており、私達が最後ですね。最後尾に並んでおきましょう。

 

「……これで全員みたいね。この中にいる何人かの人達とは面識があるけれど、改めて名乗らせてもらいます。今回シニアリーグの世界大会日本代表の監督に指名された早川茜よ。自分自身が監督業を上手く出来るとは思ってないけれど、この日本代表を世界一に導けるように頑張っていくわ」

 

日本代表の監督は朱里さんの母親である茜さんです。凛とした立ち振舞いからは大人の余裕を感じられますね。 

 

(相変わらず凛としてる。緊張の色が一切見えないや)

 

朱里さんも羨望の眼差しをしているところもあり、選手としても尊敬の出来る人です。頼もしい事この上ありません。

 

「それと念の為に言っておくけれど、今回の日本代表には私の子供もいるわ。でもそんなのは一切関係ない……。その子も1人の選手として、私も1人の監督として接するわ」

 

前以て言っておく事で、特別感を出させないように徹底しているのも流石ですね。 

 

(だってよ朱里♪)

 

(まぁあの人は至極当然の事を言ってるだけだよ)

 

「ではこの日本代表の皆をまとめるキャプテンを決めていくわ」

 

監督は1人、また1人と見ていき……。

 

「…………」

 

最終的に朱里さんの前で止まりました。

 

「……では早川さん、貴女をこのチームのキャプテンに任命するわ」

 

チームのキャプテンは朱里さんですか……。いずみさんとの2択だと思っていたので、まぁ妥当でしょう。

 

「……皆は何故私の娘でもある早川さんをキャプテンに指名した事に疑問を持っているみたいだけれど、彼女は昨年川越シニアを全国優勝まで導いた投手であり、そして彼女が今通っている新越谷高校もまた夏大会では全国優勝を果たしている、この中にいる面子では実績が多い……。それが彼女をキャプテンとして指名する理由よ」

 

そして選別の理由もハッキリとしている……。そうする事で朱里さんをキャプテンに任命させる事に反対意見を出させなくさせるようにする訳ですね。

 

「凄いじゃん朱里!」

 

「金原……。まぁ私がそんな器とは思えないけど、選ばれたからには精一杯頑張るよ」

 

朱里さんもやる気はあるみたいですし、これからは早川キャプテンに付いていきましょう。

 

「ではキャプテンの指名も終わったところで、早速それぞれの実力を見せてもらい、そこから4日後に行われる台湾代表との試合に備えて練習に励んでもらうわ」

 

この集合場所の隣にはグラウンドがあり、監督が期間中の間は貸し切りにしているようです。すぐ近くには私達が宿泊するホテルもありと選手としてはかなり良い環境で練習が出来ますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑤

二宮瑞希です。アメリカへ到着してから3日が経ち、明日は台湾代表との試合になります。

 

その為に朱里さん、和奈さん、いずみさん、そして私の合計4人で簡単なミーティングを行います。

 

「では改めて台湾代表のデータを確認しておきましょうか」

 

「そうだね」

 

「わ、私がここにいても良いのかな……?」

 

「大丈夫なんじゃない?」

 

和奈さんはそこまで緊張しなくても平気ですよ?とりあえず私が集めた情報を元に、ミーティングを開始します。

 

「台湾代表で特筆する選手は2人……。エースの郭上鈴さんと、4番を打っている陽春星さんです」

 

他にもいますが、中心人物となっているのはこの2人でしょう。 

 

「この2人は去年の世界大会でも結果を出してるからね~。特に陽さんは台湾一のスラッガーって言われてるみたいだし」

 

「た、台湾一のスラッガー……!」

 

いずみさんの話によると、去年の世界大会でもこの2人は活躍をしていたみたいですね。和奈さんも台湾一のスラッガーという単語に心なしか楽しみにしているようにも見えます。

 

「この陽さんを筆頭に他の打者にも火が点いて、ガンガンと点を取る……というのが去年の台湾代表のスタイルでした。映像を見る限り陽さんも含めて大振りが目立ち、変化球で空振りをしているのが見受けられます」

 

アメリカ代表と違い、台湾代表はこういう部分で付け入る隙があります。

 

「そうなると変化量の大きい変化球を投げる子を先発にするべきだよね☆」

 

「だとしたら……朱里ちゃんかな?変化の大きいフォークとかナックルカーブとか投げるし」

 

いずみさんの言うように変化球中心の投手を先発に置くべきですね。そして和奈さんの言う通り朱里さんが適任ではあるのですが……。

 

「いえ、監督曰く朱里さんはクローザーに回ってもらうと言っていました。投げるとしても早めの登板になったとしても5回以降になるでしょう」

 

「えっ……。そうなの?」

 

朱里さんのスタミナ不足を見抜いての采配だそうです。流石の手腕ですね。それに娘の事をよくわかっている良い親でもあります。

 

「そっか~。そうなると先発は……」

 

「過去の成績と台湾代表の打線を鑑みて、先発は十六夜さんが良いでしょうね」

 

渡辺さんはどちらかと言えば速球派に当たりますし、一色さんは中継ぎ予定ですので、消去法ですね。十六夜さんの精神面がやや不安ではありますが、そこは一緒に組む捕手に任せましょう。

 

「次は郭さんについてだけど……」

 

「速いストレートと落差の激しいフォークボールを決め球に、カットボールとシュートボールを操る速球派の投手ですね」

 

「それなら速球に強い面子で固めた方が良いのかな?」

 

「だったら捕手は瑞希よりも千秋の方が良いかもね~。確か目黒シニアで4番打ってて、ストレートにも強かった筈だし」

 

「そうですね。私よりかは適任だと思います」

 

速球に強めな高橋さんを捕手に置きます。包容力もありますので、十六夜さんのメンタルもある程度はなんとかなりそうですね。

 

「和奈と、千秋と……。あと1人くらいは速球派に強い選手を置きたいよね~」

 

「とは言え守備を疎かにする訳にもいきません。こちらも万全にするに越した事はないでしょう」

 

余り打撃寄りにはしたくありません。バランスこそが正義なのです。

 

「亮子ちゃんはどうかな?」

 

「亮子さんはまだ怪我が治ったばかりですので、今回はベンチに置きます。可能ならアメリカ代表との試合まで休んでいてほしいくらいですからね」

 

亮子さんは最近退院したばかりの病み上がりです。本人は問題ないと言いそうですが、大事にするに越した事はないでしょう。

 

「それなら和奈をサードに置いて、綾香をファーストに置くのは?」

 

「或いは綾瀬さんをレフトかライトに配置するのも悪くないと思います」

 

「一層の事、雨取さんも下位打線に入れてみる?確か当たれば飛ぶロマン砲だって聞いた事があるよ」

 

色々話し合った結果……。

 

「わかった。それならオーダーの方は……」

 

朱里さんが暫定で纏めたオーダーがこちらになります。

 

 

1番 レフト いずみさん

 

2番 セカンド 歩美さん

 

3番 キャッチャー 高橋さん

 

4番 サード 和奈さん

 

5番 ファースト 綾瀬さん

 

6番 ショート 帯島さん

 

7番 ライト 雨取さん

 

8番 センター 静華さん

 

9番 ピッチャー 十六夜さん

 

 

「こんな感じでどうかな?まだ仮案だけど……」

 

「おっ?良い感じじゃん!」

 

「そうですね。打撃方面も、守備方面もある程度カバー出来ていると思います」

 

「うん、バランスもバッチリかも……」

 

弄られるとしたら、静華さんの枠でしょうか?それに伴って打順も変わってきそうです。

 

「じゃあこれを参考に打順を調整して、監督に渡しておくね」

 

最終的にどのような打順になるのか楽しみですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑥

二宮瑞希です。いよいよ私達日本代表の初戦が始まろうとしています。

 

「さて……。世界一になる為の第1歩。まずは台湾を屠りましょうか」

 

『はいっ!!』

 

中々に血気盛んですね。まぁそれくらいの勢いがなければ勝てないのかも知れません。

 

 

1番 レフト いずみさん

 

2番 センター 三森朝海さん

 

3番 キャッチャー 高橋さん

 

4番 サード 和奈さん

 

5番 ファースト 綾瀬さん

 

6番 ショート 帯島さん

 

7番 セカンド 歩美さん

 

8番 ライト 雨取さん

 

9番 ピッチャー 十六夜さん

 

 

そしてこれが今回のオーダーとなります。静華さんがブルペン捕手兼代走要因……。概ね予想通りですね。代わりに朝海さんが入るところも含めて……。

 

「瑠花ちゃん。台湾代表の打線は確かに強力だけど、瑠花ちゃんが思い切り投げていけば抑えられない相手じゃないわ」

 

「…………」

 

「……だからそんなに緊張しなくても大丈夫よ?」

 

「は、はいっ……!」

 

今日の試合のバッテリー2人の会話です。目黒シニアの正捕手を務めていた高橋千秋さんと渋谷シニアの2年生にしてエースを務める十六夜瑠花さん……。この2人の試合運びを今日は見させてもらいます。

 

「き、緊張で足が動きません……!」

 

「だ、大丈夫瑠花ちゃん!?」

 

しかし十六夜さんのあの様子は既視感がありますね。

 

「……まるで昔の和奈さんを見ているみたいですね」

 

既視感の正体は恐らくそれでしょう。リトル時代の中期くらいまでと、環境が変わったシニア時代の初期までの和奈さんの心境と類似しています。

 

「ええっ!私ってあんなだったの!?」

 

「……まぁあんな感じだったねぇ」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

朱里さんも同様に思っていたみたいですね。洛山に入った初期もきっとこんな感じだったのでしょう。

 

「ほーら、アタシ達も早いとこ守備位置に付くよ。和奈は今日サードなんでしょ?」

 

「あっ、うん……」

 

いずみさんが和奈さんを引っ張っていき、和奈さんをサードへと置いていきました。こういう気を遣えるところはいずみさんの美徳ですね。

 

「さて、私達は皆さんの試合運びを見守りましょう」

 

「そうだね」

 

「あの、二宮さんも早川さんも落ち着き過ぎじゃないですか?」

 

私の隣を座っている朝日さんが堂々としている私達に疑問を持っているようですが……。

 

「私達まで緊張の色を悟られたら向こうの思う壺です。堂々としていましょう」

 

「まぁ向こうからは緊張の様子とかないし、こっちもなるべく緊張しないようにしよう」

 

朱里さんの言う通りですね。向こうに動揺を見せるのはマイナスです。

 

「や、やっぱり川越シニアの人って凄いんや……」

 

そういう朝日さんは米原シニア出身ですが、中々良い動きとシュアなバッティングをする良い選手ですよ?

 

『プレイボール!!』

 

始まりますね。朱里さんや和奈さん、そして私にとって最初で最後のシニアリーグの世界大会が……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑦

二宮瑞希です。台湾代表との試合が始まりました。

 

「しまっていこーっ!!」

 

『おおっ!!』

 

高橋さんが捕手として十六夜さんの緊張を解すかの如く試合開始と共に味方全体に声掛けをしていますが……。

 

「ああいう風に声を掛けるのも捕手の務めですが、私には出来ない芸当ですね」

 

「いや、それを堂々と言うのはどうなの?」

 

私に大声を出すという芸当は不可能です。話によると、赤子の時は泣き声すら発しなかったと聞いていますからね。幼少期の頃はそれなりにやんちゃでしたが、やはり今の私が本来の私なのでしょう。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「初球からいきましたね」

 

「ホームランじゃなくて良かった……」

 

台湾代表の打撃能力はかなり高いですからね。甘く入ってしまえば、そこを漬け込まれてしまいます。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

まぁかといって慎重になり過ぎるのも問題な訳ですが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「こ、これで三者連続で四球ですよ……?」

 

十六夜さんは四球を連発。最悪の状況で4番の陽春星さんに回ってきました。

 

「二宮はこの状況で十六夜さんがどうなると思う?」

 

「……今のままの十六夜さんでは陽春星さんに満塁弾を打たれ、そこから連打が続き、下手をすれば1回表が終わらなくなるでしょう」

 

「そ、そんなに酷い展開になるん!?」

 

「あはは……。これは不味いかもねぇ……」

 

十六夜さんの打たれ弱さは問題ですね……。この試合に限ればまだなんとかなりますが、これでは先がありません。

 

「ちなみに一色さんには村雨さんと一緒に肩を作りに行かせているわ。状況次第ではワンアウトも取れずに投手交代も有り得るわね」

 

中継ぎ予定の一色さんが既に肩作りを始めています。本来なら3回くらいまでは問題なかったと踏んでいましたが……。

 

「早川さんも4回くらいには肩を作りに行ってもらうわ。具体的に言うと一色さんと入れ替わりね」

 

「了解しました」

 

更に朱里さんも早めの肩作りですね。監督は十六夜さんの状態を深刻に見ているようです。

 

 

カキーン!!

 

 

「あっ!?」

 

「これは……向こうのパターンに入りましたね」

 

打球は場外へと消え、満塁ホームランを打たれてしまいました。重い4点ですね。

 

「こ、これって物凄く不味いんじゃ……!?」

 

「まだ試合は始まったばかりですよ」

 

台湾代表のエース……郭上鈴さん次第でこちらの総合打撃力が変わってきます。良くも悪くも癖の強いチームですからね。

 

「あ~あ。これ以上ボコボコにされる前に投手を代えた方が良いんじゃない?」

 

「確かにね。このままだと1回表が永遠に終わらないかもよ?」

 

ベンチの雰囲気が悪いですね。確かにこれ以上は致命傷となると、早め早めの手打ちが必要です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑧

1回表から4点先制され、尚も相手打線が止まる気配がなく、ベンチからは諦めのムードが漂っています。

 

「……仕方ないですね。タイムお願いします」

 

「二宮……?」

 

私はタイムを掛けて、マウンドへと駆け寄ります。

 

「うぅ……!」

 

「瑠花ちゃん、大丈夫?」

 

「まだ1回だし、私達で逆転するから大丈夫!」

 

「そ、そうだね。取られたら、盛りかえせば良いんだから……!」

 

「まだまだクヨクヨするのは早いと思います!」

 

「そうッスよ!」

 

内野陣が集まって十六夜さんを慰めていますね。私も早いところ言うべき事を言っておきましょうか。

 

「すみません、少し良いですか?」

 

「二宮さん……?」

 

「十六夜さん、耳を貸してください」

 

「は、はいっ!」

 

私は十六夜さんに台湾代表の打線を抑える術を伝えます。

 

「そ、それで本当にいけるんですか?」

 

「向こうの大振りを見れば必ずこれでなんとかなる筈です」

 

「確かに……。これなら台湾の打線を抑えられる。瑠花ちゃんの変化球があれば!」

 

「…………?」

 

(どうやら高橋さんは気付いたようですね。これなら高橋さんのリードで向こうの打線を封殺出来るでしょう)

 

当の十六夜さんがまだ疑問を抱いていますが、高橋さんのリードにしたがえば問題ないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一仕事終えてベンチへと帰ってきました。

 

「お帰り二宮」

 

「瑠花ちゃんに何を言ってきたの?」

 

渡辺さんが何を言ったのか気になる様子なので、話す事にしましょう。別に隠す程の事でもありません。

 

「簡単な事ですよ。十六夜さんの投げる変化球をホームベース2つ分の幅を使って投げるように言ったまでです」

 

「変化球を……?」

 

「ホームベース2つ分の幅を使って投げる……?」

 

私の発言に対して大半の人が何を言っているかわからない様子です。そんなに複雑な事を言っていない筈なのですが……。ベンチ内で理解しているのは監督、朱里さん、亮子さんくらいでしょうか?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「おおっ!?本当に良いコースに変化球が決まりだした!」

 

「まぁこれはあの大振りな打線を相手にするから出来る芸当であり、アメリカ代表を相手にすれば痛打されるか、見られて終わりですけどね」

 

去年までの洛山にも通用しそうですが、今の洛山相手でも厳しそうですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

しかし碌にコースを見ずに振っている打者が大半ですね。アメリカ代表の完全劣化と周りから言われる訳です。

 

(この戦術が通用しないのは4番の陽春星さんくらいですかね……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ともあれこれで1回表が終わりましたね。反撃開始といきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑨

1回表の台湾代表の攻撃は陽さんの満塁ホームランによる4点で終わっています。

 

(本来4点差は大きなものになりますが、日本代表の面子を見る限りそうは思えませんね)

 

監督が茜さんな事もあり、今年の日本代表は過去1番の実力を秘めているのは間違いないでしょう。

 

「に、二宮さん!ありがとうございました!二宮さんのアドバイスのお陰で台湾打線を抑える事が出来ました!」

 

十六夜さんが私に礼を言いに来ています。律儀ですね。 

 

「私は変化球投手のあり方の一部を言っただけに過ぎません。それを物にしたのは十六夜さん自身です」

 

実際に私達の2つ年下としては破格の才能を抱いています。シニア時代の勝負が1度きりなのは勿体なかったです。

 

「でもまさか本当にホームベース2つ分の幅を使って変化球を投げるなんて思わなかったわ……」

 

「変化球はストレートと違ってボール球でもバットを振らせる事が可能です。台湾打線は陽春星さんを除いて碌にコースを見極めもせずにバットを振り回していますので、そんな相手に律儀にベース上で勝負をする必要はありません。ホームベース2つ分の幅を使って問題ないです」

 

(尤もこの戦術もアメリカ代表には通用しないでしょうが……)

 

総合打力こそはほとんど変わりませんが、アメリカ代表は台湾代表のような隙が一切ありません。十六夜さんは今後の成長次第で登坂機会が出来るでしょう。

 

「更に先程までの十六夜さんは狭いベース上の、更に狭くなるコースを投げていました……。これは結構難しい事ですので、それを意識し過ぎ、制球力を乱してしまいました。ですがもっと簡単に、ホームベース2つ分の幅を使って内角と外角を狙って投げていれば自然と程良くボール球となります」

 

「つまり細かいコントロールは必要とせず、気楽に投げれば、瑠花ちゃんのカーブとシンカーを駆使して相手を翻弄出来る……という訳ね?」

 

「正解です。高橋さん」

 

他の変化球では変化量的に戦術として成り立たない可能性が高いので、この試合ではカーブとシンカーで頑張ってもらいましょう。

 

「いや~。瑠花ちゃんのあのピッチングを見ると私達も負けられないね~!」

 

渡辺さんを中心に、他の投手陣にやる気が見えます。十六夜さんの奮闘は良い影響を与えていますね。

 

「さて、今度はこちらの攻撃ね。十六夜さんはこれ以上連打を食らわないと思うし、7イニング掛けてじっくりと逆転をめざす事にしましょう」

 

『はいっ!』

 

そして私達日本代表の攻撃は……。

 

 

カンッ!

 

 

1番のいずみさんが外野前に打球を落とし……。

 

 

コンッ。

 

 

2番の朝海さんのセーフティバントが成功し……。

 

 

カンッ!

 

 

3番の高橋さんが内野安打を決めました。これでノーアウト満塁です。

 

「まさかノーアウト満塁という展開が向こうと被るとは思わなかったよ……」

 

既視感を感じる展開に朱里さんがポツリと呟きました。奇しくも1回の表と同じ展開ですからね。しかし……。

 

「そうでしょうか?日本特有のスモールベースボールを前の3人は見せてくれました。監督はああ言っていましたが、3人共表の守備で十六夜さんの力になれなかった事を相当悔しく思っているみたいです」

 

「そしてそれは今打席に入った清本も同じ……か」

 

そして4番の和奈さん。

 

 

カキーン!!

 

 

初球から快音を放ち、その打球はスタンドへと吸い込まれていきました。

 

「早くも同点か……。こうなってくると打ち合いが予測されそうだね」

 

「そうでもないでしょう。データによりますと郭上鈴さんはスロースターターな投手のようですし、本番はここからになる可能性も充分あります」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「さ、さっきまでとはストレートの威力が全然違う!?」

 

和奈さんの満塁ホームランで火が点いたみたいですね。試合展開は文字通り振り出しに戻った訳です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑩

試合は進んで4回。初回の和奈さんのホームラン以降、両チームノーヒットという展開が続いています。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

この4回表は2番からですが、連続で三振に抑えています。しかし問題はここからですね。

 

(台湾代表の4番、陽春星さん……!)

 

(台湾一のスラッガー……!)

 

「台湾一のスラッガーとの2度目の対戦だね……。どうなると思う?」

 

十六夜さんはこの調子で台湾代表の打線を抑え続けていってほしい……という気持ちはあります。しかし世の中は結果が全て……。 

 

「……余りこういう事は言いたくありませんが、今の十六夜さんでは彼女を抑えるのは無理でしょう」

 

4番の陽春星さん。彼女だけ台湾代表の打線に比べて頭3つくらい抜けています。これでまだ中学3年生だと言うのだから恐ろしいものですね。

 

「えっ?で、でも今の十六夜さんは相手打線をきりきりまいにしていますよ!?」

 

「そ、そうよ!何故そんな冷たい事を言うのかしら?」

 

朝日さんと夕香さんが十六夜さんが打たれる……という点に疑問を抱いています。私の発言はそんなに冷たいでしょうか?

 

「……正直、私も二宮瑞希に同意見」

 

「夜子……?」

 

私の意見に賛成したのは夜子さんです。彼女は一応投手の経験があるからか、陽春星さんの恐ろしさを肌で感じ取っているのでしょう。口には出していませんが、朱里さんも同意見っぽいですね。

 

「1打席目に十六夜瑠花からホームランを打った時もそうだけど、彼女は台湾代表の打線の中でも他の打者とは格が違う……。他の打者が基本的に大振りなのに対して、陽春星だけは相手投手に応じて臨機応変にスイングを変えている。4点取られてからの十六夜瑠花は確かに目覚ましい投球をし始めたけど、それだけで抑えられる程台湾一のスラッガーは甘くない」

 

付け焼き刃が通じるような甘い選手ではないでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「で、でも追い込みましたよ!」

 

「こ、このまま抑えちゃえ―っ!」

 

カウントはツーナッシング。カウント上で見ると十六夜さんが有利ですが、陽さんは陽さんにとっての打ち所を見極めているようにも見えます。

 

(しかし陽春星さんの得意球はカーブやシンカーのような斜めに曲がる変化球……。彼女だけを考えるなら十六夜さんを先発にするのは失敗かも知れませんね)

 

しかしそれ以外の打者については十六夜さん次第で完封も視野でした……。そういう意味では陽さんの打席ではワンポイントが正解だったのかも知れません。

 

 

カキーン!!

 

 

ボールゾーンの球を強引に打ち、打球は1打席目と同様にスタンドへと運ばれました。

 

「外角低めのカーブを強引に捉えて、あそこまで運ぶなんて……」

 

「生粋のスラッガーでありながらも悪球打ちもこなす打者……。タイプとしては和奈さんに近いでしょう」

 

(尤も彼女は和奈さんとは違い、来た球を本能的に捉える獣のような打者でもありますが……)

 

理性的な和奈さんとは違うので、付け入る隙があるとしたらその部分でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

陽さんに打たれたものの、その後の打者は三振に抑えています。やはり陽さん以外は問題なさそうですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑪

4回裏。こちらも2番からの好打順ですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「このイニングも二者三振……」

 

「何球かはボール球もありますが、何れもコースがギリギリですので、思わず手が出てしまっていますね。ストレートに強い筈の高橋さんが振り遅れています」

 

「で、でも次は4番の清本さんですよ!」

 

「そうだね。清本さんならあのストレートに対応出来るかも……」

 

朝日さんと渡辺さんが和奈さんに期待を寄せていますが……。

 

「この試合はこれ以上和奈さんには期待しない方が良いかも知れませんね」

 

「えっ……?」

 

私の発言とほぼ同時に相手捕手が立ち上がりました。

 

「け、敬遠!?」

 

「1点差で、一塁が空いていて、尚且つ前打席の清本のホームランを見れば歩かせても不思議じゃないよ。私が向こうの立場でも恐らくそうするだろうしね」

 

正直私も朱里さんと同意見ですね。和奈さんはそれ程までに強力なスラッガーですから。

 

『ボール!』

 

「…………」

 

(和奈さんのあの表情……。まだ諦めてはいませんね)

 

如何にして敬遠球を打とうかと画策しているのがわかります。それ故にどこか期待している私がいます。

 

『ボール!』

 

カウントはツーボール、ノーストライク。完全に敬遠態勢に入っていますが……。

 

「二宮、どうやら清本は敬遠球を打つつもりみたいだよ」

 

「……どうやらそうみたいですね。和奈さんが歩かされたら代走を出すつもりでしたが、そうなってくると話は別です」

 

「えっ?えっ?ど、どういう事……?」

 

私と朱里さんの発言に高橋さんを始めとするほとんどの人達が困惑しています。意味がわかっているのは川越シニア出身の人達と、三森3姉妹、それと監督くらいでしょう。

 

「……清本和奈は状況に応じて敬遠球やウエスト球を強引に打ちに行く傾向がある。それがどんな時か……っていう具体的なところまではわからないけど、多分この打席がそうなんじゃないかと思う」

 

夜子さんの説明によって、完全にベンチが静まりました。集中しているのでしょう。注目しているのでしょう。そして期待しているのでしょう。和奈さんの一打を……!

 

『ボール!』

 

(今の3球で、郭上鈴さんの敬遠球の軌道はわかった。あとは集中して、手首に力を込めて……!)

 

スリーボール。次で決まりますね。

 

(……どんなに強引でも、どんなに不恰好でも、私はそれを打つだけ!)

 

「!?」

 

 

カキーン!!

 

 

「嘘……」

 

「ほ、本当に敬遠球を打っちゃった……」

 

口では簡単に説明していましたが、こうして見ると和奈さんの異常さが際立ちますね……。

 

「……私はそろそろブルペンに向かうよ」

 

「もうそんな頃合いでしたか」

 

和奈さんがホームに還って来たのと同時に一色さんも戻って来ましたので、朱里さんがブルペンへ……。朱里さんが投げるまでにはリードしておきたいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑫

イニングは6回裏。投手は十六夜さんから一色さんへと代わり、台湾打線を抑えています。

 

「いろはがなんとか踏ん張ってる内に勝ち越さないとね~」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

8、9番と連続で四球。相手投手にも段々と隙が見えてきましたね。

 

「ここがチャンスですよ。いずみさん」

 

「任せてよ!伊達に今まで打ちあぐねていた訳じゃないから☆」

 

ここまで和奈さん以外の打者は余り良いところがなかったですからね。いずみさんとしても意地の見せ所なのかも知れません。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(球が浮き始めたと思ったら、まだまだ勢いあるね~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(この後は朱里が控えている訳だし、1点……。1点のリードでアタシ達は勝てる……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

カウントは1ボール、2ストライク……。恐らくいずみさんは次に投げてくる球を打ってくるでしょう。

 

(ここで打たなきゃ、良いとこなしでしょ!)

 

 

カンッ!

 

 

「打った!」

 

「打球は……!?」

 

「一二塁間を抜けたわっ!」

 

流石はいずみさんですね。外角のボール球を難なく捉えました。

 

「悪球打ちを難なくやってのける……。川越シニアの上位打線を務めていただけはあるわね」

 

いずみさんの評価は監督から見てもかなり高いみたいですね。ほしい時に必ず打ってくれる打者は好感が持てますし、その気持ちには同意出来ます。

 

「遂に勝ち越したね!」

 

「……そうですね。あとは朱里さんが台湾代表の打線を抑えるのみです」

 

いずみさんが打った直後くらいに朱里さんが戻ってきました。タイミングが良いですね。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

後続は続かず、1点止まりですか……。まぁ朱里さんなら心配はいらないでしょう。

 

「早川さん、最終回で決めて来なさい」

 

「はい!」

 

(シニアリーグ世界大会の初登板……。出来る限り、最高の結果を残していきたいね)

 

心なしか、朱里さんが張り切っているようにも見えます。実の母親が監督を務めているのも関係がありそうですね。

 

「朱里さん、いよいよですね」

 

「うん……」

 

「この最終回……。向こうはクリーンアップからですが、調子の方は如何ですか?」

 

「多少緊張はするけど、調子は過去1番かな。良いピッチングが出来そうな気がするよ」

 

(メンタルも問題なし……。これなら心配はいらないでしょう)

 

あとは朱里さんの投げる球を捕るだけです。唯一不安がある陽さんとの対戦も、朱里さんならきっと大丈夫でしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

調子も問題なさそうですね。朱里さんはスタミナに難がありますが、この1イニングだけなら思い切り投げても問題はないでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑬

7回表。台湾代表の打線を抑える為に、朱里さんが投げています。それにしても……。

 

(……また、一段と成長しましたね。ストレートに見せた変化球も関東大会で私に投げてきた時と同等……いえ、もしかしたらそれ以上なのかも知れません)

 

(あれから私なりに精一杯練習してきた。それが今の偽ストレート……。クローザーという事でスタミナを気にせず思い切り投げる事で、関東大会で二宮達に投げたあの偽ストレートをいつでも投げる事が出来るようになった)

 

やはり朱里さんの成長速度は凄まじいですね。この世界大会でどこまで成長していくのか……。気になります。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3番打者を3球三振。そして……。

 

「…………!」

 

(4番の陽春星さんですね……)

 

コースはど真ん中へ。普通の投手で、普通の球なら、呆気なく場外へと運ばれる事でしょう。しかし投げているのは朱里さんです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(あの陽春星さんが全くタイミングを合わせられていませんね。朱里さんは最後に対戦した関東大会の時とは比べ物にならないレベルで成長しています。これならアメリカ代表に勝つのも夢ではないかも知れません……!)

 

(調子が良い……。試合で投げるのは関東大会の決勝戦以来だけど、実戦で投げるとこんなにも充実した、気持ち良いピッチングが出来るんだね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「あの陽春星さんをあっさりと追い込んだ!」

 

「流石、早川朱里……。私達を翻弄した投手」

 

カウントはツーナッシング。このまま3球で決めてしまいましょうか。

 

(陽春星……。台湾のシニアでその打撃力を買われて、台湾一のスラッガーまで登り詰めた訳ですが……)

 

 

ズバンッ!

 

 

「……っ!?」

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

世の中上には上がいます。今の朱里さんを打てる打者は片手で数え切れるくらいしかいないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

そして最後に5番打者を3球三振。

 

『ゲームセット!!』

 

5対6で私達日本代表が勝利しました。

 

「やった―っ!」

 

「まずは初戦突破だね!」

 

「この調子で世界一を目指していこーっ☆」

 

『おーっ!!』

 

いずみさんを中心にチームが団結していますね。この光景だけを見ると朱里さんよりもいずみさんが日本代表のキャプテンに見えますが……。

 

(チームを纏める存在=キャプテン……という訳ではありません。圧倒的な実力を見せ付ける事もまたキャプテンの資質という事です)

 

私はそんな朱里さんを支えていきましょう。

 

(……メールですね)

 

相手は……。

 

「…………」

 

「二宮?どうしたの?」

 

「……いえ。なんでもありません」

 

私はメールの返信を済ませ、朱里さん達の所へ戻りました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑭

二宮瑞希です。台湾代表との試合から1日……。今日はアメリカ代表の試合観戦に来ました。

 

「投げるのはウィラードさんみたいだね」

 

面子はいつもの観戦メンバーに加えて朱里さんです。別名ミーティングメンバーですね。

 

「私達が観戦に来ているとわかっていたら洛山を相手にした時と同じ……打たせて取るピッチングを主流とするかも知れませんね」

 

「ウィラードさんってばそんな技術を身に付けたんだ?去年の世界大会では次々と三振を取りに行くって感じだったけど……」

 

去年の世界大会の映像からはいずみさんの言うようなピッチングをウィラードさんはしていました。

 

「私達の試合を観に来てたみたいだし、私達がこの試合を観に来てるってわかれば二宮の言うように打たせて取るピッチングで力を温存するのかもね」

 

「ええ~!?でも相手は韓国代表だよね?打撃力は台湾代表にも負けてないって聞くし、そんなので通用するのかな~?」

 

アメリカ代表と試合する韓国代表は打撃力の高いチーム……。奇しくもチームタイプとしては台湾代表と似通っていますね。

 

「……もしも韓国代表を相手に打たせて取るピッチングをするのなら、この試合はウィラードさんの実力ではなく、アメリカ代表の選手達の守備力が見られそうですね。どちらに転んでもこちらに損はありません」

 

「成程ね~」

 

アメリカ代表の守備力とウィラードさんのピッチング……。どちらも必要なデータですので、この試合を観られた時点で私達は得しかしません。

 

(まぁ昨日の試合に上杉さんとウィラードさんが観戦に来ていたようですし、そこはお互い様ですね)

 

「おや~?そこにいるのは日本代表の期待の選手達ではないかね~?」

 

私達の背後から非道さんが現れました。そういえば昨日の試合には非道さんも観に来ていましたね。上杉さんとウィラードさんに並ぶ非道さん……。何か妙なトリオですね。

 

「ひ、非道さん!?」

 

「遠路遥々アメリカまで来たんですか?」

 

「まぁ私も色々あってね~。清本ちゃん達やシルエスカ姉妹の応援も兼ねて来たんだよ~」

 

非道さんにとっては和奈さんとアメリカ代表にいるシルエスカ姉妹が出ている試合は全て観に行きそうですね。

 

(ただ非道さんからは別の目的があるようにも見えますが……)

 

「試合、始まるよ~?」

 

(……まぁ今私が関与する必要もないですね。目前の試合観戦に集中しましょう) 

 

「上杉さんのホームランボール、捕れるかなぁ……?」

 

……あと和奈さんも別の目的で観戦に来ていましたね。まぁ和奈さんが楽しそうで何よりです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑮

瑞希「この小説を投稿し続けて、本日で3年となりました」

朱里「隙間隙間にちょこちょこ書いていく予定だったのに、どうしてここまで来てしまったのか……。何度も言うけど、既に本編は完結してるよ?」

瑞希「まぁ今やっているような番外編もそう長くは続かないと思いますけどね」

朱里「……具体的にさ、作者はどこまで毎日投稿を続けるつもりなの?」

瑞希「恐らくは和奈さんの番外編が完結するまではこうして投稿し続けると思います」

朱里「成程ね」

瑞希「……あとは作者急死してしまえば、自動的に打ち切りとなるでしょう」

朱里「そんな事を言わないの……。これからもこの小説及び、『最強のスラッガーを目指して』シリーズをよろしくお願いします」


二宮瑞希です。アメリカ代表と韓国代表の試合がいよいよ始まります。

 

「ウィラードさんのピッチングを出来るだけ映像に残しておきましょう」

 

やはり試合観戦にはビデオカメラは必須ですね。世界大会用のメモリに替えていますので、この世界大会の為に沢山撮っておきましょう。

 

「おお~。どこからともなくビデオカメラが出現したね~」

 

「どこから出したのそのビデオカメラ……」

 

「瑞希って結構謎だらけだよね~」

 

「そんな事はないでしょう」

 

さる方から教わった収納術ですが極秘……との事なので、私から明かす事はないでしょう。

 

「それよりも試合が始まりますよ」

 

「話逸らされたんだけど……」

 

逸らしていません。元々は試合の話ですから。

 

『プレイボール!!』

 

さて。この試合はどう転ぶでしょうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は中盤まで進み、今は韓国代表の攻撃となっています。

 

 

カンッ!

 

 

初球から打っていき、その打球はショートへの鋭いゴロ。

 

 

バシッ!

 

 

(相変わらず無駄が一切見えない動きですね……)

 

ショートを守っているのはロジャー・アリアさん。彼女の気品ある動きはどんな選手でも真似の出来ない唯一無二の守備を見せます。見せるというよりは魅せるですが……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「ロジャーさんってやっぱ世界一のショートって呼ばれるだけあって滅茶苦茶上手いよね~。簡単には捌けないゴロを難なく処理してるもん。その後の送球までも速いし、落ち着いてる」

 

「ロジャー・アリアさんですか……。彼女のプレーからはどこか気品が見えますね。上流貴族育ちなだけあります」

 

「確かにプレーが綺麗に見えるね~。ユニフォームの汚れも彼女だけは別の何かにも見えるよ~」

 

それは流石に気のせいだと思いたいですが、それも強ち間違いではない……。そう思わせるのもロジャーさんならではのプレーですね。

 

「ロジャーさんだけはアメリカ代表の中でも別格って感じがするよね」

 

「確かに他のアメリカ代表の選手達は所々荒々しさが見えるね。それが一切ないのはロジャーさんと……上杉さんくらいかな。纏ってる空気が違う感じがする」

 

朱里さんの言う通り、上杉さんとロジャーさんは別格ですね。ウィラードさんも優れた選手ではあるのですが、まだ2人の域には達していないでしょう。

 

「それにロジャーさんはこの試合では下位打線だけど、パワーもあるんだよね~。日本の高校なら間違いなく4番を打てるレベルだもん」

 

「それこそ日本の高校で彼女が4番に立てないのは洛山くらいのものでしょう。彼女の役割を考えるなら洛山では1番か2番になるでしょうが……」

 

今の洛山にはシルエスカ姉妹がいて、4番は和奈さんで固定……となればロジャーさんが入るとしたら3番か5番になりますね。まぁありえない未来の話ではありますが……。

 

「その洛山の1番と2番は同じくアメリカ代表のシルエスカ姉妹が務めてるんだっけ?和奈と非道さんの話だと」

 

「うん……。あの2人、この世界大会でも1番と2番を任せれているみたい」

 

「丁度この回は1番から始まるから、彼女達が洛山で何を得たのかを見るチャンスだよ~?」

 

私としてもシルエスカ姉妹の打撃データは撮っておきたいですね。要注目です。




瑞希「……ところで雷轟さんはどうしたのですか?」

朱里「朝起きれなかったんだって。子供みたい……」

瑞希「彼女に限らず私達高校生は全員等しく子供でしょう。続編ではそれぞれが1歩先の道に進んでいますが……」

朱里「その続編も同時に投稿していますので、興味のある方々は見ていってください」


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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑯

アメリカ代表の攻撃に移ります。

 

「エルゼちゃんは長打力はあるんだけど、基本的に出塁がメインになるんだよね~」

 

打順はシルエスカ姉妹の姉の方……エルゼ・シルエスカさんからのようです。

 

「過去のデータでもその傾向はありますね。白糸台で言うところの日葵さんと役割が同じです」

 

「そして2番のリンゼさんが確実に繋いでいく……か。この辺りも白糸台の佐倉姉妹と似通ってるね」

 

改めて聞くと、確かに佐倉姉妹とシルエスカ姉妹は似通っていますね。偶発的なものでしょうが、中々に面白い傾向です。ちなみにエルゼ・シルエスカさんが日葵さん、リンゼ・シルエスカさんが陽奈さんとタイプが似通っています。

 

 

カキーン!!

 

 

「あっ、打った!」

 

「外野の頭を抜けるスリーベースだね~」

 

足が速く、ミートもあり、長打力にも期待が出来るのは、紛れもなく1番打者に相応しいと言えるでしょう。

 

「……で、次はシルエスカ姉妹の妹の方だね。ここはスクイズで確実に点を取りに行くか、四球狙いで更にチャンスを繋ぐか……だよね」

 

ノーアウト三塁ですので、セオリー通りならいずみさんの言うようにスクイズか四死球狙いでしょう。

 

「それは恐らく洛山に留学する前のリンゼ・シルエスカさんでしょうね。洛山に留学した彼女は新たに長打力を身に付けた……という話を聞きます。ですので……」

 

 

カキーン!!

 

 

「えっ?初球から行った!?」

 

「……このように甘い球なら軽々とスタンドへと運ぶパワーを身に付けています」

 

これがリンゼ・シルエスカさんと陽奈さんの大きな違いでしょう。洛山へ留学した影響というのは凄まじいものです。

 

「嘘……。確かあの妹の方って去年のアメリカ代表メンバーの中で1番パワーがなかったって話なのに……」

 

いずみさんの言う通りリンゼ・シルエスカさんはかなり非力でしたが、洛山に入ってそれがある程度改善されました。

 

(私自身かなりパワーを付けてきたと思っていましたが、今日のこの光景を見るとまだまだ足りませんね……)

 

「……私も洛山に入っていれば和奈さんみたいなパワーが身に付いていたでしょうか」

 

「可能性は0じゃないよ~」

 

「あはは……」

 

私の呟きに対して非道さんは肯定的、和奈さんは苦笑い、そして朱里さんといずみさんが顔を青ざめていました。2人はどうしたのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合は10対3でアメリカ代表が韓国代表を相手にコールドゲームを決めました。

 

「~♪」

 

上杉さんの打ったホームランボールが和奈さんのグラブに収まって、和奈さんも機嫌が良さそうです。良かったですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑰

二宮瑞希です。アメリカ代表と韓国代表との試合が終わり、私達は宿泊施設へと戻る最中です。

 

「しっかしまさか本当にウィラードさんが打たせて取るピッチングで韓国代表の打線を抑えちゃうとはね~」

 

「まぁあの洛山を相手に出来たんなら、韓国代表を相手に出来ても不自然じゃないと思うけどね」

 

韓国代表の打線と洛山の打線(シルエスカ姉妹加入済)のレベルはほぼ互角……。洛山との試合で11失点したウィラードさんも、韓国代表を相手に僅か3失点……。これはウィラードさんが大きく成長していると見て間違いないでしょう。

 

「それよりもアメリカ代表全体の守備力を見られたのは良かったですね。これならどの打者がどこへ打ちに行くかを考えられます」

 

「でも私達と戦う時には選手を入れ換えるんじゃ……?」

 

和奈さんが選手の入れ替えに不安そうにしていますが、そこまでの心配はしなくても良さそうです。 

 

「それも恐らく数人程度だと思います。少なくとも正捕手のパトリオさん、ショートのロジャーさん、シルエスカ姉妹、そして上杉さんの5人は固定と見ても良いでしょう。決勝戦ではそこにウィラードさんとアルヴィンさんも追加で入ると過程して……」

 

固定されているポジションは二遊間とレフト、ライト、そしてキャッチャー。場合によってはサードも固定と見て良いでしょう。スタメンの半数のポジションが固定なのはこちらとしてはかなりありがたいですね。

 

「問題はアメリカを相手にアタシ達がどう戦うか……だよね」

 

いずみさんの言うようにアメリカ代表を相手に私達がどう臨むかなのですが……。 

 

「それよりも目前の試合です。3日後にはオーストラリア代表と試合をするのですから」

 

「オーストラリア代表……」

 

今は目前の試合に集中です。野球が盛んな国ではないとはいえ、初戦をものにしている以上油断は出来ません。

 

「特筆する選手の内の1人はオーストラリアに留学していた中国人ですね」

 

「えっ……?オーストラリア人じゃないの!?」

 

彼女の経歴は中国生まれ中国育ちで、リトル時代が中国、シニア時代がオーストラリア、そして高校は日本……とかなりフットワークが軽い選手です。情報量も多いです。

 

「あら……?早川さん達?」

 

オーストラリア代表の対策を話していると前方から上杉さん、ウィラードさん、ロジャーさんの3人が歩いて来ました。

 

「今日は試合を観に来てくれてありがとう。私達の試合はどうだったかしら?」

 

「……良い試合だったよ。私達も負けてはいられないね」

 

少なくともアメリカ代表の試合を観て、私達全員が触発されたのは間違いないですね。 

 

「それは良かったわ。私もユイも早川さん、貴女には負けられないもの」

 

上杉さん、そしてウィラードさんからは執念に満ちた眼をしています。朱里さんを意識しているライバルが多いですね。私達を含め……。

 

「わわっ……。朱里ちゃんと上杉さん達がなんかバチバチの展開になってるよ!」

 

「青春だね~☆」

 

そしてこの2人も決して例外ではありません。進学先の高校が別れた時点で私達はライバルなのですから……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑱

二宮瑞希です。上杉さんとウィラードさんが朱里さんを物凄く意識しているようです。まぁ理由は色々あるでしょうが……。

 

(朱里さんの実力は世界を相手にしても通用するのですね……)

 

そんな朱里さんが唯一完全敗北を喫してしまったのが1つ年上の宮永咲さん。夏の全国大会でも宮永さんが上回っていました。正直宮永さんと上杉さんに大きな違いはないと思いますが……。

 

「で、そちらにいるのは……」

 

「アメリカ代表のショートを守っています、ロジャー・アリアと申します。以後お見知りおきを」

 

良い所の令嬢みたいな雰囲気を出しているロジャー・アリアさん。私も彼女とは家柄含め色々な付き合いがあるものです。

 

「そして……。お久し振りですね。二宮瑞希さん」

 

『ええっ!?』

 

「…………」

 

ロジャーさんとの交流は今でも続いていますが、それはなるべく秘密裏にしよう……というのがロジャー家のしきたりだと聞いた記憶があります。

 

(それを堂々と話しても良かったのでしょうか……?)

 

当の本人はクスクスと笑っています。油断なりませんね。

 

「……言う程久し振りでもないと思いますよ?最後に会ったのも年明けですし」

 

「ふふっ。ただの社交辞令ですよ」

 

令嬢ですからね。社交辞令の1つや2つ、必要になってくるでしょう。

 

「み、瑞希ちゃん。ロジャーさんとはどういった関係なのかな……?」

 

全員を代表して和奈さんが尋ねてきます。当たり障りのない解答で良いでしょう。

 

「はぁ……。別に大した事はありませんよ。私とロジャーさんは互いに情報を集め、共有し合っているだけです」

 

「利害の一致……とでも言っておきましょうか?互いに必要な情報を共有し合っている訳ですが、私は瑞希さんが持ち込んでくる情報には大いに助かっています」

 

「に、二宮さんが持ち込んでくる情報って……?」

 

今度はウィラードさんがロジャーさんに尋ねます。おいそれと言って良いものではないと思うのですが……。

 

「情報……と言っても色々ありますが、特に私が助かっているのはアメリカの株価や財政、前大統領が隠蔽した不祥事等々ですかね」

 

『…………』

 

やはり簡単に話す内容ではありませんでしたね。それともロジャーさんからすれば些細な事でしょうか?

 

「……それよりも私に何か用があったのではないですか?」

 

「いえいえ。たまには瑞希さんと談笑するのも悪くないと思っているんですよ」

 

……本心ではあるのでしょうが、それは恐らく10%もないと見るべきですね。

 

「まぁ日本代表の皆さんは頑張って決勝戦まで勝ち進んでくださいね。我々アメリカ代表は待っていますから」

 

決勝戦まで進む宣言もしれっとしています。ロジャーさんはこれを本心で言っています。食えませんね。そしてロジャーさんは私とすれ違うや否や……。

 

「今夜、お話をしましょう?」

 

私にだけ、聞こえるように呟きました。ロジャーさんの方を振り向くと、彼女はクスクスと笑っています。

 

妖艶で、蠱惑的な印象の強い……。ロジャー・アリアはそういう人物です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑲

二宮瑞希です。先程まで上杉さん、ウィラードさん、そしてロジャーさんの3人と会話をしていました。

 

「……ロジャーさんは相変わらずでしたね」

 

ロジャーさんが去って行き、上杉さんとウィラードさんはそれを追い掛けて行きました。

 

「瑞希はいつもロジャーさんとこんな会話してるの?」

 

「ある場所で出逢ってからは、何故か向こうから絡んでくるだけです」

 

最後に会ったのは年明けですが、情報のやり取りを交換する為にチャットでは毎日会っています。もちろんこの世界大会の期間中も……。

 

「それよりも次のオーストラリア代表との試合に備えてこのままミーティングといきましょうか」

 

「そうだね。清本と金原もそれで良いかな?」

 

「アタシはOKだよ☆」

 

「う、うん。瑞希ちゃんとロジャーさんの事は色々と気になる事があるけど、大事なのは目前の試合だもんね……」

 

和奈さんは私とロジャーさんの事が気になっている様子です。しかしかのロジャー家の令嬢の情報の漏洩は許されません。そうなってしまえば今後私に情報が渡らなくなってしまいますからね。それに……。

 

(和奈さんを守る為なら、私はどうなっても構いません)

 

もうあの幼少期のような悲劇を繰り返す訳にもいきません。その為にも得られる情報は得続けなければなりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では対オーストラリア戦に向けて軽く話し合いましょうか」

 

ロジャーさんとお話する前にさっさとミーティングを終わらせてしまいましょう。

 

「えっと……。瑞希ちゃんが言うにはオーストラリアに留学している中国人……だったっけ?」

 

「1番打者を勤めている王美雨さんですね。分かりやすく言えば陽奈さんと同タイプの選手です」

 

1番を打っている王美雨さん。ガールズ時代の陽奈さんに似た傾向の打撃を行います。打率も5割弱と決して低くはありません。

 

「ええ……」

 

「おや?どうかしましたかいずみさん」

 

「えっ?あっ、いや、な、なんでもないよ?」

 

いずみさんがわかりやすく慌てふためいていました。動揺が隠し切れていませんよ?

 

(そっか……。次は美雨がいたシニアの代表が相手なんだ)

 

(……そういえば王さんはいずみさんがいる藤和の選手でしたか。今年の秋大会から頭角を現してしましたが、去年の世界大会ではオーストラリア代表にいませんでしたね)

 

そして藤和といえばもう1人……の事についてはまた別の機会にしましょう。

 

「王さんは足の速さと出塁重視のバッティングスタイルで先制点を取りやすい状況を作る事を得意としています」

 

「選球眼が良くて、よく彼女に四球を出す……って事なのかな?」

 

これだけ聞くと、本当に王さんの打撃は陽奈さんと類似していますね。 

 

「その認識で合っていますよ。幸い長打力は余りない筈ですので、四球に注意して、甘い球を投げなければそうそう打たれる事はないと思います。速い球を打ち辛そうにしているのを過去の映像で確認出来ていますので、次の先発はストレートを得意としている投手に任せたいですね」

 

尤もこの世界大会でどうなってくるかはわかりませんが……。

 

「……となると先発は投手陣の中で1番ストレートが速い曜で決まりかな?」

 

「そうですね。渡辺さん、一色さん、朱里さんの3人で投げるのが良いでしょう」

 

渡辺さんは高校に入ってからの活躍は耳にしませんが、練習を見る限りだと動きはや球のキレは落ちていません。先頭の王さんを打ち取れれば、その勢いに乗る事も難しくはないでしょう。

 

「次はオーストラリア代表の3番だね」

 

「スミス・アンナさんですね。彼女も生まれはアメリカという話ですし、純粋なオーストラリア人とは言えそうにありません」

 

打撃方面での警戒に純粋なオーストラリア人はいませんね。しかし……。

 

「オーストラリア代表の野球は守備型……特に守備範囲の広さには定評があります」

 

「守備範囲の広さ……。つまり静華ちゃんや三森3姉妹と野球をやっている事を想定したら良いのかな?」

 

「それって実際に勝つにはホームランを打つしかないって事?」

 

「事はそう簡単にはいきません。台湾代表との試合で和奈さんはかなり警戒されていますから、歩かされる可能性はかなり高いでしょう」

 

日本代表には和奈さんのような生粋のスラッガーはいません。スモールベースボールを自負する日本代表ですが、スラッガーという枠組みに位置するのが和奈さんだけだと決定打に欠けてしまいますね。

 

「じゃあパワーに自信のある選手を和奈の後ろに添えた方が良いね」

 

「打順的には5番と6番にパワーヒッターを配置するオーダーでいけると思います。あとはこちらも守備範囲で勝負したいところですが……」

 

「何か問題でもあるの?」

 

「こちらの守備範囲の広い選手……三森3姉妹と静華さんの守備での動きはアメリカと当たる決勝戦までは隠しておきたいですね。もしもの事態に対処しやすいように……」

 

余計な情報を晒さない為にも、最小限の動きでオーストラリア代表に勝つ必要があります。

 

「その4人の事で割れてるのは朝海の走力くらいかな?台湾戦で見せたあのセーフティバント」

 

「ですね。朝海さんは一発のある打者でもありますが、今回は朝海さんよりもパワーのある夕香さんか、意外性のある夜子さんを下位に置くのも1つの手です」

 

とはいえ三森3姉妹か静華さんの誰かは出さなければ、オーストラリア代表と渡り合えないのもまた事実……。難儀ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編⑳

二宮瑞希です。対オーストラリア代表のミーティングの末に、オーダー(参考段階)が決まりました。

 

 

1番 レフト いずみさん

 

2番 セカンド 雷さん

 

3番 キャッチャー 高橋さん

 

4番 ファースト 和奈さん

 

5番 センター 三森夕香さん

 

6番 ライト 剣さん

 

7番 ショート 歩美さん

 

8番 サード 朝日さん

 

9番 ピッチャー 渡辺さん

 

 

これが対オーストラリア代表のオーダー(参考段階)です。

 

「……こんな感じかな?」

 

「おっ?梅田シニアの剣雷コンビが入ってるじゃん」

 

剣雷コンビとは1番を打っている剣さんと2番を打っている雷さんのコンビ名で、シニアでは主に打撃方面に注目されています。

 

「……そうですね。あとは打順を調整すれば良い感じになると思います。剣さんと雷さんは打順をくっつけた方が打撃が良くなる傾向がありますし」

 

三森3姉妹は打順はバラけててもそれぞれのセンターラインが成立していれば上手く連携が機能するのですが、あの2人は打順が繋がっている事で打撃力が向上します。

 

「あとは歩美ちゃんと雷さんはポジションを逆にしても良いかも……?」

 

捕球率を取るなら歩美さん、機敏な動きを取るなら雷さんです。これは簡単には決め辛いですし、ギリギリまで考えても良いでしょう。

 

「……わかった。とりあえずこれを監督に見せてくる。今日はこのまま解散しよう」

 

「OK☆」

 

「就寝までまだ少し時間があるし、素振りに行こうかな……」

 

今日はそのまま解散となりました。和奈さんはどうやら素振りに行くみたいです。

 

(私も……行きましょうか)

 

正直気乗りはしませんが、行かなければならない理由がありますからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿泊ホテルのロビーの裏口。私はこの場所で人を待っています。

 

「お待たせしました」

 

「私も先程来たばかりなので、問題ありません」

 

「そう言ってくださるとありがたいですね」

 

やってきたのはロジャー・アリアさん。令嬢のイメージが崩れない妖艶な人です。

 

「では情報の交換会を始めましょうか」

 

「そうですね。まずは私から……」

 

私がロジャーさんに渡す情報はジャジメントグループの動向です。最近とある人物のクローンが起動した……というところまでは掴んでいます。

 

「………!これは本当ですか?」

 

「写真もあるので、真実でしょう。そしてそのクローンはオリジナルと同じ上守甲斐と名乗っています」

 

「そう……でしたか。ありがとうございます瑞希さん。私が生きる意味を改めて見出だす事が出来ました」

 

お礼を言うロジャーさん。そういえばロジャーさんはオリジナル(上守甲斐)と元ジャジメントグループの会長の神条紫杏に救われた……という話を聞いた事があります。今ではどちらも亡くなっていますが、上守甲斐さんの方は予め造られていたクローンが活動しています。

 

「……っと、失礼しました。私が渡す情報はこちらです」

 

こうして夜が更けるまでロジャーさんとの情報交換は続きました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編21

二宮瑞希です。ロジャーさんとの情報交換は有益を得はしましたが、腑に落ちない事も多数あります。

 

(まぁその辺りはまた別の機会に尋ねましょうか)

 

それはそれとして、今は目前の試合です。

 

「よーし!全速前進!ヨーソロー!!」

 

『ヨーソロー!!』

 

渡辺さんを中心に日本代表のスタメンが団結していますね。良い事です。

 

「私達はまたもや後攻のようですね」

 

「まぁ基本的に後攻の方が有利だから、ありがたいんじゃない?」

 

「そうですね」

 

ちなみに渡辺さんが発した掛け声のヨーソローというのはよろしく候うの略称であり、航海用語の1種だそうです。

 

「1番の王さん……。彼女を上手く打ち取れるかどうかによって流れが変わってくるでしょう」

 

「まぁそうなるよね。渡辺さんには是非とも頑張ってほしいところだよ」

 

まぁ王さんと同じ高校のいずみさんからすれば複雑な気持ちもあるでしょうが、切り替えが大切ですよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

カウント2ボール、1ストライクからの4球目。王さんが渡辺さんのストレートを捉えます。

 

「サード!」

 

「はいっ!」

 

サードの朝日さんも良い動きをします。しかし内野安打となりそうですね……。

 

『セーフ!』

 

案の定内野安打でしたか……。まぁこれは仕方がないですね。むしろ送球を逸らさなかった事に安堵するべきでしょう。

 

「やはり速いですね」

 

「転がされたら内野安打は確実だと見て良いかもね」

 

「あ、あの……。なんで2人はそんなに落ち着いているんですか?」

 

状況を分析していると、十六夜さんから声を掛けられます。十六夜さんの経験上ではあの走力は想定の上を行っているのでしょうか?

 

「私達の世代ではあれくらいの走力の選手は別段めずらしくありませんでした」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「まぁそう多くないのも事実だけどね」

 

王さんよりも速いのは静華さん、三森3姉妹、黒江さん、あとは阿知賀にいる高鴨さんくらいでしょうか?しかし彼女達と比べると、王さんの走塁は安定していてとても綺麗です。

 

(尤も王さんの本質的には2番の方が適任だと思いますが……)

 

今の藤和の動きとしてはいずみさんが出塁し、王さんが確実にいずみさんをホームへ還す……。こちらの佐倉姉妹とほぼ同じでしょう。2番打者目線から見ると、王さんの方が打率は高いですが……。

 

『アウト!』

 

しかしオーストラリア代表は王さんのような走力を持つ選手が多いですね。今のようなライナーで打ち取るのがベストでしょう。そしてワンアウト一塁の場面で3番打者が打席に入ります。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編22

ワンアウト一塁。打席にはアメリカ育ちのスミス・アンナさんが入り、渡辺さんは初球を低めに投げますが……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「初球から対応してきたね」

 

「過去のデータによりますとスミスさんはストレートのような速い球に対する打率は低めのようですが、流石に対応力が上がってきていますね」

 

データ通りにいく方が少ないので、私は更に予測範囲を増やします。そうして増やし続けてきた結果、今のように対抗策を高橋さんに伝える事も出来ます。

 

 

カンッ!

 

 

4球目に投げられた低めのストレートを捉えられましたが、その打球はセカンド正面……。余程の事がない限りは併殺が取れるでしょう。

 

「よしきた!」

 

セカンドを守る雷さんが素早い動きで打球を処理。そのまま併殺を取るのに成功しました。

 

(しかし嫌な予感がしますね……)

 

その予感が杞憂ならばどれ程良かったでしょう。試合が進むとその予感が正しくなってくるでしょう。

 

「よし!先制点取りに行こう!」

 

ともあれ次はこちらの攻撃。いずみさんが張り切って打席へと向かいます。

 

「うわっ!何あれ!?」

 

誰が叫んだのか、釣られて声の方向見ると……。

 

「外野前進し過ぎでしょ……。内野後退の位置よりも前じゃない」

 

遥か前へと前進している外野陣がそこにいました。まぁオーストラリア代表の野球は常にこれですからね。

 

「あれがオーストラリアの野球名物。『二重内野守備』ですね」

 

「に、二重内野守備……?」

 

世界大会初参加の人達には馴染みのない陣形でしょう。

 

「オーストラリアの野球選手は足の速さを活かした守備を見せる為に、外野手があのような前進守備をするんです」

 

「で、でもそれなら外野の頭を越せば長打のチャンスだよね?」

 

理屈の上ではそうですが、それが簡単にいかないからあの陣形です。当然今打席に立っているいずみさんも長打狙いですからね。

 

 

カキーン!!

 

 

「初球から行った!」

 

「フェンス直撃が狙えるんじゃない!?」

 

打球方向はセンターフェンスに勢い良く飛んでいます。本来ならこれで三塁打は狙えるでしょう。

 

(や~、普通ならランニングホームランいけそうなんだけどね~)

 

 

バシッ! 

 

 

『アウト!』

 

当然の如く、センターは打球に追い付きます。

 

「う、嘘!?あそこからフェンスまで追い付けるの!?」

 

「これがオーストラリアの野球です」

 

今打球を取ったのは王さんですが、外野全員が静華さんや三森3姉妹並の守備範囲を取ったのは誇っています。そして範囲なら内野陣も負けてはいないと思われます。

 

「この野球をするようになった切欠が2年前のシニアリーグの世界大会で1人の選手がある偉業を成し遂げた事……。そこからオーストラリアの野球は外野手があのように前進守備をするようになったのよ」

 

「確かその人は今でもメジャーリーグで活躍していますね」

 

2年間継続している守備……。伝統に従っているとはいえ、あのような選手を次々と育成が出来るオーストラリアの野球環境は侮れませんね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編23

「あ~あ。良い当たりを打てたと思ったんだけどな~」

 

いずみさんが悔しがりながらこちらに戻ってきます。狙いは悪くないんですが……。 

 

「いずみちゃん、ドンマイ」

 

「しかしいずみさんの狙いそのものは悪くありません」

 

「外野の頭を抜ける当たりって事……?」

 

「いえ、鋭いライナー性の当たりを打つ事です。いくら出鱈目な守備範囲を持っていたとしても限度と限界があります。この試合はそこを突けば勝てる試合となるでしょう」

 

(その前にこちらの守備力が崩れなければ……ですが)

 

ある意味我慢比べな部分も見受けられますね。守備方面で本当に手強いのはセンター王さんくらいでしょう。

 

『アウト!』

 

後続の打者も外野の頭を越えたライナーを連打するも、外野が追い付いて打球を捕ります。

 

「やっぱ外野手の守備範囲は広いね~。狙うなら内野を抜ける当たりかホームランを狙うのが妥当かも」

 

 

「成程……。ですが内野手の守備範囲も広いですから、簡単にはいかないでしょう。ゆっくりとチャンスを待ちます」

 

「そうなると投手戦だね」

 

渡辺さん、そしてあの選手に注目しておきましょう。

 

「よっし!この夕香さんがあの守備力を上回るバッティングをしますかね」

 

「夕香、頑張りなさい」

 

「もちろんよ。朝海姉さん!」

 

この試合では三森3姉妹の次女……夕香さんに出てもらっています。

 

 

1番 レフト いずみさん

 

2番 センター 三森夕香さん

 

3番 キャッチャー 高橋さん

 

4番 ファースト 和奈さん

 

5番 ライト 剣さん

 

6番 セカンド 雷さん

 

7番 ショート 歩美さん

 

8番 サード 朝日さん

 

9番 ピッチャー 渡辺さん

 

 

これが今日の試合のオーダーですね。上位も下位も隙のない構成にはしていると思いますが……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「良いわよ夕香。その調子でドンドン粘っていきなさい!」

 

粘り打ちは3姉妹の中では長女の朝海さんの特権ですが、夕香さんも負けてはいませんね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「ナイスカットーっ!」

 

1打席目にも関わらず、こうして球数を稼いでいます。本気度が伺えますね。

 

 

カンッ!

 

 

『フェア!フェア!』

 

10球目に放った打球もファール狙いでしたが、三塁線切れる事なくフェアです。

 

(げっ!?切れなかったか!?)

 

ファール狙いだったか、スタートが遅れましたね。本来の夕香さんならここからでも内野安打が狙えますが……。

 

(くぅ~!スタートが遅れた分内野安打は難しいかな?二宮瑞希からも走塁で本気を出すのは決勝戦まで控えてほしいって言ってたし、間に合わないかぁ……)

 

『アウト!』

 

私の言い付けを守ってくれていますね。そのかわり決勝戦では思い切り暴れても良いですよ?

 

3番の高橋さんも外野の頭を越すライナーを放ちますが、あえなく凡退……。厳しい展開が続きそうですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編24

2回裏。和奈さんから始まる攻撃ですが……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「やっぱ和奈は歩かされるよね~」

 

「敬遠球を打つ芸当もタイミングを誤れば、凡打に繋がりますからね。迂闊に打ちにはいけないでしょう」

 

 

カンッ!

 

 

続いて5番の剣さん。本来なら一二塁間を抜ける当たりなのですが……。

 

 

バシッ!

 

 

「ライトがあんなに前に……」

 

二重内野守備とも呼ばれる動きでライトが打球を捕り、そのまま併殺です。

 

「ああっ!?ゲッツー取られちゃったよ!」

 

「これがあるから、オーストラリア代表の野球は手強いんだよね。あの前進守備を抜ける当たりを打ったとしても、外野の3人は中でも足がかなり速い……。少なくともフライならあっという間に追い付かれるよ」

 

(そしてそれは美雨も同じ……。アタシと一緒に頑張ってきたのもあるし、オーストラリアのシニアにいた時もきっと並々ならぬ努力をしてきたんだろうな~)

 

「……アタシも負けてられないなぁ」

 

「いずみちゃん……?」

 

「何でもない☆」

 

いずみさんと王さんは今では同じ藤和高校の主力となっていますが、この試合においては敵同士……。それに加えて両方1番打者を担っています。打席の多いこの2人がどう活躍するのかも見物ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イニングは4回表。ここまで両チームノーヒットと投手戦になっています。

 

 

カンッ!

 

 

王さんは初球打ち。打球はセカンド正面ですね。

 

「任せろ!」

 

雷さんが素早い動きで打球を捕りに行っています。内野安打を狙われる恐れがあるからか、どこか焦りが見えますね。

 

 

スカッ!

 

 

「えっ……?」

 

……やってしまいましたね。

 

「こ、これって不味いんじゃ……?」

 

「し、しまった!?」

 

「…………!」

 

雷さんのトンネルを見逃さず、王さんは一塁を回ります。ランニングホームランになりそうですね。

 

「あ~あ。遂にやっちゃいましたねぇ……」

 

「まぁいつかやるとは思ってたけどね。どうせならうちとの対戦でやってくれたら良かったのに……」

 

雷さんと同学年のライバルである一色さんと綾瀬さんから見ても、いつかはやると思っていたようです。逆にこれまではなんとかなっていたのも驚きですね。

 

「ライトーっ!!」

 

外野はオーストラリア代表の走力を警戒して深めを守っています。理由としてはランニングホームランを狙われないように対応していく為なのですが、今回はそれが仇となってしまいましたね。

 

「くっ……!」

 

ライトにいる剣さんが打球に追い付く頃には王さんは三塁へと辿り着こうとしています。

 

「三塁蹴ったよ!」

 

「バックホーム!!」

 

剣さんの矢のような送球が一直線に高橋さんのミットに突き刺さります。

 

 

ズザザッ!!

 

 

王さんのスライディングと高橋さんのタッチするミットがほぼ同時……。かなり際どいですね。

 

『……セーフ!セーフ!』

 

結果としてはセカンドのエラーなのですが、ランニングホームランを決められ、かなり重い1点がオーストラリア代表のスコアに刻まれました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編25

『アウト!チェンジ!!』

 

雷さんのトンネルによるランニングホームラン以降、なんとか後続の打者を絶ちました。しかし良くない展開には変わりありません。

 

「……ごめん」

 

「良いよ良いよ。取られたら取り返せば良いんだから!」

 

渡辺さんは気丈に振る舞っていますが、内心悔いがあるでしょう。感情を表に出さないのは評価が出来ますね。

 

 

カンッ!

 

 

そして反撃。ツーアウトまで取られましたが、3番の高橋さんがヒットを打ちます。ようやく日本代表の初安打ですね……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

4番の和奈さんは歩かされ、ツーアウト一塁・二塁。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

5番の剣さんがファールで粘っています。最低でも同点に追い付きたいですね。

 

「剣さんは粘り強い選手だから、打ち取るのも苦労するんですよね~」

 

「そうそう。あの粘り強い打撃術は私も見習わなきゃね!」

 

一色さんと綾瀬さんの言うように剣さんは粘り強い打者でありながらも、いずみさんレベルの打撃力があります。シニアの後輩から今でも剣さん相手には苦戦する……と言っていますね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

剣さんも四球で出塁。これでツーアウト満塁です。

 

(次の打席は雷さんですか……)

 

ここで代打攻勢もありな場面ではありますが……。

 

「雷!」

 

「剣……」

 

……ここは2人を信用しましょう。監督もそのつもりで動いていません。

 

「今更トンネルなんて気にするな。シニア時代に何度おまえの雑な守備でやらかしたと思ってる?」

 

「うっ……!」

 

「それよりも自分が仕出かしたミスは自分で取り返せ!守備のミスは打撃で取り返せ!!」

 

「……そうだね。ありがとう剣!」

 

至極全うな事を言っていますが、ああいう叱咤激励が今の雷さんに効くのかも知れません。

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(そうだ……。今更ウジウジしても仕方ない。トンネルした事についてはチームメイト全員に頭を下げたし、早川監督は切り替えろとも言ってくれた)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「追い込まれた……」

 

カウントはツーナッシング。バッテリーは打つ気がないと判断して3球勝負を試みているようです。しかし……。

 

『あっ!?』

 

ベンチのほぼ全員が洩らした悲鳴。それは相手投手のすっぽ抜けでど真ん中へと球が吸い込まれていった事で出ています。

 

(すっぽ抜け!?ど真ん中に来てる!)

 

これを好機と捉えた雷さんは全力で構え……。

 

(そっちだって私のミスでランニングホームランを打ったんだ……。私だって相手投手のミスでホームランを打っても構わないよねぇ!?)

 

 

カキーン!!

 

 

タイミング完璧で失投を捉え、バックスクリーンに直撃を逆転満塁ホームランですね。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

そしてこれで4回裏が終了……。このリードは大切にしていきたいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編26

試合は7回表。私達日本代表は3点のリードを維持し続けています。

 

(雷さんも慎重に打球の処理を行うようになりましたし、この世界大会は様々な成長が見受けられますね)

 

そして最終回のリリーフを任せられるのは朱里さんしかいません。

 

「3点差ありますので無理をせず、朱里さんの思うように投げてください」

 

「ん。了解」

 

朱里さんには気軽に投げるように言いますが、今の朱里さんはアドレナリンが出ているのか、勢い留まる事がありません。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

なのでこうしてオーストラリア代表の打線をきりきりまいとなっています。

 

(台湾代表を相手に投げた時よりも朱里さんの球が威力を増していますね。このキレは神童さんに匹敵します)

 

まぁ神童さんと朱里さんは投手としてのタイプが似ているようで違います。同じ存在には一生なれないでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(まだストレートとストレートに見せた変化球しか見せていないにも関わらず、オーストラリア代表の打線を完全に抑え込んでいます。変化球はアメリカ代表を相手にするまでは温存という形を取るのでしょうか?)

 

(アメリカ代表が観に来ている事を考慮すれば、私の球種は極力温存したい……。もしも偽ストレートが通用しなくなったら投げざるを得ないけど、今のところは問題ないかな?)

 

しかしアメリカ代表が相手になると、ストレートに見せた変化球だけでは通用しないでしょう。特に朱里さんの対策を入念に行っている上杉さんには……。

 

(今はこうしてリリーフとしての採用に甘んじていますが、アメリカ代表との試合では上杉さんを相手のワンポイントにするのも視野ですね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!!』

 

「ふぅ……」

 

(よし……!現状はまだ偽ストレートでなんとかなる。願わくば次に当たる予定のキューバ代表にもこれが通用すれば良いんだけどね)

 

オーストラリア代表の打線も三者連続三振となり、2戦目も勝利です。

 

「やったやった!勝ったーっ!」

 

「一時はどうなるかと思っちゃった……」

 

雷さんのトンネルが切欠で起きた王さんのランニングホームランで敗色ムードでしたが、自身のミスを満塁ホームランでカバーしてチームの雰囲気を変えた……。今日の試合は中々に不思議な展開が起きましたね。

 

(こういうのも含めて野球……ですか)

 

最後の最後まで諦めずにバットを振り続けていれば、きっと何かが起こる……。そういった曖昧であやふやな現象は信じていませんが、雷さんの満塁ホームランからはそういった雰囲気が見受けられますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編27

二宮瑞希です。次の対戦相手となるチームの試合を観に来ています。まぁスコアを見る限り十中八九キューバ代表でしょう。

 

「しかし流石に優勝候補と騒がれるだけの実力はあるよね。アメリカ代表にも負けてない」

 

「そうですね。勢い……というべきでしょうか。それもアメリカ代表とは似て非なる別のものを感じます」

 

アメリカ代表とキューバ代表のチーム仕上がりは似ているようでどこか違います。そうなるように互いのチームの監督が育成しているのでしょう。

 

『ゲームセット!!』

 

蓋を開けてみれば10点差の4回コールドですね。重量打線です。

 

「キューバ代表は前の2試合も5回コールドで終わらせています」

 

「これって次に当たる私達も他人事じゃないよね?」

 

「そうですね。次の試合は十六夜さんを先発にぶつける予定ですが、正直厳しいものがあります」

 

かといって朱里さんをフルで使う訳にもいきません。朱里さんならキューバ代表を相手に投げても問題なさそうですが、アメリカ代表がその試合を観て対策されるのは良くないです。やはりリリーフ運用でしょうか。

 

「そうなってくると投手陣全員が力を合わせて投げ抜く……という形を取った方が良いのかな?」

 

「その辺りも監督と要相談ですね」

 

キューバ代表との試合は打ち合いを覚悟しなければならないでしょう。それでも私と監督の考えは変わらないと思います。

 

「二宮、この後ちょっと受けてもらっても良いかな?」

 

「投げ込みですか?」

 

「うん。私が台湾とオーストラリアを相手に投げた球が二宮の目線で通用するか見てほしい」

 

朱里さんから投げ込みの提案がきました。前の2戦で投げた球が通用するか、或いはしない時に備えたピッチング……という事でしょうか?朱里さんなりに危機感を感じている訳ですね。

 

(それに私としては朱里さんの新しい球種を見るチャンスですね)

 

「……わかりました」

 

まぁ私としては断る理由もないですし、投げ込みに付き合います。ですがその前に……。

 

 

グウゥゥゥ~。

 

 

「その前にどこかで食事にしましょうか」

 

「それもそうだね。でもどこで……?」

 

「軽く済ませるか、ガッツリと食べるかによって行く場所が変わってきますが、朱里さんはどうしますか?」

 

「そうだね……軽食で良いような気がするけど、アメリカの食事ってボリュームがある印象があるんだよね」

 

「それは偏見な気もしますが、まぁ強ち間違ってもいないと思いますよ」

 

腹の虫が煩いので、早いところ治めなければなりませんね。

 

「それにしても二宮がそうやってお腹を鳴らすのって意外だったなぁ……。なんか考えられないよ」

 

「そうですか?試合日はそれなりに整えていますが、完全オフの日なんかはこのように常にお腹がなっています」

 

しかしこれから隠密行動をする時はその前に食事をした方が良いですね。また1つ学びました。

 

「あれ……?朱里ちゃんと瑞希ちゃん?」

 

この声は風薙さんですね。アメリカまで来ていましたか……。

 

「やっぱり朱里ちゃんと瑞希ちゃんだ!」

 

「か、風薙さん!?」

 

≪彼方の知り合いですか?≫

 

≪日本人みたいだな≫

 

そしてお付きにはクリフ・ボストフ選手とエリー・ジータパーラー選手ですか……。ここにフロイスさんがいれば、『アメリカの4皇』と呼ばれた選手が集結する事になりますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編28

二宮瑞希です。『アメリカの4皇』の内の3人と遭遇しました。

 

「紹介するね!この2人はシニア時代のチームメイトだった……」

 

≪ボストフだ。よろしくな≫

 

≪ジータパーラーです。よろしくお願いします≫

 

今思えば1つのチームにこの3人に加えてフロイスさんと上杉さんがいたのはどう考えても過剰戦力でしたね。その総合力は間違いなく全盛期の川越シニアを軽く凌駕するでしょう。

 

≪は、初めまして!は、早川朱里……です。よ、よろしくお願いいします≫

 

≪声が上ずってますよ朱里さん≫

 

野球をしてたら知らない人はほぼいないと言われる有名人3人と出会って緊張する気持ちもわからなくないですが、そういう時こそ落ち着きが大切です。

 

≪……二宮瑞希です。隣にいる朱里さんとシニアリーグの世界大会の日本代表の選手としてこのアメリカにいます≫

 

≪2人共かなり上手に英語が話せているな≫

 

≪い、一応3年前のリトルリーグの世界大会に出場する際に母に仕込まれましたから……≫

 

朱里さんの母親である茜さんは世界でもトップクラスに君臨する投手で、語学もかなり長けているみたいですね。朱里さんがここまで話せるとなると、相当叩き込まれたのでしょう。

 

≪私は他国の言語が必要となる事がありますので、話せるように、書けるようになりました≫

 

私の場合は主に情報収集ですがね。アメリカだとロジャーさんを中心に様々な情報を拾っています。

 

≪早川……。3年前のリトルリーグ……。成程。貴女が真深の言っていたアカリ・ハヤカワでしたか≫

 

≪なにっ!?そうなのか!?≫

 

≪ええ。真深が3年前のリトルリーグの世界大会で3打席全て三振に抑え込まれたと悔しそうにしていたのを覚えています≫

 

どうやら朱里さんは上杉さん経由で知れ渡っているみたいですね。それも上杉さんのチームメイトからアメリカの全域に広がっている事でしょう。

 

≪しかし、あのマミを3打席連続三振に抑える程の投手とはな……。しかし私達とは対戦した事がないよな?≫

 

≪そ、そうですね……。少し訳ありで去年と一昨年の世界大会には参加していませんでしたから……≫

 

≪去年の日本代表といえばトモザワやカネハラと言った有力選手がいましたね≫

 

いずみさんや亮子さんクラスの選手も有名のようですね。私達の中で1番知名度が高いのは朱里さんで間違いないでしょうが、次点は現状の活躍も加味していずみさんだと思います。

 

≪その2人は今年も出ていますよ。友沢の方は怪我が治ったばかりで、少し休ませていますが……≫

 

≪君達2人は今年が初めての出場なのか?≫

 

≪はい。私も朱里さんも初出場です≫

 

≪朱里ちゃんは凄いよ!昨日の試合は最後の方……朱里ちゃんが登板する時しか見てないけど、オーストラリア代表の打線を連続三振に抑えてたから!!≫

 

あの試合には風薙さんも観に来ていましたね。ほぼ最後の方で来たみたいですが、何目的で来たのでしょうか?

 

≪今年のオーストラリア代表の打線は台湾や韓国に劣るものの、足の速さを活かした厄介な打線……とアリアから聞いていましたが≫

 

ジータパーラー選手とロジャーさんは割と親密な仲だと聞いた事があります。私の知る限りであそこまで距離を詰めている人はそうはいませんね。

 

≪それを連続三振……か。ハヤカワはかなり凄い投手なんだな?≫

 

≪い、いえ、そんな事は……≫

 

≪3年前とは言え、真深を三振に仕留める実力があるのなら、充分に優れた投手だと思いますがね≫

 

≪そうだな……真深はウィラードですら1度も勝てなかったくらいの実力者だからな!≫

 

≪確かウィラードさんと上杉さんの勝率は上杉さんが100%でしたね≫

 

≪あれ?瑞希ちゃんってアメリカのシニアの事まで知ってたの?≫

 

≪世界大会の事もありますので、他国のシニアの情報もある程度は入手していました。中でも上杉さんとウィラードさんの対決はアメリカ内でかなり有名です≫

 

私がそう言うと、空気が凍り付きました。何も変な事は言ってないと思うのですが……。

 

≪そ、そういえば2人はこれからの予定はどうするの!?≫

 

露骨に話を逸らしましたね?まぁ別に話題を戻すつもりはありませんが……。

 

≪これからの試合に向けて朱里さんが投げ込みをするそうですので、私はその付き添いです≫

 

≪そうなんだ……≫

 

風薙さんは何か考える仕草をした後に……。

 

≪そうだ!私達も着いて行っても良いかな?≫

 

私達の練習に同行しようと提案してきました。

 

≪それは名案ですね。かつて真深を抑えた早川の実力をこの目で見ておきたいと思っていました≫

 

≪そうだな。マミ達への土産話にも丁度良い!なんなら私達と1打席勝負しよう≫

 

しかも2人と勝負のお誘いがきました。私としては断る理由がありませんね。

 

≪構いませんよ。むしろお三方の目線で朱里さんがアメリカ代表を相手に通用するかを見てほしいくらいです≫

 

私としては紛れもない本心なのですが、朱里さんからは恨めしい視線が飛んできました。朱里さんからしても良い機会だと思いますよ?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編29

二宮瑞希です。軽く食事を取った後に、朱里さんの投げ込み練習に3人が同行しています。

 

≪ニノミヤは捕手なんだな?≫

 

≪瑞希ちゃんは凄いよ。数球だけ受けてもらった事があるけど、かなり投げやすいし、気持ち良い音で捕ってくれるんだ!≫

 

≪あの彼方の球を受ける程の実力者……となるとアメリカでも余りいませんでしたね≫

 

≪パトですらカナタの投げるナックルやドロップを時々逸らしてたからな……。本当に末恐ろしい≫

 

アメリカ代表の正捕手……パトリオ・パトリシアさんは強肩強打ではありますが、捕球方面にやや隙がある印象ですね。尤も正捕手にまで登り詰めているので、一定以上までには成長していますが……。

 

(それに比べて、私は捕球くらいしか彼女には勝てませんね……)

 

≪風薙さん達とパトリオさんは確か別のシニアだったって聞きましたけど、世界大会で同じチームとして共に戦ったんですか?≫

 

≪違う違う。私達アメリカのリトルシニアでは年に2回色々なシニアチームを集めて交流会をするんだ。交流会を通して全員が親密な関係になる事からアメリカのシニアチームは実質全員がチームメイトみたいなものさ≫

 

≪シルエスカ姉妹やウィラードともそこで交流を深めていますからね≫

 

国によって大会等のやり方は変わってきますね。各国が独自の方法で公式戦を行っているようです。私達日本が夏と秋に地区大会、夏と春に全国大会を開いているのも日本独自だそうです。

 

※この小説での設定です。

 

≪そろそろ投球練習を始めましょうか。時間は有限ですので……≫

 

≪……成程。改めて構えを見ると歴戦の捕手……という雰囲気はありますね≫

 

≪カナタの球を捕る程だからある薄々は予想してたけど、もしかしたら世界一の高校生捕手かもな≫

 

≪いえ、プロの中でもトップクラスでしょう≫

 

≪……過大評価を受けている気がするのですが?≫

 

全く……。私よりも優れている投手はいくらでもいるでしょう。それもこの広い世界の中では私は無数にある星の1つです。

 

 

ズバンッ!

 

 

≪速さはそこまで……か≫

 

≪でもオーストラリア代表の打線を抑えた時はもっと速かったよ?≫

 

≪ではあれは本来のストレートではないと言うのですか?≫

 

そういえば風薙さんは朱里さんのピッチングを試合会場で観ていましたね。

 

 

ズバンッ!

 

 

≪今のは……SFFか?≫

 

≪フォーク並の落差でしたね≫

 

≪あれはフォークと言っても過言じゃないよね≫

 

 

ズバンッ!

 

 

≪今のがフォークか……≫

 

≪先程のSFFと混ぜられると打つのは困難になりますね≫

 

≪しかもフォークもSFFもストレートに負けないくらい速かったから、これだけでもオーストラリア代表を抑える能力はあると思うよ≫

 

あの3人から朱里さんの評価が下されています。朱里さんは謙遜するでしょうが、これが朱里さんの正当な評価ですよ。

 

≪しかしこういうのを見てたらなんだか打ちたくなってくるんだよな≫

 

≪ボスは血気盛んですね≫

 

≪それがボストフの魅力だよ!≫

 

ボストフ選手が何やらウズウズしていますね。よく見ると風薙さんも同様です。

 

≪ハヤカワ、良かったら私達と1打席勝負をしないか?≫

 

そして流れるように、歴史に残りそうな勝負が始まろうとしています。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編30

二宮瑞希です。流れでエリー・ジータパーラー選手とクリフ・ボストフ選手と1打席勝負をする事になりました。

 

≪審判は私がするからね!≫

 

審判役は風薙さんですね。ノリノリのようです。

 

「……未だに事情が飲み込めていないんだけど?」

 

「ボストフさんとジータさんの2人が朱里さんと1打席勝負をしたいとの事で、私としては断る理由がありませんので、引き受けました」

 

この勝負は受けた時点で私に得しかありません。それは結果がどうなろうとも……。

 

「……まぁ良いや。開発途中の新球種を試し投げする良い機会かもね」

 

……これは朱里さんの悪い癖が出ましたね。

 

「……また何か開発したのですか?」

 

「ほ、ほら、私の持ち球が上杉さんに通用しなかった時に備えて新しい球種をね?」

 

「新しい球種を開発する前に、朱里さんはスタミナを付けてください。これはシニア時代から口を酸っぱくして言っていますのに、何故わからないのですか?」

 

何ならリトル時代ですらも綱渡りでした。それなのに朱里さんは今でも手数を増やすばかりです。

 

「……まぁ言いたい事は今後山崎さんに言ってもらうとしましょう。それよりも今は彼女達との勝負です」

 

山崎さんと連絡先を交換し合ったのがこのような形で役に立つとは思いませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪そろそろ始めるぞ~!≫

 

勝負開始の合図をボストフ選手が出し、ジータパーラー選手が右打席に入ります。

 

(誰が相手でもいつも通り……。朱里さんはそれで通用するでしょう)

 

朱里さんと組む時はいつも通り、ミットをコースに構えるだけです。

 

(真ん中低めか……。とりあえずストレートで様子見かな?)

 

1球目。朱里さんが投げたのは普通のストレートですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(見送った……。手が出なかったとは考えにくいけど……)

 

(こうして直に見るとまた違いますね。今後ハヤカワと対決する事があるかはわかりませんが、今は彼女の球をじっくりと見ていきましょう)

 

初球は見送り……。ジータパーラー選手からしてみれば割と打ち頃のコースと球なのですが朱里さんの事前情報があるからか、警戒されています。

 

(次は内角高めでお願いします)

 

(それならツーシームで仰け反らせる……!)

 

次に朱里さんが投げたのはツーシーム。コースとして打者に当たりそうなコースから僅かに曲がっていくもの……。仰け反らせるのが目的の1球です。

 

(ストレート……いえ、ツーシームですか……。仰け反らせるつもりですね?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

アメリカでも歴戦の強打者なら仰け反らせるどころか、微動だにしませんね。向こうの野球は荒っぽいとも聞きますが、それが関係しているのでしょうか?

 

(これくらいならアメリカではザラにありますからね。ぶつからないとわかれば動く必要すらありません)

 

次は外角高めに構えます。朱里さんの投げた球種はストレートですか……。

 

(今度はストレートのようですね。それなら打たせてもらいましょう)

 

 

カキーン!!

 

 

少し肝が冷えましたね。朱里さんの球があそこまで完璧にタイミングを合わされたのは、そう多くはないですよ?

 

『ファール!』

 

ポールすれすれでホームランかと思いましたが、これは風薙審判の名采配ですね。

 

(でも追い込んだらこっちのものだ。今までの傾向からまだ偽ストレートはバレていない筈……!)

 

……等と朱里さんは思っていそうですね。だからこそのど真ん中です。思い切り投げてきてください。

 

(ジータ選手に通用しますように……!)

 

(真ん中にストレート……。今度はスタンドへ……!?)

 

ジータパーラー選手も朱里さんが投げたのがストレートじゃない事に気付いたでしょう。しかし……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(気付いた頃には既にバットが空を切っているんですよ)

 

まずは1人ですね。

 

ジータを三振に取れる投手なんてアメリカでは片手で数える程しかいなかった……。凄いよ朱里ちゃん!)

 

≪ど真ん中のストレートを空振りだなんてどうした?≫

 

≪いえ、あれはストレートではありませんでした。恐らく彼方が昔投げていたストレートに見せ掛けた変化球だと思います≫

 

≪あれか……。カナタのあれを打つのには相当苦労したからな。ハヤカワがカナタに関わった投手の1人だという事が改めてわかったな≫

 

あの2人には朱里さんが投げた球についてはわかっているでしょう。しかし急に投げられたそれに対応出来ないようにリードさせてもらいました。 

 

≪そうですね。それだけでも収穫です≫

 

≪……じゃあ行ってくる≫

 

≪ボス、打てますか?≫

 

≪じっくり見ていけば打てない球じゃない。ハヤカワの球を場外まで運んでやるよ≫

 

しかしこれからが本番になりそうですね。ジータパーラー選手とはまた違ったスラッガーとの対戦の始まりです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編31

二宮瑞希です。エリー・ジータパーラー選手を三振に切って取った後に、クリフ・ボストフ選手と1打席勝負です。

 

「…………!」

 

(しかしこうして対峙してみると、威圧感が半端ではないですね。それに加えて体も大きいときました)

 

和奈さんとは大きく違う点ですね。とにもかくにも投げなければ始まりません。内角低めに構えて、朱里さんの出方を見ます。

 

(二宮は内角低めに構えてる。それならまずはジータ選手を空振りさせた偽ストレートから……!)

 

投げたのはジータパーラー選手に投げたストレートに見せた変化球でしょう。

 

(カナタが投げていたストレートに見せ掛けた変化球……。その正体は……カットボール!!)

 

「…………!」

 

突如、圧を感じました。それは例えるなら投手が4番打者を相手にど真ん中にすっぽ抜けたしまった時……。圧を感じた私はそのレベルの気持ちになっています。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

しかし打球は切れてファール。風向きに助けられましたね。

 

(しかし朱里さんの球をこうも簡単に打つとは……。流石、アメリカの高校生の中で最高のスラッガーでプロレベルと言われるだけありますね。和奈さんとはまた違った手強さがあります)

 

(ちっ!少し風が吹いた影響で流されたか……)

 

次は低めに構えます。空振りが狙える球でお願いしますよ?

 

(二宮が低めに構えてる……。落差のあるフォークかSFF。その2つの中で比較的空振りが取りやすいフォークボールだ!)

 

(フォーク……。ハヤカワが投球練習した時に見たやつとはキレが違う……が、決して打てない球じゃない!!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

今度は先程よりも速い打球が金網に直撃します。なんなら金網にボールがめり込んでいます。ライナー性のホームランもお手のものですか……。

 

(……彼女を相手にコースは関係なさそうですね。球種で勝負しましょう)

 

なので無言で、ただ朱里さんの投げる球を捕る為だけに、私はど真ん中にミットを構えます。

 

(母さん、風薙さん……。貴女達から教わった事から得た集大成を。この目の前にいる強打者相手に投げるから……!)

 

朱里さんが決意をし投げたその球は……。 

 

≪アンダースロー!?≫

 

(しかもあれはウィラードと同じフォーム……!)

 

ウィラードさんと同じフォームで朱里さんは思い切り投げました。色々と朱里さんに訊きたい事が出来ましたね。

 

(……朱里さんのアンダースローはリトル時代に肩を壊して以来見ていません。左になってからは今のオーバースローでずっと頑張ってきました。でも実はそれと同時に、水面下ではアンダースローの練習をずっとしていたんですね)

 

その辺りも追々訊いておきます。今は朱里さんの渾身の1球がミットに届くように願いましょう。

 

 

カキーン!!

 

 

……しかし勝負は非常で、朱里さんはボストフ選手にホームランを打たれました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編32

二宮瑞希です。アメリカでも前線で活躍しているお二方との1打席勝負は1勝1敗で終わりました。

 

≪皆、良い勝負だったよ!≫

 

勝敗はどうあれ、朱里さんの実力が改めてわからせれた勝負でした。

 

≪特に朱里ちゃんがボストフに投げた最後の1球……。あれは凄かったよ!あんなに下からホップする球はアメリカでも中々お目にかからないよ!≫

 

≪確かに凄い球でしたね。あれを初見でホームランにするボスはそれを上回るスラッガー……という事が証明されましたが≫

 

≪よせよ。さっきも言ったが、あれは完全に差し込まれた。まだ腕が痺れるんだ……≫

 

差し込まれてあの当たりはスラッガーという許容を越えている気がしますね。言っている本人も嫌味ではなく、本気で言っているのだとわかります。

 

≪それに急にアンダースローになったのも驚いた。それでいてあの球威は……≫

 

≪そうですね。アンダースローからのあの勢いはかつて世界に通ずるアンダースローの日本人投手を思い出しました≫

 

その日本人投手は恐らく朱里さんの母親……早川茜さんの事ですね。

 

≪ああ、思い出した!確かアカネ・ハヤカワだ。十数年前のWBCで世界一のアンダースロー投手と呼ばれた……≫

 

≪うんうん、同じ日本人としてもあの人のピッチングには私も心撃たれたものだよ!≫

 

茜さんのピッチングは彼女達にも伝わっているみたいですね。あれ程のアンダースローはアメリカでも中々いないのでしょう。

 

≪そして先程見せたハヤカワのアンダースロー……。貴女がアカネ・ハヤカワのご息女でしたか≫

 

≪なんと!よく見ると面影があるような……≫

 

≪瑞希ちゃんは知ってたんだよね?≫

 

≪そうですね。私の場合は色々と情報を集めた副産物として、早川茜さんを知りました≫

 

≪じ、情報って……?≫

 

≪当時の私は余り人を信用していませんでした。ですので私……私達の敵になりうる人物は排除しようと、色々な人の、色々な情報を掻き集めました。全ては大切な人を守る為に……≫

 

私にとって1番大切な人は和奈さんですね。あの頃に守れなかった……という気持ちもありますが、今の私になってからも変わらず接してくれた和奈さんを支えていきたい……。今の私はそう思っています。

 

≪……この話は止めだ。ニノミヤからしても踏み込んで良い内容でもないしな≫

 

≪助かります≫

 

ボストフ選手が話を切ってくれました。こういう気配りの出来る部分はリトルシニアでキャプテンを務めていた器の大きさからきているのでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編33

≪日本代表とアメリカ代表の試合、楽しみにしてるぞ!≫

 

≪その前に日本代表はキューバ代表との試合がありますね。苦戦するとは思いますが、頑張ってください≫

 

≪もし日本代表とアメリカ代表の決勝戦が実現したら、私達3人で応援に行くからね!≫

 

二宮瑞希です。風薙さん、ボストフ選手、ジータパーラー選手の3人から激励を頂きました。そして3人は用事があるのか、どこかへ行きました。

 

「あんな激励をもらっちゃったら、頑張るしかないよね……!」

 

朱里さんもやる気を出しているみたいですね。それは良い事なのですが……。

 

「キューバ代表との試合でも朱里さんはクローザーの予定です。余程の事がない限り、早い段階での登板はないものと思ってください」

 

「わ、わかってるよ……」

 

日本代表がキューバ代表を相手に点差が大きくない限りは、朱里さんの早期登坂はないでしょう。

 

「はぁ。とりあえず熱が冷める前に、ランニングして帰ろうかな……」

 

……もう良い時間になっていますね。

 

「私はもう少しこの辺りで行動します」

 

「何をするの?」

 

「少し用事があるんですよ」

 

いつもの情報収集に加えて、会っておきたい人がいますからね。丁度このアメリカに来ているという私にとっては朗報です。

 

「……じゃあ私は先に宿舎へ戻るね」

 

「監督達には少し遅くなると伝えておいてください」

 

そこまで遅くはならないでしょうが、万が一があります。 

 

「わかったよ。……無理はしないでね」

 

そう言って朱里さんはランニングに向かいました。どうやら私の安否を心配しているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……私は心配されるような資格は持っていないと思いますがね)

 

朱里さんも和奈さんと同様に優しいです。こういう人が人の上に立つのでしょう。

 

「…………」

 

来ましたね。こちらの待ち人が……。

 

≪本日はご足労頂きありがとうございます≫

 

「…………」

 

私が今話しているのは現在ヒーローとして各地を転々と廻っている1人です。わかりやすく言えば、天王寺さんと同じ立場の人ですね。現地が現地なので英語で話しましたが、どうやら日本語で良いみたいです。

 

「それで私がほしい情報なのですが……」

 

「…………」

 

「……はい。それで間違いありません。ありがとうございます」

 

私がほしい情報を相手に提供する代わりに、私は相手がほしい情報を提供します。

 

「…………」

 

「……これが私が入手した情報です」

 

「…………」

 

「お役に立てて何よりです」

 

それからも情報交換は続き、気が付けば空が暗くなっていました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編34

二宮瑞希です。本日はキューバ代表との試合です。

 

「この試合に勝てば決勝戦ですね」

 

「そうだね。アメリカ代表も勝ってくるだろうし、私達も勝ちたい」

 

対キューバ代表の先発投手は渡辺さんですが、キューバ代表の打線を考えると長くは投げられないでしょう。それは恐らく朱里さんですらも……。

 

「キューバ代表の打線は韓国代表とも、台湾代表とも、アメリカ代表とも一味違いますから、投げる方はいつも以上に気を配る必要があります」

 

「そうだね」

 

まぁ私達バッテリーの出番は基本的に最終回ですので、ベンチにいる以上は応援しか出来ません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『プレイボール!』

 

私達日本代表は先攻ですね。

 

「相手の先発投手ダルシユ選手ですね」

 

「まぁキューバ代表も出し惜しみしてる余裕はなさそうだもんね……」

 

まぁ私達日本代表はバリバリに出し惜しみをしている訳ですが……。

 

 

ガッ……!

 

 

いずみさんが初球から打っていきますが、その当たりは詰まっています。

 

「げっ……!」

 

本人もやってしまったって顔をしていますが、内野安打を狙おうと必死に走っています。

 

『セーフ!』

 

そして無事に内野安打になりました。ギリギリでしたね。

 

 

コンッ。

 

 

2番が送りバントを決めて……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

3番、4番と連続で四球……。これでワンアウト満塁となりました。

 

「チャンスだよー!」

 

「打ってけ打ってけー!」

 

確かに先制点獲得のチャンスではあるのですが……。

 

(何故でしょうか?嫌な予感が拭えませんね……)

 

「……?どうしたの二宮?」

 

「……少し、嫌な予感がしますね」

 

「嫌な予感……?」

 

端から見ると、今は日本代表の押せ押せムードに思えます。しかしその実……。

 

『アウト!』

 

後続の打者が真正面の内野ライナーを打ってしまい……。

 

 

ズバンッ!

 

 

(ストライク!バッターアウト!!』

 

更に三振をしてしまいます。

 

「ドンマイドンマイ!」

 

「今日の感じだと、まだまだチャンスは回ってくるよ!」

 

チームメイトを励ましている様子からも、何か……姉がよく言っている『フラグが建った』予感がビンビンします。

 

「よーし!皆?全速前進!ヨーソロー!!」

 

『ヨーソロー!!』

 

この正体はなんなのでしょうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……という疑問はすぐに解決しましたね。

 

このシニアリーグの世界大会のルールの中には5回終了時点で7点以上の点差があるとコールドゲームになる……というものがあります。

 

更に4回までだと10点以上の点差があるとコールドゲームになる……というルールもあります。

 

これ等を踏まえて、今の日本代表の状況は……。

 

「頑張れーっ!」

 

「こんな所じゃ終われないよーっ!」

 

4回表時点で、私達日本代表は10点のビハインドを背負っています。絶体絶命のピンチというか訳です。

 

(私の嫌な予感の正体はこれだったのでしょう)

 

状況は最悪ですが、予感の正体がわかってスッキリしましたね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編35

二宮瑞希です。日本代表にとって最大のピンチを迎えています。

 

「ど、どうしよう……。まさかあんなに点を取られるとは思わなかったよ」

 

ちなみに4回の時点で10点コールドですので10点差の現在、1点でも取れないと私達の負けです。

 

「へ、平気ですよ!私達は逆境に強い日本代表ですよ!必ずや逆転まで導きます!」

 

「意気込むのは結構ですが、この回で1点でも取らないと私達のコールド負けが確定してしまいますよ」

 

「ちょっ!瑞希、それは言っちゃ駄目だって……」

 

とりあえずは現実を見ましょう。そして向き合いましょう。

 

「……少し早いけれど、代打を出しましょうか」

 

この局面で代打攻勢のようですね。何がなんでも1点をもぎ取ろうとしています。

 

「……あとお願いするッス!」

 

「……うん!」

 

三門第一シニアの帯島さんが交代し、代打で出たのは同じく三門第一シニアの雨取さんです。

 

雨取さんは和奈さんと同じく小さなスラッガーと呼ばれる選手です。精度は和奈さんに遠く及びませんが、ポテンシャルは充分にありますね。

 

「雨取さん、大丈夫かな……」

 

同じ小さなスラッガーとして和奈さんが雨取さんを心配しています。

 

「大丈夫ですよ和奈さん。監督を信用しましょう」

 

「瑞希ちゃん……」

 

「二宮の言う通りだよ。監督を、そして帯島さんの代わりに入った雨取さんを今は信じよう」

 

「そう……だね」

 

現状の私達に出来る事は全てやってきました。あとはキューバ代表に打ち勝つだけです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「コースギリギリの高めを突いてますね。雨取さんを相手に有効な戦術です」

 

「投げられたのは左に逃げていくシュートか……。右打者なのも相まって打ち辛いね」

 

ダルシユさんは速球系の球をよく投げますが、外角に曲がる変化球が打ちにくい印象はあります。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

これでツーナッシング……。ですがこの局面で出た雨取さんならきっと打つでしょう。というか打たなければなりません。

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「当たりは大きいぞ!」

 

雨取さんの打った球はスタンドへ一直線。ようやく1点を返せましたね……。

 

「ホ、ホームランだ……」

 

「なんとかこの回でコールド負けにはならずに済みましたね……」

 

とりあえずは1点を返せましたが、現状はただの延命措置……。勝利までには程遠いのが私達の状態です。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

その後2点を追加で取れましたが、まだ7点差です。5回の時点で7点差だとコールドゲームになるので、気を引き締めなければなりません。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編36

『アウト!チェンジ!!』

 

二宮瑞希です。なんとか4回裏を無失点で切り抜けました。

 

「この回は8番からか……」

 

「前の回みたく打者一巡出来れば、一気にこっちのペースに持っていけるけど……」

 

世の中そんなに甘くはないでしょう。

 

「…………!」

 

(それにしてもダルシユさんからは気迫も感じられます。ここが日本代表の打撃力が試される時でしょう)

 

『アウト!』

 

……等と思っている間にワンアウト。幸先悪いですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

しかし十六夜さんがなんとか粘って四球。ワンアウト一塁で、日本代表の1番打者……いずみさんに回ってきます。

 

「アタシも続かないとね……!」

 

「いずみちゃん、頑張って!」

 

「任せてよ!これで3打席目だし、絶対にダルシユさんから打ってみせるから☆」

 

いずみさんの世界大会での打率はかなり高い方ですし、3打席目ともなると期待出来るでしょう。日本代表に攻勢のムードを与えてください。

 

(ダルシユさんの球種はストレート、チェンジUP、ツーシーム、スライダー、カーブ……。まだ見せていない球がある可能性もあるけど、ここでアタシが狙うのは……!)

 

1球目。投げられたのは左打者の外に逃げていくスライダーでした。

 

(やっぱこのスライダーでしょ!)

 

 

カキーン!!

 

 

「初球から打った!」

 

悪球打ちが上手くはまりましたね。打球はもう一伸び足りませんでしたが……。

 

「よーし、これでひとまずコールドゲームは避けられたね!」

 

「良かった……。これで一安心だよ」

 

打ったいずみさんは二塁を蹴り、一塁ランナーの十六夜さんは三塁を蹴りました。

 

(しかし打球はレフト方向ですか……)

 

「ランナー急いで!!」

 

「えっ?」

 

私が指摘する前に、朱里さんが大声で十六夜さんに叫びます。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ええっ!?」

 

『アウト!』

 

レフトから矢のような送球がノーバウンドでミットへ。幸いいずみさんは三塁に辿り着いていますので、ツーアウト三塁という追い詰められた状況です。

 

「…………」

 

(ここまでかしらね……)

 

次の打者である朝海さんは既に悟っています。私の指示で極力走塁に力を入れないようにするのはここまでだと……。

 

(それならやむを得ないですね。解禁してください)

 

(……わかったわ)

 

「朝海姉さん、いけるよね?」

 

「……世の中に絶対はないわ。けれど私なりに足掻くつもりよ」

 

「頑張って……」

 

走塁に全力を出せるようになった朝海さん……もとい三森3姉妹は弱いゴロで確実に内野安打を狙えるようになります。

 

(ツーアウトでランナーが三塁、内野陣は深めの守備位置……。やるしかないわね)

 

 

コンッ。

 

 

『バント!?』

 

(私達三森3姉妹の特徴の1つ……それは足の速さを活かしたセーフティバントよ!)

 

初球からセーフティスクイズ。打球は力なく三塁線へと転がっています。

 

(朝海の行動はなんとなくわかってたから、スタートを切って正解だったね☆)

 

いずみさんにも朝海さんの思惑は伝わっていたようで、ホームへと走っています。

 

『セーフ!』

 

そしてホームイン。これで6点差となり、5回コールドも避ける事に成功しました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編37

7点ビハインドでコールドゲームになろうとしていましたが十六夜さんの四球、いずみさんの安打、朝海さんのセーフティスクイズのお陰でコールド負けを回避しました。

 

「ナイスランです!」

 

「ありがとっ☆」

 

「で、でもなんであんな思い切った事が出来たんでしょうか?」

 

「それが朝海……というか三森3姉妹の特徴だからね。足の速さに絶対的な自信があり、それを守備にも活かしてくる」

 

三森3姉妹は足の速さを走塁にはもちろんの事、守備にもそれを実践してきます。それは雷さんのような無謀な突進ではなく、長年の積み重ねやグラウンドの状況把握でそれをやってのけています。

 

(純粋な走力や守備範囲なら静華さんや黒江さんが上回りますが、あの姉妹にはあの姉妹にしか出来ない事をやっていますからね。静華さんと黒江さんにも差別化は可能となります)

 

「……とりあえずコールドゲームにならずに済みましたね」

 

「そうだね」

 

その後の打線が繋がり、追加で2点獲得。これで射程圏内に収まりましたね。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「あと4点だね……」

 

「逆転までを考えると5点以上ですね。10点も取られた分、日本代表の打線をキューバ代表に見せ付けておきましょう」

 

『おおっ!!』

 

(彼女達を見るとそれ以上の成果をあげそうですね。本来なら現実味がない、残りのイニングを考えると絶望的な点差なんですが……)

 

今の日本代表ならその心配も必要ないでしょう。あとはこちらが追加点を取られないようにするだけなのですが……。

 

「早川さん、このイニングからお願いしても良いかしら?」

 

(どうやら監督も私と同じ事を考えていたみたいですね)

 

継投リレーでキューバ代表の打線を凌いでいますが、それにも限界があります。そんな強力打線を抑えられるのは朱里さんしかいません。

 

「……わかりました。任せてください」

 

今の朱里さんはジータパーラー選手とボストフ選手との勝負の経験値がそのまま実践に活きてくるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

5回裏。キューバ代表の打線を三者連続三振。キューバ代表の打線は非常に強力なものですが、今の朱里さんには及びませんね。あとは私達が逆転するだけです。

 

(そしてここまで朱里さんが投げているのは全てストレートに見せた変化球……。媒体となっている変化球をバラバラに散らしているとは言え、渡辺さんも、一色さんも、十六夜さんも打たれたキューバ代表の打線をきりきりまいに出来るとなると、アメリカ代表との試合は……)

 

アメリカ代表との試合の準備は試合が終わってからにしましょう。今はこちらの攻撃に集中しなければなりません。なんせまだ4点リードされているのですから……!



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編38

6回表。あと2イニングで4点差を覆さなければなりません。

 

「あと2イニング……必ず逆転しましょう!」

 

『おおっ!!』

 

この日本代表のキャプテン……朱里さんの声出しに全員が勢い良く返事をし、やる気を出しています。無論私も同じ気持ちですよ。

 

 

カンッ!

 

 

この回クリーンアップからですね。まずは先頭の高橋さんが四球で出塁し……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

4番の和奈さんが歩かされ……。

 

 

カンッ!

 

 

この試合の途中から入った亮子さんがヒット。二塁ランナーの高橋さんが生還し、これで3点差となりました。

 

 

カキーン!!

 

 

そして前の打席でホームランを打った雨取さん。今度はスリーランを放ち、一気に同点ですね。

 

「す、凄い……。一気に同点になった」

 

「これが日本代表の選手達に起こりうる真骨頂……。『逆境にとてつもなく強い』です」

 

ここまで逆境に強いのも日本代表くらいでしょうね。並のチームなら、4回でコールド負けをくらっています。

 

 

カキーン!!

 

 

そしていずみさんによる勝ち越しのホームラン。これであとは朱里さんがキューバ代表を抑えるだけですね。

 

「逆転、しましたね」

 

「そうだね」

 

「あとは朱里さんが抑えるだけですね」

 

「わかってるよ」

 

この熱に当てられて、朱里さんも前のめりになっています。良い事ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

6回裏、7回裏と、朱里さん全ての打者を三振に仕留めました。

 

『ゲームセット!!』

 

結果は11対10で私達日本代表の勝利……。決勝戦進出となりました。朱里さんには1点あれば大丈夫そうですね。

 

(しかし取れる点はとっておいても損はないでしょう)

 

まぁアメリカ代表がそのような隙を見せてくれるとは思えませんが……。

 

「遂に決勝戦進出!」

 

「これで世界一も現実味を帯びてきたよ!」

 

「今からアメリカ代表との試合が楽しみだよ!」

 

決勝戦進出を喜ぶもの、世界一に届こうとしている事実に胸が高鳴っているもの、アメリカ代表との試合を心待にしているもの……。千差万別ではありますが、皆気持ちは同じでしょう。そしてそれは私も同じ気持ちです。

 

(そういえばロジャーさんからまたメッセージが来ていましたね)

 

あの人と話のは個人的には好きではありませんが、情報収集の為ならやむなしです。

 

「瑞希ちゃん……?」

 

「……なんでもありませんよ」

 

和奈さんに心配されそうになりましたが、流しておきましょう。私の私情に和奈さんを巻き込む訳にはいきませんからね。

 

(なので和奈さんは野球に打ち込んでくださいね。汚れた部分は全て私が引き受けますので、綺麗なままで生きてくださいね……)

 

等と心から願いながら、私は歩を進めました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編39

二宮瑞希です。アメリカ代表との試合が迫っている今、監督と今後の話し合いをしています。

 

「それで、アメリカ代表との試合ですが……」

 

「予定通りにいくつもりだったけれど、今回のキューバ代表との試合、そして今年のアメリカ代表選手達の能力や成績を見てみると考え直す必要があるわね……」

 

どうやら監督の想像以上に今日の試合結果と、アメリカ代表の選手能力上昇が響いています。どれだけ緻密に策を練ろうとも、どれだけのプレーを予測しようとも、選手がその上を行く事も珍しくはありません。

 

「それに関してですが、提案があります。私としては余りオススメは出来ませんが、日本代表の勝利の為と、何より彼女自身がそうなりたいと思っているでしょう」

 

「……聞かせてくれるかしら?」

 

私は対アメリカ代表に対する最善を監督に話します。 

 

「先発投手とはまた別に、上杉さん専用の投手を用意するべきです。そして上杉さんと対等以上に渡り合える投手は……朱里さんしかいません。」

 

 

 

「成程……。朱里の今後の事を考えると確かに雨オススメは出来ないわね」

 

(でもこの方法以外でアメリカ代表を……上杉さんを打ち取る手段が思い付かないのがとても悔しい……。己の無力さを痛感したわ)

 

監督は悔しそうな表情で何かを考えています。恐らく先発投手を誰にするかと、朱里さんの本格投球をいつにするか……といったところでしょうか?

 

「……わかったわ。対上杉さんのワンポイントは早川さんに任せる事にしましょう。それなら早川さんと同じポジションを守れる投手を先発に据えましょうか」

 

朱里さんを野手として入れるなら、ライトになるでしょう。そして投手陣の中で外野を守れるのは渡辺さんと十六夜さんですが、この2人だと物足りない印象が拭えませんね……。

 

(そうなると強引亮子さんを先発に……いえ、病み上がりの亮子さんにそこまでの重荷を背負わせる訳にはいきません)

 

ですが亮子さんクラスの投手でないと、アメリカ代表の打線は抑え切れません。それならいっそ打たせて取る前提で組みましょうか。それなら1人だけ、条件に上手くはまりそうです。

 

「……1つだけ心当たりがあります」

 

「訊かせてもらっても良いかしら?」

 

「オーダーは守備寄りに固めて、三森3姉妹を全員スタメンでスタートさせます。これでこちらの守備範囲は大きく広がる事でしょう。そして三女の夜子さんは投手経験もあり、三森3姉妹の守備範囲を上手く活かしています」

 

(彼女達のデータは見た……。確かにあれ程の守備範囲であれば、ホームランを打たれない限りは長打になる事もなさそうね)

 

「……わかったわ。それでいきましょう。でも彼女に断られた時に備えて、何かしら対策していくわ」

 

これであとは夜子さん次第ですね……。世界一になる為に、最善を尽くしましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編40

二宮瑞希です。いつもの4人で最後のミーティングを行います。

 

「いよいよ明日だね~!」

 

「泣いても笑っても明日の試合が最後だもんね……」

 

「笑う側はこちらだと良いですね」

 

「そうだね」

 

監督と話したプランで五分くらいにまでは持ち越せると思っていますが、そこからどう上下するのかは当人達次第ですね。

 

「では対アメリカ代表のオーダーについて話しますね」

 

「……今までのオーダーはこの対アメリカ代表のオーダーを完成させる為の手探りなものでした。台湾代表、オーストラリア代表、キューバ代表との試合を私なりに振り返り、監督の意見も聞き、このオーダーが完成しました」

 

今から発表するオーダーは対アメリカ代表に特化したオーダーと言っても過言ではありません。そのオーダーは……。

 

 

1番 レフト いずみさん

 

2番 セカンド 三森朝海さん

 

3番 ショート 亮子さん

 

4番 ファースト 和奈さん

 

5番 センター 三森夕香さん

 

6番 サード 朝日さん

 

7番 ライト 朱里さん

 

8番 キャッチャー 私

 

9番 ピッチャー 三森夜子さん

 

 

こうなりました。

 

「えっ?メイン投手じゃなくて、夜子が先発なの?」

 

「監督曰く、朱里さん以外の投手陣は全員納得しているそうです」

 

朱里さんに関してはどうするかをギリギリまで悩みました。なので朱里さんには伏せて、他の投手陣に話を通しています。

 

「夜子さんの打たせて取るピッチングに、朝海さん、夕香さんの守備範囲を利用した布石になります。彼女達の話によりますと、3姉妹連携が出来れば問題ないとの事です」

 

恐らく朱里さん以外の誰が投げても打たれる事には変わりないでしょう。しかし朱里さんは完投させるには厳しいです。そうなると打たせて取る前提で迎えて行った方が気持ちも楽になると思います。

 

「3姉妹連携?」

 

「朝海さん、夕香さん、夜子さんの3人のポジションがどんなに無理矢理で、歪な形でも三角形になれば連携は可能だそうです」

 

「三角形……?」

 

どのような形でも3姉妹による三角形が形成されていれば、連携は可能だと当人達が言っていました。これもあの3人の強みですね。

 

「その詳細を話す前に、朱里さんをライトで採用している理由から話しましょうか」

 

「あっ、確かに朱里が頭から出てる!」

 

今までの朱里さんは最初の2戦では最終回のみ、キューバ代表との試合でも5回からの登坂でした。そしてアメリカ代表との試合では野手起用も兼ねてスタメンスタートです。

 

「朱里さんにはアメリカ代表の4番……上杉さんを相手に投げてもらいます」

 

「ワンポイントピッチングか……」

 

まぁ朱里さんに十六夜さん並のスタミナがあれば、完投も視野でしたが……。ままならないものですね。

 

「基本的に上杉さん相手以外には夜子さんに投げて貰うつもりです。状況によって前後はしますが、5回以降になるとワンポイントを止めて、朱里さんには本格的に投げてもらいます」

 

「それで朱里がライトでスタメンなんだね」

 

投手についてはこれで良いでしょう。夜子さんと朱里さんにはかなりの重荷を背負わせる事になるでしょうが、頑張ってもらいたいものです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編41

二宮瑞希です。対アメリカ代表のオーダーについて話していますが、普通では考えられない陣形が次々と出来上がります。

 

「では話を戻しましょうか」

 

「先程も言いましたが、三森3姉妹はどんな形でも三角形の形になれば、連携力が格段に上昇します」

 

「どんな形でも……?」

 

どんな形でもです。

 

「本来なら彼女達の十八番であるセカンド、ショート、センターの三角形と、夜子さんが投手を務める場合のピッチャー、セカンド、ショートの三角形で上手く守備連携を組みます」

 

この2パターンは綺麗な正三角形ですね。この陣形に川越シニアを含めて、様々なチームが苦戦したものです。

 

「そして今回のようなセカンド、センター、ライトの三角形とピッチャー、セカンド、センターの三角形でも強引な連携も他の野手と組んで出来るようになっています」

 

「こ、こんな強引な三角形で成立するのかな……?」

 

和奈さんの疑問も尤もです。ではそれを証明していきましょうか。

 

「私も疑問に思い、実際に連携を見せてもらいましたが、亮子さんをショートに置き、少し協力してもらう事により、見事に連携を成立させていました」

 

これは三森3姉妹の範囲が狭まっても関係なしに連携が取れるという事、そして亮子さんを交えての連携も可能としている事がわかります。恐らくそこにレフトのいずみさんを交ぜた更なる連携が出来るでしょう。まぁ当日のぶっつけ本番になるでしょうが、いずみさんなら何も問題はないでしょう。

 

「……とりあえずこれでミーティングは終わりにします」

 

「明日に備えて早めに休んでおこうかな」

 

「そ、そうだね。緊張して眠れなくなるのはちょっとあれだし……」

 

……という事で解散になりました。私は私の用事を済ませましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やほー。時差ボケの影響でちょっと眠いけど、可愛い可愛い妹の為にこうして時間を作ってるよー』

 

「眠いのなら眠れば良いのです」

 

私が通話しているのは、実の姉です。Nと呼ばれるプロゲーマーでかなり稼いでいて、それ1本で食べていける生活を贈っています。

 

ちなみに日本とアメリカの時差は11時間です。今の時刻は21時45分なので、日本では8時45分となります。

 

『そんな事言わないでさー。私は瑞希ちゃんのお姉ちゃんなんだぞー?』

 

「余り姉とは思っていませんけどね」

 

『酷ーい!』

 

どちらかと言えば母親ですかね。幼い私を亡くなった両親に変わって1人で面倒を見てくれましたから……。

 

「……それに明日も忙しいのでしょう?」

 

『……まぁね。本当は妹の晴れ舞台を見たかったんだけど、瑞希ちゃんやロジャーちゃんに頼まれた事を遂行しなきゃだからね』

 

姉はプロゲーマーでありながら、その人脈を生かして色々な情報を集めてきます。私は私のほしい情報をもらっていますので、何も言えませんね。

 

『……私は妹が本来の口調で応援してくれたら、もっともっとやる気が出るんだけどなー?』

 

もう十数年は今の口調なので、どちらかと言えばこちらが私本来の口調と言っても差し支えないと思いますが……。そういえば中学の時も同様に言ってましたね。

 

「……はいはい。わかったわよ。他でもない姉の頼みだものね?お姉ちゃん、頑張って?」

 

『はーい!お姉ちゃん、頑張っちゃうぞー!』

 

「現金ね……」

 

まぁそれがあの姉の良いところなのかも知れません。

 

『それにしても敬語じゃなくなった瑞希ちゃんってなんだか妖艶な雰囲気を感じるね』

 

「知りませんよ。そんな事……」

 

姉との通話を強引に済ませ、就寝準備を行います。

 

(しかし敬語口調でなくなると、弱い自分を見せているみたいで嫌になりますね……)

 

なるべく弱みは見せないようにしましょう。付け入られてしまうと、立ち直れませんからね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編42

二宮瑞希です。いよいよ決勝戦……アメリカ代表との試合当日を迎えました。

 

「ふぁ……あふぅ。おはよう二宮……」

 

「おはようございます」

 

朱里さんがお目覚めですね。まだ眠そうにも見えますが……。

 

「いよいよですね。準備は万全ですか?」

 

「もちろんだよ」

 

先程とは打って変わって、少し朱里さんの目線が鋭くなりました。切り替えが早いのは良い事です。

 

(今日の私の役目は朱里さんのスタミナ管理、そして夜子さんのリードを上手く行う事ですね)

 

私が足を引っ張らないように、意識しなければなりませんね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の試合のオーダーは昨日発表したものと同じ。それに対してアメリカ代表のオーダーは……。

 

 

1番 センター ミッキー・スズキ

 

2番 セカンド リンゼ・シルエスカ

 

3番 ショート アリア・ロジャー

 

4番 レフト マミ・ウエスギ

 

5番 サード ユイ・ウィラード

 

6番 ライト エルゼ・シルエスカ

 

7番 キャッチャー パトリオ・パトリシア

 

8番 ファースト ノエル・キャリントン

 

9番 ピッチャー アルヴィン・スペード

 

 

オーダーの発表はそれぞれの国のやり方に任せているそうです。私達日本代表のオーダーは古くからある苗字のみ(同じ苗字の選手がいる場合は名前が2文字以下ならフルネーム、名前が3文字以上なら最初の一文字までを表示)というものです。

 

「アメリカ代表は打順を大きく変えてきましたね。ウィラードさんが先発じゃないのが気になるところですが、その理由も大体察する事が出来ます」

 

(私の予想が正しければ、向こうもこちらと同じ動きを取ってくる筈……)

 

そしてその対象は和奈さんで間違いないでしょう。

 

「変わってないのは2番と4番だけ……」

 

「2番のリンゼ・シルエスカさんと、4番の上杉さんはそれぞれの打順に合わせた仕事をきっちりとこなしています。なのでこの2人はずっと不動となりますね」

 

(まぁ他の打者がその打順の仕事をしていない訳ではありませんが……)

 

他の打者はこの決勝戦に備えて、様々な打順を試したのでしょう。これも私達と同じ部分です。

 

「ロジャーさんに至っては一気に3番に昇格してるね。それくらい実力が拮抗してたのかな……」

 

とはいえロジャーさんの適性打順は本来なら1~3番のどこかに入るのは間違いないでしょう。むしろこれまでの試合で下位を打っていたのが可笑しいくらいです。

 

「元々3番にいたミッキーさんが1番……か。天職と言えばそうかもね~」

 

ミッキーさんのフルネームからわかるように、彼女も上杉さんと同様の日本人です。本名は鈴木美希さんです。

 

(鈴木……という苗字は日本中にありふれていますが、ミッキーさんの場合は『あの鈴木家』ですからね)

 

野球エリートを排出し続けている事で有名に鈴木家です。ちなみに同じような野球方針を行っている『佐藤家』と『田中家』もあります。

 

「こちらの先発は夜子さんになる訳ですが、上杉さん以外を相手取る場合、特にキツくなるのは1番の鈴木さん、3番のロジャーさん、5番のウィラードさんの3人になりそうです」

 

「元々夜子は打たせて取るピッチングをしてるから、朝海や夕香や亮子を中心とした守備連携が重要になってくるかもね」

 

「その辺りは瑞希ちゃんがリードでカバー出来たら良いね」

 

「なるべく手綱は握っておきますが、基本的には失投に気を配って打たせて取るピッチングをさせますよ」

 

私は私に出来る事をやっていくだけです。

 

「おっ?そろそろ整列の時間だよ」

 

「ド、ドキドキしてきた……」

 

「私達が狙うのは世界一。今から緊張していたら最後までもたないよ」

 

朱里さんの言う通りですね。私達日本代表は萎縮せずに強欲に、貪欲に、前のめりになって世界一を狙っていきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編43

二宮瑞希です。アメリカ代表との試合が始まりました。私達日本代表は先攻ですね。

 

「それじゃ、行ってくるね~☆」

 

日本代表の先頭打者……いずみさんが軽い柔軟を行い、左打席へと向かいます。

 

「私達日本代表も様々な打順変更を行いましたが、和奈さんといずみさんだけはずっと打順が固定されていますね」

 

「それ程金原と清本が監督から、日本代表の皆から期待されているって事だよ」

 

朱里さんの言うように、あの2人の信頼度はかなり高いでしょう。

 

アメリカ代表の先発であるアルヴィンさんは速いストレートにチェンジUPやスライダーを混ぜてくるオーソドックスかつ打ちにくい投手でもあります。そんなアルヴィンさんの1球目……。

 

「は、速い!」

 

「こ、これがアメリカ代表に選ばれた投手……」

 

勢いのあるストレートに何人かは萎縮しています。この後に出て来るウィラードさんはもっと凄い球を投げますよ?

 

 

カンッ!

 

 

「!?」

 

対するいずみさんは初球からアルヴィンさんのストレートを捉えます。打球はセンター前に落ちましたね。

 

「流石ですね。アルヴィンさんのストレートを難なく捌いています」

 

「1打席目だから様子見の可能性もあるけど、それを差し引いても今の金原は上手く打ったと思う」

 

日本代表の1番打者はアメリカの最前線に行っても通用する事でしょう。いずみさんのポテンシャルの高さを改めて実感しました。

 

「朝海姉さーん!」

 

「私達3姉妹の力を見せ付けてやろう」

 

「そうね。出来る限り頑張るわ」

 

そして2番の朝海さん……。この試合ではある意味三森3姉妹が重要視されてきますから、くれぐれもお願いしますよ……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

初球からいずみさんは盗塁を試みます。アルヴィンさんもそれを察してウエスト球を投げていますが……。

 

≪くそっ……!≫

 

『セーフ!』

 

無事に二盗成功ですね。

 

(アタシもこの日に備えて色々鍛えたからね~。静華や朝海達には劣るけど、三盗も狙えそうかな~?)

 

いずみさんは相手次第で三盗を狙おうとしています。まだ初回ですし、焦る必要はないと思いますけどね。

 

(……まぁ確実に行きたいし、無理に狙う必要もないか)

 

 

コンッ。

 

 

結局いずみさんは三盗を狙わず、朝海さんは一塁線に送りバント。朝海さんの走力ならセーフティバントになりそうですが、ここはその走力を温存してもらいます。

 

(同点までなら足の速さを見せる必要はない……と監督も言っていたし、金原いずみも三塁に辿り着いてるし、ここは生きに行く必要もないでしょう)

 

『アウト!』

 

送りバントに成功し、ワンアウト三塁のチャンスです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

打席に立つのは亮子さん。頭から出すのはこの試合が初めてですね。初球のストレートを見逃しています。

 

(中々速いな……。いずみはこれを初球から捉えたのか。確実に点を取りに行くなら、追い込まれる前に投げる球を……叩く!)

 

2球目はスライダー。ストライクゾーンを通る良い曲がり方をしています。

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「大きいぞ!?」

 

レフトへの大きい当たりですが、段々と失速していってますね。

 

(くっ……!差し込まれたか)

 

『アウト!』

 

アウトコールが聞こえた瞬間、いずみさんがタッチアップをします。

 

(先制点は取らせない……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

「う、嘘!?」

 

『アウト!』

 

レフトの上杉さんが強力かつ正確な送球を捕手のミットへ収めます。1点が遠そうですね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編44

日本代表の先制点は上杉さんのレーザービームと呼ぶに相応しい送球によって阻止されました。いずみさんは落ち込んでいますが、気持ちは早め早めに切り替えた方が良いですよ?

 

「さて、切り替えて守っていきましょう」

 

「あ~あ。アタシもまだまだだなぁ……」

 

いずみさんはメンタル面にやや難ありですが、まだこれから挽回出来るレベルでしょう。

 

「朱里さん」

 

「うん?」

 

世界大会で私の出番が頭からあるのはこの試合が最初で最後になります。悔いのない試合をしたいものです。

 

「取りましょうね。世界一」

 

「当然。でもそれは夜子さんの仕事だけどね」

 

勝つに越した事はありません。全力でやっていきましょう。

 

「夜子、バックには私達が付いてるわ」

 

「美園学院とは違うポジションだけど、今日の為に精一杯連携を練習してきた……。その成果を見せ付けてやりましょう」

 

「うん……!」

 

守備方面では三森3姉妹をフルに使えますし、守備力においてはアメリカ代表に勝ってると言っても良いでしょう。

 

そして私は私でアメリカ代表の打線を改めて把握しておく必要があります。

 

(1番のミッキーさんはこれまでの試合では3番を打っていた……。バッティングスタイルは出塁重視。多分1番になったこの試合でも役割は変わらないと思いますが……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

見逃し……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

2球目も見逃し。これは恐らく3球目も……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

万が一の事を考えてコースギリギリに投げさせましたが、これも見逃しですね。私の予想が正しければ、次の打者も……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(これで二者連続三振……なんだけど)

 

(1球も振らなかったのは妙ね……)

 

(夜子の球は確かにここ数ヶ月で大きく成長したけれど、決して打てない球じゃない。夜子もそれを逆手に取って今の打たせて取るピッチングを売りとしている……)

 

1番のミッキーさん、2番のリンゼ・シルエスカさんと続けて見逃し三振……。この6球で相手打線が動き出すには充分でしょうね。 

 

(……恐らく打者2人、合計6球を使って夜子さんの球を分析したのでしょう。こういう搦め手はロジャーさんの差し金ですね)

 

≪よろしくお願いしますね?≫

 

(ロジャー・アリア……。安定した打撃と、安定した守備でアメリカ代表の打線に対し、この試合で3番に抜擢された……。要注意人物の1人)

 

(慎重に投げていきましょう)

 

(言われるまでもない……)

 

冷笑を浮かべているロジャーさんは恐らく初球から仕掛けてくるでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

やはり仕掛けてきましたね。打球はファーストへのライナーですが……。

 

 

バンッ!

 

 

(えっ?)

 

捕球を試みようとした和奈さんのファーストミットをそのままライトフェンスに直撃させます。朱里さんも一瞬反応が遅れましたね。

 

(これでツーアウト一塁……。出来る事なら上杉さんの前にランナーを出したくありませんでした)

 

まぁ過ぎた事を悔いても仕方ありません。切り替えていきましょう。この為に練ってきた作戦を始動する時です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編45

ツーアウト一塁。打席に立っているのはアメリカ代表の4番打者……上杉さんです。

 

「調子はどうですか?」

 

「特に問題ないよ」

 

上杉さん相手にはプラン通り、朱里さんをぶつけます。夜子さんはライトへ。

 

(日本代表が世界になるには間違いなく上杉さんが1番の障害になりますね……)

 

それでもやる事は変わりません。朱里さんが投げるのに私にとって最適解のコースを構えるだけです。

 

(全力で抑えていきましょう)

 

(当然……!)

 

真ん中低めにミットを構え、朱里さんが投げたのはストレートに見せた変化球です。

 

「…………!」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

タイミング良く捉えられましたが、なんとかファールで済みました。

 

(朱里さんの得意技にも難なくピッタリとタイミングを合わせてきましたね。流石はアメリカ一の日本人スラッガー……と言ったところです)

 

(早川さんの投げるストレートに見せた変化球……。ギリギリまで見極めてやっと打てる球ね。元となっている変化球の媒体を探るだけで一苦労だわ)

 

とりあえず2球目です。次は内角高めに構えてみましょうか。

 

(2球目。これもストレートに見せた変化球……!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

朱里さんが投げたのはツーシームです。このキレは神童さんにも負けていませんね。

 

(ほっ……。なんとかコースに入ったか。ヒヤヒヤするんだよね。あのコースに投げるのは)

 

(内角ギリギリのツーシーム……。やられたわね)

 

ツーナッシング……。低めの変化球で空振りを誘いましょう。

 

(ここで朱里さんなら下方向の変化球を投げてくれる筈ですが……)

 

思惑通り、朱里さんはSFFを投げてくれました。

 

 

カンッ!

 

 

しかし上杉さんは空振りとはいかず、打球はレフトへ。短打で済むなら安いものですが……。

 

「金原!」

 

「りょうか~い☆」

 

レフトのいずみさん。動き的にレフトゴロを試みていますね。裏目に出ると面倒ですが……。

 

(さっきはやられちゃったからね~。お返しさせてもらうよ♪)

 

いずみさんはそのままファーストへと送球。それを見たロジャーさんは三塁を蹴ってホームへと向かいます。

 

(くっ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『アウト!』

 

無事にレフトゴロを決めてくれました。しかしあの上杉さんを相手によく前進で守れましたね……。

 

「ナイス送球」

 

「ありがとっ☆」

 

この打席は朱里さんといずみさんに救われましたが、次の打席でも同じように抑えられるとは思えませんね……。

 

(朱里さんの持ち球が上杉さんの想像を上回るか否か……。全てはそこに掛かっている気がしますね)

 

打撃にせよ、それ以外にせよ、後手に回れば負け確定です。後手に回らないように立ち回らなければなりませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編46

2回表。打順は4番の和奈さんからですが、アメリカ代表は守備を交代してきました。どうやら和奈さんを相手にワンポイントのようです。マウンドにはウィラードさんが立っています。

 

「……どうやら向こうも私達と同じ事を考えていたみたいですね」

 

「多分ウィラードさんも清本と何かしら縁があるんだと思うよ」

 

それは恐らく洛山と遠前の練習試合が関係しているのでしょう。あの試合で和奈さんは8打点をあげていましたが、本気のウィラードさんと勝負をしたとしても1打席だけでしょう。

 

(た、多分本気のウィラードさんと勝負するんだよね。緊張と同時にワクワクしてきたかも……!)

 

(今日の試合は監督に無理を言って、清本さんとの勝負の舞台を作ってもらった……。今度は全力で打ち取りに行って、練習試合の借りを返させてもらうわ!)

 

和奈さんとウィラードさんが睨み合っていますが、どうも構図に違和感を覚えますね……。それは宛ら女豹とマルチーズです。どちらがどちらかは言う必要もなさそうですね。

 

「ウィラードさんはかつての朱里さんと同じフォームから投げられる速いストレートと、豊富な変化球、そして決め球の……」

 

「燕と似て非なる下から上にホップしていく、ウィラードさん第2のストレート……か」

 

ウィラードさんは球速もかなりのものですが、変化球の球種もかなり多い……。朱里さんや神童さん程ではないですが、狙い球を絞らせません。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球はシンカーですね。情報によりますと、投げられたシンカーはかつてライバルとして競っていた上杉さん対策だとか……。

 

(それが今では和奈さんに投げているのを見ると、人生何が起こるかわかりませんね)

 

だからこそ少しでも不確定要素を減らす為に、私は日々情報を求めています。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

2球目に投げられたシンカーを和奈さんは完璧に捉えます。しかし打球はファールでしたね。

 

(流石は清本さんね。今のスライダーで打ち取るつもりだったのに、軽々と場外へと飛ばすなんて……!)

 

(今のスライダーは練習試合に見た時よりも更に威力が増してる……。ウィラードさんもこの日の為に実力を磨いてきてたんだね)

 

 

カキーン!!

 

 

そして3球目のカーブも和奈さんは捉えます。

 

『ファール!』

 

(しかし和奈さんもウィラードさんの球に対応するので手一杯のようにも見えますね……)

 

それは恐らくウィラードさんがこの打席の中で更なる成長を遂げている可能性が高いからだと思われます。

 

「良いぞ良いぞ~!」

 

「タイミング合ってますよ~!」

 

「そのままセンタースタンドへかっ飛ばせ~!!」

 

しかしチームメイトとしては彼女達のように、精一杯和奈さんを応援するのがベストでしょう。

 

 

カキーン!!

 

 

ウィラードさんの投げたシンカーを再び捉える和奈さんですが……。

 

『アウト!』

 

その打球はセンターフライ。このまま朱里さんと上杉さん、和奈さんとウィラードさんの対決が硬直し続けると、試合が動かない危険性がありますね。

 

(試合の行方はあの4人に託されたようなものですね……)

 

それなら私に出来る事は朱里さんの球を受け続ける事と夜子さんのリードをする事ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編47

2回裏。この回は5番のウィラードさんから始まります。

 

「頑張ってね」

 

「言われなくても……」

 

上杉さん以外は夜子さんに投げてもらいます。多少不安要素はありますが、今の守備陣営ならきっと打ち取る事が出来る筈です。

 

(向こうも真深以外は別の投手で私達の相手をするみたいね……)

 

「来なさい!」

 

(それならその自信を……打ち砕いて、早川さんを出さざるを得ない状況にしてやるわ!)

 

「…………」

 

血気盛んなウィラード選手とは対照的に、夜子さんは冷静に私のミットを見ています。相手の圧に飲まれていないのは良い事ですね。

 

(それにしても……)

 

 

 

「…………」

 

 

 

(ワンポイントで来るにしても、日本代表には十六夜さん、渡辺さん、一色さんと強力なメイン投手がいる筈なのに、どうして彼女が先発に選ばれたのかしら?データによると、彼女は野手……なのよね?)

 

まずは初球。低めのストレートで様子見です。

 

(野手に抑えられる程……私達アメリカ代表は甘くないわよ!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

打球はライト線切れてファール。大きい当たりを打たれたにも関わらず、夜子さんは動じていません。

 

(シニア時代ものらりくらりとした投球をしてしましたからね。どんな相手でも関係なく、いつも通りに投げるだけ……という淡々とした精神面で相手打者を打ち取っていました)

 

(ライト線切れてファールか……。でも今の一発で外野がフェンスいっぱいまで下がってるわね。それなら……!)

 

 

カンッ!

 

 

1球目とは打って変わって浅い当たりを打ちました。打球は左中間に飛んでいきますが……?

 

「ここは任せてよ☆」

 

「お願いするわね!」

 

打球はいずみさんが処理するようです。素早い動きでボールに追い付き……。

 

 

ズザザッ!バシッ!

 

 

『アウト!』

 

スライディングしながら打球を捕りました。

 

(朝海達と守備練してて良かった~。アタシだって日々成長してるんだからね?これで日本代表は朱里と瑞希だけじゃないって事をわかってもらえたかな~?)

 

観客からの歓声が大きくあがります。ファインプレーなので、盛り上がりが凄いですね。

 

6番打者を相手取る前にタイムを取ります。何故かほぼ全員が集まっていますが……。

 

「いずみちゃん、ナイスプレーだよ!」

 

「今のプレーも昨日必死で練習したからね~☆」

 

「あ、あんな高度なプレーが1日やそこらで出来るんですか!?」

 

「それもいずみのセンスがあってのものだろう」

 

「いやいや、亮子の守備力には負けるって……」

 

いずみさんも亮子さんも並々ならぬ野球センスを遺憾なく発揮していますね。特にいずみさんはMVP候補にあがるでしょう。

 

「いや、私からしたら2人共同じだよ?」

 

すると朱里さんが突っ込み待ちの発言を……。どの口が言っているのでしょう。

 

「やー、朱里には言われたくないかな~」

 

「同感だ。朱里の場合はセンスはもちろんの事、並々ならぬ努力もして、今の朱里がいるからな」

 

どうやら亮子さんといずみさんも同じ気持ちを抱いていたようです。確かに天才という言葉は朱里さんの為にあるようなもので、しかも朱里さんは朱里さんで並々ならぬ努力をしています。努力の天才と言うべきでしょうか?

 

「わ、私は三森さん達も含む埼玉のシニアの人達が可笑しいと思う……」

 

ボソッと朝日さんが呟いた通り、埼玉のシニアの人達のレベルが高いのもまた事実……。今日のスタメンも朝日さん以外は埼玉のシニアですからね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編48

2回裏。ワンアウトランナーなし。

 

 

カンッ!

 

 

6番打者のエルゼ・シルエスカさんに三塁線抜けるヒットを打たれます。流石に2度目のレフトゴロはありませんでしたね。そして再びタイムを掛け、内野陣が集まります。

 

「す、すみません……」

 

「気にしなくても良い。むしろ私のピッチングはランナーが出てからが本番……」

 

「えっ?」

 

確かに三森3姉妹の野球はランナーを出して併殺を取るのが主流となっていますね。そしてそれは美園学院に入っても変わらないでしょう。朝日さんは春日部シニアとの対戦経験は練習試合とかでもないのでしょうか?

 

「朝海姉さん。次の打者に対してゲッツーを狙うから、そのつもりで……」

 

「わかったわ。夕香にもそう言っておく」

 

朝海さんは作戦を伝える為に一足早く戻っていきました。

 

「ま、また凄いプレーをするんだろうな……」

 

「そうですね。三森3姉妹の守備は破天荒ながらも、確実に打球を処理しているのが恐ろしいところです」

 

同じ動きでもそこが三森3姉妹と雷さんの違いですね。

 

ワンアウト一塁。セカンドの朝海さんだけ異常な程に前進しています。あれはかつて新越谷との試合でやっていた守備シフトに似ていますね。

 

(恐らくパトリオさんは確実に打つ為にセカンドの頭を越す当たりを打つでしょうね)

 

次の打者……パトリオさんは大物狙いのパワーヒッターですが、この状況下においてはホームランを打たれる心配はないと見て良いでしょう。

 

(とはいえパトリオさんは今年のアメリカ代表の中でも生粋のパワーヒッターです。甘い球に気を付けて投げてください)

 

(了解)

 

低めのストレートを要求し、相手にはこちらの思惑に乗ってもらいましょう。

 

(フン、セカンドの頭を抜くなんてな……)

 

 

カンッ!

 

 

「!?」

 

(簡単に出来るんだよ!)

 

パトリオさんが放った打球は普通のシフトならセカンドライナーになる当たり……。しかしこのシフトではセカンドの頭を越すセンター前ヒットになりそうですね。しかしあそこまで綺麗に打った事には驚きました。生粋のパワーヒッターでありながらも、ミートに適した打撃も可能……という訳でしたか。

 

(尤もヒットになりそう……というのはあくまでも普通の守備ならですが)

 

「……センター!」

 

「オッケー!」

 

今貴女達が相手にしているのは世界にも通ずる守備職人……三森3姉妹です。況してや普通のプレーをしない彼女達が敷いたシフトの対策の対策をしていないとは思えませんね。

 

『アウト!』

 

セカンドにはカバーに入っている亮子さんが。そのままファーストへ送球しました。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

結果的にセンターゴロからの8、6、3の併殺となりましたか……。

 

「ナイスプレー。姉さん達」

 

「まぁウチ等3姉妹なら当然よね」

 

「でも夕香のセンターも大分様になっているわ。これはポジションの見直しが必要かも知れないわね」

 

「姉さん達も投手をやってみれば良い。そうすれば来年以降の私の負担が減るから……」

 

「それは私達の高校に入ってくる投手陣次第ね。それに私達の代にも優秀な投手は沢山いるでしょう?」

 

ベンチでは三森3姉妹による興味深い会話が繰り広げられていました。実際に三森3姉妹が全員投手をやる事になったとしても、それが実現されるのは恐らく3年生になった時でしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編49

3回表。この回は朱里さんの打順からですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

初球はコースギリギリのストレート……。球速が速く、スライダーとチェンジUPとの噛み合いも良いので、打者は苦戦を強いるでしょう。

 

(更にアルヴィンさんは有利カウントで更なる力を発揮する奪三振型の投手……。ツーストライクになると基本的にこちらが不利ですね)

 

 

カンッ!

 

 

「!?」

 

「やった!」

 

「三遊間抜けたぞ!」

 

そして朱里さんもそれがわかっているようで、追い込まれる前にカウント稼ぎ用だと思われるスライダーを捌いてヒットになりました。次は私の打順ですか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球はスライダーですね。朱里さんの時と同様にコースギリギリに決めてきます。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

これでツーナッシングですね。しかしアルヴィンさんの投げる球は審判によって左右されやすいので、決め打ちするのは難易度が高いですね。

 

(まぁその辺りは上位陣の仕事でしょう。私に出来るのは球数を出来るだけ稼がせる事です)

 

(よし、追い込んだ……!)

 

(だがここは1球外すぞ。無理に3球で決めに行く必要はない)

 

(……はいはい)

 

ここは恐らく外してくる場面なので、見送りで良いでしょう。もしも三振してしまうようなら潔く相手バッテリーの配球を称えるだけです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(ここはもう1球外すぞ)

 

(また?図体の割に慎重過ぎるんだよ。パトさんは……)

 

パトリオさんのリード的にもう1球外してきそうですね。よってここも見送りです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(……さっきの球もそうだが、ボール球に対してはピクリとも反応しないな)

 

(手が出なかっただけなんじゃないの?)

 

(……試してみるか。さっきのコースよりもボール半個分。塁審によっては手を上げるコースにスライダーを投げろ)

 

(了解。これで三振だ!)

 

次は入れてくるでしょう。球種は……スライダーですね。

 

 

カンッ!

 

 

(なに!?)

 

『ファール!』

 

(合わせてきやがった!?アルヴィンの球筋を見極めてるのか?……念の為に1球外すぞ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

これでフルカウントですね。こちらとしては四球狙いの待球戦法も視野に入ります。

 

(……間違いない。アルヴィンの投げる球を完璧に見極めてやがる)

 

(あんなチビにそんな芸当が出来んのかよ?)

 

(今相対している打者は捕手を務めてる。これくらいなら出来るんだろうよ)

 

(くそっ!)

 

そして7球目ですが……。

 

(このスライダーの変化的にボール球になりそうですね。もう少し球数を費やしてもらおうと思いましたが、まだ1打席目ですし、見送っておきましょう)

 

この戦法は出来る事ならウィラードさんに使いたいところですが、格上相手には恐らく通用しないでしょうね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『……ボール!フォアボール!!』

 

ギリギリの判定でしたが、結果はボール。四球になってこれでノーアウト一塁・二塁のチャンスです。次の夜子さん次第では最高の形で上位に回ってきますよ。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編50

ノーアウト一塁・二塁。打席には夜子さんが入ります。

 

(ここは確実にチャンスを広げる……!)

 

夜子さんはバントの構え、監督のサインは……。

 

 

コンッ。

 

 

初球から三塁線へバント。私も朱里さんも夜子さんの走力をある程度理解しているので、平常よりも早いスタートを切りました。その甲斐あって、二塁と三塁は確実にセーフですね。

 

(あとは夜子さんですが……)

 

≪くっ……!≫

 

≪一塁に投げろ!二塁と三塁は無理だ!≫

 

≪了解!≫

 

(……あの様子を見る限り心配はなさそうですね)

 

今は決勝戦……。出し惜しみは必要ありません。

 

(加速……!)

 

(なっ!?速い!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『セーフ!』

 

これで一塁もセーフ。ノーアウト満塁という最高の形を迎えましたね。

 

「よーし、アタシが全員還すからね~♪」

 

次はいずみさんですし、確実に1点は取れるでしょう。後々の事を考えて、取れるだけ取っておきたいですが……?

 

(1打席目に事を考えると、レフト線に飛ばすのは不味いよね~。とは言え向こうの外野は全員強肩だし、頭抜いたとしても大量得点は望めないかぁ……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(とりあえずカウントが悪くなるまでは待球で行こうかな~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

監督からのサインはなし……。いずみさんは待球に出るようですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(ちっ……!もう次で10球目だぞ!?)

 

(随分球数を稼がれたな。後半は投げない方針とはいえ、球数が少ないに越した事はない。次の1球で決めるぞ……!)

 

(OK)

 

次の1球で10球目になりますね。いずみさん的にもここが勝負でしょう。

 

 

カンッ!

 

 

「右中間抜けた!」

 

「ランナー回れーっ!」

 

いずみさんが放った打球は右中間抜けて長打コースですが、外野の動きがかなり早いですね。これではいずみさんが二塁に到達するのは厳しいでしょう。

 

(ですが……)

 

『セーフ!セーフ!』

 

2点先制させてもらいました。かなり大きな2点になりそうですね。

 

「朱里ちゃん、瑞希ちゃん、ナイスラン!」

 

「ありがとう清本。正直この2点はとても大きいと思う」

 

「そうですね。もしかしたらこれ以上は点を取れないかも知れません。その事を考えると、なんとしてもこの2点を守り抜く必要があります。夜子さんと朱里さんには頑張ってもらわないといけませんね」

 

(とはいえノーアウト一塁・三塁のチャンスですので、あと1点はほしいですが……)

 

 

カンッ!

 

 

「あっ、また打った!」

 

2番の朝海さんが放った打球はショートへ。これは少し不味いですか……?

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「いいっ!?」

 

あの痛烈なライナーを悠々と捕りますか……。

 

『アウト!』

 

そしてロジャーさんは素早くサードへと送球。夜子さんも戻り切れずアウト。これでツーアウト一塁となってしまいましたか……。

 

「不覚を取った……」

 

「ドンマイ夜子。あんたは打席で貢献したじゃない」

 

「元を言えば私がライナー性の打球を打ったのが原因……。夜子ばかりを攻められないわ」

 

「朝海姉さんもちゃんと守備で貢献してるし、気にしないの」

 

姉妹のミスは姉妹でカバーですか……。こういう素早いフォローが出来るのは評価点ですね。姉妹故のものでしょうが。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

今の併殺で勢いが止まってしまいましたね。ですが2点は取っています。この2点を大切にしていきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編51

3回裏。ツーアウトまでは漕ぎ着けた訳ですが……。

 

「くっ……!」

 

≪チャンスだ。打て打てーっ!≫

 

満塁のピンチに陥っています。そして打席に立つのは4番の上杉さんです。つまり……。

 

「この場面は任せた……」

 

「まぁ頑張るよ」

 

朱里さんと夜子さんが交代。それぞれ投手とライトに入ります。

 

(思わぬチャンスで回ってきたわね。1打席目の借りを返させてもらうわよ……!)

 

(さーて……。雷轟もそうなんだけど、上杉さんも後になればなる程、厄介な打者なんだよねぇ……)

 

ここは最悪歩かせても良いでしょう。そして可能なら打ち取りにいきます。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

初球は真ん中低めにSFF。ボール球ですが、本来なら空振りを誘える良い球でしたよ。

 

(流石に見送ってくるか……。まぁそんな簡単には空振りを取れないよね)

 

(早川さんのストレートとSFFはほぼ同速……。ギリギリまで見極めるのが大変ね)

 

次は高めです。思い切りきてください。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(しまった!?これは彼方先輩が投げていて、早川さんの得意球でもあるストレートに見せた変化球……!)

 

(ふぅ……。なんとか空振りさせられた。今の偽ストレートの媒体を探られたらちょっと面倒だけど……!)

 

これで平行カウント……。こういった一流以上の打者は捕手の小細工でどうにかなるものではありません。

 

朱里さんの投手としての力量と、上杉さんの打者としての力量。その2つのどちらが上か……という単純な力比べで決着が着くでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(……と言ってる間にフルカウントですか)

 

こうなれば次の1球は外角ギリギリにお願いしますよ?

 

(今のを見送るか……。上杉さんは選球眼も一級品だね)

 

(なんとか見送れたわね……。早川さんとの勝負は緊張感がこれまで対戦した投手とは段違いね。これに匹敵する投手はユイと彼方先輩くらいかしら……)

 

次で8球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「っ!?」

 

コースは外角ギリギリ。私としては空振りが理想でしたが、上杉さんはスイングなし。もしかすると判定は……。

 

『……ボール!フォアボール!!』

 

四球……。押し出しという結果になってしまいました。

 

(押し出し……か。まぁこれは仕方ないか)

 

(手が……出なかった。コースも外れてると言っても、ボール半個分だった……。結果は押し出しの四球だったけれど、この打席も私の負けね……)

 

「…………」

 

(今の1球はボール判定でしたが、一応ストライクコースを通っていると私は思っています)

 

捕球のブレもなかったので、普段なら抗議案件です。しかしこの打席において今以上の球を朱里さんが投げられる可能性は極めて低いので、もしもノーカウントになればこちらが不利……。それならこのまま押し出しで通した方がダメージは少ない筈です。切り替えていきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編52

上杉さんを歩かせてしまい、尚もツーアウト満塁のピンチです。

 

「……ごめん。踏ん張り切れなかったよ」

 

「…………」

 

「ツーアウトとは言えまだ満塁のピンチだし、こんな場面を夜子さんに押し付けるのは申し訳ないんだけど……」

 

「……これは元々は私が招いたピンチ。それなら私がケリを付ける必要がある」

 

それはそうですね。この状況下で夜子さんなりに責任を感じていたみたいです。

 

「……じゃああとは頼んだよ?」

 

「任された……」

 

後の展開を夜子さんに託して、朱里さんは再びライトへと戻ります。

 

(あの上杉真深から満塁ホームランを打たれなかっただけでも価千金……。やはり早川朱里は凄い投手だった。私も負けられない……!)

 

(あの投手から闘志の目を感じる……。成程、彼女も一流の投手って事ね。望むところだわ……!)

 

夜子さんとウィラードさんの対決……第2ラウンドの開始ですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(今の球……。これまでの彼女の球とは別格だわ)

 

(全力で抑える……!)

 

今の球は1打席目よりも良かったですよ。この球をドンドン投げ続けてください。

 

(負けない……負けられない。日本代表の勝利の為に!)

 

(さっきと同じストレート……もらったわ!)

 

 

カキーン!!

 

 

「っ!?」

 

2球目に投げられたストレートは今日1番の球だったでしょう。それをウィラードさんは完璧に捉えました。その打球はセンターへ……。

 

「くっ……!そんな簡単にいかないわよ!」

 

センターの夕香さんがフェンスを登って構えています。ここからホームランを阻止出来ますか?

 

(打球の勢いが強い。無理に捕ろうとすれば、打球の勢いに負けて私もろともスタンドに叩き込まれる……。それなら!)

 

「いずみ!お願い!!」

 

 

バチッ!

 

 

夕香さんはフェンスから跳んでグラブでボールを弾きました。破天荒なプレーですね。

 

「ナイスガッツ☆」

 

弾かれた球をいずみさんがカバーして捕球。バウンドなしなのでアウトになりました。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「ナイスプレーだったよ。夕香!」

 

「でもギリギリだったわ。処理を間違えばそのままスタンドへ運ばれていたもの」

 

「そうね……。セカンドからは判断し辛いけれど、ウィラード・ユイに打たれたあの1球はこれまでの夜子で1番のストレートだったわ。それがウィラード・ユイを打ち取れた理由よ」

 

弾道が低かったお陰で成し得たプレーですが、その大元は夜子さんのピッチングにあるのも確かです。左中間のファインプレーに見えますが、それと同時に投手の夜子さんのファインプレーでもあります。

 

(何にせよリードで展開が進むのはありがたいですね)

 

今みたいなプレーはもう出来ないでしょう。小手先のプレーで誤魔化すのにも無理が来ています。手遅れになる前に手を打つべきでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編53

4回表は和奈さんから攻撃が始まります。つまり……。

 

「ウィラードさんがマウンドに!」

 

即ちウィラードさんがマウンドに上がるところから始まるという事です。

 

「本当に私達日本代表と同じ戦法を取ってるんだな……」

 

「ここで和奈が打てれば良いんだけどねぇ……」

 

「相手はウィラードさん……。そう簡単にはいきませんよ」

 

しかし和奈さん以外にウィラードさんを打てそうな選手が現状いないのもまた事実……。和奈さんにはどうにかして突破口を開いてほしいものですね。

 

「…………!」

 

「…………!」

 

(応援していますよ。和奈さん)

 

(3球勝負で決めてみせる……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球からライズボールですか……。これは早期勝負を試みていますね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

2球目に捉えた球はレフト線に入ってファール。打球だけ見ればかなり惜しくも見えますが……?

 

(いや、本当に惜しかったの?)

 

朱里さんも気付いたようです。原因は和奈さんの表情でしょうか。 

 

「気付きましたか朱里さん?」

 

「二宮……。まぁ清本の表情を見るとね……」

 

和奈さん的には当てるのがやっとなのでしょう。それであそこまで運ぶのも凄い事ではありますが……。

 

(こ、このストレート……1打席目とは球威も、ノビも、キレも段違い。それに腕がビリビリと痺れる……。かなり重くなってるんだ……!)

 

(これも当てるとは……流石清本さんね)

 

ツーナッシング。次に投げてくるのは、ウィラードさんの決め球でもあるスライダーでしょうか?

 

(ツーナッシング……。これで決めるわ!)

 

(追い込まれてるし、全力で打ちにいかなきゃ……!)

 

(行くわよ……!)

 

(来る……。ここで決め球が!)

 

3球目。投げられたのは予想通りのスライダーですね。

 

(私の最高の球……。打てるものなら、打ってみなさい!)

 

(スライダー!絶対に打つ……!)

 

しかし……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(そ、そんな……!)

 

(よし……!よし!これで練習試合の借りを返したわ。次の打席でも負けないわよ!)

 

絶対的な決め球は、わかっていても簡単に打てる代物ではありませんでした。この言葉はよく朱里さんや風薙さんがよく言っていましたが、ウィラードさんにもそれが宿っている……という訳ですか。

 

「ご、ごめんね。三振しちゃった……」

 

「今のは打てなくても仕方ないよ。初見じゃ尚更だって☆」

 

ウィラードさんはこれからあのスライダーとストレート、ライズボールを散らして投げる事になるでしょうね。

 

「最後に投げられたスライダー……あれをいつでも投げられるとしたら、ウィラードさんから点を取るのは難しくなりますね」

 

「で、でもウィラードさんが投げるのは清本さんの時だけですよね?それならまだ私達にも得点のチャンスはあるんじゃ……」

 

朝日さんの言う通り、『ウィラードさんがワンポイント投手』ならまだ私達のチャンスはある訳ですが……。

 

「……どうやら向こうはそのチャンスを潰すつもりみたいだね」

 

「えっ?」

 

マウンドにはウィラードさんの続投と思わせる光景……。流れを完全に掴もうとしていますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編54

和奈さんを打ち取ったにも関わらず、ウィラードさんはマウンドにいるまま……。それはワンポイントの終わりを意味します。

 

「それにしても思ったよりも早いね?早くても次のイニングくらいからだと思ってたよ」

 

「私も同意見です……が、リードを許してしまっている以上、予定よりも早めてのウィラードさん投入……という訳ですね」

 

予定が前倒しになったくらいなので、まだまだ想定の範囲内ですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

5番の夕香さんは三振に。先程までアルヴィンさんの球とはレベルが違う故に、この打席は致し方ないでしょう。

 

「アンダースローだからなのかな……?感じる球速がアルヴィンの時の比じゃないわ」

 

「データを見る限りアルヴィンさんとウィラードさんの最大球速に差はほとんどありません。それでもウィラードさんの方が速く感じるのには2つの理由があります」

 

最大球速そのものは差がほとんどありません。しかしアンダースローであそこまでの球速を出せる投手……しかも高校生にそう多くはいないでしょう。

 

「2つの理由?」

 

「1つ目は夕香さんが先程言っていたように、ウィラードさんがアンダースローの速球派投手だから……。アンダースローは基本的に速球派の投手はかなり稀少で、ウィラードさんの場合はそれに加えてオーバースローの投手並の球速を持っています」

 

尤も夕香さんが空振りする理由の7割くらいは次の理由が当てはまるでしょう。

 

「2つ目は手元で伸びてくるストレートですね。これに関しては朱里さんも得意としていますが、ウィラードさんの投げるストレートは打者の手元で伸びていき、更に下から上にホップする印象なので、高めボール球3つ分のコースを予測してスイングしないと、当てるのがほぼ不可能になります」

 

「高めのボール球3つ分なら、見ていけば四球を狙えるんじゃないの?」

 

「それは無理でしょうね。ボールの軌道はストライクゾーンを確実に通っていく上に、ウィラードさんの投げるコースは絶妙に打者が手を出しやすいコースを突いて来るのですから……」

 

本当に厄介なのは打者が手を出しやすい……という部分です。元よりストライクゾーンを通ってくるコースなので、多少コースやフレーミングがずれたとしても、打者はほぼ確実に振って来るのです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

これで三者連続三振ですか……。流れを完全に持って行かれましたね。

 

「……早川さん、少し早いけれど、裏の回から投げてもらっても大丈夫かしら?」

 

「……わかりました。残りの4イニング、精一杯頑張ります」

 

こちらも朱里さんを投入ですね。向こうに流れを渡し切らないように頑張りましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編55

4回裏。ここから4イニングを抑えるのは日本代表のエース……朱里さんです。

 

「来なさい!」

 

この回は6番から……。しかし打順的に6番を担っているだけなので、油断は一切出来ませんね。

 

(しかし3~5番……クリーンアップと呼ばれる並びにはロジャーさん、上杉さん、ウィラードさんの3人ですか……。他の打者と比べるとこの3人は打撃レベルが頭1つ抜けていますね。なるべくしてなった中軸でしょう)

 

3人に次いで6番と2番を務めているシルエスカ姉妹とミッキーと呼ばれる日本人……。この3人がほぼ同率でしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

選球眼も一流ですね。ボール1、2個分くらいですが、完全に見切りを付けています。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

ストレートに見せた変化球もタイミングを合わせてきますね。上杉さんから訊いたのでしょうか?

 

(確かシルエスカ姉妹は風薙さんとも同じチームでしたね。どちらかと言えば球の性質は風薙さんから訊いている可能性が高そうです)

 

(カウントは1、2……。追い込んでいるから、ここで空振りを誘う球を投げる!)

 

(早川朱里……。流石、真深が苦戦している投手ね。彼方先輩が昔得意としていたストレートに見せた変化球も種類が多くて、見極めるのに一苦労だわ)

 

ここは決めにいきましょう。コース的に落としてくれるのがベストですよ?

 

(なっ!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(フォークボール……。ストレートとほぼ同速じゃない!)

 

完璧ですね。SFFでも良かった場面をフォークで決めるのは流石です。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

二者連続三振……。勢いはウィラードさんに負けていませんね。

 

(次の打者も三振に取りましょうか)

 

(当然だよ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

そしてこれで三者連続三振……。ここからは投手戦となりそうですね。

 

「朱里さん、ナイスピッチングです。この調子で残り3イニング抑えていきましょう。ただし無理はしないでくださいね」

 

「……わかってるよ」

 

朱里さんは無理をして抱え込む側面がありますので、口約束は意味を成さないでしょう。それでも私は朱里さんに無理をしてほしくありません。

 

「この回は朱里さんからですが、スタミナの事を考えると、無理はしない方向でいきましょう」

 

「……うん、わかった」

 

それでも口で伝える事しか私には出来ません。身体の管理は本人にしか出来ませんからね。

 

(朱里さん……。貴女の野球人生はまだまだ長いんですよ……?)

 

この時この時を大切にしている朱里さんには長い目で見る……というのは不可能でしょう。それでも私は……朱里さんという最高の投手を失いたくないのです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編56

5回表。この回の攻撃は朱里さんからの打順ですね。

 

「じゃあ行ってくるよ」

 

「が、頑張って朱里ちゃん!」

 

「頑張ってください!」

 

朱里さんは日本代表のキャプテンというのもあって、絶大な人気を誇っていますね。新越谷でも人望のある選手なのは間違いないでしょう。

 

(そしてその実力も日本代表のキャプテンたるに相応しいものです。投打共に……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(やはり速いね……。しかも燕のように手元で伸びてるから、ついついボールの下を叩きかねない)

 

(早川さんとの対決……。早川さんが打者としても優秀なのはアルが投げてた時からわかっているのよ?だから……清本さんや、上位打線を抑えるつもりでいくわ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(スライダー。でも清本に投げられた高速スライダーとはまた別の球っぽい……?それでもこのスライダーが凄まじいキレなのは間違いないけどね)

 

「朱里があっという間に追い込まれちゃった……」

 

「しかし朱里さんなら問題ないでしょう」

 

「どういう事?」

 

「少なくともこの打席では確実に出塁するという事です」

 

(それにリトル時代で見せた朱里さんのフォームと、今のウィラードさんのフォーム……。瓜二つなのはきっと偶然ではないのでしょうね)

 

恐らくはその辺りも攻略の鍵となるでしょう。

 

(外に1球外すぞ)

 

(そうね。様子見も兼ねましょう)

 

3球目は高めに曲がるシンカー。恐らくバッテリー的には様子見のつもりだったのでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

(なにっ!?)

 

(今のを打ってくるのね……!)

 

朱里さんは確実に抑えに行く球の1つ前を完璧に捉えました。いずみさんや和奈さん程の精度ではないものの、朱里さんも悪球打ちが出来ます。今回は高めのシンカーを上手く打っています。

 

「やった!ノーアウト一塁!」

 

「チャンスの場面で上位打線に回ると大きいですよ!」

 

次は私の打順ですか……。セオリー的には送りバントでしょうか?それとも突き放す為にヒッティング……?

 

「えっ……」

 

「捕手が立ち上がった!?」

 

「一塁が埋まっているのに、敬遠するつもり!?」

 

相手バッテリーは敬遠を選択しました。私を歩かせる理由はいまいちわかりませんが、何にせよチャンスです。

 

「まさか瑞希を敬遠してくるとはね~」

 

「瑞希は粘らせると危険な打者だからな。下手に粘られて球数を費やされるくらいなら、4球投げて歩かせる方がマシ……と向こうも考えたのだろう。1打席目で粘りを見せてるしな」

 

どうやら相手バッテリーは球数を稼がれるのを嫌った敬遠のようですね。確かに多少粘って球数を稼ごうと考えていましたが、結果的にこれで良いでしょう。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

釈然としない部分もありますが、これでノーアウト一塁・二塁のチャンスです。確実に1点を取っていきたいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編57

ノーアウト一塁・二塁。次の打者は夜子さんですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

しかし塁には出られるものの、未だにまともな攻略が出来ていないのもまた事実……。朱里さんの悪球打ちも攻略というには程遠いでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

アルヴィンさんがオーバースローなのに対して、ウィラードさんはアンダースロー。フォームの高低差が馴染んでないのが凡打を誘う理由になるのでしょうね。

 

 

ガッ……!

 

 

そして狙い球が違えば、今のように打ち損ねてしまう……という訳ですか。

 

『アウト!』

 

「くっ……!」

 

キャッチャーフライの為に進塁も出来ません。このままズルズル行くのは不味いですね……。

 

「こうなったらアタシが打つしかないねっ☆」

 

打順はトップに戻っていずみさん。この試合の打率だけを見れば、期待値は1番高いでしょう。バッテリーもいずみさんを抑えようと躍起になってそうです。

 

(……とは言ったものの、ウィラードさんの投げるあのストレートとスライダーは簡単には打てないよね~。それならアタシも朱里がやったように、様子見で投げてくるボール球に狙いを合わせて見るかな?)

 

(この打者は今日当たっている……。下手をすると彼女が1番厄介な打者の可能性もあるし、慎重にいくぞ)

 

(ええ。わかっているわ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あっという間に追い込まれましたね。朱里さんに投げたような様子見が一切ないというのもよろしくない状況です。

 

(これで追い込まれたか~。外してくるにしても、朱里に投げてきたような球は一切ないから、手が出ないんだよね……)

 

いずみさんもそれがよくわかっています。恐らく次に投げられるのは決め球のスライダーでしょう。

 

(そして追い込んだからには多分くるんだよね。ウィラードさんのスライダーが……)

 

そしてウィラードさんの投げるスライダーはわかっていても、簡単に打てる代物ではない……絶対的な決め球です。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(っ!スライダーがくるってわかってたのに……!打てなかった)

 

(これがウィラードさんの決め球ですか……)

 

自身の投げる球に自信があってこその決め球……。そこには生半可な打者出番太刀打ちすら出来ないでしょう。

 

(ただ1番変化量が多いから決め球、ただ1番速いストレートが決め球……という訳ではなく、投げてくるとわかっていても決して打たせる事のない……絶対的な球。それが決め球なんでしょう。神童さんのムービングファストボールや、朱里さんの本来のストレートのような……)

 

こうなってくると、いよいよ1点もあげられません。そして勝負は互いの中軸に確実に回ってくる6回の表裏になってくるでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編58

5回裏。向こうは9番からですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(くっそ……。あの投手……勢いが増してないか?)

 

(調子は良い。このままリードを逃げ切りたい……そんな感情が渦巻いてくるね)

 

この打者は問題ないでしょう。あと1巡回ったとて、対処範囲内です。そして問題はここからです。3巡目に入りました。

 

「…………」

 

(二宮のデータによると長打力はアメリカ代表の中では控えめ(それでもスラッガーレベル)な方だけど、当てる技術に特化してるみたい。新越谷で例えるなら、雷轟のパワーに中村さんの安定性と、主将の走力(あと守備力)を足した選手なんだよね)

 

ミッキーさんの打撃力はアメリカ代表の中でも上位クラスですが、この打席だけならなんとかなるでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(朱里さんの方は吹っ切れた様子ですね……)

 

投手の基本的行動……。捕手のミットを目掛けて思い切り投げる事。単純明快ではありますが、朱里さんの場合はこれが最も効果的です。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

≪当ててきた!?≫

 

≪タイミング合ってるぞーっ!≫

 

しかしそれだけではなんともならないのが世界トップレベルの打者……という訳ですか。

 

(朱里さんが山崎さんと組む時、山崎さんは朱里さんにとっての最適解を導いている……。私も今の朱里さんの更なる成長の為にサインの交換等をした方が良いのでしょうか?)

 

……いえ、それはしなくても良いですね。私は私で朱里さんを導いていきましょう。今まで通りノーサインで、ベストコースへミットを構えれば良いのです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

朱里さんも構えたコースからの適解をある程度は把握してくれていますし、これで問題ありません。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

2番打者も三振……。朱里さんにとってベストパフォーマンスで鬼門の6回を迎えます。

 

(その前にこちらの攻撃ですね……)

 

6回の表裏は奇しくも両チーム3番から始まります。朱里さんが流れを渡さないように精一杯投げてはいるのですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

その一方でウィラードさんも流れを渡そうとしません。空振りが少ない亮子さんを空振り三振に仕留めます。

 

「……済まないな。私では打てなかった」

 

「まぁウィラードさんの球はただ速いだけじゃないからね」

 

速いだけならば、大豪月さんの球を打てる和奈さんがウィラードさんの球を打てない道理はありませんからね。

 

(しかし投手としての総合力がウィラードさんよりも大豪月さんの方が上なのは間違いありません。それでも和奈さんがウィラードさんを打ち切れていないのは……)

 

この試合で成長し続けているウィラードさんに和奈さんが着いて行けていないからでしょう。そんなウィラードさんを打つには、和奈さんの更なる成長が必要ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編59

「じゃ、じゃあ行ってくるね!」

 

ワンアウトとなり、次の打者は和奈さん。ここでリードを広げる一打を打てたものなら、MVPも夢ではありませんよ?

 

「頼んだよ和奈~?日本代表が勝つには和奈の一発に掛かってると言っても過言じゃないからね☆」

 

「い、いずみちゃん、プレッシャーをかけないで……」

 

実際に和奈さんの一打はそれ程に重く、大きいもの……。いずみさんの発言が誇張なしなのが和奈さんの実力を如実に現しています。

 

「1点リードしているとは言え、このままだと朱里さんがキツくなるのもまた事実です。和奈さんのホームランで朱里さんを楽にさせてあげてください」

 

「み、瑞希ちゃんまで……」

 

1点差は最早点差がないのと変わりません。正直2点差でも厳しいのですから……。

 

「まぁリラックスだよ清本」

 

「そ、そうだよね……」

 

そして当の朱里さんはガチガチになっている和奈さんを宥めていました。キャプテンらしい言動ですね。

 

(だ、大丈夫だよね?打てるよね?打てなきゃ私がキツくなるかも知れないよ……?)

 

(あ、あれ?な、なんか朱里ちゃんからもプレッシャーを感じるんだけど……?)

 

……しかし朱里さんは朱里さんで余裕がなさそうですね。これは本当に和奈さんの責任が大きいです。

 

「……風が吹いてきたな」

 

「これまでの試合では余り気にした事はありませんでしたが、もしかしたらこの試合に関しては展開に影響するかも知れませんね」

 

微々たる風向きの変化で和奈さんがホームランを打てるかどうかが変わってきますから……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球はライズボールで和奈さんは空振り……。しかし先程までガチガチに緊張していた様子とは裏腹に、和奈さんは冷静に打席に立っています。

 

 

カキーン!!

 

 

2球目にタイミングを合わせて打ちますが、レフト線切れてファール。前の打席から合わせて今の和奈さんは不利な状況に陥っています。

 

(それでも和奈さんは打つでしょう。結果がホームランならより良いのですが……)

 

ツーナッシング。しかし遊び球は一切なく、次の1球で決めてくるでしょう。

 

(行くわよ清本さん。私はこの1球に力を込める。打てるものなら……打ってみなさい!)

 

(これは1球目と同じ……?いや、これはそれ以上の球だ……。でも打ってみせる……!)

 

 

カキーン!!

 

 

ライズボールを捉えた和奈さんの打球はセンターへ。

 

(これは不味いですね……。打球が失速していっています)

 

「お願い!入って!」

 

和奈さんもここ数年で1番と言っても良いくらいの大声でホームランを望んでいます。

 

 

バシィッ!

 

 

『ア、アウト!』

 

しかし現実は非常で無情なもの……。センターの守備範囲内にまで打球が失速していき、そのまま捕球されました。

 

「ふぅ……」

 

「そんな……!」

 

ウィラードさんは安堵の息を吐き、和奈さんは悔しそうにしていました。

 

「……まだ試合は終わってないよ。切り替えよう」

 

「うん……。そうだよね……!」

 

朱里さんの一言で、和奈さんはギリギリ持ち直しました。もうこうなれば切り替えるしかありませんからね。頑張っていきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編60

6回裏。アメリカ代表の攻撃は……。

 

「よろしくお願いしますね?」

 

3番のロジャーさんから始まります。打者としては上杉さんの次に……場合によってはそれ以上に危険な選手です。

 

(リードが1点しかない以上はこのロジャーさんを絶対に出す訳にはいかない……。全力で抑えに行く!)

 

朱里さんもわかっているようですね。ロジャーさんの出塁は100%阻止しなければならない事を……。ですので最高の球をお願いしますよ?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(成程……。ユイさんに負けず劣らずのノビですね。初見で早川さんの球を打つのは一苦労ですが……)

 

朱里さんの球にピクリとも反応がありませんでしたね。恐らく次で打ってくるでしょう。2球目は1球目と逆のコースへと構えます。

 

(アメリカ代表の勝利の為にも、ここは打たせてもらいますよ)

 

 

カンッ!

 

 

ロジャーさんの放つ鋭い打球はサード正面のライナー。しかしこの局面はロジャーさんの十八番の『グラブ飛ばし』を仕掛けるでしょう。

 

「わっ!?」

 

捕球を試みようとしていた朝日さんのグラブがそのままレフト方向へと飛んでいきます。落ちれば二塁打ですね……。

 

 

バシッ!

 

 

「よっ……と」

 

『アウト!』

 

しかしいずみさんのカバーによってアウトとなりました。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「良いの良いの。気にしないで☆」

 

実際にこのアウトは大きいですね。お陰でランナーなしの状態にて上杉さんに挑めます。

 

「上杉さんとの3度目の勝負ですが……。念の為に聞いておきます。どうしますか?」

 

十中八九勝負でしょうが、万が一に備えて朱里さんに方針を尋ねます。 

 

「……もちろん勝負だよ。ここで上杉さんとの勝負を避けても、ピンチが広がるだけだからね」

 

まぁ流石に私も歩かせるのは反対ですね。上杉さんの後にはウィラードさんも控えていますから。

 

「そうですか……。では勝利を目指して投げてきてください」

 

「当然……!」

 

(朱里さんに疲れが見え始めていますね……。本来ならまだ2、3イニングは大丈夫の筈ですが、アメリカ代表の選手達は皆威圧感があります。その圧の中で朱里さんは全力で投げ続けている影響でしょうね)

 

威圧感打者と相対すると、多くのスタミナを持っていかれます。朱里さんはただでさえスタミナ不足が露呈しているので、この局面は相当キツいでしょう。

 

(特に上杉さんとの勝負に油断を見せたら確実に負ける……!個々は抑えてみせる!)

 

(早川さんには2打席連続でやられている……。それにアメリカ代表は負けているし、絶対にホームランを打って同点にしてみせる!)

 

朱里さんと上杉さん……。2人の様子を見るに、初球勝負ですね。

 

(行くぞ上杉真深……!私の全力の球を打てるものなら……打ってみろ!)

 

(早川さんのこの球は1打席目とも、2打席目とも違う……。疲れているように見えて、まだまだ勢いを増していくのね)

 

朱里さんの投げた球は間違いなく今日1番のストレートでしょう。

 

(……でも、ここで負ける訳にはいかないのよ!)

 

しかし上杉さんはこの最高の球を待っていたのか……。

 

 

カキーン!!

 

 

タイミング完璧に捉えました。

 

「ライト!!」

 

ライトの夜子さんはフェンスに登り、センターの夕香さんはあの時のウィラードさんの打球を思い出し、夜子さんのカバーに入っています。

 

(届け……!ここで同点にされる訳には……っ!!)

 

朱里さんは願っています。夜子さんが打球を捕る事を。しかし夜子さんの跳躍も空しく、打球はそのままスタンドへと入っていきました。

 

(そうか……。私は打たれたのか……)

 

結果としては同点ホームラン。しかしまだ逆転去れた訳ではありません。朱里さんの意識次第ではまだリカバー出来る範囲内です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編61

上杉さんにホームランを打たれてしまい、同点になってしまいましたが……。

 

(打たれて悔しい気持ちはある……。でもまだまだ終わらせる訳にはいかない!)

 

(朱里さんの方は全然問題なさそうですね)

 

先程上杉さんには打たれましたが、あのストレートなら他の打者に通用するでしょう。

 

(真深に打たれてどうなったかと思ったけど……。その様子だと早川さんもまだまだいけそうね)

 

次の打者はウィラードさんですが、上杉さんに比べればまだ抑えるのは難しくないですね。 

 

(まだ同点になっただけ……。ここから2人抑えて、日本代表の底力を見せる!)

 

朱里さんの方も折れていませんし、まだまだこれからですね。

 

(それでは最高の球をお願いします)

 

(了解……!)

 

私は真ん中付近に構えますが、今の朱里さんが投げるのはきっと……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

上杉さんに投げたあのストレート……いえ、上杉さんに打たれた事によってそれ以上の球威ですね。この土壇場で更に朱里さんは成長したようです。

 

(朱里さんのスタミナはほぼ限界が近い……。それでも発揮されるこの球威……本当に何が起こるかわかりませんね)

 

(速い……いや、それだけじゃなくて、ノビもある。真深はこれをスタンドへ運んだって言うの!?)

 

これは他人事ではなさそうですね。今から対策を練っておきましょう。

 

(まぁ今は残りの打者を抑える事に集中しましょうか……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(くっ……!早川さんが投げているのはストレートだとわかっているのに……!)

 

ウィラードさんは朱里さんの投げるストレートに戸惑っているようです。球速自体はウィラードさんとそう変わりませんが、朱里さんのストレートのノビとキレはこれまでの比ではありません。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

なのでわかっていていても、バットに当てる事すら難しい……朱里さんの現状の決め球と言っても差し支えないでしょう。

 

(ウィラードさんの投げたあのストレートを見て、今の私がいる。ウィラードさんという強敵と出会えたから投げられた……最高のストレートだ!)

 

(やられたわ……。まだ日本代表から点を取るのは難しいみたいね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ウィラードさんを三振に抑えたその勢いで、次の打者……エルゼさんもストレートだけで3球三振に仕留めました。

 

「凄いじゃん朱里!ストレートだけで後続の打者を打ち取ったよ!」

 

「ありがとう。でも正直私のスタミナも限界に近いし、延長戦を投げ抜く自信はないよ……」

 

朱里さんの言うように、本人は7回を投げるだけでもう限界でしょう。何としても表の攻撃で点を取らなければなりませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編62

7回表……。ここで勝ち越し出来なければ、私達日本代表が負ける可能性がかなり高いでしょう。

 

(朱里さんでなければ、下位打線とはいえアメリカ代表の打線を抑えるのは厳しい……。そして朱里さんは延長戦を投げ抜く体力が残っていないのですから)

 

他の投手陣ではよしんば下位打線を誤魔化せたとしても、上位打線を相手に崩される事でしょう。

 

「……代打よ」

 

ここで監督が動きますか……。この回は6番から始まります。次の打者が朱里さんなので、ランナー出塁を確実にしたいのでしょう。そうなるとここで出て来るのは……。

 

「あとお願いします」

 

「任せるでござる。ニンニン!」

 

静華さんしかありえませんね。他の打者では確実性に欠けますからね。その点で静華さんなら三森3姉妹以上の走力と不意を突く打撃で出塁を確実にするでしょうから……。

 

「まぁなるべく粘って朱里殿の力になるでござるよ」

 

「……ありがとう」

 

静華さんはああ言っていますが、初球で決めるでしょう。

 

(凄く奇抜な選手ね……)

 

(どんな相手だろうと関係ない。全力で捩じ伏せるぞ!)

 

(当然!)

 

対するアメリカ代表のバッテリーからは油断の色が見受けられません。まぁここで出て来る打者程に警戒しなければならない事態もないでしょう。

 

 

コンッ。

 

 

(しかしそれでも静華さんは確実に決めてくるでしょう)

 

静華さんは初球からバント。その打球は力なく投手の方へと転がっていきます。いきなりの事で敵味方全員が硬直していますね。

 

(……っと!?早く打球を処理しなきゃ!)

 

いち早く立て直したウィラードさんですが、静華さんがその一瞬を見逃さない訳がありません。

 

(忍は一瞬の隙を見逃さないでござる。ニンニン♪)

 

(は、速い!?)

 

『セーフ!』

 

当然の如く、静華さんはセーフティバントを決めました。ノーアウト一塁のチャンスです。

 

「……朱里殿。拙者の出来る事はやったでござる」

 

そしてバトンは静華さんから朱里さんへと繋がりました。この朱里さんの打席で日本代表の勝敗が決まると言っても過言ではないでしょう。

 

「……ありがとう。私が絶対にホームに還すからね」

 

「なに、朱里殿が最低でも外野前に飛ばせば、拙者がホームまで還れるでござるよ!」

 

静華さんのその発言は決して大袈裟なものではないのが、またなんとも言えないところですね。少なくとも二盗を決めれば、エンドランで静華さんがホームに還ってきて勝ち越しになるのは間違いないでしょう。

 

(しかし朱里さんはきっとウィラードさんを打つでしょう)

 

前の打席でその片鱗は見え隠れしていましたからね。この打席の朱里さんを期待しましょうか。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編63

ノーアウト一塁。右打席にはウィラードさんの攻略を成し遂げる可能性が1番高い朱里さんが入ります。

 

(村雨の走力を信じて打つのも悪くない……けど、私は私のバットで点を取りに行く……!)

 

朱里さん自身も張り切っているみたいですし、期待値も高いですね。

 

「朱里ってばやけに張り切ってるよね~。まぁ頼もしいんだけどさ」

 

「う、うん。並々ならぬ迫力を感じるよね……」

 

「……朱里さんは恐らく責任を感じているんですよ」

 

「責任?」

 

「アメリカ代表を相手に2点で済んでいるのは価千金ですが、その2点は朱里さんが与えたもの……。何としても自分のバットで打点に貢献したいのでしょう」

 

まぁ成績的に朱里さんの自責点は1なのですが、それはあくまでも数字での話ですからね。責任感の強い朱里さんはそれでも2点取られたのだと言い張るでしょう。

 

「確かに朱里は前の打席でウィラードさんを打っていたし、期待は出来るかもね☆」

 

「それに加えて静華の走力があれば、短打で点が入るって算段か……」

 

いずみさんと亮子さんの言うプランが1番現実的でしょう。しかし……。

 

(静華さんが仕掛ける気配を見せませんね。という事は朱里さんは……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「アンダーの球速じゃないでしょこれ……」

 

「なんかリトル時代の朱里ちゃんを彷彿とさせるよね……」

 

「まぁリトル時代の朱里さんとは比ぶべくもありませんが……」

 

何せアンダースローでの研鑽を続けていたウィラードさんの方が完成度は圧倒的に高いですからね。

 

(しかしウィラードさんのあのフォームはリトル時代の朱里さんのフォームと瓜二つ……。だとしたら朱里さんはそれを利用しそうですね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「今投げたスライダーもかなり速いよね。ストレートと見分けるのも一苦労だよ……」

 

和奈さんにここまで言わせるウィラードさんは最早世界でトップクラスの高校生投手に食い込むでしょうね。

 

(尤も他の球種を見る限りでは世界トップレベルなのはストレートとスライダーの2球種のようですが……)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「おっ?朱里が当てたよ!?」

 

「うん。タイミングも合ってた……!」

 

確かにタイミングは完璧でした。しかし今のは……。

 

(朱里さんの身体が勝手に動いた……という印象の方が強いですね)

 

(流石早川さん……。疲れているにも関わらず、カット出来そうな球はカットしておこうって算段なのね)

 

(な、なんとかカットは出来た。出来たけど……)

 

恐らくは同じフォーム故にそれを投影した結果でしょう。簡単に実行出来るものではありませんが、そこは朱里さんの野球センスでしょうか?

 

(ん……?同じフォームで?)

 

今の様子から察するに、朱里さんも気付いたようですね。朱里さんにしか出来ないウィラードさんの攻略法に……。そして次の1球で勝負も決まるでしょう。

 

(行くわよ早川さん!)

 

(ウィラードさんの投げる球を……フルスイング!)

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!?」

 

「センター方向に伸びてくよ!」

 

 

ガンッ!

 

 

朱里さんの放った打球はセンター方向へ。そのまま電光掲示板へと直撃しました。

 

「勝ち越した……よね?」

 

「はい。朱里さんによるツーランホームランです」

 

「ナイバッチでござる!」

 

「うん……。なんとか打てたよ」

 

 

パンッ!

 

 

朱里さんと静華さんのハイタッチを見ながら、私は1つの結論に辿り着きました。

 

(静華さんには始めからこの結果が見えていたのではないでしょうか……?そうでなければ、奇襲の二盗を仕掛けない理由はありません)

 

まぁそれは後で静華さんを問い詰めれば良いでしょう。今は試合に集中です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

そして7回裏。朱里さんは下位打線を連続三振に仕留め……。

 

『ゲームセット!!』

 

世界大会が幕を閉じる試合終了のコールが響き渡りました……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編64

二宮瑞希です。シニアリーグの世界大会は私達日本代表の優勝により、幕を閉じました。最高の結果ですね。

 

「…………」

 

最大の功労者である朱里さんは脱力感に苛まれ、夜空を見上げていました。無理もないですね。今の朱里さんは限界ギリギリなのですから……。

 

「終わった……」

 

「お疲れ様です」

 

そんな朱里さんに肩を貸して、朱里さんは私の肩に掴まります。

 

「ほ、本当にアタシ達勝ったんだよね?夢じゃないんだよね!?」

 

「う、うん。私達は勝ったんだよ……!」

 

「勝てて良かった……という気持ちと、朱里に頼りっぱなしな側面を複雑に思う気持ちが入り交じっているが、とりあえずは終わったんだ……」

 

いずみさん、和奈さん、亮子さんがそれぞれ世界大会が終わった……という気持ちを吐露しています。私の心情としては亮子さんのものに近いでしょうか?

 

「まだ整列が残っていますよ。行きましょう」

 

「そう……だね」

 

他の面々は勝利の喜びに浸る人達と、敗北の悔しさを噛み締めるで別れています。勝者と敗者の違いですね。

 

「早川さん」

 

朱里さんを呼ぶのは上杉さんとウィラードさんです。今のアメリカ代表にとって1番縁のある2人でしょう。

 

「良い……試合だったわ。ナイスピッチング」

 

「……こちらこそ、最高の試合が出来たよ。ウィラードさんもナイスピッチング」

 

朱里さんとウィラードさんは互いを褒め称えます。確かにここ数年の世界大会の中でも1番のピッチング内容だったでしょう。

 

「お疲れ様。早川さんが最後に私に投げたストレート……。あれが日本代表の勢いを付けたのね」

 

朱里さんの覚醒の切欠は正しくそうですね。そういった意味では上杉さんのホームランがトリガーとなりました。 

 

「そんな事はないよ。上杉さんには結局打たれちゃったしね……」

 

しかしそれでも朱里さんは上杉さんに対しては勝ったと思っていません。アメリカ代表に取られた2点は朱里さんが投げた時でしたし、その2点はどちらも上杉さんと対決した時……。対上杉さんの成績は完全敗北だと思っているでしょう。

 

「けれど後続の打者はしっかりと抑えてみせた……」

 

「それに真深とアリア以外は私も含めて全員三振だったのよ?同じ投手としても見習いたいくらいのピッチングだったわ。それに私だって最後に早川さんにはホームランを打たれたし……」

 

上杉さんとロジャーさん以外は全員三振だったので、投球内容としては及第点以上でしょう。そして朱里さんは打撃方面でもウィラードさんに対して2安打1本塁打2打点です。ウィラードさんを相手にここまで打てる打者はそういないでしょう。

 

「良かったら教えてくれる?何故私のストレートをあそこまで完璧に打つ事が出来たの?余りにもタイミングが完璧過ぎて、打たれた悔しさよりもそこの疑問の方が大きいわ」

 

「何故って言われてもね……。まぁ理由を私なりに考えるともしかして……」

 

朱里さんがウィラードさんを打てた理由……。それは恐らく瓜二つのフォームでしょうね。朱里さんは自身をウィラードさんと投影させる事で、タイミングを合わせる事が出来たのでしょう。

 

(それは決して簡単に出来るものではなく、完全に紛れ当たりなのは朱里さんもわかっているでしょう)

 

「もしかして?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

「ええっ?」

 

「その理由はまた……次の機会になるかな」

 

朱里さんなりに答えを考えるのでしょう。だからこの場では言いませんでした。次に会うその時までに投影を完璧なものに仕上げるか、別の方法でウィラードさんを打てるようになるその時までに……。 

 

「……そう。ならその時を楽しみにしてるわね」

 

ウィラードさんもそれに納得したのか、去って行きました。

 

「……私もユイを追い掛けるわ。また、会いましょう?」

 

「そうだね。次があれば、今度こそ抑え切ってみせるよ」

 

「私の方こそ、今度は早川さんを打ち砕いてみせるわ」

 

上杉さんも、朱里さんと二言三言話してウィラードさんを追い掛けて行きました。2人は完全に朱里さんをライバル視していますね……。

 

(何はともあれ、これでシニアリーグの世界大会は終わりましたね)

 

白糸台に戻れば後輩の体験入部等がありますし、これから忙しくなりますね……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 世界大会編65

二宮瑞希です。シニアリーグの世界大会が終わり、明日日本へと帰国します。

 

ちなみにMVPはいずみさんでした。アメリカ代表との試合だけを見れば朱里さんがMVPなのですが、これまでの試合も含めて1番活躍が多かったのはいずみさんなので、妥当な人選ですね。

 

(日本に帰ったら何をしましょうか……)

 

まずは来年高校1年生になる有力選手達のチェックでしょうか。白糸台にも即戦力級の選手は入ってきますが、全都道府県に集まる有力選手達を調べ尽くす必要がありそうですね。

 

 

ブーッ!ブーッ!

 

 

あれこれ考えていると、スマホのバイブが鳴りました。バイブの音的に電話ですね。

 

「はい」

 

『瑞希?今時間大丈夫?』

 

「……構いませんよ。どうしましたか?」

 

電話の相手は黒羽紗菜さん。白糸台のマネージャーの1人ですね。1~3軍(特に2、3軍)の面倒を風音さんと一緒に見てくださっているので、私の負担が大きく減って助かっています。

 

『まずは日本代表の優勝おめでとう。テレビで観てたけど、凄い戦いだったよ』

 

「ありがとうございます」

 

まぁ後半は朱里さんに頼りっぱなしでしたが……。

 

『それと明後日からの日程だけど……』

 

「新1年生の部員が体験入部に来る日ですね?」

 

『うん。体験入部で来る人数が20人。この20人は全員スカウトで採った人達だね』

 

11月~2月の間に私、紗菜さん、風音さんで各都道府県の有力選手のスカウトへと行きました。明後日から来る20人の新1年生は一足早く白糸台高校野球部を経験してもらいましょう。それよりも……。

 

「特に彼女についてはギリギリまで迷っていました。色好い返事がもらえると良いのですが……」

 

『……今日はそれについて瑞希に電話したんだ。彼女、ウチに来てくれるってさ』

 

「……それは本当ですか?」

 

『本人もギリギリまで迷ってすみません……って謝罪してたよ』

 

「それについては仕方がありません。中学時代の先輩の助けになりたい……と言っていた中でのスカウトでしたから……」

 

むしろOKをもらえた事に驚きました。

 

『……それにしても瑞希がそこまで気に掛ける子なんて珍しいよね。ガールズじゃなくて中学野球部出身で、その野球部も4、5年くらいは1回戦負けが続くようなところなのに……』

 

確かに全国でもトップクラスの白糸台高校に実績の低い選手は余り入らないのですが……。

 

「……実績は関係ありませんよ。今では新井さんと肩を並べるエースにまで成長した香菜さんも野球部の実績はありませんでした」

 

『そういやそうだったね。という事は彼女にも香菜さんのような潜在的能力が……?』

 

「まぁ可能性は0ではないでしょう。彼女は中学3年時に捕手へと転向し、捕手としてのセンスも発揮されつつあります」

 

そんな彼女を採れた事は大きいでしょう。

 

『……もしかして彼女を瑞希の後釜に仕立てあげようとしてる?それは不可能じゃない?』

 

「私の後釜になるのは難しい事ではないでしょう?それに彼女は彼女の良さを引き出させる投手の存在があれば尚良しです」

 

『それをスカウト組の中から見付ける……と?』

 

「彼女と組ませる投手の目星は付いています。4月からは無理でも、秋からは彼女とその相方が白糸台野球部新1年生の中心になるでしょう」

 

『……瑞希の予言はなんか絶妙に当たる気がするんだよね』

 

「予言ではなく確信……ですよ」

 

『じゃあ彼女とその相方については瑞希達に任せても良い?』

 

「もちろんです。その為のプランを今から練っていますから」

 

『相変わらず規格外な……。わかったよ。あとの子達については私と風音で色々考えとく』

 

「ありがとうございます紗菜さん。風音さんにもよろしく言っておいてください」

 

そうして紗菜さんとの通話を終了します。それにしても彼女が入ってくれたのはかなり大きいですね。

 

(渡邉詩織……。武田さんと同じ松原中学出身で、武田さんのいる新越谷に入るかどうかをギリギリまで迷っていたようですが、それでも白糸台に入る事を決断してくれました)

 

渡邉さんに関しては夏頃から私がスカウトに行って、色々と話しました。武田さんの決め球を当時誰も捕れなかった事を悔やみ、捕手としての才を開花させた選手……。その類いまれなるセンスは白糸台で更に広げていってほしい……と思いましたね。もしも新越谷に行ったとしたら、山崎さんと切磋琢磨するような結果になっていたでしょう。

 

(……そういえば新越谷には藍さんが入学するんでしたね)

 

藍さんは朱里さんを尊敬していて、捕手としてのセンスが高い。そして渡邉さんは武田さんに尊敬の念を抱いている様子で、もしかしたら新越谷で山崎さんに負けない捕手として君臨していた可能性がある……。藍さんと渡邉さんは経緯やリスペクトしている相手こそは違えど、本質は似た捕手なんでしょうね。2人共内野手も守れるみたいですし……。

 

(そんな渡邉さんと組ませる投手は……東川口ガールズのエースで、県ベスト4まで進ませた斎藤小町さんにしましょうか)

 

何故だかこの2人は同じ高校に入りそうな……そんな予感がしていたので、丁度良いでしょう。この斎藤さんを神童さんや新井さんに負けないようなエース投手に育ててみるのも悪くないですね。

 

(何れにせよ明後日……顔合わせの日が楽しみですね)

 

私は紗菜さんからの報告をスマホのメモ帳にまとめて、帰国の準備に取り掛かりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『渡邉 詩織』(捕手・遊撃手) 白糸台入学決定

 

『斎藤 小町』(投手) 白糸台入学決定

 

2人のバッテリー結成予定。目標……夏までに達成予定




瑞希「次回から番外編でも進級する訳ですが……」

朱里「どうしたの?」

瑞希「『二宮瑞希の白糸台生活』はここで一時休載とさせていただきます」

朱里「また急に……。まぁキリが良いからね。丁度良いね」

瑞希「『二宮瑞希の白糸台生活』の執筆再開は球詠の最新刊発売日の翌日以降になるでしょう」

朱里「それまではどうするの?遂に連続更新ストップ?」

瑞希「ここから先は別の番外編が後を継ぎます」

朱里「別の番外編っていうと……」

瑞希「翌日以降は『清本和奈の洛山生活』の執筆になります」

和奈「えっ……?ええっ!?き、聞いてないよそんなの!」

朱里(だから清本がこの後書きにいたのか……)

瑞希「他に継続出来そうな番外編がないので、仕方がありません。なるべく引っ張ってくださいね?」

和奈「うう……。み、瑞希ちゃんのお願いだから頑張るよ……。この話が投稿される翌日には、『清本和奈の洛山生活』の続きが投稿されていると思います」

瑞希「もしも投稿されていなければ……そういう事です」

朱里「どういう事なの……?」

瑞希「何なら先に和奈さんの番外編を先に完結させても構いませんよ?」

和奈「そ、それはどうなんだろう……?」

朱里「ちなみに二宮の番外編は今何話までいったの?」

瑞希「番外編開始が総合25話目で、この話が総合279話目になりますので、254話になるでしょうか」

和奈「わ、私の番外編は半分もいかないんじゃないかなぁ……」


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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春①

瑞希「あけましておめでとうございます」

朱里「今年も1年よろしくお願いします」

遥「します!」

朱里(雷轟いたんだ……)

朱里「この小説既に完結済みなんだけど、どこまで突っ走るの?」

瑞希「作者曰く、私と和奈さんの番外編が完結するまでは毎日投稿を頑張りたい……だそうです」

朱里「そうなんだ……」

遥「もしかしたらこの作品の4周年に間に合うかもね!」

朱里(それは流石にグダグダし過ぎだと思うけど……)


二宮瑞希です。4月まで片手で数えられる日数の今日、様々な都道府県からのスカウトで来た新1年生が20人来ています。

 

「新1年生諸君、本来よりも少し早いが、白糸台高校野球部へようこそ。君達20人は他に入ってくる部員達よりも期待されている……という事を覚えておいてくれ」

 

部長として挨拶している新井さん。最上級生となっただけあって、しっかりとしてきました。

 

「私はこの野球部で部長をさせてもらっている新井だ。それでは1人ずつ自己紹介を頼む」

 

1人、また1人と自己紹介が始まります。私がスカウトした方達も全員来ていますね。

 

(渡邉さんと斎藤さんの2人は将来性を見込んで、今日から合流する20人に含まれています。2人共ポテンシャルはあるので、1軍昇格までそこまで時間は掛からないでしょう)

 

「……です!レギュラーを勝ち取るつもりで頑張ります!」

 

「やる気があるのは良い事だ。その心をいつまでも保ってくれ!」

 

「はいっ!」

 

そういえば去年の1年生……つまり私達2年生の中で1軍として定着しているのは5人しかいません。今年の1年生達はどのくらい1軍を勝ち取る事が出来るのでしょうか?

 

「……斎藤小町。埼玉から来ました。よろしく……お願いします」

 

斎藤さんは東川口ガールズのエースで、埼玉の県ベスト4まで進ませた実力を持っています。

 

(格上相手にはかなり弱めですが、白糸台の練習を続けていく内にある程度は改善されるでしょう。それこそ一緒に組む捕手次第です)

 

そんな斎藤さんと組ませる相手は……。

 

「斎藤さんと同じく埼玉から来ました、渡邉詩織です。ポジションは……」

 

今自己紹介している渡邉さんですね。どこのポジションもそつなく守れるオールラウンダーですが、松原中学時代はショートが中心でした。そして中学最後の年は捕手を務め、チームを2勝に導いた立役者でもあります。

 

(そんな渡邉さんは捕手として様々な配球……特に去年の新越谷のをよくチェックしていましたね。その熱意のまま新越谷に進学するものと思われましたが……)

 

こうして無事に白糸台に来てくれた訳ですね。渡邉さん的に白糸台でしか得られないものがあったのでしょう。

 

「これで自己紹介は全員済ませたな?次は君達の先輩に中る部員を数人紹介する」

 

ちなみに今日から一般の部員が来るまでの期間は数人の先輩が新1年生の指導に中ります。私もその1人ですね。

 

「え、えっと……。鋼香菜です。皆の役に立てたら……って思います。よろしくお願いします」

 

香菜さんはガチガチに緊張していました。なんだか和奈さんを見ているようですね……。

 

「佐倉陽奈です。皆さんの適性を鑑みて、今後の野球生活に役立てたらと思います。よろしくお願いします」

 

陽奈さんは礼儀正しく後輩達に接しています。個人的には好感が持てますね。

 

ちなみに日葵さんとバンガードさんはお留守番(自主練)です。あの2人は感覚派といっても過言ではないですから。

 

「はいはーい!大星淡ちゃんだよー!1年生諸君の実力をバッチリ見定めるからね?」

 

「……おまえは本来なら留守番(自主練)だからな?」

 

新井さんが今言ったように大星さんは本来この場にいない筈なのですが、大星さんが押し切ったようです。日葵さんとバンガードさんの聞き分けが良くて心底助かっています。

 

「最後に選手でありながら、全体のサポートをしてくれる二宮は特に情報方面のエキスパートだ」

 

「ご紹介に預かりました、二宮瑞希です。皆さんがこの白糸台高校野球の戦力になれるよう、支援していきます」

 

私達の役目は主に後輩達の支援になります。頑張っていきましょう。

 

「早速だが、3日後に練習試合を組んだ。相手もウチと同じように一足早く入ってきた新入部員の力を見る試みをしている……。無論試合に勝つのも大事だが、真の目的は攻守共に自身の役割を身に付ける事だ。それを忘れないように心掛けていけ!」

 

『はいっ!!』

 

3日後の練習試合……。彼女達の力がどこまでのものなのか、楽しみですね。




瑞希「私の番外編でも進級したという事で、これからは私以外の視点が見られるかも知れませんね」

朱里「そうなの?」

瑞希「候補に挙がっているのは今回から登場する渡邉さんと斎藤さん、あとは鋼さんとか佐倉姉妹が該当するでしょうか?」

朱里「結構多いね……」

瑞希「優先的に多くなりそうなのは、多分渡邉さんになるでしょうね。実質もう1人の主人公になるかも知れません」

遥「私と朱里ちゃんみたいな感じかな?渡邉さんの語り部が案外上手そうかも……」

朱里「二宮が語り部に相当向いてるから、その辺りはどうなのかなって感じはするけどね……」

朱里(まぁ雷轟は語り部に余り出て来なかったけど……)

瑞希「それでは今年も『最強のスラッガーを目指して!』とその系列の作品もよろしくお願いします」


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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春②

二宮瑞希です。スカウト組が入ってから3日……。今日は練習試合が行われます。

 

「今日は練習試合を行う。先日にも言ったが、大切なのは自身の役割を全うする事だ……。それを忘れずに試合に臨め!」

 

『はいっ!!』

 

新1年生20人による試合……。紅白戦ではなくいきなり対外試合なのは気掛かりではありますが、こうして一足早く白糸台野球部の練習に参加が出来るその実力を信じましょう。

 

「な、なんだか自分の事でもないのに緊張しちゃうね……」

 

「私達の仕事は彼女達の役割の採点……。しっかりと見定める必要がありますね」

 

「これまでの練習で気になる部分は余りありませんでした。何かが起こるとしたら、試合の最中でしょう」

 

練習と試合は別物……。悪いようにならなければ、良しとしましょう。

 

(斎藤さんと渡邉さんのバッテリーは先発して出場……。渡邉さんはともかく、斎藤さんはこの試合ではボロボロになる事は確定でしょうね)

 

試合開始……。白糸台は後攻になりますね。

 

「斎藤さん……。練習ではかなり良い球を投げてたよね?」

 

「そうですね。ストレートも速いですし、変化球も特にSFFには光るものがあります。ですが……」

 

 

カキーン!!

 

 

「えっ!?」

 

初球から大きい当たりを打たれました。ホームランですね。

 

「……このように格上を相手には、失投率がかなり高いですね」

 

「そういえば陽奈さんがいた古谷ガールズは彼女……斎藤さんとの対戦経験がありましたね?」

 

「はい。その当時も私達がいたガールズチームの4番にはど真ん中をよく投げていました」

 

「そ、そうなんだ……」

 

対戦経験がある陽奈さんもご存知のように、斎藤さんには斎藤さんが格上だと判断した相手に対して球がど真ん中へと抜けてしまいます。

 

「しかし先頭からいきなりホームランとは……」

 

「先程ホームランを打った打者はシニアでも打率6割をキープしていて、本塁打数も40本を越えています。仕方がないでしょう」

 

斎藤さんが打たれるのは仕方がない事です。しかし私達にとって大切なのは……。

 

 

カキーン!!

 

 

「2番と3番はなんとか抑えたのに……」

 

「4番打者が再びホームラン……」

 

「あの打者は名門ガールズで4番を任されていました。パワーだけなら先程打った1番打者以上でしょう」

 

ホームラン2本で2点取られたものの、後続の打者はなんとか抑える事に成功しました。

 

「…………」

 

『…………』

 

新1年生の雰囲気が打たれた斎藤さんを始め暗いですね。まぁいきなり2点を取られては仕方がありません。

 

「……とにかく点を取り返さない以上は仕方がない。早めに追い付いて、リードを奪えるようにしよう。先頭、頼むぞ渡邉」

 

「はい」

 

こちらの1番打者は渡邉さんです。中学時代の打率も3割前後と悪くありません。

 

「……それと二宮、ちょっと訊きたい事があるんだが」

 

「なんでしょうか?」

 

「ここではなんだし、場所を変えるか」

 

新井さんから大切なお話があるようです。場所を変えてベンチ裏……。

 

(まぁ内容は大方察せますが……)

 

新井さんが話を切り出します。

 

「斎藤の癖……というかなんというか……。それを事前に知っていたんだよな?そして恐らく陽奈も……」

 

(やはり斎藤さんについてでしたか……)

 

「そうですね。斎藤さんには格上の打者に対してど真ん中へと失投してしまう確率が実に9割以上になります。陽奈さんはガールズ時代に対戦経験があって、それで知ったのでしょう」

 

厳密にはほぼ10割ですが、まぁここで訂正する必要はないでしょう。

 

「対強打者限定の一発病か……。斎藤のその癖は最早染み付いてるレベルだし、治るのにはかなりの時間を有しそうだ」

 

「そうですね」

 

最悪荒療治も視野に入れておきましょう。出来れば夏前までには1軍で戦力になってもらいたいところです。

 

「……まぁ今は別に良い。二宮の事だから決して無策ではないだろうしな。それよりも気になるのは、こうなるのがわかっていて斎藤を先発させた事だ。相手は私達と同じように早めに高校野球を体験させているスカウトされた新1年生……。もしかして斎藤の一発病を見てもらう為か?」

 

「それだけが理由ではありません。他に述べると、斎藤さんの一発病を試合を通して完治してほしい事が1つ、そして私からして1番大きな理由は……」

 

「な、なんだ……?」

 

「斎藤さんの一発病を利用する事です。そこには先程言った一発病の完治も理由に含まれていますが斎藤さんの一発病が発動してしまうのは、斎藤さんが強打者と認定した打者……。斎藤さんのそのセンサーが正しいものならば、きっと私達に立ちはだかるレベルの強打者となるでしょう。早ければこの夏から……」

 

今相手にしているのは他県の高校ですが、全国大会になれば私達にとって無関係ではなくなります。その打者に当たる可能性が高くなりますから……。

 

「ま、まさか斎藤が一発病を発動させてしまう事で、その打者のレベルがわかるって事か……?」

 

「凡そは判断が付くでしょう。現に斎藤さんからホームランを打った打者は中学時代にシニア、ガールズチームとそれぞれ好成績を修めています」

 

(こ、こいつ、マジで高校生とは思えないな……)

 

斎藤さんには申し訳ないですが、貴女の一発病を利用してこれから行われる練習試合で対戦相手の打者のレベルを計らせてもらいますよ?

 

(無論多少の荒療治をしてでも、一発病の完治もしてもらいますが……)

 

とりあえず現状大切なのは全国でも通用する打者を調べあげる事ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春③

二宮瑞希です。新井さんとの話を終えて、ベンチに戻ってきました。

 

「試合はどうなっていますか?」

 

「あっ、瑞希ちゃん……」

 

「それが……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「また四球……」

 

「これでノーアウト満塁だよ!」

 

話によると、相手投手が四球を連発しているようです。まぁこれも想定にいれてましたが。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「またまた四球!?」

 

「これで押し出しですね」

 

1点返して、尚もノーアウト満塁。この調子で取れる点は取っておきましょう。

 

「しかし制球が酷いな……。まるで一時期の私を見てるようだ」

 

新井さんとはまた違いますけどね。変化球も多投していますし。

 

「相手投手の立ち上がりは非常に悪く、特に初回は四死球を連発したり、時々ど真ん中へと失投したりします」

 

「最早二宮がその情報を知ってる事に突っ込む事すらしなくなったな……」

 

「…………」

 

(これが、二宮瑞希先輩……。相手の情報を徹底的に調べ尽くしてウィークポイントは利用し、投手の持ち球を調べてはいち早く対策を講じる……。一体どれだけの執念があれば、ここまで出来るんだろう?)

 

先程還って来た渡邉さんから視線を感じます。私から何かを学ぼうとしていますね。

 

 

カキーン!!

 

 

5番打者による逆転満塁ホームラン……。斎藤さんの事を考えれば、もう少し点を取っておきたいですね。

 

「良いじゃん新1年生!私も試合に出たくなるよ!」

 

大星さんが出たそうにウズウズしていますが、貴女は出しませんよ?

 

「大星。おまえは試合に出さんぞ?」

 

「えーっ!なんでさ!?」

 

「この試合……というか今の期間で行う試合は新1年生しか出さないからだ。鋼も、陽奈も、そして二宮もそれがわかっていて、ここにいるんだからな」

 

この場にいる彼女達20人は一足早く白糸台に入ったスカウト組……。学校に許可を取って野球部の練習に参加させたり、他県で私達と同じ事を行っているチームと練習試合をして実践経験を積んでもらっています。

 

「ぶー!」

 

「ぶー垂れても駄目だ。おとなしく試合を見とけ」

 

新井さんが大星さんを必死に止めています。付き合いが長いだけあって、大星さんの扱いを心得ていますね。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

話をしている間に攻撃が終わったようです。7点取って、打者も一巡していますね。

 

「まぁ試合展開は悪くないな。相手投手も立ち直り始めてるし、これ以上の得点は難しいと思え!」

 

『はいっ!!』

 

ここから先、斎藤さんの一発病が発動する打者が出現するかも見物ではありますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春④

『ゲームセット!!』

 

二宮瑞希です。練習試合の方は4対9で無事に勝利する事が出来ました。

 

「試合は無事に勝利で終わったか。個人の成績の良し悪しはあるが、総合的には悪くない結果に終わった……。次の試合ではまだ出てない奴を中心に回していくから、心の準備をしっかりとしておけ!」

 

『はいっ!!』

 

ちなみに取られた点は斎藤さんの一発病によるホームランのみですので、実質完封勝利になります。

 

(そんな斎藤さんは5イニング投げて奪三振6、被安打6、失点4、四死球1、被本塁打2……。失点全てがホームランによるものなのは気掛かりですが、全体で見るとそこまで悲観する程ではありません)

 

「…………」

 

当の斎藤さん本人はなにやら複雑そうな表情をしていますね。折角なので訊いてみましょうか。

 

「斎藤さんは自身の投球についてどう思っていますか?」

 

「二宮、先輩……?」

 

「相手チームの1番打者と4番打者……。あの2人と2打席勝負して、2打席連続でホームランを打たれた事について、貴女はどう思っていますか……?」

 

斎藤さんの気持ち次第で色々変わってきます。これから斎藤さんをどうするべきか、どんな投手に育てていくべきかを……。

 

「……ヤバい奴を相手にすると、真ん中に吸い込まれていくんです」

 

「そうですか……。それで斎藤さんはそれについてどう思っていますか?斎藤さんの言うヤバい奴に対して、ど真ん中に吸い込まれていく事について……」

 

「先、輩……」

 

(この人は優秀だ。控えめな物腰とは裏腹に打者としても、捕手としても……。でもそれ以上に怖くもある。全てを見透かされているような、暗い闇のような眼に、私の全てを見破られているみたいに……)

 

少し俯いて、斎藤さんは答えました。

 

「……私は、ヤバい奴との勝負に向かっていきたい、です。ヤバくない奴以上に、私の全身全霊をぶつけたい。でも、どうしても真ん中に吸い込まれていくんです」

 

「……成程」

 

斎藤さん本人は一発病を克服したい気持ちはある訳ですね。要は強打者との勝負を楽しみにしているジャンキーという事です。

 

「話はわかりました。斎藤さん」

 

「……なんでしょうか?」

 

「本入部のタイミングと同時に、貴女を1軍に昇格させます」

 

この場にいる私や香菜さん、陽奈さんは新1年生が何軍に所属させるかを決定する権利を持ち合わせています。監督や新井さんにも承認済みです。

 

「……私が?」

 

「はい。1軍の練習にて貴女の一発病の克服を試みます。ですのでそのつもりでいてくださいね?」

 

「……はい!」

 

とりあえずは斎藤さんを1軍に昇格させて、強引に一発病を治す荒療治プランでいきましょう。一発病さえなんとかなれば、斎藤さんは全国でも通用する投手ですからね。

 

「……良かったのか?」

 

話を終えたタイミングで、新井さんが声を掛けてきました。

 

「私は斎藤さんを1軍に所属させるつもりです。新井さんは反対ですか?」

 

「いや、二宮の慧眼を信用しているさ。だが斎藤の一発病の克服って具体的にどうするつもりなんだ?」

 

「それについては……」

 

私は新井さんに斎藤さんの一発病完治についてのプランを話しました。

 

「……本気でやるつもりなのか?下手をすれば、一生のトラウマになりかねんぞ」

 

「そこは斎藤さん次第ですね。物にならないようならば、斎藤さんは3軍にすらいられないでしょう」

 

「そこまでか……。二宮は斎藤の実力を評価してる訳じゃないのか?」

 

「ちゃんと評価していますよ?評価した上での判断です」

 

「そ、そうか……。なら私から言う事は何もないな。斎藤の安否を祈るばかりだ」

 

新井さんは不安そうにしていますが、もしも斎藤さんが一発病を克服する事が出来れば……。

 

(1軍の選手達に揉まれた事もあり、エース級の投手に育つのは間違いないでしょう)

 

そうなるように期待しておきましょう。

 

「……新井さんは20人の中で1軍昇格は誰が当てはまりますか?」

 

「例えばそうだな……。打撃能力だけで見ても、渡邉はほぼ確定だろう。配球も過去の白糸台の物を中心に徹底的に研究して来ているしな」

 

(マネージャーが言ってたように、二宮の後釜として成長しそうだしな……。流石、二宮が気に掛けてただけの実力はある)

 

「渡邉さんについては私も賛成ですね。捕手として起用するかは、試合経験を重ねてから決めましょう」

 

……と言っても、渡邉さんを捕手として起用するのは確定ですがね。

 

「あと何人かは候補がいるし、監督に報告して1軍争奪戦を行う事にしよう。二宮なら心配いらないだろうが、くれぐれも2軍に落ちないように気を付けろよ?」

 

「はい」

 

私にとっても他人事ではありませんね。2軍に落ちないように、頑張らなくてはなりません。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑤

二宮瑞希です。4月10日……。入学式。仮入部だった20人が本格的に白糸台に合流したのに加えて、合計で50人もの部員が入部してきました。

 

「新入生諸君、白糸台高校野球部へようこそ。私は部長を務める新井だ」

 

……という新井さんの挨拶の後、新入生は1日様々な練習をさせ、その翌日。

 

「よーし。今日は1~3軍に入る選手達を呼んでいくぞー」

 

気の抜けた監督の声からは考えられない緊張感が部員全員に襲いました。というか監督の登場そのものがかなり久し振りな気がします。

 

ちなみにこの場には実に252人の部員が集まっており、その中で3軍までに呼ばれる人数は100人……。つまり半分以上が切り落とされる訳ですね。

 

「じゃあまずは3軍の選手50人から……」

 

3軍から呼ばれるようですね。3軍は50人、2軍は30人、1軍は20人の計100人になります。

 

「……。……。……」

 

1人、また1人と呼ばれ続けます。スカウトで仮入部した1年生は半分近くここで呼ばれていました。

 

(そういえば香菜さんは入部当時、3軍にすら属していませんでしたね。その後バンガードさんを打ち取った事によって、一気に2軍までに昇格していましたが……)

 

とにかく入れ替わりが激しいので、例え1軍に上がったとしても、一瞬たりとも気が抜けないのです。それが名門、白糸台高校野球部なのですから。

 

「……。以上の50人だ。続いて2軍を発表するぞー」

 

続いて2軍選手の発表。

 

(去年の1年生で2軍スタートだったのは陽奈さんと日葵さんの佐倉姉妹とバンガードさんが当てはまりますね。夏で相当の練習量をこなし3年生方の引退と同時に1軍半へ、そして1軍昇格戦の試合で無事に1軍昇格を勝ち取りました)

 

バンガードさんは若干例外なのですが、それでも激しい競争を乗り越えた事には変わりないですね。

 

「……。以上だ。そしていよいよ1軍選手の発表だー」

 

2軍までに呼ばれた人は様々な反応をみせていました。1軍に上がれなかったり2軍以下に降格した人達が悔しそうにしていたり、2軍までに呼ばれた事に安堵した人達もいます。後者は主に1年生に当てはまります。

 

(スカウト組の20人中17人が2軍までに呼ばれましたが、果たして……?)

 

スカウト組の残りは3人。その中には渡邉さんと斎藤さんもいます。私達5人の評価も監督には伝えていますが、それが実っているのかどうか……。

 

「1番、新井真琴!」

 

「はい!」

 

「2番 二宮瑞希!」

 

「はい」

 

私はなんとか呼ばれましたね。とりあえずは一安心です。

 

「4番 佐倉陽奈!」

 

「はい」

 

4番に陽奈さんですか。という事は……。

 

「6番 佐倉日葵!」

 

「はーい!」

 

やはり6番は日葵さんですね。今の白糸台の二遊間は彼女達なくしてはありえないでしょう。

 

それから7~11番にはバンガードさん、大星さん、九十九さん、香菜さん、半田さんが呼ばれました。ここまでは予想通りですね。

 

「12番 ……!」

 

ここでスカウト組の1人ですね。1年生にして1軍に上がれるのは、相当期待されている証拠……。将来性に期待が出来ます。

 

それから更に13~18番まで呼ばれましたが、未だに斎藤さんと渡邉さんは呼ばれていません。

 

(……ですがまぁ特に心配はしなくても良いでしょう)

 

「19番 渡邉詩織!」

 

「は、はい!」

 

「20番 斎藤小町!」

 

「……はい」

 

私達の評価はちゃんと監督に伝わっていますから……。

 

(ですが大変なのはここからですよ……?)

 

1年生3人にとって、厳しいのは……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑥

二宮瑞希です。新入部員が4月時点での1軍選手20人以内に内定したのは、3人……。内2人は私がスカウトした選手だっていうのはありがたいですね。スカウトしてきた甲斐というものがあります。

 

「今日から1年生3人が我々1軍選手に加わる。自己紹介等は入学式の日に済ませたから省くが、それぞれが馴染めるように励んでくれ」

 

『はい!』

 

今の内に3人練習メニューを考えておくべきですね。

 

「では解散!」

 

特に斎藤さんと渡邉さんにはバッテリーとして信頼関係を築いてほしいので、その辺りの練習を中心に組み込んでみましょうか。

 

「あ、あの……!」

 

「どうした?」

 

「練習の指示を出されていないのですが、何をすれば良いんでしょうか……?」

 

指示がなく解散してしまったので、渡邉さんが困惑しながら新井さんに質問していました。

 

「あー。1軍の練習は自主練になっている。それぞれがそれぞれのやるべき事を自分で判断しろ……というのが、監督の方針らしい」

 

「な、成程……」

 

「今日から1軍になった1年生3人は全員早期入部した奴ばかりだし、仮入部期間までの間に白糸台の練習効率等を学んでいる前提での1軍昇格だ。もしもわからない事があれば、私達がなるべく答える。ただし頼り過ぎは駄目だぞ?」

 

「は、はい!」

 

未だに困惑気味ではありますが、渡邉さんもわかってくれたようですね。私はどうしましょうか……?

 

(他校の有力な1年生選手のデータの洗い出しをしつつ、渡邉さんと斎藤さんの個別練習メニューを制作するのも悪くないですね)

 

「二宮先輩」

 

私のやるべき事を考えていると、渡邉さんから声が掛かりました。

 

「どうしましたか?渡邉さん」

 

「私、二宮先輩からもっと色々訊きたいです。白糸台の練習設備は確かに超一流ですが、二宮先輩の捕手としてのノウハウを知りたい……というのが白糸台入学の決め手になったんですから」

 

渡邉さんはギリギリまで悩んでいたみたいですが、私の意見をもっと色々と訊きたいが為に、白糸台への進学を決意してくださったそうです。光栄な事ではありますね。

 

「……渡邉さんさえ良かったら、私と一緒に他校の有力な1年生のデータ解析をしますか?」

 

「はい!是非やりたいです!」

 

凄く興奮した様子で渡邉さんは食い付いてきました。そこまで興味が掻き立てられるものでしょうか?室内でずっと書面やパソコンの文字との睨めっこが続く地味な作業なのですが……。

 

「わ、私も一緒に行きたい。行っても良いですか……」

 

斎藤さんも食い付いてきました。データ解析とか興味なさそうに見えるのですが、断る理由も特にないでしょう。

 

「良いですよ」

 

「ありがとうございます」

 

(二宮先輩は指揮官としても優秀……。この人のところで、もっと色々と学びたい……!)

 

「では行きましょうか」

 

『はいっ!!』

 

こうなってくるともう1人の1年生が気掛かりになりますが、他の人達に任せて問題はないでしょう。私は私のするべき事をするだけです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑦

二宮瑞希です。部室……ではなく、コンピュータールームにて他校に入った1年生のデータを調べています。渡邉さんと斎藤さんにとって3年間ライバルになる選手で特に要注意なのは……。

 

(やはり新越谷……ですね。歩美さんと藍さんが新越谷へと進学しているのに加えて、シニアリーグの世界大会で相見えた陽春星さんもいるようです)

 

朱里さんの家にホームステイする……というのは茜さんから訊いたのですが、具体的な理由まではわかりませんね。朱里さんへのリベンジとしてでしょうか?

 

「二宮先輩から見て、1番有力な高校はどこでしょうか?」

 

データ解析をしていると、渡邉さんから質問がきました。私目線での有力候補ですか……。

 

「警戒すべき高校は沢山ありますが、特に新越谷でしょうか?去年の夏に負けていますので……」

 

「新越谷……!」

 

渡邉さんにとって新越谷は本来進学予定だった高校……。中学時代の先輩である武田さんもいますし、本当は新越谷に進学したかったのでしょう。

 

「……渡邉さんは新越谷に未練があるのですか?」

 

「……ない、と言えば嘘になります。現にギリギリまで返答が遅れてしまったのも事実ですし……」

 

紗菜さんからも訊いていましたね。期限のギリギリまで悩んでいた……と。

 

「でも後悔はしていません。全国屈指の名門校の白糸台へスカウトされたのは誇るべき事ですし、何より……」

 

「何より……?」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

渡邉さんが言葉を濁して誤魔化しましたが、無理に聞き出す必要もないでしょう。進学の理由は人それぞれなのですから。

 

(私が白糸台に進学した本当の理由。それは二宮先輩のようになりたいから……。二宮先輩の2手3手先を読むリード、幅広い分析能力、高校1年生時代の捕逸0という圧倒的な捕球力……。これ等も魅力的だけど、1番参考にしたいのは二宮先輩の最早執念と言っても過言ではない情報収集能力。二宮先輩に着いて行けば、きっとその一辺が見られる筈……!盗んでみせますよ。二宮先輩)

 

そして渡邉さんから熱い視線を感じます。私から何かを得ようとしている……というのが、伝わってきますね。

 

「…………」

 

そして積極的にデータ解析を手伝ってくれている渡邉さんとは対極に、斎藤さんはどこか退屈そうにしていました。

 

「……進んでいますか?斎藤さん」

 

「……はい。二宮先輩に言われた、私が過去に対戦した事がある選手のデータを渡します」

 

そう言って斎藤さんが渡してきたデータ表の1番上は、斎藤さんがガールズ時代に対戦した江川さんですね。

 

(そんな斎藤さんはガールズ時代に江川さんにこれでもかと言うくらいに打たれていますね。例の一発病でしょうか?)

 

「…………」

 

しかし将来白糸台のエースになろうとする選手なら、一発病というマイナス部分は必ず治してもらいますよ……?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑧

二宮瑞希です。データ解析も今日の分が終わりましたので、自主練に赴きます。ちなみに渡邉さんと斎藤さんはそれぞれバッテリー練習に行きました。

 

「あっ。瑞希ちゃん、お疲れ様」

 

「お疲れ様です」

 

グラウンドに出ると、香菜さんがいち早く気付いてこちらに駆け寄ってきます。まるで子犬ですね。

 

「そういえばもう1人の1年生の様子はどうですか?」

 

渡邉さんと斎藤さんばかりを注視してましたが、あと1人いるんですよね。暫定1軍を勝ち取った1年生が……。

 

「新宮寺さん?あの子は凄いと思うよ。野球未経験で1軍に入っただけでも凄いのに、フィジカルも白糸台の中でもトップクラス……。あの子って確か瑞希ちゃんがスカウトしたんだよね?」

 

「そうですね」

 

天王寺さんを見習うべく、野球未経験者でも素質のある人を見ていこうという事でしたが……。今練習に励んでいる新宮寺真さんは中学時代に3つの運動部を掛け持ちして、全てトップクラスの成績を残したフィジカルエリートです。

 

(3つの部活に散らしてもトップクラスの成績を残していましたが、それを1つに絞ると……という話を新宮寺さんとしましたね)

 

スカウト時は新宮寺さんが野球未経験だった事もあり、かなり興味を持って白糸台への進学を前向きに検討していました。そして今現在1軍として練習に励んでいる訳ですが……。

 

「打って良し、守って良し、オマケに投手としての才能も結構あると思うんだよね」

 

「そうですか……」

 

「あくまで私目線だから何とも言えないし、瑞希ちゃんに見てもらおうと思って……」

 

香菜さんは本職の投手なので、そんな香菜さんの見解は間違ってないと思うのですが……。

 

「……わかりました。新宮寺さんのところに行きましょうか」

 

「うん。ありがとう!」

 

(まぁ私自身新宮寺さんの才能を改めてこの目で見ておきたかったですし、丁度良いでしょう)

 

そんな訳で投げ込みをしている新宮寺さんに声を掛けます。

 

「お疲れ様です」

 

「あっ!お疲れ様です!」

 

「調子はどうですか?」

 

「手応えはあると思うんですけど、本職の投手まではあと2歩くらいかな……って思ってます!」

 

これまでの練習を見る限り、新宮寺さんはオールラウンダーですからね。どちらかと言えば野手として使いたいでしょう。守備範囲も広いですし、外野手としてなら即戦力です。

 

「新宮寺さんのピッチングを見てほしい……と香菜さんからのご指摘がありますので、今から新宮寺さんのピッチングを見ようと思います。良いですか?」

 

「……はい!よろしくお願いします!」

 

(折角なので、渡邉さんと斎藤さんを連れて新宮寺さんのピッチングを見てもらいましょうか)

 

同じ1年生同士なら発破を掛ける意味でも、今後のモチベーション的にも、新宮寺さんの実力を改めて目の当たりにさせるのも一考ですしね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑨

二宮瑞希です。新宮寺さんが投球練習を始めるそうで渡邉さん、斎藤さん、香菜さん、陽奈さん、日葵さん、新井さんに見てもらう事になりました。ちなみにバンガードさんは大星さんと打撃練習に勤しんでいます。

 

「新宮寺の投球練習か」

 

「はい。香菜さんの話によれば、一戦級でも充分に通用するみたいですからね。それに……」

 

「それに?」

 

「…………」

 

「斎藤さんへ発破を掛けられたら、一石二鳥どころじゃないアドバンテージが得られますから」

 

「……相変わらず恐ろしいよ。おまえは」

 

私は普通にチームの為を思っているだけなんですけどね。

 

「捕手役は渡邉なんだな?」

 

「同じ学年の方が良いでしょう。バッテリーとして長く付き合うのなら、ゆっくりと時間を掛けられますからね」

 

香菜さんの話によりますと投手としての練習はまだ始めたばかりのようですが、果たして……?

 

 

ズバンッ!

 

 

「は、速い……」

 

 

ズバンッ!

 

 

「制球も良いな。渡邉が構えたところに投げている……。成程。1軍に上がる訳だ」

 

「基本的に新宮寺さんは野手としての採用ですが、これなら中継ぎ起用も視野に入りますね」

 

 

ズバンッ!

 

 

「スライダーか。曲がりも悪くないし、球速も速いから、高速スライダーとしても使えそうだ」

 

 

ズバンッ!

 

 

「シュートですね。逆を突く球を覚えるとは、投手として本気で頑張ろうという意気込みが伝わってきます」

 

「というか飲み込みが早過ぎるな……。これは私達投手陣もうかうかしてられん」

 

「あとは斎藤さんがどう思っているか……ですね」

 

(斎藤さんが新宮寺さんを良きライバルと認識しているか、目の上のたんこぶだと思っているか……。モチベーションの上下がどのように働くかによって、斎藤さんの今後が大きく左右されるでしょう)

 

もしも斎藤さんがここから2軍3軍に落ちていくのなら、1年生の投手陣は新宮寺さんを中心に添える事になるでしょうね。

 

「しかし新宮寺はこれで野球未経験か……。未経験者を白糸台に寄越すとは何事かと思っていたが、その辺りは二宮の眼が如何に慧眼なのかが伝わったよ」

 

「天王寺さんが野球初心者を一戦級の選手に仕立て上げた事を思い出したんですよ。野球未経験の初心者の人がまるで本来野球をやるべきだったと思わせるような……。そういう人材をあの人は見付けていました」

 

「新越谷の雷轟や大村みたいな選手だな。あとは清澄の刀条や鏑木を中心としたチームも確か宮永……照さんの妹以外は初心者集団の集まりだし」

 

「清澄の選手達に比べても、新宮寺さんは頭1つ以上は抜けているでしょうね。中学までは運動部3つを掛け持ちしていましたから」

 

「私も新宮寺の過去について少し調べたが、あれはアスリートの才があるとかそういう次元じゃなかったな」

 

「3つの部活全てが日本代表クラスの成績を残したフィジカルを白糸台の環境で野球一辺倒に集中させれば……」

 

「怪物と呼ばれる選手が誕生していく訳か。とんでもないな……」

 

そう考えると新宮寺さんを採れたのはかなり幸運でした。彼女を他の高校に行かせると、最悪私達の敵になっていた可能性もありますからね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑩

二宮瑞希です。新宮寺さんの実力を目の当たりにした私達1軍の選手達は強力なライバルが出現したと焦る人も出始めています。

 

「あれから100球程投げさせてみたが、一考に疲れる様子が見えないな……」

 

「無尽蔵のスタミナを有しているようですね。制球も乱れてなければ、球威も衰えていません」

 

この時点で斎藤さんよりも高い実力を持っているのは確定でしょう。本当に新宮寺さんを採れたのは幸運です。

 

「今年の新入生の大当たりは新宮寺で決まりか?これは二宮と同等レベルの掘り出し物だぞ」

 

何故私の話を持ち出したのかは知りませんが、それを決めるのはまだ早いですね。

 

「……そうでもないでしょう。斎藤さんも一発病を治せば主戦力になりますし、渡邉さんも捕手としてのセンスを発揮しています」

 

「そういえばあの3人のスカウトを担当したのは二宮だったな。関東区域にはとんでもない怪物が眠ってたものだ……」

 

斎藤さんと渡邉さんは埼玉、新宮寺さんは東京から引っ張って来ました。この3人が優秀なのは間違いないのですが……。

 

「……1つ、気掛かりな事があります」

 

「気掛かり?」

 

「紗菜さんと風音さんから訊いた話なのですが、その人は一般入試でこの白糸台に入ったにも関わらず、既に3軍の中心選手となり、先日に2軍へと昇格しました」

 

「おいおい……。まだ新入生が入って10日程だぞ?今年から昇降格が週に1度に発表されるようになったとはいえ、流石に早過ぎる」

 

「しかもそれがスカウトではなく、一般入試でです。野球経験も学校の授業程度とほぼ未経験と言っても良いでしょう」

 

何が恐ろしいのかというと、次の昇降格でその人は確実に1軍へと昇格する事でしょう。しかも2軍の中心選手になった上で……。

 

「成程な。新宮寺が怪物である事は間違いないが、本当の怪物はドンドンこちらに侵食していく訳か……」

 

「次の昇降格の直後に練習試合があります。そこで彼女の実力を、進化を見極めるチャンスになるでしょう」

 

「オーダーは1年生中心で良いのか?」

 

「そうですね。彼女達4人が今後白糸台の中核を担っていけるかが試される事になるでしょう」

 

それに今度の相手は色々な意味で1年生の進化を計っていける良い機会になります。残りの5人をどうするべきか、試合までに新井さんと監督に相談する必要がありますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして練習試合直前。私の予想通り、2軍から最短で1軍へと登り詰めた1人の選手が私達の前に立ち、自己紹介を始めます。

 

「鍋墨綾子です!よろしくお願いします!」

 

(経歴によりますと小中と新宮寺さんと同じですか。この白糸台に一般入試で入学したのは新宮寺さんと同じ高校に行きたかったのか、それとも……)

 

いえ、それを考えるのは後にしましょうか。

 

「……本当に件の1年生が1軍に上がってきたな。人当たりも良いし、3軍と2軍の連中もこれに釣られたのだと考えれば納得もいく」

 

「そうですね。ひとまず鍋墨さんを希望通りのポジションに添えて、試合に向かいましょうか」

 

「ああ。練習試合の相手は……」

 

「清澄高校……。去年の夏大会で全国準優勝を果たしたダークホースとして名高いチームです。鍋墨さんと新宮寺さんの実力を計る第1歩として最適な相手になります」

 

鏑木さん、刀条さん、片岡さん、そして宮永さん……。中心になってるのは間違いなくあの4人でしょう。手強いチームを作っているのは想像に容易いですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑪

二宮瑞希です。いよいよ清澄との試合が始まりますね。

 

「今日は清澄高校との練習試合だ。昨年の夏大会で全国準優勝を果たした実力を持つ……。心して掛かるように!」

 

『はいっ!』

 

「それではオーダーを発表する」

 

新井さんが発表したオーダーはこちらになります。

 

 

1番 ショート 日葵さん

 

2番 セカンド 陽奈さん

 

3番 キャッチャー 渡邉さん

 

4番 センター 新宮寺さん

 

5番 サード 鍋墨さん

 

6番 ピッチャー 斎藤さん

 

7番 ファースト バンガードさん

 

8番 レフト 香菜さん

 

9番 ライト 私

 

 

1、2年生で固めたオーダーですね。この9人以外は3年生になっています。

 

「私は出場しても良かったのですか?」

 

「まぁ後進の育成が主な目的だからな。3年生にはまだ夏がある」

 

理由そのものは理解出来ますし、私は納得もいきます。ですが試合に出られない事を不満に思う人もいる訳で……。

 

「ちょっと!なんで私がベンチスタートなのさ!?」

 

このように大星さんが駄々っ子になってしまっています。

 

「……おまえは話を聞いてたか?この練習試合は後進の育成が最優先なんだよ。監督もそう言ってたしな」

 

その後進が9人ギリギリなのは気掛かりですけどね。鍋墨さんが1軍に上がってくれて良かったです。

 

「あの……。私が代わりましょうか?」

 

「駄目だ。理由はさっきも言ったし、大星には最上級生として我慢を覚えるべきだ。多少は大人になってもらわないと困る」

 

鍋墨さんが気遣いで代わろうとしましたが、新井さんがそれを一蹴。正論ですね。

 

「むぅー!真琴の馬鹿!」

 

「なんとでも言え。1人の気持ちよりも、大多数の気持ちだ。孤独な王様は徒党を組んだ民衆には勝てない」

 

これも正論ですね。余程の自身家でも、一致団結したまとまりに屠られる事もよくありますからね。

 

「真琴のミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン!!」

 

「うおい!?言って良い事と駄目な事があるぞ!どさくさに紛れて私の黒歴史を叫ぶな!」

 

久し振りにその呼び名を聞きましたね。ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシンというのはかつての新井さんの黒歴史であり、白糸台を敗北に導いた戦犯としての罰でした。

 

「ミュミャリャツァオビュビュンピピュプリャプピフンドシン……?」

 

「新宮寺さんは気にしなくても良いですよ。あれは新井さん自身の問題であり、罰であり、戒めなのですから……」

 

「は、はい……」

 

そういえば新宮寺さんの名前も『まこと』と読むのでしたね。漢字こそは真琴と真で違いますが、口ではわかりません。新宮寺さんにとってはとばっちりですね。

 

(それよりも清澄のオーダーですね)

 

まずは捕手に宮永さん、セカンドに鏑木さん、ショートに刀条さん、センターに片岡さんと、センターラインに守備を固めています。三森3姉妹を彷彿させる布陣ですね。

 

(そして投手は夢乃……となっていますね。私がデータで得ている夢乃さんで間違いなければ、中学軟式で野球をやっていました)

 

そしてその夢乃さんで間違いなければ……この試合、色々と面白いものが見られそうですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑫

二宮瑞希です。清澄高校との練習試合が始まりました。私達後攻です。

 

「しまっていこーっ!」

 

『おおっ!!』

 

渡邉さんの声掛けと共に、私達は守備に付きます。

 

(清澄を相手に斎藤さんの一発病がどの範囲まで発動するのか……。守備においてはここが注目所ですね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

清澄の先頭打者は片岡さんですが、現状は一発病が発動する機会がありませんね。斎藤さん目線で片岡さんは取るに足らない打者と判断したのか……。まぁ1打席では計り切れないでしょう。

 

『アウト!』

 

片岡さんは打球を詰まらせてファーストフライ。幸先は良好ですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

続いて2番の室橋さんは三振。そこまでは良いでしょう。

 

(問題はその次ですね)

 

3番。打席に立つのは朱里さんが1度も勝てていない打者……。宮永さんです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は外角ギリギリにストレート。斎藤さんの一発病が治った……とは考えにくいですね。あれはそんな短期間で治せる代物ではありません。荒療治を駆使すれば、話は別ですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

2球目は逆を突いた内角ギリギリへとSFF。制球も一発病を考慮しなければ、一級品ですね。

 

(しかし気になるのは宮永さんの挙動。あの朱里さんが1度も勝てていない打者が斎藤さんを打てないとは思えませんが……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

結局宮永さんは1度もバットを振らずに三振。斎藤さんの強打者センサーも発動しませんでしたね。

 

「ナイスピッチ!」

 

「良いコースに決まってたよ!」

 

「……あっす」

 

斎藤さんはこれくらいなら当たり前……と言わんばかりの表情をしていました。清澄は天王寺さんが手塩に掛けて育てられた隠れた強豪校。このまま斎藤さんが抑え切れるとは思えません。

 

「まずは上々だ。攻撃では先制点を取って相手に圧を掛けにいけ!」

 

『はいっ!!』

 

私達の攻撃ですがセンターラインに気を付ければ、点を取るのは難しくないでしょう。昨年夏時点のデータ通りなら……ですが。

 

「…………」

 

「どうした二宮。何か気掛かりな事でもあるのか?」

 

色々考えていると、新井さんが声を掛けてきました。私を心配しての行動でしょう。その親切は素直に受け取っておきましょう。

 

「……清澄の打線がおとなしいと思いますが、私の思い過ごしでしょうか?」

 

「まぁ気にし過ぎ……とは言いにくい。照さんの妹が1度もバットを振らなかったのを私も気にしてるしな」

 

やはり新井さんもそこに目を付けましたか。宮永さんの打率調整はジンクスのようなものだと推測しますが、本気で向かってくる宮永さんは誰にも負けない打者に化けるんじゃないかと……。そういう予感します。

 

(それこそ、白糸台の投手陣では全然通用しないレベルの打者に……。読み切れない事まで考えると、和奈さんや上杉さん、そして雷轟さんよりも優れた打者になるでしょうね)

 

気を付けるべきはスコアリングポジションにランナーが溜まったタイミングで、宮永さんに回る事でしょう。私の予想が正しければ、そこで斎藤さんの一発病が発動する筈です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑬

1回裏。清澄の守備陣……特にセンターラインに気を付けましょう。

 

 

カンッ!

 

 

言った側から、日葵さんが初球打ちですね。打球は三塁線を抜ける長打コースです。

 

「ナイバッチナイバッチー!」

 

「よーし!続け続けーっ!」

 

日葵さんはツーベース。続けて陽奈さんの打順ですね。

 

(しかしもしもサードに入っていたのが鏑木さんだったら、今の打球は捕られてましたね)

 

そういう意味では、まだまだ安心が出来ません。夢乃さんの投球も気掛かりですしね。

 

 

コンッ。

 

 

陽奈さんはこちらの攻撃ルーティーンと同じように、バントで日葵さんを送る動きですね。打球は力なくキャッチャー前に転がっています。

 

「…………!」

 

しかし宮永さんは打球を捕って、サードへと送球しました。こちらの動きをよく理解していますね。

 

『セーフ!』

 

「マジか。何の躊躇いもなく、サードに投げたぞ……」

 

「日葵さんの生還を警戒していますね。佐倉姉妹の動きとしては日葵さんが出塁して、陽奈さんが日葵さんを還す動き……。対策を練るのは決して難しくありません」

 

問題になるのはここから……。次からは1年生部員が続きますからね。

 

「…………」

 

「まずは3番の渡邉だな。1年生の中だと、1番の成長株だと睨んでいるが……」

 

「清澄の守備がどう動くか……ですね。渡邉さんなら最適解を示すと思いますが、清澄の守備はそれを越えてきます」

 

手堅くスクイズで1点を取っておきたいところではありますが、果たして……。

 

 

コンッ!

 

 

「初球スクイズ!」

 

打球は三塁線へと強いスクイズ。あわよくば自身も生き残ろう……というスクイズですね。

 

『セーフ!』

 

スクイズを警戒していた守備シフトですが、なんとかセーブになりましたね。日葵は無事に生還です。

 

「先制点GET~♪」

 

「ナイスランデース!」

 

とりあえずこちらが先制しましたね。この1点は大切にしたいところです。

 

「渡邉は安定した結果を残したが、他の3人は同じように行くかな……?」

 

ワンアウト二塁。ライナーを逆手に取る守備が特徴でもある清澄ですからね。一塁を埋めないようにするのがベストですね。

 

 

カキーン!!

 

 

4番の新宮寺さんが大きな当たりを打ちました。その打球はそのままセンタースタンドへと叩き込んでホームランです。

 

「えっ?追加で2点取っちゃったよ……?」

 

「そうですね」

 

「新宮寺が規格外なのは理解出来るが、それを差し引いてもあの投手は不用意に行き過ぎたな」

 

「そうですね」

 

夢乃さんは恐らく初心者……というよりは初心者の壁を越え切れていない感じがします。

 

(私がデータで見た夢乃マホさんならば、時々こちらの想像を大きく越えてくる1球を投げます。それをこの目で見ておきたいのですが……)

 

データによれば、その球は十数球に1度しか投げられないみたいですね。白糸台の打線と清澄の守備を考えると、見たい球が見られるのはは試合中に3、4度くらいと考えるべきでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑭

カンッ!

 

 

新宮寺さんのホームランで動揺しているのか、5番の鍋墨さんにもヒットを打たれます。このまま試合を壊してしまうような展開にはなりませんよね……?

 

「タイムお願いします!」

 

ここで宮永さんがタイムを掛けます。

 

「これまでは夢乃の思う通りにやらせてみたが、これ以上は難しそうだと判断した……か?」

 

「真意はわかりかねますが、その可能性はあるでしょうね」

 

捕手としての宮永さんはかなり未知数なので、どういうリードを取るかはまだ判断し難いですね。

 

(まぁまだ1回ですし、結論に至るのは早計でしょう)

 

考えている内に、タイムが終わりました。こちらは6番の斎藤さんが打席に立ちます。

 

「…………」

 

「…………!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

斎藤さんに対して、先程までとは比べ物にならないストレートが放たれました。

 

「えっ……?」

 

「い、いきなり良い球を投げるようになったな……」

 

「しかもそれだけではありません。僅かながらに、螺旋回転が掛かっています」

 

「まさかジャイロボールか……?」

 

「まだジャイロボールと呼ぶにはお粗末ですが、ストレートのキレが格段に上がったのも事実です」

 

夢乃さんは新越谷の川口さんと同様に、コピーが得意な投手になりますね。尤も夢乃さん本人は半分無自覚な部分もありますが……。

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

2球目は詰まらせてファール。今の球に螺旋回転は掛かっていませんが、球のキレは上がっています。侮れませんね。

 

 

カンッ!

 

 

しかし斎藤さんも負けじと打ってきます。打球はセカンド正面のライナーですか……。

 

「…………!」

 

今の鏑木さんの表情は……。

 

「……!不味い!鍋墨!いそいで進塁しろ!」

 

「……っ!」

 

新井さんの掛け声よりほんの少し早く鍋墨さんは動きましたが……。

 

 

ポロッ!

 

 

鏑木さんが打球を落とし、素早くベースカバーに入ったショートへと送球。

 

『アウト!』

 

そしてショートの刀条さんがファーストへ送球し……。

 

『アウト!』

 

併殺となりました。今のは清澄がよくやっている動きの1つですね。

 

「す、すみません……」

 

「併殺になったのはこの際仕方がない。問題なのは、斎藤が打ったライナーを向こうに利用された事だ」

 

「利用……ですか?」

 

「ああ。清澄高校はランナーが溜まったら、簡単なライナーやフライをわざと弾いて強引に併殺を取りに行くんだ」

 

「じゃ、じゃあそれを読んでランナーは動く必要があるって事ですか?」

 

新宮寺さんが対策を尋ねますが、事はそう簡単ではないでしょう。

 

「そう簡単な事でもないと思うよ」

 

「そうだね。清澄側はその動きを逆手に、普通に打球を処理する可能性があるからね……」

 

鍋墨さんが訂正し、渡邉さんが説明しました。この2人は状況をよく見ていますね。1年生の中心になるのは、恐らくこの2人となる事でしょう。

 

「今渡邉が言ったように、対策は決して簡単じゃない。ひとまずセンターラインに打球を飛ばさない容認注意して打て!」

 

『はいっ!!』

 

清澄の守備に関しては、これである程度対策が出来るでしょう。

 

(問題は夢乃さんのコピーですが……)

 

色々見てきた天王寺さんが残したデータを参考に、色々と仕込まれている可能性が高いですね。まぁ見てからの対応で間に合うでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑮

2回表。清澄の攻撃は4番の鏑木さんからですが……。

 

「…………!」

 

(この打者、間違いなくヤバい……!)

 

(二宮先輩の話だと、斎藤さんは強打者を相手にするとど真ん中へと失投してしまう一発病持ち。なるべく外へ散らしておきたいけど……)

 

斎藤さんの様子が可笑しいですね。外野目線だと後ろ姿しか見えませんが、強打者を相手に興奮しているのでしょう。そんな斎藤さんの1球目ですが……。

 

(ど真ん中に!?)

 

「…………!」

 

 

カキーン!!

 

 

失投を容赦なく捉えるとは最早1年前の粗削りだった鏑木さんは見受けられませんね。守備の時も思いましたが、隙が少なくなっています。打球はそのまま校舎を越えていきました。

 

 

カキーン!!

 

 

続けて5番の刀条さんも斎藤さんの失投を捉えました。同様にホームランですね。

 

「これはなんとかしないと不味いんじゃないのー?」

 

「……まぁそうだな。だがこの練習試合で一発病を治す切欠を掴みたい。斎藤にはこの試合完投してもらう」

 

ベンチでは新井さんと大星さんがそのような会話をしていました。私も斎藤さんの一発病は早く治してほしいと思っているので、この練習試合で何かしらのヒントが得られると良いのですが……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

6~8番を続けざまに凡退に抑えました。一発病を除けば、決して悪くない内容なのがまたなんとも言い辛いですね。

 

(現状清澄の打者で斎藤さんが強打者だと感じているのは、鏑木さんと刀条さんの2人……。この2人は去年の夏から活躍している実力者なので、意外でもありませんね)

 

問題なのは宮永さんに対して一発病が発動しなかった事と、清澄に眠れる獅子が現状いない事……。斎藤さんの強打者センサーの発動で見分けやすいので、こういう他校の練習試合ではドンドン投げさせましょう。

 

「斎藤には今日完投してもらう。渡邉と相談して、ペースを決めるようにしてくれ」

 

「はい」

 

「……っす」

 

斎藤さんの様子が可笑しいのは、恐らく叱責の1つすらないからでしょう。白糸台の1軍選手は自主性を重んじる事を第1にしていますからね。他のチームなら何かしらの罰があるのは間違いありません。

 

(まぁ私達の場合は斎藤さんの一発病を利用させてもらっているので、誰も何も言わない……というのが正しいでしょうか)

 

これに関しては斎藤さん以外の1軍選手全員に伝えていますし、監督の同意も受けています。

 

(このまま一発病が治らないようでは、斎藤さんは3年間飼い殺しにされるでしょうね)

 

そうならないように、斎藤さんには頑張ってもらいたいところですね。私としてはどちらに転んでも何も問題がないので、特に動こうとも思いません。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑯

試合は進んで5回表。清澄の攻撃ですが……。

 

(この回は宮永さんからですか……)

 

前の打席では見逃し三振でしたが、この打席でどう転ぶか見物ですね。斎藤さんの強打者センサーが発動するのかどうかも気になります。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は見逃し。コースも良いところに散っているので、迂闊には手出しが出来ません。

 

 

ズバンッ!!

 

 

『ストライク!』

 

2球目も見逃しですか……。宮永さんの打率傾向等を考えるに、この打席では仕掛けてきそうなものですが、手を出す気配がありませんね。

 

(追い込んだ……。1球外して、様子を見よう)

 

(……わかった)

 

ツーナッシングからの3球目……。

 

「!?」

 

(ど真ん中!?さっきまで斎藤さんは普通に投げてたのに!?)

 

なんとど真ん中へと失投です。単なる偶然で片付いたら良いのですが、投げてるのは斎藤さん、そして打者は宮永さんですからね。これが偶然じゃないと確信に至るのに、かなりの時間を有するでしょう。

 

 

カキーン!!

 

 

そして宮永さんは失投を逃さず、その打球は綺麗なライナーを描いてフェンスを越えていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

この回は宮永さんに加えて、鏑木さんと刀条さんにもホームランを打たれて3点取られました。後の打者は凡退していますので、一発病を除けば斎藤さんが不調……という事はないでしょう。

 

「斎藤さん。さっきの3番打者に対してだけど……」

 

渡邉さんからしたら、前の打席で抑えられていた宮永さんに対して疑問を持っていると思います。この場で理由を確信しているのは、私を含めた斎藤さんと宮永さんを知っている人達だけですね。

 

「……わからない」

 

「えっ……?」

 

「わからない。前の打席では何も感じなかったのに、急にヤバくなった……。でもヤバいってわからなかった……」

 

宮永咲という選手の規格外さが伺えますね。斎藤さんのセンサーが反応し切れないとは……。

 

「……どう思う二宮?」

 

「斎藤さんが基準とする強打者に捉えるのは早計だった……という事でしょうね。強打者の大半は斎藤さんのセンサーに反応する選手になると思いますが、一部の例外も極少数ながらにも存在する……というのが証明された1打席でした」

 

「今後斎藤は宮永にどう投げてくる……?」

 

「練習試合は延長がないので、宮永さんにはあと1度回ってくるかどうかでしょう。現状は特に気にする必要もありません」

 

宮永さんは今年3年生で、斎藤さんは1年生。こういう機会でなければ勝負の機会も多分ないでしょうね。もしも全国で清澄と当たった時は新井さんか香菜さんが投げる事になるでしょうから……。

 

「………っ!」

 

(しかし斎藤さんをこのままにしておくのは不味い……というのも事実ですね)

 

荒療治プランを新井さん達に相談しながら練っておきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑰

『ゲームセット!!』

 

二宮瑞希です。清澄高校との激闘が終わりました。

 

「なんとか勝てたか……」

 

「なーんか白糸台らしからぬ試合だったよねー」

 

試合結果は8対12……。この結果はどちらかと言えば洛山のような打ち合いを制したものですね。

 

(まぁ双方共に試すべき事を試した結果……と考えるべきでしょう。夢乃さんについても色々と知る事が出来たので、私としては上々です)

 

そして私の知る限りで1番の強打者が宮永さんだという事もわかりました。流石は朱里さんから完勝した実力の持ち主です。

 

「斎藤も一発病を除けば、そこまで悪くないピッチングだ。後半少し打たれたが、それでも全国準優勝チームを相手に健闘した方だろう」

 

「……ありがとう、ございます」

 

確かに一発病さえ発動しなければ完封していましたので、実質7イニングを無失点で抑えたのと同義です。

 

「渡邉と鍋墨は要所でキチンと自分の役割を果たしていたな。守備方面も渡邉は無難なリードで、鍋墨は広めの守備範囲でそれぞれ貢献していた……。この調子で頼むぞ」

 

「「はいっ!!」」

 

渡邉さんと鍋墨さんはほしいところで理想のプレーをしてくれるので、今後の成長も期待が出来ます。

 

「そして今日の試合のMVPは間違いなく新宮寺だろう。打って良し、守って良しの即戦力だ。守備も打撃も積極性が見えて良かったぞ。それくらい貪欲でなければ、1年生でレギュラーを取るのは難しい……。その積極性を忘れずに、今後も励んでくれ」

 

「ありがとうございますっ!」

 

そして新宮寺さんは最早言うまでもなし……ですね。この調子で上級生を越えるプレーを見せてくださいね?

 

「………っ!」

 

「…………」

 

(斎藤さんについては他3人と差を付けられた感じですね。このままでは2軍落ちは必至でしょうが……)

 

このまま2軍へ逃がす訳にはいきません。斎藤さんには1軍で荒療治を受けてもらいます。それでもしも一発病が治らないようなら……1軍で飼い殺しにしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習試合から数日。今日は毎月恒例になった所属軍の発表日ですね。

 

「それじゃあ1軍の20人を呼んでいくぞー」

 

「…………」

 

監督にも進言しておきましたし、斎藤さんの育成プランを練ってきました。早速実行に移りましょうか……。

 

「まずは……」

 

1人、また1人と呼ばれ、19人まで呼び終えました。新宮寺さんは13番、渡邉さんは14番、鍋墨さんは17番でした。

 

「最後20番……斎藤小町!」

 

「えっ……」

 

斎藤さん本人は自分の名前を呼ばれて困惑していました。2軍落ちを覚悟していたところに対して呼ばれたので、呆気に取られている事でしょう。

 

「どうしたー?斎藤小町はいないのかー?」

 

「えっ?は、はいっ!」

 

斎藤さんの白糸台での野球はまだまだ始まったばかりです。心が折れて野球を辞めないように頑張ってくださいね?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑱

二宮瑞希です。1軍20人は背番号のズレさえあれど、結局動きませんでしたね。風音さんや紗菜さんからは有望な1年生が何人かいる……という話なので、今後に期待しましょう。

 

「二宮。本当に……やるのか?」

 

斎藤さんへの荒療治プランを本当にやるのかと、新井さんに問い掛けられました。まぁこれからやる事は斎藤さんの投手としてのプライドを折るようなものですからね……。斎藤さんの精神力が試されます。

 

「そうですね。簡単に……とはいきませんが、斎藤さんに危機感を持たせる必要があります」

 

「一発病を治す為……か。なんか私には斎藤が何かしらの信念を持って投げているようにも見えるんだがなぁ……」

 

新井さん目線では斎藤さんが何かしらの信念、或いは拘りを持って投げているように見えるようです。仮に新井さんの想像通りだとすると斎藤さんと新井さんは経緯は違えど、同じ境遇に立たされた投手……という事になりますね。

 

(まぁその辺りはプラン2で良いでしょう。最悪新井さんに任せるのもアリです)

 

今は私が練ったプランで斎藤さんを矯正させましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、1軍のグラウンド。

 

「斎藤にはこれからレギュラー陣から9人と1打席勝負をしてもらう」

 

「………!」

 

新井さんの発言で斎藤さんはどこか嬉しそうにしていました。1軍に残留出来た事の戸惑いは消えてしまったみたいですね。

 

「斎藤の相手9人は私と二宮で選んだ。レギュラー陣から選ばれた9人は順番に打席に入って、斎藤と勝負してくれ。無論互いに全力で勝負する事!」

 

斎藤さんと勝負する9人は……。

 

 

1番 日葵さん

 

2番 陽奈さん

 

3番 新井さん

 

4番 大星さん

 

5番 バンガードさん

 

6番 九十九さん

 

7番 半田さん

 

8番 鋼さん

 

9番 私

 

 

この9人が斎藤さんの荒療治に付き合う面子になります。互いに全力……という事で、日頃のストレス等をぶつけてください。

 

「じゃあ捕手役は渡邉にお願いする。斎藤を勝たせるリードを遠慮なく行ってくれ」

 

「はい」

 

捕手役に渡邉さんを選んだのは、今後斎藤さんとの付き合いが1番長くなると判断した為です。

 

「よろしくねー!」

 

「……よろしくお願いします」

 

日葵さんが打席に立って、勝負開始です。

 

(私の予想では、結果は既に見えていますが……)

 

 

カキーン!!

 

 

快音が鳴り響き、その音から放たれた打球はまっすぐに柵を越えていきました。ホームランですね。

 

(それにしてもここまで予想通りにいくと、私達9人にとってはバッセンと変わりませんね)

 

斎藤さんにはなんとか足掻いて、抗ってほしいのですが、厳しそうですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑲

二宮瑞希です。斎藤さんの一発病を治す為の荒療治として、レギュラー9人と全力の1打席勝負をする事になりました。

 

最初の日葵さんとの勝負は初球からど真ん中へと抜けたストレートを捉えて、ホームランになりました。

 

「ふぃー」

 

「斎藤さんの球はどうでしたか?」

 

早速斎藤さんから打った日葵さんに感想を求めます。今後の為になりますからね。

 

「うーん。棒球なのは見たらわかると思うし、スピードもキレもなかったし、バッピが関の山って感じかなー?」

 

「……そうですか」

 

「練習試合の時はもっと良い球を投げてたと思うんだけどね。清澄の4、5番に投げてたのよりも酷かったよ」

 

清澄の4、5番には常に一発病が発動していましたが、今日の斎藤さんはその比ではないくらいに酷いようですね。

 

(清澄に……というよりは宮永さんにホームランを打たれてから、様子が可笑しいのを見受けられました。原因はその辺りにあるようですね)

 

 

カキーン!!

 

 

2番の陽奈さんも同様にホームラン。もちろんど真ん中へとストレートが抜けました。

 

「よし来い!」

 

続けて3番の新井さん。新井さんが1番斎藤さんに親身になっています。部長だから……というよりは、どこか自分の境遇と重ねているように見えますね。

 

(新井さんの過去にあった出来事を求めます今の斎藤さんと重ねているのかも知れませんね)

 

そんな新井さんへの1球……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(え……。見逃した?ど真ん中なのに……?)

 

渡邉さんと斎藤さんは新井さんの見逃しに困惑している様子……。他の部員も新井さんが何を考えているのかわからないと戸惑っています。

 

「…………」

 

(斎藤小町……。強打者を目の前にすると、ど真ん中へとボールが吸い込まれる一発病の持ち主だと訊いた。だが清澄との練習試合で最初に鏑木に投げた球からはどこか斎藤からの信念を感じたんだ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(また見逃した……)

 

(でも今の斎藤球にはそれが感じられない……。照さんの妹からホームランを打たれた時から可笑しくなったと二宮は言っていたが、本当にそうなのだろうか?)

 

新井さんの見逃しには新井さんにしかわからない考えがあるのでしょう。そんな3球目ですが……。

 

 

カキーン!!

 

 

遂に新井さんが斎藤さんの球を捉えました。

 

『ファール!』

 

しかし打球はライト線切れてファール。ホームランにしなかったのですね。

 

「……斎藤!!」

 

「は、はい!?」

 

突如、新井さんが大声で斎藤さんを呼びます。本当に周りが困惑してますよ?

 

「私は全力で投げろと言った筈だ!おまえはそんな府抜けた球しか投げられないのか!?例えど真ん中だろうが、清澄の鏑木と刀条に投げていた球はもっと球威があったぞ!」

 

「………!」

 

「ど真ん中しか投げられないのなら、その一点に集中して投げろ!そうしたら多少はマシになるだろう」

 

新井さんのアドバイスが斎藤さんに突き刺さったのか……。

 

 

カキーン!!

 

 

この1球ではわかりかねますね。打球はセンター方向へと吸い込まれてホームランですが……。

 

「……まだまだもっと力を込められる筈だ!強打者との対戦に拘りたいのなら、もっともっと力を身に付けろ!そうでなければ、白糸台では通用せんぞ!!」

 

新井さんの渇が斎藤さんに届いていると良いですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春⑳

二宮瑞希です。斎藤さんは新井さんに打たれてから、多少マシな球を投げるようになりました。

 

 

ズバンッ!

 

 

相も変わらずど真ん中しか投げられてないですが……。

 

「ねーねー。もう打っても良い?」

 

「良いぞ。あくまで1球だけ見てほしかっただけだからな。あとは好きにやれ」

 

大星さんには事前に1球だけ見逃してほしいと言っていましたが、よく言う事を聞いてくれましたね。

 

「白糸台の為に……と言ったら、渋々ながらも納得してくれたよ」

 

……というのが、大星さんを説得した新井さんの言葉です。なんだかんだ大星さんもチームの事を考えてくれているのですね。

 

「それでどうだ?さっきまでと比べて、今の1球は……」

 

「……先程までよりかはマシですね。清澄との試合で投げた時くらいにはなっています」

 

とは言ってもど真ん中しか投げられない事実は変わりません。2球目もど真ん中です。

 

(ふーん?まぁまぁの球投げるじゃん。ミズキが目を付けるだけの実力は備わってるんだ)

 

 

カキーン!!

 

 

「まぁこの淡ちゃんには通用しないけどねー!」

 

大星さんは斎藤さんのストレートを捉えました。しかし打球はライト線に切れていき……。

 

『ファール!』

 

ファールとなりました。大星さんにしては珍しくさっさと決めに行きませんでしたね。

 

「大星の奴……遊んでるな」

 

「格下相手に発動する大星さんの悪い癖ですか……」

 

大星さんは格下相手に実力を発揮しない傾向にあります。新井さん曰く遊んでいる……との事ですが、私目線では何か別の理由も含まれていそうですね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

今度はレフト線へ切れてファール。左右広角に打てるとアピールしているように見えますね。

 

「……まぁ今回のあいつの場合は鬱憤を晴らしているように見えるな」

 

「鬱憤……ですか」

 

「多分清澄との試合に出たかったんだろうな。照さんの妹も打席で見たかったっていう想いもあるだろう」

 

感情の起伏が激しい大星さんですが実力は本物で、既にいくつものプロ球団が獲得に動いているそうです。白糸台の4番を張ってるだけの実力は兼ね備えている……という訳ですか。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

またもやファール。レフト線、ライト線、レフト線……と、1球毎に反対方向へと流し打ちしています。

 

「ねぇ。サイトーだっけ?こんなんじゃつまらないよ。もっともっと全力で投げてよ。その球を打ち砕いてあげるから……!」

 

大星さんが斎藤さんに威圧しました。髪がウネウネと動いていますが、どういう仕組みになっているのでしょうか?

 

「……っ!」

 

(またど真ん中……!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「どうしたの?こんなものなの?白糸台は……特にミズキはサイトーに期待してるんだよ?あんまり失望させないでよね?」

 

大星さんは私がスカウトしてきた選手に注目しているようですね。そういえば渡邉さんも、新宮寺さんも、大星さんは積極的に絡んでいます。

 

(でも段々と良い球を投げるようになってきたね……。追い込めば追い込む程に、力を発揮するタイプなのかな?)

 

次で10球目になるでしょうか。再びど真ん中に投げられます。

 

(……まぁ及第点かなー。あとはミズキの仕事だよ)

 

 

カキーン!!

 

 

10球目にして、ようやくセンター方向への打球を放ちました。打つ前に大星さんと目が合ったのが、少しだけ気になりますが……。

 

(まぁ私は私の仕事をやっていきましょう)

 

その為には他の打者の話を色々と訊きましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春21

二宮瑞希です。その後5~8番打者に対してもど真ん中しか投げられず、4人共初球でホームランにしました。新井さんと大星さん以外は初球打ちしてますね。

 

(この1打席勝負は白糸台の野球をしているのではなく、斎藤さんへの荒療治……。好球必打で来た球を捉えるだけですね。新井さんと大星さんは思うところがあるのか、何球かファールにしていましたが……)

 

それはさておき、いよいよ私の番ですね。

 

「よろしくお願いします」

 

「………!」

 

「………!」

 

私が打席に入った瞬間、渡邉さんと斎藤さんの顔が強張りました。私は特に何もしていない筈なのですが……。

 

「タ、タイムお願いします!」

 

「わかりました」

 

渡邉さんがタイムを掛け、斎藤さんの元へ駆け寄って行きます。何故これまでタイムを掛けなかったのでしょうか……?

 

「さ、斎藤さん。どうしたの……?」

 

「あの先輩からとんでもない圧を感じた……。全てを見透かされているような、この機会もあの先輩が仕組んだものだって考えると、身体が震えてくるんだ……」

 

(確かに二宮先輩から感じられるオーラは威圧感的なそれとはまた違う……。隅々まで視られているような、相手の事を知ろうと視ているんだ。斎藤さんが感じたのはそれだろうし、私も同じ気持ち……。今までの打者はただ強打者だという観点からど真ん中へと失投し打たれてた。でも二宮先輩は違う)

 

「……勝負を避ける?そうしても私は責めないけど」

 

「……それは嫌だ。あの先輩が私の為にこんな機会を設けてくれたんだ。だから逃げる訳にはいかない……!」

 

「斎藤さん……」

 

何を話しているのでしょうか?部分的にしか聞こえませんね……。

 

「……わかった。後悔しないように投げてきて」

 

(とは言っても、結局ど真ん中にしか行かないだろうけど……)

 

「ありがとう……」

 

どうやら作戦会議は終わったみたいですね。渡邉さんが戻ってきました。

 

「もう大丈夫です。お願いします!」

 

「こちらこそお願いします。良い勝負にしましょう」

 

渡邉さんの表情からは覚悟を決めたように伺えますね。そしてそれはマウンドにいる斎藤さんも同じ……。

 

(もしかしたら私が思い描いているのとは別のアプローチで一発病を克服しようとしているのかも知れませんね)

 

一発病は思わずど真ん中へとすっぽ抜けて、力ない球が行く事を指します。これまでの斎藤さんはそのすっぽ抜けを難儀していましたが……。

 

(新井さんがホームランを打った球以降は少しずつ球威を上げていっていますね)

 

そしてこれまでの打者を相手にしてその打者は全員ホームランを打ってきた訳ですが、新井さんと大星さん以外は初球打ちでした。

 

私のこの打席で少しは何か見出だせると良いのですが……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春22

二宮瑞希です。斎藤さんの一発病を治す為の荒療治として、白糸台のレギュラー陣とそれぞれ1打席勝負を行ってきました。

 

1~8番打者には全員ホームランを打たれた斎藤さんですが……。

 

「………!」

 

(彼女……どこか変わりましたね。吹っ切れたような表情をしています)

 

吹っ切れたというのは悪く言えばただの開き直りなのですが、良く働くかどうかはこの勝負でわかるでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(この球は……!)

 

投げられたのはストレート……。それもど真ん中です。しかし球威がこれまでの比ではありませんね。

 

「……成程な。斎藤は自身が宿してる対強打者に発動してしまう一発病に対してそういうアプローチを取ったんだな」

 

「部長。何かわかったんですか?」

 

「答えに関しては二宮がこの打席で教えてくれるさ。1つだけ言えるのは……斎藤も1人の投手だったという訳だ」

 

新井さんは解答に辿り着いたようですね。性格は違えど、新井さんと斎藤さんは投手としての本質が似ている部分が多いですからね。

 

「…………」

 

『私は全力で投げろと言った筈だ!おまえはそんな府抜けた球しか投げられないのか!?例えど真ん中だろうが、清澄の鏑木と刀条に投げていた球はもっと球威があったぞ!』

 

『ど真ん中しか投げられないのなら、その一点に集中して投げろ!そうしたら多少はマシになるだろう』

 

『まだまだもっと力を込められる筈だ!強打者との対戦に拘りたいのなら、もっともっと力を身に付けろ!そうでなければ、白糸台では通用せんぞ!!』

 

(部長との勝負でわかった。私はただ純粋に強打者との勝負を楽しみたかったんだ……。でも丁寧に行こうとしても、球がど真ん中へと吸い込まれてしまう……。そして部長が言ってくれたこの言葉で私は……!)

 

 

「更なる高みを目指す……!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(またど真ん中。でも良いストレート……。今の斎藤さんは意図的にど真ん中のストレートを投げているんだ)

 

かなり球威が上がりましたね。ほぼベストの斎藤さんの球速に戻ってきています。

 

(強打者とわかればど真ん中へと吸い込まれてしまう一発病……。では逆に強打者だとわかって割り切ってど真ん中へ投げる……という解答を斎藤さんは示しましたね)

 

奇しくもそれはストレート1本を投げる事を信念とした新井さんと似た形になりました。

 

(この1球で決める……!)

 

(意図的に投げれば、それ即ち一発病の克服に繋がる……ですか。斎藤さんは斎藤さんで上手く自分の殻を破ったようですね)

 

そして3球目もど真ん中のストレート。それも1、2球目よりも更に球威の上がったストレートでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

しかしそれではまだまだ足りませんね。

 

「この1打席勝負はまだまだ始まりに過ぎません。これからも精進してください。バッテリーの2人で……」

 

「……はい」

 

「……ありがとうございました」

 

私が打った打球は一応センターへのホームランになりました。しかし最後の1球はこれまでの斎藤さんを越えた1球にでしたね。

 

(斎藤さんがどういうタイプの投手に育とうとしてるのか……。それが見えた勝負でした)

 

斎藤小町という人物が強打者を相手にど真ん中のストレートで渡り合う投手として有名になるのは……少し先の話になります。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春23

二宮瑞希です。斎藤さんの荒療治企画から1週間程が経過しました。斎藤さんは強打者に対しては真っ向にど真ん中のストレートで勝負するという新井さんみたいなスタイルを身に付ける事で、一発病の克服を試みるようになりました。

 

 

カキーン!!

 

 

まぁ相も変わらず斎藤さんは1軍の選手達にホームランを量産されていますが……。

 

「良い球を投げるようになったが、格上相手にど真ん中のストレートで行くにはまだまだ球威もキレも足りん。まずは体幹を強化しろ!」

 

「はい……!」

 

投手方面のアドバイスは新井さんに一任していますが、このままでは第2の新井さんが誕生しかねないですね。それが斎藤さんにとって良い方向に向かっているのかどうか……。

 

 

カキーン!!

 

 

「まぁコマチも良い球投げるようになったけど、まだまだ甘いねー。まぁ及第点くらいはあるんじゃないー?」

 

「ありがとうございます……!」

 

1軍選手の中でも新井さんと同じくらいに協力的なのが大星さんです。あの1打席勝負で何か思うところがあったのでしょう。

 

「大星は1軍の選手には懐きやすいからな。その中でも斎藤や新宮寺のような素直な選手は特にベタベタしてるイメージがある」

 

「その2人は大星さんを叱責するようなタイプには見えませんからね」

 

渡邉さんは強かな印象がありますし、隙あらばこちらの技術を吸収しようと試みている節が見受けられます。この白糸台で長きに生き残るにあたって、必要な人材ですね。

 

「まぁ渡邉は捕手をやっているからなのか引っ張っていく印象もあるし、引っ張られるのを嫌ってる大星からすればやりにくいのも仕方がない。それでも実力が本物なら絡んでくるがな」

 

それはそうですね。私も選手達を引っ張るような存在になれば、大星さんにダル絡みされずに済むでしょうか……?

 

「むぅ……。それじゃ私が一流選手なら誰にでも尻尾を振る人間みたいじゃん!」

 

「少なくとも1年の時はそう思っていたがな……」

 

「失礼な!私がそんな尻軽に見える?」

 

「見えるか見えないかで言えば見えますね」

 

しかしそんな大星さんでも進んで近寄ろうとしない選手が1人いましたね……。

 

「1軍にも気にくわない存在はいるよー!例えば1年生のナベスミアヤコ……だっけ?」

 

「何故フルネーム……?」

 

大星さんは鍋墨さんを余り良く思っていないそうです。鍋墨さんですか……。

 

「鍋墨か……。周りからの評判は世渡り上手……って言葉が似合うだろうな」

 

「2軍3軍間の選手達に愛想の良い顔をして、この1軍昇格もスカウトされた人達を除けば歴代で最速ですね」

 

(ちなみに私の知る限りの歴代最速の1軍昇格者は二宮だがな……)

 

しかし鍋墨さんの場合はそれだけじゃなく、白糸台の野球部部員の中でただ1人、『白糸台高校の野球部の実績を知らない人間』に該当します。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目春24

二宮瑞希です。私は新井さんと大星さんと一緒に、鍋墨綾子さんの事について話をしていました。彼女の評判等について……。

 

「……まぁ鍋墨を見て思うところがないでもない。あの人はどこか照さんと似てる部分があるからな」

 

「ええー?照とは似ても似付かないでしょ!」

 

新井さんの話によると、鍋墨さんは宮永照さんに似てると思っているようです。大星さんがそれを全否定しているようですが……。

 

「私が言っているのは、メディアに映っている照さんについてだ。万人受けする笑顔で他者との距離を詰めるのが上手い。悪く言えば、営業スマイルと言うのだろうか……。鍋墨からはそんな感じがした」

 

「でも照と比べると、野球の腕は天と地程の差があるよ!」

 

「野球の話はしてないんだが……。それに鍋墨は新宮寺と同じくこの春で野球を本格的に始めたんだ。その辺りを比べるのは酷が過ぎる」

 

「むぅ……!」

 

「しかし新井さんの言う事は間違っていないでしょう。分け隔てない笑顔はメディアで見た宮永照さんと似てる部分は確かにあります。それにこの春に野球を始めて、ここまで登り詰めている実力も間違いなく本物です」

 

それでも気になる部分はありますので、鍋墨綾子について色々と調べておきましょうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綾子ちゃんについてですか?」

 

「はい。新宮寺さんが知っている事が訊きたいです」

 

鍋墨さんと小、中学生時代の同級生である新宮寺さんに尋ねます。チームメイトに鍋墨さんと同じ学校の人がいて良かったですね。

 

「……って言っても、私そんなに綾子ちゃんのあれこれを知ってる訳じゃないですよ?数多い友達の1人って感じだったと思いますし」

 

「どんなに些細な事でも構いませんよ」

 

「えっとですね……」

 

新宮寺さんからは鍋墨さんの小、中学生時代の授業について訊きました。今と同じように分け隔てなく人と接して友達が多く、笑顔が可愛い女の子だった……と。今と似たようなものですね。

 

(個人的に鍋墨さんが作った新たなる組織について何か知っているか……と思いましたが、空振りでしたね。まぁ裏の世界に縁がなければそれに越した事はありません)

 

そちらについてはまた別で調べてもらうとしましょう。

 

「最後に1つ訊きたいのですが、鍋墨さんはどうしてこの学校に一般受験をしようと思ったのですか?」

 

これは本人に訊いても良いのですが、はぐらかされる可能性が高いと踏んだので新宮寺さんに尋ねる事にしました。

 

「さぁ……?でも私に白糸台の事について質問してきたから、それが何か関係があるのかも知れません」

 

「そうですか……」

 

(そうなると鍋墨さんは新宮寺さんを追い掛けてというよりは……)

 

何れこちらに鍋墨さんが接触する可能性が高いですが、かといって何か必要な事がある訳でもありません。その日が来た時に対処するとしましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿①

二宮瑞希です。4月も終わりに近付き、世間で言うところのGWを迎えようとしています。

 

部室に入ると、一通の封筒が物々しく置かれていました。何やら面倒事の匂いがしますね……。

 

(ひとまずあの封筒は新井さんに対処してもらいましょう)

 

気にならない訳ではないですが『好奇心は猫を殺す』という事もあるので、下手に関わりません。『君子、危うきに近寄らず』ですね。

 

「うわっ……」

 

新井さんが部室に入るなり、封筒を見付けて溜め息を吐いていました。新井さんも面倒事だと察知していますね。

 

「出来るならあの封筒は中身を見ずに燃やしてしまいたいところだが、万が一に白糸台にとっての重要書類が入っていたらと考えると……!」

 

新井さんを見ると、とても葛藤しているようです。燃やすのは中身を見てからでも遅くはないですよ?

 

「……二宮。これは燃やすべきだと思うか?」

 

未だに葛藤し続けている新井さんは私に意見を求めます。新井さんにとって封筒の処分は焼却1択のようですね。

 

「まぁ中身を見てからでも良いでしょう。重要書類でなければ、燃やしても良いかと」

 

「そうだよなぁ……。開けるか」

 

封筒を開封し、新井さんは書かれている内容を読み始めました。

 

「何々……?『白糸台高校の諸君を我が洛山高校の地獄の合同合宿に招待する。自信がある者、強くなりたい者、己を変えたい者、無謀者、死に急ぎたい者はこの地獄に来られたし!』?要するに合同合宿の誘いか……」

 

内容は洛山が主宰とする合宿の誘いのようですね。内容からして、もう2、3校にも同じ封筒を送っていそうです。

 

「先着5人か……。どうする?」

 

(この合同合宿に今の洛山が危険視している高校にもあの封筒を送っている……と考えて良さそうですね。洛山にとって警戒を強めている高校は……)

 

2校に絞るなら、あそことあそこですね。それなら私は参加にしましょう。

 

「1人目は私が行きましょう。自分自身の成長の為にも……」

 

今言った理由も決して間違ではありません。足りない部分を補う良い機会です。

 

「1人目は二宮か……。1年生は参加させた方が良いのか?」

 

新井さんが1年生にも参加させるかと訊いています。確かに今後の事を考えると斎藤さんと渡邉さんは参加させた方が良さそうですし、新宮寺さんや鍋墨さんは地獄の合宿を乗り越えそうな雰囲気を感じますが……。

 

「……いえ。1年生からは選ばないでおきましょう。私の方からあと4人を選んでおきます」

 

「わかった。任せるよ」

 

という事なので私は4人の許可を取って、それぞれの名前を記入しました。

 

(鋼香菜、佐倉陽奈、佐倉日葵、テナー・バンガード……っと。私の名前を含めて、これで5人です)

 

あとは合宿の準備をするだけです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿②

二宮瑞希です。私達は洛山との合同合宿の開催場所……獄楽島へ向かう船着き場を目指して歩いています。

 

「合宿楽しみだねー!」

 

「瑞希さんの言う新しい自分への第1歩になると良いわね」

 

先頭を歩いているのは佐倉姉妹。この場にいる全員には『殻を破って、新しい自分を見付ける』的な発言をしています。中でもこの姉妹は凄く興味深そうに聞いてくれました。

 

「ゴクラクジマ……なんか甘美な響きデース!強化合宿ってだけでお得なのに、島の名前も素敵デスネ!」

 

その後ろを軽やかなステップで歩いているバンガードさんです。彼女は獄楽島と言っただけで、二つ返事でしたね。そこまで楽しいものでは……いえ、楽しくなるかはバンガードさん次第ですね。

 

「わ、私なんかが来て良かったのかなぁ……?」

 

緊張と遠慮が入り交じっている香菜さん。今となっては新井さんに並ぶ白糸台のエースなのですから、もっと自信を持ってくださいね?

 

「気弱では合宿で更なる成長は出来ません。気持ちを強く、心穏やかな状態で臨みましょう」

 

「う、うん……!」

 

緊張しやすい香菜さんですが、合宿を通じて成長してくれるでしょう。

 

そうこうしている内に船着き場が見えました。既に何人かいますね。

 

「1番乗りは私デース!」

 

船着き場が見えるや否や、バンガードさんがダッシュ。まだ合宿が始まってないのに、張り切ってますね。

 

「しまった!出遅れた!待てーっ!」

 

「日葵!?」

 

すぐ後ろを日葵さんが追い掛けていきました。私達3人はゆっくり行きましょうか。

 

「ヘーイ!ここがゴクラクジマに行く船着き場で間違いないデスカ?」

 

バンガードさんは船着き場にいる人達……新越谷の5人と、上杉さんとウィラードさんがいる高校の集まりに声を掛けました。凄い面子ですね 

 

「わわっ!いきなり外国人に絡まれちゃったよ!?」

 

「いや、私達この人と面識あるから。なんなら対戦もしてるから……」

 

「あれ?そうだっけ?」

 

そして武田さんの記憶からバンガードさんが抜け落ちてしまっているようです。打席で相対すれば、思い出すのでしょうか……?

 

「バンちゃん早いってばー!」

 

「余りはしゃぐと他の参加者に迷惑よ。日葵も少し落ち着きなさい」

 

ようやく私達もバンガードさんと合流しました。早速陽奈さんが日葵さんを宥めます。 

 

「ど、どうしよう瑞希ちゃん!あの上杉真深さんとウィラード・ユイさんも参加してるよ!」

 

「鋼さんはむしろ日葵さんとバンガードさんの度胸を見習うべきかも知れませんね」

 

この場にいる人数は13人……。この面子で試合に臨みそうな雰囲気が見受けられます。同じチームメイトになると頼もしそうですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿③

二宮瑞希です。船着き場に着くと、そこには朱里さん、雷轟さん、武田さん、山崎さん、川原さんの新越谷5人と上杉さん、ウィラードさんがいました。夢城由紀さんも一緒ですね。ビッグゲストという訳ですか……。

 

「……やっぱり白糸台も来てたんだね」

 

「洛山と白糸台は毎年合同合宿を行っているみたいですからね。洛山名物の地獄の合宿には去年は行ってなかったみたいですが……」

 

私が1年の頃には合同の合宿が行われていませんでした。ただ偶然私が行かなかっただけなのでしょうか?

 

「お~、揃ってるねぇ~」

 

「こ、今年は思ったよりも参加者が多いですね……」

 

「わざわざ3校に招待状を送ったからね~。10人くらいは来てくれなきゃ困るよ~」

 

船着き場からお迎えが来ました。非道さんと黛さんですね。

 

「洛山高校名物の地獄の合宿へようこそ~」

 

「わ、私達洛山高校の合宿参加者は先に現地で待機しています。私と非道さんは参加者の皆さんを迎えに来ました……」

 

洛山の合宿参加者は先に現地に着いているみたいですね。和奈さんもそっちにいるでしょうか? 

 

「それじゃあ皆船に乗って乗って~」

 

非道さんの指示に従って、私達は次々と船に乗っていきます。かなり豪華な船ですね……。

 

「全員乗ったら出港するよ~」

 

私達と非道さん達を合わせた15人が船に乗り、出港します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目的地までは約3時間掛かるから、今の内にゆっくり休んでおいてね~」

 

目的地到着までは特に何をしても咎められる事はありません。

 

「ストレートフラッシュよ」

 

「嘘!?また負けた……」

 

「由妃ちゃん、ポーカー強いわね……」

 

あのようにトランプを持って来ている人がいるように、この船での暇潰しアイテムを持参OKのようです。そして私は……。

 

「このカバルドン堅過ぎじゃない?攻撃が3段階上がってるザシアンのきょじゅうざんを耐えられたんだけど」

 

「これは完全に防御特化だね~」

 

「しかもカバルドン側は欠伸でザシアンを流しに来てますね……」

 

「3分の1木の実を持たせていますので、仮にザシアンを引っ込めて再び出したとしても、1段階上昇のきょじゅうざんくらいならまだ耐えてくれます」

 

「完全に欠伸ループにはまりそうだね~」

 

Switchでポケモン勝負です。何故かこの船はWi-Fiが繋がっているのでランクマッチに潜ろうとしたところに、ウィラードさんが勝負を仕掛けてきました。

 

「これで終わりですね。対戦ありがとうございました」

 

「あ、ありがとうございました……」

 

最強の伝説ポケモンを有したスタンダードパーティーでしたが、上手く立ち回って勝つ事が出来ました。

 

この後目的地までウィラードさんを始めに、様々な人達とポケモン対戦を行いました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿④

二宮瑞希です。船に乗って約3時間……。

 

「は~い、ご到着~」

 

遂に獄楽島へと到着しました。

 

『む、無人島……?』

 

荒々しい無人島の光景に半数以上の人達が困惑しています。無理もありませんね。

 

「無人島で合宿だなんて、すっごくワクワクするよー!」

 

「自然を感じながら、野球の練習……。なんだかオツを感じマース!」

 

一部この島を既に楽しんでいる人もいるみたいですが、それでも緊張の方が勝ってしまいますね。普通なら……。

 

「こ、ここは私達洛山高校が合宿の時に利用している無人島で……」

 

「その名も獄楽島~。詳細の続きは彼女に任せますね~。ではお願いします~」

 

洛山専用のグラウンドみたいなものですね。しかし獄楽島……。確かとある社会人野球チームのグラウンドもあったような気もしますが、奥の方にあるのでしょうか?

 

「諸君、よくぞ獄楽島まで来てくれた。これから5日間は私の考えた地獄の練習メニューをこなしてもらう」

 

非道さんに呼ばれて出て来たのは、大柄の女性……。どこか大豪月さんと似た雰囲気を持っていますね。

 

「だが強制はしない。無理だと思ったら休め。昨今はそういうルールが煩いからな。だが元気のある内は練習をしてもらうぞ」

 

無理強いはしない辺り、現代の優しさを感じますね。

 

「昔に比べたら、大分甘いですよね~」

 

「まぁ世間体……というか、問題を起こし過ぎるな……と釘を刺されているからな。貴様や大豪月を鍛えていた頃なんかは平気で死人も出ていた」

 

どうやら時代錯誤のようです。それにしても大豪月さんや非道さんの幼少期というのもイマイチ想像が出来ません。

 

「どうせ5日間限りの付き合いだ……。貴様等に名乗る名などない。とりあえず私の事は社長と呼べ」

 

『な、何故に社長……?』

 

この風貌で社長という呼び名……。思い出しました。彼女は社会人野球で1番強いと言われている『黒獅子重工』のキャプテンですね。社長という通り名をそのまま選手名として登録しています。他にも部長という選手がいるのだとか……。

 

「人数は非道と黛を除けば……13人か。それなら一括りで練習が見られそうだ」

 

「そうですね~。彼女達にはとりあえずウチの子達がやってるメニューで良いんじゃないですかね~?」

 

「……そうだな。あとはそれぞれ別の練習メニューを考えていけば良かろう。連中のデータもあるしな」

 

私達が今からやる練習は洛山の選手達がやっている練習と同じものと見て良さそうですね。

 

(和奈さんがやっていたという特別な練習の全貌もわかるでしょうか……?)

 

獄楽島での合宿が始まろうとしています。気張っていきましょうか。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑤

二宮瑞希です。地獄の合宿が今から始まります。非道さんと社長との会話を聞いていると、どうやら特別な練習メニューが割り振られるようです。

 

「それと……そこのおまえと、そっちにいるおまえ」

 

社長が指名したのはウィラードさんと朱里さんですね。

 

「な、なんでしょうか……?」

 

「貴様等2人は通常の練習の後に、特別メニューUをやってもらう」

 

「と、特別メニュー……?」

 

2人にしか出来ない特別メニューでしょうね。Uはそれを指している気がします。 

 

「詳細の方はまた後に話そう。それと……前の方で固まってる中で端にいるやつと、後ろの方にいる3人!」

 

次に指名されたのは夢城さん、武田さん、川原さん、あとは香菜さんですね。端にいるのが夢城さんみたいです。

 

「貴様等には特別メニューAを施してやる。ありがたく思え」

 

「よ、喜んで良いんですか……?」

 

「特別メニューに選ばれた連中は洛山の中でも数少ない……。貴様等はそれに選ばれたんだ。光栄に思え」

 

「は、はいっ!」

 

やはり特別なメニューのようですね。あの4人に共通するAというのは……。

 

「最後に……先程呼んだ前の方で固まってる奴の隣のおまえと、そこのアホ面2人!」

 

前者は上杉さん、後者は雷轟さんとバンガードさんですね。

 

「ア、アホ面!?」

 

「し、失礼デース!」

 

アホ面なのは雷轟さんとバンガードさんですが、学力がかなり高いらしい雷轟さんに比べて、バンガードさんは本当に赤点ギリギリなので、もう少し頑張ってほしいものですね。

 

「貴様等には特別メニューSだ。以上の連中には通常の練習の後に特別な練習を与える。キツかったら、早いところギブアップするんだな」

 

S……。それに該当される上杉さん、雷轟さん、バンガードさん。恐らく和奈さんも該当されるでしょう。

 

(和奈さんにも含まれるS。もしやSはスラッガーのS……?)

 

……私がこれ以上考えても仕方がないですね。特別練習をする本人達を応援しましょう。

 

「それと今から海に浸かるからな。全員、汚れても良い水着に着替えておけ」

 

持ち物の中で必須アイテムとされていた水着はこの島の海に浸かる為のものですね。遠泳でもするのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が水着に着替えて、海に浸かります。

 

「さて……全員着替えたようだな。本来なら今いる島まで泳がせる予定だったが、昔に比べて簡単に問題になってしまう……。だからギリギリそのラインを越えないように、わざわざ遠泳の項目を消してやった。時代に感謝するんだな」

 

「私と大豪月さんなんかこの島まで泳がされたんですよね~」

 

「まぁそれも10年以上前の話だがな」

 

どうやら遠泳の項目は削除されていたようですね。時代錯誤をここでも感じます。

 

「それでは地獄の練習メニューその1を発表する……!」

 

しかし泳がないのであれば、何をするのでしょうか……?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑥

二宮瑞希です。私達は海に浸かっています。

 

「さて……地獄の練習メニューその1はまずこのぶら下がっているロープに登ってもらう」

 

ぶら下がっている複数のロープ……。登るにはバランス感覚が重要となりますね。

 

「さぁ始めろ!」

 

社長の号令で縄登りが始まりました。

 

「こ、これ結構キツいかも……」

 

「バランス取るのが大変……」

 

ロープに登るのはかなりの危険を伴います。良識のある人は決して真似をしてはいけません。

 

「あはは!これ楽しーい!」

 

「なんか木登りをしてる気分になるわね……」

 

「こんな不安定な木登りなんてないわよ」

 

木登りの気分で登っている人もいます。特殊な訓練をしないと、挑戦してはいけません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やっと登れた……」

 

「これで全員……かな?」

 

10分程経過し、全員が登ったのを確認します。途中で落ちた人はいないようですね。

 

(まぁこの程度で終わるなら、そもそも地獄と称しないでしょう)

 

「ほう?登るだけなら、然程苦戦はしないという訳か……」

 

「もちろん!私達だって毎日厳しい練習してるんですよ!」

 

雷轟さんが熱く語っていますが、恐らくまだこれで終わりではないでしょうね。

 

「成程な。だが本当の練習はこれからだぞ?」

 

『えっ!?』

 

「ま、まだあるんですか!?」

 

「当然だ。ただロープに登るだけなら、中学生でも出来る。言っただろう?まずぶら下がっているロープに登ってもらう……と。登ってそれで終わりだとしたらとんだ甘ちゃん共の集まりだな」

 

地獄と呼ばれるには軽いと思っていましたが、ここからが本番だった訳ですね。

 

「練習メニューその1は両腕でぶら下がり、その体勢で耐え抜くもの……通称鯉のぼりだ。30分間ぶら下がった状態でいてもらうぞ」

 

本来の鯉のぼりとは向きが異なりますが、今この状況下が鯉のぼりと呼ばれるのに相応しくなっている訳ですね。

 

「先程までに比べて段違いにキツいと思っているだろう……。この練習は両腕の筋肉、持久力、忍耐力を鍛えるものだ。ちなみに去年の秋頃に洛山野球部の部員達の中で半数以上はこの練習をクリアし、それ以外の者達は再びこの島に訪れ貴様達と同じようにこの練習メニューをこなしている」

 

「ちなみにもしも誰かがその洛山部員達と同じように力尽き、海に落ちてしまった場合はどうなるのですか?」

 

私は気になっている事を尋ねました。私達は洛山の部員ではないですからね。

 

「仮に貴様達が途中で力尽きて海に落ちた場合は……貴様達に『根性無し』の烙印をくれてやろう。洛山野球部の部員達は年に1回、一部の連中は年に2回はこの島に訪れては私の地獄の練習メニューをこなしている……。貴様達のような甘ちゃん共がどこまで粘れるか見せてもらおうか?」

 

その一部の人達の中には和奈さんもいるでしょう。和奈さんと差別化が出来るよう、私の方も頑張らなくてはなりませんね。

 

「あと25分だ!気張れ愚か者共!!」

 

社長の口が悪いのは、飴と鞭を使い分けているからでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そこまで!!」

 

「お、終わった~!」

 

「腕が千切れるかと思ったよ……」

 

(誰も落ちずにクリアするとはな……。やはり中々骨のある奴等が集まっているみたいだ)

 

「この縄登りからの鯉のぼりを最終日以外毎日やってもらう。覚えておけ!」

 

この修練は最終日以外毎日行われるようです。かなり鍛えられるので、筋力強化にはもってこいですね。進んでやろうとは微塵も思いませんが……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑦

「全員落ちずにクリアするとは中々やるではないか。今日は初日だから終わりにするが、明日以降は倍以上のキツさが待っているから、それ相応の覚悟をしておけ!」

 

『はいっ!』

 

二宮瑞希です。段々ここの集まりが体育会系になりつつあります。洛山野球部もこんな感じになっているのでしょうか?

 

「明日からは洛山野球部の代表と個人的に来ている奴等も合流する……。力を合わせて、私の練習メニューから生き残る事だな」

 

「この後は食事と入浴、それ以降は就寝、朝は4時起床だから、疲れた人達はゆっくり休んでた方が良いよ~」

 

4時起床ですか……。普段寄りも1時間早く起きなければいけませんね。私はともかく、朝が弱い人達は相当辛そうです。

 

「それと……練習前に呼んだ連中は食事の後でそれぞれの場所で待っておけ」

 

メニューUに該当する朱里さんとウィラードさんに、メニューSの雷轟さんとバンガードさんと上杉さんは海辺で、メニューAの武田さん、川原さん、香菜さん、夢城さんの4人は林の方にて待機のようです。私は白糸台の捕手なので、香菜さんのいる林の特別練習に付き添いましょうか。

 

「二宮さんは林の方に行くの?」

 

歩を進めようとすると、山崎さんから声が掛かりました。山崎さんもどちらかに付き添いをしようと考えていたみたいですね。

 

「そうですね。海辺の方は白糸台メンバーが該当していませんので……」

 

「……私もそっちに行こうかな。ヨミちゃんも気掛かりだし。良いかな?」

 

「私は構いませんよ」

 

そもそも私が決める事ではありませんからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の練習の前に腹ごしらえのようです。食べ盛りとはいえ、食べ過ぎには注意しましょうね。

 

「わぁ……!」

 

「す、凄い豪華な食事……」

 

並んでいるのは秋刀魚のカルパッチョ、ローストビーフ、ピザ、稲荷寿司ですね。稲荷寿司にはバターが乗っています。食べ過ぎてしまいそうな食欲を誘っていますね。

 

「これ等の料理はこの島に来ているシェフが作ってくれている。彼女に感謝するように!」

 

「……ってこれを1人で作ってるの!?」

 

「去年の秋頃から自主的にこの島に来る条件として、食事を作ってもらっているからな。私もこれ程の料理がお目にかかれるとは思わなかったが……」

 

この量の料理を1人で作っているとなると、相当腕のある料理人ですね。

 

「…………」

 

(あちらにいるのが、ここの料理を作った人のようですが……) 

 

「あ、あれって美園学院の三森さんじゃ……?」

 

山崎さんが呟いたように、この料理を作ったのは三森さんのようです。三女の夜子さんですね。

 

「今回もよく出来た料理だったな」

 

「これくらいは朝飯前。それに今回のは最近の中では自信作の創作料理……」

 

ここで料理を振る舞う事で練習に参加している人達はモチベーションが上がり、夜子さんはここでいつでも練習する事が出来る……。お互いにWin-Winの関係を築こうという訳ですか……。

 

「……ちなみに他の姉妹も来てるの?」

 

「姉さん達は明日になると洛山の人達と合流する予定……。私はシェフとして社長に呼ばれて、一足早くこの島に来た」

 

夜子さんの将来は料理人が最適解でしょう。野球でものにならなかった時の保険としてもかなり上位の職業に就けそうで羨ましい限りです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑧

二宮瑞希です。香菜さんが参加する特別練習メニューAの付き添いで林に来ました。新越谷の山崎さんも一緒です。

 

(本来ならば和奈さんがやっているであろうメニューをこの目で見ておきたかったのですが……)

 

白糸台の捕手として、そして香菜さんとバッテリーを組んでいる身として、この修練で香菜さん達が身に付く力を見ておく必要があるでしょう。

 

「待たせたね~」

 

林にやってきたのは、大量の薪を抱えてる非道さんでした。

 

「ふぃ~。よっこいしょっと~」

 

 

ドスンッ!

 

 

「あ、あの……その薪は……?」

 

「ん~?社長に頼まれて、君達メニューAに選ばれし者に必要なものだよ~。あとはこれね~」

 

次に非道さんは背中から斧を出しました。中々の収納術ですね。

 

「そ、それって斧ですよね……。それを使って何をするんですか?」

 

「簡単だよ~。この斧で~」

 

 

バキッ!

 

 

「このように勢い良く一刀で薪割りをしてね~。社長が指名した4人にはこれを乗り越える素質があるからね~」

 

武田さん、川原さん、夢城さん、そして香菜さんにはこの薪割りを完遂出来る筋力が身に付く……という訳ですか。

 

「ただの薪割りね」

 

「そそ~。ここにある材木を同じ要領で全部薪にしてから、さっきみたいな薪割りをしてね~」

 

「こ、これを本当に割るの……?」

 

「そのようですね。先程の非道さんの動きを見るに、全身の筋力を使ってこの斧で薪割りをするみたいです」

 

「やり方は非道さんのを見てわかったわ。それなら私達4人は薪割りを繰り返していれば良い。それだけで特別メニューは終了よ」

 

 

バキッ!

 

 

最初に動いたのは夢城さん。全身の力を上手く使って、薪を割っていきます。

 

「わ、私達も続くよ!」

 

「そうだね……。この中で唯一の3年生として負けられないかも……」

 

「よーし!」

 

 

バキッ!バキッ!バキッ!

 

 

夢城さんの薪割りを皮切りに、他の3人も次々と薪を割っていきました。4人でやると、流石にペースが早いですね。

 

「す、凄い。皆が次々と薪を割っていく……。これが終われば確かに大幅な筋力アップになるかも!」

 

「しかしペース配分はしっかりと考えてくださいね。最初に飛ばし過ぎると、後半に疲れが出ます」

 

大切なのは継続出来るペースで薪を割る事……。この修練では筋力UPと同時に、スタミナUPも期待出来そうですね。 

 

「そ、そうだよね!自分のペースでやるのが大切だよね!」

 

「焦らずに、ゆっくりと……」

 

「でも……」

 

川原さんと香菜さんが見ているのは……。

 

「…………」

 

 

バキッ!バキッ!

 

 

 

無言で黙々と材木を割っている夢城さんと……。

 

「そいっ!!」

 

 

バキッ!

 

 

変な掛け声で次々と材木を割っている武田さんですね。この2人に負けないように頑張るのは結構な事ですが、怪我をすれば元も子もありません。

 

「……と、とりあえず私達は自分のペースで頑張ろっか」

 

「そ、そうですね!」

 

「それが良いでしょう。ただでさえこの斧はそれなりの重量があります。非道さんは全身の筋力を使ってこの斧を振り下ろすみたいですし、タイミングを間違えば、身体を壊す事になると思います」

 

香菜さんと川原さんはどうやら自分のペースで薪割りをするようです。まぁマイペースを続ける事も成長の1つになりうるでしょう。

 

「それにあの4人と、海の方にいる5人はそれに加えて私達と同じ練習メニューもこなさなきゃだし……」

 

「海にいる5人もそうですが、彼女達がオーバーワークにならないよう、私達でよく見ておいた方が良いでしょうね。一応洛山の非道さんと黛さんが監視役も兼ねていますが、念の為に私達も監視しておきまきょう」

 

「う、うん。そうだよね……」

 

海辺にいるバンガードさんも気掛かりですし、手隙の時間に海辺の方に顔を出しに行くのもアリかも知れませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑨

二宮瑞希です。

 

「全員……起床っ!!」

 

社長の怒声によって起床時間を迎えます。時刻は午前4時です。

 

「全員、起きたら顔を洗え。どうしても眠い奴は一発で眠気が吹き飛ぶ魔法の飲み物を用意してある。過剰摂取しない程度に飲んでくれ」

 

魔法の飲み物……エナジードリンクですね。健康に悪いとわかっていても、ついつい飲んでしまう魔性の飲み物です。

 

「洗顔が終わったら、全員昨日着た水着に着替えてね~」

 

「準備が終わったら、早速縄登りからの、鯉のぼりをやるから、精々準備を調えておく事だな」

 

「これが合宿中は準備運動になるからね~」

 

朝のルーティーンとして、昨日やった2つの修練を行うようですね。良い運動になる上に、目を覚ますのにも最適です。

 

「全員乗ったな……?では行くぞ!」

 

社長と非道さんがボートを漕ぐその光景はそれはもうシュールだったそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日修練をやった場所に到着すると、数人がぶら下がっていました。中に和奈さんもいますね。

 

「け、結構キツいですね。これ……」

 

「ら、洛山の人達は毎年こんな事をやってるのね……!」

 

「そういえば2人は合宿に参加するのは初めてだったね。合宿中は何度もやるから、今の内に慣れておいた方が良いよ」

 

「か、和奈が平然と言うと、説得力が半端ないわね……」

 

「だね……」

 

和奈さんと一緒にぶら下がっているのはシルエスカ姉妹ですね。2人の方は初見なのかキツそうにしているのに対して、和奈さんは平然としています。慣れの差ですね。

 

「早朝からこんな事をしているのは、後にも先にも私達くらいでしょうね……」

 

「で、でもこれが終わったら夜子の作ったご飯が食べられるし、頑張っていこうよ。朝海姉さん!」

 

「夕香……。そうね。私達は料理が出来ないし、夜子がいなければ、食生活が歪みそうだから、私達はここに着いて来たのよ……!」

 

「三森3姉妹の絆は永遠に不滅!」

 

洛山の合流組とはまた別に、三森姉妹も参加しています。夜子さんは朝食を作っているので、朝海さんと夕香さんがこうして参加している訳ですね。しかし頑張る理由が少し欲望が漏れています。

 

「そこまで!!貴様達はこれから朝食だ。食後の練習に備えてたらふく食っておけ!間違っても吐くんじゃないぞ?」

 

『はいっ!!』

 

5人の内の3人……和奈さんと三森姉妹は泳いで島へと戻っていきました。約2名は何か別の理由で泳いでいる気がします。

 

「彼女達は2度目だから、ああして泳いで島に戻っている。もしも貴様達がこの合宿に再び参加したいというM体質の持ち主だったら、次回以降はああして泳いで島に戻ってもらうぞ!」

 

自分を鍛えるにはもってこいだと思いますが、余計な誤解を生む可能性がありますね……。普通に帰りましょう。

 

「今日からは野球の練習も取り入れるので、気張っていく事だ!」

 

この島で行われる野球の練習……。グラウンドとかがあると良いですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑩

二宮瑞希です。ジャージに着替えて、次の練習メニューに入ります。

 

「この練習メニューが終われば、野球の練習に入るぞ。気張れ!」

 

『は、はいっ!!』

 

野球の練習とわかると目の色を変えている人が何人かいますね。ここまで常軌を逸したものばかりだったからでしょうか?

 

(バンガードさんの話によれば、メニューSの人達は大きな若竹の葉を全て散らすように素振り……でしたか。和奈さんもやっているであろうメニューも中々に非常識です)

 

「……それで諸君にはこれ等を運んでもらう。野球の練習をする野球場までな」

 

大量の丸太をロープで括られたものを野球場まで運ぶそうです。

 

「これを運ぶって……相当重そう」

 

「でもこれが終わったらいよいよ本格的に野球の練習が出来ます。頑張りましょう」

 

「よーし!頑張って運ぶぞ~!」

 

約数名張り切っていますがこの島での非常識を考えると、普通には運べないのでしょうね。

 

「待て。誰が手で運べと言った?」

 

『えっ!?』

 

この場にいるほぼ全員がポカンとしています。普通に考えれば手を使って運ぶと思うので、無理もありません。

 

「そこの3人を見本に運べ」

 

社長が指す方向には四つん這いになって、背中に大量の丸太を括り付けています。その光景は宛ら輓馬の如しです。

 

「こ、これで運ぶんですか……?」

 

輓馬のような光景に驚愕と困惑が入り交じります。ちょっと現状と現実を受け入れ難い光景ですので、気持ちはわかります。

 

「夜子の料理を食べた私達は無敵よ。今ならなんだって出来るわ」

 

「そうだね。夜子の料理を食べて力倍増よ!」

 

「姉さん達は大袈裟……。あれくらいなら家でも毎日作ってるから」

 

「何を言ってるの。夜子の料理は日々成長してる……。今日の朝に食べたトーストも絶品だったわ」

 

「そうそう。夜子はもっと自信持って料理してよね!美園学園野球部の皆も夜子の料理に中毒になってるんだから」

 

「それも大袈裟……。でも私の料理を美味しく食べてくれる皆を見てると、もっと美味しい料理を作りたくなる」

 

三森3姉妹の気の抜けた会話をBGMにして、私達も覚悟を決めましょう。

 

「……話を戻して、これが第2の練習メニューだ。名付けて人間輓馬だ!」

 

三森3姉妹を見習おうとすると、シュールになる事間違いなしですね。自分のペースで行きましょう。 

 

「ロープが食い込むし、丸太が重い……!」

 

「言っておくが、これでもまだ優しい方だ。貴様達が男だったらこれの倍以上はキツい練習メニューが待っていたぞ?良かったな。女として生まれて」

 

男性に生まれていたら、多分何人かはリタイアしていたでしょうね。女性で良かったです。

 

「ふんぬーっ!」

 

「気合いで切り抜けるわよ。前回と同じように」

 

「他の人に比べたら私達と清本和奈はまだ慣れてるけど、この人間輓馬は結構キツい……」

 

先頭は三森3姉妹。慣れているのか、かなりのスピードで這っています。

 

「…………」

 

その後方に夢城さんが黙々と着いて行っています。上杉さんとウィラードさんもほぼ近くにいますね。遠前高校代表は適応力がかなり高いです。

 

ちなみに和奈さんは遅れている人がいないかの確認の為に、最後尾にいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして約1時間這いずり回り、ようやく……。

 

『つ、着いたーっ!!』

 

野球場へと到着しました。少し疲れましたね。

 

「よくぞここまで来たな。少し休んでから、練習……。そして昼休憩が終われば……貴様達の今の実力を見てやろう」

 

しかし思った以上にちゃんとした野球場ですね。普通に試合も出来そうです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑪

二宮瑞希です。野球場に着いた途端、先程まで屍のようになっていた人達が水を得た魚のように元気になっています。不思議な身体の作りをしていますね。

 

 

カンッ!

 

 

「セカンド!」

 

「任せて!」

 

 

バシッ!

 

 

機敏な動きを見せているのは、内野にいる三森3姉妹ですね。素早い動きと、それでいて繊細な守備は唯一無二の性能だと思います。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!どう?薪割りの成果は出てる?」

 

「う~ん、どうだろう?まだ薪割りも始めたばっかりだしなぁ……。社長も積み重ねていく事で初めて成果が発揮されるって言ってたし、これからじゃないかな」

 

「でも着々と力が付いていってる感覚はするかも……」

 

あちらでは新越谷の投手陣が薪割りの成果を実践しているようですね。朱里さんだけ別行動なのが少し違和感がありますが、朱里さんは朱里さんでウィラードさんとの練習で四苦八苦している事でしょう。

 

「待たせたな諸君。昼休憩を行った後は試合をしてもらう!」

 

『し、試合!?』

 

この場にいるのは社長を抜いて21人。ギリギリ紅白戦が出来そうではありますが……?

 

「試合の相手は私が携わってる社会人野球チーム……黒獅子重工が務めよう!」

 

社長が指事している黒獅子重工は社会人野球チームでも1、2を争う超強豪……。まともに試合をすれば、私達は勝てないでしょう。

 

「自慢をする訳ではないが、我が黒獅子重工はプロチームにも負けないように訓練されている選手揃いだ。普通に試合をすればこちらの圧勝だろう……。だがこちらからは3軍メンバーと洛山高校の代表者5人で挑む。これで戦力差はほぼなくなるだろう」

 

どうやら黒獅子重工は3軍メンバーに加えて洛山の代表者5人を加えたチームで試合に臨むそうです。

 

(裏を返せば、私達の総合力は黒獅子重工の3軍メンバーくらいのレベルはあるという訳ですか……)

 

これをプラスと捉えるか、マイナスと捉えるか……というのは個人の個性が出るところです。

 

「な、なんか凄い展開になってきたね……。瑞希ちゃんはどう思う?」

 

香菜さんが試合の行方を気にして、私に意見を求めてきました。 

 

「黒獅子重工の3軍メンバーの選手レベルはプロ注目の高校生と同様かそれ以上……。アメリカ帰りの上杉さんとウィラードさんがこちらの味方に付き、向こうも同様に和奈さんに非道さんと黛さん、アメリカ帰りのシルエスカ姉妹を加入……。総戦力を計算すれば、こちら側がやや不利……と言ったところでしょう」

 

この試合の本当の目的は合宿の成果が出ているかどうか……というところでしょう。

 

「それでは間もなく昼休憩の時間だ……。しっかりと休み、我が黒獅子重工に臨めるようにするんだ!」

 

『はいっ!!』

 

合宿の成果、発揮しているかどうか楽しみですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑫

二宮瑞希です。昼休憩が終わり、黒獅子重工の3軍と試合をする訳なのですが……。

 

「えっと、誰か投げたい人いる?」

 

『…………』

 

先発投手を誰にするか問題で全員が無言です。

 

(まぁ気持ちは大いにわかりますけどね。本人の投手データはもちろんの事、合宿の成果がどこまで出ているかというのも知られてしまいます。それも全国トップクラスの強敵に……)

 

この混合チームを仕切っている朱里さんも同じ気持ちであるだけに、戸惑っています。ここは助け船を出しましょうか……。

 

「黒獅子重工の采配次第にはなりますが、黛さんが先発を務める可能性がそこそこ高いですね」

 

「黛さんか……。洛山の中では少数……というか唯一と言っても良いくらいの技巧派投手なんだよね。球種の大小はあれど、決め球レベルの球がない……。そこがむしろ厄介になる」

 

強いて言うなら、カーブはかなりの精度を持っていると思います。

 

「加えて持久力もありますので、投手戦にも強いです。それに合わせてもう1度確認します。こちらの先発は誰にしましょうか?」

 

『…………』

 

再び無言ですね。このままでは先に進めません。

 

「……はぁ。誰も投げないのなら、私が投げるわ」

 

「由紀ちゃん……」

 

この状況を打破するべく発言したのは夢城さんです。

 

(夢城由紀……。天王寺さんのお付きであり、天王寺さんと一緒に様々な地を渡り歩いています。双子の姉妹である夢城亜紀と一緒に天王寺さんを支えている印象がありますが……)

 

「大方自身の実力をここにいる敵同士になる予定の連中に晒す訳にはいかない……とか思っているのでしょう?私ならチームでも良くて3番手……。私程度の球種がバレたところで、遠前野球部にとって痛手にはならないわ」

 

「由紀……ごめんなさい。本来なら私達本来の投手陣が率先して投げなければならなかったのに……」

 

「別に……天王寺先輩ならきっとそうすると思ったからよ」

 

実際のところは天王寺さんと同様に、正体を明かさずに立ち回っている節があります。この試合で少しは彼女がわかるのでしょうか?

 

(夢城姉妹の裏向きの理由まで探れると良いのですが……)

 

私の目的を邪魔立てするのなら、敵対する事になります。そうなるのかどうか見極めましょう。

 

 

1番 セカンド 日葵さん

 

2番 ショート 陽奈さん

 

3番 ファースト バンガードさん

 

4番 レフト 上杉さん

 

5番 サード 雷轟さん

 

6番 ライト 三森朝海さん

 

7番 キャッチャー 山崎さん

 

8番 ピッチャー 夢城さん

 

9番 センター 三森夜子さん

 

 

とりあえずオーダーはこれで行きます。

 

「間もなくプレイボールだ。それぞれの守備練習でもして慣らしておけ!」

 

『はいっ!』

 

気になる部分は多々ありますが、私は見る事に集中しましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑬

二宮瑞希です。

 

『プレイボール!』

 

黒獅子重工の3軍+洛山との試合が始まりました。私達は後攻ですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

先発の夢城由紀さんは全国区レベルのストレートを投げました。あれは鉞投法ですか……。

 

「鉞投法ですか。高校生でお目に掛かるとは思いませんでしたね」

 

「由紀が本格的に野球を始めたのは遠前高校に入ってから……。天王寺先輩によって育成された選手の1人なのよね」

 

やはり天王寺さんの手腕は立派なものですが、夢城さんの場合は元々あれくらいのポテンシャルがあるものだと思ってしまいますね。

 

(それに鉞投法の弱点を夢城さん自身は理解し切った上で投げているように見えます。それでも鉞投法を続けるという事は、彼女もまた遠前高校のエースの一角……という訳ですか)

 

遠前高校の投手陣は風薙さんとウィラードさん、そして夢城由紀さんの3人で決まりですね。それも自身を3番手だと言っている夢城さんですら、群馬県内ではトップクラスの投手です。

 

 

カンッ!

 

 

「セカンド!」

 

「まっかせて!」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

 

相手チームの1番打者はエルゼ・シルエスカさんでしたが、セカンドライナーでアウト……。特別練習メニューに選ばれずとも日葵さん、そして姉の陽奈さんも負けてはいません。

 

「ねぇねぇ朱里ちゃん!」

 

「どうしたの武田さん?」

 

「夢城さんって変わったフォームで投げるよね。今までの試合では見た事がないんだけど……」

 

「あれは鉞投法と言って、大きく足を上げて投げるフォームだね」

 

「なんか独特だねぇ……」

 

鉞投法を有する投手は世界で見ても、滅多にいません。日本、それも女子選手で鉞投法なのは夢城さんだけでしょう。コピーを利用する投手ならその人も該当しそうですが、身体のバネとか、柔らかさとかがないと出来ないもの……。コピーするのも決して簡単ではないでしょう。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

黒獅子重工+洛山の混合チームは初回無得点に終わりました。まずは上々ですね。

 

「よーし!先制点取ってくるね~!」

 

こちらの攻撃。1番打者は日葵さんです。

 

(日葵さんは初回出塁率がほぼ95%越え……。何がなんでも出塁しようというそのスタイルが生み出した副産物ですが、それは実践でもキチンと活きています)

 

 

コンッ。

 

 

『初球セーフティバント!?』

 

周り(白糸台の私含めた5人以外)が騒がしくしているように、日葵さんは意表を突いて出塁をもぎ取ります。95%の出塁率の内の8割以上は不意の攻めから来るものですね。

 

『セーフ!』

 

そして三森3姉妹のように派手ではないものの、速い足で内野安打を狙う……。これが佐倉日葵の攻撃です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑭

1回裏。ノーアウトから先頭打者の日葵さんが出塁しました。続く打者は陽奈さんなので、この局面は『今の白糸台の野球』をしましょうか。

 

(……という事で、仕掛けてください)

 

(OK!)

 

ちなみにこの試合でのサインの有無は問われないとの事なので、基本的なサイン出しは私がやります。例外が出た場合は朱里さんにお願いしています。

 

そして仕掛けるのは初球。黛さんが振りかぶった瞬間……。

 

「走った!」

 

日葵さんがスタートを切ります。タイミングも悪くありません。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「よいしょ~!」

 

高校生女子の捕手の中で非道さんはかなりの強肩です。並のランナーなら刺される事でしょう。しかし……。

 

『セーフ!』

 

(生憎日葵さんはこの合宿を通じて並ではなくなります。今日の時点ではかなりギリギリのセーフが、合宿が終わる頃には余裕を持つ事も出来るでしょう)

 

合宿前の日葵さんならもしかしたら刺される可能性の方が高かったでしょうが、それでもこの局面なら仕掛けますね。何故ならそれが佐倉日葵なのだから……。

 

(おおっ?なんかいつもより身体が軽い感じがするなぁ……。これが地獄の合宿の成果ってやつ?しかも今は途中段階だから……合宿終了時にどれだけ気持ち良く走れるか、楽しみになってきたよ~!)

 

(日葵……また足が速くなってるわね。それならいつも通りの作戦でホームに還せそうだわ)

 

陽奈さんも日葵さんの走力を見て、改めて作戦を実行に移せそうだと安堵していますね。まぁ色々と気持ちはわかります。 

 

「それにしても彼女、かなり足が速かったわね……」

 

「本来の日葵さんより更に足が速くなっています。これが合宿の成果でしょうね」

 

まぁまだ成果が出るには早過ぎる気もしますが……。 

 

「あの走力は去年の県大会時点での私達3姉妹と同等かも知れないわね」

 

「あれ?それなら私達だって合宿乗り越え成果でもっと足が速くなっているのでは?」

 

「夕香姉さん。私達が練習に合流したのは今日からだから、まだ成果と呼べるものはない筈……」

 

まぁプラシーボ効果でしょう。そういうのも大切ですよ。

 

 

コンッ。

 

 

それはさておき、ここは無難にバントエンドランです。力なくファーストへと転がり、上手くいけば陽奈さんも一塁に辿り着ける一手なのですが……。

 

「1つ~!」

 

「は、はい!」

 

相手は冷静というか、確実に1つのアウトを取ろうという判断ですね。

 

「加速っ!!」

 

(しかしそれはそれとして、先制点は頂きますよ?)

 

この動きは読まれていたとしても、簡単には阻止出来ない……という強みがあります。相手の動きによっては更なるチャンスになりますからね。

 

『アウト!』

 

一塁はアウトですが……。

 

「先制点GET~♪」

 

無事に先制点は頂きました。この1点が大きなものになるかどうか……。見物ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑮

2回表。黒獅子重工3軍(+洛山)の攻撃に入ります。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

(この打席は和奈さんからですか……)

 

本塁打総数ならこの場にいる誰よりも多いスラッガー。そして特別練習メニューSの成果を確実に宿している打者でもあります。

 

(そうなると夢城さんの狙いは……)

 

和奈さんが特別練習で得たスイングをこの目で確認する事……。それには私達も含まれています。

 

(清本さんか……。現時点での合宿の成果を確かめる為に組んだ試合だって社長は言ってたし、敬遠する訳にもいかないよね。慎重に攻めていこう)

 

(……了解よ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

鉞投法には大きな弱点があります。今の1球を和奈さんが見逃したのも、その弱点を見やすいポイントに着いたからでしょう。

 

「…………」

 

(今真深達がやっている特別練習メニューSの完成形をこの4番打者は扱える……。真深達の為にも、この打者からそれを引き出す必要があるわね)

 

(鉞投法の弱点。それは大きく振りかぶる時に見えるボールの握り……)

 

自他共にわかっているであろう鉞投法を夢城さんが何故続けていられるのか。それは……。

 

 

カキーン!!

 

 

2球目に投げられたストレートを和奈さんは捉えますが、あれは普通のスイングですね。

 

『ファール!』

 

スプラッシュアーチになるかと思いましたが、なんとかファールですね。助かりました。

 

「流石清本さんね……。由紀の……鉞投法の弱点にもきっちりと対応していってる」

 

「弱点?」

 

鉞投法の弱点というのに雷轟さんは首を傾げています。まぁ野球始めたてで鉞投法なんてまず目にする事はないでしょうし、現代日本でもかなり稀有な投法で間違いないでしょう。

 

「そう……鉞投法の唯一にして、最大の弱点。それを清本は見極めて打ってるんだよ」

 

「その弱点って……?」

 

「鉞投法の弱点は投げ手を地面スレスレまでに下ろした時に見える球の握りですね。和奈さんだけでなく、これからの相手チームはその握りを見極めて打つつもりです」

 

「その通りよ。でも由紀はそれをわかった上で、あのフォームを続けているの。全ては打たせて取るピッチングの為に……」

 

打たせて取るピッチングを指事しているのは間違いなく天王寺さんですね。

 

(しかしそれだけで鉞投法を続けるにはモチベーション的な意味合いでも無理があります。恐らく夢城さんにとって大きな決め球があるでしょう)

 

(今のスイングは普通のスイングだった……。やはりただのストレートでは普通に打たれておしまいね。それなら『わかっていても簡単には打てない球』を投げるしか、あの特別練習メニューSの完成形スイングを見る方法がないわ)

 

振りかぶって3球目。

 

「あの握りは……!」

 

「由紀、投げるみたいね」

 

この場にいる投手陣の大半は理解したであろう握り。夢城さんがあの球種を覚えているのは敵に回る事を考えて、かなり厄介ですね。

 

(いくわよ。精々溢さないように、気を配りなさい)

 

(えっ?あの握りは……!?)

 

捕手の山崎さんも気付いた事でしょう。夢城さんが投げたのは……。

 

(ふ、不意に来るナックルはカットし切れないよ……)

 

 

ガッ……!

 

 

『打ち上げた!?』

 

「私の今の決め球……例え『わかっていたとしても』、簡単には打たせないわ」

 

(次の打席では……見せてもらうわよ)

 

『アウト!』

 

揺れて落ちる球……ナックルボールです。しかも球速もかなり速いですね。

 

(わかっていても簡単には打てない球……。相手も攻略には多少の時間が掛かるでしょう)

 

その間にこちらの攻撃で突き放す必要がありますね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑯

試合は4回表。初回以降点が取れない私達は1点でも多く点を取っておきたいところです。

 

(3回裏では1打席目でホームランを打ったバンガードさん、上杉さん、雷轟さんの3人を敬遠し、そこから三者凡退で打ち取られたので、流れが完全に相手の方へ行っています)

 

そして今はワンアウト一塁・二塁のピンチを迎えています。そして打席には和奈さん……。状況的にはかなり不味いです。

 

(2打席目ね……。今度こそ見せてもらうわよ)

 

(あのナックルを打たない事には、チームの勝ちはない……。エルゼちゃんも、リンゼちゃんも、非道さんもナックルに対しては打ちあぐねていたから、私が打って相手投手の心を折るつもりでいかなきゃ……!)

 

夢城さん的には和奈さんが放つ高速のスイングを全員……特に特別練習メニューSをしている3人に見せたいところでしょう。

 

(初球からフルパワーでいくわ。打てるものなら、打ってみなさい……!)

 

(球の握りは……ナックルだ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は見送りですね。球の軌道やスイングのタイミングを読んでいるのでしょうか?

 

(見送った……?タイミングを合わせる為かしら?それとも……)

 

(1打席目よりも変化が大きい……。でもタイミングは掴めたから、次は『覇竹』で打ってみせる……!)

 

ナックルはタイミングを合わせるのが至難……。しかし和奈さんならそれを可能にしてしまうポテンシャルを秘めているのが恐ろしいところです。

 

「それにしても……由紀のナックルはキレと変化量が上がったわね。あれは先輩のナックルよりも上かも知れないわ」

 

「それは凄いですね。あの時に彼女が投げたナックルは高校生の中で……いえ、プロ選手のなかでもあのレベルのナックルを投げる投手はいませんでした。夢城由紀さんが投げるナックルは更にその上を行く……と」

 

「ええ。味方で良かったとも思っているわ」

 

ちなみに『彼女』というのは、雷轟遥さんの実姉である風薙彼方さんの事を指します。名前を出さないのは雷轟さんの耳に入れない為……。あの2人は確執のようなものがありそうですし、ここで風薙さんの存在を知られるのは面倒でしょう。

 

(サードを守ってる雷轟さんには聞こえないと思いますが、念には念を……ですね)

 

合わせてくれるウィラードさんにも感謝です。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「しかし和奈さんはカット気味の打球が多いですね。ナックルを多投させて、夢城さんのスタミナを枯らす作戦でしょうか?」

 

「可能性はあるだろうね。ナックルなんて高校生が多投出来る球じゃないから……」

 

ナックルの弱点はその独特な握りによる握力の低下、そしてスタミナ消費が激しい事です。況してや高校が連続で投げるのは難しい筈……。

 

「普通の投手ならそれでも良いけど、由紀に仕掛けるのは愚策としか思えないわ」

 

ウィラードさんの発言に引っ掛かりを覚えますね……。

 

「えっ?どういう事?」

 

私が気になっていた事を朱里さんが尋ねます。私も聞いてみましょうか?

 

「確かにナックルは普通の投手が多投すると、握力がなくなり、失投やスタミナ切れが起こりやすいわ。でも由紀は違う……」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(な、なんとかカット出来る……。この調子で粘っていこう)

 

(……成程。ナックルを多投させて、私のスタミナ切れを狙おうって魂胆ね。けれど……)

 

夢城さんは再びナックルを投げます。

 

(ナックル……!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(……今のも普通のスイングね。社長が言っていた覇竹の完成形を彼女が身に付けている……との話だから、是非ともこの目で見て確かめようと思ったけれど、時間の無駄だったかしら?)

 

(夢城さんのナックルは簡単には打てない。落ち際まで見てから打たないと……!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

かれこれ10球は連続でナックルを投げていますが、衰える気配が一向にありませんね。

 

「今のでわかってもらえたと思うけど、由紀は無尽蔵のスタミナを有していて、あのようにスタミナ消費の激しい球を何十、何百と投げても息1つ切らさないの」

 

「それが本当だとしたら、凄い話だよね。スタミナがない私からすれば羨ましい事この上ないよ……」

 

ウィラードさんが言っていた愚策はこれを指す発言な訳ですね。あと朱里さんはもう少しスタミナを付ける努力をしてください。

 

(体力の方は問題ないけれど、これ以上は時間の無駄ね。見せてくれないのなら、もうこれでおしまいよ)

 

(またナックル……!)

 

そして11球目。夢城さんが投げたナックルは、先程までよりも大きい変化を見せました。

 

(変化が大きい!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

そして和奈さんは空振り三振……。2打席連続で和奈さんを抑えられたのはかなり大きいですね。

 

(しかしこれで遠前高校では3番手の投手ですか……。選手層は薄いのに、豊富な投手陣が揃っていますね)

 

これは香菜さんも負けてはいられませんよ?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑰

4回が終わりました。夢城さんも奮闘あり、私達の4点リードは変わりません。

 

(しかし流れが良くない方向へと行っているのも確か……。何かしら手を打っておいた方が良さそうですね)

 

「む?どうしたどうした?我が洛山代表者と黒獅子重工の混合チームが負けているではないか!」

 

「雷轟やバンガード、上杉みたいな選手がいるからな……。3校混合チームの方が洛山と黒獅子重工の3軍達よりも数段強力なのは間違いない」

 

これからのプランを考えていると、聞き覚えのある声が聞こえました。

 

「今日はありがとうございます~」

 

「なに、洛山恒例の地獄の合宿に初参加の新越谷と遠前の連中がどのようにして練習に励んでいるのかを見に来たのだよ!」

 

「この島に来るのは高1以来だが、島の雰囲気もそんなに変わってないな」

 

やってきたのは神童さんと大豪月さんですね。相も変わらず貫禄のあるお二方です。

 

「よく来たな2人共!大豪月の方は次のイニングから入ってもらうが、構わないか?」

 

「ウム!無論、入らせてもらう!」

 

どうやら大豪月さんは5回から合流のようですね。流れを完全に手繰り寄せようとしています。 

 

「私は今日のところは見学だ。後輩達の頑張りと活躍を見させてもらおう」

 

神童さんの方は私達の側に付いて応援するみたいです。白糸台の選手達は張り切ろうとしていますね。

 

「神童さん、お久し振りです。卒業式以来ですね」

 

「まぁ卒業後は大豪月と行動していたからな。自分磨きに部員集めと、白糸台にいた頃とは全く違う大学生活を過ごしているよ」

 

それはそうでしょうね。白糸台では精鋭も精鋭が100人以上もいましたから……。そして大学の方ではまさかの部員集めからですので、環境は天と地の差があるでしょう。

 

「お二人が通っている仏契大学の部員集めはどうなってますか?」

 

「……どうにも大豪月が言うには根性のある奴がいないとの事でな。部員の方は私と大豪月を含めてまだ3人しかいない」

 

神童さんもそうですが、大豪月さんの理想はかなり高そうですね。むしろそんな2人に張り合えるその1人を褒め称えるべきでは?

 

「大学の方も人口がかなり少ないからか、大豪月はすっかり大学の中心人物だよ。大学名も改名するくらいだ」

 

「か、改名……?」

 

「そうだ。まぁ改名とは言っても、読み方を変えただけだがな」

 

私達が行く予定の大学は仏契大学……。元はこれで『ぶつけい』と読んでいたそうですが、大豪月さんによって『ぶっちぎり』と読むようになったそうです。社長とも縁があるように、大豪月さんはかなりの権力を持ち合わせているようですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

5回表も夢城さんは無得点です。このまま逃げ切れるでしょうか……。

 

「さぁ……。いよいよ私の出番だ!!」

 

今度はあの重鎮から如何に打つかを考える必要があるみたいです。本当に不味い展開になりましたね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑱

5回裏。この回は9番の夜子さんからなのですが……。

 

「……さて、行くぞ合同チーム。私の球に平伏せ!」

 

この回から大豪月さんがマウンドに上がっています。 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(おお~。更に速くなってますね~。流石は大豪月さん~)

 

去年とは比較になりませんね。風薙さん以上のストレートと言っても良いでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

2球目もストライク。夜子さんの様子を見る限り、目で追うのが精一杯という感じがします。

 

「どうした?あと1球しかないぞ!」

 

(速い……。目で追うのがやっと。こうなったら……!)

 

3球目。夜子さんはバントの構えを取りますが……。

 

(形振り構わず当てようという魂胆だろうが……甘い!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

大豪月さんの豪速球の前ではかする事すら叶いませんでした。

 

「フハハハハ!バントなんかで私の球を打とうなど、甘いわ!」

 

「夜子!」

 

「……全く手が出なかった。並の打者じゃ、バットを振る事すら難しいと思う」

 

「じゃあ打つ手がないの……?」

 

夜子さんの発言で絶望を見せますが、それが全くのその通りと問われればまた違うでしょう。

 

「そうでもないよ。あの3人ならきっと……」

 

夜子さんの視線の先には雷轟さんと上杉さん、そしてバンガードさんがいます。

 

(あれが高校生最速と呼ばれた大豪月さんのストレートね。練習中のこの打ち方で、打てるかしら……?)

 

(凄い……!大豪月さんのストレートがまた速くなってる!早く打席であのストレートが見たいよ!)

 

雷轟さんと上杉さんは前のめりになっていますね。

 

「あの豪速球を1番に打つのは私デース!」

 

バンガードさんは平常運転……。こちらも心配はいらないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6回表。打席には大豪月さんが立っています。

 

(先程の投球……しかと見せてもらったわ。あの強靭な上半身から投げられる球に近いレベルのストレートが投げられるのね。まだ途中段階だけれど、彼女に通用するか見せてもらうわ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は見逃し。大豪月さんは夢城さんを実力を計ろうとしているのでしょうか?

 

(ほう?鉞投法か……。中々ストレートも速いし、将来有望な奴になりそうだな)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(相手チームの内の3人が特別練習メニューSを行っている最中だったな。それなら見せてやろう……!)

 

ツーナッシング。ここは3球で決めてくるでしょう。大豪月さんを相手に見せ球は意味を成しませんからね。投げたのは和奈さんを抑える事に成功したナックルです。

 

(ナックルか……。丁度良い。どんな球をも打ち砕く、覇竹の如きスイング……これぞ特別練習メニューSの完成形だ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

大豪月さんは特別練習メニューSの完成形と思わしきスイングで夢城さんのナックルを捉えました。

 

「フム……。芯から僅かにズレたが、我が力からすれば充分だろう」

 

 

ズドンッ!

 

 

「全く……。弁償してもらうぞ?大豪月よ」

 

「フハハハハ!硬い事を言うんじゃない!」

 

大豪月さんが放った打球はレフト側のポールを叩き折りました。凄まじいパワーですね。あの豪速球も納得です。

 

(大豪月はこの島の特別練習メニューAと、特別練習メニューSを毎年完璧にこなし、年に2回は魔の六甲おろし坂を自転車で、息継ぎなしで登り切る女だ。単純なパワーとスタミナだけならこの中では1番だし、球速もプロ野球に入ったとしても1、2を争う……。奴を越えるような投手、野手が現れるのか……見せてもらうぞ?)

 

(あれが特別練習メニューSの完成形……。真深達があれを会得出来たのなら、スラッガーとして、大成するでしょうね)

 

(流石大豪月さん……。洛山を卒業してから、更に力を付けてる。私も負けてられないよ……!)

 

(打力日本一と呼ばれる洛山高校のOGで、清本さんが入るまで4番を務めてた大豪月さん……。貴女のスイングを見習って私達も精進していくわよ)

 

様々な人が様々な想いを経てこの試合に臨んでいます。恐らくは私も同じ気持ちでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑲

大豪月さんに打たれた夢城さんですが、後続の打者を抑えて流れを断ち切りました。この試合はひとまず逃げ切れそうですね。

 

「ナイスピッチ!」

 

「ありがとう。けれど私だって長くはもたないわ」

 

「えっ?」

 

「体力的には全然問題ないけれど、この試合は合宿中に最低でもあと1回はやるのだから、これ以上私の持ち球を晒されてはつるべ打ちされるのが関の山よ」

 

夢城さんの言う通りですね。この試合はともかくまた合宿の成果を試す試合がある可能性が高いので、その時には夢城さん以外の人が投げなければなりません。

 

(そして投げれば、その分のデータの収集をされてしまうリスクが付きまとう訳ですか……。中々に難儀ですね)

 

まぁ私からすれば、良い事ずくめですけどね。惜しむべきは公式戦で夢城さんが投げる可能性が限りなく低い……という部分でしょうか?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「どうした?私はただのストレートしか投げていないぞ?私をもっと楽しませろ!」

 

話を戻して、打席ではストレートを打ちあぐねているバンガードさん。

 

「バンちゃんの得意球ってストレートなのに、全然打ててないね……」

 

「確かにあのストレートは私達が今まで見てきた中でも1番速いわ。打つのは至難の技ね」

 

確かにバンガードさんはストレートが得意球ではありますが、大豪月さんの投げるストレートはその辺のものとは格が違います。1打席で打つのはまず不可能でしょう。

 

「……クリーンアップの3人しかあのストレートを打てないでしょうね」

 

「夢城さん、どういう事?」

 

「真深達がやっている特別練習メニューSは清本和奈が得意とする覇竹の如き高速スイングを会得する為のもの……というだけの話よ」

 

「先程大豪月さんが見せたスイングがその覇竹のスイングに当てはまるでしょう」

 

バンガードさん曰く、大きな若竹に付いている葉を全て素振りで落とす修練をやっている……との事。3~5番の3人がもしも特別練習メニューSで高速のスイングを身に付けたならば、大豪月さんの投げるストレートを打つのも難しくはないでしょう。

 

 

ガッ……!

 

 

「フム、当てるだけでも大したものだ。だがそんな拙いスイングでは到底覇竹には辿り着けんぞ!」

 

『アウト!』

 

バンガードさんが打ち取られる程のストレートを今の大豪月さんは投げてきます。

 

(それに風薙さんの球を打つとしたら、バンガードさんに頼る必要がありますね)

 

夏に向けて、バンガードさんにはなんとしても和奈さんが身に付けた『覇竹』と呼ばれるスイングを身に付けてもらう必要がありますね。頑張ってください。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿⑳

「悔しいデース……」

 

バンガードさんは得意のストレートを打ち損じて悔しそうにしています。精進次第で大豪月さんの投げるストレートも打てるようになるでしょう。

 

「次は真深ちゃんの番だね!」

 

「あの豪速球は打てそう?」

 

「……まだ打席であの豪速球を見ていないから、なんとも言えないわ。けれど私達が練習している特別練習メニューSの完成形のスイングを身に付ける良い切欠になるかも」

 

4番の上杉さん。私の見立てでは3人の中で1番飛び抜けて要ると思います。

 

(相性の良し悪しや対戦経験もあるので、一概に上杉さんが1番大豪月さんの攻略が近い……という訳でもなさそうですが)

 

そんな上杉さんと大豪月さんの対決が始まります。

 

 

(彼奴が上杉真深か……。世界一の日本人高校生スラッガーと、アメリカで轟かせたその実力を……見せてもらうぞ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(確かに速いわ。それも彼方先輩以上……。でも大豪月さんが投げているのは本人の言うようにただのストレート。打てない手立ては……)

 

大豪月さんのストレートはかなり早く、当てる為にはまず豪速球を見る眼が必要になります。

 

(ないわ!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

上杉さんは2球目でストレートを当てます。アメリカで野球をやっていただけあって、速球に目が慣れるのがかなり早いですね。

 

「ほう?当てるくらいなら造作もないか……」

 

「貴女が投げているのはいくら速く、重くても、『ただのストレート』に過ぎませんから……」

 

「成程な。確かにその通りだ。先程私も豪語したしな。今の2球で目が慣れてきた頃だろう……。止めはコイツをくれてやる」

 

ツーナッシングからの3球目……。

 

(確かに目が慣れてきたわ。先程のファールで身体も着いて来れる事もわかった……。この3球目を……!)

 

「打つ!!」

 

(ふっ……。私のストレートに未完成の覇竹で着いて来た事は褒めてやる。だがここまでだ)

 

上杉さんがスイングを始動した瞬間……。

 

(なっ!変化した!?)

 

なんと落ちました。まさかあの球速で落ちる球とは……。度し難いですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(神童さんもそうですが、彼女はどこまでも高みに行っています)

 

その神童さんの実力はまだ見れていませんが、きっと大豪月さんと同様に成長しているのでしょう。

 

「…………」

 

(次の雷轟さんの打席こそが、試合の分岐を分ける結果になるでしょう)

 

ここで雷轟さんが抑え込まれるようなら、逆転される事も視野に入れなければなりませんからね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿21

上杉さんが三振に倒れツーアウト。次は雷轟さんの打席です。

 

「ごめんなさい……」

 

「当てる事が出来ただけでも凄いよ!」

 

「そうね。あの豪速球は中々打てる球じゃないわ」

 

「それに問題は最後に投げられた球……だよね」

 

大豪月さんが投げたのはフォークでしょう。あの豪速球と同じ速度で落ちるとなると、かなり厄介ですね。

 

「ええ。真っ直ぐだと思って打ちに行ったら、落ちたわ。私が見る限りだとSFFとは違う。変化の仕方から間違いなくフォークボール……」

 

「ストレートと同速で落ちるフォーク……。ストレートと同じ球速なだけあって、球の見極めも困難……か」

 

「大豪月は高校を卒業してからは自身の投げるストレートと同じ球速で投げられる変化球を研究していたみたいでな?今投げたフォークの他にも3つの変化球を同速で投げる事が可能になったぞ」

 

神童さんは大豪月さんの成長を間近で見ているようですね。私も2人と同じ大学に行けば、2人の成長が見られるでしょうか?

 

「次は雷轟か。しばらく見ない間に大分体付きが良くなったようにも見えるが……」

 

「最後に神童さん達がいた白糸台と対戦した時と比べて、大きく成長したのは間違いありません」

 

しかし雷轟さんは雷轟さんで成長速度が凄まじいです。センスで野球をやっている……と言っても過言ではありません。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「……みたいだな。大豪月のストレートに対してもバンガード、上杉と比べてタイミングを合わせるのが上手い」

 

「1度大豪月さんと勝負した経験があるのも関係してそうですね。それに加えて雷轟さんまでの打者も大豪月さんの球を見ているのも、雷轟さんが打てる理由に当てはまるでしょう」

 

かと言って簡単に打てる球ではない事には変わりません。

 

(見えたっ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「また打ったよ!」

 

「真深や他の打者でも中々打てない球を……。彼女ってまだ野球始めて1年くらいなのよね?」

 

「まぁそれは間違いないんだけどね……。雷轟には初心者とは思えないレベルの対応力、適応力、そしてあのように速球系の球種に強いのには雷轟が他の人よりも優れた動体視力があるから……」

 

雷轟さんは野球をやるべくして持った才能が多くあります。その才能に憧れを抱く人も少なくなさそうですが……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(よし……!なんとか変化球にも着いて行けるよ!)

 

(流石は雷轟遥。私の投げる球全てに対応してきている……。過去に私の球を完璧に打っただけはあるな)

 

「動体視力があるって言っても、あの豪速球に着いて行けるかって言われたら話は別なんじゃない?」

 

「そうだね。だからこればかりは雷轟遥のセンスあっての事だよ」

 

(風薙さんと血の繋がった姉妹なだけあって、雷轟は野球をやる運命だったのかも知れないね)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

あの野球センスはやはり本物ですね。2年後にはプロの世界に入っていても可笑しくありません。

 

(中々やるな……。だが私とていつまでも貴様に打たれっぱなしである訳にもいかん!)

 

(次こそ……当てる!)

 

2人の対決は次で15球になります。

 

(これで……三振だ!!)

 

(絶対に……打ってみせる!!)

 

その結果は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(う、打てなかった……)

 

(今回は私の勝ちだ。覇竹のスイングを身に付けてから、またやり合おうぞ……!)

 

クリーンアップの3人が打てないとなると、相当厳しい展開を強いられそうですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

結果だけを言うと、初回に取った4点で逃げ切る事に成功しました。

 

(この試合のMVPは和奈さんを2度に渡って抑えた夢城さんでしょう)

 

他の投手陣もあれくらい成長してると考えれば、中々に恐ろしいですね。香菜さんも同様の成果が得られている事に期待しましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿22

二宮瑞希です。黒獅子重工3軍メンバー+洛山代表の5人(と途中から大豪月さん)との試合は、初回に取った4点のお陰で逃げ切りました。

 

(これがもしも9イニングだったら、確実に逆転されてましたね)

 

そう思ってしまう程に、相手チームの段取りは完璧でした。大豪月さんの登坂から完全に流れが変わりましたからね。あのまま夢城さんが投げ続けていたら、確実に打たれていたでしょう。

 

「諸君、試合の方ご苦労だった。今から2時間後に夕食だ。それまでは各自練習に励め!」

 

『はい!!』

 

「私は夕食作りの為に先に上がる……。お疲れ様でした」

 

夜子さんは夕食を作る為に、一足先に上がる事に。あのレベルの料理を作る為の下準備等を考えると、相当な時間が必要そうなので仕方がない部分はあります。

 

「よーし!夜子の手作り料理の為に練習に励むわよ!」

 

「もちろんよ夕香。夜子が作ったご飯の為に私達は生きているんだもの」

 

末期になりつつある三森姉妹……。あの姉妹で1番しっかりしているのは間違いなく末っ子の夜子さんでしょうね。主に2人のストッパーという役割を持っていそうです。

 

「そういえば……」

 

練習を続けていると、誰かが呟きました。

 

「黒獅子重工ってどういう人達が集まっているんだろう?」

 

「今日相手にした3軍の選手数人はプロでも現役でトップクラスの成績が残せそうな実力だったし……」

 

洛山メンバー以外の選手達は確かにそのレベルの選手の集まりでした。今日の打率こそは余り振るいませんでしたが、長い目で見れば私達よりも上の存在である事には変わらないでしょう。それはそれとして……。

 

「黒獅子重工は様々な職歴を持った人達が集まっています」

 

誰かの質問にはキチンと答えておきまきょう。私が答えられる範囲で……。

 

「……と言うと?」

 

「今日いた3軍選手の方達は過去に超高校生級の選手と呼ばれた人達でしたね。他にもそういった人達が所属しているのが、黒獅子重工の3軍選手です」

 

今日いたのは、私達が小中時代に全国大会で活躍をしていた人達でした。

 

「じゃあ2軍と1軍は……?」

 

「2軍選手はマフィアやヤクザ等の裏の世界の住人が多数在籍しており、1軍選手の場合はそれに加えて……」

 

「ま、まだ何かあるの!?」

 

「……これは私も半信半疑ですが、1軍選手は人間離れした超人的な身体能力があったり、超能力と呼ばれる力が使える人達がいたり、未来からタイムパトロールの為に訪れた人達がいたり、別の世界から来た人達がいたり、そもそも人外(見た目は普通の人間と変わらない)だったりと……そういう人達が集まっているそうです」

 

黒獅子重工はありとあらゆる人材を取り集めている……という噂です。職歴を一切気にせず、実力があれば黒獅子重工に就職が出来るみたいですね。

 

(まぁその内容は計り知れませんが……)

 

今後黒獅子重工には色々とお世話になる可能性が高いので、今の内から少しずつ情報を集めておくべきですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿23

二宮瑞希です。合宿3日目。午前4時に起床です。

 

「今日から新しい練習メニューを導入する。それによって練習順も変えていくぞ」

 

新しい修練を入れるにつれ、練習する順番が変わるようです。最初にやるのは人間輓馬のようですね。

 

「ふぬぬ……!相変わらず結構キツいよねこれ」

 

「そう……だね。でも洛山の人達は、毎年こんな練習を、してるんだ……!」

 

「だから、洛山の人達は、あんなにスルスルと進んで行ってるんだね……!」

 

先頭に大豪月さん、非道さん、黛さん、和奈さんの4人がスムーズに進み、私達と同じく初参加の三森姉妹とシルエスカ姉妹も段々と進むスピードを上げています。適応力が高いですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間輓馬を終えた後、私達はロープ登りからの鯉のぼりを乗り切り、私達は流れの強い滝の前で待機しています。

 

「さて、地獄の練習基礎編はこの項目で最後だ。その名も『滝登り』!名前の通り、荒れ狂う滝を登ってもらう」

 

練習内容は至ってシンプルですが、シンプルが故にハードルがかなり高いですね。

 

「ど、どうやってこの流れる勢いが強い滝を登るんですか?」

 

「この滝は特別に岩肌が露出していてな……。それを利用して、ロッククライミングの要領で昇るのだ!」

 

勢い良く流れる滝がプラスされたロッククライミングですか……。

 

「フハハハハ!この程度、軽い軽い!」

 

「お先に~」

 

「し、失礼します……」

 

「さ、先に行かせてもらうね?」

 

人間輓馬で先頭に進んでいた4人が悠々と登っていました。危険という気持ちを忘れた方が、やりやすそうですね……。

 

「よーし!私達も負けてられないよ!」

 

「この程度で根を上げる程、ヤワに育ってないデース!」

 

「この修練を乗り切らなければ、特別練習メニューも乗り切る事が出来ない……。苦戦している暇はないわ」

 

続けて雷轟さん、上杉さん、バンガードさんのスラッガー3人が登り始めます。バンガードさんが登り始めた事ですし、私達も続きましょうか。

 

「あはは!楽しーい!」

 

「日葵、危ないわよ!」

 

日葵さんはこの滝登りをアスレチックと勘違いしている節がありますね。まぁ危険だという事を忘れるのは良い事かも知れません。 

 

「……まぁここで足踏みしても仕方ないですし、早めに終わらせてしまいましょう」

 

「そ、そうだよね!」

 

私達の下で残った人達も登り始めていました。私達を見てコツを掴んだと言うべきでしょうか……。見事なものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁはぁ……』

 

滝を登り切った私達ですが、半数以上が息を切らして倒れています。

 

「なんだなんだ?まだ今日の練習は半分も終わってないぞ?」

 

「ぐったりしてますね~」

 

「普通なら、脱落者が続出しても可笑しくない、練習の数々でしたから……」

 

「や、やっぱりこれって異常な練習……だよね?」

 

例の4人はピンピンしていました。この地獄の合宿で体力が着いたのでしょうか?特に和奈さんは昨年夏頃の面影がほとんどなくなっています。

 

「洛山恒例の地獄の合宿……。中々にハードですね」

 

「やっている内容はともかく、確実に身体能力は跳ね上がるでしょうね」

 

夢城さんとそのような会話をしつつ、合宿の成果は確実に身体に出つつありますね。

 

「ご苦労だったな!30分後から昼休憩までの間は球場で野球の練習に入る!特別メニューを施した連中にはその間にも練習を進めてもらうぞ!!」

 

練習メニューA、U、Sの3人は個人練もあるので、私達よりもハードでしょう。頑張ってください。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿24

二宮瑞希です。合宿も4日目に入り、いよいよ後半戦です。

 

「諸君、今日この時までご苦労だった!地獄の合宿の最終工程……『地獄の封鎖野球』を行う!」

 

今日は再び試合を行うみたいですね。 

 

『じ、地獄の封鎖野球!?』

 

この島で行われる試合は普通ではありません。封鎖……というには、何かしらを縛ってプレーする必要があるでしょうね。

 

「封鎖野球の概要は後に伝えよう。まぁ一風変わった試合だ」

 

流石にそれは誰もがわかっている事でしょう。知りたいのはその概要なのですが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてオーダー決めな訳ですが……。

 

(また誰が投げるか問題が発生する訳ですね。ここで1番多くの時間を要します)

 

……と思っていたのですが、その問題は意外にも早く解決します。

 

「……はい」

 

ここで小さく挙手をしたのは、新越谷の川原さんでした。

 

「先輩……」

 

「このまま悩んでいたらその時間がもったいないっていうのは、前の試合でわかったから……。でもエースの力を見せるにはまだ早いと思うんだ。ヨミちゃんにしても、朱里ちゃんにしても……。だから、私が投げる」

 

(それに……私もこの合宿の成果がどのように発揮されるか確かめてみたいし、朱里ちゃんの力になりたいし……)

 

川原さんの意見は尤もですね。私としては朱里さんかウィラードさんのピッチングをこの目で見たかったのですが、贅沢は言ってられませんね。

 

川原さんを軸にして、組まれたオーダーはこちらになります。

 

 

1番 セカンド 日葵さん

 

2番 ショート 陽奈さん

 

3番 ファースト バンガードさん

 

4番 レフト 上杉さん

 

5番 サード 雷轟さん

 

6番 ライト 三森朝海さん

 

7番 センター 三森夕香さん

 

8番 キャッチャー 山崎さん

 

9番 ピッチャー 川原先輩

 

 

上5人は固定、センターに夕香さんを添え、下位の打順を多少弄ったものになりました。

 

「フム……。両チームのオーダーが出揃ったところで、試合開始だ!!」

 

社長の合図で試合が始まります。今度は私達が先攻ですね。

 

「よーし!」

 

先頭打者の日葵さんが意気揚々と打席に向かいます。その様はまるでいずみさんのようですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

黛さんは洛山高校野球部の中で唯一無二と言っても良い技巧派投手です。その球速は他の投手……特に大豪月さんと比べれば大分控えめなので……。

 

(大豪月って人に比べたら……全然打てる!)

 

 

カキーン!!

 

 

2球目で大きな当たりを放ちます。長打コースですね。

 

「長打コース!」

 

「回れ回れ~!」

 

日葵さんは三塁へと到達。なんとしても先制点を取りたいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿25

ノーアウト三塁のチャンスで、陽奈さんと打席ですね。陽奈さんなら確実に日葵さんを還してくれるでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

言ったそばから、低めのシンカーを初球から捉えます。その打球はセンター前へ。

 

「先制点GET~♪」

 

そして陽奈さんのスイングと同時に走り出していた日葵さんは悠々とホームイン。今の打球がアウトになると微塵も思っていない走塁ですね。

 

「あ、相変わらず日葵ちゃんの走塁はヒヤヒヤするね。もしも陽奈ちゃんの打った打球がノーバンで捕られてたらどうしてたの?」

 

「え~?陽奈お姉ちゃんはそんな凡ミスしないよ!日葵はお姉ちゃんを信頼してるからね♪」

 

(これが佐倉姉妹の野球。妹の日葵さんが出塁し、姉の陽奈さんが日葵さんを確実にホームへ還す……。日葵さんが陽奈さんを信じているように、陽奈さんも日葵さんを信じています。この信頼こそが佐倉姉妹の本当の野球なのでしょうね)

 

ちなみにガールズ時代は逆だったそうです。陽奈さんを確実に還すのが日葵さんのお仕事だとか……。白糸台ではこれに落ち着いていますし、今の野球が佐倉姉妹にとっても正しいんだと思います。

 

「ここで試合を一時中断する!」

 

ここで社長から試合中断の合図が送られます。

 

「新越谷、白糸台、遠前の連合軍が得点した事により、封鎖野球のルールが発動される」

 

(例の封鎖野球の全貌が見られる訳ですね)

 

果たしてどのようなものが……。

 

「説明しよう。封鎖野球とはその名前の通り、相手チームの選手、そしてポジションを封鎖する。発動条件は先程言った得点時だ。1得点につき失点側の選手を1人選択、そいつには2つで1キロの重りを装着して野球をしてもらうぞ」

 

要するに1キロ分の重りを着けた状態で野球をしなければならない訳ですね。これは後半に大きく効力を発揮しそうです。

 

「そしてこれから貴様達が封鎖し合う箇所は野球選手にとって要の部位となる腕(打撃と投球)と足(走塁と守備)……。この2つを潰し合ってもらう!」

 

(や、ヤバイよ。これは控えめに言ってクレイジーだよ)

 

(そしてこの封鎖野球で最も恐ろしく、効力が発揮されるのは終盤戦ですね。投手戦ならお互いに被害が少なくて済みますが、もしも乱打戦にもつれ込むと……)

 

今の内にその辺りの事も考えておいた方が良さそうですね。

 

「ただし!投手の腕と足を封鎖するのはなしだ。この封鎖野球唯一の穴であり、それでは興が削がれるからな。そして封鎖の決定権があるのは打点をあげた者だけだ!」

 

(社長の指摘がなければ、即座に投手の腕を封鎖するつもりでしたが……。まぁそれならそれで考えがあります)

 

「……陽奈さんのところへ行ってきます」

 

決定権は陽奈さんにあるので、陽奈さんの意見も取り入れたいところです。

 

「陽奈さん、どうやら封鎖箇所の決定権は貴女にあるようですよ」

 

「……そのようですね。二宮さん的にはどこを封鎖するのが正解と睨んでいますか?」

 

陽奈さんは私に尋ねました。どこを封鎖するべきなのかを……。

 

「社長の指摘があるまでは投手の腕の封鎖一択だったのですが、それを禁止されてしまうと話が変わってきます。考える事が増えました」

 

「……と言うと?」

 

「封鎖野球の効力が発揮される終盤の事や、相手チームの情報を考えると、封鎖するのは……外野陣の腕と足、強打者……特に非道さん、和奈さん、エルゼ・シルエスカさんの腕、連携を考えるとリンゼ・シルエスカさんの足と封鎖箇所の択がとても多いです」

 

況してや相手はあの洛山と黒獅子重工の混合チーム……。打力を封じる意味合いも兼ねて、腕の封鎖が妥当だと考えられますね。

 

「相手が洛山と黒獅子重工の混合チームだと考えれば、乱打戦のケースも想定しなければならない……。そうなるとこの時点で封鎖するのは……」

 

話し合いから約5分。陽奈さんが指定したのは、ライトの腕の封鎖です。後々に響く事を祈るばかりですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿26

日葵さんと陽奈さんで先制点の確保……。ここまでは白糸台の野球と何ら変わらないですね。

 

「よーし!この勢いを維持しながら、次に繋ぐデース!」

 

(次がバンガードさんの打順である事も含めて……変わりません)

 

前の試合と流れは同じなので、向こうも何かしら攻め方を変えてくるでしょう。

 

「まぁこっちのやる事は変わらないけどね~。でも前の試合と同じ展開っていうのは面白くないかな~」

 

「非道さん、それなら……」

 

「成程ね~。良いよ良いよ~。今まで投げてこなかった決め球を投げちゃって~」

 

「ありがとう、ございます……」

 

今の非道さんと黛さんの会話から察するに、ここから黛さんの決め球が見られそうですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「い、今の球って……」

 

「カーブ……だよね?」

 

「う、うん。カーブには間違いないんだけど……」

 

「あ、あんなカーブは初めて見るね……」

 

黛さんが投げたカーブは普通のカーブとは違い、直角に折れ曲がりました。似たような変化球を見た事がありますが、それとは球種も違いますね。

 

(驚いているね~。これぞ黛ちゃんがこの洛山高校で編み出した決め球の1つ……『剃刀カーブ』だよ~。普通のカーブとは違って縦に、それもほぼ直角に折れ曲がるから、普段黛ちゃんが投げているカーブとも差別化が出来るんだよね~)

 

(まさか、この合宿で、投げるとは……思いませんでした)

 

(まぁ黛ちゃんの真の実力を知らしめたかったし、丁度良いんじゃないかな~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「あの変化……見覚えがあると思えば、『剃刀シュート』と類似していますね」

 

遥か昔のプロ野球選手が剃刀のように折れ曲がるシュートを編み出し、それが後に『剃刀シュート』と呼ばれるようになりました。黛さんはその変化方法をカーブで実践させた訳ですね。

 

「確かに……似てるわね。それを黛さんはカーブで投げているって事?」

 

「そうなりますね。宛らそれは剃刀カーブ……と言ったところでしょうか」

 

「剃刀カーブってなに?普通のカーブとは違うの?」

 

武田さんが剃刀カーブという単語に首を傾げています。まぁ本来ない変化球ですからね……。武田さんもカーブ系の変化球を使いますし、説明しておきましょうか。

 

「カーブ系統の球種は主に2種類の変化があります。1つは横に変化するカーブ、もう1つは縦に変化するスローカーブですね。黛さんが今バンガードさんに投げているカーブは縦の変化に近く、その為に曲がり落ちる時は重力も加わってより激しく曲がっています」

 

前者の変化は斜めに曲がるスライダーとも呼ばれますね。香菜さんの決め球も前者に当てはまります。武田さんは後者寄りでしょうか?

 

「ヨミちゃんのあの球もどちらかと言えばその系統に当てはまるかな。変化の原理は厳密には違うけど……」

 

「ほぇ~!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

解説している間にバンガードさんは三振しています。大きな変化をする球に弱いというのは前に愚痴を言うように言っていましたが、これは厳しいですね。これからの意味も含めて……。 

 

「ああっ!バンちゃんが三振に!?」

 

「これまでの黛さんが投げる球には大きな変化がありませんでしたが、ああも露骨な変化球を混ぜられると、バンガードさんが打つのは困難になるでしょうね」

 

(だからこそ……今の覇竹のスイングを身に付け、夏大会までには『大きい変化の球に弱い』……というバンガードさんの短所を克服させる必要がありますね)

 

バンガードさんの当面の課題はそれで良いでしょう。この試合ではバンガードさんがほぼ使い物にならないのも確定と見ます。

 

「真深、あのカーブは打てそうかしら?」

 

「……なんとも言えないわね。あれ程のカーブは中々お目にかかれないし、打席でじっくりと見ないと」

 

そうなると実質上杉さんと雷轟さんに頼らなければ、勝てない試合になるかも知れませんね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿27

バンガードさんが三振に倒れ、ワンアウトです。

 

「真深ちゃんファイト~!」

 

「あのカーブを打ち砕いてやりなさい!」

 

武田さんとウィラードさんを中心に、4番の上杉さんの応援ですね。

 

(あのカーブにはまだ何か秘密があるようにも見えますが……)

 

折れ曲がるカーブは確かに稀有な球ではありますが、対処が難しい訳ではありません。だからこそ引っ掛かる事があります。

 

(まずはバンガードちゃんを三振させた方で~)

 

(はい……!)

 

黛さんの投げる剃刀カーブは普通のカーブと違うので、見極めは困難です。恐らくスラッガー組の3人が得る予定の高速のスイングは、その見極めを重視する為のもの……と考えるべきでしょうか?

 

(曲がるカーブではなく、折れ曲がるカーブ。確かに不意に来られたら、対応はしにくい……。けれど来るとわかっていたら……!)

 

 

カキーン!!

 

 

(捉えるのは難しくないわ!)

 

『ファール!』

 

初球から剃刀カーブを捉え、ファールになりました。 

 

(おお~。初球から対応してきたね~)

 

(でもまだ、覇竹の完成形は、見えていません……)

 

(完成度90%ってところだね~。それじゃあそろそろ打ち取りに行こうか~。日本人最高のスラッガーをね~)

 

(了解、です……!)

 

続いて2球目。投げているのは先程まで投げていたカーブと同じに見えますが……?

 

(来た。剃刀カーブ……!今度はスタンドに運ぶ!)

 

(初球から剃刀カーブに対応してくるとは流石だね~。でも黛ちゃんの剃刀は~)

 

先程までのカーブなら、上杉さんは間違いなくスタンドへと運ぶでしょう。

 

(えっ!?もう1段……変化した!?)

 

(2枚刃なんだよね~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

信じられない事に、あのカーブは2度折れ曲がる変化をしました。

 

「い、今の見た!?」

 

「うん……。信じられないけど、あのカーブ……2段変化したよね?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

上杉さんは2度変化する剃刀カーブに翻弄されて、三振となりました。 

 

「ま、真深ちゃんが三振しちゃった……」

 

「今のでわかったと思うけど、この合宿で成長しているのは君達だけじゃないんだよね~。私達洛山もそれなりには成長してるんだよ~。まぁ守備の方は相変わらずだけどね~」

 

まぁそれはそうでしょうね。むしろ前の試合で黛さんが合宿の成果を発揮していなかったのが不可解だったくらいです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

雷轟さんも三振……。これは攻略に時間が掛かりそうですね。

 

「うう~!」

 

「……雷轟、今の打席は右と左、どっちに付いてた?」

 

「えっ?右だけど……」

 

朱里さんの質問の意図を読み取るならば、左打席に立てば雷轟さんはあの2段変化するカーブは投げられないという企みなのでしょうが……。

 

「つ、次から左打席に立ってみない?」

 

朱里さんもそのつもりで、次の打席から雷轟さんを左打席に立たせようとしています。 

 

「……駄目だよ朱里ちゃん。それだと意味がない」

 

しかし雷轟さんはそれを拒否しました。

 

「雷轟……?」

 

「確かに私は両打ちだから左打席に立てば、黛さんはあの剃刀カーブは投げてこないと思う……。この合宿で私達3人が得ようとしてる覇竹のスイングを完成させるには、あの剃刀カーブの原理を把握して、打たなきゃいけないんだよ!」

 

……どうやら雷轟さんはわかっているようですね。この合宿の意味を、スラッガー3人に課せられた練習メニューの意味を。

 

(その辺りは流石、風薙彼方の妹……と考えるべきでしょう。彼女の野球センスは計り知れません)

 

彼女のように予想よりも大きな成長をする選手は読みにくいですからね。今後はそういった選手も見ていきたい所存です。

 

「そう……。それなら雷轟の思うままにやれば良いよ。私達は応援する」

 

「うんっ!見ててね朱里ちゃん。絶対に打ってみせるから!」

 

1回表は1点しか取れませんでしたが、ムードは悪くありません。

 

「切り替えて守って行くよー!!」

 

『おおっ!!』

 

それは絶対的なムードメーカーがいるお陰なのでしょう。私には出来ない芸当なので、素直に羨みます。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿28

1回裏。こちらの合同チームの先発は、この中で唯一の3年生である川原さんですね。

 

(相手チームの先頭打者は変わらず、エルゼ・シルエスカさんですね)

 

エルゼさんどころか、和奈さんまでの上4人は固定のようです。余程並びに自信を持っているのか、それとも……。

 

(相手はシニアリーグ世界大会でアメリカ代表の6番を打ってた人……。慎重に攻めて行きましょう)

 

(うん……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

球の勢いは前に見た川原さんとは比べ物になりませんね。地獄の合宿で行われる特別練習メニューとやらの成果が如実に出ています。

 

(これは前に投げた夢城さんも、前の比ではなさそうですね。香菜さんにも同様の力が宿っている事に期待しておきましょう)

 

2球目。コースも球威も悪くない1球ですが……。

 

(良い球ね……。でも私達だって負ける訳にはいかないのよね!)

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

「ライト!」

 

打球はライトフェンスに直撃し、エルゼさんは二塁に進みます。若干差し込まれたお陰でホームランは免れましたね。

 

(ホームランを狙ったつもりだったけど、少し差し込まれたかな……?あの投手のレベルも高いわね。あとはリンゼに任せましょう)

 

(川原先輩の投げた球はこれまでの先輩の中でも1番のストレートだった……。それに対していとも簡単に長打を打てるエルゼさんは流石、アメリカ代表の6番打者兼洛山高校の1番打者……と言ったところか)

 

ノーアウト二塁のピンチで、2番にはエルゼ・シルエスカさんの双子の妹……リンゼ・シルエスカさんが入ります。

 

「…………」

 

(地面を見ていますね。アメリカにいた時も、彼女はああして地面を見てグラウンドのコンディションを確認していました)

 

典型的な2番タイプ……。恐らく現役高校生で彼女程に仕事を確実済ませる打者はいないでしょう。

 

(もうバントの構えを取ってる……)

 

(バスターの可能性もありますし、ウエスト気味に投げて行きましょう)

 

(わかった……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

バントの構えを取っているものの、ウエスト気味の球には決して手を出しません。あの慎重さこそが世界の2番打者たる所以なのでしょう。

 

「リンゼさんが打席に立つ前に、地面を見ていましたね」

 

「……と言う事は、この場面で行われるのはバントじゃなくて、バスターエンドランの可能性が高いわね」

 

どうやらウィラードさんも私と同じ事を考えていますね。一時期でも同じチームにいたからか、彼女の性質がよくわかっているようです。 

 

「でもバントの構えをしてたよ?」

 

「あれはあくまでもその選択肢を相手に見せ付けているだけ……。バントをするにしても、プッシュバントでしょうね」

 

確実に二塁ランナーを生還させる動き……。白糸台で今の佐倉姉妹がやっている事と、似ている部分もかなり多いです。

 

(次はここへお願いします)

 

(うん……!)

 

2球目は内角低めのストレートですが……。

 

「っ!」

 

(バント!)

 

リンゼさんはバントの構え。それに対してファーストとサードが素早い動きで前進しています。バントそのものは読んでいたみたいですね。

 

 

コンッ!

 

 

(しまっ……!プッシュバント!?)

 

「三遊間!!」

 

「よーし!」

 

プッシュバントが予想外のように見えて、サードの雷轟さんは素早く戻り、陽奈さんもカバー出来るように陣取っています。

 

 

ガッ……!

 

 

「えっ!?」

 

「イレギュラーバウンド!?」

 

雷轟さんが打球を処理しようと試みますが、イレギュラーバウンドが発生。これによって、打球は雷轟さんの頭を越えました。

 

「カバーは任せてください!」

 

陽奈さんがいち早くカバーに成功しますが、流石にホームは無理でしょう。

 

(流石にホームは無理ですね……!)

 

「ファースト!」

 

送球と同時にホームイン。これで同点になってしまいました。

 

『セーフ!』

 

そして一塁もセーフ……。展開としてはかなり不味くなっています。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿29

同点にされ、更にはノーアウト一塁のピンチです。

 

「あの2番打者……中々の走力を持ってる」

 

そう呟いたのは夜子さんですが、貴女が言うと嫌味に聞こえますよ?

 

「やられたわね……」

 

「でもあのイレギュラーは仕方なくない?ついてなかったとしか言い様がないよ」

 

「いいえ、リンゼ・シルエスカはあのイレギュラーバウンドを狙って起こしたのよ」

 

『ええっ!?』

 

確かにリンゼさんは打席に立つ前に、グラウンドの土を見ていましたね。以前彼女について調べた時に確か……。

 

「……聞いた事があります。リンゼ・シルエスカはグラウンドのコンディションを調べ、土の固さ、凹凸、弾み、風向き……全て把握した状態で、絶妙なバントを行い、ボールをそのスポットへと送る事が出来ます」

 

「そ、そんな事……本当に出来るの!?」

 

(それを可能にしているのがリンゼちゃんなんだよね~。本当はもう1つ『2番セカンド』という役職をずっと守ってきた理由があるんだけど……それは盗塁して、わからせてあげようかな~)

 

(……了解です)

 

実際に起こっているのですから、リンゼさんはそれを実現させる力があるのでしょう。加えて洛山に入った事によってホームランを狙える程のパワーを身に付けた訳ですから、ある意味で和奈さんよりも厄介な打者ですね。

 

「さて、得点をあげた者は相手チームの封鎖箇所と、封鎖する奴を選べ!!」

 

得点を挙げたリンゼさんが封じたのは、朝海さんの足となりました。この封鎖は色々な意味を孕んでいそうですね……。

 

(リードは大きめ……。盗塁警戒でお願いします!)

 

(うん……!)

 

初球からリンゼさんが盗塁スタート。タイミングも完璧ですね。

 

「走った!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(よし、刺せる……!)

 

(……って思ってそうだけど、リンゼちゃんがグラウンドのコンディションを見てたのは走塁、盗塁も関係あるんだよね~)

 

山崎さんの送球もかなり良く、リンゼさんを刺せそうな状況になりました。

 

「これでタッチアウトだよ~!」

 

「それは……どうでしょうか?」

 

日葵さんがタッチアウトを狙う中、リンゼさんはタッチを掻い潜りました。フックスライディングですか……。

 

『セーフ!』

 

「な、なに今のスライディング……。タッチを避けてたよ」

 

「しかもスライディングの際に地面を抉ってたよ……」

 

「あれはフックスライディングですね。内野手のタッチを掻い潜る為にランナーが触塁する時に、膝をくの字に曲げた状態でベースにフックをかけるように滑り込み、野手の隙を突いて曲げた足先をベースにタッチする……というものです」

 

バントから走塁、盗塁までかなりレベルが高いですね。これがアメリカ代表の2番打者……ですか。

 

(……盗塁を決められたのは痛いですが、ここは腹を括って攻めましょう!)

 

(そうだね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

打席に戻って、カウントは平行ですが、打者は非道さんですからね。カウントによる有利不利はないものと見ても良いでしょう。

 

(見送られた……)

 

(……相変わらず何を考えているか予測が出来ない。でも打たれるイメージも染み付いていっている。これは不味いかも)

 

(今のは良いチェンジUPだったね~。1球目に投げたストレートと合わせて攻めるのが、川原ちゃんのピッチングってところかな~?)

 

非道さんは攻め方がかなり難しい打者です。曲者……という言葉を体現している選手だと思います。

 

(次はここにお願いします!)

 

(同じコースにストレート……だね?了解)

 

3球目は低めにストレート。非道さんがローボールヒッターなのをわかっての攻めでしょうか?

 

(また低めに攻めて来たね~。それなら私の得意分野だよ~)

 

 

カキーン!!

 

 

非道さんは低めの球を掬い上げるアッパースイングでボールを捉え、その打球はフェンスに直撃しました。

 

「逆転の一撃を打たせてもらったよ~。まだ1回だけど~」

 

川原さんの投げた球が渾身のストレートでなければ、きっとホームランを打たれていたでしょう。そう考えると、まだ安い方ですね。

 

「じゃあとりあえず三森ちゃんの……長女ちゃんの足を封鎖しようかな~」

 

得点による封鎖箇所は再び朝海さんの足。もしやこの封鎖野球の目的は……。

 

(この重り……走塁の妨げになるのは確実ね。この封鎖野球……互いのチームを潰し合いたいのかしら?)

 

(今の封鎖でこの試合の目的に気付こうとしている奴がいるな。だが封鎖野球の恐ろしさはまだまだこれからだ)

 

「1つだけ言っておこう。選手の交代は自由だが、交代する選手封鎖されている箇所がある場合、交代先の選手に封鎖が適用される。例えば今ライトに2つ目の重りセットが足に装着され、合計足に2セット分の重りが装着されている状態だ……。仮にそいつを別の選手に交代させると、交代した奴が足の重りを引き継ぐ事になる。よく覚えておけ!」

 

交代で逃げる事も出来ない……というのが、封鎖野球の真髄でしょう。迂闊に交代すれば、交代先の負担が尋常じゃないですからね。乱打線を覚悟しなければならない以上は地獄絵図確定です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿30

1回裏。非道さんに勝ち越しタイムリーを打たれた後に……。

 

 

カキーン!!

 

 

和奈さんのツーランホームランによって、3点ビハインドを追う展開となりました。

 

「光先輩、大丈夫ですか?」

 

「私は大丈夫……」

 

(光先輩の球は全然悪くない……。それでも清本さんは難なく打ってくるなんて……!)

 

「…………」

 

(皮肉な事に、川原さんの球自体は全国でもトップレベルにまで成長しています。その力が洛山の上位陣に通用しない……。それだけなんですね)

 

特に和奈さんは力負けという言葉を知らないかのように、あっさりと打ってきますからね。そう考えると上手く不意を突いた夢城さんが偉大です。2度に渡り、和奈さんを打ち取ったのですから……。

 

「珠姫ちゃん、『アレ』を投げるよ」

 

「……良いんですか?」

 

「本当は夏大会までとっておこうって思ってたけど、それだと相手チームに通用しないから……」

 

「……わかりました。私は光先輩の球を全力で受け止めます!」

 

……と、ここでバッテリーから気になるやりとりが聞こえました。川原さんがここまで温存していた球があるみたいです。

 

(まだ投げていない球はまだ未完成か、先程の会話のように先の試合を見越しての温存……。それがどれ程のものか、この目で見ておかなければなりませんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

ここまで5球。今のカーブでようやくツーストライクですね。

 

(温存していた球とやらを投げるのは、恐らくこのタイミングですね……)

 

川原さんの球筋から考えると、高速変化球系統だと思われますが……?

 

(いくよ珠姫ちゃん……!)

 

(はい、三振を取りに行きましょう!)

 

川原さんが振りかぶって投げたのは……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「あれは……SFFですね」

 

「それも早川さんが投げていたものと類似している……」

 

球種に関しては概ね予想通りですが、精度は予想を上回りましたね。地獄の合宿の成果は如実に現れている……という訳ですか。

 

「朱里さんが投げていたSFFと違う点と言えば……あれ程までに速いSFFは見た事がありませんね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

和奈さんに打たれた後は、三者連続三振。川原さんの持ち球とSFFの相性が抜群なのもあって、上手く打者を翻弄しています。

 

(ここまでの球を見せてくれた川原さん、そして投げざるを得ない状況にまで追い込んだ和奈さん達に感謝ですね)

 

「3点差……。ここらで反撃開始といきたいわね」

 

「ですがそう簡単にはいかないでしょう。黛さんの2度変化する剃刀カーブを打つのは至難の技です」

 

「あのカーブは左打者には投げてこないだろうから、2番、6番、7番、9番がある意味でこの試合の鍵を握っていると思う」

 

そんな2回表は6番から始まり、左打者が連続で続く訳ですが……。

 

「なんか動きにくいわね。足に重りが2組分もあると……」

 

「そうね……。まるで誰かに足を掴まれているみたいだわ」

 

そんな6、7番の朝海さんと夕香さんには2点分の重りが足にのし掛かっています。和奈さんのツーラン分の重りがどちらも夕香さんの足に行ったのが厳しそうですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿31

2回裏。この回は6番から始まります。

 

「姉さん達、ちょっと……」

 

「「夜子……?」」

 

夜子さんが姉2人に何やら耳打ちをしていますね。黛さんの攻略方法でも見付けたのでしょうか?

 

「それにしても黛さんのあのカーブ……どんな原理で2段変化してるんだろう?」

 

確かに黛さんの投げるカーブは摩訶不思議に見えるでしょう。。見えますが、仕組みはある程度は推測出来ます。 

 

「……私の推測ですが、黛さんの指の力にあると思います」

 

「指の力?」

 

「ほぼ全ての変化球に共通しますが、手首と肘の捻りが変化球のキレを増します。黛さんの場合は恐らくボールを握る中指と親指の捻りが並大抵ではないでしょう。それ等が合わさって、2段変化を可能にしているんだと思っています」

 

まぁこの推測が正しいとは限りませんが、そうでもなければ現実では不可能ですからね。そう思うしかないのです。

 

(流石二宮ちゃんだね~。黛ちゃんの剃刀カーブの2段変化の原理をあっさりと見抜くとは~。でもわかっていても、黛ちゃんの剃刀カーブは簡単には打てないよ~?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(まぁ三森ちゃん達には普通のカーブしか投げられそうにないのが欠点だけどね~。それじゃあ次はこっちで~)

 

(はい……)

 

左打ちには投げ辛い……という弱点を抱えている以上、左打者の重要性が増してきますね。特に三森姉妹の機動力には期待したいですが……。

 

(足に2つの重りが着いているのが気掛かりではありますね。どれくらいの走力が封じられているのか想像出来ませんが、いつもよりも動きにくいのは間違いない筈です)

 

 

カンッ!

 

 

6番の朝海さんが黛さんのシュートを捉えます。ボテボテの当たりはサードゴロですが……。

 

(足に付いている重りのせいで加速しにくいわね。でも……!)

 

 

ズザザッ!!

 

 

『セーフ!』

 

(この程度で私達の足を封じたと思わない事ね。ヘッドスライディングを持ち込めば、内野安打を狙うのも難しくはないわ)

 

2つの重りをものともしませんね。ヘッドスライディングを利用して内野安打です。

 

「流石朝海姉さんね!私も続くわよ!!」

 

次は夕香さん。彼女も足に2つの重りが着いています。

 

「そういえばあの2人になんて言ったの?」

 

「なんて事はない。この合宿が終わったら私が2人の為にロールケーキを作るって言っただけ。姉さん達はそれが楽しみなのか、異様な張り切りを見せてるけど……」

 

本当になんて事がない発言でしたね。まぁ欲望に忠実なのは良い事ですし、それであの2人が成果を発揮するのなら特に問題もないでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

夕香さんも続いてヒット。夜子さんが2人の手綱と胃袋を掴んでいるようですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿32

ノーアウト一塁・二塁のチャンス。次は山崎さんの打席ですね。

 

「ふ~む。これは中々面倒な状況だね~」

 

「どうしましょうか……?『あれ』も投げた方が、良いですか?」

 

「ん~?まだ早計だと思うよ~。黛ちゃんもまだ調整段階だって言ってたし、未完成の状態で抑えられる程、相手の打席は甘くないしね~」

 

「すみません……。でも夏大会が始まるまでには、完成させたいと思います……」

 

「黛ちゃんのペースで良いからね~。じゃあこの試合は剃刀カーブだけで頑張ろうか~」

 

「はい……」

 

ふと相手バッテリーからこのような会話が聞こえてきました。

 

(黛さんもまだ持ち球を隠しているみたいですね。この試合でそれを投げるつもりはなさそうなので、今は気にしなくても良いでしょう)

 

何れ洛山と当たる時に、また黛さんについて色々と調べてみましょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(1段でも変化の幅が大きくて打ちにくいのに、これが2段変化ともなると打ちにくさが増してくるよ……)

 

山崎さん……右打者に対しては徹底的に2段変化の剃刀カープを投げていますね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(……でもあのカーブにもきっと弱点はある筈。今はよく見ておかないと)

 

しかし山崎さんは山崎さんなりにしっかりと剃刀カーブを見定めています。こういうのはある意味捕手としての宿命なのかも知れませんね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(剃刀カーブを全球見てきたね~。剃刀カーブの弱点でも探っているのかな~?)

 

非道さんもきっと剃刀カーブの弱点を探している事はお見通しでしょうね。山崎さんはわかった上でその選択をしているようにも見えますが……。

 

「タマちゃん、1球も振らなかったの?」

 

「うん。ちょっと気になる事があってね……」

 

(二宮さんとか非道さんなら、きっとこういう見方をするんだろうな……って思ったからね。私は私で2人と差別化が出来るように努力は怠らないように頑張らないとね……!)

 

何やら山崎さんがやる気を見せています。何目的かは知りませんが、やる気がある事は良い事です。よくやる気が空回りするバンガードさんのようにならなければ……の話ですが。

 

(何はともあれこれでワンアウト一塁・二塁。そして次の打者は左打ちの川原さん……。通常よりも左打者への期待値が高まりますね)

 

最低でも2点は返しておきたいですが、前までの洛山と違って守備力が上がってきていますので、油断は禁物ですね。それと足に2つの重りを着けている三森姉妹も普段通りに走れないとなると、守備に影響が出そうです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿33

ワンアウト一塁・二塁のチャンスで、左打者の川原さんですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

この試合の黛さんは左打者にはシュートと通常のカーブを中心に配球を組み立てているようですね。

 

 

カキーン!!

 

 

ただ川原さんにはある程度読まれているみたいですね。三森姉妹の安打はこういうところにも影響があります。

 

『ファール!』

 

「ああっ!?惜しい~!」

 

「でもタイミングは合ってきてるよ!」

 

「ファイト~!」

 

黛さんが投げたのは普通の……力のないカーブだったので、タイミングさえ合えば長打を打つのも難しくありません。

 

(左打者には剃刀カーブを投げられないのが難点かな~。かといって『あれ』を投げるのは時期尚早だし、難しいところだね~)

 

(黛さんは今のところ左打者にはストレート、シュート、そして普通のカーブしか投げていないから、ここで新しい球種を混ぜられると打つのはより困難になる。ここは狙いを定めて打つ……!)

 

ツーナッシング。バッテリーはどうやら3球勝負で行くつもりのようですね。

 

(私がここで狙うのは……!)

 

(ここで、私が投げるのは……!)

 

(カーブに比べて変化の小さい……)

 

(上手く打者を、詰まらせる為に……)

 

((シュート!!))

 

 

カキーン!!

 

 

投げられたのはシュート。タイミングは完璧で当たりも大きいのですが……。

 

(シュートを投げる事が読まれたね~。まぁ3年生になってからの黛ちゃんは色々変わって、その内の1つが大豪月さんに負けない剛球を投げるようになった事かな~)

 

(手が……痺れる……!?)

 

黛さんが投げたのはきっと洛山で練習で培った球……。それはきっと並大抵のものではないでしょう。

 

「ランナー回れ回れ~!」

 

「2点返せるよ~!」

 

しかし打球はフェンス直撃なので、2点は返せるでしょう。三森姉妹は2人共ホームへ向かっています。

 

「2点目!」

 

「3点目!!」

 

バックホームの中継の時点で、2人はホームへと戻っています。相変わらずの走力ですね。

 

「ナイスラン。姉さん達……」

 

「ふふん!この程度の重りで私達の走塁を封じたと思ったら大間違いよ!」

 

「多少の走りにくさはあるけれど、これくらいなら何も問題ないわ」

 

「…………」

 

気丈に振る舞っているように見えて、きちんと重りの影響を受けています。恐らく終盤になればもっと……

 

(ふむふむ……。三森ちゃん達はいつも通りの走塁と見せ掛けて、やっぱり重りの効果は出てるみたいだね~。試合の後半になればもっと効果が出てくると思うから、あの2人に2点分の足の重り装着は正解だったよ~)

 

「では打点をあげた者は封鎖する奴と、封鎖箇所を選ぶが良い!」

 

「……川原先輩、どうしますか?」

 

う~ん……。今向こうが封鎖されているのはライトの腕で、これからの打席三森さん達が内野安打を狙うなら、内野手の封鎖になるんだけど……」

 

打点を挙げた川原さんが悩みに悩み、レフトとセンターの腕を封鎖……という結果になりました。僅かでも勝率が上がれば良いのですが……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿34

イニングは進んで6回表。両チーム打ち合いを続け、現状は6対8で私達が負けています。

 

「さぁ反撃だ~!」

 

「なんとしても同点に追い付くわよ!」

 

『おおっ!』

 

この混合チームのムードメーカーである武田さんとウィラードさんによって士気が上がります。良い事ですね。

 

「なんか重りまみれになったね。お互いに……」

 

「そうだね……」

 

あれから4点追加で取られており、4点分の重りは初回に好走塁を見せた日葵さんの足に1点分、あとはバンガードさん、上杉さん、雷轟さんの腕に1点分ずつ追加されました。スラッガーの3人の腕が封鎖されたのは、少し厳しいですね……。

 

ちなみに相手チームの重りは全て外野の腕と足に装着させています。長打になった時のリターンが大きいと判断しましたが、果たして上手くいくでしょうか……?

 

「あれ?向こう……選手の交代をするみたいだよ?」

 

「黛さんを交代させるのかしら……?」

 

相手は選手交代のようですが、少なくとも黛さんではなさそうですね。

 

 

ズズズズ……!

 

 

『!?』

 

(この圧は……!)

 

交代したのはショートとセンター。この2ポジションに入った2人の女性から威圧感のようなものを感じます。

 

(まさかあの2人が入ってくるとは……。何があるかわからないものですね)

 

3年程前に、ある事件について調べているところに協力してくれたお二方です。確か名前は……。

 

(大宮鈴音さんと響未来さん……。黒獅子重工の関係者だったのですね)

 

「本当にあの2人も出るんだ……」

 

海辺で練習していた5人は大宮さんと響さんとの面識があるみたいですね。私の時のように、『突如現れた』のでしょうか……?

 

「でも内1人は腕と足に重りを付けてるよ!」

 

「社長が封鎖された箇所は交代先の選手にも引き継ぐって言ってたから、あの人は腕と足に重りを付けているんだね……」

 

「どんな選手だろうと、私達は逆転するだけよ」

 

「……そうね。由紀ちゃんの言う通り、私達は逆転するだけ。頑張って行きましょう」

 

 

カンッ!

 

 

この回は9番の川原さんからですが、初球から上手く打ちました。

 

「初球から打っていった!」

 

「あのセンターの人は深めに守ってるから、ヒットは確実だよ!」

 

誰かが言った通り、センターを守っている大宮さんはフェンスギリギリまで下がっています。重りが着いているのも相まって、ここはほぼ確実にヒットになります。ヒットになる筈なのですが……。

 

(どうも不安が拭えませんね。この嫌な予感も決して気のせいではないでしょう)

 

「光先輩は長打力もあるから、あのセンターの人もそこを警戒して守ってたのかもね」

 

(本当にそうだろうか?もしもあのセンターの人がそんなあからさまな守備位置をしてるとは思えない)

 

朱里さんも不安そうにしています。大宮さんの異質さに気が付いていると思います。

 

 

ズザザッ!バシッ!

 

 

「よっ……と」

 

予感は的中し、大宮さんはスライディングして打球を捕りました。

 

『アウト!』

 

「う、嘘……。フェンスギリギリの位置から、センター前の打球を捕るなんて……」

 

かなり守備範囲が広いですね。これで重りが着いているのだから、恐ろしいものです。

 

「私達3姉妹並か、それ以上の守備範囲……」

 

「それだけではなく、彼女には腕と足に重りが装着されています。にも関わらず悠々とスライディングキャッチを決めていました」

 

恐らくショートに入った響さんも同等かそれ以上の守備範囲を持ち合わせているでしょうね。これは追加点を望むのがかなり難しくなってしまいました……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿35

7回表。スコアは6対8の状況が続いています。あの2人が入った事で、完全に流れが向こうに渡ってしまいましたね。

 

(しかし気になるのは6回裏で響さんが1度もバットを振らなかった事ですね)

 

どうやら朱里さんも私と同じ疑問を持っていたようで、直接響さんに尋ねていました。すると……。

 

「私と鈴音のこの試合での役割は守備のみ……それも本来の守備範囲以外には手を出さないのと、攻撃には一切参加しない事を条件で社長と契約したのよ」

 

成程……。あくまでも守備範囲内の守備しか参加しないという訳ですか。バットを1度も振らない事を合わせて、『黒獅子重工の3軍レベル』……という事ですね。

 

「私達と勝負をしたいのなら、黒獅子重工で待っているわ。私も鈴音もあと数年は所属しているから」

 

響さんのこの発言を訊くと本気の彼女達との勝負は黒獅子重工内での紅白戦で戦えるようにも聞こえますが、彼女の言っていた発言の意味は案外早くに実現する事を、今の私達は知りませんでした。

 

「絶対に打ってやるデース!」

 

「頑張れバンちゃーん!」

 

話を戻して7回表。この回はバンガードさんからですね。

 

「バンガードさん」

 

「どうしマシタ?瑞希サン?」

 

「剃刀カーブについてですが……」

 

バンガードさんに軽く耳打ちをします。私目線での剃刀カーブの弱点を、そしてバンガードさんがすべき対策を……。

 

(あと、3人……)

 

(それにしてもまさか最後まで黛ちゃんが投げる事になるとはね~。……全員右打席だから、剃刀カーブ中心に攻めていけそうだね~。両打ちの雷轟ちゃんが左打席に立たない理由もある程度わかるから、敢えてそれに利用されておこうかな~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(この変化の軌道……瑞希サンの言ってた通りデース)

 

「そういえば瑞希ちゃん、バンちゃんと何を話していたの?」

 

「……良い機会ですので、皆さんにも話しておきましょうか。あの剃刀カーブの弱点の1つを」

 

ベンチにいる全員に剃刀カーブの弱点の1つを話します。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

『打った!!』

 

その間にバンガードさんが上手く剃刀カーブを攻略しようとしています。

 

『ファール!』

 

「ああ……」

 

「惜しかったね……」

 

(でもタイミングは合ってた。バンガードさんは変化の大きい球を苦手としているけど、変化球はそもそも力のない球がほとんどで、剃刀カーブもその1つ……。タイミングを合わせれば長打も狙えるって訳だね)

 

運命の3球目。バンガードさんが繋げられるかどうかで、この試合の行方が大きく変わりますよ?

 

(絶対次に繋げる……)

 

「デース!!」

 

「前に突っ込んだ!?」

 

 

カキーン!!

 

 

打球は大きくバウンドし、内野の頭を越えましたが……。

 

「センター、お願いします!」

 

「任せてよ」

 

センターには守備で大活躍している大宮さん。強烈な送球でファーストへ。下手すればセンターゴロですね……。

 

「絶対に生き残ってやるデース!!」

 

 

ズザザッ!

 

 

バンガードさんが決死のヘッドスライディング。その判定は……。

 

『セーフ!』

 

ファーストの捕球音とほぼ同じでしたが、こちらに軍配が上がりましたね。反撃開始と行きましょうか。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿36

ノーアウト一塁。2点のビハインドをなんとしても覆したいですね。

 

「やった!先頭が繋いだよ!」

 

とはいえ現状はまだ首の皮1枚繋がったに過ぎません。ここから連打で勢いを手繰り寄せましょう。 

 

「次は真深ちゃんだね!」

 

「ホームランで同点だ~!」

 

「…………」

 

声援を受けている上杉さん本人は何かを狙おうとしています。相手の意表を突こうとしている表情ですね。

 

「……この局面、真深は狙うつもりね」

 

「そうね。お誂えだもの。真深が打席に立つ前にバンガードさんと話し合っていたのも、あれを行う為だと思うわ」

 

そういえばバンガードさんと何やら話し込んでいましたね。恐らく上杉さんはチームメイトであるウィラードさんと夢城さんにしか知らない何かを行おうとしています。

 

(次は、どうしましょうか……)

 

(さっきのバンガードちゃんの事を考えると、連続して剃刀カードを投げるのは危険かな~?)

 

(そうなると、1球様子見で投げた方が良いでしょうか?)

 

(そうだね~。でもコースはストライクゾーンを投げようか~)

 

(わかりました……)

 

1球目。低めへのストレートですが、コースギリギリです。見逃せばボールカウントをもらえる可能性すらありますね。

 

(ストレート、コースは低め……。やるしかないわね)

 

「行くデース!」

 

上杉さんがこっそりと出していたハンドサインでバンガードさんは盗塁。足はまぁ速い方なので、スタートが悪くないのも相まってセーフになるでしょう。

 

 

コンッ。

 

 

『ええっ!?』

 

そして上杉さんはバント。三塁線に転がした事からセーフティバントになりますね。

 

(これはやられたね~。様子見の球を投げてくる事をピンポイントで読まれちゃったよ~)

 

『セーフ!』

 

判定はセーフ。これでノーアウト一塁・二塁です。

 

(しかし上杉さんのセーフティバントが見られたのは収穫ですね。見られるとしても、もっと先の話だと思っていましたから……)

 

「……この合宿には感謝の気持ちしかありませんね」

 

自身の大幅強化、合宿に参加しているチームメイトの大幅強化、合宿の成果、特別練習メニューの成果、そして本来敵になる選手の新たなデータ……。私からすれば至れり尽くせりです。

 

「瑞希ちゃん?どうかしたの?」

 

「何でもありませんよ」

 

改めて招待してくれた洛山高校には感謝ですね。

 

(私達はやれる事をやったデース)

 

(あとは任せたわよ。遥ちゃん!)

 

今は試合に集中しましょう。

 

「よーし!」

 

この雷轟さんの打席が、事実上の決着を意味するのですから……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿37

ノーアウト一塁・二塁で4番の雷轟さん……。この打席が恐らく最後のチャンスでしょう。

 

「ふぅ……」

 

当の雷轟さん本人は目を瞑って深呼吸をしていました。今の状態に多少なりとも緊張しているのでしょうか?

 

「雷轟、調子はどう?」

 

「凄く充実してるよ!チャンスの場面で回ってくるし、黛さんも勝負してくれるし、何より真深ちゃんとバンガードちゃんが私に託してくれた事が嬉しいんだ!」

 

しかしそれ以上に嬉しそうに、楽しそうにしています。託された想いはかなり大きいですが、彼女は堂々としています。こういう人間が将来プロの世界で結果を残すのでしょうね。

 

「じゃあ行ってくるね!」

 

「遥ちゃん、ファイト~!」

 

「勝ち越し点を得るホームランを期待してるわ」

 

「うんっ!!」

 

雷轟さんは剃刀カーブを攻略する為に右打席へ立ちました。通常なら歩かせる場面ですが、これは合宿の一貫……。特別練習メニューの成果を発揮させる為に、必ず勝負するでしょう。

 

(ここで雷轟ちゃんか~。この空気を読まない采配なら歩かせるんだけど、これは目的のある試合だからね~)

 

(その目的は、各々が合宿で頑張った成果をあげる事……。どちらのチームもそれは惜しみ無く発揮された。あとは……)

 

「…………!」

 

(雷轟さんの、覇竹のスイングがどこまでの完成度か……という事)

 

(剃刀カーブは覇竹向けじゃないから、余り投げるつもりはなかったけど、雷轟ちゃん達クリーンアップの3人は大体剃刀カーブを目当てにしてるっぽかったんだよね~)

 

(それだけに、先程の上杉さんのセーフティバントは、予想外でした……)

 

(まぁ今は雷轟ちゃんとの勝負に集中だね~。全球剃刀カーブで来ちゃってよ~)

 

(はい……)

 

この試合の命運を分ける試合……。恐らく徹底して剃刀カーブで雷轟さんを相手取る事になりそうです。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

かなりの球数を投げている筈ですが、球のキレが増しましたね。この試合1番です。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

2球目もストライク……。3球勝負で決めるつもりですね。

 

「お、追い込まれちゃった……」

 

「遥ちゃん、大丈夫かな……?」

 

ベンチでは雷轟さんを心配する声が……。スイングの気配すらないので仕方がありません。

 

「……大丈夫だよ」

 

「朱里ちゃん?」

 

「今の私達に出来るのは雷轟を信じる事だけ……。それなら心配するよりも、期待しておいた方が良いんじゃない?」

 

朱里さんの言う通りですね。雷轟さんに全てを委ねられている状況なら、心配というマイナス感情よりも、期待というプラス感情の方がお得です。

 

「……そうだね。遥ちゃんならきっとやってくれるよ!」

 

「うん……!」

 

ベンチ周りでもそれが伝わった為、雷轟さんの打席に視線が集中します。

 

(どう転ぶか……。見せてもらいますよ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(2球共、見逃しましたね……)

 

(バンガードちゃんと同じやり方を取りそうだね~。それなら全力の剃刀カーブを投げようか~)

 

(はい……!)

 

「…………」

 

雷轟さんの狙いはバンガードさんと同じように、変化の直前でしょうが、それでは決定打になりません。

 

(バンガードちゃんはあの剃刀カーブに対して、2段目の変化直前で打ってきた……。でも私はそれじゃあ足りない。私が狙うのは……!)

 

だとすると変化の軌道を読む為に変化先を予測して叩くか、変化直後が狙いでしょうか?

 

(この……2段目の変化直後を叩く!)

 

 

カキーン!!

 

 

『打った!!』

 

雷轟さんの狙いは2段変化目の直後でした。結構難しいと思いますが、雷轟さんのセンスならきっと良い結果となるでしょう。

 

(成程ね~。これが雷轟ちゃんなりの覇竹って訳か~)

 

(清本さんが得た覇竹とは、また違うスイングでしたが、勢いはまさに覇竹そのもの……。会得、おめでとうございます)

 

打球は球場を大きく越えたホームラン。体勢を大きく崩しながら打てたのも、雷轟さんのパワーありきでしょう。何にせよ逆転に成功しました。

 

「ナイバッチ~!!」

 

「ありがとう!」

 

雷轟さんはベンチで手荒い祝福を受けていました。

 

「特別練習メニューの成果が出たようね」

 

「うんっ!いつもよりかなり速くスイングが出来た気がする。球の見極めもギリギリまで出来そうだよ!」

 

「ナイスswingデース!」

 

スラッガー3人は特にベンチからの祝福が大きいです。

 

(しかし喜んでばかりもいられませんね)

 

問題はこの裏のイニングにもありますから……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿38

雷轟さんが逆転スリーランを打ったものの……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

ランナーを出しつつも、追加点には至りませんでした。

 

「遥ちゃんが打ったとは言え、あの剃刀カーブはやっぱり簡単には打てないね……」

 

「あれをまともに打てそうな右打者は上杉さんくらいかもね。バンガードさんも苦戦していたみたいだし……」

 

上杉さんに対してはストレートだったので、確信はないでしょう。ただ雷轟さんと同様に打てていたのか……という疑問に対しては否でしょうね。あの打席で雷轟さんにしか出来ない攻略法だったのですから……。

 

「あれ?この最終回って誰が投げるの?」

 

攻守が交代したところで、誰かがふと呟きました。 

 

「あっ、そういえば光先輩は代打に出したんだっけ……?」

 

一気に畳み掛ける為の代打攻勢として、川原さんには代打を出しました。まぁその結果は裏目になったみたいですが……。

 

『…………』

 

試合開始前と同様に、ベンチが静まり返ります。またこのお通夜みたいな状況が続くのですか?

 

「……私が投げるよ」

 

沈黙を破ったのは朱里さんでした。朱里さんはどちらかといえばギリギリまで隠し通すタイプだと思っていましたが……。

 

「朱里ちゃんが?」

 

「うん。皆を見ていると、私も合宿の成果を試したくなってね。それに……」

 

「それに?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

(この合宿時点での私の力が清本達に、黒獅子重工の選手達に、そして大宮さんと響さんに通用するかを試したくなった。私の今の実力がどの辺りに位置するかを彼女達で……確認しておきたい)

 

(きっと朱里さんは川原さんや雷轟さん……同じ高校のチームメイトが見せた頑張りに当てられたのでしょう。或いは練習の成果を試したくなったという線もありえます)

 

何にせよ朱里さんの1球目。振りかぶって投げました。

 

(アンダースローですか……。ウィラードさんとはアンダースローの投手の為の特別練習メニューを行われていたんでしょうね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(低空から浮き上がる球……まさしく早川茜が投げた燕そのもの。親子の結晶が今ここに実現する……か)

 

(凄い……。あれが私と早川さんが練習していた……アンダースローの投手が投げる特別な球。球威もキレも私が今まで投げてきた球とは段違いだわ)

 

かつて朱里さんの母……茜さんもこの島に訪れてで今のアンダースローを見せました。何の因果関係か、娘の朱里さんもそれが引き継がれているように見えますね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

2球目もストライク。現状ではライズボールと然程変わらないので、攻略に時間を要しないと思われますね。

 

(朱里ちゃん、投げるんだね……?)

 

(うん……。皆に見せ付けるつもりで投げるよ)

 

そして3球目。

 

(嘘……。球が砂埃で隠れた!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

砂埃に紛れて、擬似的な消える魔球になりましたか……。これは1打席……それも3人での攻略は難しそうですね。

 

(あれが……早川茜さんが編み出し、そして娘に引き継がれた決め球の真の姿なのね……!)

 

(砂埃を利用して、燕が身を隠す様に……それは宛ら消える魔球の如く、相手を翻弄させる燕の改良系)

 

(かつて茜さんもこの砂埃に紛れる球で天下を取ったと思うと、強敵が出現しましたね。)

 

まぁ朱里さんが強敵なのはリトル時代からずっと知ってはいましたが、ここに来て更に化けましたね。

 

(和奈さんならばどのように攻略するのか……。見物ではありますね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!!』

 

下位打線だったのもあって、無事に逃げ切りましたね。私達の勝利です。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿39

「諸君!此度の試合はご苦労だった……。これにて一部を除いた地獄の合宿全プログラムを終了とする!」

 

二宮瑞希です。先程の試合終了を以て地獄合宿のプログラムが全て終了しました。その発言で脱力している人達がちらほらといます。

 

(社長が言ってた一部……というのは、特別練習メニューを行っている人達の事でしょうね)

 

「明日で諸君はそれぞれ元の地に帰る訳だ……。よって今宵は宴だ!思う存分騒げ!!」

 

『わぁーっ!!』

 

飴と鞭を与えるのが本当に上手いですね。先程まで酷い目に合っていた人達とは思えないような、楽しそうな表情をしています。

 

「夜までに時間があるから、それぞれ練習するも良し、休むも良し!それぞれ思い思いに行動せよ!!」

 

『おおっ!!』

 

私は香菜さん達と一緒に特別練習メニューAを見ておきましょうか。

 

「……私はとりあえず食事の準備をする。今日はいつもよりも量が多いから、姉さん達も手伝って」

 

「もちろんよ!」

 

「夜子の料理の手伝いが出来るなんて光栄だわ」

 

「大袈裟……」

 

三森3姉妹の会話や……。

 

「行きましょう早川さん。私達も早いところ完全なものに仕上げないと」

 

「それもそうだね」

 

朱里さんとウィラードさんが行っている特別練習メニューUの行く末も気になりますが、今は白糸台高校野球部の二宮瑞希として白糸台高校のエースの一角である香菜さんのサポートに回りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキッ!

 

 

特別練習メニューAの練習内容はただひたすらに大きな斧で大きな丸太を切る(割る)事です。これだけでかなり屈強な上半身が身に付くでしょう。

 

(あとはその上半身に見合った下半身作りのメニューを考えておきましょうか)

 

 

バキッ!

 

 

丸太を切る音を聞きながら、今日成果を軽く振り返るとしましょう。

 

(今日の試合の先発は川原さん……。秋の彼女とは比べ物にならない球のキレを発揮していましたね)

 

球質に重みを感じました。相手が洛山(+黒獅子重工3軍選手)でなければ、それこそ完全試合も視野でした。

 

(逆転出来たのは、雷轟さんのホームランによるもの……)

 

覇竹と呼ばれる高速スイングでギリギリまで球を見極める事が出来るようです。元々球の見極めを行っていた雷轟さんにとってはそこまで苦でもない印象のあるスイングでしたね。

 

バンガードさんに訊いた話によりますと、大きな若竹の葉を素振りによって全て振り落とす……といった内容でしたか。薪割りに負けず劣らずのハードそうな練習です。

 

(そして試合を締めたのは朱里さん……)

 

朱里さんとウィラードさんが行っている特別練習メニューUはアンダースロー投手の更なる強化練習……。練習を見ていた(?)バンガードさんは海面に向かっての石投げをしていたとの事。

 

砂埃に紛れて擬似的な消える魔球となった球を相手取るにはかなり多量の対策を練る必要がありますね。

 

(思えば試合を動かすレベルの活躍をしたのは新越谷の選手ばかりでしたね……)

 

私達白糸台も負けないように頑張らないといけません。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目地獄の合宿40

二宮瑞希です。練習もそこそこに、食事の時間になりました。

 

「あ、相変わらず豪勢な食事ね……」

 

「今回も力作」

 

元無人島とは到底思えないレベルの食事の登場に全員のテンションが更に上がります。

 

「この馳走は合宿に生き残った記念として作られたものだと思い、可能な限り食べるが良い!!」

 

このレベルの食事を毎度出せるとなると、この食事を作った夜子さんはその道で食べていけそうですね。

 

「あぁ~!相変わらず夜子の作ったご飯は美味しいわ!」

 

「本当ね。夜子の食事を食べる為だけにこの合宿に参加したと言っても過言じゃないもの」

 

そんな夜子さんの姉2人は骨抜きになっており、夜子さん離れが出来ない状況へと陥っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を済ませ、私は海辺へと散歩しています。すると前方から見覚えのある2人が……。

 

「あの時ぶりかな?」

 

「時々メール等で情報のやりくりをしているけれど、こうして直接会う分にはそうね」

 

「……あの時は色々とお世話になりました」

 

黒獅子重工の助っ人として途中参戦した大宮鈴音さんと響未来さん。シニア時代のある機会で偶然出会い、色々と情報支援をしてくれました。

 

「ところで2人がこの合宿に来たのは偶然ですか?」

 

「……どういう意味かな?」

 

2人が現れるタイミングが余りにも良過ぎるから、気になってしまいます。だから訊くんですよ。

 

「社長に呼ばれて来た……というのは建前で、貴女達は誰かを見る目的でこの島に来たのではないですか?」

 

「はぁ……。相変わらず鋭いわね。そうよ。私達2人は『ある人物』の観察に来たの」

 

「ちょっ!未来!?」

 

「遅かれ早かれ彼女には何れバレるわ。それなら最悪の事態になる前に事情を話すべきよ」

 

「それはそうだけどさぁ……」

 

大宮さんが慌てながら響さんを止めますが、響さんは隠しても無駄と悟って目的を話すようです。

 

(それにしても最悪の事態……ですか。ある筋からは『カタストロフの再来』という話も訊きますし、それ関係でもありそうですね)

 

今頭を張り巡らせても変わらないでしょう。その時に備えておくのも大切ですが……。

 

「その人物が誰かは問いませんが、実際に見てどう映りましたか?」

 

2人が見に来た人物はあの面子でも数人に絞られます。もしも私が気にしている人と同じなら、あの2人で確定でしょう。

 

「……現状は思った通りね。でもそんな彼女達を中心に成り立っているのだとわかったわ」

 

「……そうだね。私達が来た目的はそれで達成したとも言えるよ」

 

「そうですか……」

 

私が訊きたい事は粗方聞けました。やはり情報収集はとても大切ですね。

 

その後も2人と私の持つ情報の交換を行いました。有意義な時間でしたね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目(その頃の白糸台)

皆さんこんにちは。白糸台高校1年の渡邉詩織です。今回は二宮先輩達が洛山高校主宰の合宿に行っている為、私が語り部をさせてもらいます。

 

私の今の仕事は二宮先輩に代わって、他校のデータ解析が中心となります。

 

「詩織、これを渡す」

 

「ありがとう」

 

データ解析を手伝ってくれているのは斎藤小町さん。二宮先輩曰く、3年間バッテリーを組むようにコンビになる事が多い。

 

(白糸台には固定バッテリーって概念はないと思うけど、多分二宮先輩と鋼先輩みたいな感じになるのかな……?)

 

斎藤さんの場合は投手としての致命的欠陥がある為に、早急に改善を求めるのが白糸台高校野球部が出した斎藤小町のアプローチとの事。

 

(でも二宮先輩だけは違う……。二宮先輩は斎藤さんの持つ一発病を徹底的に利用しようとしているんだ)

 

斎藤さんの持つ一発病は強打者に対してのみ発動するみたい。なんでもヤバい奴を相手にすると、球が吸い込まれていく……って本人が言ってたし。

 

(だとすると二宮先輩の狙いは全国の強打者だと思われる選手のデータを洗い出す事……?)

 

何にせよ斎藤さんの一発病を利用しようとするのはかなりの危険思想だ。万が一にもこれが原因で白糸台が負ける……なんて事はあっちゃいけない。

 

「詩織?」

 

「……なんでもない。こっちもある程度片付いたし、練習に行こっか」

 

私の今日の仕事を終わらせて練習場に行こうと言うと、斎藤さんは小さく頷いて着いて来る。なんか小動物みたいだな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、白糸台1軍の練習場。私はここでは主に斎藤さんとのバッテリー練をする事が多いです。

 

 

カキーン!!

 

 

「ふっふーん!まだまだ甘いね小町!」

 

「……っす」

 

 

カキーン!!

 

 

「球自体は失投時でも大分マシになってきた……。だが裏を返せば、斎藤の球がドンドン成長していっている事を忘れるな!」

 

「……はい」

 

そしてもっと多いのが、斎藤さんの1軍にいる先輩達によるバッティングピッチャー……というよりはサンドバッグの方が正しいかも。今でも大星先輩と新井部長にボコボコに打たれてるし。

 

(しかし新井部長の言う通り、斎藤さんの球威は日に日に増していっている……)

 

「………っ!」

 

(まぁ打たれ続けているせいか、斎藤さんにその自覚が全然ない事だけど)

 

二宮先輩にもこの事は一応報告しておいた方が良いよね。

 

(でも今の白糸台は……)

 

「もう1度、お願いします……!」

 

「まぁ良いだろう。現状はただのバッピにしかなってないから、早いところ改善を頼むぞ?」

 

「はい……!」

 

「はいはーい!私も付き合ってあげるよーっ!」

 

「私達も可能な限りは力になるからね」

 

「うんうん!」

 

(先輩達不在でも、かなり頼もしいですよ)

 

主力の5人がいないけど、それでも層が厚いのが白糸台だからね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏前の出来事①

二宮瑞希です。長いようで短く感じた、洛山主宰の地獄の合宿が終わりました。

 

「合宿あっという間だったねー!」

 

「そ、そうかな?結構長く感じたけど……」

 

「まだまだ修行し足りまセーン!」

 

「かといってあのような常軌を逸した練習は如何なものかと思いますが……」

 

四者四様の反応の中、私も似たような感情があります。

 

(私達の成果をどこかで軽く見せておきたいのですが……」

 

特に私と香菜さんはあの合宿で行われた試合に出ていなかったので、練習試合か紅白戦でその成果を出しておきたいですね。

 

「見えてきたよ!」

 

「私達の古巣に帰って来まシター!」

 

どうやら白糸台高校まで目と鼻の先の距離のようです。本当に帰って来ましたね。バンガードさんにとっては最早実家のような感覚に陥っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白糸台の校内に入り、教員や生徒への挨拶を軽く済ませ、1軍のグラウンドに足を運びます。

 

「たっだいまー!」

 

「ただいま戻りました」

 

「このバンガードが、帰って来ましタヨー!」

 

「も、戻りました」

 

「白糸台高校野球部、5人無事に戻って来ました」

 

私の挨拶は如何なものかと思いましたが、地獄の合宿と銘打っていましたからね。こうして無事に帰り生存報告をするのはとても大切です。

 

「おかえり。まずはお疲れ様だな」

 

「ふーん?ちょっとは頼もしくなってきたじゃん!」

 

出迎えてくれたのは新井さんと大星さんです。他の部員がいないようですが……。

 

「今日の練習は休みにしているよ。……って言っても、1軍は元々自主練だがな」

 

「私と真琴で5人を出迎えようって思ってたからねー?感謝してよねっ!」

 

「ありがとうございます」

 

大星さんの真意はともかく、キツい練習をこなしてきた私達にとっては出迎えてくれる先輩達がいるだけでも心に染みるものですよ。

 

「ここにいるのは2人だけですか?」

 

「あとは渡邉と斎藤がデータ解析を行ってくれている。あの2人は二宮がやっていた事をこの5日間、コツコツとやっていたよ」

 

「それはあの2人に感謝しないといけませんね」

 

それと同時にあの2人が解析したデータをゆっくりと見させてもらいましょう。

 

「お疲れ様です」

 

「……様です」

 

噂をすれば影。後輩の2人が顔を出しに来ましたね。

 

「先輩方、お疲れ様です」

 

「ただいま戻りました。渡邉さんと斎藤さんは私がやっていたデータ解析を行ってくれていたようですね?ありがとうございます」

 

「いえいえ。二宮先輩がやっていた半分も出来ていなかったので、不甲斐ないばかりですよ」

 

渡邉さんの台詞からは、私が5日間でやっていたデータ解析の半分の量しか出来なかったのを悔やんでいる様子が伺えます。

 

「それはそうと……。3日後に練習試合を設けてある」

 

流石新井部長……。仕事が早いですね。

 

「地獄の合宿の成果とやら、見せてもらうぞ?」

 

身体を休める期間も設けられて最高のタイミングですね。3日後……頑張っていきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏前の出来事②

二宮瑞希です。地獄の合宿を終えて3日後……。今日は練習試合があります。

 

「今日は練習試合だ。期待しているのは合宿に行っていた5人だが、他の部員も負けないように臨んでくれ!」

 

『はいっ!』

 

ちなみに練習試合の相手は松庵学院。昨年の夏大会の準決勝で対戦した経験があり、その試合は新井さんが完封していました。

 

(あの試合は朱里さんと山崎さんが観に来てくれていましたね……)

 

今日はそういったギャラリーがいないですが、私は私で頑張っていくつもりです。

 

 

1番 セカンド 日葵さん

 

2番 ショート 陽奈さん

 

3番 ファースト バンガードさん

 

4番 ライト 大星さん

 

5番 センター 新宮寺さん

 

6番 サード 鍋墨さん

 

7番 レフト 渡邉さん

 

8番 ピッチャー 香菜さん

 

9番 キャッチャー 私

 

 

ちなみにオーダーはこのようになっています。合宿組と大星さん以外は1年生で構成しましたか……。この分だと斎藤さんはリリーフの可能性がかなり高いですね。

 

「私達は後攻だ。まずは鋼の球を見ていく」

 

「は、はいっ!」

 

香菜さんはガチガチに緊張しています。合宿に比べれば空気は軽いと思いますが……。まぁ試合の空気はまた別と判断するべきでしょう。

 

「香菜さん。とりあえず低めに集中して投げていきましょう。打たれても信頼出来るバックがいるので、気楽に投げていきましょう」

 

「う、うん……」

 

緊張を払拭し切れていませんが、マウンドに上がると冷静になります。これも香菜さんの強みですね。

 

(とりあえず低めのストレートを要求していますが……)

 

果たして香菜さんの成長は如何程のものでしょうか?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(これは……!)

 

合宿前よりも球速がかなり上がっていますね。薪割りの成果が如実に現れています。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(この調子なら、少なくともこの試合は誤魔化せそうですね)

 

というのも薪割りの癖なのか、今の香菜さんは上半身で投げていて足腰が着いて行っていません。県対抗総力戦までには間に合わせたいところですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして打撃の方ですが……。

 

 

カンッ!

 

 

日葵さんが打ち……。

 

 

コンッ。

 

 

陽奈さんが日葵さんを還し……。

 

 

カキーン!!

 

 

バンガードさんが止めのホームランを打ちます。

 

(しかし合宿の成果と銘打っているのに、これではいつもとそう変わりませんね)

 

無論日葵さんと陽奈さんの走塁が良くなっている事や、バンガードさんのスイングスピードの上昇と対応範囲が広がったのは間違いなく合宿の成果ではありますが、それが伝わっているかどうかはまた別の話です。

 

『ゲームセット!!』

 

試合結果は14対0で5回コールド。斎藤さんの出番すらありませんでした。

 

(他の1年生4人がそれなりの結果を出してくれたのが不幸中の幸いですね)

 

新宮寺さんは守備で、渡邉さんは打撃で、鍋墨さんはその中間ラインです。公式戦でも何試合かはスタメンでも良いでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏前の出来事③

二宮瑞希です。今私は香菜さんの投球練習に付き合っている訳ですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「…………」

 

 

ズバンッ!

 

 

「…………」

 

投げている香菜さんを見ていますが、ずっと練習試合と同じような投げ方を繰り返しています。

 

「ど、どうかな?私的にはかなり良い球を投げられるようになったと思うんだけど……」

 

おずおずと訊いてくる香菜さんですが、ここは正直に答えて良いでしょう。

 

「……確かに合宿前とは比べ物にならない球威を身に付けていますね」

 

「ほ、本当に……?」

 

「はい。ストレートも変化球もキレが増しています」

 

それは間違いないのですが……。

 

「今の香菜さんは薪割りで染み付いてしまったのか、上半身で投げています。有り体に言えば下半身が上半身に着いて行っていません」

 

「そ、そうなんだ……。でもそれってまだ伸び代があるって事で良いんだよね?」

 

「そうですね。香菜さんはまだまだ伸び盛りですよ」

 

下半身が屈強な上半身と同じようになれば、間違いなく白糸台のエースになれるでしょう。地獄の合宿の成果とはそれ程に凄まじいものです。

 

「……それにはどうしたら良いの?」

 

「ただひたすらに走り込みですね」

 

ある筋からの情報では大豪月さんが六甲おろしと呼ばれるキツい坂道でひたすらに自転車を漕いでいたとか、三森3姉妹が山を走っていたとかがあります。そこまで非常識な練習を強いる訳ではありませんが、大会やその後にある県対抗総力戦に備えて香菜さんには剛健な下半身を作ってもらう必要があります。

 

「ただし香菜さんが試合で投げる日以外はボールに触る事を一切禁止にします」

 

「えっ……ええっ!?」

 

香菜さんはこれ以上ないくらいに困惑しています。投手の命と言っても過言ではないレベルの相方(ボール)に触れないのは相当に厳しいものでしょう。

 

(しかし非常識な選手達に香菜さんが着いて行くには、それくらいの事をしなければなりません。香菜さんには酷な事をさせてしまいますが……)

 

「……瑞希ちゃんがそう言うんだから、きっと間違いないよね。うん。私、頑張るよ!」

 

少し考えた後に香菜さんは言いました。その瞳には決意の炎が宿っているように見えます。

 

「じゃあ今から走り込んで来るね!」

 

「その前にキチンと柔軟はしておいてくださいね」

 

どんな運動をするにも、その前に準備運動は必要です。そうしなければ急に怪我をしてしまいますからね。

 

(これで間に合うかは、香菜さん次第になりそうですね……)

 

それに香菜さんばかりにかまけている訳にはいきません。もっと白糸台全体を見ていきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏前の出来事④

二宮瑞希です。今日も今日とて私の仕事を勤めようと思うのですが……。

 

「瑞希ちゃんは私の練習を見てもらうのーっ!」

 

「ミズキサンは私のハチクを見てもらうのデース!」

 

日葵さんとバンガードさんに引っ張られています。私は物ではありませんよ?

 

「二宮先輩って人気なんですね」

 

「まぁチームの支柱的な存在を担っているからなぁ……。私も含めて、白糸台野球部は二宮に随分と助けられているよ」

 

私が引っ張られている中、新井さんと渡邉さんが談笑しています。見ていないで助けてほしいのですが……。

 

(香菜さんは走り込みも兼ねて外周に行っていますし、陽奈さんはその付き添い……。どうせなら陽奈さんには日葵さんを連れて行ってほしかったですね)

 

しかし姉妹というものは常に一緒って訳でもないんですね。佐倉姉妹の場合は互い(特に日葵さん)にシスターコンプレックスだと思っていました。

 

「部長。止めなくても良いんですか?」

 

「……流石にそろそろ止めておくか。ないとは思うが、こんな些細な事で怪我をされては困るからな。2人共そのくらいにしておけ」

 

両腕を引っ張られている光景に目を余らせたのか、新井さんがようやく制止に掛かりました。もっと早く止めてください。

 

「とりあえず2人は外周に行っている鋼と陽奈を追って来い。二宮にも休息は必要だからな」

 

「はーい……」

 

「デース……」

 

日葵さんとバンガードさんは香菜さんと陽奈さんが行っている外周を言い渡されました。この外周のコースは私が考えたもので、近辺には高校が3、4校あるんですよね。休憩がてらそこの野球部の偵察もこなせて一石二鳥の成果が得られます。

 

「とりあえず二宮は少し休んでおけ」

 

「わかりました。休憩が終わり次第、他校のデータ解析に入ります」

 

今日調べるのは新越谷に入った新入部員ですからね。歩美さんや藍さん、あと訊いた話では台湾代表の4番打者……陽春星さんまでもが新越谷に入ったらしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩が終わり、コンピュータールームに来ています。

 

「二宮先輩。今日は新越谷のデータ解析を行うんですよね?」

 

「そうですね。今年入った1年生3人に焦点を当てようと思います」

 

データ解析には渡邉さんも付き添っています。本格的に私の後釜になりそうですね。

 

「それに……新越谷にはヨミ先輩もいますからね」

 

「やはり気になるのは武田さんですか」

 

渡邉さんと武田さんは同じ松原中学出身で、武田さんが中3の夏では唯一の得点者が渡邉さんだったようです。

 

(そういえば雷轟さんも松原中学出身のようですが、その時点では雷轟さんと武田さんは会っていなかった訳ですね)

 

そして多分渡邉さんとも……。新越谷の選手として知っている可能性はありそうですが、個人として、後輩として知っている訳ではなさそうですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏前の出来事⑤

二宮瑞希です。渡邉さんと共に新越谷に新しく入った1年生3人のデータをチェックしていきます。

 

(とは言っても現状では中学時代でのデータが多いですね)

 

「それでは初めていきましょうか」

 

「はい」

 

「まずは初野歩美さんと木虎藍さん……。私のシニアでの後輩に該当します」

 

ちなみに歩美さんはリトルでも一緒でした。私と和奈さんが別々の高校に行ったので、現状朱里さんとの付き合いが1番長いのは歩美さんになりますね。

 

「リトルシニア……。男子選手を交えての小中学チームですね」

 

「そうですね。2人共男子に負けない活躍をしていましたよ」

 

思えば川越シニアは優秀な女子選手が多過ぎるくらいですね。和奈さんにいずみさん、はづきさんに亮子さん、あとは朱里さん……。同級生だけで少なくとも5人以上は男子選手以上のポテンシャルを有していました。

 

(先輩を見れば友理さんに一ノ瀬さんに天王寺さん、後輩を見れば歩美さんに藍さん、月さん、紅葉さん、葵さん、翠さん、総司さん……。最早女子選手だけでもやっていけるレベルで、そういう意味ではガールズチームと大差ありません)

 

男子選手には僅かに及ばないながらも頑張っていた星歌さんは凄く立派ですね。

 

「……ではまずは歩美さんから見ていきましょうか」

 

歩美さんのデータが掲載された用紙を渡邉さんに渡します。

 

「メインポジションはセカンドで、捕手以外の内野全般を守れる守備職人……ですね」

 

「シニア時代では打撃能力がやや低めでしたが、守備力で最終的にレギュラーを勝ち取る事に成功しています」

 

説明に加えて、シニア時代に撮っていた映像(もちろん許可は得ています)も流しておきましょう。

 

「積極的で、尚且つ確実に打球を処理していますね。堅実……という言葉がよく似合います」

 

「そうですね。慎重さも兼ね備えている守備で、歩美さん特有と言っても良いでしょう」

 

打撃方面も一応撮っていますが、映像は少なめですね。もう少し撮っておけば良かったでしょうか……?

 

「試合では主に繋ぐ事を意識する……2番とかに向いてそうな打撃スタイルですね」

 

「無論上には上がいますが、シニアでは1番のバント職人ではありましたね」

 

歩美さんのデータも粗方見終わりましたので、次は藍さんです。

 

「木虎藍さん……。メインポジションは捕手、サブポジションに二遊間と外野……と、守れる範囲広めの選手ですね」

 

「藍さんは機動力が高く、シニアでも1、2を争える程の脚力を持っています」

 

(尤もそれは静華さんが来るまでですが、それは言う必要もないでしょう。今は新越谷の話をしていますから)

 

「打撃では低めのパワーをミートで補う所謂アベレージヒッターですね。様々なコースを上手く処理しています」

 

「選球眼も良いので、彼女は1番打者に向いています」

 

そういえば中学2年頃に沖縄で行ったら特別試合で藍さんは1番を打っていましたね。ドラフ島連合の監督をやっている田中さんにその腕を買われていたようです。

 

(捕手としてはやや未熟でしたが、今ではそれも払拭されているでしょう)

 

かつての後輩2人のデータを見終わった後、次はいよいよ元台湾代表の4番打者になります。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏前の出来事⑥

二宮瑞希です。いよいよ渡邉さんと共に、陽春星さんの解析をします。

 

「陽春星……。シニアリーグの世界大会にて、台湾代表の4番打者を務めていた実績がありましたよね?」

 

「そうですね。生粋のスラッガーで肩も強いです」

 

「姉の陽秋月さんは昨年まで梁幽館高校にいたみたいですけど、この陽春星さんは新越谷に進学したんですね……」

 

「その辺りの理由は色々ありそうですね」

 

小耳に挟んだ情報では、去年の夏大会で新越谷と梁幽館との試合が理由だとか……。それだけではいまいち決め手に欠けるような気もします。

 

「他に特徴的なのは姉が左利きなのに対して、この陽春星さんは右利き……。更には通常左利きでは出来ないショートをメインに守っています」

 

「左利きでも守れそうなポジションって結構限られますからね……」

 

渡邉さんの言う通りで、左利きでも務まるポジションは外野とファーストくらい……。それはまるで左利きが野球に向いてないと言われているみたいに思われそうです。

 

「このデータによりますと、走塁や守備は姉と比べて劣る……って印象が強いですね」

 

「それをパワーと肩の強さで補っています。守備適性のポジションには入っていませんが、サードとかに該当しそうな特徴ですね」

 

「言われてみればそうかも知れませんね……」

 

まぁあくまでも印象で、それ以上の気持ちはありません。

 

「そんな春星さんが守れるポジションは二遊間と外野、あとファーストですね」

 

「かなり広い範囲を守れますね。他のポジションにコンバートになっても、そのポジションでやっていけそうです」

 

「それも売りでしょうね。実際新越谷は選手層は薄いですが、その質がかなり高いです」

 

朱里さんと武田さんのWエース、それに次ぐ川原さん、3番手以降も星歌さん藤原さんと川口息吹さん……。投手だけでも質の高い選手が6人もいます。

 

(実際私が知らないだけで、眠れる獅子が新越谷に来ても可笑しくなさそうですね……)

 

この予感が的中するのは、まだ少し先の話になります。

 

「そうですね……。私も去年の新越谷のデータはくまなく見ましたが、流石夏の全国優勝校……って感じがしました」

 

渡邉さんも新越谷を高く評価しているようです。それなら1つ訊いてみましょうか……。

 

「渡邉さん的には新越谷の選手で1番警戒するべき選手は誰だと思いますか?」

 

「そうですね……」

 

渡邉さんはしばらく考え込んだ後に……。

 

「……私目線では投手の早川朱里さんでしょうか。球種が豊富なだけでなく、それ等を完璧に使いこなす変幻自在の投手というイメージが出ました。今の私では何度勝負しても勝てないと思います」

 

(……やはり渡邉さんの見る目は私と同じようですね。誰よりも朱里さんを警戒しているようです)

 

それがわかっただけでも、このデータ解析は有意義な時間になったでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏前の出来事⑦

二宮瑞希です。今日のデータ解析も一通り終わりましたので、小休憩を挟みます。

 

「そういえば……。二宮先輩は早川さんと同じチーム出身でしたよね?」

 

「そうですね。一応メインの捕手を張らせてもらいました」

 

あのチームは六道さんが監督だった事によって、私の捕手としての能力も大幅に上がりました。リトル時代から合わせて約6年も見てもらって、今この白糸台にいると実感が湧きます。

 

「早川さんはやはりシニアでも凄かったんですか?」

 

渡邉さんはあくまでも新越谷のデータでしか朱里さんを知らないので、こういった質問が飛んできます。

 

(まぁ隠す必要もありませんね。正直に私の感想を答えましょう)

 

「朱里さんが凄かったのはリトル時代からずっとですが、特に実績を出したのはシニア時代で初めて登坂した時でしょう」

 

「初めて登坂した時……ですか?」

 

「はい。朱里さんのシニアでの初登板は世界大会という大舞台でしたが、何の問題もなしに相手を完封しました」

 

「それは……凄いですね。初めての登坂が世界大会というだけでも凄いのに、その試合で相手打線を完封するなんて……」

 

実際朱里さんはそこから成り上がりましたからね。リトル時代で騒がれ、途中で失墜し、そこから世界レベルにまで成長するのは決して簡単な事ではありません。

 

「二宮先輩はそんな早川さんと組む時はどのような配球を組み立てているんですか?」

 

(早川さんレベルの投手でも、世界大会を勝ち抜くのは難しい筈……。それなら一緒に組んでいた二宮先輩の尽力もかなり大きいと思うんだよね)

 

「私は朱里さんと組む時は基本的にノーサインですね」

 

「ノ、ノーサインですか?」

 

「はい。実際それで朱里さんは結果を出していましたし、私はミットを構えているだけです」

 

他の投手と組む時は大なり小なり配球やサインを決めるのですが、朱里さんと組む時はそれが全くありませんでした。朱里さんのレベルの高さがよくわかります。

 

「そ、それが本当なら、早川さんはまさに完全無欠の投手じゃないですか?」

 

「そうでもありません。朱里さんには明確な欠点があります。それも投手をやる上で致命的な……」

 

「欠点……?」

 

「それはスタミナがない事です。故に粘り強く対応していけば、7イニングも持たないでしょう」

 

これこそが朱里さんの唯一にして最大の欠点ですね。新しい球種の開発ばかりをしていて、スタミナ増強の兆しが一切見えません。故に付け入る隙があるのです。

 

「で、でも早川さんは完投している事が多いですよね?」

 

「朱里さんは省エネピッチングで相手打者を三振させていますからね。全力ではあっても全開ではありません」

 

それがシニア時代の朱里さんの最大の特徴でしょう。

 

(新越谷に入った朱里さんは良くも悪くも変わりつつあります。特に洛山主宰の合宿で大きく成長しました)

 

そしてそれは他の選手全員に言える事……。新越谷にはまだ武田さんという2人目のエースがいますし、次はそちらのデータを改めてチェックしておきましょうか。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏前の出来事⑧

二宮瑞希です。朱里さんの事を尋ねられたので、今度は私が渡邉さんに武田さんの事を訊いてみましょうか。

 

「今の新越谷のエースは朱里さんと……。そしてそんな朱里さんからエースナンバーを奪取した武田さんのWエースですね」

 

「ヨミ先輩が……!」

 

渡邉さんは大層驚いた表情をしていました。武田さんの中学時代を知っているからでしょうか?

 

「そんな武田さんは私が知っている限りでは決め球のナックルスライダーを中心に、ツーシーム、カットボール、そして強ストレートと呼ばれる武田さん本来のストレートを組み立てて相手打線を抑えていました」

 

「…………」

 

(新越谷の……特にヨミ先輩が投げる時の配球はくまなく調べた。コース、球種、配球……。その場でヨミ先輩の球を受けていたのが私だったら……というイメージトレーニングを繰り返してきたくらいだから……!)

 

「更に武田さんは新越谷ではムードメーカー的な役割も担っていますね」

 

あとは雷轟さんもムードメーカーに当てはまるでしょう。新越谷のエースと4番でそれぞれのムードメーカーを兼任出来るのは中々の難易度です。

 

「そうなんですね……」

 

(ヨミ先輩ってもっと暗い人だと思ってた……)

 

武田さんのデータは一応中学時代から遡って調べてきましたが、その当時のデータですら捕手さえちゃんとしていれば、1回戦敗退はなかったと言えるレベルでしょう。県ベスト8は固いです。

 

「そんなに武田さんのピッチングを、合宿内では見られませんでしたね……」

 

「……そういえば洛山が主宰した合宿にヨミ先輩も参加していたんですか?」

 

「そうですね。他にも朱里さん、雷轟さん、川原さん、そして今の武田さんの球を受けている正捕手の山崎さんが合宿に参加していました」

 

「成程……」

 

(ヨミ先輩が明るくなったのも、きっと捕手の山崎さんの尽力が大きいんだろうな……。あとは早川さんの存在もヨミ先輩の刺激になっているのかも)

 

合宿内で武田さんの近くにいた時も、薪割りをしているシーンしか見られませんでした。

 

(あの時の川原さんと同様、もしくはそれ以上の成果が武田さんに宿っていても可笑しくはないですね。なるべく白糸台と当たるまでには武田さんの最新のデータを集めておきたいところですが……)

 

「武田さんの高校1年生終了時点と、今の武田さんは比較にならないレベルの成長を遂げているでしょうね」

 

「……まだ5月ですよね?そんなに変わっているんですか?」

 

「断言しますよ。あの時投げていた川原さんや朱里さんも、年度末に比べて大きく成長していましたから……」

 

「ど、どれだけ洛山主宰の合宿は凄かったんですか……」

 

実際にそれくらいの成果を出していましたからね。それに言及していませんが、間違いなく野手陣も大幅な成長をしているでしょう。合宿に行く前よりも……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会①

二宮瑞希です。今日からいよいよ都大会が始まります。

 

「今日から私達の夏が始まる……。自分に悔いのないにしろ!その上で全国の頂を取るのは我々白糸台だ!」

 

『おおっ!!』

 

新井さんの一言で全員が盛り上がっていますね。神童さんとはまた違うまとめ方です。

 

「まぁ私達はシードなんだけどねー」

 

「……こういうのは気持ちの問題なんだよ。わかっていても、皆こうして気持ちを合わせているんだ」

 

「真琴に気を遣ってるだけだよねっ!」

 

「だからそういう事は思っていても口に出すな!」

 

新井さんと大星さんの掛け合いを見させて、緊張を解す……。これもまた新井さんにしか出来ない事です。

 

「ちなみに初戦の先発は斎藤、相方捕手は渡邉にするつもりだ。心して臨め!」

 

「はい!」

 

「はい……!」

 

初戦は1年生バッテリーですか。まぁ斎藤さんが打たれても、打線の援護でまだなんとかなる範囲内ですね。

 

ちなみに1軍にいる1年生は無事に残留し、ユニフォームをもらいました。新宮寺さんが14番、鍋墨さんが16番、渡邉さんが17番、斎藤さんが18番となっています。

 

(それよりも私達の試合の翌日ですね。この日は新越谷の試合ですが……)

 

新越谷の他にもう1つ気になる高校があるので、そちらに行くのも視野に入れておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

私達の試合は15対4で5回コールドで勝利しました。

 

(斎藤さんの一発病に関しては現状開き直りになっていますが、同じ打者でも次の打席以降は渡邉さんのリードも相まって無事に打ち取れています。バッテリーの成長を感じますね)

 

スマホから通知が来ているので見てみると、いずみさんと和奈さんが明日の予定について話し合っていました。

 

(私は明日気になる高校があるので、そちらを観に行くつもりです……と、返しておきましょう)

 

LINEのグループを組んでいて、私達3人の観戦予定と、野球部での近況報告を話せる範囲内で話しています。

 

『アタシは瑞希に合わせるよ。瑞希の気になる高校ってのはアタシも気になるしね☆』

 

『そうだね。去年には話にも挙がらなかったから、私も気になるかも……』

 

いずみさんも和奈さんも私に合わせてくれるようですね。

 

(しかしそれとは別に新越谷の試合が気になるのも確か……。ここは別動舞台を考えた方が良いでしょうか?)

 

気になる高校というのも、初戦が観られればそれで良いのですが……。

 

「二宮先輩、どうかしたんですか?」

 

明日の予定を考えていると、渡邉さんから声が掛かりました。どうやら上の空だったようですが、丁度良いですね。

 

「渡邉さん……。明日は空いていますか?」

 

明日は試合がないですし、1軍は自主練習……。新井さん達の許可さえもらえれば、渡邉さんを連れて行くのもアリですね。

 

「そうですね……。まだ予定は決めていません」

 

まだフリーだったようです。それなら誘ってみましょう。

 

「渡邉さん。明日、埼玉に行きませんか?」

 

「えっ?」



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会②

皆さんこんにちは。渡邉詩織です。今日は都大会の初戦で、それは私達の勝利で終わりました。明日は試合がないので、予定を考えていると……。

 

「渡邉さん。明日、埼玉へ行きませんか?」

 

「えっ?」

 

突然二宮先輩から埼玉に行くお誘いを受けました。急過ぎて組み立てている途中の明日の予定が吹き飛んじゃった……。

 

「ど、どうして急に埼玉に……?」

 

「いえ。私は去年に新越谷の試合を観に行っていまして、今年も試合がなく、あちらの試合がある日はこうして試合観戦に赴いている訳です」

 

「は、はぁ……」

 

(二宮先輩がこんな突拍子のない発言をするなんて珍しいなって思ってたけど、多分早川さんがいるチームが気になっていたんだろうね……)

 

「無論渡邉さんの分の電車賃等はこちらで支払います。着いて来てもらっている身ですので」

 

一応都外に出る訳だから、掛かる電車賃もそれなりのもの……。二宮先輩って結構財布事情に明るいのかな……?

 

「それに部の役に立つ事と判断されているので、費用は学校側が全負担してくれます。私の懐についても心配はいりませんよ」

 

「そ、そうですか……」

 

ま、まぁここまで真摯に誘ってくれてるし、断るのも礼儀に欠けるかな……?

 

(それに新越谷……ヨミ先輩がいるチームは丁度気になっていたしね。情報で訊いてただけじゃ足りないから、肉眼で観れるのはありがたい)

 

「……わかりました。そのお誘い、受けさせてもらいます」

 

「ありがとうございます。詳しい事は明日……向こうに着いてからお話します」

 

急に決まった事だけど、明日は埼玉まで足を運びます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二宮瑞希です。都大会の翌日、渡邉さんを引き連れて埼玉へとやってきました。

 

「おーい。こっちこっちーっ!」

 

駅を出ると、いずみさんが手招きしています。その側には和奈さんもいますね。

 

「お待たせしました」

 

「アタシ等もさっき着いたばっかりだから、気にしなくても良いって☆」

 

「そ、それよりも瑞希ちゃん。隣にいる人は……?」

 

和奈さんが渡邉さんと目が合いました。互いに気まずそうにしていますので、私が軽く紹介しましょう。

 

「こちらは白糸台高校の1年生、渡邉詩織さんです」

 

「わ、渡邉詩織です。よろしくお願いします……」

 

いずみさんと和奈さんを見るなり、渡邉さんの緊張の色が更に強くなりました。まぁ2人の存在は伏せていたので、仕方ない部分もありますね。

 

「アタシは金原いずみだよ。よろしくっ☆」

 

「き、清本和奈です……」

 

対するいずみさんはいつも通りフレンドリーに、和奈さんは渡邉さん以上にガチガチですね。こちらもいつも通りと言えばいつも通りでしょう。

 

「それにしても瑞希の突拍子もない提案によく着いて来れたよね~。断る選択肢だってあったんだよ?」

 

「い、いえ。丁度私も気になる事もありましたし……」

 

「急な誘いではありますが、渡邉さんはこうして誘いに応じてくれました。これ以上の話は野暮でしょう」

 

とりあえず今日の目的を改めて全員に話す事にします。

 

「瑞希が新越谷とは別に気になるチームがもう1つの球場で試合があるって事で、別動隊として詩織が呼ばれた訳だね~」

 

「そうなりますね」

 

「で、でも瑞希ちゃんが気になる高校は私達も気になるけど、渡邉さんを1人にする訳にもいかないよね……」

 

「私は1人でも問題ありませんけど……」

 

今日の観戦予定に難儀していると……。

 

「それなら私にお任せっ!!」

 

背後から聞き覚えのある声が聞こえました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会②

二宮瑞希です。渡邉さんと共に埼玉へと訪れました。

 

いずみさんと和奈さんと合流した後、新越谷の試合と私が気になる高校の試合をどのように分けて観戦に行こうかと考えている最中に……。

 

「それなら私にお任せっ!!」

 

背後から聞き覚えのある声が聞こえました。

 

「は、はづきちゃん……?」

 

「はづきじゃん。そっちも観戦に?」

 

「そうそう!朱里せんぱいがいる新越谷の観戦にこうして赴いた訳だよ!」

 

とりあえず若干蚊帳の外になろうとしている渡邉さんにはづきさんを紹介して、話を戻します。

 

「それで詩織ちゃん……だったっけ?そっちさえ良かったら、私と一緒に新越谷の試合の観戦に行こうよ!」

 

「えっ?あ、私は橘さんが良いのなら……」

 

「決まりだね!」

 

どうやら詩織さんとはづきさんで新越谷の試合を観戦する事に決まったようです。はづきさんのお陰でトントン拍子で事が進みましたね。

 

「……じゃあアタシ達はもう1つの球場で瑞希の気になるチームの試合観戦だね☆」

 

「瑞希ちゃんが気にしてる高校……ってどんなチーム?」

 

「埼玉県大会のトーナメントでは新越谷とは反対の山ですね。対戦相手は美園学院になります」

 

美園学院は三森3姉妹の機動力を中心に成り立っているチームで、エースの園川さんもその機動力を頼りにしています。

 

「美園学院の対戦相手……ってこの親切高校?」

 

「聞いた事がないねぇ……」

 

「15年程前は全国春夏連覇も果たした強豪校でしたが、今では名前も聞きませんね」

 

(なんで瑞希は15年前もの情報を知ってて当然みたいな喋り方するかな……)

 

なにやらいずみさんから失礼な視線を感じますね。

 

「そ、それよりもそろそろ試合始まっちゃうよ……?」

 

「そうだったそうだった。それじゃ、アタシ達はそろそろ行くねー!」

 

気が付けばあと十数分で試合開始の時間まで迫っていました。幸い2つの球場はそこまで離れていませんので、走れば全然間に合うでしょう。

 

「渡邉さん。はづきさんのお守りをお願いしますね?」

 

「は、はい……」

 

「あれ?普通逆だよね?詩織ちゃんは1年生で、私は2年生だよ?」

 

はづきさんが抗議していますが、普段の言動を省みると妥当な判断です。興奮するはづきさんを制止している渡邉さんの姿が容易に想像出来ます。

 

「急ごっか!」

 

「う、うん!」

 

「今からならギリギリ間に合うでしょう」

 

反対側の球場まで私達3人は走ります。

 

(親切高校のマネージャーは大宮さんと響さんのは知り合いが務めている……とあの2人から訊きましたね)

 

なんでも相当な手腕を持っているとか。どこまで総合力の高いチームなのか、楽しみですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会③

皆さんこんにちは。渡邉詩織です。二宮先輩と一緒に埼玉まで試合観戦に訪れましたが、二宮先輩は気になる試合があるという理由で二宮先輩の元チームメイトである金原さんと清本さんと一緒に反対側の球場まで行きました。

 

私はというと、これまた二宮先輩の元チームメイトの橘さんと一緒に新越谷と深谷東方の試合を観戦する事に。そんな新越谷のオーダーは……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 センター 岡田さん

 

4番 レフト 雷轟さん

 

5番 サード 藤原さん

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 ライト 早川さん

 

8番 キャッチャー 木虎さん

 

9番 ピッチャー 川原さん

 

 

このようになっていました。ヨミ先輩はベンチスタートみたい。

 

「朱里せんぱいはいるけど、ライトかぁ……。いやでも外野の方がせんぱいとの距離が近く感じるから良いのかな……?」

 

一緒にいる橘さんはというと、早川さんの存在に一喜一憂していました。

 

「あの……。橘さんと早川さんって同い年で良いんですよね?」

 

「そうだよ。もしかして呼び方について?」

 

「はい……」

 

早川さんとは同い年なのにの事を先輩と呼ぶ橘さん。ただならぬ関係だと邪推しちゃうけど……。

 

「……私はね、朱里せんぱいのピッチングを見て野球を始めたの。堂々と投げて、相手打者を切って取って……。私もあんな野球がしたいと思ったの。だからそれを教えてくれた朱里せんぱいには最大級の敬意を持ってるんだ」

 

「そうなんですね。なんだか素敵です」

 

橘さんの最大級の敬意は先輩と称する事みたい。所謂お姉様と呼ぶお嬢様……みたいな感じかな?確かに橘さんは良いところのお嬢様って感じがするし。

 

『プレイボール!』

 

「おっ?始まったよ!」

 

「始まりましたね」

 

今日突然出来た奇妙な縁だけど、この縁は大切にしよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

1回表の新越谷の攻撃は三者凡退で終わりました。

 

「相手投手の球に詰まらされていますね」

 

「3人共打ち上げていたよね。予定よりも上を叩いてるみたいだし、多分直接勝負しないとこれはわからないと思うね」

 

橘さんの通っている梁幽館高校は3年前の埼玉県優勝校で、去年の夏に新越谷相手に惜敗した、橘さん達にとって新越谷は因縁がある相手だろう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

対する川原さんも1回裏の深東打線を三者三振。こっちも負けてない……どころか、相手の上を行くピッチングをしていた。

 

「うへぇ……。データとは比較にならないんだけど……」

 

「ストレートも速いですが、それ以上に勢いがありますね」

 

「だねぇ……」

 

そして2回裏。4番の雷轟さんの打順から始まります。

 

「この雷轟さんは野球始めて1年くらいなのに、今や全国的に有名なスラッガーなんだよね」

 

「二宮先輩からある程度は訊いています。もしも対峙する事があったら、勝負は避けるべきだと……」

 

「まぁ雷轟さんの実力は私も凄いって思うよね。何が1番凄いかって、それは雷轟さんの成長速度なんだよ」

 

「成長速度……ですか」

 

「会う度会う度に打撃能力と対応力が上昇していってる感じがするんだよ。まぁこれも直接相対しなきゃわからないと思うけど……」

 

 

カキーン!!

 

 

「ほらね。まーた成長してるよ。スイングスピードが前見た時の比じゃないもん」

 

ツーナッシングから雷轟さんは目にも止まらぬスイングで相手投手……松岡さんの球を捉えて、ホームランになりました。

 

(全国まで当たらないとはいえ、これは決して他人事じゃないよね……)

 

川原さんのピッチングもそうだけど、雷轟さんの打撃能力がかなり高い……。全国大会で当たったとしたら、もっと成長してるんだろうな……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会④

二宮瑞希です。美園学院と親切高校の試合を観戦していますが、はづきさんから通達が来ました。

 

「……新越谷が先制点を取りましたね」

 

「打ったのは?」

 

「雷轟さんのホームランですね。それ以外の打者は松岡さんを相手に打ち上げている……と梁幽館の偵察部隊から通知が来ていました」

 

偵察部隊と仰々しく言いましたが、実際ははづきさんと渡邉さんですし、渡邉さんは私と同じ白糸台の選手なので、実質はづきさんの単騎ですね。

 

「梁幽館の偵察部隊……というかはづきだね。ところでアタシ達はどうして新越谷とは別の試合を観戦に?アタシも和奈も試合がない日だから良かったけど」

 

「新越谷と深谷東方の試合と同時進行でやっているので、こちらの方を見ておこうかと……」

 

「そ、それにしても今年の大会は各都道府県が2つの球場で大会を進めているみたいだね……」

 

「そうですね。その理由としては2つ……。1つ目は全県の大会参加校が最低でも2倍近くに増えている事です」

 

参加校が増えているのも、きっと2つ目の理由にあるでしょう。

 

「凄いよねー。特に東京なんか東西合わせて200校はあるんじゃないかな?」

 

「た、ただでさえ参加チームが多い東京が東と西で分けているのに、まだ増えるんだ……」

 

同じ関東でも埼玉や神奈川なんかも増加数が多いですね。それ以外でも大阪や兵庫、愛知、福岡辺りはかなりの競争率です。

 

「話を戻します。2つ目は今年の夏大会直後に行われる県対抗総力戦です」

 

「4年に1度しか行われないし、お祭りみたいなものだから、『我こそは選ばれるぞ!』って感じの参加校が多いもんね」

 

オリンピックの高校野球バージョンと考えるとわかりやすいですね。

 

「いずみさんの言うように参加高校が多いのはそれが理由ですが、運営側は各県が2つの球場で多く試合を進め、代表選手をピックアップしやすいようにする為でしょう」

 

「県対抗総力戦か……。アタシ達は選ばれるかな~?」

 

「選ばれたら光栄だよね」

 

「少なくとも2人共選ばれると思いますよ」

 

いずみさんと和奈さんが選ばれないなら、藤和と洛山で選ばれる選手は0に等しいですよ?

 

「……それよりもこちらの試合を観る事に集中しましょう。埼玉県大会に大番狂わせが起ころうとしています」

 

試合は親切高校が掌握し始めています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イニングは4回が終了しましたが……。

 

「雷轟さんは2打席目も松岡さんの球を捉え、三塁打……。後続が続かなければ意味がありませんが、4番としての役目をキッチリと果たしていますね」

 

「いやいや、そんな事言ってる場合?アタシ達が観ている試合、今とんでもない事が起こってるよ!?」

 

「4回終了時点で2対0。しかも片方は未だにノーヒットピッチングだよ……」

 

美園学院が完全に抑え込まれていますね。ですが今投げている投手ならそれも可能でしょう。

 

「これが瑞希の言ってた大番狂わせ?」

 

「組み合わせを見ると結果的にはそうですが、2年間牙を研いでいた新のエースがここに頭角を現した……と考えるのが妥当でしょう」

 

「まさかここで羽矢さんが出てくるとはねぇ……。まぁ納得と言えばそうなんだけど、完全にダークホース扱いだよねぇ……」

 

一ノ瀬羽矢さん……。元川越シニアの先輩で、朱里さんの前のエース投手でした。独特な変化球を投げるのが大きな特徴です。

 

「こ、これって朱里ちゃんに報告した方が良いのかな……?」

 

「それは新越谷の試合が終わってからで良いと思います。向こうも丁度4回表が終わろうとしているみたいですし、こちらと試合終了時間は大きく変わらないでしょう」

 

この調子だと、親切高校が勝ち上がるのはほぼ確定と見ても良さそうですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑤

皆さんこんにちは。渡邉詩織です。

 

試合は6回裏まで進みました。

 

「もう終盤だってのに、ヒット打ってるのは雷轟さんだけかぁ……」

 

「松岡さんの修正力が半端じゃないですね。フォームもなんだか川原さんに似てきているような……」

 

深東の松岡さんはイニング毎に調子を上げていく尻上がりタイプの投手な上に、相手投手のフォームを修正した状態でコピーしている……。カスタマイズ性の高い投手って印象があるね。

 

「これは仮に深東が勝ち進んだとしても、松岡さん相手だとウチでもてこずるだろうなぁ……」

 

「そうですね。新越谷のように序盤で点を取って、逃げ切るのが良いと思います」

 

新越谷の雷轟さんが打ったように、松岡さんから打つにはまだ調子の上がり切ってない序盤で点を取りに行くのが1番の攻略法だろう。

 

「てか新越谷は投手交代かぁ……」

 

「四球3つのノーヒットなのに、交代なのは少々もったいない気がしますね」

 

「私の立場だったら、ノーノーがなくなるまでは投げるよ。新越谷は元々継投予定だったんだろうね」

 

投げるのはサードにいた藤原さん。守備も結構弄ってサードには雷轟さんが、レフトには早川さんが、ライトには新たに大村さんが入った。川原さんは完全に降板みたい。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「次はジャイロボーラーかぁ。よくよく考えたら、これで2番手投手ですらないって事だよね。さっきの川原さんもだし……」

 

「新越谷はヨミ先輩と早川さんのWエースだって訊いてますから、今日の試合ではそのWエースを温存するつもりなんでしょうね」

 

「完全にウチにぶつけてくる気満々じゃん。新越谷って投手陣のレベルが高過ぎだよ……」

 

「そうですね。川原さんも藤原さんも他校ならエースを任せられるレベルですよ」

 

白糸台や梁幽館でも多分2番手レベルにはなる筈……。藤原さんの場合は抑え投手として使いそうだけど。

 

(個人的な感想だけど、川原さんに比べればまだ藤原さんの方が付け入る隙はある……。確かにジャイロボールは凄まじい球だけど新井部長に比べればまだ粗があるから、突くとしたらその粗になりそう)

 

まぁウチを相手に藤原さんは投げてこないだろうけど……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「うわ……。松岡さんも大概ヤバいね。あのレベルのジャイロボールを2球目で当ててくるなんて……」

 

「確かに対応が早いですね」

 

本当に。あれだけの対応力があれば、名門校にも着いて行けそう。多分松岡さんは県対抗総力戦にも出て来るだろうね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「3球勝負だと思ったのに、1球外しましたね」

 

「まぁ今日の捕手は藍ちゃんだからなぁ。瑞希ちゃんから訊いた話だと、ツーナッシングから1球低めに外す傾向があるんだよ」

 

(今の話だと、低めに外した後に高めギリギリのコースで三振を取りに行くリードをしてそうだね。木虎さんのデータを二宮先輩からもらおうかな……)

 

4球目。投げられたジャイロボールは予想に反して……。

 

「ど、ど真ん中!?」

 

「確かにど真ん中だけど、あれは打てないだろうね」

 

橘さんはあのど真ん中に投げられたジャイロボールは打てないとわかってるみたい……。

 

「確かに投げられたコースはど真ん中だけど、藤原さんの場合はジャイロボールに加えて高めに伸びていく傾向があるから、もう少し高いところからスイングしないと、まず空振りになるね」

 

(まぁ多分当てたとしても、詰まらされそうだけど……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ほ、本当に空振りした……」

 

「短いイニングだと攻略が難しいのがまた厄介なんだよね。これでエースどころか2番手ですらないって、反則過ぎるでしょ……」

 

今日の試合では新越谷の投手陣のレベルの高さに改めて驚かされた……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑥

皆さんこんにちは。渡邉詩織です。

 

試合は大詰め。7回表まできています。先頭打者が凡退し、雷轟さんの3打席目……。

 

「ここまで新越谷が出した安打は雷轟さんのだけですね」

 

「新越谷も対応は良いんだけど、それ以上に松岡さんの修正力が高かった……。その一言に尽きるね」

 

実際橘先輩の言うように、松岡さんは打たれれば、打たれる程に欠点を治しつつある。そして川原さんのフォームをコピーするその手腕……。

 

(あれ?そう考えると、新越谷は投手交代をするべきじゃなかったんじゃ……?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「嘘でしょ……!ここにきてジャイロボール!?」

 

「フォームも少し藤原さんのものに寄せていましたね。多分ジャイロボールの練習も今までにもしてたんだと思いますが……」

 

そうじゃなかったら、あそこまでのキレをいきなり出せたって事になる。もしもそうなら……。松岡さんは超が付く程の天才投手だよ。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「雷轟さんの対応も早いですね」

 

「まぁジャイロボールそのものはチームメイトの藤原さんや、白糸台の新井さんの球を見てきているから、対応は難しくないかもね」

 

カウントはツーナッシング。松岡さんはこの1球で決めてくるだろう。

 

 

カキーン!!

 

 

しかし、雷轟さんが渾身の1球を捉えて、そのもの打球は電光掲示板に直撃した。

 

「……決まりましたね」

 

「そうだね。試合を決定付けるホームランだよ」

 

それに加えて、松岡さん以外は藤原さんの球を1打席では打てないと思う。そういった意味でも、この1点は大きかった……。

 

『ゲームセット!!』

 

試合は2対0のまま、新越谷は勝利した。

 

「終わった~!データも取れたし、瑞希ちゃん達と合流しよっか!」

 

「そうですね。向こうもそろそろ試合が終わっている頃でしょう」

 

(しかし雷轟さんがいなかったら、この試合はどうなっていたんだろう……)

 

そんな疑問を胸に、私達は球場を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二宮瑞希です。

 

『ゲームセット!!』

 

美園学院と親切高校の試合が終了しました。

 

「か、完封しちゃったよ……」

 

「羽矢さんの投げる球エグいね~。正直1、2打席じゃ打つのは厳しいよ」

 

「シンカー、シュート、そして決め球のカーブ……。それぞれの練度も上がっていますね。特に三森3姉妹を全員三振に抑えたのが大きかったと思います」

 

三森3姉妹ならバットに当てれば、内野安打が狙え、更には得点も難しくなかったでしょう。

 

「羽矢さんの奪三振数が脅威の16……。アウトのほとんどが三振じゃん」

 

「新越谷が親切高校と当たるとしたら、決勝戦だけど……」

 

「まぁ新越谷は新越谷で上手く対策するでしょう」

 

とりあえず朱里さんにメールで結果報告だけでもしておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第2球場の試合結果、4対0で親切高校が美園学院に勝利しました』



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑦

二宮瑞希です。朱里さんにメールを送った事で、今頃新越谷は大騒ぎになっていそうですね。

 

「反対側の山でとんでもない番狂わせが起こってる……。あの美学が負けたの!?」

 

「完封されましたね。美園学院に勝った相手……親切高校は一ノ瀬さんがエースをしていました」

 

「変化球の質なら朱里せんぱい以上とも言われた、あの陰気そうな先輩ですか……」

 

「コラコラ。口が悪いよはづき?」

 

まぁ一ノ瀬さんに対する第1印象は皆口を揃えて『陰気』だの、『ネガティブ』だの、『辛気臭い』だの……。ほぼ同じ意味ですねこれ等は。

 

「それはともかく、シニア時代で見た羽矢さんの球はもうないと思って良いかもねー。シンカー、シュート、カーブがそれぞれノビ、キレ、変化量が大きく成長してたし……」

 

「初見で打つのは難しいかも……」

 

「データでは計れない球種を投げる一ノ瀬さんはかなり厄介な投手でしょう」

 

「瑞希ちゃんがそこまで言う投手は最早高校生のレベルを遥かに越えている気がするんだけど……」

 

はづきさんの発言は大袈裟なものだと捉えますよ?

 

(しかし初見で攻略するのは厳しくなるのは確かでしょう。最悪のケースを考えると、私達も決して他人事ではありませんね……)

 

白糸台に帰ってやる事が増えましたね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3人と別れて、渡邉さんと電車で白糸台に帰っています。

 

「今日はどうでしたか?」

 

「新越谷の試合を直に観戦をして、見聞が広がった気がします。今までは過去の試合の統計を取っていただけですので……」

 

(1番見たかったヨミ先輩のピッチングが見られなかった事が心残りかな。色々な意味で……)

 

「中学の先輩だった武田さんとは何か話でもしましたか?」

 

「……いえ。話はしませんでした。ヨミ先輩がもしも投げていたら思わず声を掛けに行っていたかも知れませんけど」

 

(でもきっと投げていたとしても、声は掛けられなかっただろうな……)

 

積もる話でもあるかと思いましたが、渡邉さんがそれで良いのなら、それでいて良いのでしょう。決めるのは渡邉さん自身です。

 

「はづきさんは渡邉さんに何か迷惑を掛けませんでしたか?」

 

個人的に唯一の心配と言っても良いでしょう。今日の試合は朱里さんが出ていたらしいですし、朱里さんの打席で発狂していても可笑しくありません。

 

「いえ。橘さんからは色々と教えてもらいましたよ」

 

(突然一眼レフが出て来たり、早川さんの打席でテンションが爆上がりしたのはちょっと驚いたけど……)

 

苦笑いしているところから、はづきさんが何かしらの粗相をしたのは間違いなさそうですね。

 

「……今日はありがとうございました」

 

「渡邉さんにとって有益になったのなら良かったです」

 

ほぼ私のわがままでしたが、渡邉さんにも利益があったようで良かったですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑧

二宮瑞希です。色々あった埼玉県大会初戦から3日後。今日は新越谷と梁幽館との試合ですが、いずみさんと和奈さんの都合が合わず、渡邉さんもいないので私1人です。

 

(まぁ渡邉さんの方は武田さんが投げるから……というのが少なからず理由にありそうですね)

 

中学時代の後輩なら、尚更武田さんの勇姿を見たいところでしょうが……。よくわかりませんね。渡邉さんの真意は。

 

「すまない。隣、良いだろうか?」

 

右方から声が掛かったので振り返ると、元梁幽館の中田さんと陽さんがいました。 

 

「別にそれは構いませんが、非常に既視感を感じますね」

 

具体的には去年の秋頃に似たような声掛けをされた覚えがあります。 

 

「事実私と奈緒は去年の関東大会で新越谷と梁幽館の試合を観戦する時、二宮に同席を求めている」

 

「あの時とは2人の状況が違うと思いますけどね。ここで油を売ってて良いんですか?」

 

2人共プロに指名されて、既に1軍昇格を果たしていると人伝で訊いたのですが……。

 

「昨日は私が所属しているチームの移動日でな。今日の試合はナイターだが、梁幽館と新越谷の試合となれば是非とも見ておきたいと思ったから、足を運んだんだ」

 

中田さんの所属するチームはナイトゲームのようですね。昼間はフリーという事で、こちらに来たのでしょう。これは気分転換も兼ねていそうです。 

 

「私はオフ。母校の梁幽館と、可愛い妹がいる新越谷の試合は絶対に見逃せない」

 

こちらはシスターコンプレックスが7割以上を占めていそうですね。

 

「……そうですか」

 

中田さんと陽さんで理由の差を大きく感じるのはきっと私の気のせいなのでしょう。下手に藪をつつくと蛇が出そうですので、これ以上は踏み込みませんが。決して面倒な気がするとかは思っていませんよ?

 

『プレイボール!』

 

「始まった……!」

 

「新越谷が先攻……。去年の夏と同じだな」

 

「しかし両チーム共に大きく戦力が変わっています」

 

一見去年の秋とそこまで変わらないように見えますが、新越谷には歩美さんと彼女がいます。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

中村さんは初球打ちでしたが、ファール。若干差し込まれていますね。

 

 

カンッ!

 

 

「また打った」

 

「吉川がシュートを公式戦で投げるのは恐らく初めての筈だが、中村は上手く合わせたな」

 

「タイミングも完璧ですね」

 

打球は三遊間に飛びましたが……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

ショートが打球を捕りました。

 

「今の打球を捕りましたか……。やはり梁幽館は守備のレベルがかなり高いですね」

 

埼玉の野球部でもトップクラス……。全国でもかなり上の方でしょうね。 

 

「多分それも監督の指導の賜物だろうな」

 

「私と奈緒もある程度は自由にやれていたけど、守備練習に対しては監督に叩き込まれた」

 

打撃方面では自由にやっていた2人ですが、守備に関しては梁幽館の監督に叩き込まれたようですね。

 

「白糸台の2軍の練習と似た雰囲気を感じますね」

 

白糸台の2軍の練習と類似しています。

 

「2軍……?1軍はどんな練習をしてるんだ?」

 

「1軍選手は私も含めて自主トレですね。なので私はこのように情報収集に勤しんでいます」

 

「1軍なのにか……?」

 

「1軍の監督曰く、『必要なものは既に2軍までで培っている筈だ。あとは1軍でそれ等を自由に活かせ……』との事です」

 

胡散臭い話ではありますが、実際1軍の選手達は2軍の選手達よりも大きく優れている部分があります。同じようにやるのは難しいでしょう。

 

「成程な……。そういう考えもある訳か」

 

(尤も私は1軍へのフリーパスをもらった直後にそれを知りましたが……。あの監督の思惑がいまいち掴めませんね)

 

『アウト!』

 

「新越谷は二者凡退……。打線も去年に比べて数段強力になっているだろうが、梁幽館も負けてはいない……か」

 

「この試合も投手戦になりそうですね」

 

深谷東方の松岡さんと今投げている吉川さんでは投手のタイプがまるで違いますが……。

 

「それよりも次の3番……」

 

(元台湾一のスラッガーであり、陽秋月の妹である陽春星……。今日新越谷の試合を観に来た目的の1つがここで達成出来そうですね)

 

いずみさんと和奈さんはもったいなかったですね。恐らく陽春星さんのデータはシニアリーグの世界大会の時とはまるで別人だと思いますよ?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑨

1回表。ツーアウトランナーなしで迎えるのは、ここにいる陽秋月さんの妹……陽春星さんです。

 

「いよいよだな……」

 

「妹の打席を楽しみに、ここに来たようなもの。和美の成長と妹のスペック……。どちらが上回るか見せてもらう」

 

そんな春星さんの打席を食い入るように2人は見ています。私も直に見るのはシニアリーグの世界大会以来ですので、じっくりと春星さんの打席を見せてもらいましょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「初球はボールか……」

 

「とはいえコースはかなり際どい。私なら多分手を出してる」

 

初球打ちが多い陽秋月さんですが、春星さんの方は逆に初球打ちの確率はかなり低いとデータにあります。

 

(慎重なスラッガーというのは厄介以外の何者でもありません。和奈さん然り、見極めが得意な打者は対処が面倒ですね)

 

まぁそれはそれでどう打ち取るか考える楽しみがある……と捉えれば良いでしょう。私は断然そっち派です。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

2球目にシュートを。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

3球目にカットボールをファールにしています。

 

「吉川が投げるシュートとカットボールにも難なく対応しているな」

 

「流石は私の妹。姉として鼻が高い」

 

「…………」

 

(事前の情報では陽春星の苦手な球種は横に曲がる変化球……となっていましたが、この打席でそれが覆されましたね。新越谷に留学してからの彼女のデータも一通り持っていますが、それを見る限りでは苦手が克服されている様子はなかった……。この試合まで隠していた可能性が高いですね)

 

きっとこれまでの練習試合で横系変化球への打率が控え目だったのも、下手に晒すまいとしていたのでしょう。

 

「そしてそれをさせているのは恐らく朱里さんと川口芳乃さんでしょう」

 

「……?何の話だ?」

 

「いえ、こちらの話です。しかしシニアリーグの世界大会で対決した時の彼女はもういませんね」

 

特に印象強かったのは、朱里さんとの対決でした。訊くところによりますと、春星さんは朱里さんとの勝負の為に新越谷に留学し、朱里さんの家でホームステイをしているらしいです。

 

「それにしてもまだ高校1年生だというのに、貫禄がある……。新越谷からしたら頼もしいのだろうが、梁幽館には頑張ってほしいものだ」

 

「それも現時点では心配しなくても問題ないでしょう。少なくとも吉川さんの方にはまだ余裕があります」

 

「余裕……?」

 

吉川さんからは先程の大ファールと、苦手球種の克服に対して焦っているようには見えませんでした。これは気持ちの上では負けていないのと、吉川さんには更なるとっておきがあるという事……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

そしてそれが今投げられたチェンジUPなのでしょう。

 

「今のは……チェンジUP?」

 

「ストレートと同じリリースポイントで投げられているな。あの速度差は攻略に時間が掛かるだろう」

 

そんな時間が掛かる攻略に対して、梁幽館が待ってくれるか……。それはこの後に投げる武田さん次第となるでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑩

1回裏。梁幽館の攻撃ははづきさんから入ります。最近梁幽館にて1番打者を担っている事が多いですね。2年生とは思えない大躍進です。

 

「橘は梁幽館の中でもかなりの有望株だ。センスはもちろんの事、本当に凄まじいと思うのはその成長速度だ」

 

「色々な人に様々なコツを訊いては、それを自分の物にするまでがかなり早い。そういった意味でも、はづきは梁幽館の期待の星」

 

梁幽館OGの2人からのはづきさんの評価はかなり高いですね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

はづきさんと武田さんの対決はこれまで全てはづきさんが安打以上の成績を出しています。対武田さんを相手に10割打てる打者なら、それだけでも1番打者として起用する価値がありますね。

 

「今のはづきさんはそう簡単には抑えられないでしょうね。武田さんがあの地獄の合宿を潜り抜けた1人だとしても……」

 

「地獄の合宿……?」

 

「なんか如何にも危ない名目の合宿だが、大丈夫なのか?」

 

中田さんに大丈夫かと問われますが、決して大丈夫じゃなかったのがあの合宿なんですよ?

 

「人権侵害寸前の際どい練習メニューばかりでしたが、私を含めた参加者の全員の基礎能力を飛躍的に上昇した事は間違いありません」

 

(それに加えて武田さんは特別練習メニューを別にこなしている……。その成果も着実に出ているみたいですが、大きく発揮されるのはこの試合が初めてになるでしょうね)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「武田の球のタイミングを合わせるのが上手いな……」

 

「去年の夏に負けてから、はづきは死に物狂いで練習した。投げて、打って、走って、守って……。その集大成が今のはづき」

 

確かにはづきさんは亮子さんを思わせる死に物狂いの努力をしていましたね。それでも普通は簡単に成果は出せませんが……。フロイスさんが過去にはづきさんが逸材以上の存在だと言っていたのを思い出しますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

ここまで6球……。武田さんはまだナックルスライダーを投げていませんね。

 

「カウント2ー2から粘っているな」

 

「あれは四球を狙う動き」

 

「或いは武田さんの決め球を誘っていますね。それを読む為の粘りでしょう」

 

そして7球目。武田さんが投げたのはナックルスライダー。そして其をはづきさんが待っていたかのようにスイングを始動します。

 

 

カンッ!

 

 

「打ち上げた……」

 

『アウト!』

 

この勝負は武田さんの勝ちですね。とはいえはづきさんはまだ武田さんに対しての勝率が9割を越えるので、まだまだ油断は出来ませんが……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑫

ワンアウト一塁。梁幽館は左打者が続きますね。

 

「ここは絶対に盗塁を試みるだろうな」

 

「むしろ静華さん目線では盗塁をしない理由がありません」

 

「でも新越谷側もそれはわかっている筈……」

 

確かに静華さんのあの走塁を見てしまえば、否が応でも盗塁は意識してしまうでしょう。

 

「お二人は美園学院にいる三森3姉妹はご存知ですか?」

 

「ああ。1年生ながら姉妹3人共守備で重要なセンターラインをキッチリと確保していたな」

 

「美園学院は梁幽館程じゃなくても、かなり競争率は高い。それもセンターラインなら尚の事……」

 

「そうですね。しかしそれを乗り切ってレギュラーを獲得したのがあの3姉妹です」

 

「広い守備範囲と、かなりの走力を有していたな」

 

「敵に回すとかなり厄介そうだった」

 

そういえば去年の夏大会の決勝戦……新越谷と美園学院の試合はお二人も来ていましたね。

 

「二盗三盗を容易く決めるのが三森3姉妹……。ですが静華さんは更にその上の走力です」

 

「あのキャッチャー前のゴロから内野安打になった事からある程度は察していたが……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

武田さんはウエスト球を投げ、山崎さんがセカンドへと送球しますが……。

 

『セーフ!』

 

余裕でセーフですね。多少スタートのタイミングが悪くても、いくらでもカバーが出来てしまうのが面倒この上ないです。

 

 

カンッ!

 

 

そして2球目。打たれますが、打球はレフト方向へのフライですね。

 

『アウト!』

 

レフトの雷轟さんが捕球した瞬間、静華さんはスタートを切りました。

 

「スタートが少し遅いな」

 

「春星へ中継球が来た。あの子は肩が強いし、ワンチャン三塁で刺せる」

 

一見静華さんがタッチアップのタイミングが悪いように見えるでしょう。しかしそれこそが静華さんの罠なのです。

 

「えっ……」

 

「なっ!?」

 

陽春星さんがサードへの送球態勢に入った瞬間、静華さんが加速しました。これは一気にホームへ行きますね。

 

「二塁からのタッチアップでホームへ向かうだと!?」

 

言葉だけを聞くと、静華さんがルール違反をしているように感じますね。

 

(しかし静華さんは二塁からのタッチアップで『しっかりと三塁ベースを踏んで』、その上でホームへと向かっています。これは三森3姉妹でも出来ない芸当ですね)

 

そもそも普通はやろうともしません。

 

『……セーフ!セーフ!!』

 

梁幽館が先制点を取る事に成功しました。

 

「静華さんは相変わらず厄介な足をしていますね。敵に回ると面倒な事この上ないです」

 

「……私は深めのレフトフライで二塁から本塁へとタッチアップした村雨よりも、そんな村雨に対する反応が淡白な君の方にゾッとするよ」

 

「多分慣れているんだと思う」

 

そうですね。常識の外にいる選手の存在には慣れています。

 

「流石に今のようなタッチアップを見るのは初めてですが、静華さんなら違和感は特にありませんので。それよりも当たった時に備えて対策を考えた方が有意義でしょう」

 

「正論だが、正論なんだが……」

 

「普通は二塁から本塁へ一気に突っ切るタッチアップは最早暴走。でもそれが暴走にならない村雨に、そしてそれに慣れている今の梁幽館に言葉が浮かばない……」

 

「ああ。OGとしては心強い筈なんだが、私達の知っている梁幽館ではなくなっていく事に恐怖すら覚えるよ……」

 

(それは大袈裟だと思いますが……。しかし静華さんのあの走塁に慣れていないのなら、それが当たり前の反応……という訳ですか)

 

成程……。中田さん達がいた頃の梁幽館は常識の範囲内での名門校でしたが、静華さん、そして成長速度が凄まじいはづきさんの存在が梁幽館野球部常識の外へと進ませた訳ですか。考えてみると恐ろしい話ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑪

武田さんははづきさんを抑えてワンアウト。次の打席は……。

 

「村雨か……」

 

「梁幽館の中でもかなり……とても異色な存在」

 

「静華さんは助っ人外国人か何かですか?」

 

「良い得て妙な表現だな……」

 

「でもその表現が1番近いと思う」

 

どうやら中田さんと陽さんから見て、静華さんはそういうポジションのようです。普段の言動はあれですが、静華さんは比較的常識人ですよ?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「武田のストレートは映像よりも速く感じるな」

 

「変化球のキレも映像より良い……」

 

「きっとはづきさんが打ち損じたのは、それが原因でしょう」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「しかし静華さんは動体視力ならはづきさん以上……。はづきさんのようには打ち取るのは難しいでしょうね」

 

それが難しい理由は……。

 

 

コンッ。

 

 

3球目は力なくキャッチャー前にボールを転がしました。静華さんなら内野安打ですね。

 

『セーフ!』

 

本来なら山崎さんがタッチして終わりの筈でしたが、静華さんはそれを許さず内野安打となりました。

 

「いつ見ても静華さんの走塁は常軌を逸していますね」

 

「あの走力は異常……」

 

「というか捕手がボールを拾えば、即タッチが出来そうな当たりだったが、それをさせないとは……」

 

「並の走者なら山崎さんがタッチしてアウトでしたが、静華さんの場合はそれをさせません。現に先程の山崎さんはタッチが出来ずに、静華さんの走力に驚愕していました」

 

「プロでもあの素早さは出せない……」

 

他の人と静華さんとでは鍛え方が違うのでしょうね。文字通り……。

 

「しかしこれで今の梁幽館の得点パターンに入りましたね。静華さんを還すのは次の西浦さんか、4番の友理さんか……」

 

「逆にこの回を凌ぐ事が出来れば、流れは一気に新越谷の方に流れていくな」

 

静華さんが塁にいる以上、梁幽館が点を取れる確率は9割を越えます。新越谷が無失点で切り抜けるには、三振しかないでしょうが……。

 

(静華さんならその隙を突いて、ホームスチールまでしそうなのが怖いところですね)

 

「それでも今の和美を打てるのかはまた別の問題」

 

「そうですね。今の吉川さんは常時ゾーン状態に入っていますから……」

 

(そしてそんな吉川さんに抗えるのは新越谷の中に3人……。あの3人の内の誰かが吉川さんを打たないと、この試合は梁幽館の勝ちになる可能性は高いでしょう)

 

それに加えて吉川さんが捕まり始める頃には、投手をはづきさんに代える可能性もあるでしょう。最序盤にして正念場ですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑬

梁幽館が1点を取り、ツーアウトランナーなし。打席には4番打者の友理さん。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「ナックルスライダーをコースギリギリに決めたか……。あれ程の変化球を緻密にコントロール出来るのは厄介極まりないな」

 

「初見では私も空振った。でも今武田が投げている球はそれとは最早比べ物にならない……」

 

「武田さんも成長速度がかなり早いですからね。加えて武田さんには試合中に更なる成長を見せる時があります」

 

「我々もそれはこの目で見てきたよ」

 

そんな武田さんの2球目は……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「ツーシームを強引にカットしたか……。武田の決め球を打ち砕こうと考えてたいるのか?」

 

「球数を稼ぐ目的もありそう」

 

友理さんの心理は友理さんにしかわからないでしょう。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「それにしてもよく飛ばす……」

 

「今の友理は梁幽館随一のスラッガーだ。それに飛距離を出す事も出来るが、友理はどっちかと言えば弾丸のようなライナーを打つタイプだ」

 

「そうですね」

 

(シニアでは飛距離で和奈さん、ライナーで友理さん……。この2種類のホームランを試合で見てきました)

 

次で4球目ですが……。

 

「ここで武田は何を投げてくるだろうか」

 

「1球外すのもアリだけど……」

 

「下手に球数を稼がせる訳にもいかないので、ここで決めてくるでしょう。そして友理さんレベルの打者に投げるのは武田さんの決め球……」

 

「ナックルスライダーか……。だがそれは友理も読んでいるだろう?」

 

「そうですね。友理さんはナックルスライダーに照準を合わせて打ってくるでしょう」

 

「カーブ系の球種は力がないから、タイミングを完璧に合わせられるとホームランを打たれる」

 

お二人の言う事も正解です。しかしここで投げるのはナックルスライダーであるべきです。それが決め球というものなのですから。そしてそれは……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(朱里さんのモットーのような、投手として大切な心掛けですから)

 

決め球を信じた投手が投げるその球は、時に予想を遥かに上回り勢いを見せます。今友理さんが空振りしたのはそんな1球でした。

 

「友理は完璧にナックルスライダーを読んでた筈。それも1球目に投げられたものをアジャストしようとしてた筈……」

 

「そうですね。仮に1球目に投げられたナックルスライダーと同等なら、友理さんはスタンドへ運んでいたでしょう」

 

「だが友理は空振りした……」

 

「決め球は投手にとっては打者を捩じ伏せる最高の1球……。どんな強力な打者でもそんな決め球を投げれば打たれる事はほぼないでしょう」

 

わかっていても打たれない球……。それが決め球をというものだと朱里さんはよく言っていました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑭

試合は熾烈な投手戦が行われており、武田さんは友理さん以降の打者を全て三振に、吉川さんに至っては未だにノーヒットです。

 

「序盤戦は終了。勝負は中盤へと入りましたね」

 

「友理を三振にしてから、ずっと三振で抑え続けている武田が凄い」

 

「そうだな。今の梁幽館は去年以上の打力を持っていると言われているが、そんなのお構い無しに武田が次々と三振の山を築いている……。しかしあんな全力で投げ続けていたら、スタミナがもたないんじゃないのか?」

 

「それなら梁幽館側も終盤付近で武田に付け入る隙が出来る。多分友理もそれを狙おうと試みていると思う……」

 

(並の投手なら確かに2人の言った通りの展開になるでしょうが、武田さんに限っては話が変わってくる可能性が高いですね。今の武田さんには無尽蔵に近いスタミナが地獄の合宿を経て、宿っているかも知れません。いえ、もしかしたら今の投球ですら、全力ではない可能性も……?)

 

梁幽館程のチームなら相手投手に無意識下で全力投球をさせる事を余儀なくさせる実力がありますが、武田さんの場合は中々その傾向が掴めないタイプの投手です。真意は武田さんにしかわからないでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして4回表ですが……。

 

 

カンッ!

 

 

2番の歩美さんがヒット、1番の中村さんも出塁していましたし、新越谷にとっては最大のチャンスです。最低でも同点にはしておきたいところですが……?

 

「連続で出塁されたか……」

 

「でも和美から動揺は見えない……」

 

「そうだな。気持ちで負けていなければ、打者を抑えるのに支障はきたさない。あとは新越谷の強力なクリーンアップを乗り越えるだけだ」

 

「まずは春星の2打席目……!」

 

陽春星さんの2打席目。1打席目のようにはいかないでしょう。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

初球はストレートをファール。ストレートは問題なさそうですね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

2球目もファール。しかしこれで追い込まれました。

 

「1球外して様子を見るか……?」

 

「春星は割と打ち気な打者だし、バッテリーは多分3球で決めてくると思う」

 

陽さんと同意見ですね。そしてそれが最善の配球でしょう。下手に外せば、陽春星さんはそれを捉えます。

 

 

カキーン!!

 

 

結果は陽春星さんが勝ち、左中間を抜ける当たりを放ちました。まずは中村さんが還ってきて同点。歩美さんも三塁を蹴っています。

 

 

ズバンッ!

 

 

しかしそう簡単には逆転させてくれませんね。静華さんの矢のような送球がキャッチャーミットにスッポリと収まりました。

 

『アウト!』

 

「凄まじい送球だな。フェンスからノーバンでキャッチャーミットに届くとは……」

 

「最早守備方面で村雨に隙がない……」

 

そうですね。静華さんは守備方面最強の選手でしょう。

 

その後新越谷は満塁のチャンスまでいきましたが、追加点は得られませんでした。まずは同点にした事を良しとするべきでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑮

新越谷は追い付きはしたものの、後続の打者が奮わず勝ち越しにまではいきませんでした。

 

「同点にはなったものの、そのまま逆転まではいかなかった……か」

 

「静華さんが上手く送球出来たのが大きいですね。あれで新越谷の流れを塞き止めました」

 

静華さんの守備の貢献度は美園学院の三森3姉妹と同等でしょうね。 

 

「村雨の足の速さは異次元過ぎて見習えないけど、あの送球くらいなら、参考に出来そう……」

 

そんな陽さんも静華さんの異次元な走塁は見習えずとも、送球ならなんとかものに出来そうだと供述していました。 

 

「しかしよく同点までで踏み止まってくれたな。満塁のピンチにまでなったのに……」

 

「和美も段々打たれ始めてきたけど、梁幽館のバックが得点を許さなかった」

 

「梁幽館の特徴とも言える堅い守備陣は今年も健在……という事ですね」

 

梁幽館の長所を存分に活かすピッチング……。これは梁幽館の監督のお手のものでしょうね 

 

(しかしこのまま吉川さんを続投させていれば、何れは新越谷の打線に捕まります。私が梁幽館の立場なら、はづきさんに投げてもらうつもりですが……)

 

吉川さんと、そんな吉川さんに並ぶはづきさんが力を合わせれば、新越谷に勝つのは然程難しくはないでしょう。尤も現状の状況が続くなら……の話ですが。

 

そして4回表終了時点で、ブルペンにはづきさんの姿が……。

 

「……どうやらはづきさんが残りのイニングを投げるみたいですね」

 

「和美はまだ4イニングしか投げてないし、疲れているとも思えないけど……」

 

吉川さんなら完投は問題ないでしょう。問題視するなら、イニングが進む毎に強力になっていく新越谷の打線に手を打った……と考えるのが無難ですね。

 

「指揮を取っているのは監督と友理だろうが、橘の実力を考えると……今の新越谷を抑えるのには相応しいのかも知れんな」

 

「そうなんですか?」

 

はづきさんの成長具合はデータに現れていますが、梁幽館OGの貴重な意見を訊いておきましょう。得られるものがありますからね。

 

「ああ。私と秋は引退してからも時々野球部に顔出ししてたが、その度に橘は凄まじい成長をしている」

 

「私的に驚いたのが、はづきの打撃方面。弾道こそは低めなものの、昨年夏時点の私を越えていた……。あんな短時間であそこまで成長するのは、きっと並々ならぬ努力をしていたからだと思っている」

 

「関東大会で新越谷と対戦した時も、武田さんのナックルスライダーを一点読みし、ホームランを放っていましたね」

 

(最早一点読みのみで言えば、私よりもはづきさんの方が上かも知れませんね)

 

一点読みで武田さんへの打率が9割を越えるくらいですからね。仮に私がはづきさんと同等のスペックを持ったとしても、はづきさんのようにはいかなかったでしょう。

 

「そして橘の本職は投手だから、もちろんそっちの方面も著しい成長をしていた。特に彼女の代名詞とも言える決め球である3種類のスクリュー……。あれ等を散らされるだけで、ウチの打線はほぼ全員が三振だったよ」

 

「前に私達と同い年のOG達がはづきと1打席勝負をした時は私と奈緒以外は三振だったし、私と奈緒は打ち上げた」

 

「成程……」

 

(はづきさんの実力については概ね想定通りでしたが、梁幽館野球部の評価がかなり高いようですね。投手を務めながら、1番打者を担っているだけはありますか……)

 

3種類のスクリューは変化量も球速も変わってくるので、映像で見るだけでは攻略が難しいですね。

 

(そんなはづきさんは5回から登板ですが、果たしてその実力は如何程なものでしょうか……)

 

梁幽館OG達に認められたその実力、見せてもらいますよ?



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑯

5回表。この回からはづきさんが登板します。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先頭の武田さんを3球三振。はづきさんにとって幸先良い展開ですね。

 

「1球目は真ん中高めにストレート、2球目は内角の中央付近にカーブ、3球目は外角低めにスクリュー。何れもコースギリギリに決まりましたね」

 

「あれだと打者は手が出し辛いな。橘も良いピッチングをするようになった」

 

「そしてはづきの決め球でもある3種類のスクリュー。初見で打つのはかなり難しい」

 

はづきさんを象徴する3種類の大きさに曲がるスクリューは速度も変わってくるので、見極めもかなり困難です。

 

「そうだな。私達2人も橘との1打席勝負では4割程しか勝てていない」

 

「そこまでですか?はづきさんも成長していますね」

 

(確かに何の情報もなしにはづきさんの球を打つのは困難ですが、1打席勝負をする事が多くなった今でも、はづきさんは成長し続けている……。県対抗総力戦でも相見える可能性を考慮して、なるべく多くのデータを取っておきたいですね)

 

元梁幽館トップの2人に対して6割の確率で勝利するのは、かなり異例でしょう。何なら1年生(今は2年生ですが)投手では梁幽館野球部創立初でしょうね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

1番の中村さん、2番の歩美さんも三振。流れは完全に梁幽館ですね。それと同時に……。

 

「投手がはづきさんに代わってから、梁幽館の空気が一変しましたね」

 

「あれは何がなんでも勝とうというムード……」

 

「3年生の為に……という気持ちが入っているのかも知れないな。毎年あるだろう気持ちだが、それが去年よりも強く、ピリッとした空気が流れている」

 

「それそのものは良い事ではあるんですが……」

 

(負けられないという気持ちは状況に応じてプラスにも、マイナスにも働きます。果たして今のはづきさんを中心に流れているムードがどちらに作用するか、そして新越谷側がどう対処するか変わってきますね)

 

はづきさんのがむしゃらにも見えるピッチングが両高校の流れを担っているでしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

そして武田さんもはづきさんに負けていません。次々と相手打者を三振にしています。

 

「激しい投手戦が繰り広げられてる……」

 

「どっちの均衡が崩れるか読み難いな……」

 

「一見すると、武田さんの方に付け入る隙があるように見えますが……」

 

(しかしそれは洛山主宰の地獄の合宿に参加する前の武田さんだったら……の話ですね。今の武田さんだと、はづきさんでは良くて互角……)

 

恐らく均衡を崩すのは新越谷でしょう。そしてそれを決めるのは……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑰

6回表。新越谷の打順的にも、そして梁幽館にとってもここが勝負所でしょう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は低めを見送り……。互いにかなり慎重ですね。

 

「始まったな。この試合の分岐点である秋の妹と橘の対決が……」

 

「姉としては春星に頑張ってほしいけど、梁幽館のOGとしてははづきにも勝ってほしい」

 

「身内としては複雑そうですね」

 

片や妹である春星さんが新越谷に入学し、今現在その春星さんの打席、片や梁幽館のOGとして吉川さんは踏ん張りを見せている……。思い入れは梁幽館の方があるとはいえ、妹の活躍を願わない姉はいないでしょう。特殊な環境で育ってきた場合を除きますが……。

 

「君から見て陽春星はどう映る?シニアリーグの世界大会では対決したそうだが……」

 

「私が直接彼女を見たのは1打席きりですが、その中で思ったのが怖さが足りない……の一言に尽きますね」

 

「怖さ?」

 

「彼女はスラッガーにはほぼ必須と思われる威圧感がないのが1番の理由でしょうか。その部分では和奈さんや雷轟さんよりも劣っています」

 

それに加えて格上との経験が少ないように見えます。リトルシニアでこれでもかとホームランを売っていた和奈さんと、初心者が故に格上としかぶつからずメキメキと成長を見せた雷轟さん……。この2人に比べると甘い部分があるのは仕方ない事でしょう。そもそもあの2人が可笑しいだけですが……。

 

「威圧感……か」

 

「奈緒も時々放っているやつ」

 

「私はそこまで自覚はなかったが……。雷轟のような打者の場合は何かしらの切欠で威圧が出来るようになったんだろうな」

 

「だと思いますよ。ですが雷轟さんの場合はまだ始めて数ヶ月の段階でその域に到達しています。それこそ常人が何年もの月日を費やしてやっと習得が出来るものなのですが……」

 

(風薙さんの妹が故の野球センスと集中力……。この2つが雷轟さんの野球人生を捧げてきたんでしょうね)

 

「成程、納得した。春星の今後の課題がわかった気がする。……でもそう考えるとやはり雷轟は規格外の存在」

 

私の知っているスラッガーは規格の外の存在な気もしますけどね。和奈さんやら雷轟さんやら……。

 

「その代わり……と言うべきか、捕球率が並の初心者よりも低いから、それでバランスが取れているのか……」

 

「それで守備まで上手かったら、色々な人が放っておかないと思う」

 

「そうだな」

 

(今2人が言った条件が当てはまる人に数人は心当たりがありますが、一応彼女達は一定以上の年月は野球をしていますし、この場で口にする事ではありませんね)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

試合に戻って、ツーナッシング

 

「橘も良い当たりを打たれているが、上手く追い込んだな」

 

「多分次の1球で勝負が決まる……」

 

「この打席がこの試合の行方を握っている感じがしますし、お互い確実に仕留めたいところでしょう」

 

そして最後の1球……。はづきさんはきっと最高の球を投げてくるでしょう。そんな3球目……。

 

「えっ……?」

 

「スイングのタイミングが早過ぎる。あれじゃ空振りする……」

 

確かに早過ぎるスイング。普通なら空振りするでしょう。しかし……。

 

「回転した!?」

 

「成程……。彼女はそういう工夫で対策としましたか」

 

恐らく朱里さんの投げるストレートに見せた変化球に対応する為に身に付けたのでしょう。回転する事で遠心力とパワーを上げて、一回転が終わる頃に最適のタイミングでスイングをする……。それがあのスイングですね。

 

 

カキーン!!

 

 

タイミングは完璧……。そのまま勝ち越しのホームランとなりました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑱

陽春星さんのホームランの後にも新越谷はチャンスが広がりますが、追加点の獲得まではいきませんでした。

 

「橘の立ち直りが予想以上に早かったな」

 

「でもこの1点は大きい」

 

「そうですね。今の武田さんなら梁幽館の打線を抑えるのは難しくないでしょう」

 

……と思いましたが、どうやら新越谷は投手を交代するようです。投げるのは朱里さんですね。

 

「新越谷は投手を早川に交代するみたいだな」

 

「奈緒は朱里と直接対決をした事があったんだっけ?」

 

「ああ。去年の夏大会でな。悔しいが私の完敗だったよ」

 

朱里さんは去年の梁幽館との試合では満塁のピンチでの火消し役を行い、それが無事に成功しました。新越谷側もほぼ賭けに等しい行動だと思いましたが……。

 

「朱里さん程手数の多い投手はいませんからね。初見で打つのは難しいでしょう」

 

「それは……去年君とバッテリーを組んでいた神童よりもか?」

 

「球の威力そのものは神童さんの方が上ですが、球種は朱里さんの方が多いです。そして今の朱里さんは……昔の朱里さんに近付いてきています」

 

地獄の合宿で見た朱里さんはかつてリトル時代で投げていたあの時を連想させます。もしかしてこの試合で朱里さんが投げる事になったのは、はづきさんに見せる為……だったりするのでしょうか?

 

「昔の早川に……?それはシニア時代か?」

 

「いえ、シニアよりも昔……リトル時代の朱里さんにです」

 

「リトル時代の朱里……どんなピッチングをするのか、いまいち想像が付かない」

 

2人から見た朱里さんは完全にシニアで常勝していた頃の朱里さんでした。

 

「それならよく見ておいた方が良いですよ。利き腕こそは違えど、今の朱里さんはリトルと同等のピッチングをします」

 

そんな朱里さんの1球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「な、なんだあの球は……!」

 

「ライズボールの類いにしては低過ぎる。まるで地面を滑っているかのよう。それにしても朱里がアンダースローに転向していたとは……」

 

「あのアンダースローこそがリトル時代の朱里さんですね。そして投げられる球はかつて世界一のアンダースロー投手と呼ばれていた早川茜さんの決め球……『燕』と呼ばれていた球です」

 

その球はまるで燕が地面を滑空しているような表現でそう呼ばれる事になりました。

 

「かつての名投手の面影が今の早川にある訳か……。苗字が同じなのを察するに、彼女がそのアンダースロー投手の……」

 

「はい。早川茜さんの実の娘である朱里さん……。決め球は次の世代へと受け継がれていますね」

 

(しかしそうなると影森の中山さんが燕を滑っている習得しているかですね。同じアンダースローとして……なら理由としては弱過ぎます。まさか茜さん自身が手解きを……?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先頭の吉川さんが三振、次ははづきさんの打席ですね。

 

(恐らくこの打席が朱里さんにとっても、はづきさんにとっても、かなり重要な打席になるでしょうね)

 

見せてもらいますよ?2人の対決を……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑲

打席に立つのははづきさん。この試合最後の分岐点ですね。はづきさんが打てば流れは梁幽館へ、朱里さんが抑え切ればそのまま新越谷の勝利です。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「こうして観客席で観るのと、打席で見るのとでは全然違うんだろうな。本当に厄介なのは浮き上がる球の勢いが凄まじい事だ」

 

「私も初見だと多分打てない……」

 

確かに厄介な球ではありますが、対策がない訳でもありません。

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

「早川のあの球に対して橘が取った行動はバントか……」

 

バントはバントでも縦に構えた特殊なバントですね。理屈の上なら当てる事は出来るのでしょうが……。

 

「案としては悪くないですが、前に飛ばせなければ意味がありませんね。それに朱里さんの投げる球は重さも加わっています。小細工は通用しないでしょう」

 

重さに関しては地獄の合宿での基礎練習(?)が関係していそうではあります。

 

「どうやらはづきもそれがわかったみたい」

 

「……そのようですね。バットを長く持って長打狙いみたいです」

 

「早川程の球ならむしろバットを短く持って当てに行くべきではないのか?」

 

確かに中田さんの言うように、この場面はバットを短く持って当てに行くべきでしょう。私でもそうします。ただ……。

 

「本来ならそうするべきですが、打席に立っているのははづきさんですからね」

 

(朱里さんをリスペクトしているはづきさんなら、その敬意を評して、ホームランを狙う行動をしても別段可笑しくはないですからね。そんなはづきさんに対して、朱里さんがどう出るか……)

 

恐らく次の1球で決まるでしょう。朱里さんが投げたのは……。

 

「浮き上がらない……?別のボールか?」

 

「低めではあるけど……」

 

(あの変化の仕方は……)

 

あの変化は左投手専用の斜め変化球。はづきさんが色々な形に分けている変化球……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「スクリューボール……!」

 

「まるで橘の球を見ているようだった……。まさか早川も似た球を投げられるのか?」

 

最後に朱里さんが投げたのはスクリュー。この打席の為に投げられた1球でしょうが……。

 

(はづきさんが普段から朱里さんに敬意(好意)を抱いているのと同じで、朱里さんもはづきさんに敬意を持っていた訳ですか……)

 

そうでなければ、今のスクリューは投げる事はなかったでしょう。良い勝負でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7回裏の梁幽館の攻撃も三者三振に倒れ、試合が終了しました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会⑳

二宮瑞希です。新越谷と梁幽館との激闘は新越谷の勝利で幕を閉じました。

 

「また新越谷には勝てなかったか……」

 

「去年の夏とは違って、今年は対等だった……。それが故に余計に負けたのが悔しく思える」

 

去年の新越谷側は色々と温存した状態でしたからね。言い訳にして良い訳ではありませんが、朱里さんと武田さん、雷轟さんを上手く温存したのが活きた試合でした。

 

(そして今年は多少の条件はちがえど、それでもほぼ対等だった……。強いて言うなら、新越谷側が陽春星さんを隠していた程度でしょう)

 

それでも誤差程度の差しかありませんね。新越谷の総合力も日に日に上がっていっている……という事でしょう。

 

「……私達は梁幽館に顔を出して帰るが、二宮はどうする?」

 

「私は少しこの辺りを彷徨いてから、白糸台へ帰ります」

 

「じゃあまたどこかで……」

 

「どこかでまた、お会いしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中田さんと陽さんの2人と別れ、私は白糸台へ帰る前の予定を頭の中で考えていると……。

 

「……本当は」

 

(この声は……はづきさん?)

 

はづきさんの声が近くで聞こえたので、その方向に向かうと、朱里さんとはづきさんが何かを話している場面が見えました。

 

(通り道なのですが、ここで正面を横切るのはなんか空気が読めていないようで癪ですね……)

 

盗み聞きの形にはなりますが、ここは2人に見えない所で待機しておきましょう。

 

「本当は……私は登板予定じゃなかったんです。新越谷と試合をする前の試合で私は弥生ちゃんと継投してて、新越谷との試合では和美先輩を完投させるつもりでした……」

 

梁幽館本来の予定では、はづきさんを投げさせるつもりはなかったようです。恐らく友理さんが新越谷の試合中の成長を予期してのはづきさん登坂だったのでしょう。

 

(それでも新越谷には僅かに届きませんでしたが……)

 

「でも実際は違った……。試合前日に和美先輩が新越谷を抑え切れなかったら、私に投げさせるつもりだったみたいなんです。私は直前まで知らなかったのに……」

 

恐らくはづきさんなら遠慮する……と思ったのでしょう。私ならはづきさんを強引に説得します。

 

「それでも今日の和美先輩なら、きっと新越谷の打線を抑えられていたんですよ!私じゃ、新越谷の勢いを止める事は出来なかった……!」

 

「……それは違うんじゃない?」

 

「えっ……?」

 

「吉川さん達は橘になら後続を任せて大丈夫だって判断したから、交代を提案してたんだと思う。橘にギリギリまで言わなかったのは、橘が遠慮してしまうから……」

 

「そ、それは……」

 

朱里さんも全く同じ事を思っていますね。普段懐かれてるだけあって、はづきさんの事を理解しています。

 

「で、でも和美先輩は私よりも凄い投手で……!」

 

「確かに今の吉川さんは凄まじい勢いで成長していってるね。でもそれは橘だって同じだと思うよ」

 

「私も……?」

 

「橘は自覚しやすい方だと思うから言うけど、去年の夏大会が終わった後に猛練習して、その結果が今の橘になってるんじゃないかな?その過程で梁幽館の全部員に頭を下げて色々やってたみたいだしさ」

 

「……っ!」

 

以前に友理さんから訊いた話では、はづきさんが投打様々な場面で役に立ちたいと梁幽館の部員全員に頭を下げて、ありとあらゆる練習方法を訊いて、自分のものに出来そうなものはすかさずに自分の物にしていたそうです。雷轟さんもそうですが、はづきさんの千頭も凄いですね。

 

「……まぁこれ以上は私が言っても仕方ないし、あとは梁幽館で話し合ってね」

 

「ま、待ってください!最後に1つ……良いですか?」

 

「……良いよ。どうしたの?」

 

はづきさんが最後に訊きたいのは、朱里さんが投げたスクリューについてでしょうか?

 

「私に投げた最後の1球……スクリューですよね?今まで投げてこなかったのに……」

 

「そうだね。私もここまで本格的なものを投げるつもりはなかったよ。右肩のリハビリも続けている訳だしね。だから橘に投げたのが特別」

 

「私にだけ……?」

 

「橘は私に対して『せんぱい』って敬称で呼ぶよね。それはなんで?」

 

「そ、それは朱里せんぱいが……私が野球を始める切欠になったから、憧れだから……」

 

「リトル時代のある試合で私が投げているのを見て、橘は野球を始めようとした訳だ?」

 

「そう……ですね。私にとっては雲の上の人だったから……」

 

「でもシニアでは私と一緒のチームだった……」

 

「それは本当に幸運だったと思います。憧れの人と同じチームで野球が出来るって……。まぁ私じゃアンダースローは無理だったんですけどね。私自身も左利きですし……」

 

「話を戻そうか。私があのスクリューを投げたのは……橘が私に憧れていたのと同じように、私も橘はづきという投手をリスペクトしていたんだよ」

 

「朱里……せんぱいが?」

 

はづきさんが早川朱里という投手を尊敬していたように、朱里さんもまた橘はづきという投手に敬意を抱いていた……。あのスクリューはその想いで生み出されたのでしょう。

 

「そう。だからスクリューを投げる時は橘だけにしようって思ってたんだよ。いつ来るかわからない機会だったけど、それは思ったよりも早く来た訳だしね」

 

「まさか……ずっと私に投げる為に……!?」

 

「まぁそんなところ。最後に1つ……」

 

「私に憧れるのは結構。そういう目で見られるのも悪い気はしないしね。でも……私自身、橘とは対等なライバルでありたいんだよ」

 

「…………!」

 

「だからいつまでも『せんぱい』呼びだと対等な気がしないから、それも早い内に卒業してね?」

 

「あり……がとう。ありがとう!朱里!!」

 

「礼を言われるような事は何もしてないけどね。じゃあね橘」

 

朱里さんとはづきさん……。2人が対等な投手のライバルとしてこの場に登場しましたね。

 

(良かったですね。はづきさん……)

 

2人はこれからもより強くなるでしょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会22

二宮瑞希です。今日はいずみさんと和奈さんとで新越谷の試合を観に来ています。要するにいつも通りです。

 

「対戦相手は稜桜学園かぁ~。秋も3回戦で当たってなかった?」

 

「そうですね。埼玉の大会で2度勝てる実力がある……という事は、中堅上位クラスの実力はあっても良いですね」

 

立ち位置としては去年の夏大会時点の新越谷くらいと言っても良いでしょう。まぁそんな新越谷でも朱里さん、武田さん、雷轟さんがいるので、去年の夏の新越谷の方が僅かに上……と見ています。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「結構速い球投げるよね」

 

「でも打てなくはないっしょ?打席に立ってるのは藍なんだし」

 

新越谷の1番打者は藍さん。バットコントロールだけならいずみさんや亮子さんを凌ぐ打者ですね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「三塁線ギリギリのファールかぁ……」

 

「塁審によってはフェアになりそうだよね~」

 

「ですがファールになったという事は……」

 

藍さんは数球程粘るでしょうね。

 

 

カンッ!

 

 

『ふ、ファール!』

 

全く同じコースへ飛ばし、確実にファールになるように……。

 

「うわっ!出た出た!」

 

「あれが出た藍ちゃんにとってはいつでも打てる球って事だよね……」

 

「敵に回したくないよね~」

 

藍さんは狙って同じ三塁線上に飛ばしています。1度ファールと言った手前、フェアと言うのは不可能でしょう。芸術点の高いバッティングです。

 

それからも粘り続け、6球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「えっ。今の空振りって……」

 

「う、うん。朱里ちゃんのストレート(に見せた変化球)だよね……」

 

「泉さんも投げられるようですね」

 

あれは簡単に投げられる代物ではないと思いますが……。泉さんの並々ならぬ努力と観察眼が伺えますね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

後続の打者も凡退に仕留め、1回表が終了……。藍さんが多少粘った以外は良いところがありませんね。

 

それで新越谷の守備ですが……。

 

「あれ……?新越谷の先発は19番?いつの間にそんな人数になったんだろ」

 

「えっと、電光掲示板には……猪狩って書かれていてるね」

 

「えっ?猪狩ってあの『猪狩コンツェルン』!?しかも大ベテラン投手の猪狩守さんの親族って事!?」

 

猪狩という苗字はそう多くないので、野球をしている時点でそういう事になるでしょうね。

 

「……その可能性は大いにありますね。詳しい家族構成まではわかりませんが、ほぼ確定かと」

 

「でも今まであんな投手見た事ないなぁ。本当にあの猪狩選手の親族なら、どこかで野球をやらせていると思ってたから……」

 

(和奈さんの言う通りあの猪狩守さんの親族ならば、リトルなり、シニアなり、ガールズなりで名はあった筈。それが全くの無名なのは不可解ですね。しかし……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「その血はキチンと受け継いでいるみたいですね

 

「は、速くない!?」

 

「あの速さは全盛期の猪狩選手に匹敵しますね。あれより上の球速となると、大豪月さんか、風薙さんくらいでしょう」

 

全国トップクラスの球速ですね。稜桜打線が打てるようになるのは少なくとも2巡目以降になりそうです。

 

「そ、それにもしかしたら……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「嘘……」

 

「ライジング……と呼ばれた猪狩守さん独自のホップするストレート……。彼女の存在がこの高校野球界に革命を起こすのかも知れませんね」

 

「み、瑞希ちゃんが言うと冗談に聞こえないよね……」

 

「だね……。アタシ達も他人事じゃないね」

 

また1人……。新越谷に強力な投手が誕生しましたね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会21

二宮瑞希です。今日は白糸台の試合ですね。

 

「なんか他人事のようにしてるが、おまえも白糸台の一員だからな?」

 

「試合に出るのが久々に感じましたので……」

 

まぁ私が主に自主的に試合観戦(主に新越谷の試合)に行っているからでしょう。

 

「今日の試合ではマスクをかぶってもらうが、いけそうか?」

 

「問題ありません」

 

「良い返事だ。先発投手は鋼でいくから、そのつもりで頼む」

 

「わかりました。香菜さん、準備は良いですか?」

 

「う、うん。大丈夫だよ」

 

今日の相方(先発投手)は香菜さんです。対戦相手のデータを見る限りでは3種類のスライダーを駆使すれば、問題なく抑えられるでしょう。

 

(見せ球をどう使うか……が今日の試合の肝ですね)

 

カットボールやツーシームも悪くないですし、チェンジUPも悪くないですね。

 

「それでは今日の配球の確認をしましょう」

 

「うん……!」

 

香菜さんは和奈さんばりの緊張しやすさですね。今でこそ大分マシにはなっていますが……。

 

 

1番 セカンド 日葵さん

 

2番 ショート 陽奈さん

 

3番 センター 大星さん

 

4番 ファースト バンガードさん

 

5番 ライト 新井さん

 

6番 レフト 渡邉さん

 

7番 サード 新宮寺さん

 

8番 ピッチャー 香菜さん

 

9番 キャッチャー 私

 

 

ちなみに今日のオーダーはこうなっています。鍋墨さんを代打として起用し、渡邉さんはマスクをかぶらない時は外野を守るようになっています。

 

「よし……。それじゃあ今日も勝っていくぞ!」

 

『おおっ!!』

 

白糸台野球部全般も気合いが入っています。それでは試合を始めましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

特に見所らしい見所もないのでカットですね。強いて言うなら、香菜さんが今日の試合を完封した事くらいでしょう。

 

「香菜ちゃん、ナイスピッチだよ!」

 

「ありがとう。なんとか無失点で終われたよ……」

 

「東京の予選は強豪や名門が揃っていると聞きますが、そんな相手に完封は香菜さんがどんどん強くなっている証拠ですね」

 

まさに陽奈さんの言うように、香菜さんはどんどん強くなっています。地獄の合宿で一皮剥けましたね。

 

(被安打2本、四死球0、奪三振16……。それにしても加えて三振しなかった打者は全員打ち上げています。香菜さんは地獄の合宿を経て、投げる球に重みが増していますね)

 

そんな香菜さんを見て打線も後半に奮いましたね。

 

「私だってカナサンには負けセーン!」

 

「バンちゃんも大活躍だったね!」

 

特に打線ではバンガードさん3打数3安打2本塁打5打点と、それこそ和奈さん日負けない活躍をしています。

 

白糸台は先攻でしたが、7回に一挙10点を取って相手の心を折りに行っているようでした。

 

(まぁ圧倒的な野球こそが白糸台野球部……と、考えるべきなのでしょう)

 

今日は私もそれなりに活躍しましたし、この調子で頑張っていきましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会23

1回裏は猪狩さんが三者凡退に仕留めました。稜桜学園の泉さん次第では投手戦になりそうですね。

 

「やっぱ凄いねー。あの猪狩選手の血筋を引いてるだけあるよ。あっさりと三者凡退だなんて……」

 

猪狩の血筋を引いている選手は野球で多大なる結果を残しています。その1人として挙げられるのが、50近い年齢でも現役で投げ続けている大投手……猪狩守選手ですね。

 

「い、いずみちゃん。まだ猪狩選手の親族って決まった訳じゃ……」

 

「でも流石に確定でしょ?猪狩なんて苗字はそうザラにないし、彼女の実力は確実に全国レベルだし、投げている球種も……。瑞希はどう思う?」

 

確かに猪狩守さんと球種は同じですし、あのピッチングは猪狩の家の血統が物語っている可能性も高いでしょう。

 

「猪狩泊についての情報はほとんどないですね。ただわかるのは……」

 

「猪狩泊。ベテラン投手猪狩守の姪であり、新越谷高校に入るまではずっと家の庭で壁当てばかりを繰り返していた……。その成果と僅か3ヶ月の練習でここまで成長するのは間違いなく彼女の野球センスがあってこそ……」

 

「「!?」」

 

私が僅かながらに掴んだ情報を説明する前に、猪狩泊さんの解説が入りました。

 

「……今日この球場に足を運んだのは猪狩泊さんを観に来たからですか?猪狩守さん」

 

今話題に挙げた猪狩守大投手が説明したようですね。もうこれは親族なのが確定したようなものです。

 

「まぁ可愛い姪っ子だしね。それに……」

 

(あの娘の成長具合がこの試合でどこまで見られるのか……というのも興味ある。楽しみだ)

 

「か、和奈……」

 

「う、うん……」

 

和奈さんといずみさんが自棄に震えています。気持ちはわからなくもないですが、ここにいる目的を忘れないでくださいね?

 

「……和奈さんも、いずみさんも、色々猪狩選手に要件があるのでしょうが、全ては試合が終わってからにした方が良いですよ」

 

「そ、そうだね。でも……」

 

「アタシ達が生まれる前から選手として大活躍してて、今でも最前線で大活躍している超ベテランプロが一緒にいるとか、緊張と興奮が止まらないよ……」

 

「……そういうものですか?」

 

確かに猪狩守さんの投手のしての実績は記録に残るレベルですし、今でも三冠王争いに参加出来る実力はあります。

 

(ついでに言えば、容姿の方も20代くらいに見えますね。一流のアスリートとして、そして女性として、若作りは大切という訳ですか……)

 

或いは老化しにくい体質なのかも知れませんね。それでも並々ならぬ努力でそうなっていると思いますが。

 

「こ、こういう時に瑞希ちゃんの物怖じしない性格が羨ましく感じるよ……」

 

「ど、同感……」

 

別に物怖じしていない訳ではないですけどね。ここにいる目的はあくまでも試合を観戦する事……というだけです。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会25

7回表。ツーアウトランナーなしで打席に立つのは猪狩泊さんです。

 

「泊の3打席目だね」

 

「彼女の打撃方面はどうなんですか?」

 

「良くも悪くも壁当てしかしてなかったし、ボクもそれしか教えてこなかった……。投手としての務めを果たす為には打力なんてのは完全に蛇足でしかないからね」

 

その発想が最早プロ野球レベルなんですよね。とても高校野球でして良い思想ではありません。

 

「で、でも猪狩選手は打撃能力も高かったような……」

 

「ボクの場合は正直たまたまに過ぎない。ボクの打撃センスがあったから高校時代、そしてプロでも何年かは二刀流も出来ていた……。まぁ今は投手1本じゃないと現役選手達と渡り合うのは難しくなってるからね」

 

(それでも50近い選手が男女混合のプロリーグでタイトルを取れるレベルなのはまた猪狩選手が規格外の選手だからだと思うな……)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

泉さんの投げる変化球にタイミング完璧ですね。

 

「……タイミングは完璧に取れていますね」

 

「ほ、本当に壁当てしかやってないんですよね!?」

 

「間違いないよ。しかし打撃方面でも結果を出そうとしてる……。しかし1、2打席目のあの娘の打席結果はどうだった?」

 

「え、えっと……。確かどっちも四球だったよねいずみちゃん?」

 

「うん。振るべきじゃないコースもわかってるし、選球眼も並以上はあるね」

 

「……となると計2打席を費やして、あの投手の持ち球、フォーム、リリースタイミング、変化球の変化タイミングと変化量を調べていた説が濃厚だね」

 

「……本当に貴女の姪は素人ですか?」

 

「間違いなく猪狩の血だね。壁当ての時もそうだが、1つの事に打ち込むのに必要な集中力と、泊独自の野球センスが宿っている。だから……」

 

猪狩の血筋は本当に恐ろしいですね。風薙さんや雷轟さんのように野球をする為に出来た家計という感じがします。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「に、2球目もタイミングバッチリ……」

 

「いざというときに頼りになる打者としての資質も兼ね備えている。あれは高校時代のボクを彷彿とさせているよ……」

 

「持ち球も打力も似てますからね」

 

(そうなるとこの試合は決着ですね。そして決定打を決めるのは……)

 

間違いなくこの打席で猪狩泊さんが決めるでしょう。

 

 

カキーン!!

 

 

「う、打った……」

 

「ホームラン……」

 

猪狩泊さんが打った打球は大きなアーチを描いて、スタンドへと入っていきました。

 

「相手の打線を完璧に抑え、打者になった場合でも決めるべき時は自身で決める……。今回で言えば、ソロホームランですね。猪狩泊さんは初心者という触れ込みでしたが、もしもしっかりと経験を積んでから野球部に入っていたとしたら……」

 

「エースはあの娘だった……か。成程ね」

 

猪狩投手はどこか納得したような表情を見せて、立ち上がりました。

 

「最後まで観て行かないのですか?」

 

「ボクが知りたい事は知れたから充分かな。それに今日のナイトゲームでは先発を任されているし、今から準備をする必要がある」

 

そういえば今日の試合では先発投手を任されているんでしたね。

 

「あ、あの!良かったらサインをもらえませんか!?」

 

「あっ、和奈ズルい!アタシもサインください!」

 

「まぁお安いご用さ。レディーがボクのサインを求めているのなら、それに応えるのが務めさ。君にも書こうか?」

 

「……一応、お願いしても良いですか?」

 

もらえるサインはもらっておきましょう。

 

(それにしても……。猪狩泊さんのポテンシャルの高さは春に野球を始めたばかりとは思えませんね。凄まじい速度で成長していっています)

 

彼女が県対抗総力戦の選定条件に入っていなくて、本当に良かったと安堵してしまいます。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会24

試合は6回。両高校0行進が進んでいます新越谷の方は出塁しつつも、後続が奮わずといった感じですが……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト』

 

稜桜学園の打線は完全に猪狩さんに仕留められています。三振もこれで10個目ですね。

 

「やはり彼女は本物でしたね」

 

「当然さ。あの子もボクの血筋を受け継いでいるからね」

 

「娘……ではないですよね?」

 

親子ではないので血縁は薄めの筈ですが、その薄めの血筋がこうして結果を出しています。

 

「そうだね。ボクの子供は野球をせず、『猪狩コンツェルン』の跡取りになるそうだ。事業系統に力を入れているよ」

 

「だから代わりに姪である猪狩泊さんに貴女の技術を教え込んだ……という訳ですか」

 

猪狩守の技術が加わり、新越谷で練習が出来たとなると、ここまでの結果を出せるのも納得ですね。

 

「ボクが教えたのは壁当てという遊びに過ぎないさ。それをここまで活かしきれているとは……。新越谷高校という野球部は中々に良い練習を取り入れている」

 

「それは私も思いました。新越谷野球部は選手を育成する能力がかなり高いです」

 

特に初心者の成長が目覚ましく思います。川口さんや大村さんもここ1番のところで結果を出していますし、雷轟さんは言わずもがなですね。

 

「す、すっかり瑞希ちゃんと気が合ってるね……」

 

「2人の空間が出来上がっているレベルだよね~。アタシじゃたじたじになって、近付けないよ」

 

「わ、私も。人見知りだし……」

 

和奈さんといずみさんは私と猪狩守さんの話題に入れないようです。和奈さんはともかく、コミュニケーション能力の高いいずみさんが萎縮しているのは相当ですね。猪狩守さんへの憧れが大きい事が伝わってきます。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

6回も三者凡退ですか……。

 

「すっご……!このままいくと完全試合じゃん!」

 

「野球始めたばかりで完全試合って、確実に記録ものだよね……」

 

いずみさんの言うように、猪狩さんはここまでパーフェクトで抑えています。新越谷が7回表で打ったら、あと3人で完全試合になります。

 

(そしてこのままいくと、猪狩さんは完全試合を成し遂げるでしょうね。稜桜打線が猪狩さんを捉えるにはまだ時間が掛かるでしょうから……)

 

『アウト!』

 

7回表。7番、8番と連続で凡退しているのを見ると、泉さんの方も一見苦戦していそうですが……。

 

「…………」

 

(次に打席に立つのは猪狩泊さん……。そして試合を決めるのも猪狩守さんとなる可能性が高いですね)

 

それは打つ方でも、そして投げる方でも……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会26

二宮瑞希です。新越谷と稜桜学園との試合の翌日、私は埼玉県で発行される新聞を寮で読んでいます。配送料込みで部費で落としてくれるのはありがたいですね。

 

(スポーツ新聞の高校野球の欄ではやはり猪狩さんの完全試合が一面を飾っていますね)

 

『新越谷の隠れエース爆誕!』と大々的に書かれており、埼玉の高校は猪狩さんを警戒せざるを得なくなったでしょう。その上で朱里さんや武田さんがいるのが、新越谷の強みの1つです。

 

 

ブーッ!ブーッ!

 

 

スマホのバイブが震えているので確認すると、朱里さんから着信が来ていました。

 

「はい」

 

『もしもし二宮?ちょっと訊きたい事があるんだけど……』

 

朱里さんは私の視点で猪狩さんがどのように映るのかを訊きたいようで、私の意見がほしいそうです。

 

「それで私に電話を掛けてきた訳ですか……」

 

『二宮の視点から猪狩さんの評価が聞きたくてね』

 

ここは素直に私の意見を言えば良いでしょう。

 

「それで私からの猪狩さんへの評価ですが……野球を本格的に始めたのが今年度からというだけあって、体幹がまだまだ不完全ですね。対策が早いチームは既にその隙に付け入る準備が完了している事でしょう」

 

『そうだね……。それは私も同じ意見だよ』

 

特にここまで勝ち上がってきた高校なら、対策も難しくないでしょう。

 

「評価を続けますよ?」

 

とりあえず総評を続けましょう。

 

『うん。お願い』

 

「不完全な体幹とは思えない程の球速、球のキレ、変化球の変化量、そしてエースと呼ばれるのに必要な闘志……。それ等を全て兼ね備えている猪狩さんはもしも新越谷野球部と同じ条件で練習された状態で入部していたとしたら……」

 

一呼吸置いて、結論を出します。朱里さんからも緊張感が伝わってきます。

 

『……新越谷のエースナンバーを獲得していたのは間違いなく彼女になるでしょう。これは和奈さんやいずみさん、そして同席していた猪狩守プロも同意見でした』

 

猪狩守プロの存在に朱里さんが息を呑んでいましたが、まぁ普通は県大会でプロ選手がお忍びとはいえ来ていると、大騒ぎになりますからね。

 

『……ありがとう二宮。聞きたい事は聞けたよ』

 

「どうでしたか?朱里さんから見た彼女は……?」

 

『概ね二宮と同じ意見だったよ。味方としては頼もしいけど、秋大会以降ではエース争いとしてもしかしたら最大のライバルになるという事もね……』

 

「成程……。朱里さんが言うのでしたら、私の推測も間違ってはいませんね。良い事が聞けました」

 

私だけの推測だと確証に至るのは難しいですからね。朱里さん程の鋭い人間なら、信憑性も増すでしょう。

 

「それでは失礼します。今日も予定がありますので」

 

『今日はありがとう』

 

「いえ。私も得られるものがありました」

 

朱里さんとの通話を終了しました。今日も情報収集に勤しみましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会27

二宮瑞希です。今日は新越谷の4戦目ですね。相手は姫宮高校ですか……。

 

「なんか訊いた話だと、新越谷の主将さんと縁があるんだって?」

 

「正確には主将の岡田さんと藤原さんが、姫宮の金子さんと吉田さんは元々同級生の関係だったそうです」

 

「つまり金子さんと吉田さんは元新越谷の選手だった……って事だよね?」

 

「そうなりますね」

 

新越谷と姫宮の組み合わせは秋にもありましたが、互いに秋とは全然違うでしょう。

 

「おっ?今日は星歌が先発なんだ」

 

新越谷は後攻、投げるのは星歌さんのようですね。まぁ予想通りではありますが……。

 

「ローテーション的にそろそろとは思っていたので、然程意外でもないですが……」

 

(どちらかと言えば、藤原さんが投げるものだと思っていましたが……。藤原さんは抑え投手として起用するつもりでしょうか?)

 

「み、瑞希ちゃんはどうして新越谷の投手ローテーションがわかるの?」

 

「私ならあくまでもそうする……という考えが朱里さんを始めとする新越谷で采配を決める人と一致しているだけに過ぎません」

 

本当に偶然なんですよ?ギリギリまで思考を投影させてはいますが、確信に至るには程遠いでしょう。50%くらいの確率でしょうか?

 

「普通はそれが難しいんだけどね……。少なくともアタシには出来ないよ」

 

「私も無理……」

 

「私も捕手かマネージャーでもなければ、そういう風に考える事もなかったでしょう」

 

もしもいずみさんのような外野手だったら?和奈さんのような内野手だったら?自分の事で手一杯だったでしょう。

 

(捕手の仕事として、あとはその延長線上として、そして幼少期から行っていた情報収集があって、今の私に結び付いたのでしょうね)

 

 

カンッ!

 

 

言ってる間に先頭の金子さんにヒットを打たれましたね。

 

「あの1番打者のレベルは高いね~。間違いなく全国区でしょ!」

 

「そうですね。金子さんは県対抗総力戦のメンバーとして選ばれる可能性があります」

 

「ショートの守備も上手かった印象があるよね……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

2番、3番と三振に。金子さんには打たれていますが、星歌さんの調子そのものは悪くなさそうですね。

 

「あっ、朱里と目が合った。やっほー☆」

 

ライトにいる朱里さんと目が合いましたね。いずみさんが手を振っています。

 

「前の試合では猪狩選手に対して萎縮し過ぎていたいずみさんですが、朱里さんだとああしてはしゃげるんですね」

 

「い、言い方……。でも朱里ちゃんだったら気心も知れてるし、緊張もしないよね。朱里ちゃんも軽く手を振り返しているみたいだし」

 

「いずみさんのノリに乗ってあげるだけ朱里さんもお人好しですね。ああいう人間が将来人の上に立つのでしょう」

 

まぁ朱里さんは全体を引っ張るというよりは、引っ張る人のサポートをするタイプではありますが……。

 

「朱里ちゃんは川越リトルシニアでも、今の新越谷でも大人気だもんね」

 

 

バシッ!

 

 

「「……えっ?」」

 

話をしている間に星歌さんがホームランを打たれたようですね。この2点は結構重いですよ?

 

「星歌さんがホームランを打たれましたね。姫宮の4番打者はこれまでの試合では出場していなかったですし、新越谷側としても意表を突かれてしまった事でしょう」

 

「い、いや、確かにその4番打者が星歌からホームランを打った事にも驚いてはいるんだけど……」

 

「そ、それよりもそのホームランボールを素手で捕っている瑞希ちゃんの印象が強過ぎて他の出来事が霞んじゃったよ……」

 

「ボールを捕らなければ、私の顔面に直撃するところでした。流石に顔面にボールが当たるのは御免ですので……」

 

顔面に怪我をするのは嫌です。

 

「そ、それはそうなんだけど……。あれー?平然と素手で打球を捕ってる瑞希が異常だと思うのはアタシだけなの?」

 

「わ、私も驚いちゃった……」

 

そこまで驚くような事でしょうか?自分の事なので、いまいちよくわかりませんね……。

 

その後星歌さんは後続の打者を抑えましたが、悔いの残りそうなイニングになってしまいましたね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会28

1回裏。新越谷はあっという間にツーアウトを取られるものの……。

 

 

カンッ!

 

 

3番の岡田さんが安打を放ちました。相変わらず良い打撃ですね。

 

「これでツーアウト一塁だね~」

 

「うん。ここで回ってくるのが……!」

 

新越谷の4番打者、雷轟さんですね。

 

「……姫宮のエースである吉田さん、そして主将である金子さん。この2人を中心としたチームは中々統率力の高いですね」

 

ああいうチームは大成しますね。結束力も高いですし、特に守備方面は頭1つ抜けています。

 

「如何にも全員野球……って感じがするよね。洛山でも取り入れられたら良いなぁ……」

 

「まぁ洛山の野球スタイル上は難しいんじゃない?むしろそういうのは白糸台で瑞希が率先していそうなんだけど……?」

 

「白糸台の野球部1軍はあくまでも自主性に任せる事を方針としていまして、私はそれに従うだけです。余計な労力を割かなくても良いので……」

 

あくまでも私にとって必要な事しか行いません。情報収集も私にとって必要な事です。

 

「あくまでも必要な範囲内だけかぁ……。瑞希ちゃんらしいなぁ」

 

「……で、星歌からホームランを打ったあの4番打者のデータは取れたの?」

 

「私なりに彼女……番堂さんのデータは入手し終わりましたが、ここでは口にしないでおきましょう」

 

特に言う必要がありませんからね。

 

「ええっ?何それ気になるな~?勿体ぶってない?」

 

「別にそういうのではありません。ただ……彼女の実態については、恐らくこの試合である程度明らかになるでしょう」

 

新越谷なら恐らく次の番堂さんの打席で見られるでしょう。

 

「み、瑞希ちゃんが言うなら、きっとそうなんだよね?」

 

「星歌さんの球を完璧に捉えた事から1つの仮説が思い浮かびますが……」

 

(あくまでも仮説の域を出ませんからね。確証を持っておかないと、今後彼女と対峙した時に、誤った対処をしてしまいそうです)

 

この場で言わない1番の理由ですね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「……それよりも今は雷轟さんの方に集中した方が良いでしょう」

 

「遥ちゃん、この大会に入ってからは余りホームラン打ててないって言ってたし、この試合で打てるようになると良いなぁ……」

 

「新越谷を応援する身としては遥には頑張ってほしいよね☆」

 

雷轟さんの調子が落ちてきているように見えますからね。今の吉田さん、今の雷轟さんだと……。

 

『アウト!』

 

「あーあ……。打ち取られちゃったよ」

 

「遥ちゃん、大丈夫かな……?」

 

ここからどうなるかは雷轟さん次第でしょう。県対抗総力戦では実力を奮えると良いですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会29

試合は4回表。番堂さんのホームラン以降は両高校大人しくなっています。

 

「この回は星歌からホームラン打った番堂さんからだね」

 

「さっきは見逃しちゃったけど、どんなバッティングをするか見ておかなきゃ……!」

 

初回のホームランは会話の最中に起こった事なので、和奈さんもいずみさんも見逃していますね。まぁ私は一部始終見ていましたが……。

 

「しかし星歌さんも初回と同様にはいかないでしょうね」

 

「そうなの?」

 

「はい。初回にホームラン打たれたのがあくまで不意だったのと、恐らくこの打席で番堂さんの弱点が見られるからでしょう」

 

データだけではいまいち判断し難いので、この目で見ておきたいですが……。

 

「番堂さんの……?」

 

「弱点……?」

 

2人が疑問符を浮かべている中どうやらバッテリーは解答を見付けたようで、初球から早速攻めていますね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

番堂さんの弱点……。

 

「えっ!?」

 

「ど、ど真ん中のストレートを空振り……?」

 

ど真ん中に投げられるストレートを……。

 

「様々なコースに散る変化球が得意球で、ど真ん中に来るストレートが苦手球……。中々稀有な打者ですね」

 

「でも凄くない?ストレートが得意で変化球が苦手……ってケースならよく聞くけど、その逆って……」

 

ストレートが苦手な打者はいるでしょうが、番堂さんがレアケースなのは確かですね。

 

「確かに変わってるよね。あの番堂さん……って今年入った1年生だよね?」

 

「データによればそうですね。そして彼女は経緯こそは違えど、雷轟さんと同じタイプの初心者です」

 

2年後、1年後……。もっと早ければ、それこそ雷轟さんのようにこの夏で最大戦力として数えられても可笑しくないでしょう。

 

「4番を打ってるって事はスラッガータイプなのは間違いないよね?」

 

「はい。近い将来に雷轟さんと番堂さんは良きライバルとして、互いに切磋琢磨するかも知れませんね。それがこの試合を切欠に来年の県大会と、或いは……」

 

(或いは今年の県対抗総力戦でのチームメイトとして、はたまたプロとして……。見ていて興味深いですね。同じチームでプレーするのはごめんですが)

 

見ていて心臓に悪いプレーをするので、別チームのライバルとして観察させてもらいますよ。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「確かにストレートが苦手って訳でもなさそう……。ど真ん中が苦手なのかな?」

 

和奈さんが番堂さんの詳しい弱点に気付いたようですね。

 

「ど、ど真ん中が苦手って、打者として大丈夫なの?初球のストレートだって、針に糸を通すような綺麗な空振りだったし……」

 

「そういうイメージも相まって、番堂さんは比較的抑えやすい打者であるのは間違いないですね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「フォークで空振り取った!」

 

「苦手など真ん中を攻略しようと躍起になったところを落とす……。相手の心理を利用した1球だったね☆」

 

「そうですね」

 

これで流れは新越谷に渡りました。番堂さんのもう1つの弱点を突いて、最低でも同点にしておきたいですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会30

4回裏。新越谷はワンアウト二塁のチャンスを迎えます。

 

「姫宮の4番を抑えてから流れが来てるね~!」

 

「このまま点を取っていきたいところだよね……!」

 

打席には朱里さん。何かを試みているように見えますね。

 

「あれ?朱里が何か合図を出してる……?」

 

「バットを首元に2回叩いたのがそうだよね?」

 

「恐らく朱里さんが狙っているのは、サードを守っている番堂さんのエラーですね」

 

「えっ?」

 

 

カンッ!

 

 

話している側から朱里さんはサードへのゴロを打ちました。藤原さんがスタートを切っていた事もあり、傍目には進塁打を狙っているように見えますが……。

 

「えっ……」

 

「逸らした!?」

 

「ここまで朱里さんの思惑通りでしたか……」

 

しかしショートのカバーが早く、得点には至りませんでした。しかし一塁・三塁のチャンスではあります。

 

「成程~。あの番堂って子が温存されていたのは、捕球能力が低かったからなんだね~」

 

「それに加えて、先程の金子さんが行っていたあの動きを確実なものにする為に、今まで出さなかったのでしょう」

 

「でもあの動きはかなり機敏だよね。亮子ちゃんにも負けてないかも……」

 

和奈さんの言うように、あの機敏な動きは亮子さんにも負けていません。金子さんの練習量が伺えますね。

 

「確かに引けを取らないよねー。でも亮子が野球やってる環境的にサードがトンネルする事を視野に入れた動きは出来ないんじゃない?」

 

「そうですね。そういうのは捕球率が全国ワースト1位の洛山なんかでやりそうなものですが……」

 

咲桜よりは洛山の方が必要としていそうな動きですね。

 

「う、うちはトンネルもする人が多いし、無理にカバーに入ろうとすると、トンネルの連鎖が起きそうかも……。エルゼちゃんとリンゼちゃんが入って大分改善されたと思うんだけどね……」

 

洛山は捕球率が極端に低いだけであって、守備自体は割と積極的なんですよね。その積極守備が洛山のエラーに繋がる訳ですが……。

 

「何にせよそういう選手がいるからこそ、自身の守備に対する新しい可能性が見出だせる……という訳ですか」

 

そう考えると、守備や捕球の低い選手を内野に置いておくのにもそれなりの意味がありますね。だからと言ってそれを放置するのは論外ですが……。

 

(その論外の守備を度外視してでも余りある長打力が売り……というのが洛山高校野球部ですね。尤も和奈さんのような打撃、走塁、守備が全て高水準の選手もいますが)

 

捕球方面もシニア時代ではいずみさんよりも和奈さんの方が上ですからね。本当に何が切欠で、どのように成長するのか、予想の付きにくい選手ですよ。和奈さんは……。

 

その後新越谷は1点を返して、4回裏が終わりました。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会31

5回裏。1番から始まるこのイニングが新越谷にとって最後のチャンスと見ても良いでしょう。

 

 

カンッ!

 

 

まずは先頭の中村さんが一二塁間を抜けるヒットを放ちます。

 

「新越谷にもチャンスが到来したね~」

 

「星歌さんが立ち直り、朱里さんが繋いでからは流れが新越谷に行っていましたし、来るべくして来たチャンス……という事ですね」

 

「じゃあこの回で点を取れなかったらどうなるの?」

 

「流れは姫宮に行き、恐らくはそのまま姫宮が逃げ切るでしょうね。初回に取った2点はそういうものです」

 

姫宮視点は初回に番堂さんが打ったツーランで逃げ切るプランなのでしょう。星歌さんが立ち直る事も計算に入れた良いプランニングですね。

 

 

コンッ。

 

 

2番の藤田さんが送ってワンアウト二塁。

 

「でも新越谷には台湾からの留学生や、歩美と藍まで入ってるし、前の試合で完全試合を達成させた猪狩プロの姪っ子もいるし、既存のメンバーも打力は上がってるよ?そんな新越谷を負かす要因になるのかな?」

 

「姫宮も金子さんと吉田さんを筆頭に、着実に力を付けていっている高校です。この試合では4番の番堂さん以外は2年生と3年生で構成されているスタメンですが、これまでの試合は去年の3年生の引退後に構成されたメンバーで数ヶ月に渡り、力を付けていっています。全体的に守備力や連携能力が埼玉県の高校でも随一ですね」

 

(今の姫宮を上回る高校は埼玉の中でもそうは多くないでしょうね。あの守備連携を越えられるかどうか……というのが鍵を握っていそうですが、雷轟さんや、陽さんのようなスラッガーが一発を狙えば展開は簡単に進むのでしょうが……)

 

 

カンッ!

 

 

「あっ、また打った!」

 

「これでワンアウト一塁・三塁のチャンスだね!」

 

しかし今の一打で同点に出来なかったのは、新越谷から見てかなり痛い展開ですね。

 

「本来ならチャンスではありますが、回ってくる4番の雷轟さんは今日2打席ノーヒット……。ここで雷轟さんの意地を見せるか、吉田さんが抑え切るか、はたまた第3の選択肢か……」

 

「第3の選択肢?」

 

「代打攻勢です」

 

「でも4番の遥に代打を出すかな~?遥って足も速いんでしょ?それこそ歩かされた時の為に仕込んだホームスチールとかもある訳だし……」

 

「あくまでも選択肢の1つというだけです。どのような選択肢を取るのかは新越谷次第ですよ」

 

(もしもここで雷轟さんを続投し、チャンスを潰してしまうようなら……。新越谷の夏はここまでになるでしょうね)

 

最悪の事態を想定するなら正直雷轟さんは下がるべき……と踏んでいますが、新越谷の選択は……。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会32

ワンアウト一・三塁のチャンスですが、雷轟さんが出る気配がありませんね。

 

「んー?」

 

「どうしたのいずみちゃん?」

 

「新越谷側が代打を出したね」

 

どうやら代打攻勢で行くようですね。今日の雷轟さんの成績を鑑みるに、妥当な判断でしょう。

 

「えっ……?でも遥ちゃんの打席だよね?4番に代打を出すなんて……」

 

「今日の試合で雷轟さんはノーヒットですし、代えられるのは仕方のない事ではないですか?」

 

(尤もそれだけが理由ではなさそうですが……。まぁ私には関係のない事ですね)

 

それでも雷轟さんに対する代打は限られてくるでしょう。出るのは恐らく……。

 

「代打で出たのは台湾代表の4番かぁ……。まぁ遥の代打ってなると他に適任はいないよね」

 

陽春星……。台湾のシニアで4番を打ち続け、新越谷でも4番争いに名乗りを挙げる実力者……。雷轟さんの代打先としては当然の判断でしょう。

 

「遥ちゃんには早く立ち直ってほしいなぁ」

 

「立ち直れるかどうかは、雷轟さん次第でしょう。私達がどうこうする理由はありません」

 

この大会、そして県対抗総力戦にて雷轟さんは徐々に立ち直っていくでしょう。それこそ私達と対戦する頃には立ち直っていそうですが……。

 

「それよりもこの打席に注目しましょう。この試合の命運を分ける1打席に……」

 

「そうだね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

初球は高めに外してボール。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「かなり慎重だよね~。高めに投げた後に低めに外すなんて」

 

「高低差を利用して打ち取るつもりなのかな……?」

 

「どうでしょう。仮にそれだけで打ち取れると思っているなら、陽春星という打者かなり甘く見られていますね」

 

(恐らくはそう思わせる事が目的……。そして陽さんがそれに気付いているかどうかですが……)

 

 

カキーン!!

 

 

「ボール先行からいきなり打った!?」

 

「は、入っちゃった……」

 

「ツーボール、ノーストライクのカウントからコースギリギリのストレートをホームランにしてきましたか……。スラッガーレベルの打者でなければ、詰まらせて併殺だったでしょう」

 

事実それが吉田さんの狙いのような気がしますね。何にせよ新越谷は逆転に成功しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合はそのまま新越谷が逃げ切りに成功しました。結果はともかく、そこにくる過程は想定通りでしたね。

 

「チームの支柱である朱里さんと雷轟さんが抜けても、危なげなく勝つ事が出来ましたか……」

 

「代打で出て来た陽さんのスリーランが勝敗を分けたような気がするね」

 

事実その通りでした。

 

「星歌もホームランを打たれてからは無失点だし、かなり手強くなってたね~」

 

「その星歌さんですら3番手以降という立ち位置にいますし、今の新越谷の投手陣は全国トップレベルでしょうね」

 

「決して大袈裟な表現じゃないのが、洒落にならないよね~」

 

(その新越谷ですら、今の遠前に勝つのは難しいと思いますが、どうなるのかはまだ未知数ですね。恐らく重要なのは全国大会ではなく、県対抗総力戦……。雷轟さんと風薙さんもそうですが、上杉さん、上杉さんの従姉妹である武田さん、そして朱里さん……。この5人が中心になっていく事でしょう)

 

「何事も起きなければ、それに越した事はないのですが……」

 

静華さんから推測される話から察するに、それも難しそうですね。被害を最小限に抑えられるように動くべきでしょう。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもありませんよ。こちらの話です」

 

とにかく今は野球に集中しましょう。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会33

二宮瑞希です。今日は西東京都大会の準々決勝が行われる訳ですが……。

 

「今日の先発は斎藤、そして捕手は渡邉で行く」

 

「「はいっ!」」

 

今日の試合はローテーション的に斎藤さんと渡邉さんのバッテリーですか。私が出掛けていて、試合の日が被っている時は、半田さんと渡邉さんを交互(回数は渡邉さんの方が多い)に捕手役を務めているようです。

 

「二宮はベンチから渡邉のリードを見て、思うところがあったら何かしらアドバイスを送ってやってくれ」

 

「わかりました」

 

私の今日の役割は渡邉さんの補佐ですね。訊いた話によりますと渡邉さんはかなり攻撃的なリードをするようです。分別を間違えない攻撃的は嫌いではありませんよ?

 

ちなみに新宮寺さんはライト、鍋墨さんはサードとして出場しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、イニングは5回裏の守りまで進みました。

 

「今日は少し早いが、ここから頼む」

 

「は、はいっ!」

 

斎藤さんは4イニングで降板。後を投げるのは香菜さんですね。

 

(今日の方針的に、渡邉さんを捕手として使い続けるつもりですね)

 

ちなみに投げていた斎藤さんはサードに、サードにいた鍋墨さんはレフトに付いています。

 

「ぶーぶー!私を下げるなんておーぼーだぞー!」

 

ベンチでは抗議の声をあげている大星さんがいました。

 

「今日の試合は1年生4人を中心に回す。特に渡邉には実践経験をもっと積んでもらう必要があるからな」

 

「そして今日みたいに私がいる日は、渡邉さんに何かしらのアドバイスを送れば良いですか?」

 

「そうだな。そして渡邉にとっての試練はここからだ」

 

そういえば1年生バッテリーとして斎藤さんとは幾度も組ませてきましたが、渡邉さんを上級生と組ませるのはこの試合が初めてですね。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「おっと。渡邉が捕逸したか……。まぁ鋼の球……特に洛山主宰の合宿後は組ませてなかったから、仕方ない部分はあるな」

 

「そうですね。点差はあるので、自分のペースで立ち直ってほしいところです」

 

(幸い逸らしてもすぐにファーストへと送球したので、バッターランナーアウトです)

 

ちなみに5回表終了時点で13対3で白糸台が10点リードしていますので、無失点で切り抜けたらコールドゲームになります。あとアウト2つで良い訳ですが、2人の行方は……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんね?ちょっと力んじゃったみたいで……」

 

「い、いえ。止め切れなかった私の責任ですので……」

 

(実際に鋼先輩は何も悪くない……。洛山高校主宰で行われた合宿による成長が私の想定を大きく上回った結果の捕逸なんだし、もっと体を張って鋼先輩の球を受けないと……!)

 

「……そんな気負う必要はないと思うよ?」

 

「え……」

 

「渡邉さんの過去に何があったかは私はわからないけど、今の渡邉さんの野球をしてほしいな……」

 

「今の私の野球……ですか?」

 

「あはは……。私もちょっと何を言ってるかわからなくなっちゃったよ。うう……」

 

(私は今でも2年前の夏を引き摺っている……。いつか胸を張ってヨミ先輩とバッテリーを組める捕手になりたくて、私は白糸台に来た……。今の私じゃ、今でも成長を続けてるヨミ先輩と組む捕手に相応しくない。もっと流れを見ていかなきゃ……!)

 

「……すみません。切り替えていきましょう」

 

「う、うん……」

 

(な、なんだか渡邉さんから危うさを感じるよ……。こういう時瑞希ちゃんなら、渡邉さんをどう立ち直させらるのかな……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

「なんとかこの回で決められたか……」

 

「渡邉さんは少し危ういですね」

 

取ったアウト3つは全て捕逸からのファーストへ送球で取ったアウト……。香菜さん的にもモヤモヤするでしょうね。

 

「次は準決勝。ローテーション的には鋼が先発予定なんだが……」

 

「捕手役は渡邉さんにしましょうか」

 

「……その方が渡邉の今後の為になるか」

 

次の試合は渡邉さんの荒療治に使います。負けてしまえば、白糸台はそこまでだっただけですね。



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番外編 二宮瑞希の白糸台生活 2年目夏の都大会34

二宮瑞希です。今日は埼玉県大会の準々決勝……新越谷と柳大川越の試合日になりますが、和奈さんといずみさんは試合日が被っている為に来れないとの事です。

 

「新越谷と柳大川越の試合もこれで4度目……。総合力は新越谷がやや優勢ですが、柳大川越には積もり積もった連携力がある事、そして埼玉内でトップクラスの投手である朝倉さんの存在が大きそうですね」

 

「そして新越谷と柳大川越の戦績は5分5分……。真の意味での優劣はこの試合で決まりそうだな」

 

独り言のつもりの呟きでしたが、その言葉に神童さんが反応しました。

 

「よっ。元気でやってるか?」

 

「神童さん……。私は特にいつも通りですが、神童さんの方は本日は大学はお休みですか?」

 

「まぁな。本来なら白糸台の試合を観るべきだろうが、連中ならもう心配はないだろう。少なくとも全国大会への切符は手に入れられる筈だ。それは二宮も同意見だろう?」

 

神童さん的には白糸台は心配する必要はない……と言いたげのようですね。試合そのものに関しては私も同意見ではあります。

 

「そうですね。それに打力で言えば、私よりも適任の捕手がいます。私はまだ2年生で、彼女は3年生……最後の夏です。悔いのない野球をしてほしいとも思っています」

 

まぁ渡邉さんは1年生ですが、半田さんの方はこの夏で引退する事になりますからね。悔いは残してほしくないです。

 

「半田の事だな。あいつの長打力は評価出来るが、いかんせん捕球率が低い。だから本来ならば外野辺りに転向させる筈だったが……」

 

「今の半田さんは新井さんのストレートや、鋼さんのスライダーも難なく捕れる捕球力を身に付けています。本来ならば正捕手は半田さんに渡って、私はもう1年の間、このように他県の試合観戦を中心に、他校の新たな情報収集に勤しむつもりでした」

 

(二宮はこう言っているが、二宮の捕球センスと先読みスキルは他にいない唯一無二の、二宮瑞希だけのものだ。それに加えて情報収集能力も高い……。彼女のような『異常』が他にいるとは思えないな)

 

まぁ確かに半田さんは捕手よりも外野手の適性が高いですね。しかし外野手は外野手でかなり競争率が高いので、少なくとも白糸台にいる間は捕手として頑張ってほしいです。

 

「もうすぐプレイボールか……」

 

「試合でいない和奈さんと、いずみさんの分までこの目に焼き付けておきましょう。新越谷と柳大川越の因縁を……」

 

「目に焼き付けなくても、おまえなら媒体に試合情報を残しそうなものだがな……」

 

無論どんな手を使ってでも試合の情報は残してみせますが、それとこれとはまた別です。観れるものは観る。直接情報得られるのなら、得ます。私の情報収集はなるべく現地で行うに越した事はありません。

 

『プレイボール!』

 

新越谷と柳大川越にとっての因縁の試合が始まりました。



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番外編 清本和奈の洛山生活①

朱里「今回は清本がメインの番外編だね」

和奈「わ、私がメインで良いのかな?何か朱里ちゃん達に悪い気が……」

朱里「気にしなくても良いよ。洛山の風景とか気になっている人もいるだろうし」

和奈「それでは始まります」


京都府にある洛山高校は野球において全国一の打撃チームメイトと呼ばれる事と、スポーツ全体に力を入れているのか一般入学の条件として身長が170センチ以上ないといけないんだとか。

 

そんな高校にスカウトされてしまったのが私……清本和奈です。

 

(こ、ここだよね?洛山高校……。なんていうか世紀末みたいな雰囲気を醸し出しているんだけど、ここで良いんだよね?)

 

地図アプリを見ると洛山高校はこの場所を示している。つまりここで間違いない筈なんだけど……。

 

(入るのが怖い……)

 

校門前に着いてからは震えが止まらない。恐る恐る牛歩で足を進めようとすると……。

 

「なんだテメェ!?」

 

「ここは小学生が入ってくるとこじゃねぇぞ!」

 

怖そうな人達に絡まれました……。ああいうのをスケバンっていうのかな?

 

「あ、あの。わ、私は……」

 

「なんだぁ?聞こえねぇぞ!」

 

「ここはガキの遊び場じゃねぇんだ。怪我したくなけりゃ帰りな!」

 

怖そうな人達は私に詰め寄ってくる。こ、怖いよ。誰か助けて!

 

「あ~。その子は例の子だから、通してあげて~」

 

そう言って怖そうな人達の背後から声を掛けてきたのは桃色の髪をした女性だった。

 

(わぁ……。綺麗な人。この人もこの学校の人なのかな?)

 

女性を改めて見ると長身でスタイルの良い健康的な身体をしている。なにかスポーツをやっているのかな?右目に眼帯をしてるのも気になるけど……。

 

「ひ、非道さん!?」

 

「じゃ、じゃあコイツがあの!?」

 

長身の女性は非道という名前みたい。怖そうな人達が恐れているって……どんな人なんだろう?

 

「まぁね~。じゃあそこの子は私に着いて来て~」

 

「は、はいっ!」

 

このままどうすればわからないので、とりあえず着いて行く事にした。危なくないよね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきは危なかったね~。まさしく取って食われるって感じ~」

 

「わ、私がこんなだからだと思います。この学校の一般入学の基準を満たしてなくて……」

 

「確かに君はそうだね~。でもそれはあくまでも一般入学なら……。でも君はスカウトでここに来ているんだから、堂々としていれば問題ないよ~」

 

間の抜けた口調だけど、優しい。なんかお姉ちゃんみたい……。

 

「……自己紹介がまだだった~。私の事は非道って呼んでね~」

 

そういえばさっきの怖そうな人達もこの人の事を非道って呼んでた。恐れられている様子だったけど……。

 

「き、清本和奈です」

 

「うんうん、知ってるよ~。なんせ私達がスカウトしたくらいだからね~」

 

「非道さん達が……ですか?」

 

「そうそう~。去年の中学3年生で野球をしている人を1人1人調べた結果、清本ちゃんが我々洛山高校に選ばれたのだ~」

 

「わ、私が……」

 

清本ちゃんって……。そんな風に呼ばれたの初めてだよ。

 

「清本ちゃんの小柄に似合わず当たればホームラン確実の打撃に私達は一目惚れしたんだ~」

 

「そんな事まで知ってるんですね……」

 

「まぁさる方と一緒に調べまくったからね~」

 

非道さんと話しながら歩いていく内にある部屋の前に辿り着いた。

 

「あの、ここは……?」

 

「ここは限られた生徒にしか入室する事が出来ない特別な部屋だよ~。これからは清本ちゃんも入れるようになると思うから、覚えておいてね~」

 

そんな特別な部屋に私が出入りしても良いのかな……?

 

「非道入りま~す」

 

ドアが開く。さっきまで非道さんがなにか操作してたし、暗証番号とかで入れる仕組みなのかな?

 

「ウム、よく来たな!非道もご苦労だったぞ」

 

「ありがとうございます~」

 

部屋の奥で座っていたのは赤い髪をして、サングラスをかけている女性だった。非道さんとは違って格好良いというか、雄々しい雰囲気が凄い……。

 

「私の事はとりあえず大豪月さんと呼びなさい!」

 

「は、はぁ。清本和奈です……」

 

簡潔に自己紹介が終わった……。この人といい、非道さんといい、なにかとわからない部分があるなぁ……。

 

「清本にはこれから簡単なテストをしてもらう!」

 

「テスト……?」

 

「なに、本当に簡単だ。明日の入学式が終わった後に野球部に入ってくる新入生のテストをするのだが、その実力を見せ付ければ良い!」

 

実力を見せ付けるって……どうしたら良いのかな?

 

「心配せずとも清本ちゃんはただ投手の投げる球を打てば良いだけだから大丈夫だよ~」

 

「はぁ……?」

 

2人共簡単に言ってるけど、本当にそれでも良いのかな?なにか他にした方が良い事とかあるような気がするんだけど……。

 

「今日はそれだけだ。明日に備えてゆっくりと休むが良い!!」

 

「そういう事だから、清本ちゃんまた明日~」

 

「は、はい。お疲れ様でした……」

 

なにがなんだかよくわからないままに解散となった。明日から3年間やっていけるのかな……。




朱里「入学式前で終わっちゃった……」

和奈「キリが良いからね……」

朱里「この番外編って二宮のやつと違って続くかわからないのに、それで良いのかな……?」

和奈「瑞希ちゃんがメインの番外編と比べて好評だったら続くかも……?」

朱里「まぁ見切り発車だから、仕方ないのかもね」


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番外編 清本和奈の洛山生活②

和奈「ば、番外編始まります!」

朱里(相変わらずガチガチだなぁ……)


入学式の日になり、入学式も恙無く過ぎて野球部のグラウンドにいます。

 

「1年生の諸君、よく来てくれたな!私の事は大豪月さんと呼びなさい!」

 

「非道で~す。よろしく~」

 

大豪月さんと非道さんが前に立ち、私達1年生は2人の話を聞いている。

 

(入学式の時から思ってたけど、皆大きいなぁ……)

 

私のように推薦で入学している人は少なく、推薦入学している人がいたとしても私よりかは大きい。身長も皆170以上だもんね。

 

「我が洛山高校はとにかく打つ事に特化している。守備なんて二の次だ!!」

 

は、話には聞いてたけど、本当に打撃全振りの野球部なんだね……。

 

「では諸君には1人10球ずつの打撃テストをやってもらう!」

 

(これが前に言ってたテストなのかな……?)

 

私は後ろの方だから、順番も後になるけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1人、また1人とテストが終わっていく。この場の1年生は約50人で5人ずつ行っており、遂に私達の番がきた。

 

「よし、次の5人!」

 

1人の投手から打っていくよくある打撃テストみたい。なんか川越リトルシニアの頃を思い出すなぁ……。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

(コイツ小さいな……。大豪月さん達が言っていた特別推薦の奴か?だがどんな相手でも全力が洛山高校のモットーだ。全力でいかせてもらう!)

 

(え、えっと……。投げられた球を普通に打てば良いんだよね?)

 

投手の投げられた球を私は普通に打ちにいった。

 

 

カキーン!!

 

 

(は……?)

 

「ど、どんどんお願いします!」

 

それからも私は来た球を打ち続けた。

 

(私だって洛山の中では上位に位置する投手だぞ!?それをピンポン球みたいに軽々と場外まで運びやがって……!このチビ何者なんだよ!)

 

 

カキーン!!

 

 

同じ調子で9球連続で打ち続けた。テストの合否はよくわからないけど、これで良いのかな……?

 

「フム……。非道!」

 

「了解で~す」

 

大豪月さんが非道さんを呼び、私の所にやってきた。

 

「清本!最後の1球は私が投げる……。打てるものなら打ってみろ!」

 

大豪月さんがそう言うと周り……特に上級生達が騒然とし始めた。どうしたのかな?

 

(私は瑞希ちゃんや朱里ちゃんと違って野球選手の情報には疎いから、よくわからないよ……)

 

非道さんが付けていた眼帯がモノクルに変わっていた。というか非道さんって捕手だったんだ……。

 

「いくぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

大豪月さんから威圧感を感じる……。私なりに迎え撃たなきゃ!

 

「…………!」

 

(清本ちゃんから凄まじい威圧感を感じるね~。大豪月さんに匹敵するか、或いはそれ以上かも~)

 

(ふっ……。やはり本物だったようだな。だが私の球が打てるかどうかは別だぞ!)

 

大豪月さんが振りかぶり投球動作に入る。そこから投げられる球は……。

 

(は、速い!?今まで見た球の中で1番……)

 

でも……捉えられない程じゃない!!

 

 

カキーン!!

 

 

(おお~。これは想定以上だね~)

 

(……今回は私の敗けのようだな。そして決定だ!)

 

う、打っちゃったけど、良かったのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより新入部員の打撃テストを終了する!」

 

「今日のテストでレギュラーになったのは……清本ちゃんだね~」

 

わ、私……?

 

「おめでとう~」

 

「更に清本和奈を我が洛山高校の4番打者に指名する!!」

 

えっ……えっ?

 

「私のストレートを打って、更に場外まで運ばれたんだ……。皆も異論はないだろう!?」

 

大豪月さんの意見に皆が同意していた。私が4番……?

 

(この学校でいきなり4番に昇格……。なんだかやりきった気分)

 

「これからも清本の打撃には期待しているぞ!」

 

「頑張ってね~」

 

「はいっ!」

 

大豪月さんと非道さんの2人に認められたからなのか、皆が私を畏怖の目で見ていた。わ、私悪い人じゃないよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(確か非道さんから貰ったカードでこの部屋に入室出来るんだよね……?)

 

私は入学式前に非道さんに案内してもらった特別な部屋の前に来ている。

 

(暗証番号を入力して、カードを翳して……っと)

 

大きな扉がゴゴゴという効果音が付きそうな勢いで開く。

 

「あっ、清本ちゃんだ~。今日はお疲れ様~」

 

中には非道さんが寛いでいた。右目には相変わらず眼帯が装備されている。

 

「清本ちゃんが今いるここは所謂VIPルームみたいなものだと思って良いよ~。洛山野球部の1軍でも限られた人しか入れない特別な部屋だからね~」

 

「そ、そんな特別な場所に私が入っちゃっても良いんですか?」

 

「私と大豪月さんが認めた子なら問題ないよ~。この部屋は私と大豪月さんが作った部屋なんだ~」

 

非道さんは中にある備品は好きに使っても良いとも言っていた。

 

(す、凄い。どれも最新式の機材ばっかり……)

 

野球用具はマシンからグラブまで最新式の物ばかりだった。一体いくらお金を費やしているんだろう……。

 

「これからは清本ちゃんもここの住人だよ~。よろしくね~」

 

「はい!」

 

清本和奈、今日から洛山高校野球部で頑張ります!




朱里「入学式が終わったね」

和奈「まさかいきなり4番に抜擢されるなんて思わなかったよ……」

朱里「凄い事だし、誇っても良いんじゃない?」

和奈「そ、そうかな……?」


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番外編 清本和奈の洛山生活③

和奈「え、えっと……。番外編は、始まります……」

朱里(久し振り過ぎて、いつも以上にガチガチじゃん……)

朱里「これからはしばらくこっちがメインになりそうだし、早く慣れてね?」

和奈「が、頑張るよっ!」


どうも清本和奈です。洛山高校野球部に入部した翌日。朝練の為に特別練習場(例のVIPルーム?)に入るんだけど……。

 

(相変わらず特別な雰囲気がするなぁ……)

 

本当に私なんかが入って良いのかっていう罪悪感と、最新式の機材で練習が出来る喜びが入り交じってるよ……。

 

(あれ?誰かいる……?)

 

中に入ると、濃い赤色の三つ編みの女の子がなんか機材を弄っていた。ここの関係者なのかな……?

 

「ん……?」

 

あっ。こっちに気付いて、こっちに来る!?

 

「貴女は……?」

 

「え、えっと。その……?」

 

突然の事に頭がこんがらがって、呂律が回らなくなる。うう。人見知りが辛いよ……。

 

「……もしかして貴女が清本和奈ちゃん?」

 

「えっ!?う、うん……」

 

私の名前を知ってるみたい。

 

「わたし、黒咲芽亜。和奈ちゃんと同じ学年だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ?」

 

お、同じ1年生なんだ……。

 

「えっと……。黒咲さんは……」

 

「メアで良いよ?」

 

グイグイ来る……。コミュニケーション能力がいずみちゃん並に高い!

 

「メ、メアちゃんはここの関係者……?」

 

「……まぁそうだね。一応この洛山高校野球部の部員だよ」

 

ここの部員なんだ……。でもこの特別な部屋にいるって事はきっと凄い選手なんだろうな……。

 

「おっ?早いね清本ちゃ~ん。やる気があるのは良い事だ~」

 

メアちゃんとの会話に詰まっていると、非道さんが入ってきた。な、なんか助かったかも……。

 

「早くも黒咲ちゃんと関わっているみたいだし、これは予定以上かな~」

 

「非道さん、もしかして私と和奈ちゃんを関わらせるつもりだったの?」

 

「まぁ同じ1年生だし、仲良くしていってね~」

 

メアちゃんと非道さんは前から知り合いだったかのような……そんな雰囲気がある。どういう関係なんだろう……?

 

(それに清本ちゃんが『こっち側』に来ないように監視もお願いね~?今時清本ちゃんのようなピュアで純粋な子はそうはいないから~)

 

(りょうかーい。なんか楽しみ♪)

 

(黒咲ちゃんなら清本ちゃんを気に入ると思ってたよ~)

 

な、何を話してるんだろう?とりあえず機材を使って練習しても良いのかな……?

 

「あっ、清本ちゃんごめんね~?黒咲ちゃんのメンテも終わっただろうし、練習してて良いよ~」

 

「は、はい……」

 

非道さんとメアちゃんの関係性は気になるけど、練習に来たんだし練習しないとね……!

 

 

カキーン!!

 

 

「わっ!?凄く飛ばすね!」

 

「長打自体はこの洛山では珍しくないけど、清本ちゃんの場合は特別だからね~」

 

「あんなにちっちゃいのに、どこでそんなパワーがあるのかな?」

 

「案外黒咲ちゃんと一緒かもね~」

 

2人の会話が気になるけど、打撃練習に集中……!

 

 

カキーン!!

 

 

(和奈ちゃんって他の力任せな洛山の選手とは違って、ちゃんと打ってるって感じがする……。それに時折見せる殺気に近い威圧感……素敵♪)

 

なんかメアちゃんから視線を感じるよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも打撃練習を中心に練習を続け、朝練終了の時間になった。

 

「今日は清本ちゃんに『一均』を紹介するから、一緒に来てね~」

 

「一均……?」

 

「素敵なところだよ。わたしも病み付きになっちゃうくらい♪」

 

メアちゃんが楽しそう……。どんなところなんだろう?



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番外編 清本和奈の洛山生活④

放課後。今日は練習をお休みして、非道さんとメアちゃんと一均って呼ばれる施設に赴いているんだけど……。

 

「しっかし和奈ちゃんもタイミングが良かったね~。一均なんて滅多に来れない場所なのに」

 

「そ、そんなに凄いところなの……?」

 

「まぁ洛山の部員の中でも私と大豪月さんと黒咲ちゃんくらいしか行った事がないからね~。でも清本ちゃんには今後もお使いで行ってもらう事になるだろうから、場所は覚えておいてね~?」

 

「は、はい……」

 

一均がどんな場所かはわからないけど、なんだかとんでもないところに行こうとしてるのはわかる……。私の中の危険信号が悲鳴をあげてるもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたよ~」

 

洛山高校から歩いて約20分。散歩には丁度良いコースを歩いてたから、ウォーキングとかにも運用出来そうだね。

 

「一均がどんなところかは入ったらすぐにわかるから、着いて来てね~」

 

「は、はい」

 

「はーい!」

 

中に入って目にした物に、私は思わず息を呑んだ。叫びそうなのを堪えたから……。

 

(ひ、1つ1万円!?まさか一均って……)

 

「商品の値段で大体察したと思うけど、ここは1万円均一ショップ……通称一均だよ~」

 

「わたしも始めは戸惑ったけど、ここのお菓子とか食べてると病み付きになっちゃった♪」

 

「黒咲ちゃんも時々利用してるもんね~」

 

「稼いでますから!」

 

メアちゃんって一体何者なんだろ……。

 

「で、でもこんなところがあったんですね?」

 

「ここで部の備品とかを買うから、清本ちゃんが部長になった時とかに1人で行ってもらうかも知れないね~」

 

こ、こんなところに1人で来たら心が病んじゃいそうだよ……。

 

「じゃあ私は必要なものを買って来るから、迷子にならないようにね~?」

 

非道さんはヒラヒラと手を振って、カートを押して行った。部の備品ってかなり多くを買うと思うから、1回の買い物で数十万円ものお金を使うんじゃ……?

 

「わたしもお菓子買おーっと。和奈ちゃんも来る?」

 

「う、うん。行かせてもらおうかな……?」

 

こんなところで1人になりたくないよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メアちゃんが来たのはお菓子コーナー。ここも例外なく1つ1万円だから、ビビっちゃうよ……。

 

「まずはペロペロキャンディーでしょ?チョコと……」

 

次々と甘いお菓子を買い物カゴに入れて(あれは最早ぶちこんで)いるメアちゃんに戦慄……。これだけで20万近くはあるよね?

 

「ふぅ……。これで全部かな?あとは……」

 

最後にメアちゃんが手に取ったのは、角砂糖のパック。それを5袋くらいカゴに投入した。遂に20万円を越えちゃったよ……。

 

「じゃあ私はお会計に行くけど、和奈ちゃんはどうする?」

 

「お、置いて行かないで……」

 

何も買ってない事に罪悪感があるけど、そんなに手持ちがないもん……。

 

「お会計の方23万円になります」

 

「はーい」

 

メアちゃんが財布から1万円札を数え始め、23枚になったところで店員さんにお金を渡した。い、いくら持って来てたんだろう……。

 

「丁度頂戴致します」

 

「領収書くださーい」

 

「少々お待ちください」

 

て、手慣れてるなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ~。じゃあ帰ろっか~」

 

「は、はい……」

 

非道さんも合流し、洛山へと帰る事に。精神的な疲労が尋常じゃないよ……。

 

「あっ、非道さん。領収書を切ってもらったから、よろしくね?」

 

「黒咲ちゃんもワルだね~。まぁ黒咲ちゃんには色々とお世話になってるし、あとでお金を取りに来てね~」

 

「やった♪ありがとうございます!」

 

ちなみに2人の買い物で総額100万円を越えたみたい。私もこれからはここの空気に慣れなくちゃいけないのかな……?



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番外編 清本和奈の洛山生活⑤

一均の衝撃から1週間が過ぎたある日。この日も練習に勤しんでたんだけど……。

 

「…………」

 

な、なんか背後から視線を感じるんだよね。それで私が視線の方向を見ると……。

 

「っ!?」

 

目を逸らされちゃう……。私、何かやっちゃったのかな?

 

(グラウンドで練習する日はいつも視線を感じるんだよね。大豪月さんか、非道さんか、メアちゃんに相談した方が良いのかなぁ……)

 

「…………」

 

また見られてる。うう。やりにくいよ……。

 

「どうしたの和奈ちゃん?なんか調子悪くない?」

 

メアちゃんが棒付きの飴を食べながら、こっちに来てくれた。救世主……!

 

「あ、あのねメアちゃん。なんか私の事を見てる人がいて……」

 

「和奈ちゃんを……?ああ。黛センパイだね」

 

「知ってる人?」

 

「わたしは一応和奈ちゃんよりも前にこの高校にいるからね。そんなに話した事はないけど、和奈ちゃんが入部してからはああして和奈ちゃんに熱い視線を送ってるよ」

 

えっ?入部当初から!?ぜ、全然気が付かなかったよ……。

 

「わたしが声を掛けてくるねー!」

 

「あっ……」

 

い、行っちゃった……。なんで黛先輩が私を見てる理由を訊けてないんだけど……。

 

「黛セーンパイ♪」

 

「ひゃっ!?えっ?く、黒咲さん……?」

 

「うん。黒咲芽亜だよっ!それで……黛センパイはなんで和奈ちゃんを凝視してたんですかぁ?」

 

「えっ?えっと……」

 

な、成程……。まぁ本人から訊いた方が早いもんね。

 

「あ、あの……。清本さんは私にとって癒し、天使なんです……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

えっ。こ、これはなんてコメントしたら良いのかな?

 

「……はい?」

 

「き、清本さんは私にとっては癒しの対象で、常日頃癒されたいって思っているんです……」

 

「え、ええ……?」

 

メアちゃんが黛先輩の突然のカミングアウトに困惑してるみたいだけど、私はそれ以上に困惑してるよ……?

 

「はいは~い。黛ちゃんの密かに抱いてた気持ちは一旦抑えてね~」

 

「ひ、非道さん。この人って常にこんな感じなの?なんか和奈ちゃんを癒したい云々言ってたけど……」

 

「まぁ黛ちゃんにとっては一目惚れに近いものなのかもね~。でも程々にしないと、清本ちゃんに嫌われるよ~?」

 

「えっ……?そ、それは嫌です。清本さんに嫌われたら、リスカして死にます……」

 

「うわぁ……」

 

メアちゃんが黛先輩に引いてるみたいなんだけど、感情の行き所がない私はどうすれば良いのかな……?

 

「まぁこんな黛ちゃんだけど、悪い子じゃないからね~。じゃあ後輩2人(黒咲ちゃんは既に面識があるけど)に自己紹介しとこっか~」

 

あっ。自己紹介なんだね……。

 

「え、えっと。ま、黛千尋です。よ、よろしくお願いします……」

 

「は、はい。清本和奈です……」

 

さっきまでの黛先輩とは打って変わってビクビクしてる。私も怖いのに……。

 

「黛ちゃんは所謂ミニコンってやつだけど、特に清本ちゃんを気に入ったみたいだね~」

 

「き、清本さんは私にとって癒しで、天使のような存在なんです……」

 

「黛ちゃんに天使が舞い降りたんだね~」

 

そ、そんな一言で片付けちゃって良いのかな……。

 

「まぁ清本ちゃんとは付き合いもそれなりに長くなるだろうし、私共々よろしくね~」

 

こうして私を癒しだとか言ってた黛先輩と出逢った。思えば私をずっと見てたのは黛先輩だったんだね……。

 

「清本ちゃんを怖がらせた黛ちゃんをとりあえず大豪月さんに報告しておくね~」

 

「は、はい……」

 

普段の黛先輩とはちょっと親近感が湧くから、仲良くしたいんだけどね……。



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番外編 清本和奈の洛山生活⑥

洛山高校に入学してから2週間。1日1日が濃い学校生活を送ってるよ……。

 

「今日は練習試合だ!相手は取るに足らん弱小校だが、獅子は兎を狩る時も全力!圧倒的パワーで叩き潰すぞ!」

 

『おおっ!!』

 

大豪月さんが皆に勢いを与えてる。言葉はちょっと酷いけど、先輩達の士気は上がってるし良いのかな……?

 

「大豪月さんは相変わらずだねー」

 

メアちゃんはマネージャー兼選手として出場(前半はベンチ)するみたい。訳ありで公式戦には出られないらしいけど、練習試合くらいなら出るんだって。

 

「和奈ちゃん、一緒に頑張ろ?」

 

「う、うん……」

 

正直この試合に出場する1年生は私とメアちゃんだけだから、メアちゃんが隣にいると、心強いよ……。

 

ジャンケンの結果、私達は後攻だ。私はファーストとしての出場。打順は4番だ……。

 

「しまっていこ~」

 

非道さんの掛け声と共に、試合が始まる……!

 

 

カンッ!

 

 

は、早っ!初球打ち!?打球はショートへの平凡なゴロなんだけど……。

 

 

ポロッ!

 

 

??????

 

(えっ?比較的イージーなゴロ……だったよね?それを落とすの?そ、そういえば先輩達の守備練習とか見た事がないような……?)

 

「あ~あ。和奈ちゃん困惑しちゃってる」

 

「まぁあれが洛山の守備だ。清本も慣れた方が良いだろう」

 

メアちゃんと大豪月さんがそんな会話をしてるけど、あれは慣れたら駄目な部類じゃないのかな……?

 

ともあれノーアウト一塁。切り替えていかなきゃ!

 

 

カンッ!

 

 

また初球打ち。今度はセカンドゴロ……。

 

 

ポロッ!

 

 

またぁっ!?

 

 

「う~ん。和奈ちゃんも怒っても良いと思うよこれは……」

 

「案ずるな。そんな些細な事で怒るような器ではない!」

 

(器とかそれ以前の問題な気がするけどなぁ……)

 

「……それって和奈ちゃんが臆病だからって事?」

 

「それもある!だがそれ以上に……」

 

連続するエラーで、先制点を取られちゃった……。で、でも大丈夫だよね?

 

(私達のバットで取り返せば良いんだから……!)

 

「自分達で取り返そうとやる気になる……!清本和奈は臆病ながらも、人一倍闘争心のある選手なのだ!」

 

「……そうだね」

 

(普通なら怒りそうな事態の連続に対して、和奈ちゃんは打ち気になっている……。素敵♡)

 

取られちゃったら、取り返せば良いんだよね!よーし!頑張るぞーっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合終了。スコアとしては……8対18。10点差で私達の勝ちとなった。私も3本塁打8打点とホームランを打つ事も出来た。

 

「お疲れ様!和奈ちゃん!」

 

「う、うん!メアちゃんもお疲れ様!」

 

メアちゃんは途中出場で、2安打2打点。守備の方でも助けてくれた。公式戦でも一緒に試合出れたら良いのになぁ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活⑦

あの練習試合から1週間。あの後も2試合他の高校とも試合をしたんだけど……

 

「な、なんだか味方のエラーに慣れちゃったよ……」

 

「和奈ちゃんも遂に洛山の野球っていうのがわかったもんね」

 

そういえばメアちゃんは私と同じ高校1年生なのに、私よりも前にこの高校にいるんだよね。どういう理由でいるんだろ……?

 

「諸君、今日は我が宿敵である白糸台高校との練習試合だ!もうすぐ始まる合宿に向けて、景気良くぶちかまそうではないか!!」

 

『おおっ!!』

 

な、なんだか凄く盛り上がってる……。

 

「白糸台はね、大豪月さんが1年生の頃からの因縁の相手なんだって。大豪月さんに宿命のライバルがいて、全国大会でも毎年準決勝で戦っては負けてるんだよ」

 

メアちゃんの説明で白糸台と洛山の縮図がわかった気がする……。

 

「黒咲ちゃ~ん」

 

「どしたの非道さん?」

 

「黒咲ちゃんには悪いけど、練習試合の日はちょ~っと別件の用事をお願いしても良いかな~?」

 

洛山と白糸台の歴史について説明を受けていると、非道さんがメアちゃんに何か頼み事をしていた。

 

「用事って?」

 

「まぁいつものお掃除だね~。ちゃんと報酬は弾むから~」

 

「……成程ね。白糸台との試合ではわたしがいない方が良いって事で良いのかな?」

 

「話が早くて助かるよ~。去年度までなら黒咲ちゃんが一緒でも良かったんだけど、今年は黒咲ちゃんの存在を伏せた方が良いと思ってね~」

 

「了解。まぁ白糸台との試合には出た事なかったけど、わたしを見せない方が良いって事でしょ?」

 

「そうなるかな~。聞いたところによると、今年の白糸台には厄介な子が入ってきたみたいだからね~。もしも黒咲ちゃんの正体を知られたら、面倒な事になりそうな予感がしたのだよ~」

 

メアちゃんの正体……?どういう事なんだろう?

 

「あ、あの……」

 

「まぁそういう事だから。次の試合の日はわたしいないけど、頑張ってね和奈ちゃん!」

 

「う、うん……?」

 

はぐらかされちゃった……。メアちゃんについて何か知れたら良いのにな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして白糸台との練習試合当日。白糸台の野球部がこっちに来てくれる事になっているみたいだけど……。

 

(うう。メアちゃんがいなくて、寂しいよ……)

 

メアちゃんがいない=1年生が私しかいないって事だから、気まずいのと心細いのとで居心地が悪いよ……。

 

「来たな……。我が宿敵の神童よ!」

 

「相変わらず熱い奴だ。まぁウチはいつもの調整のつもりだが、そっちには関係ないのだろう?」

 

「無論!如何なる相手でも私達は全力で挑む!」

 

今大豪月さんと話してる人が大豪月さんのライバルの神童さん……。大豪月さんが熱血漢なら神童さんはクールって感じで、反対の性格をしてるのに仲良さそう……。

 

「お久し振りです。和奈さん」

 

「えっ?み、瑞希ちゃん……?」

 

白糸台野球部の中に私の幼馴染の二宮瑞希ちゃんがいた。ま、まさかこんなところで会えるなんて……!

 

「瑞希ちゃぁぁぁん!」

 

この過酷な環境で頑張ってきた甲斐があったよ!メアちゃんがいなくて寂しかったけど、対戦相手とはいえ瑞希ちゃんがいてくれると寂しさがどこかに行っちゃうよ!

 

「……少し見ない間に和奈さんも色々と変わりましたね」

 

瑞希ちゃんが何か言ってるけど、私はこの再会が嬉しくて他の事が頭に入ってなかった。だって嬉しいんだもん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和奈ちゃん嬉しそう……」

 

(しかしこの二宮瑞希……だっけ。この子を見てると確かにわたしは別行動で良かったって思ったよ。この子と鉢合わせすると面倒な事になってたかも)

 

「眼は素敵なんだけどね。でも万が一わたしの事がバレちゃったら、この二宮瑞希ちゃんを『こちら側』に引き込むのもアリなのかなぁ?」



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番外編 清本和奈の洛山生活⑧

今日は名門高校の白糸台と練習試合。白糸台の人達とは因縁があるらしい洛山高校にとって、この試合は練習試合とはいえいつも以上に燃えている事がわかる。

 

そんな先輩達に萎縮してた私だったんだけど……。

 

「和奈さん?そろそろ離れませんか?」

 

「も、もう少しだけ……」

 

白糸台に瑞希ちゃんがいると知って、私は一気に安心感が押し寄せてきた。だって瑞希ちゃんは幼稚園からの幼馴染だし、今日の試合にはメアちゃんも来てないしで入学前に戻った気分なんだもん。だから例え敵同士でも瑞希ちゃんの側にいたいというか……。

 

「もうすぐ試合が始まるから、清本ちゃんはこっちね~」

 

「あっ……」

 

「そんなこの世の終わりみたいな顔をしなくても、試合終わりにいくらでもイチャイチャして良いんだよ~?」

 

「イチャイチャ……」

 

別にそんなつもりはなかったけど、端から見ればそう見えたんだね……。

 

「……そうですね」

 

「和奈さん。積もる話もあるでしょうが、それは試合終わりにゆっくりと話しましょう」

 

「う、うん!」

 

瑞希ちゃんにとっては私との会話によって洛山の情報を得られるチャンスだと思ってるかも知れない……。でも、それでも、私は瑞希ちゃんとお話がしたい。その気持ちを汲み取ってか非道さんもそう言ってくれてるみたいだし、今は我慢が必要だよね……!

 

「それじゃあ試合前のアップに行こっか~」

 

「はい!」

 

名門高校なのに加えて、瑞希ちゃんもいる……。白糸台にとっては戦力をより磐石にしたってところなのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『プレイボール!!』

 

試合開始。向こうのオーダーには9番捕手で瑞希ちゃんがいる……。それに対して私達は大豪月さんも非道さんもベンチスタート。私は4番ファーストでの出場となってるよ。そして私達は先攻。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

は、速い……。球速は大豪月さんにも負けてないかも。

 

「ほう?中々速いな」

 

「今投げてる新井ちゃんは3月まではかなりのノーコンだったみたいですけど、制球が格段に良くなった事で更に速く感じますね~」

 

制球が良くなったのは恐らくマスクを被ってる瑞希ちゃんの影響だと思う。瑞希ちゃんは朱里ちゃんと組んでる事が多かったから余り目立たなかったけど、投手を成長させる捕手としてはかなり優秀なんだよね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

あっ。三振しちゃってる……。

 

「清本ちゃんは打てそう~?」

 

「ど、どうでしょう……。捕手が瑞希ちゃんなのも相まって、確証はないです……」

 

「成程ね~」

 

瑞希ちゃんは私の事を知り尽くしてる……。でも高校に入ってからの私は知らない筈だから、その部分を利用すればどうにかなる……よね?



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番外編 清本和奈の洛山生活⑨

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

初回は三者三振……。見たところストレートしか投げていないけど、あの球速と制球力なら全国でも通用しそう。

 

「ストレートだけで我が洛山の打線を抑えるとは大したものだ」

 

「あの捕手の功績が大きいみたいですね~。同じ捕手として新井ちゃんのようなじゃじゃ馬を抑え込むリードは参考になりますよ~」

 

瑞希ちゃんのリードに逆らう投手って後々に痛い目を見るから、それが怖いって理由でリードに従ってる投手も多いんだよね。それでも得られるリターンが大きいから、最終的に瑞希ちゃんのリード通りに投げる事になるんだけど……。

 

「初回は抑え込まれたようだが、まだまだこれからだ!反撃に備えて力を蓄えておけ!」

 

『おおっ!!』

 

(切り替えて守ろうって訳じゃないのが、洛山野球部だよね。この試合は何点取られるのかな……)

 

打たれたら打ち返せが洛山野球部のモットーかぁ……。嫌いじゃないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新井のリードお疲れ」

 

「まだ試合は始まったばかりなので、その言葉は早いのでは?」

 

「まぁ一応な。それよりも洛山の守備をよく見ておけよ?」

 

「試合前に洛山のデータを調べましたが、その時と変わっていませんよね?」

 

「そうだな。おまえが調べた通りだ。それは変わらないし、現状は変わる気すらないだろう」

 

「だから見ておけ……ですか」

 

 

カンッ!

 

 

「今のゴロもイージーなショートゴロだが……」

 

 

ポロッ!

 

 

「このように打球を捕り損ねる」

 

「ここまで来ると、最早狙っているのを疑うレベルですね」

 

「大豪月曰く守備練では構えしかやっていないみたいだからな。本当にやる気のある奴はその後に自主練だ」

 

「そしてそこまで取り組んで守備練習をやっている人間は少数……ですか」

 

「それこそ大豪月が時々口にするVIP選手とやらだけだろう」

 

「VIP……」

 

「さて……。この分だと打者一巡の可能性がある。二宮も準備しておけよ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

よ、ようやく1回裏が終わった……。この回だけで4つもエラーが出ちゃったよ……。

 

「あ、あの……」

 

「ん~?清本ちゃんどしたの~?」

 

「本当にこのままで良いんですかね……?」

 

「……まぁこの夏まではこのままだろうね~」

 

「な、夏まで……」

 

「夏が終われば私は引退する……。その後は非道がこの野球部を改革するだろうから、このザルを通り越して猿な守備も少しずつ改善される。それでも結局は連中次第だがな」

 

大豪月さんの方針で今の野球部になったみたいだけど、決して守備は二の次……って訳じゃないみたい。

 

(それなら私も夏までは打つ事に専念しようかな……)

 

もちろん守備練習はやるけどね!

 

「それよりも清本ちゃんの準備は良い~?」

 

2回表。打順は私から……!

 

「……はい。大丈夫です!」

 

「それなら結構……。殺ってこい!」

 

「はいっ!」

 

思わず返事しちゃったけど、ホームランを打ちにいくだけだよ……?



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番外編 清本和奈の洛山生活⑩

2回表。この回は私の打順からなので、右打席に立つ。

 

「よ、よろしくね瑞希ちゃん」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

(とはいえ和奈さんの打席の勝敗は既に決まっていますがね……)

 

どこか遠い目をしていた瑞希ちゃんが気になるけど、とりあえず打席に集中しなきゃ……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

球速そのものは大豪月さん程じゃない。でも球の回転数が高くて、尚且つ螺旋回転をしているからかなり速く見える……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「新井ちゃんはジャイロボーラーみたいですね~」

 

「しかもハイスピンジャイロというやつだろう。鋭い螺旋回転にその回転数もかなり高い……。体感速度では私のストレートをも上回りだろう」

 

「でも問題ないですよね~?」

 

「うむ。清本は打つからな」

 

あっという間にツーナッシング。3球勝負を決めてくるか、外して様子を見るのかどっちなんだろう……?

 

(もしも3球勝負を決めに来るなら、その球を打つ……!)

 

「…………」

 

(どのコースを想定しても、ストライクゾーンは全て和奈さんの範囲内ですね。新井さんに変化球があれば、少なくともこの場はやり過ごせていたでしょう)

 

投げてこない……。サインのやり取りで迷ってるのかな?それとも瑞希ちゃんがどのように攻めてくるから考えてるのかな?

 

(……腹を括るしかありませんね。ここでお願いします)

 

(……了解)

 

3球目。コースは外角低め。これは……ストライクゾーンだね。

 

(それなら打つ……!)

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

(まぁこれは仕方ありませんね)

 

私が放った打球はグングンと伸びていき、場外まで飛んだホームランになった。

 

「ナイバッチ~」

 

「ご苦労清本」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

大豪月さんと非道さんを始める洛山野球部の先輩達が迎えてくれた。私も……ようやくこの野球部の一員になれた気がするよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

その後の打者は三者三振……。やっぱり簡単にはいかないんだね。

 

「まだ試合は始まったばかりだ。新井に関しては甘く入った球を叩いていけ!」

 

「打てそうな子は打ちに行っても良いけど、そうじゃない子は後半で反撃だね~」

 

私はどんどん積極的に行こうかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ……!」

 

「新井が荒れているのは、清本……おまえの元チームメイトに打たれたからか?」

 

「そうですね。それに加えて和奈さんを甘く見ていた部分が見受けられます」

 

「その結果があの場外弾か……」

 

「うっ……!」

 

「それでどうだ?新井は清本に通用しそうか?」

 

「ハッキリ言って厳しいですね。新井さんのストレートは確かに一級品ですが、ストライクゾーンを攻めれば和奈さんの餌食です」

 

「……だそうだ。清本の打席では二宮のリードに100%従うように」

 

「はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イニングは6回表まで進んだ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活⑪

イニングは6回表。新井さんのストレートに始めは苦戦していた先輩達だったけど、上位陣を中心に打ち始めて得点まで繋がった。まぁその分こっちも(主に味方のエラーで)点を取られてるんだけど……。

 

「この回は清本ちゃんからだね~」

 

「は、はい!」

 

前の打席は荒れ気味の球がボールゾーンに投げられて歩かされちゃったから、この打席では打ちたいな……。

 

(ランナーは一塁・三塁、点差は3点、私がホームランを打てば同点……!)

 

「…………」

 

(和奈さんは打つつもりのようですね。こういった打ち気の打者は裏を掻いたり、その逆を突けば良いのですが……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(その投手が変化球を不要と主張する新井さんなので、ほぼ手遅れでしょう。1度どこかで痛い目を見た方が彼女の為かも知れませんね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

また歩かされるかなって思ったけど、どうやら勝負みたい。それならコースに狙いを定めて打つよ……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「清本の奴、打ちますかね?」

 

誰かが言った。私が本当に新井さんから打てるのかどうかを……。

 

「心配はいらん。新井が清本との勝負を避けぬ限り、清本からは逃げられぬ!」

 

「まぁ清本ちゃんと新井ちゃんの優劣は1打席目でハッキリしてるからね~。新井ちゃんが自分を見直さない限りは覆らないよ~」

 

新井さんは本当に凄い投手だよ。ずっとずっとストレートだけを信じて投げ抜いて、ここまで来てるんだから……!

 

(そんな相手には全力で打ちに行くのが礼儀だよね……!)

 

 

 

ズズズズ……!

 

 

(くっ……!なんだよこの圧は!?)

 

(和奈さんの威圧感……。洛山高校に入って更にとてつもなくなりましたね)

 

(……でも関係ない。私は目の前の打者に向かって思い切り投げるだけだ!)

 

(それでこそ新井さん……でしょうね。痛い目を見る機会はまたとなりそうです)

 

4球目。全力で投げられるストレートを……!

 

(打つ!)

 

 

カキーン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合結果は引き分け。あれからエラーがなくて良かったよ。まぁ通算で13個のエラーが出ちゃってるんだけど……。

 

「練習試合では引き分け止まりか……。神童、公式戦でこの借りは返すぞ!」

 

「私もおまえも出てなかったけどな……。まぁその機会があればな」

 

「何を言う!どうせ全国の準決勝で当たる運命だ……。変えられぬし、抗えぬ!」

 

「どうかな……?私と二宮は4月に面白い高校を見た。恐らくその高校が私達に牙を向くだろう」

 

「それはそれで楽しみだ!どのみち我々洛山は全力だ!!」

 

な、なんだか色々と気になる会話だったけど、とりあえず練習試合は終了だよ!瑞希ちゃんとは今夜チャットで色々と話すんだ……!



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番外編 清本和奈の洛山生活⑫

白糸台との試合の翌日。GWという事も兼ねて私達洛山高校野球部は合宿に行く事になったよ。

 

「あの、合宿ってどこに行くんですか……?」

 

「まぁその辺りの説明はもうすぐ大豪月さんがしてくれるよ~」

 

……って非道さんが言ってたから、説明を待つ事に。気になる事が多過ぎるよ……。

 

「諸君、本日から我々洛山高校野球部の合宿を行う!我が校の合宿は軟弱者が簡単に脱落する程にハードなものになる……。それを心して臨め!」

 

『はいっ!!』

 

ハードな合宿かぁ……。どんなのが待ってるのかな?

 

「それでは港まで走れぃっ!」

 

『はいっ!!』

 

み、皆ダッシュし始めた……。もう合宿は始まってるって事?

 

「行こ?和奈ちゃん」

 

「う、うん……」

 

メアちゃんも着いてるし、怖くはないんだけど……。

 

(何かしら不安を感じちゃうのは気のせい……だよね?)

 

とりあえず港まで走らなきゃ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走って20分くらい。港には一隻の船が停まってる。

 

「あの船が我々を合宿場所まで導く!いないとは思うが、怖じ気付いた者は船に乗るな!」

 

「まぁここで怖じ気付く時点でウチには相応しくないかな~?」

 

まずは大豪月さんと非道さんが乗船。私も続かなきゃ!

 

「な、なんかギシギシって音が……」

 

「慣れればどうって事ないよ」

 

メアちゃんの方はあの船に慣れてるのか、軽やかなステップで乗船していった。それを追い掛けるように私も船へ……。

 

「非道、全員いるか?」

 

「欠員0ですね~。一応1~3年の全員が乗ってます~」

 

「ウム、ご苦労。……諸君が行う合宿は相当にキツく、早く殺してくれと思わず言ってしまう事になるかも知れん。だが洛山高校野球部に不可能はない!」

 

物騒過ぎるよ……。本当にどんな合宿なの?

 

「それに無事に終わると、著しい成長が見られるかもよ~?」

 

キツい合宿なりに得るものはあるみたい。私も何かしらを得ないと……!

 

「到着まで約3時間……。その間にコンディションを整えておけ!」

 

『はいっ!!』

 

3時間かぁ……。暇を潰せるものが特にないんだよね。メアちゃんは持ってきたであろうお菓子を食べ始めてるし、こんなに気が抜けてても良いのかな……?

 

「和奈ちゃんもお菓子食べる?」

 

「あ、ありがと……。ねぇメアちゃん。私達がこれからどこに行くの?この船はどこに向かってるの?」

 

「和奈ちゃんは初見だからなぁ……。ただ言えるのは、和奈ちゃんにとってはきっとプラスになる筈だよ」

 

メアちゃんは笑顔でそう言った。私の成長に繋がるなら、この合宿を受ける意味は充分に出て来るよね。

 

(瑞希ちゃんや朱里ちゃん達に負けないように頑張らなきゃ……!)

 

『!?』

 

(相変わらず和奈ちゃんは素敵な圧を出すなぁ。ほとんどの人が和奈ちゃんの圧に萎縮しちゃってるよ。合宿が終われば、もっと手の付けられない成長をしちゃうんだろうなぁ……)

 

とにかく合宿頑張ろう!



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番外編 清本和奈の洛山生活⑬

「和奈ちゃん起きて?そろそろ着くよ?」

 

「う、うーん……」

 

いつの間にか寝ちゃってた……。暇を潰す物がなかったから、そのまま横になったんだっけ。

 

「……大豪月さんと非道さんがいない?」

 

「ん?ああ。あの2人は途中からこの船を降りたよ」

 

えっ?お、降りたの……?

 

「まぁいつもの事だよね。だからこの船の中ではわたしが指揮取ってるの」

 

「そ、そうなんだ。も、もしかして先に帰っちゃったとか……?」

 

「あの2人がそういう事するように見える?」

 

「み、見えない……」

 

「でしょ?つまりそういう事だよ」

 

メアちゃんが笑顔でそう言ってくる。だから私が最初に思い浮かべた光景の通りにしてるんだろうな……。

 

「それよりもそろそろ降りる準備した方が良いよ。他の人達はもう準備を終わらせてるし」

 

「うん……」

 

寝起きで頭が回らないけど、とにかく準備しなきゃ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地に到着して船を降りると、そこには……。

 

「む、無人島……?」

 

まるで山奥に来たかのような森林に囲まれた島だった。無人島に見えるけど……。

 

「わたし以外の1年生は初めて来る場所だから、戸惑うよね。ここは獄楽島……年3回くらいの頻度で洛山が合宿に使う島だよ」

 

「ま、毎年ここに来るの?しかも3回って……」

 

「過酷な練習や環境にある程度慣れてもらう為だって大豪月さんは言ってたけどね。そして選ばれた人には更に過酷な練習が待ってる……。和奈ちゃんがその1人になれるか見物だね!」

 

メアちゃんって私と同い年の筈なのに、ここに数回は来ているような口振りだよね。そんな頻繁に来れそうなところじゃないと思うんだけど……。メアちゃんの謎が増える一方だよ。

 

「それよりも大豪月さんと非道さんは……?」

 

「あそこだよ。ほら……」

 

メアちゃんが指す方向に大豪月さんと非道さんが。誰かと話してる……?

 

「今年も部員全員で来たのか?」

 

「無論だ。我々は常に猛者でなければならんからな!」

 

「その割にはベスト4止まりですけどね~」

 

「全く……。身体付き岳は一丁前になっていくんだからな。この島に来るくらいならもっと全国優勝くらいはしてほしいものだ」

 

「フン!それは我が宿敵が圧倒的な力を持っているからだ。力だけなら互角以上に戦えるが、総合守備に圧倒的に差がある……。こればかりは本人達の意志だ!」

 

「はぁ……」

 

「まぁまぁ~。今年も黒獅子重工に何人か送り込みますので、それで1つ~」

 

「非道が抜擢する選手に間違いはない……。野球チームの主力にはならずとも、貴重な労働力確保に繋がるからな。その辺では貴様達のコネクションを信頼している。早く貴様達も黒獅子重工へ来る事だな」

 

「残念ながら私も非道も大学に行く事になっている……。少なくともあと4年は先の話になるぞ」

 

「ですね~」

 

な、なんか大豪月さんのような雄々しい雰囲気を感じるし、非道さんみたいな眼帯も着けてる……。只者じゃない人打なぁ……。

 

「……来たようだな。他の客人達が」

 

「ム?そのようだな」

 

「皆~。こっちこっち~」

 

3人が手招きして私達は集まる事に……。合宿が今から始まろうとしてるんだね。



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番外編 清本和奈の洛山生活⑭

先に獄楽島に着いていた大豪月さんと非道さんと合流し、さっきまで2人と話していた人が私達の前に出て喋り始める。

 

「洛山高校の諸君、獄楽島へようこそ!一部を除いた1学年の連中と私は初見なので、軽く紹介しておく」

 

大豪月さんや非道さんのような独特な雰囲気と圧を感じるんだよね。見たところ20代くらいの女性に見えるけど……。

 

「私が貴様達に名乗る名前等ない。とりあえず私の事は社長と呼べ!」

 

なんで社長?何の社長?なんか謎が増えていく一方だよ……。

 

「とりあえず貴様達はあれに着替えて、また海の前に集合だ」

 

そう言って社長が指差した先には……水着?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、着替えたけど……。

 

「水着を着るのなんて学校の授業以来だから、なんか新鮮な気持ちかも……」

 

「今着てる水着はこの合宿でずっと使う事になるから、持って帰っても良いんだって」

 

メアちゃんはそう言ってたけど、本来は合宿の時に必要な荷物に含めておくべきじゃないかな……?

 

「着替えたようだな。では全員船に乗れ!少し行ったところに最初の練習メニューを行う」

 

船に乗って行くみたい。何があるんだろう……?ちなみに大豪月さんと非道さんはその場所まで泳いでた。

 

……で、着いたのが。

 

「ロ、ロープがぶら下がってる……?」

 

「まずはこのぶら下がっているロープに登ってもらう」

 

ロープを登るのって大変そう……。でもやらなきゃだよね?

 

「行こ?和奈ちゃん!」

 

「うん!」

 

(隣にはメアちゃんもいるし、私は1人じゃないんだ……!)

 

部員の皆はスルスルと登っていく。先輩達は既にこれをやった事があるから、手慣れてるなぁ……。でも私と同じ1年生はメアちゃん以外は手間取りながらも、最終的には登り切る。私もちょっとぎこちなかったけど、なんとか登れたよ……。

 

「ふむ……。熱血漢が多い連中なだけに、これくらいなら問題なさそうだな」

 

(あれ?何か違和感があるような……)

 

非道さんが言ってた。ここで行われる合宿は人としての尊厳ギリギリの練習が行われるって……。だとしたらもしかしてここからが本番……?

 

「……ではここからが練習メニューその1だ。両腕でぶら下がり、その体勢で耐え抜くもの……通称鯉のぼりだ。30分間ぶら下がった状態でいてもらうぞ」

 

私達がロープにぶら下がってる状態を宛ら鯉のぼりと名付けられた練習方法。ぶら下がるだけなら一見楽そうに見える。でも……。

 

「ぐっ……!?」

 

時間が経つにつれ1人、また1人の腕が震え始めた。これは相当な筋トレになりそうだよ……。

 

「~~♪」

 

メアちゃんは余裕そうに鼻歌を歌ってた。メアちゃんも何度もやってるって話だし、慣れてるんだろうなぁ……。

 

こうして30分の間、私達はロープにぶら下がり続けた……。



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番外編 清本和奈の洛山生活⑮

「そこまでっ!!」

 

社長の号令が鳴り響き、最初の練習が終わった。め、滅茶苦茶キツかったよ……。

 

(でもなんだか強くなった気がする……。この練習は本物なんだね)

 

「この縄登りからの鯉のぼりを合宿の最終日以外毎日やってもらう。覚えておけ!」

 

えっ?これを毎日やるの……!?

 

「さぁ。次の練習に行くぞ。モタモタするな愚か者共!!」

 

ひえっ!?や、やっぱりこの人怖いよ……。

 

「着いて来い皆の衆!私に続けっ!!」

 

「早く行きましょ~」

 

先頭を走るのは大豪月さんと非道さん。やっぱりこの2人なくして洛山野球部は成り立たないよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも常軌を逸した練習の繰り返し。さっきやった鯉のぼりといい、非道さんとメアちゃんが言ってた地獄の合宿の意味がようやくわかったよ……。

 

「そこまでっ!!」

 

今やってたのが本日最後の練習メニュー。うさぎ跳びで複数の丸太を運ぶのなんて人生でやる事ないから、身体のあちこちが悲鳴をあげてるよ……。

 

「今日の練習はここまでだ。ここからは食事、入浴、睡眠……。よく食べて、よく休むのも練習だ!」

 

ここに来て普通の事を言い始めた……。やっぱり社長も時代錯誤を気にしてたりするのかな?

 

「これぞ社長の飴と鞭ぞ!」

 

「徹底してますよね~」

 

「聞こえてるぞそこの愚か者共!!」

 

大豪月さんと非道さんはなんか社長に飼い慣らされていそうだよね……。

 

「それぞれ食事、入浴、就寝を早急に行うと良い。朝は4時起床だからな!」

 

よ、4時起床!?なんだかおじいちゃんおばあちゃんみたいな起床時間みたい……。

 

(今が20時30分だから、食べてお風呂入ってで大体22時くらいに寝る事になるのかな?)

 

そう考えると睡眠時間は6時間くらいかな。それだけ寝れたら、ある程度は疲れが取れそうだよ……。

 

「まずは食事だ。全ての食材に感謝を忘れずに、食べるのだ!」

 

『いただきます!!』

 

白米に味噌汁、焼き魚……。今は私達だけだからまだ足りているけど、もしもこの先他の高校と一緒にこの合宿を行うとしたらこれだけじゃ絶対にお腹空いちゃうよね……?

 

「社長、食べ盛りの連中が沢山いる……。私達はこの地にてこの先に合同合宿を行う事も視野に入れている」

 

「フン。このような時代錯誤な練習を受け入れる変わり者共がいるとはな。まぁ手は打ってある。人員確保は秋頃になるだろう。それまでは貴様達以外の利用者は増やさない事だな!」

 

大豪月さんも私と似たような事を考えてたみたいで、食事の量を気にしてた。それにしても人員確保って……。この島に来るのって結構大変な気がするよ?

 

「秋の人員補充も完了してるから、その子達の為にも食事改善くらいはしておきたいですね~」

 

ふと非道さんが気になる事を言った。秋に人員補充……?秋に新入部員が入ってくるって事?ますます洛山高校の謎が増えていくよ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活⑯

就寝時間。練習の疲れもあってか、皆が寝静まっている。いびきがうるさいけど、これくらいなら問題なく寝れそうかな……。

 

「起きろ」

 

誰かが私を起こす声がした。もう朝の4時なの……?

 

「ん……んん……。えっ?社長……?」

 

「起きたようだな。それでは私に着いて来い」

 

社長に呼び出されて、私は海辺まで来たんだけど……。

 

「こ、こんな夜更けになんでしょうか……?」

 

「貴様の事は大豪月と非道からよく聞いている……。その小柄でスラッガー級の活躍を見せているそうだな?」

 

社長に私の事を話してたんだ。3人の関係性が気になる……。

 

「1つ貴様に訊く。貴様は更なる力がほしいか?」

 

社長は突然そんな事を訊いてきた。

 

(私はどうして力を付けていったんだろう……?始めは瑞希ちゃんや朱里ちゃん達の力になりたいって思って、嶋田さんに色々と訊いて、私なりに実践して……)

 

それでスラッガーと呼ばれるまでの力を身に付けた。辛い事も多々あったけど、私は今の私を気に入っている。力を付ける事に限界なんてない……そう思う。だから……!

 

「……力がほしいです。スラッガーと呼ばれて、打強の洛山で4番まで登り詰めましたけど、まだ足りません。もっともっと力を付けなくちゃ……!」

 

「フン。貴様の覚悟は伝わった。ならば貴様に新たなスイングを伝授しよう」

 

そう言って社長は近くに落ちている大きな竹を拾い上げた。

 

「こいつが貴様に更なる力を与える……。振ってみろ」

 

ふ、振ってみろって……。これで素振りするの!?

 

(お、重っ……!?本当にこんなの振れるの!?)

 

竹の重さに負けずに素振りを試みるけど、振り切る直前で倒れてしまった。

 

「わっ!?」

 

(ほう?流石のパワーだ。清本和奈か……。コイツならば覇竹のスイングをこの合宿中に得られるだろう)

 

「……手本を見せてやる。よく見ておけ!」

 

社長は私から竹を取って、素振りを始める。

 

 

ブンッ!!

 

 

(す、凄い……!)

 

その一言しか出なかった。それくらいに社長のスイングは鋭く、早く、勢いがあった……。

 

「……この竹を振り、竹の葉を全て振り落としたその時、貴様の打撃力は更なる成長を迎えるだろう」

 

この竹に生えてる葉を全て振り落とす……。

 

「や、やってみます!」

 

「気合いは結構。寝る間も惜しんで素振りに励め!」

 

「は、はいっ!」

 

更なる力を身に付ける為に、絶対にこの竹を振り切ってみせるよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和奈ちゃん、頑張ってるなぁ……」

 

「勤勉なのは清本ちゃんの美学だからね~」

 

「非道さんもあの大きな竹を振った事があるの?」

 

「似たような練習ならしたね~。それよりも黒咲ちゃんに仕事が来てるよ~」

 

「こんな夜中にか……」

 

「深夜手当生えてるちゃんとあるから、仕事に励んでね~」

 

「了解。まぁ和奈ちゃんも頑張ってるし、わたしはわたしで頑張らなきゃね」

 

「いってらっしゃ~い」



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番外編 清本和奈の洛山生活⑰

「起きろ愚か者共!!」

 

社長の怒号が鳴り響く。メアちゃん曰くこれは朝4時……今の私達の起床時間を示したものだ。

 

「ね、眠い……」

 

「この合宿で慣れてね~」

 

夜型の黛さんはとても眠そうにしていた。もしかしてこの時間に寝ようとしてたのかな……?

 

「おはよう和奈ちゃん」

 

「メアちゃん……。おはよう」

 

私も黛さん程じゃないけど眠い……。1時間前まで大竹で素振りをしてたし、普段の寝付きもそんなに良くないから、余計に眠く感じるよ……。

 

「特別メニューを任されてるって事は、それだけ和奈ちゃんが期待されてるって事だよ。和奈ちゃんはきっと洛山にとってなくてはならない存在になる……。わたしはそう思ってるからね?」

 

「う、うん……」

 

メアちゃんからも期待されてるし、なんとかあの大竹に付いてる葉っぱを全部振り切って落とさなきゃ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは次のメニューを行う!」

 

私達の周りには大量の丸太が並べられていた。もしかしてこれをどこかに運ぶのかな……?

 

「この先に獄楽島が所有する野球場がある……。今からその野球場までここにある丸太を運んでもらうぞ!」

 

結構量がある……。それにかなり大きい丸太だから、運ぶのに一苦労しそうだね。

 

「そして運び方だが……貴様達、今から四つん這いになれ」

 

『へっ……?』

 

私を含めたメアちゃん以外の1年生が呆気に取られた声を出す。よ、四つん這い……?

 

「こ、これでどうするんですか?」

 

1年生が全員四つん這いになったところで、誰かが社長に説明を求めた。

 

(丸太を運ぶ、今の四つん這いの体勢……)

 

ま、まさかこの状態で丸太を運ぶの!?

 

「じっとしていろ。今からロープでまとめられたこの丸太を貴様達に括り付けるからな……!」

 

「えっ!?」

 

そうして出来上がったのが、今の私達。四つん這いの状態で、ロープに括られた丸太を運ぶように、私達もロープで縛られてる……。コンプライアンス的にギリギリアウトな気がするよ?

 

「四つん這いの状態で大量の丸太をあの坂道の向こうにある野球場まで輓馬のって如く運ぶ……名付けて『人間輓馬』だ!始めろっ!!」

 

社長の号令と同時に動き出す。今までにない練習だから、私を含めた1年生は戸惑いを隠し切れないよ……。

 

「先に行かせてもらうぞっ!!」

 

「お先に~」

 

「早く終わらせよっと」

 

そんな中で先導して行くのが大豪月さん、非道さん、メアちゃんの3人。この3人はまるで普通に四つん這いで進んでいるかのようにスルスルと進んでいく。

 

「んしょ。んしょ……」

 

そのやや後ろで黛さん達2年生が進む。

 

(こ、これは私も負けられない……!)

 

そう思った私はいつの間にかスピードを出して、ドンドンと進んだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……!はぁっ……!」

 

目的の野球場へと到着。順番としては真ん中よりも少し早かったみたい。まだ1日が始まったばかりなのにもうくたくただよ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活⑱

野球場に到着。でも多くの部員……特に初めてこのまま合宿に参加した1年生は満身創痍だよ……。

 

「和奈ちゃん生きてる?」

 

「な、なんとか……」

 

大豪月さんや非道さんが逞しく思えるのは、この獄楽島での修練を幾度も乗り越えたからなんだね……。

 

「メアちゃんは元気そうだね……」

 

「まぁわたしはある程度特別だからね。でも今からは野球の練習が出来るよ?」

 

「ほ、本当に……?」

 

これまでの修練から懐疑的だったけど、この野球場を見るとその疑念も払われる……。結構本格的な野球場だもんね。ここで練習や試合をしたりするのかな……?

 

「では体力がある程度回復しただろうから、早速練習を始めろっ!!」

 

社長が自主トレの合図出してる。行かなくちゃ……!

 

「行くぞ非道!」

 

「了解で~す」

 

先陣を切って動いたのは大豪月さんと非道さん。この2人はバッテリー練習をするのかな……?

 

「んしょ……。んしょ……!」

 

次に立ち上がったのは黛さん。黛さんは投げ込みかな?体力に余裕もありそう……。

 

(私も……負けてられないよ!)

 

「わっ!?和奈ちゃんも行くの?」

 

「うん。もう十分休憩出来たからね」

 

「そっか……」

 

特別練習メニューとはまた別に、私は私の練習をしなきゃ……!

 

「わたしも手伝うよ。1人よりも2人だよ和奈ちゃん!」

 

「ありがとうメアちゃん!」

 

メアちゃんが練習を手伝ってくれるみたいだし、守備練習も良いかも。素振りはあの大竹を振る事になるから他の練習で良いし、洛山の守備力は……ちょっとお粗末が過ぎると思うから、私がその助けになれたら良いな。

 

(清本ちゃんの事、頼んだよ~?)

 

(りょーかい。報酬とは別に、和奈ちゃん見てて飽きないしね」

 

なんか非道さんとメアちゃんが目配せしてたけど、なんだったんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今日の練習が終わり、皆が寝静まっている頃……。

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

「まだ半分もいかない……。もっともっと素早く、力強く……!」

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

「ふわぁ……。大豪月さんや非道さんもやってた事だけど、よくこんな夜中にやるよね」

 

隣には欠伸を噛み締めているメアちゃん。大豪月さんと非道さんもこれをやってたんだ……。

 

「メアちゃん、眠いなら寝てても良いんだよ?」

 

「和奈ちゃんじゃなかったら、わたしは気にせず寝てたよ。でも和奈ちゃんだからね。和奈ちゃんの行く末を見てたいんだよ。これは純粋なわたしの興味だよ」

 

「メアちゃん……」

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

(付き合ってくれてるメアちゃんの為にも、この素振りを完遂させなきゃ……!)

 

これからも野球をやっていくには、きっとこの素振りが役に立つと思う。更なる力を求めて、今の立場よりも大きく成長するんだ……!



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番外編 清本和奈の洛山生活⑲

合宿3日目。この日も朝4時に起きてロープを登ってからの鯉のぼり、人間輓馬を繰り返し、それに加えて今日は……。

 

「今日は新しい修練を与える!」

 

そう言っている社長の横には大きな滝が激しく流れていた。

 

「今から貴様達がやるのは単純明快……。この滝を登ってもらうぞ!」

 

「た、滝を!?」

 

「左様。この滝は岩肌が露出しており、それを利用してロッククライミングの要領で登るのだ!」

 

い、一応明確な攻略方法はあるんだね。ロッククライミングなんて人生でやった事がないけど、やらなきゃだよね?こんな形でやる事になるとは思わなかったけど……。

 

「始めろっ!!」

 

「フハハハハ!この程度、軽い軽い!」

 

「お先に~」

 

社長の開始合図と同時に登り始めたのは大豪月さんと非道さん。やっぱりこの2人は洛山の中でも群を抜いているよね。

 

(私も負けてられない……!)

 

荒れ狂う滝だけど、岩肌を上手く利用して……よし、なんとか登れるよ!で、でも……。

 

(み、水が冷たい……。5月の水ってこんなに冷たかったの!?)

 

冬の季節程冷たくなく、夏の季節よりかは冷たい……。この時期にこの練習をする意味ってこういう事も含まれてるのかな?

 

「やるね和奈ちゃん。わたしも……っと!」

 

下からメアちゃんが一気に這い上がる。

 

「メアちゃんはこの練習をやるのは初めてなの?」

 

「まぁね。やった事あるのは大豪月さんと非道さんくらいじゃない?」

 

成程……。だからあの2人以外は苦戦してるんだね。

 

(でもここで苦戦しているようじゃ、全国へ散り散りになったライバル達には勝てないよね……!)

 

だから私は負けない……。どんなに厳しくて理不尽な練習にも屈しない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

な、なんとか登り切れた……。途中2回くらい落ちそうになっちゃったよ。

 

(社長はこれを練習メニューに組み込むみたいだし、合宿の内に慣れとかないとね……)

 

「この後は昼休憩、そして試合を行ってもらう!」

 

し、試合!?

 

「いつもの相手か……。社長、今の我々の戦力ではどれくらいの相手が来る?」

 

「貴様達の総合力で相手取るのは4軍だろうな。だが貴様達とは良い勝負が出来る筈だ」

 

「まぁ妥当ですよね~」

 

3人の会話から察するに、メインチームの相手じゃないみたいなんだけど……?

 

「メ、メアちゃん。私達の試合相手ってどこなのかな?」

 

「ん?まぁ気になるよね。わたし達の相手は黒獅子重工ってチームなんだけど、この獄楽島を本拠地とする社会人野球チームで……」

 

「こ、この島を所有してるチームなんだ……」

 

「そしてこの洛山高校も黒獅子重工の監視下でもあるんだよ。わたしも黒獅子重工から派遣されて洛山高校に来たしね」

 

えっ……?



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番外編 清本和奈の洛山生活⑳

な、なんかメアちゃんが衝撃の発言をしてきたんだけど……。

 

「メ、メアちゃんって実は高校生じゃなかったりするの!?」

 

「年は和奈ちゃんと一緒だよ。飛び級で高卒認定をもらっただけでね。で、大豪月さんが洛山に入るとのと同時にわたしも洛山に派遣された訳」

 

「そ、そうなんだ……」

 

(まぁ大豪月さんと非道さんについてはもっと前から面識があるんだけど、これは今は言わなくても良いかな?これ以上和奈ちゃんを混乱させる必要もないし)

 

色々と衝撃的な発言が飛び交ってて、頭の中で整理し切れないよ……。今年16歳で高校は飛び級で卒業してて、大豪月さんの入学と同じタイミングで洛山に派遣されてる……。つまり少なく見積もっても、11歳自転で高校入学した事になるんだよね?も、もしかしてメアちゃんって滅茶苦茶頭が良い……?

 

「……ま今はこれから行われる練習試合に集中しよ?練習日試合ならわたしも力を貸せるしさ」

 

そういえばメアちゃんは公式戦には出られないんだっけ……。滅茶苦茶野球が上手いし、洛山の守備力の底上げにも繋がるし、出てくれると助かるのにな……。まぁ黒獅子重工からの派遣なら、仕方がない……のかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野球場へと到着。メアちゃんの衝撃的発言が頭から離れないけど、今は試合に集中しなきゃね!

 

「これから我が軍の打率を発表する!」

 

入学した時から思ってたけど、洛山高校ってなんだか軍隊っぽいよね……。

 

「1番 センター葉山!」

 

「はい!!」

 

「2番 ショート 実渕!」

 

「はぁい」

 

葉山さんと実渕さんは非道さんと同じ2年生で、壊滅的な洛山の守備の中でも比較的良心的な守備をしてくれる。2人共優しく接してくれたんだよね。

 

「3番 セカンド 黒咲!」

 

「おっ?わたしだ。今回は頭から出場かぁ……」

 

3番にメアちゃんが出場。メアちゃんは守備も上手いし、安定したバッティングもするし、洛山の中でも1番の友達だと思ってる……というか、同級生の中でまともに話せるのがメアちゃんしかいないんだよね……。

 

「4番 ファースト 清本!」

 

「は、はいっ!」

 

折角私を4番に選んでくれてるんだし、その期待に応えたい……。

 

(あの大竹で素振りしている成果がこの試合で発揮出来たら良いな……)

 

それからもオーダーは8番まで発表された。非道さんはベンチスタートだったし、この分だと大豪月さんもベンチスタートだと思う。じゃあ誰が投げるんだろ……?

 

「最後に9番 ピッチャー 黛!」

 

「ひゃっ!?え?あ、え、え、あっ……。わ、私……ですか?」

 

先発投手は黛さん。黛さん自身は選ばれると思ってなかったようで、凄く戸惑ってる。私も野球始めた頃はこんな感じだったなぁ……。

 

「そうだ。おまえの1年間の成果をこの試合で見せてやれ!」

 

「は、はい……」

 

オーダーも全て決まり、いよいよ黒獅子重工との試合が始まるんだ……!



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番外編 清本和奈の洛山生活21

いよいよ試合開始。私達は後攻なんだけど……。

 

「ひっひっふー……。ひっひっふー……!」

 

先発投手の黛さん(先輩呼びを禁止された)がこのように緊張でガチガチになってしまってる。私もさっきまで緊張してたけど、黛さん見てたら、それが解れちゃったよ……。

 

「黛さんも大変そうだねー。まぁ4軍とはいえ黒獅子重工を相手にするんだし、緊張もわからなくはないんだけど」

 

聞いたところによると、黒獅子重工は社会人野球チーム最強の地位を数年間キープしている強豪チーム。その4軍は今の洛山のレベルに合わされた選手達の集まりみたい。

 

「今日の相手は4軍って言ってたけど、それよりも上ってどれくらいの強さなの?」

 

私はふと気になっていた事をメアちゃんに尋ねた。

 

「うーん。最近は入れ替わりが結構激しいって聞いたから、一概には言えないんだけど……。3軍は全国大会で優勝を勝ち取れるレベルだね」

 

「よ、4軍と3軍で結構な差があるんだね……」

 

「文字通り選手のレベルが違い過ぎるからね。で、2軍は社会人野球のリーグで優勝が出来るレベル。リーグに出てるのが主に2軍の選手達になるかな」

 

「えっ……?に、2軍でリーグに出場してるの!?」

 

「そうなるね。プロ野球チームとも良い勝負が出来ると思うよ?」

 

2軍でこれなら、1軍ってどれくらい強いの……?

 

「そ、それで1軍は……?」

 

「あー。1軍はねぇ……」

 

あれ?口を濁してる……?

 

「1軍に在籍してる選手達は野球の上手さとかじゃないんだよね。もちろん2軍よりかは上手いけど、野球をするだけなら実力に差はないんだよ」

 

「ど、どういう事……!?」

 

「黒獅子重工の1軍は時々行われるベーフェスや裏野球大会に参加するのが主になるね」

 

「う、裏野球大会……?」

 

ベーフェスはともかく、裏野球大会って……?

 

「裏野球大会っていうのは本当不定期に行われるの。1年に1度行われてると思ったらその1ヶ月後に開催されたり、はたまたその半年後に再び……みたいに開催時期がバラバラなんだ。前回の裏野球大会は20年くらい前だけど、それからは音沙汰がないしね」

 

「なんでそんなに開催時期がバラバラなの……?」

 

「運営組織が色々と企んでいるみたいで、その思い付きで行われてるって社長は言ってたね」

 

(まぁ裏野球大会の運営がベーフェスの運営と結託したって聞いたから、また頻繁に行われそうではあるんだけどね……)

 

よ、世の中には色んな野球大会があるんだね……。瑞希ちゃんなら知ってたのかな?

 

「おい。試合を始めるぞ?」

 

「す、すみません!」

 

「はーい」

 

色々と気になる事はあるけど、とりあえず目の前の試合だね。頑張ろう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

「サード!」

 

黛さんはマウンドに立つと、緊張していた雰囲気から切り替わってまるで別人みたい。

 

 

ポロッ。

 

 

私も早く洛山の守備力に慣れないと……。



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番外編 清本和奈の洛山生活22

試合展開は洛山のいつも通り……と言えるのか、初回で9失点。エラー絡みの点数ばかりって言うのがまた洛山っぽいよね。

 

「はぁ……。終わった終わった。洛山の試合は毎度毎度1回の守備が長いんだよね。エラーしてないのなんて、わたしと和奈ちゃんと黛さんくらいだし」

 

「あはは……」

 

1回表のエラー数は6……。今メアちゃんが言った3人以外のポジションがそれぞれ1回ずつエラーしてるんだよね。

 

「でも不思議な事に2回以降のエラーは0なんだよね?私は白糸台との練習試合で初めて知ったけど……」

 

「そうだよ。ここまで来ると、意図的にやってるんじゃないかと疑うレベルだね」

 

「そ、そう訊くと不思議な話だよね……」

 

そう……。洛山高校のエラーの数は全国の高校で1番多いけど、それは初回に集約してて、それ以降のエラーは0。毎試合初回の守備がぎこちないんだよね。それはまるで魔物に取り憑かれているかのように……。

 

「……まぁこれは洛山高校の七不思議みたいなものだし、今更気にしなくても良いや。とりあえず反撃しよ!」

 

「そ、そうだね。でも……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「黒獅子重工の先発投手、かなり良い球投げるよ?球速じゃなくて、球持ちで勝負するタイプみたいだけど……」

 

「ありゃりゃ。これは洛山の打線と相性悪そうな投手だね」

 

「ど、どういう事……?」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「白糸台の新井さんとの対決でわかったと思うけど、洛山の打線ってファスト系の投手が大好物なんだよね。変化球もファスト系の球種は得意なんだけど……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「……こんな感じで遅い球や、タイミングを外す変化球に弱いの」

 

最後に投げられたのはチェンジUP。前の球がそこそこ速めのストレートだったから、見事にタイミングをずらされちゃった……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

今度はスローカーブを3球連続……。中々タイミングが合わなさそうなスイングだったよ。バッテリーの配球も上手かったけど。

 

「それじゃ、行ってくるねー」

 

「が、頑張ってメアちゃん!」

 

ツーアウトからランナーなしでメアちゃんに回る。パワー系の洛山の中でメアちゃんは生粋のアベレージヒッターって感じがする。もちろん打つ時はホームランも打つけど、巧打タイプって感じの印象が強いよね。足も速いから、盗塁も出来るし……。

 

 

カンッ!

 

 

メアちゃんは初球から打ちに行き、その子打球は三遊間に転がるゴロなんだけど……。

 

『セーブ!』

 

結果は内野安打。あの走力は洛山一だね。

 

「和奈ちゃん、あとはお願い!」

 

「う、うん!」

 

次は私の打席だ……。頑張るぞ!



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番外編 清本和奈の洛山生活23

ツーアウトランナー一塁。次は私の打席だ。

 

(さて、見せてもらうぞ清本和奈。途中経過でどこまでのスイングを得られているのかを……!)

 

と、とりあえず好球必打で良いんだよね……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

コースは内角ギリギリだから、勝負だね。

 

(それに今くらいのコースなら打てそうだから、次同じコースなら打とう……!)

 

2球目。コースは同じだけど、ギリギリまで見極めなきゃ……!

 

(このスイングはギリギリまで球を見極めて、球種とコースを確認し、それが定まったところを……!)

 

「打つ!」

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

(ふむ。完成度は8割程か……)

 

(まだこれで完成じゃないと思う。今の時点で恐らく8割くらいかな)

 

これが完成したら多分さっきよりも速いスイングスピードを身に付けられる……。成長していくのが楽しいのが野球だよね!

 

打球はそのまま場外へと飛んで行った。とりあえず点差は縮める事に成功したよ……。

 

「和奈ちゃん。ナイバッチ!」

 

「うん……!ありがとうメアちゃん!」

 

一塁ランナーだったメアちゃんとハイタッチ。その様子を見た大豪月さんが……。

 

「情けないぞおまえ達!洛山野球部の一員なら、どんな球でも食らい付け!どんな球にも全力を注げ!!」

 

『はいっ!!』

 

「熱いねー」

 

「な、夏は程々にしてくれると助かるかも……」

 

でもこの光景が洛山高校って漢字がするし、それは無理そうかもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……試合展開は終盤まで進んだ。

 

「スコアが13対10……。ウチが3点負けてるね」

 

「あと3点が近そうで遠いよね……」

 

「まぁ今のままじゃここまでだけど……」

 

決定力が今時点でちょっと足りないから仕方ないよね。他の高校だったら、逆転は出来そうなんだけど……。

 

「……そろそろですかね~」

 

「ウム。よくやったおまえ達!ここからは私と非道も出陣する!」

 

6回裏。ベンチで相手チームを観察していた非道さんと、洛山高校の実質的な監督である大豪月さんが交代で出場するみたい。

 

「ようやく重い腰を上げたね?」

 

「黒獅子重工の4軍の実力は大体わかったからね~」

 

「で、でも非道さんがいつもやってる事が出来ないんじゃ……?」

 

「ん~?それについては心配ないよ~。今の4軍の配球は投手じゃなくて、捕手が中心だからね~」

 

「それに黒獅子重工の投手陣は一部を除いて、一通り調べてある。だから非道の仕事はなくても問題はない!」

 

非道さんは最初の打席は見逃し三振。その理由はその投手の球筋を把握するっていう瑞希ちゃんみたいなやり方を取ってるんだけど、それがなくなった今では非道さんは私なんかよりも凄い打者だ。

 

「まずは我々の前になんとしてでもランナーを溜めよ!」

 

『はいっ!!』

 

6回裏。私達洛山高校の逆転劇が始まろうとした……!



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番外編 清本和奈の洛山生活24

6回裏のこの回は6番からで……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

これまではほとんど考えなしに振っていた打線が急に見送りを多用し始めた。必死なんだ。ランナーを溜めるのに、全部大豪月さんと非道さんの為に……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

これで二者連続で四球……。チャンスの場面だ。

 

「行け非道!まずは同点だ!」

 

「了解で~す」

 

8番打者に代打として打席に立つ非道さん。ふわっとした雰囲気なのに、全く隙が感じられない……。打者として1番参考になるんだよね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(成程ね~)

 

真ん中低めのストレートを余裕持って見送っている非道さん。他の打者……私だって打ちに行くコースを堂々と見送ると、投手としては逆に不安を感じるんだよね……。

 

「あの投手は中々良い球を投げていたようだが、既に非道の術中だ……。直に決めるだろう」

 

「で、でも不思議ですよね。ほぼ真ん中のコースを堂々と見送るなんて……」

 

私は気になっていた事を大豪月さんに尋ねる。ど真ん中を見送るという点もそうだけど、普通ならど真ん中を見送ってきて安心するところを却って不安にさせているんだから……。

 

「非道はああする事で、投手の不安を煽っているのだ。威圧感を出し、敢えて見逃す事により、次の打者に集中が出来なくなる……。これこそが非道のスタイルだ」

 

 

カキーン!!

 

 

「……尤もこの試合では必要のない事だがな!」

 

低めに行ったボールを掬い上げるようなアッパースイングが完璧なタイミングで捉え、その打球は場外へと飛んで行った。

 

「す、凄い……」

 

「さて……。では私が引導を渡してやろう。黛、交代だ!」

 

「は、はい……」

 

黛さんは6イニングを投げて、被安打17の13失点。ほぼ打たせて取っていたし、初回の6つのエラーが割と大きいようにも見える。2回以降で見ると被安打6の4失点だから、そこまで悪くないようにも見えるよね……。

 

 

カキーン!!

 

 

……って話をしてる間に、大豪月さんによる勝ち越しホームラン。非道さんよりもミートはないけど、その分当てれば確実って感じが強いよね。

 

「無事に勝ち越せたし、あとはこの私が抑えてやる!」

 

「その前に取れる点は取っておきましょ~」

 

『おおっ!!』

 

2人のホームランを皮切りに、洛山の打線は止まらない。

 

 

カンッ!

 

 

1、2、3番が続けてヒットを打ち、追加で1点を取って、尚一塁・二塁のチャンス。

 

 

カキーン!!

 

 

次は私がホームラン。今度はスリーランだね。これで5点差だよ!

 

「ふっ。流石だな清本!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

この調子で大竹の葉を落とせるように頑張らなきゃ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして7回表……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

下位打線を大豪月さんの剛球によって三者三振。私との1打席勝負とは球威が全然違うや……。

 

(まだ……大豪月さんには届いていないな……)

 

いつかは絶対に打つからね!



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番外編 清本和奈の洛山生活25

それからも私達は人権侵害直前の練習を繰り返し、最終日にもなると私達は一皮剥けた……と思いたい。

 

「脱落者はそれなりにいるが、よくぞ4日間耐え切った!これから帰るまでの数時間は各々の自由にするが良い!」

 

『はいっ!!』

 

社長の発言が終わるやいなや、ほぼ全員が休む事を選んだみたい。まぁあの練習は例え慣れていようとも、キツい事には変わりないからね。でも私は……。

 

「和奈ちゃん?」

 

(私はやらなきゃ……!あと少しなんだ。朱里ちゃんや瑞希ちゃんに並び立てるようになる為にも頑張らなきゃ……!)

 

「……黒咲ちゃ~ん」

 

「……わかってますよ。和奈ちゃーん!」

 

さっきまで非道さんと話していたメアちゃんが私のところに駆け寄ってきた。

 

「わたしも和奈ちゃんの練習、見ても良い?」

 

「う、うん……」

 

なんだか毒気抜かれちゃった……。メアちゃんは暗に焦るなって言ってくれてたんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

私は帰る時間ギリギリまで大竹を振り続けた。そして……。

 

「お、終わった……」

 

「お疲れ様。和奈ちゃん」

 

空は夕焼けに染まっており、洛山へと帰る船が停船していた。ほ、本当にギリギリだったんだ……。

 

「和奈ちゃん、行こ?」

 

「うん!」

 

皆がいるところに戻ると、もう乗船を始めていた。私達も早く乗らなきゃ!

 

「……ご苦労だった」

 

「フン!私達洛山高校に掛かれば、造作もない事よ!」

 

「何人かは確実に化けましたしね~」

 

乗船前に大豪月さんと非道さんが社長と話しているのを見掛けた。どんな話をしてるんだろう……。

 

「それは何よりだ。それと洛山に1人、選手を送り込む。喜べ、1軍の選手だぞ!」

 

「そうか……。洛山に送り込むという事は高校生なのだろう?」

 

「年齢的には高校1年生だったか……。だが1軍でも主力を張れるレベルなのは間違いない。どう使うかは貴様達に任せる!」

 

「まぁ少なくとも夏は出せなさそうですね~。黒咲ちゃんと同じ枠に納めておきましょ~」

 

「それが良かろう」

 

……なんか凄い話を聞いちゃったよ。

 

「…………」

 

「メアちゃん?どうしたの?」

 

「……なんでもないよ」

 

(黒獅子重工の1軍でわたし達と同い年……って事は、『あの子達』の誰かなんだろうな。その中で洛山に送り込んでも違和感を感じさせないのはきっと……)

 

なんかメアちゃんが難しい顔をしてる。新しく来る選手を気にしてるのかな?私もその人と仲良くなれたら良いな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間の移動の末、ようやく洛山高校前に辿り着いた。船の移動時間ってどうも長く感じてしまうよね。寝てたらあっという間だったけど……。

 

「あれ……?校門前に誰かいる……?」

 

1人の言葉に校門前に注目してみると、女の子が校門前で逆立ちしてた。

 

「おっ?やっと来たみたいだねー。待ちわびちゃったよ!」

 

この逆立ちしてる子が社長の言ってた選手……なのかな?



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番外編 清本和奈の洛山生活26

洛山高校に戻ると、校門前で逆立ちしてる女の子がいた。なんで逆立ちなのかは触れない方が良いのかな……?

 

「1軍からは貴様が派遣されたのか?」

 

「そだよー。大豪月さんも非道さんも久し振りだねー」

 

「古賀ちゃんも元気そうだね~」

 

「そりゃもう!私は黒獅子重工1軍でも重宝されてるのだー!」

 

な、なんか大豪月さんと非道さんが古賀さん……?と話してるみたいだけど、2人の知り合いなのかな?だとしたら大豪月さんと非道さんって何者なんだろう?メアちゃんや黒獅子重工との接点も含めて気になるよ……。

 

「……っと。何人かは知ってるけど、初対面が多いから自己紹介するね。私は古賀いたみ。黒獅子重工から派遣された、ピッカピカの高校1年生!好きなものは超人ライダーシリーズだよ!これからよろしくお願いしますっ!」

 

逆立ちを止めて、自己紹介をした古賀さん。決めポーズを取ってるところを見ると、相当超人ライダーが好きなのが伺えるね……。

 

「我々洛山高校野球部は古賀いたみを歓迎する!」

 

「基本的には黒咲ちゃんと同じように動いてね~。基本的にはコンビで~」

 

「了解!という事で、これからよろしくねメアちゃん!」

 

「……こちらこそよろしくね。いたみちゃん」

 

……?なんかメアちゃんがやりにくそうにしてる?古賀さんが苦手なのかな?

 

「ふーむ……」

 

自己紹介が終わった古賀さんは私達を見て回ってる。な、なんだろう……?

 

「!」

 

あっ。目が合った……。

 

「貴女、名前は……?」

 

古賀さんが私に問いかける。もしかして目を付けられた……?

 

「き、清本和奈です……」

 

「成程ねー。和奈ちゃんって呼んで良い?私の事もいたみで良いからさ!」

 

「う、うん……」

 

グイグイ来る……。メアちゃんやいずみちゃんにも負けてないかも。

 

「古賀ちゃんは清本ちゃんを気に入ったみたいだね~。じゃあ黒咲ちゃんと一緒に清本ちゃんの事、お願いね~?」

 

「了解ー!」

 

な、なんだかとんでもない事に巻き込まれようとしてるような……そんな感覚に陥りそうなんだよね。気のせいだと良いんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういうつもり?」

 

「にゃはは!怖い顔は止めてよメアちゃん。これから一緒に仕事する仲なんだからさー」

 

「仕事の事は良いよ。わたしは別にいたみちゃんの事が嫌いな訳じゃないし。でも和奈ちゃんを巻き込むのは駄目だって言いたいの」

 

「相当気に入ってるんだねー。メアちゃんが気に入るのもわかる気がするよ。私みたいに『改造』されてないのに、常人ではありえないパワーを和奈ちゃんから感じるもん」

 

「……純粋なトレーニングを続けてきた結果なんだろうね。『幸せ草』の摂取反応すら見当たらなかったくらいにはたぶん和奈ちゃんは真面目で直向きなんだよ」

 

「……そんな和奈ちゃんを私達の仕事に巻き込むのは気が引ける……か。確かに和奈ちゃんには汚れてほしくないからねー。だからこそ名瀬ちゃんじゃなくて、私が派遣されたんだろうし」

 

「とにかくわたし達は極力和奈ちゃんにこっち側へと来させない事。これは非道さんたってのお願いでもあるんだから……」

 

「うん。話はわかったよ。それで表向きにはメアちゃんと同じようにすれば良いんだよね?」

 

「一応ね」

 

「あーあ。私も高校野球の大会に参加したかったなー!」

 

「……仕方ないよ。わたし達は『普通じゃない』んだから」

 

「『裏野球大会』や『ベースボールフェスティバル』みたいな怪しげなイベントなら参加許可があるのに、『普通の大会』には出られないなんて、不公平だよ」

 

「……もし出たいなら、わたしの方から非道さんに訊いとこうか?」

 

「本当に!?」

 

「まぁ秋以降にはなるだろうけど……」

 

「やった!楽しみだなー」

 

「まだ確定してないんだけど……」



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番外編 清本和奈の洛山生活27

月日は流れて、夏直前。今日は瑞希ちゃんといずみちゃんとチャットをしている。

 

『もうすぐ夏の大会だね~。和奈と瑞希なら心配なさそうだけど、アタシは緊張しっぱなしだよ……』

 

『いずみさんなら特に問題はないでしょう。藤和高校の選手層は厚いですが、それでもいずみさんならスタメン……それも1番打者として起用されます』

 

『そうだね。シニア時代だと亮子ちゃんとの差別化に六道さんも頭を悩ませてたって言ってたけど、似たタイプの打者がいないならきっといずみちゃんは選ばれるよ!』

 

最終的には僅かな差のパワーで決まったって言ってたっけ……。

 

『アタシその情報初めて訊いたんだけど……』

 

まぁいずみちゃんには伏せておくように言ってたし、仕方ないよね。

 

『……まぁ良いや。2人の大会日程ってどうなってる?もう組み合わせって発表されてるよね?』

 

『はい。私は……ですね』

 

『私は……だよ』

 

『成程ね~。ちなみにアタシのとこは……なんだけど、3人の日程的に埼玉県大会……それも新越谷との試合日程は被ってないんだよね。そこで提案!新越谷の試合を観に行かない?』

 

『新越谷……。朱里ちゃんがいるところだよね』

 

いずみちゃんのところは一足先に試合してたみたい。その時は朱里ちゃんが投げてる訳じゃなかったけど、いずみちゃん視点で新越谷は相当強いチームだと認定されてるんだって。私も早く新越谷と試合してみたいな……。

 

『私は構いませんよ。当日は学校を休みます』

 

『ええっ!?私はどうしよう……』

 

『まぁ無理にとは言わないよ。休むとしても、学校の許可は取らなきゃだけどね……』

 

学校休むとしたら、授業ノートとかどうしよう?メアちゃんかいたみちゃんにお願いした方が良いよね……?

 

『朱里の成長を確かめたいし、新越谷の試合日程とは2回戦以降も被らないように祈っとこ……』

 

『私の方は仮に被っていたとしても、何も問題はありません。白糸台には十二分に戦力が揃っていますから』

 

『私のところも大丈夫……かな?』

 

私1人抜けても、大きくは変わらないと思う。守備で失敗しても、それ以上の打力で返すのが洛山高校野球部だから……。

 

『アタシは被ってたら、流石に自分のところ優先かな~』

 

『それが普通ですよ。それに藤和高校野球部ではいずみさんの実力が期待されている良い証拠です』

 

『うんうん。瑞希ちゃんの言う通りだよ』

 

一応私達の通う高校は全部シードだし、初戦は絶対に被らないから、安心して埼玉に行けるよね。

 

『そうなると定期券は必要になってきますね。半年分にしましょうか……』

 

『結構お金が嵩むけど、お小遣いをあんまり使ってこなかったのが功を奏したね』

 

『瑞希も和奈も物欲ないもんね。金銭問題があるのはアタシだけかぁ……』

 

いずみちゃんはお洒落とかにお金使ってるみたいだし、こういう定期券による出費とかも痛そうだよね……。

 

『最悪実家でお小遣い前借りかなぁ……』

 

『む、無理はしないでね……?』

 

いずみちゃんのお家は結構裕福だって聞くけど、最低限の出費しかしてないって言ってたし、半年分の定期券の購入には抵抗あるんだろうなぁ……。

 

『……まぁその辺は後で決めれば良いかな。じゃあアタシはそろそろ落ちるね~。バイバ~イ!』

 

そう言っていずみちゃんがチャットルームから抜けた。

 

『……私もそろそろ失礼します』

 

『うん。またね瑞希ちゃん』

 

そして私と瑞希ちゃんもチャットを終了する。

 

(朱里ちゃんのいる高校の試合観戦かぁ……)

 

私にとっても朱里ちゃんは手強い投手だし、何かしらのヒントを得られたら良いな。



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番外編 清本和奈の洛山生活28

今日から夏の大会。高校生になって初めての大会だから、ちょっと緊張……。

 

「緊張してるの?」

 

「ちょっとね……。でも楽しみな気持ちもあるんだよ」

 

緊張はするけど、私の隣にはメアちゃんといたみちゃんがいる……。だから心強いんだよね。

 

「あーあ。私も試合出たかったなー」

 

「いたみちゃん、わたし達は一応マネージャーとして来てるからね?」

 

試合に出たかったとぶー垂れてるいたみちゃん。いたみちゃんとメアちゃんは出たらパワーバランスが崩れるから必要ないって大豪月さんが言ってた。豪快な性格だけど、意外とフェミニストなんだね……。

 

「まぁないとは思うけど、黒咲ちゃんと古賀ちゃんには緊急で出てもらうかも知れないから、念の為に背番号は渡してるよ~」

 

非道さんが言う緊急用として、2人には19番と20番の背番号を渡してる。だから洛山高校は他よりも選手が2人少ない状態なんだよね……。

 

「それってビハインドのピンチで代打の切り札……的なやつかな?」

 

「合ってるけど、2人が出る時は『対戦相手に2人と同等の存在がいる時』だから、基本的には出番はないと思ってね~?」

 

……?どういう意味なんだろう?ビハインドのピンチはわかるけど、メアちゃんといたみちゃんと同等の存在って……?

 

「……それじゃ、実質出番なしじゃん!」

 

「まぁそうなるね~」

 

「それにわたしみたいなのがそんなポンポンと出てたら、困るでしょ。5年前みたいな事になっちゃうよ?」

 

「私とメアちゃんが試合に出る事そのものがカタストロフと同じ現象って事!?」

 

う~ん。話に着いて行けない……。色々と気になる単語が続出しちゃってるよ。5年前?カタストロフ?

 

「フン。2人少ない程度などハンデにすらならん!我が圧倒的な力で蹴散らしてくれるわ!」

 

「そうですね~」

 

そんなこんなで、夏の大会が始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして試合会場。選手行進や選手宣誓が終わり、いよいよ試合だ。

 

「今日の対戦相手だけど……」

 

「データなど必要ない。初戦はこの私が投げて、勢いを付けようではないか!行くぞ非道!」

 

「了解で~す」

 

相手の分析をしようとしてたメアちゃんを遮り、大豪月さんが非道さんを連れて投球練習に行った。

 

「大豪月さんが投げるのか……。こりゃ相手はヒット1本も打てそうもないね」

 

「えー?京都予選ってそんなにレベル低いのー?」

 

いたみちゃんがそう言うけど、私も同意見だ。もしかして完全試合狙ってるのかな?

 

「少なくとも今日の相手じゃ、黛センパイでも完封出来ちゃう……いや、味方のエラーを含めると無理そう……?まぁとにかく大豪月さんが投げるのに値しないところだよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「それに打線の方も4回コールドになるよ。なんせ洛山高校野球部は全国一の打力を持ってるんだからね」

 

4回コールドって事は少なくとも10点以上は取るって事だよね?

 

「そしてわたし達は先攻だから今からやるのは試合じゃなくて、一方的な虐殺だよ。正直対戦相手に同情しちゃうね。」

 

しれっとそう言ったメアちゃん。そんなに酷い試合になるんだ……。怖くもあり、ちょっと楽しみでもあるよ。



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番外編 清本和奈の洛山生活29

『プレイボール!!』

 

「さて。おまえ達、わかってるな……?目標は30打点だ!」

 

『はいっ!!』

 

「30打点って……。間違いなく対戦相手の心は折れちゃうね」

 

「2度と野球が出来なくなるかもねー」

 

試合に出ないメアちゃんといたみちゃんは完全に他人事のような発言。そしてそれに対して何も思わなくなっちゃった私って、洛山高校野球部に染まっちゃってるのかなぁ……?

 

 

カンッ!

 

 

あっ。気が付いたら、ノーアウト一塁・二塁になってる。

 

「それじゃあ勝利への布石を打っておきますか~」

 

次は3番の非道さん。非道さんのスタイル的に見送るのかな?それともいきなり打ってくるのかな……?

 

「和奈ちゃん。ネクストネクスト」

 

「あっ。うん……」

 

私も4番としての責務を果たさなきゃね……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ネクストサークルで待機してると、非道さんが三振になってた。

 

「あとはよろしく~」

 

「視たんですね……?」

 

「まぁね~。頼んだよ~?」

 

「……行ってきます!」

 

高校公式戦初の打席……。先輩達が作ってくれたチャンスを活かさなきゃね!

 

「……って和奈ちゃんは思ってそうだよね」

 

「無法者が集まってる洛山高校でそんな意識する訳ないよ。皆自分勝手にやってるだけ……」

 

「まぁそれが今の洛山高校の弱点だからね~」

 

「でも非道さんはそんな意識の改革を狙ってるんでしょ?」

 

「そうだね~。今はその為の準備中かな~黒咲ちゃんと古賀ちゃんも協力してね~」

 

「なんか悪の組織を改善させる正義のヒーローみたい!もちろん協力するよ!」

 

「……まぁそれが和奈ちゃんの為になるなら、わたしも協力するよ」

 

メアちゃんといたみちゃんと非道さん。何の話をしてるんだろ?随分盛り上がってるみたいけど……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あっ!?いつの間にか追い込まれてる!

 

「あれ?和奈ちゃん追い込まれてるよ?」

 

「私達の話を気にしてるみたいだね~」

 

「それでも和奈ちゃんは打つよ。あの程度の投手じゃ、和奈ちゃんの相手は務まらないね」

 

ツーナッシングからの3球目。セオリー通りなら、1球外して来ると思うけど……?

 

(真ん中高め……?2球見逃してるから、甘く入ったのかな?正直こんなボーナスみたいな球を打っても良いなら……)

 

思い切り打っちゃうよ……?

 

 

カキーン!!

 

 

「金属バットの良い音だね~。聞いてて気持ちが良いよ~」

 

「まぁあの程度の投手に清本が苦戦する訳がないな。2球見逃す事で、相手の油断を誘った良い判断だ」

 

ちなみに大豪月さんが言ってた高尚な理由はないよ?ただベンチの会話に気を取られてただけだよ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……3回表。

 

 

カキーン!!

 

 

「またまたホームランだね。ふわぁ……」

 

「今の和奈ちゃんのホームランで35点目。和奈ちゃん自身も6打数6安打6本塁打の15打点……か。こりゃ確かに虐殺だね」

 

(うーん。敬遠球へのアプローチも今の内に考えた方が良いよね?)

 

「当の和奈ちゃんはなんか別の事考えてるね」

 

「それもとんでもない事をね……」

 

『ゲームセット!!』

 

「あ、あれ?ゲームセット……?」

 

試合って最低でも4回まではやらなきゃいけないんじゃ……?

 

「相手の心が折れたみたい」

 

「というか思ったよりも耐えてたね~」

 

試合は相手高校の試合放棄によって、私達の勝利。3回表時点で35点だったし、次の回でどのくらい点を取れるか試したかったのに……。

 

「清本ちゃんもすっかり洛山高校の一員だね~」

 

それはどういう意味ですか……?



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番外編 清本和奈の洛山生活30

今日は試合のない日……だけど、私はとある試合会場に向かう。

 

「あれ?和奈ちゃん出掛けるの?」

 

出掛ける直前、メアちゃんが起きたみたい。ちょっと寝起きが悪いのかな?

 

「うん。ちょっと埼玉に……」

 

「結構遠いね。でもそっか……。和奈ちゃんは埼玉出身だっけ」

 

「そうだよ。それに今日はかつてのチームメイトがいる高校の試合なんだ」

 

「ふーん。素敵だね」

 

素敵……なのかな?メアちゃんって独特な感性を持ってて、私にはわからない気持ちとかあるから、反応し難い……。

 

「じゃ、じゃあ行ってくるね!」

 

「行ってらっしゃ~い」

 

試合会場……上手く辿り着けるかな?今日は途中で瑞希ちゃんと合流する予定なんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい。案の定迷いました。そして瑞希ちゃんに拾われて、いずみちゃんとの待ち合わせ場所まで瑞希ちゃんに引っ付いた状態です。

 

「お~い、こっちこっち!」

 

「お待たせしてすみません」

 

「ま、迷っちゃった……」

 

いずみちゃんとも合流し、試合会場に向かう。

 

「アタシが誘っといてなんだけど、2人共よく来れたね?」

 

「私は今日は試合ではありませんので、学校の方を休んで来ました」

 

「わ、私も……」

 

というか洛山高校ってテスト日以外は学校を休んでも問題ないんだよね。そのテストで赤点を取らない限り留年もないし……。だからあんな世紀末みたいな無法地帯になってるのかな?

 

「やっぱ考える事は一緒か~」

 

「朱里さん率いる新越谷高校の試合はなんとしても抑えなくてはいけません。自分の試合をブッチしてでも見に行きます」

 

「それはやり過ぎだと思うな~……」

 

実は私も瑞希ちゃんと似た考えなんだけど……。

 

「と、とりあえず入ろう?」

 

「そうですね」

 

まぁ口に出す必要はないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして試合開始。先攻は朱里ちゃんのいる新越谷高校の対戦相手……影森高校なんだけど、打者全員が初球打ちというテンポの早い展開によってたった3球で1点を取られた。

 

「あちゃー、新越谷が先制されちゃったか……」

 

「新越谷が先制されるのは今年度に入って初めてですね」

 

瑞希ちゃんは新越谷のデータも入念に抑えていて、直近のデータから過去数年分のデータも入手済みみたい。情報収集能力高いなぁ……。

 

「それにしても影森ってところはこれまで全部初球打ちだね」

 

「なんか急いでるようにも見えるよね~」

 

「ですが今の3番打者はよく打ったと思います。あのコースの球はそう簡単には手が出ませんから」

 

確かに……。今のコースは下手に手を出せば凡退間違いなかった。県上位クラスの打者っぽいね。

 

「う~ん……」

 

「いずみちゃん、どうしたの?」

 

「なんか違和感あるんだよね~」

 

「影森ですか?」

 

いずみちゃんがうんうん唸っている。どうやら違和感を感じるみたいなんだけど、なんだろう……?

 

「何て言うか……。もったいないって言うか……」

 

「もったいない?」

 

もったいないという言葉に目を向けてみる。もったいないっていうのは影森高校のプレースタイル……だよね?

 

(洛山高校野球部のように打ち気に見えて、その実どこか退屈そう……。確かにちょっともったいないのかも?)

 

でもかなりハイテンポでやりにくいのは事実だし、主導権を取るのも難しそうだね……。



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番外編 清本和奈の洛山生活31

2回表は立ち直った藤原さんの投球で三者凡退。それにしても2回表の投球数は僅か5球……。好球必打とかそういうレベルじゃないような気がする。

 

そして2回裏。4番からの攻撃なんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

い、今のコースって際どくはあるけど、ボール球だよね?

 

「ボールゾーンですが、影森の打者は必ず振ってくるコース故にストライクゾーンになる……。これはやりにくい相手ですね」

 

「影森の投手のテンポに着いていけてないもんね~。ストライクゾーンがいつもよりも広くなってるし……」

 

影森の打者なら手を出すコースだから、ストライクゾーンを錯覚させる……。でもそういう意味でやってるようには見えないけどね? 

 

「影森の過去のデータを調べてみましたが……」

 

「なんで……?」

 

多分瑞希ちゃんにとって必要な情報だからだろうね。もしも影森が全国に出たら当たる相手になるかも知れないし……。

 

「昨年の秋頃から中山さんはアンダースローのクイックを身に付けて、その上影森の打者は早打ちを仕掛けてくるようになったみたいです。それで格上相手にも成果を出しています」

 

「加えて守備レベルは高い……と。これはてこずるかもね~」

 

「そうかな?私はいけそうだと思うけど……」

 

「和奈さんならそうでしょうね……」

 

瑞希ちゃんなら予測出来てると思うけど、そう長くは持ちそうにないんだよね。中山さんのあの投球は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして3回表。7番からの打順……。

 

 

カキーン!!

 

 

「おっ?」

 

「良い当たりですね。タイミングも完璧です」

 

「今の一打は完全に来る球がわかってたやつだったね」

 

7番の大村さんがホームランを打って同点に。8番の川口さんがヒットでチャンスを作るも、9番の武田さんがバント失敗による併殺……。そう上手くはいきそうにないね。

 

「あと一巡くらいでしょうか?」

 

「多分そうだと思う……」

 

「えっ?何が?」

 

「新越谷の打線が影森の投手……中山さんを捉えるのがそれくらい……という意味です」

 

「私もなんとなくだけど、掴めるよ」

 

「え……。ええ……?そういうのわからないアタシが可笑しいの?どう考えても2人の方が可笑しいよね?常識と良識があるのはアタシの方だよね……?」

 

なんかいずみちゃんが身悶えてる……。どうしたのかな……ってあっ!?

 

「あっ、朱里ちゃんが肩を作り始めてる」

 

「本当だ。登板するのかな?」

 

「どうでしょう?梁幽館の偵察が見ている事を考えると肩を作っているだけ……という可能性もあります。エースナンバーを付けている武田さんも温存かもしれませんね」

 

確かに次の相手になるかも知れない相手に必要以上の情報を与える訳にはいかないもんね。だとすると……。

 

「となると次に投げるのはあの7番の子か~。瑞希はあの子がどんなピッチングをするか知ってる?」

 

「いえ……。ですが彼女のセンスはかなりのものだと思います。柳大川越との練習試合を見ていましたが、少なくとも選球眼は一級品でしたよ」

 

「おお……。それは楽しみだね~☆」

 

瑞希ちゃんが言うには選球眼はかなりのらしい。川口さんか……。どんな投球をするのかな?



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番外編 清本和奈の洛山生活32

5回表。先発投手の球威が落ち始めたのが見え、ワンアウト二塁のピンチに陥る。

 

「影森の打線はほぼ初球打ちなのに、ガス欠が早いね~」

 

「藤原さんは本来抑え投手としての方が適任でしょうね。それにあの感じ……。試合に慣れていないのも原因の1つでしょう」

 

「勝ち投手になれないのは残念だけど、内容だけ見ると悪くなかったと思う」

 

「そうですね。慣れない試合の中でよく投げた方でしょう」

 

そんな藤原さんはマウンドを降りて、レフトにいた川口さんがマウンドに上がる。それに伴って守備位置も藤原さんがサード、サードにいた武田さんがファースト、ファーストにいた中村さんがレフト……と、人員を割かない交代をしていた。

 

「こういう多種多様なポジションを守れるようになるのは、部員数の少ないチームのメリットですね」

 

「名門校で部員数も多いと、そのポジションの一点に集中しがちだもんね」

 

「アタシが大体そんな感じかな~。藤和だとレフト一択って感じ」

 

いずみちゃんはシニアでは時々ライトやセンター、ファーストも守ってたけど、名門校の藤和は例外なくいずみちゃんの1番得意なレフト一辺倒になるみたい。私はファーストとサードを守るけど、洛山ではその2ポジションを抑えてくと良いって非道さんが言ってたから、そうしてるけど……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「初めてストライクを見送った……?」

 

「球威は先発投手の方が上だし、影森からしたら見送るようなコースでもなさそうなのに……」

 

いきなりストライクを見送った影森の打者は何か困惑してるように見えた。

 

「……理由として挙げられるのはあの投手のフォームですね」

 

「フォーム……アンダースローだよね?」

 

「そのアンダースローですが、影森のエース……中山さんのフォームと寸分違いません」

 

「コピーしたって事……?見たところ急増の投手でしょ?」

 

「急増の投手には違いないでしょうが、フォームそのものはしっかりとしています。恐らく幼少期から長い積み重ねをしたのでしょう」

 

「それはあのアンダースローを?それともフォームコピーの方?」

 

「恐らく後者でしょうね。そしてそれに加えて彼女の野球センスも相まって、ここまでのフォームに仕上がっていると見て良さそうです」

 

『アウト!チェンジ!!』

 

ワンアウト二塁のピンチを川口さんは見事に切り抜けた。

 

「しかし中山さんのコピーなら、逆に打てそうな感じするけどね~?」

 

「動揺していたようにも見えるので、中山さんのフォームには今の影森の野球が完成した理由の1つなのでしょう。影森にとって長い積み重ねを重ねた結果のあのアンダースローを、急に出て来た投手に寸分違わないコピーを見せられれば、培ってきた努力が無に帰されるようなもの……。動揺してしまうのも無理はありません」

 

頑張って得たフォームが簡単にコピーされると、それまでの野球が否定されてる感じがするもんね……。そう考えると、川口さんは厄介な投手なのかも?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6回表。先頭打者にヒットを打たれて、ノーアウト一塁。

 

「ヒットは打たれたものの、テンポの良い投球してるね~」

 

「コピーの精度の良さもあの捕手が実現してるみたいなものだよね。返球速度も完璧だし……」

 

「捕手の山崎さんは全国区のガールズチームで正捕手を務めていた経歴があります。あれくらいはするでしょう」

 

そんな凄い捕手なんだ……。瑞希ちゃんや非道さん、あとはシニアで苦戦した十文字さんみたいな特別なものを持ってるのかな?

 

ツーナッシングから3球目……ってあれは!?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「い、今のって朱里ちゃんの……」

 

「……はい。球速は遅いですが、あの変化量とキレは間違いありません」

 

「えっ?今の球がどうかしたの?」

 

「あれは朱里さんがリトル時代の決め球に使っていたシンカーです」

 

だ、だよね?まさか朱里ちゃんの決め球までコピーするなんて……。

 

「朱里ちゃんが右肩を故障してからはもう見られないと思ったのに……」

 

「これは思わぬ伏兵ですね。もしも球速まで朱里さんの球そのものになったら、そう簡単には打てません」

 

「アタシはシニアから朱里と知り合ったから、リトル時代の事はあんまりわからない……。でも確かにあのシンカーは凄かったね。これは勝負の機会が楽しみだ♪」

 

「川口息吹……。その名前、覚えましたよ」

 

川口さんは将来私達に立ちはだかる投手……。そんな予感が脳内を過ったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして6回裏。新越谷の猛攻の末に、そのままコールドゲームとなった。

 

「6回コールドですか……」

 

「やー、前に戦った時よりも新越谷はレベルが上がってるね。再戦出来たら良いねぇ♪」

 

結果としては大体私と瑞希ちゃんの予想通りだったね。慣れてしまえば打てない投手じゃない……って感じだったし。

 

もしも中山さんが、影森の野球が今の意識を変えるなら、かなり手強いチームになると思う……。それが私の感想かな。

 

「あとは朱里ちゃんに挨拶するだけだね」

 

「勿論です。その為に来たようなものですから」

 

朱里ちゃんに会うのも久々だし、楽しみだな……。



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番外編 清本和奈の洛山生活33

新越谷の試合が終わり、私達は朱里ちゃんを探している。

 

「それにしても6回裏で一気に新越谷の打線が爆発したね~」

 

「崩れ始めた中山さんの球を打つのは時間の問題でしたが、分岐点を越えたのはワンアウト一塁の場面……。2番打者藤田さんの初球エンドランでしょう。流れはあそこから変わりました」

 

「とはいえコールドゲームを実行出来る程の能力が新越谷にはあるって事だよね」

 

「球威が落ちていましたが、ビッグイニングに仕上げたのは正真正銘新越谷の実力です」

 

なんて会話をしていると、朱里ちゃんを見付けた。一緒にいるのは武田さんと川口さん……。クールダウンに付き合ってたのかな?

 

「あっ、いたいた。お~い!朱里ー!」

 

「金原……。わざわざ県外から私達の試合を見てたんだね」

 

た、確かに県外に試合観戦行くのって中々出来ない事だよね。私達全員学校休んじゃってるし……。

 

「もっちろん♪私達のチームの元エースのいるところは応援したくなるからね。瑞希に至っては自分の試合をブッチするつもりだったみたいだし☆」

 

「バッテリーを組んだ相手ですから当たり前です」

 

そんな当たり前は聞いた事がないけど、瑞希ちゃんの行動力ならやってのけそうだよね……。

 

「朱里ちゃん、初戦突破おめでとう!」

 

「ありがとう清本。まぁ私は何もしてないけど……」

 

朱里ちゃんが皮肉めいてる……。投げられなかった事が悔しかったのかな?でも朱里ちゃんはそういうの気にしない性格どころか、前に出るタイプじゃないもんね……。

 

「あっ……。そっちの人達は初対面だよね?」

 

ちゃんと自己紹介しなきゃ……。噛まずに言えるかな……?

 

「私は朱里ちゃんと6年間同じチームで野球をしていた清本和奈です。高校は京都にある洛山高校です」

 

(とりあえず当たり障りのない事だけど、噛まなかったよ……)

 

「き、京都からよく応援に来たわね……」

 

今思えば、東京よりも遠いところから来てるんだよね。定期券も買っちゃったし、どんどん利用してかなきゃ……!

 

「……まぁありがとね。なんとか初戦に勝つ事が出来たよ」

 

「朱里とヨミを温存する余裕があった癖に☆」

 

その上でコールドゲームだもんね。多分コールドじゃなくても、新越谷が勝ってたと思う。

 

「そういえば清本さんって朱里ちゃん達がいたシニアではどんな活躍してたの?」

 

武田さんが質問する。活躍前提です訊いてるのは気のせい……だよね?

 

「清本はリトルシニアでずっと4番を打っていたよ」

 

「リトルシニアでのホームラン数が通算200本越えのスラッガーです」

 

「よ、4番!?」

 

「ホームラン数200本越え!?」

 

あの頃はただがむしゃらに打ってたけど、今では色々と違う景色が見える……。高校生になって少し変わったと思う。まぁそれでもホームランの割合が8割を占めてるんだけど……。

 

「よ、4番!?」

 

「ホームラン数200本越え!?」

 

「驚くよね~?こんなにちっちゃいのが4番打ってる事に☆」

 

「ち、ちっちゃいって言わないで!瑞希ちゃんも大して変わらないじゃん!」

 

私と瑞希ちゃんにそこまで身長の差はないもん!小さくないもん! 

 

「何故私を巻き込むんですか……。確かに白糸台の野球部の中では私が1番小さいですが……」

 

「和奈、身長何センチだっけ?138?」

 

「140いってるもん……」

 

私だって段々大きくなるもん……。

 

「み、瑞希ちゃんは何センチなの?」

 

「この間計った時は143センチでした」

 

「瑞希、和奈、そういうのはどんぐりの背比べって言うんだよ?」

 

「いずみさんは私達より大きいからそんな余裕が出るんです」

 

「そうだよ。10……いや、5センチでも良いから私達にも身長を分けてよ!」

 

それだと3人がバランス良くなるんだよ!いずみちゃんはモデルさんみたいにスタイル良いから、羨ましいよ。私もあんな風になれたらなぁ……。

 

「あはは……。じゃあアタシ達はそろそろ行くね」

 

「わかった。次に会う時は全国の舞台だと良いね」

 

「はづきさんと友理さんにも挨拶に行きましょうか」

 

「そうだね」

 

はづきちゃんと友理さんがいる梁幽館も新越谷の試合を観てたし、その事を含めて色々とお話が出来たら良いな。

 

「次の試合も見に行くつもりだよ。じゃあね~♪」

 

朱里ちゃんがいるからっていうのもあるけど、新越谷の行く末を応援したくなったよ……。頑張ってね!



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番外編 清本和奈の洛山生活34

「ふぅ……」

 

あの後川越シニアに寄って帰ったから、遅くなっちゃった……。でも色々と充実したし、収穫もあったから、来て良かったよ。

 

「おかえりー。遅かったね?」

 

「色々寄るところがあったから、遅くなっちゃった……」

 

寮に戻ると、メアちゃんといたみちゃんがテレビゲームをしてた。この部屋にテレビゲームはなかったと思うけど、どこから持って来たんだろ……?

 

「このゲームはいたみちゃんの私物だよ」

 

「そうなの?」

 

まぁメアちゃんがゲームをやる印象もなかったし、私もテレビゲームはあんまりしないから、消去法になるよね。そういえば洛山の先輩達ってこういうゲームとかするのかな……?

 

「そうだよー。息抜きが出来そうなものがこの部屋になかったみたいだし、和奈ちゃんさえ良ければ、これあげるよ」

 

いたみちゃんはテレビゲームをテレビ毎私にあげるって言ってきた。

 

「えっ?い、良いの……?」

 

「良いよー。コントローラーも4人分あげるし、私も遊ぶからね」

 

い、良いのかな……?なんだか罪悪感が凄いんだけど……。

 

「それにこれは布教活動も兼ねてるし……」

 

……?なんかいたみちゃんがボソッと言ってたけど、なんだったんだろう?

 

「さっ!和奈ちゃんもやろやろ!」

 

「う、うん……?」

 

2人がやってたゲームは大乱闘。かなりの熱戦だったみたいだけど、そこに私が割り込んでも良いのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……という息抜きから3日後。今日は試合の日だ。

 

「今日は私は投げないが、決して勝てぬ相手ではない……。初戦のようにはいかないとしても、我々洛山はどんな相手でも打ち勝つ事を忘れるな!」

 

『おおっ!!』

 

「相変わらず体育会系を越えた暑苦し系だね……」

 

「まぁまぁ。こういうのは私も嫌いじゃないよ!」

 

メアちゃんは洛山のノリに辟易していて、いたみちゃんはノリノリみたい。私はその中間なのかな……?

 

「……という訳で非道、連中の指揮は頼んだぞ!」

 

「了解で~す」

 

そう言って大豪月さんはどこかに行ってしまった。これから試合なのに、どこに行くんだろう……?

 

「じゃあ行こっか~。洛山の勝利をもぎ取りに~」

 

『おおっ!!』

 

そんな気合いと共に試合は始まるんだけど……。

 

 

ポロッ。

 

 

打球が飛び交う度にエラーが起こるんだよね。大豪月さんが投げないと、洛山の守備力と捕球力の低さが露呈しちゃう……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

1回表終了。この回だけで10エラーと6失点……。この区域には魔物でも住んでるの……?

 

「まぁ清本ちゃんの気掛かりも直に解決すると思うよ~。3年生の引退後に備えた人員補充も完璧だしね~」

 

という非道さんの言葉は楽観的なのに、どこか頼もしさを覚える。こういう人が人の上に立つんだろうね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合結果は6対18。4回コールドで私達の勝利。エラーも2回以降は0だったし、初回のエラー祭りは本当に魔物の存在を疑うレベルだよ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活35

洛山の試合から2日後。今日は新越谷の試合の日だ。

 

「今日も行くんだ?」

 

「うん……。新越谷の試合は見ておきたいからね」

 

「……よっぽど警戒してるんだね。新越谷高校野球部を」

 

「そうだね。はまった時の実力は全国クラスかも……」

 

何より朱里ちゃんがいるんだから、そのチームの全国出場は約束されたようなもの……。朱里ちゃんはきっと新しい球種を引っ提げているだろうから、それが見られるかも知れない試合は是非とも抑えておきたい。

 

「まぁとりあえず行ってらっしゃい」

 

「ありがとう。行ってきます」

 

メアちゃんと挨拶を交わして、新越谷へと歩を進めた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それで大宮神宮球場に辿り着いた訳だけど……。

 

「うひゃー。お客さんがいっぱいだね~」

 

「い、1回戦とは天と地の差があるね……」

 

「その観客の9割以上は今日の新越谷の対戦相手……梁幽館高校を観に来ています」

 

梁幽館は友理さんとはづきちゃんが通ってる高校……。チームも埼玉4強常連だし、一昨年の県優勝校だ。朱里ちゃんがいるとはいえ、戦力の差は歴然……。この試合でも先発投手は朱里ちゃんじゃないみたいだし、このまま負けたりしないよね……?

 

「やー、しっかし新越谷も2戦目からキツい相手と当たるよね~。先輩達も梁幽館相手にはかなり苦戦したって聞いたし……」

 

「私も聞いた事があるかも……。苦戦って事はなかったけど、中々粘りのある相手だったって言ってた」

 

洛山は私が入る前に梁幽館と試合した事があるみたいだけど、その試合は最終的に大豪月さんが投げて勝ったんだって。

 

『プレイボール!!』

 

先攻は新越谷。打順も上位打線を弄ったみたいだけど、梁幽館を相手にどこまで通用するのかな……?

 

 

カンッ!

 

 

「おっ?初球から打っていったね?センター前ヒット!」

 

「新越谷は影森戦とオーダーが変わってるね。上位打線が弄られてる……」

 

「今打った山崎さんは梁幽館の先発投手の吉川さんとガールズで同じチームだったらしく、球筋はある程度把握している様子が伺えます」

 

でもガールズチームと高校野球は見える景色が180度違うって話だし、その吉川さんのデータもあんまり宛にしない方が良いのかも知れないね。

 

「だから1番打ってるんだね~。狙い球絞るのも上手かったし、好球必打も心得てるっぽいし、1番向けの打者ではあるね」

 

「それに元々1番を打ってた中村さんを4番に置いてるね」

 

「どうやら新越谷は中村さんへの信頼がかなり厚いみたいですね」

 

確かに中村さんは新越谷一のアベレージヒッターって感じだし、安打率も高いみたいだけど、なんか力負けしそうな印象があるんだよね。

 

その後展開は進んでツーアウト一塁・三塁。中村さんは凡退しちゃったみたい……。

 

「ツーアウト一塁・三塁……。ここで先制点取れないと、相当キツい試合になりそうだね~」

 

「スライダー打ちも上手かったんだけどね……」

 

「梁幽館の守備が単純にそれを上回りましたね」

 

瑞希ちゃんが調べたデータによると、春大会に出てた二遊間がこの夏はベンチ外らしい。競争率が激しいとはいえ、春に活躍した選手がスタンドで応援なんてなんだか悲しいよ。それが3年生なら尚更……。

 

 

カンッ!

 

 

今打ったのは5番の岡田さん。綺麗に捌いたね。

 

「練習試合した時も思ったけど、新越谷の中ではあの岡田さんと中村さんの打撃能力がずば抜けてるね」

 

「そうですね」

 

岡田さんの一打で先制点を取った新越谷。更に打席には……。

 

「朱里の打席だ!」

 

朱里ちゃん。元チームメイトで、シニアでは朱里ちゃん以上の投手はいないって言われてたくらいの絶対的エース。しかも打力もかなりのものなんだよね。 

 

「6番を打ってるんだね。シニア時代では7番を打ってた事が多かったから、ちょっと意外かも……」

 

「朱里さんの打撃能力は今の新越谷の中ではかなり高い部類に入ります。クリーンアップには入るタイプではありませんが、決して油断は出来ません」

 

 

カンッ!

 

 

朱里ちゃんは初球打ち。ファーストの頭を越える打球なんだけど……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

 

「うわっ……!あのライト守備上手っ!」

 

「先程のセカンドの方もハイレベルなプレーを見せていましたね。梁幽館は春よりも守備がレベルアップしています。それにセカンドの彼女は春の試合には出ていませんでしたから、相当練習したでしょう」

 

並々ならぬ練習を積み重ねて、今があるんだろうね。そういう考えを聞いちゃうと、なんだか相手も応援したくなっちゃうよ……。

 

「でも1点は先制出来たね」

 

「今日の先発は武田さんですか……。いずみさん、以前に武田さんと対戦した時彼女はどういうピッチングをしていましたか?」

 

「そうだね~。ヨミはアタシから2つ三振を取ったからね。その時よりもレベルは上がっているだろうから、上手く投げればそう簡単には打たれないと思うよ」

 

い、いずみちゃんから2三振!?いずみちゃんって空振りもさんも少なかったよね……?

 

「いずみちゃんってシニアでもあんまり三振しなかったよね。そんないずみちゃんを2回も三振させる武田さんって実は凄い投手なんだね!」

 

「おっ、和奈もヨミとやりたいの?」

 

「うん。やってみたい……!」

 

そんな凄い投手なら、1度は対戦してみたい。でもその為には……。

 

「……その為にまず新越谷にはこの試合に勝ってもらわないといけませんね」

 

「そうだね~。どうなる事やら……」

 

試合をするだけなら、仮に新越谷が負けても練習試合がある。でもそれだとモチベーションが全然違うし、やっぱり新越谷には勝ってほしいよ。



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番外編 清本和奈の洛山生活36

新越谷は初回で1点を先制。幸先は良いんだけど、このままペースを維持出来るかが問題だね。そして1回裏。梁幽館の先頭打者は……。

 

「梁幽館の1番打者って日本人じゃない……よね?」

 

「はい。陽秋月さんは台湾人ですね。私達の1つ下の年に台湾のシニアで活躍している妹さんもいます」

 

私も聞いた事がある……。その妹の名前は陽春星。台湾で1番のスラッガーだと名を馳せている実力者。ショートとしての守備も一級品で、肩もかなり強い……。今は中3だけど、そのままプロでも通用しちゃうレベルの選手だ。

 

「えっ?み、瑞希って家族構成も調べてるの……?」

 

「何故引いているのかはわかりませんが、陽さんの妹……陽春星のデータを調べたら、偶然知っただけです」

 

ま、まぁそうだよね。でもなんで姉妹で別々の国に在住してるんだろ……?

 

「話を戻しますが、陽さんの通算打率は6割越えとなっています」

 

「3年間で6割なんでしょ?かなり凄くない?」

 

そう言ってるいずみちゃんなら8割くらい打ちそうだけど……。シニア野球と高校野球はまた別物……と考えても良いのかな?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「おっ?良いコースだねぇ~。これは迂闊にスイング出来ない?」

 

「とは言えあれくらいなら打ってきそうなものですけどね。陽さんは初球打ちが多く、苦手なコースでも4割の確率で打ってきます」

 

「なんかいずみちゃんみたいな打者だね……」

 

「というか苦手なコース以外はいずみさんそのものだと言っても過言ではありません」

 

確かいずみちゃんは内角の球を苦手としてたっけ……?じゃああの陽さんは外角の球が苦手なのかな?

 

 

カキーン!!

 

 

同じコースだからか、もう対応してきた……。この対応力もいずみちゃんみたい。

 

『ファール!』

 

打球はレフト線切れてファール。結構スレスレだったよ……。 

 

「これはコースに助けられましたね。陽さんの得意コースなら間違いなくホームランでした」

 

「だ、大丈夫なのかな……?」

 

あの対応力なら次はホームランだろうし、苦手なコースでも絶対に打ってくるよ……。

 

「少なくともこの打席は大丈夫でしょう」

 

「えっ?」

 

「追い込んだ今なら武田さんの決め球が来ます。『初見なら』まず打てないでしょう」

 

武田さんの決め球……。多分それがいずみちゃんを2度も抑えた要因を作った球なんだろうけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

真ん中から大きく曲がるカーブ……いや、どちらかと言うとスライダーかな?それがキャッチャーミットに突き刺さった。

 

「先頭打者を三振……。幸先が良いですね」

 

「あの魔球みたいなカーブは初見じゃバットに当てるのは難しいからね~」

 

「そうだね。あれはわかっていても簡単には打てそうにないかも……」

 

(いずみちゃんもあの球に上手くやられたんだね。こうして陽さんを三振に仕留めたのもきっと……)

 

「新越谷の応援に来てるけど、あの陽さんには個人的に頑張ってほしいなー」

 

「……それは陽さんがいずみさんと似たタイプの打者だからですか?」

 

似たっていうか、ほぼ同じだよね。

 

「そうそう!アタシがバッティングの改良をする時に何かヒントが得られるかも知れないからね♪」

 

いずみちゃんはきっと凄い打者になる……。その為にも今日の試合……特に陽さんの打席は1回も目を離せないんじゃないかな?

 

「そういえばいずみちゃんは初戦どれくらい打てたの?」

 

「4打数4安打2打点の3盗塁!絶好調だよ♪和奈は?」

 

「6打数6安打6本塁打の15打点。私も絶好調!」

 

まさか3イニングで6回も打順が回ってくるとは思わなかったけどね……。

 

「うひゃー、流石だね。和奈1人でそんなに点取れるって……」 

 

「加えて和奈さんがいる洛山高校は圧倒的な打撃チームですからね。1回戦は先攻で35対0の3回コールドで試合を終わらせています」

 

「なにそれエグい」

 

あっ。やっぱり可笑しいんだよね?最近その辺りの感覚が麻痺し始めてきたから、わからなかったよ。いずみちゃんの反応が普通なんだよね?

 

「最近では敬遠球をどう打つかを研究してるよ」

 

「なんか人間辞めてない……?み、瑞希は?」

 

「3打数1安打1打点です。貴女達が可笑しいだけで、普通はこんなものですよ。それよりも試合を見ましょう」

 

なんか酷い事を言われた気がするけど、折角の試合観戦(全国大会に向けた偵察も兼ねてる)を楽しもう!



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番外編 清本和奈の洛山生活37

先頭の陽さんを三振に切って取った後、2番打者に内野安打、3番打者に送りバントを決められて、ツーアウト二塁。梁幽館の4番打者が打席へと向かった瞬間……。

 

「うわっ!?」

 

大きな歓声が響き渡った。凄く注目されてる人なんだね……。 

 

「す、凄い歓声だね……」

 

「今日の観客は彼女を見る為に来た……という人が多いでしょうね」

 

4番の中田さんは高校通算50本塁打を打っているらしい。瑞希ちゃんの話によると、その上エース投手としても活躍してるんだから凄いよね。

 

「でもどうするのかなこの局面……」

 

新越谷のリードは1点だし、下手に勝負すると逆転されかねないよね……。 

 

「瑞希ちゃんならどうするの?」

 

「私が山崎さんの立場なら間違いなく歩かせますね。主導権を握り切れていない以上は勝負を避けるべきです」

 

「あっ、バッテリーも瑞希ちゃんと同じ考えみたいだよ?捕手が立ち上がった……」

 

「ランナーなしならまだしも、ランナーいるし打たれたら逆転されるから、無理もないよね~」

 

野球をやってるものとして、逆転されるリスクは可能な限りは潰しておきたい。でも野球を観るものとしてはまた話が別な訳で……。

 

「初回から敬遠かよ!」

 

「そりゃないよ!」

 

「折角新越谷を応援しようと思ったのにー!」

 

「卑怯者!」

 

「勝負してよ!」

 

「せこい采配!」

 

「不祥事!」

 

「敬遠球打て中田!」

 

飛んでくるのは大量の野次。中田さんのホームランを観に来た人だって少なくないんだろうね。でも新越谷側からしたら、無理な勝負はしない方針で行くんだろう。徹底しなきゃ勝てる場面も勝てなくなっちゃうし……。

 

「それにしても凄い野次だね……」

 

「こんな野次はシニアで和奈が連続で敬遠された時以来だよね~」

 

「観客の中には中田さんの打撃を見に来た……という人も少なくないからでしょうね。それなのに初回から敬遠となると野次が出るのも無理はありません」

 

「それ込みで中田さんが凄い打者だって事をお客は理解してなさそうだね~」

 

「私も敬遠される側だから、気持ちはわかるかも……」

 

実際に勝負してくれないのは寂しいよ。京都予選の対戦相手は皆勝負してくれるんだけど、それは1年生で4番の私に興味を持ってくれているからなんだね……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

4番との勝負は避けたけど、ピンチには変わりない。ランナー2人だと最悪逆転される事も視野に入れなきゃだし……。

 

 

カンッ!

 

 

5番打者が2球見送った後に左中間を抜けるタイムリーヒット。新越谷はこれで同点に追い付かれたけど、センターの送球で三塁をアウトにしてチェンジ。まだまだ試合は始まったばかりだね。



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番外編 清本和奈の洛山生活38

イニングは進んで3回裏。スコアは1対1のまま進行している。

 

「あ~。2回に続いて3回も無得点か……」

 

「相手は埼玉の4強常連校。そう甘くはないという事ですね」

 

梁幽館は一昨年の優勝校だって言ってたし、むしろここまで善戦してる新越谷の方を称えるべきなのかも知れないね。

 

「こりゃもう一層の事柵越えのホームランを狙っていくしかないね!」

 

「それが簡単に出来るなら苦労しません。和奈さんとは訳が違います」

 

な、なんで私を例えに出したんだろ……?

 

「……いや、もしかしてあの子ならそれが出来るんじゃないかな?」

 

「あの子?」

 

「……ああ、彼女の事ですね」

 

「そそ。初戦からベンチみたいだけど……」

 

私の知らないところで話が進んでるんだけど……。

 

「……恐らく朱里さんもそのタイミングを見計らっているでしょう」

 

「まぁ少なくともそれは今じゃなさそうだもんね~」

 

「ねぇ、あの子って誰?」

 

なんか2人の話によると、相当な秘密兵器っぽく聞こえるんだけど、どんな子なのかな?

 

「和奈はまだ会った事がないんだっけ?それならこの試合の終盤をお楽しみにって事で♪」

 

「ず、随分焦らすね……」

 

「期待のさせ過ぎは良くないですよ?」

 

凄くモヤモヤするけど、今は試合観戦に集中した方が良い……よね?いつの間にかワンアウト二塁・三塁になってるし。

 

「梁幽館はどう出るかな?」

 

「確実に点を取るならスクイズ、アウトカウントを稼ぎたくないならヒッティングでしょうね。待球で四球を狙うのもありではありますが……」

 

とりあえず初球はスクイズ警戒のウエスト球かな?

 

「ウエスト球!」

 

梁幽館のランナーが動いてる。つまり……。

 

「新越谷が読み勝ったね!」

 

 

ガッ……!

 

 

ウエスト球を強引に当ててきた!?大胆な事をするなぁ……。

 

しかしキャッチャーフライだと思われた打球は日射しに当てられて、落球。ワンアウト満塁のピンチになってしまった……。

 

「うわー。これはついてないね……」

 

「捕れた打球だっただけに、これは不味いかもね。このピンチは精神面的にも良くないよ……」

 

「このピンチを切り抜ける方法は2つ程ありますが、内1つはリスクが高いですね」

 

「ど、どんな方法なの?」

 

「今打席に立っている中田さんを敬遠で歩かせて、後続の打者で勝負をする事です」

 

瑞希ちゃんの言う2つの方法の内の1つは満塁敬遠。あの打者がそれ程危険だって事がよく伝わってくるよ……。

 

「で、でも梁幽館は後続もかなり危険な打者なんでしょ?」

 

「そうですね。それでも中田さんや陽さん程の危険性はない為が故の満腹敬遠となります」

 

凄く大胆だよね。さっきの打席で敬遠した時よりも多くの野次が飛んできそうだから、余計に投手のメンタルが削れちゃうよ……。

 

「じゃあもう1つの方法って……?」

 

「現状の武田さんよりも優れた投手がこの場面の火消しをする事です。丁度新越谷もその方法を使うみたいですしね」

 

「えっ?あっ……」

 

瑞希ちゃんが指すマウンドには朱里ちゃんが立っていた……。



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番外編 清本和奈の洛山生活39

ワンアウト満塁。このピンチの局面で新越谷は投手交代。マウンドに上がったのは……。

 

「朱里ちゃんがマウンドに!?」

 

朱里ちゃんだった。朱里ちゃんは確かに凄い球を投げるけど、この局面を抑えられるかどうかはまた別の話なんだよね。大丈夫なのかな……?

 

「この局面で出て来るって凄い度胸だね~☆」

 

「ですが新越谷にとっては最適解の一手です。これを見越して朱里さんと武田さんの両方をスタメンに置いたのでしょう」

 

控えの選手を温存しつつ、ワンポイントで投げさせるにはそれぞれ特定のポジションを守れるようにならなきゃいけない。前に言った部員が少数である事のメリットを最大限生かしてるね。

 

「しっかしこんなに早く朱里の成長が見られるとはね。梁幽館には感謝だね♪」

 

「そうですね。朱里さんがシニアからどれだけ成長したのか楽しみです」

 

瑞希ちゃんも知らないって事は正真正銘このマウンドが朱里ちゃんの高校初めての登板になるって事……。どんな球投げるのかな?シニア時代からどれだけ強くなったのかな……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「初球に投げたのは朱里さんが得意とするストレート(に見せた変化球)ですね」

 

「あれ未だにアタシ打てないんだよね~。中田さんはその秘密を探ろうとしてるのかな?」

 

「多分そうだと思う。だとしたら少なくともこの打席は誤魔化せそうだよね」

 

私達の誰もがこの場をやり過ごす為の朱里ちゃんの登板だと思ってた。次の1球を投げるまでは……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『す、ストライク!』

 

「え……」

 

「今のって……ストレートだよね?」

 

「……そうですね」

 

あんなストレートを投げるなんて……。瑞希ちゃんの様子を見る限り、瑞希ちゃんですら知らなかった朱里ちゃんのストレート。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

観客席では今日1番の歓声が鳴り響く反面、私達は言葉を失っていた。まさか朱里ちゃんがあんな球を投げるなんて……。

 

「あ、朱里ちゃん、いつの間にあんな球を投げるようになったんだろ……」

 

「あ、アタシは知らないかな~。瑞希は?」

 

「……私も知りませんでした。まさかあれほどの球速を身に付けていたとは」

 

やっぱり瑞希ちゃんも知らなかったみたい。相当秘密裏に練習してきた球って事だよね……。

 

(球速そのものは大豪月さんの方が全然速い。多分あの中田さん?なら打てない程の球じゃないとは思う。でも朱里ちゃんの投げたストレートは打席に立たなきゃわからない代物なんだろうね……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

後続の打者も三振に抑えたけど、あのストレートは見られなかった。この試合はもう投げないのかな……?



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番外編 清本和奈の洛山生活40

新越谷と梁幽館の試合は中盤戦に入って4回表。この回の先頭打者は……。

 

「朱里からか~。前のイニングでのピッチングで完全に流れを持ってったから、向こうとしては朱里を塁に出したくないだろうね」

 

「それは朱里さん自身もわかっている事でしょう。だから朱里さんからすれば、ここは必ず出塁したい場面です」

 

打者としての朱里ちゃんは出塁を意識する事が多いんだよね。特に先頭だと……

 

 

コンッ。

 

 

朱里ちゃんは初球からセーフティバント。これには敵どころか味方も驚いていた。

 

「今のバントは上手いね~!」

 

「ですが向こうの対応も早いですね」

 

サードの対応がかなり早く、捕ってから投げる動作も無駄がなかった。

 

『セーフ!』

 

朱里ちゃんのヘッドスライディングの甲斐あって、判定はセーフ。新越谷からしたらこのランナーは大切にしたいところだよね。

 

 

ガッ……!

 

 

次の打者が打球を打ち上げて、レフトフライ。ほとんど定位置で捕球体勢に入って……。

 

『アウト!』

 

アウトとなる。しかしアウトコールの瞬間、朱里ちゃんが走り始めた。

 

「朱里ちゃんが走った!」

 

「良いスタートと走塁ですね。これならタッチアップは成功と見ても良いでしょう」

 

『セーフ!』

 

タッチアップは無事に成功。ほとんど奇襲みたいなものだから、上手く不意を突いたね。

 

「浅いフライからのタッチアップに反応が遅れたお陰でセーフになりましたか……。まぁ尤も朱里さんが僅かな隙を見逃すとは思えませんね」

 

「確かにね~。でもアタシ等でようやくその動機に気付くレベルなんだし、朱里を知らない人は引っ掛かっても無理ないっしょ?」

 

朱里ちゃんって僅かな隙すら見逃さない敏感な人間だから、レフトの捕球後の緩みの隙に走り始めたんだよね。目敏い……。 

 

「それが朱里さんの狙いでしょうね。意外と狡猾なところがあります」

 

(いやー、それは瑞希の影響を受けたんじゃないかな~?)

 

「……何か?」

 

「なんでもないっ☆」

 

多分瑞希ちゃんの影響を受けたんだろうね。私もそういう部分は見習うようにしてるし……。

 

 

カンッ!

 

 

次の打者は初球から当てるも、ショートゴロ。打球が深かったから、進塁打で朱里ちゃんも三塁に進めたね。

 

「ああっ!ヨミさんと朱里さんで練習したのに、どん詰まりでした!」

 

打席では打ち損じた嘆きの声が聞こえた。今打ったのは大村さん……だったかな?スイングに勢いを感じたよ。

 

「あれでどん詰まりなんだ……。まるで和奈みたいなパワーヒッターを見ている気分だよ」

 

「強ち間違ってはいないのではないですか?大村さんは中学の剣道大会で全国優勝を果たしています。野球に関しては素人でも、剣道で鍛えられた体幹とリストはかなりのものですよ」

 

「剣道かぁ……。道理で力強いスイングを感じる訳だよ」

 

それにしても個人戦で全国優勝かぁ……。前の試合でもホームランを打ってたし、それ相応の実力は身に付けてるって事だよね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

次の打者が三振に倒れてチェンジになったものの、新越谷の流れは継続。そしてこの流れを作っているのは間違いなく朱里ちゃんだよね……。

 

「流石朱里さんですね。流れの掴み方を理解しています」

 

「あのリリーフから流れが新越谷にあるままだしね。やっぱ敵になると厄介だね~」

 

「……でもそんな朱里ちゃんと勝負する為に私達は散り散りになったもんね」

 

私も瑞希ちゃんもいずみちゃんも……。朱里ちゃんとの勝負を心待ちにしてるんだよ? 

 

「そうだね~。この埼玉だと梁幽館に友理さんとはづきと……」

 

「あとは椿峰に1人、咲桜に1人……。誰かが新越谷を崩すか、それとも新越谷が全国に勝ち上がるか……。何れにせよ私達が新越谷と対戦するのは全国の舞台か練習試合だけですからね」

 

先に対戦するか、後に対戦するかの違いだけど、全国の方が臨場感があるんだよね。願わくば新越谷とは全国で対戦したいね。

 

「まぁアタシは一足先に新越谷と戦ったけどね♪」

 

「いずみちゃん、羨ましい……」

 

まぁそれはそれとして、一足先に新越谷と試合をしたいずみちゃんは羨ましいんだよ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活41

4回時点での武田さんのピッチングを見て思った事が1つあるんだけど……。

 

「なんかヨミの調子良くなってない?」

 

「本当だ。初回よりも凄いピッチングをしてるよ……」

 

「武田さんが尻上がりタイプの投手だからでしょうね。回が進む毎に球のキレが上がる厄介な投手です」

 

そして5回表。打順は2番から始まるんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

三振。尻上がりに調子を上げている武田さんのピッチングに梁幽館の打線はきりきりまいだ。

 

「こんな良い試合滅多に見られないよ!」

 

「確かに双方譲らずの同点だもんね~!」

 

シニア時代なんかは特に一方的な試合が多かったから、こういう接戦を見られるのは嬉しい。やっぱり拮抗した戦いの方が面白いんだよね!

 

「……ただ少し梁幽館が有利に傾いていますね。先程のファインプレーが響いています」

 

「あのセカンドの守備によってチャンスに点を取れなくしてるもんね……」

 

梁幽館全体の守備力はかなり高いけど、打球がよく飛ぶ分セカンドの守備が目立つんだよね。

 

(セカンドといえばリトルシニアで一緒だった歩美ちゃんだけど、歩美ちゃんもまた守備が上手くなってたなぁ……)

 

前に新越谷の試合を観戦をした帰りに、川越シニアに寄って後輩達の現状を見た。知らない子も活躍してたし、歩美ちゃんや他の後輩もかなり上手くなってた。歩美ちゃんなら梁幽館の荒波に揉まれても、結果を残すと思う。今のはづきちゃんと同じように……。

 

「しかし新越谷も武田さんの好投によって決して流れを完全には渡さない……。恐らく次の中田さんの打席で試合は動き始めるでしょう」

 

『アウト!』

 

「おっ、3番も打ち取った!」

 

「ツーアウトランナーなしで4番だね……。歩かせるのかな?」

 

3番を打ち取り、遂に4番打者との対面だ……。 

 

「確実に梁幽館を詰ませるなら、歩かせた方が懸命でしょう。ですが……」

 

「外野は長打警戒!」

 

捕手の指示によって、中田さんと勝負をする事に。観客席は今日1番の盛り上がりを見せてる。

 

「新越谷は勝負のつもりですね」

 

「じゃあ遂に見られるんだ……!」

 

実はこの勝負に対して私はワクワクしてる。武田さんはイニング毎に調子が良くなってる。そんな武田さんに対してスラッガーの中田さんがどういう打撃を見せるのか……。それがとても楽しみだ。

 

「和奈は目を光らせてるね。でもアタシもこの勝負、楽しみかも☆」

 

いずみちゃんも楽しみにしてるし、言葉にはしてないけど、瑞希ちゃんも楽しみにしてる……。この勝負の行方はどうなるのかな?



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番外編 清本和奈の洛山生活42

ツーアウトランナーなし。新越谷のエースと、梁幽館の4番打者がいよいよぶつかり合う……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「良いコースだねぇ」

 

「うん。あれは下手に手を出そうとすると、打ち取られちゃうよ」

 

私も今のコースだと詰まらせちゃうかも……。だからこそ中田さんは見送ったんだ。

 

その後2球続けてファール。3球目はボールゾーンだけど、カットしたのは良い判断だね。

 

「明らかなボール球もカットしてるね~」

 

「カウントが悪くなると歩かされるのを中田さん自身もわかっているからでしょうね」

 

「でもその気持ちはよくわかるかも……。私もシニアの時はくさいところ突かせてあわよくば凡打っていうピッチングを多くされてたから……」

 

「まぁ和奈のあのバッティングを見るとね~」

 

だからそういう球をどういう風に打とうかっていうのが当時の課題だった。今では明らかな敬遠球以外ならヒット性の当たりは打てると思う。まぁ球種や球威にもよるんだけど……。

 

「そういえば和奈さんのところは大会や練習試合では勝負してもらってるんですか?」

 

「うん。1回戦の相手投手は全員相手してくれたよ。1年生で4番なのが珍しかったからかな……?」

 

2戦目の相手は2打席目以降は歩かせ気味だったけど、それでも1試合1本はホームランを打ててる。大豪月さんはそれこそが4番の仕事だって言ってたし、これで良いんだよね?

 

「洛山高校の去年と一昨年の4番は大豪月さんでしたからね。大豪月さんは有名ですから、彼女を越える打者なのか見てみたかった……という可能性はあるでしょう」

 

実際に大豪月さんの知名度は京都府内ではかなりのもので……というか京都どころか関西でも知らない人はいないんじゃないかなぁ?

 

「そんなにその……大豪月さんは凄いの?」

 

「私も神童さんに聞いた話なので詳しい事は知りませんが、大豪月さんは通算ホームランの数が中田さんを越える75本のスラッガーで、バットに当てたらホームラン確実とまで言われていました。それに加えて……」

 

「大豪月さんって投手なんだよね」

 

今打席に立っている中田さんと同じ……。決定的に違う部分は、打席にいる時の大豪月さんは常にホームランを狙ってるという精神を持ち合わせている事。中田さんもホームランそのものは狙ってるとは思うけど、チームの方針的にそれだけじゃ駄目なんだと思う。

 

「中田さんも確か本職は投手だったよね?はー、エースで4番って本当にいるもんだね~」

 

エースで4番っていうのも野球をやってたら、1度は夢見るもの……。私も体格的に投手の適性もあるって瑞希ちゃんや嶋田さんも言ってたし、そういうのもアリ……なのかな?

 

「更に洛山高校はここ2年間で全国でホームランの数が1番多く、2位との差が圧倒的なんだそうです」

 

「でも逆に走塁や守備は並くらいかそれ以下だって大豪月さんが言ってた……」 

 

「なんとも極端なチームだね……」

 

走塁はまだマシなんだよ?問題は守備……特に捕球方面。部員の9割以上は酷い捕球率なんだよ?今ではもう慣れちゃったけどね……。

 

「洛山高校は野球スタイルが打撃に全振りですからね。埼玉にも熊谷実業というこれまた野球スタイルを打撃に極振りしているチームがあるのですが、洛山は打撃もそれ以外もその比ではありません」

 

極振りと全振りは似てるようで全然違うんだなって……。

 

 

カキーン!!

 

 

「初球と同じコースだね……」

 

「ですが初球とは違う渾身の球だったでしょう。単純に中田さんが武田さんの渾身を上回った……というだけの話です」

 

でも今中田さんに投げた球なら、そんな簡単には……。

 

 

カキーン!!

 

 

打たれないんじゃないかなって、思ってたんだけど……?

 

「あれ?またホームランを打たれたよ?」

 

「……今のは余計な1本ですね。ですが梁幽館にとってはかなり大きいでしょう」

 

「と言うと?」

 

「今の武田さんは恐らく調子が最高潮に達しています。引き金になったのが、中田さんとの勝負を経たものだと思っていますが……」

 

人の調子を見抜く瑞希ちゃんが言ってるって事はそういう事なんだよね?だとしたら今の1点は新越谷からしたらもったいないなぁ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活43

6回表。いよいよ試合も終盤戦だね。

 

 

カキーン!!

 

 

先頭打者がタイミング良く捉え、一気に三塁打になった。

 

「いよいよ吉川さんの攻略も大詰めかな~?」

 

新越谷側の吉川さん攻略も順調だと思う。

 

「投手が代えられない内に最低でも1点は取っておきたいですね」

 

「でも次は朱里ちゃんだよ?」

 

打者としての朱里ちゃんはとにかく曲者……という評価。極力敵には回したくないって思うちゃうよね。

 

 

カンッ!

 

 

朱里ちゃんは初球打ち。二遊間を抜けるヒット。1点を返して、更にノーアウト一塁。そして……。

 

「おっ?朱里が盗塁した!」

 

朱里ちゃんがスタートを切る。タイミング完璧で、相手の不意を突く盗塁。 

 

『セーフ!』

 

もちろん判定はセーフ。朱里ちゃんは静華ちゃんとかに比べると特別足が速い訳じゃないけど、綺麗な走塁をするんだよね。

 

「今の盗塁は上手いね……!」

 

「相手捕手の隙を突いた良い走りでした」

 

敵に回すと怖いよね。でもそんな朱里ちゃんと戦う為に、私達は散り散りになってるんだ……。

 

しかし後続の打者は凡退続きで、チェンジとなった。

 

「同点には追い付けなかったけど、新越谷の流れ来てるんじゃない?」

 

「……そうですね。打順も1番から始まりますし、武田さんのピッチング内容から見ても悪い展開ではありません」

 

武田さん的にはここをキッチリと抑えたいところだよね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「この勢いなら、最終回は良い展開で迎えられそうだね☆」

 

「うん。9番打者もツーストライクまで追い込んだよ」

 

二者連続三振から、9番打者も2球で追い込む。あと1球……!

 

 

ズバンッ!ポロッ!

 

 

「えっ?振り逃げ!?」

 

「捕手が落としたんだ……」

 

今のはついてなかったね……。捕球側の想像を越えた変化量みたいだったし、捕手も不意を突かれたんだ……。

 

「山崎さんが捕逸……。これは珍しいものが見られましたね」

 

「そんなに?」

 

「山崎さんのガールズ時代は捕逸0どころか投手の暴投すらも止めていて、ワイルドピッチもありませんでした」

 

そ、そんな優秀な捕球率を誇る捕手の想像を上回る変化球……。

 

「そんな山崎さんが逸らす程の球……って事だよね」

 

「ヨミがこの試合の中で成長したって事だね☆」

 

「朱里さんはこの光景がどう映っているのでしょうか」

 

朱里ちゃん的には心中複雑な気持ちになってそう……。

 

(でもそんな球操る武田さん……。武田さんと勝負出来る日が楽しみになってきたよ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「うわっ。遂に6割打者も三振に抑えちゃったよ……」

 

「振り逃げと合わせて4人連続で三振だね……」

 

6割打者の陽さんは1打席目にも三振にしてたけど、あの時は不意を突いた形……。そして今度は完全に実力でもぎ取った三振。武田さんの成長が伺えるね。

 

「これは最後の攻撃の前で新越谷に良い流れが来ましたね」

 

あとは新越谷が逆転するだけ。梁幽館の鉄壁の守備陣を越える事が出来るのか、見物だね……!



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番外編 清本和奈の洛山生活44

試合は7回表。新越谷の打順は1番からの好打順。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

二者続けて出塁。吉川さんにとって厳しい展開になってきたね。

 

「ありゃりゃ……。梁幽館はそろそろ投手の代え時なんじゃない?」

 

「事はそう簡単ではないと思いますよいずみさん。梁幽館程の名門校ともなると、セーブを確実に決めるべくリリーフのタイミングはかなり慎重になりますからね」

 

「で、でも吉川さんピンチだよ?あの状態で中軸を抑えられるかどうか……」

 

特に4番の中村さんは長打力こそないものの、確実に繋ぐアベレージヒッター。塁が進めば、確実逆転の一打を放つと思うんだよね。

 

「それも一理ありますね。だから代え時が難しいのです」

 

瑞希ちゃんは代え時が難しいって言ってたけど……。

 

「……どうやら投手を代えるようですね」

 

梁幽館側は投手交代を選択。後がないのかな……? 

 

「まぁ展開厳しいからね~」

 

「でも誰に代わるんだろ……?」

 

「候補としてはエースの中田さんのように、決定的な実力を持っている投手でしょう。梁幽館の投手陣を見ると、他の候補は……」

 

吉川さんと交代でベンチから出て来たのは……。

 

「あっ、はづきちゃんが出て来た!」

 

橘はづきちゃん。私達と同じシニア出身で、野球経験はシニアから。朱里ちゃんに憧れて野球を始めた子。センスがあって、シニアでもベンチ入りを果たしてたけど、梁幽館でもはづきちゃんの力は健在みたいだね。

 

「そういえば1回戦でもはづきはリリーフで投げてたね~」

 

「その試合の映像を見ましたが、彼女のスクリューはシニアの時よりも進化していました」

 

そうなんだ。はづきちゃんの投げるスクリューは一朝一夕で投げられる代物じゃないし、打てない打者はてんで打てない球なんだよね。特に左打者は苦戦するイメージだった。

 

そんなはづきちゃんは3番打者をキャッチャーフライに抑えて、4番の中村さんと対峙する。しかし……。

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!?」

 

今投げたのだってシニア時代では見た事のない速いスクリューだ。恐らく中村さんのような左打者に対して詰まらせた当たりを狙わせる変化の小さなスクリューなのに、中村さんはそれをいきなり完璧なタイミングで合わせたんだ……。 

 

「うわー。入るかなこれ!?」

 

打球はそのままライト方向に伸びていき、そのままスタンドへと入った。

 

「は、入った……」

 

「逆転した……」

 

「やりましたね」

 

逆転スリーランホームラン。これで新越谷が2点リード。更に……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

まだ新越谷の追い上げは終わらないと言わんばかりに、朱里ちゃんが四球を選んだ。そして……。

 

「おっ!」

 

「来ましたね……」

 

7番打者に代打として登場した1人の女の子。彼女が出た瞬間、瑞希ちゃんといずみちゃんの目の色が変わった。

 

「あの子がさっき2人が言ってた?」

 

「そうそう!あの子打つ時は凄い打つよ~?」 

 

「彼女のバッティングだけなら和奈さん、貴女にも負けませんよ」

 

「本当に!?どんなバッティングをするんだろ……?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

2球続けて見逃し。多分2人が言ってた雷轟さんはタイミングを伺ってるんだね。

 

「見逃しかぁ……」

 

「あれは打つタイミング……絶好球を待ってるんだよ」

 

「和奈はわかるんだ?」

 

「うん。私も似たような経験が何度もあったから……」

 

「同じスラッガーとしての感覚かも知れませんね」

 

「そういうものなのかなぁ……」

 

多分勝負は次の1球……。それを雷轟さんは打ってくる。

 

 

カキーン!!

 

 

予想通り、雷轟さんははづきちゃんの決め球と思われる大きく曲がるスクリューを捉え、その打球はスコアボードまで飛んでいった……。

 

「うひゃー、あの体勢でよくあそこまで飛ばすね~」

 

「それにはづきさんの投げたスクリューは決して悪くありませんでした。むしろ雷轟さんに投げた最後の球は本来右打者には手が届かないスクリューです」

 

「私も1打席だけだと打てないかも。はづきちゃんがあんなに良い球を投げるなんて。それにそれを打ち抜いた雷轟さん……」

 

はづきちゃんはスクリューを複数に分けて投げるみたいだし、散らされると尚更打てない……。決め打ちに成功した雷轟さんの打者としてのセンスはかなりのものだ。

 

「おっ、和奈にもライバル出現?」

 

「うん……。彼女とは1回話してみたいかも」

 

雷轟さんは私にとって、良いライバルになると思う。私に足りない何かを彼女は持ってるだろうから……。身長じゃないよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合はそのまま新越谷が逃げ切り、7対3で新越谷と梁幽館の熱戦は幕を閉じた……。



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番外編 清本和奈の洛山生活45

私達は順調に勝ち進み、今日は京都府大会の準決勝。

 

「今日の相手は五条高校……。我々洛山が唯一と言っても良い京都府内のライバル校だ!」

 

あの大豪月さんがそこまで言う高校かぁ……。今までのようにはいかないんだろうね。

 

「いつもは決勝戦で当たるのに、珍しいですよね~」

 

「ウム。なのでこの試合に勝てば、全国大会出場は99%確定と見ても良いだろう!」

 

じゃあ私達はその残り1%を引かないように、頑張らなきゃね。その前に目の前の準決勝な訳だけど……。

 

「おいでやす。洛山高校の皆さん、今日はよろしくお願い致します」

 

「来たな皇。今日はこの私が直々に貴様達に敗北を降してやるわ!」

 

「そうそう思い通りになるとは思わん方が良いですよ。ほな」

 

皇と呼ばれる人は私達に一礼して去って行った。荒くれ者が多い京都府予選だったけど、あの人だけはなんか京都っぽい品の良さを感じるよ。

 

「まぁ皇さんは猫被ってるだけだけどね~」

 

「何重にも仮面を被っているな。普段重役との挨拶を高校生ながらも幾度とやっている代償だろう」

 

「そ、そうなんですね……」

 

つまり私達に見せた微笑みも作り笑いだって事なんだよね?綺麗に笑う人だったから、なんだか複雑な気分だよ……。

 

「とりあえず皇さんを相手にする清本ちゃんに軽くデータのおさらいをするね~」

 

「お、お願いします……!」

 

私は皇さんを相手にするのは初めてだから、非道さんの講座を受ける事に。

 

「皇美香。ポジションは投手で、右投げ左打ち。大豪月さんが豪速球の投手なら、皇さんは対照的に複数の変化球を操る軟球投手だよ~」

 

「複数の変化球……」

 

「データにある分だけでカーブ、シュート、シンカー、チェンジUP、SFF、ツーシームってところだね~」

 

聞いてる限りでは朱里ちゃんのような多彩な変化球を操る投手なんだね。

 

「フン!私はあの変化球が奴の本気とは思えないな。何度打ち崩しても、奴は一向に本気を出そうとせん!」

 

「どこかのらりくらりと投げてますよね~。去年の夏と秋も同じでしたし~」

 

「だがそんな奴が本気になって投げたその球こそが、奴の本当の投球だ。今日こそはあの省エネピッチを崩してやるわ!」

 

「頑張りましょ~って事で、皇さんの講座はこれにて終了~。清本ちゃんは今日の試合でも4番を任せるから、是非とも皇さんを打ってね~?」

 

「は、はい!」

 

今日の試合は大豪月さんが投げるみたいだし、いつものようなエラー祭りはないと思う。

 

(皇さんか……。大豪月さんが注目してるだけあって、のらりくらりしたピッチングでも凄い球を投げるんだろうなぁ……)

 

今日は簡単に打てないかも知れないけど、そんな投手との対峙を私は楽しみにしてるんだ……!



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番外編 清本和奈の洛山生活46

京都府大会準決勝。相手はエースの皇さん率いる五条高校。私達は今回先攻なんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

あっという間に二者連続三振。三振しちゃうのはこの際仕方がないんだけど……。

 

「ありゃりゃ。タイミングが全く合ってないや」

 

「スイングの音は良いんだけどねー。当たればホームラン狙えそうなスイングで相手を気圧される作戦なのかな?」

 

「いやいや。あれ等にそんな芸当は出来ないでしょ……」

 

この準決勝からメアちゃんといたみちゃんがベンチでマネージャー業をこなすらしいんだけど、1番と2番の空振りっぷりに駄目出ししてた。当たればホームランっていうのには同意するんだけどね……。

 

(シニア時代に相手した千代田シニアを思い出したよ……。打撃極振りのフルスイングがモットーって感じのチームだったね)

 

そんな物思いに更けてる間に、今日の3番打者……非道さんが右打席に立つ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

微動だにしない見送り……。この試合も1打席目はそうするつもりなんですね非道さん。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「完全に見てるね」

 

「まぁあの見送りは非道さんの特徴と言っても過言じゃないしね。2打席目以降に期待でしょ」

 

「黒咲の言う通りだ。それよりも清本!」

 

「は、はいっ!?」

 

い、いきなり大豪月さんに呼ばれてびっくりしたよ……。

 

「貴様は貴様で思うままの球を狙いに行け。打てそうなら打っても構わん!」

 

「は、はい!」

 

大豪月さんからそのような指示を受けたので、私は狙い球を絞りに行く形にしよう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「……成程ね~」

 

非道さんは何かに気付いたみたいな反応をしていた。皇さんの投球パターンを読み取ったのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「フハハハハ!温い!温いぞ!!」

 

1回裏。大豪月さんも負けじと三者連続三振。皇さんと違ってストレートしか投げてないのに、全く打ててない……。凄いなぁ。

 

「まぁ大豪月さんの球を打てるのは、全国でも片手で数えるくらいしかいないしね~」

 

「春には白糸台の大星に私のストレートを打たれたが、あれが私の全てではない……。夏には徹底的に抑えてやろう!」

 

白糸台の大星さんって前に練習試合した時にいた4番の人かな?あの人の打撃力もかなりのものだよね。プロでも即戦力な気がする。

 

(そんな白糸台には瑞希ちゃんもいるんだよね……)

 

絶対的な球を投げるエースの神童さん、2番手投手ながらもハイスピンジャイロと呼ばれるジャイロボールを操る新井さん、そして4番の大星さん……。この3人は白糸台の中でも頭1つ抜けてる気がするよ。それに加えて瑞希ちゃんもいるんだもん。

 

「さて……。次はこちらの攻撃だ。清本、殺ってこい!」

 

「は、はい!!」

 

皇さんののらりくらりとした球でも全国トップレベル……。本気を出したらどんな球を投げるのか、今から楽しみだよ。



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番外編 清本和奈の洛山生活47

2回表。この回は4番の私からだ。

 

「和奈ちゃん頑張ってーっ!」

 

「和奈ちゃんなら絶対打てるよ」

 

「ありがとう。行ってくるね!」

 

メアちゃんといたみちゃんの応援を背に打席へと向かう……。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

けど緊張しちゃうものは緊張しちゃう。結果は残してるとはいえ、この性格はどうにかならないかなぁ……?

 

「…………」

 

(このちっこいのが洛山の4番か……。外見だけ見ると、あの大豪月を越えてるとは思えへんけど……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

初球からコーススレスレのシュート。相当慎重に投げてるのが伝わってくるよ……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

今度はカーブ。これもコースギリギリなんだよね。下手に手を出すと、凡退になりかねない……。

 

「和奈ちゃん振っていかないね」

 

「コース的にも手が出し辛いからね~」

 

「なに。例えこの打席で打ち取られたとしても、清本は最後に必ず打つ……。清本和奈とはそういう打者だ!」

 

ベンチの皆は私を信じてくれている……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(この打席は非道さんみたいに様子見に徹しようと思ってたけど、今は皆の期待に応えたい……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

平行カウント。恐らく次の1球です決めてくると思う。

 

(候補としてはスライダーか、カーブか、シンカー。更に絞ってくと、その中でも1番変化の多い球を狙う……!)

 

と、表向きには皇さんの持つ球種の中で1番変化量が多いシンカーを狙うように動く。皇さんの5球目。そんな私の表向きの心理を逆手に取って投げるのは……!

 

(変化の小さい球……カットボール!)

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

「カットボールを捉えた!」

 

「タイミング完璧だね~」

 

「皇の奴……。カットボールを隠していたとはな。だが清本にそんな小細工は通用せん!」

 

「清本ちゃんも洛山に染まってきた証拠ですね~」

 

打球はそのままスタンドへ……。

 

「よくやった清本!この1点あれば充分だ!」

 

「まぁ追加点が取れるに越した事はないですけどね~」

 

大豪月さんがここまで言うって事は、1点勝負になるって事……。多分皇さんは京都でも1、2を争う、そして全国でもトップクラスの投手なんだ……。

 

(それでも今打った球は全力じゃないと思う……。皇さんが全力で相手を抑えに行く事はあるのかな?)

 

そんな気持ちを胸に、私はベンチに戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皇様」

 

「統堂……。清本和奈は私達の想像を越える打者でしたね」

 

「如何なさいましょう?」

 

「私はいつも通りに投げますよ。例えどのような事態になろうとも……」

 

「皇様……。私の方はいつでも皇様の全力を受け止める所存でございます」

 

「……肝に命じておきますね」

 

(全力……ね。きっとそんな気持ちはどこかで押し殺してしまうんやろうなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スコアは1対0のまま進んでいき、試合は終盤戦に突入する……。



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番外編 清本和奈の洛山生活48

試合は7回表。スコアは1対0のまま硬直しちゃってる。私も2打席目は四球だったし、非道さんや大豪月さんも1打席は皇さんに打ち取られてた。あれで本気じゃないなんて……。

 

「我々洛山がこのまま終わって良い訳がない……。皇の本気も見られぬままに終わって良い道理がないのだ!」

 

「そうですね~。のらりくらりと要所で抑えられるのは良くないですね~」

 

「このままでは不完全燃焼だ……。清本!奴の本気を引き出させろ!」

 

「で、でもどうやって……?」

 

「皇の相方次第で私は皇の本気を見られると思っている。あとはそれを貴様が打ち砕くのだ!」

 

皇さんの相方って、多分皇さんの球を受けている捕手の事だよね?名前は……統堂さんだっけ。彼女の冷静なリードも凄いよね。瑞希ちゃんと同等のタイプの捕手だと思うけど……。

 

「和奈ちゃん、この回先頭じゃなかったっけ?」

 

「あっ。そ、そうだった……。行ってくる!」

 

でも皇さんの本気を見るにはどうしたら良いんだろ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皇様。清本和奈の3打席目ですが……」

 

「2打席目と同様で良いでしょう。空振りが取れれば御の字。歩かせ気味でいきますよ」

 

「……ですが、皇様は本当にそれで良いのですか?」

 

「1打席目にホームランを打たれた時点で、私達の負けはほぼ確定しています。試合放棄をしないだけでも称賛に値しても良いのではないですか?」

 

(どうせ高校で野球も辞めるしなぁ……)

 

「皇様はどうして野球部に入ったのでしょう?」

 

「それは統堂もよくご存知でしょう?母の会社を大きくする為のデモンストレーション……。昨今流行りの野球で母の会社の名を上げる為です」

 

「しかし洛山高校には1度も勝てていません。そして今回も……」

 

「それは大豪月という強大な相手に私が劣っていただけの事……。母もそれについては納得してくれています」

 

「……それなら奥方様は皇様のピッチングをよくご存知だという事を頭に入れておいてください」

 

「……それはどういう意味ですか?」

 

「このままで奥方様が納得いく結果になるのか……という意味です。最後のイニング、最後のピッチングに皇様の悔いを残さないよう、投げていってください」

 

「統堂……」

 

(そんな事言われたって……仕方ないやん。ウチかてこのまま終わりたくないわで。も……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

これでカウントはボール3つ。このまま歩かされるのかな?

 

「フン。皇はこのままで良いのか?」

 

「あっちの事情をそれなりに知ってるだけあって、このまま終わると後味悪いですよね~」

 

皇さんの事情……?何かあるのかな?

 

(よくわからないけど、こうなったら粘ってみよう……!)

 

そう思い、とにかく当てに行く構えを取る。新しく得たこのスイングならきっとそういうのにも対応してるだろうから……!

 

 

ズバンッ!

 

 

(えっ……?)

 

『ストライク!』

 

突如、良い球がストライクゾーンを通った。



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番外編 清本和奈の洛山生活49

スリーボールからストライクゾーンへ、しかも良いコースにシンカーが決まった。これって……。

 

「フン。ようやく本気を出したか……。遅過ぎるくらいだ!」

 

「まぁ最後だからって意味合いもあるんじゃないですかね~」

 

本当に大豪月さんと非道さんの会話の通りなのかな?これは皇さんなりの意地な気もするけど……。

 

(皇様……)

 

(……まぁ高校最後になるやろうしな。このイニングの3人だけ本気で投げたるわ)

 

皇さんの真意はわからない。でも本気で投げてくれるのには変わらないから、私もそれに応えたい……!

 

(ちっこい1年坊やのに、でっかい威圧感撒き散らして……。本来なら2打席目みたいに歩かせるんやけど……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(まぁたまにはこういうのも良いやろ。統堂、全力で受けや?)

 

(仰せのままに)

 

これでフルカウント……。1球も捕手のミットに収めちゃ駄目になった。

 

(それなら来る球全て当てる……!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

カットボールにタイミングを合わせ、フェンス直撃のファール。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

続けてカーブ。急に遅めの球だから、少しタイミングが狂っちゃったよ……。覇竹打法がなかったらきっと空振ってたね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

続けてシュート。緩急を自在に操るから、狙いを絞らせてくれないよ……。

 

「和奈ちゃん、打ちあぐねているね……」

 

「確かに打ちあぐねているように見えるけど、和奈ちゃんなら心配ないんじゃない?」

 

「無論だ。清本はこの勝負を楽しんでいる……。そして貪欲にホームランだけを狙ってるから、あの手の変化球投手は大好物なのだ!」

 

「それに合宿で得た覇竹とも相性が良いですよね~。まさに清本ちゃんのようなスラッガーの為にあるスイングって感じ~」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

ストレートも大豪月さんよりも劣るものの、洛山の投手陣に負けてない……。この球も洛山での日々がなかったら、絶対に打ててなかった……。

 

(そう考えると私も成長してるんだって……。そう実感出来るようになった)

 

私をスカウトしてくれた洛山高校に感謝の気持ちを込めて……。

 

(この1球で決める!)

 

 

カキーン!!

 

 

「…………」

 

(訂正するわ統堂……。あと3人やなくて、清本含めてあと4人やったわ)

 

皇さん渾身のシンカーを捉えて、ポール直撃のホームラン。今まで打った球の中でも、トップクラスの凄い球だったよ……。

 

「……決まりましたね~」

 

「ウム。あとは私が抑えるだけだな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7回裏。大豪月さんは三者連続三振に抑え……。

 

『ゲームセット!!』

 

強豪の五条高校を相手に大豪月さんはノーヒットノーランを成し遂げた……。

 

(皇さんも、大豪月さんも、凄い投手だよ。全国にも中々いないんじゃないかなぁ……?)

 

あそこまでのレベルだと私が知ってる限りじゃ、白糸台の神童さんと……あとは朱里ちゃんくらいだと思う。

 

(朱里ちゃん達も今頃頑張ってるのかな……?)

 

確か決勝戦の日程が丸被りだった気がする……。どうしよう?



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番外編 清本和奈の洛山生活50

五条高校との試合から2日後。今日は京都府大会の決勝戦なんだけど……。

 

(今日は朱里ちゃん達がいる新越谷の試合とも被ってるんだよね。新越谷は絶対に脅威になるから、試合観戦は生でしておきたい。一昨日からずっと考えてたけど、答えが浮かばないや……)

 

もう瑞希ちゃんといずみちゃんに頼んで、観戦を撮って送ってもらおうかな……?

 

「何を悩んでいる清本?」

 

「大豪月さん……」

 

今日の日程に頭を悩ませていると、大豪月さんが声を掛けてくれた。誰かに話すと楽になりそうだし、私の苦悩を大豪月さんに話す事に……。

 

「成程な……。フン。どうするべきなのかは決まっているだろう!」

 

「そ、そうですよね……」

 

普通に考えたら、こんな悩みなんて可笑しいんだ。自分達の決勝戦の方が大事なのは当たり前……。

 

「五条高校以外の相手など取るに足らん!新越谷の試合を観戦して、その結果を見届けるが良い!!」

 

「えっ……?ええっ!?」

 

そっち!?そっちなの!?でも確かに一昨日に五条高校との試合が実質的な決勝戦って話はしてたね……。

 

「い、良いんですか……?」

 

「構わん!なんなら私と非道も埼玉まで赴いてくれるわ!!」

 

だ、大豪月さんと非道さんまで抜けるの……?試合の指揮とかどうするんだろう?

 

「……という訳で非道!」

 

「はいは~い」

 

「話は聞いてたな?我々3人で埼玉へと向かう。出陣の支度を済ませておけ!」

 

「了解で~す。試合の指揮は黒咲ちゃんと古賀ちゃんに任せておきますね~」

 

「うむ!」

 

な、なんかとんでもない事になってきたよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって埼玉の大宮球場付近。瑞希ちゃんと白糸台のエース投手の神童さんが一緒にいた。

 

「春以来だな大豪月」

 

「我が宿敵の神童ではないか!」

 

この2人からは因縁みたいなものを感じるよ。1年生の頃からやり合ってきたんだっけ……?

 

「おまえ達も新越谷の試合を観に来たのか?」

 

「フン!新越谷には我が洛山高校の清本が世話になった奴がいるそうだな!他にも優秀そうな奴がいれば、スカウトするという目的もある」

 

「スカウト……。おまえと非道が進学予定の仏契大学に誘うつもりか?」

 

「お眼鏡に叶う奴がいれば……な」

 

大豪月さんと非道さんは2人なりに私に同行した理由があるみたい。それにしても……。

 

(大豪月さんも非道さんも大学進学なんだ……。2人の実力ならプロも放っておかないと思うけどなぁ……?)

 

まるで決まっているような発言から、その大学へと進学する確固たる想いが秘められてそうだよ。

 

「そろそろ試合が始まりますよ~?」

 

「ム?もうそんな時間か。行くぞ非道、清本!応援席が我々を待っている!」

 

「は~い」

 

「は、はいっ!」

 

も、もうそんな時間なの!?もういずみちゃんが先に席を取ってるかも……。



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番外編 清本和奈の洛山生活51

球場に着いたのは試合開始ギリギリ。いずみちゃんが事前に場所取りしててくれたから、私達もすんなりと座る事が出来た。

 

『プレイボール!!』

 

あっ。試合始まっちゃった。本当に時間ギリギリだったよ……。 

 

「いよいよ始まりましたか……」

 

「今更だけど、私達……練習そっちのけで朱里ちゃん達の試合を観に来てるんだよね……」

 

試合観戦も練習の一貫とはいえ、ちょっと罪悪感が出ちゃうよ……。

 

「やー、気にしたら負けだと思うよ?それよりも……」

 

いずみちゃんの視線は私達……主に大豪月さん、非道さん、そして神童さんに向いていた。特に大豪月さんと非道さんの2人はいずみちゃんよりも全然大きい。な、なんか私の小ささがより際立っているように見えるのは気のせいだよね……?

 

「どうかしましたかいずみさん?」

 

「そっちは連れて来たんだ……って思ってね」

 

「ああ、私達の事は気にしないでくれ」

 

「ウム!可愛い後輩のライバル達が活躍する姿をこの目で焼き付けておかないとな!!」

 

「まぁそういう訳だからよろしく~」

 

半分は建前の理由なんだよねこれ。まぁ何1つ間違ってないけど……。

 

「え、えっと……。確かいずみちゃんは初めてだったよね?私の隣にいる2人は……」

 

とりあえずいずみちゃんは2人と初対面だし、私が特にお世話になってる2人を紹介しなきゃ。

 

「私の事は大豪月さんと呼びなさい!そして私の隣にいるのは相棒の……」

 

「非道で~す。よろしく~」

 

大豪月さんと非道さんの紹介が終わると、いずみちゃんは私に詰め寄って……。

 

(だ、大丈夫なの和奈!?あの2人に取って食われたりしてない!?)

 

(だ、大丈夫だよ。私もあの2人には良くしてもらってるし……)

 

(体格の差がエグいから、心配だよ……。特に非道って人の不気味な雰囲気がヤバいし……)

 

いずみちゃんは大豪月さんよりも非道さんに身震いしてるみたい。物腰が柔らかいから勘違いしがちだけど、大豪月さんとはまた違う圧を感じるよね。非道さんって……。

 

「まさか大豪月達がわざわざ埼玉まで他校の試合観戦に来るとはな?今日は確か京都予選の決勝だった筈だが……?」

 

そう。決勝戦と丸被りしてるのに、私達3人はこの試合を観に来てるんだ。

 

「そう言う神童だって来てるではないか。うちの4番と白糸台の不動のエースが興味を示しているチーム……。そして今日はそんなチームの決勝戦だからな!試合をブッチしてでも観に行くさ!」

 

「あっ、試合結果きましたよ~。18対6で私達洛山が全国の切符を入手しました~」

 

私達3人が抜けた洛山がどうなるかちょっと気になってたけど、心配は杞憂に終わったみたい。良かった……。

 

「ウム!やはり私達がいなくても問題なかったな!!」

 

「あはは……」

 

大豪月さんの発言に苦笑い……。多分メアちゃんといたみちゃんが手綱を握ってたんだろうなぁ。一応マネージャーとして属してる2人だけど、大豪月さんや非道さんと同等の権力を担ってるっての前に聞いたし、色々ちらつかせてたんだろうなぁ……。 

 

「……洛山って荒いチームだね~」

 

良くも悪くも、荒過ぎるんだよね……。私はもう慣れちゃったけど。

 

「今日の試合も和奈さん、大豪月さん、非道さんの主力3人が抜けても全国出場が容易いチームになっています」

 

「うちも洛山には苦しめられたからな」

 

洛山と白糸台……。この2校からただならぬ因縁を感じるんだよね。その詳細はちょっとだけ聞いた事があるんだけど、大豪月さんにとっては皇さん以上の強力なライバルなんだよね。白糸台の神童さんは……。

 

「洛山が2年連続ベスト4止まりなのは白糸台が準決勝で私達の進撃を阻むからだ!点も2、3点しか取れないし、練習試合ですらも打てないし!」

 

特に神童さんが投げる試合は本当に洛山でも点が取れない。神童さんからまともに打てるのは大豪月さんと非道さんだけだもん。

 

「今年は負けませんよ~?」

 

「望むところだ」

 

「私達白糸台も負けません」

 

あれ……?なんか殺伐とした雰囲気になってる? 

 

「おーい……。新越谷の試合とっくに始まってるよ~?」

 

「火花バチバチだね……」

 

私も洛山と白糸台の勝負の歴史に参戦する事になるのかな……?



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番外編 清本和奈の洛山生活52

試合開始。先攻は新越谷。

 

 

カンッ!

 

 

先頭打者の中村さんがシュートを流し打ち。打球はショートへのゴロに……って!?

 

『アウト!』

 

「うわー。あのショートってまさか……」

 

いずみちゃんも気付いたみたい。ショートだけじゃなくて、セカンドとセンターも……。

 

「ショートだけじゃないよいずみちゃん。セカンドとセンターにも……」

 

「本当じゃん……。よく見ると電光掲示板の1~3番ってあの姉妹だし……」

 

2番打者も3番打者もそれぞれセンターライナーとセカンドゴロ……。見てる限りだと、あの投手がセンターラインに打たせてるように感じる。

 

「お~、センターラインの3人は守備が上手いですね~」

 

「ウム。うちでは到底無理だな!」

 

大豪月さんが断言する。悲しいかな、確かに今の洛山じゃあの3姉妹のような守備は出来ない。多分トンネルしちゃうよ……。

 

「それはどうなんだ……。しかし本当に上手いな。守備範囲も尋常じゃないくらいに広い」

 

神童さんも絶賛してるところを見ると、あの姉妹の守備は本物なんだって思う。

 

「瑞希ちゃん、あの3人って……」

 

「うわ……。決勝戦であの3姉妹と激突ってキツいね~」

 

「そうですね。それに加えて園川さんのピッチング……。亮子さんのところが最大の山場……という訳でもありませんでした」

 

「あの3人を知っているのか?」

 

「はい。春日部シニアの鉄壁3姉妹と呼ばれた人達です」

 

三森3姉妹……。セカンドの三森朝海、ショートの三森夕香、センターの三森夜子の3人は春日部シニアで守備はもちろんの事、打撃方面でも男子選手以上の結果を残してたセンターラインの守備とその連携ならシニア一と言われても過言じゃないんだよね……。

 

「その通り名だけでも守備が上手いイメージがするね~」

 

「じ、実際私達も彼女達には苦戦しました……」

 

「和奈がホームラン打ってくれなきゃ負けてかもしれないしねっ☆」

 

冗談抜きでホームラン以外にあの鉄壁の守備を突破する手段がなかったんだよね。もしもホームランが打ててなかったら、引き分け再試合……なんて展開もありえたと思う。

 

「流石洛山の4番だ!先輩として鼻高々だぞ!!」

 

「だ、大豪月さん、恥ずかしいから大声で言わないでください……」

 

未だに持ち上げられる事に慣れてないんだよね……。このまま洛山で野球してたら、私も堂々と4番だって胸を張れるのかな?

 

そして1回裏。新越谷の現エースの武田さんが三者凡退。三振もそうだけど、あの姉妹を相手に上げさせるのは凄いと思う。ゴロだとほぼ確実に内野安打だったし……。

 

「初回はお互い三者凡退か……。春に全国を経験している美園学院に対して良い勝負をしているな」

 

「武田さんの方も調子は良さそうですね」

 

粱幽館を相手にした時の投球は朱里ちゃんの火消し以来、破竹の勢いで成長を続けている武田さん。この試合でもそれが顕著なのかも。 

 

「な、なんだあの魔球は!?インチキだインチキ!」

 

「大豪月さん、あれは多分ナックルスライダーですよ~。ちゃんとした変化球ですって~」

 

大豪月さんも本気で言ってる訳じゃないと思うけど……。

 

(そういえば昔の野球ではカーブのような変化球も魔球だと、インチキだと呼ばれてた時代があったらしいんだよね。瑞希ちゃんから聞いた話だけど……)

 

武田さんの決め球のナックルスライダーもそういった類いの変化球なのかもね。

 

「それよりもヨミって朱里がよく投げてたストレートを完全に物にしたんだね。いつの間に……」

 

「準々決勝で初めて投げる場面を目撃しましたが、いつでも投げられる代物になっています」

 

準々決勝は私といずみちゃんが来れなかった試合だけど、朱里ちゃんの代名詞と言っても良いレベルのストレートに見せた変化球を武田さんが投げられるようになってるんだよね。

 

「武田さんも成長速度が凄まじいね。まるで朱里ちゃんを見ているみたい……」

 

朱里ちゃんもリトルで怪我をして、シニアで復帰してからは、リトル時の比じゃないくらいに三振を取り続けてた……。今の武田さんはその時の朱里ちゃんに似てるんだ。

 

「そんな2人が新越谷のWエースを担っている……と考えると私達にとってかなり脅威的な相手になりますね」

 

「私達との対戦が楽しみだな」

 

「そうですね」

 

私も……武田さんとの対戦が楽しみだよ!



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番外編 清本和奈の洛山生活53

2回表。4番の雷轟さんの打順だけど……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

四球によって歩かされる。これってもしかして……?

 

「園川程の投手が歩かせる……となると、相当雷轟を警戒しているみたいだな」

 

「そうですね。雷轟さんがそれ程の強打者……という事でしょう」

 

今瑞希ちゃんと神童さんが話してる事以外にも多分もう1つ雷轟さんが歩かされた理由がある。瑞希ちゃんの方はそれを知っていて会話をしているようにも見えるけど……?

 

「フン!敬遠等という狡い真似は私ならせぬがな!」

 

「大豪月さんは正義学園の野球スタイルばりに正々堂々ですもんね~」

 

「せ、正義学園……?」

 

「な、名前からして堂々としてそう……」

 

非道さんから聞き慣れない単語が飛び交った。そんな名前の高校があるんだね……。

 

「正義学園は20年程前までは愛知県の全国常連校でしたが、今は地区中堅くらいに落ち着いています」

 

「あー、だから名前に馴染みがないのかな……?」

 

「瑞希ちゃんってそこまで調べてるんだね……」

 

瑞希ちゃんってもしかして野球部がある高校を全部調べてるのかな……?

 

『アウト!』

 

話している間にツーアウト。またしてもショートゴロに終わったみたい。

 

「サード寄りの打球なのに、ショートが処理するのか……」

 

「その方が確実……だからでしょうね」

 

三森姉妹が二遊間を守ってると、ファーストとサードは外野寄りに守る事が出来るんだよね。それがあの姉妹を獲得した最大のメリットだと思う。

 

「三森姉妹の連携、高校に入ってから更に成長していますね」

 

「あの3人自体も別に悪い人間……って訳でもないもんね。チーム全体からも信用されているっぽいし」

 

確かに……。余程信頼されてないと、あのように奔放な動きは出来ないと思う。あれくらい自由に動けるのは多分他だと静華ちゃんくらいしか知らないよ。そういえば……。

 

「いずみちゃんって3姉妹と仲良いの?」

 

「アタシは友達だと思ってるよ。中学ではそこそこ一緒に遊んでたし、特に夕香とは結構趣味が合ったりするんだよね☆今でもメールとか結構してるし」

 

「相変わらずいずみちゃんはコミュ力高いね……」

 

今いずみちゃんは東京の高校に通ってる筈なのに……。

 

「まぁでも野球の話とかはしなかったからね~。だからアタシもこういう事態を知らなかった訳だけど……」

 

「そうなんだ……」

 

いずみちゃんのコミュニケーション能力の高さには脱帽しちゃうよ……。

 

「まぁ私達ならあんな守備なんて関係ないけどな!」

 

「ホームランを撃てば解決ですもんね~」

 

「おまえ達はそうだろうな……」

 

洛山の打力の高さだと最終的にそういう結論になるのかな?

 

「でもこうなるといよいよ1点もあげられないよね」

 

「それはお互いそう思っていそうですが……」

 

新越谷からしても、美園学院からしても、1点重く見なきゃだから、守備にも打撃にも相当神経を割かなきゃいけない……。結構苦しい試合になりそうだね。



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番外編 清本和奈の洛山生活54

試合は4回裏。美園学院の攻撃は2番からの好打順。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「2球見逃したね」

 

「待球戦法は三女の夜子が使ってるイメージが大きかったけど、夕香もそれに肖ってるのがな?」

 

球を見極めてるのかな?武田さんは結構球種が豊富だから、狙い球を絞るのに手間取っているようにも見えるけど……?

 

 

ガキッ……!

 

 

「打ち取った……けど、あの当たりは良くないね」

 

「あれじゃ3姉妹の走力の餌食だもんねー」

 

三森3姉妹の走力だとやってる事はセーフティバントとなんら変わりないよね……。

 

『セーフ!』

 

「キャッチャー前の打球ですら問答無用でヒット扱いか……。あの走力はかなり厄介だぞ」

 

ゴロを打たせると内野安打扱い……というのが三森3姉妹の打撃の特徴なのかも?

 

「3姉妹の得点パターンに入っちゃったね……」

 

「川越シニアにいた時は朱里のお陰で塁に出さずに済んだけど、ここから二盗三盗は当たり前で、そこから確実に1点を取りに行く流れになってるんだよね。本当に厄介だよ……」

 

シニアの時は本当に朱里ちゃんに救われてた。三森3姉妹を悉く三振に抑えていたから……。でも今のこの状況……。1点は確実だろうね。

 

そしてあっという間に三盗を決められ、ノーアウト三塁。

 

「足速いな……。あの3姉妹は全員あれくらい速いのか?」

 

「そうですね。細かい差違はありますが、3人共あのように二盗三盗は容易く出来るでしょう」

 

あの姉妹の走力に差違があるんだ……。瑞希ちゃんの情報力と慧眼っぷりに脱帽だよ。

 

「アタシもあれくらい速くなれたら良いんだけどねぇ……」

 

いずみちゃんが羨ましそうに言ってるけど、あの走力は常識の範囲から出ちゃってるような気がするんだよね。それに……。

 

「あれよりも速い……ってなるとあの子だけかも知れないね」

 

「あの子……?あれよりも上がいるのか?」

 

神童さんが呆れながら聞いてるけど、いるんだよね。あれよりも上が……。

 

「私達と同じシニア出身で主に代走や守備で途中出場する事が多かった人です。和奈さんが言うように彼女ならあれよりも素早く盗塁を成功させるでしょう」

 

そんな選手が村雨静華ちゃん。同じチームにいたのは4ヶ月くらいだったけど、それでもちゃんとした結果を残してきたんだよね。今何してるんだろ……?

 

「盗塁とかチマチマするのは好かんな。野球の基本はホームランと三振だ!」

 

「それを基本にしてるのはうちだけでしょうね~」

 

大豪月さんの言う基本も間違ってはないんだけどね。そっち方面に全振りし過ぎって感じだよね。洛山の野球は……。

 

『アウト!』

 

3番は武田さんの球を打ち上げて、ショートフライ。でも打球の深さと、三森3姉妹の走力を考えると……。

 

「走った!?」

 

やっぱり走るよね……。

 

「おいおい。まさか内野フライでタッチアップを成立させるつもりなのか?」

 

「それを可能とさせるのがあの3姉妹でしょうね。シニア時代もあれくらいのフライなら、タッチアップをしていました。普通の選手で言うところの外野フライと大差ないでしょう」

 

実際に当たるとかなり厄介だし、今の内に対策とか考えた方が良いのかな……?



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番外編 清本和奈の洛山生活55

5回表。0対1で新越谷が負けているけど、そんな新越谷にとって最大と言っても良いレベルのチャンスが訪れる。

 

「ノーアウト二塁・三塁……。ヒット1本で逆転出来るんじゃない?」

 

普通なら短打でも2点取れそうな状況。でもそれは普通なら、普通の相手なら……って話だよね。

 

「それだけではありませんよ。見てください」

 

『ボール!フォアボール!!』

 

それだけじゃなく、次の打者を敬遠。これでノーアウト満塁になった。 

 

「け、敬遠!?」

 

「一塁が空いているからか……。三森達は守備範囲がかなり広いし、三重殺狙いと見て良いな」

 

三森3姉妹が得意とする三重殺狙いのシフトは私達も見覚えがある。センターラインの3人が大きく前進して、ファーストとサードがそれぞれ外野寄りに守る……。これによって内野3人、外野4人という状況が作り出せる三森3姉妹がいるチームだけが出来る唯一無二の守備シフトだよね。

 

「うわえっぐ……。あんなの内野に飛ばしたらトリプルプレーになるんじゃないの?」

 

「セカンドとショートが実質的にファーストとサードも守ってるようなものだから、本来のファーストとサードは少し外野寄りに守れるね……」

 

改めて聞くとよく出来てるよね。あの姉妹が考えたのかな?

 

「こういったシフトの利便性を唱えるのは守備方面の知識が豊富でないと不可能でしょう」

 

「それを監督に通せるなんて、膨大なリスクも承知だろうに……」

 

「リトルシニア時代にも三森3姉妹がいるチームで度々このシフトが見受けられました。このシフトのお陰で取れた二重殺が通算150回、三重殺が通算75回ですね」

 

あ、改めて聞くと、凄い事をやってるよね。リスク以上のリターンがあのシフトにあるみたい……。

 

「フン!あのような小賢しいシフト等ホームランを打てば解決するぞ!」

 

「まぁそれが簡単に出来ないから新越谷の川崎ちゃんは苦労してるんでしょうね~」

 

洛山と新越谷じゃ地力の差が違い過ぎるから……。雷轟さんには及ばないまでも、それに近いレベルのスラッガーが量産されてるのが洛山だから、大豪月さんの発言で解決が出来る訳で……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

スクイズ狙いも空振りに終わる。しかも……。

 

「えっ?嘘!?」

 

「ま、まだ前に出て来るの!?」

 

今のスクイズ空振りを見て、二遊間が更に前進。ち、近過ぎるよ。打者との距離が3メートルくらいしかないよ。

 

「あれ打撃妨害になるんじゃないのか……?」

 

「審判も戸惑っていますが、続行されているという事は特に問題ない……という事でしょう」

 

今までの野球史上にない光景だから、誰だって戸惑うよ……。

 

 

コンッ!

 

 

「プッシュバント!?」

 

「内野の頭を越えた!」

 

強引に取ったシフトはプッシュバントによって、越えられた。ひとまずこれで同点だね。

 

「だがセンターのカバーも早いな。予めこうなる事は予測していた……という訳か」

 

冷静に考えると、センターのカバーありきのシフトだよね。でも相当な練習をしてなきゃ、あんな極端なシフトは出来ないよ……。

 

 

カツーン!

 

 

打者が放り投げたバットにセンターの送球が当たる。ま、また滅多にないアクシデントが……。

 

「あちゃー。これは同情しちゃうね……」

 

「一応センターの送球ミス……で良いんだよな?」

 

「彼女も必死だったのでしょうね」

 

なんだかわちゃわちゃしてる間に、新越谷は逆転に成功していた。

 

「それにしても予想外の展開だったね……」

 

「三森3姉妹がバントを警戒して前に出過ぎた事と、川崎さんが慣れていないであろうプッシュバントに対応しきれなかった事……。これ等が上手く守備のリズムを崩しましたね」

 

た、確かに予想外の出来事が続き過ぎた結末なのかも……。

 

「でも2点目のやつは完全にアクシデントじゃん。これはちょっと美園学院の投手が可哀想かもね~」

 

「私達ならバント等という姑息な真似は絶対にさせないがな!」

 

「だ、大豪月さん……。バントは立派な野球の戦術ですよ」

 

バントを始めとする小技は日本野球の代名詞と言っても良いよ。スラッガータイプになりつつある私が言っても説得力がないけど……。

 

「諦めなよ清本ちゃん~。大豪月さんの……というか今の洛山の野球は今大豪月さんが言った野球が基本なんだからね~」

 

(まぁ大豪月さん達が引退した後はそれなりにマシになってるだろうけどね~)

 

「うひゃー、洛山相手に小技とか仕掛けたら怒鳴られそう……」

 

いずみちゃんは長打力もあるけど、小技重視の打者だからね。1番打者なだけあって、出塁が最大の目的みたい。

 

「まぁ大豪月がいる限りはそうなりそうだな……。だが小技は日本野球の代名詞でもあるんだぞ?」

 

「野球はホームランか三振だ!!」

 

「……最早この人は末期かも知れませんね」

 

そ、そんな大豪月さんだからこそ、色々な人が着いて来るんだよ?私もなんだかんだ大豪月さんの人柄は好きだし、尊敬出来るよ?



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番外編 清本和奈の洛山生活56

5回裏。さっきとは一変して、新越谷はピンチを迎えた。

 

「雷轟の守備や捕球は今後の課題になるかもな」

 

「そうですね。全国出場チームはその隙を突いて勝つチームばかりです」

 

今の状況は雷轟さんのエラーから始まっているみたいだけど、野球始めて3ヶ月ちょっとの人に背負わせ過ぎるるのは良くないんじゃないかなぁ……?

 

「この決勝戦は互いに攻撃面では小技をぶつけあって、守備面では両エースが奮闘している……。良い試合だな」

 

「しかし雷轟さんが歩かされる以上、新越谷はそれ以外の総合力で美園学院と渡り合わなければなりません。現状は互角ではありますが、点を取られると不味い展開になるでしょう」

 

「一進一退の攻防が続く展開だね……」

 

こうなってくると、投手戦になるかも……。

 

「フン!私はチマチマしてて好かんな!もっと豪快なホームランとかを私は見たいんだよ!!」

 

「それを得意としている新越谷の4番ちゃんは歩かされていますからね~」

 

「た、確かに……。これって本当に新越谷が勝てるのかな?」

 

「どうでしょうね。ですが新越谷は選手層が圧倒的に薄いのが痛手になっているのは確かです」

 

確かに選手層の差がかなり大きそう……。でも薄い選手層にも利点はちゃんとある。新越谷がここまで勝ち上がれて来れたのも、その利点を良く活かしてるからなんだよね。

 

「それに次は3姉妹の中でもカットが上手い朝海だもんねー」

 

「この場面が武田さんにとって正念場になりそうですね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「凄……。カット打ちに長けてる朝海相手にバットを振らせてないじゃん!」

 

「結構球数投げてると思うのに、あの勢いは凄いね……」

 

ここまでで70球以上は投げてると思う。武田さんはイニングを追う毎にギアを上げていて、しかも底が全く見えないって感じ……。新越谷にとっては武田さんと雷轟さんの存在にかなり助けられてそうだよね。

 

「あっ!?」

 

「捕手が逸らした!?」

 

しかし最後には振り逃げでランナーを出してしまう。ランナーが三森3姉妹っていうのが良くないよね……。

 

「最後は強引に振り逃げを狙いに行ったか……」

 

「フン!私の投げる豪速球ならばあのような狡い手は使わせないがな!」

 

「大豪月さんが言うと説得力が違いますね~」

 

確かに非道さんとか瑞希ちゃんなら、そういうのは許さなさそうだよね。しかも今のは表向きには打ちに行こうとしているようにも見えるから、意図的でも守備妨害にはならないんだよね……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「今の振り逃げで崩れなくて良かったねぇ。後続の打者も問題なく抑えられたよ」

 

「こうして見ると武田さんはエース向きの選手ですね。圧倒的な変化球、それに合わせるストレート、本気で投げるストレート、物怖じしないメンタル、強打者との勝負に対するモチベーション等……。エースに必要な要素が揃っています」

 

瑞希ちゃんにここまで言わせる投手、武田さん……。それはきっと私にとっても手強いライバルになるよね?対決が今から楽しみだな……。



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番外編 清本和奈の洛山生活57

両チーム譲らない展開が続き、遂に7回表まで進んだ。

 

「武田と園川だけを見るなら、どちらの学校が勝っても可笑しくはない。そうなると総合力の勝負だが……」

 

「客観的に見れば美園学院の方が圧倒的に上……。ですが新越谷高校は時折魅せてくれますからね」

 

「魅せる?」

 

見せるじゃなくて……?何が違うの?口頭では絶対に伝わらないよね?まぁなんとなく瑞希ちゃんの言いたい事はわかるけどね?

 

 

カンッ!

 

 

先頭がレフト前にヒット。三森3姉妹の射程の外を上手く狙ったヒットだね。

 

「今のヒットもギリギリ……といったところだろう。あと2メートル程ショート寄りにずれていたら、間違いなくアウトだった」

 

「どんな形であれヒットはヒットです。新越谷は折角出来たチャンスを活かしたい場面ですね」

 

今のヒットを皮切りに、新越谷の打線は……。

 

 

コンッ。

 

 

「バント……」

 

『アウト!』

 

「これでワンアウト二塁!」

 

気が付けばチャンスを作っていた。

 

 

カンッ!

 

 

「今度は打ち上げたけど……」

 

『アウト!』

 

「このアウトでタッチアップを成功させてツーアウト三塁!」

 

ツーアウトなのがネックだけど、打球が抜ければ1点確定……。なんとしてでも点を取りたいよね。

 

そして次の打者は武田さんだけど……?

 

(なんだろう?これまでの武田さんとは少し違う……?)

 

「……?武田の雰囲気がこれまでとは少し違うな?」

 

「神童さんも気付きましたか……」

 

「まぁな。それに大豪月と非道も今の武田に何かを見出だしているようにも見える」

 

瑞希ちゃんと神童さん、そして大豪月さんと非道さんも武田さんの違和感に気付いてるみたい。良い意味での違和感に……。

 

「何々……?ヨミがどうしたの?」

 

「……状況を軽く整理すると、武田さんがこの場面で決めてくると予測しているのですよ」

 

武田さんの様子に気付いてないいずみちゃんに、瑞希ちゃんが状況説明。そして瑞希ちゃんの言うように、今の武田さんからは何かやってくれる……そんな予感がするんだよね。

 

 

カキーン!!

 

 

予感は現実に……。武田さんが放った打球は低い弾道を描きながらも、センタースタンドへと入っていった。

 

「こ、これって……」

 

「武田さんがホームランを打った……って事だよね?」

 

「そうですね」

 

多分このホームランは試合を決定付ける一打……。これで新越谷の勝利はほぼ確定と見て良いかな?

 

「い、今のホームランは熱かったねー。アタシ心臓がバクバク言ってるもん」

 

「入るか入らないかの瀬戸際……。打力が低い武田さんだからこそ打てたホームランですね」

 

武田さんのホームランに魅せられたのは、いずみちゃんだけでなく……。

 

「ウム、あれも私好みのホームランだな!ピッチングと言い、武田詠深は中々骨のある奴だ!!」

 

大豪月さんもあのホームランに魅せられたみたい。嬉しそうに喋っているのは、非道さんじゃなくともわかるかも? 

 

「大豪月さん、嬉しそうですね~」

 

「あのホームランを見ていたら練習したくなったぞ。非道!清本!帰って練習だ!!」

 

「了解で~す」

 

「は、はい!」

 

最後まで見たい気持ちはあったけど、ここから新越谷が負ける事はない……よね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日のニュースで、新越谷高校が全国大会出場の告知が流れた。

 

(い、いよいよ朱里ちゃん達と全国の舞台で戦う事になるんだよね……)

 

気持ちを少し高揚させて、私は今日も練習に励む。



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番外編 清本和奈の洛山生活58

府大会が終わって3日。いつも通り朝起きて、今日の予定を組み立ててるんだけど……。

 

(今日はメアちゃんもいたみちゃんもいないし、1人で自主練かなぁ……)

 

1人で自主練をしようと思ってると、スマホが鳴る。瑞希ちゃんから……?

 

「もしもし……?」

 

『おはようございます和奈さん。お時間大丈夫でしょうか?』

 

「う、うん。大丈夫だよ……?」

 

瑞希ちゃんは何の用事で掛けてきたんだろ?まぁまだ予定ないし、時間は大丈夫なんだけど……。

 

『ありがとうございます。それで用件ですが……』

 

瑞希ちゃんの用事を簡潔にまとめると、3日後に新越谷へ行って試合をするみたい。朱里ちゃん達と一足早く試合が出来るんだ……!

 

「……私としては行ってみたいな」

 

『そうですか。では改めて3日後に決行します。そちらで主力の選手を可能な限り誘っておいてください』

 

そう言って瑞希ちゃんとの通話が終わった。今の言い方だと、他にも誘ってる人がいるのかな?試合をするとしたら、結構な規模での混合試合になりそう……。

 

(誰を誘うかは置いといて、大豪月さんと非道さんには言っておこうかな……)

 

なんならあの2人は喜んで着いて来そうだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程……。面白い!無論私も行くぞ!」

 

「大豪月さんの行く道にはどこまでも着いて行きますよ~」

 

今回の経緯を話すと、二つ返事で2人共行く事になった。非道さんの場合は大豪月さんが行くなら……って感じみたいだけど。

 

「3日後が楽しみだ!」

 

「新越谷の最新データも採取出来そうですね~」

 

新越谷に行くのは、私を含めたこの3人になった。本当ならメアちゃんといたみちゃんも誘いたかったんだけど、しばらく帰ってこないって言ってたから、少し残念……。あの2人って何をしてるんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして3日後。新越谷高校へと集まったのは……。

 

「今日はよろしくな!」

 

「まぁ私達はベンチスタートだがな」

 

「何ぃ!?」

 

「まぁまぁ落ち着いてください~」

 

まずは大豪月さんと非道さんに加えて神童さん。

 

「また新越谷と試合が出来るとは思ってなかったな」

 

「新越谷のデータを得るチャンスですね!」

 

「次は負けない」

 

粱幽館の中田さんと陽さん、シニアで一緒のチームだった友理さん。粱幽館といえば、はづきちゃんも来てるよ。

 

「私もこの試合で準決勝のリベンジをするとしよう」

 

「頑張ろうね亮子ちゃん!」

 

咲桜高校から田辺さんと亮子ちゃん。

 

「亮子張り切ってるね~!」

 

「でも全国を前にこんな試合が出来るとは思わなかったね……」

 

「うんうん。機会を作ってくれた瑞希ちゃんには感謝しないとね!」

 

「今日は良い試合にしましょう」

 

最後にいずみちゃん、はづきちゃん、そして瑞希ちゃんと私で総勢12人。なんとも豪華なメンバーになったね……。



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番外編 清本和奈の洛山生活59

新越谷高校野球部との顔合わせ……。新越谷の人達が初対面なのは大豪月さんと非道さんだけなので、2人の紹介をする事に。

 

「私の事は大豪月さんと呼びなさい!」

 

「非道で~す。よろしく~」

 

2人が軽く自己紹介を済ませた後、川口さんが何人かにサインを要求してた。どうやらサインを要求した川口芳乃さんは有名選手のサインを集めているみたい。あと私もサインを頼まれたけど、サインの書き方なんてわからないよ……。

 

……というやりとりの後、新越谷と私達で試合をするんだけど、チームをまとめるキャプテン的な存在が必要だよね。

 

「さて……。とりあえず誰がこのチームをまとめるんだ?」

 

切り出したのは粱幽館の中田さん。学年的な意味だと3年生の誰かなんだろうけど……。

 

「経由して来た面子も多少はいるが、この合同試合の切欠を作ったのは二宮だ。それならその立役者にこのチームをまとめてもらいたい」

 

その質問に対して答えたのが神童さん。私も瑞希ちゃんが適任だと思うな。瑞希ちゃんの提案がなかったら、ここにはいなかった訳だし……。

 

「……と私は思っているが、皆はどうだ?」

 

「神童がそれで良いのなら、私は異論なしだな!」

 

「まぁ反対の理由はないですね~」

 

神童さんが私達に意見を求める。大豪月さんと非道さんは賛成。

 

「それが最善なら反対の理由はない」

 

「そうだな。神童は二宮をかなり信頼しているようにも見えるし、私達も信じるべきだろう」

 

「それに瑞希さんの指揮力は私も存じていますし、この面子もまとめられると思います」

 

はづきちゃん以外の粱幽館メンバーも賛成。特に友理さんはシニアで一緒だったし、瑞希ちゃんの事はわかってるしね……。

 

「皆からの信頼も厚そうだし、反対の理由はないかな」

 

咲桜の田辺さんも賛成。そして……。

 

「まぁアタシ達は今更言う事はないよね?」

 

「そうだな」

 

「瑞希ちゃんが適任だね!」

 

「が、頑張って瑞希ちゃん!」

 

いずみちゃん、亮子ちゃん、はづきちゃん、私も反対する理由はないから、賛成。よって満場一致で瑞希ちゃんがまとめ役になったよ。

 

「……わかりました。僭越ながらこの場は私が指揮を取ります。とりあえずオーダーを決めましょう」

 

まずはオーダー。瑞希ちゃんの話によると、大豪月さんと神童さんはベンチスタートらしい。

 

「そうだな。とりあえず……私と大豪月は先程も言った通りベンチスタートを希望する」

 

「くそっ!私には見る事しか出来んのか……!」

 

「まぁまぁ大豪月さん、その内出番がありますって~」

 

決めにくかったのは投手だけだったから、この2人がベンチなら、自ずと決まってきそうだよね。

 

「あ、あの……。私はマネージャーを希望したいのですが……」

 

「……まぁマネージャーはいた方が良いな」

 

そして友理さんがマネージャー希望。私達の総数が12人だから、試合に出る9人はこれで決まったね。

 

「私と亮子ちゃんは大会でも二遊間で出てたし、それで良いんじゃないかな?」

 

「データを見ると亮子さんがショート、田辺さんがセカンドで出場している試合が多いですね。わかりました」

 

咲桜の2人が二遊間に決定。まぁ同じ高校だし、連携は心配なさそうだね。

 

「アタシと陽さんは外野で確定で良いんだよね?」

 

「そうですね。いずみさんがレフト、陽さんがセンターで行きますが、それで良いですか?」

 

「それで問題ない」

 

外野メインのいずみちゃんと陽さんがそれぞれレフトとセンターに決定。こうなってくると、ライトも決めた方が良いよね……?

 

「はづきさんが実は二刀流を目指しているという話を入手したのですが……」

 

「ちょちょちょ!?それまだ梁幽館の人達にしか言ってないトップシークレットなんだけど!?瑞希ちゃんはどうやってそれを知ったの!?」

 

なんかはづきちゃんが凄く動揺してる……。瑞希ちゃんの前に隠し事は出来ないと思うんだよね……。

 

「知りたいですか?」

 

「……やっぱ良いや。それで?私がライトに入れば良いの?」

 

「待ってくれ。ライトには私が入ろう」

 

「えっ?奈緒先輩!?」

 

「はづきはまだまだ発展途上。奈緒の方が外野の完成度が高いし、試合に勝つには奈緒を外野に入れた方が良い」

 

「秋先輩……」

 

「卒業までの間、可能な限り色々と教える」

 

「お、お手柔らかにしてくれると助かります……」

 

粱幽館ははづきちゃんを野手として徹底的に鍛えるみたい。この試合では先発投手を担当するけど……。瑞希ちゃんの言うように、二刀流を目指すのかな?

 

「私はファーストに入るから、清本ちゃんはサードをよろしく~」

 

「えっ?は、はい!」

 

最後に私がサード、非道さんがファーストになった。そして打順は……。

 

 

1番 レフト いずみちゃん

 

2番 センター 陽さん

 

3番 ショート 亮子さん

 

4番 サード 私

 

5番 ライト 中田さん

 

6番 ファースト 非道さん

 

7番 セカンド 田辺さん

 

8番 キャッチャー 瑞希ちゃん

 

9番 ピッチャー はづきちゃん

 

 

このようになった。

 

「オーダーはこれで行きたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

 

『異議なし!』

 

特に反対意見もないので、オーダーはこれで決まったね。

 

『よろしくお願いします!!』

 

挨拶を済ませて試合開始。なんだかワクワクしてきたよ……!



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番外編 清本和奈の洛山生活60

私達混合チームは後攻。私はサードに付きながら、バッテリーに注目する事に……。

 

「さて……。はづきさんとバッテリーを組むのも数ヶ月ぶりとなりますが……」

 

「今更瑞希ちゃんの実力は疑ってないって!進化した私の球も簡単に捌けるよ!」

 

「……まぁはづきさんが問題ないと言うのなら良いでしょう」

 

瑞希ちゃんとはづきちゃんのバッテリーを見るのはシニアぶり……。瑞希ちゃん的にははづきちゃんの成長を間近で感じられるチャンスなのかな?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(はづきちゃんのフォームが変わってる……!?)

 

夏大会までのはづきちゃんはサイドスロー。でも今のはづきちゃんはスリークォーターになってる……。こんな短期間で完璧なフォーム変更が出来るものなの!?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!』

 

2球目はスライダーで空振りさせて、3球目に投げたのはかつてはづきちゃんが中村さんに打たれた変化の小さいスクリューだった。あのスクリューだって、本来は空振りを取るものじゃなかったのに……。

 

(それだけはづきちゃんが成長してるって事だよね。私も負けてられないなぁ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2番、3番と凡退に仕留め、チェンジとなった。

 

「よっし!じゃあ行ってくるねっ☆」

 

私達の攻撃に入り、先頭打者はいずみちゃん。武田さん相手には2三振してるみたい。いずみちゃんを三振させるってかなりの実力だよね……。

 

(本来ならもっと後になる予定だった新越谷との勝負……。今はこの瞬間を楽しまないとね!)

 

 

カンッ!

 

 

(アタシの仕事としては後続の人達の為にヨミの球種を探る事だけど、まずは練習試合のお返し!)

 

いずみちゃんは初球打ち。外野前へと綺麗に打球を落とし、ヒットとなった。

 

「……余程練習試合の三振が堪えたみたいですね」

 

「だね。初球から悪球打ちなんて、ずっとお返しを考えてたのかな……?」 

 

(いずみさんは多少のボール球でも安定させてヒット性の当たりにする事が出来る……。藤和の人達もこの技術を買って1番に選出してるのでしょう)

 

事の真意はいずみちゃんにしかわからないけど、とりあえずはチャンスメイクが出来た事を喜ぶべきなのかも。

 

「彼女のバッティングは自由だな」

 

「それがいずみさんの持ち味でもあります。シニアでも悪球打ちが出来る数少ない1人でしたから、武田さんのナックルスライダーを強引にヒットに出来ました」

 

私も出来なくはないけど、こんな身体だし無理にはしない……と思う。私も結構打ち気だからね……。

 

いずみちゃんのチャンスメイクによって、先制のチャンスが生まれた。瑞希ちゃん的にはなんとしても点を取りに行きたいだろうね……!



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番外編 清本和奈の洛山生活61

ノーアウト一塁。2番に入るのは、粱幽館の陽さん。いずみちゃんの打席を凝視してたけど、ライバル意識してるのかな……?

 

(よーし、じゃあ初球から行っちゃおっかな~♪)

 

いずみちゃんは盗塁を試みてる……。リードも結構大きいし、バッテリーには警戒されちゃうんじゃないかな……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

いずみちゃんはすかさず盗塁。

 

『セーフ!』

 

ウエスト球じゃない分、楽に盗塁が出来たね。

 

「盗塁のスタートは良かった……。君が指示を出したのか?」

 

中田さんが瑞希ちゃんに尋ねた。この試合では瑞希ちゃんが監督を兼任してるようで、陽さんの待球の指示も瑞希ちゃんが出しているらしい。

 

「私は何も指示していません。いずみさん自身ヒット1つで得点に繋がるように動いたのでしょう」

 

「川越シニア出身の人間は皆自我が強いのか……?」

 

「……悪く言えば荒くれ者の集団ですからね。勿論キチンと指示を聞く人もいます。梁幽館にいるあの2人がとても良い例でしょう?」

 

「……納得だな」

 

な、なんだか川越シニアの風評被害が……。女子選手は男子選手程やんちゃじゃないから……じゃないよね?

 

 

カンッ!

 

 

陽さんが打った打球はセカンドゴロ。アウトにはなっちゃったけど、いずみちゃんは三塁に到達してるし、最低限の役割は果たせたと思う。

 

「お願いしますね。亮子さん」

 

「任せておけ」

 

(武田の球種で要注意なのは大きく曲がるナックルスライダーとツーシーム、そして速めのストレートに朱里が投げていたストレートに見せた変化球の4つ……。それ等が上手い具合に噛み合って、相手打者を打ち取る……というのが武田の基本戦術だ。瑞希のサインは得点重視。それなら私は浅いゴロか三振に気を付けていけば良い)

 

次は亮子ちゃん。亮子ちゃんなら確実にいずみちゃんを還すバッティングをしてくれる筈……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

とか思ってたら、あっという間にツーナッシング。でも亮子ちゃんはきっと打ってくれる……!

 

 

カンッ!

 

 

3球目。亮子ちゃんの放った打球はセンター正面のライナーになりそう……。

 

『アウト!』

 

でもいずみちゃんのタッチアップには充分だよね。

 

「たっだいま~☆」

 

いずみちゃんも還ってきて、私達が先制。次は私の番だし、頑張ろう!

 

「和奈、武田の球はここ1番で伸びてくる……。気を付けろ」

 

「亮子ちゃん……?」

 

「さっき打った打球は私の感触的にフェンス直撃だと思っていた」

 

「でも結果はセンターライナーだった……か」

 

「和奈なら心配はないだろうが、急に伸びてくる球に注意してくれ」

 

「……うん。アドバイスありがとう亮子ちゃん!」

 

アドバイスをもらっても、私のやる事は変わらない。球を見極めて、思い切りバットを振るだけ!



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番外編 清本和奈の洛山生活62

1点は取れたけど、ランナーがいなくなっちゃった……。

 

「い、行ってくるね!」

 

「和奈ファイト~!」

 

ホームランを打てるならそれに越した事はないけど、次の打者に繋いでいきたいな……。

 

「彼女が洛山高校の4番なのか……。小柄な体型からは全く想像からは出来ないな」

 

あれあれ?なんか失礼な声が聞こえるよ?そういう事は心の中で留めておいてね?

 

「ウム!我が洛山でもホームランの数はトップ!甘いコースなら軽々場外よ!!」

 

高校通算ならまだ大豪月さんの方が多いけどね。追い抜けるかなぁ……。

 

「……その発言が決して大袈裟ではないのが和奈さんですね」

 

何人かは知ってると思うけど、ちゃんとした結果は残してるよ。あとは身長さえ伸びれば完璧なんだよね……。

 

「この試合でも見れるかな~?和奈の場外弾」

 

「どうでしょうね。武田さんも良い投手ですから、借りに打たれたとしてもそう何度もホームランにする事は難しいかも知れません」

 

別に飛距離には拘ってないけど、場外を期待されてるの?確かにシニア時代は結構場外へのホームランを打ってた気がするけど……。

 

(それに武田さんが凄い投手だっていうのは、全くのその通りなんだよね。朱里ちゃんがエースナンバーを譲る事になるレベルの投手……。それが武田さんなんだから)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

初球はボール。外角高めに外れた。

 

(でも今のコースなら、当てる事は出来る。恐らく次に投げられる球は今のコースから更に外へ曲がる球……!)

 

2球目。投げられたのは、予想通りのコースに大きく曲がる球……。

 

(予想通り!)

 

合宿で身に付いた球を見極める技術がここで役に立ったよ。あとは踏み込んで打つだけ!

 

 

ガッ……!

 

 

「詰まらせたか……。あの身長であのコースに当てる事自体が難しかったのだから、仕方ないな」

 

確かに当たり的には詰まってるけど、多分これでいける筈……!

 

「……いえ、どうやらアウトと捉えるのは早計のようですね」

 

「何……?」

 

 

ガシャンッ!

 

 

力のない弱い打球だったけど、なんとかポール直撃まで行った。高校に入ってから更にパワーを身に付けた気分だよ。

 

「和奈さんは高校に入って更にパワーを付けましたね。洛山でなければ、今の当たりをホームランにする事は難しいでしょう」

 

瑞希ちゃんが言うように、洛山じゃなかったらここまで強引に打ちにいかなかったかも……。

 

「フハハハ!あれが我が洛山高校の4番打者……清本和奈よ!」

 

「これにはプロスラッガーもびっくり~」

 

来た球を本能的に打っただけだから、そこまで凄い事でもないと思うけどね。覇竹スイングもその延長線上な気もするし……。

 

「いやいやいや、可笑しいだろう!何故あんな体勢を崩した……というか転んでいたぞ!?それなのにどうしてあの当たりが出せる!?」

 

確かに最終的に転んじゃったよ。下半身もちゃんと鍛えないとなぁ……。

 

「やー、アタシ達は慣れてたからそんなに驚いてないけど、やっぱり可笑しいですよね~」

 

「それはそうだろう。シニアにいた頃でも何回かあんな風に和奈がホームランを打つ場面を見たが、今でも疑問に思うくらいだ」

 

「そう……でしたね。すっかり感覚が麻痺してしまいますねこれは……」

 

元チームメイトからは慣れてるけど、やっぱり可笑しいよね……みたいな反応をされる。でも私はこのパワーでホームランを打ち続けて、今の私になってるんだもん。

 

「……何にせよ今は頼もしい味方だ。清本のホームランを喜ぼうじゃないか」

 

そう言って神童さんがまとめてくれた。この度量の大きさが白糸台のキャプテンなのかもね。何にせよ……ホームラン打ったよ!



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番外編 清本和奈の洛山生活63

2回表。新越谷の攻撃は……。

 

「頼んだぜ!スラッガー!!」

 

「任せてよ!!」

 

4番の雷轟さん。新越谷でもかなり期待されてるみたい。そして……。

 

「…………!」

 

(サードから感じる威圧感……。まだ野球を始めて3ヶ月程なんだよね?)

 

私が野球を始めて3ヶ月の頃とは全然違うや。まぁ小学生と高校生の3ヶ月じゃ、色々違うのも仕方がないけども……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

はづきちゃんは大きな変化のスクリューで雷轟さんを抑えに行く形を取るみたい。確かにあのクラスの打者を相手に、生半可な球だと返り討ちにあっちゃうもんね……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あっという間にツーナッシング。3球勝負にするつもりだね。

 

(これで……フィニッシュ!)

 

そして3球目。同じスクリューでも前の2球と違って、更に大きな変化を見せた。

 

「うわっ!さっきまでよりもエグい変化してるぞ!」

 

「遥ちゃん!」

 

新越谷からは雷轟さんを心配する声が。私だったら、あのスクリュー打てるかなぁ?

 

(……ここだ!!)

 

「はぁっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

(えっ……)

 

態勢を崩しながら打ったその打球は、金網を越えていった。まさかあんな打球が打てるなんて……!

 

「ふぅ……」

 

「大丈夫ですか?」

 

「うん……。それにしてもやっぱ凄いねー。あのレベルの強打者はまだまだ私の手が届く段階じゃなかったや!」

 

「はづきさん……」

 

「でも大丈夫だよ。あのホームランが切欠となって、この橘はづきは更に成長していく……。次に新越谷と相見える時はスーパーはづきちゃんになっているのだ!!」

 

はづきちゃんからは特に落ち込んでいる気配はない。あんなホームランを打たれたのに、凄く前向きだ。この前向きさは見習うべきなのかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

後続の打者を上手く抑えたはづきちゃん。そして2回裏。こっちの攻撃は……。

 

「よろしく~」

 

非道さんから。洛山随一の曲者とも呼ばれてる打者だね。

 

「この回の打順は非道からか!これは面白い事が起こりそうだな!」

 

「去年と春の練習試合で対戦したが、非道はなんて言うか……不気味な打者だからな」

 

「不気味?」

 

非道さんが不気味と呼ばれる事に大半の人が首を傾げている。私は結構良くしてもらってるから、あんまり気分は良くないけどね……。

 

「確かに彼女の高身長から放たれる雰囲気には気圧されそうになるが、不気味……とは一体?」

 

「何だろうな?口で説明するのは難しい。非道との付き合いが長い大豪月なら何かわかるんじゃないか?」

 

「ム?非道の事か?彼奴との付き合いは幼少期からにはなるが、そんな私にもまだ全ては話しておらん!」

 

「そうなのか?」

 

「左様。出逢った時から私と行動を共にしているが、非道からは私から何かを掠め取ろうとしているような印象がある……。油断ならない奴よ!」

 

「今の話からわかるのは非道という人間がかなりの曲者……という事だけだな」

 

非道さんは洛山の参謀担当とも呼ばれてるよ。あとは大豪月さんの秘書官とも……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「打つ気配が感じられない……?」

 

非道さんからはバットを振る気配を感じられない……。これが不気味と呼ばれる由縁なんだ。私はそんな非道さんを尊敬してるんだよね。

 

(これは……確かに厄介な球だね~。清本ちゃんはよくホームランを打てたものだ~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(審判によってはボール判定されるコースなのに、それでもストライクの判定……。この打席は様子見かな~)

 

「こうして見逃していても何をするのか、何が狙いなのかがわからない……か。成程、不気味と呼ばれる訳だ」

 

他の人が同じようにしようとしても、決して非道さんのようには出来ない……。非道さんが優れている打者という証拠だね。

 

「バッティングに関して言えば、非道は誰にも当てはまらない動きをするからな……」

 

 

 

「他の打者がやろうとしても、安打以上に仕上げるのはかなり難しかったでしょう」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(次の打席には打たせてもらうよ~?)

 

結局非道さんは1球も振らなかった……。これを新越谷が、武田さんがどう捉えるかがとても重要になると思う。

 

「1球も振らなかったのは珍しいな非道?」

 

「球筋を見極めたかったんですよ~」

 

「次は打てそうか?」

 

「多分なんとかなるんじゃないですかね~?」

 

ちなみに後から訊いた話だけど、この会話はブラフみたい。他者に非道さんのバッティングスタイルはこういうものなんだ……というのを印象付ける為なんだって。

 

「~♪」

 

当の非道さんは鼻歌を歌いながら着けてたモノクルを外して、眼帯を装着してた。こういうところも不気味って呼ばれる理由なんだろうな……。



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番外編 清本和奈の洛山生活64

ツーアウトランナーなし。ここで瑞希ちゃんの打順が回ってくる。

 

「よろしくお願いします」

 

(武田さんの球を間近で見るのは初めて……。公式戦で当たる前に機会をもらったのは良い事ですね)

 

高校に入ってからの瑞希ちゃんの打席を見るチャンス。一体どんなバッティングを……? 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(今のストレートが梁幽館打線を苦しめたストレートですか……。これは凡打を誘うタイプの球ですね)

 

「今投げたのは速い方のストレートだな」

 

「緩急の急を示す球で相手は焦りの余り凡退になる……か。これでまだ1年生なのだから、将来の成長が楽しみだ!」

 

「この3年間で武田ちゃんは大化けしますよ~」

 

大豪月さん、非道さん、神童さん目線でも武田さんの評価が高い。それにしても……。

 

(なんか前のめりになってる……?)

 

武田さんの気迫が増したというかなんというか……。私がホームランを打った後くらいからだよね?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(2球目は緩急を付ける為にナックルスライダーですか……。これ等を散らすだけで打者は迂闊に手を出す事は出来ない……というのも仕組みですね。配球次第で全国でも打者を打ち取る事が出来そうです)

 

2球目も見逃し。実際あのナックルスライダーをコースギリギリに投げられたら、手が出ない事が多いよね……。

 

「瑞希がいつになく慎重になってるね~」

 

「武田がそれ程優れた投手……という訳だ。実際に和奈以降の打者は全員凡退してるんだからな」

 

「……というか和奈ちゃん以外でヒットを打ったのって、いずみちゃんだけでしょ?2点取ってるのに2安打って、決して内容が良い訳じゃないよね?」

 

「2安打2打点は考えようによってはホームラン2本と捉える事も出来ますので、一概に悪いとも言い切れませんが……。それでも武田さんのピッチングが良くなりつつあるのは確かですね」

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

3球目に投げられたのは恐らく朱里ちゃんが教えたであろう、ストレートに見せた変化球。武田さんの持ち球的に媒体はカーブかな?

 

「始まったか……。この打席で何球費やしてくる?」

 

今のファールに対して、神童さんが何か呟いていた。多分これはシニアでも時々やっていた事……。最初の打席でいきなりやるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「これでフルカウント……」

 

「……次で何球目だ?」

 

「に、20球目になりますね」

 

「凄……」

 

中田さん、陽さん、友理さん、田辺さんが瑞希ちゃんの粘りに驚く。実際に見るのはかなり久し振りだけど、改めて見ると凄いね……。

 

「な、なんだろう?やってる事はシニア時代となんら変わりない筈なのに……」

 

「違いといえば、あの時よりも貪欲になってるな……」

 

「……今は味方だけど、何れは敵になるんだよね?というか投手の私も他人事じゃないし」

 

「久々に見るとエグいよね~」

 

シニアで同期だった私達も、瑞希ちゃんの粘りぶりに驚いてるくらいだもん。驚いていないのは大豪月さんと非道さんと神童さんくらいだよ。

 

「タイム!」

 

(ここでタイムを掛けましたか……。結果がどうあれ、次の1球で終わりそうですね)

 

「どうやら次の1球で決着のようだな」

 

「多分歩かせてきますね~」

 

「それも大きく外してくるだろう。際どいコースだとカットしてくるからな」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

結果は四球。瑞希ちゃんがやってるこれの怖いところは、どのような結果になっても、瑞希ちゃんの思い通りに事が運ぶところなんだよね……。

 

(変わってないように見えて変わっている……。変化を悟らせないように動いている事が瑞希ちゃんの恐ろしさなんだ)

 

そんな瑞希ちゃんだから、私は瑞希ちゃんに憧れているんだよ?



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番外編 清本和奈の洛山生活65

瑞希ちゃんの頑張りで出塁したものの……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

はづきちゃんは三振に倒れてしまう……。

 

「やー、参った参った。武田さんってばかなり良い球投げるんだもんなぁ……」

 

「それ差し引いても、はづきはアッサリと三振してない?」

 

「いやいや。そんな事ないよ?」

 

(はづきちゃん自身があんまり気にしてなさそうで良かった……。三振を引き摺って、投球に支障が出ると困るもんね)

 

そんなこんなで2回表裏が終了。すると……。

 

「あっ、2回が終わってる!」

 

「手続きをキチンとしていれば途中で間に合ったと思うわよ。貴女がモタモタしていたのが悪いんじゃない……」

 

2人の人影が……。瑞希ちゃんの話によると、私達混合チームの監督役にって事みたいだけど、あの人達って……!?

 

「久し振りだね朱里ちゃん。元気そうで何よりだよ!」

 

「お久し振りです六道さん」

 

現川越シニアの監督の六道響さん。そしてもう1人は……。

 

「朱里」

 

「か、母さん!?六道さんと今でも面識あるの?」

 

朱里ちゃんのお母さんの早川茜さん。私達の世代からすれば、憧れの感情を抱くレベルの有名人。六道さんとは学生時代からの付き合いなんだって。

 

「茜ちゃんは私の飲み仲間だよ!」

 

「貴女が勝手に絡んでくるのよ……。とりあえず何人しか私達の事を知らないみたいだし、自己紹介でもしたらどうかしら?」

 

お酒云々は気にしなくても良いんだよね……?そんな疑問を流して、六道さん達の自己紹介が始まる。

 

「私は六道響だよ!川越シニアで監督をやってるんだ。よろしくね!」

 

「早川茜よ。朱里の母に当たるわ。よろしく」

 

「あ、朱里ちゃんの……」

 

『お母さん!?』

 

『お義母さん!?』

 

お母さんの意味合いが変わってそうな発言が何人かから聞こえたような……。気のせい?

 

「ちょっと待って……。六道響さんと早川茜さんって……まさか20年前に世界一の高校生バッテリーって呼ばれたあの!?」

 

そう……。過去に世界一の高校生バッテリーと呼ばれていたのがあの2人……。その内1人が川越シニアの監督で、もう1人が朱里ちゃんのお母さんだなんて、凄い縁だよね。

 

「なんか久々に聞いたね。その通り名」

 

「貴女はシニアで監督をやっているけれど、私なんてもうただの主婦よ?」

 

「いやいや、茜ちゃんも腕は衰えてないじゃん。この前の草野球擬きでも投手として活躍してたよね?」

 

「あんな機会も2度とないでしょうね。それにまだ私も最低限の事は出来るわ。だって朱里に投球の技術を教えているもの」

 

朱里ちゃんはお母さんとあんまり仲が良くないって話を前に瑞希ちゃんから訊いた事があるけど、今もそうなのかな?シニア時代に引っ越ししそうになったっていう事件もあったし、その辺りが少し心配だな……。

 

「朱里があんなに凄い投球をするのは最強投手と呼ばれた母親からだったとはな……」

 

「道理で朱里が鋭い投球をする訳だね……」

 

「流石朱里せんぱいです!」

 

シニアから知り合った亮子ちゃん、いずみちゃん、はづきちゃんは朱里ちゃんのお母さんを知らないから、目から鱗のような感情を抱いていた。朱里ちゃんは朱里ちゃんで天性の才能があると思うよ?

 

「今は試合中なのだし、私達は連合チームの責任者として合流するわよ」

 

「まぁ指示出しは瑞希ちゃんだけでもでいけると思うし、私達はベンチから観戦だね!」

 

「じゃあ二宮達の監督って……」

 

「私達よ。響が言っていたように私達はただ貴女達の試合を観るだけになると思うわ。責任者……という立場上連合チームの監督になるだけよ」

 

監督2人が加わって、試合が再開された。



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番外編 清本和奈の洛山生活66

3回表。この回は朱里ちゃんの打順からだね。

 

「あら、朱里の打順からなのね」

 

「朱里ちゃんは他のシニアだったらクリーンアップでも通用する程のバッティングセンスの持ち主だからね。はづきちゃんの球もどこまで成長してるか楽しみだなぁ」

 

監督2人からのプレッシャーが朱里ちゃんとはづきちゃんに襲う。私が当事者だったら、絶対にお腹が痛くなってるよ……。

 

(様子見です。低めにストレートを)

 

(了解了解!しっかし朱里せんぱいのお義母様に見られるなんて色々な意味でプレッシャーだよ)

 

初球は低めにストレート。様子見かな?

 

 

カンッ!

 

 

(しまった。初球打ち!?)

 

朱里ちゃんは初球から打って出る。

 

『ファール!』

 

打球はファールになったけど、朱里ちゃんを相手に様子見は許されないみたい……。

 

(……ファールで助かりました。朱里さんにストレートは通用しませんね)

 

(それならスクリューで!)

 

次に投げたのはスクリュー。はづきちゃんの決め球……3段階ある内の2つ目かな?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「良いぞ朱里!」

 

「当たる!当たるよーっ!」

 

朱里ちゃんはこれにも食らい付く。出塁目的のバッティングだね。あわよくば四球を狙おうって感じがするよ。

 

 

カキーン!!

 

 

再び真ん中のスクリューを反対のコースに投げたけど、朱里ちゃんはそれを読んで、完璧なタイミングで打った。

 

「やった!外野の頭を抜けた!」

 

「回れ回れ!」

 

その打球はライトオーバー。ライトにいる中田さんが打球に追い付き、強い送球をセカンドへ。

 

『セーフ!』

 

際どい判定だったけど、セーフみたい。完全に勢いを持っていったね……。

 

「次はヨミだな」

 

「ヨミちゃーん!決勝戦のようなホームランを期待してるよー!」

 

武田さんへの歓声で、埼玉県大会決勝戦の出来事が脳裏に過った。

 

(局面的には送りバントだと思うけど、もしものケースがあるかも……って相手に錯覚させるんだよね……)

 

瑞希ちゃんならその辺りも読みに行くかもだけど、読み負けた時のリスクも高そう……。

 

 

コンッ。

 

 

武田さんは一塁線へ送りバント。

 

『アウト!』

 

バントは成功し、ワンアウト三塁。

 

「一打同点だ!」

 

「いけーっ!希ちゃん!」

 

(1打席目の借りは返す……!)

 

打順は一巡して中村さん。初回は抑えたけど、この打席も同様にいくかわからないよね……。

 

(外野には中田さん、陽さん、そしていずみさん……。ここは彼女達を信用するべきでしょう)

 

「内野、外野は前進してください」

 

「セオリー通りのシフトね」

 

「連合チームの実力を考えると頭を抜かれても長打にならなさそうだね。逆を突かれても大きな被害は出ないって瑞希ちゃんは考えたみたい……」

 

ここで相手に勢いを渡さないように、慎重に攻めて行きたいね。

 

(絶対にピンチを切り抜ける!)

 

はづきちゃんは初球から決め球のスクリューを投げた。

 

 

カキーン!!

 

 

「レフト!」

 

打球はレフト方向へ。前進してたからか、いずみちゃんは全力疾走で走っていた。 

 

(アタシか~。届くかな……?)

 

いずみちゃんならきっと大丈夫……!私も、瑞希ちゃんも、はづきちゃんも、いずみちゃんを信じてるよ!

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「ふー、なんとか間に合った……」

 

いずみちゃんのファインプレーに朱里ちゃんは飛び出してて帰塁し切れず……。

 

『アウト!』

 

三塁もアウトになった。なんとか向こうの流れを止められたね。



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番外編 清本和奈の洛山生活67

試合は4回表まで進んだ。スコアの方は双方譲らない展開になってるんだけど……。

 

「うう……。打ち取られちゃった……」

 

「ドンマイ和奈♪」

 

私の2打点目は凡退しちゃったんだよね……。私を宥めてるいずみちゃんも凡退してるし、あいこだよね?

 

「和奈さんといずみさんでは期待値がまるで違いますからね。その証拠に新越谷側のベンチでは大きな盛り上がりを見せています」

 

「言い方……。でもまぁ和奈の実力はこの中でも頭1つは抜けてるから、ああいう風に気分が上がるのもわかるかもね☆」

 

瑞希ちゃんといずみちゃんが褒めてくれるけど、本当にそうなのかな?中田さんや非道さん、まだ打席には立ってないけど、大豪月さんとか神童さんなんかも凄い打者だと思うけどなぁ……。

 

(まぁそれを言ってしまえば、この混合チームの面子全員が凄い実力を秘めてる訳だけど……)

 

「向こうでは朱里が肩を作っている。恐らく後半で投げてくるだろうな」

 

「どうやらそのようですね」

 

亮子ちゃんと瑞希ちゃんの会話を聞く限り、次に投げるのは朱里ちゃんみたい。

 

(い、いよいよ朱里ちゃんとの直接対決だ……。緊張と楽しみが混同してて、なんだかふわふわしてる気分……)

 

「「じゃんけんっ!!」」

 

それとは別に、大豪月さんと神童さんが凄い気迫でじゃんけんをしていた。な、なんのじゃんけんなんだろう……。

 

「あれは何のじゃんけんですか?」

 

「なんか~。どっちが先に投げるのか決めてるんだって~」

 

そっか……。はづきちゃんはまだ投げられそうだけど、この試合はオールスター戦みたいな投手陣の起用をするんだね。

 

「しゃあっ!私の勝ちだぁ!!」

 

「そんなに早く投げたかったのか……」

 

「よっし!やっと私の出番が来たぞー!!」

 

「嬉しそうだな……」

 

熾烈なじゃんけんの結果、投げるのは大豪月さんに。す、凄く嬉しそう……。

 

(でもそれだけ大豪月さんが新越谷を評価してるって事なんだよね)

 

特に雷轟さんへの評価が大きい気がする。朱里ちゃんが言ってたけど、雷轟さんの成長速度はまるで新品のスポンジのようなんだって。

 

「これは……いつも大豪月さんの球を受けている非道さんに代わった方が良いのでしょうか……」

 

「ん~?その必要はないよ~。捕手はこのまま二宮ちゃんで~」

 

「……私で良いのですか?」

 

「全然良いよ~。大豪月さんも二宮ちゃんの事は認めてるしね~。球の質は違えど、神童さんの球をいつも捕ってる二宮ちゃんなら捕り零しの心配もないだろうし~」

 

「……わかりました」

 

大豪月さんが投げるに伴って捕手も非道さんに代わるかと思いきや、瑞希ちゃんのまま……。普段見れないバッテリーを見れるのも、この混合試合の醍醐味だよね。

 

「いくぞ新越谷!!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

現状高校生最速のストレート……。簡単に打てそうにないあのストレートに、新越谷が期待するスラッガーの雷轟さんがどう対処するのか……。今から楽しみになってきたよ。



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番外編 清本和奈の洛山生活68

2番、3番と連続で三振。大豪月さんのストレートを打てる選手ってそう多くはいないだろうし、仕方がないよね。でも……。

 

「あれ?あの子って……」

 

「朱里が気にかけている子ね。野球を本格的に始めたのは今年かららしいわ」

 

「って事は初心者なんだ……。そんな子が4番って凄いんだね!」

 

(監督2人が意識している雷轟さんなら……。もしかしたら打ってくるかも知れない)

 

左打席に立つ雷轟さん。野球を本格的に始めて3ヶ月とちょっととは思えない成長ぶりを見せてるけど、守備力……特に捕球方面には難がある。その辺りを突けばボロは出るけど、打撃方面での隙は少ない……。

 

「彼女は現時点で新越谷のスラッガーと化しています。1打席目でもはづきさんからホームランを打っています」

 

雷轟さんの特徴を友理さんが説明してる。1打席目もはづきちゃんから完璧に打ってたし、私から見ても凄い打者だよ……。

 

「あのはづきちゃんから!?……前のシニアの監督と朱里ちゃんからあの子をチームの採用試験落としたって話を聞いた時は勿体ないって思ったけど、本当に勿体なかったなぁ」

 

「テストではポロポロと落としていたらしいですからね。雷轟さん打撃を見る前に落としてしまったと……」

 

「……でもそのお陰であの子があそこまで大きくなったって事だよね」

 

「その日から朱里さんが彼女の練習に付き添っていたみたいです」

 

もしも川越シニアの前監督が雷轟さんの打撃を見てたら、私達と一緒にプレー出来てたかも知れないって未来があったんだよね。そうなってたら私にとっても強力なスラッガーのライバルになったり、一緒に遊ぶ友達になったりしてたのかな……?

 

「この打席ではどのような勝負を見せてくれるのかしらね」

 

朱里ちゃんのお母さんさんの一言でマウンドの雰囲気はピリッとし始めた……。大豪月さんも雷轟さんもかなりの集中力を見せてる。

 

「行くぞ……!打てるものなら打ってみろ!」

 

(雷轟遥……。コイツは今まで戦ってきた奴等とは一味違うな。面白い!私のストレートを打てるかな?)

 

大豪月さんが振りかぶって投げる。投げたのは変わらずストレートだと思う。 

 

(菫ちゃんと珠姫ちゃんからどんな感じかは聞いた……。あとは私のタイミングで……!)

 

「うおおおおっ!!」

 

(スイング始動!)

 

振りかぶってる途中でも振り始めた!?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(やはり当ててきたか……!)

 

(腕が痺れる……。これが最高のストレート!)

 

タイミングはほぼ完璧……。大豪月さんのストレートにタイミングを合わせるなんて、初心者の出来る芸当じゃないよ。

 

(やっぱり雷轟さんにはあるんだ。天性の才能が……!)

 

以前に瑞希ちゃんが言ってた、野球をする為に生まれた才能の持ち主の血縁……。それが雷轟さんなんだろう。この勝負の行方が気になるね。



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番外編 清本和奈の洛山生活69

雷轟さんのファールによってワンストライク。そして……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

ボールがバックネットに飛んでいる……。これはタイミングが合ってきたという事だ。これを繰り返していると、その内に雷轟さんは大豪月さんのストレートを打ってくる。

 

(ボールが真後ろに……!タイミングが合ってきた証拠ですね。このままストレート1本で勝負をするのは危険ですが……)

 

(野球はこうでないとな!力と力のぶつかりあい……。これが私の望んでいた野球なんだ!!)

 

(……それを伝えるのは野暮ですね。好きに投げさせましょう)

 

ふとサードから大豪月さんを見ると楽しそうだ。思えば府大会での大豪月さんはどこか退屈そうだった。対等に渡り合ったのも多分皇さんくらいだろうし……。

 

(そんな大豪月さんがこんなに楽しそうに投げてる……。全国大会で他にこんな楽しみな相手が増えてくるのかな?)

 

この混合チームの面子だと瑞希ちゃんと神童さんのいる白糸台なのかな?大豪月さん自身も白糸台をライバル視してたし……。

 

「…………」

 

「…………」

 

投手と打者の沈黙。この1球で決まるね……!

 

(いくぞ雷轟遥……!これが私の……全力だ!!)

 

(力には力で……!私の全力を大豪月さんのストレートにぶつける!!)

 

 

カキーン!!

 

 

大豪月さんの全力のストレートを、雷轟さんは完璧に捉えた。その打球はレフト方向に飛んで、そのままフェンスを越えていった。

 

「ほ、ホームランだ!」

 

「あのストレートを打っちゃった!?」

 

「凄いよ遥ちゃん!!」

 

「遂に同点ね!」

 

盛り上がってる新越谷sideの裏腹に、大豪月さんは俯いていた。大丈夫なのかな……?

 

「…………」

 

「大豪月さん……」

 

掛ける言葉が見付からない……。ストレートだけとはいえ、大豪月さんの全力を打たれたんだから……。

 

「フハハハハ!雷轟遥、流石私が見込んだ女だ……。だが次は負けん!それにまだ試合は終わってないからな!後続を抑えるぞ!!」

 

……心配はいらなかったのかな?大豪月の表情が晴れ晴れとしてるし。

 

「清本ちゃん、切り替えて守ってこ~?」

 

「……はいっ!」

 

そうだ。まだ試合は終わってない。切り替えていかなきゃ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

その証拠に大豪月さんは後続を完璧に断ってる。私もバットでもっと貢献しよう。それが私に出来る事なんだ!

 

「あの子……打ったね」

 

「ええ、良いスイングだったわ」

 

「あの時投げた大豪月さんのストレートも過去最高のもの……。どちらが勝っても可笑しくありませんでした」

 

ベンチでは監督2人と友理さんが大豪月さんと雷轟さんの勝負を評価していた。私もあんな風に評価されるようにもっともっと頑張らないとね……!



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番外編 清本和奈の洛山生活70

試合は6回裏まで進んだ。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

マウンドでは朱里ちゃんが投球練習。入念に練習を重ねる事で、私達に対抗する術を講じている……。朱里ちゃんは本当にストイックだよね。

 

(この回は私から……。なんとしてでも、朱里ちゃんから打ってみせる!)

 

それが4番としての役割だから!

 

「朱里ちゃんと勝負……!」

 

朱里ちゃんはいつものようにポーカーフェイス。少しは意識とかしてくれてるのかな……?

 

(初球はストレート!)

 

朱里ちゃんが振りかぶって投げる。朱里ちゃんの球を本気で打つには、細かなリリースポイントの差違とかも見なきゃいけない……。

 

(これは……速い方のストレートだ!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「場外まで飛んで行ったな……」

 

「味方としては頼もしい限りです」

 

タイミング完璧だったのに、ファールだなんて……。まだ朱里ちゃんの球を知り切れてないっていうの?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(しまった!SFF!?朱里ちゃんの速い方のストレートと球速が同じだから思わず釣られてしまったよ……。次はちゃんと見極める……!)

 

ストレートと同じ球速の変化球なんて、見極めが困難過ぎるよ……。

 

(でもやらなきゃ……!例え三振したとしても、後続に繋がるように足掻くんだ!)

 

「今投げたのはSFFか……。早川の持ち球はかなり豊富だな。1打席で打つのは厳しそうだ」

 

「ですが攻略法もあります」

 

「攻略法……?」

 

「まぁそれについては私が打席に入って確かめます。シニア時代と変わっているかどうかを……」

 

瑞希ちゃんには何かしら心当たりがあるみたい。

 

(それならあとは瑞希ちゃんに任せる……?いや、それじゃ駄目。私は私で攻略の足掛かりを見付けるんだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ファール!』

 

「しかし今のファールで15球目か……。清本も随分と粘るな」

 

「和奈さんはスラッガーでありながらも、かなり粘り強い打者です。練習試合の時でそれはわかっている筈ですが……」

 

「まぁ……な。改めてそう思ったんだよ」

 

瑞希ちゃんを始めとする周りが私を評価してくれている……。それが私の力となってくれるんだ。

 

(だからきっと朱里ちゃんから打ってみせる!)

 

次で16球目……。

 

 

ガッ……!

 

 

(しまった!?打ち上げちゃった……!)

 

「打ち上げましたね」

 

「だがフラフラとしながらも打球は伸びて行ってるぞ?あのまま入るんじゃないか?」

 

失速気味の打球でわかる。あの打球は外野が金網ギリギリのところでグラブに収まる当たりなんだよ……。

 

『アウト!』

 

打ち取られちゃった。私もまだまだだよ……。

 

「惜しかったね和奈」

 

「完全に詰まらされたよ……」

 

「朱里さんが最後に投げた球はシニアでも殆んど投げなかったので、意表を突かれましたね」

 

「朱里せんぱいがあれを投げるのは主に紅白戦で和奈ちゃん相手にだもんね」

 

最後に朱里ちゃんが投げたツーシーム……。シニアの紅白戦でも私にだけ投げてくる特別な球は、シニア時代のそれよりも更にノビとキレが増してたよ。

 

「でも2人共ナイスファイトだったよ!」

 

「ええ、どちらが勝っても可笑しくなかった……。特に速いストレートとSFFは良かったわ」

 

(朱里が清本さんに投げたのはツーシーム……。他の変化球に比べて決め球に匹敵する球威だったわね。新越谷に入ってからの朱里の成長を私は余り知らない。それは朱里が新越谷に残りたいが為に私達に内緒で練習した成果……と考えるべきかしら)

 

監督2人の称賛を糧に、私自身の見直しも兼ねてまた頑張ろう。頑張り続ける事が、今の私の野球なんだから……!



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番外編 清本和奈の洛山生活71

7回表。新越谷の攻撃だけど……。

 

「私はまだまだ投げられるが……。まぁ良い。あとは頼んだぞ神童!」

 

「はは……。まぁ精一杯やるさ」

 

投手は大豪月さんから、神童さんに交代した。

 

「清本ちゃんはよ~く見ておいた方が良いよ~?」

 

「非道さん……?」

 

「今から投げるのは、全高校生で最強の投手だからね~」

 

「我がライバルに相応しい球を投げる……。互いに勝ち上がれば、必ず彼奴の球を打つ必要が出て来るだろう!」

 

神童裕菜さん……。非道さんと大豪月さんがここまで言う投手の実力がここで見られるんだね。

 

(一足早い新越谷戦か……。サインはどうする?)

 

(いつも通りで良いでしょう。新越谷は手強い相手ですが、神童さんの変化球があればこの短いイニングで打たれる事はありません)

 

最強の投手の球を受ける瑞希ちゃん……。シニア最強のバッテリーが瑞希ちゃんと朱里ちゃんなら、高校最強のバッテリーは間違いなくこの2人なんだろうね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(えっ……?今の……スライダー?)

 

神童さんが投げたスライダーは今までに見た事のない球のキレと変化量だった。変化の大きさだけなら、武田さんのナックルスライダーの方が上かも知れない……。

 

(でも……。あれはそんな次元のものじゃない。大豪月さんの速球系の球と同等かそれ以上の圧を感じるよ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

スライダー、カーブ、シュート……。3球共違う変化球なのに、同じような変化量とキレで打者に狙い球を絞らせないピッチングこそがあの神童さんの実力なんだ。

 

「来い!!」

 

続けて4番の雷轟さん。ここまで来ると大豪月さんのストレートをホームランにした雷轟さんくらいしか、ワンチャンスを見出だせないと思う。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

今のはツーシーム!?朱里ちゃんもツーシームを投げるけど、本当に別物だよ!? 

 

「な、なんだ今の球は!?」

 

「……多分ツーシームだね。私や武田さんが投げるそれとは比べ物にならないノビとキレがある」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

次に投げたのはシンカー。い、一体幾つ変化球を持ってるの……?

 

「圧倒的な変化球ね。今投げているのが高校生最強の投手と呼ばれた人間……」

 

「神童裕菜ちゃん……。あの子は今すぐプロ入りしたとして、来年には二桁勝利は確実だろうね」

 

「今後神童さんを攻略出来る人間がいるかいないかで今年の全国大会の勝者が決まるわ」

 

監督の発言も決して大袈裟ではない。最早規格の外の選手だよ……。

 

(な、何がなんでも打たなきゃ……!打ってこの試合に勝つ!!)

 

(……良い闘志だ。だがまだ負ける訳にはいかない!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

雷轟さんは3球三振。しかもまた新しい変化球……。

 

(雷轟さんの三振は他人事じゃない……。私は神童さんの球を打てるようにならなきゃ!)

 

神童さんは3~5番の打者を9球で終わらせた。もちろん全て三振にしてたので、守備機会がなかったよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

7回裏。朱里ちゃんの球をホームランにしたのは神童さんだった。打撃方面でも隙がないなんて……。

 

(投げれば圧倒的で豊富な変化球、打てば朱里ちゃんクラスの投手でもホームランに仕留める……。完全無欠って言葉が体現された選手だったよ)

 

私は……神童さんの球を打つ事が出来るのかな?



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番外編 清本和奈の洛山生活72

混合チームを組んで新越谷と試合をしてから数日。今日から全国大会が始まる……。

 

「よし、全員いるな?」

 

『押忍っ!!』

 

洛山野球部のほとんどが体育会系の集まりみたいになってる……。大豪月さんに影響されてる人が多そうだね。

 

「いざ行かん!西宮の地へ!!」

 

『押忍っ!!』

 

この体育会系のノリはともかく、全国大会には私も心を踊らせている。本当に楽しみ……!

 

「ですが大豪月さん、例の2人は私達が西宮にいる期間中に来るそうですよ~?」

 

「フム……。では2人を迎える役目は黒咲に任せる。黒咲!頼んだぞ!」

 

「はーい」

 

例の2人……?

 

「いたみちゃん、例の2人って……?」

 

「私も詳しい事は知らないけど、なんでもアメリカから優秀な選手の獲得に成功したって。私達と同じ高校1年生みたいだよ」

 

アメリカから!?しかも転校って形だよね?元いた学校とかは良いのかな……?

 

「なんかアメリカではここ最近色々な高校が問題視されて潰れちゃってるって聞くからねー。問題が大きくなる前に引き抜いたって話だよ」

 

「アメリカで何が起こってるんだろう……」

 

瑞希ちゃんなら、その辺りも詳しく知ってるのかな?その内に聞いてみよう……。

 

「……懸念事項はあるが、今度こそいざ行かん!西宮の地へ!!」

 

『押忍っ!!』

 

私達洛山野球部は京都を出て、西宮へと向かった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……というやりとりからまた数日が過ぎた。

 

『ゲームセット!!』

 

私達洛山の試合は15対0で私達の勝利。大豪月さんが完封したよ。

 

「フン!骨のない連中め。これが全国大会という自覚はあるのか!?」

 

「まぁ大豪月さんの球を打てる打者は限られてますからね~」

 

試合には勝てたけど、こうも点数差が開いてはゲームにならず大豪月さんが退屈してる。新越谷と当たる準々決勝までずっとこんな感じなんじゃ……?

 

「いっそ次の試合は黛ちゃんの実践投入にします~?」

 

「……いや、黛を出す場面は決まっている。黛もそのつもりで了承を得ているから、あとはその日を待つのみだ!」

 

「が、頑張ります……!」

 

黛さんの投球機会かぁ……。私の予想が正しければ、多分新越谷戦を予定してるよね?

 

(かくいう私も新越谷との試合は楽しみにしてる……!朱里ちゃんか武田さんのどっちが投げるのかわからないけど、良い試合になるのはきっと間違いないよね)

 

1つだけ心配する事を述べると、黛さんは打たせて取るタイプの投手だからエラーで大量失点をしないか……。新越谷の打線は結構強力なイメージだし、崩れないと良いんだけど……。



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番外編 清本和奈の洛山生活73

私達洛山野球部は幾多の高校との激戦を勝ち上がり、ベスト8まで辿り着いた。しかも……。

 

「今日の相手は埼玉の新越谷高校だ!」

 

「私達が先んじて新越谷と試合したけど、かなり手強かったからね~。心して掛かるんだよ~」

 

『押忍っ!!』

 

新越谷……。朱里ちゃんを中心とした数人を筆頭に、周りの選手にも火が点く影響型のチームだと思ってるけど、意外性や味方のエラーにも気を付けていきたいね。

 

「我が宿敵の白糸台は一足早く準決勝への進出を決めている……。この試合に勝ち、白糸台にもリベンジを果たすつもりで挑んでていけ!」

 

『押忍っ!!』

 

2年生と3年生にとっては次の準決勝に当たる白糸台こそが因縁の相手になるんだ……。私も打撃や守備で、その助けになれたら良いなぁ。

 

「黛!」

 

「は、はいっ!?」

 

「今日の試合では先発投手を任せる!味方のエラー等は気にせず、己の力と非道のリードを信じて投げろ!」

 

「は、はい!」

 

今日の試合は黛さんの公式戦初登坂……。私が黛さんの立場だったらきっとガチガチになってたよ……。

 

「良い返事だ。私の後釜になるのだから、堂々と投げれば良い。では行くぞ!」

 

遂に……新越谷との試合が始まる。練習試合なんかじゃない、負けたら終わりの公式戦が……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして整列前の顔合わせ。

 

「フハハハ!待っていたぞ新越谷!!」

 

「今日はよろしくお願いしま~す」

 

「この準々決勝で我々が勝利して、今度こそ忌々しい神童を倒してやる!!」

 

この試合の勝者が洛山の因縁の相手で、しかも瑞希ちゃんがいる白糸台……。絶対的エースの神童さんも合わせてきっと歴代最強のチームに仕上がってるんだろうな……。

 

「……私達だって負けませんよ」

 

「今度も打ちますよーっ!」

 

朱里ちゃんも雷轟さんも闘志を剥き出しにしてる。雷轟さんはともかく、普段はクールで冷静な朱里ちゃんが闘志を燃やしてるって貴重なワンシーンだよね……。

 

「威勢が良くて結構!だが私の前に相手してもらう奴がいるがな!!」

 

「それって……?」

 

今日の先発は黛さん。そして私達のオーダーは……。

 

 

1番 センター 葉山さん

 

2番 ショート 実渕さん

 

3番 キャッチャー 非道さん

 

4番 ファースト 私

 

5番 レフト 大豪月さん

 

6番 サード 根武谷さん

 

7番 ピッチャー 黛さん

 

8番 セカンド 樋口さん

 

9番 ライト 伊藤さん

 

 

……となっている。3年生3人と、2年生5人に、私が加わった形になるこのオーダーがベストナインだと大豪月さんは言ってた。

 

(でもメアちゃんといたみちゃんがもし選手として起用出来たら、間違いなくスタメンに入ってただろうなぁ……)

 

多分秋になったら、非道さん達が言ってた例の2人が3年生の代わりを担う事になると思う。でも今はそんな事よりも目の前の試合に集中しよう……!



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番外編 清本和奈の洛山生活74

「相手の先発は大豪月さんじゃないのか……」

 

「でもそれなら私達でもある程度は打てるかも……!」

 

先発が大豪月さんじゃない事に新越谷の選手達は様々な反応を見せていた。油断してる訳じゃなさそうだけど、大豪月さんの圧倒的なピッチングを目の当たりにしてるから、そういう反応になるのも仕方がないかもね……。

 

(今の黛さんの強みはデータが全くないってところ……。黛さんと新越谷の打線、そして味方の守備次第でこれ等が良くも悪くもなるんだよね……。私も出来るだけのカバーをしないと!)

 

「今の洛山のレギュラーの中で3年生なのは5番、8番、9番の3人だけとなります」

 

「……という事は有力な選手は殆んど残るんだね」

 

「そうなるね」

 

今の洛山は主力が2年生に集まってるんだよね。曰く今の3年生は大豪月さんが頭抜けているだけ……って話みたい。打撃力だけなら、全国でも1、2を争えるのを知ってるだけになんだかもったいないよ……。

 

『さぁ始まりました。全国大会準々決勝第2試合。実況は私七瀬が、そして解説にはプロ選手の宮永照さんに来てもらっています』

 

『よろしくお願いします』

 

実況とプロ選手の解説を交えて、いよいよプレイボール。私達は後攻だね。

 

『今日の試合の見所はどこでしょうか?』

 

『そうですね……。洛山高校は全国の高校で1番打点とホームラン数が多いチームですので、新越谷高校が洛山高校の攻撃にどう対処するか……でしょうか』

 

解説のプロ選手は洛山の守備がボロボロなのをわかってる筈……。そこに(現状は)敢えて触れないところがプロたる由縁なんだよね。大人って感じがするなぁ……。

 

「驚くがいい新越谷。我等が秘密兵器の実力を!」

 

黛さんか投球動作に入ると同時に、レフトから大豪月さんが叫ぶ。黛さんの秘密兵器ぶりが、そして黛さんのピッチングをどう捉えるかがこの試合の肝になるかも……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

黛さんの投げる球は速くないどころか、洛山の投手陣の中でも最遅……。大豪月さんはそこに目を付けて黛さんを次期エースにしている。

 

(それをここまで一切投げさせなかったって考えは、大豪月さんじゃないと出来ないかも……)

 

 

ガッ……!

 

 

2球目に投げたチェンジUPを中村さんは詰まらせる。その打球は平凡な、本当に平凡なサードフライなんだけど……。

 

 

ポロッ!

 

 

(えっ……。落とした!?)

 

根武谷さんのエラーに新越谷が戸惑ってる様子。正直初心者でも落ち着けば普通に処理が出来る打球だからね……。

 

『セーフ!』

 

根武谷さんのエラーによって、中村さんは一塁へ無事に到達。根武谷さんの肩はかなり強いからアウトでも可笑しくなかっただけに、本当に今のエラーが惜しい感じになっちゃうね……。

 

『セーフ!』

 

続けて2番の山崎さんがバント。セカンドの樋口さんが打球の処理に行くものの、そのままトンネル。それを見た中村さんは一気に三塁へ到達し、ノーアウト一塁・三塁のピンチを迎えた。

 

(こ、こんな簡単にチャンスをもらっちゃっても良いの……?)

 

(この状況こそ洛山の……大豪月さんの思う壺なんじゃないだろうか?)

 

新越谷のベンチは物凄く困惑してる。私が向こうの立場でも同じように思ってたよ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活75

初回からノーアウト一塁・三塁のピンチ……。洛山の打線は全国で1番だから、点を取られても取り返すくらいは出来ると思う。黛さんもその辺りを確信してるから、マウンドであんなに堂々としてるのかな……?

 

「キャプテーン!チャンスですよーっ!」

 

「先制点を取りましょう!」

 

新越谷sideでは岡田さんを応援する声が。この状況下はある意味プレッシャーだから、私だと最初の内は緊張しそう……。

 

 

カキーン!!

 

 

岡田さんは応援の期待に応えるように初球打ち。ランナーを一掃させる二塁打……。先制点を2点も取られた。

 

(なんか思ったよりもあっさり先制出来たな……。向こうの狙いがいよいよわからない)

 

点を取られてもどこか吹く風のような様子だから、朱里ちゃんも困惑気味。私も逆の立場だったら同じように困惑してただろうなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからアウト2つと引き換えに、追加で4点取られた。しかも新越谷は打者一巡した……。

 

「……そろそろわかったかな~?」

 

非道さんは何かわかったみたい。新越谷の打線の方は前に混合チームで対戦した時とほとんど変わってないと思う。だとしたら……。

 

 

カンッ!

 

 

中村さんがセカンド真正面にゴロを放つ。

 

 

ポロッ!

 

 

「また落としたぞ!」

 

「回れ回れーっ!」

 

樋口さんはまた打球を弾いてしまう。でも洛山だってただエラーしてそれで終わりって訳じゃない……。

 

 

バシッ!

 

 

(なっ!いつの間にショートがカバーに!?)

 

ショートの実渕さんが素早くカバー。非道さんがわかったと言ってたのは、それぞれがそれぞれを補うタイミングだと思う。まぁエラーから始まり、今のカバーまで全くもっての偶然なんだけどね……。

 

『アウト!』

 

(そういえば洛山の過去の試合結果を見る限り点を取られているのは初回だけ。早い時は3回とかでコールドにしてるけど、全試合の相手打線は2回以降無得点だった……。もしかして守備でエラーをしているのはわざとだったりする……?)

 

(……とか早川ちゃんは思ってそうだね~。実際に根武谷ちゃんと樋口さんのエラーはわざとじゃなく自身の練習不足によるエラーだけど、不思議な事に2巡目以降はミスがない……。毎試合同様にやっているとわざとだと思ってしまうのも仕方ないよね~)

 

これまでの洛山のエラーを意図的に思わせるプレーには脱帽だよね。実際のところはほとんど守備練習をしない人達の怠慢なんだけど……。

 

『ショート実渕のファインプレーでスリーアウト!しかし新越谷は6点先制しております』

 

『洛山高校はここ2年……大豪月選手が投げる時以外は必ず初回に点数を取られます。その原因としては味方のエラーから崩れて相手が5~8点程取って一巡回し、それ以降は無失点で切り抜ける……そのような戦術を得意としています』

 

『そういえば宮永プロも洛山高校と全国大会で何度か対戦経験がおありでしたね?』

 

『はい。奇妙な事に私が通っていた白糸台高校と洛山高校は2年前の夏の全国大会から必ず準決勝で戦ってきました』

 

『準決勝……ですか?』

 

『それが偶然なのか、誰かによる陰謀なのかは知りませんが、白糸台と洛山が全国大会の準決勝で戦う運命にありました』

 

『確かにこの試合の勝利チームは一足早く準決勝行きを決めている白糸台高校と対戦。もしもこの試合で洛山が勝ったのなら……』

 

『準決勝戦は伝統とも言うべきかもしれない白糸台対洛山となります』

 

『果たして新越谷が洛山のジンクスを打ち破るのか?はたまた洛山が伝統的に白糸台との対戦切符を手にするのか?1回表が終わって1回裏、洛山高校の攻撃に入ります』

 

大豪月さんが入学してから続く白糸台との縁……。それを終わらせない為にも、この試合は勝っていきたいね……!



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番外編 清本和奈の洛山生活76

1回表はなんとか6失点で済んだ……。ウチの打線なら心配いらないとは思うけど、少しでも早くリードを取っていきたいね。

 

先頭打者の葉山さんに対して、外角低めに曲がるナックルスライダー。

 

(コースは良い感じ……。仮に当てられても腰砕けの内野ゴロが関の山だ……!)

 

普通に手を出すと、腰砕けの内野ゴロかも知れない。でもあの洛山で育ってきた選手……それも壊滅的な守備力を差し引いてもレギュラーを取れる実力があるんだ。そうそう捕手の思い通りにはいかないよね!

 

 

カンッ!

 

 

打球は鋭いゴロながらも、三遊間を抜けていった。こんな打球を量産するから、打撃力トップとか言われるんだよね……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

葉山さんが三塁打を打ち、実渕さんが四球を選ぶ。ウチの打線はあんまり四球を選ばないけど、新越谷バッテリーの配球と武田さんの大きく曲がる変化球を見ると、ボール球になる事がそれなりにあるんだよね。だからこうして四球も選べるんだ……。

 

『3番 キャッチャー 非道さん』

 

「それじゃあ行ってくるね~」

 

ノーアウト一塁・三塁。奇しくも表と同じ状況だ。

 

(非道さんはどうするのかな……?)

 

あの時に武田さんや朱里ちゃんの球を見続けたのは、この時の布石だと思う。だからここは点を取りに行くんだろうけど……。

 

(武田ちゃんの球種はあの時の練習試合のデータを皆にインプットさせて、それを打つ為にイメージトレーニングしたからね~。これで成果を発揮出来るのが脳筋チームの長所だよ~)

 

初球は低め。ワンバウンドしそうな勢いでナックルスライダーが投げられた。

 

(でも非道さんは洛山屈指のローボールヒッター。あのコースの球は非道さんにとっては打ち頃なんだよね)

 

(予想通りのコースだね~。あわよくば空振りさせよう……って魂胆が伺えるよ~)

 

 

カキーン!!

 

 

 

非道さんが得意とするアッパースイングで武田さんのナックルスライダーを捉え、センタースタンドへと入っていった。

 

(まずは3点だね~。この調子で洛山高校の打撃力を骨の髄までわからせてあげるよ~?)

 

非道さんがホームに戻ってきた。次は私の番だね……!

 

「清本ちゃん。ランナーはいないけど、続いてね~?」

 

「はいっ!」

 

いつもは皆が私の前にランナーを溜めてくれる事が多いけど、今回は非道さんがホームランを打った為にランナーなしの状況だ。

 

(でもそんなの関係ないよね。打てる時は打つべきなんだから……!)

 

 

カキーン!!

 

 

私も非道さんに続きホームランを打つ。これで2点差……!

 

『洛山高校は3番非道、4番清本の連続ホームランで新越谷との点差を一気に2点差まで詰めました』

 

『洛山の売りの1つであるホームランが量産されていますね。武田選手のピッチングそのものは悪くなさそうですが、洛山のバッティングがその上をいっています』

 

『これは慎重に立ち回らないと一気に逆転を許してしまいますね』

 

『ですが慎重に行き過ぎると洛山高校の思う壺でしょう。切り替えるなら洛山高校の想定を越える球を武田さんが投げないとコールドゲームになる可能性が非常に高くなります』

 

いつものペースだと確かにここからコールドゲームになる。でも相手は新越谷……。きっと私達に負けない打撃力で巻き返しを狙ってくるよね……?



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番外編 清本和奈の洛山生活77

「和奈ちゃん。ナイバッチ!」

 

「うん。ありがとう!」

 

ベンチに戻るなり、いたみちゃんとハイタッチ。でもまだ逆転出来た訳じゃないんだよね……。

 

「フン。私も続いて1点差にしてやるさ!」

 

次は大豪月さん。パワーならこの洛山高校でも1番だと言っても良い……。それくらいの怪力の持ち主なんだよね。それが球の速さにも出てるし……。

 

「ヨミちゃん、大丈夫?」

 

「私は大丈夫だよ。今日も絶好調だと思ったんだけどなぁ……」

 

マウンドでは内野陣と朱里ちゃんが集まってる。外野から朱里ちゃんが来たって事は、私達の打線を本気で攻略しようとしている証拠……。

 

「例え何があろうと、私は……いや、私達洛山高校はいつも通りにやるだけだ!」

 

「そうですね~。下手に小細工はしない方は良いですね~。少なくとも攻撃面は~」

 

小細工なしの全力フルスイング……。これが洛山高校の打撃モットーなんだよね。私と非道さん以外は大豪月さんも含めてかなり大振りなんだもん。スイングの音がベンチにまで聞こえるくらいに……。

 

「……わかった。やってみる!」

 

「大丈夫かなぁ?無理そうなら朱里ちゃんと交代ね?」

 

「うっ……!が、頑張るもん!!」

 

「期待してるよ?新越谷のエース」

 

「うん!今は私がエースだからね!」

 

どうやら作戦は決まったみたい。もしも武田さんが落ち込むようなら、朱里ちゃんに交代か……。

 

「作戦会議は終わったか?私のバットで場外まで運んでやろうじゃないか!!」

 

大豪月さんは打席でそう豪語している。発言が決して大袈裟じゃないのが何とも言えないね……。

 

(ジャンケン……。私が出すのはこれだ!!)

 

「うおおおっ!!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

武田さんが投げたのはナックルスライダーだよね……?大豪月さんは凄い勢いで空振りしちゃったみたいだけど……。

 

「……成程ね~。まぁウチを相手にするなら、案外それが理想なのかもね~」

 

「非道さんは武田さん達が何をやったのかわかったんですか?」

 

「まぁね~。詳しい話は大豪月さんか戻ってきてからにしよっか~」

 

非道さんは既に何か掴んでるみたい。あのベンチにまで聞こえるスイング音で何がわかったんだろう……?

 

 

ガッ……!

 

 

「詰まらせちゃった!?」

 

「でも打球は伸びてるぞ!」

 

2球目のツーシームを大豪月さんは詰まらせる。打球はふらふらとライト方向へ。

 

「強引にいかなきゃ、ホームランかもね~」

 

「ですね。入ったら1点差……!」

 

 

バシィッ!

 

 

『アウト!』

 

しかし願いは通じず、朱里ちゃんがフェンスによじ登って打球を捕った。普段の朱里ちゃんからは想像が出来ないレベルの積極さだったよ……。

 

『な、なんと早川選手がフェンスを登ってボールをキャッチしたーっ!?』

 

『そうでもしなれば大豪月選手が打った打球がホームランになる可能性がありましたから、これは良い判断です。今のアウトで流れは新越谷側に傾きました』

 

だ、大豪月さんが打ち取られちゃった……。

 

「お疲れ様で~す」

 

「芯から5センチ外れれば仕方があるまい。しかし新越谷は我々の打線に対して中々適切な解を見付けたようだな」

 

「ですね~」

 

どうやら大豪月さんも武田さんが何をしたのかわかったみたい。一体なんだろう……?

 

「ちなみに武田ちゃんは何も特別な事をしてないよ~。やってる事はただのじゃんけんなんだからね~」

 

「じゃ、じゃんけん……?」

 

「そうそう~。グーに対してパーを出してるだけ~。ね~?簡単でしょ~?」

 

た、確かに……。でもそれって根本的な解決にはならないよね……?

 

「まぁ問題の解決は半分もしてないと思うけど、ウチに対してはある意味で最適解だろうから、ここからは打ち合いが始まるよ~?」

 

「そういう事だ。だから気を引き締めろ!私達が打ち勝つのだ!!」

 

『押忍っ!!』

 

そうか……。黛さんは打たせて取るピッチングをするから、ここから乱打線になるのは容易に想像が出来る。だから次のイニングからは完全な打ち合いになるんだ……!

 

(打ち合いに勝たなきゃ……!)

 

私も自分のバットで勝利に貢献しよう……!



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番外編 清本和奈の洛山生活78

試合は5回表。洛山と新越谷の打線は打ち合いに発展して、スコアは13対11になっている。

 

「ウチと打ち合える相手は珍しいよねー。大豪月さんが投手じゃないとはいえ」

 

「うん。新越谷の打線も強いんだけど……」

 

今回の試合では二巡目以降もエラーが勃発してるんだよね。それが余計に新越谷の打線を助長させてるんだ……。

 

「大豪月さ~ん」

 

「……フム、そろそろ良かろう!」

 

大豪月さんと非道さんが何やら話していた。もしかして……。

 

「黛!よくやった……。あとは私が投げる!」

 

「レフトの大豪月さんとそのまま交代だね~」

 

「は、はい……」

 

(やっぱり……。いよいよ大豪月さんが投げるんだ!)

 

正直最初から大豪月さんが投げていれば、ここまで点を取られずに私達が勝っていた……。でも大豪月さんは次期エースの黛さんに大舞台を経験してもらう為に、この機会を設けたんだ。それはチーム全体がわかっている事。

 

『洛山高校、シートの変更をお知らせします。ピッチャーの黛さんがレフト、レフトの大豪月さんがピッチャーに入ります』

 

大豪月さんが入るや否や、球場は大きな盛り上がりを見せた。

 

『凄い歓声です!大豪月選手がマウンドに上がった瞬間球場に鳴り響きました!』

 

『大豪月選手は全国でも知名度がトップクラスの選手です。今日の試合でも大豪月選手のピッチングを見に来た……という観客は多いでしょう』

 

今の女子高校野球は大豪月さんと神童さんの2大巨頭……ってよく言われてるみたいなんだよね。それだけあの2人の人気と実力が凄いって事……。来年辺りには朱里ちゃんもそこに収まったりするのかな……?

 

「いくぞ新越谷!更に強化された私のピッチングを!」

 

大豪月さんは構えると思い切り体を捻った。あのフォームは……。

 

(トルネード……。黛さんの実力を上回った新越谷を認めた……って事で良いんだよね?)

 

「な、何あれ!?滅茶苦茶体を捻ってる!」

 

「あれはトルネード投法って呼ばれるフォームだね」

 

「トルネード?」

 

「体を捻らせてその勢いでボールを投げる投法です。まさか生で本物のトルネードを、しかも高校生が投げるのを見られるとは思いませんでした」

 

新越谷sideはトルネード投法を見て驚いている人が大半……。無理もないよ。大豪月さん曰く自身が認めた相手にしか使わないフォームなんだから……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(マジかよ……。練習試合で投げた時よりも更に速くなってやがる!)

 

6番打者を三振に仕留め。次は……。

 

『7番 ライト 早川さん』

 

(朱里ちゃんの打席だ……!)

 

大豪月さんの球を打てると思われる打者は4番の雷轟さんを除けば朱里ちゃんだけだと思うし、絶対に大豪月さんも用心する筈……。



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番外編 清本和奈の洛山生活79

ワンアウトランナーなし。打席には朱里ちゃんが立っている……。

 

(朱里ちゃんは打撃方面でもいずみちゃんや亮子ちゃんに並ぶ天才打者……。大豪月さんが投げる速球にも対応してくるよね?)

 

1球目。大豪月さんは体を捻らせて、豪速球を投げる。

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

い、いきなり当ててきた!?

 

おっも……!しかも腕が痺れてきたし……。速くて重い球とか勘弁してほしいよ。こんな球を練習試合の時に雷轟はよく打ったね……)

 

(やっぱり朱里ちゃんは凄い選手だよ。投打躍動をキッチリしてくる……)

 

(ほう?これを当てるとは中々の奴だ……!)

 

大豪月さんも朱里ちゃんにギラギラとした視線を送っている。あれは雷轟さんに向けたそれとはまた別の視線だよね……?

 

2球目。朱里ちゃんが取った行動は……。

 

 

(それなら私が狙うのは……!)

 

 

コンッ!

 

 

『バント!?』

 

三塁線へのセーフティバント。意表を突かれたのか、サードの対応が少し遅れた。よって……。

 

『セーフ!』

 

(ふぅ……。間一髪だ)

 

「ナイス!朱里ちゃーん!!」

 

「確実にチャンスを作っていきたい……!」

 

判定はセーフ。ワンアウト一塁になった。

 

「だ、大豪月さん……」

 

マウンドに私を含めた内野陣が駆け寄り、大豪月さんの元に集まる。

 

「フン。これくらいは想定内だ。この程度でガタガタ抜かす程に私は脆くない!」

 

「まぁこの後の行動も大方予想が出来ますしね~」

 

この後……?

 

「そういう事だ。内野陣は全身全霊を持って守備に集中せよ!」

 

『押忍っ!!』

 

タイムが終わり、8番打者との対峙。

 

(ここは1つ動いてみますかね……!)

 

(朱里のあのサインは……)

 

「何か仕掛けるつもりらしいが、私には関係ない!」

 

小細工なしの真っ向勝負で相手を屠るのが大豪月さん。だけどそれに対して朱里ちゃんは……。

 

「朱里ちゃんが走った!」

 

盗塁!?いくらウエスト球じゃないとはいえ大豪月さんの豪速球と非道さんの肩が相手だと、三森3姉妹クラスの走力じゃないと刺されるよ!?

 

(大豪月さん相手に盗塁とは良い度胸だね~。何が狙いかは大体予想出来るけど、とりあえず刺させてもらうよ~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(よいしょっ……と~)

 

非道さんの鋭い送球がセカンドへ。朱里ちゃんの足は遅くないけど、全然アウトに出来てしまう。

 

(でもそれも想定内……!)

 

非道さんの送球を見た朱里ちゃんは一塁へと戻る。完全に挟んでいる形を取ってるから、刺せる筈……!?

 

(ま、まさか朱里ちゃんの狙いは!?)

 

気付いた時には既に遅く、ファーストへ送球した樋口さんの球は私の頭上を越えた……。

 

「わっ!?」

 

ジャンプするも、送球を捕れず。溢した球を処理してる間に朱里ちゃんは二塁に到達してしまった。これが朱里ちゃんの狙いだったんだ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活80

ワンアウト二塁。朱里ちゃんに撹乱させられたものの、まだ大豪月さんの球を攻略された訳じゃない……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(速い……。朱里も遥もこんな速い球を打っていたのね)

 

現に大豪月さんのストレートに着いて来れていない。だから心配はないんだけど……。

 

(朱里ちゃんが色々な人に色々な事を言ってる可能性がかなり高いからなぁ……)

 

今打席に立っている藤田さん……?にも、きっと朱里ちゃんが解決策或いは解消策を伝えていると思う。

 

「これで三振だ!」

 

(どんなボールを相手が投げようともバットを振り抜く事を忘れない……それを朱里から教わったのだから!)

 

(例え長打力のない選手でもバットを振りさえすれば必ず何かが起こる……。これが1人の打者としての仕事なのだから!)

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

「当てた!?」

 

(な、なんとか着いていけたわ……。これも朱里のアドバイスと洛山戦に備えて速球打ちの練習をしたおかげね)

 

「良いぞ菫ーっ!」

 

「打てるよーっ!」

 

ツーナッシング。さっきまで打てる気配を感じなかったのに、急に当ててきた。まぐれ当たりだろうが、大豪月さんのストレートを当てた……というのが重要になる。

 

(仲間の声援で目の色が変わった……。激情タイプの打者は何を起こすか把握出来ないから厄介だね~。ここから先の全員が同じタイプの打者なら真っ直ぐだけだと厳しいかもですね~)

 

(それなら投げるか……。ストレートしか投げないという私の風潮を払拭させようではないか!)

 

(了解です~)

 

4球目。大豪月さんが投げたのは……。

 

(なっ!?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(SFF……。大豪月さんが変化球を解禁する程のチームって事だよね?)

 

非道さんの話によると、敵チームで変化球を投げたのは白糸台を相手にした時以来みたい。なんでも認めた相手にしか変化球を投げないんだとか……。

 

(そんな変化球をこの場面で投げるという事は、藤田さんを、新越谷を認めた……って事なのかな?)

 

他にも朱里ちゃん、雷轟さん、武田さん……。大豪月さんが実力を認めている選手が私が知ってるだけでも3人いるんだよね。だから遅かれ早かれ変化球は解禁してたと思う。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

9番の武田さんも三振に抑え、ピンチを切り抜けた。ここから反撃に繋げていきたいね。

 

「皆おっつかれ~!守備に付く前にパパっとこれを食べちゃってよ!」

 

守備に付く前にいたみちゃんがはちみつレモンをもらった。私を含めた選手全員がありがたくそれをいただく。

 

「ありがとういたみちゃん」

 

「なんのなんの!これがマネージャーの仕事だからね!まぁ私も本当は選手として出たかったんだけど……」

 

「古賀ちゃんはあくまでも黒獅子重工の選手だからね~。規定違反になりかねないのだよ~」

 

私は詳しく知らないけど、高校野球にも色々と規定があるみたい。多分今ここにいないメアちゃんも同じなんだろうね……。

 

「体力を回復させたところで、残りのイニングも頑張っていくぞ!」

 

『押忍っ!!』

 

試合も終盤戦だし、なんとか逆転していきたいね……!



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番外編 清本和奈の洛山生活81

6回表の新越谷の攻撃は1番から。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

しかし新越谷の上位打線をものともしない大豪月さんは連続で三振に仕留める。SFFを投げるようになってから更に手を付けられなくなったよね……。

 

(あれ?新越谷が円陣組んでる……?)

 

(何やら作戦会議のようだね~)

 

(フン!私の豪速球は作戦を立てたとて打てるまい!)

 

「わ、わかった……。でも上手くいくのか?」

 

「確証はありませんが、やってみる価値はあります」

 

作戦会議は終了みたい。ツーアウトだけど、さっきの2人の三振で何か掴んだってところなのかな……?

 

『3番 センター 岡田さん』

 

「何やらコソコソと作戦会議をしていたみたいだが、私の球を小細工で打てると思ったら大間違いだ!」

 

(確かに……。大豪月さんが投げるストレートやSFFは高校生が投げるソレとは次元が違う。バントを試みた打者もいたけど、その結果は打ち上げるか空振りだったし、その手の類いじゃないとは思うけど……?)

 

そんな大豪月さんの1球目。初球からSFFだ。

 

(雷轟が言うには大豪月さんの腕の振りを見て……)

 

(腕を振りきってるとSFFだ……!)

 

 

ガッ……!

 

 

(ム……?)

 

(これは……!)

 

『ファール!』

 

嘘!?大豪月さんのSFFにタイミングピッタリ!?

 

(まぐれ当たりかどうか試してみましょ~)

 

「…………」

 

2球目。今度はストレートだけど……。

 

(さっきよりも腕を振っていない……。ストレートだ!)

 

 

カンッ!

 

 

ストレートもタイミング完璧!?しかもヒットを打たれちゃった……。

 

「やったーっ!」

 

「ないばっちキャプテーン!!」

 

ツーアウト一塁。な、なんだか不味い状況のような……。

 

『4番 レフト 雷轟さん』

 

「かっ飛ばせ遥ーっ!」

 

「遥ちゃんなら打てるよーっ!」

 

4番の雷轟さん。並の投手なら、ここで雷轟さんとの勝負は避けるべき……なんて相談をするだろう。でも……!

 

「来たな雷轟遥……。あの時の借りを全力で返させてもらおう!」

 

(大豪月さんの辞書に敬遠という文字はない……。どんな相手でも真っ向に勝負して捩じ伏せるのが大豪月さんなんだ!)

 

まだ4ヶ月程しか経ってないけど、大豪月さんの人となりはなんとなくわかってきた。厳しく極端な練習を好む熱血漢だけど、その中に隠れてるのは仲間想いの優しい先輩って事……。気配りも完璧なんだよね。

 

「これが……私の……全力だ!!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

投げたのはストレートだけど、それはこれまでで1番速いストレートだった。

 

(大豪月さんのピッチングに何かしらの癖があるのかも知れない。でもそんなの関係ないよね……。大豪月さんはそれを越える圧倒的なピッチングをするんだから!)

 

だから雷轟さんだって、きっと……!

 

(凄いストレート。こんな球を間近で見られるなんて……。野球を始めて良かった。あの時、朱里ちゃんに出会ってなかったらこんなに球を打つ機会なんてなかったからね……!)

 

続いて2球目……。

 

(腕は振りきってる……。SFFだ!)

 

 

カキーン!

 

 

『ファール!』

 

SFFにタイミング完璧……。もし当ててきたら、絶対にホームランだよね?

 

(私との1打線勝負ではなかった緊張感がある……。私もこんな勝負をしてみたいな)

 

(あの時と同じ……。腕が痺れて、それが勝負の楽しさを助長させてくれる……!)

 

(神童や清本では味わう事のなかった緊張感……。これが私の求める野球だ!)

 

だって大豪月さんも、雷轟さんも、凄く楽しそうなんだもん。

 

(ストレートもSFFもタイミングが合ってるね~。本来なら高速シンカーとかも織り混ぜたいんですけど~)

 

(……いや、雷轟遥にはこれだ!)

 

(ですよね~。では最高の球で打ち取りましょう~)

 

(勿論だ!)

 

「これで……三振だ!!」

 

大豪月さんが投げた球はまたこれまでよりも凄い球だった。

 

(腕の振り、角度、大豪月さんの投げる球はストレート?SFF?それともまだ見ぬ変化球……?いや、考える前にバットを振り抜く!!)

 

 

カキーン!!

 

 

しかし雷轟さんはそんな球を完璧に打ち抜いた。センタースタンドへ叩き込まれる文句なしのホームランだった……。



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番外編 清本和奈の洛山生活82

6回裏。クリーンアップから始まるこの回が最大のチャンスだと思う。

 

「さぁ、この勢いを維持して勝利を掴みにいくぞ!」

 

『押忍っ!!』

 

(まさかうちが白糸台以外にこんなにてこずるとはね~)

 

(非道さんにジャンケンは余り通用しない……。それなら!)

 

武田さんが投げたのは非道さんの1打席目に投げた球とコース。でも……。

 

(1打席目と同じ球とコース……。でも私にはわかるよ~。あの時とは何か違うって~!)

 

 

カキーン!!

 

 

非道さんは初球からアッパースイングで武田さんの球を捉えた。

 

『アウト!』

 

しかし打球は失速していき、センターフライになった。

 

(打ち取られたか~。まぁ今打った球はビリビリと腕が痺れたからね~。でも清本ちゃんは同じようにはいかないよ~?)

 

「という訳であとはお願いね~?」

 

「はいっ!」

 

非道さんから後を託された……。そうだよね。こんなところで終わって良い訳がないよね!

 

(まさか非道さんが打ち取られるなんて。武田さん……!朱里ちゃんと同じ天才レベルの投手だね)

 

(清本さんかぁ……。連合チームとの練習試合でも何度か勝負したけど、殆んどホームラン打たれてなぁ)

 

(それでも打ち取れるよ。今のヨミちゃんなら!)

 

朱里ちゃんが武田さんをエースに据えた理由がわかってきた気がする。武田さんはどんな打者との勝負も全部楽しんでるんだ。そしてそれが投げる球に影響している……。更に試合中に成長していく超進化型の投手なんだ。朱里ちゃんが認める訳だよね……。

 

(私のピッチングを……清本さんにぶつけるだけで良い!)

 

(武田さんは私との勝負を楽しんでくれている。今まで私と勝負した人は皆2度目以降になるとどこか怯えていた……。武田さんにはそれがない……っていうのが私も嬉しいんだ!)

 

純粋に勝負してくれる投手が私にやる気を出させてくれる……。力が湧いてくるよ……! 

 

(負けられない……!)

 

(でもこの勝負を楽しみたい……!こんな感情……川越シニアと洛山の皆以外には感じられなかった)

 

私も武田さんも……。この勝負を純粋に楽しむんだ!勝ち負けはその後だよね!

 

 

カキーン!!

 

 

初球から私は打っていった。

 

(でも後悔はない。武田さんの投げたストレートはまた今日のこれまでの球よりも良かったから……。私は投手の投げる最高の球を打っていきたいんだから……!)

 

私と武田さんの勝負……外野からだけど、見ててくれたよね?朱里ちゃん?

 

『アウト!』

 

(見てたよ。2人の勝負……。なんだか妬けちゃうな。清本もナイスバッティングだったよ)

 

結果はライトフライだったけど、武田さんとの勝負の中で1番最高の気分だったというのは私の胸に仕舞っておこう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

『試合終了です!15対12で新越谷高校が洛山高校を破りました!』

 

『準決勝は白糸台と新越谷になりましたね。白糸台と洛山の過去2年に渡る因縁もここで終わった……と考えると少し寂しく思いますが、新越谷との試合が洛山以上の熱い戦いになる事を期待しています』

 

試合は終わり、私達は敗北……。私の最初の夏は、大豪月さん達最後の夏は、白糸台との対決をする事なく、全国ベスト8という結果に終わった……。



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番外編 清本和奈の洛山生活83

整列が終わり、私は非道さんと大豪月さんと一緒に外の空気を吸いに行っている。

 

(終わっちゃったんだ……。私達の夏……)

 

少々の悔いはあるけど、私自身はあの新越谷との試合が1番楽しかったと思う。

 

「……新越谷に負けたみたいだな。試合見てたよ」

 

ふと大豪月さんが誰かと会話をしている様子が見えた。そこには白糸台の神童さんと瑞希ちゃんが……。

 

「そうか……。私は全力を出したし、黛の実力も確認したかったから、何の悔いもない!」

 

「黛ちゃんの球種や相性なんかも新越谷戦である程度把握出来ましたしね~」

 

黛さんの試運転……。これが1番大きな理由だよね。3年生が引退した後のエースになるって非道さんは言ってたけど……。

 

「雷轟には結局勝てていなかったようだが?」

 

雷轟さんに完膚なきに打たれたと大豪月さん自身が言ってたけど、本来なら悔しくない訳がないんだよ……。 

 

「確かに今日は負けたが、野球を続けている限りはまたどこかで再戦するだろう。その時に勝てば良いのだ!」

 

でも大豪月さんは豪快にそう言った。最後に勝てば良いだろう……と。確かにその通りだよね。

 

「……そういう考え方もあるのか」

 

神童さんも大豪月さんの考えに納得したみたい。

 

「今日もホームランを量産していましたね」

 

「……今日はホームラン3本と5打点しか取ってないよ」

 

今までの試合では4本打つ事の方が多いもん。打点だって6~8が平均だもん……。

 

「充分じゃないですか……」

 

「それに雷轟さんの方が打ってたし……」

 

「雷轟さんの方はホームラン4本と8打点でしたか……」

 

多分単純なパワーは雷轟さんの方が上だと思うんだよね。だからこそ、大豪月さんの球をホームランに出来る訳だけど……。

 

「うん、大豪月さんのSFFも完璧に捉えていたし……。あのSFFは私もまだスタンドまで飛ばした事がないんだ。それを雷轟さんはわかっていたように……」

 

「……スタンドからでしか見てないので確証は持てませんが、大豪月さんの投げるボールには何か癖があるのかも知れませんね」

 

「癖……?」

 

そんなのがあったんだ……。そんなの考えた事もなかったや。

 

「それを雷轟さんは見抜いて打ったのでしょう」

 

(尤も雷轟さんがホームランを打ったあのストレートには癖はないようにも見えましたが……)

 

「……もしも本当に大豪月さんの癖を見抜いて打ったのなら、雷轟さんはもう既に私を越えるスラッガーだね」

 

流石、朱里ちゃんが目を付けた選手だよ。

 

「和奈さん自身がそう思っている……というのは意外ですね」

 

「うん……。雷轟さんはきっと私にはないものを持ってるんだと思う。それが何かはまだわからないけど……」

 

確実にわかるのは身長でしょ?あとは身長と身長と身長と……。

 

「その何かがわかったら……その時はまた私が全国で最強のスラッガーになるんだよ!」

 

「……私には縁のない単語ですが、頑張ってください」

 

まぁ身長云々は冗談だけどね?でもいずみちゃんみたいなモデル体型には憧れちゃうなぁ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活84

「それよりも大豪月、おまえはこれからどうするつもりだ?」

 

「私はもう既にやるべき事は決まっている!」

 

「やるべき事?」

 

「ウム、それはな……」

 

大豪月さんが神童さんに耳打ちをしていた。もしかして前に聞いたあの事かな……?

 

「……本気か?」

 

「無論だ。神童も一緒に来るか?」

 

「……面白そうだし、考えておこう」

 

だ、大豪月さんと神童さんのコンビ!?この2人が組めば無敵じゃないのかな?そこに瑞希ちゃんとか加われば、鬼に金棒だし……。

 

「他にはその計画に入ろうとする奴はいるのか?」

 

「我が洛山では非道と清本が計画に乗ってくれるぞ!」

 

「私は大豪月さんの行く道に着いて行きますよ~」

 

「わ、私も大豪月さんにはお世話になりましたし、まだその恩を返し切れてないですし……」

 

始めに聞いた時はプロ入りとかどうするんだろう……って思ってたけど、大豪月さんと非道さんには既に進むルートが決まってるんだって。だから進学はその為のルーツなんだそうだ。

 

「……まぁ私も白糸台の連中に何人か声を掛けておく。だが期待はするなよ?」

 

「心配せずとも私と神童が手を組めば敵などいない!」

 

確かにこの2人は最強クラスの投手だし、2枚看板としての機能は完璧だよね……。

 

「……では私達は宿舎に戻るとしよう」

 

「京都に帰るのか?」

 

「他の連中はそうするだろうが、私達3人は全国大会を最後まで見届けるつもりだぞ!」

 

「私達を破った新越谷がどこまで進むのか見物ですしね~」

 

実の所それが西宮に残る1番大きい理由だよね……。でも新越谷の行く末をこの目で見ておきたいから、仕方ない。仕方ないよ……。

 

「そういう事だ。神童よ、新越谷は手強いぞ?」

 

「わかっているさ。新越谷の強さは私と二宮が最初に新越谷の練習試合を観戦したあの時から……」

 

神童さんからは油断も慢心も感じられない……。これは相当手強いよね。

 

「瑞希ちゃん、準決勝観に行くから頑張ってね!」

 

「私はいつも通り試合に臨むだけです。例え相手が朱里さんでも……」

 

瑞希ちゃんも瑞希ちゃんで一切の油断がない。まぁこっちは本人が言っているようにいつも通りだよね……。

 

「それじゃあ私達は球場に戻る」

 

「失礼します」

 

一例して瑞希ちゃんと神童さんは球場に歩いていった……。

 

 

ブーッ!ブーッ!

 

 

……?これはバイブ音?

 

「私の電話だね~。はいはいもしもし~?」

 

非道さんのスマホから鳴ってたんだ……。

 

「ん~。片方は黒咲ちゃんに任せるね~。それでもう片方だけど、今の殻を破る為には、1度洛山の洗礼を浴びせるのが効果的だよ~」

 

そういえばアメリカから2人の新入部員が入ってるんだっけ?でもなんでこのタイミングなんだろう?いたみちゃんから部分的にしか聞いてないから、具体的な理由がよくわからないよ……。

 

「それが秋大会までに間に合えば良いね~。まぁその子のセンス的に遅くても冬頃にはある程度仕上がるし、春前には間に合うと思うよ~。私達は決勝戦が終わるまで西宮には滞在するし、それまではその2人の方をよろしく~」

 

そう言ってメアちゃんとの通話を終わらせた。

 

「……という事で大豪月さん、良いですよね~?」

 

「構わん。洛山の夏が終わった時点で私に部の権限はない。これからは非道、貴様が引っ張っていくのだ!『どのようにしてくれても』構わん!」

 

「……了解で~す」

 

い、一瞬不穏な空気が流れた気がするけど、非道さんなら大丈夫……だよね?



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番外編 清本和奈の洛山生活85

新越谷との試合から2日後。今日は新越谷と白糸台の試合観戦に行く日だ。

 

「良い席が空いてましたよ~」

 

「ご苦労!」

 

非道さんが指した席はセンタースタンドの真ん中付近。全体が滅茶苦茶見えるとても良い席なんだけど、どうやってこの席を取ったんだろう……?

 

「丁度試合が始まったところですね~」

 

「白糸台の先発は神童ではないな。余程慎重に立ち回りたいのだと伺える……」

 

「まぁ今日投げる新井ちゃんも実質エースみたいなところはありますし、新越谷にとって苦戦するのは必至じゃないですかね~」

 

新越谷は瑞希ちゃんに負けないレベルの分析力を持ってるから、上手く新井さんの隙を突きそう……。新越谷側もそれを狙っているだろうけど、そうさせないのが瑞希ちゃんのリードだから、投手戦に持ち込むしか勝ち筋がなさそうだよね……。

 

「対する新越谷の先発は早川か」

 

「背番号上では2番手対決ですね~」

 

朱里ちゃんなら白糸台でも攻略に時間が掛かりそう……。朱里ちゃんの多種多様な球種を瑞希ちゃんに悟られないように立ち回る事が朱里ちゃんには必要とされるね。

 

『さぁ間もなく始まります。新越谷高校対白糸台高校。試合の実況は七瀬が、解説には白糸台のOGである宮永照プロに来てもらっています』

 

『よろしくお願いします』

 

『宮永プロ、今日の試合の見所はどこになるでしょうか?』

 

『この試合は新越谷も白糸台も投手に注目したいですね』

 

『……と言いますと?』

 

『先発の新井選手は今年度に入って大きく成長した投手の1人ですし、新越谷の先発である早川選手は昨年のシニア全国大会で優勝まで登り詰めた川越シニアのエースです。まずは序盤の投げ合いでどちらが主導権を握るか……楽しみです』

 

解説の言うように、主導権を握れるかがとても重要になりそう……。これは新越谷と白糸台の試合でもあるけど、朱里ちゃんと瑞希ちゃんの対決でもあるよね。実際に勝利の鍵はあの2人が握ってる訳だし……。

 

『プレイボールです!』

 

先攻は白糸台。最初の一巡は朱里ちゃんの球を見極めるのかな?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

朱里ちゃんのストレートに見せた変化球を白糸台の打線がどう捉えるかで色々と変わってきそうだね。朱里ちゃんもなるべく悟られないように投げると思うけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「おお~。先頭打者を三振に抑えたね~」

 

「今日の朱里ちゃんは絶好調みたいですから、余程の相手じゃない限りは打たれないと思います」

 

「まぁ早川朱里も一流の投手だからな。神童みたいな奴が相手でもない限りは小細工である程度は誤魔化せるだろう。現に亦野は振り遅れている」

 

(それもこの打席限り……だろうがな)

 

大豪月さんの言う小細工が通用しない4、5、9番打者に対してが朱里ちゃんにとっての本番……。朱里ちゃん、このペースでいくと多分完投出来なさそうだよね。

 

1、2番を三振に抑えた朱里ちゃん。3番の新井さんに投げた1球は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

朱里ちゃんの速いストレートに新井さんは手が出なかった。緩急の差が結構えげつないから、無理もないよね……。

 

「今のストレートは中々良い感じですね~」

 

「ウム、その辺の奴等では決して打てない球だな!」

 

「あれが朱里ちゃんの決め球とも言えるストレートです」

 

正確には今年に入って出来た決め球だけど……。私もいずみちゃんも瑞希ちゃんも面食らったよね。

 

「確かに初見だと手が止まりそうだね~」

 

「球速自体は私や新井の方が圧倒的に速いが、あのストレートは速度ではなく勢いが違う。ただ速いだけで打てないのなら、埼玉の熊谷実業にいた久保田という投手がもっと騒がれている筈だ」

 

それはそうなんだろうけど……。1番速い球を投げるのって、現状大豪月さんじゃないのかな……?

 

(……でも今1番速い球を投げるのは大豪月さんなんですよね~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『早川選手、白糸台の打線を連続三振で切り抜けました』

 

『1打席目は様子見……。それを白糸台の選手達も、早川さん自身もそう思っているでしょう』

 

『そうなると白糸台が動き始めるのは2打席目以降になる……という事ですか?』

 

『恐らくですが……』

 

(気になるのは二宮さんの打順……。裕菜の話によると二宮さんは情報収集に長けている。だとしたら本当に始動するのは二宮さんの打席からである可能性が高い)

 

瑞希ちゃんの打順くらいから白糸台が本格始動しそう……。捕まり始めたら連打を食らうだろうし、朱里ちゃんには頑張ってほしい。



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番外編 清本和奈の洛山生活86

1回裏の新越谷の攻撃。打席には雷轟さんが立っていた。

 

「おお~。最初からクライマックスだね~」

 

「ウム、雷轟遥を1番に添えて多く打席を回す事で神童の球を打つようにする為だろう」

 

神童さんの球を打てる確率が1番高い雷轟さんを1番に置く……っていうのを瑞希ちゃんに読まれてると思うんだよね。だから先発は神童さんじゃないのかな?何れにせよ……。 

 

「目が離せませんね……!」

 

「清本ちゃんが釘付けに~」

 

「……雷轟さんは私を越えた人ですから」

 

大豪月さんの全力のSFFを完璧に捉えた雷轟さんは間違いなく私よりも高みにいる……。この試合の雷轟さんを見て、私に足りない部分を補えたら良いな。

 

「清本も雷轟遥もまだ1年生……。2年後、そしてその後の舞台から引退までに勝てば良かろう」

 

私は大学進学を決めたけど、雷轟さんなら恐らくプロ入りする筈……!なるべく差を付けられないようにしないとね!

 

 

カキーン!!

 

 

言ってる間に初球打ち。打球はライトへと……。

 

「おお~?これはもしかすると先頭打者ホームラン~?」

 

「……いえ、ここから失速してライトフライになります」

 

(まぁそれはわかってて言ってるけどね~。ホームラン数随一の洛山にいるんだから、その程度の判断は基礎だよ~。尤も清本ちゃんもそれをわかってて言ってるから、これはただの会話だけどね~)

 

『アウト!』

 

「我々からすればアウトになる事はわかっていたが、その他大勢の人間から見ればホームランすれすれの打球だ……。初心者ながらも雷轟遥はスラッガーの何たるかをしっかりとわかっている!」

 

「これなら次の打席で打ちますかね~?」

 

「いや……。二宮瑞希のリードなら、歩かせる可能性もあるだろう。それに新井の投げるハイスピンジャイロも完璧ではない」

 

ハイスピンジャイロ……。現状高校生だと新井さん特有のジャイロボールを更に回転させた進化型。それに対して大豪月さんが完璧じゃないと言ったのは……。

 

 

カンッ!

 

 

「連打されちゃいましたね~」

 

「今の新井はジャイロボールに過信し過ぎているからな。その上荒れ球が目立ち、尚且つ数球に1度はシュート回転する抜け球が飛んでくる。今打った2人はまさしくその球だ」

 

「新越谷は新井さんの投げる球について気付いているんでしょうか……?」

 

「まだ完全には気付いていないだろう。しかし攻略されれば、新井はそれまでだ。大火傷しないと良いがな……」

 

 

カンッ!

 

 

ワンアウト一塁・二塁で4番打者がセンター前に打球を放つ。もしかして信号が先制点取れる……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『アウト!』

 

えっ……?

 

「センターゴロ!?」

 

「大星ちゃんの肩もまた一段と成長してるね~」

 

センター前ヒットだと思ったら、まさかのセンターゴロで併殺。ウチとは違って守備でも隙がないね……。

 

「今日4番を打っている藤原がもう少し足が速ければ、併殺にはならなかっただろうな」

 

新越谷にとってのホームベースはまだまだ遠そうだなぁ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活87

2回表。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先頭の大星さんを3球三振。様々な球を使い分ける朱里ちゃんはまさに変幻自在って言葉が似合うよね。

 

「これで4者連続三振か……。中々やるではないか」

 

「元々朱里ちゃんは三振を取るタイプの投手ですから。県大会の準決勝もアウトは全部三振だったし……」

 

もっと言うなら、リトルシニア時代から朱里ちゃんの奪三振率は総合1位。リトル時代とシニア時代ではガラッと投球内容が変わってるのに、三振を取っていくのには変わりないんだよね。

 

「大星ちゃんも早川ちゃんの投げるなんちゃってストレートの後に投げられた本気のストレートには着いていけなかったみたいだね~」

 

「初見だと難しいですが、慣れればそんなに難しい球じゃないと思いますよ。私でも打てるくらいなので……」

 

瑞希ちゃんとか亮子ちゃんも朱里ちゃんの球は打てるから、当てるだけなら実はそんなに難しくないんだよね……。

 

「いやいや、清本ちゃんを基準にしたらダメでしょ~」

 

「ひ、酷い……」

 

私そんなに異常じゃないもん。異常じゃない……よね?

 

「次は神童の打席だな」

 

「神童さんも決して楽な打者じゃないですからね~」

 

そういえば前に新越谷で混合チームを組んで試合した時は朱里ちゃんからホームランを打ってたね。じゃあ朱里ちゃんにとってはリベンジマッチって事になるかな?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「初球から打ってきましたね~」

 

「神童は見送りが多い打者だが、早川は以前に対戦した経験があるからな。今は好球必打なのだろう」

 

朱里ちゃんからホームランを打った時も、何球か見送っていたっけ……。三森3姉妹の末っ子さんと同じスタイルなのかな?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目もファール。朱里ちゃんの球に完全に着いて行ってるね。

 

「ほう?神童が追い詰めに行っているのにも関わらず、早川の目はむしろ燃えてるように見えるな」

 

「まぁ追い込んでいるのはお互い様ですからね~」

 

朱里ちゃん的には3球勝負にしたい筈。だからここで投げるのは変化の大きい球……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

フォークボール……!不意を突いた形だけど、三振は三振だよね。

 

「まさか神童までも三振させるとはな。不意を突いたとはいえ中々出来る事じゃないぞ」

 

「そうなんですか?」

 

「ウム、白糸台で1番警戒しなければならない打者は大星でも新井でもない……。神童だからな」

 

私視点ではそれに加えて瑞希ちゃんが警戒打者に加わりそう……。

 

「打率そのものは控えめですけど、それは相手投手の投げる球を把握させる為でもありますからね~」

 

「瑞希ちゃんみたいなタイプなんですね……」

 

もしかして神童さんと瑞希ちゃんって滅茶苦茶相性良い?朱里ちゃんと組んだ時みたいに……。

 

「確かに二宮ちゃんとは相性良さげだね~」

 

「昨年まで神童と組んでいた弘世とかいう捕手よりもバッテリーとしての相性は良いだろうな。つまり神童にとっても二宮は理想の捕手という訳だ!」

 

確かに瑞希ちゃんって捕手の理想が多く詰め込まれているよね。肩が若干弱いって本人が言ってたから、それさえ克服すれば完全無欠になるんじゃ……?



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番外編 清本和奈の洛山生活88

2回裏。新越谷は5番、6番と連続でヒット。先制点のチャンスだね!

 

「新越谷は先制のチャンスですね~」

 

「まぁこの状況は新井にも問題があるがな」

 

「問題……ですか?」

 

「岡田に打たれたヒットはともかく、川崎に打たれた球に関しては新井の弱点の1つであるシュート回転する抜け球だ。川崎はそれを上手く打っただけに過ぎん」

 

「抜け球……」

 

一見完璧に見えるハイスピンジャイロにも穴があるんだね。

 

「尤も川崎本人も自覚して打ってる訳ではないがな」

 

「でも早川ちゃんや雷轟ちゃん辺りなら、その内気付きそうですよね~」

 

「ウム。他の打者も抜け球があるとはいえ、上手く新井の球を打っている。私との対戦が活きたと言えよう!」

 

確かに大豪月さんとの対戦がなかったら、ここまで打つ事にはならなかったのかも……?

 

『7番 ピッチャー 早川さん』

 

次の打者は朱里ちゃん。朱里ちゃんの性格的に確実にチャンスを広げようとするよね……。

 

 

コンッ。

 

 

「送りバント……」

 

「手堅いね~」

 

「早川的には一塁を空けた状態にしておく方が良いと判断したようだな」

 

もしも一塁が埋まってたら、併殺を取りやすくなるからって事?じゃあ瑞希ちゃんの考えは……。

 

「二宮ちゃんが立ち上がりましたね~」

 

「満塁策か……。全ての塁でフォースアウトを取るように徹底してるな。新井の球を全員が完璧に打てる訳じゃない以上、打てない誰かが詰まらせる……と二宮は踏んだのだろう」

 

それで併殺を取らせる……か。これも瑞希ちゃんが得意とする先読みなんだね。

 

 

カンッ!

 

 

「セカンド!」

 

ジャイロボールを詰まらせた9番打者がセカンドへ詰まらせた当たりを打つ。

 

「物の見事に二宮ちゃんの思惑通りになったね~」

 

「この先読みのリードと、投手を活かすリードで瑞希ちゃんはリトル時代から最前線でやってますから……」

 

(尤も瑞希ちゃんが重宝されてる理由はそれだけじゃないけど……)

 

結果は併殺。ワンアウト満塁のチャンスは瑞希ちゃんによって防がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3回表は朱里ちゃんの球によって7、8番を連続で三振。

 

『早川選手、これで8者連続三振です!』

 

『ダブルプレーの悪い雰囲気を一蹴させる良いピッチングですね。決して主導権を相手に渡しません』

 

「早川ちゃんの調子も良さそうだね~」

 

「でも本番はこれからですよ……」

 

なんせ次は……。

 

『9番 キャッチャー 二宮さん』

 

瑞希ちゃんの打席だから……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

瑞希ちゃんは初球から当ててくる。

 

「タイミングは完璧だな。白糸台で当てたのは神童以来だろう」

 

「6年間バッテリーを組んでたから、ある程度はパターンがわかるかも知れません。それに加えて、瑞希ちゃんの先読みがあれば……」

 

「タイミングを合わせるのはより簡単になるって事だね~」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目もファール。投げたのはSFFだけど、瑞希ちゃんはまた完璧に合わせる。

 

「早川的にはここも3球勝負だろうな」

 

「でも瑞希ちゃんがそれを許すのかな……?」

 

注目の3球目。結果は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

み、瑞希ちゃんが空振り!?朱里ちゃんが投げたのはフォークか……。

 

「瑞希ちゃんが空振りした!?」

 

「そんなに珍しい事なの~?」

 

「瑞希ちゃんって三振した事はあっても空振りをした事って片手で数えきれるくらいしかないんです……」

 

瑞希ちゃんは基本見る事に専念してる事が多い。非道さんと似たような感じなのかな?

 

「その二宮瑞希が空振りしてしまうレベルのフォークを早川朱里は投げきった……という訳か。やはり投手戦はこうでないと面白くないな!」

 

「手に汗握る……ってやつですね~」

 

朱里ちゃんはここまで全部三振のパーフェクト。朱里ちゃんの調子がどこまで続くのか見物だね。



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番外編 清本和奈の洛山生活89

3回裏の新越谷の攻撃は1番の雷轟さんから。

 

「雷轟ちゃんはこの大会中は1番と4番を行き来してるみたいですね~」

 

「我々洛山で言えば現状清本に絶対的な信頼を置いて不動の4番に据えているが、雷轟遥のように対戦相手によって打順を弄れるのもまた信頼の現れだろう」

 

な、なんだか照れちゃうね……。

 

「それに雷轟が1番新井の攻略に近付いてる打者だ。1番に置いた理由は神童の球を多く見る為だろうが、結果的に新井の球を見る為にもなっている」

 

「確かにそうですね~。それに新井ちゃんには抜け球がある訳ですから、雷轟ちゃんを相手にうっかり投げてしまえば、ホームランになっちゃいますね~」

 

(なんか数球に1球の割合で抜け球になるんだったっけ?でも新井さんはそこまで打ち込まれた記憶はないんだよね。もしかして抜け球の大半はボール球になってる……?)

 

だとしたら新井さんからすれば、幸運も良いところだよね。

 

「どうやら雷轟を歩かせるみたいだな」

 

「ですね~」

 

瑞希ちゃんが立ち上がっていた。敬遠するみたいだけど……。

 

「これは相当雷轟ちゃんを警戒してますね~」

 

「抜け球を打たれる事を避ける為だろう。賢明な判断だ。況してや雷轟は清本を越えた打者なのだから」

 

「まぁ新井ちゃんじゃ清本ちゃんは抑え切れないですからね~」

 

わ、私が褒められる流れになってる!?

 

(でも瑞希ちゃん目線でも雷轟さんを相当警戒してるのが伝わってくるね……)

 

『ボール!フォアボール!!』

 

雷轟さんを敬遠し……。

 

 

コンッ。

 

 

次の山崎さんが送りバント。

 

『アウト!』

 

これでワンアウト二塁。再びスコアリングポジションにランナーが溜まったね。

 

 

カンッ!

 

 

3番の中村さんが初球打ち。打球はセンター前に落ちた。

 

「雷轟ちゃんの走塁を見る限りエンドランのようですね~」

 

「だが飛んだ方向が悪かったな。広角打者の中村でも新井のストレートを特定のコースへと狙い打つ程に余裕がある訳じゃなさそうだ」

 

 

ズバンッ!

 

 

鋭い送球が瑞希ちゃんのミットへと突き刺さる。もしも雷轟さんがホームに向かってたら、アウトになってたね……。

 

『4番 サード 藤原さん』

 

「新越谷にとっては最大のチャンスだ。ここで点を取れないと、いよいよ雷轟頼みになるだろうな」

 

「一応藤原ちゃんは期待値が高い方なので、最低でも犠飛にはしそうですよね~」

 

雷轟さんの代わりに4番になっている藤原さん。雷轟さん程じゃなくても、期待されてるだろうなぁ……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

初球から当てた……。もしかしたら本当に藤原さんが打っちゃうかも!

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「タイミングが合い始めてますね~」

 

「あれでは抜け球を捉えられるのも時間の問題だな。そうなる前に手を打つべきだな」

 

「あっ!瑞希ちゃんが歩かせるみたいですよ?」

 

5球続けてファールを打たれた後、瑞希ちゃんが立ち上がった。次の岡田さんとの勝負で併殺狙いの方が良いと判断したんだろうね。

 

「ん~。どうやら新井ちゃんは不服みたいだね~」

 

「み、瑞希ちゃんのサインを無視してる!?」

 

「新井のプライドが敬遠を許さなかったようだな。雷轟を歩かせたのにも憤りを感じていた事だろう。私個人としては嫌いではないが、指示を無視するのは良くないな」

 

 

カキーン!!

 

 

「しかも抜け球を完璧に捉えられる最悪の展開ですね~」

 

「文句なしのホームランだな。この3点は大きい」

 

打球はスタンドに突き刺さる。新越谷が3点先制したね。

 

『藤原選手が新井選手のジャイロボールを捉えました!打球は伸びていき、スタンドへ……ホームランです!白糸台相手に先制のスリーランホームラン!!』

 

『新井選手にも意地があったのでしょうか?二宮選手の敬遠指示を無視して投げてしまいました』

 

『新井選手のプライドに反する行為だったと言う事でしょうか?』

 

『恐らく……。白糸台高校野球部にはプライドという概念は必要としていないですから、それを破って点を取られる……というのはかなり痛手となりますね』

 

新越谷は朱里ちゃんが投げてるし、朱里ちゃんにとっても大きな援護になったね。



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番外編 清本和奈の洛山生活90

4回表。白糸台は打者一巡して、1番から始まる。

 

「白糸台はここから本格的に早川の攻略に務めるだろう」

 

「朱里ちゃんなら大丈夫な気もしますけど……」

 

「確かに早川ちゃんは手数が多いけど、その考えは白糸台の打線を甘く見過ぎだね~」

 

 

カンッ!

 

 

初球打ち!?

 

「早川が投げた全力ストレートを亦野は始めて体感するが、それに対して難なく合わせるバットコントロールと動体視力を持ち合わせている。流石は白糸台の3年生だ」

 

『先頭打者の亦野選手、早川選手のストレートを初球から捉えてヒット。早川選手の連続三振記録と、ここまで培ってきたパーフェクトピッチングがここで途切れます!』

 

朱里ちゃんのパーフェクトが途切れた……。もしかしてここからつるべ打ちにされるの?

 

(朱里ちゃんが打ち込まれる姿なんて想像が出来ないよ……。リトル時代も、シニア時代も、朱里ちゃんから打つ打者なんて総合で数えて『あの人』しかわからないもん)

 

シニアまでと高校とでは大きな差があるってわからせられる一打だったね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

朱里ちゃん、動揺してるのかな……?

 

「ウエスト球で亦野の盗塁を釘指しているな。まぁ亦野は盗塁に積極的ではないが」

 

「早川ちゃん目線、プッシュバントやエンドランを警戒しているのかも知れませんね~」

 

確かにそれ等を防ぐ目的なら、多少ボール球が先行しても違和感がないね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「ウエスト球をちらつかせてからのフォークは上手いな。上手く渋谷を空振りさせた」

 

「やりますね~」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

ウエスト気味のコースでギリギリのストライク……。あれは手が出ないよ……。

 

「一気に早川のペースになったな」

 

「ですね~。あとは打ち取って終わりでしょうね~」

 

(まぁ雷轟ちゃんの守備に穴があるから、もしかしたら……が起こるかも知れないけどね~)

 

 

ガッ……!

 

 

「打ち上げた!」

 

「力なくレフトに飛んでいったね~」

 

レフトへの浅いフライ……。。タッチアップも不可能だろうね。

 

 

ポロッ!

 

 

「あっ!?」

 

「えっ?」

 

えっ?お、落とした!?め、滅茶苦茶イージーなフライを落とした!?

 

「まるで洛山節だね~」

 

「ウム。スラッガー気質の打撃に、壊滅的な捕球力……。あれこそ洛山に相応しい選手の一端だ!」

 

そ、それはどうなんだろう?非道さんはこの大会が終わったら、守備方面を徹底的に鍛えるって言ってたけど……。

 

『早川選手、味方のエラーでピンチに陥りました!』

 

『これはついてないですね……』

 

「ノーアウト一塁・二塁でクリーンアップに回ったな」

 

「新井ちゃん的にはさっきのスリーランを帳消しに時代ところでしょうね~」

 

 

カンッ!

 

 

打球はレフトへの鋭いライナー。さっきのエラーで雷轟さんが穴だと見抜いて打ってるだろうね。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「こ、今度はなんとかアウトを取りましたね」

 

「洛山野球部あるある~。鋭いライナーは捕れるけど、浅いフライは捕れない~」

 

「洛山打線が産んだ副産物なのかも知れんな!」

 

大豪月さんは豪快に笑って言ってるけど、全然笑い事じゃないんだよね……。



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番外編 清本和奈の洛山生活91

ワンアウトは取れたものの、ランナーはそれぞれタッチアップをしていて、ワンアウト二塁・三塁とピンチに陥っている。

 

「二塁・三塁で大星ちゃんですね~」

 

「大星は打者としては特殊な部類に入る。それに加えてデータが少ない……。早川が先入観や緩急で抑えようとすると、大火傷するぞ」

 

特殊……?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

初球は高めのフォークを打ってくる。いきなりフォークを当ててくるって中々出来ないよ。しかも投げてるのは朱里ちゃんだし……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目もファール。フォーク、SFFと続けてファスト系の変化球を打ってきてるから、ストレートを待ってたりするのかな?

 

「早川ちゃんが追い込みましたね~」

 

「ここで早川が何を投げるかによって、結果が大きく変わるだろう。清本は次に早川が何を投げると思う?」

 

「えっ!?」

 

急に訊かれて考えがまとまってなかったよ!?えっと……。

 

「あ、朱里ちゃんが投げたのはフォークとSFF……。両方共速めの球で、大星さんはそれ等を積極的に打ちに行ってて、そこから大星さんの得意球がストレートかファスト系の変化球だと思うから、チェンジUPみたいな抜き球……ですか?」

 

「……成程な」

 

「どうやら早川ちゃんも同じ考えみたいだね~」

 

朱里ちゃんが投げたのはチェンジUP。私と同じ考えみたい。大星さんもタイミングを狂わせてるみたいだし、正解だよね……?

 

 

カキーン!!

 

 

「えっ……?」

 

う、打ってきた!?しかもフォームを崩しながら!?

 

「大星はああしてタイミングを狂わせたと思わせる挙動が好物みたいでな。あのように人を食ったような打ち方を身に付けた末にチェンジUPを得意としたのだ」

 

「まぁこの情報は白糸台でも多くは知りませんけどね~」

 

「な、なんでそんな情報を2人は知ってるんですか……?」

 

「神童とはそれなりの仲だ。人生相談と称して、大星の事を色々話していたぞ」

 

「私もその場にいたね~」

 

そ、それって敵に塩を送ってない……?

 

「まぁ神童もそれを話したところで、何の問題もないと踏んで話しているのだろう」

 

「そ、そうなんですね……」

 

それよりも打球は!?……ってあれ?

 

「あれ~?打球が失速していってるね~?」

 

非道さんの言うように、打球は失速気味……。これなら最終的にセンターが捕ると思う。

 

「早川朱里が投げたのはただのチェンジUPじゃないようだな」

 

「朱里ちゃんも白糸台と戦う為に色々と対策を考えていたみたいですね」

 

あんなチェンジUPは初めて見るよ……。

 

「大星ちゃんがチェンジUPが得意なのは性格とかでなんとなく察していたけど、それを利用したチェンジUPなのは面白いね~」

 

「だが白糸台はこれで1点は確実だろうな」

 

「でも流れはまだまだ新越谷ですよ!」

 

『アウト!』

 

アウトコールの瞬間、ランナー2人はそれぞれタッチアップ。白糸台が1点を返し、ツーアウト三塁になった。でも今の朱里ちゃんならこのピンチを切り抜けるのも難しくないよね?



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番外編 清本和奈の洛山生活92

ワンアウトは取れたものの、ランナーはそれぞれタッチアップをしていて、ワンアウト二塁・三塁とピンチに陥っている。

 

「二塁・三塁で大星ちゃんですね~」

 

「大星は打者としては特殊な部類に入る。それに加えてデータが少ない……。早川が先入観や緩急で抑えようとすると、大火傷するぞ」

 

特殊……?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

初球は高めのフォークを打ってくる。いきなりフォークを当ててくるって中々出来ないよ。しかも投げてるのは朱里ちゃんだし……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目もファール。フォーク、SFFと続けてファスト系の変化球を打ってきてるから、ストレートを待ってたりするのかな?

 

「早川ちゃんが追い込みましたね~」

 

「ここで早川が何を投げるかによって、結果が大きく変わるだろう。清本は次に早川が何を投げると思う?」

 

「えっ!?」

 

急に訊かれて考えがまとまってなかったよ!?えっと……。

 

「あ、朱里ちゃんが投げたのはフォークとSFF……。両方共速めの球で、大星さんはそれ等を積極的に打ちに行ってて、そこから大星さんの得意球がストレートかファスト系の変化球だと思うから、チェンジUPみたいな抜き球……ですか?」

 

「……成程な」

 

「どうやら早川ちゃんも同じ考えみたいだね~」

 

朱里ちゃんが投げたのはチェンジUP。私と同じ考えみたい。大星さんもタイミングを狂わせてるみたいだし、正解だよね……?

 

 

カキーン!!

 

 

「えっ……?」

 

う、打ってきた!?しかもフォームを崩しながら!?

 

「大星はああしてタイミングを狂わせたと思わせる挙動が好物みたいでな。あのように人を食ったような打ち方を身に付けた末にチェンジUPを得意としたのだ」

 

「まぁこの情報は白糸台でも多くは知りませんけどね~」

 

「な、なんでそんな情報を2人は知ってるんですか……?」

 

「神童とはそれなりの仲だ。人生相談と称して、大星の事を色々話していたぞ」

 

「私もその場にいたね~」

 

そ、それって敵に塩を送ってない……?

 

「まぁ神童もそれを話したところで、何の問題もないと踏んで話しているのだろう」

 

「そ、そうなんですね……」

 

それよりも打球は!?……ってあれ?

 

「あれ~?打球が失速していってるね~?」

 

非道さんの言うように、打球は失速気味……。これなら最終的にセンターが捕ると思う。

 

「早川朱里が投げたのはただのチェンジUPじゃないようだな」

 

「朱里ちゃんも白糸台と戦う為に色々と対策を考えていたみたいですね」

 

あんなチェンジUPは初めて見るよ……。

 

「大星ちゃんがチェンジUPが得意なのは性格とかでなんとなく察していたけど、それを利用したチェンジUPなのは面白いね~」

 

「だが白糸台はこれで1点は確実だろうな」

 

「でも流れはまだまだ新越谷ですよ!」

 

『アウト!』

 

アウトコールの瞬間、ランナー2人はそれぞれタッチアップ。白糸台が1点を返し、ツーアウト三塁になった。でも今の朱里ちゃんならこのピンチを切り抜けるのも難しくないよね?



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番外編 清本和奈の洛山生活93

試合は6回表。白糸台は投手が神童さんに代わってから、新越谷は誰1人バットに当てれていない……。本当に新井さんから取った3点が重要になってきたね。

 

さておきこの6回表は試合のターニングポイントになりそう。その理由としては……。

 

『9番 キャッチャー 二宮さん』

 

(この回は瑞希ちゃんの打順からだから……!)

 

朱里ちゃんも限界が近そうだし、白糸台にとっては最大のチャンス。逆に新越谷にとってはこの回を凌げば勝率はグッと上がる。目が離せないね……!

 

「早川と二宮のラスト勝負になるな」

 

「今のところは早川ちゃんが凌いでいるけど、二宮ちゃんは後になればなる程に怖い打者ですからね~」

 

それは朱里ちゃんもわかっている筈……。だから朱里ちゃん的には3球勝負で瑞希ちゃんを抑えようとするんだよね。

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

「詰まらせた当たりでフェンス後ろに当てたか」

 

「二宮ちゃんも何がなんでも当てに行ってますね~」

 

(私には祈る事しか出来ない。両方の応援を口に出すのはマナーに欠けるから……)

 

だから瑞希ちゃんも朱里ちゃんも頑張れ……!

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

2球目のSFFもタイミングは完璧……。瑞希ちゃんが朱里ちゃんを追い詰めに行ってるね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「段々良い当たりが出るようになりましたね~」

 

「ウム、二宮瑞希には神童が認めたであろうあの執念がある」

 

「瑞希ちゃんは本当に頑張り屋なんです。それでいて自分の事を後回しにして他チームの情報をかき集めてはチームにそれを伝えて貢献して、それでも足りないのか捕手の在り方を瑞希ちゃんなりに追及して今の瑞希ちゃんがあるんです……」

 

瑞希ちゃん自身よく言ってた。足りないものを補う為に、必死でもがいてるって……。リトル時代からずっと正捕手の瑞希ちゃんだけど、その過程にはボロボロになりながらも頑張り続けた結果があるから……。

 

「並々ならぬ努力をしてたんだね~」

 

「その話を聞くだけでも伝わってくるぞ。二宮瑞希は努力の天才だ……!」

 

瑞希ちゃんは捕手としての才能があると思う。でもそれ以上に努力を続けているんだ……。だから大豪月さんが言うように、瑞希ちゃんは努力の天才なんだ。

 

(中学までずっと瑞希ちゃんの努力はその目で見てきた。高校でも瑞希ちゃんはきっと見えない努力をしてるんだろうな……)

 

次で9球目。朱里ちゃんが投げたのは……。

 

(揺れて……曲がっている?)

 

ナックルカーブだ!ここまで温存してたっていうの!?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「こんな局面でもギリギリまで持ち球を温存した早川ちゃんの勝利だね~」

 

「……丁度早川もガス欠を起こしたようだな」

 

「えっ……?」

 

朱里ちゃんが倒れちゃった!?今のナックルカーブで力尽きたのかな……?

 

(そうだ……。朱里ちゃんだって血の滲む努力をずっとしてたんだ。瑞希ちゃんに負けてないくらいに……!)

 

まぁ努力がスタミナに現れてないのが朱里ちゃんの弱点かも知れないね……。



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番外編 清本和奈の洛山生活94

朱里ちゃんが倒れた事によって、マウンド降板。朱里ちゃんはスタミナ不足の部分はあるけど、回復は早い方だから翌日以降とかでも充分にベストピッチが出来るんだよね。

 

「早川朱里死す……か」

 

「朱里ちゃんは死んでませんよ!?」

 

マウンドを降りる事は投手にとって死ぬ事と同じかも知れないけど……。 

 

「でもあの白糸台相手に1点しか取られてないってかなり凄いですよね~」

 

「そうだな。神童も2打席抑えているし、神童個人としては早川に完敗した形になるだろう。私が引退したとは言え洛山も負けてはいられないぞ?」

 

その1点も犠飛で取られたものだし、朱里ちゃんの球はヒットを打つ事が出来ても……って感じなのかな?

 

(それに本番は3年生が引退してからになるよね……)

 

新越谷と試合したメンバーが私を含めて6人いる上に、アメリカからの留学生が2人いる……。大豪月さんの穴埋めは難しいかも知れないけど、非道さんの言う『改革』が進めばきっと、洛山野球部の歴史を変える事になる……。私もそれに貢献しなくちゃ!

 

「そうですね~。私も黛ちゃんを鍛えて大星ちゃんを抑えられるように頑張ります~」

 

「私も次こそは朱里ちゃんと勝負を……!」

 

今日の試合を観る限り、今のままじゃ朱里ちゃんには勝てない……。私ももっともっと練習を頑張らなくちゃ!

 

「清本ちゃんも燃えてるね~」

 

いっそ獄楽島で特訓するのもアリ……なのかな?

 

「そして早川の代わりに出て来たのは武田だな」

 

「まぁ早川ちゃん以外に白糸台の打線を抑えられるのは武田ちゃんくらいですよね~」

 

「ウム。我々洛山の打線にも物怖じせずに投げられる胆力……。武田はなるべくして新越谷のエースになったのだろう」

 

「早川ちゃんの投げる球は確かに凄いですけど、武田ちゃんのようなスタミナがない分エースじゃないのかも知れないですね~」

 

今の朱里ちゃんが2番手に甘んじているのは、スタミナ不足からきてるものなんだよね。シニアまではそんなの関係ないくらいにエースを任されていたけど、高校では朱里ちゃん級の投手がもう1人いる上に、スタミナも朱里ちゃんよりも遥かに多い。朱里ちゃんにとっては武田さんは良いライバルなのかも?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして7回表。

 

『アウト!』

 

ツーアウトまで漕ぎ着け、白糸台を完全に追い込んだ。

 

『な、なんと王者白糸台が追い込まれています!ツーアウトです!』

 

『ここ2年で白糸台が追い込まれている……というケースは初めてですね。一矢報いる事が出来るのでしょうか?』

 

「3点取ったのは藤原の功績だが、この試合は早川と武田に完全にやられたな」

 

「武田ちゃんに代わってからはヒット1本も打ててないですからね~」

 

もしも瑞希ちゃんに回ってくれば……って思うけど、そうならないように立ち回った朱里ちゃんの功績がやっぱり大きそうだよね。

 

『5番 ピッチャー 神童さん』

 

「ラストバッターは神童か。このまま武田が逃げ切る事が出来るかな?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球のナックルスライダーに手が出ず……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目のストレートを当てたもののファール。完全に追い込んだ……!

 

 

カキーン!!

 

 

打球はレフト方向へ。も、もしかして入っちゃう……?

 

 

バシッ!

 

 

「と、捕った!?」

 

「いや……。まだ打球は死んでないな」

 

捕球した雷轟さんが踏ん張りを見せる。もし入ったら、ここから白糸台の逆転劇を見る事になっちゃうかもだけど……?

 

『アウト!』

 

なんとか雷轟さんは踏ん張り、打球を捕る事に成功した。

 

『ゲームセット!!』

 

「……終わりましたね~」

 

「ウム。新越谷の勝利だ!」

 

新越谷は決勝戦進出……。このまま優勝までまっしぐらだよ!



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番外編 清本和奈の洛山生活95

今日で全国大会も終わり……。この試合で夏の頂点が決まる。

 

「準備出来ましたよ~」

 

「では行くか!新越谷の行く末を観に!!」

 

私達洛山に勝った新越谷が決勝戦まで進んだので、その試合を観戦に。瑞希ちゃんといずみちゃんの話だと、あの天王寺さんがいるチームみたいだけど……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、試合会場に辿り着いた私達。

 

「ひ、人が多い……」

 

人混みで圧迫されそうだよ……。

 

「こっち空いてるよ~?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

人混みに流されそうになった私を非道さんが助けてくれた。ありがとうございます……。

 

(私達の席は球場全体の真ん中付近か……。この辺りだけやけに空いてるような……?)

 

これじゃまるで複数人が来る事が想定されてるような……。

 

「ム?私達の隣の席とは奇遇だな!」

 

「これも何かの廻り合わせですかね~?」

 

私達の右隣に来たのはいずみちゃん、はづきちゃん、神童さん、瑞希ちゃんの4人だった。非道さんの言うように、何かの力が働いてそう……。だってまだ来そうなんだもん。

 

「で、でも瑞希ちゃんがいると、なんか安心しちゃうかも……」

 

瑞希ちゃんとは幼稚園からの幼馴染だから、とっても安心する。緊張が安らぎへと変わっていくよ……。

 

「貴女達もこの決勝戦を観に来たんだ?」

 

「端から見ると何の集団かと思われそうだな……」

 

瑞希ちゃん達の右隣には亮子ちゃんが咲桜の田辺さん(名前は非道さんから聞いた)がいた。この9人だけ普通よりも密度が高いような……。

 

「それにしてもなんとか良い席を確保出来たね……」

 

「人数が人数ですのでどうなるかと思いましたが、ここからならよく見えるでしょう」

 

この9人が同時にこんな良い席を確保出来るって何%の奇跡なんだろ……。

 

「今日は大所帯だね~」

 

「ウム。賑やかなのは良い事だ!」

 

「ここにいるのはかつて新越谷と戦った連中ばかりという事か……」

 

……もしかしてここにいる面子って全員新越谷と試合経験があるの?確かいずみちゃんがいる藤和高校も新越谷と練習試合をしてたよね?

 

「うん、私達も県大会の準決勝で新越谷と戦ったもん。ねぇ亮子ちゃん!」

 

「……そうですね。あの準決勝は朱里との投げ合いで私自身もまだまだ成長の余地があるという事がわかった良い試合でした」

 

「朱里せんぱいがまたスタメンじゃない……」

 

「あはは!はづきは相変わらずだね~」

 

準決勝で朱里ちゃんは倒れちゃったから、今日はお休みだと思うな。新越谷の投手は川口さん……。影森戦でリリーフを務めて、好リリーフだった印象があるよ。朱里ちゃんの決め球だったシンカーを投げてたし……。

 

「全員合わせて9人……。それも皆新越谷や朱里さんに縁のある人達ばかりですね」

 

私的にはまだ増えそうな予感がするけどね……?

 

『さぁ、間もなくプレイボールです!!』

 

それはさておき、いよいよ試合開始……!数いる強豪、名門の高校を打ち破った2校の総合力が発揮されそうだね。



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番外編 清本和奈の洛山生活96

決勝戦開始。新越谷は後攻になった。

 

「新越谷は後攻か……。とりあえず有利な後攻めは取れたな」

 

「ですがこれだけで優位になるとは限らないでしょう。もしも押せ押せモードだったら、むしろ不利に働く可能性すらあります」

 

洛山は基本的に先攻を取って圧を掛ける事が多いから、一概に後攻が有利とは言い切れないよね。

 

『1番 ピッチャー 片岡さん』

 

「そういえば1番打者で投手ってなんか珍しいね?」

 

投手って大体投げるのに専念する為の9番が多かったり、打撃もいける人は中軸を打つ事もあるけど、1番は結構レアケースだよね?

 

「そうですね。他に全国区のチームで1番打者で投手なのは阿知賀学院の高鴨さんくらいでしょう」

 

「阿知賀の高鴨は無尽蔵なスタミナを持っていながらも、チーム一の走塁を見せてくる稀有な選手だな」

 

むしろスタミナがある=足の速い選手……なのかも? 

 

「ウム!ある種洛山向きの選手とも言えよう!」

 

「実は洛山に足の速い子って少ないですからね~」

 

そうなんだよね。洛山野球部の中でずば抜けて足が速いのって公式で選手じゃないメアちゃんといたみちゃんくらいだし、私ももっと走塁を鍛えた方が良いかなぁ?

 

 

カンッ!

 

 

「うわっ!初球からいったよ……」

 

「右中間抜けてツーベースになっちゃったね……」

 

新越谷はいきなりピンチだよ……。

 

「新越谷側は様子見なんだろうが、少し不用意だったな。どんな選手だろうと、決勝戦まで勝ち上がってきた1番打者なんだ……。かなりの実力者なのは間違いない」

 

「まずはここを凌げるかどうかで、今後の流れが変わってきますね」

 

ノーアウト二塁で2番打者。

 

 

コンッ。

 

 

「そして2番は送りバント……か。動きが徹底されてるな。最早ルーティーンの粋だ」

 

「セオリー通りですね」

 

清澄の選手達は天王寺さんによって鍛えられた人達の集まり……。決勝戦まで勝ち進むって事は1人1人が凄いスペックを持ってそうだよね。 

 

「洛山にバントをする選手などいない!」

 

「多分まともにバントが出来るのは私達3人と黛ちゃんくらいですかね~」

 

洛山高校はホームランと打点の総数が1位の高校だけど、エラーの総数も1位だし、バントの数もワースト1位っていう攻撃極振りなんだよね。

 

(非道さんの『改革』やアメリカから留学する2人の実力でまた色々と変わってきそうだなぁ……)

 

ワンアウト二塁。次は3番打者だけど……。

 

「えっ!?み、瑞希ちゃん。あの人って……」

 

「はい。間違いありません」

 

あの人はリトル時代に朱里ちゃんが完全敗北した……。

 

「瑞希と和奈の知り合い?」

 

「あの人は宮永咲さん……。リトル時代で朱里さんが3度に渡って完敗した人です」

 

シニアでは一切見掛けなかったから、頭から抜けてたよ……。朱里ちゃんにとってはトラウマになってると思うの。 

 

「あの朱里が完敗だと……?」

 

亮子ちゃんが信じられないと言わんばかりに呟き、いずみちゃんとはづきちゃんも亮子ちゃんと同様の表情をしている。

 

「端から見たら大した事ないように見えるが、あの打者……とてつもない実力を秘めているな!」

 

「ただ者じゃないっていうのは伝わりますね~」

 

「待て……。宮永だと?まさか宮永照さんの……」

 

宮永照って去年プロ入りした大型ルーキーの……?

 

「はい。あの人は期待の大型新人プロの宮永照さんの妹です」

 

「えっ?プロ選手の妹!?」

 

「それに彼女の場合はそれだけではありません」

 

瑞希ちゃんが宮永さんについて話そうとしていると……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

いつの間にか宮永さんが三振してた。しかも全部見逃し……?

 

「……全部見逃したね?」

 

「1球も振る気配がなかったな?」

 

「……関係あるかはわかりませんが、投手が朱里さんじゃないから……という可能性はありますね」

 

そういえば私達と対戦した時の宮永さんは朱里ちゃんに対して異様に強かったような……?

 

「どういう事?」

 

「リトル時代での宮永さんが打った打席は朱里さんが途中登板した時に偏っています。偶然だとは思いますが……」

 

なんか打率調整をしてるような動きを見せてるって以前瑞希ちゃんは言ってたけど、事実なのかな?

 

「……つまり何らかの理由で打率を調整してるって事か?」

 

「はい。しかも宮永さんは意図的に打率を5割丁度に調整しています」

 

5割打てるって相当凄い選手だよね。もしかしてポテンシャルなら宮永照さんを越えてるんじゃ……?

 

「……それが本当ならとんでもない事だね」

 

「リトルでもその意図に気付いたのは私と朱里さんと和奈さんくらいですからね。当時の監督すら気付いていませんでした」

 

気付けっていうのはきっと難しい事だと思うよ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活97

宮永さんの見逃し三振は気になるけど、とりあえずツーアウト三塁で4番打者を迎えるけど……。

 

「あの清澄の4番……。あの人からピリッとした雰囲気を感じる」

 

「ピリッとした雰囲気?威圧感……的なやつ?」

 

「ううん。多分それとはまた別だと思う。なんて言えば良いのかな?こう……相手を薙ぎ倒すっていうか、捩じ伏せるっていうか……?」

 

少なくとも野球では感じられない気迫……。1対1のタイマン勝負で相手を倒すような……そんな雰囲気だ。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「うわっ!?初球からホームランすれすれじゃん!」

 

初球からホームランになるかと思う打球を放ち……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「追い込んだとはいえ、3球で決め辛いだろうな」

 

「とはいえカウントを悪くする訳にはいきません」

 

2球目も大ファール。清澄高校はほとんど初心者の集まりって話みたいだけど、決勝戦まで勝ち進んでいるからそんな油断は一切出来ないよね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「おおっ!決め切った!?」

 

「何々今の球!?手元で微妙に変化しなかった!?」

 

手元で微妙にぶれるような、ストレートに酷似した球……。まさかムービングファストボール!?

 

「……川口さんが投げたのはムービングファストボールですね」

 

「ストレートと似た球速の変化球……か」

 

や、やっぱりムービングファストボールなんだ……。これまで見た事なかったし、精度もかなり高いよね。

 

「全国大会中に身に付けた……にしては精度が高過ぎますね~」

 

「ウム、あれは相当な下積みを積んできたに違いない!」

 

「ムービングファストって確か昔朱里ちゃんが挑戦しようとして出来なかったんだよね?朱里ちゃんが教えたのかな?」

 

仮に朱里ちゃんが川口さんに教えたとしても、そんな簡単には投げられないよね……。川口さんの野球センスが如何程なものかよくわかるよ。

 

「どうでしょうね?朱里さんならあり得る事ではありますが……」

 

「清澄側も何かしらの秘策がありそうだし、この試合は先がどうなるか全く予測が出来ないね」

 

もう全国大会の決勝戦なのに、互いにに探り合いの段階になってるんだよね。

 

「私達としては新越谷に勝ってほしいところです!」

 

「それはここにいる全員が同じ事を思っているだろう。特に我々のように埼玉県の高校にいる人は全員な」

 

亮子ちゃんがポツリと呟く。そっか、新越谷は埼玉の代表……。埼玉中の高校の想いを背負ってここで試合をししてるんだ。自分達の分も頑張ってほしいって想いは人一倍強いんだね。

 

(私達洛山は準々決勝で負けちゃったけど、京都府の高校の想いを受け止められたのかな……?)

 

大豪月さんとかは堂々と受け入れてそうだけどね。懐も大きいし。



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番外編 清本和奈の洛山生活98

1回裏の新越谷の攻撃。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

速いストレートを丁寧に投げられてる……。捕手のリードありきだとは思うけど、決勝戦まで勝ち上がって来てるだけあって油断ならないよね。

 

「流石決勝戦と言うべきか……。かなり速いストレートだ」

 

「フン!まぁ私には遠く及ばないがな!」

 

「だ、大豪月さんよりも速い球投げる人ってそんなざらにはいないような……」

 

(でも確かにあの球速だと洛山では見慣れる範囲のものだよね。だから私的には然程速くは見えない……)

 

これも洛山に入った影響なのかな……?

 

 

カンッ!

 

 

「そして大豪月の球を見てきた新越谷の打線にとっては捉えるのも難しくない……か。半端に速いと、却ってそれが仇になりそうだな」

 

「そうですね」

 

洛山の投手陣の大半は速球派だから、大豪月さんの劣化になりがちだよね。だから唯一無二と言っても良い軟投派の黛さんがエースに抜擢された訳だけど……。

 

「清澄高校の連中は宮永以外の全員が野球をこの春から始めた人間ばかりのようだな」

 

「この春から!?あの投手もかなり速い球を投げるし、4番の子なんて和奈ちゃんみたいなスラッガーの才能があるよ!」

 

神童さんの説明にはづきちゃんが驚愕していた。私も同じ気持ちなんだけど……。

 

「……それを可能になるよう育成するのが天王寺さんの腕前です」

 

瑞希ちゃん曰く、天王寺さんはそれぞれの適性を見抜くのが得意なんだって。これ程コーチに向いてる人もそういないよね。最早コーチの粋を越えてるかもだけど……。

 

 

「アタシも天王寺さんにお世話になったからわかるんだけど、あの人の教え方はヤバいよ」

 

「そういえばいずみちゃんは天王寺さんに指導してもらったんだったね」

 

「それだけじゃなく、いずみ以外の選手の中でも当時の川越シニアで9割以上は天王寺さんに指導してもらっていた……」

 

「私達の1つ下の世代までの川越シニアは天王寺世代と呼ばれていましたね」

 

主にいずみちゃんは天王寺さんの指導で更に1番としての適性が高くなったんだよね。他にも天王寺さんがいた世代の川越シニアは守備方面を中心に伸びてた気がする……。

 

「……改めて川越シニアの連中が化物揃いだとわかったが、二宮達はそんな天王寺からは指導してもらってないのか?」

 

「そうですね。私と朱里さん、和奈さん、亮子さん、はづきさんは天王寺さんの指導を受けていません」

 

瑞希ちゃんの場合は自分で道を切り開く方が合ってそうだもんね。年上年下合わせても、天王寺さんに取り込まれてない一晩中全部で9人しかいないんだよね……。

 

「へー、はづきも天王寺さんと関わっていなかったんだ?」

 

「あの人は苦手なんだよね……。だから極力関わらなかったの」

 

「はづきさんのそれは正しい判断ですね。天王寺さんの指導は麻薬のような中毒性がありますから」

 

「ち、中毒!?」

 

田辺さんが中毒性という発言に驚愕。大袈裟な物言いだなぁ……。 

 

「ま、まぁ瑞希ちゃんの言う中毒って言うのは大袈裟なんですけど、実際に他の人の指導だと物足りなくなるってシニアの人達は言ってました……」

 

「そうなんだ?でもアタシは何ともないよ?」

 

(それはいずみちゃんの切り替えの早さで助かったんじゃないかなぁ……)

 

いずみちゃんは他の選手みたいな状態になってなかったし、ある意味で1番天王寺さんの指導に適していたのかも知れないね。



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番外編 清本和奈の洛山生活99

新越谷はノーアウト一塁から更にチャンスを広げて、ノーアウト一塁・二塁。

 

「これは先制点取れるんじゃない?」

 

「取れるなら、取っておきたい場面ではあるが……」

 

 

カンッ!

 

 

はづきちゃんと亮子ちゃんの会話を聞きながら、3番打者がサードにライナー性の当たりを放つ。真正面だから、アウト取られちゃうね……。

 

 

バチィッ!

 

 

「えっ?弾いたよ!?」

 

「うわ……。ランナー戻り掛けてたじゃん……」

 

新越谷もまさかサード真正面のライナーを弾くとは思わず、戻り掛けてたランナーが慌てて進塁するも……。

 

『アウト!』

 

サードが弾いた打球を素早く捕って、そのまま三塁ベースを踏んでワンアウト。

 

「セカンド!」

 

『アウト!』

 

そして二塁へと送球し、ツーアウト。こ、これってもしかして……?

 

「ファースト!」

 

『アウト!』

 

一塁もアウト……。サードライナーがトリプルプレーになっちゃった!?

 

「うわー、ついてないなぁ……。サードがライナー捕ってたら、ワンアウトで済んだのに、打球を弾いたばっかりに……」

 

「ライナーを弾いた事で、向こうにとってはラッキーな展開になっちゃったね……」

 

新越谷にとっては不幸の一言かも……。

 

(でも本当に偶然起こった事なのかな?それにしてはサードの対応がかなり早かったような……)

 

「ラッキーか……。それにしては手際が良いな」

 

「そうですね……」

 

神童さんとか瑞希ちゃんは今のプレーに不信感を抱いているみたい。何かわかったのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2回表は川口さんが無失点で切り抜けた。そして2回裏なんだけど……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「やはり雷轟は歩かされるか……」

 

「まぁ片岡さんの球は速いだけですからね。ストレートに強い雷轟さんと勝負すれば間違いなくホームランを打たれます」

 

雷轟さんはやっぱり歩かされるみたい。大豪月さんや新井さんのホームランが尾を引いてるのかな……?

 

「清澄の片岡と新越谷の雷轟……。2人共この春に野球を始めた筈なのに、大きく差を開いているな」

 

「朱里ちゃんが言うには雷轟さんは中学の頃から下積みを続けていたから、その差なのかも……」

 

それでも捕球率が低い点は看過出来ないと思うけどね?洛山なら問題なさそうだけど……。

 

「多分筋トレの方はもっと前から続けてたんじゃないかな~。それこそ小学生の頃から~」

 

「ウム、借りに筋トレを中学から始めたのなら私のストレートはホームラン等にはならんだろうな。今まで続けていたとして約10年程と見た……」

 

「じ、10年間ずっとって凄いですね……」

 

今年16歳と過程して、6歳の頃から筋トレしてるって事でしょ?私でさえパワーを身に付けたのは10歳くらいなのに、雷轟さんの場合はそれよりもずっとずっと早いんだ……。でもそれで力が身に付いてるのは納得だよね。

 

「気付かない内にそれが趣味になってそう……」

 

「ともあれそんなスラッガーがいると新越谷側も頼もしく思っているだろうな」

 

新越谷は雷轟さん以外の決定力を出す選手に欠けてるイメージがあるよね。どっちかというと繋いでコツコツ点を取り続ける日本野球の代名詞、スモールベースボールを売りにしてるようにも見えるよ。

 

 

カンッ!

 

 

「これ三遊間抜けるんじゃない!?」

 

「抜けたら長打になるよ!」

 

なんて話をしてる間に、5番打者が三遊間を抜けそうな当たり。これが抜けたら先制点だね!

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

こ、これも捕るの!?あのサードは守備が上手過ぎだよ……。

 

 

カンッ!

 

 

続けて6番打者が左中間を抜けそうな当たりを放つ。抜ける当たりじゃなくて、抜けそうな当たりって言ったのは……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

さっきのプレーでなんとなくこうなりそうな気はしてたから……。あのセンターもハイレベルな守備をしてるよ。

 

「……今のプレーで確信しました。1回裏のトリプルプレーも狙ってやっていますね」

 

「嘘っ!?あのサードライナーの取り損ないが!?」

 

瑞希ちゃんに言われて、私も納得しちゃった……。他にとってのファインプレーが清澄にとっては当たり前になってるんだ。 

 

「……にわかには信じられないが、確かにあのサードとセンターの動きは清澄の中でも頭1つ抜けているな」

 

「あの2人はバッティングも良い感じですね~。強豪校に入ってもレギュラーを取れるレベルですよ~」

 

「間違いなく洛山には無理な守備だな!」

 

「胸を張って言える発言じゃないだろう……」

 

そ、その辺りは秋頃から改善される……と思うよ?多分……。

 

「しかしこうなると新越谷が劣勢ですね」

 

「川口がここから清澄の打線を上手く抑えられるかに掛かっているな」

 

「加えて雷轟さんは歩かされている……」

 

(県大会の決勝戦では武田さんが上手く決めましたが、この試合を決めるのは新越谷にせよ、清澄にせよ、誰になるのか見物ですね……)

 

試合の行方は打率5割をキープしてるっていう宮永さんが握ってる気がするな……。もしここから先に朱里ちゃんが投げるってなったら、宮永さんとの対決は要注目だね。



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番外編 清本和奈の洛山生活100

3回表。清澄は二巡目に入った。

 

 

ガッ……!

 

 

先頭打者が詰まらせた当たりを打つ。ボテボテの内野ゴロだけど、内野安打を狙えそう。

 

「かなり足速いね。内野安打狙えそう……」

 

「かといって焦らずに打球を処理するべきです。そうでないと……」

 

 

スカッ!

 

 

「……このようになってしまいますからね」

 

雷轟さんがトンネルをしてしまい、ランナーは一気に二塁へと進んでしまった。カバー早かったのにね……。 

 

「雷轟のエラーを見る度に新越谷側はヒヤヒヤするな……」

 

「そうですね。白糸台では考えられないです」

 

結構エラーが多そうだしエラーしてるようじゃ、白糸台でやっていけないのかもね……。

 

「その点洛山はエラーに寛容だぞ!」

 

「それはエラーを名物化してるからだろうが……」

 

「そうとも言いますね~」

 

「そうとしか言いません」

 

「あ、あはは……」

 

確かに洛山なら受け入れてくれそうだよね。それでも雷轟さん本人はなんとかしたいと思ってるよ。きっと……。

 

「新越谷のように人数が少ないところでもギリギリだろうね。人数に余裕があったら、多分控えスタートだろうし……」

 

「守備が鍛えられたら私よりも上かも知れないね……」

 

もう打撃方面では私を越えてるだろうし、あとは守備を頑張るだけだよ?

 

「でも清本ちゃんもまだ負けてないけどね~」

 

「ウム、最後に勝てればそれで良かろうなのだ!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

そうだよね。私だってまだ負けたつもりはない……。私は私で雷轟さんを越えるんだ!

 

「だがここまできたら新越谷には優勝してほしいものだ……」

 

「はい。この決勝戦でも逆境を乗り越えてほしいものです」

 

 

コンッ。

 

 

会話をしてる内に、清澄は送りバントを決めていた。これでワンアウト三塁だね。

 

(ここで宮永さんか……)

 

前の打席では三振だったし、この打席ではきっと打ってくるよ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

どうやら勝負みたい。一塁空いてるし、歩かせるのもアリだと思うけどなぁ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「そういえばアタシは詳しく知らないんだけど、その……朱里に完勝した宮永さんってどういう打者なの?今のところはなんか打率を調整してるって事しかわかんないけど……」

 

いずみちゃんが宮永さんを気にしてるみたいで、瑞希ちゃんに訊いていた。朱里ちゃんに勝ったって部分で気になってるのかな?

 

「打者としてのタイプはいずみさんと亮子さんを足した感じでしょうか?ミートに長けていて、安定感があり、時折ホームランも狙える……そんな打者です」

 

「万能手か……。宮永さん見てたら、アタシに足りないものが見えてくるかなー?」

 

 

カンッ!

 

 

カウント1、1から鋭いゴロが三遊間を抜けた。あ、あれを捕るのは相当難しいよ……。

 

「……打撃方面ではあのように鋭いスイングを見せてきます」

 

「かなり速かったな……。和奈みたいにギリギリのところまで球筋を見極めた上で、素早いスイングを見せている」

 

「それでいて、プロでも捌くのが難しいレベルの打球を打ち放つ……か。打撃方面は最早プロでも通じそうだねー」

 

宮永さんのルーティーン?になってる打率調整がなければ、本当にプロでも一戦級でやっていけるかもね。

 

『三塁ランナーがホームイン!先制は清澄高校。宮永選手のタイムリーヒットです!』

 

『宮永選手は中々良い打球を放ちましたね。あの打球は簡単に捌く事が出来ません』

 

先制されちゃったけど、まだまだこれからだよ。



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番外編 清本和奈の洛山生活101

3回裏。新越谷の攻撃は7番から始まるよ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

清澄の片岡さんは7、8番と連続で四球。同点のチャンスに漕ぎ着けたんだけど……。

 

「同点のチャンスだね!」

 

「可能なら逆転まで漕ぎ着けたいところだけど、清澄の守備連携はかなりしっかりしてるからねぇ……」

 

「特にサードとセンターには要注意だな。現状は一塁が埋まっているから、併殺も取りやすくなっている」

 

守備連携がしっかりしてるから、併殺が1番怖いよね。

 

 

コンッ。

 

 

新越谷も同じ考えなのか、送りバント。

 

『アウト!』

 

これでワンアウト二塁・三塁だね。

 

「これならヒット1本で2点取れそうだね!」

 

「ただ清澄の守備の前にエンドランを仕掛けるのはリスクが高い気がしますが……」

 

確実に同点に追い付く為にはスクイズが無難だよね?でも……。

 

「宮永さんが立ち上がっちゃった……」

 

「敬遠か……。一塁を埋める作戦のようだな」

 

「これで満塁になりますし、フォースアウトが取りやすくなる分清澄側としても妥当な判断になりますか」

 

まだ序盤なのに満塁策を取るって、よっぽど守備に自信があるって事だよね。その裏付けが1回のトリプルプレーでよくわからされた気がするよ……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

ワンアウト満塁。上位打線だし新越谷なら畳み掛ける事も出来そうだけど、清澄の守備がそれを阻止するんだよね……。

 

 

カンッ!

 

 

2番の山崎さんはレフト線にライナー性の当たりを打った。普通ならレフト前に落ちて、2点取れそうな当たり。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

しかしサードの鏑木さんがジャンプして打球を捕った。

 

「えっ!?あのライナーが捕られるの!?」

 

「あの跳躍力は並大抵のものではないな……」

 

そしてそのまま三塁ベースを踏んで、ダブルプレー。折角のチャンスだったのに……。

 

「惜っしい~!同点に出来ると思っていたのになぁ」

 

「あの跳躍力は凄いですね。確か鏑木さんは空手部出身の筈なのに、どうしてあそこまで飛べるのか……」

 

「空手にジャンプっているのか……?」

 

私の知ってる空手はジャンプとかしないと思う……。天王寺さんの仕込みなのかな?

 

「いや、それよりも二宮さんがどうして鏑木さんが空手部出身なのを知っているところから突っ込むべきじゃないの?」

 

咲桜の田辺さんがそれよりもと言いたげだったけど、すっかり慣れちゃったから……。

 

「私達白糸台はもう慣れたぞ?」

 

瑞希ちゃんの通ってる白糸台も既に慣れてるらしく……。

 

「ウム、私と非道も慣れたぞ!」

 

「元よりただ者じゃないのはわかってましたし、二宮ちゃんの情報網が凄いって春に白糸台と練習試合をした時にわかりましたしね~」

 

大豪月さんと非道さんも白糸台繋がりですっかり慣れちゃったみたい。

 

「アタシ達は瑞希とチームメイトだったから……」

 

「慣れてしまいましたね」

 

「同じく……」

 

「私と朱里ちゃんに至ってはリトルからの付き合いですし……」

 

元チームメイトの私達は言わずもがな……。

 

「あれ?私が可笑しいのかな?」

 

「心配するな田辺。私も君と同意見だ」 

 

田辺さんに同意したのは、前のイニング辺りからはづきちゃんと合流した梁幽館の中田さん。陽さんも一緒に来てるみたいだね。

 

「私の事は良いのです。それよりも……」

 

「…………?」

 

「しれっと私達に混じってお菓子を食べている宮永プロに触れるべきではないのですか?」

 

こっちにはいつの間にか宮永選手来ていた。妹さんのいる試合を観に来たのかな?

 

「……去年まで宮永先輩と一緒だった私からしてもこの光景は日常だったからな」

 

「美味しい」

 

他校の有名人がこの場に集結している。この状況はまさしく……。

 

「か、カオスだ……」

 

その一言に尽きるよ。



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番外編 清本和奈の洛山生活102

4回表。新越谷は投手を川口さんから藤原さんへと交代した。

 

「投手交代だけじゃなく、守備位置も結構入れ換えてきてるな」

 

川口さんは藤原さんのいたライトへ。他にもレフトにいた中村さんがファースト、ファーストにいた武田さんがサード、そして最後にサードにいた雷轟さんがレフトに代わった。

 

(そういえば新越谷は人数がギリギリの11人なんだっけ……)

 

少数精鋭を逆手に、様々なポジションを守れるようにしてるんだね。もしも私が新越谷に入ってたら、外野とか守る事になってたのかな……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

藤原さんのジャイロボールが良いコースに決まる。さっきまで投げてた川口さんとは真逆のタイプだから、打ちあぐねそう……。

 

「凄っ!藤原さんっていつからジャイロボールを投げられるようになったの!?」

 

「お披露目したのは全国大会の1回戦からですね」

 

実際にびっくりしたよね。何切欠で人がどのように成長するか全然わからないもん。

 

「そっかー。アタシは試合だったから見られなかったんだよね」

 

「先発の川口息吹と言い、今の藤原と言い、そして武田、早川と……。新越谷は選手層が薄いように見えるが、投手陣は優秀なのが沢山揃っているな!」

 

「そうですね~。野手のレベルも全国レベルまで成長していっていますね~。一部の選手はその中でもトップクラスかも~」

 

新越谷はここ数年の実績が今くらいしかないみたいだけど、その今を運んでくれたのがあのメンバーになる訳だね。

 

「それでも何人かは拙い部分が見え隠れしてるがな。その辺りが新越谷の今後の課題になるだろう」 

 

「言い方は悪くなるけど、新越谷がここまで勝ち上がってきたのは投手戦を制したお陰な試合が9割を占める。梁幽館や咲桜、美園学院、そして白糸台も投手戦に勝ってきた結果だと思う」

 

雷轟さんを含めた何人かはこの春に野球を始めたみたいだし、ある程度は仕方がない……。でもそれにしてはこんな大舞台までよく来れたって思うけどね。

 

「まぁ熊谷実業や永水や洛山みたいに打線に火が点く試合もあるけど、格上相手にはどうしても武田、早川、雷轟の3人に依存しがちなのが目立つな」

 

「実力面でも精神面でも、良くも悪くも依存する……か」

 

対戦相手によって強さにムラがある印象だよね。でも爆発した新越谷は洛山や白糸台にも負けてないと思うけどなぁ……。

 

「この試合は清澄側も新越谷と似た部分が多いから、良い勝負をしているように演出してるね」

 

今の新越谷と清須は状況がかなり似てるから、ここまでの好ゲーム機をしているっていうのはあるかも?

 

「清澄は宮永さんと天王寺さん以外はこの春に野球を始めた人ばかりですからね」

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「3人で切り抜けちゃった……」

 

「あのジャイロボールをいきなり打てるのは宮永さんか、4番の鏑木さんくらいでしょうね」

 

確かに現状の清澄で警戒した方が良いのはその2人かも。新越谷には頑張ってほしいなぁ。



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番外編 清本和奈の洛山生活103

試合は4回裏……。

 

「清澄も投手交代か……」

 

「投げるのは……センターを守ってた子?」

 

センターを守ってたのは、刀条さんだっけ。あれ?刀条さんって確か……。

 

「刀条楓……。昨年の剣道の全中で個人戦全国準優勝の実績を持っています」

 

「あっ、その試合アタシもテレビで見たかも!かなりの有名人じゃん!」

 

ど、どこかで聞いたと思ったら、私もテレビで見たよ。その試合!

 

(しかもその時の相手って、確か新越谷にいる大村さん……だったよね?)

 

も、もしかしたら元剣道部対決とかあったりするのかな?大村さんの方はベンチスタートみたいだけど……。

 

『アウト!』

 

先頭の打者が打ち取られていた。そして次の打者は雷轟さんだけど……。

 

「捕手が立ち上がった!?」

 

「どうやら雷轟に対しては歩かせる方針でいくみたいだな」

 

「そのようですね」

 

こうして露骨に勝負を避けられるのは正直気分の良いものじゃない……。

 

(でも勝つには仕方がないのかな……)

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「ワンアウト一塁……。これってまたゲッツーの予兆?」

 

「そう何度も取れるものじゃないと思うけどね……」

 

あの清澄高校……。併殺の数が結構多いみたいなんだよね。この試合でも何個かあったし。

 

 

ガッ……!

 

 

「うわっ!打ち上げちゃってる!?」

 

「これじゃ、ランナーは動けないよ!」

 

確かに普通ならはづきちゃんの言うように、サードへの浅いフライだからランナーは動けない。でも……。

 

 

ポロッ。

 

 

『えっ!?』

 

『落とした!?』

 

不意に起こったエラー。そこからサードが素早くボールを拾って……。

 

『アウト!』

 

二塁へと投げてツーアウト。捕ってから投げるまでが速い……。野球数ヶ月の初心者だよね?

 

『アウト!チェンジ!!』

 

そしてセカンドからファーストへ……。あのチーム相手じゃ、得点は厳しそうだよ。ただでさえ新越谷は負けてるのに……。

 

「またあのサードによって阻まれてる!」

 

「この試合のMVPは間違いなくサードの鏑木さんになるでしょうね。少なくとも守備方面では清澄のピンチを何度も救っています。そしてこれが元々鏑木さんの中に潜んでいた野球の才能だと思われます。それを天王寺さんが上手く引き出したのでしょう」

 

「天王寺さんって一体何者……?」

 

「私達が所属していた川越シニアで選手育成を主に活動していました」

 

「本人もレギュラー狙えるレベルで上手いんですよねー。アタシも天王寺さんの実力見てびっくりしたし……」

 

「そのような人物が何故選手としてプレーをしなかったんだ?」

 

天王寺さんの選手時代は謎だらけ。瑞希ちゃんですらわからないみたいだし……。

 

「……私なりの考察ですが、天王寺さん自身が人に野球を教える事に快感を覚えたからじゃないかと思います」

 

突如、瑞希ちゃんがとんでもない事を言い出した。まるで天王寺さんが変態に聞こえちゃうよ……。

 

「か、快感!?」

 

「つまり天王寺さんはそういう趣味のある変態?」

 

「へ、変態って……」

 

や、やっぱり端から訊いてると、そういう解釈になっちゃうのかな……?

 

「それを言うなら瑞希の情報に対する執着も紛れもない変態のそれだよね☆」

 

「失礼な事を言わないでください。私は変態ではありません」

 

瑞希ちゃんが否定するけど、多分周りは更にそれを否定してそうだよね……。

 

(いや、金原の言いたい事はなんとなくわかるぞ……)

 

(なんか危ない眼をしながら情報収集してそうですよね~)

 

(ウム。それもまた才能だな!)

 

「……何故か失礼な視線を感じるのですが?」

 

「気のせいだろ」

 

わ、私は瑞希ちゃんの味方だからね!?



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番外編 清本和奈の洛山生活104

5回表。清澄の攻撃だけど……。

 

「新越谷はまた投手を代えてきたな。3番手は武田か……」

 

「藤原さんはどうやらショートリリーフのようで、4回表だけ投げていたようですね。武田さんとポジションが代わり、藤原さんはサードに戻っています」

 

3番手は武田さん。いよいよ新越谷の投手陣紹介も大詰めって感じがするよ。まずは先頭打者をチェンジUPで仕留めてたし。

 

「最後に投げたチェンジUPは前に映像で見た時よりも精度が上がっていましたね」

 

「ヨミもかなり強くなったのを感じるねー。また新越谷と戦ってみたくなっちゃったよ☆」

 

「それは私達も同じだよ……!」

 

「是非ともリベンジマッチで勝ちたいところだね~」

 

新越谷と次に戦うのは公式戦だと春になりそうだよね。きっとお互いに戦力が変わってそうかも。でも新越谷は3年生いないから、そこまで大きく変わらないのかな?

 

「我々3年生はもう戦う事がないと思うと少し寂しい気分にもなるな……」

 

「仕方ないさ。高校生は3年間……。運動部は夏が終われば引退というルールがあるんだからな」

 

「『ルールを守って楽しく野球!』だね!」

 

「それ、何か違わないか……?」

 

3年生は夏で終わって、リベンジの機会が失われちゃうんだよね。大豪月さんも似た気持ちを持っているのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして5回裏。

 

『アウト!』

 

あっという間にツーアウト……。中々刀条さんの球に決定的な一打が出ないね。

 

『新越谷高校、選手の交代をお知らせします。川口息吹さんに代わりまして、ピンチヒッター大村さん』

 

「代打攻勢か……」

 

「これで新越谷の部員でこの試合にまだ出場してないのは朱里さんだけになりましたね」

 

朱里ちゃんの出番は恐らく最終盤……。きっと宮永さんの対戦も見られるよね。

 

「……なんかあの2人から並々ならぬ雰囲気を感じるんだけど?」

 

「それはそうですよ。刀条さんと大村さんは昨年の剣道の全中にて決勝戦で戦っているのですから」

 

「野球の試合なのに向かい合っているのは、どっちも剣道の全国大会で決勝戦を戦った選手……。なんとも不思議な縁だよね」

 

「確かに……。なんで野球をやってるんだろ?」

 

本来なら2人共剣道の全国大会の決勝戦で相見える筈なのに、なんで野球で相見えているんだろうね……?

 

「刀条さんの方は天王寺さんのスカウトでしょう。大村さんの方は……恐らく野球がしたかったからなのでは?」

 

「なんか急に適当になったね……」

 

「流石に個人の感情まではわかりません。半分くらいならコールドリーディングの要領で読み取れない事もないですが……」

 

み、瑞希ちゃんってコールドリーディング出来るんだ……。

 

「コールドリーディングって最早占い師じゃん……。瑞希にアタシの将来を占ってもらおっかな~?」

 

瑞希ちゃんが占い師……。存外向いているような気がするのは私だけなのかな?

 

「お断りします。法外の料金を請求しますよ?」

 

「……やっぱ止ーめた」

 

でも瑞希ちゃんなら将来を言い当てられそうだよね……。

 

「自分の未来は自分で切り開いてくださいね?」

 

「瑞希ちゃんの言う通りだよ」

 

「まぁそうだよね~。アタシなりに頑張ってみますか!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「速い……!」

 

「これまでの刀条さんとは違いますね」

 

今まで投げた球よりも明らかに速い……。刀条さんにとっての大村さんは負ける訳にはいかない相手って事だね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「しかし大村も負けていないな」

 

「ここまで来ると、互いに意地のぶつかり合い……」

 

 

カキーン!!

 

 

「……文句なしの当たりだね」

 

「そうですね。大村さんの勝ちです」

 

『ほ、ホームランです!代打攻勢が上手くはまりました!大村選手の同点ホームラン!!』

 

『ホームランを打った大村選手はもちろんですが、最後のストレートを投げた刀条選手も良い守備ピッチングでした』

 

良い勝負だったけど、2人共中学時代は剣道の大会で全国決勝まで登り詰めた実力者なんだよね……。

 

「な、何て言うか剣道部出身同士とは思えない対決だったね……」

 

「刀条さんも投手として中々のレベルまで成長しています。流石、天王寺さんが育てた選手の1人ですね」

 

「その球を打った大村も打者として大きく成長しているな。データを見る限りだと雷轟と同じく守備方面に課題あり……と言ったところだな」

 

「大村は我が洛山に相応しい選手になりそうだな!」

 

た、確かに大村さんは洛山向けかも……。

 

「いや、大村さんは新越谷の選手だから……」

 

田辺さんによる正論が飛んできたけど、大豪月さんも本気で引き抜きをしようとは考えてないよね。

 

「まぁまぁ~。大村ちゃんじゃなくとも、9月頃には新たな戦力が入るじゃないですか~」

 

「……それもそうだな!」

 

(実際のところもう来てはいるんだけど、試合でのお披露目は秋になるから間違ってはいないよね~」

 

「なんだ?洛山は誰かスカウトしたのか?しかも来月に入部って……」

 

「それは相見えた時のお楽しみだ!」

 

「別に隠す程のものでもないですけどね~。それよりも今は試合に集中しましょうよ~」

 

確かに何れはわかる事だよね。まだ私は会った事がないけど、どんな選手なんだろ?2人いるって事しか情報がないけど……。



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番外編 清本和奈の洛山生活105

全国大会決勝戦もいよいよ7回。この回が最後の攻防になるだろうね。

 

『新越谷はまたも投手交代。背番号18番の早川選手です』

 

『早川選手は昨年のシニア大会で全国優勝を果たした川越シニアのエース投手ですね』

 

そして遂に朱里ちゃんが登板。この回は恐らく宮永さんに回ってくるだろうイニング……。朱里ちゃん的にリベンジとか考えてるのかな?

 

『そんな選手がレギュラーをもらっていないみたいですが……』

 

『高校レベルともなると男女問わずにハイレベルですからね。全国優勝したチームのエースだったとしても中学と高校はまた別……という事でしょう』

 

「出ましたよ!朱里せんぱいです!!」

 

「な、何もないところから一眼レフが出て来ただと……!」

 

朱里ちゃんの登坂で張り切り出したのは、どこからともなく一眼レフを取り出して構えているはづきちゃん。チームメイトの中田さんが困惑してるよ……?

 

「はづきちゃんって相変わらず朱里ちゃんの事が好きだね……」

 

「何を当たり前の事を言ってるの!?私にとって朱里せんぱいは……!」

 

あっ。地雷踏んじゃった……。 

 

「まーた始まった……」

 

「こうなると長くなるので、はづきさんの戯れ言は聞き流して良いですよ」

 

「元チームメイトに対して随分冷たいな……」

 

よ、余計な事を言わなきゃ良かったよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

1番から始まる打順を二者連続三振。この辺りは流石だよね。

 

「遂にきましたね。この試合の最大の見所が……」

 

「朱里ちゃんと宮永咲さんの対決……だね」

 

リトル時代からリベンジしたくて仕方がなかったと思う宮永さん。シニアでは野球を取り出してしてなかったみたいで、何の心境の変化か高校でまた野球をやっているみたいなんだよね……。 

 

「リトル時代の朱里が完敗したのがあの宮永咲という打者か……」

 

「朱里なら勝てる……って言いたいところだけど、宮永咲さんは打つ時は急だから、いつだって不安なんだよね……」

 

「そういえばいずみちゃんは宮永咲さんのいる清澄と戦ったんだよね?」

 

「……あんまりその事は思い出したくないかな~?先輩の決め球が容赦なく打たれたから」

 

相手の自信のある球を完璧に打つ……。リトル時代だと朱里ちゃんのシンカーを容赦なく打たれたんだよね。

 

(今となっては、複数の決め球を操る朱里ちゃん。ピンポイントで狙われなきゃ、朱里ちゃんは絶対に打たれないよ……!)

 

「早川にとってここが正念場だろう。宮永咲相手に抑えるか、打たれるか……」

 

「さっきの大村ちゃんと刀条ちゃんの勝負よりも緊張しますね~」

 

「むしろ元剣道部の2人の対決であれ程の緊張感が生まれるのが可笑しいと思うな……」

 

た、確かに……。でもあれはどっちかというと、剣道での緊張があった気がするよね。

 

(咲……!)

 

宮永選手が急に食い入るように観始めた。やっぱり妹さんの本気の打席に興味があるんだろうね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あっという間にツーナッシングに追い込んだ。追い込んだけど……。

 

(この状況は朱里ちゃんにとっては良くないんじゃないのかな……)

 

「朱里ちゃん……!」

 

(和奈さんも気付いたようですね。朱里さんがかつてリトルの試合で宮永咲さんと対峙した時の事を……)

 

きっと瑞希ちゃんも気付いてる。リトル時代と状況が同じな事に……。

 

『タイム!』

 

タイムが入っちゃった……。

 

「瑞希ちゃん、これって……」

 

「そうですね」

 

「な、何々?今から何が起ころうとしてるの!?」

 

私と瑞希ちゃんの会話が気になるのか、いずみちゃんが食い付く。

 

「……朱里さんが宮永咲さんを追い込んだこの状況下はリトルの時と同じです。カウントは有利に運んでいるのにも関わらずタイムを取って内野陣が集まり、その後に投げる朱里さんの球は今日1番の球を投げるんです」

 

「凄いじゃん!」

 

そう。それでリトル時代に朱里ちゃんは渾身のシンカーを投げた。

 

「ま、待ってよ……。リトル時代の朱里せんぱいはそれで宮永咲さんに完敗してるんだよね?それじゃあ……」

 

はづきちゃんは答えに辿り着いちゃったみたい。そう……なんだよね……。 

 

「察しの通りですはづきさん。朱里さんの全力を込めた1球を……」

 

 

カキーン!!

 

 

「一切の容赦がなく、無慈悲に打ち砕くのが宮永咲……という打者です」

 

朱里ちゃんの投げたのは今日1番のストレート。それを完璧に打つなんて惨すぎるよ……。



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番外編 清本和奈の洛山生活106

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

後続の打者は上手く抑えた朱里ちゃんだけど、これじゃ悔いが残っちゃうよ……。

 

「悔いの残るピッチングになっちゃったね……」

 

「このまま新越谷が負ければ、朱里が負け投手になるのか~」

 

朱里ちゃんが負け投手になるって、今までになかったからちょっと怖いよね……。

 

「初めてですね。朱里さんが負け投手になるのは……」

 

「そうなのか?」

 

「はい。リトルシニア通して、朱里さんは負け投手になった事がありません」

 

負け投手どころか、打たれた事すらあんまりないように思うよね。リトルシニア時代まともに打たれたのだって、紅白戦を除けばそれこそ宮永さんくらいだし……。

 

「まだ新越谷の負けと決まった訳じゃないよ!ね?瑞希ちゃん!」

 

はづきちゃんはこんな状況でも新越谷が負けたとは思ってないみたい。絶望的な状況からも可能性を見出だす事が出来るって、実は凄い事なんだよ?

 

「……そうですね。1番から始まる打線で上手くランナーが溜まれば、まだわからないでしょう。溜まり方次第ではそのままサヨナラ勝ちも狙えます」

 

「……まぁ二宮の言う通りだな。最終回で1点負けてるとはいえ、打順は1番からだ。十分にチャンスはあるだろう」

 

「新越谷の上位打線はハイレベルだからな!きっと逆転するさ!」

 

 

カンッ!

 

 

大豪月さんがそう言った瞬間、先頭の中村さんが初球から打っていってヒット。この局面で対刀条さんへのやり方と、清澄の守備の穴が見付かったようにも見えるね。

 

「新越谷もこの局面にきて、清澄の守備に気付いたみたいですね」

 

「清澄の守備?」

 

「今中村さんが打ったように、清澄の守備陣でハイレベルな守備を見せるのはサードの鏑木さんと今投げている刀条さん……。逆にその2人に気を付けてさえいれば、清澄の守備は並レベルに過ぎません」

 

「だからこうして打てたんだね……」

 

並って言ってもここまで来れるくらいには守備が出来てると思うし、この春に始めたにしては滅茶苦茶成長速度が早いんだよね……。特にサードを守ってる鏑木さんと、今投げてる刀条さん、他にも刀条さんと交代した片岡さんも足の速さだけなら、全国区だよ。

 

 

コンッ。

 

 

2番の山崎さんは送りバント……。かなり慎重だね。

 

『アウト!』

 

「これでワンアウト二塁……。スコアリングポジションにランナーが溜まってチャンスだよ!」

 

「しかしこうなると二遊間へのライナーに注意だな。下手を打つと、一気にゲームセットだ」

 

優勝が掛かってるからか、リードをあんまり取らない……。あの動きはさっき言った二遊間へのライナーを警戒してるよね。

 

 

カンッ!

 

 

「打球はショート!」

 

打球はショートへの深いゴロ……。内野安打が狙えそうだね。

 

「中村さんのスタートが良いお陰か、三塁はセーフだね!」

 

「ここで岡田が内野安打を決められるかどうかで、試合の展開が決まる……!」

 

ファーストの捕球音と、岡田さんのヘッドスライディングがほぼ同時……。かなり際どい判定だよ。

 

『セーフ!』

 

「こ、これ本当に逆転出来るんじゃ……?」

 

「4番の雷轟さんが歩かされても、満塁だよ!」

 

「懸念点があるとすれば、一塁が埋まっている事か……?」

 

併殺が取られやすい場面ではあるけど、本当にワンチャンスあるよこれ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「えっ……?」

 

「勝負した!?これまで歩かせていたのに……」

 

雷轟さん相手に併殺を狙いにいってるのかな……?天王寺さんにはこの状況がどう見えてるの?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「2球連続でストライク……。どうやら本当に勝負するみたいだな」

 

「でもなんで急に……?」

 

「……もしも岡田さんが出塁出来なかったら、雷轟さんは歩かされていたでしょう。一塁を埋めるという大義名分の為に」

 

た、確かに岡田さんが出塁しなかったら、きっと雷轟さんやその次の藤原さんは歩かされていたかも……?

 

「だとすると、岡田さんのあのヘッドスライディングが試合を分岐したって事……?」

 

「その可能性はかなり高いでしょう」

 

 

カキーン!!

 

 

3球目。雷轟さんは刀条さんの球を捉え、その打球は場外へと飛んでいった……。

 

『ゲームセット!!』

 

雷轟さんのサヨナラスリーランによって試合終了。2対4で新越谷が今年の夏を制覇した。

 

「……良い試合だったな」

 

「ウム、まさに決勝戦に相応しい試合だったぞ!」

 

「ですね~」

 

「1つ何かが違ったら埼玉県代表は私達咲桜だったかも知れないだけに羨ましく、眩しい光景だよ」

 

「新越谷に勝ちさえすれば、我々梁幽館も……とつい思ってしま。



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番外編 清本和奈の洛山生活107

全国大会も終わって、私と非道さんは洛山のVIPルームへと赴いた。

 

「今日から新生洛山野球部のスタートだから、清本ちゃんも心してね~?」

 

「は、はいっ!」

 

大豪月さん達3年生が引退して、非道さんが表立って指揮を取る事になって始めての部活……。練習体制も結構変わってくるみたいだし、頑張って着いて行かなきゃ……!

 

「黒咲ちゃ~ん?仕上がりはどんな感じかな~?」

 

「非道さん……。まぁボチボチじゃないですかね?ようやく練習環境に慣れてきた頃合いだと思いますよ」

 

「そいつは上々~」

 

メアちゃんが何かをしてるみたいだけど、なんだろう……?

 

「仕上がり……?」

 

「前に言ってたアメリカからの留学生2人を黒咲ちゃんに任せててね~。全国大会も終わったから、今日から私と清本ちゃんもご対面って訳~」

 

そ、そういえばそんな話をしてたね……。留学生については覚えてたけど、全国大会(主に新越谷の試合)が濃い内容ばっかりだったから、メアちゃんがその2人を見てるって事が頭から抜け落ちてたよ……。

 

「和奈ちゃんおかえり。和奈ちゃんは初対面だし、2人を紹介しなきゃね」

 

メアちゃんから紹介されたのは銀髪の2人。顔が似てるし、双子なのかな?それにしても最近どこかで見た事があるような、ないような……?

 

「エルゼ・シルエスカよ。よろしく」

 

「リンゼ・シルエスカ、です。よろしくお願いします」

 

「き、清本和奈です……」

 

えっ……。シルエスカ姉妹って前に瑞希ちゃんが言ってたアメリカのシニアで警戒リストに入ってるって言ってたあの!?

 

「よろしく和奈」

 

「よろしくお願いします、和奈さん」

 

(データと一緒に2人の写真も貼られてあった……。見た事があるような気がするのは、それでだったんだ。それにしても2人共日本語上手だなぁ……)

 

で、でもそんな2人と同じチームで野球をやれるっていうのはかなり光栄な事だよね?

 

「軽い自己紹介も住んだ事だし、留学生の2人も交えた紅白戦と練習試合を行おっか~」

 

「はい!」

 

「は、はい」

 

「清本ちゃんも準備は良い~?」

 

「は、はい……!」

 

ま、まさかいきなりの試合?とりあえず紅白戦だけども……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、紅白戦終了。軽く実践を行う程度だったから、5イニングで終わったよ。

 

「ふぅ……。とりあえず試合の感覚はそれなりに取り戻せたかな?」

 

「そうだねお姉ちゃん。でも……」

 

「そうね……」

 

シルエスカ姉妹はなんだか言い淀んでいる。その気持ちは凄くわかるよ……。

 

「ちょっとエラーが酷過ぎやしないかしら?」

 

「じ、事前に非道さんから訊いてたけど、これは想像以上だったね……」

 

洛山はエラーの総数が全国1番。打点とホームラン数も全国1番だけど、尖りに尖ってる洛山野球部を見て、シルエスカ姉妹は凄く驚いていた。もう慣れてなんとも思わなくなった私が異常……なんだよね?

 

「お疲れ様~。まぁこのお話にならない守備に関しては追々なんとかしていくから、心配しないでね~」

 

ちなみに試合結果は5イニングで16対14。ホームランの数は両チーム合わせて15本。エラーの数が両チーム合わせて18個だったよ。

 

「次の対外試合ではもうちょっとまともな結果が見られると良いわね」

 

「そうだね……」

 

多分慣れていくしかないんじゃないかな……?



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番外編 清本和奈の洛山生活108

シルエスカ姉妹と一緒に府内の高校と練習試合に参加する事に。

 

「今回の試合では新人ちゃん達に加えて、黛ちゃんも参加してもらうからね~」

 

「は、はい……」

 

黛さん……。そういえば見掛けるのは新越谷との試合以来かも。

 

「黛ちゃんは大丈夫そう~?」

 

「は、はい。一応完成には、持っていけました。本当は新越谷の試合までに、間に合わせたかったのですが……」

 

「まぁあの時の試合はそれも加味した黛ちゃん先発だったからね~」

 

「す、すみません……」

 

「今日の試合でその成果を見せてくれれば、全然問題ないよ~」

 

会話の内容によると、黛さんが何かを完成させたって事みたいだけど……?

 

(新越谷相手に投げた時も何かを試みてたって事なのかな……?)

 

そういえばカーブが時々甘く入ってたような気がする。変化もなんか不完全だったような……。この試合で何かわかるのかな?

 

「それじゃ、試合へレッツゴ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始。私達洛山は後攻。私がファースト、シルエスカ姉妹の姉の方……エルゼちゃんはサード、妹の方……リンゼちゃんはセカンドを守っている。

 

セカンドは3年生との入れ替えだから丁度良かったし、サードを守ってた根武谷さんは外野へとコンバートした。この試合ではレフトを守ってるよ。

 

(黛さんの性格的に多分追い込んでから、完成したっていう球が来る筈……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

これで追い込んだ!というか今まで投げた球とは比べ物にならないような……。普段投げてる球も相当の練習量が伺えるよ。

 

(いつでも良いよ~)

 

(はい。いきます……!)

 

振り被って投げたその球は……カーブだ。かなり鋭い曲がりを見せてる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

折れるように曲がるカーブ……。これが黛さんの決め球なんだね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

2番打者も三振。次の3番打者もツーストライクまで追い込んだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

黛さんのカーブにタイミングが合い始めている。

 

(中々だね~。この3番打者は大豪月さんのストレートを当てれる数少ない打者ってだけあって、対応もお手のものだよ~)

 

(で、でも今ならいけると思います……)

 

(そうだね~。じゃあねいっちゃおっか~)

 

(はい……!)

 

4球目。黛さんが投げたのは、あの折れるカーブ……。

 

『えっ!?』

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

驚きの声を出したのは、私とシルエスカ姉妹と今空振りした打者。ま、まさかあんな球を投げるなんて……!

 

「精度は完璧だったよ~」

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

非道さんはご満悦。黛さんもどこかホッとした感じだった。

 

「ど、どうなってるのよあのカーブは……」

 

「折れるようなカーブにも驚いたけど、あれは……」

 

シルエスカ姉妹と同じ驚きを私もしている。だって黛さんが投げたカーブが2度変化したんだから……。



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番外編 清本和奈の洛山生活109

対外試合が終わって、私達は洛山に戻ってきた。

 

ちなみに16対7で勝ったよ。

 

「ふぅ……。まずまずの結果かしら」

 

エルゼちゃんの成績は5打数4安打2本塁打6打点……。この試合では1番を打ってたけど、ミートも上手いし、足も速いしで文句なしのリードオフガールを務められそうだね。いずみちゃんと同じ感じなのかな……。

 

「お疲れ様、お姉ちゃん。和奈さんもお疲れ様です」

 

リンゼちゃんの方は2打数2安打2打点。打席数が少ないのは、犠打を3回行ったから……。こっちも2番打者として安定しそうだね。

 

「黛さんにも驚いたけど、和奈の規格外さも大概だわ……」

 

「和奈さんは5打数5安打5本塁打7打点……。本塁打製造機といっても過言じゃないですね」

 

「そ、そうなのかな……?」

 

自分じゃよくわからないけど……。

 

「こんな小さな身体のどこにそんなホームランを量産出来るパワーがあるのよ……?」

 

「きっと地道な筋トレをずっとずっとしてきたんだと思うよ」

 

雷轟さん程じゃないと思うけど、リトル時代から筋トレは欠かしてないからね。それに筋トレを続けていれば、見合うパワーがきっと付くって嶋田さんのアドバイスを信じたお陰でもあるんだよね。今の私は。

 

(一時期は薬物使用の疑いを掛けられた事もあったけど……)

 

主にしあわせ草とか使ってないかって訊かれた事もあったっけ?そんな事してないもん!そんな事してたら、後ろめたさで今頃私は野球なんて続けられないよ……。

 

「3人共お疲れ~」

 

「お疲れ様、です……」

 

ちなみに黛さんは初回のみの登板だった。最後まで投げてたら完封も出来そうだと思ったから、ちょっともったいないかな……?

 

「秋大会に向けて色々と練習詰め込んでるから、着いて来てね~?」

 

『はいっ!』

 

非道さん曰く守備練習がメインになるみたい。洛山の守備方面は酷過ぎるし、改善が見られると良いな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終了~」

 

ノッカー非道さんによって、1000本ノックが数度に渡って行われた。

 

『はぁはぁ……!』

 

私も含めた全員が満身創痍だよ……。

 

「秋大会開始まであと10日だから、内9日は獄楽島に行くからね~」

 

「獄……楽島……?」

 

「な、なんだか不吉な響きですね……」

 

非道さんが言うには緊急の強化合宿みたい。私も色々と足りてない部分があるし、ちょっと楽しみだな……。

 

「それじゃ、解散~」

 

解散の合図が出たので、私はVIPルームにて素振りを行う事に。打撃練習が全然なかったし、毎日のルーティーンだからね。

 

(夏は悔しい想いをしたし、秋大会は結果を出さなきゃ……!)

 

そういえば春にはシニアリーグの世界大会があるけど、皆はどうするのかな……?



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番外編 清本和奈の洛山生活110

秋大会10日前。私達はとある島に辿り着く……。その名もご苦労。私達洛山高校がよくお世話になってる島だね。

 

「な、中々雰囲気のある無人島ね……」

 

「き、今日からここで合宿をするんですね……」

 

獄楽島初参戦のシルエスカ姉妹は身震いしていた。まぁ私も初めて来た時は震えてたし、仕方ない部分もあるよね……。

 

「まぁ今回は修練ないけどね~。各々の伸ばすべき箇所を伸ばす為の強化合宿だから~」

 

「各々の伸ばすべき箇所……?」

 

「そうそう~。まぁ内9割の人間は守備と捕球なんだけどね~」

 

ほ、本当に非道さんは洛山のあり方を変えようとしてるんだ……。

 

「じゃあ彼女達の面倒はよろしくお願いしま~す」

 

「フン。この凡愚共を叩き直せば良いんだな?私は加減を知らんぞ?」

 

「根を上げるのなら、その程度って事ですからね~」

 

「それもそうだ……。行くぞ愚か者共!貴様達を立派なソルジャーに仕立て上げてやろう!!」

 

『押忍っ!!』

 

洛山の部員の実に9割以上が獄楽島にあるグラウンドに向かって行った。残ったのは非道さん、黛さん、シルエスカ姉妹、そして私の5人……。この5人でどうするんだろう?

 

「残った面子は自主練だね~。黛ちゃんは開発中の秘球があるんでしょ~?」

 

「そう、ですね……」

 

「じゃあ私とバッテリー練だね~。清本ちゃんは例の練習、するんでしょ~?」

 

「あっ、はい!」

 

そうだ……。私はもう1度あの若竹を振りにこの島へ来たんだよね。頑張らなきゃ……!

 

「2人はどうするの~」

 

「わ、私は、和奈さんに着いて行こうと、思います」

 

「リンゼ?」

 

リンゼちゃんは私の練習に興味があるみたい。

 

「私に足りないものを得に、この洛山まで来たから……」

 

「そっか……。なら私も着いて行くわ。それに和奈の練習にも興味があるし」

 

そんなリンゼちゃんを心配してか、エルゼちゃんも着いて来る事に。双子とはいえ、妹が心配なんだね。

 

「成程ね~。例の物は社長が海岸前に用意しておくって言ってたから、早速やっておいてね~。留学生ちゃん達の分も一応あるから興味があるなら、やってみても良いかもね~」

 

『はいっ!!』

 

若竹は海岸前に用意してあるんだ……。

 

(よし……!頑張ろう!)

 

雷轟さんに追い付く為にも、今の自分を越える為にも、絶対に完遂してみせる……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、海岸前に到着。そこには3本の大きな若竹が置いてあった。2人の分もあるのかな?

 

「な、何よこの若竹……。和奈2人分以上の大きさがあるじゃない!」

 

「お、大きい……」

 

2人共この大きな若竹に釘付けみたい。私の身長については、触れないでくれると助かるな……。

 

それよりも気になる事が私にはあった……。

 

「…………」

 

大きな若竹の側に、誰かが横たわっていた。だ、大丈夫なのかな……?




和奈「え、えっと。今年最後の投稿って事で、この番外編は一旦終わりにします」

朱里「滅茶苦茶気になるところで区切るじゃん……。横たわってる人が気になって仕方ないよ」

和奈「ほ、本来は夏大会で終わるつもりだったみたいだから……」

朱里「それで、来年はどうするの?もう大体予想付くけど……」

和奈「瑞希ちゃんの番外編に引き継ぐみたい」

瑞希「2024年は私の番外編から始まるようですね」

朱里「そっちは丁度進級したところか……。色々と気になる展開があるから、ちょっと楽しみだよ」

瑞希「それでは来年もこの小説をよろしくお願いします」

和奈「お、お願いします!」

朱里「お願いします」

朱里&瑞希&和奈「「「それでは良いお年を。今年1年ありがとうございました」」」


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番外編 橘はづきの梁幽館生活その壱

はづき「イエーイ!橘はづきの番外編、始まるよー!」

朱里「テンション高……」

はづき「私と朱里せんぱいの愛の生活を……」

朱里「捏造止め。そもそも私は梁幽館の生徒じゃないし……」


春……。それは様々な出会いと新しいなにかが始まる季節。

 

春……。それは学校において新入生が入学して、勉学や部活動に新しく入部する季節!

 

私、橘はづきはこの春から埼玉県にある梁幽館高校にスカウトによって入学する事になりました!

 

話の長い入学式が終わって早速野球部へと挨拶に!

 

「はづきさん、こっちです」

 

「友理先輩、お疲れ様です!」

 

私に声を掛けてきたのは高橋友理先輩。私をスカウトに紹介してくれた川越シニアの先輩です!

 

「それにしてもまた友理先輩と野球が出来るとは思いませんでしたよ」

 

「本当は川越シニア出身の人をもっと梁幽館にスカウトさせたかったのですが……」

 

「私以外には軒並み断られましたもんねー」

 

瑞希ちゃんも、和奈ちゃんも、いずみちゃんも、亮子ちゃんも他の高校から既に声が掛かってそっちに行ったし、朱里せんぱいに至ってはスカウトに来てた高校全部断っちゃったんだもん。

 

「ですのではづきさんだけでも来てくれて本当に良かったです」

 

「これからは私が梁幽館を引っ張っていきますよー!」

 

「頼もしいですね」

 

(それくらいはしなきゃ散り散りになった皆の先に行く事なんて出来ないよ!投手として朱里せんぱいを越えるくらいじゃないと……!)

 

そう思いながらも私は友理先輩と一緒に野球部のへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1年生の皆、この梁幽館野球部へとよく来てくれた!私は主将を務めている中田奈緒だ」

 

(男前な人だなぁ……。シニアの男子よりもよっぽど格好良いよね)

 

まぁ中学生と高校生……それも最上級生との差なのかも知れないけど。

 

(瑞希ちゃんの情報によると一昨年の県優勝校で、その当時からレギュラーに入ってたんだよね。ホームラン数が高校通算で50本のスラッガーでありながらも投手としてもレベルが高い……)

 

例えるなら和奈ちゃんと朱里せんぱいを足して2で割ったような人だね。……例えで出せる時点であの2人も規格外かも。

 

「それでは1人ずつ自己紹介を頼む。名前とポジション、あとはそうだな……。自分が将来どうなりたいか等もあったらそれも言ってもらおうか」

 

ほーん、自分の決意表明なんかも言っちゃって良いんだ……。それなら思い切ってやっちゃおうかな……?

 

自己紹介が1人ずつ進んでいる中で隣の女の子が話し掛けてきた。

 

「な、なんか緊張するね……」

 

「そうかな?私はむしろワクワクしてきたよ」

 

「こ、心が強い……。あっ、私は堀弥生っていうの。3年間よろしくね」

 

「橘はづきだよ。こちらこそよろしく……出来ると良いなぁ……」

 

「?」

 

だってこれから私はやらかそうとしている訳だし、そんな子と関わりたいって思うかなぁ?もしもいるなら広い心の持ち主か、余程の物好きか、好奇心旺盛な人だよね……。

 

「次!」

 

「は、はい!」

 

弥生ちゃんの番が回ってきたという事はその次は私か……。心の準備くらいはしておこうかな?

 

「堀弥生です!ポジションは投手ですが、4番経験もあります!目標としてはレギュラーに食い込む事です!よろしくお願いします!!」

 

「元気と威勢が良くてなによりだ。それくらいの気概がなければ3年間生き残れないと思え。次!」

 

おっ、いよいよ私の番だね!かますよぉ……!

 

「橘はづきでーす!ポジションは投手。将来……と言いますか、正直この野球部の事は私がステップアップする為の踏み台にしか思ってません」

 

私の発言で空気が凍り付いた。弥生ちゃんも友理先輩も唖然としてる。ははっ!やっちゃったぜ☆

 

「ここにいる誰にも負けるつもりはありませんので、よろしくお願いしまーす♪」

 

もう後戻りは出来ない……。私はこの梁幽館で最高の投手になるんだ!




朱里「やっちゃったねぇ……」

はづき「やっちゃいましたねぇ……」

朱里「そんなヘイトを溜めて……。これから先やっていけるのか不安だよ」

はづき「ね、ネタバレすると夏大会ではユニフォームもらってるしへーきですよ!」

朱里「声が震えてるんだよなぁ……。次回では中田さんや陽さんと1打席勝負する予定みたい」

はづき「この時点ではまだ未解禁の3種のスクリューで抑えちゃいます☆」

朱里(次があるのかなぁ……?)


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番外編 橘はづきの梁幽館生活その弐

はづき「番外編、始まるよ~!」

朱里「テンション高いなぁ……」

はづき「私のめくるめく活躍がここから始まる……!」

朱里「更に新キャラが登場するよ」

はづき「同時投稿の本編にも(最後に)出ます!」


自己紹介でやっちゃった橘はづきでーす!今私はマウンドに立ってま~す!

 

(どうしてこうなったんだっけ……?)

 

事は私が自己紹介でやっちゃったところから遡る……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、はづきさん、何を……」

 

「友理先輩……。私は強くなる為ならこのくらいなんともないですよ」

 

嘘です。内心生まれたての小鹿の如く震えてます。梁幽館の部員達から物凄い睨まれてるし……。

 

「橘……だったか?威勢があるのは結構な事だが、それだけで私達に勝つつもりなら……甘いぞ?」

 

キャプテンが軽く睨みながらそう言った。まぁ私はついこの間まで中学生だったし、高校生相手に通用するとは思えない……というのがキャプテンの、梁幽館全員の総意なんだろう。

 

(それでも朱里せんぱいなら捩じ伏せそうなんだけどね……)

 

本当にあの人は凄い。リトルの頃に憧れた朱里せんぱいとはピッチングスタイルが変わったけど、あの自信満々な投球は私も真似したいもん。

 

「それなら……その自信を打ち砕かせてもらいましょう」

 

後ろから来たユニフォームの女性がそう言った。あの人が顧問か監督なのかな?

 

「か、監督……」

 

(やっぱり監督なのか。シニアの六道監督と似た雰囲気を感じるなぁ……)

 

性格は違うけど、オーラというかなんというか……。威圧感があるよね。

 

「この梁幽館で1、2を争う打者2人と1打席勝負をしてください。それで橘さん、貴女の実力を見せてもらいます」

 

梁幽館で1、2を争う打者との勝負……。向こうの目的がどうあれ……。

 

(俄然ワクワクしてきたよね!)

 

こんな機会はもう2度とないからね。楽しませてもらいますよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……という事があって、今に至る。ギャラリーのほとんどが私が打ち込まれる事を期待してるっぽい中私の味方は……。

 

「はづき殿~、頑張るでござるよ~!」

 

「まぁなるようになると思うよ」

 

シニアが一緒だった村雨静華ちゃん。自称忍者という痛い設定持ちの女の子で、マフラーとサングラスが目立つ(なんなら私よりも悪目立ちしてない?)特徴的過ぎる子。言動の割には頭も良いし、忍者と言い張るだけあって走塁と守備は一級品だけどね。

 

(あとは友理先輩と弥生ちゃん……はどうなんだろう?なんかオロオロしてるけど……)

 

まぁそんなアウェイな空気での1打席勝負。1人目は……。

 

(陽秋月さん。昨年の打率は6割越えの梁幽館のリードオフガールで、長打力もある……!)

 

川越シニアで言うところのいずみちゃんだね。バッティングスタイルもよく似てるし、同じ左打ちだし……。もしかして得意不得意なコースも同じなのかな?

 

「アンタの球を受ける小林よ。よろしく」

 

「あっ、よろしくお願いします」

 

この1打席勝負で私の球を受けてくれる小林先輩。静華ちゃんも一応捕手は出来るけど、瑞希ちゃんや藍ちゃんみたいな本職の捕手には劣るし、小林先輩は監督が指名した捕手だから、挑戦者の私はそれに従うのみ。

 

「しかしアンタは凄い肝が据わってるのね。この野球部の全員を敵に回すような真似をして……」

 

「まぁ私にも色々ありまして……。でも先輩はそんな私に対して普通に接してますよね?」

 

小林先輩も本来なら私がボコボコに打ち込まれてほしいと思ってる1人だと思ったけど……。

 

「アンタみたいなわかりやすい馬鹿は嫌いじゃないわ」

 

「わ、わかりやすい馬鹿って……」

 

ちょっと傷付きますよ……。

 

「それに少し期待してるもの」

 

「期待……ですか?」

 

「秋先輩と奈緒先輩……。あの2人は梁幽館全体が認める強打者で、そんな2人を抑えられる実力があるのなら、今後梁幽館を引っ張る存在になるもの」

 

小林先輩……。

 

「だから私も精一杯リードするわ。アンタが勝てるようにね!」

 

「……ありがとうございます!」

 

この人は良い人だ!捕手として信頼出来る!

 

「とりあえずアンタの持ち球を教えなさい」

 

「はい!私の球種はですね……」

 

小林先輩に私の球種を教えて……。

 

「成程ね」

 

「それとスクリューについてですが……」

 

更に私がシニアを引退してから磨きに磨いた結果、新たに開拓したスクリューについて話す。

 

「……そんな事が出来るの?」

 

「この1打席に限りですが、いけると思います。初見殺し性能は高い筈ですから」

 

「……まぁ私に出来るのはアンタの投げるボールを受ける事と、勝つ為に精一杯リードするだけよ」

 

そう言って小林先輩はポジションに付いた。審判は友理先輩がやってくれるみたい。シニアでも中立の位置にいた友理先輩なら信用出来るかな。

 

(まずは低めにストレートを)

 

(了解です)

 

小林先輩は低めにストレートのサインを出していた。私はそれに従って投げるのみ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

陽先輩は見送り……。まぁ初球だし、コースも際どかったしね。

 

次は見せ球としてスライダーを投げる。コースはさっきのコースから左に逃げるから、内角に……。

 

(あっ、馬鹿!)

 

(えっ……?)

 

 

カキーン!!

 

 

刹那、陽先輩が私のスライダーを捉えた。

 

『ふ、ファール!』

 

(た、助かった……)

 

(ヒヤヒヤしたわ……)

 

肝を冷やしたよ……。いずみちゃんが今のコースを苦手としてたらからそれを参考にして投げたのに、まさかあっさりと打たれるとは……。

 

(うん、勝手な思い込みは良くないね。次で決めますかね!)

 

(スクリューね……。きなさい!)

 

3球目。3球勝負のつもりで、私はスクリューを投げる。私の1番の決め球だ。

 

(くっ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(はづきさんのスクリュー、シニアの頃よりもキレがありますね。これなら初見とは言え秋先輩を三振させられたのも頷けます)

 

よし!三振!

 

「今のは良いスクリューだった。次は負けないから」

 

陽先輩は小さくそう言った。多分三振取れたのは運が良かっただけなんだよね……。

 

「中々やりますね……。中田さん、打席に入ってください」

 

中田奈緒さんは梁幽館の主将で、高校だけでホームランが50本を越えるスラッガー。和奈ちゃんを意識して投げたら良いかな?

 

(まぁ和奈ちゃんと違って色々大きいけど……)

 

さてさて、小林先輩の配球は……っと。

 

(まずはカウントを取りにいくわよ)

 

カウントを取りにいくカーブ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(見逃した……?)

 

次は逆のコースにストレート!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

これも見逃した……。もしかしてスクリューを狙ってる?

 

(明らかにスクリューを狙ってるわね……。どうする?)

 

(正直を挑まれているのなら、それに乗らなきゃ女が廃る!スクリュー投げます!!)

 

さっき陽先輩を空振りさせたスクリューを投げる。その瞬間、陽先輩の時とは比べ物にならない、嫌な予感が脳裏を過る。それがなんなのかはわからないけど、とりあえず言えるのは……。

 

(あれ?なんかデジャヴ?)

 

 

カキーン!!

 

 

やっば!?滅茶苦茶飛んでる!

 

『ファール!!』

 

(はぁ……。さっきよりも肝が冷えたよ……)

 

でも布石は出来た。あとは打ち取るだけ!

 

(奈緒先輩にあんな当たりをさせられたにも関わらず、橘のあの表情……。まさか本当に……?)

 

(先程の当たりを見て萎縮している……という訳ではなさそうだな。今度はホームランを狙うつもりでいくぞ!)

 

威圧感ヤバイな……。本当に和奈ちゃんを相手にしてるみたい。

 

(対和奈ちゃん用に編み出した球……。先輩で試させてもらいますよ!)

 

3球目。私が投げたのは……!

 

(やはりスクリューか……。狙い通りだ!)

 

(駄目……!打たれる!)

 

もちろん決め球のスクリュー。でもさっき投げたスクリューとは決定的な違いがある。それは……。

 

(なっ!?これは……!)

 

(変化が……小さい!?)

 

 

ガッ……!

 

 

「私が必死で編み出したスクリュー……。簡単には攻略させませんよ♪」

 

私はそう言って打ち上げたボールをキャッチした。

 

(これは……とんでもない逸材ですね。スカウトで取った甲斐がありました)

 

(はづきさん……。まさか奈緒先輩まで抑えるなんて……!)

 

(シニアの時よりも強かなピッチングでござった……)

 

(凄い……。凄いよはづきちゃん!)

 

色々な人が色々な評価をしている中、勝負をした中田先輩と陽先輩がこっちに来た。

 

「ナイスピッチングだ。まさかスクリューの変化量を使い分けるとはな……」

 

「意表を突いた良い球だった」

 

「いえいえ、初見だから通じただけに過ぎませんよ。それに先輩方には仮想敵がいましたから、なんとか抑えられただけですし……」

 

「「仮想敵?」」

 

私がシニアで中田先輩と陽先輩に似ているバッティングスタイルを持つ選手について話すと……。

 

「中々に興味深いな」

 

「これからも色々と話が聞きたい」

 

なんか気に入られました。嬉しいんですけど、なんか複雑な気分です……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。監督から練習については私の自由にやっても良いと言われた事を言ったら部員全員に驚かれた。私がサボると思っているのかな……?




静華「ニンニン!村雨静華でござる!」

朱里「濃いなぁ……」

はづき「濃いですねぇ……。私が頑張ったのが霞むレベルで静華ちゃんのキャラが濃いよ……」

静華「それは照れるでござる……///」

朱里&はづき「「いや、褒めてないから……」」

静華「ところではづき殿はスクリューを2つしか使ってないでござるね?」

はづき「ああ~。3つ目のスクリューはこの時点ではまだ練習中って事で!」

朱里「それで良いのかなぁ……?」


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番外編? 三森3姉妹の美園学院生活

需要があるか不明の番外編。12巻が美園学院戦だからか、ついつい書いちゃったね。

視点が3姉妹だから、ちょっと見辛いかも知れません。


これは私達3姉妹の情景を描いた話だ。

 

「春日部シニア出身、三森朝海です」

 

「同じく、三森夕香です!」

 

「……同じく、三森夜子です」

 

(三つ子……?凄く似てる)

 

シニア出身だからといって、派手な動きはまだ見せない。春日部シニア時代とは違って私達は身を潜ませる……。

 

(本当に……これで良いのよね?)

 

(調子に乗り過ぎても何も良い事はない。シニア時代の3年間味わった屈辱を発散したい気持ちもわかる……)

 

(地を這い、耐え忍ぶ……。本気を出すのはまだまだ先よ)

 

少なくとも進級までは大人しくしていよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思っていたのに、それは早くに破られた。

 

切欠は入部1週間後の紅白戦。私達3姉妹はそれぞれ外野として出場する事に……。思えばこの時には既に監督にはわかっていたのかも知れない。バレていたのかも知れない。私達3姉妹の実力が……。

 

4回表。ノーアウト一塁・二塁。この時打席に入ったのは3番の諸積。1打席目は空振り三振だったけど、大振りが目立っていたと思う打者……。私達と同じ1年生だ。

 

(内野の守備はゲッツーシフト……)

 

(それなら私達もカバーに入れる位置に付くべきね)

 

(ただし長打警戒を頭の片隅に追いやるくらいの位置に……)

 

私達はそう思っていたけど、配置はほぼ内野後退。外野手にしては前進し過ぎな守備位置……。多分これが駄目だったんだろうね。

 

 

カキーン!!

 

 

「よっしゃ!長打コース!」

 

「ランニングホームランを狙えんじゃない!?」

 

この場にいるほぼ全員が諸積によるランニングホームランになるんじゃないか、内外共に長打警戒を怠っていたんじゃないか……と判断していた。しかし……。

 

 

バシッ!

 

 

『えっ……!?』

 

「……あ」

 

打球を捕ったのは、センターを守っていた夜子。本人も捕球してから気付いた。シニア時代でいつもやっていた守備を、常人にはありえない守備範囲を、まだ見せるつもりはなかった動きを……見せてしまった。この場にいた全員が呆気に取られてしまっていた。

 

「…………」

 

気を取り直した夜子がセカンドへ送球。立ち尽くしていたセカンドのグラブに入るようなストライク送球。多分ここでもやってしまっていたと思う。

 

『ア、アウト!』

 

一気に2つのアウトが入って、ようやく全員が気を取り直す。そのままファーストへと送球して、スリーアウト。三重殺(トリプルプレー)は私達姉妹にとっては最早珍しくない……。

 

「ナ、ナイスキャッチ……」

 

「あ、ありがとう……」

 

夜子に声を掛けてくれたのはファーストを守っていた愛甲。彼女も私達と同じ1年生。3年間切磋琢磨するチームメイト兼ライバルだから、ある程度は仲良くしたいところだけど……。今のプレーで引かれているのは明らかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも目立っていたのはそれだけじゃなく、打席に立った時も私達は『やってしまった』のだ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

私達3姉妹はこの試合では7~9番を打っていた。曰く『三つ子だから、打順を固めた方が良いんじゃない?』との事らしい。まぁシニアでもそうだったから、これはありがたい。

 

それは置いておいて、私達がやってしまったのは……。

 

「どうだった……?」

 

「やはり変化球は手を出さないのが正解みたいね」

 

「シニア時代で私達は簡単に振っていたから、高校ではもう少しコースを見極めていかないとね。手を出しそうになるのが怖いわ……」

 

シニア時代では川越シニアの早川朱里に私達はずっとやられた。当てれば出塁確実……と言われていた私達だから、とにかくバットを振っていった。それが災いして私達は全打席空振り三振を取ってしまった……。

 

その反省の為に、見れるコースは見ていこう、手を出さずにいられる時はそうしよう……と、心に誓っていた。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合が終わって、今日の練習はそのまま終了。部員達は着替えて帰る中、私達は呼び出しを受けていた。

 

「来てくれてありがとう」

 

私達を呼び出したのは、今日の紅白戦で私達に投げていた園川萌さん。春の大会で好投していた2年生投手。そして……。

 

「君達3人とちょっと話がしたくてね」

 

「は、はぁ……?」

 

園川先輩の球を捕っていた捕手、福澤彩菜さん。彼女も2年生。春で活躍していたバッテリーが私達に何の用なのか……。

 

「ちょっと聞きたい事があるんだけど……良いかしら?」

 

「私達に答えられる事なら……」

 

どうやら園川先輩は私達に聞きたい事があるみたいだ。まぁ大体予測が出来るけど……。

 

「まずは貴女……夜子さんだったかしら?4回に貴女が見せた異常な守備範囲が普段の貴女なの?」

 

やはり夜子の守備についてね。あれくらいなら私達にとっては当たり前になってたから、つい癖で動いてしまったみたいなのよね。夜子もそう言ってたし……。

 

(これは……もう隠せないわね)

 

(仕方ないわ)

 

(…………)

 

3人でアイコンタクトを取って、園川先輩と福澤先輩には私達の全てを教えた方が良い……という決断に至った。聞かれた事は全部答えよう。

 

「……はい。私だけじゃなく、姉さん達も同様に動けます」

 

「そう……」

 

「でもあれだけの動きがマグレじゃないのがわかれば、夏にはレギュラー確実だろうね」

 

「そんな……私達はまだ1年生ですよ?」

 

「関係ないよ。私も萌も1年生で春大会でスタメンだったし、学年は気にしてない実力主義だよ。ウチは」

 

福澤先輩はそう言った。私達を買ってくれるのはありがたいけど、他の部員達に申し訳ない気がしてならない……。

 

「それともう1つ……」

 

あれ?まだなんかあったっけ?

 

「貴女達3人だけ、私が投げた変化球を1度も振らなかった……。その理由が聞きたいの。私にとってはこっちの質問が本命」

 

「えっと……」

 

園川先輩にとってはこっちの質問がメインみたい。これにはどう答えたものか……。

 

「わ、私達はシニア時代で空振りが目立っていたので、高校では見ていこうかと……」

 

「……本当にそれだけ?」

 

「うっ……!」

 

(夕香、顔に出てるわよ……)

 

(仕方ない。夕香姉さんは隠し事が苦手だから……)

 

夕香姉さんが返答に詰まっているので、私が代わりに答える事にした。

 

「失礼な発言になると思いますが……」

 

「構わないわ。私は私の改善点になるかも知れない事だから、知りたいの」

 

「……福澤先輩の捕球で補っていますが、本来なら園川先輩の投げた変化球の8割はボールゾーンに外れるコースでした」

 

「「!!」」

 

とは言っても結果的にはストライクだったし、これからも審判によっては普通に手が上がるコースだと思う。ボール0.5~1.5個くらいしか外れてないし、ストレートとの相性も抜群だから、空振りが多くなるのは仕方ないかも……。

 

「……それは私のスライダーやフォークの制球が上手くいってないと?」

 

「今はそれでなんとかなるかも知れませんが、目が慣れてくるときっと見てくる打者は多くなると思います。その分見逃し三振は増えてくるかもですけど……」

 

「空振りが取れなくなってくる……という訳ね」

 

「……はい」

 

実際にそれが正しい指摘なのかはわからない。これはあくまでも私達姉妹……というか夜子から見た視点なのだ。特に夜子はショートリリーフを務めていて、ピッチングスタイルも今の園川先輩に近いものだったのだから……。

 

(まぁ夜子の場合は無理に三振を取りに行く事はなかったけど、それは私達姉妹の守備力を信用してのものだったわ。園川先輩とはまた違う……)

 

「…………」

 

(これは驚いたな。私達と監督しか知らない萌のピッチングと制球力、そして欠点に、たった2打席で気付くなんて……。そしてその実行を可能とする選球眼……。監督は彼女達をスカウトで取ったと言ってたけど、あの守備範囲と言い、彼女達は本物だ)

 

「……ありがとう。今のピッチングを見直す良い機会になったわ」

 

この紅白戦以来園川先輩のピッチングスタイルが180度変化し、バックの守備力を信頼したものとなり、その少し先に私達3姉妹もその守備に貢献する事になる……。




続くかな?これまでの番外編と違って視点がコロコロ変わるから、難しいところだけど……。


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番外編? 三森3姉妹の美園学院生活 続

球詠の最新刊が発売したので、続き。視点は夜子です。


私達三森3姉妹はあの紅白戦以降はセンターラインの連携守備を中心に練習をするようになった。

 

「次!4、6、3のゲッツー!」

 

 

カンッ!

 

 

例えば今はランナーを一塁に置いて、朝海姉さんと夕香姉さんによる二遊間でゲッツーを取る練習。

 

「夕香!」

 

「OK!」

 

リトルシニアからずっとやってきた連携だけあって、最早一連の動きとして洗練されている。

 

「……流石姉さん達だね」

 

「あの、ちょっと良いですか?」

 

私も二遊間を守れるけど、姉さん達に比べると完成度は低い。その代わりと言ってはなんだけど、センターとしてなら姉さんよりも上手く守れる自信はある……と思う。

 

「……聞いてますの?」

 

(でも姉さん達なら急増でセンターを守っても、私より上手く守れるんだろうなぁ……)

 

私も早く姉さん達と差別化出来るプレーを磨いた方が良いのかな……?

 

「ちょっと!!」

 

「わっ!?」

 

姉さん達の練習を見守っていると、横から大きな声が飛んできた。耳がキーンってする……。

 

「……いきなりなに?」

 

「先程からずっと貴女に声を掛けていましたわ!」

 

「……それはごめん」

 

ボンヤリと考え事をしてたからか、横にいる存在に全く気付かなかった……。

 

「それでえっと……?」

 

「黒木ですわ!黒木亜莉紗!!」

 

黒木さんか。同じ1年生だったのは知ってたけど、名前はまだ全員覚えてないな……。

 

「その黒木さんが私に何か用……?」

 

「貴女、最近ずーっと萌様の近くにいますわよね?」

 

「萌様……?園川先輩の事?」

 

「そうですわ!同じ投手の私でさえ萌様に近付く事が難しいっていうのに、投手でもない貴女が何故に萌様と親しくしているのかを聞きたいのです!!」

 

親しい……かなぁ?普通に先輩後輩としての距離感だと思うけど。

 

「……別に普通」

 

「な訳ないですわ!」

 

「……耳元で叫ばないで」

 

キーンってするから……。

 

(それにしても黒木さんは園川先輩の事をとても慕ってる……。この高校に入ったのは園川先輩がいたから……?)

 

「……私は園川先輩に簡単なアドバイスをしてるだけ。シニア時代は一応リリーフを務めてたし、今の園川さんのピッチングスタイルが私に似たところがあったから。それで園川先輩は私にアドバイスを求めてくる。それだけ」

 

「くうぅぅっ!」

 

なんか凄く悔しそう……。

 

「夜子ーっ!センターに入ってーっ!今からセンターライン全体を合わせた連携をするから!」

 

「わかった」

 

夕香姉さんに呼ばれたので、私はセンターに駆け寄る。

 

「ちょっと!まだ話は終わっていませんわ!」

 

背後から黒木さんが何か言ってたような気がするけど、練習よりも優先する話でもないと思うので、私は気にせず守備連携の練習に合流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また別の日。

 

「……をこうすれば、割とギリギリのコースを攻める事が出来ると思います」

 

「成程……」

 

この日は園川先輩と福澤先輩と一緒に園川先輩のピッチングと投球フォームの見直しをしている。ちなみに姉さん達は今日も二遊間の連携を磨いている。

 

「これが実現出来れば、萌は大きく成長するぞ……!」

 

「でも中々難しそうね……」

 

「……私が出来たんだから、園川先輩もきっと出来ます」

 

「ありがとう。また困ったら力を貸してもらうわ」

 

「私に出来る事なら」

 

そんな話をした後に園川先輩と福澤先輩が少し席を外した。そしてそれと入れ替えに……。

 

「三森夜子さん!また萌様と親密に……!」

 

「……どこから出て来たの?」

 

どこからともなく黒木さんが出て来た。気配を感じなかったんだけど?

 

「……そんなに園川先輩と話したいのなら、話せば良いんじゃない?園川先輩はかなり話しやすいし」

 

(余りコミュ力高くない私でも普通に話せてるし。まぁ間に福澤先輩が入っているからだと思うけど……)

 

「それが出来れば苦労はしませんわっ!!」

 

それは黒木さんの方に問題があるような……。

 

「なのに三森夜子さんは萌様とま、ま、ま、マンツーマンで……!」

 

(福澤先輩もいるけど……)

 

そういえば黒木さんの園川先輩を見る目は尊敬とかそんな次元にない気がする。

 

「……私よりも朝海姉さんの方が園川先輩と話してる回数が多いと思うよ?」

 

ちなみに夕香姉さんは既に部員全員とコミュニケーションを築いている。流石のコミュ力……。

 

「ぐぬぬ……!貴女達姉妹は萌様と距離が近いです!」

 

私はともかく、ポジションの都合姉さん達は上園川先輩……というか投手の近くにいるのは必然になると思う。

 

「私がどうかしたの?」

 

「も、ももももも萌様!?」

 

園川先輩が戻ってきた(もちろん福澤先輩もいる)瞬間、黒木さんがガチガチになった。見てて面白い……。

 

「いいいいえ、なななななんでもありませんわ!」

 

「……この子どうしたの?」

 

「多分園川先輩に対して緊張してるだけだと思います」

 

福澤先輩が黒木さんのガチガチ具合が気になったのか、私に尋ねてきた。

 

「変わった子だね……」

 

ちなみに当の園川先輩は黒木さんの敬意?に全く気付いていないみたい。

 

「やーこっ!レモハチ食べたい!」

 

連携練習が終わった夕香姉さんと夜子さんが私の方に駆け寄ってきた。レモハチというのは檸檬の蜂蜜漬けの事。夕香姉さんがそう呼んでいるみたい。

 

「休憩するの?」

 

「監督からも許可もらったわ」

 

この姉達は外堀を埋めるのが早い……。

 

「……わかった。用意する。先輩達も食べますか?」

 

「良いのかしら?」

 

「多めに作って来ているので、他の部員達にも配る予定です」

 

「えー?私達の分け前が減る……」

 

「夕香姉さん、シャラップ」

 

夕香姉さんを黙らせ、残念そうな朝海姉さんを諌め、檸檬の蜂蜜漬けが入ったタッパーを取りに行く。

 

(野球をしている時は頼りになるのに、私の料理の事になると途端にポンコツになるのはなんとかならないかな……?)

 

ロッカーからタッパーを取り出して、再び5人の所へ戻る。

 

「持ってきた」

 

「これこれ!いただきまーす!」

 

「いただくわ」

 

姉さん達がいの一番に食い付き、先輩達と黒木さんもそれに続く。1人3つずつまでだからね?

 

「流石夜子ね。これを食べたら、もう他の檸檬の蜂蜜漬けは食べられないわ」

 

「そうよね!最っ高!!」

 

「大袈裟……」

 

「朝海と夕香の気持ちわかるかも……」

 

「とても美味しいわ」

 

福澤先輩と園川先輩にも好評みたい。シニア時代にも似たような事があった事を少し思い出したよ……。

 

「く、悔しい……!でも美味しいですわ……!」

 

黒木さんは何故か悔しそうにしていた。なんか印象的……。

 

「……他の皆に配ってくる」

 

この日を切欠に監督から合宿があった際の料理当番に任命される事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またまた別の日。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!今日はここまでにしようか」

 

「……ええ」

 

この日は園川先輩の投球練習を見ていた。

 

「萌様ーっ!」

 

ちなみに私の横には黒木さんがいる。ついでに黒木さんとよくバッテリー練をしている田村さんと、近くには黒木さんと交代で投げ込みをしている小宮山さんもいる。なんか賑やかになった気がする。

 

「夜子、貴女ならこのコースに投げる時は……」

 

こうして園川先輩が私にアドバイスを求めている時は……。

 

「ぐぬぬぬ……!」

 

黒木さんの私を見る目が強くなり、それを田村さんや小宮山さんに咎められているのがここ最近の日常となっている。

 

「三森夜子さん!私と勝負ですわ!!」

 

「……何の勝負?」

 

「もちろんピッチングですわ!私の方が優れている投手だという事をわからせます!」

 

……なんか黒木さんに勝負を申し込まれた。

 

「……別に構わないけど、流石に本職の投手相手に私は勝てない。況してや球速や変化球の勝負なら尚更」

 

「何故勝負の前から負けを認めてますのっ!?」

 

「なんでも何も事実だから。黒木さんの投げるストレートはかなり速いし、スライダーとチェンジUPもストレートと合わさって一級品。そもそも投手としてのタイプが全く違うし、純粋な力比べで私に勝てる道理はない」

 

「ええ……?」

 

黒木さんには困惑していた。私の返しが予想外だったのかな?

 

「それなら夜子と亜莉紗が打者になって、1打席勝負をする……というのは?」

 

園川先輩がそんな黒木さんを可哀想に思ったのか、そんな提案を出す。

 

「流石は萌様!異論ない提案ですわ!」

 

「……黒木さんが良いなら」

 

ひょんな事から黒木さん1打席勝負をする事になった。

 

「来なさい!」

 

先攻は黒木さん。守備には誰も付いておらず、打った時は守備によってアウトかどうかを判断するらしい。

 

(とりあえず福澤先輩のリード通りに投げる……!)

 

コースは低め。様子見のストレートかな。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

審判役は園川先輩。黒木さんにとっては良い審判になるかも知れない。

 

(打たせて取る前提で投げる球……にしてはかなり良い球だ。その気になれば三振も狙えそうだが、これが打たれるとなれば、夜子達シニアのレベルがかなり高かった事が伺えるな……)

 

(中々打ち辛そうな球ですわね。下手に打てば凡退するのは目に見えてますわ)

 

初球をストライクに取って2球目。

 

(同じコース……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

流石に同じコースだと打ってくるか。同じ球種だし、仕方ないと言えばそこまでかな。

 

(でも黒木さんの打力は今のファールである程度は把握した……)

 

彼女の打ち方を見るに、あそこに打たせるのが良いかな。

 

(真ん中高め……。打たせてもらいますわ!)

 

 

カンッ!

 

 

打球は三遊間方向を転々と転がる。まぁ誰も守ってないし、仕方ないけど……。

 

『アウト!』

 

「えっ!?」

 

園川先輩の判定に黒木さんは驚きの声をあげた。夕香姉さんがショートを守っている事を考えると、結果は多分ショートゴロ……。

 

「夕香が守っていると過程したら、余裕を持って打球を捕れる。だから結果はショートゴロね」

 

「そうだね。私も同意見かな」

 

どうやら園川先輩と福澤先輩も私と同じ意見みたい。でも夕香姉さんじゃなかったら抜けてた可能性が高い打球だったなぁ……。

 

「ぐぬぬ……!次は私が投げますわ!」

 

攻守交代。今度は私が打席に……。

 

(黒木さんはオーソドックスな速球タイプ。園川先輩に憧れてか、ビタビタにコースを突いてくる。憧れはピッチングスタイルにも出るのが伝わってくるね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

外角低めにストレート。かなりギリギリのコースだった。

 

(あのコースにあの速球を決めてくるのか……。夜子に触発された形だろうけど、亜莉紗も凄い投手だな。これは萌もうかうかしてられないぞ)

 

(追い込まれると、多分私が不利になる。それなら次の1球を打つ……!)

 

黒木さんの投げる2球目……。

 

 

ガッ……!

 

 

詰まらせた?でも上げてはいないから、打球は力なく一塁線に転がる。

 

「……かなり際どいわね」

 

「そ、そうですね……」

 

審判役の園川先輩とさっきまで投げてた黒木さんが結果に難儀していた。そんなに難しいかな?

 

「彩菜はどう思う?」

 

「夜子……というか三森3姉妹の走力を考えると、多分結果は内野安打だろうね」

 

「という事は私の負け……ですわね」

 

どうやら私は勝ったらしい。いまいち実感はないけど、多分内野安打なのは正解。弱いゴロなら私達姉妹は確実に内野安打が狙えるから……。

 

「……今回は私の負けですが、次は負けませんわよ!夜子さんっ!!」

 

この勝負で少しだけ黒木さん……亜莉紗と親密な関係になれた気がする。

 

「……お互いに頑張っていこう。亜莉紗」

 

1つ成長した……そんな1日だった。




黒木さんの口調難しい……。


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過去編 川越シニア
川越シニア、始動


朱里「無事に本編が完結した……という事で、需要があるかはわかりませんが、私達川越シニア編……つまり過去編ですね。それをザックリとお送りしようと思います」

遥「ちなみに私の出番はありますか!?」

朱里「……ちょっとだけ?」

遥「わーい!」

朱里(ちょっとだけで良いんだ……)

朱里「では始まります」


これは私、早川朱里がリトル時代に右肩を壊し、落ち込んで行ったままにシニア入団して、個性豊かな仲間達と切磋琢磨していく物語……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(今日からシニアで野球をする事になるのか……)

 

私はリトル時代に右肩を壊し、野球を辞めようとしていたけど、『練習だけでも出てみたら?』というさる人の発言によってずっとランニングを繰り返している。あともう1つ試みている事があるけど、それを披露するのはもうしばらく先かな……。

 

(こうやって諦めてない辺り、私は本当に野球が好きなんだなぁ……)

 

「全員集合!!」

 

シニアの監督が集合の合図を掛けて、私達は全員集合する。こうして見ると人数多いな……。各学年40人近くいない?

 

「それじゃあ今日から我々の仲間になる1年生の紹介だ。左から順に1人ずつ頼む。名前、ポジション、今後の豊富等あれば言っていってくれ」

 

私達中学1年生は男女合わせて37人。しかも県内外問わず様々な選手がズラリと。リトル時代に対戦した人もいるし……。

 

次々と自己紹介が終わっていく中、金髪の少女が元気良く自己紹介を始めた。

 

「金原いずみでーす!ポジションは外野。目指すはシニア3年間レギュラーを張る事です☆」

 

『ウオオオオッ!!』

 

(金原いずみ……。浅間リトルの切り込み隊長として名を馳せてた子だね。彼女なら間違いなく男子選手に負けない実力を身に付けるだろう)

 

金原さんの紹介に男子選手から黄色い声援が。男子にモテモテになりそう……。

 

「友沢亮子です。ポジションはショート。この川越シニアで確実な結果を残したいと思っています」

 

凛とした雰囲気の彼女は他県から来た選手だ。リトルリーグの全国大会で対戦した事があるけど……。

 

(確かその時の友沢さんってマウンドに上がっていたような……。もう投手は辞めちゃったのかな?)

 

私みたいに怪我をしたのかな?なんて思っている私がその真相を知るのは少し先の話……。

 

『キャーーッ!!』

 

こ、今度は女子から黄色い声援が……。まぁ確かに女子にモテそうな王子様みたいな雰囲気あるけどね?

 

その後もどんどんと自己紹介が進んでいき……。

 

「二宮瑞希です。捕手を務めています。特にこれといった目標はありませんが、3年間頑張りたいと思っています」

 

「き、清本和奈です!ポ、ポジションはファーストです!わ、私も目標は特にありませんけど、せ、精一杯頑張ります!」

 

あの2人はリトルでチームメイトだった二宮と清本。特に二宮とはバッテリーを組んでいたので、それなりの付き合いがある。

 

「次!」

 

あっ、気が付いたら私の番になってた。とりあえず落ち着いて、冷静に、当たり障りのない自己紹介をしよう……!

 

「……早川朱里です。ポジションは投手ですが、現在は肩を壊してリハビリ中です。目標はシニアの舞台でマウンドに復帰する事です。3年間よろしくお願いします」

 

私の紹介で辺りが静まり返った気がする……。とはいえこれから始まるシニアでの野球生活……右肩を壊している私にとってはかなりマイナスのスタートになるだろうけど、そんなの気にせずに私は私の野球をするだけだ……!




朱里「今回はここまでですね」

遥「この時系列ってどんな感じなの?私達が中学1年の4月って事はなんとなくわかるんだけど……」

朱里「私が雷轟と出会う少し前だね。もちろんまだシニアの監督は六道さんじゃない……」

遥「いずみちゃんや和奈ちゃんの初々しい姿が見られた気がするよ!」

朱里「清本はともかく、金原は余り変わっているようには見えないけどね……」

朱里(そして二宮は言わずもがな……)


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新監督就任

朱里「時系列が少しだけ飛びます」

遥「どのくらい飛ぶの?」

朱里「……私と雷轟が出会った直後くらいかな」

遥「えっ!?私の出番カット!?酷い!」

朱里「一応これ川越シニアの話だからね……」


シニア入団から約1ヶ月が経った。

 

入る前は怪我している足手まといな私を受け入れてくれるのか……という不安もあったけど、リトル時代の監督がシニアの監督に話を通してくれたらしく、チームメイトの皆もこんな私を受け入れてくれた。本当にありがたい……。

 

そしてこの1ヶ月は結構色々な事があった。

 

「昨日来てた子、ウチに入団希望だったんでしょ?監督が落としたみたいだけど、大丈夫なのかな?」

 

今私と一緒に柔軟運動をしている金原が昨日の出来事を心配している。ボロボロ過ぎる守備を見て、打撃テストをする前に監督が落としてしまった事を私はもったいないと思っている。

 

「あの子かなり鍛えてそうだったし、打撃次第じゃ即戦力なのにね~」

 

どうやら金原も私と同じ事を思っていたらしく、彼女の打撃テストを見る前に不合格にしていた事をとてももったいなく思っているようだ。

 

「まぁアフターケアはしておいたから、そこまでへこんでないと思うけどね……」

 

「朱里って優しいよね~。見ず知らずの子にあそこまで入れ込むなんて☆」

 

「……別にそんなんじゃないよ」

 

本当にそんなのじゃない。でもあの子……雷轟遥には大きな可能性を感じたんだ。

 

(それはバッセンで見たあの豪快な打撃だけじゃなくて、『あの人』にどこか似ていたから……)

 

だから放っておけなかったんだと思う。『あの人』にそっくりな彼女が困っているのは私が許せなかったから……。

 

「皆さん集合してください!」

 

柔軟しながら雷轟の今後を考えていると、集合の声が掛かる。しかし……。

 

「今のって友理さんの声……?監督はどうしたんだろ?」

 

私達に集合の声を掛けたのは、1つ上の高橋友理さん。この川越シニアの支柱的存在の頼れる先輩で、シニアの4番打者を務めていて、清本も尊敬している。このシニアでは3年生に代わってシニアの皆(主に女子)のまとめ役でもある。

 

「さぁ……?とりあえず集合しようよ」

 

「だね☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……。監督についてですが、諸事情によってこの川越シニアを辞める事となりました」

 

 

ザワザワ……!

 

 

高橋さんの言葉に辺りが騒然としている。というか急過ぎない?諸事情って何?

 

「そして川越シニアの新しい監督を紹介します」

 

前監督の代わりに入ったのが……。

 

「六道響です!川越リトルの監督をしていたけど、友理ちゃんの言うように諸事情でこの川越シニアの監督を勤める事になりました!これからよろしくね!」

 

私、二宮、清本がリトル時代にお世話になった六道監督だ。昔母さんとバッテリーを組んだって言ってたっけ……。

 

「ろ、六道監督なら安心かも……」

 

「面識がありますからね」

 

清本は六道監督に大きな信頼を寄せているから、昨日まで不安そうな表情をしていたのが、安堵したかのような表情に変わっていた。良かったね。二宮も六道監督とは意気投合していたし、前監督よりかは活動しやすいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お疲れ様でした!!』

 

監督が代わってから初めての全体練習が終わり、チームメイトが次々と片付けを終えて帰っていく。私もそろそろ帰るかな……。

 

「あっ、朱里ちゃん!ちょっと良いかな?」

 

「は、はい。大丈夫ですよ……」

 

帰ろうとしたら六道さんに呼び止められました。何か用があるのかな?

 

「朱里ちゃんって今左投げの練習をしてるんだよね?」

 

「そうですね……」

 

二宮から聞いたのかな?まだまだ実戦では使い物にならないから、心にしまっておいたのに……。

 

「これから朱里ちゃんの左投げ実戦で通用するように、瑞希ちゃんとバッテリー練習する時間を儲けようと思うんだけど、朱里ちゃんはそれで良い?瑞希ちゃんにはもう了承をもらってるんだけど……」

 

「二宮とバッテリー練ですか……?」

 

「どうかな……?」

 

不安そうに私を見つめる六道さんを見て、私は少し考える。

 

(二宮は捕球技術と投手能力の引き出しに長けている……。リトル時代も二宮にはお世話になったし、そんな二宮と練習をする事によって新たな可能性を見出だせるかも知れない……。まぁ六道さんもそれがわかっているからこその提案なんだろうけど)

 

頭の中を少し整理し、私は六道さんに答えを出す。

 

「……わかりました」

 

「本当に!?」

 

「私も二宮とバッテリー練をしたいと思っていましたから」

 

これは紛れもない事実だ。リトル時代に投げた球のキレは二宮のお陰で大きく上昇したし、私がシニアで更なる成長を遂げようとするには二宮の存在が不可欠だろうからね。

 

「じゃあ瑞希ちゃんには私から伝えておくね!」

 

そう言って六道さんは走って行った。元気だなぁ……。

 

(もう二宮達には迷惑を掛けられないし、頑張らなきゃ……!)

 

サウスポーで頑張る事を決意し、私はランニングして帰る事にした。



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決め球完成? 前編

二宮とバッテリー練をする事になって1週間が過ぎた。

 

全体練習とは別に個別の練習を私の為にしてくれるのだから、二宮には頭が上がらないなぁ……。

 

「今日は私用があって行けませんので、朱里さんの自由に練習していてください」

 

しかし二宮からそんな連絡が来たので、私は河川敷の壁に向かって投げ込みをする事に。でも今日は『あの人』が来るんだよね……。

 

「あっ、やってるやってる!」

 

数球投げ込んでいると、私に左投げを形にする為のレクチャーをしてくれた人が私の元に駆け寄ってきた。初めて会った時もここの河川敷だったなぁ……。

 

「遅れちゃってごめんね?」

 

「まだ数球しか投げてないので大丈夫ですよ」

 

「じゃあ早速見ていくね!」

 

「はい……」

 

私の練習を時々見てくれる風薙彼方さんは先月の末くらいから私の事を気に掛けてくれている。しかも風薙さんが投げている球種を決め球に……と提案してくれて、そこから1週間が経過した。

 

まだ形にはなってないけど、風薙さんは良い感じだと言ってくれてるし、もう少しなんだよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「よし!とりあえずは形になってきてるよ!ストレートの球速が変化球の球速に合ってきてる!」

 

「ありがとうございます」

 

風薙さんが教えてくれているのは、風薙さんみたいに速いストレートでも、派手変化球でもなく、変化量の小さい球をストレートに見せる球……私が後に偽ストレートと名付ける球だ。

 

(正直風薙さんからこの球の理論を聞いた時は滅茶苦茶だと思ったけど、もしもこれを物にする事が出来たら……私は大きく成長するんじゃないの!?)

 

二宮にもまだ明かしていないこの球……絶対に投げられるようにしてやる!

 

「あとは打者役なんだけど……」

 

風薙さんの話によると、この球の完成は打者が上手く錯覚して、初めての必殺技となるそうだ。そして風薙さんはその打者役を誰にするかを考えている。すると……。

 

「あれ?もしかして彼方?」

 

風薙さんを呼ぶ声が……。

 

「やっぱり彼方だ」

 

「リリ!?どうして日本に……?」

 

「それはお互い様だよね?まぁ私は観光だよ。週1で日本を渡り歩いているのさ」

 

風薙さんがリリと呼ぶ彼女は、風薙さんのいるアメリカのチームメイトなんだろうか?週1で日本を渡り歩いているってかなり行動力があるなぁ……。そして日本語がとても上手。

 

「私はこの子……朱里ちゃんに私の投げる球を1つ教えてて、そのピッチングを見てるんだけど……」

 

「成程ね。彼方の後継者って訳か……」

 

後継者って言う程大袈裟なものじゃないと思うんですが……?

 

「……っと、名乗り遅れたね。私はリリ・フロイス。彼方とはアメリカでバッテリーを組んでるよ」

 

「は、早川朱里です……」

 

緊張しながらも、フロイスさんに自己紹介を済ませた。そして風薙さんがフロイスさんに事の顛末を話す。

 

「ほうほう。中々面白い事をしてるね?私も協力しようじゃないか」

 

「えっ?良いの?リリは観光の途中なんじゃ……」

 

「確かにこの埼玉をまだ見回れてないけど、観光よりも面白い事が目の前にあるからね。朱里ちゃんはどう?私が参加しても大丈夫?」

 

わっ!?急に私に尋ねないでください!

 

「わ、私は大丈夫です……」

 

「じゃあ朱里ちゃんの了承を得れたところで……私は何をすれば良い?打者役?それとも捕手役?」

 

「う~ん……」

 

フロイスさんの質問に風薙さんは考える。そしてその結果……。

 

「……よし!じゃあ私が打席に立つから、リリは捕手役をお願い!」

 

「了解。よろしくね?朱里ちゃん」

 

「は、はい。よろしくお願いします……」

 

こうしてフロイスさんと即席バッテリーを組む事になり、風薙さんと1打席勝負をする事になりました……。




遥「朱里ちゃんがお姉ちゃんと話してる……」

朱里「そんなに羨ましそうにされても……」

遥「羨ましい!!」

朱里「口に出しちゃったよ……。そもそもこの時系列時点だと雷轟と風薙さんは絶賛すれ違い中じゃん」


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決め球完成? 後編

風薙さんから教わった球を実戦で使えるようになっているか……その確認を兼ねて、風薙さんと1打席勝負を行う事に……。

 

「彼方が教えてる球ってのは多分『あれ』の事だよね?元になってる変化球はいくつ投げられる?」

 

「え、えっと……」

 

私の球を受けてくれるフロイスさんに私が『あれ』の媒体となっている変化球を複数伝えた。

 

「へぇ……。そこまで数多く投げられるんだ」

 

「い、一応練習では上手くいっています」

 

「それなら大丈夫だよ。本番も練習のように投げれば、絶対に上手くいく」

 

練習は本番のように、本番は練習のようにの理論か……。まぁ私もそれを信じて投げるしかないね。

 

「2人共準備は出来てるー!?」

 

「彼方が読んでるし、私は戻るよ。私のミットに思い切り投げてね」

 

フロイスさんがウィンクをして、私から18・44メートル離れた位置でミットを構える。

 

(まずはストレート。『あれ』を投げるにはストレートそのものを相手打者にわかってもらわないと始まらないからね)

 

そう思ってストレートを投げたんだけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

(嘘!?大きい当たりを打たれた!?)

 

アメリカのシニアで活躍している風薙さんに私の球が通じるとは思っていなかった。でもこんな飛ばしてくるなんて思いもしなかったよ。風薙さん投手だし……。

 

「う~ん。タイミングが少しずれちゃったかなぁ……」

 

「相変わらず飛ばすね。気持ち良いくらいに」

 

「まぁこれくらいならね。そうじゃなきゃシニアで中軸を任せられないよ」

 

どうやら風薙さんはアメリカのシニアでエースを務めながら、クリーンアップを打ってるみたいだ。あとでフロイスさんから聞いた話によると、風薙さんは時々外野も守ってるらしいし、打撃練習も野手として任せられるから、ここまでやってるものなのかな?

 

「でも朱里ちゃんの本番はここからでしょ?見せてみてよ。『あれ』の媒体となってる変化球を……」

 

「……っ!?」

 

な、なに……!?いつもの風薙さんからは決して感じる事のないこの冷たい気配は……?

 

(底抜けに明るい風薙さんとは正反対の冷たく暗い圧……。もしかして風薙さんって二面性のある人なの!?)

 

と、とにかく投げなきゃ!フロイスさんのミットを見て……!

 

(ここから投げるのはストレートに見せた変化球……!まずはSFFから!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「……これはSFFだね?傍目ではわかりにくい良い球だよ」

 

(バレてる!?)

 

いくらストレートに見せた変化球が風薙さんから教わった球だからといって、ここまで簡単にわかるものなの!?

 

「さぁ、ドンドン投げてよ。朱里ちゃんの全力を私に見せてみて……!」

 

(風薙さんの放つ圧で吐きそう……)

 

(何度感じても慣れるものじゃないね……)

 

それからも私は体力のある限り、風薙さんに投げ続けた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、30球くらい投げ続けて……。

 

「…………」

 

「あらら、朱里ちゃんがグッタリしてるよ」

 

「あ、朱里ちゃん大丈夫!?」

 

「な、なんとか……」

 

可笑しい……。たった30球くらいしか投げてないのに、この様だ。私ってこんなにスタミナがなかったっけ?

 

「威圧感打者と対峙すると、体力が通常よりも多く持っていかれるからね。これを機会に覚えておいた方が良いかもね」

 

「そ、そうですね……」

 

それを差し引いても、このままじゃ不味い……。

 

(まぁ彼方の放つ威圧感は常人が放つそれとは比べ物にならないんだけど……)

 

「ゆっくり休んでてね朱里ちゃん!」

 

「はい……」

 

(……わざわざそれを指摘する必要もないかな)

 

披露がヤバいけど、とりあえずストレートに見せた変化球は完璧に投げられるようになった……と思う。

 

(あとは私の体力のなさを逆手に取れるように手を打っておいた方が良いかな……?)

 

現状1つだけ思い付いてるけど、その辺りは二宮とかとも相談しておこう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1週間……。なんとかストレートに見せた変化球こと偽ストレート(私命名)は完成した。

 

「それじゃあ私達はアメリカに戻るね!」

 

「はい。色々とありがとうございました」

 

「朱里ちゃんの躍進を期待してるよ。いつか私とも勝負してね」

 

「フロイスさんもありがとうございます」

 

風薙さんとフロイスさんがアメリカに帰国するので、私と二宮で空港まで見送りに来た。

 

「朱里さんが大変お世話になりました」

 

「ううん、気にしないで!私がお節介を焼いただけだし……」

 

「まぁ彼方にも思うところがあったんだと思うよ?それと君は二宮瑞希ちゃん……だっけ?」

 

「そうですが……」

 

フロイスさんが二宮をじっと見る。風薙さんには以前紹介したけど、フロイスさんとは初対面なんだよね……。

 

「成程成程。朱里ちゃんの相方なだけあるね。君はきっと物凄い捕手になるよ」

 

「はぁ……。ありがとうございます?」

 

二宮はフロイスさんの言葉に疑問を抱いているけど、多分それは間違いじゃないと思う。リトル時代も二宮に救われた投手は私含めても多数いるからね。

 

「そろそろ飛行機の時間だから行くね?」

 

風薙さんは飛行機に乗りに行ったけど、フロイスさんは微動だにしない。

 

「フロイスさんは行かなくても良いんですか?」

 

「ああ、私は自家用ジェット機で迎えが来るから、まだ数時間は日本にいるよ」

 

じ、自家用ジェット機って……。もしかしてとんでもないお金持ちなの?

 

「フロイス家は世界的にも有名な名家ですからね。両親はもちろんの事、リリ・フロイスさん本人も年間に株価で数億円は稼いでいるらしいですよ」

 

な、なんか二宮がとんでもない事をしれっと……。野球以外の情報も集めてるの?

 

「最近の収支はややマイナスだけどね」

 

フロイスさんが苦笑いしながら言ってるけど、それでも私達からすれば偉大な人なんだよね……。なんで野球やってるのか凄い気になるよ……。

 

「朱里さん、これからどうしますか?」

 

「そ、そうだね……」

 

二宮に指摘されてハッとなった私はとりあえず体を休める為に、落ち着いて座れる場所へ向かった。

 

その後フロイスさんが帰るギリギリまで、フロイスさんからアメリカでの野球生活について色々と聞いた。学べる事は多かったけど、なんか釈然としないなぁ……。



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シニア1年目の夏

川越シニアに入って初めての夏。私は絶賛左投げの特訓中なので、この大会では皆の応援だけど……。

 

(私達女子選手からは何人ベンチ入りが出来るのかな……)

 

金原や友沢のような有力な選手が他のリトルから入ってきたけど、もちろん男子選手も全国レベルの選手がゴロゴロといる。そんな中で女子選手が何人食い込めるのか、凄く興味がある。

 

「もうすぐ夏の大会……。今日はユニフォーム配布をするから、名前を呼ばれた子は取りに来てね!」

 

い、いよいよだ……!

 

「まず1番……一ノ瀬羽矢!」

 

嘘……。いきなり女子選手が!?しかも一ノ瀬さんってまだ2年生なのに、エースナンバーをもらえるなんて……!

 

(確かに独特な変化球を投げるな……とは思ってたけど、まさかそれが男子選手をも越える程だったなんて……)

 

「はぁ……。なんで私が呼ばれるんだよぉ。男子の方が良い球投げるじゃんかよぉ……」

 

ちなみに当の本人はブツブツと嫌そうにユニフォームを受け取っていた。誇れる事だから、そんなに暗くならなくても良いのに。

 

「次に2番……二宮瑞希!」

 

「はい」

 

ま、またも女子選手が……。しかもリトル時代からの知り合いが呼ばれるとは……。

 

(でもまぁ二宮なら納得かな)

 

だって二宮だし。

 

「3番……高橋友理!」

 

「は、はい!」

 

さ、3連続で女子選手が……。もしかして昨今の女子って男子よりも有望株だったりする?

 

4~12番は男子の先輩が呼ばれた。ま、まぁこれまでの3人が凄かっただけか……。

 

「13番……清本和奈!」

 

「えっ?は、はいっ!?」

 

今度は清本の名前が……。清本本人は呼ばれると思ってなかったのか、滅茶苦茶テンパっていた。なんでそんなに狼狽えているのさ……。

 

14番、15番と男子選手が呼ばれて……。

 

「16番……友沢亮子!」

 

「はい!」

 

「17番……金原いずみ!」

 

「はーい☆」

 

16、17番と連続で友沢と金原が呼ばれた。まぁこの2人はリトルで好成績を残していたし、1年生でも選ばれるよね……。

 

それから六道監督が20番まで呼び終え、女子選手は6人……しかも内訳4人も1年生が呼ばれた。やだ、私の同期凄過ぎ……。

 

「……以上の20人がベンチ入りメンバーだよ!呼ばれなかった子達はスタンドで皆の応援、呼ばれた子達は呼ばれなかった子達の分まで頑張ってね!」

 

『はいっ!!』

 

という事なので、私はスタンドで応援です。二宮達が私の分も頑張ってくれるので、期待しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川越シニア1年目、夏の大会が始まる……!



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知らない内に大舞台へ?

今日からシニアの夏大会。私はスタンドで皆の応援だ。

 

「同期で入団した筈なのに、差が付いた気分だよね……」

 

「そ、そうだね。でもまだ1年生だし、そんなに焦らなくても良いと思うな……」

 

私がぼやいていると、左隣にいる私の同期の1人である渡辺星歌が宥めてくれた。

 

渡辺は右投げの私と同じアンダースローだから、それなりに話が合ったりする。アンダースローってかなり希少な上、女子選手だと更に限られてくる……。私同様スタンド応援組だけど、彼女は将来有望な投手になる事は間違いない。リトル時代の私のように潰れない事を祈るばかりだ……。

 

「星歌ちゃん甘いよ!この世は弱肉強食……。本当に強い者しか生き残れないの!!ましてや野蛮な男子もいるんだから余計にね……!」

 

私の右隣で弱肉強食を説いてるのは、同じく同期の1人の橘はづき。

 

同い年なのに、私の事を敬称で呼んでる変わった子だ。二宮曰くリトル時代の私のピッチングを見て野球を始めたんだとか……。時々私を見る橘の目が据わってるというか、ギラギラしてるというか……。とにかく怖い視線で私を見てくるんだよ。あと男子を目の敵にしてる気がする。

 

「え、えっと……。はづきちゃん、どういう事?」

 

「同期の中でもいずみちゃん、和奈ちゃん、亮子ちゃんはユニフォームをもらってるし、瑞希ちゃんに至っては正捕手だよ!?先を越されたというか、置いていかれたというか……!」

 

まぁ橘の気持ちはわかるけどね。私はまだまだ準備段階だし、本気を出すのは来年以降になるのかな……?

 

「で、でもその点で言えば朱里ちゃんは凄いよね!」

 

「私……?」

 

えっ?私何かしたっけ?何も心当たりがないんですが?

 

「だね!なんたって朱里せんぱいはリトルリーグの世界大会の日本代表選手としてエントリーされてるんだから!」

 

「はい?」

 

今橘がとんでもない事を言った気がするけど、気のせいだよね?

 

「ごめん橘。さっき言った事をもう1回言ってくれない?」

 

「えっ?朱里せんぱいはリトルリーグの世界大会の日本代表選手としてエントリーされて……」

 

はいはい成程成程。聞き間違いじゃなかった……。私の預かり知らぬところで私がとんでもない大舞台の代表選手に捩じ込まれてるんだけど?

 

「……ちょっと電話してくるよ」

 

「う、うん……」

 

「いってらっしゃーい」

 

とりあえず気になる事があるから、六道監督に電話を掛ける事に……。

 

『はーい!どうしたの朱里ちゃん?』

 

「あのですね。私が知らないところで、私がリトルリーグの世界大会の代表に選出されてるんですが、一体どういう……」

 

『ああ……。それについては瑞希ちゃんが詳細を話してくれると思うけど、朱里ちゃんが再び投げられるように色々特訓してて、その成果を出す為に……』

 

「い、一体なんでそんな大きな舞台に出場する事に……?」

 

『私も瑞希ちゃんも、もう少し段階を踏んでからの方が良いと思ってたんだけど、こんな強引な事をしない限り朱里ちゃんが周りに遠慮するからね……』

 

成程……。つまり私の性格が私の首を絞めたって事だね?ははははっ!いや笑えないなこれ……。

 

『でも朱里ちゃんにも事前に言っておけば良かったね。ごめん……』

 

「……まぁ今どう言ったところで、どうにもなりませんし、世界大会を頑張りますよ」

 

『そう言ってもらえるとありがたいよ。世界大会には瑞希ちゃんと和奈ちゃんもいるから、心強いと思う』

 

二宮と清本も選ばれてるのか……。というか二宮は正捕手の座を手に入れつつ、世界大会の代表メンバーに選ばれてるの凄くない?

 

「……聞きたい事は聞けました。ありがとうございます」

 

『世界大会の事で何かあったらまた聞いてね!』

 

とりあえず二宮には呪詛を送っておこう……。




遥「朱里ちゃん!」

朱里「なに?雷轟の出番は世界大会が終わるまでないよ」

遥「酷い!……ってそうじゃなくて、お知らせがあるの!」

朱里「お知らせねぇ……」

遥「たかとさんが書いている球詠の二次創作『詠深の従姉妹はホームラン打者』に三森3姉妹の出演が決定したんだよ!」

朱里「へぇ……。それはなんというか……色々と優遇されてるね彼女達は」

遥「そうなの?確かに三つ子キャラは中々いないし……」

朱里「それもそうだけど、あの3人は川越シニアにとっての初のライバルキャラとして出てたからね」

遥「たかとさんの小説では椿峰の生徒の2年生として出るんだって!」

朱里「椿峰かぁ……。私達の小説では手出ししなかった領域だね」

遥「あれ?確か椿峰に朱里ちゃんと同じシニア出身の子がいなかったっけ……?」

朱里「いるにはいるけど、雷轟が会う事はないよ。キャラ紹介されないレベルで影が薄いし」

遥「そ、そうなんだ……」

朱里「たかとさんが書いている『詠深の従姉妹はホームラン打者』はとても面白い小説ですので、興味がある方は是非読んでいってください」

遥「他にも二宮さんとか、いずみちゃんとか、友沢さんも出てるよ!」

朱里「まだ友沢は出てないんじゃないかな……」


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いざアメリカへ……!

7月末日。今日はリトルリーグの世界大会が行われるアメリカに旅立つ日だ。

 

(出掛ける準備は終わらせて、念入りに何度も確認作業を行った。あとは向こうで結果を残すだけ……!)

 

「……行ってきます」

 

両親とは現在冷戦状態なので、小声で挨拶をする。一応六道監督が母さんと昔馴染みみたいだし、多分私が数日間アメリカに行く事は伝わっているだろう。特に何も言ってこないし、何も問題ないよね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、朱里ちゃん来たよ!」

 

「ごめん。待たせちゃったかな?」

 

「集合時間の5分前ですので、特に問題はありません」

 

二宮と清本と一緒に行く事になっており、空港に集合。どうやら私が最後みたいだ。私自身時間にルーズな訳じゃないけど、二宮は時間に煩いからね。万が一遅れるような事があったら何を言われるか……。

 

「では行きましょうか」

 

「そうだね」

 

「うん……」

 

アメリカ行きの飛行機に乗って、いざアメリカへ……!

 

「そ、それにしても国外に行くのは初めてで緊張しちゃうな……」

 

「私もだよ……」

 

野球をしに行くとはいえ、中学生の内に海外に行くなんて……。私達結構贅沢な思いをしてるよね。

 

「一応リトルリーグの世界大会は小学5年生から出場権がありますが、私達は3人共今年が初出場になりますね」

 

リトルリーグの世界大会への出場権利は小学5年生~中学1年生の3学年。中1の私達は最初で最後の出場となる訳だ。

 

「私達がアメリカで試合をする間、日本ではシニアの全国大会があるんだよね……」

 

「同時進行は特に珍しくありません。金原さんや友沢さんのようにシニアリーグの方に重きを置いている人もいますしね」

 

「その金原と友沢は去年、一昨年とリトルリーグの世界大会に出場してるけどね」

 

あの2人にアメリカでプレーした感想を聞いたので、それを参考にしつつ、向こうで得られるものを得て日本に帰りたいところだ。

 

「それにあの2人は来年からシニアリーグの世界大会に出るつもりだしね」

 

「あの2人は大会参加の仕方を熟知していそう……」

 

「金原さんも、友沢さんも、女子選手の中でも全国トップクラスですからね」

 

ちなみにシニアリーグの世界大会の開催は3月で、出場権利があるのは中学2年生~高校1年生までとなっている。リトルリーグもそうだけど、最初の1年はしっかりと日本でプレーしろって意志を強く感じるよ……。

 

「そういえば瑞希ちゃんは世界大会の有力選手については何か調べているの?」

 

「もちろんです」

 

もちろんなんだ……。

 

「やはり本命はアメリカ代表でしょうか。あそこはアメリカへ留学している日本人選手も大きな結果を残していますし、かなり手強いでしょう」

 

アメリカに留学している日本人選手かぁ……。アメリカ人は体が大きい選手が大きいし、その中で結果を残せるなんて、きっと凄い大物なんだろうね……。

 

(風薙さんとフロイスさんは何か知ってるんだろうか……?)

 

……って、一応敵同士な訳だし、教えてくれる訳がないか。向こうに着いたら二宮に聞こう。

 

(今は身体を休めて体力回復に努めておこう。夏は暑いから、体力が持っていかれやすいんだよね……)

 

私はアメリカに着くまでの間、睡眠を取る事で、身体をゆっくりと休めた……。



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開戦前の休息

数時間飛行機で身体を休めて、いよいよ飛行機は目的地のアメリカに着陸した。

 

「つ、着いた……」

 

「や、野球王国アメリカに……」

 

ちなみに私と清本は緊張しっぱなし。だってアメリカ……というか海外なんて初めて来たし、仕方ないよね。

 

「2人共、緊張していないで行きますよ」

 

「ま、待ってよ瑞希ちゃん!」

 

なんで二宮はこんな堂々としてるんだろうね。頼もしいけどさ?

 

「と、ところで私達はどこに泊まれば良いのかな……?」

 

「チームの宿泊場所は急遽数人分入れなくなれましたので、私達は別の場所に泊まらなければならない訳ですが……」

 

二宮の言うように、私達日本代表が泊まる筈だったホテルは一部屋分足りないと向こうに言われた。だから私達がその一部屋分を他の人達に譲り、別の所に泊まらないといけない。次回以降があれば、こうはなりたくないものだ。

 

「フロイスさんが私達に宿泊場所を提供してくれるって言ってくれたから、とりあえずフロイスさんと合流する事になってるよ」

 

以前フロイスさんがアメリカへ帰る日に何かあった時用に連絡先を交換したのだ。あの時はそんな事が起こってたまるかと思ったんだけど、今思えばこれは伏線だったのかも知れない……。

 

「おーい!こっちこっち!」

 

待ち合わせ場所に向かおうとした矢先、フロイスさんが大きく手を振っていた。

 

「探す手間が省けましたね」

 

言いたい事はわかるけど、それは声に出しちゃいけないやつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、朱里ちゃんも瑞希ちゃんも久し振りだね」

 

「そ、そうですね……」

 

相変わらず風薙さんに負けず劣らずのコミュニケーション能力だ。思わずたじたじになっちゃう……。

 

「瑞希ちゃんとは割と頻繁に話してるけど、朱里ちゃんは一向に連絡をくれないんだもんね」

 

「い、一応緊急時用の連絡先だったので、そんな容易に連絡するのは違うかなと思いまして……」

 

「そんな事気にしなくても良いのに~!」

 

からからと笑いながらフロイスさんは言う。おおらかで優しい人なんだけど、未だに話すと緊張するな……。

 

「……で、そっちの君は初めましてだよね?私はリリ・フロイス。朱里ちゃんと瑞希ちゃんのマブダチだよ」

 

「あっ、はい!き、清本和奈です!瑞希ちゃんと朱里ちゃんのと、友達です!」

 

清本の人見知りが発動しちゃったよ……。私も大概人見知りかなって思ってたけど、清本はその上を行ったよ。あとこのご時世にマブダチって言葉を聞くとは思わなかった。

 

「清本和奈ちゃんね……。うん、朱里ちゃん達と一緒にいるだけあって良い感じだよ」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

これはあとで知った事だけど、フロイスさんには人の能力を見抜く技術があるらしい。この場では具体的な事を言ってなかったけど……。

 

「皆揃った事だし行こうか」

 

「えっと……。行くってどこにですか?」

 

宿に関してフロイスさんに相談したところ『私に任せなさい』と頼もしい啖呵を切ってたけど、場所については何も聞いてないんだよね……。

 

「私の家」

 

えっ?



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フロイス家へようこそ!

世界大会が終わるまで私達はフロイスさんの家に泊まる事になった。

 

「本当に良いのですか?私達は一応敵側に当たるのですが……」

 

二宮の疑問も尤もだ。本来なら同じ日本人である風薙さんに頼るべきだったところを、フロイスさんに頼っているんだから。まぁ風薙さんは都合が付かないからって断られたけど……。

 

「良いの良いの。私は別に愛国心とかないし、マブダチが困ってるなら助けるのが普通だしね」

 

「助かります……」

 

本当、こういうところは滅茶苦茶格好良いな……。

 

「まぁその代わりと言ってはなんだけど、日本の話を色々聞かせてよ」

 

「わ、私達が話せる内容なら……」

 

交換条件として、フロイスさんに日本の文化等を教える事になった。でも流暢な日本語を喋ってるし、普通の日本人よりも日本を知り尽くしている気がするなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい。着いたよ。ここが私の家だ」

 

フロイス家に到着。

 

「す、凄く大きい……」

 

「この外観にいくら掛かっているのか気になりますね」

 

フロイス家は凄く大きい洋館だった。こんな大きな建物はそう多くないよ?しかも……。

 

「この外観はとても気に入ってね。思い切って購入しちゃったよ」

 

この家をフロイスさんが買ったってところに驚きを隠せない。一体何百万$したんだ……。

 

「外はこんな感じだけど、中は私なりに拘りを見せてるから、そこを気に入ってくれると嬉しいよ」

 

この家に加えて、内装はフロイスさんの拘りがふんだんに使われているとなると、フロイスさんってどれくらいお金持ってるんだよ……。

 

「「お、お邪魔しまーす……」」

 

「お邪魔します」

 

私と清本は勇み足で、二宮は普通に中に入ると……。

 

「「えっ!?」」

 

「これは……」

 

家の中の驚きは外観の非じゃなかった。二宮ですら驚愕の表情を浮かべている。いつもの無表情と何が違うかわからないけど……。

 

「やっぱ驚くよね。最初に入った時は皆朱里ちゃんと和奈ちゃんみたいな驚きに満ちた顔をするんだよ」

 

これに驚かないのは無理では?だって……。

 

「洋風な外観で、内装は和風……。これがフロイスさんの拘りですね?」

 

「そうそう!わびさびを感じるでしょ?」

 

中は全て和室なのだ。どこもかしこも和室まみれ。こうするのにどれくらいのお金を注ぎ込んだんだろう……?

 

(しかも畳に、敷き布団……。もうこの人日本人じゃないの?)

 

そう思えてしまう程に、フロイス家の内装は和風なのだ。

 

「まぁ私の家は良いじゃん。とりあえず今日のところはゆっくりと休んでね。日本の話はまた明日以降に聞くとするよ」

 

フロイスさんは本当に日本が好きなんだな。滅茶苦茶イキイキしてるよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日間の練習の後、いよいよリトルリーグの世界大会が始まる……!



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世界大会開始!~決勝戦まではダイジェスト~

今日から世界大会開始だ。初戦はカナダ代表。

 

「い、いよいよだね……」

 

「やれる事はやったんだし、あとは練習の成果を発揮するだけだよ」

 

「和奈さんは緊張し過ぎです。早いところその緊張を解してしてください」

 

「だ、だって女子選手は私達3人だけなんだよ!?男の子と話すのもまだ緊張するのに……」

 

まぁ清本の言う通り、この日本代表で女子選手は私3人だけ。夏大会の予選を見る限りはもう少し女子選手がいても可笑しくはなかったんだけど……。金原や友沢のように辞退したのかな?

 

「和奈さんは日本代表の4番打者としているのですから、もっと堂々としていてください」

 

「み、瑞希ちゃんが堂々とし過ぎなだけだよ……」

 

確かに二宮は堂々とし過ぎだと思う。

 

(しかし20人いる男子選手を押し退けて清本が4番を任される……っていうのも凄い話だ。小さなスラッガーは伊達ではないって事だね)

 

二宮もスタメンマスクを任されてるし、川越シニアの女子選手はやはり並々ならない。

 

「他人事のような顔をしていますが、朱里さんもリリーフを任されていますよ」

 

「……知ってるよ」

 

日本代表の監督にリリーフ起用を伝えられたからね。今度は事前に知ってるんだよ!

 

『プレイボール!!』

 

さて、私達は世界のリトルチームを相手にどこまで通用するのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ?やっと試合が始まるね」

 

「やっぱりちょっと早く来過ぎたんじゃないかな?」

 

「マブダチが出る試合は出来るだけ良い席で観たいからね。そうするには早めに来て、良い席を確保するんだよ」

 

「それならチケットを買った方が……」

 

「ええ~?それだとお金がもったいないじゃん」

 

「リリってお金持ちなのに、結構ケチだよね……」

 

「失礼な。使い道を選んでいるだけだよ」

 

「あ、あの……。彼方先輩、リリ先輩、本当に私が来ても良かったんですか?」

 

「何言ってるのさ。決勝戦で当たる相手の研究は早いに越した事はないんだよ?」

 

「そうだね。よく見ておいた方が良いよ。日本代表の試合を……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本代表はカナダ代表を相手に、4対2とリードしている。

 

色々と原因はあるけど、1番大きいのは清本のホームランだよね。

 

「先制点を取られた時はどうなるかと思ったよ……」

 

「カナダ代表は守備力に特化したチームに仕上げていましたから、点の取り合いは難しいと判断しましたが……」

 

「そこに清本のホームランが突き刺さった訳だね」

 

「はい。やはり和奈さんの力は本物でしたね」

 

清本は2回表と、4回表にそれぞれホームランを放っている(2打席目はツーランホームラン)。それがカナダ代表には予想外だったようで、先発投手が崩れ始め、それに漬け込み駄目押しに1点を追加した……という流れだ。

 

「朱里さん、出番ですよ」

 

「うん。肩も暖まってるし、準備万端だよ」

 

6回裏。私はリリーフとしてカナダ代表を抑えに行く……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……凄いですね。日本代表」

 

「これは想像以上だね。瑞希ちゃんと和奈ちゃんの尽力が大きい」

 

「清本さん凄いよね。あんなに小さい体なのに、それに似合わない長距離砲だもん」

 

「あれは男子選手にも負けてないどころか、日本代表の打線を頭1つ以上抜けてるよ。生粋のスラッガーだ」

 

「これはアメリカ代表も負けてはいられませんね……!」

 

「わっ!火が点いた!?」

 

「そして……日本代表は真打ちの登場だね」

 

「朱里ちゃんだ!」

 

「彼女も知り合いなんですか?」

 

「マブダチだよ!」

 

「私は朱里ちゃんの方に色々と縁があって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

さ、三振に抑える事が出来た……!

 

『ゲームセット!!』

 

ほ、本当に私のピッチングがカナダ代表の選手達に通じた……!?

 

「とりあえずは初戦突破出来ましたね」

 

「ほ、本当に私が抑えたんだよね?夢じゃないんだよね!?」

 

「紛う事なき現実ですので、落ち着いてください」

 

(しかし朱里さんの成長は想定以上ですね。正直余程の事がない限りは打たれる事がありませんが……)

 

「でもまだ初戦だし、これから先の事を考えると、受かれる訳にもいかないよね……?」

 

(……まぁこれを朱里さんに伝える必要はありませんね。そのまま気を引き締めてもらいましょう)

 

なんか二宮が暖かい目で見てるんだけど、気のせいかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「カナダ代表をあっさりと抑えちゃったよ……」

 

「そう……ですね」

 

「うーん!朱里ちゃんを見てたら、私も投げ込みたくなったよ!ちょっと行ってくる!」

 

「オーバーワークは禁物だよー」

 

「か、彼方先輩、行っちゃいましたね……」

 

「元気があるのは良い事だよ」

 

(しかし朱里ちゃんのピッチングがここまでとは思わなかったな。彼方が『あれ』を朱里ちゃんに伝授したのはあの時にわかってたけど、まさかここまでとはね……)

 

「これは数年連続で優勝し続けたアメリカ代表もいよいよ敗北の危機なんじゃないの?」

 

「……そうはさせませんよ。私達アメリカ代表は負けません」

 

(こっちもこっちで元気だな~)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本代表は順調に勝ち続けて、決勝戦……アメリカ代表との試合を迎える……!



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世界大会決勝戦!アメリカ代表戦

私達日本代表は順調に勝ち続けて、遂に決勝戦……。

 

「ま、まさか決勝戦まで勝ち進めるなんて……」

 

「朱里ちゃんのピッチングが大きい気がする。打者全員を三振にしてたし……」

 

「二宮のリードありきな気もするけど……」

 

「私はほとんど何もしてませんよ。正真正銘朱里さんの実力です」

 

良いの?そんなに持ち上げちゃって良いの?リトル時代に変に自信過剰になっちゃった結果、とある打者にコテンパンにされたあの頃と同じ末路を辿っちゃうよ?

 

「あの時は割と特例だと思うけど……。朱里ちゃんのせいじゃないよ」

 

「天狗にならないのは良い事ですが、自信がなさ過ぎるのも問題です。この試合に勝って、朱里さんには自信を付けてもらいます」

 

「無茶苦茶言うね……」

 

そもそもアメリカ代表ってかなりのパワーチームじゃん!当たればホームランになるレベルの打球をバンバン飛ばしてくるじゃん!それでいてコースの見極めも出来るって反則だと私は思うんだよ……。

 

「そろそろ試合開始ですね。今日は朱里さんが先発ですので、完投目指して頑張ってください」

 

「最後に7イニング投げたのっていつぶりなんだろ……」

 

右肩を壊す前だから、直近でも1年半近く前だよね?大丈夫なのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか日本代表とアメリカ代表の試合が実現するなんて……。しかも決勝戦だよ!」

 

「中々面白い流れだよね。漫画1冊書けそう」

 

「結局リリは誰を応援するの?」

 

「日本代表だと朱里ちゃん、瑞希ちゃん、和奈ちゃん。アメリカ代表は……」

 

「ちょっ、そんな露骨に日本代表を贔屓しちゃって大丈夫なの!?ここ一応アメリカ代表を応援する側の席なんだけど……」

 

「まぁそんなに大声出す訳じゃないし、ここにいる大半は日本語がわからない人だから、心配いらないよ」

 

「本当に大丈夫かなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ふぅ……」

 

な、なんとか三者凡退に抑えられた……。

 

「お疲れ様です。この調子で頑張っていきましょう」

 

「そうだね……」

 

二宮が平然としていると、私もそれに釣られて落ち着きが出てくる。不思議だね。

 

「あ、あと6イニング……」

 

「まぁ清本はまだ緊張が溶け切ってないけど……」

 

「しっかりしてください和奈さん。2回表は和奈さんの打順からですよ」

 

「う、うん……!」

 

あと清本が私よりも緊張しているから、私が落ち着けたとも言える。ありがとう清本!

 

(でも二宮のお陰とはいえ、なんだか調子が良い……。もしかして本当に私が世界一に……?)

 

いや、慢心は駄目だ。最後の最後まで気を引き締めないと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2回裏。アメリカ代表の4番打者と相見える……!



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早川朱里VS上杉真深 前編

2回裏。私が対面するのはアメリカ代表の4番打者……上杉真深さんだ……って日本人!?

 

(体格の大きい男子選手が多い中で4番に君臨するなんて……。恐らく清本のような規格外のスラッガーに違いない)

 

とはいえ私に出来る事なんて限られている訳で……。

 

(朱里さん、ここのコースにお願いします。投げる球は任せますよ)

 

(また!?)

 

二宮は私が投げる時だけノーサイン。ミットを構えるだけだ……。なんで?リトル時代もそうだったよね?

 

(朱里さんは私がサインを出さない事に不満を持っているみたいですが、朱里さんの場合はこのようにミットを構えるだけで……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(このように私の希望通りの球を投げてくれます)

 

ふぅ……。ヒヤヒヤした。どの打者もブンブン振ってくるのに対して、上杉さんは見送りも交えて振ってくるらしいから、いつも以上にヒヤヒヤするんだよね……。

 

「…………」

 

(早川さんの投げる球は一見するとただのストレートに見えるけれど、前の3人、そしてこれまで早川さんが抑えてきた相手も早川さんのあのストレートに手も足も出なかった……。何かカラクリがある筈……!)

 

(うわぁ……。上杉さんがこっちを睨んでるよ)

 

こっちは7イニング完投予定なんだし、ここで臆す訳にはいかないよ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(打てない……。早川さんのピッチングを見る限り、私の打席が回ってくるのは多分多くてもあと2回。なんとか早川さんの投げる球を攻略しないと……!)

 

よ、よし!とりあえず最初の大きな脅威は去った……。今日はかなり調子が良いし、このまま三振の山を築くつもりで投げていこう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるね朱里ちゃん。あの真深ちゃんを三振に打ち取るなんて」

 

「まぁ真深ちゃんにはまだ『あれ』を見せてなかったからねぇ……」

 

「そういえば朱里ちゃんが投げてる球は彼方の『あれ』なんだっけ……。まだまだ未完成の球だって言ってたけど、完成形はどんな感じなの?」

 

「『あれ』は相手打者に錯覚を植え付ける球なんだよ。私の目指す完成形は当たったと思ったバットをボールが貫通したと思わせる事が出来るの」

 

「それ最早魔球の領域でしょ……。去年のトレンドってレベルで騒がれていたのは魔球(物理)に比べると、手の出しようはあるんだけど」

 

「真深ちゃんも攻略に励んでるみたいだけど、朱里ちゃんは手数がとにかく多いから、打つのは困難かも……」

 

(確かにこのままだと朱里ちゃんの完勝かな。そうさせない為に、真深ちゃん的には一矢報いたいところだけど……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「よし……!」

 

これで6人連続三振!このまま奪三振10個以上を目指すつもりで投げよう!

 

「…………」

 

(朱里さんの調子も特に問題なさそうですね。リトル時代のように故障する心配もありませんし、省エネピッチを朱里さんに教えてくれた風薙さんには感謝です)

 

なんか二宮が私の事を暖かい目で見てる気がするけど、私はマウンドで投げるだけだ。



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早川朱里VS上杉真深 後編

そして試合は7回裏まで進み、私達日本代表は清本のホームランのお陰でアメリカ代表を相手にリードする事が出来た。この回もツーアウトまで取れたんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

その次の打者を四球によって塁に出してしまう。更に……。

 

「もう1度早川さんと勝負が出来るなんて……光栄だわ」

 

次は4番の上杉さんだ。前の2打席は三振に抑えたんだけど……。

 

(2打席目の上杉さんは1球も振らなかった……。もしかして偽ストレートを攻略しようとしてるの?)

 

偽ストレートはそう簡単には打たれない……って言いたいところだけど、種がわかってしまえば、攻略は難しくないって風薙さんも言ってたし、なんとか逃げ切りたい……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか最後の最後で朱里ちゃんと真深ちゃんの対決がまた見られるなんてね……。リリはどっちが勝つと思う?」

 

「まぁ真深ちゃんが頑張りはするだろうけど……。それでも最後に勝つのは朱里ちゃんだね」

 

「や、やけに言い切るね……?その理由は?」

 

「真深ちゃんが『あれ』の正体を知らない事、加えて日本代表の捕手が瑞希ちゃんな事から真深ちゃんは朱里ちゃんを打つ事が出来ないよ。尤も真深ちゃんが『あれ』の正体を知っている、或いは彼方から聞いていれば、また話は違ってたんだろうけどね」

 

「う~ん。でも『あれ』は私の中ではまだまだ調整中だから、おいそれと見せられないんだよねぇ……」

 

(調整中の球を朱里ちゃんに伝授したのか……。それを素直に取得した朱里ちゃんも朱里ちゃんだけど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

と、とりあえずツーストライクまでは取れた。でも上杉さんの何をしてくるかわからない雰囲気が怖過ぎる……。

 

(まだ……わからない。早川さんの投げる球の正体が……。唯一わかるのは投げられる球がただのストレートじゃないという事)

 

(これまでの打者と比べて、上杉さんは唯一朱里さんの球の正体に気付こうとしています。このまま攻めるのは危険ですね)

 

ツーナッシングからの3球目。二宮が構えているコースは……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(明らかに高い……。ただのコントロールミスとは思えないわね)

 

続く4球目も……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(またボールゾーン……。早川さんから疲れが見えているのは私でもわかるけれど、ここまで大きく逸らす事はなかった。だからこれは恐らく……)

 

(二宮の指示でここまでボールゾーンに2球投げてきた……。次に投げるのは……!)

 

(早川さんが大きく振りかぶった!?)

 

(この1球で決着が付きそうですね)

 

4球目。私が投げたのは……。

 

(ス、スローボール!?)

 

繰り出したスローボールで上杉さんの不意を突く。上杉さんもスローボールが来るとは思っておらず、体勢が崩れる。

 

「くっ……!」

 

体勢を崩しながらも、スローボールに食らい付こうとしている。このまま三振であってほしい……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

や、やった……。

 

『ゲームセット!!』

 

1対0で私達日本代表がアメリカ代表に勝つ事が出来た……!



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閉会

『日本代表世界一!』

 

脳裏にはこの言葉がずっと浮かんでくる。勝った実感が湧かない私だけど、電光掲示板のスコアと、脳裏に浮かぶこの言葉で私は色々な感情が込み上げてきた。しかも……。

 

「早川さん」

 

「う、上杉さん……?」

 

「ナイスピッチ。次に試合をする時は負けないわ」

 

「……私も、今以上に力を付けるつもりだよ」

 

アメリカ代表の4番打者……上杉真深さんと握手も交わした。そして短い会話からまた別の感情が湧いてきた。

 

「ほ、本当に私達が勝ったんだね……」

 

「そうですね。今年のリトルリーグは日本代表が世界一を獲得しました。長年アメリカ代表に世界一の座を取られていましたが、数年ぶりに他国……それも私達日本代表が連覇を阻止しました」

 

(六道監督曰く、この世界大会は朱里さんの試運転が目的でしたが……)

 

「でも朱里ちゃん凄いよ!決勝戦でノーノーだよ!!」

 

「まぁ二宮のリードのお陰だと思うけど、それでもこんな大舞台でノーノーを成し遂げたのは嬉しい事だね」

 

(……想定以上の結果でした。これは良い報告が出来そうです)

 

リトルリーグの世界大会はこれにて閉幕……。私達日本代表はなんと世界一になりました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局試合は朱里ちゃんがノーノーを決めたね。これもリリの予想通りなの?」

 

「まぁ2回に真深ちゃんを抑えたあのピッチングで全部わかってたかな。朱里ちゃんがもうちょい体力があったら完全試合を狙えるくらいには……。現に7回のツーアウトまではパーフェクトだったし、そこで詰め切れないのは朱里ちゃんが甘い証拠だよ。あそこまで来たら完全試合を狙わなきゃ駄目だね」

 

「……リリって結構シビアな判断するよね」

 

「私は私の思った事を言ってるだけに過ぎない。でもまぁアメリカ代表にノーノーは大金星だと思うよ。朱里ちゃんに『あれ』を教えた彼方としても鼻が高いんじゃない?」

 

「私はちょっと切欠を与えただけで、あそこまで成長したのは紛れもない朱里ちゃんの実力だよ!」

 

「まぁそれについては特に否定はしないけど……って、なんか真深ちゃんがこっちに来るよ?」

 

「本当だ……。どうしたのかな?」

 

「彼方先輩、リリ先輩。私……もっともっと強くなりたいです」

 

「真深ちゃん……?」

 

「私は今日の試合で早川さんを相手に3つも三振してしまって……野球人生史上初めて悔しいと思えました」

 

「そっか……。じゃあまずは打倒朱里ちゃんだね!私達も協力するよ!」

 

「……うん?私も参加するの?」

 

「もちろんだよっ!!」

 

「リリ先輩の力も貸してくださると嬉しいのですが……」

 

「う~ん……。まぁ良いよ。私が役に立つなら、出来る限りの力を貸そう」

 

(まぁ色々と面白そうな事が起きそうだしね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

「朱里ちゃん……?」

 

「どうかしましたか?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

な、なんか寒気がしたんだけど……。き、気のせいだよね?

 

(……ともかく日本に帰国したら、すぐに秋大会に向けて練習だね。今日の結果に満足してはいけない)

 

リトル時代にコテンパンにされた宮永さんとも相見える可能性もあるし、まだ見ぬライバルもいるだろうし、私自身ももっともっと成長する筈……!もっと頑張ろう!



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新たな波乱?

リトルリーグの世界大会が終わって2日が経った。今日は私達3人が大会以降初めてシニアに顔を出す日なんだけど……。

 

「監督から通知が来てたけど、新しい人が入ったんだっけ?」

 

「そうですね。世界大会開始日に入団したみたいです」

 

「ど、どんな人なんだろう?怖い人じゃなかったら良いな……」

 

「写真を見る限りは特に厳しそう……とかはないと思うけどね」

 

私達が世界大会に励んでいる内に入った人は私達の1つ上と私達と同い年2人……つまり2年生1人と、1年生2人で、3人共女子。監督曰くコーチ枠で他県から来たとの事だ。かなり優秀なコーチらしいから、シニアの戦力アップが期待出来そうだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、シニアに来た私達なんだけど。

 

「な、なんか凄い人集りが……」

 

「あの人集りの中心にいるのが、恐らく最近入団した人だと思うんだけど……」

 

「まぁ行ってみればわかるでしょう」

 

とりあえず監督からもらった中途入団した人の情報を再確認する。

 

(天王寺さん、夢城由紀さん、夢城亜紀さんの3人……。日本各地をグルグルと回っているらしく、野球のコーチをしたそのチームは大きく成長をするとかなんとか……。正直眉唾だけど、もしもそれが本当なら、川越シニアは更に強くなるだろうけど……)

 

本当にそれで良いのかな?天王寺さん達のお陰で強くなったとしたら、六道監督の手腕が否定されているような気がする……。

 

「あっ、朱里ちゃん達、こっちこっち!」

 

考え事をしていると、六道さんから召集が。私達3人に天王寺さん達を紹介するのかな?私達は人集りの方へと……。

 

「メールで事前に紹介したけど、改めてこの場で紹介するね?この子達は川越シニアのコーチ枠の……」

 

「天王寺だ!よろしく!そしてこの2人が……」

 

「夢城由紀です。天王寺様の従者で、双子の姉です」

 

「夢城亜紀です。天王寺様の従者で、双子の妹です」

 

夢城姉妹の紹介に突っ込み所が複数あるけど、とりあえずこの場は私達も自己紹介をしておこう……。

 

「早川朱里です」

 

「き、清本和奈です……」

 

「二宮瑞希です。よろしくお願いします」

 

何故か知らないけど、この人達に詳しい紹介をするのは不味い気がする。私達があの人集りの一部になるのは避けないといけない気がする……!

 

「ふむ……?まぁ私達3人がシニアにいる間はよろしく頼むよ」

 

「は、はい……」

 

「じゃあ紹介が終わった後はそれぞれで練習をやっていってね!足りない所を克服するのも良し、長所を伸ばすのも良しだよ!」

 

六道さんが解散の指示を出すと、私はそそくさと天王寺さん達から離れる。なんかあの人達は……苦手だ。



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天王寺宗教

天王寺さん達の紹介が終わり、川越シニアの練習が始まる。しかし……。

 

「こ、この光景はちょっと異常なんじゃないかな……?」

 

「まるで派閥が出来上がったみたいですね」

 

清本と二宮の言うように、今の川越シニアは天王寺さん達と一緒に練習する天王寺派と、個々で実力を磨いているそれ以外で別れている。

 

派閥が出来る事そのものは悪い事じゃないんだけど、問題はその対比。シニア全体の9割以上が天王寺さん達の方に行っちゃって、個々で練習……というか天王寺さん達の所に行ってないのが私含めて10人くらいしかいない。

 

「こう見るとなんか宗教感があるね……」

 

「そうだねぇ。野蛮な男子達が天王寺先輩のお陰でおとなしくなるのは良いんだけど、私は素直にあの人に着いてはいけないよ」

 

天王寺さん達に着いて行ってないのは二宮、清本、渡辺、橘、友沢、高橋さん、一ノ瀬さん、私と今日は欠席している2人だけだ。

 

「問題は天王寺さん達が私達の事をどう思っているか……ですね」

 

「友理先輩、どういう事ですか?」

 

「天王寺さん達の所に行ってないのは私達だけ……。今の私達は向こうからすれば不穏分子に見えていても可笑しくない……という事ですよ」

 

「つまり最悪の場合、私達は削除されるって事……?」

 

「本当に最悪の場合……ですが……」

 

「はぁ……。面倒だ……」

 

高橋さんと一ノ瀬さんが苦い顔を……。しかも一ノ瀬さんはいつもより憂鬱そうな表情をしていた。

 

「確かに天王寺先輩の示す練習方法や、個人の伸ばすべきところを伸ばす方法、弱点を克服する方法は合理的だが、あそこまでの光景になるのはいくらなんでも可笑しい気がするな」

 

「亮子ちゃんもそう思う?私も内容を聞いた時は成程とは思ったし、私のやらなきゃいけない事まで提示してくれたのは助かるけど、あんな宗教みたいに崇拝するのはなんか違くない?」

 

友沢と橘の話によると、天王寺さんは個人の伸ばすべき長所、克服すべき短所等を瞬時に見抜いて対策する眼と手腕は良いけど、あそこまで人集りが出来るものなのか……と、対策方法がわかったのなら天王寺さん達に頼りきりは良くないんじゃないか……との事らしい。正直私も同意見だ。

 

「あっ、もちろん私は朱里せんぱいの事を崇拝してますからねっ❤️」

 

「別に崇拝していらないんだけど……」

 

まぁ橘の方は置いておいて、確かにこのままだと色々と不味い気がする。最悪の事態が起きないように、私達も天王寺さん達に着いて行くべきなのかなぁ……?

 

(……って、天王寺さん達に着いて行っている9割以上の人達はこんな事を思っていたのかな?)

 

そういう風に錯覚させて、排除されるのが怖くなり、やがてそれ等は多数派を生み、反乱分子を潰していく……。これって一種の洗脳なんじゃないの!?

 

「…………」

 

「…………」

 

なんか夢城姉妹がこっちを見ている気がするし……。六道監督は今のこの状況をどう思ってるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天王寺さん達の状況改善案が全く思い浮かばないまま、シニアリーグの秋大会が幕を開けた……。



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秋大会開幕!

「今日から秋の大会だよ。3年生が引退してから初めての公式戦になるけど、今の皆なら夏よりも良い成績を出せると思ってる。頑張ってね!」

 

『はいっ!!』

 

川越シニアの夏大会の戦績は全国ベスト4……。準決勝で渋谷シニアに惜敗してしまったらしいので、チーム的にはその借りを返したいところだろう。

 

「じゃあ今日のオーダーを発表するねっ!」

 

六道さんが発表したオーダー。そこには……。

 

 

1番 センター 金原

 

3番 ショート 友沢

 

4番 サード 清本

 

5番 ファースト 高橋さん

 

8番 ピッチャー 私

 

9番 キャッチャー 二宮

 

 

私達の名前が……。世界大会での活躍もあってユニフォームをもらえた私達3人と、全国大会で大活躍した影響でユニフォームをもらえた友沢と金原、2、6、7番は3年生が引退した後にベンチ入りした2年の男子選手だ。いや、それよりも……。

 

「わ、私が先発なんですか?」

 

「そうだよ。これにはシニアの皆も賛成してたし、何よりも羽矢ちゃんが朱里ちゃんを推薦してたんだ!」

 

み、皆が賛成してるんだ……。それは嬉しいけど、一ノ瀬さんの場合はなんか別の理由が含まれてそう……。

 

「それじゃあ対戦相手のおさらいをしておくよ!」

 

今日の対戦相手は春日部シニア。夏は4回戦まで進んだ守備型のチーム。今年入った1年生も大活躍したそうだ。1年生って事は金原や友沢みたいなスペックを持った選手なのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よろしくお願いします!!』

 

試合開始。私達は後攻……つまり私のシニア初マウンド(世界大会は除く)となった。

 

「世界大会の時と同様に投げていけば、基本打たれる事はないでしょう」

 

「わ、わかった……」

 

二宮は簡単に言ってくれるけど、私は緊張が止まらないんだよ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

と、とりあえず初回は三者三振に抑える事が出来た……。

 

(それにしても電光掲示板に載ってた相手の3~5番の3人……同じ苗字だったけど……)

 

姉妹なのかな?男子選手を押し退けて打線の中軸に入るって相当な実力者だよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「姉さんが三振って珍しいね?」

 

「カットも出来なかった?」

 

「……あの投手、私達がこれまで相手にしてきた人達とはレベルが違うわ」

 

「確か世界大会に出てた……早川朱里?」

 

「大会中の奪三振数が1番多かった投手……」

 

「早川朱里の投げる球を打つのは確かに困難だけど、絶対に打てない球なんてものはないわ。絶対に私達で打つわ。夕香、夜子、私達三森3姉妹の力を見せる時が来たわよ」

 

「了解。朝海姉さん!」

 

「要するにいつも通り……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回裏。私達川越シニアの攻撃。左打席に入るのはチームのムードメーカーである金原。

 

「よっし!じゃあ行ってくるね☆」

 

軽く柔軟を終わらせた金原が構えを取り、いよいよ私達の攻撃が始まる……!



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三森3姉妹①

1回裏。1番は夏大会で何度かスタメンを獲得した金原。その時は3番だったらしいけど、今回は1番を務めている。

 

「いずみさんはチーム内でも1番伸びている選手です。特に打撃方面は男子選手にも勝るでしょう」

 

「柔軟な打撃術とミート力は全国トップレベルと言っても良いかも知れませんね」

 

川越シニアの分析担当である二宮と高橋さんは金原の事を大きく評価している。夏大会でも好成績を残してたし、天王寺さん達が入ってからは成長がとてつもなく早い気がする……。

 

 

カンッ!

 

 

金原は初球から打っていき、その打球はライトに落ちてツーベースとなった。

 

「綺麗に打っていったね」

 

「あの打ち方も天王寺さんに教わったらしいですよ」

 

本当に天王寺さんは選手の適性を見るのに優れている。あとはあの宗教的な存在をなんとかしてくれたらな……。

 

「あれ……?相手チームの捕手が立ち上がったよ?」

 

「本当だ」

 

一塁が空いているからなのかな?。向こうは併殺狙いのつもりなんだろうか……。

 

「……成程。そういう事ですか」

 

「瑞希ちゃん、何かわかったの?」

 

「まだ確証は得られていませんがもしもデータ通りなら、次の亮子さんの打席は注意しておいた方が良いかも知れません」

 

二宮は向こうの敬遠には何か意味があると言っていたが、その意味は友沢の打席でわかるらしい。なんか嫌な予感がする……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「指示通り歩かせたわね」

 

「でもよくチームは私達の言う事を聞いてくれるよね?」

 

「私達姉妹は夏の大会で実績を残しているし、3年生が抜けた今……監督も、他のチームメイトも、私達姉妹のプレーを必要としてくれるのよ。これ程ありがたい事はないわ」

 

「じゃあ……あの打者を相手に、私達三森3姉妹のプレーを見せてあげますか!」

 

「夜子の準備も終わっているし、仕掛けるわよ」

 

「了解!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノーアウト一塁・二塁のチャンスで友沢が打席に入る。友沢も夏大会では活躍しているし、3年生の引退後はスタメンに入るとまで言われていた……。それがこうして実現している優秀な打者だ。

 

(相手投手の球はそれ程早くない……。それは世界大会を体験してきたから思える事なのか、それとも意図的にそういう球を投げているのか……)

 

春日部シニアが守備型のチームなら、恐らく後者だろう。二宮の話によると、春日部シニアはこれまでの試合の失点数は4試合で僅か3点らしい。打強の川越シニアと言われていても、春日部シニアが相手だと大量得点は多分期待が出来ないだろうね……。

 

 

カンッ!

 

 

「やった!また初球打ちだよ!」

 

清本が喜んでいる様子だ。なんでそんなに嬉しそうなんだろうね?

 

(打球は……センター前か。センターの守備位置は後退してるし、亮子の打力を警戒したのかな?何にせよ、先制点はいただきだね☆)

 

金原は三塁を蹴って、ホームへと向かおうとしている。

 

「…………」

 

あれ……?なんかセンターが走ってる……?

 

「……!いずみさん、急いでセカンドへ戻ってください!!」

 

「えっ?」

 

高橋さんがいち早く金原に指示を出したけど……。

 

「もう遅い」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

センターが高橋さんの指示直後に友沢が放った打球を捕球し、そのままセカンドへと送球した。

 

「嘘……!?」

 

「ファースト!」

 

そしてセカンドがファーストへと送球。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

センターのダイレクトキャッチからトリプルプレーになってしまった……。

 

「夏大会の春日部シニアが取ったアウト84個の内、69個のアウトをセンターラインの3人が取った……というデータはどうやら本物のようですね」

 

二宮がポツリと呟いた言葉に耳を疑った。8割以上のアウトをあの3人が取ったっていうの!?

 

(でもそれならセンターラインの連携にも納得が出来る……)

 

これが最後まで続くとなると、私も点あげられないじゃん!



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三森3姉妹②

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「ま、またセンターラインの3人に阻まれた……」

 

「こうなってくると、一発以外は厳しいかも知れませんね」

 

「あの守備範囲はちょっと異常じゃないかな……?」

 

清本、高橋さん、金原が嘆きの声を挙げる。こと守備に関してはあの3人しか守っていなくても、問題ないようにも見えてしまう……。金原の言うようにこれはハッキリ言って異常だ。

 

「打撃方面は朱里ちゃんが踏ん張ってくれてるから点は取られてないけど、こっちも点を取れないとなると……」

 

「清本や高橋さん……長打力がある選手の一発頼りになりそうですね」

 

六道さんはあの鉄壁の守備を攻略するにはホームランしかないと暗に言っている。確かにそれくらいあの守備陣を突破するのは難しい……。

 

「朱里が全部三振に仕留めているから安心だけど、あの3姉妹は打撃もかなりハイレベルなんじゃないの?」

 

「クリーンアップに入っているとなると、チーム一の打力があるのは間違いないと見て良いでしょう」

 

「直近のデータによりますと……」

 

三森3姉妹の打撃方面の話をしていると、二宮が事前にデータを取っていたみたいだ。こういうところは頼りになるよね。もしも二宮が敵に回ると滅茶苦茶厄介な相手になりそうだ……。

 

「3番の三森朝海さんはミートに長けていてカット打ちも得意ですね。4番の三森夕香さんは4番……という打順に入っているだけあって一発入れるパワーもあります。5番の三森夜子さんは前の2人に比べて飛び抜けている部分はありませんが、2人と違い投手としてマウンドに上がる事もあります」

 

以上、二宮による三森3姉妹の簡単な説明でした。

 

「そしてこれは言うまでもなくわかっている事ですが、3人共ずば抜けた走力と広い守備範囲が特徴ですね。特に走力はトッププロクラスと言っても過言ではありません」

 

「あの3人の連携も最早中学レベルじゃないよね……」

 

三森3姉妹について総括すると転がせば内野安打、センターライン以外の選手達は実質いないも同然の守備力と守備範囲と走攻守の三拍子が揃った厄介な選手だ。

 

(それ故にセンターライン以外に付け入る隙があると睨んで、私達川越シニアは攻めている訳なんだけど……)

 

 

バシッ!

 

 

「夕香、サードカバーをお願い!」

 

「任せて!!」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

このように過剰なくらいにファーストとサードのカバーもセカンドとショートが済ませてしまい、更に……。

 

 

カンッ!

 

 

「やった!レフトオーバーの長打コース!」

 

「させない……」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「えっ!?あれに追い付くの!?」

 

レフトオーバーの打球もセンターが悠々と追い付く始末。まるであの3人だけで野球をやっているみたいだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして試合は0行進が続き、いよいよ7回を迎える……!



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三森3姉妹③

試合は0対0のまま、7回を迎えた。

 

互いに譲らない展開で、本当に1点がものを言う試合となってしまったのだ。

 

「いやいや。朱里はアウト全部三振じゃん。7回表も三振しか取ってないじゃん……」

 

私の横で金原がなにか言ってるけど、無視の方向で。

 

「いずみちゃん、この回先頭打者だよね?」

 

「おっと、そうだった……」

 

7回裏。上位から始まるし、出来ればここでサヨナラ勝ちしてほしいところなんだけど……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「やった!サヨナラのランナーが出たよ!」

 

「しかしランナーが溜まってからが本番ですね」

 

二宮の言うように、ランナーが出てからが本番だ。一塁が埋まっている状態だと、併殺が取られやすい。春日部シニアの場合は特に……。

 

(でも金原が塁に出たなら……)

 

私が思っている事は六道監督もわかっているようで、金原に盗塁のサインを出していた。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「セカンド!」

 

「よっ……と!」

 

 

ズザザッ!

 

 

『セーフ!』

 

金原の盗塁は無事に成功。シニアの切り込み隊長は盗塁も一級品だね。向こうの守備パターンから察するに、ここは一塁を埋める為に歩かせてくるんだけど……。

 

「あれ……?向こうの投手が代わったよ?」

 

「出て来たのは……センターを守ってた奴だな」

 

ここで投手交代か……。まぁ金原に投げてた球も勢いがなくなってたし、仕方ないのかもね。

 

(でもそれなら控えから出すと思ったんだけど……?)

 

「センターにいた三森夜子さんは時々リリーフを務める事があるみたいですね」

 

私の疑問には二宮が答えてくれた。多分三森夜子さんが投手を務めるのはあの姉妹の連携はセンターラインだけでなく、ピッチャー、セカンド、ショートのラインでも成立するからなんだろうね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

 

しかも先発投手よりも速いんだけど……。これに加えて二遊間の鉄壁守備があるんでしょ?

 

(外野の守備が若干薄くなったのが不幸中の幸いなのかな……)

 

これなら外野に飛ばせばなんとかなると思ってたんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

あっという間に二者連続三振。シニア内では金原と同等のミート力がある友沢まで三振してしまうなんて……。

 

「次は和奈さんの打順ですよ」

 

「和奈ちゃんや友理ちゃんはこれまでノーヒットだから、ここいらで打ってほしい気持ちがあるよね」

 

「まぁあの投手からはそんな簡単に点が……」

 

 

カキーン!!

 

 

「取れないと思ってたんですけど……」

 

 

ドゴッ!

 

 

「バックスクリーンに直撃しましたね」

 

「……なんか複雑な気分だよ」

 

勝てたから良いんだけどね?ちょっと相手チーム(主にマウンドに上がった三森夜子さん)に同情しちゃうなぁ……。



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快進撃!

対春日部シニア戦は0対2で私達川越シニアの勝利。正直清本がホームランを打ってなかったら延長戦だっただろうな……。そうなると、体力のない私じゃ無理だ。

 

「和奈ってばよくホームランを打てたね~!」

 

「ミート力のある亮子さんをも三振に仕留めたあの投手を打つのは簡単ではなかったですよ」

 

金原と高橋さんが清本を称えている。それ程までに三森夜子さんのピッチングは凄かったんだよね。同じ中1とは思えないよ。

 

(しかしあの3姉妹とは引退まで県内のライバルになるのか……)

 

あんなハラハラとする試合をあと何度行えば良いのだろうか。そう考えるだけで胃が痛くなってくるよ……。

 

「早く整列に行きますよ。相手チームも待っています」

 

「そうですね。行きましょう」

 

二宮と高橋さんに促されて、私達は整列に向かう。

 

『ありがとうございました!!』

 

挨拶を終え、電光掲示板に映る0対2のスコアを見て、私達は本当に勝ったんだ……という実感が強くなった。

 

「早川朱里!」

 

突如、私の名前を呼ぶ声が。何故にフルネーム?

 

「貴女達は……」

 

振り返ると、そこには三森3姉妹が。あれ?もしかして私目を付けられてる……?

 

「今日の試合は完敗だったわ。貴女1人に、私達は負けた……」

 

そんな事はないと思うんですけどね。それを言えば私達だって貴女達3姉妹に辛酸嘗めさせられてるよ……。

 

「でもまだまだ私達の勝負は始まったばかりよ!」

 

「次の公式戦は夏……。次こそは貴女から打つ」

 

3人共私に対して闘志ギラギラなんだけど……。まぁここまで見てくれているのなら、私も何か返さないとね。

 

「……私だって負けるつもりはないよ。特に貴女達、3姉妹には打たせないから」

 

だって打たれたらほぼ失点に直結するんだもん。二宮が言ってた。

 

「望むところよ。私達姉妹はこれからも更に連携を磨くわ」

 

「それだけじゃなく、私達の短所も克服するわよ!」

 

「そして長所は伸ばせるだけ伸ばす……」

 

(短所克服はともかくこれ以上長所を伸ばされると、本当に誰よりも速くなるんじゃ……?)

 

そんな三森3姉妹よりも足の速い選手が私達川越シニアに入ってくる事になるのは少し先の話……。

 

「行くわよ夕香、夜子。帰って練習よ」

 

「了解!走って帰るわよ!」

 

「夕香姉さんは相変わらず猪突猛進……」

 

そう言って三森3姉妹はダッシュで去って行った。ここから春日部まで走って帰るって、何時間掛かるんだろう……?

 

「……何はともあれ、初戦は勝てたね。このまま勢いに乗っていくよ!」

 

『はいっ!!』

 

監督の言葉で私達は更に気合いが入る。この調子で全国まで進んでやる……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川越シニアは春日部シニアに勝った勢いでどんどん勝ち進み、決勝戦進出まで駒を進めた……。



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川越と西武

後半は三人称視点です。


私達川越シニアは激戦を勝ち抜き、決勝戦進出を果たした。

 

「決勝戦の相手は西武シニアだよ!」

 

「またかぁ……」

 

「最早恒例ですね……」

 

決勝戦の相手が西武シニアだとわかった瞬間、2年生が溜め息を吐いていた。

 

どうやら川越シニアと西武シニアはここ4年は必ず決勝戦で当たる事になっているらしく、2年生の人達からすれば、夏秋合わせてもう4度目となっている。

 

「川越シニア的には因縁の対決みたいだけど、ここで勝って春の全国大会に進むよ!」

 

『はいっ!!』

 

ちなみに対西武シニアの成績は現在5勝3敗と私達川越シニアが勝ち越している。このまま差を付けたいところだけど……?

 

「先発は羽矢ちゃんで行くからね!」

 

「な、なんで私が……」

 

決勝戦の先発投手は一ノ瀬さんで、私はベンチにて応援。というか一ノ瀬さんはエースなんだから、そんな嫌そうにしないでください……。

 

オーダーは1回戦とほぼ同じで1番に金原、3番に友沢、4番に清本、5番に高橋さん、8番に二宮が入り、先発の一ノ瀬さんが9番に入る。

 

(チームとしては因縁のある試合みたいだけど私にとっては初めて戦う相手……!)

 

今日の試合で私の出番があるかはわからないけど、もしも投げる事になったら張り切って投げるとしよう……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、西武シニア。

 

「決勝戦の相手は川越シニアだ。1年生にとっては余り馴染みがないかも知れないが、私達西武シニアにとっては因縁の相手となる……。絶対に勝つぞ!」

 

『おおっ!!』

 

西武シニアの監督の発言に気合いを入れる西武シニア一同。川越シニアに比べて男子選手の数が圧倒的に多いので、チーム全体の雄々しさが違う。

 

「川越シニアが相手か……。私達にとっても不足なしだな」

 

「うん……。私達を選んでくれた監督の為にも、勝たなきゃね。この決勝戦……!」

 

「夏に続いて秋大会まで1年生の自分を選んでくれた……。絶対に期待に応えるッス!!」

 

そんな中シニアの数少ない女子選手である滝本蓮、久方梨花、火野勇子は特にやる気を出している。チームでたった3人の女子選手である故に、この3人の結束力は高く、実力も男子選手に負けないくらいだ。

 

「ひとまずは夏大会の借りを返さなきゃな」

 

「でも川越ってとっても選手層が厚いよね。女子選手が何人も選ばれてるって……」

 

「夏は一ノ瀬にやられた……。この決勝戦で登板してくるかはわからないが、もしも一ノ瀬が投げてくるなら、今度こそあいつの変化球を打ち砕いてやる」

 

「蓮先輩ならきっと出来るッス!」

 

「わ、私は出番あるかなぁ……?」

 

「梨花も夏と秋でかなり活躍しているし、監督も決勝戦では先発を任せたいと言っている」

 

「そ、そうなんだ……。それなら頑張らなきゃ……だよね?」

 

この女子3人が決勝戦にて川越シニアを苦しめる存在になるかどうか……。それは決勝戦にならないとわからない……。



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西武シニア①

今日は決勝戦。西武シニアとの試合の日だ。

 

「ああ、人が多い。投げたくない……」

 

「決勝戦ともなると、観客数が段違いですからね……」

 

今日の先発投手の一ノ瀬さんが観客の多さに嘆き、高橋さんが一ノ瀬さんを宥めている。この2人、案外良いコンビなのかも……。

 

「嘆いている暇はありませんよ。気を紛らわす為にも投球練習をしましょう」

 

「それで気が晴れる気がしないよ……」

 

二宮が強引に一ノ瀬さんを連れて行き、一ノ瀬さんはブツブツ言いながらも二宮に引っ張られるままにしていた。

 

「朱里せんぱーい!頑張ってくださーい!!」

 

「せ、星歌達の分も応援してるよ!」

 

観客席からは自チームの橘と渡辺の応援が。頼もしいけど、橘の声量がね……。

 

「朱里ってばあの2人に懐かれてるねぇ☆」

 

「まぁ私今日は投げないんだけどね……」

 

余程の事がない限りは一ノ瀬さんと、もう1人の男子投手の2人に任せる予定だからね。西武シニア相手は夏も一ノ瀬さんが投げていて、そこでは一ノ瀬さんが被安打5、失点1とかなりの好成績を残している。今回も同様に行くかどうか……。

 

(多分西武シニアには一ノ瀬さんの球種はバレているだろうから、そこで一ノ瀬さんと二宮のバッテリーがどうするかも大事になってくる……と思う)

 

二宮のリードにもある程度は掛かっているけど、二宮ならそんな心配はするだけ無駄だろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ショート!」

 

 

カンッ!

 

 

今私達は西武シニアのシートノックを見ている。

 

 

バシッ!

 

 

「良いぞ!次!!」

 

「やっぱ夏よりも守備が堅くなってるや……」

 

「それに夏にも出てた3人の女子選手も上手くなってる……」

 

女子選手が比較的多い川越シニアに対して、西武シニアの女子選手は3人だけ……。滝本さん、久方さん、火野さんの3人は夏の大会でも大活躍していたんだよね。

 

「中でも警戒した方が良いのは数多くの男子選手を押さえて4番に君臨している滝本さんだよね……」

 

「いやいや、1番を打ってた火野さんも見といた方が良いんじゃない?この試合でも多分1番だろうし……」

 

清本と金原はそれぞれ4番の滝本さんと、1番の火野さんを注目している。私としては2年生でエースに昇格した久方さんも警戒対象なんだけどね。一ノ瀬さんとはまた違った感じの投手なんだよね。

 

「強豪西武シニアで生き残ってる女子選手……という事で滝本さん、火野さん、久方さんの3人はやはり警戒してしまいますね」

 

「特に火野さんに至っては1年生なんだよね?それで男子選手と並ぶ程の実力を持つなんて……」

 

「それに関しては私達川越シニアが言える事ではありませんけどね……」

 

それはそう。高橋さんが言うように、私達川越シニアはレギュラー20人中9人が女子で、シニア全体を見ても、6:4の割合で男子の方が僅かに多いけど、それでも全体の4割は女子選手なんだよね。もしかして野球女子=川越シニアって方程式が出来上がってない?

 

「もうすぐプレイボールだよ!頑張ってね!!」

 

『はいっ!!』

 

川越シニアの因縁……西武シニアとの勝負は果たしてどうなるのか……。私はベンチで精一杯応援しよう。



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西武シニア②

ズバンッ

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

試合開始。私達川越シニアは後攻で、今一ノ瀬さんが二者連続三振を決めたところだ。この時点では調子が良いのかいまいち判断がし辛い。まだ試合は始まったばかりだしね……。

 

「よ、よし……!」

 

西武シニアの3番打者は今日の試合で私達に投げる久方さん。夏では外野手だったけど、この試合では投手……。どんな球を投げるんだろうか?

 

(まぁ二宮なら既に久方さんの球種を把握してるんだろうけど……)

 

川越シニアの課題は対応力。だから例え二宮が久方さんの球種を把握していたとしても、それを周りに伝えてはいけない……。自分の眼で見て、自分のバットで感じる必要があるのだ。

 

(そんな事を態々してるのはシニアの中でもウチだけだろうね……)

 

『アウト!チェンジ!!』

 

おっと、あれこれ考えている内にチェンジか……。初回は一ノ瀬さんが上手く抑えたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん。最後に投げたのはシンカーだったかぁ……」

 

「読みが外れたのか?」

 

「カーブ狙いだったんだけどね……。どうも相手にそれを悟られたみたい」

 

「狙いと反対に曲がる変化球を当てるだけでも凄いッス!」

 

「あはは、ありがと……」

 

(梨香の狙いは悪くないし、実際に夏に投げた一ノ瀬は追い込んだら決め球のカーブを投げる傾向があった……。夏とはまた別の配球を予め用意していたとしたら……)

 

「……夏に対戦した時の事は1度忘れた方が良さそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

1回裏。攻撃の前に久方さんが投球練習をしている。

 

「結構速いね~」

 

「これならエースになったのも納得だな」

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

今久方さんが投げているのはストレートのみだけど、それだけが全てだなんて100%ありえないし、何かしら変化球がある。

 

『プレイ!』

 

金原が久方さんの球種を探ると自信満々に言ってたけど、大丈夫なんだろうか?いや、実力と実績は信用してるんだけどね?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(真ん中低めにストレート……)

 

カウントワンナッシングから2球目。

 

(コースは内角高め。球種は……ストレート!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

内角に投げられたストレートを金原は見事にジャストミート。向こうは初回だからまだ様子見だろうけど、これくらいなら金原は普通に当ててくる。そして多分次に同じ球が来たら……。

 

(次もストレートだったら、一発狙っちゃおうかな~☆)

 

(金原の表情的にホームランを狙いそうだね)

 

夏から秋に掛けて、金原は1番伸びた打者だ。本人のセンスに加えて、天王寺さんによる指導のお陰で今となっては川越シニアのリードオフガールとなっている。

 

(今度は……で)

 

(了解……!)

 

3球目……。

 

(変化なし……ストレート?でも外れそうかな)

 

 

ズバンッ!

 

 

「おっと……?」

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「マジかー……」

 

金原があのコースを見逃した……となると、投げられたのはスライダーっぽいね。

 

「最後に投げたのはスライダーだったね。いやー、コースもコースだったし、手が出なかったよ……」

 

「まぁストレートだったら外れていただろうし、仕方ないのかもね……」

 

やはり川越シニアの因縁の相手だからか、簡単にはいかないか……。



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西武シニア③

金原が三振になった事で、久方さんの勢いが上がった気がする……。金原の成績を徹底的に調べているっぽいね。

 

「う~ん。あそこでアタシが打ててればなぁ……」

 

「たらればを言っても仕方がないでしょう。切り替えていきますよ」

 

「まぁ仕方ないかぁ~」

 

『アウト!チェンジ!!』

 

2番、3番と連続で打ち取られてチェンジとなった。ストレートとスライダーの使い分けが厄介だね。

 

(それに加えてまだ投げてない球があれば尚更……)

 

まぁ私は今日出番ないし、ベンチで対策を見付ける事に専念するとしよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久方先輩!ナイスピッス!」

 

「なんとか抑えられて良かったよ。勇子ちゃんもさっきは打球を捕ってくれて助かった」

 

「あれくらいならいつでもOKッス!」

 

「出だしは上々。あとは一ノ瀬の攻略だな」

 

(しかし私が見るに、一ノ瀬よりも早川の方が厄介そうだ。この試合で早川が出て来るかはわからないが、私達の今後を考えると、早めに早川の球を生で見てみたい気持ちはあるが……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2回表。西武シニアの4番打者……滝本さんの打順からだね。

 

「滝本さんかぁ……。彼女は1年から4番に君臨している凄い打者だよ。夏はギリギリで羽矢ちゃんが抑えてたけど、この試合ではどうなるかなぁ……」

 

「一ノ瀬さんなら大丈夫……と思いたいですね」

 

一ノ瀬さんは実力がある投手なんだけど、如何せんやる気に左右されるムラのある投手なんだよね。能力的には見習いたい部分は多いけど、性格的には反面教師にしたいところだ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(初球からカーブか……。コースも内角ギリギリだし、かなり思い切ったリードだな。捕手側はここが勝負所と踏んだのか?)

 

(次は……で、お願いします)

 

(はいはい……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(先程と同じコースと球種……。一ノ瀬は制球力は良いが変化球にムラがあるから、2球連続で同じコースに決まるのは珍しい。次は1球外してくるか?)

 

(勝負です。……です)

 

(はぁ……。後悔しても知らないよ?)

 

ここまで2球連続で内角ギリギリにカーブを決めている一ノ瀬さん。同じコースに連続で決まるのって珍しいよね。

 

(一ノ瀬さんの制球力は良い部類に含まれる筈なんだけど、一ノ瀬さんが投げる変化球ってかなり独特だから、中々同じコースには決まらないんだよね……)

 

そこをなんとか決めてみせるっていうのがなんとも二宮らしいリードだ。普通はそんな事を思う捕手って少数派だと思うの。

 

「はぁ……」

 

(一ノ瀬が振りかぶった。さぁどこに投げてくる?ストライクゾーンならスタンドに入れるぞ?)

 

一ノ瀬さんの3球目。球種はカーブ。コースは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「なっ……!?」

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

まさか3連続で同じコースに決めてくるなんて……。しかも3球連続でカーブだよ?

 

(まさか二宮は一ノ瀬さんの決め球を利用して、徹底的に滝本さんを抑えに行ったの……!?)

 

だとするとこれはもう中学レベルのリードじゃないんだけど……。

 

「…………」

 

(本人はいつもの無表情だし、何を考えているのかさっぱり見当が付かないよ……)

 

本当に二宮が味方で良かったよ。もしも敵側だったらって考えるだけで恐ろしい……。



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西武シニア④

試合は進んで4回。ここまで両チームパーフェクトだ。

 

(でもこの回から2巡目に入るし、均衡が崩れるとしたら、きっとこのイニングだ……)

 

 

カンッ!

 

 

「よっしゃーっ!」

 

「ナイバッチナイバッチー!」

 

不味いな……。先頭の火野さんに打たれてしまった。

 

「はぁ……」

 

多分一ノ瀬さんが悪い訳でも、二宮が悪い訳でもない。向こうの対応力が上がってきてるんだ。まぁ夏大会の決勝戦でも一ノ瀬さんが投げてたし、その時も4回から捕まり始めたし、この打たれたヒットも多分必然なんだ。

 

(問題はここから一ノ瀬さんが崩れたりしないか……)

 

あの人の表情は二宮と逆の意味で読み辛い。いつどこでも辛そうな……というか鬱そうな表情してるんだよね。だからある意味ではポーカーフェイスだ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

でも2番と3番を連続で三振に抑えたし、調子が悪い訳ではないんだよね。むしろ今までの一ノ瀬さんに比べれば、今日は調子が良い方……?

 

「1打席目の借りを返させてもらうぞ?」

 

ツーアウト三塁(ちなみに三盗された)。回ってきたのは4番の滝本さん……。

 

(ツーアウトで良かったよ。もしもそうじゃなかったら、1点は覚悟しなきゃいけなかったからね)

 

これまでの滝本さんの成績やバッティングを見る限り、彼女は併殺でも確実に点を取ってくる打者だ。その上でホームラン総数も県内で2位(1位は清本)……。埼玉県内どころか、全国の中でもかなり厄介な打者だよ。

 

「はぁ……。滝本の相手は嫌なんだよなぁ……」

 

「同意したいところではあるな。出来る事なら早い段階でおまえから点を取っておきたいんだよ」

 

な、なんか一ノ瀬さんと滝本さんが睨み合ってる……。滝本さんはともかく、一ノ瀬さんがなんか前のめりになってるのって珍しくない?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(1打席目とは反対に外角攻めか……。内角攻めを継続するのなら打ってやろうと思っていたが、こうなると少し厳しいかもな)

 

「…………」

 

(捕手の奴の考えもいまいち読めない以上、ヤマ勘は危険を伴うだけだ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(配球は確かにハイレベルだが、全然付け入る隙はある。あとはなるべくギリギリまで球を見極めてから……!)

 

「打つ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

(打たれた!?)

 

打球はレフト方向へ。そのまま実測していき……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「この打席も私の勝ち……」

 

「ちっ……!」

 

2打席目の滝本さんの打席はなんとかレフトフライとなって一ノ瀬さんが勝った。でもまだあと1回は滝本さんに打席が回ってくる可能性が高いだろうし、なんとか手を打たないとね……!



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西武シニア⑤

4回裏。試合は再び急展開を迎えた。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

今の四球でノーアウト満塁。私達にとっては大チャンスだ。しかも打席に入るのは……。

 

「い、行ってくるね!」

 

「頑張ってください」

 

我等が4番打者、清本和奈だ。

 

「どうなると思う?この打席……」

 

「1点は確実に取れるでしょうね。欲を言えば3点はほしいところですが……」

 

「二宮は併殺を取ってでも清本が1点を取るバッティングをするって事?」

 

「確かに確実に点がほしい現状ですし、和奈さんならそれも可能にするでしょう。しかしこの場合は……」

 

「二宮……?」

 

「……いえ、それはこの和奈さんの打席でわかるでしょう」

 

二宮にしてはかなり曖昧な返答。もしかしてこの打席って……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぅ……!」

 

「大丈夫か梨香?」

 

「蓮ちゃん……。ちょっとキツいかも。この秋から男の子を押し退けてエースになってしまったから、そのプレッシャーがここに……」

 

「しかしノーアウト満塁で4番の清本か……。奴は世界大会でも二桁の本塁打数を残しているスラッガーだし、現状は最悪の状況だな。一応こういう事態に備えて、捕手には作戦を伝えている」

 

「さ、流石蓮ちゃん……。なんで捕手じゃないのか不思議なくらいだよ?」

 

「私には無理だな。配球を考えるのはまだしも、捕球方面はお手上げだ。西武シニアの投手陣の投げる球ならギリギリ捕れなくもないが、世界大会のように他校の選手と組む場合も想定すれば、お手上げになる。況してや一ノ瀬の独特な変化球を捕れる気がしない」

 

「そ、そっかぁ……」

 

「……とにかく捕手には作戦を伝えてある。捕手が合図を出したら、そのように動け」

 

「まぁ仕方ないかぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何やら西武シニアの内野陣がマウンドに集まってた。対清本用に何か考えてるのかな?

 

(1打席目は滝本さんと同じように外野フライだった……。でも久方さんの球を清本なら打てる気がするんだよね)

 

なんせ清本は世界大会の4番打者……。大会でもホームラン10本以上打ってたし、この局面でも頼りになる。

 

 

カキーン!!

 

 

早速打った!打球はライトに大きい当たりだけど……!?

 

『ファール!』

 

ライト線切れたか……。でもこれならホームランを狙えるね。

 

「…………」

 

「…………!」

 

(捕手のあの合図……。まぁそうだよね。1打席目も運良く打ち取れただけだし、今のスライダーで無理なら、仕方ないよね……)

 

2球目。久方さんがプレートの位置を変えて立ったその瞬間……。

 

「えっ……」

 

ほ、捕手が立ち上がった!?満塁なのに敬遠!?

 

「……やはりそう来ましたか。和奈さんが相手なら、それも妥当なのかも知れません」

 

「に、二宮はこの展開を読んでたの?」

 

「最悪そうするだろうとは思っていました。和奈さんの打力は最早中学レベルを大きく越えています」

 

(それこそすぐにプロ入りしても本塁打王を狙えるくらいには……。それこそ精神面を克服すれば、和奈さんはきっと誰にも負けないスラッガーとなるでしょう)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「お、押し出し……」

 

「い、良いのかな~?いや、アタシ達からすればありがたいんだけどね?」

 

三塁ランナーだった金原が還ってきて呟いた。正直私も同意見だよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしこの押し出しによる1点が、両チームにとってかなり大きいものになるとは、この時思ってもみなかった……。



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西武シニア⑥

試合は最終7回まで進んだ。

 

一ノ瀬さんと久方さんの両投手がピンチを作りつつも、無失点に抑えるを繰り返して、0対1のまま最終回まで進んでしまったのだ。

 

「まさかあの押し出しが決勝点になろうとするなんて……」

 

「一ノ瀬さんと久方さんの今日のピッチングを見れば一目瞭然だったのかも知れませんね。尤もあの時和奈さんと勝負をしていれば、ほぼ確定で3点以上は取れていたでしょう」

 

二宮の発言は恐らく事実で、西武シニアからしてみれば英断でありながらも、致命的な満塁敬遠だった訳か……。正直そんなのどうしようもないよね。清本が味方で良かったよ……。二宮共々敵に回したくない。

 

「ま、まぁ何にせよこの回凌いだらアタシ達の勝ちだし、3人で切ってこーよ☆」

 

「い、いずみちゃんの言う通りだよ。この1点を守ってこ?」

 

金原の発言に同調する清本だけど、清本的にも複雑な心境なんだろうね。自分が打って得た点ならまだしも、押し出しで得た1点で私達が勝ちそうなんだから……。

 

「はぁ……。もう投げたくないよ。どうせこのイニングで逆転されるって。野球漫画のお約束、最終回に打線爆発だよ……」

 

「このまま抑えれば完封ですし、交代はないですね。スタミナの限界ならまた話は変わってきますが……」

 

「そ、そう。私、体力の、限界……」

 

「それもまだまだ心配ありませんね。この回どころか、もう3、4イニングは投げられるでしょう」

 

「解せぬ……」

 

まぁ一ノ瀬さんがエースなのは唯一無二の独特な変化球を投げる事と、投手陣の中で1番スタミナがあるからだしね。

 

「今日のロードショーは『名探偵の苦難』の劇場版だから、無事に抑えられたら、映画館のような内装を準備するんだ……」

 

「な、なんか一ノ瀬さんが立てちゃいけないものを立てているような……」

 

「相手チームを待たせる訳にもいきませんし、早くマウンドに行きますよ」

 

「解せぬ……」

 

二宮に引き摺られている一ノ瀬さんを見ていると不安なんだけど、二宮が手綱を握っているなら……大丈夫だよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

一ノ瀬さんの言う野球漫画のお約束というのはなく、無事に3人で終わらせる事が出来た。

 

『ゲームセット!!』

 

途中一ノ瀬さんがフラグを立てていた気がするけど、それも杞憂に終わって何よりだ。

 

『ありがとうございました!!』

 

整列が終わり、私達川越シニアはベンチ内に集合した。

 

「今日の試合はお疲れ様!夏に続いて、秋の大会も無事に全国出場が決まったね!全国大会は3月に行われるから、それまでの期間も準備を怠らず、なるべくベストコンディションで試合に臨んでね!!」

 

『はいっ!!』

 

「それじゃあ今日は解散!」

 

『お疲れ様でした!!』

 

六道監督の解散の合図と同時に一ノ瀬さんが普段の練習では見ない俊敏さでこの場を去って行った。どれだけ今日のロードショーが楽しみだったんだよ……。



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最大のライバルは……?

「う~ん……」

 

川越シニアが全国大会出場を決めた翌日。私は学校のパソコンで他県のシニアのデータを調べていた。

 

「見付かりましたか?」

 

「いや、少なくとも千曲シニアにはいなかったよ。それと千曲と同じ県内のシニアにも……」

 

二宮が学校のパソコンを使って調べたい事があると言ったので、私はそれに付き添うついでに、私自身にもある程度の余裕が出来たのでこうしてある事について調べていたんだけど……。

 

「そうなると他県のシニアに入っているのでしょうか?」

 

「その可能性は低そうだけど……。でもあれ程の実力者だし、一応有力なシニアだけでも調べてみようかな」

 

ここまで探してもいなかったら、恐らく『あの人』はシニアで野球をやっていないだろう。

 

(リトル時代に私は『あの人』を相手にたったの1度たりとも勝てなかった……。あそこまで完膚なきまでに叩きのめされたのは生まれて初めてだったよ)

 

リトル当時と今とではピッチングスタイルは全然違うけど、それでも私は多くの三振を取ってきた……。

 

(最初の対決は確か『あの人』が代打で出た時だっただろうか……)

 

その時から異質な雰囲気を感じていた。そしてそれは間違いじゃなく、私はその雰囲気に負けずに投げていったものの、『あの人』にホームランを打たれた。

 

2度目に千曲リトルと対戦した時に『あの人』は頭から出ていた。その結果は3打数3安打と私は1度もアウトにする事が出来なかった。

 

そして3度目……。この試合も私は『あの人』を抑える事が出来ず、私は合計で7打席勝負して、全て打たれたのだ。

 

(そんな強敵に負けないように無茶な練習をして、右肩を壊し、痛めた右肩を療養しつつ、幸いにも両利きで遊び感覚で左投げの練習をしていた私は約8ヶ月の練習と風薙さんの助力の末に今の私になった……)

 

リベンジの意味合いも兼ねて、長野県内のシニアをくまなく探したけど、『あの人』はいなかった……。

 

(『あの人』がシニアで野球をやっていないのはほぼ確定だろうね。そうなるとリベンジの機会は最低でも高校野球になる……)

 

若しくは野球を辞めてしまっている可能性すらも頭に過ったけど、そんな事がないのを信じるしか私には出来ないね。

 

ちなみに後で知った事だけど、『あの人』は打率を5割丁度に調整する打撃をしているらしい。それは私と対戦した時も含めた全ての試合で……。

 

(まぁいないならいないで良いよ。私はシニアで力を付けて、きっと貴女にリベンジしてみせる……!)

 

『あの人』……宮永咲さんに。でもいざ対面したら私は震えるんだろうなぁ……。

 

「朱里さん。私の調べものは終わりましたが……」

 

「……私も良いかな」

 

「ではシニアの方に行きましょうか」

 

「そうだね」

 

全国に最大のライバルがいない事にホッとしつつ、少し残念に思うけど、私は私の野球を続けるだけなんだ。



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松原中学①

今日は雷轟に誘われて、雷轟が通っている中学校……松原中学の文化祭に足を運んでいる。

 

「朱里ちゃーん!こっちこっち!!」

 

「お待たせ」

 

全国大会に向けて練習しなくちゃな時期なんだけど、たまには息抜きをしないといけない……と金原からのお達しなので、偶然にも文化祭が近日にあった松原中学へと雷轟に招待された訳だ。

 

「……ところで雷轟のクラスでは何かやってるの?」

 

今の雷轟の格好を見ると私服ではなく、執事服……のような衣装を身に纏っていた。

 

「私達はね……男装喫茶店だよ!私達の学校は女子中(という設定に)だから、こういうのが人気出るんだって!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「ちなみに来年はメイド喫茶をするって息巻いてたから、その子と同じクラスになったら多分メイド喫茶になると思うよ」

 

既に来年の出し物について決定してるんだ……。

 

「それじゃあ朱里ちゃん、私達のクラスに行くよっ!」

 

「わっ!?ちょっ、腕を引っ張らないで……!」

 

私は雷轟に強引連れて行かれ、雷轟のいる男装喫茶店とやらの客になる事が決定した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、雷轟のクラスの喫茶店に到着。

 

「……思った以上に本格的だね」

 

「でしょでしょ!?」

 

テ、テンション高いなぁ……。

 

「あれー?遥、お客さん連れて来たのー?」

 

「うん!朱里ちゃんだよ!」

 

いや、いきなり朱里ちゃんだよって言われても、伝わらないでしょ……。

 

「ああ!貴女がいつも遥が言ってた朱里ちゃんですね!?」

 

「えっ……?」

 

どうやら朱里ちゃんだよで伝わったらしい。いつも言ってたって……。一体雷轟は私の何を伝えてるんですかね?

 

「私は遥のクラスメイトの最中(さいちゅう)と言います。皆からはモナカって呼ばれてます!」

 

「は、はぁ……。早川朱里です?」

 

……って言っても私の事知ってるっぽいんだよね。どうやらこの最中さんがこのクラスの出し物を決めた張本人らしい。

 

「遥からはいつもやれ朱里ちゃんがーとか、毎日耳タコレベルで話を聞いてますけど、今日は早川さんから見た遥の印象だったりを話してくれると嬉しいです!」

 

「わ、私から見た雷轟の印象……?」

 

「モナカちゃん!今は仕事しないと!」

 

「さっきまで外にほっつき歩いていた遥がそれを言うのかね……。失礼致しました。ご注文は如何なさいますか?」

 

切り替え早っ!急に仕事モードになるじゃん。というか雷轟はさっきまでサボってたの……?

 

「え、えっと……。アイスコーヒー1つ」

 

「畏まりました。砂糖とミルクはおいくつご利用ですか?」

 

「なしで大丈夫です」

 

「他にご注文はございますか?」

 

これから食べ歩きする事も考えると……。

 

「……以上で大丈夫です」

 

「畏まりました。アイスコーヒー1つお願いしまーす!」

 

『合点!!』

 

……なんか喫茶店からは到底聞けない返事を聞いた気がするのはきっと気のせいだろう。

 

「あっ、遥?もう少ししたら私と一緒に休憩だからね」

 

「本当に!?」

 

「だから早川さんに良い仕事を見せてあげてね」

 

「合点!!」

 

気のせいじゃなかった。普通に合点って言ってたわ。

 

その後休憩時間までの雷轟は接客に尽力を注いでいた。なんか看板娘ばりの人気だったなぁ……。



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松原中学②

雷轟と最中さんの休憩時間にになり、私に文化祭の案内をしたいと名乗り出た2人が私の前をトコトコと歩く。

 

「朱里ちゃん、何か見たいものはある!?それとも何か食べたい!?」

 

「さっきコーヒー飲んだばかりだから、まだ食事は良いかな……。それよりも他はどんな出し物があるの?」

 

「えっとね……」

 

この学校のクラスは1学年5クラスで合計15クラスと、10程の部活が文化祭の模擬店やら、アトラクション?やらを経営しているようだ。雷轟からもらったパンフレットによると……。

 

(お化け屋敷、射的、輪投げ、くじ引き、お化け屋敷、スーパーボール救い、お化け屋敷、お化け屋敷、お化け屋敷……って、お化け屋敷が多くない?)

 

模擬店の方はたこ焼き屋、クレープ屋、焼きそば屋、フライドポテト屋、お化け焼き屋等々……ここでもお化けなの!?どんだけお化け好きなんだよ……。

 

「……なんかオススメはある?」

 

「私のオススメはお化け屋敷だよ!モナカちゃんは?」

 

「そうだね~。色々あるけど、やっぱりお化け屋敷かな」

 

……2人の発言の違いがわからない私が悪いのかな?どこのお化け屋敷がオススメなの?

 

「……とりあえずお化け屋敷を回ろうか」

 

「うんっ!」

 

「そうだね」

 

結局どこのお化け屋敷を回れば良いのかわからないので、片っ端から回る事にした。今日はお化け屋敷デーだね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どのお化け屋敷も結構凝ってたね~」

 

「そうだね。特に運動部が考えたのはレベルが高かった……」

 

5つのお化け屋敷はどれも中学レベルにしてはかなり凝ってたと思う。ちなみに1年生フロアに1つ、2年生フロアに1つ、3年生フロアに1つ、文化部のフロアに1つ、運動部のフロアに1つとかなり場所がバラけていたので、回るのにかなり時間が掛かった……。

 

「朱里ちゃんも、モナカちゃんも、よく堂々と歩けるよね。私なんかずっと2人にしがみついてたのに……」

 

「遥ってば怖がりだね~。そんなんでよく早川さんにお化け屋敷を進めたよね?」

 

「だってこの学校の文化祭はお化け屋敷に力を入れてるんだよ!?どんなに怖くても見なきゃ損だよ!!」

 

そんな力説をしている雷轟はずっと私と最中さんのような後ろで怖がっていた。ちなみに至近距離から雷轟の叫び声を聞いて、耳がキンキンしている……。

 

「怖いもの見たさも程々にね」

 

「はーい……」

 

学校では最中さんが雷轟の保護者ポジションになってるっぽいね。

 

「そんな早川さんには高校で遥の保護者ポジションを献上しますっ!」

 

「いらない……」

 

「朱里ちゃん酷いっ!?」

 

だって雷轟を学校までお守りをするのはごめんだよ?シニアの休日だけでいっぱいいっぱいだよ。

 

「でも朱里ちゃんなら全国の野球強豪校からスカウトが来るんじゃないの?」

 

「うーん……。正直スカウトに応じるつもりはないんだよね」

 

「そうなの?」

 

「自分の目と足で行く高校を決めるかな。手の空いた日に高校見学とかして」

 

野球は好きだけど、県外とかごめんだよ。

 

「あっ、連絡が来てる……。遥、私達の休憩が終わったら、そのまま講堂に集合だって」

 

「了解!今日はもう喫茶店の方は良いのかな?」

 

「今日が2日目だし、遥はウチのクラスの看板娘だけど、あっちの方に集中してほしい……だってさ」

 

あっちの方?

 

「あの、雷轟達は今から何をやるの?」

 

「秘密っ!強いて言うなら、文化祭ならではお祭り企画だよ♪」

 

な、なんか怪しい笑み……。

 

「じゃあ私は今から講堂に行くね。朱里ちゃん、講堂の目玉企画は16時からだからね!」

 

そう言って雷轟は走り去って行った……。元気だね。

 

「……私も遥を追い掛けて行くかな。またね早川さん」

 

最中さんも雷轟を追い掛ける為に走り去って行った。結構足速いね……。



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松原中学③

雷轟達の言う講堂の目玉企画とやらの時間である16時までまだ時間があるので、私は適当にブラブラする事に。そして辿り着いた先は……。

 

「グラウンド……」

 

息抜きに来た筈なのに、なんだかんだ行き着く先は野球と縁深い場所だ。年がら年中野球の事を考えてる気がする……。もしかしなくても私って野球馬鹿?

 

(……いやいや、適当に歩いただけだよね。気のせい気のせい)

 

それに今このグラウンドは文化祭の影響で模擬店が数店並んでるし、私はそれを見に来たと言っても過言じゃないね。だからこうしてピッチャーマウンドを通るのも必然的……。

 

(結構作り込まれたマウンド……。ここで投げてる子は相当な野球好きなんだね……)

 

 

ドンッ!

 

 

「わっ……!」

 

ヤバ……。余所見してて、誰かにぶつかっちゃったよ。オマケに尻餅ついちゃったし……。

 

「す、すみません。大丈夫ですか?」

 

「は、はい。大丈夫です……」

 

尻餅をついちゃったけど、これは余所見してた私が悪いし、仕方ない。

 

「立てますか?手を貸します!」

 

「ありがとうございます」

 

余所見していた私に手を差し伸べてくれるなんて良い人だね。

 

「………!」

 

「………?」

 

ぶつかった相手の手を取ると、私はある事に気付く。

 

(この人の手……かなり投げ込んでる。投手なのかな?もしかしてここの野球部の人?)

 

その人、手は投げ込みで出来たマメがあった。手入れもキチンとしてるけど、それに負けてないくらいに固くなっていた。

 

「あっ、すみません……」

 

「いえいえ!文化祭、楽しんでくださいね!」

 

そう言って彼女は走って行った。急いでいたみたいだけど、このグラウンドに何か用でもあったのかな?

 

(野球を続けていたら、いつかはあの人とも対戦する事になるのかな……?)

 

手に取った右手の固さでわかるのは相当投げ込んでいる事と、決め球は恐らくカーブ系だという事……。多分ここの野球部の人だろう。シニアでは当たらないにせよ、高校野球の対戦相手になる可能性がある。

 

(二宮は既に高校に向けて情報を集めているみたいだし、私も見習って、ある程度の情報収集くらいはしておいた方が良いのかもね……)

 

それがいつか役に立つかも知れないし、まずは埼玉県内の有力な高校から調べてみようかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(文化祭なのに、思わずグラウンドに寄っちゃったな……。学校に来るとついついグラウンドに足を運んじゃうんだよね)

 

「ヨミー!早く行くよー!」

 

「うんっ!」

 

(そういえばさっきぶつかった人……大丈夫かな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

16時が近くなったので、私は講堂に足を運ぶ。中は既に客席の半分くらいが埋まっている……。

 

(こ、ここで何が行われるのかな……?)

 

まぁ大体予測は出来るけどね。そう思って壇上を見てみると、雷轟がギターを持ってステージへ上がっていた。なんで……?

 

雷轟達の即席バンドはこの文化祭の目玉企画と呼ばれるだけあって、最高潮の盛り上がりを見せていたのは言うまでもない事である……。



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年末 前編

※今回はゲームするだけの話です。閲覧注意。


12月31日……いわゆる大晦日と呼ばれる1日。今日と明日の2日間、私達は金原の家に泊まる事になった。

 

「いやー、クリスマスも練習だった分、年末年始はパーッと遊ばないとね!」

 

「賛成賛成!練習も大事だけど、遊ぶ事も大事だよ!」

 

「適度に息抜きするのも大切なのは間違いありませんね」

 

「あはは……」

 

ちなみに面子は家主の金原、橘、二宮、清本、そして私の5人だ。

 

「集まったは良いけど、具体的に何をするの?」

 

「アタシ達は昨日まで暑い日も寒い日も練習漬けだったけど、今日は暖房が効いた部屋でのんびりとゲーム大会でもやろうかなって☆」

 

「いずみちゃんに言われて、ゲーム機を持ってきたけど……」

 

「テレビゲームをするのなら、携帯ゲーム機はいらなかったかも知れませんね」

 

金原に言われて私達はそれぞれSwitchと3DSを持ってきたけど、テレビゲームがメインなら、余計な荷物だったよね……。

 

「それはそれ、これはこれ!まずはSwitchで大乱闘でもしよっか☆」

 

「良いね~!私の持ちキャラで捻ってあげるよ!」

 

「決まりのようですね」

 

「ま、まぁこうやって引っ張ってくれるのは、私としては助かるかも……」

 

「皆が良いなら、良い……のかな?」

 

まずは金原の提案で大乱闘をする事に。金原がマリオ、橘がピカチュウ、清本がクッパ、私がシュルクなんだけど……。

 

「み、瑞希ちゃん。もしかしてランダムなの?」

 

「はい。私はいつもこれでやっています」

 

「えっ……。ひょっとして瑞希ってば全キャラ使える感じ?」

 

「どのキャラも人並み程度には扱えるとは思いますが……」

 

どうやら二宮はランダムでいつも大乱闘をしているらしい。それって一種の縛りプレイじゃないの?よくそんな事が出来るよね……。

 

「ステージは終点で良いよね?」

 

「アイテムは?」

 

「まぁ最初はなしで良いっしょ。回数重ねたら、色々使うって事で」

 

「オッケー」

 

金原と橘によるルール設計も終わり、いよいよ試合開始だ。やってるのは野球じゃないけど、やるからには勝つつもりで……!

 

「うっ……!」

 

「うわ……」

 

「ええ……?」

 

「そんな……」

 

「今回はかなり当たりですね」

 

二宮のランダムの結果はジョーカー。このゲーム最強と言っても過言じゃないキャラと当たってしまった。これ二宮を集中狙いしないと勝てないんじゃないの?

 

※ゲーム内のキャラの強さは諸説あります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ……わかりきった結果だったかな?」

 

「キャラ性能バグだから仕方ないよ」

 

「まさか1ストックも取れないなんて……」

 

「チーム戦でもないのに、まとまった連携が出来る訳がないしね……」

 

「私は普通にプレイしたつもりです」

 

ゲームの結果は二宮の勝ち。しかも私達は二宮に対して1ストックも削れずに負けてしまったのだ。

 

「キャラ性能もそうだけど、瑞希のプレイングがテク過ぎなんだって!」

 

「それが相まってこんな結果になっちゃった訳だし……」

 

「リベンジだよリベンジ!」

 

「負けっぱなしじゃいられないよ!」

 

金原と橘が二宮に対してリベンジを申し立て、私と清本がそれに巻き込まれる感じで大乱闘は続いた……。

 

次の試合からも如何せん二宮が上手過ぎて私達はボコボコにされてしまったのは言うまでもない事だろう……。



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年末 後編

数戦程大乱闘を続けた後、少しの休憩タイム。今は軽いお菓子パーティーとなっている。

 

「結局瑞希ちゃんには勝てなかったね……」

 

「少なくともタイマンでは誰も勝てなかったよ……」

 

「多人数で挑んでようやく互角くらいだしね……」

 

「そんな瑞希はずっとキャラをランダムで使ってるしね……」

 

平然とスマホを弄っている二宮を見て私達4人はそう呟く。どうやったらあんなにテクニシャンになれるのかな?少し前にそれを二宮に聞いてみたところ……。

 

「私の場合は姉の影響がかなり大きいと思います。姉は現役のプロゲーマーですから」

 

……だそうだ。二宮の姉は有名なプロゲーマーらしく、幅色いジャンルのゲームをやっている。大きな大会の優勝経験が何度もある本物の実力者。

 

(そんな姉からこの妹がね……)

 

「そ、そういえば二宮は今何をしているの?」

 

「ネットで人狼ゲームをしています」

 

じ、人狼ゲームもやってるのか……。本当にゲームの守備範囲が広い。

 

「人狼……。そうだ!今から人狼しない?」

 

二宮がネットで人狼ゲームをしている事から閃いたのか、人狼ゲームの提案をしてきた。

 

「やるのは良いけど……」

 

「人狼やるにはちょっと人数が少なくない?」

 

橘の言うように、私達は5人しかいないから、人狼ゲームをするには少し少ない。

 

「5人だとワンナイト人狼になりそうですね」

 

「ネットで有識者を集めるって手はあるけどね」

 

清本の案によって私達はスマホで人狼ゲームのアプリを起動。そのアプリは全国に繋がっており(通話付き)、全国に有識者を集め、合計で10人となった。

 

「よーし!頑張るぞー!」

 

「な、なんかドキドキしてきた……」

 

「内訳5人は知らない人で、顔が見えてないからね……」

 

「アタシはワクワクしてるよ☆」

 

「では対戦よろしくお願いします」

 

累計10人による人狼ゲームの始まり始まり……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、人狼ゲームを数戦やったんだけど。

 

「うーわ!また負けたし……」

 

「瑞希ちゃん人狼も強過ぎだよ……」

 

「容赦なかったね……」

 

「私は思った事を言っただけです」

 

「それが普通に強いんだって……」

 

人狼ゲームでも二宮無双。逆に何のゲームなら二宮に勝てるの?

 

「でも人狼ゲーム楽しかったね~。これはシニアのメンバーを集めてまたやってみたいかも☆」

 

「確かに確かに!それでいつかは人狼の館にも行ってみたい!」

 

「人狼の館……?」

 

「八丈島の奥底にひっそりと建っている黒い館がそうですね。丁度今の時期に人を集めて、人狼ゲームをやっているらしいです」

 

「まぁ私達には縁のない話だよ。野球に集中しよう」

 

「だね☆」

 

人狼ゲームも終えて良い時間になったので、そろそろ年越しそばを食べる事に。人狼ゲームで二宮無双をされたのは忘れよう。チームメイトとしては頼もしいけど、敵に回ったら、絶対に勝てないし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしこの日の人狼ゲームが切欠に、私達が本格的に人狼ゲームをする事になるとは思わなかった……。



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新年明けました?

5人で色々なゲームをしている内に、気が付けば年明け寸前。ごはん食べたりとか休憩を挟んでたけど、それでも時間の経過が早い気がする……。

 

「もうすぐ新年だね~」

 

「あと10分くらいで今年も終わりだね……」

 

「いやー、こんなにガッツリとゲームをしたのも久々だよねー」

 

「まぁそう言いながらも、私達は現在進行形でゲームしてるけどね……」

 

「たまには良いのではないですか?」

 

ちなみに今は桃鉄をやっている。ちなみにSwitchのじゃなくて、PlayStation2の昔懐かしのやつだ。大阪のおばちゃんとかが出てくるの。コントローラー1つで4人対戦が出来るから、結構好きなんだよね。桃鉄。ちなみに二宮が見学兼お助け役。だって強過ぎるんだもの。

 

「ちょっ!?ここで貧乏神変身は不味いって!」

 

「今やってるのが西日本編なので、貧乏神の変身先は2択ですね」

 

「……という事はミニかキング?冗談じゃない!ミニ!ミニ!!」

 

「は、はづきちゃん必死だね……」

 

「気持ちはわかるけどね~☆」

 

「あっ、ミニで止まった……」

 

「良かった……」

 

橘がホッとしたその瞬間……。

 

 

ピシャーッ!!

 

 

「は?」

 

「あっ、追い変身した……」

 

「なんて残酷なフェイント……」

 

「これがあるから、一概に安心が出来ないんだよね……」

 

「こればかりは仕方ありません」

 

ミニからキングに追い変身した貧乏神を見て、橘は放心状態になった。これは巻き返しがキツそう……。

 

「ま、まだだ。まだ終わらんよ!こうなる事を見越して、売らずに温存していたカードが……!」

 

「あっ、キングが来月まで待てないって言ってる……」

 

「竜巻演出って事は……」

 

「カード全捨てですね」

 

「なんでそんなピンポイントなの!?カード捨てられるくらいなら、多額の借金した方が全然マシなんだけど!?」

 

橘が怒りのあまりに抗議している。まぁ桃鉄ってこういうゲームだしね……。

 

「これではづきは絶望的かな……」

 

「はづきちゃんだけ私達と離れてるもんね……」

 

キングに慈悲は存在せず、次の橘のターンには……。

 

「ボンビラス星に招待だって」

 

「もうこれ追い討ちでしょ……」

 

橘の電車だけ地球上から消えてしまう事に。

 

「そんなはづきさんに悲報です」

 

「もうこれ以上の悲報はないと思うんだけど……何?」

 

「この瞬間年が明けました」

 

「嘘ぉ!?」

 

「もうタイミングの悪さが全開だね……」

 

「これが巷で騒がれている『年越しの瞬間に地球にいなかった』って現象か……」

 

「上手い事言ってる場合ですか!?朱里せんぱい!!」

 

「しかしキングの悪行回避は擦り付け以外に方法ないんじゃない?」

 

「そうでもありませんよ。パネルアタックで1~6の数字を被らせずに出し切ったり、サイコロ10個の出目を当てる事が出来れば、キングは何もしません。無償でターンが終わります」

 

「いやいやいや、そんなの不可能だからね!?」

 

「確率的にも不可能に近いよね……」

 

「でもなんで瑞希はそんなの知ってるの?攻略情報?」

 

「いえ。ソフトは違いますが、1度だけ両方共実現した事があります」

 

『…………』

 

明けましておめでとうございます……。



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初日の出

同時に番外編も投稿しています。これも番外編じゃい!


年が明け、未だに桃鉄で惨敗した橘が灰になっている。白い……。

 

「初日の出をどこで見よっか?瑞希、なんか良い場所ない?」

 

「そうですね。この辺りで行けそうな初日の出見学のスポットは……」

 

二宮は初日の出を見る為のスポットを探してる……。そんな場所まで知ってるの?逆に何を知らないの?

 

「この場所でどうでしょうか?ここからもそこまで時間が掛かりません」

 

「良いねぇ~!じゃあそこに決定~☆」

 

「み、瑞希ちゃんって何でも知ってるね……」

 

「何でもは知りません。知っている事だけです」

 

だからその知らない事が何なのかって話だよね……。

 

「はづきさんも寝ているみたいですし、私達も仮眠を取りますか?」

 

橘は灰になっているだけ……ってその状態で寝てる!?

 

「わ、私はちょっと寝させてもらおうかな……」

 

「私も……。いつもならもう寝てる時間だし」

 

私と清本は仮眠を取らせてもらう事に。だっていつもは22時には寝てるんだもの!

 

「まだ日を跨いだばかりなのにもったいないね~。アタシは初日の出見てから寝ようかな。今日はシニアの練習休みだし」

 

「私も起きています。その方がいずみさんの暇を潰せるでしょう?」

 

「流石は瑞希!わかってるぅ♪」

 

どうやら二宮と金原はそのまま初日の出を見に行く事に決定したそうだ。元気だねこの2人は……。

 

「じゃあ良い時間になったら起こしてね……」

 

今日は色々あり過ぎて疲れた。仮眠とはいえ、グッスリと眠れそう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ……今何時?

 

「おはようございます。朱里さん」

 

「朱里おはよー☆」

 

「おはようございます!朱里せんぱい!」

 

「朱里ちゃんおはよう……」

 

どうやら橘も清本も既に起きているみたい。時刻は……4時50分。5時間弱は寝れたね。まだちょっと眠いけど……。

 

「うわっ!また読まれた!?」

 

「いずみさんは比較的読みやすいですね。もう少しポーカーフェイスを心掛けた方が良いと思います」

 

「ポーカーフェイスないずみちゃんとかいずみちゃんじゃなくない?」

 

「はづきー?それはどういう意味かなー★」

 

金原が橘に詰め寄ってるけど、まぁ確かに金原が二宮みたいな無表情とか想像が出来ないな……。

 

「……で、何をやってるの?」

 

「ポケモンだよ。USUM」

 

「なんで1世代前……」

 

「だって剣盾は内定しているポケモンが少ないもん!」

 

「私もちょっとレート潜るには主力が足りないかも……」

 

「そうですか?これはこれでやっていけると思いますが……」

 

※2020年1月1日時点の話です。

 

「だからこうしてUSUMで対戦してるの!ゲッコウガも使えるし、ガルドもフィールドもナーフされてないし☆」

 

そういえばギルガルドは剣盾で弱体化したんだっけ?今でも全然やれると思うけど……。

 

※2020年1月1日時点の話です。

 

「朱里はどうなの?剣盾楽しい?」

 

「まぁそれなりに……」

 

野球の息抜き程度だから、ランクマッチも対して潜ってないし。

 

「朱里ちゃんも起きたし、そろそろ準備した方が良いんじゃないかな」

 

「そうですね。3人は先に準備を済ませてください」

 

「了解っ!」

 

「わかったよ」

 

二宮と金原がポケモンに熱中している内に、私達は出掛ける準備を済ませた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって神社の近くまで来ました。このスポットは日の出が綺麗に見える……との事らしい。神社に入ると出店もあるし、かなり良い場所だと思う。

 

「ああー!負けた負けた!もうこの悔しさは屋台の食べ物を食べて発散するしかないね!」

 

「野球で発散してください」

 

金原がややヤケクソ気味に言い、二宮が返す。紛う事なき正論である。

 

「結局全部で何戦したの?」

 

「丁度10戦。結局1度も瑞希に勝てなかったけど……」

 

もう突っ込まないよ私は……。

 

「い、一応瑞希ちゃんは高レート台だったもんね……」

 

「ちなみに最高はどれくらい?」

 

「USUMでは2120、剣盾では最終13位ですね」

 

もう普通に廃人レベルだ。それでよく野球の練習に追い付けるよね。情報収集も完璧だし。最早これは七不思議だよ……。

 

「す、凄い……」

 

「姉は何度も最終1位を取っているので、それに比べれば私はまだまだです」

 

二宮の場合はそれと併用して野球の練習と情報収集を行っているんでしょ?いつ寝てるの?

 

「それよりもそろそろ日の出の時間ですよ」

 

二宮に言われて私達は東を向く。するとそこには朝日が登る光景が……。

 

「綺麗……」

 

「高台でもないのに、こんなに映えるなんて……。流石は瑞希ちゃんのオススメスポットだよ!」

 

「気に入っていただけたのなら何よりです」

 

(今年の1年は後悔のない年にしよう……!)

 

登ってくる初日の出にひっそりと誓った。



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秋葉原

3月某日。今日から全国大会だ。

 

シニアの全国大会は東京で行われるようで、私達川越シニアは東京まで足を運んでいる。ちなみに球場は秋葉原の近くだ。

 

「あーきはーばらーっ!!」

 

「急に叫んでどうしたの橘……?」

 

「なんかアキバってテンション上がりません!?もうワクワクが止まらないっ!!」

 

「はづきの気持ちもわかるけどね。アタシはどっちかと言えば池袋の方が好きだけど、東京ってなんか未開の地っぽいしね☆」

 

そういうものなのかな……?そんな感情を余り抱かない私が可笑しいのかもだけど。ちなみに池袋に対しても特にテンションが上がったりはしない。

 

「はづきさんはオタク寄りの人間ですからね。『オタクの聖地』とも呼ばれる秋葉原がシニアの全国大会の開催地と聞いてからこの日を楽しみにしていたみたいです」

 

「オタクじゃなくともテンションは上がると思うんだよ!だって日本の中心に来た気分になるじゃん!」

 

どうやら橘は東京が日本の中心だからという理由でテンションが上がっているみたいだ。……日本の中心って東京だったっけ?

 

「でもはづきちゃんって急にベンチ入りしたし、監督からはかなり期待されてるんじゃないかな……?」

 

清本の言うように、橘は年明けの練習から2ヶ月奮起し、その結果なんとベンチ入りしたのだ。

 

「大晦日の悔しさをバネに頑張った甲斐があったよ!これで朱里せんぱいにも1歩近付けた!!」

 

「まだ大晦日の出来事を根に持ってるんだね……」

 

まぁくだらない理由みたいだけど、どうあれベンチ入りした実力は本物だし、期待はして良いのかもね。

 

「よーし!開会式は明日だし、今日はアキバ廻りしちゃうぞーっ!!」

 

「確かに監督は今日のところは自由行動って言ってたけど、余り遅くならないように……ってもういない!?」

 

橘が遅くならないように注意しようとしたけど、もう橘の姿はそこにはなかった……。

 

「じゃあアタシは池袋の方に行ってみようかな。貯めてたお小遣いとお年玉が火を吹くよ☆」

 

「む、無駄遣いは程々にね……」

 

普段はストッパーの金原もどうやら東京の空気に当てられたらしく、早足で去って行った。その走力を試合で活かしてほしいものだよ。

 

「私達はどうしよっか……?」

 

「私はとりあえず宿舎に行きます。和奈さんと朱里さんはどうしますか?」

 

「わ、私は瑞希ちゃんに着いて行こうかな……?東京って人が多くて、ちょっと酔いそうだし……」

 

清本はいつまで人見知りスキルを発動してるのかな。私達川越シニアの4番なんだから、もっと胸を張ってほしい。

 

「……私も宿舎に着いて行くよ。橘や金原程東京に興味もないしね」

 

そういえばフロイスさんに川越シニアが全国大会出場の報告を兼ねて連絡したら、応援に行くと言っていたそうだ。どうやら近くに旅行しに来ていたみたい。

 

「全国大会……。私達はどこまで勝てるのかな?」

 

「無論目指すは優勝です。負けるつもりはありません」

 

「夏は渋谷シニアに負けたし、チームとしてはリベンジを果たしたいところではあるんだけど……」

 

渋谷シニアって全員がかなり手強いんだもの。男女揃って化物しかいないもん。私とか、一ノ瀬さんの球が通用するのかな……?

 

(……なんて、グダグダ考えても仕方ない。賽は投げられたんだ。私達は私達の全力をこの大会で尽くすのみ)

 

1戦でも多く勝ち、目指すは優勝だ……!



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大切な初戦

くじ引き、開会式が終わり、私達は宿舎に戻ってミーティングを行っている。

 

「初戦の相手は尾張シニアだよ!」

 

「愛知の超名門シニアですね……」

 

尾張シニアは10年連続で全国出場を決めている強豪シニア。その知名度は『愛知のシニアと言えば尾張シニア。それ以外のチームは二流』とも言われるレベルの実力者揃いのチーム……。

 

「初っぱなから当たって良いチームじゃないよね~……」

 

「で、でもいつかは当たる相手なんだし、早いに越した事はないんじゃないかな……」

 

金原の言うように初戦で当たるにはキツい相手だし、清本の言うように対策の少ない内に当たっておきたい相手でもある。特に渋谷シニアなんかは……。

 

(夏と同じ。渋谷シニアと当たるのは決勝戦か……)

 

「それで初戦のオーダーなんだけど……」

 

私が色々と考えている間、六道監督は……。

 

「先発投手ははづきちゃんで行くからねっ!!」

 

「へ?」

 

橘本人にとって爆弾発言。橘を中心とした周りの空気が凍った。

 

「い、いやいやいや!な、なんで私が先発なんですか!?相手は愛知の超名門ですよ!?」

 

「えっ?だってはづきちゃんはここ3ヶ月で1番伸びてるし、早めに全国の舞台を経験してほしいから……」

 

「私じゃ荷が重いと思うんですけど……。朱里せんぱいとか羽矢先輩で良いじゃないですか!」

 

「確かに朱里ちゃんや羽矢ちゃんなら尾張シニアを相手に勝てると思うよ。でも……」

 

一息置いてから、六道さんは……。

 

「はづきちゃんはきっと尾張シニアを相手に通用するよ。私はそう信じてる」

 

「監督……」

 

そう断言した。橘の背番号は20番。ベンチ入りギリギリのラインだけど、六道監督によると『はづきちゃんの成長スピードは凄いよ。もしかしたらシニアで1番かも……』との事らしい。急遽20番に置いておく事にし、橘の成長を見ていこう……というのが六道監督の方針だそうだ。そして今回の試合で橘を先発投手に選んだのはその方針の一環だそうだ。荒療治が過ぎる気がするけど……。

 

「……わかりました。そこまで期待されてるんじゃ、応えなきゃ女が廃るってもんですよ!」

 

「ありがとう!じゃあよろしくね!」

 

「はいっ!!」

 

橘のピッチングは若干豪快なものだけど、リードするのが二宮なら、なんとかなるのかも知れないね。

 

「それでは試合前に配球の確認をしましょうか」

 

「うん!この間に新規習得した私の決め球でバシッと抑えちゃうよ!」

 

「これまで投げてこなかった変化球を決め球にするのは些か危険ですが、はづきさんのその絶対的な自信を見ると、その決め球を中心に配球を組むのも悪くはありませんね」

 

「やった!」

 

「ですがサインには極力応えてくださいね?はづきさんはこれまでサイン無視が続いていましたので……」

 

「うっ……!ぜ、善処するよ!」

 

このような橘と二宮のやりとりに少し不安を感じるけど、監督の指示だし、間違い……という事はないと思う。

 

まずは初戦突破で勢いを掴んでいきたいところだね……。



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VS尾張シニア 前編

対尾張シニア戦。先発投手は六道監督の指示で橘となった。本人は不安そうにしてたけど、監督の言葉によって奮起したみたいだ。そして……。

 

(1番に金原、3番に友沢、4番に清本、5番に高橋さん、8番に二宮……。この並びも最早恒例になったね)

 

オーダーの中に6人も女子がいる事そのものが凄いのに、恒例の並びを女子が占めているのが更に凄い。男子も特に不満を持ってないのが六道監督の手腕なんだろうね。

 

「こ、こんな大舞台でいきなり私が投げる事になるなんて……!」

 

「緊張する気持ちはわからなくもないですが、早いところ切り替えなければ相手の思う壺です」

 

「そ、そうだよね?よ、よし……!」

 

当の橘は緊張しっぱなしで、二宮に促されて深呼吸を繰り返している。まぁあの調子なら、試合開始までには緊張も解れている事だろう。

 

「は、はづきちゃんの気持ちはよくわかるよ。私もこの空気に当てられて、震えちゃってるし……」

 

「和奈さんは緊張し過ぎです。貴女は東京どころかアメリカの舞台にも立ったでしょう?」

 

「アメリカと東京はまた別だよ……」

 

清本は清本で緊張している。なんなら橘よりも緊張している。言いたい事はわかるけど、普通逆なんだよね……。

 

「そういう瑞希ちゃんは落ち着いてるね。やっぱり緊張とは無縁なの?」

 

「そんな事はありません。私だって人並みに緊張はします」

 

「表情からはわからないなぁ……」

 

「わ、私も……」

 

二宮だって緊張くらいはするらしい。いつもの無表情だから、わかる訳がないよね。

 

「そろそろ試合開始だよ!早く切り替えて切り替えて!」

 

監督の一言で不思議と辺りが静かになった。本当に試合へと切り替えてるんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

試合は私達の先攻。状況は相手投手に連続で三振を取られたところだ。

 

「やっぱ全国レベルは違うね~……」

 

「いずみさんは夏も相手をしたと思いますが……」

 

「い、いや、ほら、あれだよ!夏に比べて球のキレが上がってるって言うか……」

 

「それはそうでしょう。夏と同じ状態なら、そもそも全国に進めてはいません」

 

金原の言い訳タイムを二宮が軽く受け流す。まぁ金原の言う事は合ってるんだけど、二宮の正論がキツくて金原が押し黙っちゃってるよ……。

 

 

コンッ。

 

 

3番の友沢がセーフティバント。三塁線に上手く転がして……。

 

『セーフ!』

 

セーフとなった。これでツーアウト一塁。

 

「ふ、ふぅ……!」

 

次は清本の打順なんだけど、まだ緊張が溶けていないようだ。大丈夫かな……?

 

「和奈さんなら心配いらないでしょう」

 

二宮がそう言うなら、多分大丈夫なんだろう。清本との付き合いが1番長い清本なら……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

しかしあっという間に追い込まれた。清本と勝負しようとしているから、救いと言えば救いか……?

 

(そういえば尾張シニアは清本と対戦するのは初めてなんだっけ……?まぁ夏はアメリカでリトルリーグの世界大会の方に出てたしね)

 

清本、二宮、そして私の3人は夏の全国大会には出ておらず、同時期に進行していたリトルリーグの世界大会(小学5年生~中学1年生が出場対象)に出ていたからね……。

 

(でもそんな急な状況下でも清本を4番に据えた……。その理由は単純明快……監督が清本和奈という人間を信用しているからだ)

 

だから……。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

相手投手は3球勝負のつもりで内角へと曲がるスライダーを投げた。それを清本が合わせて打った……。ただそれだけの話なんだけど、そんな簡単に出来る技術じゃない。しかも女子が、況してやシニア最小と言っても良いくらいに小さい清本がそれをやってのけたのだ。

 

打球はライナーの形を描き、そのままスタンドへと突き刺さった。

 

「せ、先制点……だよね?」

 

「そうですね」

 

「アタシ達が夏でも苦戦した投手に和奈はたった3球で素早く対応したって事だよね?」

 

「そうなりますね」

 

「しかも打ったのはホームラン。流石はウチの4番だわ……」

 

呆れ混じりに清本を称賛している金原だった。まぁこれに関しては私も同意見かな……。

 

(しかし先制点を取れたのは大きい……。欲を言えばこのまま逃げ切りたいね)

 

試合がどうなるかは橘次第になる……。頼んだよ?



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VS尾張シニア 後編

1回裏。マウンドにはようやく緊張が解れた橘。

 

(そういえば橘が練習以外で投げるのを初めて見るな……)

 

紅白戦や練習試合でも橘が投げる事はなかった。そんな中この大舞台で任されたって事はそれなりの実力を持ってはいるんだろうけど……。

 

「はづきちゃんが心配?」

 

「監督……。まぁそうですね」

 

私が橘の心配をしている他所に、六道監督が私に声を掛けてきた。

 

「大丈夫だよ。今はわからなくても、その内わかる時が来るよ。それこそはづきちゃん自身も自覚していない実力がね……」

 

「橘自身も自覚していない実力……?」

 

「私がはづきちゃんをベンチ入りメンバーに推した時、誰もが……はづきちゃん本人もがはづきちゃんのベンチ入りを反対してたよね?」

 

「そうでしたね……」

 

橘がベンチ入りメンバーとして発表された時、部内のほぼ全員(橘本人を含む)が猛烈な反対意見を出していたのは記憶に新しい。私はそれを見ていてハラハラしていたよ……。

 

「はづきちゃんがこのシニアに入った理由……朱里ちゃんは知ってる?」

 

「えっと……」

 

確かリトル時代の私のピッチングを見て憧れたからって言ってたような……。

 

「うん、それで正解だよ。そしてはづきちゃんが野球を始めたのはこの川越シニアに入った4月から……」

 

「えっ?そうなんですか!?」

 

衝撃の事実だよ。それじゃあまだ1年も満たない内にレギュラー争いが激しいこの川越シニアで女子の橘がベンチ入りしたって言うの!?

 

「そんなはづきちゃんが投手をやりたいって私に言ったその翌日から、はづきちゃんは淡々と練習をして、試合のある日は投手の投げる様をずっとずっと観察していた……。そしてはづきちゃんの才能とも言えるものが、それでいてはづきちゃんにしか出来ない芸当がこの試合出来る見られるかもね」

 

「橘しか……出来ない事が……!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

監督と話している間に橘が相手の先頭打者を追い込んでいた。投げていたのは2球連続でストレートだけど、コースはかなりギリギリを突いていて、審判次第ではボールにもなるところだ。それを二宮の捕球技術によって補っている……。

 

(追い込みましたね。はづきさん、いきましょうか……)

 

(そうだね。監督が整えてくれた、橘はづきのお披露目……次に投げる1球はそのスタートだよ!)

 

橘が振りかぶって3球目を投げる。フォームはサイドスロー。そしてサイドにしては速いストレートと、それと合わせる変化球……恐らくそれが橘の決め球だろう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

左打者の胸元に大きくシュートしながら曲がる変化球……スクリューボールだ。

 

(しかもあれ程のキレのスクリューは見た事がない……)

 

「朱里ちゃんは確かスクリューを取得しようと試みているんだよね?だったらはづきちゃんの投げるスクリューは結構参考になると思うよ」

 

「そう……ですね……」

 

橘はづきの唯一無二のスクリュー。真似は出来なくても、私の投げる偽ストレートの媒体には出来るようにはしておきたいね。

 

「対戦相手の尾張シニアには申し訳ないけど、この試合は橘はづきの成長の為の贄となってもらうよ……」

 

監督が何かしらの企みをしている悪い顔をしていた。ちょっと尾張シニアに同情するな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合結果は5対1。橘の成績は7イニング投げて失点1、被安打5という初試合にして好成績を残して、川越シニアは愛知最強のシニアと呼ばれる尾張シニアに勝利した……。



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張り合い

尾張シニアとの試合が終わった後、私と二宮は話をしたいと言っていたフロイスさんと話をする事に……。

 

「初戦突破おめでとー!」

 

「ありがとうございます」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

なんか祝われた……。なんで?二宮はともかく、私は何もやってないよ?

 

「……ってのはまぁただのお世辞だよ。朱里ちゃんも一ノ瀬さん?も投げてないあのチームに負けるなんて、愛知県最強ってのも大した事ないねー」

 

「…………!」

 

あっけらかんに言ってのけるフロイスさんに寒気を覚える。結構大変な試合だったのに……。

 

「でもあの橘ちゃんは伸びるねー。ありゃ朱里ちゃんや瑞希ちゃんと同じ領域に立てる逸材だ……」

 

「……フロイスさんにもわかりますか?はづきさんの才能を」

 

フロイスさんと二宮は橘の才能について話している。しかし私がそんな逸材とは思えないけどねぇ……?

 

「あの橘ちゃんの才能は成長速度……。見たところ1年にも満たないでしょ?あの子の野球経験」

 

「そうですね4月17日で丁度1年です」

 

4月17日は川越シニアの入団式。この日程は毎年入団式を行っている。橘もその時に入団式した訳だけど……。

 

(六道監督も言ってた。橘の浅い野球経験の中で突出した成長速度……。そして愛知県最強と言われた尾張シニアが橘の成長の為の通過点とも……。監督は一体どこまで先を見てるんですか?)

 

多分二宮ならその行方がわかるんだろうけど……。

 

「でも良いよねー。日本は相変わらず楽しそうだ」

 

「アメリカの方が試合のレベルは高いんじゃないですか?」

 

「そうでもないよー。瑞希ちゃんならもう知ってると思うけど、アメリカのシニアは今ちょーっと物足りないんだよね。私にとっては……」

 

「……それでも私は日本よりもアメリカの方が選手レベルが高いんと思いますが?」

 

「総合的に見ればそうだろうね。でも私がいるシニアには彼方を始めとする強者が集まり過ぎた……。だから相対的に他のチームのレベルが低くなるんだよ。私は正直物足りなく感じるんだ。彼方の球を受けるのは楽しいんだけどね」

 

つまらなさそうに呟くフロイスさん。彼女は一体何を求めてるんだろう……?

 

「だからシニアの試合があっても私は参加しない。私1人が抜けても何の支障もないしね。強いて言うなら、彼方が全力で投げられないくらい?」

 

「それは結構致命的なんじゃ……?」

 

二宮の情報によると、アメリカのシニアの試合日程は日本とほぼ同じ。つまりフロイスさんのところも本来はアメリカ国内の大会がある筈なんだけど……?

 

「多少彼方の力がセーブされてる程度じゃ、あのチームはヒビ1つ入らないよ。1番がチャンスメイクして、後続が広げて、4番がお掃除……。この流れが鉄板過ぎて、私はつまらないんだよー」

 

「それだから貴女は制御の効かない自由人……と呼ばれるのではありませんか?」

 

「手厳しいねー瑞希ちゃんは。尤もその通りだし、私はそれについて反論は何1つないよ。本来ならチームから除名されてる筈だしね」

 

確かに……。こんな自由奔放な人間をシニアでやっていける訳がない。つまり必要とされてるんだ。リリ・フロイスという人間は……。

 

「まぁその点日本の選手達は面白いよね。モノクロだった私の視界に色が付いた感じがする。良い感じにバランスが保たれてるよ」

 

バランス……?

 

「だから何かとつまらないアメリカとは中学いっぱいでサヨナラさせてもらうよ。高校からは日本に拠点を作る」

 

な、なんかとんでもない事を言い始めたぞこの人……。

 

「日本に移住するのですか?」

 

「まぁそんなとこー。張り合いのある相手を見付けるんだよ」

 

フロイスさんの張り合いとなる相手……。そんな人が日本にいるのかな……?



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警戒選手

フロイスさんとの話を続けている内に、こんな話題が出て来た。

 

「そういえばフロイスさんが日本で警戒している選手は既に調べているのですか?」

 

切り出したのは二宮だ。もちろん私もそれが気になっている。

 

「んー?そうだねぇ。まずは川越シニアにいる朱里ちゃん、瑞希ちゃん、和奈ちゃん、一ノ瀬さん、そして新たに橘ちゃんを追加だね」

 

フロイスさんが挙げた川越シニアの中には私がいた。私はそんな警戒するような選手じゃないと思うんだけど……。いや、それよりも金原や友沢がいない?高橋さんもいないし……。

 

「他にも川越シニアでレギュラー入りしている女子選手はいるんですけど……」

 

「ああー、あの子達は逸材だね。でもそれは逸材止まり……。それ以上先には行けないよ」

 

妖艶に微笑むフロイスさん。なんか雰囲気あるな……。それに逸材よりも上?逸材の何が駄目なのか、私にはよくわからない。フロイスさんには何が見えてるの……?

 

「……で、話を戻すと、他のシニアだと舞鶴シニアの三本松さん、網走シニアの四条さん、宍粟シニアの五十嵐さん、館山シニアの六本木さん、横浜シニアの九十九さんと嶋田さん、渋谷シニアの十文字さん。主に挙がるのはこのくらいかな?」

 

結構具体的に挙がったな……。というか知ってる人もいたんだけど!?

 

「嶋田さんって……?」

 

「おや?朱里ちゃんは横浜シニアの嶋田飛鳥をご存じで?」

 

「嶋田さんは私達と同じ川越リトル出身の先輩です」

 

「ふーん?それはまた面白い縁だねぇ。まぁその辺りは聞かないでおくよ」

 

なんかフロイスさんに気を遣われた気がする……。

 

「それはさておき、私が言った選手達は朱里ちゃん、和奈ちゃん、橘ちゃんと嶋田さんを除けば、苗字に漢数字が入ってるんだよね。中々ユニークな字面だよね」

 

一ノ瀬さん、二宮、三本松、四条、五十嵐、六本木、九十九と漢字の1~6と、9、10が入ってるけど、そんなフロイスさんが食い付く程なのかな……?

 

「この中にはまだ7と8がいないのか……。じゃあこの先7と8の苗字が入ってる選手(出来れば女子選手が望ましい)が日本全国のシニアのどこかに入った瞬間、私は名付けよう……選ばれし数字の選手達(ナンバーズ)と!!」

 

(に、二宮……。フロイスさんは一体何の話をしてるの?)

 

(フロイスさんが警戒している選手達の中の大半が漢数字を使われた苗字の選手が多いので、その選手達の敬称を付けたみたいですね。どうやら私もその中に入っていますが……)

 

よくわからないけど、フロイスさんが楽しそうで何よりだと思う。

 

「じゃあそろそろ私は宿に戻るかな……っと」

 

「この辺りに滞在してるんですか?」

 

「まぁ今は夏休み期間だからね。もっと日本をEnjoyするさ!じゃあね~♪」

 

軽快なステップでフロイスさんは去って行った。

 

(それにしても選ばれし数字の選手達(ナンバーズ)か……)

 

名付けた経緯はともかく、フロイスさんの挙げた選手達は男子選手を凌駕するような実力者ばかり……。最大限の警戒が必要なのは確かだね。彼女達に私が投げる可能性もあるだろうし、気合い入れていかないとね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フロイスさんが名付けた数字の選手達(ナンバーズ)という呼称と、それに該当する選手達が全国的に有名となり、数字の選手達(ナンバーズ)という呼称が真実となり、全国的に広まっていくのは……今から2年くらい後の話だ。



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横浜シニア

尾張シニアに勝った私達川越シニアの次の相手は……。

 

「横浜シニアだよっ!!」

 

ドン!と六道監督が伝えた。

 

「2戦連続で優勝候補と当たるって今のキャプテンってクジ運なくない……?」

 

「まぁ対策が進んでくる前に当たるのは良い事だと思いますが……」

 

ちなみにシニアの全国大会はトーナメント形式ではなく、試合毎にクジ引きとなっている。今のキャプテンは男子の先輩なんだけど、金原曰くクジ運が悪いらしい。まぁ連続で強豪シニアと当たる事が運が悪いかどうかは多分諸説あると思う。

 

「過ぎた事は気にしない!今は横浜シニアの対策を進めていくよ!」

 

六道監督が話を対横浜シニアについてどうするか……に切り替える。

 

(横浜シニアと言えば、昨日フロイスさんと話した時に少し話題に出ていたっけ……。確かリトルの先輩だった嶋田さんがいるんだよね)

 

嶋田飛鳥さんは川越リトル出身で、私達の1個上の先輩。自他共に厳しい人で、その厳しさや本人から放たれる圧を苦手とする人も多数いた……。まぁ私はそれ程苦手でもなかったけどね。

 

(嶋田さんの特徴……。まず打撃能力はリトルの中でも清本に次ぐ長打力があった。守備については内野全般をこなす守備職人で、特にサードの守備は全リトルの中でも1番だったとも言われている……)

 

私が知ってる限りだとこんなものかな?二宮だったら、嶋田さんの事をもっと詳しく知ってそうだけど……。

 

「……って感じで、先発は羽矢ちゃんに行ってもらうからね!」

 

「わ、私……」

 

監督に指名された一ノ瀬さんは嫌そうに、面倒くさそうにしていた。貴女は一応ウチのエースなんですから、もっと覇気を出してください……。

 

「投手陣以外の8人は1回戦と同じ面子でスタートするから、そのつもりでね!」

 

『はいっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~!早速横浜シニアと当たったんだ?川越のキャプテンもクジ運が良いねぇ~!」

 

フロイスさんが話を聞きたいと言っていたので、ミーティング後にフロイスさんがいる喫茶店へ顔を出しに。そして今日の事を話すと、フロイスさんはからからと笑っていた。

 

「やっぱり優勝候補を相手にする時はなるべく早い方が良いんですか?」

 

「うーん。私個人としては最後まで取っときたいかな。でもチームとしては早めに当たって、対策が不完全な内に叩くよ」

 

「そういう考えもあるんですね」

 

どうやらフロイスさんはジャンキー寄りの人間らしい。しかしチームの為を考える冷静さも兼ね備えている……。なんとも厄介な性格だ。

 

「まぁ次の試合も応援に行くよ」

 

「アメリカに帰国しなくても良いのですか?」

 

「まだ必要ないよ。本当に私の力を借りたい時は、ちゃんと緊急連絡が来るしねー」

 

自由人だなこの人……。

 

「じゃあ私はそろそろ行くよ。話、聞かせてくれてありがとねー」

 

そう言ってフロイスさんは伝票を持って行った。しれっと私達の分も出してくれてるし、どうも憎めないんだよね……。



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VS横浜シニア①

今日は2回戦……。横浜シニアとの試合だ。

 

「3年生が引退してから……いえ、もっと前からあのシニアは嶋田さんが引っ張っているそうですね」

 

「まぁ川越リトル時代でも5年生の時点であの人はチームを引っ張っていたよ。横浜シニアもその時と同じ……」

 

「し、嶋田さんとは今回敵同士なんだよね。き、緊張してきた……」

 

まぁ私も、二宮も、清本も、嶋田さんとはそれなりに交流があった。旧知の仲だった先輩とこうして紅白戦ではない試合する事を光栄に思おう……。

 

「3人はその嶋田さんとは元チームメイトなんだっけ……?どんな人だったの?」

 

金原が嶋田さんの特徴を尋ねてきたので、思い出す限りで私達は……。

 

「小学生の時点で風格があったよね。怒鳴り声が印象的だったよ」

 

「一匹狼のイメージが強かったですが、後輩からはとても慕われていました」

 

「こ、硬派な人だったよ……?」

 

「そ、それを聞くとなんだかヤンキーみたいなんだけど……」

 

金原が引き気味に言うけど、事実なんだから仕方ない。実際に私達も怒鳴られたからね。清本なんて何度も泣きそうになってたくらいだ。まぁ二宮だけは顔色1つ変えてなかったけど……。

 

(でも嶋田さんに怒鳴られた人間は大きく伸びる予兆があった……。清本がスラッガーとして開花した要因にはあの人が1枚噛んでいる。あの人の見る目は本物だったよ)

 

そして嶋田さんが築き上げた横浜シニア……。渋谷シニアと並んで優勝候補に名乗り出たチームに私達は勝ちに行くんだ!

 

『プレイボール!!』

 

試合開始。私達は先攻だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて。あの子達がどこまでやれるかね……?」

 

(嶋田飛鳥……。朱里ちゃん、瑞希ちゃん、和奈ちゃんとは元チームメイトの関係で、和奈ちゃんをここまで伸ばした要因に一役買った女子選手……。内野全般を高い水準でこなし、特にサードのポジションは映像で見る限りでもシニア日本一……いや、世界一と言っても過言じゃない。守備そのものは特別上手い訳じゃないけど、サードとしてのあり方をよくわかっている優れた選手……逸材程度じゃ止まらない訳だよ)

 

「ま、せいぜいこのリリ・フロイスを楽しませておくれよ?少年少女達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

金原があっという間に追い込まれた……。かなり良いコースを攻め込んでるね。でも決して打てない訳じゃないから……。

 

 

カンッ!

 

 

「打った!」

 

「三遊間抜けるよ!」

 

金原が放った打球は三遊間抜けるライナー。もちろん本来ならそのまま外野まで突っ切るライナーなんだけど……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「ここはそう簡単には通しゃしねェよ」

 

サードの嶋田さんが飛び込んで打球をキャッチした。やっぱり相当上手いなこの人……。

 

(下手したら1点勝負になるんじゃないのこれ……?)

 

その1点を取れるのが私達だったら良いんだけどね……!



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VS横浜シニア②

1回裏、2回表と両チームノーヒット。清本の打席も鋭いライナーに対して躊躇なく捕球する嶋田さん……。この人はこういうところが評価されてるんだろうね。

 

そして2回裏。この回は……。

 

「…………」

 

(横浜シニアの4番打者……嶋田さんから始まるんだよね)

 

二宮のリードと一ノ瀬さんの変化球が合わされば、そう簡単には打てないんだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

打球は一塁線切れてファール……なんだけど。

 

「えっ?えっ?」

 

ファーストを守っている清本が完全に反応に遅れていた。あの人の怖いところだ。ちなみにアメリカでは捕球を試みようとした選手のグラブを弾く打球を打つ人もいるらしい。世界は広い……。

 

「チッ……!」

 

「な、なんか舌打ちしてきたんだけど……」

 

嶋田さんは一ノ瀬さんを仕留め切れなかったのか、舌打ち。一ノ瀬さんはそれに対して嫌そうに嶋田さんを見ていた。

 

(変化球を駆使して抑えるしかなさそうですね。嶋田さんを相手にストレートは見せ球にもなりません)

 

(そもそも見せ球が通用する相手じゃないでしょ……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

2球目はシュートを外してボール。やっぱり嶋田さんを相手に普通の配球じゃ打ち取れないんだね……。

 

(私だったらどう攻めるだろうか……)

 

私の場合は二宮がサインを出さずにグラブを構えているだけだから、配球だの投球配分だの色々考えないといけないんだよね。一体二宮が何の目的でそうしているのか、私には皆目見当が付かないよ。監督に聞いたらその答えがわかるのかな……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

気が付けばフルカウント。先程のファールは嶋田さんが一ノ瀬さんのカーブを捉えて、レフト線まで運んで行ったものらしい。

 

(はぁ……。心臓に悪い)

 

(ここで仕留めましょうか。出来れば三振にするのが望ましいですが……)

 

(アウトが取れれば、なんでも良いよ……)

 

次で8球目……。

 

 

カキーン!!

 

 

嶋田さんは一ノ瀬さんの投げたシンカーを捉え、その打球はセンターへ。スタンドに入りそうな勢いのライナー。

 

「アタシの責任重大じゃん……!」

 

懸命に打球を追っている金原はフェンスに登り、腕を伸ばす。その結果は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。危ない危ない。スタートが遅れてたら、スタンドに入っちゃってたよ……」

 

『アウト!』

 

結果は金原がなんとか打球を捕ってアウトとなった。まだ序盤だってのにヒヤヒヤするよ……。

 

「……チッ!」

 

嶋田さんは舌打ちして、ベンチへと戻って行った。もう見た目と言い、態度と言い、ヤクザっぽさが増したよ……。

 

(これで序盤の山場は越えた……。あとはこっちが点を取るだけなんだけど……)

 

清本が抑えられているのを見ると、それも難しいんだろうね……。



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VS横浜シニア③

横浜シニアの投手と、一ノ瀬さんの投げ合いは互いに相手を抑えている。点どころか、まだヒット1本すら打てていない。

 

(流石は全国優勝候補の横浜シニア……。投手陣も完璧に育ってるよ)

 

優秀な投手陣が豊富にいる中、私達川越シニアの投手陣は今投げている一ノ瀬さん、直前でベンチ入りを成し遂げた橘、男子選手、そして私の4人……。投手陣の4人中3人が女子選手で占めてるのって凄い話だよね。

 

試合は現在5回裏。横浜シニアの攻撃は……。

 

「今度はスタンドへ放り込んでやるよ……!」

 

「や、やれるものならやってみれば……?」

 

4番……嶋田さんの2打席目だ。

 

「は、羽矢先輩大丈夫なのかな……?」

 

「まぁ1打席目に大きな当たりを打たれたからね……」

 

私の隣に座っている橘が一ノ瀬さんを心配そうに見ている。確かに1打席目の事を考えると、心配するのもわかる。

 

「羽矢ちゃんなら大丈夫だよ」

 

「監督……」

 

「私の見立てが合ってるなら、きっと羽矢ちゃんは飛鳥ちゃんを抑えるよ」

 

六道監督の見立て……?監督には一ノ瀬さんの何かが見えてるっていうの……?

 

「その見立てってなんですか?」

 

「うーん……。まだ私も確証を得てないから曖昧なんだけどね、端的に言うと羽矢ちゃんはこういう状況に強い投手って事だよ」

 

(まぁ瑞希ちゃんならきっとその正体に気付いているんだろうけどね……)

 

つまり一ノ瀬さんは強打者に強い投手だって事?そういえば1打席目に打たれた時若干だけど、嶋田さんが差し込まれたようにも見えた……。もしかしてそれが監督の言う一ノ瀬さんが嶋田さんを抑えられるという見立て……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この試合の見所再びだね。一ノ瀬さんと嶋田さんの対決……」

 

(嶋田さんのバッティングについては1打席目で粗方見終えたし、この打席では一ノ瀬さんのピッチングを見させてもらうよ。まぁ私の予想が正しければ、一ノ瀬さんは……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

カウントは1、1。慎重に攻めているバッテリー。そして1打席目とは違って、見送りをする嶋田さん……。

 

(嶋田さんって積極的に打っていくイメージが強かったから、こうして見送られるとちょっと嫌な予感がするんだよね……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

よし!嶋田さんを追い込んだ!

 

(チッ!待球もここまでか……。ストライクゾーンに通りそうな変化球は全部カットしなきゃなんなくなっちまった)

 

(1打席目よりも面倒だなぁ……。鬱陶しいったらありゃしないよ)

 

「…………」

 

(一ノ瀬さんと嶋田さんが睨み合っていますね。夏でもこの2人は対決しているみたいですが、嶋田さんの方は一ノ瀬さんの対策を入念している動きですね。一ノ瀬さんにとって苦手な攻め方をしています。そして一ノ瀬さんの方は……)

 

「はぁ……」

 

(……こちらはいつも通りに見えて、どこか違いますね。違和感の正体を探っておきたいところですが、それは試合が終わってからでも問題ないでしょう)

 

「面倒だから、これで決める……!」

 

「……!?」

 

(一ノ瀬の雰囲気が変わりやがった……?)

 

嶋田さんの待球とカットが続き、次で9球目。

 

「沈め……!」

 

「くっ……!?」

 

 

ガッ……!

 

 

「はぁ……。私の手を煩わせないでよ……」

 

『アウト!』

 

嶋田さんはピッチャーフライ。心なしか一ノ瀬さんの変化球の球威が上がったように見えたけど……気のせいかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~。良いじゃん一ノ瀬さん。想像以上だよ」

 

(ネガティブな性格だって朱里ちゃんと瑞希ちゃんは言ってたけど、一ノ瀬さんはどうやらネガティブ思考になればなる程に球威が増すようだね。まだその性質に本人は気付いていないみたいだけど、今後一ノ瀬さんのサポーター的存在が現れたら、彼女は大きく化ける……)

 

「これだから野球は面白いんだよね。予測出来ない成長を目の当たりにしやすい……。これからが楽しみだ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

その後も一ノ瀬さんは後続の打者を三振に切って取る。嶋田さん以外は皆三振に仕留めてるんだよね。まぁ一ノ瀬さんの投げる変化球は不規則な曲がりをするし、仕方ない部分もあるか……。あとは私達が点を取れれば、一ノ瀬さんが少しでも楽になるんだけどね……?



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VS横浜シニア④

試合はいよいよ7回に。互いに0行進を続けている訳だけど……。

 

(一ノ瀬さんが嶋田さんの2打席目に投げた変化球を以降のイニングで見れていない……。やっぱりあの時に見た変化球の変化とキレの上昇は気のせいだったのかな?)

 

二宮やこの試合を見ているフロイスさんなら何か知ってるかもだけど、今は試合に集中しないと。何せこの回の先頭打者は……。

 

「い、行ってくるね……!」

 

「頑張れ和奈ちゃん!」

 

「ファイトファイト☆」

 

4番の清本だ。この試合はここまでノーヒットだけど、そろそろ打ってくる頃合いだろう……と二宮も言っていた。

 

「…………」

 

(ここで清本の打席か……。1回戦では2本の本塁打を叩き込んでいる。前の2打席では運良く抑えられたが、この打席も抑えられるという保証はねェ。本来なら歩かせる場面だが……)

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

(リトルで才能を開花させた後輩がシニアでどこまで成長したかを拝めるチャンスだ……。今後の対策を取る事も考えて、ここは見させてもらうぜェ?)

 

正直今投げている横浜シニアの投手の球なら清本は打てる。しかし前2打席で打ち取られたのは、配球の良さと、清本が苦手としている外角高めを攻めたから……。

 

(でもやられっぱなしじゃ終われないよね?ここで打たなきゃジリ貧だし、頼んだよ清本……!)

 

嶋田さんが清本の方をジッと見ている……というより睨んでる。多分シニアで成長した清本をこの打席で見極めようとしてるんだろうけど、嶋田さんの睨みは極道の人のソレに近いから、普通は萎縮しちゃうんだよ。それが狙いだとは思いたくないし、嶋田さんの性格からそんな狡い事はしないだろうけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

相手投手は相も変わらず外角攻め。身長の低い清本(あと二宮)に対してはバットの届かないコースに投げる事を徹底している。厄介な配球だよ。

 

「…………!」

 

(お……?)

 

清本が内側いっぱいに立ってきた。それで外角の球を打とうって魂胆だね。

 

(だがそれはこっちとしても想定内……。それだと更に外のコースがストライクゾーンに追加されるだけだ。見せてみろ清本。私がリトル時代にテメェに施した打撃術から、シニアで何を得たのかをなァ……!)

 

(ここから相手投手は更に外に投げてくる筈……。そこから何を投げてくるのか、私の読みを精一杯通さないと……!嶋田さんが見てるんだ。絶対に打ってみせる!)

 

相手投手が投げたのは外に逃げるスライダー。それに対して清本は……。

 

「…………!」

 

『踏み込んで来た!?』

 

 

カキーン!!

 

 

「わわっ……!」

 

強引に打った清本は、その反動で転倒。だ、打球は……!

 

 

ドッ……!

 

 

清本が打った打球は客席に飛び込んだ。つまりはホームランなんだけど……。

 

(体勢を崩しながらホームランを打つなんて……。その内敬遠球もホームランにしちゃうんじゃないの……?)

 

(手首の力だけで強引に持って行きやがった……。これが今の清本ってかァ?大したモンじゃねェか)

 

(嶋田さんの教えから、私は成長出来たかな……。このホームランでそれを嶋田さんに見せられたら良かったけど……)

 

何にせよ私達が先制……。この1点で逃げ切るつもりでやっていこう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ和奈ちゃんは凄いねー。あんな体勢で打ったら並の打者なら外野に飛ばすのが精一杯の筈なのに、それを強引にホームランにしちゃうんだもん」

 

(嶋田飛鳥、一ノ瀬羽矢、清本和奈……。この試合では3人の実力が色濃く出てて良い感じだね。あと見てないのは朱里ちゃんだけど……)

 

「あの……」

 

「……?私かな?」

 

「リリ・フロイスさんですね?」

 

「そうだけど、貴女は……ってそうか貴女が進さんの言ってた子ですね?」

 

「はい」

 

「じゃあ早速行きましょうか。時間は有限なんですし」

 

「私としてはありがたいのですが……。最後まで観なくても良いのですか?」

 

「必要ないでしょう。今取った1点で決まりましたし」

 

「そうですか……」

 

(今の一ノ瀬さんなら余程の事がない限りは打たれる事もないだろうし、その余程の事があったとしても、それを対処出来る力がある川越シニアがここから負ける事はないだろうしね)

 

「じゃあ貴女の球を見ますけど、家まで行けば良いですか?」

 

「私の実家は浅草ですが、フロイスさんの方は時間とか大丈夫なんですか?」

 

「問題ないですよー。私のとこは放任主義ですし、私自身も独立していますしね」

 

「……わかりました」

 

(この人を見る感じ、逸材グラスだね。そしてそこから大きく伸びる素質もある……。こりゃ朱里ちゃん達にとって強力なライバルを生み出しそうだ。まぁそれはそれで面白いから良いんだけどね)

 

「あと私の方が年下ですし、敬語はいりませんよー」

 

「……わかった。これからよろしく頼む」

 

「了解でーす!このリリ・フロイスにお任せくださいっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

清本が打ったホームランでなんとか逃げ切り、神奈川の最強シニア……横浜シニアに勝利する事が出来た。



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2回戦を終えて

2回戦が終わり、私達は実感する。

 

(尾張シニアと横浜シニア……。本当に優勝候補の2チームに私達は勝ったんだね)

 

まぁ私達川越シニアも優勝候補って言われてるみたいだし、私達にとっての本命である渋谷シニアもまだ残っているし、ダークホース的な存在のチームもきっといる事だろう。油断は一切出来ないね。

 

「2回戦お疲れ様!今日はゆっくり休んでね!」

 

『はいっ!!』

 

そして今日もこのあとはフロイスさんと話をする訳だけど……。

 

≪ごめーん。今日予定あったの忘れてたよ~。話を色々聞きたいし、色々したいところなんだけど、それはまた明日以降にするねー≫

 

……という連絡が来ていたので、今日は軽く自主練習でもしようかな。

 

(初戦は橘、2回戦は一ノ瀬さんと両方かなり良い結果を残している……)

 

一ノ瀬さんに至っては被安打1の完封だしね。完全試合を狙えていただけに凄く惜しかったと思う。

 

(私も……早く全国大会で結果を出さなきゃね)

 

六道監督は私も絶対に出すって言ってたし、出番に備えてコンディションを高めておく。一ノ瀬さんや橘には絶対に負けたくないな……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「OK!ナイスボール!!一旦休憩にしましょう」

 

(数十球受けてみたけど、こりゃ私はいらなかったんじゃないかな?この人のいたシニアも何をしてるんだか……。こんな逸材以上の存在をベンチにも置かないなんて駄目でしょ)

 

「どうだった?私のボールは……」

 

「いやはや、高水準なんてレベルじゃないですよー。捕っててよく私も捕れたなって思ってますもん」

 

「そうか……。それでも私は控えにすら座る事が出来なかった……。私に何が足りなかったんだろうな」

 

(いやいや……。貴女で足りてなかったら、朱里ちゃんでも足りてないし、彼方だって多分足りてないよ……)

 

「貴女がいたシニアではどうして貴女は控えだったんですか?」

 

「私がいたシニアではどうも女子選手に人権がなかったみたいでね……。私がどれだけ頑張っても、ベンチ入りすら叶わなかったよ」

 

「そうですか……」

 

(確か彼女がいたのは浅草シニアだったね……。下手すりゃ彼方以上の化物になりそうな存在なのに、それをノータッチって……見る目ないとかそんな次元じゃないよ)

 

「高校はどこに行くんですか?」

 

「とりあえずは一般入試で受かった白糸台だ。前に学校見学で訪れた時に見た校風が良い感じでな」

 

「白糸台……」

 

(白糸台は昨年全国制覇している超強豪……。そんなところにこの人が入るとか、西東京の野球部に同情するな……)

 

「さて……。そろそろ投げ込みを再開するか」

 

「了解でーす」

 

(彼女が入る白糸台に打ち勝つ存在が現れる事を期待しようかね?尤もそこに瑞希ちゃんが加わると更に白糸台の1強感が強くなるけど……。まぁ高校では彼女と瑞希ちゃんが長くても1年しか一緒じゃないのが不幸中の幸いかな。白糸台以外の高校野球部に幸あれ☆)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達川越シニアはその後も勝ち進み、遂に決勝戦進出を決める事が出来た……。



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渋谷シニア

決勝戦まで順調に勝ち進んできた私達川越シニア。決勝戦の相手は……。

 

「決勝戦の相手は渋谷シニアだよ!」

 

「渋谷シニア……!」

 

「私達にとっては西武シニア以上の因縁がある相手ですね」

 

高橋さんの話によると、今年の夏と去年の夏で全国大会の決勝戦で当たり、両方共負けている因縁の相手だそうだ。

 

(3度目の正直として、絶対に勝ちたい相手……という事か)

 

渋谷シニアといえば、以前フロイスさんが言ってた警戒対象の1人……十文字さんがいるチームだったっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……という事で、私と二宮は最早恒例と言っても良いくらいに喫茶店にて、フロイスさんとミーティングのようなものをしている。

 

「川越と渋谷の両チームは夏の風物詩と言っても良いレベルで縁があるよねー」

 

「それで私達が聞きたいのは渋谷シニアにいる十文字さんの事についてなんですが……」

 

まぁ二宮なら十文字さんの事を知ってはいるだろうけど、フロイスさんの視点からの情報を知りたい。

 

「十文字園香は自身が凄腕の捕手であると同時に渋谷シニアのエース投手でもあるという生粋の二刀流選手だよ」

 

に、二刀流!?しかも投手と捕手を同時にこなすなんて……。一体どんな練習をしたら、中学生時点で……それも女子選手がメイン捕手兼エース投手に登り詰めるのさ!?

 

「しかし十文字さんが本当に凄いのは、彼女のコーチング能力さ」

 

「コ、コーチング……?」

 

投手と捕手を同時に務めているだけでも凄いのに、コーチングも出来るの!?

 

「彼女が入団してきた去年から渋谷シニアの選手能力……特に投手陣は彼女のコーチングのお陰で大きな伸びを見せ、4、5番手の投手でも全国区のエースクラスの実力を得たんだ。まぁ最低でも橘ちゃんくらいだと思っても良いよ」

 

橘は尾張シニアを相手に僅か1失点に抑えられるレベルの投手……。そんな次元の投手が最低でも4、5人はいるって事だよね?これは打撃で勝つのは無理かも知れないな……。

 

(まぁ橘ちゃん並の実力があるとは言ったものの、橘ちゃん特有のとんでもなく早い成長速度は持ち合わせてないけど……)

 

「…………」

 

(……まぁ余計な事は言わなくても良いかな?その方が色々と面白いしね♪)

 

十文字園香さん……か。二宮と六道監督からは理想的な捕手とまで言ってたから興味があってフロイスさんに聞いてみたけど、蓋を開けてみればとんでも選手だったね……。

 

「捕手としてのリード技術が高いのはもちろんの事、味方投手を乗せる事、試合の流れを変える事、打者としても4番を打てるレベルの選手である事、それに加えて渋谷シニアではエース投手である事……。この時点でも充分にプロとしても通用する実力者だね」

 

(前に朱里ちゃんと瑞希ちゃんに言った選ばれし数字の選手達(ナンバーズ)の中でも十文字さんは飛び抜けてるんだよなぁ……。私も彼女みたいな捕手になってみたいところではあるけど、あんな風に真摯に選手達に向き合えるのは、彼女の人徳があってこそだよねー……)

 

フロイスさんの一言に私は絶句し、二宮は興味深そうに聞いていた。やっぱり二宮から見ても、十文字さんは理想的な捕手なのかな……?



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決勝戦……開始!

春大会もいよいよこの決勝戦を残すのみ。泣いても、笑っても、これが最後の試合だ……!

 

 

ズバンッ!

 

 

「うーわ。めっちゃ速いし……」

 

「あれで2番手の投手らしいよ?」

 

「え……。エースってあれよりも凄いの?」

 

「監督と瑞希ちゃんの話だとね……」

 

六道監督と二宮を主導に行われたミーティングで今投げている2番手投手が私達との試合で先発する事がわかった。金原と橘がやや萎縮気味だ……。

 

(まぁそのエースっていうのが、今投手の球を受けている十文字さんな訳だけど……)

 

エース兼正捕手っていうのも凄い話だよね……。

 

「……っていうか昨日のミーティングでも聞いたけど、1番を付けてるのに、エースじゃないって不思議な感覚だよ」

 

「ねー?今聞いても違和感しかないよね?」

 

渋谷シニアのエースナンバーは1番でも、10番でも、11番でもなく、正捕手の番号……2番だ。この配置で運用しているのは渋谷シニアだけな上に、十文字さんがいる間だけの例外中の例外だという。他のチームには決して真似が出来ない、十文字さんだけの唯一無二の性能があるからこそ出来る芸当だ。

 

(この試合で勝つには、十文字さんの上を行く事と、1度でも相手にペースを渡してはいけない事……!)

 

1度でも守勢に回るとそのまま負けまで直結するのが、十文字さんのいる渋谷シニアだ。そうならないように、立ち回らないとね……!

 

「じゃあ今日のオーダーを発表するよ!」

 

六道監督の発表したオーダー。

 

 

1番 センター 金原

 

3番 ショート 友沢

 

4番 サード 清本

 

5番 ファースト 高橋さん

 

 

ここまではいつも通り……って男女混合のみシニアチームで女子選手が複数人入るいつも通りとか、やっぱりこのシニアはどこか可笑しいよね。

 

 

7番 ライト 私

 

8番 キャッチャー 二宮

 

9番 ピッチャー 一ノ瀬さん

 

 

しかし今回は9人中7人が女子選手という異例で、しかも私が投手以外のポジションでスタメンとして入っていた。

 

「今日の試合では先発に羽矢ちゃん、抑えに朱里ちゃんでいくよ!朱里ちゃんの登板は後半2、3イニングの予定だけど、念の為に早めに肩を作っておいてね!」

 

「は、はい……」

 

まさか私が野手として試合に出る日が来るとは……。外野手の練習もやっていたからなのかな?

 

(こうして7番ライトとして出してくれている……という事は少なからず私の打撃や守備にも期待してくれているという事……!)

 

期待に応えられるかはわからないけど、私なりに精一杯プレーしないとね!

 

「さぁ!整列の時間だよっ!最後の試合、頑張ってね!」

 

『はいっ!!』

 

渋谷シニアとの試合がいよいよ始まろうとしている……!



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VS渋谷シニア①

『よろしくお願いします!!』

 

整列と挨拶が終わり、いよいよ試合開始。私達は先攻だ……。

 

「それじゃあ行ってくるね☆」

 

「いずみちゃんガンバ!」

 

打席に向かう金原を橘がいの一番に応援。この2人は仲が良いね……。

 

「…………」

 

(川越シニアは夏も決勝戦で当たった相手……。1番の金原と3番の友沢は夏と同じに対して、夏で4番にいた高橋が5番に降格していて、4番の清本、7番の早川、8番の二宮は世界大会の方に行っていたのか、夏大会にはいなかった……。清本と二宮は秋大会とこの全国大会でも結果を残しているし、早川はエース級の活躍を見せている。それがこの試合では一ノ瀬と早川の両採用となると、ウチを相手に隙を見て一ノ瀬と早川を使い分ける戦術っぽいな)

 

「よろしくお願いしまーす☆」

 

(……まぁ今は目の前の打者に集中するかな。どんな相手でもいつも通り。いつも通りが通用しなくなれば、別のプランを練る必要があるけど、それも別に今じゃなくて良い)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は低めのストレート。ギリギリのコースだからか、初球打ちが多い金原が手を出さなかった……。

 

「制球もあるねあの投手……」

 

「2~5番手の投手の実力はほぼほぼ変わりません。全て疲れや風向き等でひっくり返るレベルです」

 

それって実力としては全く同じと言っても過言じゃないよね?投手タイプが違うくらいしか差がないよね?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「いずみちゃんが当てた!」

 

「流石は川越シニアの切り込み隊長!!」

 

金原にとっては決して打てない球って訳じゃない。だから早めに打っておきたいけど……。

 

(流石に同じコースは通用しないか……。金原と得意コースは主に外角低め……特にコースギリギリのところだ。それなら……!)

 

ツーナッシング。3球目に投げられたのは……。

 

「外角低め!」

 

「いずみちゃんの得意コースだ!」

 

しかも更に金原が得意としているコースギリギリ……!

 

(よっし!これ打って繋ごっと☆)

 

(……掛かった!)

 

「えっ!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「嘘……」

 

「いずみちゃんが空振り……!?」

 

3球目に投げられたのはスライダー。今日の先発投手は左投げだから、スライダーなら外に逃げる球になるから、完全なボール球になるんだけど……。

 

「いずみさんの打撃スタイルを完璧に対策されていますね」

 

「どういう事!?」

 

「今投げている投手の持ち球はスライダーの他にもシュート、シンカー、カーブと一ノ瀬さんと似た球種の持ち主です。そしていずみさんなら仮にあの投手が投げたのがシュートとシンカーなら、強引に当てて内野安打にするでしょう。いずみさんはそういう打者です」

 

(だから強引に、外のコースから更に外へと逃がす変化球を投げさせた……。そうする事で金原からは空振りが取れるからね。ツーナッシングなら尚更だ)

 

相手の打撃スタイルを徹底的に考察し、多種多様の対策で打者を翻弄させる……。素直な打者には捻くれたリードを、捻くれた打者には素直なリードを行う事によって、打者は思うように打てなくなる……。

 

「……少なくとも今の私には到底出来ないようなリードを十文字さんはします」

 

二宮がそこまで言う選手って本当にヤバいんじゃないの……!?



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VS渋谷シニア②

『アウト!チェンジ!!』

 

金原が三振になったあと、2番がセンターフライ、3番がファーストゴロに抑えられた。1~3番の並びは夏と同じらしかったし、その分対策もしやすかったのかもね。

 

「初回に三者凡退とか久し振りだよー……」

 

「それだけ渋谷シニアが強力な相手……という事だ。こっちも3人で抑えれば良い」

 

「……亮子さんの言う通りですね。渋谷シニアに出来て、私達に出来ない道理はありません」

 

友沢と二宮のこの発言はとても頼もしい。この決勝戦は横浜シニアとの試合以来の1点がものを言う勝負……。出来るだけ被安打も少なくしていきたいよね。

 

「はぁ……。なんでこんな大舞台で私が先発なんだよぉ……。早川とか、橘とかで良いじゃんかよぉ……。他にも男子選手とかもいるじゃんかよぉ……」

 

対してこの試合の先発投手である一ノ瀬さんは何やらぶうぶうと文句を垂れていた。卑屈なのも考えものだね……。

 

「そろそろ行きますよ。余計な事は考えないでください」

 

「はぁ……」

 

そんな一ノ瀬さんを引っ張る二宮。一ノ瀬さんとウマの合う捕手はいないと言っても過言じゃないけど、そんな中で二宮は上手く一ノ瀬さんの手綱を握っていると思う。

 

「よーし!じゃあ締まって行こーっ!」

 

『おおーっ!!』

 

……って思わず乗っちゃったけど、こういうのって捕手の二宮の役目なんじゃないの?金原が言っちゃったよ?

 

「私ではあんな声出しは出来ませんので、いずみさんには助かっています」

 

まぁ私も二宮がああいう風に声出ししているところは想像が出来ないけどさぁ……。

 

(とにかく私もしっかりと守っていこう。打球が飛んで来るかはわからないけど、一切の油断なしでいこう……!)

 

負けないぞ。渋谷シニア……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの川越シニアを相手に三者凡退……。流石十文字さんです!」

 

「いやいや、私は指示を示しただけ。それに応えられた皆の実力だよ」

 

(しかし川越シニアを相手に三者凡退で終わらせられたのは幸先が良い。夏では金原か友沢に安打を打たれていた事も考えると、このチームの成長も目覚ましい……という事かな)

 

「さ、1回裏だ。まずは出塁を目指して対応していこう」

 

『はいっ!!』

 

(まぁそれもこれもこのチームが私に着いて来てくれている素直な子達ばかりだから、私の理想とする良いチームが出来上がっているのかも知れないな。張り合いはないけど、育成のし甲斐はある。さて、この試合ではどういう成長を見せてくれるかな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1回表は川越シニアの三者凡退かぁ……」

 

「川越目線では決して打てない投手ではないと思うが……?」

 

「それを上手くコントロールするのが十文字園香という捕手なんですよねー。あれ程ゲームメイクが上手い選手を私は知りませんよ」

 

(それが出来たとしても瑞希ちゃんくらいなんだろうね……。この試合の行方は瑞希ちゃんと十文字さんに握られている気もするよ)

 

「川越シニアは果たして十文字園香という大きな壁を越えられるかな……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

1回裏。一ノ瀬さんは負けじと三者凡退で抑える。この試合は横浜シニアとの試合よりも厳しい投手戦になりそうだね……。



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VS渋谷シニア③

「互いに滑り出しは互角……か。フロイスはこの状況をどう見る?」

 

「うーん……。色々と予測が出来そうですが、ただ1つだけ確定事項を挙げると……」

 

「挙げると?」

 

「この試合は両チームの捕手……瑞希ちゃんと十文字さんのゲームメイク力によって展開が左右されそうって事ですね」

 

「十文字の凄さは大会で当たったからよくわかるが、捕手としての凄さは数値には出ない……。フロイスから見て二宮はどんな選手だ?」

 

「瑞希ちゃんは凄いですよ。十文字さんとはまた違ったタイプの捕手です。まぁ雑把に2人を比較すると、捕球能力はほぼ互角、肩の強さは十文字さんが圧倒的、組んでる投手を上手く活かせてるのは瑞希ちゃん、リード能力もほぼ互角ですね。しかし2人共固有のスキルがあるんですよねー。十文字さんは選手を育成する才が、瑞希ちゃんには先読みの上手さが尋常じゃない……。この2人は比べる事なんて出来ませんよ」

 

「そこまで言うとは……。十文字はもう既に行く高校が決まっているから無理そうだが、二宮の方はスカウトで白糸台に来てもらうのはありかも知れないな」

 

「あ、あー……」

 

(あちゃー、こりゃ余計な事を言っちゃったかなー?この人が瑞希ちゃんと組んじゃったら、勝てるチームなんてほぼ0でしょ。まぁ私の知った事じゃないけど、これは同情しちゃうなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

2回の表裏も両チーム三者凡退。均衡を崩すのも難しそうだよね……。

 

「結構厳しい試合になりそうだね……」

 

「展開自体は夏と変わってないんですが……」

 

高橋さんの話によると、夏に渋谷シニアと対戦した時は序盤は0進行で、中盤からゲームが動き始め、少数リードで渋谷シニアに逃げ切られるという展開だったそうだ。この試合は集中力の勝負でもある訳か……。

 

「朱里ちゃん、次朱里ちゃんの打席だよ?」

 

「ああ、そうだったね……」

 

(投手の球は打てない……という程じゃない。大きく曲がるスライダーがかなり厄介だけど、それも金原のように不意を突かれなきゃ見送れるレベル……。じゃあ問題になるのは……)

 

「…………」

 

(……当然十文字さんの存在だ)

 

二宮みたいに先読みは出来ないけど、こちらの動きに合わせて打ち取りに行くから、迂闊にバットを振る事すら許されないよ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あっという間に追い込まれたし……。キツいよ。色々と……。

 

(この打者も追い込む事が出来たが、ここは素直に攻めるか、それとも搦め手を用いるか……。1打席目だし、まだ様子見だな。早川の野手としてのデータは少ない)

 

3球目。投げてきたのは……。

 

(カーブ……。ゾーン的にはストライクだし、振ってくしかない!)

 

 

カンッ!

 

 

私が打った打球は三塁線抜けて、レフト前ヒットとなった。

 

「やった!先制安打!!」

 

「流石は朱里せんぱい!打者としても一流です!!」

 

なんか橘がベタ褒めしてるけど、ヤマが当たっただけに過ぎないからね?

 

(綺麗に合わせられたな……。でも早川の打撃能力も高めな事がわかったのは収穫だった。なるべく失点を最小限に抑えたいところではあるが……まぁなるようにしかならないか)

 

次は二宮の打席だ。この打席で二宮が動くとは思えないけど、折角のチャンスだし、出来ればこのチャンスを広げてほしいところだよね……。



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VS渋谷シニア④

ノーアウト一塁。打席に立つのは二宮だ。

 

「よろしくお願いします」

 

ペコリと一礼する二宮。妙に礼儀正しいのが微笑ましい。

 

「…………」

 

(二宮瑞希……。他の捕手達と違い、類いまれなる才能を持っている。具体的にそれが何かはわかっていないから、まずはこの打席でそれを見極める必要があるね)

 

(見られていますね……。私を見ても何も良い事はありませんよ?)

 

二宮がこの打席で仕掛けるとは考えにくい。あくまでもこの打席は様子見だとは思うけど……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(初球は見送ったか……)

 

(この打席では様子見のつもりですが、打つ気がないと思われると、そこに突かれますね……)

 

二宮は初球見送って、次の2球目。

 

(敢えて球種とコースは初球と同じ……。どう出る?)

 

(1球目と同じ球種とコースですか……。一応打っておきますか)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

流石に1球目と同じ球種とコースなら二宮は打ってくるか……。この判断が利益になるか、痛手になるか、それはきっと二宮と十文字さんにしかわからないだろうね。

 

(二宮は読みを通す能力がずば抜けている……。こういう相手に自分の読みを通そうとするのは悪手になりそうだ。それなら1度素直に攻めてみるかな?)

 

ツーナッシングからの3球目。相手投手が投げたのは金原を三振に取ったスライダーだ。

 

(スライダーですか……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(僅かに外れたコースだけど、金原や友沢なら確実に振ってくるコース……。選球眼も他の打者と比べて群を抜いているみたいだね)

 

(手を出さなくて正解のでしたが、審判によっては手が上がるコース……。かといって無理にカットするところでもないですし、判断が難しいところですね)

 

多分この打席では二宮と十文字さんにしかわからないようなハイレベルな勝負をやっていると思う。二宮はもちろんの事、十文字さんも相当頭が切れてそうだもの。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

これでカウントは2、2。まだまだバッテリー側が有利な中、二宮がどのような判断をするのか……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(今のを打ってくるか……。ミートもそれなりにありそうだ。余り粘られ過ぎるのも不味いし、そろそろ決めに行くかな……!)

 

(向こうはそろそろ打ち取りに行く球を投げて来そうですね。今の私に対応が出来るか……)

 

次で6球目。相手バッテリー、そして二宮の選択は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「…………」

 

「…………」

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

この打席は十文字さんに軍配が上がった。でも二宮がこのままやられっぱなしでいる訳がない……と思うから、次かその次で二宮が十文字さんとの勝負の決着が付きそうだ……。



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VS渋谷シニア⑤

二宮が打ち取られたあとも、後続の打者は十文字さんのリードに翻弄され、無得点となってしまった……。

 

「うーん……。2巡目になっても打てないなー」

 

「球に目が慣れたらいけるものじゃないの?」

 

「球そのものはそうなんだけどねー……」

 

確かに渋谷シニアの投手はかなりハイレベルなストレートと変化球を投げる。しかし金原の打撃センスなら2打席目には対応が出来るだろう。渋谷シニアの捕手が十文字さんじゃなければ……の話だけど。

 

(こっちが渋谷シニアの投手に上手く対応しているところを、十文字さんのリードで悉く抑えられてしまっている……。しかも二宮の思考の上を行っているってなると、点を取るどころかヒット1本打つのも相当難しい)

 

そう考えると、私はよくヒットを打てたよね。まぐれ当たりなんだろうけど、なんか大きい事を成し遂げた気分だよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早川がヒットを打ったものの、後続の打者は3連続出来る凡退か……」

 

「川越シニアの打線なら渋谷シニアの投手を打つ事そのものは難しくはないんですけどねー」

 

「……フロイスが言ってた十文字のリードがその被害を抑えている訳か。本当に厄介な捕手だな」

 

「瑞希ちゃんも似たような事は出来ると思いますよ?」

 

「二宮か……。傍目からは渋谷シニアの投手に押し負けた……というのはイメージが強いが、恐らくは二宮と十文字にしかわからないであろう勝負が行われていたのだろう」

 

「そうですねー」

 

(十文字さんはもちろんだけど、瑞希ちゃんもこの試合で何かを吸収しようとしてるね。自分の欠点を克服して捕手として、選手としての更なる高みに上ろうとしてる……。この2人の捕手としてのレベルが群を抜き過ぎていて、他の捕手が霞んじゃうねこれは。特に……瑞希ちゃんと十文字さんと一緒のチームの捕手志望の選手達は……。まぁ十文字さんの方はかなり人望があるみたいだし、その辺りはなんとかするんだろうけどね?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスピッチ。1年生の女子選手にしては破格の成績だよ」

 

「十文字さんのリードのお陰ですよ!私も気持ち良く投げられます!」

 

「そう言ってもらえると、捕手としても嬉しいよ」

 

(まぁあの川越シニアを相手に早川以外はノーヒットで抑えているし、出来としても上々だね)

 

「もう私達渋谷シニアの捕手は十文字さん以外にありえませんよ!!」

 

「コラコラ。ウチはかなり精鋭揃いのチームなんだし、私だってまだまだ足りない部分はあるよ」

 

(その足りない部分もこの試合で少しはなんとかなれば良いけど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3回裏。一ノ瀬さんは打者2人を三振に抑えてツーアウト。この場面で迎えるのは渋谷シニアの9番打者……。

 

「よろしく」

 

十文字さんだ。渋谷シニアの打者は全員が4番を打てる選手達の集まり……。そしてその中でも一際厄介なのが十文字園香という選手だ。果たして無事に抑えられるのかな……?



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VS渋谷シニア⑥

「二宮の次は十文字の打席か……。十文字はシニアの都大会でも5本のホームランを打っているのにも関わらず、9番になってるんだな?」

 

「その理由としては2つ……。1つは渋谷シニアの選手達が全員4番を任せられるレベルの打者だという事、もう1つは相手投手の球筋をじっくりと確認する為……ですかねー?」

 

「1つ目の理由はわかるが、2つ目の理由は……?」

 

「下位打線に敢えて座って、相手投手の球筋を確実に把握して対応しやすいようにする……これは瑞希ちゃんもやっている事なんで、多分十文字さんもそうなんじゃないかと思いますよ」

 

「成程……。そういう考え方もあるのか。ちなみにフロイスもそういう捕手だったりするのか?」

 

「私の場合はどっちかと言えば、渋谷シニアと同じ立場ですよ。チームメイトの打線が強力過ぎて……」

 

「必然的に下位打線に落ち着く……という訳か」

 

「excellent!!」

 

「何故英語で返す……?」

 

「私一応アメリカ人ですのでー」

 

「そういえばそうだったな……。あまりにも日本語が流暢過ぎて忘れていたよ」

 

「ちなみに純粋なアメリカ人でーす」

 

「じゃあ相当日本語を勉強したんだな……」

 

「日本の文化は素晴らしいですから!なんなら移住したいくらいですよー」

 

(リリ・フロイスが頻繁に日本に出没している……という噂はこうして出来上がったのか……。ジェット機の運転も出来るらしいし、フットワークの軽さが更に噂の信憑性に拍車を掛けているに違いない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(あっという間に追い込まれたか……。一ノ瀬が投げる個性的な変化球と、二宮のリードによって悉く打者の裏を欠いたり、読みを確実に通してくる……。この2つは確かに混ざると危険だね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(そして慎重な捕手は警戒選手を相手に馬鹿正直に3球勝負はしてこない。だからここも振らなかった)

 

(ここまで十文字さんはスイングなし……)

 

(いちいち1球外すとかいう面倒くさい事しなければ三振だったのに。はぁ……)

 

十文字さんの打席になると、バッテリー(主に二宮)はより一層警戒を強めているようにも見える。9番に座ってるけど、間違いなく渋谷シニアで最強の打者だろう。そんな相手の攻め方を二宮なりに模索している……といった感じかな?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

これで平行カウント……。状況としてはバッテリーの方が有利な筈なのに、十文字さんも二宮と一緒で何をしでかすかわからないというか読めない部分で、逆に不利になってしまっているという事だ。

 

(まぁ二宮だから大して不安とかはない訳なんだけど……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

判定はストライク。この打席は無事に十文字さんを打ち取った。

 

(ふむ?コース的にはややボールゾーンだったと思うけど……?)

 

(私としては不満ですが、球審に助けられた形になりますね)

 

あとで知った話だけど、このストライク判定に十文字さんも二宮も不満を抱いていたらしい。十文字さんはともかく、二宮も結構頑固なんだよね……。

 

(何にせよ最初の山は越えた……)

 

試合の後半にまた息の詰まるような勝負が行われると思うと、ゾッとするなぁ……。



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VS渋谷シニア⑦

4回表。この回は2番からの好打順で始まるんだけど……。

 

『アウト!』

 

あっさりとツーアウト……。まさか金原や友沢が2打席連続で打ち取られるなんて……。

 

「和奈ちゃーん!頑張ってーっ!!」

 

「う、うん……!」

 

次の打順は我等のスラッガーである清本。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「…………」

 

(清本か……。前の打席で運良く打ち取れたものの、彼女の安打数の6、7割はホームランで占めている……。つまり当てられたらほぼ終わりと見ても良いね)

 

清本は1打席では凡退だったけど、二宮の言ってた清本のホームランの割合数を考えるとそろそろ出る頃合いだ。

 

(多分この打席ではホームランを狙ってくるんだろうな。いや、常に狙ってはいるんだろうけど……。まぁとにかくそういう打者には……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(馬鹿正直に勝負をする必要はない。くさいところを突かせて凡打狙いで行くか。最悪歩かせても問題ないしね)

 

「相手は和奈さんと勝負するつもりはなさそうですね」

 

「えっ?どういう事!?」

 

「外角を徹底的に突き、あわよくば凡打を狙う……。投げるコースはともかく、私が向こうの立場でも同じ判断を下すでしょう」

 

「じゃあ和奈は歩かされるって事?」

 

「四球になるのなら、まだ良い方ですが……」

 

妙に歯切れが悪いな……。もしかして二宮には別の狙いが見えているの?

 

(恐らく向こうの狙いは……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「うわっ!外角ギリギリ!?」

 

低身長の清本が届かないであろう外角を徹底的に攻める……。最悪歩かせても問題ないし、手を出して凡退するなら儲けもの……ってところかな?

 

(清本の次は高橋。同類のパワーヒッターだけど、清本に比べるとホームラン数は少ない。高橋も前の打席は抑えているし、今日の調子なら通用しそうだけど、慎重に行くか……。最悪歩かせる)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「また外角ギリギリ……」

 

「和奈ちゃん、大丈夫かな……?」

 

「清本は外角の球は余り得意じゃないからね……」

 

このままじゃ打ち取られるのは時間の問題……。

 

「……いえ、もしかしたらこの打席の和奈さんは期待出来るかも知れませんよ」

 

「えっ?」

 

「相手バッテリーは徹底的に和奈の苦手とする外角を攻めてるんだよね?和奈も打ちあぐねてるし、厳しいんじゃないの?」

 

金原の言う通り、清本が外角を打つのは厳しく思えるけど……。

 

「和奈さんは自身が課題としている外角のコースを打つ為に、数ヶ月……一生懸命練習していました」

 

(特に和奈さんに対して最も投げられやすい外角高めを重点的に。だからこの打席は……)

 

 

カキーン!!

 

 

『打った!?』

 

清本が打ったのは外角高め。バットが届かないであろうコース。

 

「わわっ!?」

 

強引に打った影響で清本は態勢を崩す。しかし打った打球は……!?

 

 

ドンッ!

 

 

「ホームラン……」

 

「う、打っちゃったよ……」

 

(これはやられたな……)

 

清本の先制ホームラン。このまま私達が勢いに乗れたら良いんだけど……。



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VS渋谷シニア⑧

先制点を取れた4回。しかしその裏のイニングで川越シニアは私が知る限りの史上初の大ピンチを迎えた。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

この四球によってノーアウト満塁。しかも打席に立つのは……。

 

「今度こそ打たせてもらうよ。最低でも1点はもらう……」

 

渋谷シニアの脅威の9番打者……十文字さんだ。

 

(下手に打たせるくらいなら、歩かせた方がダメージ少ないでしょこれ……)

 

(そう思わせる事が十文字園香という打者の厄介さを際立たせていますね。何れにせよ、ここは勝負一択です)

 

(だよねぇ。はぁ……)

 

一ノ瀬さんの球も2人前くらいから球が浮き始めている。渋谷シニアを相手には全力で行っても足りないくらいだ。常にフルスロットルで投げているから、消耗もかなり早い。

 

(だから監督は私がいつでも投げられるように言ってたんだね……)

 

一応4回表時点で肩は作り終えている。5、6球で出来上がるくらいには準備も進めて来たからね。

 

(一ノ瀬さんにとってはここが踏ん張り所……。頑張ってほしい)

 

私の心からの応援が一ノ瀬さんに届く事を願う……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(球が浮き始めているとは言っても、まだまだ変化球のキレは健在……。やはり簡単には打てそうもないね)

 

(このイニングは絶対に凌がせてもらう……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あっという間に十文字さんを追い込んだ。でもここからだ……。前の打席では球審の判定に助けられたと言ってたし、この打席もそうなるとは限らない。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(カーブにタイミングが合っていますね。ここは別の球種にしましょうか……)

 

(……いや、カーブで行く。シンカーもシュートも十文字を抑えるには足りない)

 

(一ノ瀬ピッチングを見る限り、脅威的と言えるのはカーブだけ。だから私はカーブを狙い続ける……。きっと一ノ瀬も私を抑えるにはカーブしかないと判断してるだろうしね)

 

ツーナッシングから1球ファールで、次が4球目。恐らくこの打席の勝敗が決まる1球になる筈だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一ノ瀬がかなり追い詰められた形になったな。フロイスはこの勝負をどう見る?」

 

「十文字さんが相手なら、決め球であろうカーブじゃないと抑えられないんじゃないですかねー?」

 

(尤もそのカーブも攻略されかかってるけど……。かといってシンカーやシュートだと普通に打たれそうだしね。こういう時は絶対に信用出来るウイニングショットじゃないと、十文字園香という強力な打者は抑えられないね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで……三振になっちゃってよ……!」

 

(一ノ瀬さんの投げるカーブ……。確かにこれでないと、十文字さんには通用しないでしょう)

 

(疲労が溜まってそうなのに、ここまでのキレと変化量とはね……。一ノ瀬羽矢……げに恐ろしい投手だよ。最後の最後まで完璧を貫いた。でも……!)

 

 

カキーン!!

 

 

(完璧が故に、その球を打つのは難しくない。シンカーやシュートもカーブと同等のレベルだったら、危なかったね)

 

打球はレフトスタンドへ直撃。十文字さんによる満塁ホームランで、私達は一気に3点ビハインドとなってしまった……。



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VS渋谷シニア⑨

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

十文字さんによる満塁弾のあと、投手は一ノ瀬さんから私に交代し、1、2、3番を連続三振に抑えた。

 

(今は4回裏……。3人ずつで抑えたとしても、あと1回は十文字さんに打席が回ってくる)

 

あの人の洞察力は半端じゃないし、抑えるのも一苦労だろう。私の投げる偽ストレートも1打席限りなら誤魔化せると思うけど……。

 

(何にせよ、今は味方打線が3点のビハインドを覆す方に期待しよう……)

 

十文字さんの事を考えるのはそのあとだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一ノ瀬から代わったあの投手……かなり良い球を投げるな。一ノ瀬とはまた違ったタイプの投手だ」

 

「本来なら川越シニアのエースは彼女じゃないかと思っちゃうくらいの球ですよねー。渋谷シニアで朱里ちゃんの球を打てそうなのは多分十文字さんだけだと思いますよ」

 

「傍目には少し速めのストレートにしか見えないが、きっとあれにも種があるのだろう?」

 

「まぁノーコメントですね。きっと何れは朱里ちゃんとの対戦機会があると思いますし」

 

「早川の投げる球はその時までお預け……か」

 

「高校に限らず、また別の舞台できっと……朱里ちゃんの球を間近で見る機会が訪れますよ」

 

「そうだな……。その時を楽しみにしているよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「十文字さん、ナイバッチでした!」

 

「ありがとう。もしも一ノ瀬が疲労が溜まってなかったら、最低でもあと1打席は時間が掛かってたよ」

 

「それにしても後続のあの10番……簡単に打てそうな球なんですけど、なんでウチの打線が三者三振で終わっちゃったんですかね?」

 

「恐らくは早川の投げる球に何かしらあるとは思うけど……」

 

(確かにウチの上位打線が掠りもしないのは妙だ……。多分打席に立ってみないとわからない類いの球なんだろうね。それが何か……は私が打席に立つまでわかりそうもないな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5回の表裏、6表回と両チーム無得点。チャンスは来るんだけど、悉く十文字さんのリードによってウチの打線が封殺されてしまっている。

 

(5回も6回もあとちょっとのところで得点に至ってない……。これは本気で厳しいな)

 

どうも十文字さんは私達の弱点を徹底的に突いているように見える。それも毎度ではなく、ピンチになった時限定で……。それが却って厄介だったりするのだ。

 

「朱里さん、チェンジですよ」

 

「うん……」

 

「朱里ってば緊張してるの~?」

 

「そりゃしてない訳がないよ。この試合で私達が優勝出来るか決まってくるし……」

 

まぁまだ3点ビハインドなんだけど……。

 

(しかもこの回は十文字さんに回ってくるし……)

 

一ノ瀬さんの球も完璧に打ってたし、私の球が通用するのか……。不安な一方で少し楽しみではあるかな。

 

「行きましょうか」

 

「そうだね。この6回裏を抑えて、7回で勝ち越そう」

 

そのつもりで抑えて行かなきゃね……!



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VS渋谷シニア⑩

6回裏。渋谷シニアの攻撃は7番から始まる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

まずは先頭打者を三振。初見という事もあって、偽ストレートは通用している。

 

(このまま抑え切って、絶対に逆転まで繋ぐ……!)

 

例え十文字さんに回ってこようとも、絶対に抑えてみせる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで7連続三振か……。一ノ瀬とはまた違うタイプの投手だが、早川の方は取り付く島もないな……」

 

「朱里ちゃんが投げてるのは元々私の友人が投げてた球なんですけど、手数の多さは圧倒的に朱里ちゃんが上ですね」

 

「手数の多さ……か。フロイスの発言から察するに早川が投げている球は……」

 

「まぁお察しの通りの球ですよ」

 

「成程な。球の種がわかっていても、簡単に打てる代物じゃない……。本当に厄介な球だな」

 

「朱里ちゃん自身はちょっと誤解してるんですよねー。種がわかれば、攻略は容易い……って」

 

「あれはとにかく応用の効く球なんですよ。様々な球種に化け、速度も付いたら本当に手の付けようがない……。朱里ちゃんが投げてるのはそういう球です」

 

(まぁあれをどう活かすかは朱里ちゃん次第だけどね……。まぁ今のままでも十文字さん以外には充分に通用する。逆に言えば、十文字さんには今の段階でもワンチャン攻略される可能性すらあるってところかな)

 

「では私はそろそろ……」

 

「帰るのか?」

 

「私が見たいものは見れましたしねー。明日が向こうのシニアの決勝戦で、私がいないと駄目……みたいな事を言われまして……」

 

「そうか……。忙しい中、私の練習に付き合ってもらって悪かったな」

 

「いえいえ。私がやりたい事ですんでー。じゃあまた会う日までー♪」

 

「また会う日……か。果たしてそれはいつになるのやら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

8番打者も抑えてツーアウト。ここまでは順調だ……。

 

(そして問題はこのあと……)

 

脅威の9番打者……十文字園香さんだ。

 

(さて、こちらとしては1点でも多くリードしておきたいところだけど……)

 

(例え十文字さんが相手でも、私は全力で投げるだけだ……!)

 

他の投手だったら二宮のリードを信じれば、抑える事が出来る……って言いたいところを、私と組む時の二宮はノーサインだからねぇ……。

 

「…………」

 

こうして二宮の構えているコースに向かって投げるしかない。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「…………」

 

(確かに端から見てもただのストレートにしか見えない。こうして間近で見てもストレートとの違いがわからない……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(そしてこうして振っても、バットには当たらない……。ただのストレートじゃないのは確定だけど、これって1打席やそこいらで打てる球なのかな……?)

 

ツーナッシング。二宮の構えているコースは内角のストライクゾーン。3球で決めるつもりだね。

 

(これで三振……。まずは勢いをウチに呼び寄せる!)

 

 

ズバンッ!

 

 

(やれやれ……。もしもこの試合の先発投手が早川だったら、私達が負けてたね)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

試合終了。結果は1対4で、私達は渋谷シニアに敗北してしまった……。

 

(勝敗そのものは夏と同じ……。むしろ夏に比べると、チームとしては強くなった筈)

 

でも悔しいよ……。このままでは終われない。この借りは絶対に夏で返す!!



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その後

夏のシニア全国大会……。私達川越シニアは準優勝で終わった。

 

春の全国大会と同じ結果で、同じ相手に私達は負けてしまった……。

 

「はぁ……」

 

「は、羽矢さん。羽矢さんの投球内容そのものはかなり良かったですよ!そんな落ち込む事ないですって!」

 

「別に……。私の球が格上相手に通じなかったってだけだし、それは私の変化球を強化すれば良いだけだし……」

 

ふと金原が一ノ瀬さんを慰めている光景を目にした。

 

(一ノ瀬さんは十文字さんに満塁弾を打たれたけど、投球内容自体は金原の言う通り悪くはなかった……)

 

一ノ瀬さんの成績は失点4、被安打3、四死球2と良い訳ではないけど、渋谷シニア相手には大健闘だ。渋谷シニアは他のチーム相手だと倍以上の点を取る事も容易いし。

 

「問題は渋谷シニアの先発投手を崩し切れなかった事でしょう」

 

「そうだね……」

 

渋谷シニアの先発投手は私達と同じ1年生女子選手でありながらも、1番の背番号をもらっていた。これそのものはとても凄い事だけど、渋谷シニアのエースは捕手を兼任している十文字さん。

 

(捕手としてのスキルも一流でありながらも、渋谷シニアのエース投手も務める実力者……。私達との試合ではマウンドに上がる事はなかったんだよね)

 

「十文字さんは投手の力を引き出すのがとても上手い捕手でした……。それでいて、相手打者の力を封じ込める技量もあり、私も見習いたい部分が多かったです」

 

「……そっか」

 

二宮にここまで言わせる選手は数いれど、捕手として二宮を完全に上回っているのは私が知る限りだと十文字さんだけだ。

 

(金原も、友沢も、高橋さんも……。上手く十文字さんに封殺されてしまった印象が強い)

 

清本だってあのホームラン以外は凡退……。2打席目で清本がホームランを打てたのも、あの場面での清本の対応が十文字さんの読みの上を行っていたから……。つまり十文字さんのリードを越えるには、常に十文字さんの読みを上回る必要がある。とても難しい話だよね。

 

「しかし今回の渋谷シニアとの試合を見るに、渋谷シニア相手には朱里さんをぶつければ、投手面では問題なく渋谷シニアの打線を抑えられるでしょう」

 

「本当に……?」

 

私の球も1巡だけだったから通用したに過ぎないし、2巡目……特に十文字さんが相手だと、どうなるかわからなかったよ?

 

(朱里さんは自身の成長をまだ自覚していない……。それが発覚すれば、シニア一の投手になる事は間違いないでしょう。まぁ自覚していない状態でも、女子選手の中では1番を取れそうなものですが……)

 

な、なんか二宮に呆れられている気がするよ?気のせいかな?

 

「……何にせよ、次は夏だね」

 

「そうですね。4月になれば、新しい選手が入団してきます」

 

私達が川越シニアに入団してからもうすぐ1年が経とうとしている……。新しい選手達が川越シニアの強化に繋がる事を願うばかりだ。



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進級……そして後輩入団 前編

遥「私達も中学2年生になりました!」

朱里「一応言っておくけど、過去編での出来事だからね?ないとは思うけど、完結した本編とごっちゃになっちゃうから、言い方に気を付けて。あとなんで開幕から雷轟が話すのさ……」

遥「だって私の出番が全然ないんだもん!」

朱里「最後に出てから30話近く出番がないのか……。まぁ川越シニアの話だしねこれ。なんならこのまま出番なしで過去編終わるかもよ?」

遥「それはやだっ!」


全国大会の決勝戦から10日が経過した。今日は私達の後輩がチームに入る日だ。

 

監督の話によると、去年の雷轟みたいな事がないように選手達の入団テストは最後まで行う事にしたそうだ。まぁ雷轟は少し理不尽な目に遭ったかもね……。

 

話を戻して、今年入ってくる後輩について。どうやら女子選手は監督と二宮がスカウトして入ってくるそうだ。よって合格は確定なんだけど、改めてテストをする事によって、私達に実力を見せる腹つもりらしい。

 

(まさか二宮が後輩のスカウトに関わっていたとは……。流石は監督と1対1で話した時間が1番多いだけはある。ポジションが同じだから、話が弾んだりするのかな?)

 

選手だった監督は捕手を務めており、野球をしている人で六道響の名前を知らない人はいない……と言われるレベルの成績を学生時代に残している。

 

「注目!今日は新しい仲間が入るよっ!2年生にとっては初めての後輩だから、先輩として後輩の見本になれるように励んでねっ!!」

 

『はいっ!!』

 

私達の後輩は男女合わせて32人。その内女子は7人。女子7人の内訳5人は監督と二宮がスカウトした例の後輩達だそうだ。

 

「百瀬月です!メインポジションで捕手、サブで二遊間を守れます!3年間よろしくお願いしますっ!!」

 

1人目は明るい印象の子だ。金原と雷轟を足した感じの人当たりの良さそうな性格……。男子からの人気も高そうだね。メインポジションは捕手との事だけど、二宮との差別化点を見付けないと、捕手で生きるのは難しそう……。

 

「雪村紅葉です。メインポジションは外野。サブで二遊間と三塁手、あとはショートリリーフもやっていました。特にセンターは誰にも負けるつもりはありません」

 

2人目は百瀬さんとは対照的にクールなイメージがある。ちなみに紅葉と書いてくれはと読むみたいだ。

 

「ほほぅ……。こりゃライバル出現かな~?」

 

センターに絶対的な自信がある様子で、今ウチでセンターを守っている金原が雪村さんに注目を寄せた。ちなみに後に金原のメインポジションがセンターからレフトに変わるんだけど、それはまた別の話……。

 

「し、志田葵です!メインポジションはショート、サブポジションにセカンドとピッチャーです!」

 

3人目の彼女のポジションは今の友沢と同じ……。そういえば友沢は今でも投手の練習をこっそりしてるって話だけど……。

 

「このシニアではに、二刀流を目指してますっ!」

 

彼女は堂々と二刀流を貫くらしい。小動物チックな見た目とのギャップが凄い。清本みたい……。

 

「ほう……?」

 

多分友沢にとって良い刺激になるだろう。

 

「えっと……赤松翠です。メインポジションは二塁手、サブポジションで遊撃手、一塁手、三塁手を守れます。先輩方に遅れを取らないように精一杯頑張ります」

 

4人目は清楚な自己紹介をしてくれたけど、多分猫被ってるんだよなぁ……。まぁシニアでやってくには印象操作も大切だと思うし、彼女なりにこの川越シニアでやっていこうという決意表明なのかな?

 

後で聞いた話によると今紹介した4人は幼馴染らしい。道理で4人で固まってると思ったよ……。

 

その後も紹介は続いていった……。




朱里「今回登場した4人は最近作者とメッセージを頻繁にやり取りしている東方魔術師さんからキャラ案を頂き、この話から無事に登場を果たしました」

遥「でも本編にはいなかった4人だよね?」

朱里「そこを上手く落とし込んで続編に登場させよう……って魂胆だと思う」

遥「なんかガバガバだね。絶対どこかで穴が出ちゃうと思う……」

朱里「それをなんとかするのが作者の仕事だよ」

遥「続編で登場させる予定だって話だけど、4人はどこで登場するの?」

朱里「作者の予定だとプロ野球編と大学野球編で半々に登場させるか、大学野球編で4人まとめて登場させるか……ってところかな」


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進級……そして後輩入団 後編

後輩達の自己紹介は続いていき、5人目の女子選手の紹介に入った。

 

「木虎藍です。ポジションは捕手、二塁手、外野手を守れます。軟式野球チーム出身で硬式に触れるのは初めてですが、1日でも早く慣れて、先輩達に追い付けるように精進します。よろしくお願いします」

 

5人目は礼儀正しくも、どこか負けず嫌いな印象を受けた育ちの良いイメージの子だ。監督が軟式野球チームから直接引っ張って来たらしい。百瀬さんとポジションが被ってるのが気になるところだけど、選手タイプの違いでそれも気にならなくなるんだろうなぁ……。

 

「沖田総司ですよー!ポジションは投手ですけど、未だに直球しか投げられないぺーぺーですので、このシニアで沖田さんの理想とする変化球を覚えたいなって思いまーす!」

 

なんか凄い自己紹介をした子は元気がありながらも、どこか儚げに感じた。どこのリトル出身かは知らないけど、組織によっては変化球投球を禁じてるところもあるらしいし、このシニアで変化球を覚えようと思ってるんだろうね。

 

(しかしこの沖田さんはスカウト入団じゃなくて、普通にウチのシニアに入ってきたんだよね。女子選手で、しかもストレートしか投げられないのに、入団出来るって事はもしかして凄い球を投げる子なんじゃ……?)

 

或いはとんでもない素質を持っているか……。或いはその両方だったり?

 

「初野歩美です!メインポジションはセカンド、サブで内野全般守れます!3年間よろしくお願いします!!」

 

7人目……最後の女子選手は川越リトルから繰り上がりで入団してきた私、二宮、清本にとっては直属の後輩である初野。どこか犬を思わせる子だ。

 

(まぁ初野はリトル時代でも着実に成長してると思うし、このシニアでも最終的にはレギュラーも取れそうだから、余り心配はしてないけどね……)

 

初野の本領は守備。しかし決して上手い方ではないものの、確実性がある。打撃方面も非力寄りではあるけど、粘り強い。リトルよりも競争が激しいシニア環境で生き残っていけるかも見物だ。

 

「全員の紹介は終わったね?2年、3年の子はもうわかってると思うけど、このチームは才能がある子達が沢山集まってる……。そんな中でレギュラーを勝ち取るのはとても難しいと思うけど、このチームで自分に出来る事は忘れちゃいけない……。それを頭に入れておいて、練習に励んでね!!」

 

『はいっ!!』

 

後輩達の紹介が全員分終わり、私達は後輩達に負けないように、後輩達は私達を見習い、或いは反面教師にしつつ、自分を高めていく事だろう。私も負けられないね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。昨日入ってきた男子選手は全員天王寺さん達の所に群がって行ってしまった。

 

(これは本格的に不味いんじゃないかなぁ……)

 

もう本当に宗教団体となっているように見える天王寺さん達のグループにちょっと危機感を覚えちゃうよ……。

 

(まぁ幸いと言うか、女子達は皆私達といる事が救い……なのかな?)

 

まぁそれでも多少は天王寺さんに見てもらってるけど、あそこまで露骨じゃないからね……。どうにかしないとって気持ちが強くなる。

 

(とりあえず今は夏に向けて私も頑張ろう)

 

当面は一ノ瀬さんからエースナンバー奪取だね。ライバルが多いけど頑張ろう!



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後輩と先輩と不穏な雰囲気

後輩達が入団してから1週間が経過した。

 

今日は監督が席を外しているから、自主トレになる。1年の選手達は上級生に教えを乞う為にマンツーマンだったり、複数で見たりしている。

 

7人の女子選手達もそれぞれ自分の役割を果たそうとしているみたいだね。

 

「選手データを頭に入れておいて、相手の得意不得意をハッキリさせてから打者を打ち取りに行く……。私にとっては基本行動ですが、それをどういう風に活かすかは当人次第です」

 

「成程……」

 

「勉強になります!」

 

「あと大切なのは打者との読み合いです。読み合いには最低限3割勝てれば、段々とパターンが見えてきます」

 

「読み合いかぁ……」

 

「捕手にとってリード並に大切な事ですね。レベルの高いシニアなので、高度な読み合いが発生しそうです」

 

メインポジションが捕手である木虎さんと百瀬さんは二宮にリードの極意を聞いている。まずは当たり前の事を復習してから、どういう捕手になろうとしているかを見定めているらしい。あの2人が二宮みたいになったらちょっと嫌だなぁ……。

 

「センターは外野の中でもかなり重要視されるポジションだからねー。最も必要となる範囲と足は持ってる事がわかっているから、あとはしっかりと捕球する事!これさえ覚えていけば、やっていけるよ☆」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「んー……。守備面でアタシが言える事は正直このくらいかなー?多分紅葉の方がアタシよりも上手いと思うし、あんまりアドバイス出来なくてごめんねー?」

 

「そ、そんな事ないです!金原先輩には守備の他にも打撃方面とか、参考にしたい部分も沢山あります!」

 

「嬉しい事言ってくれるねぇ~!それならまだアタシの面子も保てるかな」

 

向こうでは金原が外野手の有望株である雪村さんにセンターの心得みたいなのを語っていた。私が見るに、捕球方面は金原よりも雪村さんの方が上だと思ってる。金原自身もそう思ってるみたいだし……。だから金原にとっては危ういんじゃないかなって思ってるんだけど……。

 

「ショートを守るコツは広く、速く、確実に……だ。これはセカンドにも言える二遊間の共通の課題だと思ってくれて良い。尤も志田レベルの選手なら、それも当たり前のように把握していると思うが、基本に忠実にするのは野球に限らず全ての競技で大切な事だ」

 

「成程……!」

 

「あと志田は二刀流を目指すと言っていたな?」

 

「はいっ!」

 

「二刀流を極めるにしても、まずは投手か野手かで確実な実力を身に付けるのが優先だ」

 

「は、はい!友沢先輩はショートと同時に投手の練習もしているので、その配分なんかを聞けたら……と」

 

「先程も言ったが、まずはメインポジションを確実にする事だ。絶対的な自信が付くまではサブポジションの事は考える必要はない」

 

志田さんにはシニア一のストイック選手こと友沢に師事しているようだ。友沢が投手をやってた事を知ってる人間ってシニア内でも結構少なかったような……。まぁ私が気にする事じゃないか。

 

「え、えっと……。私の場合は背が小さいから、より手首に力を入れる必要があって……うぅ……!」

 

「参考にさせていただきます」

 

赤松さんは清本に飛距離を出すコツを聞き出していて、清本はアドバイスしていると、何故か凹んでいる。どんな説明をしてるんだろ……?そもそも赤松さんがスラッガーだった事に驚きを隠せなかったよ……。

 

「沖田さんが見るに、貴女が理想の変化球を投げると判断しました!是非この沖田さんに師事をば!!」

 

「な、何このコミュ力お化け……。ぜ、絶対私なんかよりも他の人が良いって……」

 

沖田さんは一ノ瀬さんに変化球を教えてもらおうとしているようだ。一ノ瀬さんの変化球ってかなり独特で唯一無二性を感じるんだけど、大丈夫なのかな……?

 

このように同じポジションだったり、同じ選手タイプだったりする上級生から1年は何かを得ようとしているようだ。

 

「いやー、皆さん自分の長所を伸ばそうとしてたり、足りないものを求めるのに張り切ってますねぇ!」

 

「そんな初野は何故私の所に……?」

 

何故か私の所にはポジションも違えば、選手タイプも掠ってない初野がいるようだ本当に何故?

 

「自分の成長も大切ですけど、リトル時代にお世話になった先輩に見てもらいたいんですよ!」

 

「……あとで二宮や清本にも見てもらいなね?」

 

「もちろんですよっ!」

 

まぁ私を慕ってくれる後輩だし、可愛いものだけどね。

 

「……それよりこのシニア、なんか不穏な空気が流れてる気がするんですよねー」

 

「そうだね……」

 

初野はこのシニアの異常さにいち早く気付いている。天王寺さんの所にいる選手の数の異常性に……。

 

他の後輩女子6人は自分を高めようとそれどころじゃないし、夏までにはなんとかした方が良いのかなぁ?



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親睦会?①

後輩達が入ってきてもうすぐ1ヶ月。世間一般で言うところのGW期間に入ろうとしている。そんなある日の事……。

 

「親睦会……?」

 

「そそ。今度の連休で4泊5日。後輩達と絆を深め合おうってアタシ達女子の間で小旅行でも……って話をしてたんだよ」

 

金原が後輩達と仲良くなりたいが為に提案してきている訳だけど……。

 

「でも私達は練習した中で交流した方が良いんじゃないの?」

 

(それにこのままだと天王寺さん達と差が開きそうだし……)

 

そもそもウチは曲がりなりにも強豪シニアの一角だ。渋谷シニアにリベンジする為にも、遊ばずに練習しなきゃいけないんだ。

 

「……って朱里や亮子は言うと思ったから、監督と瑞希からは既に許可をもらってるんだよね☆」

 

「監督公認!?」

 

というか二宮の立ち位置が影の監督的なポジションに収まろうとしてるんだけど……。

 

「……ちなみにどれくらい参加するの?」

 

「後輩は紅葉達4人は参加するって。あと歩美も参加したいって言ってた。藍と総司は用事があるからって断られちゃったから、合計5人。……で、2年はアタシと瑞希と和奈。亮子も用事あるって言ってたから、代理としてはづき。そこに朱里が入ってくれたら後輩達と同じ5人になるんだけど……」

 

な、なんか上目遣いでこっち見てるんだけど……。やめて!そんな目で見ないで!

 

「……良いよ。ここで断ると折角参加してくれる皆に悪いし」

 

「やった☆」

 

(まぁ二宮がいるんだし、監督も許可出してるみたいだから、ただ遊ぶだけで終わりにはしないでしょ)

 

きっとどこかで野球に関連する事がある……と思う。こればかりは当日にならないとわからないのが、とてもモヤモヤしちゃう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、連休初日。4泊5日分の着替えと、余裕を持った金額のお小遣いと、暇潰し用のゲーム機と、野球道具を持ってくるように言われてるんだけど、まだ行き先はわからない。

 

「結局どこに行くか聞いてないんだけど……。どこ行くの?」

 

「わかんない。場所知ってるのは瑞希と和奈だけなんだよね」

 

「い、一応事情を知ってる身で言うけど、今回の旅行はかなり突発的に決まったんだよね……」

 

「偶然起こった現象に感謝ですね」

 

清本と二宮が言葉を濁している……。ますます気になっちゃうよ!

 

「それでどこに行くんですか?」

 

「沖縄です」

 

『お、沖縄!?』

 

「あはは……」

 

二宮があっけらかんと口にすると、清本以外は声を揃えて驚き、清本は苦笑い。

 

「うわー。沖縄ってわかってたら、水着とか買いに行ってたのに~!」

 

「泳ぐ気満々じゃん……」

 

沖縄とは言えど5月の海は寒そうだし、止めておいた方が良いと思うけどね……。

 

「でもなんで沖縄?」

 

「こないだ瑞希ちゃんと買い物してたら、商店街が福引きがあったんだよね」

 

「その福引きの特賞が沖縄旅行のチケットで、それが見事に当たったという訳です」

 

「でもチケットは2枚あるよ?」

 

「そうですね。チケット1枚では5人までしか行けませんので」

 

「えっ……。それってもしかして……」

 

「う、うん。瑞希ちゃんと私が連続で特賞を出しちゃって……」

 

なんか凄い事聞いた気がする……。二宮の話によると特賞は2枠しか用意されてなくて、その2枠を二宮と清本が連続で出した……。これって天文学的確率で起こった出来事なんじゃないの!?

 

「……まぁ紆余曲折あって、丁度10人でこうして沖縄へと赴く訳です」

 

「絶対そんな軽い話で済ませて良い話じゃない気がする……」

 

「……っていうかまだ後輩達来てないよね?もしかして同じ説明をするの?」

 

「もちろんです」

 

『…………』

 

そんなやり取りの数分後に、後輩5人に二宮が私達にした説明と同じ事を話して、後輩達は凄く驚いていた。そりゃそうだよね……。



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親睦会?②

後輩達と合流し、空港に到着。

 

(飛行機に乗るのもリトルリーグの世界大会以来かも……)

 

「なんか飛行機に乗ると海外旅行に行く気分ですね!」

 

「行くのは国内だけどね……」

 

行き先は沖縄。二宮と清本が福引きで特賞を連続で取って私達10人は沖縄行きの飛行機に乗車。

 

「そういえば具体的に向こうで何をするつもりなんですか?」

 

誰もが疑問に思った事を志田さんが質問した。多分この旅行の内容を知ってるのは二宮だけだと思うんだよね。だから誰しもが気になっていた……。

 

「主に基礎トレーニングですね。砂浜でランニングをすると、足腰が鍛えられますよ」

 

二宮曰く砂浜でのランニングやキャッチボール等をするそうだ。まぁこの中には外野をやる人も何人かいる訳だし、役には立ちそうだね。

 

「でも沖縄に行くんだし、どうせなら泳ぎたいよね~!」

 

「わかるわかる!沖縄の海で泳げないとかショックだよ……」

 

金原と橘は泳ぎたい欲がとても強く、抗議染みた感じで口に出していた。どんだけ泳ぎたいの……。

 

「そういういずみさんとはづきさんの為に水泳もプログラムに入れていますよ」

 

「「本当に!?」」

 

二宮の水泳発言に金原と橘が目を輝かせる。何?泳ぐのが好きなの?

 

「足腰に負担が掛かりにくいトレーニング方法として水泳は非常に理に叶っていますからね。お二人が気にしている水着の方も現地でレンタルが出来ます」

 

「マジ!?」

 

「こりゃ瑞希ちゃんの本気度が伺えるねぇ……」

 

確かに水着をレンタルするレジャー施設に行くとか、かなりお金が掛かってきそう……。

 

「でも大丈夫なんですか?かなりお金が必要になってくるんじゃ……?多めのお金はその為にあるんですか?でもそれでもかなり厳しそうですけど……」

 

百瀬さんが私の疑問点と同じ事を思っていた。やっぱりその辺りは気になるよね……。

 

「その心配はいりません。監督から合宿費用という名目で料金を頂いています。多めに持ってきたお金は自分の為に使ってください」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

どうやら私達が自分で持ってきたお金は本当にお小遣いとして使っても良いらしい。飛行機代も、施設代も、旅費も全て監督が経費として落としてくれたようだ。じゃあここまで実質無料で私達来てるって事だよね!?

 

「ただ成果が見られないようならば、それ相応の罰が待っているとも言っていましたが……」

 

二宮がボソッと言ってたのを私は聞き逃さなかった。サラッととんでもない事を言ってくれたね!?

 

(ランニングに水泳、それに恐らく他にも何か練習になる項目がある筈……!)

 

一応メインは後輩達と親睦を深めようとの事だけど、二宮から見た本命は後輩達の実力チェック……だと思ってる。私もそのつもりで見ていかないとね……!



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親睦会?③

「青い空……!」

 

「青い海……!」

 

「「私達は沖縄に来たぞーっ!!」」

 

沖縄に到着するなり、金原と橘のテンションの上がりようがヤバい。清本と志田さんが苦笑いしてるじゃん……。

 

「これからどうするんですか?」

 

「まずは宿泊施設にチェックインですね。ここからそう遠くない場所にありますので、行きましょう」

 

二宮の引率の下、私達は宿泊場所に向かう訳なんだけど……。

 

「そ、そういえば私達中学生だけでこんな遠くに来て良かったのかな……?」

 

「和奈は心配性だねぇ。親にもちゃんと話してるし、問題ないって☆」

 

清本の心配に金原が笑いながら答えるけど、確かに保護者同伴じゃないと止められても可笑しくない……。

 

(まぁ私のところは冷戦状態だし、家には若干嫌な空気も流れてるし、この親睦会……?でリフレッシュ出来たら良いけど……)

 

「……とは言え和奈さんの言う事も尤もです。一応後程保護者という名目で私の姉が夜から合流します」

 

二宮の……姉?

 

「予定とかは大丈夫だったの?」

 

「あの人は割とフラフラする性格ですので、特に問題はありません。今回の事も息抜きとか言ってるかも知れませんね」

 

どうやら清本は二宮の姉とやらを知ってるみたいだ。幼稚園くらいからの付き合いなんだっけ?

 

「へぇー。瑞希ってお姉さんいたんだ。何歳?」

 

「私より9つ上ですので、今年で22歳ですね」

 

「じゃあ今は大学生なんだ?」

 

「いえ。姉は既に大学を卒業しています」

 

「短大出身って事……?」

 

「飛び級して、卒業しています。確か……15歳で主席卒業して、そこから今みたいにフラフラと……」

 

えっ……。今なんかとんでもない事を言ってたような。じゅ、15歳で大学卒業!?しかも主席!?

 

「瑞希ちゃんのお姉さんって凄く頭が良いんだよね……。幼少期からかなりの切れ者で、頭の回転も早くて、雲の上の人みたいで……」

 

「あの人の頭の良さは尊敬に値するのですが、如何せん自堕落なので、もう少ししっかりとしてくれれば何も言う事がないのですが……」

 

二宮の姉の生活事情を聞いてしまった気がするんだけど、本当に良いのかなぁ……?

 

「それよりもそろそろ行きましょう。時間は有限ですよ」

 

「よーし!早速遊ぶぞ~!」

 

「もちろん先に練習です。まずはランニングから……」

 

「ですよねー」

 

なんか二宮と橘がコントみたいなやりとりをしてるんだけど……。この光景を後輩が見てるんだよ?

 

『…………』

 

「……とりあえずアタシ達は普段こんな感じにわちゃわちゃしてるから、親しみやすいと思うよ?」

 

「い、いずみちゃん。それフォローになってないよ……」

 

前途多難なんだけど……。

 

(まぁ練習の時間になったら、橘もやる気を出す……よね?)

 

沖縄に来て遊ぶ気満々だけど、二宮監修の下でキチッとした練習もあるし、私が心配する必要もないのかもね……。



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親睦会?④

ここは私達の宿泊場所に最も近い海。

 

「こんなにも青い海が目の前にあるのに……」

 

「なんでアタシ達はその海の横でランニングしてるんだろうね?しかも裸足で……」

 

「基礎練習ですからね」

 

二宮考案の基礎練習その1。砂浜での裸足ランニング。砂利とかを踏まないように気を付けて走る必要があるので、結構大変だ。

 

「ま、まぁこのランニングは足が鍛えられると思うよ……?」

 

「余りフォローになってないけどね。こういうのは泣き言を言わずに黙々とやるのが良いんだよ」

 

コースは約1キロを往復するのを10セット行う。つまり合計で20キロのランニングだね。何それ滅茶苦茶キツい。確実に後半疲れるやつじゃん……。

 

「余り飛ばし過ぎると後半がキツくなるので、ペース配分は考えて走ってくださいね」

 

『はいっ!!』

 

後輩5人はかなり良い返事だ。ぶー垂れながら走ってる金原と橘も見習ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それで砂浜ランニングは終わった訳だけど……。

 

「きっつ……!」

 

「お、思ったよりしんどいかも……」

 

「予想してたけど、やっぱり後半に疲れがくるんだよね……」

 

早速グロッキーなのが3人。まぁ3人共後輩なのは仕方ないね。一応1年分私達2年の方が身体は作れてるからね。まぁ正直私も結構グロッキー手前なんだけど……。

 

「さ、3人がグッタリしてるけど、大丈夫なのかな……?」

 

「とりあえず少し休憩にしましょうか」

 

その一方で20キロも走ってるにも関わらず、ピンピンしてる清本と二宮。この2人は体力あり過ぎでしょ……。

 

「目の前に海があるのに泳げないジレンマが……ねぇ?」

 

「だよね~。どうせならこの海で泳ぎたかったよ……」

 

まだ文句言ってるのかこの2人は……。もう2人で水掛けでもしたら?

 

「海では泳ぎませんが、明日には近くにある大型レジャー施設にあるプールに行く予定です。2人の水泳欲はそこで発散してください」

 

「大型レジャー施設……!?」

 

「この辺りにあるレジャー施設ってかなり有名なところだよね?テレビでも放映されてた……」

 

「その施設で間違いありません。水着のレンタルもそこでやっていますので、今回の荷物に水着は指定しませんでした」

 

大型レジャー施設という単語に金原と橘の目の色が変わった。現金だね君達……。

 

「ランニングの後はどうするんですか?」

 

「1度宿舎へ野球用具を取りに戻ります。それから近くのグラウンドで練習としましょう」

 

ランニングで体を暖めてから、野球の実戦で実力の底上げをする……。なんか親睦会という名目の合宿な気がしてきたよ。

 

(3日目には試合も、試合相手も手配していますが、それを今言う必要はないでしょう。今日と明日で適性を見ていく必要がありますね)

 

とりあえず野球用具を取りに宿舎へ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラウンドに到着した私達は軽く柔軟を終えてから、練習をする事に。まずはノッカー二宮によるノックを。

 

「……というか上手い具合に各ポジションに別れたね」

 

(まさか二宮はこの面子になる事を想定していたのかな……?)

 

ちなみに私達が付いてるポジションは……。

 

 

ピッチャー 橘

 

キャッチャー 百瀬さん

 

ファースト 清本

 

セカンド 初野

 

サード 赤松さん

 

ショート 志田さん

 

レフト 金原

 

センター 雪村さん

 

ライト 私

 

 

……となってる。メインポジションが被ってるのは私と橘、初野と赤松さんな訳だけど、橘は投手以外のポジションは未経験なので、消去法で私がライトに、セカンドメインの2人は肩が強い赤松さんをサードに置いたらしい。まぁ妥当だね。

 

「それではノックを始めます」

 

二宮がノックを打つ事によって、二宮自身のバットコントロールもそれなりに鍛えられる……という二宮にとっても利益になるので、理に叶っている。

 

なんか厳しそうな予感がするけど、無事に終われるのかな……?



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親睦会?⑤

「では始めます。まずはファーストから……」

 

 

カンッ!

 

 

「よっ……!」

 

 

バシッ!シュッ!

 

 

ファーストにいた清本は二宮が放った打球をノーバウンドで捕球し、そのまま二宮に軽く投げる。軽く投げたとは言え、素手でボールを取るのは少しびっくりしたのは内緒の話だ。

 

「次はセカンドです」

 

 

カンッ!

 

 

次に初野がいるセカンド。正面のライナーではなく、ややファースト寄りに飛んだ打球。初野はそれに対して素早く打球が自分の正面に来る位置まで移動して……。

 

 

バシッ!

 

 

「よしっ!」

 

無事に捕球した。相変わらず無駄の少ない動きだね。如何に安定して打球が捕れるか……。それがセカンドに求められる守備の1つだ。

 

(多分今シニアにいるメインがセカンドの選手で1番守備に長けているのは初野なんだよね……)

 

しかしそれでも初野が最短でレギュラーを獲得するのは不可能だと思う。守備だけが上手くても意味がない。それは初野自身もわかっている。問題は守備方面以外の強化……。この3年間で打撃もなんとかしないと、ギリギリまで試合に出場出来ない……なんて事にもなりかねない。

 

(男子よりも良い動きしてるし、リトル時代からの後輩だし、監督からチャンスを与えるように言うべき……?)

 

いや、そこまでするのは流石に過干渉か……。まぁ初野は芯の強い子だし、案外私が心配する必要はないのかもね。

 

「どんどん行きますよ」

 

それからもノッカー二宮の正確なノックによって、私達の捕球力は少し上昇した……と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも様々な基礎練習を行っている内に、辺りは既に暗くなっていた。

 

「……今日はここまでにしましょうか」

 

二宮の発言と同時にここにいるほぼ全員がへたり込んだ。もちろん私も含める。つ、疲れた……。

 

(二宮が計画した今日の練習……砂浜ランニング、ノック、素振り、トスバッティング、内野の連携練習、外野からの送球練習等々……。途中休憩もあったとは言え、これは滅茶苦茶ハードだよ)

 

「つ、疲れた~!」

 

「普段の練習じゃ出来ない事もやってたからね……」

 

「特に内野の連携練習と、外野からの送球練習はポジション関係なしにやったから、動きがぎこちなかったりしたし……」

 

「でもなんでポジション関係なしにやるんだろうね……?」

 

後輩達が地面に座りながらそのような話をしていた。ポジション関係なしの守備練習については今後のコンバートも含まれていると思われる。

 

「成程……。彼女の場合は……ですね」

 

平然とメモをしている二宮。恐らくそのメモが監督のところに行き渡るんだろうなぁ……。

 

(というか平然とし過ぎでしょ!?私達かなりしんどい思いしてるんだよ!?)

 

二宮の他にもう1人……清本が自主的に素振りをしていた。このチビッコンビの無尽蔵のスタミナは見習うべきなのかもね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~あ!今日は疲れた……」

 

「ゆっくり休んで、明日に備えたいね……」

 

ほぼ大半がグッタリとしている状態で歩いている。宛らゾンビの如し……。

 

「あれ?あそこに誰かいるよ?」

 

橘が指した方向には独特な雰囲気の女性が……。

 

「ハローブンブ……」

 

「それ以上は問題発言ですよ」

 

二宮に発言制止された彼女はどこか二宮に似ている……。もしかしてこの人が二宮の姉って事……?



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親睦会?⑥

ロビーにいる二宮に似ている人は案の定というか……やはり二宮の姉だった。

 

「あー、どうもどうもー。10人中8人は初めましてー?二宮瑞希の姉をやってます二宮夏希ですー。今回は君達中学生組の保護者という名目で、沖縄まで来ましたー」

 

「あくまでも表向きは……ですがね」

 

「酷いなー。この妹は。私はまだ中学生の君達の面倒を見ようと思って、川越シニアの監督代理も兼ねてるのにー」

 

「……本音は?」

 

「川越シニアの監督さんにここの旅費やらもらって、無料で出来るリフレッシュ最高でござんすー!」

 

「でしょうね」

 

見た感じ野球をするようには見えないけど、妙なオーラがあるんだよねこの人……。

 

「えっ?う、嘘……!?」

 

「ま、まさか本物なの!?」

 

「凄い……!」

 

「瑞希先輩のお姉さんだったなんて……!」

 

そしてなんか後輩4人が二宮の姉を見て、四者四様の反応を見せていた。な、何?そこまで有名な人なの?でも初野はそんな4人の様子を見て困惑してる様子だし……。

 

「あ、あの……!」

 

「なにー?」

 

「プロゲーマーのNさんですよね!?」

 

「そだよー。それにしても妹のチームメイトで『そっち方面』の人間がいるのは予想外だったねー」

 

「さ、サインをください!!」

 

「良いよ良いよー」

 

「い、いつも応援してます!」

 

「ありがとー」

 

プロゲーマーのN……という名前は前に雷轟がファンだと言ってたような気が……。そんな人が二宮の姉だったんだね?

 

「プロって事はかなり稼いでるのかな……?」

 

「不定収入で安定はしていませんが、それでもかなりの実績を残しているみたいですね」

 

金原と二宮がそんな会話をしているのを聞いて、私も少し思い出した。

 

(プロゲーマーNと言えばデジタル、アナログ問わずにどのようなゲーム機もトップクラスの実力を叩き出し、エンターテイナー性も兼ね備えているバラエティーにとんだ芸風もお手の物なんだとか……)

 

たまに動画で見るくらいだから特に意識はしてなかったけど、有名人がここにいるってだけで、緊張感が漂うよね……。

 

「それでー?私はどうすれば良いのかなー?」

 

「これから息抜きとレクリエーションも兼ねたゲーム大会を企画していますので、姉さんもそれに参加してください。無論やり過ぎないように」

 

「んー?でもそんな簡単にはいかないと思うけどねー?」

 

ゲーム大会……。一応メインは後輩達との親睦を深めるんだったっけ?

 

「ま、まさかあのNさんと一緒にゲームが出来るなんて……!」

 

「息抜きなのに、息が詰まりそう……」

 

「ど、どんなゲームをするかは知らないけど、無様な姿は晒さないようにしないと……!」

 

「そんな力入れなくても大丈夫だよー?リラックスリラックスー」

 

のほほんとした空気の持ち主だけど、二宮と同様に表情の変化は乏しいというのが二宮の姉……もといNさんだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

(多分凄い集中力の持ち主なんだろうね。目の隈がそれを物語っている。一体どんなレクリエーションとやらになるのか……)

 

二宮姉妹主宰のゲーム大会が幕を開けようとしていた……!



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親睦会?⑦

レクリエーションが行われる前。私はお手洗いで用を足していた。

 

(なんか色々ととんでもない展開が待っていたね。まさか二宮の姉が来るなんて……)

 

しかもプロゲーマーだって話だし、初野以外の後輩4人が大ファンだったみたいだし……。

 

(ん……?話し声?)

 

私達が宿泊している部屋の前で話し声が聞こえた。あそこにいるのは……二宮とNさん?

 

「今日は来てくれてありがとうございます」

 

「なんのなんのー。可愛い妹の頼みなら、吝かでもないんだよー?」

 

「可愛い妹……ですか」

 

「そーそー!母さん達も気に掛けてたみたいだしねー」

 

(姉妹で積もる話を話してるってところかな?Nさんは色々なところふらふらしてるって聞いてたし、こうして2人で会話するのもかなり久し振りなんだろうね……)

 

それなら会話が終わるまでロビーで時間を潰してようかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「どしたのー?」

 

「……いえ、先程までそこの物陰に朱里さんがいました。どうやら去って行ったみたいです」

 

「そーなのー?全然わからなかったやー。瑞希は人の気配が察知出来たりするんだねー?」

 

「情報収集を繰り返している内に、人の気配に敏感になったのかと思います」

 

(恐らく朱里さんは私達に気を遣っていたのでしょうね。他人の気配りは出来るのに、どうして自分の身体の気配りは出来ないのでしょうね……)

 

「それよりもー」

 

「なんですか?」

 

「こうして久し振りに姉妹水入らずで話してるんだし、そんな堅苦しい敬語は抜きにしてほしいなー」

 

「……と言われましても、私はもう9年はこの口調で話しています。この話し方が私のデフォルトなんですよ」

 

「その9年前からずっと敬語で話していたとしても、本来の喋り方を忘れた訳じゃないでしょー?」

 

「それは一理ありますが、それに関しては貴女にも同じ事が言えるのではないですか?いつまでそんな間の抜けた話し方をしているのです?」

 

「それは瑞希ちゃんと一緒だよー。私もこの話し方がデフォなのだー」

 

「まぁそういう事にしておきましょう」

 

「それでー?姉の前くらいはあの時までの口調で話そうよー。私達にとっても大事があるんだしさー」

 

「9年経った時点で当時の話し方……と言われても、その話し方は再現出来ませんが。……それで?こういう話し方を私にさせるって事は余程大事な話なのよね?」

 

「……ああ。瑞希が長年追い求めていた『あの情報』についてコネクションを駆使して、私なりに色々調べてきた」

 

「そう……。私があの時からずっとずっと探し求めていた情報の一部が知られるのね」

 

「今から話す情報で瑞希が今後得なければならない情報がわかると思う」

 

「じっくり聞かせてもらうわ。貴女はこうして私と話をする為にわざわざ沖縄まで来たものね?」

 

 

「違いないな。じゃあまずは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロビーから戻ると、既に二宮姉妹が部屋に戻って来ていた。姉妹同士の会話は終わったのかな?

 

「遅かったですね?」

 

「ちょっとロビーを見て回っていてね……」

 

「ロビーの売店は品揃えが良いからね~!アタシも色々買っちゃったよ」

 

確かに金原の言う通り、売店の品揃えはかなり良かった。やっぱりチケットで行かないと数万円毟られる高級ホテルは違うや。

 

「それじゃあ人数も11人揃ったし、言い具合にお菓子とかジュースもあるし、ゲーム大会を始めよっかー」

 

Nさんの音頭で親睦会と銘打ったゲーム大会が開催された。



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親睦会?⑧

「それでゲームって何をするんですか?」

 

「まずは小手調べー。昔のバラエティー番組にもあったゲームを言い換えて……略語解読ゲーム~!」

 

確か水曜日くらいの夜にやってたバラエティー番組の1コーナーにあったね。何年か前にいつの間にか終わってたみたいだけど……。

 

「ルールは簡単。このモニターに短縮言葉が表示されるから、数秒の間に正式名称を答えるようにー。知識と瞬発力が試されるよー?」

 

「質問良いですか!?」

 

Nさんのルール説明に対して質問をしたのは百瀬さん。

 

「どうぞー」

 

「ちなみにこのゲームって本家よろしくな罰ゲームとかあったりするんですか?突然噴射機器が出現して、ドライアイスが顔に掛かったりするんですか?」

 

確か本家では2回ミスすると、ドライアイスが顔に発射されるんだっけ?うん。冷静に考えると恐ろしい罰ゲームだわこれ。

 

「まぁ罰ゲームは用意してるけど、流石にそんな危ないものはないよー。身体的負担も少ないやつの筈だしー。まぁ精神的負担は保証しないけどねー」

 

まぁ流石にそうか……。というか最後の一言を私は聞き逃さなかったからね?精神的負担が大きい罰とかあるの!?

 

「それじゃあ順番を決めて始めよっかー」

 

「全員でやるんですか?本家だと確か5人でやってたような……?」

 

「まぁ5人でやっても良いけど、折角の親睦会だし、全員でやるよー」

 

全員でやるんだ……。テンポとか大丈夫なのかな?

 

順番は金原、志田さん、橘、百瀬さん、二宮、初野、清本、赤松さん、雪村さん、私、Nさんとなっている。

 

「2回ミスしたら罰ゲームだから、頑張ってねー。それじゃあゲームスタートー」

 

ゲームスタートの合図と同時にモニターから……。

 

『スマホ』

 

と表示されていた。

 

「えっ?これの正式名称を答えたら良いんだよね?スマートフォン!」

 

「もし間違えたら音が鳴るからねー。合ってる場合はそのまま続行だよー」

 

金原の次は志田さん……って感じで進むのかな。

 

『パソコン』

 

「え、えっと……パーソナルコンピューター!」

 

『エアコン』

 

「エアコンディナー!」

 

そうだったの?私地味にエアコンの正式名称知らなかったんだけど……。

 

『ファミコン』

 

「ファミリーコンピュータ!」

 

『ステマ』

 

「ステルスマーケティング」

 

二宮までが順調に答えていき、次は初野の番……。

 

『ラジコン』

 

「えっ!?ラジコンってあのラジコンですよね?あれって略語なんですか!?」

 

どうやらそうらしい。私も今初めて知った。

 

 

ブブーッ!!

 

 

間違えたり、解答に詰まったりすると、こんな風にブザー的な音が鳴る……と。どこから鳴ってるのこの音?

 

「はいアウトー」

 

「むむ……。ちなみにラジコンって何の略称なんですか?」

 

「ラジオコントロールです。役に立つかは置いておいて、覚えてて損はしないと思いますよ」

 

限りなくトリビアに近い知識な気がするけど……。

 

「じゃあ続けよっかー。さっき詰まった人からやってくよー。2回ミスで罰ゲームだからねー?」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも略語解読ゲームは続いていき、金原、清本、橘、百瀬さん、志田さん、雪村さん、そして私とミスをしていき……。

 

 

ブブーッ!!

 

 

「嘘っ!?」

 

遂に初野が2回目のミスをした。

 

「歩美はこれで2回目だね。いやー危ない危ない……」

 

「結構知らなかった略語が多かったね……」

 

本当にそれ。逆にノーミスの二宮、Nさん、赤松さんの3人を褒めるべきじゃないのこれ?

 

「じゃあ罰は……明日の守備練習の量を2倍にするねー」

 

「ぐっ……!そ、そういう罰なら望むところですよ!」

 

練習関連の罰と知って、初野に火が点いた。決して初野がMだからではないと思いたい。

 

それからも略語解読ゲームは続いていった……。



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親睦会?⑨

「じゃあひとまず休憩にしようかー」

 

Nさんのこの一言によって、数分の休憩が設けられた。

 

(略語解読ゲームで罰ゲームの対象になったのは初野、橘、清本の3人……。正直自分が当たらなくて良かったよ)

 

罰ゲームの内容は初野が守備練習2倍、橘がランニング2倍、清本が素振り2倍。何れも二宮が考案した練習回数や、ランニングの距離だったりするもの……。二宮が反対意見を出さないって事は支障をきたさないものだと判断したからだろう。

 

「なんか新しい知識が身に付いた気がするよ……」

 

「まぁほとんどは無駄な知識だと思うけど……」

 

「野球とそんなに関係ない筈なんですけど、負けるのは悔しいですねぇ……」

 

敗者3人が遠い目をしてる……。明日の練習メニューの量が倍増したからだろうか?

 

「休憩の間に私は次のゲームの準備をしておくねー」

 

『私達も手伝います!』

 

Nさんが次のゲームをする為の準備を初野以外の後輩4人が手伝いを名乗り出た。そんなに食い付く程なのかな……。

 

「あの4人は姉さんの相当なファンだそうです」

 

「それは目線とかですぐにわかるよ」

 

凄く好意的な目で見てたもんね。百瀬さん以外の3人は割とおとなしめな性格だと思ったけど、見る目が少し変わったよ……。

 

「しかしどうしてNさんを呼んだの?このゲーム大会の為だけじゃないよね?」

 

(やはり朱里さんの洞察力は素晴らしいですね。姉さんをただのゲストとして呼んだ訳ではない事がバレてしまいました。流石に本命の理由を話す訳にはいきませんし、ここは……)

 

「……3日目に対外試合を組んでいます」

 

「た、対外試合……?」

 

二宮の口から放たれた言葉は予想の上を行った。練習試合くらいは組んでいるんじゃないかとは思ってたけど、この発言から察するに普通のチームじゃない……。

 

「この近くで全国の強豪シニアの選手達が強化合宿の為に集まっています。その方達との試合を組む事に成功しました」

 

「ちょ、ちょっと待って?その強化合宿って私達にも話が来てたかも知れないよね?」

 

確かその話はシニアの女子選手が少しでも男子選手に追い付く為に企画された2泊3日の合宿だった筈……。行き先ってこの近くだったの?

 

「そうですね。私達のシニアからは友理さん、亮子さん、藍さんがそのメンバーに抜擢されています」

 

な、成程……。友沢と木虎さんの用事ってこの事だったんだ。まぁ同じような条件なら、あっちの方に行くよね。ストイックな2人だし……。

 

「まぁ今回の旅行がなかったら、私達から何人かはあちらの方に選ばれる予定でした」

 

「そんな気はしてたよ……」

 

金原とか清本なんて確実に向こう側の人間として選ばれても可笑しくないもん。

 

「そんな中で和奈さんといずみさんを味方に付けられたのはかなり大きいでしょう。これで勝率は五分くらいには持ち越せました」

 

「そっか……」

 

なんかとんでもない事を知っちゃったよ……。これじゃあこのあとのゲーム大会に身が入らないんだけど?

 

「おーい。次のゲームを始めるけど、準備は良いー?」

 

「私は大丈夫です」

 

「わ、私も……」

 

ま、まぁ今はゲームの方に集中しよう。息抜きのゲームとはいえ何かしらの成果は得られるだろうから……。



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親睦会?⑩

それからも私達は様々なゲーム大会を行った。

 

まずはポケモン。

 

「リザX一点読みのムーブを決めるしかない……!」

 

「ご、ごめんねはづきちゃん?」

 

「メガ先はまさかのYでした……」

 

「あーあ。はづきってば燃え尽きてるよ……」

 

清本と橘がUSUMで対戦している傍らで、私達は剣盾で対戦したり、ポケモンを育成している訳なんだけど……。

 

「そういえばもうすぐで追加DLCですね。先輩方はもう予約を済ませてるんですか?」

 

「一応ね。野球の息抜きがてらにやるんだけど、存外はまっちゃって……」

 

特に育成とか、対人戦とか……。育成の方は監督は普段こういう選手を育てたいのかな……って考えちゃったり、対人戦は読み合いがかなりシビアだったりする。そのせいで時々息抜きが息抜きじゃなくなっちゃうよ……。

 

「わかります!ポケモンってかなり奥が深いゲームですよね!」

 

「それでも私達のメインは野球ですので、程々にしてくださいね」

 

「その程々でレート2000越えは中々出来ないんだよなぁ……」

 

二宮は最終順位一桁を何度も取った実力者だったり、Nさんに至っては最終1位も数度取っている。私にはその域への到達は難しいよ……。

 

「ちなみにー?百瀬ちゃん達は過去レートの最高はどれくらいー?」

 

「えっと……。剣盾はまだまだ拙いですけど、USUMだと2100前後ですね。3人は?」

 

「私達もその付近だと思うけど……」

 

「い、1番高いのって確か……」

 

「2100代の後半まで行った月ちゃんじゃないかな?」

 

「あれ?そうだっけ?」

 

Nさん信者のこの4人も結構ヤバかったわ。2100代後半って下手したら順位一桁とかじゃなかったっけ?私レート2000も数回しか行った事ないのに……。

 

「み、瑞希先輩は最高順位とかはどうなってるんですか!?」

 

「1番調子の良い期間で2位まで行きましたが、レート最終日は基本的に潜りませんので、10位前後がよくありますね」

 

「もったいないよねー。それって本気出せば、最終1位も普通に取れちゃうやつじゃんー」

 

まぁNさんの言う事は尤もだけど、私達は野球が資本なんで……。

 

「それでも私が2位よりも上に行く事はなかったでしょう。その上には大体姉さんが順位キープをしていますので……」

 

「そうだったっけー?」

 

結論、やっぱりNさんは規格外。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いて大乱闘なんだけど……。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

無言のままゲームが進んでいく。この空気に当てられて、外野も言葉を出せない……。

 

(ちょ、ちょっと!なんで無言なの!?)

 

(わ、わからないよ!でも余計な雑音は立てられないでしょ!?)

 

(こ、これが本気の試合なんだね……!)

 

(そ、それだけ皆が真剣だって事ですよ!)

 

(猛者同士の試合ってどうしても言葉に詰まってしまうよな……)

 

私以外の5人も無言でこの試合を見ている。

 

プレイヤーは二宮、Nさん、百瀬さん、雪村さん。傍目からは拮抗しているように見えるけど……?

 

 

ドンッ!

 

 

「…………!」

 

「嘘……。一瞬で2人が場外に!?」

 

場外アウトになったのは百瀬さんと雪村さん。それぞれ二宮とNさんが倒したようだ。これで2人の残機ストックは0。これで二宮とNさんによるタイマンとなった。

 

(二宮の方は残機1でダメージ0、Nさんは残機こそ2あるものの、スマッシュ一撃で飛ばされるダメージ……。現状は二宮がやや不利だけど、ここでNさんの残機を減らせれば、流れを手繰り寄せられる……)

 

二宮はどちらかと言えば、カウンターを得意としているプレイスタイル。Nさんが仕掛けるのを待っているのかな……?

 

「やるねー。流石は私の妹だー」

 

「ありがとうございます」

 

開始数分でようやく口を開いた姉妹2人。Nさんののんびりとした口調とは裏腹にピリッとした空気が流れてるんですがそれは……。

 

「でもねー?」

 

そこからは怒涛の勢いだった。

 

「まだまだお姉ちゃんとしてー」

 

二宮もNさんの残機を1に減らし、スマッシュ一撃というところまでは追い込んだ。

 

「負ける訳にはいかないんだよねー」

 

『ゲームセット!!』

 

「負けてしまいましたか……」

 

「ジャスガのタイミングも、ガーキャンのタイミングもドンピシャでヒヤッとしちゃったよー」

 

あと1歩……というところで、二宮はNさんに負けた。ちなみに二宮は……。

 

「姉さんのプレイスタイルはどんな相手でも拮抗した戦いを演出させて、最後には勝ちます。圧倒的な勝利というのは余程の事がない限りはないですね。これは全ゲーム共通です」

 

「それなんか性格の悪さが滲み出てない……?」

 

「出てます」

 

「瑞希ちゃんとそのお友達は失礼だなー。エンターテイメントと言うのだよー」

 

その後も様々なゲームをやっていったけど、どのゲームもNさんの掌の上だった気がする……。



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親睦会?⑪

ひょんな事から始まった沖縄旅行も色々と激動だった初日は終了して、2日目を迎える。

 

2日目にあった大まかな出来事をこの場に記しておく。

 

「今日も海沿いでランニングから始めますよ」

 

『はいっ!!』

 

二宮の号令で後輩5人は元気良く返事をする。なんか上下関係が出来ちゃってる気がするのは気のせいなのかな?

 

「私も一応監督という名目で来てるから、無茶はしちゃ駄目だよー?」

 

『はいっ!!』

 

なんか初野以外の後輩4人の返事がさっきよりも大きくなったような……。憧れの存在が自分達の監視をするもんだから、張り切っちゃってるのかな……。

 

「後輩達は元気だね~」

 

「でもアタシ達があの子達の見本になるくらいじゃないとね。ポジション争いとかもあるけど、まずは先輩として頑張っていこっ☆」

 

「そ、そうだよね。負けないように頑張らなきゃ……!」

 

橘、金原、清本も後輩達の頑張りに触発されて、やる気を出していた。私も皆に負けないように頑張ろう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ではランニングはここまでにしましょうか」

 

「10分休憩だよー」

 

二宮とNさんによる休憩の合図と同時にこの場にいる二宮と清本以外の全員がへたり込む。つ、疲れた……。

 

「和奈さんは大丈夫ですか?」

 

「う、うん。リトル時代からの積み重ねのお陰で、なんとか頑張れてるよ……。瑞希ちゃんが組んでくれた練習メニューは今も継続してるよ」

 

「それは良かったです」

 

そういえば二宮と清本はかなり長い付き合いなんだっけ?Nさんも清本と面識があるみたいだし……。

 

(私の練習メニューもそうだったけど、清本の練習メニューも二宮が管理してたんだっけ……。私の場合はバッテリーを組んでた都合上な部分もあるけど、清本の場合?単なる幼馴染ってだけじゃ説明付かないような……?)

 

清本がスラッガーとして成長したのは嶋田さんの尽力もあったけど、やっぱり大元は二宮が組んだ清本専用の身体作りメニューが大きいだろう。二宮が組んだ土台で、嶋田さんが完成形にまで導いたのが清本和奈というスラッガー選手の爆誕という訳だ。

 

(そして嶋田さんは自身の理論が正しいのかを確かめる為に、私達とは違うシニアに行き、その成果を出し続けている……か。嶋田さんも十文字さんとは違うベクトルで凄い選手だからなぁ……。2人共男子と混じっても遜色ない実力者だし、願わくば二宮が言ってたシニア女子選手連合の中に交じってない事を祈るばかりだよ……)

 

しかし私は知らなかった。シニア女子選手連合との試合は規格外の連続であると同時に、後輩達の予想を上回る成長を見出だす切欠を掴む事を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは今日の練習はここまでです」

 

「この後も恒例となるゲーム大会を行うよー」

 

「恒例(2回目)……」

 

ゲーム大会の話を聞いた初野以外の後輩4人が急に前のめりになった。ゲーム好きだね君達……。

 

(明日はいよいよ二宮が言ってたシニア女子選手の集まりと試合をする訳だけど……)

 

本当に私達の合流が許されるのかな?乱入してるのと同じだし、歓迎してくれるのかも不安だし、向こうは選りすぐりの選手達が数十人集まってるのに対して、私達は10人というかなりギリギリの人数だし……。

 

(金原、清本、二宮がいるアドバンテージをどう活かすか、後輩達と橘の著しい成長が相手チームに上手く働くかどうかで決まってくる気がする……)

 

……って、なんか私もゲーム脳になりつつあるんだけど?大丈夫なのかな……。



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親睦会?⑫

2日目が終わり、沖縄旅行(合宿)の3日目。

 

「今日は試合を組んでいます」

 

『し、試合!?』

 

二宮の発言によって私とNさん以外の全員が声を大にして叫んだ。気持ちは凄くわかる。私も事前に聞いてなかったら、そっち側だっただろうし……。

 

「それってアタシ達と同じように沖縄まで合宿に来ているシニアが相手って事……?」

 

「厳密には違いますが、その認識で構いません」

 

「た、対戦相手はどこのシニアですか!?」

 

初野の質問に全員が息を呑む。私が軽く聞いた部分だと、かなり豪華な対戦相手なんだと思う。

 

「対戦相手の詳細を説明する前に、このリゾートホテルの近くで全国のシニアの女子が代表30人を集めた混合チームが各々の強化の為に2泊3日の合宿が行われています」

 

「あー、なんかその話聞いた事あるかも。確か亮子と友理さんと藍が代表メンバーの一員なんだよね?」

 

「その通りです」

 

「アタシにも話来てたんだけど、この旅行と日程が被るから、断ったんだよね。でもそれがこんな展開を迎えるなんて……」

 

どうやら金原にも2泊3日の沖縄強化合宿の話話来ていたらしい。1歩間違えれば、金原が敵に回ってたって考えると恐ろしいな……。

 

「いずみさんは既に知っていたようですが、私達の対戦相手はその代表メンバー達です。人数の差こそありますが、戦力としては互角くらいには戦えると睨んでいます」

 

二宮はそういうけど、十文字さんとか、嶋田さんとかもいる可能性まで考えると、戦力としてもこっちが不利なんじゃないのかな……?

 

「それでは今の内にオーダーだけでも決めておきましょうか」

 

二宮監修で決められたオーダーがこちら。

 

 

1番 レフト 金原

 

2番 セカンド 初野

 

3番 センター 雪村さん

 

4番 ファースト 清本

 

5番 サード 赤松さん

 

6番 キャッチャー 百瀬さん

 

7番 ショート 志田さん

 

8番 ライト 私

 

9番 ピッチャー 橘

 

 

「おっ?はづき先発じゃん!」

 

「ポジションそのものはノックと同じだね」

 

「ノック時に付いてもらったポジションで間違いはないと思いますが、もしもの為にいずみさんがセンター、紅葉さんがレフト、歩美さんがサード、翠さんがセカンドのケースも考えています」

 

「用意周到だねぇ~」

 

「でも私あんまり肩強くないですし、サードは微妙かもですよ?」

 

初野の肩は本人が言うように強肩とは言えない。それでも器用な立ち回りでそれをカバーしている……というのが私から見た初野の印象だ。

 

「歩美さんの送球方面も把握しての発言です。自信を持っても問題ありません」

 

「瑞希先輩がそう言うなら、そうなんでしょうけど……」

 

初野、赤松さんと両方セカンドをメインにする選手。打撃方面ではパワーが圧倒的に赤松さんに、ミートはギリギリで初野に軍配が上がる。守備の方にも大きな差はない。監督もメインで使うなら赤松さんだと言っていた……。

 

(でも初野には粘り強さがある。リトル時代も滑り込みでレギュラーをもぎ取った粘り強さが……)

 

まぁそれは本人も気付いていないみたいだけど、監督も二宮もその頑張りは見ている。もちろん私も……。

 

(守備練習では赤松さんが初野を注意深く見ているみたいだから、ライバル認定はされてるみたいなんだよね。これも初野は気付いていないけど……)

 

初野の成長には赤松さんが、赤松さんの成長には初野がそれぞれ必要になってくると思う。2人で切磋琢磨していく事で、大きく成長するだろう。先輩としてはそれを見守ろう。



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混合試合!?①

試合の場所は私達が練習していたグラウンド。試合をするにしてはやや狭いけど、充分な広さはある。

 

「相手チームの到着です」

 

二宮の発言に私達は前方を向く。そこには高橋さん達を始め、全国のシニアの女子選手達総計30人が集まっていた。

 

「そしてその30人を率いるのは最高齢監督ながらも、現在進行形で的確な指示を出し続けている知将の田中監督か……」

 

「今は社会人野球チームのドラフ島連合の監督をされている方ですね」

 

ドラフ島連合はドラフト指名から外れた選手達を集めている一風変わった方針のチームだけど、黒獅子重工と社会人チームの2トップを飾っている。チームとしての実力はトッププロチームに匹敵するとか……。

 

「向こうの面子を見る限り、1年生が多いですね」

 

「そうなの?」

 

「稲毛シニアの綾瀬さんと一色さん、梅田シニアの剣さんと雷さん、横須賀シニアの八嶋さん、米原シニアの朝日さん、そして藍さん等々……。十数人は1年生の選手です」

 

つまり半分近くは1年生で構成されてるチームか……。無論その1年生達は実力者揃いなんだろうね。まぁ私達の内訳半分が1年生な訳だけど……。

 

「今日はよろしくお願いしますー」

 

「いえいえこちらこそ。貴女達との試合で彼女達の更なる成長の糧にさせてもらいます」

 

向こうでは相手の監督とNさんが挨拶をしていた。なんか妙な雰囲気があるなあの一帯……。

 

『プレイボール!!』

 

試合開始。私達は後攻の為に守備に付く。

 

(向こうの先頭打者は……いきなりウチの後輩からか)

 

右打席に立っているのは私達のチームメイト、木虎さんだ。確か軟式チーム出身で、二宮と監督が直接スカウトしたんだっけ?

 

ちなみに相手チームのオーダーは……。

 

 

1番 キャッチャー 木虎さん

 

2番 センター 八嶋さん

 

3番 ショート 友沢

 

4番 ファースト 高橋さん

 

5番 レフト 綾瀬さん

 

6番 ライト 剣さん

 

7番 セカンド 雷さん

 

8番 サード 朝日さん

 

9番 ピッチャー 暮羽さん

 

 

こんな感じだ。9人中6人が1年生なのは彼女達の実力を試す為にあるのだろうか?

 

(はづき先輩、まずは低めにストレートを……!)

 

(OK!)

 

初球は低めにストレートを。

 

 

カンッ!

 

 

それに対して木虎さんは打って出る。その打球は一塁線抜けて、長打コースとなってしまう。

 

『セーフ!』

 

そして木虎さんはそのまま三塁へ……。スリーベースとなってしまった。足速いな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いきなりスリーベースかー」

 

「様子見の1球を上手く捉えましたね」

 

「ミートもあるし、パワーも申し分なし、足も速いし、捕手をメインにしてるくらいだから、肩も強いし、捕球も良いんでしょー?超優良物件じゃんー?」

 

「……そうですね。彼女は私と監督が軟式野球チームから引っ張って来ました。藍さんは所謂『機動型捕手』に該当します。そして姉さんの言うように藍さんの能力は申し分ないですが……」

 

「どうしたのー?」

 

「藍さんには捕手として致命的に足りていない部分があります。この試合でそれがわかれば良いのですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンッ。

 

 

ノーアウト三塁から、次の打者が初球からスクイズ。いきなり先制点を取られてしまった。先行き不安だな……。



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混合試合!?②

その後もピンチは続いたけど、橘はなんとか1失点で踏み留まった。

 

「あー、死ぬかと思った……」

 

「あの面子ならもう2、3点取られても可笑しくなかったので、1点で済んだのは御の字でしょう」

 

「序盤から3点も取られたら、お先真っ暗だよ……」

 

橘を宥めている二宮は何かをメモしているように見えた。この試合で何かを調べている……のかな?

 

(現時点で考えられるのは橘のピッチング内容と、百瀬さんのリード内容、それと木虎さんの打撃能力……かな?友沢と高橋さんについては二宮もよく知ってるだろうし)

 

しかし橘が予想以上に奮闘しているのも事実。まぁあのチームを相手には下位打線でも油断は一切出来ないだろうけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ストレート速いね~!」

 

「今投げているのは、前橋シニアの暮羽さんですね。私達と同じ2年生時点でエースを任されているそうです」

 

「マジ!?」

 

女子の2年生でシニアのエースを任されているって凄くない?一ノ瀬さんと同じレベルの投手って事だよね?

 

「まぁとにもかくにも、点取らなきゃ始まらないでしょ!とりあえず行ってくるね☆」

 

「いずみちゃんファイト!」

 

『頑張ってください!!』

 

橘の応援に呼応するように、後輩5人が声を揃える。仲良いね君達……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「制球も良いね……」

 

「うん。低めに上手く決まってる」

 

ストレートが速い投手は制球に難があるイメージだったけど、暮羽さんはその例外に当てはまる訳か……。

 

 

カキーン!!

 

 

2球目のストレートに金原は大きな打球音を放った。これでホームランなら同点なんだけど……!

 

『ファール!』

 

レフト線切れてファール。惜しかった……。

 

「OKOK!これなら次は打てる……!」

 

「…………」

 

ツーナッシングから3球目。コースは内角低めだ。

 

(低め……。打てる!)

 

 

ズバンッ!

 

 

「なっ!?」

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

金原は空振り。暮羽さんが投げたのは……。

 

「フォークボールですね。かなり大きく落ちました」

 

「球速もストレートと遜色ないし、混ぜられると打つのは厳しいかもね……」

 

「可愛い顔して、強かなピッチングするなぁ……。あれ落ちなかったら、いずみちゃんはホームラン打ってたと思うし」

 

「アタシだってそのつもりだったよ!でも蓋を開ければ空振りかぁ……」

 

「暮羽さんのピッチングも去る事ながら、藍さんの強気なリードを褒める巾かも知れませんね」

 

「あー、それは思ったかも。3球共低めに投げられてたし、アタシは低めの球得意だったから、2球目で決め切れなくて悔しい思いもしたし……」

 

(藍さんのリードそのものは問題なし……。ですが捕手として致命的な部分はまだ直っていませんね。チームの投手能力が高い人達ばかりなので、この試合では克服は難しいでしょう)

 

幸先は悪いけど、まずはなんとか同点にしないとね!



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混合試合!?③

試合は中盤の4回へと突入。スコアは清本がホームランを打ってくれたお陰で同点まで持ち越している。

 

「二宮はこの状況をどう思う?」

 

「この試合の目的は選手達のある部分を見る事……。全体の守備力や、投手の役割、捕手のリード等をこの試合で把握しておく必要があります。全ては世界大会の為でしょう」

 

1年生の場合は8月に行われるリトルリーグの世界大会、2、3年生は3月に行われるシニアリーグの世界大会の為に選手レベルを確認する……。対戦相手である女子選手30人はそれぞれの世界大会の参加資格があるかどうかを見定める為にあるんだと思う。実際に参加するかどうかは当人次第だけど、ここにいる半数以上はその資格があると言える。

 

「そして試合は中盤戦に突入すると同時に向こうは選手を交代するようです」

 

二宮に言われて向こうを見ると、外野の3人が三森3姉妹になっていた。

 

「うへぇ……。これじゃあ外野に飛ばしてもアウトじゃん……」

 

「ホームランくらいしか外野の守備には隙がありませんね」

 

本当だよ……。暮羽さんの球をまともに打ってるの清本だけじゃん。

 

「まぁでもその前にウチがこれ以上打たれないようにしないとね……」

 

「そうですね……。はづきさん、キツいようなら朱里さんに交代させますが?」

 

「まだまだ余裕だよっ!朱里せんぱいはライトでどっしりと構えててください♪」

 

……と、橘が自信満々に言っているので、この試合は橘が投げ切る事に。まぁ二宮も特に反対してないし、大丈夫でしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

4回表はなんとか無失点で切り抜けた。ここからは暮羽さんの攻略に務めないと……!

 

(暮羽さんの球種はストレートとフォーク……。速いストレートと、速球系の変化球で打者のタイミングをずらしてくる厄介な投手だ)

 

フォークの見極めが出来れば多少攻略は楽になるんだけど……って、なんか投手交代してない?

 

「1年生の一色さんですね。暮羽さんとは違い、軟投タイプの投手です」

 

(ここで軟投タイプの投手登板……。相手方の監督もよくわかっていますね。流石はドラフ島連合の監督の手腕と言ったところですか)

 

 

ズバンッ!

 

 

「あれ?」

 

「どしたのはづき?」

 

「なーんか相手投手の球、そこまで勢いある球じゃないような気がする……」

 

橘の言うように、一色さんの球の勢いは余り良くない。見たところ一色さんは球速ではなく、球持ちで勝負するタイプの投手だ。それがイマイチに見えるという事は……。

 

(木虎さんのキャッチングが良くないのかもね。暮羽さんが投げていた時もそうだったけど、構えるコースが限定的で小さい。軟投派の投手相手には悪手って事だ)

 

尤も二宮や、相手チームの監督はそれに気付いているだろう。ミットの捕球音もさっきまでに比べて悪い。そしてそれに対して投手は自分の調子に疑問を抱き、ボールを置きに行くピッチングをする。そして……。

 

 

カンッ!

 

 

カンッ!

 

 

カンッ!

 

 

置きに行った球は打者の格好の餌食となる訳か……。

 

「くっ……!」

 

3連打によって、ノーアウト満塁。これは勝ち越しのチャンスだ!

 

「タイム」

 

相手チームの監督がタイムを掛けた。どうやら捕手を交代するみたいだけど……!?

 

「嘘……」

 

マスクを被って捕手の守備位置に付いたのはフロイスさんだった。なんで沖縄にいるんだよ……?



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混合試合!?④

ノーアウト満塁のチャンス。次は私の打席なんだけど……。

 

「藍が交代されたね?」

 

「でもセカンドに入ってたし、野手として起用するのかも……」

 

金原と橘の言うように、木虎さんの守備位置はは捕手から二塁手へ。そして木虎さんと交代でマスクを被ったのは……。

 

「あれってリリ・フロイスさんだよね!?」

 

「嘘でしょ……。アメリカのシニアにいる選手がなんでここに……!?」

 

フロイスさんの投入に反応したのは金原と雪村さん。あの人有名人みたいだね。

 

「あれ?いずみちゃんと紅葉ちゃんはあの人を知ってるの?」

 

フロイスさんを知らない橘が反応した金原と雪村さんに尋ねてきた。

 

「アタシはリトルリーグの世界大会で1度顔合わせした事があるだけなんだけど、なんか底が知れないって感じがしたんだよね……」

 

「あ、あたしも同じです。リトルリーグやシニアリーグの世界大会でアメリカが優勝したのはリリ・フロイスの尽力外野大きかったって、月も言ってました……」

 

以前フロイスさんは自分の事を風薙さんの球を捕れるだけって言ってたけど、それは雪村さんの言うように嘘……というか過小評価している。

 

「フロイスさんは捕手として必要な能力を全て兼ね備えています。リード力と肩の強さはもちろん、今の藍さんに足りていないキャッチング、味方投手の力を引き出す技術、相手打者の力を封殺する技術、そしてチームの流れを変える力……。監督陣は口を揃えてこう言います。『リリ・フロイスは捕手としての理想を理想以上に詰め込まれた最高以上の捕手』……と」

 

二宮もフロイスさんに学びたい事が沢山あるって言ってたし、マジの強敵だよね。

 

(そんなフロイスさん監修で投げる投手を打てるのは純粋な力の差が大きい打者だけ……。この場では多分清本だけだろうね)

 

というか今から私の打席なんだけど?せめて私の打席が終わってからにしてほしかったよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい。木虎ちゃんはお疲れ様。なんで打たれたかわかってる?」

 

「っ!それは私のリードが……」

 

「あー、違う違う。リードも多少はあるかも知れないけど、大元の原因はキャッチングだね」

 

「キャッチング……?」

 

「まぁ続きは私を見て学んでよ。一色さんだっけ?私と配球の確認をしようか」

 

「りょ、了解です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向こうのタイムが終わって、私は打席へ……。

 

「久し振りだねー。朱里ちゃんと会うのは3月以来?」

 

「そうですね。1ヶ月と少し振りかと……。それでフロイスさんは何故沖縄に?」

 

「私は田中さんに呼ばれてね。あの人とは割と古い仲なんだよ。自由気ままに生きてる私に今回のお誘いが来たんだけど、私としても朱里ちゃん達がいるのは予想外だったかな」

 

それはお互い様です。30人の人混みに隠れて、フロイスさんが見えなかったんだけど……。もしかして気配消してました?

 

「こうして会えたのも何かの縁だし、あとで話そうよ。まぁその前にこの試合をさっさと終わらせる必要があるけどね……」

 

そしてすっと圧を強めるフロイスさん。私は今からこの人と対戦するのか……!



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混合試合!?⑤

ノーアウト満塁のチャンス。捕手がフロイスさんに代わってから向こうの投手は調子が上がった筈……!

 

(今は同点だし、最低でも1点は取りたい……!)

 

「…………」

 

(朱里ちゃんってばエース級の投手なのに、打者としても上位を任せられる実力を持ってるんだよねー。少なくともさっき打った5~7番よりもずっと良い打者だ。一色さんの球種的には……)

 

1球目。一色さんが投げたのは……。

 

(低め。球種は……カットボール!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(これを当てるかー。でもまぁ今の1球で朱里ちゃんのレベルはわかったかな)

 

2球目の低めのストレートに対してもファールを打ち、ツーストライクとなる。前の打者までの一色さんとは比べ物にならないくらいに調子が上がってきているね……。

 

(フロイスさんのリードでここまで大きく化けるなんてね。今の私に出来る事は最悪の事態にならないように立ち回るだけ……)

 

3球目。ここも低めの球。投げてきたのはシュートだ。あからさまに詰まらせて打ち取る気満々の1球……。

 

「……っ!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ああっ!朱里ちゃんが!?」

 

「3球三振……」

 

「…………」

 

多分これで良かった筈。あのまま私が手を出せば、ほぼ間違いなくゲッツー……いや、最悪トリプルプレーになりかねなかった。

 

(朱里ちゃんには悟られちゃったかな?今のシュートに手を出させて、あわよくばトリプルプレーを狙ってたんだけど……。まぁ朱里ちゃんの野手レベルがこの中でもトップクラスだって事がわかって上々だね)

 

「……流石は瑞希ちゃんが認める選手だねぇ」

 

「買い被りですよ……」

 

なんかフロイスさんが私を高く評価してるけど、本当に買い被りだと思う。だって今の三振もたまたま『手を出すと不味い』っての感じただけだしね……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

9番橘、1番の金原も三振に……。

 

「捕手が代わって、一気に一色さんの調子が上がった気がするよ……」

 

「それがフロイスさんの技量ですからね。味方投手の調子を上げつつ、相手打者の力を封殺させる……。藍さんも近い事までは可能ではありますが、藍さんとフロイスさんとの大きな違い……それは捕球する時のミットから発する音とボールを捕る時のミットの構え方ですね」

 

「音とミットの構え方?」

 

二宮による良い捕手の講座が始まろうとしていた。もうチェンジなんですけど……。グラウンド整備の内に説明するの?

 

「フロイスさんは先程までの藍さんとは違い、捕球した時のミットのぶれがほとんどありません。様々なコースの球に対して1番良いポイントでボールを受けないと、ミットは流されてしまいます。次に構え方ですが、フロイスさんの構え方は試合に勝てるタイプの構え方をしています。これは私達捕手陣に見せ付けて、見習わせようと見えている訳ですが……」

 

「勝てるタイプの構え方……!」

 

「先程まで藍さんがやっていた構え方はコースを小さく限定させていました。力のある投手ならまだしも、一色さんのような球持ちを活かすタイプの投手ではそれが通用しません」

 

「確かに3連打した時の一色さんは投球を乱していたね……」

 

「それに対してフロイスさんは両膝を立てて腰を浮かせ、ミットを体の中央で大きく置いて構える事によって、ストライクゾーンが広くなって、投手に狙いやすくさせています。これが味方投手の力を上手く引き出すタイプの捕手ですね」

 

(まぁそれと同時にフロイスさんは相手打者の弱点を突くリードもしていますが……)

 

「フロイスさんのリードをよく観察する事によって、私達捕手陣の足りない部分がわかりますよ」

 

「そう……ですね」

 

以上が二宮による良い捕手講座だった。私も覚えておこうかな。捕手をやる訳じゃないけど……。



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混合試合!?⑥

一進一退の攻防が続くと見込まれたこの試合。清本のホームラン以降の得点は動いていない。チャンスは作れるのに、得点には至らない……。両チームそれを繰り返しているのだ。

 

そして試合は7回。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「よっしゃあっ!!」

 

先頭打者を三振に抑える橘。多少疲れは見えているけど、相手の下位打線を抑えるのは難しいないだろう。ただ1人を除いて……。

 

「スタミナ切れの兆候が見えているのに、大したものだね」

 

「貴女も抑えていきますよっ!」

 

8番に代わって加入した、リリ・フロイスを除いて……!

 

(これは練習試合だから延長戦はない……。橘がここを切り抜けるか否かで、流れが変わってくる)

 

しかし橘単騎の実力ではフロイスさんを抑えていくのは不可能だろう。だからここで試されるのは捕手としてのリード……。本来ならフロイスさんの思考を上回るリードをしなきゃいけないけど、1打席に限ってはやり過ごすだけで良い。百瀬さんがそれに気付けるか……。

 

(そういえば二宮は最後まで出る事がなかったね。本当に監督代理を兼任しているから?でもそれはNさんの役目の筈だけど、それが表向きだから、裏で支えようと……?)

 

駄目だ。考えれば考える程わからない。今はバッテリーを信じるしか私に出来る事はない。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(見送ってきた……。彼女の考える事が掴めない。もし瑞希先輩がマスクを被ってたら、リリ・フロイスさんの上を行くリードをしていたかも知れないだけに、ここで打たれたら……)

 

(悩んでるねぇ。彼女、瑞希ちゃん程ではないと思うけど、別の何かを感じるんだよね。瑞希ちゃんが信頼している力を見せてもらおうかな?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

これでカウントは1、1。フロイスさんはまだバットを動かしていないのに、何か嫌な予感がする……。

 

(何かをやらかしそうだと錯覚させるのは、渋谷シニアにいる十文字さんを彷彿とさせる……。手を出してない事が却って不気味に感じてしまうんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃ不味いかもねー。打者に圧倒されてるよー」

 

「そうですね。ですがこの試合は延長戦がありませんので、この場をやり過ごすだけで良いのです。月さんがそれに気付けているかどうかで、フロイスさんを切り抜けるか否かが決まります」

 

「だねー。野球から足を洗った私でもそれは伝わってくるよー」

 

「……姉さんはもう野球をやる事がないのですか?」

 

「んー?私は今やプロゲーマーだからねー。他の職種よりも自由が利くこの職業を降りる訳にはいかないのだよー。それになんだかんだで楽しいしねー」

 

「そうですか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

これでフルカウント。投手も打者も、追い詰められた……。

 

(正直四球で済むなら、この勝負はバッテリーの勝ち……。フロイスさんを相手にやり過ごす事が出来れば、それで良いんだ)

 

あとはそれに対してバッテリーがどう思うか、どう出るかで、試合の行方が決まる……。頼んだよ!



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混合試合!?⑦

7回表。ワンアウトランナーなしでフルカウント。打席に立っているのは、世界一の捕手と名高いリリ・フロイスさんだ。

 

(二宮から聞いた話によると、打撃方面では4番を狙えるそうだ。上杉さんがいるチームで4番狙えるって凄くない?)

 

しかし本人はそこまで野球に拘っていないらしい。やるのより観る方が良いんだとか。それで実力もあるのが嫌らしいったらありゃしないよ……。

 

(はづき先輩、ここは歩かせましょう。この試合に延長戦はありません。やり過ごせば良いんです)

 

(う~ん。私もそう思うんだけど、それじゃ駄目な気がするんだよねぇ……)

 

多分百瀬さんはフロイスさんを歩かせる判断を下すと思う。しかし橘は……。

 

(なっ!?はづき先輩!?)

 

ストライクゾーンへ曲がるスクリュー。フロイスさんを相手に勝負するようだ。

 

「へぇ。それが君の選択なんだ?まぁ向かっていこうという姿勢は評価するよ」

 

 

カキーン!!

 

 

フロイスさんが放った打球は場外へと飛んでいった。

 

(綺麗なフォーム、無駄のないスイング、そしてリストの強さ……。どれを取っても隙がない。上杉さんがいるチームでも4番が狙えるというのも間違いなく本物だね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

後続の打者を凡退に抑えたものの、フロイスさんのホームランによる1点が余りにも重い……。

 

(幸いなのは打順が1番から始まる事か……)

 

しかしフロイスさんのリードを上回る打撃をするのは至難だ。清本まで回ってきたら、チャンスはあるけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

先頭の金原がツーストライクまで追い込まれた。

 

「むむ……!」

 

「…………」

 

(金原いずみ。女子選手ながらもミートは全国トップクラスで、甘く入った球をスタンドインさせるパワーもあり、外野オーバーになると三塁打になる足もある。1番厄介なのはミートかな?でも……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「……っ!」

 

(所詮は逸材止まりだったね。あのチームで回したら駄目なのは和奈ちゃんと、ベンチにいる瑞希ちゃんかな。朱里ちゃんも厄介な打者だけど、この回に回ってくる事はない。だから3人で切りたいところだけど……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(まぁこの2番も問題ない。3番も1番の金原さん程じゃないし、ここで切っちゃうか……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

 

 

1番の金原と2番の初野が三振。雪村さんもツーストライクまで追い込まれた。

 

(このまま三振したらゲームセット……。あたしで終わる訳にはいかない!)

 

今の雪村さんにはこのままじゃ終われない……って意思を感じる。なんとか食らい付いてほしい……。

 

 

ドッ!

 

 

「っ!」

 

「あ……」

 

『あ……』

 

こ、これって……。

 

『デッドボール!!』

 

まさかの失投によって死球。どんなに優れたリードをしても、失投ばかりはどうにもならない。それを教えてくれているのかもね……。

 

(ばかバカアホう◯ち!ここで切れなかったら、和奈ちゃんに回ってくるじゃん!まぁ口には出さないけどさぁ……)

 

雪村さんの執念が実ったのか、ツーアウト一塁の状況で、清本に打席が回ってきた。これが正真正銘のラストチャンスだ!



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混合試合!?⑧

ツーアウト一塁。打者は清本。これは私達にとって最後のチャンスだ。

 

「なんとか食らい付きましたね」

 

「一色さんの失投に助けられたけどね……」

 

フロイスさんのリードの上を行くバッティングが出来る可能性があるのは清本だけ。もしここで清本が歩かされようものなら……?

 

「この場面で和奈さんが歩かされると、私達に勝ち目はありませんが、まぁそのような展開にはならないでしょう」

 

「えっ?なんで?」

 

「相手チームの監督……田中さんは非公式の試合においては色々と試す機会と思っているらしく、敬遠をする事はありません。ですのできっと和奈さんとも勝負をするでしょう」

 

「あのお婆ちゃん監督って結構色々考えてそうだよねぇ。亀の甲より年の功ってやつかぁ……」

 

橘がなんか言ってるけど、それ悪口にならない?

 

「と、とりあえず行ってくるよ!」

 

「和奈ガンバ!」

 

「ここで決めちゃえ!」

 

金原と橘の背中押しで、清本も心強くなっているだろうね。精神的に脆い部分もあるけど、打席に立った清本はそんな隙を見せない。そんな清本が逆転サヨナラホームランを打ってくれる事を期待しよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すみません。歩かせてしまって……」

 

「まぁなっちゃったものは仕方ないよ。とりあえず試合が終わったらクールダウンして、失投の原因の克服に務める事。アイシングなり、指や爪のケアなり……。わかった?」

 

「は、はい!それよりもあの4番はどうします?」

 

「……田中さんは練習試合での敬遠はご法度だって言ってたし、勝負しかないね」

 

(正直一色さんじゃ和奈ちゃんを抑える手立てはないんだよね。まぁこれに関しては和奈ちゃんがアレなだけで、一色さんは悪くないんだけど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清本が打席に立った瞬間、辺りからピリッとした空気が流れた。

 

「な、なんかゾクゾクするんだけど……」

 

「わかる。ピリピリするっていうか……」

 

「ちょっと怖いかも……」

 

「息が詰まりそう……」

 

初野以外の後輩4人は清本から発せられただろう威圧感に様々な反応を見せる。

 

「相変わらず和奈先輩の威圧感は凄まじいですね。私なんて、初見は泣きそうになりましたよ……」

 

「まぁ普通はビビるよねぇ……」

 

私だって震えちゃうもの。

 

「それが和奈さんですからね。敵に回すと、抑えるのに苦労しそうです」

 

二宮はもしも清本が敵に回った時の事を既に考えているらしい。いくらなんでも気が早過ぎない?まだ私達中学2年生だよ?

 

 

カキーン!!

 

 

初球から清本は一色さんの変化球を叩き、その打球は空へと消えていった……。

 

「飛ばすねぇ……」

 

「あの身長のどこにそんなパワーが出るのか、不思議で仕方ないよねぇ……」

 

実際に敵に回った時の事を考えておいた方が良いのかも知れない……。さっきは気が早いとか思ってたけど、これは早めに手を打っておかないと本当にヤバい事になるかも……。

 

『ゲームセット!!』

 

何はともあれ、試合は2対3で私達の勝利だ!



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近況報告?

沖縄にある喫茶店。私、二宮、清本は試合が終わってから、フロイスさんに呼び出されて赴いている。

 

「まずは試合お疲れ様。朱里ちゃんも和奈ちゃんも良かったよ。田中さんも褒めてた」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

なんか褒められると恥ずかしい気分になるな……。清本なんか顔を赤くしてるし。というか清本はともかく、私は何もしてないと思うんだけど?

 

「瑞希ちゃんは……あの9人の監督みたいなものだったから、試合には出なかったのかな?もし瑞希ちゃんが出てたら、こんな苦戦しなかったと思うんだよね」

 

「私はそんな大それた人間ではありませんが……。それにそれを言うのなら、フロイスさんも似たようなものなのでは?」

 

二宮の言う事も一理ある。もしもフロイスさんが最初から出てたなら、私達はもっと苦戦を強いられていたかも知れないし……。

 

「んー。それはないかな。今日の試合で私達が取られた点は全部和奈ちゃんのホームランだし、仮に私が頭から出てたとしても、結果は変わらなかったと思うよ?」

 

「ですが過程……試合内容は大きく変わっていたと思いますよ?そしてチームはフロイスさん色に染め上げていくのではないですか?」

 

「まぁそれはそれで面白そうだったんだけど、そこまでする価値はないね。田中さんにも止められてるし……。本当、あの人お婆ちゃんとは思えない強者のオーラがプンプンするよ」

 

まぁ名物監督とか呼ばれる手腕を持ってるらしいからね。田中監督は……。もしもあの人がシニアの監督をしてたら、そのチームの一強になる事は間違いないだろう。

 

「……まぁ今となっては、そんな事どうでも良いね。それよりも最近何か面白い事はあった?」

 

「特に何もないと思いますが……。そういうフロイスさんの所属シニアは、最近地区優勝をしたそうですね」

 

「まぁ私は球を捕ってただけに過ぎないけどね。彼方の投げる球を打てる中学生がアメリカ内にいなかっただけだよ」

 

だけだよって……。あっけらかんに言いのけるフロイスさんは本当に恐ろしい。風薙さんはアメリカでは『完全無欠の最強投手』と評判らしい。それでいて、打者としての打率も高い。あの人に弱点とかないの?

 

「風薙さんが凄いのは当然として、フロイスさんの用いる配球が加われば、プロ選手でも手の付けられないものに仕上がるのではないですか?」

 

「それこそ買い被り過ぎだよ。私が出来る事は瑞希ちゃんも出来る筈だからね」

 

「…………」

 

フロイスさんの言葉に二宮は何も返さない。まぁ二宮ならそれが出来ても不思議じゃないよね。

 

「それにしても朱里ちゃん達の混合チーム……。あれは中々面白い子達が集まってるね。全員川越シニアの女子達でしょ?」

 

「……本来なら後輩達との親睦を深める交流会的な目的だったんですけどね」

 

「そこに私達との試合が入った訳だ」

 

「まぁ……」

 

なんかこの沖縄旅行もフロイスさんが仕組んでいたものなんじゃないかと考えてしまう。むしろその方がしっくり来るって思う私もどうかと思うけど……。

 

「……聞きたい事は聞けたし、私は帰るね。ここはおねーさんが出すから、ゆっくりしててね」

 

それと……と、フロイスさんは付け加える。

 

「崩壊には気を付けてね」

 

謎の一言を残して、去って行った。私達の分まで奢ってくれるのは良いんだけど、なんか別の思惑があるようでやりにくいなぁ……。



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旅行最終日

「あ~あ。遂に今日帰るんだよね……」

 

「仕方ないよ。GWも最終日だし。明日からまた練習頑張ろ?」

 

今日私達は沖縄から埼玉に帰る訳だけど、色々と濃い5日間だった……。

 

「でもこの旅行はかなり充実したと思うな。息抜きも出来たし、練習も出来たし……」

 

「……だね。和奈の言う通りだよ」

 

「レジャー施設も楽しかったし、後輩達との距離も縮まった気がするし、遊び足りない気分はあるけど、私も充実したかな!」

 

長いようで短かった5日間。野球の練習をしたり、一風変わった基礎練習をしたり、色々なゲームをしたり、試合をしたり、泳いだり……。とても5日間で収まって良い内容ではないイベントが盛り沢山だったよ。

 

「そういえばNさんは?」

 

「姉さんはもう少し沖縄に残るそうです。月末には沖縄で公式のゲーム大会があるらしいので……」

 

二宮曰く、5月末にゲームの公式戦のようなものがあるらしく、Nさんはそれも加味して私達の責任者を請け負ったそうだ。まだ3週間以上の余白があるけど、その期間はリフレッシュに充てるそうだ。

 

「Nさんの公式大会……。絶対に見逃せないね!」

 

「ニ◯動で配信もするみたい」

 

「今から楽しみだね。連絡先も交換したし……!」

 

「夢のような時間だったな……。先輩達と親睦を深める為に沖縄に行けるだけでも光栄な事のに、試合経験も積めて、あのNさんに会えて、サインもくれたし、一緒にゲームもしたし……」

 

初野以外の後輩4人にとってはNさんとの交流が1番至福の時間だったろうし、今後のモチベーションも上がってきている。結果的に最高の結末を迎えた訳だ。

 

「皆さん凄いですよねー。私だけ出遅れた感が半端ないですよ。多分この旅行で大きな差が付いたと思いますし……」

 

そして初野は浮かない顔をしている。初野は能力的に他の後輩4人に比べると、秀でた部分が見当たらない。しかしそれを努力で埋めようとするのが初野の美徳なのだ。私や二宮も初野のそういうところを認めているんだ。

 

「……でもこれで諦める訳じゃないよね?」

 

「もちろんですよっ!まだまだシニアでの野球生活は始まったばかりなんですから!!」

 

素直に、真っ直ぐで、向上心があり、諦めない……。それで努力が報われるとは限らないけど、それがわかっていて、必死に足掻き続ける。その這い上がろうとする精神力が初野歩美の才能だ。

 

「……この旅行で必要な経験値は得ました。あとは先に備えて、実力を蓄え続けるだけです」

 

「そうだね。私達も負けないように頑張ろう」

 

埼玉に戻っても、私のやる事は変わらない。レギュラーを維持して、更なる高みを目指すだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし私はそれとは別に……。

 

『崩壊には気を付けてね』

 

フロイスさんが残したこの言葉が頭から離れなかった……。



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対立

GWが終わってから1週間。この日もいつも通り練習に励む……筈だった。

 

「はぁ!?何ソレ!?ふざけんなっ!!」

 

後ろの方で怒号が聞こえたんだけど……。怒声をあげてるのは……橘?

 

「どうしたの?」

 

「あっ、朱里せんぱい……。聞いてくださいよ!」

 

なんか橘が凄く怒っていたので、事情を聞いてみると……。

 

 

・現在の川越シニアは天王寺さんが中心となっており、私達が沖縄に行っている間に完璧な統制を整えている。そういえばGW明けの川越シニアは9割以上が天王寺さん一派になってたね。沖縄に行った面子以外は全員そうなんじゃないの?

 

・天王寺さん一派の1人が橘に遊んでばかりじゃレギュラーは取れないよと挑発。これはこの間私達が沖縄に行った事に関係してるんだと思う。

 

・橘は別に遊んでいる訳じゃないとやんわり否定するも、相手は食って掛かり、橘にとっての逆鱗となる発言をしてしまったのだ(逆鱗の内容は本人の名誉の為に伏せておこう……)。

 

 

……こんなところだ。そこから色々とヒートアップして今のような口論に至る。

 

(しかし所々に事実が混じっているのが、質の悪い。それに橘の性格を利用した挑発ってところがなんともまぁ……)

 

「何の騒ぎだ?」

 

そこに颯爽とやってきたのは件の天王寺さんでした。なんかタイミングを見計られた気がするのは、私の気のせいだよね?

 

「ふーん……?まぁ事情はなんとなくわかった。レギュラーに関しても双方の意見にも納得出来る部分はある。それならこうしないか?」

 

そこで天王寺さんが提案したのは……。

 

「はづきと言い合いになっているのは最近私に懐いている子でね……。他にも似たような選手が私のところに集まってる。そしてはづきは言い合ってる子とは違う意見を出している……と。それなら話は早い。どっちの主張が強いかを決めようじゃないか」

 

「……面白いじゃないですか」

 

んん?なんか妙な空気になってきてない?気のせい?

 

「ただ口論を続けても不毛になるだけだろう。そして私達は野球選手だ……」

 

「つまり決着は野球で付けようって訳ですね?」

 

「その方が手っ取り早い」

 

あれあれ?これってもしかしなくても、野球で白黒付けようとしてない……?橘ってば頭に血が登り過ぎてない?大丈夫?

 

「ついでにレギュラーの融通も勝者の特権にするっていうのはどうだろうか?」

 

「……それは私の一存では決められません。それにもしかしたらそっちに都合の良い展開になりますしね」

 

……急に冷静になったね?橘の情緒はどうなってるの?

 

「……まぁそれは後で決めるとするか。とりあえずは私達の派閥と、はづきの言うそれ以外で紅白戦を行う!」

 

「良いですよ……。まぁ私は面子集めからになりますが」

 

なんかフロイスさんが以前言ってた崩壊の兆しをこんな形で目の当たりにするなんて、思いもしなかったよ……。



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天王寺一派と反対勢力と中立

「それで?何か言い訳はありますか?」

 

「相手方の発言に対してムシャクシャした。反省も後悔もしていない」

 

「せ、せめて反省くらいはした方が良いんじゃないかな……」

 

あの後は橘が面子集めに私達に声を掛けた訳だけど、その橘は二宮に詰め寄られている。清本が橘と二宮の間に入っていって、2人を落ち着かせている。妙な光景だね……。

 

「それにしても天王寺さん達との試合か……」

 

「予定よりもかなり早くなってしまいましたね」

 

まぁいつかはこうなるんだろうなぁ……って思ってはいたけど、予想よりも早い。二宮に至っては予定に組み込むレベルのイベントだったようだ。天王寺さん達との紅白戦は……。

 

「で、でもどうするの?人数にかなり差があるんだよね……?」

 

「天王寺さん達の人数が96人なのに対して、それ以外……この場合は私達になりますか……。それが現状8人ですね」

 

「絶望的じゃん……。これじゃあ野球が出来ないよ」

 

人数の差が実に12倍。なんでこうなったんだろうね?

 

「幸い中立の方々もいらっしゃいますので、その方達の力を借りるべきでしょう」

 

「人数が足りない以上はそうなるよね……」

 

中立の人達というのは天王寺さん達の理論も、対立している私達の気持ちもわかる……というどっち付かずの人達だ。高橋さん、友沢、渡辺、百瀬さん、雪村さん等がそこに該当する。

 

「それにしてもまさかいずみちゃんが向こう側の人種だったなんて……!」

 

「まぁいずみさんは天王寺さんに今の打ち方を教わっていましたし、仕方ないのではないですか?」

 

「むぅ。いずみちゃんの裏切り者……!」

 

こらこら。金原に当たるのは筋違いでしょ……。

 

「と、とりあえず人数の整理をしない?」

 

「……そうですね」

 

清本の案で今の私達の状況整理をする事に……。

 

今の私達は反天王寺勢力に所属している(橘による強制所属)。そのメンバーが橘、二宮、清本、初野、木虎、志田さん、赤松さん、私の合計8人。ヤバい。女子しかいない。男子選手皆あっち行っちゃってるじゃん……。中立すらいやしない。

 

「でも実際に勝算はあるんですか?戦力としての差も人数に比例して絶望的な気が……」

 

赤松さんの疑問は尤もだ。試合に出るのは9人だけど、攻撃、守備、バランスと向こうは戦力のカスタマイズが自由に効く反面、私達は人数さえ足りていない……。

 

「もういっそ白旗挙げます?」

 

「冗談言わないでよ!私は逃げない!!」

 

初野の言葉に橘は鼻を鳴らして否定する。まぁ私達は巻き込まれた側なんだけどね?

 

「戦力についてですが……。人数さえ揃えば、特に問題はないでしょう」

 

「と言うと?」

 

「断言しましょう。こちらは1点を取れば勝利確定です」

 

力強く二宮は言った。一体どこからそんな自信が湧いて来るんだろうね?表情は相変わらず無表情なのに……。



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戦力の差

「断言しましょう。こちらは1点を取れば勝利確定です」

 

二宮の発言に対して大半が信じられない表情をしていた。多分言葉の意味がわからないんだろう。私もわからない。

 

「す、凄い自信ですね……」

 

「そうですか?私は当たり前の事を言っただけですよ」

 

多分皆はその当たり前を裏付ける根拠が知りたいと思うんだよ。私も知りたい!

 

「み、瑞希ちゃん。皆は瑞希ちゃんの当たり前を受け入れていないみたいだよ?」

 

清本の助け船をこれ程ありがたいと思った事はあるだろうか?流石、二宮との付き合いが1番長いだけはある。

 

「……では説明しましょう。先程も言ったように、私達のチームは1点が取れれば勝利確定です。人数差こそはありますが、絶対的な戦力が相手側にはほぼいません。いずみさんくらいでしょうか?」

 

「あ、相手は96人いるんだよね?なんでそこまで言えるの?」

 

「野球は9人でやるスポーツです。控え選手は多いに越した事はありませんが、その96人全員が野球をする訳ではないので、キチンと試合が出来れば人数の差は関係ありません」

 

「た、確かに……?」

 

「そして絶対的な戦力が相手側にいない事も、こちらには追い風ですね」

 

「で、でも男子選手は全員向こうに行っちゃってるよね?」

 

「確かにこちらは女子選手しかいません。ですが今の川越シニアは他のシニアに比べて男子選手のレベルはそれ程高くないのですよ」

 

『えっ!?』

 

驚愕の事実。川越シニアの男子選手はハリボテだった……?

 

「可笑しいとは思いませんか?私達の世代が入団した最初の夏に男子選手が背番号をもらっていたのは16人。秋になると11人、春にはいよいよ7人と有力な男子は減っていっているのです」

 

「でもそれってその人が引退したからなんじゃないの?」

 

「無論それもあるでしょう。しかしそれ以上に男子選手が『才能ある女子』達に追い抜けなくなっています。打線の中軸が亮子さん、和奈さん、友理さんの3人になってからは1度もソレが覆された事もありません……。以上の事から川越シニアの男子選手のレベルが年々落ちていっている理由ですね」

 

(まぁ今の監督が才能のある女子選手を見付けるのが上手い事も理由に含まれていますが、それを口にする必要はないでしょう)

 

二宮はハッキリと言った。ウチの男子選手のレベルが落ちて行っている事を。そして……。

 

「最後の理由になりますが、あの96人は致命的な弱点があります」

 

『致命的な弱点?』

 

相手96人には何かしらの弱点であり、それが私達を勝利に導くものになり得るらしい。

 

「それが何かは試合の日になればわかる事でしょう」

 

も、もったいぶるなぁ……。

 

「それと紅白戦の先発は朱里さんにしますので、その為の準備は怠らないでくださいね」

 

……はい?



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作戦?

二宮が天王寺さん達との紅白戦で、先発投手は私だと言った……。

 

「えっ?私が先発なの!?」

 

「そうですね。朱里さん以外はありえない……と言っても過言ではありません」

 

過言だよ?

 

「確かに朱里せんぱいならあの軍団も軽く捻るだろうけど、これは……」

 

「私が原因で始まった事だから……等と思わないでください。はづきさん、これは天王寺さん達に付いていない私達全員の問題でもあるんです。事の発端がはづきさんによる口喧嘩でも、試合をするとなれば連帯責任なんです。それを頭に入れておいてください」

 

「うっ……!わ、わかったよ!」

 

二宮に指摘されて、橘が押し黙る。橘が私なら軽く捻るみたいに言ってたけど、世の中そんな甘くないと思うんだけどなぁ……。

 

「先発は朱里さん、朱里さんの球は私が捕ります。それ以外のポジションは当日発表にしますので、そのつもりでいてください」

 

「み、瑞希ちゃんが自分から進んで名乗り出るなんて珍しいね……」

 

「確かに……。リトル時代でも瑞希先輩は常に1歩引いた存在だったのに、どうしちゃったんですか?」

 

「……私にも色々とあるんですよ」

 

なんか二宮が哀愁を漂わせている……。

 

「今日のところは解散しましょう。1週間後の紅白戦に備えて、各々で練習してください」

 

「は、はいっ!」

 

1週間には天王寺さん達との試合か……。私が先発で不安だけど、出来る事をやるしかないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?実際のところ勝算はどうなの?」

 

皆と別れた後、私は二宮と清本と一緒に帰っている。

 

あの場で言っていた二宮の発言が全部嘘だとは思わないけど、発破掛けて後輩達や橘に自信を持たせる為にした発言の可能性だってあるから、気になっているんだよね……。

 

「あの場で言った通りです。1点を取る事が出来れば、私達が負ける事はありません」

 

(本気で言っている……か)

 

まぁ二宮が嘘を吐くとは思えないし、ふざけるような人間でもないから、それは事実なんだろう。でも不安な事は不安なんだよ?

 

「課題としては1点を如何にして捕るか……ですね。頼りになるのは和奈さんと、味方に付ける事が出来れば友理さんになりますね。次点で亮子さんでしょうか……」

 

「わ、私……。1年生達はどうなのかな?」

 

「ポテンシャルはありますが、上級生の球を打てるかはまた別の話になってくるでしょう。面倒だからだと言って天王寺さん達に付いた一ノ瀬さんが先発に回る可能性もある訳ですし、そうなってくると1年生達が打つのは難しい話になってきます」

 

そういえば一ノ瀬さんは私達のところにいなかったね。なんだろう?あの人結構ものぐさなイメージがあるんだけど……。

 

「あれあれ?そこにいるのは朱里と瑞希と和奈じゃーん!」

 

「天王寺さん……?」

 

私達に声を掛けてきたのは、ある意味事の発端である天王寺さんだった。もしかして私達に良からぬ事をしようとしてるんじゃ……?



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急な外泊

帰路に付いていた私達3人に天王寺さんは声を掛けてきた。普段からなんか掴めない人だし、今日もあんな事があったから、色々と警戒せざるを得ない。

 

「いやぁ。丁度朱里達にお願いがあってねぇ。なんとか会えて良かったよ!」

 

「そ、それで私達に何か用でも……?」

 

「ああ。ちょっと3人に紹介したい子がいてね」

 

紹介したい人……?

 

「だからちょっと着いて来てもらうよ」

 

「へ?ど、どこへですか?」

 

戸惑いながらもなんとか天王寺さんに質問する。すると天王寺さんは笑顔で……。

 

「東京!」

 

そう言った。と、東京!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やー、ごめんねー?急なお願いをしちゃってー」

 

「い、いえ……」

 

「き、気にしないでください……」

 

「それに天王寺さんには訊きたい事がありましたので、丁度良かったです」

 

現在私達は天王寺さんと一緒にいる。しかもヘリコプターに乗っている……。大丈夫なの?この空間には私達4人しかいないよね?誰がヘリを操縦してるの?

 

「ちなみにこのヘリコプターは自動で目的地まで向かってくれるから、心配しなくても良いよー」

 

な、なんか心を読まれた気がする……。というか自動操縦の方が凄くない?

 

「じ、自動操縦!?」

 

「そうそう。昨今のAIはかなり賢いからねー。ヘリの操縦もお手のものよ!」

 

それだけで済ませて良い事じゃないような……。

 

「それよりも私達を東京に連れて来てまで紹介したい人とは?」

 

「それについては着いてからにするよ。口で言っても信憑性に欠けるからね」

 

い、一体何を言うつもりなのこの人……。

 

「まぁあと1時間以上は掛かるから、ゆっくり身体を休めてよ」

 

「……わかりました。そうさせてもらいます」

 

とは言うものの、ヘリコプターって身体を休めるような乗り物じゃないと思うんだよね。清本は身体を伸ばして寝てるし、二宮もアイマスクを付けて寝始めたけど、私にはそんな余裕はなかったよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうちゃーく!!」

 

約1時間の空の旅の後、目的地の東京に辿り着いた。

 

「ここは……お台場?」

 

「そうだ。観光地でもあるけど、今回は私の今の拠点に案内するよ」

 

あれ?なんか気になる事が……。

 

「も、もしかして天王寺さんってお台場から川越シニアに通ってるんですか!?」

 

私が気になっている事を先に清本が尋ねた。ちょっと触れ辛い内容かもだから、清本が訊いてくれて良かったよ……。

 

「んー。現状はそうだね。まぁ3人には先に話しておくよ。次の紅白戦が終わったら、私は川越シニアを辞める。勝敗関係なくね」

 

「「えっ!?」」

 

「…………」

 

天王寺さんから発せられた衝撃の事実にびっくりしたんだけど!?二宮は平然としているから、もしかしたらこの事を知っていたのかもね……。相変わらずどこでそんな情報を拾ってくるのやら。



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天王寺

お台場を歩いて十数分。私達の目の前には大きなタワーマンションが……。

 

「お、大きい……」

 

「こ、こんな大きなタワーマンションに天王寺さんは住んでいるんですか?」

 

「名義をちょろっと借りてるだけだよ。多分半年もしない内に私はいなくなるけどね」

 

またさらっととんでもない事を……。天王寺さんの目的が一考に見えてこないよ。

 

「私の部屋は最上階だからねー」

 

「さ、最上階って……」

 

私は詳しく知らないけど、タワマンの最上階に住むには膨大なお金が掛かるんでしょ?しかも半年でいなくなるんでしょ?大金を雑に扱い過ぎでは?天王寺さんって一体何者なの……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最上階にある天王寺さんの住んでる部屋に到着。

 

「さぁ入った入った!」

 

「「お、お邪魔します……」」

 

「お邪魔します」

 

緊張している私と清本を他所に、二宮はいつも通りの無表情で天王寺さんの部屋に入る。その物怖じしない性格を少しでも私と清本に分けてほしい……。

 

「お帰り。お姉ちゃん」

 

「おー!ただいま私の可愛い妹(分)よー!」

 

なんか今日は驚く部分多くない?また驚愕の事実を知ったんだけど?妹って……。

 

(姉妹にしては似ていない。多分訳ありなんだろうね。この妹さんは……)

 

「3人に紹介したいのはこの子……私の妹(分)の璃奈だ!」

 

「天王寺璃奈……です。よろしくお願い……します」

 

表情がコロコロ変わる天王寺さんに対して、妹さんは二宮のような無表情……。腹の内が読めない厄介な子だ。

 

「それじゃあ私はご飯を作ってるから、3人は璃奈と親睦を深めててよ」

 

そう言って天王寺さんはキッチンに入って行った。

 

『…………』

 

無言の空気が流れる。気まずいな……。

 

「…………」

 

「…………」

 

二宮は正座で待機しており、妹さんは何かを弄っている。2人共無言の空間でも問題ないタイプの人間だね……。

 

(あ、朱里ちゃん。気まずいよ……)

 

(大丈夫。私も清本と同じ気持ちだから……)

 

清本はこの空気に耐えられなくなったのか、私に耳打ちをした。正直清本が来なかったら、私が清本に助けを求めようとしてたよ……。

 

「ご飯が出来たぞーってなんだなんだ?誰も言葉を発してないじゃないか」

 

だって気まずいんだもの!この時は天王寺さんが神に見えるくらいだよ!

 

「今日のご飯はカレーだよー!」

 

「お姉ちゃんの作るカレー好き」

 

「嬉しい事を言ってくれるねぇ……。3人の分もあるから、たんと召し上がれ!」

 

私達は天王寺さんの作るカレーを食す事に……。

 

「お、美味しい……」

 

「口に合って良かったよ。まぁこれでも?一時期はカレー屋で働いた事もあったりするんだぜ?不味い物を出す訳がないさ」

 

天王寺さんの新事実。カレー屋で働いた事があるらしい。何歳だよこの人……。

 

「まぁとりあえず話を戻そうか。璃奈は3人の1個下……つまり中1な訳だ。あと何度かは会ってほしいんだよ。無理にとは言わないけどね」

 

「何故ですか?」

 

「私はあっちこっちをフラフラする風来坊気質でね。最近ようやく璃奈に安定した住居を与えられたから、璃奈にはここで暮らしてもらう……その一方で私には私の使命があるんだよ。その為には全国津々浦々を回る必要がある」

 

なんかスケールの大きい話を聞いちゃったよ……。

 

「あ、あの……」

 

「どしたの和奈?」

 

「て、天王寺さんは来週に行われる紅白戦についてはどう思ってるんですか?」

 

清本が私の1番気になっている事を天王寺さんに尋ねた。すると……。

 

「んー。さっきも言ったけど、私は紅白戦の後にこの東京に引っ越す。理由としては潮時だと思ったからだね」

 

「潮時……?」

 

「私は野球の楽しさを広める為に全国各地を回っていて、川越シニアもその例外ではない……。でも今日の対立を見て、駄目だと思ったんだ」

 

対立……。橘が爆発して紅白戦の原因になったやつの事?

 

「まぁ人それぞれの練習メニューがあるから、私の指導に頼らない事は良いんだよ。でも揉め事を起こすのは違う……」

 

「そんな姿を見ていられなくなったから……天王寺さんは川越シニアを辞めるんですか」

 

「それが関係ないと言えば嘘になるけど、1番の理由はもう私なしでも彼等彼女等はやっていけると判断したからなんだよ。まぁメインの女子選手は3人みたいに私に頼らず、自力で成長した逸材達だけどね……」

 

天王寺さんの哀愁漂う雰囲気……。もしかしたらこの紅白戦は天王寺さんの望むものじゃなかったのかな?



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何を思い、何を考えるのか

「…………」

 

今日は色々な事があった。橘が選手と言い合いの喧嘩を始めたのを皮切りに紅白戦の決定(圧倒的な人数差)、天王寺さんが今住んでいる東京へと外泊、天王寺さんの妹(分)の紹介、そして天王寺さんの内心の一部分を垣間見た一時……。

 

(紅白戦をやるのは絶対、天王寺さん達に付いた選手達の天王寺さん依存をなんとかする目的もあった……。でも蓋を開けてみれば、天王寺さん自身に依存させるつもりはなかったんだ)

 

無論そう思わせるようにしている可能性も捨て切れないと思う私は人を信じ切れないのかも知れない。付き合いの長い二宮や清本達を下の名前で呼ばない事がそれに拍車を掛けている。

 

「朱里さん、眠れないのですか?」

 

「二宮……」

 

眠る事が出来ずにぼんやりと天井を見つめていると、二宮が話し掛けてきた。

 

「……今回の紅白戦、朱里さん的にも色々と思うところがあるでしょう。ですが朱里さんは余計な事を考えずに私のミットに向かって、いつも通りに投げてください」

 

「…………」

 

「色々考えるのは試合が終わった後にしてくださいね?」

 

「……そうだね」

 

二宮と喋って少しだけスッキリした。まだモヤモヤが完全に晴れた訳じゃないけど、少なくとも投げる分には何も問題はない。

 

(まぁ正直川越シニアがどうなろうと、野球が出来れば何も問題はないよね)

 

そして多分それは二宮も同じ……。多分二宮がなんとかしようと動いているのは清本の為だ。

 

バッテリーを組んでいる事が多い都合上、二宮は私を気に掛けてくれている。私の事情にも土足で踏み込んできた。私の事を大切だと言ってくれた……。しかし清本への想いはそれ以上だと思っても良い。

 

私と出会った頃には既に無表情だった二宮だけど、清本の話によると以前はよく笑う女の子だったそうだ。ちっとも想像が出来ないけど……。清本を守る為に心を鬼にし、余計な感情を全て削ぎ落としたのが今の二宮なんだろう。そして今のように色々な情報を集め、様々な悪意から清本を守る為に動いている……。

 

二宮にベッタリとしている清本と、そんな清本を守ろうとする二宮……。この2人は互いに依存していると思われる。まぁ推測の域を出ないけどね。

 

(二宮にもきっと色々あるんだろう。でも私はそこに踏み込むつもりはない……)

 

色々と考えてはみたけど、今は1週間後の紅白戦に向けて練習あるのみだ。ポジションとかも二宮が考えてくれる筈だ。

 

川越シニアの紅白戦では監督は不干渉を貫く。公平を示す為に。そしてそれは今回も同じだろう。紅白戦が終われば、監督の意見も訊いておきたいところだね。



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決戦の時

天王寺さんの家への急な外泊から1週間……。今日は遂に紅白戦を行う。

 

「とりあえずこちら側の戦力をおさらいしましょう」

 

二宮による戦力確認タイム。とりあえずは中立側だった高橋さん、友沢、雪村さん、百瀬さんの4人が入って12人になったよ。

 

「ポジション別に投手陣が朱里ちゃん、はづきちゃん、サブで紅葉ちゃんと葵ちゃんだね」

 

「投手陣は問題ないでしょう。朱里さんが1人で投げ切ればより磐石となります」

 

二宮からの信頼が厚い……。

 

「捕手は瑞希先輩と木虎さん、百瀬さんの3人ですが、この試合は瑞希先輩がマスクを被るんですよね?」

 

「私自身はそのつもりで動きます。他の2人の意思も尊重させはしますが……」

 

二宮の視線に対して木虎さんと百瀬さんは首を縦に振った。どうやら2人共二宮に捕手の座を明け渡すようだ。まぁ普通に考えて二宮が正捕手だし仕方ないよね。リトル時代でも3年間正捕手だったし……。二宮に勝てなくて野球を辞めたって人もいるみたいだし、この2人には気持ちを大きく持ってもらいたい。

 

「内野は高橋さんがファースト、初野がセカンド、清本がサード、友沢がショートで良いんだよね?」

 

「そうですね。その4人で問題ないでしょう」

 

ここまでは順調。問題は……。

 

「外野……ですよね。一応センターには紅葉ちゃんに守ってもらうとしても、ライトとレフトが鬼門になってしまいます」

 

「……それについては私の方で考えています。あとは当人達がそれを受け入れるかどうかです」

 

「聞かせてください。瑞希さんの考えを」

 

高橋さんが二宮に答えを求める。外野手の答えを……。

 

「外野の残り2枠は足が速く、肩の強い選手を入れます。候補としては藍さん、葵さん、翠さんの3人から2人を選びたいのですが……」

 

「まぁ納得の人選だね。3人共足が速いし、肩も強い。更には打撃能力もかなり高いしね」

 

「わ、私達が……」

 

「が、外野の守備を……!」

 

「やった事がなくて不安もありますが、先輩が選んでくれたのならば、全力を尽くすのみです」

 

3人からは緊張の色が見えるけど、選ばれたからにはやってみせる……という気概が感じ取れた。やる気があるのは良い事だ。

 

「まぁ簡単にじゃんけんで決めておいてください」

 

じゃんけんで良いのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外野に誰が付く問題もとりあえずは解決し、私達のオーダーがここに完成した。

 

 

1番 レフト 木虎さん

 

2番 セカンド 初野

 

3番 ショート 友沢

 

4番 サード 清本

 

5番 ファースト 高橋さん

 

6番 センター 雪村さん

 

7番 ピッチャー 私

 

8番 キャッチャー 二宮

 

9番 ライト 志田さん

 

 

「……私が7番で良いの?」

 

「朱里さんは打撃能力も高いので、問題はないでしょう。月さんと翠さんはいざという場面に備えての代打要員です」

 

「は、はい!」

 

「が、頑張ります!」

 

(尤もそのいざという場面は来ないでしょうが……)

 

二宮から直々に7番打者として指名されちゃったし、頑張らなきゃね……!

 

「瑞希ちゃん、ちなみに私は!?」

 

「はづきさんは……賑やかしでしょうか?」

 

「あれ?それって戦力に含まれてるの?」

 

なんか橘の扱いが雑になってきたな……。

 

「では行きましょうか……」

 

「そうだね……」

 

天王寺さん一派との紅白戦……。勝つのは私達だ!



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独特な変化球

「今日はウチの者共々よろしく頼むよ」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

二宮と天王寺さんが握手していた。なんか対外戦っぽい雰囲気が出てるけど、これ紅白戦だよ?

 

『プレイボール!!』

 

試合開始。私達は先攻だね。天王寺さん達のところの投手は……。

 

「はぁ……。なんで私が投げなきゃいけないんだよぉ……」

 

一ノ瀬さんだ。相変わらずネガティブオーラが全快だね……。

 

「おーい。頼むよ羽矢~!羽矢が投げなきゃ、相手の打線は止まらないからね~!」

 

「こ、こんな事になるなら、病欠してれば良かった……」

 

「家に籠っていても、由紀と亜紀が引き摺り出すから、関係ないぞ~?」

 

「私の味方がいない……」

 

一ノ瀬さんのネガティブでものぐさな部分は正直矯正しないといけないと思うの。

 

「では行って来ます」

 

私達のチームの1番打者は木虎さん。この中では足も速く、ミートにも長けている。金原や友沢に比べれば1枚落ちるけど、それでもかなり優秀な打者だ。

 

(しかし一ノ瀬さんは川越シニアの現エース……。彼女が投げるカーブ、シンカー、シュートは彼女独自の変化をする事から、打つのに苦戦している打者が続出……。奪三振数もチーム1番で、全国でも3番目という偉業の成績を残している)

 

二宮は私がその一ノ瀬さんを越える投手だって言ってたけど、本当なのかなぁ……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は低めにシンカー。常軌を逸した変化球故か、木虎も手が出し辛そうだ。

 

「ちょっ!なんですかあのシンカー!?曲がり方可笑しくないですか!?」

 

「少なくともリトルリーグではお目にかかれない球ですね……」

 

初野と志田さんが一ノ瀬さんの変化球に対してありえないと言わんばかりのコメントを出していた。あんな変化の仕方の球は一ノ瀬さんじゃないと投げられないんじゃないの?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「シュートもエグい曲がり方してるね……。目が慣れるまで時間が掛かりそう……」

 

「こうなったら先輩達を頼りにするしかないかも……」

 

一ノ瀬さんの変化球を初見で打つのはほぼ不可能に近い。清本や友沢でも最初は苦戦していたからね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「……っ!」

 

(バットを振る事すらなかった……!)

 

木虎さんは3球三振。1球目のシンカー、2球目のシュートは両方共低めに投げられた。そして最後に投げたカーブは高いコースから大きく曲がる……。低めの球を見せられた後に、高めに投げたカーブは消えたように見える。木虎さんがバットを振れなかったのもそこが原因だ。

 

「シンカーもシュートも凄かったけど、カーブはその比じゃないですね……。変化量が倍くらい違いますよ」

 

「あれを完璧に打てるのは和奈さんくらいでしょうか。しかしそれも配球次第では打てない可能性も出て来ます」

 

1点勝負になるだろうと予測されていたこの紅白戦……。どうやら1点は遠そうだね。



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朱里の紅白戦デビュー?

『アウト!チェンジ!!』

 

1回表は一ノ瀬さんのピッチングによって三者凡退。木虎さんと初野は三振。友沢は内野ゴロで終わった。

 

「やっぱり一ノ瀬さんから打つのは簡単じゃないね……」

 

「川越シニアの現エースですからね。簡単に打たれては、その面子が立たないでしょう」

 

だよねぇ……。並みいる男子選手を掻い潜ってエースに君臨した一ノ瀬羽矢という投手は本人にしか投げられない(最近は1年の沖田さんがその変化球の取得を試みている)独特な変化がエースにまで躍進した大きな理由なのだ。

 

そしてその変化球をコース自在に操る緻密さも一ノ瀬さんの実力だ……。

 

「それよりも……朱里さん、準備は良いですか?」

 

「……大丈夫だよ。この日の為に最高のコンディションに仕上げたつもり」

 

正直私の球が天王寺さん一派にどこまで通じるかわからないけどね……。

 

「私のミットに向かって、朱里さんの思うままに投げてください」

 

「うん……!」

 

1回裏。私達は天王寺さん一派を抑えに向かう。

 

「まさかこんな形で朱里と対戦する事になるとはね~!」

 

相手の1番打者は……金原いずみ。川越シニアのリードオフガールを担っている打者だ。

 

全国トップクラスのミート、高い走力、そして一発を狙えるパワー。これ等が金原を1番打者にのし上げた要因となる。

 

「朱里さんはシニアに入ってから、試合に出る機会が少ない上に、紅白戦では投げる事は皆無でしたからね」

 

あれ?そうだっけ?言われてみれば、紅白戦で投げた記憶がないような……?

 

「そんな朱里が投げるなんて、どういう風の吹き回しなのさ?」

 

「朱里さんにとって負けられない試合がある……という事でしょう」

 

多分そんな格好良い理由じゃないと思うけどね……。私がマウンドに立っている理由は。

 

(早速二宮が構えている。内角高めか……)

 

やるしかないよね。マウンドに立ったならさ……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

見逃し……?

 

「結構良いコントロールだよね。瑞希が構えた所とほぼ差異がないじゃん!」

 

「朱里さんの投げる球の事を考えると、制球力は必要になってきますからね」

 

球を良い感じに制球させるのって、結構神経を使うんだよね。今投げている偽ストレートもそうだしさ……。

 

(偽ストレートは悟られてはいけない……。相手を錯覚させる事こそがこの球の強みなんだ)

 

でももうちょっと改良が出来そうな気がするんだよね。風薙さんは『どうするかは朱里ちゃん次第だよ!』って言ってたし、私なりに球の開拓を進めていきたいところではあるんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「今度は外角低め……。色んなコースに散らしてくるし、厄介だね~。瑞希のリードはいやらしいよ」

 

「私は普通にしているだけなんですけどね……」

 

二宮のリードはいやらしいって方々から聞くけどね?これ本人は自覚ないやつでしょ?

 

「でもツーナッシングになっちゃったからね~。流石に打たせてもらうよ☆」

 

「そうですか……」

 

二宮の構えてるコースは……!

 

(……成程ね。金原を相手にとんだ博打だよ)

 

偽ストレートが通用する事が前提となってしまっている……。でも私は二宮のミット目掛けて投げるだけだ!

 

(真ん中やや高め……!)

 

「もらった!!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「え……」

 

金原がえらく困惑していた。まぁ真ん中高めのストレートは本来金原にとってはホームランコースだ。

 

(それを利用して偽ストレートを投げた訳だけど……)

 

この調子でドンドン投げていこう!



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圧倒的なピッチング

相手チームの先頭打者である金原を三振に仕留めた。二宮のリードありきだけど、金原クラスの打者を抑えられる……という事実に少し自信が出て来たよ!

 

「ありえない……。確かにアタシは朱里の投げたストレートを捉えた筈なのに……!」

 

「その結果は空振り……。残念でしたね」

 

「ううっ!瑞希の煽りがムカつく~!」

 

「特に煽っているつもりはありませんが……」

 

(アタシが空振りしたって事はただのストレートじゃないのは間違いない。手元で何か変わってるのかな……?)

 

なんか金原と二宮が言い合ってる。舌戦で二宮には勝てないでしょ……。

 

金原を三振に切って取って勢いが出た私は後続の打者を……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

連続三振に仕留める。ま、まさかこんな簡単に三振が取れるなんて……!

 

「朱里さん、調子はどうですか?」

 

「特に問題ないよ。多分7イニング投げられると思う」

 

なんならリトルリーグの世界大会で上杉さん達アメリカ代表と相手した時以来の調子の良さだよ。

 

「それなら良いのです。あとはこちらが点を取るだけなりますね」

 

「そうだね。でも……」

 

一ノ瀬さんの変化球はシニア界隈でも1、2を争う上に、本人しか投げられないであろう独特な曲がり方するし、あれを打つのは難しい……。

 

 

カキーン!!

 

 

……って思ってたんだけど、清本が初球からホームラン打っちゃったよ。

 

「流石は和奈さんですね」

 

「多分一ノ瀬さんの変化球に対応する事が出来るのって清本だけなんだよね……。しかも外側の球を打ったし」

 

「変化球は空振りを取りやすくなる分、ストレートよりもどうしても球が軽くなってしまいますからね。スラッガーの中でも和奈さん程に変化球に強い選手はそう多くはないでしょう。少なくともシニアではいませんね」

 

何それ凄い。まだ身長130センチ代のチビッ子とは思えないんだけど……。

 

「……何にせよこれでこちらの勝ちはほぼ確定でしょう」

 

「えっ……。流石に楽観視し過ぎじゃない?」

 

二宮がそんな軽い発言をするとは思えないんだけど、どうしても不安になってしまう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ほ、ほら。後続の打者が抑えられてるし……」

 

「まぁ和奈さんが特別なのは間違いないですね。そしてここから先は朱里さんの調子が崩れない限りは何も問題はないでしょう。朱里さんも7イニング投げられると言っていましたし、こちらの負け筋は皆無と言っても過言ではありません」

 

ほ、本当かなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

こ、これで21個目の三振。しかも……。

 

『ゲームセット!!』

 

か、完全試合を達成しちゃったよ……。えっ?私が?初めての紅白戦で、しかも天王寺さんが選んだ選りすぐりの打者達を相手に?

 

「これが今の朱里さんの実力です。夏にはエース確定と見て良いでしょう」

 

二宮が何か言ってるけど、それが全く気にならない……。それ程にアウト全部が三振の完全試合なんて初めてだもん。

 

こうして波乱だった紅白戦は思いの外あっさりと終わったのだった……。



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試合後と未来の予測

後半は三人称です。


試合結果は0対3。清本のソロホームラン3本による3点で私達の勝利となった。

 

「一ノ瀬さんでは和奈さんを抑え切るのはとても難しそうですね」

 

「うん。シンカー、シュート、カーブをそれぞれ初球で打っていたもんね……」

 

それぞれ違う変化球を綺麗にタイミングを合わせて打つなんて、簡単には出来ない……。清本はスラッガーとしてどこまで成長するのか計り知れないよ。

 

「瑞希ちゃん、朱里ちゃん、なんとか勝てたね……」

 

「勝てたのは完全に清本のお陰だけどね」

 

「そうですね。和奈さんと朱里さんがいなければ、人数の差もあって私達が負けていたでしょう」

 

確かにこっちの安打は全部清本のホームラン、私は相手打者を全員三振に抑えたけど、それでも二宮がいればなんとかなっていたんじゃないかと思ってしまうね。

 

「やったやった!私達の勝利!やっぱり正義は勝つんだよっ!」

 

「はづきさんは賑やかしでしたけどね」

 

「酷いっ!?瑞希ちゃんが賑やかしって言ったから、精一杯応援したのに!!」

 

まぁ二宮の言う事も事実なんだけど、橘がベンチに置かれたのも何かしらの理由があるからだと思うんだよね……。

 

「それで……はづきさんは試合を見ていてどうでしたか?一ノ瀬さんと、朱里さんのピッチングを見て……」

 

「……そうだね。朱里せんぱいも、羽矢先輩も、それぞれ唯一無二性を存分に発揮出来たピッチングをしてたよ」

 

「そうですか……」

 

(はづきさんに朱里さんと一ノ瀬さんのピッチングを見せる事によって、はづきさんのピッチングの新しい扉を開かせる事が出来ると思っての采配でしたが、予想よりも良い結果になりそうですね)

 

「はぁ……。7イニング投げたのは久し振りだし、ちょっと疲れたよ」

 

「朱里せんぱい!クールダウンのキャッチボールをしましょう!!」

 

「……良いよ」

 

今日の試合は今までで1、2を争う最高のピッチングだった。リトルの頃には決して出来ない柔軟性がシニアで得られた。

 

(でも壊した右肩を諦めるつもりはない……。肩の痛みはもうなくなってるし、リハビリも順調。高校、大学に上がる頃にはまた右投げで復帰出来るようにしないとね)

 

橘とキャッチボールをしながら、私の頭の中でこれからの計画を練り始める。これ等が上手く実現出来れば、両投げの投手になれる。少し大きな野望ではあるけど、きっと実現出来る筈……。そう信じて、私は今日もボールを投げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某所では2人の女性が通話していた。

 

『それで負けたんだ?』

 

「まぁね。やっぱりあの子達は強かったよ」

 

『正直朱里ちゃんと瑞希ちゃんが組めば、無敵と言っても過言じゃないバッテリーだもんね。少なくとも日本のシニアであの2人に勝てる子はいないね。打てるなら、同じチームの和奈ちゃんくらいじゃない?』

 

「そうだよな……。あの3人が向こうに付いた時点で負けは確定したと思ってた。実力もだけど、強固な絆で結ばれてる……そんな感覚もあったよ」

 

『リトルが一緒だから……か。私もそんなにパートナーがいればね……』

 

「今バッテリーを組んでる奴は違うのか?」

 

『良い投手ではあるよ。多分世界一と言っても過言じゃない。でもなんか……ねぇ?』

 

「性格的に危うい……?」

 

『まぁそんなとこ。なるべく私や後輩達の方でもその子の事は見てるけど、何れは……』

 

「アメリカから日本に来る……か」

 

『本来なら私もそれに付き添うべきなんだろうけど、ちょっと難しそうでね。可能なら、そっちからもあの子の事を見ててほしいんだ』

 

「私は君同様に各地を渡り歩いている……。約束は出来ないぞ?」

 

『可能な限りで良いよ。いざとなったら、私の後輩2人を付けるしね』

 

「まぁこっちに来たら……で考えるよ。でも彼女がアメリカにいる間はそっちで見てろよ?リリ・フロイス」

 

『了解したよ。天王寺さん』

 

 

ブツッ……!

 

 

「さて……。私の予想だと3年くらいで風薙彼方は日本に来国する筈。そこから彼女の行きそうな所を予測して、それから……」

 

女性は自分の方針を念入りに確認する事にした。未来の為に……!



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夏の終わり

月日は流れて8月の後半……。

 

私達川越シニアは埼玉県内の激戦を勝ち抜き、全国大会も決勝戦まで勝ち進んだ。相手は渋谷シニア。私達にとっては最早デフォルトな流れなのかも知れないね。

 

「決勝戦の先発投手は朱里ちゃんで行くからねっ!」

 

「……はい」

 

(決勝戦も先発かぁ……。夏に入ってから、先発になる機会が増えたんだよね)

 

理由としては私が夏の大会にてエースナンバーをもらったからだ。でもこれに関しては不思議な事に反対意見が一切出なかったんだよね。なんか不思議な力が働いていそう……。

 

「でも朱里ちゃんがこの大会で打たれたヒットって2本だけなんだよね……」

 

「イニングの後半でたまに制球が乱れて四球を出したりもしますが、基本的には相手打者を完封していますし、エースになるのも時間の問題だったでしょう。しかも朱里さんが取ったアウトは全部三振です」

 

「それで朱里せんぱいは大会での奪三振数がトップなんですよね」

 

「紅白戦で敵に回った時は絶望感が半端亡かったけど、味方だと頼もしい事この上ないよね~。これから先の事を考えると、恐ろしいったらありゃしないよ……」

 

正直いつ打たれるわからないから、ヒヤヒヤものなんだよね。このノミみたいな心臓もなんとかしたいところだよ……。

 

「あっ、そろそろ試合が始まりますよ!」

 

「相手は毎度全国優勝を争っている渋谷シニアだね……」

 

「でもこの夏は朱里がいるから、心強いよね☆」

 

余り過大評価するのは良くないと思うよ!

 

「……では行きましょうか。朱里さん、準備は良いですか?」

 

「……なんとかね」

 

全国大会の決勝戦……。相手はあの渋谷シニアだし、頑張らないとね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

最終回。渋谷シニアの最後の打者を三振に切って取り……。

 

『ゲームセット!!』

 

試合終了。2対0で私達川越シニアの勝ち……つまりは全国優勝だ!

 

「負けたよ……。完敗だ。良い試合をありがとう」

 

「こちらこそ、ありがとうございました」

 

渋谷シニアのキャプテンである十文字さんと握手を交わす。そういえばこの人だけは三振に取れなかったな……。もしかして偽ストレートの正体がわかっていた……?

 

「流石は朱里ちゃんだね!この試合でも奪三振を18個も取ったよ!」

 

「監督……。ありがとうございます」

 

正直あの渋谷シニア相手に出来過ぎな気がするけど……。それでも私がもぎ取った勝利と思っても良いんだよね?)

 

「朱里ちゃんはもっと自信を持っても良いよ。朱里ちゃんのお母さんみたいに堂々と投げれば良いの」

 

「母さんの……ように……」

 

六道監督は母さんと何かしらの交流がある。それは良いんだけど、今の私が母さんのようになるのは無理だろう。冷戦状態が終わるまでは、気まずくて会話すらにならないのだから……。

 

(でも、何れは向き合わなきゃいけないんだよね……?)

 

その時が来るまでは、野球を楽しもう。その時が来たら来たらだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高橋さんや一ノ瀬さん達が引退し、川越シニアのキャプテンには金原が抜擢された。



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新体制

3年生が引退し、金原がチームのキャプテンになって早く1週間が経過した。

 

彼女がシニアを引っ張る事には誰も反対意見を出さず、キャプテンらしくチームワークを導いてくれている。

 

「はーい!今日の練習はここまでっ!ナイターやるなら、ちゃんと監督に申請しておいてね☆」

 

『はいっ!!』

 

このように後輩達が金原に従順となっている。なんか別の光景に見えるんだけど……。天王寺さんの時みたいに謀反を起こさないよね?

 

「いずみちゃん、キャプテンとして板に付いてますね~」

 

「そうだね。本人の性格も相まって、キャプテンに向いていたんだろうね」

 

私はナイターに向けて、橘とキャッチボール。エースに抜擢されたからと言って、油断していると足元を救われちゃうからね。

 

「秋の大会はどうなりますかね~?私もベンチに入れたら良いんですけど……」

 

「橘なら心配ないんじゃない?」

 

「本当ですかっ!?」

 

突如、橘の顔が私の目の前に……。近い近い!

 

「う、うん。夏でもベンチ入り出来てたし、このまま練習を続けていたら、大丈夫だと思うよ?」

 

まぁ夏も去年と一緒で背番号は20番だったし、多分秋でも同様に20番だと思う。監督と二宮がそういう風に橘を育成しているって前に聞いた事があるからね。

 

「朱里せんぱいのようなエースにはなれないけど、私は私なりに朱里せんぱい達を越えてみせますよ!」

 

「……まぁ頑張ってね」

 

「はいっ!!」

 

正直私はいつ橘に追い抜かれるかわからないから、内心ヒヤヒヤしている。だって成長速度半端ないもん!特に橘の投げるスクリューはもうエース級だもん!あと2、3球種使い物になる変化球を覚えたら、他所のシニアではエースになれるって言われている程なんだもん!怖いよ全く……。

 

「……よし。肩も暖まってきたし、次でラストにしようか」

 

「そうですね!よーし……!」

 

橘が軽く助走を付けて、ボールを投げる体勢に入った。

 

「えいっ!」

 

 

ズバンッ!

 

 

「……っ!」

 

 

な、なんか速いんだけど……。あれ?もしかして私よりも球速速い?

 

「朱里せんぱい、ありがとうございました!」

 

「こ、こちらこそ……」

 

これは負けられないライバルが増えた気がするよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでいつもよりも気合いが入っている訳ですね?」

 

「えっ?わかっちゃう……?」

 

「朱里さんとはそれなりに付き合いが長いですからね。バッテリーを組んでいる事もあって、ある程度の心理はわかります」

 

「何それ怖い」

 

ナイターの時間になると、私は二宮とバッテリー練習。秋に向けて私も何か新しい事の試みをするべきなんだろうか……?

 

「朱里さんは今のままで充分ですよ。新しい事に挑戦するのは今投げている球が通用しなくなった時で問題ありません」

 

「ねぇ。なんで私の考えている事がわかるの?」

 

「朱里さんが表情に出やすいだけです。マウンドでのポーカーフェイスを見習ってください」

 

どうやらマウンドでの私はポーカーフェイスらしい。特に意識しているつもりはないんだけどな……。

 

(3年生が引退して、新しい環境になった……。来年には更に新しい後輩が入ってくるだろうし、エースとしてしっかりしていかなきゃね)

 

とりあえずエース投手を維持出来るように実力を身に付けていこう!



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冬……そして春へ

後半は三人称視点です。


3年生の先輩達が引退してからもう半年が経とうとしている。

 

「なーんか時間の流れが早い気がしますねー」

 

「だねぇ。気が付いたらもう2月だよ」

 

シニアはすっかり私達2年生が中心になってるし、1年生達も順調に育ってきている。

 

「いくよー!4、6、3のダブルプレー!!」

 

 

カンッ!

 

 

そして今は1年生の守備練習なんだけど……。

 

 

バシッ!

 

 

「葵!」

 

「うん!翠ちゃん!!」

 

二遊間の連携も負けていない。赤松と志田もすっかりとウチのレギュラー候補だ。

 

ちなみに私は後輩達を二宮達と対等に接する事となった。二宮曰く公平感を出す為だとか。確かに後輩の中で呼び捨てにしているのは初野だけだったもんね。それを見てズルいと言っていた1年生の為なんだとか。よくわからない……。

 

「「朱里先輩!」」

 

「「朱里さん!」」

 

「朱里せんぱい!!」

 

そして最近何故か私は後輩達に懐かれている。そんな好かれるような事をした覚えはないよ?まぁ内1人は養殖の後輩(橘)だけど……。

 

「あははっ!朱里ってば人気者じゃん☆」

 

「リトルから一緒ですけど、朱里先輩ってかなり面倒見が良いんですよね。いずみ先輩がお姉さんなら、朱里先輩はお母さんなんですよ」

 

なんか凡そ聞き捨てならない発言が後輩から聞こえたんだけど?私はそんな年食ってないよ!

 

「でも人気で言うなら、亮子もかなり人気だよねぇ」

 

「ですねぇ。クールな性格も相まって女子からの人気が凄いです」

 

「バレンタインでも女子からいっぱいもらってるのを見たよ」

 

「なんか想像が付きますね……」

 

初野の話によるとシニアの人気比率が5(私)、3(金原)、2(友沢)らしい。普通私と金原は逆じゃないの……?

 

「それよりも聞きました?再来週くらいに新しい選手が入るそうですよ」

 

「瑞希から一応聞いたよ。しかもアタシ達とタメだって。こんな中途半端な時期に珍しいよね~」

 

へぇ。2年がこんな中途半端な時期に入ってくるんだ?再来週って事は3月になってるから、長くても5ヶ月しかチームにいられないじゃん。何か目的でもあるのかな……?

 

(もしかして天王寺さんの代わりに私達の監視をする人間……だったりして?)

 

……なんて、考え過ぎかな。まぁどんな人間だろうとも、私は私の野球をやるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、アメリカ某所。そこでは2人の少女が話をしていた。

 

「お帰り。月の旅路はどうだった?」

 

「酸素残量に気を配れば、然して問題はなかったでござる」

 

「それは僥倖。本当はもう少し月の話について詳しく聞きたいところだけど、仕事が入ったよ」

 

「帰るなりいきなりでござるな……。申してみよ」

 

「とある野球のシニアチームに入ってほしいんだ」

 

「……目的は監視でござるね?」

 

「察しが早くて助かるよ。流石は忍の者だね」

 

「しかし野球でござるか……。チームに入るのは実に2年以上の間があるでござるよ」

 

「合流は3月からで良いよ。先方にはそう伝えてるし」

 

「用意が良いでござるな」

 

「それまでの期間は私が君の面倒を見るよ。1秒でも早く勘が取り戻せるようにね。じゃあ早速始めようか。村雨静華ちゃん?」

 

「了解でござる。リリ殿」

 

冬から春になり、次々と新しい展開へと物語は進んでいく……。



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新しい仲間?

3月に入り、少し暖かくなってきた今日この頃。二宮の話によると、今日は阿多らしくウチのシニアに入る仲間が増えるそうだ。

 

「いやー、楽しみだね~!新しい仲間っ☆」

 

「でもなんでこんな時期なんだろうね?しかも私達と同い年だし……」

 

清本の疑問も尤もで、この時期に入るのはとても中途半端だ。入るタイミングなら新しい後輩が入ってくる4月でも良いし、私達と同い年なのも妙だ……。もしかして誰かに命令されてるとか?

 

「はーい!全員集合!!」

 

監督のお呼び出しも掛かったし、新しい仲間がどんな人かこの目で見てやろうじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんて事を思っていたんだけど。

 

「新しく皆の仲間に入らせていただく性は村雨、名は静華でござる!この4月で3学年になるので期間は短いでござるが……。精一杯勤めていくでござる!ニンニン♪」

 

『…………』

 

新しく入った村雨静華という少女に対してここにいる全員が同じような事を思っただろう。

 

「濃い……」

 

「濃いね……」

 

「個性的ですね」

 

濃いと個性的は紙一重なんだよなぁ……。というか言葉を変えただけ?

 

「とにかく今から静華ちゃんの力を見ていくから、興味があったら、見てみてね!それ以外の子達は……練習だよ!!」

 

監督が村雨の能力テストを行うとの事で、私は興味があるので見ていく事に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!カンッ!カンッ!

 

 

先程打撃テストを開始して、今ので10球目……。見たところ長打を打つタイプではなさそうだね。

 

「お恥ずかしながら、打撃方面は余り得意ではないのでござる……」

 

……と、本人は言っているけど蓋を開ければ、打球は全部外野前に落ちている。コンパクトなスイングもしているし、そこまで問題があるようには見えないね。

 

「次原かな守備練習だよ!」

 

「御意にござる!」

 

(あの口調に慣れるのは時間が掛かりそうだ……。というか引退までに馴染めるの?)

 

村雨さんの守備位置はセンター。ノッカーは監督がやるみたいだ。

 

「じゃあ行くよー!」

 

 

カンッ!

 

 

監督が放った打球は外野後方。対して村雨は二遊間の間に立っていた。普通なら、前進守備が裏目に入るシフトだ。

 

 

バシッ!

 

 

「ニン♪」

 

『…………えっ!?』

 

ここにいるほぼ全員が驚愕した。な、なんで今の打球に悠々と追い付けるの!?

 

「お、恐ろしく広い守備範囲だね……」

 

「足も滅茶苦茶速いね。なんか三森3姉妹を思い出したよ……」

 

内野と外野の間に落とすような打撃と、神速とも言われる足の速さ……。これはとんでもない選手が入ってきたね。



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3年目

シニア入団から早くも2年が経過。私達も最上級性になった。

 

「今日は後輩達が入ってくる日だよね?」

 

「静華ちゃんが入ってきたのがついこの間だから、ちょっと変な感じがするね……」

 

それはそう。如何に個性的な後輩が入ってこようが、村雨以上の濃さは中々いない気がするよ……。

 

「僅か1週間と少しでござるが、自分も先輩になると思うと感慨深いものがあるでござるな」

 

「リトルからの繰り上がりもいるだろうから、その子達と多分大差ないんだよね。静華の存在って……」

 

金原の言う事もよくわかる。3月の中途半端な時期に村雨は入ってきたからね。実質4月から入ってくる後輩みたいなものだ。

 

「はーい!皆集合ーっ!!」

 

監督から召集が掛かったので、一旦集合。私達の後輩……特に女子選手は入ってくるのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、自己紹介の時間も終盤。今年は男子選手の数が去年よりも多い。女子選手の目ぼしい選手は今のところいないかな。まぁ去年が多かっただけか。

 

リトルからの繰り上がりである初野を筆頭に百瀬、雪村、赤松、志田、軟式チームから木虎と有能な女子選手が多かった。今年は……?

 

「え、えっと、その……。い、犬河詩音……です。ポジションはピ、ピッチャーです……」

 

あっ、リトルからの繰り上がりの子だ。犬河がいるって事はもしかして……?

 

「猫神雅です!よろしくお願いします!」

 

やっぱりいた。猫神……。リトルでは犬猫バッテリーと呼ばれた2人だ。内気で人見知りな犬河と、初野に負けない元気印の猫神は一見正反対の性格に見える2人は幼馴染らしくかなり仲が良いから、バッテリーとしても息ピッタリだ。後にそんな人達と出会いそうな予感が……。気のせい?

 

「紹介は以上かな……?今年は35人と結構多いし、2年3年は1年に負けないように今日も頑張ってね!!」

 

『はいっ!!』

 

今年の有力な女子選手は犬猫バッテリーと、1週間前に入った村雨くらいかな?来年はどうなる事やら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!!」

 

練習の時間になり、今は犬猫バッテリーの様子を見ている。犬河の投げる変化球のキレは一ノ瀬さんにも負けてないし、2年後は充分エースを狙いに行ける実力はあるね。

 

猫神早くも木虎と同じで足が速いというイメージの捕手だ。多分能力的にもほぼ一緒……。パワー方面が若干猫神の方が上ってところかな。

 

(木虎や百瀬にとって猫神の参入は良い刺激になるだろうね。猫神は二宮に捕手としてのあれこれを少し教わってるって聞いたし、2人の強力なライバル出現って訳だ)

 

まぁ猫神を含めた3人には二宮という越えられないと言っても過言じゃない大きな壁があるからね。本当の勝負は二宮が引退してからだよ!ファイト!!



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レギュラー

1年生が入ってきて3ヶ月弱。今日は夏の大会に向けた練習と、レギュラー発表になっている。

 

「なんか緊張するなぁ……」

 

「そ、そうだよね。これから暑くなっていくのに、体が震えてくるよ……!」

 

心臓がドキドキしている私と、バイブのように震えている清本がそこにはいたのだった……。

 

「朱里さんも和奈さんも余計な心配をし過ぎです。貴女達2人はレギュラーなのは確定しているのですから、もう少し余裕を見せていれば良いのです」

 

「まぁまぁ。この2人はこれが通常運転だしさ☆」

 

「でも気持ちはわかるかも。バイブみたいになってる和奈ちゃんを見てると、少し落ち着いてくるけど、私も緊張しぃだし……」

 

私と清本の様子を見て呆れている二宮、もう慣れたと笑っている金原、落ち着きを取り戻した橘。二宮は表情が変わらなさ過ぎてどう思っているのかわからないんだよね……。

 

「それじゃあ夏大会のレギュラーを発表するよー!」

 

い、いよいよだ……!

 

「まずは1番……早川朱里!」

 

「は、はいっ!!」

 

や、やった……!呼ばれた!呼ばれると、瞬間に力が抜けてくるよ……。

 

「2番……二宮瑞希!」

 

「はい」

 

二宮はいつも通りの無表情で堂々としている。本当に肝が座っているというか……。

 

「3番……清本和奈!」

 

「えっ!?は、はいっ!?」

 

清本が呼ばれた瞬間、本人は声が裏返っていた。まぁ清本に至っては震えていたからね。さっきまで緊張していた私が言うのもなんだけど、4番がこんな調子で大丈夫なんだろうか……。

 

「6番……友沢亮子!」

 

「はい!」

 

その後は6番で友沢が呼ばれ……。

 

「8番……金原いずみ!」

 

「はーい☆」

 

8番で金原が呼ばれる。これもいつも通りだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「12番……木虎藍!」

 

「はい!」

 

次は2番手捕手として木虎が呼ばれた。木虎、百瀬、猫神の3人に大差はなかった。努力の差で木虎が上回ったのかな?まぁ二宮が交代するイメージがないから、ここの参入はなんとも言えないんだけど……。

 

「18番……村雨静華!」

 

「おっ?お呼ばれしたみたいでござるな?ニンニン♪」

 

えっ?もう18番!?後輩女子で呼ばれたの木虎だけ!?いや、男子選手の方が多いし、仕方ないと言えばそうなんだろうけど……。というか村雨もキッチリ呼ばれてるし。

 

「20番……橘はづき!」

 

「はいっ!?」

 

橘も通例通り20番として呼ばれている。橘も声が裏返ってるじゃん……。

 

「はい、これが暫定のレギュラー番号だからね!もしも誰かが怪我しちゃったりとかすると変わってくるかも知れないから、それだけは気を付けてね!」

 

『はいっ!!』

 

エース……か。こうしてレギュラーとして呼ばれた人間は、呼ばれなかった人間の分まで頑張る必要があるし、気合いを入れていかないとね……!



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最後の夏

今日から夏大会。私達にとっては最後の夏だ!

 

「朱里先輩、頑張ってください!」

 

「スタンドで応援してます!」

 

初野を始めとする後輩達からエールをもらった。去年も同じような応援だったけど最後の夏という事もあり、心強く思う。

 

「それにしても去年の親睦会で一緒だった5人が1人も入れてないって思うと、複雑だね……」

 

「実力を上げているのは彼女達だけではない……という事でしょう。その一方で敵側だった藍さんがレギュラーに滑り込みました」

 

まぁ木虎がレギュラーを勝ち取ったって言ってもそれは捕手としてではないと思う。本人もそう言ってたし……。理由はブルペン捕手と、万が一に備えての2番手捕手だろう。その万が一があるとはとても思えないけどね……。

 

「まぁウチは1年の夏からずっと瑞希が正捕手だもんね。後輩達はまだ1年以上あるからマシだけど、同い年以上だと本当に気の毒だよ」

 

「シニアともなると実力主義だからね。特に先輩達が瑞希ちゃんを妬まないかとヒヤヒヤしてたよ……」

 

「まぁリトル時代に似たような事はあったけどね……」

 

その時は捕手としての圧倒的な実力の差を二宮が無自覚に見せ付けていたっけか……。あれで辞めてしまった人も少なからずいるんだよね。水鳥さんどうしてるかなぁ……。

 

「いずみさん。そろそろ皆さんに指示出しを……」

 

「おっとそうだね。皆ー!まずは初戦勝って、勢い付けるよっ☆」

 

『おおっ!!』

 

二宮に諭されて、金原が全員に指示を出す。この2人も存外良いコンビだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初戦の相手は春日部シニア。あの三森3姉妹がいるチームだね。

 

「アタシ達は後攻……。頑張って投手を守備で助けちゃおう!」

 

「今日の先発は……朱里ちゃんだよね?」

 

「そうだよ」

 

「朱里が先発なんだ?じゃあアタシ達の守備いらないんじゃないの?」

 

「それはどういう意味かな……」

 

場合によっては出るところに出るよ全く……。

 

「それでは締まって行きましょうか」

 

「厄介なのは三森3姉妹の足だけど、朱里ならそれも封殺するっしょ☆」

 

「いやいや。そんな事ないから……」

 

それは流石に相手を舐め過ぎだって。相手だって去年よりもずっと成長してるんだよ?油断は禁物だって。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

……って思っていた時期が私にもありました。本当に三者三振だったよ。えっ?何?私を油断させちゃおうって算段なの?

 

「朱里さんはもう少し自信を持っても良いと思うのですが……」

 

「それが朱里ちゃんの良いところだよ!」

 

「まぁ謙虚過ぎるのもどうかと思うけどね~」

 

チームメイト達がなんか言ってるけど、頭に入らないなぁ……。とりあえず攻撃に切り替えよう!



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三森3姉妹④

さて……。幸先良く3人で抑えはしたものの、相手チーム……春日部シニアのセンターラインの三森3姉妹はかなり強力な守備を見せるんだよね。

 

(三つ子だからこそ出来る信頼し合った守備連携……。これは高校生どころか、プロでもそう易々とは出来ない。清本のホームランがなかったら、どうなってたかわからないよ……)

 

そして更にこの試合では……。

 

「あれ?マウンドに上がってるのって……」

 

「三森3姉妹の1人……三女の夜子さんですね」

 

「うわ。この試合じゃ頭から行くんだ……」

 

三森夜子は以前投げてた時はストッパーとしての役割だったけど、今回はこうして頭から投げる事になっている。果たしてその実力は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「うわっ!?速いじゃん!」

 

「い、以前よりもずっと速くなってるよ……」

 

確かに……。この球速なら男子選手にも負けてないよ。

 

(うーわ……。朱里並の球威じゃん。こりゃ打つのに苦労しそうだよ……)

 

「春日部シニアは投手力に難があるチームで、それをあの姉妹の守備力と守備範囲でカバーしていましたが、投手力の欠点をああして夜子さんが投げる事によって補ってきましたね。しかも姉妹でセンターラインを作るという形もマッチしています」

 

三森夜子が投げていない時だと長女の三森朝海がセカンド、次女の三森夕香がショート、そして三森夜子がセンターという3人でほぼ全ての範囲を見ていく……という脅威的な動きを見せていた。

 

そして今は三森夜子がマウンドにいて、二遊間はそのまま……。これによって内野はより強固な守備範囲を得た訳だ。代わりに外野は手薄になっていると思うけど……。

 

「で、でもこれで外野はちょっと手薄になってるんじゃない?前まではセンターに三森の三女がいた訳だしさ!」

 

橘も私と同じ事を思っていたみたいだ。本当にそうだとありがたいんだけどね……。

 

「向こうに静華さんのような異常な守備範囲の持ち主がいなければ……ですがね」

 

「み、瑞希ちゃん。それはちょっと笑えないよ……」

 

本当だよ。あんな守備範囲の化物が他チームにいたらゾッとするよ。洒落にならないよ。

 

 

カンッ!

 

 

「あっ、いずみちゃんが打った!」

 

「見たところ彼女が投げている球は球速はあれど……という感じですね。いずみさんなら打つのは容易いでしょう」

 

「打つのは……か」

 

金原の放った打球は三遊間……サード寄りに打球が飛んでいる。

 

「夕香姉さん!」

 

「OK!」

 

 

バシッ!

 

『アウト!』

 

「げっ……!あれをノーバンで捕るの!?」

 

相変わらずヤバい守備力してる。あんなのシニアのレベルを遥かに越えてるよ……。

 

「もしもワンバウンドで捕球していれば、いずみさんが内野安打で出塁していたでしょう。向こうの判断は正しいです」

 

だからといってあんなデタラメな守備を見せられると、萎縮しちゃうね。これはキツい試合になりそうだよ……。



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三森3姉妹⑤

『アウト!チェンジ!!』

 

2番、3番と三森姉妹の守備に阻まれてアウトとなる。初回は両チーム三者凡退か……。

 

「投球方面は朱里さんが抑えるので、当面は大丈夫でしょう。問題は……」

 

「三森姉妹の守備の上を行けるか……って事かな?」

 

「はい。そうなると頼りになるのは和奈さんによるホームランですね」

 

(尤も和奈さんが歩かされなければ……ですが)

 

確かに。ああして三森夜子をピッチャーに置くくらいだし、相手の外野全体も守備力は上がってると見ても良いだろう。そうなってくると、いよいよ清本のようなパワーヒッターによるホームランしかなくなってくる。

 

「でも向こうは素直に和奈と勝負してくれるかな?和奈ってはリトルシニアで合わせて通算200本塁打までもう少しってところでしょ?」

 

なんかしれっと金原がとんでもない事を言っていたけど、確かに清本が歩かされる可能性も考えなくてはならない。ジリ貧にならないように立ち回らなきゃね。

 

「もしもの時の対策はキチンとしています。あとはその機会が来るまで心強く待ちましょう」

 

「まぁ二宮がそこまで言うんだし、それを信じるしかないんじゃない?」

 

「……そうだね。じゃあねアタシ達もしっかり守ってこっか☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

前のイニングと合わせて6人連続三振。天王寺さん一派との紅白戦以来の快挙かも……。

 

「う~ん。気合い入れるのは良いんだけど、朱里が凄過ぎてこっちに打球が飛んで来ないねぇ……」

 

「夜子さんは味方の守備力信じて打たせて取るピッチング。それに対して朱里さんは相手を空振りさせるピッチング……。対極と言っても良い内容なので、この試合は仕方ないでしょう」

 

今の私って空振りを取るピッチングだったんだ……。リトル時代は決め球のシンカーを駆使してバンバン三振を取ってたけど、今の私もそれに負けてないって事?

 

「それよりもこの回だね……!」

 

「2回裏……!」

 

この回は4番の清本からだ。リトルシニアで通算200近いホームランを打ってる清本ならきっと打ってくれる……!

 

「い、行ってくるね!」

 

「ファイト!!」

 

緊張しながらも、右打席に立つ清本。すると同時に……。

 

「相手捕手が立ち上がった!?」

 

「……やはり敬遠策ですか」

 

「マジかぁ……」

 

「しかも三森姉妹の守備はランナーが出てからが本領……。こうしてランナーを溜める事によっては連携をしやすいようにプレーします」

 

「そして相手は清本の打撃力を警戒してる……と。この試合、もしかしたら今までで1番ヤバい試合になるかもね……」

 

『ボール!フォアボール!!』

 

清本は四球で歩かされ……。

 

『アウト!』

 

後続の打者は三森姉妹の連携によって併殺となってしまった。

 

「一塁線も三塁線も全部あの姉妹がカバーしてるんだよね……。それが本当に厄介!」

 

「それによってファーストとサードは外野寄りに守り、外野の守備を固くしていく……。あの姉妹がいる事でしか出来ない芸当だよね」

 

あれじゃあライトとレフトに2人ずつ選手を配置してるようなものだよね。どうしたものか……。



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三森3姉妹⑥

イニングは進んで6回裏。スコアは両チーム0点と投手戦になっている。

 

「キツいな~!ランナー出ても、すぐあの姉妹の餌食になるもん!」

 

「こういう守備型のチームに対しては一発が望める打者じゃないと点を取るのは無理だね……」

 

川越シニアにはパワーヒッターと呼べる選手が少ない……というか現状は清本しかいない。他の打者の大半は狙い球とコースが噛み合えばホームランを打てる……というタイプで、基本的には繋いでいく事が多い。まぁパワー云々については清本が可笑しいだけだと思うけど……。

 

「そして折角清本に回ってきたとしても……」

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「こうして歩かされる訳か……。本当春日部シニア……っていうか三森3姉妹はウチにとって天敵だよねー!」

 

いわゆるスラッガーレベルの打者がいない事がこういう形で首を絞めてしまうとはね……。このままじゃ延長戦に突入しちゃうよ。

 

「三森姉妹の特徴として高い守備力、広い守備範囲、凄まじい走力……という3点が私達を苦しめていますね」

 

「しかもランナーが出てからが本領っていうね……」

 

「あの姉妹が入団してからの春日部シニアは取ったアウトの内訳9割があの姉妹が要因となっています。春日部シニアが守備型のチームと呼ばれるようになったのも、彼女達の尽力がとても大きいです」

 

「うへぇ……。和奈のバット以外でウチが点取れる手段ってあるの?」

 

「3巡目に突入した場面で、和奈さんのホームラン以外は得点が望めない……。そう思わせる事がこの試合の目的です」

 

「えっ……!?」

 

どうやら二宮はこの状況を読んでいたみたいだ。どんな思考回路をしてればこの試合の併殺数が8個の展開を読めるんだろうね。しかも清本は徹底的に歩かされているし……。

 

「……そろそろ動きましょうか。相手が足を絡める守備をするのなら、こちらも走塁で対応しましょう」

 

「走塁で……?」

 

清本の足はチーム内ではそれなりに速い部類ではあるけど、三森姉妹の前では霞んでしまうレベル。という事は……。

 

「監督」

 

「うん!タイムお願いしまーす!」

 

監督がタイムを掛けた。その内容は清本に代走を出すみたいだ。

 

「それでは静華さん。初陣を頼みますよ」

 

「あとお願いね?」

 

「任せるでござるよ。ニンニン!」

 

そういえばウチにもいたね。規格外の走力をした選手が……。でも村雨ならもしかして……!?

 

「あっ、走った!」

 

初球を投げた瞬間、村雨はスタートを切った。盗塁だ!

 

『セーフ!』

 

「すご……。悠々と盗塁してるじゃん」

 

「あの走力なら、三森姉妹を越える事が出来るって事か……」

 

「実質このイニングがラストチャンスです。静華さんには決めてもらいますよ」

 

「また走った!?」

 

2球目も村雨はスタートを切る。三盗を狙ってるね。

 

『セーフ!』

 

「やった!あれなら転がせば、点取れるよ!」

 

まだノーアウトだしね。最悪打ち上げても、タッチアップで1点が取れる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「うわっ。結構際どい……。制球もちゃんとしてるじゃん」

 

「あのコースは手を出してしまうと凡打になりますね」

 

 

ガッ……!

 

 

「打ち上げた!?」

 

打球は力なくふらふらと上がっているキャッチャーフライだね。

 

『アウト!』

 

審判がアウトコールを唱えた瞬間。

 

「隙ありでござる!」

 

『タッチアップ!?』

 

キャッチャーフライで村雨が三塁からタッチアップ。か、かなり無謀だね。この場のほぼ全員が同時に声をあげたよ……。

 

「無事生還したでござる。ニン♪」

 

しかもタッチアップ成功させてるし……。規格外な足してるよ全く。

 

「で、でもこれで……!」

 

「はい。勝利に必要な1点は取れました。あとは7回表を朱里さんが抑えるだけです」

 

欲を言えばあと1、2点くらいほしいんだけど、高望みは出来ないね……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「さて。残りのイニングをキッチリと抑えて行きましょうか」

 

「そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7回表。この回も三者三振で抑える事に成功。この試合16個目の三振だね。

 

『ゲームセット!!』

 

しかも初戦からノーノーだ。この勢いで全国まで駆け上がるぞ!



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順調に

1回戦を突破した私達は順調に勝ち続けた。

 

「まさに快進撃って感じだね!」

 

「やっぱ先輩達が凄過ぎですよ。朱里先輩も、瑞希先輩も、和奈先輩も、いずみ先輩も、亮子先輩も、はづき先輩も……。このシニアが常勝チームだって言われているのは先輩達の尽力があったからなんですね……」

 

初野が私達を褒めているけど、それは違う。

 

「確かに主力選手達の力は大きいですが、私達がここまで来れたのはこれまでの練習があってこそです。そしてそれには歩美さんの力も私達の助けになりました」

 

「そうだね……。亮子ちゃんも歩美ちゃんとの守備練習があったお陰で今があるんだって言ってたよ」

 

「例えベンチ外でも、私達を応援してくれるその気持ちが大きければ大きい程に、それが私達の支えになっているんだよ」

 

「そう……ですかね」

 

私達の言葉は嘘じゃない。友沢だってきっと初野を評価しているだろう。

 

「それに初野にはまだ来年があるでしょ?最後の夏まで諦めない事が大事だよ」

 

「朱里先輩……。そうですよね。最後の最後まで足掻いてみせますよ。練習行ってきます!」

 

私の言葉に納得したのか、ダッシュで練習に向かった。元気の良い後輩だ。

 

「歩美はなんとか立ち直ったね。やっぱ朱里は皆のお母さんだよね☆」

 

「確かに……。朱里ちゃんはなんか母性があるかも……?」

 

金原と清本がなんか言ってるけど、やだよそんなの。私は後輩達のお姉さんではあったとしても、お母さんとかやだよ。先輩として見てよ!

 

「朱里さんの母性の有無は置いておきましょう。それよりも対戦相手の話です」

 

二宮の一言によって、辺りはピリッとした空気になった。さっきまでのふざけた空気とは思えないよね。

 

「そうだね。遂に決勝戦まで来たんだよね……!」

 

私達は決勝戦まで怒涛の快進撃を見せた。去年に負けないくらいの勢いだ。流石に高橋さんや一ノ瀬さんがいた去年よりも総合力は劣るけど、去年よりも力を出せる。最上級生としてのプレッシャーがそうさせてるのかな……?

 

「相手は毎度の如くと言っても良い西武シニアだね」

 

「滝本さんや久方さんがいなくなった後でも実力は健在だよね。火野さんが上手くチームを引っ張ってるイメージがある」

 

火野さんの選手像としてはほぼ金原と一緒と言っても良い。ミートが上手く、パワーもある。足もかなり速いし、西武シニアのリードオフガールと言っても過言じゃない。1年生の時から1番を打ってたしね。

 

「そして火野さんと同じく3年生の木場さん。彼女の投げる球は少し厄介ですよ」

 

「確か爆速ストレートって呼ばれるストレートが決め球なんだよね。打つの結構大変そうだなぁ……」

 

西武シニア対策のミーティングは当日ギリギリまでに及び、万全の態勢で挑むのだった……。



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決勝戦は

「瑞希ちゃん、本当に良いんだね?」

 

「はい。彼女達の実力を信じます」

 

監督を探しに行ってたら、監督と二宮が何か話していた。取り込み中なのかな?

 

「あれ?どうしたの朱里ちゃん?」

 

「あっ、いえ、金原が監督を呼んでたので……」

 

金原自身は手が話せないらしく、近くにいた私が監督を探しに行ってた訳だ。人使いが荒いんだよなぁ……。

 

「そうなんだ……。ねぇ瑞希ちゃん、朱里ちゃんにも話した方が良いんじゃないかな?」

 

「……そうですね。少なからず朱里さんにも関係していますので」

 

「えっ?」

 

なんか内緒の話っぽい内容を私は2人から聞いた。

 

「……本当に?」

 

「瑞希ちゃんはえらくマジみたいだよ」

 

「大舞台での度胸付けはとても大事です。これからの為にも……」

 

「まぁ彼女達なら多少は心配だけど、最終的にはなんとかするんじゃないかな……って思うよ」

 

「監督と二宮がそう言うなら、それで良いんじゃないですかね……」

 

それにしても二宮は金原よりもキャプテンっぽい気がする。でも二宮って裏方っぽいんだよね。表面上では金原が皆を仕切ってるけど、捕手陣を中心とした一部の選手は二宮が手を引いてるみたいなんだよね。

 

(始めはそれを見て天王寺さんの時みたいになるんじゃないかと危惧してたけど、あの2人はちゃんと話し合っているみたいだし、杞憂だったよ)

 

でも決勝戦は大丈夫なのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい!じゃあ決勝戦のオーダーを発表するよー!」

 

決勝戦当日。監督はギリギリまでオーダーを悩んでいたみたいだ。2人の選手を軸に、そこからいつも通りのレギュラーを数人添えて、残りの枠に誰を入れるかを……。

 

「ええっ!?」

 

「これは……決勝戦なのに思い切ったねぇ……」

 

「特定の人間にこの空気を慣れさせる為だろう。この考えは瑞希のものだな」

 

1番の金原、3番の友沢、4番の清本はいつも通り。他の面子の内4人は男子選手、そしてこの試合のバッテリーは……。

 

「私が先発かぁ……」

 

「が、頑張ってはづきちゃん!」

 

先発投手の橘と……。

 

「待ってください!」

 

「異論は聞きませんよ。藍さん」

 

捕手の木虎だ。というか異論くらいは聞いてあげてよ二宮……。

 

「何故私が決勝戦に……?瑞希先輩で良いじゃないですか!?」

 

「これはね?来年に向けた戦いなんだよ。藍ちゃんに大会の大舞台を今の内に経験させておきたいんだ。去年は選べなかったし……」

 

「ですが……!」

 

「藍さん」

 

「瑞希先輩……?」

 

「私は藍さんを信じています。今の藍さんならはづきさんを上手くリード出来ると……そう信じています」

 

二宮にここまで言わせる人間ってそういないよね。もしかしたら高校とかで組む投手には言うのかも知れないけど……。

 

「……わかりました。私なりに精一杯リードします!」

 

「良い表情になったねぇ藍ちゃん。上手く私を操ってみせてよ?」

 

「はい!」

 

なんか綺麗に纏まったみたいで良かったよ。

 

(果たしてどこまでが二宮の計算で事が進んでいるのか……。もしかして始めからこうなる事が読めていたの?木虎が納得いかないと抗議する事も?)

 

二宮は敵に回しちゃいけない。改めてそう思ったよ……。



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西武シニア⑦

『プレイボール!!』

 

決勝戦……西武シニアとの試合が始まった。

 

「私達に出来るのはベンチで応援する事だけですよ」

 

「わかってるよ……」

 

私と二宮はベンチスタート。監督曰く『余程ヤバい状況にならない限り、出番はないよ』と言っていた。一応体を休めるという意味合いも込めて、今日はベンチで休む事としよう……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

橘が西武シニアの打者を相手に三振を決めていた。木虎のリードも相まって上手く翻弄させているね。

 

「とりあえず序盤は問題なさそうですね」

 

「まぁ強力所のチームが本当に強いのって中盤以降だからね」

 

序盤は徹底的に対策を練ってから中盤に攻略を開始して、終盤に畳み掛ける。これはウチにも共通するね。

 

「ナイピッチはづき!」

 

「やー、藍ちゃんに上手く操ってもらったからね。私の変化球も良い感じに決まったし!」

 

「はづき先輩の球は全国区レベルを相手にも通用すると思いますし、自信を持っても良いんじゃないですか?」

 

「まぁまだ序盤だから何とも言えないけどねー。ですよね朱里せんぱい?」

 

木虎の見通しが若干甘いような気がする。まぁそこの改善もこの試合でなんとか……なるかな?

 

「……そうだね。強豪チームは大体中盤以降に相手投手の攻略に努める。捕手としてはそこに漬け込まれないようにするのが大切だよ」

 

「それは朱里先輩の言う通りですね。ですがはづき先輩の場合は乗せれば調子を上げるタイプだと判断しました」

 

まぁ……それも一理あるか。橘は調子付かせる方が伸びるタイプであり、その成長速度はかなり早い。ウカウカしてたら私も追い抜かれそうだよ……。

 

「じゃあ相手投手の攻略に努めますかー!」

 

チームの切り込み隊長こと金原が意気揚々と打席に向かった。そういえば最初の夏からずっと1番を打ってるな……。凄い。

 

「相手チームの先発投手は木場さん。爆速ストレートと呼ばれるストレートがかなり厄介なんだよね」

 

「下から勢い良くホップするのが特徴ですね。ライジング系統の球と似てはいますが……」

 

「それ等よりも球速が速いんだよね。打者側の体感かも知れないけど……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「うーわ……。いずみちゃんが打ちあぐねてるよ」

 

「これは2打席目以降に期待した方が良いかな……?」

 

「いずみさんは切り込み隊長として最初から決め打ちも出来ますが、本来は後から対応していくタイプの打者です」

 

そうなんだよね。リトル時代に対戦した時も私のシンカーに段々対応していくようになったんだよね。対応力の高さが友沢よりも上だから、金原は1番になったんだよね。

 

その後金原は3球程粘ったけど、三振となった。この決勝戦は投手戦になりそうだね……。



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西武シニア⑧

初回は両チーム三者凡退。2回表は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

橘が順調に相手打線を抑えている。三振はこれで3つ目だ。

 

「はづきさんは組む捕手によって力を発揮するタイプですが、藍さんは問題なくはづきさんを活かしていますね」

 

「我が強くて、プライドも高いからね。後輩とは合わないんじゃないかと当初は危惧してたけど……」

 

「はづきさんの当たりが強いのは主に男子に対してですからね。私達女子には比較的普通に接してくれますよ」

 

「それって単に橘が男嫌いなだけなんじゃ……」

 

特に中高生なんて思春期に入る時期だし、距離が空きそうだしね。

 

橘がプロ野球選手になるとしたら、男女混合リーグは無理そうだね。女子独立リーグに所属するのかな?まぁ早くても3、4年後の話か。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

おっ?この回も三者凡退だね。二宮の言うように序盤は問題なさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

2回裏。打席に立ってるのは清本だけど……。

 

「うーん。やっぱり和奈相手だと勝負を避けたくなるのかな?」

 

「この大会ではかなり歩かされていますね」

 

「それでもホームラン3本打ってるけどね……」

 

本当にリトルから数えて200本行きそうだよね。既に高橋さんの記録を抜いてるしさ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「ですが完全に勝負を避けている訳ではなさそうですね」

 

「ああいう力押しタイプの投手にありがちだよねー。それでいてかなりプライドが高いと見た!」

 

「何?それは橘の自己紹介か何か?」

 

「そうなんですよ~。このはづきちゃんはプライドが高いあまりに革命を起こしそうです。まさにプライド革命……って何を言わせるんですかぁ!?」

 

「いや、橘が勝手に言っただけじゃん……」

 

橘のプライド云々は置いておいて、確かに木場さんはかなり自分の球に自信がありそうだ。負ける事を全く想像していない……。久方さんとはタイプも性格も違う投手だね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「追い込まれたね……!」

 

「カウントは1、2……。カウント的には投手側が有利ですが、和奈さんにはカウントという概念は余り関係がありません」

 

「清本の場合はどう打とうか考えてるだけだもんね。そりゃカウントは関係ないよ……」

 

実際にそれでホームランをバカスカ打ってるからね。高橋さんのように理論を立てて打つのではなく、ただ来た球を打っているって感じだ。ある意味では理想のスラッガーだね。

 

 

カキーン!!

 

 

「わっ!?打った!」

 

「相変わらず良い音をかますね~!聞いていて気持ちが良いくらい☆」

 

「敵に回ると青ざめる一方だけどね……」

 

多分高校とかでは敵に回ると思うんだよね。清本はもちろんの事、金原、友沢、今投げている橘、そして二宮……。こうしてチームに馴染んでいるから敵に回るところが想像出来ないよ……。

 

「……場外まで飛んで行ったね」

 

「アタシには出来ない芸当だし、1周回って惚れ惚れしちゃうよね~」

 

「和奈先輩が味方で良かった……と、心から思います」

 

木虎の言う通りだよ。敵に回った時の事を今の内に考えてる方が良いのかな……?



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西武シニア⑨

試合は進み7回表。スコアは0対1で私達のリードを維持している。

 

試合が動くと思われた中盤戦は橘と木場さんが予想以上に奮闘し、得点は清本が打ったホームランのみ。清本も2打席目以降は打ち取られているし……。

 

「この回を抑えたら私達の勝ちか……」

 

「ですがこのまま終わりそうにもありませんね」

 

二宮の言うように、このまま簡単には勝たせてくれない。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「……っ!」

 

今の四球によってノーアウト満塁の大ピンチ。しかも打席に立つのは3番打者である火野さん。シニア全体の中でもかなり打率が高いんだよね……。

 

「ここを乗り切れるかどうかではづきさんの成長が見られますね」

 

「逆転されると相当厳しいから、橘にはなんとか抑えてほしいけど……」

 

「はづき殿の球威が前のイニング辺りから落ちてきているので、それが余計に厳しい状況を作っている訳でござるな」

 

村雨の言うように、前のイニングでも橘はスコアリングポジションにランナーを進められてピンチだったんだよね。まぁバックの守備に助けられたけど……。

 

「はづき!無理に三振を取りに行かずに、打たせるんだ!」

 

「そ、そうだよはづきちゃん。私達が精一杯守るから!」

 

この試合の守備方面に大きく貢献している友沢と清本が橘に声掛けをしている。清本に至ってはこの試合唯一の得点者だし、本当に頼もしいよね。

 

「シフトは内野前進か……」

 

「三塁にランナーが埋まっている以上は自然なシフトですね」

 

「しかも満塁だから、フォースアウトも取りやすいでござる」

 

「……村雨ってそういえば野球をやってたんだっけ?」

 

「エクスリーグで1年弱程やっていたでござるよ」

 

エクスリーグ……。確か小学6年生から3年間入れる野球施設だっけ?大体はリトルリーグで活躍が難しい選手達が移動していくイメージだけど、村雨もそうなのかな?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

これで3ボールか……。押し出しは不味いな。しかも火野さんは金原のような打者だし、打たれると走者一掃される可能性もある。萎縮しちゃうのも仕方ない気がするよ。

 

「…………」

 

(よし……!ここまではなんとかサイン通りに投げられているわね。今のはづき先輩の球威で甘く入ってしまうと、ホームランを打たれかねない。私はこれまで瑞希先輩のリードを見ていた。瑞希先輩ならこうするだろうという場面を何度もシミュレーションしてきた……。でも私は瑞希先輩のようなリードは出来ない。それなら私は私のリードを貫くまで。はづき先輩、次はこのコースへ)

 

(低めだね……。了解!)

 

3ボールになった今、ボールコースには投げられない。果たして……?

 

「!!」

 

(失投!?逆のコースに……!)

 

 

カンッ!

 

 

火野さんが打った痛烈な打球はライナーとなる。

 

「抜かせないっ!!」

 

 

バチッ!!

 

 

しかしその打球を橘が弾く。転々とボールが転がるのと同時に、ランナーが一斉に全力疾走を始めた。

 

「はづきちゃんが体を張って殺した打球……。無駄にはしないっ!」

 

いち早く清本がカバーに入って、ホームへと送球した。

 

『アウト!』

 

本塁フォースアウト。そして木虎がファーストに送球し……。

 

『アウト!』

 

一塁もアウト。併殺を取って、ツーアウト二塁・三塁。このプレーはかなり大きいぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!』

 

ツーアウトとなり、次の打者も橘がなんとか踏ん張って打ち取り……。

 

『ゲームセット!!』

 

試合終了。私達川越シニアが全国へと駒を進めた瞬間だった。



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進路

「う~ん……」

 

川越シニアが全国出場を決め全国大会に向けて練習を進める傍ら、私は3年生として進学先に頭を悩ませている。

 

「どうしたのですか?」

 

「二宮か……。いや、どこの高校に進学しようかなって……」

 

「まだ決めてなかったのですか?流石にそろそろ決めなくては不味いのでは?」

 

わかってるよ!だからこうして頭を悩ませてるんじゃないか!

 

「……ちなみに二宮はどこの高校に?」

 

「西東京にある白糸台高校ですね。スカウトが来ていたので、高校ではそちらで力を付けようと考えています」

 

白糸台高校って確か全国2連覇を果たしている超強豪だよね?そんなところに声が掛かるなんて、流石は二宮と言ったところか。

 

「和奈さんとは初めてチームが別れますから多少心配ではありますが、もう高校生になるのですから、余り干渉はしない方が良いと思ってスカウトを受けました」

 

「そうなんだ……」

 

そういえば清本はいつも二宮と一緒にいるイメージが強い。幼稚園からの幼馴染なんだっけか?清本にも聞いてみようかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「進路?」

 

「うん。清本はどこの高校に進学するのかなって……」

 

「えっと……。京都にある洛山高校ってところだよ。1番熱心にスカウトしてくれた高校だから、そこに行く事にしたんだぁ」

 

洛山高校は去年、一昨年と全国ベスト4を取っているこれまた超強豪だ。あそこの場合は打撃方面が異次元級なチームだから、清本を熱心に勧誘していた可能性もあるけど……。

 

「でもどうしてそんな事を?」

 

「実はまだ進路が決まってなくてね……」

 

「ちょ、ちょっとそれは不味いような……。流石に受験に向けて勉強はしてるんだよね?そろそろ進路を固めていかないと、色々と支障が出ちゃうよ?」

 

二宮と似たような事を言うなこの子は……。まぁちゃんと勉強はしてるし、進路をなんとかしないといけないのはわかってるんだけどね?

 

「……まぁありがとう。他の人にも聞いてみるね」

 

「う、うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。どうしたものかな……」

 

私は頭を抱えながら悩む。これからの事を、高校野球についての事を……。

 

あれから色々と聞いてみたところ友沢は県内の強豪である咲桜高校、橘はこれまた県内の強豪の梁幽館高校(高橋さんがそこに進学している)、金原は東東京の強豪の藤和高校……。どこもかしこも強豪ばっかりだ。何校かは私のところにもスカウトは来てるんだけど……。

 

そもそもなんで私がこんなに進路について考えているのか。それは……。

 

「朱里ちゃーん!お待たせーっ!!」

 

今駆けて来た雷轟の進路も同様に決まっていないからだ。

 

私は雷轟と一緒に高校で野球をしようと思っている。理由としては彼女の成長を見届けたいから……なんだけど。

 

「それで?進路は決まったの?」

 

「まだ!!」

 

「胸を張って言える発言じゃないでしょ……」

 

まぁ雷轟の進路に合わせようとしている私が言うのもなんだけどさ……。

 

「じゃあ今日中に決めてしまおうか。私達の進路を」

 

「うんっ!!」

 

これは私達の未来を大きく左右する出来事だからね……!



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進むべき道は……?

場所を移して近くの喫茶店。私なりに集めてきた埼玉県内の高校のパンフレットを広げて雷轟と話し合う。

 

「とりあえずどこの高校に行くかだけど……。まず野球が強いところは避けた方が良いね」

 

「どうして?」

 

「大きな理由は雷轟が初心者だから。よしんば入れたとしても、碌に守備も出来ない雷轟だとずっとベンチ外だろうね」

 

「酷いよっ!!」

 

「そもそもの話、強豪校が求めている人材は実績がある選手なんだよ。だから実績のじの字もない初心者は基本的に歓迎されない」

 

(まぁ例外はあるだろうけど……)

 

とりあえず雷轟が強豪に入るのが無理という理由で梁幽館、咲桜、美園学院、椿峰は駄目だね。そもそもウチのシニア出身の人が入るし。可能なら誰とも被らない高校で私自身の実力も磨いていきたいしね……。

 

「じゃあここは?柳川大附属川越高校……通称柳大川越!朱里ちゃんが入ってるシニアにも近いよ!」

 

「私基準で決めるんじゃないでしょ?雷轟が行きたいと思うところじゃないと……」

 

しかも柳大川越って去年の秋大会でベスト8まで勝ち進んでるよね?勢いに乗りたいだろう柳大川越から見ても、そこらの強豪と考える事は同じだろうし、止めた方が良さそうだね。

 

「そっかぁ……。でもどうしようか?」

 

「まぁ理由なんて簡潔な方が良いんじゃない?家から近い……とか、校風が良い感じ……とか」

 

「う~ん……!」

 

(悩んでるなぁ……。煮詰まり過ぎるのも良くないし、一旦休憩にしようかな)

 

休憩にしようとパンフレットを纏めていると、雷轟の目が1つのパンフレットに行った。

 

「この高校……!」

 

「ど、どうしたの?」

 

「制服が可愛い!!」

 

「えっ……?」

 

「決めた!ここの高校にする!強豪とかそんなのどうでもいい!強豪だったら、頑張って頑張って上手くなる!ここに決めた!!」

 

凄い勢いで進路先が決まった!?制服の可愛さで決めるっていうのも今時の女子って感じがするな……って、この高校は……!

 

「……雷轟、本当にここに進学するの?」

 

「うん!」

 

「そう……」

 

雷轟の決意は固そうだ。さっきまで頭を抱えていたのが嘘かのような即決っぷりだね。

 

(去年に不祥事を起こして野球部は停部と1年間対外試合禁止、それに加えて次々と部員が辞めて行っている(二宮調べ)……か。余り良い反応はされなさそうだ)

 

しかしそれでも雷轟が進むと言うのなら、私はそれに着いて行き見届けよう。雷轟遥の行く末を……!

 

「進学先……決まったね」

 

「うん!なんかピンと来たんだよ!良い出会いが待ってる気がする!!」

 

「何それ……?」

 

雷轟の言ってる事はよくわからないけど進路も決まった事だし、私は私で色々と準備をしておこう。

 

(今投げている球が通用しなくなった時に備えて、新しい球種の開発を二宮の意識外からしておこうかな。敵に回る事も確定したしね……)

 

私と雷轟の進学先は……新越谷高校だ!



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相談?

川越シニアは今日も全国大会に向けて練習中だ。

 

「あの、朱里先輩……」

 

柔軟を終わらせて走り込みに行こうと思っていたら、初野に声を掛けられた。何か用事だろうか?

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと相談したい事があるんですけど……」

 

「私に?」

 

どうやら私に相談事があるみたいだ。金原や二宮じゃなくて、私を頼ってくれているみたいだし、無下には出来ないね。

 

「私で良かったら聞くよ」

 

「ありがとうございます!ここじゃなんですので、ちょっと場所を変えましょう」

 

「了解。じゃあ監督に外周に行ってくる事を伝えるから、走りながらでも良いかな?」

 

「あっ、はい!私事で些細な内容なのに、練習を休止する程の事でもないですし、それでお願いします!!」

 

私に話し掛ける前は落ち込んでいるような雰囲気だったのに、今ではもうすっかりいつも通りの元気印女子に戻ったね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外周する事を監督に伝えて、私はランニングしながら初野の相談に乗る。

 

「……それで?相談って何かな?」

 

「最近ちょっと視線を感じるんですよね……」

 

し、視線……?

 

「そ、それってかなり危なくない?大丈夫?」

 

初野って人当たりが良いし愛嬌もあるから、男子からかなり人気があるみたいなんだよね。だからそれに関連する視線だとちょっと大事になりそうなんだけど……。

 

「い、いえ!そういうのじゃないのはわかるんですよ」

 

「そうなの?」

 

「はい。視線を感じるタイミングはいつも一定で、決まって私が守備練で打球を捕った時なんです」

 

なんか凄くピンポイントなタイミングだね……。しかも一定なんでしょ?

 

「……それに視線の正体もわかるんです」

 

「えっ……。そこまでわかるの?」

 

「私を見ているのは翠ちゃんと茶来先輩なんです……」

 

赤松と茶来かぁ……。初野が視線を感じるのが捕球するタイミングで、その2人が視線の主となると……。

 

「同じポジションの2人で捕球方面が初野より劣るから、それ故の嫉妬……なのかな?」

 

「私の自惚れじゃなかったら、そうだと思うんですよね……」

 

「成程ね」

 

「しかも2人共打撃練習になると、私の方を勝ち誇った顔して見てくるんですよ。打撃方面が苦手だってわかっているから……」

 

「成程ね……」

 

ライバル意識を持たれてるって事なのかな?初野を含めた3人はメインのポジションがセカンドだし、その3人なら初野が打撃方面で1番劣っているから……。

 

「でもライバル意識を持たれてるっていうのは決して悪い事じゃないし、私がそれを監督とかに伝えて大事になっちゃうと、あの2人が今後球団に居辛くなるでしょうし……」

 

あの2人の被害にあってる初野の方があの2人よりも大人なのは何なの?初野を見習った方が良いんじゃないの?

 

「翠ちゃんの方は私が月ちゃん達にそれとなく言ってみます。それで多分何かしら解決するかもですけど……」

 

「問題は茶来の方か……」

 

彼女、何故か私の事を凄く凄くライバル視してくるんだよね。同じチームだし、ポジションも違うし……。というか茶来はもう引退するんだから、後輩に迷惑を掛けるんじゃないよ!

 

「でも吐き出したらなんかスッキリしました。こういうのって聞いてもらえるだけで、気分が楽になるんですね!」

 

「……えっ?それって解決って事で良いの?私はただ話を聞いてただけだよ?視線の事はどうするの?」

 

「それだけでかなり救われた感じがします!視線はなるべく気にしないようにします!翠ちゃんとは仲良くやっていきたいですし!」

 

何気に茶来の事をスルーしたね。もう引退だから、大して気にする必要はないんだろうけど……。まぁ初野自身が既に大丈夫そうだし、余計な事をするのは野暮ってやつかな。

 

「それじゃあサクッと走り込みを終わらせようか」

 

「はいっ!!」

 

こうして初野の視線問題は解決……したのかは疑問だけど、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、初野と赤松が仲睦まじそうにしている光景が見えた。これは初野のコミュニケーション能力の高さがそうさせてるね……。



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VS前橋シニア①

8月。私達は東京にてシニアの全国大会に参加する。去年の夏は渋谷シニアに負けて準優勝、今年の春は優勝。なんとか連覇したいものだね。

 

「それには朱里さんのピッチングが必要不可欠ですね」

 

「私の……?」

 

「当然です。朱里さんは川越シニアのエース投手なのですから」

 

二宮が私をエースだと言ってくれてるけど、私には余り自覚がない。今の私がエースナンバーを取れているのは、風薙さんとフロイスさんの尽力が大きい。

 

(それに一部の打者には偽ストレートは通用しない……。高校で私自身の球を編み出した方が良いのかな?)

 

考えても仕方がない。今は目の前の試合に集中しないとね。

 

「初戦の相手は前橋シニアかぁ~」

 

「エースの暮羽さんを筆頭に曲者揃いの選手達が集まっています」

 

「暮羽さんって確か去年沖縄で試合した時に投げてたよね。速いストレートと鋭いフォークが中々に厄介な印象だったよ」

 

確かにその印象が強いけど、あれから1年以上は経ってるし、暮羽さん自身ももっと成長しているに違いない。

 

「それでは監督に今日のオーダー表を提出しましょうか」

 

二宮が対前橋シニアのオーダーが書かれた紙からチラッと見えたのは……。

 

 

1番 センター 金原

 

3番 ショート 友沢

 

4番 ファースト 清本

 

7番 ピッチャー 私

 

8番 キャッチャー 二宮

 

 

いつものオーダーだった。流石に全国大会ともなると、冒険はしないよね。安定の面子って感じ。ここから変わるとしたら、精々投手の部分と、捕手が二宮から木虎になるくらいだろう。それくらいに磐石のメンバーが今の川越シニアには揃っているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『プレイボール!』

 

試合開始。私達は先攻だね。

 

「それじゃ、行ってくるよ☆」

 

金原は速球系統の球と相性が良いし、暮羽さんとは対戦経験があるから、ここは初球から打ってくるかもね。

 

 

カンッ!

 

 

やっぱり打ってきた。外角低めを上手く突いたね。

 

『ファール!』

 

しかし打球は一塁線切れてファール。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目に投げられたフォークも上手く当てる。タイミングもバッチリじゃん。

 

(オッケオッケ。これなら問題ないね☆)

 

ツーナッシングで3球目。暮羽さんが振りかぶって投げる……けど。

 

(えっ!?遅い……ってこれは!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「い、今の球は……!?」

 

「スローカーブですね。それもかなり大きな曲がりを見せています」

 

「速球系の球種と今のスローカーブを散らされると厄介だね……」

 

「しかも1度低めの球を見せられてからだと、山なりから降って来るようなカーブは打ち辛い……」

 

急に速度差を見せ付けられれば、簡単には対応が出来ない……。暮羽さんは相当厄介な投手だね。



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VS前橋シニア②

暮羽さんの速球系2種と対極のスローカーブ……。これ等を上手く攻略しないと、前橋シニアに勝つのは不可能だ。

 

「あんなスローカーブがあるなんて聞いてない~!完っ全に速球系を意識してたよ!」

 

バッターボックスからおめおめと帰って来た金原がぶーたれる。まぁ予想外ではあったよね。尤も二宮なら既に知ってそうだけど……。

 

「瑞希ちゃんなら暮羽さんの球種の把握はしてそうだけど……」

 

「あのスローカーブはわかっていたとて、簡単に打てる代物じゃないね」

 

そうなんだよねぇ……。決め球っていうのはわかっていても打たせない自信のある球なんだ。今の私にはまだそれが宿ってないけど、暮羽さんにはあのスローカーブがある。しかも左投げだから、左打者が当てるのは難しい。そうなると期待出来るのは右打者なんだけど……。

 

「いずみちゃんと亮子ちゃんは打つのてこずりそうだね。あのスローカーブは……」

 

「う~ん……。確かにアタシも亮子も左打ちだし、届かないねぇ……」

 

「暮羽の投げるスローカーブは左打者には決して届かせないようにコントロールされているし、まだ右打者の方が希望は持てるだろう」

 

ウチの優秀の左打者2人にそこまで言わせる程の実力を暮羽さんは持っている。正直嫉妬しちゃいそう……。

 

「そんな物欲しそうにしなくとも、朱里さんは実力者ですよ」

 

あれ?二宮に考えを読まれた?

 

「だね~。そもそも実力がなかったら、ウチでエース張れてないって☆」

 

「そうですよ!朱里せんぱいはもっと自信を持ってください!」

 

金原と橘にここまで言われるとは……。なんか情けない。

 

「……朱里ちゃんはリトル時代に肩を壊してからずっと自信をなくしてるんだよ。自分を過信しても何も良い事がないって言うようになったんだ」

 

「丁度その頃からでしたね。朱里さんが消極的になったのは」

 

(尤も朱里さんの場合は同時期に大切な人が目の前で殺されてしまった……というのが1番大きいでしょうが)

 

リトル時代に色々あって、私は自分に自信が持てなかった。私は……少しは自信を持っても良いのかな?

 

『アウト!チェンジ!!』

 

初回は三者凡退。暮羽さんの投げる球を決め打ちするのは難しそうだ。

 

「行きますよ朱里さん。こちらも相手打者を捩じ伏せましょう」

 

「了解」

 

私の球を二宮が上手くリードする事によって、相手打者をきりきりまいにする事が出来る。私はシニア全国で1番奪三振を稼いでいるけど、それは二宮の尽力が大きいんだよね。

 

(二宮の上を行く球を私なりに開発していかないと……!)

 

無理をしない程度に、私は二宮に知られないように新しい球種開発を努めるとして……。今はこの局面を乗り越える必要があるね。



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VS前橋シニア③

えー。前橋シニアを相手に初戦という事もあって、思い切り投げようとした訳ですが……。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ビビるくらいに相手のバットが空を切る空を切る。空振りする時に発する風切り音が怖いんだけど……。

 

「さっすが朱里だねっ☆勢いを相手に渡さない!」

 

「お陰で守備をしているこちら側は退屈の一言だがな……。まぁ良い意味での退屈だから、まだマシだろう」

 

友沢の言う良い意味での退屈って何?逆に悪い意味での退屈って?こっちが完全試合を決められた時?

 

「良い意味での退屈の数は私達が圧倒的ですね」

 

「そうなの?」

 

「シニア全体の中で1番完全試合を多く取っているのは私達川越シニアですからね」

 

「まぁそうだよね~」

 

二宮の発言に対して橘が納得をしているけど、そんなに多いの?

 

「ちなみに川越シニアの完全試合の数は現状33試合ですね」

 

多っ!!

 

「そして完全試合の内訳28試合分は朱里さんです」

 

「はい?」

 

嘘でしょ?私いつの間にそんな化物みたいな投手になってたの?

 

「うわー……。やってるとは思ってたけど、まさかここまでだったとはねぇ」

 

「朱里せんぱいなら当たり前ですよっ!」

 

全く自覚がなかったんだけど……。

 

「……まぁ当の本人が何の自覚もなく投げているからこその結果なのかも知れません」

 

「朱里ちゃんってマウンドでは凛々しいし、そういうのって意識してないようにも見えるよね。変に意識しちゃうと、逆に打たれるタイプなのかなぁ……?」

 

な、なんか言いたい放題言われてるような……。

 

「味方だと頼もしいのに、敵に回ると大変だよね……。アタシ、1度も朱里から打てた事ないし、高校までになんとかしないとマジでヤバい……!」

 

あっ、金原がなんかネガティブになり始めた。なんか一ノ瀬さんみたい。

 

「とりあえずは暮羽さんの攻略ですね。彼女を打たない限りは勝つ事が出来ません」

 

「和奈ちゃん頼りなのかなぁ……」

 

「敬遠される可能性も考えると、難しいよね……」

 

そう……。例え清本に頼ったとして、その清本を徹底的に打たせないように相手が考えていたら、私達が勝つのはほぼ不可能。なんとかしないと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

えっと……。結果だけ言うと、清本は暮羽さんのスローカーブを打った。しかもこれがサヨナラの一打になる訳で……。

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合は私達の勝ち……なんだけど……。

 

(暮羽さんが凄過ぎたのか、ウチに清本以外の決定打がないのか……。この試合でハッキリとわかってしまったよ。まぁ勝てただけまだマシなのかもね)

 

今の川越シニアは投手戦になると、一発を狙える打者が少ない分不利な戦いを強いられるという事を……。!



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別れ?

初戦を突破した私達川越シニアはその勢いを落とす事なく勝ち進み、決勝戦まで登り詰めた。

 

そして決勝戦の前日。私、二宮、清本は久し振りにフロイスさんに会いに来ていた。

 

「「お、お久し振りです……」」

 

「お久し振りです」

 

「久し振りだねー3人共。しばらく見ない間に随分と頼もしそうになった事で」

 

からからと笑うフロイスさんは陽気で妖艶な雰囲気を醸している。この辺も相変わらずと言えば相変わらずだ。

 

「まずは決勝戦進出おめでとう。この調子で春夏連覇、頑張ってね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

清本と私は未だにこの人と話す事に緊張を覚えているんだよね。こういう時二宮の物怖じしない性格が羨ましい……。

 

「そういえばフロイスさんは今ドイツにいると関係筋から聞きましたが、今日はその報告に来たのですか?」

 

またしれっととんでも発言するよね二宮は……。私と清本が驚くリアクションでも楽しみたい訳?

 

「あー、やっぱり瑞希ちゃんは知ってたかぁ……。私に対する関係筋って事は多分あそこの名家から聞いたんだろうけど……。ロジャーの家系の子に洩らしたのが良くなかったなぁ……」

 

フロイスさんも何かブツブツ言ってるし。こっちの話はよく聞こえないな……。なんて言ってるんだろう?

 

「……まぁ良いや。今瑞希ちゃんが言ったように、今の私はドイツに留学してるの」

 

「ドイツ……ですか……」

 

「また思い切りましたね……」

 

「目標が見つかったのかな。今の今まで旅行感覚で日本を中心とした世界各地をブラブラしてたけど、ようやくって感じ。多分これから忙しくなるだろうから、中々会えなくなるかもね」

 

なんだろう?フロイスさんの口から忙しいなんて単語が聞けるとは思わなかった。唯我独尊の自由人って呼ばれていたらしいフロイスさんとは対極の言葉でしょ?忙しいって……。

 

「そ、その目標って何ですか……?」

 

私が気になっている事を清本がフロイスさんに尋ねる。流石は清本。私の知りたい事をよくわかっているよ。二宮は多分知っているだろうし、特に動きを見せていない。

 

「ある運命的な出会いをしちゃってねー。その人はスポーツドクターでドイツに拠点があるらしいから、そこで医療学を学ぼうって訳」

 

「つまりスポーツドクターになるのが目標って事ですか……?」

 

「まぁ厳密には少し違うけど、概ねそんな感じだよ」

 

(あの人みたいな選手をパワーアップさせる程の医療技術を身に付ける事が私の本当の目標……。これは調べられてもわからない筈だ。誰にも言ってないしね)

 

「そんな訳でお別れ……かな。今後の君達の成長を楽しみにしてるよ」

 

「……今までお世話になりました!」

 

「まぁ私は何もしてないけどねー」

 

そう笑いながら、フロイスさんは去って行った。私達の分のコーヒー代を置いて……。



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シニア全国大会決勝戦 ~シニア最後の試合(決着まで)~

今日は決勝戦。泣いても笑ってもこれが私達3年生の最後の試合となる。

 

「で、その相手は渋谷シニアか……」

 

「最早西武シニアばりに縁があるよね。アタシ達が決勝戦まで勝ち進むと、絶対に当たる相手……!」

 

「私達が優勝するまでは絶対王者とも呼ばれていたチームですからね。十文字さん達が抜けてからも、その実力は健在……という事でしょう」

 

ちなみにこれまでの渋谷シニアとの戦績は負け、負け、勝ち、勝ちと2勝2敗で続いている。渋谷シニアとの決着をつける意味合いも込めて、最後の試合に相応しい。

 

「今の渋谷シニアに十文字さんのような絶対的な実力者はいませんが、その手前にいる選手ばかりです」

 

多分金原や友沢のような選手ばかりなんだろうね。去年はそれに加えて十文字さんもいたんだから、厄介極まりない。

 

「しかしこちらの勝利パターンとしては1回戦と同じ……1点取れれば、そのまま逃げ切る事が可能です」

 

「前橋シニアとの試合と同じ結果って事だよね?朱里が相手を封鎖して、和奈が点を取る……。ハッキリ言って今のチームは朱里と和奈のお陰で成り立っているもんね。仕方ないかぁ……」

 

金原の言い分に突っ込み所はあるけど、とりあえず話を進めよう。

 

「……つまり今日のオーダーは初戦と同じって事で良いのかな?」

 

「はい。監督もそれで異論はないそうです」

 

1回戦と同じ勝ちパターンを追うとしたら私が渋谷シニアを相手にどこまで通用するか、清本が相手に歩かされないか……。この2点が頭に過るけど、まぁその辺りは監督や二宮が知恵を出すだろう。

 

「じゃあ朱里と和奈には頑張ってもらわないとね!もちろんアタシ達も全力でサポートするから☆」

 

「まずは出塁からだな。瑞希は1点あれば良いとは言っていたが、点を多く取るに越した事はない。そうする事によって朱里も少しは楽になるだろう。朱里や和奈だけじゃないという事を相手に思い知らしめる必要がある」

 

「金原、友沢……」

 

「わ、私の打撃が朱里ちゃんの助けになるように、頑張るからね!」

 

「清本……」

 

こんなにも頼もしいチームメイト達がいるんだ……。私も全力で投げなきゃ失礼だ。

 

「それでは整列に行きましょうか。朱里さん、私達は後攻ですので、朱里さんが相手にプレッシャーを与えてください」

 

「相手の勢いに乗せない事……か。わかったよ」

 

そしてリトルから組んでる頼りになる捕手もいる。この試合……今までとは違った姿勢で挑めそうだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

私達の最後の試合は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

これまでとは比べ物にならない……。

 

『ゲームセット!!』

 

圧倒的な勝利を果たした。

 

≪0対15≫

 

なお試合は5回コールドだった。そして……。

 

「この試合で朱里さんは30回目の完全試合達成、和奈さんはリトルから合わせて累計200本塁打達成ですね」

 

最後の試合を経て、私と清本は記録に残る成績を収めた……。



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早川朱里と清本和奈の成績 そして引退……。

私達のシニア3年間の試合は全て終了した……。色々とあったけど、総合的に見て楽しかった。楽しかったんだけど……。

 

『朱里先輩!』

 

『和奈先輩!』

 

「わっ!わわっ!?どうなってるの!?」

 

今私と清本は後輩達に囲まれて、もみくちゃにされている。あ、汗が出て来た……。

 

「まぁ帰ってきたらそうなるよね~。朱里と和奈は☆」

 

「2人共シニア史上初の大記録を残したからな。一応私といずみも女子選手としては並の男子選手以上の活躍はしている筈だが、あの2人を見ると、それが完全に霞んでしまう」

 

金原と友沢が完全に傍観に入っている……。見てないで止めてくれない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めまして、これが和奈さんと朱里さんが残した記録になります」

 

一旦落ち着いたところで、二宮から私と清本の成績が発表された。

 

 

清本和奈

 

打率 6割7分2厘(リトルシニア累計)

 

安打数 210(リトルシニア累計)

 

本塁打数 200(リトルシニア累計)

 

打点数 480(リトルシニア累計)

 

盗塁数 11(リトルシニア累計)

 

四死球 71(リトルシニア累計)

 

 

まずは清本の成績。数字にして見ると、驚き以外の言葉が見付からない……。打ったホームランの数と総合安打数が可笑しいんだけど!?

 

「ヤバいねこれ……。清本がホームランを打ち始めたのって、嶋田さんの理論を実践してからなんでしょ?」

 

「そうですね。それ以降は最低でも1試合に2本はホームランを打っています」

 

うん。改めて聞くと本当にヤバい。こんな化物を嶋田さんは育ててしまったのか……。というかホームランを打ち始める前の清本と比べても色々ヤバい事が改めてわかる。

 

「地味に盗塁の数が10回越えてるのも凄いね……」

 

「足の速さは並以上にありましたからね」

 

並以上に足が速くても、盗塁なんて簡単に出来る訳がないと思うの。

 

「ここまでが和奈さんの成績です。そしてここからは朱里さんの成績になります」

 

二宮が私の成績を発表する。自分の成績とか気にした事がなかったけど……?

 

 

早川朱里

 

防御率 0.79

 

奪三振数 1455

 

四死球数 7

 

被安打数 16

 

披本塁打数 1

 

自責点 1

 

 

こ、これが私の成績……?

 

「これに加えてノーヒットノーランが50試合、その内訳30試合が完全試合です」

 

「ちょっ、ちょっと待って!?私ってそんなに三振取ってたの!?」

 

「朱里さんがシニアで投げた試合は紅白戦合わせて70試合で、朱里さんが取ったアウトはほぼ全て三振です」

 

「そ、それにしたって1455って……」

 

「常人ではありえない奪三振数……。それを可能にしていたのが朱里さんの投げるストレート(に見せた変化球)です」

 

「……っていうか朱里って逆に誰に打たれたの?」

 

「自責点の要因は和奈さんですね。そして朱里さんからヒットを打ったのが亮子さんが3本、和奈さんが4本(内1本はホームラン)、私が2本、高橋さんが1本です」

 

「まだ後輩には打たれた事がないんだね……」

 

というか三振云々は私悪くないよね?偽ストレートを攻略し切れてない相手が悪いよね?

 

「身内に打たれた披安打数が合計11……。あとの5本は?」

 

「この数字も私が知る限りですので、正確とは限りませんが……。風薙さんが2本、フロイスさんが2本、十文字さんが1本ですね」

 

風薙さんとフロイスさんのやつって非公式じゃん……。お遊びじゃん……。じゃあ実質-4本だよね?ちょ、ちょっと色々と怖くなってきた。

 

「そんな朱里さんと和奈さんには今でも尚引く手数多のスカウトが押し寄せていますが、2人はもう既に進学先を決めたのでしょう?」

 

「う、うん……」

 

「そうだね……」

 

そういえばまだ二宮には私の進学先を言ってなかったっけ……。でも清本も二宮には言ってないみたいだし、二宮が敵に回るとわかっているからなのかな……?

 

「そ、それよりも私達も引退じゃん?後輩達に引き継ぎをしないと……」

 

「そうですね。ではいずみさん、お願いします」

 

「はいはーい!じゃあちゃちゃっと済ませちゃおっか☆」

 

そこからは金原の主導によって引退式、引き継ぎまでスムーズに行われた。

 

(ああ。私のシニアでの野球はもう終わったんだなぁ……)

 

色々と衝撃的な部分もあったけど引退した身だし、ここからは受験勉強と平行して体力作りと新球種の開発に勤しもうかな……。



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最強の……!

後半は三人称です。


シニアを引退して数ヶ月。私は雷轟と一緒に新越谷高校へと赴いている。目的は受験の合否確認の為だ。

 

「う、受かってるかなぁ……」

 

「そんなに緊張しなくても良いよ。もう出来るのは自分を信じるだけなんだしさ」

 

それに雷轟が受かってないんだったら、私も受かってないよ。余り認めたくないけど、雷轟は私よりも学力高いんだもの。学年トップクラスなんだもの。中学違うけど……。

 

「……とりあえず番号が張り出されていると思うし、見に行こうか」

 

「すぅ……はぁ……!」

 

深呼吸をしている雷轟を連れて、合格番号が張り出されている講堂へと向かった。室内に張り出されているのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番号が張り出されている講堂へと到着。雷轟の番号が139番、私が147番なんだけど……。

 

「スリザリン(不合格)は嫌だ。スリザリン(不合格)は嫌だ。スリザリン(不合格)は嫌だ。スリザリン(不合格)は嫌だ……!」

 

なんか隣で呪文を唱え始めたんだけどこの子。なんか私まで不安になってきたじゃん……。

 

「あった……。グリフィンドール(合格)だーっ!!」

 

「良かったね。私の番号もあったし、無事に合格したよ」

 

スリザリンだのグリフィンドールだのはよくわからないけど、まぁ受験成功して良かったよ。

 

「よーし!合格祝いのバッセンに行こうっ!!」

 

「そこは何か食べに行くんじゃないんだ……」

 

まぁこの後は練習予定だったし、雷轟のモチベーションを保つには大切な事か……。

 

「行こ?朱里ちゃん!」

 

「……そうだね」

 

私と雷轟の新越谷受験は成功という形で終わった。

 

新越谷高校の現状が現状なだけに、私達2人の高校野球がどうなるかはわからない……。でも雷轟が言うように、きっと……私達の運命を変える出会いが待ってるんだと思う。

 

リトルシニアとはまた違う仲間達との出会い、ポジション争い、そして苦楽を共にする事になると思う。かつてのチームメイトは散り散りになる訳だしね。

 

(私と雷轟の高校野球が良いものになりますように……!)

 

そう強く願いながら、私は今日も野球をする……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、川越シニア。

 

「今頃朱里ちゃんの受験が終わった頃かなぁ……」

 

「そうですね。まぁ朱里さんは要領が良いので、不合格……等という無様な結果にはならないでしょう」

 

OGとしてチームに顔を出しに来ている早川朱里のチームメイトである清本和奈と二宮瑞希が朱里の受験について話していた。

 

「でも朱里ちゃん、最後までどこの高校を受験したか言わなかったね……」

 

「朱里さんにとっての高校野球は既に始まっているのでしょう。敵になる私達に情報を与えない……。戦いで相手に情報を与えないのは大切な事です」

 

「朱里ちゃんはギリギリまで悩んでたって言ってたよね。私達にどこの高校に受験するかを聞いて、参考にするつもりだとも……」

 

「……それすらも朱里さんの作戦なのでしょうね。相手の情報を引き出し、自身の情報は極力与えないところが厄介なところです」

 

(それって瑞希ちゃんの影響を受けたんじゃないかなぁ……。6年間バッテリーを組んでた訳だし)

 

「何れにせよ朱里さんは敵に回りました。シニア最強の投手が……」

 

「……だね。私達も散り散りになるけど、1番警戒しなくちゃいけないのは朱里ちゃんだよね。いずみちゃんとか亮子ちゃんもそう言ってた」

 

二宮と清本は朱里への警戒を最大限にまで強める。かつての仲間だった頼れるエースは進学すると敵に回る……。その意味を最も重く受け入れたのは6年間朱里と同じチームだったこの2人なのだ。

 

「きっと高校でも朱里ちゃんは更に手強くなってるよね」

 

「そうですね。ですがそれを越えるのが、朱里さんの敵になる私達の役目です」

 

「悪役だね……」

 

「……無論、高校では和奈さんとも敵同士ですよ?」

 

「わ、わかってるよ!」

 

かつての仲間が今度は敵に。この川越シニアでは主力選手達が全国の様々な場所に散っていく……。

 

果たして誰が勝利の栄光を勝ち取るのか……。最強のチームを作り上げるのか……。

 

野球女子の物語はまだ始まったばかりなのだ……!




遥「これで過去編は完結だね!」

朱里「全122話か……。サクッと終わらせる予定だったのに、どうしてこんなに長くなっちゃったのかな……」

遥「私は出番が少なくて不満だよ!主人公なのに……!」

朱里「この小説は完結してるから、あとは続編か番外編を待つばかりだね」

遥「それではこれにて川越シニア編はこれにておしまい!」

朱里「ありがとうございました」


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1年目 へ、へこたれてないやーい!
プロローグ 最強のスラッガーを目指そう!


球詠のアニメと漫画を読んで書きたくなった。それだけの話。


ある幼い頃の出来事……。

 

テレビで見た野球を見て少女は感動した。そして……。

 

「私もホームラン打ちたい!」

 

ホームランを打つにはどうしたら良いのか。母に聞いてみるとまずは力を付ける事と答えた。

 

少女は簡単な筋トレから始めた。少しずつ、少しずつ……。続けている内に腕に筋肉が付いた。

 

(女の子がこんなにムキムキになっても良いのかな……?)

 

習慣でやっている筋トレに疑問を抱きつつ続ける。彼女が小学校を卒業するまで……。

 

中学になるとシニアという中学生がやるクラブチームみたいなものがあると知った彼女は見学に行く。

 

(わぁ……。野球だぁ……!)

 

彼女は目を輝かせながら練習を見ていた。それに1人の少女が気付いた。

 

「……君、もしかして一緒にやりたいの?」

 

その問いに彼女は……。

 

「うんっ!」

 

満面の笑みで返す。少女が監督に呼び掛けて彼女がチームに入れるように頼みに行った。これで彼女も野球が出来る……。ホームランが打てると思った。

 

しかし現実は甘くなかった。テストで見せられた守備練習は安定していない下半身の影響で処理にもたつき、正面のゴロは綺麗なトンネルを描く等の失態をしてしまいシニアの監督からは不合格の烙印を押されてしまうのだった……。

 

落ち込む彼女に声を掛けた少女が話し掛ける。

 

「残念だったね。まぁ見たところ初心者みたいだし、仕方がないかもね。うちのチームは余り初心者を歓迎していないみたいだから……」

 

その言葉を聞いてしゅんと落ち込む彼女。それを見た少女は……。

 

「明日も良かったら来てよ。うちに入りたいなら監督を見返したいよね?私が練習メニューを組んできてあげる」

 

この出会いから彼女と少女はそれなりに深い仲となる。

 

翌日、少女が彼女に渡したのは1枚の練習メニューだった。

 

「君は見たところ鍛えられている上半身に対して下半身が着いていってないみたいだから、まずは足腰を鍛えるトレーニングを中心に組んでみたよ。君がやりたいバッティングに関しては……休日に私とバッティングセンターに行こうか」

 

少女の提案に彼女は嬉しそうに頷いた。

 

平日は少女が考えた練習メニューをしっかりとこなし、休日のバッティングセンター。

 

「バッセンは初めて?」

 

「う、うん……」

 

「バットを握った事は?」

 

「素振りなら毎日してるよ!」

 

「じゃあ試しに打ってみようか。じゃあこの1番遅いケージから……」

 

ケージに入って彼女が構える。

 

(左打ちなんだ……。構えは神主打法。この子はホームランを打ちたいって言っていたし、落合選手を意識してる?だとしたら随分昔の映像を見てたんだな……)

 

少女が考察している内にマシンは投球モードに入っており、球が投げられてにも関わらず彼女は微動だにしない。打たないのかと思っていた矢先……。

 

(えっ……!?)

 

彼女は目にも止まらぬスイングスピードでボールをかっ飛ばした。

 

「当たった!ホームランだ!」

 

嬉しさでピョンピョンと跳び跳ねている彼女を見て少女は旋律した。

 

(これはとんでもない逸材だ……。監督がバッティングを見る前に彼女を落としたのがとても勿体無い……!)

 

実際ボロボロな守備が帳消しになるレベルのバッティングだった。球が遅いものとはいえあのスイングの完成度はプロにも負けないものだ。

 

そんな彼女を見て少女は……。

 

(高校に入ったらこの子と一緒に野球をしよう!)

 

部活でも、クラブチームでも、草野球でも……。彼女を4番に据えるだけでかなりのところまでいけると少女は確信していたからだ。

 

中学ではとにかく下半身を鍛えようという事で平日はランニングと素振り、休日はお小遣いを費やしてバッティングセンターへ。それが彼女の日課となっていた。

 

少女はそんな彼女と何時でも共に並べる様にシニアで頑張っていた。

 

そして物語は高校へと続く……!



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新越谷高校野球部始動!

続いちゃった!


埼玉県新越谷高校。彼女と少女はこの学校に進学してきた。

 

「入学式も終わったし、早速野球部を見に行こうよ!」

 

「……それは良いんだけど、野球部あるのかな?」

 

「えっ……?」

 

「この学校は確かに数年前までは全国レベルだったけど、不祥事を起こして活動停止中なんだよ」

 

「そうなの!?なんで言ってくれなかったの!?」

 

「これくらい自分で調べなよ……。まぁ不祥事を起こした人達は既に卒業しているから、実質廃部状態だろうね」

 

「……それなら!」

 

彼女は一瞬俯いたと思いきや立ち上がり……。

 

「なかったら、作れば良いじゃん。新越野球部!」

 

「そうきたか……。まぁ一緒に野球やりたいと思っていたし、クラブチームや草野球チームに入る為の手続きをする手間を考えたらその方が良いかもね」

 

「そうと決まったら早速グラウンドに行こう!!」

 

「わっ……!」

 

彼女は少女の腕を引っ張ってグラウンドの方まで走る。

 

 

~そして~

 

「わぁ……!野球やってる!」

 

「どうやら活動を再開しているみたいだね。人数は……全部で8人かな?」

 

「おお!それなら私でもレギュラーが取れる!!」

 

「……そもそも人数がギリギリだと試合とかでアクシデントがあると危ないから、もう2、3人程入ってくれないと試合を組むのは厳しいかもね。あとあの空間に私達が混ざると合計10人だから……」

 

「はっ!もしかして私ベンチ!?」

 

「可能性は高そうだけど……」

 

「それでも!やるったらやる!!」

 

「……そう言うと思った。今は取り込み中みたいだし、終わってから声を掛けようか」

 

「うん!」

 

2人が見ているのは一打席勝負。

 

(バッターの方はガールズチームで活躍していた……確か岡田さんだったかな?ピッチャーの方は見た事ないな)

 

「もっと近くで見ようよ!」

 

「ちょっ……!」

 

「見るだけならタダだよ!!」

 

「わかったから、引っ張らないで!」

 

少女の腕を引っ張って今主審をしている女の子の後ろまで走っていった。

 

 

~そして~

 

「1球目はストレート……。外ギリギリの良いコースだね」

 

「そうなんだ!」

 

「……野球部に入ったらその辺りもキッチリやっていこう」

 

2球目。ピッチャーが投げた球は……。

 

(今の球は……カーブ系統の球だと思うけど、凄い曲がり方したなぁ……。シニアでもあれ程の変化球はそう見れないし、打たれない。私が見た事ないからあの子が無名は間違いないけど、こんなピッチャーが埋もれていたなんてね……)

 

横を見ると彼女は目を輝かせている。

 

(凄い球……!打ちたい!勝負したい!!)

 

3球目のストレートは低め。審判に寄って手が上がるかどうかの際どいコース。審判の女の子はボールと宣言。

 

「振らない……。あの人も凄い」

 

(いや、恐らくだけど、手が出なかったと思う。2球目に投げた魔球を意識しすぎた結果だろうか……)

 

4球目。ピッチャーは再びあの魔球を投げる。バッターはそれを捉えて、その当たりは……。

 

(結果だけ見たらセンターフライかな?少なくとも今打った岡田さんなら捕っていたと思うし……)

 

勝負が終わり、8人が1つになったのを見ると彼女は……。

 

「すみませ~ん!入部希望で~す!!」

 

(行動早っ!)

 

少女は半ば呆れながら走って行った彼女に着いていく。

 

 

~そして~

 

「入部希望!?」

 

金髪ボブカットの女の子がツーサイドアップにしている髪をぴこぴこ動かしている。

 

(あれ、どういうメカニズムなんだろ……?)

 

「はい!松原中学出身、雷轟遥です!よろしくお願いします!」

 

「えっ……?松原中?私も同じ中学だよ!」

 

先程投げていた子が彼女……雷轟と同じ中学の様だ。

 

「そうなんだ!名前は!?」

 

「武田詠深!ヨミでいいよ!」

 

「私も遥でいいよ!ヨミちゃん!!」

 

(仲良くなるの早いな……。コミュニケーション能力とパワーにステータス全振りしてるん……)

 

「じゃっ!?」

 

少女の脚に先程の女の子……川口芳乃さんがまとわりつく。

 

「遥ちゃんもそうだけど、凄く安定した下半身……!名前聞いても良い!?あとポジションも!!」

 

(す、凄い勢い……)

 

「……早川朱里。ポジションは一応外野だよ」

 

「えっ?朱里ちゃんはピ……」

 

「はーい!雷轟は口をチャックしようねー!」

 

少女……早川は雷轟の口を塞ぐ。皆は疑問符を浮かべているが、早川はそれを押し切り……。

 

「と、とりあえず皆の名前を聞いていいですか!?」

 

自己紹介の流れを作る。

 

「……そうだな。今来た2人以外には紹介を済ませているけど、改めて全員自己紹介をしようか。私は2年の岡田怜。ポジションは外野手だ。今しがたキャプテンに任命された。よろしく」

 

「同じく2年生の藤原理沙です。ポジションはサードよ。よろしくね」

 

今までの会話の流れから察するにあとの人達は全員1年生っぽいかな?と早川は結論付ける。

 

「それじゃあ次は私!改めて武田詠深です!ポジションはピッチャーだよ!」

 

「ヨミちゃん、さっきの魔球凄かったね!」

 

「見てたの!?」

 

「勿論だよ!私ヨミちゃんと早く勝負した~い!」

 

「こらこら。まだ全員の紹介が終わってないでしょ」

 

「……山崎珠姫。ポジションはキャッチャーです」

 

(……この人、美南ガールズの山崎さんだ。公式戦で後逸0でガールズのキャッチャーでもトップクラスの実力を持っている。彼女がシニアで男子と混じってプレイしてもレギュラーが取れるレベルだ。この学校、岡田さんだけじゃなくて山崎さんも入っていたのか……)

 

こんな凄い面子が集まったのは多分偶然なんだろうけど……。

 

「次は私ね。藤田菫よ。ポジションはセカンド」

 

「私は川崎稜。ポジションはショートだ」

 

この2人も確か地区内では5強の強さに入るだろう南相模出身。

 

(これはもしかしたらもしかするかも……)

 

「川口息吹よ。ポジションは外野……になるのかしら?さっきは妹の芳乃がごめんね」

 

さっきというのは恐らく早川の脚にまとわりついた芳乃の事だろう。

 

「私は川口芳乃だよ!皆のマネージャーをやってるんだ!ケアは任せてよ!」

 

(おおぅ……!まだ興奮してるな……)

 

「これで自己紹介が終わったね!早速勝負しよう!」

 

「はぁ……。雷轟が迷惑かけてごめんね」

 

「気にしないで!でも勝負の方は……」

 

武田さんが言うとチャイムの音が鳴る。どうやら下校時間になったらしい。

 

「そんな~!!」

 

「ドンマイ雷轟。もう私達は野球部なんだし、明日からいくらでも勝負出来るよ」

 

「うぅ……!」

 

「さっさと家までランニングで行くよ。皆さん、明日からよろしくお願いします」

 

早川が一礼して雷轟の首根っこを掴んで去っていく。

 

「……随分変わった2人組だったわね」

 

誰かが呟いた言葉に残りの全員は首を縦に振った。




次回から基本的に雷轟sideか早川sideで物語が進みます。

ちなみにオリキャラの名字はパワプロのキャラから付けています。


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新入部員追加!

ストックがある内に書いていきます。


今日から本格的に野球部の活動!楽しみ~。

 

「朱里ちゃん!部活行こっ!」

 

「……今ホームルーム終わったばかりだよね?私と雷轟はクラス違うよね?なんでもう私の机の前にいるの?」

 

「そんな細かい事は良いんだよ!レッツゴー!!」

 

「わかったよ……」

 

なんか朱里ちゃんが疲れた顔してる。何があったのかな?それよりも練習練習!

 

 

~そして~

 

「おっ、2人共早いな」

 

「はい!練習楽しみです!」

 

「張り切っているわね」

 

「……この子は今まで多人数で野球の練習をした事がないから、凄く楽しみみたいです」

 

「中学で始めて朱里ちゃんと体力作りを中心に素振りと筋トレをしてました!」

 

私は力説気味に先輩達にスイングを見せる。

 

「うわっ……。凄い音だな」

 

「これは4番バッターになりそうね」

 

「本当ですか!?」

 

そうだとしたら嬉しいよ~!私はホームランに憧れて野球を始めたからね!

 

「……まぁ雷轟の数少ない良いところですね。……雷轟、高校では特に守備を鍛えないと永遠にベンチを暖める仕事になるよ」

 

「それはヤダ~!!」

 

折角チームに入れたのに、3年間ベンチを暖めるだけなんて絶対やだよ~!

 

「こんにちは~!」

 

唸っているとヨミちゃん達が来たみたい。これで全員揃ったね!

 

「じゃあそれぞれ柔軟をしてから、練習していこう!」

 

(よーし!頑張るぞ~!)

 

……そういえばヨミちゃんに何か言おうと思ってたんだけど、何たったかなぁ?まぁ忘れるぐらいなら大した用じゃないよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習を進めていると武田さんが入部希望者を2人連れてきた。

 

「皆~!入部希望者だよ」

 

「歓迎するよ!」

 

芳乃さんがツインテールをぴこぴこさせながら歓迎する。皆あのぴこぴこに何か疑問はないのだろうか……。

 

「主将、余り威圧しないでくださいよ」

 

「わかってるよ……」

 

藤田さんが主将に注意する。前科があったのかな?

 

「ンンッ……!主将の岡田、2年生です。名前とポジション等の紹介をお願いします」

 

主将の笑顔がぎこちない……。苦手なんだろうか……。そんなに疑問を他所に、黒髪ロングのお嬢様な子が紹介を始める。

 

「お、大村白菊です……。中学までは剣道部で、野球は初心者です。なのでポジションとかはまだ……」

 

「剣道部かぁ……。なんでまた野球部に?」

 

「いえ……。個人競技以外もやってみたくて……」

 

そんな大村さんを伊吹さんを見ている。

 

「……何処かで会った事あるかしら?」

 

「?……いえ」

 

そういえば私も何処かで彼女を見た気がする。なんだったっけな……。

 

「剣道かぁ……。良いね。流石、鍛えてるね!」

 

芳乃さんの下半身チェックは最早デフォなんだろうか……。

 

「次はそっちの子いい?」

 

「はぁ……」

 

続けて紹介するのは金髪の女の子。桜の花弁がとても可愛い。

 

「中村希……。一塁と外野をしてました。でもここに入部するつもりは……」

 

中村さんが入部を否定しようとした瞬間、芳乃さんが……。

 

「中村さんってもしかして左打ち?」

 

「えっ?うん……」

 

「おてて見ても良い?」

 

中村さんの返事を待たずに芳乃さんは中村さんの左手を見る。

 

「やったぁ!新越谷は今1人も左打者がいないんだよ。新しい豆もある!春休みもバット振ってたんだ……」

 

「始まったわね……」

 

これは最早定番のやり取りになるかもしれない……。

 

「それじゃあ体験入部って事で、マシン打撃でもしてみる?」

 

「良いんですか?」

 

「勿論。遥ちゃんと朱里ちゃんも良かったらやっていって」

 

「私達もやっても良いんですか?」

 

「……そういえば昨日は自己紹介だけで終わったからな。2人の実力も見ておきたい」

 

「わっかりました!!」

 

滅茶苦茶機嫌良いな雷轟……。でもこれは実力アピールのチャンスかもね。



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雷轟遥の実力

私達は着替えを終えて、グラウンドに戻る。

 

「朱里のそれ、何処の練習着なんだ?」

 

「そういえばまだ朱里ちゃんの出身中学を聞いてなかったね。何処の中学?」

 

あの、なんでいきなり質問責め……?やっぱりシニアの練習着を持ってきたのは不味かったかな。次からはこの学校の練習着を貰えるし、もう2度と着ない……。

 

「えっと……。中学は仙波中学です。野球部には所属しておらず、川越リトル、川越シニアで合計6年間やってました」

 

『か、川越リトルシニア!?』

 

ああ……。やっぱり知ってる人はそんな反応になるよね。この場で反応していないのは武田さんと息吹さん、大村さん位かな?中村さんもポカンとしてるけど……。あと雷轟は例外。

 

「川越リトルシニアって埼玉県で1、2を争う強豪リトルシニアじゃないか!」

 

「うぅ……!なんでわからなかったんだろ私。一生の不覚!」

 

「そんな強い所からどうしてここに……?」

 

「まぁそれは色々ありまして……」

 

私が言いにくそうにしていると主将が何かを察したのか、皆を落ち着かせる。

 

「ねぇタマちゃん、その川越シニアって強いの?」

 

「強いなんてものじゃないよ!去年のシニアで全国優勝しているチームで、主力メンバーは軒並み県外の強豪校からスカウトが来る人達ばかりで……。もしかして朱里ちゃんもその中の1人なんじゃ……?」

 

な、なんか私に注目が集まっている!?中村さんも全国優勝と聞いてこっち見てるし!

 

「わ、私の話は後にしましょう!今はとりあえず中村さん、大村さん、雷轟のバッティングを見ましょう!」

 

まさか新越谷に来てまでシニアの話を聞くとは思わなかった。川越と新越谷は名前が似てるような気がするだけの別チームです!

 

 

~そして~

 

中村さんが左打席でバットを構える。

 

「お願いします……」

 

「じゃあお手並み拝見といくかぁ!」

 

マシンの球速設定は県内最速と言われている久保田投手に合わせてあるらしい。これは川崎さんが中村さんに度肝を抜かせる為にしたんだとか。しかし結果は……。

 

「すっ、凄いじゃない中村さん!」

 

「別に……。バッセンで慣れとーけん」

 

十数球全て芯で捉えていた。確かにこれは凄い。かなり高いミートを持っている。雷轟にも見習ってほしいくらい……。

 

「中村さん!中学は何処のチームだったの!?」

 

「箱崎松陽。福岡……」

 

は、箱崎松陽だって!?全国常連のチームじゃん!本当に色んな所から選手が来てるんだなぁ……。

 

「道理でチェックリストにいない訳だよ!」

 

「驚いたな……。朱里と言い、うちがまた越境組を取っていたとは……」

 

「いや、私は別にスカウトでこの学校に来た訳じゃないです……」

 

私の否定は誰の耳にも届かず、中村さんがポツポツと話す。

 

「本当は全国目指せるとこで野球したかったっちゃけど、ここの野球部の事をよく調べんで入ったけん入部する気は……」

 

私達も特に調べずに入ったけどね。野球が出来れば最悪クラブチームか草野球でも良かった訳だし……。まぁそれからは誰と野球するかわからないって事で色々調べた。皆の事がわかるのもそれのお陰。

 

「中学の皆と約束したのに……全国大会で会おうって」

 

「全国……」

 

(このチームじゃ現実感ないわね)

 

全国か。埼玉は女子野球の強豪が滅茶苦茶集まっているからなぁ……。果たして私達がそこに届くのか。

 

「ガールズで全国経験のある珠姫はどう思う?」

 

「私に振らないでくださいよ……」

 

(全国!?この子が?)

 

「ここは参謀の芳乃ちゃんが」

 

「う~ん。このチームのレベルは2人が入ってくれたとして……」

 

芳乃さんが考える素振りを見せると私の方を向く。えっ?何?

 

「やっぱりここは全国優勝経験がある朱里ちゃんに答えてもらおうかな?」

 

なんで……?今完全に芳乃さんが答える流れだったよね?中村さんが全国優勝経験と聞いて目を輝かせながら私の方を見ているし……。

 

「……正直に言って良いの?」

 

「うん!」

 

「お願い!」

 

うおぅ……!中村さんと芳乃さんが同時に私の目の前に。

 

「……対戦相手やシード校の配置、私達がトーナメントでどの山に当たるかによって変わってくるけど、ベスト8はいけると思うよ」

 

「ベスト8……!」

 

(えっ……。そんなに!?)

 

「またまたぁ」

 

「それは相手を舐めすぎじゃないかしら?」

 

「ううん、これは私の素直な意見。全国経験のある美南ガールズ出身の山崎さん、走攻守三拍子揃っている荻島ガールズ出身の岡田主将、全国常連箱崎松陽出身の中村さん、地区内5強の南相模出身の藤田さんと川崎さん……。これだけ強力な面子が揃っていればこれから私達が得られる経験値次第で全国出場もいけると私は思っているよ」

 

私が長々と語ると皆は目を見開いて私を見ていた。あれ?私何かやっちゃいましたか?

 

「……朱里、凄く詳しいんだな」

 

「……どのような環境で野球をするかわからなかったので、ある程度の情報を握っていないといけないと思い色々調べただけですよ」

 

「いや、それがスゲーんだって!」

 

「朱里ちゃんの言う通り!3ヶ月みっちりと練習して、運も良かったらの話だけどね」

 

(なんでかいな。この子達は信用出来る気がする……)

 

「じゃ、じゃあ1年後はどうなるかいな!?優勝出来るっちゃないと!?」

 

「そ、そんな先の事まではわからないかな……」

 

「その辺りは他校の事情も変わるだろうしね」

 

中村さんが私と芳乃さんに来年の事を聞いている間に大村さんの順番が回ってくる。

 

「大村さんは初心者だったわよね。スイングとかは大丈夫?」

 

「はい、一応。お願いします……」

 

大村さんの初球はフェンスに直撃。球場によってはホームランの当たりだった。

 

「バットに当たりました!凄く良い感触……」

 

「嘘……」

 

「当たったってもんじゃないわよ!」

 

「白菊ちゃん凄ーい!」

 

(今の感触を忘れない内に……!)

 

「次、お願いします!」

 

しかし続けてみると空振りしか取れず、さっきのは完全なマグレだった。

 

(あの光景、初めて雷轟をバッセンに連れて行った時の事を思い出すね……)

 

「思い出した!大村白菊さん!道場の娘で、剣道の全国優勝とかでテレビで見たわ!」

 

そうか……。どこかで見たと思ったら剣道の全中で全国優勝したんだった。まぁその番組を見たのは偶然だけど、そんな子まで入っていたとは……。

 

そして大村さんは元々野球をしてみたかったらしく、厳しい家の条件である剣道で1位を取ったらという約束を勝ち取り高校から野球をするみたいだ。

 

「白菊ちゃん、希ちゃん!私は投手なんだ!」

 

武田さんは例の魔球を投げて、中村さんと大村さんに打撃で援護してほしいと告げた。そして……。

 

「あああああっ!思い出した!!」

 

突然雷轟が私の耳元で叫ぶ。煩いな……。

 

「ヨミちゃん、私としょ……」

 

「はいはい。マシン打撃、次は雷轟の番でしょ。皆に見せ付けてやりな」

 

「むぅ~!」

 

「むくれても駄目」

 

不貞腐れている雷轟を打席に立たせる。この感じだと明日になったら忘れてそうだけど……。

 

「遥ちゃんも左打ちなんだ!?」

 

「私、実は両打ちなのです。えへん!」

 

「雷轟には左投手相手に右打ちにするように教えてあるよ」

 

「朱里ちゃんが遥ちゃんにバッティングを教えていたの?」

 

「基本的な構えだけね」

 

「凄く様になっているな……」

 

(でも前に見た時と構えが変わっている……?また何かに影響されたな?)

 

マシンが球を投げると雷轟は片足を上げる。

 

『一本足打法!?』

 

「はぁっ!!」

 

雷轟のスイングでボールは大村さんが飛ばした飛距離とは比べ物にならず、空の彼方に飛んでいった。というか……。

 

「雷轟。あれ程飛ばしすぎるなと言っていたのに、なんで場外まで飛ばすかな?ボールは有限なんだから勿体無いって前に言ったよね?」

 

「そ、それは張り切り過ぎちゃって……」

 

「じゃあ次、なんで一本足打法?今度はどっちに影響された?」

 

「22世紀の……」

 

「よりによってそれか!?せめてパライソの方にしなさい!」

 

私は雷轟に説教をかまして、次からの数十球は大村さんと同じくらいの飛距離で抑えてくれた。

 

その光景を見て固まっている皆を代表して主将と芳乃さんが私達に話し掛ける。

 

「は、遥も凄いな……」

 

「これは文句なしの4番でレギュラーだよ~!」

 

「本当!?」

 

主将と芳乃さんに褒められて雷轟が嬉しそうにしている。というかあれは有頂天になってるな?はぁ……。

 

「主将、芳乃さん、その判断は雷轟の守備を見てからにしてください」

 

「えっ?どうしたんだ?」

 

「見てればわかります。雷轟、ノックするから構えて!」

 

「よっしゃこーい!」

 

何処からその自信が出てくるのやら……。

 

「まずは簡単なゴロからね」

 

比較的優しいゴロを打つ。あの時の雷轟はこれの処理にもたついていたけど、身体が出来ているから楽に処理出来る筈……。

 

「見えたっ。はいっ!」

 

しかし雷轟は綺麗なトンネルを晒す。

 

「今何が見えたの?雷轟がトンネルする未来?……じゃあ次は弱いフライね」

 

続けてフライを打つ。これも簡単に取れる筈なんだけど……。

 

「見えたっ。はいっ!」

 

これを雷轟はバンザイして球はそのまま落下。

 

「今度は何が見えたの?雷轟がバンザイする未来?」

 

「あはは……。あの時と一緒だね!」

 

「いやいや、身体が出来ている分あの時よりも酷いからね?」

 

これを見て全員苦笑い。そりゃそうだ。

 

「こ、これは流石に守備を鍛えないとな……」

 

「だ、代打なら大活躍だよ!」

 

「うう……。2人のフォローが辛い」

 

「いや、フォロー貰えるだけマシだからね?これがもしも強豪校だったら雑用要員だからね?」

 

雷轟の茶番が一通り終わり、中村さんと大村さんが入部して、部員は芳乃さんを含めて12人になった。そしてこのメンバーで全国を目指す決意をした。

 

「白菊ちゃんと遥ちゃんには絶対に負けんけんね!!」

 

「えっ!?」

 

「私も負けないよ!」

 

あと中村さんが大村さんと雷轟を物凄くライバル視していた。バッティングスタイルが真逆だからなのかな?あと雷轟は大会までに守備を徹底させる。




雷轟遥の守備面をパワプロ風に表すと守備がF、捕球がGといった感じ。

その代わり弾道4のパワーS。走力と肩はそこそこに、ミートは並よりも少し低い程度。でもバットコントロールは抜群。

……これは凄い矛盾。


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私を全国に連れて行って!

私は外野の守備練習をしている。

 

「オーライ、オーライ」

 

今やっているのはフライを取る練習。息吹さんと大村さんの見本になれるように落ち着いてゆっくりとしっかりと捕球する。

 

「流石。無駄のない動きだな。息吹と白菊も朱里を見習って動くように!」

 

「はいっ!」

 

「は、はい!」

 

息吹さんと大村さんも続くが、初心者なので中々上手くいかず、それでも段々と上手くなっていき、最後のも落下点に入るのが早くなっていた。

 

「もう動けません……」

 

「死んだ……」

 

「2人共大丈夫?」

 

「息吹も白菊も大分早く落下点に入れるようになったな。良いぞ」

 

『ありがとうございます……』

 

「ほら、内野は休まず続けているよ。水を飲んだらトス打撃だ」

 

2人はふらふらとしながら水を飲みに行った。

 

「……朱里、あの2人をどう思う?」

 

「選手としてのセンスは素晴らしいですね。大村さんはホームランの期待値が高いですし、息吹さんは極めれば良いオールラウンダーになれると思います」

 

息吹さんは芳乃さんの付き合いで色々な選手の真似事をしていたそうだ。それが原因で動きに既視感を感じていたのか……。

 

(やっぱりこのチームはかなり上の方までいける……)

 

まぁそれでも全国には様々な強豪校がいるから、総合的には真ん中付近だと私は予測している。

 

それから私達は暗くなるまでトス打撃を繰り返し、暗くなると着替えて解散。この後は雷轟とランニングに行くから早めに準備をしよっと……。

 

この後更衣室でプロテイン騒動があったけど、それはまた別の話……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習が終わって朱里ちゃんとランニングをしているとヨミちゃんと珠姫ちゃんが話しているのが見えた。その後ろでは芳乃ちゃんと息吹ちゃんと希ちゃんが隠れていた。何を話しているんだろう?

 

「雷轟、どうしたの?」

 

「あれ、ヨミちゃんと珠姫ちゃんだよね?」

 

「……本当だ。その後ろには芳乃さん、息吹さん、中村さんが隠れているし。あの3人はなんで隠れてるんだろうか……?」

 

朱里ちゃんに休憩をお願いして、私達も芳乃ちゃん達の更に後ろでヨミちゃんと珠姫ちゃんを見ている事に。

 

「……私、最初はヨミちゃんとなら勝ち負けとか関係なく楽しくやれれば良いかなって思ってたんだ。もし人数が集まらなかったらキャッチボールするだけの部でも良いとも……。頑張っても頑張っても上には上がいたり、レギュラー外されたり……」

 

珠姫ちゃんの発言に対して朱里ちゃんはどこか元気がないような顔をしていた。やっぱり去年の事を……。

 

「……でもね、いざ人数が揃って本格的に部活をするようになって、全国という言葉まで聞いちゃったら中途半端は嫌になったんだ。いつの間にか本気になってる……」

 

「それはタマちゃんが知ってるからでしょ?皆で勝った時の味を」

 

勝利の味……。その発言にまた朱里ちゃんは険しい表情をしている。朱里ちゃん……。

 

「……そうだね。勝ってみたい、このチームで」

 

珠姫ちゃんがそう言うとヨミちゃんは嬉しそうに珠姫ちゃんを見ている。珠姫ちゃんは少し恥ずかしそう。

 

「とにかく!これから練習時間増えていくだろうし、ヨミちゃんはついて来られるって話だよ」

 

「まさか心配してくれたの?……本当は帰らずにずっと練習していたいくらいなんだよ。その上で勝てたらどんなに楽しいんだろうね?」

 

私も……。もっと練習したい。朱里ちゃんと、ヨミちゃん達と!

 

「だから……私を連れて行ってよ。きつい練習でもなんでもするから」

 

「……うん、わかった一緒に行こう」

 

私が2人に感動していると朱里ちゃんが私に声を掛ける。

 

「……2人の決意も聞けたし、そろそろ練習に戻るよ」

 

「うん……。ねぇ朱里ちゃん」

 

「何?」

 

「……私、野球をやって良かった。朱里ちゃん達と知り合えて良かった!」

 

「……そういうのはちゃんとレギュラー取って、試合に勝ってから言おうか」

 

朱里ちゃんは相変わらず厳しいなぁ……。でもさっきよりも元気になってて良かった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、私達の新しい練習スケジュールが配られた。

 

「文句がある人は遠慮なく言ってね」

 

「これはこれは……」

 

「中々ハードね」

 

「やった!守備連携が増えてる!」

 

他の人達はやる気を出したり、ハードな練習メニューに戦慄したりと様々な反応を見せている。そんな中藤田さんは……。

 

「……練習内容はともかく、食事の献立まで決められてるんだけど?」

 

……本当だ。細かい栄養摂取までびっちりと書いてある。

 

「もし無理なら私が作ろうか?」

 

「そういう問題じゃなくて!」

 

藤田さんも大変だなぁ……。

 

 

 

~そして~

 

話し合いが終わって新しい練習メニューをこなしていると主将から集合がかかる。

 

「先生、お願いします」

 

先生?そういえば今まで顧問の先生とか見た事なかったな……。

 

「引き継ぎが遅れましてすみません。顧問の藤井です。皆さん、自主的に練習されていて偉いです!」

 

「良かった。優しそう……」

 

「家庭科の先生ですよ」

 

「ふふ、もう授業で会った子もいますね」

 

確かに伊吹さんの言う通り優しそうではあるんだけど……。

 

(この人、只者じゃないな……。何者?)

 

高校女子野球の事は色々調べたけど、過去については余り調べてないんだよね……。

 

(調べておく必要がある……か)

 

私がそんな事を考えていると……。

 

「……さて、どうやら全国を目指しているらしいですね」

 

突然藤井先生の目が鋭くなる。やっぱり只者じゃない!

 

「そこで1週間後に練習試合を組みました」

 

「試合!?やった!」

 

練習試合に喜んでいるのが芳乃さん、中村さん、武田さん、雷轟の4人。あとは私も含めて緊張が顔に出る。

 

「対戦相手は柳川大附属川越高校……通称『柳大川越』です。どこまでやれるか見せてくださいね」

 

「頑張ろうね!朱里ちゃん!」

 

「はいはい、雷轟はまず守備を最低限で良いからなんとかしようねー」

 

とはいえ私も久し振りの試合だ……。柄にもなくワクワクしている。



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練習試合!新越谷高校VS柳川大附属川越高校①

朝、ヨミちゃんと一緒にランニングをしていると何処かの制服を来た女の子が釣りをしていた。

 

「釣れますか?」

 

「…………」

 

ヨミちゃんが声を掛けるとその人は一瞬ビックリしていた。どうしたのかな?

 

「さっきニゴイが釣れました」

 

「ここってお魚釣れるんだ!?」

 

「ねっ!凄いよね!」

 

「……野球ですか?」

 

「はい!今日は私達の初試合なんですよ。私は先発です!」

 

「ヨミちゃんならきっと勝てるよ!私達が打撃でサポートするからね!」

 

「えへへ……。ありがと遥ちゃん!」

 

「そう……。頑張って」

 

「そっちも釣り頑張ってください!」

 

釣り人の女の子を応援して私達は練習に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「柳大川越は以前まで弱小だったけど、去年の夏は1年生エースである朝倉さんを中心に1、2年生主体のメンバーで県ベスト16!」

 

「更に秋季大会はベスト8まで勝ち上がって、今年の夏はもしかしたら……とも言われているよ」

 

試合前に私と芳乃さんで対戦相手について話していく。

 

「しょ、初心者の相手じゃないわよ……」

 

「試合、よく引き受けてくれたわね……」

 

その辺りは藤井先生の手腕あっての事だろう。私達にとって良い経験になる事間違いなし。

 

そして今マウンドでピッチャーが練習をしている。それが気になったのか、雷轟が私に話し掛ける。

 

「あの人がその朝倉さん?」

 

「あの人は大野さんだね。左のサイドスローで春は朝倉さんの代わりに投げていた……。計28イニングを5失点。ベスト16止まりだったけど、今のエースは間違いなく彼女だよ」

 

「うんうん、サインくれるかなぁ……!」

 

芳乃さんはなんか嬉しそう……。

 

「さぁ!お待ちかねの打順を発表するよ!」

 

「いえーい!待ってました!」

 

武田さんもテンション高いなぁ……。

 

「このオーダーは私と朱里ちゃん、キャプテンと理沙先輩で話し合って決めたよ」

 

「……正直これで良いのかなってギリギリまで悩んだよ」

 

「でも有意義な時間だったぞ」

 

「そうね」

 

先輩達は楽しそうだったね。私誰を控えに置くか滅茶苦茶悩んだのに……。

 

「じゃあいくよ……。1番一塁手希ちゃん、2番二塁手菫ちゃん、3番捕手珠姫ちゃん、4番中堅手キャプテン」

 

ここまでは各々の練習成果を見て文句なしのオーダー。さて、ここからだな……。

 

「……5番遊撃手稜ちゃん、6番三塁手理沙先輩、7番投手ヨミちゃん、8番右翼手白菊ちゃん、そして……9番左翼手遥ちゃんだよ!」

 

「わ、私!?本当に!?」

 

雷轟は自分がスタメンに入っているのに驚いたのか、私に問い掛けてきた。

 

「そうだよ。これまでの雷轟の頑張りを皆は認めてる。4番ではないけど、これが雷轟の初陣。頑張ってね」

 

「うん……うん!」

 

本当に嬉しそうだな……。君の目標は4番バッターでしょ?ここがゴールじゃないよ?

 

「ベンチには息吹ちゃんと朱里ちゃん」

 

そして指揮官には芳乃さん。藤井先生と一緒にベンチで采配してくれるのとても頼もしい。

 

「……まぁ私は妥当だけど、朱里がスタメンじゃないのは意外ね」

 

「私は一緒に指揮に回るよ。今回の練習試合は伊吹さんを含めて初心者の起用を試みている。経験を積ませる為にね。ここぞという時の代打でも息吹さんを先に出すから、覚えておいて」

 

「え、ええ……」

 

「勿論朱里ちゃんも出すからね!」

 

う~ん……。本当にこれで良いのか不安だな。今からでも遅くないから、雷轟を息吹さんに代えない?

 

そんな不安が過る中、整列の時間になった。さて……。うちが柳大川越にどこまで通用するかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試合開始前の整列……。ギリギリ間に合いましたね」

 

「そうだな。『あの投手』がいるチーム……。今後の参考にさせてもらうか」

 

グラウンドの外では私服の少女2人が新越谷と柳大川越の試合を見に来ていた。



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練習試合!新越谷高校VS柳川大附属川越高校②

時は遡り前日の練習終了後……。

 

「う~ん……」

 

「芳乃さん、どうかした?」

 

芳乃さんが唸っていたので、声を掛ける。

 

「あっ、朱里ちゃん。明日の試合の打順を考えてるんだよ」

 

「ふむふむ。それなら私も手伝うし、主将と藤原先輩も呼んで4人で考えようか。先輩達の意見も聞きたいし」

 

「良いの!?」

 

「芳乃さんの邪魔にならなければ……だけどね」

 

「邪魔なんかじゃないよ!ありがとう!」

 

ツインテールをぴこぴこさせている……。最早あれに慣れてしまった私がいる。

 

 

~そして~

 

先輩達と合流して、打順を決める。

 

「1番はミートがあって、パンチ力がある希ちゃん!」

 

「まぁ妥当だな」

 

「バットコントロールはうちで1番だしね」

 

うちのチームで現状1番が出来るのは他には主将と山崎さんくらいかな?

 

「2番は安定したプレイが出来る藤田さんかな?」

 

「意義なし!それで3番は……」

 

「1番が中村さんなら3番は山崎さん、4番に主将ですね」

 

「4番ね。怜、頑張って!」

 

「ああ」

 

4番まではサクサクと決まっていく。しかし……。

 

「順当なのは正直ここまでかな……」

 

「どうしたの?」

 

「5番からどうするか……。いや、5番と6番は川崎さんか藤原先輩のどちらかで良いんだけど……」

 

「普段の練習でのバッティングの成績を考えると5番稜、6番理沙だな」

 

「あらあら、クリーンアップ取られちゃったわね」

 

私としては逆でも全然問題ないとは思っているけど……。

 

「じゃあ5番と6番はそれで…………」

 

「芳乃さん?どうしたの?」

 

「朱里ちゃん、遥ちゃんってスタメンに入れるなら何処を守らせるのが良いと思う?」

 

えっ?何故そのような……。そういうのは芳乃さん既にわかっているものばかりだと。

 

「私の見立てだと雷轟の適性ポジションは外野と、あとはサードかな……?今の段階で雷轟にサードを守らせる場合はショートとレフトには雷轟のカバーが必要になるけど」

 

「う~ん……。それならレフトとかはどうかな?」

 

「まぁサードよりかは可能性あるけど、私としては初心者組の中で守備が上手い息吹さんを置きたいかな……」

 

だって今日の練習でも雷轟は要所でポロポロしてたし……。あんなだと1度ボロを見せたら狙い打ちされる事確定だし。

 

「でもあの打撃は使わなきゃ勿体無いよな……」

 

「そうね。長打力は白菊ちゃんをも上回り、白菊ちゃんが5球に1球ホームランなのに対して、遥ちゃんは5球中5球ホームランだもの」

 

確かに私も使わなきゃ勿体無いとは思っている。けど柳大川越は夏に当たる可能性があるから、雷轟の打力は隠したいという気持ちもある。どうしたものか……。

 

「とりあえず7番は武田さん。本来なら彼女にはピッチングに専念してほしいから9番にしたいけど、この練習試合では初心者3人をメインに使っていきたいからね」

 

「ちょっ、ちょっと待って!その言い方だと朱里ちゃんはベンチスタートだけど良いの!?」

 

「さっきも言いましたが、練習試合では初心者3人をどんどん使っていきたいと思っています。練習試合の目的は何よりも彼女達のレベルアップだと私は思っていますので……」

 

「朱里ちゃん……」

 

実際先生は全体のレベルアップが目的で組んできてくれていると思っているけど、私としては初心者を経験者レベルまでに仕上げていきたいという思惑もある。

 

「う~ん……!よし!8番と9番は明日発表する!」

 

芳乃さんは今日中に結論は出ないと踏んで明日に発表する事を決めた。

 

(芳乃さんをここまで悩ませるとは……。雷轟、君は私が思っているよりも皆に認められているんだね)

 

「決まったら3人に送りますね!」

 

「わかった。じゃあ今日は解散!」

 

主将の一声で私達はそれぞれ帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在。

 

(芳乃さんが考えたオーダーなんだ。決して間違いはないだろうけど……)

 

なんか不安というか嫌な予感がするというか……。

 

「よーし!頑張るぞーっ!!」

 

雷轟の気合いも空回りしないと良いけど。

 

「キャプテン、何か掛け声を」

 

「ああ」

 

武田さんが主将に掛け声をお願いしている。主将もこういうノリには乗るタイプのようだ。

 

「コホン……。新越、絶対勝つぞ!!」

 

『おーっ!!』

 

うちの先攻で試合が始まる。

 

『1番 ファースト 中村さん』

 

おお、ウグイス付きなのか……。

 

大野さんは左投げで、右から放たれるクロスファイヤーが特徴的。だけど……。

 

 

カンッ!

 

 

「なにーっ!?」

 

中村さんはこれを初級打ち。外野がやや浅めに守っていた為、三塁打。

 

「ないばっち!」

 

『2番 セカンド 藤田さん』

 

ノーアウト三塁。セオリーだとスクイズを狙いにいく場面。

 

(スクイズでもやる?)

 

藤田さんがこちらを見ている。スクイズをやるかを確認しているのだろう。

 

(内野はほぼ定位置……。1点はくれる感じだけど、点どうする芳乃さん?)

 

(施しを受けるつもりはないよ!)

 

(つまり強行だね?)

 

(その通り!浅いフライと三振以外でお願い!)

 

(わかったわ)

 

大野さんはこっちがスクイズをする可能性があるにも関わらず、外す様子はない。

 

(それなら藤田さんには次で決めてもらおう)

 

2球目、藤田さんは打ち上げてしまったが、犠牲フライには十分。まずはこっちが1点先制!

 

「希ちゃん、ナイスバッティング!」

 

「菫ちゃんはナイス最低限!」

 

「それは褒めているのかしら……?」

 

『3番 キャッチャー 山崎さん』

 

(こんな訳のわからないチームにたった3球で1点取られた……)

 

山崎さんへの1球は……!

 

「タマちゃん!?」

 

死球。大野さんは帽子を取って謝罪する。

 

「大丈夫」

 

山崎さんはなんともないようだ。良かった……。

 

『4番 センター 岡田さん』

 

(……そういえばこの学校、暴力沙汰で停部になってたんだっけか。怖い怖い)

 

続く主将も初球で捉えて二塁打。

 

「やった!流石キャプテン!」

 

「これで二・三塁ね!」

 

『5番 ショート 川崎さん』

 

「よっしゃ!私も続くぜ!」

 

更に川崎さんも初球打ち。浅いフライだったけど、外野が追い付いておらず、ポテンヒットで2点追加。

 

「稜ちゃん、ナイスポテン!」

 

「うっせー!」

 

その後川崎さんが盗塁を仕掛けるも、浅井さんの強肩の前に刺される。

 

「しまった!浅井さんの肩を忘れてた……」

 

「ちょっと不用意だったかな?」

 

「それにしてもなんて肩……」

 

二盗阻止で大野さんは立ち直り、藤原先輩を三振に切って取った。

 

(とはいえ3点リード……。まだ下位には大村さん、雷轟とパワーだけなら4番を任せられるバッターがいる)

 

朝倉さんが出てくる前に1点でも多く取っておきたい。うちの守りは主にレフトに難ありなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラウンドの後ろで試合を見ている2人の少女……。

 

 

「浅井の肩は流石だな。生半可な盗塁を許さない」

 

「それに大野さんを上手く立ち直らせましたね」

 

「柳大でも4番を打っているし、良い選手だよ浅井は。……それよりも、おまえの目的の選手はスタメンにいないみたいだな」

 

「……彼女がスタメンにいないという事は指揮官を担当しているのでしょう。シニアでも彼女が投げない時は監督に変わって選手達を動かしていましたから」

 

「それは凄いな……。そんな凄い奴がこの試合投げる可能性はあるのか?」

 

「それは新越谷の投手次第でしょう。武田さんという投手、見た事がないので無名で間違いありませんが、何かありますね」

 

「シニア最強の投手と言われた彼女よりも上だとは考えにくいが……」

 

「それはこの回でわかるでしょう」

 

(武田詠深……。マウンドにいるという事は朱里さんの目に敵った実力を持っている筈)

 

「見せてもらいますよ。朱里さんが認めた投手の実力を……」

 

2人の内の1人は早川朱里の元チームメイト。この試合で武田詠深の実力を計るようだ。



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練習試合!新越谷高校VS柳川大附属川越高校③

な、なんか評価が付いてた……。koranさん評価ありがとうございます!

あとちょっと投稿遅れてしまった……。


浅井さんに上手い具合に抑えられた感じがするけど、貴重な得点が入った。それも3点も!

 

『1番 センター 大島さん』

 

(1番の大島さんは今年入った古谷ガールズ出身の1年生……。秋大ベスト8のチームで1番が取れるって事はあれからかなりの実力を身に付けている筈。武田さん、頑張ってね)

 

「しまっていこーっ!」

 

『おーっ!!』

 

山崎さんの掛け声に私と芳乃さんを含めて全員が返す。ベンチにいる私に出来るのは声出しと芳乃さんが緊急等で不在の場合による場の指揮。だけど……。

 

(別に私がそんな事をしなくても、このチームは強い)

 

先頭を三振、2番と3番は藤原先輩のファインプレーと大村さんの練習の成果による初フライによって柳大川越を三者凡退で抑えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの柳大川越が三者凡退か……。武田はかなり良い投手だな」

 

「武田さんが優れているのもありますが、大元はあの捕手でしょう。彼女は美南ガールズでかなり活躍していました」

 

「美南ガールズか……。最終的な正捕手は別の奴だったな?」

 

「当時の美南の監督は打力のある方を使ったのでしょう。打力以外なら山崎さんが捕手のスペックは上回っています」

 

「そうだな……。私から見ても山崎が良い捕手なのがわかる。だがこれまで野球をやっていた中でおまえ以上のキャッチャーを私は知らないな」

 

「……買い被りですよ」

 

(照れてるな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回の裏はヨミちゃんが3人で抑えた。やっぱりヨミちゃんは凄いなぁ。理沙先輩もファインプレーだったし、白菊ちゃんもフライをキチンと処理していた。

 

(私もあんな風にボールを取るぞ~!)

 

「2人共ありがとー。好き~!」

 

「大袈裟ね……」

 

「ヨミちゃん、この回ヨミちゃんからだよ!」

 

「そうだった。よーし!自援護しちゃうぞ~!」

 

「頑張れヨミちゃん!」

 

「うん!」

 

ヨミちゃんの打席は平凡なフライ、白菊ちゃんも思いっ切りスイングをするも三振。

 

「三振してしまいました……」

 

「ナイススイング!」

 

「ピッチャー、ヒビってたよ!」

 

「そ、そうでしょうか……?」

 

「うん、良いスイングだったよ白菊ちゃん!」

 

次は私の打席。ワクワクするよ!

 

「雷轟!」

 

「どうしたの朱里ちゃん?」

 

「ちょっと耳を貸して」

 

朱里ちゃんが私に耳打ちをする。その内容は……。

 

「……それで良いの?」

 

「うん。大野さんのギアがまだ完全に上がり切ってないこの打席が最初で最後チャンス……。3球目で決めちゃってよ」

 

「わかった。決めてくるね!」

 

朱里ちゃんの言う事は何時だって間違ってなかったからね。今回もきっとその通りにしたらいける!

 

「お願いします!」

 

大野さんは左投げなので、私は右打席にて対応する事に。絶対に打つぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃん、遥ちゃんに何を言ったの?」

 

芳乃さんは私が雷轟に言った事が気になるみたいで、私に訪ねてきた。他の皆……藤井先生まで興味を持っている。なんで?

 

「簡単な事だよ。どんなコースでも最初の2球は見逃して、その次で決めちゃってよ……って言っただけ」

 

「それで打てるのか?」

 

「恐らく大丈夫でしょう。普段の雷轟のポンコツっぷりで忘れがちですが、バッティングにおいては高校生のレベルを遥かに越えています。もしかしたらプロの中でも上位かもしれません」

 

「マジかよ!?確かにあのバッティングは只者じゃないって思っていたが……」

 

「大村さん」

 

「はい?」

 

「大村さんがパワーヒッターを目指すなら、この打席の雷轟をよく見ておいた方がいいよ。大村さんの理想とするバッティングを雷轟はするから」

 

「は、はい!」

 

『ストライク!』

 

おっと、いつの間にかツーナッシングか。いよいよ次の1球だね。

 

(このバッター、あっさり2球見逃してきたわね……)

 

(なんか見送り方に余裕があるな……。際どいコースで外してみよう。運が良かったら振ってくれるかもしれん)

 

(了解……。低めのツーシームね?)

 

(ああ)

 

(このチームにはまだ投げていないツーシーム……。このコースを振ってしまいなさい!)

 

大野さんの3球目は低めのツーシーム。球審によってはボールカウントが取られるコースだけど、雷轟はまだ手を出していない。

 

(この球も振るつもりはなさそうね……)

 

「あれ?遥の奴まだ振ってないぞ?」

 

「これからだよ」

 

「これからって……?」

 

この場で私以外の人間は雷轟がバットを振る気がないと思っていた。だけど……。

 

(今っ!)

 

キャッチャーミットに球が届く寸前に雷轟が高速でバットを振り、大野さんのツーシームを捉えた。

 

『えっ?』

 

大野さんは……いや、私以外の人達は一瞬何が起きたのか理解が出来ていなかった。雷轟が打った打球はレフト線。場外まで飛んでいったけど……。

 

『フ、ファール!』

 

あらら……。際どかったけど、ファールだったね。

 

「な、なんだ今の打球!?」

 

「場外まで飛んでいったわよ!?」

 

「っていうか遥ちゃん今何したの!?」

 

うわっ!滅茶苦茶食い付いてきた。一斉に私に詰め寄ってくるのやめて!

 

「雷轟がやったのはギリギリまで大野さんの球を見極める事。これによって大野さんの投げる球をギリギリまで引き付けて詰まらせてヒットにする……っていうのが本来雷轟がやろうとしていた事なんだけど、雷轟のパワーによってそれがホームラン級の打球に化けるって訳」

 

「た、確かに詰まってるどころかホームランかと思う打球だったわね」

 

「これは雷轟のパワーとスイングのスピードがあって漸く出来る事だよ。私も初めて雷轟のスイングを見た時は滅茶苦茶ビックリしたよ……」

 

「えっ?じゃあ遥って独自であれを身に付けたの!?」

 

「まぁ当時はまだバランスが良くなかったから、安定したフォームを少しずつ教えて今の雷轟があるって感じかな?」

 

「……でもあれがホームランにならなかったのは痛いな」

 

「そうでもないですよ」

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「どちらかと言うとこっちが狙いなんですから」

 

あれだけのバッティングを見せられるとピッチャーは萎縮して、まともに勝負をしなくなる。こうする事で次以降の雷轟の打席でも無償でランナーが一塁に溜まるって訳。

 

まぁあれが大野さんが乱れたのか、歩かせる判断にしたのかだけど、大野さんの反応を見る限り後者っぽいね。恐らくこれからの雷轟の打席は全て歩かされる可能性が高い。

 

(でもこれからの試合もそうだと考えると雷轟からしたら面白くなくなるのかな?)

 

そういう意味でも雷轟はベンチスタートの方が良さそうかも。

 

打者一巡。中村さんも続けてヒットを打つも、藤田さんが正面突かれてスリーアウト。この回は無失点で終わった。まぁそんな簡単に得点は出来ないか……。

 

(さて、後ろにいる人達は雷轟のバッティングを見てどう思ったかな?)

 

私は一瞬だけ後ろをちらりと見てベンチに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうやら私達が来た事に朱里さんは気付いていたみたいですね」

 

「まぁ学校のグラウンドだしな。しかしよく私達が入れたな?」

 

「それは私の知り合いが偶然にもこの学校にいたので、その人に許可を頼みました」

 

「そういえば中学はこの辺りだったか?」

 

「はい、朱里さんと同じ仙波中学です」

 

「今投げてる大野も確か仙波出身だったな。という事は一歩間違えていたらおまえと早川は柳大川越に行っていた可能性もあったと……」

 

「……その可能性はありませんよ。新越谷に入ったのは偶然でしょうが、そもそも朱里さんは雷轟さんを大層気に入っているみたいですし、高校は雷轟さんと一緒なら何処でも……といった感じでしょう」

 

「まぁあれだけのバッティングを見たらライバルに回したくないって気持ちはあるかもな……」

 

「それに目を付けた朱里さんは雷轟さんに色々トレーニングをさせていたみたいです。朱里さんは雷轟さんはバッティングが凄いだけの素人だと言っていました」

 

「それはそれで凄いと思うが……。うちに入って来てたら守備次第で4番間違いなしだ」

 

「そんな雷轟さんを9番……。守備面は余り期待しない方が良さそうですね」

 

「それは未来の雷轟に期待……と言ったところか」

 

2人の少女は雷轟のバッティングは評価出来ても、それ以外は現状見るまでもないと判断したようだ。




あと2話くらいで柳大戦は終わりかな……?


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練習試合!新越谷高校VS柳川大附属川越高校④

試合は進んで4回。初回以降は互いに大きな動きはなく、未だ3対0でうちがリードしている。

 

『1番 センター 大島さん』

 

向こうも二巡目だけど、今のところ武田さんはパーフェクトピッチだ。

 

(向こうもそろそろ動いてくるか……)

 

とりあえず主将には相手にバレない程度にレフト寄りに守ってもらっている。その理由としては……。

 

 

カンッ!

 

 

(き、来た!)

 

大島さんの打球はレフト前……なんだけど……。

 

「あれ……?」

 

「遥ちゃん!?」

 

案の定と言うべきか……。雷轟が後ろに逸らす。でもこれも想定内!

 

「センター!!」

 

(成程……。朱里の予想通りだな!)

 

私が声掛けでいち早くセンターの主将が雷轟のカバーに回って、なんとか二塁打を阻止出来た。今の記録は1ヒットと1エラー。

 

「す、すみませんキャプテン……」

 

「気にするな。でも次からはなるべく後ろに逸らさないようにしよう。守備練習には私も付き合うからさ」

 

「はいっ!」

 

雷轟の方は主将のお陰で立ち直っている。だとすると問題は……。

 

(武田さんの方か……。武田さんのケアは全面的に山崎さんに一任しているけど、いけそうかな?)

 

しかし2番にも出塁されてしまい、ノーアウト一、二塁のピンチを迎える。

 

「不運だったね。でも今の直球は良かったよ」

 

山崎さんが駆け寄り、武田さんを宥める。あの魔球さえ上手く決まればこのピンチを抑えられる筈。

 

しかし3番によって相手に得点を与えてしまった。まぁ二塁ランナーをアウトに出来たのは不幸中の幸いかな?4番の前に山崎さんが再び武田さんに駆け寄って励ましていた。

 

(投手を立ち直らせるのが捕手の仕事……。私と組んでいた捕手もそう言っていたっけ?)

 

なら武田さんの事は全部山崎さんに任せた方が確実だろう。というか雷轟以外は皆自分でなんとか出来そうだけど……。

 

山崎さんの一言が効いたのか、浅井さんを三振に抑えた。ナイスピッチ!

 

(今のを見た柳大はあの魔球を捨てて直球一本に絞ってくる可能性が高い。そして変化が大きいから走られるのも覚悟しておかないといけないな……)

 

そう思っていたんだけど、山崎さんは捕球から二塁へと素早く送球してランナーを刺す。上手い……!

 

「皆予想以上だよ~!」

 

「芳乃ちゃん、制服汚れるって!」

 

「浅井さんを三振に取った球、ヤバかったな!」

 

「後で私にも投げて!」

 

皆盛り上がってるね。正直同点覚悟だったから、気持ちはわかるけど。

 

「山崎さん、最後のバッターなんだけど……」

 

「うん、迷わず打ちにきた。次からはキツイかも……」

 

「それは武田さん次第になるけど、最悪の場合……」

 

「……朱里ちゃん?」

 

「……いや、何でもない。忘れて」

 

「う、うん……」

 

私は何を言おうとしてた?この試合は武田さんのお陰で上手くいっているに過ぎない。それを私が崩すのか?冗談じゃない!

 

(朱里ちゃん……)

 

いかんいかん。今はうちの攻撃に集中しないと!

 

「行って参ります!」

 

張り切っている大村さんの打球はセカンド頭上の高いバウンドによって内野安打。息吹さんは大村さんに先を越されて悔しそう。後で出すからね!

 

「よーし!続くぞ~!」

 

雷轟も張り切っているけど、バッテリーはそんな雷轟に対して敬遠を選択。一塁埋まっているけど、まぁ仕方ない。

 

「なんで~!?」

 

《いや、妥当な選択肢だよ……》

 

雷轟以外の皆ですらこの敬遠は妥当なのであった。続く中村さんだけど……。

 

(この場面ではバントでランナーを進めたいけど……)

 

(希ちゃんを信じて強行だよ!)

 

うちの名指揮官の芳乃さんは中村さんを信じて強行に出る。

 

(くっ……!負けるか!)

 

この勝負は大野さんに軍配が上がり、サードライナー。2番の藤田さんが四球で出塁するも、次の山崎さんがアウトに、主将も良い当たりをするも、外野正面でスリーアウト。これはいよいよ点を与える訳にはいかなくなったな……。

 

 

~そして~

 

……と思ったんだけど、向こうが連続出塁して8番のバントを失敗させるが、その後の大野さんに逆転スリーランを打たれてしまう。

 

(あれは山崎さんが配球ミスしたのか、大野さんの読みが勝ったのか……。どちらにせよこれはキツイ)

 

よく見たら朝倉さんが向こうに合流してるし、あと1、2イニングで交代されそう。あれ?もしかしてヤバい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「柳大が逆転したか……」

 

「落ち着いて1人1人処理していればあのバッテリーが抑えられない相手ではなかったと思いますが……」

 

「確かに大野にホームランを打たれた球は些か不用意だったな。まぁ名捕手も完璧ではない……って事か」

 

「完璧な野球をする人なんてそう多くはありません。私が知っている限りでは貴女と朱里さんくらいです」

 

「いや、私はそこまでの投手じゃないぞ……?」

 

「……いきすぎた謙遜は嫌味になります」

 

「なんで!?……しかしおまえがそこまで言う早川のピッチングも見たかったな」

 

「この試合は全て武田さんに任せるつもりでしょうね」

 

「じゃあそろそろ帰るか?」

 

「いえ、試合は最後まで見ましょう。私も朱里さんと一言二言話したい事がありますし」

 

「そうだな。折角だから私も新越谷野球部に挨拶しておくか」

 

少女2人はこの試合を最後まで観戦するようだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逆転されちゃったか……」

 

「でもまだ2回あるし、諦めるのは早いわ」

 

「やー、でも柵越えなんで初めて打たれたよ……」

 

「ドンマイ!自滅やないけん、気にせんで良いよ!」

 

「そうだよ!その後はピンチを迎えたけど、無失点で切り抜けたんだしまだチャンスはあるよ!」

 

その後ピンチを迎えるも雷轟の言う通り、立ち直った武田さんのピッチングによって無失点で切り抜けた。でも……。

 

「ほー、ピンチを作る原因を2回も作った人が何か言ってるね?さっきもフライ落としてたし……」

 

「ごめんなさい!」

 

「ま、まぁまぁ……」

 

私が雷轟に駄目出しし続けていると主将と武田さんが制止する。言い足りない……。

 

「さぁ、点を取るよ!」

 

「そうだね。でも……」

 

「どうかしたの朱里ちゃん?」

 

「向こう、投手代わるよ」

 

「えっ……?あ、あの人は……!」

 

「投手代えるのか……。大野さん攻略出来そうだったのにな」

 

まぁ攻略される前に投手を代えるのは自然な事だけどね。

 

「去年の夏、1年生ながら4試合で僅か3失点の速球派右腕……!」

 

「朝倉智景投手……!」

 

『センター大島さんに代わりまして朝倉さん、ピッチャー大野さんがセンターに入ります』

 

「ヨミちゃん、あの人って……」

 

「うん……」

 

「あれ?2人共朝倉さんと面識あるの?」

 

「「朝に会った釣りの人!」」

 

釣りの人って何?




次回で柳大戦は終わり!


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練習試合!新越谷高校VS柳川大附属川越高校⑤

他作品の高校名とか出るから、クロスオーバーのタグを投稿後に付けておきます……。タグは保険ですので悪しからず。

あとタイトルを変更しました!


「おっ、朝倉が出て来たぞ」

 

「そういえば昨年の夏の柳大川越は朝倉さんが中心になっていましたね」

 

「ああ、4試合で失点は僅か3点……。これは全国でも上のレベルだ。私も朝倉の球みたいに速い球が投げられたら良いとも思っている」

 

「……貴女は今のままでも良い投手ですよ。ツーシームは先発の大野さん以上で、複数の変化球を操る……。技巧という言葉は貴女の為にあるようなものです」

 

「はっはっはっ!持ち上げるのが上手いな。おまえは今までもそうやって多くの投手を成長させたに違いない」

 

「……試合に集中しましょう」

 

(また照れてる。可愛い奴め)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6回の表の私達の攻撃は主将からなんだけど、朝倉さんの速球にきりきりまいの三者連続三振。芳乃さんが瞬きするのを忘れるレベルの球を見せ付けられた……。

 

「……しかしとんでもないな。あれは全国レベルかも知れん」

 

「次の回は下位打線だし、終わったかもな」

 

「ダメダメ!私も打ちたいっちゃけど!次の回絶対回してよ!?」

 

「まぁ雷轟は歩かされる可能性があるから、中村さんには回ると思う。問題は……」

 

「どうした?」

 

「朝倉さんがストレート一本の投手じゃないって事と、朝倉さん自身の肩がまだ温まってないって事ですね」

 

「マジかよ!私達の時は手を抜いてたってのか!?」

 

「……より正確に言うと私達で肩慣らしをしているんだよ」

 

そんな朝倉さんに勝つには中村さん次第になるかもね。

 

「…………」

 

ん……?雷轟がなんか元気ないな。歩かさせるってわかっているから?

 

「どうしたの雷轟?早く守備に付かないと」

 

「うん……」

 

やっぱり元気ないな。なんか調子狂う……。

 

6回の裏は柳大打線を上手く抑えて最終回。

 

「最終回、しまっていくわよ!」

 

「はい!」

 

大野さんがメンバーをまとめて気合いを入れる。柳大のキャプテンは浅井さんだと思ってたけど、大野さんがキャプテンたったんだね。

 

「へ?最終回……?という事は守備は……?」

 

「この回に点を取れなかったらさっきので終わりね」

 

「えー!?折角調子が上がってきたのに!」

 

まぁ武田さん尻上がりタイプっぽいからね。山崎さんも受けたりないって感じの顔してるし……。

 

「芳乃ちゃん、何とかして!」

 

「希ちゃんまでに誰かが塁に出て、希ちゃんがランナーを帰す。これしかないね……」

 

武田さんが参謀の芳乃さんに泣き付くも、無策に終わる。でも……。

 

「逆に言えば中村さんに回しさえすれば希望は見えてくる。1人1人が朝倉さんに食らい付いていこう」

 

「うんうん!朱里ちゃんの言う通りだよ!」

 

「……そうだね。まずは私が!」

 

先頭打者の武田さんが張り切るもあっという間にツーストライクに追い込まれる。

 

「速いな~。しかもこれで変化球もあるんだろ?」

 

「そうだね。ここまで全球ストレートだけど、知り合いが仕入れてきた情報によると決め球が最近完成したらしい」

 

「朱里ちゃん!」

 

芳乃さんが私に詰め寄ってきた。何々!?怖い!

 

「な、何かな……」

 

「その知り合いに是非会わせて!お話したい!」

 

「か、考えておくよ……」

 

そして武田さんに投げた3球目こそが朝倉さんが新しく完成させた決め球の……。

 

「SFF……!?速い!」

 

「ストレートと殆んど同じ速度だったね。あれを混ぜられたら厄介だ」

 

さて、次は大村さんの打席だけど……。

 

「じゃあ息吹さん、代打お願いね」

 

代打に息吹さん投入。これに関しては大村さんにも事前に話してある。

 

「息吹さん、あとは頼みました!」

 

「わ、私じゃ無理よ!」

 

「大丈夫だよ。息吹さんなら飛ばす事は出来なくても、当てる事なら出来る。今までの練習を見る限りだと伊吹さんはそれに長けている……」

 

「朱里……」

 

「あとは根気よく粘っていこう。そうしたらきっと何かが起こるから」

 

「……わかったわ!」

 

息吹さんの面構えが変わった。まぁいつまでも初心者だから……という理由が許される訳じゃないからね。この打席で殻を破ってきてほしい。

 

「息吹ちゃん!」

 

芳乃さんが息吹さんに耳打ちをしている。何か作戦があるんだろうか?

 

「わかった……。芳乃が言うならやってみるわ」

 

そう言って息吹さん左打席に立つ。

 

「なんで息吹は左打席に立ってるの?」

 

「大丈夫か?」

 

「カットが上手い選手の真似をさせてみたよ!」

 

成程……。それならより確実に繋げそうだね。

 

『ファール!』

 

「当てた!?」

 

「やった!」

 

「これを繰り返していけば何れは四球になる可能性が高い。SFFは要所になるまでは投げてこないだろうから、それまでは粘ってほしいところだけど……」

 

しかしフルカウントまでいったところでSFFで三振に終わってしまう。

 

「ごめん……」

 

「ナイススイングだったよ」

 

「そうだぞ。朝倉相手によく粘った!」

 

しかし最後のSFFは際どいコースだったし、見逃していれば四球も狙えたかもしれないだけにこのアウトは痛い……。けど1点差なら雷轟と中村さんでなんとかなる筈。

 

「すみません、次のバッターをお願いします」

 

向こうの審判にそう言われるとネクストバッターサークルに雷轟は待機していない。

 

「雷轟、次は雷轟の打席だよ」

 

「……朱里ちゃん」

 

私が声を掛けると雷轟は持っているバットを私に差し出した。

 

「私は朱里ちゃんに出てほしい」

 

「……いきなりどうしたの?」

 

「朱里ちゃんだって試合に出たい筈だよ。でもこの試合はずっとベンチで応援して、私達に指示を出しているだけ……。私は朱里ちゃんとも野球をしたい。だからこのバットを受け取ってよ!」

 

「……いやでも、速球派の朝倉さん相手だと雷轟の方が期待値は高いよ?」

 

「ダメ。この機会を逃したら朱里ちゃんはずっと遠慮し続ける。そんなの私は嫌だよ!」

 

涙を流しながら雷轟は私に訴えかける。別に私は遠慮している訳じゃないんだけどね……。

 

「……後で後悔しないでよね?芳乃さん、雷轟の代打で出ても良い?」

 

「う、うん……。朱里ちゃんもどこかで出すつもりだったし。この局面で申し訳ないけど、頼めるかな?」

 

「まぁなるようにしかならないよ。……行ってくる」

 

ヘルメットを被り、雷轟からバットを受け取ってバッターボックスへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……朱里さんが出て来ましたね」

 

「打順は雷轟のところ……。初心者とは言え期待値は雷轟の方が高いんじゃないのか?」

 

「朱里さんはバッティングも並以上はあります。朝倉さんは速球派ですし、この対決は面白いものが見られるかも知れませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツーアウトでランナーなし……。あのまま雷轟が行っていれば中村さんに回る確率がより高かったのに……。

 

『ストライク!』

 

そもそも雷轟も言いたい放題言ってくれちゃって……。私は遠慮して今の状況になっている訳じゃないっての!お陰で皆からあらぬ誤解を受けちゃったじゃん!

 

『ストライク!』

 

(はぁ……。でもそんな雷轟に対して皆は特に反対意見は出てなかったし、これはある意味なるべくしてなった状況なのかもね)

 

私が考え込んでいる内にツーナッシングに追い込まれて、3球目にはアウトコースのSFFを投げてきた。私はそれを……。

 

 

カンッ!

 

 

打ち抜いた。

 

「抜けたっ!?」

 

「回れ回れ!」

 

(この試合が終わったら色々話しておくかな……)

 

打球は外野の頭を越えて、二塁打になった。

 

「ナイバッチ~!」

 

「これで希ちゃんに回った~!!」

 

ヒット一本で同点……。あとは中村さん次第か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝倉のSFFを綺麗に合わせてきたな」

 

「朱里さんはシニアでも7番を打っていました。その理由としては綺麗なバッティングを見せるから……と監督が言っていましたね」

 

「おまえや早川がいた川越シニアは確かどのバッターも4番クラスの実力があるチームだったと聞いている……。そんな中でも女子のおまえ達がよくレギュラーを勝ち取ったな?」

 

「私と朱里さん以外にも3人がレギュラーで、ベンチにも10人程の女子が男子の混ざっている環境で背番号を貰いました」

 

「……改めて川越シニア出身の連中は揃いも揃って化物なんだと思ったよ。埼玉にも川越シニア出身の奴が何人かいたよな?」

 

「……スカウトだけで去年の優勝校である咲桜高校に1人、一昨年の優勝校である梁幽館に1人、シード常連の椿峰に1人、そして新越谷に朱里さんで合計4人いますね。スカウト以外でも何人かはいますね。尤も朱里さんは10をも越えるスカウトを断って新越谷にいるみたいですが……」

 

「その新越谷と柳大の試合もそろそろ終わりそうだな。最終回のツーアウト二塁で1番の中村か……」

 

「どんな結果でもこの打席が分岐点ですね。中村さんが点を取れば流れは新越谷へ……。そこから逆転の可能性が見えてきます。打てなかったらそのままゲームセット……という命運が中村さんにかかっているでしょう」

 

「じゃあそろそろ出る準備をしておくか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツーストライクまで追い込まれた中村さんは変化球をカットして、ストレートを誘う。

 

朝倉さんはそれに対して渾身のストレートを投げて、中村さんがそれを捉える。結果は……。

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

センターフライ……。3対4で私達の敗北という形でこの練習試合は終わった。

 

 

~そして~

 

柳大の皆さんが帰り支度を済ませた後、私達はそれぞれが柳大の選手と話している。武田さんと中村さんは朝倉さんと、山崎さんは浅井さんと、芳乃さんは柳大の主力選手からサインを貰っていた。いや最後……。

 

「今日は少し早いけど、解散して自主トレにする!」

 

主将の一言で私達は帰路に……。

 

「すみません、少し良いですか?」

 

つこうとしたんだけど、私達の試合を観戦していた2人組が私達に声を掛けた。1人は……。

 

「も、もしかして白糸台高校の神童投手ですか!?」

 

「あ、ああ……」

 

西東京にある白糸台高校の神童裕菜さん。ハッキリ言って有名人だ。

 

この人がどれくらい有名かというとこのように芳乃さんが例の如くぴこぴこしながら、ミーハーのように叫んで、周りも便乗して騒然とするくらい。

 

そもそも白糸台は昨年の全国優勝校だし、神童さんは決勝戦の先発だったし知っている人が多数だ。そしてもう1人は……。

 

「朱里さん、お久し振りです」

 

「……直に会うのはシニアの最終試合以来かな?久し振りだね。二宮」

 

かつて私とバッテリーを組んでいた二宮瑞希だった。



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反省会

「朱里ちゃん、あの子と知り合いなの?」

 

武田さんが私と二宮との関係性が気になっていたのか訪ねてくる。あっ、よく見たら雷轟以外の皆が凄い気になってるって表情してる。しかも神童さんまで……。肝心の雷轟は俯いた表情をしていた。はて、雷轟に何かあったかな?

 

「……リトルとシニアで同じチームの二宮瑞希。正捕手として6年間努めてきた実績を持っているよ」

 

「凄い!6年間ずっとなの!?」

 

二宮の実績に皆……特に二宮と同じ捕手である山崎さんが尊敬の眼差しで見ていた。

 

「……今思えば私よりも優れた捕手は幾らでもいたにも関わらず、何故私が6年間ずっとスタメンマスクを被れたんでしょうか?」

 

もしかしてこの子わざと言ってる?神童さんも苦笑いしてるし、顔に思い切りパンチしても良い?

 

「……こほん。それはさておき柳大川越戦は良い試合でしたね。私達も色々学ぶ事が多かったです」

 

「……そうだな。時折見せる思い切った大胆な指示はうちでは到底出来なかったよ」

 

そりゃそうでしょうね。白糸台はリスクある行動は絶対にしないもん。常に安定行動を続けていて去年の夏と今年の春に全国優勝してるんだもん。しかもその勝利投手がどっちも神童さんだし。

 

「ありがとうございます。そう言ってもらえると参謀の芳乃さんも指示を出した甲斐があるというものです」

 

私がそう言うと二宮は芳乃さんの方を見て……。

 

「……試合の指示出しは貴女がしていましたか。お見事です」

 

「あっ、ありがとうございます!つきましては……」

 

芳乃さんは髪をぴこぴこさせながら二宮と神童さんに……。

 

「サインくださいっ!」

 

サインを求めていた。こんな時でも芳乃さんは平常運転だね……。

 

二宮が芳乃さんにサインを書き終わり、神童さんがサインを書いていると二宮が私に問い掛けた。

 

「朱里さんはあの事を言わないつもりですか?」

 

「……実はそろそろ言おうと思ってたんだよね」

 

高校では外野に専念するつもりだったけど、柳大戦を経て私も思うところが色々あるからね。

 

「……そうですか。それなら私からは特に何も言う事はありません。全国の舞台で待っていますよ」

 

「会えたら……ね。まだうちは発展途上だし」

 

正直今のうちのレベルでは全国は厳しいだろう。中村さんには申し訳ないけど……。あとさも当然のように白糸台が全国に行けるみたいな口振り……。まぁ神童さんと二宮だけでもそれを可能に出来そうなのが恐ろしいところだ。

 

「私は朱里さんがその気になれば全国に行くのはそう難しくないと思っています」

 

「どうかな?県内には私達の元チームメイトが何人かいるからただでさえ強豪揃いの埼玉県の中でうちが全国出場を決める難易度は更に上がっているしね」

 

梁幽館に咲桜に椿峰……。よりによって強いところばっかりに散らばっちゃって……。勘弁してよ全く!

 

 

~そして~

 

二宮と神童さんは電車の時間があるので帰宅。それぞれが今度こそ解散という中で武田さんと山崎さんは反省会がてら川口家にお邪魔する事に。

 

私も芳乃さんと山崎さんに話しておきたい事があったし、それに着いていく事にした。折角だから雷轟にも話しておこうと思って雷轟も誘ったけど……。

 

「ごめん。私今日は帰るね……」

 

本当にどうしたんだ?まぁそれはその内確認するとして、今は私の事について話さなきゃね。……おっと。

 

(その前にやる事があったんだった……)

 

それを済ませて今度こそ川口家へ!

 

「お邪魔しま~す」

 

川口家は新越から滅茶苦茶近い。私なんか電車通学だし、羨ましい……。

 

「飲み物取ってくるよ。私の部屋は散らかっているから、反省会は息吹ちゃんの部屋でやるよ」

 

「こっちよ」

 

息吹さんの部屋に入ろうとするけど、武田さんはその途中で見付けた芳乃さんの部屋が気になるようで……。

 

「ちょっとだけ……」

 

「やめておいた方が良いよ?」

 

と言いつつも私も芳乃さんの部屋が気になっているから武田さんと共にチラッと覗く。そこには……。

 

「凄い……」

 

有名選手のサインやら埼玉県大会の名簿やらがずらっと並んでいた。これは確かに凄い……。

 

「あれ……?」

 

「どうしたの?」

 

「あれってもしかして私じゃ……」

 

武田さんが指したのは新越の制服を着て投球している武田さんの写真だった。何時撮ったんだろう……?多分私と雷轟が野球部に入る前だと思うけど……。

 

「人の部屋勝手に入っちゃダメだよぉ……」

 

背後から芳乃さんが私達に囁いた。怖っ!ごめんなさい!

 

「ごめん。つい気になっちゃって……」

 

「そんな悪い子には……試合後のマッサージしてあげる」

 

「良いの?寧ろご褒美では……」

 

「私こう見えてマッサージ得意なんだ~。ねっ、息吹ちゃん」

 

「そうね……」

 

息吹さんのあの反応……。さては滅茶苦茶痛いな?

 

「じゃあ先にお風呂入ろうか!」

 

「うん」

 

「タオルとかシャツとかここに置いておくね」

 

「ありがと~!」

 

至れり尽くせりだな武田さん……。これなら多少芳乃さんのマッサージが痛くても問題ない気がする。

 

反省会もそこそこに武田さんがお風呂から上がってきた。顔赤いな……。それに熱女って凄いシャツ……。私自身特に服装に拘りはないけど、あれは個性的だと思います。

 

「柔らかくて良いねえ!故障もしにくいし、球速も上がると思うよ」

 

「本当に?やったー!」

 

芳乃さんがまず武田さんの身体を解す。その後山崎さんに武田さんの戦績を聞く。

 

「珠姫ちゃん、今日のヨミちゃんはどうだった?」

 

「……4回に取られた1点は余計だったね。あの球を要求してたのに、ただのカーブがくるし」

 

「アイタッ!」

 

「序盤は好投してるように見えたけど、追い込んでからのあの球はイマイチだった。私が振り逃げを許すとでも思ってたのかな?」

 

「アイタタッ!」

 

あれは山崎さんの言葉の刺と芳乃さんのマッサージ……どっちに対する反応なんだろうか……。どっちも?

 

「……でも終盤は良かったかな。あのままずっと受けていたかった」

 

確かに終盤の武田さんは良かった。あの投球を序盤……というか点を取られた4回に出来ていれば完封してたんじゃないかと思うレベルだった。

 

「……はいっ。出来たよ!」

 

「凄い!軽くなった!じゃ早速投球練習を……」

 

「ダメだよ。今日は身体を休めて」

 

まぁマッサージの直後に身体に負担かけるのは余り良くないからね。芳乃さんの指摘は尤もだ。

 

「タマちゃんもしたいよね?」

 

「うん。ちょっとだけなら……」

 

「仕方ないなぁ……。10球だけだよ?」

 

良いの!?さっきのダメ出しはなんだったの?

 

「終わったら素振り500回ね。朱里ちゃん以外皆無安打だったし」

 

「500……」

 

(毎日やってるとは言えキツいわね……)

 

うわぁ……。試合後で疲れているのに、素振り500回はキツいだろうな。まぁ雷轟なら嬉々として素振りしてそうだけどね。

 

(……雷轟の様子も試合の途中から可笑しかったし、色々考える事が多いなぁ)

 

「その間にご飯作ってるね」

 

芳乃さんのご飯か……。ちょっと気になってたんだよね!藤田さんが言っていた皆の食事の献立が組まれていた事とか、ポジションによってどんな献立があるとか……。今までそんな細かいところまで考えた事がなかったからね。監督はその辺り適当だったし。

 

(はっ……!危うく今日着いてきた目的を忘れるところだったよ)

 

それだと私が着いてきた意味がない!そう思い私は皆に声を掛けた。

 

「……ちょっと良いかな?」

 

「どうしたの朱里ちゃん?」

 

私の表情を見た4人がシリアスな話だと察して真剣な表情をしている。

 

(さて、覚悟を決めますか!)

 

どんな反応が帰ってくるかはわからない。特に武田さんからの反応が怖い……。でも私はこのままだと自分が、新越が上のステップに進めないんじゃないかと思って話を切り出した。

 

「……私のリトル、そしてシニアでの話を聞いてほしい」

 

その話をする時の私は今までで1番緊張していた。そして皆も同じように緊張していた……。



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早川朱里の過去とこれから……

「……私のリトル、そしてシニアでの話を聞いてほしい」

 

私は意を決して過去を話す事にした。それに対して皆緊張していた……。

 

「川越リトルシニアの話!?聞きたーい!」

 

……んだけど、芳乃さんが髪をぴこぴこさせながら嬉しそうにしている。あれ?シリアスな話する予定だったのに可笑しいな。

 

「あっ、私も私も!」

 

武田さんまでシリアスモードから脱出。それなりに重い話をするつもりだったのに、興が削がれた……。

 

「ちょ、ちょっと!朱里は真剣な話をしようとしてるのに、そんなんで良いの!?」

 

「そうだよ。真面目な話なんだから、ちゃんと聞かないと……」

 

今程息吹さんと山崎さんがいて良かったと思った事はない。2人の好感度が私の中で急上昇だよ……。

 

「……じゃあその前に私の本当のポジションを話しておこうかな。もしかしたら芳乃さんは既に気付いていたかもしれない」

 

「……!」

 

芳乃さんのあの表情……やっぱり気付いていたね。多分私の脚にまとわりついていたあの時点で……。

 

「それでも今まで言わなかったのは私の口から言うのを待っていたからなのかもね。まぁ雷轟が言おうとしていたけど……」

 

「朱里ちゃん……」

 

はぁ……。気が重い、胃がキリキリする……。

 

「……私がリトル、シニアでやっていたポジションは投手。一応エースナンバーを付けていたよ」

 

「エース!?凄ーい!」

 

「あの川越リトルシニアでエースナンバー……!」

 

「朱里って物凄い大物だったのね……」

 

「でもそれなら何で紹介の時に外野って……」

 

3人が評価を高くしてる中で芳乃さんは私に自己紹介の時に私が言っていたポジションについての質問。

 

「その話をする前に私の過去について話そうか。ポジションについてはここに来る前に主将と藤井先生には既に話してある。これからの新越野球部の為にね。……私がこれから話す事を知っているのは私とバッテリーを組んでいた二宮と、それ以外だと雷轟だけ」

 

(あとはあの子も知ってるけど、まぁ余り関係ないかな)

 

その事実に皆は息を呑んだ。これから話すのは私のデリケートな部分だから……。

 

「私のリトル時代は……って自分の事を評価するのはなんか恥ずかしいから、二宮からの評価で話すね。二宮が言うには私のピッチングスタイルは速球と決め球であるシンカーを中心に打者から多数の三振を取っていたよ」

 

「ほぇぇ……!」

 

「そ、その映像とかってあるかなぁ?」

 

「それって朱里のリトル時代での話でしょ?今急に言われてもそんなのある訳……」

 

芳乃さんが興奮している……。息吹さんが呆れながら言うように、そんな急に言われても持ってきている訳がない。けど……。

 

「……そう言うと思って持ってきているよ」

 

「本当!?」

 

「あるの!?」

 

「……今日二宮が私に渡してきたのが丁度リトル時代の私のピッチング映像なんだよね」

 

「二宮さんって凄い先読みが上手そう。同じ捕手として負けた気分……」

 

「いや、それに関しては二宮が異常なだけだから」

 

実際に捕手としての技術は山崎さんや柳大の浅井さんが上回っている。二宮が優れているのは投手を乗せる性格をしている事と、情報力と情報量の数が半端じゃない事、それと二手三手先を常に見ている事。だから二宮は川越リトルシニアで最後までスタメンマスクを被っていたのだ。

 

……今思えば二宮は私がこの話するのを読んでいてこの映像を渡したな?怖い。二宮怖い。

 

「早速この映像を見ようよ!」

 

「見たい見たい!」

 

「わ、私も……」

 

「同じく……」

 

あの、君達練習は……?そんなに見たいの?

 

 

~そして~

 

川口家に許可を貰ってリビングでリトル時代……小学4年の頃から二宮が撮り続けていた私のピッチング映像を5人で見ているんだけど……。

 

「うわっ!ストレート速いわね……」

 

「110は出てる……。朱里ちゃん、こんなに凄い投手だったんだね」

 

「まぁあれはあれで後に問題が発生するんだけどね……」

 

「問題?」

 

「まぁその話は後で……。確かこの次に投げるのが決め球のシンカーだった筈」

 

私の予想通り、次に投げたのはシンカーだった。

 

「す、凄い曲がり方したわね。これじゃあまるで……」

 

「ヨミちゃんのあの球みたい!」

 

「そ、そんなに似てる……?」

 

武田さんのはカーブ系だけど、私のはシンカーだから似ても似つかないと思うんだよね……。自分ではわからないから何とも言えないけど。

 

「う~む。似てるかも……!」

 

……どうやら武田さん本人も似てると思っていたらしい。

 

「しかしこんな球を難なく捕球する二宮さんも凄いわね……」

 

「リトルの監督曰く二宮のキャッチングは既に中学レベルだって話だよ」

 

「……これって小学4年生の時の映像じゃなかった?」

 

うん、まぁ……山崎さんの言いたい事はわかる。しかも本人は大して意識していなかったらしいし。

 

「まぁ二宮のキャッチングレベルは中学でもそんなに変わってなかったよ。尤もそれ以降の話は知らないけどね」

 

白糸台で二宮がどんな練習をしているのかにもよるから何とも言えない……。

 

 

~そして~

 

映像を一通り見終わったので、私は続きを話す。

 

「あの映像通りにどんどんと投げ込んでいた私に1つ大きな問題が発生した……」

 

「さっき言っていた問題ね」

 

「……私の右肩は炎症を起こしたんだよ」

 

「えっ!?」

 

「そ、それって大丈夫だったの?」

 

「……医者に診てもらったけど、もう投げられる状態じゃないって言われたよ」

 

「それでポジションは外野って……」

 

なんか右肩をやらかしちゃって外野をやる事になってるっぽいけど、まだ話の続きがあるよ?

 

「……あれ?でもシニアでも投手をやっていたって言ってたよね?それにポジションについても外野とかは厳しいんじゃ……」

 

「山崎さんの言う通り、それでも野球を諦めなかった私は新しい道を進んだ」

 

「まさか……!」

 

芳乃さんと武田さんも察したみたいだね。息吹さんだけが理解出来ていないけど、多分初心者だからわかってないのかも……。

 

「……まぁ大体察したと思うけど、私は右投げから左投げへと転向した」

 

「それって簡単に出来るものじゃないよ!」

 

山崎さんが否定気味に指摘する。まぁそうだよね。普通はそうなんだよね……。

 

「……幸か不幸か私は両利きだったから、昔から遊び感覚で左投げの練習をしてたんだ。その時はまさかそれが活きるとは思ってなかったけどね」

 

「……それでも相当時間を費やしたんじゃないの?」

 

「公式試合に出られるまで8ヶ月くらいかな?それくらいの時間を使ったね。二宮はそれでも十分速すぎるって言ってたよ」

 

私はそんな感覚よくわからなかったけど、捕手が言うならそうなんだろうね。そう考えると私って随分恵まれた環境で野球をしてたんだな。

 

「それで中学ではどんな球を投げたの?」

 

続いて武田さんが質問をする。その質問にはどう応えたら良いだろうか……。そうだ!

 

「……それは実際に見てもらった方が早いかもね」

 

「それって……!」

 

「今から投げてみるよ」

 

「川越シニアのエースだった朱里ちゃんのピッチングが見れるの!?」

 

よ、芳乃さんが滅茶苦茶嬉しそう……。髪をぴこぴこさせてるし。まぁ私も二宮以外に受けてもらうの初めてだから、ちょっと嬉しいのと緊張が混じってる感じがする。

 

流石に家の外でやるのもあれなので、私達は場所を近くの公園に移した。

 

「じゃあバッターボックスには息吹さんに立ってもらおうかな?」

 

「わ、私!?」

 

「山崎さんは捕手だし、武田さんには後で立ってもらうつもりだよ」

 

そう言うと納得した表情で息吹さんが右打席に立つ。私が右投げのままだったら左に立っていたのかな?山崎さんには私の球の捕球を、芳乃さんは審判を、武田さんは観客を。いや武田さんの立ち位置ェ……。まぁ良いや。

 

「じゃあ投げるね」

 

「来なさいっ……!」

 

山崎さんのミットはインコースの低めを構えていた。そこに私が左投げで得たピッチングを叩き込む。

 

(映像の右投げに比べると随分と遅い球……。これなら私でも打てる!)

 

最初に投げた球は後ろに飛ばされてファールになった。これで第1段階は終わり。次は……。

 

「じゃあ次投げるね」

 

(さっきと同じ球?それなら今度こそ前に飛ばす……!)

 

(……って息吹さんは思ってそうだけど、この球はそう簡単には打たれないよ)

 

なんたって私が試行錯誤して出来た球だからね!結果は目論見通りの空振りだった。

 

「す、ストライク!」

 

「嘘!?打てると思ったのに……」

 

「私も打たれたと思ってた……」

 

「まぁ私が苦労して投げられるようになったたのが今の球だからね。そう簡単に打たれたら私の立場がなくなるよ」

 

なんたってこの球でシニアの敵達から三振を沢山取ってきたからね!まぁ少なからず二宮のリードのお陰でもあるから、山崎さんのリード力があれば更に私は強くなれる。

 

(まぁ目的はそれだけじゃないけどね)

 

「山崎さんは私が投げた球について何かわかった?」

 

「……ストレートにしてはなんか違和感があるんだよね。でもなんだろう?」

 

……やっぱり捕手なだけあって私が作り上げた球の正体が少しわかっているね。二宮でも完全に気付くのに1ヶ月はかかったのに対して山崎さんは投げた直後で気付くとは……。

 

「……今私が投げたのはスライダーだよ」

 

「スライダーって……変化球なの!?」

 

「完全にストレートだと思ってた……」

 

「……そうか。違和感の正体はそれだったんだ」

 

息吹さん、武田さん、山崎さんは三者三様に反応を見せていた。

 

「凄~い!」

 

芳乃さんは例によって髪をぴこぴこさせていた。もう私はあれ

に突っ込まない。

 

「じゃあ今から私が投げた球について説明するね」

 

一旦投球を止めて私は皆に説明を始める。

 

「私はシニアに入ってから二宮と一緒に色々考えたんだ。考え抜いた末に思い付いたのが今息吹さんに投げたスライダーみたいに変化球をストレートに見せる方法だよ」

 

「……私はそれに引っ掛かったのね」

 

まぁある人の尽力のお陰で今の私があるんだけどね。これを教えてくれたあの人には感謝しかないよ。

 

「コツは2つ。1つ目は変化球と同じ速度でストレートを投げる事」

 

「変化球と同じ速度で……?」

 

「ストレートじゃないけど、武田さんが似たような事をやっていたよ」

 

「えっ?私が!?」

 

「そう。武田さんが投げたストレートがあの魔球と同じ速度になっている……。逆に言えば武田さんが今まで投げていたストレートが少し遅すぎたんだよ」

 

「私のストレートが遅すぎた。がーん……」

 

「いや、ショック受けないで。武田さんは本来もっと速いストレートが投げられる筈なんだけど、無意識下でストレートがあの魔球寄りの速度になっていたんだよ。さっき芳乃さんが言ってたでしょ?武田さんの球速が上がると思うって。その兆しが武田さんのピッチングスタイルから出てたんだよ」

 

「そ、そう?えへへ~!」

 

これは私が武田さんのピッチングを見て思った事。そもそもあんな魔球を投げられる人のストレートがあんなに遅い訳がないし。

 

将来的に武田さんは私よりも速い球を投げられる気がするんだよね。

 

「……話を戻すと普通に投げたらストレートよりも変化球が遅くなるけど、そこでストレートを遅く投げる事によって変化球と速度を揃えるんだ」

 

「ストレートをわざと遅く投げる……」

 

「そんなピッチング……考えた事もなかったよ」

 

「まぁ普通は考え付かないよね。あれだって私の右投げ時代と全く違うピッチングスタイルだし」

 

「じゃあ私が打ったのは遅く投げたストレートだったのね……」

 

「その通り。そして2つ目はボールが曲がる所を普通の変化球よりもずっと打者の近くにする事。打者が球種を見極めるポイントは大体投手寄り。変化球が曲がり始めるのも同じだね。だからボールの変化がわかる……。でもそれをもっと打者寄りに投げる事によって同じ速度と軌道でストレートとスライダーが進んで、もしもそれが見極めポイントを過ぎるまで続いていたら例えそれがスライダーの曲がり方をしてても完全に気付かないって訳」

 

私が説明を終えると4人共ポカンとしてる。あれ?私何かやっちゃいましたか?

 

「……つまりそれって曲がり始め遅らせる分変化量は出ないけど、その方が傍目からは変化球とは気付きにくいから相手を騙し通せるって事?」

 

いち早く復活した山崎さんが私にそう訪ねてきた。

 

「その通り。一応シニアではこれを投げ続けてきたよ」

 

「す、凄い凄い!これなら優勝も夢じゃないよ!」

 

「そうだよ!これからエースは朱里ちゃんだね!」

 

いやいや、武田さんがそれを言っちゃダメでしょ……。

 

「どうだろうね。1打席限りなら通用すると思うけど、タネがわかってしまうとそれは打たれやすくなるからね。そう考えると武田さんが投げた魔球の方が私はエースに相応しいと思う」

 

「私がエース……?」

 

「勿論だよ。武田さんには他にも変化球を覚える必要があるけど、球種を増やせばそれをあの魔球と併用して投げるだけで打者は簡単に打てなくなる……」

 

「そ、その為に私は何を覚えたら良いですか!?」

 

武田さんが凄い勢いで私に問い詰める。何故に敬語……?

 

「そうだね……。あの魔球がカーブ系統だからその逆を突くシンカーなんかが良いけど、あの魔球と併用させる程の変化量を習得するのには時間がかかりそうだね。まぁその辺りは捕手の山崎さんと相談した方が良いかもね」

 

「私も捕手としてヨミちゃんの力になるからね」

 

「タマちゃ~ん!」

 

「ちょっ、くっつかないで!暑い……」

 

あの……。イチャイチャするの止めてもらえます?

 

……まぁ言える事は言えたから、あとは私が外野をやっている理由を話すだけかな?

 

「私が紹介の時にポジションを外野だと言ったのは足腰と肩を鍛える為と足腰を鍛える際に体力の底上げも兼ねてだったからね。この投球も体力調整を兼ねてだし、私がこれからも投手をやるとしても人数がギリギリな事も相まって外野と併用になるかもね」

 

そういった意味でも武田さんは私よりもエースに相応しい。私よりも体力あると思うし……。

 

「じゃあ続けて武田さんにも打席に立ってもらおうかな」

 

「うん!朱里ちゃんの球を打席でも見たいからね!」

 

「息吹さんは私の球を打席の外からもよく見ておいてね」

 

「えっ……?わ、わかったわ!」

 

それからも私達は練習を続けた。息吹さんと武田さんの気持ち良いくらい空振りを目にしてちょっとほっこりしたのは内緒の話。

 

(しかし今日は4人に私の過去を話せて良かったよ。あとは雷轟だね……)

 

今日の途中から元気がなかった雷轟に今日4人に話した事を話しておこう。

 

メールでそう送ると翌日の練習で雷轟は何故かいつもの元気な雷轟に戻っていた。本当に何で元気がなかったんだろうか……。




この小説の主人公は雷轟なんだよなぁ……。でも早川sideって凄く書きやすいの!


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がっしゅく!

私達新越谷野球部はなんとGWに……。

 

「合宿!?やったー!」

 

「三泊四日で場所は学校だよ!」

 

合宿をする事になりました!しかも学校で!

 

「合宿のシメには大鷲高校と藤和高校と試合を組みました」

 

「藤和って去年の東東京代表やろ!?」

 

「そうだよ。まぁBチームらしいけどね」

 

「大鷲高校も千葉の16強だし結構強いチームだから、今の私達が更なるステップに進むには良い相手だね。私もその話を聞いた時は少しやる気が出たよ」

 

朱里ちゃんも練習試合をやると聞いてなんだか張り切っているし、私も負けてられないなぁ……!

 

「ちなみにその2校に早川さんが所属していたシニア出身の方はいますか?」

 

藤井先生が朱里ちゃんにそんな質問をする。なんでだろう?

 

「……大鷲高校にはいませんが、藤和高校に1人います。外野でレギュラーを3年間守り抜いた実力の持ち主ですので、もしかしたらBチームにはいないかもしれませんね」

 

「ふむ。そうですか……」

 

まぁともあれ週末から合宿開始!

 

 

~そして~

 

合宿初日に藤井先生がノックをしてくれる事に。今回のノックでは理沙先輩に変わって私がサードを守っているよ!

 

「さぁ、行きますよ」

 

「こい!」

 

先生がボールを打とうとしたけど、空振りに終わった。

 

「……すみません」

 

「おいおい、大丈夫か~?」

 

「先生、無理しちゃダメですよ~?」

 

「こら、雷轟と川崎さん!油断はダメだよ!特に雷轟はそんな油断が出来る程守備が上手い訳でもないでしょ!」

 

レフトから朱里ちゃんの声が聞こえる。油断?一体どういう……。

 

「なっ!?」

 

事か聞こうとしたら稜ちゃんに鋭い打球が飛んでいった。

 

「何だ今の打球は!?」

 

これは……!朱里ちゃんが言っていた油断ってこういう事だったんだ。

 

「柳大は振れているチームではありませんでしたからね。高校野球の打球の速さを叩き込んであげます」

 

それからも私達は藤井先生のノックによってボロボロになりました。後に私と変わってサードの守備に付いた理沙先輩が先生の打球をキャッチしたのはとても格好良かったです!

 

「ま、まだ始まったばかりなのに……」

 

「満身創痍だね……」

 

「でもこれからの為にもこれくらいの練習に耐えられるように体力を付けなきゃいけないよ」

 

朱里ちゃんの言う通り、特に夏は暑さで体力が消耗しやすいから、体力作りはキチンとしないとね!

 

「皆、ちょっと聞いて!」

 

「どうしたの芳乃ちゃん?」

 

「野手の面談をするので、希ちゃんから順番にベンチ裏に来てね」

 

「私からか……」

 

芳乃ちゃんに連れられて希ちゃんがベンチに行く。すると……。

 

「あっ…!ぎゃっ!?」

 

えっ?一体何が起こっているの!?

 

「あ、朱里ちゃん……。ベンチ裏で何が起こっているの?」

 

「……まぁ直にわかると思うよ」

 

あれ?朱里ちゃんがぐったりとしている。何か嫌な予感が……!

 

「次は遥ちゃんだよ~!」

 

「ひっ……!」

 

いや……いやぁぁぁぁぁ~っ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷轟の断末魔とも言える悲鳴があがった後も次々と野手の人達は芳乃さんのマッサージを受けた。そして最後の1人が終わった。

 

「あへぇ……」

 

「雷轟、その台詞は色々と不味いから早く気を取り直して!」

 

「……はっ!私は何を……?」

 

全く……。

 

「お待たせ~」

 

「一体何だったんだ?マッサージは気持ち良かったけど……」

 

まぁ約一名昇天してたけどね。

 

「上半身の可動域とやわらかさと下半身の強さ……つまり投手の適性を見てたよ!」

 

芳乃さんの推薦によって新たに選ばれた投手は……!

 

「ついては理沙先輩と息吹ちゃん……。そして朱里ちゃんは投手の練習メニューも平行してやってもらいます!」

 

藤原先輩と息吹さんと私でした~。ドンドンパフパフ~!……まぁ私は先日に投手としても頑張る事を芳乃さんと息吹さん、武田さんと山崎さんの4人に伝えたからね。

 

一応主将と藤井先生にも言っているけど、他の人達にはまだ言ってなかったからこれを機会にね。

 

「ちょっと聞いてないわよ!一緒に暮らしているのに……」

 

「投手用のグラブ持ってるくせに~」

 

息吹さんは実は投手をやりたかったのかな?

 

「朱里ちゃん……!」

 

……あとなんか雷轟が滅茶苦茶嬉しそうなんだけど?前までのシリアス雷轟は何処へ?

 

そんな疑問を他所にまずは伊吹さんから投球練習。

 

「いくわよ!」

 

息吹さんのフォームは柳大の朝倉さんと類似……してるんだけど。

 

「おおっ!朝倉さんにそっくりだ!」

 

「でも遅いわね……」

 

「球速もコピーしろよ~」

 

「無理を言うんじゃないわよ……」

 

いや……。球速は確かに遅いけど、これはこれで使えるんじゃないかな?

 

「でも意外と使えるかも。ノビがある……ような気がする」

 

山崎さんも私と似たような事を思っていたようだ。

 

(これは前に私の投球を見せた甲斐があったかもね……)

 

息吹さんの投球練習も程々に、次は藤原先輩が投げる。するとキャッチャーミットに良い音が鳴った。

 

(良い球だ……。藤原先輩の本職はサード。比較的に肩力が必要な分投手に向いているのがわかる)

 

あとは投げ方を少しずつ投手寄りにすれば実戦でも使えるね。

 

「重そう……」

 

「確かに重そうだ!」

 

「重そうです!」

 

球筋の話だよね?

 

最後に私。

 

「朱里の球も遅いな~」

 

「まぁこれが私のピッチングだからね。見ただけだとわからないかもだし、良かったら誰か打ってみる?」

 

私がそう言うと中村さんを始めとするほぼ全員が手を挙げた。何故!?

 

「じゃあいくよ」

 

「よしこい!」

 

じゃんけんをした結果最初に打つのは主将だった。まぁ誰が相手でも私は私のピッチングをするだけ!という訳でさっきと同じ球を投げる。

 

(低め……。もらった!)

 

(……とか思ってるんだろうな。まぁ初見だと仕方ないか)

 

私と先日に私の話をした4人以外の皆は主将が完璧に捉えたと思っていた。しかし結果は空振り。

 

「なっ!?」

 

「……これでも一応シニアでエースだったので、簡単には打たせませんよ?」

 

数人がポカンとした後に……。

 

『え、エース!?』

 

シャウトした。煩いな……。

 

それからも私は全員と相手をしました。ちょっと疲れた……。

 

 

~そして~

 

「ほらっ!もっと腰を落としてください」

 

次は内野陣による股割りの練習。

 

「地道な割にきちー!」

 

「ねぇ朱里ちゃん、あれは何をしてるの?」

 

「股割りだよ。内野陣がしゃがんだ状態から素早く動けるなる為の練習」

 

「これからは練習終わりに最低100回。この動作を体に記憶させておけば土壇場で効いてくる筈です」

 

「大変だね……」

 

いや、まるで他人事みたいに言ってるけど……。

 

「雷轟さん、藤原さんが投手をやる時はサードに入ってもらいます」

 

「へっ?それって……」

 

「……今から雷轟も股割りの練習追加だね」

 

「ひぃぃぃぃっ!」

 

「よ、ようこそ……!」

 

……なんか色々不安になってきたけど、大丈夫だよね?




誰がなんと言おうともこの小説の主人公は雷轟遥ちゃんです。


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岡田怜と藤原理沙と早川朱里

『いただきまーす!』

 

「いっぱいあるからゆっくり食べてね」

 

今日の練習が一通り終わって食事の時間。芳乃ちゃんの作ったご飯美味しいよ~!これはお箸が止まらない!

 

「ヨミ!後で夜の学校を探検しようぜ」

 

「良いね~!」

 

「あっ、私も行く~!」

 

「わ、私もお供させていただきます!」

 

稜ちゃん主導で私、ヨミちゃん、白菊ちゃんと夜の学校を探検する事に。こういうのってなんかワクワクするね!

 

「寮が隣にあるから静かにね。それと明日もあるし、自主トレする人は程々にね」

 

『はーい!』

 

「あれ?先輩達は?」

 

「先刻出て行かれましたよ」

 

「そういえば朱里もいないわね。先輩達と一緒かしら?」

 

本当だ。食べるのに夢中で気付かなかったよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんな感じかしら?」

 

「そうですね。あとは足をもう少し上げて……」

 

「こう?」

 

「大分良い感じになりましたね。これを安定させたら投球も自ずと良くなります」

 

「ありがとうね朱里ちゃん。私の自主トレに付き合ってくれて」

 

「気にしないでください。私も投手の練習メニューがありますし、藤原先輩に教える事で自分の投球フォームの見直しも出来ますし」

 

食事を程々に取っていると藤原先輩に投手の練習に付き合ってほしいとお願いされたので、断る理由もないし受ける事に。

 

「それにしても朱里ちゃんって珠姫ちゃんよりも凄い環境で野球してたのね」

 

「まぁ私が川越リトルシニアに入ったのは偶然ですけどね。……お陰で今の私がありますし、良かったと言えば良かったのかもしれません」

 

「こんな所にいたのか2人共……」

 

主将が私達に声を掛けてきた。私達を探していたのかな?

 

「怜……。よくわかったわね。ここなら誰も来ないと思ったんだけど」

 

確かにここって余り人が通らなさそう……。しかも夜だからなんか霊的な何かが出そうな雰囲気もあるし。

 

「ここってアレだろ?出るって噂が……」

 

「あんなの信じてるの?可愛いとこあるじゃないの」

 

「し、信じるかそんなもの!」

 

冗談で思ったつもりだけど、本当にそんなのあるんだ……。

 

「それよりも2人で何をやってたんだ?」

 

「朱里ちゃんにフォームのチェックをしてもらってたの」

 

「ああ、朱里は本職の投手だもんな」

 

「しかもエースだったんですって?」

 

「……一応ですけど」

 

な、なんか持ち上げられると恥ずかしい……。

 

「でもどうして自己紹介の時に外野って言ってたんだ?」

 

「……芳乃さんにも同じ事を聞かれました。私が外野をやっているのは足腰と肩を強くする為です。あとは課題でもあるスタミナを付けるのも目的としています」

 

だから私のポジションが外野って言ったのも別に嘘は吐いてないんだよね。

 

「……それにしても今の状況は去年を思えば考えられないな」

 

「ふふっ、自主トレをしてたら先輩達に怒られてたものね……」

 

「それって例の……」

 

「……ああ。でも諦めないで良かったよ。ありがとう、一緒に残ってくれて」

 

「どういたしまして」

 

イイハナシダナー。あとそれ私が聞いても良かったんですか?

 

「……でも私はちょっと違うかな。もちろん新チームで野球が出来て嬉しいけど、私が残ったのはもっと自分勝手な理由から」

 

「……というと?」

 

藤原先輩がこの野球部に残ったのは主将がいたから……という理由で、最終目標は主将を越える事だった。藤原先輩って案外野心家だな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし藤井先生は只者じゃないな。苦手な打球ばっかり寄越しやがって……」

 

「私なんてエース陥落の危機だよ。朱里ちゃんが私の事をエースって言ってくれてたのに……」

 

「その朱里さんが凄い球を投げますからね」

 

「うんうん、朱里ちゃんの球は誰にも打てなかったもんね!」

 

「流石元シニアのエースって感じだったぜ。希もキャプテンもバットに当てられなかったもんな……」

 

私達は今夜の学校を探検しています!こういうのって楽しいよね!

 

「しっ……。何か聞こえます」

 

「白菊ちゃんって悪霊退散とか出来そうだよね」

 

「確かに出来そう……」

 

「出たら頼むぞ……」

 

おおっ!白菊ちゃん頼もしい!

 

「怜先輩ですね」

 

「「ひっ!霊!?」」

 

「そっちじゃねぇよ!岡田の方だよ!」

 

「なーんだ……」

 

「一瞬本当に出たのかと思っちゃった……」

 

べ、別に怖い訳じゃないよ?本当だよ?

 

「理沙先輩と朱里さんもおられますね」

 

えっ?朱里ちゃんも?

 

「藤原先輩は投手、やれそうですか?」

 

「選ばれたからにはやるしかないわ。一試合でも多く勝つ為にはエースを温存しないといけない時も必ずある……。ヨミちゃんはきっと凄い投手になるから大切にしたいといけないもの」

 

「……そうですね。武田さんはうちのエースですから」

 

「言っておくがエースというのは朱里もだぞ?うちはWエースで構成されているからな」

 

「何故そんな皮肉めいた……さては空振りした事を根に持ってますね?」

 

「ははっ!どうだろうな?」

 

「それにしても朱里ちゃんって本当に凄いわね。シニアでも全国トップクラスのチームでエースをしてたんだから」

 

「……そんな大したものではありませんよ」

 

「謙遜か?」

 

「……実は私、野球を辞めようとしていた時期があったんですよ」

 

朱里ちゃん……?

 

「朱里がか?」

 

「はい。……既に何人かには話しましたが、私はリトル時代に右肩を炎症したんです」

 

「えっ!?」

 

「朱里は元々右投げだったのか……」

 

この話って確か……。

 

「ねぇ遥ちゃん、朱里ちゃんが今話してるのって……」

 

ヨミちゃんと珠姫ちゃん、芳乃ちゃん、息吹ちゃんには朱里ちゃん話したって言ってたっけ?

 

「お、おい。朱里は何の話をしてるんだ?」

 

「シリアスな話……でしょうか?」

 

稜ちゃんと白菊ちゃんは何が何だかわからない様子……。

 

「……黙って聞いておこう」

 

「私は元々両利きだったので、当時バッテリーを組んでた子と色々と試行錯誤してたんです。それでも右肩が壊れて、2度と野球が出来ないって医者に言われて……。心が折れそうになったんです」

 

「……でも今ここにいるって事は野球を続けられたのよね?」

 

「はい……。シニアで練習をしていた時にある人間に出会いました」

 

「それって……」

 

「……雷轟です。雷轟と出会えたから今の私がいる、雷轟がいたからあの時諦めない事が出来た、雷轟との練習を続けていたから右肩を壊してからの辛い日々を乗り越える事が出来た……。全部雷轟と一緒に野球をしようと思ったからですよ」

 

「……良い話ね」

 

「朱里も色々大変だったんだな……」

 

「……それは先輩達にも言える事でしょう」

 

朱里ちゃん……。私の事をそんな風に思ってたなんて……!

 

「あっ、おい!」

 

「遥さん!?」

 

私は稜ちゃんと白菊ちゃんの制止を振り切って朱里ちゃんの元へ走った。

 

「あ、あがりぢゃ~ん!」

 

「うわっ!雷轟!?涙と鼻水が混じって凄い顔してるよ?」

 

「だっで!だっで~!」

 

「はいはい。何があったか知らないけど、胸貸してあげるから存分に泣きな」

 

「うぇぇぇ~っ!!」

 

朱里ちゃんが苦笑いしながら泣きじゃくる私の頭を撫でてくれた。私はそれが嬉しくって涙がもっと止まらなくなる。

 

「……武田さん、川崎さん、大村さん、そこにいるのはわかってるよ。今ならまだ許してあげるから出て来て」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ……。まさか私がうっかり洩らしてしまった話を雷轟達が盗み聞きしてたとは……。

 

「うっ、うっ……!」

 

「良い話です~!」

 

あとなんか武田さんと大村さんは貰い泣きしてるし……。

 

「……ちなみにどこから聞いてた?」

 

そんな中で唯一気まずそうにしている川崎さんに問い詰める。

 

「え、えっと……。理沙先輩が投手をやれそうかってところからかな……?」

 

……という事は私がポツポツと話し始めたところ全部聞かれてるじゃないか!

 

「……川崎さんには明日から藤井先生に練習メニューを倍に増やすように伝えておこうかな?」

 

「ちょっ!なんで私だけ!?」

 

「なんとなく」

 

「ひでぇ!」

 

そんなこんなで私達の合宿はどんどん進んでいった……。あと今日の就寝前に藤井先生が新越谷が4強時代のOGだと知って土下座をしていた。



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藤和高校のリードオフガール

今回は短めで通常の半分くらいしか書けていないぜ……。


時は進んでGW最終日。今日は藤和高校のBチームと大鷲高校との練習試合でまずは大鷲高校。

 

「理沙先輩、打たせていきましょう!」

 

「ええ、頼りにしているわ!」

 

雷轟は張り切ってるな。今日の1試合目は藤原先輩が投手だから、雷轟はサードで出場。それと対照的に……。

 

「ずーん……」

 

「よ、ヨミちゃん!元気出して。ベンチに置ける人間が増えたから、ヨミちゃんにはピッチングに専念してほしいの」

 

「ずーん……」

 

武田さんはベンチスタート。わかりやすく落ち込んでるな……。芳乃さんが慰めてるけど、あれは立ち直りが難しそうだね。

 

私もこの試合はレフトで出場。ちなみに打順は私が7番で、雷轟が9番。

 

(さて、シニア以来のスタメン起用だ。私も張り切っていくとしよう)

 

だけどいざ試合が始まると川崎さんと雷轟のエラーを始めとする連打をくらって藤原先輩は5回6失点。

 

まぁ初登板ならこんなものかな?エラーをしなければ4失点ぐらいで済んだ可能性はあるけど……。

 

そして6回からは息吹さんが登板。投げ始めは上手く抑えられたけど、球が遅いのもあって3失点。

 

一方で打撃の方は初回に先制するものの、終盤に勢いが続かず5点止まり。雷轟も1打席目で特大ホームランをかますも、以降はずっと敬遠されて9対5敗北。息吹さんと藤原先輩が凄く落ち込んでいる。

 

「凄いって!私なんて10失点が普通だったし!」

 

武田さんが落ち込む2人を慰める。

 

「それを普通にするのもどうかと思うけど……。まぁ私もリトルの最初の方はそれくらい打たれてたなぁ……」

 

「そうなの?あの朱里が意外ね……」

 

「リトルの監督が容赦なくてね……。打たれても打たれても監督が何かを調べてて、それが終わるまで代わる事がなくて辛かったよ。でもあの経験があったから私はここまで成長出来たんだと思う」

 

「朱里ちゃーん!」

 

「わぷっ……!」

 

突然雷轟が抱き付いてきた。ええい!暑苦しい!

 

「仲が良いのね……」

 

藤原先輩、微笑ましくこっちを見ないでください……。

 

 

~そして~

 

大鷲高校の皆さんが帰った十数分後に藤和高校Bチームの皆さんがバスでうちまで来た。

 

「やっほ~、朱里☆」

 

後ろから私を呼ぶ声がする。藤和で私の事を名前で呼ぶ人なんて1人しかいない。

 

「金原!?どうしてここに……。Aチームじゃなかったの?」

 

「アタシが監督に無理言って来たんだ~。朱里がいる新越谷との練習試合を受けたって聞いたら会いたくて♪」

 

嬉しそうに金原は言う。そんな理由でわざわざBチームに降格しなくても……。

 

金原いずみ。シニアでチームを組んでいたチームのまとめ役でチームのお姉さん的存在。後輩を中心に滅茶苦茶人望がある今時ギャル。

 

「朱里ちゃん、知り合い……?」

 

雷轟の目が死んでる……。何があったよ?他の皆も気になってるみたいだし……。

 

「合宿前に言った藤和にいる私の元チームメイトの……」

 

「金原いずみでーす!藤和では1番を打ってるよ☆」

 

金原の紹介で私以外の人達が騒然とする。

 

「そういえば藤和は今春からどれくらい試合してるの?」

 

「う~ん、毎週土日と祝日は監督が練習試合を申し込んでいるから、10試合くらいかな」

 

うちとほぼ同じスパンで試合してるな……。うちは経験の為に練習試合を申し込んでいるけど、藤和の方はどうなんだろう?

 

「……その試合全て1番を打ってると」

 

「一応ね。まぁこの試合では3番を打ってくれって監督は言ってたケド」

 

「す、すげぇ……!」

 

「あの藤和でリードオフガール……!」

 

皆……主に1年生組が金原を尊敬の目で見始める。おーい、今から私達はその藤和とBチームとはいえ試合するんだよ?

 

「あはは……。まぁ今日はヨロシクね♪」

 

金原はウィンクをして練習に向かった。そのウィンク絶対余計だよ。なんか雷轟が威嚇しちゃってるじゃん。



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練習試合!新越谷高校VS藤和高校Bチーム 前編

藤和との試合はこの話含めて2話になります。ダイジェストで書くからね。しょうがないね!


2試合目は武田さんが先発で、私が抑え。武田さんの方はあの魔球を封印して、新しく覚えたカットボールとツーシームを中心に山崎さんが配球を組み立てているらしい。

 

……というか私本当は投げるつもりなかったんだけど、金原がどうしても私と勝負したいとの事で、5回以降ならという条件で金原は納得してくれた。どうやら武田さんの球も見たかったみたい。

 

この試合は私と雷轟がベンチ。私は武田さんと交代で投げるから、ベンチで休んでいてほしいのと、もし芳乃さんが指示に困ったら私に助けてほしいとの事。雷轟は代打の切り札である。

 

「しまっていこーっ!」

 

『おーっ!!』

 

主将の掛け声に私を含めた皆が気合いを入れた。よし、ベンチから精一杯応援しよう!

 

武田さんのピッチングは良好で、1、2番をツーシームを利用して上手く打ち取った。ツーシームの方は実戦でも使えそうだね。

 

「やるね~、武田さん!」

 

ツーアウトランナーなしで金原が左打席に入る。

 

(金原さん……。朱里ちゃんの情報通りなら、インコースが苦手の筈。内角寄りに攻めていこう!)

 

(了解!)

 

武田さんの1球目はインコースにツーシーム。シニアでの金原は内角の球を苦手としていたから、それを山崎さんに伝えておいたんだけど……。

 

「そ……りゃあっ!!」

 

金原は内角のツーシームを強引に引っ張った。打球は三塁線に飛んでいってファール。

 

(もうシニアまでのアタシとは違うもんね~。インコースだって打つよ~?)

 

(成程……。高校の練習でインコースを克服したな?)

 

「タイムお願いします!」

 

それなら改めてバッテリーに通達すれば良いだけ。私はタイムを宣告してバッテリーに駆け寄った。

 

「……インコース、打ってきたね?」

 

「どうやら高校で苦手なインコースは克服したみたい」

 

だとすると非常に厄介だな……。やはり金原は天才の部類に入る人間だね。

 

「こうなったら素直に勝負する?」

 

「金原は長打力もあるから、下手に攻めるとスタンドまで運ばれる恐れがあるよ」

 

「そ、そうなの?ど、どうしよう……?」

 

「まぁ手はあるよ。山崎さん、耳貸して」

 

「う、うん……」

 

私は金原対策になるかもしれない策を山崎さんに耳打ちする。これを知っているのは私と二宮だけだ。更にそれにプラスして……。

 

「ほ、本当にそれでいけるの?」

 

「なんとかなるよ。少なくとも最悪の事態は防げる……。それとあの魔球を金原に限り使った方が良いと思う」

 

「……やっぱりその方が良いのかな?」

 

「今のツーシームにもタイミングが合ってたからね。上手く混ぜればいける筈」

 

「……わかった。ヨミちゃんもそれで良い?」

 

「うん、私はタマちゃんと朱里ちゃんに任せるよ~!」

 

「頼んだよ。エース」

 

「エース……。エースかぁ。えへへ……!」

 

あれ?なんか照れてるんだけど?大丈夫かな……?

 

タイムを終えてカウントはノーボール、ワンストライクから。

 

(朱里ちゃんの作戦通りにいくよ!)

 

(うん!)

 

バッテリーはもう1球金原にファールを打たせて、その後は3球連続でボール球を投げる。これでフルカウント。

 

(フルカウントか……。もしかしてアタシを歩かせようとしてる?でも朱里からアタシの事を聞いているならそれはないと思うけど……)

 

金原は思案顔で私の方を見ている。そんなに見ても私からは何も出ないよ!

 

まぁともあれ次で6球目。武田さんが投げたのは……。

 

(ストレート……?いや、曲がる!?)

 

ど真ん中からのあの魔球だった。それは金原のバットを空振りさせるのには充分だ。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「やった!抑えた!」

 

「ナイスピッチ!ヨミちゃん!!」

 

(まずは武田さんの勝ち……。金原との勝負をあと1回するとして、次は……)

 

私が考えていると金原が話し掛けてきた。

 

「やられた~。あんな変化球シニアでもそうそう見ないからね。でも次は打つよ!」

 

「私も負けないよ!」

 

なんか同世代のライバル関係がここに誕生した。まぁ武田さんと金原は性格的に似ている部分があるし、馬が合うのかもね。



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練習試合!新越谷高校VS藤和高校Bチーム 後編

1回の裏の私達の攻撃は1番の中村さんが出塁、2番の藤田さんがバントで得点圏にランナーを進めて、3番の山崎さんがタイムリー。うちは最早これがパターン化しつつあるね。

 

しかし向こうも流れを渡す真似はしない。

 

主将も続いてワンアウトでランナーが一塁に主将、二塁には山崎さんがいる状況で打席には5番の川崎さん。

 

藤和の先発の球を上手く当てる……んだけど。

 

「よっ……と!」

 

『アウト!』

 

「げっ!あれを捕るのかよ!?」

 

レフトにいる金原がファインプレーを見せる。しかも山崎さんはまだ二塁に戻れておらず、ゲッツーという形になった。

 

「ドンマイドンマイ!切り替えていこう!!」

 

「あれは向こうレフトが上手かったね。守備で挽回しよう!」

 

私と芳乃さんで皆を励まして次の守りに付いた。

 

(しかしシニアまでの金原だったら今の打球は捕れなかった筈。高校に入ってまだ1ヶ月くらいなのに、あそこまで成長しているとはね……。これはシニアの時のデータは宛にしない方が良いのかも)

 

でも弱点は克服出来ていても、癖まではそう簡単に治っていない。さっきの打席でも金原の癖は見えていたから、少なくともこの試合はなんとかなるね。

 

 

~そして~

 

時は進んで3回の表。ツーアウトながらもランナー二塁三塁のピンチで金原の2打席目。

 

「今度は打っちゃうぞ~?」

 

正直一塁が空いてるから、金原を歩かせて次の4番と勝負する方が安全なんだけど……。

 

(ここは勝負でいこう。打たれたら私の責任にしてくれて構わないよ)

 

(了解……)

 

ちなみに金原の打席の時は私が、それ以外の時は芳乃さんがサインを出している。

 

(一塁空いてるから、最悪歩かされると思ったけど、勝負してくれるならアタシとしては嬉しいね。さっきの打席の借りもあるし、ここはタイムリー狙いでいきますか!)

 

1打席目はフルカウントまで持ち込んだけど、この打席は速攻で攻める。初球の際どいコースを金原は見送ってワンストライク、次のインコースをカットしてツーストライク。

 

(じゃあここであれを投げてもらおうかな?)

 

(うん!)

 

ここで話は合宿2日目に遡る……。

 

「ねぇ朱里ちゃん」

 

「武田さん?どうしたの?」

 

「ちょっと朱里ちゃんにお願いがあるんだけど……」

 

武田さんのお願い?なんだろう……。

 

「前に朱里ちゃんが投げたやつを私に教えてほしいんだ」

 

前に私が……ってもしかして。

 

「ストレートに見せ掛けた変化球の事……?別に構わないけど、一朝一夕で出来るものじゃないよ?」

 

「……それでも私は覚えたい。このままだと朱里ちゃん、息吹ちゃん、理沙先輩に置いていかれそうな……そんな気がして……」

 

泣きそうになっている武田さん。別にそんな事はないと思うんだけどなぁ……。

 

「……じゃあ早速取り掛かろうか。まずは山崎さんを呼んで3人でやってみよう」

 

「うん!ありがとう……」

 

「気にしないで」

 

(実は息吹さんにそれを教えようと思ったけど、息吹さんには別のやつを教えておこうかな……)

 

山崎さんを呼んで練習開始。

 

「まずは握りを……どの球で使う?スライダー?カーブ?」

 

「そうだねぇ……。カーブでいこうかな?あの球を意識してもらった後にそれを散らすと打者は簡単に打てないと思うから……」

 

「成程ね」

 

確かにあの魔球をちらつかせて、ストレートに見せ掛けたカーブを織り混ぜる事で打者は間違いなく混乱する。謂わばあの魔球の別バージョンと言った感じなかな?

 

「じゃあその方向で……。私がバッターボックスに立つから、早速投げてみて」

 

「うん!」

 

武田さんがカーブの握りで私の球を投げようとする……が。

 

「普通のカーブだね……」

 

「もう1回!」

 

「良いよ。武田さんの気がすむまで付き合う。山崎さんは?」

 

「……当然。私はヨミちゃんの相棒なんだよ?」

 

「タマちゃ~ん!」

 

あの、だからイチャイチャするの止めてね?

 

 

 

(……といった感じで100、200と投げてみたけど、結局1球も成功しなかった)

 

だけどこの打席に限り、可能性はかなり高くなる。武田さんのアドレナリンや強打者に対するモチベーション、そして武田さんは……。

 

(いくよ……。あの球と朱里ちゃんの球の合作!)

 

(うん!)

 

(3球目のコースは真ん中……。ここから落ちる?)

 

武田さんが投げた球は……。

 

(ストレート……?それなら打つ!)

 

ストレート……に見せ掛けた……。

 

(なっ!?しかも今のは……)

 

カーブだった。金原は武田さんに対して2打席連続で三振をしてしまったのだ。

 

(これまでどれだけ投げ込んでも成功しなかった球をこの局面で投げてくるとは……。本番に強いというか尻上がりが過ぎるというか……)

 

まぁここで決めてこそのエースだという事だ。これは私も良い勉強になった。

 

(やられた……。今の球は朱里がよく投げていたストレート。まさか武田さんまで投げてくるとは。でも……!)

 

「やったやった!抑えた~!」

 

「うん、上手くいって良かったよ!」

 

(あの様子だとさっき投げた球は偶然朱里のそれに近付いただけって事か……。5回からは朱里が投げるし、それまでに似た球を見られて良かった。あんな球を投げられるのは朱里以外にいないからね♪)

 

何はともあれピンチは凌いだ。あとはうちがリードを守るだけ……。

 

 

 

 

……だと思ったんだけど、金原以外は基本的に打たせて捕る戦術の為に小刻みに点を取られ続けて、気が付いたら4点も離されてしまった。

 

攻撃の方も代打で雷轟がホームランを打ったけど、藤和の投手が崩れる事がなく、後続を抑えられて3対5で負けてしまった……。私の投球?カットだよ。




オリジナルの話って難しい。ハッキリわかんだね。


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反省を活かそう!

金原を含む藤和の人達が帰った後に私達は反省会をする事に。

 

「皆、お疲れ!今から反省会だよ!」

 

芳乃さんの提案で他校の試合を観戦しながら反省会。

 

「今日はエラーが多かったな……」

 

「監督、帰ったら千本ノックだって……」

 

「こ、こうなったらノック上等だよ!」

 

大鷲と藤和との練習試合で合計8個のエラーが出た。控えめにいっても多すぎる……。

 

藤田さん、大村さん、息吹さんが1つで、川崎さんが2つ、雷轟が3つとエラー祭りである。

 

「どれも打球が強いわよね。前進だと思ったら後ろだったりするし……」

 

「打球勘は数をつめばきっと身に付くよ」

 

私のいたリトルシニアは試合の数が埼玉随一と言われているから、そういった経験だけなら県内で何処にも負けないと思う。

 

「私は守備のサインが細かくて集中出来ないよ」

 

「それも含めての練習試合だよ!大会までには慣れてね」

 

「場合によっては一球ごとに……。それこそ緊張する暇もないくらい出すからね」

 

サインの方は基本的に芳乃さんが、私がスタメンじゃない時はたまに私が出している。あとは雷轟の打席の時も……。

 

(というか雷轟の打席も芳乃さんがサイン出しても良いと思うんだよね。打順の都合上私が塁にいる時に雷轟に回る事が多いし……)

 

そして私達は学校に戻って先生のノックを受ける。

 

「そうです!速い打球はどんなに汚い格好でもまず捕る事!」

 

二遊間に飛ぶ打球はどれも鋭く、ファーストとサードにもほぼ同等の打球が飛んでくる。ちなみに雷轟は30球くらい集中して飛んできたけど、その中でも捕れたのは4、5球くらいだった。

 

「次、外野いきますよ!」

 

外野にはセンターの主将を中心にライトとレフトを私、雷轟、大村さん、伊吹さんというローテーションを組んでノックを受けていった……。

 

 

~そして~

 

「これにて合宿を終了します!試合結果は残念だったけど、格上相手でも形になるのは確認出来たね。これからもじっくりと地力を上げていこうね」

 

このチームの地力は良くも悪くもムラがあるからね。安定した強さがほしいところだ。

 

「監督!何かあります?」

 

監督は息を整えて連絡事項を口にする。

 

「……試験の前週は練習時間を短縮しますが、試合はあります。勉強も計画的にやっておくように」

 

『はーい!』

 

そういえばそろそろそんな時期だったね。なんか川崎さんが嫌そうにしてるけど、勉強苦手なのかな?

 

赤点があったら今回の中間はともかく、期末に取ってしまったら8月にある全国大会の出場が危うくなる。

 

(まぁ勉強も大切にしろって事だよね)

 

中間試験に向けて授業の復習時間を少し多めにしておくかな。

 

 

~そして~

 

時は進んで中間試験の結果が帰ってきた。何時も通り私の所に来た雷轟と合流して、武田さん達のクラスに通りかかる。すると……。

 

「ヨミ、中間どうだった?」

 

「ふっふっふっ。来ると思ってたよ!」

 

自信満々に武田さんは成績表を川崎さんに見せてくる。この学校の中間試験の科目は全部で9教科。その合計は762点だった。わ、私よりも合計点が高いだと……!

 

「嘘だろ……。仲間だと思ってたのに……!」

 

「文武両道、尊敬します!」

 

川崎さんと大村さんは点数悪かったのかな?大村さんは頭良さそうなイメージだから、ちょっと意外かも……。

 

「な、なぁ!遥はどうだったんだ!?」

 

「ふふん、稜ちゃんが私の事をどう思っているか大体予測がつくよ。刮目せよ!私の点数を!!」

 

武田さん以上に自信満々の雷轟が成績表を見せる。

 

「う、嘘だろ!?遥まで……!」

 

「遥さんも文武両道なんですね……!」

 

「……まぁ雷轟はこう見えて中間は学年1位だったからね。なんか納得いかないけど……」

 

「朱里ちゃん酷い!」

 

いや、普段の君を見てるとそう思うのも仕方ないからね?

 

「……ところで稜ちゃん、まさか赤点取ってないよね?」

 

「そ、それは大丈夫……」

 

怖っ!芳乃さんって時々怖くなるよね。

 

「……なーんだ!稜ちゃんが大丈夫なら皆大丈夫だね」

 

「オーイ!それはどういう意味ですか~?」

 

川崎さんが大丈夫なら確かに問題なさそう。どういう意味かは……つまりそういう事さ。

 

「それにしても全然勝てないなぁ……」

 

「6敗1引分け……。そろそろ勝ちたいね」

 

「1勝も出来ないのは流石に不味いかな?」

 

うちは先制は出来るんだけど、後半に勢いが落ちる事が多いし……。

 

「しかしよく試合受けてくれるな。殆んど1年のチーム相手にさ」

 

「監督が頑張ってくれてるからね……」

 

「まぁ格上相手に良い試合してるだけまだマシだよ」

 

「でもまぁ私は楽しいよ。1年からいっぱい試合に出られてさ!」

 

それは人数が少ないうちの利点だね。

 

「同感だけど、やっぱり勝ちたいよ……。というか朱里ちゃんが投げる時は無失点だったじゃん!」

 

「私の時は運が良かったのか誰もエラーしてないしね」

 

ちなみに金原には三振を2つ取ってやったぜ。あの時の金原の悔しそうな表情と言ったらもう素敵でしたよ!

 

まぁ負け続けに対して凹んでても仕方ないし、切り替えて練習しよう……。

 

 

~そして~

 

「はいっ!」

 

おー、飛んだ飛んだ。フェン直じゃん。そして雷轟の方は……。

 

「はっ!」

 

負けずにフェン直。この2人はバッティングにおいては本当に頼もしい。

 

「2人共相変わらずエグいわね……」

 

まぁバッティング以外は素人レベルだから、中々使い辛い部分はあるけど……。

 

「そろそろ白菊ちゃんのに打順を上げようかな~?」

 

「雷轟もスタメンで出すとしたら中軸を任せられるレベルにまで育ってきてるから、その分誰かを下げる事になりそうだけど……」

 

私と芳乃さんが横を見ると、打順を下げられるという危機に陥っている山崎さん、藤田さん、川崎さんの3人。

 

「……そういえば打順はどうやって決めてるの?私と稜と珠姫って似たタイプなのに、ほぼ固定されてるし」

 

「似て非なる……って言った方が正確かな?」

 

「そうだね。じゃあ例えば同点でノーアウト一塁の状況でサイン無し。3人ならどうする?」

 

芳乃さんのこの質問に対する解答によって打順を決めている節はあるからね。

 

「四球狙いつつバント」

 

「同じく……」

 

「私は大量点狙う為に打つぜ!」

 

藤田さん、山崎さん、川崎さんの順番で答える。こういうのって性格が出るよね。

 

「だよね。3人はそれが理由だよ。じゃあ朱里ちゃんは?」

 

私にも同じ質問が……。タイプ的にはこの3人と類似しているからなんだろうか?

 

「……イニングによると思う。序盤なら藤田さんと山崎さんと同じで、中盤ならそれに加えてセーフティも視野に、終盤なら川崎さんと同じくエンドラン狙いかな」

 

「……朱里って色々考えているのね」

 

「本当にポジション投手なのか?」

 

「投手だろうと関係ないよ。打席に立ったなら1人の野手としてプレーしてるし」

 

ピッチングとバッティングはまた別なんだ。これとても大事。

 

「という訳でフリースインガーの稜ちゃんは4番よりも後ろ、菫ちゃんと珠姫ちゃんは経験豊富な分珠姫ちゃんを3番にしているよ。朱里ちゃんは……」

 

「私に関してはシニアでも殆んど7番を打っていたから、この打順が落ち着くんだよね。だから私がスタメンに入る時は事前に7番に入るように芳乃さんにお願いしてるよ」

 

実際シニアでもクリーンアップを打たないかと監督に言われた事があったけど、その時はピッチングに専念したいから、下位打線を希望したんだよね。

 

「打順に落ち着きってあるんだ……」

 

「まぁ朱里ちゃんみたいに打ちたい打順があればアピールしてね!」

 

「5番で良いや!」

 

「本当自己中ね……」

 

まぁ良くも悪くもそれが川崎さんだしね。

 

武田さんの方は顔面4分割を意識してあの魔球を投げ始めて迫力が増した気がする。

 

「まるで死神……の鎌ね」

 

「魔球デスサイスですか!格好良すぎです!」

 

確かに中二的な心は擽られるけどね。

 

「勝てなさすぎて遂に味方にまで死神と呼ばれるようになったか……」

 

「球の軌道の事だよ。鎌で首を狩るような……」

 

「成程!」

 

まぁ山崎さんが言ったイメージがしっくりくる気がする。

 

「それに勝てない事を言うなら死神じゃなくて貧乏神だよね」

 

「し、死神で良いです……」

 

「ボンビー!」

 

「止めて!!」

 

こうして本日の練習時間は過ぎていった……。



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初勝利!

評価付いてたの気付かんかった……。すみませんでした!☆7評価をくださったフィッシュさん、ありがとうございました!


6月の最初の週。私達は練習試合の相手である守谷欅台高校野球部まで足を運んだ。

 

「今日はいつもより沢山サインを出すから、集中していこう!アドバイスいつも通り声を掛け合って楽しくいこうね!」

 

今日は武田さんが先発で、ベンチは雷轟と大村さん。この試合はパワー控えめで、ミートを意識していこうとの事。

 

「さぁ先攻!打っていこ~!」

 

更に打順も弄って1番は息吹さん。選球眼もあるし、悪くないと思う。それに……。

 

「欅台の先発である山田さんは立ち上がりが極めて悪い」

 

「そう!だから希ちゃんじゃなくても、少し粘れば~」

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「ナイセン!」

 

「山田さんの調子が悪い内にランナーを溜めて、一気に決める。今日はこれでいくよ!」

 

その後2番、3番と連続で四球。ノーアウト満塁で今日の4番である中村さんに回る。

 

(そういえば中村さんに対してはノーサインなんだよね。これは多分中村さんの実力を信用しての事なんだろうけど……)

 

なんか芳乃さんと中村さんには百合の花が咲く光景が見えている気がするのは気のせいだよね?

 

中村さんの打球はファーストの正面……だったけど、グラブを弾いて2点先制。

 

「ナイバッチ!!」

 

「希ちゃんの初打点だよ!」

 

「へぇ~、意外だね。打ちまくってるイメージしかないのに」

 

これまでの中村さんの戦績を見ると打率はあるんだけど、チャンスで打てていなかった。克服したんだろうか?

 

続く主将と川崎さんも続いて更に2点追加。ノーアウト一塁・三塁で私に回ってくる。

 

(この流れは切りたくないね……!)

 

そう思った私は山田さんの変化球を初球で合わせて走者一掃の三塁打を放った。

 

「ナイバッチ朱里ちゃん!!」

 

なんで雷轟が1番嬉しそうなの……?

 

連打を食らった山田さんが遂に立ち直って三者連続で凡退。1回の表だけで6点も取る事が出来た。

 

守りは私が大村さんの代わりにライトに入る事に。

 

(そういえば武田さんは私が教えた球を投げられるようにこの試合はそれを試みるのと、カットボールとツーシームを混ぜて投げるしらしい)

 

まだ未完成だから、早めに投げられるようになると良いね。

 

初球から試そうとしたのか、投げてみるも曲がらず、先頭ランナーが出てしまう。

 

「ドンマイ。気にしないでいこう」

 

「うん。今日は朱里ちゃんに教えてもらったあれを投げられるようになりたいし!」

 

さて、ランナーが一塁。欅台はエンドランを多様する。恐らくこの場面でも高確率で仕掛けてくる。

 

(その中でも1番嫌なのは走者スタートによるベースカバーのせいで広くなったヒットゾーンに打たれて一塁・三塁の状態になる事だね)

 

芳乃さんも同じ事を思っていたのかベースカバーには川崎さんだけが入るように指示していた。その結果最低限のワンアウト二塁の状況に収まった。

 

 

~そして~

 

回は進んで最終回。武田さんの試みは半々といった感じで、ピンチになりつつも3失点で済ませている。

 

更に表の攻撃で山崎さんが山田さんの決め球であるシンカーを捉えて二塁打。中村さんが続いて追加点。主将、川崎さんと勢いを落とさず、そしてダメ押しで私の代打で出た雷轟のスリーラン。

 

(これだけ点差に余裕があったら、武田さんも色々試しても良いかもね)

 

まぁそれはバッテリー次第かな?

 

『ゲームセット!』

 

裏の守備も武田さんはラストボールにあの魔球を投げて、きっちり3人でしめて11対3で勝利。

 

(あれ?これって地味に私達の初勝利なんじゃ……)

 

『ありがとうございました!』

 

試合が終わって帰路につく私達。

 

「皆、お疲れ様!夏に向けて1つ良い試合が出来たね!」

 

「ヨミちゃんの新変化球も使えたし、これから楽しみだよ」

 

その武田さんは泣いてるけど、大丈夫なのかな?

 

「あとは白菊のホームランが出れば完璧だな」

 

「私も遥さんみたいな場外ホームランを打ってみたいです!」

 

「白菊ちゃんならきっと出来るよ!」

 

「練習では程々にね……」

 

この2人滅茶苦茶飛ばすもんなぁ……。

 

「芳乃ちゃん!今日の試合勝ったし、全国行ける確率上がったっちゃないと?」

 

「う~ん、そうだねぇ」

 

芳乃さんがタブレットを操作して、埼玉の高校をランクで表したものを見せる。

 

Sランクには梁幽館、美園学院、咲桜。Aランクには秋津、椿峰、村神、大宮大附設、県立浅間台。B~Dランクに私達新越谷がいる。個人的に新越谷はB寄りのCランクだと思っている。

 

「Aランク以上は見た事のあるところばっかだな。勝つどころか試合するイメージも思い浮かばねぇ」

 

「無理ね。全国は……」

 

川崎さんと藤田さんがうちの全国行きを否定する。こらこら。

 

「やってみらんとわからんめーもん!」

 

「中村さんの言う通り、結果はやってみないとわからないよ。このAランク以上にいるチームだって強いから勝つんじゃなくて、勝ったから強いんだ。やる前から諦めていたら勝てる試合も勝てなくなるよ」

 

「朱里ちゃん……!」

 

「そうだね。今日みたいに準備があれば良い勝負は出来るかも」

 

「当たるの楽しみ~!」

 

「大会までにしっかりと出来る事をやっていこうね!」

 

芳乃さんの一言で皆の気合いが一層引き締まる。

 

「……っていうかヨミはいつまで泣いてるんだ?」

 

「だって嬉しかったんだもん~!初勝利~!」

 

「息吹さんと遥さんが貰い泣きされてます!」

 

(ヨミの苦労を知ってるからね……)

 

「良かったねヨミちゃ~ん!」

 

あれ?この光景なんだかデジャブ?



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抽選会

今日は大会の抽選会。キャプテンと芳乃ちゃんと朱里ちゃんの3人が代表で行っている。私達も行こうとしたけど、キャプテンと朱里ちゃんに止められたんだよね……。

 

「はいっ!」

 

「メジャーみたいなスイングになってるよヨミちゃん?」

 

「だって落ち着かないんだもん~!」

 

「うんうん、早く試合したいよね!」

 

「抽選会か……」

 

「Dシードの山に入りたいわよね……」

 

「それって何か関係あるの?」

 

「AシードとBシードは梁幽館と咲桜だし、出来れば当たりたくないんだよ」

 

「Cシードも椿峰だし、強いて言うなら1番Dシードがマシってところかしらね。Dシードは柳大川越だし……」

 

「そうなんだ~」

 

でも目標が全国優勝なら何処と当たろうと関係ないよね?全員倒せば良いだけなんだから……!

 

「キャプテンってクジ運悪そうだもんね~」

 

「そうなんだよな~。芳乃と朱里でそこら辺何とかしてほしいもんだぜ」

 

「でも朱里ちゃんもなんだかクジが運悪そう……」

 

私は何処と当たってもいつも通りやるだけだから何も変わらないけどね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんか悪口言われてる気がする……。雷轟か川崎さんだな?)

 

あの2人の練習量増やしてやろうか……?

 

「わー!野球選手がいっぱい!」

 

おっと、今はこっちだね。

 

「中から強者のオーラがピンピン感じる!キャプテン、朱里ちゃん、早く中に入りましょう!」

 

「ああ……」

 

「芳乃さん元気だね」

 

そして中に入ると……。

 

「いるいる!沢山いるよ!」

 

「まぁ埼玉中の野球部の代表者が集まっている訳だしね」

 

芳乃さんが興奮気味に各選手達の紹介が始まる……。

 

「宗陣高校の古川さん、Cシードのお嬢様学校椿峰!」

 

お嬢様学校がシードまで上り詰めるって考えると凄いよね……。

 

「県内最速投手の久保田さん、文武両道のエリート校大宮大附設、そしてあの一角は去年の優勝校咲桜高校で、県内最高遊撃手の田辺由比さんと塁間県内最速の小関諒さん!」

 

(咲桜には1人うちのシニアから入ってて、ポジションは田辺さんと同じ……。本人は背番号貰うつもりだって豪語してるけど、田辺さんを上回るプレーが出来るのかね……?)

 

まぁ私は咲桜の人間じゃないから、関係ないけどね。

 

「あっちは今春全国出場の美園学院の2年生エース、全国で21回投げて僅か3失点の園川萌さんと同じく2年生捕手の福澤彩菜さん!」

 

美園学院のこの2人は少なくとも来年までは私達と当たる訳だし、シニアから後輩が入ってくる可能性もある……。3年生が中心の梁幽館よりもこういう高校を警戒しておいた方が良いのかもね。

 

「埼玉4強常連で、一昨年の優勝校梁幽館!中でも注目なのは昨年から打率6割をキープしている陽秋月さんとエースで通算ホームランが50本超えの中田奈緒さん!」

 

とはいえ梁幽館も要警戒。その中でも芳乃さんが紹介したこの2人は危険だ。私でも完封出来るかわからないからね。

 

「埼玉高校野球の全てが目の前に……!」

 

「まぁ抽選会だしね。さっきも言ったけど……」

 

「ん~!分析した~い!!」

 

その時会場で何人かが芳乃さんから放たれるプレッシャーを感じた。ちなみに私もそのプレッシャーを受けた……。

 

「気持ちはわかるけど、落ち着いて。席に座ろう」

 

「うん!」

 

主将の指示に従って私達は席に着く。

 

『シード校は整理番号の順に並んでください』

 

「あっ、大野さんだ!」

 

「キャプテンだったのか。浅井さんだと思ってた……」

 

私も柳大と試合するまでは浅井さんがキャプテンだと思ってた。

 

そして抽選は進んでいき、次はうちの番……なんどけど……。

 

「お願いします」

 

『!……新越谷高校』

 

新越谷の名前を聞いた途端に不祥事だの、当たりたいだの、言いたい放題言っていた。煩わしい……!やっぱり皆が来なくて正解だったよ。

 

「はぁ……。ウザい。当事者はもういないのに、なんでグチグチ言うのかしら。新越谷は『この私』から3点も取ったチームよ。痛い目見るといいんだわ」

 

大野さん……。良い事言うなぁ。

 

「あれって柳大川越じゃん……」

 

「じゃああの人が朝倉さんか!」

 

(潰す!)

 

大野さん……。これからは貴女の事を朝倉大野と心の中で呼ばせていただきます。そしてクジの結果は……。

 

「……っ!?」

 

あっ!主将がやらかした顔してる。

 

 

~そして~

 

「申し訳ない!」

 

帰ってくるなり主将が頭を下げる。まぁ引いた山が引いた山だけにね……。

 

「キャプテンまさか……」

 

「強いところ引いたんですか?」

 

「これがトーナメント表だよ。うちはCブロックね」

 

芳乃さんがトーナメント表を渡すと武田さん、川崎さん、藤田さん、中村さん、雷轟が一斉に見る。

 

「初戦は影森高校……。聞いた事がないわね」

 

うちの1回戦は影森高校。データがないから、偵察に行く必要がありそうだ。

 

「で、そこに勝ったら……」

 

「梁幽館かよ!?」

 

「終わった……」

 

一昨年の県優勝校である梁幽館。うちの二遊間が絶望の表情をしているのと対照的に中村さんは嬉しそうにしている。強いところと当たると楽しみみたいだね。雷轟もなんか嬉しそうにしてるし。

 

「キャプテンは梁幽館に知り合いはいないんですか?」

 

「ガールズのチームメイトがいるけど、主力ではないだろうな」

 

主将と同じチームのメンバーがベンチ入りすら出来ないとなるとやはり梁幽館の壁は厚い……。

 

「珠姫ちゃんは?」

 

「……梁幽館の2番手の吉川和美さんとはバッテリーを組んでたよ。2年前のガールズ県優勝投手」

 

「今年の春大ではエースの中田さんとその吉川さんが交互に投げていたよね?」

 

「うん……」

 

中村さんと雷轟がさっきから凄く目を光らせている……。強者とやりたいタイプなのが伝わってくるよ。

 

「朱里ちゃんは?梁幽館に川越シニア出身の子はいるの?」

 

今度は私か……。

 

「……同期に梁幽館のリリーフである橘はづきがいるよ。左のサイドスローで、スクリューを決め球にしている」

 

「左のサイドスロー!大野さんと同じ……!」

 

「既に梁幽館の一軍で練習もしているし、練習試合にも登板してる。うちと当たる時に投げるかどうかはまだわからないけど、1回戦の宗陣高校戦でリリーフを努める可能性はあるだろうね」

 

宗陣高校はノーシードながらも全国経験のある強豪高校。1回戦で中田さんと橘が投げるなら、2回戦では山崎さんとガールズが一緒だった吉川さんが投げる事になるだろう。その時のリリーフは中田さんなのか、橘なのかはみぞ知る……って感じかな?

 

(あと梁幽館には高橋さんがいるんだけど、それは言わなくても影響なさそうかな?あの人は戦略マネージャーみたいだし、言うとしたら秋季大会以降になりそう……)

 

「影森のデータが全くないから、先に梁幽館と宗陣の春大の映像でも見とこっか」

 

「見る見る!」

 

「見たい見たい!」

 

この2人は元気だな……。

 

 

~そして~

 

映像を見た後に吉川さんの速球と斜めに落ちるスライダーの対策を練る事に……。

 

「速球にはマシンの最高設定で対策、そしてスライダーにはヨミちゃんの投球練習を兼ねた実践形式のフリーバッティング。必ず1打席につき1球はあの球を見せる事!」

 

この対決に中村さんと雷轟が嬉々として勝負を申し込んでいた。まずは雷轟から。

 

「ヨミちゃんとの勝負!ずっと楽しみにしてたんだよ!!」

 

「まぁなんだかんだでタイミング逃してたもんね」

 

入部してからこの雷轟と武田さんが1打席勝負をするのは実はこれが初めてなんだよね。それは雷轟が忘れていただけなんだけど……。

 

(練習だし気持ち良く打たせていこう……と思ったけど、これは私達の練習でもある。全力で打ち取りにいくよ!)

 

(わかった……!)

 

(遥ちゃんは例えるなら梁幽館の中田さん。長打力だけなら中田さんよりも上かも知れないから、慎重に攻めていこう!)

 

武田さんの初球はツーシーム。雷轟が立っている左に食い込んできた。

 

「ストライク!」

 

ちなみに審判は私。

 

(ふー……!)

 

(次はアウトコースに……!)

 

武田さんの2球目。アウトコースに……これはストレートかな?

 

(あの魔球なら、ここで落ちる……けど!)

 

「ストライク!」

 

(振らない!?あの球かどうかを見極めようとしていたのかな……)

 

雷轟の方は完全に武田さんの球を見極めようとしてるね。

 

(タマちゃんって後悔とかしてないのかな……?吉川さんの話をする時微妙な顔してたし、やっぱり強いチームでやりたくなったとかあるのかな……?)

 

(とか考えてるんだろうなあの態度は……。だから昔の事を話したくないんだよ)

 

なんか武田さんが山崎さんの方をちらちら見てる。どうしたのだろうか?

 

(あの球を1球は投げるルール……。当然狙われてるよ。コースフリー、余計な事を考えないで最高のキレできて!)

 

(うん!)

 

3球目。雷轟も2球目まではスイングしなかった。見極めて打つ気満々じゃん。

 

「1、2、のぉー……!」

 

雷轟の足が上がる。また一本足かな?

 

(足を上げた?でも今投げたのはあの球。朱里ちゃんの球がちらついてここからの変化に反応出来ない筈!)

 

「のぉー……!」

 

(更に溜めた!?)

 

(あっ、これヤバ……!)

 

「さんっ!」

 

雷轟がバットを振り抜いた瞬間、その当たりはフェンス直撃。つまりこの打席は雷轟の勝ちだ。

 

「やった~!」

 

「打たれちゃったか……。悔しい~!」

 

「ドンマイ。でも武田さんは雷轟に打たれる瞬間がわかったんじゃないかな?」

 

「うん……。実は遥ちゃんがバットを振ろうとした瞬間、『これは打たれた!』って思っちゃったんだよね」

 

「そういうのってあるんだね……」

 

「恐らくだけど中田さんもそのプレッシャーみたいなのを持っているかもだから、対面する時は充分に警戒する事」

 

「はーい……」

 

(あの手の長距離打者は雷轟が放つプレッシャーのようなものを必ず持っている筈……。事実川越リトルシニアでずっと4番を打っていたあの子も持っていたからね)

 

「遥ちゃん、もう1回お願い!」

 

武田さんの方は余り打たれた事を気にしていないみたい。これもエースとしての風格か。私もそこまで心臓強くないからなぁ……。

 

「うん!」

 

雷轟と武田さんとの対決は1勝1敗に終わった。



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偵察

最初少しだけ芳乃ちゃんsideです。


川口芳乃です!今日は息吹ちゃんと影森高校の偵察に来たよ!

 

「初戦で当たる影森高校はデータが殆んどないから、直接見るしかないよね」

 

「私達は偵察部隊……という訳ね」

 

「うん」

 

それに抽選会にはマネージャーしか来てなかった……。何でなんだろう?

 

(わかっている範囲ではここ3年間だと3回戦が最高……。公式戦で柳大や椿峰に敗退してるとはいえ、全てはロースコアの接戦)

 

偵察でその実態がわかれば良いんだけど……。

 

「ここから見るのね?」

 

「うん、ここからなら盗み見しなくても丸見えだよ。ありがたい!」

 

早速ノックを受けている場面だ!選手達の線は細いけど、ちゃんと練習してるなぁ。

 

「守備上手いわね」

 

見た感じ守備型のチームだね。これがロースコアの正体かな?

 

「あっ、あの子がエースの中山さんだね。息吹ちゃん、よく見ておいて」

 

「えっ?」

 

中山さんが投球練習を始めた。アンダースローだ!

 

「おおっ、アンダースロー!」

 

投球練習を続けて見ていると中山さんが振り返る。

 

「……っ!」

 

「芳乃?」

 

プレッシャーみたいなのを感じて身を伏せた。

 

「ま、まさか気付かれたの……?」

 

「この距離だし、大丈夫だとは思うけど……。何?今のプレッシャーは……?」

 

と、とりあえず引き上げよう!

 

 

~そして~

 

「ちょっと不気味なチームだったわね……」

 

「個々は強いようには見えなかった。中山さんの球もそこまで……」

 

「特殊な戦術でも使うのかしら?」

 

「……なんか嫌な予感がする」

 

なんだろう?取り返しの付かない……とまではいかないけど、それに近いこの予感は……?

 

「あれ……?」

 

「どうしたの息吹ちゃん?」

 

「彼処にいるのって朱里じゃないかしら?」

 

「えっ……?」

 

「…………」

 

本当だ。何をしてるんだろう?

 

「朱里ちゃーん!」

 

折角見掛けたんだから、声を掛けよっと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(影森の投手の中山さん。球はそこまでだけど、あのピッチングはちょっと厄介だ……。これは芳乃さんと相談して……)

 

「朱里ちゃーん!」

 

この声は芳乃さん?よく見たら息吹さんもいるし。もしかして目的被った?

 

「芳乃さんに息吹さん。こんなところで奇遇だね」

 

「うん、影森高校の偵察にね!」

 

「……考える事は同じだったって事か」

 

「じゃあ朱里も?」

 

「無名のチーム程怖いところはないからね。投手の球だけでも見ておきたいと思って……」

 

同じ投手として何か参考になるかと思ったんだけど、あれは私には真似出来ないね。

 

「でも何処で見てたの?私達も見てたんだけど、辺りに人はいなかったわよ」

 

「私は真後ろで見てたよ」

 

「あ、朱里ちゃんはあのプレッシャーを感じなかったの!?」

 

プレッシャー?ああ、あの『この空間は私達だけの場所だ!』的な視線の事かな?

 

「そんなの気にしてられないよ。勝つ為の偵察なんだし」

 

「朱里ってやっぱり大物よね……」

 

「何を言ってるのさ。投手は度胸だよ?息吹さんもこれくらいはやっておかないと」

 

「え、遠慮しておくわ……」

 

ちぇっ!

 

「朱里ちゃんはエースの球を見た?」

 

「中山さんの?見たよ。アンダースローでしょ?バックの守備も上手いし、簡単に勝てる相手じゃないね」

 

「やっぱり守備であのロースコアなのかな?」

 

「……いや、単純にそれだけでもなさそうだよ」

 

「どういう事?」

 

ここで説明するのも良いけど、それだと二度手間になるし……。

 

「詳しい事は明日説明するね」

 

「わかった。朱里ちゃんの偵察結果、楽しみにしてるね!」

 

な、なんかプレッシャー……!

 

「……そういえば今日私が着いてきた意味あったのかしら?」

 

「それはね……!」

 

 

~そして~

 

「昨日偵察に行った結果、初戦の影森高校は守備型のチームだと思われるよ。エースはアンダースロー」

 

「おおっ!」

 

「今から息吹ちゃんが再現してくれるよ」

 

息吹さんは中山さんのアンダースローを再現する。このコピー能力は凄いな……。これは私の技術も教えたら上手くいきそう。

 

(成程……。私は中山さんを模したピッチングをすれば良い訳ね)

 

「じゃあこれに加えて追加事項があるから報告するね」

 

私が言うと皆が一斉にこっちを向く。

 

「まずはこのデータを見てほしい」

 

タブレットを取り出して過去の影森高校の戦績を移した。

 

「柳大や椿峰と接戦じゃないか……!」

 

「これは侮れないわね」

 

「今言った通り柳大と椿峰みたいな格上との試合は勿論、格下との試合も同じようにロースコアで試合を決めている。更にそれぞれの試合の平均時間が1時間前後と凄く短い。この結果が気になって私は偵察に行って確かめた。その正体はバッテリーによるハイテンポピッチングだとわかったよ」

 

「ハイテンポピッチング?」

 

「うん、中山さんは常にクイックモーションで投げていて、ランナーが出た時は更にモーションが速くなる。影森と対戦した学校はテンポに惑わされて思うように試合が出来ていない」

 

「これは厳しい戦いになりそうだな……」

 

「序盤はキツいかもですが、慣れてくると打てるようになると思います。対策としては相手のテンポを崩すか、相手に合わせてプレーするか……。それに関しては当日に判断しても遅くはないでしょう」

 

「うんうん!朱里ちゃん最高だよ。じゃあそれぞれ練習を始めましょう!」

 

芳乃さんの一声で私達は大会に向けて練習を開始した。



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公式戦ユニフォーム

雨の日。設備が一流のこの学校には室内練習場があり、一部のメンバーを除いて私達はそこで練習している。

 

「いくぞ白菊。右中間!」

 

「はいっ!」

 

「大分打ち分けられるようになったな」

 

「ありがとうございます!」

 

こちらは主将と大村さんがバッティング練習を。

 

「藤原先輩、次投げてください」

 

「わかったわ!」

 

私と武田さんで藤原先輩のピッチングを見ている。山崎さんが捕手を、息吹さんが打者役をしている。

 

「段々フォームが安定してきましたよ!」

 

「ええ!この感じを忘れない内にジャンジャンいくわよ」

 

藤原先輩も良い感じに仕上がってきた。これなら先発を任せても問題なさそうだ。

 

 

~そして~

 

「集合~!」

 

室内練習を進めていると主将から集合が掛かった。

 

「少し早いが、公式戦用のユニフォームを配布するぞ」

 

「待ってました!」

 

ユニフォーム配布と聞いて川崎さんを始めとする皆が喜んでいる。

 

「それでは順番にユニフォームを取りに来てくださいね」

 

「先ずは1番……ヨミ!」

 

「は、はいっ!」

 

(1番……!)

 

「頼んだよエース」

 

「朱里ちゃん……」

 

「まぁ来年……いや、秋季大会でその背番号を私達に奪われないように頑張ってね」

 

「うっ……!負けないもん!」

 

それにまだ見ぬエース候補がいるかも知れないから、私も油断しないようにしなくちゃね。

 

その後9番まで背番号の発表が終わり、次はベンチである私達の番だ。

 

「15番……遥!」

 

「はいっ!」

 

「雷轟さんには主に代打の切り札として出て貰う事になります」

 

「まぁ対戦相手によってはスタメンで出すかもだから、頑張ってね」

 

「うんっ!」

 

雷轟をスタメンで出すなら梁幽館と戦った後の3回戦からになりそうだね。まぁその前に大きい山がある訳だけど……。

 

「18番……朱里!」

 

「はい!」

 

私は今回2番手として、そして外野で出場する可能性を考慮しての18番。いつの日か武田さんからエースナンバーを奪取したいものだ。

 

「最後に10番……芳乃!」

 

「ええ!?良いんですか?」

 

「勿論だ」

 

「芳乃さんも新越谷野球部の一員だからね」

 

「ベンチには20人まで入れるからな」

 

「開会式一緒に出れるやん!!」

 

「試合には出しませんが、コーチャーに立ってもらう事はあるかも知れませんね」

 

……という事で主将からユニフォームを受け取る芳乃さん。肌触りを確認した後にぴこぴこさせてユニフォーム生地が練習試合用とは違う事を力説していた。あっ、本当だ。これは確かにメッシュ生地。

 

 

~そして~

 

ザーザーと降っていた雨も暗くなるとすっかり止んでいた。

 

「暗くなってから雨が止みやがるなぁ……」

 

「でも明日は晴れるみたいで良かった」

 

明日は傘が必要なさそうで良かった……。

 

「私達上がるわね」

 

「うん、お疲れ~」

 

「朱里ちゃん、ユニフォーム着よう!」

 

いきなりどうした……。

 

「さっき芳乃ちゃんがユニフォーム着てたんだ!もう可愛くて可愛くて……。私も早く着たい!朱里ちゃんも着よう?」

 

「いやいや、試合中いくらでも見れるじゃん……」

 

「試合中はユニフォームが可愛いとか考える余裕がないよ!」

 

「はいはい。着れば良いんでしょ?着れば……」

 

隣を見ると武田さんが雷轟と同様に山崎さんにユニフォームを着させようとしていた。山崎さんも大変だな……。

 

 

~そして~

 

「着たよ~!」

 

武田さんと雷轟が私と山崎さんを引っ張る形で芳乃さんの前まで来た。

 

「4人共凄く似合ってるよぉ~。強そう!」

 

このユニフォームは可愛さと強さを兼ねているらしい。私には全然わからない……。

 

そしてその流れで武田さんと芳乃さんと雷轟がキャッチボールをする事に。

 

「ちょっと濡れてるけど、やれそうだね」

 

「いくよ~!」

 

「来い!」

 

まずは芳乃さんが武田さんに投げる。

 

(スピンのかかった良い球だ。芳乃さんは芳乃さんでセンスがあるね)

 

「ナイスボール。良い球投げるじゃん!」

 

「息吹ちゃんの相手になれるくらいにはね」

 

この時点で雷轟よりも上手そうに見えるよ。

 

「……入学式の時はキャッチボールするだけの部でも良いって思ってたんだよね」

 

「それってキャッチボール部って事?」

 

それって部活なのかな……?

 

「う~ん……。半ば帰宅部みたいな感じかな?放課後に好きな人と適当に身体動かして、甘いものでも食べながらお喋りして、遊んで帰る……。それはそれで楽しかったかもね」

 

「確か入学式の日は武田さん達4人しかいなかったんだっけ?」

 

「うん。……それがまさか人数が揃って大会に出られるなんて想像もしてなかったよ」

 

もしもあの時主将達がいなかったら……っていうifかな?

 

「もしもそうなっていたら私と雷轟はクラブチームか草野球チームで野球をしてただろうね」

 

「そうなの?」

 

「雷轟がどんな環境でも良いから、高校では野球したいって言っていてね。私達2人が来た時は中村さんと大村さん以外の人数が既に集まっていたけど、この野球部がその時も停部してたら私達はここにはいなかったよ」

 

私がそう言うと雷轟がこっちに飛びかかってきた。キャッチボールに集中しなさい。

 

「……そう考えるとこのチームで良かったよ。今までの公式戦で1番ワクワクしてるし!」

 

「3ヶ月頑張ったもんね。最早白菊ちゃんと遥ちゃんと息吹ちゃんも超素人級だし」

 

「どうかな?雷轟は確かにエラーをしなくなったけど、守備の動きがまだまだ甘いから、実戦で使うには厳しいかもよ?」

 

「朱里ちゃん酷い~!」

 

私の横で雷轟が何か言ってるけど、スルーで。

 

(新越谷で最初の夏……。私達はどこまでいけるだろうか?)

 

全国出場までは無理でも、県ベスト8くらいはいきたいものだ。



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開会式

セミの鳴き声。これを聞くと夏を感じる。つまり何が言いたいかと言うと……。

 

(暑い……)

 

夏とか滅べば良いと思うよ。大会があるからなんとか頑張っていけるけど、この暑さはマジでヤバい。日に日に暑くなってるんじゃないの?でもまぁ……。

 

「見渡す限りの野球選手!!」

 

「テレビや漫画で見るのと遜色ない風景です!!」

 

(この熱気が大会って感じだよね。夏は好きじゃないけど、野球の大会となったら話は別……。1つでも多く勝って新越谷を知らしめるんだ!)

 

「あの方は私と同じ9番です!」

 

「あいつは6番だ。でけー!」

 

「はしゃぎ過ぎよ」

 

「まぁ緊張するよりは良いんじゃないか」

 

そうそう。この状況で物怖じしない方が選手としては好ましいよ。

 

「……それにしてもヨミ達、トイレ遅いな」

 

「どうせ油売ってますよ」

 

武田さん、中村さん、息吹さん、雷轟の4人はトイレに行ったっきり戻ってこない。迷っているのか、それとも……。

 

「他校の選手に絡んでなきゃ良いけど……」

 

「まぁ大丈夫だよ」

 

中村さん辺りは強い高校見付け次第練習試合を申し込んでそうだけど……。

 

「珠姫?」

 

後ろから山崎さんを呼ぶ声がした。振り返ってみると……。

 

「やっぱり珠姫だ」

 

「和美先輩……」

 

吉川和美さん。山崎さんのガールズの先輩にして、梁幽館の2番手投手。

 

「珠姫~、久し振りじゃないの~。会いたかったよ~!」

 

「お久し振りです……」

 

(ん?梁幽館?という事は……)

 

「せ~ん~ぱ~い~!!」

 

「ふんっ!」

 

「ふごっ!?」

 

なんか私に突っ込んできたから、条件反射でアイアンクローをかました。

 

「いたたたた……!ギブギブ!」

 

「もう飛び付かない?」

 

「しません!」

 

多分という小さい声は聞かなかった事にして、私は手を離す。そこにはやはりというかシニア時代に私にベタベタしてた橘はづきが吉川さんといた。

 

「もう!何をするんですかせんぱい!?」

 

「それはこっちのセリフだよね?……久し振り橘。元気にしてた?」

 

「それはもう!いつでもせんぱいの事を考えてましたよ!」

 

「そう……。私はそんなにだけどね」

 

「またまた~。そんな事言って嬉しいくせに~!」

 

「はづき、知り合い?」

 

「和美先輩、紹介します!こちらにおわすは私と同じシニアで大活躍していたエースで、私と一生を添い遂げる相手の……!」

 

「後半の情報はいらないよ。というかそんな事になる訳ないし」

 

暴走している橘を制止して、私は吉川さんに自己紹介する。

 

「……橘と同じシニアで野球をやっていました早川です」

 

「あぁ~。君がはづきがいつも言ってた……」

 

「出来ればその内容は忘れてください」

 

私が呆れているなか橘が皆の方を向いて……。

 

「朱里せんぱいと同じシニアで野球をしてました、1年生の橘はづきで~す!この梁幽館ではクローザーを努めてま~す!」

 

「はづきは本当に凄い奴で、下手したら背番号私よりも上になるところだったんだよ?」

 

吉川さんの発言で皆が騒然としている。2人の背番号を見ると吉川さんが私と同じ18番で、橘が20番。

 

「……まぁあの梁幽館で1年生が背番号を取れたのは凄いと思いますよ」

 

そういえば橘はシニアでも20番を付けていたね。川越シニアは投手の層が厚いから、ギリギリだった。梁幽館も選手層は暑い筈だけど……。

 

「そうそう!はづきは1年生でユニフォーム貰えたの」

 

「えっへん!何れは和美先輩から2番手の座もいただいちゃいますよ~?」

 

「言うね~?」

 

な、なんか私達をそっちのけでイチャイチャしだしたんだけど。もう私達行っても良い?

 

「タマちゃん、その人は……?」

 

「朱里ちゃん、その人は……?」

 

トイレに行っていた雷轟達が戻ってきて、雷轟と武田さんが目の光を消して私と山崎さんに質問する。

 

もしかして君達打ち合わせでもしてたの?私と山崎の名前以外同じ事を言ってるし、タイミング同時だし……。

 

「お、お帰りヨミちゃん。こ、この人はね……」

 

山崎さんも山崎さんでなんでそんなに慌てているの?まるで浮気現場が見付かった時みたいな反応してるし……。

 

「そっかそっか。貴女が新越谷の1番さんね?梁幽館の吉川和美です。美南ガールズでは珠姫とバッテリーを組んでました~」

 

「武田詠深です。『今は私が』タマちゃんとバッテリーを組んでます。よろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

武田さんと吉川さんは山崎さんとバッテリーを組んでいた事を強く言い、互いに利き手で握手する。手は大事にしようね?

 

「へー、貴女が朱里せんぱいの秘蔵っ子ですか~?私は朱里せんぱいの『パートナー』の橘はづきで~す!」

 

「橘さんってのいうんだね。私は朱里ちゃんの『支えになっている』雷轟遥でーす!」

 

「そうなんですね~」

 

「そうなんだよ~!」

 

雷轟と橘の方も笑顔で握手してるけど、目が笑ってないんだよなぁ……。胃薬が欲しい。

 

「珠姫って試合後はいつも『和美さんと反省会したい』とか言って引っ付いてくるのが可愛かったなぁ」

 

「いやいや、試合後に限らずいつも『ヨミちゃんと一緒にいたい』言ってますけど~?」

 

「捏造で張り合わないで!ベタベタしてくるのはアンタ達でしょうが……」

 

武田さんと吉川さんの言い合いはヒートアップしていて、ある事ない事を言って自慢していた。山崎さんも大変だな……。

 

「私なんて朱里せんぱいに『橘、頑張ったね。御褒美に私が大人にしてあげる』って言ってくれて大人の階段上らせてくれたんですよ~」

 

「そ、それが何?朱里ちゃんは私に『雷轟、君がいなかったら私は生きていけない……』なんて生涯を添い遂げる発言をしてくれたもん!」

 

「ちょっと?君達に至っては捏造ですらないよ?私そんな事を言った覚えはないからね?」

 

雷轟と橘もヒートアップをしており、こちらはない事しか言わない。胃が痛い。山崎さんの同情の目が辛い……。

 

「……まぁ珠姫がいなかったら今の私はいなかったから、感謝してるよ」

 

「私もです。タマちゃんいなかったら、私ここにいなかったし」

 

この2人は良くも悪くも山崎さんに支えられている投手って事か。まぁ私も二宮がいなかったら、どんなに投手になっていたかわからないけどね。

 

「……私は朱里せんぱいに憧れて野球を始めました。朱里せんぱいがいたからこそ今の私がいるんです」

 

「……私も朱里ちゃんがいなかったらずっと筋トレしかしてなかったかもしれないよ」

 

二宮に聞いた話だけど、橘は私が右投げ時代に投げたシンカーに憧れて野球を始めたらしい。尤も橘は左投げだから、決め球がシンカーじゃなくてスクリューになっているけど……。

 

雷轟は私と出会う事がなかったらそのバッティングセンスが誰にも見られる事もなく、ずっと筋トレの毎日だったかもしれないと言う。そう考えると雷轟と出合って良かったのかな……?

 

「いたいた。和美、はづき、早く戻るわよ。目を離すとすぐいなくなるんだから!」

 

(梁幽館の正捕手の小林依織さんか……。小柄ながらもリードの良さと強肩を買われて2年生ながらも背番号2番を勝ち取った実力者だ)

 

「ごめんごめん」

 

「すみませ~ん依織先輩……」

 

小林さんはこの2人の扱いに慣れてそう。つまり苦労人ポジションだね。なんか同情する……。

 

「珠姫、武田さん!」

 

「朱里せんぱい、雷轟さん!」

 

2人が小林さんに引っ張られながら行こうとすると吉川さんと橘が足を止める。

 

「続きは試合で語ろっか!」

 

「初戦、絶対に勝ってくださいね!」

 

成程、まだ言い足りないから続きは2回戦での野球のプレイでって事か……。

 

「言われなくたって!」

 

「そっちこそ、宗陣に負けないでくださいよ?」

 

「言うね~?」

 

「宗陣は私のスクリューでバシッと抑えますよ!」

 

2人は自信満々に私の皮肉に答えた。あとは……。

 

「高橋さんにもよろしく言っておいてください」

 

「そっか……。友理とも同じチームだったね。うん、私とはづきから言っておく」

 

今度こそ2人は小林さんに引っ張られて去って行った。

 

2人がお風呂云々言ってたけど、私は耳を塞いで聞こえないふりをしたので何も知らない、聞いてない。

 

「そういえば橘さんは朱里の事をせんぱいって言ってたけど、2人は同い年なんだよな?」

 

「そうですね。シニアで知り合ったんですけど、橘は私に滅茶苦茶懐いていて、何故か敬意も払っていたから、あのように私の事をせんぱいって呼んでるんです」

 

本当、なんであそこまで懐いているのかは未だに謎だけど……。

 

「聞いて良いかわからないけど、珠姫と朱里ってなんで新越谷に来たの?」

 

「別に普通だよ。学力とか家の近さとか……」

 

「まぁ私も似たような感じだよ」

 

電車通学で一駅は中学に比べて格段に近いけど、川口家は歩いて数分で新越谷だから羨ましい……。

 

「でもさ、強いチームにいた人って強い学校に行きたがるもんじゃないのか?」

 

「それは人それぞれだと思うよ。元チームメイトの1人は私と同じように強豪校のスカウトを蹴って野球部のない高校に行ったくらいだしね」

 

「そんな奴もいるのか……」

 

「その人は野球部のないところに行って野球というスポーツの素晴らしさを教えたいって言ってました」

 

ちなみにその人は野球部を設立して大会にも出るそうだ。本人は素人の寄せ集め集団って言ってたけど、あの人のいるチームは底が知れないから危険なんだよね……。

 

「まぁ私の場合は進路決める頃は高校生活を捧げて良いと思える程には野球に熱がなかったのかも……」

 

「私はどこに行こうとも私の野球をやるつもりだったよ」

 

山崎さんの場合はもしかしたら高校で野球をやらないつもりだったのかもね。

 

「でも今は好きだよ。野球も、このチームも……!」

 

「それは私も同じだね」

 

『まもなく選手入場を開始します』

 

アナウンスが流れた。いよいよ入場か……。

 

「い、いよいよ入場ね……」

 

「出陣ですか……!」

 

大村さんは何故そんな古風な発言なのか……。

 

「これからテレビに映るよ!強いチームは行進も良い!左右は私に、テンポは演奏に合わせて、腕と脚を上げて格好良くね!」

 

「よし、行くぞ!」

 

『おーっ!!』

 

演奏が始まり、私達は曲に合わせて行進する。流れているのは某野球アニメのOPだね。

 

(これから夏の大会が始まる……。1つでも多く勝ちたいところだね)

 

ちなみに私達の横には梁幽館高校がいた。武田さんの隣は吉川さんで、雷轟の隣は橘だった。いらないよそんな偶然……。

 

観客席からの拍手が鳴り、各高校が整列をして、開会式が終わった。

 

 

~そして~

 

「おおっ!映ってる映ってる!」

 

「皆の晴れ舞台!格好良い~!」

 

確かに芳乃さんの言う事も一理あるんだけど……。

 

「……それにしても12人しかいないと目立つなぁ」

 

「手足が同時に出てる奴!」

 

「「はぅぅぅっ……!」」

 

私がボソッと呟き、それに続いた川崎さんの発言に息吹さんは涙を流し、大村さんは顔を赤くして手で覆った。

 

「気にしない気にしない!これも良い思い出だよ!」

 

いや、雷轟の言う通りだよ?でもね……。

 

「……言っておくけど、雷轟も手足が同時に出てたからね?」

 

「嘘っ!?」

 

「本当だよ」

 

まぁとにかく私達の夏の大会が幕を開けたのであった。



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県大会1回戦!新越谷高校VS影森高校①

☆10評価をくださったИрвэсさん、ありがとうございます!


大会当日。私達は試合前のノックを受けている。

 

「ライト!」

 

「はいっ!」

 

内野陣は勿論、外野の守備も良くなってきている。この試合は大村さんがライトを守る事に。

 

「お嬢、ナイスです~!」

 

「道場の皆さん……。お母様も!」

 

あの一角は大村さんの応援か……。これは大村さんも良いところ見せなきゃね。

 

「先生、さぁこーい!」

 

「ヨミちゃん、頑張れ~!」

 

武田さんも雷轟もすっかり吹っ切れてるみたいで良かった。まぁ何があったか。それは昨日のオーダーを決める時の事……。

 

 

 

 

「ええっ!先発私じゃないの~!?」

 

「私、ベンチなの~!?」

 

えー……。芳乃さんと相談した結果、1番が中村さん、2番が藤田さん、3番が山崎さん、4番が主将、5番が川崎さん、6番が『先発投手で藤原先輩』、7番が大村さん、8番が息吹さん、9番が『サードで』武田さん、ベンチが私と雷轟になってるんだけど……。

 

「う、うん……。影森戦の先発は理沙先輩でいくよ。ヨミちゃんはサードをお願い」

 

「雷轟は私とベンチだね」

 

「「なんでなんで~!?」」

 

このように駄々っ子が2人誕生した。

 

「やっぱりこうなると思ったんだよね……。ヨミちゃん、わがまま言わないの」

 

「雷轟も出たがりになったからね。はぁ……。雷轟、藤井先生も言ってたでしょ?主に代打の切り札として使うって」

 

私と山崎さんは溜め息を吐きつつも、なんとか2人を宥めようとする。

 

「……ヨミちゃん、これを見て」

 

芳乃さんが出したのは以前に私が取った影森の統計だ。

 

「前に朱里ちゃんが説明したけど、影森は相手の強弱に関わらず時間が異常に短くてロースコアなの」

 

「……だから尻上がりの武田さんとは相性が悪い。それに大会の過密日程を考えると初戦の内に藤原先輩や息吹さんを試しておきたいんだ」

 

「ヨミちゃんと朱里ちゃんだけに頼る訳にもいかないもんね。私達の目標は優勝なんだから」

 

山崎さんの言う通り。……実は私もあのテンポの早さは若干やり辛いところもあるから、先発を辞退したんだよね。

 

梁幽館相手になるべく私と武田さんのピッチングを見せたくないっていうのもあるけど……。

 

「それにエースは温存したいしな」

 

「エースは温存……?そうだよね。エースは温存しなきゃだもんね!それなら仕方ないかぁ!」

 

主将が武田さんを持ち上げる。すると武田さんは上機嫌になった。主将……。武田さんの扱いが上手いですね。それなら私は雷轟を丸め込もう。

 

「雷轟は私達の切り札だし、なるべく切り札は隠しておきたいんだ」

 

嘘は言ってない。

 

「朱里ちゃん……」

 

な、なんで涙目なんだ……。

 

「それに雷轟を出すタイミングは私の方で既に決めてある。その時に思いっきり暴れてもらうよ」

 

「……うん、わかった。その時を楽しみにしてるね!」

 

((ナイス。キャプテン、朱里ちゃん……))

 

「えへへ~♪」

 

「よーし、その時がきたら思いっきり暴れるよ~!」

 

な、なんか不安だけど、大丈夫だよね?

 

 

 

……そんな事を思いながら相手の守備を見る。

 

「随分静かなノックだな……」

 

「声を出さないチームなんてあるのね」

 

「まぁこっちは声出して圧かけていこうぜ!」

 

「そうだね。うちはうちの野球をすれば良い」

 

さて、影森の先発は……。

 

「予想通りのアンダースロー!」

 

「球速以外は息吹ちゃんのバッピ通りやん!」

 

「よくやったぞ!」

 

当の本人は緊張でそれどころじゃなさそうだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

球場の外では……。

 

「お~い、こっちこっち!」

 

「お待たせしてすみません」

 

「ま、迷っちゃった……」

 

私服の女子が3人。

 

「アタシが誘っといてなんだけど、2人共よく来れたね?」

 

「私は今日は試合ではありませんので、学校の方を休んで来ました」

 

「わ、私も……!」

 

「やっぱ考える事は一緒か~」

 

「朱里さん率いる新越谷高校の試合はなんとしても抑えなくてはいけません。自分の試合をブッチしてでも見に行きます」

 

「それはやり過ぎだと思うな~……」

 

「と、とりあえず入ろう?」

 

「そうですね」

 

彼女達……朱里の元チームメイトはわざわざ県外から新越谷の応援に来たようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて……。影森は早打ちを仕掛けてくるチームだから、様子見のボール球を振ってくれる筈だけど……)

 

藤原先輩の初球のボール球を期待通り打ってくる。

 

「ライト任せたわよ。前!」

 

「はいっ!」

 

でも結構面倒な上がり方だな……。そう思っていると大村さんはエラーをしてしまう。

 

「ああっ!お嬢~!」

 

あの一角は凄いリアクションしてくるなぁ……。

 

「白菊ちゃん、ナイス!後ろに逸らすよりもマシやけん、気にせんで良いよ!」

 

「はい……」

 

(声の掛け合い等のフォローもバッチリだね)

 

ランナーのリードが小さい……。盗塁はしないのかな?でもここはウエストの方が……って!

 

(ここはバントをさせてアウトを貰おう……)

 

あっ、そんなストライクに投げたら……って遅かった。影森のランナーが走った。

 

「走った!」

 

「バスターエンドラン!?」

 

打者の当たりはボテボテのショートゴロ。

 

「オーライ!」

 

「ボール1つ!」

 

「オッケー!」

 

『アウト!』

 

「ワンアウト!」

 

とりあえずワンアウトは取れた。けど……。

 

(なんか違和感を感じるな……。気のせいかな?)

 

続く3番バッターも初球で打って、当たりはセカンドの頭を越えて、二塁ランナーがホームイン。たった3球で先制点を取られてしまった……。

 

(影森の守備力を考えたらこの先制は痛いな。うちが影森のハイテンポピッチに慣れるかが問題だけど……)

 

私としてはなんとか向こうのペースを崩していきたいところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あちゃー、新越谷が先制されちゃったか……」

 

「新越谷が先制されるのは今年度に入って初めてですね」

 

「それにしても影森ってところはこれまで全部初球打ちだね」

 

「なんか急いでるようにも見えるね~」

 

「ですが今の3番はよく打ったと思います。あのコースの球はそう簡単には手が出ませんから」

 

「う~ん……」

 

「いずみちゃん、どうしたの?」

 

「なんか違和感あるんだよね~」

 

「影森ですか?」

 

「何て言うか……。もったいないって言うか……」

 

「もったいない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後2点目を取られそうになるが、武田さんのカバーによって阻止する事が出来た。

 

「1点は勿論想定内だよ。早めに追い付こう!」

 

『おおっ!』

 

「希ちゃん、第1打席は出来るだけ見ていってくれない?」

 

「任せて!」

 

『1番 ファースト 中村さん』

 

(中山さんか……。どんな球を投げるとかいな)

 

「お願いしま……」

 

中村さんが礼をする前に中山さんが投げてくる。

 

(投げ始めが速い……!)

 

(それだけじゃない。捕手の返球も早いし、返球が終わった瞬間に次を投げてくる……。前に見た時よりもテンポが速くなっているぞ)

 

(面白いやん……!)

 

「やっぱり中山さんは常にクイックモーションで投げているみたいだね」

 

「朱里ちゃんの偵察通りって事だね。じゃあ今のは?さっきよりも速かったけど……」

 

「う~ん、スーパークイックモーションってところかな?」

 

その球を打った中村さんはサードゴロに倒れた。

 

「ごめん……」

 

「ドンマイ!どうだった?」

 

「多分全部ストレート。大した球やないけど、なんか気持ち悪かった……」

 

2番の藤田さんもショートゴロに倒れてしまう。

 

「構えた瞬間に投げ込んでくる上に、1球毎にタイミングが微妙に違ったわ……」

 

「それってボークじゃね……?」

 

「恐らくギリギリのところを中山さんもわかって投げているだろう。ランナーが出ればリズムが変わるかもしれないから、それまでは辛抱かな?」

 

「それに9人いれば何人かはタイミングが合うかも!」

 

3番の山崎さんがタイミングを合わせて打つが、ライトフライ。うちが三者凡退ってもしかして初めてなんじゃ?

 

「…………」

 

「大村さん、チェンジだよ?」

 

「あっ、はい!」

 

「どうしたの?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「そう?ならいいけど……」

 

その後大村さんは中村さんに何かを聞いていた。

 

(ひょっとしたら中山さんの攻略方法がわかったとか……?)

 

そうだとしたら大村さんの打席は期待出来そうだね。




~オマケ~
打順の理由①

影森戦当日……。

詠深「むぅ……!」

理沙「詠深ちゃん……。やっぱり投げたかったわよね」

朱里「藤原先輩、多分あれは……」

どっちかって言うと打順に不満がありそうな感じだけど……。

詠深「なんで私が9番……?練習試合通りで良いじゃん……」

武田さんはやはりというか打順が9番に落ちている事に不満を持っていた。


打順の理由②

打順が9番に落ちている事を不満に思っている武田さん。

芳乃「ヨミちゃん、練習試合の打率はいくつ?」

詠深「うっ……!」

わかりやすく動揺してるね……。

詠深「……こぶ」

稜「えっ?何割って?」

詠深「.050(ごぶ)です!!」

そう、武田さんは練習試合の戦績がチームの中で1番低かったのだ……。

稜「なら打順を下げられても仕方ないな。ドンマイ!」

芳乃「今日打ったらまた戻すかもだから頑張ろ!」

詠深「うう……!」

なお戻すと確定した訳じゃない……。


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県大会1回戦!新越谷高校VS影森高校②

2回表。守備に付く前に私、芳乃さん、山崎さん、藤井先生でこの試合の方針を決める。

 

「徹底して高速な試合作りをしてくるチームに対して間を取りつつリズムを崩していくか……」

 

「敢えて被せていくかだね。どうしようか……」

 

「高校野球の審判はテキパキした動きが好きですからね……。時間を使うと相対的にダラダラしているように映るかもしれません」

 

成程、こうしている間にも向こうの打者と審判の準備は終わっているから、私達がダラダラしているように見えるって訳か……。

 

「被せていこう!」

 

「決まりだね」

 

私個人としてはリズムを崩していきたいけど、藤原先輩のスタミナ消費を抑える為にも向こうの早打ちを利用した方が良さそうだね。

 

(これなら藤原先輩が四死球による自滅を考えずに済む……か。早打ちの確率の表を引けば初回の先制劇だけど、その裏を引けばそれは淡白な攻撃になる……)

 

影森のこれまでのデータでは殆んどの試合が先制で点を取っている。つまり早打ちによる奇襲が上手くいっているという事。2回表はこちらの守備が影森の早打ちに上手く対応して三者凡退に収めた。

 

この回の藤原先輩の投球数は僅か5球。これなら5、6回までいけそうだね。

 

しかし2回の裏の攻撃では……。

 

『ストライク!バッターアウト!』

 

(えっ!?)

 

「ストライクゾーンが広い……。球審の方も速い展開につられているのでしょうか……」

 

「影森の打者は必ず振ってくるコースですからね……」

 

1度取ったからには今日はずっとストライクと考えた方が良い。

 

(こうなると投手戦。ロースコアの原因は影森のバッティングによってストライクゾーンが広くなるのもあったって事か……)

 

2回裏は私達も三者凡退で終わってしまった。早いところ同点にしたいな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはやりにくい相手ですね……」

 

「影森の投手のテンポに着いていけてないもんね~。ストライクゾーンがいつもよりも広くなってるし……」

 

「影森の過去のデータを調べてみましたが……」

 

「なんで……?」

 

「昨年の秋頃から中山さんはアンダースローのクイックを身に付けて、その上影森の打者は早打ちを仕掛けてくるようになったみたいです。それで格上相手にも成果を出しています」

 

「加えて守備レベルは高い……と。これはてこずるかもね~」

 

「そうかな?私はいけそうだと思うけど……」

 

「貴女はそうでしょうね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3回の表は負けじと三者凡退で抑えて、3回の裏。この回は大村さんの打順からだ。

 

「白菊、なんとか希の前に出てくれ!」

 

「頼むよ!」

 

「はい!理論は完璧です!」

 

「理論……?」

 

理論ってなんだろう……?

 

「そういえば中村さん、2回の守備に付く前大村さんに何を聞かれたの?」

 

「えっ……?中山さんの球速がマシンの最高設定が100%だとしたらどれくらいかって……」

 

「それで?」

 

「私はそれに80って答えたよ」

 

つまり大村さんは……あっ!

 

「そういう事か……!それならたしかにいけるかもしれない」

 

「どうした朱里?」

 

「何かわかったん?」

 

「大村さんは剣道を用いて大村さんなりの理論を考えたんだ。それが完璧って事はこの打席、やってくれるかも……」

 

私の言った事の要領を得ない主将と中村さんに改めて説明する。

 

「剣道は間合いの攻防とも呼ばれる競技です。大村さんは自分と中山さんの間合いを測ったと思われます。中村さんに球速を聞いたのは恐らく普段打ち慣れているマシンと同じタイミングを取る為でしょう」

 

「な、成程……」

 

「つまり中山さんのクイックやタイミングを見るのではなく、ボールだけをよく見て合わせれば……」

 

 

カキーンッ!!

 

 

「打った!」

 

「大きいぞ!」

 

大村さんの打球はレフトスタンドに入ってホームラン。これで振り出しだ。

 

「やっと出たな!」

 

「はい!」

 

(芯に当たったのはマグレですが、タイミングは完璧でした!)

 

大村さんがベンチに戻るとメンバーがそれぞれ祝福していた。

 

「ナイバッチ白菊ちゃん~!」

 

「エラー取り返したな!」

 

「手荒い祝福です~!」

 

「むぅ……!」

 

「痛っ!誰か本気で叩いてます!」

 

それ多分中村さん。叩いてるっていうか蹴ってるし……。

 

その後息吹さんがヒットで続くも、武田さんのバント失敗によってダブルプレーを取ってしまう。さて……。

 

「武田さん、息吹さん。今から私と一緒に肩を作るよ」

 

(肩を作る……。という事は登板!?)

 

「念の為に息吹さんにはアンダーを隠しておくように言っておいて」

 

「わかった!」

 

(朱里ちゃんナイス!)

 

(気にしない気にしない。一応私も肩を作っておくよ)

 

(了解!……という事で希ちゃん、粘って出塁がベストだよ)

 

(うん!任せて!!)

 

中村さんには粘って出塁してほしいところだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、朱里ちゃんが肩を作り始めてる」

 

「本当だ。登板するのかな?」

 

「どうでしょう?梁幽館の偵察が見ている事を考えると肩を作っているだけ……という可能性もあります。エースナンバーを付けている武田さんも温存かもしれませんね」

 

「となると次に投げるのはあの7番の子か~。瑞希、あの子がどんなピッチングをするか知ってる?」

 

「いえ……。ですが彼女のセンスはかなりのものだと思います。柳大川越との練習試合を見ていましたが、少なくとも選球眼は一級品でしたよ」

 

「おお……。それは楽しみだね~☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中村さんは出塁こそしたけど、牽制に引っ掛かりアウトとなった。

 

「ごめん……」

 

「ドンマイ!」

 

切り替えて守備。そう思い球場を見上げるとそこには……。

 

(なんか二宮と金原がいるし。しかもあの子まで一緒じゃん。わざわざ県外から来て……。自分達の試合とか良いのかな……?それとも偶然日程が空いているだけ?)

 

更に反対側には……。

 

(梁幽館の偵察もいるし……。しかも橘と高橋さん。お願いだから、高橋さんにはあの大きい一眼レフを構えている橘を止めてほしい……)

 

とりあえず芳乃さん達に梁幽館の偵察がいる事を報告。

 

「梁幽館の偵察ですか……。そうなると出来るだけ藤原さんを引っ張りたいところですが……」

 

「そうですね……。練習では70球くらいまでは球威を保てますが、公式戦のプレッシャーを考えると50球くらい……この回か次の回で限界かも……」

 

「一応それを見越して私達3人が肩を作っている訳だけど……」

 

「……出来ればヨミちゃんと朱里ちゃんは隠しておきたいかな。朱里ちゃん、肩はもう良いの?」

 

「私はこれくらいでもいけるよ。武田さんも大丈夫そう……。あとは息吹さんの肩を暖める為に武田さんが付き添ってる」

 

「そっか!」

 

「そうなると次に登板するのは息吹さんか……。だとしたらそろそろだね」

 

「何が?」

 

「この試合の分岐点。息吹さんにはコピーの方で投げてもらうんでしょ?」

 

「あっ……。うん!」

 

芳乃さんも私の言いたい事がわかったようだ。流石だね。

 

4回の守備もランナーを出しつつも無失点で抑える。段々守備のリズムが良くなってきたね。

 

チェンジになった瞬間、影森のメンバーがそそくさとベンチに戻っていくのが見えた。

 

「影森って野球が嫌いなのかな?」

 

それを見た川崎さんが疑問に思ったのか私達に聞いてきた。

 

「それはないと思うよ。好みの展開に持ち込める戦略に戦術。こんなにレベルの高いプレーをしてるのに、野球が嫌いな訳ないよ」

 

「それにそこから身に付いた高いレベルの守備力もあるしね」

 

先頭の藤田さんもその高いレベルの守備によって打ち取られているし……。

 

「想像だけど、試合よりも身内だけでやる練習の方が好きなのかも……。チームは仲が良さそうだし」

 

「そんな事ってあるのか?」

 

それはあるかもね。すると藤井先生が例を挙げる。

 

「そうですね……。例えば私は野球ゲームが好きなんですが、オンライン対戦はほとんどやりません。育成とか戦略モードの方が好きです」

 

「良い例え!」

 

「よ、よくわからん……」

 

まぁゲームしない人にとっては難しい例えかも……。私の場合は育成した選手がどこまで通用するか試したいから、オンライン対戦の方も普通にやるけど……。

 

山崎さんの打球はレフトのファインプレーによってアウトになってしまう。

 

「タマちゃん惜しい~!」

 

「ヨミちゃん、息吹ちゃん、肩は暖まった?」

 

「私は基本いつでもOK!」

 

「わ、私も一応……」

 

「何の話をしてたの?ゲームがどうとか……」

 

芳乃さんは武田さんにさっきの話をした。

 

「成程ね……。試合よりも練習かぁ……。でも確かにうちだってもし部員が揃わなくて、好きな人同士だけで適当に体を動かすだけの部活だったら、いつか部員が揃っても他校と試合するのが億劫になってたかもね」

 

「いつかしたキャッチボール部の話ね……」

 

「まぁ影森がそうとは限らないよ。あれはあれで楽しんでいるのかもしれないし……」

 

「そうだね」

 

主将の打球もレフトによって阻まれていた。

 

(レフトの三角さんか……。あの人は影森のハイレベルな守備の中でも頭1つ抜けてるな。)

 

「まぁどうであれ手強い野球をしてる事には変わりないな……」

 

「できればもうちょっと相手として見てもらいたいなぁ……」

 

「もしそうなったらそれがこの試合が動き始める時だよ」

 

5回の守備だけど、藤原先輩の球威が落ち始めた……。先頭打者にヒットを打たれて、次の打者の送りバントによってワンアウト二塁のピンチ。

 

「監督」

 

「はい」

 

芳乃さんと藤井先生によって藤原先輩がサードに、武田さんがファーストに、中村さんがレフトに、そして……。

 

「な、なんでこのタイミングで私……?ヨミや朱里の方が良いんじゃない?」

 

ピッチャーに息吹さんを投入。

 

「梁幽館の偵察がいるからね。出来るだけヨミちゃんと朱里ちゃんは見せたくない……」

 

あと個人的な理由としては一眼レフを構えている橘の前にマウンドに立つのはごめん被りたいから。

 

「まぁそういう事だからよろしくね」

 

「後ろには私達がいるから大丈夫!」

 

「あっ、投球は勿論コピーの方でお願い!」

 

私と芳乃さんはその言葉を残してベンチに戻っていった。

 

(……私は勝つ為にこのマウンドを任されている。朱里にも色々教えてもらったし、いつまでも初心者だからではいられない!)

 

息吹さんが投げるアンダースローのモーションは中山さんのフォームと殆んど同じ。それに対して影森の人達……特にコピー対象の中山さんは動揺していた。

 

「初めてストライクを見送った!」

 

(これで分岐点は通った……。投手戦もそろそろ終わりかな?)

 

ここからは勝ちにいかせてもらうよ!



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県大会1回戦!新越谷高校VS影森高校③

息吹さんのコピーに戸惑った影森の打線はチャンスを広げる事が出来ず、無失点で終わった。

 

「息吹、パーフェクトリリーフ!」

 

「公式戦初登板のご感想は?」

 

「ま、まぁまぁかしら……」

 

「それは良かったよ!次のイニングもよろしくね!」

 

「息吹ちゃんいいなー」

 

「あはは……」

 

このまま流れを掴みたい。でもこの回は確かめたい事が……。

 

「この回は攻め時だよ!良い当たりも出始めているし、コールドで決める気で攻めよう!」

 

「それとこの回からは明らかなボール球……ボール2個分のコースは見送っていこうか。あと見逃す時は捕球までじっくりと見る事」

 

「オッケー!」

 

しかしこの回は球数を稼いだところまでは良かったけど、影森のファインプレーも目立ち、無失点で終わってしまう。

 

「ごめんなさい……」

 

「ドンマイです。この回はあくまでも下準備。まぁこの回で決められたらそれに越した事はありませんが……」

 

「下準備?」

 

「はい。中山さんを始め、他の選手からも少なからず動揺が見え隠れしています。この回はそれを伺っていました。次の回……上位打線に回りますので、そこで一気に畳み掛けます」

 

「朱里ちゃんはどこまで先を見ているの……?」

 

「先を……というよりは理想論を言っているだけですけどね」

 

二宮程ではないにしろ、相手の動きを見て次の展開を予測する事なら私でも出来る。今回の場合は息吹さんのお陰だね。

 

6回の表。先頭打者にヒットを打たれる。打ったのは今日攻守で活躍している三角さんか……。

 

(これまでの守備と言い、打撃と言い……。この三角さんは全国でも通用する選手だね……。とはいえまだ息吹さんのコピーピッチングには対応しきれていない。影森のバッテリーみたいに上手くリズムを取っている)

 

息吹さんがこのリズムを上手くコピー出来ているのは山崎さんのお陰でもある。返球精度も投手にとっては最高のものだ。それだけでも影森のバッテリーに匹敵している。

 

「息吹ちゃん、ナイスピッチ!」

 

「ありがとう。……ねぇ珠姫」

 

「どうしたの?」

 

「この打者でちょっと試したいんだけど……」

 

ツーアウトになってなんかバッテリーが話し合ってる。配球の確認かな?

 

「……わかった。じゃあそれで」

 

「お願いね」

 

次の打者もツーストライクまで追い込んだ。もしかして三振狙い?

 

(追い込んだ……。いくわよ!)

 

(こい!)

 

追い込んで第3球。息吹さんが投げた球は……。

 

(あれは……!)

 

……まさかここまでの球を投げるなんてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれって朱里ちゃんの……」

 

「……はい。球速は遅いですが、あの変化量とキレは間違いありません」

 

「えっ?今の球がどうかしたの?」

 

「あれは朱里さんがリトル時代の決め球に使っていたシンカーです」

 

「朱里ちゃんが右肩を故障してからはもう見られないと思ったのに……」

 

「これは思わぬ伏兵ですね。もしも球速まで朱里さんの球そのものになったら、そう簡単には打てません」

 

「アタシはシニアから朱里と知り合ったから、リトル時代の事はあんまりわからない……。でも確かにあのシンカーは凄かったね。これは勝負の機会が楽しみだ♪」

 

「川口息吹……。その名前、覚えましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「抑えたーっ!」

 

「凄かったな。今の球!」

 

「まさかあんなシンカーを持っていたなんてな。いつの間に覚えたんだ?」

 

「朱里に教えてもらいました。投球練習では時々投げてたんですけど、実戦で使うのは初めてで……」

 

私は握りと投げやすいモーションを教えただけなんだよね……。それをあそこまで完成させたのは間違いなく息吹さんの努力があったからだ。

 

「でも良い球だったよ!」

 

「その通り。あとは上手く制球させるだけだね」

 

さっきのコースは影森の打者だから振ってくれたけど、普通なら見送られるボール球。それは息吹さん本人にもわかっているだろう。

 

「さぁ、攻めるよ!」

 

『おーっ!』

 

この回は息吹さんからか……。心なしか中山さんは息吹さんに対して闘争心を剥き出しにしている。おそらくフォームをコピーされたからなんだろうけど……。

 

(……もしかしてこのまま息吹さんを打席に行かせたのは不味かったかな?)

 

(め、めっちゃ見てる。さっきは目が合わなかったのに……)

 

 

 

~そして~

 

『ファール!』

 

(どいつもこいつも……!早く前に飛ばせっての!)

 

『ファール!』

 

(私の力じゃ中々前に飛ばないのよね……)

 

『ファール!』

 

「ナイスカット!」

 

「ピッチャーの限界も近いよ!」

 

(全く……。さっきの物真似と言い、人を怒らせるのが上手いチームだね)

 

中山さんが次の球を投げる瞬間……。

 

「セットを解いた!」

 

(こいつで三振しろ……。最大変化量のスライダーで!)

 

(バカ!いきなりそんな球を投げたら……!)

 

中山さんの投げたスライダーは息吹さんのお尻付近に当たった。

 

「息吹ちゃん!」

 

「痛……!」

 

「息吹ちゃん大丈夫!?」

 

「大丈夫よ。このくらい……」

 

どうやら息吹さんは平気みたいだ。でも……。

 

(私が挑発するような采配をしたから、息吹ちゃんが危険な目に……)

 

芳乃さんは不安そうにしている。大方息吹さんの死球が自分のせいで起こった事だと思っているんだろうね。

 

武田さんは送りバント。息吹さんの走塁も問題なさそうで良かったよ。

 

「芳乃さん、あの死球はたしかに中山さんも少し逆上していたけど、スライダーが曲がりすぎただけだよ。決して誰のせいでもない」

 

「そうだね……」

 

「さて、中村さんの打席だよ。期待しようか」

 

「うん!」

 

中村さんは初球打ちでその打球はレフトの後ろに落ちていった。センターがカバーしてたから、長打にはならず……。でも勝ち越し点をもらうには充分な打球だった。

 

「良かったぁ……」

 

「大袈裟なのよ芳乃は……」

 

ちなみに息吹さんが当たったところは少し赤くなってるだけで、大事には至らなかった。

 

「ヨミちゃん、次の回があればいくからね。準備してて!」

 

「了解!」

 

(次の回があれば……だけどね)

 

ワンアウト一塁。藤田さんの打順だけど……。

 

「ワンアウトですが、バントさせますか?」

 

藤井先生が私と芳乃さんにバントをさせるか確認してくる。

 

「愚問ですね。このチャンスを逃しはしませんよ。だよね芳乃さん?」

 

「勿論!ここは一気に畳み掛けるよ!」

 

まぁ序盤の機械みたいなピッチングならバントで良かっただろうけど、分岐点を通った今の中山さんは普通の投手に成り下がった……。

 

(大村さんにホームランを打たれた時と違って焦りが出ていて、尚且つこれ以上点を取られたくないという中山さんの攻めの気持ちが残っている。今から狙うのはまだ整理のついてない球を狙う……)

 

つまり私と芳乃さんの指示は……。

 

(初球エンドラン!)

 

藤田さんの打球はライト前に落ちてワンアウト一塁・三塁となった。

 

(流れは掴んだね……。あとは皆に任せようか)

 

その後も山崎さんが四球で出塁してワンアウト満塁、主将が走者一掃のタイムリーを打ち、更に川崎さん、藤原先輩が続き、大村さんの犠牲フライでこの回6点獲得!しかもツーアウトになるも打者一巡となって再び息吹さん。

 

「この回一気に6点も取っちゃった。皆凄いなぁ。これなら次の回は余裕を持って投げられるね」

 

「武田さん、ネクスト!」

 

「もう打者一巡?」

 

「今の中山さんは息吹さんのバッピに似てるからね」

 

「了解!」

 

それにしても今日の息吹さんは中山さんのコピーとあのシンカーを含めて大活躍だね。

 

『フォアボール!』

 

「ナイセン!」

 

打撃でもこれで出塁3つだし……。

 

武田さんも初球打ち。これは面白い打球……。

 

「落ちた!」

 

(ランニングホームランいける……って!)

 

「息吹ちゃん何を立ち止まってるの!?」

 

武田さん?私達後攻だよ?だからそんなに走らなくたって……。

 

「終わりよ」

 

「えっ?」

 

「勝ったのよ。コールドゲーム……」

 

「じゃあ私の登板は……?」

 

「なしね」

 

「…………」

 

ともあれ初戦突破!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「6回コールドですか……」

 

「やー、前に戦った時よりも新越谷はレベルが上がってるね。再戦出来たら良いねぇ♪」

 

「あとは朱里ちゃんに挨拶するだけだね」

 

「勿論です。その為に来たようなものですから」




遥「息吹ちゃんはシンカーを獲得した!」

朱里「……突然どうしたの?」

遥「私が主人公の小説なのに最近影が薄くて……。だから後書きに無理矢理参戦したよ!」

朱里「それで何が言いたいの?」

遥「出番をもっと増やしてほしい!」

朱里「それは作者次第かな……」

遥「作者様お願いします!私にもっと出番をください!!」


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2回戦に向けて

☆7の評価をくださった東方魔術師さん、ありがとうございました!


影森との試合時間は1時間7分。コールドゲームになったとはいえやはり短い試合時間だった……。

 

「やー、それにしても息吹ちゃんはいつの間にあんなシンカーを覚えたの?」

 

「朱里に教えてもらってね……」

 

「私はあくまで握りとフォームを教えただけ。あそこまで曲がるようになったのは紛れもなく息吹さんの力だよ」

 

私と武田さんは息吹さんのダウンに付き合っている。途中で影森高校の人達を見掛けた。

 

(次に対戦する時はもっと手強くなっているかな……)

 

中山さんは2年生だった筈だから、来年の夏までにまた当たるかも知れないね。

 

「あっ、いたいた。お~い!朱里ー!」

 

背後から金原の声が聞こえた。二宮とあの子もいるし……。

 

「金原……。わざわざ県外から私達の試合を見てたんだね」

 

「もっちろん♪私達のチームの元エースのいるところは応援したくなるからね。瑞希に至っては自分の試合をブッチするつもりだったみたいだし☆」

 

「バッテリーを組んだ相手ですから当たり前です」

 

そんな当たり前私は聞いた事がないけどね……。

 

「朱里ちゃん、初戦突破おめでとう!」

 

私に労いの言葉をかけたのはリトルとシニアで6年間ずっと一緒だったチームメイト。

 

「あっ……。そっちの人達は初対面だよね。私は朱里ちゃんと6年間同じチームで野球をしていた清本和奈です。高校は京都にある洛山高校です」

 

「き、京都からよく応援に来たわね……」

 

本当だよ。東東京と西東京でも遠いのに……。しかも自分達の試合だってあるだろうに……。

 

「……まぁありがとね。なんとか初戦に勝つ事が出来たよ」

 

「朱里とヨミを温存する余裕があった癖に☆」

 

武田さんは7回があったら投げる予定だったけどね。その前にコールドで試合が終わったけど……。いうか金原はいつの間に武田さんを名前で呼ぶようになったの?

 

「そういえば清本さんって朱里ちゃん達がいたシニアではどんな活躍してたの?」

 

武田さんが清本の活躍が気になったのか私に訪ねてきた。

 

「清本はリトルシニアでずっと4番を打っていたよ」

 

「リトルシニアでのホームラン数が通算200本越えのスラッガーです」

 

私的に雷轟が目指すスラッガーになるには清本のバッティングを見てもらいたいところなんだけど、どうやってその機会を作ろうか……。

 

「よ、4番!?」

 

「ホームラン数200本越え!?」

 

息吹さんと武田さんは清本の成績を聞いて凄く驚いていた。まぁ気持ちはわかる。

 

「驚くよね~?こんなにちっちゃいのが4番打ってる事に☆」

 

清本は小学生から身長伸びなかったもんね……。

 

「ち、ちっちゃいって言わないで!瑞希ちゃんも大して変わらないじゃん!」

 

「何故私を巻き込むんですか……。確かに白糸台の野球部の中では私が1番小さいですが……」

 

「和奈、身長何センチだっけ?138?」

 

138は確か清本がシニア内で最後に計った時の身長だっけ?

 

「140いってるもん……。み、瑞希ちゃんは何センチなの?」

 

「この間計った時は143センチでした」

 

「瑞希、和奈、そういうのはどんぐりの背比べって言うんだよ?」

 

二宮と清本はシニアでもかなり小柄の部類なんだけど、それでも男子達がいる中でレギュラーを勝ち取った実力者。そしてそれぞれの高校でもレギュラーで出場……。

 

加えて咲桜、椿峰に行った子達も全体的に見れば小柄ではあるが、同様にレギュラーを取っている。あのシニア出身の連中は揃いも揃って化物の集まりだよ。私?私は普通のつもりです。

 

「いずみさんは私達より大きいからそんな余裕が出るんです」

 

「そうだよ。10……いや、5センチでも良いから私達にも身長を分けてよ!」

 

確かにこの3人が並ぶと金原がずば抜けて大きいように見える。武田さんと同じくらいかな?

 

「あはは……。じゃあアタシ達はそろそろ行くね」

 

「わかった。次に会う時は全国の舞台だと良いね」

 

今の私達が全国に行けるかは未知数だけど。

 

「はづきさんと友理さんにも挨拶に行きましょうか」

 

「そうだね」

 

「次の試合も見に行くつもりだよ。じゃあね~♪」

 

なんか金原がとんでもない一言を残した気がする……。気のせいだよね?

 

皆の所に戻ると凄く怒られた。まぁこれは私達が遅かったから仕方なし。

 

 

~そして~

 

学校に戻った私達は梁幽館と宗陣が戦っている映像を見ていた。最終回で橘が投げている場面だ。

 

『三振!最後は1年生リリーフの橘が決めました!3対2で梁幽館高校が宗陣高校を破り2回戦進出です!』

 

「橘さん……。凄い球を投げるね」

 

「あのスクリューエグすぎだろ!変化が大きい上に左打者に食い込むような曲がり方してるぞ」

 

「それにストレートもかなり速いわね。他の変化球もかなりキレているし……」

 

先発の中田さんが6回まで投げて、橘が決める……。今年の梁幽館は接戦の試合で橘をリリーフで投入するスタンスのようだ。

 

映像を見終わった私達は橘の過去のデータを私なりに分析して私がそれを説明する。

 

「橘の武器はあのスクリュー。スクリューだけでも3種類あるよ」

 

「さ、3種類!?」

 

「まずは映像にあった変化量が大きいスクリュー。橘はこれで奪三振数を稼ぎます」

 

「確かに。あんな変化球をバットに当てられるかわからないものね……」

 

三振を取るスクリューとシニアでは呼ばれていた。三振を取りにいく時は常にあのスクリューで決めている。

 

「次にスライダーとカーブに合わせて投げるスクリュー。1つ目に挙げたスクリューよりも変化が小さいですが、上手く織り混ぜて打者を打ち取ります」

 

「映像で見たスクリューよりも変化が小さいって言っていたけど、具体的にはどれくらいなの?」

 

「映像で見た球だとカーブ、スライダーと同等の変化量だね。特にカーブとの相性が抜群で打者を翻弄させるのを目的としているよ」

 

シニアではカーブ待ちの打者によくスクリューを引っ掻けてたっけ?今思えば敵として見るとこれ程厄介な球も中々ない。

 

「最後にストレートと同速のスクリュー。変化がかなり小さい代わりに変化のタイミングが遅いから、打者はストレートだと思って打ち損じる事が多いです」

 

「それって朱里が前に見せてくれたストレートに見せ掛けた変化球みたいな球の事か?」

 

「ちゃんと変化してる分私の投げるやつとは違いますね。どのスクリューも特に左打者は辛い球となるでしょう」

 

「面白いやん!」

 

3つ目の球は命名高速スクリューってところかな。それに面倒な事に橘が投げる球は私と同じでどの球も同じフォームとリリースポイントだ。

 

(まぁ私はストレートを投げる時だけリリースポイントを変えているけどね)

 

「じゃあ映像も見終わった事だし、早速練習しましょう!」

 

『おーっ!』

 

会議が終わったら梁幽館戦に向けて練習開始!……とその前に。

 

「中村さん、山崎さん、ちょっと良い?」

 

「?」

 

「どうしたの朱里ちゃん?」

 

「ちょっとある対策をね……」

 

私の方でも来るべき梁幽館との試合にある対策を講じる事に。試合で使うかは未定だけど、念には念を入れる必要があるからね。




梁幽館戦……文字数を増やして話数を短くするか、柳大川越戦くらいの文字数で話数を長くするか考え中です……。


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梁幽館対策!

梁幽館高校……。様々な部活動が盛んであり、特に野球部は部員が100人を越えるマンモス校。更に毎年県内外から有力選手を多数獲得している。

 

今年の春大会は美園学院に遅れを取ったものの、夏5回、春2回の全国出場を誇る野球をやっている女子なら誰でも知っている有名校である。

 

「毎日めっちゃ練習してるんだろうなぁ。しかも才能ある奴等が」

 

「それに勝つって言われても……」

 

まぁ練習量が違うから、普通なら厳しいだろうけど……。

 

「ちなみにコンピューターで勝率実験をしてみたのですが……」

 

(藤井先生そんな事をしてたんだ……)

 

「なんと13%もある事がわかりました」

 

「ゲームじゃねぇか!!」

 

「まぁゲームはどうでも良いとして、実際そのくらいはあると思うよ。こっちには梁幽館のデータは豊富にあるけど、向こうは殆んどない……。その分私達の方が有利に試合を進められるからね」

 

「うんうん。梁幽館との戦いは3日後……。出来る事は殆んどないけど、しっかりと調整して試合しよう!」

 

(さて……。梁幽館との戦いは既に始まっている。僅かでも計算が狂ったら負けてしまうから、慎重にいかないとね……!)

 

まずは梁幽館の過去のデータを洗いざらい引っ張り出してそれから……。

 

 

~そして~

 

翌日の練習。梁幽館戦では武田さんを先発に、ワンポイントリリーフで私が投げる事になっているから、まずは武田さんと山崎さんと投球練習なんだけど……。

 

「でば~ん♪せんぱ~つ♪やっ~と♪なげら~れる~♪」

 

「変な歌……。速くマウンドに行ったら?」

 

「最近タマちゃんと疎遠だったし、もう手放したくない……。18・44メートルも離れたくないよぉ~!」

 

「くっつかないで!暑い!」

 

私はこの2人のイチャイチャを見せられる為に呼ばれたのかな?

 

「ほら行くよ!朱里ちゃんも待ってるんだから……」

 

本当だよ……。

 

「待ってよ~!」

 

漸く始まった投球練習。まずは武田さんから。

 

「こい!ストレート!」

 

「うん……って、遠くない?もしかしてさっきので引いた?」

 

私は引いているけどね。でもこれはそうじゃなく……。

 

「武田さん、いつもと変わらないパワーで届くように投げてみたら良いよ」

 

「う、うん……」

 

武田さんは何の事かいまいちわかっていない様子で、3球程投げてみる。

 

「オッケー!」

 

「届いた……」

 

「次はいつもの18・44で!」

 

(成程、山崎さんの狙いがわかった……)

 

誰かが打席にという事で、主将が打席に入る。

 

「さっき投げたのと同じ感じで投げてみて!」

 

「わかった!」

 

(ちょっと遠めに投げる感じかな……)

 

先程と同じ感じで武田さんは思い切り投げた。

 

「速……くはないが、良い球に見えたぞ」

 

「今のストレートは勝負所で朱里ちゃんに教わった球と混ぜて使うからね。もう1球いこう」

 

「手応えはそんなに変わんないけど……」

 

「前に私が言ったように武田さんは無意識下でストレートが遅くなっていたんだ。球を受けている山崎さんはわかっていると思うけど、感情が昂った時に投げたストレートにはかなりの球威があると思うよ」

 

「うん。それが自由に引き出せたら、良い武器になるよ」

 

「本当!?」

 

「……まぁさっき投げた球は少し荒れ気味だったから、まずはコントロールを付けるところからだね」

 

2年後には武田さんは凄い投手になっている事だろう。そんな人とこれからも実力を高められたら良いと私は思っている。

 

武田さんの練習もそこそこに、次は私の番。打席には再び主将が立っている。

 

「じゃあいくよ」

 

私はシニア以来の全力の投球を山崎さんにぶつけた。

 

「は、速い……」

 

「それにノビも凄いな……」

 

「朱里ちゃん凄ーい!」

 

これがシニアでの私の全力のストレート。高校に入って更に改良したストレートにも実は秘密があるのだ。

 

「じゃあ続けて投げるよ」

 

「う、うん!」

 

あと2球投げた後に私は山崎さんの所に行って私のストレートについて教える事に……。

 

「今投げた3球のストレートについて違いがあるんだけど、何かわかる?」

 

「えっ?何か違うのか!?」

 

「全部同じ球に見えるよ!」

 

武田さんと主将はわからないみたいだ。まぁそんな簡単にはわからないか……。

 

「……もしかしてリリースポイントが違う?」

 

「おっ、ご名答!」

 

流石ガールズ全国レベルの捕手だね。洞察力は二宮と同格かそれ以上だ。

 

「1球目に投げたのは打者にとって違和感がない普通のリリースのストレートで、2球目に投げたストレートが少し待たないとボールが来ない早めのリリース、そして最後に投げたのが球持ちが良く打者に1番近い為に差し込まれる遅めのリリースのストレートだよ」

 

「ど、どういう事……?」

 

武田さんがよくわかってないみたいだけど、私は説明を続ける。

 

「本来リリースポイントはたったの1センチ手前に来るだけで大幅に高いボールになるくらいピッチングに影響が出るんだ。私はそれを同じフォームでリリースのタイミングだけ変えてストレートを投げているって訳」

 

「そ、それって簡単な事じゃないよ!」

 

「勿論私はかなりの時間をかけて今のストレートを会得したよ」

 

実はこれを得たのは高校に入ってからなので、二宮すら知らない。つまり新越谷に入学してから成長した私の球だ。

 

(もしも私が投げる事になったら上手く他の球と組み合わせてみようかな……)

 

山崎さんとサインの相談もしておこう……。

 

 

~そして~

 

私達の投球練習が終わると次は全体でノック。私と雷轟は外野でローテーション。

 

「では今から私がゲーム形式でノックを打ちます。いきますよ」

 

藤井先生がノックをしたその1球目は……。

 

「ホームラン……でしょうか?」

 

「カントク力みすぎ!」

 

(いや、これはまさか……!)

 

「次!」

 

「二遊間来るよ!」

 

「「えっ?」」

 

私の声に反応が遅れた藤田さんと川崎さんは藤井先生の打球に届かなかった。

 

(さっきの打球はライトにホームランで、今のはセンター前のヒット。成程ね……)

 

(まさか……!)

 

「どうやらピンときたのは2人だけですか……。今日は帰れませんね」

 

芳乃さんも気付いたのか山崎さんにバントプレスのサインを要求した。その結果はゲッツー。そして次の打球は左中間に抜けるかと思いきや主将のファインプレーでアウト。

 

「春大会初戦の梁幽館の攻撃ですね」

 

「ええ」

 

「確かその時の戦績はバント成功で、さっきの打球でヒットになって追加点だけど、新越谷は上手く抑えた……」

 

「ぶっつけ本番で当たるよりも、相手打線を追体験した上でさらに1つ上のプレーをしておく事で、多少の自信にはなるでしょう」

 

その後も数々の梁幽館ノックを受けて水分補給。

 

「梁幽館ノックだか知らねぇが、楽勝だぜ……」

 

「足がプルプルなってるわよ」

 

「生まれたての小鹿みたい……」

 

「まぁ6試合分で結構ピンチも防いだな」

 

「これなら梁幽館相手でも勝てるかもですね!」

 

なんか雷轟が天狗になってる……。自分がこの6試合でどれだけエラーしたか知らないのかな?

 

「雷轟、さっきまでのノックでしたエラーの数は?」

 

「じ、12個です……」

 

高校野球にDH制が出来ないかなぁ……。

 

「さぁ、水分補給したら散りなさい。関東大会の分もありますからねぇ……」

 

「ま、まじ……?」

 

張り切っている藤井先生だけど、1番疲れているのも藤井先生である。

 

「こ、これ以上やったら先生が死んじゃう!」

 

「む、無念……!」

 

「ほっ……」

 

藤井先生も続けたいだろうに。それなら……。

 

「じゃあ私が藤井先生の代わりにノックをしようかな?」

 

「ゑ?」

 

「早川さん……」

 

「私も梁幽館の打球データは頭に入っているからね。梁幽館の関東大会の攻撃は勿論、今年度の練習試合の分まで打っていくから、覚悟してて♪」

 

私が笑って言うと川崎さんと息吹さんが軽く悲鳴をあげていて、残りの人達も顔を青くしていた。そんなに怖いかな?そんな中で……。

 

「ノック上等!どんどんこい!!」

 

ただ1人、雷轟だけはやる気を見せていた。それにつられて負けてられないと1人、また1人と奮起している。

 

(雷轟のムードメーカーはこういうところで役に立つな……)

 

この守備練習が終わって余裕があったら雷轟にも中村さんと同じようにある対策を教えておこうかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梁幽館高校にて……。

 

 

バシッ!

 

 

「よし!今日はこのくらいにしておくか!」

 

「調子は良さそうね」

 

「私はいつも絶好調さ。それに相手は……!」

 

練習も一区切りでミーティングが始まる。

 

「次の相手は新越谷高校です」

 

「朱里せんぱいがいる所ですね!」

 

「はい。かつては強豪校でしたが、例の不祥事により今春まで活動自粛……。今は1年生を中心とした新チームですし、先日の試合以外はノーデータですが、停部明けは主に県外の有力校と活発に練習試合をしていたようです。油断は出来ないかと」

 

(朱里さんのいるチームですからね……。一瞬の油断が敗北に繋がる可能性が高い……!)

 

「その通りだ。最初の難関を突破出来た事で暫く楽な相手が続くと気が緩んでいるだろう」

 

梁幽館のキャプテンである中田奈緒の発言に心当たりがあるのか目を背ける人がちらほら……。

 

「だがそれは必ずしも悪い事ではない。格下と思えるのは激しい練習に耐えて、強者の自覚を持っているからだ。良いか?野球をナメるな!最後まで何があるかわからない……。自信を持っていつも通り勝つぞ!」

 

『おおっ!』

 

「勿論ですよ!どこが相手でも負けるつもりはありません!」

 

梁幽館の部員達……特に橘はづきはやる気を見せている。

 

「映像を見ますか?初戦にありがちな試合ですけど……」

 

「私が撮りました!ただ朱里せんぱいが投げていない事が残念ですけど……」

 

そして映像を見る梁幽館の部員達……。

 

「岡田と大村……。打線ではこの2人は要注意だな。加藤!」

 

「はい!」

 

「荻島で岡田と一緒だったんだろう?」

 

「怜……。懐かしいです。体も大きくなって、上手くなっています。停部を受けた後も頑張ったんでしょうね」

 

「あれ?エースが投げてない……?初戦は絶対に勝ちたいだろうに、温存しやがったな」

 

「隠したというのが正しいかもね。どんな投手か全くわからないし……」

 

「流石珠姫のチームプレーだな。楽しみだ!まぁ私を温存してたし、五分だろ」

 

「アンタはただの2番手よ」

 

「和美先輩はどこからそんな自信が出て来るんですか?」

 

「2人共辛辣だな!」

 

梁幽館の2番手投手である吉川を弄る橘に中田が声を掛ける。

 

「橘!」

 

「なんでしょう?」

 

「確か友理と橘は新越谷の早川朱里と同じシニアで野球をしていたな?その時の映像とかもあるか?」

 

「まっかせてください!私の自慢の映像が火を吹きますよ!」

 

「何を見せる気なんだ……?」

 

次は橘がシニアで撮った試合等を見る。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「凄っ!滅茶苦茶三振を取ってるし!」

 

「妙だな……。そこまでてこずる球には見えないが……」

 

「それがよくわからないんですよね~。あんなに近くで見てるのに、朱里せんぱいが投げている球の全容が見えないんですもん。友理先輩はわかりますか?」

 

「いえ……。朱里さんの球の本質がわかるのはかつてバッテリーを組んでいた二宮瑞希さんくらいかと……」

 

(朱里さんの球を研究し続けてきましたが、私にはわからなかった……。二宮さんも特に正体を教えるような真似はしませんでしたし、もしもうちに投げてくるようなら……)

 

「もしも早川がうちに投げてくるとしても、やる事は変わらない。全力で打ちにいくぞ!」

 

『おおっ!』

 

梁幽館は早川朱里に最大の警戒をし始めた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習が終わり、梁幽館戦のスタメンが発表された……。

 

「梁幽館戦のスタメンはこんな感じだよ!」

 

芳乃さんが発表したスタメンは……。

 

1番 キャッチャー 山崎さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 ショート 川崎さん

 

4番 ファースト 中村さん

 

5番 センター 主将

 

6番 ライト 私

 

7番 サード 藤原先輩

 

8番 レフト 大村さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

となっていた。ベンチには雷轟と息吹さん。息吹さんは死球を受けた為、念入りにと芳乃さんがベンチに据えた。

 

私は梁幽館戦でワンポイントリリーフをしやすいようにスタメンで起用。打順は6番か……。

 

「やった!3番!」

 

「上位打線を結構いじったわね……」

 

(4番……。芳乃ちゃんの期待に応えんと……!)

 

「また打順が末置き……。前の試合でタイムリー打ってるのにさぁ……。芳乃ちゃんは何もわかってないなぁ……」

 

なんか武田さんがやさぐれていた。それを息吹さんと大村さんが必死で慰めている。

 

「訊いて良い?なんで私が1番……?」

 

「吉川さんの球を知っているっていうのもあるけど、ヨミちゃんとくっつけた方が良いかなって思って。そうすれば攻撃中にお話する時間が増えるでしょ?」

 

確かにその方が作戦とかも考えやすいね。梁幽館もバッテリーの打順はくっついているし。

 

「流石芳乃ちゃん、わかってるぅ~!」

 

なんという厚い掌返し……。

 

「今日は自主トレはそこそこに。しっかり身体を休めてね!キャプテン、声を出して終わりましょう」

 

「ああ。……新越谷、絶対に勝つぞ!」

 

『おーっ!!』

 

(やれる準備は全部出来た……。勝負だ梁幽館。勝負だ高橋さん、橘!)

 

そして梁幽館との戦いの日が訪れた……。




遥「セリフが増えた!」

朱里「嬉しそうだね……」

遥「次はいよいよ梁幽館戦!私の活躍もあるんだよね?」

朱里「うん。ある場面で必ず雷轟を入れるつもりだよ」

遥「よーし。頑張るぞー!」

朱里(暑苦しい……)


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県大会2回戦!新越谷高校VS梁幽館高校①

アンケートが思ったよりも拮抗していた件……。オリジナルの方の話もある程度は考え付いてはいるけど……。

そんなにオリジナルが見たいとは思わなかったぜ!


梁幽館との試合……。主将同士によるじゃんけんの結果、私達は先攻となった。

 

「私達は一塁側だね」

 

「開会式よりも広く感じるな!」

 

「フェンス高~い!」

 

「この球場は全試合中継されるらしいわよ」

 

ら、雷轟のエラーをしてる場面がお茶の間で見られるという事か……。この試合では代打で出すけど、3回戦以降がどうなるか考えるだけで冷や汗が止まらない……。

 

「それにしても人が多いな……」

 

「しかも三塁側は……」

 

三塁側の梁幽館sideは人がいっぱい。もうこの時点で私達がアウェーなのがわかる。しかも……。

 

「サード!」

 

「オッケー!」

 

「梁幽館のノックも上手いけど、応援席からの声が半端ねーな」

 

「守備の時にプレッシャーになりそう……」

 

(わ、私ベンチで良かったぁ……)

 

「そういや二遊間は春大とは違う奴等になってるんだな」

 

「セカンドは白井さんで、ショートは高代さん。上位打線に入っているという事は打撃が急上昇したのかもね」

 

「ちなみに彼女達は1回戦でも打率3割以上の成績を残しているよ」

 

「じゃあ春大の2人は控えか?」

 

「いや、応援席だよ」

 

「春大のレギュラーがベンチにも入れないのかよ!」

 

梁幽館は選手の入れ換えが激しいからね……。

 

「常に気を強く持っていこう」

 

「は、はい……」

 

「そうそう。武田さんを見習って」

 

「応援ありがとー!大好きー!」

 

「ヨミには効かなそうだな。プレッシャー……」

 

「頼もしい限りだな」

 

そして次は私達がノックを受ける番。

 

「ショート!」

 

「うわっ!」

 

川崎さんが送球にもたついたり……。

 

「うっ……!」

 

藤田さんが捕球を失敗したりと緊張のせいか思うように守備が出来ていない。

 

(おいおい大丈夫かよ……)

 

(1年生だし、仕方ないよ)

 

ふと三塁側を見ていると梁幽館の選手達が弛緩しているのがわかる。

 

(せいぜい油断しててくださいよ。それが梁幽館の敗因となるだろうからね……)

 

私達のノックも終わり、整列の時間となった。

 

『よろしくお願いします!!』

 

挨拶も終わって試合開始!

 

『1番 キャッチャー 山崎さん』

 

「珠姫出ろー!」

 

(吉川さんの春大の傾向によると格下相手には外中心にストライクをポンポン入れていた。だから……)

 

決め球であろうスライダーが来る前に打っておいた方がヒットに繋がる可能性が高い。

 

 

カキーン!!

 

 

山崎さんも同じ事を考えていたのか、初球打ちでセンター前にヒット。

 

「流石全国経験者!」

 

「ナイス!タマちゃん!」

 

(スライダー打ちの練習はしたけど、試合では好球必打……。正直ストレートは朝倉さんとかと比べるとなんとか打てる!)

 

とはいえ山崎さんのように上手くいく可能性はそこまで高くないだろう。

 

『2番 セカンド 藤田さん』

 

(珠姫やるわね……。さぁ、サインは……?)

 

藤田さんが芳乃さんのサインを待っているが、芳乃さんは考えている。

 

(折角のランナーを危険に晒す事なく希ちゃんに回したい……。それならバント?でも簡単にアウトをあげて良いものか……?)

 

「ね、ねぇ。朱里ちゃんならこの局面はどうする?」

 

芳乃さん?私に聞くって事はもしかして相当悩んでる?

 

「……私ならここはバントだね。梁幽館の守備力が高い以上一塁を埋めている状態は常にゲッツーと隣り合わせだと思っても良い」

 

「……わかった。菫ちゃんに指示を出しておくね」

 

芳乃さんがここまで悩んでいるのも珍しい。そういえば息吹さんが死球をもらった時からどうも様子が変なんだよね……。

 

藤田さんも初球でバントを決めてワンアウト二塁となった。

 

「ナイスバント!」

 

「プレッシャーの中よく決めたぞ!」

 

「これで希ちゃんに回るわ!」

 

まぁその前に川崎さんがいるけどね……。

 

「稜ちゃん!」

 

「ん?」

 

(小細工無し!稜ちゃんらしい積極的なスイングを!)

 

(わかった!)

 

川崎さんは強攻。最低でもツーアウト三塁の状態なら御の字といったところか……。

 

1球目は空振り。すると川崎さんに野次が飛んでくる。やりにくそうだなぁ……。それでも私達は川崎さんの応援を忘れない。

 

「ナイススイング!」

 

「当たる当たる!」

 

2球目のストレートを打ち抜くもファール。これで追い込まれた。

 

そして3球目は吉川さんの決め球のスライダー。川崎さんはそれを狙って打った。

 

「サード!」

 

2球目のファールでサードが少し下がっている。これはもしかしたら……。

 

(間に合え!)

 

川崎さんのヘッドスライディング。一方サードは投げる事が出来なかった。万が一送球が逸れたら1点取られるだろうし、悪くない判断だ。それでも普通なら投げるだろうけど……。

 

「ナイバッチ!」

 

「稜らしいヒットね」

 

川崎さんらしいヒットってなんだろうか?まぁ私はこういったヒットは良いと思うけどね。

 

(かっちょ悪いヒット……)

 

「良いよ6番~!」

 

「ナイスファイト!」

 

「私、あの6番を応援しよっと!」

 

一般客の掌返しが半端ない。お客様を味方に付けられるならそれに越した事はないけど……。

 

「直前のファールでサードが少し下がりましたね。積極性でもぎ取った良いヒットです」

 

「希ちゃんの前でこれは大きい!」

 

「このまま流れに乗れたら良いね」

 

「うん!取るよ!先制点!!」

 

『4番 ファースト 中村さん』

 

(中村希……。初戦では確か1番だった筈)

 

(恐らく当てるのが上手いタイプ……。三振は取りにくい。丁寧にコースをついて、あとは味方の守備に任せるわよ)

 

(了解!)

 

中村さんに対する1球目は変化の小さいスライダー。2球目をファール、3球目は見逃してボール。これでカウントはワンボール、ツーストライク。

 

(ストライクからボールに落とすわよ)

 

(オッケー!空振っちまいな!)

 

(きた!)

 

4球目はストライクゾーンから外れるスライダー。中村さんはそれを狙っていたようで……。

 

 

カキーン!

 

 

「!!」

 

「よし、先制!」

 

良い感じに打った。これなら抜け……!

 

「……!ランナー戻って!」

 

「えっ!?」

 

『アウト!』

 

中村さんの打球はセカンドの白井さんによるファインプレーでアウトとなってしまった。

 

(あ、朱里の声がなかったら刺されてたかも……)

 

「ごめん……」

 

「ドンマイ!今のは仕方ないよ」

 

(今の打球……。本来なら99%ヒットだった筈。なんで捕れるの?これで希ちゃんを4番にした理由が半分くらいになっちなゃった。それに……)

 

「ドンマイドンマイ!まだチャンスは続いてるよ。主将の応援しっかり!」

 

(朱里ちゃんは今の打球がアウトになると思っていたっぽい。朱里ちゃんの方が私なんかよりも指揮官として優秀だよ……)

 

(芳乃ちゃん……)

 

「キャプテン決めろー!」

 

「キャップー!打ってー!」

 

「いけー!打点マニア!!」

 

打点マニア……?

 

『ストライク!』

 

(ある程度対策されてるのは織り込み済みだけど、どの打者も振れてる……。油断出来ないわ)

 

(そしてこの威圧感……。どう見ても岡田が本命だろ!)

 

吉川さんのストレートを主将は捉えて、二遊間を抜けてヒット。これでうちが先制だ!

 

「ナイスキャップ!」

 

「ありがとうございます!流石打点マニア!」

 

だから打点マニアってなに?まぁそれよりも……。

 

(ランナーが一塁・二塁で私の打席か……)

 

芳乃さんのサインはなし。私を信頼してくれているんだろうか?だとするとそれに応えなきゃいけないな。

 

(ここではづきのお気に入りの早川か……。中軸に入っているって事はバッティングも只者じゃないだろうな)

 

(守備位置は外野がやや前進、内野はやや後退。さっきまでの守備を考えると二遊間に打つのはリスクが高い。それなら私が打つのは……!)

 

(どんなものか見せてもらおうじゃん!)

 

(一塁線、或いは三塁線だ!)

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!追加点取れる!?」

 

私が打った打球はファーストの頭を越えた……んだけど……。

 

『アウト!チェンジ!』

 

ライトが打球に追い付いてアウト。さっきの守備位置は内野の頭を越した時に外野がそのカバーをしやすくなる為のシフトって訳ね……。

 

(やっぱり簡単にヒットは打たせてくれないか……)

 

でもこれも想定内。最後に勝つのは私達新越谷だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ……!あのライト守備上手っ!」

 

「先程のセカンドの方もハイレベルなプレーを見せていましたね。梁幽館は春よりも守備がレベルアップしています。それにセカンドの彼女は春の試合には出ていませんでしたから、相当練習したでしょう」

 

「でも1点は先制出来たね」

 

「今日の先発は武田さんですか……。いずみさん、以前に武田さんと対戦した時彼女はどういうピッチングをしていましたか?」

 

「そうだね~。ヨミはアタシから2つ三振を取ったからね。その時よりもレベルは上がっているだろうから、上手く投げればそう簡単には打たれないと思うよ」

 

「いずみちゃんってシニアでもあんまり三振しなかったよね。武田さんって実は凄い投手なんだね!」

 

「おっ、和奈もヨミとやりたいの?」

 

「うん。やってみたい……!」

 

「……その為にまず新越谷にはこの試合に勝ってもらわないといけませんね」

 

「そうだね。どうなる事やら……」

 

二宮、金原、清本の3人はまたもや県外から新越谷の応援に来ていた……。



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県大会2回戦!新越谷高校VS梁幽館高校②

1回表の私達の攻撃は1点止まり。川崎さんがヒットを打たなかったら0点だった可能性が高いから、よしとするべきだろう。

 

今日の先発は武田さん。私が投げる時はピンチ時のワンポイントか、終盤の対左打者相手の登板になりそうだ。

 

『1番 センター 陽さん』

 

(陽秋月……。梁幽館のリードオフガールで、昨年の夏から打率6割越えをキープしている。梁幽館は管理された野球をしてるけど、その中で自由に打たせてもらえるのは陽さんと中田さんのみ)

 

バッティングスタイルは金原とほぼ同じと見て良い。違う点と言えば苦手なコースが外角低め寄りのボールだろうね。

 

武田さんの初球は外角のストレート。陽さんは見送ってストライク。

 

(陽さんは初球打ちが多く、今みたいに見送ったのは武田さんの球筋を見る為だろう。やや苦手なのが外角とはいえ、同じコースに続けて投げるのは危険……って投げちゃってるよ!)

 

 

カキーン!

 

 

『ファール!』

 

あ、危なかった……。今投げたのはツーシームか。僅かに芯から外れたのと、コース自体は悪くなかったからファールで済んだ。

 

しかし今の打球と言い、陽さんの打ち方と言い、本当に金原を見ているみたいだ……。

 

(こ、コースが良い分助かった……。これは一瞬の油断も出来ないね。次はあの球でいくよ!)

 

(うん!)

 

(なんかくる……。スライダー?カーブ?フォーク?シンカー?)

 

武田さんの3球目に投げたのは……。

 

(えっ?ストレート!?いや……落ちる!とりあえずカット!)

 

あの魔球。初見で打つのは難しく、陽さんを三振に抑えた。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

 

 

(やった!三振取った!あの球で!!)

 

陽さんの三振は殆んどない。そんな打者すらも三振させるなんてやっぱりあの魔球は末恐ろしい。武田さんが味方で本当に良かったよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「先頭打者を三振……。幸先が良いですね」

 

「あの魔球みたいなカーブは初見じゃバットに当てるのは難しいからね~」

 

「そうだね。あれはわかっていても簡単には打てそうにないかも……」

 

「新越谷の応援に来てるけど、あの陽さんには個人的に頑張ってほしいなー」

 

「……それは陽さんがいずみさんと似たタイプの打者だからですか?」

 

「そうそう!アタシがバッティングの改良をする時に何かヒントが得られるかも知れないからね♪」

 

「そういえばいずみちゃんは初戦どれくらい打てたの?」

 

「4打数4安打2打点の3盗塁!絶好調だよ♪和奈は?」

 

「6打数6安打6本塁打の15打点。私も絶好調!」

 

「うひゃー、流石だね。和奈1人でそんなに点取れるって……」

 

「加えて和奈さんがいる洛山高校は圧倒的な打撃チームですからね。1回戦は先攻で35対0の3回コールドで試合を終わらせています」

 

「最近では敬遠球をどう打つかを研究してるよ」

 

「なんか人間辞めてない……?み、瑞希は?」

 

「3打数1安打1打点です。貴女達が可笑しいだけで、普通はこんなものですよ。それよりも試合を見ましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で梁幽館sideは……。

 

「和美の球がやけに当てられると思ったけど、その理由がわかったわね」

 

「うぐっ!珠姫め……」

 

「あれは和美先輩が投げるスライダーの上位互換ですからね、そうなってくると和美先輩が打たれるのは当然かと」

 

「この後輩……。いつかシメてやる……!」

 

「友理、本当に無名なの?あの子……」

 

「はい……。中学までは部活動に所属してたようですが、公式戦はほぼ初戦で敗れています」

 

「恐らくあの魔球みたいなカーブを当時の捕手が捕れなかったんですよ。あの秋先輩が空振りするんですよ?そんな球があれば全国は流石に無理でも、それに近い場所までは行けると思います」

 

(当時の捕手がもしも瑞希ちゃんなら武田さんの球を活かせてただろうからね……)

 

「あの投手の持ち球はストレート、ツーシーム、それとスライダー?和美のに似ている。最後のは見た方が良いかも……」

 

「わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『2番 セカンド 白井さん』

 

2番の白井さんとその次の高代さんは最近のデータが余りないけど、武田さんが丁寧に投げれば苦戦する打者でもない筈。

 

『ストライク!』

 

(ストレートは平凡に見えるけど、コントロールは良さそうだな)

 

『ストライク!』

 

(今のはツーシームか。甘いストレートだと思って今のに手を出すと詰まらされるという訳か……)

 

白井さんは2球続けて見逃しているけど、どこか余裕がある。

 

(次に投げるのがストレートなら打つ。落ちたら……見送る!)

 

『ボール!』

 

(見られた!?)

 

(これも見送り方に余裕がある……。あの魔球を投げる時は少し高めに投げるのを検討した方が良さそうだね)

 

(よし、意識していればバットは止まる。この球の攻略は奈緒と秋に任せよう。打てる球は……)

 

武田さんの4球目は内角のツーシーム。

 

(くるんだし!)

 

白井さんが打った打球は詰まってセカンドゴロ。藤田さんの守備は悪くなく、普通に処理をしたんだけど……。

 

『セーフ!』

 

(足速すぎ……!)

 

白井さんと高代さんは長打力はあるけど、私が調べたデータによると足の速さを活かした内野安打と送りバントが多い。それが例えワンアウトでも。だから次の高代さんの打席は……。

 

 

コンッ。

 

 

送りバント。こっちも安定してアウトをもらう形にしたようだ。そして問題は……。

 

『4番 ファースト 中田さん』

 

(この人だよね……。本職は投手なのに、長打力は清本や雷轟に匹敵している。出来る事ならランナーが溜まった状態で中田さんに回したくないんだよなぁ……)

 

そして中田さんへの応援が半端じゃない。他の選手よりも応援の声が多い。これは暗に敬遠せずに勝負しろって言っているようなものだ。でも……!

 

(中田さん……。私は勝負したいけど、試合に勝つ為には我慢しないとね)

 

(朱里ちゃんも仮に中田さんと勝負するなら今じゃないって言ってたからね。だからここは……!)

 

バッテリーは敬遠を選択。すると……。

 

「初回から敬遠かよ!」

 

「そりゃないよ!」

 

「折角新越谷を応援しようと思ったのにー!」

 

「卑怯者!」

 

「勝負してよ!」

 

「せこい采配!」

 

「不祥事!」

 

「敬遠球打て中田!」

 

言いたい放題かよ……。あと不祥事は関係ない。

 

「そっちも県外から強い選手集めとー癖に!せこいとか言われたくないっちゃけど!」

 

ブーイングに対して中村さんが怒った。でもそんな方言を晒しちゃうと……。

 

「そういうアンタも県外だろ!」

 

「博多じゃん!」

 

「うっ……!」

 

まぁそうなるよね。中田さんは四球で一塁へ……。

 

「私は親の都合でこっちに来ただけやもん。それに博多区やないし、東区やし……」

 

区の事は問題じゃないと思うんだけど……。すると中田さんが話し掛けてきた。

 

「すまんな。同じ立場なら私も歩かせる。冷静な良い指揮官を持ったな」

 

「中田さんの言う通り。相手を最大限警戒した結果がこれなんだ。観客席の野次をいちいち気にしていたら野球は出来ないよ」

 

(朱里ちゃん……。それに中田さんもめっちゃ良い人!)

 

「だがうちは5番以降も手強いぞ」

 

「それも重々承知してます。そっちこそ余りうちのエースを甘く見ない方が良いですよ」

 

「ふっ……。私は初めから油断などしていないし、武田を甘く見てなどいないさ」

 

(早川朱里……。友理と橘が同じシニアだったな。本職は投手だが、和美の球をあそこまで運んだ打力も侮れない……。それに新越谷はうちから先制点を取っている。武田も良い投手だし、暫くは投手戦。この試合が大きく動き始めるのは中盤以降……私の3打席目になりそうだ)

 

それにしても観客の反応が思ったよりも大きいな……。ここで野次が気になるようなら、この先の梁幽館打線は抑えるのが難しくなるよ武田さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い野次だね……」

 

「こんな野次はシニアで和奈が連続で敬遠された時以来だよ~」

 

「観客の中には中田さんの打撃を見に来た……という人も少なくないからでしょうね。それなのに初回から敬遠となると野次が出るのも無理はありません」

 

「それ込みで中田さんが凄い打者だって事をお客は理解してなさそうだね~」

 

「私も敬遠される側だから、気持ちはわかるかも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これでツーアウト一塁・二塁。打者は5番の笠原さん。

 

(中田さんを歩かせたとはいえ、梁幽館は4番経験者が多いチーム……。清本がいる洛山高校程じゃないけど、チームの打力はかなり高い。出来ればここは抑えたい場面だ……)

 

笠原さんに対しては2球続けてあの魔球を投げる。やっぱり見送り方に余裕あり……か。

 

(3球続けてあの球を投げるのは不味そう……。それなら内角高めにストレート。あの球の残像が残っていれば打てない筈!)

 

3球目は内角高めのストレート。2球続けてあの魔球を投げて、それをちらつかせるだけで、打者の手が止まる。良い配球だ。

 

 

カンッ!

 

 

しかし笠原さんはそれを難なくバットに当てる。これは配球が読まれている可能性が高いな……。

 

(吉川さんが山崎さんと同じガールズのチームだから、もしかしたら山崎さんが組み立てる配球について吉川さんから聞いているかも知れないね)

 

打球はセンター前。落ちたのを確認して、二塁ランナーがホームに向かう。

 

(くっ!流石にホームは無理か!)

 

主将が球を捕球するとサードへと送球する。その間に二塁ランナーがホームインして同点。一塁ランナーの中田さんもスライディングをした。際どい……。どっちだ!?

 

『アウト!』

 

「よしっ!」

 

「ナイス!キャプテン!」

 

この回はなんとか同点で終わった……。これから先何度ピンチを迎えるかわからないし、私も今の内に肩を作っておこうかな?



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県大会2回戦!新越谷高校VS梁幽館高校③

「序盤の1失点は想定内だよ。切り替えて攻撃に移ろう!」

 

『おおっ!』

 

2回の表のうちの攻撃。1人出れば上位打線に回るから、下位打線でも積極的に振っていってほしいところだ。

 

「ヨミちゃんの調子はどう?」

 

「いつも通りかな。変化球もキレてるし、敬遠のダメージもないよ」

 

「武田さんが野次によって崩れなくて良かったよ」

 

本当に武田さんは問題なさそう。どちらかというと……。

 

「……ヨミちゃんの球は顔を狙われているような迫力があるから初見の右打者は体を仰け反るんだけど、2番と5番には平然と見送られた」

 

「梁幽館打線にとっては経験の範囲内の球って事だね」

 

「うん……。予想以上に手強そう」

 

経験豊富な梁幽館にとってあのレベルの変化球もその内に入っているって事か。いや、それよりも……!

 

「……私が気になったのは最後の内角高めを躊躇なく打たれた事かな」

 

「えっ?」

 

「……!」

 

「山崎さんはやっぱり心当たりがあるみたいだね」

 

「……多分和美さんかも。確かに昔から困った時はインハイという事はあるかも」

 

「癖になると面倒だから注意した方が良いかもね」

 

「うん……」

 

この回は1人出塁するものの、4人目でしっかりと抑えられる。

 

(朱里さんがいるチームとはいえ、総合力ではこちらが圧倒的に上……。そろそろ主導権を握りたいですよ!)

 

(……とか高橋さんは思ってそう。守備に関してはバッテリーの頑張り次第で吉にも凶にもなるのが怖いところ。一応さっきの攻撃中に息吹さんと肩を作ってはいるけど、願わくば私の登板がありませんように……)

 

しかし超絶ピンチのタイミングで私の出番がくる予感がした。気のせいでありますように!

 

この回はまずは6番をサードゴロに抑えてワンアウト。次の吉川さんも三振に、8番の小林さんもショートゴロ。上手く三者凡退で終わらせる。さっきの予感は杞憂だったのかな?

 

(本当に武田さんの調子が良いな。でも……)

 

次の回はこの試合の最初のターニングポイントである梁幽館打線の2巡目……。そこを無事に切り抜ける事が出来たのなら、こっちが一気に優位に立てる。

 

「三者凡退!良い流れだね」

 

「この回は2番からだから、どんどんチャンスを作っていこう」

 

その為にもまずはこの攻撃で勝ち越したいところ……。

 

(……って朱里は言ってたけど、普段は希の後ろだから、回の頭が私って余りないのよね。とにかく塁に出る!)

 

藤田さんは2、3球見逃して、打てそうな球は可能な限りカットする。うちでは安定して2番を任せられるね。

 

「くっ……!」

 

そして5球目……。

 

「あっ……!」

 

『ヒットバイピッチ!』

 

おっ、先頭出塁。

 

(次は川崎さんか……。梁幽館の守備を考えるとバントだろうけど、川崎さんは試合ではバントを余りしないんだよね。それがどう出るか……)

 

芳乃さんもバントのサインを出していた。中村さんには得点圏で回したいからだろうか。

 

川崎さんは初球でバントをするが、当たりが弱すぎる。捕手の小林さんが素早くセカンドへ送球。チャンスを広げる事が出来なかった。

 

「良いぞ小林ー!」

 

「依織バズーカ!」

 

(なんて送球……。捕ってからがものすごく速い……!)

 

(采配ミス……!?稜ちゃんに普段バントさせてなかったから?さっきヒットだったし、信じて打たせれば良かったの……?)

 

……これは不味いな。芳乃さんの気持ちが折れ始めている。下手に弱気を見せると主導権を握られかねない。

 

「まだ攻撃は終わってないよ!希ちゃん、頑張れ~!」

 

「任せて!」

 

(多分球種は全部見たし、早めに……打つ!)

 

中村さんは初球でレフト前に落としてヒット。これでツーアウト一塁・二塁。

 

『5番 センター 岡田さん』

 

(ここで実質4番かよ。だが抑える!)

 

(カウント取りのカーブを叩く!)

 

主将は初球のカーブを打つ。

 

「セカンド!」

 

……しかしセカンドの守備に阻まれて6、4、3のゲッツーとなってしまった。

 

「くっ……!」

 

(やはりそう上手く点を貰えないか……。ベンチの空気も悪くなりつつあるし、どうしたものか)

 

でも試合は面白くなってきた。次のターニングポイントに備えて布石を立てておくかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、また無得点か……」

 

「相手は埼玉の4強常連校。そう甘くはないという事ですね」

 

「いっそのこと柵越えのホームランを狙っていくしかないね!」

 

「それが出来るなら苦労しません」

 

「……いや、もしかしてあの子ならそれが出来るんじゃないかな?」

 

「あの子?」

 

「……ああ、彼女の事ですね」

 

「そそ。1回戦からベンチみたいだけど……」

 

(確かに彼女ならそれを可能にするでしょうが……)

 

「……恐らく朱里さんもそのタイミングを見計らっているでしょう」

 

「まぁ少なくともそれは今じゃなさそうだもんね~」

 

「ねぇ、あの子って誰?」

 

「和奈はまだ会った事がないんだっけ?それならこの試合の終盤をお楽しみにって事で♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上位に回るこの回だ……。狙い球を絞って打つのもよし、球数を放らせるのもよし。一気に突き放すぞ!」

 

『おおっ!!』

 

3回裏。打順は9番から……。次から2巡目に入るから、この打者は絶対に切りたいところ。

 

しかし2球目に打たれてレフト前に運ばれる。

 

(レフトは初心者……)

 

「大村さん、二塁に送球!」

 

「はいっ!」

 

うおっ。凄い肩……。

 

「暴走だぜ!……ってあれ?」

 

(流石に自重したか……。しかし今の西浦さんは武田さんのあの魔球に合わせて打った。梁幽館打線にとってはあの魔球もそこまで難しい球じゃない……か)

 

それでもこの段階で武田さんの手札を晒して良いのは2つある内の1つだけかな?武田さんの実力を2回戦で全部出し切るのも勿体無いからね。

 

次の陽さんにも痛打されてノーアウト一塁・二塁。

 

(次はゲッツー警戒でバントだろうから、とりあえずアウトを1つ貰おう)

 

予想通りバントをしてワンアウト二塁・三塁。3番の高代さんを抑えて、中田さんを敬遠で次の5番で勝負が理想的だね。

 

(上手くいけば中田さんに回さなくて済む可能性もあるからね)

 

スクイズ警戒の為か1球外す。

 

(ここで1番嫌なのは満塁で中田さんに回る事……。カウントを悪くしたくない。ストライクがほしい……と相手も思っている筈。つまり……!)

 

スクイズ。山崎さんは読んでいたのか高く外す。

 

(かかった!)

 

(外された!)

 

(くっ……!絶対に当てる!)

 

 

ガッ……!

 

 

(よし、打ち上げた!これで……)

 

「山崎さん!頭上に気を付けて!」

 

(朱里ちゃん……?うっ!?)

 

スクイズを打ち上げたところまでは良かったけど、山崎さんが太陽の光が目に入り、落としてしまった。点は取られずに済んだけど、ランナーはオールセーフ。ワンアウト満塁となってしまった……。

 

(なんて不運……!読み合いには勝っていたのに!しかも次の打者は……)

 

『4番 ファースト 中田さん』

 

(これは最高の形ですね。スクイズ成功よりも良いかも!さて、将棋でいうところの王手まできましたよ朱里さん……!)

 

成程……。さっきの嫌な予感はこの状況の事だったのか~。はっはっは!……じゃないなこれ。滅茶苦茶ピンチだわ。

 

芳乃さんがタイムを取っているのを見たので、私もマウンドに行く。

 

「ごめんね……。私のエラーのせいで満塁になっちゃって」

 

「陽の動きはそう簡単に予測出来ないからね。仕方ないよ」

 

「タマちゃんはいつも完璧過ぎるからねぇ。たまにはあっても良いのでは?」

 

いやいや、そのたまにが致命的なんだけど……。

 

「それよりも朱里ちゃんがマウンドに来たって事は……」

 

「……うん。少なくとも私はそのつもりだけど、武田さんはそれでも良いかな?」

 

「う~む。……仮に私がこのままマウンドにいたら?」

 

「満塁だろうと勿論敬遠。この時点で武田さんの手の内を見せるのは早計だと思うからね。武田さんが中田さんと勝負するのは次の打席からだよ」

 

逆に言えば私はいくら手の内を晒されようがどうでも良いからね。

 

「素でエグい作戦ね……」

 

「まぁ毒も食らわば皿までって言うしな!」

 

「そっか~。それならこの局面は任せるよ!」

 

「お願い朱里ちゃん。このピンチをなんとか切り抜けて!」

 

「了解」

 

まぁなるようにしかならないけど、やってみますかね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『新越谷高校、シートの交代です。ピッチャーの武田さんがファースト、ファーストの中村さんがライト、ライトの早川さんがピッチャーです』

 

「この局面で出て来ましたか……!」

 

(その可能性もありましたが、まさか本当に朱里さんが出てくるとは……)

 

「朱里せんぱい……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃんがマウンドに!」

 

「この局面で出て来るって凄い度胸だね~☆」

 

「ですが新越谷にとっては最適解の一手です。これを見越して朱里さんと武田さんの両方をスタメンに置いたのでしょう」

 

「しっかしこんなに早く朱里の成長が見られるとはね。梁幽館には感謝だね♪」

 

「そうですね。朱里さんがシニアからどれだけ成長したのか楽しみです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね朱里ちゃん。本当はもう少し余裕のある場面で出したかったのに……」

 

「気にしない気にしない。それよりも山崎さんは大丈夫?さっきので目がチカチカするとかない?」

 

「それは大丈夫……」

 

「とにかくこのピンチを切り抜けて梁幽館の流れを切ろうか」

 

「うん!」

 

ワンアウト満塁。打者は通算ホームランが50本を越えるスラッガーか……。

 

「この局面で私が使う球は……だよ」

 

「それでいけそう?」

 

「初球に中田さんがどう出てくるかで勝負が決まると思う」

 

初球から打ってくるなら次の一手を考える。もしも見逃すなら……。

 

(ここで早川朱里か……。映像で見た不可思議なストレートに対抗する為にも……!)

 

初球は……!

 

『ストライク!』

 

(……!やはりストレートにしては違和感があるな。この違和感がわからず今までの打者は早川に抑えられたという事か)

 

(見逃した?だったらこの勝負は……!)

 

私の勝ち……だね!

 

 

ズバンッ!!

 

 

『す、ストライク!』

 

(な、なんだ今のストレートは!?さっきのやつとは段違いの球だぞ!)

 

「あの投手凄いぞ!」

 

「中田を空振りに取った!」

 

「何者なんだ!?」

 

相変わらず騒がしいお客だなぁ……。私が何者かって?ただの投手だよ!

 

(なんとしてもバットに当てる!!)

 

 

ズバンッ!!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

中田さんを三振に取ると球場全体が叫び声をあげた。煩いよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「あ、朱里ちゃん、いつの間にあんな球を投げるようになったんだろ……」

 

「あ、アタシは知らないかな~。瑞希は?」

 

「……私も知りませんでした。まさかあれほどの球速を身に付けていたとは」

 

(あれは間違いなく朱里さんが高校になって得たもの……。球速自体は洛山高校の大豪月さんには遠く及びませんが、恐らくあのストレートにも朱里さん特有の秘密がある筈。あとどれくらいそれを投げるかは知りませんが、分析させてもらいますよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃん、ナイスピッチ!」

 

「すげーな!ここから朱里1人で勝てるんじゃないのか?」

 

「さてね。それはまだわからない。何れにせよ私が投げるのはとりあえず梁幽館の流れが途切れるこのイニングまで……。そこからは再び武田さんに任せるよ」

 

「で、出来るかなぁ……?」

 

こらこら。なんで武田さんがそんなに弱気なのさ。

 

試合を再開させて、5番の笠原さんと対峙。ここから私が投げるのはストレートに見せ掛けた変化球。

 

(遅い?さっき奈緒に投げたあのストレートじゃないのか?なめやがって……!)

 

(……とか思っているんだろうな。これはこれで私の全力だっての!)

 

『ストライク!』

 

(なっ!?)

 

「あれは映像で見たストレートか?」

 

「……ですね。奈緒さんに投げた1球目と同じものです」

 

「あの球の正体が何かわかればと思って見送ったが、それが間違いだったという訳か……」

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(何にせよこれは不味い。流れが完全に向こうに行ってしまったぞ)

 

はぁ……。なんとか満塁のピンチを無得点で凌いだ。流れは掴んだし、打順も私からだし、勝ち越させてもらうよ。梁幽館!




遥「朱里ちゃんの緊急リリーフによって満塁のピンチを無得点で抑えた!」

朱里「なんでいちいち叫ぶの?」

遥「なんか強く主張しないといけない気がして……」

朱里「……まぁ梁幽館戦はこの話を境に大きく変化を始めているからね。どれだけ原作の面影が残るか……」

遥「アンケートの方もオリジナル展開を所望している人も多いよ!」

朱里「柳大川越へのリベンジが成功するか否か……。成功したらある人の入部が大幅に(話数的な意味で)遅れると言っても良いね」

遥「ある人って?」

朱里「それは先のお楽しみ」


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県大会2回戦!新越谷高校VS梁幽館高校④

4回表の私達の攻撃。

 

「朱里ちゃんありがとう!」

 

「朱里ちゃん!今のストレート、後で私にも投げて!」

 

「ちょっ、近い近い!同時に喋らないで……」

 

これで最初の問題は終わった……。

 

(あとは武田さんが梁幽館の打線をどう抑えるか……。正直5点以内で済ませてほしいところだけど)

 

それじゃあ打席に行きますかね……!

 

『6番 ピッチャー 早川さん』

 

「お願いします」

 

(1打席目では守備のお陰でアウトには出来たけど、早川には良い当たりを打たれている……。丁寧にいくわよ)

 

(了解!)

 

芳乃さんはノーサイン。なら1打席目の事を考えたら丁寧にカウントを取りに行く筈。それなら……!

 

(いける!)

 

 

コンッ。

 

 

『バント!?』

 

敵どころか味方をも騙すバントで三塁線に転がす。

 

(……って!捕球が思ったよりも早い!間に合え!!)

 

このままだと間に合わないと思って私は決死のヘッドスライディングをした。判定は……。

 

『セーフ!』

 

よし、とりあえず出塁。あとは藤原先輩と大村さんに任せるかな。

 

「ナイススライ朱里!」

 

「結構際どかったですが、無事に出塁出来て良かったです」

 

「しかしバントとは意表を突いたな?」

 

「1打席目で内野の頭を越す当たりを打った影響か内野が後退守備をしていましたので、あとは捕手に捕られない程度に弱めのバントを……と思いました」

 

(……とはいえさっきのは危なかった。3打席目までにまた作戦を立てる必要があるね)

 

次の藤原先輩は良い当たりをさせるもレフトが定位置で捕球した。だけど……!

 

(ただでアウトをあげる訳にはいかないね!)

 

「大田、2つだ!」

 

本来ならタッチアップするには浅いフライだけど、だからこそ敢えて私は不意を突いて走る。

 

「くっ!」

 

『セーフ!』

 

流石梁幽館の外野手。強肩だな……。でもなんとか上手くいった。

 

「ナイスラン!」

 

(不味いですね……。先程のリリーフから朱里さん1人に流れを持っていかれています。敵に回すとこれだけ強大だとは……!)

 

次は大村さん。吉川さんのストレートに対して思い切り振り抜いた。その結果は……。

 

「ああっ!ヨミさんと朱里さんで練習したのに、どん詰まりでした!」

 

(あれで!?あの子初心者だよね?)

 

ショートゴロ……なんだけど、当たりが強いお陰で私も三塁に行く事が出来た。これでツーアウト三塁。

 

あと吉川さんが何を思っているのかなんとなくわかる。野球は初心者とはいえ、他のスポーツ……大村さんの場合は剣道を嗜んでいたからあのパワーが出せた。

 

「私の前にチャンスメイクとは……。皆ナイス!」

 

「ナイス打順調整!」

 

「次の回1番からだな!」

 

(酷くない……?)

 

うわぁ……。武田さんの扱い酷いな。完全に練習試合の打率.050が原因じゃん。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

そしてそのまま3球で三振してしまい、この回も無得点。勝ち越したかったけど、仕方ないか。

 

「さぁ、この回もしっかり抑えよう!」

 

(なんか武田さんが芸人に見えてきた……)

 

ポジションは変える前に戻って再び武田さんがマウンドに。

 

(やはり朱里さんは投げませんか……。先程の登板は満塁のピンチだったから臨時で……という事ですね)

 

(二宮達も見に来てるし、そう簡単に手の内を晒しませんよ。それに……)

 

今の新越谷のエースはあくまで武田さん。それをわからせなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石朱里さんですね。流れの掴み方を理解しています」

 

「あのリリーフから流れが新越谷にあるままだしね。敵になると厄介だね~」

 

「でもそんな朱里ちゃんと勝負する為に私達は散り散りになったもんね」

 

「そうだね~。この埼玉だと梁幽館に友理さんとはづきと……」

 

「椿峰に1人、咲桜に1人……。誰かが新越谷を崩すか、それとも新越谷が全国に勝ち上がるか……。何れにせよ私達がぶつかるのは全国の舞台か練習試合だけですからね」

 

「アタシは一足先に新越谷と戦ったけどね♪」

 

「いずみちゃん、羨ましい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4回裏。6番、7番と連続で抑えるも次の8番にヒットを打たれてしまう。

 

(シングルヒットで助かったけど、次の西浦さんはさっきの3人よりも厄介だ。1打席目も綺麗に打たれているからね。だとしたら……)

 

ここで解禁するだろうね。強ストレートか私が教えた球を……。

 

(いくよヨミちゃん!)

 

(うん……。強ストレート……私本来のストレート!)

 

カウントはツーボール、ツーストライク。そしてそこから強ストレートを放り込む。

 

(ストレート……!)

 

 

ガッ!

 

 

当たりは詰まってセンターフライ。しかし……。

 

「落ちた。ヒットだ!」

 

これを見て一塁ランナーは一気に三塁へ。ツーアウト一塁・三塁となった。

 

(しかしまだ流れはうちにある。次の打者は陽さんだけど、今の武田さんなら抑えられる!)

 

ツーシームを見送りワンストライク。陽さんはあの魔球か西浦さんに見せた強ストレートを狙っているみたい。武田さんの強ストレートはあの魔球と同じでそんな簡単には……って!

 

(ど真ん中!?それは不味い!)

 

 

カキーン!

 

 

当たりは三塁線に落ちてファール。危なかった……。

 

(あの陽さんが完全に打ち損じるとは……。やはり武田さんはうちのエースだね)

 

私も負けてられないな……!

 

その後陽さんは強ストレートを待っていたのか、あの魔球を詰まらせてファーストゴロに倒れた。強ストレートはあの魔球と相性が良いみたい。




少し短いけどキリが良いので、今回はここまでです。あと2、3話くらいで梁幽館戦終了予定です。


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県大会2回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑤

試合の前半が終わってグラウンド整備の為に少し休憩。その間に私達は息を整える。

 

「タマちゃんどうよ?私のピッチングは」

 

「まだまだかな。強ストレートがど真ん中に来てヒヤッとしたし。朱里ちゃんのコントロールを見習ってよね」

 

「むー、厳しいなぁ……」

 

ここまでの武田さんの投球数は62球。全力で梁幽館打線を抑えにいっているから、疲れが出始めている。

 

「ヨミちゃんって1日で最高何球投げた事がある?」

 

「う~ん。ダブルヘッダーとかもあったし……」

 

女子の高校野球は7イニングで、それのダブルヘッダーだから大体120球くらいだろうか?私の最高よりも少し多いくらい……。

 

「250球くらいかな!」

 

「は?」

 

思わず声を出してしまった私は決して悪くない。全力投球じゃないとはいえ投げすぎでしょ……。

 

「ちょっ、勘弁してよ!よく今まで壊れなかったね?」

 

本当だよ……。リトル時代の私でもそんなに投げた事ないよ。それでも投げすぎで私は右肩壊したのに……。

 

「250……って言っても全力で投げた事なかったし……。でも今日はタマちゃんが一生懸命リードしてくれて、そのお陰で全力が出せているから、120球くらいでバテるかも」

 

(それでも私よりスタミナあるんだよなぁ……。私ももっとスタミナを付けないとね)

 

「でも調子良いし、決め球でゴリ押ししても耐えられると思うから遠慮なく!」

 

「しないよ!すぐ調子に乗る!」

 

まだ県大会の2回戦なのに、なんだろうこの最終回近い感じは……?

 

「とにかく武田さんは水分取ってしっかりと休む事。後半戦に備えてね」

 

「朱里ちゃんの言う通りしっかりと休んでてよ?」

 

「は~い……。って事でもしも私がバテたら頼むよ朱里ちゃん!」

 

話聞いてた?

 

(……武田さんの奮闘を無駄にする訳にはいかない。だから山崎さん、ここは必ず……!)

 

(うん。ヨミちゃんの為に出る!)

 

吉川さんのストレートを山崎さんは初球で上手く打ってライト前ヒット。そして藤田さんが送ってワンアウト二塁。

 

(くっそ……!これ以上は点をやらん!)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3番の川崎さんは三振。吉川さんのピッチングがガールズの時みたいなストレート押しになってきたな……。

 

「すまん。後は頼む」

 

『4番 ファースト 中村さん』

 

「希ちゃん打ってー!」

 

芳乃さんが中村さんを4番に起用したのはランナーを置いて、チームで1番打率の高い彼女を回す為に他ならない。

 

(現に前の2打席でもランナーはいたし、この5回もツーアウト二塁だから、その戦略は的中している……。中村さん自身も生粋のアベレージヒッターで、想定内の球なら思うがままに低い打球へ打ち返す技術もある)

 

そんな中村さんに吉川さんは……。

 

(げっ!)

 

(あっ!)

 

ど真ん中……。スライダーが抜けたのかな?でもこれならいける!

 

 

カンッ!

 

 

「ピッチャー返し!抜けるか!?」

 

本来今打った中村さんの打球は流し打ちとしても100点に近いバッティングだった。しかし……。

 

「なっ!?」

 

中村さんの完成された打撃と、それを全面に押し立てた芳乃さんの戦略を更に敵が上回った。

 

セカンドの白井さんがダイビングキャッチをして、それを上手くフォローするショートの高代さん。2人の守備によってまたもやチャンスが崩れてしまう。

 

(ここまでは想定内。とはいえこのまま投手戦が続くとこっちが不利になる……。その前に手を打っておかないとね)

 

中田さんの3打席目を迎える5回裏が次のターニングポイント。

 

(武田さんのピッチングは良いけど、観客の反応を見るに流れが向こうに行きつつある。でももしこの打席の中田さんを打ち取る事が出来たら……)

 

その瞬間から私達の勝利が限りなく近くなる。

 

『ストライク!』

 

(攻撃の嫌なムードを感じさせない武田さんのピッチング……。やっぱり大したものだね)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先頭の白井さんを三振に抑える。尻上がりの武田さんのギアが更に上がった……。今の3球はそれがよく伝わるピッチングだったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな良い試合滅多に見られないよ!」

 

「確かに双方譲らずの同点だもんね~!」

 

「ただ少し梁幽館が有利に傾いていますね。先程のファインプレーが響いています」

 

「あのセカンドの守備によってチャンスに点を取れなくしてるもんね……」

 

「しかし新越谷も武田さんの好投によって決して流れを完全には渡さない……。恐らく次の中田さんの打席で試合は動き始めるでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3番の高代さんをショートフライに打ち取っていよいよ……。

 

『4番 ファースト 中田さん』

 

「外野は長打警戒!」

 

この3打席目は中田さんを歩かせる訳でも、私がワンポイントで投げる訳でもなく、武田さんが勝負をする。

 

(中田さん……。いざ勝負するとなると威圧感が凄い。だからこそぶつけたかった)

 

(今こそ遥ちゃんとの勝負を続けた成果を見せる時だよ。ヨミちゃん!)

 

(うん!)

 

武田さんと山崎さんはこの中田さんと勝負する時に備えて雷轟との勝負を積極的にやるようになっていた。

 

 

 

ここで話は3日前に遡る……。

 

「朱里ちゃん、何を見てるの?」

 

中田さんの打撃を映像で見てると武田さんが声を掛けてくる。山崎さんも一緒にいた。この2人仲が良いな……。幼馴染なんだっけ?

 

「中田さんのバッティングを見てイメージトレーニング。大体だけど、中田さんが苦手としているコースを予測して頭の中で組み立ててどう抑えるかを考えてたんだ」

 

まぁ実際は清本との1打席勝負を思い出しては清本を中田さんに見立ててるだけだけど……。勝負は3対7で私の負け越しなのを思い出してはムカムカするのを繰り返している。

 

……なんかまたムカムカしてきた。

 

「あ、朱里ちゃん?顔が怖いよ……?」

 

あっ、顔に出てた……。試合の時は常にポーカーフェイスを心掛けてるけど、普段だとどうも感情が表に出ちゃう。それにイメージだけだと具体的なビジョンは浮かばない……か。

 

「こうなったら仮想中田さんを用意するしかないか……」

 

「仮想中田さん?」

 

「幸いうちには中田さんに匹敵する長打力を持っている子がいるからね」

 

「呼んだ?」

 

2人に対中田さんの対策をどうするかを説明しようとすると仮想中田さん……もとい雷轟が私を後ろから抱き付いてきた。

 

「……丁度今から雷轟を呼ぼうと思ってたところだよ」

 

「そっか……。遥ちゃん!」

 

「確かに遥ちゃんなら中田さんにも負けないバッティングと威圧感みたいなプレッシャーがあるもんね」

 

「そういう事。あと暑いから、さっさと離れて雷轟」

 

そんな訳で雷轟を右打席に置いて、山崎さんは捕手として球を受けてもらう事で対策開始。まずは私から……。

 

 

カーン!カーン!カーン!カーン!カーン!

 

 

「全部打たれてない……?」

 

「これで良いんだよ。どのコースが1番打球が飛びにくいか探っていたからね」

 

実際中田さんのデータを調べたところ偶然にも雷轟とコースの得意不得意が被っていた事がわかった。中田さんがなんか可哀想になってきたよ……。

 

「よし……!私はこれで良いかな。次は武田さん」

 

「よーし!」

 

「勝負だよヨミちゃん!」

 

雷轟が武田さんとの勝負に気合いを入れる。すると……!

 

(な、何……?この感覚は?)

 

(これは抽選会の日に遥ちゃんと勝負した時にも感じたプレッシャー……?)

 

どうやら武田さんと山崎さんにも雷轟の放つプレッシャーを感じたようだ。

 

「どうやらバッテリーには雷轟が放つ圧を感じられているみたいだね」

 

「圧……」

 

「圧?」

 

雷轟は何の事かわかっていないみたいだ。無自覚なのか。恐ろしい……。

 

(やはり雷轟にはいつか清本の……というより洛山高校野球部のバッティングを見てもらいたいね。そうする事で雷轟が得られる経験値は大幅に上がる)

 

「とりあえず2人はその状態の雷轟との勝負を続けて。雷轟は常に気合いを入れ続けて」

 

「う、うん!」

 

「わ、わかった!」

 

バッテリーの2人はプレッシャーに慣れてもらう事で中田さんとの対決に備える為に、雷轟は自身の成長の為にそれぞれ練習を続けた……。

 

 

~そして~

 

「これを覚えておけば中田さんとの対決でもきっと役に立つよ」

 

「「つ、疲れた~……」」

 

「私はまだまだ平気だよ!」

 

武田さんと山崎さんは1時間くらい練習を続けてぐったりとしていた。雷轟は元気いっぱいだけど……。

 

「強打者が放つ威圧感は投手のスタミナを多く持っていくからね。私もシニアではそんな相手と何度も戦ったよ」

 

まぁ清本の事だけど……。あっ、またムカムカしてきた。

 

「これを中田さんは持っているって事?」

 

「確証はないけどね。……武田さんは中田さんと勝負したい?」

 

「えっ……?うん、私のピッチングが中田さんに通用するか試してみたい!」

 

武田さんと雷轟との勝率はほぼ互角。雷轟は初心者だからある程度は経験の差で武田さんが上回るけど、中田さん相手だとそう上手くはいかない。2対8くらいで中田さんの勝ちだと思う。

 

「……それなら勝負は3打席目以降ね。それまでは勝負を避ける事」

 

「それが勝つ為……だもんね」

 

「はーい……。ちなみに朱里ちゃんはもしも中田さんと当たる事になったら勝負するつもり?」

 

「どうだろうね。慎重に立ち回れば抑えられないとは思っていないけど……」

 

(やっぱり朱里ちゃんは凄いな……。こんなに自信に満ち溢れているんだもん)

 

「勝負する事になったら私の全部を出し切るつもりでいくよ」

 

私が新越谷に入ってから得たものを使って……ね。

 

 

 

 

 

 

 

そして回想は終わって現在。

 

「おっ、勝負するぞ!」

 

「武田も尻上がりで抑えられると見たか!?」

 

「早川みたいなピッチングを期待してるよ!」

 

観客も2人の勝負を期待しているようだ。あと私は私で、武田さんは武田さんだから。



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県大会2回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑥

今更だけど、この小説では梁幽館戦を2回戦としています。

トーナメントの並び的に3回戦ってなってるらしいんだけど、自分にとってはどうも違和感を感じる……からです。


この試合が大きく動くであろう。中田さんの3打席目。ここを凌ぐ事が出来ればあとは雷轟を代打で出して勝ち越すだけなんだけど……。

 

(私達の現時点でのベストピッチングを見せる時!)

 

武田さんの1球目……。

 

『ストライク!』

 

「インハイのストレートを空振り!」

 

「あの中田がストレートを空振った!」

 

「武田もいけるじゃん!」

 

「なんで第1打席に勝負しなかったん?」

 

観客の反応が交わってる中の2球目。強ストレートの下を叩いてファール。そして1球仰け反らせてからのあの魔球を……。

 

 

ガッ……!

 

 

当たり的には詰まらせた感じなんだけど……。

 

(ちょっ!伸びすぎ伸びすぎ!)

 

『ファール!』

 

「ナイスカット!」

 

「いけるよー!」

 

ちょっと聞いた?あの打球でカットなんですって。

 

(まぁあれくらいなら雷轟でも出来る。この中田さんの打席で雷轟には何か掴んでほしいところだけど……)

 

私はライトフェンスに背中を付けて雷轟を見る。

 

(あれがスラッガーのバッティング……。私の目指すバッティング!)

 

……なんかキラキラした目で中田さんを見てた。まぁ何か参考に出来ればこの勝負にも意味はあるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ファール!』

 

「明らかなボール球もカットしてるね~」

 

「カウントが悪くなると歩かされるのを中田さん自身もわかっているからでしょうね」

 

「でもその気持ちはよくわかるかも……。私もシニアの時はくさいところ突かせてあわよくば凡打っていうピッチングを多くされてたから……」

 

「まぁ和奈のあのバッティングを見るとね~」

 

「和奈さんのところは大会や練習試合では勝負してもらってるんですか?」

 

「うん。1回戦の相手投手は全員相手してくれたよ。1年生で4番なのが珍しかったからかな……?」

 

「洛山高校の去年と一昨年の4番は大豪月さんでしたからね。大豪月さんは有名ですから、彼女を越える打者なのか見てみたかった……という可能性はあるでしょう」

 

「そんなにその……大豪月さんは凄いの?」

 

「私も神童さんに聞いた話なので詳しい事は知りませんが、大豪月さんは通算ホームランの数が中田さんを越える75本のスラッガーで、バットに当てたらホームラン確実とまで言われていました。それに加えて……」

 

「大豪月さんって投手なんだよね」

 

「中田さんも確か本職は投手だったよね?はー、エースで4番って本当にいるもんだね~」

 

「更に洛山高校はここ2年間で全国でホームランの数が1番多く、2位との差が圧倒的なんだそうです」

 

「でも逆に走塁や守備は並くらいかそれ以下だって大豪月さんが言ってた……」

 

「なんとも極端なチームだね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中田さんはカットを続けて今の8球目は……。

 

『ボール!』

 

上手くいけば三振を取れるであろうあの魔球を振らずにボール。これでフルカウントだ。

 

(今のであわよくば三振……って思ってたけど、振らないか。でも布石は敷いた。決め球は唯一空振りを取っていて、尚且つ覚えたてで投げたがってる強ストレート。今のヨミちゃんなら投げきれる筈)

 

(初球と同じ内角に……!)

 

武田さんが投げたその瞬間……。

 

「…………!」

 

(…………!?)

 

バッテリーは何かを感じて、中田さんはその球を捉えた。

 

「ライトいったぞ!」

 

「大きい!」

 

私がいるライト方向に飛んできたけど、既にフェンスに背中が付いてるんだよね。つまりこれ以上下がれない訳で……。

 

『ホームラン!』

 

ホームランとなり、1対2で梁幽館に勝ち越されてしまった……。

 

(でもこれも想定内。中田さんの一振りは雷轟にとっても勉強になった筈……!)

 

あとは後続を抑えて……。

 

 

ドンッ!

 

 

は……?

 

『ホームラン!』

 

(ちょっ、ちょっと待って?私がこの後のプランを考えている間になんかホームランを打たれてるんだけど!?)

 

武田さんに何があったのか、笠原さんにも続けざまにホームランを打たれていた。まさか気持ちが切れたんじゃないよね?

 

次の大田さんをアウトに抑えていたので、崩れたって訳じゃなさそうだけど……。

 

「えっと、武田さん?笠原さんのホームランは何があったの?」

 

「強ストレートがすっぽ抜けてど真ん中にいっちゃいました……」

 

「……さっきの1点は完全に余分だったね」

 

「ごめんなさい!」

 

山崎さんのダメ押しに武田さんは平謝り。なんか余裕ありそうだな武田さん……。

 

「……まぁ3点ならまだまだ想定内だから武田さんが崩れてないのなら良かったよ」

 

「想定内って……。朱里的には梁幽館に何点取られる予定だったんだ?」

 

「武田さんを信用してない訳じゃないけど、その倍の6点までなら私達で返せる予定でしたからね。それだけの打力はあるし、うちは逆境に強い新越谷ですから」

 

そう言って私はネクストサークルに向かった。

 

「朱里ちゃんって皆の事をよく見てるよね……」

 

「芳乃ちゃん……」

 

ベンチで芳乃さんと中村さんが話し掛けている。さっき取られた2点で考えが纏まらないのだろうか?

 

先頭の主将が三塁打を放ってノーアウト三塁で私に回る。

 

(あと2イニングで2点ビハインドだし、スクイズはないな。内野もほぼ定位置……)

 

それならその間を抜ける当たりを打ってやる!

 

 

カンッ!

 

 

「二遊間抜けた!」

 

「ナイバッチ朱里!」

 

打球はなんとか二遊間を抜けてタイムリーヒットとなった。これで1点差……。とりあえず二塁には行かせてもらう!

 

「走った!」

 

「くっ……!」

 

『セーフ!』

 

「ナイスラン!」

 

奇襲の盗塁だから上手くいったようなものだ。だから2度は通用しない。私は私でやれる事はやった……。

 

(あとは皆を信じるだけ……!)

 

その後藤原先輩の進塁打でワンアウト三塁。そして……。

 

「はぁっ!」

 

大村さんの打球はセンターフライ。これは……いけるか?

 

『アウト!』

 

いや、飛距離的には少し浅い。これはタッチアップは厳しいかも……。

 

『9番 ピッチャー 武田さん』

 

武田さんのバットで同点になれば……って言いたいけど、今までの武田さんなら空回りしそう……。

 

(でも武田さんのスイングは悪くない……。コース次第ではもしかするかも)

 

「はいっ!」

 

武田さんは吉川さんの失投を逃さず捉えた。打球はセンターへ飛んで、私は打ったと同時にホームへと走る。

 

『アウト!』

 

センターは定位置で捕球する。この回で追い付く事は出来なかったか……。

 

(でもここから武田さんの奮闘次第でまだまだうちの勝つ可能性はある。最終回の打順も1番からだしね……)

 

「しまっていこー!」

 

『おおっ!』

 

山崎さんの掛け声で一層気合いを入れる皆……特に武田さんは前のイニングに取られた2点が嘘のようなピッチングを見せて7番、8番と三振に取る。

 

(まだ調子が上がっているのか……。もしかして中田さんとの勝負で何か開いた……?)

 

だとしたら笠原さんに対する失投が痛すぎる訳だけど……。そして1番相性が悪いと思われる9番の西浦さんも三振に……。

 

(えっ?)

 

と思ったら振り逃げでツーアウト一塁に。

 

(振り逃げそのものは珍しくないけど……)

 

まさか山崎さんが捕逸するとは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山崎さんが捕逸……。これは珍しいものが見られましたね」

 

「そんなに?」

 

「山崎さんのガールズ時代は捕逸0どころか投手の暴投すらも止めていて、ワイルドピッチもありませんでした」

 

「そんな山崎さんが逸らす程の球……って事だよね」

 

「ヨミがこの試合の中で成長したって事だね」

 

「朱里さんはこの光景がどう映っているのでしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やるなぁ武田さん。あの山崎さんが捕逸するレベルの球を放るなんて……!)

 

あんな球を見せられたら私も負ける訳にはいかないよね。帰ったら投球練習しよう……。新しい球を開発してそれから……!

 

1番の陽さんも三球三振。またもや山崎さんが後ろに逸らすけど、いち早く反応して一塁に送った。……っていうか武田さんこのイニングで4個も三振取ってるし。

 

(次は最終回。最後のターニングポイントが残っている。リリーフに中田さんが出てくるか、橘が出てくるか……。どちらにせよ出来る限りの対策は仕込んだ)

 

あとはそれを上手く決めてくれるだけ……!




遥「ヨミちゃんが2人続けてホームラン打たれちゃった……」

朱里「中田さんと、笠原さんと続けざまに打たれて合計3失点。これが歴史の強制力……。否が応でも2対3になるっていう訳か……」

遥「歴史の強制力?」

朱里「こっちの話だよ。次回で梁幽館との戦いは最終回」

遥「私の活躍もあるよ!……あるよね?」

朱里「多分ね」

遥「多分!?」


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県大会2回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑦

梁幽館戦最終回です。


「いよいよ最終回か……」

 

「コールドだと思ってたのに」

 

「新越強いわ」

 

……いやもうね?観客の掌くるくるにも慣れたよ私は。

 

『1番 キャッチャー 山崎さん』

 

「こい!」

 

(武田さんは予想以上の成果を発揮してくれた。そしてそれは山崎さんも同じ……。そんなバッテリーを私は見ていたい)

 

吉川さんは決め球であるスライダーを投げるが、さっきまでの武田さんのあの魔球に比べたら打てる。特に捕ってきた山崎さんからしたら……。

 

山崎さんは初球を捉えてヒット。山崎さん今日猛打賞じゃん。

 

「よっしゃ!先頭出た!」

 

(くっ……!)

 

「ナイバッチ!タマちゃん!!」

 

次は2番の藤田さん。本来ならバントなんだけど、この回1点止まりだと負けを先延ばしにするだけ……。それならランナーを増やした方が期待値は高い。

 

(任せるよ……!)

 

芳乃さんを見ると暫く悩んだ後ノーサインという形に。これには藤田さんも驚いているようだ。

 

『ボール!』

 

向こうのバッテリーもバントを警戒してるのか、ボールカウントを先行させていた。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「やった!ナイセン!」

 

「これでノーアウト一塁・二塁!」

 

(最高の結果……!初回も任せれば良かったかなぁ)

 

ノーアウト一塁・二塁のチャンスという場面で梁幽館の栗田監督が動く。投手交代か……。どっちが出る?

 

『梁幽館高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー吉川さんに代わりまして橘さん』

 

「すまん……。あとは任せた」

 

「了解です……!」

 

橘が出て来たか……。どちらかと言うと中田さんの方が脅威的ではあったから、これはありがたい。勿論油断は一切しないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、はづきちゃんが出て来た!」

 

「そういえば1回戦でもはづきはリリーフで投げてたね~」

 

「その時の映像を見ましたが、彼女のスクリューはシニアの時よりも進化していました」

 

「はづきを打てたら新越谷の勝ち、はづきが抑えたら梁幽館の勝ち……。胸が熱くなる展開だねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橘が数球の投球練習をする。映像で見るよりもスクリューを始めとする変化球全てがキレているのが伝わってくる……。

 

(……無理かも知れない)

 

川崎さんの方を見ると顔が青ざめていた。芳乃さんも顔を青くしている。

 

(凄いスクリュー……。あのスクリューをキャプテンと希ちゃんだって打てるかわからない。加えて橘さんはストレートも吉川さんクラス……。速球打ちの練習をしたとはいえあんなの本当に打てるの?)

 

「ごめん、ちょっとお手洗いに……」

 

(芳乃さん……?)

 

暗い表情で芳乃さんはお手洗いへと向かった。あのまま芳乃さんを行かせるのは不味いと判断した私は……。

 

「先生、私もお手洗いに行ってきます」

 

「わ、私も!」

 

中村さんも芳乃さんの様子が可笑しい事に気付いて私に着いてきた。

 

(梁幽館の守備と橘さんの投球に対する稜ちゃんのバント成功率はどのくらい?三振する確率は?進塁打になる確率、ゲッツーになる確率は?やっぱりバント?失敗してもワンアウト一塁・二塁で希ちゃんに回る……。いっそのこと代打で息吹ちゃんか私!?……どうすればベストかわからないよ!)

 

「芳乃ちゃん!」

 

「希ちゃん……。それに朱里ちゃんも……」

 

「随分悩んでいるみたいだね」

 

「ごめん……。ずっと緊張しっぱなしだったからか、気分が悪くなっちゃって。それよりも2人共橘さんの球筋は見なくても良いの?」

 

「もう見たけん。映像とあんま変わらんよ……」

 

「それに中村さんには橘と対峙した時に備えて対策を事前に仕込んであるからね」

 

勿論それは私にも……っていうか私の場合は奇襲するつもりだけどね。

 

「それよりも今日の芳乃ちゃん、楽しくなさそうっていうか……。もっと言えば前の試合……息吹ちょっとがぶつけられた時から元気ないっていうか……」

 

「態度に出てたかぁ……。ごめんね。なんか良かれと思って選んだ戦術が裏目ばっかりで、自分のせいでチームがピンチになったり、選手が危ない目にあったりして、私は何もしない方が良いのかなって……。ここまで梁幽館と良い試合が出来ているのも朱里ちゃんのお陰なんだって……」

 

そんな事を思ってたのか……。ハッキリ言ってそんな事はない。

 

「それは違うよ」

 

「朱里ちゃん……?」

 

「芳乃さんがいたから、新越谷はここまで強くなれた……。芳乃さんがいたから、息吹さんと藤原先輩に投手の才能がある事がわかった……。芳乃さんがいたから、私達は梁幽館と接戦という状況を作れた……。正直裏目なんて私は結果論だと思っている。それが確率なら悪い方に偏る事もあるしね」

 

「朱里ちゃんの言う通り!それに芳乃ちゃんは白菊ちゃんと私が入部した時の事を覚えとお?」

 

「えっ?うん……」

 

「私本当は新越谷の野球部入らんですぐ強い所に転校するつもりやったっちゃんね。人数も少ないし、弱そうやったけん」

 

そ、そんな事を思ってたんだ……。これは一歩間違っていたら中村さんが梁幽館の一員として私達に立ちはだかっていた可能性もあったって訳か……。

 

「それに朱里ちゃんがベスト8いけるって言いよったやろ?」

 

「そうだね。今でも……いや、今ではそれ以上もいけるんじゃないかって私は思ってるよ」

 

「それに芳乃ちゃんも同調しよったし!」

 

「あったね」

 

「今まさにベスト4常連相手に最終回1点差!」

 

「あの時言った以上の状況になっているね」

 

正直私はもっと酷い状況になるとも思っていたけどね……。

 

「皆疑っとったけど、芳乃ちゃんと朱里ちゃんはマジやった。私は何か信じれたし、新越谷でいつか全国行けるって思った」

 

中村さん……。私達を信用してくれたんだね。

 

「芳乃さん1人が気負う必要はない。同じユニフォームを着てる以上は芳乃さんの苦しみを私達は共有して不安を和らげたら良いんだよ」

 

「ありがとう。2人共……」

 

『3番 ショート 川崎さん』

 

橘の投球練習が終わったか……。

 

「私ね、芳乃ちゃんに出逢えて良かったし、新越谷に来て良かったよ」

 

「希ちゃん……」

 

「大好き」

 

イイハナシダナー。……百合の花が見えているのは私の気のせいだと思いたい。

 

「私の打席見逃すけん、早よ戻りーよ!」

 

そう言って中村さんはベンチに戻って行った。なんか新越谷に百合ップルが増えつつあるような……。

 

「選手に励まされるなんてダメだなぁ私……」

 

「元気出た?」

 

「うん!心配かけてごめんね朱里ちゃん」

 

「新越谷の参謀は芳乃さんしかいないんだから、いつも通り芳乃さんにとっての最善の采配をすれば良い。今日みたいに悩んだら私達に頼っても良い。その時は一緒に討論しようよ」

 

「ふふっ……。うん!」

 

完全に復活したね。良かった。

 

「じゃあ行こうか。中村さんも今日の為に沢山特訓してきたからね」

 

「特訓?」

 

「それは見てのお楽しみ……とは言っても芳乃さんはその場にいたから、なんとなくわかってるんじゃない?」

 

「梁幽館戦が始まるまでの間に遅くまで朱里ちゃんがスクリューを投げてた日の事?」

 

「そうそう。その成果が出てくるかは中村さん次第になるけどね」

 

私達がベンチに戻ると藤井先生が川崎さんにバントのサインを出していた。この局面だと良い判断だし、私も芳乃さんも反対はない。

 

(ぐっ……!ストレートも速いし、変化球もキレてやがる!)

 

(ふふん、そんな簡単に打たせませんよ!)

 

カウントはツーボールとツーストライク。次の5球目。橘が投げたのはストレート。川崎さんは打ち上げてキャッチャーフライに倒れてしまった。

 

「すまん……」

 

「練習しようね。あのくらいのストレートをバントせずとも打てるように」

 

「うん……」

 

「稜ちゃん、キャッチボール付き合って!裏の守備ありそうだし」

 

「おう!」

 

川崎さんの事は武田さんに任せるかな。それよりも中村さんだ。

 

『4番 ファースト 中村さん』

 

(中村には外目の変化球をヒット性にされている……。あわよくば詰まらせてゲッツーを取れるよう高速スクリューを中心に攻めるわよ)

 

(了解です!)

 

(チャンスは初球。この状況……朱里ちゃんの予想通りやと1番速いスクリューで来る筈……。外野は前進やし、それを狙えば越せる!)

 

この局面……。以前私が想定した対橘の練習をした通りになってるね。

 

 

 

 

 

 

時は戻って影森との試合が終わり、梁幽館対宗陣の映像を見終わった後……。

 

「スクリュー対策?」

 

「そう。流石に全部は無理だけど、私も左投げでスクリューの練習はした事があって橘の高速スクリューなら似た球を投げられるから、それで対策をしようって訳」

 

新越谷で唯一の左打者の中村さんと捕手の山崎さんと仮想橘の私の3人で橘が投げる高速スクリューに似た球で対策をしようと練習後の時間に集まっている。

 

ちなみに芳乃さんと武田さんと雷轟がギャラリーになっている。それで良いのか3人は……。

 

「じゃあ早速始めようか」

 

私はミットを構えた山崎さんに渾身のなんちゃって高速スクリューを投げる。

 

「映像の速いスクリューに似てる……」

 

「凄~い!」

 

「どんどんいくよ」

 

私は様々なコースにスクリューを投げ込んだ。

 

 

カーン!

 

 

「ふぅ……」

 

「2人共お疲れ様!」

 

芳乃さんが私と中村さんに清涼飲料を渡してくれた。五臓六腑に染み渡ります!

 

「ホームラン性の打球になるのは内角寄りの球だけみたいだね」

 

「うん……。でもそれもマグレ当たりばっか……」

 

「ならそれを確実にすれば良い。まだ2日あるんだからね。橘が高速スクリューを投げてくるとしたらワンアウトで一塁にランナーがいる状態が1番可能性が高い……。次からはその状況を想定してやってみようか」

 

それからも私達はスクリュー対策を続けた。武田さんと雷轟が騒がしかったけど、スルー。

 

 

 

 

 

 

そして現在。

 

(初球で決められなかったら負けはほぼ確定……。でもワンアウトで一塁が埋まっているなら……!)

 

(詰まらせてゲッツーを取りに行く高速スクリュー狙い!)

 

橘が中村さんに投げた1球は……予想通りの高速スクリュー!

 

(打て……。中村さん!芳乃さんの為にも!)

 

(私を4番に置いてくれた事を後悔させたくない。それに試合ギリギリまで練習させてくれた朱里ちゃんの為にも、芳乃ちゃんの采配が正しいって証明する為にも、ここで打つしかなかろーもん!!)

 

 

カキーン!!

 

 

(なっ!?)

 

中村さんが打った打球はライトの頭上。ポール際まできた。

 

(届け……!)

 

(届け……!)

 

((届け!!))

 

 

トンッ。

 

 

入った……。逆転スリーランホームランだ!

 

「ないばっち!」

 

芳乃さんと中村さんが抱き合っている。だから百合の花が見えるんですけど?

 

(でも良かったね中村さん。練習の成果がちゃんと出てたよ)

 

さて……。次の作戦にいこうか……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん……。完全に狙われてた」

 

「依織先輩は悪くありませんよ。私が打ち取れるって確信して、中村さんを軽んじていました……」

 

「こういう事もある」

 

「奈緒先輩……」

 

「狙われてたとしても橘は打ち取れる自信があったんだろう?それでもここは相手が上回った……」

 

「………っ!」

 

「まだ試合は終わっていない。ここからしっかりと抑えて攻撃に移るぞ」

 

「「はいっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橘は中田さんの一声で持ち直し、主将をファーストゴロに打ち取る。流石強豪校の主将。一言二言で橘を立ち直らせるとはね。

 

(でもまだ完全に立ち直ってはいない……。中村さんのスリーランはそれ程響いている)

 

なら私はその隙を突くだけ!

 

(朱里せんぱいとの対決はシニアの紅白戦以来……。本当なら懐かしむ筈なのに、今はただ負けたくない……!各地に散り散りになった皆もこんな気持ちだったんだ)

 

橘が投げる球を私はカットしたり、ボール球を見送ったりを繰り返した。そして遂に……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

(よし!)

 

私が四球で出塁してツーアウト一塁。

 

(ここで一気に畳み掛ける!)

 

『新越谷高校、選手の交代をお知らせします。藤原さんに代わりまして、ピンチヒッター 雷轟さん』

 

ここで藤原先輩に代打での雷轟。大会初お披露目だ。これに関しては事前に藤原先輩にも伝えてある。

 

(よーし、打つぞ~!それに相手は橘さん!)

 

(雷轟さん……!)

 

雷轟には自由にして良いと言ってある。橘の球種は私が全部引き出した……。何を狙って打つかは雷轟の自由。

 

ここまでの流れを作る為に色々やってきた。だから……。

 

(ここで決めて勝利を掴め雷轟!)

 

私は一塁ベースからエールの視線を雷轟に送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ!」

 

「来ましたね……」

 

「あの子がさっき2人が言ってた?」

 

「彼女のバッティングだけなら和奈さん、貴女にも負けませんよ」

 

「本当に!?どんなバッティングをするんだろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(雷轟さん……。開会式で会った時は朱里せんぱいに近付く悪い虫だと思っていたけど、こうして対面すると……)

 

「…………!」

 

(奈緒先輩に匹敵するオーラを纏っているじゃないですか……!)

 

(このプレッシャー、勝負するのは危険ね……。歩かせて次の打者を打ち取るわよ)

 

ここで困るのが雷轟が歩かされる事。中田さんのようなプレッシャーを浴びた事のあるであろう2人……特に小林さんの方は歩かせる判断をしても可笑しくはない。でも……!

 

(……いえ、勝負します)

 

(正気……?)

 

(中村さんに打たれた私が言える立場ではありませんが、私は雷轟さんと勝負したい……。雷轟さんには負ける訳にはいかないから……!)

 

(……わかったわ。好きにしなさい)

 

(!……ありがとうございます)

 

(絶対に勝つわよ)

 

(はいっ!)

 

橘の性格的に雷轟との勝負を避けるような真似はしないだろう。清本との勝負も1度も逃げた事のないプライドの高さが、意地がそうさせている……。梁幽館に入っても根元は変わらないようで安心したよ。

 

(まずは低めにストレート!)

 

『ストライク!』

 

(次は高速スクリュー……。あわよくば詰まらせろ!)

 

『ストライク!』

 

1球目、2球目と見逃し。雷轟は待っているのだろうか。橘が本当に自信のある球を……!

 

(2球とも見逃した……。なんか不気味ね。ここは1球際どいところへスライダーを)

 

(…………)

 

(……成程。はづきはここで決めたいのね。良いわ、来なさい!)

 

(ありがとうございます。私が投げる3球目は……!)

 

(橘さんが投げる次の球は……!)

 

(((ウイニングショットである最大変化のスクリュー!!)))

 

3球目。橘が投げたコースは打者の顔付近。

 

『危ない!当たる!!』

 

「遥ちゃん!」

 

ベンチの皆の声に加えて一塁コーチャーに入っている芳乃さんが雷轟の死球を心配している。

 

「……大丈夫だよ」

 

「朱里ちゃん……?」

 

「私も今橘さんが投げた球は危険球とかじゃないと思う」

 

「ヨミちゃん……」

 

一塁の横で川崎さんとキャッチボールをしている武田さんも同じ事を思っていたらしい。似て非なる球を投げる武田さんだからなんとなくわかっているのだろう。

 

顔付近に来た球は大きな変化を始めた。それはまるで……。

 

「顔付近から大きく変化……あれってヨミのあの球っぽい?」

 

「武田さんのがカーブ系統で、橘のはスクリューだから少し違うよ」

 

(……でもシニアや宗陣戦の映像ではあそこまでの変化はしなかった。橘も武田さんと同じで土壇場で進化を発揮するタイプなんだろう)

 

「…………!」

 

(目を……瞑っている?)

 

(まだ……今じゃない。集中しろ。研ぎ澄ませ……!)

 

雷轟は目を閉じている。相当集中してるな……。

 

(……!今!)

 

(いけ!雷轟!)

 

雷轟は目を開き、地面すれすれまで曲がった橘のスクリューを姿勢を崩しながらも思い切り叩いた。

 

 

カキーン!!

 

 

「サード!!」

 

打球はサードのライナーから大きく上に上がって……。

 

 

ガンッ!

 

 

スコアボードに刺さった。雷轟によるダメ押しのツーランホームランだ。

 

『ほ、ホームラン!!』

 

「やったーっ!!」

 

「これで7対3。4点差だ!」

 

ベースを1周回って雷轟が今ゆっくりとホームベースを踏んだ。

 

「ナイバッチ」

 

「うん!!」

 

 

パンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うひゃー、あの体勢でよくあそこまで飛ばすね~」

 

「それにはづきさんの投げたスクリューは決して悪くありませんでした。むしろ雷轟さんに投げた最後の球は本来右打者には手が届かないスクリューです」

 

「私も1打席だけだと打てないかも。はづきちゃんがあんなに良い球を投げるなんて。それにそれを打ち抜いた雷轟さん……」

 

「おっ、和奈にもライバル出現?」

 

「うん……。彼女とは1回話してみたいかも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後8番の大村さんは三振に倒れてスリーアウト。あとは最終回の守備だけだ。

 

「いよいよここまで来たね。最後まで何が起こるかわからないけど、足元ならして、風向きチェックして、やれる事だけいつも通りやれば、何も起きない事の方が多いよ!最終回、絶対勝とう!」

 

『おおっ!』

 

この回は2番から。武田さんにとっては中田さんへのリベンジチャンスだ。守備には雷轟がそのままサードに入って、大村さんがライト、私がレフトに入る。

 

(あとアウト3つ……。今の武田さんなら抑えられる!)

 

2番の白井さん、3番の高代さんを三球三振に取った。これで前のイニングと合わせて六者連続三振。凄いな……。

 

4番の中田さんもあの魔球と強ストレートを上手く織り混ぜてツーストライクまで追い込んだ。

 

(私にとって1番のライバルは武田さん……か)

 

同じチームにライバルがいる事によって互いを高められる……そんな存在に私もなっていきたい……。梁幽館戦を経てそう思った。

 

 

カンッ!

 

 

流石七者連続とはいかず、中田さんは武田さんの強ストレートを打った。その当たりはどんどん失速していき……。

 

 

バシッ!

 

 

後退守備で守っていた中村さんのミットに収まった。

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

新越谷高校VS梁幽館高校の試合は7対3で私達新越谷の勝利で幕を閉じた。




遥「梁幽館戦は私達の勝利で終わったよ!」

朱里「正直ここから雷轟の連続エラーを予想してた人は挙手」

遥「えっ……?」

「はい!」

「はい!」

「はい!」

遥「皆酷いよ~!」

朱里「……まぁ何にせよ無事に出れて良かったね」

遥「……うん!」


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想い

『ありがとうございました!』

 

整列と挨拶が終わって私達は球場の外に待機していた。今は川口姉妹が武田さんを軽くマッサージ中。

 

「どこか変なところない?」

 

「うん」

 

「めっちゃ良い球投げてたわね」

 

「うん」

 

「ヨミとはまた真剣勝負したいものだな」

 

「私も!」

 

「うん……」

 

なんか武田さんの様子が変だな。どこかぼーっとしてるっていうか……。

 

「お疲れ様です」

 

私達の後ろから声を掛けてきたのは梁幽館の中田さんだった。後ろには高橋さんもいる。

 

『お、お疲れ様です!』

 

中田さんから労いの言葉をもらえると思ってなかったのか、皆はどこか緊張していた。

 

「これ……連れて行ってください」

 

そう言って中田さんが主将に渡したのは千羽鶴だった。梁幽館の人達が1人1つ折っていたのだろうか……。想像するとシュールかも。

 

「試合では完敗だが、打席では1勝1敗といったところか……。またどこかで勝負したいな」

 

「はい……」

 

中田さんは武田さんに勝負したいと言った後私に話し掛ける。

 

「……早川に対しては私の完敗だった。次に勝負する機会があったら負けないぞ?」

 

「私も負けるつもりはありません」

 

(私は誰が相手でも負けるつもりはない……。誰にも負けたくない。二宮にも、金原にも、清本にも、そしてチームメイトの誰にも……!)

 

私の中にどす黒い感情が割り込むが、今はそれを抑えて私は中田さん達に気になっている事を質問をする。

 

「あの……。橘はどうしていますか?あの子があんな局面に立たされたのは初めてでしょうし」

 

「……はづきさんはずっと泣いています。自分のせいで3年生の夏が終わってしまったと」

 

私の質問には代わりに高橋さんが答えてくれた。まぁ橘にはメールくらいは送ってあげようかな?そして……。

 

「私も朱里さんに聞きたい事があります。朱里さんは今日のこの展開……一体どこまで予測していたんですか?」

 

高橋さんは私がどこまでこの展開を予測していたのかを聞いてきた。これには中田さんを含めた全員が気になっているみたいで、一斉に私の方を向いた。ちょっ!?視線がきつい!

 

「展開自体を予測……というよりは理想ですね。それを考えていたのは新越谷が梁幽館のいるブロックに入った時からです。新越谷の打線は強力な部類に入ると思ってますから、1回戦の影森との戦いも苦戦はすれど負けるとは考えませんでした。梁幽館は1回戦で中田さんが先発をしていましたので、2回戦の先発を吉川さん、リリーフに橘か中田さんが入ると予測しました」

 

一息置いてから、私は説明を続ける。

 

「先発に関しては吉川さんで来る確率が高いと芳乃さん……うちの参謀担当が予測していましたので、吉川さんの球を打てるようにストレートにはマシンの最高設定を、落ちるスライダーには武田さんが放ったあの魔球で対策をしました」

 

「成程……。和美さんが打たれたのは武田さんが和美さんと同タイプの投手だったという訳ですね」

 

「多分ですけどね。……でも梁幽館側がそうだとわかったら武田さんから点を取るのはそう難しくないんじゃないかと私の中で思いました。それを芳乃さんに相談した結果、私がワンポイントで登板する場面を作る事にしました」

 

「それがあの3回裏のワンアウト満塁の場面か……」

 

「他にも左打者である陽さん、吉川さん、小林さん、西浦さんの4人に対して投げる事も想定していましたが、私の予想を大きく上回る程に武田さんが好投してくれました」

 

本来なら中盤以降にその4人の打席の時は私が投げる予定だったからね。

 

「まぁアクシデントを含めて悪い事も色々ありましたが、それを帳消しに出来る程の武田さんの活躍によって3失点で済みました。私の中ではその倍は取られても可笑しくなかったですから……」

 

6点よりも多く点を取られていたら白旗上げてたかもなぁ……。

 

「では最後にもう1つ……。代打で出た……雷轟さんのバッティングは凄まじいものでした。あれほどの打力を今まで温存していたんですか?」

 

「そうですね。雷轟を出すタイミングはこの場面だって私の中で決まっていました。温存していた理由は雷轟の実力を見せ付けるには強豪校相手の方が良いと思ったからです。私が出したいと思った状況で出せたのも大きいですね」

 

「君は……そこまで先を見据えていたのか?」

 

「シニアでは二宮……私と組んでいた捕手の子がよくやる戦術で、高校は別なので代わりに私が……と思ってこの試合に限らず新越谷が今年度に入ってからの試合全てここから先はどうなるのか……とか、私がその立場だったらどうするか……とか考えていましたね」

 

勿論私がスタメンで出場する時は余り他の人の事を考える余裕はなかったけどね。

 

「……まぁ長々と語りましたけど、その内容の九分九厘は芳乃さんと似たようなものばかりです。新越谷の勝利は芳乃さんの采配のお陰だと私は思っていますよ」

 

「朱里ちゃん……」

 

なんか皆が信じられないものを見る目で私を見てるな……。でも実際本当に私が思っている事だからね。理想が綺麗にはまりすぎただけなんだよ。特にこの梁幽館戦は……。

 

「……その思考、見習わないといけませんね」

 

「いやいや……。私のはあくまでも理想論ですから、見習う必要はないですって」

 

そういえば高橋さんは二宮と戦術面で意気投合してたな……。この2人こそ同じ高校に行ったら不味かっただろうなぁ……。

 

「時間を取ってすまなかったな。私達はこれで失礼する」

 

「勝ってくださいね。1つでも多く……!」

 

中田さんと高橋さんはそう言って去って行った。

 

「皆さん、揃っていますか?」

 

『はーい!』

 

「今日は素晴らしい試合でしたね。感動しました」

 

藤井先生的にも今日の試合は良いものだったらしい。私としてはまだまだ課題が多いものだと思っているけど……。

 

「私は車ですので、とりあえず学校に集合で、その後は……」

 

「焼肉が良いです!」

 

「スイーツでしょ!」

 

「お寿司!」

 

川崎さん、藤田さん、雷轟が祝勝会で何を食べるかを言っているけど……。

 

「いやいや、練習に決まってるじゃん……。私達の課題は多いんだから」

 

「早川さんの言う通り帰ったら練習です。反省点を重点的に。……まぁベスト4に入ったら行きましょうか」

 

どうせなら県大会優勝するまではお預けでも良いと思うけどね。

 

藤井先生は車で先に帰り、私達も電車で帰ろうとすると……。

 

「やっほー☆」

 

「こんにちは」

 

「2回戦突破おめでとう!」

 

金原、二宮、清本に絡まれました。早く帰って練習したいんだけど……。

 

「まぁまぁ、そんな邪険にしなくっても良いじゃん!他の皆は瑞希と和奈と話してるよ?」

 

金原に言われて隣を見るとそれぞれが半々で二宮と清本と話していた。

 

(はぁ……。藤井先生に連絡を入れておこう)

 

藤井先生に連絡を入れた私はこの雑談がいつ終わるかわからないので……。

 

「ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 

「行ってらっしゃい!」

 

トイレに向かいつつも3回戦の対戦高校について軽く調べておく。

 

(次の相手は馬宮高校……。特筆するところはないけど、2勝した実力はある。エースの村井さんと主将の西田さんに焦点を当てて……)

 

考え込んでいる内にトイレの前についたので、思考を一旦終えて入る。

 

「おや、また会ったな」

 

「どうも……」

 

まさかの中田さんとの再会。いくらなんでも早すぎる……。

 

「1人か?」

 

「はい。皆は試合を見に来ていた友人と話し込んでいるみたいです」

 

……っていうかトイレは1人で行くものだよね?そう思うのは私だけなの?

 

「……梁幽館の夏は終わった。さっきも言ったが、私達の分まで1つでも多く勝ってきてくれ」

 

「約束はしかねますね。新越谷は新越谷で戦ってますから……。そこに他校の気持ちを入れる余裕は少なくとも私にありません」

 

「そうか……。それは残念だ。君は君で私達とは違うプレッシャーと戦っているんだな」

 

「そうですね。この大会の結果によっては……」

 

私が新越谷で野球が出来なくなってしまうかも知れないのだから……!




朱里「ラストに急展開入りました。言葉の意味は次回に明かされます」

珠姫「あれ?なんで私呼ばれたの?遥ちゃんは?」

朱里「雷轟は諸事情でいないよ。山崎さんを呼んだのは次回の冒頭のモノローグ担当が山崎さんだから」

珠姫「そ、そうなんだ……」


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早川朱里の残留条件

最初に珠姫視点が入ります。オリジナル路線に入ります。


梁幽館との試合が終わって私達は学校に戻ろうとしたら朱里ちゃんと同じシニア出身の清本和奈さん、金原いずみさん、二宮瑞希さんが声を掛けてきて皆で話し込んでいる。

 

「ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 

朱里ちゃんがそう言ってお手洗いに行った後……。

 

「山崎珠姫さん」

 

「二宮さん……?どうかしたの?」

 

「少し2人で話せませんか?」

 

(どうしたんだろう……?でもあの川越リトルシニアで正捕手として活躍していた二宮さんから何かを得るチャンスかも)

 

この時の私はまさかあんな話を聞くとは思わなかった……。

 

「うん、良いよ」

 

「話の内容が内容ですので、ここから少し離れましょう」

 

二宮さんがそう言って歩き始めた。と、とりあえず着いて行こう!

 

「タマちゃん……?」

 

あっ、ヨミちゃんの目の光が消えていく……。

 

「ヨ~ミ!今日のピッチング凄かったじゃん!」

 

「わわっ!いずみちゃん!?」

 

「アタシ見てて鳥肌立っちゃったよ~!」

 

金原さんがヨミちゃんに話し掛けた。金原さんは私達の方を見て……。

 

(ほら、瑞希と大事な話するんでしょ?ヨミの事はアタシに任せて☆)

 

金原さんは私達にウィンクをした。これは行っても良いって事なのかな……?

 

「行きましょう。いずみさんが時間を稼いでいる内に」

 

「う、うん……」

 

少し歩くと殆んど人がいない場所に着いた。球場の近くにこんな所があったんだ……。

 

「さて……。まずは2回戦突破おめでとうございます。朱里さんがいるとはいえあの梁幽館相手に勝利したのはとても凄い事だと思います」

 

「あ、ありがとう……」

 

き、緊張して上手く話せない……。

 

「話というのは朱里さんについてです」

 

朱里ちゃんの……?

 

「山崎さん、貴女は朱里さんの過去についてどれくらい御存知ですか?」

 

朱里ちゃんの過去……。朱里ちゃんが話したのは確か……。

 

「……朱里ちゃんがリトル時代に右肩を炎症して、サウスポーに転向したって話を聞いたよ」

 

「……他には何か聞いていませんか?」

 

他に……?

 

「あとは足腰と肩を鍛えるのと、スタミナを付ける為に外野手をやるって事くらいかな?」

 

「……成程、そうですか」

 

(相変わらず1人で背負いますね……。あの時も私が強引に聞き出さなかったらどうなっていたでしょうか?)

 

「……今から私が話す事はシニアの人達も知らない事です。朱里さんは……」

 

二宮さんはポツポツと朱里ちゃんの今の状況を話す。私はそれを聞いて顔色が悪くなった。

 

「そ、それは本当なの……?」

 

「朱里さんのご両親が言っていたので、間違いないでしょう。県大会で一定以上の結果を出さなければ朱里さんはこの埼玉を去る事になります」

 

「朱里ちゃんは反対しなかったの!?」

 

「……朱里さんは自分の意見を押し殺す人間です。自らが前に出る事がなく、それこそリトルシニア時代でもエースを辞退しようとしていたくらいです。本人も仕方のない事だと思っていました。埼玉を離れる事もご両親の都合ですし」

 

そんな……!

 

「そんな朱里さんが自分の意見を伝えました。新越谷を離れたくない……と。朱里さんはそれほど新越谷野球部を大切に思っています」

 

朱里ちゃん……。私達の事をそんな風に思ってたんだ……。

 

「そこでご両親は条件を出しました。大会で優勝したら残留を許す……と。去年も同じ事があったのですが、朱里さんは死に物狂いで川越シニアで全国優勝を勝ち取り、ここに残る事が出来ました」

 

(思えば雷轟さんを秘密裏に育てていたのはご両親に抗う為の術を水面下で準備していたのかも知れませんね)

 

「……それで、朱里ちゃんが新越谷に残るにはどこまで私達は勝てば良いの?」

 

「……高校女子野球のレベルは毎年上がってきてますから、ご両親も高校になると条件を緩和しました。県大会優勝……そこまで勝ち上がれば朱里さんは3年間埼玉に残る事が出来ます。3年間……というのは朱里さんが出した精一杯の交渉の末にご両親が譲歩した結果でしょう」

 

「県大会……優勝……!」

 

「今日の梁幽館戦を見る限りだとギリギリそこに辿り着けるか……というのが私から見た印象ですね。新越谷は確かにかなりの実力がありますが、準々決勝に当たる可能性がある柳大川越と大宮大附設、準決勝で当たる可能性が高い咲桜、決勝で当たるかもしれない椿峰と美園学院……。新越谷が勝ち上がるにはかなり高いハードルになるでしょう」

 

今二宮さんが言った所は皆強い所ばかりだ。柳大川越には1度負けているし。でも……!

 

「……それでも、私達はやるしかない。朱里ちゃんと離れたくないから!」

 

「……!」

 

(良い眼をしていますね。これなら新越谷はもしかすると……!)

 

「……全国で散り散りになっている川越シニアの人達もそれぞれ朱里さんのいる新越谷と戦いたいと思っています。勿論私も含めて。だから……新越谷こそが朱里さんの居場所になれる事を願っています」

 

優勝目指して頑張ってください……と言って二宮さんは帰って行った。

 

「あっ、タマちゃん!」

 

「ヨミちゃん……」

 

「……?どうしたの?なんか様子が変だけど……」

 

「……なんでもないよ」

 

二宮さんに聞いた話を頭の奥底へ仕舞っておいて、私はヨミちゃんに……。

 

「ヨミちゃん、一緒に全国に行こうね?」

 

「……?うん!」

 

一応……この事を朱里ちゃんに話した方が良いよね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に戻ってからの練習が終わって皆が帰ったので、私も帰ろうとすると山崎さんに呼び止められた。どうしたんだろうか?

 

「……朱里ちゃん」

 

「どうしたの山崎さん」

 

「二宮さんに聞いたよ……。県大会で優勝しないと朱里ちゃんは……」

 

ああ……。二宮め、余計な事を言ってくれちゃって。私の胸に仕舞っておこうと思ったのになぁ……。

 

「……そうだよ。県大会で優勝しないと私は新越谷……というよりは埼玉を離れる事になる。この事はもう皆に言ったの?」

 

「ううん……。誰にも言ってない。言うにしても朱里ちゃんには先に話しておいた方が良いかなって……」

 

まぁそれが普通の判断だよね。出来れば知られたくないもん。特に雷轟には……。

 

「そっか……」

 

「……朱里ちゃんは不安じゃないの?たった1回負けるだけで、転校する事になるんだよ!?」

 

確かに条件はかなり厳しい。でも今の新越谷なら県大会優勝なら出来るかも……とか希望を持っちゃった私は親に土下座して条件を軽くしてもらったんだよね。流石に全国優勝は今のままだと無理だもん。

 

主に白糸台とか洛山とかさぁ……!特に洛山は白糸台以外の相手には二桁得点で勝つ打力の可笑しい所だもん!しかもそこに清本が追加って馬鹿じゃないの!?白糸台(というか神童さん)もそんな洛山相手に一桁どころか下手したら完封するんだもんなぁ。

 

でも県大会までならなんとかいけると私は思っている。当たるとしたら準々決勝の柳大川越、準決勝の咲桜、決勝の椿峰、美園学院……。特に咲桜と椿峰はシニアから1人行ってるから、その子達と戦って勝てるかどうかだけど……。

 

「……私は誰にも負けるつもりはないよ。例えそれが埼玉県内Aランク以上の高校が相手だろうとね」

 

「朱里ちゃん……」

 

まぁ仮に県大会で負けたとしても新越谷の皆と戦えるならそれはそれでありなんじゃないかと思ってしまう。口には出さないけどね。

 

「……一応この事を皆には黙っておいて。プレーに支障が出ると勝てる試合も勝てなくなるからね」

 

「……そうだね」

 

……現に今山崎さんに支障が出そうになってるけど、大丈夫だよね?山崎さんが精神面に強い事を期待してるよ?二宮みたいに図太い事を期待してるよ?

 

「そろそろ帰ろうか。明日も3回戦に向けて練習しなくちゃね」

 

「うん……。朱里ちゃん」

 

「ん?」

 

「勝とうね。県大会……!」

 

「当然」

 

誰が相手でも負けるつもりはない。




珠姫「……なんかとんでもない事になってきたね」

朱里「作者的に柳大川越に勝つオリジナルルートの構想のつもりなんだろうか?」

珠姫「もしも県大会で負けたらどうなるの……?」

朱里「私の出番は当分なしで、モノローグ担当は山崎さんになると思う」

珠姫「なんで私……?遥ちゃんは?」

朱里「雷轟にはモノローグ担当なんて無理でしょ」

珠姫「この小説の主人公は遥ちゃんなんだけど……」

朱里「作者的には男子高校生の日常でいうところのタダクニのポジションだから……って事じゃないかな?」

珠姫「遥ちゃん可哀想……」


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県大会3回戦!新越谷高校VS馬宮高校

馬宮戦と熊谷実業戦は1話で完結予定です。


今日の練習も終わり、私達は3回戦に向けてミーティングをしている。

 

「次の相手は馬宮高校!特筆すべき点はないけど、2連勝しただけあって勢いはあるよ」

 

攻撃も守備も梁幽館や影森に比べると数段落ちるけど、芳乃さんの言う通り勢いがある。

 

「じゃあ3回戦のスタメンを発表するよ。打順や守備は朱里ちゃんと珠姫ちゃんも考えるのを手伝ってくれたんだ!」

 

「……とは言っても私と山崎さんはこれまでの成績やこのタイプの投手との相性の良し悪しも考慮して意見しただけだけど」

 

「でも朱里ちゃんがどう考えているのか凄く参考になったよ」

 

「そう言ってもらえるとありがたいけど……」

 

あの一件以来山崎さんの距離が妙に近い気がする……。あとなんか武田さんの私を見る目が据わってるんだよね……。私何かしましたか?

 

「じゃあ発表するね。1番一塁手希ちゃん、2番二塁手菫ちゃん、3番捕手珠姫ちゃん、4番中堅手キャプテン」

 

ここまでは練習試合や影森戦と同じ。でも……。

 

「5番左翼手遥ちゃん、6番遊撃手稜ちゃん、7番三塁手理沙先輩、8番右翼手白菊ちゃん、9番投手息吹ちゃん……。3回戦はこれでいくからね!」

 

雷轟の代打での活躍は目を見張るものがあるのも相まってクリーンアップで起用する事に。本来なら4番を任せても問題ない打力なんだけど、総合力を見るとまだ4番は無理そうかな。特に守備。今日の練習でもポロポロしてたし……。

 

「やった!5番!!」

 

「まぁあんだけ活躍してたらしゃーねーな……」

 

「でも私達だって負けないわよ!」

 

雷轟が5番になった事で盛り上がる雷轟と川崎さんと藤原先輩に対して……。

 

「私、控え、なんで……」

 

「まぁ私達……というかほぼ武田さんだけど、梁幽館戦でかなりの球数を投げたからね。少しでも体力を回復させてほしいんだよ」

 

控えは私と武田さん。案の定武田さんは不満たらたらである。

 

「今後2試合は息吹ちゃんと藤原先輩の継投で、ヨミちゃんと朱里ちゃんは抑えでいく予定だよ」

 

「えー……」

 

「クローザーか」

 

「響きが格好良いわね」

 

「後ろには私と朱里ちゃんがいるので、安心して投げなさい!」

 

主将と藤田さんがそう言うと武田さんが嬉しそうに息吹さんと藤原先輩に絡む。主将だけじゃなく、藤田さんも武田さんの扱い方がわかってきたな。

 

それに馬宮側が武田さんの対策に躍起になっているところに別の投手をぶつける事で思うように打てなくなる……なんて展開もあったりしてね。

 

(まぁ流石にそれは馬宮高校を甘く見すぎかな……?)

 

 

 

そして試合当日……。

 

うちは後攻なので、守りに入る。マウンドにいる息吹さんを見て馬宮高校の人達は大変驚いていた。

 

「向こうの様子を見るに上手く馬宮高校の意表を突きましたね」

 

「もしかして朱里ちゃんはこれを見越してたの?」

 

「いや、全く見越してなかったって訳じゃないけど……」

 

馬宮側の表情から察するに本当に武田さんの対策しかしてなかったらしい。はまりすぎてて私もびっくりしてるよ……。なんなら梁幽館戦の時よりも予想が的中してない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで朱里せんぱいが先発じゃないんですか~!?」

 

「あはは!はづきドンマイ☆」

 

「馬宮高校には特に脅威的な選手はいませんからね。影森戦と同様に川口さんと藤原さんでいくつもりでしょう」

 

「それにしても大きいカメラ……」

 

「朱里せんぱいの勇姿を納める為に買った一眼レフなのに、朱里せんぱいが撮れないんじゃ意味がありませんよ!」

 

「落ち着いてくださいはづきさん。友理さんと中田さんに迷惑ですよ」

 

「あはは……。気にしないでください……」

 

「それより私達も一緒で良かったのか?」

 

「新越谷の応援に来ているのでしょう?梁幽館の貴女達は秋大会以降も当たる可能性があるからその偵察も兼ねているとはいえ」

 

「ああ、後輩達の為にもうちを破った新越谷の野球は見ておきたいからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は進み3回表。1対0で私達がリード。

 

先発の息吹さんはヒットを打たれても要所をキチンと抑えて無失点で終える。最後に投げたのは武田さんの強ストレートかな?

 

「3回無失点!素晴らしいよ息吹ちゃん!」

 

「カーブも強ストレートも良い感じだよ」

 

「ナイスピッチ息吹ちゃん!それにしても私のコピーとはお目が高い!オリジナルも早く投げたいなぁ」

 

「ヨミちゃん、コーチャーに入って」

 

「あっ、はい」

 

息吹さんに絡む武田さんだけど、山崎さんに促されてコーチャーに入る。

 

「さぁ二巡目!希ちゃんからの好打順だよ!」

 

「村井さんの球種は全部見たと思うから、ここからは好球必打で追加点を取っていこう」

 

『おおっ!』

 

その後中村さんから始まって、バントをするかと思われていた藤田さんが長打を打ち、それが連なり後続も続いて3回裏だけで3点取る事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一気に3点か……」

 

「結果論ですが、バントしてたら無得点でしたね。相変わらず良い攻撃です!」

 

「一巡目でも様子見しつつも先制点を取る……というのが新越谷の流れですからね。これまでの新越谷も影森戦以外は全て先制点を取っています」

 

「流石朱里せんぱいのチームですね!」

 

「こらこらはづき、新越谷はワンマンチームじゃないよ」

 

「そうだな。攻撃と言い、守備と言い、新越谷はもう充分あの頃の強豪校に戻っているだろう」

 

「う~ん……」

 

「どうしたの和奈?」

 

「雷轟さんのバッティングを見たかったなって思って……」

 

「ああ、歩かされたからね」

 

「雷轟さんは私の決め球を打った人ですから!警戒されるのは当たり前ですよ!」

 

「何故はづきさんがそんなに自信満々なんですか……」

 

(しかし格下相手とはいえ3回戦まで勝ち進んでいる相手に朱里さんと武田さんを温存……。窮地に立たされている人とは思えませんね。朱里さんの思い切りも大したものです)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4回裏でワンアウト満塁。

 

「えいやっ!」

 

再び回ってきた雷轟。今度は満塁なので、敬遠は出来ずに投げると雷轟はグランドスラムを叩き込んだ。

 

『ゲームセット!』

 

7点以上の差がついて4回コールド。この大会のルールでは余程点差が大きく開かない限り3回まではコールドがなく、4回から7点コールドというルール。

 

つまり武田さんの出番どころか息吹さん1人で終わった……。

 

「そんな~!!」

 

なんか武田さんが嘆いているけど、多分それは向こうも同じなんだよなぁ……。



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県大会4回戦!新越谷高校VS熊谷実業高校

雷轟遥と早川朱里のキャラ絵を書けない私は某アプリの力を使った画像を貼り付けました。興味がある方はキャラ紹介のところを見てください。


3回戦を無事に勝ち上がってきた私達はその次の4回戦の相手について話し合う。

 

「次の相手はさっき県営で一足早く16強を決めた熊谷実業だよ!」

 

「試合結果は15対5のコールドゲームです」

 

「15点?えっぐ!」

 

「県内最速投手である久保田さんのところだね。ちなみに京都予選ではそれよりも凄いのが……」

 

私はタブレットを開いて洛山高校の試合結果を見せる。

 

「に、28対7の3回コールド!?なんてゲームしてんだよ!」

 

「これの何が恐ろしいってこの試合の洛山高校に関してはエースと4番が不在だからね」

 

洛山のエースの大豪月さんは投球制限によって休みで、4番の清本は私達の試合を見に来ていたから試合に出ていない。よく洛山がそれを許したもんだ。

 

「でもそんな凄いチームでも点は取られるんだ……」

 

「まぁ熊谷実業も洛山も穴がない訳じゃないからね」

 

「帰って早速ミーティングをしよう!」

 

「ベスト16と言ってもまだ半分もきていないからな。次も絶対に勝つぞ!!」

 

『おおっ!』

 

学校に帰ってミーティングをして、私達は4回戦に備えた……。

 

 

 

そして試合当日。

 

「今日の打順は僭越ながら私が決めさせてもらったよ。新越谷が熊谷実業に打撃力では負けていないという証明をする為の打順」

 

私がそう言うと皆が息を呑んだ。いや、そこまで緊張しなくても良いんだよ?

 

「じゃあ発表するよ。1番左翼手息吹さん、2番二塁手藤田さん、3番遊撃手川崎さん、4番一塁手中村さん、5番捕手山崎さん、6番右翼手大村さん、7番中堅手主将、8番投手藤原先輩、9番三塁手雷轟」

 

私が発表を終えると一部を除いて騒然とし始めた。

 

「結構打順をいじったのね……」

 

「打順の理由を1つずつ説明します。まずは上位の3人から。久保田さんのストレートは速いけど、ここぞって時以外は荒れ球が多い……。だから選球眼が良く、粘り強い息吹さんを1番に置いて四球を狙い、2番の藤田さんが上手く繋いで、川崎さんの思い切りが良いバッティングで先制点」

 

「う、上手く出来るかしら……」

 

「そして4番と5番に安定感のある中村さんと山崎さんを配置してチャンスを作る……。そこから6番の大村さんが仕留めるのも良いし、仮に大村さんが打ち損じてもそこから続く主将、藤原先輩、そしてストレートと相性抜群の雷轟がそれを上手くカバーする……。新越谷の打線は隙がないという事をこの試合でわからせてあげましょう」

 

「す、凄い事を考えてるわね……」

 

「ミーティングの時に話は聞いていたが、改めて聞くと恐ろしいな……」

 

「まぁ理想にすぎませんけどね」

 

実際願望増し増しの打順だからね。打力は私が言った通りはある筈だし、特に大村さんは雷轟とバッティング練習を沢山しているし、この2人はパワーヒッターだから期待値も高い。

 

「今日は熊谷実業にコールドゲームを決める勢いで試合に臨みましょう!!」

 

『おおっ!』

 

私の掛け声に皆は乗ってくれた。掛け声は半分冗談のつもりだったけど、やる気を出しているならまぁ良いか。

 

 

~そして~

 

 

カキーン!!

 

 

『ホームラン!』

 

(未完成のパワー投手は好物だ。うちを相手に武田や早川朱里を温存した事を後悔させてやる)

 

先発の藤原先輩は4番の久保田さんにバックスクリーン直撃のツーランホームランを打たれる。その後は大きい当たりを打たれるものの、守備に助けられて2点で済んだ。

 

「み、見ての通り強打のチームだよ!」

 

「小技が一切なく、自由に打ちまくるから、慎重だった梁幽館よりも厄介かもね」

 

「ほ、本当に大丈夫なの!?」

 

「まぁまだ試合は始まったばかりだし、焦る必要はないよ。熊谷実業は打撃力こそは凄まじいけど、守りはそこまでだからね。無名校相手でもそこそこ点を取られているよ」

 

「そうそう!だからうちも取れる!」

 

ちなみに向こうにも早川がいるけど、名字が同じだけの他人です。

 

(それよりも気になるのはうちの選手達……。大会初戦の疲労もあるだろうし、この次の試合は体力が少ない子を控えに回した方が良さそうだね)

 

今はまだボロが出てないけど、恐らくそれも時間の問題だろう。

 

『ボール!フォアボール!』

 

「ナイセン!」

 

まぁ今はこの試合を切り抜けるのが先決かな?

 

 

~そして~

 

イニングは進んで5回裏。5対5の同点のツーアウト一塁・三塁で藤原先輩の打順でサインは強攻。

 

(藤原か……。初心者は除くとして、新越谷で1番パワーがあると見た。よって代わりは貴様で良いや!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(速い……。朝倉さんと同格……いや、それ以上!)

 

(抑えるか打たれるか……。知る術は永遠にないが、中田にぶつける筈だった全力投球だ)

 

あれが久保田さんの全力投球……。この打席限定だけど、その速度は大豪月さんにも負けていない。

 

2球目もストライク。しかし一塁ランナーの主将が盗塁を成功させてツーアウト二塁・三塁。そこから更に藤原先輩がストレートをカットし続ける。

 

(この球は多投出来ない……。これで決めるぞ)

 

カウントはツーボールとツーストライク。久保田さんの表情を見るにこの1球で決まるだろう。

 

(ど真ん中だ!前に飛ばすか空振りしろ!!)

 

(打つ!)

 

 

カンッ!

 

 

藤原先輩が打った打球はセカンドの頭上を越えてヒット。ランナーが2人還る。そして……。

 

 

カキーン!!

 

 

その次に続く雷轟のツーラン。これで5対9でうちが4点リード。しかし久保田さんが崩れる事はなく、後続を抑えた。

 

「さぁ逆転するぞ!私の打席までに武田か早川朱里を引きずり出せ!!」

 

(久保田さんも紛れもないエース。私もあの精神面は見習いたいね)

 

2番手は息吹さん。藤原先輩がサードに入って、雷轟がレフトに入る。しかし……。

 

 

カンッ!

 

 

センスで誤魔化すのにも限界があり、ピンチが続いて満塁になってしまう。

 

『デッドボール!』

 

満塁の場面で死球。押し出しになってしまう。

 

(これは不味いな……。思ったよりも早く疲労が見え始めた)

 

中村さんのスイングにも違和感があったし、1年生を中心にチーム全体が疲れてきていた。

 

「武田さん」

 

「うん!」

 

リリーフには武田さんを投入。強ストレートとあの魔球を上手く使い分けてピンチを凌ぐ。

 

(成程、梁幽館に勝つ訳だ)

 

「まだ試合は終わってない。しまっていくぞ!」

 

『おおっ!』

 

3点リードしているとはいえまだまだ勢いがあるな……。これは最後まで油断出来ない。

 

 

~そして~

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

武田さんの好投によって6対9で私達の勝利。あと3回……県大会優勝までは最低でも勝たないとね……!



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観戦

私達新越谷高校はベスト8まで辿り着いた。2日後には準々決勝が待っている。

 

そんな中今日は休みという名目で私達の次の対戦相手の観戦に行く事に……。

 

「私達が見る試合は次に私達と当たる相手だよ!」

 

「大宮大附設か柳大川越か……。今4回表終了時点で2対2の同点だね」

 

「そして今投げているのが……」

 

この試合の先発投手は……。

 

「朝倉さん!」

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

これで五者連続三振との事だ。ピッチングスタイル自体は練習試合の時と変わってなさそうだね。

 

「そんな朝倉さんでも2点取られているのか……」

 

「四球の後に4番がツーランを打ったみたいね」

 

「朝倉さんからホームランかよ……」

 

「大宮大も強いわ」

 

本当にね。その大宮大はCシードで、さっき試合した熊谷実業はDシードとどちらも十分強いはずなんだけど……その更に上に梁幽館とか椿峰とか美園学院がいるから、AシードやBシードのような高いランクに入れないんだよね……わかります。そんな魔境でDシードを勝ち取った柳大川越ってやっぱり強敵なんだよなぁ……。

 

「どっちが勝った方が都合が良いのかしら?」

 

「柳大に決まっとーやんね!」

 

中村さんは柳大にリベンジしたいのか、柳大の勝利を望んでいる。まぁ私としても新越谷が負けた借りを返したいところだね。

 

「確かにリベンジという意味合いでは柳大に勝ってほしいけど、新越谷の相性を考えるなら大宮大の方が望ましいかな?」

 

「そうだね。今のヨミちゃんと朱里ちゃんなら大量失点はないと思うし、隠し玉でもいない限りは何点かは取れそうだし……」

 

「そうやね!私も大宮大が良いと思う!」

 

私の意見の後に芳乃さんが付け加えると中村さんが掌を返す。君は梁幽館戦を見に来た観客か?

 

「あっ、柳大が勝ち越した」

 

「柳大川越はやっぱり朝倉さんの攻略が難しいな。速球派……久保田さん相手でもまともな安打は2、3本だったし……」

 

「でもバットには普通に当たりましたよ。速球打ちの練習はしてきたんだし、次もチャンスは作れると思います」

 

私としては朝倉さんよりも大野さんを警戒した方が良いと思うんだけど……。いや、殆んどの人達が朝倉さんを打てていないから、仕方ないのかも知れないね。

 

『ボール!フォアボール!』

 

それに朝倉さんは先発した場合は中盤以降はやや制球難になる事がある。だから……。

 

「ピッチャー交代だ!」

 

「大野さんですね!」

 

「朝倉さんは3回戦でも4回で降りているよ」

 

「スタミナに不安があるのかしら?」

 

「それもあるかも知れないけど、接戦では大野さんの方が信頼されている可能性が高いね。これまでのスコアでもここ1番の場面では大野さんが投げる事が多いし」

 

「背番号1は実力……という事か」

 

ノーアウト一塁で1打席目にホームランを打った牧田さんか。

 

(外野は長打警戒で、内野はややレフト寄りのゲッツーシフト……。これは大会中の柳大川越の映像を見た時の強打者シフトだ)

 

「皆、守備の動きをよく見ててね!」

 

『ストライク!』

 

「内角高めを空振り!」

 

「初球は守備位置に動きなしです」

 

続く大野さんの2球目を投げる瞬間……。

 

「三遊間を詰めた!」

 

(映像通りだね。だからこれは……)

 

 

カンッ!

 

 

三遊間に痛烈な当たり。シフトを敷いてなければ抜ける当たりだけど……。

 

「ショート追い付いた!」

 

「ゲッツーだ!」

 

「凄いどんぴしゃ……」

 

「厳しいストレートに手を出した打ち気満々の打者に対して、甘いコースから内に食い込む高速スライダー。これは打たせて取りたい時によく使う配球だよ」

 

割と定番ではあるから、覚えていたら上手く対策出来るかもね。

 

「でもシフトで球種がわかるじゃん」

 

「シフトが動くのは投げ始めた後だから、厳しいかもね」

 

「それにわかったとしても今のコースを咄嗟の判断でヒットにするのは難しいわ。ましてや逆を突いて流すなんて無理」

 

中村さんとかなら出来そうだけど、他の人達だと一朝一夕で身に付く技術じゃない……か。それでも全国を相手取るなら今の内に練習しておいた方が良さげだけどね。

 

「練習試合の時も守備位置の良さは感じたからな」

 

「今回は私達の打撃傾向も分析されているし、精度も高そうね」

 

「逆に突破口もあるかも知れないから、帰ったらビデオのチェックもしましょう!」

 

(それにこの組織的守備は制球の良い大野さんと相性抜群だ。結果もちゃんと出ているし……。それに加えて三振でアウトが取れる大野さんとは真逆のタイプの朝倉さん……。柳大川越はこの2人がエースとして機能しているのだろう)

 

柳大川越は県大会を勝ち抜くスペックはある。でも……!

 

(負けるつもりはない。武田さんの対策が入念にされているとしても、まだ武田さんは全てを出し切った訳じゃないからね……)

 

『ゲームセット!』

 

「決まったな」

 

「私達の次の相手は……!」

 

「柳大川越……!」

 

あのまま柳大川越は4対2で大宮大附設から逃げ切った。私達が柳大にリベンジする良い機会だ……!

 

 

~そして~

 

皆が帰り支度を終えて帰ろうとしているので、私もそれに着いて行こうとすると……。

 

「朱里」

 

後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには咲桜のユニフォームを着ている1人の女子。咲桜で私を名前で呼ぶ人なんて1人しかいない。

 

「久し振りだね友沢」

 

友沢亮子……。川越シニアでショートのレギュラーを3年間守り切った走攻守優れた天才で、咲桜でも県内最高遊撃手の田辺さんからショートのポジションを勝ち取っている。

 

「私達が当たるなら準決勝だ……。負けるんじゃ無いぞ」

 

「……そっちこそ準々決勝の相手が格下だからって負けないでよ?」

 

「ふっ、愚問だな。例え格下相手でも私達は全力で迎え撃つ。……それに私は咲桜に入って生まれ変わった。その実力を朱里達新越谷に見せてやる」

 

「それは楽しみだね」

 

友沢はその後は特に何も言わず、私達を横切って歩いて行った。

 

「朱里ちゃん、知り合い?」

 

「友沢はシニアからの知り合いで、ポジションはショート。3年間ずっとレギュラーを守り抜いた子だよ。咲桜でもショートのレギュラーだね」

 

「ショートって……。県内最高遊撃手の田辺さんからポジションを勝ち取ったの!?」

 

「それに加えて友沢は咲桜では4番を打っている。この大会でも唯一サイクルヒットを叩き込んだ天才打者だよ」

 

「すげぇな……。そんな奴が私達と同じ1年生かよ」

 

「……何にせよ咲桜と当たるのが楽しみになってきたよ」

 

その前に柳大川越にリベンジしないとね……!




遥「次回はいよいよ柳大川越とのリベンジだよ!」

朱里「果たして私達はリベンジに成功するのか……」

遥「今まで取っていたアンケートもここで締め切るよ!」

朱里「アンケートによって私達が柳大に勝つか負けるか……」

遥「作者的にはもう決まっているみたい……」

朱里「私達の勝利を願いたいね」


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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校①

柳大川越との再戦。尺がどれくらいになるか未知数です……。


県大会もあと7試合で全て終了。その内の1試合が私達新越谷と柳大川越の試合。

 

柳大川越の先発は朝倉さんで、私達のチームは武田さん。

 

私は梁幽館戦の時みたいにワンポイントで投げる可能性があるのと、体力的な問題の為に3回戦と4回戦で休んでいた為にこの試合はライトでスタメン、打順は8番だ。

 

「さて!僭越ながら今日は指示は私が出させていただきます」

 

「私は一塁コーチャーに入るからね!」

 

この試合は藤井先生がサイン等の指示を出して、芳乃さんが一塁コーチャーに入って柳大川越の守備の動きを観察する。同様に私も三塁コーチャーに入って動きを見る事に。

 

「朝倉さんを打ち崩すのは正直難しいですが、なんとか食らい付いて早めの継投をしてもらいましょう」

 

「大野さんからは3点取ったし、苦手意識は少ないからね」

 

私としては大野さんが登板してからが本番のような気もするけど、それはその時が来たらで良いか……。

 

「再戦だな……」

 

「ええ……」

 

「強くなったところを見せてやろう!」

 

『おおっ!』

 

私達は先攻。サヨナラの危険があるから後攻の方が望ましいけど、仕方なし。

 

『1番 ファースト 中村さん』

 

「いきなりクライマックスかよ!」

 

(希ちゃんは自由に打って良いよ!)

 

中村さんには芳乃さんからも藤井先生からもサインはなし。うちで最も優れた打者は信頼も厚い。

 

(ストレートなら初球からいく!芳乃ちゃんが一塁で待ってるし)

 

朝倉さんが1球目に投げたのはストレート。コースはやや低めだから、様子見だろうか?

 

(寝る前に毎日イメージしとったよ。このストレートを弾き返すシーンを!)

 

 

カキーン!

 

 

「落ちた!センター前ヒット!!」

 

「初球ストレート狙い打ち!」

 

「ないばっち希ちゃん!」

 

「相変わらず速かった!」

 

なんか一塁で百合の花が咲いている気がする……。

 

(1球で済んで良かったと考えろ。中村はそのレベルの打者だ。後続をしっかり打ち取るぞ!)

 

(了解です)

 

『2番 セカンド 藤田さん』

 

(バントなし……。ここは球数を投げさせて様子を見ていきましょう!中村さんにやってほしかったのですが、初球を打ってしまいましたからね)

 

(了解)

 

藤田さんには球数を投げさせて様子見プランだ。

 

(さて、ここで私と芳乃さんの仕事は……!)

 

二遊間に注目する事。今のところは普通のゲッツーシフトみたいだけど……。

 

『ストライク!』

 

(朝倉さんの1球目の投球時にそこから動きはなし……。つまり今投げたのはストレートか)

 

(ストレート……速いわね。朝倉さんの持ち球はSFFに加えて新球種のカットボール。粘りながら全部を引き出すのはバントよりも難しいけど……)

 

2球目も動きはなし。よって朝倉さんが投げたのはストレート。

 

(やってみせる!)

 

『ファール!』

 

「良いぞ!粘れー!」

 

それからも2球続けて藤田さんは当ててくれるけど、朝倉さんが投げたのは全部ストレート。だからそろそろ変化球を投げてくる筈だけど……。

 

(ストレートを結構当ててくるな……。これでいくか)

 

(……わかりました)

 

朝倉さんが投げ始めた瞬間に内野陣が動き始めた。つまり投げたのはSFFかカットボール。どっちだ!?

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

投げたのはカットボール……。SFFの時もカットボールを投げる時と同じ動きをするかを確かめるのが次の私達の仕事だね。

 

「最後のカットボール以外は全部ストレートよ」

 

「わかった」

 

「すみません。SFFが見られませんでした……」

 

「カットボールが見られただけでも充分ですよ。芳乃さんと早川さんも今ので確認出来たでしょうから」

 

3番の山崎さんに1球投げる前に牽制を入れる。その時に動きは特になしか……。

 

(柳大川越は守備の動きが活発なチーム……なんだけど、朝倉さんが投げている時は1球毎といった大掛かりな動きは見られないな……。理由として考えられるのは2つ。1つは朝倉さんが奪三振率が高い投手だから、もう1つは大野さんのように制球力はなく、打球方向をコントロール出来ないから)

 

だとしたらあのシフトが大きく動くのは主に大野さんが登板する時なのだろう。

 

山崎さんはストレートを打ち損じファーストフライ。

 

「ストレートは厳しいな……」

 

「ドンマイ!」

 

朝倉さんが投げている時にシフトが動くのは変化球を投げる時。野手陣に何らかの方法で球種が伝達されて、ストレートの時とは違った打球への警戒や緊張が動作に現れる。

 

(主将が崩された時に最も多かったのは……!)

 

(セカンドゴロか空振りですね……!)

 

主将が打った打球は詰まらせてセカンド正面のゴロ。1回表は一塁ランナーが残塁で無得点に終わった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷は無得点か……。これまでの戦績からしたら珍しいな」

 

「練習試合の時も朝倉さんのストレートを打てたのは中村さんと朱里さんだけ……。攻略には時間がかかりそうですね」

 

(しかし2回表の攻撃は雷轟さんの打順から……。最高潮ではないとはいえ、埼玉最速と呼ばれている久保田さんからホームランを放っているから、球種がわかりさえすればもしかしたら……)

 

「練習試合から雷轟は出世したな。5番を打っているじゃないか」

 

「これまでの成績も3打数3安打3本塁打10打点と和奈さん並の結果を残していますね」

 

「洛山の清本と一緒と考えると私にとっては最大の敵になりそうだな……。清本も大豪月とは違って球の見極めをキチンとしているし、今年の洛山と……そして上がってきたら新越谷も手強くなりそうだ」

 

「その時は最悪歩かせましょう」

 

新越谷と柳大川越の試合に白糸台高校の二宮瑞希と神童裕菜の2人が見に来ていた。



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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校②

「簡単には打たせて貰えなさそうですね」

 

「でもバットには当たりますし、基本は狙い球を絞って好球必打で良いでしょう」

 

朝倉さんに対しては打てる時に打つ……という作戦になった。次の打順は雷轟からだし、期待出来そうだね。

 

「さぁ!切り替えていこう!!」

 

芳乃さんの掛け声で皆は気合いを入れて守備に付く。

 

『1番 センター 大島さん』

 

柳大川越のバッティングは梁幽館や熊谷実業には劣るけど、前に戦った時よりもレベルが上がっている事は間違いない。バッテリーも慎重に入っている。

 

1球ストライク入れてからのストレートを大島さんはカット。更にあの魔球までもカットする。これは相当対策されてるな……。

 

(ふーむ、来ないスね……)

 

(あの球まで簡単にカットするなんて……。相当対策してきたな)

 

これ以上球数を稼がれると面倒だから、早いところアウトを取ってほしいところだけど……。

 

そして4球目。武田さんが投げたのは強ストレート。

 

(これス!)

 

(えっ?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ライトからだとよく見えないけど、武田さんのリリースが終わった瞬間に大島さんが踏み込んできたように見えた。

 

(これは武田さんも出し切る必要がありそうだ……!)

 

出来れば決勝までは取っておきたいところだけど、そうもいかないんだろうなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「武田は前に見た時とは比べ物にならない程の成長を遂げてるな。特に最後に投げたストレートは簡単に打てるものじゃないぞ」

 

「先頭打者もあのストレートを狙っていたみたいですが、結果は空振り……。梁幽館や熊谷実業でもあのストレートに苦戦をしていました」

 

「柳大川越が勝つにはあのストレートをどういう風に攻略するか……それが鍵になるだろうな」

 

「あのストレートを投げる時のリリースポイントを見極めるところまでは出来ているみたいですし、あとは捉えるだけ……といった感じですが……」

 

(そうなってくると問題は守備……。ホームラン率はチーム内で1番高いけど、エラーの数もチーム内で1番多い雷轟さんがネックになるでしょうね。その辺りはセンターのフォローが必須となります)

 

「もしも新越谷が全国に上がってきたら私達とも戦う可能性があるし、なるべく武田の投球をよく見ておこうか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武田さんの強ストレートは他の球に比べて球持ち時間が長く、リリースが前で低い。1番の大島さんを始め……。

 

 

カンッ!

 

 

「!!」

 

「センター!」

 

『アウト!』

 

「ナイスキャプテン!」

 

「ツーアウトー!」

 

5番の石川さんと……。

 

 

ガッ……!

 

『アウト!』

 

6番の平田さんの1年生3人は強ストレートに着いてきている。

 

(この3人は1年生……。これから私達の最後の夏まで立ちはだかる相手だから、ここで負けると苦手意識が出てしまうのは良くないな……)

 

「珠姫ちゃん、ヨミちゃんの調子は?」

 

「うん……。調子は良いんだけど、強ストレートは間違いなく狙われてるね」

 

「やっぱり……」

 

「あの球やツーシームは簡単にカットしてくるし、強ストレートはどこかで使わざるをえない……」

 

2回表の私達の攻撃も無得点(ちなみに今日5番の雷轟は歩かされた)だったし、投手戦になると不利なのは武田さんの方だ。それならいっそのこと……。

 

「……ピンチになったらあれを使うしかないね」

 

「あれは最低でも決勝までは取っておきたかったけど……」

 

「気持ちはわかるけど、このまま投手戦が続くと攻略されかかっている武田さんが不利になる。こっちがいつ点を取れるかわからないから、打たれてしまう前に使っておこう」

 

「そうだね……」

 

(それにもしも負けてしまえば朱里ちゃんは……!)

 

3回の表は私の打順から。皆の為にもなるべく朝倉さんに球数を費やしてもらわないとね。

 

「お願いします」

 

(早川さんか……。この子には私のSFFを打たれてるし、ここはストレートで……!)

 

(内野の動きはなし……。投げてくるのはストレート!)

 

わかっていれば打てる……。初球打ちだ!

 

 

カンッ!

 

 

「抜けた!」

 

「ナイバッチ朱里!」

 

結果はヒット。とりあえずチャンスメイクは出来たね。

 

(……というか私が朝倉さんのストレートに当てるのこれが初めてなんだよね。練習試合の時に打ったのはSFFだし)

 

そう考えるとよく初球から打てたもんだ。

 

「よーし、ツーラン打つぞ~!」

 

次は武田さん。ホームランを打とうと張り切っているけど……。

 

(ここは文句なくバントでお願いします)

 

(了解です……。あれ?なんかデジャブ?)

 

藤井先生はバントのサインを出す。まぁ1点ほしいし、仕方ないね。次は朝倉さんの球をヒットにしている中村さんだし。

 

 

コンッ。

 

 

「ナイバン!」

 

「これでワンアウト二塁!」

 

打者一巡して中村さん。朝倉さんのストレートを連続でカットする。

 

(流石、粘るね)

 

(ストレートはもう打ったけん、カットボールが見たい)

 

中村さんは朝倉さんのカットボールを要求している。ストレートはもう問題なさそうだね。

 

(さて……。本当にカットボールを投げてくるなら、内野陣に動きがある筈。二塁ベースから見させてもらう!)

 

朝倉さんの5球目。

 

(内野陣が動いた!それなら中村さんが打つと信じて……)

 

私は朝倉さんの投球動作と同時に私はスタートをきった。

 

「走った!」

 

(朱里ちゃん……。ここで私が打つって信じてくれたんやね。ならその期待に応える!!)

 

朝倉さんが投げたのはカットボール。

 

(きた、カットボール!でも思ったよりも変化が大きい!差し込まれるけど、ヒットになら出来る!)

 

 

カンッ!

 

 

打球は一二塁間の面白いところに飛んでいる。出来れば落ちてほしい。私もう三塁を蹴ってるし……。

 

『アウト!』

 

(ダメか……!)

 

全力で帰塁するも間に合わずにタッチアウト。これは申し訳ない……。

 

「ごめん。ちょっと暴走が過ぎた……」

 

「ドンマイドンマイ!」

 

「朱里でも暴走とかするんだな」

 

そりゃそうですよ。私だって人間だもの!

 

(しかし今のアウトは痛いな……。点が取れなくなると守備にも少なからず影響する……!)

 

それにこの暑さ……。初心者である大村さんと息吹さんを控えに置いたのが少しは意味があるだろうか?

 

(まぁ考えても仕方ない。切り替えて守備に付こう……)

 

今日は雷轟も歩かされるし、残った私達で点を取らないといけないからね!



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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校③

☆9の評価を付けてくれた たかとさん、☆7の評価を付けてくれた わけみたまさん、ありがとうございます!


試合は進んで4回裏で、0対0の同点。こちらは中村さんと私がヒット1本ずつと雷轟の四球2つでチャンスは作れているものの、後続が朝倉さんを攻略出来ていない。

 

(それに対して武田さんはここまでパーフェクト……。でも内容的には余り良いとは言えないな。あの魔球を始め強ストレート以外はカットされてるし、強ストレートは癖を読まれているのかタイミングを合わせてくるし……)

 

むしろここまでパーフェクトなのが奇跡なのかもしれない……。

 

(ヨミちゃんの球数はここまで54球……。多すぎるな。強ストレートが狙われているなら敢えて……!)

 

柳大川越の先頭打者の大島さんに初球から強ストレート。成程、狙われているなら敢えて投げていくスタイルか……。悪くない。

 

(初球から来るスか!単に狙い球を絞るのでは何%か迷い子がのこるものスけど、来るのがわかっていれば……100%迷いなく振れるス!!)

 

 

カンッ!

 

 

大島さんは初球から打っていった。その打球はピッチャーの後方まで飛んでいき、ショートの川崎さんが追い付く。

 

(やっと見せ場がきたぜ!)

 

(やば……。追い付かれたス!)

 

(最近打つ方では良いとこなしだ。バントも失敗するし、打順も下げられたし……。だが守備では!)

 

川崎さんがファーストへと送球。……しかし、送球が逸れてしまった。

 

(助かったス!)

 

大島さんはそのまま二塁へと走り始めた。山崎さんがボールを取るも、大島さんの方は既に二塁ベースにスライディングしていた。足速いな……。

 

記録はヒットとエラーが1つずつ。送球が逸れていなくても、内野安打になっていたのか……。

 

「やったス!」

 

『ナイスバッチ』

 

大島さんを称えた13番と17番の子は同じ1年生だろうか?13番の方は練習試合でも途中から出場していたね。当てるのが上手いから印象に残っている。

 

(あの2人は武田さん対策で投入されている……と考えた方が良さそうだね)

 

それよりも……。

 

「ついに出てしまったかぁ……。内野陣の大会初エラー」

 

「いつかは出るものですが、よりによってノーアウトですか……」

 

川崎さんが慌てて送球した事によるエラーだけど、あの打球に追い付くのは簡単じゃない。それに……。

 

 

ガッ……!

 

 

次の打者が強ストレートを詰まらせてセカンドフライに抑える。これでワンアウト二塁。

 

仮に川崎さんが悪送球せずにノーアウト一塁なら柳大側は多分バントをしていただろうから、結果的に川崎さんのエラーがチャラになった。

 

(武田さんの強ストレート……。一巡目を見る限りだと、それを狙っているのは数人だけ。特に上級生は強ストレートの正体がわかっていない)

 

それでも上位打線を譲らないという事は食らい付く程度の力はある……!

 

 

カンッ!

 

 

これも初球打ち……。打球はショート正面。

 

(三塁いけるか微妙ス。でもスタート切っちゃったから、行くしかないス!)

 

大島さんは暴走気味で、サードに送球すれば多分アウトが取れるけど、川崎さんはファーストに送球。

 

『アウト!』

 

これでツーアウト三塁だけど……。

 

(もしかしてさっきの悪送球を気にしている……?いつもの川崎さんなら三塁に投げていたと思うけど……)

 

まぁ何にせよツーアウト。問題は……。

 

『4番 キャッチャー 浅井さん』

 

(ここで切れるかどうか……。5番と6番は武田さんの強ストレートに対抗して投入した1年生2人。この2人に回すのは得策じゃない)

 

バッテリーも同じ事を思っていたのか、浅井さんを抑える傾向にしている。

 

『ストライク!』

 

(ツーシームか……)

 

続く2球目は強ストレート。浅井さんはそれをカットしたスイングをみるに武田さんの癖まではわかってなさそうだけど……。

 

『ファール!』

 

(これが例のストレートか……。カットは出来るが、正直癖はわからんな)

 

3球目は緩急を付ける為にあの魔球を投げる。

 

(練習試合の3三振は屈辱だったぞ。やはり私が狙うのは……コレだ!)

 

 

カンッ!

 

 

浅井さんはあの魔球に焦点を当てて打った。打球は右中間に飛んでやや詰まっている。ここは私が……!

 

(よし、追い付ける……!)

 

 

ガクッ……!

 

 

(は……?ちょっと待ってよ。こんなところで足が縺れるとか勘弁してよ!)

 

そもそも私は大会で試合出たのこの試合含めてまだ2回なんだけど!?他の人達ならまだしも、私が先にへばってどうするのさ!

 

(意地でも捕る……!)

 

っていうかここで捕らないと皆に顔向け出来ないっての!

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

な、なんとか捕れた……。危うく私のせいで負けるところだったよ。

 

「ナイスキャッチ!」

 

「よく飛んだぞ!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

私の足が縺れたのバレてないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このイニングも無得点か……。投手戦が続くな。私好みの展開になってきた」

 

「武田さんのあのストレートも完全に攻略された訳ではないですし、他の球と上手く混ぜればそう簡単には痛打されません」

 

「しかしさっきの守備は……。天才の早川にも弱点はあるんだな」

 

「朱里さんはスタミナが他の先発投手よりもありません。シニアの時も完投した試合は片手で数えるくらいしかないですし、その試合も全力で投球していません」

 

(梁幽館戦で見せたストレートもそう多くは投げられない筈。朱里さん達がこのまま全国まで勝ち上がったとしてもそれでは私達には通用しませんよ……?)

 

「早川がエースじゃないのは体力面が原因でもある……という事か?」

 

「恐らくそうでしょう。朱里さん本人もそれを理解して普段は外野の練習で足腰とスタミナを鍛えていると言っていました」

 

(そう考えるとリトル時代も朱里さんを酷使しすぎていましたね。それが故障の原因に繋がった可能性も……)

 

「二宮?」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

(まぁその辺りの事を今更気にしても仕方ありませんね。今は武田さんの攻略の為に試合を見ておきましょう)




遥「この回も柳大川越は無得点!もしかして私達のペース、来ちゃってる?」

朱里「どうだろうね。私達が朝倉さんを攻略出来ていないのも事実だし……」

遥「私なんて2打席連続で歩かされてるんだよ?」

朱里「それは多分雷轟の戦績を見ているから、警戒されてるんだと思うけど……。それに2打席共塁間で刺されてるしね」

遥「うっ……!でも歩かされているって言っても敬遠じゃない……というのが救いなのかな?」

朱里「あわよくば詰まらせて……って感じだろうね」

遥「柳大戦で私は打つ事が出来るのかな……?」

朱里「多分次に出てくる大野さん次第だと思う」

遥「よーし!勝負してくれるなら、絶対に打つぞ~!」

朱里(暑苦しい……)


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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校④

☆8の評価を付けてくれたhayate37さん、ありがとうございます!


5回表。そろそろ点がほしいところだ。

 

(この回の先頭は藤原先輩。ストレートの相性は良いし、雷轟がもしもベンチスタートだったらクリーンアップを任せられる力もある……!)

 

熊谷実業の久保田さんの全力ストレートを弾き返すパワーは朝倉さん相手に期待出来ると思う。

 

『ストライク!』

 

「打てるぞ理沙!」

 

(追い込まれたらSFFが来るから、その前のストレートを叩く)

 

1打席目では差し込まれたけど、この大会で藤原先輩は大きく成長した。先発投手もしも経験して、久保田さん相手にも打って自信が付き始めている。

 

(練習試合ではあんなに速く感じたのに、今では見える!)

 

 

カキーン!

 

 

「良い当たり!」

 

「レフト前ヒット!これで先頭出たわ!」

 

「ナイバッチ!」

 

(なんて打球だ。まるでホームランの打ち損じだな)

 

私は川崎さんの次の打順なので、三塁コーチャーを主将に代わってもらってネクストに入る。

 

(良い場面でランナーが出ましたね。川崎さんにはここで立ち直ってもらいましょうか)

 

(もちろんやります)

 

そして川崎さんの打席。

 

「稜、打ちなさい!空気を読めないのが長所なんだから、エラーしたら後こそ良い打撃戦しなさいよね!」

 

「空気が読めん?」

 

いや、それって長所なの……?疑問に思っていると藤田さんは語り始めた。

 

「中二だったかしら……。完全試合を食らいかけた事があるわ。その試合で稜はエラーと三振が2つずつ」

 

三振はともかく、川崎の豪快な守備スタイルのせいでエラーが目立つのはきついだろうな……。ましてや2つだと自分が戦犯だと思われてそう。

 

「……完全試合まで後1人というところまで来て稜はヒットを打ったわ」

 

諦めなければ何かが起こる……。当時の川崎さんがどんな思いでヒットを打ったのかは知らないけど、最後まで食らい付いた結果によって生まれたヒットだろうね。

 

「……そういう感じの空気の読めなさよ」

 

「じゃあ打ちそうやね。空気読めとったらここはゲッツーやろうし!」

 

空気読めたらゲッツーって凄いパワーワードだな……。

 

(追い込まれてしまった……。ストレートは当てるのが精一杯だ。そしてランナースタートはあるかな?)

 

変化球の時にランナーは走らせる予定……。あとは川崎さんがうまく打てるかどうかだ……!

 

(守備陣の動きから変化球かストレートか推測する……。見たところ特にショートの人は集中力が散漫なのか、投球動作に入る前に動き出す事がある)

 

だがショートの人が動き出したら……!

 

「GO!!」

 

一塁コーチャーの芳乃さんによるGOサイン。タイミングは完璧だ。

 

(えっ?走ってる!?完全に盗まれた!)

 

(変化球!SFFか!?)

 

(しまっ……!)

 

(いや、落ちない。失投だ!)

 

 

カンッ!

 

 

上手く打った!ヒットではあるけど、後退していた外野が打球に追い付いてホームは無理なものの、ノーアウト一塁・三塁のチャンスとなった。

 

「ないばっち~!」

 

「勝手に立ち直ったわね」

 

(さて、次は私の打席だけど……)

 

柳大側のベンチを見ると大野さんが肩を作っていた。恐らく私か武田さんまでで朝倉さんは交代だろう。

 

(コーチャーの掛け声は完璧だった……。癖があるのかも。今思えば早川さんの時もスタートが完璧だったし)

 

『ボール!』

 

(作戦はまだ気付かれていない……。多分あと1回は使えるけど、この場面では出塁重視)

 

『ボール!フォアボール!!』

 

(よし、これでノーアウト満塁!)

 

(はぁ……。ここまでかな)

 

柳大は投手交代で、大野さんが登板。まだ点を取ってないのに、良いのだろうか?それとも朝倉さんが大崩れする前に引っ込めた?

 

「朝倉さんを降ろしてくれましたね」

 

「大野さんに苦手意識は薄いので、チャンスでしょうか」

 

(……ここからが本番だね。ランナーが満塁だと私に出来る事は殆んどない。あとは皆が大野さんを打つかどうか……!)

 

「よーし!打つぞ~!」

 

「…………!」

 

(っ!これは……!)

 

今この場で何人が感じているだろうか。大野さんが放つ威圧感を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大野も3ヶ月前より成長してるな。また柳大川越と練習試合をしてみたいものだ」

 

「最後に白糸台が柳大川越と試合をしたのは3月でしたよね?」

 

「ああ、その時はまだおまえはいなかったからな。うちも良い捕手が入った事で、投手のレベルが大幅に上がった……。これなら私が引退した後でも安心だ」

 

「引退はまだ早いですよ。まだ県大会の途中ですし」

 

「……そうだな。これまで白糸台は春夏4連覇を成し遂げたから、この夏も全国優勝して笑顔で引退したいな」

 

「その為にもまずは全国大会に出場ですね」

 

「勿論だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武田さんは大野さんに手も足も出ず、三球三振に倒れてしまう。

 

『1番 ファースト 中村さん』

 

ワンアウト満塁。投手が代わったとはいえ、ここで点が取れないと本当に厳しくなる。

 

『ストライク!』

 

今投げたスライダーも練習試合よりキレがある。やっぱり本命は大野さんだったね。

 

(でも中村さんなら打てる……。同じ左のサイドスローである橘からホームランを打った中村さんなら……!)

 

「希ちゃん集中!打てるよ!!」

 

芳乃さんも中村さんに声を掛ける。大野さんの実力が上がったとはいえ、圧倒的ではない。だから気持ちで負けなければ……!

 

『ファール!』

 

(冷静に見れば捉えられん球やない……)

 

次で6球目。大野さんが投げたのはスライダー。

 

(思いっ切り引っ張る!)

 

 

カンッ!

 

 

打球はセンター前……落ちるか!?

 

「ランナーバック!!」

 

芳乃さんの声が響く。

 

『アウト!』

 

あれを捕るか……!私と藤原先輩はなんとか戻れたけど……。

 

「くっ……!」

 

『アウト!』

 

二塁ランナーの川崎さんが戻りきれずスリーアウト。5回表も無得点……。これはいよいよ不味いな。

 

(ペースが向こうにいかない事を願うしかないね……)

 

武田さんがどれだけ踏ん張れるか……。こうなったらこっちも1点もあげる訳にはいかないね!




遥「展開が拮抗している……!これが手に汗握るってやつだね!」

朱里「とはいえそろそろ点がほしいね。5回も無得点だったし、満塁のチャンスが潰されたから、勢いは間違いなく柳大川越にいってる」

遥「新越谷の攻撃は残り2イニング……。私達は勝てるの!?柳大川越に勝ってこの小説はオリジナル展開に持っていけるの!?」

朱里「それは次回でわかるよ」

遥「……という事は?」

朱里「柳大川越戦は次回で最終回。アンケートの結果が現れるよ」

遥「お楽しみに!!」


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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校⑤

柳大川越戦ラスト!梁幽館戦に比べると滅茶苦茶短いな……。


5回裏で向こうの打順は5番の石川さんから。

 

(5番の石川さんと6番の平田さんは武田さんの強ストレートにタイミングが合ってきている。映像を見て攻略方を見出だしたんだろうな……)

 

『ファール!』

 

今も初球から打ってきた。さっき満塁のピンチを凌いだから、流れが柳大に行きつつある。だから……。

 

(ヨミちゃん、いくよ)

 

(うん……!)

 

ツーナッシングから投げる武田さんの3球目……。

 

(ここで遅めのストレート……?それなら打つ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

(なっ!空振り!?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

投げたのは以前私が教えたストレートに見せ掛けたカーブ。梁幽館戦を終えてから強ストレートが通用しなくなった時に備えて少しずつ練習し続けて、4回戦が始まる頃には完成した。

 

(使うのは県大会の決勝、或いは全国の舞台から……って思っていたけど、それほど甘くはなかったか……)

 

もしも県大会を勝ち抜く事が出来たのなら、全国に備えてあと1、2球種くらい変化球を覚えた方が良いかもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今武田が投げたのはストレート……なのか?あれくらいのストレートならタイミング的にも打てて可笑しくはなかったが……」

 

「あれは……。間違いありません。武田さんが投げたのは朱里さんがシニア時代に投げていたストレートに見せ掛けた変化球……」

 

「ストレートに見せ掛けた変化球?」

 

「変化球の曲がり始めを遅らせる事で変化量が小さくなる代わりに傍目からは変化してても気付かれにくくする球です」

 

「な、なんか凄い事を言ってるな……。そんな簡単に出来る事じゃないだろう」

 

「勿論です。朱里さんでさえ会得するのに1年以上の時間を費やしました。本来ならそれでも早すぎるくらいです」

 

(それを武田さんは何日で……?柳大川越との練習試合を終えて朱里さんが投手をやっていた事を話してから?いえ、仮に朱里さんと知り合ったであろう4月からだとしても僅か3ヶ月……。そんな短期間で身に付けたと言うのですか……?)

 

「だとしたら早川の得意技を会得した武田は……」

 

「はい、武田詠深は天才の部類に入ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武田さんはストレートに見せ掛けたカーブ……命名偽ストレートを他の球と上手く混ぜる事で二者連続三振。そしてこの打者も……。

 

(朱里ちゃんが教えてくれたこの球は強ストレートの時とは違ってキチンと制球が出来ている。これなら……!)

 

(遅い……。さっき石川と平田に投げたやつか?)

 

ツーシーム、カットボール、偽ストレート、そして……。

 

(ここでナックルスライダー!?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3球目に投げたあの魔球。偽ストレートはギリギリまで変化しない上に変化量がかなり小さいので、その正体を見極めようとすると変化量の大きいあの魔球に着いていけなくなる。

 

(武田さんはやっぱり凄い。私も負けてられないな……!)

 

次の準決勝は私が先発の予定……。勝ち上がってくるのは友沢がいる咲桜の可能性が高いだろうし、武田さんに負けないピッチングをしないとね。

 

「ナイスピッチ!ヨミ!」

 

「三者連続三振なんて凄いわ!」

 

「後で私にも石川さんと平田さんに投げたストレート投げて!」

 

5回裏は武田さんの切り札である偽ストレートによって連続三振。中村さんは偽ストレートを後で投げてほしいと相変わらず血気盛んである。あの、その2人に投げた球は私のコピーだよ?本人で良かったら幾らでも投げるよ?なんなら中村さんにはもう投げてるよ?

 

(偽ストレートは決してウイニングショットにはならないけど、見せ球以上の代物に仕上がっている……。武田さんの持っている球種を駆使すれば全国でもそうは打たれない)

 

とはいえその前にこの準々決勝を突破しないと……!

 

 

~そして~

 

6回は表裏共に三者凡退。まさか最終回までどっちも無得点とは……。もしかしてこのまま延長戦に入ったりする?

 

「さぁ!点を取っていこう!」

 

『おおっ!』

 

この回の打順は雷轟から。朝倉さんの時は歩かされて、練習試合では大野さんにも歩かされた……。この試合でも雷轟はずっと歩かされるのだろうか?

 

『5番 レフト 雷轟さん』

 

(私の打席……。ここまで全部歩かされているから、なんとしてでも打たないと!)

 

『ボール!』

 

(よし、雷轟は今大会の成績はホームランが多く、二桁以上の得点を勝ち取っている。この打席もくさいところ突いて歩かせるぞ)

 

(…………)

 

『ボール!』

 

「……やっぱり遥は歩かされそうだな」

 

「こうなると後続で点を取るしかないですね」

 

6番はこの試合当たっている藤原先輩。7番の川崎さんもさっき打っているから、雷轟が歩かされても期待値は高いけど……。

 

『ボール!』

 

(これまで私が歩かされる試合は沢山あった……。それでも私はただ見逃していた訳じゃない。敬遠球までは流石に打てないけど、そこまで外されてなければ……!)

 

 

カキーン!

 

 

『ファール!』

 

(打てる!)

 

「当てた!?」

 

「良いぞ!遥ちゃ~ん!」

 

(梁幽館の中田さんは明らかなボール球でも上手く打った……。どんな球でも食らい付く姿勢は格好良いとも思った……。それでいて打つ時には打つ……そんな打者に私はなりたい!)

 

『ファール!』

 

「当たる当たる!」

 

「かっ飛ばせ!遥!!」

 

雷轟は際どいボール球をカットし続ける。カットになれていないのか、中田さんのように豪快なファールにはなってない。しかしこうなってくると向こうが敬遠球を投げてくる可能性もある。

 

(練習試合の時も思ったが、雷轟の球を見極める技術は大したものだ。ボール球だとわかっていてもカットされてしまう……。やはりここは敬遠球で歩かせるべきか)

 

(……勝負よ)

 

(何?)

 

(この私がこれ以上逃げるなんて許されないわ。練習試合の時も2回、彼女との勝負を避けた。あの日の私は屈辱だった。あの日逃げた私が夢に出るくらいにね……!)

 

(彩優美……。それなら打ち取ろう。雷轟遥という強敵を!)

 

(当然。なんなら三振にしてやるわ!)

 

フルカウントでの大野さんの6球目。コースは際どい……。見逃したら手が上がるかもしれないコース……。

 

(練習試合であんたに打たれたツーシームよ。私があの頃よりも成長しているってところを見せてあげるわ!)

 

大野さんが投げたのは奇しくも初めて試合で、初めてバットに当てたツーシーム。勿論あの頃よりもキレがある。それを打とうと雷轟が構えた瞬間……。

 

 

ゴッ……!

 

 

(!?これは……!)

 

(そう……。そう……なのね)

 

 

カキーン!!

 

 

(正真正銘、私の負けね……)

 

雷轟が打った打球は場外まで飛んでいき……。

 

『ホームラン!』

 

ホームランとなった。練習試合と違って今度はセンター方向に飛ばした、完璧なホームランだった。

 

「よく打ったぞ!」

 

「相変わらず物凄いパワーだな!」

 

「ありがとう遥ちゃん!」

 

1周ぐるっと回った雷轟は皆から手荒い祝福を受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大野が投げたツーシームは良い球だった。にも関わらず場外まで運ぶとはな……」

 

「しっかりセンター方向へと運ぶあたり雷轟さんも成長していますね。パワーなら和奈さんにも負けていません」

 

「仮に雷轟が打撃チームの洛山にいたとしても4番を任せられるレベルにまで成長してたな。早川、武田、雷轟……。他にも手強い奴はいるが、特に注意しないといけないのはこの3人だな」

 

「和奈さんとは違って雷轟さんは両打ちですからね。右投げの神童さんと対峙する時は左打席に立つでしょう」

 

「両打ちのスラッガーか……。雷轟は何れこの高校女子野球……いや、プロの世界にも旋風を巻き起こす存在になるのかも知れないぞ」

 

「それは私も大野さんから打ったあの打球で感じました。彼女はそう遠くない内に和奈さんをも越える最強のスラッガーになるでしょう」

 

(それこそ守備の方を鍛えたら手の付けられない存在になる可能性が高いですね。全国の舞台に上がってきたら雷轟さんがどのような成長を遂げるのか楽しみです)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷轟に打たれた大野さんは崩れる事なく、後続を3人で抑えた。私なんか三振しちゃったよ……。

 

7回表で遂に均衡を破って1対0で私達がリードしている。

 

「最終回だよ!遥ちゃんが取ってくれた1点しかないけど、全力で守ってこの1点を死守しよう!」

 

『おおっ!』

 

柳大の攻撃は2番からの好打順。しかし武田さんはあの魔球と偽ストレート、強ストレートを上手く混ぜて2番、3番を打ち取る。そして……。

 

『4番 キャッチャー 浅井さん』

 

迎えた4番打者。中田さんには劣るものの、浅井さんも長打力があるから、うっかりしてしまうとホームランを叩き込まれる。

 

(凄いよ。ヨミちゃん!あの柳大川越に1点もあげないなんて……!)

 

(私がここまで成長出来たのも朱里ちゃんがいたから……。もし朱里ちゃんがいなかったら私はどうなっていたんだろう?)

 

(朱里ちゃん……そして遥ちゃんがいたから、私達はここまでこれたのかも知れないね。……4番の浅井さん。ここまでは完璧に抑えているけど、油断してると一発もらってしまうから、ここも全力で抑えるよ!)

 

(うん!)

 

武田さんはここまで100球近く投げている。これは本来7イニングでは投げる事は殆んどない球数だ。少なくとも私には無理。

 

『ストライク!』

 

しかもここまで三振が殆んどなんだよね。打たれたのも強ストレートの癖を見抜かれて打たれたようなものだし……。あれ?だとするともしあの時私がフライを捕れなかったらこの試合負けてた?

 

『ストライク!』

 

(武田詠深……。ここまで凄い投手だったとはな。あの梁幽館に勝つ訳だ。でも私だって負けてられない!)

 

 

カキーン!

 

 

『ファール!』

 

3球目のあの魔球を捉えてファール。1点リードだとやっぱりまだまだわからないね。下手するとこれで同点かもしれないし。

 

(あの球のタイミングが合ってる……。ここは朱里ちゃんから教わったあれでいくよ)

 

(ううん、ここはあの球でいく)

 

(さっき打たれてるのに……?)

 

(朱里ちゃんが以前言ってた。私のあの球を決め球にするなら、この場面でこそ投げ切る事だって。だから……!)

 

(……わかったよ。全力できて!)

 

(うん……!朱里ちゃん、私はここで投げ抜くよ。腕を大きく振って!)

 

武田さんは3球目よりも大きく変化させてあの魔球を投げた。それは梁幽館戦で山崎さんが捕逸させた時よりも大きく変化した。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

それでも山崎さんは後ろに逸らす事なく捕り切った。

 

『ゲームセット!!』

 

試合終了。1対0で私達の勝利!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷が勝ったか……。そう来なくては面白くない」

 

(見てろよ朱里……。準決勝で私はおまえを越えてみせる!)




遥「勝った……の?」

朱里「勝ったよ私達は。あの柳大川越にリベンジをはたした」

遥「やったー!!」

朱里「そして物語は原作を越えてオリジナルへ……」

遥「このまま県大会優勝だ~!」

朱里「そうしないと私的にも不味いしね」

遥「どういう意味?」

朱里「それは秘密」


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気持ち

ここからはマジの完全オリジナル路線なので、今までよりも短いです……。


整列が終わって私達は球場の外で待機。

 

(あと2つ……。あと2つ勝てば私はここで野球を続けられる)

 

残っているのは準決勝に当たる咲桜、反対のブロックに椿峰と美園学院。強敵しかいないけど、私が新越谷で野球を続ける為には負ける訳にはいかないのだ。

 

「ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 

「あっ、私も行ってきます」

 

「遅くなるなよ~」

 

前科があるから反論出来ない……。山崎さんもトイレらしく、一緒に行く事に。

 

(しかし山崎さんと2人……というのはどうもあの時のシリアスシーンを思い出す)

 

変な事にならないと良いけど……。

 

 

~そして~

 

トイレを済ませて戻ろうとすると……。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

大野さんに絡まれました……。朝倉さんと大島さんも一緒にいるし。

 

「な、なんでしょうか……」

 

「……なんでそんなに緊張してるのよ?」

 

だって大野さん威圧的なんだもの!今日大野さんに三振させられている私からしたら苦手意識を持つのは当然だと思うの!

 

あっ、でもよく見たら3人共目が赤い。さっきまで泣いてたんだろうね……。

 

「今日の試合、良かったよ」

 

「これでうちが勝てば完璧だったんスけどね~」

 

そう思っていると朝倉さんと大島さんが話を広げる。この2人もコミュ力高いな……。というか敗北を引き摺ってないようにも見える。

 

「……私達が勝てて良かったです。朝倉さんからは点が取れませんでしたけど」

 

「それは私が雷轟さんを歩かせたからだと思うよ。もしも雷轟さんとまともに勝負してたらホームラン打たれてたと思うし……」

 

「練習試合の時も思ったっスけど、あの飛距離はエグかったスからね。あんなのと勝負出来る大野さんは凄いス!」

 

「……まぁそれほどでもあるわ。もっと褒めても良いのよ?」

 

「でも結局は打たれてるスけどね」

 

「あんたは褒めたいのか貶したいのかどっちなのよ!」

 

「頭が割れるス!」

 

なんだこのコント……。

 

「こほん……!この私達に勝ったんだから、絶対に優勝しなさいよね。そうすれば私達が2番目に強かったって事が証明出来るわ」

 

この人逞しいな……。これもエースの風格だろうか。見習って良いのかは定かではないけど……。

 

「私達の分まで1つでも多く勝ってきてね」

 

「頑張るスよ!」

 

「は、はい!」

 

朝倉さんと大島さんの激励に山崎さんは良い返事で応えた。誰かの分まで……というのは私自身余り好きじゃない。そもそも私にはそんな余裕はないのだ。

 

「お断りします」

 

私がそう言った瞬間、3人の顔がひきつった。大野さんだけは意外そうな目で私を見ているけど……。

 

「あ、朱里ちゃん……?」

 

「梁幽館の中田さんにも言いましたが、新越谷は新越谷で戦っています。そこに他校の気持ちを入れる余裕なんて私にはありません。負ける訳にはいかないんですよ……私は」

 

幸いここにいるのは私の事情をある程度知っている山崎さんだけだし、ぶつけたい事をそのまま口にした。辺りが何とも言えない空気になっていると大野さんが私に問い掛けた。

 

「……あんた達は来年も全く同じチームで戦えるんでしょう?何故そこまで気負うのかしら?」

 

大野さんの質問に対して今度は山崎さんが顔をひきつらせている。……まぁ他校の人達だし、別に言っても良いかな?一応周りを警戒してっ……と。

 

「……私はこの県大会で優勝出来なければ親との約束で新越谷……というよりも埼玉を去る事になります。そうなると負けてしまえば私が新越谷で野球をするのはその日で最後となってしまうんです」

 

「そう……。道理であんただけ新越谷の中でも気迫が違うと思ったわ。1年生ながらも3年生と同等のプレッシャーと戦っていたのね」

 

「まぁ県大会さえ優勝してしまえば3年間新越谷で野球が出来ますので、3年生と同じ……というのはまた違うと思います」

 

「朱里ちゃん……」

 

それがあの両親との約束なんだ。シニアでも同じ事があったけど、その時はここまで拘ってなかった……。何が私をそうさせているんだろうね?シニアと違って余裕がないから?

 

「……まぁ身の丈はわかったわ。貴女達は貴女達で全国を目指しなさい。あの怪力女にもよろしく言っておいて。応援してるわ」

 

そう言って大野さん達は去って行った。怪力女って雷轟の事だよね?確かに清本クラスのパワーヒッターだけど……。

 

「……私達も戻ろうか」

 

「そうだね」

 

(ありがとうございます。大野先輩)

 

野球をしていた環境は違えど、同じ中学出身の先輩に私は一礼した。



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祝勝会と準決勝に向けて

私達が柳大川越に勝った事でベスト4に入ったので、約束通り藤井先生が祝勝会がてら食事に連れてってくれるとの事。私としては県大会優勝までとっておいても良いと思うんだよね。

 

梁幽館に勝った時はそれぞれが希望を言っていたが、今回は柳大川越に勝てたのは柳大川越相手に無失点の武田さんと決勝点をあげた雷轟の意見を聞く。

 

武田さんは雷轟に任せると言い、そんな雷轟が言い出した店は……。

 

「ここが雷轟さんイチオシのお店ですね」

 

「何の店なんだ?」

 

「中華だよ!家族でよく食べに行くんだけど、とても美味しいよ!」

 

中華なんだ。だったら梁幽館戦後のお寿司発言は何だったんだろうか……?まぁ気にしても仕方ないので、雷轟がオススメするお店……珍眠軒に入店する。

 

「いらっしゃーい!おっ、遥ちゃん!」

 

「こんにちは!」

 

「今日は前に話してた野球部の人達と一緒かい?」

 

「はい!皆にここを紹介したくて来ちゃいました!」

 

「嬉しい事を言ってくれるねぇー!奥の座敷にどうぞ!13名ご案内ーっ!!」

 

雷轟が話しているのは店主さんだろうか?随分元気なおばちゃんだな……。

 

「今日は来てくれてありがとね!うちはそこまで人気の店って訳じゃないけど、味には自信があるからどんどん食べちゃって!」

 

店主さんがそう言って複数の料理が乗ったプレートを2つ出してくる。

 

「おばちゃんからのサービスだよ。たんとお食べ!」

 

「い、良いんですか……?」

 

「良いの良いの!これからも珍味軒を贔屓してくれるならこれくらいはね」

 

それは商売として良いのだろうか……?雷轟以外の皆も困惑してるし。

 

「おばちゃんは野球してる人間の味方だからね。自慢じゃないけど、色んな野球選手がうちのご飯を食べてくれるんだよ!」

 

色々な野球選手……?疑問に思って辺りを見るとプロ野球選手のサインやその選手とのツーショット写真が飾ってあった。

 

「す、凄い!有名なプロの人達のサインや写真が沢山……!」

 

それにいち早く反応したのは芳乃さんで、例の如くぴこぴこさせながら興奮しており、他の皆もそれに続く。

 

「こっちには福家選手、こっちは猪狩選手、あっちは……!」

 

「驚いたな……。まるで野球選手御用達のお店じゃないか」

 

「お嬢ちゃん達がこの店を広めて他校の野球部の子達も来てくれるようにしてくれよ!」

 

プロの人達はよく来るみたいだけど、野球部では私達が初めてらしい。まぁ店の外観が高校生が気軽に立ち寄れる雰囲気じゃないからね。値段自体は手頃価格だけど……。

 

「そうなると……優勝しないといけませんね」

 

「確かにそれくらいのインパクトを残せば『優勝校イチオシの店』みたいな売り文句でいけそうですね」

 

「それ良いね。採用!」

 

藤井先生の意見に私が言葉を付け足して、店主さんが採用した。本当にこれで良いのかな?冗談のつもりで言ったんだけど……。

 

その後も祝勝会は凄い盛り上がりを見せた。主に店主さんが大袈裟に話し、武田さん、川崎さん、雷轟がそれに便乗する形だったけど……。店主さんは仕事大丈夫?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1日が過ぎて、明日はいよいよ準決勝。今日は相手の咲桜についてミーティング。

 

「準決勝の相手は去年の県優勝校の咲桜高校だよ!」

 

「去年の優勝校か……」

 

「熊谷実業とは違った意味の打撃チームだね。準々決勝までの安打数は50本を越えてる」

 

「ご、50!?」

 

「そしてその中でも打っているのが1番の小関さん、3番の田辺さん、そして4番の友沢……。この3人だけで30本以上のヒットを叩き出しているよ」

 

「凄い打線だな……」

 

映像を見る限りでも友沢はシニアよりも数段成長しているのがわかる。この県大会で唯一サイクルヒットを出すくらいの実力もあるし……。

 

「主な得点パターンは1番の小関さんが出塁して、すぐ二盗、バント等の犠打でワンアウト三塁の状態を作って3番、4番が得点に繋げる。そこから後続に火が点いて打線爆発……という感じだよ!」

 

「……という事は1番の小関さんを絶対に出塁させる訳にはいかないな」

 

「向こうの打線はそれに気を付ければそこまで酷い結果にはならないと思うよ」

 

そして映像は咲桜の守備に切り替わる。

 

「次は咲桜の守備に注目してね」

 

「内野の守備だな」

 

映ったのはショートに飛んでくる強い打球。これは本来プロでも無理な打球だけど……。

 

「嘘っ!?あれを捕るの!?」

 

「送球も安定してる。捕ってからの無駄な動きが一切ない……」

 

「この人が朱里ちゃんと同じシニア出身の……」

 

「友沢亮子。走攻守の三拍子が揃った天才といっても良い選手だね」

 

天才は天才でも友沢は努力型で謂わば努力の天才というやつだ。

 

「県内最高遊撃手って言われている田辺さんからポジションを奪い取り、更に4番を打っている実力者だよ」

 

「本当に私達と同じ1年かよ……」

 

「友沢は今日行われた準々決勝でもサイクルヒットを出しているみたいだね。打球を広角に打ち分ける安定した打者だよ。守備も今見たらわかる通りプロに匹敵してるよ」

 

「守備で気を付けるのはセンターラインだよ!」

 

「セカンドの田辺さん、ショートの友沢さん、センターの小関さん……。この3人のところに飛ばすとヒットはないと考えた方が良さそうだな」

 

「逆にそれ以外のコースに打てればヒットの可能性は上がるって事だよね?」

 

「咲桜はこの1年で守備のレベルがかなり上がっているから、それでもヒットを打つのは至難の技と考えましょう!」

 

咲桜戦での課題や注意点をそれぞれで話し合い、ミーティングは終了した。

 

「こんなものかな?あとは明日の試合に臨むだけだね!」

 

「あの咲桜と戦うとなると緊張がヤバイな……」

 

「梁幽館にも勝ったんだ。自信を持っていこう!」

 

『おおっ!』

 

主将の掛け声で私達は気合いを入れる。これで明日の準決勝に……とその前に。

 

「ちょっと良いですか?」

 

「どうした朱里?」

 

「念の為に話しておきたい事が……」

 

友沢の事だ。もしかしたら私達相手には……。




遥「次回は準決勝、咲桜戦だね!」

朱里「咲桜がどのような野球をするか……。わかっているのは安打数が他の高校に比べて多い事と、センターラインの守備が群を抜いて高い事……」

遥「バックスクリーンに飛ばせば関係ないよね!」

朱里「……こういう時雷轟は頼もしいよ」


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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校①

咲桜のキャラについては私の想像で書いていますので、その辺りを了承して閲覧してください。咲桜戦は3~5話くらいを予定しています。


今日は準決勝……。友沢がいる咲桜との戦いだ。

 

「それじゃあ今日のオーダーを発表するよ!」

 

そういえばまだオーダー決まってなかったんだ。芳乃さんは任せてって言っていたから、芳乃さんに一任して山崎さんとバッテリー練習に専念してたけど。発表されたオーダーは……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 ピッチャー 私

 

3番 キャッチャー 山崎さん

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 センター 主将

 

6番 サード 藤原先輩

 

7番 ショート 川崎さん

 

8番 セカンド 藤田さん

 

9番 ライト 息吹さん

 

 

となっていた。待って待って待って。聞いてないんだけど!?雷轟が4番なのはまぁ良いよ?柳大川越戦で唯一の得点者だから打順が昇格したのはわかるよ?でもね……?

 

「なんで私が2番なの?」

 

「朱里ちゃんの打者としてのレベルは本来上位打線に置くべきなんだよね。それでこれまでの成績を鑑みた結果、2番になりました!」

 

芳乃さんは前々から私を上位打線に置きたかったみたい。いや、今日の先発は私なんですけど……。

 

「正直朱里の繋ぐ力とか、バットコントロールとかは見習わないといけないって私も思ったわ」

 

本来2番だった筈の藤田さんまで……。

 

「だから頑張ってね朱里ちゃん!」

 

「ファイトだよ!」

 

雷轟め……。自分が4番になったからって調子に乗ってるな?

 

「……わかったよ」

 

ちなみに例の如く武田さんはベンチスタートなのに対してぶー垂れてたけど、山崎さんが宥めて、主将が持ち上げるというワンパターンの方法で武田さんは上機嫌になった。……もしかしてこのやり取りって先発が武田さんじゃない時の恒例になる?

 

「それじゃあ球場に行くよ!」

 

『おおっ!』

 

さて……。私のピッチングが咲桜相手にどこまで通用するか楽しみになってきたよ。

 

 

~そして~

 

球場に着いた私達は試合前のアップに勤しんでいる。もうそろそろ電光掲示板に互いのオーダーが発表される頃だけど……。

 

「お、おい朱里!電光掲示板見てみろよ!」

 

川崎さんに言われて電光掲示板を見てみる。そこには……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

 

「いやー、これは凄い試合になりそうだね~」

 

「で、でも亮子ちゃんがショート以外のポジションを守っているのを見た事がないよ」

 

「だね~。まさか亮子が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電光掲示板に友沢のポジションはピッチャーで表示されていた。ショートは田辺さんになっている。

 

「朱里ちゃんの念の為が本当に実現されるなんてね……」

 

「どんな球を投げるんだ?」

 

「リトル時代に投手をやっていましたが、その時はストレートとスライダーの2球種を上手く混ぜて相手を翻弄させる速球派でした。でも……」

 

「今ではどんなピッチングをするかもわからない……と」

 

「わかる事と言えば投手の時の友沢は左投げなので、中村さんは苦戦を強いられるかも知れません」

 

「面白いやん……!」

 

問題は友沢自身が投手の練習をやっているところをシニアでは見た事がないという事と、シニア時代からたまに咲桜で練習をしていたという事。高校もそれで咲桜を選んだ……という話を二宮から聞いたのを今でも覚えている。

 

(もしかしたら今のオーダーが咲桜のベストナインなのかも知れないね……)

 

『プレイボール!』

 

私達は後攻なので、それぞれが守備に付いて、私はマウンドに上がる。

 

『1番 センター 小関さん』

 

いきなり正念場か……。どんな相手でも私は私のピッチングをするだけ!

 

『ストライク!』

 

(初球は見送り……。もしかしたら朱里ちゃんの球を見極めようとしているのかも知れない)

 

見送り方に余裕があるな。流石に球種まではバレてないと思うけど……。

 

『ストライク!』

 

2球目も見送りか……。正直滅茶苦茶冷や汗かいてるの私。

 

(亮子が言ってたストレートに見せ掛けた変化球っていうのは見送っていてなんとなくわかったけど、今の2球はそれぞれ違う球なんだよな……)

 

このピッチングスタイルはスタミナがない私が編み出したもの。正直スタミナを温存させる余裕はないんだけど……。

 

(そうも言ってられなさそうなんだよね。特に1番、3番、4番の3人は危険だから……!)

 

そう思いながら投げる3球目……!

 

(今度は何の変化だ……?出来ればカットしたい!)

 

小関さんはバットを短く持ち直した。カットするつもり?

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

だけど私のピッチングに対して簡単にカットなんてさせない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里の球をカットしようとしたみたいだけど、そんな簡単にはいかないよね~。アタシだって打った事がないんだから」

 

「あれ?いずみちゃんって朱里ちゃんの球を打った事がなかったの?」

 

「ないよ~!練習試合でも2三振しちゃったもん!」

 

「朱里さんの球を同期で打った事があるのは和奈さんと亮子さんくらいですからね。バットに当てるだけなら私でも出来ますが……」

 

「種がわかればそこまで難しい球でもないんだけどね」

 

「アタシは今でもその種がわからないんだけど……。和奈教えて?」

 

「自分で考えようよ」

 

「ですよね~!」

 

(そう……。朱里さんの投げるストレートに見せ掛けた変化球を亮子さんは打った事がある……。総合戦績も亮子さんが上だから、亮子さんの打席になると中田さんに投げたあのストレートを投げてくる筈……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2番打者も三振に抑えて、次は3番の田辺さん。

 

『3番 ショート 田辺さん』

 

(二者連続三振……。武田さんと言い、早川さんと言い新越谷は厄介な投手が多いね)

 

『ストライク!』

 

(亮子ちゃんと涼ちゃんが言ってた変化球が私には全然わからない。正直ただのストレートにしか見えないよ……)

 

『ストライク!』

 

(残念だけど、球の正体を掴むのは涼ちゃんと亮子ちゃんに任せようかな?私は全力でバットを振るだけ!)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(駄目か……。亮子ちゃんはあれを打ち返した事があるみたいだし、次のイニングはそれに期待しよう)

 

な、なんとか三者三振に抑えた……。次は私達の攻撃だ。友沢がどういうピッチングをするかはわからないけど、私はヒット1本打たせないつもりで投げ抜いてやる!




遥「遂に始まりました準決勝!1回表は朱里ちゃんの三者連続三振で好スタートを切りました!」

朱里「後書きではよく喋るね……」

遥「だって私が主人公の小説なのに、本編で影が薄いんだもん!朱里ちゃんばっかりモノローグ喋ってズルいよ!」

朱里「本編で最後にモノローグ喋ったのも21話目(キャラ紹介のみの回もあるから、実質20話目)が最後だもんね。なんなら芳乃さんとか山崎さんの方が雷轟よりも出番あるもんね」

遥「だから私は後書きで喋ります!」

朱里「多分この試合も雷轟が打つかどうかにかかってると思うよ。この試合では4番だし」

遥「……私4番になったし、もう完結で良いのでは?」

朱里「駄目駄目。この小説は私達が3年生の夏を終えるまでは続くんだから」

遥「むぅ~……!」


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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校②

「凄いぞ朱里!あの咲桜相手に三者連続三振なんて!」

 

「ありがとうございます。……この試合は1点勝負になると思いますので、私の方はなるべく打たれないようにしたいですね」

 

実際それもいつまで続くかわからない。友沢は私の球を打てる人間だし、球種を混ぜれば1打席ならなんとかなるかもだけど、それ以降がなぁ……。

 

「切り替えて攻撃に移ろう!」

 

「そうだな。朱里が奮闘してくれている内に私達も点を取らないとな」

 

私は今日2番なので、ネクストサークルにバットを持って待機。

 

『1番 ファースト 中村さん』

 

(友沢さん……。朱里ちゃんが言ってた通り左投げみたいやけど、どんな球を……?)

 

(中村希……。新越谷では1番を打つ事が多い。打線ではこの中村と4番の雷轟、5番の岡田に気を付けて投げるか)

 

友沢の1球目はストレート。

 

『ストライク!』

 

「は、速い!」

 

「朝倉さんや久保田さんクラスのストレートだ……。これを打つのは難しいぞ」

 

続いて投げたのは高速スライダー。ストレートと殆んど球速が一緒で中村さんは空振りしてしまう。

 

『ストライク!』

 

(バットに当たらん……!)

 

(……見た様子だとこの2球種だけでも打ち取れるだろうが、私は朱里がいるチームを完全に越える。その為には出し惜しみなんてしない!)

 

ツーナッシングから友沢が投げたのは……。

 

(これが私の決め球の1つだ!)

 

(なっ!ボールが……消えた!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

中村さんが3球で三振を取られるとは……。これは本格的にヤバいかも知れないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか亮子ちゃんがあんな球を投げるなんて……!」

 

「あれは中々手が出せませんね。特に……左打者には打てない球です」

 

「げっ……!アタシは左打ちだし、亮子のところが勝ち上がるとお手上げかも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なん今の球?まるで消えたみたいに……」

 

「消える魔球かよ!?」

 

「……あれはカーブだね。それも滅茶苦茶曲がりが大きいカーブ」

 

「あんな球を見せられたら、友沢さんが本当にショートなのかわからなくなってくるわね……」

 

「あのピッチングを見る限りだと相当投手の練習をしたんでしょうね。本来の投手の1人がセカンドを守っていますし、これも咲桜のフォーメーションの1つだと思います」

 

中村さんが消えたと感じたのは最初の2球が低めのストレートと高速スライダーの両方速球系の球……。打者は低めの球を意識するのに対して、上へ打ち出されるような軌道のカーブが来れば打者の視界からボールは消える……。これが友沢の投げたカーブの正体だ。

 

(あれは左打者には打てないかもね……)

 

私は右打ちで良かった……。

 

『2番 ピッチャー 早川さん』

 

(朱里との対決……。朱里はバッティングも一級品だ。油断は出来ない。このチームは中村以外は右打者しかいないし、朱里より後ろにはこの球を投げるか……!)

 

私に対しての1球目は中村さんに投げたとんでもカーブ。

 

(左打者よりかはマシだけど、こんなのどうやって打てば良いんだろうか……)

 

私は空振ってしまう。そして2球目の低めのストレートも空振り。

 

(追い込んだ……。今度はコイツをくらえ!)

 

3球目……に投げた球は……。

 

(嘘でしょ!?まさか……!)

 

消えたと錯覚させられる球は地面スレスレのコースで現れたけど、ボールはストライクゾーンを通っている為……。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

審判の手が上がり三振となってしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「左打者にはカーブ、右打者にはスクリューとどちらも曲がりの大きい球を散らせてきましたね」

 

「あのスクリューもはづきちゃん以上のキレと変化量だよ。どうやって攻略するんだろ……」

 

「これはお互いに三振の山が出来るね~」

 

「こうなってくると手の打ちようがあるのは朱里さんの方になりますね」

 

「次の打者は亮子ちゃんからだもんね。もしかしたら2回表が大きな分岐点になるかも……」

 

「やー、朱里達には頑張ってほしいかも……」

 

(亮子さんは朱里さんを越える為に虎視眈々と投手の練習をしていた……。その成果が今のピッチングだとすると、川越シニアのエースはもしかしたら亮子さんだったのかも知れませんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3番の山崎さんも高速スライダーとカーブ、そして3球目にはバットに届かないスクリューを投げ込まれて三振。

 

「中村さんにはカーブ、私達にはスクリューと左右の打者がそれぞれバットに届かない程の変化量を持ち合わせていますね」

 

「あんなのどうやって打てば良いんだよ!?」

 

「どこかに攻略法はある筈なんだけど……。それを見付けるのは難しいと思います」

 

こうなったらいよいよ1点勝負になる。私の方も点をあげる訳にはいかない……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスピッチ亮子!」

 

「もう亮子ちゃんがエースで良いんじゃない?」

 

「いやいや、私の本職はあくまでもショートです。田辺さんから勝ち取ったショートのポジションは先輩達が引退するまで……いえ、これからも私がやりますよ」

 

「この!生意気言ってからに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『4番 ピッチャー 友沢さん』

 

2回表。とりあえずこの友沢を抑えれば流れはこっちにも来る筈だから、抑えておきたい。

 

(友沢さんを打ち取れるコースはデータによると外角をやや苦手としている……。丁寧に投げていこう)

 

山崎さんのミットは外角高めに構えてある。あそこは友沢を打ち取るのに使っていたコース……。とはいえ金原の例があるし、慢心は出来ない。

 

(そもそも友沢相手に慢心なんてした事がないけど……ね!)

 

私は打ち取り目的で外角に偽ストレート(シュート)を投げ込んだ。その瞬間……。

 

 

カキーン!

 

 

友沢の鋭いスイングによってボールはバックスクリーンに叩き込まれた。

 

『ホームラン!』

 

(初球からいかれたか。点を取られる訳にはいかなかったのになぁ……)

 

(私を甘く見たな。それが朱里の敗因となる)

 

でも2回裏は雷轟からの打順だ。点が取れるかどうかはそれにかかっていると言っても過言じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あちゃー、ホームラン打たれちゃったか……」

 

「朱里さんが投げたコースも本来ならば亮子さんが苦手としているところで、油断もしていなかった……。この打席は完全に亮子さんが上回っていましたね」

 

「新越谷、大丈夫かなぁ……」

 

「試合はまだ序盤ですし、焦る事はないでしょう」

 

(とはいえ今の1点は新越谷にとって重いものとなるでしょう。それは朱里さん自身もわかっている筈……。ここから新越谷がどのように反撃するか見物ですね)




遥「朱里ちゃんがホームラン打たれちゃった!」

朱里「やめて。その発言は私に効くからやめて」

遥「それにしても友沢さん、凄い球を投げるね。早く勝負したい!」

朱里「次は雷轟の打順からだし、頼むよ」

遥「うん!頑張るよ!!」


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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校③

私は……どんなに低評価や批判を受けても……小説を書く事を止めない!


友沢にはホームランを打たれたけど、気を取り直して後続の打者に対して偽ストレートを投げ続ける。

 

(くっ!亮子からストレートに見せ掛けた変化球の話は聞いているのに、タイミングが合わない……!)

 

(今の5番打者を見る限りまだこの球は通用しそうだね)

 

私の偽ストレートの媒体は5種類の変化球が元になっている。これ等を上手く混ぜて相手を翻弄させる。

 

(これによって当面は凌げるけど、友沢を相手にする時どうするかなんだよね……)

 

まぁその時が来たらその時考えよう。

 

その後5~7番を連続三振で2回表は友沢のホームラン1点に抑えた。

 

(やはり朱里のピッチングはそう簡単には崩せないか……。こうなったら投手戦だな。私の方は打たせるつもりはないぞ?)

 

打順は今日4番の雷轟から。この試合は雷轟にかかってると言っても過言じゃないから、何がなんでも打ってほしいところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亮子さんにホームランを打たれたものの、後続は三振で抑えましたか」

 

「朱里って打たれてもあんまり気にしてなさそうだよね~」

 

「朱里ちゃんは試合の時に表情を変える事がないから、打たれても動揺しているかわからないもんね……」

 

「チームメイトとしてはそのポーカーフェイスは頼もしい限りですが、同時に監督泣かせでもありますからね」

 

「……で、新越谷の攻撃は今日4番の雷轟さんだよね」

 

「どっちが勝つんだろう……。瑞希はどう思う?」

 

「……どうでしょうね。勝敗自体は何とも言えませんが、亮子さんが雷轟さんに対して初球をどう入るかによって1打席目の勝敗は決まると思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼んだよ雷轟」

 

「うん!頑張るよ!!」

 

気合いを入れてバッターボックスに入る……んだけど。

 

(左打席に立った……?)

 

友沢はサウスポーだから、両打ちの雷轟は本来右打席に立つのがセオリーの筈。

 

(雷轟遥……。両打ちだったのか。左投げの私相手にわざわざ左打席に入るとは……)

 

(左打者に届かないカーブと右打者に届かないスクリュー。私にとってどっちが打ちやすいのかはまだわからない……。スクリューは橘さんと対戦した時をイメージしたらいけるかも知れない。でも左打者の希ちゃんにカーブを打つ為の突破口が私で掴んでほしいから、この打席は左で勝負!)

 

(……セオリー等雷轟遥には関係ない……か。雷轟は2回戦の終盤からの途中出場にも関わらず大会で既に4本のホームランを打ち、打点も二桁を取るパワーヒッターだ。不用意に入ったらやられる。それなら初球からいくか)

 

(友沢さんの投げるカーブとスクリューに私達の打線は萎縮してしまってる……。朱里ちゃんが言ってた。4番の仕事は相手のエースに勝つ事と、味方打線に勢いを乗せる事だから……!)

 

(カーブで雷轟を打ち取る!)

 

(カーブを打つ!!)

 

「……これは初球勝負になりそうかも」

 

「どういう事朱里ちゃん?」

 

私が呟くと武田さんが尋ねてくる。

 

「決め球はここ1番……という時に投げられて決め球って話は前にしたよね?雷轟相手に不用意に入ったら打たれる事は友沢自身も察したと思うから、左打者に対しての決め球であるカーブを投げてくる。また雷轟もそれをわかっているから、初球で勝負が決まるかも……って思ったんだよ」

 

「へぇ~」

 

(とはいえあのカーブにしろ、スクリューにしろ、わかっているからといって簡単に打てる球じゃない。決め球2つ……というのは厄介極まりないよ)

 

それでも打つのが4番の仕事……。頼んだよ。

 

(いくぞ!)

 

友沢が振りかぶって投げる。

 

(カーブ!……えっ?)

 

友沢が投げたカーブは先程までよりも変化が大きく、それはそうとまるで……。

 

「な、なんて曲がり方してんだ!背中からボールが向かってくるみたいだぞ!!」

 

「希ちゃんに投げた時よりも変化が大きい……」

 

(な、なんて角度で曲がってくるの!?まるで背中からボールが向かってくるみたい……!)

 

「遥ちゃん!」

 

「遥!」

 

(それでも……絶対に当てる!)

 

なんとかバットに当てようと雷轟は体を踏み込ませるけど、結果は空振り。

 

「わわっ!」

 

しかも尻餅までついてしまう。あんなカーブを本当に打てるのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のカーブ、さっきよりも変化が大きいね……」

 

「えげつないどころじゃないって絶対!」

 

「背中から曲がってくるカーブが外角低めギリギリに決まるとは……。あの角度から曲がってくる球は本来体を開かないと見る事は難しく、かといって最初から踏み込まないとバットには届きません」

 

「両方を同時に……って普通は出来ないよね」

 

「亮子さんはそのレベルの変化量をカーブとスクリューで打者毎に使い分けています」

 

「えっ……!あ、あんなの打てないよ!ましてやあんな変化量のカーブやスクリューが外角低めギリギリに決めるなんて!」

 

「そうですね。流石に毎回は無理だとは思いますが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきのカーブはやばかった。しかしあんなのが毎回決まるとは思えない。つまりよく見ていけば四球も狙える筈……!

 

(さっきのカーブはコース自体は際どかった……。見ていけばボール球になるのもあると思うから、それは振らずに甘く入ってきた球だけを打つんだ!)

 

2球目も友沢はカーブを投げてくる。

 

(カーブ。低いから、ボール……?)

 

雷轟はボール球だと思って見逃す。でも今のは1球目と全く同じコースだ。よって……。

 

『ストライク!』

 

(なっ!?)

 

雷轟も2球続けて同じコースに投げてくるとは思ってなかったみたいで驚愕している。

 

「あんなカーブ、コントロールするのも難しい筈なのに、それをいとも簡単に投げるなんて……」

 

「毎回あのコースに決まるんだったら、最早エースクラスだよね」

 

友沢は私にライバル心を抱いており、私を越える為に日々練習をしていると二宮が言っていた。その成果があのカーブとスクリューなんだとしたら既に私を越えている気がするけど……。

 

そして3球目。当然友沢はカーブを投げる。

 

(やっぱりカーブ……。でもどうすれば良いの?多分コースは入っているし、振ってもバットは届かないし……)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

カーブはまたもや同じコースに入り、ストライク。雷轟は手が出ずに三振してしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、嘘でしょ!?カーブを3球全部あのコースに決めてくるなんて……!」

 

「打てない球をいつでも投げる事が出来る投手……。これは朱里さんに匹敵しますね」

 

「下手したら朱里ちゃん以上かも……」

 

「朱里さんの決め球はストレートですから、一概に亮子さんが上……と結論するのは早計です」

 

(本当に狙って毎回決められるとしたら新越谷は苦しくなるでしょうね。やはり亮子さんのホームランはとても重たいものになっています)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……!」

 

「ドンマイ」

 

「あんなの打てなくても遥を責められないぜ!」

 

「あのカーブ、仮に右打者でも打つのは厳しいでしょうね」

 

藤井先生の言う通りあのカーブは右打者でも簡単には打てない。初回でやったようにストレートと高速スライダーを低めに投げてから、カーブを投げる事によって速度差や高低差を突かれて三振してしまう。

 

それなのに友沢は右打者に同等の変化をするスクリューを投げてくる。それだけ本気で私達に勝ちに来ている……と考えるとライバルとしてなんか嬉しくなっちゃうね。

 

(さぁ、4番の雷轟を完璧に打ち取ってこの試合は優位に立たせてもらったぞ朱里!)

 

(友沢の変化球……。上手く攻略出来るかはあの人にかかっているね)

 

この試合の鍵を握るのは雷轟以外にもう1人いる。その人が何かを掴めたら雷轟も友沢の変化球を捉える事が出来るんだけど……。

 

(そうなると勝負は最終回か……)

 

それまでは何としても相手に追加点を与える訳にはいかない!




遥「三振しちゃった……」

朱里「あのカーブは打てないよね……。ところで何で雷轟は左打席に入ったの?」

遥「スクリューはもう橘さんから打ったから、今度はカーブを打ちたくてつい!」

朱里「そ、そんな理由で……」


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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校④

試合は進んで4回表。1打席目の雷轟が三振してからも友沢の変化球は止まらず、ここまで全員三振させている。

 

私もそれに負けず友沢以外を三振で打ち取り、この回も2番、3番を三振させる。そして迎えた友沢の第2打席……。

 

『4番 ピッチャー 友沢さん』

 

(ここまで私のホームラン以外は互いに三振のみ……。まさか朱里とこのような投手戦が出来るとはな)

 

(1打席目は完璧にタイミングを合わされたから、その借りを返したいね)

 

梁幽館の中田さん相手に2球投げたきりのストレートを初球から投げる事にした。全ては勝利の為に……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(っ!これが映像にあった朱里の本当のストレートか。シニアでは1度も投げた事がなかった球……。これは攻略のしがいがありそうだ)

 

(友沢達相手ならこれだけだと打たれるかもしれない……。それならもう1つ見せてあげるよ)

 

新越谷に入ってから入手した私の新技を。私と山崎さんしか知らないとっておきを……!

 

『ストライク!』

 

(くっ……!今までに投げた球とは比べ物にならない速さだ。これはタイミングを取るのが難しいぞ)

 

ツーナッシング。追い込んだ今なら……!

 

(朱里ちゃん、ここはあれでいくつもり?)

 

(勿論。試合で投げるのは初めてだけど、絶対に決めてみせる)

 

(わかった……。私は朱里ちゃんを信じるよ)

 

山崎さんの了承をもらって私は振りかぶり3球目を投げる。

 

(やはり今までよりも速いストレート……。コースは真ん中近くだし、何としてもバットに当てる!)

 

私だって意地がある。私だって悔しいという気持ちはある。私だって負ける訳にはいかない時がある……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(な、なんだと!?何故真ん中付近のストレートの筈が地面スレスレまで落ちてるんだ!?)

 

(これはそんな状況下で編み出したボールだよ……)

 

友沢がカーブとスクリューを見せたお返しとして受け取ってよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今朱里は何を投げたの?凄い落ちたんだけど……」

 

「……恐らくSFFですね。それもフォークのような落差のある球です」

 

「あんな球、シニアでも投げていなかったよね?2人は見た事ある?」

 

「アタシは少なくとも見た事ないかな~」

 

「……私もありません」

 

(SFF自体はストレートに見せ掛ける球として投げた事はありましたが、まさかSFFそのものがここまでの球に成長しているとは……。恐らくあのSFFは先程投げた速いストレートと混ぜて使う朱里さんが新たに編み出した戦術でしょう。ストレートに見せ掛けた変化球を複数操り打者を翻弄させるピッチング、何か秘密があるであろう速いストレートで打者を打ち取るピッチング、そして速いストレートと同速で変化量があるSFFを混ぜたピッチング……。どれも脅威的です。更にそこから配球を混ぜる事も可能……という事ですか)

 

「……やはり同学年で朱里さんを越える投手はいないのかも知れませんね」

 

「チームメイトとしては頼もしいけど、敵になると厄介だねぇ。梁幽館戦で見た速いストレートと言い、今のSFFと言い、朱里がなんか遠くに行った気分だよ……」

 

「でも今日はあのSFFを見られて良かったね」

 

「亮子さんのカーブとスクリューにせよ、朱里さんのSFFにせよ、どちらかが勝ち上がった時に何れは目の当たりにする球でしょう。早めに見れて対策を立てられる……というのはとてもありがたいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイピだよ。朱里ちゃん!」

 

「上手く抑えられて良かったよ」

 

「最後に投げた球は何だったんだ?」

 

「SFFです。全国クラスの強敵とぶつかった時の為に新しい球種がほしいと思って山崎さんと練習しました」

 

「あれSFFかよ!?朝倉さんのやつよりも全然凄いぞ!」

 

「試合で投げるのは初めてだけど、ちゃんとコントロール出来てたね」

 

山崎さんが言うように練習ではコントロールが中々出来なくて、この試合がぶっつけ本番みたいなものだったよ。

 

(でも今の1球で感覚は掴めた……。これで投球の幅が広がるね)

 

「後でそのSFF、私にも投げて!」

 

「タマちゃ~ん!朱里ちゃんと2人きりで練習してたなんて聞いてないよ~!」

 

「朱里ちゃん、珠姫ちゃんと2人きりで練習してたの……?」

 

この3人面倒くさいな。山崎さんも呆れてるじゃん……。っていうかこの回は中村さんからでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すみません。まさか朱里があんな球を隠し持っていたとは思ってませんでした」

 

「いやいや、この試合でうちがリードしてるのは間違いなく亮子のお陰なんだから、気にすんなよ!」

 

「そうそう!相手の一巡目を全員三振に抑えているなんて凄いよね!……まぁ私達も取られたアウトは全部三振だけど」

 

「……ありがとうございます。残りの4イニングに私の全てを賭けるつもりで頑張ります」

 

「……無理はしちゃ駄目だよ亮子ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二巡目だよ!ここでなんとか反撃しよう!!」

 

ここまで全員友沢のカーブとスクリューによって三振してるもんなぁ……。なんとかして突破口を作りたいところだけど……。

 

「……が……で、あのコースに……だから」

 

雷轟の方を見ると何かを考えているみたいだ。それならもう1人の両打ちに聞いてみるかな。

 

「息吹さん、友沢の球はどうだった?」

 

「凄いなんてものじゃないわよ。1打席目は朱里に言われた通りに右打席に立って友沢さんのスクリューを見たけど、バットが届かなくて……!」

 

「それなら次の打席が回ってきた時は……」

 

私は友沢攻略の為に息吹さんに耳打ちをする。

 

「……それ本気?」

 

「うん、本気」

 

「朱里がそう言うなら、私はそうするわ」

 

「ありがとう息吹さん」

 

これで雷轟が何かしら掴めると良いけど……。

 

『1番 ファースト 中村さん』

 

(昨年の県優勝校相手に1点で踏ん張ってる朱里ちゃんの為にも打ちたい……!)

 

『ストライク!』

 

(でもあのカーブは左の私じゃ踏み込んでも届かん……。フォーム崩して打っても大した当たりにはならんし……)

 

『ストライク!』

 

2球続けて友沢のカーブを空振りする中村さん。やっぱり1打席だけだと打つのは難しいのかな?

 

(ん?踏み込み、フォーム、大した当たりには……?)

 

(何を考えているか知らないが、次で三振だ!)

 

(……やってみる価値はあるかも。一発勝負やけど、決める!)

 

友沢のカーブに対して中村さんは踏み込みながらスイングするけど、それでもバットは届かない。

 

(よし、これでワンアウト……何!?)

 

 

カッ……!

 

 

 

不意にバットが飛び出てボールに当たる。

 

「えっ……?バットを手から放した!?」

 

(よし、上手くいった!)

 

中村さんは打球が内野の頭を越えたのを見て一気に走り出して二塁打となった。これで友沢の完全試合は阻止出来たけど……。

 

(まさかあんな方法で友沢のカーブを攻略するとはね……)

 

これには敵どころか味方もびっくりしていた。私もびっくりだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのカーブに左打者がバットを届かせるのは不可能かと思いましたが……」

 

「届いたね。それもとんでもない方法で……」

 

「アタシも真似したら同じように出来るかな?」

 

「普通は出来ないよあんな事……。たまにバットがすっぽ抜けてそれが偶然ボールに当たるっていうのはあるかもだけど、それがヒットになるなんて無理だもん」

 

「球が力のないカーブだった事と、適したタイミングで捉えたからこそ、内野の頭を越してヒットになったのでしょう」

 

「人間業じゃないよね~」

 

「多分偶然だとは思いますが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ともかく私の打順か。

 

(とりあえずストレートとスライダーはなんとか当てられるから、それが来たらカットしつつ右打者に対するスクリューの対策を考えるか)

 

『2番 ピッチャー 早川さん』

 

(一打同点のピンチで朱里か……。私のカーブやスクリューが簡単に打たれるとは思わないが、先程の中村の事もある。油断は出来ないな)

 

あっという間に追い込まれた私はスクリューが打てる筈もなく、呆気なく三振。中村さんみたいにバットを放ろうと思ったけど、余計な事して怒られるのもあれだしね。

 

「……朱里ちゃん、友沢さんのスクリューはどんな感じだったの?」

 

ベンチに戻ると雷轟が友沢のスクリューについて聞いてきた。

 

「左打者に対するカーブと余り変わらないよ。強いて言うならスクリューの方が球質は重いと思う」

 

「……わかった。ありがとう!」

 

そう言って雷轟はネクストサークルへ歩いていった。今ので何かわかったのかな……?

 

3番の山崎さんはバントでランナーを進めようとするも、スクリューがバットに当たらず三振。バントの構えをした山崎さんにスクリュー以外の球を投げなかったな……。

 

「……が、……をして、あのコースだと……は」

 

雷轟は何かを呟きながら再び左打席に入る。

 

(4番の雷轟……。諦めているという気配は感じられない以上は全力のカーブで抑える!)

 

『ストライク!』

 

「……だと、……を意識して」

 

『ストライク!』

 

「……なら、次の打席に……を」

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

な、何を呟いてたんだろう?三振しちゃったけど……。

 

「どうしたの遥ちゃん?何か考え事?」

 

「……ううん、何でもないよ。ただ希ちゃんのお陰で何かがわかりそうだけど……」

 

雷轟は中村さんの曲打ちによって何かヒントを得られたようだ。

 

(本当の勝負の行方は最終回までわからない……か)

 

それなら私達の出来る事はそんな雷轟の前に1人でも多くのランナーを出す事だ。あと相手にこれ以上点を与えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷轟さん、大丈夫かな……?」

 

「3球全て見逃しでしたからね。打つ気がないと諦めていないと良いのですが……」

 

「う~ん……」

 

「いずみちゃんどうしたの?」

 

「いや、アタシならどうやって亮子のカーブを打とうかなって考えてて……」

 

「……迷惑行為になりますので、中村さんがやったようにバットを投げる真似は止めてくださいね」

 

「やらないよ!アタシの事をなんだと思ってるのさ?」

 

「今時ギャル……でしょうか」

 

「いずみちゃんって見た目がどう見てもギャルだもんね」

 

「まぁ自覚はあるけどさぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これで4回が終了。1対0で咲桜高校がリードというたった1点差が苦しい展開になっている。

 

今はグラウンド整備の為に私達は体を休めている。

 

(ここまでのアウトがお互い全部三振とか凄い事してるなぁ……)

 

友沢に至っては本職はショートだからね?それなのになんであんなエグい曲がり方するカーブとスクリューが投げられるんだろうね。いっちょんわからん。

 

(朱里の投球パターンがあのSFFで更に広がった……。ただでさえ朱里から打つのが難しいのに、あんな球を見せられたらもっと打てなくなる。この1点がなかったらどうなっていた事か……)

 

(この試合は投手戦。現状は点を取られている私が劣っているけど……)

 

(これだけでは有利とは言えない……)

 

(まだ試合は終わっていない。私自身もこれ以上打たせない)

 

(だから7イニングを完璧に抑えてやる……!)

 

(友沢には……)

 

(朱里には……)

 

((負けられない!!))

 

絶対に……負ける訳にはいかない!




遥「4回終了!」

朱里「ここまでお互いの安打数は1本ずつ……」

遥「友沢さんのホームランと希ちゃんのヒットだね」

朱里「果たしてあれをヒットと呼んでも良いのか……」

遥「それにアウトが全部三振なんて凄いよね!」

朱里「……友沢の本職はあくまでもショートだからね。私達は野手にここまで抑え込まれているんだよ」

遥「それでも私は打つよ!」

朱里「そういえば2打席目になんかブツブツ言ってたね。何を言ってたの?」

遥「それは次回のお楽しみだよ!」

朱里「次回で咲桜戦は終わりだね」

遥「絶対に……打つ!」


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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校⑤

咲桜戦最終回……。なんとか書き終えた……!咲桜の出番がほぼ友沢だけしかないけど……。


試合は6回裏。未だに中村さんの曲打ちからランナーが1人も出ずに三振祭りとなっている。この回も先頭の藤田さんが三振に倒れてしまう。

 

『9番 ライト 川口息吹さん』

 

そして9番の息吹さんの2打席目はは左打席に入る。

 

(川口息吹……。彼女も両打ちだったか。左打席に立ったのは朱里の指示だな?ビハインドの状況で大胆な事をする……!)

 

(朱里の言う通り左に立ったけど、希や遥に投げてくるカーブもエグいのよね……)

 

(左に立つなら、私はカーブを投げるだけだ)

 

左打席に立った息吹さんに初球からカーブを投げる。

 

(ひぃぃ!1打席目のスクリューと言い、今のカーブと言い、なんでヨミのあの球みたいなボールをそんなポンポンと投げてくるのよ!?)

 

『ストライク!』

 

(……しかも全部外角低めのストライクゾーンにギリギリコントロールされてるのね。私も朱里に教えてもらったシンカーを極めればあんな球を投げられるようになるのかしら?)

 

この打席で息吹さんには出来るだけ友沢のカーブを見てもらいたい。

 

その理由は2つ。1つは次の雷轟の打席で友沢のカーブが打つ為のヒントを得てほしいから。もう1つは息吹さんには今後カーブを覚えてほしいから。

 

(現状息吹さんは鋭いシンカーを投げられるようになっているから、逆を突けるカーブもあった方が心強いからね)

 

最終地点としては今の友沢みたいな逆V字の変化球型投手に育ってほしいものだ。

 

『ストライク!』

 

(当たらない……。いっその事希みたいにバットを投げようかしら?……ないわね)

 

(これで三振だ!)

 

友沢の3球目。ここもやはりカーブで息吹さんは空振り。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

息吹さん、そして次の中村さんも三振に倒れてスリーアウト。残すは7回……。もしも私達が裏の攻撃で同点止まりで終わるのなら延長戦もあるけど、私は7回で終わりかな。

 

(このイニングを全力で抑えて、あとは皆に任せるとしよう)

 

そう決意して、私はマウンドに上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「6回が終わって残すは7回のみですね」

 

「ここまで両チームヒットが1本ずつだけだね」

 

「亮子のホームランと中村さんすっぽ抜けヒットだけで、あとは皆三振だからね~」

 

「……もしかしたらこの試合が事実上の決勝戦になるかも知れませんね」

 

「どういう事?」

 

「埼玉県内でもここまでハイレベルな試合も、三振合戦もありませんからね。他の観客達も朱里さんと亮子さんのピッチングに釘付けです」

 

「確かに決勝戦でこれ以上……っていうのは難しいだろうね」

 

「今日の試合で投手をやっているのはそれぞれ違った天才的な才能を持っているのに加えて血の滲むような努力をした選手達です。どちらが勝ってもプロの世界は2人を注目するでしょう」

 

「あの2人は川越シニアの誇りだね!」

 

「勿論アタシ達も負けてられないよね~」

 

「当然です。それが朱里さんだろうと、亮子さんだろうと、最後に勝つのは私達白糸台ですから」

 

「藤和だって負けないよ~?」

 

「洛山なんて打って打って相手が追い付けないようにするからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7回表。先頭打者を三振に抑えて3番の田辺さん。

 

(早川さん凄いなぁ……。亮子ちゃんとここまで張り合うなんて。亮子ちゃんからは新越谷の要注意人物として聞いてはいたけど、聞いた以上の化物だったよ)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(……でもそんな早川さんを亮子ちゃんは打った。そして新越谷は亮子ちゃんからは打てていない。早川さんはSFFを温存していたみたいだけど、その温存の差で私達咲桜が勝つよ!)

 

田辺さんを3球三振に。そして4番の友沢。

 

(……私はこの回までだ。延長戦になったら頼んだよ武田さん)

 

(くっ!まさか本当にこの試合の安打数が私のホームランだけだとはな。出来る事ならもう1本決めたいが……)

 

『ストライク!』

 

(シニア時代のストレートに見せ掛けた変化球とは比べ物にならない速さの朱里本来のストレート……。球速自体は熊谷実業の久保田や柳大川越の朝倉の方が速い筈なのに……)

 

『ストライク!』

 

(何故打てないんだ!?)

 

ツーナッシング。最後はSFFで決める!

 

(それに加えて今日投げたSFF……。速度がストレートとほぼ同じだから、変化のギリギリまで気付かない。私が和奈のようなスイングスピードを持ち合わせていたら……!)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(このSFFにも抗えたのかも知れないな……。まぁ良い。切り替えて裏のピッチングだ。向こうも2番から……。最後の1人まで投げ抜いてやる!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この試合だけで朱里さんの奪三振が21、亮子さんの奪三振が18ですか……」

 

「これって高校生だと記録レベルなんじゃ……。完全試合があった試合でもアウトが全部三振なんて聞いた事ないし」

 

「変化量の多いカーブとスクリューを打者毎に切り替えて投げる亮子さんと、速いストレートにそれと同速のSFFをコース自在に投げる朱里さん……。県内どころか全国でもこんな試合はお目にかかれませんね」

 

(この試合に神童さんも呼んだら良かったですね。投手としてあの2人のピッチングを生で見せたかったです)

 

「1対0で7回裏……。新越谷は亮子ちゃんの球を打てるのかな?」

 

「この最終回は朱里さんからで、雷轟さんにも回ります。もしかしたら劇的な逆転が見られるかも知れませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最終回!上位打線だし、何とか点を取って最低でも延長戦に持ち込むよ!」

 

「ち、ちなみに何か作戦とかは……?」

 

「私の方は何も浮かばないかも……。朱里ちゃんは?」

 

芳乃さんは友沢に対して何も浮かばないらしく、私に聞いてくる。

 

「……正直私も作戦と呼べるものはない。雷轟が打てなかったら私達の負けだね」

 

(朱里ちゃん……。それで良いの?ここで負けたら朱里ちゃんは新越谷からいなくなるんだよ?)

 

山崎さんが心配そうに私を見ている。何を言いたいのかなんとなくわかるけど、大丈夫だよ。

 

「……この打席も多分三振だろうね。でも私はただでは転ばないよ」

 

「どういう事?」

 

「それはその時のお楽しみ。それと武田さん」

 

「?」

 

「私はこの回までだから、もし延長戦に入ったら武田さんにも投げてもらうよ。念の為に息吹さんと肩を作っておいて」

 

「うん!」

 

「えっ……?私も?」

 

私がそう言うと武田さんは嬉しそうに息吹さんと肩を作りに行った。出来る事なら私か山崎さんが塁に出て、雷轟が友沢からホームラン打ってサヨナラ勝ち……って流れにしたいけど……。

 

『2番 ピッチャー 早川さん』

 

(遂に最後の山場だ。私の全てをこのイニングにぶつける!)

 

私と友沢はどちらも汗だくになっている。友沢自身も延長戦に入ったら投げないだろう。ショートに入って味方を守備で援護するか、披露でベンチに下がるかは知らないけど……。

 

(この回でサヨナラ勝ちにすれば関係ない……。なんとしても雷轟の前にランナーを出す!)

 

『ストライク!』

 

……と意気込んだのは良いものの、あっさりツーストライクとなってしまう。

 

(……やっぱり私じゃあのスクリューは打てないね)

 

それなら……!

 

(よし、亮子のスクリューは完璧。このコースも外角低めギリギリのストライクゾーンに……!?前が見えない!)

 

私はスイングで捕手の視界を遮った。それによって……。

 

「捕手が後ろに逸らした!」

 

「振り逃げだ!走れ朱里!!」

 

このように捕手が落として振り逃げになってノーアウトでランナー出塁に成功した。上手くいって良かったよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるね~。流石朱里!転んでもただじゃ起きない!」

 

「あのスクリューを打てないなら……とバットで捕手の視界を遮る事によって振り逃げを狙いましたか……。ビハインドの最終回の状況で賭けに勝ちましたね」

 

「雷轟さんの前にランナーが溜まった……。という事は」

 

「この回で決着が着きますね」

 

「うわ……。なんかアタシ緊張してきたよ」

 

「私も……」

 

「恐らく新越谷の最後の勝機ですからね。試合内容的にも思わず唾を呑んでしまう展開になるのは仕方がありません」

 

(さて、朱里さん達はこの窮地を乗り越える事が出来ますかね?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ランナーが出た事で山崎さんが再びバントを試みるが、スリーバント失敗に終わってしまう。

 

(バントすら決められないなんて……。私じゃ朱里ちゃんの力になれないのかな……?)

 

なんか山崎さんが落ち込んでる様子だけど、あんな球を簡単に打てたら苦労はしないよ。寧ろバットに当てるだけでも大したものだと思う。

 

『4番 レフト 雷轟さん』

 

(恐らくこの雷轟との勝負が最後の山になるだろう……。全力をここで使い果たす!)

 

「…………」

 

(勝負だ!)

 

左打席に入った雷轟に対して友沢は全力のカーブを投げる。最終回に入って更にキレが増してる気がするな……。

 

『ストライク!』

 

「…………」

 

「遥ー!スイングだーっ!!」

 

「遥ちゃん、諦めてないよね……?」

 

『ストライク!』

 

2球目もカーブ。これで雷轟は追い込まれた。

 

(雷轟……)

 

あの雷轟が諦めたとは思ってないけど、前の打席からここまでバットを振ってないと嫌でも不安になるよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、全く手が出ずに追い込まれた!」

 

「やっぱり打てないのかな……?」

 

「……あのレベルのカーブは左打者には届きませんからね。それこそ中村さんのように意表を突いた行動にでも出ない限りは打てないでしょう」

 

(それでも雷轟さん程のスラッガーならこの状況でも何かが起こるのではないかと思ってしまいますね。前の打席もスイング1つしないのはこの打席の為の布石なのではないかと……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この状況……。橘さんと勝負した時と似ている。あの時の私は態勢を崩してでも橘さんから打つ事が出来た。……試合を決める1球、友沢さんはきっとカーブを投げてくる)

 

(……この1球で決まる。それが私の勝ちか、雷轟の勝ちか。ここまで2打席雷轟を抑えた。だが前の打席よりもこの打席、1球目よりも2球目、そしてこの打席も2球目よりも今この瞬間……。雷轟は手強くなっている。打者としてのレベルは和奈に匹敵している。和奈を抑えるつもりで全力のカーブを投げる!)

 

「…………」

 

「…………」

 

「遥も友沢さんも凄い闘志だ……」

 

「この1球で決まる……。亮子ちゃんが勝つのか、雷轟さんが勝つのか。頑張って亮子ちゃん……!」

 

(……いくぞ雷轟遥!これが私の全力だ!!)

 

友沢の3球目。投げたのはこの試合で1番のキレと変化量のカードだ。これを初見で打てと言われたら無理だろう。

 

(イメージしろ……。最高のコースに来る最高のカーブを、そしてそれに対して私の打ち方を!)

 

雷轟は橘と勝負した時と同じように目を瞑っていた。集中力が最高潮に達した時に雷轟は目を瞑る癖があるのを前に本人から聞いた事がある。

 

(……ここだ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

(そうか。私は……)

 

 

ガシャンッ!

 

 

(雷轟遥にホームランを打たれたのか……)

 

雷轟の打った打球はポールに直撃。そしてポールをまいているので、ホームランとなった。

 

「うおおおっ!」

 

「やったーっ!」

 

「サヨナラツーランだ!!」

 

雷轟が友沢を打ち砕き、1対2で私達新越谷の勝利。決勝戦に進出した。




遥「勝った~!」

朱里「これで決勝戦に進出したね」

遥「このまま優勝まで突き進むぞ~!!」

朱里「やる気があるのは良い事だよ」


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決勝戦の相手は……。

決勝戦の展開をどうするか非常に悩んでいる作者です……。もう準決勝が事実上の決勝だし、決勝戦をいっそのことダイジェストにするか……?

☆9の評価をくださったバカ帽子さん、ありがとうございます!

今日はオリキャラ紹介他校編も書いてますので、そちらも見ていってください。雷轟遥と早川朱里の能力も現時点までの能力を更新しました。


整列が終わって私はトイレにいる。……なんか私が試合後にトイレに行くのが日課みたいになってるけど、ただの生理現象だよ?

 

「久し振りですわね……。早川朱里!」

 

トイレが終わって皆の所に戻ろうとすると、背後から声を掛けられた。この声とお嬢様口調は……!

 

「久し振りだね茶来……」

 

茶来勇気。男子みたいな名前をしてるけど、女子。口調からわかるようにお嬢様学校である椿峰に通っている。見た目チャラい癖に……。

 

口調も高校に入ってから変わっているみたいだけど、違和感しかないからね?

 

「新越谷と咲桜の試合を見させてもらいましたわ」

 

「ああ、見てたんだ……。それで?何が言いたいの?」

 

私は茶来の事が少し苦手なので、早いところこの場を去りたい。

 

「亮子さんに勝利したみたいですが、最後に勝つのは私達椿峰ですわ!!」

 

高笑いしながら茶来が去って行く。その時の背番号を見たけど、14番だった。ベンチじゃん……。いや、Cシードである椿峰でベンチ入りする程の実力があるのは凄いけども。

 

 

~そして~

 

全員揃い、これからどうするのかを話し合う。

 

「皆、お疲れ様!」

 

「今日は希と遥以外は三振しかしてないな……」

 

その言葉に皆は空気が重くなる。私は一応塁に出たけど、振り逃げだから実質三振なんだよね……。

 

「これから帰って打撃練習ですか?」

 

「それも良いですが、その前にこれからもう1つの準決勝を観戦したいと思います」

 

藤井先生がもう1つの準決勝……椿峰と美園学院の試合を観戦する事を提案する。

 

「美園学院と椿峰……。どちらも強いチームよね」

 

「片方は春大で全国出場、もう片方も昨年のシード校……。咲桜に勝ったとはいえ、朱里と遥がいなかったらどうなってたかわからないぜ……」

 

確かに両方強いんだけど、茶来のせいで椿峰がイロモノに見えて仕方ない。まぁ茶来以外はちゃんとしたお嬢様だから、イロモノなのは茶来だけなんだけどね……。

 

「……朱里ちゃんはどっちが勝つと思う?」

 

芳乃さんが私に美園学院と椿峰のどちらが勝つかを聞いてきた。

 

「そうだね……。投手力を考えると美園学院に分があるけど、椿峰もシードに入る程の実力があり、準決勝まで勝ち上がっているからその2校に大きな差はないと思ってるよ」

 

美園学院が勝ち上がるとすれば2年生エースの園川さんと2年生で正捕手の福澤さんのバッテリーに焦点に当てるべきだろうか……。総合安打数も咲桜に負けてないし、やはり全体的に注意しておくべき相手だね。

 

椿峰の方は茶来は……ベンチだからどうでも良いとして、昨年シードに入り込むだけあって全体的に能力は高め。美園学院が椿峰に付け入る隙があるなら、椿峰には突出した選手が私が知っている限りいないから、その辺だろうか?

 

 

~そして~

 

『ゲームセット!』

 

えー、結果は2対0で美園学院が勝って、私達の相手は美園学院となった訳ですが……。

 

(これだと茶来が完全に噛ませ犬以下じゃん……)

 

まぁなんとなく予想してたけどさ。ただ椿峰の3年生が可哀想になってきた。茶来に至っては出番なかったしね。

 

「決勝戦の相手は美園学院だね!」

 

「2年生エースの園川さんがいるチームだな……」

 

「捕手の福澤さんも選手としてのレベルは高い。必要以上に対策を練る必要があるかもね」

 

まぁ茶来の事は一旦忘れよう。秋大まで多分会う事はなさそうだし。

 

「美園学院には朱里ちゃんと同じチームだった子っているの?」

 

「同期や先輩にはいないかな。ただ……」

 

「ただ?」

 

「過去に対戦した相手がいたような気がするから、帰って美園学院のデータを洗い出してみるよ」

 

「うん、お願いね!」

 

正直準決勝で全力を出してくたくたなので、少しでも体力を回復させておきたい……。

 

帰り道で茶来が滅茶苦茶号泣していて椿峰の人達を困らせていたのを目撃したけど、スルーした。茶来の紹介は秋大以降でも問題ないかな?

 

 

 

あれから2日が経過し、決勝戦もいよいよ明日となった。今日は完全休養日としてゆっくりしてほしいとの事。そんな中私は今日の予定を考えている。

 

(今日は軽く自主練?それとも二宮達がいるチームの試合を観戦?でも県外だしなぁ……。行くとしたら西東京予選か、京都予選なんだけど、京都予選なら雷轟を誘って行こうか、西東京予選なら武田さんと山崎さんを誘って行こうか……)

 

今日の予定に頭を悩ませていると……。

 

 

ピンポーン。

 

 

呼び鈴が鳴った。両親は明日まで帰ってこないから、私が出ないといけないな。

 

(今日は特に来客の予定はなかったと思うけど……?)

 

そう思いながらドアを開けると……。

 

「あ、朱里ちゃん……」

 

山崎さんが立っていた。なんで?



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決勝戦前日

呼び鈴が鳴ったので、玄関のドアを開けるとそこには山崎さんがいた。

 

「……私、山崎さんに家の場所教えたっけ?」

 

別に隠している訳じゃないけど、そういった話題がなかったから特に私からは何も言ってないんだよね。

 

「えっと、二宮さんから聞いた……」

 

にーのーみーやー!私の個人情報を何だと思ってるんだよ!?

 

「まぁ良いや……。今日はどうしたの?」

 

「明日って決勝戦でしょ?だから……」

 

「美園学院の情報の整理?それともバッテリー練?」

 

それなら芳乃さんと明日先発の武田さんも呼んだ方が良いと思うけど……。

 

「あっ、そうじゃなくて……」

 

……?なんか言いにくそうにしてるけど、どうしたんだろう?

 

「言いにくい事?」

 

「ううん。……明日の決勝戦で負けちゃったら朱里ちゃんとお別れだと思ってしまうと、少しでも長く朱里ちゃんと一緒いたくて」

 

な、なんかこの子急にこっちが恥ずかしい事言ってくれるんだけど?しかも顔を赤くしちゃって……。

 

「……私は別に良いけど、山崎さんは何かしたい事とかある?」

 

「わ、私はなんでも……。朱里ちゃんは?」

 

「私はこれから自主練するか、二宮達の試合を観に行くかを考えてた」

 

「それって県外……だよね?」

 

「そうだよ。向こうがわざわざ私達の試合を観に来てくれてたから、そのお礼も兼ねてね」

 

「確かに……。自分達の試合があるのに、私達の試合を遠路はるばる観に来てくれたんだよね」

 

まぁそれがなかったら山崎さんが私の事情について知る事もなかったんだろうなぁ……。

 

「……それで山崎さんが来たんなら丁度良いから、二宮のいる白糸台高校の試合を観戦に行こうって今思ったんだけど、どう?お金とか大丈夫?」

 

「うん、それは大丈夫」

 

「それなら行こうか。白糸台の試合なら今から行くと試合開始前には着くと思うよ」

 

私は山崎さんを連れて西東京予選の会場に行く事に。途中で武田さんも誘おうと思ったけど、山崎さんは私と2人が良いとの理由で断られた。何故私と2人が良いのだろう?

 

 

~そして~

 

電車で2時間程移動して、そこから歩いて10分。西東京予選の会場に到着!日程を見てみると丁度第1試合が終わったところだ。

 

白糸台の相手は松庵学院か……。松庵学院は白糸台にここ2年間ずっと負けているけど、それでもシードを守り抜いている強豪校だ。というか白糸台が優勝する2年前までは全国常連の高校なんだよね。

 

(2年前といえば神童さんが白糸台に入った年から……。神童さんが入学した事によって全国出場を連続で決めただけじゃなく、春夏で4連覇を成し遂げている。今年で春夏5連覇の記録を出せるか野球好きは皆注目をしている)

 

あわよくばそれを破るのが私達新越谷だったら良いんだけどね。

 

「朱里ちゃん、ここが空いてるよ」

 

「ありがとう」

 

山崎さんが見付けた席は真ん中付近の席で、全体が見やすい良い席だ。

 

白糸台は後攻のようでそれぞれの選手達が守備に着く。

 

「あれ?投手が神童さんじゃない……?」

 

「神童さんは決勝戦で投げるつもりだろうね。今マウンドにいるのは2番手の新井さん。高校生の中で2人いるかわからないジャイロボールの使い手だよ」

 

「ジャ、ジャイロボール!?それってプロでも投げられる人が少ないあの……?」

 

「そうだね。新井さんの球はハイスピンジャイロと言ってストレートの回転軸が打者に向かって進み、手元で伸びるようになってとても打ちにくいんだよ」

 

「そんな凄い球を投げる人が2番手って……」

 

「白糸台じゃなかったら100%エースだろうね。しかも新井さんは2年生……。神童さんの後釜とも言われている投手なんだ」

 

(正直新井さんのピッチングが見られるのはラッキーだね。私のストレート主体のピッチングをこれからどうするか考える為にも色々学ばせてもらおうか……!)

 

新井さんが1球目を投げる。

 

 

ズドンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「は、速い……!」

 

「熊谷実業の久保田さんよりも速い。高校生でこれよりも速い球となれば洛山高校の大豪月さんくらいしかいないと思うよ。神童さんは変化球中心の投手だし」

 

(それに加えて新井さんはコントロールも抜群だ。これも二宮の影響だろう……。去年までの新井さんはノーコンで、投手を余りやらせてもらえなかったって話だからね)

 

それでもあれくらいの球速は出てた。春大までの新井さんなら攻略法はあるけど、今の新井さんは隙が見当たらない……。

 

(相変わらず二宮は投手の力を引き出すのが上手い。しかも他にも二宮のお陰で投手力が上がったっていう話も聞いた事があるし、今年の白糸台は去年よりもかなり強いだろうね……)

 

それに今日のスタメンは二宮以外は全員2年生。これは3年生が引退した後の戦力がどんなものか確かめる為なんだろうけど、大会の準決勝でよくやるよ……。

 

 

~そして~

 

試合は0対6で白糸台の勝利。新井さんもノーヒットノーランの記録を叩き出した。

 

「す、凄い試合だったね……」

 

「そうだね」

 

2年生と二宮しか出てないチームなのに、打撃力は全員クリーンアップクラス。二宮も2安打3打点と大活躍……。終始危なげのない安定した野球だった。

 

「朱里さん?それに山崎さんも……。観に来てくれたんですね」

 

球場を出ると二宮に声を掛けられる。横には神童さんと新井さんも一緒だ。この2人が一緒だと二宮のちっちゃさが際立つなぁ。

 

「まぁ私達の試合を毎回観てくれてたみたいだしね」

 

「勿論決勝戦も応援に行きますよ。その日は練習も休みですので」

 

「その日はうちの決勝戦前日なんだがな……」

 

神童さんが呆れながら言うけど、私達も明日決勝戦なんだよね。

 

「しかし早川と山崎が観に来てたのか……。私のピッチングも見せた方が良かったか?」

 

「いえ、新井さんのピッチングを丁度生で見たいと思っていたので、今日は来て良かったです」

 

「ほほう?私のピッチングを見たかったとはお目が高い」

 

「新井さんは試合終盤になると球が荒れ始めるのが今後の課題ですね。3年生が引退したら新井さんがエースになるんですから、それまでに荒れ球をなくしましょう」

 

「うっ……!良いじゃん!今日はノーノー決めたんだからさ」

 

「駄目です。全国の強豪はその隙を突いて崩しに行くんですから、早めに対処するに越した事はありません。朱里さんなら既に幾つか対策が浮かんでいても可笑しくないですから」

 

二宮が偉く私を持ち上げているんだけど……。確かに私ならあそこの四球から突破口が3パターンくらい思い浮かんだけど、それも白糸台と当たる頃にはケアが終わってそう。

 

(それに私達と当たった時だと神童さんが投げる可能性が高いだろうし……)

 

二宮達との挨拶を終えて帰路に着く。

 

「……あれが王者白糸台の野球なんだね」

 

「そうだね。新井さんの方はまだ付け入る隙があるけど、それをカバーする守備力と、後続の投手も梁幽館の中田さんクラスがゴロゴロいるからね。どんな投手が私達に当ててきても厳しい戦いになるのは間違いないよ。流石春夏4連覇を決めたチームだ」

 

そこに二宮が入った事で投手の層がかなり厚くなった。二宮は投手の力を引き出すのが上手いからな……。私も助けられた事があるし、神童さんもお世話になった事もあるみたいだし。

 

「……私達、勝てるかな?」

 

「まぁ今のままじゃ無理だろうね。そもそも敵は白糸台だけじゃないし」

 

「……っ!」

 

清本がいる洛山高校と金原がいる藤和高校、他にも川越シニア出身の同期や先輩達がそれぞれ散り散りになっているし、勿論その高校の地力も高い。私達は全国から数えたら良いとこ中の下って感じだろう。

 

「それでも経験を積めばもしかするかもね」

 

「経験……」

 

「芳乃さんや藤井先生の話だと全国出場が決まったら合宿をするって言ってたし、試合経験を積んで、私達の長所を伸ばして、課題を克服すれば白糸台相手に良い勝負が出来ると思うよ」

 

まぁ向こうも同じように強くなっているだろうから、差が縮まるかどうかは私達次第……かな。

 

「そう……だよね」

 

「……なんか試合観てたら練習したくなってきたよ。山崎さん、付き合ってもらえる?」

 

「うん……。わかった」

 

明日はいよいよ決勝戦。全国の切符を絶対に掴んでやる!




遥「明日はいよいよ決勝戦!相手は美園学院だよ!」

朱里「春には全国出場を決めている強豪だから、どうなるか……」

遥「準決勝みたいな投手戦かな?」

朱里「可能性はあるだろうね」


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県大会決勝戦!新越谷高校VS美園学院①

園川さんと福澤さんのキャラや口調は私の想像のものとなります。園川さんの球種等も私の想像です。ご了承ください。

決勝戦、どこまで続くか……。


今日は決勝戦。私はベンチで応援だよ。準決勝で友沢との投げ合いで疲れてるし。え?昨日山崎さんと練習した?練習と試合は別です。

 

今日のオーダーは……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 キャッチャー 山崎さん

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 センター 主将

 

6番 サード 藤原先輩

 

7番 ショート 川崎さん

 

8番 ライト 大村さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

となっている。決勝戦は私と息吹さんも展開によっては起用する可能性ありと芳乃さんと藤井先生が言っていた。

 

「皆!この試合に勝てば全国出場だよ!絶対に勝って全国への切符を手に入れようね!」

 

「新越!絶対に全国に行くぞ!!」

 

『おおっ!!』

 

芳乃さんと主将によって私達は気合いを入れる。

 

 

~そして~

 

『よろしくお願いします!!』

 

整列と先攻後攻を決め終えてそれぞれが散らばる。私達は先攻。

 

『1番 ファースト 中村さん』

 

先頭打者の中村さんが左打席に入ってプレイボール。いよいよ決勝戦が始まるんだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ始まりましたか……」

 

「今更だけど、私達達練習そっちのけで朱里ちゃん達の試合を観に来てるんだよね……」

 

「やー、気にしたら負けだと思うよ。それよりも……」

 

「どうかしましたかいずみさん?」

 

「そっちは連れて来たんだ……って思ってね」

 

「ああ、私達の事は気にしないでくれ」

 

「そうそう!可愛い後輩のライバル達が活躍する姿をこの目で焼き付けておかないとな!!」

 

「まぁそういう訳だからよろしく~」

 

「え、えっと……。確かいずみちゃんは初めてだったよね?私の隣にいる2人は……」

 

「私の事は大豪月さんと呼びなさい!そして私の隣にいるのは相棒の……」

 

「非道で~す。よろしく~」

 

「まさか大豪月達がわざわざ埼玉まで他校の試合観戦に来るとはな?今日は確か京都予選の決勝だった筈だが……?」

 

「そう言う神童だって来てるじゃん。うちの4番と白糸台の不動のエースが興味を示しているチーム……。そして今日はそんなチームの決勝戦だからな!試合をブッチしてでも観に行くさ!」

 

「あっ、試合結果きましたよ~。18対6で私達洛山が全国の切符を入手しました~」

 

「ウム!やはり私達がいなくても問題なかったな!!」

 

「あはは……」

 

「……洛山って荒いチームだね~」

 

「今日の試合も和奈さん、大豪月さん、非道さんの主力3人が抜けても全国出場が容易いチームになっています」

 

「うちも洛山には苦しめられたからな」

 

「洛山が2年連続ベスト4止まりなのは白糸台が準決勝で私達の進撃を阻むからだ!点も2、3点しか取れないし、練習試合ですらも打てないし!」

 

「今年は負けませんよ~?」

 

「望むところだ」

 

「私達白糸台も負けません」

 

「おーい……。新越谷の試合とっくに始まってるよ~?」

 

「火花バチバチだね……」

 

新越谷と美園学院の試合にはいつもの3人に加え白糸台高校の神童と洛山高校の大豪月と非道が追加で観に来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美園学院のエースである園川さんはスライダーとシュートを主軸にしたピッチングで打者を翻弄させる。

 

「くっ……!」

 

 

カンッ!

 

 

中村さんも負けじと園川さんのシュートを打つが、ショートゴロに倒れる。

 

「あのショート上手いな……。希が打った打球は詰まらせたけど、内野安打を狙える当たりだったぞ」

 

「ショートとセカンドは春日部シニアで鉄壁の二遊間と呼ばれた人達ですね。連携もシニア随一でした。連携に限ってはもしかしたら咲桜の田辺さんや友沢よりも上かもしれません」

 

「シニア出身の連中は化物しかいないのか……?」

 

「流石に総合力でみれば咲桜の方が上だと思うけどね」

 

「あの2人顔が凄く似てるけど、もしかして……」

 

「一卵性双生児の姉妹だね。センターにも1人いるから、三つ子だよ。髪型以外は瓜二つだから、ちょっと見分けがつきにくいけど……」

 

同じ髪型のウィッグとか付けられたら最早どれが誰かわからなくなるレベル。

 

(去年のシニア大会でも彼女達の守備には苦戦させられた……。この大会でも園川さんが取った三振を除けば取ったアウトの9割があの姉妹によるもの……。準決勝とは別の意味で苦戦を強いられるな)

 

 

カンッ!

 

 

2番の藤田さんが内野の頭を越す当たりを打つけど……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

センターのファインプレーによってヒットにはならなかった。

 

「嘘だろ!?あれを捕るのかよ!」

 

「外野でも真ん中付近の守備は全てあのセンターの守備範囲だと思った方が良いかもね。つまりこの試合はセンター返しには期待出来ない……」

 

「でもあのセカンドとショートとセンターは準決勝に出てなかったような……」

 

「恐らく準決勝では私達が観戦に来る事を見越して隠していたんだろうね。あの姉妹の守備範囲は3人合わせればプロ選手をも凌駕する……というのがシニアで戦った私の感想かな」

 

「園川さんだけでも厄介なのに、周りの守備も鉄壁なのか……」

 

「一塁線と三塁線、そしてレフトとライト以外に飛ばすと3姉妹の餌食となるでしょうね」

 

山崎さんもセカンドゴロに打ち取られ、三者凡退で1回表は終了した。

 

「この試合も1点勝負……という事ね」

 

「武田さんが美園学院の打線をどう抑えるか……。それによってこの試合の命運は決まるでしょう」

 

県大会の決勝でシニア時代のライバルと当たるとは思わなかったな……。

 

(武田さんのピッチングが美園学院と3姉妹相手にどこまで通用するか。持ち球を上手く混ぜればそう簡単には打てないと思うけど……)

 

電光掲示板のオーダーを見ると1番~3番は3姉妹だし、もしかしたらいきなり正念場かもしれない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~、センターラインの3人は守備が上手いですね~」

 

「ウム、うちでは到底無理だな!」

 

「それはどうなんだ……。しかし本当に上手いな。守備範囲も尋常じゃないくらいに広い」

 

「瑞希ちゃん、あの3人って……」

 

「うわ……。決勝戦であの3姉妹と激突ってキツいね~」

 

「そうですね。それに加えて園川さんのピッチング……。亮子さんのところが最大の山場……という訳でもありませんでしたね」

 

「あの3人を知っているのか?」

 

「はい。春日部シニアの鉄壁3姉妹と呼ばれた人達です」

 

「その通り名だけでも守備が上手いイメージがするね~」

 

「実際私達も彼女達には苦戦しました」

 

「和奈がホームラン打ってくれなきゃ負けてかもしれないしね☆」

 

「流石洛山の4番だ!先輩として鼻高々だぞ!!」

 

「だ、大豪月さん、恥ずかしいから大声で言わないでください……」




遥「遂に始まった決勝戦!でも初回の新越谷の攻撃は三者凡退に……」

朱里「センターラインの3人は守備範囲が広い上に守備連携のレベルがプロ並だからね。下手すると準決勝以上に苦戦するかも……」

遥「私がバックスクリーンに飛ばせば関係ないよね!」

朱里「まともに勝負してくれたら良いけど……」


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県大会決勝戦!新越谷高校VS美園学院②

1回表は三者凡退で終わり、新越谷は守りに着く。

 

「よーし!今日も頑張るぞ~!」

 

先発の武田さんはとても張り切っている。凡退続きの嫌なムードを一変させてくれるので、ありがたい。

 

『1番 セカンド 三森朝海さん』

 

(いきなり三森3姉妹と対決か……)

 

確かシニアでは3人はクリーンアップを打っていた。春日部シニア自体はそこまで打撃力があるチームではないが、3人が打ってチームが勝利した試合が殆んどだ。

 

(3姉妹の特徴としては足がかなり速い事、塁に出たら盗塁する確率は9割以上である事……。塁に出すのは危険だよ武田さん)

 

武田さんの1球目はストレート。内角低めの良いコースだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

三森朝海は初球から打ちにいった。

 

『ファール!』

 

(三森朝海は主にボールをカットしにいって四球を狙うケースが多い。それと粘りに対して痺れを切らした投手が甘く入ったところを長打……というのが彼女のやり方だ)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(今のコースもカットするか……。朱里ちゃんの情報通りだね。三森朝海さんとの勝負は少ない球数で終わらせた方が良いって言ってたし、あの球いくよ!)

 

(うん!)

 

2球続けて打たれた後に武田さんが投げたのはあの魔球。三森朝海はカットしきれず三振となった。

 

(よし!私も朱里ちゃんには負けないぞ~!)

 

なんか武田さんが私の方を見てる。なんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝海姉さんが三振なんて珍しいね」

 

「っていうか早川朱里相手以外に三振したのって初めてでは?」

 

「……あの投手は油断出来ないわ。夕香、夜子、武田さんは早川朱里と同等の実力と判断するべきよ」

 

「朝海姉さんがそこまで言う程なんだね……」

 

「よっし!じゃあこの夕香さんがそんな武田詠深の実力を見ようじゃない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『2番 ショート 三森夕香さん』

 

(2人目。髪型以外は本当に同じ顔なんだ……)

 

(朝海姉さんを三振に取った球、私が打ってやる!)

 

三森夕香は3姉妹の中で1番パワーがある。うっかり失投してしまうとホームラン……なんて事になりかねないから、慎重に投げてほしいところだ。

 

(ヨミちゃん、初球はあの球で)

 

(了解!)

 

武田さんは初球からあの球を外角低めに投げる。このコースは友沢がカーブとスクリューを投げる時に必ず投げているところだ。

 

(げっ!?思ったよりも曲がりが大きい!)

 

 

カッ……!

 

 

初球から打ちにいった三森夕香をキャッチャーフライ。ゴロだったら内野安打になってた可能性が高いだろうから、助かった……。

 

『3番 センター 三森夜子さん』

 

(まさか朝海姉さんと夕香姉さんが打ち取られるとはね……。こんな勝負はシニア時代に早川朱里率いる川越シニアを相手にした時以来だよ……)

 

(3人目……。朱里ちゃんは2球目までは見逃す事が多いって言ってたけど、甘いコースは禁物。内角低めのツーシームとストレートでカウントを取りにいくよ!)

 

三森夜子は最初の2球は見逃す事が多い。これは野球のルールを利用した良い戦術だと私は思っていて、清本もこの戦術を好んで使っている。

 

『ストライク!』

 

1球目に投げた球がストレートなら、その球速で相手投手の平均球速を予測して……。

 

『ストライク!』

 

2球目に投げたのが変化球なら、ストレートとの速度差を頭の中で計算して、自身がどのように打つかをイメージする……。

 

(まぁそのやり方を見逃しではなくカットという形で実現させているのが三森朝海のバッティングスタイルな訳だけど。そう考えると三森朝海は3姉妹の中でもその技術が頭1つ抜けているな……)

 

そして武田さんが投げる3球目。三森朝海の時はあの魔球で三振に取った。その事が脳裏に浮かんだのなら、3球目にはあの魔球がちらつくだろう。

 

(遅い……?じゃあ朝海姉さんと夕香姉さんに投げたあのカーブみたいな球?)

 

あの魔球は球速が遅い為に普通の球よりも予測がしやすい。武田さんのストレートも速くなってきたから、あの魔球が遅く感じる……というのが決勝前に私が見た武田さんのあの魔球に対する印象だ。

 

そしてあの魔球と同速の球が武田さんの中でもう1つ……。

 

(えっ、嘘っ!?変化しない!?)

 

あの魔球の変化量は多いから、曲がり始めが早い。その変化を見極めようとして刺さるのが私が武田さんに教えた偽ストレートだ。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

三森夜子は急な偽ストレートに対応出来ずに見逃し三振となった。

 

(偽ストレートは相手打者を騙し討ちするのにもってこいだね。それに偽ストレートの特徴はもう1つある。あの3姉妹……もとい美園学院の打線はそれに気付くかな?)

 

初回はそれぞれ三者凡退で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか夜子まで三振とはね……」

 

「ストレートだってわかっていれば打てるんだけどなぁ……」

 

「……2人は気付かなかったのかしら?」

 

「朝海姉さん?」

 

「夜子に投げた最後の球……。あの球は恐らく早川朱里が私達によく投げていたストレートよ」

 

「あのストレート……。シニア時代は全然対策出来なかった」

 

「そういえば武田さんがエースナンバーを着けてた!」

 

「あの早川朱里を上回っている……とは考えにくいと思うけど?」

 

「早川朱里はストレート主体に対して武田さんは多分あのカーブみたいな球を主体として投げている……。2人のピッチングスタイルは真逆よ」

 

「じゃあWエースって事か……」

 

「……何にせよ私達は先輩達の夏を賭けて戦っている身。全力で迎え撃つわよ」

 

「準決勝に出られなかった分も暴れるよ~!」

 

「全国は目の前……だもんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初回はお互い三者凡退か……。春に全国を経験している美園学院に対して良い勝負をしているな」

 

「武田さんの方も調子は良さそうですね」

 

「な、なんだあの魔球は!?インチキだインチキ!」

 

「大豪月さん、あれは多分ナックルスライダーですよ~。ちゃんとした変化球ですって~」

 

「それよりもヨミって朱里がよく投げてたストレートを完全に物にしたんだね。いつの間に……」

 

「準々決勝で初めて投げる場面を目撃しましたが、いつでも投げられる代物になっています」

 

「武田さんも成長速度が凄まじいね。まるで朱里ちゃんを見ているみたい……」

 

「そんな2人が新越谷のWエースを担っている……と考えると私達にとってかなり脅威的な相手になりますね」

 

「私達との対戦が楽しみだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美園学院相手に三者凡退!素晴らしい流れだよ~!」

 

「ヨミちゃんの球もキレてるし、いけるかも知れないね」

 

福澤さんや園川さんもいるから、まだ安心しきるのは早いけど、美園学院の安打数の内7割は三森3姉妹が打っているもの。

 

そんな3人を1度も塁に出さなければ、0失点も現実的になるかも知れない。だけど逆にあの3姉妹の誰かが塁に出ると得点率はほぼ100%……。あと2回は回ってくるから、どうにかして対策を練る必要があるね。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS美園学院③

2回表。打順は4番の雷轟からなんだけど……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

あっさりと敬遠されました。まぁ美園学院のエースに警戒されていると考えれば雷轟も有名になったものだ。

 

「でもこれでノーアウト一塁だな!」

 

「チャンスね」

 

川崎さんと藤田さんが雷轟に出てチャンスを作れたと思っているみたいだけど……。

 

「むしろ問題はここからだね」

 

「どういう事?」

 

「三森3姉妹の守備力は塁にランナーが溜まってから発揮されるんだ」

 

 

カンッ!

 

 

5番の主将が三塁線に強いゴロを打つ。このゴロは本来サードの守備範囲なんだけど……。

 

「よっ……と。朝海姉さん!」

 

「OK!」

 

ショートの三森夕香が余裕で打球に追い付き、セカンドに投げて二塁フォースアウト。そしてセカンドが一塁に投げてアウト。ゲッツーとなってしまった……。

 

「これが三森3姉妹の本領……ですか」

 

「はい。春日部シニア時代に取ったアウトの9割以上は彼女達によるものですから、苦戦は確実でしょう」

 

(そしてエースの園川さんも三森3姉妹を信用している……か。彼女達は私達と同じ1年生だから、3年間戦う事になる。今の内に対策を練っておきたいところだね)

 

6番の藤原先輩も打ち取られスリーアウト。この決勝戦もロースコアになりそうだなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三森姉妹の連携、高校に入ってから更に成長していますね」

 

「あの3人自体も別に悪い人間……って訳でもないもんね。チーム全体からも信用されているっぽいし」

 

「っていうかいずみちゃん、3姉妹と仲良いの?」

 

「アタシは友達だと思ってるよ。中学ではそこそこ一緒に遊んでたし」

 

「相変わらずいずみさんはコミュ力高いですね……」

 

「まぁ私達ならあんな守備なんて関係ないけどな!」

 

「ホームランを撃てば解決ですもんね~」

 

「おまえ達はそうだろうな……」

 

「でもこうなるといよいよ1点もあげられないよね」

 

「それはお互いそう思っていそうですが……」

 

(現に雷轟さんは歩かされている……。そこから併殺を取られるケースも考えると本当に1点でも取られるとそれが決勝点になりそうですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、試合は2回裏。向こうの打順は4番の福澤さんからだ。2年生で4番を任せられるという事はそれ相応の長打力がある。油断は禁物だよ武田さん……!)

 

まぁ武田さんに限ってその心配はしてないけどね。

 

 

カキーン!

 

 

初球から打たれたものの、レフトの守備範囲内。とりあえずワンアウトは取れそうだ。

 

 

ポロッ。

 

 

「あっ!?」

 

……そういえばレフトは雷轟でした。なんだかんだで大会で初エラーなんだよね。今までよく落とさなかったと褒めるべきなんだろうけど……。

 

(流石にこの大事な場面で落とすのは不味いでしょ……。向こうがレフトに狙い打ちをしないと良いけど……)

 

福澤さんは二塁に。ノーアウト二塁になったか……。皆は雷轟を宥めている。雷轟は凄く落ち込んでいた。まぁ打席では歩かされて、守備ではエラー……。落ち込むなっていう方が難しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった!これでノーアウト二塁!」

 

「流石彩菜さんね」

 

「それにあのレフトを狙い打ちにすれば大量得点が期待出来るかも!」

 

「本当にそうだと良いのだけれど……」

 

(あのレフトが守備に難があるのは新越谷全体も把握している筈。早川朱里がそれすらも計算に入れているとしたら……)

 

「……この試合は私達3球の野球史上初厳しい試合になりそうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノーアウト二塁。こんなピンチでも武田さんは動揺していない。それどころか笑っていた。

 

(……!これが武田さんの強み。どんな状況下でも楽しく自分らしいピッチングをする。それだけで……)

 

『アウト!』

 

(打者を打ち取る事が出来る……!)

 

それが私の目指すべき投手像だ……!

 

その後も武田さんは6番、7番と打ち取り、チェンジとなった。これで雷轟のミスは帳消しになったのかな……?

 

「ヨミちゃんありがとー!」

 

「気にしないで!遥ちゃんのバットにはよく助けられているからね!」

 

雷轟は武田さんに泣きながら抱き付いていた。武田さんも気にしてはいないみたい。

 

まぁ確かに雷轟のホームランに助けられている場面は多い。柳大川越戦と咲桜戦に至っては雷轟がいなければ負けていたかも知れないし……。

 

(とはいえこの試合において雷轟は全打席歩かされると思った方が良さそうだね)

 

そうなると試合を決めるのは園川さんのストレートと変化球を打てる可能性がある中村さん、主将、そしてそれは今大会当たっている藤原先輩の3人になるだろう。

 

この3人に上手く繋いで点が取れれば勝利に近付くんだけど、ネックになるのがやはり三森3姉妹だ。

 

(本当にあの守備範囲は厄介だよ……)

 

シニア時代も清本がホームラン打ってなかったらどうなっていたか……。

 

3回表の攻撃は7番の川崎さんからだ。とりあえず塁に出たいところだね。

 

『ストライク!』

 

(くっ!速い……!)

 

「稜、スイングよ!」

 

「当たるよ稜ちゃん!」

 

園川さんの持ち球を整理すると朝倉さんレベルのストレートにスライダーとシュートの横変化球を操る。勿論他に球種を隠している可能性もあるので、今の内に点を取りたいけど……。

 

 

カンッ!

 

 

「セカンド!」

 

迂闊に手を出すとセンターラインの餌食となる。なんとか突破口を作りたいんだけど……。

 

『アウト!』

 

「くそっ!」

 

「ドンマイ!切り替えていこう!」

 

その隙を相手が見せるかどうか……。そもそも柳大川越戦から投手戦しかないとかどういう事!?




朱里「決勝戦も投手戦か……。作者が投手戦好きなのかな?」

珠姫「それよりも遥ちゃんは?」

朱里「敬遠で歩かされた上にエラーまでしてるから、落ち込んでるよ」

珠姫「そうなんだ……」

朱里「次回は中盤戦に入るよ」

珠姫「三森3姉妹の守備を私達が上回る事が出来るのかな?」

朱里「それに園川さんの投球もあるしね。雷轟が歩かされるとなると点を取るのは難しいかも知れない」

珠姫「私達で頑張らなきゃ……だね」


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県大会決勝戦!新越谷高校VS美園学院④

4回裏。向こうは2番の三森夕香からだ。

 

「夕香姉さん!この回攻めるよ!」

 

三森夕香のパワーは金原クラス。甘く入るとホームランを打たれてしまう。今日の武田さんなら心配はないけど……。

 

『ストライク!』

 

(萌さんよりは遅いけど、なんか速く感じるんだよなぁ……)

 

『ストライク!』

 

(遅いと言えば早川朱里のストレートも遅いのに、全く打てる気がしなかった……。あの球がどんな仕組みなのかも見ておきたいね)

 

ここまで2球見逃し……。末っ子の三森夜子の得意戦術を取り入れているのか、ただ見逃しているのか……。二巡目だからちょっと不気味なんだよね。

 

3球目は武田さんの決め球であるあの魔球。武田さんは数多くの打者を三振に取っていた。特に柳大川越戦で最後に投げたあの魔球は良かった……。

 

(い、1打席目よりも曲がりが大きい!?)

 

「くっ……!」

 

 

ガキッ……!

 

 

打ち損じのキャッチャーゴロ。本来ならゆっくり安定して処理する打球だけど……。

 

(なっ!速い!?)

 

山崎さんも三森夕香の走力に気が付いたのか、慌ててファーストに投げる。

 

『セーフ!』

 

三森3姉妹の武器の中で共通している点は2つ。1つは守備範囲の広さ。そしてもう1つは足の速さだ……。

 

(これは不味いな……。三森3姉妹の得点パターンに入ってしまった)

 

ノーアウト一塁。しかも打者は三森夜子。武田さんと山崎さんは盗塁に警戒してクイックモーションで投げるけど……。

 

「走った!」

 

『ボール!』

 

コースはウエスト。山崎さんの送球も悪くない。並の走者なら刺せる筈だけど……。

 

『セーフ!』

 

結果は悠々セーフ。山崎さんの肩は二宮よりは良いのに、スライディングすらなし。

 

「足速すぎでしょ……」

 

「確かに速いけど、今のはスタートも完璧だった。あれだと柳大川越の浅井さんでも刺せないね」

 

私達と対戦した時は全部打ち取っているけど、過去の試合を見てみると三森3姉妹の盗塁率だけでもシニアで1番だった。データ見てびっくりしたよ……。

 

(そしてその中では三盗も含まれている……)

 

『ストライク!』

 

三森夕香は当然三盗を狙う。

 

『セーフ!』

 

これも余裕そうだな……。

 

「三盗ってそんな簡単には出来ないのよね?」

 

「本来ならね。それをいとも簡単に実現するのが3姉妹……という事だろう」

 

しかしあの足の速さはシニアで同じチームだったあの子を思い出す。試合では代走や守備要員で起用してたっけ?今頃どこかでその足の速さを活かしているのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「足速いな……。あの3姉妹は全員あれくらい速いのか?」

 

「そうですね。細かい差違はありますが、あのように二盗三盗は容易く出来るでしょう」

 

「アタシもあれくらい速くなれたら良いんだけどねぇ……」

 

「あれよりも速い……ってなるとあの子だけかも知れないね」

 

「あの子?」

 

「私達と同じシニア出身で主に代走や守備で途中出場する事が多かった人です。和奈さんが言うように彼女ならあれよりも素早く盗塁を成功させるでしょう」

 

「盗塁とかチマチマするのは好かんな。野球の基本はホームランと三振だ!」

 

「それを基本にしてるのはうちだけでしょうね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスランよ夕香」

 

「ありがとう朝海姉さん。あとは夜子に任せよう」

 

「そうね。夜子なら確実に点を取ってくれるわ」

 

(この3人がうちに入ってからチームはかなり強くなった……。まだまだ1年生なのに、頼もしい限りね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ヨミちゃん、この状況でも気にしないで投げてね)

 

(三森さん凄い速いな……。でも点はあげないよ!)

 

バッテリーを見ると動揺している様子はなかった。他のチームなら三森3姉妹の守備や足の速さで萎縮して失点……というパターンが多い。

 

(最早このバッテリーは全国レベルなのかもね)

 

3球目に投げた強ストレートに三森夜子は圧されて打ち上げた。打球は……。

 

「ショート!」

 

「了解!」

 

やや深めの内野フライ。

 

『アウト!』

 

「稜!ホームよ!」

 

「何!?」

 

川崎さんが捕球した瞬間、三塁ランナーが走り始めた。意表を突かれた川崎さんはホームへの送球が少し遅れてしまう。

 

『セーフ!』

 

ランナーはホームインして美園学院が1点先制。流石に今のは相手が上手すぎたから、川崎さんは責められない。とはいえ……。

 

(これはヤバいかもね……)

 

武田さんは4、5番を上手く抑えたものの、悔いが残るイニングになっただろうね……。

 

「すまん……」

 

「あれは相手が上手だったね。普通ならあのフライじゃタッチアップが出来ないから……」

 

「それにしても凄く速かったわね」

 

「盗塁のスタートも完璧だったからね。川崎さんが意表を突かれるのも仕方ない。切り替えて攻撃に移ろう」

 

(こういう時の朱里は頼もしいな……。主将として見習いたい)

 

(朱里ちゃん……。朱里ちゃんはそれで良いの?負けたら朱里ちゃんは新越谷からいなくなるんだよ?なんでそんなに落ち着いていられるの?)

 

5回表は雷轟からなんだけど、この打席も四球で歩かされる。

 

(悪く思わないでね雷轟さん。私達だって優勝したいんだから……!)

 

(む~!)

 

ランナーが一塁で主将の打席。

 

「キャプテン打て~!」

 

「いけ~!打点マニアー!」

 

久々にその台詞聞いた気がする……。今の打点マニアは雷轟か藤原先輩かも知れないから?

 

(準決勝や準々決勝では活躍が余りなかったからな……。後輩ばかりに任せていて主将と呼ばれるものか!!)

 

初球から園川さんのストレートを捉えて、その打球は三塁線に転がって抜けていった。

 

「やったー!」

 

「長打……。これで同点よ!」

 

外野まで飛んでいったのを見て、一塁ランナーの雷轟は三塁まで回る。そして三塁を蹴ろうとするが……。

 

「ストップ!ストップ!」

 

「えっ?朱里ちゃん?」

 

三塁コーチャーに立っている私のストップの声に戸惑いながらも雷轟は止まる。他の皆も雷轟と同様に戸惑っている。

 

 

ズバンッ!

 

 

センターの三森夜子の返球によって捕手のミットにボールが返ってきていた。フェンス付近までいった筈なのに、もう追い付いていたのか……。

 

(しかもシニア時代よりも肩が良くなっている。あの返球によって流れを完全には渡さない……か)

 

ノーアウト二塁、三塁のチャンスだけど、余りそんな気がしなくなるのが三森3姉妹の守備力と守備範囲、そしてエース園川さんのピッチングという訳か。

 

(このチャンスを無駄にすると一気に試合が敗北に繋がるようになる……。幸いまだノーアウトだし、期待は出来る)

 

藤原先輩、川崎さん、大村さんは3人共バッティングにおいての期待値が高いから、最低でも同点にしたいところだね。




遥「また歩かされた……」

朱里「でも岡田主将がチャンスを広げてくれたね。点は取れなかったけど……」

遥「私、朱里ちゃんの声がなかったらホームで刺されてたかも知れない……」

朱里「その時はそれを利用して、主将を三塁まで走らせるプランがあったよ」


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県大会決勝戦!新越谷高校VS美園学院⑤

ノーアウト二、三塁のチャンスで6番の藤原先輩……。

 

「いけー!理沙先輩!」

 

「一気に逆転だー!」

 

確かに今大会の藤原先輩は期待が出来る。

 

(ただ問題は藤原先輩が歩かされて満塁策を取られる事……。)

 

そうなってしまうとゲッツーが取られやすくなってしまう。

 

美園学院のバッテリーもそれを把握しているのか、捕手の福澤さんが立ち上がって敬遠となった。

 

「敬遠!?」

 

「一塁が空いているからか……」

 

「でも満塁のチャンスですよ!」

 

確かにノーアウトなので、最悪ゲッツーになっても同点にはなるからチャンスではあるんだけど……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

(歩かされるのはなんだか寂しいわね。遥ちゃんもこんな気持ちなのかしら……?)

 

藤原先輩が歩かされてノーアウト満塁。次は川崎さんの打席だ。

 

「稜ちゃーん!」

 

「一発逆転です!」

 

これで逆転出来るものなら、流れは一気にこちらに傾く。しかもゲッツーを取られずに1人が繋げばまた上位打線。期待値は更に高くなる。

 

(この川崎さんの打席に流れが掴めるかがかかってるね)

 

とはいえ口に出すとプレッシャーだ。私に出来るのは川崎さんを信じるだけ……。

 

(満塁の場面で回ってくるとはな……。センターラインの守備範囲は正直ヤバいけど、最近はマジで良いところがないから、ここは打つ!)

 

打席に入っている川崎さんも気合いが入ってる。

 

(藤原さんを歩かせたとはいえ満塁のピンチ……。ここは3姉妹シフトを使わせてもらうわ)

 

相手の守備位置はなんとセカンド、ショート、センターである3姉妹が前に出て、残りは定位置。

 

「この守備位置の意図ってなんだろう……?」

 

「恐らく3姉妹の守備力を信頼しての配置だろうね。あれならファーストやサードにボールが飛んでも二遊間がカバー出来るし、外野前は全部センターの守備範囲になる……」

 

「あの3人だから出来るシフト……って事?」

 

「多分ね」

 

これだと迂闊に手を出したらゲッツーになってしまう。いや、最悪トリプルプレーだってありえる。

 

(と、飛ばせるコースがねぇ……。内野に飛ばせば簡単にトリプルプレーが取られそうだし、ここはスクイズか……?)

 

川崎さんは芳乃さんを見てみるが、芳乃さんもサインを悩んでいるようだ。

 

(三森さん達の守備を考えるとここはスクイズ……。でも稜ちゃんには余りバントの練習をさせてないし……)

 

悩んだ結果、芳乃さんは川崎さんにスクイズのサインを出した。ホームゲッツーがトリプルプレー以外なら同点だし、3姉妹の守備を考えると妥当な判断か……。

 

園川さんの1球目……。

 

『ストライク!』

 

投げたのはストレート。川崎さんはバントをしに行くも空振り。

 

(くっ!当たらない……!)

 

三振でもゲッツーより安いっていう考えはもう思考が麻痺してるね。

 

(スクイズか……)

 

(それならもっと前に出ても良さそうね)

 

川崎さんのスクイズを見てセカンドとショートは更に前に出た。

 

(嘘だろ!?まだ前に出るのかよ!?)

 

(これは最早バントシフト以上だね……)

 

セカンドとショートの守備位置は打者との距離が3メートルもない。

 

(流石に前に出過ぎな気もするけれど、朝海さんと夕香さんの守備力ならそれも大丈夫と思えてしまうわね……)

 

園川さんの2球目は打者を打ち取るシュート。

 

(なんとしてもバットに当ててやる!)

 

 

コンッ!

 

 

(プッシュバント!?)

 

(しまった!)

 

川崎さんはバントを成功させようと強引にプッシュバントを決めた。流石の二遊間もプッシュバントは予想外だったのか、ボールを処理出来ず、内野の頭を越えた。

 

「よし、まずは同点!」

 

三塁ランナーの雷轟が帰って来て同点。二塁ランナーの主将も三塁を蹴る。

 

(くっ……!2点目はあげない!!)

 

センターが打球に追い付き、ホームへ慌てて送球。しかしここでアクシデントが……。

 

 

カツーン!

 

 

「へ……?」

 

「なっ!?」

 

投げたボールはなんと川崎さんが打った後に投げたバットに当たる。それによって……。

 

『セーフ!』

 

主将も帰って2対1。なんと川崎さんによる2点タイムリーヒットになった。いや、川崎さんがやったのプッシュバントよ?しかも結果的にプッシュバントになったに過ぎないし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……また予想外のものが見られたね」

 

「三森3姉妹がバントを警戒して前に出過ぎた事と、あの6番が慣れていないであろうプッシュバントに対応しきれなかった事……。これ等が上手く守備のリズムを崩しましたね」

 

「でも2点目のやつは完全にアクシデントじゃん。これはちょっと美園学院の投手が可哀想かもね~」

 

「私達ならバント等という姑息な真似は絶対にさせないがな!」

 

「だ、大豪月さん……。バントは立派な野球の戦術ですよ」

 

「諦めなよ清本ちゃん~。大豪月さんの……というか今の洛山の野球は今大豪月さんが言った野球が基本なんだから~」

 

「うひゃー、洛山相手に小技を仕掛けたら怒鳴られそう……」

 

「まぁ大豪月がいる限りはそうなりそうだな……。小技は日本野球の代名詞でもあるんだぞ?」

 

「野球はホームランか三振だ!!」

 

「この人は末期かも知れませんね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスよ稜!」

 

「これで逆転だよ!!」

 

「私も続きます!」

 

しかし大村さんが三振、武田さんがゲッツーを打ってしまいチェンジとなる。世の中そんなに甘くはない……という事だね。それに園川さんも崩れてはいないしね。

 

(あとは5~7回の3イニングを武田さんが無失点で抑えれたら良いんだけど……)

 

美園学院の打線がそれをさせてくれるかわからないね。




遥「やった!逆転だよ!!」

朱里「でも1点差だとまだ油断は出来ないね。最後まで何が起こるかわからないんだから……」

遥「ヨミちゃんならきっと大丈夫だよ!」

朱里「エラーした人が何か言ってるよ……」

遥「うっ……!」


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県大会決勝戦!新越谷高校VS美園学院⑥

「すみません萌さん……。私達が前に出過ぎたばかりに……」

 

「気にしなくても良いわ。少なくとも2点目は事故だもの。1点目も貴女達の守備の裏を突いた良いバントだったしね」

 

(……正直私も川崎さんを甘く見すぎた節がある。それが先程の失点を招いてしまったわ)

 

「まだ試合は終わっていない。攻撃のチャンスはこの回を入れて3回もあるんだから、絶対に勝ち越すぞ!」

 

『おおっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5回裏。向こうの打順は6番からだけど、園川さんにも回る。

 

(園川さん自身は下位打線でも、打撃もこなす実力者……。武田さんが簡単には打たれないとは思うけど、また雷轟のエラーみたいなのがあったら困るんだよね……)

 

まずは武田さんが6番を三振に抑える。武田さん、今日も調子が良さそうだな……。

 

『7番 ピッチャー 園川さん』

 

園川さんは美園学院の打線でもクリーンアップを打てるレベル。下位打線を打っているのは投球に専念したいからなのかな?でもそれなら9番を打つ筈だし、よくわからないな……。

 

 

カンッ!

 

 

武田さんの強ストレートに合わせて初球打ち。打球はレフト前。ノーアウト一塁になってしまったか……。

 

 

スカッ。

 

 

「あっ!?」

 

……この子やらかしすぎでしょ。あの打球は普通に処理出来るコースなのに、トンネルしちゃったよ。

 

「カバーは任せろ!」

 

雷轟がレフトに起用されるようになってからはセンターの主将がレフト寄りに守っている。これはもしも雷轟がトンネルしてしまった時のカバーをしてもらう為でもある。

 

(カバーが早いわね……。二塁は無理か)

 

打った園川さんは一塁でストップ。頑張れば二塁までいけるけど、それをしなかったのは体力温存も兼ねてだろう。まぁそれはそれとして……。

 

(とりあえず試合が終わったら雷轟の守備について徹底的にミーティングする必要があるね……)

 

藤井先生に頼んで1000本ノックとかどうだろうか……?

 

(な、なんか嫌な予感がするよ……。具体的に言うと学校に戻ったら地獄のノックが待っているようなそんな予感が……)

 

 

カンッ!

 

 

8番打者も初球から合わせてきた。エンドランを打たれてワンアウト一塁、三塁に……。

 

(今のヒットは痛い……。これだとこっちがゲッツーを取らない限り三森朝海に打順が回ってしまう)

 

(点は取られたくない……。ランナーが三塁にいるし、一塁も埋まっているから、ここはゲッツーシフトを敷いていこう)

 

捕手の山崎さんの指示で内野はゲッツーシフト。ワンアウトで一塁と三塁にランナーがいるからこそ出来るシフトだね。

 

武田さんはあの魔球を中心に投げている。カーブ系統の変化球だから、詰まらせてゲッツーを取れるように出来る訳か。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3球続けてあの魔球を投げて三振。次の打者は……。

 

『1番 セカンド 三森朝海さん』

 

ツーアウト一塁、三塁で三森朝海……。ここまで武田さんの投球数は80球を越えている。更に三森朝海はカットが上手い打者だ。このピンチを無得点で凌げたら私達の優勝はほぼ決まりなんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この決勝戦は互いに攻撃面では小技をぶつけあって、守備面では両エースが奮闘している……。良い試合だな」

 

「フン!私はチマチマしてて好かんな!もっと豪快なホームランとかを私は見たいんだよ!!」

 

「それを得意としている新越谷の4番さんは歩かされていますからね~」

 

「確かに……。これって本当に新越谷が勝てるの?」

 

「どうでしょうね。ですが新越谷は選手層が圧倒的に薄いのが痛手になっているのは確かです」

 

「それに次は3姉妹の中でもカットが上手い朝海だもんね」

 

「この場面が武田さんにとって正念場になりそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ツーアウト一塁、三塁……。ここは満塁策の方が良いのかな?)

 

でも次の三森朝海は次女の三森夕香程ではないにしても、パワーもあるからもしもがあると厳しい……。ツーアウトだし、打ち取りにいくのが妥当なのかな?

 

(良い場面で回ってきたわね。武田さんからは打ててないし、ここいらで1本いきたい……!)

 

(……ここを凌げば優勝まで一気に近付く。一塁が埋まっているから、二塁フォースアウトにしやすいし、ここは勝負でいこう。でも朱里ちゃんの話だと三森朝海さんはカットが上手い。粘られると厳しいな……)

 

武田さんの1球目はあの魔球。ピンチの場面なのに、上手く外角低めのストライクゾーンに変化させる。

 

『ストライク!』

 

(これはまるで友沢が投げたカーブみたいだね。それでいて変化の仕方はナックルに近い……)

 

武田さんのあの魔球は未だにどんな球か把握出来ていないけど、種類としては縦スライダーに区分しても良さそう。

 

『ストライク!』

 

2球目も外角低めにあの魔球を上手く決める。これはマジで友沢のカーブの再来じゃないかと見ていて思ってしまう。カットが得意な三森朝海が振れてないし。

 

(腕を振り抜いて……投げ抜く!)

 

3球目もあの魔球。コースは先程の2球と同じなので、手が出なければ三振となる。

 

(くっ!私ではこの球は打てないわね。それなら……!)

 

(よし、コースは前の2球と一緒。これでチェ……!?)

 

三森朝海はあの魔球を空振った。しかしバットで山崎さんの視界を遮り……。

 

「振り逃げだ!皆走れ!!」

 

「萌さん、急いで!」

 

(しまった!)

 

三森朝海の振り逃げによって三塁ランナーはホームイン。同点となってしまった……。

 

次の打者と勝負する前に、タイムをかけた。内野陣と芳乃さんと私がマウンドに集まる。

 

「ごめんヨミちゃん。私が落としたせいで……」

 

「気にしない気にしない。まだ同点になっただけだし!」

 

「三森朝海は武田さんのあの魔球を打てないと判断して、バットで山崎さんの視界を遮ったんだ」

 

「……って事はあの振り逃げは狙ってたってのか!?」

 

「そうなるね」

 

これは私が咲桜戦で私が友沢のスクリューに対してやった技だ。私が言える事じゃないけど、小狡いな……。

 

「点を取られてランナーが一塁、二塁になってしまったけど、気にせず後続を抑えていこう!」

 

「勿論!」

 

あとは雷轟がこれ以上エラーしない事を祈る……。




遥「同点になっちゃった!?」

朱里「決勝戦は互いに点を取られたら取り返す……。そんな展開になってるね」

遥「私は決勝戦で勝負してもらえるのかな……?」

朱里「(他の選手にも焦点を当てたいから)多分無理じゃないかな」

遥「そんな!?」

朱里「次回で決勝戦はラストだよ」

遥「優勝するのは果たしてどっちかな!?」

朱里「それが私達だと良いね」


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県大会決勝戦!新越谷高校VS美園学院⑦

試合は進んで7回……。あれからも武田さんと園川さんは互いに譲らずの投げ合いになっており、どちらもランナーを出しながらピンチを凌ぐ……。これを5回裏、6回表、6回裏と繰り返し、最終回まで2対2の接戦が続く。ちなみに雷轟は3打席目も歩かされていたよ。

 

(あれから雷轟がエラーをしなくて良かったよ……。やっぱり今後の雷轟の課題は守備……というよりは捕球だね。誰に雷轟の捕球率アップを頼もうかな?)

 

まぁそれはさておき、7回表は6番の藤原先輩から。藤原先輩はこの試合でも園川さんのストレートとシュートに着いていっている。ただ三森3姉妹の守備がヒットを打たせてくれないだけで……。

 

園川さんの初球はストレート。内角高めの良いコースだ……。これは並の打者なら手は出せないけど……!

 

 

カンッ!

 

 

藤原先輩は初球から打ちにいき、その打球はレフトに飛んでヒットとなった。

 

(……ここにきて皆が3姉妹の射程距離外に狙い打つ事が出来るようになってきたね。特に主将と藤原先輩と中村さんは上手く成果を出している)

 

あとの人達は惜しくもアウトになったり、3姉妹の守備範囲内までしか飛ばせなかったりしている。それでも充分凄い事なんだよなぁ……。

 

(この試合がどう転んでも新越谷の打撃レベルが大幅に上がった事は間違いない。あとはこの決勝戦に勝てるかどうかだけど……)

 

出来れば勝ちたい……。勝って全国で待っている二宮達とも戦いたい、勝って私は新越谷で野球がしたい。今ではそんな想いがふつふつと沸いてくる。この気持ちを何かにぶつけたい!

 

「息吹さん、ちょっとキャッチボールに付き合ってもらっても良い?」

 

「別に良いけど……。どうしたの?」

 

「ちょっとね……。それに武田さんは相当な球数を投げさせられてるから、延長戦に入った時の事を考えて肩を作ろうと思っててね。良いよね芳乃さん?」

 

「そうだね。ヨミちゃんがあとどれくらい投げられるかわからないし、息吹ちゃんと朱里ちゃんには肩を作っててもらおうかな?」

 

「了解」

 

「わ、わかったわ!」

 

芳乃さんからの了承も得たので、息吹さんとキャッチボールをしながら、マウンドを見る。

 

川崎さんは送りバントでランナーを二塁に進めた。川崎さん、バント上手くなったな……。これでワンアウトランナー二塁。

 

(今度は上手く決まって良かったぜ……。正直セカンドかショートに転がしてたらゲッツーだったかもだし……)

 

続く大村さんは園川さんのストレートを当てて外野まで飛ばすけど、深く守っていた外野が捕球してツーアウト。しかしその隙を突いて藤原先輩は三塁へタッチアップを決めた。

 

『9番 ピッチャー 武田さん』

 

「これは勝負は延長戦に入りそうね……」

 

「あんま流れは良くねーな」

 

これ完全に武田さん信用されてないじゃん……。

 

「こらこら。まだアウトにもなってないのに、決め付けるのは良くないよ。それに……」

 

「それに?」

 

「この打席の武田さんは期待出来るかもよ?」

 

打席に入った武田さんの表情からは闘志が伝わる。これは雷轟と毎日打撃練習をしていた成果が現れるかも……!

 

 

ここで時は大会前に遡る……。

 

「はいっ!」

 

武田さんは打撃練習をしているが、中々手応えのある当たりが出ていない。

 

「ヨミって練習が好きな割に打撃はてんで駄目だよなー」

 

「うう……!」

 

「でもスイングは悪くないけん、あとは上手く当てれば……!」

 

「なんで上手く打てないんだろ……?」

 

武田さんは打撃に手応えがなくて落ち込んでいた。

 

「武田さんと似たようなスイングをしている子がそこにいるから、何か参考にしてみたら良いんじゃない?」

 

「ヨミちゃんと……?」

 

「似たようなスイング……?」

 

私がそう言うと皆は視線を前方に移す。

 

 

カキーン!カキーン!カキーン!

 

 

「よし!もう1本!!」

 

「うわぁ……。相変わらず遥のバッティングはエグいな」

 

「私も負けられん……!」

 

「雷轟のスイングは武田さんのスイングと類似しているから、何か得るものがあるかも知れないよ」

 

「遥ちゃーん!」

 

早っ!もう行動に移してる。

 

「どうしたのヨミちゃん?」

 

「私、全然打てなくて……。そこで打ちまくってる遥ちゃんにバッティングのご教授をと……」

 

「私で良かったら全然良いよ!まずはね……」

 

雷轟は武田さんに打撃のコツを体を使って教えている。

 

「足の踏み込みとかも思い切ると打球が前に飛びやすくなるよ」

 

「ふむふむ……」

 

なんか思っていたよりも上手く教えられているね。雷轟って感覚派だから人に教えるのに向いてないと思ってたけど、武田さんも雷轟の教えに理解を示している。

 

 

カキーン!

 

 

「やった!前に飛んだ!」

 

「この感覚を忘れない内にじゃんじゃんいこう!」

 

「うん!」

 

まぁ武田さんが雷轟と同じ感覚派かもしれないという事は私の胸の中に仕舞っておこう……。

 

 

 

……あれから毎日武田さんは雷轟と打撃練習をしていたから、その成果を影森戦でも発揮出来た。園川さんもかなりの球数を投げて球威が落ちているから、武田さん次第ではヒットを打つ事も夢じゃない。

 

「ヨミちゃんファイトー!」

 

「勝ち越しのチャンスです!」

 

「打てーっ!!」

 

(皆の期待を背負ってる……。遥ちゃんと毎日練習した成果をここで発揮する時!)

 

(最終回で少し球威が落ちてきたわね……。でもツーアウトだし、全力で投げ抜くわ)

 

『ストライク!』

 

園川さんの1球目はシュート。迂闊に打ちにいくと間違いなく詰まらされる。園川さんの決め球だと言っても過言じゃない。武田さんは落ち着いているのか、シュートを見送る。

 

(これじゃない……)

 

2球目に投げたのは逆を突くスライダー。武田さんはこれも見送った。

 

『ストライク!』

 

(これも違う……)

 

「お、おい。追い込まれたぞ?」

 

「確かに追い込まれたね。でも武田さんの表情を見てみなよ」

 

「ヨミちゃんの……!」

 

バッターボックスにいる武田さんはこれまで見た事のない程の集中力とかつて雷轟が友沢の球を打つ時と同じ表情をしていた。

 

(ヨミちゃんのあんな顔……見た事ない)

 

(遥ちゃんも言ってた……。長打……特にホームランを打つ時は集中して、その時に得た集中力を全て打つ時に使い果たすって)

 

どうやら次の1球で決まりそうだね。

 

(横の変化球2つにはぴくりとも反応しなかった……。手が出なかったとは思えないけれど……)

 

(3球で決めるぞ。こい!)

 

(ええ、わかってるわ)

 

((ストレートで抑える!!))

 

園川さんが投げた3球目……。それはこの試合で最速であろうストレートだった。結構な球数を投げてるのに、まだあそこまでの球威になるのか……。

 

(いけ、ヨミちゃん。練習を思い出して……!)

 

(遥ちゃんとの練習を思い出して打つ!!)

 

「はいっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

そのストレートに武田さんは完璧にタイミングを合わせた。それと同時に三塁ランナーの藤原先輩はホームに走った。

 

打球はセンターに。園川さんのストレートが重かったのか、打球が失速していっている。前進していたセンターの三森夜子はそのボールを一生懸命追い掛けている。

 

『いけーっ!!』

 

私達の想いが届いたのか、落ちる事なくセンタースタンドにスッと入っていった。つまり……。

 

「や、やったー!」

 

「ホームランだ!」

 

「ヨミの奴……。打ちやがった」

 

「凄いよ!ヨミちゃん!!」

 

(あれが雷轟との練習で得た武田さんのバッティングだね。ギリギリだけど、入って良かったね)

 

これで4対2……。私達の優勝に王手だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今のホームランは熱かったねー。アタシ心臓がバクバク言ってるもん」

 

「入るか入らないかの瀬戸際……。打力が低い武田さんだからこそ打てたホームランですね」

 

「ウム、あれも私好みのホームランだな!ピッチングと言い、武田詠深は中々骨のある奴だ!!」

 

「大豪月さん、嬉しそうですね~」

 

「あのホームランを見ていたら練習したくなったぞ。非道!清本!帰って練習だ!!」

 

「了解です~」

 

「わ、わかりました」

 

「……私達も帰るか」

 

「そうですね。あのホームランが間違いなく決勝点ですし、埼玉県代表は新越谷高校で間違いありませんので」

 

「じゃあアタシも帰って練習しよっと☆」

 

(流石にここから負けるような事はないでしょう。おめでとうございます朱里さん……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!!!』

 

7回裏、武田さんによる三者連続三振で試合が終わった。

 

『4対2で新越谷高校の勝利!』

 

この瞬間、私達新越谷高校の全国出場が決まった……!




遥「つ、遂に私達が試合に勝ったんだね。県大会で優勝したんだね……?」

朱里「そうだね。次は全国で試合だよ」

遥「……でも最後に決めたのがヨミちゃんだったのは意外だったね」

朱里「そうでもないよ。武田さんは素晴らしい投手だ……。良い投手っていうのは本来打撃も良いんだよ。決めるべくして決めた……ってところだね」

遥「次はいよいよ全国大会だね!」

朱里「その前に何話か閑話と番外編を挟むと思うけどね」


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新球種に挑戦

今日はオリキャラ紹介他校編の続きを書きましたので、そちらの方も良かったら見ていってください。


「勝った……の?」

 

「そう……なのかな?」

 

武田さんと山崎さんのバッテリー組は勝った事に着いていけてなくて、互いに確認し合っていた。

 

「……私達は勝ったんだよ」

 

私は何もしてないけどね。息吹さんとキャッチボールしただけ!

 

「朱里ちゃん……」

 

「まぁ勝利を喜ぶ前にとりあえず整列と挨拶を済ませようか」

 

「う、うん……」

 

バッテリーを落ち着かせて私達は整列する。

 

『ありがとうございました!!』

 

整列と挨拶を終わらせて球場の外へ……。

 

「勝ったんだよな。私達……」

 

「そうね……。勝てたのよ」

 

外に出ると全員が改めて勝利の確認をしていて、勝った事がわかると皆はそれぞれペアで抱き合っていた。

 

雷轟は武田さんと、川崎さんは藤田さんと、芳乃さんは中村さんと、息吹さんは大村さんと、主将は藤原先輩と、私には山崎さんが泣きながら抱き付いてきた。藤井先生もうっすらと涙を浮かべている。

 

(やれやれ……。まだ戦いは新たなスタートを迎えただけに過ぎないのに、皆泣いちゃって……)

 

かくいう私も皆の涙に少しもらい泣き。だってこれで3年間は新越谷で野球が出来るんだもの!

 

 

 

~そして~

 

学校に戻った後は体をゆっくりと休めるようにと解散になった。まぁ私は決勝戦では何もしてないから、藤井先生に許可をもらって居残り練習するけどね。

 

(今日の試合は皆要所で活躍していた……。主将と藤原先輩は打つべき時に打って、川崎さんも意表を突いたプッシュバントで2点取って、中村さんと山崎さんも三森3姉妹の守備範囲の逆を上手く打って、武田さんは決勝点となるホームランを打った……。雷轟もずっと歩かされたけど、塁に出る事でチャンスが生まれるから、あれはあれで良い。勿論大村さんと藤田さんも相手の守備を翻弄させるプレーをしてたしね。それ等も全部芳乃さんや藤井先生の采配があったからこそだ)

 

そう考えると私って何か役に立ってたのかな……?いや、考えても仕方ない。今日は投げ込み中心で余計な考えは払っておこう。

 

「あれ?朱里ちゃん……?」

 

「皆はもう帰ったわよ?」

 

声を掛けられたので、声のする方向を見ると山崎さんと息吹さんが練習着に着替えていた。

 

「私はちょっと練習をね。2人も?」

 

「ええ。私は今日出番なかったから、体力が余っているのよね。それで自主練を……」

 

「私はその付き添いだよ」

 

成程、息吹さんが投手の練習も出来るように山崎さんが付き添ってくれてるのか……。

 

「じゃあ3人で練習しようか。私も丁度全国大会に向けて新しい球種を覚えたいと思ってたところだしね」

 

「それなら息吹ちゃんと交互に練習する?」

 

「それ良いわね。私も朱里に教えてもらったシンカーをもっと変化させてみたいって思ってたし」

 

という2人の提案に乗ってまずは息吹さんの練習をする事に。

 

「じゃあ投げてみて!」

 

「わかったわ」

 

息吹さんがシンカーを投げる。

 

「おお……。影森戦で見た時よりも変化が大きくなってるね」

 

「練習したもの。芳乃にも時々見てもらって……」

 

「うん、これなら決め球として仕上がりそう」

 

そういえば息吹さんはコピーピッチングを得意としていたね。それなら……!

 

「息吹さんは3回戦では武田さんのコピーもやっていたね。それならあの魔球を模した球をマスターすればシンカーと上手く混ぜて打者を困惑させられるかもね」

 

具体的には友沢みたいなタイプの投手になりそう……。

 

「ヨミのあの球ね……。やってみるわ」

 

続けて息吹さんがコピーピッチング……命名複製投法で武田さんのあの魔球を投げる。武田さんと比べて遅いものの、しっかりと変化している。

 

(これは良い武器になりそうだね……!)

 

その後もシンカーとあの魔球を交互に20球程投げて、少し休憩に。

 

「次は朱里ちゃん!」

 

「OK」

 

私は山崎さんのミット目掛けて1球投げる。

 

「わっ!」

 

おっ、上手く落ちたね。握りとかは前々から研究してたけど、実際に投げるのは初めてだったからちゃんとミットまで届くか不安だったんだよね。

 

「い、今の球は……?」

 

「フォークボールだよ。とはいってもまだ未完成なんだけどね……」

 

「これで未完成なの?結構落ちたけど……」

 

「今の1球は偶然上手くコントロール出来たに過ぎないからね。全国までにきちんとコントロールさせて、なおかつ変化量も上げておきたい。最低でも準決勝で見せたSFFと同等のキレが付くまで実戦では投げないよ」

 

「こ、これよりも凄くなるのね……」

 

「真の変化球はボール球を上手く振らせる事によって初めて一級品になるからね。今のままだとバッセンの球が良いところだよ」

 

「な、成程。勉強になるわ……」

 

「さぁ、続けようか」

 

それからも私達は投球練習を続けた。混ぜて山崎さんもいるので、息吹さんのバッテリー練習も兼ねて……。

 

(息吹さんも順調に投手として育ってきているね……。後日に藤原先輩にも何か変化球を教えるべきだろうか?)

 

息吹さんと山崎さんのバッテリー練習を眺めながら私はそう思った。

 

全国大会まであと2週間……。その間に私達は出来る事をやっておこう。




遥「県大会終了!」

朱里「2週間の幕間を挟んで全国大会だよ」

遥「私達はどこまで勝ち進めるかなぁ?」

朱里「折角だから何勝かはしたいよね」

遥「何勝とか言わずに全国でも優勝しようよ!」

朱里「まぁ出来るならそれに越した事はないか……」


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全国の前に……。

今回は短いです。


全国大会まであと2週間を切った今日も部活に勤しむ。

 

(全国大会もそうだけど、夏休みだし、どこかと練習試合したいところだね)

 

そう思っていたらスマホが震えていた。電話かな?相手は……二宮?何か用でもあるのだろうか……。

 

「もしもし?」

 

『こんにちは朱里さん』

 

「どうしたの?電話なんて……」

 

『実はですね……』

 

二宮が私に言った内容は……。

 

「な、なんだって!?」

 

『ではその日を楽しみにしています』

 

「ちょっ、二宮!?」

 

切れちゃったよ……。まぁ私としても全国前に経験を積みたかったし、丁度良かったかな。

 

「朱里ちゃん!?」

 

「どうしたの!?」

 

私が大声を出した事によって雷轟と山崎さんが更衣室の扉を勢いよく開けた。あの、私着替え中なんですが……?

 

 

~そして~

 

練習着に着替えて私は二宮からの電話であった事を話す。

 

「……という事で、3日後にここで練習試合をする事になりました」

 

「やった!試合!!」

 

「どこの高校とやるんだ!?」

 

練習試合に喜ぶ人もいれば、どんな相手と試合をするのか興味がある人もいる。

 

「えっと……。皆は二宮って覚えてる?リトルシニアで私とバッテリーを組んでた子なんだけど」

 

「二宮さん……!」

 

二宮の名前にいち早く反応したのは山崎さんだった。二宮と2人で話をしたから?

 

「覚えてるよ!私達の試合を他県からはるばる観に来てくれたし」

 

「確か藤和の金原さんと洛山の清本さんもずっと一緒にいたわよね……」

 

やっぱり私達の試合を観に来た観客として覚えてるよね。試合後は話もしていたし。

 

「その二宮が金原や清本を連れて川越シニアのOG+αでチームを組んで私達と試合をする……って段取りだね」

 

「あの川越シニアのOG達と!?」

 

川越シニアのOGと聞いた瞬間に芳乃さんが嬉しそうにぴこぴこしていた。

 

「+αって言ってたけど、他にも誰か来るの?」

 

「……+αの内容までは私も知らないけど、二宮、金原、清本、友沢、橘は来るみたいだね」

 

なんかこの面子を聞いてると嫌な予感しかしないんだけど……。

 

「川越シニアの選手だったりしてな!」

 

「それだと中学生じゃないの……」

 

確かに川越シニアの子達は下手な高校よりも実力はあるけど、流石に全国出場を決めたチーム相手に中学生は寄越さないと思うけどね。

 

二宮の話によると金原、友沢、清本、橘のシニアのレギュラーメンバーだった子達を中心にチームを組んでくるらしい。

 

(しかし二宮、金原、清本がいる学校は全国出場を決めたチームなのに、よく暇が取れたよね……。それに橘が通う梁幽館って確か全寮制だよね?全寮制の寮ってなんか厳しいイメージがあるんだけど、本当に参加出来るのかな……?)

 

まぁとにかく当日に備えて練習しておこう……。

 

 

 

……で、練習試合当日になった訳ですが。

 

「今日はよろしくな!」

 

「まぁ私達はベンチスタートだがな」

 

「何ぃ!?」

 

「まぁまぁ落ち着いてください~」

 

「また新越谷と試合が出来るとは思ってなかったな」

 

「新越谷のデータを得るチャンスですね!」

 

「次は負けない」

 

「私もこの試合で準決勝のリベンジをするとしよう」

 

「頑張ろうね亮子ちゃん!」

 

「亮子張り切ってるね~!」

 

「でも全国を前にこんな試合が出来るとは思わなかったね……」

 

「うんうん。機会を作ってくれた瑞希ちゃんには感謝しないとね!」

 

「今日は良い試合にしましょう」

 

今いる面子の前に私を含めた皆は緊張しまくりです。

 

白糸台の神童さん、洛山の大豪月さんと非道さん、梁幽館の中田さんと陽さんと高橋さん、咲桜の田辺さん、そして二宮達川越シニアのOG……。

 

何このオールスターズ?



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練習試合!新越谷高校VS川越シニアOG連合+α①

全国前のオリジナル練習試合です。


洛山の2人は実質初対面なので、その人達の自己紹介に……。

 

「私の事は大豪月さんと呼びなさい!」

 

「非道で~す。よろしく~」

 

洛山高校の名バッテリーの紹介が終わると芳乃さんが……。

 

「サインください!」

 

「ウム、良かろう!」

 

いきなりサインを求める。大豪月さんも即決だった。そのやり取りが終わってそれぞれオーダーを決める事に……。

 

「……見てわかると思うけど、向こうは全国トップクラスの人達が集まっているよ。私達の力が全国相手にどこまで通用するか確かめるチャンスでもある」

 

「どんなオーダーでいこうかな……」

 

「色々試せば良いと思うよ。これは公式戦じゃないしね」

 

なんならこの試合の先発を息吹さんや藤原先輩にしても良いんじゃないかな?

 

色々考えた結果この試合のオーダーは……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 キャッチャー 山崎さん

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 センター 主将

 

6番 サード 藤原先輩

 

7番 ショート 川崎さん

 

8番 ライト 私

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

……となった。県大会と比べて変化はそこまでない。全国大会でも私と武田さんの位置に息吹さんと大村さんが入るくらいだろうね。

 

「お待たせしました」

 

二宮とオーダーの交換をする。あれ?向こうって二宮が仕切る感じなの?そう思いながら向こうのオーダーを確認する。

 

 

1番 レフト 金原

 

2番 センター 陽さん

 

3番 ショート 友沢

 

4番 サード 清本

 

5番 ライト 中田さん

 

6番 ファースト 非道さん

 

7番 セカンド 田辺さん

 

8番 キャッチャー 二宮

 

9番 ピッチャー 橘

 

 

……となっていた。

 

(さっき言ってた通り神童さんと大豪月さんはベンチスタートみたいだ。それならうちが全く打てない……という最悪の事態は防げそう)

 

とはいえ橘の相手をした事があるのは川崎さん、中村さん、主将、雷轟、藤原先輩の5人。あれから更にレベルアップしている可能性を考慮するとやはり厳しい戦いになるだろうね。

 

「む、向こうは凄いオーダーだな……」

 

「梁幽館の陽さんと中田さんに咲桜の田辺さんと友沢さんが大会の時の打順じゃないものね」

 

「……ギリギリまで悩みましたが、満場一致でこのオーダーになりました」

 

二宮達も相当悩んでこのオーダーになったのだろう。それよりも気になる事が……。

 

「そっちには監督はいないの?」

 

「もう少しすれば来ると思います。遅れるみたいですので、先に始めておけと言っていました」

 

ず、随分時間にルーズな監督だな……。一体どんな人なんだろうか?嫌な予感がするけど……。

 

「……まぁそういう事なら先に始めようか」

 

私達は整列して、互いに挨拶をする。

 

『よろしくお願いします!!』

 

一体どんな試合になるのやら……。

 

じゃんけんの結果私達は先攻に。まずは中村さんの打席。

 

「いけー!希ちゃん!」

 

「先頭頼むぞー!」

 

向こうのマウンドには橘が上がる。

 

(さて……。あの時よりもレベルアップしているのは間違いない。どれ程成長したか見せてもらうよ)

 

うちで左打ちなのは中村さんのみ。橘は左投げなので、雷轟は右打ち。相性で苦しむのはここだけだけど……。

 

そんな橘の1球目……。

 

『なっ!?』

 

(スリークォーター!?フォームを変えたのか!?)

 

橘のフォーム変更に私を含めた皆が驚いていた。サイドスローでくると思われていたストレートも急なスリークォーターに着いていけず、バットも出ない。やってくれるね……!

 

(ふふん、驚いているみたいですね。監督にフォーム変更を言われてから今のフォームでのピッチングを依織先輩とずっと練習してきたんです。秋大会までは見せるつもりはありませんでしたが、サービスですよ!)

 

『ストライク!』

 

続いて2球目は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

投げたのはスライダーか……。大会の時よりもキレが増してるね。あの中村さんが空振りしちゃってるよ。

 

(これで……三振!)

 

(なんとしてもバットに当てる!)

 

橘は3球勝負のつもりで決め球のスクリューを放ってきた。この球は以前中村さんがホームランを打った変化の小さい高速スクリューだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

中村さんはバットに当てる事が出来ず、三振に終わってしまう。

 

「ごめん……」

 

「ナイススイング。むしろよく手が出たよ」

 

「でもあの速くて変化が小さいスクリューって以前希がホームラン打った球だよな?それを空振りなんて……」

 

「……考えられる理由として橘自身が県大会の時よりも強くなっている事。これはまぁ当然として、フォームが違っていた事。サイドスローよりも上から投げられる球は体感速くなっている。2球目で中村さんが空振りしたのもそれが原因だろうね。そして1番の理由は……橘が投げる3種類のスクリュー全てを決め球だと思っている事」

 

『スクリューが決め球だと思っている事?』

 

皆の頭に疑問符が浮かんでいたので、私は説明を始めた。

 

「武田さんには言った事があると思うけど、真の決め球というのはここぞ……という場面でその球を投げ切る事なんだ。分かりやすく言えば柳大川越戦の最後に浅井さんに投げたあの魔球がそうだね」

 

「確かに……。あの時に投げたあの球は今までで1番の球だったよ」

 

「そして橘の場合は3種類のスクリューを全て同等の球質で投げてくる……。見せ球に使われるであろうストレート、カーブ、スライダーもそれぞれ良い具合に仕上がってるね」

 

「つまり橘さんから点を取るのは難しい……って事か」

 

「そうなりますね……」

 

(問題は球種は違えど橘の完全上位互換である神童さんと高校生最速のストレートを投げる大豪月さんが投げる可能性があるという事……。そうなってしまうと2人を打てる人間は限りなく0に近くなる)

 

それでもあの2人が投げるのなら、うちの投手陣にじっくりと見てほしいところだ。勿論私も含めてね……!




遥「さぁ始まりました。全国前の練習試合!」

朱里「今いる相手の面子が全国トップクラスの人達ばかりなんだよなぁ……」

遥「それって逆に言えばその人達に勝てれば全国優勝も夢じゃないよね!?」

朱里「勝てれば……ね」


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練習試合!新越谷高校VS川越シニアOG連合+α②

1回表は橘に翻弄されて三者凡退になってしまった。

 

「切り替えて守るよーっ!!」

 

しかし武田さんの一声によって三者凡退のお通夜ムードはなくなる。こういう時の武田さんは頼もしいな。岡田主将の次のキャプテンはもう武田さんで決まりじゃないかな?ムードメーカー的な意味で……。

 

そして左打席には金原が入る。

 

(ヨミには練習試合で2つも三振しちゃったからね~。その借りを全国前に返させてもらうよ♪)

 

(いずみちゃんが1番か……。全力で投げるぞ~!)

 

(……相手チームは全国トップクラスの人達ばかりだから、油断しているとその隙を突かれちゃう)

 

武田さんの初球はあの魔球。本来ならコース的に金原のバットが空を切る球なんだけど……。

 

(アタシの仕事としては後続の人達の為にヨミの球種を探る事だけど、まずは練習試合のお返し!)

 

 

カキーン!

 

 

(初球打ち!?あの球のコースは悪くないのに……!というかボール球だよ!?)

 

初球から内角低めのあの魔球を打ちヒットになった。

 

(金原は多少のボール球でも安定させてヒット性の当たりにする事が出来る……。藤和の人達もこの技術を買って1番に選出してるんだろうね)

 

まぁ清本や雷轟も同じ芸当が出来るけど、あの2人と金原はタイプが真逆だからなぁ……。

 

「彼女のバッティングは自由だな」

 

「それがいずみさんの持ち味でもあります。シニアでも悪球打ちが出来る数少ない1人でしたから、武田さんのナックルスライダーを強引にヒットに出来ました」

 

(あれが藤和高校のリードオフガールの実力……。私も負けてられない)

 

ノーアウトでランナーが一塁。次の陽さんは金原と同タイプの打者だし、同じように攻めると痛打されかねない。

 

(よーし、じゃあ初球から行っちゃおっかな~♪)

 

武田さんが投げた瞬間……。

 

「走った!?」

 

金原が盗塁。スタートのタイミングが良い。

 

『ストライク!』

 

「くっ……!」

 

山崎さんが慌てて送球するも、悠々セーフ。ノーアウトでランナーが二塁と早くもピンチの状況。

 

「盗塁のスタートは良かった……。君が指示を出したのか?」

 

「私は何も指示していません。いずみさん自身ヒット1つで得点に繋がるように動いたのでしょう」

 

「川越シニア出身の人間は皆自我が強いのか……?」

 

「……悪く言えば荒くれ者の集団ですからね。勿論キチンと指示を聞く人もいます」

 

 

カンッ!

 

 

陽さんは2球目で打ってセカンドゴロ。

 

(スタートが早い……。三塁は無理ね)

 

一塁に投げてワンアウト三塁。まだまだピンチは続いて3番の友沢。

 

(ワンアウト三塁……。亮子さんにはなんとしても点を取ってもらいましょう)

 

この状況で向こうが取りそうな行動は犠牲フライか深めのゴロ……。内野の守備も前進した方が良いんだけど、それだと友沢は内野の頭を越すバッティングをしてくるからなぁ……。

 

(慎重に……。丁寧に投げていこうね)

 

(うん!)

 

(武田の球種で要注意なのは大きく曲がるナックルスライダーとツーシーム、そして速めのストレートに朱里が投げていたストレートに見せ掛けた変化球の4つ……。それ等が上手い具合に噛み合って、相手打者を打ち取る……というのが武田の基本戦術だ。瑞希のサインは得点重視。それなら私は浅いゴロか三振に気を付けていけば良い)

 

『ストライク!』

 

初球は見逃し。友沢は慎重に打つタイプの打者だから、どこに手を出せば凡打になるのかを大体把握している。

 

『ストライク!』

 

(これもギリギリのストライクか……。武田もボールを上手くコントロール出来ているな)

 

追い込んでからの3球目。武田さんは1、2球目と同じコースにツーシームを投げた。

 

(同じコースか……。それなら打つ!)

 

 

カンッ!

 

 

打球は鋭いセンターライナー。しかもそこそこ深いので、犠牲フライには充分だ。

 

『アウト!』

 

このアウトでツーアウトになったけど、三塁ランナーである金原は余裕を持ってホームへのタッチアップを決めた。

 

1点取られてからの4番清本。

 

(清本和奈さん……。話してみた感じだと小さくて可愛らしい女の子だけど、朱里ちゃんが言うには川越リトルシニアとパワーチームである洛山高校でずっと4番を打ち続けてる)

 

(打席立つとその意味が伝わるなぁ……)

 

「…………!」

 

(中田さん以上のプレッシャーじゃん!)

 

「彼女が洛山高校の4番なのか……」

 

「ウム!我が洛山でもホームランの数はトップ!甘いコースなら軽々場外よ!!」

 

「……その発言が決して大袈裟ではないのが和奈さんです」

 

「この試合でも見れるかな~?和奈の場外弾」

 

「どうでしょうね。武田さんも良い投手ですから、借りに打たれたとしてもそう何度もホームランにする事は難しいかもしれません」

 

ツーアウトでランナーもいないけど、1点取られている……。加えて清本の打順。流れが良くないなぁ……。

 

(4~6番の清本、中田さん、非道さんの3人は通算ホームランが二桁越えのパワーヒッターだ……。並の投手なら、ここは歩かせて次の打者との勝負に臨んだ方が良いんだけど……)

 

多分武田さんは勝負するだろうね。公式戦じゃないから全然構わないんだけど、もしも武田さんが落ち込むような事があったら……。

 

(その心配は杞憂である事を祈る……)

 

新越谷のエースVS昨年のシニア最強打者との対決が今幕を開けた……!




遥「先制点取られちゃった……」

朱里「新越谷の売りが余り発揮出来てないような気がするね」

遥「でも取られたら取り返せば良いよね!」

朱里「それが出来たら苦労しないんだよなぁ……」

遥「どんな投手からも打ってやる!」

朱里「頑張ってね」


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練習試合!新越谷高校VS川越シニアOG連合+α③

ツーアウトランナーなし。この場面で4番の清本が右打席に立つ。

 

(こうやって対峙しているだけでわかるこの威圧感……。どうやって抑えたら良いかわからないよ。とにかく外角いっぱいに投げて歩かせ気味にいこう)

 

(了解!)

 

注目の第1球は……。

 

『ボール!』

 

外角いっぱいのコースにストレートを投げて小柄な清本がボールに届かないようにする……。悪くない戦術だ。

 

(成程。それだと2球目は……!)

 

(次は同じコースからあの球を!)

 

(タマちゃんを信用してない訳じゃないけど……。と、捕れるのかなあ……?)

 

2球目。1球目とコースは同じだけど、投げたのはあの魔球の為更に外へと曲がる。

 

(予想通り!)

 

清本は予想していたのか、バッターボックス端まで踏み込んできた。

 

(踏み込んだ!?でもここから曲がるあの球は届かない筈……!)

 

あの魔球が曲がり始める。

 

(実際に見ると曲がりが大きい。でも……!)

 

 

ガッ……!

 

 

(よし、詰まらせた!)

 

体勢を崩して強引にあの魔球を打った清本はその影響で転倒する。打球は私がいるライトなんだけど……。

 

(ちょっ、伸びすぎ伸びすぎ!)

 

 

ガシャンッ!

 

 

打球はポールに直撃してホームランとなった。これには洛山の2人と二宮以外の皆が驚いていた。

 

(ど、どん詰まりの当たりだったよね……?)

 

「和奈さんは高校に入って更にパワーを付けましたね」

 

「フハハハ!あれが我が洛山高校の4番打者……清本和奈よ!」

 

「これにはプロスラッガーもびっくり~」

 

「いやいやいや、可笑しいだろう!何故あんな体勢を崩した……というか転んでいたぞ!?それなのにどうしてあの当たりが出せる!?」

 

「やー、アタシ達は慣れてたからそんなに驚いてないけど、やっぱり可笑しいですよね~」

 

「それはそうだろう。シニアにいた頃でも何回かあんな風に和奈がホームランを打つ場面を見たが、今でも疑問に思うぞ……」

 

「……何にせよ今は頼もしい味方だ。清本のホームランを喜ぼうじゃないか」

 

(それにしても今の打撃……。清本と勝負をする時は最大限警戒しないと打たれてしまうな。全国前に清本の規格外なパワーを見られて良かったよ)

 

その後武田さんは中田さんにも良い当たりを打たれるが、なんとかライトフライに抑えた。

 

(やはり武田もレベルアップしているな。完全に打ち損じてしまった……。それを思うとあんなホームランを打った洛山の清本が異常なだけだな。あれでまだ1年生か……)

 

とにかく2点で済んで良かったよ。下手すればもう2、3点取られていた可能性もあったからね……。

 

「初回から2点ビハインドか……」

 

「あのホームランは完全に予想外だったわ」

 

「あれが川越リトルシニアで6年間4番を打ち続けて、洛山高校でも4番を打っている清本和奈の実力……。尤もあんな打ち方をした事には私もびっくりしたけどね」

 

(もしもあれが前に言っていた敬遠球を打つ方法だとしたら、清本相手には勝負を避ける事すら出来ない……か)

 

そもそも身長140しかない筈なのに、どこからそんなパワーが出るんだよ!?

 

「……今は攻撃に集中しましょう。新越谷にも清本に負けないスラッガーがいますからね」

 

「そうか……。遥!」

 

「頼んだぜ!スラッガー!!」

 

「任せてよ!!」

 

次はうちのスラッガーの実力を見せる番だ。まぁ相手チームは全員雷轟の実力を知っている訳だけど……。

 

雷轟が右打席に立って相手に威圧感を放つ。それは清本にも負けない代物だ。

 

(これは和奈さんに匹敵する……というのも事実に近付いて来ましたね)

 

(大会でホームランを打たれた借りを……返させてもらいますよ!)

 

雷轟と橘の2度目の対決……。どちらが勝つのかは全く予想出来ないけど……。

 

(初球からいきましょうか)

 

(勿論!)

 

橘が投げたのは最大変化のスクリュー。これは友沢のスクリューよりも大きく変化している。

 

『ストライク!』

 

「凄い曲がり方……。あれじゃあバットに届かないよ」

 

「準決勝で私達が受けた展開だな。外角低めのギリギリストライクゾーンって……」

 

「でも……それでも遥ちゃんならなんとかしてくれるかも知れない」

 

「そうだね。今の私達は雷轟が橘のスクリューを打つ事を信じよう」

 

だから頼んだよ雷轟。新越谷最強のスラッガー!

 

(2球目はどうしますか?ストレートやスライダー、打ち取るスクリュー等でタイミングを狂わせますか?)

 

(ううん、雷轟さんにはずっとこれでいく……!)

 

(……そうですか。それなら確実に投げ切りましょう)

 

2球目も最大変化のスクリュー。完全に雷轟を三振させるつもりで投げてるね。

 

『ストライク!』

 

2球連続で雷轟は見逃している。手が出ないとか、打つ気がないとかじゃないよね?

 

(これで……フィニッシュ!)

 

3球目に投げたのは……。

 

「うわっ!さっきまでよりもエグい変化してるぞ!」

 

「遥ちゃん!」

 

(……ここだ!!)

 

「はぁっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「いけっ!」

 

「入れ!」

 

 

ドンッ!

 

 

打球はそのままスタンドへと吸い込まれた。

 

「ホームラン!」

 

「これで1点差だ!」

 

「流石遥ちゃんね!」

 

「ないばっちー!」

 

雷轟がホームまで1周すると皆から手荒い祝福を受けていた。それにしてもよく今のスクリューを打てたな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、やってるやってる!」

 

「遅れてしまったわね……」

 

「今日は瑞希ちゃんから頼まれたからね。入念な準備をしてきたよ!」

 

「そのせいでここまで遅れている事をわかっているのかしら?」

 

「うぐっ……!」

 

「朱里の事も気掛かりだし、早く入りましょう」

 

「朱里ちゃん、元気にやってるかなぁ……?」




遥「私はホームランを打った!」

朱里「良かったね」

遥「朱里ちゃん冷たい!」

朱里「私にどんな反応を求めてるのさ……」

遥「それは……」

朱里「話の最後に現れた2人は一体何者なのか?それは次回に明かされます」

遥「無視!?」


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練習試合!新越谷高校VS川越シニアOG連合+α④

中盤戦に登場予定の新キャラがこの話のラストに登場します。ちょっと予定を変更しました。


2回表は雷轟のホームランによる1点で終わった。やはりあの程度では橘を崩す事は出来ないか。梁幽館戦でも中村さんと雷轟にホームランを打たれても崩れなかったからな……。

 

それで2回裏の向こうの攻撃は……。

 

「よろしく~」

 

6番の非道さんからだ。

 

「この回の打順は非道からか!これは面白い事が起こりそうだな!」

 

「去年対戦したが、非道はなんて言うか……不気味な打者だからな」

 

「不気味?」

 

向こうのベンチではそんな話がされていた。不気味とはどういう意味だろうか?確かに変わった人ではあるけど……。

 

(なんか不思議な人……。でも洛山高校ではクリーンアップを打っている。下手にいくとホームラン……なんて事になりかねないね)

 

 

(うん……!)

 

武田さんは1球目からあの魔球を外角低めギリギリのストライクゾーンに投げ込む。

 

『ストライク!』

 

(これは……確かに厄介な球だね~。清本ちゃんはよくホームランを打てたものだ~)

 

『ストライク!』

 

(審判によってはボール判定されるコースなのに、それでもストライクの判定……。この打席は様子見かな~)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(次の打席には打たせてもらうよ~)

 

3球続けてあの魔球を外角低めに決めて三振。なんだけど……。

 

(1球もバットを振らなかった……というのがなんか嫌な予感がする。なんだろうこの胸騒ぎは?)

 

「1球も振らなかったのは珍しいな非道?」

 

「球筋を見極めたかったんですよ~」

 

「次は打てそうか?」

 

「多分なんとかなるんじゃないですかね~」

 

7番の田辺さんはあの魔球を打ち損じてファーストゴロ。これでツーアウト。

 

(初見でもあの球を打ってきた……。咲桜……いや、全国クラスになるとあの球は想定の範囲内って事か)

 

そしてツーアウトの場面で打者は二宮。

 

「よろしくお願いします」

 

(二宮さん……。この人も打席に入るとどことなく妙な感じがする)

 

二宮は打力こそ並程度だけど、打つ時は打つ……。そんなタイプの打者。

 

そんな二宮に対する1球目は強ストレート。二宮はそれを見逃す。

 

『ストライク!』

 

(今のストレートが梁幽館打線を苦しめたストレートですか……。これは凡打を誘うタイプの球ですね)

 

『ストライク!』

 

(2球目は緩急を付ける為にナックルスライダーですか……。これ等を散らすだけで打者は迂闊に手を出す事は出来ない……というのも仕組みですね。配球次第で全国でも打者を打ち取る事が出来そうです)

 

2球連続で見逃し。ここまでは非道さんと一緒か……。

 

(流石に二宮が三振で終わる……なんて事はないと思うけど)

 

(3球目は朱里ちゃんの球でお願い)

 

(了解!)

 

(3球目はストレート?いや、これは……!)

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

(打ってきた!?)

 

(朱里さんが投げていたストレートに見せ掛けた変化球ですか。媒体はカーブですね)

 

3球目に投げたのは偽ストレートか。私がよく投げていた球だけあって3年間その球を捕っていた二宮がそれを打つのは容易い。見極めも完璧だった……。

 

(二宮はリトルシニアでは誰にも当てはまらないタイプの打者だった。だから下位でもずっと起用されていたね)

 

特にシニアの監督は二宮と意気投合してたもんなぁ……。

 

『ファール!』

 

『ファール!』

 

『ファール!』

 

『ファール!』

 

『ファール!』

 

そこから5球連続で武田さんの球をカットする。投げたのは強ストレート、ツーシーム、あの魔球。それぞれの球を散らしていたにも関わらず、二宮は上手くカットした。

 

(粘ってくるな……。流石二宮といったところか)

 

(全部カットしてくる。あの球や強ストレートまで……!)

 

更に二宮はボール球を見逃し、ストライクゾーンを通る球はカットして、フルカウント。

 

(かなり投げさせられているな……。かと言って甘く入る訳にはいかないし、どうすれば……)

 

二宮に対する策を考える為にタイムをかけた。とりあえずライトから私も駆け付けた。

 

「随分粘ってくるわね……」

 

「二宮はリトルシニア時代でも粘ってからヒットを打つ事を得意としている……。それは相手投手の球数を稼ぐのと、球種を仲間に見せる為にあのようにわざとカットしている場面が多い」

 

「じゃあどうすれば良いの?」

 

「対策の1つとしては敬遠する事。これはこれで向こうの思惑通りになるかもだから、余り推奨は出来ないね」

 

「他には?」

 

「二宮の予想を凌駕する程の球を投げる事かな?」

 

(まぁそれはそれで二宮の術中にはまっている気がするけどね。敵に回るとこれ程厄介とは……)

 

長きに渡ってバッテリーが取った作戦は……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

二宮を歩かせる事になった。でも既に二宮だけで20球も投げさせられた。次の回は球数を考える必要があるね。

 

(20球……。予想よりも稼げましたね。これで二巡目の布石を敷く事が出来ました)

 

9番の橘は三振。これでチェンジになったんだけど、後味悪い展開になってきたな……。

 

「あっ、2回が終わってる!」

 

「手続きをキチンとしていれば途中で間に合ったと思うわよ。貴女がモタモタしていたのが悪いんじゃない……」

 

2回が終わった後に2人の女性がグラウンドに現れた。

 

「久し振りだね朱里ちゃん。元気そうで何よりだよ!」

 

「お久し振りです六道さん」

 

川越シニアの現監督の六道響さんと一緒にいるのは……。

 

「朱里」

 

「か、母さん!?」

 

私の母である早川茜だった……。なんでここに?というか六道さんと今でも面識あったの?




朱里「まさか最後に登場した2人の内の1人が母さんだったとは……」

遥「朱里ちゃんのお義母さん!?」

朱里「……お母さんの発音が可笑しいと思うのは気のせいだよね?」

遥「次回は中盤戦である3回から入るよ!」

朱里「7イニングの野球の中盤戦って3回からで良いんだろうか?」


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練習試合!新越谷高校VS川越シニアOG連合+α⑤

「母さん……。六道さんと今でも面識あるの?」

 

20年前に2人がバッテリーを組んでたって話は聞いた事があるけど……。

 

「茜ちゃんは私の飲み仲間だよ!」

 

「貴女が勝手に絡んでくるのよ……。とりあえず何人しか私達の事を知らないみたいだし、自己紹介でもしたらどうかしら?」

 

「そうだったね!」

 

六道さんはこっちに向き直り自己紹介を始めた。

 

「私は六道響だよ!川越シニアで監督をやってるんだ。よろしくね!」

 

「早川茜よ。朱里の母に当たるわ。よろしく」

 

「あ、朱里ちゃんの……」

 

『お母さん!?』

 

『お義母さん!?』

 

な、何人かお母さんの意味が違って聞こえるのは私の耳が可笑しくなったと考えた方が良いのかな……?

 

「ちょっと待って……。六道響さんと早川茜さんって……まさか20年前に世界一の高校生バッテリーって呼ばれたあの!?」

 

2人の名前にいち早く反応したのは芳乃さんだった。名前を聞いた事がある人達だから、川越シニアにいた人以外は皆騒然としていた。今試合中なんですけど?

 

まぁこの2人はかなり有名人だったらしいからね。私も最近知ったけど。

 

「なんか久々に聞いたね。その通り名」

 

「貴女はシニアで監督をやっているけれど、私なんてもうただの主婦よ?」

 

「いやいや、茜ちゃんも腕は衰えてないじゃん。この前の草野球擬きでも投手として活躍してたよね?」

 

「あんな機会も2度とないでしょうね。それにまだ私も最低限の事は出来るわ。だって朱里に投球の技術を教えているもの」

 

あの……?だから今は試合中ですよ?何をヒートアップしてるんですか?

 

「朱里があんなに凄い投球をするのは最強投手と呼ばれた母親からだったとはな……」

 

「道理で朱里が鋭い投球をする訳だね……」

 

「流石朱里せんぱいです!」

 

私が母親に投球の技術を教わっている事は二宮と清本以外は知らなかったので、川越シニア出身の3人も驚いていた。

 

「今は試合中なのだし、私達は連合チームの責任者として合流するわよ」

 

「まぁ指示出しは瑞希ちゃんだけでもでいけると思うし、私達はベンチから観戦だね!」

 

「じゃあ二宮達の監督って……」

 

「私達よ。響が言っていたように私達はただ貴女達の試合を観るだけになると思うわ。責任者……という立場上連合チームの監督になるだけ」

 

これは本当に凄いチームになったな……。川越シニアの監督をやっている六道さんとそんな六道さんと20年前にバッテリーを組んでた母さん。

 

六道さんは言うまでもなく優れた指導者だし、母さんも私が物心ついた頃から父さんと一緒に野球を教えてもらった……。

 

私の転校騒動で両親と揉めた時期もあるけど、それを乗り越えた今では普通に仲の良い親子だと思いたい。

 

3回表の打順は私からか……。

 

(母さんと六道さんが見てるからな……。普段よりも緊張がヤバいな)

 

「あら、朱里の打順からなのね」

 

「朱里ちゃんは他のシニアだったらクリーンアップでも通用する程のバッティングセンスの持ち主だからね。はづきちゃんの球もどこまで成長してるか楽しみだなぁ」

 

な、なんか六道さんからプレッシャーが……!?

 

(それよりも打席に集中しないとね……!)

 

(朱里せんぱいとの対決……。大会ではビハインドの最終回でそんな余裕はなかったけど、今はリードしてる。楽しませてもらいます!)

 

橘の1球目はストレート。変化球じゃないなら余裕で打てる!

 

 

カンッ!

 

 

(しまった。初球打ち!?)

 

『ファール!』

 

(初球で決めたかった……。ヒットに出来なかったのが痛すぎる)

 

(ファールで助かりました。朱里さんにストレートは通用しませんね……)

 

(それならスクリューで!)

 

2球目に投げたのはスクリュー。変化量からしてスライダーやカーブと同等の真ん中のスクリューだね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(危ない危ない。空振りするかと思ったよ……)

 

「良いぞ朱里!」

 

「当たる!当たるよーっ!」

 

ただでさえ今負けてるんだ……!意地でも打たせてもらう!

 

 

カキーン!

 

 

「やった!外野抜けた!」

 

「回れ回れ!」

 

打球はライトオーバーになったので、私は一塁を回る。

 

(って流石中田さんの肩強いな。間に合うか……?)

 

『セーフ!』

 

ギリギリツーベースになった……。これで一打同点だ。あとは武田さん達に任せよう。

 

「次はヨミだな」

 

「ヨミちゃーん!決勝戦のようなホームランを期待してるよー!」

 

(とか言いつつも……!)

 

(送りバントだね。了解!)

 

(この局面は十中八九送りバントでしょう……。発言からしてヒッティングの可能性もありますが、読み負けた時のリスクが大きいので無理は出来ませんね。ここは素直にワンアウトを貰いましょうか)

 

 

コンッ。

 

 

武田さんがバントを成功させてワンアウト三塁。次は中村さんだ。

 

「一打同点だ!」

 

「いけーっ!希ちゃん!」

 

(1打席目の借りは返す……!)

 

(上位打線は危険ですが、歩かせる訳にもいきませんね……)

 

「内野、外野は前進してください!」

 

ランナーが三塁にいるので、相手は前進守備をし始めた。まぁセオリー通りだけど……。

 

「セオリー通りのシフトね」

 

「連合チームの実力を考えると頭を抜かれても長打にならなさそうだね。逆を突かれても大きな被害は出ないって瑞希ちゃんは考えたみたい……」

 

この状況だと一塁線に打てればチャンスが広がると思うけど……。

 

(狙いは一塁線……。朱里ちゃんを返す!)

 

 

カキーン!

 

 

「レフト!」

 

(アタシか~。届くかな……?)

 

レフトである金原は後方に飛んだボールに飛び込んだ。その結果は……。

 

『アウト!』

 

「ふー、なんとか間に合った……」

 

嘘!?捕られた!?私は既にホーム近くまで来てるから……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

三塁まで戻れず刺されてしまう……。

 

(ヤバいな……。この回で同点に出来なかったのはきついかも)

 

向こうのベンチでは神童さんと大豪月さんが肩を作る為にキャッチボールをしていた。つまり次のイニング辺りからどちらかが投げるという事……。

 

(次の回は2番から……。幸い雷轟には回ってくるし、そこに期待は持てるけど……)

 

是非とも藤田さんか山崎さんが塁に出てチャンスを作ってほしいところだ。




遥「同点に出来なかった……」

朱里「次の回にまた雷轟に回ってくるから、それに期待だね」

遥「向こうは投手を代えてくるよね?」

朱里「そうだね。大豪月さんか神童さんか……」

遥「どっちが来ても打つ!!」


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練習試合!新越谷高校VS川越シニアOG連合+α⑥

3回裏の武田さんはランナーを出しつつも無失点で切り抜けた。まさかあの清本も凡打に打ち取るとはね……。

 

(二巡目になったら武田さんを捉えられると思いましたが……。武田さんはまだまだ成長途中……という事ですね)

 

「うう……!打ち取られちゃった」

 

「ドンマイ和奈♪」

 

「向こうでは朱里が肩を作っている。恐らく後半で投げてくるだろうな」

 

(これは朱里さんの成長ぶりも間近で見られるチャンスですね)

 

そして4回表なんだけど……。

 

「よっし!やっと私の出番が来たぞー!!」

 

連合チームの投手は橘から大豪月さんに代わった。1点差が物凄く大きく感じるな……。しかもこの後は神童さんも控えているんでしょ?

 

「いくぞ新越谷!!」

 

 

ズドンッ!!

 

 

「は、速い……」

 

「こんなの打てるのかよ……」

 

大豪月さんが投げる球に皆は驚愕していた。流石高校生最速投手といったところだね……。

 

「これが高校生最速投手なのね……」

 

「藤原先輩……」

 

「私も……あんな球を投げられるかしら?」

 

「不可能ではないと思いますよ。大豪月さん程ではないにしろ、それに匹敵する投手になれる……藤原先輩はその素質を秘めています」

 

「打席でも見てみたいわね」

 

(新越谷で1番成長しているのは多分藤原先輩だ。それも精神面で大きく……。投手としても洛山の大豪月さんや白糸台の新井さんに負けない速球型の投手になれる筈……!)

 

息吹さんは武田さんのような変化球型の投手を目指してほしい。この大豪月さんの後に投げるであろう神童さんみたいに……!

 

2番の藤田さん、3番の山崎さんは大豪月さんのストレートに手が出ず三振になってしまう。

 

「ごめんなさい……」

 

「全く手が出なかったよ……」

 

「気にしない気にしない。全国で当たる前に大豪月さんのストレートを体験出来て良かった……そう考えると良いよ」

 

あとはうちのスラッガーに任せますかね……。

 

「頼んだよ雷轟。ここで打てなきゃ私達の負けと思った方が良いよ」

 

「ちょっ!?プレッシャーなんだけど!?」

 

「正直私達では大豪月さんのストレートを打てるかわからないからな……」

 

「頼んだぜ遥!」

 

「や、やってみる!」

 

大豪月さんは右投げなので、雷轟は左打席に立つ。

 

「あれ?あの子って……」

 

「朱里が気にかけている子ね。野球を本格的に始めたのは今年かららしいわ」

 

「って事は初心者なんだ……。そんな子が4番って凄いんだね!」

 

「彼女は現時点で新越谷のスラッガーと化しています。1打席目でもはづきさんからホームランを打っています」

 

「あのはづきちゃんから!?……前のシニアの監督と朱里ちゃんからあの子をチームの採用試験落としたって話を聞いた時は勿体ないって思ったけど、本当に勿体なかったなぁ」

 

「テストではポロポロと落としていたらしいですからね。雷轟さん打撃を見る前に落としてしまったと……」

 

「……でもそのお陰であの子があそこまで大きくなったって事だよね」

 

「その日から朱里さんが彼女の練習に付き添っていたみたいです」

 

「この打席ではどんな勝負を見せてくれるのかしらね」

 

向こうのベンチでは母さんと六道さんと高橋さんが雷轟についての総評を話していた。

 

(私が水面下で育成した雷轟の実力を見ておいてよ……)

 

雷轟と大豪月さんの2人からピリピリとした空気が流れた。

 

(雷轟遥……。コイツは今まで戦ってきた奴等とは一味違うな。面白い!私のストレートを打てるかな?)

 

(菫ちゃんと珠姫ちゃんからどんな感じかは聞いた……。あとは私のタイミングで……!)

 

雷轟対大豪月さん。注目の1球目は……。

 

「うおおおおっ!!」

 

(スイング始動!)

 

(もう振ってきた!?)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「すげぇ……。遥の奴当てたぞ!」

 

「ああ、やっぱり遥は凄いな!」

 

(やはり当ててきたか……!)

 

(腕が痺れる……。これが最高のストレート!)

 

2球目のストレートも……。

 

 

カンッ!

 

 

(ボールが真後ろに……!タイミングが合ってきた証拠ですね。このままストレート1本で勝負をするのは危険ですが……)

 

(野球はこうでないとな!力と力のぶつかりあい……。これが私の望んでいた野球なんだ!!)

 

「2球目も当てたわ!」

 

「ここまできたら打ってほしいね」

 

(よし……!上手く合わせられた。次で打つ!!)

 

次の3球目で決着が着きそうだね。

 

「な、なんて緊張感……」

 

「お互いに集中しているのが伝わってきますね……」

 

「次の1球で決着が着きそうだよ!」

 

(いくぞ雷轟遥……!これが私の……全力だ!!)

 

3球目に投げた大豪月さんのストレートは今までで1番速いボールだ。少なくとも私じゃ打てないなぁ……。

 

(それでも雷轟なら打てる……!)

 

(力には力で……!私の全力を大豪月さんのストレートにぶつける!!)

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「打球は!?」

 

「レフト……に……」

 

雷轟が打った打球は弾丸みたいなライナーを描き、そのままスタンドへ一直線に入っていった。

 

「ほ、ホームランだ!」

 

「あのストレートを打っちゃった!?」

 

「凄いよ遥ちゃん!!」

 

「遂に同点ね!」

 

雷轟は1打席目と同じように手荒い祝福を受けていた。もしかして雷轟がホームランを打つ度にこれやるの?

 

「…………」

 

「大豪月さん……」

 

「フハハハハ!雷轟遥、流石私が見込んだ女だ……。だが次は負けん!それにまだ試合は終わってないからな!後続を抑えるぞ!!」

 

5番の主将が雷轟に続こうと食らい付こうとするけど、三振に終わる。当たりそうな気配を感じただけに惜しい。

 

(くっ……!全国で当たるまでには打てるようにならないとな)

 

主将を見ると次は打つという空気を感じた。新越谷は雷轟だけじゃないってところを向こうの連合チームに……そして母さんに見せなきゃね!

 

「あの子……打ったね」

 

「ええ、良いスイングだったわ」

 

「あの時投げた大豪月さんのストレートも過去最高のもの……。どちらが勝っても可笑しくありませんでした」

 

4回表終了時で2対2の同点。この試合に勝てたら全国前に良い勢いになるんだけど……。




遥「やった!ホームラン打てた!!」

朱里「あの大豪月さんからホームラン……。最早雷轟の勢いが止まらないね」

遥「どんな投手でも打つよ!」

朱里「果たして本当に打てるのかな……?」

遥「次回で練習試合は最後だよ!」

朱里「私達は連合チームに勝つ事が出来るのか?」

遥「勝つのは私達だよ!」


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練習試合!新越谷高校VS川越シニアOG連合+α⑦

4回、5回、6回と武田さんはランナーを許しても、得点までには至らず2回からは無失点で切り抜けている。

 

一方の大豪月さんは雷轟以外にはバットに掠らせる事すら許さず三振に抑える。全国で洛山と当たった時どうするかも考えておかないとね……!

 

そして6回裏。こっちの投手は武田さんに代わって……。

 

「朱里ちゃん頑張ってー!」

 

「向こうの打線を食い止めろー!」

 

私が投げる事になった。ライトには前の回で武田さんの代打で出た大村さんが入っている。

 

「朱里ちゃんと勝負……!」

 

しかも向こうの攻撃は清本から。でもここを切ると流れはこっちに来る筈……!

 

(この試合はあくまでも全国前の調整のつもりで投げる予定だったんだけど……)

 

向こうの面子がガチガチだもんなぁ……。とりあえず私の方は練習中のフォークは投げずにそれ以外でいこう。山崎さんにも了承を得てるしね。

 

(初球はストレート!)

 

(これは……速い方のストレートだ!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

初球から打ってきたか……。っていうか場外まで飛んだんだけど!?それなら次は!

 

(速度は同じ……もらった!)

 

『ストライク!』

 

(しまった!SFF!?朱里ちゃんの速い方のストレートと球速が同じだから思わず釣られてしまったよ……。次はちゃんと見極める……!)

 

(追い込むだけなら簡単に出来る。次に投げる球は……)

 

私が3球目に投げた球は……。

 

(遅い……。ストレートに見せ掛けた変化球?媒体になっている変化球は……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(合わせられた……。偽ストレートの媒体をSFFにして投げたけど、読まれていたか)

 

(朱里ちゃん、どんどんいこう!)

 

(勿論だよ)

 

その後偽ストレートを連続で投げる私だけど、清本には全部カットされる。打球は全部ホームラン性の打球だし。

 

『ファール!』

 

今ので15球目……。これ以上球数を費やすのは良くないな。こうなったらシニア時代に唯一清本を打ち取った球でいく!

 

(いくよ山崎さん!)

 

(来て!朱里ちゃん!)

 

私がシニア時代に清本を打ち取った球……!

 

(この球は……!)

 

 

ガッ……!

 

 

清本が打った打球はふらふらと上がって外野が定位置で……って。

 

(いやいやいや、伸び過ぎですから!ホームランにならないよね!?)

 

レフトの雷轟はフェンスいっぱいまで下がりぶつかる。なんて馬鹿力なのさ!

 

(これ以上下がれないよー!)

 

それでも雷轟は諦めずに腕を伸ばす。その結果は……!

 

『アウト!』

 

なんとか雷轟が捕球してアウトになった。滅茶苦茶危なかったよ……。

 

「惜しかったね和奈」

 

「完全に詰まらされたよ……」

 

「朱里さんが最後に投げた球はシニアでも殆んど投げなかったので、意表を突かれましたね」

 

「朱里せんぱいがあれを投げるのは主に紅白戦で和奈ちゃん相手にだもんね」

 

「でも2人共ナイスファイトだったよ!」

 

「ええ、どちらが勝っても可笑しくなかった……。特に速いストレートとSFFは良かったわ」

 

(朱里が清本さんに投げたのはツーシーム……。他の変化球に比べて決め球に匹敵する球威だったわね。新越谷に入ってからの朱里の成長を私は余り知らない。それは朱里が新越谷に残りたいが為に私達に内緒で練習した成果……と考えるべきかしら)

 

後続の中田さんと非道さんも打ち取りチェンジとなった。

 

(でも非道さんはなんか不気味だったな……。武田さんと山崎さんの忠告がなかったら打たれてたかも知れないね。現に2打席目以降の非道さんは武田さんの球を初球から打ってヒットにしているし)

 

7回表。連合チームは投手を交代。

 

「私はまだまだ投げられるが……。まぁ良い。頼んだぞ神童!」

 

「はは……。まぁ精一杯やるさ」

 

(遂に出て来たか……!)

 

神童裕菜。白糸台高校の春夏4連覇の立役者であり、複数の変化球を操って打者を翻弄させる。決め球は変化球全部とも言われている程の変化球型投手だ。

 

7回表の攻撃はクリーンアップからなので、勝ち越しのチャンスだ。

 

(一足早い新越谷戦か……。サインはどうする?)

 

(いつも通りで良いでしょう。新越谷は手強い相手ですが、神童さんの変化球があればこの短いイニングで打たれる事はありません)

 

3番の山崎さんにはスライダー、カーブ、シュートと3種類の変化球で三振。

 

「ごめん……」

 

「神童さんが今投げた変化球はどれも決め球クラス……。あれだと狙い球を絞るのも難しいね」

 

「遥なら打てるよな!?」

 

「やってみる!」

 

確かに大豪月さんの豪速球をホームランにした雷轟ならその期待値は高い。でも……。

 

「こい!!」

 

(こうして対峙すると威圧感があるな……)

 

(こちらも全力でいきましょう)

 

雷轟に対する1球目は……。

 

『ストライク!』

 

「な、なんだ今の球は!?」

 

「……多分ツーシームだね。私や武田さんが投げるそれとは比べ物にならないノビとキレがある」

 

これまで4球種……。どれかに狙い球を絞るなんて不可能に近い。

 

『ストライク!』

 

更に神童さんが今投げたのはシンカー。これも今までの変化球と遜色ないキレと変化量で曲がる。

 

「圧倒的な変化球ね。今投げているのが高校生最強の投手と呼ばれた人間……」

 

「神童裕菜ちゃん……。あの子は今すぐプロ入りしたとして、来年には二桁勝利は確実だろうね」

 

「今後神童さんを攻略出来る人間がいるかいないかで今年の全国大会の勝者が決まるわ」

 

あっという間に追い込まれた雷轟はバットを短く持ってなんとしても神童さんの球を打とうとしていた。

 

(な、何がなんでも打たなきゃ……!打ってこの試合に勝つ!!)

 

(……良い闘志だ。だがまだ負ける訳にはいかない!)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「は、遥が手も出ずに三振……」

 

「しかも今神童さんが投げたのはまた新しい変化球だし……」

 

神童さんが最後に投げたのはフォーク。これも他の変化球と同レベルのキレと変化量だった。

 

5番の主将も神童さんの変化球にきりきりまい。三振に倒れる。

 

「と、とにかく切り替えて守りに入るよ!」

 

「こうなると投手戦だな!」

 

「それはヨミの時からそうだったんじゃ……?」

 

そんな空気で守る7回裏だけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

神童さんにホームランを打たれました……。二宮達に攻略方法を聞いたのだろうか?

 

『ゲームセット!!』

 

2対3で練習試合は連合チームの勝利となった。

 

「皆、試合お疲れ様!この後少し休憩してから合同で練習するよ!」

 

「練習は厳しくいくから、覚悟しておきなさい」

 

母さんの言葉に何人か震えていた。母さんと六道さんの練習メニューか……。これは厳しいものになるだろうね。

 

「…………」

 

「負けちゃったね朱里ちゃん……」

 

「そうだね。でもこれも私達には良い経験値になった……。全国ではこの借りは必ず返すよ」

 

「そうだね……」

 

しかしこの練習試合を切っ掛けに私は調子を崩す事になるのをまだ知らなかった……。




遥「練習試合負けちゃった……」

朱里「まぁ勝つ事もあれば負ける事もあるよ」

遥「全国でこの借りは絶対に返すよ!!」

朱里「燃えてるねぇ……」


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藤原理沙の秘密特訓

いつもよりも短くなっております……。


あの練習試合から1週間……。私は朝練として1人で投げ込んでいる。ちなみに許可はもらったよ。それで……。

 

(ああ……。やっぱりなんか調子が悪いなぁ。あの練習試合……具体的に言えば神童さんにホームランを打たれてからだ。シニアの紅白戦で清本や友沢に打たれた時はこんな事はなかったのに……)

 

あの時は紅白戦だから……という理由で、今回の場合は全国で当たるかもしれないから、いざ本番!……ってなると打たれるイメージを植え付けられているからだと思う。それで思ったように投げられない。

 

武田さんはいつも通り投げられていた……。私と武田さんの何が違っているのかをここ数日検証してみた結果、メンタル面に原因があるんじゃないかとわかった。

 

(そう考えると武田さんは凄いよなぁ……。全国大会も秋大会もエースは武田さんの方が良いのかも知れない)

 

まぁ悩んだって仕方ない。皆もそろそろ来るし、私の方は一旦切り上げよう。

 

(調子が悪くなったら悪くなったで私は息吹さんと藤原先輩に投手の練習メニューを考えるのに徹して、そのサポートに入れば良い)

 

「おはよう朱里。今日も早いな」

 

最初に来たのは主将と藤原先輩の2年生コンビだ。

 

「岡田主将、藤原先輩、おはようございます」

 

「おはよう朱里ちゃん。グラウンドの準備もありがとう」

 

「いえいえ。皆も来てすぐに練習したいでしょうし、これくらいは私がやっておきますよ」

 

私も私で自主練してたしね。

 

「朱里ちゃん、皆が来る前に私の投球フォームを見てもらって良いかしら?」

 

「良いですよ」

 

まずは藤原先輩のフォームチェックから。藤原先輩の今の投球フォームはオーバースロー。ストレートを活かすにはもってこいのフォームだ。

 

「理沙の投球フォームも大分様になってきたな」

 

「はい。これなら良いボールを投げられます」

 

「ちょっと投げてみても良いかしら?」

 

「良いですよ。私がボールを受けますね」

 

本職の捕手程ではないけど、捕球だけなら私でも出来る。だからこうして藤原先輩や息吹さんの秘密特訓に時々付き合っている。私の成長のヒントになるかも知れないしね。

 

「それなら私は打席に入るか」

 

主将が打席に入り、藤原先輩の投球練習が始まる。

 

「じゃあいくわよ……!」

 

藤原先輩はミットに目掛けて思い切り投げた。

 

 

ズバンッ!!

 

 

「は、速い……!理沙!いつの間にこんな球を投げられるようになったんだ!?」

 

「朱里ちゃんのお陰よ。……とは言っても今のは上手く投げられただけで、この球はまだまだ制球が出来ていないの」

 

「今後はこの球を上手く制球させるのが課題ですね。あとは下半身を鍛えれば球も安定します。完成したら山崎さんにも見てもらいましょう」

 

「ええ!」

 

藤原先輩のストレートもノビとキレが増してきた。1週間前に大豪月さんの球を見せたのが大きな切っ掛けになってここまで成長した。

 

「おはようございまーす!」

 

「ええ、おはよう」

 

「あっ、朱里ちゃんがもう来てる!」

 

「随分張り切ってるわね……」

 

「私だって全国に向けてどんどん練習したいしね。皆よりも早く来て練習するさ」

 

「よーし!私達も張り切っていくよタマちゃん!!」

 

「ちょっ!くっつかないで!暑い!」

 

武田さんと山崎さんは相変わらず仲良いよね。春夏秋冬イチャイチャしてそう……。

 

「皆さん揃っていますね。では今日も全国に向けて練習していきましょう」

 

『はいっ!!』

 

全国まで1週間を切った……。私の方もなんとかしないとね。

 

(明日辺り相談しておこうかな……)

 

そう決意して私も練習に参加しに行った。



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早川朱里のイップス克服計画始動!

今日も私は皆より一足早く朝練。

 

 

ガシャンッ!

 

 

(はぁ……。上手く投げられない。なんだろうねこれは……。リトルシニア時代でもこんな事はなかったのにね)

 

でも誰に相談しようかな?普通に考えたら主将や捕手の山崎さんやマネージャーの芳乃さん、あとは同じメインポジションが投手の武田さんかな?いっそのこと全員に……?

 

(いやいや、流石に迷惑か……)

 

「あれ?今日も朱里ちゃん早いね。おはよう」

 

(それならもう私は今後野手として頑張る事にして、藤原先輩と息吹さんの投手能力の上昇の為に私はコーチに専念するのも悪くないな)

 

「朱里ちゃん?」

 

(本来なら真っ先に母さんに相談するべきなんだろうけど、これは私の問題だからねぇ……)

 

「朱里ちゃん!!」

 

「うわっ!や、山崎さん?いつから来てたの?」

 

「来たのはついさっきだよ。朱里ちゃんに声を掛けたけど、聞こえてないみたいだったから……」

 

「そ、そう……」

 

今日は山崎さんが1番乗りか……。先輩達じゃないのは珍しい。

 

(あっ、丁度良いかも。山崎さんに相談しようかな。今後もバッテリー組むかも知れないし)

 

「ねぇ山崎さん、ちょっと相談があるんだけど」

 

「相談?」

 

「実はね……」

 

私は山崎さんにここ数日調子が悪い事を話した。

 

「スランプ!?」

 

「どちらかと言えばイップスに当たるのかな?まぁそんな感じ。あの練習試合で神童さんにホームランを打たれた時から思うように球がいかないんだよ」

 

「どうして……?」

 

「もっと早く相談するべきだったね。こんなギリギリなって申し訳ない……」

 

出来れば1人で解決したかったからね。

 

「朱里ちゃんは1人で抱え込み過ぎだよ。私だって朱里ちゃんのボールを受けるんだから、二宮さんみたいに相談してよ!」

 

「返す言葉もないね……」

 

まぁ二宮の場合は勝手に私の事情に踏み込んできただけなんだけど……。

 

「とにかく投げるから、受けてほしいな」

 

「任せて!」

 

私はマウンドに上がって投げ込みを開始する。

 

「こい!!」

 

山崎さんが構えたミットに目掛けて投げるんだけど……。

 

 

ガシャンッ!

 

 

ミットに届かず、ネットに当たる。

 

「朱里ちゃん……」

 

「……ごめんごめん。こんな私の為に付き合ってくれるかな?」

 

「勿論だよ!」

 

それからも投げ込みを繰り返すけど、1球もミットにボールが収まらずに、外へ外へと飛んでいく。そして次の球も……。

 

(また横へ大きく逸れた。これだと投手として使い物にならないな……)

 

「くっ……!」

 

「えっ……?」

 

山崎さんは私の投げた暴投を飛び込んでキャッチした。

 

「ちょっ、山崎さん大丈夫!?」

 

「う、うん……。平気。私はこれでもガールズ時代に補逸0だったんだよ?ワイルドピッチくらい取れなきゃね!」

 

いや、ワイルドピッチどころじゃない暴投だったんだけど……。

 

「それで怪我をしてたら意味ない……。新越谷に捕手は山崎さんしかいないんだから、無理しないでよ」

 

「無理しなくちゃ朱里ちゃんのイップスは治らないかも知れないんだよ!?私の心配をしてる場合じゃないよ!」

 

「イップスに陥るのはあくまでマウンドに立った時だけ……。全国大会に間に合わなかったとしても外野でなら出られるし、外野からの送球は何の問題もないからね。ゆっくり治していこうと思う。それまで長い道のりになるよ」

 

「……それでも、朱里ちゃんのイップスが直るのなら、私はそれに付き合うよ。朱里ちゃんのパートナーだからね」

 

そんな事を言って……。武田さんが悲しむよ?でもまぁ……。

 

「ありがとね……。珠姫」

 

「!!い、今名前で……」

 

聞こえてた!?独り言のつもりでボソッと言ったつもりなのに……。

 

「ねぇ!もう1回呼んで!?」

 

「ちょっ、近い近い!恥ずかしいからやだよ……」

 

しつこく食い下がってくる山崎さんに対して、2人だけの時は名前で呼ぶ……という条件で勘弁してくれました。

 

山崎さんってクールなイメージあったけど、変わったなぁ……。



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全国へ!!

今日はオリキャラ紹介他校編の続きの方も書かせていただきましたので、興味があったら見ていってください。


いよいよ埼玉県を離れて全国大会の舞台である西宮に出発する事に。私のイップスは未だ克服が出来ておらず、今でも山崎さんと練習を繰り返している。

 

「さて、いよいよ全国へと足を踏み入れます。心していきましょう」

 

藤井先生の一言に全体から緊張の空気が伝わる。勿論私も……!

 

「な、なんかワクワクしてきた!」

 

「そうだね。全国で私達がどこまで通用するか楽しみだよ!」

 

「私も私も!神童さんに抑えられた借りを返さないとね……!」

 

「それ言ったら遥以外は大豪月さんにも抑えられているからな。私達だって大豪月さんを打ちたいものだ」

 

「そうね。私と息吹ちゃんも投手として起用してくれるみたいだから、投げる事になったら頑張らないとね……!」

 

「き、緊張する……!」

 

それぞれが違う反応を見せる。願わくば全国優勝までいって新越谷に対する悪評を取り払いたいものだ。県大会を制しても不祥事の件は上級生には良く思われていないみたいだしね。

 

「じゃあ行こう!全国の舞台……西宮へ!!」

 

『おおっ!!』

 

芳乃さんの掛け声に返答して、いよいよ新幹線に乗り込む。

 

「あっ、忘れ物した!」

 

雷轟の一言で皆がガクッと崩れた。締まらないなぁ……。

 

 

~そして~

 

長い移動の末に私達は西宮に到着した。

 

「こ、ここで試合をするのか……?」

 

「すぐ隣にも球場があるわね……」

 

毎年西宮で行われている全国大会は2つの球場で左の球場が男子、右の球場が女子の大会が進行されている。

 

「隣の球場では男子の全国大会が同時進行で行われるよ。互いに試合のない日はそれぞれの球場に足を運んでプレーの参考にしているらしいね」

 

他にもこの2つの球場が名物となって毎年夏に観光する客がいるという話を母さんに聞いた事がある。

 

「開会式までまだ時間があるみたいですし、荷物を置いたら自由時間にしましょうか」

 

藤井先生がそう言うと私達は荷物を置いて、それぞれ近辺に観光へと足を運んだ。

 

「開会式の開始は12時ですので、時間厳守でお願いします」

 

時間まであと1時間ちょっとあるな……。それなら私はイップス克服の為に外で投げ込もうかな?

 

「あっ、朱里ちゃん。私も付き合うよ」

 

どこで投げ込もうか考えていると山崎さんが投げ込みに付き合ってくれる事になった。

 

「武田さんはどうしたの?」

 

「ヨミちゃんは遥ちゃん達とご飯を食べに行ったよ。私も誘われたんだけど、朱里ちゃんが心配だったから……」

 

この子滅茶苦茶良い子だね……。武田さんや吉川さんが懐くのもわかる気がする。

 

「じゃあお言葉に甘えようかな?」

 

手頃な場所を見付けて、まずはキャッチボールから始める。

 

「まさか私達が全国に行けるなんてね……」

 

「良い感じに皆の実力が底上げ出来たのが大きいだろうね。特に武田さんがその中でも群を抜いている……」

 

「確かにヨミちゃんと遥ちゃんの成長速度は凄まじいね」

 

「武田さんはまだまだ伸びるよ。武田さんを中心に息吹さんや藤原先輩も投手として大きく成長している。精神面なら藤原先輩が1番成長してるんじゃないかな?流石上級生……って感じ」

 

キャッチボールをしながらポツポツと会話を続ける。

 

「雷轟も強敵と出会う度に打撃面が伸びてるね。まぁ守備の方は課題が多いけど……」

 

「でもこの2週間で遥ちゃんも監督のノックに食らい付いていたよ」

 

「あとは本番でミスをしない事を祈るばかりだ……」

 

肩が暖まったので、山崎さんがしゃがんでミットを構える。

 

「いくよ珠姫……!」

 

「こい!!」

 

それからも時間ギリギリまで投げ込みをした。その際にミットに収まったボールの数は0である。本当にイップスが克服出来るか不安になってきた……。



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開会式と抽選会 全国バージョン

開会式の時間になったので、私達は県大会の時と同様に並んで行進を始める。

 

(全国の高校……。その中でも私達川越シニア出身の選手がいるチームが複数あるね)

 

二宮がいる白糸台高校、清本がいる洛山高校、金原がいる藤和高校……。他にも多数の高校に元チームメイトがいる。ここからはどんな戦いになるか未知数だね。

 

行進が終わって主将、芳乃さん、藤井先生が抽選会の方に行っているので、私達はチームが取っている宿にて待機中。

 

「全国には……どのような強豪達がいるのでしょうか!?」

 

大村さんが興奮気味に私に質問してきた。その内容に皆が興味津々である。全員が食い気味なんだけど……。

 

「そうだね……。まずは昨年優勝校の西東京代表である白糸台高校。昨年の夏だけじゃなく春夏4連覇を達成しているよ」

 

「4連覇……って事は神童さんが入ってからずっと全国優勝してるって事かよ!?」

 

「その通り。しかも大事な試合は全部神童さんが投げてるね」

 

オマケに今年は二宮が入ってきて、投手のレベルが大幅に上がっている……。それには神童さんも含まれており、既に複数のプロチームが神童さんを獲得する為に動いているとかなんとか……。やっぱりあの人とんでもないな。

 

「次は昨年準優勝校……神奈川県代表の海堂学園高校。数年前から女子野球部にも力を入れ始めて、毎年全国トップクラスの成績を叩き出しているよ。白糸台がいなかったら間違いなく優勝校として名乗りをあげているだろうね」

 

「男子野球部は毎年聞いているけど、女子野球部の方もかなり強いのよね……」

 

「毎年県内外から野球エリート達をスカウトしている……って話もあるらしいね」

 

「なんかそれつい最近聞いた事があるような気がするわ……」

 

多分梁幽館の事だろうね。そういえば私のところにも海堂にスカウトが来てたっけ。興味ないから、断ったけど……。

 

「続いて昨年3位は京都府代表の洛山高校。前に試合結果を見せた事があるように打撃チームで、白糸台以外の相手には二桁得点で勝利しているチームだよ」

 

「大豪月さんがいるチームね……」

 

「その大豪月さんも昨年までは4番を打っている程のスラッガーで、今年からは清本がその役割を担っているよ。1番~9番までの全員がとにかくホームランを量産するチームで、特に3番の非道さん、4番の清本、5番の大豪月さんの3人は既に府大会で合計50本超えのホームランを打っている……」

 

「さ、3人だけで50本以上ホームランを打ってるの!?」

 

「しかも洛山高校の野球部部員は清本以外は全員身長が170センチ以上だよ」

 

「……なんかその人達ってバスケも強そう」

 

本当になんでその中に清本が混じっちゃったんだろうね?しかも4番を打っているっていう……。今でも私は疑問だよ。

 

「昨年4位は千葉県代表の聖皇学園。さっき紹介した3校と引けを取らない精鋭揃いのチームだね。突出した選手がいない分劣ってはいるけどね……」

 

「それでもベスト4に食い込む実力があるんでしょ?」

 

「そうだね。海堂高校と聖皇学園は全体的にプロに匹敵するレベルがあるから、攻略は難しいだろう。謂わば超高校生級の選手達がレギュラーからベンチまで揃っているよ」

 

総合力ではあの白糸台をも超えるけど、神童さん率いる白糸台が優勝出来るのも神童さんが超高校生級を更に上回る投手である事と、監督が海堂と聖皇に比べて優秀なのが勝敗を分けているね。なんならその2校は守備力が大幅に強化されて、打力が少し落ちた洛山だと評価するのが妥当だろう。

 

「他にもこの全国の舞台は強豪揃いだけど、要警戒するのはさっき言ったシードの4校だね。ここ2年は白糸台と洛山が必ず準決勝で当たるから、洛山は海堂と聖皇と対戦した事がないんだ。だから白糸台以外の3校は優劣が付けられないよ」

 

「わ、私達はその中のどの山に入れば優勝に近付くのかしら?」

 

「早めに当たっておきたい……って考えるなら神童さんや大豪月さんがいる白糸台か洛山の山に入るべきなんだけど、それは未対戦である海堂と聖皇にも同じ事が言える……。一概にどの山……っていうのはないだろうね」

 

「でもキャプテンはクジ運が悪いからなー!」

 

確かに県大会の抽選会に行った時の主将の反応を見る限りだと、余りクジ運が良い方とは言えないだろうね。

 

(個人的に当たりたくないのはあのジャジメントグループが関わっている……という噂がある聖皇学園だろうか。今年こそは優勝するんじゃないかって面子が集まっているらしいから、他のシード3校が聖皇に勝ってくれると大いに助かるんだけど……)

 

そう思っていると3人が戻ってきた。主将がなんか微妙な顔をしていたけど、嫌なところ引いたんじゃないだろうね……?

 

「皆お待たせ!これがトーナメント表だよ」

 

芳乃さんが私達にトーナメント表を見せる。

 

「私達はBシードだよ」

 

表を確認すると県大会と違ってシード相手には準々決勝までは当たらないみたいだけど……。

 

「準々決勝に当たるのが洛山高校ってなってます!」

 

そして準決勝で当たるのが白糸台高校……。もうね、この2校からは運命染みた何かを感じるよ。仮に準々決勝で私達が洛山に負けたとしたら準決勝で当たるのが3年連続で白糸台と洛山だもん。

 

「順当に勝ち抜けば……だけどね。全国の舞台でもダークホースっていうのは存在するから何とも言えないかな」

 

「1回戦の相手は……鉄砂高校?」

 

「何度も全国出場を決めている強豪だね。今の鉄砂は守備型のチームになっているよ。」

 

「じゃあこの後は皆でミーティングだよ!」

 

私達はミーティングの為に広間に集まる事になった……。



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全国最初のミーティング

この話から他作品のキャラが出る事になります。閲覧注意?


「それじゃあミーティングを開始するよ!」

 

芳乃さんが合図を出してミーティング開始。芳乃さん、藤井先生、そして私が前に出て、あとの皆が後ろで話を聞く態勢に。

 

「全国大会初戦の相手は石川県代表の鉄砂高校!」

 

「先程も言ったように鉄砂高校は守備型のチームだね。守備力は全国でもトップクラス」

 

「トップクラス……!」

 

「幸い打力は4番以外そこまでないから、痛打されるような事はないかもね」

 

雷轟がエラーして、そこから連続で狙い打ちされない限りは……だけど。

 

「鉄砂高校の映像もあるから見てみようか」

 

タブレットを開いて鉄砂高校が昨年の夏大会での試合風景を皆に見せる。

 

「守備に隙がないわね……」

 

「ああ……。二遊間は勿論、外野もファーストとサードも守備範囲が広い」

 

「そして極めつけはエースの佐藤投手だよ」

 

「投げる球に注目!」

 

「こ、これは……!」

 

鉄砂高校の佐藤投手が投げてきたのは……。

 

「す、凄く遅い球ですね……」

 

「俗に言う超スローボールってやつだね。昨今は速球派の投手が増えているから、このスローボールはタイミングが取り辛い……。加えて球質も重いものだから、この映像のようにゴロが多い」

 

「私この人の球は苦手かも……」

 

「ストレート打ちを得意とする雷轟は打つのに苦労しそうかもね。なんせこの佐藤投手の球速は小学生並かそれよりも遅い。それでいて変化球も遅い球と組み合わせやすい遅いカーブとパームボールを散らして投げる……。ここで期待出来るのはミート力が高い中村さん、山崎さん、主将の3人が佐藤投手攻略の鍵になるかも知れません」

 

「落ち着いてミートすれば捉えられない球ではない……という事か」

 

「はい。初戦は打つタイミングとミートが重要となるでしょう。それに合わせて打順も考えていきます」

 

「それはわかったけど、先発投手はどうするんだ?」

 

「初戦は息吹さんと藤原先輩の継投でいこうと思います」

 

「えーっ!私が先発じゃないの!?」

 

先発の発表に武田さんが抗議する。

 

「全国大会は投球制限があるから、武田さんばかりが投げる……という訳にもいかないんだ。それに息吹さんと藤原先輩が全国相手にどこまで通用するかも見てみたいしね」

 

「が、頑張るわ……!」

 

「緊張するけど、それ以上にワクワクするわ」

 

息吹さんも藤原先輩もやる気は充分みたいだ。とはいえ本格的な投手があと1人はほしい。私のイップスがいつ治るかもわからない以上は息吹さんを投手一本にするか……。それでもうちは人数が少ないし、難しいところだね。

 

(まぁ人数の問題はこの大会が終わった後にでも考えるとしよう)

 

「でもどっちが先発するの?」

 

「その辺りは芳乃さんと藤井先生と相談するよ。詳しい事は試合当日に発表……って形になるかな」

 

「それでは夜も遅いので、休みましょうか」

 

「ゆっくり休んでいってね!」

 

『はーい!!』

 

芳乃さんと藤井先生以外の皆が部屋に戻っていくのを確認して私は……。

 

「先生、芳乃さん、ちょっと話が……」

 

「?」

 

「どうしたの朱里ちゃん?」

 

2人に私の今の状態を話す。

 

「成程、イップスですか……」

 

「迷惑かけてすみません」

 

「そんな……。一体いつから?」

 

「連合チームと練習試合をした日からだね。正確に言えば神童さんにホームランを打たれた時……」

 

「それを言わなかったのは早川さんなりの理由があるんですよね?」

 

「はい。全国大会も近かったので、皆には自分の練習に専念してほしかったからです。大会に間に合うのなら言う必要もないと思い、ギリギリまで黙っていました」

 

「ほ、他にそれを知っているのは……?」

 

「山崎さんだけかな。捕手である山崎さんには相談しておきたかった……という理由で事前に話してあるよ」

 

尤も山崎さんと2人の時は名前で呼ぶ約束をしちゃった訳だけど……。

 

「……とにかく早くイップスが治ると良いですね」

 

「幸い外野からの返球や送球は問題なく出来るので、外野としてなら私も出れそうです。あとは投手陣の軽い指導くらいなら出来るかと……」

 

「そっか……。それを考慮してオーダーを決めないといけないね」

 

「そうですね。鉄砂高校相手には藤原さんか息吹さんを先発にするという話ですが……」

 

「それなら私は……」

 

こうして夜がふけるまでオーダーの話し合いは続いた……。



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全国大会1回戦!新越谷高校VS鉄砂高校①

ここから全国大会の試合。何話まで書けるのか……。全国大会の試合に実況と解説を入れました。上手く書けてるかは別として……。


試合当日。私達は後攻となっている。

 

「じゃあ今日の打順を発表するね!」

 

そう言って発表されたのが……。

 

 

1番 レフト 雷轟

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 ファースト 中村さん

 

4番 センター 主将

 

5番 キャッチャー 山崎さん

 

6番 サード 藤原先輩

 

7番 ショート 川崎さん

 

8番 ライト 大村さん

 

9番 ピッチャー 息吹さん

 

 

……というオーダーだった。

 

「わ、私が1番!?」

 

「雷轟には佐藤投手の球に早く慣れてほしいからね。それと大会中は要所で雷轟を1番に置くつもりだから、それを頭に入れておいて」

 

「う、うん……」

 

「……遥が1番っていう部分以外は特に変わったところはないな」

 

「強いて言うならミートの高い3人をクリーンアップに置いた……って事かしら?」

 

「うん!今回のオーダーは朱里ちゃんが考えてくれたよ」

 

「早川さんの時々見せる思い切り……。私も見習わなくてはいけませんね」

 

いやいや、それは見習わなくても良い部分ですよ先生。

 

そして整列の時間。

 

『よろしくお願いします!!』

 

鉄砂高校の人達を見てみると……。

 

(なんともまぁ素直そうな人達ばっかりだね。二宮とか、金原とか変わり種しか見てない私からしたら少し癒される……)

 

『さぁ始まりました!石川県代表鉄砂高校対埼玉県代表新越谷高校の試合が!!実況は野球は好きだけど、プレーは下手くその紺野美優が!そして解説にはプロ野球選手の青葉春江さんが来ております!』

 

『……青葉です。鉄砂高校と新越谷高校の試合を解説していきたいと思います』

 

そういえば全国大会ではアナウンサーとプロ選手がそれぞれ実況と解説に来てくれるのか……。なんかそれだけでも全国大会に来た甲斐があるってものだ。

 

「私達の試合は青葉プロが解説してくれるんだな……」

 

「プロの人に私達のプレーを解説してくれるってだけでテンションが上がるよーっ!!」

 

芳乃さんがぴこぴこさせながらテンションを上げている。他の皆も同様に嬉しそうにしていた。やっぱり全国まで勝ち進んで、プロ選手に解説してくれるというのは良くも悪くも私達の成長に繋がるからね。

 

(プロの解説がついている中で雷轟がポロリしない事を切に願う……)

 

『先攻は鉄砂高校!守備側の新越谷の先発は川口息吹!』

 

『川口選手は県大会において新越谷の投手の中でも2番目に防御率が低い投手です。ピンチを作りつつも、要所をキチンと抑える良いピッチングに注目したいですね』

 

(め、滅茶苦茶緊張する……。こんなプレッシャーの中で投げないといけないの!?)

 

マウンドの息吹さんを見るとガチガチに緊張していた。仕方ない事とはいえ大丈夫かな……?

 

そんな息吹さんの1球目は武田さんのあの魔球のコピー。

 

『初球は外角低めギリギリのストライク!投げたのはカーブでしょうか?』

 

『カーブ……というよりは縦のスライダーという印象が強い球ですね』

 

2球目は高めのストレート。これもコースギリギリでストライクだった。

 

『鉄砂高校の先頭バッターは早くも追い込まれた!』

 

『コースがギリギリですからね。球審によってはボールとも捉えられるので、打者は手を出し辛いでしょう』

 

(追い込んだ……)

 

(いくわよ珠姫。投げるのは……!)

 

(朱里ちゃん直伝のシンカー!)

 

3球目は息吹さんの決め球であるシンカー。これには向こうも空振りの三振となった。

 

『新越谷高校の川口息吹!先頭バッターを三振に切って取ったーっ!!』

 

『1球目に投げた縦スライダーの逆を突く良い球でした。これ等を散らすだけで打者はそう簡単には打てないかも知れませんね』

 

(今のシンカー……。リトルの大会で似たような球を見た事がある。彼女がそうとは思えないし、誰かがあのシンカーを教えたのかな?)

 

その後も息吹さんは2番、3番と凡打で抑えてチェンジとなった。

 

『お見事!1回表は川口息吹による三者凡退でカタを付けました!!』

 

「ナイスピッチだよ息吹ちゃん!!」

 

「上手く抑えられて良かったわ……」

 

「球も良い感じにキレてるし、これなら簡単には打たれないよ」

 

確かにあれ程の球なら鉄砂の打線だと痛打される事は少ない。今日は藤原先輩との継投なので、息吹さんが飛ばしていっても問題ないだろうね。

 

「よーし!この流れで先制点を取ろう!!」

 

『おおっ!!』

 

1回裏。私達の攻撃が始まる……!




遥「遂に始まった全国大会!1回表は息吹ちゃんの好投によって3人で抑えるよ!」

朱里「今日の息吹さんは調子が良さそうだ」

遥「1回裏の攻撃はまさかの私が先頭バッターだよ!」

朱里「本編でも言った通り、全国大会では時々雷轟には1番を打ってもらうからね」


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全国大会1回戦!新越谷高校VS鉄砂高校②

1回裏。今日の試合は雷轟を1番に置いて挑む。

 

「一発頼むぞ遥ーっ!」

 

「が、頑張るよ!」

 

雷轟は緊張でガチガチになりながら左打席に立つ。

 

『新越谷の先頭バッターは雷轟遥!』

 

『県大会で雷轟選手は3回戦から5番を、準決勝からは4番を打っている打者ですね』

 

『この試合では1番を打っているみたいですが……?』

 

『恐らくですが、1打席でも多く回す為に1番に配置しているのでしょう。強打者に多く回す為に1番を打たせる……という戦術は強豪校でもやる事がありますので』

 

『成程……。4番経験者という事で佐藤投手をどのように攻略するか見物です!』

 

(雷轟遥……。県大会の映像を見る限りだと大振りが目立つ打者。ここは最初から超スローボールでいこう)

 

(わかった)

 

佐藤投手の1球目は決め球であろう超スローボール。

 

『出たーっ!佐藤選手の超スローボール!!』

 

『佐藤選手が投げる球や普通のスローボールよりも遅いですね。これはタイミングを取るのが難しいです』

 

「あ、あれが超スローボールか……」

 

「実際見ると滅茶苦茶遅く感じるな……」

 

(1、2……!)

 

(溜めてきてる!?)

 

(の……!)

 

(大丈夫……。この球はここから軌道を変える。今から手を出そうとしても空振りを取れる)

 

「のぉ……!」

 

(更に……!)

 

(溜めた!?)

 

「3!!」

 

 

カキーン!!

 

 

『初球から打っていったーっ!!』

 

雷轟は初球から超スローボールに上手くタイミングを合わせて打ってきた。

 

『伸びる伸びる!まだ伸びる!!その打球は場外へ消えていったーっ!雷轟遥の先頭打者ホームランです!!』

 

『佐藤選手の超スローボールにタイミングを合わせてきましたね。超スローボールを初球から投げる事は少ないのにも関わらず完璧に捉えました』

 

実況にある通り雷轟は佐藤投手からホームランを叩き出す。

 

「やったな遥!」

 

「ナイバッチ!」

 

(しかし雷轟には事前にタイミングの取り方を教えたけど、まさか本当に打つとは思わなかったな……)

 

タイミング完璧だったし、打撃面に関しては本当に隙がない選手として育ってきてるね。

 

「でもよく打ったね?」

 

「朱里ちゃんが前にヨミちゃんと1打席勝負をした時を思い出して打つように言われたの」

 

「私と?」

 

「その時にヨミちゃんの球を打つのにのーのー打法を用いた事を思い出してなんとか超スローボールにタイミングを合わせる事が出来たよ」

 

「のーのー打法?」

 

「前に言ったギリギリまで引き付けて打つバッティングの事だね。本来なら詰まらせてポテンヒットにする為のものなんだけど、雷轟のパワーならそれがホームランに化ける……。更に雷轟は時々あの打ち方をやっていたからさっきみたいに場外まで運ぶ事が出来たんだ」

 

「佐藤さんの超スローボールを打つ対策の1つって……」

 

「雷轟みたいに球の見極めに徹する事だね。佐藤投手の球速はかなり遅いから、見極めが普通よりも簡単に出来るけど、超スローボールはタイミングを狂わせる……。普通なら1、2の3……ってタイミングを取るのに対してあの超スローボールにはもう1つ溜めて1、2の、の3って感じかな?」

 

「私はこれをのーのー打法と名付けました!」

 

何故か雷轟がドヤ顔してるけど、スルーして話を進める。

 

「でも見極めが上手くいっても佐藤投手の球質は重い。だから打ちにいっても……」

 

 

ガッ……!

 

 

『おっと!2番の藤田選手が打ち上げた!!』

 

『佐藤選手の投げる球は重く、打ち辛いです。石川県大会でも遅くて重い球を中心に組み立てたピッチングで今の藤田選手のように翻弄させます。あそこまで打てるのは雷轟選手のパワーがあって出来る事ですね』

 

藤田さんが打ち取られたのを見る限り崩れてはいないみたいだ。流石に全国まで勝ち進んだ相手だとメンタルもあると見て良いだろうね。

 

「注意点としては打つ時にはタイミングを取りつつ、ある程度のパワーを込めないとあのように打ち上げるか、内野ゴロになってしまうよ」

 

「遥がホームランを打ったとはいえ攻略は難しい……か」

 

「雷轟は超スローボールを打つ事が出来たので、後はパームとスローカーブを上手く打てるかによって攻略出来るか変わってくると思います」

 

「面白いやん……!」

 

なんか張り切っている中村さんが打席に向かった。

 

佐藤投手は雷轟と同じように初球から超スローボールから入ってきた。

 

(これが超スローボール……。確かに滅茶苦茶遅い。菫ちゃんが打ち損じた理由に球質が重いって言っとったけど……)

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

 

(っ!確かに重い……。これで内野ゴロの山を築いていくみたいやね)

 

「希が押し負けてるな……」

 

「実際打ってわかったけど、佐藤さんが投げる球はかなり重いわ。私に投げてきたのは多分ストレートだと思うけど……」

 

今藤田さんが言ったように佐藤投手が投げる球は全球種その質が重い。考えられる理由としては投げる時に体重を込める事によって球を重くしている……という某漫画の受け売りだけど……。

 

(もしもそうならそんな何十球も投げられない筈。だから本当に重い球は要所でしか投げてこないと思うんだけど……)

 

 

ガッ……!

 

 

『3番の中村希も打ち上げたーっ!』

 

中村さんが打った打球はフラフラと内野の後ろに打ち上げる。

 

『アウト!』

 

アウト宣告された中村さんはとぼとぼと歩いて帰って来た。

 

「ごめん……」

 

「ドンマイ。……佐藤投手の球について私なりに考えて事があるんだけど」

 

私は佐藤投手の重い球について考察していた事を皆に話す。

 

「成程……。遥が打った球がその重い球じゃない可能性もあるって事か」

 

「はい。雷轟、佐藤投手から打った球は重いって感じた?」

 

「どうだろう……?特別重いとは思わなかったけど……」

 

「……で、藤田さんが打ち上げた球は重かったと?」

 

「ええ……。その時に佐藤さんが投げたの球は多分ストレートよ」

 

「そして中村さんには多分2球その重い球が来てるんじゃないかな?」

 

「うん……。私が打った球は2球共重かった。打ち上げた方はパームで、もう1つはストレート……」

 

3人の話を照らし合わせると決め球だと言われている超スローボールには例の重い球質ではない可能性がある。勿論私の持論が正しければ……の話なんだけど。

 

「……何にせよ見極めてその重い球を打つ必要があるな。なるべく球数を費やしに行ってくる」

 

主将がそう言って打席に入った。佐藤投手の特徴とも言えるおそくて重い球にそんなカラクリが本当にあるのなら打ってみた感じでわかるかもだけど……。

 

(これが二宮だったら上手く攻略出来るんだろうなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅん……っ!」

 

「風邪か?」

 

「いえ、別段体調が悪い訳ではありません。くしゃみとはそもそも生理現象ですし……」

 

「じゃあ多分二宮を噂してるんじゃないか?」

 

「噂されてくしゃみが出るとかそんなにオカルトありえません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とはいえその辺りのボロをそんな簡単には出さないと思うし、そう考えると雷轟が初球からホームランを打てたのはラッキーだったね。




遥「私のホームランで新越谷先制!」

朱里「しかし後続の藤田さんと中村さんは打ち取られた……。向こうもまだ死んでないね」

遥「ボールを投げる時に体重をかけるとその球が重くなるって本当なのかな?」

朱里「フィクションの世界限定だと思うけどね……。とりあえずこの小説ではそれを採用してるみたい」


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全国大会1回戦!新越谷高校VS鉄砂高校③

試合は進んで4回。雷轟のホームラン以降は互いに譲らず無失点で切り抜けている。

 

(しかし息吹さんは思った以上に頑張ってくれてる。あと1イニング投げさせたら藤原先輩に交代……というプランでいけそうだね)

 

そして佐藤投手の攻略も中々難しく、要所で重い球や超スローボールを織り混ぜてタイミングを狂わせてくる。ミーティングで話した通りなのに、対策を実行するのは簡単ではない。

 

『鉄砂高校!ランナー出ましたが、還す事が出来ずにスリーアウト!川口息吹、味方の1点リードを守ります!!』

 

向こうの攻撃はなんとか無得点で終わった。ランナーが二塁にいたからちょっと危なかったけど、皆の守備力が上がってきているお陰でここまできているのだ。勿論息吹さんの投手力も上がっている。

 

4回裏の私達の攻撃は5番の山崎さんからだ。

 

「タマちゃん、かっ飛ばせーっ!」

 

「打てるぞーっ!」

 

打者一巡してるからか、佐藤投手の球にうまく当てられるようになってきている。あとはあの堅い守備力を突破出来るか……なんだよね。

 

(……私は朱里ちゃんが転校するかも知れない話を聞いてから上手く打てていない。県大会で優勝出来たのはヨミちゃんや朱里ちゃんや遥ちゃんを中心とした皆のお陰……なのに、私自身はその影に埋もれてしまっている)

 

山崎さんが打席に立つ時になんか俯いていたような……。体調が悪いとかじゃないよね?

 

(朱里ちゃんが私に弱さを見せてくれた時は私が朱里ちゃんの力になれる事を喜んでいた……。私が朱里ちゃんの為に県大会で出来なかった事を……!)

 

佐藤投手は初球にパームボールを投げる。コースは低めギリギリなんだけど……。

 

(この全国大会で、私のバッティングで新越谷を助ける!!)

 

 

カキーン!

 

 

「打った!」

 

「外野の頭を抜けたぞ!」

 

「長打コースだ!!」

 

山崎さんの打った打球はセンターオーバーとなって、前進守備をしていた為に長打となる。これは三塁まで行けるんじゃ……?

 

『山崎選手!二塁を蹴ったーっ!!』

 

「はぁっ……!はぁっ……!」

 

センターから鋭い送球が飛んできた。三塁はギリギリかも知れない。それでも山崎さんは三塁ベースまで全力で走っている。そしてクロスプレー。判定は……。

 

『セーフ!』

 

「やったーっ!」

 

「ノーアウト三塁!」

 

「追加点のチャンスね!」

 

我等が新越谷ベンチは山崎さんのスリーベースに喜んでいた。私は三塁コーチャーなので、三塁まで走ってきた山崎さんと……。

 

「ナイスラン」

 

「朱里ちゃん……!」

 

 

パンッ!!

 

 

ハイタッチを交わした。私自身こういう事はやらないタイプの人間だと思っていたけど、こんな熱い展開を目の当たりにしたら私も熱くなるってものだよ。

 

(そう考えると私も新越谷に入って変わったな……)

 

続いて6番の藤原先輩。パワーなら雷轟の次にあるんじゃないかと私は思っている。だからひょっとしたら……!

 

(球の見極め方は朱里ちゃんに、タイミングの取り方は遥ちゃんに聞いた……。あとは佐藤さんの球を打てるか……!)

 

藤原先輩に対して佐藤投手は超スローボールを投げてきた。

 

(超スローボール。この球を打つには頭の中で遥ちゃんに教えてもらったリズム打ち……のーのー打法を試すチャンス!それを私なりに改良して……!)

 

藤原先輩は目を瞑っていた。なんでだろう……?

 

(今!!)

 

 

カキーン!!

 

 

藤原先輩が目を見開き、その瞬間バットで超スローボールを捉えたその打球は……。

 

『ホームラン!』

 

スタンドへと運ばれていった。まさか本当に藤原先輩がホームランを打つとは……。本当に雷轟の次にパワーあるんじゃない?

 

『な、なんと藤原選手によるツーランホームランです!』

 

『佐藤選手の超スローボールにタイミングを合わせて打った良いホームランでした』

 

でもこれで3点目。これで勝ちに大きく近付いた……!

 

「ナイスバッチ理沙!」

 

「ええ!」

 

主将と藤原先輩が仲良さそうにハイタッチしていた。三塁コーチャーである私はそれを眺めて少し微笑ましく思っている。

 

その後ヒットは出るけど、追加点には至らなかった。やっぱりまだ詰めきれてないね。

 

 

~そして~

 

試合は7回まで進んで3対0のまま。息吹さんが奮闘して鉄砂高校を上手く抑えている。息吹さんがここまで無失点で抑えているのが凄すぎる……。このまま完投させたいのは山々なんだけど……。

 

「お疲れ息吹さん」

 

「……私ももっと体力を付けないといけないわね」

 

スタミナの限界がきて息吹さんはベンチに下がり、藤原先輩が登板。藤原先輩がいたサードには武田さんが入っている。

 

「でも6イニング投げるのなんて初めてでしょ?」

 

「珠姫のリードのお陰かも知れないわ」

 

「優れた捕手と組んだ投手は本来よりも調子良く投げられる……って話を母さんから聞いた事がある。多分その推測は間違っていないよ」

 

実際母さんも六道さんと組んだ時は調子良く投げられていたって言ってたし、私も山崎さんや二宮と組んだ時は1人で投げ込むよりも球数多く投げられる気がしてたから、その辺りも正しいんだと思う。

 

「それよりも今は藤原先輩のピッチングを見ようか」

 

「理沙先輩にも朱里がピッチングを教えてるんだっけ?」

 

「教えてる……って言うよりは藤原先輩のピッチングスタイルと得意とする球種を元にちょっとしたコツを言っただけだよ」

 

そんな藤原先輩の1球目……!

 

(こ、これは……!)

 

 

ズバンッ!!

 

 

『す、ストライク!』

 

審判も、球を捕った山崎さんも、勿論相手打者も藤原先輩の投げた球に驚いていた。恐らく私と練習を見ていた主将以外の全員……つまり新越谷の皆もさぞ驚いているだろうね。そして……。

 

『ゲームセット!』

 

私達新越谷高校が鉄砂高校に勝利した瞬間だった。




遥「1回戦突破!」

朱里「幸先良く勝つ事が出来たね」

遥「理沙先輩、大活躍だったね。打ってはホームランで2打点と抑えで投げてはパーフェクトリリーフ……」

朱里「完璧に鉄砂の打線を抑えたね」

遥「理沙先輩は何を投げたんだろ……?」

朱里「それは次回に説明するよ」


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藤原理沙の覚醒と金原いずみの激励

『な、なんと新越谷の藤原理沙!鉄砂高校の打線を完封してしまいました!!』

 

『藤原選手が投げたのはジャイロボール……と呼ばれるファストボールですね』

 

『ジャイロボールとは?』

 

『ストレートの回転軸が打者の手元に向かって進み伸びる球です』

 

『ま、まるで魔球みたいですね……』

 

『プロ選手でも投げる人はそう多くありません。高校生になると投げられるのは白糸台の新井選手くらいでしょうか……』

 

『と、とにかく凄いストレート……って事で良いんでしょうか!?』

 

『まぁ投げられる人が少ないので、そう捉えてもらっても構いませんが……』

 

『聞きましたか!?この日1人の怪物投手が誕生しました!!』

 

『ちょっ……。それは本人に失礼だから……』

 

実況席で説明があった通り藤原先輩が投げたのはジャイロボール。白糸台の新井さんの球に比べればまだまだ未完成だけど、格上相手じゃなければあれでも充分通用するだろう。

 

整列と挨拶が終わって私達が泊まっている施設に戻ると藤原先輩がもみくちゃにされていた。

 

(まぁ現状高校生で2人目のジャイロボーラーに藤原先輩はなった訳だし、無理もないか……)

 

特に芳乃さんと投手陣、中村さんが凄い勢いで藤原先輩に食い付いていた。私に火の粉が降りかかる前に退散しますかね。

 

 

別室にて私は今日試合があったチームの勝敗を見ていた。

 

(福岡代表も勝ち進んだみたいだね。新道寺高校。まぁその中に中村さんの元チームメイトがいるかはわからないけど……)

 

あとは藤和も今日試合だったんだっけ……って!

 

(藤和が……負けてる!?1回戦で落ちるようなチームじゃないと記憶していたんだけど……)

 

それに今年は金原も入って打力は大幅に上がったとも聞いている。そんなチームが負けるなんて……。

 

「朱里……?」

 

声がした方を振り向くと金原がいた。藤和も私達と同じところに泊まってたんだ……。

 

「金原……」

 

「あはは……。アタシ達負けちゃったよ……」

 

その苦笑いからは空元気なのが伝わってくる。

 

「アタシ……さ、1年生で唯一レギュラーを貰って、先輩達もそんなアタシに良くしてくれて……。そんな先輩達に全国優勝の景色を見せたかったんだ。でもアタシが最後の打者になっちゃって、打ち取られたアタシに対して先輩達は責めるどころかお疲れ様って労ってくれてさ……」

 

「……もう良いよ。敵の私にそこまで話す必要なんてないんだから」

 

「朱里は手厳しいね……。ねぇ、ちょっと胸を貸してくれないかな……?」

 

「……はいはい」

 

金原は私の胸に顔を埋めて泣き始めた。余程悔しかったんだろうね。ユニフォームが涙で濡れてしまったとか考えるのは不謹慎だから、胸の中で留めておこう。

 

10分後に金原はようやく泣き止み、私に向き直る。

 

「……アタシ達に勝った高校なんだけどさ」

 

「長野県代表の清澄高校だっけ。聞いた事がないところだけど……」

 

「あの人がいたよ」

 

「……それは本当?」

 

「うん、整列の時にあの人の顔を見てびっくりしたよ」

 

野球部のない学校に行く……と本人は言ってたけど、まさか全国まで勝ち進んで、その上藤和まで倒してくるとは……。

 

「あの人と捕手の人以外は素人だって話なのに、相手の人達全員が手強かったよ」

 

「あの人の教え方滅茶苦茶上手いからね……」

 

ちなみに金原もあの人に教わって上手くなった人間の1人だ。

 

「あの人がいる事はシニアの皆には言ったの?」

 

「まだ言ってないけど、瑞希はもう知ってるかもね~☆」

 

確かに……。二宮程の情報通なら知っていても可笑しくない。

 

(清澄と当たるとしたら決勝か……。向こう側には海堂学園高校や聖皇学園がいるから、その相手達にどこまでやれるのやら……)

 

まぁあの人が率いているなら、そんな心配もいらなそうだけどね。

 

「じゃあアタシはもう行くね。藤和に戻ってこの悔しさを練習にぶつけてくるよ。アタシ達の分まで頑張ってね☆」

 

そう言って金原は帰って行った。わざわざ私と話をする為に待っていたのか……。

 

部屋に戻ると……。

 

「朱里ちゃんが理沙先輩にジャイロボールを伝授したって本当!?」

 

皆にもみくちゃにされました……。



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2回戦のミーティングと早川朱里の投手育成理論

他作品キャラ登場します。閲覧注意!


藤原先輩のジャイロボール云々の事は先に2回戦に向けてのミーティングをやってから……という話に落ち着いたので、なんとか忘れてもらわないと!

 

「2回戦の相手は鹿児島県代表の永水高校!」

 

「確か一昨年までシードに入ってたところだよな……」

 

「その通り。シード圏外に落ちたとはいえ段々と強くなっているところだね」

 

白糸台とか洛山が強引にシードに割り込んできただけで、シードじゃなくなったとはいえ永水も優勝候補の一校には変わりないしね。

 

「エースの十曽さんと4番の石戸さん、そして1番を打っている神代さん。特にこの3人は要注意だよ」

 

「石戸さんは他の高校の4番と比べると長打力は控えめだけど、ほぼ毎試合猛打賞の成績を残している……。十曽さんは美園学院の園川さんと球種が似ているから、その辺りを意識すれば一方的にはならないと思うよ」

 

「園川さんと似ているという事は十曽さんの球種は……!」

 

「スライダー、シュート、ストレート……だな」

 

ちなみに石戸さんの打撃タイプは友沢と金原の中間に属している。狙おうと思えばホームランも狙う事も出来ると思うから、繋ぐタイプの4番だね。

 

「勿論データにはない球を投げる可能性も捨てきれないので、慢心は出来ないけどね」

 

(特に神代さんが起こす神を降ろすと言われている行為……。私も母さんに聞いて半信半疑だけど、映像で見た神代さんのプレーはとにかく安定していない。その神様が何か関係あるのかな?)

 

あと十曽さんはパワータイプの投手でもあるから、ストレートに強く、パワーがある雷轟や藤原先輩が2回戦の中心になるだろう。あとは主将と中村さんか……。

 

(それに合わせて打順も考えておこうかな?これも芳乃さんと藤井先生に相談だね……)

 

それからも永水高校のミーティングは十数分に渡って続き、その後は……。

 

「朱里ちゃん!」

 

「な、何かな……?」

 

「理沙先輩がジャイロボールを投げられるようになった経緯を教えてください!!」

 

「お願いします!!」

 

武田さんと芳乃さんが藤原先輩がジャイロボールを投げるまでの経緯を私に詰め寄って聞いてきた。近い近い近い!

 

あと雷轟と山崎さんと息吹さんとまでこっちに詰め寄ってくるのはなんで!?他の皆も詰め寄ってないだけで、興味津々で私の事を見てるし、当の本人である藤原先輩は苦笑いしてるし……。もう話すしかないか……。

 

「……藤原先輩のストレートが私達投手陣の中でもノビとキレがあるのは皆も知ってるよね?」

 

「確かに……。あんな重そうなのは中々見られないよな!」

 

だから重そうって球筋の話だよね?藤原先輩の額に青筋浮かんでる(ような気がする)から、迂闊な発言は止めようね!

 

「更に球速もかなり速い部類で、これは伸ばせばかなりのものになる……って思った私は藤原先輩にそのストレートを活かせるように投球フォームから足の踏み込み方、最近ではボールのキレを意識して投げてもらうようにしてもらったよ」

 

「ボールのキレ……。だからあの時の練習で投げた球がジャイロボールみたいに螺旋回転してるように見えたのか」

 

「本来ジャイロボールというのは普通のストレートとは違って全身の回旋運動から腕を自然に捻りながらボールを捻り出す事でボールがドリルのように回転して打者に向かってくるものです」

 

私の話を武田さんと息吹さんがメモしながら聞いていた。もしかして投げるつもり?

 

「……で、それによって縦回転では何度も受けてしまう空気抵抗が正面に縫い目の現れにくいジャイロ回転ではごく僅か……。流体力学による実験でも縦回転とジャイロ回転では空気抵抗の値が50%も違うという結果が出ているらしいです」

 

私の説明に何人かは目を回していた。もしかしたら私達もジャイロボールを投げる新井さんに当たるかも知れないんだから、聞いていて損がない話だと思うんだけど……。

 

「でもまだまだ安定して投げられないわ。珠姫ちゃんのリードがなかったら今日の球だってどうなるかわからなかったし……」

 

「ジャイロボールの完成形が白糸台の新井さんの投げる球ですね。参考の為に見ておいてください」

 

私は西東京予選で新井さんが投げているシーンを撮っている映像を見せた。

 

「す、凄い螺旋回転してるよ!」

 

「これは俗に言うハイスピンジャイロ……と呼ばれる球。藤原先輩の投げたのはジャイロボールと比べてわかるようにボールの回転が更に激しく、打者の手元に伸びてくる……。この球を打つのは難しいだろうね」

 

「これがジャイロボールの完成形なのね……」

 

「理想形過ぎるくらいですけどね。無理をすると怪我の元になりかねませんので、ゆっくり練習していきましょう」

 

「わかっているわ。朱里ちゃんも練習に付き合ってね?」

 

「私で良かったら是非お願いします」

 

正直私の今後の参考になるから、断る理由がない。私がジャイロボールを投げるのは無理でも、ストレートの威力の底上げにもなるかも知れない……。それだけでも充分だ。

 

「わ、私も!朱里に変化球のコツとか教えてくれる?」

 

「う、うん。良いけど……」

 

息吹さんが対抗意識を燃やしている……。同じ時期に投手を始めた藤原先輩に負けてられないのかな?それともジャイロボールも投げようと試みるのかな?

 

「あっ、ズルい!私も私も!!」

 

今度は武田さんが2人に対抗意識を……。君は私が何かしなくても凄い勢いで成長するじゃん……。むしろ私が武田さんのピッチングを参考にしたいくらいだよ!

 

「じゃあいっその事4人でそれぞれ思った事を言い合おうか。その方が互いの為にもなるしね」

 

「あっ、じゃあ4人の球を捕ってみたい」

 

「確かに捕手の山崎さんがいるとありがたいね」

 

という訳で私達投手陣と山崎さんによって投手能力の底上げを行った。

 

武田さんと息吹さんは新しい球種を、藤原先輩は今投げられるジャイロボールを如何に強化するか私に聞いてきた。

 

ちなみに私のイップスは3人にバレました……。

 

(私の方も早くイップスを治さないとね……!)

 

私だってこの3人には負けたくない。最後に新越谷でエースナンバーをもらうのは……私だ!!



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全国大会2回戦!新越谷高校VS永水高校①

今日は2回戦。相手の永水高校は守備力は鉄砂高校にやや劣るけど、それ以外は格上のチームだ。だから今日の先発は……。

 

「よーし!張り切って投げるぞーっ!!」

 

元気いっぱいの武田さん。そして今日のオーダーは……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 キャッチャー 山崎さん

 

7番 ショート 川崎さん

 

8番 ライト 大村さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

……という感じになった。藤原先輩は全国相手でも通用するスラッガーと判断して5番に上げさせてもらった。本人に相談もなしに打順を落としたから、山崎さんには謝罪しておこう。

 

「……ごめんね山崎さん。打順落としちゃって」

 

「ううん。朱里ちゃんがそう思ったから、そうしたんだよね?」

 

「まぁ……ね」

 

正直山崎さんの打力を考えると上位打線の方が良いんだけど、全国大会で色々と打順の調整を試してみたいんだよね。

 

「それなら私は気にしてないよ。……またクリーンアップに返り咲けるように頑張れば良いしね」

 

聖人君子かよ……。でも実際クリーンアップを打てそうな人間が殆んどで、その中から3人を選ぶとなると誰を置くか悩むんだよね。

 

「そろそろ整列の時間ね」

 

「ああ……。今日も絶対に勝つぞ!!」

 

『おおっ!!』

 

整列と挨拶を済ませて主将同士がじゃんけんで先攻後攻を決める。私達は先攻のようだ。

 

『2回戦!埼玉県代表新越谷高校対鹿児島県代表永水高校!!この試合をどう見るでしょうか青葉プロ!?』

 

『そうですね……。新越谷側が1回戦でエースナンバーを付けている武田さんを温存していたのが永水側にどう響くのか……。その辺りに注目したいです』

 

私達の解説はまたもや紺野アナと青葉プロのコンビだ。この2人仲が良いもんな……。

 

『先攻は新越谷高校!打順は1回戦と変わっております!』

 

『本来の形から1回戦の結果を鑑みたのが今の打順になっているかも知れませんね。4番には雷轟選手、5番には藤原選手と1回戦でホームランを打った2人がクリーンアップに入っています』

 

青葉プロは私達の事をよく見ているな……。私達の大会戦績をキチンと調べたんだろう。まぁそれはさておき……。

 

「かっ飛ばせ希ちゃーん!!」

 

(今は中村さんの応援に集中しよう)

 

中村さんが左打席に立って、2回戦が開幕した。

 

(十曽さん……。データによると美園学院の園川さんと似たような球を投げるって話やけど……)

 

十曽さんの1球目は……。

 

「うわっ!凄い曲がり方したぞ!?」

 

「スライダーか……。左打ちである希に食い込んでくるボール。これは攻略が難しそうだ」

 

主将が言うようにあのスライダーは左打者のインコースに食い込み、無理矢理打とうとするものなら凡打を誘う厄介な球だ。それに加えて十曽さんはシュートも投げられるので、今日のスタメンでは中村さんと雷轟以外の右打者にはシュートを投げる可能性が高い。

 

(十曽さんは友沢や橘とは真逆のピッチングスタイルの三振は狙わず内に食い込む変化球で打者を打ち取る……。早打ちは危険そうだ)

 

とは言っても十曽さんは影森の中山さんみたいに見せ球は投げてこないので……。

 

 

ガッ……!

 

 

『アウト!』

 

このように打ち取られる……って事になるのか。

 

「十曽さんの投げる球……。なんか中山さんと似とう。外してくる様子もなかったし、3球目で手を出してしもた」

 

「映像と殆んど変わらないとはいえちょっと面倒かもね。打者のインコースに投げる変化球とストレートに鉄砂高校の佐藤投手とは真逆の速球タイプの十曽さん……。1回戦で遅い球を体で覚えてしまった私達は苦戦を強いられる事になる」

 

「マシン打撃もしてなかったからなぁ……」

 

これからは打撃練習も怠らない方が良さそう……。対戦相手の投手の投げる球を見てから、それに合わせてマシン打撃……。これだけでもかなり変わるだろう。

 

(何にせよ今は永水高校を倒す事を考えないとね……!)

 

しかし十曽さんのピッチングに私達の攻撃は3人で終わってしまった……。

 

『永水高校の十曽湧!新越谷の強力打線を3人で切り抜けました!!』

 

『永水高校は昨年の3年生が引退した事によって大きく戦力を落としてしまいましたが、それでも1年生ながらもエースと正捕手の座を手に入れた十曽選手と石戸選手、そして現3年生の神代選手を中心に今年も全国の切符を手に入れ、ここまで勝ち進んでいます』

 

実況している紺野アナの言う通り去年と一昨年はかなり強力だった。白糸台や洛山が馬鹿みたいに強いせいでシードから落ちてしまった訳だけど、それよりも気になるのは……。

 

(去年エースだった神代さんが今年はエースじゃない事だ。神代さんの投げる球はそれこそ去年の白糸台……いや、高校生最強のリリーフとも呼ばれた宮永さんにも負けていなかった。それが何故十曽さんがエースに?)

 

神代さんにムラがあるから?安定して良いボールを投げられる十曽さんを神童さんや大豪月さんみたいに永水最強のエースに育てたいから?駄目だ。わからない……。

 

今は試合に集中しよう。ベンチにいる私の出来る事は限られているんだ。新越谷の勝利の為にも頑張らなくちゃ!




遥「1回戦は三者凡打で終わっちゃった……」

朱里「相手は元全国シードの高校……。そう上手くはいかないよ」

遥「こうなったら私が打つしかないね!!」

朱里(段々調子に乗ってきたなぁ……)


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全国大会2回戦!新越谷高校VS永水高校②

1回裏の私達の守備。そして向こうの攻撃は……。

 

『1番 センター 神代さん』

 

(いきなり神代さんか。永水全盛期とも言われる去年でも1番を打っていたけど、その時は今捕手をやっている岩戸さんの姉や薄墨さんがいたから1番だった……)

 

そんな人達が引退してからも1番を打っているのは私と同じようにもしかしてその打順が自分にとって安定しているからだろうか……?

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

(め、滅茶苦茶緊張してる……?)

 

当の神代さん本人はガチガチだった。

 

「あの人がミーティングで言ってた神代さん……よね?」

 

「そうだね」

 

「見た感じだと白菊を危なっかしくした印象なんだけど……」

 

確かに口調は大村さんに似ていて良いとこ育ちな感じはする。しかし……。

 

「神代さん特徴は安定しない成績なんだよ」

 

「安定しない成績……?」

 

「それって特徴って言えるのかなぁ……?」

 

息吹さんと芳乃さんは私の発言に疑問を持っている。確かに今の発言では特徴とは言えないし、むしろ短所でしかない。

 

「神代さんは成績が試合毎にバラバラなんだ。猛打賞を打つ時もあれば、ノーヒットで終わる時もある。更に神代さんの本職は投手なんだけど、大豪月さんのような速いストレートに神童さんみたいなキレのある変化球を投げる時もあれば、鉄砂高校の佐藤さんよりも遅い球しか投げられない時もある……それが神代さんなんだ」

 

「つまりプロみたいな動きが出来る場合や、初心者みたいな動きしか出来ない場合もあるって事?」

 

「でもそんな事ってあるのかしら……?」

 

確かに眉唾なオカルトだよね。神降ろしとも言われている神代さんの豹変……。永水と当たる可能性もあるかと思って調べた事を話す事に。

 

「……永水高校の人達って元々霧島神境で巫女さんをやっているらしいんだよね」

 

「神境って?」

 

「私もそこまで詳しくないからざっくりになるんだけど、神社とは少し違って神様のように崇める為に用意された施設……とも言われているんだって」

 

「何やら興味深い話ですね」

 

なんか藤井先生まで食い付いて来たんだけど……。私のにわか知識じゃ限界あるんだけど!?

 

「……話を戻すと神境で神代さんに神様を降ろして実力を発揮させるって訳。今の神代さんがどういう状態かわからない以上は勝負するのは危険かも知れないね」

 

「まるでオカルトね……」

 

「今いる永水の部員だと岩戸さんと十曽さんがその巫女さんに当たるね。去年だと岩戸さんの姉の他にも2人程部員としていたらしいよ。そして永水はこうとも言われている。『神代に強力な神様が降りたら全国制覇をしていたのは間違いなく永水だろう』ともね……」

 

まぁ去年は洛山がコールドゲームを叩き込んだって話だから、神代さんに降りてきた神様はそんなに強力なものでもなかった……と考えるのが妥当なんだろうか。……これ野球だよね?

 

試合の方に戻ると武田さんは神代さんを追い込んでいた。カウントはツーボール、ツーストライクか……。まぁ神代さん相手だとそれくらい慎重にいっても足りないくらいだよね。

 

(ここはもう1球外すよ。あわよくば振ってくれる事を期待してあの球で!)

 

(わかった!)

 

武田さんが5球目に投げたのはあの魔球。インコースギリギリの良いボールだ。

 

 

ゴッ……!

 

 

(えっ……?)

 

(や、ヤバい……!)

 

 

カキーン!!

 

 

突如……その言葉が1番適切だろう。豹変した神代さんがインコースにくるあの魔球を完璧に捉えてホームランとなった。

 

『せ、先頭打者ホームランです!先制したのは永水高校!打ったのは神代小蒔ーっ!!』

 

『神代選手は昨年の大会でも1番を打っていて、結果を残しています。まぁ安定はしませんが……』

 

『安定しないと言いますと?』

 

『3打数3安打の成績を出す日もあれば、ノーヒットの日もあります。それが神代さん唯一無二の特徴とも言えるでしょう』

 

青葉プロが私と似たような解説をしていた。なんか仲良くなれそうな気がする……。

 

その後2番、3番を打ち取ったところを見る限り武田さんは崩れている訳でもなさそう。良かった……。

 

『4番 キャッチャー 石戸さん』

 

ここで4番の登場か。このまま勢いを切ってほしいところなんだけど……。

 

(随分短くバットを持ってるな……。ツーアウトでランナーなしなら一発を狙った方が良いだろうに。神代さんが打ったホームランでリードしているから?)

 

鹿児島の県大会でも石戸さんはホームランが少ない。なんなら安定していない神代さんの方が多いくらいだ。

 

 

カンッ!

 

 

初球打ち……。打球はサードゴロなんだけど、岩戸さんの足が滅茶苦茶速い!内野安打になりそう。

 

『セーフ!』

 

(打球もそこまで深くないのに、セーフだなんて……。なんて足の速さなの!?)

 

ツーアウトでランナーが一塁。これ以上リードされるとこっちがキツくなるから、武田さんには踏ん張ってほしい……!

 

『アウト!』

 

想いが通じたのか、武田さんは5番打者を打ち取ってくれた。1失点で済んで本当に良かったよ……。

 

(しかもうちの攻撃は雷轟から……。仮に歩かされたとしても藤原先輩、山崎さんと強力な打者が続く)

 

早いところ同点にしておかないと取り返しの付かない事になりそうだからね……!




遥「うちが先制されちゃった!?」

朱里「全国トップクラスのチームが相手なんだ。それくらいはするだろうね。むしろ後続を上手く抑えた武田さんを褒めるところだね」

遥「でも私が打って同点にします!!」

朱里「またそんな大それた宣言して……。打てなかった時が恥ずかしいよ?」


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全国大会2回戦!新越谷高校VS永水高校③

☆9の評価を付けてくださった さいきょーさん、ありがとうございます!


2回表。4番の雷轟なんだけど……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

雷轟は敬遠によって歩かされる。

 

『4番の雷轟遥!敬遠で歩かされたーっ!!』

 

『雷轟選手を警戒しての行動でしょうね。このまま勝負すると長打を打たれる事になる……と思ったのでしょう』

 

「芳乃さん、この回は私がサインを出しても良いかな?」

 

「……永水に追い付く手段があるって事だよね?」

 

「自信はあるよ。向こうの出方次第では逆転も視野に入れてるしね」

 

「うん、じゃあ任せるよ!」

 

「ありがとう」

 

雷轟が歩かされるのなんて想定内。だから……!

 

(雷轟、わかってるよね?)

 

(勿論!こういう時に備えて練習したもん!!)

 

この回に早速仕掛けよう!

 

(朱里ちゃんのあのサインは……!)

 

十曽さんの1球目。ランナーには警戒している様子はない……。いける!

 

 

ダッ!!

 

 

(走った!?)

 

『ストライク!』

 

「くっ……!」

 

石戸さんの肩は二宮くらいだ。それならこのスタートで充分間に合う!

 

『セーフ!』

 

「やった!ノーアウト二塁!!」

 

「ナイスラン遥!!」

 

「まだまだこれからだよ」

 

「えっ?」

 

「この回に必ず同点にします。相手のバッテリーは鉄砂のバッテリー程予想外の出来事に対応する技術を持っていませんので」

 

あのバッテリーは私達と同じ1年生……。全国経験が浅いと今みたいな不意打ちに対応出来る可能性は低い。それならそこを突けば良い。更に……!

 

「ま、また敬遠!?」

 

『おっと!?藤原選手にも敬遠をするようです!』

 

『随分警戒していますね……。ホームランを打たれて逆転されるのを嫌っての敬遠でしょうか?』

 

バッテリーは藤原先輩にも敬遠をするようだ。よしよし、思惑通り!

 

「1回戦で雷轟と藤原先輩が鉄砂高校の佐藤投手からホームランを打っていますからね。一塁が空いているこの状況では敬遠してくる事も想定しています」

 

今の永水バッテリーは極力相手に点を取られないような配球をしている。リードが1点しかないから、勝負して危険な相手は敬遠する。そして安全だと思われる相手にはゲッツーを取りピンチを凌ぐ……。これが1回戦や県大会での永水バッテリーの戦い方である。

 

(でもそんなやり方が私達に通用すると思ったら大間違いだよ)

 

『ボール!フォアボール!!』

 

これでノーアウト一塁・二塁。あとは山崎さんと川崎さんの仕事だけど……。

 

(どれ、もう1つ掻き回してみようか……!)

 

私は雷轟と藤原先輩に伝わるようにサインを出す。

 

(了解!)

 

(わかったわ)

 

そして山崎さんへのサインは……。

 

(これでお願い)

 

(わかった)

 

仕込みは完了。上手くいけば上々だね!

 

(ダブルスチール!?)

 

十曽さんが投げ込む瞬間に雷轟と藤原先輩は走り始める。石戸さんはまずサードに送球。

 

『セーフ!』

 

雷轟の方は完璧。今回もスタートはバッチリだったしね。でも藤原先輩の方が刺されそうだ。それならそれで二塁に投げた瞬間に……!

 

「なっ!?」

 

サードがセカンドに投げた瞬間に雷轟はホームへと向かう。藤原先輩が間に合わないのなら、それを犠牲にしてでも点を取らせてもらう。

 

セカンドの人は慌ててホームに投げる。それに合わせて一塁に戻る素振りを見せていた藤原先輩が二塁に滑り込む。そして雷轟の方は……。

 

(っとと……。自重自重)

 

無事に三塁に戻っており、これでノーアウト二塁・三塁。セカンドの人も1年生なのだろうか?こういったプレーに慣れていない感じだったけど……。

 

(まぁ私としては都合が良いけどね)

 

『なんと今の1球でノーアウト二塁・三塁になったぁ!』

 

『少し形は違えどダブルスチールを決めた事になりますね』

 

カウントはノーボール、ワンストライク。2球目は……。

 

『ストライク!』

 

山崎さんは追い込まれたけど、向こうは勝負するつもりだと言う事がわかった。それなら1点をもらおうか……!

 

(追い込まれた……。でも朱里ちゃんの期待に応える為に、ここは絶対に決める!)

 

 

コンッ!

 

 

山崎さんは三塁線にバントをした。三塁線なので、三塁ランナーの位置次第でゲッツーを取られる事になる当たりだけど……。

 

(これなら同点はいけそうかな?)

 

サードの人もホームは間に合わないとわかったのか、球を捕球するとそのまま一塁へと投げた。

 

『アウト!』

 

アウトにはなったけど、三塁ランナーの雷轟がホームに帰って来て同点。山崎さんがスクイズを決めてくれた。

 

『山崎選手のスクイズによって新越谷が追い付いた!』

 

『打球は三塁線に転がりましたが、三塁ランナーのスタートが良かったので、刺される事なくホームイン出来ましたね』

 

「ナイバン!タマちゃん!!」

 

「うん……!」

 

ベンチでは武田さんと山崎さんがハイタッチをしていた。何か武田さんが滅茶苦茶嬉しそうだな……。

 

「同点になった!」

 

「しかもまだワンアウト三塁のチャンスだ!」

 

「このまま逆転です!」

 

一応こっちはそのつもりでいく。川崎さんには最低でも犠牲フライをお願いしたいところだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

打球はレフトへ。深めに飛んだので、タッチアップで2点目も入りそうだ。

 

『アウト!』

 

このアウトコールで藤原先輩はホームへ走る。よし、スタートは悪くない……!

 

(2点目は……あげない……!)

 

レフトからレーザービームと呼ばれるレベルの送球がホームに向かって飛んでくる。

 

(そんな……!)

 

送球が石戸さんのミットにすっぽりと収まり、唖然としている藤原先輩がタッチアウトとなった。

 

『アウト!』

 

これでチェンジか……。でも最低限の同点にはなった。引き続き神代さんに気を付けていけばいけそうかな?今日も武田さんは絶好調っぽいし。




遥「な、なんとか同点に出来たね……」

朱里「あのまま逆転してたらうちに都合が良すぎる展開になるから、それを避ける為に作者は同点止まりにしたのかな?」

遥「私、また歩かされたんだけど……」

朱里「雷轟は最早そういう運命にあるのかもね」

遥「そんな運命やだ!!」


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全国大会2回戦!新越谷高校VS永水高校④

試合は3回裏。ワンアウトランナーなしで……。

 

『1番 センター 神代さん』

 

再び神代さんの打順が回ってくる。

 

(1打席目のような雰囲気を感じない……。でも油断は禁物。丁寧に攻めていこう。最悪歩かせるつもりで!)

 

神代さんの打率は安定こそしないものの、はまれば一発が多発する。彼女が野球を始めたのは高校に入ってかららしいけど、それであそこまでの成績を残せるのは凄いと思う。実質雷轟と同じようなものだもん。

 

バッテリーは神代さんが打ち損じている確率が1番高いであろう外角高めを中心に攻める。

 

『ストライク!』

 

コースギリギリとはいえあっさり追い込んだ。バットを振る気配すらないのは不気味極まりない。

 

『あっさりとツーストライクになってしまった!何が狙いか神代小蒔!?』

 

『神代選手は見逃しが多い選手ですので、これくらいはよくあります。1打席目の事がありますから、見逃しているとはいえバッテリーも迂闊には攻められませんね』

 

解説にもある通り1打席目で雷轟みたいなホームランをかました神代さんがまるで武田さんの球を打てないみたいな様子なのが問題なんだよね……。バッテリーもその事には気付いているとは思うんだけど……。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

あっさりと三振に終わった。バットも振ってないし、警戒し過ぎたのかなぁ……?いや、そう決めるのは早計だね。

 

そして武田さんは後続も連続で凡退に抑えた。

 

(凄いな……。元全国シード校を相手にまともに打たれたのは神代さんの不意打ちホームランだけ……。流石は新越谷のエースだね)

 

私は……私は何をやってるんだろうね?全国前の練習試合で神童さんにホームランを打たれて、それを引き摺って……。これじゃあリトル時代に肩を壊した時と何も変わらないじゃないか!

 

(私だって……負けたくない。イップスを言い訳に下がりっぱなしじゃいられない!!)

 

……とは意気込んだけど、今は永水との戦いに集中しないとね。

 

4回表は4番の雷轟から。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

(やはり雷轟は歩かされるか……。2回表で使った奇襲はもう通用しないだろうな)

 

そう考えるとあの時に勝ち越せなかったのが痛い。一塁が埋まっていれば少なくとも藤原先輩は勝負してくれるみたいだし、ここは藤原先輩のバットに期待するとしよう。

 

『ストライク!』

 

(インコースに食い込んでくるわね……。曲がり方自体は園川さんのものに似ているから、あとは内角打ちが上手く行けば……)

 

十曽さんはセットポジションで2球目を投げる。

 

『ボール!』

 

クイックも良いから、別段盗塁が得意という訳じゃない雷轟は走らせ辛いな……。

 

(せめて遥ちゃんだけでも次の塁に進ませる!)

 

 

カンッ!

 

 

十曽さんのシュートをなんとか当てた藤原先輩。その当たりはサードに転がる。

 

『アウト!』

 

藤原先輩は進塁打を決めてワンアウト二塁。ここいらで勝ち越したいけど……。

 

「た、タマちゃんにも敬遠!?」

 

(山崎さんは前の試合で三塁打を打っているし、ガールズ時代の安定したバッティングを考えたら新越谷が勝ち越しする可能性は十二分にある……)

 

十曽さんと岩戸さんは本当に1点もあげないつもりで山崎さんを敬遠しているのだろう。恐らくその理由は……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

山崎さんが歩かされてワンアウト一塁・二塁。

 

(くっそ!なんか私が舐められているみたいだ!!)

 

「川崎さん」

 

「朱里……?」

 

「ちょっと耳貸して」

 

永水の人達は川崎さんを安牌だと思っていそうだし、ここは意表を突かせてもらう。

 

「えっ?ほ、本気でやるのかよ……?」

 

「やる価値はあると思うよ。まぁこれを知ってるのは川崎と私だけだから、皆には後で何か言われるかもだけど……。だからやるかどうかは川崎さん次第。どうする?」

 

川崎さんは少し考えた末に……。

 

「……やる。やってやる」

 

「わかった。皆には私から説明しておくね」

 

緊張の色が見え隠れしている川崎さんは……。

 

「えっ……」

 

「稜ちゃんが……」

 

『左打席に立った!?』

 

左打席に立つ。これには敵味方……というか私以外の全員が驚いているね。本当なら全国大会の後で芳乃さんや藤井先生に相談してから実行するつもりだったし……。

 

「稜ってばいつの間に左の練習してたのよ!?」

 

「説明……いる?」

 

「朱里ちゃんは稜ちゃんの左を知ってるの!?」

 

「まぁ相談されたからね」

 

とりあえず経緯の説明をする事に。相談されたのは県大会の準決勝が終わった辺りかな……?

 

 

「な、なぁ朱里。ちょっと良いか?」

 

「川崎さん?どうしたの?」

 

「準決勝の事なんだけどさ……」

 

「咲桜戦?」

 

「友沢の球を全く打てなかったな……って」

 

確かに雷轟と中村さん以外は三振しかしてないならな……。私は振り逃げで一応出場したけど、三振した事には変わりないし。

 

「それだけじゃない。私……ここ最近打撃面で良いところがまるでないし、守備でもエラーで足を引っ張るし……」

 

「成程ね……。川崎さんはどうしたいの?」

 

「私は……もっと出塁率を上げたい。今のままじゃ皆に置いていかれてしまうから!朱里なら安定して打ってるから、何かヒントがもらえたら……って」

 

私ってそんなに打ってるイメージある?どっちかって言うとベンチで燻っているだけ……言ってて悲しくなってきた……。

 

「……とりあえずバッティングを見ない事にはどうにも出来ないね。トスバッティングでもしようか」

 

「おう!」

 

ある程度トスバッティングを見たら、次は私が軽く投げて川崎さんの実戦でのイメージを考える。

 

(川崎さんのバッティングを見る限りだと難しいコースに手を出しがちで、そこから凡打が続々……って感じか)

 

ただそのコースは左打者から見たら割と良いコース……そうか。それだ!

 

「川崎さん、ちょっと左で打ってみない?」

 

 

 

 

「……という訳で練習が終わった後で私と川崎さんは2人で時々川崎さんの左打ちの練習をしてました」

 

「そういうのは言ってくれないと困るよぉ……」

 

怖っ!芳乃さんの目が据わってる!?ごめんなさい!

 

「そ、それで稜には何を言ったの?」

 

芳乃さんが放つ圧を感じたのか、慌てて藤田さんがフォローに入ってくれた。助かった……。

 

「川崎さんには左打席に入って右での打ち方を思い出しながら打っていけ……って言っておいたよ」

 

「左で右の……成程。そういう事ですか」

 

藤井先生は私の意図がわかったみたいだ。流石と言うべきか。

 

「……ですが、事前に相談してくれないのはいただけませんね」

 

「はい……」

 

藤井先生も怖いよ……。

 

(さて……。ここから永水バッテリーの行動を予測すると2パターン。1つ目はデータにない左の川崎さんとの勝負を避ける事。そしてもう1つは対左に有効なシュートで打ち取る事……)

 

向こうの行動は……。

 

『ストライク!』

 

投げたのはシュート……。どうやら2つ目の行動に出たようだね。

 

(あとは川崎さん次第だよ。頑張ってね)

 

こんな事もあろうかと左投手が投げるシュートの練習は事前にある程度やっているのだ。まさかこの段階で使う事になるとは思わなかったけど……。

 

(左打者から見て外に逃げていくシュート……。本来なら右打者である川崎さんが苦手なインコースに当たるけど……)

 

(左から見たら私の得意なアウトコース!これなら打てる!!)

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「長打コースだ!回れ回れ!!」

 

川崎さんが打った打球は外野の頭を越えて長打コース。ひとまず二塁ランナーの雷轟は帰ってこれるね。

 

「まずは1点勝ち越し!」

 

打った川崎さんは二塁に向かい、一塁ランナーの山崎さんも三塁を蹴った。もう1点取れるか……?

 

(……!)

 

レフトがボールを拾って2回表に見せたレーザービームを投げる。その先は……。

 

『アウト!』

 

ホームだった。2点目は取れずか……。それでも勝ち越せただけでもよしとするべきかな?リードが1点だと心元ないけど、あとは武田さんを信じよう。




朱里「ひとまず勝ち越しには成功したね」

遥「ないばっち稜ちゃーん!」

朱里「あとは十曽さん相手にどれくらい打てるか……。実はこれが初ヒットだったりするし」

遥「……って事は今まで十曽さんにノーヒットノーランされてたの!?」

朱里「そうなるね」


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全国大会2回戦!新越谷高校VS永水高校⑤

試合は5回裏。2対1のままなんとか私達が逃げきっているけど、このままで終わりそうもないのもまた事実。そして向こうの打順は十曽さんからなんだけど……。

 

「打者を代えてきましたね」

 

「あと3イニングですからね。早いところ同点……或いは勝ち越してリリーフに繋ぐ為でしょう」

 

十曽さんの代打で出て来たのは永水でも打撃に自信がある1年生だ。来年以降も戦う可能性があるから、ここは抑えておきたいね。

 

(そして次の回から投げてくるのは神代さんの筈だからね……)

 

向こうの代打攻勢にひるまず武田さんは代打の子に投げ込む。その精神力は私も見習いたいところだ。

 

『ストライク!』

 

(しかし武田さんの投げるあの魔球は更にキレを増しているね。私もあのような決め球を身に付けて負けないようにしないと)

 

今の私でそれが出来る球はSFFか練習途中のフォーク。しかし現在進行形でイップスの私だと武田さんに追い付くのは時間がかかる。全国大会中に間に合うかな……?

 

 

カンッ!

 

 

「サード!」

 

鋭い打球は三塁線に。藤井先生のノックでも似たような打球は何度も飛んでくる。それを思い出していけばこの打球の処理も難しくない。

 

『アウト!』

 

これでワンアウト。後続も同様に打ち取り5回裏が終了して向こうの投手は……!

 

『永水高校のシートの交代をお知らせします。センターの神代さんがピッチャー、……さんがセンターに入ります』

 

「すみません姫様。あとはお願いします」

 

「わかりました。湧ちゃんもお疲れ様です」

 

出たな神代小蒔……。そういえば県大会中も神代さんが投げる時に十曽さんはベンチにいる。噂の神様降ろしを十曽さんが行うと仮定するなら、投手としての神代さんが覚醒するのも納得がいくけど……。

 

(冷静に考えたら反則だよね?何も向こうに咎めがないのは確たる証拠がないから?それとも神様なんていないというのが高女野連の判断だから?)

 

まぁ嘆いても仕方ない。神様が降臨したと言われている神代さんのピッチングをこの目で見させてもらおうじゃないか。

 

「こい!」

 

しかもこの回は3番の主将から。向こうの投げる球次第では突き放すチャンスだ。

 

「…………」

 

「…………?」

 

『どうしたのでしょう!?神代選手が投げる素振りを一切見せてきません!』

 

『体調不良……とは考えにくいですが……』

 

神代さんが微動だにしない様子に私達は戸惑いを隠せない。

 

「な、投げないのかな……?」

 

「多分神代さんに神様を降ろそうとしていると思うよ」

 

「神さ……なんて?」

 

うん、やっぱりそんな反応になるよね。私も母さんに話を聞いた時は同じ反応したもん。

 

「今から話す事は神代さん達永水高校に纏わる話だよ」

 

私は母さんから聞いた神代さんの神様降ろしの事や神代さんの成績が毎回安定しない事を話した。

 

『…………』

 

話を聞いた皆は何とも言えない表情をしていた。気持ちは凄くわかる。

 

「そ、それが本当ならなんか凄い話だよね」

 

「ちなみに神代さんの去年の成績がここに……」

 

昨日の内に調べた神代さんの打撃成績と投球成績を皆に見せる。

 

「これ……本当かよ!?」

 

「実際に映像も残っているからね。打撃に関してはそこまで内容は変わらないけど、投手成績に関しては大豪月さんクラスの豪速球を投げたり、鉄砂高校の佐藤投手みたいな超スローボールを投げたりする。神童さんみたいなキレがあって変化量が大きい変化球を投げる事もあれば、変化球が全く投げられない……という状態に陥ったりする事もざらにあるみたい」

 

「神様って一体どういった存在なのかしら……?」

 

「可能性として考えられるのは私達が生まれる前からプロとして活躍していた選手ではないかと……」

 

実際に何なのかはわからない。それは神代さん達永水側でも霧島神境の巫女さん達が秘密裏にしている事だし。とりあえずこの回にその片鱗が見えると思うし、主将にはなるべく神代さんに球数を稼いでほしい……。

 

神様降ろしが終わったのか、神代さんは構えて投げる。

 

(投法はアンダースローか……。身近なところだと影森の中山さんだね)

 

そのアンダーから投げられるボールは……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「速いね……!」

 

確かにアンダースローにしてはかなり速い。でもこれくらいならまだ着いていける速さだ。

 

(これくらいなら私だって打てる……。アンダースローだからかなり速く感じるけど、それでも大豪月さんのなげるストレートに比べたら!!)

 

 

カキーン!

 

 

「!!」

 

主将は神代さんの球を捉えた。その打球は外野の頭を越した。

 

「やったーっ!」

 

「回れ回れ!」

 

主将は持ち前の1つである足の速さを活かして三塁打になった。

 

「よーし!私も続くよーっ!」

 

4番の雷轟も神代さんの球を打とうと張り切っているけど……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

敬遠。これでノーアウト一塁・三塁のチャンスだ。

 

(神様を降ろしても雷轟と勝負するのは危険と判断したからなのかな……?)

 

「なんでーっ!?」

 

神様降ろしについて疑問点が増える一方だ。もう考えない方が良いのかも知れない。

 

 

カキーン!!

 

 

5番の藤原先輩がストレートを捉えてランナーを一掃させるタイムリーツーベース。これで4対1。

 

更に山崎さん、川崎さん、大村さんと連続して神代さんが投げるストレートや変化球をつるべ打ち。更に2点追加で6対1。しかもまだノーアウト二塁の大チャンス。最早コールドゲームになりそうな勢いだ。

 

『新越谷の打線が止まらない!まさに爆発です!!』

 

『本来ならアンダースローから放たれるストレートの速さに戸惑いを隠せないでしょうが、新越谷の選手達はそのクラスの球を既に経験してきたんだと思います』

 

(それに神代さんに降ろした神様がこれまでに比べるとランクの低い神様だから……という理由が大きいだろうね。去年の神代さんなら新越谷がここまで打てるとは思えないし)

 

こう上手く打てるのならコールド勝ちを狙いたいね。

 

(神代さんの投げる球はアンダースローにしてはかなり速い。それでも皆が打てているのは大豪月さんの投げる球を体験してきたからだろう)

 

あの練習試合がなかったらあのストレートに対応出来ていただろうか……?

 

武田さんは打ち取られるけど、1番の中村さんが再び打線に火を点けて爆発。この回で打者一巡して一気に二桁得点までに至った。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

そして6回裏。武田さんは永水の打線に打たれる事なく、三者凡退。元シード校相手に6回コールドを決めてしまった瞬間がここに誕生した……。




遥「永水戦終了!!」

朱里「な、なんか雑に終わってしまったけど、良いんだろうか?」

遥「終わり良ければ全て良し!勝てば良かろうなのだ!!」

朱里「元気良いなぁ……。何か良い事でもあったの?」

遥「私は永水戦でずっと歩かされて不満なのです!」

朱里「あっそ……」

遥「冷たい!」

朱里「大袈裟に反応してられないよ……」


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2回戦が終わって

今回は滅茶苦茶短いです……。


『な、なんと!誰が予測したでしょう!?新越谷が元シード校の永水をコールド勝ちで2回戦を突破しました!』

 

『……新越谷の打線が神代選手のアンダースローのピッチングに上手く刺さりましたね。刺さり過ぎて私も言葉が見つからないくらいです』

 

これ……冷静に考えたらヤバいよね?でもコールドゲームになっちゃったし……。

 

とりあえず整列と挨拶を終わらせて退散する事に。私達が勝った筈なのに、なんか可笑しいよね!

 

 

~そして~

 

宿泊施設に戻った私達は自主練する人と、休む人で別れてそれぞれ行動している。私も練習予定だけど、その前に他校の試合結果を見る事に。

 

(今日試合があったのは洛山と白糸台か……)

 

流石に2校とも難なく試合に勝利しており、洛山はいつも通りの二桁得点のコールド勝ちだ。

 

「あれ?朱里ちゃん、何を見てるの?」

 

他校の試合結果を見ていると山崎さんが話し掛けてきた。武田さん、芳乃さん、息吹さんも一緒だ。

 

「ああ、他校の試合結果を見てたんだよ」

 

「どれどれ……。白糸台高校と打奈高校は5対0で白糸台の勝ち……って完封じゃない!」

 

「投げていたのは2番手の新井さんだね。1安打2四球の完封勝利」

 

「新井さんって映像で見た……」

 

「ハイスピンジャイロの人!」

 

何その覚え方……?

 

(二宮も2打数2安打と2つ四球をもらってかなり活躍してるな……)

 

続いて洛山の結果を……。

 

「ら、洛山も凄い試合結果してるわね。EL学園相手に17対7の5回コールドって……」

 

「こっちも大豪月さんは投げてなくて、2年生の人が投げてたみたい」

 

多分大豪月さんが投げてたら名門のEL学園相手でも完封してるだろうし……。

 

「清本さんの成績も凄いね。4打数4安打4本塁打の9打点だって……」

 

もうあの子は人間の皮を被った何かだと思うの。

 

「さて……。気になるところの試合結果は見終わったし、練習に行こうかな」

 

私は軽く伸びをして立ち上がる。

 

「よーし!いっぱい投げるぞーっ!」

 

「駄目だよヨミちゃん。今日も結構球数を費やしたんだから。それに今は朱里ちゃんのイップスを治すのが先だし……」

 

「そうよね。私達で役に立てるかわからないけど、何か手伝わせて」

 

「……仕方ないか。私も朱里ちゃんには早くイップスを治してほしいからね!」

 

この子達良い子過ぎるでしょ……。これは私の問題なんだから、本来なら私が1人で解決しなきゃいけないのに……。

 

「そうと決まれば練習場へ急ごう!!」

 

武田さんと芳乃さんは元気だな……。特に武田さんは今日いっぱい投げたばかりなのに……。

 

練習場に向かう途中に1人の少女と擦れ違った。その瞬間私は……悪寒とプレッシャーを感じて、擦れ違った相手の方を振り向いた。

 

(あの人は……1つ年上。名前は……!)

 

忘れる筈もない。私がリトル時代に1度も勝てなかった人……!

 

(咲……。宮永咲さん……!)

 

私が、越えるべき最大の壁だ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迷子になっちゃった……」

 

「おっ、いたいた」

 

「良かったぁ……。このまま迷子で帰れなくなるところだったよ」

 

「西宮まで来てそれは勘弁してほしいな……。どこに行こうとしてたんだ?」

 

「ちょっとお手洗いに……」

 

「……私が着いて行くよ。このまま君1人に行かせたら明日の試合に間に合わなくなりそうだし」

 

「そ、そこまで酷くないよ!?」

 

「前科があるから信用出来ないなぁ……。とにかく明日の試合に備えてゆっくり休むよ咲」

 

「う、うん……」

 

(遠目で咲を見掛けた時に擦れ違った人達の中には朱里がいたな……。やはり勝ち進んできたか)

 

「どうしたの?」

 

「なんでもない。急ごう」

 

(うちと当たるとしたら決勝か……。それまでお互いに勝ち進めたら良いな)

 

この翌日、6対5の僅差で清澄高校がこの大会の優勝候補である海堂学園高校に勝利し、全国に清澄高校の名前が一気に知れ渡った。



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宮永咲と川越シニアのとある先輩

最初に珠姫視点が入ります。前回のラストから朱里達が咲と擦れ違う場面に戻ります。


私達は朱里ちゃんがイップスを克服する為に少しでも多くの練習をしに練習場へと向かった。

 

「あれ?向こうから誰か来るよ?」

 

ヨミちゃんが前から人が来ると言っていたので、私達は通行の邪魔にならないように一列に並んでその人が通りやすくする。

 

「今擦れ違った人のユニフォーム……どこのかしら?」

 

「確か長野県代表の清澄高校のユニフォームだったと思うよ」

 

「清澄……?聞いた事がないところだね」

 

「長野だったら風越とか軽井沢実業とかが全国常連だから、そこに勝った清澄高校は間違いなく強豪だよ」

 

「ほぇぇ……。そんなチームもいるんだねぇ」

 

今の新越谷も清澄と似たような状況なのかな……?そう思って朱里ちゃんに聞こうとしたら……。

 

「朱里ちゃん?汗が凄いよ!?」

 

「……ちょっとね。ごめん、手を貸してくれないかな?」

 

朱里ちゃんを見ると大量に汗をかいていて、震えて立ち竦んでへたりこんでいた。

 

(もしかして今擦れ違った人と何か関係が……?)

 

私は朱里ちゃんに手を貸して、朱里ちゃんはゆっくりと立ち上がる。

 

「……ありがとう。助かったよ」

 

「それは別に良いけど……。それよりもさっき擦れ違った人は朱里ちゃんの知り合いなの?」

 

「あの人は……」

 

震えが収まった朱里ちゃんは一呼吸おいてからさっき擦れ違った人について話し始める……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきは4人に情けないところを見せちゃったなぁ……。心配させちゃったし、私は宮永咲さんについて話し始める事にした。

 

「あの人は……宮永咲。私がリトル時代に3度対戦して私が1度も勝てなかった人なんだ」

 

「あの朱里ちゃんが……1度も勝てなかったなんて……!」

 

「さっき朱里が震えていたのはそれを思い出したからなのね……」

 

「でもそんな怖そうな人には見えなかったよ?」

 

「見た目こそは可愛らしい人なんだよ」

 

年上だけど……。

 

「……それはあの人と対戦して初めてわかると思うから、それについてはその時にしか言えない。まぁとにかく私はあの人に打たれまくったって事だよ」

 

宮永さんが本当に凄いのはそこじゃない……というのを後に気付いた私は彼女に負けないように練習して、もっと凄い球を投げようと奮起した結果右肩を壊したんだけど、それはここで言う事じゃないから私の胸に仕舞っておこう……。

 

「あれ?宮永って確か……」

 

「宮永照さんが去年ドラフトで上位指名された選手よね。プロの中でも数少ない二刀流の……」

 

芳乃さんと息吹さんが宮永という名字にいち早く反応する。武田さんと山崎さんもそれに頷く。

 

「その宮永照さんの妹がさっき擦れ違った咲さんなんだ」

 

「嘘!?」

 

「そんな凄い人がどうして無名校に……?」

 

「その辺りの理由はわからない。シニアの舞台では1度も見る事も聞く事もなかったし、その間に宮永さんが何をしてたのかも私は知らないからね」

 

姉の照さんの方は長野から東京に行って野球を続けていたみたいだけど、宮永さんは空白の3年間どうしてたんだろう……?

 

「……それと清澄高校には川越シニア出身の先輩がいるんだ」

 

「朱里ちゃんの先輩さんが……。どんな人?」

 

「一言で言うなら野球を教えるのが天才的に上手い人……かな?」

 

「野球を教えるのが……」

 

「天才的に上手い人……?」

 

私の説明に4人共ピンと来ていないみたい様子だった。まぁこれだけじゃわからないか……。

 

「清澄高校の野球部はその先輩と宮永さん以外の選手達は全員この春に野球を始めた人ばかりなんだ」

 

「ええっ!?」

 

「メンバーの殆んどが私や遥や白菊のような初心者しかいないって事なの……?」

 

「そうだね。大村さんみたいな……っていうのは良い例えかも。清澄の野球部メンバーは各部活でレギュラーが取れなさそうな人達に野球の素晴らしさを教えられて野球部に入った人達が殆んどらしいし」

 

ちなみにこれは金原と二宮から聞いた。本当にあの人は野球を教えるのが上手い……。たったの4ヶ月で全国クラスにまで育ってるもん。

 

「そんな清澄が1回戦で藤和に勝っているって言うんだから凄い話だよね」

 

「藤和って……いずみちゃんがいるチームだよね?」

 

「うん。去年も全国でかなりの成績を残した高校なのに……」

 

「私達が清澄と当たるとしたら決勝戦……。それまでには大きな山が幾つかあるね」

 

例えばシードで去年準優勝の海堂学園高校。清澄の2回戦の相手がその海堂だから、向こうからしたら大きな山の1つだろう。

 

私達は私達で準々決勝で洛山、準決勝で白糸台という大きな山がある……。

 

(それでもあの人と宮永さんなら海堂に勝つのは不可能じゃないって思ってしまえるなぁ……)

 

案の定……と言うべきか、翌日の清澄対海堂の試合は6対5で清澄高校が勝利。この結果がわかった私達はよりいっそう清澄高校を警戒するようになった。



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清澄高校

オリジナル要素が更に+して入ります!


(清澄高校……。思った以上にやるようだね)

 

清澄の試合結果を見て私は驚いた。接戦とはいえ、去年の準優勝である海堂を破った……。宮永さんとあの人を除いては素人の集まりなのに、そこまでの実力があるとはね。

 

とりあえず皆を呼んでミーティングをする事に。

 

「ではミーティングを開始します」

 

「私達が3回戦で当たるのは新潟県代表のスクール学園高校学院高等学校だよ」

 

「長い長い長い長い!なんだその高校名は!?」

 

「……複数の高校を合併させて、各高校の下半分をくっつけた高校らしいよ」

 

「……名前はともかく、全国には何度も出ている強豪だね。打力に関しては鉄砂や永水を上回っているよ!」

 

「……幸い突出している選手がいないから、勢いに乗っている私達なら勝つのは難しくないだろうね」

 

「ヨミちゃんは2回戦でかなり投げたから、先発は理沙先輩!お願いします」

 

「任せて!」

 

藤原先輩のジャイロボールを慣らす意味合いでもこの采配はベストだね。武田さんは相変わらず不満そうな顔してるけど……。

 

「中盤には息吹ちゃん!」

 

「わ、私に上手く出来るかしら……?」

 

この3回戦は継投でいく予定だから、当然息吹さんにも投げてもらう事に。問題はリリーフだけど……。

 

「リリーフには朱里ちゃん!」

 

(武田さんを休ませる事を考えるとやっぱり私になるか……)

 

正直イップスはまだ治っていない。でも暴投はしなくなったから、あとはぶっつけ本番かな。

 

「対戦相手の事はここまでにして……」

 

3回戦の相手……スクール学園高校学院高等学校には余り深入りしない方が良いような気がする。闇が深そうだもの。

 

「今日は清澄高校について話そうと思う」

 

「清澄高校……。1回戦で藤和に、2回戦で海堂に勝ったところよね?」

 

「無名校だってのに優勝候補に勝つなんてヤバいよな……」

 

「更に清澄高校の野球経験者はチームの中で2人しかいない」

 

「……という事は少なくとも7人もの未経験者がいるって訳か」

 

この辺は武田さん達4人には言ってあるけど、改めて全員に通達する。

 

「清澄高校の部員達は色々な運動部から何人か入っています」

 

「つまり白菊みたいな人達がいるのか……」

 

「大村さんと違うのはその人達は元々興味がなかったらしいですけどね」

 

あとは体育の授業とかで発掘したとかなんとか……。

 

「つまり誰かがその人達に野球部に入ってほしいって説得したって事なん?」

 

「……その人は私と同じシニアの先輩なんだ」

 

私がそう言うと騒然とする。

 

「その人は野球を教えるのが滅茶苦茶上手く、教えられた全員が全国レベルにまで育っています」

 

「ぜ、全国レベル!?」

 

「もちろんですが、教えられた人達も今までやっていたスポーツを辞める事なく続けています」

 

「も、もしかして私と同じ剣道部の方も……?」

 

「剣道部出身の選手もいたね。名前は刀条……だったかな」

 

「刀条さん……。私が剣道の全国大会の決勝戦で戦った相手です」

 

私も最近それを思い出した。昨年の剣道の大会で大村さんと決勝戦で戦った相手が刀条という名前だった。

 

「そんな人なら剣道で推薦とかもらってそうよね?」

 

「刀条さんにも何か事情があるんだろうね」

 

剣道以外にも空手部、テニス部、陸上部等の運動部や部活をするつもりがなかった帰宅部の人達なんかもいるらしい。部員総数は私達と同じ12人。顧問の人も野球のやの字も知らない素人だった人なんだそうだ。

 

「中でも警戒しなきゃいけないのは捕手のこの人……宮永咲さんです」

 

「この人がどうかしたのか?」

 

「宮永さんの打率を見て何か思った事はありますか?」

 

「打率は……5割丁度?」

 

宮永さんの打率を見てもピンときていなかった。

 

「今日の試合でも4打数2安打で、それによって打率は5割ピッタリに……?」

 

「……もしや彼女はわざとこの打率に合わせて?」

 

最初にその結論に辿り着いたのは藤井先生だった。

 

「はい。宮永さんは意図的に打率を5割丁度に調整しています」

 

「い、意図的に……?」

 

宮永さん本人は癖か或いは無意識にそれをやってのけている。それはリトル時代もそうだったし、私が知らない中学時代でもどこかで野球をやっていて、その時も打率を5割に調整しているだろう。

 

「でも仮にわざとだったとしてもそれならある程度は抑えられるんじゃないのか?」

 

「宮永さんは打率を調整する為にどのように打つかをコントロール出来る……。これを意味するのは安打を打つ事も、ホームランを打つ事も容易い……という事です」

 

雷轟や清本程のスラッガーではないにしても、バッティングに関しては友沢以上だ。清澄高校の総合力は未知数だけど、少なくともクリーンアップには入っているだろうね。

 

「安打にせよ、ホームランにせよ、打つ時は本人の調整次第で突然……という訳か」

 

「はい。私もリトル時代に宮永さんと3度対戦して1度も勝てていません」

 

3度の内の1回は練習試合。その時からなのかな?私が宮永さんに勝てる気がしないと思ったのは。ちなみに擦れ違った時に震えてへたりこんでいたのは内緒の話。武田さん達4人には知られているけど……。

 

「あの朱里が1回も勝てていないなんて……」

 

「その試合も全て打率を5割に調整していました」

 

恐らく野球を始めて間もない頃から既に打率調整をやっているんだろうね。だからさっきの考察で私はその頃からの癖だと勝手に思っている。

 

「……清澄高校はその宮永さんや朱里の先輩も含めて警戒する人が多過ぎるな」

 

「清澄と当たるのは決勝戦ですが、それまでにもうちには洛山や白糸台という大きな山があります」

 

もう新越谷が登ろうとしている山は天王山でしょこれ……。

 

「……そして明日の3回戦」

 

「相手はスクール学園高校学院高等学校だね……!」

 

さっきまでシリアスな話をしてた筈なのに、3回戦で当たる高校名のせいでなんか毒気が抜かれてしまう……。




遥「次回は3回戦だよ。相手はスクール学園高校学院高等学校!」

朱里「いつ聞いても凄い名前だよね……」

遥「打撃チームらしいし、打ち合いが熱い展開になりそうだね!」

朱里「まぁ作者の都合上その試合はダイジェストだけどね」


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全国大会3回戦!新越谷高校VSスクール学園高校学院高等学校

3回戦はダイジェスト風に書いたので、1話のみになります。全ては全国大会の肝である準々決勝以降を早く書きたいからです!更に台詞少なめ!


今日は3回戦。これに勝てば私達は晴れて全国ベスト8に入る事が出来る。

 

対戦相手はスクール学園高校学院高等学校……もう長いから、新潟県代表のチームで良いや。とにかくそこと試合をする。

 

新潟県代表は昨日のミーティングでも言ったように突出した選手こそはいないが、全国に何度も出場している高校だ。あの長い名前の高校名を全国に広めようとしている目的があるような気がしてならないけど……。

 

(まぁそれは向こうの事情だし、深入りしない事にしよう……)

 

そんな訳で3回戦のオーダーは……。

 

 

1番 サード 雷轟

 

2番 キャッチャー 山崎さん

 

3番 ファースト 中村さん

 

4番 センター 主将

 

5番 ピッチャー 藤原先輩

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 セカンド 藤田さん

 

8番 ライト 私

 

9番 レフト 息吹さん

 

 

……という感じに。

 

「今回のオーダーは理沙先輩、息吹ちゃん、朱里ちゃんの3人を上手く回す為に3人共スタメンで採用してるよ!」

 

確かに私達3人は全員外野のポジションを守れるし、藤原先輩が投げない時は雷轟を外野に回して藤原先輩をサードに置けば良いから、このオーダーは良い感じに噛み合ってるね。

 

「そして雷轟は1番で起用。頑張ってね」

 

「うん!必ず打つよ!」

 

私のイップスも暴投連発だけはならないようになったから、多少は誤魔化せる。皆の為にも早く治したい……。

 

それよりも対戦相手なんだけど……。

 

「…………」

 

な、なんか実際に見ると威圧感というか圧迫感というかとりあえず色々な意味でヤバい。具体的に言うと私達とは次元が違う。私達よりも1つ上の次元を行っているというか……。

 

『よろしくお願いします!!』

 

とにかくプレイボール。私達は後攻だ。

 

先発の藤原先輩は全国前に開花したジャイロボールを相手打線をきりきりまい。三者凡退と好スタートを切った。

 

そして裏の私達の攻撃。

 

「また歩かされたーっ!」

 

今日は1番の雷轟が敬遠で歩かされる事によって先頭打者敬遠という野球人生で初めて見る場面に遭遇した。あの外見でやってる事は以外と堅実な野球だった。ギャップが半端ない……。

 

そして続くは思い切って2番に置いた山崎さん。チャンスを確実に作る為に送りバントでワンアウトランナー二塁。3番の中村さんが深めに守っていた外野の守備シフトを突いたヒット。二塁ランナーの雷轟が還って私達が1点先制。

 

しかし向こうはそれに動じる事もなく、4番の主将と5番の藤原先輩が打ち取られてチェンジ。

 

 

~そして~

 

試合は進んで4回。互いにヒットは出るようになったが、点は取れずに1対0でうちがリードしているまま。

 

(相手チームは打撃戦をするのに、無失点か……。藤原先輩のジャイロボールへの対抗が遅れているのもあるけど、それ以上に守備に助けられているね)

 

実際ピンチの場面でセンターの主将やファーストの中村さん、そして二遊間がゲッツーを取ったりして上手く凌いでいるのが大きな要因になっているだろう。

 

投手は息吹さんに交代して藤原先輩はサード、サードにいた雷轟は息吹さんのいたレフトに入る。

 

息吹さんはシンカーを決め球にして、逆を突く武田さんのあの魔球を模したカーブを使い分けて相手打線を打ち取る。しかし藤原先輩に比べると息吹さんの球質は軽いものなので、球に慣れてくると長打を打たれるようになった。しかし……。

 

「バックホーム!!」

 

私達外野が上手く送球して相手にホームを踏ませない守備を見せる事で6回まで無得点という最高の結果を迎えた。ちなみに向こうのチームはこの試合でヒットの数が10本を越えた。

 

そして最終回。点数は変わらず1対0。息吹さんとポジションを交代して私はマウンドに上がる。

 

(マウンドに上がるとあの日神童さんにホームランを打たれた事を思い出す……。それと宮永さんと擦れ違ってからはリトル時代に宮永さんに打たれた事も追加で思い出してしまうな……)

 

そんな中で私はイップスが克服出来ていない事が露呈して上手く投げられず、相手打線に捕まってしまう。

 

(なんとかツーアウトは取ったけど、満塁のピンチか……)

 

タイムがかけられて内野陣が私の元に集まってくる。

 

「まさか朱里がイップスに陥っていたなんて……」

 

「そんな中で私や息吹ちゃんにピッチングを教えてくれてたものね」

 

「……まぁそれくらいなら私もなんとかなりましたし」

 

「ツーアウトまでは取ったんだから、あとは全力で投げきろうぜ!」

 

「もし朱里ちゃんが打たれても私達で点を取り返すけん!」

 

「皆……」

 

私がイップスに陥っていた事を黙ってたんだよ?そんな反応で良かったの?

 

「朱里ちゃん」

 

「山崎さん……」

 

「朱里ちゃんは私のミットに目掛けて思いっ切り投げて」

 

「で、でも山崎さんが溢してしまったら……」

 

満塁だから少なくとも同点になってしまうし、2度目があったら逆転されてしまうし……。

 

「忘れたの?私はガールズ時代で捕逸0の捕手だよ?」

 

「……そうだったね」

 

梁幽館戦で武田さんのあの魔球を逸らしたじゃん……とかいうコメントは私の中に仕舞っておくとして……。

 

「どんな球でも全力で受け止めるから!」

 

「……ありがとう。頼りにしてるよ」

 

試合再開。私はロジンを使って心身共に落ち着かせる。

 

(そうだ。思い出せ……。投手の基本を。どんな時でも捕手が構えているミットに向かってただボールを投げれば良い!)

 

私は山崎さんの構えているところに全力のストレートを投げた。

 

『ストライク!』

 

(これだ……。これだよ朱里ちゃん!)

 

ボールは山崎さんの構えているところに収まった。例えこれがマグレで実際にイップスが克服出来てなかったとしても関係ない。

 

(投手はボールを捕手のミットにいち早く届ける……。それが基本中の基本なんだ!)

 

最後はストレート3球で三振に抑えてゲームセット。私達新越谷は全国ベスト8まで登り詰めた。




遥「ベスト8に到達!」

朱里「無事に勝てて良かったよ……」

遥「でも朱里ちゃんがイップスだったなんて知らなかった……。もう治ったのかな?」

朱里「多分ね。……心配かけてごめんね」

遥「朱里ちゃんがデレた!?」

朱里「前言撤回……」


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全国ベスト8

今日の試合で全国ベスト8が出揃った。もちろん私達もその中にいる……。

 

「次は準々決勝か……」

 

「対戦相手は大豪月さん率いる洛山高校!」

 

「熊谷実業を越える打撃のチーム……って事は試合のハイライトを見てわかるが……」

 

「対策としては向こうの守備の隙を突く事だね。これまでの洛山の試合を見て気付いた事があると思う」

 

私がそう言うといち早く藤田さんが指摘する。

 

「……言われてみれば結構点を取られているわね。完封で抑えている試合もあるみたいだけど」

 

「今藤田さんが言ったように完封している試合は大豪月さんが、それ以外の試合は全て7~12点前後まで点を取られている」

 

「本当だ……。完封以外は全部結構点取られてる……」

 

「洛山高校は打撃チームである以上に守備力が低いチームなんだ。信条は『攻撃こそ最大の防御』だそうだよ」

 

「成程……。相手が10点取ればその倍の20点は取り返す……って訳か」

 

「そう思ってもらって構いません」

 

更に今年は清本が入った事によって得点力が増強した。ぶっちゃけ清本1人だけでも二桁得点は容易いだろうね。

 

(そんな準々決勝で洛山は私達相手に大豪月さんが投げるのか、それとも別の誰かが投げるのか……)

 

大豪月さんじゃないのなら私達が勝てる確率は大きく上がる。その原因が……。

 

「洛山高校の特徴はホームラン数と総合打点が高校で1番なのに対してエラーの数も高校で1番なんです」

 

「エラーの数も?」

 

「その証拠に洛山の失点の9割以上は味方のエラーが絡んでいます。レギュラーの中でも複数人は雷轟以下の捕球率と考えた方が良いでしょう」

 

「あ、あのー、私の話は必要だったのかな……?」

 

なんか雷轟が意義を唱えているけど、私はそれをスルーして話を続ける。

 

「とはいえ数人は守備に関しても優れている人はいます。少なくとも大豪月さん、非道さん、清本の3人の守備力は全国でも上位にくるでしょう」

 

清本もあんなにちっちゃいのにホームラン量産するし、守備も全国クラスとかもう何なの?6年間同じチームでやっていたのに、未だに規格外のスペックしてる理由がわからないんだからね!

 

「……とにかく向こうの打線には要注意だな。先発はどうするつもりなんだ?」

 

「そうですね……。私としては武田さんにいってもらうのが妥当と考えていますが、洛山に勝つ事が出来たとして準決勝に当たる可能性の高い白糸台高校や、決勝戦の事まで考えると一概にそれを是には出来ませんね」

 

一応武田さんも新しい球種を取得したって山崎さんが言ってたみたいだけど、付け焼き刃で抑えられる程甘い相手じゃないからなぁ……。そうなると奇襲?

 

(勝ちに拘らないなら藤原先輩のジャイロボールを更に成長させる為に藤原先輩に投げ合ってもらいたいところだけど、ここまで来たら頂きまで行きたいものだよね……!)

 

それなら勝つ為に死力を尽くす……ただそれだけだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全国大会にベスト8が集結した。その試合予定が……。

 

 

第1試合 白糸台高校(西東京)対阿知賀学院(奈良)

 

第2試合 新越谷高校(埼玉)対洛山高校(京都)

 

第3試合 聖皇学園(千葉)対大安高校(岩手)

 

第4試合 浦の星学院(静岡)対清澄高校(長野)

 

 

……となっていた。



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全国大会準々決勝!新越谷高校VS洛山高校①

第1試合は2対0で白糸台が阿知賀を破る。

 

(今年の阿知賀学院は9年連続で全国出場した晩成高校を相手に勝利したから、かなりレベルの高いチームの筈……。やはり神童さんクラスだとあの阿知賀でも点を取るのは難しい……って事なんだね)

 

私達がこの準々決勝に勝つと白糸台との対戦……。神童さんにリベンジするチャンスだ。

 

「フハハハ!待っていたぞ新越谷!!」

 

「今日はよろしくお願いしま~す」

 

「この準々決勝で我々が勝利して、今度こそ忌々しい神童を倒してやる!!」

 

洛山側も神童さんには2年連続で煮え湯を飲まされている。特に大豪月さん達3年生は特に神童さんに対して因縁が強いだろう。

 

「……私達だって負けませんよ」

 

「今度も打ちますよーっ!」

 

雷轟は大豪月さんから唯一ホームランを打っているからかやけに自信満々だ。

 

「威勢が良くて結構!だが私の前に相手してもらう奴がいるがな!!」

 

「それって……?」

 

発言からしてどうやら先発は大豪月さんではなさそうだ。

 

そしてそれぞれのオーダー発表。まずは私達。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 キャッチャー 山崎さん

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 ライト 私

 

8番 セカンド 藤田さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

少し打順を弄って私が7番、藤田さんが8番。私は武田さんと交代でいつでも投げられるようにスタメンで出場。

 

もしかしたら山崎さんは今後2番として起用する可能性が出てきそうだ。3回戦で試しに2番起用したら思ったよりもはまったしね。そして向こうのオーダーは……。

 

 

1番 センター 葉山さん

 

2番 ショート 実渕さん

 

3番 キャッチャー 非道さん

 

4番 ファースト 清本

 

5番 レフト 大豪月さん

 

6番 サード 根武谷さん

 

7番 ピッチャー 黛さん

 

8番 セカンド 樋口さん

 

9番 ライト 伊藤さん

 

 

……と、このようになっていた。

 

「相手の先発は大豪月さんじゃないのか……」

 

「でもそれなら私達でもある程度は打てるかも……!」

 

「今の洛山のレギュラーの中で3年生なのは5番、8番、9番の3人だけとなります」

 

「……という事は有力な選手は殆んど残るんだね」

 

「そうなるね」

 

(しかし問題なのは今日の先発である黛さんのデータがない事だね。どんなピッチングをするのか全くわからない……)

 

私達は先攻。あの洛山相手に殴り合いで勝てるのか……!

 

『さぁ始まりました。全国大会準々決勝第2試合。実況は私七瀬が、そして解説にはプロ選手の宮永照さんに来てもらっています』

 

『よろしくお願いします』

 

宮永咲さんに会った後で宮永照プロに私達の試合の解説をしてもらってるって……。偶然なんだろうけど、なんか奇妙な縁を感じるよ。宮永姉妹には……。

 

(でも宮永プロも去年までは白糸台の生徒だったし、2年間縁のある洛山高校の試合解説に来た……って考えると案外偶然って訳でもないんだろうね)

 

『今日の試合の見所はどこでしょうか?』

 

『そうですね……。洛山高校は全国の高校で1番打点とホームラン数が多いチームですので、新越谷高校が洛山高校の攻撃にどう対処するか……でしょうか』

 

1番の中村さんが左打席に立つ。

 

『1番 ファースト 中村さん』

 

黛さんはどんな球を投げるのか……。

 

「驚くがいい新越谷。我等が秘密兵器の実力を!」

 

黛さんの1球目……。

 

『ストライク!』

 

球は速くない……けど、何だろうかこの妙な感じは?

 

(なんか……嫌な予感がする)

 

中村さんも同じ事を思ったのか、バットを短く持って当てにくる。2球目は……。

 

 

ガッ……!

 

 

なんとかバットに当てるものの、サードフライ。今投げたのはチェンジUPか……。

 

 

ポロッ!

 

 

(えっ……。落とした!?)

 

今のフライは雷轟でも楽々処理出来るイージーフライなのに……。

 

サードの根武谷さんは急いで拾い直してファーストへと投げる。

 

『セーフ!』

 

間一髪セーフで記録はサードのエラーだけど……。

 

(肩が滅茶苦茶強い。中村さんよりも足が遅ければ今のエラーからでもひょっとしたらアウトに出来る……という可能性がある訳か……)

 

とりあえず先制のチャンスと見ても良いのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかあんな小学生でも簡単に処理出来るイージーフライを落とすとは……。よくあれでレギュラーを取れましたね」

 

「まぁあれが洛山の野球だからな。根武谷の場合は今のミスを帳消しに出来るレベルのバッティングが出来る」

 

「それにしても今のミスは酷すぎますよ」

 

「洛山の面々ならあれは日常茶飯事さ。清本と黛以外は去年も戦ったが、最低限の処理を難なく出来るのは大豪月と非道くらいだろう」

 

「……今年初参戦の黛さんのピッチングを見る限りではそんな洛山の野球スタイルと相性が最悪にも見えます」

 

「黛のデータは全くないからな。大豪月が秘密兵器と豪語していた投手の実力をこの目で見る為に今日は来たようなものだ」

 

「黛さんは2年生……。来年も戦う可能性がある以上なるべくこの試合で多くのデータを入手したいところですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2番の山崎さんが送りバントでチャンスを広げようとすると前進守備で出て来たセカンドがトンネル。これを見た中村さんは三塁へと向かう。セカンドの人は慌ててサードへ送球。

 

『セーフ!』

 

もちろん打った山崎さんもセーフ。記録はまたもやエラー。しかも結果的にバントエンドランが決まった形になってノーアウト一塁・三塁となった。

 

(こ、こんな簡単にチャンスをもらっちゃっても良いの……?)

 

ベンチで芳乃さんも困惑気味。もしも私達が1回戦と3回戦みたいに完封出来てしまったらどうするんだ……とか考えてしまう。

 

(それこそ洛山の……大豪月さんの思う壺なんじゃないだろうか?)

 

何にせよこんな相手は初めてだから、やりにくいな……。




遥「ノーアウト一塁・三塁のチャンスだよ!」

朱里「ここまで向こうのエラー2つだけ……。これまで経験した事がない相手だから、戸惑っちゃうね」

遥「なんなら私の方が守備上手いかも!」

朱里「雷轟が新越谷に入らず、洛山に入ったとしたら多分雷轟も同レベルだと思うよ……」


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全国大会準々決勝!新越谷高校VS洛山高校②

ノーアウト一塁・三塁のチャンスだっていうのに、全然そんな気がしない。超打撃チームが相手だから、こっちは何点取っても足りないくらいだ。

 

「キャプテーン!チャンスですよーっ!」

 

「先制点を取りましょう!」

 

しかし黛さんの投げる球は洛山じゃなければ中々打ちにくいものだ。それを洛山のエラーが台無しにしている感はあるけど……。

 

(もしかして洛山の守備力を強化する為の黛さん……?今いる世代の人間が引退した時に備えて新しい洛山の野球をこの試合で作ろうとしている……?)

 

わからない……。私の考え過ぎだと良いんだけど……。

 

 

カキーン!

 

 

3番の主将が走者一掃のタイムリーツーベースを放って私達が2点先制。

 

(なんか思ったよりもあっさり先制出来たな……。向こうの狙いがいよいよわからない)

 

まぁその答えは相手チームの攻撃になったらわかるか……。

 

その後私達の攻撃は4番の雷轟がツーランホームランを打ち、5番の藤原先輩、6番の川崎さん、7番の私が連続でヒットを打ちノーアウト満塁のチャンス。

 

8番の藤田さん、9番の武田さんでアウト2つを犠牲にして更に2点追加でこれで6点目。打者は一巡する。

 

「そろそろわかったかな~?」

 

(わかった……?)

 

ふと捕手の非道さんがそんな事を呟いていた。この一巡で何か研究されていた……?そんな疑問を抱きながらも2巡目。

 

 

カキーン!

 

 

中村さんは初球打ち。当たりはセカンド正面だけど、さっきみたいな事を期待するなら……!

 

 

ポロッ!

 

 

「また落としたぞ!」

 

「回れ回れーっ!」

 

再びセカンドのエラーかと思いきや……。

 

 

バシッ!

 

 

(なっ!いつの間にショートがカバーに!?)

 

ショートがセカンドのカバーに回っていて、ゴロを裁きスリーアウト。

 

(非道さんの発言とさっきのショートの守備……。何か関係があるのかな?)

 

タイミングとしては出来過ぎだった。打者一巡して私達の何かを探っていた……そんな感じがしてならない。

 

(そういえば洛山の過去の試合結果を見る限り点を取られているのは初回だけ。早い時は3回とかでコールドにしてるけど、全試合の相手打線は2回以降無得点だった……。もしかして守備でエラーをしているのはわざとだったりする……?)

 

(……とか早川ちゃんは思ってそうだね~。実際に根武谷ちゃんと樋口さんのエラーはわざとじゃなく自身の練習不足によるエラーだけど、不思議な事に2巡目以降はミスがない……。毎試合同様にやっているとわざとだと思ってしまうのも仕方ないよね~)

 

『ショート実渕のファインプレーでスリーアウト!しかし新越谷は6点先制しております』

 

『洛山高校はここ2年……大豪月選手が投げる時以外は必ず初回に点数を取られます。その原因としては味方のエラーから崩れて相手が5~8点程取って一巡回し、それ以降は無失点で切り抜ける……そのような戦術を得意としています』

 

『そういえば宮永プロも洛山高校と全国大会で何度か対戦経験がおありでしたね?』

 

『はい。奇妙な事に私が通っていた白糸台高校と洛山高校は2年前の夏の全国大会から必ず準決勝で戦ってきました』

 

『準決勝……ですか?』

 

『それが偶然なのか、誰かによる陰謀なのかは知りませんが、白糸台と洛山が全国大会の準決勝で戦う運命にありました』

 

『確かにこの試合の勝利チームは一足早く準決勝行きを決めている白糸台高校と対戦。もしもこの試合で洛山が勝ったのなら……』

 

『準決勝戦は伝統とも言うべきかもしれない白糸台対洛山となります』

 

『果たして新越谷が洛山のジンクスを打ち破るのか?はたまた洛山が伝統的に白糸台との対戦切符を手にするのか?1回表が終わって1回裏、洛山高校の攻撃に入ります』

 

1回表は6点取って終わる。さっきの推測が本当だったとしたら……。

 

(これ以上点を取るのは難しくなるな……)

 

1回裏。今日の先発は武田さんだ。

 

(洛山高校は全国で1番打点とホームランが多い……。そんな相手にヨミちゃんのピッチングがどこまで通用するのか)

 

武田さんの1球目。左打ちの葉山さんに対して外角低めにくるあの魔球だ。

 

(コースは良い感じ……。仮に当てられても腰砕けの内野ゴロが関の山だ……!)

 

 

カンッ!

 

 

山崎さんの読み通り打者は腰砕けの内野ゴロになる当たり。打球は三遊間へと転がるんだけど……。

 

(……って打球鋭すぎ!)

 

(くっ……!)

 

藤原先輩も川崎さんも打球に届かず抜けていった。しかも速度は速く、あっという間にフェンスに当たる。

 

(な、なんて打球速度だ……。本来ただの内野ゴロなのに、捕球しきれないとあそこまで転がるのか……)

 

これが洛山のパワーか……。嫌という程それがわかった。

 

ボールをセンターの主将が拾い、送球するもランナーは既に三塁へと到着していた。これって主将が行かなきゃもしかしてランニングホームラン打たれてた……?

 

2番の実渕さんに対して武田さんは歩かせてしまう。もしかしてヤバい?

 

『3番 キャッチャー 非道さん』

 

(武田ちゃんの球種はあの時の練習試合のデータを皆にインプットさせて、それを打つ為にイメージトレーニングしたからね~。これで成果を発揮出来るのが脳筋チームの長所だよ~)

 

3番の非道さんが右打席に立つ。守備の時はモノクルを着けてたけど、攻撃の時はそれが眼帯になるんだ……。でも練習試合でファーストを守っていた時は眼帯を着けていた……。じゃああのモノクルは捕手を守る時の専用アイテム?

 

(非道さん……。練習試合の時も思ったけど、打席に立つと不気味……。けどこれ以上ランナーを溜める訳にもいかない!)

 

バッテリーの判断は勝負。個人的には非道さんとの勝負は避けるべきなんだけど、そうすると満塁で清本に回る……。それだけは避けないといけない。

 

1球目は低めにあの魔球を投げる。ワンバウンドする勢いで投げられるあの魔球は……。

 

(予想通りのコースだね~。あわよくば空振りさせよう……って魂胆が伺えるよ~)

 

 

カキーン!!

 

 

本来今投げたあの魔球は空振りをあわよくば空振りを誘うコースで、ある程度レベルの高い打者ならそれを振らずにボールカウントをもらおうとする。

 

しかし相手は洛山高校……。その中でも1番不気味な打者である非道さんはあの魔球を掬い上げる様に打ち上げ、その打球はセンタースタンドへ一直線に入っていった……。

 

『ホームラン!』

 

(まずは3点だね~。この調子で洛山高校の打撃力を骨の髄までわからせてあげるよ~)

 

3点返されて6対3。しかもまだノーアウト……。これは嫌な展開になってきたな……。




遥「表に6点も取ったのに、あっさりと3点返されちゃった!?」

朱里「これが洛山高校の超打撃野球。点を取られたら取り返す……」

遥「倍返しだね!!」

朱里「そのネタの旬は終わってるんだよなぁ……」


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全国大会準々決勝!新越谷高校VS洛山高校③

カキーン!!

 

 

非道さんにスリーランを打たれて、4番の清本も続けざまにホームラン。これで6対4か……。

 

『洛山高校は3番非道、4番清本の連続ホームランで新越谷との点差を一気に2点差まで詰めました』

 

『洛山の売りの1つであるホームランが量産されていますね。武田選手のピッチングそのものは悪くなさそうですが、洛山のバッティングがその上をいっています』

 

『これは慎重に立ち回らないと一気に逆転を許してしまいますね』

 

『ですが慎重に行き過ぎると洛山高校の思う壺でしょう。切り替えるなら洛山高校の想定を越える球を武田さんが投げないとコールドゲームになる可能性が非常に高くなります』

 

宮永プロが言うように慎重が過ぎると大胆に極振りしている洛山の格好の餌になりかねない。

 

連続でホームランを打たれた事でタイムがかかった。私も行くか……。

 

「ヨミちゃん、大丈夫?」

 

「私は大丈夫だよ。今日も絶好調だと思ったんだけどなぁ……」

 

見る感じだと武田さんに問題はなさそう。そうなると……。

 

「武田さんの球種が向こうに全部バレてる……か」

 

「朱里ちゃん?」

 

「前に連合チームと練習試合した時に武田さんの球種全部が洛山の人達に伝わっていると考えて良いかもね」

 

恐らく非道さんから洛山のベンチに伝わっている……と考えるのが妥当かな?

 

「じゃあ……もう打つ手はないの?」

 

山崎さんが心配そうに私を見ている。そんな捨てられた子犬みたいに見ないで!なんか武田さんも同様に私を見てるし……。

 

「そうでもないよ。ここからはジャンケンだね」

 

「ジャンケン?」

 

「向こうに球種がバレているのなら、読み合いを仕掛ければ良い。向こうがあの魔球を待っているなら偽ストレートで、強ストレートを待っているならツーシームを投げれば少なくとも連打をくらう可能性は下がるよ」

 

洛山は清本と非道さん以外の人達は大豪月さんも含めて大振り。そこを上手く利用すれば相手の空振りを誘えるんだけど……。

 

(問題は空振りをさせる程変化量が大きい球は武田さんの場合あの魔球だけ……。この戦法を使えるのはうちの投手では現状息吹さんしかいないという事だ)

 

「ジャンケンか……。わかった。やってみる!」

 

「大丈夫かなぁ?無理そうなら朱里ちゃんと交代ね?」

 

「うっ……!が、頑張るもん!!」

 

「期待してるよ?新越谷のエース」

 

「うん!今は私がエースだからね!」

 

武田さんの方は乗り気のようだ。私自身も洛山を抑えられるかわからないから、やる気満々な武田さんに任せるとしよう。

 

「作戦会議は終わったか?私のバットで場外まで運んでやろうじゃないか!!」

 

打席には5番の大豪月さん。ここから連続で抑える事が出来るのなら、流れは私達に来る筈……!

 

(ジャンケン……。私が出すのはこれだ!!)

 

「うおおおっ!!」

 

『ストライク!』

 

1球目は空振り。とりあえずジャンケンには勝ったみたいだけど、外野から遠目に見ただけでもわかる大振り……。当てられたら間違いなくホームランだね。

 

(凄いスイング……。マウンドまで音が聞こえたよ)

 

(これは当てられたらホームラン確定だね。それでも勝負する?)

 

(うん!清本さんと同じプレッシャーを感じるけど、ここで抑えないと大豪月さんには……洛山には勝てない気がするから!)

 

武田さんの2球目。続けて投げたのはツーシーム。

 

 

ガッ……!

 

 

音から察するに詰まらせた当たり。打球はライトに……って伸び過ぎ!何これデジャブ?

 

(でも清本の時と比べたらまだ取れるフライだ。絶対に取ってやる!)

 

 

バシィッ!

 

 

『アウト!』

 

フェンス登ってボールを取るなんて初めてだから、観客席が凄い騒がしいの。

 

『な、なんと早川選手がフェンスを登ってボールをキャッチしたーっ!?』

 

『そうでもしなれば大豪月選手が打った打球がホームランになる可能性がありましたから、これは良い判断です。今のアウトで流れは新越谷側に傾きました』

 

実況も解説もなんだか持ち上げ過ぎな気がするけど、褒められるっていうのは悪くないね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず大豪月のパワーはデタラメだな。並の打者なら定位置でアウトだろうに……」

 

「和奈さんも同じような事が出来ますからね。パワーチームと呼ばれる洛山でも和奈さんと大豪月さん……。この2人はその中でも群を抜いています」

 

「2人に次いで非道が入る感じだな。彼女の場合は不気味さが合わさって、私からしたら大豪月や清本よりも相手にしたくない打者だ」

 

「非道さんは洛山では他にいない分析タイプです。前に連合チームで新越谷と戦った時に武田さんと朱里さんの投げる球を1球も振らなかったのもデータを分析して、洛山の人達に伝える為でしょう」

 

「それで武田は続けざまに打たれた訳だな。こうなってくるとこれから先洛山を抑えるのは難しいかも知れないな」

 

「そうですね。ここからはジャンケンです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も武田さんは洛山の打者に対してジャンケンを挑み、6番と7番を凡打(打球はどっちもあわやホームランレベルの外野フライ)に抑えてチェンジとなった。

 

(初回からこんな展開だと7イニング持つかわからないな……)

 

ジャンケンだって洛山みたいな脳筋チームだからこそ続けられるだけであって、白糸台相手だったら長くは続かないもん!

 

(幸いな事に2点とはいえ私達がリードしている……。次の攻撃で突き放したいね)

 

それと投手についても芳乃さん達と相談しないとね!




遥「初回終了!なんとかリードを維持出来たね!」

朱里「熊実以上の打撃チームだからヒヤヒヤするよ……。大豪月さんの打球も外野フライとか生易しいものじゃなかったし」

遥「2回にはまた私に回ってくるよ!」

朱里「次回はある程度カットして話が進むよ」

遥「なんで!?」

朱里「同じような展開が続くからだよ」


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全国大会準々決勝!新越谷高校VS洛山高校④

試合は進んで5回。洛山側は武田さんの仕掛けるジャンケンに勝っては負けの繰り返し、私達も負けじと黛さんの球を打ち続ける。

 

念の為に言うと武田さんも黛さんも別に調子悪い訳じゃないからね?洛山の打線と守備が良い意味でも悪い意味でも可笑しいだけだからね?

 

(しかしうちの打線も死んでない。皆上手い具合に打っている。雷轟に至っては今日全打席ホームラン打ってるし……)

 

互いに譲らず(ノーガードでの打ち合い)の展開で13対11で私達が2点リードしているけど……。

 

(こんなに打たれて武田さんも黛さんも全く動揺してないのが可笑しいんだよね……)

 

武田さんはこの試合を楽しんでいる節があるし、黛さんは顔色1つ変えないポーカーフェイスだ。

 

「大豪月さ~ん」

 

「……フム、そろそろ良かろう!」

 

非道さんと大豪月さんの一言で洛山の守備で相手の守備が変わる。

 

(いよいよか……)

 

『洛山高校、シートの変更をお知らせします。ピッチャーの黛さんがレフト、レフトの大豪月さんがピッチャーに入ります』

 

案の定大豪月さんの登板。その瞬間に歓声が球場中に鳴り響く。

 

『凄い歓声です!大豪月選手がマウンドに上がった瞬間球場に鳴り響きました!』

 

『大豪月選手は全国でも知名度がトップクラスの選手です。今日の試合でも大豪月選手のピッチングを見に来た……という観客は多いでしょう』

 

打順は6番から……。少しでも大豪月さんのストレートに慣れれば打てるチャンスはある。

 

「いくぞ新越谷!更に強化された私のピッチングを!」

 

大豪月さんは構えると思い切り体を捻った。トルネード投法か……。

 

「な、何あれ!?滅茶苦茶体を捻ってる!」

 

「あれはトルネード投法って呼ばれるフォームだね」

 

「トルネード?」

 

「体を捻らせてその勢いでボールを投げる投法です。まさか生で本物のトルネードを、しかも高校生が投げるのを見られるとは思いませんでした」

 

藤井先生が言うようにトルネードは高校生で投げるのは大豪月さんだけ。去年までなら宮永プロがトルネード投法だった。プロでもトルネードはそう多くないしね。

 

『ストライク!』

 

(マジかよ……。練習試合で投げた時よりも更に速くなってやがる!)

 

先頭の川崎さんは三振に倒れてしまう。

 

『7番 ライト 早川さん』

 

(私の打席か……)

 

トルネード投法の弱点の1つとしては勢いが付きすぎてコントロールが上手く定まらない事。況してやあのトルネードが覚えたてならなおのこと。まぁトルネードが大豪月さん本来のピッチングの可能性はあるけど……。

 

(それなら少し粘れば四球を狙える筈!)

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

おっも……!しかも腕が痺れてきたし。速くて重い球とか勘弁してほしい。こんな球を練習試合の時に雷轟は打ったのか……。

 

(ほう?これを当てるとは中々の奴だ……!)

 

ふと芳乃さん達の方を見てみると特にサインは出ていない。ノーサインなら私に出来る事を精一杯やろう。

 

(それなら私が狙うのは……!)

 

 

コンッ!

 

 

『バント!?』

 

守備の意表を突いた三塁線へのセーフティバント。向こうは深めに守っているから、セーフになる確率が高い。

 

サードが慌ててボールを拾い送球。流石、全国クラスのサードは肩が強い!でも……!

 

『セーフ!』

 

(ふぅ……。間一髪だ)

 

この後投げる可能性がある以上余り体力を使いたくないけど、リードを広げるチャンスでもある。

 

「ナイス!朱里ちゃーん!!」

 

「確実にチャンスを作っていきたい……!」

 

次は藤田さんか。セオリーでいくならここの場面はバントなんだけど……。

 

(ここは1つ動いてみますかね……!)

 

(朱里のあのサインは……)

 

「何か仕掛けるつもりらしいが、私には関係ない!」

 

大豪月さんが投げる瞬間に……!

 

「朱里ちゃんが走った!」

 

(大豪月さん相手に盗塁とは良い度胸だね~。何が狙いかは大体予想出来るけど、とりあえず刺させてもらうよ~)

 

『ストライク!』

 

(よいしょっ……と~)

 

ミットに収まった瞬間に非道さんは二塁へと送球。大豪月さん程ではないにしても、非道さんの肩も全国の捕手の中でもトップクラスだ。このままでは確実に刺される。

 

(でもそれも想定内……!)

 

私は送球を見て一塁へと戻りに行く。そしてセカンドの人が一塁へと送球しようとするが……。

 

「わっ!」

 

かなり高く投げられて巨体が集まる洛山で唯一の低身長の清本は精一杯ジャンプするも、その送球に届かずに後ろに逸れていった。狙い通り!

 

本来ファーストというポジションは背の高い人がよくやる印象だけど、清本みたいに低身長の選手がファーストをやっている場合は皆がその小さい的に狙って投げるようになるから、一定以上の捕球率があれば小さくてもファーストを任せられる。

 

しかし洛山の選手は一部を除いた人達の守備が凄く荒い。予想外の行動を1つ起こすだけでこのように乱れてしまう……というのが私がやった小細工だ。

 

これでワンアウト二塁。大豪月さんのストレートを打って追加点がほしいところだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大豪月の球に着いてこられるのは新越谷で雷轟だけだと思っていたが……」

 

「朱里さんはバッティングも一流ですからね。川越シニア以外の場所で野球をやっていたら間違いなく4番を打てるレベルでしょう。今回はバントでしたが、次の打席ではヒット以上の成果を出せるかも知れません」

 

「新越谷が洛山に勝つには後続が大豪月の球を打てるかどうかにかかっているな」

 

「そうですね。たった2点のリードではあっという間に洛山にひっくり返されます。……ですが当てる事さえ出来ればきっと突破口を掴めるでしょう」

 

「その心は?」

 

「バットに当てればきっと何かが起こります。特に洛山の守備力においては……!」




朱里「試合展開は大きく進んで5回表」

遥「13対11……。なんか凄い展開になってきたよ!」

朱里「雷轟もずっとホームラン打ってるもんね」

遥「やっと勝負してくれて嬉しいんだ!」

朱里「良かったね」


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全国大会準々決勝!新越谷高校VS洛山高校⑤

5回表。ワンアウト二塁のチャンスだ。しかし……。

 

『ストライク!』

 

(速い……。朱里も遥もこんな速い球を打っていたのね)

 

カウントツーナッシングで追い込まれた藤田さん。まぁ大豪月さんのストレートに手が出ないみたいだけど……。

 

(でも……!)

 

「これで三振だ!」

 

(どんなボールを相手が投げようともバットを振り抜く事を忘れない……それを朱里から教わったのだから!)

 

(例え長打力のない選手でもバットを振りさえすれば必ず何かが起こる……。これが1人の打者としての仕事なのだから!)

 

それこそ私が藤田さんにアドバイスした打撃なのだから……!

 

 

 

それは全国大会出場を決めた後の練習での話……。

 

「朱里、ちょっと良いかしら?」

 

「どうしたの?」

 

「私のバッティングについてなんだけど……」

 

藤田さんは今の自分の役割について私に話してくれた。ずっと送りバントや四球狙いのバッティングスタイルである事を……。

 

「……私は今のままでも良いと思うけどね」

 

「でも……格上を相手にする時に今のスタイルが通用しなくなったらって考えると……」

 

「成程ね……」

 

藤田さんも変わってきているね。少し前の藤田さんならなら格上相手と当たった時にやる前からどこか諦めている……そんな印象を持ってたけど、全国出場を決めてからは藤田さんだけじゃなく、色々な人達が少しずつ変わり始めている。

 

「……とはいえ私もアドバイス出来る程余裕はないからね。だから1つだけ。どんな相手でもバットを振り抜く事」

 

「……それだけで良いの?」

 

「勿論見逃しも大切だけど、狙い球を絞ってバットを振るだけでも全然違うと思うよ」

 

「狙い球を……絞って……」

 

「藤田さんの場合はこれまで通りのスタイルを維持しつつも迷った時や打てなくなってきた時にそれを思い出していけば良い」

 

「成程……。ありがとう朱里。胸のつっかえが取れた気がするわ」

 

「私で役に立てたのなら何より」

 

当たり前の事しか言ってないけど、それで藤田さんが救われたのなら……まぁ良いかな。

 

 

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

「当てた!?」

 

(な、なんとか着いていけたわ……。これも朱里のアドバイスと洛山戦に備えて速球打ちの練習をしたおかげね)

 

「良いぞ菫ーっ!」

 

「打てるよーっ!」

 

連合チームとの練習試合以降大豪月さんの投げるストレートに備えてマシン打撃を沢山したからね。後は前に飛ばせるかどうかだけど……。

 

(仲間の声援で目の色が変わった……。激情タイプの打者は何を起こすか把握出来ないから厄介だね~。ここから先の全員が同じタイプの打者なら真っ直ぐだけだと厳しいかもですね~)

 

(それなら投げるか……。ストレートしか投げないという私の風潮を払拭させようではないか!)

 

(了解です~)

 

4球目に大豪月さんが投げたのは……。

 

(なっ!?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

あの速度で落としてきた。あれは私が投げるのものとは比べ物にならない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大豪月が最後に投げたのはSFFか。私達の試合でも10球投げたかわからないが、まさかこんなに早い段階で見られるとはな」

 

「そんなに珍しいですか?」

 

「大豪月は基本的にストレートしか投げないからな。本人曰く認めた相手にしか変化球は投げないそうだ」

 

「……それをこの場面で投げるという事は、藤田さんを、新越谷を認めた……と?」

 

「恐らくそうだろうな」

 

「大豪月さんが投げる変化球はSFFだけですか?」

 

「私が知っている限りだと他には高速スライダーと高速シンカーも投げるぞ。まぁあいつ自身が新しい変化球を身に付けているかも知れないから、それが全てとは言えないが……」

 

「そうですか……。新越谷は大豪月さんの変化球を打てると思いますか?」

 

「さぁな……。大豪月の投げる変化球はストレートと遜色ない球速だが、幸いストレートよりも若干遅い。速度の違いに気付く事が出来たのなら、もしかすると……って感じだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後に投げたのは変化球だったわ……」

 

「あのスピードで変化するのかよ!」

 

(藤田さんに投げた球はSFFか……)

 

しかも私が投げるよりも速く、しかも変化も鋭かった……。更なる成長の為にもっと見ておきたい。それに……。

 

(まだ大豪月さんは変化球を隠し持ってる……。それ等を引き出させる前に出来るだけ打っておきたい)

 

でも大豪月さんの投げる球に着いてこられる人はどれだけいるだろうか?

 

9番の武田さんも三振に終わって、5回表が終了。

 

(2点差しかないのは不安だけど、あの洛山を相手に食らい付いている武田さんならもしかしたら……!)

 

武田さんも負けじと9番から始まる洛山打線を3人で抑えて5回裏が終わる。

 

(洛山が1イニングで無得点っていうのも珍しい。これは恐らく神童さんを相手にした時以来の筈……!)

 

何にせよあと2イニング……。なんとか逃げ切りたいところだ。

 

「お疲れヨミちゃん」

 

「ありがとー!」

 

「体力の方はどう?」

 

「私はまだまだいけるよ!」

 

11点も取られて尚も折れない不屈の闘志とスタミナ……。これが本物のエースなんだね。ダブルヘッダーありで全力投球じゃないとはいえ、最高で250球投げたというだけあるね。

 

(この試合で私は武田さんに完全に遅れを取ったとわかっただけでも収穫かな……)

 

私にとって1番のライバルは大豪月さんでも、神童さんでもなく、武田詠深なんだと……改めてそう感じた瞬間でもあった。

 

(私に今のピッチングスタイルを教えてくれたあの人は……ライバルというのは少し違う気がするな)

 

シニア時代から続けているストレートに見せ掛けた変化球を私に教えてくれたどことなく雷轟に似ているあの人は……今頃どこかで野球をやっているのだろうか?




遥「リードを広げる事が出来なかったよ!?」

朱里「大豪月さんが温存していた変化球に対してきりきりまいだもんね。あと2イニング……。勝って準決勝に駒を進めたいね」

遥「それよりもどことなく私に似ているあの人について聞きたいんだけど?」

朱里「内緒。少なくともその人が登場するのは大分先の話だからね」

遥「具体的には?」

朱里「来年の夏以降」

遥「それってつまり……」

朱里「今のペースだと最低でも50話以上先になるね」

遥「そんな先の伏線が今出てくるとは……」

朱里「次回で洛山戦は決着になるよ」

遥「打ち合いを制するのはどっちかな!?」

朱里「それが私達だと良いね」


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全国大会準々決勝!新越谷高校VS洛山高校⑥

6回表。私達の攻撃は1番からの好打順なんだけど……。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

中村さん、山崎さんと連続で三振になってしまう。

 

「要所で投げてくるSFFに上手く反応出来なかったよ……」

 

「せめてストレートとSFFの違いさえわかっていれば何とかなるんだけどなぁ……」

 

こればかりは何ともならなさそう……。あと一歩なんだけど、その一歩が届かない現状だ。

 

「あれ……?」

 

「どうしたの遥ちゃん?」

 

「私の気のせいかも知れないけど、大豪月さんのストレートとSFF……微妙に速さが違うような……」

 

えっ……?もしかして雷轟ってばそんな細かな違いがわかるっていうの?

 

「雷轟、詳しく教えて」

 

「えっ?うん……」

 

雷轟は自身が感じた大豪月さんのストレートとSFFの違いを私達に説明した。

 

「あとは……腕の振りがSFFの時はストレートの時よりも振りきってるような気がするよ」

 

「な、成程……。それが本当なら……!」

 

私は主将に雷轟の言う大豪月さんの腕の振りに注目するように助言した。

 

「わ、わかった……。でも上手くいくのか?」

 

「確証はありませんが、やってみる価値はあります」

 

不確定要素でしかないけど、大豪月さんを攻略するチャンスだ。やれる事は全部やっておきたい……!

 

『3番 センター 岡田さん』

 

「何やらコソコソと作戦会議をしていたみたいだが、私の球を小細工で打てると思ったら大間違いだ!」

 

大豪月さんの1球目。

 

(雷轟が言うには大豪月さんの腕の振りを見て……)

 

(腕を振りきってるとSFFだ……!)

 

 

ガッ……!

 

 

(ム……?)

 

(これは……!)

 

『ファール!』

 

当てた……。しかも投げたのは間違いなくSFF。本当に雷轟の言う通り腕の振りが関係あるの?

 

2球目は……。

 

(さっきよりも腕を振っていない……。ストレートだ!)

 

 

カンッ!

 

 

大豪月さんの投げるストレートを主将が捉えてヒットになった。

 

「やったーっ!」

 

「ないばっちキャプテーン!!」

 

ツーアウト一塁で打者は雷轟。全国大会で恐らく1、2を争う注目の対決……雷轟対大豪月さんの勝負が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「岡田が大豪月のストレートを上手く捉えたな」

 

「それだけではありません。その前のSFFもタイミングは完璧でした」

 

「……もしかして大豪月のピッチングに何か癖があるのか?」

 

「ここからではよくわかりませんね。ですがもしも大豪月さんに何かしらの癖があって、それを新越谷の誰かが見抜いたとしたなら……」

 

「大豪月は攻略される……という訳か」

 

「もしも本当にあるかも知れない大豪月さんの癖を見抜いたのなら、この回で勝負が決まるかも知れません」

 

「丁度打席に入っているのは今日全打席でホームランを打っている雷轟か……」

 

「この全国大会でも見所トップクラスの勝負ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かっ飛ばせ遥ーっ!」

 

「遥ちゃんなら打てるよーっ!」

 

皆は雷轟への声援を忘れない。勿論私も……!

 

「来たな雷轟遥……。あの時の借りを全力で返させてもらおう!」

 

大豪月さんはこれでもかと捻って構えている。

 

「これが……私の……全力だ!!」

 

大豪月さんはこれまでよりも速いストレートを雷轟にぶつけた。

 

『ストライク!』

 

雷轟はそれを見送る。本当に見送っているのか、それとも手が出なかったのか……。

 

(凄いストレート。こんな球を間近で見られるなんて……。野球を始めて良かった。あの時、朱里ちゃんに出会ってなかったらこんなに球を打つ機会なんてなかったからね……!)

 

2球目。大豪月さんは1球目よりも勢い良く投げる。

 

(腕は振りきってる……。SFFだ!)

 

 

カキーン!

 

 

『ファール!』

 

SFFにもタイミングバッチリ。あとは打つだけなんだけど……。

 

(あの時と同じ……。腕が痺れて、それが勝負の楽しさを助長させてくれる……!)

 

(神童や清本では味わう事のなかった緊張感……。これが私の求める野球だ!)

 

カウントはツーナッシング。奇しくも連合チームと練習試合をした時と同じ展開になってきてる。

 

(ストレートもSFFもタイミングが合ってるね~。本来なら高速シンカーとかも織り混ぜたいんですけど~)

 

(……いや、雷轟遥にはこれだ!)

 

(ですよね~。では最高の球で打ち取りましょう~)

 

(勿論だ!)

 

「これで……三振だ!!」

 

(腕の振り、角度、大豪月さんの投げる球はストレート?SFF?それともまだ見ぬ変化球……?いや、考える前にバットを振り抜く!!)

 

 

カキーン!!

 

 

大豪月さんが投げたのは恐らくストレートだろう。それを雷轟はそれを完璧に捉えて……。

 

 

ドンッ!

 

 

スタンドへと叩き込んだ。ホームランだ。

 

『ホームラン!』

 

雷轟がホームランを打った事によって15対11とリードを広げる事が出来た。

 

『な、なんとあの豪速球をスタンドに叩き込みました!雷轟選手によるツーランホームランです!』

 

『先程投げたストレートは今まで投げた物とは比べ物にならない球速でした。恐らく高校新記録でしょう。それを打った雷轟選手もお見事です。これは大きく展開が動くかも知れません』

 

(解説の言う通り展開はこれで大きく動いた筈……。このまま勢いを掴んでいきたいね)

 

「大豪月さん……」

 

「フハハハ!流石だ雷轟遥!今回は私の負けだが、次に戦う事があれば、更にストレートに磨きをかけて挑んでやるぞ!!」

 

(……どうやら心配なさそうですね~)

 

しかし5番の藤原先輩は大豪月さんの球に当てるもファーストフライに打ち取られてしまう。

 

「さぁ、この勢いを維持して勝利を掴みにいくぞ!」

 

『おおっ!』

 

6回裏は3番の非道さんから。

 

(まさかうちが白糸台以外にこんなにてこずるとはね~)

 

この試合においての対非道さんの成績は決して良くない……。ここで打たれたら流れは向こうにいきそうだ。

 

(非道さんにジャンケンは余り通用しない……。それなら!)

 

武田さんは1打席目で非道さんに投げたあの魔球を同じコースに再び投げる。

 

(1打席目と同じ球とコース……。でも私にはわかるよ~。あの時とは何か違うって~!)

 

 

カキーン!

 

 

1打席目と同じく掬い上げる様に低めに投げられたあの魔球を打つ。あの時はホームランだった。でも……!

 

『アウト!』

 

今回はセンターフライ。非道さんを打ち取った。

 

(打ち取られたか~。まぁ今打った球はビリビリと腕が痺れたからね~。でも清本ちゃんは同じようにはいかないよ~?)

 

ワンアウトで清本の打順。

 

(まさか非道さんが打ち取られるなんて。武田さん……!朱里ちゃんと同じ天才レベルの投手だね)

 

(清本さんかぁ……。連合チームとの練習試合でも何度か勝負したけど、殆んどホームラン打たれてなぁ)

 

(それでも打ち取れるよ。今のヨミちゃんなら!)

 

清本相手に敬遠は通用しない。かといって甘く入るとホームランは確実……。

 

(私のピッチングを……清本さんにぶつけるだけで良い!)

 

(武田さんは私との勝負を楽しんでくれている。今まで私と勝負した人は皆2度目以降になるとどこか怯えていた……。武田さんにはそれがない……っていうのが私も嬉しいんだ!)

 

(負けられない……!)

 

(でもこの勝負を楽しみたい……!こんな感情……川越シニアと洛山の皆以外には感じられなかった)

 

外野からだとよくわからないけど、武田さんも清本もなんだか楽しそうに見える。

 

二宮から私と勝負する為に川越シニアのチームメイトは散り散りになった……という事を聞いた事があるけど……。

 

(少なくとも清本からは私が投げなくとも武田さんとの勝負を楽しんでるの……かな?)

 

何にせよ新越谷のエースの力を見せてやってよ武田さん。

 

 

カキーン!

 

 

武田さんが投げたのは強ストレート。清本はそれを捉えて外野まで運ぶ。しかしその打球は……。

 

『アウト!』

 

ライトを守っている私のミットに収まった。

 

(私は清本に殆んど勝った事がない……。でも武田さんは勝ったんだね)

 

清本を打ち取って味方として嬉しいような、過去に清本に何度も打たれている私からしたら武田さんに先を越されて悔しいような……そんな感情が渦巻いていた。

 

(……でも清本を打ち取れたのは大きい。武田さんも段々打たれなくなってきたし、あと1イニングで4点差を返される可能性はかなり低くなった!)

 

それでも最後まで油断は出来ない。一応前のイニングから私達投手陣は肩を作る為にキャッチボールをしているけど、武田さんの調子を見る限りだと多分出番はなさそうかな……。

 

 

~そして~

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

最終回も武田さんはピンチを作りつつもリードを守って洛山高校の猛攻から逃げ切った。

 

『試合終了です!15対12で新越谷高校が洛山高校を破りました!』

 

『準決勝は白糸台と新越谷になりましたね。白糸台と洛山の過去2年に渡る因縁もここで終わった……と考えると少し寂しく思いますが、新越谷との試合が洛山以上の熱い戦いになる事を期待しています』

 

危ない場面しかないように思ったけど、準々決勝突破!




遥「準々決勝突破!」

朱里「過去最大の打ち合いをした気がするよ。投げてないのに、くたくただ……」

遥「私は楽しかったよ?」

朱里「雷轟はホームラン連発してたもんね」

遥「次は準決勝だね!」

朱里「白糸台との戦いか……」

遥「神童さんにリベンジしなきゃ……!」

朱里「……私も神童さんには借りを返さなきゃね」


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それぞれの想いと思惑

整列と挨拶を済ませてそれぞれが宿舎に戻る。私も戻ろうと思って歩を進めると洛山の大豪月さんとと非道さんと清本、白糸台の神童さんと二宮が何やら話し込んでいた。

 

「……新越谷に負けたみたいだな。試合見てたよ」

 

「そうか……。私は全力を出したし、黛の実力も確認したかったから、何の悔いもない!」

 

「黛ちゃんの球種や相性なんかも新越谷戦である程度把握出来ましたしね~」

 

負けてもただでは起きない……。これは次回洛山と戦う時は別の意味で苦戦しそうだな。

 

「雷轟には結局勝てていなかったようだが?」

 

「確かに今日は負けたが、野球を続けている限りはまたどこかで再戦するだろう。その時に勝てば良いのだ!」

 

「……そういう考え方もあるのか」

 

なんか大豪月さんの懐の深さを垣間見た気がする……。というか私がコソコソしてるみたいになってるけど、偶然だからね?タイミングがちょっとあれなだけだよ!

 

そう自分に言い聞かせながら二宮と清本の方を見る。

 

「今日もホームランを量産していましたね」

 

「……今日はホームラン3本と5打点しか取ってないよ」

 

「充分じゃないですか……」

 

「それに雷轟さんの方が打ってたし……」

 

「雷轟さんの方はホームラン4本と8打点でしたか……」

 

「うん、大豪月さんのSFFも完璧に捉えていたし……。あのSFFは私もまだスタンドまで飛ばした事がないんだ。それを雷轟さんはわかっていたように……」

 

「……スタンドからでしか見てないので確証は持てませんが、大豪月さんの投げるボールには何か癖があるのかも知れませんね」

 

「癖……?」

 

「それを雷轟さんは見抜いて打ったのでしょう」

 

(尤も雷轟さんがホームランを打ったあのストレートには癖はないようにも見えましたが……)

 

「……もしも本当に大豪月さんの癖を見抜いて打ったのなら、雷轟さんはもう既に私を越えるスラッガーだね」

 

「和奈さん自身がそう思っている……というのは意外ですね」

 

「うん……。雷轟さんはきっと私にはないものを持ってるんだと思う。それが何かはまだわからないけど……」

 

「その何かがわかったら……その時はまた私が全国で最強のスラッガーになるんだよ!」

 

「……私には縁のない単語ですが、頑張ってください」

 

……こっちはこっちでなんか雷轟が物凄いスラッガーに成長しているって話を聞いてしまった。本人が聞いてたら天狗になっている事だろう。

 

(でも実際清本を越えるレベルのスラッガーはいない……。洛山の中にも、その他の高校にも……。 その清本が雷轟を認めたとなるといよいよ雷轟が思い描いたスラッガー像が完成しそうだ)

 

それを完成させるにはやはりこの全国大会で優勝してその一歩を進めなければいけないね。

 

「それよりも大豪月、おまえはこれからどうするつもりだ?」

 

「私はもう既にやるべき事は決まっている!」

 

「やるべき事?」

 

「ウム、それはな……」

 

な、なんかとんでもない事を聞いてしまった……。

 

「……本気か?」

 

「無論だ。神童も一緒に来るか?」

 

「……面白そうだし、考えておこう」

 

しかも神童さんも乗り気なの!?

 

「他にはその計画に入ろうとする奴はいるのか?」

 

「我が洛山では非道と清本が計画に乗ってくれるぞ!」

 

「私は大豪月さんの行く道に着いて行きますよ~」

 

どうやら清本は既に高校卒業後は大豪月さんに着いて行くみたいだ。余程大豪月さんに良くしてもらったんだなぁ……。

 

「……まぁ私も白糸台の連中に何人か声を掛けておく。だが期待はするなよ?」

 

「心配せずとも私と神童が手を組めば敵などいない!」

 

確かに大豪月さんと神童さんのタッグチームは無敵だろう。二宮みたいに2人の投げる球を捕れる捕手がそこに入ればその3人だけで頂点まで登り詰めそう……。

 

「……では私達は宿舎に戻るとしよう」

 

「京都に帰るのか?」

 

「他の連中はそうするだろうが、私達3人は全国大会を最後まで見届けるつもりだぞ!」

 

「私達を破った新越谷がどこまで進むのか見物ですしね~」

 

非道さんが新越谷を持ち上げてるよ……。期待の発言が辛い。

 

「そういう事だ。神童よ、新越谷は手強いぞ?」

 

「わかっているさ。新越谷の強さは私と二宮が最初に新越谷の練習試合を観戦したあの時から……」

 

「瑞希ちゃん、準決勝見に行くから頑張ってね!」

 

「私はいつも通り試合に臨むだけです。例え相手が朱里さんでも……」

 

これは私も負けられないな……。

 

(準決勝の先発は私になるって芳乃さんも言ってたし、白糸台相手に、そして私を打った神童さんにリベンジのチャンスだ!)

 

状況によってはフォークと併用して練習していた秘密兵器を投げる時が来るかも知れないし、試合に備えて山崎さんとバッテリー練もしておこう。



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足掻き

準決勝……白糸台戦は明後日。それまでに私が出来る事をやっていこう。

 

「ナイスボール!」

 

今やっているのは山崎さんや投手陣達とバッテリー練。

 

30分毎に交代交代でそれぞれのピッチングを磨く事を中心に、何か改善点があるならそれを伝え合う……という全国大会の2回戦が終わってから毎日行っている恒例行事だ。ちなみに今は息吹さんが投げている。

 

(さて、準決勝と決勝をどうするか……)

 

準決勝の相手である白糸台はここ3年の状況的に強化版梁幽館と考えて良い。芳乃さんは私を先発起用すると言っていたからそれはそれで良くて、問題は決勝……。

 

(……いや、今から決勝戦の事を考えても仕方ない。そもそも準決勝を勝ち抜けるかすらもわからないんだから)

 

今は白糸台と戦う事を考える事にしよう。

 

(まずは勝負において尤も大切と言われている情報……。向こうに二宮がいる時点で大敗かな。二宮が持っている情報力と情報量は半端じゃないし……)

 

私のフォークや同時に練習しているあれについてはまだバレてなくても、息吹さんの多彩な変化球や藤原先輩のジャイロボールも二宮達にはお見通しだろう。武田さんが2回戦でしれっと投げてたチェンジUPも多分バレてる。

 

(まぁそれなら情報以上の球を投げれば良いだけだ)

 

「よし……。次は朱里ちゃん!」

 

「私の番だね」

 

先程まで息吹さんがいた擬似マウンドに上がり足元を整える。

 

(まずはストレートから……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

「相変わらず朱里のストレートは凄いわね……」

 

「そうかな?藤原先輩よりは遅いと思うけど……」

 

しかも藤原先輩はジャイロボーラーだし。

 

「確かにそうなんだけど、何て言えば良いのかしら……?」

 

「息吹ちゃんの言いたい事はわかるわ。朱里ちゃんのストレートはこう……勢いが凄いの」

 

まぁストレートというのは速ければ良いという訳じゃない。

 

例えば白糸台の新井さんはハイスピンジャイロの使い手だけど、ジャイロボールではない大豪月さんは新井さんよりもストレートが速くて重い。

 

藤原先輩はジャイロボールを会得したけど、ジャイロボールはスタミナの消費が激しい。なので本職が投手じゃない藤原先輩は中継ぎや抑えで起用する様に短いイニングでしか投げられない。

 

それに比べて新井さんはジャイロボールを通算で何百球、何千球、何万球と投げているので、1試合で100球越えたとしても疲労している様子はなく、先発完投型に育っている。

 

「じゃあ次はフォークを投げるね」

 

それは置いといて、私は山崎さんのミットに集中してボールを投げる。投げるのはフォークボール。

 

「凄い……。この前よりもキレが増してるよ!」

 

「コントロールも完璧だよ!」

 

山崎さんと武田さんが嬉しそうに私のフォークを褒めてくれる。なんか恥ずかしいな……。

 

(まぁこれくらいなら準決勝でも投げられそうかな……。1打席限りしか通用しないと思うけど)

 

ではそれともう1つ……!

 

「えっ?今何を投げたの!?まるで揺れて曲がったけど……」

 

「今投げたのは私の新変化球……ナックルカーブだよ。まぁかなり握力を使うから、多投は出来ないけどね」

 

言うなれば武田さんが投げるあの魔球の派生バージョンだね。

 

「おぉぉ……!朱里ちゃん凄い!私のあの球みたいな球をこんなに精度高く投げられるなんて!」

 

「確かに……。ヨミちゃんのあの球みたいな感じだった」

 

「武田さんのあの魔球と差別化するなら、私のやつは武田さんのあの魔球よりも揺れている……ってところかな」

 

これもフォークと一緒で秘密裏に練習してたから、二宮達は知らない。この2つは最終手段にしよう。

 

白糸台相手にどれだけやれるかわからないけど、足掻けるだけ足掻いてやる……!



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王者白糸台

「いよいよ準決勝戦。あと2つ勝てば全国優勝だよ!」

 

芳乃さんがぴこぴこさせながらミーティングを指揮する。元気だなぁ……。何か良い事でもあったの?

 

「準決勝の相手は白糸台高校。春夏4連覇を達成していて、この大会で5連覇を成し遂げるか皆注目しているね」

 

「言うまでもなく強敵だな……」

 

「ですが県大会から強敵と戦ってきた私達なら苦戦せずに良い勝負が出来るでしょう」

 

「良い勝負……じゃなくて、出来るなら勝ちたいわね」

 

藤原先輩の言う通り、ここまで来たら勝利したい。

 

「……では白糸台の選手の分析から入りましょう」

 

私はタブレットを開いて白糸台の選手のピックアップをする。

 

「まずは白糸台のエースである神童さんから」

 

「神童さん……!」

 

神童さんの名前を出すと雷轟の表情が険しくなる。まぁ手も足も出なかったからね……。

 

「神童さんの球種はスライダー、シュート、カーブ、シンカー、フォーク、カットボール、チェンジUP、ツーシーム……。現状知っているのはこれくらいだけど、もしかしたら他にもあるかも知れません」

 

「め、滅茶苦茶多いな……。どれが決め球……っていうのはあるのか?」

 

「過去に神童さんと対戦した事ある選手はこう言っていました。『神童裕菜の投げるボールは全て決め球だ』……と」

 

「確かに……。連合チームとの練習試合でも神童さんの変化球は手も足も出なかったし、どの変化球も物凄い変化とキレだったわ」

 

「加えて神童さんは打撃面の方も一級品で、白糸台でもクリーンアップを打てるレベルです」

 

多分白糸台と洛山以外なら4番を打てるだろうね。私も神童さんにホームランを打たれたし……。

 

「打率もチームで3、4番目くらいだからね……」

 

本当あの人完璧過ぎて弱点とかあるのかって思ったくらいだし。

 

「神童さんが入ってからの白糸台は勝率が大きく上がり、神童さんが1年生時点で夏と春に全国優勝した事によって『王者白糸台』と呼ばれる様になりました」

 

「王者……!」

 

「更に今年の春も全国大会で優勝しましたが、その時の神童さんは本気を出していません」

 

「本気を出してない……?」

 

「神童さんの投げる全力の変化球を捕れる捕手がいなかったんです。その時までに組んでいた捕手は1つ上の学年でしたからね」

 

「それでも優勝した……って事か」

 

「はい」

 

今年の春大会はレベルも高かったにも関わらず神童さんは全力の変化球を封じて優勝をもぎ取っている。本当に凄い選手だと思う。

 

「それに今年は二宮が入った事によってその問題は解決されました」

 

「二宮さん……!」

 

二宮の名前にいち早く反応したのは山崎さんだった。この子二宮と何かあり過ぎでしょ……。

 

「二宮の入部によって白糸台の投手力が大幅に上がりました。例を挙げると新井さんがその1人です」

 

「新井さんが……?」

 

「去年までの新井さんはノーコンと言っても過言じゃなかったのが、二宮によって投手としての才能が開花しました。新井さんが今の様にハイスピンジャイロを投げられるのも二宮のお陰でしょう」

 

「つまり二宮さんは投手の力を引き出す事を得意としているって事?」

 

「本人に自覚はないみたいだけどね。だからタチが悪い……」

 

まぁそんな二宮に私は助けられた事があるから、どこか憎めないんだよね……。これも二宮自身自覚なし。そんな二宮の事を私は投手誑しと心の中で呼んでいる。

 

「二宮の捕手としての素質は捕球率です。リトルシニアと一緒でしたが、後逸率はほぼ0でした」

 

「珠姫ちゃんと同じだね!」

 

「打撃面と肩は山崎さんの方が上ですが、二宮には異常なくらいの先読みがあります」

 

「先読み?」

 

「二宮は常に二手三手先を読んで行動しています。例を出すと1打席目の時点で3打席目までの布石を常に頭の中で考えていますね。同じチームの時はそうでした」

 

「それ人間?」

 

まぁその気持ちは大いにわかる。二宮と清本は人間離れした何かだと思っている。

 

「……他にも警戒する人は沢山いますが、神童さんと二宮のバッテリーには要注意です」

 

特に二宮は1年生。これからの白糸台を影で引っ張る事になるだろう。敵に回すと厄介この上ないよ。

 

対白糸台のミーティングは夜遅くまで続いた。



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全国大会準決勝!新越谷高校VS白糸台高校①

本編100話目たっせ~い!


今日は準決勝……白糸台との試合だ。

 

「今日はよろしくな」

 

「良いゲームにしましょう」

 

神童さんと二宮が声を掛けてくる。この2人の余裕がこの試合で崩れる事を祈ろう。

 

『よろしくお願いします!!』

 

整列と挨拶を済ませて、互いにオーダーを発表する。

 

 

1番 レフト 雷轟

 

2番 キャッチャー 山崎さん

 

3番 ファースト 中村さん

 

4番 サード 藤原先輩

 

5番 センター 主将

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 ピッチャー 私

 

8番 セカンド 藤田さん

 

9番 ライト 息吹さん

 

 

今日は雷轟が1番の日。神童さんの球を打つ為に1打席でも多く回るようにしたいからね。それに……!

 

(今日は私が先発だ……。全力でいかせてもらう)

 

「頑張ってね朱里ちゃん!」

 

普段はぶー垂れてる武田さんも今日は普通に応援してくれてるし、その期待にも応えたいね。

 

そして相手のオーダーは……。

 

 

1番 ショート 亦野さん

 

2番 セカンド 渋谷さん

 

3番 ピッチャー 新井さん

 

4番 センター 大星さん

 

5番 ライト 神童さん

 

6番 サード 鮫島さん

 

7番 レフト 九十九さん

 

8番 ファースト 神宮寺さん

 

9番 キャッチャー 二宮

 

 

向こうの先発は新井さんか。一応昨日のミーティングで新井さんの事もある程度触れているけど……。

 

(神童さんの変化球を1球でも多く見てほしくて雷轟を1番に添えたけど、二宮に読まれていたっぽいね……)

 

(やはり雷轟さんを1番に置いてきましたか……。新越谷はこの大会で奇数の試合で雷轟さんを1番に置いていく傾向を確認したので、もしかしたら……と思い神童さんを先発から外したのが功を奏しましたね)

 

オーダーの読み合いでは負けたか……。まぁ速球に強い藤原先輩を4番に繰り上げたのが幸いかな?今日私達は後攻だから、まずは相手打線を抑えないとね……!

 

『さぁ間もなく始まります。新越谷高校対白糸台高校。試合の実況は七瀬が、解説には白糸台のOGである宮永照プロに来てもらっています』

 

『よろしくお願いします』

 

『宮永プロ、今日の試合の見所はどこになるでしょうか?』

 

『この試合は新越谷も白糸台も投手に注目したいですね』

 

『……と言いますと?』

 

『先発の新井選手は今年度に入って大きく成長した投手の1人ですし、新越谷の先発である早川選手は昨年のシニア全国大会で優勝まで登り詰めた川越シニアのエースです。まずは序盤の投げ合いでどちらが主導権を握るか……楽しみです』

 

な、なんか宮永プロが私の事を大きく持ち上げている気がするんだよ!

 

『プレイボールです!』

 

とりあえず足元を整えて投げていこう。王者白糸台相手に私のピッチングが通用するか……。それを確かめる良い機会だからね。

 

『1番 ショート 亦野さん』

 

(1番の亦野さん。春大会では早打ちを仕掛けてヒットを打つタイプだった……)

 

戦術面においても二宮によって大きく変わっている可能性もある。その戦術と春大会までの戦術を織り混ぜてくるから、どちらの戦術を使うか見極める為にもここは様子見だね。

 

(ここは……で!)

 

山崎さんのサインは私でお馴染みの偽ストレートだ。

 

(了解)

 

本来偽ストレートはスタミナ消費を抑える為にある人から教わったものだ。クリーンアップ以外の一巡目はこれでいこうと思う。

 

『ストライク!』

 

(見送りか……。二宮に球の性質を聞いているだろうから、恐らく偽ストレートの媒体を探っているんだろう)

 

未だに金原にもバレてないんだ。そんな簡単には打たせない!

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

まずは1人。今日は全員三振させるつもりで投げ抜いてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお~。先頭打者を三振に抑えたね~」

 

「今日の朱里ちゃんは絶好調みたいですから、余程の相手じゃない限りは打たれないと思います」

 

「まぁ早川朱里も一流の投手だからな。神童みたいな奴が相手でもない限りは小細工である程度は誤魔化せるだろう。現に亦野は振り遅れている」

 

(それもこの打席限り……だろうがな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です亦野さん。朱里さんの球はどうでしたか?」

 

「ああ、二宮の言う通りストレートに見せ掛けた変化球だったよ。私に投げてきたのは多分カーブ、スクリュー、SFFかな」

 

「そうですか……」

 

(球の仕組みをわかっていても簡単には打たせない……。流石は朱里さんですね)

 

「渋谷さん、出来れば朱里さんの持ち球を多く引き出してください」

 

「うん……。わかった」

 

「ミズキってば張り切ってるね~!」

 

「それ程この試合に本気なんだろう」

 

「私はいつも通りです」

 

「嘘だっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2番の渋谷さんは二宮みたいに粘り打ちを得意としている。この1打席目は出来れば抑えたいところだけど……。

 

(次は……で!)

 

(OK)

 

私は山崎さんの構えているミットに目掛けて投げる。それだけで良い。

 

『ストライク!』

 

(見た感じはストレートと変わらないけど……)

 

『ストライク!』

 

(瑞希ちゃんの言う通り僅かに変化してる。今のはカットボール……かな?)

 

(追い込んだ……けど、1球も振ってこないのは妙だな……)

 

(流石に1球くらいは振らないと不自然かな……?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

渋谷さんも三振に抑えた。3球目だけ振ってきたのが私からしたら不自然極まりないけど……。

 

(まぁもらえるアウトはもらっておこう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……早川さんが投げたのはカットボールとパームボールかな?遠目から見たらストレートと変わらないかも」

 

「やはり朱里さんは持ち球を増やしてきましたね」

 

「ストレートに見せ掛けた変化球って本当なんだ?」

 

「なんだ、信じてなかったのか?」

 

「センパイ達があんな遅いストレートにここまで抑え込まれているなら、信じるしかないね~。まぁこの大星淡ちゃんに任せなさい!」

 

「その前に新井さんがいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『3番 ピッチャー 新井さん』

 

(新井さんもクリーンアップを打てるレベル……。清本や雷轟程じゃなくても、迂闊に攻めればホームランを打たれるだろう)

 

クリーンアップに入ったし、新井さんにはストレートを投げよう。

 

(……って事で良いかな?)

 

(うん、思いっ切りきて!)

 

山崎さんからもOKをもらったので、全力のストレートを新井さんにぶつけた。

 

『ストライク!』

 

(な、なんだ今のストレートは……?私の投げる球よりも遅い筈なのに、手が出なかった……)

 

初球は見逃し。見送ったのか、手が出なかったのか……。何にせよワンストライク頂きました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のストレートは中々良い感じですね~」

 

「ウム、その辺の奴等では決して打てない球だな!」

 

「あれが朱里ちゃんの決め球とも言えるストレートです」

 

「確かに初見だと手が止まりそうだね~」

 

「球速自体は私や新井の方が圧倒的に速いが、あのストレートは速度ではなく勢いが違う。ただ速いだけで打てないのなら、埼玉の熊谷実業にいた久保田という投手がもっと騒がれている筈だ」

 

(……でも今1番速い球を投げるのは大豪月さんなんですよね~)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今早川が投げたストレートはこれまでとは違うな」

 

「梁幽館戦や咲桜戦で投げていたものよりも球威が増しています」

 

「へー、あんな球も投げられるんだ……」

 

「私達に投げた球は手を抜いていた……と?」

 

「いえ、あれはあれで朱里さんの全力でしょう。スタミナ消費を抑える為のものではありますが……」

 

「何にせよ勝負の時が楽しみだね~!」

 

「そうだな。一応早川からホームランを打った事はあるが、新井に投げている球は私には投げてこなかった……」

 

「朱里さんの持ち球は神童さん以上です。当てるだけなら難しくありませんが、前に飛ばすとなると朱里さんが持つ球種を散らすだけでそれが困難になります」

 

(新井さんに投げているストレート、渋谷さんに投げたストレートに見せ掛けたパーム……。恐らくそれ以外にも私が知らない球種がきっとあるでしょう。それなら今回の私の目的は朱里さんの球種を全て引き出す事ですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(……1打席目は手が出なかったが、次は絶対に打ってやる)

 

『早川選手、白糸台の打線を連続三振で切り抜けました』

 

『1打席目は様子見……。それを白糸台の選手達も、早川さん自身もそう思っているでしょう』

 

『そうなると白糸台が動き始めるのは2打席目以降になる……という事ですか?』

 

『恐らくですが……』

 

(気になるのは二宮さんの打順……。裕菜の話によると二宮さんは情報収集に長けている。だとしたら本当に始動するのは二宮さんの打席からである可能性が高い)

 

なんとか3人で切り抜けたか……。これから先も同じようにいかないだろうし、2打席目以降の白糸台打線を私は抑えられるだろうか?




遥「準決勝開始!1回表は朱里ちゃんの好投で3人共三振で終わらせたよ!」

朱里「まぁ1打席目は様子見だろうね」

遥「次回は裏の私達の攻撃だね」

朱里「雷轟はこの準決勝で1番だから、いっぱい打順が回ってくるよ」

遥「神童さんも新井さんも凄い球を投げるから、楽しみだよ!」


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全国大会準決勝!新越谷高校VS白糸台高校②

「朱里ちゃん、ナイピだよ!」

 

「凄いよ朱里ちゃん!あの白糸台の打線を三振に抑えるなんて!」

 

「まぁまだ1打席目だからね。2打席目以降がどうなるかまだわからないよ。それよりも……」

 

「?」

 

私はちらりと武田さんを見てから向こうのベンチを見て今後の方針を考える。

 

「武田さん、大村さんと肩を作っておいてくれないかな?」

 

「えっ?」

 

「朱里ちゃん……?」

 

武田さんは驚き、山崎さんと芳乃さんは心配そうに私を見て、他の皆は私の発言に驚いていた。

 

「……私がスタミナに難がある事は話したよね?正直今日は全力でいく分7イニングもたないから、武田さんにはいつでも投げられるようにしてほしい」

 

「わ、わかったよ!」

 

「い、行きましょうかヨミさん」

 

2人はブルペンまで武田さんの肩を作りに行った。

 

「……色々気になるだろうけど、今は攻撃に集中しましょう」

 

「……そうですね」

 

藤井先生もなんとか納得してくれたし、私も攻撃に対しての作戦を立てておこうか。

 

(まぁ雷轟なら小細工なんていらないだろうね……)

 

『1番 レフト 雷轟さん』

 

(いきなり本命が相手か……!)

 

(よーし!打つぞー!!)

 

ジャイロボーラーの新井さんと速球打ちが得意な雷轟……。多分初球で勝負が決まるだろうね。

 

(初球……。初球でこの打席の全てが決まる!)

 

(初球打ちで決める!)

 

この対決は雷轟と大豪月さんの対峙を思い出すね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお~、最初からクライマックスだね~」

 

「ウム、雷轟遥を1番に添えて多く打席を回す事で神童の球を打つようにする為だろう」

 

「目が離せませんね……!」

 

「清本ちゃんが釘付けに~」

 

「……雷轟さんは私を越えた人ですから」

 

「清本も雷轟遥もまだ1年生……。2年後、そしてその後の舞台から引退までに勝てば良かろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

初球から雷轟は新井さんのハイスピンジャイロを当てる。しかし……。

 

『アウト!』

 

当たりは良かったんだけど、ライトフライに抑えられた。やはりジャイロボールを打つのは普通のストレートを打つのとは訳が違う……という事だろうね。

 

(なんて当たりだ……。アウトには出来たが、フェンスいっぱいまで飛んでいたぞ)

 

(バットの跡を見る限り僅かに芯からずれていたようですね。コース次第ではホームランを打たれていた……と考えるべきでしょう)

 

「悔しいーっ!!」

 

あそこまで悔しさを剥き出しにしている雷轟も珍しいな……。大豪月さんのストレートを打った後に新井さんのジャイロボールを打ち損じたから?

 

(でもあの当たりを見たら次は打てそうだね)

 

そうなると警戒するのは新井さんが試合中に成長する進化型投手かどうか……って事か。

 

(でもその辺りは二宮がなんとかしそうだしなぁ……)

 

二宮の捕手としての才能はプロをも凌駕するだろう。組んでいる投手が投げやすいと感じ、投手の才能を開花させ、投手の成長を一言二言で実現させる事も出来る……。こんな捕手は私の知る限りでは他にいない。あの宮永さんでもここまでは出来ない。

 

それに加え二宮には異常なまでの先読みスキルがある。恐らくこれまでも白糸台と対戦した強敵達をそれで倒した可能性は高い。

 

(そんな二宮の弱点は大きく分けて2つ。1つは意外性を発揮する選手。予想外のアクションを起こせば二宮の対応力はやや劣るから、そこから崩すプランが取れる。うちならば野球をこの春から始めた息吹さん、大村さん、雷轟の3人がそれに該当するけど、雷轟の打者としてのレベルはトッププロクラスだから、雷轟は読みやすくなる。)

 

そしてもう1つは進化型を越える超進化型の選手。リトル時代でも私が投げていたシンカーが試合中にキレと変化量を増した影響で二宮が捕球し損ねた事があった。あれが恐らく二宮が唯一捕逸した瞬間だったかな?

 

 

カンッ!

 

 

考えている内に2番の山崎さん、3番の中村さんが新井さんのジャイロボールを捉えて連続ヒット。

 

(大豪月さんのストレートがなかったら多分手も足も出なかったかも……)

 

(映像でも見たけど、新井さんってストレートしか持ち球がないんかな……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「荒れ球が目立っています」

 

「やっぱりか……。雷轟を打ち取ってからどうも思うようにいかないんだよな」

 

「だから変化球を覚えるように言ったんですよ。あの大豪月さんも変化球くらいは投げます」

 

「うっ……!ストレートオンリーの投手という私の個性が崩れるから嫌だ!!」

 

(そうなると新越谷打線に捕まるのも時間の問題なんですよね。現に今ピンチですし……。その性格を治してほしいという意味合いも兼ねて今日の先発を新井さんにしたのですが、これは1度打ち込まれなければわからないかも知れませんね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わぬチャンスでワンアウト一塁・二塁。更にこの場面で迎えたのが……。

 

『4番 サード 藤原さん』

 

(まさかこんなに早く4番に立てるとはね……。遥ちゃんがいる限り4番は無理なものとばかり思っていたけど、この大舞台で4番を任されている……。朱里ちゃんには感謝しかないわ)

 

今日4番の藤原先輩。ここで先制点が取れるとかなり大きいんだけど……。

 

「ホームランだ理沙ーっ!」

 

「かっ飛ばせ理沙先輩ーっ!」

 

勿論サインは強攻。新井さんはストレートしか投げないし、白糸台相手にまたとないチャンスだろうから、ここは1点でも多く欲しい。

 

 

カンッ!

 

 

ホームランは無理でも、センター前に飛んだこれで満塁のチャンスになりそうだ。

 

(……と思っていそうですが、そう簡単にはいきませんよ)

 

「……あはっ!」

 

センターの大星さんが物凄い勢いでセカンドへと送球。肩強すぎなんだけど!?

 

『アウト!』

 

まさかの二塁フォースアウト。セカンドがそのままファーストに送球。

 

『アウト!』

 

「な、何が起こったんだ!?」

 

「……センターゴロからのダブルプレーですね」

 

「センターゴロとかなんて肩してんだよ!?」

 

川崎さんの言うようにセンターゴロからゲッツーとか誰が予想するんだよ。

 

(今までの白糸台の試合では大星さんの肩はこんなビッグプレーを起こすレベルではないと思ってたけど……)

 

まさか白糸台側にもこんな隠し球があったとはね。多分二宮が意図的に公開しなかったんだろうなぁ……。大星さんが1年生の時はファーストを守っていたし。

 

そう簡単には点をくれないって事か……!




遥「先制点取れなかった!!」

朱里「雷轟も打ち損じるし、速球に強い藤原先輩もダブルプレーに倒れるし、やっぱり白糸台は手強いね」

遥「でもこっちだって点はあげないもん!」

朱里「……まぁ私も簡単には打たせないよ」

朱里(正直どこまで凌げるかわからないけど……)


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全国大会準決勝!新越谷高校VS白糸台高校③

向こうのセンターゴロが余程衝撃的だったのか、ベンチの空気が暗いな……。皆を立ち直らせるのは基本的に武田さんがやっていたから、その武田さんがこの場にいないとなると……。

 

「切り替えていきましょう。まだ試合に負けた訳ではありませんよ」

 

「……そうだな。まだまだ勝負はこれからだ!」

 

私の言葉に主将が続いて皆を落ち着かせる。

 

それで2回表の白糸台の攻撃は先程センターゴロを放った大星さんからだ。

 

「よろしく~!」

 

(清本や雷轟程ではないとしても、白糸台で4番を打っている実力者……。威圧感もあるし、油断は出来ないね)

 

それにしてもあのウネウネ動いている髪型はどんな原理なんだろうか……?

 

(とりあえず初球は……で!)

 

(OK)

 

初球は様子見を兼ねて偽ストレートを投げる。媒体はカットボールだ。

 

『ストライク!』

 

(ふーん……?)

 

見逃した……?もしかして偽ストレートの媒体を探ろうとしているのかな?でもそれなら好都合だね。

 

2球目はシュートを媒体とした偽ストレート。1球目とは逆を突いたから、狙い球を絞らせはしな……。

 

 

カキーン!

 

 

打たれました……。

 

『ファール!』

 

しかし打球は切れてファールになる。助かった……。それなら3球目は……!

 

(なっ!?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

よし!緩急を付ける為に全力ストレートを急に投げると手が出ないみたいだね。とりあえずこの打席は私の勝ちだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで4者連続三振か……。中々やるではないか」

 

「元々朱里ちゃんは三振を取るタイプの投手ですから。県大会の準決勝もアウトは全部三振だったし……」

 

「大星ちゃんも早川ちゃんの投げるなんちゃってストレートの後に投げられた本気のストレートには着いていけなかったみたいだね~」

 

「初見だと難しいですが、慣れればそんなに難しい球じゃないと思いますよ。私でも打てるくらいなので……」

 

「いやいや、清本ちゃんを基準にしたらダメでしょ~」

 

「ひ、酷い……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……朱里さんが最後に投げたのはストレートですね。前の2球で遅めのストレート(に見せ掛けた変化球)を見せる事で急にくる速い球に手が出なくなる……といった戦術を使ってきました」

 

「これに関しては大星が迂闊過ぎたな」

 

「うぅ~!次は絶対に負けないもん!!」

 

「それじゃあ……行ってくるとしよう」

 

「裕菜ちゃん、打てそう……?」

 

「さぁな。1度早川からホームランを打っているが、あの時と比べて成長しているのは今日のピッチングを見るだけでわかるし、少なくともいきなり打つ……というのは出来そうにない」

 

(あの神童さんがここまで言うとは……。やはり朱里さんもまだまだ進化しているみたいですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、いよいよ神童さんとの対決だ……。とりあえずホームランを打たれた借りを返さなきゃね)

 

いざ神童さんと対峙すると神童さんが放つ威圧感とあの日神童さんにホームランを打たれた事がフラッシュバックして体が震えている……。

 

「朱里ちゃん!」

 

「……山崎さん?どうしたの?」

 

「朱里ちゃんの様子が可笑しいから、タイムをかけたんだ。駆け寄ってみたら朱里ちゃんが震えてて……」

 

……山崎さんはお人好しが過ぎる気がするよ。

 

「……大丈夫だよ。これはただの武者震いだからね」

 

嘘は吐いてない。別に私は神童さんに対して恐怖している訳じゃないからね。そりゃまぁイップスにはなったけど、それは私の心が弱かっただけだし、ホームランを打たれたのも私がその時点では神童さんを抑える実力がなかっただけだから。

 

(だからこの場で神童さんを打ち取れる……って考えていたら柄にもなく燃えてきている私がマウンドにいる)

 

「朱里ちゃん……?」

 

「とにかく私は山崎さんのミット目掛けて投げるだけだよ。それと……」

 

私は山崎さんに神童さんの打席でとっておきを解禁させる事を伝えた。

 

『プレイ!』

 

試合再開。とりあえず初球には全力ストレートを外角高めに投げる。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(初球から打ってきたか……。最低でも2球は見送ってくるかと思ってたから、ちょっとびびったよ)

 

神童さんは基本的に見送りが多い。神童さんのバッティングスタイルは美園学院の三森夜子から若干積極性が足される感じだから、今のは好球必打のスタンスでもあるって事なのかな……?

 

(それなら2球目は……!)

 

次に投げたのは緩急を付けるのと、スタミナ消費を抑える為に偽ストレート。媒体はスローボールだから、更に遅い。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(これにも着いてくるか……。しかもタイミングあってたし)

 

だとしたらいよいよ使わざるを得ないな。まぁそれを見越して山崎さんには伝えてるし。

 

(早川のあの目……。何かくるな。何を投げるつもりだ?)

 

(私が投げるのは……!)

 

運命の3球目。私が投げたのは……!

 

(ストレート……にしては遅いな。またストレートに見せ掛けた変化球か?それなら何を媒体にしてるか見極めるか……!?)

 

(よし、かかった!)

 

(なっ!落ちた!?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

私が投げたのはフォーク。神童さん程のキレはないけど、このように偽ストレートを見極めようとする打者には刺さる。

 

(これで借りは返した……。神童さんに対するトラウマ的なものも消えたし、ここからは純粋な勝負になるね)

 

スタミナに難がある私がどこまで投げられるか……。ブルペンでは武田さんが肩を作っているし、代わるにしても余り負担はかけたくないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか神童までも三振させるとはな。不意を突いたとはいえ中々出来る事じゃないぞ」

 

「そうなんですか?」

 

「ウム、白糸台で1番警戒しなければならない打者は大星でも新井でもない……。神童だからな」

 

「打率そのものは控えめですけど、それは相手投手の投げる球を把握させる為でもありますからね~」

 

「瑞希ちゃんみたいなタイプなんですね……」

 

「確かに二宮ちゃんとは相性良さげだね~」

 

「昨年まで神童と組んでいた弘世とかいう捕手よりもバッテリーとしての相性は良いだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やられたな……。まさかフォークを投げてくるとは」

 

「SFFと同等に落ちましたね。並の投手だと決め球レベルです」

 

「あれだけの球種を散らされると打つのにてこずりそうだね……」

 

「それでも打つさ。どんな投手が相手でも最後に勝つのが白糸台なのだから」

 

「そうですね。それに……」

 

(朱里さんは体力が他の先発投手よりもない……。川越シニアでは抑え投手だったはづきさんよりも……。だとしたら全力で投げている以上もつとして5イニング……といったところでしょうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後6番打者も三振に抑え、チェンジとなった。

 

『早川選手、なんと6者連続三振です!』

 

『今日の早川選手は絶好調ですね。白糸台の三振率は低い……。そんな選手から三振を奪える早川選手はプロに匹敵するでしょう』

 

実況と解説が何か言ってるけど、今の私はそれを気にする余裕はない。

 

(この感じ……。もっても5回が限界かな?もしかするともっと限界が早いかも知れない……!)

 

次の回は二宮にも打順が回ってくる。粘られないように気を付けないといけないね。




遥「ナイピ朱里ちゃん!」

朱里「ありがとう」

遥「朱里ちゃんも0点に抑えてくれてるし、あとは私達が打つだけだね!」

朱里「そう簡単にいけば良いんだけど……」


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全国大会準決勝!新越谷高校VS白糸台高校④

2回裏の私達の攻撃。先頭の主将が新井さんのジャイロボールを捉えてヒット。ノーアウト一塁のチャンスだ。

 

(やはり新井さんのジャイロボールが捉えられていますね。大豪月さんのストレートに比べると打ちやすいからでしょうか……)

 

(主将は大豪月さんのストレートもヒットにしてきた……。螺旋回転に気を付けていれば捉えられない球じゃないから、上手く合わせられたね)

 

6番の川崎さんもヒット。主将も川崎さんも藤原先輩と同様に速球に強いタイプだから、簡単にチャンスを作れた。

 

『7番 ピッチャー 早川さん』

 

(ノーアウト一塁・二塁……。ゲッツーに気を付けて点を取りにいけば良いかな?)

 

そんな訳で私が取る行動は……!

 

 

コンッ。

 

 

(手堅く送りバントですか……。まぁダブルプレーを考えると妥当な判断ですね)

 

「1つ!」

 

(よしよし、最低限の仕事は果たした)

 

『アウト!』

 

これでワンアウト二塁・三塁。ここで先制点が取れたらかなり大きいし、私としても楽が出来る。

 

(ワンアウト二塁・三塁ですか。それなら……!)

 

8番の藤田さんに対して二宮は立ち上がる。

 

「ここで敬遠!?」

 

「一塁が空いているからね。ワンアウトだし、塁を埋めてゲッツーを取りやすいようにしたんだと思う」

 

去年までの白糸台は王道にして安定した野球ばかりしていた。二宮が入った今年の白糸台は二宮の思考が野球に現れて王道が、安定がより形になった。

 

 

カンッ!

 

 

「セカンド!」

 

9番の息吹さんがジャイロボールを打ち損じて、それをセカンドが捕球。そこからの流れはあっという間で、4、6、3のダブルプレーでスリーアウトとなってしまった。

 

(やはりまだまだ1点は遠いって事か……)

 

白糸台の野球に対して新井さんのピッチングは型破りの部類に当てはまる。それを二宮のリードによって無理矢理型にはめて新井さんの時々荒れるジャイロボールを普通に打ち取れる球に昇華させるのだ。

 

「これが二宮さんのリードなんだね……」

 

「序盤から満塁策……というのは白糸台からしたらありえないリードだけど、二宮によってそれが当たり前に変わる……。二宮瑞希のリードはどんなリードでもそれが普通に見えるように錯覚させるものなんだ」

 

名付けて二宮マジック。二宮がマスクを被るだけで三流投手も一流に化ける……。これは六道さんの前のシニアの監督やリトルの監督がよく言っていた事だ。

 

つまり一流×一流=超一流(プロレベル)という数式が二宮のリードによって完成される。

 

山崎さんのリードと二宮のリードに共通する部分は強気な事くらいで、投手の力を引き出す手段とかも二宮は半ば強引(本人は無自覚)にやっているから、山崎さんからしたら悪影響になりかねない。

 

「……でも山崎さんが二宮を見習う必要はないよ」

 

「えっ?」

 

「あのリードはあくまでも二宮だけの技術。山崎さんには山崎さんの良さがあるよ」

 

「朱里ちゃん……」

 

「山崎さんが何故二宮をライバル視しているのか私にはわからない」

 

まぁ同じ捕手としての……っていう理由だとは思うけど、それは口には出さない。

 

「でも二宮を気にしすぎて山崎さんの良さが崩れてしまうのは勿体ないよ。私は高校に入ってから山崎さんには助けられたからね。だから頼んだよ相棒」

 

「朱里ちゃん……うん!」

 

……とは言ったものの私がどこまで投げられるかわからないから、ガチのマジで捕手のリード次第でこの試合は大きく動きそうなんだよね。

 

(私は私の出来る事をやっていけば良い。目の前の打者を全力で抑えるだけだ!)

 

自分の役割を再認識して、マウンドへと向かう。丁度同じタイミングで武田さんと大村さんがブルペンから戻ってきた。

 

「ヨミちゃん、肩はどう?」

 

「いつでもOKだよ!」

 

武田さんの準備は万端のようだ。これで私も飛ばす事が出来るね……!

 

全力ストレートや偽ストレートを上手く使い分けて7番、8番を連続で三振に抑えた。

 

『早川選手、これで8者連続三振です!』

 

『ダブルプレーの悪い雰囲気を一蹴させる良いピッチングですね。決して主導権を相手に渡しません』

 

さて、次の問題は……!

 

『9番 キャッチャー 二宮さん』

 

(二宮との対決か……)

 

(朱里さんと本気で対決するのは初めてですね。一応連合チームを組んで新越谷と試合をした時やその後のチーム分け等で1打席戦った事はありますが、あの時の朱里さんはあくまでも流し……)

 

二宮相手に余り情報を与える訳にはいかない……。特にまだ見せていないナックルカーブは投げられないね。という訳で初球は……!

 

(投げてきたのは……ストレートに見せ掛けた……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

やはり打ってきたか……。私の球を6年間受けてきただけあって球の見極めは完璧だね。

 

(それなら次はこれで……!)

 

(この速度……。これは恐らく……!)

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

(これも当ててきた……!)

 

投げたのはSFF。私の全力ストレートとスピードは同じだから上手く騙せると思ったけど、中々上手くいかないね。

 

(どうしよう朱里ちゃん……)

 

(……それなら3球目はこれでいくよ。上手くいけば空振りが取れると思うから)

 

2球目に投げたSFFになるべく速度を近付けるようにイメージして……!

 

(これは……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

投げたのはフォーク。それも神童さんに投げたのよりも速い球。SFFや全力ストレートよりも僅かに遅いけど、初見ではそれを見極めるのは難しい筈……。それを利用したフォークだったんだけど……。

 

(これはもう2度と通用しないだろうね。さて、次はどうするか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瑞希ちゃんが空振りした!?」

 

「そんなに珍しい事なの~?」

 

「瑞希ちゃんって三振した事はあっても空振りをした事って片手で数えきれるくらいしかないんです……」

 

「その二宮瑞希が空振りしてしまうレベルのフォークを早川朱里は投げきった……という訳か。やはり投手戦はこうでないと面白くないな!」

 

「手に汗握る……ってやつですね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか二宮が空振りをするとはな……」

 

「今のフォークには完全に騙されましたね。ですが映像を撮ってもらってますので、後で確認しておきましょう」

 

(流石、転んでもただで起きないな……)

 

「でも不味くない?今のところ全員三振だよ?」

 

「次の回から2打席目に入ります。各々で思った事を朱里さん相手にぶつけていけば必ず突破口は開けるでしょう」

 

(こいつ……本当に高校1年生か?)




遥「3回表が終了!でも未だにお互い0点……」

朱里「ホームベースは遠いね」

遥「でも朱里ちゃんは今のところパーフェクトだよ!」

朱里「向こうも1打席目は様子見なんだろうね」

朱里(次の向こうの攻撃がどうなる事やら……)


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全国大会準決勝!新越谷高校VS白糸台高校⑤

3回裏。向こうは次の回で打者一巡するし、何かしらの対策を立てて来ている だろうから、なるべくこの回で点を取っておきたい。

 

それにこの回は雷轟からだしね……。

 

『1番 レフト 雷轟さん』

 

「よーし、次は打つぞーっ!」

 

「空回りしないようにね」

 

「任せてよ!最悪新井さんの弱点を突けば良いから!」

 

「新井さんの……」

 

「弱点……?」

 

そ、そんなのがあるの?私が見た感じだと若干球が荒れるのが目立つくらいだと思っていたけど……。

 

「ちょっ、ちょっと待って!遥ちゃん、新井さんの弱点って何!?」

 

「私も稜ちゃんが打ってから気付いて、そこからもしかして……って思って観察してたんだけど……」

 

雷轟が新井さんの弱点とやらを語る。確かにこれは有益な情報かも知れない……!

 

「…………」

 

(新越谷側のあの感じ……。もしや新井さんの『あれ』に気付いたのでしょうか……?前のイニングだと川崎さんに打たれた時に投げたジャイロボールが丁度『あれ』でしたからね。雷轟さんにそこを突かれると間違いなくホームランを打たれます)

 

雷轟が左打席に立って威圧感を振り撒く。

 

(この威圧感……。連合チームと新越谷が試合した時よりも強力なものになっていますね。1打席目は運良く打ち取れましたが、万が一雷轟さん相手に『あれ』が来てしまう事を考慮するなら……)

 

「二宮さんが立ち上がった!?」

 

「敬遠だ!」

 

(二宮からも恐れられる……ってもう余程だね。清本以外で初めてなんじゃない?)

 

新井さんの方は不服そうだけど、この試合は1点が重要になる試合……。それに雷轟が清本を越えている……って話が本当ならこの局面でも歩かせるのは不自然じゃない。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

何はともあれ先頭が出た。ここで最悪なのはゲッツーを取る事なので、次の山崎さんは……。

 

 

コンッ。

 

 

手堅く送りバント。確実にチャンスを作っておきたい。

 

「1つ!」

 

『アウト!』

 

これでワンアウト二塁。王道には王道で迎え撃つ。

 

正直今の新越谷と白糸台に(部員数を除いて)大きな差があるとは思わない。個々の能力値やセンスは高い方だと思っているし、経験不足も藤井先生の鬼ノックや打撃練習で補える。

 

そして次は新越谷で1番安定性のある中村さん。本来ならエンドランで先制点を取るのがベストなんだけど……。

 

(センターの大星さんが強肩だから、迂闊に打つとダブルプレーになる恐れがある。中村さんに限ってその心配はない筈なんだけど、何だろうか?この不安は……?)

 

 

カンッ!

 

 

中村さんは初球から打ってきた。雷轟のスタートが早いのを見るとエンドランを指示しているようだ。打球はセンター前に落ちる。

 

(先制点いける……?)

 

雷轟が三塁を蹴ってホームへ向かおうとする。

 

(っ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

しかしセンター方向から鋭い送球が飛んでくる。言うまでもなく大星さんだ。雷轟はこれを察知して三塁に戻っていた。

 

(危ない危ない。県大会決勝戦でも同じような事があったし、初回のセンターゴロを見たらホームに行くのは危険だよね……)

 

(雷轟も危険察知能力が上昇したね……)

 

ツーアウト一塁・三塁で4番の藤原先輩。

 

(4番の藤原さん……。雷轟さんが1番にいるから、その次にパワーが高い彼女が相手だと、『あれ』が来てしまうのは不味いですね。……とは言えその次の岡田さんもストレートに強い打者ですので、ここの勝負を避けたところで何も意味はありませんね。『あれ』がこないように祈りましょう)

 

(これは最大のチャンスかも知れない……!)

 

逆にここで点を取れないといよいよ苦しくなるな……。

 

『4番 サード 藤原さん』

 

(チャンスで回ってきたわね。遥ちゃんから聞いた『あれ』のタイミングで上手く打てると良いけど……)

 

雷轟の言葉が本当なら確率的に5、6球に1球は『あれ』がくる。前のイニングで川崎さんが打ったのがそれらしい。

 

「……私はそんな事を考える余裕がなかったけど、遥が言うんなら間違いないかもな」

 

川崎さん本人も新井さんの『あれ』を打った自覚はなく、雷轟を信用してああ言ってるんだろう。

 

(問題は『あれ』がくるまでの間藤原先輩が新井さんのジャイロボールをカット出来るか……)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(当てられましたか……。これは本格的に不味いかも知れませんね)

 

(……っ!腕は痺れるけど、なんとか着いていける。あとは遥ちゃんが言ってた『あれ』がくるまで粘るだけね)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目も当てた……。これはいけるかも知れない!

 

「良いぞー!理沙先輩!!」

 

「粘ってけーっ!」

 

「しかし理沙は打者としても大きく成長したな。あんなジャイロボールを当てられるとは……」

 

「……もしかしたら藤原先輩自身もジャイロボーラーだからなのかも知れませんね」

 

「どういう事だ?」

 

「藤原先輩が投げるジャイロボールと新井さんが投げるジャイロボールはキレやノビのレベルは違えど、本質的には全く同じなんです。それで藤原先輩がジャイロボールを体で覚えているとなると当てるのもそう難しくありません」

 

「……ジャイロボールの練習をし続けていた理沙だから新井さんが打てるって訳か」

 

「確証は持てませんが、恐らくそういう事だと思います」

 

その理論が本当だとしたら影森戦で中山さんのフォームをコピーしていた息吹さんが中山さんに食らい付けるのも頷ける。

 

(決勝戦まで行けたら息吹さんを中心にオーダーを組んでみるのもありかも知れないね……)

 

(な、何故か過大評価されている気がするわ……)

 

それからも5球続けて藤原先輩は新井さんのジャイロボールをタイミング良く当てていく。

 

(くっ!粘ってくるな……)

 

(……ここは歩かせるべきですかね)

 

二宮が立ち上がる。またもや敬遠かな……?

 

(なっ……!また敬遠だと!?)

 

(これ以上は不味いです。これまでの傾向からしてそろそろ『あれ』がくる頃でしょう)

 

藤原先輩が歩かされるとなると満塁で主将に回ってくる。ジャイロボールとの相性は藤原先輩の方が上だけど、大豪月さんのストレートをヒットにした主将ならもしかしたらいけるかも……!

 

(わ、私は……!)

 

(えっ……?)

 

(私はこれ以上逃げたくない!!)

 

なんと新井さんは立ち上がっている二宮を無視してストライクゾーンにジャイロボールを投げた。

 

(これは……『あれ』ね。悪いけど、打たせてもらうわよ!)

 

 

カキーン!!

 

 

『藤原選手が新井選手のジャイロボールを捉えました!打球は伸びていき、スタンドへ……ホームランです!白糸台相手に先制のスリーランホームラン!!』

 

『新井選手にも意地があったのでしょうか?二宮選手の敬遠指示を無視して投げてしまいました』

 

『新井選手のプライドに反する行為だったと言う事でしょうか?』

 

『恐らく……。白糸台高校野球部にはプライドという概念は必要としていないですから、それを破って点を取られる……というのはかなり痛手となりますね』

 

な、なんか予想よりも早く先制点を取れた……。これは大きいぞ!

 

(これは投手交代ですかね?新井さんが監督の逆鱗に触れてないと良いですが……)

 

(プライドに負けて点を取られる……。新井もまだまだ未熟だな)

 

次の主将は良い当たりを打つもセンターのファインプレーに助けられて、スリーアウトとなった。

 

正直この3点はありがたい。神童さんが投げる可能性があるから、これ以上の点は望めないし、私も安心して投げられる。




遥「先制スリーランゲットだぜ!!」

朱里「どこぞのトレーナーさんの発言だね」

遥「でも歩かされたのは不満……」

朱里「白糸台の名捕手から敬遠という判断をもらった時点で雷轟も名打者だよ」

遥「本当!?えへへ~!」

朱里「すぐ調子に乗る……」


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全国大会準決勝!新越谷高校VS白糸台高校⑥

試合は中盤の4回。向こうは1番からなので、警戒心を最大限まで高める。

 

(さて……。ここからは全力ストレート、SFF、フォークを中心にして、ピンチになったらナックルカーブを解禁……というプランでいこうか)

 

山崎さんにも事前に話してあるし、山崎さんもその辺りは私に任せてくれるみたいだ。

 

『1番 ショート 亦野さん』

 

(亦野さんには偽ストレートしか見せてないし、いきなり投げる全力ストレートには着いてこれない筈……)

 

そう思って1球目を投げる。

 

 

カンッ!

 

 

……成程。これは私が甘く想定し過ぎてたみたいだね。

 

『先頭打者の亦野選手、早川選手のストレートを初球から捉えてヒット。早川選手の連続三振記録と、ここまで培ってきたパーフェクトピッチングがここで途切れます!』

 

(別に記録を狙ってた訳じゃないけど、あの白糸台相手にパーフェクトを決めていたのか私……)

 

まぁ今のでそれが終わったけどね。

 

(ノーアウト一塁で渋谷さん。彼女は繋ぎ職人とチーム内で呼ばれるくらいに繋ぐ事に特化している。送りなら素直にワンアウトもらうのが妥当か……)

 

「…………」

 

(セオリーならこの場面での渋谷さんの仕事は送りバント……。ですが3点ビハインドのうちからしたら簡単にアウトをあげるのは勿体ない気がしますね)

 

(でも二宮がこの状況でそんな簡単にアウトをくれる程優しい人間とは思えないな……。渋谷さんはバントの構えをしてるけど、プッシュバントやエンドランを視野に入れて投げてみるか)

 

初球は亦野さんの盗塁も警戒しつつ、様子見も兼ねてウエストで1球外す。

 

『ボール!』

 

(ランナーの動きはなし……。普通なら考え過ぎなんだろうけど、相手は二宮だし、その心理を逆手に取って……という考えもあるし、迂闊な行動は出来ないね)

 

かと言ってこのまま歩かせるとそれはそれで二宮の思惑通りになる……。

 

(……いや、考えても仕方ない。私は捕手のミットに目掛けてボールを投げれば良いだけだ!)

 

山崎さんは低めに構えてる。それなら次は……!

 

(これは……ストレート?コース的にギリギリ。カットするべき?)

 

渋谷さんは悩みつつもバットを振ってくる。ストレートと判断したのかな?でも……。

 

『ストライク!』

 

(嘘……。空振り!?)

 

(渋谷さんに投げたのはフォークですね。これも騙されました。こちらはまだ1球余裕がありますし、様子見でいきましょう)

 

(うん……。わかった)

 

空振り取れたけど、向こうからはまだ余裕が見える。次は亦野さんの盗塁の可能性も考えて高めに……!

 

『ストライク!』

 

(ギリギリのコース……。入ってたんだ……)

 

(ウエスト寄りのコースか。これは走り辛いな……。まぁ私自身盗塁するタイプじゃないけど)

 

(亦野さんが盗塁するタイプじゃないのが功を奏しましたね。朱里さんが投げたツーシームは球種の中では速い部類に入りますし、もし走らせていたら山崎さんの肩力次第では亦野さんはアウトになっていました)

 

とりあえず追い込んだ……。ストレート、フォーク、ツーシームときたら次は……!

 

 

ガッ……!

 

(しまっ……!)

 

渋谷さんの打球はふらふらとレフトに上がっていく。なんとか打ち取れたか……。

 

 

ポロッ!

 

 

「あっ」

 

「えっ?」

 

嘘でしょ……。嘘だと言ってよ雷轟!

 

(……これは嬉しい誤算ですね。雷轟さんの捕球率的にそろそろだとは思っていましたが、タイミングが完璧です)

 

(これは不味いな。1人もアウトに出来ずにクリーンアップに回ってしまった……)

 

ノーアウト一塁・二塁。打者は新井さん……。どうしたものかね?

 

『早川選手、味方のエラーでピンチに陥りました!』

 

『これはついてないですね……』

 

本当だよ。最近雷轟がエラーをしなくなったと油断してたらこれだよ。二宮はもしかしてこれを見越していたのだろうか……?

 

(うぅ……。朱里ちゃんごめんなさい……)

 

(まぁやってしまったものは仕方ない。切り替えていこう……)

 

『3番 ピッチャー 新井さん』

 

(藤原にスリーラン打たれた分をここで少しでも取り返してやる!)

 

この局面は3点リードを活かして確実にアウトを取っていくとしますかね。

 

 

カンッ!

 

 

新井さんも初球から打ってきた。打球は先程とは違って鋭いライナー。再び雷轟のいるレフトに飛んでくる。

 

『アウト!』

 

よしよし、今度はちゃんと捕ってくれたか……。まぁ全国大会まで来てるんだから、それが普通なんだけどね。

 

(今度はちゃんと捕れたよ!)

 

しかしランナーはそれぞれタッチアップしており、ワンアウト二塁・三塁。大星さんは手強い打者だし、次の神童さんは私的に白糸台で1番警戒すべき打者だから、ここは絶対にアウトがほしい場面……。

 

(ふふーん!ここは1打席目の借りを返すよ!)

 

仮にホームランを打たれても同点になるだけ……。でも勢いを渡した状態で神童さんに回るのはなんとしても避けたい……!

 

(でもスタミナ消費の激しいナックルカーブは次のイニングまで隠しておきたい……。それならこのイニングは……!)

 

私が初球に投げるのはフォーク。コースは高めに……!

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(そんな簡単に打てるコースじゃない筈なのにも関わらず当ててきた……。やはり実力で白糸台の4番を勝ち取った実力者だね)

 

それなら次は同じコースにSFFを……っと。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

これも当ててきたか……。変化量も落差も殆んど変わらないのに、大したバッティングセンスだよ。

 

(ふっふっふっ……。段々早川朱里の球にも慣れてきたよ。次はホームランだね!)

 

(……とか思ってそうですね大星さんは。朱里さんを相手にして1番危険なのは慣れてきた頃なんですから、油断しないでくださいね)

 

速い球に慣れてきたなら、その逆を突く球を投げる。三振は取れなくても、最悪の結果は免れそうだ。

 

(これは……ミズキが言ってたストレートに見せ掛けた変化球?それならタイミング合わせて打つよ!)

 

(……って思ってるなら、無駄だよ大星さん。何故なら私が今投げたのは偽ストレートの中でも1番完成度が高く、尚且つ実際に変化球としても採用を検討するレベルの球の……!)

 

チェンジUPなんだからね!

 

(嘘……。これってチェンジUP!?)

 

(よし、朱里ちゃんが投げたチェンジUPに完全にタイミングが遅れた!)

 

(……な~んてね♪)

 

 

カキーン!

 

 

(……朱里さん達も大星さんを甘く見ていたみたいで助かりました。大星さんが1番得意な球は白糸台内でも限られた人達しか知りませんので、ストレートが得意球だと誤報を与えて、今の様に不意打ちを狙う)

 

(チェンジUPが1番得意なんだよね~!)

 

まさか誤報を受け取っていたとは予想外だった……。大星さんが得意な球がストレートだと思っていたから、チェンジUPで攻めたのに……。

 

(でも……!)

 

(えっ……!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?打球が失速していってるね~?」

 

「早川朱里が投げたのはただのチェンジUPじゃないようだな」

 

「朱里ちゃんも白糸台と戦う為に色々と対策を考えていたみたいですね」

 

「大星ちゃんがチェンジUPが得意なのは性格とかでなんとなく察していたけど、それを利用したチェンジUPなのは面白いね~」

 

「だが白糸台はこれで1点は確実だろうな」

 

「でも流れはまだまだ新越谷ですよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が投げたのはただのチェンジUPじゃない。大星さんが急なチェンジUPに対抗してきた時に備えて何球か練習してきたのが今の全体重をかけて投げた鉄砂高校の佐藤投手直伝の重いチェンジUPだ!

 

(でもこれ滅茶苦茶疲れるなぁ……)

 

『アウト!』

 

しかしこの犠牲フライによって白糸台が1点返して1対3となった。後続の神童さんはなんとか抑えたけど、0点に抑えるつもりだっただけにこの1点は悔しい。

 

(……この疲労からしてあと1イニング半が限界。それならナックルカーブも解禁といこうじゃん)

 

あとはもう1度回ってくるであろう二宮に粘られない様に頑張るだけだ。




遥「4回表終了!」

朱里「なんとか1点で凌げて良かったよ……」

遥「次回は試合展開が少し進むよ!」

朱里「そして神童さんもマウンドへ……!」

遥「借りは絶対に返す!」


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全国大会準決勝!新越谷高校VS白糸台高校⑦

試合は進んで6回表。白糸台も投手が新井さんから神童さんに交代。そこからうちの打線は神童さんの変化球にきりきりまいとなってしまっている。点数はなんとか1対3のまま私達がリードしてるけど……。

 

(正直結構しんどいな……。しかもこの回は……!)

 

『9番 キャッチャー 二宮さん』

 

(二宮からだし……)

 

二宮を歩かせると上位打線にランナーを溜めた状態で回ってくるし、勝負しようにも二宮に粘られて私のスタミナがマッハで減るし……。あれ?もしかして詰んでる?

 

(出来ればこの打席も3球勝負でいきたいな……)

 

(大星さんに投げたチェンジUPを5回表では1球も投げなかった……。となるとあのチェンジUPはスタミナ消費が激しい球種となりますね。他にもフォークやSFFもキチンと変化させてくればその分握力を使う筈……。上手くいけばこの打席で朱里さんに引導を渡す事が出来ますね)

 

……とりあえず投げるかな。まずは全力ストレートを!

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

(……わざと詰まらせた当たりでファールを取ったな?)

 

本当に性格悪い!敵に回るだけでこんなに腹黒い人だったなんて思わなかったよ!

 

(……なんとか着いていけましたね。朱里さんの雰囲気から察するにこのイニングで限界の筈なのに、まだここまでの球威が出せるなんて……!)

 

(はぁ……。もう握力がヤバい事になってるよ。二宮に対する球数次第ではこの打席で降板だね……)

 

次はSFFだ!ストレートと同等の球速と球威なら空振りも取れる筈……!

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール!』

 

これも打たれたか……。流石二宮だね。川越リトルシニアの中でも、多分白糸台内でも……非力な部類に入る二宮が1年生にしてレギュラーをもらえるのは……。

 

(……私には和奈さんや雷轟さんのようなスラッガーではありません。いずみさんや亮子さんや神童さんのようにアベレージにも長けている訳でもありません。私がここまで登り詰めたのは持ち前の情報力と情報量……。これくらいしか私が誇れるものはありません)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「段々良い当たりが出るようになりましたね~」

 

「ウム、二宮瑞希には神童が認めたであろうあの執念がある」

 

「瑞希ちゃんは本当に頑張り屋なんです。それでいて自分の事を後回しにして他チームの情報をかき集めてはチームにそれを伝えて貢献して、それでも足りないのか捕手の在り方を瑞希ちゃんなりに追及して今の瑞希ちゃんがあるんです……」

 

「並々ならぬ努力をしてたんだね~」

 

「その話を聞くだけでも伝わってくるぞ。二宮瑞希は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミズキってばあんなに凄い打者だったんだね~!」

 

「なんだ大星、知らなかったのか?」

 

「てっきり裕菜センパイの球が捕れるだけの壁だと思ってたよ。あとちょっと生意気な後輩」

 

「……それだけじゃないさ。二宮はチームの為に持ち前の情報力と情報量を活かして他校の選手の弱点や癖、得意球や苦手球なんかを1人で調べて監督に伝えたんだ。それは監督に気に入られる為じゃなく、あくまでもチームの勝利の為に……!」

 

「……うん、それは私でもなんとなく伝わったよ」

 

「本人はそれだけじゃ足りないらしく、夜遅くまで二宮が課題とする打撃面を自分なりに工面してこの全国大会の舞台まで、ただ1人の1年生レギュラーとして……な」

 

「凄いね……」

 

「大星も1年生からレギュラーだったが、二宮は大星とは違って才能とは縁遠い野球生活を過ごしていた。普通の人間なら根を上げるであろう環境でも二宮は頑張ってきた。そんな二宮を私は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(これで8球目……。しつこい人間は嫌われるよ全く)

 

(……私は、朱里さんと並べたでしょうか?朱里さんだけじゃなく、和奈さん、いずみさん、亮子さん、神童さん、新井さん、大星さん、亦野さん、渋谷さんのような凄い選手達に少しでも近付けたでしょうか?王者白糸台と呼ばれている高校に入って凡人の域から抜け出せたでしょうか?)

 

(……まぁこれが二宮の持ち味だもんね。執念や執着なら誰にも負けていない)

 

いや、もう1つ二宮が誰にも負けていないものがあったね。それは私はもちろん、清本も、金原も、友沢も、そして白糸台の皆も認めている事だろう。

 

 

二宮瑞希は努力の天才だと……!

 

 

(そんな二宮を認めた上で私が投げる最後の球種を見せるよ)

 

(朱里さんのあの表情……まだ何か隠している球種がありますね?ギリギリまで温存するその気概は朱里さんらしいです)

 

これが私の投げるこの試合において最初で最後のとっておきだ!

 

(これは……揺れて曲がっている……?)

 

(さぁ、初見で対応出来るかな?)

 

(球の軌道や揺れ方……更にコースを考えるとここを振ればバットに当たる筈です!)

 

……本当に流石だよ。初見で私のナックルカーブのコースを見破るなんてね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(でも、今回は、私の、勝ち……)

 

(自分が燃え尽きる覚悟で投げ抜いたナックルカーブ……。朱里さんも新越谷に入って変わりましたね)

 

この調子で次の打者も抑えようと思ったけど……。

 

(これは無理そうかな……)

 

 

ドサッ!

 

 

『朱里ちゃん!!』

 

『朱里!!』

 

私は……倒れたのか?スタミナを限界まで使いきって倒れるとか現実でもあるんだね。また1つ学んだよ……。




遥「朱里ちゃんが倒れた!?」

朱里「スタミナが完全に切れたね」

遥「白糸台戦の行方はどうなるの!?」

朱里「次回決着だよ」

遥「お楽しみに!」


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全国大会準決勝!新越谷高校VS白糸台高校⑧

白糸台戦決着。滅茶苦茶雑に終わってしまった……。

今日はオリキャラ紹介他校編の続きも書きましたので、よろしければそちらも見ていってください。


「朱里ちゃん!しっかりして!朱里ちゃん!!」

 

「も、燃え尽きた……」

 

あとユサユサしないで。吐きそう……。

 

「……まぁちょっと飛ばし過ぎたよ。中途半端な形になるけど、あとはお願いね武田さん」

 

「うん……。朱里ちゃんの分まで頑張るよ!」

 

「その調子だよ」

 

私はここで降板。5回3分の1を投げて自責点1か……。あの白糸台相手にこの成績は健闘した方だろう。次に白糸台と対戦する時は完投出来るように頑張ろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早川朱里死す……か」

 

「朱里ちゃんは死んでませんよ!?」

 

「でもあの白糸台相手に1点しか取られてないってかなり凄いですよね~」

 

「そうだな。神童も2打席抑えているし、神童個人としては早川に完敗した形になるだろう。私が引退したとは言え洛山も負けてはいられないぞ?」

 

「そうですね~。私も黛ちゃんを鍛えて大星ちゃんを抑えられるように頑張ります~」

 

「私も次こそは朱里ちゃんと勝負を……!」

 

「清本ちゃんも燃えてるね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マウンドには私に代わって武田さん。

 

(朱里ちゃんの頑張りを無駄には出来ない……。全力で抑えていくよ!)

 

(うん!!)

 

白糸台の攻撃は1番の亦野さん。

 

(武田か……。二宮のデータによると勢いのあるストレート、ツーシーム、ナックルスライダーと呼ばれる変化球には要注意……とあるな。早川程のピッチングは出来ないにしても、あの洛山と投げ合ったんだ。簡単にはいかないだろう)

 

武田さんの1球目は強ストレート。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(このストレート……早川のストレートと引けを取らないぞ!)

 

武田さんの強ストレートも全国大会で大きく成長しており、コントロールもバッチリだった。あの魔球やツーシームも同様に。

 

2球目は同じコースにツーシーム。この配球は梁幽館の陽さんを相手にした時1打席目に組み込んだもの。

 

 

カキーン!

 

 

「!?」

 

『ファール!』

 

……この光景も陽さんと同じだった。ホームランすれすれのファール。なにもそこまで再現しなくても……。

 

しかし梁幽館戦に比べたら武田さんも余裕……というか勝負を楽しんでいる。これが武田さんのあるべき姿なのかもね。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

おっ、亦野さんを三振に抑えた。これでツーアウトだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「武田の球……データ以上のノビとキレだったよ」

 

「そうですか……。武田さんの投げる球は数値では計れませんからね」

 

「おまえがそんな事を言うのは珍しいな」

 

「裕菜ちゃん以来かな……?」

 

「神童さんも武田さんとは別の意味で数値では計れません。捕手として色々と楽しみです」

 

「裕菜の成長を楽しみたいのなら、この試合でも勝たないとな」

 

「三振した誠子が何か言ってる~!」

 

「大星も生意気に拍車がかかってるな……」

 

(勝ちたいですね。このチームで……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

渋谷さんも三振。私が二宮を三振に抑えているから、実質3者連続三振となった。これは本当に勝機も見えてきた……!

 

出来ればこっちも追加点を取りたいけど……。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

神童さんの球も未だに誰も打てていない。雷轟まで回ればもしかしたら……って思ったけど、6回裏は武田さんで終わってしまう。

 

「さぁ、最終回も頑張ろう!」

 

この切り替えの早さも梁幽館戦で見た事がある。

 

7回表。この回で1点以内までに抑えたら私達が準決勝に進出する事が出来る。

 

 

カンッ!

 

 

先頭の新井さんが武田さんの球を初球から打ってくる。白糸台のクリーンアップともなると三振とはいかない。でも……。

 

『アウト!』

 

打球はショートライナー。当たりが良かっただけに長打コースになろうとしてたから、助かった……。

 

(次の大星さんはストレートやチェンジUPが得意……。武田さんの覚えたてチェンジUPは危険かな?)

 

その辺りは山崎さんの配球次第だけど、下手を打つような事にはならないだろう。

 

 

カンッ!

 

 

大星さんも焦っているのか初球打ち。焦りは失敗を生む事が多いから、この打球も……。

 

『アウト!』

 

センターフライ。武田さんの投げる球も重みがあるんだよなぁ。藤原先輩のストレートにも重さは負けていない。

 

『な、なんと王者白糸台が追い込まれています!ツーアウトです!』

 

『ここ2年で白糸台が追い込まれている……というケースは初めてですね。一矢報いる事が出来るのでしょうか?』

 

(まさか私達がここまで追い込まれるとはな……。武田との対決はこれが初めてだが、武田の方はどんな状況下でも嬉しそうに、楽しそうに投げている……。私とは真逆のタイプだ)

 

『5番 ピッチャー 神童さん』

 

ツーアウトランナーなし。打者は神童さん。

 

(私は過去にホームランを神童さんに打たれた。そんな神童さんを抑える事が出来たら武田さんは優勝校相手にも通用する凄い投手って事になるね。……そういえばこの状況も梁幽館戦とどこか類似している。宛ら神童さんは中田さんって感じかな?)

 

『ストライク!』

 

(今投げたのはナックルスライダーか……。早川が二宮に投げたナックルカーブとはまた別のベクトルで凄いな。私の投げる変化球のどれにも当てはまらない良い球だ)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(そして強ストレートで緩急を付ける……か。山崎の配球も相まって良いピッチングだ)

 

あの神童さんが今の強ストレートに対して若干振り遅れていた。武田さんの成長速度が凄まじい……。私も倒れている場合じゃないねこれは。

 

強打者に対して楽しそうに投げるから、格上相手にも臆さず攻めている。そんな武田さんの相方が勤まるのも山崎さんだけだろうね。

 

 

カキーン!

 

 

神童さんが武田さんのあの魔球を打ち砕き、その打球はレフトに飛んでいく。雷轟はフェンスギリギリまで下がり背中がフェンスにぶつかった。

 

あれ?もしかしてホームランになる?雷轟がフェンスに登って捕球を試みてるけど……。

 

 

バシッ!

 

 

(うっ……!なんて打球。ミットに収まったのに、勢いが死んでないよ!このままじゃ弾かれてスタンドに入っちゃう……)

 

ミットに収めたものの、打球の勢いが強くて弾かれそうになっている。しかし雷轟は踏ん張りを見せていた。

 

(でも私は落とさない……。今日の試合でも足を引っ張っちゃってるからね。それを取り返す為にも絶対に落とさないよ!)

 

雷轟は神童さんの打球をギリギリで捕球して白糸台戦に終止符が打たれた。

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

1対3で私達新越谷が白糸台の春夏5連覇を阻止して、決勝戦に駒を進め、観客席がざわめく。

 

この日女子高校野球の歴史が大きく動いた。




遥「決着!」

朱里「なんとか勝てて良かったよ……」

遥「決勝戦の相手はどこかな!?」

朱里「噂の清澄高校は準決勝まで勝ち進んでるし、もしかしたら私達と決勝戦で戦う事になるかもね」


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優勝を目指して

今回はかなり短いんだな。後書きにも注目!


『し、試合終了です!1対3で新越谷高校が王者白糸台高校を破りました!!』

 

『新越谷高校は洛山高校にも勝利しており、そして白糸台高校を含めて2つのシード校相手に勝利。新越谷の伝説が今日から生まれそうですね。白糸台の常勝はここで終わりますが、白糸台を破った新越谷が優勝に王手をかけ、決勝戦でも良い試合をする事を期待しています』

 

ま、まさか白糸台相手に勝てるとは思わなかった……。宮永プロも凄く大袈裟に持ち上げているし。

 

正直私か武田さんが白糸台打線に捕まると予想していただけに良い意味で裏切られた。雷轟は悪い意味で期待を裏切った……いや、別にそれに関しては予想通りだったよ。最後にアウトにした捕球は良かったけどね。

 

『ありがとうございました!!』

 

整列と挨拶を済ませて球場を出ようとすると……。

 

「朱里さん、お疲れ様です」

 

「良い試合だったぞ」

 

二宮と神童さんに声を掛けられた。

 

「ありがとうございます。なんとか逃げ切る事が出来ました」

 

「早川と武田には一杯食わされたな。新井が未熟な点もあったが、それ以上に2人の好投が勝利に繋がったと思う」

 

「そうですね。朱里さんがギリギリまで新しく覚えたフォーク、チェンジUP、ナックルカーブの3つがデータになかったのが悔やまれます」

 

二宮がこの試合で私が投げた3つの変化球に対して悔しそうにしていた。負けず嫌いが過ぎる……。

 

「……私個人としては武田さんの成長がやっぱり大きいと思いますね」

 

「ほう?」

 

「神童さん達も目の当たりにしたと思いますが、武田さんの成長速度は凄まじいです。ムラは目立ちますが、それを補うレベルで球種それぞれにキレやら変化量やらが増していってます」

 

「確かにな……。だが私から見ればそれは早川も同じ事だ」

 

「私なんて……。今日の試合でも倒れてしまいましたし」

 

体力管理が出来ていない完全な自業自得だし……。

 

「朱里さんがスタミナを付けなければいけないのはリトル時代からの課題にも関わらず、変化球ばかりを覚えて体力が着いていっていないんですよ」

 

二宮によるお説教(無表情)が始まってしまった……。試合中終わったばかりで、くたくたなんだから勘弁してください!

 

「はっはっはっ!早川も二宮の尻に敷かれているな!!」

 

神童さん……。その発言は色々と洒落にならないので、止めてください。

 

「……まだまだ言いたい事は山のようにありますが、新越谷の勝利に免じてこの辺りで止めておきます」

 

いや、君は敵チームでしょ?……っていうか私達が負けていたらもっとお説教が長くなってたの?

 

「何にせよ私達はこの準決勝で敗退した……。ここまで来たら優勝を目指して頑張ってくれ」

 

「もちろん応援に行かせてもらいます」

 

「おっ、良いなそれ」

 

潔いな神童さん……。まるで熊谷実業の久保田さんを見てるみたいだ。そしてもちろん応援に来るんですね……。

 

(あと1つで優勝か……。あの子は私達新越谷の躍進を見てくれているのかな?)

 

もしもあの子が仲間になってくれたら心強いけど……。まぁ無理強いは出来ないね。

 

(それよりも優勝を目指して頑張ろう……!)

 

決勝戦は3日後……。それまでに出来る事はやりきろう!




遥「お知らせがあります!」

朱里「お知らせ?」

遥「なんとこの小説で他の作者さんの球詠小説とのコラボをする事が決まりました!」

朱里「えっ……?本当に?」

遥「コラボの相手は東方魔術師さんで、その人が執筆している『新越谷の潜水艦少女』っていう小説に出てくるオリキャラの子達がこの小説にも出てくるようになるよ!」

朱里「す、凄いね……」

遥「本編での出番はまだ少し先だけど、番外編で先に登場する事に!」

朱里「こっちからしたら至れり尽くせりだよ……。コラボを受けてくれた東方魔術師さん、ありがとうございます」

遥「ありがとうございます!」


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決勝前

試合パートまでは凄く短いです……。


いよいよ決勝戦は明日となった。相手は清澄高校。宮永さんとあの人がいるチームだ。

 

(他の運動部からも入部している一風変わったチームで野球に関しては部員の9割は素人だけど、それをあの人の指導力で補ってこの決勝戦まで勝ち抜いている……。総合力では間違いなく白糸台や洛山の方が……というか清澄が過去に戦ってきたチーム全ての方が上の筈なのに、勝ち進んできた。それがどのようなチームなのかを見る良い機会だね)

 

川越シニアでもあの人の育成によって大きく成長した人は多数いるけど、川越シニアは中学野球の中でもトップクラスの実力の持ち主しかいないのに対して、清澄高校では宮永さんを除いて野球経験者がいない。

 

私達で言うなら大村さんみたいな選手の集まりをどのように指導してここまできたのか……それをこの目で確かめる!

 

(清澄の中でも成果を多くあげているのが剣道部出身で去年の全中の決勝戦で大村さんと戦った刀条楓さんと空手部出身で4番を打っている鏑木真哉さん……。この2人と宮永さんは特に警戒を強める必要がある。宮永さんに至っては打率5割丁度を維持する為にどのタイミングで打ってくるかわからない)

 

一応軽くミーティングはしてるけど、本番に改めて全体を細かく解説する必要があるね。そうなると先発投手はどうするか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……考えている内に夜遅くなっているし皆も既に寝てるから、そろそろ寝ようかな?

 

(その前に外の景色でも見よう……)

 

外を見ると星空が上空に広がっていた。今まで特に気にしてなかったけど、西宮の空ってこんなに星がよく見えるのか……。

 

「朱里ちゃん……?」

 

「早く寝ないと駄目だよ……?」

 

後ろから山崎さんと芳乃さんが声を掛けてきた。もしかして起こしちゃった?

 

「起こしてごめんね。私もすぐ寝るから」

 

「それよりも朱里ちゃんは何をしてたの?」

 

「寝る前に外を見てたんだよ。勝っても負けてもここに泊まるのは今日が最後だからね」

 

私がそう言うと2人は外の景色を見る。

 

「わぁ……!」

 

「綺麗……!」

 

どうやら2人も夜空に感動しているみたいだ。

 

(芳乃さんが起きたのなら、明日の先発について言っておこうかな?)

 

「芳乃さん」

 

「どうしたの?」

 

「明日の先発投手なんだけど……」

 

私は決勝戦という舞台に相応しいと思う案を芳乃さんに話した。

 

「それは良い考えだね!」

 

「確かに決勝戦は皆で野球したいし、良いかも……!」

 

捕手の山崎さんからもOKもらいました!

 

「じゃあ手筈は……!」

 

こうして全国大会最後の夜が過ぎていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝がきた。新しい朝が。

 

(まさか私達がシード校の白糸台や洛山を越えて決勝戦まで勝ち進むとは思わなかった……。全国大会出場を決めただけでも奇跡のように思ってたんだけどね)

 

それよりも凄いのはこの全国大会を通じて新越谷のレベルが大幅に上がった事だろう。特に雷轟と武田さんの2人は成長速度が尋常じゃない。

 

「いよいよ決勝戦だよ!ここまできたら優勝を目指して頑張ろう!!」

 

『おおっ!!』

 

「対戦相手は長野県代表の清澄高校!今年設立したばかりのチームだよ!」

 

「私達と似たような境遇の高校だな……」

 

新越谷は停部明け、清澄は野球部そのものがなかった……。確かに似ている。

 

(そんな高校がシード校に2回も勝つって普通に考えて可笑しいよね……?)

 

私達は洛山と白糸台で、清澄は海堂と聖皇……。シードを破ったら高校同士である意味注目される試合になりそうだ……!



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頂点を決める戦い

『いよいよ始まろうとしています。女子高校野球の頂点を決める戦いが!決勝戦まで駒を進めたのは互いにダークホース!!一塁側はシード校の海堂学園高校を2回戦で、更にもう1つのシード校である聖皇学園を準決勝で何れも接戦を勝ち取ってきました。全国大会初出場です。長野県代表の清澄高校!』

 

決勝戦も私達は後攻。サヨナラ勝ちが狙えるし、リードしていれば攻撃回数が1回少なくなる分後攻の方が負担が少なくなって私としては助かるよ。

 

『三塁側もシード校の二校を破ってきました!しかも伝統ある白糸台と洛山に勝利!それだけではなく、元シードである永水高校にもコールドゲームを決めております!昨年は不祥事を起こしておりましたが、その汚名を返上する事が出来るのか!?埼玉県代表の新越谷高校!』

 

……わかってはいたけど、去年の不祥事って結構尾を引いてる感じなんだね。

 

真面目に実力を見せ付けてきたからブーイングとかはないけど、不祥事の事を出されると被害者だった主将と藤原先輩もやりにくいだろうに。

 

『今日、この決勝戦を解説するのは紺野美優!解説にはプロの世界でもトップクラスの成績を残しております猪狩奏さんに来てもらっています!』

 

『よろしくお願いします』

 

『猪狩プロ、今日の試合の見所はズバリなんでしょうか?』

 

『そうですね……。清澄にも新越谷にもそれぞれ独特な実力を持った選手がいますので、1つはそこに注目したいです』

 

『1つ……という事は他にも着眼点が!?』

 

『その辺りは試合が進めば解説します』

 

決勝戦の試合の解説には大ベテランの猪狩プロが来てくれている。母さんと同い年でタイトルも幾つか残している……そんな人が試合の解説をするとなると芳乃さんもぴこぴこするよね。

 

「勝っても負けてもこれが最後!悔いのない野球をしよう!!」

 

「じゃあ今日のオーダーを発表するよ」

 

芳乃さんと私で考えた決勝戦のオーダー。これには山崎さんや投手陣にも協力してもらった最高のオーダーだと思う。

 

 

1番 レフト 中村さん

 

2番 キャッチャー 山崎さん

 

3番 センター 主将

 

4番 サード 雷轟

 

5番 ライト 藤原先輩

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 セカンド 藤田さん

 

8番 ピッチャー 息吹さん

 

9番 ファースト 武田さん

 

 

「……随分オーダーを弄ったのね」

 

「決勝戦は全員野球を目標に!ベンチスタートの白菊ちゃんも朱里ちゃんも出てもらうよ!!」

 

「まぁ私は準決勝の事もあるし、終盤までは体を休めつつ、芳乃さんはコーチャーに立つから、時々指示出しするよ」

 

それ以外は藤井先生がやってくれます。

 

「先発は息吹ちゃんだよ!」

 

「わ、私が先発……」

 

「息吹さんの特訓の成果を見せる時だね」

 

「朱里……」

 

「それに息吹さんだけのオリジナル、この試合で見せてやってよ」

 

「……そうね。清澄相手にどこまで通用するかわからないけど、やってみるわ!」

 

この日の為に……って訳じゃないけど、息吹さんの唯一無二の球をこの試合で見せられると良いね。

 

そして清澄のオーダーは……。

 

 

1番 ピッチャー 片岡さん

 

2番 セカンド 花田さん

 

3番 キャッチャー 宮永さん

 

4番 サード 鏑木さん

 

5番 センター 刀条さん

 

6番 ショート 越前さん

 

7番 ファースト 室橋さん

 

8番 ライト 福原さん

 

9番 レフト 平沢さん

 

 

「そういえば朱里ちゃんが言ってた川越シニア出身の先輩さんってあの9人の中にいるの?」

 

「いないよ」

 

「えっ、いないの!?」

 

「あの人は芳乃さんと同じ役割の人だからね。この大会ではベンチから指示出し……今は清澄の実質的な監督だよ」

 

それにしてもこれだけの個性豊かな人達をよくもまぁまとめあげてるね。

 

「なんだ?私の話か?」

 

一塁側から清澄の人が出て来た。その人は私と同じ川越シニア出身の先輩……。

 

「……そうですね。今丁度貴女の話をしてたんですよ。天王寺さん」

 

「久し振りだな朱里!まさか決勝戦で当たる事になるとは思わなかったよ」

 

本当にね。新越谷にしても、清澄にしてもまさかここまで勝ち進むとは思っていたかった。

 

「そしてその過程で私達の古巣である川越シニア出身の同胞達とも衝突した……」

 

私達の場合は清本と二宮、天王寺さん達の場合は金原とか……。

 

「そして今日またこうして川越シニア出身の同胞……朱里とぶつかる」

 

「……新越谷は私だけのチームじゃないですよ」

 

「もちろんわかっているさ。だが今の清澄も私だけのチームじゃない……。互いに強敵達を倒してきたからね」

 

「…………」

 

「願わくば今日を最高の試合にしたいところだな!」

 

「……当然です。負けませんよ」

 

「私もな。……今日朱里はベンチスタートみたいだが、関係ない。清澄は清澄の野球を全力でやるだけさ」

 

そう言って天王寺さんは一塁側のベンチ歩いて行った。

 

「……なんか風格が違うね」

 

「そうだね。私よりも1年長く生きているのは伊達じゃないって事だよ」

 

その辺は主将や藤原先輩にも言える事だけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか良い席を確保出来たね……」

 

「人数が人数ですのでどうなるかと思いましたが、ここからならよく見えるでしょう」

 

「今日は大所帯だね~」

 

「賑やかなのは良い事だ!」

 

「ここにいるのはかつて新越谷と戦った連中ばかりという事か……」

 

「うん、私達も県大会の準決勝で新越谷と戦ったもん。ねぇ亮子ちゃん!」

 

「……そうですね。あの準決勝は朱里との投げ合いで私自身もまだまだ成長の余地があるという事がわかった良い試合でした」

 

「朱里せんぱいがまたスタメンじゃない……」

 

「あはは!はづきは相変わらずだね~」

 

「全員合わせて9人……。それも皆新越谷や朱里さんに縁のある人達ばかりですね」

 

(それに今日の試合相手……清澄高校は天王寺さんが選手を育ててここまで勝ち上がってきている……。油断は禁物ですよ朱里さん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、間もなくプレイボールです!!』



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全国大会決勝戦!新越谷高校VS清澄高校①

今日の試合の先発は息吹さん。予定では3イニング投げて次の投手に交代……という手筈だ。

 

『1番 ピッチャー 片岡さん』

 

(片岡さん……。データによると1打席目と2打席目でよくヒットを打っている。コンディションによってはホームランも狙える打者だから、バッテリーとしては慎重に入りたいところだね)

 

あとタコスが好きなんだとか。これって野球に関係あるのかな?二宮は抑えておくべきデータだって言ってたけど……。

 

「こい!」

 

左打席か……。それならシンカーが刺さりそうだね。

 

(1球目はアウトコース低めにストレートで)

 

(わかったわ)

 

1球目はストレート。初めて見た時よりも速くなってる。コースも悪くないし、普通なら手が出ない。

 

 

カンッ!

 

 

(なっ!?)

 

初球から打ってきた。データでは豪快な選手だと聞いていたけど、コンパクトなスイングをしてるし、またデータを取り直す必要があるみたいだ。

 

(ふっふっふっ……。うちの優希はタコスによって調子が変わる。今日は絶好調だぜ!)

 

『初球から打ってきました片岡選手!右中間を破るツーベースヒットです!!』

 

『川口選手が投げたコースは悪くありませんでしたが、様子見の球速で片岡選手からしたら打ちやすいコースだったのでしょう』

 

「タコスパワー全快だじぇ!」

 

うーむ……。天王寺さんが集めてきた選手なだけあって個性が強い。なんだよタコスパワーって……。

 

『2番 セカンド 花田さん』

 

しかしいきなりピンチか……。先程の走塁を見る限りだと片岡さんの足はかなり速い部類に入る。三盗はないだろうけど、進塁打は覚悟した方が良さそうだね。

 

(ここは確実に私の仕事をしましょうかね……)

 

(煌さんには手堅くいってもらうとしよう)

 

花田さんは既にバントの構えをしている。

 

(バントか……。出来れば阻止したいけど……)

 

(無理に阻止に動くとピンチが広がる可能性がある。ここは素直にバントさせる方が良いかもね)

 

 

コンッ。

 

 

初球からバントをさせる。もらえるアウトはもらうに越した事はない。

 

『アウト!』

 

これでワンアウト三塁。しかも次の打者は……。

 

『3番 キャッチャー 宮永さん』

 

あの宮永さんなんだから……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み、瑞希ちゃん。あの人って……」

 

「はい、間違いありません」

 

「瑞希と和奈の知り合い?」

 

「あの人は宮永咲さん……。リトル時代で朱里さんが3度に渡って完敗した人です」

 

「あの朱里が完敗だと……?」

 

「端から見たら大した事ないように見えるが、あの打者……とてつもない実力を秘めているな!」

 

「ただ者じゃないっていうのは伝わりますね~」

 

「待て……。宮永だと?まさか宮永照さんの……」

 

「はい。あの人は期待の大型新人プロの宮永照さんの妹です」

 

「えっ?プロ選手の妹!?」

 

「それに彼女の場合はそれだけではありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワンアウト三塁。そして打者は宮永さん……。私の見立てではまだ様子見だと思うけど……。

 

(咲にはいつも通りやってもらう。変に新しい事に挑戦して調子を崩しても困るしな)

 

(う、うん……)

 

『ストライク!』

 

片岡さんに初球から打たれたコースだけど、見逃したか……。

 

『ストライク!』

 

2球目も見逃し。やはりまだ様子見の段階なんだろうか?バットを振る気配がまるで感じられないし……。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(3球全部見逃しで、バットを全く振らなかった……。何かを狙ってるの?)

 

宮永さんの打率調整……。これはもしかしたら宮永さんなりのジンクスとかの可能性もあるかもね。天王寺さんも特に指示を出してなかったし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全部見逃したね?」

 

「1球も振る気配がなかったな?」

 

「……関係あるかはわかりませんが、投手が朱里さんじゃないから……という可能性はありますね」

 

「どういう事?」

 

「リトル時代での宮永さんが打った打席は朱里さんが途中登板した時に偏っています。偶然だとは思いますが……」

 

「……つまり何らかの理由で打率を調整してるって事か?」

 

「はい。宮永さんは意図的に打率を5割丁度に調整しています」

 

「……それが本当ならとんでもない事だね」

 

「リトルでもその意図に気付いたのは私と朱里さんと和奈さんくらいですからね。当時の監督すら気付いていませんでした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮永さんが見逃し三振……。ここまでは想定内に事が進んでいる。

 

『4番 サード 鏑木さん』

 

(4番の鏑木さんはこの大会中でホームランを二桁打っているスラッガー。映像で見る限りだと多分雷轟と同じタイプ……)

 

(気迫が半端じゃないわね……。勝負するのは危険が気がするわ)

 

(鏑木さんの成績から敬遠も策の1つだけど、塁が埋まれば次の刀条さんが危険になる……。難しいところだ)

 

バッテリーの選択は勝負。初球は武田さんの強ストレート。こちらも速くなっている。

 

 

カキーン!

 

 

『ファール!』

 

(これも初球から!?)

 

(ふっふっふっ……。川口息吹のコピー投法にはそれぞれの持ち味で対策を取っている。シンヤには空手で培ったパワーとスピードで対抗だ!)

 

2球目には緩急を付ける為にあの魔球。2球連続で武田さんのコピーだけど、上手くコースを突いている。

 

 

カキーン!

 

 

『ファール!』

 

(これも当ててくるなんて……。恐ろしい打者だよ)

 

……ここまでの息吹さんはコピーで相手打者との対戦を繰り返してきた。それならここからは川口息吹が独自で編み出した『あれ』を使う場面だ!

 

(……なんとか追い込んだわね。今ならいける気がするわ)

 

(うん……!いくよ!)

 

3球目に息吹さんが投げたのは……。

 

(ストレート……?1球目に投げたやつよりも遅い。これなら打てる!)

 

鏑木さんは片岡さんに投げたストレートと同じ球だと思いスイングを始動し始めている。でも息吹さんの決め球はここから変化する!

 

(なっ!変化した!?)

 

(ストライク!バッターアウト!!』

 

ストレートだと思っていたのか、急な変化には着いて行けなかったみたいだ。ストレート並の速度は出てるけど、直前で少し変化する……。これがここまで温存していた息吹さんの決め球だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……川口さんが投げたのはムービングファストボールですね」

 

「ストレートと似た球速の変化球……か」

 

「全国大会中に身に付けた……にしては精度が高過ぎますね~」

 

「ウム、あれは相当な下積みを積んできたに違いない!」

 

「ムービングファストって昔朱里ちゃんが挑戦しようとして出来なかったんだよね?朱里ちゃんが教えたのかな?」

 

「どうでしょうね?朱里さんならあり得る事ではありますが……」

 

「清澄側も何かしらの秘策がありそうだし、この試合は先がどうなるか全く予測が出来ないね」

 

「私達としては新越谷に勝ってほしいところです!」

 

「それはここにいる全員が同じ事を思っているだろう。特に我々のように埼玉県の高校にいる人は全員な」




遥「1回表終了!」

朱里「先制点取られると思ったけど、なんとか踏ん張ったね」

遥「息吹ちゃんはいつの間にムービングファストを覚えたの!?」

朱里「さてね」


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全国大会決勝戦!新越谷高校VS清澄高校②

「ナイスピッチだよ息吹ちゃん!」

 

芳乃さんがぴこぴこさせながら息吹さんのピッチングを称える。

 

「しかし最後に投げたあれは何なんだ?」

 

川崎さんが最後の1球に投げた球が気になって訪ねてきた。

 

「……息吹さんが投げたのはムービングファストボールっていう僅かな変化で打者を翻弄させる球だよ」

 

「それは変化球……なの?」

 

「分類としてはストレートになるかな。普通のストレートと織り混ぜる事でムービングファストの変化を予測させない……という戦術をプロ選手がよく使っているよ」

 

「そんな凄い球を息吹さんは隠し持っていたのですね……!」

 

「いつから投げられるようになったの?」

 

ムービングファストについての質問が止まらない……。答えないと終わらないであろう質問に息吹さんが答える。

 

「ムービングファストの練習をしていたのは私が投手に任命されてから少し経った時の事よ」

 

あっ、回想入る感じなんですね?

 

 

 

「ナイスボール!」

 

バッテリー練として最近投手の才が発覚した息吹さんが投げ込んでいた。

 

「それにしても色々な選手のコピーが出来るんだね」

 

「小さい頃から芳乃の玩具にされてきたからね……」

 

話を聞くと芳乃さんが息吹さんに様々な選手の投打法を真似してもらっていたらしい。私が入部してすぐの頃にも同じような話を聞いた事があるけど、息吹さんも大変だな……。

 

「……でもコピーだけだとなんかもったいないね。息吹さんもオリジナルの球種を身に付けた方が良いかも」

 

「私だけの……?」

 

「何でも良いんだよ。球種は問わない」

 

「とにかくやってみるわ」

 

それから3日後にムービングファストっぽいぶれ方をしたのが切っ掛けで毎日息吹さんなりに練習し続けた……。

 

 

……そんな経緯で全国大会の登板機会でも1度も見せなかったムービングファストを洛山や白糸台が相手だったとしても1打席はなんとかなるレベルで仕上がっている。これは先の大会が楽しみになってきたよ!

 

(私ももっと体力付けないとね……!)

 

「と、とりあえず攻撃でしょ!私の事は後で良いのよ」

 

「……そうだね。まずは先制点を取ろう!」

 

川口姉妹によって話題は変わる。まぁ向こうも既に準備が整っているし、待たせる訳にもいかないよね。

 

『1番 レフト 中村さん』

 

(片岡さん……。ミーティングのデータによるとコンディション次第で球筋が大きく変わる不安定な投手って話やけど、今日はどんな球を投げるとかいな?)

 

(今日の私は絶好調だじぇ。この決勝戦は天王寺さんの指示通りガッツリと抑えてやる!)

 

片岡さんの1球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「は、速い!」

 

(ムラのある片岡さんだけど、バッティングと同じでピッチング今日は最高のコンディションって訳か……)

 

この球速は梁幽館の中田さんクラスだ……。片岡さんもこの春から野球を始めた人間なのに、大したものだよ。でも……!

 

 

カンッ!

 

 

私達は大豪月さんの球を見てきた……。球を捉える技術が新越谷の中でも上位にあたる中村さんからしたら打つのは難しくない。

 

「ナイバッチ!希ちゃん!!」

 

「流石……としか言いようがないな」

 

結果はヒット。ノーアウト一塁で流れとしては良いんだけど、どうにもこのまま点が取れるとは思えないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「清澄高校の連中はスタメンが全員野球をこの春から始めた人間ばかりのようだな」

 

「この春から!?あの投手もかなり速い球を投げるし、4番の子なんて和奈ちゃんみたいなスラッガーの才能があるよ!」

 

「……それを可能になるよう育成するのが天王寺さんの腕前です」

 

「アタシも天王寺さんにお世話になったからわかるんだけど、あの人の教え方はヤバいよ」

 

「そういえばいずみちゃんは天王寺さんに指導してもらったんだったね」

 

「それだけじゃなく、いずみだけじゃなく当時の川越シニアで9割以上は天王寺さんに指導してもらっていた……」

 

「私達の1つ下の世代までの川越シニアは天王寺世代と呼ばれていましたね」

 

「……改めて川越シニアの連中が化物揃いだとわかったが、二宮達はそんな天王寺からは指導してもらってないのか?」

 

「そうですね。私と朱里さん、和奈さん、亮子さん、はづきさんは天王寺さんの指導を受けていません」

 

「へー、はづきも天王寺さんと関わっていなかったんだ?」

 

「あの人は苦手なんだよね……。だから極力関わらなかったの」

 

「はづきさんのそれは正しい判断ですね。天王寺さんの指導は麻薬のような中毒がありますから」

 

「ち、中毒!?」

 

「ま、まぁ瑞希ちゃんの言う中毒って言うのは大げさなんですけど、実際に他の人の指導だと物足りなくなるってシニアの人達は言ってました……」

 

「そうなんだ?でもアタシは何ともないよ?」

 

(そういえば以前天王寺さんがいずみさんを逃した……みたいな事を言っていましたが、清澄の人達はもしかすると……)

 

「どうした二宮?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

(まぁ例えそうだとしても悪い事何1つとしてないので、何も問題ありませんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、チャンスを広げるよ!」

 

目測でしか判断出来ないけど、片岡さんの球速は中田さん並。でもそれはただ速いだけ。タイミングを上手く合わせれば……。

 

 

カンッ!

 

 

このようにヒットに繋がる。

 

「ナイバッチタマちゃん!」

 

(中村さんの時もそうだけど、あっさりと打たれ過ぎな気がする。天王寺さん達で何か仕込んでるのかな……?)

 

私が気にし過ぎならそれに越した事はない……のになんだろうこの不安は?

 

『3番 センター 岡田さん』

 

先制のチャンスなのにそんな気が全くしない。むしろ不安が募るばかりだ。本当に何なんだこれは……?

 

(朱里ちゃん……。どうしたんだろう?)

 

 

カンッ!

 

 

主将が打った打球はサードへ。ライナーだけど、これは捕られそうだね。

 

(しまった……。力を入れ過ぎた!)

 

私達は主将が打った打球がアウトになると思い、ランナーもそれぞれ帰塁し始める。

 

(ふっふっふっ……。狙い通り!)

 

 

バチィッ!

 

 

(は、弾いた!?)

 

弾くとは思ってなかったのか中村さんと山崎さんは急いで進塁するけど……。

 

『アウト!』

 

まずは三塁フォースアウト。

 

『アウト!』

 

セカンドもアウト。

 

(そ、そんな事って……!)

 

新越谷で1番足が速いのは主将だ。最近では私や川崎さんも主将には負けない走力を身に付けているけど……。

 

そんな主将でも一塁は……。

 

『アウト!』

 

アウトになってしまう。

 

「と、トリプルプレー!?」

 

「マジかよ!あのサードがライナーを捕ってたらワンアウトで済んだのに……」

 

「そうね。ランナーも戻りかけてたし、打球を弾いたのが向こうからしたらラッキーだったのね……」

 

川崎さんと藤田さんがそんな会話をしてるけど、ラッキーにしては手際が良過ぎる。あれくらいのライナーなら雷轟でも捕球出来ると思うし……。

 

もしもトリプルプレーを狙ってあのライナーを弾いていたとしたら……!

 

(この試合、相当厄介なゲームになるぞ……!)

 

この守備も天王寺さんが仕込んだものだろうね。

 

(でもあの連携を狙ってやったとしたらこれまでの試合も失点はもっと少ない筈……。にも関わらず清澄は毎試合3~5点は取られている)

 

あの連携がどこまで完成されてるのか、それともこの決勝戦に合わせてきたのか……。謎は深まるばかりだ。




遥「チャンスなのに点が取れなかったよ!?」

朱里「トリプルプレーなんて滅多に見られるものじゃないよね」

遥「でも2回裏は私の打順からだよ!」

朱里「ちゃんと勝負してくれたら良いけどね……」

遥「私は決勝戦で打てないの!?」

朱里「可能性はあるね」


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全国大会決勝戦!新越谷高校VS清澄高校③

2回表の清澄の攻撃は刀条さんの打順から。

 

(刀条さんは鏑木さんに次いで長打率が高い……。鏑木さんと同じく剣道を続けながら野球をしているハイスペックな人間だ。生半可な球だと打たれるかも……)

 

とはいえマウンドにいる訳でもない私はバッテリーを信じる事しか出来ない訳だけど……。

 

(刀条さん……)

 

私の隣にいる大村さんは神妙な顔をして刀条さんを見ていた。データによれば刀条さんは投手もやっているみたいだから、もしかしたら直接対決もあるかもね。

 

 

カンッ!

 

 

目を離した隙に刀条さんが息吹さんの球を捉える。鏑木さんへの1球以来ムービングファストは投げていないみたいだから、まだ完全に攻略された訳じゃないのが救いだね。

 

持ち球を上手く散らして後続の打者を息吹さんはきっちり3人で抑えてスリーアウト。

 

(ここまで被安打2……。まだ2イニングだけど、決勝戦の舞台でここまでアウトを取れるのは凄いと思う)

 

2回裏は雷轟からの打順だけど……。

 

(優希ちゃん……)

 

(……わかってる)

 

「キャッチャーが立ち上がった!」

 

「敬遠だ!」

 

やはり雷轟には敬遠みたいだね。勝つ為には当然の判断とも言える。

 

(決勝戦まで勝ち進んできたとはいえ、優希はまだまだ素人……。雷轟と勝負させるのは危険過ぎるね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり雷轟は歩かされるか……」

 

「まぁ片岡さんの球は速いだけですからね。ストレートに強い雷轟さんと勝負すれば間違いなくホームランを打たれます」

 

「清澄の片岡と新越谷の雷轟……。2人共この春に野球を始めた筈なのに、大きく差を開いているな」

 

「朱里ちゃんが言うには雷轟さんは中学の頃から下積みを続けていたから、その差なのかも……」

 

「多分筋トレの方はもっと前から続けてたんじゃないかな~。それこそ小学生の頃から~」

 

「ウム、借りに筋トレを中学から始めたのなら私のストレートはホームラン等にはならんだろうな。今まで続けていたとして約10年程と見た……」

 

「じ、10年間ずっとって凄いですね……」

 

「気付かない内にそれが趣味になってそう……」

 

「ともあれそんなスラッガーがいると新越谷側も頼もしく思っているだろうな」

 

「………」

 

(1回のトリプルプレーが気になりますね。サードにいた鏑木さんが打球を弾いていなければワンアウトで済んでいましたが、あの動きは……。これも天王寺さんの仕込みでしょうか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

藤原先輩が三遊間に良い当たりを放つ。外野の守備位置を見る限り抜けると長打コースで雷轟がホームに還れそうだ。

 

『アウト!』

 

「なっ!?」

 

サードの鏑木さんがあの打球に追い付きアウトとなった。二塁近くまで走っていた雷轟は戻れずにダブルプレー。

 

(上手い……。今のプレーは三森3姉妹に匹敵するかも……!)

 

「助かったじぇ!」

 

「気にしないで。どんどん打たせていこう!」

 

(ふっふっふっ……。流れはこっちにきている。このまま主導権を握らせてもらう!)

 

このままだと主導権が向こうに行きかねない。先制点が取れればかなり大きいんだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

6番の川崎さんがストレートを捉えて左中間まで飛ばす。これも長打コース……。しかも川崎さんの足なら三塁まで行けそう。

 

「よっしゃ。このまま三塁まで突っ走ってやる!」

 

「………!」

 

(えっ……?)

 

『アウト!』

 

「嘘……。あの当たりも捕られるの!?」

 

川崎さんの打球はセンターにいる刀条さんが捕球した……んだけど……。

 

(守備位置が可笑しい……。レフトは定位置にいたのに、刀条さんはフェンスギリギリから川崎さんの打球を捕りに行った……。さっきの鏑木さんもそうだ。藤原先輩がまるで三遊間にあの当たりを打つ事を予測していたかの如く打球に反応した……)

 

1回のトリプルプレーと言い、さっきの守備と言い、まぐれとは思えなくなってきた……。

 

(シンヤも楓もナイスプレーだ。この打球勘を今までやってきた試合を通してこの決勝戦に間に合わせた甲斐があるってものだよ。シード校と当たった2回戦や準決勝でも出来過ぎなくらいにこの2人は打撃面でも、守備面でも結果を出してきたからな。最早プロでも充分に通用するぞ!)

 

この試合は互いの守備力が大きく影響しそうだ……。頼むからエラーだけは勘弁してよ?誰とは言わないけど!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今のプレーで確信しました。1回裏のトリプルプレーも狙ってやっていますね」

 

「嘘っ!?あのサードライナーの取り損ないが!?」

 

「……にわかには信じられないが、確かにあのサードとセンターの動きは清澄の中でも頭1つ抜けているな」

 

「あの2人はバッティングも良い感じですね~。強豪校に入ってもレギュラーを取れるレベルです~」

 

「間違いなく洛山には無理な守備だな!」

 

「胸を張って言える発言じゃないだろう……」

 

「しかしこうなると新越谷が劣勢ですね」

 

「川口がここから清澄の打線を上手く抑えられるかにかかっている」

 

「加えて雷轟さんは歩かされている……」

 

(県大会の決勝戦では武田さんが上手く決めましたが、この試合を決めるのは新越谷にせよ、清澄にせよ、誰になるのか見物ですね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、シンヤも楓も良かったよ!理想以上のプレーだった」

 

「そう言ってくれると嬉しいです」

 

「私達は天王寺先輩に鍛えられて今があるんですから、気にしないでください!」

 

「良い後輩も持って私は幸せだなー。誰とは言わないが、見習えよ!」

 

「何故こっちを見るんだじぇ……」

 

「ま、まぁまぁ……」

 

「……それにしても咲先輩はこの試合も打率5割丁度に調整するんですか?」

 

「うん……とは言ってももう癖みたいなものなんだ。治そうとしたら悪化しそうな気がしちゃって……」

 

「それなら無理はしなくても良いぞ。打とうとする時は咲の好きにしたら良い。リトルでもそうしてたんだろう?」

 

「うん……」

 

(確か咲と朱里はリトル時代に対峙した事があったな……。咲のリトル時代を調べて、朱里が投げる時に打率5割の帳尻を合わせてもらうかな……?)




遥「2回終了。私はまた歩かされたよ!」

朱里「息を吐くように自虐するね」

遥「私が決勝戦で打てないとわかったらショックが大きくて……」

朱里「まぁそれに関してはドンマイとしか言いようがないね」


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全国大会決勝戦!新越谷高校VS清澄高校④

3回表。この回も息吹さんは先頭打者を打ち取る。本当に調子良さそうだな……。今日の方針がなければこの試合を任せても良いくらいだ。

 

そして打順は一巡して再び片岡さん。

 

(1打席目は様子見の球を打たれたから、この打席は全力でいくよ)

 

(もちろんよ!)

 

左打席に立つ片岡さんに対して息吹さんはシンカーを投げる。

 

『ストライク!』

 

(くっ……!今のシンカーには手が出ないじぇ!)

 

(なんとか1打席目の借りは返せそうね……。でもいつ打たれるかわからないし、次は逆を突くあの球でいくわ)

 

(うん、私もそれが良いと思う)

 

そして2球目に息吹さんが投げたのはあの魔球。1球目に投げたシンカーと併用して打者を困惑させる良い配球だ。

 

『ストライク!』

 

(今度の球はカーブか……?やけに変な曲がり方をしたぞ?)

 

(優希にはあの球の事言うの忘れてたね……。まぁその場その場の対応をするのが優希の良いところだし、問題ないかな?)

 

1打席目では片岡さんに初球打ちされたからどうなる事かと思ったけど、なんとかなりそうなのかな……?

 

(3球で決めるよ。息吹ちゃん!)

 

(ええ!)

 

3球目はムービングファスト。大きい変化の後に小さな変化を混ぜると打者からしたら困惑して打ち辛いだろう。

 

(なんとしてもバットに当てるじぇ!)

 

 

ガッ……!

 

 

片岡さんの当たりはボテボテのサードゴロ。なんとか打ち取ったけど、これは……。

 

(……って、片岡さん足速っ!確か片岡さんは運動部から引っ張ってきた訳じゃないって話なのに)

 

(このままだと内野安打になっちゃう……!)

 

サードの雷轟がボテボテの打球を必死で追い掛けるけど……。

 

 

スカッ!

 

 

(あっ……!)

 

(なっ……!)

 

何やってるんだぁぁぁっ!!

 

(な、なんか知らないけど、これは大きなチャンスだ!)

 

トンネルした雷轟のカバーを急いで中村さんが行う。中村さんがレフトを守るのは影森戦以来だけど、上手く雷轟のカバー出来ているようで良かったよ。

 

片岡さんは雷轟のトンネルの影響で二塁まで来ている。記録は一応エラーとなっている。

 

(うぅ……。まさかこんな大事な試合でトンネルするなんて……)

 

(まぁ雷轟がトンネルするのはもうこの際仕方ない。問題はそこに漬け込まれないかだ……)

 

(雷轟遥のエラー率を考えるならサードを狙い打ちするのが妥当なんだけど、雷轟はここ1番で守備方面でもビッグプレーをするからな……。集中的に狙うか、私の見込んだタイミングで狙いにいくか……。難しいところだね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷轟のエラーを見る度に新越谷側はヒヤヒヤするな……」

 

「そうですね。私達の高校では考えられないです」

 

「新越谷のように人数が少ないところでもギリギリだろうね」

 

「守備が鍛えられたら私よりも上かも知れないね……」

 

「でも清本ちゃんもまだ負けてないけどね~」

 

「ウム、最後に勝てればそれで良かろうなのだ!」

 

「だがここまできたら新越谷には優勝してほしいものだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2番の花田さんが送りバントをしっかり決めてツーアウト三塁。ここで打者は……。

 

『3番 キャッチャー 宮永さん』

 

(ここで宮永さんか……。朱里ちゃんの話や、清澄のこれまでの傾向から危険なのは3打席目からって事なんだけど……)

 

(な、なんだか打たれそうな気がするのよね……。どうするべきかしら?)

 

(ここが息吹さんにとって最後のターニングポイント。次の回からは別の投手を準備させているから、安全策は宮永さんとの勝負を避ける事……。どうするかは息吹さん次第だね)

 

宮永さん相手にどう出る……?

 

(振りかぶった……!)

 

山崎さんの方を見ると立ち上がっている様子はないので、勝負をするようだ。

 

『ストライク!』

 

コースギリギリにシンカーが決まってワンストライク。

 

(宮永さんの方は見送り方に余裕があるな。流石と言うべきか……)

 

2球目は逆を突く為にあの魔球。コースも1球目と逆を突いて高めに投げた。

 

『ボール!』

 

(これも見送り方に余裕がある……。やはり宮永さんに生半可な球は通用しないって事だろうか?)

 

それとも打率5割に合わせたプレーをしているのかな?天王寺さんの動向だけじゃなく、宮永さんのプレーも謎が深まる……。

 

(3球目はムービングファストを!)

 

(ええ!)

 

1球目よりも少し高いコースに投げられるムービングファストボール。

 

 

カンッ!

 

 

宮永さんは清本や雷轟がよくやるようにギリギリまで球の見極めの為にバットを振らず、球質がわかった瞬間に速く鋭いスイングで息吹さんのムービングファストを打った。

 

「三遊間!!」

 

雷轟と川崎さんはその打球に飛び込んだけど、ミットには収まらずにヒットになる。そして……。

 

『三塁ランナーがホームイン!先制は清澄高校。宮永選手のタイムリーヒットです!』

 

『宮永選手は中々良い打球を放ちましたね。あの打球は簡単に捌く事が出来ません』

 

猪狩プロが言うように、あの打球は簡単に捕れるものじゃない。息吹さんが投げたムービングファストも良いコースだったし、これに関しては宮永さんが上手だったと言うしかない。

 

(まぁ雷轟のトンネルが大きな理由ではあるけどね……)

 

その辺りが今後の雷轟の課題になりそうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲……!」




遥「先制点取られちゃった……」

朱里「誰かさんのエラーが大きな原因だね」

遥「うっ……!そ、それよりも最後に宮永さんの名前を出したのは誰なのかな!?」

朱里「露骨に話題を変えたね……。多分姉である宮永照さんが球場に辿り着いたんだと思うよ」


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全国大会決勝戦!新越谷高校VS清澄高校⑤

その後5番の刀条さんにも続けてヒットを打たれるものの、6番を打ち取りなんとか失点を1で済ませた。

 

「お疲れ様息吹ちゃん!良いピッチングだったよ!」

 

「ありがとう。でもちょっと悔いの残る内容だったわね……」

 

まぁ打たれたヒットは4本だし、雷轟がエラーしなかったら1点も取られてなかったから余計にそうなのかも知れないね。

 

「その節はすみませんでした……」

 

あっ、雷轟が凄く落ち込みながら息吹さんに謝ってる。まぁ下手したらこれが原因で私達が負けるかもだからね……。雷轟の方も土下座する勢いだ。

 

「ちょっ!止めてよ遥!捕球方面は私も似たようなものだし、遥にはバットで助けてもらってるんだから、気にしないの!」

 

「でも私この試合はずっと歩かされる可能性が高いし……」

 

「……この試合はそうかも知れないけど、これまでの試合だって遥がいなかったら私達は負けていたかも知れないのよ?私達皆遥には感謝してるの」

 

息吹さんがそう言うと他の全員が頷く。これに関しては私も同意見だ。

 

「だから泣きそうな顔しないの」

 

この光景を見ると息吹さんが姉で、雷轟が手のかかる妹に見えてきた……。双子とはいえ息吹さんは姉だから、今までも妹である芳乃さんをこうして慰めていたのだろう。微笑ましい光景だ。

 

「さて!良い光景も見れたし、切り替えて攻撃に移るよ。とにかくまずは同点を目指そう!」

 

『おおっ!』

 

3回裏。打順は7番の藤田さんからだね。

 

(大会全てを通して打順も変わって回の頭に回ってくる時が多くなってきたわね。朱里も私の持ち味を活かせるなら活かした方が良いって言ってたし、まずは塁に出る事から始めましょう)

 

『ボール!』

 

まだ3イニング目だけど、少し球が浮き始めたな……。片岡さんの言うところのタコスパワーが切れてしまったのだろうか?

 

(優希ちゃんの球が浮き始めた……。タコスパワーが切れちゃったのかな……?)

 

(むむ……。まだタコスパワーは健在の筈なのに、どうも上手く投げられないじぇ……)

 

何にせよこれは好都合。藤田さんには粘って四球を狙ってもらおう。

 

『ボール!』

 

『ファール!』

 

『ファール!』

 

『ボール!』

 

『ファール!』

 

藤田さんが上手く粘ってくれている……。下位打線に置くのがもったいないくらいの成果を藤田さんに限らず誰もがあげているから、打順決めるのが難しいんだよね。まぁそれはさておき……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「よし!先頭出た!」

 

「ナイセン!!」

 

(ふーむ……。一応楓にも肩を作らせているけど、出来れば優希にはもう1イニング頑張ってほしいなぁ……)

 

次は息吹さんの打順か……。息吹さんは3回で降板だから大村さんに代えても良いけど、この局面ならチャンスを広げてもらおうかな?

 

「……という事でお願いね」

 

「わ、わかったわ……」

 

息吹さんは大会を通して出塁率は悪くないから、是非とも次に繋いでほしい。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

よし!これでノーアウト一塁・二塁!最低でもこの回で同点にしたいところだ。

 

「タイム!」

 

次は9番の武田さんだけど、天王寺さんからタイムがかかる。天王寺さんはマウンドに駆け寄り、内野陣も集まる。

 

(交代かな……?でもそれだけなら天王寺さんがわざわざ出てくる必要もないような気がする)

 

一体天王寺さんは何を考えているんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした優希?タコスパワーが切れたか?」

 

「いや……。まだ残っている筈だじょ。でもなんか思うように投げられなくてな……」

 

「ふぅむ、もしかしたら優希は緊張しているのかも知れませんね」

 

「優希先輩でも緊張するんですね」

 

「それはどういう意味だじぇ……」

 

「まぁ私達みたいな素人集団が全国大会の決勝戦まで勝ち進むとは思ってもみませんでしたし……。それに今まで緊張しない方が可笑しかったんですよ」

 

「成程な。県大会の1回戦から全国大会決勝戦までの緊張がまとめてきた……って感じなのかな?」

 

「そ、そうかも知れんじぇ……」

 

「まぁこの回までは投げてもらう予定だけど、もし逆転されてしまったらその時点で楓と交代だ」

 

「お、おう!任せるじぇ!」

 

(大丈夫……なんだよな?信じているぞ優希)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら片岡さんは続投するみたいだ。前のイニングで刀条さんが肩を作っていたから、もしかしたら……とも思ったけど、痛打されない限りはこの回まで投げるのだろう。

 

(とりあえずここはバントのサインを……!)

 

(了解!上手く決めるぞ~!)

 

武田さんはバントサインに不満はなさそう。良かった。

 

 

コンッ。

 

 

バントをしっかり決めてワンアウト二塁・三塁。一打逆転で上位打線に回ってきたし、最低でも同点にしたいけど……。

 

(そうなると中村さんが避けないといけないのは浅いゴロ、浅いフライ、そして三振か……。一塁が空いているから、ホームゲッツーは避けられるのがまだ救いだね)

 

(ワンアウト二塁・三塁か……。中村希は県大会ではづきからホームランを打っていたし、ここで決められるとうちが一気に不利になる。それなら一か八か……!)

 

「敬遠!?」

 

「ワンアウトで一塁が空いているからかな……。確かに中村さんの打率を考えると無難かも知れないね」

 

だけど次は山崎さん。向こうの満塁策が裏目に出る可能性も十二分にある!

 

『ボール!フォアボール!!』

 

(……私は恐らくこのイニングで降板。あとは楓に任せる事になるじょ。それなら私に出来る事をすれば良いだけだじぇ!!)

 

 

カンッ!

 

 

山崎さんは初球から打っていき、打球はレフト線に飛んでいく。とりあえず同点にはなったかな……!

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

(なっ……!捕られた!?なんだあの跳躍力は!?)

 

レフト前に落ちると思われた打球はサードの鏑木さんがジャンプして捕球した。たしかに身長は高いみたいだけど、あそこまで飛べるか……?

 

鏑木さんはそのまま三塁ベースを踏んでスリーアウト。ここで同点に出来なかったのはキツいぞ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「惜っしい~!同点に出来ると思っていたのになぁ」

 

「あの跳躍力は凄いですね。確かに鏑木さんは空手部出身の筈なのに、どうしてあそこまで飛べるのか……」

 

「空手にジャンプっているのか……?」

 

「いや、それよりも二宮さんがどうして鏑木さんが空手部出身なのを知っているところから突っ込むべきじゃないの?」

 

「私達白糸台はもう慣れたぞ?」

 

「ウム、私と非道も慣れたぞ!」

 

「元よりただ者じゃないのはわかってましたし、二宮ちゃんの情報網が凄いって春に白糸台と練習試合をした時にわかりましたしね~」

 

「アタシ達は瑞希とチームメイトだったから……」

 

「慣れてしまいましたね」

 

「同じく……」

 

「私と朱里ちゃんに至ってはリトルからの付き合いですし……」

 

「あれ?私が可笑しいのかな?」

 

「心配するな田辺。私も君と同意見だ」

 

「私の事は良いのです。それよりも……」

 

「…………?」

 

「しれっと私達に混じってお菓子を食べている宮永プロに触れるべきではないのですか?」

 

「……去年まで宮永先輩と一緒だった私からしてもこの光景は日常だったからな」

 

「美味しい」

 

「か、カオスだ……」




遥「ど、同点に出来なかった……」

朱里「向こうの満塁策が上手くはまった形になったね」

遥「これはもしかして不味い?」

朱里「このままだと……ね」

遥「何とかならないの!?」

朱里「あと4イニング……。その間に最低でも同点にしたいところだね」


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全国大会決勝戦!新越谷高校VS清澄高校⑥

4回表。こちらの投手は息吹さんから藤原先輩に代わる。

 

他の守備位置としては息吹さんがライトに、レフトにいた中村さんがファーストに、ファーストにいた武田さんがサードに、サードにいた雷轟がレフトになった。

 

(向こうは投手を代えてきたか……。藤原も最近目覚めたジャイロボーラーとして警戒が必要だな。というか素人集団のうちが打てるのか?)

 

(藤原先輩がジャイロボールを投げるのはもう向こうにも知れ渡っているだろうね。この試合の方針によって藤原先輩はショートリリーフだから多く投げて1イニング半……。なるべく向こうには打たれないようにしたい)

 

そんな藤原先輩の1球は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

今日もジャイロボールがノビているね。この回は下位打線だし、そこまで酷い展開にはならないと思うけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄っ!藤原さんっていつからジャイロボールを投げられるようになったの!?」

 

「お披露目したのは全国大会の1回戦からですね」

 

「そっかー。アタシは試合だったから見られなかったんだよね」

 

「先発の川口息吹と言い、今の藤原と言い、そして武田、早川と……。新越谷は選手層が薄いように見えるが、投手陣は優秀名のが沢山揃っているな!」

 

「そうですね~。野手のレベルも全国レベルまで成長していっていますね~。一部の選手はその中でもトップクラスかも~」

 

「それでも何人かは拙い部分が見え隠れしてるがな。その辺りが新越谷の今後の課題になるだろう」

 

「言い方は悪くなるけど、新越谷がここまで勝ち上がってきたのは投手戦を制したお陰な試合が9割を占める。梁幽館や咲桜、美園学院、そして白糸台も投手戦に勝ってきた結果だと思う」

 

「まぁ熊谷実業や永水や洛山みたいに打線に火が点く試合もあるけど、格上相手にはどうしても武田、早川、雷轟の3人に依存しがちなのが目立つな」

 

「実力面でも精神面でも、良くも悪くも依存する……か」

 

「この試合は清澄側も新越谷と似た部分が多いから、良い勝負をしているように演出してるね」

 

「清澄は宮永さんと天王寺さん以外はこの春に野球を始めた人ばかりですからね。それよりも……」

 

「もぐもぐ」

 

(宮永プロはすっかり馴染んでいますね。藤原さんがジャイロボールを投げたのを見ても特に反応していませんでしたし、彼女にとっては取るに足らない球……という事でしょうか?)

 

「これも美味しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

藤原先輩のジャイロボールに清澄の下位打線は対応しきれず三者凡退となった。

 

『セットアッパーの藤原選手、清澄の打線を三者凡退で終わらせました!』

 

『藤原選手が投げたジャイロボールに対応出来なかったみたいですね。次の上位打線が彼女の球に食らい付けるかが見物です』

 

藤原先輩は次のイニングで投げて3人まで。次の回の清澄は上位に回ってくるから、タイミングを見計らって次の投手を投入するつもりだ。

 

「さて……。そろそろ肩を作りにいくかな。武田さん、ブルペンに行こうか」

 

「私も?」

 

「いつでも投げられるようにしておいて、どちらが先に投げるかも状況を見て決めようかなってね」

 

「まぁ私も早く投げたいし、良いよ!」

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

私は武田さんを連れてブルペンへと向かった。

 

「……芳乃ちゃん、理沙先輩の次に投げるのってまだ決まってないの?」

 

「……一応私の中では次に投げるのは決まってるんだけど、朱里ちゃんにも相談してからになるかな?」

 

「そうなんだ」

 

(朱里ちゃんの中ではこの試合のプランは決まってるって事なんだろうけど、それならなんでヨミちゃんと一緒にブルペンに行ったんだろう……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスボール!調子は良いみたいだね」

 

「うん、私はいつでも絶好調だよ!」

 

「それは良かった」

 

武田さんとブルペンで軽く投げ合ってお互いに肩を作る。私自身捕手は出来ないけど、武田さんのあの魔球を5回に3回は捕球出来るくらいには技術を身に付けた。

 

「……こうして朱里ちゃんと2人きりになるのって初めてだね」

 

「そういえばそうだっけ……」

 

武田さんと練習する時って投手の投げ込みが中心で捕手の山崎さんがよく一緒にいたし、全体練習でしか武田さんと絡んでないかも。

 

「……ありがとね朱里ちゃん」

 

「どうしたの?急に……」

 

「私がここまで野球を続けられて強くなったのって朱里ちゃんのお陰だから……」

 

「私は一緒に練習してるだけで、特にこれと言って何かをした訳じゃないよ?」

 

本当に。その理論でお礼を言われるなら、私も武田さんを始めとする新越谷の皆のお陰でグッと成長出来た。

 

仮に強豪校のスカウトに応じていたらここまで成長は出来なかっただろう。それは少ない人数ながらも互いに助け合って、苦楽を共にしたから今の私達があるんじゃないかと思っている。

 

「うん……。でも私やタマちゃん、遥ちゃん、芳乃ちゃん、息吹ちゃん、理沙先輩、他の皆だって朱里ちゃんがいなかったらここまで来れなかったよ。全部朱里ちゃんのお陰」

 

そ、そこまで称えられる事をした覚えはないんだけど……。

 

「……それを言うなら私もだよ。皆がいたから私はここまで成長出来た」

 

「……朱里ちゃんは本当に優しいね。自分の意見を押し殺して皆の成長を優先させる。朱里ちゃんだって自分の練習がある筈なのにも関わらず私達の成長を第一にしてくれた……」

 

な、何を言っているのだろうか……。

 

「私ね、聞いたんだよ。県大会で優勝出来なかったら朱里ちゃんが新越谷を離れちゃう事を……」

 

「武田さん……」

 

何故武田さんがそれを知っているのか……という無粋な事は聞かない。山崎さんがこっそり武田さんに話したのか、山崎さんの時折見せる悲しそうな表情を察して強引に聞き出したのか、二宮と山崎さんの会話を盗み聞きしていたのか……。

 

「……でも朱里ちゃんは自分を優先せずに、そんな辛い状況にも泣き言を言わずに頑張った。全国行きが決まってから朱里ちゃんがイップスに陥った時も誰にも頼らず黙々と1人で解決しようとしてた」

 

それを言われると痛いな……。

 

「私は誰にも迷惑を掛けたくなくて……」

 

「うん、それが朱里ちゃんの優しさなんだと思う。県大会の事も朱里ちゃんが私達に伏せてたのはそれを気にし過ぎてプレーに支障が出ないようにする為になんだよね?」

 

「……まぁね」

 

「だからその事で私は朱里ちゃんを責められない。私が同じ状況に陥ってしまったら私も朱里ちゃんと同じようにしてたと思うから……」

 

「武田さん……」

 

「だからこれからはそういう事も皆で分かち合おう!勝利の喜びも、敗北の悲しみも、全部全部!」

 

はは……。敵わないな。そういう部分も含めて武田さんを見習わないといけないね。

 

「そうだね。ありがとう……ヨミ」

 

「えっ?朱里ちゃん?今名前で……」

 

うわぁっ!また聞こえてた!?これで前科2犯だよ!

 

「ねぇねぇ!もう1回名前で呼んでよ!!」

 

「恥ずかしいから却下!」

 

山崎さんの時と同じミスをした私はこれも山崎さんと同じように2人の時だけは名前で呼ぶ事で妥協してもらいました……。




遥「朱里ちゃん……?」

朱里「……何かな?」

遥「私も名前で呼んで!」

朱里「やだよ」

遥「1回だけ!1回だけだから!!」

朱里「恥ずかしいから嫌」


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全国大会決勝戦!新越谷高校VS清澄高校⑦

ブルペンから戻ると刀条さんがマウンドに登っており、片岡さんはセンターを守っていた。

 

『アウト!』

 

刀条さんは片岡さんとは違うタイプの投手だから、抑え込まれているのか……。早いところ同点にしたいのに、厳しい状態が続くなぁ。

 

「先発の片岡さんよりは遅いんだけど、クセ球が厄介で……」

 

「ファインプレーを連発させる鏑木さんを中心に守備力の高さを実感させられるピッチングって事か……」

 

実際に刀条さんの投球を映像で見ていたけど、あれは鉄砂高校のようにハイレベルな守備力があって初めて成り立つものだ。清澄の守備は鉄砂に比べると拙い部分が目立つ。

 

(それ等を鏑木さんや刀条さんの守備力でカバーしていく……という感じのようだね)

 

『ボール!フォアボール!!』

 

4番の雷轟はやはり歩かされるか……。まぁ安全策を取るのは当然か。

 

『5番 ピッチャー 藤原さん』

 

(次は雷轟遥の次にパワーがある藤原理沙か……。甘く入るとホームランを打たれかねないから、バッテリーは慎重に入ってくれ)

 

(はい)

 

『ボール!』

 

(映像で見た以上のクセ球ね。迂闊に打つと内野ゴロの山になりそう……)

 

刀条さんのピッチングスタイルとしては常に7、8割の力で投げて、要所で力を入れて投げる事で打者を打ち取る。もしも彼女が鉄砂高校にいたら私達は1点も取れなかったかも知れないね。

 

 

ガッ……!

 

 

藤原先輩もクセ球だと把握した上で引っ掻けてしまう。わかっていてもあの球を打つのは難しそうだ。

 

 

ポロッ。

 

 

(えっ?)

 

サードの鏑木さんがフワッと上がったイージーフライを落とす。これはまさか……!

 

「雷轟!藤原先輩!急いで走って!!」

 

「朱里ちゃん?」

 

雷轟と藤原先輩が戸惑いながらも走り始める。鏑木さんは素早い動きで落としたボールを拾って二塁に投げる。

 

『アウト!』

 

か、肩強っ!鏑木さんじゃなかったらセーフになってた可能性があったよ……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

一塁もアウト。またもや鏑木さんのプレーによってゲッツーをもらってしまう。あと3イニングであのクセ球を雷轟以外の人間で最低でも2人が攻略しないといけない。

 

更に一塁が埋まるとゲッツーを取られやすい。特に三塁線に飛ばせばそれがほぼ確定となるだろう。

 

(天王寺さんが手塩にかけて育てた選手の中でも鏑木さんと刀条さん……。この2人は厄介極まりないな)

 

特に鏑木さんはパワーヒッターでありながらも守備方面でも隙がない。データによれば外野も守れるみたいだし、本当に初心者なのか疑いたくなるね全く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またあのサードによって阻まれてる!」

 

「これが元々鏑木さんの中に潜んでいた野球の才能……でしょうね。それを天王寺さんが上手く引き出したのでしょう」

 

「天王寺さんって何者……?」

 

「私達が所属していた川越シニアで選手育成を主に活動していました」

 

「本人もレギュラー狙えるレベルで上手いんですよねー。アタシも天王寺さんの実力見てびっくりしたし……」

 

「そのような人物が何故選手としてプレーをしなかったんだ?」

 

「……私なりの考察ですが、天王寺さん自身が人に野球を教える事に快感を覚えたからじゃないかと思います」

 

「か、快感!?」

 

「つまり天王寺さんはそういう趣味のある変態?」

 

「へ、変態って……」

 

「それを言うなら瑞希の情報に対する執着も紛れもない変態のそれだよね☆」

 

「失礼な事を言わないでください。私は変態ではありません」

 

(いや、金原の言いたい事はなんとなくわかるぞ……)

 

(なんか危ない眼をしながら情報収集してそうですよね~)

 

(ウム、それもまた才能だな!)

 

「……何故か失礼な視線を感じるのですが?」

 

「気のせいだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5回表。再び私達はポジションを代える。投げていた藤原先輩がサードに、サードにいた武田さんが投げる事に。

 

(本当は私が先に投げる予定だったんだけど、武田さんがどうしても私が試合を決めてほしいって言ってたからな……)

 

本当にプレッシャーを感じる事この上ない。

 

「よーし!投げるぞーっ!」

 

「随分張り切ってるねヨミちゃん」

 

「うん!決勝戦で投げられるのが嬉しくて……」

 

「朱里ちゃんも投手全員が投げる事に意味があるって言ってたからね」

 

「そんな提案をしてくれた朱里ちゃんが、私達の為に頑張ってくれた朱里ちゃんがこの試合を決める投手になってほしいんだ」

 

「……そうだね。それは私も同じだよ」

 

(これは私達が朱里ちゃんに対して出来る最大の恩返し……!)

 

(全国優勝投手は朱里ちゃんにこそ相応しいんだよ)

 

な、なんかバッテリーが私の方を見てるんだけど……?

 

(……この回は1番から。これまでの武田さんなら余程調子が悪くない限り打たれる事はないので筈。鬼門は宮永さんだろう)

 

『新越谷高校、またもや投手交代です。サードにいた武田選手がマウンドに上がりました』

 

『武田選手は元々新越谷のエースですからね。変わった形での登板ですが、清澄の上位打線とも渡り合えるでしょう』

 

武田さんの1球目……。投げたのはあの魔球だった。

 

『ストライク!』

 

(映像で見るよりも曲がりが大きいな……。変化球打ちが苦手な優希には打つのは無理そうだ。それなら……!)

 

(天王寺の言う通りこれを打つのは私には無理だじぇ……。それなら強ストレートとやらを狙う!)

 

片岡さんがバットを短く持った。これはストレートか強ストレート狙いだろうね。

 

(そんな片岡さんには多分これが刺さる筈……!)

 

(了解!1球ツーシームからの……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

((止めは朱里ちゃんから教わったあれで!))

 

(ストレート……。もらったじぇ!!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(なっ!空振り!?ストレート打ちが得意な私が……?)

 

(さっき武田が投げたのは朱里が得意とするストレートに見せ掛けた変化球……。ストレートが得意な優希に上手く刺さってしまったか)

 

予想通り偽ストレートで上手く片岡さんを三振に。続く2番の花田さんも凡退に抑えた。ツーアウトランナーなしの場面で迎えるのは……。

 

『3番 キャッチャー 宮永さん』

 

(宮永さんの3打席目か……)

 

今の武田さんなら抑えられると信じているよ……!




遥「試合は佳境に入ったね!」

朱里「宮永さんの3打席目を武田さんが上手く抑えられるか……。これ以上点を取られるとキツいかもね」

遥「私が勝負してもらえたら……!」

朱里「新越谷が勝つ為には刀条さんのクセ球をうちの打線が打てるかどうか……って感じだね」


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全国大会決勝戦!新越谷高校VS清澄高校⑧

『3番 キャッチャー 宮永さん』

 

今日の宮永さんの成績は1打席目は三振、2打席目はタイムリーヒット……。宮永さんの傾向からして打たれる心配は然程ないけど、宮永さんが相手……というだけで抑えられるか不安になる。

 

(宮永さん……。清澄の打線でもこの人だけはどう出るか全く読めない。いつも以上に慎重にいくよ!)

 

(もちろん!あの朱里ちゃんが完敗した相手って話だからね。正直上手く抑えられるか自信はないけど……)

 

武田さんから緊張の気配が伺える。まぁ私も強打者相手には常に同じ感情があるけど、その中でも宮永さんは別格だね。

 

『ストライク!』

 

武田さんのピッチングスタイルは基本的に低めにくるあの魔球を中心に成り立っている。片岡さんの時も、花田さんの時もそこを突かれてバットに当てられている。

 

(それでもこうして凡打にさせる武田さんは本当に凄いな……)

 

私もリトル時代で宮永さんと対戦するまではそんな気持ちにならなかった。

 

リトル時代の私は我が強く、自信過剰で誰にも負けないと信じていた。決め球のシンカーはだれにも打たれないと……そう思っていた。

 

(そう考えると今の私がいるのは宮永さんのお陰……って事になるのか。なんか複雑な気分……)

 

まぁ今の私は自分の意見を押し殺し過ぎって山崎さんや武田さんや二宮に言われているけど……。

 

『ストライク!』

 

ツーナッシング。宮永さんを追い込んだ。

 

(宮永さん追い込むだけなら私でも出来る……。問題はここからだ)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

3球目に投げた強ストレートを宮永さんはカット。まだ武田さんも負けていない。

 

(次はこれだよ。ヨミちゃん)

 

(うん……!)

 

4球目は偽ストレート。強ストレートと緩急を付けて、尚且つ見極めなければ捉えるのは難しい球なんだけど……。

 

 

カキーン!

 

 

『ファール!』

 

息吹さんの時もギリギリまで見極めて打たれた。やはり偽ストレートなんて子供騙しは宮永さんには通用しない……か。

 

(……ヨミちゃん)

 

(大丈夫だよ。タマちゃん)

 

武田さんの方は宮永さんに追い詰められているこの状況でも楽しそうにしている。これは県大会を通して……いや、新越谷で初めて試合をした時からそうだった。

 

武田さん曰く中学の時はあの魔球を捕ってくれる人がいなくて、当時の部員達も内心目当ての入部で本気で野球をやっている人はいない。温度差を感じて野球が楽しくなくなっていた……との事だ。

 

その人達の気持ちが全くわからない……という事はないけど、それと野球をするというのはまた別の話だ。

 

(そういえば雷轟と武田さんは同じ中学なんだっけ?本人達は会った事すらないみたいだけど)

 

もしも雷轟が経験の為に武田さんと同じ野球部に入っていたらどうなっていただろうか?雷轟の存在に武田さんが救われていたのか、はたまた雷轟も野球が楽しくなくなっていたのか……。考えるだけでぞっとするな……。

 

5球目。武田さんは……。

 

(遅い……ストレート?)

 

いや、違う。これは……!

 

 

カンッ!

 

 

宮永さんはボールを捉え、その打球は……。

 

『アウト!』

 

センターライナー。もしもこれが普通のストレートだったらホームランを打たれていた可能性がある。

 

武田さんが投げたのはチェンジUP。最後に見たのは2回戦の時だけど、それよりも精度を上げて実戦でも通用するレベルまでになっていた。

 

何にせよこれでスリーアウト。あとは私達が打てれば良いんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷はまた投手を代えてきたな。3番手は武田か……」

 

「最後に投げたチェンジUPは前に映像で見た時よりも精度が上がっていましたね」

 

「ヨミもかなり強くなったのを感じるねー。また新越谷と戦ってみたくなっちゃったよ☆」

 

「それは私達も同じだよ……!」

 

「是非ともリベンジマッチで勝ちたいところだね~」

 

「我々3年生はもう戦う事がないと思うと少し寂しい気分にもなるな……」

 

「仕方ないさ。高校生は3年間……。運動部は夏が終われば引退というルールがあるんだからな」

 

「『ルールを守って楽しく野球!』だね!」

 

「それ、何か違わないか……?」

 

「…………」

 

(……急に宮永プロが静かになりましたね。実妹である宮永咲さんが打ち取られたのに対して何か思うところがあるんでしょうか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ともあれ5回表も無失点で済んだ。あとは私達が刀条さんのクセ球を上手く打つだけなんだけど……。

 

『アウト!』

 

先頭の川崎さんが打ち取られる。清澄の守備も雷轟みたいに隙があると良いなぁ……。

 

「くそ……!」

 

「これまで刀条さんが投げた球はシュート、カットボール、カーブ、シンカーの4種類……。狙い球を絞るにしても微妙な緩急と常に7、8割のピッチングで打ち辛いものがあるね……」

 

芳乃さんの言う通りクセ球を上手く捉える方法は何かないものか……。

 

『7番 セカンド 藤田さん』

 

とりあえずこの回は代打攻勢を仕掛けてみるか……!

 

「大村さん、次の息吹さんの代打に回すから、準備してて」

 

「は、はい!」

 

大村さんはガチガチに緊張していた。まぁ今は結構大事な場面だし、今投げてるのはかつて大村さんと剣道で対面した刀条さんだからね……。

 

 

カンッ!

 

 

『アウト!』

 

藤田さんの当たりは悪くなかったけど、これもサードの鏑木さんによって阻まれた。あの人守備範囲が広過ぎでしょ……。

 

『新越谷高校、選手の交代をお知らせします。川口息吹さんに代わりまして、ピンチヒッター大村さん』

 

(遂にこの決勝戦で出陣。しかも投げているのは……!)

 

「…………」

 

(昨年の剣道の全中の決勝戦で戦った刀条さん……!)

 

大村さんと刀条さん……。この2人の戦いも清澄戦において見所の1つだね。




遥「剣道部出身の白菊ちゃんと刀条さんが野球の舞台で再会!」

朱里「2人には私達の知らない並々ならぬ因縁があるんだろうね」

遥「これは目が離せないね!」

朱里「そうだね。大村さんには刀条さんに対する突破口を開いてほしいところだ」


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全国大会決勝戦!新越谷高校VS清澄高校⑨

(刀条さん……!)

 

(大村さん……。まさか貴女と野球で勝負する事になるとは思いませんでした)

 

大村さんが打席に入るなり、刀条さんと大村さんが視線を交わす。今の2人は野球をしているのにも関わらず、剣道で言うところの蹲踞をしているようにも見える。

 

(大村さんとこうして野球勝負をする事になるのは予想外でしたが、全中で貴女に負けた借り……ここで返させてもらいます!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「は、速い!」

 

「今までの刀条さんの球速とは違うわね……」

 

これが刀条さんのピッチングスタイルで言うところの要所で出す全力投球だろうか?

 

「…………!」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目のストレートを大村さんはカットしてファール。これでツーナッシングだ。

 

(さて……。時間は全て使った。ここから刀条さんの球を打てるかどうかは大村さん次第だよ)

 

(ツーストライクまで使いきりました……。遥さんと朱里さんが仰っていた一球入魂……次の1球に私の全てを刀条さんにぶつけます!)

 

以前大村さんが私にバッティングについて教えてほしいって言ってたのをふと思い出した。

 

 

「朱里さん!」

 

「どうしたの大村さん?」

 

「私にバッティングを教えてください!」

 

素振りをしていたら突然大村さんにバッティングを教えてほしいと言われた。

 

「私は別に良いけど……。大村さんのバッティングスタイルなら、雷轟に教えてもらった方が良いんじゃないの?」

 

「遥さんにも教えてもらっています。ですが違う視点から見えるものがあるのではないかと思い……」

 

「私に声を掛けた……と」

 

「はい」

 

まぁ私と雷轟じゃバッティングスタイルは真逆だもんね。パワーヒッターとアベレージヒッターではやり方が全然違う。

 

「……実は遥さんが一球入魂を心掛けると気持ちが入ってくると仰っていました。私にはその意味が掴めず……」

 

「一球入魂か……」

 

雷轟もまだまだ素人なのに、言う事だけは一人前なんだから……。

 

「まぁそこまで難しい事じゃないよ。自分が打つべき球に力と気持ちを注いでバットを振り抜いたら良い。大切なのは信じる事」

 

「信じる事……ですか?」

 

「自分の力を信じて初めて一球入魂の土台に立てる……って私は思うよ」

 

あくまでも私の意見。これとても大事。

 

「……ありがとうございます。あとは自分で何とかしてみせます!」

 

「私が力になれたのならなによりだよ」

 

大村さんも一皮剥けたなぁ……。

 

「これで遥さんに借りた漫画を参考にして……!」

 

……なんか不安になってきた。

 

 

……雷轟から借りた漫画とやらが少し気になるけど、大村さんは打つ時にはちゃんと打っている。影森戦がその内の1つだね。

 

「…………!」

 

「…………!」

 

「白菊ちゃんも刀条さんも凄い集中力……!」

 

これは雷轟と大豪月さんが2度に渡って勝負した時に発生した沈黙と互いから伝わってくる集中力。これが何を表すのかと言うと……。

 

「次の1球で……勝負が決まる!」

 

いち早く反応したのは雷轟だ。同じような経験を2度もしていればすぐにわかるか……。

 

(この1球に……!)

 

(次に刀条さんが投げてくる1球に……!)

 

((全力を注ぐ!!))

 

刀条さんが投げた3球目。球種はストレートだろうか?これまでの刀条さんが投げた球の中で1番速い球だ。

 

(私は大村さんに全力をぶつけた……。あとは前に飛ばされるか、空振りするか……。何れにせよ悔いのない1球です)

 

(凄い球です……。同じ時期に野球を始めた者同士、実力に差が出てしまっているのがこの1球で痛感しました……。ですが私だって負けません。チームの皆の為に、このストレートを打たせて頂きます!!)

 

大村さんがスイング始動。タイミングは完璧だ。

 

(空蟬!!)

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「大きいぞ!!」

 

打球はセンターへグングンと伸びていき、そのままスタンドへと入っていった。

 

『ほ、ホームランです!代打攻勢が上手くはまりました!大村選手の同点ホームラン!!』

 

『ホームランを打った大村選手はもちろんですが、最後のストレートを投げた刀条選手も良い守備ピッチングでした』

 

(昨年の全中と合わせてこれで2敗目ですか……。この次に相見えるのは野球か、剣道か……。次にぶつかる時は負けませんよ)

 

(刀条さん……。最高の1球でした。私が打てたのはマグレでしょうが、遥さんと朱里さんの一球入魂を意識したお陰です!)

 

ベンチに戻ってきた大村さんは影森戦の時と同じように皆から手荒い祝福を受けていた。

 

「痛っ!誰か本気で叩いてます!」

 

もしかして中村さん?そんなシーンまで再現しなくても……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何て言うか剣道部出身同士とは思えない対決だったね」

 

「刀条さんも投手として中々のレベルまで成長しています。流石、天王寺さんが育てた選手の1人ですね」

 

「その球を打った大村も打者として大きく成長しているな。データを見る限りだと雷轟と同じく守備方面に課題あり……と言ったところだが」

 

「大村は我が洛山に相応しい選手になりそうだな!」

 

「いや、大村さんは新越谷の選手だから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5回裏は大村さんが取ってくれた1点で終わった。なんとか同点に出来て良かったよ……。

 

(あと2回……。宮永さんに打席が回ってくるのは延長戦にならない限りはあと1度回ってくるかどうか……)

 

間違いなくここが踏ん張り所。勝つのは私達新越谷であってほしい……!




遥「白菊ちゃんのホームランで同点になったよ!」

朱里「しかし後続は続かず……。まだ刀条さんを攻略しきった訳でもなさそうだね」

遥「互いに譲らずの攻防……どっちがそれを制するのか!?」

朱里「次回はまたまた投手交代」

遥「新越谷4番手にして最後の投手……。その名も早川朱里!」

朱里「恥ずかしいから、その持ち上げ方止めて」


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全国大会決勝戦!新越谷高校VS清澄高校⑩

☆9の評価をくださったソルディアさん、ありがとうございます!


6回は武田さんも刀条さんもランナーを許しつつも無得点で終わらせる。武田さんに至っては満塁のピンチに陥っていたのに、それを凌ぐという……。宮永さんを抑えた後でこれとは武田さんのムラが凄い。

 

そして7回表。

 

「頑張ってね朱里ちゃん!」

 

「まぁ私なりに精一杯頑張るよ」

 

投手は武田さんから私に代わる。万が一に備えて武田さんは交代させずに、大村さんと交代。いや、大村さんはそれで良いの?交代するなら今日ずっと歩かされている雷轟で良かったんじゃないの?

 

「朱里さん!ファイトです!!」

 

当の大村さんは私にエールを送る。まぁ本人がそれで良いなら、私は何も言わないけどさ……。

 

ちなみに守備位置は武田さんがサード、藤原先輩がライトに入っている。

 

『新越谷はまたも投手交代。背番号18番の早川選手です』

 

『早川選手は昨年のシニア大会で全国優勝を果たした川越シニアのエース投手ですね』

 

『そんな選手がレギュラーをもらっていないみたいですが……』

 

『高校レベルともなると男女問わずにハイレベルですからね。全国優勝したチームのエースだったとしても中学と高校はまた別……という事でしょう』

 

なんか観客席が騒然としてるな……。 その理由が私達の試合を観に来ている二宮達と一緒にいる宮永プロのせいだと思いたい。私自身注目されるのは余り好きじゃないし。まぁそれはさておき……。

 

(この回は1番から。宮永さんに打順回ってくるな……)

 

『1番 センター 片岡さん』

 

今の私が清澄の人達に通用するのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出ましたよ!朱里せんぱいです!!」

 

「な、何もないところから一眼レフが出て来ただと……!」

 

「はづきちゃん、相変わらず朱里ちゃんの事が好きだね……」

 

「何を当たり前の事を言ってるんですか!私にとって朱里せんぱいは……!」

 

「始まった……」

 

「こうなると長くなるので、はづきさんの戯れ言は聞き流して良いですよ」

 

「元チームメイトに対して随分冷たいな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

な、なんか寒気が……。今夏だよね?

 

(出来れば宮永さんの前にランナーは溜めたくない……。全力で投げる!)

 

ストレートが得意な片岡さんに私の全力ストレートを投げ込む。

 

『ストライク!』

 

(な、なんだこのストレートは!?速さはないが、勢いを感じたじぇ……!)

 

どんどん投げていこう。きっちりと抑えて、裏の攻撃に備えたいしね。

 

『ストライク!』

 

(私がストレートに2球連続で手が出ないだと……!?天王寺から話を聞いていたけど、まさかここまでだとは思わなかったじょ……)

 

2球続けて全力ストレートを投げたので、今度は全力ストレートと相性の良い……。

 

(な、変化しだしたじぇ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

よし、まずは1人。このまま3人で抑えるつもりでやってやる!

 

(朱里が最後に投げたのはSFFか……。ストレートと遜色ない速度で大きく変化する……。更に朱里はフォークも投げられるから、その2種を混ぜるだけでうちの打線は止まったも同然だな)

 

『2番 セカンド 花田さん』

 

(2番の花田さんの成績を見る限り粘りに特化している打者だ。それでも打たせない!)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(こりゃ並の打者じゃ朱里は止まらないな……。まぁこういう相手は咲に任せた方が良いだろう)

 

『3番 キャッチャー 宮永さん』

 

(さて、ここが正念場だね……!)

 

リトル時代のお返しをしたい……けど、今は何よりも新越谷の勝利の為に宮永さんを抑えたい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついにきましたね。この試合の最大の見所が……」

 

「朱里ちゃんと宮永咲さんの対決……だね」

 

「リトル時代の朱里が完敗したのがあの宮永咲という打者か……」

 

「朱里なら勝てる……って言いたいけど、宮永咲さんは打つ時は急だから、いつだって不安なんだよね……」

 

「そういえばいずみちゃんは宮永咲さんのいる清澄と戦ったんだよね?」

 

「……あんまりその事は思い出したくないかな~。先輩の決め球が容赦なく打たれたから」

 

「早川にとってここが正念場だろう。宮永咲相手に抑えるか、打たれるか……」

 

「さっきの大村ちゃんと刀条ちゃんの勝負よりも緊張しますね~」

 

「むしろ元剣道部の2人の対決であれ程の緊張感が生まれるのが可笑しいと思うな……」

 

(咲……!)

 

(宮永プロが急に食い入るように試合を観始めましたね。妹が当事者とは言えプロが注目する程の対決……。はづきさんではありませんが、何か記録に残した方が良さそうですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!』

 

(あっさりと追い込んだけど、宮永さん相手だとそんな気が全くしない……。本当に私が抑えられるのかな?)

 

時間が経つ度に不安が募る。不安が募れば打たれそうなコースしか見えない……。どうやってこの人に勝てば良いんだ!?

 

(ツーナッシングで追い込んでいる筈なのに、私達が有利って感じがしない……。朱里ちゃんはリトル時代にこんなプレッシャーと戦っていたんだ……!)

 

マスク越しに見える山崎さんの表情からも私と同じ不安の色が顔に出ている。

 

この沈黙に耐えられずタイムを掛けた。

 

「朱里ちゃん、大丈夫……?」

 

「はぁ……。正直ヤバいね。打たれるビジョンしか見えない」

 

「朱里ちゃんが弱気って言うのも珍しいね」

 

山崎さんと武田さんには慰めてもらっているけど、緊張が少し和らいだだけで、宮永さんとの1打席勝負に勝てるのかと言われればまた別の話だ。

 

「……ドンと打たせよう!」

 

「ヨミちゃん?」

 

「迷った時は思いっ切り投げよう!いつも練習で朱里ちゃんが投げてる自信に満ち溢れたボールを投げるんだよ!」

 

自信に満ち溢れたって……。私そんな球を投げてた?

 

「……そうだね。打たれたら、こっちがまた打ち返せば良いんだよ。だから全力で立ち向かおう!」

 

山崎さんまで武田さんの空気に当てられた……。なんだか悩んでいる私が馬鹿みたいだ。

 

「……ありがとう2人共。私の持てる全てを宮永さんにぶつける事にするよ」

 

「うん!」

 

「私達が絶対に守り抜くから!」

 

(この2人は本当に頼りになるね……)

 

タイムを終えて、宮永さんに投げる3球目。それは……!

 

(私の、私達新越谷の想いが詰まったストレートだ!)

 

腕を思い切り振り、自己最速であろうストレートを宮永さんに投げる。

 

(届け……!)

 

(ミットに届け……!)

 

お願い……!アウトであってほしい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

現実は非常だった。

 

私の渾身のストレートは宮永さんに弾き返され、その打球はスタンドへと吸い込まれていった……。




遥「朱里ちゃんがホームランを打たれちゃった!?」

朱里「投げたのは私の中でも最高のストレートだったんだけどね……」

遥「朱里ちゃん……」

朱里「……まぁ打たれたのなら仕方ない。切り替えてプレーすれば良いよ」

遥「うん……」

朱里「全国大会決勝戦は次回で決着だよ」


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全国大会決勝戦!新越谷高校VS清澄高校⑪

宮永さんにホームランを打たれたものの、4番の鏑木さんを三振に抑えてスリーアウト。7回表が終了して、あとは7回裏。私達は追い込まれているのだ。

 

「ふぅ……」

 

(結局宮永さんには1度も勝つ事が出来なかったか……。私が成長している分も宮永さんも成長している……って事だね)

 

宮永さんはプロになるのだろうか?いや、その前に宮永さんが高校にいる内にリベンジを果たしたいところだ。

 

(朱里ちゃん……)

 

なんか皆の視線を感じる……。やはり私が踏ん張り切れなかったから、怒っているのだろうか?実は私負け投手になるの初めてなんだよね……。

 

「朱里ちゃん!」

 

「ら、雷轟……?」

 

「ナイスピッチだよ!」

 

「いや、私は打たれたんだよ……?」

 

「確かに宮永さんには打たれちゃったけど、その時の朱里ちゃんが投げた球からは魂を感じたよ!」

 

何それ?レフトからでもそういうの伝わるの?

 

「遥ちゃんの言う通りだよ。それに朱里ちゃんは頑張り過ぎ」

 

「が、頑張り過ぎ……?」

 

芳乃さんは頑張り過ぎって言ってるけど、私なんてまだまだ精進しないといけないのに……。

 

「確かに……。私達は朱里に頼り過ぎたのかもな。キャプテンとしても情けないよ。今までの試合で朱里に助けられたし。お疲れ様」

 

「そうね……。むしろ私達が先輩としてこれから朱里ちゃんを支えたいかないとね。もちろん他の皆もね」

 

主将も藤原先輩もこんな私を慰めてくれる。正直申し訳ない気持ちでいっぱいです……。

 

「ありがとうございます……。それと私が打たれたせいで試合に負けそうになって申し訳ありませんでした」

 

私は頭を下げる。渾身のストレートを打たれたし、宮永さんは本来歩かせるべきだった。

 

「……朱里ちゃんだけのせいじゃないよ。失点はチームの責任だからね」

 

「芳乃さん……」

 

「芳乃ちゃんの言う通り。朱里ちゃんのお陰で私達はここまで来れたって思っとーよ」

 

「中村さん……」

 

「朱里にはバッティングについてアドバイスをもらったし、自分のバッティングの見直しも出来たわ」

 

「私もな。左打ちの練習に付き合ってくれて助かったぜ!」

 

「藤田さん、川崎さん……」

 

「私も一球入魂を教えてもらいました!」

 

「ミーティングでも朱里の意見はとても参考になるしな」

 

「大村さん、主将……」

 

「私達は朱里ちゃんに新しい球種を教えてもらったわ」

 

「朱里の決め球だったシンカー、良い感じで曲がるようになったわよ」

 

「藤原先輩、息吹さん……」

 

やっぱり新越谷の人達は優しい人しかいないね。

 

「朱里ちゃんは新越谷の影のエースだよ。梁幽館戦で私がピンチだった時に火消しをしてくれた事……今でも感謝してるよ!」

 

「朱里ちゃんが投げる球は安心感があるから、ミットにボールが収まった時にいつも心強いって思うよ。今回は宮永さんに打たれちゃったけど、朱里ちゃんなら次は負けないよ。きっと」

 

「武田さん、山崎さん……」

 

本当に、私は良いチームメイトに出会えた。リトルシニアでも二宮、清本、金原、友沢、橘を始めとする他のチームメイトも素晴らしい人達だったけど……。

 

「私、朱里ちゃんに出会えて良かった。朱里ちゃんがいなかったら野球出来なかったもん……。朱里ちゃんがいたから野球がこんなに楽しいんだってわかったよ!」

 

「雷轟……」

 

シニアで活躍してから数々のスカウトがきていた。それを全て蹴って新越谷に入学したのはある人からの指令ではあるけど、そのお陰で最高のチームメイトと出会えた。

 

(過去に不祥事こそあったけど、今の新越谷は最高のチームだ。あの子もこの試合を観ていたら……そんな新越谷に力を貸して欲しい)

 

「ありがとう……」

 

私がそう呟くと皆は嬉しそうに(特に雷轟、武田さん、山崎さん、芳乃さん)その言葉を受け止めた。

 

「……さて!1点負けている最終回。正直刀条さんのクセ球はまだ攻略には程遠い。作戦と呼べるものはないけど、最後まで諦めずに、狙い球を絞ってバットを振っていこう!」

 

『おおっ!!』

 

この回は1番から。点を取るチャンスはまだまだ全然ある。

 

『1番 ファースト 中村さん』

 

(刀条さんは球種こそ多いけど、どれも決め球と呼ぶにはレベルが足りない。強いて言うなら大村さんに投げたストレートくらいか……)

 

 

カンッ!

 

 

中村さんは初球打ち。打球は一二間を破るヒットとなった。

 

(ここにきて楓が捕まり始めた……。本来野手の楓にここまで投げさせるのはやり過ぎたかも知れないけど、新越谷はまだ楓のクセ球は攻略出来ていない。大村のホームランが出た時は焦ったけど……)

 

(今の打球がサードに飛んでいたら確実にアウトだった……。サード方面に気を付けて打てばそこまで清澄の守備は堅くない筈)

 

『2番 キャッチャー 山崎さん』

 

ここで不味いのはゲッツーを取る事。1点ビハインドの最終回だけど、安定行動を……。

 

 

コンッ。

 

 

一塁線にバント。大切なのは確実にスコアリングポジションにランナーを進める事だ。

 

『アウト!』

 

これでワンアウト二塁。

 

『3番 センター 岡田さん』

 

「まずは同点です!」

 

「いけーっ!打点マニア!!」

 

それ久々に聞いた。そのお株は雷轟や藤原先輩の方が相応しいと思うし、今の主将はどちらかと言うと安打マニアじゃないだろうか?

 

 

カンッ!

 

 

主将の打った打球は鋭いショートゴロ。守備位置からも三塁がアウトになる事はなさそうだ。

 

(まだだ……。絶対に繋ぐ!)

 

主将が決死のヘッドスライディングを見せる。その結果は……。

 

『セーフ!』

 

「やった!」

 

「これでワンアウト一塁・三塁!」

 

チャンスではあるけど、下手を打てばゲームセットになりうるピンチでもある。

 

『4番 レフト 雷轟さん』

 

(ここで雷轟か……。恐らく歩かされるだろうから、実質ワンアウト満塁で藤原先輩に回る)

 

向こうの守備力を考えてもこの試合は藤原先輩に託されたようなものだ。そう思った時……。

 

『ストライク!』

 

は……?

 

(えっ?勝負するの?てっきり歩かされると思っていたけど……)

 

私だけじゃなく、新越谷の皆も、特に雷轟が今のストライクに驚いていた。

 

(本来なら雷轟遥もこの次の藤原も私の見立てだと勝負を避けるべき2人だ。でもそうすると押し出しで同点になってしまう……。それ故にさっき岡田を打ち取れなかったのが痛い)

 

(天王寺さん曰くもしもその2人と勝負せざるをえなくて、どちらかと勝負をするとしたら、経験値の少ない雷轟遥だ……と言っていた。それなら私は天王寺さんを信じるまでです)

 

(勝負……してくれるんだ。この試合、どこか私は諦めていた。私じゃ決勝戦では力になれないんだって……。ホームランを打てない私に価値なんてない……。そう思ってた。今日もトンネルしちゃったし)

 

『ストライク!』

 

(でも違った。新越谷の皆はそれを気にしなくても良いと言ってくれた。朱里ちゃんは歩かされた時に備えてのチャンスの広げ方を教えてもらった……。私は新越谷に必要とされてるって嬉しくなったんだ)

 

雷轟が追い込まれた……。でも本人からはそのような表情を一切感じず、凄い集中力が解き放たれる。

 

(そんな新越谷の為に、中学のあの頃から色々してくれた朱里ちゃんの為に……)

 

3球目に刀条さんが投げたのは大村さんに投げたストレート……いや、もしかしたらそれ以上かも知れない。勝負所の全力投球だ。

 

(絶対に……打つ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

(打たれましたか……)

 

(私の判断が甘かったのだろう。やはり雷轟遥は歩かせるべきだった。雷轟、藤原と連続で歩かせて押し出しにするのが1番正しい判断だったのかも知れない……。まぁ後悔はないけどな)

 

雷轟の打った打球はグングンと伸びていき、球場の遥か彼方上空へと飛ぶ文句なしの場外ホームランだ。

 

『ゲームセット!』

 

最終スコア……2対4で私達新越谷高校の全国優勝が決まった。




遥「…………」

朱里「…………」

遥「……やったね」

朱里「……そうだね」

遥「なんか不思議な気持ちだよ」

朱里「私もだよ」


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全国優勝!

この小説初の番外編も同時投稿しました。興味がある方々は是非見ていってください!


『試合終了!2対4で新越谷高校の勝利です!全国大会を制したのは埼玉県代表の新越谷高校となりました!!』

 

『新越谷も清澄もお互いに取った点が大きく、重いもの……。それ故に手に汗握る良い試合でした』

 

実況と解説の言葉で私は改めて新越谷が全国優勝を果たした事を実感した。

 

「朱里ちゃん……」

 

「朱里ちゃん……」

 

「朱里ちゃん……」

 

「な、何かな……?」

 

なんか雷轟と武田さんと芳乃さんがジリジリと迫ってくるんだけど?怖いんですけど!?

 

『確保ーっ!!』

 

「なんで!?」

 

私は必死に逃げるけど、今の3人は三森3姉妹もビックリな速度で私を追いかけてくる。つまり……。

 

「皆!朱里ちゃんを捕まえたよ!!」

 

3人に捕まりました……。私今から何をさせられるの?

 

「よし、皆で朱里を胴上げだ!」

 

「ど、胴上げ……?」

 

いやなんで私?そういうのって監督である藤井先生か主将の役目でしょ?なんで私が……?

 

「諦めろ朱里。これは試合前から決まっていた事だ」

 

「し、試合前から……?」

 

試合前からそんな事を思ってたの?だから皆試合前に何かヒソヒソと内緒話してたの?

 

「そういう事だから、上げられなさい」

 

「そうそう。観念しろよな!」

 

「私も諸手を挙げて大賛成です!」

 

「私達全員がここまで来れたのは朱里ちゃんのお陰だと思っているのよ」

 

藤田さん、川崎さん、大村さん、藤原先輩が私の右を囲む。いやいや藤原先輩、ここまで来れたのは皆の実力ですって!

 

「朱里を胴上げする事にキャプテンの私も賛成したし、皆もそれは同じだ」

 

「私、朱里ちゃんと野球出来て良かったって思っとーよ!」

 

「私も、朱里がいなかったら投手として全国の舞台で投げられるなんてきっとなかったわ」

 

「さぁ早川さん、諦めて胴上げされてください」

 

更に主将、中村さん、息吹さん、藤井先生が私の左を囲む。藤井先生?出来れば皆を止めてほしかったです……。

 

「朱里ちゃん!」

 

「朱里ちゃん!」

 

「朱里ちゃん!」

 

「朱里ちゃん!」

 

武田さんと山崎さんが私の後ろを、芳乃さんと雷轟が私の前を挟む。やっぱり私が胴上げされないといけない感じ?胴上げって滅茶苦茶危険なんだよ?況してや私達13人しかいないんだよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……良い試合だったな」

 

「ウム、まさに決勝戦に相応しい試合だったぞ!」

 

「ですね~」

 

「1つ何かが違ったら埼玉県代表は私達咲桜だったかも知れないだけに羨ましく、眩しい光景だよ」

 

「新越谷と当たらなければもしかしたら我々梁幽館も……とつい思ってしまうな」

 

「来年は後輩達がきっと仇を取ってくれる」

 

「この一眼レフであの胴上げのシーンを押さえましょう!」

 

「これは私達も負けてられないな」

 

「だねー。あっ、その写真後でアタシに頂戴はづき」

 

「帰ったら早速練習……だね。私も雷轟さんには負けてられないよ。はづきちゃん、私もその写真ほしいな」

 

「学ぶ事が多い試合でした。これ等を活かして更に精進するまでです。はづきさん、私にもその写真をください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コワイ。ドウアゲコワイ……。

 

「朱里ちゃん大丈夫?」

 

心配するのが遅いよ!私滅茶苦茶怖かったんだからね!?まぁ悪い気はしなかったけどさ……。

 

「朱里!」

 

「天王寺さん……」

 

「優勝おめでとう。良い試合を出来た事を光栄に思う」

 

「そうですね。私達もそう思います」

 

天王寺さんと握手を交わした。

 

「これからも頑張れよ!」

 

「お互いに……ですよ」

 

試合こそは勝ったものの、私は宮永さんには結局勝てていない。今後の課題はいっぱいあるね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い……。本当に新越谷が全国優勝した……」

 

(こんな私だけど、仲間に入れてもらおうかな?朱里ちゃんはいつでも待ってるって言ってたし、大丈夫だよね……?)

 

「待っててね。朱里ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷優勝……。雷轟遥に早川朱里……か」

 

(よもやこの2人が一緒に野球をやっているとはね。少し複雑な気分だよ)

 

「私も向き合わなくてはいけないな」



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1年目 うん、ボク、がんばるぞい★
その後


全国大会が終了し、それぞれがそれぞれの目標を掲げた。

 

金原は次こそは先輩達の期待に応えると意気込んで猛練習している。無理をしてないと良いけど……。そもそも藤和って1回戦で落ちるようなチームじゃないからね。完全に当たりに恵まれてなかったとしか言いようがない。

 

友沢は投手として咲桜のエースを目指すように言われたらしい。もちろんショートの練習も欠かしていない。県大会準決勝で見せたあのカーブやスクリューの対策が必要かも知れない……。

 

橘は3年生が引退した事によって2番手投手として抜擢された。梁幽館のエースが吉川さんになるから、スタミナもあり、実績を残していた事から引退した3年生達が推薦したそうだ。こちらも大躍進だね。

 

清本は3年生が引退した時の引き継ぎで大豪月さんと非道さんの指名によって副キャプテンに任命されたそうだ。洛山高校の部員って全員が清本よりも30センチは大きいから、ちゃんとまとめられるか心配でもある。本人は気弱だし……。

 

二宮はそこまで変わらず、裏のキャプテンとしてチームを影から支えている。主に投手陣の育成に力を入れているみたい。白糸台の投手陣を私は二宮軍団と心の中で呼んでいる。その内投手陣だけでは物足りないとか言って野手も二宮によって成長してそう……。そうなると二宮が第二の天王寺さんになっちゃうじゃん。

 

天王寺さんは清澄を辞めて他所の学校に転校する事になった。元々清澄に来たのも野球の楽しさを広める為だったらしいし、去年も別の学校で全国ベスト8まで上り詰めたらしい。次はどんなチームが出来上がるのだろうか?私も少し楽しみにしている。ちなみに清澄は片岡さんがキャプテンになったらしい。

 

それぞれが次の大会こそ全国優勝だと意気込み、私達新越谷は連覇を目指すべく毎日練習に励んでいる。

 

そして私達新越谷は……。

 

「ヨミ!打ってみて!」

 

「よっしゃ!」

 

「ヨミちゃんいけるよ!」

 

「うん!ほほーっ!はいっ!!」

 

 

ズバンッ!

 

 

(た、高いし、重い!)

 

「やった!」

 

バレーボールをしています。あれ?どうしてこうなった?

 

西宮から帰って来た2日後、この日は応援に来てくれたバレー部の人達が1年生だけで紅白戦をするので、助っ人として武田さんが私、雷轟、息吹さんを連れて参加している。ちなみに野球部は休みである。

 

「ヨミ!ブロック!」

 

「了解!」

 

バレー部は武田さんのスマッシュにも上手く対応して反撃。対象は雷轟の右側。武田さんのブロックを越えてそこに飛んでくる。

 

「ふんぬっ!」

 

雷轟が負けじとボールに飛び込みボールを拾う。あの積極守備は清澄の鏑木さんの動きを見習っているのだろうか?

 

「あとお願い!」

 

雷轟の掛け声でバレー部の人がスマッシュを決める。対象は息吹さんの前。

 

「息吹さん!」

 

「くっ……!」

 

息吹さんがなんとか対応するも、場外まで飛んで相手側の得点に。

 

 

ピピーッ!

 

 

試合終了の笛が鳴る。勝ったのは雷轟と武田さんが助っ人として入ったチーム。僅差だっただけに悔しい……。

 

「疲れた……」

 

「でも楽しかったね!」

 

「まさか私達がバレーをする事になるとは……」

 

「まぁ何事も経験だね」

 

実際バレーの動きから学べる事もあった。特に武田さん以外は外野を守る事があるから、落下地点の予測がしやすくなる。

 

(そういえば清澄にもバレー部の人がいたね。全国大会の決勝戦には出てなかったけど、これまでの試合でもある程度の結果は出していた……。本当にバレーボールを活かして野球をやってるんだなぁ……)

 

「お疲れ~」

 

「今日はありがとね」

 

バレー部の人達がお礼を言いに来てくれた。律儀な……。

 

「こちらこそ。めっちゃ楽しかった!」

 

「私も!熱くなれたよ!!」

 

確かに雷轟と武田さんは滅茶苦茶楽しそうだったな……。

 

「4人共筋が良いんじゃない?バレーもやりなよ」

 

「いや、私達の本職は野球だから……」

 

「まぁそうだよね。でもまたお願いね」

 

「野球の応援もお願いします」

 

ちゃっかり野球部の応援も忘れない。商魂があるよ武田さん……。

 

「はぁ……。結局最後まで取れなかったわ」

 

「でも後半の息吹ちゃん、頑張ってたよ!」

 

「ワンプレー毎に相手の仕草とかで守備位置を確認する……。柳大川越がやっていた守備シフトがそれに近いね」

 

「……?」

 

武田さんが何の事かわからず首を傾げている。雷轟も同じような表情をして首を傾げさせていた。あれ?もしかして伝わらなかった?

 

「……ねぇちょっと!!」

 

私達に声を掛けてきたのはバレー部の部員。様子からして上級生かな?

 

「なんでしょうか?」

 

「私達、バレーボールの2年生なんだけどさ……」

 

「今日はどうも」

 

雰囲気からして何を言いたいのか大体わかる。

 

「……1年生には関係ないかもだけど、特に2、3年生はまだ野球部を良く思ってない人もそれなりにいるんだよね」

 

「そうですか……」

 

野球部は全国優勝まで果たしたのに、上級生には印象が一向に回復しないな。教師陣は掌を返していたけど……。いや、それはそれでどうなんだ?

 

「だからもう今回限りで……」

 

「……わかりました。ですがそのようにいつまでも同じ印象を持ち続けていても何も良い事はありませんよ。確かに先代の人達が不祥事を起こしてしまった事実は消えません。ですが野球部も悪評に負けずに毎日頑張っています」

 

「…………」

 

「せめてその事だけは覚えていてください」

 

私はそれだけをバレー部の上級生に伝えた。不満そうではあるけど、なんとかわかってもらえたみたい。

 

「……私、去年の不祥事の事ってよく知らないんだよね」

 

「私も……」

 

「た、退学者はいなかったんだし、大した事はないんじゃない?多分……」

 

「そっか!なら良いか!」

 

「もっと重いものを想像してたけど、そうじゃなくて良かったよ!」

 

「か、軽いわね……」

 

まぁポジティブなのが雷轟と武田さんの良い事だと思う。

 

「皆いるかなー?ちょっと練習したいなー!」

 

「あっ、私も!!」

 

「2人共元気ね……」

 

「元気があるのは良い事だよ」

 

折角だし、私も少し部室を顔を出して行こうかな……っと?

 

(スマホから通知が。相手は……!)

 

そうか……。遂に決意してくれたんだ。

 

「……私ちょっと寄る所があるから、3人は先に行っててよ」

 

「了解~!」

 

さて……。会いに行きますかね。



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新たなスタート

章管理をしました。


私は自分のクラスの教室まで足を運んだ。

 

(長い間悩んでいたみたいだけど、決意してくれたなら良かったよ)

 

教室の扉を開けると、私を呼び出した子はちょこんと立っていた。

 

「わざわざ来てくれてありがとう朱里ちゃん」

 

「気にしなくても良いよ。そっちこそ私達の試合は練習試合も含めて毎回観に来てくれたみたいだしね」

 

彼女は渡辺星歌。シニアで知り合った子で、ポジションが投手である事からも私や二宮はそれなりに関わっていた。

 

「それで……野球部に入ってくれるって事で良いんだよね?」

 

「うん……。星歌も朱里ちゃん達の力になりたい!」

 

「まだまだうちは人数が少ないからね。大歓迎だよ」

 

「そ、そんなに少ないんだ……」

 

「去年の不祥事が尾を引いてるみたいだからね。川越シニアの10分の1もいないんじゃないかな」

 

まぁこれに関しては川越シニアが多過ぎるだけのような気もするけど。男女比も8:2で女子が少なかったし……。むしろその中で友沢や金原、天王寺さんのような女子がいる事に驚きだ。

 

「人数が少ないとは言ったけど、うちの投手陣は豊富だからね。ボサボサしてると置いていかれるかもよ?」

 

「そ、それは試合で見てたから大丈夫……だと思う。多分……」

 

な、なんか不安だな……。でも渡辺の実力なら本職の投手じゃない息吹さんや藤原先輩よりも投手としての実力は上だろう。タイプも違うしね。

 

(問題は二宮も手を焼いたという渡辺の我の強さと時々見せるサイン無視……。シニアでは二宮以外の捕手とも相性が悪かったし、そこだけが不安要素かな……?)

 

山崎さんなら渡辺の短所を克服させてくれるとは思うけど……。

 

(まぁなるようにしかならないか……)

 

「それじゃあ行こうか。部員の皆に紹介したいし」

 

「う、うん!」

 

ガチガチだな……。本当に大丈夫?

 

 

……で、部室前に着いたけど、肝心の渡辺は私の後ろでガチガチになっている。

 

「……いつまで緊張してるの?」

 

「だ、だっていざとなったら足がすくんで……」

 

この子こんなに緊張する子だったっけ?シニアでも投げる時は堂々としてたよ?マウンドでの我の強さはどこへ?

 

「……とりあえず入るよ。他の部員も全員集まっているみたいだし」

 

芳乃さんから通知が来ていて、今日は休みなのにも関わらず全員揃っているみたい。勤勉な事で……。渡辺は一旦部室前に待機させてもらって……っと。

 

「遅れました」

 

「あっ、朱里ちゃん!」

 

入るなり芳乃さんがぴこぴこしていた。原因は多分真ん中にいる人がだろう。もしかして新入部員?いや、でもこの人見た事があるんだよなぁ……。

 

「さて!全員が揃ったところで自己主張をお願いします!」

 

「は、はい……。川原光、2年生です。夏大会と全国大会凄かったです。私も一緒にやりたいなって」

 

思い出した。川原先輩はリトルの頃からよく応援に来てくれた人だ。今年の大会も梁幽館戦からずっと観に来てくれていたし。

 

「あの早川さんと一緒に野球が出来るなんて光栄に思っています。よろしくお願いします」

 

「「タメ口すみませんでした!」」

 

雷轟と武田さんが川原先輩に謝っていた。私がいない間に何があったんだ……?

 

「……って先輩は朱里ちゃんの事を知ってるんですか?」

 

あっ、今そこに辿り着くのね?

 

「……川原先輩は私がリトルの頃からよく試合を観に来てくれていたよ。こうして話すのは初めてだけど」

 

「握手お願いします」

 

なんか川原先輩に握手を求められた……。まぁ断る理由がないから良いけどさ。

 

「ところで本当に良いんですか?これならジョークですよ」

 

山崎さんが川原先輩に1枚の紙を見せた。えっと……?野球部の部屋。入室者は野球部員とみなします?

 

いつの間にこんな紙が部室にあったの……?

 

「もー、本気だよ!」

 

「来る者拒まず、去る者追い掛けます!」

 

どうやら芳乃さんは本気らしい。あと大村さん?去る者は追い掛けないであげてね?

 

「私達2年だけど、話した事ないわよね」

 

「何組?私達4組」

 

「6組。棟が違うし、会う事がないよね」

 

「人数少ないから大変だと思うけど、よろしく」

 

「うん」

 

川原先輩も野球部に馴染んでいる。これなら渡辺も大丈夫だよね……?

 

「芳乃さん、ちょっと良い?」

 

「どうしたの朱里ちゃん?」

 

「実は私も入部希望者を連れて来ているんだ」

 

「本当に!?」

 

うおっ!食い付き凄っ!!

 

「う、うん……。ちょっと待ってて」

 

私は一旦外に出て、部室前で縮こまっている渡辺を連れて来た。

 

「ほら自己紹介。勇気出すんでしょ?」

 

「う、うん……」

 

「本当に新入部員だ!」

 

「驚いたな。これも全国優勝効果か……?」

 

芳乃さんはぴこぴこしており、主将は追加の新入部員に驚いていた。

 

「い、1年生の渡辺星歌です。新越谷の皆さんの試合を観て勇気をもらいました!」

 

「渡辺の実力は保証するよ。私と同じシニア出身だからね」

 

「か、川越シニア出身!?」

 

「わっ!?」

 

芳乃さんが更にぴこぴこする。まぁ去年の全国優勝シニアだもんね。渡辺はユニフォームをもらっていないけど……。

 

「私投手ですので、援護よろしくお願いします!」

 

「はぁ……」

 

「う、うん……」

 

武田さんが投手アピールをしていた。川原先輩はともかく、渡辺は投手がメインなんだよなぁ……。あっ、便乗して息吹さんと藤原先輩も投手アピールしてる。私も投手なんだぜ!

 

「なぁ、投手といえば……」

 

「肝心のポジションは……?」

 

川崎さんと藤田さんが川原先輩と渡辺にポジションを聞いていた。

 

「えっと……。一応投手かな」

 

川原先輩も投手だったのか……。渡辺も入れたらこれで投手が6人。本当に投手陣が豪華になっていく……。

 

「せ、星歌も投手だよ……」

 

「嘘っ!一気にライバルが2人も出現!?」

 

そうなるね。渡辺も野球から離れていた割には毎日の基礎練習を欠かしていないから、私にとっても強力なライバルが出現した。




遥「今回から星歌ちゃんが本格的に本編に合流だよ!」

朱里「川原先輩と同じタイミングで加入っていうのも凄い偶然だよね」

遥「光先輩は原作だと新越谷が県大会の準々決勝で負けて、その後に加入する形になるんだよね?」

朱里「本来なら50話ちょっとで出番が来ていたって事か……。大幅に登場が遅れる事になるなんて当時は作者も予測してなかったみたいだし……」


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渡辺星歌と川原光

番外編も執筆しましたので、興味のある方は見ていってください。


渡辺と川原先輩のピッチングを見る為にグラウンドへ。まずは川原先輩から投げる事に。

 

(私と同じ左投げか……。これは私の成長のヒントに大きく近付くぞ)

 

是非とも参考にしなくては……!

 

 

ズバンッ!

 

 

(速いな……。それに今のは武田さんの強ストレートに似ているかも)

 

余り制球力がないけど、これくらいなら目立たないだろう。その辺りも今後の課題にすれば良いしね。

 

 

ズバンッ!

 

 

次はスライダー。左打者相手に上手くはまりそう。柳大川越の大野さんが似たような球を投げていたから、川原先輩との1打席勝負の時はそれを連想していけば打てるね。

 

 

ズバンッ!

 

 

チェンジUP。最初に投げたストレートと織り混ぜて打者を打ち取る……というのが川原先輩の基本戦術になりそうかな?

 

その後川原先輩が十数球投げて、次は渡辺の番。

 

「僭越ながら渡辺の球は私が受けるよ」

 

そう言って私は山崎さんからプロテクターとレガースをもらって装着。

 

(朱里ちゃんが星歌の球を捕ってくれるんだ……。なんだか嬉しいな)

 

(渡辺が何か嬉しそうな顔してるけど、私に出来るのは球を捕る事だけだからね?)

 

「朱里ちゃんって捕手の練習もしてたの?」

 

「本人は球を捕る為にブルペン捕手に名乗り出た事があってね。それで私が基本的なキャッチングを教えたんだ」

 

「朱里ちゃんってば今じゃ私のあの球も捕球しちゃうからね~」

 

最低限の事は一応山崎さんに教わった……。私が捕球に名乗り出たのは山崎さんに外から渡辺の球を見てほしかったから。

 

とりあえず渡辺にはカーブ、スライダー、高速シンカー、遅いシンカー、そして渡辺の決め球の順番で投げさせる事に。渡辺本人にもそのようにサインを出す。

 

「いつでも良いよ」

 

私が合図すると渡辺は投球体勢に入った。

 

「あっ、アンダースローだ!」

 

「影森の中山さんとも少し違うわね……」

 

そりゃアンダースローにも種類がありますから。

 

渡辺が最初に投げたのはカーブ。かなりのキレだ。

 

「カーブだね」

 

「綺麗な曲がり方してる」

 

スライダー。川原先輩程の威力はないけど、見せ球としては充分なレベルだ。

 

「このスライダーも光先輩の後に投げさせたら打者を翻弄させられるかも知れないね」

 

芳乃さんからも好評価だ。かつての仲間が褒められるっていうのは私としても嬉しい。

 

「次、シンカー1いきます!」

 

「1……?」

 

次に投げたのはシンカー。1というのは渡辺が投げるシンカーには2種類あるからだ。

 

「シンカーも結構速いな」

 

「同系の変化球なだけに橘さんのスクリューを思い出すね」

 

「でも今のシンカーが1って言ってたから……」

 

「次、シンカー2!」

 

渡辺は先程のシンカーとは対極の遅いシンカーを投げた。

 

「凄い。今のシンカー2種類だけで打者を打ち取れそう……」

 

とはいえこれも渡辺の決め球ではない。これで全てなら言っては悪いけど、橘の下位互換だからね。だから最後に投げるのは渡辺の決め球……。

 

「朱里ちゃん、最後はあれで!」

 

「もちろんそのつもり」

 

『あれ?』

 

渡辺のあれに皆は首を傾げていた。何故皆全く同じ動作で動いてるの?打ち合わせでもしたの?

 

(……渡辺のあれは恐らくシニアの時よりも精度が上がっている筈。ここに来る前に渡辺の手を見たら新しいマメがいくつか出来ていたからね)

 

問題は私が上手く捕球出来るか……ってところか。

 

(いくよ朱里ちゃん。星歌の全力を受け止めて!!)

 

渡辺のアンダースローから放たれるそれは今までの変化球よりも変化が大きく、鋭い軌道で落ちていく……。渡辺の決め球……多分フォークボールだと思うけど、普通のフォークとは何かが違う。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

渡辺の決め球が良いコースに決まったので、声掛けを忘れずに返球する。

 

「い、今のはフォーク……だよね?」

 

「多分……そうだと思う」

 

武田さんと山崎さんを中心に皆が騒然としていた。シニアの頃に見慣れた私からしたら皆が大袈裟な反応を見せているだけなんじゃないかと思ってしまう。

 

「朱里ちゃん、捕ってくれたんだね」

 

「ギリギリだったけどね……。私は本職の捕手じゃないから、これが精一杯。あとはうちの正捕手の仕事だよ」

 

私はプロテクターとレガースを外して身体を解す。捕手の体勢って結構疲れるな……。山崎さんや二宮はこんな感じで捕手の練習をしてたんだね。

 

「す、凄い……。凄いよ星歌ちゃん!!」

 

「わっ……!」

 

渡辺の周りに私以外の全員が集まった。あっ、もみくちゃにされてる。

 

(これなら渡辺もやっていけそうだね……)

 

あとは渡辺の我の強い性格についてだけど……。その辺りは追々やっていくとしよう。



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秋大会に向けて

渡辺と川原先輩のピッチングを見終わったので、秋大会に向けて練習をする事に。とりあえずは練習試合を申し込んできたけど……。

 

「秋大会に向けていくつか練習試合を組んできたよ!」

 

「中には全国大会に出場した高校もあるから、私達……特に入ったばかりの渡辺と川原先輩には大きな刺激になるでしょう」

 

「秋大会前には合宿も行う予定ですので、そのつもりで準備に取り掛かってくださいね」

 

ちなみに合宿の日程は9月の初旬……いわゆるSW期間に当たる時期だ。場所は鹿児島。全国大会で私達が対戦した永水高校の神代さんが場所を提供してくれたのだ。

 

「それでは練習試合の日程をドン!」

 

芳乃さんがホワイトボードをひっくり返すと数試合分の対戦相手が書かれていた。対戦校の中には県外の高校もいくつか書いてある。その中で注目するのは……。

 

「熊実がいるのね……」

 

熊谷実業……私達が県大会の4回戦で戦った久保田さんがいる高校。新チームの調整を兼ねた練習試合。

 

まぁそれはどこの高校も同じだと言える。むしろ夏大会後も同じメンバーで戦える私達が幸運なんだろう。

 

「それに阿知賀学院……」

 

「当然だけど、阿知賀学院もかなり強いよ。この夏大会も全国ベスト8だからね。準々決勝の相手が白糸台じゃなかったら、ベスト4も不可能じゃなかったらだろうし」

 

「そ、そんな相手とも戦えるとは……!」

 

いや、私達一応全国優勝校だからね?

 

「白糸台までいるんだね……」

 

そう。今回は白糸台も私達との練習試合という名の調整に乗ってくれたのだ。二宮も新しいメンバーを色々試す良い機会だったと言ってたし、丁度良いよね。

 

「大星さんや新井さんを中心に今の2年生は当時の3年生以上じゃないかとも言われている。夏よりも手強いチームになっている可能性は非常に高い」

 

主に神童さんがいるイメージが大きかったからなぁ……。あの人には結局まともに打てていなかったし、準決勝で先発していたのが神童さんだったら私達は間違いなく負けていただろう。

 

「……それも気になったんだけど、白糸台高校との対戦の項目の下に書かれている『???』っていうのは何なんだ?」

 

川崎さんが『???』を気にしているであろう皆の代表で質問してきた。

 

「それに関しては朱里ちゃんから!」

 

あっ、やっぱり私が説明しなくちゃ駄目?

 

「実は二宮からの提案で……全国大会前に連合チームと練習試合をした事を覚えていますか?」

 

「川越シニア連合+αだね!」

 

武田さんが言う通り川越シニア連合+α。まぁ+αの方が印象強かったけど……。

 

「その通り。そして二宮が色々な人達に声を掛けてまた連合チームとの練習試合をする事になりました」

 

「おおっ!それは楽しみだね!!」

 

雷轟がやたらと張り切り出した。

 

「まぁ詳しいメンバーについては私もわからないから、それに関しては当日を待つしかありません」

 

あの時の連合チームから二宮、清本、金原、橘、友沢、白糸台の大星さんや洛山の非道さんまではなんとなく想像出来る。そこからどんなメンバーを連れて来るのか私にもわからない。

 

「ではミーティングはここまで!今日も各自の練習をがんばりましょう!」

 

『おおっ!!』

 

秋大会に向けて私達は今日も練習に励む。



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新戦力で挑め!

原作8巻以降の内容がいまいちわからず、オリジナル展開……。私はコミックス派なのだ!9巻早よ……。


今日から連日して練習試合。夏休みもあと2週間ちょっとしかないのに、根詰めてる気がする……。

 

(まぁ夏休みの宿題とかは全国大会が始まるまでに終わらせるように藤井先生が口を酸っぱくして言ってたから大丈夫だろう……)

 

どの高校も3年生が引退した直後の新戦力の調整を兼ねた練習試合だから、私達もそれに便乗する。私達の場合は主に渡辺や川原先輩の試運転や投手陣の新球種の試みが主だ。

 

「光先輩!ファイトです!!」

 

まずは川原先輩が先発。相手は県内の草加第二高校。

 

4、3に分けて渡辺と交代しても良いけど、川原先輩のスタミナも確かめたいし、限界まで投げてもらうつもりだ。

 

ちなみに今回のオーダーは……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 キャッチャー山崎さん

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 セカンド 藤田さん

 

8番 ライト 渡辺

 

9番 ピッチャー 川原先輩

 

 

……となっている。ちなみに渡辺をスタメンに置いているのは丁度良いから、渡辺のバッティングも見てもらおう……という魂胆もある。

 

今日も武田さんはベンチスタートで不満そうだ。こらこら、そんな露骨に顔に出さないの。そして不満そうな顔をしているのがもう1人……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「むー……!」

 

今歩かされた雷轟遥その人である。リスみたいに頬を膨らませていた。何その顔?あざといよ。

 

これまで多くのホームランで新越谷を勝利に導いた雷轟に対して勝負してくれる相手と歩かせる相手の2パターンに別れている。草加第二は後者。

 

しかし仮にも私達新越谷は全国優勝を果たしたチーム……。打線の主力が雷轟だけだと思っていたら大間違いだ。

 

 

カキーン!!

 

 

雷轟が歩かされた直後に藤原先輩がホームランを打つ。藤原先輩は雷轟の次にホームランの数が多い。

 

この草加第二のような雷轟を歩かせてくる相手は雷轟ばかりに気を取られて他の打者に打たれてしまう事がざらにある。

 

更に川崎さんと藤田さんも続いてなおもランナーが一塁・二塁。

 

(次は渡辺の打順か。バッティングを見るのは随分と久し振りだけど……)

 

『ファール!』

 

初球から打って出る。打球はファールとなったけど、相手投手の球とタイミングは合っている。

 

(星歌に勇気の一歩を踏み出させてくれた朱里ちゃんと、入部が遅れても星歌を歓迎してくれた新越谷の皆の期待に応えたいな……)

 

『ファール!』

 

渡辺は2球目もカットする。これもタイミングバッチリ。

 

(そういえば渡辺は粘りのあるバッティングをするっての二宮が言ってたっけか。前線から長く離れていてもその技術は健在って事だね)

 

その後も渡辺は3、4球程粘り……。

 

 

カンッ!

 

 

相手投手の球を捉える。その打球は外野の頭を越えて走者一掃のタイムリーツーベース。これで4点リードだ。

 

「ナイバッチ」

 

「うん!」

 

渡辺の初打席は良い結果で終わり、渡辺にも自信が付き始めた。

 

 

カキーン!

 

 

 

川原先輩の追い討ちのホームラン。リードを6点に広げる。今のは相手の失投も原因の1つだね。精神的に切れてきたのかな?

 

(それにしても川原先輩はスラッガータイプの選手だったとは……。私達の中では小柄な部類に入るのに、雷轟や大村さんと同じ当てれば飛ぶっていうのが凄いギャップだな……)

 

まぁ私は過去に小型スラッガーを見た事があるから、そこまで驚いていないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅんっ……!」

 

「どしたの?風邪~?」

 

「い、いえ……。多分誰かに噂されてるんじゃないかと……」

 

「大方新副部長の清本ちゃんは何でそんなに小さいのにホームランを量産出来るのか……っていう噂なんじゃないかな~?」

 

「小さいの気にしてるので、余り言わないでください……」

 

「ごめんね~。今なんとなく弄らなきゃいけない気がしたから~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川原先輩は7回フルに投げて失点3の被安打6。奪三振は4だった。ストレートもそこそこ速いし、スライダーとチェンジUPも良い感じ。相手を打たせて取るタイプの投手だね。

 

川原先輩にも多少課題がある事もわかったし、次は渡辺の番だ。

 

草加第二との試合が終わり、私達は次の試合の準備を始めた。



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1年生達の実力

次の試合は東東京の都大会にて決勝戦まで勝ち上がった小河台高校。今回は渡辺を先発投手にしてオーダーを組み込むんだけど……。

 

「1年生だけで……ですか?」

 

主将の提案でこの試合は1年生だけで頑張ってほしいと言われた。それをやるのは来年の春頃くらいだと予想してたけど、こんなに早くにやるとは……。

 

「ああ。少し早いが、私達が引退した後の状況を想定して今回の試合に挑んでほしい」

 

「それに私達も後輩達の頑張りを通しで見てみたいの」

 

「学ぶ事も多そうだから……」

 

藤原先輩も川原先輩も主将と同じ意見のようだ。もちろん藤井先生と芳乃さんも同意している。

 

「わ、わかりました。なんとかオーダーを考えてみます」

 

「私も一緒に考えるからね!」

 

やだ……。芳乃さん滅茶苦茶頼りになる……!

 

そんな訳で私と芳乃さんで真剣に考えた1年生チームのオーダーは……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 キャッチャー 山崎さん

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 ショート 川崎さん

 

6番 ライト 大村さん

 

7番 センター 息吹さん

 

8番 サード 武田さん

 

9番 ピッチャー 渡辺

 

 

……本当にこれで良いんだよね?考えてて私不安になってきたよ?

 

「ほ、本当に1年生だけでオーダーを組んできたのね……」

 

「主にセンターに誰を置くのか悩んだよ……」

 

「えっと……。私がセンターで良いのかしら?」

 

疑問に思ったのか息吹さんが私に訪ねてきた。

 

「主将を除いたら1番外野の守備が上手いのは息吹さんだからね」

 

息吹さんは様々な選手のコピーを繰り返した影響で守備の動きが様になっている。ぶっちゃけ私よりも上手いかも……。あとは捕球技術を鍛えれば主将が引退した後にセンターを任せられそうだ。

 

「というか朱里ちゃんはベンチで良いの?」

 

「私はちょっとやる事があるからね……」

 

「やる事?」

 

私がやるのは小河台の選手の動きを細かく観察。特に今日投げる相手投手は都大会の決勝戦で金原が苦戦した人だ。

 

(私達のレベルアップにも最適の投手だ。このメンバーで雷轟が歩かされた時の後続が上手く繋げるかも見物だね)

 

「皆頑張ってね!」

 

「今日はベンチから応援してるぞ!」

 

せ、先輩達の応援がプレッシャーにならないと良いけど……。

 

渡辺は持ち前の変化球を複数操り小河台の打線を翻弄。3回までのノーヒットに抑える。

 

「ナイスピッチ。絶好調じゃん渡辺」

 

「えへへ……。珠姫ちゃんのリードのお陰だよ」

 

しかもまだ決め球のフォークを投げていない。主に2種類のシンカーに引っ掛かってくれているから、ここまで温存出来ている。

 

(今のところ渡辺の悪い癖は出ていない……。高校生になって改善されていると良いけど)

 

(……今日星歌が調子良いのは珠姫ちゃんのお陰。朱里ちゃんと瑞希ちゃんが以前に言っていた『良い投手は良い捕手がいる事によって更に成長出来る』って言葉の意味がわかったよ)

 

渡辺の表情を見る限りはその心配はなさそうだ。

 

そして二巡目に入る4回。

 

 

カンッ!

 

 

先頭打者から続けざまに打たれてノーアウト一塁・二塁のピンチになる。

 

(星歌ちゃん、ここは星歌ちゃんのフォークを混ぜて打ち取るよ)

 

(うん……!)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

その後は渡辺のフォークを解禁して4回のピンチを無失点で切り抜ける。

 

(本当に絶好調だな……。まだ初見だから……という理由が大きそうだけど、本人に自信付くならまぁそれでも良いか)

 

そして打線の方だけど……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

雷轟はこの試合も歩かされる。もう雷轟が河豚みたいに膨らんでいる。毒がありそう……。

 

(私が知りたいのはここから先の……雷轟の後ろで上手く繋げるかを見せてもらうよ)

 

場合によっては中村さんと山崎さんの打順を弄る事になるからね。先輩達がいる間はその心配はなさそうだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

この試合で5番を任せた川崎さんが雷轟を還すタイムリーツーベースを打ち、新越谷が先制。

 

(私がランナーを還すのって結構久し振りな気がするな……)

 

小河台の投手は動じる事はなく、後続が打ち取られて1点しか取れなかった。

 

(成程……。今後の課題が見えてきた)

 

小河台は決勝戦で藤和に負けているけど、全国区のレベルだと思っている。その全国レベル相手に私達の学年がその実力差を肌で感じてほしかったと藤井先生は言ってたっけか……。

 

『ゲームセット!!』

 

試合終了。結果は3対1で私達の敗北。渡辺の成績は7回投げて失点3の被安打5。川原先輩と比べてコントロールはある方だから、四死球はなかった。渡辺の投球内容自体は悪くないな。

 

この試合でわかった事は私達の打線が雷轟や先輩達ありきのもの……という事。特に下位打線の切れ目が大きい。

 

中村さんや山崎さんは結果を出す事が多い。藤田さんも2番の仕事をしっかりとしてくれる。川崎さんと大村さんは当たればそれが結果となる。

 

だけど格上相手だと雷轟を除いた1年生全員が私も含めて要所で抑えられる事が殆んどだ。雷轟自身は歩かされる事も多くなるだろうし……。

 

今の新越谷の課題の1つは……1年生の攻撃面強化である。



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奈良の猛者

番外編も同時に投稿しましたので、興味のある方は是非読んでいってください。


次の練習試合の相手は奈良県から来た阿知賀学院。今年も全国ベスト8まで勝ち上がり、準々決勝で惜しくも白糸台に破れたもののその試合内容自体は良いものだった。

 

「今日の相手は阿知賀学院だよ!」

 

「3年生……特に4番が抜けて大きく打力は下がったけど、パンチ力が高い選手もそれなりにいるから、決して油断出来る相手じゃありません」

 

「それじゃあ今日のオーダーを発表するね!」

 

芳乃さんが対阿知賀戦に考えたオーダーが……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 キャッチャー 山崎さん

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 ライト 川原先輩

 

7番 ショート 川崎さん

 

8番 セカンド 藤田さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

……というものになった。川原先輩はバッティングの思い切りも良く、パワーもある事から6番に抜擢された。

 

「よーし、頑張って投げるぞーっ!」

 

「相変わらずヨミは張り切っているわね……」

 

「星歌達も負けてられないね……!」

 

「私達も精一杯応援しましょう!!」

 

ベンチには息吹さん、大村さん、渡辺、私の4人。機会があればベンチメンバーも全員使っていく……というのがこの試合の芳乃さんと藤井先生の方針だそうだ。

 

「3年生が引退した後の阿知賀学院……。注目すべき選手は3人います」

 

私と芳乃さんで阿知賀の注目選手の説明を始める。

 

「まず1人目はガールズではかなり有名な選手だね。今年の夏大会でも3番を打っていたセンターの原村さん!」

 

「原村さんか……」

 

「今は奈良にいるんだな」

 

原村さんの名前に反応したのは山崎さんと主将。この2人も強豪のガールズ出身だし、原村さんは様々なチームを転々としているという話もあるから、ガールズ界隈で原村さんを知らない人はいないとも言われている。

 

「原村さんの特徴としては安定したバッティングと鉄壁とも言える守備力。大会でもほぼ毎試合ヒットを打っています」

 

「打てなかったのは白糸台の神童さんくらいかもね」

 

ちなみに私から見た原村さんは友沢から長打力をマイナスした選手……という印象である。もっと言えば守備の上手くなった金原。まぁそれはあくまでも夏大会までの原村さんであり、今この時の原村さんがどうなのかはわからない。

 

(だからこの試合でデータを取らせてもらうよ……!)

 

戦いにおいて大切なのは情報……。いつも二宮が口にしていた事だけど、私もその通りだと思っている。

 

「次は捕手の新子さんだよ!」

 

「彼女も安定した成績を残しています。打率も常に2割後半~3割前半です」

 

原村さんと新子さんは選手としてのタイプがかなり似てるんだよね……。

 

「新子さんのリードは常に安定したもので冒険は一切なく、どんな相手でも安牌を探し出して打者との勝負に挑みます」

 

必要でもない四死球を出す事はなく、一緒に組んだ投手の球数もかなり少なめで済ませる……。これだけ聞くと理想の捕手って感じがする。悪く言えばつまらないリードだけど……。

 

「最後は投手の高鴨さん!」

 

「彼女の最大の特徴は無尽蔵のスタミナを持つ事ですね」

 

「無尽蔵のスタミナ……?」

 

「彼女の出身地である吉野の山を日課のように全力で走りながら登っている……という話を地元の人達がよく話しています」

 

「それ人間かよ……」

 

本当にそれ。武田さんの最高250球をも軽く上回るスタミナの持ち主と言っても良いだろう。もしも大会に投球規制がなかったらずっと高鴨さんが投げていたと思う。

 

「さて……。そろそろ整列の時間ですが、何か質問はあるでしょうか?」

 

藤井先生の発言に皆は特に質問をする事はなかった。

 

「では挑みましょうか。今年の夏大会の奈良県代表に……!」



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練習試合!新越谷高校VS阿知賀学院①

阿知賀学院との試合が始まった。私達は先攻だ。

 

「さぁ、先頭塁に出よう!お願いね希ちゃん!」

 

「うん!芳乃ちゃんの為に絶対出るけんね!」

 

相変わらず中村さんと芳乃さんは仲が良いな……。さて……。

 

(高鴨穏乃さん……。球種はノビのあるストレートとそれと相性が良いSFF。緩急と落差を活かしたピッチングで相手打者を次々と三振にさせるタイプの投手……)

 

特にストレートは手元で浮き上がってくるような錯覚を感じさせて空振りを取る……。本当に厄介な投手だよ。

 

 

ガッ……!

 

 

中村さんが打った打球は打ち上げられてファーストフライとなった。

 

「ごめん……」

 

「まだ試合は始まったばかりだし、気にしないで!」

 

(全国大会の準々決勝で高鴨さんの球をまともに打ったのは二宮、大星さん、神童さんの3人だけで、高鴨さんから取れた点数もたったの2点……。高鴨さんは来年も当たる可能性のある相手だから、この練習試合でなんとか攻略の手掛かりが掴めれば良いんだけど……)

 

その後2番、3番と凡退に切って取られる。

 

(しかも全く当てられない……という訳じゃないのがまた面倒臭い。中村さん、山崎さん、主将の3人ならミートも申し分ないし、雷轟が歩かされる事を考えたらこの3人が中心になって高鴨さんを攻略する必要がありそうだ)

 

阿知賀の攻撃。1番は高鴨さんだ。

 

「1番で投手って言うのも珍しいよね」

 

「試合前のミーティングでも話したけど、高鴨さんは日課のように吉野の山を走り回っている。それによってスタミナが付くのと同時に走力も得てる。足の速さは阿知賀の中で間違いなく1番だろうね」

 

「それに高鴨さんは無尽蔵のスタミナの持ち主って言ってたわよね?」

 

「投手として大切なスタミナ管理もしっかりしてるし、スタミナに関しては高校生で1番……と言っても大袈裟ではないと思う。プロの中でももしかしたらトップクラスかも……」

 

スタミナ管理は捕手の新子さんのお陰……というような気もするけど、それを差し引いても高鴨さんのスタミナは異常。

 

 

カンッ!

 

 

武田さんのストレートを初球打ち。武田さんの球威に押されてボテボテのファーストゴロなんだけど……。

 

(足速っ!?)

 

中村さんが捕球する頃には高鴨さんが一塁に辿り着いており、内野安打となった。

 

「ちょっ、ここまで速いの!?」

 

「映像でもちょっと見たけど、この足の速さは三森3姉妹に匹敵するね。県大会の決勝戦でもあったように深めの内野フライならタッチアップする可能性が高い」

 

そういえば三森3姉妹の内の1人は投手をやっている時期があった。今でも投手としての練習を欠かしていないらしく、もしかしたら秋大会以降に美園学院と当たる時私達にぶつけてくる可能性もある。

 

バッテリーは盗塁を警戒しつつ、2番の新子さんを抑えにいく。

 

「1番投手、2番捕手……ってかなり珍しい形だよね朱里ちゃん」

 

「そうだね。どちらかだけ……って場合は稀に見るけど、阿知賀の場合は夏大会も高鴨さんと新子さんの打順は同じだった」

 

そこから3番の原村さんも固定で、夏大会では4番に松実さん、5番に鷺森さん……と続いていた。夏までの阿知賀はこの5人が中心になっており、去年はそこに松実さんの姉が加わっていたらしい。

 

 

カンッ!

 

 

2番の新子さんは武田さんの投げるあの魔球を捉えて、その打球は内野を抜けた。

 

「よ、ヨミちゃんが続けざまに打たれちゃった……」

 

「高鴨さんも三塁に辿り着いてノーアウト一塁・三塁のピンチになったわね……」

 

「まぁ武田さんは尻上がりタイプだし、序盤にある程度打たれても中盤以降に良いピッチングを見せてくれるよ」

 

(逆に言えば中盤に入る前に打ち込もう……という阿知賀側が判断した可能性がある。現に高鴨さんも新子さんも初球打ちだったし……)

 

早期決着にいったとすれば、武田さんにとってやりにくい相手になりそうだ……。




朱里「短いけどキリが良いから、今回はここまでだね」

遥「ヨミちゃんいきなりピンチ!」

朱里「これから先もこのような場面はいくらでもあるし、ここで崩れるようならエースの座は守れないよ」

遥「その隙を突いて朱里ちゃんがエースに返り咲く……と」

朱里「人聞きの悪い事を言わないの」


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練習試合!新越谷高校VS阿知賀学院②

ワンアウト一塁・三塁のピンチで阿知賀の安打製造機である原村さんが左打席に立つ。

 

(ここで原村さんを抑える事が出来たら流れは一気にこちらに傾く……。この試合最初の踏ん張り所だよ武田さん)

 

それに原村さんの打率は7割弱と阿知賀だけじゃなく、全国でもトップクラス。この人を抑えるのは難しいだろう。

 

 

カンッ!

 

 

(また初球打ちか……。阿知賀は徹底してカウントを取りに来る球を打ってくるな……)

 

武田さんが初球に投げる球はストレート、カットボール、ツーシーム、強ストレートの4種類。中でもストレートとツーシームが多い割合で投げている。

 

そしてコースとしてもアウトコースを読まれている可能性がある。これは梁幽館戦でもあったけど、武田さん……この場合は山崎さんとも共通して言える事で、これまでの試合も武田さんが投げる時は初球にアウトコースでくる確率は8割を越えていた。

 

(投手陣もそれぞれ何かしらの課題がありそうだ……)

 

武田さんの場合は投げるコースだったり、私の場合は無論スタミナだったり、渡辺は乱調気味の投球の克服だったり、川原先輩は制球力だったり……。

 

本職の投手じゃない藤原先輩と息吹さんにもそれぞれジャイロボールの対になれる変化球の取得だったり、球全体の球速向上だったりと私が見る限りだけでもこれだけの課題が見付かる。

 

(この辺りは芳乃さんや藤井先生にも相談してそれぞれの課題に取り組む必要があるね)

 

……それよりも今は目の前の試合に集中しよう。

 

状況は3番の原村さんが初球打ちで打ち取りはしたものの、三塁ランナーの高鴨さんがホームインして阿知賀が1点先制。後続の打者を凡退させて1回が終了した。

 

「なんとか1点で抑えたね」

 

「それよりも高鴨さんの足速すぎでしょ。県大会決勝で戦った三森3姉妹の事を思い出したわ……」

 

「案外三森3姉妹も山を走り回っていたりしてな!」

 

川崎さんが笑いながらそう言うけど、その冗談は笑えないんだよなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『くしゅんっ……!』

 

「……3人同時にくしゃみをするとは思わなかったわ」

 

「山は冷えるからね。走り込みの為とはいえ流石に薄着し過ぎたかな……」

 

「誰かが私達の噂をしてるのかも……」

 

「それだけ私達が有名になったのかね?」

 

「夕香、夜子、走り込みを再開するわよ」

 

「了解、朝海姉さん」

 

「しかしあの大豪月さんがこの六甲山を息継ぎなしで自転車で登ったとは……」

 

「私達が偶然洛山に合わなかったらここにはいなかったものね」

 

「そして次こそは県大会を勝ち抜いて、私達美園学院が全国優勝を手にしてみせると意気込んで走り込みをしようとしたら偶然居合わせた大豪月さんがこの六甲山をオススメしてくれた……」

 

「あの屈強な上半身と強靭な下半身……。それ等を会得する為の参考の1つとして私達がこうして六甲山で走り込みをしている訳だけど……」

 

「……今考えても脈絡もへったくれもない」

 

「だよね……」

 

「夕香、夜子、無駄口叩かないで足を動かしなさい!」

 

「……朝海姉さんのスポ根な性格が大豪月さんと意気投合したのが切欠で、私達はここでかれこれ3日は走ってる」

 

「この次は上半身を鍛える為に大豪月さんが行った島まで足を運んで薪割りする事になったりして……」

 

「夕香姉さん、その冗談は笑えない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、2回表は雷轟の打順からなんだけど。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

(やはり雷轟は歩かされる……か)

 

阿知賀の名捕手である新子さんは雷轟を歩かせる方針でいくようだ。

 

この夏大会を通して雷轟と清本の2人はバットに当てたらホームランは確実……と全国の高校で知れ渡り、余程の挑戦者でもない限りこの2人は常に歩かせる事にしているらしい。そう考えると極めたスラッガーというのも決して良いものではないかも知れない。

 

(雷轟もそうだけど、清本も大変だな……)

 

その後5番の藤原先輩、6番の川原先輩と続いて満塁のチャンスを作るが、ピンチに強い高鴨さんが3者連続で凡打に抑えて2回表も無得点となった。

 

(高鴨さんも武田さんと同じタイプなんだよね……。ピンチの状況でも決して動じず、目の前の打者に集中して投げる……まさしくエースに相応しい投手だ)

 

私が武田さんに劣っている1番大きな要因であり、私が目指すべき投手像でもある。

 

(今日は高鴨さんのピッチングも良く見ておこうかな)

 

何か参考になる部分もあるだろうし……。




遥「遥ちゃんは歩かされ続けて不満なのです!」

朱里「私に言われても仕方ないんだけど……」

遥「私も相手投手と勝負したいよーっ!」

朱里「熊谷実業なら勝負してくれるかもね」

遥「でもその試合ってカットされるって話なんだけど……」

朱里「……では次回をお楽しみに」

遥「目を反らした!?」


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練習試合!新越谷高校VS阿知賀学院③

番外編も同時に投稿しましたので、興味のある方々は読んでいってください!


試合は進んで5回。あれから互いにヒットを打たれても後続を抑える……という流れが繰り返されていた。1対0で私達が負けている。

 

「あと一発が出ないんだよなぁ……」

 

「無い物ねだりをしても仕方ないわ。私達下位打線が頑張って上位に繋げないと」

 

「そうそう!菫ちゃんの言う通り、切れ目が大きい下位でなんとかヒットを打ってくれている上位に繋がないとね!」

 

『うっ……!』

 

芳乃さんの(無自覚であろう)毒舌が下位打線の3人に刺さる。傷は浅いぞ!

 

(しかし芳乃さんや藤田さんが言うように下位打線で切れる事が多いし、上位は高鴨さんの狙い球を絞って打てるようにはなってきてる……)

 

それでもピンチになれば高鴨さんの球は走り出す。川崎さんが言っているあと一発が出ないのは高鴨さんがピンチに強い投手である事。ピンチ状態の高鴨さんのピッチングはあの神童さんに匹敵するレベルだ。

 

(そりゃ白糸台相手に2対0で済む訳だ。というかピンチ状態の高鴨さんを打つのも流石白糸台って感じだし……)

 

「朱里ちゃん、次の回から投げてもらうつもりだけど、いけそう?」

 

「問題ないよ。前のイニングから肩は作っていたからね」

 

実際にこの試合では私と武田さんのピッチングを渡辺と川原先輩に見てもらう算段だ。新越谷のWエースと周りから呼ばれている私達のピッチングを見て自分も負けていられない……という風に闘争心を芽生えさせる為に今日の阿知賀戦を組んできたのだ。

 

(そうなるとこの次の熊実と白糸台との練習試合に誰を投げさせるか、どういったオーダーでいくかも今の内に考えておかないとね……!)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

審判の声を聞いて考えを止めるとそこには3球で三振している武田さんがいた。県大会決勝戦でホームランを打った君はどこへ……?

 

(さて……。大会が終わって初のマウンドだ。2イニングだけだし、最初から全力で飛ばしていくよ)

 

向こうの打順は1番から。いきなり正念場だね。

 

(高鴨さんのSFFはとても参考になった……。だから高鴨さんにはこの球をぶつけるよ!)

 

私が高鴨さんに投げたのは全力ストレートとSFF。精度なら高鴨さんにも負けていない筈!

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

高低差を活かして上手く3球で仕留めた。続く新子さんにはコースギリギリにフォークを決めて三振。阿知賀の上位打線にも私のピッチングが通用するのは嬉しいね。

 

(凄い……。早川さんの球……リトルシニアの時や、大会で見た時よりもずっと凄くなってる!)

 

(これが朱里ちゃんのピッチング……。星歌も負けていられないよ!)

 

そして3番の原村さん。彼女には隙が感じられないから、今以上に集中して投げる必要がある。

 

(初球は……私が大会中に得たこれだ!)

 

投げたのはチェンジUP。コースもさっき新子さんに投げた外角ギリギリのところ。

 

『ストライク!』

 

(見送ったか。或いは手が出なかったか……。原村さんはポーカーフェイスだから、そのところがいまいちわからないんだよね。私も見習いたいくらいだよ)

 

それでも私は全力で投げ抜く。次に投げるのはSFF。高鴨さんに投げたやつと同じ精度かそれ以上の球だ。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(綺麗に合わせられたか……。一昨年のガールズ最高打者と呼ばれるだけあってその技術は本物だね)

 

しかし原村さんは最高であって最強ではない。アベレージヒッターではあってもパワーヒッターではない。私はパワーとアベレージを両立している凄い打者を知っている。

 

(私が今から投げるのはそんな打者を打ち取る為に投げる球。私の中で現状1番だと思っている……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

最高のストレートだ!

 

(……とは言っても今投げられたのは偶然で、もう1度投げろと言われたら難しい球)

 

それを何故このタイミングで投げられたのかはわからない。川越リトルシニアや新越谷に入学してからの出会い……。その中で良い経験も悪い経験も全部が合わさって今のストレートを投げる事が出来た。

 

(絶対に今のストレートをいつでも投げられるようにしなきゃね)

 

いつか対決したいと思っている最強のスラッガーを相手に……!




朱里「えー、阿知賀戦の方はこれで終了です」

遥「えっ?終わり?どっちが勝ったの!?」

朱里「読者の想像に任せるよ。まぁリドルストーリーだと思ってくれれば」

遥「次回の話ってどうなるの?」

朱里「次回は熊実戦をダイジェスト風に書いて、白糸台戦の導入になるかな?」

遥「二宮さん達との再戦だね!」

朱里「向こうも新しいメンバーを試すらしいから要注目だね」

遥「新しいメンバー?」

朱里「ヒントは東方魔術師さんが書いている球詠小説からのコラボ……ってところかな」

遥「おおっ!それは楽しみだね!……それで阿知賀戦はどっちが勝ったの?」

朱里「さぁ、どっちが勝ったと思う?」


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熊谷実業の久保田さん

阿知賀との練習試合が終わり、次は熊実と練習試合。

 

熊実の先発投手は今の私と同じ左投げ右打ちの選手だった。

 

「朱里の投打を初めて見た時から思っていたけど、左投げ右打ちって普通じゃないんだよな?」

 

「そうだね。私の場合は左投げに転向したから今の投打だけど」

 

「本来なら朱里ちゃんも左打ちにした方が良いんだけどね……」

 

芳乃さんが苦笑いしながら言うように本来左投げ右打ちというのは余り良い例ではない。

 

例えるなら左投げの二遊間が普通ではないようなものだ。野球ゲームではそういう選手の育成もやった事があるけど、あれはあくまでもゲーム。

 

実は以前川崎さんに左打ちの特訓をした時に私も左打ちのイメトレをしつつ、家では左打ちの要領で素振りをしている。お披露目は秋大会くらいになるかな……?

 

「まぁその辺りも追々なんとかしていくよ」

 

「今度はちゃんと事前に言ってね?」

 

「ぜ、善処します……」

 

芳乃さんから凄みを感じる……。まだ川崎さんの左打ちの件に関して根に持っているのだろうか?

 

話を戻して熊実戦。この試合では引退した久保田さんが塁審に入っていたり、試合後の練習では様々なポジションでノックを受けたりしていた。本人曰く……。

 

「私にもプロ野球やいくつかの大学から声が掛かっているが、何れも評価してくれたのはバッティングとフィジカル……。投手としての私は評価するに値しないそうだ」

 

という事だ。更に……。

 

「まぁそれも仕方ないと割り切っている。投手としての私は洛山高校の大豪月の下位互換だからな。今からプロや大学に投手として見てもらうように練習を始めるとそれこそ完全に大豪月に負けてしまう……。まだ打撃面を評価してくれる内に私は野手として頑張るとするよ」

 

……とも言っていた。これに関しては大豪月さんがそれ程のプレイヤーなのか、久保田さんが大豪月さんに萎縮してしまっているのかはわからないけど、久保田さん自身も大豪月さんとの差別化が出来るように今も日々頑張っているって事だろう。

 

そんな久保田さんは今はサードに入って練習している。隣にはメインポジションが(一応)サードである雷轟がいた。

 

 

カンッ!

 

 

三塁線に強い打球。だけど決して捕れない打球じゃない……んだけど……。

 

 

スカッ。

 

 

「あっ」

 

久保田さんはトンネルしていた。まぁ彼女は今まで投手だった訳だし、多少はね?

 

「ふむ……。打球勘がいまいち掴めないな」

 

「こういうのは思い切りが大事なんですよ!」

 

自信満々に雷轟が解説している。もう私にはフリにしか聞こえないんだけど……。

 

 

スカッ。

 

 

「あっ」

 

見事なフリを雷轟はした。久保田さんも大笑いしてるし……。ただでさえ雷轟は歩かされるようになったのに、守備でもお粗末だとまたベンチスタートにするよ?

 

その後も久保田さんは色々なポジションを体験して、帰宅時間になると熊実までランニングして帰る事にしたらしい。ここから20キロくらいあるんだけど……。

 

(こういう部分も私は見習うべきなんだろうか……)

 

阿知賀の高鴨さんも山を走るのを日課にしてるらしいし、体力を付ける為にはそれくらいの無茶をしなくてはいけないのかな?



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白糸台再び

番外編も同時に投稿しましたので、興味のある方々は読んでいってください。


熊実との練習試合の翌日。今日は白糸台高校と練習試合をするんだけど……。

 

「あ、あの白糸台高校と練習試合をするのね……」

 

「い、1度勝っているとはいえ緊張するな……」

 

二遊間コンビがガチガチになっていた。これは酷い……。

 

「ふ、2人共緊張し過ぎだぞ。もっとドンと構えていくんだ!」

 

主将、緊張が隠せてませんよ……。

 

「……とりあえず今日の対戦相手について今一度整理しましょう」

 

「それが良いかも知れませんね……」

 

藤井先生が緊張している皆をまとめあげる。流石大人って感じがするね。芳乃さんは苦笑いで皆を見ていた。

 

「……今日の対戦相手は白糸台高校ですが、一部の選手を除いて2軍チームです」

 

「に、2軍なのか?」

 

「元々白糸台は3年生が引退した後に誰が1軍昇格するかを夏大会が終わった後に練習試合を組んでそこで決めます」

 

「今回はうちがその役目だね!」

 

白糸台の重役をうちが担っているからなのか、芳乃さんがぴこぴこしていた。

 

「早い話が向こうの調整にこっちが手伝う……という形になりますので、こっちはこっちで色々調整しながら2軍チームに挑みましょう」

 

「ちなみに白糸台の2軍は他校のレギュラークラスはあるから、油断してるとコールドゲームになるかも知れないよ」

 

「そ、そんなに凄いチームなんだ……」

 

白糸台高校は総部員数が100人を越えるからね。現在の人数は150人だそうだ。

 

(二宮の話によると30人いる2軍の内の3分の1と、3年生が引退すると同時に1軍に昇格した人達と、1軍に昇格したものの夏大会ではベンチスタートだった1年生や2年生が来るって話だけど……)

 

一体どんな人達が来るのやら……。

 

 

30分後、白糸台の選手達が乗っているであろうバスが校門前に停まっていた。中から出て来たのは……。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

二宮だった。何故に君が1番最初に出て来たのか……。それからも続々と選手達が降りて来るが……。

 

(2年生でレギュラーの大星さんと新井さんがいないな……。今日の調整には参加しないのかな?)

 

今日いる中で夏大会で1軍登録されていたのが二宮を除いて2人。それ以外は3年生の引退と同時に1軍昇格した人達と2軍の人達……という事だね。あれ?向こうの監督がいないんだけど?

 

「うちの監督ですが、所用によってこの場に来る事が出来なくなりましたので、代わりに……」

 

「私が白糸台の監督を務める。今日はよろしくな」

 

神童さんが爽やかな笑顔でそう言った。それで良いのか白糸台高校……。

 

「まぁ夏大会でも実質的な監督は神童さんでしたし、何も問題もないでしょう」

 

「監督はああ見えて多忙だからな」

 

二宮と神童さんがそんな会話をしていた。なんか白糸台の闇を見た気がする……。

 

「それでは改めまして新越谷高校の皆さん……よろしくお願いします」

 

『よろしくお願いします!!』

 

二宮の号令に合わせて白糸台の皆さんが礼をしていた。もう二宮がキャプテンなんじゃないかな……と思ってしまった。



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練習試合!新越谷高校VS白糸台高校①

な、なんか展開が可笑しな方向に行っているけど、ともかく白糸台2軍との試合だ。

 

「今日のオーダーはどうしようか……?」

 

芳乃さんがオーダーをどうするか悩んでいた。

 

「悩んでるの?」

 

「うん……」

 

「まぁうちも人数が少ない割にはやりたい事が多々あるからね」

 

「そうなんだよね。だから余計に悩むんだよ。先発は誰でいくかとか、奇抜な打順で攻めようかとか……」

 

「奇抜な打順ねぇ……?県大会の熊実戦でやった打順みたいなやつ?」

 

あとは雷轟を1番に据えるオーダーとか。全国大会では手探りな部分が多かったし、そのオーダーですら二宮に読まれてたし……。

 

パッと頭に浮かんだのは……。

 

 

1番 センター 主将

 

2番 キャッチャー 山崎さん

 

3番 サード 藤原先輩

 

4番 ファースト 中村さん

 

5番 ライト 川原先輩

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 セカンド 藤田さん

 

8番 レフト 大村さん

 

9番 ピッチャー 渡辺

 

 

……って感じの雷轟ベンチスタートで大会で白糸台と対戦した時とは毛色が違うオーダーだけど、これだと誰とは言わないけど、不満の声が挙がりそうだから却下だね。

 

「朱里ちゃんは何か考えてる?」

 

「そうだね……。2軍とはいえ白糸台の選手達に渡辺や川原先輩が通用するか試したいから、先発投手は2人のどちらかにしようとは考えてるよ」

 

「そっか……」

 

……?なんか芳乃さんの様子が変だな。私何か変な事を言いましたか?

 

(ここまでの試合で朱里ちゃんが投げたのは阿知賀戦の後半2イニングだけ……。本当に朱里ちゃんって消極的なんだね)

 

そういえば川原先輩は小技も得意だって言ってたな……。あんな豪快なバッティングをするのに、藤田さん並の仕事が出来るのなら打順も上位に置いた方が良さそうかも。

 

(二宮達に見せ付ける……という意味合いでもこの試合で私が取るべきオーダーは……!)

 

私は打順表を書き上げる。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 キャッチャー 山崎さん

 

3番 センター 主将

 

4番 サード 藤原先輩

 

5番 ライト 川原先輩

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 セカンド 藤田さん

 

8番 ピッチャー 渡辺

 

9番 レフト 雷轟

 

 

「今回はこの打順でいこうと考えていますが、何か質問や意義はありますか?」

 

私がそう言うと皆は何を言うべきか悩んでいる……といった感じだ。まぁ結構冒険した感はあるからね。

 

「はい!」

 

「はい雷轟」

 

「私が9番なのは何故でしょうか!?」

 

口調が若干迷子の雷轟はスルーして、私はその理由を述べる。

 

「現状私達の打線は下位の切れ目が大きく見られがちだからね。それを払拭する為の打順でもあるよ」

 

(尤も二宮ならこの打順の意図すらも読んでそうだけど……)

 

それに雷轟を9番で採用するのは熊実戦以来。このオーダーが吉と出るか凶と出るか……。

 

『プレイボール!!』

 

試合開始。私達は後攻である。

 

「よーし、頑張るぞーっ!」

 

向こうの1番打者は……。

 

「あの人は古谷ガールズ出身の……!」

 

流石芳乃さん。ガールズ事情は把握済みって事か。

 

「佐倉日葵選手。パンチのある打撃と足の速さを活かしてガールズでもかなりの成績を残しているね」

 

(ただ気になるのは次の2番がその佐倉日葵さんの姉である佐倉陽奈さんだという事……。ガールズでは彼女達の打順は逆だった筈。これも二宮の策略なんだろうか?)

 

(ミートや足の速さを考えて1番に日葵さんを置きましたが、本来なら1番は陽奈さんが適任……。手探りではありますが、この打順で成果が出せるか見物ですね)

 

1番、2番に佐倉姉妹が続くのは厄介だな……。渡辺が佐倉姉妹相手にどんなピッチングをするかによってゲームが変わってきそうだね。

 

(相手は古谷ガールズで苦戦した佐倉日葵さんか……。まさか白糸台にスカウトされてたとはね。全力でいくよ星歌ちゃん!)

 

(ガールズで有名な人だったんだよね……。星歌がこの人を打ち取れるかによってゲームが左右されるって思った方が良いかな?)

 

バッテリーは初球をインコースのスライダーで攻める。低めギリギリの良いコースだ。

 

 

カンッ!

 

 

(し、初球打ち!?)

 

佐倉日葵さんは渡辺のスライダーを綺麗に捌いて、その打球はセンター前に落ちた。

 

(不味いな……。配球が読まれている可能性がある)

 

(思った通りの配球でしたね。山崎さんのリードは初球に外角攻めを要求してくる可能性が高く、それを読まれていると錯覚させて内角に投げさせる……。まぁ日葵さんだからこそ上手く当てれたコースと球ですね。星歌さんのピッチングを見るのはシニア以来ですが、中々良いスライダーを投げています)

 

(瑞希ちゃんの言ってた通りの展開になったなー。次の陽奈お姉ちゃんの打席で一気に生還を狙っちゃうよー!)

 

ノーアウト一塁。打席に立つのは佐倉日葵さんの双子の姉である佐倉陽奈さん。ガールズでの彼女は小技に長けていたから、確実にチャンスを広げられるだろう。

 

(いきなりのピンチを渡辺が切り抜けられるか、そして渡辺の悪い癖が発動しないか……。山崎さんのリード次第でその辺りは大きく変わってくるよ)

 

何にせよ先制点を取られるのは避けたいところだね。




遥「初っぱなからピンチ!星歌ちゃんは切り抜けられるのか!?」

朱里「この白糸台戦の注目点の1つは東方魔術師さんが書いている『新越谷の潜水艦少女』から出ている渡辺と佐倉姉妹の対決だね」

遥「なんか私の影が更に薄くなる予感が……」

朱里(もう手遅れだと思うけどね……)


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練習試合!新越谷高校VS白糸台高校②

ノーアウト一塁。次に打席に立つのは佐倉陽奈さん。

 

(データによれば小技と足の速さで古谷ガールズではリードオフガールだった選手……。欠点と言えば長打力がない事だね)

 

(陽奈さんは課題である打撃方面をこの4ヶ月半でしっかりと鍛えましたが、この試合でそれを見る事は出来るでしょうか……)

 

更に厄介なのは佐倉姉妹は2人共ガールズ時代では盗塁を得意としている。ガールズで何度か対戦経験のある山崎さんはそれをわかった上で動くんだろうけど……。

 

「…………」

 

「…………」

 

渡辺が投球動作に入った瞬間……。

 

『は、走った!』

 

やはりというか佐倉日葵さんはスタートを切った。

 

『ストライク!』

 

(走るのは想定してたけど……!)

 

山崎さんからしても彼女が走る事を想定していた。佐倉姉妹がいた古谷ガールズは昔に美南ガールズと何度か対戦した事があるらしく、山崎さんが5回以上は盗まれているみたいだ。

 

『セーフ!』

 

(ガールズの時よりも足が速くなってる……!)

 

渡辺がアンダースローでその上球速もどちらかと言えば遅い部類に入るから、クイックで投げたとしても三盗が防げるかも微妙なところだな……。

 

(こうなったら走られるのは仕方ない……。目の前の打者に集中しよう!)

 

(うん……!)

 

渡辺が次の投球動作に入る瞬間、またもやスタートを切る。更には……。

 

(しまった!バントエンドラン!)

 

佐倉陽奈さんはバントの構えを取っている。確実にランナーを進めようとしてるのかな……?

 

 

コンッ。

 

 

少し強いバントがファーストに転がる。ランナーの動き次第ではサードに投げればアウトに出来そうだけど……。

 

(あの速度やったら三塁で刺せるかも……!)

 

中村さんがサードに投げようとした瞬間に佐倉日葵さんが不敵な笑みを浮かべていた。まさか……!

 

「違う……。中村さん!ホームだ!!」

 

「えっ!?」

 

「ふふーん、もう遅いよー!加速!!」

 

佐倉日葵さんが走るスピードを速めた。まさかこれを狙っていたのか!?

 

「くっ……!」

 

体勢を崩しながらも中村さんはなんとかバックホーム。体勢が崩れているのに、返球は悪くない。でも……!

 

『セーフ!』

 

「先制点GET~♪」

 

佐倉日葵さんは既にホームインしており、打った佐倉陽奈さんも一塁に残塁している。

 

(まさかこんなにあっさり先制点を取られるとは……。佐倉姉妹、恐るべし……!)

 

(思いの外あっさり点が取れましたね。日葵さんも陽奈さんもナイスプレーです)

 

(なんとか日葵をホームに還せたわね……。ガールズとは逆の役割だったけれど、案外私はこっちの方が向いているのかも知れませんね)

 

(陽奈お姉ちゃんが日葵をホームに還してくれた……。今まで逆だったけど、瑞希ちゃんの決めたオーダーだと陽奈お姉ちゃんが日葵の為に頑張ってくれる姿が見れて嬉しいな。これからはこの打順でも良いかも!)

 

なんか佐倉姉妹を見ていると三森3姉妹を思い出す。県大会の決勝でも似たようなケースで3姉妹によって点を取られたからね。

 

その後佐倉陽奈さんに走られながらも後続の打者を3人で抑えて1回表は1点で済んだ。

 

(佐倉姉妹のあの走塁は不意を突かれたようなもの……。それを差し引いたら渡辺のピッチングそのものは悪くない)

 

打者一巡する前に何かしらの対策を立てる必要がありそうだ。

 

「まずは同点に追い付くよ!」

 

『おおっ!!』

 

同点に追い付くには相手投手を打たなければならないんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「は、速い……!」

 

「これで2軍レベルなのかよ!?」

 

流石白糸台の選手……というべきだろうか。球速は新井さんに匹敵するレベルだ。

 

(今日の鋼さんは調子が良さそうですね。これは佐倉姉妹がもぎ取った1点が大きくなりそうです)

 

「あの白糸台の投手って有名な選手なの?」

 

「う~ん……。私は知らないかな?」

 

「芳乃ちゃんでも知らないとなると中学の頃は野球部やガールズで野球をやってなかったのかな?朱里ちゃんはどう?知ってる?」

 

「……いや。少なくとも中学時代に名を上げたという訳ではなさそうだね」

 

あの鋼って投手……。前に二宮が言っていた2年後の成長が楽しみな人なのかな?

 

(つまり彼女も二宮によって大成した投手の1人だという事。果たしてどんな実力を持っているのか……)

 

「……何にせよ無名の選手で白糸台野球部の2軍に入れるというのは凄い事だ。私達だって白糸台に勝ったのがまぐれじゃないところを見せ付けるぞ!」

 

主将の一言で鋼さんへの萎縮はなくなった。お互いに手探りの練習試合ではあるものの、二宮達には負けたくないな……。

 

(今日の試合は鋼さんによって新越谷打線を抑えさせてもらいますよ)

 

(1点は取られたけど、まだ渡辺の本領を発揮していない。シニア時代からの渡辺の進化を二宮はまだ知らない……。今回はそこを突かせてもらうよ……!)

 

鋼さんの投球練習も終わり、私達の攻撃が始まる。




遥「先制点取られちゃった!?」

朱里「あの姉妹の機動力は厄介だね。三森3姉妹を相手にしているみたいだ」

遥「そして鋼さん……。ストレートはかなり速かった」

朱里「彼女の球種がいくつあるかで攻略が変わってくる……」

朱里(二宮が育てた投手の1人……。その実力が如何程なのか見せてもらおうか)


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練習試合!新越谷高校VS白糸台高校③

1回裏の私達の攻撃。鋼さんが投げる球は中々に速く、攻略が難しそうだ。

 

(厄介なのがただ速い……という訳ではないという事だね。それが新井さんに匹敵する球速なのがまた……)

 

『ストライク!』

 

カウントツーナッシング。アベレージヒッターの中村さんでも手が出し辛いコースに決められている。

 

(追い込みましたね。最初の打者は景気良く三振を取りにいきましょうか)

 

(わかったよ瑞希ちゃん!)

 

3球目。鋼さんが投げたのはさっきの2球に比べるとやや球速が劣る。変化球だろうか……。

 

(うっ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「嘘……。希が3球で……」

 

「最後に鋼さんが投げたのはスライダーだね。それもかなりキレのある球だ」

 

あれは間違いなく全国レベル……。本当に中学まで無名だったのか怪しいくらいだ。

 

(先頭打者……それも新越谷で1番ミートがある中村さんを三振に出来たのは大きいですね。この後も山崎さん、岡田さんとミートがある打者が続きますし、慎重に投げていきましょう)

 

(流れが悪いな……。どうにかして鋼さんの突破口を開きたいところだけど……)

 

鋼さんの球種があのスライダーだけだとは考えにくい。二宮の事だから二巡目に入るかピンチになるまでは次の球種を公開しないピッチングをさせる可能性がある。いや、それすらも逆手に取って野球をするのが二宮だ……。あらゆる可能性を視野に入れてこの試合に臨む必要が出てくるね。

 

 

ガッ……!

 

 

2番の山崎さんと3番の主将もこのように鋼さんの投げるストレートとスライダーを詰まらせて打ち取られる。

 

(見た感じだと制球力はそこまでなさそうだ。それを上手く二宮がカバーしているって感じか……)

 

しかしこうも連続で打ち取られるとこのまま点が取れないような気持ちに陥ってしまうから、鋼さんが2球種で抑えている内に最低でも同点にしたい。

 

「こ、これはいよいよ追加点をあげる訳にはいかなくなったよ」

 

「頑張ろうね星歌ちゃん」

 

渡辺は乱調しがちの投手だから、山崎さんにはなんとしても渡辺の手綱を握っていてほしい。二宮もその機会を伺っている筈だしね。

 

(前に先発させた時も悪い部分はなかったから、この試合も乗り切って投げられれば良いんだけど……)

 

(星歌さんはシニア時代に乱調によって崩れる事が多々ありました。それさえなければ背番号をもらえただろうと六道さんも言っていましたね。この試合で乱調を起こすかどうかは山崎さんのリードにかかっていますし、リードもしていますから、その時が来るのを待つのも一手ですね)

 

2回表の向こうの攻撃は6番から。渡辺は6~8番を凡退に抑える。

 

(この回は3人で終わってしまいましたか……。星歌さんもシニアから練習を欠かさずしていたようですし、初回に点を取れたのはありがたいですね。もしかしたらここから点が取れない可能性も考慮する必要がありそうです)

 

「ナイスピッチ渡辺」

 

「珠姫ちゃんのリードのお陰で乱調状態にならずに済んでるよ」

 

「それでも気を抜かない事。何が原因で向こうの打線に捕まるかわからないからね。2軍とはいえ相手は春夏4連覇を取っていた高校なんだから」

 

正直あの試合だって先発が神童さんだったら私達は負けていた。何を意図して新井さんを先発させたのかわからないけど、私達からしたら運が良かったのだろう。

 

(さて……。4番の藤原さんと6番の川崎さんはストレートに強いですし、スライダー中心の配球で攻めましょうか。それに5番の川原さんはノーデータ……。最低でも2回は回ってきますので、その時にデータを取らせてもらいますよ)

 

2回裏は藤原先輩の打順から。4~6番の3人はストレートに強め。スライダーを中心に投げてくるピッチングをするだろうから、上手く狙い打ちしてほしいね。

 

(初球からスライダーでいきましょう)

 

(うん!)

 

鋼さんの1球目。キレのあるスライダーを投げてきた。狙い球絞りは基本的にじゃんけんに近い。鋼さんの場合は現状2球種だから、グー(ストレート)とチョキ(スライダー)しかないから、それに合わせて打っていけば……。

 

 

カンッ!

 

 

「やった!スライダーを捉えた!!」

 

打球は三遊間へ。普通の相手なら抜けて長打を狙える当たりなんだけど……。

 

 

バシィッ!

 

 

「と、捕った!?」

 

ショートが打球を捕ってそのまま一塁へ投げる。

 

『アウト!』

 

藤原先輩の当たりは悪くなかったけど、それをショートの守備が上回りアウトとなってしまった。

 

「あのショート守備が上手すぎ……」

 

「そうだね。しかも……」

 

「しかも?」

 

「ショートを守っているのは佐倉日葵さんなんだ」

 

「えっ……?」

 

「そんな……!」

 

私の言葉に反応したのは芳乃さんと山崎さん。主将も声に出さないだけで険しい表情をしていた。

 

「上手いよね守備。でもそれがどうかしたの?」

 

その一方でどういう事かわかっていない人達の中で代表して雷轟が私に質問する。

 

「本来ショートを守るのは今セカンドを守っている佐倉陽奈さんで、セカンドは本来佐倉日葵さんが守るポジション……って言ったら事の重大さがわかるかな……?」

 

「そ、それって……」

 

「どういう訳かは知らないけど、あの姉妹は本来守るポジションとは逆に守っているんだよ」

 

それにしても佐倉日葵さんは捕球方面に難があるっていう話だったけど、今の守備にはムダがなかった……。白糸台は徹底して個々の弱点を克服させているようだ。




遥「鋼さんが攻略出来てない……」

朱里「速いストレートとスライダー。更に球種を隠している可能性があるから厄介だね」

遥「次回は私に打順が回ってきます!」

朱里(また歩かされそう……)


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練習試合!新越谷高校VS白糸台高校④

2回裏と3回表はそれぞれ三者凡退で終わった。二宮が1球も振らなかったのが不気味過ぎる。まるで洛山の非道さんみたいだ。

 

そして3回裏だけど……。

 

「よーし!今度こそ打つぞーっ!」

 

この回は雷轟の打順から。果たして勝負してもらえるのか……。

 

(雷轟さんか……。どうするの瑞希ちゃん?)

 

(勝負で問題ないでしょう。公式戦ならともかく、これは練習試合。全国トップクラスのスラッガーに鋼さんの球が通用するか確かめる良い機会です)

 

捕手である二宮が立ち上がる気配はない……。勝負のようだ。

 

(しかし慎重に入っていきましょう。雷轟さんが相手だとそれでも足りないくらいですからね)

 

(うん……!)

 

雷轟に対する1球目……。内角低めにストレートを決めてきた。

 

『ストライク!』

 

(良いコース……。審判によってはボールカウントを取られるけど、打者はまず振ってくる可能性が高い)

 

あれだと迂闊に手を出せば凡打になってしまう。雷轟もこの4ヶ月でコースの良し悪しがわかってきたようで頼もしい限りだ。

 

(振ってきませんでしたか……。雷轟さんもかなり慎重になっていますね。勝負してもらえるのが久々だからでしょうか?)

 

(瑞希ちゃん、次はどうするの?)

 

(同じコースからの真ん中付近に曲がるスライダーをお願いします)

 

(了解!)

 

2球目。同じコースかと思いきや変化量の大きいスライダーだった。これは空振りを誘うスライダーかな……?

 

 

カキーン!!

 

 

(しまった!!)

 

雷轟は鋼さんのスライダーを捉えて、その打球はレフト線へ。入れば同点だ!

 

『ファール!』

 

ファールか……。惜しかったなぁ。

 

(あ、危なかった……)

 

(流石、和奈さんを越えたスラッガーですね。敬遠球の対策は出来ていないようですが……)

 

(瑞希ちゃん)

 

(……仕方ないですね。2つ目の解禁といきましょうか)

 

(うん!)

 

次で決まるかな?雷轟が放つ打球に萎縮する事なく投げた鋼さんの3球目は……。

 

(嘘っ!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

雷轟は三振に終わってしまった……。

 

「い、今の球、落ちなかったか?」

 

「変化の軌道から察するに縦に落ちるスライダーだね。あの2つのスライダーを混ぜるだけで打つのが困難になってくるよ」

 

「うう……。打てなかった。久々に勝負してくれたのに……」

 

(二宮には雷轟を打ち取る自信があったのか……?横の変化を見せてからの、縦に変化させる球を雷轟が追い込まれたタイミングで投げさせるとは……)

 

高校生最強投手と言われた神童さんの球を平然と捕るだけあってあの鋭い変化をするスライダーを捕るのも朝飯前って事か……。

 

その後も渡辺と鋼さんの投げ合いとなり、スコアは未だに1対0のままで、鋼さんに至っては未だにノーヒットノーランという事態に陥っていた。

 

(制球力がない分四球を狙えるのが救いだね。これまでも四球が3つとやや多めだし……)

 

(予想以上に星歌さんに苦戦しますね。乱調の気配もなし……。これも山崎さんが優れた捕手である証拠ですね。見習いたいくらいです)

 

試合は5回表。この回の打順は……。

 

(さて、追加点がほしいところですね)

 

9番の二宮からか……。しかも佐倉姉妹に回る嫌な回だ。3回表もこの3人に回ったんだよ?なんとか3人で終わらせたけども。

 

(瑞希ちゃんは相手にすると危険なんだよね。1打席目で抑えられたのが奇跡なくらい)

 

(この打席は星歌さんに球数を費やしてもらいましょうか)

 

渡辺が振りかぶって1球目を投げる。球種はカーブ。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(カーブにタイミングが合ってる……)

 

(だったらスライダーで!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目に投げたスライダーも二宮はカットする。

 

(それなら今度はストレート!)

 

 

カキーン!!

 

 

なっ!?当たりが大きい!

 

『ファール!』

 

切れてファールになった。それにしても非力だった二宮がスタンドに飛ばす程のパワーを身に付けていたとは……。

 

(瑞希ちゃんってパワーがあったんだね。星歌はレギュラーメンバーとはほとんど関われなかったから、知らなかったよ……)

 

(こうなるとストレートは危険だな……。星歌ちゃんの数ある変化球で打ち取るよ!)

 

 

それからも高速シンカーにスローシンカーを投げるが、二宮にはカットされる。

 

(これで星歌さんの残る球種は私が知る限りではあと1つ……!)

 

(……珠姫ちゃん、あれを投げさせてもらうよ!)

 

(……そうだね。二宮さんにはことごとくカットされているし、今まで投げた球よりも変化が大きいから三振も狙える)

 

こうなってくると渡辺が二宮に投げられる球は渡辺ご自慢のオリジナルフォークだけ……。もちろん二宮もそれはわかっているだろうから、二宮を打ち取れるかどうかは渡辺の成長にかかっている。

 

(いくよ瑞希ちゃん……。これが星歌の投げられる最高の球!)

 

(この感じは……。星歌さんの決め球がきますね。あの鋭いフォークボールが……!)

 

もう何球目だろうか?渡辺が肩で息をしてしまっている。

 

(これからの星歌は朱里ちゃん達新越谷の皆と並ぶ為に……前に進む。今から投げるのはそんな星歌の決め球!!)

 

渡辺が投げたのは予想通りのオリジナルフォーク。二宮も読んでいたようでそれにタイミングを合わせる。

 

(この球は……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

あの二宮が空振り……。もう渡辺はシニア時代の渡辺とは違って強くなってるね。

 

(これはまた強力なライバルが出現したね……)

 

新越谷でエースになるには武田さんを始めとする5人の強力な投手がライバルだ……。それでも最後には私がエースナンバーを獲得したいね。




遥「ナイスピッチ星歌ちゃーん!」

朱里「最後に投げたオリジナルフォークは渡辺が自分の殻を破った瞬間でもあったね」

遥「あとは鋼さんから点を取れれば……!」

朱里「ストレートと2種類のスライダー……それ等を打てるかどうかだね」


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練習試合!新越谷高校VS白糸台高校⑤

先頭の二宮を空振りに取って、後続の佐倉姉妹も凡退に打ち取ると渡辺は2軍とはいえ白糸台打線相手に好投を見せる。

 

「ナイスピッチだよ星歌ちゃん!」

 

「ありがとう!」

 

好投している訳だけど、渡辺の疲れが見え始めているから交代だね。負けている私達からしたらこれ以上点差を広げる訳にはいかないし……。

 

「渡辺はここで交代ね。お疲れ様」

 

「うん……。今までで1番頑張った気がするよ!」

 

渡辺の言う通り、私が知る中で1番調子が良かったと言っても過言じゃない。二宮達に捕まる前に交代しておくのが妥当だろう。本人も自信が付いている事だしね。

 

(この回は丁度渡辺に打順が回るな……。それなら代打には大村さんに出てもらって、リリーフとして川原先輩に投げてもらおうかな?)

 

流れはこっちに来ている筈だし、このまま逆転まで突っ走りたいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(不味いですね……。星歌さんに抑え続けられて流れが向こうに傾き始めています)

 

「あーっ!なんか急に打てなくなったよ、陽奈お姉ちゃん!」

 

「そうね。渡辺さんも良いピッチングをするわ」

 

「こうなったらこっちも負けてられないよ香菜ちゃん!」

 

「もちろん!私のストレートと変化球で打ち取り続けるよ!!」

 

「頼りにしていますよ」

 

「今年の1年生達は頼もしいな」

 

「そうですね。彼女達は3人共1軍に上げても通用するでしょう」

 

「二宮が言うなら間違いないな。それがわかっただけでも新越谷と練習試合を組んだ甲斐がある」

 

「星歌さんの成長も知れましたし、私からしたら良い事ずくめです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5回裏。この回の先頭打者である川崎さんは鋼さんの投げる2種類のスライダーに翻弄されて三振となった。

 

「くっそ……。上手く狙い球を絞れねぇ」

 

「横の変化も縦の変化も同じくらいキレが良いからね」

 

(少なからず二宮のリードが影響しているだろうけど……)

 

二宮瑞希のリードは相手に狙い球を絞らせない。例えるならとある投手の球種がスライダーとカーブを投げるのなら、打者はどちらかに狙いを絞って打ちにいく……。

 

しかし二宮の場合はスライダーに狙いを絞っているのを察知して味方投手にカーブを徹底して投げさせたり、その逆を突いたりしてくる。この後戦術はシニア時代に橘や渡辺もお世話になっていた。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

次の藤田さんも三振。鋼さんは2種類のスライダーだけじゃなく、ストレートも速いから緩急も完璧である。

 

「じゃあ大村さん、頼んだよ」

 

「星歌の代わりに鋼さんを打ってね!」

 

「私に繋いで白菊ちゃん!!」

 

「はい!私なりに精一杯頑張ります!!

 

皆からの声援を糧に右打席に大村さんが立つ。

 

(大村さんですか……。この春に野球を始めた初心者ですが、全国大会決勝戦でホームランを打っていますし、油断は出来ませんね。パワーだけなら洛山高校の人達に負けてないでしょう)

 

(どうするの?)

 

(この局面で出て来たのは気になりますが、勝負でいきましょう。公式戦なら歩かせますが……)

 

(うん!)

 

大村さんに対する1球目。鋼さんが投げたのは横に曲がるスライダーだった。

 

『ストライク!』

 

(振り遅れてる……。このままいけそうかな?)

 

(油断慢心せずに投げましょう。次はこのコースにお願いします)

 

2球目は縦に落ちるスライダー。これも大村さんは振り遅れていた。

 

(追い込まれてしまいました……。このままでは三振してしまいます)

 

大村さんは少し落ち込んだ様子。鋼さんの球にタイミングが合ってないもんね……。

 

だけどここは大村さんに任せる。公式戦ならタイムの1つでも掛けてアドバイスしたり、落ち着かせたりするんだけど、これは練習試合……。それぞれがそれぞれの答えを見付けてほしい。

 

(追い込みましたね。1球外して様子を見ましょうか)

 

(ううん、3球で決める。相手が困惑している内に三振を取りたい!)

 

(……そうですか。まぁ練習試合ですし、構いませんよ。鋼さんが後悔しないピッチングをしてください)

 

(ありがとう瑞希ちゃん!)

 

追い込まれた大村さんはと言うと目を瞑っていた。精神統一でもしているのだろうか……?

 

(心を落ち着かせていけば捉えられる筈です。これまでの傾向や鋼さんのピッチングから察するに次に投げてくるのは……)

 

鋼さんが振りかぶって投げる。投げてきたのは……。

 

(……来ました。ストレートです!)

 

 

カキーン!!

 

 

(ストレートを待っていましたか。ヤマを張ったのか、狙っていたのか……。何れにせよ大村さんの得意な球がわかったので、後悔はありませんね。次に回ってきた時は大村さんの傾向を利用してみましょうか)

 

大村さんが打った当たりはセンター方向に飛んでいき、そのままフェンスに直撃した。結果は二塁打となった。

 

「やった!白菊が繋いだぞ!」

 

「このまま点を取っていくよ!」

 

「頼んだわよ遥!」

 

「任せて!!」

 

皆が雷轟に声援を送る。雷轟もその期待に応えようと張り切っているけど……。

 

(一塁が空いているし、歩かされても可笑しくないな。雷轟の次は中村さんだし、狙い球さえ絞れていれば点は取れそうだけど……)

 

果たして向こうのバッテリーがどう動いてくるのか……!




遥「白菊ちゃんの踏ん張りで私に打順が回ってきたよ!」

朱里「この雷轟の打席で向こうがどうくるかによって私達が勝てるか変わってくるね」

遥「前の打席は三振させられたし、今度こそ打ちたいな……」

朱里「それも向こう次第だよ」


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練習試合!新越谷高校VS白糸台高校⑥

(さて……。悪いタイミングで雷轟さんに回ってきましたね)

 

(瑞希ちゃん、ここはもちろん……!)

 

(勝負……ですね?後悔がないピッチングをしてください)

 

(うん!)

 

ツーアウト二塁。一打同点のチャンスだし、雷轟だから一発逆転の期待も出来る……んだけど。

 

(雷轟が歩かされると一発の目がなくなる。次は中村さんだから歩かされても期待値は高いし、向こうからすればランナーを溜めた状態で上位打線に回したくないって意図もあるだろうから、1点しか勝ち越せていない現状勝負の可能性が高い)

 

二宮が立ち上がっている様子はないし、向こうもそのつもりなんだろう。

 

『ストライク!』

 

1球目に横に変化する鋭いスライダーが内角ギリギリに投げられる。

 

(まずはワンストライク……!)

 

(次はここにお願いします)

 

2球目は空振りを誘う低め。投げられたのは前の打席で雷轟を空振りさせた縦に落ちるスライダーだ。

 

 

カキーン!!

 

 

しかし雷轟はそれを掬い上げるように打った。あれは洛山の非道さんがやっていた打ち方だ。打球はそのまま場外に飛んでいくが、ポールから切れた為にファールとなる。

 

『ファール!』

 

(ファールで助かりました。しかし今のは洛山の非道さんの打ち方……。雷轟さんは それを見て自力で物にしましたね)

 

(瑞希ちゃん……)

 

(……本当は鋼さんが大会で登板する時までとっておきたかったのですが、仕方がありませんね。3つ目を解禁しましょう)

 

(良いの?)

 

(新越谷相手……況してや雷轟さんには温存は出来ません、先程と同じコースに投げてきてください)

 

(ありがとう!)

 

鋼さんが振りかぶる。

 

(何かくる……!恐らくこれまで鋼さんが温存していたものだと思うけど……)

 

3球目。コースは2球目と同じその球は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

斜めに曲がった。

 

(そんな……!)

 

雷轟が2打席連続で三振……。これはとんでもない伏兵が白糸台にいたものだ。

 

(なんとか三振に出来ましたが、2度目で通用する可能性は低いですね。鋼さんにはこれからストレートと3種類の変化球を磨いてもらいましょう)

 

(やった……!全国最強のスラッガーを連続で三振に抑えた!)

 

「まさか遥ちゃんが2打席連続で三振するなんて……」

 

「両方とも鋼さんが温存していた変化球にやられたね」

 

「朱里ちゃん、鋼さんが最後に投げたのって……」

 

「斜めに曲がるスライダー……今ではスラーブって言うのかな?スライダーとカーブを足した感じの変化球だよ」

 

「そっか……」

 

まさかここまで球種を隠していたとは……。本来なら練習試合で投げる予定はなかったのかな?

 

その後投手は渡辺から川原先輩に交代し、代打で入った大村さんがそのままライトに入った。

 

川原先輩は6回、7と回白糸台打線を完全に抑え込んで完璧なリリーフだった。打者6人に対してノーヒット、三振を3つ取っている。

 

(渡辺が遅いタイプの投手だったから、速球派の川原先輩の球が上手く刺さった……と考えるべきかな?)

 

一方で私達は鋼さんの投げる3種類のスライダーと二宮のリードによって上手く打つ事が出来ず……。

 

『ゲームセット!!』

 

1対0で白糸台高校2軍に敗北……という形になってしまった。

 

(負けたか……。2軍とはいえ流石白糸台。完全にやられたよ)

 

(なんとか逃げ切れましたね。鋼さんのピッチングが予想以上に良かったのが勝因でしょうか……。星歌さんにも苦戦しましたし、もしも朱里さんや武田さんが投げていたらこの試合で勝てていたかどうかわかりませんね……。ですが何にせよこれで1勝1敗です)

 

(練習試合では負けたけど……)

 

(公式戦では……)

 

(絶対に負けない(ません)よ……!)

 

この時の私と二宮は火花バチバチだったと周りの人達は言っていた。




遥「試合に負けちゃった……」

朱里「これが練習試合で良かったね」

遥「しかもまた鋼さんに抑えられたし……」

朱里「二宮のリードもあるとはいえ3種類のスライダーをここまで操るのは凄いと思ったよ」

遥「次に勝負出来るのはいつになるかなぁ……?」

朱里「さぁね」


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新・連合チーム!

白糸台との試合に負けてしまった……。渡辺も川原先輩も成績は悪くなかったけど、完全に鋼さんと二宮のバッテリーによって抑え込まれた形になっている。

 

「鋼さん相手に全然打てなかったな……」

 

「あれで2軍……なのよね」

 

この試合で鋼さんからまともに打てたのは大村さんの二塁打だけ。鋼さんは7イニング投げて失点0、四球3つ、被安打1というほぼ完璧なピッチングだった。

 

(鋼香菜……。調べてみたところ中学時代は軟式で野球をやっていたみたいだ。球速はあるけど、制球力が余り良くなくて外野をやっていた……か。どこか新井さんにそっくりな投手だ)

 

「今日の試合は負けちゃったけど、鋼さんの実力が知れて良かったよ。恐らく秋大会以降で1軍に上がるレベルまで到達しているだろうし、来年は間違いなく私達に立ち塞がる相手だろうね」

 

「次に当たる時はきっと鋼さんも強くなってるよ……。今回は完敗だったけど、次こそは絶対に打ってやる!」

 

雷轟がここまで燃えているのも珍しいな……。2打席連続で空振り三振だとやはり悔しいものがあるのかね?

 

「あとは相手の守備も上手かったわ……」

 

「特に二遊間……。稜と菫もあのような連携が出来るようになるんだぞ」

 

「もちろんっすよ!」

 

「美園学院には三森3姉妹もいるし、強力な二遊間のライバルが多いわね……」

 

いや、佐倉姉妹も三森3姉妹も双子や三つ子だから、藤田さんや川崎さんが目指す二遊間とはまた違うんじゃ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はお疲れ様でした」

 

「試合は楽しかったけど、全然打てなかったな~!」

 

「そうね……。私達ももっと精進しないといけないわ」

 

「そうですね。反省点はそれぞれありますが、それを差し引いても今日の試合は良かったですよ。鋼さんのピッチングは今後も制球力が課題ですが……」

 

「瑞希ちゃんが褒めてくれた!」

 

「陽奈さんも日葵さんも初回の走塁は最高でした。あれがなければ最悪負けていた可能性ありましたので……」

 

「ありがとう瑞希ちゃん!」

 

「ありがとうございます二宮さん」

 

(それに先日に一足早く1軍に昇格した彼女を温存出来て良かったです。朱里さん達に披露するのは次の全国大会になりますね)

 

「今日を以て鋼さん、陽奈さん、日葵さんは1軍に昇格です」

 

「ほ、本当に!?」

 

「やったわね。日葵……!」

 

「うん!陽奈お姉ちゃん!!」

 

「これからは2軍に落ちないように互いに切磋琢磨していきまきょう」

 

『うん(はい)!!』

 

「それと明後日なのですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夏休みの練習試合もこれで終わりか?」

 

「あと1試合残ってるよ」

 

「確か『???』ってなっているやつだよな……」

 

「連合チーム……って事くらいしか私も知らないし、こればかりは当日を待つしかないかな」

 

「試合日程は明後日……。明日は自主練にしましょうか」

 

「そうですね。連日の試合で疲れもあるでしょうし、休養に当てても良いと思います」

 

「明後日はどんな人が来るのかな?今からワクワクしてきたよ!」

 

「うんうん!楽しみだなぁ……!」

 

「ヨミちゃんも遥ちゃんも気が早いよ」

 

この2人はぶれないな……。

 

(しかし本当に誰が来るんだろうか?二宮達は確定だとして、あの時は3年生がそれなりにいたし、今日いた鋼さん達も来るのかな?)

 

ある程度しか予測出来ないけど、当日に向けて私も練習を頑張っていこう。

 

連合チームとの試合前日はそれぞれ自主練したり、気分転換で遊びに行ったりとそれぞれの休みを過ごしていた。もちろん私は前者ね。

 

そして連合チームとの試合当日。新越谷のグラウンドに来ていたのは……。

 

「今日はちゃんと間に合いましたね」

 

「3日前から準備はしてたからね!」

 

二宮と六道さんを中心に清本、金原、友沢、橘、天王寺さんの川越シニアOGと2日前に試合で相見えた白糸台の鋼さんと佐倉姉妹、県大会決勝戦で苦しめられた三森3姉妹、全国大会決勝戦でレベルの高いプレーをしていた鏑木さんと刀条さん、上級生には洛山の非道さんと白糸台の新井さん、3年生は神童さんと大豪月さんが来ていた。

 

オールスターズ再びって訳?はっはっはっ。……いや、笑えないなこれ。



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混合試合?

色々な人がいる中、六道さんが私達の前に出て来る。

 

「中には初めましての子もいるから、改めて自己紹介するね!私は六道響。普段は川越シニアの監督をやってるけど、今日はこの場にいる全員が来年の夏に向けてある事をやってもらう為にここに来たよ」

 

六道さんの自己紹介に周りが騒然とする。普通に試合をする訳じゃないみたいだね。

 

「来年の夏……という事は4年に1度やっている県対抗総力戦ですね?」

 

「流石瑞希ちゃん!……今彼女が言ったように来年の夏は全国大会と併用して県対抗総力戦をするよ。内容について大雑把に説明すると各県の各高校からここ4年の間に一定以上の成績をあげた選手がその県代表の選手として県対抗総力戦に出てもらって、各県代表と試合をして、全国で1番強い都道府県を決めるんだ。前回の4年前は神奈川県が都道府県最強に登り詰めているよ」

 

県対抗総力戦が何なのかがわからなかった人達も騒然とし始めた。まぁあれってお祭りみたいなものだもんね……。

 

(前回の県対抗総力戦の覇者である神奈川には海堂学園高校を中心に強力な選手が集まっていたんだよね……。来年こそは埼玉県に頑張ってほしいところだ)

 

「誰が選ばれる……っていうのは来年にならないとわからないけど、少なくとも今日瑞希ちゃんが連れて来た子達は総力戦のメンバーに選ばれる可能性を秘めているから頑張ってね!」

 

六道さんの発言に二宮が連れて来た人達は歓喜の声をあげていた。私達新越谷からは何人選ばれるのかも楽しみだ。

 

「……それでここからが本題なんだけど、今日はここにあるクジを引いてもらってチーム分けをするよ!理由としては総力戦に備えて今まで一緒に野球をやった事のない人達で親睦を深めたり、連携レベルを上げたりする為」

 

成程……。総力戦に備えて知らない人と同じチームで野球をやる可能性があるし、今の内にその環境に慣れておけ……って訳だね。

 

「クジには赤と白の紙が入っているから、チームはそれを参照にしてね!」

 

六道さんはどこからか箱を取り出した。

 

「じゃあ順番に名前を呼んでいくよー!まずは二宮さん!」

 

「はい」

 

どういう順番かはわからないけど、まずは二宮が呼ばれ、そこから私達新越谷のメンバーと二宮が連れて来た人達が一列に並んでクジを引いた。

 

「くぅ……!私は見ている事しか出来ないのか!?」

 

「私達は既に引退した身だからな。皆が活躍している場面をこの目で見ようじゃないか」

 

なんか大豪月さんが交ざりたそうにしてこちらを見ていて、それを神童さんが宥める。そういえばこの2人は何をしに来たんだろうか?

 

チーム分けの結果私は白チームに属する事になった。他のメンバーは……。

 

「朱里さんと同じチームですか……。ミット越しで朱里さんの成長を感じるチャンスですね」

 

「一昨日の敵は一時的に友……ですか」

 

「頑張ろーね!陽奈お姉ちゃん!!」

 

リトルシニアでバッテリーを組んでた二宮。白糸台の佐倉姉妹も一緒だ。

 

「まさか早川朱里と同じチームになるとはね……」

 

「総力戦で同じチームになる可能性もあるし、良い機会なんじゃない?」

 

「……私達の修行の成果を早川朱里のバックで見せるとは思わなかった」

 

シニア時代に何度か戦った三森3姉妹。夜子さんが言っていた修行が何なのかは気になるけど……。

 

「朱里と同じチームっていうのは心強いわね」

 

「うん……。朱里ちゃんはシニアでも安心感があったから、星歌も心強いと思うよ」

 

「朱里ちゃんなら大丈夫だと思うけど、なんか緊張するね……」

 

息吹さんと渡辺と川原先輩の投手組。

 

「お~、新井ちゃんも一緒なんだ~?」

 

「……非道と同じチームとか全く想像出来ないが、まぁよろしく頼む」

 

白糸台の新井さん、洛山の非道さんの他校上級生コンビ。

 

「刀条さん、今回は同じチームで頑張りましょう!」

 

「……そうですね。この場では共闘しましょう」

 

大村さんと刀条さんの元剣道部コンビ。これで14人。

 

そして相手となる赤チームは雷轟、清本、金原、友沢、橘、鏑木さん、鋼さん、新越谷から武田さん、山崎さん、中村さん、藤田さん、藤原先輩、川崎さん、主将の14人……。

 

ちなみに赤チームには天王寺さんと六道さんが、白チームには芳乃さんと藤井先生がそれぞれ監督役も兼ねて支援に入ってくれる。

 

(打撃力が向こうに偏り過ぎだとか突っ込みたい事はあるけど、とりあえず……)

 

白チームに一卵性双生児の人達が固まり過ぎだと思います……。



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混合試合!赤チームVS白チーム①

チーム分けが終わったので、それぞれのチームがオーダーをどうするかを考える事に……。

 

「それでどうするの二宮?」

 

「幸い守備方面では心強い味方がいますから、彼女達を軸にオーダーを組んでいきましょうか」

 

やっぱりそうなるよね。後は誰が投げるかだけど……。

 

「朱里さんしかいないでしょう」

 

「えっ?私?」

 

あの猛者達に私のピッチングが通用するとは思えないんだけど……。

 

「他の皆も賛成しているみたいですよ?」

 

二宮に言われて周りを見ると皆が首を縦に振っていた。本当に私が投げるの?あの打撃力に極振りしているようなチームに?心臓に悪いんだけど……。

 

皆の意見や他校の人達の守れるポジションを確認しつつ組んだオーダーは……。

 

 

1番 セカンド 三森朝海さん

 

2番 ショート 三森夕香さん

 

3番 センター 三森夜子さん

 

4番 レフト 非道さん

 

5番 ライト 新井さん

 

6番 ファースト 佐倉日葵さん

 

7番 サード 佐倉陽奈さん

 

8番 キャッチャー 二宮

 

9番 ピッチャー 私

 

 

……という風になった。センターラインとファースト、サードが凄い絵面になっている事には触れない方向でいこう。

 

そして向こうのオーダーは……。

 

 

1番 レフト 金原

 

2番 ファースト 中村さん

 

3番 ショート 友沢

 

4番 ライト 雷轟

 

5番 サード 清本

 

6番 セカンド 鏑木さん

 

7番 センター 主将

 

8番 キャッチャー 山崎さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

……というものだった。本当に打撃方面に隙がなさ過ぎる。武田さんも打率は低いけど、意外性があるから油断出来ないし。

 

(しかし新越谷の二遊間がどちらもベンチスタートなのと鏑木さんがセカンドを守れるのは意外だった……いや、鏑木さんに関しては全国大会で見せたあの守備の動きを見ればそこまで意外でもないのかな?)

 

それならば藤田さんと川崎さんには赤チームの二遊間の動きをよく見ておいてほしいところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しかし敵だと恐ろしいが、一時的にとはいえ味方になると物凄く頼もしいな」

 

「ええ……。特に3~6番はそれぞれ4番を打っていたのよね」

 

「これなら私達の勝ちは揺るがなさそうだぜ!」

 

「いや……それはどうだろうな」

 

「友沢さん……?」

 

「だね~。向こうには朱里と瑞希がいるし、守備方面はガチガチだしね」

 

「……そういえば三森3姉妹がセンターラインを守っているね。これはホームランを打たないと厳しいかも」

 

「シニアでも朱里と瑞希が揃えば鬼に金棒。あの2人からまともに打てたのは和奈くらいなものだけど……」

 

「それもあくまでシニア時代の話……ですね。あれから朱里ちゃんも瑞希ちゃんもそれぞれ成長してるし……」

 

(あの川越シニアOGの人達がそこまで言うなんて……。朱里ちゃんと二宮さんが同じチームと試合をする最初で最後のチャンス。同じ捕手として二宮さんの朱里ちゃんの力の引き出し方を学ばなきゃね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃんけんの結果、先攻は赤チームだ。

 

『1番 レフト 金原さん』

 

(よーし!絶対に朱里から打ってやる!)

 

(いずみさんは未だに朱里さんのストレートに見せ掛けた変化球に対応が出来ていない……。ですが油断せずにいきましょう)

 

(もちろん。元より私は誰1人として油断なんてした事がないよ)

 

私は基本的に二宮とサインのやり取りをしない。リトルシニア時代二宮は常にアドリブで私の球を捕っていたのだ。……冷静に考えるとこれって可笑しいよね?

 

(コースは外角の真ん中付近。それなら私が投げる球は……!)

 

金原に対する1球目。私が投げたのは全力ストレートだ。

 

『ストライク!』

 

(うっひゃ~。間近で見るとこのストレートはヤバいね。今まで見た球の中では速い方だけど、これはただ速いだけじゃないもん)

 

金原が戸惑っているところを見ると金原自身にはまだ攻略はされてないみたいだ。

 

(遊び球なしの3球勝負でいきましょうか)

 

(当然)

 

2球目、3球目と続けて全力ストレートを投げる。コースは多少変えているけどね。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(あちゃー、3球で終わっちゃったか……。出来ればもうちょっと粘りたかったなぁ)

 

まずは藤和のリードオフガールを3球三振!どんどんいこう。

 

『2番 ファースト 中村さん』

 

次は中村さんか。彼女とは練習で何度も1打席勝負をしてきたけど……。

 

(こういった空気感の中での勝負は初めてだ……。気合を入れていかないとね)

 

(これが正真正銘朱里ちゃんとの真剣勝負……。今までの1打席勝負とは違う緊張感やね。面白いやん!)

 

中村さんは好戦的な笑みをこちらに向けていた。ジャンキーな人多くない赤チーム?

 

(中村さんはいずみさんから長打力を引いた感じの選手……と見ている限りでは思っていますが、何が切欠で化けるかわからないですね)

 

(実際中村さんとの勝負はいつ負けても可笑しくないものばかりだった……。全勝出来ているのが奇跡なくらいだ)

 

私はチームメイト相手でも全力で投げる人間。二宮が構えているコースは外角高めか……。それなら投げるのは……!

 

(この球の軌道は……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

おっとっと……。軌道を読まれたかな?まさか……。

 

(まさか朱里さんのナックルカーブをいきなり当ててくるとは思いませんでしたね。流石新越谷で1番ミートがある選手です)

 

それなら次は……!

 

『ストライク!』

 

(フォークボール……。朱里ちゃんってこんなに球種が豊富やったんやね。でも私も負けんよ!)

 

フォークを空振りさせたけど、中村さんは更に闘志を剥き出しにしていた。これは一歩間違えたら確実にヒットを打たれるやつじゃん……。

 

(二宮は2球目と同じコースにミットを構えている。それなら私は……!)

 

私は二宮のミットに届くように3球目を投げた。

 

(球が落ちてくる……。フォークボールかいな?それなら打つ!)

 

 

カンッ!

 

 

「サード!」

 

中村さんが打った打球はサードへ。

 

「任せてください!」

 

サードにいる佐倉陽奈さんが綺麗に捌いてツーアウト。

 

「どんどん打たせていきましょう」

 

「もちろん。頼りにしてるよ」

 

相変わらず内野とセンターは一卵性双生児が蔓延っているけど、味方としては頼もしい限りだね。




遥「まさかまさかの混合チームでの試合開始!」

朱里「来年の夏に向けた催し物みたいだけど、まさか雷轟とチームが別れるとはね……」

遥「もしかして朱里ちゃんと別チームになるのは初めて?」

朱里「番外編で似たような事をする予定ではあるから、その辺りはノーコメントかな」


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混合試合!赤チームVS白チーム②

「…………」

 

「どうした珠姫?」

 

「キャプテン……。相手のバッテリーを見て何か学べる事があるかを見てるんです」

 

「朱里と二宮さんの事だな……」

 

「朱里ちゃんも投げやすそうにしていますし、二宮さんのリードに何か秘密があるのかなって……」

 

「それを探るのは止めておいた方が良いと思うよ」

 

「清本さん……?」

 

「朱里ちゃんと瑞希ちゃんはリトルの時からずっと同じやり方でやってるんだけど、他の捕手だとあんな風にはならないと思うし……」

 

「朱里と瑞希は阿吽の呼吸って感じでバッテリーしてるところはあるよね。アタシ達もあの2人が組んだ時は全然打てなかったし」

 

「あと瑞希ちゃんは朱里ちゃんに対してサインは一切出してないんだよ」

 

「それってずっとノーサイン……って事?」

 

「恐らくだけど、朱里ちゃんは球種が豊富だから自由に投げさせた方が球を活かせる……って事なんじゃないかな?」

 

「実際にそれで結果を出しているもんね☆」

 

「そうなんだ……」

 

「でも山崎さんは山崎さんなりのアプローチで朱里ちゃんが投げる時に向き合えば良いと思うよ」

 

「私なりのアプローチ……か」

 

(ずっと引っ掛かっていたものがなくなった気がする……。私はずっと二宮さんみたいな捕手になって朱里ちゃんやヨミちゃん達を支えたかったって思ってたんだね。でもそれはもう止めた。私は私なんだから!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『3番 ショート 友沢さん』

 

(次は友沢か……)

 

(亮子さん相手にはとりあえずこのコースに構えますので、そこから答えを見付けてください)

 

二宮が構えているコースは外部高め。友沢は左打ちだから、ナックルカーブを投げて様子を見ようか。

 

(朱里の投げる1球目……。これはナックルカーブか……?)

 

『ストライク!』

 

見送ったか……。友沢が投げるカーブやスクリューみたいな変化量はないから、中村さんみたいに打たれると思ったけど……。

 

(友沢は1球目に見た球を2球目で当てて、3球目にはホームランを打つ精密機械。同じ球を投げるのは本来危険なんだけど……)

 

二宮は同じコースに構えている。成程、考えている事は私と一緒って訳だね。それなら話が早い!

 

(2球目も同じコースの同じ球か……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(やはり当ててきたか……。私がこれまで友沢に負けてきたのは友沢の打撃を見て焦っていた部分があるからなのかも知れない。高校生になって新越谷の皆と出会った事で私なりに友沢に対する解答が見付かった気がするよ)

 

3球目も二宮は同じコースに構えていたので、私はそのままナックルカーブを投げた。

 

(1球目、2球目と同じコース……なのに、球のキレが増している気がするな。県大会準決勝では見られなかった景色をこの場で見た気がする……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

咲桜のエースで4番の天才を三振に抑えた。1回表は上出来だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亮子が同じ球に手が出なかったって珍しいね?」

 

「私だって完璧ではないからな。それ以上に朱里の成長が凄まじい」

 

「まぁアタシも同じ事は思ったけどさ……」

 

「切り替えて守備に付こうよ。こっちには朱里からエースナンバーを奪った武田さんがいるからね」

 

「奪ってないよ!?」

 

「ヨミちゃん、朱里ちゃんに負けないピッチングをしようね」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとか3人で抑える事が出来た。この勢いで我等が白チームが先制点を取りたいね。

 

『1番 セカンド 三森朝海さん』

 

「朝海姉さん頑張れーっ!」

 

三森朝海さんか……。彼女も含めた三森3姉妹は武田さんに抑え込まれていた事が多かったけど、今回は果たして……?

 

 

カンッ!

 

 

初球から打っていった!?

 

『ファール!』

 

三塁線切れたか……。三森朝海さんはカット打ちを得意としているから、今のところは変わったところはないみたい。

 

(……相変わらず武田さんの球は重いわね。ストレートのノビも全国大会を経て更に上がっていってるわ)

 

2球目もカットしてファールになる。

 

(2球使ってしまったし、そろそろ決めないとね……!)

 

(カットはされてるけど、追い込んだ。朱里ちゃんに負けないようにこっちも全力でいくよ!)

 

(うん!よーし!)

 

武田さんが投げる3球目。くるのはあの魔球だろうか?

 

(変化しない……?ストレートなら打つ!)

 

三森朝海さんがストレート待ちだったので、タイミングは合っていた。しかし……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(しまった!これは早川朱里が得意としているストレート……!)

 

武田さんが投げたのは偽ストレートだった。あれから偽ストレートの媒体を増やしたのかな?チェンジUPやカットボールとかも偽ストレートの媒体になりうるから、その辺りもこの試合で探っていきたいね。




遥「赤チームは3人で終わっちゃったけど、白チームも負けてないよ!」

朱里「そうみたいだね。武田さんも絶好調みたい」

遥「次回は私と朱里ちゃんの直接対決だよ!」

朱里「歩かせようかな……?」

遥「酷い!?」


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混合試合!赤チームVS白チーム③

1回裏は武田さんのピッチングが冴えて三者凡退に倒れた。おい、修行の成果とやらはどうした3姉妹?

 

(この回は4番から……。私だって負けるつもりは毛頭ないけど、念には念を入れていく必要があるみたいだ)

 

二宮は中軸相手に専用の守備陣形を白チーム内で考えていたみたいだ。流石二宮……。

 

「では皆さん、手筈通りにお願いします」

 

『了解!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし!朱里ちゃんからホームランを打つぞー!!」

 

「遥の奴張り切ってるな」

 

「朱里ちゃんとの真剣勝負を楽しみにしていたものね」

 

「あれ?向こうの守備が……」

 

「ポジションが変わるのか。随分早いな……」

 

「……ってあれは大胆過ぎない!?」

 

「大方瑞希の入れ知恵だろうな。他にあんな小癪な手腕を発揮するのはあの中にはいない」

 

(非道さんがもしかしたら同じ事を思っているかもだけど……)

 

「ははー、そういう事か。瑞希ちゃんも思い切ったね」

 

「六道さんは何か分かったんですか?」

 

「まぁね。でも内緒だよ!」

 

「いや、赤チームが勝つ為に教えてくださいよ……」

 

「私と天王寺さんは監督支援にあって監督じゃないんだよ。あくまで解答を見付けるのは自分達だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷轟の打順からの2回表。二宮の指示で一部を除いてガラッと変わる。

 

外野には三森3姉妹が、外野にいた非道さんと新井さんがそれぞれファーストとサードに入り、二遊間にはファーストとサードに入っていた佐倉姉妹が入った。

 

(これが二宮の言うスラッガーシフト……。足の速さと守備範囲の広さを売りにしている三森3姉妹がそれぞれ外野に入る事によって外野全てが三森3姉妹の守備範囲内に収まる……というものらしい)

 

改めて聞くと凄いな……。なんだよ外野全てが守備範囲内って。

 

(まぁ私は雷轟どのように勝負に集中しよう……!)

 

『4番 ライト 雷轟さん』

 

(練習では感じなかった威圧感……。それだけ本気だって事だよね。光栄だよ)

 

(朱里ちゃんに勝つ……!他の事は考えないよ!!)

 

(雷轟さんも朱里さんも凄い気迫ですね。互いに一歩も譲らない……といった感じでしょうか)

 

二宮のミットは内角低めに構えてある。そこから導き出される私の解答は……!

 

(これだ!)

 

(低め……真っ直ぐ……!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(振って来なかったか……)

 

(危ない危ない……。空振りを誘うフォークだったんだね)

 

ほんの数ヶ月前までは素人だったとは思えない。今の雷轟は打撃面だけならプロでも通用する。さっき投げたフォークだって普通はバットが出るようなコースだったからね。

 

(朱里さん、次はここです)

 

(了解)

 

次のコースは真ん中高め。迂闊な球を投げれば簡単に場外まで運ばれるだろうコース。それを雷轟に投げるのか……。それだったら……!

 

(私の次の手は……これだ!!)

 

(速い……。ストレート?)

 

真ん中高めに投げたボールに雷轟はスイングを始動する。ストレートだと思っているなら……!

 

(えっ?嘘っ!?)

 

(空振りするよ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

これで1ストライク、1ボール。ただ今日のところはこの手を再利用する事は難しそうだ。

 

(やられた……。まさかSFFだったなんて……!)

 

雷轟が悔しそうな顔をしてる。ごめんね。一時的にとはいえ今は敵なんだから……!

 

(次はここにお願いします)

 

二宮はど真ん中に構えていた。ど真ん中ねぇ……?さっきのSFFやナックルカーブ、フォークならば空振りが狙えるし、偽ストレートやカットボールの類いならば詰まらせる事が出来る……。難しいところだね。

 

(……何にしても全力で投げよう。私は雷轟遥に勝つ)

 

(朱里ちゃんとこんな風に勝負出来るなんて嬉しいよ。私にとって朱里ちゃんは私に野球の楽しさを教わったから、雲の上の存在だったから……。朱里ちゃんのお陰で野球が好きになれたんだよ!)

 

(いくよ雷轟……!)

 

(私は全力で迎え撃つよ朱里ちゃん!)

 

これが私の全力ストレートだ!!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ!今のストレート速いよ!」

 

「間違いなく朱里の中で最速だろうな」

 

(私の時も投げてくれるかな。あのストレート……)

 

「あんな朱里ちゃんを見るのは初めてだよ……」

 

「アタシ達も見た事ないかもね。少なくともシニアではあんなイキイキとしてなかったよ」

 

「雷轟さんは朱里ちゃんの力を引き出すカンフル剤になってるね。お互いに無自覚なんだろうけど……」

 

「こうなったらどっちも応援しよう!」

 

「……今は敵チームだが、確かに遥にも朱里にも頑張ってほしいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(凄い……。今の1球からは朱里ちゃんの魂を感じたよ!)

 

(今のストレートは自分の中で最高の球だった。阿知賀との練習試合でも投げたものだ。あの時と今の雷轟との対面で何か共通する部分はどこなのか……)

 

(……今のストレートは簡単に打てるものではありませんでした。朱里さんの表情から察するに今のストレートは偶然のものでしょうが、もしもこれをいつでも投げる事が出来るのならば敵として対峙した時にとても厄介なものとなります)

 

今のストレートは……今までの私にはなかった最高のぶつかり合いがしたいと思って投げたものだろう。シニアまでの私には決して生まれる事がなかった感情だ。

 

(新越谷に入ったから……いや、そもそも雷轟がいなかったら投げられる事のなかったストレートだね)

 

次が4球目……。私の全力ストレートをど真ん中に投げる!

 

(次に投げるのは恐らく朱里ちゃんの全身全霊が込められた球。私はそれを全力で打ち返すだけ……!)

 

私は腕を振り下ろしストレートを投げた。その結果は……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガツッ……!

 

 

「……?これってバットの欠片?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最高の球でしたよ朱里さん」

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

センタースタンドに何かが当たった音がした時は少し焦ったけど、雷轟を三振させる事が出来た……!

 

(やるね朱里ちゃん……。次は私が勝つよ!)

 

(私は誰にも負けるつもりはないよ)

 

先頭の雷轟を三振。次は清本の打順だ。




遥「すっごく熱い勝負だったよ!」

朱里「こちらこそ」

遥「次の打席は私がホームランを打つよ!」

朱里「私だって負けないよ」

遥「次回は清本さんと朱里ちゃんの勝負が描かれるよ!」

朱里「清本との勝負も全国前の連合チームとの練習試合以来だから楽しみだね」


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混合試合!赤チームVS白チーム④

『5番 サード 清本さん』

 

(一難去ってまた一難……か)

 

清本も雷轟に負けない高校生で1、2を争うスラッガーだ。そんな清本と対峙する訳だけど……。

 

(……ってあれは木のバット?)

 

(これは相当気合いが入ってますね。全国大会から和奈さんの雰囲気が大きく変わっています)

 

身長は相変わらずちっちゃいままなのに、雷轟以上の威圧感を感じる。全国大会が終わってからまだ1週間くらいしか経ってないのに彼女に一体何があったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~、早速清本ちゃんはあれを使ってるね~」

 

「あれって木のバットだよな?全国大会までの彼女は普通の金属バットを使っていた気がするが……」

 

「そりゃあれを入手したのは正真正銘全国大会が終わった後だからね~」

 

「雰囲気も前とは別物だが、何かあったのか?」

 

「洛山は昨日まで合宿に行ってたからね~。毎年恒例の獄楽島への強化合宿~」

 

「な、名前からしてとんでもない島だな……」

 

「実際清本ちゃんを含める1年生が行くのは初めてだったから、良い刺激になったと思うよ~」

 

「……まぁ詳しくは聞かないが、あのバットはその合宿によって手に入れた代物……という訳か」

 

「そういう事~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(打席に立つと振り撒かれる威圧感が更に凄まじいですね。本来なら歩かせるべきでしょうが……)

 

(言うまでもなくここは勝負だよ)

 

正直勝負を避けたいけど、今の清本から逃げると取り返しのつかない事態になりそうな気がするからね。

 

『ストライク!』

 

初球は外角高めに投げる。見逃しが余計に怖い。何あの子?副キャプテンになって非道さんに何か叩き込まれたの?

 

(どうやら普通に勝負してくれるみたいだね。歩かせようものなら朱里ちゃんに……!)

 

怖っ!でも私だって負ける訳にはいかないよ。今の清本が今までの清本じゃないように、私もシニアまでの私じゃないんだから。

 

(2球目は緩急を付ける球を投げてほしいところですが……)

 

二宮のミットは内角低めに構えていた。初球はストレートだったし、次は緩急を付ける為にチェンジUPを投げるかな……。

 

(あわよくばタイミングを狂わせて空振りしてほしいところだけど……)

 

そう思って投げた瞬間、清本が超スピードでスイングをしたかと思えば……。

 

(は……?えっ?打球は!?)

 

ボールが消えていた。少なくとも二宮のミットには収まっていない。当てられたのは確かだ。

 

 

ドンッ!

 

 

「えっ……?えっ!?」

 

打球はレフト線に飛んでいた。フェンスに当たって初めて打球が飛んできた事に気付いたようだ。

 

『フ、ファール!』

 

幸い切れてファールになっていたから良かったけど、今のはヤバかった……。雷轟のスイングスピードもかなり速いけど、今の清本のスイングはそれとは比べ物にならない……。

 

(まさに覇竹の勢い……だね)

 

(恐ろしいスイングスピードですね。目にも止まらぬ速さでスイングして、打球もそれに合わせて高速で飛んでいきました)

 

(これが私が獄楽島で得た新技。これで私は雷轟さんを越えてみせるよ……!)

 

とはいえどうやって抑えるべきか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石清本ちゃんだね~。敵に回ると恐ろしいよ~」

 

「全くだ。……そもそもおまえは同じ県内……というか同じ高校なんだから、県対抗総力戦で別チームになる事はないだろう」

 

「そうだね~。同じ高校で良かったよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ今のスイング!?」

 

「打球が消えたかと思ったらレフト線に……」

 

「す、凄い……!」

 

「この場では味方だが、本来なら敵になる相手だ。ヨミや理沙が投げるのなら、彼女の対策を考えないといけないな……」

 

「朱里ちゃんがどう抑えるか……ね」

 

(朱里ちゃん、大丈夫かな……?)

 

「いやー、これってアタシ達も決して他人事じゃないよね……」

 

「そうだな。和奈と対峙する時にあのスイングに対する解答を見付けないといけない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁさっきの打球はヤバかったけど、なんとか追い込んだ。3球勝負にするべきか、1球外すべきか……。

 

(……朱里さんの方は何やら考え込んでいるみたいですが、私のやる事は変わりません。ただミットを構えるだけです)

 

二宮のミットはど真ん中に構えられていた。あのスイングを見て尚且つど真ん中要求とか正気じゃないね。

 

(まぁ正気だったら雷轟や清本と勝負しよう……なんて思わないよね。わかったよ)

 

私は二宮の構えているど真ん中にストレートを投げた。最後はストレート!

 

(3球目……。この球は……!)

 

 

カキーン!!

 

 

覇竹の勢いで放たれた目にも止まらぬスイング。それは私のストレートを完璧に捉えて……。

 

『ホ、ホームラン!』

 

電光掲示板に直撃。壊れてないよね?

 

(しかし流石清本……。リトルからの付き合いだけあって成長した私の球を打つのも難しくない……って事か)

 

(雷轟さんも打てなかったストレートを私は打てた……。あれがあの時の雷轟さんに投げたストレートだったのか……と問われたらわからない。勢いは感じたから、それに近いものだと思うけど……)

 

次の打席は絶対に抑えてみせるからね……!

 

その後6番の鏑木さんと7番の主将を凡退に抑えてスリーアウト。なんとか1点で済んだけど、この1点がどう響くのか未だにわからない……。




遥「清本さんにホームランを打たれた朱里ちゃん!」

朱里「その発言は私に効く……」

遥「私を三振させた朱里ちゃんはどこに!?」

朱里「しつこいよ」

遥「次回は少しイニングが進むよ!」

朱里「まぁ2回表だけで2話も使っちゃったからね……」


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混合試合!赤チームVS白チーム⑤

イニングは進んで6回。私と武田さんで投げ合い、ランナーを出しつつも互いに失点0で抑える。つまりまだ1対0という訳だ。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

6回表はクリーンアップから始まる打順だったけど、なんとか3人で抑える事が出来た。清本は1打席目の借りを返すように三振にしてやったぜ!

 

(やっぱり朱里ちゃんは凄い……。でも私だってまだまだ負けないよ。次に戦うのがいつかはわからないけど、その時は完膚なきまで叩き潰してあげる……!)

 

(ふぅ……。ちょっと疲れてきたな。7イニング投げ切れるかな?)

 

最悪最終回だけでも息吹さんや川原先輩や渡辺にバトンを渡しても良いけど……。

 

6回裏の攻撃は私の打順からだ。

 

「1点ビハインドの状況だけど、誰か代打で出る?」

 

私が確認すると皆は首を横に振った。何故?

 

「……まだ試合に出てない人達は皆朱里さんにこの場面でも出てほしいと思っているみたいですね」

 

「私今日3タコなんだけど……」

 

武田さんのあの魔球やら、偽ストレートやらで私はコテンパンにされてる訳です……。その分ピッチングで借りを返しているけどね!

 

「……しかしここで朱里さんが打たなければ赤チームに追い付けないのもまた事実です」

 

あの?なんでプレッシャーを与えるの?まぁこのままやられっぱなしじゃ私も終われないけどね……。

 

『9番 ピッチャー 早川さん』

 

(ここで朱里ちゃんか……!)

 

(ここまでなんとか三振で抑えてはいるけど、決して油断は出来ないね)

 

(さて……。私だって白チームに打撃で貢献しないとね)

 

武田さんの1球目は外角高めのストレート。私がこれまでそのコースに手が出なかったからって、そんなあからさまに投げなくても……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(初球から打たれた……。これまでの3打席は外角に手が出なかったのに……!)

 

(私だってただやられていた訳じゃない。苦手なコースの克服の為にそこ以外の選択肢を消すように誘導させていたからね……)

 

とはいえまだ私が外角の球が苦手なのには変わりない。向こうのバッテリーがその事についてどう思うかによって攻め方が変わってくる筈……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石朱里だね~。転んでもただでは起きない☆」

 

「そうだな。これまで苦手としていた外角に投げさせるような凡退の仕方……。向こうは外角に投げれば朱里を抑えられるという先入観を植え付けさせた」

 

「だから朱里ちゃんは他のシニアだとクリーンアップでも通用するんだよね。川越シニアだと下位打線なんだけど……」

 

「……改めて川越シニアのレベルの高さが伝わってくるな」

 

「私達は今回ベンチだったけど、敵味方の守備の動きもかなり参考になったわ」

 

「これからは彼女達がライバルとして立ちはだかる……のよね」

 

「……私なりの課題が見えてきた。県対抗総力戦に選ばれるように頑張るぜ!」

 

「その決意も必要だが、今はヨミと朱里の対決を見ておこう。私達にとっても良い刺激になる筈だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ファール!』

 

(これで6球連続でファール……!)

 

(朱里ちゃん、凄く粘ってくるなぁ……)

 

(私だって負ける訳にはいかないんだよ。秋大会では私がエースになる為の1つとして、ここは武田さんを打たせてもらうよ)

 

まぁ仮にここで打てたとしても3タコだからまだまだ武田さんに軍配が上がると思うけどね……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(危ない危ない……。今のはタイミングギリギリだったね。これまでの配球から察するにそろそろ武田さんの決め球であるあの魔球がくる頃だけど……)

 

(これ以上粘られるとキツいね。あの球で決めにいこう!)

 

(うん!)

 

武田さんが振りかぶって投げてくる。コース的にもあの魔球である事はほぼ間違いない筈……。それでも万が一の事があるから、ギリギリまで見定める……!

 

(ここだ!)

 

あの魔球だと察した私は曲がり始めに合わせて低めにスイングを始動する。

 

 

カンッ!

 

 

(なっ!?)

 

(タイミングが完璧だった……。朱里ちゃんはあの球がくる事を読んでいたの!?)

 

私が放った打球は外野の頭を越えた。

 

「ナイスバッチ!」

 

「回れ回れ~!」

 

白チームの声援に応えて塁を蹴る。

 

「えいっ!」

 

ライトの雷轟からサードの清本へと送球が飛んでくる。雷轟は送球も良くなったね……!

 

「これで終わりだよ朱里ちゃん!」

 

「私だってまだ諦めてない……よ!」

 

クロスプレー。際どいけど、判定は……。

 

『セーフ!』

 

よしっ!三塁打!!

 

(これで私も少しは武田さんに近付けたかな……?)

 

その後我等が白チームはノーアウト三塁のチャンスを逃さず、三森3姉妹がアウト2つを駆使してなんとか同点に追い付く。

 

しかしそれでも武田さんの投球は冴えたまま(むしろ球が走ってきているような……)で後続の打者は抑えられて同点止まりとなった。

 

(いよいよラストイニングか……。向こうは1番からの好打順だし、投手を代えるにしてもどうするか……)

 

「朱里さん、最終回はどうしますか?或いは延長戦に備えていくべきでしょうか?」

 

「とりあえず渡辺達3人には肩を作らせているから、いつでも投げさせられるけど……」

 

「問題は上位打線相手にどうするか……ですね?」

 

そう……。代えるにしても私が続投するにしても1番から始まる赤チームの打線に白チームはどうしていくか……なんだよね。

 

ここは……!




遥「朱里ちゃんが自分のバットで白チームの意地を見せてきたよ!」

朱里「私だってやられっぱなしじゃいられないからね」

遥「次回、白チーム投手交代!?」

朱里「交代するとしたら誰が投げる事になるんだろうね?」


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混合試合!赤チームVS白チーム⑥

……私はここで降板する事になった。正直無理な投球は出来ないからね。

 

それで誰が投げるかだけど……。

 

(良い機会だから彼女に任せたけど、急に不安になってきたな……)

 

二宮がどう対応するかによってこの試合の運命が変わってくる。だからあとは任せたよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理無理無理無理!なんで星歌がマウンドなの!?」

 

「駄々をこねないでください。貴女は朱里さんの意思を継いで投げてもらいます」

 

「他にも適任はいるよ!なのに……」

 

「……朱里さんはこれも良い機会だと言っていました」

 

「良い機会……?」

 

「星歌さんはシニアにて格上相手に自信が持てずトラウマになっていました。自分の力が通じる訳がない……と」

 

「…………」

 

「そんな星歌さんは何の為に新越谷野球部に入ったのですか?」

 

「それは……こんな星歌でも野球部の力になりたいから……。星歌に勇気をくれた新越谷野球部に恩返しがしたいから……」

 

「その想いと私を抑えた時の気迫を思い出して投げてください。そうすれば向こうの上位打線を抑える事が出来るかも知れません」

 

「そ、そこはかも……なんだ……」

 

「世の中に絶対はありません。そこに限りなく近付く事は可能ですが……」

 

「それも星歌次第……って事だよね。うん、頑張るよ!」

 

(どうやらわかってくれたようですね。シニア時代での星歌さんの我の強さは高校に入ってから収まっているみたいですし、もしかしたらがあるかも知れませんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、次は星歌が投げるんだ?」

 

「星歌ちゃんのピッチングってシニア時代だと格上に対しては苦しい……って印象だけど……」

 

「それはあくまでもシニア時代までの事だ。今いる星歌はその頃とは違うだろう」

 

「亮子ちゃんの言う通りだよ。今の星歌ちゃんは新越谷野球部に入って自分の殻を破ろうとしている……。朱里ちゃんはその切欠が私達になるように仕向けているかもね」

 

(星歌ちゃんは自分に自信がないって言ってたけど、シニアの皆はちゃんと星歌ちゃんの事を見ていてくれてるよ。だから自信を持って投げ切ってね!)

 

「簡単に朱里の思惑通りさせないのがアタシ達だからね~。自信を付けている星歌には悪いけど、赤チームの勝利の為にも打っちゃうよ~☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『1番 レフト 金原さん』

 

(赤チームは1番のいずみさんから……。白糸台戦で見せた星歌さんのピッチングなら苦戦はすれど、抑えきれない相手ではないと思いますが、その辺りはいずみさん次第ですね)

 

(お~、星歌と勝負するのってシニアの紅白戦でもあんまりなかったよね?なんだかワクワクしてきたよ!)

 

(いずみちゃん……。川越シニアでは星歌にとっては雲の上のレギュラー陣の一角だった。男子にも負けないパンチ力と足の速さでシニアではずっと1番を打っていて、藤和高校でも不動の1番……。正直星歌じゃ抑えられないと思っていたのに、今はそんな負の感情はない……)

 

金原はミートもあって、パワーと足の速さなら友沢と互角以上のものを持ってる。まぁ飛距離は友沢に軍配が上がるけど、それでもシニアでは男子以上の成果を発揮していた選手の1人だ。

 

(この試合では渡辺が向こうの上位打線を上手く抑えて、渡辺の殻を破らせる為に設けられた機会だとも私は思っている。理想では渡辺が金原、友沢、清本を抑える事だけど……)

 

その為には間にいる中村さんや雷轟を歩かせる必要がある。なので無理はせず回ってきてしまった時に対処すれば良い。

 

 

カンッ!

 

 

金原が初球から渡辺の球を捉える。

 

『ファール!』

 

(三塁線切れたか……。星歌も良い球投げるね~)

 

(初球から打たれた……。やっぱりシニアの1軍で活躍していた人は違うな……。でも星歌だって負けないよ!)

 

渡辺は続けてカーブとスライダーで金原を攻める。しかし……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(星歌も成長してるみたいだけど、アタシからしたらまだまだ甘いね。これで全力だったなら次でスタンドへ放り込むよ?)

 

渡辺の変化球も悪くはないけど、金原を抑えるのには不十分なのか金原自身はまだ余裕がある。

 

(いずみさんの方は余裕がありますね……。それなら決め球を投げてもらいましょう)

 

(瑞希ちゃんのあのサインは……!)

 

金原はホームランを狙うつもりなのか構えを大きく取っている。バッテリーもそれを感じ取ったのか、警戒心を大きくした。

 

そして5球目……。

 

(これは……星歌の決め球?でも予測の範囲内!)

 

渡辺が投げたのはオリジナルフォーク。金原も予想していたのかタイミングを合わせてスイングする。

 

 

カンッ!

 

 

金原が打った当たりはセンター方向へと伸びていく。このままスタンドに入ってしまうと苦しいけど……。

 

『アウト!』

 

センターが打球に追い付きアウトとなった。

 

(球威に圧された……。まぁこれは星歌をどこか侮っていたアタシの敗けだね。でも次はアタシが勝つからね☆)

 

先頭の金原を打ち取ったが、中村さんと友沢を続けざまに歩かせてしまい、ワンアウト一塁・二塁のピンチに陥ってしまう。

 

『4番 ライト 雷轟さん』

 

ここでゲッツーでも取らない限り雷轟と清本の相手をしないといけなくなった。ランナーが2人いる以上歩かせるとしても1人が限界だし……。

 

(流れが悪いですね。歩かせるとしても雷轟さんよりは和奈さんの方が良さそうなので、この場は勝負といきましょうか)

 

(遥ちゃんと和奈ちゃんって超高校級のスラッガーなんだよね。星歌が抑えられるかわからないけど、いずみちゃんを抑えた時の事を思い出して投げていくよ!)

 

このピンチを凌げたら流れは私達に傾くけど、どうなる事やら……。




遥「なんか焦らされている気がする……」

朱里「気のせいじゃない?」

遥「次回でこの試合は決着かな?」

朱里「一応その予定だけど……」

遥「まさか第2陣があるとか!?」

朱里「それも可能性あるなぁ……」


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混合試合!赤チームVS白チーム⑦

ワンアウト一塁・二塁で雷轟の打順。そしてその次は清本が控えている。

 

「そうそう!言い忘れてたけど、今日の混合戦は色々な部分を見たいから、延長はなしだよ!」

 

「な、なんだって!?」

 

今は7回。つまりこの回を渡辺が無失点で抑えると私達白チームの負けはなくなるって事か……。

 

「こ、こうなったら絶対に打つよ!」

 

「こっちだって負けないよ遥ちゃん!」

 

雷轟と渡辺の間に火花が見える……。渡辺も緊張していないようで良かったよ。

 

(この様子ならもしかしたら……があるかもね)

 

渡辺が投げる1球目。低めの高速シンカーで腰砕けの内野ゴロを狙うようだ。しかし……。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

雷轟はそれを掬い上げるように打った。打球はライト線に切れていき……。

 

『ファール!』

 

ファールとなった。今のは結構ギリギリだったな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお~、雷轟ちゃんってば私がやっている打ち方を真似しちゃって~」

 

「真似してるかはともかく、低めの球をあのように掬い上げてホームラン級の当たりが出来るのは簡単じゃない……。あれこそおまえや雷轟のようなパワーがあって初めて実現するんだろう」

 

「でも白チームとしては渡辺ちゃんに抑えてほしいね~」

 

「ここの雷轟、清本と強打者続きを今の球筋だと渡辺が抑えられる可能性は低いだろうな。これまで上手くいっていたのは二宮のリードのお陰だ」

 

「流石白糸台の司令塔だね~」

 

「それも決して大袈裟と言えないんだよな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(1球目から大ファールとか勘弁してほしいよ……。でもこれくらいじゃ星歌は萎縮しないよ!)

 

(ファールになっちゃった……。次はセンタースタンドに放り込むよ!)

 

(緩急を付ける為に次は遅めのシンカー……といきたいところですが、読まれると酷ですね。次は逆を突くカーブをお願いします)

 

(うん!)

 

2球目はカーブ。先程のシンカーとは逆の曲がり方をするから、意表は突ける。

 

(カーブ!?でもこのまま打っちゃえ!)

 

 

カキーン!!

 

 

雷轟は少し体勢を崩して打った。雷轟も清本もなんであんな体勢を崩してホームラン級の当たりを出せるのか……。

 

『ファール!』

 

今度はレフト線に切れてファール。本当にギリギリだね……。

 

(タイミングがずれちゃった……。シンカー読みでいったからかな?)

 

(危ない当たりだったけど、追い込んだ……。次で終わらせたいな)

 

(それなら星歌さんの決め球……と思わせましょう)

 

(思わせる?)

 

(星歌さんの投球パターンを逆手に取りましょう)

 

3球目……二宮のミットはど真ん中に構えている。ここから落ちるのかな?

 

(コースは真ん中……。ここから落ちるのかな?)

 

雷轟は球が落ちるかどうかを見極めている。

 

(お願い……!)

 

しかしボールはそのまま真っ直ぐミットへと向かっている。

 

(もしかしてストレート!?)

 

 

カキーン!!

 

 

雷轟の打った打球はセンターへと飛んでいく。しかし打球は失速していき……。

 

『アウト!』

 

センターフライとなった。まさか最後にストレートを投げてくるとは思わなかったよ。よくそれで雷轟を抑えられたね……。

 

(悔しい……。ストレートを打ち損じるなんて……悔しい!)

 

(やった……。遥ちゃんに勝ったよ!)

 

(この次の和奈さんの方が危険なんですから、気を引き締めますよ)

 

先程のセンターフライでランナーはそれぞれ二塁と三塁に進み、ツーアウト二塁・三塁。打者は清本。

 

(星歌ちゃんとの勝負……。これはこれで楽しみなんだよね。でもさっきの雷轟さんに使った戦術は通用しないよ……!)

 

(雷轟さんに使った戦術は和奈さんには通用しないでしょう。また配球を考える必要がありますね……)

 

(和奈ちゃんとの勝負……。星歌は勝つ事が出来るかな……?)

 

1球目を投げる。初球から渡辺の決め球であるオリジナルフォークだ。

 

(この普通のフォークとは少し違う落ち方……。これが星歌ちゃんの決め球だね!)

 

 

カキーン!!

 

 

清本はフォークの軌道をギリギリまで見極めて打った。飛距離も雷轟と同じくらい飛んで場外へと……。

 

『ファール!』

 

しかしライト線切れてファール。雷轟と言い、清本と言い、場外にポンポンと飛ばし過ぎでしょ。冷や汗かくんだけど……。

 

(い、いきなり星歌の決め球を打たれちゃった……)

 

(……ここはもう1度先程のフォークを投げてもらいます)

 

(えっ?で、でも……)

 

(デモもストもありません。生半可な球だと高速スイングを会得している和奈さんには通用しませんし、当たって砕けましょう。これは練習試合なのですから)

 

(……そうだね。ここで星歌が打たれたら、星歌がまだまだだった……って事だもんね)

 

(私のミット目掛けて投げてきてください)

 

(いくよ……瑞希ちゃん!)

 

渡辺はシニアで二宮と組んだのは2回だけ。その時のやり方だと清本を抑えるのは不可能……。故に渡辺はシニア時代で閉じ籠った殻を破ってもらう必要がある。金原と雷轟を抑えた事でその片鱗が見えてくると思うんだけど……。

 

(これが星歌の全力だよ!)

 

2球目も渡辺自慢のオリジナルフォーク。コースも1球目と同じだし、清本は余裕を持ってスイングを始動した。

 

 

カキーン!!

 

 

清本が打つと同時に外野にいる三森3姉妹が一斉にフェンスへと走り出した。

 

「ライト!!」

 

ライトにいる三森朝海さんはフェンスに登って打球に向かってジャンプした。

 

 

バシィッ!

 

 

と、捕ったの……?

 

「清本ちゃんのパワーはここから更に発揮されるんだよね~」

 

非道さんのこの一言で……。

 

「うっ……!?」

 

三森朝海さんのグローブもろともスタンドへと入ってしまった。

 

『ホームラン!』

 

(な、なんて打球だ……。捕球したと思ったのに、打球が死んでないなんて……!)

 

(……これは成長した和奈さんのパワーを視野に入れていませんでしたね。全国大会までの和奈さんならライトは捕球が出来ていたでしょう)

 

清本の駄目押しスリーランホームラン。一気に3点差になってしまう。

 

7回裏。武田さんピッチングに抑え込まれ、試合は4対1で赤チームの勝利となった。

 

(渡辺がこれで調子を崩してしまわないか心配だけど……)

 

渡辺の方を見るとどこか清々しい様子だった。これなら心配いらないかな?




遥「試合は私達赤チームの勝ちだね!」

朱里「打ったのは清本だけどね」

遥「次回はどうするのかな?」

朱里「編成を変えてまた試合をするとか、合同で練習するとかあるんじゃない?」


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小休止とチーム分け

今回の試合は清本の成長具合が想定を越えていた事が大きな要因となった。それは勝利した赤チームも敗北した白チームも……。

 

(しかし清本の成長を見れたのは大きな収穫だね。秋大会以降に清本がいるチームと当たる時に備えて対策を考える必要があるみたいだ……)

 

尤も二宮なら既にいくつか対策を思い付いているだろうけど……。

 

(この混合試合はそれぞれのチームの主力がどのような成長を遂げているか……という情報アドバンテージが大きく取れますね。それはどのチームも同じですが、白糸台の場合は大星さんや彼女を連れて行かなかった事がこちらに有利に傾いています)

 

「はーい!皆試合お疲れ様!勝ったチームも負けたチームもよく頑張ったよ!!」

 

六道さんは課す練習こそは厳しいけど、こうして飴と鞭をよくわかっているから監督として優秀なんだよね。普段は優しいし。

 

「この後は15分休憩した後にもう1度チーム分けをして試合をするからね。水分補給はしっかりと!」

 

六道さんの一言でそれぞれが水分補給をしたり、ベンチで休んだりしている。そんな中で……。

 

「ノックいくよーっ!」

 

数人は守備練習をする事になったので、私は水分補給をしながらそれを見る事にした。ちなみにノッカーは六道さん。

 

「サード!」

 

 

カンッ!

 

 

六道さんのノックは厳しいコースに飛んでくるけど、その選手には決して捕れないレベルじゃない打球を寄越してくる。

 

 

バシィッ!

 

 

おっ、ナイスキャッチ!サードは鏑木さんか……。この人は本当に守備が上手いな。全国大会決勝戦でも難しい打球をことごとく捕球してたし、打撃も4番を任せられるレベルだし……。

 

(先程の試合もセカンドの守備を難なくこなしてたし、足もかなり速い。まさに走攻守の三拍子が揃ってるね。元空手部だけど……)

 

空手を通じて鏑木さんが清澄でどのようにプレーしてたかも気になるところだね。

 

「次!二遊間とファースト、6ー4ー3のダブルプレーでいくよ!」

 

次は二遊間のゲッツーか。セカンドとショートは藤田さんと川崎さん、ファーストは清本が入っていた。というかあのちっちゃいスラッガーはもう体力が回復したの?元気過ぎるでしょ……。

 

 

カンッ!

 

 

「オッケー!」

 

川崎さんが打球を捕って、そのまま藤田さんに送球。そして藤田さんもファーストへと送球する。

 

(川崎さんも藤田さんも大分上手くなったね。特にちっちゃい清本のミットに目掛けて送球するのは簡単じゃないよ)

 

ファーストは基本的に背が高い人がやるイメージのポジションだけど、背が低いとそれはそれで他の選手がその背が低いファーストのミットに目掛けて送球する必要があるから、ファーストの捕球だけじゃなく他の選手の送球が良くなったりもする。

 

まぁ要するに清本みたいにちっちゃいと皆が自然とミット目掛けて投げるようになる……という事である。

 

 

小休止も終わり、次はチーム分け。クジ引きの結果、私は赤チームに配属された。他のチームメイトはと言うと……。

 

「今度は朱里ちゃんと一緒だよ!良かったぁ~」

 

「タマちゃんと離れちゃったよ。朱里ちゃ~ん!」

 

まずは雷轟と武田さん。何故2人共私に抱き付くのか。今夏だから、暑苦しいったらありゃしない。

 

武田さんの言うように山崎さんは白チームにいる。そんな山崎さんは何故か物欲しそうな顔をして私の方を見ていた。ジャンプしても小銭なんて入ってないよ?

 

「朱里と一緒だとなんだか心強いわね……」

 

「そうだな。安心感があるって言うか……」

 

先程ノックを受けていた藤田さんと川崎さんの二遊間コンビ。前の試合は私のいるチーム負けてるんだよ?なのに心強いって……。

 

「朱里と組むのも久し振りだね~☆」

 

「うん……。一緒に頑張ろうね」

 

金原と清本の川越シニア組。打力トップクラスがここまで揃っていると安心する。前の赤チームの偏りを見ていると余計に……。

 

「やった。また朱里ちゃんと一緒だ!」

 

「今度は私達で朱里ちゃんを勝利に導こうね」

 

「で、出来るかしら……」

 

前と同じチームだった渡辺、息吹さん、川原先輩の新越谷投手陣の3人。私は多分投げないから、3人で力を合わせて赤チームを勝利させてね。

 

「また一緒だ!よろしくね朱里ちゃん!」

 

「早川さん、姉妹共々よろしくお願いします」

 

「瑞希ちゃんと6年間組んでた早川さんと一緒……。何か私が学べる事があるかな?」

 

白糸台の佐倉姉妹と鋼さん。えっ?待って待って。これで13人なんだけど?あと1人しか赤チームに入れないんだけど?正捕手が1人もいない事とかないよね?

 

(今いる中で正捕手なのは山崎さんと二宮と非道さん……。山崎さんは白チームに行っちゃったから、残るは二宮と非道さん)

 

どっちでも良い。出来れば付き合いが長い二宮カモン!!

 

「白ですね」

 

「白チームだよ~」

 

終わった……。これゲーム成立するの?



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正捕手不在

メリークリスマス!


チーム分けが終わった。六道さんにクジ引きのやり直しを要求したけど、通りませんでした。むしろ頑張れってサムズアップされちゃったよ……。

 

(こうなってしまっては仕方ない。誰を捕手に入れるか考えないとね)

 

「……この中で捕手として試合に出た事がある、或いはブルペン捕手をやった事があるって人はいないかな?」

 

「あっ、そっか。瑞希も山崎さんも非道さんも向こうのチームにいるんだっけ?」

 

「でも私達は捕手の練習とかやった事がないよ……」

 

清本の言葉に皆が同意している。そりゃそうだよね……。

 

「……誰もいないなら私がマスクを被るけど、それでも良いかな?」

 

「へー、朱里ってばいつの間に捕手の練習をしてたの?」

 

「ブルペン捕手しかやった事ないけどね。新越谷は捕手が1人しかいないから、もしもの時に備えて……という理由もあるけど」

 

それに捕手視点から何か学べる事があるかも知れないからね。

 

「捕手に朱里が入るなら、投手は新越谷の人で良いんじゃないかな?」

 

金原の意見は尤もだ。それに従うなら先発は渡辺、息吹さん、川原先輩の3人の中から選ぶのが妥当だろうか。

 

「はいはいはーい!私が投げたいです!!」

 

そう考えていると武田さんが立候補してきた。

 

「……武田さんは前の試合で投げたばかりでは?」

 

「まだまだ投げ足りないよ!もっと投げたい!!」

 

この子は元気だな……。

 

「私はまだ武田さんのあの魔球を捕れる自信がないんだけど?」

 

「それでも!朱里ちゃんなら大丈夫だよ!!」

 

(どこからそんな自信がくるのやら……。しかし山崎さんが捕手を努められない程に負傷してしまった時に備えて今の内にエースである武田さんの球を捕る練習をするのも悪くない……か)

 

「……わかったよ。先発は武田さんで行くけど、投手陣はそれでも良いかな?」

 

投手陣に尋ねると、全員それで異論はないようだ。

 

「じゃあそれを基準にオーダーを組むからね」

 

そんな訳で悩みの末私が組んだオーダーは……。

 

 

1番 レフト 金原

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 ショート 川崎さん

 

4番 サード 清本

 

5番 ライト 雷轟

 

6番 センター 佐倉陽奈さん

 

7番 ファースト 佐倉日葵さん

 

8番 キャッチャー 私

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

……という感じになった。本当にこれで良いのか今でも不安だけど、皆は納得しているみたいだし、まぁ問題はないだろう。ちなみに前の試合の活躍によって清本を4番に繰り上げています。

 

向こうのオーダーも決まったみたいなので、確認する事に。

 

 

1番 セカンド 三森朝海さん

 

2番 レフト 三森夕香さん

 

3番 ライト 三森夜子さん

 

4番 ショート 友沢

 

5番 ファースト 中村さん

 

6番 センター 主将

 

7番 サード 藤原先輩

 

8番 キャッチャー 山崎さん

 

9番 ピッチャー 新井さん

 

 

こんな感じのオーダーだった。捕手を2人もベンチに置くんだったら1人くらいこっちにください!いや、それよりも……。

 

(二宮がベンチスタートという事は向こうは白チームの監督担当の藤井先生と芳乃さんに加えて二宮も実質的な監督という役割になる訳で……)

 

つまり向こうは監督がこっちよりも1人多いという事だ。長打力はこっちに軍配が上がるけど、アベレージは向こうが上。しかも1~3番はあの三森姉妹……。これ本当にヤバいのでは?



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混合試合!赤チームVS白チーム⑧

『プレイボール!!』

 

試合開始。私達赤チームは先攻だ。

 

「それじゃあ行って来るねー☆」

 

1番の金原が左打席に入る。向こうの先発は新井さんか……。

 

(新井さんは現高校生唯一のハイスピンジャイロを投げる投手。持ち球に変化球がないのが欠点……という話だ)

 

全国大会では新井さんの焦りや隙を突いたお陰で勝てたけど、今回はそうもいかないだろう。それに捕手も今回は二宮じゃなく山崎さんという点もあの時と違う。

 

『ストライク!』

 

しかし二宮が白糸台に入るまでノーコンだった人とは思えないなぁ……。今投げたコースはかなりギリギリなのに、新井さんは難なく投げている。金原もてこずっているみたいだし……。

 

 

ガッ……!

 

 

負けじと金原も2球目で新井さんのストレートを捉える。しかし……。

 

『アウト!』

 

打球はふらふらと上がってピッチャーフライとなった。やはりストレートだけと言ってもそう簡単には打てないか……。

 

2番の藤田さんと3番の川崎さんも新井さんのストレートを打ち損じてアウトとなった。

 

(初回は三者凡退か……。新井さんが新たに変化球を取得しているかによって今後の展開が変わってきそうだ)

 

そう思いながらプロテクターとレガースを装着してマスクを被る。今までブルペン捕手しかやってこなかったから、マスクを被った時の景色は新しく感じる。

 

「いよいよ朱里ちゃんの捕手デビューだね!」

 

「まさかこんな場面で捕手をやる事になるとは思わなかったけどね……」

 

「マスク被った朱里ちゃんも格好良いよ!タマちゃん程じゃないけど」

 

何故山崎さんと比べる?そりゃ本職の捕手に比べたら微妙なのは仕方ないと思うけど……。

 

「基本的に指で数字を示すから、それに沿って投げてね」

 

「数字は?」

 

「1がストレート、2がツーシーム、3がカットボール、4がチェンジUP、5が強ストレートかな」

 

「あの球は?」

 

「あの魔球は手をグーにするから」

 

「おおっ!なんかサインっぽい!!」

 

今まで山崎さんとどういったやり取りをしていたのかは知らないけど、これが普通なんじゃないの?

 

『1番 セカンド 三森朝海さん』

 

サインを確認したところで、早速三森3姉妹と勝負。3姉妹と武田さんは県大会の決勝戦でも対峙していた。それからどちらもかなり成長しているだろうから、3姉妹との対決はどう転ぶか全くわからない。

 

(むしろ私が捕手をする事で敗北に繋がらないと良いけど……)

 

とりあえず様子見も兼ねて数字の1を指で示す。ストレート要求だ。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

早速打ってきたか……。まぁ三森朝海さんはカットに長けているから、粘られると面倒だな。

 

(とはいえ素人捕手の私には無難なサインしか出せない訳だけど……)

 

2球目は4の指を示してチェンジUPを要求する。初球がストレートなので、緩急を付ける為にも、意表を突く為にもここのチェンジUPは有効な筈である。

 

 

カンッ!

 

 

……まぁ簡単にカットされたけど。

 

『ファール!』

 

(3球勝負にするか、1球様子を見るか……。どっちにしてもカットされそうだから、ここは三振を取りにいきますか)

 

そう思って私はグーを武田さんに示す。すると武田さんは嬉しそうにしていた。その表情はわかる人にはわかるんだから、余り露骨に顔に出さない方が良いと思うよ。

 

(いくよ朱里ちゃん!)

 

あの魔球はカーブ系統の球で、かなり大きく鋭く落ちて曲がるから、特に右打者はキツいだろう。まぁ三森3姉妹は全員左打ちだから余り関係ないけどね。

 

(くっ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(やった……!三振取った。あの球で!!)

 

(嬉しそうだね武田さん……。私もあの魔球をなんとか捕球出来てホッとしているよ。まぁ三振スタートなのは勢いに乗れそうだね)

 

後続にもこのように出来れば良いんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三森朝海さんを3球三振に仕留めるとは……。朱里さんも中々やり手ですね」

 

「…………」

 

(山崎さんが複雑そうに朱里さんと武田さんを見ていますね。これは山崎さんの打席にどのような対決が見られるか楽しみです)




遥「いつもより短いけど、今回はここまでだよ!」

朱里「とりあえず一安心だよ……」

遥「でもまだまだ先は長いよ?」

朱里「言われなくてもわかってる」

遥「私も2人に負けないように頑張るよ!」

朱里「頑張り過ぎて空回りしないようにね……」


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混合試合!赤チームVS白チーム⑨

「朱里のリードで三森朝海を三振させるとはな」

 

「ブルペン捕手をした事があるらしいですし、朱里さんも性格的に捕手向きではありますから、最低限の捕球力があるのなら捕手としてもやっていけるでしょう」

 

(尤もそれで食べていけるかと問われたら否ですがね。2番手としてそれなりに……といったところでしょうか)

 

「ヨミちゃんのあの球もしっかりと捕ってる……。朱里ちゃんって捕手も出来たんだ?」

 

「朱里ちゃんは何度かブルペン捕手をやった事があるから、この試合はその延長線上なのかな?」

 

「あれ程なら早川さんを捕手の2番手にしても問題なさそうですね。白糸台の名捕手の二宮さんも認めているみたいですし」

 

「それなら今後朱里ちゃんには捕手の練習もさせた方が良いんですかね?」

 

「それは本人次第でしょう。早川さんは投手ですし」

 

(……新越谷の監督さんと川口芳乃さんが朱里さんを2番手捕手として起用する流れになりそうですね。投手と捕手の両立はやるとなれば大変でしょうが、頑張ってください朱里さん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんか私が捕手の練習を本格的にしなくちゃいけない気配を感じたよ。私自身が名乗り出たからそれは良いんだけどね。新越谷の投手も優秀な人達が増えてきたし。

 

(それはさておき、次は三森3姉妹の中で1番パワーがある夕香さん……。県大会決勝戦の時の彼女は武田さんのあの魔球や強ストレートで上手く打ち取っていたイメージがある)

 

とりあえず私は5の指を示して強ストレートを要求する。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

おお……。球も走ってるし、制球力も良くなってる。やはり全国大会を通じて大きく成長してるね。次はカットボールのサインを出す。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

カットボールに付いてきたか……。それなら1球際どいコースにあの魔球を。入っててくれたらそれで良し。

 

 

ズバンッ!

 

 

(低い……。ボールかな?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(嘘っ!?入ってたの!?)

 

判定はストライク。彼女もボールだと思って振らなかったからこれは儲けだね。

 

(連続三振……。出来が良過ぎる気がするけど、その辺りの事を気にしても仕方ない。主審のストライクゾーンの裁定も試合に勝つ為に必要な事だからね)

 

私も影森戦でそれを学んだ。投球テンポから影響される主審のストライクゾーンの裁定を……。武田さんには早めのテンポで投げてもらっているから……というか私が速攻で出したサインをノータイムで頷いてくれている訳だ。それで良いのか武田さん……。

 

『3番 ライト 三森夜子さん』

 

このまま勢いに乗せてくれたら良いんだけど……。とりあえず低めにストレートのサイン。

 

 

カキーン!!

 

 

(初球打ち!?しかも当たりが大きい!)

 

その当たりはセンターへと伸びていく。えっ?もしかしてホームラン!?

 

『アウト!』

 

ギリギリのところでセンターが追い付いてアウトとなった。ふぇぇ。助かったよぅ……。

 

(危なかった。まさか3姉妹の中で1番非力な夜子さんがあそこまで飛ばすなんて……。二宮といい非力な選手が成長し過ぎ!2人共私よりもパワーがあるんじゃないの!?)

 

ともあれ1打席目はなんとかやり過ごした。二巡目に備えて対策を取る必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3人で終わったか。朱里も武田も中々やるな」

 

「しかし今のままでは二巡目で通用しません。その辺りの事を朱里さん達がどう対策するか見物ですね」

 

(朱里さんが捕手として開花するかどうかも見物と言えば見物です。これは案外山崎さんもうかうかしていられないかも知れませんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2回表。この回も新井さんのストレートは大豪月さんを越えそうな勢いで投げているけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

4番の清本と。

 

 

カキーン!!

 

 

5番の雷轟が連続で新井さんのジャイロボールを捉えてホームラン。清本は普段から大豪月さんのストレートを見ているし、雷轟も元々ストレートには強い。コース次第とはいえこの2人とまともに勝負すると打たれるのを新井さんも学んだだろう。

 

(それにしてはあっさり打たれ過ぎな気もするな……。まさか本人もそのつもりで投げている?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新井さん、大丈夫ですか?」

 

「ああ、問題ない。心配掛けて済まないな山崎」

 

「遥ちゃんと清本さん……。この2人は今後歩かせますか?」

 

「いや、勝負でいく。これは練習試合だし、今後私があの2人を捩じ伏せる事が出来ないのならば白糸台のエースとしてやっていくのは難しくなるからな」

 

「新井さん……」

 

「だからこの試合で私がどこまでいけるか見守ってくれよ。おまえも二宮に負けていない実力を持っている……という事は前の回でわかっているからな」

 

「……はい!」

 

(私の球を捕ってくれている山崎の為にも、神童さんの後釜を努める為にもこの試合は負けられない……。全国大会の準決勝では私が冷静じゃなかったから負けてしまい、先輩達の夏を終わらせてしまったんだ……。そのリベンジをする程の実力を身に付ける方法をこの練習試合で私なりの解答を見付けるんだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連続でホームランを打たれた新井さんはそれで崩れる事はなく、後続をしっかりと抑えた。私?3球で終わったよ。




遥「私達赤チームが先制!」

朱里「清本と雷轟の連続ホームランだね」

遥「このまま勝たせてくれるかな?」

朱里「どうだろうね。向こうもまだまだ様子見の段階だし」

遥「果たして新井さんから打つ事は出来るのか!?」

朱里「私も三振しちゃったしね……」


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混合試合!赤チームVS白チーム⑩

2回表。武田さんのピッチングは好調でツーアウトになったんだけど、そこから連打をくらいランナーが二塁・三塁のピンチである。そして次の打者は……。

 

『8番 キャッチャー 山崎さん』

 

(よりによって山崎さんか……)

 

山崎さんは武田さんの球をこれでもかと言わんばかりに把握している。正直勝負するのは避けるべきだろう。しかし……。

 

(私のリードを山崎さんに見てもらう良い機会だ。それに山崎さんも武田さんと勝負したいだろうし、武田さんも山崎さんと勝負したいと思うしね)

 

(ピンチの場面でタマちゃんとの勝負……。なんだかワクワクしてきたよ!)

 

(ヨミちゃんとの勝負……。練習試合とはいえ真剣に勝負するのって実は初めてなんじゃないかな?)

 

初球は内角にミットを構えて、強ストレートのサインを出す。

 

(初球……強ストレート!)

 

 

カンッ!

 

 

山崎さんは初球から打ってきた。

 

『ファール!』

 

打球は三塁線切れてファールとなった。次は反対のコースにカットボール。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(今のコースは際どかったけど、ボールか……。山崎さんもよく見たね)

 

(朱里ちゃん、次はどうするの?)

 

(3球勝負は難しいってわかってたし、もう1球外すよ。でも空振りを取るあの魔球でお願い)

 

(うん!)

 

3球目は低めに落ちて空振りを狙えるあの魔球。まぁあくまでも空振りを取れたら儲け……って感じだ。

 

(この感じ……。くるのは間違いなくあの球!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(スイングはなしか……。見送り方に余裕があるね)

 

4球目。普通のストレートのサインを出す。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(今のも打ってきた……。しかし追い込んだ。あの魔球で三振を取りにいくよ)

 

(OK!)

 

山崎さん曰くあの初見の右打者はピーンボールから落ちてくるあの魔球を見るまでは仰け反るらしい。次に投げるのはそのコースにあの魔球。

 

(!?……これはあの球がくるね!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(まぁバッテリーを組んでいた山崎さんにはお見通しだよね。こうなったらどこまで粘られるかわからないけど、全てのコースに投げるつもりでいきますか!)

 

ボール球にはあと1球投げられる。使い所を考えないとそれが無駄に終わってしまうから、慎重に投げないとね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1つのミスも許されない戦いですね」

 

「ああ、緊張感が違う。武田も今までで1番の球を投げているしな」

 

「ヨミちゃんと珠姫ちゃん……。そして朱里ちゃん。これはどっちを応援したら良いんだろう……」

 

「チームとしてなら山崎さんを応援するべきですが、新越谷としてはどちらにも頑張ってほしいところですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(新越谷がここまで強くなれたのは間違いなく武田さんと山崎さんの存在が大きい。そして……)

 

(ねぇタマちゃん。私が野球を続けられているのはタマちゃんのお陰なんだよ?)

 

(私が美南ガールズでの厳しい練習に耐えてきたのもいつかまたヨミちゃんと野球をする為……。ヨミちゃんとの約束があったからガールズでも頑張れた)

 

(そんな私達が新越谷で野球をして、大会に出場出来て、全国まで来れて、優勝まで辿り着けたのは……)

 

(朱里ちゃんや遥ちゃんを始めとする皆が支えてくれたから……)

 

(そして朱里ちゃんが私の球を受けてくれる。そのお陰で……)

 

(ヨミちゃんとの真剣勝負……という舞台を作ってくれたんだね)

 

武田さんも山崎さんも確かに優れた選手、そして名バッテリーだ。しかし2人が更なる成長をするのなら側にいるだけでは駄目なのだろう。

 

(もしかして六道さんはこういう機会を想定して今回の企画を考えたのかな……?)

 

考えるのは後にしよう。今は山崎さんを抑える事に集中だ。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(しかし粘ってくるな。武田さんも山崎さんも肩で息をしているし……)

 

次で20球目になる。そろそろ終止符を打たないと後のイニングに響く恐れがあるね。

 

(強ストレート……いける?)

 

(うん……。私は大丈夫)

 

真ん中低めに強ストレートのサイン。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

ありとあらゆるコースに投げたけど、山崎さんは全部カットしてくるな……。

 

(武田さんの1番自信のある球でいくよ)

 

(……それならもちろんあの球で!)

 

(そうなるよね。最高の球できてよ)

 

21球目。武田さんが投げたあの魔球は……。

 

(嘘っ!?こんな大きな変化……見た事がない!)

 

今まで投げた中で1番大きな変化をしたあの魔球。

 

(くっ……!なんとしても止めてみせる!)

 

私も必死になってあの魔球の捕球を試みる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

山崎さんは空振り三振。あの魔球は想定を大きく越えた変化量を見せた。だから打てなかったのだろう。

 

しかし1度ミットに収まるも、私は抑えきれずに地面に落としてしまう。しかし山崎さんはその場を動かない。それどころか武田さんやランナーの人達、バックの人達も微動だにしない。

 

(まぁ武田さん史上1番の球を見たんだ。無理もないか。私もその内の1人だし……)

 

いち早く復活した私は地面に溢したボールを拾って山崎さんにタッチする。これでスリーアウトだ。

 

(最高の球だったよ武田さん。そしてその球を投げる切欠を作ってくれた山崎さんもナイスファイト)

 

この熱い対決を作ってくれた武田さんと山崎さんに称賛の言葉を私は心の中で呟いた。




遥「ぐすっ……。良い対決だったね」

朱里「なんで泣いてるのさ……」

遥「だってヨミちゃんも珠姫ちゃんも凄くって感動したんだもん!」

朱里(まぁ捕手が私じゃなくて二宮か非道さんだったらもうちょっと楽に抑えられたと思うけどね……)


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混合試合!赤チームVS白チーム⑪

イニングは進んで5回裏。投手は武田さんから変わって……。

 

「め、滅茶苦茶緊張するわね……」

 

「全国大会でも投げてたんだから、大丈夫だよ。むしろ私が捕手としてちゃんと出来ているか不安だよ」

 

次の投手は息吹さん。彼女もこの混合試合で是非とも投げさせたかった人間の1人だ。前の試合では上手く機会を作れなかったけど、この試合で息吹さんの新しい可能性を切り開いてほしい。

 

『5番 ファースト 中村さん』

 

向こうは中村さんからか……。というかここから4人は新越谷の人間だから、身内視点で息吹さんの成長を見てもらうチャンスだね。

 

「とりあえずサインの確認ね。出し方は武田さんの時と同じで指で示す。1はストレート、2はシンカー、3はカーブ(あの魔球のコピー)、4はムービングファストボールでいくつもりだけど、他に何か新しく覚えた変化球とかってある?」

 

「今は練習中かしら……。だから朱里のサインでいかせてもらうわ」

 

「了解。リードのまま逃げ切ろうね」

 

私はポジションに戻ってマスクを被る。向こうもそろそろ同点に追い付きたいだろうし、このタイミングで投手を交代したのが吉と出るか、凶と出るか……。

 

(初球からシンカーでいこうか。様子見なしの投球で)

 

(わかったわ)

 

ストライクゾーンから若干外れるくらいのコース投げさせる。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(初球から打ってきたか……。流石中村さんだね。タイミングもバッチリだし)

 

それなら次はムービングファストボールを外角に……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

際どかったけど、ボールか……。打者によっては振ってきても可笑しくないし、審判によっては手が上がりそうなコースだっただけにカウントを稼ぎたかったね。

 

(息吹ちゃんのムービングファストボール……。ムービングファスト自体日本で見られる事はあんまないって朱里ちゃんや芳乃ちゃんは言ってた……。息吹ちゃんの完成度はアメリカの選手のそれにも負けとらん。面白いやん!)

 

(中村さんの表情がジャンキーのそれになってきた……。カウント1、1で次に投げるコースと球は……!)

 

先程と同じコースでそこから落ちてくるあの魔球のコピーを!

 

(これはヨミちゃんの……!2回でヨミちゃんが珠姫ちゃんに投げたやつと比べたら全然打てる!)

 

 

カキーン!!

 

 

当たりが大きい!?

 

「ライト!!」

 

ライトは雷轟。ここでエラーとかいらないよ?フリじゃないよ?

 

 

バシィッ!

 

 

『アウト!』

 

良かった……。なんか流れ的に落としそうだったからね。

 

『6番 センター 岡田さん』

 

(次は主将か……。この先も藤原先輩、山崎さんと強打者が続くから、慎重に投げさせないとね)

 

主将の苦手なコースは内角高め……。そこに落ちるシンカーからいこう。

 

(うっ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(なんてキレのシンカーだ……。息吹がここまでの球を投げるなんてな。この混合戦がなかったらわからなかったぞ)

 

(主将にも通用はしている……。次は外角にあの魔球のコピーでお願い)

 

2球目は逆を突いたコースと変化球を投げさせる。

 

(次は外角か!しかも逆に曲がるヨミのあの球のコピー。だが……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

よし、追い込んだ。次は三振を取るつもりで低めに……!

 

(ヨミや息吹、そして朱里が……後輩がここまで奮闘してるんだ。私も先輩として、キャプテンとしての意地がある……。ここは打たせてもらうぞ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

(しまった!)

 

主将の打った当たりはレフトスタンドへ伸びていって……。

 

『ホームラン!』

 

そのまま入っていった。1点返されたか……。

 

「ごめん……」

 

「……いや、少し甘いコースを指示しちゃったからね。主将なら打っても可笑しくなかったよ」

 

(流れが良くない方向にいってるな……。前の中村さんだって風向きによってはホームランになっていた可能性があるし、次の藤原先輩はパワーなら新越谷では雷轟に次ぐ……)

 

藤原先輩が苦手としている低めに集中して投げさせていって、無理そうなら歩かせる事も視野に入れておこう。

 

『7番 サード 藤原さん』

 

(次は私ね。怜に続くわよ!)

 

さて……。低めにムービングファストボールのサインを出してっと。

 

 

カキーン!!

 

 

ゑ?

 

『ファール!』

 

やっば。スタンドに入っていったんだけど……。まさか自身で苦手を克服してる!?

 

(私だって隠れて練習くらいするわ。新越谷で敵に回ると1番手強いのは朱里ちゃんってわかっているもの。いつかするかも知れない紅白戦に備えて私の苦手な低めのコースをヨミちゃんと珠姫ちゃんと練習しておいて良かった)

 

(藤原先輩が苦手を克服したとなると低めに集めるのは厳しいかな……?)

 

それならあと1球試しておきたい事がある。内角低めにシンカーのサインを出して、私の予想が正しいか確かめる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(それでもまだ完璧に克服出来た訳じゃない……。朱里ちゃんはもうそれを見抜いたのね。流石だわ)

 

(思った通り、まだ完全に低めに対応出来ている訳じゃない。とはいえ1球目の時みたいにタイミングを合わされると主将とのアベックホームラン……なんて事になりかねない)

 

3球目は高めにシンカー。連続して低めを投げると藤原先輩の弱点克服の切欠を作る事になりそうだし……いや、これは練習試合だし、新越谷の成長を考えると克服させて良いんだけどね?それでも試合には勝ちたいんだよ!

 

(3球勝負!)

 

(ボール球からストライクゾーンへと落ちるシンカーね!)

 

コースは大丈夫……。

 

 

カンッ!

 

 

藤原先輩は高めのシンカーを打ち上げる。

 

『アウト!』

 

当たりはサード後方のフライとなった。これでツーアウト。そして次の打者は……!

 

『8番 キャッチャー 山崎さん』

 

(珠姫と対戦ってなると私の投げる球が見透かされている気がするのよね……)

 

(この試合で1番手強いのは山崎さんかも知れないね……)

 

新越谷同士の対決は第4ラウンドへと進む……!




遥「主将にホームランを打たれちゃったけど、理沙先輩を打ち取ってツーアウト!」

朱里「今のところホームランでしか点を取ってないって凄い試合だね……」

遥「次回は息吹ちゃんVS珠姫ちゃん!」

朱里「武田さんの時は運良く勝てたけど、息吹さんの場合はどうなるか……!」


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混合試合!赤チームVS白チーム⑫

山崎さんが右打席に入る。山崎さんは新越谷の中では小柄な部類の人間だけど……。

 

(こうして見ると大きく感じるな……。これは多分山崎さんが選手としてどれだけ凄いのかを表すものだろうね。武田さんとの勝負もギリギリだったし、私のリードで息吹さんを勝たせてあげられるだろうか?)

 

とりあえず低めにストレートのサインを出す。コース的に打ち取ってアウトに出来ると思うから、思い切り投げてほしい。武田さんの時みたいに後悔のないピッチングをね。

 

『ストライク!』

 

初球は見送ってきたか……。これまでの打者なら打ってきそうなコースを見送るところを見ると山崎さんも相当慎重にきているな。

 

(次も見送ってくるとは思えないけど……。とりあえず同じコースからボール球になるシンカーをお願い)

 

(わかったわ)

 

球速の遅さを利用したシンカー。ストレートの残像が残っているなら、まず振ってくるコースだ。

 

『ボール!』

 

(まぁ山崎さんに限ってそれはないか……。山崎さん相手に三振を取るのは難しいし、まだ1点リードしているから最悪歩かせても問題はない。それでも私は息吹さんならきっといけるだろういうと確信がある)

 

次は逆を突いたあの魔球のコピーを。そして……。

 

(これで山崎さんを三振させるつもりでいくよ)

 

(さっきのヨミみたいにね……。了解!)

 

2球目に投げたシンカーと逆のコースで、しかも投げたのがあの魔球……。武田さんの時よりも攻めた投球をさせてるけど、大丈夫だよね?

 

 

ガッ……!

 

 

低めのボール球を打ち上げた……?

 

(今の打球はわざと?それならあの時のファールも山崎さんが意図的に仕込んだものとなる……。今のだって打ち上げたと思ったら、フラフラとスタンドに入っていっちゃたし、球数を稼がせるのが目的なの?)

 

(息吹ちゃんもヨミちゃんに負けない良い球を投げるね……。今のシンカーや皆に投げたムービングファストボール……。これ等は朱里ちゃんとの特訓で身に付けたものみたいだし、私が受けてきた球よりも成長している)

 

(……余り山崎さんに球数を稼がせるのは危険だな。それなら決め球で三振を取りにいこう)

 

(私はヨミみたいにあの球を大きく曲げる事は出来ない……。でも朱里が私を信用してくれているなら、今から投げる朱里のリトル時代によく投げていたこのシンカーの改良型を朱里のミットに届けてみせる!)

 

息吹さんが大きく振りかぶる。

 

(あの振りかぶり方……)

 

(くる……。息吹ちゃんの決め球としている球が!)

 

(これが私の……全力よ!!)

 

息吹さんが投げた球は今までで1番のキレと変化量のシンカーだった。

 

(でも……これも想定内!!)

 

 

カキーン!!

 

 

しかし山崎さんはこれを読んでいたのか、タイミングを合わせて打ってきた。その当たりはフェンスに直撃し、ヒットとなった。

 

(ツーアウトから向こうが勢い付いている……。このままだと息吹さんが痛打されてしまうな)

 

9番の新井さんも続いて、ツーアウト二塁・三塁のピンチとなった。

 

『1番 セカンド 三森朝海さん』

 

ここで三度三森3姉妹が1人、三森朝海さんの打席になった。

 

(ピンチね……)

 

今までの息吹さんはピンチに陥りながらもバックの助けもあってそのピンチを凌ぎ、防御率はチームで2番目に低い。

 

(しかしこの混合チームのメンバー相手は下手をすると全国大会よりも手強い選手の集まりだ……)

 

(そうなると私はここまでかしら……?)

 

息吹さんが何かを悟った表情をしている。

 

(……いや、ここで諦めるのは駄目ね。これまでの赤チームの頑張り、ヨミの奮闘、何より朱里が頑張って捕手を努めているもの。私の匙加減で決め付けるのは良くないわ。このピンチ……必ず凌いでみせる!)

 

息吹さんの目に闘志が宿った……。これは期待しても良いんだよね?三森朝海さんを押さえられると……思っても良いんだよね?それなら私も全力でリードするよ!

 

(一打逆転のチャンスね……。ヒット1本で還せるかしら)

 

コース自由。どんな球でも捕ってみせるから、どんどん投げてね息吹さん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツーアウト二塁・三塁のチャンスか……。ここで点が取れないといよいよ白チームの勝利がなくなってくるな」

 

「そうですね。朝海さんが打てるかどうか……。新越谷の選手達は逆境に強い選手が多いですから、岡田さんや山崎さんは打つ事が出来、新井さんも白糸台を引っ張る選手として負けられないと意地となり続いた……。次は美園学院のトライアングルである三森3姉妹の力を見せる時でしょう」

 

「朝海姉さんなら打てる!」

 

「むしろ打てなきゃ私達姉妹に過酷を強いた責任を取ってほしいくらい……」

 

(あの長女は何を妹達に強いたのでしょうか……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(初球は高めにお願い。出来れば空振りを狙える……)

 

(シンカーかあの球ね。朱里があそこにミットを構えているから……!)

 

息吹さんが投げた球は打者の頭付近。速度的にぶつけるつもりはないだろうけど……。

 

(この速度……。恐らくシンカーかしら?これまでのキレと変化量から察するに……そこ!!)

 

 

カンッ!

 

 

初球から打ってきた!?しかもこれまでの朝海さんのようにカット打ちじゃない……。打球は内野の頭を越えてヒットとなる。

 

(外野の守備位置的に私も回れそうだな)

 

二塁ランナーである新井さんが三塁を蹴った。ヤバい。勝ち越される!更に……。

 

「えっ?」

 

「あっ……」

 

ライトの雷轟がトンネルをしてしまう。なんとなくやらかすとは思ってたから、焦りはない……けど!

 

(何をやってるのさ……)

 

(これはラッキーね。一気に三塁まで狙おうかしら)

 

センターがカバーに入るも朝海さんの足は速く、スライディングなしで三塁まで進んでいた。

 

(さて、息吹さんがここで動揺してしまうようならまずいかもね)

 

私達の攻撃はあと2イニング……。赤チームの攻撃力なら全然チャンスはあるから、なんとかここで食い止めたいね。




朱里「何か言い訳は?」

遥「誠に申し訳ありません……」

朱里「まぁやっちゃったものは仕方ないし、今後挽回してね」

遥「バットで取り返します!」

朱里(勝負してくれるのかな……?)


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混合試合!赤チームVS白チーム⑬

投稿が遅れて申し訳ない。実は間違えてこの次の話を投稿してしまったのです。なので次回投稿する話のラストの部分を修正して明日それを投稿して、

本来投稿する話を遅めに投稿しました。まぁ誰も見てないよね……?


『2番 レフト 三森夕香さん』

 

「タイムお願いします」

 

私はタイムを取って息吹さんの元に駆け寄る。

 

「大丈夫?」

 

「え、ええ。なんとか……」

 

(動揺しているようにも見えるけど……。ここで山崎さんや二宮ならなんとかして息吹さんを宥めるんだろう。とはいえ捕手素人の私に出来る事は限られている訳で……)

 

「ピンチは継続しているけど、ツーアウトだから思い切って投げてね」

 

息吹さんが頷いたのを確認してわたはポジションに戻る。私に出来るのはこれくらいなんだ。ここで息吹さんが立ち直れないのなら私が捕手に向いていないだけ……。そう割り切っていこう。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

しかし夕香さんを相手に1球もストライクを入れる事なく四球で歩かせてしまう。

 

(やはり私じゃ立ち直らせる事なんて出来なかったのかな?私程度だとブルペン捕手が関の山なのかな……?)

 

(ストライクが入らない。私が打たれるだけじゃなくて朱里にまで重荷を背負わせて迷惑を掛けてしまった……。しかもまだ一塁・三塁のピンチだし)

 

『3番 ライト 三森夜子さん』

 

(バッテリーから動揺が見える……。それなら私が試合を決める)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同点になった上に一塁・三塁でチャンス継続だな」

 

「あの様子だとあと2点は取れそうですが……」

 

(ここから同点で済ませる事が出来るかどうかは朱里さんの采配次第……。私達白チームがここで勝ち越しを許すと試合が決まるでしょう。朱里さん達がピンチを凌げるかどうか……見定めさせてもらいますよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘆いても今の状況が変わる訳じゃない。

 

 

バンッ!

 

 

私は息吹さんの動揺を抑えてもらう為に、私自身にも渇を入れる為にミットをグーで叩く。

 

(朱里……?)

 

(あれこれ考えても仕方ない。私のミットに思いっ切り投げて!)

 

ここからの私はサインを出さず息吹さんの力を信じる事にした。悪足掻きはもう止めたんだ。

 

(さっきのミットの音を聞いて私も落ち着いた……。そうよね。投手の基本中の基本として捕手に向かってボールを投げる。今の私はそれで充分よ。打たれたのなら私もまだまだ……って事なのよ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(これは……!)

 

夜子さんはスイングをしていない。彼女のバッティングスタイルから察するに見送っているだけの可能性もあるけど、そんなの関係ない。

 

(今の息吹さんが投げたストレートはこれまでとは違う……。投手としての意地、負けたくないという気持ちが籠ったストレートだ)

 

(負けられない……。負けたくない!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

先程までの息吹さんの動揺はどこかにいったようで一安心。それにしても息吹さんにもこんな一面があるんだね……。

 

(追い込んだけど、夜子さんはここからが本番だよ。どんどん投げていこう!)

 

(ええ!)

 

『ファール!』

 

3球目に投げたストレートも。

 

『ファール!』

 

次に投げたシンカーも。

 

『ファール!』

 

その次に投げたあの魔球も夜子さんは打ってくる。でもファールにしかなってないのはもしかして……。

 

(どういう事……?あの投手、これまでとは違う。何があったっていうの……?)

 

(私はチームで必要とされているから、このマウンドに立っている……。痛打されたからっていつまでも落ち込んではいられないのよ!)

 

『ファール!』

 

(どんどんタイミングがずれていく……)

 

(これはもしかして息吹さん……)

 

もしやと思って私はど真ん中にミットを構える。それを見た息吹さんは振りかぶって投げた。その球種は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ストレート。しかもかなり勢いのある球だった。

 

(今投げたストレートは今までで最高のストレートだった。球速自体は遅いままだけど、これはもしかしてとんでもない球を編み出したんじゃ……?)

 

何はともあれ同点止まりで済んだので、息吹さんのところに駆け寄り声を掛ける。

 

「ナイスピッチ」

 

「朱里のお陰よ。ありがとう!」

 

なんか礼を言われちゃったぜ……。私は息吹さんを信じていただけなのにね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん……」

 

「気にする事はないよ。夜子もナイスバッティングだったよ!」

 

「でもストレートで三振しちゃった。球速そのものは遅い方なのに……」

 

「早川朱里がミットを叩いてから急に調子が良くなったように見えるけれど……」

 

(それを差し引いても夜子を三振させるなんて。川口息吹……。私達3姉妹は今後貴女をライバルだと認識するわ)

 

「ひとまず同点に出来て良かったですね」

 

「ああ。この調子で逆転までいきたいものだ」

 

(川口息吹さんがどこまで投げるかによりますが、今の彼女と朱里さんの相性を考えると最悪引き分けを視野に入れないといけませんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6回表……。クリーンアップから始まるこの回が実質最後のチャンスと言っても良いだろう。しかし……。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

新井さんのジャイロボールを雷轟がホームランを打って以降まともに当てられていない。3番の川崎さんも三振に倒れてしまう。

 

『4番 サード 清本さん』

 

だったらただ2人当てている清本と次の雷轟の打席に期待をするしかないね。




遥「同点に追い付かれたものの、息吹ちゃんの覚醒によって後続を打ち取ったよ!」

朱里「本当に助かったよ……」

遥「次回は清本さんと私で新井さんを攻略に!」

朱里「打てると良いね」


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混合試合!赤チームVS白チーム⑭

年内最後の投稿なのです。良い年を!


「頼んだよ和奈ーっ!」

 

「ホームランで勝ち越しだーっ!」

 

ベンチの皆で清本への応援を忘れない。もちろん私達も。

 

(ここの清本、雷轟を抑えられるかで私の今後が変わってくる。全力で捩じ伏せるぞ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

新井さんも尻上がりタイプなのだろうか、回が進む毎に調子を上げていく。武田さんといい、エースともなると尻上がりは必然なのかな?

 

『ファール!』

 

2球目は清本がバットに当ててファール。これでツーナッシングとなった。

 

(1打席目と全然違う。速さも、ノビも、球の重さも……。それでも、なんとかバットに当てる!)

 

(追い込んだ……。だがここからが本番だ。清本のデータを見る限りだと最初の2球目は様子見で見逃すかカット、3球目以降に手を出す事が多いからな)

 

3球目は……。

 

 

カキーン!!

 

 

(しまった!コースが甘かったか!?)

 

『ファール!』

 

(ちょっと振り遅れちゃった……。これはいよいよ不味いかも)

 

高速スイングをする清本が振り遅れるとは……。もしかして新井さんは大豪月さんみたいな選手になろうとしてる……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新井のストレートも大分良くなったな」

 

「そうですね。現役高校生で最速も実現する可能性が大いにあります」

 

「そう考えると新越谷に負けたのは新井にとってプラスとなるだろう」

 

「あとは陽奈さんや日葵さん、鋼さん……。あとは彼女の存在も白糸台にプラスとなってきています」

 

「おまえの代の連中だな。今年もそうだが、来年も楽しみだな」

 

「その代わり私はあの4人のお守りをしている訳ですが……」

 

「はっはっはっ!それも必要経費だろう」

 

「……そう割り切っていますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッ……!

 

 

清本が新井さんの球を打ち上げてしまう。そして新井さんがフライを捕球する。

 

『アウト!』

 

(そんな……!)

 

(まずは1人……。次は雷轟遥だ!)

 

『4番 ライト 雷轟さん』

 

(あの清本でも打ち損じる球だ……。雷轟は無事に打てるだろうか?)

 

(絶対に打ってみせる!)

 

雷轟の方は気合充分だ。しかし新井さんが投げるストレートはわかっていても打てる球じゃない。先程の清本の打席でそれはわかっているとは思うけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(速い……。1打席目の時とは全然違うよ。でもワクワクする!)

 

なんか雷轟が楽しそう……。勝負してもらえるから?

 

(そういえば新井さんの投げる球は速くて重いって皆が言ってた。それなら……!)

 

新井さんの2球目。コースはやや高めの内角。雷轟は……。

 

(足を上げた!?)

 

(あれは確か……)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

ファールだったけど、打球は場外まで飛んでいった。これってやはりパワーだけなら清本以上はある……?

 

(今のは一本足打法か……。まさか雷轟がこんな打法を隠していたとはな)

 

雷轟の一本足打法を見るのは入部して次の日の打撃テスト以来だけど、あの時よりもフォームが安定している。いつの間に練習したんだろうか?

 

(やっぱり……。思った通り、これなら重い球にも対応出来る!)

 

(今のままだと雷轟にも打たれる……という事か。それならもっと、もっと球に力を込めれば……!)

 

新井さんが振りかぶって投げる。

 

(今度こそホームランを狙う!!)

 

 

カキーン!!

 

 

打球はセンターへ飛んでいく。しかし……。

 

(打球が段々失速していく……。まさか新井さんの球が更に進化したの!?)

 

(お願い……。このまま入って!)

 

フラフラと上がっていく打球に対してセンターの主将はフェンスいっぱいまで下がる。

 

(これ以上は無理だ。こうなったら足掻けるだけ足掻く!)

 

これ以上下がれないと判断した主将は限界まで腕を伸ばす。

 

(入って……!)

 

(…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!』

 

結果は主将がギリギリでボールを捕球してアウトとなった。

 

(な、なんとか捕れた……。普段は味方だから、遥の打球がどれ程凄いのかを余り理解出来てなかったな。こういう機会がなければわからないままだったのかも知れない)

 

(ギリギリだったが、雷轟を打ち取った……!これで1勝1敗。次は全国の舞台でケリを付ける。待っているぞ)

 

(打ち取られちゃった……。もっともっと練習しないと……!)

 

まさか清本と雷轟を連続して打ち取るとは……。新井さん恐るべし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!』

 

その後互いのチームは無得点で終わり、試合は引き分けとなった。

 

(今回の試合は私にとって課題が多いものとなったね……!)

 

捕手のあり方や投手としても見直す部分が多く見られた。武田さんや息吹さん、そして新井さんのピッチングを見て私も負けてはいられない……。やはり私の本職は投手なんだよね。




遥「試合は引き分けになっちゃった……」

朱里「まぁ負けるよりはマシだよ」

遥「次回はどうするのかな?」

朱里「合同練習なんじゃない?」

遥「それでは皆さん良いお年を!」

朱里「良いお年を」


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それぞれの捕手理論

試合が終わりそれぞれが休憩している中、何人かはそれぞれのポジションについて自分なりの理論を話し合っていた。今私がいるのは山崎さん、非道さん、二宮の捕手理論の陣営だ。

 

「……すると非道さんは投手のスタイルに任せているんですか?」

 

「そうなるね~。まぁ尤も私は今年に入るまでは大豪月さんみたいな人としか組んだ事がなかったから、黛ちゃんの存在って実は勉強になったりするんだよね~」

 

「投手のスタイルに任せる……」

 

「私が言うのもなんだけど、山崎ちゃんは難しく考え過ぎだよ~。捕手の仕事量は全ポジションの中で1番多いかも知れないけど、それを意識して他を疎かにしてしまったら意味がないからね~」

 

「他……と言いますと?」

 

「まぁ基本中の基本である相棒投手の状態や、このコンディションならどこまでいける……とか。私はまずそこを考えてから次にいくけどね~」

 

「成程……」

 

非道さんは普段何を考えているかわからない雰囲気を醸し出すけど、当たり前の事やそれ以外の……捕手として大切な事をしっかりと考えているのが今ので伝わった。人間関わらないとわからない事が多いよね。

 

「早川ちゃんはどうだったかな~?」

 

「はい?」

 

「今回捕手をガッツリとやってみて~」

 

非道さんに捕手についての感想を聞かれた。山崎さんも二宮も私の方を見ている。そんなに見られたら緊張しちゃうじゃん!

 

「そうですね……。私自身味方投手の投げる球の捕球で精一杯だった部分もありますが、その中で私が学んだのは味方投手をどう立ち直らせるか……でしょうかね」

 

「おっ?と言うと~?」

 

「武田さんや息吹さんがピンチの状態に陥ってパニックになった時に私の立場だったらどうするのが効果的か……と考えてそれを伝えただけなんですが、2人はそれで上手く立ち直って、それを私のお陰だと言ってくれたんです」

 

「成程~。普段のポジションが投手である早川ちゃんだからこそ見れる部分だね~。参考になったよ~」

 

えっ?これで参考になったの?本職の捕手からしたら割と当たり前のような気もするんだけど……。

 

「早川ちゃんはこれで本当に参考になってるか……って思っているかもだけど、少なくとも私は新たに捕手として学べた部分はあったよ~。だから自信持っても大丈夫~」

 

「非道さん……」

 

この人器大き過ぎない?思わず感動しちゃう!

 

「朱里さんなりに頑張った結果だと思いますよ。投手能力もあるでしょうが、捕手デビューで2失点で済んだのは価千金です」

 

「二宮……」

 

二宮がそう言うならそうなんだろうか?いまいち自信が持てない……。

 

「……そうだね。私も捕手として朱里ちゃんには負けられないって思っちゃった。もしも私が怪我とかしちゃったら新越谷をよろしくね!」

 

「えっ?山崎さん?」

 

待って?たった1回捕手をやったからってその評価は早過ぎない?

 

(しかし朱里さんは本当に捕手に向いているかも知れませんね。元のポジションが投手なので両立は困難ですが、もしも完璧にこなせるようになるのならばプロが放っておかないでしょう)

 

「早川捕手が誕生した瞬間だね~」

 

ちょっ!?持ち上げるの止めて非道さん!



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投手として

捕手陣との会話を切り上げて私はベンチに座る。今日は先発としても投げたし、捕手としてゲームを動かしてたから凄く疲れたよ……。

 

「お疲れ~☆」

 

「さっきの試合は惜しかったね」

 

金原と清本が声を掛けてきた。どうしたんだろうか?

 

「2人もお疲れ様」

 

「まぁアタシは大して活躍してないけどね。和奈と遥しか打ってないじゃん」

 

「あはは……。でも私も2打席目の新井さんは打てなかったかな」

 

「瑞希曰くストレートしか投げないって話だったのにね。あれはわかっていても打てないものだったよ」

 

確かに清本と雷轟に連続でホームランを打たれてからだろうか?それ以降の新井さんは投げる球に勢いを感じた。私なんて三振しかしてないし……。

 

「それで?朱里はどうだった?捕手をやってみて」

 

「……二宮達捕手の苦労の一部がわかった気がするよ。全ポジションの中でも1番難しいかも知れないね」

 

実際にやってみた感想がこの一言に尽きる。頭を使うし、色々な球を捕球しなきゃいけないしで本当に大変だった。

 

(まぁその分学べた事もあるかな。その辺りを活かして機会があればまたやってみたい)

 

この経験が私にどのようにメリットになるのか、はたまた余分なところに引っ張られてピッチングに悪影響を及ぼすかはまだわからない。これからの私次第なのだ。

 

「じゃあアタシは他の人達にも話を聞いて来ようかな?アタシのこれからの為の参考にもしたいし☆」

 

そう言って金原は他の人達のところに行った。元気だな……。

 

「私も行くね。打者として聞きたい事が色々あるし……」

 

清本も打撃方面の見直しの為に他の人達のところに行った。私はどうしようかな……?

 

「朱里ちゃん」

 

声のする方を見ると芳乃さんと山崎さんがいた。山崎さんとは先程二宮と非道さんと話して以来だ。

 

「どうしたの?」

 

「朱里ちゃんはその、これからどうするの?」

 

「これから?」

 

「今日の試合で捕手として出ていた朱里ちゃん、正直凄かったと思う。あれなら練習すれば他の捕手にも負けないんじゃないかって思って……」

 

「私もそう思うな。捕手として頑張ってる朱里ちゃんを見たら同じ捕手として負けられないって思ったよ」

 

芳乃さんと山崎さんが私を誉める。これはあれかな?もしかして私が捕手として起用される流れになるのかな?

 

「まぁそれも悪くないとは思ったよ。でも……」

 

「でも?」

 

金原と話して思った。私が1番向いているのは投手である事を。

 

「私はやっぱり投手として野球をするのが1番良いと思ってるよ。投手じゃなければそれは早川朱里じゃないからね」

 

まぁ二刀流も良いかなって思ったりはするけど、私にとっては投手が1番!

 

「そっか……。そうだよね」

 

「でも捕手が山崎さん1人……というのも困るのは確かだね。そうなった時に備えてある程度は捕手の練習もしておくよ」

 

「その時は私も力になるね」

 

「ありがとう山崎さん」

 

まぁ新しい捕手が入ってくれるのならそれで良いんだけど、不祥事の件が尾を引いてるから下手したら来年の入部者が0なんて事になりそう……。いや、一応全国大会も優勝してるし、きっと入部希望者が殺到してる……と思いたい。

 

(しかしあの人の言う事が本当ならその当事者……というか被害者の主将達が引退するまで入部希望者が0だとしても可笑しくない。そうならないようになんとか新越谷野球部の頑張りを見てもらいたい)

 

教師陣は掌返して野球部を褒め称えているけど、心のどこかでは野球部を良く思っていない部分もある。

 

そんな人達が野球部に対して何か吹き込んでいる可能性も……いや、これ以上は考えるのは止めよう。そうなったらその時に考えれば良いんだ。今は他の事を考える余裕はない。



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スラッガーの理論?

山崎さんと芳乃さんに改めて私が1人の投手として頑張る事を決意して場所を移すと、雷轟、清本、大村さんの3人が何やら話し込んでいた。

 

「遥さんや清本さんはどのようにして今のような長打力を身に付けたのでしょうか?」

 

大村さんが雷轟と清本にそんな質問をしていた。私はある程度知っているけど、興味があるから話に耳を傾ける。長打力は私も身に付けたいしね。

 

「う~ん。これに関しては日々の積み重ねだと思うんだよね」

 

「そうだね。一朝一夕では身に付かないよ」

 

雷轟と清本は同じ考えだった。まぁそれはそうだろうね。

 

「切欠……になるかはわからないけど、私は筋トレを毎日のようにこなしていたからって言うのはあるかも」

 

「筋トレ……パワーを付ける為には必須ですね!」

 

そういえば雷轟はテレビ中継でホームランを見た事によってスラッガーを目指したんだったね。その第1段階で筋トレなんだとか。むしろ初めてバッセンに行った時にそれと素振りだけであそこまでの飛距離を飛ばせるのは大したものだ。

 

「あとは素振りかな?これはスイングスピードを速くする為に必要な事だよ」

 

「中学の時に竹刀の素振りを毎日1000本やっていました!」

 

さ、流石全国優勝者。剣道とはいえ素振りはお手のものって事か……。

 

「1000本だけだと足りないよ」

 

「遥さん?」

 

雷轟……?

 

「私はそれだけだと足りないから、毎日の感謝を込めて10000本はやっているよ!」

 

い、10000!?ここまでくると異常者の部類に入りそうなんだけど……。

 

「あっ、私もそれくらいやってるかも」

 

追記。異常者はもう1人いた。

 

「あとは下半身を上半身に合わせて鍛える事かな」

 

「そうなるとどのような練習が効果的なのでしょうか……?」

 

「タフな身体を作る事を考慮してランニングが良いかもね。続けていくと体力向上にも繋がるし」

 

まぁランニングはスラッガー云々は余り関係ないかな?私もそれくらいならやってるし。タフな身体を作るのはスポーツ選手の基本とも言える。

 

「毎朝50キロは走ろう!」

 

突然雷轟がとんでもない事を言い出した。他県まで走るつもりなの?

 

「まぁ身体を鍛える為ならやむなし……かな?」

 

清本も同意している。もうこの2人は人間を止めてるよ。大村さんの悪影響になりかねないよ……。

 

雷轟も清本もこんな脳味噌筋肉な発言をしておいて私よりも学力が高いとか納得いかないよね。

 

「つ、つまり気合と根性が大切……ですか?」

 

大村さんは大村さんで若干ずれてたよ。そういえば雷轟から野球漫画をよく借りているって話だったっけ?そりゃ間違った解釈をすればそうなるのも無理はないか……。

 

「うん!それに加えて執念と努力が大切だよ。気合、根性、執念、努力!この4つを糧に白菊ちゃんも練習しよう!」

 

「はい!」

 

以前大村さんにはスラッガーを目指すなら雷轟を見習うべきみたいな事を言ったけど、これは発言を撤回せざるを得ないかも知れないね……。

 

「これもまた青春……だね」

 

清本もなんで微笑ましい目で2人を見てるの?

 

この会合が切欠で雷轟、清本、大村さんの3人によって『スラッガー連合』というLINEグループが誕生した。今日話したような今時そんなにいないスポ根な理論がそのグループでは話し合われていたそうな……。この3人は何を目指しているのやら。



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8月の終わり

もうすぐ8月も終わり。9月には秋大会があるし、それに向けて練習を考えていかないとね。

 

今日は一応自主練という事になっている。全員揃っているみたいだけど……。

 

「こんな感じ……ですか?」

 

「うん、それを心掛けるだけで良い球を投げられるようになってくるよ」

 

グラウンドの端の方で川原先輩と渡辺が投球練習をしている。なんでも渡辺自身がもっと球に勢いを付けたいとの事で川原先輩に教えてもらっていた。

 

(この2人もすっかり新越谷に慣れてきたね。秋大会のローテーションも藤井先生と芳乃さんと考えておこう)

 

芳乃さんと藤井先生は話し合いをしているらしい。秋大会に向けての合宿の段取りかな?

 

藤原先輩や息吹さんも投手としての成長速度は凄まじいし、私も負けてはいられない。

 

「力も大事なんだけど、手首を鍛えると長打力が増すと思うよ」

 

「手首か~」

 

「私達1年生は遥と白菊を除けば長打力に欠けているものね。珠姫や希も一発を課題にしているみたいだし、そこを補えば先輩達が引退しても安心かも……」

 

隣では雷轟と川崎さんと藤田さんが長打力について話していた。大村さんみたいな駄目な教え方をしないように釘を指しておいたから、あの2人にはまともに教えてくれるだろう。

 

(川崎さんの方は左打ちの練習もしているみたいだし、中村さん、川原先輩に続いて左の強打者が誕生すると心強い)

 

外野の方を見てみると主将が息吹さんと大村さんに捕球技術を簡単に教えていた。いつぞやの光景と同じだね。

 

「よし!今の感じを意識してやってみてくれ」

 

「はい!」

 

「次、息吹!」

 

「は、はい!」

 

大村さんも息吹さんもあの頃に比べてイージーミスをしなくなった。息吹さんは投手の練習もあるから大変ではあるけど、上手く身に付いた技術と息吹さんの持ち味でもあるコピーを併用していけば良い感じのユーティリティプレイヤーになるかもね。

 

(むしろ雷轟があれをやった方が良いような気がするけど、練習では問題ないんだよね。試合でミスするだけで……)

 

練習に限れば雷轟はエラーをしなくなった。守備方面は本番に弱い雷轟がどのようにしたらそれを克服出来るか……。

 

(……まぁまだ1年生だし、3年の夏までに完成させれば問題なさそうかな?)

 

あとは主将達の代最後の夏でやらかさなければ……とか考えちゃうな。そもそも雷轟は守備の下手さを補うレベルの長打力がある。いっそDH制が導入されたらこんな悩みもすぐに解決は出来るんだけどね……。

 

中村さんと藤原先輩は黙々と素振りをしていた。2人共何か思うところがあるのだろうか?会話の1つもない。

 

最後に武田さんと山崎さんはランニングをしていた。

 

「もうすぐ9月だね~」

 

「そうだね。9月頭の連休には合宿があるし、月末には秋大会が始まる……」

 

「夏大会の勢いのまま秋大会も優勝出来たら良いな」

 

「簡単じゃないと思うけどね……。でもそれは皆の総意でもあるよ」

 

2人は秋大会でも勝ちたい……みたいな話をしていた。私達新越谷は夏で引退した人はいないけど、他校は3年生が引退して、新しい戦力を補充して、残された人達も成長して……。

 

(正直私達が全国優勝出来たのは運が良過ぎた部分もある……。特に県大会は理想が綺麗にはまったからね。本来ならこうはならない)

 

守備の隙を突かれたり、雷轟が歩かされたりされると後続が続かず負けていた可能性が高い。

 

(打撃方面では雷轟に依存してたり、投球方面では武田さん達の成長が凄かったりと打撃には課題が、投球には更なる成長が色々ある)

 

武田さんもそうだけど、藤原先輩のジャイロボールや息吹さんのムービングファストボールが初見には通用した。

 

白糸台相手とか神童さんが先発だったら私達は勝てたんだろうか?私じゃなくて武田さんが先発だったなら打たれる事はなかったのかも知れない……。

 

「勝ちたいね……!」

 

「夏大会は全国優勝まで行った私達も更に強くなってる……。条件は互角以上だよ!」

 

確かにそれは同じなのかも知れない。あとは覚悟の問題か……。

 

(秋大会……。県内なら橘や友沢との再戦だ。今回はどんな結果が待ち受けているか、楽しみでも不安でもある)

 

秋大会も通過して、春の全国大会に出場したいものだ。



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転校生

今日から新学期である。なんか夏休みが滅茶苦茶長かった気がする……。

 

「ねぇねぇ朱里ちゃん!」

 

私の席の前で雷轟が騒がしくしている。この光景も久々に見た気がするなぁ……。

 

「どうしたの?」

 

「今日稜ちゃん達のクラスに転校生が来るんだって!!」

 

いや、私達のクラスじゃないのかよ……。なのにそんなにテンションが高いの?

 

「野球部に入ってくれると良いなぁ~!」

 

「そうだね……」

 

まぁそんなに都合良く野球部に入ってくれるような人がいるのかな?まぁ一応全国優勝は果たしているけど、不祥事の件を何かしら聞いている可能性もあるし、普通に親の都合とかで転校してきたってところだろう。

 

今日は始業式だけなので、学校はこれで終わり。私達は部活動生だから今から部活なのだ。まぁ私達にとっては部活が本職みたいなところはあるけど……。

 

「こんにちは~!」

 

「こんにちは」

 

部室に入ると川崎さんと大村さん以外の全員が揃っていた。皆早いな……。

 

「もうほとんど来てますね……」

 

「そうだな。あと来ていないのは稜と白菊だけか……」

 

そういえば川崎さん達のクラスに転校生が来ているって話を聞いたけど、それと何か関係してるのかな?

 

「すみません。遅くなりました!」

 

「皆にニュースがあるぜ!」

 

『ニュース?』

 

川崎さんが入ってくるなりそんな事を言った。まさか先程の発言が事実に……?

 

「入部希望者を連れて来た!!」

 

『に、入部希望者!?』

 

川崎さんと大村さん以外の全員が反応して、芳乃さんがぴこぴこしていた。今日も絶好調のご様子。

 

「ほ、本当に!?」

 

「ああ、部室の前に待たせているぜ!」

 

「今日私達のクラスに転校してきた人なんです!」

 

雷轟とそんな話をしてたけど、本当にそんな事が起きるとは……。

 

「入って来て良いぞ~!」

 

川崎さんの号令で1人の少女が入ってきた。あれ?この人見た事があるような……?

 

「照屋文香です。よろしくお願いします」

 

照屋さん……。確か小学校が同じだった。その時の私はほとんどリトルで活動してたから、顔を知っている程度の認識しかないけど。

 

「照屋さんは野球経験者なのか?」

 

「本格的に始めたのはこの春からです」

 

「そうなると私達と一緒だね!」

 

「よろしくお願いします!」

 

雷轟が息吹さんと大村さんと肩を組んでいる。何その陣形?

 

「得意なポジションとかあるの?」

 

「特に得意なポジションはありませんが、向こうでは外野手をやっていました」

 

「向こう……?文香ちゃんはどこの学校から来たの?」

 

「星輪女学院です」

 

星輪女学院といえばかつて全国常連だった古豪。そんな所からうちに来るとは……。

 

「早速文香ちゃんの実力を見ましょう!」

 

「そうだな。これは皆も気になっているだろうし」

 

芳乃さんと主将の言葉に皆が首を縦に振る。まぁ私も照屋さんがどんな実力を持っているか気になるしね。



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万能手

グラウンドに出て照屋さんの実力を見る事に。

 

「まずはバッティングを見ていくぞ」

 

「はい!」

 

マシン打撃で打撃力チェック。右打ちだね。

 

(まぁ無難にそこそこのストレートで設定して……っと)

 

ちなみにマシンの設定は私がしている(理由は私も知らない)。最初の1球を真ん中高めに投げさせる。

 

 

カンッ!

 

 

照屋さんはストレートを捉えて、その打球はセンター前に落ちた。

 

(安定性のある打撃……。フォームにも無駄がないし、ミートには期待出来そうだね)

 

「ナイスバッチ!朱里、どんどん続けてくれ!」

 

「わかりました」

 

それからコースを変えて10球程続けてストレートを投げさせて10球全て外野まで飛ばしていった。

 

「凄い凄い!これは大型新人だよ!!」

 

「確かにこの安定性は希に匹敵するかもな……」

 

「むっ……!」

 

芳乃さんと主将がそのように照屋さんを評価して、中村さんが照屋さんをライバル視している。

 

「いえ、力のある球ではなかったのでこんなものかと……」

 

しかし照屋さんは私が設定したマシンの球がわかっていたのと、これが打撃のテストだと把握した上での発言をしていた。この人結構強かだな……。

 

「打撃はこんなものかな……。次は守備を見ていきたいんだけど、外野手以外に守っていたポジションとかはあるかな?」

 

「そうですね……。特定のポジション……というのはありません。強いて言うなら捕手以外のところは前の学校でやっていた外野手や投手も含めてある程度は守れると思います」

 

主将の質問に照屋さんはそう返した。まさかのユーティリティプレイヤー?

 

(しかしそんな照屋さんも捕手はやってこなかったみたい。多分それは捕手の大変さが照屋さん自身もわかっているからだろうね)

 

そんな訳でまずはファーストから。

 

「いくぞ!」

 

ノッカーは主将がやっている。まぁ主将だし、バットコントロールも私達の中で1、2を争うし適任だね。

 

 

カンッ!

 

 

主将が打った打球はファーストの頭上を越える当たり。あれはジャンプしないと届かないだろうな……。

 

(しまった!高く打ち過ぎたか!?)

 

主将も不味いと思っていたのか顔に出ていた。主将、ポーカーフェイスは大切ですよ!

 

 

バシィッ!

 

 

しかし照屋さんはジャンプして打球をキャッチした。割と跳躍力あるな……。

 

「ナイスキャッチ!正直高く打ち過ぎたと思ってたよ……」

 

「いえ、ファーストはどんな打球や悪送球をも上手く処理するポジションだと私は思っています。ですからキャプテンは悪くありません」

 

「そ、そう言ってくれるとありがたいよ……」

 

照屋さんって1つ1つの作法が凄く様になっているんだよね。礼儀正しい。星輪女学院はお嬢様学校だった訳だし、新越谷じゃなくて椿峰の方が良かったんじゃないだろうか?

 

次はセカンドとショート。この2つのポジションは連携を見ていく為に藤田さんと川崎さんが照屋さんの守るどちらか片方の相方役に、あとは中村さんがファーストに入っている。一塁ランナー役に雷轟を配置。

 

「いくぞ!まずは4、6、3のダブルプレーだ!」

 

 

カンッ!

 

 

打球はセカンド正面の鋭いゴロ。雷轟が守っていたらトンネルしそうなそんな感じの……。

 

セカンドを守っている照屋さんは雷轟の走塁を見ても落ち着いて二塁へと投げる。無駄な動きがないな……。

 

「あっ、やべっ!」

 

ところが川崎さんが送球ミス。いや、そっちがミスをしてどうするのさ……。

 

「……川崎さんには今後も守備練習を重点的にやった方が良さそうですね」

 

藤井先生がボソリと言っていた。まぁこれは仕方ない。ついでに雷轟も鍛えてやってください。

 

その後も6、4、3のダブルプレーも、ショートの連携も照屋さんは難なくこなしていた。

 

(これは二遊間の入れ替えがあっても可笑しくないな……)

 

今までは捕手に続いて二遊間も川崎さんと藤田さんしか守れる人間がいなかったから、照屋さんの加入は正直大きい。秋大会でやる事が更に増えたね。

 

(まさに照屋さんは万能手って感じがする。守備力ならこの中でも1番上かも知れない……)

 

色々なポジションもミスをする事がないどころかカバーも完璧な為、主将よりも守備力が高いだろう。思わぬ隠し球が手に入った気分だ。



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ライバル投手追加

それからも照屋さんの守備を見ていった。正直私達もウカウカしてはいられない……というのが照屋さんの守備力を見た感想である。

 

(特にエラーの確率が高い雷轟や川崎さんはレギュラー降格の危機でもあるかな。でも雷轟にはパワー、川崎さんには走力で照屋さんを上回っているから、一概にそれが正解とも言えないか……)

 

そして思い出してほしい。照屋さんはこう言ったのだ。捕手以外のポジションはある程度出来る……と。つまり投手の才もある程度はある訳で……。

 

「じゃあ最後にピッチングを見ていこうか」

 

「はい!」

 

山崎さんがレガースとプロテクターを装着し、照屋さんがマウンドに上がって準備完了したところで、投げ始めた。

 

(フォームはスリークォーターか……。うちの投手陣も個性豊かになってきたね)

 

 

ズバンッ!

 

 

投げてもらったのはストレート。球速は武田さんより少し速いくらいだろうか?

 

「おおっ!良い球投げるね~!」

 

「ま、間違いなく私よりも速いわね……」

 

「これは強力なライバルの登場かしら?」

 

「せ、星歌も負けていられないよ……!」

 

「負けないように頑張らなきゃね……!」

 

投手陣は照屋さんの投球を見て各々の気持ちを口に出していた。もちろん私にとっても強力なライバルになると思う。

 

ちなみに球速は遅い順番から息吹さん、渡辺、武田さん、照屋さん、私、川原先輩、藤原先輩となっている。武田さんと照屋さんは球速にほとんど差がなく、私と川原先輩はその日の調子によって変わったりするからあくまでも通常時の場合の比較である。

 

(確かに良い球……。これだけでも充分武器になりうるけど、全国優勝を目指すなら物足りない……っていうのが球を捕った私の感想かな?)

 

「ナイスボール!」

 

しかし今のピッチングといい、先程までの守備といい、初心者にしてはスペックが高過ぎる。

 

照屋さんは本格的に始めたのはって言ってたから、もしかするとどこかで練習みたいな事をしていたんだろう。それこそどこのポジションも守れるように……。捕手の練習は相手がいないと出来ない上にある意味1番難しい専門職だからセンスだけでは努めるのは無理だしね。

 

(息吹さんも初心者にしてはセンスがあるとは思ってたけど、照屋さんは更にその上を行く……。私達もそうだけど、特に息吹さんの良いライバルになりそう。元の……っていうかやっていたポジションは同じなんだし)

 

星輪女学院は中高一貫の学校で古豪だった上に、野球部は最近は勢いの付き始めているチームでもある。

 

仮に親の都合だったとしてそんな簡単に照屋さん程の逸材を手放す……なんて事があるのだろうか?

 

(まぁ考えても仕方ないか。今は新しいチームメイトの加入を喜んでおこう)

 

思考を止めて照屋さんの方を向くと投球動作を終えてボールを投げていた。

 

 

ズバンッ!

 

 

「今のはシュートか……。かなりキレているな」

 

(確かに……。美園学院の園川さんがシュートの使い手だから、あのシュートが磨かれれば仮想園川さんとしても通用しそうだ)

 

続けて照屋さんは投げる。

 

 

ズバンッ!

 

 

「カーブかな?これも良い球だね!」

 

「ありがとうございます!」

 

芳乃さんの称賛に礼を言いながら照屋さんは次を投げる。えっ?もしかしてまだあるの?

 

 

ズバンッ!

 

 

「ふ、フォーク……。しかも結構落ちたぞ!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

「カットボール……」

 

 

ズバンッ!

 

 

「チェンジUPもあるの!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

「スライダー。これで6つ目だよ!」

 

いやいやいや、いくつ変化球持ってるのさ!?私は人の事言えないけど!

 

「凄い種類の変化球を持ってるね。文香ちゃんって元々は投手だったの?」

 

芳乃さんも気になったのか照屋さんには尋ねる。

 

「そうですね……。私は元々投手がやりたかったのですが、当時入っていたクラブチームの監督が一流と呼べる変化球を投げられないと男子には通用しない……と言われて今のように変化球を投げられるようになりました」

 

なんか胡散臭い監督だな……。普通新しい変化球を覚えるのは今投げている変化球が通用しなくなった時。それなのにそんな変化球をバンバン投げさせても肩や肘を痛めるだけなのに……。

 

「……照屋さんはそれで怪我とかしなかったの?」

 

私は照屋さんに練習のし過ぎで怪我をしなかったのか聞いてみる。練習に直向きになっている照屋さんの姿はかつてリトルでがむしゃらになって怪我をした私を連想させるからだ。

 

「それは問題ありません。私は身体が丈夫ですので」

 

照屋さんは腕をグルグル回して大丈夫アピールをしていた。無理をしているようには見えないし、本当に大丈夫なんだろうけど……。

 

「……それに私が投手をやりたいと思ったのは早川さんに影響されたからなんです」

 

「えっ……?」

 

なんか急展開入ったんだけど?私照屋さんに何かしたっけ?小学校が一緒だったくらいだよね?

 

「それって私達が聞いても大丈夫なやつ?」

 

「はい。ここに早川さんもいますし、良い機会ですので話したいと思います」

 

照屋さんは口を開いて投手というポジションをやる切欠について話し始めた。



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早川朱里への憧れ?

「切欠は3年前に行われていたリトルリーグの世界大会の試合を観にアメリカまで行った時でした」

 

「リトルリーグ……」

 

「……の世界大会?」

 

リトルリーグの世界というワードに何人かは首を傾げている。

 

まぁその頃は余りこの辺りで野球が盛んじゃなかったから、知らないのは無理もない。

 

反応からしてリトルリーグの世界大会を知っているのは川口姉妹と川原先輩くらいかな?残りの何人かは自分の練習とかで精一杯だったのか、中継自体を見ていなかった人達だ。

 

「それ知ってる!毎年各リトルリーグで優秀な選手達が国内代表に選ばれて春に行われるんだよね!?」

 

「毎年見ているけど、3年前のやつは丁度見逃してしまったのよね。それに朱里が出ていたなんて……」

 

芳乃さんと息吹さんは私が投げているシーンを見逃していたらしい。その頃は知り合いでもなかったけど、そんなピンポイントに見逃していたとか言われるとちょっと傷付く……。

 

「わ、私はちゃんと見てたよ朱里ちゃん!」

 

横で川原先輩がフォローしてくれている。ありがとうございます。

 

(しかしわざわざアメリカに野球の試合を観に行くとは……。照屋さんの家庭は裕福なのかな?)

 

「あれ?3年前って朱里ちゃんは中学1年生だよね?それなのにリトルリーグの大会の代表に選ばれたの?」

 

「リトルリーグとシニアリーグの世界大会はそれぞれ小学5年生~中学1年生と中学2年生~高校1年生の選手達が選ばれいるんだ。だから当時中学1年生だった私が選ばれていても不自然じゃないよ」

 

「ほえ~。そうなんだ~」

 

ちなみに川越リトルから日本代表で選ばれたのは私、二宮、清本の3人。友沢や金原はリトル時代は敵同士だったし、当時は2人共育成期間だったらしいから選ばれていなかったみたい。

 

「あれ?じゃあシニアの世界大会で日本代表に朱里ちゃんって選ばれているんじゃ……?」

 

私が説明し終わると雷轟がそんな疑問を私にぶつけてきた。

 

「一応通知は来てるよ」

 

「凄い!朱里ちゃんがアメリカで試合をするんだ!」

 

雷轟が自分の事のようにピョンピョンと跳び跳ねていた。そんなに嬉しいの?

 

「選ばれたのは良いんだけど、正直出るかどうか迷ってるんだよね……」

 

「どうして?」

 

「リトルリーグの試合は8月、シニアリーグの試合は3月にそれぞれ行われるんだ。そして3月は秋大会で全国に駒を進めた高校の全国大会が行われる……。この2つは日程が被っているんだよ」

 

「えっ?それじゃあ……」

 

「仮に新越谷が秋大会を制すると全国大会かシニアの世界大会かどちらかしか出られないの」

 

「そんな……!」

 

しかも厄介なのは参加の有無の締め切りは秋大会が始まる前。これは『秋大会に負けたし、シニア代表に入ります』という発言を防ぐ為のものだね。そんな志の低い選手はいらないだろうし。

 

「……まぁその話は一旦置いておこう。今は照屋さんの話だよ」

 

「あっ、そうだった!ごめんね文香ちゃん。話の腰を折っちゃって……」

 

「気にしなくても大丈夫ですよ」

 

話を戻したところで……。

 

「私は早川さんの相手を捩じ伏せるピッチングを見て感動しました。同じ小学校にいた人がアメリカで試合に出ている……というだけでも凄かったのに、早川さんは相手打線を完膚なきまでに抑えていましたから……」

 

「その頃から朱里って凄かったんだな……」

 

「新越谷の期待の新人だものね」

 

「ヨミちゃんもボヤボヤしてるとエースの座を奪われるよ?」

 

「それは不味いよ!」

 

あの、そんなに持ち上げないでください。恥ずかしいです……。

 

ちなみにその時の私は今の私になって調子を出し始めた頃なのである。

 

「それで文香は野球を……投手を始めようと?」

 

「はい。近場のクラブチームに入って投手になる為に沢山練習をしてきました」

 

それでチームの監督にあれこれ言われていた……という訳か。

 

「投手として試合に出してもらえないのなら、せめて野手としてでも……と思い投手の練習と並行して捕手以外のポジションの練習も必死に頑張りました」

 

「それで……どうなったの?」

 

「最終的になんとかベンチ入りまでは行きましたが、スタメンでスタートする事は1度もありませんでした」

 

「それはなんというか……災難だったな。文香のその実力は男子にも負けていないと思ったんだが……」

 

「ですが後悔はありませんよ。こうして早川さん達新越谷の役に立てるのなら光栄な事ですから」

 

照屋さんは笑顔でそう言った。本人が後悔していないのならそれで良いけどさ……。

 

「ちなみに当時の朱里ちゃんに憧れて新越谷に転校してきたの?」

 

「いえ、新越谷に転校してきたのは偶然です。ですが前々から早川さんと一緒に野球をしたいと思っていました」

 

「そうなんだ……」

 

「はい。あの世界大会の早川さんを見て、『この人は支えがいありそう』……って思ったんです」

 

支えがい?私そんなイメージを持たれてたの?



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世界を取るか新越谷を取るか

はぁ。どうしよう……。

 

「はぁ……」

 

「溜め息凄いね。どうしたの?」

 

溜め息を吐いていると芳乃さんが話し掛けてきた。

 

「いやね?前に話したシニアリーグの世界大会に参加するかどうかの締め切りが近付いていてね。どうしようかな……?」

 

「アメリカで試合するんだもんね。リトルの時も出てたんだっけ?」

 

「一応ね。調子を取り戻したタイミングだったし、やりがいはあったよ」

 

あれはぶっちゃけ良い経験になったと私は思っている。

 

「新越谷の方で皆と戦いたいっていうのもあるしね……」

 

「朱里ちゃんの気持ちは嬉しいけど、うちが秋大会を必ず勝ち抜ける!……っていう保証もないし、それを考えると……」

 

芳乃さんも勝ちたいけど、夏大会の時のように秋大会を勝ち抜けるか不安になっているようだ。

 

「まぁ仮に私がシニアリーグの世界大会に参加する事を決定したとしても春の全国大会は無理でも、秋大会自体に参加する事は出来るけど……」

 

「朱里ちゃんの抜ける穴は大きいから、全国に出られたとしても私達が1勝出来るかどうか……って感じなんだよね。夏の全国大会で優勝出来たのも朱里ちゃんがいたからこそだと思うし」

 

偉く私の事を持ち上げているような……。

 

「朱里ちゃん個人のレベルアップの為なら私は世界大会に出た方が良いと思うよ。友達が世界で活躍しているのを見るのも楽しみだしね!」

 

「芳乃さん……」

 

芳乃さんは私の気持ちを尊重してくれている。正直私も世界大会で経験値を得たい。もちろん新越谷の皆と全国大会で戦いたいっていうのもある。だから余計に悩ましい……。

 

「……朱里ちゃんはもう少し自分にわがままになっても良いと思うよ。今までも朱里ちゃんはチームの為に死力を尽くしてきたし、今もチームの事を考えてくれている」

 

「…………」

 

「だからちゃんと考えてね」

 

「そうだね……」

 

私の為、新越谷の為……。どうするのが正解なのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜になっても考えが纏まらない。一体どうしたものか……。

 

『朱里さんは新越谷に入って優柔不断になりましたね』

 

電話越しの二宮が冷たい……。

 

「そう言う二宮はどうするか決めているの?」

 

『私はシニアリーグの世界大会出場に決めています。和奈さん、いずみさん、亮子さんも同様に世界大会への出場を決意していますね。逆にはづきさんは梁幽館で戦うと言っていました』

 

清本も金原も友沢も早い。橘も既に梁幽館側って決めているみたいだし……。

 

「皆がそうする決め手ってどんな感じなの?」

 

『はづきさんは自身の実力不足だと言って辞退しています。和奈さん、いずみさん、亮子さんはチームメイトを信じて世界大会の方に出場を決めてます』

 

「チームメイトを……信じて……?」

 

『私がいなくてもチームは必ず結果を残してくれる……。その一心で私も含めて世界大会の方に参加するつもりです』

 

チームメイトを信じて、チームは必ず結果を残してくれる……。もしかして芳乃さんも新越谷が勝つ事を信じてほしかったのかも知れない。それでも私の意見を重視している。

 

「成程ね……。ありがとう二宮」

 

『……どうやら決意したようですね』

 

「うん。決めたよ」

 

私は……!




遥「私がいないところで朱里ちゃんがこんなに悩んでいたなんて……」

朱里「まぁギリギリまで考えたよ」

遥「それでどっちに決めたの?」

朱里「それは後にわかるよ」


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合宿準備!

照屋さんが入部して数日が過ぎた。その間は特に変わった事はなく、大会に向けての練習を日々繰り返していた。

 

「集合ーっ!」

 

主将の掛け声に従い私達は集合する。

 

「練習お疲れ様です。さて、いよいよ3日後に鹿児島へと合宿に行きます」

 

藤井先生が言うように3日後は永水高校の人達に招かれて鹿児島に行く事になる。期間を3拍4日で設けており、SWが5日ある内の4日を合宿に使う算段だ。まぁ1日目と4日目は実質往復だけだから、本格的な練習等をやるのは間の2日間になる。

 

「合宿楽しみです!」

 

「だなー!」

 

「しかも他県に行くとかまるで旅行みたいだよね!」

 

大村さん、川崎さん、雷轟が声を大にして合宿へのモチベーションを高めている。元気なのは良い事です。

 

(しかも宿泊先は永水の神代さんと神代さんを崇めているらしい六女仙と呼ばれる人達が過ごしている神境に入れてもらえるみたいだし、至れり尽くせりな気分になってしまう……)

 

向こうにも失礼のない言動を心掛けよう。そう思いつつ3人を私は眺めていた。

 

「それでは明日と明後日は練習を休みとして、合宿の準備期間とします。くれぐれも忘れ物のないように合宿に臨みましょう」

 

『はいっ!』

 

(さてと……。レイクタウンに買い物でも行きますかね。必要なのは日用品くらいかな?練習に必要な物は前に補充したばかりだし)

 

「朱里ちゃん!一緒に買い物に行こ?」

 

「構わないよ」

 

「あっ、私も行く!」

 

雷轟に買い物に誘われてそれを了承したのを皮切りに武田さん、山崎さん、芳乃さん、息吹さんの計6人で行く事になった。そこそこ大所帯になったな……。

 

「どうする?皆は何か足りてない物とかある?」

 

「私はノートを買っておきたいかな。合宿の出来事を大まかでも良いから記録に残したいし」

 

芳乃さんは合宿の記録を形に残すべくそれ用のノートを買う事に。あとは私と同じように日用品を買うのがほとんどだったけど、雷轟が……。

 

「私はバットを新しくしたい!」

 

「バットを?」

 

「前の混合試合で和奈ちゃんが木のバットにしてたのを見て私も新しいのがほしくなっちゃって……」

 

どうやら雷轟は清本がバットを新調したのを見て影響されたようだ。雷轟と清本は頻繁に連絡を取り合い、互いに名前で呼ぶ仲になってLINEでグループを作って会話しているくらい。ちなみにそこに時々大村さんが混じる。

 

「成程ね。皆は他に何かない?」

 

私が尋ねると皆は特に優先する物はないようだ。

 

「それなら先に日用品を買ってから、スポーツショップに行こうか」

 

「私はそれで良いよ!」

 

雷轟の了承を得た事で日用品のコーナーへ……。

 

「とりあえずこれで全部かな……?皆は買い忘れとかない?」

 

私が聞くと皆は首を縦に振っている。なんで私引率の先生みたいになってるの……。

 

「じゃあ会計を済ませてスポーツショップに行こうか」

 

ついでにグラブも見ていこうかな?今月のお小遣いもまだ余裕があるし。

 

場所変わってスポーツショップ。私達新越谷の人間は大体ここで用具を買いに来ている。私もリトル時代からお世話になってるしね。

 

「よーし、良いバットを探すぞーっ!」

 

雷轟は張り切っているようで早足でバットコーナーまで行った。走らないだけ親切。

 

「遥ちゃん行っちゃったね……。私達はどうしようか?」

 

「私は投手用のグラブを見に行こうかな。新しいモデルが入っているか確かめたい」

 

「あっ、私も私も!」

 

「じゃあ私も行こうかしら」

 

武田さんと息吹さんも同じ意見だったようで私に着いて行く事に。山崎さんと芳乃さんは特に目的がある訳ではないらしく、適当に見て回るそうだ。

 

(おっ、このモデルのグラブも入荷してたのか……。どんな感じかちょっと見てみようかな?)

 

そう思ってグラブを手に取ろうとすると誰かと手が重なった。こんな事ってフィクションの世界だけかと思ってたよ。

 

「すみません。お先にどうぞ」

 

「いえ、そちらが先に……」

 

互いに譲り合う。これもフィクションの世界でしか見られないと思ってた……。

 

「あっ……」

 

相手側の声が聞こえたので改めて見てみると……。

 

「早川朱里……」

 

そこには三森3姉妹の内の1人がいた。



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ライバル認定

遂に私が書いている小説の中で最長の話数になってしまったぜ……。


「早川朱里……」

 

私の事をフルネームで呼ぶのは三森3姉妹と茶来しかいない。グラブを取る手が重なったのは三森3姉妹の内の……三女の夜子さんだった。夜子さんは普段から帽子を被っているから、見分けが付きやすいね。

 

「三森……夜子さんだよね?夜子さんもこのモデルのグラブを?」

 

「そう……。早川朱里は知ってると思うけど、私は投手もやっているから……」

 

今夜子さんが言ったようにシニアで彼女は投手をやっていた。速いストレートと姉達の守備を信頼した打たせていくスタイルのピッチングを上手く使い分けていた……というのが私の印象だった。

 

「早川朱里と一緒にいるのは……武田さんと川口息吹さん」

 

「私達の事も覚えててくれてるの!?」

 

「当然。武田さんは県大会の決勝戦で私達美園学院を苦しめたし、川口息吹さんは混合試合で根性のある球を連発していた。私は結構根に持つタイプの人間だし、姉さん達も3人の事はライバルとして認めている……」

 

「私達が……ライバル……!」

 

実力者にライバルとして認めてくれるのってなんか嬉しくなるよね。特に息吹さんは嬉しそうにしているのが伝わってくる。武田さんもより顔に出ているから、その気持ちも感じている。

 

「混合試合では一緒にプレーしたりしたけど、私達は敵同士。いつ当たるかはわからないけど、秋大会では負けない。勝つのは美園学院だから……!」

 

「私達新越谷だって負けないよ!」

 

「武田さんの言う通り、負けるつもりはないよ」

 

油断慢心は一切ないけど、それでも確実に勝利を拾える程余裕はない。こういう時に普段から常勝している梁幽館や咲桜、美園学院とかが羨ましいね。

 

「……それはさておき、早川朱里はシニアリーグの世界大会はどうするつもり?」

 

話題を変えて夜子さんは私が世界大会に参加するのかを聞いてきた。

 

「それは秘密。3月になればわかるよ」

 

「そう……。まぁ仮に早川朱里が参加せずとも川越シニア出身の人達や各県の強豪シニア出身の人達もいるから、今年度の世界大会も日本代表はレベルが高いと思う」

 

それはそう。生半可なチーム力だと日本代表は決して負けないだろう。二宮、清本、友沢、金原と川越シニア出身だけでトップクラスの結果を残しているメンバーだもの。

 

「脅威になるのはやはりアメリカ代表かな?あそこには大活躍している日本人もいた筈だし」

 

金原みたいなリードオフガールがいたり、清本レベルのスラッガーだっているし、投手力も隙がない。例年通りならアメリカと当たるのは決勝戦だけど……。

 

「あとは韓国やキューバも力を付けてきてるし、オーストラリアも個性的だった」

 

「まぁ何にせよ勝つのは日本代表だよ」

 

「それは同意。……姉さん達から催促が来たから、私は行く。大会でまた会おう」

 

そう言って夜子さんは私達から離れていった。グラブ買わなくても良かったのかな……?

 

「私達……負けていられないね」

 

「そうね……。ライバルって言ってくれたんだもの」

 

武田さんと息吹さんから闘志が伝わってくる。これまでの経験を得て成長速度が凄まじいのがこの2人だったりする。あとは藤原先輩も。3人共投手もやる訳だし、私も負けてはいられない。

 

(その為に私は……!)

 

自分に出来る事は全てこなすつもりだ。それが新越谷高校の勝利に繋がるんだとしたら尚更ね。

 

(3日後の合宿……。そして月末から始まる秋大会。最高の結果を目指して頑張りたいね)

 

夜子さんにも啖呵切っちゃった訳だし。



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いざ行かん。霧島神境へ!

今日から4日間鹿児島へと合宿に。

 

「合宿ってなんかテンション上がるよね!」

 

「それ前も聞いた気がする……」

 

本当に雷轟は元気だね……。私もそのパワフルさは見習わないといけないのかも。

 

「鹿児島まではどうやって行くのかな?かな!?」

 

「新幹線とバスみたいだね」

 

「一足早い修学旅行の気分ですね!」

 

大村さんもテンション高い……。というか私以外は大体テンション高いか、ソワソワしてるかだった。あれ?もしかして平常運転の私が可笑しいの?

 

(まぁ私も色々楽しみではあるけどね)

 

夏大会が終わって神代さんが引退して、滝見さんが新しいキャプテンになって、十曽さんや岩戸さんの3人が中心になって組み立てられる永水野球部はどういう風になっているのか……とか、霧島神境の特別な広間がどれ程のものなのか……とか凄く興味があるからね。

 

「皆さん揃っているようですね。ではこれから新幹線に乗っていきますが、周りの迷惑にならないように行動してくださいね」

 

『はいっ!!』

 

テンション高い組が騒ぎ過ぎないかとか藤井先生は心配なんだろうね。保護者役になりそうな人達がストッパーになるしかないね。

 

駅で切符を購入して新幹線へと乗車する。鹿児島までは約3時間か……。

 

(その間に秋大会に向けて他校の情報を整理するかな……)

 

照屋さんが他校の情報収集をしてくれたとの事で、それをスマホのメモ帳に細かく記入して、鹿児島に向かっている間に分かりやすくまとめておく。これを向こうで少し説明出来たら良いんだけど……。

 

「あれ?朱里ちゃん何を見てるの?」

 

スマホを開いていると渡辺が話し掛けてきた。ちなみに他に私の周りにいるのは照屋さんと雷轟である。

 

「照屋さんにもらった県内の他校のデータ。夏大会が終わって3年生が引退した事によって新戦力になっているからね」

 

「新越谷に転校する事が決定してからは埼玉県内で有力の高校のデータを大雑把にまとめました。時間が余りなかったので、データが多くはありませんが……」

 

「充分だよ。ありがとう」

 

選手としてもレベルが高くて、更に二宮ばりの情報収集能力を持っているからね。もう貢献度高過ぎだよ。

 

「折角なので、今座席にいる面子で軽くミーティングするのはどうでしょうか?」

 

「情報整理も兼ねたいし、良いかもね」

 

わかりやすく情報を整理して芳乃さんや藤井先生にも見せておこう。

 

「じゃあ星歌も参加しようかな。相手打者のデータが頭に入っているとピッチングの負担も減るだろうし……」

 

「雷轟は……」

 

雷轟の方を見てみるとぐっすりと寝ていた。道理で静かだと思ったよ……。

 

「まぁ良いや。じゃあまずは夏大会の1回戦で当たった影森高校から……」

 

影森高校は3年生の三角さんや山池さん達が引退して、中山さんと田西さんのバッテリーが中心となっている。

 

照屋さんが集めた情報によると前に比べて練習試合をするようになったらしい。夏大会を経て何か変化があったのかね……?

 

「……で、その練習試合の結果を見ると相変わらずのロースコアで、試合時間は57分」

 

「県大会の戦績と比べると中山さんのピッチングが格段に良くなっていますね」

 

確かに。これは次にぶつかるとしたら相当手強くなっているだろう。

 

(まぁ影森と当たる事になったらその時の先発は決まっているけどね)

 

影森について軽くまとめた後も次々と県内の他校の情報を整理した。

 

熊谷実業は夏休みに練習試合をした時と余り変わっていないけど、ここにある情報よりも進化している可能性もあるから油断は出来ない。

 

梁幽館は吉川さん、小林さん、西浦さん、そして橘の4人を中心に警戒する必要がある。特に橘は打撃方面でも大きく成長し、梁幽館で上位打線を任せられるレベルだそうだ。

 

「さて、次は柳大川越だね。投手はエースの朝倉さんを中心に1年生が多く起用されているみたい」

 

「夏大会でも大島さんが1番を打っていましたね」

 

流石照屋さん。よく見ているなぁ……。本当につい最近まで他県にいたんだよね?小学校まではこの埼玉にいたとしても……。

 

「1年生の中でも特に大きく成長しているのが浅井さんの後釜とも言われている捕手の志木さんでしょう」

 

「そうだね。夏までは課題とされていた捕球方面も大きく改善されている……。これはもう柳大川越の主力選手だと思う」

 

元々足の速さやミート方面で志木さんは浅井さんを上回っていたし、練習試合とかでも外野で起用されていた事もあったし、私達との試合でももしかしたら出ていた可能性もあるだろう。

 

「…………」

 

「渡辺?どうしたの?」

 

「あの、その志木さんって多分星歌の幼馴染の志木蓮華ちゃんかも……」

 

ん?今凄いカミングアウトを渡辺がした気がするぞ?

 

「渡辺さん、それは本当ですか?」

 

照屋さんが確認の為に志木さんの練習風景を撮っていたので、それを渡辺に見せながら尋ねる。なんでそんな写真を照屋さんは持っているんだろうね?

 

「うん……。間違いないよ。蓮華ちゃんだ……!」

 

柳大川越のニューホープはまさかの渡辺の幼馴染でした。

 

(これは先発投手のローテーションを考え直す必要が出てきたかも……!)

 

私は渡辺の発言を聞いてそう思った。




遥「東方魔術師さんが書いている球詠の二次創作の『新越谷の潜水艦少女』から4人目のキャラであるである志木蓮華ちゃんが名前だけ登場!柳大川越の捕手みたいだね」

朱里「……雷轟ってこの時寝てたよね?なんで把握してるの?」

遥「主人公だからだよ!」

朱里「何それ怖い」


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データ分析?

「渡辺さんと志木さんが幼馴染……という事は小学校とかが同じだったのですか?」

 

「うん……。文香ちゃんの指摘通り星歌と蓮華ちゃんは小学校が同じで、近所の野球クラブのチームに所属していたんだ」

 

クラブチーム……か。当時小学生だった私はクラブチームの情報までは把握していなかったから、もしかしたら知り合っていたかも……なんて事もなさそうだね。

 

(尤も二宮ならその時から広い範囲で情報収集をしていたかも知れないけど……)

 

「こんな事を聞くのはあれだけど、渡辺と志木さんは仲が悪かった……とかあったの?」

 

「ううん、星歌と蓮華ちゃんはその時はとても仲良しだったよ。家同士が近所で親も仲良しだし……」

 

2人の間が不仲だった……って事はなさそうだ。

 

「でも中学は別々になった事から疎遠になっちゃった……。最近ではLINEでも連絡が付かないし……」

 

「……それはきっと野球部の練習が忙しいからですよ」

 

「そう……だね」

 

なんかブラックな話になっちゃったなぁ……。暗い雰囲気をなんとかする為にもこの話題は打ち切った方が良さそう。

 

「……話を戻そうか。柳大川越は先程も言った通り1年生が大きく成長している。つまり今の私達新越谷と似たような状態となってるんだよ」

 

「確かに新越谷も1年生がほとんどですからね」

 

それでも朝倉さん達2年生も夏大会とは比べ物にならない程の成長を遂げていそうだ。

 

「投手も朝倉さんと対になるタイプの選手がいても可笑しくない」

 

「大野さんのような技巧派の投手ですか……」

 

むしろ朝倉さんと同タイプの人達ばかりだとそこまで警戒しなくても良いかも知れないね。

 

(この夏大会を通じて思ったのは3年生から感じられるプレッシャーが凄まじいものだったと言う事……)

 

秋大会ではその3年生がいないから、夏に比べて緊張感が薄れている可能性はある。

 

夏大会で特に凄かったのは梁幽館の中田さんと陽さん、熊谷実業の久保田さん、柳大川越の大野さんと浅井さん、永水高校の神代さん、洛山高校の大豪月さん、そして白糸台高校の神童さん……。

 

この人達は数多くいる3年生の中でも群を抜いていた。神代さんは若干例外だけど……。

 

(もしかしたら主将達も来年の夏大会ではとても頼もしくなっている事だろう。私達も3年生になったらあんな風になるのかな?)

 

新越谷で2年後の夏が楽しみな選手は武田さん、息吹さん、照屋さん、そして雷轟。この4人は成長速度がとんでもないから、凄く頼りになる存在になると思う。次点で中村さんや山崎さんのように素質抜群の選手だね。

 

(3年生があそこまで実力を発揮する理由みたいなものも調べてみようかな……)

 

私が成長する為のヒントになるかもだし!

 

「最後は咲桜ですね」

 

咲桜は主力選手がほとんど3年生だったから、メンバーが大きく変わっている。レギュラーは友沢だけだし、ベンチに入っていた下級生も他に1人か2人しかいなかった気がするし……。

 

「咲桜は2年生と友沢さんが中心になってチームが組まれていますね。今では有力な1年生を育てているみたいです」

 

夏まではほぼ3年生だけだったもんね。それがガラリと変わってるんだから、実質ノーデータと言っても過言じゃない。何よりあの時は私と友沢の投げ合いだったしね。

 

(そうなると1番手強いのはやはり咲桜……!)

 

秋大会で出来るだけ咲桜のデータがほしいところだね。



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景色が暗転している……。あれから私は多分寝てしまったんだろう。他校の情報を調べ終わった直後に転た寝したのかな?

 

(あれ?何か目の前に出てくる……)

 

もやもやと私の目の前に2つの影が現れた。それは……。

 

『朱里さん、少し投げ過ぎではないですか?』

 

『大丈夫。これくらいじゃ全然足りないくらいだよ』

 

……もしかして私と二宮?なんで?

 

『こんなんじゃ宮永さんには通用しない。彼女に勝つ為にはもっとシンカーを強化して、他にも新しい変化球を覚えて……!』

 

状況から察するに私が初めて宮永さんに完敗した直後かな?清澄との試合でも私は結局宮永さんを打てていなかったし、次に清澄と当たるまでにはなんとかしたいところだね。

 

『しかしそれで怪我でもしてしまうと本末転倒です。今日は切り上げましょう』

 

思えば二宮はこの頃から私の右肩にガタがいっているのに気付いていたかも知れない。この頃からよく人を見ているんだな……。

 

場面が変わって……これは私の家のベランダ?

 

『二宮はああ言ってたけど、もっともっと練習しなくちゃ……!川越リトルが勝つ為にはもっと私が強くならなくちゃ……!』

 

リトル時代の私全然わかってないじゃん……。そりゃ負担のかけ過ぎで右肩を炎症するよ!

 

『まだまだ……!こんなんじゃ駄目だ……!』

 

良くも悪くも私は子供だった。リトル時代の私はここから更に無茶をして右肩を炎症させてしまった訳だし……。

 

(しかし今になってこんな場面を見るとは……。これは何かの暗示だったりして……?)

 

更に場面は変わり今度は……確か右肩を壊す直前くらい?

 

『流石早川だ。この調子でリトルを勝利に導いてくれ』

 

『……ありがとうございます』

 

なんかリトルな私の様子が可笑しいな。もう既に炎症する前兆が見え隠れし始めてるんだっけ?

 

『朱里ちゃん、大丈夫なのかな……?』

 

あれは清本だ。今とそんなに身長変わらないじゃん。140いってないくらいだよね?

 

『……余り良い様子ではないでしょうね。監督も朱里さんに依存し過ぎな部分も見えますし、朱里さんもその期待に応えようとしています』

 

『……私達が朱里ちゃんを支えないといけない……よね?』

 

『それでなんとかなれば良いのですが、状況が変わる事はないでしょう。それこそリトルの間は……』

 

この二宮と清本の会話を私は知らないから、私がいないところでの会話だろう。まさかこんなシーンが見られるとは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちゃん、朱里ちゃん!」

 

誰かが私を呼んでいる……。先程まで暗転していた場面もない。

 

「……雷轟?」

 

「あっ、やっと起きた!」

 

「朱里ちゃん、もうすぐ降りる駅に着くよ」

 

雷轟と渡辺の話によると私はあのミーティング?の後にすぐ寝てしまったらしい。

 

(じゃああれはやはり夢……なのかな?私の過去を……?なんで見てしまったんだろう?)

 

「それにしてもぐっすり寝ていたね。合宿が楽しみで眠れなかったとか?」

 

「……それは雷轟なんじゃないの?」

 

「そ、そんな事はないよ!?」

 

図星かよ……。

 

「まぁ何にせよ起こしてくれてありがとう」

 

「星歌も電車での長旅で少し疲れたし、次のバスでは寝てようかな……」

 

バスで目的地まで30分くらいあるらしいから、少し寝るのには丁度良いかもね。

 

私もバスで寝たら夢の続きが見られるだろうか……?

 

(……いや、今立て続けに寝てしまうと夜に寝られなくなってしまうし、向こうでの練習に身が入らなくなるかもだし、バスでは景色でも見ていよう)

 

しかし電車で見た夢が私にとって重要なものになるとはこの時の私が知る事はなかった……。



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バスでの移動にて

鹿児島駅に降りて、次なる目的地の霧島神境の最寄り駅に停まるバスに乗って約30分。ちなみに私達が乗るバスは永水の人達が手配してくれた終点まで直通のバスで私達の貸し切り状態だそうだ。

 

「あっ、バスが来たよ!」

 

雷轟がそう言ってこちらに来たバスは……。

 

「お、大きいな……」

 

「そ、そうですね……」

 

普通のバスに比べてかなり大きいバスだ。送迎バスにしては力を入れ過ぎではないだろうか?私達20人もいないんだよ?

 

「……では乗っていきましょうか」

 

藤井先生の号令に従ってバスに乗車する事に。

 

「広ーい!」

 

確かに広い。座席も電車みたいに横4列になっており、反対4列と向かい合わせとなっている。完全に規模の無駄遣いって感じがする……。

 

(窓側の席は確保しておこう……)

 

私は景色を眺めたり、もしも酔ってしまった時に備えて窓側の席を座る。

 

「私朱里ちゃんのとーなりっ!」

 

「あっ、ズルいよ遥ちゃん!」

 

なんか私の隣の席を椅子取りゲームが如くで取り合っていた。席は沢山あるんだよ?何故私の隣に?

 

私の周りには隣に雷轟、その左に武田さんと山崎さん、反対側には芳乃さん、息吹さん、照屋さん、渡辺と続いている。何人かは新幹線でも同じグループにいたような……。

 

「目的地まで30分くらいあるし、疲れている人がいたら寝てても良いよ」

 

芳乃さんは疲れていたら今の内に休んでてほしいと言っている。この気遣いは素晴らしいと思います。

 

「新幹線でぐっすり寝たから大丈夫!」

 

「私も眠くないよ!」

 

雷轟と武田さんはこのように元気いっぱいだ。少なくとも雷轟は寝起きで元気なようだ。私は低血圧だから、寝起きにそこまで元気はないよ。まぁ特に眠たい……とは思ってないけど。

 

「星歌も寝ようと思ってたけど、寝過ぎで夜眠れなくなるって考えると寝るのはやめておこうかな?」

 

「私も問題ありません」

 

「今寝たら夜眠れなくなりそう……」

 

「合宿での練習で疲れて逆にぐっすり眠れそうな気もするけどね……」

 

どうやら全員眠気の心配はなさそうだ。

 

「むしろこの移動時間で何かしたいよね!」

 

「何かって……トランプとか?」

 

そんなの持ってきてないよ。よしんば持って来ていたとしてもやるのは宿舎とかでしょ?

 

「トランプは持ってないけど、こんなのはどうかな?」

 

芳乃さんが鞄をゴソゴソと漁って何かを取り出した。

 

「カラーボール……?」

 

赤、青、黄色、緑、黒と5色のカラーボールだ。黒のカラーボールとかどこで売ってるんだろう……?

 

「今からこれを使って連想ゲームをするよ。私が見せたカラーボールの色の物を答えてね!」

 

「面白そう……!」

 

早くも雷轟が興味津々だ。まぁ暇潰しには丁度良いかもね。

 

「じゃあスタート!」

 

スタートの合図と共に芳乃さんが赤色のカラーボールを見せる。赤といえば……!

 

「ポスト」

 

「赤身」

 

「イチゴ!」

 

「ケチャップ」

 

「トマト」

 

上から山崎さん、照屋さん、雷轟、私、息吹さんの順番。5人共ほぼ同時だけど、山崎さんと照屋さんがその中でも若干早かった。

 

「えっと……。血?」

 

「口紅?」

 

「ヨミちゃんと星歌ちゃんは少し遅いかな?」

 

どうやら武田さんと渡辺は少し遅いらしい。

 

「芳乃、これって何の役に立つの?」

 

息吹さんがこの連想ゲームが何の役に立つのかを尋ねる。似たような事ならシニアでやった事があるから、私は大体予想がつくけど……。

 

「選球眼や送球の指示とかのとっさの判断力が鍛えられる……かも知れない!」

 

そう言いながら芳乃さんは緑のカラーボールを繰り出す。とっさの判断力ってこういう状況からもあるんだよね。

 

「ほうれん草!」

 

「木の葉」

 

「エメラルド?」

 

今度は雷轟、照屋さん、山崎さん……の順番なんだけど。

 

「これって黄緑はあり?」

 

武田さんが芳乃さんに質問する。実は私も同じ事を思ってたので、緑は答え辛かった。

 

「そうだね……。意外と緑の物って黄緑の方がそれに属してるから、ありにしようか。次はこれ!」

 

今度は黒。

 

「黒豆」

 

「炭!」

 

「墨汁」

 

「闇夜」

 

照屋さん、雷轟、山崎さん、私と続く。

 

「えっ?黒?」

 

「先に言われてしまったわね……」

 

「数少ない選択肢を他の人よりも如何に早く言うかも大切かもね」

 

確かに私もギリギリだった。こうなる前に言わないと判断力の有無に関わりそう……。あとは視野の広さとか知識の多さとか?

 

「それじゃあ次は傾向を変えてみるよ。これ!」

 

そう言って芳乃さんは「新」が付く駅と書かれた紙を見せてきた。これは地理の勉強とかでも役立ちそう……。

 

「新宿」

 

「新橋」

 

「新長田!」

 

「新越谷」

 

「西新?」

 

「し、新大阪?」

 

「新横浜!」

 

上から山崎さん、照屋さん、雷轟、私、息吹さん、渡辺、武田さんの順番。

 

「うんうん、皆良い感じだね!」

 

こんな感じでバスが目的地に着くまで連想ゲームは続いた……。



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霧島神境からのお出迎え

連想ゲームを続けていく内に目的地である霧島神境の前までバスが到着した。

 

「神代さんからもらった地図によるとあの階段を登って行った先に霧島神境があるらしい」

 

ここからは主将が神代さんからもらった地図を頼りに先導して進む事になる。凄い階段だな……。先が全く見えない。

 

「あ、あの階段を登るのかよ……!」

 

「果てしなく上に続いているわね……」

 

「あ、足腰を鍛えるにはもってこいだよ!」

 

芳乃さんのそれはフォローになっているのかな……?

 

「とにかく登りましょう。先方も待っている事ですし」

 

「そうですね」

 

藤井先生が主将に指示を出して、邪魔にならないように私達は一列に並んで登る。

 

ザックザックと階段を登る足音のみが響く。

 

(な、なんでこんなに静かなんだ……?)

 

(この空気でお喋りなんて出来ないわよ……)

 

沈黙が続き、黙々と階段を登る私達。滅茶苦茶シュール。

 

(ああーっ!こんな静かな空間耐えられない!!)

 

(ちょっ、雷轟落ち着いて。向こうではもっと静かにしなくちゃいけないかも知れないんだから!)

 

雷轟や川崎さん、武田さんはこの静かな時間に対して騒ぎそうになっていた。罰当たりな行動は慎もうね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を登り続けて約20分。沈黙した時間にも終止符が打たれ……。

 

「た、多分あれがそうかな?」

 

「な、長かった……」

 

「体感2時間くらいに感じたよ……」

 

「実際は20分くらいだけどね」

 

登った先に大きな社が見える。あそこに神代さん達がいるのだろう。そう思っていると扉が開かれた。

 

「あっ、もしかして新越谷野球部の人達ですかー?」

 

社から出て来たのは褐色肌の少女だった。確かこの人は……。

 

「は、はい……」

 

「お待ちしてましたよー。中にご案内しますので、着いて来てください」

 

そう言った少女を先頭に私達は後に続く。歩いていると雷轟が話し掛けてきた。

 

(あんな小さな子が住んでるんだね……)

 

(いや、あの人私達よりも年上だから……)

 

(そうなの!?)

 

(まぁあの見た目じゃ勘違いするのも仕方ないけど……。不用意な発言には気を付けてね)

 

(わ、わかったよ)

 

広間を歩き、1番奥まで進むと5人の少女達がこちらを待っていた。

 

「ようこそ、おいでくださいました新越谷野球部の皆様。本日から約4日間、精一杯おもてなしさせていただきますね」

 

そう言って挨拶してくれたのは神代さん。

 

(巫女さんだ……!)

 

(そうだね)

 

神様を祀る神境だって場所なんだから、巫女服を着ていても不思議ではないけどね。まぁ全国大会でユニフォーム姿の神代さん達を見た後だから余計に違和感バリバリである。

 

「今日は来てくださってありがとうございます」

 

「こ、こちらこそ招待してくれてありがとうございます!」

 

神代さんと主将が挨拶を交わすが、主将の方はガチガチ。主将って案外緊張しやすいのかな?

 

「試合で私達の半分は知っている人もいますが、初対面の人達もいらっしゃいますので、自己紹介をさせていただきます」

 

自己紹介の流れを作っているのは石戸さんの……お姉さんの方かな?夏大会では見ていなかったから、去年の永水で活躍していた内の1人だろう。

 

「では私から……。石戸霞です。この度は霧島神境へと足を運んでくださりありがとうございます。今は大学の方に通っていますが、野球の方でも新越谷のサポートが出来ればと思います」

 

私達のサポート……というのは恐らくこの合宿においてのサポートだろうね。本来なら私達敵同士だし……。

 

「私は薄墨初美ですよー。今回は楽しい合宿にしましょうね」

 

先程の褐色肌の少女……薄墨さんも石戸さんのお姉さんさんと同い年で去年は4番を打っていた。

 

「……ちなみに私も大学生ですよー」

 

『えっ!?』

 

「今私が大学生だって事に驚いた人は練習を厳しくしますから、覚悟してくださいねー」

 

薄墨さん、背が低いのを気にしてるのかな……。

 

「次は私ですね。狩宿巴です。3拍4日という短い間ですが、お互い有意義になる合宿にしましょう」

 

その次に自己紹介をした狩宿さんも石戸さんのお姉さん、薄墨さんと同い年の大学生。彼女は堅実な守備を売りにしており、内野のポジションを得意としている。

 

「私達とは夏大会で当たりましたが、改めて。石戸明星です。先程紹介した霞さんとは従姉妹の関係です」

 

姉妹ではなく従姉妹だったか……。宗家分家の関係性なんだろうか?

 

「十曽湧です!大会ではお世話になりました!」

 

十曽さんは薄墨さんと同じく元気なイメージがある。褐色ではないけど……。

 

「……滝見春。よろしく」

 

滝見さんは物静かな人だ。黒糖をもぐもぐと食べている。習慣なのかな?

 

「では次は私達が……」

 

こちらの自己紹介は割愛!

 

「……では自己紹介も終わったところで練習に入りましょう。一応私達新越谷でも練習メニューは考えてきていますが、そちらも何かやりたい事とかはありますか?」

 

「そうですね……。永水の合宿は毎年他校の人達との練習メニューと私達永水の練習メニューを合わせて練習していますから……」

 

「でしたらスケジュールを組みましょうか。その方がお互いにやりやすいでしょう」

 

「助かります」

 

……との事で藤井先生が石戸霞さんと練習メニューを組んでいる。

 

「ど、どんな練習になるのかしら……」

 

「深く考えないようにしよう……」

 

「なんだかワクワクしてきたよ!」

 

「私はドキドキしてきたわ……」

 

多種多様な反応を見せている新越谷の面々。私も少し緊張している。

 

(今からここで合宿を始めるんだな……。気合いを入れないとね)

 

この合宿で何か得られたら良いんだけど……。



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合宿開始!

練習メニューが決まったので、早速始める事に。場所を神境近くにあるグラウンドまで移動する。

 

(こんな立派なグラウンドがあるとは……。土もきっちりと整備されてるし、永水の人達はこんな場所で練習してるんだ……)

 

「外野手の人は捕球、送球の繰り返し。10球毎に交代」

 

外野の練習はノックを受けて送球。これ等を何度も繰り返す。捕球技術や送球技術を鍛える為のものだ。

 

参加者は主将、大村さん、息吹さん、照屋さん、川原先輩、渡辺、雷轟、私の8人。何人かはメインが外野手ではないけど、試合によっては外野を守る場合があるからね。指導は夏大会以降に永水のキャプテンになった滝見さんだ。

 

「よしこい!」

 

主将から順番に10分間捕球と送球を繰り返す。

 

「え……。10分ずっとやるの!?」

 

「これは捕球率と肩を強化するのと、とついでに体力や足腰を鍛える良い練習。ぶっ通しでやるつもりだけど、危なそうなら休ませるから……」

 

10分間ずっとやるとなるとかなりハードな練習になる。体力向上を課題としている私からしたらありがたい。滝見さんも決して無理はさせないみたいだしね。

 

(滝見さんは簡単に言ってるけど、これはかなりハードだぞ!?だが後輩達の手本になるように頑張らないと!)

 

主将が10分間捕球と送球を繰り返した後次の人に交代。一巡するまで1時間10分。滅茶苦茶疲れた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「打撃練習に入りますよー。ここではひたすらマシン打撃を繰り返しますので、気張ってくださいねー」

 

場面が変わって薄墨さん主体の打撃練習。私は小休止しつつ、この練習を見学する事に。

 

「参加者1人1人に尋ねてどんな打者になりたいか確認します。まずは貴女から」

 

最初は雷轟。

 

「私は……誰にも負けないスラッガーになりたいです!」

 

「最強のスラッガーですかー。それなら様々な球種をマシンに投げさせますので、50球連続で場外まで飛ばしてくださいねー」

 

す、凄い内容だな……。

 

「頑張ります!!」

 

しかし雷轟はやる気満々みたいだ。

 

「今の内に他の人にも聞いておきますねー」

 

雷轟がマシン打撃をしている間に次は中村さん。

 

「わ、私は……遥ちゃんみたいな長打力がほしいっちゃけど、フォームが崩れるのが嫌で……」

 

「ふむふむ……。成程ですよー。それなら貴女は満遍なく打てるようにしましょうか。埼玉県の野球部という事で、身近な目標として咲桜高校の友沢さんのようにサイクルヒットを自在に、広角に打てる打者を目指してください」

 

薄墨さんは友沢の事を存じているみたいだ。まぁ友沢は有名だからなぁ……。県大会でも新越谷と当たるまでに3試合もサイクルヒットを叩き出しているからね。相変わらず凄い選手だ。

 

「私はバントが苦手で……」

 

次は川崎さん。

 

「それならマシン耐久100連続バントですねー」

 

「ひ、100!?」

 

「もちろん安定して転がせるようになってからカウントを数えますからねー。打ち上げたりしたものはカウントしませんのでそのつもりでいてくださいねー」

 

「げげっ……!」

 

川崎さんは大袈裟に100連続バントとか言われていた。雑に聞こえるけど、もしも本当にそれが実現出来たら立派なバント職人になるだろう。頑張れ!

 

 

カキーン!!

 

 

「ああっ!場外まで飛ばなかった!?」

 

「あー、残念ながら1からやり直しですねー。記録は連続23ですか……。一先ず休憩にして次の人にいきましょうかー」

 

「うう……!」

 

雷轟は悔しそうに唸っている。場外が連続でそこまで続いているのなら大したものだけど、前の混合試合で見違えたと言っても過言じゃないくらい成長した清本を越えるにはこれくらいしないと足りないのかも知れない……。

 

(私もそろそろ休憩は終わりにしようかな……。皆を見てたら私も負けていられない!)

 

「……休憩は終わり?」

 

「はい」

 

「貴女はもっと成長する……。積極的に練習しないともったいない」

 

「……ありがとうございます」

 

……と滝見さんにも言われたので、外野の送球と捕球の練習に入る。

 

(誰にも負けたくないな……!)

 

そんな闘志がふつふつと湧いてきた。これが良い感情なのかは知らないけど、チームメイトがライバルというのはリトルでもシニアでもあった事だから、違和感とかは全くない。

 

「…………」

 

私を見ている1つの視線に気付く事なく私は必死で練習をこなした。



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追加

全体休憩を30分程してから、次は内野陣による守備練習。狩宿さんが担当をするようだ。

 

「これから内野手の皆様には常時守備体制でいても問題ないように練習します」

 

「そ、それって股割り……ですか?」

 

狩宿さんに質問したのは雷轟。川崎さんや藤田さんも同意の目で雷轟を見ていた。そんなにキツかったのか股割り……。

 

「そうですね……股割り程ではありませんが、それに近しい事をしてもらいます」

 

そう言って狩宿さんは大の字で立った。

 

「足はこの体制で腕を組んでください」

 

狩宿さんの指示に従って内野陣の6人は狩宿さんと同じように立って腕を組む。

 

「とりあえずこの状態を30分間続けてください」

 

(これで30分か……。思ったりよりも楽な練習で良かったよ)

 

(……とか思ってそうな人がちらほらいますね。そう思っている人がこの練習で根を上げるんですよね)

 

私が次にする投手練習までまだ時間があるし、休憩延長がてら見ていこうかな?

 

10分、15分くらいが経過した頃だろうか?内野陣に変化が起きていた。

 

(な、なんだこれ……!?)

 

(あ、足が震えてきてる……!?)

 

川崎さんと藤田さんが足を震えさせて、それに気付いて驚愕していた。顔に出てないけど、中村さんと藤原先輩もキツそうだ。武田さんもしんどそう。

 

何故皆がこのようにキツそうにしているのか?ただ立っているだけなのに……と思うところだけど、人体は立っていると左右のどちらかに必ず重心がいくように意識しているから、ただ立っているだけなら然程辛くはない。

 

しかし両足の重心を合わせて連続で立ち続けるのは不可能に近いとも言われている。現に内野陣が震えているように大の字で立ち続けるとああなってしまう。

 

(予想通りの反応を見せてくれる人達ばかりですね……おや?)

 

ふと狩宿さんがある場所に視線を移す。

 

(ふわぁ……。立ってるだけだと退屈かも)

 

そこには欠伸をしている雷轟がいた。なんか1人だけ余裕そうだな……。

 

(まぁ雷轟は中学の頃から足腰を鍛える為にずっとランニングをしてきたもんね。あれくらいなら問題ないのかな?)

 

だからと言って欠伸をするのは駄目だけど……。

 

「随分と足腰を鍛えていますね。普段は何かなさってるんですか?」

 

「あ、ありがとうございます!日課として筋トレとランニングをやっています!」

 

急に話し掛けられたのか雷轟は少し戸惑っていた。にも関わらず体制は崩れていない。

 

「そういえばはっちゃん……薄墨さんが言っていましたが、貴女は最強のスラッガーを目指しているそうですね?」

 

「はい!」

 

「それならこの練習のもう1段階上に挑戦してみますか?」

 

もう1段階上?雷轟以外の5人はあれでもキツそうなのに、あれよりも上があるの?

 

「や、やってみます!」

 

「良い返事ですね。それでは……」

 

雷轟が上に挑戦すると返事をした瞬間、狩宿さんがどこからかバーベルを取り出して雷轟に持たせた。

 

『ええっ!?』

 

「わっ……!?」

 

「貴女はバーベルを持ちながらその体制でいてもらいます。無理そうなら言ってくださいね」

 

いやいや、あんなの無理でしょ。身体壊すって!

 

「ぐぐぐぐ……!」

 

でも雷轟は頑張っていた。大したものだよ……。

 

「まぁそれで物足りないなら、スクワットしながらやっても良いですよ?」

 

狩宿さんが笑顔で物凄い提案をしていた。さてはこの人鬼だな?

 

「なんてそんな簡単には出来ないですよね……」

 

あっ、よく見たら狩宿さんが苦笑いしている。彼女なりのジョークのつもりだったのかな?

 

「ぐぬぬぬ……!負け……ないっ!!」

 

「え?」

 

嘘でしょ……?雷轟がスクワットを始めたよ!負けず嫌いなところがあるとは思ってたけど、これは筋金入りかも……。

 

「お、おいおい。遥の奴凄い事になってるぞ……」

 

「私達も遥に負けてはいられないわ」

 

「そうやね……。遥ちゃんがあんなに頑張ってるのに、私達が先に根を上げる訳にはいかんけん!」

 

川崎さん、藤田さん、中村さんが雷轟の頑張りに触発されて、震えながらも踏ん張っている。雷轟の影響力凄い。

 

(これは……予想外の現象が見られましたね。流石、姫様が新越谷でマークしていた内の1人というところでしょうか。フィジカルではあの中でも郡を抜いています)

 

その後もバーベルを持ちながらスクワットをしている雷轟は終了まで休む事なく続けて、他の5人も負けじと体制を保っていた。

 

「つ、疲れた……」

 

そりゃバーベルを持ちながらスクワットしてたら疲れるでしょうよ。



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投球練習

「さて……。ここにいる皆様にはどんな投手になりたいか……。それによってメニューが変わってきますので、教えてくださいね」

 

次は私も参加する投手練習。他に参加するのは武田さん、息吹さん、藤原先輩、川原先輩、渡辺の計6人で、照屋さんはあくまで野手として頑張るそうなので不参加らしい。ちなみにこの練習の指導者は石戸霞さんだ。

 

「まずは伸ばしたい球種や、新たに覚えたい球種、その他体力や制球力を身に付けたい等……。なんでも良いので、1つ教えてくださいね」

 

石戸霞さんがそう言うと皆が騒然とし始めた。その理由はなんとなく想像出来るけど……。

 

「先に言っておきますが、皆様が言ってくれた情報を永水野球部にリークするような真似は致しません。昨年も同じ事を白糸台高校の皆様に尋ねましたが、野球部の方には一切話していませんので」

 

皆が思っているであろう事態にはならないと石戸霞さんは釘を指していた。私はこの合宿の前に二宮経由で神童さんに霧島神境への合宿の話を聞いておいたから、石戸霞さんが始めからそんなつもりはないと知っている。

 

(しかし神童さんは仮に永水野球部に情報が漏れていたとしても白糸台が負ける事はないだろうって言ってた事を聞いてあの人の器の大きさを再認識したな……)

 

まぁ神童さんには新越谷には負けてしまったがな……と苦笑いしていたけど……。

 

石戸霞さんの発言を聞いて1人1人が話し始めた。

 

「私は……もっと速い球が投げられるようになりたいです!今のままだと投手として置いていかれるような気がして……!」

 

そう言ったのは息吹さん。今のままでも息吹さんは充分凄いと思うんだけど、息吹さんからしたらそれでも足りないようだ。

 

「……成程。それでは1度投げてみてください。何か道が開けるかも知れません」

 

石戸霞さんがどこからかミットを取り出した。狩宿さんもそうだけど、どこからバーベルやらミットやらが出てくるのだろうか?もしかして気にしたら駄目なやつ?

 

「わ、わかりました!」

 

18・44メートルの位置に息吹さんと岩戸霞さんが着く。

 

「まずは1球ストレートを投げてください」

 

「はい!」

 

息吹さんは振りかぶって投げた。フォームは息吹さんが初めて投手の才を認識出来た時に投げた朝倉さんと同じものだ。

 

(ふんふむ……)

 

「次はもう少し真上から投げ下ろす感覚でもう1球投げてください」

 

「……?はい!」

 

流石……。石戸霞さんは全国レベルの捕手で、全国トップクラスの投手である神代さんの球を捕ってきただけあって改善点もすぐに見付けたのか……。

 

(しかし息吹さんがこの合宿によって何か掴めたら……一気にエース候補として成長する事になるぞ)

 

(えっと……。真上から……こうかしら?)

 

息吹さんが続けて投げる。先程投げられたストレートと同じものだけど……。

 

「……まさか」

 

石戸霞さんは息吹さんのピッチングに何か疑問点を感じたような表情をしていた。

 

「もっと投げてもらっても大丈夫ですか?」

 

「は、はい!」

 

それから息吹さんは10球程ストレートを岩戸さんのアドバイス通りに真上から投げ続けた。

 

「貴女の名前は……」

 

「か、川口息吹です!」

 

「……川口さんはそのフォームを誰かから教わりましたか?」

 

「ある投手のフォームを真似たものですから、教わった……とは少し違うと思います」

 

「真似たもの……」

 

石戸霞さんは息吹さんの発言に対して考える素振りを見せて……。

 

「……わかりました。川口さん」

 

「はい……?」

 

「貴女にはこれから左でボールを投げてください」

 

「えっ……」

 

『ええっ!?』

 

石戸霞さんの衝撃な一言によって息吹さんを含めた全員が驚いていた。そりゃそうだ。息吹さんは右投げの投手なのに、それをいきなり左投げにしろなんて言われたらそんな反応になる。しかし……。

 

(石戸霞さんが息吹さんに示したやり方は私がリトル時代に母さんが私に提示したやり方と全く同じ……。偶然とは思えないな)

 

合宿が終わった後で母さんに霧島神境と何か縁があるのかを……いや、合宿中に岩戸霞さんにこのやり方をどこで知ったのかを聞いてみた方が良いのかも。



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1日目終了

今日の合宿プログラムは全て終了して、後は食事、入浴、睡眠だけだ。

 

「疲れた……」

 

「練習メニューの数自体は多くないのに、もうクタクタよ……」

 

「ま、まぁ確かにハードな練習だったかもな……」

 

「そうね……。私と怜が1年生だった頃に受けたシゴキ並だったわ。あの人達とは違って永水の人達は無理はさせてなかっただけ良心的かしら」

 

しれっと藤原先輩がとんでもない事を言い出した。何があった去年までの新越谷野球部……。

 

(しかし私はもっと練習したい。初日だから練習量が少なかっただけかも知れないけど、私は何も掴めていない……)

 

雷轟は狩宿さん指導の内野手練で1段階上の練習をしていた。投手練では息吹さんが覚醒する切欠になる練習をしていた……。同じ投手練でも私以外は成長の兆しが見受けられる。

 

(もしかして私の成長はここで終わるって事……?シニアで同じチームだった二宮や清本、友沢に金原、橘も夏に比べて著しい成長を遂げているのに、私だけ……)

 

「朱里?」

 

そんな事を考えていると息吹さんが声を掛けてきた。

 

「ど、どうしたの息吹さん?」

 

「大丈夫……?」

 

「う、うん。私は大丈夫。私に用があるんだよね?」

 

「……朱里って左投げよね?」

 

「そうだね」

 

「光先輩にも左投げのアドバイスをもらったんだけど、両利きで、元右投げの朱里からも何か助言をもらえないかしら?」

 

成程……。確かに私は昔右投げだったから、今の息吹さんの練習において何かしらのヒントがもらえるのは確実だと思ったのだろう。

 

「……私もリトルの頃に似たような練習をやった事があるんだけど、その時に左投げで得た経験値をそのまま右投げで実行したんだよ」

 

「左投げで得た経験値をそのまま右投げで……?どういう事?」

 

「まぁ今は左投げの練習に専念した方が良いかもね。ある程度手応えが出てきたら岩戸さんから指示が出るだろうから」

 

もしも今息吹さんがやっている練習がリトル時代に私がやった練習と全く同じものならば、その内息吹さんがもう1度右投げで投げるように言われる筈……。その時に見られる息吹さんの進化が楽しみかも。

 

「……よくわからないけど、朱里がそう言うならきっとそうなのよね?わかったわ」

 

なんでこんなに信用されているんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事と入浴の時間が終わり、就寝までまだ時間があるから、私は外の空気を吸いに行く事にした。

 

(それに色々聞きたい事もあるしね……)

 

尋ね人は都合良く私のうろつく先にいるかな……?

 

「あら、どうかしましたか?」

 

背後から声を掛けられる。声の主は石戸霞さんだった。神代さんも一緒にいる。そういえばこの2人も顔が似ているような……。

 

「少し気分転換にでもと思いまして……」

 

「そうなんですね」

 

笑いながら石戸霞さんは私の言葉を捉えた。

 

「……それで?私に何か要件があるのではないですか?」

 

(まぁそれもバレるよね……。少し視線を当て過ぎた気もするし)

 

……無駄な駆け引きはいらない。私は私の聞きたい事を直球で聞く事にした。

 

「……早川茜」

 

『!!』

 

母さんの名前を出すと2人共反応した。どうやら私の予想はほぼ当たっているだろう。

 

「この名前をご存知ですか?」

 

石戸霞さんも神代さんも母さんを知っているようでどう答えたら良いのか悩んでいる様子だった。

 

(霧島神境と母さんの関係……。母さんは結構謎の多い人だけど、これがわかれば少しは母さんの事を知る事が出来るかも)

 

母さん……早川茜は謎多き人物で、私が知っているのは母さんが六道さんと20年前にバッテリーを組んでいた事、母さんが父さんと結婚して私を身籠るまでの間はプロ野球選手だった事、そして色々な人物と交流がある事……。これくらいしか知らないのだ。

 

(母娘の溝が深かった時期もあってかその時の私は知ろうともしなかったけど……)

 

私が色々な意味で次のステップに進む為にはきっとこの質問の答えがヒントになっている筈……。出来る事なら聞いておきたい。



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早川茜と霧島神境

「そう……でしたか。貴女は茜様の親族だったのですね」

 

沈黙の中最初に口を開いたのは神代さんだった。様付けで呼ばれるとは……。ますます母さんが何者なのか気になってきた。

 

「早川茜は私の母です。それで……母と関わりがあるんですか?」

 

「……はい。私達は親の代から茜様と接点を持っています。今から21年前になるでしょうか?あの方が初めてこの霧島神境を訪れて、私達の親と交流し、今でも時々茜様はここを訪れます」

 

あっ、特に回想に入る様子はないんですね?それはそれで話が長くならずに済むから、全然良いんだけど。

 

(しかし母さんはここに来る事があるのか……。家に帰ってからも母さんに聞く事が出来たな)

 

「小蒔ちゃんから茜様に雰囲気が似ている方を見た……と全国大会で聞いた時はまさかと思いましたが、茜様の血を受け継いでいた訳ですね」

 

なんか仰々しい言い方……。母さんはここで何をしたと言うの?

 

「……今回の合宿の相手に新越谷高校を選んだのはそれを確かめる為でもありました。私達の私情で貴女方を利用した事をここに謝罪します」

 

「誠に申し訳ありませんでした」

 

神代さんと石戸霞さんが深々と頭を下げる。私は別に頭を下げてほしい訳じゃないんだけど……。

 

「……母は今でも皆さんと交流があるんですよね?」

 

「はい……。時々ここを訪れては私達に良くしてくれています。六女仙も、永水高校野球部の部員達も……」

 

まぁまだ腑に落ちない点はあるけど、これ以上聞くのは野暮な感じもするし、帰って明日の準備をしようかな。

 

「……なんとなく聞きたい事は聞けました。ありがとうございます。私はこれで失礼します」

 

私がこの場を離れようとすると神代さんに声を掛けられる。

 

「ま、待ってください!」

 

「はい……?」

 

「今の貴女は大きなプレッシャーと戦っています。決してそれには負けずに練習に励んでください。さもなければ心が歪み、身を滅ぼす事になりかねません」

 

プレッシャー……か。確かに私はどこか焦っているのかも知れない。新越谷では雷轟の成長速度が凄まじいし、投手陣も武田さん、藤原先輩、息吹さんの3人はそれぞれの個性を発揮しているし、川原先輩や渡辺もそれは同じ……。

 

(負けられない……という気持ちが今までで1番強いんだ……。だから私はプレッシャーを感じているんだね)

 

でもそうだとしたら……その忠告が今の私の耳に入る事はないだろう。母さんの話を聞いて私も母さんに負けないように奮起しようと更に焦りそうだし……。

 

(夢の事を神代さん達に相談したら……この私の中にある変なモヤモヤもなくなるのかな……?)

 

まぁその辺りの事は明日以降に考えれば良いか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そう……。朱里が』

 

「はい。茜様のご息女様は何やら焦っていました。あのままではプレッシャーに押し潰されるのではないかと……」

 

『それを乗り越えるか否かは朱里次第ね。一応私の方でも手は打っておくけれど、余り期待はしない方が良いわ』

 

「ありがとうございます。茜様が力を貸してくれるだけで百人力です!」

 

『私はそこまで大層な人間ではないのだけれど……。まぁ私が朱里に何かするのは合宿が終わってからになるわね』

 

「……やはりお忙しいのですか?」

 

『シニアの世界大会の日本代表の監督に抜擢されたのよ。これからは主婦業に加えてその辺りの事もやらなければならないから、多忙になるわね』

 

「わかりました……。相談に乗ってくださってありがとうございました」

 

『少しくらいの雑談ならいつでも言いなさい。私も霧島神境には21年前からお世話になっているのだから。小蒔や他の六女仙、その親達にもよろしく言っておいて』

 

「はい。小蒔ちゃん達にもそのように言っておきます」

 

(朱里様の運命の賽は投げられた……。私達に出来るのは朱里様が壊れないように見守り、祈る事だけ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ると何やら盛り上がっていた。

 

「あっ、朱里ちゃんが戻ってきた!」

 

「朱里も連想ゲームやろうぜ!」

 

連想ゲーム……バスでやってたやつかな?それでこんなに盛り上がっていたのかな……?

 

「朱里ちゃんも参戦って事で新しいお題を出すよ!」

 

「今度こそ上手く答えてやるぜ!」

 

「頑張るよ!!」

 

(まぁ今はこの時間を楽しみますかね……)

 

就寝ギリギリまで連想ゲームは盛り上がった。



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2日目

ガンガンガンガン!!

 

「はーい、朝ですよー」

 

騒音で目が覚める。音の方を見るとそこにはオタマとフライパンを持っている薄墨さんがいた。起こし方古典的過ぎない?

 

「んん……」

 

「お、おはよう……」

 

何人かはまだ眠そうにしていた。まぁまだ6時だもんね。それに比べて……。

 

「おっはよー!今日も1日頑張ろーっ!!」

 

「おーっ!!」

 

雷轟と武田さんの元気コンビ。この2人は本当に元気だな。特に雷轟は昨日の練習で他よりもキツいのをやってたのに……。

 

(昨日は色々あって余り疲れが取れてないけど……)

 

そんなの関係ない。私は強くなりたい……!

 

「今日と明日は全体練習から始めますので、着替えたらすぐにグラウンドに集合してくださいねー」

 

そう言って薄墨さんは去って行った。フットワーク軽いな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着替え終わった私達はグラウンドへと集合。そこには神代さんと六女仙の7人がいた。

 

「おはようございます。まずは準備運動として軽く走ってもらいます」

 

コート内のランニングか……。

 

「身体を目覚めさせる為にもまずは20周走りましょうか」

 

20周って……全然軽くないよ?準備運動じゃなくて割と本格的な運動だよ?

 

「走っている途中で無理と感じたら手を挙げてくださいね。その人は少し休ませますので」

 

「全国大会を優勝した皆なら、準備運動レベル……。難なくこなしてくれる筈」

 

滝見さんが物凄いプレッシャーを……!

 

「それでは監視、指導は巴ちゃんにお願いするわね」

 

「わかりました」

 

「その間に私達は他の練習メニューと朝食の準備をしておきます!」

 

狩宿さん以外がそれぞれ準備に取り掛かった。

 

「では4列に並んで走りましょうか」

 

「自分のペースで走ったら駄目なんですか?」

 

狩宿さんに質問をしたのは雷轟だ。何人かは雷轟と同じように自分のペースで走りたそうにしている。

 

「列に並んで走った方が負担が少なくなりますからね。無理してペースを上げてダウン……という事態を避ける為です」

 

成程……。まだ最初の段階で無理をさせる訳にもいかないもんね。

 

「ちなみに明日以降のランニングは自分のペースで走っても良いですよ」

 

……どうやら明日以降なら自分のペースで走っても大丈夫なようだ。最初だから、皆の走力とかを見たいのかな?

 

「他に質問はないですか?……ないようなら、走り始めてください」

 

狩宿さんが合図を出してランニングスタート。ゆっくりめのペースでランニング。正直明日以降もこれくらいのペースであった方がありがたい人もいそうだ。

 

(でもなんかモヤモヤするな……。早いところ自分の練習をしたい)

 

もしかしてそういう感情も見られてる?だとすると私が焦っている事もとっくの昔にお見通しだったって訳?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20周走り終えた。皆同じペースで、同じスピードだったから、大して疲れていない様子。一応このペースの練習も意味はあるって事だね。

 

「お疲れ様です。もうすぐ朝食が出来ますので、それまで休んでいてください。朝食を食べた後にそれぞれのポジション毎に練習を始めます」

 

朝食が出来るまでの間は休憩。良い感じに身体が解れたので、あのランニングは本当に準備運動として適していたんだと実感していた。

 

「朱里、今日の投手練習に付き合ってもらっても良いかしら?」

 

息吹さんが私に練習に付き合ってほしいと言ってきた。

 

(私は私の練習がしたい。でも息吹さんが今やっている練習は私がリトル時代にやっていた練習……。もしかしたら今の私がステップアップする為のヒントになるかも……)

 

「私で良かったら構わないよ」

 

「助かるわ。昨日でなんとか形にはなったと思うんだけど、朱里目線から見てほしい部分もあって……」

 

昨日で形になった……?やはり息吹さんは天才か?それとも息吹さんも両利きだったのか……。

 

(私や友沢は本来の利き腕を昔怪我した事でほぼ両利きになった経歴はあるけど、まさかそれと同じ……?)

 

何にせよ新越谷の為にも息吹さんが覚醒する切欠を掴んでもらう事を優先させよう。



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成長の為に

「それでは各々で課題となる練習を始めてください」

 

朝食を食べ終わり、軽く身体を解してからポジション練習に入る。私は息吹さんと一緒に投手練だ。

 

「いつでも投げて良いよ」

 

「わ、わかったわ!」

 

(芳乃や朱里、石戸さんに神代さんと十曽さんからもらったアドバイスを参考に……。左投げの場合は左足に重心を乗せて、肘の位置……懐を深く取って、下半身主動で前へと移動……。肩がスムーズに回るように体を傾けて……!)

 

「真上から振り下ろす!」

 

息吹さんは真上から振り下ろす事を意識しているのか、それを大きく発言。

 

 

ズバンッ!

 

 

「どうかしら?」

 

(昨日から左投げを始めたとは思えない凄いセンスだ……。制球力が課題になるけど、球の勢いはかなり良い。これは右投げの時よりも勢いが出るのも時間の問題だろう)

 

そうなると息吹さんが左投げで得た経験値をそのまま右投げの時に移す事が出来たのなら……ストレートも、シンカーも、ムービングファストも、そして息吹さんのコピー投法で投げる武田さんのあの魔球や強ストレートだってこれまでとは段違いの威力と化す。

 

「肘の使い方が昨日よりも良くなってるね。これなら球の勢いを上手く出せると思う」

 

「朱里や石戸さん達の教え方が良いだけよ」

 

(いやいや……。息吹さんのセンスと成長速度が半端じゃないからだよ。これは私も負けられないな)

 

「芳乃のおもちゃにされてた時に左投げの投手の練習も少しやったのが関係あるかも知れないけど……」

 

まぁ……それもなくはないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんぬーっ!!」

 

休憩がてら雷轟の練習を見に行くとバーベルを持ちながらスクワットをしている雷轟がいた。

 

「昨日よりも安定してスクワットが出来ていますね。これはとんでもないフィジカルが完成するかも……」

 

雷轟達内野陣の練習を見ている狩宿さんがポツリと呟く。雷轟はやはり規格外な存在なのだろうか?

 

「は、遥も中々大変な練習をしているわね……」

 

「しかもこの後雷轟は打撃練習もするみたいだよ。あの50球連続で場外に飛ばすやつ……」

 

「あ、あそこまで出来る気がしないわ……」

 

全くだよ。こんな規格外な練習が出来る人なんて他に……清本なら出来そうかも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!段々安定してきたね」

 

「そう……なのかしら?余り実感がないのよね」

 

息吹さんは天然で左投げをマスターしようとしている。私や友沢でも1ヶ月近くは時間を費やしたのに……っていうかそれでも早過ぎるって二宮も言ってたくらいだよ。

 

(このセンスや成長速度は今まで見た中で1番だ……。私達の練習を見ている岩戸霞さんもびっくりしてるし)

 

実は息吹さんは両利きなのでは……?

 

(これなら合宿最終日くらいには息吹さんを元の右投げに戻して投げさせると覚醒するんじゃ……?)

 

息吹さんに負けないように私も頑張らないと!

 

「次は私が投げても良いかな?」

 

「……それなら私が早川さんの球を受けても大丈夫ですか?」

 

私も投げようとしたら石戸霞さんが捕手を名乗り出た。

 

「わ、私はそれで大丈夫ですけど……。でも息吹さんは?」

 

「川口さんはこの鏡を見ながらシャドウピッチングをしてもらいます。もちろん左投げでお願いしますね」

石戸霞さんは例の如くどこからか大きめの鏡を取り出した。シャドウピッチング用のやつかな?

 

「わ、わかりました!」

 

息吹さんはそのままシャドウピッチングを、石戸霞さんは私から18・44メートル離れた位置でミットを構えている。これは投げろという事で良いんだよね?

 

(二宮と山崎さん以外に投げるのは初めてだけど、なんだろう?妙な安心感がある……)

 

私は振りかぶって石戸霞さんのミット目掛けて投げる。

 

 

ズバンッ!

 

 

(ふんふむ……)

 

む、無言が怖い……。

 

(朱里様の投げた球はただ受けるだけでは伝わりにくい……。これは茜様の指導の賜物でしょうね。打者が立っていて初めて球の凄さが伝わる部類の……茜様が高校時代やとても短いプロ野球選手時代に得意としていた球……。母娘の血ね)

 

「どんどん投げてもらっても大丈夫ですか?」

 

「わ、私は大丈夫です」

 

な、なんだろうか?石戸霞さんと話すと妙に緊張する……。昨晩にあんな話をしたせい?

 

(息吹さんがあれだけ成果を出しているんだ……。私も負けられない。更なる成長の為にも、新越谷のエースになる為にも私は変わらなきゃいけないんだ!)

 

(不味いわ。朱里様からプレッシャーを中心とする負の感情が漏れ始めている……。精神面で朱里様のケアをした方が良いのかしら?それともお祓い?小蒔ちゃんや他の六女仙の子達にも相談しないといけないわね)

 

石戸霞さんから視線を感じる。昨日感じた視線と同じものを……。

 

(もしかして私は母さんと比べられているのかな?母さんは母さんで、私は私なんだ。早川茜の娘としてじゃなくて早川朱里として私を見てよ!)

 

(!?……負の感情が強くなった。これは本格的に不味いわね)

 

負けられない……!負けたくない……!何かに押し潰されそうだよ。



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メンタルケア

ちょっと心が荒みそうなので、一時練習を中断。息吹さんと石戸霞さんの3人で休憩中。なんかずっと休憩しているような気がするのは気のせいだよね?

 

「……早川さんはどこか心に余裕がなくなっている……といった感情を感じた事はありますか?」

 

石戸霞さんが突然そのような話題を切り出した。

 

「心の余裕……ですか?」

 

「些細な部分でも良いんです。どこか焦っているような……そんな雰囲気を早川さんから感じています」

 

そんなに顔とかに出てるかな……?自分じゃ全然わからないや。

 

「……よくわかりません」

 

「そうですか……」

 

石戸霞さんが相槌を打つと沈黙した。なんか気まずくなってきたな……。

 

(く、空気が重いわね……。朱里も石戸さんもただならぬ雰囲気だし、私がこの場にいても良いのかしら?)

 

息吹さんも気まずそうにしているし、早いところ会話を切り上げて練習に戻ろうかな?

 

「……そろそろ私達は練習に戻りますね」

 

「ま、待ってください!」

 

「…………」

 

「今夜、時間をください。貴女が抱えている闇を……祓いたいので」

 

練習に戻ろうとすると石戸霞さんに引き止められてそんな事を言われた。私って何かに取り憑かれているの……?

 

「……わかりました。行こう、息吹さん」

 

「え、ええ……」

 

まぁ夜になればわかる事だよね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里は……何か悩んでいるの?」

 

「……そう見える?」

 

「芳乃から聞いた事があるけど、朱里は何かと1人で抱えがちだって言ってたから……」

 

つまり芳乃さんからもそう見えている……って事か……。二宮にも似たような事を言われたし、なんなら山崎さんにも抱え込み過ぎって言われたような……。

 

「そう……なのかも知れないね。私の問題だから、他の人を巻き込みたくないって思ってちゃって……」

 

「…………」

 

息吹さんがなにか考え込んでいる顔をしている。そして……。

 

 

ギュッ!

 

 

突然抱き締められた。なにがなんだかわからない……。

 

「朱里がなにを悩んでいるのかは知らないわ。話したくないのなら無理に話さなくても良い」

 

「息吹さん……」

 

「でもそういう時は誰かが側にいるだけで案外楽になるものなのよ。だから朱里が悩んでいる内は私が……私達が側にいるから、抱え込まなくても良いの」

 

なんか凄く慰められたました。……でも少し元気出たかも。

 

「……息吹さんってなんかお姉ちゃんみたいだね」

 

「お姉ちゃんよ。芳乃のお姉さんをやっているもの」

 

「そりゃそうだ」

 

過去に息吹さんは芳乃さんが何かしら抱え込んでいるのをこうして寄り添っていたんだろう。芳乃さんは良い姉を持った。

 

「少し楽になったよ」

 

「そう?なら良かったわ」

 

「……確かに私はある悩みを抱えている。でもこれは私自身の問題。酷く、汚く、醜い問題。私の胸の内に抱えたままでも解決出来るのなら誰にも話さないつもり」

 

「朱里……」

 

「でもいつか抱え切れなくなったら息吹さん……いや、新越谷の皆に話すよ」

 

「朱里がそう決めたんなら私はもう何も言わないわ。その時を待ってるから」

 

「ありがとう」

 

本当に私は良い仲間を持った。新越谷野球部との出会いに感謝しなくちゃね。

 

「……ところでこの体制はいつまで続くのかな?」

 

私は未だに息吹さんに抱き締められている。ちょっと恥ずかしい……。

 

「……朱里って案外抱き心地が良いのよね」

 

「いや、抱き心地って……」

 

「あと何か妹っぽい」

 

「私は一人っ子なんだよなぁ……」

 

昔ある人にも似たような事を言われた。私ってそんなに妹っぽいかな?

 

「あーっ!息吹ちゃんと朱里ちゃんが抱き合ってる!」

 

背後から雷轟の声が……。私からは抱き付いてないよね?なにをどうしたらそんな誤解が生まれるの?

 

「私も混ぜてーっ!」

 

「わっ……!」

 

雷轟がこっちに飛び込んできた。

 

「遥も妹っぽいわね……」

 

それには激しく同意。



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各々の練習では

息吹さんに宥めてもらった事で多少落ち着いた私は練習再開の前にそれぞれの練習を見て行く事に……。

 

 

バシッ!

 

 

「大分安定してきた。あとは日々繰り返し練習し、実戦で成果を発揮するだけ……」

 

「ありがとうございます!」

 

見に来たのは外野手の捕球、送球練習。大村さんが捕球について滝見さんに見てもらっていた。

 

「そっちはまだ送球のタイミングが早い。状況やその時のチームメイトコンテストによっては今くらいでも良いかも知れないけど、大体はあと0.6秒程遅くても良い……」

 

「0.6秒ですか……。中々にシビアですね」

 

「……貴女は筋が良いから、こっちの道に進んでも通用するかも」

 

「ありがとうございます」

 

その横では照屋さんが送球について滝見さんからアドバイスをもらっている。というか数人を1人で見るって凄いな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッ……!

 

「しまった!」

 

「段々良くなってきてるんですが、まだ動きが硬いですねー。バント職人はもっと柔軟にやってますよー」

 

「は、はい!」

 

打撃練習を見てみると川崎さんが苦手なバントを克服しようと一生懸命頑張っていた。この練習が上手くいけば打順が上がるかもね。

 

 

カキーン!!

 

 

「ああっ!場外じゃない!?」

 

「惜しいですねー。連続記録48本です。残念ですが、また1から数え直しですよー」

 

「むぅ……!!」

 

雷轟は連続50本の場外ホームランを頑張っているんだけど、あと少しのところで連続記録が途切れてしまっている。うちのスラッガーはまだ成長の余地があるようだ。

 

 

カンッ!

 

 

「貴女の走力を考えると今の当たりでも二塁は狙えそうですねー。この調子で頑張ってください」

 

「は、はい!」

 

中村さんは順調そうに進んでいる。いずれ新越谷のリードオフガールになりそう……。来年以降に上手い後輩が入ってきてもこれならレギュラーを維持する事が出来るね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……!」

 

「ある程度慣れてきたとは言え、まだキツいわね……」

 

「でも遥ちゃんはこれよりも上の次元でやってたよ」

 

狩宿さんが指導していた大の字立ちには武田さんと藤田さんと藤原先輩の3人が悪戦苦闘していた。この練習は安定した下半身を鍛える為にやっているみたいだけど、いつ見てもあれはキツそうだ。

 

「はい、もうすぐ30分ですので頑張ってください」

 

狩宿さんが3人にエールを贈っている。私も応援してるよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「左投げの球の勢いが更に良くなったね息吹ちゃん」

 

「なんか右投げよりも調子が良いような気がするのよね……」

 

「たったの1日でここまでになるなんて凄いよ……。星歌も息吹ちゃんに負けないように頑張らないと!」

 

「そうだね。同じ左投げとして私も負けられないよ」

 

ぐるっと回って投球練習では山崎さんが投手陣の球を受けていた。息吹さんも練習を再開しているようで、渡辺や川原先輩も成長している息吹さんに負けないように奮起している。私みたいにならないでね。

 

「お二方も彼女に負けないように頑張りましょう」

 

『はいっ!』

 

投球練習では石戸明星さんと十曽さんが球を受けたり、フォームの確認をしたりと忙しそう。この2人は私達が3年生の夏まで戦う可能性があるから、盗まれないようにね。

 

(さて、私もそろそろ練習を再開しようかな)

 

それぞれの練習を見て回ったお陰で目が肥えた。これなら充実した練習が出来そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里様の心が安定してきてます!」

 

「良かった……。とりあえずは一安心ね」

 

「お祓いの方はどうしましょうか?」

 

「念の為にやっておきましょう。まだ完全に心の闇が消え去った訳じゃないもの」

 

(茜様に頼まれたんだもの……。私達が朱里様の闇を祓わないと)



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お祓い

2日目の練習もそれぞれ順調に進んで終了。私の方も息吹さんのお陰で少し心が落ち着いた……。息吹さんには感謝だね。

 

(一応今夜神代さん達に会いに行こうかな?念の為に『夢』についてもなにかわかるかも知れないし……)

 

それに母さんについても……いや、それは良いか。母さんの事は母さんに聞こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事、入浴が終わり、あとは就寝だけ。

 

(昨日は就寝前に神代さんと石戸霞さんに遭遇したんだっけ?)

 

まぁほぼ私が会いに来たようなものだけど……。今日も外をうろついたら会えるかな?

 

「朱里様!」

 

そう思っていたら神代さんから声を掛けてきた。私の事を様付けで呼ぶのは母さんの子供だから……?

 

「良かった……。朱里様を探していたんです」

 

「私も……。神代さん達を探していました」

 

どうやら向こうも私を探していたようだ。それなら丁度良い。

 

「……今の私を祓ってくれるんですよね?心の闇を」

 

「は、はい……」

 

私が向こうの目的をわかっていたのが驚いていた。自分で言ってたのに……。

 

「小蒔ちゃん。ここにいたの。……朱里様も一緒だったのね」

 

「はい!朱里様が私達に会いに来たんです!」

 

石戸霞さんは他の皆がいない時は私の事を様付けで呼んでいるみたい。昨日の話で私の事をそう呼んでたんだよね……。私自身はそんな大それた人物じゃないよ。

 

(そういえば橘も私の事をせんぱいって呼んでたけど、あれとはまた別枠なんだろうな……)

 

「では行きましょうか」

 

石戸霞さん先導の元、霧島神境の奥の奥にある部屋に辿り着いた。

 

「中に入りましょう!」

 

あと神代さんは何故そんなにテンションが高いんだろうか?中に入ると……。

 

『ようこそ。おいでくださいました』

 

薄墨さん、狩宿さん、滝見さん、十曽さん、石戸明星さんが巫女服を着ていた。薄墨さんの服がはだけているのは気のせいだと思いたい。

 

(これで六女仙と神代の姫様が勢揃い……か。神様を降ろすシーンも生で見れたりするのかな?)

 

「では私達も着替えてきますね」

 

神代さんと石戸霞さんがそう言って奥に入っていった。巫女服に着替えてくるのかな?

 

「しかし一目見た時に似ているとは思ってましたが、まさか茜様のご息女だったとは……」

 

「以外……でもないと思いますよー。茜様と同じ顔立ちで、ポジションで、同じ新越谷高校、そして同じ両利きなんですからねー」

 

薄墨さんの発言でまた母さんについて気になる事が増えた。ポジションが投手である事は知っていたけど……。

 

(母さんも両利きだったんだ。それに新越谷のOG……。だとしたら六道さんも新越谷出身……。六道さんにも色々聞いてみようかな)

 

川越シニアに顔を出しに行くついでに……六道さんにも母さんについて聞けばまた違った方向から母さんの事がわかるかも知れないからね。

 

「お待たせしました」

 

2人が巫女服を着て登場。5人と石戸霞さんの巫女服も雰囲気があったけど、神代さんのそれはまた雰囲気が全然違う。なんか神秘的……。

 

「……では始めましょうか」

 

「まずは姫様の方からですねー」

 

「はい……!」

 

六女仙の人達が神代さんを囲む。

 

「今回はどの神様を降ろすんですか?」

 

「朱里様の事を考えると……で良いでしょう」

 

「そうですね」

 

ふとそんな会話が聞こえてきた。

 

まさか本当に神様を……?



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神代の神様

当小説を書き始めて早半年……。時が経つのは本当に早いと感じている今日この頃です。

番外編も同時に投稿していますので、興味がある方々は見ていってください。


「お待たせしました」

 

神代さんを取り囲んでから数分。石戸霞が私に声を掛けてくる。本当に神様を降ろしたのかな?

 

「……初めまして」

 

神様が取り憑いた神代さん。雰囲気が全然違うのが伝わってくる。しかも……。

 

(なんて威圧感だ。全国大会で対峙した時に感じた『それ』とは段違い。呑まれてしまう……!)

 

「ど、どうも……」

 

「貴女は燕の子……ですね?」

 

燕……?もしかして母さんの事?確かに母さんの高校時代と一時期のプロ時代に投げられたその球は燕の如く勢い良く上に上がっていくとも言われていたけど、まさかそれなの?

 

「は、はぁ……」

 

「成程……。道理で雰囲気が彼女に似ている訳です。それで貴女の中に潜んでいる闇を私の力で祓えば良いのですか?」

 

どうやらお祓い云々はこの神様が憑依した神代さんがなんとかするみたいだけど……。

 

「……いえ、相談に乗ってほしい事があります」

 

「相談……ですか?」

 

私はこの合宿が始まる前に見た夢の事を目の前の神代さんに話した。

 

「ふむ……。それで貴女はどうするつもりですか?」

 

「……私としてはこの夢と向き合っていこうと思います。恐らくこの夢には続きがあるでしょうから」

 

恐らくあの時から中学……川越シニアに進み、雷轟と出会い、あの人とも出会い、今の私の投球スタイルに進化して、リトルの世界大会で様々なライバルと切磋琢磨して……。

 

多分あの時の分岐点とかも見えるんじゃないかとも思っている。

 

「……それならばそれを祓うのは無粋なのかも知れませんね」

 

『!?』

 

神代さんの発言に反応したのは六女仙の人達。私の闇を祓うつもりで神代さんに神様を憑依させたのに、それを行わないのだから。

 

「そうですね。私はこれ等を受け入れようと思います」

 

「……その心は?」

 

神代さんの問いに六女仙の人達も耳を傾ける。そんなに気になる?

 

「……私はそれを乗り越えなくてはいけないと思うんです。例え私が2度と野球が出来なくなったとしても、更なる成長を遂げたとしても、私は夢で見たものをヒントになにか掴めると感じたから」

 

「……貴女は己の闇を受け入れると?」

 

「まぁそう……なりますかね?私自身これが闇とは限らないとも思いますが」

 

「……なら貴女の行く末をこの器と共に見守っています」

 

「ありがとうございます。今回は私の為にわざわざ来てもらってすみませんでした」

 

「これからも頑張ってください」

 

その言葉を最後に神代さんはドサリと倒れた。憑いてた神様がいなくなったのかな……?

 

「朱里様……」

 

「……私はやはりこの問題は自分自身で解決しようと思っています」

 

「そう……ですか」

 

「それにもしも1人で抱えるのが無理になっても私には新越谷の仲間がいますから、皆さんの手を借りる訳にはいきません。全国出場したら敵な訳ですし」

 

「…………!」

 

(茜様……。貴女のご息女はこんなにも頼もしく成長しております。私達がどうこうする……というのがそもそもの間違いだったみたいです)

 

「……では私はこれで失礼しますね?」

 

「……はい。残り2日間頑張りましょう」

 

「お互いに……ですよ」

 

さて、明日からの練習も頑張るぞ!



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ゲスト

昨晩の一件で胸のつっかえが取れたというか、なんだかスッキリした気分である。

 

(モヤモヤするのがなくなった訳じゃないけど、これをバネにして頑張っていけばなにか掴める筈……)

 

私の気持ちを二宮が聞いたらどう思うだろうね?

 

「はーい、今日も1日頑張りましょうねー」

 

薄墨さんのオタマにフライパンな古典的攻撃にも1日で慣れてしまった私がいる。これは果たして良い事なんだろうか……。

 

顔を洗ってグラウンドに行く。

 

「合同合宿も後半戦を迎えました。あと2日、悔いのないものにしていきましょう」

 

石戸霞さんの発言に私を含めた皆がやる気を出している。特に雷轟と武田さんは張り切っていた。

 

「……今日と明日の後半戦にはゲストを招待しています」

 

ゲストという言葉に周りは騒然としている。一体どんな人がいるんだろうか……?

 

「まずは姉帯さんです」

 

「姉帯豊音だよー。新越谷の皆さんと会うのを楽しみにしてたんだー。よろしくねっ!」

 

姉帯さんはプロの2軍で活躍していて、いつ1軍に上がっても可笑しくない実力の持ち主だ。それにしても……。

 

(間近で見ると滅茶苦茶大きい……。大豪月さんや非道さん達洛山の人達も大きいけど、この人はそれよりも更に上をいく。2メートルあるんじゃないの!?)

 

そんな姉帯さんのポジションは投手。長身を活かしたストレートと緩急を付けるチェンジUPとスローカーブで去年の宮城大会と全国大会で活躍していた。

 

「お次は臼沢さんです」

 

「臼沢塞です。今日はよろしくお願いします」

 

臼沢さんは姉帯さんの投げる球を受けていた捕手。現在は捕手の勉強をする為に大学で野球をしている。さる方に推薦されて捕手に任命したのが上手くはまったとの事らしい。

 

捕手の勉強だけで大学に行く決意をした臼沢さんはとても勤勉でなんだか二宮を思い出す。ポジションに着く時はモノクルを装備しているから、その部分は非道さんっぽいけど……。

 

(こうなるとあとのゲストは姉帯さんや臼沢さんと同じ学校だった鹿倉さんや小瀬川さん辺りだろうか……?)

 

エイスリン・ウィッシュアートさんは母国に帰国して野球をしているらしいけど、今日明日来れるかわからない程の多忙らしいし……。

 

「最後は六道響さんです」

 

えっ?

 

「新越谷の皆とはもう会ってるよね……って初めましての子もいるみたいだから、改めて自己紹介!六道響だよ!永水合同合宿後半戦の責任者として来ました。よろしくね!」

 

いやいやいや、貴女シニアはどうしたんですか!?

 

「念の為に言っておくとシニアの方は物凄く優秀な子に任せているから、2日の間は大丈夫だよ!」

 

私が懸念していた事を先読みして六道さんは言った。なんで私の考えている事がわかったんだろう……?

 

「……ではここからは六道様に責任を引き継ぎますね」

 

「了解!……とは言っても基本的にはこれまでと同じ事をやってもらう事になるかな。私や豊音ちゃんと塞ちゃんは追加の指導者だと思ってね」

 

というか来てもらったのが投手1人と捕手2人ってなんかバランス悪いな……。まぁ六道さんはほぼ全てのポジションに精通しているから、1:1:1でバランスも整ってるのか。

 

「じゃあ3日目の練習……開始!!」

 

私が出来る事を全力でやっていこう。



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六道響

私は練習前の柔軟を六道さんと一緒にやっている。

 

「そういえばなんで六道さんがここに?」

 

「私が来た理由は色々あるけど、1番は茜ちゃんに頼まれたからかな」

 

「母さんに?」

 

「うん。朱里ちゃんが壊れてしまわないように見てほしいって。霞ちゃん達も心配してたし……」

 

やはりというか六道さんは霧島神境を、神代さん達と面識があるようだ。臼沢さん達も知ってるみたいだし……。

 

「……母さんは意外と私の事を見てくれていたんですね」

 

「そりゃそうだよ。子供の心配をしない親なんていない。私が川越シニアの監督になった理由も茜ちゃんに頼まれたからだしね」

 

「えっ……?」

 

なにそれ?初耳なんだけど?

 

「それに朱里ちゃんの事は朱里ちゃんが赤ちゃんの時からよく知ってたし、私にとっても朱里ちゃんは娘みたいな感じだったよ。その子の練習を見られる……それはとても嬉しかったし、断る理由もなかった……。茜ちゃん言ってたよ?『自分の不甲斐なさで朱里を壊してしまいそうになる』って……。朱里ちゃんを救ってほしいって土下座までしてた」

 

「母さんが……そんな……」

 

「……私は茜ちゃんとはかなり長い付き合いだけど、あんな必死で、追い込まれた茜ちゃんは初めて見た。もしかしたらもう見れないってくらいにね」

 

 

そんな母さんに対して当時の私は反抗期の如くキツく当たった……。それこそ六道さんの方が母親として良かったとまで言ってしまった……。

 

(そんなの……母さんに会わせる顔がないよ)

 

「……今も朱里ちゃんはなにかと戦ってるんだよね?それなら私はそれを応援するよ。だって私にとっても娘と同義なんだから!」

 

六道さんは胸を張ってそう言った。

 

(私は……こんなにも私を想ってくれている人がいたんだね。母さんとの仲違いも本当に無駄なものだったんだ……)

 

昨日は息吹さんに言われて新越谷の皆も私の事を心配してくれていた。山崎さんも、武田さんも、そして言われてはいないけど、他の皆も……。

 

「朱里ちゃん……?どうしたの!?なんで泣いてるの!?どこか痛いの!?」

 

泣いてる……?言われて目元に手をやると涙が零れていた。涙を流したのっていつ以来だろう?リトルで肩を壊した時も涙する事はなかった。

 

「すみません……。なんか涙が止まらなくて……」

 

「……泣きたい時は泣いて良いんだよ。朱里ちゃんは今まで頑張り過ぎたんだよ。肩を壊した時も、シニアで起きた『あれ』があった時も朱里ちゃんは泣く事はなかったからね」

 

「……胸を、貸してもらって良いですか?」

 

「……私ので良かったらどうぞ!」

 

「うう……!うわぁぁぁぁぁっ!!」

 

六道さんの許可をもらい、私は六道さんの胸で泣いた。六道さんはそんな私の頭を優しい手付きで撫でてくれたのを私は忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里様の中の闇が消えていきます!」

 

「六道様を呼んで良かったですねー」

 

「これも茜様のお陰です」

 

「良かった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとうございます」

 

「朱里ちゃんが元気になって良かったよ!」

 

太陽のような笑顔の六道さんに私は救われた。それと母さんにも……。

 

(もう私は迷わない。なにも怖くない!)

 

完全に吹っ切れた私は残りの合宿時間に自身のレベルアップに集中出来る!



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早川朱里の投球

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!相変わらず良い球を投げるね朱里ちゃん」

 

「ありがとうございます」

 

六道さんが私のピッチングを見てくれるという事なので、私は投げ込みをしている。シニアを卒業して以来六道さんにピッチングを見てもらってないとはいえ……。

 

(最高の捕手とも呼ばれていた六道さんに私だけが見てもらっても良いのかな……?)

 

あとで他の人も六道さんに練習を見てもらうように言っておこう。私だけだとズルい気もするし……。

 

「次、いきます」

 

「どんどんきてよ!」

 

 

ズバンッ!

 

 

(今のはフォーク。シニアにいた時は投げてなかった……。さっきのストレートもシニアの時よりも数段速くなってるし、これからの成長がますます楽しみになったよ!)

 

「そうだ!」

 

「どうしたんですか?」

 

「ちょっと待っててね?」

 

そう言って六道さんはどこかに走って行った。どこに行ったんだろう?

 

しばらくすると六道さんが戻ってきた。……行列を作って。

 

「あの、六道さん?」

 

「どうしたの?」

 

「この長蛇の列は一体……?」

 

「朱里ちゃんと1打席勝負をしたい子を募っていたらこんなに来てくれたよ!」

 

いやいやいや……。これ合宿参加メンバーほとんどじゃん!新越谷野球部全員いるし!しれっと石戸明星さんと十曽さんもいるし……。

 

「あらあら、早川さんとの1打席勝負に人を持っていかれたわね」

 

「それだけ凄い勝負をしてくれるって事ですよー。案外その方が皆様にとっても有意義な練習になるかも知れません」

 

石戸霞さんと薄墨さんが私を客寄せパンダみたいに言っている……。

 

「早川さんの投げる球を生で見られるよー。楽しみー!」

 

「豊音は早川さんにもサインもらうの?」

 

「もちろん!」

 

姉帯さんと臼沢さんがそんな会話をしていた。私まだ高校生ですよ?サインは早くないですか?

 

そんな訳で1人ずつ勝負する事に。まずは……。

 

「本気できても良いけんね!」

 

「私はピッチングの時はいつでも全力だよ」

 

新越谷のリードオフガール(予定)の中村さん。この人もジャンキーの部類だから、若干気圧されるんだよね……。

 

(まぁ六道さんがリードしてくれるみたいだし、いつもよりも安心出来るな……)

 

「…………」

 

さて、初球から打たせていくか否か……。アベレージヒッターでカット技術も申し分ないし、適当に散らしてみるかな……。

 

(これは……ストレート?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球から打って出ようとした中村さんは見事に私の十八番である偽ストレートに空振り。

 

(しまった……。これは朱里ちゃんの得意球。無警戒が過ぎた。次は油断せんよ!)

 

(朱里ちゃんは相手を空振りさせるのが上手いよね。捕手次第では本当に無敵の投手になるよ。瑞希ちゃんと組んだ時はまさしくそうだったし、今の山崎さんとも相性が良いし、新越谷での成長も楽しみだよ!)

 

なんとか空振りを取れた。それなら次は……!

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目は普通のストレート。中村さんはギリギリまで球筋を見極めていたのか、少し振り遅れていた。

 

(朱里ちゃんのピッチングで凄いのがこれだよね。1球目でストレートに見せかけた変化球で錯覚を起こし、2球目で変化を見極めようとすると打てなくなる……。そもそもそれが変化球だって気付かなかったらそれまでだし、本当に凄いよ)

 

(追い込まれた……。3球勝負のつもりでいくよ!)

 

(追い込んだけど、中村さんはそれで油断出来る相手じゃない。3球目は私の最高の球でいく!)

 

そんな3球目。私が投げたのは……。

 

(嘘っ!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

私にとって最高のストレート。中村さんは完全に振り遅れていた。

 

(まずは1人……なんだけど……)

 

あと何人相手にしなくちゃいけないのかな……?



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真剣勝負

中村さんと勝負した後は藤田さん、川崎さん、川原先輩、主将、藤原先輩、大村さん、息吹さん武田さん、渡辺、照屋さん、石戸明星さん、十曽さんの順番で立、て続けに勝負を終えた。

 

(全員5球以内で終わらせているとはいえ少し疲れてきたな。さて、あと2人……。次はどっちだ?)

 

(凄い……。凄いよ朱里ちゃん!ここまで全員三振で終わらせるなんて……!正直何人かは打たれるって思っていたけど、朱里ちゃんの成長具合がその予想を上回ってたんだね!)

 

「お願いします」

 

残り2人はどちらも手強い上に、これまでの勝負とは難易度が違う。打席に立っているのは高校生になった私の球を捕り続けた山崎さん。

 

(正直前に混合チームで勝負した時と緊張感が違う……。六道さんのリードがある中どこまで通用するか……!)

 

(朱里ちゃんとの真剣勝負……。勝ちたい!)

 

山崎さんには私の球種を知られている……。あれから私は新しい球を会得した訳じゃないし、新しい球種を身に付ける時は前もって捕手山崎さんに相談しているからね。

 

(最後の2人はこれまでとは違う……。朱里ちゃんが成長するヒントが多分ここにある。山崎珠姫ちゃんと雷轟遥ちゃん……。捕手目線からだけど、名勝負を期待してるよ!)

 

六道さんは外角低めに構えている。そのコースなら1球目は……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『……ボール!』

 

判定が遅れた……。ギリギリのコースだったからかな?

 

(危な……。手が出なかったよ。コース的にもストライクで可笑しくなかったから、ボールで助かったよ……)

 

それにしてもさっきのコースがボールだと次に投げるコースは……!

 

(この速度、この軌道……。朱里ちゃんが投げたのは……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

読まれた!?まさか私が投げた変化球を合わせられるとは……。私の球を捕ってきたから、そういうのがわかるようになるのかな?二宮も私の球を簡単に合わせてきたし……。

 

(朱里ちゃんが今投げたSFFは良かった。球威も変化も……。それをいとも簡単に打ち返した山崎さんも良い打者だよ)

 

(次はこの球を投げてみますかね……)

 

3球目に私が投げたのは……。

 

(うっ……!この軌道は……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

投げたのはナックルカーブ。武田さんのあの魔球を見て私が編み出した決め球レベルの変化球に仕上がった。

 

(このナックルカーブをヨミちゃんのあの球としてイメージしていれば打てる……かな?)

 

(次も……ナックルカーブでいける?)

 

六道さんはさっきと似たようなコースでナックルカーブのサインを出している。これで打ち取れるとは思えないけど……。

 

(ヨミちゃんのあの球をイメージして……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

ふーむ……。武田さんのあの魔球と軌道が似ているからか、タイミングを合わせられるか……。

 

(でもこれで山崎さんにナックルカーブが通用しないって事もわかった)

 

もしも未来に私と山崎さんがプロなり、大学なりで敵同士で対決する時になにかしらのヒントを得たような気もするね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ファール!』

 

「これで10球目か……。私達でも5球で仕留められていたが、珠姫は凄いな」

 

「朱里ちゃんの球を捕ってきたから……なのかしら?」

 

「この勝負、どっちが勝つんだろう?」

 

「どちらも応援するのが私達新越谷だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁはぁ……。しんどい……。でも楽しくなってきた。投手は打者との真剣勝負が楽しいから、私は野球を始める時に投手になりたい、母さんと同じポジションで野球をしたいと思ったから私は投手をやっているんだ!

 

(そして川越リトルに入って、二宮や清本と出会って、そこからも色々あったけど……)

 

それでも私は野球をここまで続けてきた。新越谷野球部という新環境で最高の仲間と出会った……!

 

(こうして勝負しているこの瞬間も楽しいよ……。珠姫!)

 

私が投げる……15球目くらいかな?私は思い切って振りかぶり腕を振り抜く。

 

 

カキーン!

 

 

私が投げた球を山崎さんは捉えて、その打球は……。

 

(そっか。私は……)

 

『アウト!』

 

(打ち取られたんだね……)

 

私のミットに収まっていた。ピッチャーライナーとして私が勝った事になる。

 

(良い勝負だったよ。お互いに!)

 

周りから拍手喝采が起こる。そんなに良い勝負だったのかな?だとしたら嬉しいね!

 

(そして最後に戦うのは……!)

 

「よーし!負けないぞー!」

 

雷轟遥。私が……ここまで野球を続ける事が出来た切欠になった人間だ。



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VSスラッガー

山崎さんをピッチャーライナーに抑えてあと1人。最後に打席に立ったのは……。

 

「よろしくね朱里ちゃん!!」

 

雷轟遥。私が野球を続ける大きな切欠になった人間だ。

 

(彼女が朱里ちゃんを影で支えていた子だね。和奈ちゃんにも負けない力強さと威圧感を感じるよ……)

 

身長が清本よりも大きい分フィジカル方面で雷轟が上回っている。今は清本が最強のスラッガーの座についているけど、それは経験の差……。そう遠くない内に雷轟が最強のスラッガーになっても可笑しくはない。

 

(尤もそれは国内のみの話。海外……それこそ野球王国アメリカには清本や雷轟のような選手は高校生の時点でもゴロゴロいる事だろう)

 

特にアメリカで活躍している日本人なんてのがもしも日本に戻ってきたなら国内最強の高校生になっているかも知れないしね。

 

(バッセンで見たあのパワーを、あの飛距離を、あの鋭いスイングを……。私はあれに惚れて雷轟を将来有望な選手に育て上げて、六道さんの前のシニアの監督を見返してやろうとも思ったっけ?)

 

肩で息をしているのを整える。ロジンを使って球が滑らないようにしてっと……。

 

(いくよ雷轟……!)

 

私は六道さんが構えている内角高めにストレートを投げる。

 

「…………!」

 

 

カキーン!!

 

 

しまっ!?

 

『フ、ファール!』

 

(ギ、ギリギリ切れたか……。それにしても強くなった清本にも負けず劣らずのスイングスピードだ。極限まで球筋を見極めてから打ってるし、これだから雷轟は厄介なんだよ)

 

(凄い……!この前見た時よりも成長してる!今すぐにでもプロに推薦したいくらいだよ!!)

 

(少し振り遅れた……。やっぱり朱里ちゃんは凄いや。でも次はホームランだよ!)

 

今この雷轟を打ち取れるか……それによって私が今後清本を打ち取れるかどうかも変わってきそうだ。私の持てる力の全てを尽くして抑えてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの朱里の球をピンポン球みたいに場外に飛ばすなんて……!」

 

「思えば初めて遥ちゃんのバッティングを見た時からこんな感じだったんだよね」

 

「ね、凄いよね」

 

「私の目指すスラッガー像……!遥さんを見ていれば自ずと私にとってもなにか見えてきますね」

 

「私も遥ちゃんと勝負したくなってきたよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄ーい!あの早川さんの球をいとも簡単にあそこまで飛ばすなんて!あの子のサインもほしくなってきたよー!」

 

「出た。豊音のミーハー……。でも確かに凄いね。胡桃やシロも見に来れば良かったのに」

 

「エイスリンさんも都合が合えば良かったのにねー」

 

「まぁあの子達の分も私達が目に焼き付ければ良いよ」

 

「そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

『ファール!』

 

(くぅ……!私が投げる球をことごとく場外に飛ばしてくれちゃって)

 

お願いだから新越谷に戻ったら自重してね!

 

(しかしそろそろ持ち球が尽きてきた……。そろそろ抑えないとヤバいな)

 

(朱里ちゃんの持ち球があといくつあるのかは私にはわからない。どんな球でも全力で迎え撃つよ!)

 

(この2人は将来の球界を救いそうな逸材だね……。もちろん他にも数多くいるけど、この2人はその上をいくよ。果たしてどっちが勝つのかな?)

 

私がここまで野球を続けられるのは雷轟のお陰……。だから全力を尽くして投げているのに、それをも雷轟は弾き飛ばす。

 

(こんなに大きく成長しちゃって……!)

 

私は雷轟と出会ったばかりの頃をふと思い出した。



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君がいたから

私と雷轟が出会ったのは3年前……私が川越シニアに上がって、日々のリハビリを頑張っているその最中に……。

 

(野球だぁ……!)

 

なんか目をキラキラさせている少女がいた。後の雷轟遥なる人物である。

 

(もしかして入団希望者?それなら監督に話がいっている筈だけど……)

 

「……君、もしかして一緒にやりたいの?」

 

「うんっ!」

 

わぁ……。良い笑顔。そんなにやりたいのね?

 

「……ちょっと監督に呼び掛けるから、待ってて」

 

「ありがとう!」

 

またまた良い笑顔……。

 

雷轟の入団テストとして簡単な守備練習とその後に打撃を見る事になるんだけど……。

 

「あっ……!?」

 

正面のゴロに対してトンネル、ライナーに対しては捕球しきれず弾いてしまう。

 

(うーむ……。上半身はよく鍛えられてるけど、下半身がそれについていっていない。守備は駄目そうでも打撃方面は期待出来る……かな?)

 

「不合格!!」

 

えっ……?まだ彼女の打撃を見てないのに……。

 

「これだけの醜態を晒しているんだ。打撃を見るまでもない。帰ってくれ」

 

「そ、そんなー!?」

 

(あらら……。気の毒に)

 

ちなみにこの一件の直後くらいに川越シニアの監督が六道さんに代わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だったね。まぁ見たところ初心者みたいだし、仕方がないかもね。うちのチームは余り初心者を歓迎していないみたいだから……」

 

「うう……」

 

め、滅茶苦茶落ち込んでる……。

 

「明日も良かったら来てよ。うちに入りたいなら監督を見返したいよね?私が練習メニューを組んできてあげる」

 

(彼女の上半身は大丈夫そうだから、下半身を……足腰を鍛えるメニューを中心に……私が課題としているメニューと同じ感じでいけそうかな?)

 

私がそう言うと雷轟は嬉しそうにお礼を言った。

 

(……いずれ私は野球を止めるかも知れないし、その前に選手を1人……私の意思を受け継いで野球を楽しくやってほしいものだね)

 

そして週末。

 

「バッセンは初めて?」

 

「う、うん……」

 

まぁ初心者だし、妥当と言えばそうなのかな……?

 

「バットを握った事は?」

 

「素振りなら毎日してるよ!」

 

雷轟は元気そうに答える。確かに握りはかなり様になっている。監督はもったいない事をしたね。

 

「じゃあ試しに打ってみようか。じゃあこの1番遅いケージから……」

 

私がそう言うと雷轟はケージに入ってバットを構える。

 

(左打ち……。構えは神主打法。ホームランを打ちたいって言ってたらしいし、昔のスラッガーである落合プロを意識してるのかな?随分昔の映像を見たんだな……)

 

マシンは投球フォームに入っているが、雷轟が打つ気配はない。見逃し。

 

「…………!」

 

(えっ……?)

 

雷轟の目が鋭くなった。その刹那……。

 

 

カキーン!!

 

 

(タイミングバッチリ……)

 

「当たった!ホームランだ!」

 

打球はそのままホームランゾーンに当たり、ホームランとなった。な、なんて打撃だ……!

 

(これはとんでもない逸材だ……。監督がバッティングを見る前に彼女を落としたのがとてももったいない)

 

ボロボロな守備を帳消しに出来る程のスイング……。ケージの球は1番遅いものだけど、あのスイングスピードは清本に匹敵するもの……。

 

(これが素人だって……?ははは!)

 

雷轟の行く末を見守りたくなったよ。

 

(野球を止める……?この子の頑張り、努力を見たい。中学は無理でも、高校に入ったらこの子と野球がしたくなった……!)

 

私は野球を止めようと思ったのが、飛んでいった。リハビリを頑張ってまた野球をしたい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(これで何球目だろうか……?初めてバッセンで雷轟のバッティングを見たあの時から私は野球を続ける事が出来たんだよ)

 

(やっぱり朱里ちゃんは凄い……。思えば私がここまで野球を出来るようになったのも朱里ちゃんのお陰なんだよ?)

 

(雷轟がいたから……)

 

(朱里ちゃんがいたから……)

 

((私は野球が楽しくて仕方ないんだよ!!))

 

ありがとう……。雷轟!

 

 

カキーン!!

 

 

私の渾身の球は雷轟に打たれた。

 

『ホームラン!』

 

今の球は私にとっても最高の球だった……。それをスタンドに運ばれるとはね。

 

(まだ2年ある……。雷轟の成長を見守らせてもらうよ)

 

私と雷轟の1打席勝負は雷轟の勝ちで終わった。負けても気分が清々しいと思ったのは久し振りだよ。



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進化

長かった合宿もいよいよ最終日。

 

最終日はそれぞれの練習の成果を発揮する訳だけど……。

 

「右投げに戻してって……」

 

息吹さんは困惑していた。左投げで良い感じに成長していて、そのままサウスポーに転向しようかというつもりでやってきたのに、石戸霞さんの指令にて右投げに戻すように言われていた。

 

「と、とりあえず私が受けるから、右で投げてみて」

 

「わ、わかったわ!」

 

私が息吹さんの球を受ける事になり、投げさせてみるものの、制球が定まらずにあっちこっちにボールが飛んでいく。

 

「……やっぱり左投げで好感触になってきたのに、右投げに戻すなんて無茶だったのよ」

 

「息吹さん……」

 

確かに左投げの感触が良くて、それを急に右投げに戻せと言われたらそんな反応にもなる。況してや息吹さんの場合は僅か4日間で左投げの才能が発覚したのだから……。

 

(でも、もしかしたら……)

 

「息吹さん、石戸霞さんにはどんな風に言われたの?」

 

「えっ?えっと……。私の右腕には速くなった球種が宿っている……だったかしら?」

 

(やっぱり……。私がリトル時代に母さんに言われた事だ)

 

もしかして神代さんやら六女仙の十曽さんやらは母さんから同様のアドバイスを受けていたのかな……?

 

「そういう事か。それならいけるかも……!」

 

「朱里?」

 

「息吹さん、左でやった投げ方を右投げでやってみて。多分それで上手くいく筈」

 

「左でやった投げ方を右で……。確かこの練習の初日に言われたらけど……あっ!そういう事ね!?」

 

道やら息吹さんも気が付いたみたい。

 

「やってみるわ!」

 

再度息吹さんが投球動作に入る。

 

(肘の位置、懐を深くとって下半身主導……。肩の回転を良くする為に体を傾けて、真上から腕を振り下ろす!!)

 

 

ズバンッ!

 

 

これは……!

 

「ナイスボール!次はもう少し上から投げてみて」

 

「ええ!」

 

(もう少し上からね……。こうかしら?)

 

先程の調子で息吹さんがもう1球投げる。

 

 

ズバンッ!

 

 

(更に手元で伸びた……。これは藤原先輩のジャイロボールにも負けないストレートに仕上がったんじゃ……?)

 

「とりあえずあと1球投げて1度休憩にしようか」

 

「そうね」

 

(まだ……あと1つ上からいける気がするわね)

 

息吹さんが振りかぶり投げる。

 

 

ズバンッ!

 

 

(また速くなった。私はもしかしてとんでもない投手が誕生した瞬間に立ち会った……?)

 

「じゃあ少し休憩にしようか」

 

「休憩がてら他の練習を見に行きましょう」

 

息吹さんの提案で他の練習を見に行く事に。

 

 

カキーン!!

 

 

「おめでとうございます。これで連続50本達成ですねー」

 

「やった!」

 

雷轟は連続50本の場外ホームランを達成し……。

 

 

コンッ!

 

 

「こちらも100連続マシンバント成功ですねー」

 

「や、やっと出来たぜ……。まぐれだろうとなんか嬉しいな」

 

川崎さんもマシンバントを連続100とかヤバいメニューを達成していた。

 

(この合宿で1番伸びたのはこの2人と息吹さんかな……?)

 

もちろん他の皆も合宿前とは比べ物にならないくらい成長している。これは秋大会が楽しみになってきたよ。

 

(私達がこうして合宿をやっている間に他校がどこまで成長しているか……。それが関東大会、そして春の全国大会に出場出来るかが変わってくる)

 

この合宿で差を広げられるとなお良しって感じだね。

 

様々な成長を遂げ、様々な期待、心配を抱えて合宿は終了した。



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母娘

☆7の評価を付けてくださった さいきょーさん、ありがとうございます!


「今回はありがとうございました」

 

「また来てくださいねー」

 

永水の六女仙達、姉帯さんや臼沢さんに見送られて私達は帰路に着く。道中は練習に疲れたのか、私を含めたほぼ全員がバスや電車の中では寝静まっていた。

 

(行きしに見た夢を見なくなった……。私の中で焦りがなくなったからなのかな?)

 

新越谷に戻り、それぞれ解散となった。

 

「ただいま」

 

私は家に帰り挨拶をする。その声に答えてくれるのは……。

 

「あら、おかえり」

 

「母さん……」

 

今回の合宿を経て母さんに聞きたい事が色々ある。

 

「母さん、その……」

 

「……朱里が何を言いたいのかはなんとなくだけれど、わかるわ。晩御飯の支度をするから、先に入浴を済ませてきなさい。話は食事をしながらゆっくりとしましょう」

 

「……うん」

 

母さんには恐らく向こうから連絡がいっているのだろう。私の心境をお見通しみたいだ。

 

私は入浴を済ませ、食卓に着いた。

 

「……さて、どこから話したものかしらね。朱里はなにか聞きたい事はあるかしら?」

 

「私、は……」

 

私はなにを聞くべき?母さんと霧島神境や神代さん、六女仙達の関係性?それとも母さんの高校時代そのもの?六道さんからもぼんやりとしか聞いた事はないし……。

 

「響からも今回の事を私の話しやすい部分からで良いから話しておいて……とも言われているし、そうね……。話をする前に謝罪させてもらえるかしら?」

 

「謝……罪?」

 

「朱里。貴女がリトル時代に苦しんでいたにも関わらずそれに対してなにも出来なかった事、そして私達のわがままに貴女を巻き込んでしまった事を謝らせて。本当にごめんなさい」

 

そんな……。なんで母さんが謝るの……?私が反抗期を拗らせて母さんや父さんに迷惑をかけたのは私なのに……!

 

「わ、私の……私の方こそごめんなさい。母さんや父さんに冷たく当たって、母さんは私の事を考えてくれていたのに、私はそれを無下にして……本当にごめんなさい!」

 

「朱里……」

 

私は涙を流して母さんに抱き付いた。母さんは優しい手付きで私を片手で抱き締め、もう片方の手で私の頭を優しく撫でた。

 

(家族ってこんなにも暖かいものなんだね。長らく感じていなかったよ)

 

「……朱里の心中はわかったわ。このままだと話が進みそうにないし、ここは手打ちにしましょう」

 

「……母さんかそう言うなら」

 

母さんから許しをもらい、私の心の中は軽くなった。あとは私自身の醜い嫉妬心くらいだ。

 

「では私の高校時代くらいの事から話そうかしら?」

 

「ちょっと待って母さん」

 

「どうしたの?」

 

「その話を聞くのはもう少し色々落ち着いてからにしてほしい。今は秋大会に向けて余計な感情をなしにして練習したいし」

 

「……そういえば月末からだったわね。わかったわ。シニアリーグの世界大会が終わった後にまた話させてもらうわね」

 

「私としてはそれでも良いけど……。シニアリーグの世界大会が終わった後?」

 

母さんがシニアリーグの世界大会となにかしら関係があるのかな?

 

「……朱里にはまだ言ってなかったけれど、私はシニアリーグの世界大会の日本代表に選ばれたの」

 

「えっ?本当に!?」

 

「ええ。私に務まるか不安だけれど、推薦もあってね」

 

凄い……。母さんが監督するなら今年の日本代表はアメリカ代表を越えるかも知れない!

 

「母さんなら大丈夫だよ。なんたって私の母親だからね」

 

「……言うようになったわね。これなら貴女の心配もいらないかしら?」

 

「うん……。またなにかあったら相談させてよ」

 

「もちろんよ。貴女の母親だもの」

 

私の母さんは本当に凄い人間だ。それは私や父さんだけじゃなく、六道さんや神代さん達、そして早川茜を知っている人は全員そう思うだろう。

 

(母さんの娘で本当に良かった……!)

 

そうしんみりと思うくらいに私は母さんの事が好きになった瞬間だ。



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家族

合宿から半月が経過し、秋大会まであと2週間を切った。そんな状況でも変わらず私は日々練習をする。

 

「こんにちは……って武田さんと山崎さんだけ?」

 

「あれ?朱里ちゃんだ。今日はグラウンドが使えないから、練習休みの日だよ?」

 

先程山崎さんが言ったように今日は諸事情によってグラウンドが使えない日。なので私は部室内で色々とやる事がある。

 

「私は秋大会も近いし、自主練にね。グラウンドが使えなくてもシャドウピッチでフォームを確認しようと……。2人は?」

 

「私達も似たようなものかな」

 

ちなみに他はバッセンに行ったり、学校内の委員会とかがあったりでここには来てないみたい。

 

「それより朱里ちゃんなんか元気が良いね。何か良い事でもあったの?」

 

「えっ?そう見える……?」

 

「見えるよ!朱里ちゃんなんか嬉しそうな顔してるし」

 

そんなに顔に出てたかな……?

 

「……まぁ母さんとちょっとした蟠りがあったんだけど、それがようやくなくなったって感じかな?」

 

「蟠り?」

 

「……2人は私の処遇について知ってたよね?県大会で優勝出来なかったら新越谷を離れなくちゃならないっていう条件を」

 

「……うん」

 

「そうだね……」

 

2人は苦い顔をする。まぁチームメイトが離れるってなると辛いものがあるよね。

 

「それを提示したのが私の両親で、私の故障した右肩を完全復活させる為の療養期間に当てるつもりだったらしいんだ」

 

「そうだったんだ。だから……」

 

「私もそれに気付いたのはつい最近なんだけどね」

 

合宿で六道さんからその辺りの事も教えてくれた。まさかシニア時代からもしもチームが負けたら……という条件で埼玉を離れるのが私の故障を完治させる為とは思うまいて。

 

「先日母さんとその事について腹を割って話し合ったって訳。今では母さんと色々話すのが楽しく思えたんだよ」

 

「……良い話だね」

 

「うんうん!私も従姉妹の子とたまに電話で話すんだけど、その時間って楽しいもんね!」

 

「従姉妹……?」

 

「ヨミちゃんは従姉妹がいるんだ。両親の都合でアメリカに引っ越してて、私も最後に会ったのは小学生の頃なんだけど……」

 

ふむふむ、武田さんの従姉妹はアメリカにいるんだ……。それはたまに会うって事すら中々出来なくて、武田さんは電話でって言ってたんだね。

 

「その従姉妹さんも野球をやってたりするの?」

 

アメリカは野球大国だから、野球の競技人口は半端じゃない。私達のような日本女子がこれだけ真摯に野球に打ち込んでいるのなら、アメリカ女子にもなるともっと真摯に野球に打ち込んでいるだろう。

 

「うん!……そういえば朱里ちゃんと同じようにリトルシニアで野球やってたって言ってたよ」

 

うん……?アメリカのリトルシニアで野球をやってた?アメリカに引っ越した……日本人!?

 

「写真もあるよ!見る?」

 

「……見ても良いなら是非」

 

そう言って武田さんがスマホの中の写真フォルダを見せてきた。気になるので、私はそれを覗く事に。そこには武田さんと一緒に写っている茶髪ロングの女性がいた。というかこの人って……。

 

「嘘……。この人って……上杉さん!?」

 

「えっ?」

 

「朱里ちゃん、真深ちゃんの事を知ってるの?」

 

ま、まさか武田さんの従姉妹が昔アメリカで対戦した相手である上杉真深さんだったとは……。

 

(確か上杉さんはアメリカのリトルシニアで6年間野球をやっていた。私が対戦した事があるのは1度きりだけど……)

 

その1度きりでわかったのは上杉さんがとても厄介なスラッガーだという事だ。

 

清本よりもフィジカル面で上回り、雷轟と違って守備方面でも隙がない……。そんな人が武田さんの身内だとは思いもよらなかったよ。

 

「朱里ちゃん?」

 

「あ、ああ……。まぁね。3年前にあったリトルリーグの世界大会で1度対戦した事があるんだよ。印象的だったから覚えてたんだ」

 

「そっか~。朱里ちゃんから見て真深ちゃんってどんな打者だったの?」

 

私から見ても上杉さんは凄い打者だ。日本人の中だと間違いなくトップクラスだろう。

 

(そして今もなお成長を遂げていると過程すると……)

 

「……上杉さんは私が知る限りでは日本人の中で最高のスラッガーだったよ」




遥「話は続くよ!」

朱里「出番ないのに何故この話を把握してるの?」

遥「主人公だから!」

朱里「ああそう……」

遥「そんな事よりもお知らせが2つあります!」

朱里「2つ?1つはなんとなくわかるけど……」

遥「朱里ちゃんのお察しの通り、1つ目はまたコラボをしてくれる事になりました!」

朱里「コラボ相手はたかとさんで、たかとさんが書いている球詠の二次創作である『詠深の従姉妹はホームラン打者』からオリジナル主人公である上杉真深さんを始め数人を当小説で出す事が決まっているよ。今回で上杉さんの名前が出てるしね」

朱里(まぁこちらが向こうのキャラを出すだけだから、コラボと言えるのかは微妙なところだけど……)

遥「たかとさん、ありがとうございます!」

朱里「1つ目はそれとして、2つ目は?」

遥「この小説の続編が決まったよ!」

朱里「……完結してないのに?」

遥「既にプロットも出来てるみたい。もしかしたら近い内に投稿するんじゃないかな?」

朱里「この小説が完結してないのに?」

遥「タイトルは『最高の選手を目指して!』!作者の話によると主人公はその時の話によって変わるみたい」

朱里「成程……。この小説みたいに雷轟が主人公詐欺をしなくても良いんだね」

遥「詐欺じゃないよ!」

朱里「……ではまた次回でお会いしましょう」

遥「無視!?」


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世界最高の日本人打者

「真深ちゃんが……」

 

「日本人最高のスラッガー!?」

 

私がそう言うと2人は凄く驚いていた。自分の知り合いがそんな風に言われると驚くものなんだね。武田さんに至っては従姉妹な訳だし……。

 

「2人……というか武田さんはその辺りの事を上杉さんから聞いてないの?」

 

「う~ん……。真深ちゃんってあんまり自分の野球を話さないからなぁ」

 

「小さい頃は3人で野球してたけど、その時の真深ちゃんはヨミちゃんの投げる球をぽこぽこ打ってたってくらいしか……」

 

ぽこぽこって……。まぁ小学生になる前くらいの野球ならそんなものなのかな?それに武田さんは野球を辞めようとしていた時があったらしいし、上杉さんもその辺りは気を遣って会話をしているのかも。

 

(リトルリーグに入れるのは日本もアメリカも変わらず小学4年生からの筈……。上杉さんもその頃に引っ越したのかな?)

 

「……私目線で話すと上杉さんはアメリカのリトルシニアでは5番を打っていた。清本や雷轟レベルの長打力を持ちながらも、外野の守備も高水準。肩も強いし、私が知る限りだと彼女よりも上のスラッガーは日本人の中にいないだろうね」

 

清本や雷轟以上の打撃センスを持ち合わせている上杉さん。ここ3年は彼女の実力を生では見ていないけど、最近では清本も雷轟も負けていないだろう。

 

(まぁ二宮から去年と一昨年のシニアリーグの世界大会で彼女が活躍している映像をもらっているけど……)

 

その映像を見るだけでも伝わってくるよ。上杉さんのレベルの高さが、普段の努力が……!

 

「はぁ~。なんかこうして聞いてみると真深ちゃんが雲の上の人みたいに感じるよ……」

 

「そうだね。私も今日初めて知ったもん」

 

本当に上杉さんはその辺りの事を武田さんに気遣って話していないんだろうね。

 

「でも最高のスラッガーならなんで4番を打ってないんだろう?」

 

「理由は簡単だよ。彼女よりも優れたスラッガーがいたから。上杉さんはあくまでも日本人最高ってだけで、彼女よりも本塁打率が高い選手が4番を打ってるよ」

 

「も、最早別次元の会話だね……」

 

「名前なら聞いた事はあるんじゃない?クリス・ボストフ……という選手を」

 

私がそう言うと山崎さんが反応する。武田さんは首を傾げているみたいだけど……。

 

「聞いた事があるどころかテレビでも見たよ!女子野球史上最強のホームラン打者!!」

 

「そう。そのボストフ選手だね。彼女が上杉さんのいたリトルシニアで不動の4番打者。川越リトルシニアでいうところの清本と同じ立ち位置だよ。ポジションも一緒だし」

 

まぁあっちは清本とは違ってちっさくないし、それどころか上杉さんよりも大きいもんね……。

 

「……まぁ少し話が逸れたけど、上杉真深さんは私の知る限りでは日本人で最高のスラッガーって事だよ」

 

(そしてそれは清本が目指しており、雷轟の模範ともなる選手だとも思っている……)

 

そういえば上杉さんは3月のシニアリーグの世界大会でアメリカ代表として出場するんだよね。今年はボストフ選手を始めとする『魔の世代』と呼ばれている私達より1つ上の年齢の選手達がいないから、そういった意味でも日本代表の勝率は上がるだろう。

 

「……さてと、話を聞いている内に、なんか投げ込みをしたくなったな」

 

「私も!……でも今日はグラウンドが使えないんだよね?」

 

「私がリトルシニア時代によく自主練していた河川敷があるから、そこでやるつもりだよ」

 

「私も行っても良い!?」

 

「もちろん構わないよ」

 

「じゃあ私も行こうかな。2人の球を受けたいし」

 

……という事で私達3人は練習着に着替えて河川敷へと向かった。

 

そしてその翌日に……。

 

「真深ちゃんが朱里ちゃんと会って話がしたいって!」

 

「なんで?」

 

「年末に帰ってくるから、その時によろしく!」

 

あの?武田さん?私まだ良いって言ってないよ?

 

「あっ、私も行っても良い?」

 

「もちろん!」

 

なんか年末に上杉さんと会う事になりました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……って話を今日したから、真深ちゃんにも話そうって思って』

 

「そう……。ヨミが早川朱里さんと切磋琢磨していたとは知らなかったわ」

 

『あれ?言ってなかったっけ?』

 

「珠姫以外は具体的な名前を出してなかったわよ」

 

『そ、そうだっけ!?』

 

「そうだったわ。全く、ヨミったら……」

 

(去年と一昨年のシニアリーグでは見掛けなかったから、野球を辞めたんじゃないかと心配したけれど……。そんな事がなくて良かった)

 

『真深ちゃんから見た朱里ちゃんってどんな投手だったの?』

 

「そうね……。たった1度きりの対戦だったけれど、その中で私が思ったのは『早川朱里は過去最高の投手』だったわ」

 

『……真深ちゃんからの評価も高いんだね』

 

「も?」

 

『朱里ちゃんも言ってたよ。真深ちゃんは『日本人最高のスラッガー』だったって……。それを聞いてから真深ちゃんが雲の上の存在になった気分だよ』

 

「ヨミ……」

 

『それと同時に真深ちゃんが……従姉妹がそっちでも活躍してるってわかったら嬉しくなっちゃった!』

 

「……ありがとう」

 

(それに早川さんが私の事をそんな風に思ってくれていたなんてね。これからはより一層練習に励めそうだわ)

 

『そういえば今年も年末にこっちに帰ってくるんでしょ?』

 

「ええ、そのつもりよ」

 

(久し振りに珠姫にも会いたいわね。最後にあの子に会ったのは小学校の頃だったし。それに早川さんとも……。ヨミと行動してたらまた会えるかしら?)

 

『その時に朱里ちゃん達とも会っていきなよ!』

 

「……良いのかしら?」

 

『もちろん!積もる話もあるだろうし』

 

「ふふっ、なにそれ……?」

 

(とはいえ願ってもない事ね。3月の世界大会で会えるかもわからなかったし……)

 

『あっ、もうこんな時間だ』

 

「……本当ね。ヨミとの話が楽しくてすっかり時間を忘れていたわ」

 

『じゃあまた電話するね!』

 

「ええ」

 

(次の帰省で早川さんと会えるのね……。今から楽しみになってきたわ)

 

「次に対戦する事があったら、その時は私が勝つわよ。早川さん♪」



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秋の抽選会

今回は姫宮高校の2人が出てきます。口調が迷子なのはきららを買っていない単行本派である私の愚行なり……!


今日は抽選会の日。夏と同じように主将と芳乃さんと私の3人が訪れる。藤井先生は学校の仕事があるらしいので、今回は主将が責任者扱いだ。

 

「またここに帰ってきたんだね……!」

 

なにその故郷みたいな物言い……?

 

「ここに来る度に緊張してくるな……」

 

「そうですね……。しかも夏とは違って新越谷の注目度が跳ね上がっていますし」

 

夏大会を制した私達は全国も優勝したのもあって凄く警戒されているに違いない。

 

「とりあえず入りましょう!」

 

「あ、ああ……」

 

覚悟を決めて入りますか……。

 

私達が中に入った瞬間に周りが騒然とし始めた。

 

「新越谷だ……!」

 

「夏大会で数多くの強豪校を打ち破って全国でも優勝を果たした高校だ……!」

 

す、凄く注目されてる……。視線が多過ぎる。

 

「ど、堂々としよう。私達は新越谷高校の一員だと!」

 

「し、主将、声が震えてますよ」

 

「朱里ちゃんもね……」

 

仕方ないじゃん。リトルシニアの時の私はこういった場所に来る事はなかったし……。

 

「怜……」

 

後ろから主将の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると……。

 

「小陽……。美月……」

 

2人の女生徒がいた。あの制服は姫宮高校の……。主将と知り合いって事は元新越谷?

 

「久し振り……だな」

 

「うん……」

 

姫宮高校の2人はどこか気まずそうな感じがする。それに釣られて主将も気まずくなっていた。

 

「……私達は席を外した方が良いですか?」

 

「……いや、大丈夫だ。ありがとう朱里」

 

積もる話もあるだろうし、私達は邪魔なんじゃないかと思ったけど、主将はむしろ私達が着いてた方が良さそうな……そんな感情が伺えた。

 

「キャプテン……」

 

「芳乃さん、私達に出来るのは主将を見守る事だよ」

 

「そう……だね」

 

あの2人は確か金子さんと吉田さん……だった筈。もしも藤原先輩がこの場にいたら主将やあの2人になにかしら気遣いが出来るかもだけど、生憎私達は高校からの付き合いだ。

 

「新越谷、全国優勝したんだよね。その、おめでとう……」

 

「ああ、ありがとう……」

 

「もしも、もしも私達が新越谷に残っていたら……。私達もその場面に立ち会えた……のかな?」

 

「どうだろうな。たらればを言っても仕方ない。小陽達が残っていたら心強くはあったけど」

 

「……私達はあの不祥事の件で耐えられなくなってこうして転校したけど、怜と理沙はそんな中でも耐えてきたんだね」

 

「まぁ私も理沙も野球部を去ろうとしてたんだ。でも後輩達が私達を必要としてくれた……。それを支えに私は新越谷のキャプテンとして頑張れた」

 

「良い……後輩達に巡り会えたんだね」

 

「私達にはもったいない自慢の後輩達だよ」

 

「怜達が羨ましいよ」

 

「2人も今の高校で良いチームメイトと出会えているんじゃないか?」

 

「怜達程じゃないかもだけど、私達にも良い仲間に出会えたよ。転校して後悔はない」

 

うんうん。良い話だけど、私達がその話を聞いて良かったのかな?GWの合宿でも主将と藤原先輩の決意も決して私が聞いて良いものかわからないし……。

 

『間もなく抽選会が始まります。各高校は整理番号の順番に並んでください』

 

「主将、そろそろ……」

 

「ああ。……今日は2人と話せて良かった」

 

「私達も……。次に会う時は敵として……!」

 

「もちろん」

 

金子さんと吉田さんは列に並びに行った。

 

(姫宮高校も強力なライバルになりそうだね……)

 

そして抽選会は行われていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抽選会が終わり新越谷に戻った私達はグラウンドに集合。

 

「今回のトーナメント表だよ!うちはCブロックね」

 

「1回戦は……明嬢学園?聞いた事のない学校だね」

 

「強いのかな?」

 

武田さんや雷轟の疑問も確かなもの。明嬢野球部は知ってる人は知ってる程度のものなのかな?

 

「明嬢野球部はここ数年だと2、3回戦までは勝ち進めるレベルまで成長してるよ。特筆する選手はいないけど、決して油断は出来ないね」

 

芳乃さんがわかりやすく明嬢について解説する。確かに明嬢は中堅どころの高校だね。

 

「その明嬢に勝ったら……」

 

「影森か宗陣高校の勝者……だな」

 

「もしかしたら影森と再戦するかも知れないのね……」

 

宗陣高校も全国クラスのチームだし、影森がどのような野球をするか……というのも気になるところだね。

 

(順当にいけば準決勝でまた咲桜、決勝では梁幽館か美園学院か柳大川越と再戦……か。この秋大会がどうなるのか)

 

姫宮高校とも勝ち進めば4回戦で当たるみたいだし、この秋大会は新しくなったメンバーが集う高校との再戦になりそうだ。




遥「今回は抽選会のお話でした!」

朱里「……というか再戦祭りになる予感がしてならないね。初対戦となるのは現状姫宮高校と1回戦で当たる明嬢くらいかな?」

遥「今から秋大会が楽しみだよ」

朱里「そしてお知らせ。たかとさんが執筆している球詠の二次創作である『詠深の従姉妹はホームラン打者』の小説に二宮の出演が決まりました」

遥「あれ?私達は?」

朱里「現状は二宮だけだね。理由はたかとさんがこの小説の中で1番お気に入りだから……だそうだよ」

遥「そうなんだ……。東方魔術師さんの小説でも出てたし優遇されてるなぁ……」

朱里「白糸台編でも主人公だしね。こちらの番外編……白糸台編でも向こうの小説から誰か1人出すなんて展開があったりしてね」

遥「そうなると白糸台はコラボキャラの巣窟に……?」

朱里「佐倉姉妹もコラボキャラだし、その展開になればそうなるかも」


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秋大会の背番号

「集合!」

 

主将の声で私達は集合する。

 

「今から秋大会とそこで勝ち進めば出る事の出来る関東大会、そして春の全国大会で着るユニフォームを配布するぞ」

 

「待ってました!」

 

もうそんな時期か……。最初に反応したのはまたもや川崎さん。

 

「夏大会よりも部員が増えているから、ポジションの関係上前よりも番号が大きい人もいるが……」

 

主将の発言によって部員の数名から緊張の色が伺えた。まぁある程度仕方ない事だと思うけど……。

 

ちなみに番号が確定で変わらないのは山崎さん、藤田さん、川崎さん、そして主将の4人だろう。主将以外の3人はメインがそのポジションだからだ。主将は経験の差かな?

 

(あとは完全に実力によって変わってくる。果たして誰がどの番号で呼ばれるか……)

 

「先ずは1番……ヨミ!」

 

「はいっ!」

 

(良かった……。1番守れたよ)

 

その後2番山崎さん、3番中村さん、4番藤田さん、5番藤原先輩、6番川崎さんまでが呼ばれた。

 

「ほっ……。なんとか6番で呼ばれたか」

 

なお川崎さんはホッとしていた。まぁ他にメインでショートを守れる人がいないし、サブで守れるのも照屋さんだけだからね。この辺も経験の差だね。

 

「次、7番……遥!」

 

「えっ?は、はいっ!」

 

雷轟がレギュラーで呼ばれて困惑していた。まぁ今や雷轟は新越谷に欠かせない人間だもんね。もう少し守備方面で頑張ってほしいけど……。

 

「頼むぞ。新越谷のスラッガー!」

 

「頑張ります!」

 

前に7番を呼ばれていたのは息吹さんだけど、息吹さんはこれから投手メインになりそうだから、エースが武田さんである以上息吹さんさんが呼ばれる番号は必然的に10番以降になる。多分それは川原先輩も……。

 

8番は主将なので、次は9番。

 

「9番……白菊!」

 

「は、はい!」

 

大村さんもここ1番の爆発力があるし、全国大会の決勝戦では刀条さんのクセ球を打つ切欠を作ったし、白糸台との練習試合では鋼さんから唯一長打を放った事もレギュラーの要因となる。

 

雷轟と同じく守備が課題だけど、永水との合同合宿でその辺りも克服出来ていれば良いなぁ……。

 

「10番……芳乃!」

 

「はいっ!ありがとうございます!」

 

10番は芳乃さん。新越谷の不動の10番として、そして新越谷のマネージャーとして私達をサポートしてほしい。あれ?芳乃さんの立ち位置ってマネージャーで良いんだっけ?コーチャーに入る事もあるし……。

 

「11番……光!」

 

「はい!」

 

11番は川原先輩。実力的には2番手クラスの投手だけど、新越谷は人数が少ない割に投手が凄く多いからなぁ……。本当にこの番号で良いのかわからなくなってくる。

 

「12番……文香!」

 

「はい!」

 

12番は照屋さん。捕手以外は一通りこなせるので、山崎さん以外の誰かが負傷した際にヘルプで入れるユーティリティープレイヤーだ。もちろん場合によってはスタメンで使う事もあるけどね。

 

「13番……息吹」

 

「はいっ!」

 

次は息吹さん。ここ最近の成長具合では息吹さんがダントツ。真面目な話うかうかしてると追い抜かれてしまう。

 

(私も皆に負けないように頑張らないとね……!)

 

「14番……星歌!」

 

「は、はいっ……!」

 

渡辺も今回の大会でどこまで通用するのかを確かめたい。具体的には渡辺の昔馴染みがいる柳大川越戦やもしかしたら影森戦で投げる事になるかも。

 

(尤もそれ以外でも出番を作る可能性もあるけどね)

 

「最後に……15番……朱里!」

 

「はい!」

 

最後は私。これに関しては理由がある。

 

「この大会も皆朱里に期待を持っている。……もちろん私もな。秋大会の間は私達に力を貸してくれ!」

 

「私なりに全力を尽くしますよ」

 

もしも新越谷が秋大会を制覇すると3月に行われる春の全国大会はシニアリーグの世界大会と被る為に私は参加出来ないのだ。

 

(結局悩みに悩みまくってシニアリーグの方を取っちゃったな……。これで良かったんだよね?)

 

未だにこれが最善かわかっていない部分もあるけど、私なりに精一杯頑張るしかないのだ。



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オーダーと偵察部隊

「今から1回戦のオーダーを発表するよー!」

 

試合まであと5日。芳乃さんが1回戦のオーダーが発表するみたい。

 

「今回のオーダーも悩みに悩んだな……」

 

「普段は朱里ちゃんが手伝ってくれるけど、全国まで勝ち進めば朱里ちゃん抜きでやるから、今の内に……って事だからね」

 

頭を悩ませた様子の主将とそれを宥める藤原先輩。この2人は新越谷野球部の古参なので、芳乃さんと協力してオーダーを考えていた。

 

そして芳乃さんが発表したオーダーは……。

 

 

1番 センター 主将

 

2番 ショート 川崎さん

 

3番 ファースト 中村さん

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 キャッチャー 山崎さん

 

7番 ライト 大村さん

 

8番 セカンド 藤田さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

……となった。初戦はレギュラーメンバーで固めたのか。色々試したい部分があるしとりあえず手探りっぽい。

 

1番と2番を新越谷で足の速い2人に入ってもらってアベレージヒッターの中村さんを3番に、パワーヒッターの藤原先輩を5番に、安定性が藤原先輩に劣る大村さんを7番に置いた感じかな?

 

「そして朱里ちゃんと……他に1人か2人に他校の試合を観に行ってもらうよ!」

 

「秋大会は3回戦までは球場2つで進行するんだっけ……?」

 

「そうそう!一緒に行く相手と、どこの試合を観るかは朱里ちゃんの判断に任せるね!」

 

お、おう……。なんかプレッシャーが半端ないの。

 

「どこの試合を観るかは当日に決めるとして……。芳乃さん、明嬢戦は何人投げさせる予定なの?」

 

「そうだね……。ヨミちゃんの他にあと1人投げさせる予定かな?でも特に誰かっていう指定はないよ」

 

武田さんとあと1人……。仮に初戦で私達が勝って2回戦で戦うのが影森だと仮定して……。

 

「じゃあ息吹さんと渡辺に来てもらおうかな?芳乃さん、それでも構わない?」

 

「大丈夫だよ。息吹ちゃんと星歌ちゃんはそれでも良いかな?」

 

「芳乃と朱里がそれを決めたのなら、私は良いわよ」

 

「星歌も大丈夫だよ。他校の偵察って初めてでドキドキするけどね……」

 

個人的に渡辺と息吹さんのピッチングはもしかしたら来るかも知れない影森の偵察に見られる可能性がある。それは出来れば避けたいからね。

 

「さて!打順も決め終わったし、今日の練習を始めましょう!」

 

『はいっ!』

 

藤井先生の号令の下、私達は練習を始める。

 

明嬢戦のスタメン組は藤井先生のノックによる守備練習。そして……。

 

「私達は偵察予定の高校の分析ね」

 

「主に警戒を強めるのは美園学院、柳大川越、梁幽館、咲桜の4校。どこも選手層が厚く、どのような面子で試合をするか予測が困難になると思う」

 

特に柳大川越は夏大会でも1年生を多く起用している。3年生の引退後もスタメンの割合が2年生よりも1年生の方が多いみたいだし。

 

(しかしそんな柳大川越も梁幽館やら美園学院やら凄い山に入ってるな……。椿峰や熊谷実業もいるし)

 

それでも柳大川越がまた私達に立ち塞がる予感がある。それが本当なら数々の強豪を乗り越え、試合を通して夏とは比べ物にならないくらいのレベルアップをしていそうだ。

 

(でもそれは私達も同じ……。それに影森やら姫宮やら咲桜も同じ事だ)

 

夏大会と違って私は新越谷を離れる……なんて制約もない。全国大会は参加出来ないけど、この秋大会は私も思い切り楽しませてもらうよ!



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遥と朱里の最終調整

大会まであと3日。練習帰りに私と雷轟はバッセンに寄っている。

 

 

カキーン!!

 

 

(相変わらず飛ばすなぁ……)

 

最早日常だよねこれ。

 

「ふぅ……」

 

「お疲れ。久々のバッセンだけど、どうだった?」

 

「良い感じだよ!打撃調整にはもってこいだよね」

 

今回は雷轟の打撃調整をメインに、フォームの確認や簡単な速球対策として私も利用しに来た。

 

「次は朱里ちゃんだね。頑張って!」

 

「まぁ程々に」

 

私は別にスラッガーではない。野手としての私はどちらかと言うと繋ぐタイプの打者に分類されるだろう。

 

 

カンッ!

 

 

私は飛ばすのではなく、確実に当てる事を重視している。金原や友沢のように安定して内野の頭を越すバッティングが出来るようになりたいところだ。清本もほぼ同じ事が出来るらしいけど、あれは例外。

 

(それに橘も打撃方面で大きな成長を遂げており、梁幽館でも上位打線を任せられるレベルになっているって二宮が言っていたしね……)

 

というか梁幽館で上位打線を任せられるレベルって川越シニアでもクリーンアップクラスだからね?いつの間にそんな成長してたの……?

 

 

カンッ!

 

 

(今のは外野までは飛んでいったけど、梁幽館の二遊間の白井さんと高代さんや、三森3姉妹、そして友沢が相手だったら多分捕られてるな……。しかし奥に飛ばせば前進守備をしている外野手の守備範囲内になりそうだし)

 

梁幽館戦で私がやられた守備シフト。あの時の私はファーストの頭を越したけど、それをカバーするかのようにライトが捕球体制に入っていた……。この辺りの飛距離もコントロールし、調整しないといけないのに、これが中々に難しい。金原や友沢なら楽々こなすんだろうなぁ……。

 

 

カンッ!

 

 

今度は前過ぎた。定位置の内野に処理されてしまう……。

 

(秋大会までになんとかしようと思ったけど、これは難しいかな……)

 

仕方ない。私はピッチングの方に集中して、打撃の方は状況に応じて臨機応変に対応していこう。

 

「あれ?朱里ちゃんはもう良いの?」

 

「私の方は少し確認したかっただけだし、あとは雷轟に譲るよ。初めてバッセンに来た頃よりは大分マシになったけど、まだまだフォームが不安定な部分が見えるからね」

 

「はーい」

 

清本や上杉さんは長年培ってきた打撃技術で今の地位まで登り詰め、あれ程のパワーを身に付けた。雷轟は筋トレの量が並の何倍も多く、そこから平均よりも遥かに上のパワーを身に付けた。

 

前者と後者の差は身に付けた切欠が野球チームに入ってからの練習であるか否か。

 

(逆に言えば雷轟が清本や上杉さんに劣る一端の理由がコロコロと変わる雷轟の打撃フォーム……。1つに絞る事が出来れば2人との差はかなり縮まる筈)

 

臨機応変に対応してアドリブでフォームを変えて相手投手を上手く攻略するのが今の雷轟のスタイルだから、もしもフォームを1つに絞ればその長所もなくなる……。雷轟に対しての解答がかなり難しい。

 

 

カキーン!!

 

 

今打ったフォームだってこれまでとは違うフォーム。本当に色々な打撃フォームを身に付けようとしているの……?

 

(……これ以上は雷轟自身が見つけるべきなのかもね。雷轟がなりたいと言っていた最強のスラッガーになる為の解答を)

 

もしかしたら今みたいに様々なフォームを実践してるのだって雷轟なりの最強のスラッガーへのアプローチかも知れないしね。

 

(私は私で誰にも負けない為にもっと頑張らないと……!)

 

まずは1番の課題であるスタミナ……だね。



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開会式 秋の部

「帰って来たよ!この景色!!」

 

芳乃さんが叫ぶ。そこには様々な学校の生徒のユニフォーム姿が広がっていた。しかし……。

 

「見られているな……」

 

「まぁ夏大会で結果を残しましたからね……」

 

そのユニフォーム姿の人達が新越谷のユニフォームを着ている私達を見てる見てる……。

 

(まぁこういった視線は慣れてるけどね……)

 

抽選会の時は謎の緊張感があったけど、ただ見られているだけならリトルシニアでも体験してきた。

 

「ひ、人が多い……」

 

「大丈夫ですか?」

 

人混みに困惑している渡辺と、それを宥める照屋さんの初参加組。同じく初参加の川原先輩はそわそわとしている。この場合は照屋さんの肝が据わっていると見た方が良いのかな……?

 

『まもなく選手入場を開始します』

 

おっ、今回は誰にも絡まれてない。誰とは言わないけど、前科があったからね。余計な時間を避けられて良かったよ。

 

行進しながらこの大会の事を考えていた。

 

(今回は私が参加しない試合もそれなりにある……。今の皆なら心配ないと思うけど、ベンチにいないとなんか不安になったりするんだよなぁ……)

 

 

リトルシニアの時は試合から離れて他チームの偵察とか行った事がなかったし、チームメイトを援護するピッチングをするか、ベンチで応援するかだったしね。

 

入場が終わり、選手宣誓も恙無く行われた。そして……。

 

「夏よりも行進が様になってるよ!格好良い!」

 

「今回も全員分お願いね」

 

再開が終わると1度学校に戻って、夏と同じように自分達の行進の映像を見ている。全国優勝を果たしたからか、風格が出ている気がするな……。

 

「星歌、滅茶苦茶ガチガチだったな!」

 

「こ、こんな大舞台初めてで緊張しちゃって……」

 

今回の行進で目立っていたのは緊張で動きが固かった渡辺と……。

 

「文香ちゃんの行進は凛としてて綺麗だったよ!」

 

「ありがとうございます」

 

良い意味で違和感があった照屋さん。彼女は私達の中で1番上品に行進していた。お嬢様学校出身だと行進1つでこうも洗練された動きが出来るんだね。ちなみに……。

 

「雷轟は今回も手足が同時に出てたよ」

 

「嘘っ!?」

 

「本当だよ」

 

雷轟の行進は夏から進歩していなかった。息吹さんも大村さんも全国大会の入場の時点で治ってたのに、この差は一体……。この子うちの4番よ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして試合当日。私達偵察組は球場前に集合して……。

 

「じゃあ私達はもう1つの球場に行ってくるよ」

 

「偵察結果をお願いね?」

 

「そっちも試合は任せたよ」

 

皆を代表して芳乃さんに激励を贈る。芳乃さんが球場に入って行ったのを確認してから、私達も偵察に向かう。

 

「じゃあ私達も行こうか」

 

「最初はどこの試合だったっけ?」

 

「大宮大附設と馬宮高校の試合だね」

 

そしてその後には梁幽館の試合もある。今日は3試合観る予定だから、記録はしっかりと残さないとね……。

 

「じゃあ入ろうか」

 

「そうね」

 

息吹さんと渡辺を引き連れて球場へと入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、奇遇ですね」

 

「あっ、朱里ちゃん達だ」

 

「もしかしてアタシ達と目的が同じ感じ?」

 

球場では二宮、清本、金原の3人がいた。まさかこの3人と目的が被るなんて思ってもみなかったよ……。

 

(しかも君達県外の高校だよね?なんで埼玉に集結してるの?)

 

夏の時も思ったけど、フットワーク軽過ぎなんだよねこの3人……。



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仲間を信じて

「3人はどうしてここに?」

 

私は疑問を3人にぶつける。自分達の試合だってあるのに、わざわざ県外まで試合観戦に来る理由がわからない。他県の試合日程も調べたけど、藤和も、洛山も、白糸台も今日試合の日だよね?

 

「……アタシはさ、先輩達に根を詰め過ぎだって言われて休みをもらったんだよ。でもただ遊ぶのも申し訳ないし、折角だから埼玉へ野球観戦に来たんだ♪」

 

金原は同じ学校の先輩達にいつか壊れてしまうんじゃないかと心配されていたらしい。まぁここに来る理由にはなってないけど、軽い息抜きみたいな感じだろう。ここに来る理由にはなってないけど!

 

「わ、私は非道さんに『激戦区である埼玉県の秋大会を観に行ってね~。どの試合を観るかは選んでも良いから~』って言われてここに……」

 

清本は非道さんの指令でここにいるとの事。まぁ埼玉が激戦区なのは間違いないし、金原よりかは理由にはなる。あと非道さんの声真似上手いな……。

 

「私はいつも通りです」

 

しれっと二宮が答えた。そんないつも通りがあってたまるか!

 

「でも朱里がいるのも珍しいよね。新越谷って確か今日試合だったと思うけど……」

 

「3人に比べれば別に珍しくもないと思うけど……。まぁ新越谷も部員が増えたし、私は隣にいる渡辺と息吹さんを連れて別球場で行われる試合を観に来たって訳」

 

まぁまさか他県の知り合いと会うとは思わなかったけどね。

 

「朱里と星歌と息吹って変わった組み合わせって感じがするよね。なんかそれぞれタイプが違うって言うかさ……」

 

金原がふとそんな事を言う。そんなに珍しいかな?一応3人共投手と外野手を平行してやってるから、言う程珍しいとも思わないけど……。

 

「朱里さんが星歌さんと川口息吹さんを連れている理由として考えられるのは2回戦で当たる可能性がある影森高校に2人のピッチングを偵察等で見られるのを避ける為……というのが妥当でしょうね。川口息吹さんは少なからず影森とは因縁がありそうですし、星歌さんはアンダースローですので、もしも影森戦で投げる事になると見られるのはまずい……と言ったところでしょう」

 

いや、ピンポイントで理由を当てられたんだけど……。渡辺も息吹さんも引いてるんだけど?怖いよ。

 

「……まぁそんなところかな。それに私達離れて3人共新越谷を……仲間を信じているからね」

 

「朱里ちゃん……」

 

「朱里……」

 

渡辺も息吹さんも何故そんな感激した目で私を見るの?

 

「あははっ!朱里は相変わらずチームメイトに慕われてるね☆」

 

「そう……?」

 

その辺自分ではよくわからない。橘に異様なくらい懐かれている自覚はあるけど……。

 

「少なくともアタシ達やはづきはそうじゃん?それに藍と歩美も朱里を追って新越谷に進学するって言ってたし」

 

「藍ちゃんも歩美ちゃんも朱里ちゃんを尊敬してるもんね……」

 

「そうですね。あの2人は純粋に朱里さんを慕っています。はづきさんとは違って」

 

確かにあの2人は私が当番だったグラウンド整備とか後片付けとかを私がやる前に終わらせてた。その時の私は困惑してたけど、『朱里先輩は自分の練習に専念しててください!』って2人に押し切られたんだよね……。

 

(ねぇ星歌、さっき金原さんが言ってた2人って……?)

 

(木虎藍ちゃんと初野歩美ちゃんかな……?私達の1個下の後輩で、星歌も余り関わりがなかったけど、朱里ちゃんを慕っているって事で川越シニア内でも有名な2人だったよ)

 

(そうなのね……)

 

「シニアリーグの世界大会でも歩美ちゃんは参加するらしいよ?」

 

「初野への挨拶はその時にでもしておくかな……」

 

「朱里さんもたまにはシニアの方に顔を出してみてはどうですか?」

 

「シニアの方に?」

 

初野への挨拶も考えていたところに二宮が提案を出した。

 

「確かに朱里は引退以来シニアに顔を出してないもんね~。自分を見つめ直す切欠になるかもだし、良いんじゃないかな?」

 

「そうだね。私達もこうして埼玉まで来た時は帰る前にシニアへ顔を出してるよ。その度に藍ちゃんと歩美ちゃんに朱里ちゃんの所在を聞かれるんだよね……」

 

金原と清本が追撃。というかあの2人とはポジションが違うから、練習ではそんなに会わないんだよなぁ……。でもまぁそこまで言うのなら……。

 

「……そうだね。今日辺り川越シニアへ顔を出しに行くよ」

 

「折角だから、アタシ達も顔出しに行こっかな~?」

 

「無論私はそうするつもりでしたよ」

 

「まぁ恒例行事みたいなものだったしね……」

 

そ、そんなに顔を出してたのか……。1度も顔を出してない私がなんか冷たいみたいになってるよ……。

 

(まぁたまには後輩達の様子を見るのも悪くない……か)

 

……という訳で川越シニアへと顔を出しに行く事になった。



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橘はづきの成長

試合観戦をしていると芳乃さんからLINEが来た。

 

『私達の試合は無事に勝利で終わったよ!私達はこのまま学校に戻るけど、朱里ちゃん達がどうするかは任せるね!』

 

「芳乃から?」

 

「うん、試合にも勝ったみたい」

 

「よ、良かったぁ……。星歌達が抜けたせいで負けた……なんて事があったらどうしようかと思ったよ」

 

流石にそんな事は言われないと思うけどね……。それにコールドゲームを決めてたみたいだし、その心配は杞憂だったよ?

 

「了解。こっちはもうすぐ第1試合が終わるところだよ。観戦結果を3試合分まとめておくから、帰ったら見せるね……っと」

 

芳乃さんへの返信も済ませて試合観戦に戻る事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2試合である秋津高校と県立浅間台高校との試合が終了した。浅間台が1対0で勝利。

 

「いや~、接戦だったね!」

 

「どっちが勝っても可笑しくなかったね」

 

金原と清本が言うようにこの2校の対戦は接戦で、試合レベルも高かった。

 

「どっちの高校も守備が上手かったわね。流石Aランクの高校っていうか……」

 

「星歌的には息詰まる投手戦が熱かったって思うな。あんな球を投げられたら……って思う時があるよ。第1試合の打撃戦も凄かったし……」

 

息吹さんも渡辺もそれぞれ第1試合、第2試合を通して色々メモを取っていた。

 

「さて、いよいよですね……」

 

「そうだね~。正直アタシ達はこれをメインに来たようなものだし☆」

 

二宮と金原が言うように第3試合の組み合わせはかなり注目されている。

 

「梁幽館高校VS熊谷実業……。埼玉県大会屈指の見所よね」

 

「どっちが勝ち上がってくるかわからないけど、間違いなく両方手強いね……」

 

熊谷実業は久保田さんが抜けたものの、打力は未だ埼玉随一だ。夏休みに練習試合をした時もその打力は健在だった。

 

対しての梁幽館は中田さんや陽さん達を始めとする有力な3年生が抜けた。その穴を埋めるべく、吉川さんや小林さん、西浦さんと高橋さんを中心にチームを組んできている。それに……。

 

「今日の試合は確かはづきちゃんが投げるんだよね?」

 

「大事な一戦を任されるなんてはづきも成長してるね~」

 

「最後にはづきさんの投球を見たのは7月末……。あれからも更に成長しているに違いありません」

 

7月に見た橘は投球フォームがサイドスローからスリークォーターになっていた。正直それだけでもかなり厄介になっているけど、更なる成長を考慮すると……。

 

(二宮はもしかしたら今の梁幽館のエース候補にもなっているかも……と言っていた。そのピッチングがあれからどれだけ成長しているか見せてもらうよ)

 

「あっ、試合始まるよ!」

 

清本の声に私を含めた皆が試合の方に注目する。梁幽館は先攻のようだ。

 

(本当に上位打線を任されているんだ……)

 

電光掲示板を見ると梁幽館の1番が橘になっていた。

 

(シニアまでの橘は金原や友沢、清本がいるとはいえ上位を任せられるレベルではなかった……。恐らく入学してからも相当な下積みをしてきたんだろう)

 

熊谷実業の先発は私達との試合で投げていた人だ。

 

あの人は久保田さん程ではないにしても速球派……。かなり速いから、梁幽館打線といえどもそう簡単には打てない筈。

 

 

カンッ!

 

 

橘は初球から打っていった。その打球は内野の頭を越えてヒットとなった。

 

「今の球は簡単に打てるコースじゃないような……」

 

「それを初球で完璧に捉えてヒットにする橘さん……」

 

渡辺と息吹さんが唖然としていた。正直私も驚いている。

 

(今の橘のバッティングは私自身が課題としてるもの……。それを簡単にやってのけるなんて……!)

 

まさか二刀流でも目指すつもりだろうか……?橘の、梁幽館の練習方針がわからなくなる。

 

その後梁幽館は橘のヒットを皮切りに打線が爆発し、この回だけで4点をもぎ取った。

 

『アウト!』

 

「これでスリーアウトですね」

 

「埼玉随一の打撃チーム相手にはづきちゃんがどんなピッチングをするのかな?」

 

「……なんかそれ以上の打撃チームである洛山で4番を打っている和奈がそれを言うと煽ってるようにしか聞こえないな~」

 

私もそう思う。さて、橘のピッチングの方は果たして……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

いきなり決め球のスクリューを連投。先頭打者を三振に打ち取った。

 

「相変わらずはづきの投げるスクリューはエグいねぇ。アタシは左打ちだから、あの手元をに来る感じがどうも苦手だな~」

 

「それにそのスクリューを三段階に分けて投げてるから、狙いを絞るのも難しいよね……」

 

「スクリューそのものにフォーム等の違いはありませんからね。はづきさん曰く握りを少し変えている……という話ですが、余程の視力がない限りは違いがわかる事はないでしょう」

 

(そうなんだよね……。そこが橘の投げるスクリューの厄介なところだ。1番変化が大きいスクリューは球速が遅いけど、カーブと同じくらいだし、1番速くて変化の小さいスクリューはスライダーと同等の球速だし、三段階の内の真ん中のスクリューは最近覚えたらしい変化球と同速……。他の球に狙いを絞るのは清本の言うように難しい)

 

しかも最近覚えた変化球が具体的になにかわからないしね。わかるのは真ん中のスクリューと同じ速度だという事だけ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「え、えっと……。確か今は最終回だよね?今ので何個目の三振だっけ?」

 

「……今ので丁度20個目です。それどころか熊谷実業の選手は誰1人としてはづきさんの球に当てられていません。加えてはづきさんは全ての打者を3球で抑えています。四死球も一切ありませんね」

 

あの熊谷実業相手に橘は完全試合を成し遂げようとしていた。ヤバくない?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

嘘でしょ?本当に完全試合を叩き出したよ……。

 

「はづきさんの持つ変化球を駆使して熊谷実業相手に63球で決めて、アウトは全て三振の完全試合ですか……」

 

「わ、私達とんでもない場に居合わせてない!?」

 

「あ、あのスクリュー打てるかな……?」

 

(正直熊実打線が荒く、変化球に弱いのも原因の1つだとは思うけど、まさか完全試合にする程とは……)

 

橘のピッチングは全部映像に収めているし、皆に良い手土産が出来たと考えるべきなんだろうか……?

 

何れにせよ強力なライバルが更なる成長を遂げたという事が今回の試合でわかった。



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川越シニア

橘の劇的なピッチングを記録し終えて球場を出る。

 

「朱里ちゃんは川越シニアの方に顔を出しに行くの?」

 

「そうだね。話題に出た日の内に行こうとは思ってるよ」

 

「それなら星歌も顔出しに行こうかな……」

 

どうやら渡辺もシニアに顔出しに行くようだ。後で合流する橘も含めて6人で……っと。

 

「良かったら息吹さんも来る?」

 

「えっ?部外者の私が来ても良いのかしら……?」

 

息吹さんが驚いているけど、この流れで1人だけハブにする訳にはいかないでしょ?知らないけど。

 

「なにも問題ないでしょう。新越谷の部員達は六道さんとも面識がありますし、シニアの皆さんも六道さんの知り合いなら邪険に扱う事もありません」

 

「二宮の言う通りだよ。それに息吹さんにとってもプラスになる事間違いなしだしね」

 

実際に川越シニアの練習風景や今のエースである投手のピッチングも見せる事で息吹さんの投球幅が広がりそうだし。

 

橘と合流して川越シニアへと向かう。私を見付けた瞬間に飛び込んできた橘に私がアイアンクローをかますのも最早様式美と言っても過言じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってきました川越シニア!

 

「あれ?今日は朱里ちゃんもいるんだ。珍しいね!」

 

開幕1番で六道さんにこんな事を言われる始末。ねぇ、私ってそんなにシニアに感心がない人間に見える?

 

「今日もここで練習して行くでしょ?」

 

「もっちろん♪」

 

「は、はい。折角なので、身体を動かして行きます」

 

「私はフォームや練習メニューの確認をします」

 

六道さんの問いに金原、清本、二宮がそれぞれ答えた。待って?二宮は練習メニューの確認もしてるの?

 

「いつもありがとう瑞希ちゃん。凄く助かってるよ!」

 

「私が勝手にやっているだけですので、気にしないでください」

 

「いやいや、お陰でうちの投手陣は大きく成長してるし、瑞希ちゃんと同じ捕手の子も瑞希ちゃんを見習って練習してるから、成長も凄まじいしね!」

 

「それはその人達の適性が偶然当てはまっただけですよ」

 

六道さんと二宮からこんなやり取りが聞こえる。これも恒例行事となっているらしい。この2人はやはりとんでもない。

 

「そういえば藍さんと歩美さんは来ていますか?」

 

「2人共来てるよ!」

 

「……だそうですよ?」

 

二宮が木虎と初野の所在を六道さんに確認して、六道さんが答える。どうやら2人共来ているらしい。

 

「……成程ね。じゃあ私は2人を呼びに行って来るね!」

 

私と二宮の会話で一体なにを察したの六道さん……。

 

しばらくすると六道さんが木虎と初野を連れて来た。

 

「「朱里先輩!お久し振りです!」」

 

おおぅ……。2人共凄い顔を輝かせてる……。

 

「久し振りだね2人共。元気にしてた?」

 

「はい!朱里先輩と同じ学校でプレーする為にシニアを引退した後も受験勉強と平行してここで時々練習しています!」

 

木虎が元気良く答える。いつもはクールな彼女がここまでキャラが変わるとは……。なにを切欠にそうなったのか?

 

「木虎は学力あるから大丈夫だけど、初野はどうなの?私が知ってる限りだと結構ギリギリだよね?」

 

新越谷は進学校ではないものの、決して偏差値が低い訳ではない。まぁ60とかそこらだったから、なんとかなるとは思うんだけど……。

 

「今のところは大丈夫だと思います。藍ちゃんにも勉強を見てもらっていますし……」

 

「初野さん、わからない事があったら言ってね?」

 

この2人は学校は違えど、同級生だから仲が良い。ポジションが関係しているとは思うけど……。

 

「レギュラーの子に何人か声を掛けたから、簡単な紅白戦でもする?」

 

突然六道さんがそんな事を言ってきた。

 

「簡単な紅白戦ですか?」

 

「ここにいる子も合わせて合計18人集まるかは微妙だからゲーム人数は減らす必要があるけどね。瑞希ちゃん達が顔出しに来た時は毎回やっている事だから、どうかなって」

 

「私は別に問題ないですけど……。渡辺と息吹さんはどう?時間とか大丈夫?」

 

私は今日試合に参加してないし、折角だから参加しておきたい。

 

「星歌も問題ないよ。元レギュラーメンバーと一緒に野球出来るなんて光栄だし」

 

「私も大丈夫だけど……。足手まといにならないかしら?」

 

息吹さんなら心配はないと思う。

 

「全員参加します」

 

「OK!じゃあ準備してくるね!」

 

六道さんは張り切って準備に向かった。なにを準備するのかな?楽しみでも怖くもある。

 

「私達は準備運動でもしておきましょう」

 

二宮に続いて私達も準備運動を開始する。

 

ひょんな事から川越シニア内で紅白戦をする事になった。



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ミニゲーム

六道さんが戻ってくるまでの間、息吹さんにに木虎と初野の紹介をする。

 

「木虎、初野、こちらは私と渡辺が通ってる新越谷高校の野球部部員である川口息吹さん。ポジションは私と同じ投手と外野手だよ」

 

「川口息吹よ。よろしくね」

 

「木虎藍です。ポジションは捕手で、サブポジションとして二塁手と外野手を守れます。朱里先輩とは何試合か一緒にバッテリーを組んでいました。川口先輩、よろしくお願いします」

 

「初野歩美です!シニアでレギュラーを取れたのは僅か3ヶ月だったけど、セカンドの守備をやってます!サブでも内野全般いけます!私も藍ちゃんも新越谷に受験して、野球部に貢献したいと思っています!」

 

互いに軽く自己紹介を済ませたところで、六道さんが戻ってきた。

 

「ごめ~ん!1人しか連れて来る事が出来なかったよ……」

 

そう言いながら六道さんが連れて来たのは金髪の少女だった。身長は二宮より少し低いくらいかな?清本よりかは大きい。

 

「おっ、双葉じゃん!今日も相変わらずもふもふだね~♪」

 

「金原さん、お疲れ様です。二宮さんと清本さんと渡辺さんもお疲れ様です」

 

いきなり金原が双葉と呼ばれる少女の髪をもふもふしていた。なにこの光景?

 

「朱里ちゃんは会うの初めてだよね。この子は今年入った新人で、3年生の引退後にレギュラーの座を勝ち取った実力者だよ!」

 

(3年生が引退した後に即レギュラーとは……。中々の実力者と伺えるね)

 

「黒江双葉です。私は中学1年生ですので同じ高校でプレーする事は出来ませんが、金原さん達から早川さんの噂は予々お聞きしています」

 

木虎と同様にクールなイメージがある。黒江さんは中学1年生だよね?なんか二宮を見ているみたいなんだけど……。

 

あと私の噂ってなにかな?おいそこの金髪高校生、目を逸らすな!

 

「……早川朱里だよ。金原達から聞いているとは思うけど、川越シニアのOGなんだ。よろしく」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

黒江さんは軽く頭を下げる。第1印象だけだと二宮の亜種を見ているみたいだ……。

 

「黒江さんと私が会うのは初めてだって言ってたけど、渡辺は会った事があるの?」

 

ふと疑問に思った私は渡辺に聞いてみる事にした。

 

「う、うん。星歌が野球部に入るまでは川越シニアに時々顔出ししてたから、双葉ちゃんとは何回も練習した事があるよ」

 

「成程ね」

 

渡辺の話から予測すると黒江さんのポジションは投手か外野手、或いはその両方ってところか……。

 

「やっほー双葉ちゃん!」

 

「お疲れ様です」

 

初野との仲も良好である。まぁ初野は人当たりも良いし、大抵の人と仲良くなれるよね。

 

「お疲れ様。双葉ちゃん」

 

木虎が笑顔で黒江さんに挨拶をする。良い笑顔だな……。

 

「……どうも」

 

それに対して黒江さんは冷たい表情で挨拶を返す。ギスギスしてるけど、大丈夫?

 

「相変わらず双葉って藍に冷たいよね~☆」

 

「顔出す度に見ている光景ですね」

 

金原と二宮曰くこの光景は日常らしい。私が言えるのは木虎は既にシニアを引退してるので、会う機会は少なめで幸いって事だろう。

 

ちなみに木虎の対人欲求は年上には舐められたくない、同い年には負けたくない、年下には慕われたい……だそうだ。今もなお泣きそうになっているのは黒江さんには慕われたいのに、冷たくされてショックを受けているのだろう。

 

「集まったのは合計10人か……。それなら5対5のミニゲームになるかな?」

 

「5対5のミニゲーム……。あれか~」

 

「守備力の時は結構考えてポジションに付かないといけないもんね……」

 

「私と六道さんは捕手なので、余り関係ありませんね」

 

川越シニアでも時々やっていたミニゲーム。渡辺も黒江さんもこのミニゲームは経験済みのようだ。

 

「知らないのは私だけなのかしら……?」

 

「息吹さんにはチーム分けの後に軽く説明するね」

 

チーム分けの結果、Aチームは二宮、金原、橘、息吹さん、黒江さんの5人。Bチームは渡辺、清本、木虎、初野、私の5人となった。ちょっと戦力差がキツいな……。清本がいる分ギリギリバランスが取れていると思いたい。ちなみに六道さんは審判に回っている。

 

Aチームの投手は橘、Bチームの投手は渡辺となった。

 

「じゃあジャンケンで先攻後攻を決めてね!」

 

数回のジャンケンの結果、私達は後攻。向こうの面子に渡辺のピッチングが通用するか否かで結果が変わりそうだ。



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5対5の変則野球①

「イニングは5回まで。守備側はポジションをよく考えて守ってね!」

 

六道さんが川越シニアの監督になってからは時々この5対5のミニゲームをやっているけど、毎回この台詞を聞いている気がする。

 

(投手は渡辺、捕手は木虎であと3人。この面子だと外野の有無は……)

 

初野が一二塁間、清本が三遊間を守り、私が外野を見る事に。皆の守れるポジションを考えると妥当なのかな……?

 

(あとは渡辺の調子次第で私が内野に入るかも考えないといけないね)

 

「それじゃあ……プレイボール!」

 

六道さんの号令で試合が始まる。向こうの先頭打者は息吹さんのようだ。黒江さんの実力はまだわからないけど、あの面子で1番に指名されるって凄いな。オーダーを考えたのは二宮だろうか?

 

(星歌先輩、まずは低めにお願いします)

 

(了解)

 

渡辺が1球目を投げる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は見逃し。息吹さんが1番の時は四球からの繋ぎが多い。なるべくストライクゾーンを通して投げた方が良いだろう。

 

続いて2球目。

 

 

カンッ!

 

 

打ってきた!?打球は一二塁間へと飛んでいく。初野のいるコースへと……。

 

(やばっ!捕られるかしら!?)

 

ゴロとはいえ打球は強いので、もしかしたら抜ける可能性がある。初野の守備力は男子よりも上だと思っているけど、念の為に私もライト方向へとカバーに入っておく。

 

「抜かせないっ!」

 

初野の横っ飛びによって打球は捕球された。上手い!

 

『アウト!』

 

そのまま初野が一塁ベースを踏んでアウトとなった。

 

(これなら世界大会で男子よりも優先されてセカンドに入る可能性があるね)

 

(歩美ちゃん、また守備が上手くなってるなぁ……)

 

2番は黒江さん。左打ちか……。

 

(双葉ちゃんには少し高めを攻めてください)

 

(うん!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

黒江さんが高めを見逃してボール。それにしても……。

 

(今のは結構際どいコースなのに、微動だにしなかった……。黒江さんの選球眼はかなりのものだと見ても良いね)

 

渡辺の投げる2球目。1球目とほぼ同じコースに投げられる球を黒江さんは……。

 

 

コンッ!

 

 

バントした。ボールはてんてんと三塁線に転がっていく。

 

「くっ……!」

 

清本が打球に追い付き送球するも……。

 

『セーフ!』

 

(足速っ!?もしかしたら三森3姉妹よりも速いかも……)

 

(双葉ちゃんのシニア入団当初はレギュラーじゃなかったものの、3試合に1回はスタメンに入っている……。足の速さを活かして内野安打を量産。打率は5割越え、盗塁数も脅威の23回……。双葉ちゃんの真骨頂は塁に出てからだよ!)

 

あれだけ足が速いと盗塁もある。木虎の肩は浅井さんクラスだから、刺せたりしないかな……?

 

渡辺が投球動作に入った瞬間……。

 

「走った!」

 

黒江さんが走り始めた。

 

(双葉ちゃんが走るのは読んでる。読んでるんだけど……!)

 

『セーフ!』

 

悠々と二塁ベースに辿り着く。初野が二塁ベースに辿り着く前……つまり木虎が投げる前には既に黒江さんが二塁に到達していた。いくらなんでも速過ぎる……。

 

 

カンッ!

 

 

3番は今日熊実相手に完全試合を決めた橘。当たりは三塁線を抜けてヒットとなる。当然黒江さんはホームに帰ってくる訳で……。

 

『セーフ!』

 

あっさりと先制されてしまった。橘め……。

 

4番の金原、5番の二宮は良い当たりを打たれるものの、守備でカバーしてアウトに打ち取る。

 

(ようやくチェンジか……。それにしても黒江さんの足の速さを考えると彼女に四死球を出すのも危険な気がするな)

 

まさに神速とも呼べる脚力は守備にも活かされそうで怖いな。打順とか、打つコースとかもキチンと考えないとね……!



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5対5の変則野球②

1回裏。私達の攻撃は……。

 

「1番木虎、2番初野、3番渡辺、4番清本、5番に私が入るけど……。反対意見とかはある?」

 

「星歌はこれで良いと思うよ」

 

「うん、私も賛成」

 

「朱里先輩の意見に反対なんてある訳がありませんよ!」

 

「それに全体の能力的にも合理的で、反対の理由が見つかりません」

 

……と、このように反対意見はないみたいなので、これでいく事に。向こうの守備は……。

 

(バッテリーは橘と二宮。このバッテリーは夏に行った連合戦で見たな……)

 

黒江さんが一二塁間、金原が三遊間、息吹さんがややレフト寄りに外野を守っている。

 

(金原の内野の守備力がどれ程のものかによって私達の命運が決まるね。あとは黒江さんの走力を考えるとライト方面に飛ばすのは良くない……か)

 

それと今日の試合で完全試合を叩き込んだ橘の球を打てるかどうか……。川越シニアのリトルからの繰り上がりじゃない人達は男女問わずエリート集団の集まりとも聞く。なんとか打てないようにものかね……。

 

 

カンッ!

 

 

(よし、当たった!)

 

打球は三塁線。抜けるか……?

 

「よっと……!」

 

げっ!追い付かれた!?

 

(でも際どいな~。送球逸れないか不安だけど……!)

 

(いずみ先輩はサードの守備をやった事がない筈……。間に合うかしら?)

 

金原の送球。初めてサードをやる割には安定した送球となっている。黒江さんのミットにもしっかりと収まった。

 

『セーフ!』

 

際どい判定だったけど、なんとか木虎の内野安打となった。

 

(次は初野か。さっきの金原の守備を見る限りだと……)

 

「初野、ちょっと耳を貸して」

 

「はい?」

 

私は初野にある事を耳打ちする。

 

「成程……。了解しました!」

 

(不味いですね……。もしかするとこの守備陣形の弱点に気付かれてしまった可能性があります)

 

「瑞希ちゃん、どうしたの?」

 

「……なんでもありません」

 

(この打席は様子見でいきましょうか。弱点を突かれたらその時に対応すれば良いだけです)

 

試合再開。これで上手くいくと良いんだけど……。

 

(次は歩美ちゃんか……。小技を得意としてるし、ここは送りバントなのかな?)

 

橘が真ん中低めに投げる。初野の送りバントでワンアウトもらおうとしているのかな?でもそれなら好都合!

 

(よし、かかった!)

 

 

カンッ!

 

 

「いっ!?」

 

(やられましたね……)

 

初野が打った打球はショート方面に転がる。

 

(やっば……。アタシ左利きだから、この打球は上手く処理出来ないんだよね)

 

金原はなんとか捕球するものの、送球までワンテンポ遅れてしまう。よって……。

 

『セーフ!』

 

二塁ランナーの木虎はもちろん、初野もセーフになってノーアウト一塁・二塁となった。

 

(よし……。上手くいけば逆転のチャンス!)

 

(やはり左利きのいずみさんを狙ってきましたか。それなら……)

 

「タイムお願いします」

 

二宮がタイムをかけてきた。金原を狙う動きはもう少し後の方が良かったかな?それなら渡辺には次の指示を出しておこう。

 

「渡辺」

 

「なにかな?」

 

「この局面では……」

 

渡辺に耳打ち。橘の投げる球を当てる事が出来たら良いんだけどね……。

 

「……それで良いの?」

 

「最悪のケースを避けたいからね」

 

「わかったよ」

 

「お待たせしました」

 

二宮がホームに戻ってくる。そして向こうの守備が代わっていた。

 

金原がファースト、息吹さんがセカンド、黒江さんが三遊間となっている。

 

(金原と黒江さんは足が速いから、実質ライトとレフトもそれぞれ守備範囲って訳か……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(橘が変化球でカウントを取り始めた……。捕手は二宮だし、二宮は難しいコースや球も問題なく捕球できるから、非常に不味い展開になってきた)

 

しかし負けじと渡辺はバントの構えをとる。

 

(なんとしてもバットに当てる!)

 

 

ガッ……!

 

 

バットには当てたものの、小フライとなった。

 

「…………」

 

「…………!」

 

橘と黒江さんになにやら目配せをしていた。一体なにを……!?

 

(まさか……!)

 

「木虎、初野、急いで走って!」

 

「「えっ!?」」

 

私の声に2人は戸惑っていた。しかしその数瞬の隙を橘は見逃さない。

 

 

ポロッ。

 

 

橘はフライを落とし、素早い動きでサードへと投げる。

 

『アウト!』

 

サードに付いた黒江さんが素早くセカンドの息吹さんへと送球。これもアウトとなり、息吹さんはファーストへ投げた。

 

「いや~、悪いね~!」

 

金原が送球と捕ってスリーアウト。

 

「と、トリプルプレー!?」

 

「そんな……」

 

木虎と初野が呆然としていて、渡辺も信じられないという顔で橘を見ていた。

 

(まさか清澄戦で鏑木さんがやったプレーを橘と黒江さんが協力してするとは……)

 

しかも金原も息吹さんもプレーに対応していた。恐るべき連携能力だね。



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5対5の変則野球③

試合は進んで3回裏。橘のピッチングと周りの守備連携によって私達は得点には至らなかった。

 

私達の方はピンチになりつつも負けじと守備で渡辺を助けて無失点。0対0。私達の攻撃で先頭は……。

 

「が、頑張るよ!」

 

「焦らずにね」

 

渡辺なんだけど、1打席目よりもどこか緊張している。トリプルプレーが脳裏に過っているからかな?

 

(この回は星歌さんからですか……。次の和奈さんを歩かせると考えれば、ここは打ち取りたいところですね)

 

(清本は前の打席で歩かされた……。塁が空いていたらまた歩かされる可能性が高いから、出来れば渡辺には短打で清本に繋いでほしい)

 

(前の打席では星歌のせいでチャンスを潰してしまった……。それに皆には守備にも助けられているし、星歌は……!)

 

橘が投球動作に入る。

 

(はづきちゃんのスクリューを打つのは星歌には無理だけど、カウントを取りに行くほかの変化球やストレートなら……)

 

初球は外角ギリギリのスライダーで攻めてきた。

 

(星歌でも打てる!)

 

 

カンッ!

 

 

渡辺は初球から打ってきた。打球は一塁線を抜けた。

 

(長打コース?でも一塁が空けば次の和奈ちゃんが歩かされる可能性もあるし……)

 

(ツーベース以上にすれば次の清本は多分歩かされる……。でも長打コースだから、一塁で止まるのはもったいない。どうするかは渡辺の判断に任せるよ)

 

金原がボールを追い掛ける中で渡辺は……。

 

(よし!)

 

一塁を蹴った。どうやら長打にするようだ。

 

(出来れば三塁まで行きたい……!)

 

更に渡辺は二塁を蹴る。さ、流石にそれは暴走じゃ……!?

 

(星歌ってばアタシの肩を嘗めてない?流石に暴走でしょ?)

 

金原は矢のような送球で三塁へ投げた。

 

(星歌は、星歌だって……!)

 

「刺させてもらいますよ。渡辺さん」

 

渡辺の勢いの良いスライディングによって黒江さんとのクロスプレーになる。判定は!?

 

『……セーフ!』

 

判定はセーフ。なんと渡辺がスリーベースを叩き出した。

 

(カウントを取りに行く球を狙われましたか……。スクリューとの見分けがつければ打つのはそう難しくない……という事ですね)

 

「瑞希ちゃん……」

 

「ノーアウト三塁で和奈さん……。どちらも無得点ですし、前の打席の事を考えれば歩かせる必要がありますが、どうしますか?」

 

「私は……。瑞希ちゃんはどう思うの?」

 

「……私が一緒に組む投手は基本的に能力が高い人しかいません。そうなると私は投手の判断に従うまでです。はづきさんが前の打席に和奈さんを歩かせると判断したから、私はそうしました。今回はどうしますか?」

 

「私……は……!」

 

(私は梁幽館でなにを学んだ?川越シニアの経験があってこそバッティングスタイルがいずみちゃんにそっくりな陽先輩や和奈ちゃんにそっくりな奈緒先輩を相手に怖じ気づく事なく勝負出来た……。梁幽館では更に色々な打者を相手にしてきた……。1打席目での私は少し臆病になっていたのかも知れないね!)

 

ノーアウト三塁のチャンスで清本。歩かされても一塁・三塁で私に回る。

 

(橘の投げるスクリューは厄介だけど、それ以外の球種なら私でも対処出来る。歩かされるなら確実に点を取る為にスクイズも視野に入れておこうかな)

 

清本相手にバッテリーがどうするかによって私のやる事が変わってくる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(勝負……してきた!?)

 

(成程。それがはづきさんの選択ですか……。それならとことん和奈さんとの勝負に専念しましょう。和奈さんを殺る為に……!)

 

清本相手に勝負か……。1打席目の事を考えるとランナーを溜める方がリスクが高いと判断したか、それとも……。

 

(橘の中でなにかが変わったか……。多分後者だろうね)

 

(奈緒先輩を何度も相手にした時の事を思い出せ……。和奈ちゃんから放たれる威圧感はそれにも匹敵する……いや、もしかしたらそれ以上なのかも知れない。それでも私は……!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

2球目は清本の高速スイングによる場外まで飛んでいったものの、ファールとなった。相変わらず飛ばすな……。

 

(スラッガーとの勝負は肝が冷えますね……。洛山との練習試合をした時も似たような事を経験しましたが、今はそれ以上とも言えます。特に和奈さんが相手ともなると尚更です)

 

(次は変化の大きいスクリューで!)

 

3球目は変化の大きいスクリュー。前に対戦した時よりもキレが更に増した気がする……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

清本は変化にタイミングを合わせて打った。これも場外ファール。

 

(変化の大きいスクリューは変化に合わされる事があるので、和奈さん相手には悪手ですね)

 

(むむぅ……!それなら次はこれだ!)

 

次に橘が投げたのは高速スクリュー……もとい1番変化の小さく、球速が速いスクリューだ。

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「でも打球の軌道が低いですね」

 

 

パァンッ!

 

 

清本の打った打球は橘のグラブに収まった。今凄い音がしたけど、大丈夫だろうか……?

 

『アウト!』

 

しかし清本が打ち取られたのもまた事実。橘のピッチングの内容から考えて清本にはあと1回回ってくるかどうか……。この5対5のミニゲームには延長戦はないし……。

 

(まぁとりあえず打席に立とうかな……)

 

このチャンスで点が取れなかったら今後橘から点を取るのが難しくなる。それだけは嫌だ。



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5対5の変則野球④

ワンアウト三塁。なにがなんでも食らい付いて点を取りたいところだけど……。

 

『ストライク!』

 

(あっさりと追い込まれた……。コースギリギリだし、手を出したら凡打になる確率の高いところしか攻めてこないから、打ち辛いんだよね)

 

本当に二宮のリードは厭らしい。うちのチームだと清本以外はまともに打てないよ全く……!

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

追い込まれているから、カット気味でも手を出さなきゃ三振になっちゃうし……。

 

(流石朱里せんぱい。簡単には打ち取らせてくれませんね……!)

 

(カットの技術が良くなっています。カウントにはまだ余裕がありますし、ボール球にも投げてみてください)

 

(わかった!)

 

次に投げられるコースは……っと!?

 

 

ズバンッ!

 

 

 

『ボール!』

 

危な……。うっかり振っちゃうところだった。

 

(流石に手は出しませんか。次はこれでお願いします)

 

(うん!)

 

次は……スライダー?このコースからだと多分……。

 

 

ズバンッ!

 

 

 

『ボール!』

 

だよね。ギリギリだけど、ボール球だよね。これも振らないで正解!

 

(……朱里さんには変化量を見抜かれていますね)

 

(あれからスライダーやカーブにも磨きを掛けたのに……!)

 

(今日のはづきさんの試合を私達は見ていますからね。朱里さんにはバレても不自然ではありません)

 

そろそろ勝負球を投げる頃だろう。私はそれを叩くのみ!

 

(勝負!)

 

(私はもう1球外しても良いような気もしますが……。まぁ良いでしょう)

 

外角高めコースギリギリ……。球は速いからストレートか高速スクリュー。どっちだ!?

 

(とにかくスイングしなきゃ……!)

 

私はストレートに狙いを合わせてスイングを始動。その結果は……。

 

 

ガッ……!

 

 

打ち上げてしまった。球種自体はストレートで間違ってなかったけど、球威に圧されてしまったのだ。

 

(これは完敗だね……。浅いフライだし、三塁ランナーの渡辺も進めない。梁幽館の次期エース候補の実力は大したものだ)

 

『アウト!』

 

その後後続の打者も橘の変化球に翻弄されて打ち取られる。最大のチャンスに無得点で終わってしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!』

 

しかし投手面では渡辺も負けておらず満塁のピンチを2度も作りつつも無失点で切り抜けて、0対0の同点で試合が終わった。

 

「結果は引き分けだけど、お互いに熱い試合だったよ!じゃあ今日はこれで解散。後片付けは私の方でやっておくから、気を付けて帰ってね!」

 

六道さんの一言で私達は解散し、それぞれ帰路に着く。

 

「ん~!終わったぁ!」

 

「お疲れ様でした。今回も中々有意義な試合でしたよ」

 

「この変則野球は新しいサブポジションの開拓に繋がるかもだから、川越シニアでは定期的にやってるもんね……」

 

「次は負けませんよ!朱里せんぱい達新越谷にも!」

 

「橘達と当たるとしたら秋大会の決勝か……。まぁ負けないように頑張るよ」

 

「準決勝に咲桜がいるけどね……」

 

「それにそこまでの道のりも決して楽じゃないわよね……」

 

「まぁとにもかくにも関東大会や春の全国大会に出場出来るように頑張るまでだよ」

 

「そうね」

 

「うん……!」

 

二宮達と駅で別れ、橘達とも別れた私達は今日の試合観戦や、変則野球でそれぞれの課題や思った事を頭の中でまとめた。



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影森戦再び!

川越シニアで変則野球をやった翌日。今日は2回戦の相手のミーティングを軽く行う事に……。

 

「2回戦の相手は影森高校だよ!」

 

ミーティングを仕切るのは主に芳乃さん。私と藤井先生も芳乃さんと一緒に前に出ている。

 

「影森か……」

 

「夏では初戦で当たった相手だけど……」

 

渡辺、川原先輩、照屋さん以外は影森には苦戦したものだ。結果的にコールドゲームに出来たのは上手くこちらの術中にはめていけたのが大きな要因だろう。しかし今度は同じようにいくかどうか……。

 

「前回当たった時よりも数段レベルアップしていると思っている方が良いよ」

 

「あの宗陣高校に勝っているからな……」

 

影森の1回戦の相手の宗陣高校はあの梁幽館と接戦だった強豪。3年生が抜けた事によって戦力ダウンしたけど、実力は未だシード校レベルのチーム。

 

対して影森はバッテリーの中山さんと田西さんが中心のハイテンポピッチングを用いた戦法、そして試合時間が異様に短いチームで、格上相手にも短い試合時間で試合を終了させていた。

 

「これが影森と宗陣の試合データだよ」

 

芳乃さんが1回戦の試合データをホワイトボードに貼り付ける。

 

「試合時間が……45分!?」

 

「相変わらず短いわね……」

 

野球スタイルは変わらず、ハイテンポピッチングとそれに合わせた高い守備力。それは夏よりも強化されている。

 

「あの宗陣相手にここまでやるのなら影森も最早強豪と言っても差し支えないだろう。だが私達も夏より強くなっているのは同じだ……。負けてやる訳にはいかない」

 

「キャプテンの言う通り!」

 

主将が影森をそう評価して、芳乃さんが同意すると全員に緊張感が伝わる。

 

「さて……。ミーティングはここまでにして、各自自主練にしましょうか。2回戦まであと3日……。それぞれの課題を見付けてそれを克服するのをメインとします」

 

藤井先生が私達の苦手とする部分の克服を中心に自主練する事になった。

 

「芳乃さん、これを……」

 

「朱里ちゃん?」

 

私は芳乃さんに昨日偵察後に川越シニアに寄り、そこで行ったミニゲームのデータを渡す。

 

「これは……!」

 

「なにかに使えると思って渡しておくね」

 

「朱里ちゃん達だけ川越シニアで試合なんてずるいよ!」

 

「いや、そこではなく……」

 

そこじゃないんだよね。注目するところは……。

 

「これって橘さんの……?」

 

今度こそデータ収集の目的に気付いた芳乃さん。今回のデータ収集の目的は橘の球種をまとめた物と、私、息吹さん、渡辺の守備データをまとめた物。5人の変則野球だからこそ気付く部分もあるだろう。

 

「息吹ちゃんはサードも問題なさそうだね!」

 

「うちには雷轟や照屋さんもいるけど、息吹さんも並以上の守備力はあるから、オーダーを考える時に参考になると思うよ」

 

あとは渡辺の格上に対する奮闘。周りの守備力も関係あるけど、渡辺はピンチになると力が爆発するタイプである可能性をあの試合で見出だした。

 

「成程……。これは影森戦のオーダーは念入りに考えた方が良いかもね。ありがとう朱里ちゃん!」

 

「役に立ったならなによりだよ」

 

一応私のバッティングデータも渡したけど、なにか役に立ったのかね?橘に打ち取られてばかりだったけど……。



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2回戦の開幕

今日は2回戦。対戦相手は夏大会の1回戦で戦った影森高校である。

 

「う~ん……」

 

「どうしよっか……?」

 

「あれ?朱里ちゃんと芳乃ちゃんはなにを悩んでるの?」

 

私と芳乃さんが頭を捻らせてると雷轟がこっちに来た。

 

「今日のオーダーとそれと一緒に決める偵察部隊だよ」

 

「影森はうちにとってもそこそこ因縁のある相手だからね。誰をどういう風に起用するか悩んでるんだよ」

 

「ほへー、なんか大変そうだねぇ……」

 

本当にね。夏大会の新越谷と影森との試合は良くも悪くも互いにとって刺激的なものだった。

 

影森高校は息吹さんのアンダースロー(中山さんのコピー)を見せた事によって相手は動揺し、挙げ句その息吹さんに死球を放つはめになるし、藤原先輩だって投球テンポを影森の早打ちに崩されたりしている。

 

向こうからすれば中山さんが必死で編み出したピッチングを息吹さんのセンスと山崎さんの技術であっさりと真似されて、中山さんからすれば苛立ちの対象であり、自身のスタイルを崩されてコールドゲームになってしまう。

 

……とこのように双方に少なからず因縁らしきものがあるのだ。

 

「……決めた!」

 

どうやら芳乃さんが今日のオーダーと偵察担当を決めたようだ。

 

「試合時間も近いし、すぐに発表するね!」

 

対影森戦のオーダーは……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 ライト 川原先輩

 

4番 サード 雷轟

 

5番 センター 主将

 

6番 キャッチャー 山崎さん

 

7番 ショート 川崎さん

 

8番 レフト 息吹さん

 

9番 ピッチャー 渡辺

 

 

「影森戦はこのオーダーで行くからね!」

 

「他試合の偵察は藤原先輩、照屋さん、大村さんの3人でお願いします」

 

「任せてください」

 

「偵察ってなんだかワクワクします!」

 

「そっちにも良い報告が出来るように頑張るわ」

 

3人共やる気のようだ。特に大村さんは偵察という言葉に張り切りを見せている。

 

(今回は上級生を1人連れて、先輩の意見というのも聞いておこうという理由で藤原先輩を選んだって芳乃さんは言ってたけど……)

 

来年の夏に影森戦があったら、その時は先発投手として指名しようかな……なんて思うくらいには申し訳なく思ってしまう。藤原先輩にとってもケリを付けたい相手だったらだけに余計に……。

 

「朱里ちゃん、私は自分の意思で偵察を名乗り出たのよ」

 

ふと藤原先輩がそのように言った。あれ?もしかして考えている事を読まれた……?

 

「確かに私のピッチングでは影森の打線を抑えきる事は出来なかったし、強くなった私の力を影森に見せ付けたいとも思ったわ。でもそう思っているのは私だけじゃないと思うし、影森戦の相性とかもあるもの。だから朱里ちゃんと芳乃ちゃんが決めた事に皆も反対なんてしないわ。偵察の方も上級生の意見があった方が良いって芳乃ちゃんが言っていたし、私で役に立てるのなら、それはとても光栄な事だもの」

 

「藤原先輩……」

 

この人は本当に凄い人だ。打力もクリーンアップクラスだし、新越谷の投手の中では数少ない速球派で立派にやっているしで肉体的にも、精神的にもこの新越谷で大きく成長していると思う。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして……で良いのかしらね?じゃあ白菊ちゃんと文香ちゃんを連れて行って来るわね」

 

「はい!」

 

やはり藤原先輩は堂々としているな。なんか色々な人の影響を受けていそうだけど……。

 

「……私達も理沙先輩達に良い報告が出来るような試合をしよう!」

 

『おおっ!!』

 

芳乃さんの号令で私達の気合が入る。いよいよ2回戦……影森戦の開幕だ。



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県大会2回戦!新越谷高校VS影森高校①

今日はオリキャラ紹介も書いたので、興味のある人達は是非見ていってください。


『お願いします!!』

 

整列と挨拶を終えて試合に移る。今回は私達が先攻だ。

 

(中山さんのデータを見る限りは今の投球スタイルを維持しつつも、球速、制球力、変化球のキレが上がっている。それに加えて全体の守備力も夏大会以上……。鉄砂高校寄りの守備野球をしてくる)

 

『ストライク!』

 

(バッテリーの配球は夏と同じで基本的にストライクゾーンしか投げない……か。中村さんには最初の2球を見逃すように指示をしてるけど……)

 

「…………」

 

中山さんの表情に変化はなし。待球を煩わしく思っているイメージがあったけど、その辺りも成長しているのかもね。

 

 

カンッ!

 

 

指示通り中村さんは3球目を打ち、打球は三遊間を……。

 

 

バシィッ!

 

 

抜けなかった。

 

「あのショートうまっ!」

 

「ショートの人は夏大会後にレギュラーに加入した人だね。あの打球反応を買われたんだと思うよ」

 

『アウト!』

 

打球が深かったから内野安打を狙えると思ったけど、そう甘くはない。

 

(それよりも気になるのは中山さんの投げるコースが全て真ん中付近だった事……。あれだとうちのクリーンアップならホームランが打てるコースだ)

 

2番の藤田さんも同様に2球見逃してからの3球目に打つ。これも内野ゴロとなった。

 

「夏大会よりも守備に隙がないな……」

 

「藤田さん、中山さんの球はどうだった?」

 

「朱里の言う通りだったわ。3球全て真ん中付近に投げられていた……」

 

(やはりか……。川原先輩、雷轟、主将の3人だとあのコースならホームランになる。特に雷轟は確実だろうね)

 

影森高校は、向こうのバッテリーは一体なにを狙ってるんだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー。あの影森高校の投手は夏に見たよりも凄くなってるじゃん」

 

「一見絶好球に見えるコースにしか投げていませんが、味方の守備を信じた投球スタイルは見事なものです」

 

「でも新越谷のクリーンアップだったらホームランを狙えちゃうんじゃないかな……?」

 

「流石に無策ではないでしょう。もしも無策だったとしたら1回戦も勝てていたか怪しいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

3番の川原先輩も3球目に反応し、その打球はスタンドに入る程のものだ。

 

(しかし今のをホームランに出来なかったのは痛いな……)

 

(危なかった……。あの3番はデータがないから、1、2番と同様に攻めてみたけど……)

 

(その結果が危険な相手である事がわかった……か。それならやろう)

 

(対危険牌用のピッチング……ね?了解)

 

川原先輩のファールの後に……。

 

「なっ!?」

 

「捕手が立ち上がった!?」

 

「あの影森が敬遠なんて……」

 

「そう。影森高校で大きく変わったのは危険な相手との勝負を避けるようになったって事だよ」

 

宗陣高校相手も4番は敬遠で勝負を避け、後続の打者を内野ゴロで打ち取り、最悪それがゲッツーになる可能性もあるという厄介な野球スタイルに変貌している。しかもそれで45分で試合を終わらせているしね。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

川原先輩はそのまま敬遠で歩かされる。

 

「あれ?光先輩が敬遠されたって事は……」

 

「雷轟は確実に歩かされるね」

 

「そんなーっ!」

 

雷轟が全国トップレベルのスラッガーである以上は確実に歩かされる。本人は嘆いているが、これも戦術。影森は確実に勝ちにきている。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

雷轟、そして夏大会での影森戦で走者一掃の長打を打った事のある主将も連続で敬遠。そして……。

 

 

カンッ!

 

 

満塁で6番の山崎さんに回るが、影森の堅い守備力に阻まれてスリーアウト。

 

「くっ……!」

 

「この試合は恐らくクリーンアップの後に回ってくる山崎さん以降が重要になってくると思う。特に下位打線が頑張らないと得点を得るのは厳しくなってくるね」

 

「……そうだね」

 

(それに中山さんもまだなにか隠してそうだし、これは相当な苦戦を強いられるかも……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?茜ちゃん?」

 

「響じゃない。貴女も試合を観に来たの?」

 

「うん!今日はシニアはお休みだからね。茜ちゃんは?朱里ちゃん達の試合を?」

 

「ええ。朱里達新越谷を観に来たのと……」

 

「と?」

 

「影森高校……だったかしら?そこのバッテリーと少し縁があるのよ」

 

「そうなんだ?」

 

「ええ。少し……ね」



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県大会2回戦!新越谷高校VS影森高校②

「とにかく切り替えて守るぞ。こっちだって1点もやらないつもりで行こう!」

 

『おおっ!!』

 

掛け声は主将がやる事に。本人曰く後輩をまとめる立場なのに、その後輩である私や芳乃さん、武田さんがその役を担っているのはキャプテンとして、先輩として申し訳ないそうだ。私達は別に気にしてないのにね。

 

(さて……。渡辺の公式戦初投球がどこまで通用するかな?)

 

(星歌ちゃん、練習通りで良いからね)

 

(う、うん……)

 

ベンチから見てもわかる。滅茶苦茶ガチガチじゃん!そんなガチガチな渡辺が1球目を投げる。フォームはちゃんとしてるし、コースも問題ない。ただ緊張してるだけなの?

 

 

カンッ!

 

 

影森の野球スタイルとしては初球打ちが多い。多少のボール球でも平気で打ってくる。

 

(早打ちはこちらとしてはありがたいのが幸いなのかな……?)

 

打球は鋭いゴロで、サードに飛んでくる。この時点で私はわかってしまった。

 

 

ポロッ!

 

 

「あっ!?」

 

私は雷轟がゴロを捌き切れない事を悟ってしまったのだ。練習では問題ないのに、なんでだろうね全く……。

 

『セーフ!』

 

慌てて送球するも、一塁はセーフ。記録はエラーとなる。

 

(ガチガチの渡辺に、要所でエラーをする雷轟……。別の意味でも苦しい試合になりそうだね)

 

雷轟のエラーは周りがカバーすれば良いからともかく、渡辺の緊張はこの空気に慣れていくしかないんだよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あちゃー!遥ってばエラーしちゃったよ」

 

「あれさえなければ和奈さんを越えるかも知れない選手になれるだけに本当にもったいないですね」

 

「遥ちゃん本人も本番に弱い傾向があるみたいだし、こればかりは経験を積まなきゃいけないからね……」

 

「影森の投手には歩かされるし、この試合の遥は期待出来ないかもね~」

 

「1打席目を見る限りだとクリーンアップは全員歩かされる可能性が高いですね。影森の守備力を下位打線が上手く越える事が出来るか……。新越谷が勝利するにはその辺りが鍵となるでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンッ!

 

 

影森の2番打者が送りバントを決めて、ワンアウト二塁となった。

 

(初球からやってきたとはいえ、影森は送りとかもするようになっている……。夏大会では次の打者の初球打ちによって先制点を取られてしまったけど……!)

 

今回はそう思い通りにはさせないよ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

 

根本的なところは変わっていないので、渡辺のように変化球の種類が複数あればこのようにボール球を振らせる事が出来る。

 

 

カンッ!

 

 

2球目を当ててくるが……。

 

『アウト!』

 

セカンドゴロに終わらせる。

 

(うちは仮にも全国優勝まで果たしているんだ。そう易々とホームは踏ませてあげれないな)

 

続く4番打者も渡辺のピッチングによって凡打となった。夏大会の息吹さんの時もそうだったけど、いきなりのアンダースローには上手く対応出来てないのかな?中山さん本人がアンダーなのに。

 

(まぁそれも二巡目になったら変わってくる。本当の勝負はそこからになりそうだ)

 

こっちも渡辺の手の内を全ては晒していないしね。実力を隠しているのはそっちだけじゃないんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「攻撃では早打ち、守備では鉄壁……。中々面白い野球をするチームね」

 

「夏大会の新越谷もそれで苦戦してたみたいなんだよね。ところで茜ちゃんは影森のバッテリーになにを教えたの?」

 

「何れわかるわ。新越谷の実力なら二巡目以降には絶対に明かさざるを得ないもの」

 

「影森の投手の子は茜ちゃんや星歌ちゃんと同じアンダースローでしょ……?まさか!?」

 

「流石に気付いたようね」

 

「あの子が本当に茜ちゃんの『あれ』を投げられるようになっているのなら、この試合の新越谷は点が取れないんじゃないのかなぁ?一発を持ってる子は歩かされているみたいだし……」

 

「どうかしらね。私はあくまでも『あれ』のヒントを与えただけよ。それを彼女がどこまで完成に近付いているか、あとは『あれ』との相性が良い選手がいるかによって変わってくるでしょう」

 

「新越谷には頑張ってほしいけどなぁ……。星歌ちゃんじゃなくて、あの子に『あれ』を教えたのは朱里ちゃん達への試練?」

 

「まぁそうなるわね。この障害を越えない事には新越谷が再び全国に行くのは夢のまた夢……よ」



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県大会2回戦!新越谷高校VS影森高校③

「新越谷の先発の子、アンダースローだったね」

 

「そう……みたい。でも関係ない。私の、私達影森の為に培ってきたフォームは猿真似とは違う……。夏大会のような無様な姿は見せないよ」

 

「そうだね。それに……」

 

「うん……。『あの人』が私の成長のヒントをくれた。その分まで頑張りたい」

 

「新技は1回戦では使わなかったけど、新越谷が相手なら必ず使わなきゃいけない時がくる」

 

「わかってる……。だから必要そうになったらそっちで合図を出して?」

 

「……わかった」

 

(影森の為にも、『あの人』の為にも、頑張らなくちゃ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2回は両校3人で抑えて、3回。一巡して先頭は中村さんから。

 

「影森は一発が出る可能性が高い人間を歩かせている傾向にあります。初回はランナーなしでクリーンアップに回ってきたから、三者連続で歩かされた……。でも中村さんか藤田さんが塁に出る事が出来れば、川原先輩か主将には勝負してくる可能性が高くなります」

 

「つまり私か希が塁に出る必要がある……って事ね」

 

「そうなるね。中村さんはいけそう?」

 

「球種は今のところ夏とは変わっとらんし、向こうの守備を越えればいけると思うよ」

 

やはりそうなるよね……。

 

(それにしてもなんか嫌な予感がするんだよねぇ……。気のせいだったらそれに越した事はないんだけど)

 

私が感じた嫌な予感が当たる事になるのにこの時の私はまだ気付いていなかった。

 

「希ちゃーん!頑張ってー!!」

 

芳乃さんを中心に続々と中村さんを応援する。二巡目以降は各々に任せる事にする。中村さんの場合は下手な指示を出すよりも、本人に任せた方が良いからね。

 

(皆の期待に応えたい。私が狙うのは……!)

 

中山さんが1球目を投げた。コースはまたもや真ん中付近のやや低め。

 

(カウントを取りにくる変化球!)

 

 

カンッ!

 

 

初球を捉える。その打球は……!

 

「内野抜けたぞ!」

 

「ナイバッチ~!」

 

「流石希ちゃんだね!」

 

中村さんはうちの中で安打率が1番高い。だからこそ新越谷のリードオフガールなのかもね。永水での合宿を経て更に頼もしくなった。

 

「あれ?もしかして菫ちゃんと光先輩も続けば私も勝負してもらえるのでは……?」

 

「期待してるところ申し訳ないけど、例え満塁になっても雷轟は歩かされるだろうね」

 

「なんで!?」

 

君が規格外のスラッガーだからだよ。

 

(さて……。手堅く送りでいくかどうかだね。基本的な指示出しは芳乃さんや藤井先生に一任してるけど、もしもの時は力を貸してほしいって言ってたし、私なりに策を考えてみる必要もある)

 

芳乃さんはゲッツーだけは避けるように指示を出していた。藤田さんはバントの構えを取っている。そして中山さんが投球フォームに入った瞬間……。

 

(走った!?)

 

中村さんがスタートを切り、藤田さんはバントの構えを解いて打ちにいく。エンドランだ。

 

 

カンッ!

 

 

影森の内野陣は前進守備。恐らく藤田さんのバントか、浅い当たりを期待していたのだろう。しかし……。

 

(合宿の成果が出てきたね。あの当たりなら仮に捌かれたとしても二塁は安定。更に運が良かったら藤田さんも生き残れる)

 

内野に転がる鋭いゴロ。影森の守備レベルなら捌けは出来ると思うけど……。

 

『セーフ!』

 

二塁の中村さんはセーフ。

 

『セーフ!』

 

藤田さんも生還。これでノーアウト一塁・二塁。内野抜けてたら中村さんは三塁を狙えたけど、とにかく先制点のチャンスとなった。

 

(これなら最低でも川原先輩とは勝負しなくちゃいけなくなる。中山さんがなにを隠しているかは知らないけど、勝つのならここでそれを見せないといけないよ……!)

 

影森バッテリーがどう出てくるか……。それによってこちらも色々と考えていくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、今のは上手いね~。相手の守備シフトの上をいく当たりだったよ」

 

「バントの構えを見せて、その裏を欠くエンドラン……。堅実な野球をする白糸台は少なくともこの局面では出来ません」

 

「新越谷は最近永水と合同で合宿をやったって話は聞いてたけど、今のもその成果なのかな?少なくとも前までのあの打者にあそこまでのパワーはなかったし……」

 

(しかしこれで終わる程影森も甘くはないでしょう。本当の勝負はここからですよ。朱里さん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノーアウト一塁・二塁……」

 

「4番をずっと歩かせる事を考えると次の3番は勝負しなくちゃいけない……。どうする?」

 

「……ここで使う」

 

「……まぁそうなるよね。『あの人』と最後に会ってからの精度はどう?」

 

「正直まだ8割って感じ。未完成の技を使うのは好ましくないけど、それじゃあ新越谷には勝てない」

 

「そっか……。それなら私は貴女のボールを受けるだけ。思い切り投げて」

 

「うん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光先輩、チャンスですよ!」

 

「そうだな。ノーアウト一塁・二塁なら少なくとも光は敬遠出来ない」

 

「先制点取りましょう!」

 

「うん、行ってくる」

 

3番の川原先輩が左打席に立つ。

 

(いくよ……!)

 

(うん……!)

 

中山さんが構えて投げる。

 

(えっ……!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(一応上手く投げられている……!)

 

(よし……!)

 

今の球は……まさか!?

 

「な、なんだ今の球は!?」

 

「下から上にホップしていったような……!」

 

(あれは間違いない。母さんの決め球だった『燕』と呼ばれていたストレート……!)

 

それを中山さんが何故……?



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県大会2回戦!新越谷高校VS影森高校④

「おおっ!投げてきたよ!」

 

「完成度としては8割……というところかしら。あとの2割は彼女達で補っていく必要があるでしょうね」

 

「茜ちゃんは相変わらず厳しいねぇ」

 

「そうかしら?私よりも物凄く早い段階で完成形に近付いているわ」

 

「確かに……。茜ちゃんの時は半年は試行錯誤してたね」

 

「それにあの中山という投手はこれからも伸びるわ」

 

「そうだねぇ。もしかしたら来年の県対抗総力戦に食い込むレベルなのかも」

 

「本人が出るかどうかは別として……ね」

 

「そういえば茜ちゃんはいつ頃あの子達と出会ったの?」

 

「朱里達が全国大会で頑張っている頃よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

川原先輩はあれからも中山さんの投げる『燕』に手が出ずに三振となった。

 

「こ、これはノーマークだったよ……。中山さんがあんな球を投げるなんて……」

 

「凄く上にホップしていくのに、コースはストライクゾーンを通っているから、振らざるを得なかったよ……」

 

(しかし中山さんと母さんの接点がわからない……。それ以上に中山さんが母さんと何かしらの練習をしているのが意外だった)

 

母さんとて『燕』を取得するのに半年は掛かったというのに、中山さんはそれをどれくらいで覚えたんだろうか?

 

(幸い全盛期の母さんの投げる『燕』に比べたら付け入る隙はある。問題は誰が攻略するかだけど……)

 

まず雷轟は期待しない方が良いだろう。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「うぅ……!」

 

理由としてはこのように歩かされるから。中山さん自身も『燕』が未完成だとわかっているのだろう。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

5番の主将も、6番の山崎さんも『燕』を捉えられず三振。スリーアウトとなった。

 

「なんなんだあの球は……」

 

「あれは……」

 

「朱里ちゃん中山さんがあの球の事を知ってるの?」

 

「あれは母さんが現役の頃に決め球として投げていた球です」

 

『ええっ!?』

 

私の発言に皆が驚く。私だって驚いているよ。

 

「朱里ちゃんのお母さんがなんで中山さんに……?」

 

「それは私もわからない」

 

(中山さんが母さんと同じアンダースローだから……というのが何かしら関係してそうだけど……)

 

それなら同じアンダースローで、新越谷の渡辺に『燕』を教えてほしかったよ……。

 

「……話を戻しますと、母さんが決め球として投げていた下からホップするそれはまるで燕が下から上に飛んでいく様を表現して当時その球を見た人達からは『燕(スワロー)』と呼ばれています」

 

「燕……?」

 

「まぁあくまでも比喩表現だから」

 

「……なんにせよその『燕』とやらは簡単に打てる代物じゃない以上、こちらも点をやる訳にはいかなくなったな。切り替えて守るぞ!」

 

『おおっ!!』

 

「…………」

 

「渡辺?どうかした?」

 

「ううん、なんでもないよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「星歌と同じアンダースローの使い手がここまで凄いと……なんだか負けていられないってなるよ……!」

 

渡辺の目には仄かに闘志の炎が宿っている。シニアまでの渡辺とは違う。新越谷に入って、永水と合同で行った合宿を経て頼もしく成長している。

 

「まぁ空回りしないようにね。渡辺は自我が強くて1人で突っ走るところもあるし」

 

「うっ……!頑張るよ」

 

まぁこの試合は渡辺にとっても良い刺激になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれは朱里さんの母親である茜さんの決め球……。まさか中山さんが投げるとは思いませんでしたね)

 

「な、なんなのあの球は!?下から上に凄い勢いでホップしていったけど!」

 

「あ、あれを初見で打つのは難しいかも……」

 

「この段階で投げてきたのが幸いですね。イニング的にも最低あと一巡はしますので、攻略する時間はあります」

 

「でも誰が攻略するの?遥は歩かされるだろうし……」

 

(私が見た感じ雷轟さんを除いた新越谷で『燕』を攻略出来る可能性があるのは中村さん、川原さん、岡田さん、山崎さん、そして朱里さんの5人……。新越谷はもしもを考慮して絶妙な打順をしています。1番可能性のある朱里さんをいつ代打で出すのかによってゲームが決まりそうですね。何れにせよ……)

 

「……憶測では判断出来ませんね。この目で見たものを私は信用します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中山さんと渡辺のピッチングは両者譲らずの展開で、試合は0対0のまま終盤の6回裏を迎える。そして……。

 

 

カンッ!

 

 

遂に渡辺が影森打線に捕まった。




遥「中山さんが攻略出来ないままピンチに!星歌ちゃん頑張って!!」

朱里「この試合の雷轟は期待出来ないし、『燕』を捉えるのは誰になるのか」

遥「朱里ちゃん、なんだか私の扱いが酷くない?」

朱里「気のせいだよ」


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県大会2回戦!新越谷高校VS影森高校⑤

6回裏。ここまで奮闘していた渡辺だけど、遂に影森打線に捕まってしまう。

 

『セーフ!』

 

(不味いな……。渡辺に限界が来たかな?)

 

ツーアウトは取っているものの、満塁のピンチ。1点は覚悟した方が良いと思うけど、3点、4点とか取られたら勝ち目がほぼなくなってしまう……。

 

とりあえずタイムを掛けて内野陣に加えて私と芳乃さんも集まる。

 

「星歌ちゃん大丈夫?」

 

「う、うん。なんとか……」

 

「影森の打線が渡辺の球に慣れてきたのと、渡辺自身にも疲れが見え始めている……。幸いツーアウトは取れているけど、交代した方が良い?」

 

「……せめて、この回は投げさせて。星歌がここで引いたら、きっと悔いが残るから」

 

疲れが見える渡辺だけど、まだ目が死んでいない。

 

「ヨミちゃんも、息吹ちゃんも、光先輩も、朱里ちゃんも肩は作れてる……。無理そうならいつでも言ってね?」

 

「うん……」

 

最悪延長戦に入る事も考慮して、今いる投手陣は全員肩を作り終えている。投げさせるとしたら息吹さんか川原先輩なんだけど、どうしたものか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「満塁かぁ……。星歌がこのピンチを凌げるかどうかで大きく流れが変わりそう」

 

「そうだね……」

 

「昨日のミニゲームでも星歌さんは満塁のピンチを2度凌いでいます。その時を思い出して投げれば問題はないと思いますが……」

 

(ミニゲームとは違って8人のバックがいるとは言え、新越谷には爆弾がある……。影森の打線もそれに気付いている筈ですし、ここが踏ん張り所ですよ。星歌さん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~!星歌ちゃんがピンチだよ!」

 

「落ち着きなさい」

 

「でもでも!満塁のピンチだよ!?」

 

「ツーアウトは取っているのだし、打たせていけば大丈夫よ」

 

「中山さんの『燕』だってまだ誰も打ててないから、ここで点を取られたら新越谷が負けちゃうよ!」

 

「その時は新越谷がそれまでの実力だった……という事ね」

 

(新越谷打線の方は何人かタイミングが合い始めている上に、朱里も『燕』をじっくりと観察している……。恐らく次の回が勝負ね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

ふ、ファールか……。肝が冷えるよ全く……。

 

(ここまで渡辺の球種全てにタイミングが合っている……。まだ打たれていないのが渡辺の決め球であるオリジナルフォークだけ)

 

この場で渡辺の手の内を全て晒すのは避けたいけど、この局面だとそうも言ってはいられないんだろうなぁ……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

またファール。今打っているのは中山さんなんだけど、粘るなぁ……。

 

(これもタイミング完璧……。フルカウントだし、ボール球でも逃げられない。どうしよう……)

 

(あと少し……。もう少しで点が取れる……!)

 

ここで最悪なのが下手に打たれる事よりも押し出しを許してしまう事。そうなってしまうとズルズルと崩れてしまうからね。まぁそうなる前に交代する予定ではあるけど……。

 

(……星歌ちゃん、投げよう!)

 

(珠姫ちゃん?でも……)

 

(他の球種は全てタイミングが完璧だし、ボール球で逃げる事も出来ない。だから……!)

 

(そう……だね。朱里ちゃんには極力投げないように言われているけど、この状況だもん。仕方が……ないよね?)

 

渡辺が投球動作に入る。このピリッとした空気……。多分投げるだろうね。まぁこれまで1球も投げなかったし、ここまでよく我慢したよ。

 

(これが……星歌の決め球!)

 

(ストレート……!タイミングバッチリ!)

 

中山さんがスイングを始動する。これがストレートなら真芯に当たり、長打コースになるだろう。しかし……。

 

(なっ!落ちた!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ここで投げられたのが渡辺の決め球のオリジナルフォーク。『燕』と一緒で初見ではまず打つのは不可能だろう。それにしても……。

 

(それをまさかストレートと同速で投げてくるとは……。渡辺もまだまだ成長の余地があるって訳か)

 

何れにせよ凌いだ……。次は私達が『燕』を打つ番だ!




遥「なんとか満塁のピンチを凌いだね。星歌ちゃん、ナイスピッチング!」

朱里「カットしてるだけで、ピンチの原因の1つに雷轟のエラーが絡んでいるのを忘れないように」

遥「はい……」

朱里「次回は私達が中山さんに挑むよ」

遥「影森戦完結!」


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県大会2回戦!新越谷高校VS影森高校⑥

7回表。打順は雷轟から。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

例によって敬遠で歩かされた雷轟。もうチャンスはここしかないね。

 

(雷轟、仕掛けるよ。)

 

(合点!)

 

最低でも雷轟を三塁まで進めたいところだね。あと一塁が埋まるとゲッツーの可能性もあるし、成功させたい。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(前の打席から思っていたが、凄い勢いでホップしてくるな……。これは闇雲に振らない方が良さそうだ)

 

初球から雷轟は盗塁を試みる。その結果は……。

 

『セーフ!』

 

まずは二盗成功。出来れば次も決めたいな……。

 

(…………!?)

 

雷轟がリードしていると、牽制球が飛んでくる。

 

『セーフ!』

 

(危ない危ない……。ここで刺されたら試合に響くところだったよ)

 

(中山さんも疲れているだろうし、『燕』は連投出来ない筈なんだけど……)

 

牽制球を挟んで2球目。中山さんが投球動作に入った瞬間を雷轟は狙う。

 

(今だ!)

 

(また走った!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(くっ……!)

 

捕手の田西さんが慌てて投げるも……。

 

『セーフ!』

 

雷轟が三盗に成功。これなら状況次第で得点も狙える……!

 

(それにしても思った通り、捕手の田西さんがまだ中山さんの投げる『燕』に慣れていなくて捕球の後に数秒のラグがある……。皆にはギリギリまで粘ってもらうけど、雷轟にはホームスチールを視野に入れてもらう必要があるね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奇襲の2連続盗塁……。思い切ったね~」

 

「恐らくあの指示を出したのは朱里さんでしょうね」

 

「朱里ちゃんって時々大胆な指示を出してくる時があるよね。私も朱里ちゃんのお陰で盗塁がある程度出来るようになったし……」

 

(雷轟さんを三盗させたという事は朱里さんも中山さんが投げる『燕』の弱点に気付いているでしょう。誰かが『燕』を打つか、三塁ランナーである雷轟さんがホームスチールを仕掛けるか……。新越谷の勝利にはこの2つのどちらかが必要とされていますね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『燕』を捕球する際のラグを上手く利用してるね。私も『燕』に慣れるまでには結構時間が掛かったなぁ……」

 

「私達の場合はランナーの出塁を許していなかったから、気付く事が出来なかったわね。しかし影森のバッテリーもそのくらいは予測していた筈よ」

 

(ここから先、誰が彼女の投げる『燕』を捉えるか、はたまた三塁ランナーの彼女がホームスチールを仕掛けるか……。見物ね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先頭の主将はその後投げられた『燕』を空振り。ワンアウトとなる。

 

「ようやく目が慣れてきたんだが、思ったよりも上に球がいくんだよな……」

 

「それが『燕』の特徴でもありますからね。それに……」

 

「それに?」

 

「『燕』はここから更に化けます」

 

『なっ!?』

 

私がそう言うと皆は驚いていた。

 

「あの球が更に進化するってのか!?」

 

「多分ね」

 

中山さんが『燕』を更に進化させているかはまだわからない。流石にそんな短時間で進化していたらかなり不味い展開となるだろう。

 

(何れにせよ雷轟の働きに掛かっている。頼んだよ)

 

そしてランナーが三塁にいるので、山崎さんにはスクイズのサインを芳乃さんが出す。

 

(スクイズ自体は向こうもわかっている筈。それにしては内野が定位置にいるな……)

 

余程バッテリーを信頼しているんだろうね。そうじゃなきゃスクイズの可能性があるのに定位置は無理だ。

 

(内野は定位置……。なんとかスクイズを決めたい……!)

 

(スクイズする気満々……。でもそう簡単には決めさせない!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(そんな……!当たらないなんて)

 

やはりそう簡単には決められないか……。いよいよ雷轟が上手くやるかどうかに賭けるしかなくなってきたよ。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

山崎さんはスクイズを決められず、三振となった。

 

「……っとと!」

 

『セーフ!』

 

幸い雷轟は帰塁しているので、最悪の事態は避けている。

 

「ごめん……」

 

「ドンマイ。とりあえず今は川崎さんと雷轟を応援しよう」

 

「稜ちゃんはわかるけど、遥ちゃんも?」

 

「この状況下で点が取れるかどうかは雷轟に掛かっているからね」

 

川崎さんが打ってくれるのならそれで良いけど、下手に手を出すと凡打になりかねない。

 

「遥ちゃんに?遥ちゃんは三塁ランナー……ってまさか!?」

 

「そう。雷轟にはホームスチールを狙わせる」

 

影森のバッテリーが雷轟のホームスチールを読んでいる可能性は高い。さっきからリード大きいし。というかあからさま過ぎるんだよなぁ……。あっ、また牽制されてる。

 

『セーフ!』

 

ツーアウトなのに、引っ掻き回してるの凄いな……。多分天然でやってるんだろうけど。

 

『ストライク!』

 

1球目は川崎さんの空振りによって1ストライク。今から行う作戦は次の2球目が本番だ。

 

(さて、上手くいくかどうか……!)

 

中山さんが振りかぶった瞬間に雷轟は走り出した。

 

(ホームスチール……!)

 

中山さんは『燕』を投げる。

 

『ストライク!』

 

田西さんが捕球する際に僅かに発生するラグも健在。3回から投げているから、もしかしたら慣れているのかも……とか思ったけど、そんな事はなかった。しかし……。

 

(それは読んでいる……!)

 

田西さんが雷轟にタッチしに走り出す。雷轟もそれに合わせて帰塁する。

 

「サード!」

 

サードへの送球。サードも雷轟の近くに来ていた。

 

『挟まれた!?』

 

『遥ちゃん!!』

 

挟まれたとわかった雷轟は一瞬立ち止まる。

 

(雷轟……!)

 

雷轟が本格的に野球を始めたのは今年の春から。同じく今年の春に野球を始めた大村さんとはスラッガー候補でもある事からとても仲が良い。

 

雷轟と大村さんは互いに野球漫画を貸し合う関係でもあるそうだ。2人なりに野球を覚えようとしていたんだろうね。その漫画による影響力も強いけど……。

 

……話を戻して雷轟の野球は素人故にとにかく自由だ。打撃フォームは漫画に影響されているのかバラバラだったりするし、走塁や守備の練習等でもその片鱗を見せている。

 

もう1度言う。雷轟遥の野球はとにかく自由だ。だからこそ……!

 

「はっ!!」

 

『飛んだ!?』

 

球場にいる私以外の人間がほぼ同時にそう口にした。

 

(まさか本当に決めるとは思わなかったよ……)

 

なんと雷轟は田西さんとサードの人に挟まれた後にバク宙をしたのだ。こんな自由な野球をするのは雷轟以外にいるだろうか?

 

「……しまった!」

 

少し遅れて田西さんが反応するが、その数瞬を見逃さなかった雷轟はホームへと飛び込んだ。

 

『セーフ!』

 

雷轟の自由な野球スタイルが好を奏した瞬間だった。最終回にして私達は影森から先制点をもぎ取った。

 

「ナイスラン!」

 

「バク宙をした時はびっくりしたわ!」

 

チームメイト全体から手荒い歓迎をされている。ちなみに中村さんは雷轟を蹴る事もなく、皆に混じっています。

 

(なんにせよ点は取れた……!)

 

あとは勝つだけ……だね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アタシ何年も野球やってるけど、ホームスチールの時にバク宙するのを見るのは初めてだよ」

 

「あはは……」

 

「これは雷轟さんなりの敬遠された時のアプローチでしょう。彼女に敬遠すれば、二盗三盗されて今のようにホームスチールをされる……」

 

「いやいやいや!それ最早野球じゃないよ!?」

 

「清澄高校の部員達も似たような特技を持っていると思って良さそうですね」

 

「ええ~?そうなのかな~?でも清澄には1回負けてるし、でも……ええ……?」

 

「いずみちゃんが百面相してる……」

 

「放っておいて大丈夫でしょう」

 

(雷轟さんの自由な野球スタイルに星歌さんのオリジナルフォーク……。この試合も収穫がありました。やはり朱里さん達の試合を観るのは楽しいですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

渡辺は疲れが見えていたものの、最後まで投げ切った。頑張ったね。

 

(星歌も柳大川越で頑張っている蓮華ちゃんには負けられない……!)

 

(渡辺から危険な雰囲気を感じるな……。まるで永水へ合宿に行く前の私と同じ感じが……)

 

私と同じようにならない為にもケアはしたいけど、どうしたら良いのか……。




遥「勝利!」

朱里「かなり苦戦したね……」

遥「ホームスチールもしたし、実質ホームランだよね!」

朱里「それは違うと思うけど……」


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燕の継承者

整列と挨拶を終えてお手洗いに向かうとそこには母さんと中山さんがいた。

 

「お、お久し振りです!」

 

「そうね。最後に会ったのは9月の初旬頃かしら?」

 

やはりというか母さんは中山さん達と会っていたのか……。

 

(……というか私達が鹿児島へ合宿に行っている間にも会っていたんだね)

 

最後に会ったのはって言っていたから、多分もう少し前……少なくとも夏大会で影森と戦った後くらいには接点がありそうだ。

 

「……今日は未完成のまま教えてもらった球を投げて、それで負けてしまって、コーチに会わせる顔がありませんでした」

 

「…………」

 

母さんってコーチとか呼ばれてたんだ……。本当になにがあったんだろう?

 

「それでも新越谷には『燕』抜きではまた夏のようにコールドゲームになりかねない……って思ったんです」

 

「だから未完成のまま投げたのね。その割には健闘した方だと思うわ」

 

「……ありがとうございます」

 

確かにあの『燕』はまだ未完成だった。母さんが投げていた球はグラウンドにおいて更なる進化を発揮するからね。

 

(砂塵に紛れてボールが消えたと錯覚させるビックリボール……。燕が砂に隠れたような表現から『砂燕』って呼ばれてたっけ?)

 

「燕はグラウンドにて更に成長する……。貴女はまだそれを知らないわ」

 

「『燕』が……更に上があるんですか!?」

 

「ええ。次の夏に向けて本格的な練習をなさい。捕手にも慣れさせないといけないわ」

 

そういえば捕手の田西さんは『燕』の捕球に少しラグがあったもんね。そのお陰で勝てたようなものだけど……。

 

「はい……。精進します!」

 

最早夏大会の中山さんとは別人に見える。守備も上手くなってるし、来年の夏はどんな成長を遂げているのか楽しみになってきた。

 

「……それでそんな貴女に1つお願いがあるのだけれど、良いかしら?」

 

「お願い……ですか?」

 

「これから先貴女のような投手に出会った時に『燕』を教えてあげてほしいの」

 

「『燕』を……?」

 

「私にも貴女と同じくらいの娘がいるのだけれど、娘は無理して肩を壊してしまい、『燕』を広める事は出来なかった……」

 

母さん……。そんな風に思ってたんだね。もしも私が右肩を壊してなかったら母さんから『燕』を教えてもらう事もあったのかな?

 

「私を……娘さんと重なっていたんですか?」

 

「そう……なのかも知れないわね。貴女と初めて会った時も、ひたむきに投げ込んでいる姿を見て私は声を掛けた。同じアンダースローの投手として、1人の野球好きとして……」

 

「……わかりました」

 

「…………?」

 

「私は将来コーチのような指導者になります。そしてそこから『燕』継承させてみせます!」

 

な、なんかとんでもない事を聞いてしまった気がする……。

 

「……い、良いのかしら?」

 

「はい……。もう決めました!」

 

「そう……。それなら私はもうなにも言わないわ。貴女の人生だもの。自由にやりなさい」

 

「はいっ!」

 

良い返事をして中山さんは走って行った……。

 

「……朱里、いるのでしょう?姿を現しなさい」

 

あっ、バレてた。何故わかったんだ……。

 

「……言っておくけど、盗み聞きするつもりはなかったからね?」

 

「わかっているわ。……それよりも彼女はまだまだ手強くなるわよ」

 

「それは今日の一戦で痛感したよ」

 

影森の他の投手を私は知らないけど、全体の守備力もあるし、打撃力は並程度でありながらも繋ぐ力も持っている……。主将の言う通り影森も強豪の仲間入りをしたと言っても過言じゃないだろうね。

 

「母さんはこれからも中山さんに指導するつもり?」

 

(もしもそうなら影森との戦いは母さんとの戦いという事になる)

 

「どうかしらね?まぁ会った時に手が空いていたら何かしらはするつもりよ」

 

どうやら母さんと影森……というよりは中山さんとの接点及び『燕』の継承はこれからも続くみたい。



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幼馴染にしてライバル

偵察から藤原先輩達が戻ってきて、今日はそのまま解散となった。私は渡辺と帰路についている訳だけど……。

 

(どう声掛けしたら良いものか……。直接聞くのはなんか違う気もするし……)

 

私が頭を捻らせていると背後から声が聞こえた。

 

「星歌?」

 

私が知っている中で渡辺の名前を呼び捨てにしているのは金原と友沢の2人。しかしこの声はどちらでもない。だとすると……。

 

「やっぱり星歌……。久し振り」

 

「れ、蓮華ちゃん……」

 

「あっ、早川さんだ」

 

志木蓮華……。前に言っていた渡辺の幼馴染であり、柳大川越でスタメンマスクを被っているまさに浅井さんの後釜とも言われている選手だ。というか朝倉さんもいるし……。

 

「小学校以来だね」

 

「う、うん……。ち、中学からは疎遠になっちゃってたから……」

 

この2人……というより渡辺から気まずい空気が出てるね。

 

(もしかして渡辺がプレッシャーを感じる理由って……)

 

「今日の試合、見てたよ星歌」

 

「み、見ててくれたんだ……」

 

「朝倉さんと一緒にね」

 

エースの朝倉さんは柳大の……特に1年生の間で物凄く人気があると聞く。そんな朝倉さんと2人きりでいるってとても信頼されているよね。偵察が目的で、2人がバッテリーとはいえ……。

 

「星歌のピッチングを最後に見た時よりとは比べ物にならない程に成長していて驚いたよ」

 

「ありがとう……!」

 

「でも……」

 

一呼吸置いてから志木さんは続きを口にする。

 

「今のままじゃ自分達には通用しない……と断言するよ。あんなピッチングではね。捕手がよくそれで着いていけたものだね」

 

「……っ!」

 

志木さんの表情からは慢心の気配すらない。本当に影森戦での渡辺の球を打つ自信があるんだろうね。

 

「星歌は、星歌は……」

 

志木さんの一言で渡辺が震えていた。その一言が切欠で更にプレッシャーに押し潰されて、それが怪我に繋がる……。リトルでの私と一緒だった。

 

「落ち着いて渡辺」

 

「あ、朱里ちゃん……」

 

「確かに今日のピッチングではこれから先の県内の強豪相手や全国では通用しない。だからと言って焦りを見せてしまったら本末転倒だよ」

 

「星歌が……焦ってる?」

 

「川越シニアでミニゲームをやっていた時からその片鱗は見えていたよ。だから次の登板までには心に余裕を持っていこう」

 

「朱里ちゃん……」

 

渡辺に言いたい事は全部言った……。あとは本人次第だね。

 

「……という訳で柳大川越と当たるのなら決勝戦になるけど、その時は渡辺の本来のピッチングを見せるよ」

 

「……貴女は早川さんでしたね?星歌から聞いているとは思いますが、星歌の幼馴染の志木蓮華です」

 

「よろしく。凄いよね。柳大川越のスタメンマスクを被ってるんでしょ?」

 

あとはクリーンアップも打っていたりしてるしね。本当に浅井さんの代わりになってるんだなぁ……。

 

「……話を戻すけど、そっちと戦う時は今日の影森戦の時よりも更に成長した渡辺を見せる。その鼻っ柱をへし折ってあげるね」

 

「……それは宣戦布告と受け取っても?」

 

「ご自由に」

 

まぁチームメイトを悪く言われるのは私としても我慢ならないからね。これくらいはね?

 

「……朝倉さん、行きましょう」

 

「はいはい。じゃあ2人共、当たったらその時を楽しみにしてるね」

 

朝倉さんは少し早足で歩いている志木さんを追い掛けた。3年生が引退して部活の中では最上級生になったからか、冷静で、貫禄がある人だった。

 

「……朱里ちゃん」

 

「どうしたの?」

 

「星歌は……もっと強くなりたい。蓮華ちゃんの言う通り今のままじゃ通用しない。それに朱里ちゃんの言う通りそれでプレッシャーを感じてる。どうすれば良いのかな?」

 

私もつい最近までは今の渡辺と同じ立場だった。それでも乗り切れたのは自身のプレッシャーを受け入れ、その時に溜まるストレスを適度に発散させているから。

 

(まぁ私の場合は他にも色々あるけど……)

 

「……多分今の渡辺に足りないのは精神力かな。技術方面は今の練習でも充分に身に付いている筈だから」

 

「精神力……」

 

「あとは配球とかもあるだろうけど、その辺りは山崎さんとも話し合わないとね」

 

「……うん。ありがとう朱里ちゃん」

 

どうやら少し落ち着きを取り戻したようだ。

 

(柳大川越と当たるなら決勝……。しかし柳大川越は準決勝で梁幽館とぶつかるんだよね)

 

朝倉さんや志木さんがいるにせよ、梁幽館には橘や吉川さん達もいる。総合力でどちらが上か……。今の時点では想像すら出来ないよ。




遥「今回から東方魔術師さんが書いている球詠の二次創作である『新越谷の潜水艦少女』から志木蓮華ちゃんが本格参戦!」

朱里「口調とかに違いがないと良いけどね」

遥「蓮華ちゃんが悪役みたいになっているけど、大丈夫なのかな……?」

朱里「まぁ敵チームだし、多少はね?」


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お見舞い

急展開注意(今更)!


私は今病院前にいる。今日は試合がない日で、練習が終わると時々ここに訪れる。

 

ノックをしてとある病室に入った。

 

「具合はどう?友沢」

 

私は友沢のお見舞いに来た。秋大会の前に大きな怪我をしたという話を聞いたからだ。

 

(まさか咲桜で1番のライバルのお見舞いに来る事になるとはね)

 

「朱里か。順調に回復へと向かっている……が、秋大会が終わるまでに退院は出来そうにない」

 

「そっか……」

 

「咲桜の皆にも迷惑をかけてしまったし、申し訳ない気持ちでいっぱいだ……」

 

悲しそうな表情の友沢を見るのは初めてだ。それに……。

 

(リトルの頃の私を見ている気分になる。右肩を壊して、絶望に染まった私にそっくりだ……)

 

「全治2ヶ月……か。3月にある世界大会には間に合うが、腕は衰えている可能性が高い」

 

「じゃあ世界大会には参加しないの……?」

 

友沢が抜けるのは痛いけど、退院してからのリハビリとかも考えたら仕方のない部分はある。

 

「……いや、なんとかして出場を試みるつもりだ」

 

「無理はしないでよ?」

 

「ふっ、朱里にだけは言われたくないな」

 

「……それもそうか」

 

私がリトル時代に右肩を壊した瞬間は友沢がいたリトルとの試合の最中で、二宮やリトルの監督が無理をし過ぎたとも言われていたからね。それが友沢の耳にも入ってきていたそうだ。

 

再びノックの音。友沢が返事をすると入ってきたのは橘だった。橘も時々友沢のお見舞いに来ているらしい。私が1度も見なかったという事はすれ違いになっている……という事だ。

 

「亮子ちゃん、来たよーって朱里せんぱい!?」

 

「橘もお見舞い?」

 

「そりゃもちろん……。でも朱里せんぱいってこういう人間関係とかに対して瑞希ちゃん以上にドライだと思ってました」

 

私ってそんな風に思われてたの?二宮以上にドライとかそれ最早冷たいとかそういう次元じゃないよ?

 

「二宮達みたいに県外とかならともかく、同じ県内で、しかも近くの病院で、かつての仲間で今のライバルが入院してるって聞いたら普通お見舞いに来るものなんじゃないの?」

 

「それもそうですねー。という訳で朱里せんぱい、再会のハグを……」

 

「しないよ?」

 

「何故!?」

 

こんな場所でハグとかする訳ないでしょ。当事者の友沢がベッドの上にいるのに……。というか私が橘にそういった事をしたりしないでしょ?

 

「久々に見たな。朱里とはづきの漫才」

 

「いや、漫才って……」

 

「漫才とか言わないでよ~!私の朱里せんぱいへの愛は本気なんだから!」

 

「ふっ」

 

それはそれで可笑しいよね?なんでそんな風評が広がろうとしてるんだよ……。友沢も笑ってる場合じゃないよ?

 

「そういえば梁幽館は今日試合じゃなかったか?」

 

「今日は和美先輩と弥生ちゃんの2人が投げるから、私の出番はなし!だから許可を取ってきて見舞いに来たよん♪」

 

橘の言う弥生ちゃんというのは梁幽館で最近1軍に昇格した堀さんの事で、橘とは同じポジションで良いコンビらしい。

 

(しかも堀さんは中学のガールズ時代でも4番経験がある人間。油断しているとホームランを打たれる……なんて事もありそうだね)

 

その後適度に2人と話しつつ、お見舞いの品を友沢に渡して私は病院を出た。

 

(私も1歩間違えていたら今の友沢みたいになっていたのかな……)

 

そんなたらればを思いながら帰路に着いた。



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次なる偵察部隊は

3回戦まであと3日。今日は3回戦用にオーダーを決めるんだけど……。

 

「雷轟は今回偵察をお願いね」

 

「いきなり何故!?」

 

多分歩かされるからだよ。2回戦のようなホームスチール作戦はあくまでも奇襲でしかなく、読まれてしまってはただの暴走になってしまうからね。

 

「今後の為にも偵察は経験しておいた方が良いと思うよ?それにここからは1回戦、2回戦よりもワンランク上以上の相手しかいないしね」

 

芳乃さんのフォローで雷轟は渋々納得してくれた。ありがとう芳乃さん。君には頭が上がらないよ本当に。

 

「オーダーを考えるのは3回戦のミーティングが終わってからにしようか」

 

「……それもそうだね」

 

あとは誰が雷轟と一緒に偵察に行かせるか……という問題もあるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3回戦の相手は稜桜学園だよ!」

 

「無名ではあるものの、1回戦と2回戦を勝ち進んでいる勢いのある学校だよ」

 

夏大会で言うところの馬宮高校と同じだね。

 

「エースの泉さん、捕手の高良さん、二遊間の柊姉妹を中心にチームワークも抜群だから、注意が必要かもね」

 

「だがうちもチームワークでは負けていない。夏大会の勢いを継続させて絶対に勝つぞ!」

 

『おおっ!!』

 

(……この意気込みは試合直前にやれば良いのでは?)

 

という気持ちを堪えて、話をすすめる事にした。

 

「次はオーダーを発表だよ!」

 

夏大会からわかっていた事だけど、強豪相手だと雷轟が歩かされた後に後続が続かない事が多い。特に影森戦では中山さんの投げた『燕』に関しては結局誰1人としてバットに当てる事が出来なかったからね……。

 

そんな訳で芳乃さんが発表したオーダーは……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 キャッチャー 山崎さん

 

4番 センター 主将

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 レフト 照屋さん

 

8番 ライト 大村さん

 

9番 ピッチャー 息吹さん

 

 

……といった感じになった。

 

「偵察には雷轟と……」

 

「あと2人が決まってないんだよね……」

 

そうなんだよね……。誰を偵察に行かせるかで悩んでいたんだよね。結局まだ決まってないし……。

 

「あっ、じゃあ私が行っても良いかな?」

 

小さく手を挙げて立候補したのは川原先輩だった。

 

「偵察でも1人は上級生がいた方が良いと思うし、何より……」

 

「何より?」

 

「偵察からの視点で何か学べるって思ったから……」

 

……という理由だった。川原先輩は勤勉だなぁ。

 

「……で、あと1人はどうするの?」

 

誰が行くのがベストなのかもわからない。こうなったら……!

 

「……じゃんけんで決めよう」

 

「朱里ちゃん!?」

 

この時の私はきっとどうかしていたのだろう。この発言に後悔するのは数時間後となる……。

 

『じゃんけん……!』

 

スタメンの9人と雷轟と川原先輩を除いたメンバーでのじゃんけんの結果……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ3回戦の偵察は光先輩、遥ちゃん、ヨミちゃんにお願いするね!」

 

「任せて!」

 

この3人となりました。雷轟と武田さんが選ばれた事によって何か大切なものを失った気分になった。あれ?もしかして人選ミスしちゃった?川原先輩の負担大きい?



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ドラフト会議

秋大会の3回戦が近付く中、今日はプロ野球のドラフト会議の日だ。

 

「は、早く始まらないかな……?」

 

「ワクワクするね!」

 

私を含めた全員が部室にあるテレビの前にかじりついている。

 

「今年の指名候補って誰なんだろ?」

 

「よく聞いてくれたね!」

 

雷轟の呟きに芳乃さんが食い気味に反応した。な、なんて反応速度だ……。

 

「今年の指名候補は県内だとなんと言っても梁幽館の中田さんと陽さん!熊谷実業の久保田さんもかな?他にも沢山いるけど……」

 

他に県内だと咲桜の田辺さんやら小関さんが、柳大川越だと浅井さんと大野さん。有力なのはこのくらいかな?

 

「県外だと……」

 

県外なら白糸台の神童さん、渋谷さん、亦野さん、洛山の大豪月さん、永水の神代さん、龍門渕の天江さん等々……。

 

2年生ながらもプロが獲得に動いている選手も多数いたりするから、1年後に向けての争奪戦にスカウト達は躍起になっていたりとかなんとか。

 

(特に新井さんとか大星さんなんかは競争率高いだろうな……)

 

そう考えると白糸台ってやっぱりヤバい?

 

(新越谷は今年の夏の全国優勝校だし、立役者である主将も藤原先輩も獲得に動いている可能性は充分にある)

 

川原先輩はまだわからない部分はあるけど、素質だけならプロに食い込むレベルはある筈……。

 

「あっ、始まるよ!」

 

『これより今年度女子選手のドラフト会議を始めます』

 

プロ野球球団は男女混合リーグに10チーム、女子独立リーグが10チーム、あと私達は関係ないけど、男子独立リーグも12チームある。

 

『まずは……選手から』

 

1人、また1人と高校で活躍した3年生が呼ばれる。大体が独立リーグで指名される事が多い。やはり実力あれど男子と混ざってプレーするのは難しいんだね。

 

『続けて洛山高校の大豪月選手……。女子独立リーグから10球団と男女混合リーグから10球団。な、なんと全てのチームから指名が来ております!』

 

「す、凄いな……」

 

「流石大豪月さんって感じだね!」

 

『激しい取り合いが予測されると思いますので、全ての選手を指名し終わってから競争になります』

 

大豪月さんがどこの球団に指名されるかはまた後でわかるそうだ。

 

「どこが取るんだろ……」

 

「大豪月さんなら打撃力が高いチームとか好きそうだよね」

 

皆がワイワイとそれぞれの意見を言っていた。

 

(前に神童さんと大豪月さんがなにか話していた……。もしかしてそれが関係あったりする?)

 

次々と紹介が終わって、いよいよ最後。神童さんの番になった。

 

『神童裕菜選手……。な、なんと大豪月選手と同じく全てのチームから指名が来ました!』

 

「こっちも流石ね……」

 

「今年のドラフト会議は例年よりも緊張感が違うね!」

 

芳乃さんが嬉しそうにぴこぴこしている。そんな中私は1つの結論に辿り着いた。

 

(あの2人のあの時の会話……。まさかなにか起こすつもりじゃないよね?)

 

確かあの話だと清本や非道さんもそれに噛んでいるって聞いた。もしかしたら二宮も……。

 

『ただいま神童、大豪月両選手がこの場に来ておりますので、本人達による球団逆指名とします』

 

「き、球団逆指名!?」

 

「しかも2人って歴代で初めてよね!?」

 

本当にあの2人は規格外だ。そして2人が壇上に上がってとんでもない事を口にした。

 

『私、神童裕菜と大豪月は共にプロ入りを辞退します』

 

…………。

 

『ええっ!?』

 

テレビの声と部室の声が同時に響いた。

 

(2人してプロに行かずなにをしようとしているんだ……?)

 

神童さんが話を進めると2人はまだまだ学ぶべき事が多いので、プロに行かずに大学へと進学するそうだ。ちなみにどこの大学に行くかはこの場で話す事はなかった。

 

『で、では2人は大学を卒業してからのプロ入りを視野に入れていると……?』

 

『そうですね……。少なくとも私はそのつもりです』

 

『しょ、衝撃の事実が発覚しましたところで、今年度女子選手のドラフト会議を終わります……』

 

神童さんは大学で経験を積んでからプロに行くみたいだけど、大豪月さんはどうするんだろうか?あの人と非道さんは謎な部分が多過ぎるから、なにをするか全く予測がつかない。

 

「まさかあの2人がプロ入りを辞退するなんて……」

 

「女子選手のドラフト目玉のトップ2とも言われていたから余計にな……」

 

神童さんと大豪月さんが同じ大学に進学、その1年後に非道さんとかが入ってきて、更にその1年後には清本やもしかしたら二宮も入ってくるかも知れない。多分その時までは表に出る事はないだろうとも言っていた。

 

「ねぇ、朱里ちゃんはどうするの?」

 

「えっ?なんの話?」

 

考え事をしてて全く聞いてなかった……。

 

「朱里ちゃんは高校を卒業したらプロ入りするのかなって……」

 

(私の答えなんてあの夏大会の時点で決まっている)

 

「……私は大学に進学しようと思っているよ」

 

『ええっ!?』

 

なんでさっきよりも大きな声を出してるのさ……。そんなに驚く事なの?




朱里「今回の話について軽く解説」

遥「解説?」

朱里「今回の話の時点で時系列は10月の中旬である事、この小説においてのプロチームは男女混合と女子プロがあるという事、指名については作者の知識を精一杯振り絞って出したもので、指名は各球団がクジを引いて当たりのマークが出たら指名成功というもの、逆指名はその候補選手が行きたい球団を指名する事をこの小説では指します」

遥「へぇ~。じゃあ今回の神童さんや大豪月さんみたいな異例がないと逆指名は出来ないんだね」

朱里「まぁそう覚えてもらっても良いよ」

遥「ちなみにこの小説の続編をただいま執筆中です!」

朱里「だからまだこの小説は完結してないんだけど……」

遥「3月12日に投稿予定です!」

朱里「球詠原作最新刊の発売日だね」

遥「他にも色々投稿予定なのでお楽しみに!」

朱里「ハードル上がってる……。作者の安否が気になるところだね。無事に投稿出来るのか……」


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進路

「朱里ちゃんはてっきり高卒ですぐにプロ入りすると思ってたよ」

 

「そうだよ!既に現時点でもスカウトが動いている可能性だってあるんだよ!?」

 

芳乃さんと雷轟がこっちに詰め寄ってくる。近い近い!

 

「……今回の夏大会で私はまだまだ学ぶべき事があるって痛感したんだ。だから大学で4年、私の足りない部分を補おうとも思っているよ」

 

まぁ他にも理由はあるけど、それに関してはまだ検討中なので口にはしない。

 

「それにしても朱里はもう進路とか決めてるんだな……」

 

「こういうのは決めるのが早いに越した事はないからね。今は10月だし、主将達2年生も既に決めている人だっているよ」

 

まぁ野球部の先輩達が既に進路を決めているかはわからないけど、なんとなく主将達は決めていそう。

 

「まぁ私も一応進路は考えてある」

 

「仮にキャプテンが指名されたらプロ入りの方に……とかあるんですか?」

 

「私を指名してくれるのはとても光栄な事だろうから、多分そっちに行くだろうなぁ……」

 

「それが普通なのよ。神童さん達みたいにこれ1本って考えている人の方が少ないわ」

 

藤原先輩が主将をフォローしている。あれ?暗に私が普通じゃないみたいに言われたような気がするのは気のせいだよね?

 

「……さぁ!3回戦は明日なんだし、今日はこれで解散だ。皆ゆっくりと休むように!」

 

『はいっ!!』

 

明日は3回戦……。4番とエースが抜きの私達がどれくらい成長しているのかを確かめる良い機会だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という事を一応言っておこうとね」

 

『そうですか……。もしも朱里さんもこちら側に来れば3年後にはとても強力なチームが出来上がりますね』

 

今日のドラフト会議の後に皆に話した事を二宮に報告しておく。もしかしたらがあるかもだからね。

 

「今日神童さんがプロ入りを辞退したのってやっぱり……」

 

『そうですね。大豪月さんと同じ大学に進学し、私や和奈さんが入学するまでは諸々の準備期間となるでしょう』

 

「……というか二宮も行くんだね」

 

『私は神童さんに誘われました。曰く最初から野球名門と呼ばれた大学に行くのではなく、野球部(サークル)がない大学に進学し、そこで旋風を起こす……と。要するに天王寺さんと同じ事を目論んでるみたいですね』

 

「それに乗るんだ?」

 

『短い期間ですが、神童さんにはお世話になりましたからね。私を必要としてくれているのなら、私はそれに応えるまでです』

 

電話越しだけど、二宮の覚悟が伝わってきた……。本気なんだね。

 

『朱里さんは高校を卒業したら埼玉を離れる事になりますが、具体的には決まっているのですか?』

 

「どうだろう……。私の右肩を完全に治すには母さんの知り合いの医者のところに通いつめないといけないから……」

 

『……進学先は自動的にその付近となる訳ですね?』

 

「そうなるね」

 

『……では神童さんにはそのように伝えておきます。神童さん経由で大豪月さんにも報告がいくでしょう』

 

えっ?神童さんに伝えるとは……?

 

「そ、それって2人の進学先をわざわざ私に合わせるの!?」

 

『朱里さんの母親からその辺りの事は聞いていますので』

 

私のプライバシー!

 

『では』

 

「ちょっ!二宮!?」

 

電話切れてるし……。

 

(ま、まさか本当にそんな事があるって言うの……?)

 

考えても仕方ない。明日は試合なんだし、私も投げる可能性もあるから、ゆっくり休んでおこう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝に二宮からメッセージが来ていて、内容は神童さんと大豪月さんの2人が私の進学予定の県の更に通いつめの病院の近くの大学になったというものだった。

 

本当にとんでもない事になってきた……。



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県大会3回戦!新越谷高校VS稜桜学園①

今日は3回戦。稜桜学園との対戦の日だ。

 

向こうのシートノックを見ている訳だけど……。

 

「ショート!」

 

 

カンッ!

 

 

ショートに向けた打球を難なく処理をしていた。普通ならそこまで騒がれるようなプレーじゃないんだけど……。

 

「凄いな……。左利きなのに、楽々と処理してるじゃないか」

 

「映像でも見てたけど、改めて見ると凄いわね……」

 

本当にね。しかもセカンドも左利きなのに同等に処理してるから、守備力は並以上になりそうだ。他の人達も上手いしね。

 

「あの、朱里さん。そろそろ説明良いでしょうか?」

 

「おっと、そうだったね」

 

以前稜桜の守備を映像で見た時に大村さんから『何故二遊間が左利きなのは常識外にあるのか』という質問を受けていたのを、私は試合当日に答えるって言ったんだよね。

 

「野球のセオリーだと左利きの二遊間はまずいないんだよ。打球を捕ってから一塁に投げる動作が大半のセカンド、ショート、あとはサードもかな……?それ等のポジションは右投げの方が圧倒的に速いし、理にかなっている」

 

一息置いてから、私は話を続ける。

 

「左投げだと二遊間や三遊間の難しい打球を捕球しても一塁へ送球するには体を反転しないと投げられないから、間違いなく動作が遅れてしまうんだよ」

 

(にも関わらず反転動作の速さや、後ろ回りで送球する事によって極端にラグを短くするとは……。あれは相当練習してきたね)

 

『…………』

 

あれ?なんか皆が私を見てるんだけど……?

 

「すっかり朱里は説明キャラが板についてきたな」

 

「解説がわかりやすかったです!」

 

川崎さんの発言に大村さんが同意している。私ってそんな解説役してる?主将も芳乃さんも首を縦に振って同意してるし……。

 

「……さて、そろそろ試合が始まります。向こうの守備力に負けないようにこちらも頑張りましょう」

 

「偵察に行っている3人の為にも勝とうね!」

 

『おおっ!!』

 

藤井先生と芳乃さんの声に皆の気合いが入る。夏に全国優勝を果たしただけあって頼もしいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回はエースと4番が不在のようですね」

 

「前に朱里が言ってた偵察側に回ってるのかな?」

 

「遥ちゃんの方は歩かされるかもって考えたら仕方がないのかも……」

 

「しかし相手チームの二遊間は異質ですね」

 

「2人共左利きだもんね~」

 

「生で見るのは初めてかも……」

 

「それだけでなくバッテリーも左利きです。稜桜学園は左利きの選手が多数いるみたいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は後攻なので、皆が守備に付く。

 

「しまっていこーっ!」

 

『おおっ!!』

 

山崎さんの掛け声で再度気合いを入れていた。皆気合い入れ過ぎでしょ……。まぁやる気があるのは良い事だけどね。

 

(1番は投手の泉さんか……。阿知賀と同じようにエースが切り込み隊長の役割を担っているみたいだ)

 

こちらの先発は息吹さん。合宿での成長を経て稜桜の人達にどれくらい通用するか……。

 

(息吹ちゃん、まずは低めにストレートをお願い)

 

(わかったわ!)

 

息吹さんが投球動作に入る。今の息吹さんのフォームは息吹さんが自力で身に付けたオーバースローだ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「…………!」

 

(……というか予想以上に凄くなってるね。山崎さんは低めに構えていたのに、ストレートが伸びて少しミットよりも高くいったもん)

 

(これが合宿の成果……。成長を実感するわね!)

 

(凄い……。凄いよ息吹ちゃん!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ストレートだけで1番の泉さんを三振。今までの息吹さんだとまず出来ない芸当だった……。

 

(私も見習わないとね……)

 

本当に新越谷では学ぶ事が多いよ。



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県大会3回戦!新越谷高校VS稜桜学園②

1回表は息吹さんによる好投により三者凡退となった。本当の勝負は2打席目以降となりそうだけど……。

 

(息吹さんの合宿の成果はその時に出てくるだろうね……)

 

さて……。1回裏に入り、中村さんが左打席に入る。

 

「泉さんって随分小柄な選手なのね」

 

「しかもサウスポーだぜ」

 

うちの二遊間の言うように泉さんはかなり小柄だ。パッと見た感じ清本以上二宮以下の身長っぽい。142センチくらいかな?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

結構速いな……。映像よりも速く感じる。

 

 

カンッ!

 

 

しかし2球で中村さんは泉さんのストレートを捉える。打球は三遊間抜けると思われたが……。

 

 

バシィッ!

 

 

『捕った!?』

 

ショートの柊かがみさん……だったかな?彼女によって阻まれた。

 

『アウト!』

 

(やはり反転してからの送球が速い……。私達が今までぶつかってきた相手チームのショートは上手い人が多かったけど、彼女の場合はその誰にも当てはまらない独自のものがある)

 

恐らくセカンドの柊つかささんも同様のプレーが出来ると見た方が良いだろうね。

 

(というか二遊間もそうだけど、投手の泉さんや捕手の高良さんも左利き……。サウスポー多いな稜桜学園)

 

まぁこんなに左利きが集まったのは偶然だろうけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のプレーは凄かったね……」

 

「……いずみさんは同じ左利きとして今のプレーを再現出来ますか?」

 

「む、無茶言わないでよ~!アタシがあれをやろうとすると反転動作で絶対に転けるって!」

 

(そう……。普通はいずみさんの言うように素早く反転動作を行い、そこから送球にまで繋げようとすれば転倒のリスクが高い。にも関わらず難なく処理をした……。これは今までの相手とは一風変わった、そして別の意味でも強敵となりうるでしょうね)

 

「シートノックから見てたけど、あのセカンドの人も同じような事が出来るんだよね」

 

「セオリーから逸脱したチーム……というのも珍しいよね~」

 

「それでいて三森3姉妹に匹敵する守備の堅さ……ですか」

 

「そういえばあの2人も双子っぽいね」

 

「本当だ……。二卵性双生児かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し試したい事があったので、藤田さんにはある事をしてもらうようにサインを出している。

 

 

コンッ!

 

 

打球はサードへと転々と転がる。私の読みが正しければ……。

 

 

バシィッ!

 

 

「カバー速っ!?」

 

『アウト!』

 

藤田さんの三塁線へ転がったセーフティバントを処理したのはサードではなく、投手の泉さんだった。

 

(予想通り泉さんが処理してきたか……)

 

「朱里、あれで良かったの?」

 

「もちろん。充分過ぎるくらいにね」

 

「なにかわかったの?朱里ちゃん?」

 

私の狙いが気になったのか、芳乃さんが尋ねてきた。

 

「多分ね。ほぼ確定だとは思うけど、念には念を入れて一巡目は様子見といくよ」

 

「様子見?」

 

「えっとね……」

 

私は今の守備で気付いた事を芳乃さんに耳打ちする。

 

「成程……。それが本当なら……!」

 

「まぁその真相を確かめる為にも様子見って言ったんだけどね。だから……!」

 

打者一巡するまでの間は一塁線と三塁線を中心に打球を集中させる作戦を伝えた。

 

(2回戦までの情報から中心となっている4人の情報を整えておこうかな……)

 

投手の泉さんは速いストレートとチェンジUPとスライダーの3球種を操るオーソドックスな投手。三振を取るというよりはバック……主に二遊間の守備力を信頼したピッチングをしてくる。

 

捕手の高良さんは二宮レベルの分析力を持ちながらも、チームでは4番を打っている。おっとりとした見た目とは裏腹にホームラン数も二桁近い。大村さんタイプかな?

 

セカンドの柊つかささんとショートの柊かがみさんの打撃方面は2人共繋ぐ事を意識している。この試合では2番と3番を打っているけど、パンチ力もあるから時々クリーンアップも任されている。梁幽館で例えるなら白井さんと高代さんと言えばわかりやすい。

 

(こんなところか……。二巡目には反撃させてもらうとしよう)

 

今日の息吹さんのピッチングならノーノーも狙えそうだしね。



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県大会3回戦!新越谷高校VS稜桜学園③

稜桜戦完結!……短いけど、元々カット予定だったからね。仕方ないね。


試合は進んで5回。点数は互いに無得点だから、こちらとしてもそろそろ先制点がほしいところではある。

 

 

カンッ!

 

 

今は私達の攻撃で、先頭がヒットで繋ぐ。

 

「ナイバッチ~!」

 

「朱里の思惑通り泉さんと二遊間以外の守備はちょっと粗が目立つな」

 

今のヒットもサードの守備がもたついていたから取れたものだ。シートノックでの守備は普通に上手かったけど、本番に弱い……雷轟と同じタイプだった。

 

「柊姉妹と泉さんのカバーが過剰だったのが映像でわかりました。そしてこの試合もファーストとサードのカバーをそれぞれセカンドとショートがしていたので、もしかしたら……と思ったんです」

 

(まぁそれでも雷轟よりかはマシなんだけどね……)

 

一応雷轟は時々ビッグプレーをするから、積極性の有無で差別化は出来るかな?

 

「さぁ繋げ~!」

 

「頼むぞ白菊!」

 

「はいっ!」

 

照屋さんがヒットで繋ぎ、大村さんが続こうとする。

 

(特に意識してなかったけど、7~9番はこの春に野球を始めた初心者組だったね。息吹さんは厳密には少し違うけど……)

 

そんな初心者3人が織り成す野球劇を見てみたい。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

「打った!」

 

「大きいぞ!」

 

大村さんが初球から打った打球はレフトへとグングン伸びていく。

 

『ファール!』

 

レフト切れたか……。しかし下半身も安定してきたし、最早大村さんも1人の野球選手だね。

 

 

カンッ!

 

 

1球目の大ファールを見せておいてからの叩き付けた打球。高くバウンドして打球はそのまま内野手の頭を越えた。

 

『セーフ!』

 

一塁ランナーの照屋さんも三塁へと辿り着く。ノーアウト一塁・三塁のチャンスだ。

 

(ここで点を取る事が出来たら、流れに乗れそうだね……!)

 

つまりここの息吹さんの打席はうちの勢いに火が点くかどうかの重要な場面になる。

 

(ここで打って先制点を取る……!)

 

投手の泉さんからは同様の様子が見えない。ポーカーフェイスなだけかも知れないけど、大したものだね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

初球のチェンジUPをカットしてファールになる。

 

(チェンジUPにタイミングが合ってるね。投球もそうだけど、打撃方面も頼もしくなったよ。息吹さん)

 

続くスライダーとストレートもカットしてファールとなる。そして4球目……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

ファールとなったけど、ストレートをスタンドへ運んだ。

 

(わ、私がスタンドまで飛ばす程のパワーを身に付けてる……。いつの間に……?)

 

当の本人である息吹さんは驚いた様子だった。自覚はなかったみたいだね。

 

「息吹があそこまでパワーを付けてたんだな」

 

「筋トレもしてましたし、速い球を投げる為にもある程度のパワーは必要ですからね。自然と長打力も身に付きますよ」

 

武田さんの時も思ったけど、優れた投手は打撃も優れている……というある人の格言は本当だったんだと私は実感している。

 

 

カキーン!!

 

 

「これも大きいぞ!」

 

息吹さんが打った8球目くらいの打球。今度はセンターへと伸びていく。センターが必死で打球を追っているのを見て三塁ランナーの照屋さんはまだスタートを切っていない。フェンス直撃っぽいのに中々冷静な判断だ。

 

別に息吹さんを信用していないという訳ではなく、恐らくタッチアップも視野に入れているんだろうね。

 

(こうして見ると照屋さんが本当に初心者なのか怪しくなってきたよ……)

 

本格的に野球を始めたのはこの春からで他にも同じように春から野球を始めた息吹さん、大村さん、そして雷轟と比べて1番素質があるのも確かだ。

 

それでも息吹さんは投球面、大村さんや雷轟はスラッガーとしての才能を開花させている中で照屋さんは守備やアベレージ方面でメキメキと実力を付けている。

 

 

ドンッ!

 

 

息吹さんの打った打球はそのままフェンスに直撃。照屋さんはホームへとスタートを切り、大村さんも二塁を蹴った。

 

「ナイバッチ息吹ちゃん!」

 

「回れ回れーっ!」

 

三塁ランナーの照屋さんがホームイン。大村さんも三塁に辿り着いた。

 

(今センターの位置はあそこだから……!)

 

三塁コーチャーの私は腕を勢い良く回す。つまり……。

 

「白菊ちゃんも三塁を蹴った!」

 

「2点目もいけるぞ!」

 

センターの選手がボールを捕ってショートへと中継。そしてホームへと強い送球が飛んでくる。

 

(タイミングはギリギリ……。いけるかな……?)

 

クロスプレー。判定は……。

 

『セーフ!セーフ!』

 

「やったーっ!」

 

「ナイススライ!白菊!!」

 

打った息吹さんは二塁でストップ。ツーベースとなった。

 

(この先制点は大きい……。このままうちが逃げ切りたいね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、新越谷が点を取ったね!」

 

「あとは抑えるだけだね」

 

「……まだ油断出来る点差ではありませんが、今日の川口さんのピッチングならそう点は取られないでしょうね」

 

「しっかしさっきの三塁ランナーは結構冷静な走塁を見せてたよね」

 

「あの子……。確か初心者だったような……」

 

「嘘っ!?あの安定した走塁は正直アタシよりも上手いかも……」

 

「走塁もただ速ければ良い訳ではありませんからね。その辺りは照屋さん……でしたね。彼女はキチンとやってのけています」

 

(新越谷に集まる初心者は金の卵ばかりですね。天王寺さん等はこういった選手を集めるのが上手いので、もしも機会が回ってきたらそのスカウト術を見習いたいですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

その後の稜桜打線は息吹さんの好投により抑えられる。スコアは0対4で息吹さんの完封。被安打4の四死球2というベストピッチだった。



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試合を終えて

「いや~、新越谷が勝ったね!」

 

「投球方面も特に危うい場面もなかったね……」

 

「稜桜学園の1~4番以外の打者が格下だったというのもありましたが、それを差し引いても川口さんは大きく成長しています」

 

(そして新越谷の4回戦の相手となるのは姫宮高校……。姫宮の野球部には元新越谷の人間が何人かいましたね。岡田さんと藤原さんにとってはある意味因縁の相手となりますね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったね息吹ちゃん!」

 

「芳乃……」

 

整列が終わると芳乃さんが息吹さんに抱き付いていた。姉妹同士仲が良いね。

 

「白菊も文香も今日は凄かったぞ!」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございます!」

 

今日の試合で突破口を開いたのは間違いなく照屋さん、大村さん、息吹さんの3人だろう。

 

(偵察とかで見る機会がなかったけど、この試合が実質初めて照屋さんの実戦となった。その割には安定とした活躍を見せてたね)

 

特に走塁方面はかなり安定していた。金原の走塁は結構雑な部分があるから、照屋さんの走塁を見習った方が良いかもね。照屋さんは初心者なんだけど……。

 

「怜……」

 

「ああ……。4回戦の相手、だな」

 

4回戦の相手は姫宮高校。主将は抽選会であった出来事を藤原先輩にも話してある。

 

姫宮高校のエースとなった吉田さんとショートの金子さんは元新越谷の部員だ。2人にとっても思うところがあるのかも……。

 

(4回戦の先発が決まったのかもね)

 

とりあえず芳乃さんや主将達とも相談しておいた方が良いかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷、勝ち進んできたね」

 

「4回戦で私達姫宮と当たる事になる……」

 

「怜達が強いチームを作り上げてきてるのは夏大会からわかっているけど……」

 

「私達がその新越谷を越えたいね」

 

「うん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今息吹さんのクールダウンに付き合っている。

 

「今日のピッチングは良かったよ」

 

「ありがとう。私がここまで成長出来たのは朱里のお陰よ」

 

「元々息吹さんの素質あっての事だと思うけどね。仮に私が関わらなくても似たような成長は出来てたよ」

 

「いやいや、私のストレートがあんなに速くなる事なんてなかったわよ……」

 

それはどうなんだろうね?確かに初めて息吹さんが投手としての資質がわかってから投げられたストレートとは最早比べ物にならない成長を遂げているけど、私が関わってなかったらどんな成長をしていたのか……。

 

(元々息吹さんの特徴としてはコピーを用いての投打法とセンスでカバーをしていた訳だけど……)

 

それはそれでどのような成長をしていたのかは興味深いけどね。

 

「……それにバッティングも私の力だとフェンスまで飛ばせないって思ってたのに、今回それが出来て嬉しくも思うわ」

 

「良い投手は打撃方面も良い結果を残せるもの……。むしろこれまでの武田さんの打率が低いのが可笑しかったんだ」

 

夏大会の決勝戦を経て武田さんの打率やOPSがグングンと伸びていってるしね。

 

「このまま夏の勢いを継続させたいわね……」

 

「そうだね……」

 

次の試合に勝てれば関東大会に出場出来るベスト4に入れる大切な試合……。そして主将達にとっての縁もあったりする。とても重要な試合になる……だろう。



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試合観戦へ

今日は休日で、練習も休み。理由としては明日に4回戦があるから、各々でしっかりと準備する期間だそうだ。

 

(それはそれとして今日は試合観戦にでも行こうかな?)

 

今日は梁幽館と美園学院が試合する……。しかも二宮の情報によると先発では橘が投げるとの事だ。

 

(折角だし、誰か誘って行くかな……?)

 

偵察結果を分析するなら主将や芳乃さん、山崎さん辺りを誘いたいところだけど……。

 

「あっ、朱里ちゃんだ!」

 

後ろから私に声を掛けたのは雷轟だった。

 

「こんな所でなにしてるの?」

 

「ちょっと試合を観に行こうとね……。雷轟は?」

 

「私も丁度決勝戦で当たるかも知れない梁幽館と美園学院の試合を観に行くところだったんだ~。奇遇だね!」

 

まさか雷轟と目的が被るとは……。前に偵察に行った時に味を占めたのかな?

 

「……まぁ目的が一緒なら早いところ行こうか。今日の試合は個人的に見逃せないからね」

 

「ま、待ってよ~!」

 

かつてのチームメイトである橘が先発として投げる梁幽館と、かつて川越シニアを苦戦させた守備力を持つ三森3姉妹がレギュラーとして出ている美園学院……。どちらが勝つか予測がつかないね。

 

(夏とほとんどチームが変わっていない美園学院が若干有利な気もするけど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合会場に着くと……。

 

「おや、朱里さんと雷轟さんじゃないですか」

 

二宮がいました。何故だ!?

 

「ちなみに和奈さんといずみさんも後で合流しますよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

だから君達は今日試合の日では!?まぁ今更だし、私が気にする事でもないんだろうけど、なんか最近二宮達とばかり会っている気がするよ……。

 

「遅れてごめ~ん……って朱里と遥もいるじゃん。もしかして2人もはづきが投げる試合の観戦に?」

 

「まぁそんなところかな」

 

(実際のところは改めて橘が投げる球を分析しておきたいっていうのもあるけどね……!)

 

その後清本とも合流して中に入ると、そこには沢山の観客で賑わっていた。

 

(流石梁幽館と美園学院のカードだ。観に来る観客の規模が違うね)

 

まぁ私達もそれなりに顔が割れている訳だし、上の方で観戦予定だ。

 

「おっ、今からシートノックやるみたいだよ」

 

今から美園学院のシートノック。

 

 

カンッ!

 

 

ノッカーが打った打球は三遊間抜けそうな当たりだ。

 

 

バシィッ!

 

 

しかしそれを難なく捕球。あれは三森……夕香さんか。流石としか言いようがないね。

 

(稜桜の柊姉妹は左利きながらも上手く二遊間の守備をやってのけてたけど、三森3姉妹の場合はただ純粋に上手いなぁ……)

 

三つ子なだけあって連携は下手なプロ選手以上だ。梁幽館が勝つには彼女達の守備に対してどうするか……といった感じかな?

 

(逆に美園学院が勝つには橘のスクリューを上手く見分けて捉える必要がある……)

 

夏大会で私達が梁幽館に勝てたのは橘が投げる3種のスクリューから更に的を絞ってその内の1つの対策を徹底的にやって、結果上手くいっただけに過ぎない。今度当たる時は同様にはいかないだろう。

 

「あっ、始まるよ!」

 

「どっちが勝つかな~?」

 

『プレイボール!』

 

梁幽館対美園学院の試合がここに開幕した。



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観戦!梁幽館高校VS美園学院①

先攻は梁幽館。先頭打者は橘だ。

 

美園学院の先発投手は……っと。

 

「今日の先発は三森夜子さんのようですね」

 

「本当だ!投げるとこ見るの久々だよ」

 

「最後に投げるところを見たのってシニアの夏大会だったもんね……」

 

先発の夜子さんが投げるのを見るのは1年半以上前。果たしてその実力は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「速いね~!」

 

「球速だけならエースの園川さんとも引けを取らないかもね」

 

(園川さん達2年生の引退後、夜子さんが投手として私達に立ち塞がる可能性もある……か)

 

 

ズバンッ!

 

 

「今のスライダーもコースギリギリに上手く決まったね」

 

「彼女は元々コースギリギリを突いて勝負するタイプですので、打つ側としては厄介になるでしょう」

 

そうなんだよね。しかも例え打ったとしても……。

 

 

カンッ!

 

 

「ショート!」

 

「OK!」

 

例の如く3姉妹の守備範囲内に打球が行って凡打って事になってしまう。

 

『アウト!』

 

(正直この守備力と3年間戦わないといけない私達の世代はキツい事になりそうだね……)

 

その後2番、3番と三森3姉妹の守備力に阻まれ凡打となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「データや映像でわかってはいましたが、改めて目の当たりにすると厄介ですね……」

 

「それでも勝つにはあの守備力を突破しなきゃいけないんですよね~」

 

「しっかし友理とはづきはあんな相手と過去に戦った事があるんだな?」

 

「シニア時代は向こうの投手力がそこまでだったからそこまで苦戦しなかったんですよ。こっち側は和奈ちゃんがホームラン打ってくれたお陰で勝てたし」

 

「そして今年は美園学院に在籍している……という事ね」

 

「なんにせよ今のところこちらは根気強く打っていく他ありませんね。内野の頭を越す事が出来れば得点に繋がる確率は高くなるでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜子、ナイピ!」

 

「ありがとう夕香姉さん。でも決して油断出来る状況じゃない」

 

「私と夕香のところにはどんどん打たせていっても良いわ。多少外野に飛ぶくらいの打球なら処理していくから」

 

「うん、頼りにしてる」

 

(この3人は3年生が引退した後も更に頼もしくなったわね……。この試合、任せてみようかしら?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はづきちゃんだ」

 

「1回戦の時も思ったけど、マウンドに上がる様は夏よりも決まってるね~☆」

 

(私達が梁幽館と当たるとすれば決勝戦……。可能性が1番高いのは吉川さんと分業する形になる。3種のスクリューをあの時みたく上手く打てれば良いんだけどね……)

 

美園学院は夏と変わらず1~3番に3姉妹を配置している。

 

1番の朝海さんはカット技術に長けている。彼女が粘ってくれると私達も橘のスクリューを打つヒントが掴めそうなものだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「嘘……。3姉妹の中でもカットに定評がある朝海が空振ったよ!?」

 

「はづきさんの投げる大きな変化のスクリューは元々空振りを狙う為のものではありますが、更に磨きが掛かってますね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(美園学院は3姉妹の守備力で、梁幽館は橘のスクリューによる三振でそれぞれ打者を打たせない……。これは投手戦になりそうだ)

 

コールドゲームにならない限り最低3回は3姉妹の内の1人に回ってくる。もしも梁幽館が勝って、決勝戦で私達と当たるのなら、三森3姉妹には頑張って攻略の糸口を掴んでほしい。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

1回裏。負けじと橘が3者連続三振に抑える。この試合、一体どうなるんだ……!?



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観戦!梁幽館高校VS美園学院②

遥「前書きからこんにちは!雷轟遥です!」

朱里「早川朱里です」

遥「今日は球詠の最新刊が発売する日という事で、この本編の他に番外編を3つ投稿しています!」

朱里「凄……。作者もよくやるよ」

遥「更にこの小説の続編を新規投稿してます!」

朱里「だからこの小説はまだ完結してない……」

遥「そしてそして!この小説について世界観とか疑問に思っている読者もいると思うから、この小説の解説を大雑把にまとめたものも同時投稿!」

朱里「この小説の解説って……今更?もう200話以上やってるのに?」

遥「解説は私と朱里ちゃん、そしてヨミちゃんと珠姫ちゃんの4人が台本形式でやるからわかりやすいよ(多分)!」

朱里「本当はもっと早くに投稿するべきだろうに……」

遥「長々とすみません!本編始まります!」


「ふぅ……。なんとか抑えられた」

 

「はづきさんの踏ん張りになるべくこちらも応えたいところですが……」

 

「映像で見た時よりも動きが良くなってる気がするんだよな……」

 

「特に3姉妹相手には当てられたらほぼ内野安打確定で、なるべく当てさせない事を意識してるので、スタミナ消費が激しいんですよ……」

 

「はづき次第では和美の出番もあるわよ」

 

「まぁ私はいつでもOKだけどさ、準決勝で投げる予定なんだろ?」

 

「そうですね……。念の為に堀ちゃんと一緒に肩を作っておいた方が良いと思います」

 

「データが少ない弥生ちゃんは温存しておいた方が良いんじゃないですか?」

 

「あくまでも念の為……ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「橘はづき……。彼女の決め球であるスクリューの威力が上昇してる……」

 

「急に変化が小さくなったと思ったら球速が上がるし、ゆったりだと思ったら大きく曲がるし、あれは打つのに時間が掛かりそうだね」

 

「そうなるとこちらも1点たりともあげる訳にはいかないわね。夜子、この試合は投手戦になるわよ」

 

「わかってる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、梁幽館の攻撃だね」

 

「4番吉川さん、5番西浦さん、6番小林さん……。3人共夏大会で下位打線を打っていた人達ですね」

 

3人共左打ちっていう特徴もある。特に吉川さんと西浦さんは4番の経験もある強打者なんだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

「セカンド!」

 

「任せて!」

 

このように3姉妹の守備範囲内に打球が飛んでしまう。

 

「相変わらず動きが良いね~」

 

「夏よりも連携に磨きが掛かってるよね……」

 

稜桜の柊姉妹や泉さんと同じように過剰なカバーに3姉妹が入っているけど、美園学院の場合は一二塁間に朝海さんが、三遊間に夕香さんがそれぞれカバーに入る形になっており、本来のファーストとサードは外野寄りに守れるようになる事で、実質レフトとライトに2人ずつ守っているようなものになる。こんなの余程信頼してないと無理だ。

 

そしてセンター寄りの打球だと……。

 

 

カンッ!

 

 

「ここは私がいく」

 

このように投手の夜子さんが強引に打球を処理する。元のポジションがポジションだけに打球反応が速い。

 

(美園学院側も3姉妹をよく信用しているよね……。というか実質あの3人が美園学院を引っ張っている気もする)

 

来年の秋以降の事も見据えているんじゃないだろうか……とも思っちゃうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……!打球が中々内野を抜けない!」

 

「っていうかあの3人の守備範囲可笑しいだろ!あんなの実質3人で内野全体を守っているようなものじゃないか!」

 

「……それがあの3姉妹の特徴でもあります」

 

(しかし美園学院も3姉妹に対する信頼が半端じゃないですね。ファーストもサードも外野寄りに守っていますし、仮に内野を抜けたとしても……というシフトに寄せていますね)

 

「このままだと本当に投手戦になるわ」

 

「突破口が開けなきゃキツいですね~」

 

「……とにかく色々試してみましょう。点を取られていない以上はまだ試行錯誤が出来ます」

 

(監督は難しい表情をしたままで指示はなし……。私に一任してくれていると思えれば良いのですが、主導権が握れない以上は私だけでは限界があります)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

「この回もなんとか凌げたわね」

 

「やっぱり梁幽館は手強い……」

 

「夜子の球をいとも簡単に打ってくるものね。橘はづきの球をこちらが攻略しない限りはずっとこの状況が続くわよ」

 

「私だけだときっと限界が来るかもだから、萌さんにはいつでも投げられるようにしてくれると助かる……」

 

「ちょっ……!萌先輩は元々準決勝で完投する予定よ?」

 

「朝海、落ち着きなさい。夜子がそういうのなら私はそれに従うわ。それがチームの為だもの」

 

「すみません……」

 

「良いのよ。後輩達が頑張っているもの……。先輩として出来る事は全てやるわ」

 

(関東大会に出場する為にも……ね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3回の表裏はお互いに3人で抑え、両チーム未だに四死球なしのノーヒット。そして4回。打者はそれぞれ二巡目に入る……!



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観戦!梁幽館高校VS美園学院③

4回表。梁幽館の攻撃は橘からなんだけど……。

 

「二巡目に入りましたので、本番はここからとなるでしょう」

 

「どっちもここまでパーフェクトって凄いねぇ……」

 

「特に3姉妹の守備範囲が厄介だよね。あの3人だけで内野全体を守ってるみたいだし……」

 

「投球内容的に手をつけられそうなのが夜子さんで、まだボールを捉える気配がない橘のバックには3姉妹程の守備範囲を持つ選手はいない……。この試合がどうなるかなんて予測が付かないよ」

 

……というか3姉妹の守備範囲が広過ぎるだけのような気もする。梁幽館側の突破口って最早柵越えのホームランくらいしかなくない?

 

(逆に3姉妹の連携の隙を突ければそこが美園学院の穴って事になるけど……)

 

そんな隙すら見当たらないなぁ……。

 

『アウト!』

 

「あっ、また打ち取られた!」

 

1~3番が3姉妹の守備に阻まれ、チェンジとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この回もパーフェクトね。3人共よくやってくれてるよ」

 

「先輩として……とは言ったけど、彼女達の守備範囲が可笑しいお陰で私達何もやる事がないもの」

 

「とは言え相手はあの梁幽館……。いつ均衡が破られるかわからない。萌、あの3人以外にもっと気を引き締めろと伝えておいて」

 

「わかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ……!中々ヒットにならないな」

 

「あの動きじゃ意表を突くセーフティバントも無理そうね……」

 

「逆に向こうはセーフティバントを視野に入れてきますね」

 

「……となるとはづきのフィールディング次第で均衡が崩れそうだね」

 

「……という事はあの3姉妹並の動きをフィールディングに取り込めば良いんですね?」

 

「良いんですねって……。そんな簡単に出来たら苦労はしないぞ?」

 

「まぁやれるだけやってみますよ。ですが……」

 

「ですが?」

 

「もしもの時は和美先輩か弥生ちゃんに後を任せる事になりそうです」

 

「えっ……!?」

 

「はづきちゃん!?」

 

(あの3姉妹の動きをイメージして……。それをセーフティバントに対する解答になれば……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4回……。打順は朝海姉さんからだね」

 

「とにもかくにも出塁しない事には始まらないわ」

 

(そうなると狙いはセーフティバント……。やるしかなさそうね)

 

「朝海姉さんがセーフティバントを試みているのは向こうにもバレている筈……」

 

「でも向こうはシフトを敷いていないみたいだけど……」

 

「裏目を引いたら一気に長打となる以上迂闊で露骨なバントシフトを取る訳にはいかないからだと思う……」

 

 

コンッ。

 

 

「当てた!」

 

「これで朝海姉さんの独壇場だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三森朝海さんはセーフティバント……。まぁ向こうからしても想定の範囲内ですね」

 

「あれ?でもバントシフトじゃなかったよ?」

 

「下手にバントシフトを敷いてバスターを決められると一気に三塁打とかになりかねません。はづきさんも慎重です」

 

横を見ると雷轟と二宮が三森3姉妹に対してのバントシフトの必要性を話していた。

 

「でもこれで均衡が崩れたかな……?」

 

「3姉妹の内の誰かが出塁すれば得点率はほぼ100%だもんね~」

 

「……いや、事はそう甘くはないみたいだよ」

 

そう……。本来なら投手正面のバントでさえも三森3姉妹にとってはセーフティバントとなりうる。しかし……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピッチャー!」

 

(無駄よ。投手のあの距離からのフィールディングでは私を捌く事は出来ない……!?)

 

 

バシッ!

 

 

「なっ!?フィールディングが速い!?」

 

「あの動きは私達姉妹に匹敵する……」

 

(よし!体はなんとか反応した……!あとは送球するだけ!)

 

『アウト!』

 

(成程、ホームベースどころか一塁すらもまだ遠い……という訳ね)

 

「朝海姉さんが……刺された」

 

「最早橘はづきからはセーフティバントという解答は不正解……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!はづきってばいつの間にあんな素早いフィールディングが出来るようになったのさ!?」

 

「今のは動きがかなり速かったね……」

 

確かに……。3姉妹に匹敵する動きだった。あんな打球反応の速さを見せられたら迂闊にバントすら出来ない……。

 

(とはいえ今のような動きはそう何度も出来ない……。橘もここが勝負所だと踏んだんだね)

 

2番、3番と三振に抑えて4回表も橘はパーフェクトに抑える。いつ均衡が崩れるかわからないハラハラする試合だね……。



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観戦!梁幽館高校VS美園学院④

「凄いじゃんはづき!あんな素早いフィールディング見たの初めてだ!」

 

「ちょっとあの3姉妹の動きをイメージしてトレースしただけですよ。でも……」

 

「でも?」

 

「あんまり連続しては出来そうにないです。今回は後続の2人がバントをしようとすらしなかったからなんとか誤魔化せたんですが……」

 

「次の打席以降は危険って事ですね」

 

「はい。あと裏の攻撃は私からなんですが、期待はしないでください」

 

「はづきさん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4回もパーフェクト決められた……」

 

「それどころか朝海姉さん以外は三振よね?」

 

「…………」

 

「朝海姉さん?」

 

「……いえ、橘はづきの突破口が見えた気がするの」

 

「本当に!?」

 

「まだ可能性の段階だけれどね。それに……」

 

「それに?」

 

「橘はづきはフルスロットルで投げている……。あんな調子では7イニング持たないわ」

 

「私達のように山を走っているかもよ?」

 

「夕香姉さん、それは色々と洒落にならない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4回裏。橘の打順からだけど……。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「はづきどうしたんだろ?1球も振らなかったけど……」

 

「恐らくですが、はづきさんはピッチングに専念する為に体力を温存しているのでしょう」

 

「温存……?」

 

「本来投手というポジションは投げるのに集中させる為に下位打線に置く事が多いです。今回のはづきさんのように打撃方面でも期待されていると上位打線に置かれているケースもありますが」

 

「じゃあプロ野球でDH制があるのは?」

 

「……これは私の持論になりますが、投手がピッチング1本に絞る為と、守備が苦手でバッティングに自信がある打者を起用する為でしょう」

 

なんか二宮と雷轟が投手というポジションについて話し合っていた。途中からプロ野球の話に変わっていたけど……。

 

(梁幽館が投手である橘を1番に起用するくらいに橘の打撃方面は大きく成長している……って事か)

 

もしも橘が梁幽館の陽さんと同様の役割をこなせるとしたら、友沢みたいな選手になりそうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はづきちゃん、1球も振らないでどうしたの?」

 

「弥生ちゃん……。私はこれからピッチングに専念したいの。だから少しでも体を休めないと」

 

「はづきちゃん……」

 

「それに私が決めなくても先輩達がきっと決めてくれる……。だから私は7回まで全力で投げるよ」

 

「もしも延長戦に入ったら……?」

 

「……その時は和美先輩か弥生ちゃんに美園学院の相手をお願いしようかな?」

 

「か、和美先輩はともかく、私じゃ無理だよ!」

 

「そんな事ないよ。弥生ちゃんもユニフォームもらってここにいるんだもん。弥生ちゃんだってベンチに入れなかった皆の分も活躍しないとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!』

 

三森3姉妹の動きに隙はない。私達と当たるのなら決勝戦だけど、これは攻略が難しいな……。

 

「4回も両チームパーフェクトですか……」

 

「梁幽館は朝海さん以外は橘による三振、美園学院は打たせているもののほぼ全ての打球を3姉妹に任せて取ったアウト……。中々ハイレベルな試合だよね」

 

「そうだね~。まるで埼玉県の夏大会の準決勝で朱里と亮子が投げ合った時みたい☆」

 

「亮子ちゃん……はこの秋大会には参加出来ないんだよね」

 

「そう……だね。私と橘がほぼ毎日お見舞いに行って様子を見てる。本人は気丈に振る舞ってはいるけど、私達の見えないところではきっと悔しい想いをしていると思う」

 

あれはリトルで私が右肩を壊した時と同じ印象を受けた。

 

皆の前ではなんでもない振りをして1人になると肩の痛みや、投げられなくなるかも知れない絶望感、そしてチームの足を引っ張っている悔しさで涙したものだ。

 

「で、でもでも!どっちのチームが均衡を破るのかは楽しみだよね!投手戦の醍醐味だよ!」

 

急に雷轟が話題を変えてきた。私達の重い空気を察知したのかな?

 

「……そうですね。4回の動きを見る限りだと危険なのは梁幽館でしょう」

 

「はづきの動きが若干激しいからね~。先にバテちゃうかも」

 

「……それでもここが踏ん張り所なのも間違いないかも知れないね」

 

それに比べて3姉妹の方はまだ余裕がある。この試合の行方がどうなるか……。ふとした動きで変わりそうだから、目が離せないよ。



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観戦!梁幽館高校VS美園学院⑤

試合は進んで6回表。ツーアウトまでは橘の変化球によってパーフェクトを見せていたが……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

9番打者を歩かせてしまう。

 

「均衡が……!」

 

「遂に破れたね……!」

 

「はづきさんからガス欠の片鱗が見えてきましたね。更に美園学院の次の打者は三森朝海さん……。向こうからしたらチャンスですね」

 

「大丈夫かなぁ……」

 

橘……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はづき、大丈夫……?」

 

「なんとか大丈夫ですが……。それよりも歩かせてすみません」

 

「……私もちょっと慎重にいき過ぎた部分はあるわ」

 

「正直この局面は厳しいですね。チャンスに3姉妹まで回すまいと思って投げていただけに……」

 

「アンタはどうするつもり?」

 

「そうですね……。リスクが高いですけど、抑えやすい状況なら作れます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!ツーアウトでランナーが出た!」

 

「朝海姉さんに回ってきたね……」

 

「…………」

 

「……朝海姉さん?」

 

「……夜子。この局面を、そして橘はづきを攻略する人間は貴女になると思うわ」

 

「えっ?朝海姉さんは!?」

 

「私は……多分勝負を避けられると思うわ。そしてその次の夕香も……」

 

「そんなまさか……って行っちゃった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツーアウトでランナーが一塁。ここでバッテリーがどう出てくるか……。

 

「……って嘘でしょ!?」

 

「捕手が……立ち上がったね……」

 

「成程……。3姉妹の機動力を塞ぎにきましたね」

 

「確かにあれなら3姉妹は迂闊には動けないけど……」

 

「ハイリスクハイリターン……。まさにギャンブルとも言える行動ですね」

 

捕手の小林さんが立ち上がり、朝海さんを歩かせる。この次の夕香さんも同様に歩かせて満塁で夜子さんとの勝負に臨むつもりなんだろう。

 

もしも内野の頭を抜けたら3点タイムリーとなってしまう。

 

(まさにギャンブル……か……)

 

だとしたらこの回が大きな勝負所……。橘の、そしてこの試合の命運を分けるイニングになりそうだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

(これで……良いのよね?)

 

(きっと大丈夫な筈です。私は全力で投げるだけ……。あとはバックの皆さんを信頼しますよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

(朝海姉さんに続いて夕香姉さんまで歩かされた……。朝海姉さんが言っていたのはこういう事だったんだね)

 

「ツーアウト満塁で夜子に回ってきたか……」

 

「夏大会が終わってからうちの打力が1番伸びたのは夜子だもの。この試合を決める一撃を打ってくれるわ」

 

(萌さんと彩菜さんからプレッシャーを感じる……。それでも……先輩達の期待に……応えたい……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ツーアウト満塁……。回ってきたのは三森夜子ちゃん。シニア時代は非力なイメージだったけど、夏大会を終えてから彼女のパワーが大幅に上がったって友理先輩は言ってた。そして三巡目に入って私の変化球はコースに決まらなくなってる……)

 

「…………」

 

(左対左は基本的に投手側が有利な筈なのに、3姉妹相手だとそれが全く感じられない。朱里せんぱいもこんな気持ちを味わっていたのかな……?)

 

(はづき……。満塁とはいえツーアウト。思いっ切り投げなさい!)

 

(依織先輩は真ん中付近にミットを構えている……。ここで私はなにを投げるべき?三振を取りにいくスクリュー?カーブやスライダーと同等の変化をするスクリュー?それともカーブやスライダー?)

 

(橘はづきが投げる勝負球……。恐らく初球からくる筈……!)

 

(絶対にこのピンチを切り抜ける……!)

 

(絶対に橘はづきから打ってみせる……!)

 

((負けない……!))



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観戦!梁幽館高校VS美園学院⑥

「満塁まで塁を埋めてカウント中で3姉妹が盗塁しないように仕掛けましたか……」

 

「妥当ではあるんだけど、この状況だと外野まで飛んだら一気に3点取られちゃうね~」

 

「だからはづきちゃんにとってはここが正念場って事に……」

 

「逆にここを凌げたら流れは一気に梁幽館側に傾く……」

 

しかしこれは……!

 

「恐らく初球の入り方次第で勝負が決まりますね」

 

「そうだね。今の橘と夜子さんはかつての友沢と雷轟と似た雰囲気を感じるよ」

 

「私もあんな感じだったんだね~」

 

ここの流れを制した方がこの試合の勝利者……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(橘はづきが投げてくる球を……打つ!)

 

(この局面で私が投げるのは2択。依織先輩は私に任せるって言ってた。本当にありがたい……。1つは私の全身全霊を込めた決め球のスクリュー。そしてもう1つは……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(橘はづきが投球動作に入った!)

 

(あの雰囲気……。投げるとしたら橘はづきが三振を取りにいくスクリュー一択。変化の軌道を読んで打つ!それを夜子なら出来る筈……!)

 

(姉さん達や美園学院の皆の為にも……打つ!!)

 

(……なんて私のこれまでを知ってる人達なら思っちゃうだろうねぇ。私が今から投げるのは梁幽館でも知っているのは依織先輩、和美先輩、弥生ちゃんの3人だけ)

 

(来なさい……。はづき!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橘が投球動作に入り投げられたのは……。

 

「スクリューじゃ……ない!?」

 

「はづきさんが投げたのはストレート……。しかもあのストレートは……」

 

「朱里ちゃんが得意としている……」

 

(ストレートに見せ掛けた、変化球……)

 

まさか橘が偽ストレートを投げるようになるとはね。まぁあれはあくまでも擬きで私が本来投げるそれとは程遠い……けど。

 

(この場においては確実に有効打。これは決まったかな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(スクリューじゃ……ない!?しかもただのストレートじゃない。かつて私達姉妹が幾度も早川朱里にやられた……!)

 

(早川朱里のオリジナルストレート……!?)

 

「…………!」

 

(シニア時代から私達姉妹が早川朱里に何度も負けてから私はあのストレートになにか秘密があるんじゃないか……って研究を続けていた。当時の映像を何度も見直して、バッセンでイメージを繰り返して、私なりに対策を考えた……。本来これは決勝戦で当たる可能性のある新越谷戦で早川朱里が投げると決まってから皆に話すつもりだった対早川朱里使用の1つ……。今、それを見せる!)

 

 

カキーン!!

 

 

(……っ!やっぱりそう上手くはいかないよね。でも……!)

 

「レフト!!」

 

(はづきが、後輩があんなに奮闘しているんだ……。あいつの先輩としてなにも出来ないのは……悔しいじゃないか!この打球を捕って、絶対に逆転してやる!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橘が投げた偽ストレート擬きを夜子さんは捉え、その打球はレフト……吉川さんの方向にグングンと伸びていく。

 

「うわっ……。これ入るんじゃないの!?」

 

「入らなくてもフェンスに当たるんじゃ……」

 

確かに夜子さんが打った打球はフェンスに当たろうとしていた。それを見ながらレフトの吉川さんが必死に打球を追っている。

 

(ここで踏ん張れるかどうか……。橘が想いを込めて投げた球は夜子さんに意表を突けたと思う。後はあの打球を捕るだけ……)

 

『アウト!』

 

「嘘っ!?捕ったよ!」

 

「ファインプレーだ!!」

 

金原と雷轟が興奮しながら抱き合っている。何故に君達がそんなに嬉しそうなんだい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和美先輩、助かりました!」

 

「いやいや、はづきがあんなに頑張っているのに、ここで捕らないとその頑張りが無駄になっちゃうからね」

 

「はづきちゃん、ナイスガッツ!」

 

「弥生ちゃん……。ありがとう!」

 

「この裏の攻撃で私を代打として出してくれるみたいだから、はづきちゃんを援護するね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迂闊だった……。読み違えなければあれをホームランに出来たのに……」

 

「でもナイバッチだったよ夜子!」

 

「早川朱里の対策を1人でしてたなんて……。私達にも言ってくれないと困るわ」

 

「確証が持てなかったから……」

 

「切り替えて向こうの攻撃に備えるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!』

 

6回裏も三森3姉妹の守備によってあっという間にツーアウト。

 

「向こうはまだ余裕があるね~」

 

「とは言えここで勢いに乗らないと梁幽館は厳しいだろうね」

 

「あっ、選手交代するみたい!」

 

9番打者の代打として出て来たのは橘と同じ1年生である堀さんだった。



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観戦!梁幽館高校VS美園学院⑦

梁幽館対美園学院……完結!


「梁幽館は代打で1年生の堀さんが出て来たね」

 

「データが少ない身としてはありがたいかもね!」

 

(堀さんは4番経験があるって事くらいしか情報がない……。夜子さんの球を打てる打者かどうかを見る良い機会だね)

 

「ここで堀さんが繋ぎ切れなければ梁幽館の勝ち筋がほとんどなくなりますね」

 

「はづきの事を考えると梁幽館に勝ってほしいけどね~」

 

「はづきちゃんの方はガス欠し始めてるし、ここで決めてほしいね……!」

 

準決勝に進出出来るのは梁幽館か美園学院か……。最後になるであろう見所だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弥生ちゃん、ここはとりあえず私に繋いでね!」

 

「はづきちゃん?打つつもりはないんじゃ……?」

 

「ツーアウトなら話は別だって!」

 

「堀ちゃん、とにかくお願いしますね」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(代打攻勢……。このタイミングで代えてきたのは気になるけど、私は姉さんや先輩達を信じて投げるだけ)

 

(はづきちゃんの為にも打たないと……!)

 

(ここは絶対に抑える!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(速い……けど、奈緒先輩のストレートに比べたら……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(打てる……!)

 

(ストレートに着いてきたか……。それならここはタイミングをずらす為にチェンジUPを……!)

 

(…………)

 

「これで……三振……!」

 

(球の速度や軌道からストレートじゃない……?)

 

(まだスイングが始動してない……!?)

 

(私もチェンジUPを投げるから、私とフォームの似通っている彼女のチェンジUPは……!)

 

(やられた……。読まれてたんだ……)

 

(打てる!)

 

 

カキーン!!

 

 

『打った!大きいぞ!!』

 

(弥生ちゃん……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜子さんが投げたチェンジUPを堀さんはドンピシャのタイミングで捉えた。

 

「うわっ!タイミング完璧じゃん!」

 

「綺麗に合わせたね……」

 

「数少ないデータから見た堀さんと夜子さんの投球フォームは同じで、球種も知っている限りだと2人共似ている……。これで堀さんが夜子さんの投げるチェンジUPを上手く捉えたと見て良いだろうね」

 

「でもなんであんなにドンピシャに打てんただろう……?」

 

「投球フォームが似通っている投手はその投手の腕の振りとかで投げる変化球がわかるらしいですので、それで上手くチェンジUPを合わせられたのでしょう」

 

「そ、それってそんな簡単に出来るものなの……?」

 

雷轟の言う通り普通は出来ない。堀さん自身があれを意図的にやったのか、はたまた偶然出来た行動か……。前者だとしたら堀さんは投打共に優れた選手だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スタンドに……」

 

「入っていった……」

 

「ホームランだ!」

 

(弥生ちゃんがやってくれた……!この1点は大きいよ!あとは私が頑張って抑えるだけだね!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません……。打たれました……」

 

「いや、夜子はよくやってくれた。ストレートを2球続けたから、チェンジUPで堀を打ち取れるって思い込んでいた私が甘かった……」

 

(あの堀って人……私が振り被った瞬間にチェンジUPと予測してた動きが感じられた……。あの人は投手で、私と似たフォームで投げるんだろうね。つまり代打で出て来た彼女との勝負は避けるのが正解だった……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7回表。限界が近いながらも橘の変化球によって三者三振。

 

『ゲームセット!!』

 

堀さんのホームランによって梁幽館が1対0で勝利し、橘も四球3つだけなので、ノーノーを達成した。

 

「朝海さんと夕香さんとの勝負を避けて満塁策を取ったはづきさんが冷静に判断していましたね」

 

「塁が埋まっていると足が活かせない状態を作った事で勝負を制した……か」

 

(もしも上にいたのが3姉妹だけならば決して橘が有利とは言えなかっただろうね)

 

準決勝に駒を進めたのは梁幽館。そして前の試合では柳大川越が同じく準決勝進出を決めている。

 

(そうなると準決勝は梁幽館と柳大川越か……。どっちが勝つか予想出来ない……)

 

明日は私達も試合だし、雷轟も気合いが入っている。勝負してもらえるかはまた別だけど……。



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姫宮戦のオーダー

梁幽館と美園学院の激戦から翌日。今日は私達新越谷と姫宮高校が試合をする日。

 

(主将と藤原先輩にとっては少なからず縁がある対戦……って事みたいだけど……)

 

オーダーの方はどうするのかな?

 

「オーダーが決まったから、発表するね!」

 

芳乃さんが発表したオーダーは……。

 

 

1番 センター 主将

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 ファースト 川原先輩

 

4番 ピッチャー 藤原先輩

 

5番 キャッチャー 山崎さん

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 ライト 私

 

8番 レフト 照屋さん

 

9番 サード 武田さん

 

 

……というものになった。

 

(中村さんがベンチスタートって何気に初めてなんじゃ……?)

 

オーダーに関して1年生は全員納得している。中村さんも雷轟もベンチスタートなのは納得……してるんだよね?2人共表情に出てるよ?

 

「ちょっ、ちょっと待って!私が先発……しかも4番で良いの!?」

 

反応したのは藤原先輩。今回のオーダーは私達1年生だけで決めたものだから、主将も知らない。主将も藤原先輩と動揺に驚いている。

 

「……今回のオーダーはこれで大丈夫です。藤原先輩の長打力はうちでは雷轟に次ぎます。その雷轟がベンチにいるという事は他に4番を務めるのは主将か藤原先輩、そして中村さんの3人……。調整の為に今回中村さんはベンチスタートで、足がチームで1番速い主将は本来1番に向いています。そうなると4番は藤原先輩が良い……と私は思いました」

 

「……まぁ理沙は1度4番を経験しているし、朱里の言う事も妥当なんじゃないか?」

 

「怜……。そうね。頑張ってみるわ」

 

藤原先輩も問題ないようだ。今回の試合では稜桜学園相手に突破口を開いた照屋さんが8番で起用。私も7番でスタメンとして出場する事に。

 

(私よりも中村さんの方が打率高いし、中村さんをスタメンに置いた方が良かったんじゃ……?)

 

まぁ今更気にしても仕方ないか。芳乃さんも中村さんの調整の為って言ってたし……。

 

4回戦以降は新越谷は全員出場。偵察もなしで、準決勝は1日で行うみたいだし、偵察部隊も必要なくなった。

 

(とは言え梁幽館と柳大川越の試合は見たかったなぁ……)

 

梁幽館と柳大川越の試合と同時にもう片方の試合も行う……という日程になっている。ハードだなぁ……。

 

「さて!この試合に勝てば関東大会に出場出来ます。姫宮高校は元新越谷の生徒がいますが、私達は私達の野球をしていきましょう」

 

『はいっ!』

 

藤井先生の言葉で私達はより一層気合いを入れる。11月に行われる関東大会に出場するにはこの試合に勝つ必要がある。

 

(主将達にとっては金子さんと吉田さんの2人が元新越谷で多少なり因縁があるだろうし、この試合は勝つと関東大会出場権を得られるから、プレッシャーが強いだろうなぁ……)

 

なんにせよこの試合は負けられないね……!



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県大会4回戦!新越谷高校VS姫宮高校①

姫宮戦は短めに書きます。


じゃんけんの結果、私達は先攻となった。そして今日1番の主将が初球から吉田さんのストレートを捉えるけど……。

 

「お願い!」

 

ショートの金子さんのファインプレーに阻まれる。最近ショートの活躍しか見てないと思うの私……。

 

「上手いわね……」

 

「ショートの金子さんは姫宮の中でも頭1つ抜けていますね。金子さんと吉田さんが3年生引退後の姫宮を引っ張っているのでしょう」

 

(でもずば抜けているのはあの人だけ……)

 

 

カンッ!

 

 

藤田さんの打った打球サードゴロだけど、処理するのがやや遅れている。過剰に庇わない分稜桜よりもチームワークがあると見て良い。尤も稜桜もこれからな部分は見えるけど……。

 

(それに友沢や三森3姉妹の場合はその守備力を信用、信頼して他の人達は守備に付いている感じがあるけどね)

 

昨日の美園学院は3姉妹の守備力の高さと守備範囲の広さを信頼して他の内野手は外野寄りに守り外野の守備力を総合的に高くしている。そうなると3姉妹が引退した後の美園学院が気になるところだね……。

 

『アウト!』

 

サードの人が慌てるも、金子さんがフォローに入る。こういうチームワークが高いところは後々厄介になるかも知れないね。

 

「あっちのショートとピッチャー、元新越谷なんでしょ?」

 

「ああ……」

 

「不思議ですね。新越谷の同期でキャプテンが2人いるのは……」

 

「そう……だな」

 

ふとベンチを見ると川崎さんと大村さんが主将とそんな会話をしている。デリケートな部分だからなるべく触れない方が良いと思ったけど、そんな軽々しく切り込んでも良いのかな……。

 

「あの投手はどんな感じだったんですか?」

 

「彼女が投手をやっているのはこの秋大会からだと思うぞ。確か私と同じ外野手だった筈だ」

 

主将の言うように吉田さんが投手をやっているのは秋大会から。姫宮は1回戦と3回戦の後半に投げていたけど、本来のポジションはセンターの割合が多い。つまりは急造の投手である可能性は高いけど……。

 

『アウト!』

 

「あの投手、結構落ち着いているね」

 

「元々吉田さんは投手に向いている選手だったのかもね。藤原先輩と同じように投手の才が開花している可能性が高い……」

 

「もしあの2人が新越谷に残っていたらもっと強くなれたのかもな~!」

 

そうなると今でも全国優勝までしているのに、更にレベルアップするね。……いや、そうなると別のifがあるのかな?例えば私と雷轟が新越谷にいなかったりとか、或いは私と雷轟の存在そのものがこの埼玉にいなかったのかも……。

 

「でもそれだとあんたは試合に出られないわよ?」

 

「それは困る!」

 

確かにそうなると川崎さんがベンチスタートの可能性があるね。……というか不祥事がなかったら部員も今の倍近くはいたかも知れない。

 

「……気になる?」

 

「……もしかしたら選択次第では私もあの2人に着いて行っていたのかもなって。私達は運良く夏大会に出られて全国優勝まで果たせたけど、あいつ等は出場停止期間中だったんだよな」

 

「変なところにこだわるわね。別になんとも思ってないんじゃない?」

 

「えっ?」

 

「それに私はそれどころじゃないわ。折角4番投手の夢が叶ったんだから。こんな機会はもう2度とないかも知れないし、この瞬間を全力で楽しむわ」

 

「……頼んだぞ」

 

……主将の方は多少金子さんと吉田さんを気にしている感じがするけど、藤原先輩はそんな主将を落ち着かせている。新越谷を引っ張っているのは主将だけど、そんな主将を支えているのは藤原先輩。この2人は良いコンビだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初回は無得点……。なんか新越谷も姫宮も動きが固い気がするな~」

 

「姫宮の方は投手とショート以外は全体的に守備力が低めですね。それを上手くショートがカバーしています」

 

「カバーって言っても精神面でのカバーをしているように見えるね」

 

「それが姫宮の強さ……といっても過言ではないと思います」

 

「……で、新越谷の方は?」

 

「新越谷……というよりは岡田さんがこれまでよりも遠慮が見える気がしますね。金子さんと吉田さんが元新越谷なのが何かしら関係している可能性が高いでしょう」

 

「瑞希はそれを調べたりしたの?」

 

「もしも私が新越谷の選手だったら多少なりは調べますが、そんな無粋な事はしません。やろうと思えば出来ますが……」

 

「やろうと思えば出来るんだ……」

 

(やっぱ瑞希ってそういう趣味のある変態のような気がしてきたな~)

 

「……いずみさんから失礼な視線を感じるのですが?」

 

「気のせいだって☆」



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県大会4回戦!新越谷高校VS姫宮高校②

注釈しておくと、この小説において金子さんと吉田さんは怜や理沙とは名前で呼び合う関係です。


1回裏。藤原先輩が秋大会で投手として起用するのは初めてだけど、果たして……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

今日も藤原先輩が投げるジャイロボールは勢いがある。向こうも何かしら対策をしている可能性はある。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(藤原先輩の球はそう簡単には打たれない筈……。それをいとも容易く捉えるのは金子さんのバッティングセンスが抜群だと言う事……)

 

データを見るとこの秋大会において金子さんの打率の高さは県内トップクラス。

 

(小陽とは50音順でよく組んで片付けや雑用をしていた……)

 

(互いに怖い先輩が消えるまでは頑張るって決意していた筈だったのに、1年間の停部が決まった瞬間に野球が出来ないのが我慢出来なくて野球部を出て行った……。うちらは謂わば裏切り者なんだ……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(そんな新越谷野球が再建されて、夏大会も全国優勝まで辿り着いたって話を聞いた時は『うちらも残っていれば……!』と後悔もしたし、怜達が羨ましかった。それに引け目も感じてたしね)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(……怜達は不祥事から前を向いて進んだ結果、全国優勝まで登り詰めた。私も負けてはいられない!)

 

 

カキーン!!

 

 

『打った!』

 

金子さんが藤原先輩の球を完璧に捉えて、その打球はスタンドへと消えていった。

 

(今や私はこのチームのキャプテンを任せられているんだから!)

 

(やられたな……。それにしてもすっかり姫宮の一員か……。あれから1年経っているんだもんな。あいつらもこのチームもあの時とは違うんだ)

 

後続はランナー出塁を許しつつもピンチを抑え、なんとか1点で済んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫宮の先頭打者……。あのジャイロボールをホームランにするなんて凄いね~。正直アタシじゃ無理かな」

 

「藤原さんの投げるジャイロボールはわかっていても簡単には打てません。それを捉えた金子さんが優れた打者……という事でしょう」

 

「でもまだ藤原さんも全力じゃないんだよね?」

 

「そうですね。この試合で何イニング投げるかによってペース配分を考える必要がありますので、全力投球は極力しないでしょう」

 

(1打席目にジャイロボールをスタンドへ運ぶ程のパワーを持つ金子さん相手には本気で投げざるを得ないでしょうね。金子さんは全国でもトップクラスの打者だと言うのが伝わってきます)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2回表。ツーアウトで川崎さんが意表を突いたセーフティバントによってランナーが一塁となって私の打順。吉田さんの球数をなるべく費やすように打っている。

 

(この人には結構粘られますね……。こういうタイプの打者は本来勝負を避けるべきなんでしょうが……)

 

(この局面……。歩かせてくるなら、ラッキーくらいに思って粘り打ちを続けている。吉田さんも良い投手だけど、根気強く粘れば突破口は必ず開ける筈……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(後続の皆に繋ぐ為にも、1球でも多く吉田さんの球を見てもらう!)

 

 

カンッ!

 

 

やばっ!三塁線に飛ばすつもりが三遊間に飛ばしちゃった!

 

「任せて!」

 

まぁあの打球はショートの金子さんが処理する訳で……。

 

『アウト!』

 

(ちょっと迂闊だったなぁ……。いや、あれはそういう風に打たせた吉田さんに軍配が上がるかな)

 

仲間を信頼した良いピッチング……。夜子さんと同じタイプだね。



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県大会4回戦!新越谷高校VS姫宮高校③

試合は進んで4回。

 

前のイニングで新越谷は主将のタイムリーツーベースでなんとか同点になったものの、後続は抑えられ続ける。そして藤原先輩も1打席目の借りを返すべく金子さんを三振に抑えた。

 

 

カンッ!

 

 

先頭の山崎さんがヒットで繋ぎ……。

 

 

 

コンッ!

 

 

川崎さんが再びセーフティバントを決めて、ノーアウト一塁・二塁のチャンスで私に回ってくる。

 

「勝ち越しのチャンスだ!」

 

「頼んだぞ朱里ーっ!」

 

(期待が重いなぁ……。これで期待に応えられないのは不味いでしょ!)

 

(前の打席では運良く打ち取れたけど、この人は今日の新越谷のスタメンの中で1番危険だと思います。歩かせた方が良いでしょうか……?)

 

まぁ歩かせてくれるならラッキーくらいには思っているけど、向こうがどう出るか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノーアウト一塁・二塁で朱里さんですか……」

 

「朱里ってどっちかって言うとチャンスメイクするタイプなんだよね~。打者としては」

 

「シニアでは朱里ちゃんがチャンスを作って、後続がそれを広げて、上位打線に回ってきたら一気に決める……っていうのが朱里ちゃんが出場した時の得点パターンだもんね」

 

「これまではチャンスで朱里さんに回ってきた数が少ないですからね。朱里さんがどのようにするか、そして向こうが勝負してくるか見物ですね」

 

「朱里ちゃんが歩かされる可能性もあるの?」

 

「1打席目で朱里さんが見せた粘りは投手側としては1番嫌なパターンの打者です。そうならないように歩かせる可能性は低くありません」

 

「捕手が立ち上がってないのを見ると朱里とは勝負するみたいだね~☆」

 

(果たして姫宮側には朱里さんに対する勝算があるか、それとも朱里さんが新越谷勝ち越しの切欠を掴むか……。それがこの打席の肝となるでしょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

捕手が立ち上がってないところを見ると勝負はしてくれるみたい。まぁ主将や藤原先輩や雷轟とかに比べると大した打者じゃないし、一塁が空いている訳じゃないから、無理してピンチを広げる必要もないって事かな。まだ同点だし。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(この15番、やはり吉田さんの球に着いていっている……。タイミングも完璧です)

 

(ここで私がミスをしても次は照屋さん……。打率の方は私達の中でも上位だから期待値も高い)

 

だからと言って私が易々とミスをする訳にはいかないけど……ね!

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(少しタイミングがずれた……。下手すれば空振りするところだったよ。危ない危ない)

 

(これでもまだ打ってくるのね……。もう少しタイミングをずらせれば……!)

 

3球目。吉田さんは振り被る。

 

(えっ?この球は……!)

 

 

ガッ……!

 

 

吉田さんが不意に投げてきた球に私は打ち上げてしまった。

 

『アウト!』

 

(まぁゲッツーじゃないのが不幸中の幸いかな……)

 

もしかしたらまだまだ吉田さんの、姫宮の攻略は程遠いかも知れないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃんが打ち取られちゃった……」

 

「今の球ってチェンジUP……だよね?」

 

「チェンジUP……というよりはサークルチェンジと言った方が正確ですね。普通のチェンジUPよりもやや斜めに曲がるのが特徴的な変化球です」

 

「斜め……?」

 

「しかも普通のチェンジUPと殆ど差違がないのが厄介な球ですね。普通のチェンジUPと誤認させてサークルチェンジを打ち取らせる……というのが本来のサークルチェンジの使い方だそうです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「吉田さんが最後に投げた球は何だったの?」

 

「チェンジUP……でしょうか?」

 

私がベンチに戻ってくると雷轟と大村さんが私に尋ねてきた。

 

「……あれはサークルチェンジと言ってチェンジUPとはちがってやや斜めに曲がる球種だね」

 

「サークルチェンジを投げる投手を見るの初めてだよ~!」

 

芳乃さんがぴこぴこしていた。まぁ私もサークルチェンジを打席で見るのは初めてだけど……。

 

(これで更に吉田さんが普通のチェンジUPを持っていると厄介だな……。1打席目では温存されていたし、まだ見ぬ変化球を隠している可能性もある)

 

そうなるとこの試合も苦戦を強いられるかもね……。



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県大会4回戦!新越谷高校VS姫宮高校④

姫宮戦完結。短くて申し訳ないです……。


試合は1対1のまま互いに譲らない展開となっている。

 

藤原先輩は持ち前のジャイロボールと見せ球に使っているカーブとカットボールが良い感じに相手の打線に刺さっている。

 

吉田さんの方はストレートとサークルチェンジの相性が抜群でヒットこそは出るものの、連打は出来ず得点には至らない……。

 

「中々攻略出来ないね……」

 

「要所でサークルチェンジを使って抑える様は清澄の刀条さんのピッチングを連想させるね。ストレートもかなり速い部類だし……」

 

ストレートの攻略自体は速い球を幾度も打ってきた私達からしたら難しくはない。しかしサークルチェンジは中々見る機会がないから、タイミングを狂わされる。

 

(それでも吉田さんから1点は取れている……。ヒットも打てているし、こうなったら要所のタイミングで……!)

 

ある決意した私はその機会が来るのを虎視眈々と待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試合は終盤まできたね……」

 

「得点は1対1のまま……。予想以上に藤原さんと金子さんが両打線を良いところで抑えています」

 

「今のところどっちが有利なんだろ……?」

 

「一概には言えませんが、手の打ちようがあるのは姫宮の方でしょう」

 

(吉田さんの投げるサークルチェンジを攻略出来たのなら、一気に試合が動く可能性もありますね……。それ程までに新越谷の打線は強力で、姫宮の守備が粗いです)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は7回表まで進み、1対1の同点のまま……。チャンスは作れるんだけど、吉田さんのサークルチェンジと金子さんの守備力がそれを阻む。更に金子さんの声掛け等でガチガチだったバックも持ち直している。

 

(さて……。仕掛けるならここかな?)

 

この回は8番から。照屋さんの成績は決して悪くないんだけど……。

 

「雷轟、お願いね」

 

「うん!」

 

ここで雷轟に交代。勝負してくれるのならそれに越した事はないけど、目的は確実にランナーを溜めてチャンスを作る事……。

 

(雷轟遥……。新越谷で何度も4番を任され、長打力なら全国トップクラスの実力の持ち主。ここは歩かせましょう)

 

(……そうね)

 

ここで相手捕手が立ち上がる。予想通り敬遠か……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

(雷轟の走塁は影森戦を見ていればある程度警戒してくる筈。それなら次の武田さんは……)

 

同じ事を考えていたのか、芳乃さんは武田さんに送りバントのサインを出していた。

 

 

コンッ。

 

 

確実に送ってワンアウト二塁。主将の打席に回ってくる。

 

(ここで決まらなければ流れは向こうに渡ってしまう……。是非とも勝ち越しのタイムリーを要求します……!)

 

主将には頑張ってほしい。

 

(チャンスの場面で私か……。皆これまで美月のサークルチェンジに翻弄されてチャンスが悉く潰されてしまっていた……)

 

『ストライク!』

 

(それは私だって同じ。それでも皆は責める事なく次のチャンスを待とうと励ましてくれた……)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(そんな頼もしく、優しいチームメイトの期待に……私は応えたい。小陽が今の姫宮のキャプテンであるように、私だって新越谷高校野球部の……キャプテンなんだから!!)

 

 

カキーン!!

 

 

主将はサークルチェンジに上手くタイミングを合わせ、ボールを捉えた。

 

「センター!!」

 

打球はセンターへとグングン伸びていき……。

 

『ホームラン!』

 

そのままスタンドへと消えていった。

 

「や……」

 

「やったーっ!」

 

「勝ち越しのツーランホームランだ!!」

 

サークルチェンジも普通のチェンジUPと同様に球の力はない。本来タイミングを外す為に投げられる球なのだから、タイミングさえ合わせれば力を込めて打った打球がホームランになる事も珍しくはない。

 

(新越谷の主将としての意地……。今のホームランからはそんな感じを受けました)

 

やはり私達新越谷を引っ張ってくれるのは岡田主将しかいないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお~!今の一撃は凄かったね!」

 

「岡田さんは和奈さんや雷轟さんのようなパワーはありませんが、パンチ力はあります。芯に当てればホームランが出るタイプの打者ですね」

 

「打ったのがサークルチェンジだから……というのもあるの?」

 

「それもあるでしょうね……っと」

 

「瑞希ちゃん?立ち上がってどうしたの?」

 

「現状の新越谷のデータは粗方集まりましたので、白糸台に帰って色々試してきます。新越谷が関東大会に出場する事はほぼ決まりましたし」

 

「……アタシも行こうかな~。良い気分転換が出来たし、そろそろ実戦に参加しなきゃ鈍っちゃうよ」

 

「そっか……。瑞希ちゃんもいずみちゃんも関東大会で新越谷と当たる可能性があるんだね」

 

「はい。あとは関東大会に向けて私なりに調整をしてきます」

 

「アタシも頑張っちゃうもんね~!」

 

「……私はもうちょっと新越谷の行く末を見ていこうかな。非道さんは関西大会まで試合に参加しなくても良いって言ってたし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

7回裏の守備は雷轟がしれっとエラーをしてピンチになったものの、藤原先輩がなんとか踏ん張って無得点に抑えた。

 

(これでひとまずは関東大会に出場決定……か……)

 

あとは準決勝と決勝戦。どのようにするかも色々考えないとね。



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和解

私は藤原先輩のクールダウンに付き合う為に球場から少し離れた場所でキャッチボールをしている。ちなみに主将も一緒で3人でしている。

 

「あの、私がクールダウンに付き合っても良いんですか?」

 

「もちろん。朱里ちゃんとクールダウンするのは私達投手陣の間では更なる成長をするって有名よ?」

 

何それ?私初めて聞いたんだけど……。

 

「それ程までに朱里のアドバイスが役に立っているんだろう。理沙がこんなに凄い球を投げるのは朱里のお陰だって言ってたし」

 

「主将……」

 

「本当にね。朱里ちゃんがいなかったら私が4番投手……なんて役職にも付けなかったと思うわ」

 

それはどうなんだろう?息吹さんの時も思ったけど、いずれは藤原先輩が4番投手になれていた可能性もあると思う。

 

藤原先輩は元々パワーのある選手だし、芳乃さんが藤原先輩の投手の才に気付いたのだから、ジャイロボーラーにはなれなくてもストレートが速い投手にはなれただろう。

 

「怜、理沙……」

 

主将達を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、金子さんと吉田さんがいた。あれ?何これデジャブ?

 

(あの時は藤原先輩の代わりに芳乃さんがいたんだよなぁ……)

 

しかし今は上級生2人と元新越谷の上級生2人。皆のところに帰って良いですか?

 

「小陽、美月……」

 

「今日は良い試合だったよ。私達は負けちゃったけどね……」

 

「あと……関東大会出場おめでとう」

 

「あ、ありがとう……」

 

お互い気まずそうにポツポツと話している。間に挟まれている私の方が気まずいんですよ。胃がキリキリするの……。

 

「……ごめんね。不祥事に耐えられなくなって部を出て行ってしまって」

 

「いや、野球が出来なくなるって考えたら仕方ないと思う」

 

「そんな環境の中2人は新越谷で頑張り続けて、後輩達も入ってきて、全国優勝まで果たして、今日も関東大会出場を決めた……」

 

「……そうね。本当に良い後輩を持ったわ。特にこの朱里ちゃんね」

 

突如藤原先輩が私の肩を掴んできた。えっ?

 

「そうだな。私達がここまで大きくなったのは朱里の尽力が大きかったよ」

 

し、主将まで……。

 

「私は大した事はしてないですよ……」

 

「あら、朱里ちゃんのお陰で私はジャイロボールを投げる事が出来たのよ?」

 

そ、それはそうなのかも知れませんけど、面と向かって言われるとなんか恥ずかしいですよ……。

 

「……貴女は今日の試合でかなり粘られたわ。投手としても野手としても優秀なのね」

 

「……私は大した事はありませんよ。今日の試合だって自分に出来る事をやったまでです」

 

「謙遜は過ぎると嫌味になるぞ。称賛は受け取っておけ」

 

私が称賛される理由がわからないんだけど……。

 

「わ、わかりました。ありがとうございます……」

 

「……私達も負けられないな。私達にも素晴らしい後輩達がいる」

 

「そうね。今日は新越谷に負けたけど、次に試合する時は負けないから」

 

そうそう!姫宮には姫宮の良さがありますよ。特に捕手の人とか将来有望な選手になると思います!二宮みたいにはなってほしくないけど!

 

「怜に負けないように姫宮のキャプテンとしてこれからも頑張るよ」

 

「ああ……。応援してる」

 

主将と金子さんが握手をする。再会した時の気まずさや蟠りもこれでなくなったと思われるね。

 

(次に戦う時はもっと手強くなってるだろうね……!)

 

急造の投手だった吉田さんだけど、吉田さんは投手としても大成すると思う。金子さんも良いショートになる。それは友沢にも負けない選手に……!

 

「じゃあ私達はこれで……」

 

「新越谷の躍進を応援してる。私達にはその資格があるかわからない裏切り者だけど……」

 

「そんな事ない。今の2人は立派な姫宮の一員だが、応援する資格がない……なんて事はない!」

 

「そうよ。2人は確かに新越谷野球部にいたわ。そして今は姫宮で前を向いている……。そんな2人を裏切り者だなんて思ってないわ」

 

「ありがとう……!」

 

4人は抱き合っていた。私がこの場にいて良いかわからないけど、良かったですね。4人共……。



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準決勝は……

準決勝まで明後日に迫っているある日。私は芳乃さん、主将、藤井先生の3人と話していた。

 

「そうですか……」

 

「私事で大変申し訳ないんですが……」

 

「……本音を言えば私達は朱里の力に期待している。仮に新越谷が秋大会を制して全国出場を決めたとしても、朱里が参加出来ないのをわかってはいるんだが……」

 

「うん……」

 

やはり3人共苦い表情してるよね……。まぁ正直私の言っている事はただのわがままで自分勝手なものだ。まぁ二宮達は同様のわがままを押し通しているんだけど……。

 

(私だって本当は試合に参加したいけどね……)

 

「……わかりました。監督として早川さんの準決勝不参加を許可しましょう」

 

「……ありがとうございます」

 

正直通るとは思わなかった。試合には不参加で、偵察に行く訳でもないからね。

 

「その代わり決勝戦まで進んだらまた私達に力を貸してね!」

 

「それは……言われるまでもないよ。私の力なんかが役に立つのなら」

 

準決勝の相手は咲桜。田辺さん達が引退して、友沢が怪我で不参加とは言えシード候補であるのは間違いない。

 

「そんな事はないさ。4回戦だって朱里の粘りのお陰で突破口が掴めたようなものだしな。そして今までの試合も……」

 

「……買い被りですよ」

 

本当にね……。試合を決めたのは主将だし、私はむしろチャンスを潰しちゃったくらいなのに……。

 

「何々?なんの話をしてるの?」

 

話をしていると雷轟が割り込んできた。

 

「……いや、なんでもないよ。話はもう終わっているしね」

 

「ふーん……?まぁ良っか!」

 

訝しげに私を見ているけど、深入りはしないようだ。なんとなく察しているんだろうなぁ……。普段の言動からはわかりにくいけど、雷轟は頭の回転が速い。学力も学年1位を取れるレベルだしね。

 

「それよりも朱里ちゃん!バッピをお願いしても良い?橘さんの対策をしたいから!」

 

「橘の……?」

 

そうか……。橘も球種は違えど偽ストレートを投げるようになった。スタンド越しだと判断はし辛いけど、媒体の変化球はスクリュー、カーブ、スライダーのどれかである可能性が高い。

 

(まぁ私達の知らない変化球を橘が覚えている可能性もあるけど、今の内に予習しておくのも悪くないか……)

 

「構わないよ」

 

「ありがとう!」

 

話を切り上げて私は雷轟とグラウンドに向かった。

 

「……私達は朱里に頼り過ぎたのかな?」

 

「どうなんでしょうね……?朱里ちゃんのお陰で夏大会も全国優勝まで辿り着けたし」

 

「……何れにせよ新越谷が秋大会を勝ち抜けば、春にある全国大会に早川さんは参加しません。1回戦の時と同じように早川さんがいない環境に慣れるべきなのかも知れませんね……」

 

「「そうですね……」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準決勝当日。私は試合会場には行かずに、ある場所に向かっている。

 

「来たよ」

 

「……まさか本当に来るとはな」

 

行き着いたのは友沢の病室。

 

「今の友沢は目を離すと危ない気がしたからね。特にこの準決勝……新越谷と咲桜が戦うこの試合は友沢1人で見せる訳にはいかないよ」

 

「経験者は語る……か。朱里がそう言うのなら、今の私はかなり危ない状態なんだろうな」

 

過去に私が右肩を故障した時に川越シニアの試合見るとドス黒い感情が沸いた事がある。そうなったら取り返しのつかない事になる……と二宮に言われて、二宮がずっと私の側にいてくれた。

 

(思えば二宮がいなかったら私の野球人生は終了していたんだろうなぁ……)

 

二宮の存在にありがたみを感じる今日この頃だった。



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病室にて

新越谷VS咲桜は更に短いかも……?そして3年生が引退した後の咲桜の原作キャラを誰1人知らない……。咲桜で名前知っているあの人は何年生だったっけと感じてしまう今日この頃。

今日はオリキャラ紹介他校編の続きを書きましたので、興味のある方々は是非見ていってください。


私は友沢のお見舞いに来て、準決勝の新越谷と咲桜の試合をこの病室のテレビで見る事に……。

 

「私達の学校の試合を病院のテレビで観戦とは新しいな。入院している私はともかく……」

 

「私も一応チームに許可はもらっているとは言え、不思議な光景だよね……」

 

そんな事を話しているとノックの音が聞こえた。このタイミングで来る人は大体絞られるけど……。

 

「どうぞ」

 

入ってきたのは田辺さんと小関さんの2人だった。

 

「亮子ちゃん、具合はどう?」

 

「特に問題ありません。お見舞いありがとうございます」

 

「早川さんも来てたんだ……。試合の方は大丈夫なの?」

 

小関さんが私に質問する。まぁその質問は当選だよねぇ……。

 

「……色々と理由はありますが、彼女には私のようになってほしくないというのが1番大きい理由です」

 

「……詮索は止めておいた方が良いか。見舞いついでに咲桜と新越谷の試合を見ていきたいけど、構わないかな?」

 

「断る理由がありません」

 

田辺さんと小関さんもテレビ観戦に参戦した。

 

(この2人がいるのなら私はいなくても大丈夫なのかも知れないけど、友沢には私のようになってほしくない……)

 

この試合が終わるまでは見守っておこう。田辺さんも小関さんも既に引退してるしね。

 

「……遅れましたが、2人共プロに指名されていましたね。おめでとうございます」

 

2人を見てふと思い出したので、祝いの言葉を送る。

 

「ありがとう。本来なら私達は大学に行く予定だったんだけどな……」

 

「プロに指名されるのはとても光栄だと思ったからね。思い切って入団を決意したよ」

 

まぁ普通はそうだよね。神童さんと大豪月さんの2人が別枠なだけで……。

 

「プロの舞台では敵同士……。対戦する事になったら負けないよ!」

 

「その前にいつ1軍に上がれるかなんだが……」

 

田辺さんも小関さんも男女混合チームに指名されているけど、2人の実力がプロ目線だとどれくらいなのか未知数だ……。

 

(男女混合でも神童さんや大豪月さんは通用するだろうけど、他はどうなんだろう?永水の神代さんなんかも多分通用すると思う。彼女はムラがあり過ぎるけど……)

 

そういえば梁幽館の中田さんと陽さんも男女混合チームに指名されてたね。あとの梁幽館の3年生レギュラー陣は女子独立リーグに多くが指名されていた。やはり今年の梁幽館は凄いチームだったよ。勝てたのが不思議なレベル。

 

(まぁ私がそれを考えても仕方ないか……。今は新越谷の皆が決勝戦に進めるように祈るだけだ)

 

『プレイボール!!』

 

私達の準決勝が始まった……。



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早川朱里が不在の準決勝

滅茶苦茶久し振りに遥視点で話を書きます。


雷轟遥だよ!今回は本・当に!久し振りに私視点で話をお届けするよ!

 

(今日の試合は朱里ちゃんがいないけど、朱里ちゃんの分も頑張るぞ~!)

 

「じゃあ早速今日のオーダーを発表するよ!」

 

芳乃ちゃんが準決勝……咲桜戦のオーダーを発表する。

 

 

1番 ファースト 希ちゃん

 

2番 キャッチャー 珠姫ちゃん

 

3番 ライト 光先輩

 

4番 レフト 私

 

5番 センター キャプテン

 

6番 サード 理沙先輩

 

7番 ショート 稜ちゃん

 

8番 セカンド 菫ちゃん

 

9番 ピッチャー ヨミちゃん

 

 

これが芳乃ちゃんが発表したオーダー。良かった……。今回は出場出来たよ。

 

(でも歩かされる可能性は高いって朱里ちゃんは言ってたなぁ……。本当は投手と勝負したいよ)

 

まぁそうなると私の盗塁を見せるだけだもんね!今の私は新越谷で1、2を争える走力を持ってる……って朱里ちゃんが言ってたんだから!

 

「皆、聞いてくれ」

 

キャプテンが私達を呼び止める。

 

「私達新越谷は夏大会で全国優勝を果たし、今回の秋大会も準決勝まで勝ち進む事が出来た……。私達だって成長はしているが、一重に朱里の存在が大きいように私は感じた。皆はこれにどう思う?」

 

キャプテンは私達新越谷がここまで成長出来たのは朱里ちゃんのお陰なんじゃないかと言っている。

 

(私は……。私自身が今の立場にいて、野球が楽しく思えるのは間違いなく朱里ちゃんのお陰……。でも……でも皆はどうなんだろう?)

 

私が葛藤していると1人ずつ話し始めた。

 

「私は……朱里ちゃんにお世話になったんは主に夏大会の梁幽館戦。あの時橘さんからホームラン打てたんは朱里ちゃんのお陰やと思っとう。朱里ちゃんがいなかったらあの時どうなってたか……。想像出来んよ」

 

「洛山戦で私が思い切り振れたのは間違いなく朱里のお陰ね。朱里には他にも2番がこなすべき役割なんかも教えてもらったわ。それに格上相手に対してどこか諦めていた自分に渇も入れてくれた……。朱里がいなければ私はここまで成長出来なかったと思うわ」

 

「朱里ちゃんには投手面でお世話になったわね。ジャイロボールを投げられるようになったのは朱里ちゃんが色々教えてくれたお陰だしね。投手をやる楽しさを、成長していく自分を知ったのは朱里ちゃんがいたからよ」

 

「私は朱里のお陰で左打ちっていう解答を得れたし、打率も伸びた……。朱里がいなかったら私は落ちぶれていったんじゃないかって今でも不安に思ってる……」

 

希ちゃん、菫ちゃん、理沙先輩、稜ちゃんがそれぞれ話し、一呼吸置いてまた1人ずつ話す。

 

「……私、朱里には感謝しかないわ。朱里のリトル時代の決め球だったシンカーを私の決め球に推してくれたし、ムービングファストボールっていう私だけの球も投げる事が出来た。もしも朱里がいなかったら、きっとコピーに頼りがちだったがでしょうね」

 

「朱里さんにはコンパクトにスイングする事を教えてくれました。それに外野の守備の時にも風向き等で落下点が変わったりする事なんかも……。朱里さんがいなければ私は未だに守備で足を引っ張っていたかも……知れません」

 

息吹ちゃんと白菊ちゃんが話して、次は星歌ちゃん、光先輩、文香ちゃんがまた話し始める。

 

「星歌がここにいるのは……朱里ちゃんに勇気をもらったから……。朱里ちゃんがいなかったら野球をやっていなかったよ。だから星歌が野球を続けられるのは朱里ちゃんのお陰」

 

「朱里ちゃんとの付き合いはまだ浅いけど、私が投球関連で悩んでいるところを朱里ちゃんのお陰で解決出来たんだ……。朱里ちゃんはそんな事ないって言ってたけどね」

 

「私も朱里さんとの付き合いは浅いです……。ですが外野の練習では朱里さんの動きを参考にさせてもらっています。朱里さんがいなければ私はここにいたかわかりません……」

 

そして芳乃ちゃん、珠姫ちゃん、ヨミちゃんが話す。

 

「私が本当に朱里ちゃんのお世話になったのは梁幽館戦以降かな。私がベンチ裏で悩んでいた時に……その時は希ちゃんも一緒だったけど、それからは無自覚に朱里ちゃんに頼りがちになってた……。いつの間にか依存してたんだと思う」

 

「私が二宮さんの捕手の技術が凄くって、それで自分もあんな風になれるか……って思ってたら、朱里ちゃんは『山崎さんには山崎さんの良さがある』……って肯定してくれたんだ。私はずっと悩み続けてた……」

 

「朱里ちゃんにはストレートに見せ掛けた変化球を教えてもらったよ。あれのお陰でピッチングの幅が広がったし、他にも時々朱里ちゃんにはフォームを見てもらってる……。朱里ちゃんのお陰で私も成長出来たんだ」

 

(やっぱり私だけじゃなかったんだ……。朱里ちゃんは皆に良い影響を与えてたんだよ!)

 

それでも朱里ちゃんには迷惑掛けっぱなしだよ。未だにエラーする事が多いし……。

 

「……私は、朱里ちゃんと、もっともっと、新越谷で野球がしたいよ!」

 

「遥……。そうだな。それは私……いや、私達も同じ気持ちだ。だから……この準決勝、絶対勝って決勝戦に進むぞ!!」

 

『はいっ!!』

 

私達は朱里ちゃんに顔向け出来るように、胸を張れるようにこの試合に……勝つんだ!!



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校 前編

色々考えた結果、準決勝は2話に分けて書く事になりました。そして短い!

前編は朱里視点、後編は遥視点で執筆します。

※咲桜側にオリキャラが出ます。閲覧注意。


「始まったね~。準決勝!」

 

「咲桜先輩としては是非とも咲桜には勝ってほしいな」

 

新越谷と咲桜の試合が始まる。今日は他の球場で梁幽館と柳大川越の試合をやっているみたい。どんな日程で秋大会をやっているんだろう……。

 

「先発は太刀川か……。中々良い球を投げる上に、新越谷からしたらデータがないに等しいから、序盤は苦戦するだろうな」

 

「聞いた話によると最近レギュラーに昇格したんだよね」

 

話によると太刀川さんは1年生らしい。捕手の人は夏大会で友沢の球を捕っていた同じく1年生の小鷹さんだ。

 

(夏大会の時から思っていたけど、小鷹さんは二宮と同じ分析タイプの捕手なんだよね。友沢の投げる球が圧倒的過ぎてわかり辛かったけど……)

 

分析タイプの捕手は三振を取るタイプの投手よりも打たせて取るタイプの投手の方がより捕手としての実力を発揮出来る。まぁ二宮は例外中の例外だけどね。

 

本来の二宮は投手の良さを引き出して、打者を抑えさせるタイプ……もとい三振タイプとも相性が良い(ちなみに山崎さんと洛山の非道さんも同じタイプの捕手)。それなのに本人が分析やら情報収集やらを趣味としているので、分析タイプとしても活躍出来る。要するに化物レベル。

 

 

カンッ!

 

 

先頭の中村さんは太刀川さんの球を引っ掻けてアウトとなってしまう。太刀川さんはそういうタイプの投手か……。

 

(こういう投手の方が存外苦戦しやすいのかもね……)

 

「広ちゃんの立ち上がりは良い感じだね」

 

「はい。今日の太刀川は調子が良いと思います」

 

友沢と田辺さんの会話からして太刀川さんの調子は良いらしい。

 

(何れにせよ私に出来るのは皆を信じる事だけ……か)

 

今日は雷轟も出てるし、頑張ってほしいところだね。歩かされるかもだけど……。

 

「亮子ちゃんの退院っていつ頃になるの?」

 

「関東大会の途中くらいには皆と合流出来ると思います」

 

関東大会開幕の咲桜に友沢がいない事がわかったけど、それを差し引いても咲桜は強い。今も皆がてこずっているから、それがよくわかる。

 

(咲桜も柳大川越に負けないくらい1年生が多く出場している……)

 

夏大会の準決勝では友沢の変化球を捕る為に小鷹さんが出場しており、この秋大会からは友沢と小鷹さん、太刀川さんの他にも3人がベンチ入りしているらしい。凄いよね。仮に私達新越谷の1年生だったら何人が咲桜のベンチに入れるのかな……?

 

試合に戻ると初回は太刀川さんのピッチングと咲桜の守備力によって無得点で終わってしまう。

 

(太刀川さんのピッチングと咲桜の守備を見て芳乃さんや藤井先生はどう思うんだろうね……)

 

雷轟が歩かされる事を考えるとこの試合も投手戦になるのを覚悟した方が良いだろう。



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校 後編

始まった準決勝……。私達は先攻だ。

 

「咲桜の先発……見た事ないな」

 

「あの人は1年生の太刀川さんだね。この秋大会でも何回かマウンドに上がってるよ」

 

稜ちゃんの疑問に芳乃ちゃんが答えた。相変わらずよく分析してるよね。キャプテンや朱里ちゃんと他校のデータを色々調べてたんだっけ?

 

「1年生……って事は私達のライバルになる訳ね」

 

「咲桜は3年生が引退してからは柳大川越と同じように1年生を多く起用している伏があるみたいだね。今の咲桜は友沢さんの他に1年生5人がベンチ入りしてるよ!」

 

「5人も!?余程凄い実力を持っているのね……」

 

私達新越谷は上級生が3人しかいないから必然的に多く1年生が出場してるけど、もしも私達が咲桜の生徒だったら果たしてベンチ入り出来たのかな……?

 

「今日は5人共スタメンに入っているみたい。先発投手の太刀川さん、捕手の小鷹さん、ファーストの川星さん、サードの大空さん、センターの美藤さん」

 

あの5人と今日はいない友沢さんを含めた6人が今後私達のライバルとなる訳だね……!

 

「そういえば友沢さんはいないのね。まぁ私達からしたら助かるけど……」

 

「……友沢さんは9月に怪我をして入院中だよ。朱里ちゃんはそのお見舞い」

 

「朱里さんは友沢さんの元チームメイトって事でお見舞いに行っている訳ですか……」

 

白菊ちゃんが言うように元チームメイトって言うのもあるとは思うけど、他にも理由がありそうなんだよね……。

 

「……その件には余り深入りするな。朱里にも色々あるんだから」

 

キャプテンの言う通り、この場は朱里ちゃんはかつての仲間を心配してるって事にしておこう。

 

「太刀川さんの特徴は左投げ右打ちという朱里ちゃんと同じ投打かな?過去に右肩を故障してから、サウスポーに転向。そしてソフトボールから大成した過去を持っているよ!」

 

芳乃ちゃんがぴこぴこと髪を動かして興奮しながら太刀川さんの説明をする。そんな凄い人が相手なんだ……!

 

 

カンッ!

 

 

先頭打者の希ちゃんが太刀川さんの球を捉える。あの当たりだと一二塁間抜けそうだね。

 

「ファースト!」

 

ファーストの人が上手く回り込んで打球を処理した。

 

「機敏な動きね……」

 

「秋大会での太刀川さんはこのようにバックの守備力を信頼した打たせて取るピッチングをしているよ。チームワークも抜群!」

 

「……最近守備型のチームばかり相手にしているような気がするのは気のせいかしら?」

 

ふと息吹ちゃんがそう呟いた。確かに私達の周りは守備上手い人が多いよね。エラーが多い私からしたら羨ましい限りだよ……。

 

「こうなると投手戦が予測されるよ。ヨミちゃん、頑張ってね!」

 

「もちろん!朱里ちゃんの分も思いっ切り投げるぞ~!」

 

ヨミちゃんは張り切りを見せている。私も負けてはいられないね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は最終回まで進み、0対0のまま。この試合はチャンスこそ作れるものの、得点には至らない……。互いにそんなピッチングを見せていた。

 

ちなみに私は今のところ全打席歩かされています……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

(そして今回の打席も……)

 

盗塁しようにもバッテリーには隙が見当たらない。この2人が私達の同学年ライバルだなんて……。歩かされる事には残念さを覚えるけど、今後が楽しみだよ!

 

 

コンッ。

 

 

キャプテンが私を得点圏に進める為に送りバント。なにがなんでも1点がほしいっていう芳乃ちゃんの気持ちが伝わってくるよ……!

 

そして次の理沙先輩の打席は……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

咲桜バッテリーによって再び敬遠。理沙先輩も良い当たりが多いからなのかな?或いは一塁を埋めてゲッツーを取りやすくする為……?

 

そして次は稜ちゃんの打席。

 

 

カンッ!

 

 

太刀川さんの球を初球から打っていった。打球は……。

 

「サード!」

 

サードゴロとなり、セカンドへ送球。

 

『アウト!』

 

二塁フォースアウトでツーアウト。セカンドがそのままファーストへと投げた。

 

(ここでゲッツーになったら私達が不利になる……。それだけは絶対に避けたい!)

 

「間に合えーっ!!」

 

アウトになるまいと稜ちゃんが決死のヘッドスライディングを見せた。判定は……。

 

『セーフ!』

 

セーフとなって、ツーアウト一塁・三塁。この次は菫ちゃん。

 

(結果的にアウトだったけど、稜もあんなに頑張っている……。私だって次に繋ぐ!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「良いぞーっ!」

 

「当たる当たる!!」

 

菫ちゃんが粘ってくれている……。勝ちたいって気持ちは皆一緒なんだ!

 

「頑張ってーっ!」

 

(私がよくやる犠打なんかはこのように状況では使えない……。洛山戦の時を思い出して……打つ!!)

 

 

カンッ!

 

 

「打った!」

 

「打球は!?」

 

菫ちゃんが打った打球は鋭いゴロで、再びサードへ。しかし正面だったのか、既に定位置でグラブを構えていた。

 

(朱里ちゃんが言っていた。最後まで諦めなければ何かが起こるって……。私はそれを信じる!)

 

 

ヒュウウウ……!

 

 

この球場に1つの風が吹いた。それは突然の出来事で、地面から砂埃が舞う。

 

(砂が目に!?)

 

砂埃が目に入ったのか、ゴロを処理出来ていない。それを見たショートが急いでカバーに入った。

 

「遥!菫!急げーっ!!」

 

キャプテンの掛け声で菫ちゃんは急いで一塁へ走って、私はホームへと滑り込む。

 

「くっ……!」

 

ショートがボールを捕って一塁へ送球。

 

『セーフ!』

 

判定はセーフで、最終回にして私達は待望の先制点を取る事が出来た。

 

「やっ……たーっ!!」

 

「先制点取ったーっ!」

 

「ナイススライ!」

 

ホームに還った私はベンチから手荒い祝福を受けている。打ったのは私じゃないんだけど……。

 

(でもこれで試合が動いたよ……!)

 

この勢いで勝利を新越谷に!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7回裏。満塁のピンチになりながらも、ヨミちゃんが最後の打者を三振に抑えてゲームセット。

 

『ゲームセット!!』

 

1対0で私達新越谷が決勝戦へと駒を進めた。

 

(朱里ちゃんは私達の試合を観ててくれたかな……?)

 

朱里ちゃんに良い報告が出来るのは間違いない結果で試合は終わった。



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もう1つの結末

『ゲームセット!!』

 

試合は終わり、1対0で私達新越谷が勝利した。

 

「負けたか……」

 

「あそこの突風はついてなかったね。あれさえなければ、サードのみーちゃんが打球を処理してたのに……」

 

「こういうアクシデントを想定していない大空にも原因があると思います。尤もあれは稀なケースではありますが……」

 

田辺さんや友沢の言うようにあの場面で風が吹かなければ藤田さんが打った打球はサード正面のゴロだったし、風が吹いてくれたお陰で勝てたようなものだ。それにどのような事態が起きようともそれに備えていれば、試合に勝ちやすくもなる。

 

「……まぁ連中が関東大会で借りを帰せばそれで良いんじゃないのか?」

 

「……そうだね。新越谷と当たるかは別として、ここで負けた分も関東大会で結果を出してくれれば良いか」

 

関東大会……。私達新越谷も一応出場が確定しているけど、決勝戦まで進めたんだから、このまま全国まで進みたいところだ。

 

「そういえば今日はもう1つの準決勝も他のチャンネルでやってるんだよね?」

 

「梁幽館と柳大川越の試合か……。しかし新越谷と咲桜の試合と同時進行だし、もう試合は終わってるんじゃないのか?」

 

梁幽館と柳大川越……。どっちが勝つかによってこちらのやる事は変わってくる。梁幽館が勝ったなら私が投げる事になるって芳乃さんは言ってたけど……。

 

(柳大川越が勝つなら……一皮剥ける為にも、渡辺に投げてほしいところだね)

 

柳大川越の捕手である志木さんと渡辺の会話……。あそこから推測するに志木さんは影森戦での渡辺までしか見ていない可能性が高い。

 

(それなら好都合……。渡辺は土壇場で力を発揮するタイプだし、悪癖さえ出なければ充分に柳大川越の打線を抑える術はある。問題は梁幽館が勝った場合なんだけど……)

 

どうしようかと思っているとノックの音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

友沢が返事をすると入ってきたのは橘だった。

 

「やっほー!具合はどう?」

 

「順調に回復していってるぞ。はづきの方は試合じゃなかったのか?」

 

私達が気になっている事を友沢が質問する。果たしてどっちが勝ったのか……。

 

「……負けちゃったよ」

 

橘が少し暗い顔をして言った後、すぐにいつもの調子に戻った。

 

「いやー、惜しかったんだよ。和美先輩も柳大川越の打線を2失点で抑えてくれたんだけどね?中々打線が振るわなかったっていうか……」

 

梁幽館の打線が振るわなかった?朝倉さんが投げていたとしてもある程度は打てるような気もするけど……。

 

「あの柳大川越の1年生捕手……確か志木さんだっけ?あの人に上手く抑え込まれた感じがするんだよね~」

 

しかも志木さんだって!?

 

「ちょっと橘、その話を詳しく聞かせて」

 

「その様子だと朱里せんぱい達は準決勝は勝ったんですね?」

 

「まぁなんとか……」

 

私はずっとここにいたけど……。

 

「まぁ私もそんなに詳しくは知らないんですけど、あの志木さんからは瑞希ちゃんと同じ感じがしたんですよ~!」

 

二宮と……同じ?

 

「志木さんは瑞希ちゃんと同様に投手を乗せて投手の力を引き出すタイプでありながらも、相手を分析して対応する厄介極まりない捕手なんです」

 

(ええ……。二宮みたいな捕手とかヤバいんじゃないの?)

 

これは早急に対策を練る必要がありそう……。



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決勝戦の先発は

橘の発言を聞いた翌日。ミーティングの為に部室に集まる。

 

「遂に春の全国大会出場目前まで来たね……!その決勝戦は明後日!相手は柳大川越だよ!」

 

「柳大川越……。なんか不思議な縁があるよね。試合結果も1勝1敗だし」

 

「この決勝戦でも勝って勝ち越したいよな」

 

「今の柳大川越は強いよ。椿峰や梁幽館を下してるからね」

 

橘の話によると要所で梁幽館打者の苦手なコースを突かれて打てなかったり、純粋に朝倉さんの球が打てなかったりするらしい。多分志木さんのリードが何かしら関係してそうだけど……。

 

(志木さんのリードもさる事ながら朝倉さんのピッチングも更に成長してるって事だね……)

 

「蓮華ちゃん……」

 

私の隣で渡辺が呟いたのを私は聞いてしまう。

 

(やはり決勝戦の先発は渡辺に任せるかな……)

 

その辺りも芳乃さん達と要相談するとして、私は私で色々考えておこう。

 

まずは情報整理だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は決勝戦に備えて数人で集まっている。他の人達は自主練ね。

 

「柳大川越で大きく注目するのは3人。まずはエースの朝倉さん!」

 

「速いストレートを主体にSFFとカットボールを散らして投げてくるオーソドックスな速球派の投手だね」

 

ただそれ等がかなり厄介でもある。この秋大会で朝倉さんはまだ1点しか取られていないからね。

 

「続けて1番を打っている大島さん!」

 

「私達と練習試合した時からずっと1番を打っている1年生の大島さん。柳大川越のリードオフガールでもあるね」

 

打率も5割前後と夏大会から柳大川越で1番成長していると言っても過言じゃないね。これでまだ1年生なんだから恐ろしいものだ。

 

「3人目は同じ1年生ながらも正捕手に抜擢された志木さん!」

 

「捕手は浜田さんと交代で努めている。浜田さんが捕手をやっている場合はライトを守っているよ」

 

あとは渡辺の幼馴染らしいんだけど、この情報はまぁ今は良いかな?

 

「他にも注目すべきところはあるけど、それは試合の時に改めて皆でおさらいするよ!」

 

「じゃあ決勝戦の先発なんだけど……」

 

芳乃さんが決勝戦の先発をどうしようか悩んでいると私はチラッと渡辺の方を見てから……。

 

「決勝戦の先発は渡辺にお願いしようと思うんですが、何か意見はありますか?」

 

「星歌ちゃんに?」

 

「確かに星歌の多彩な変化球なら上手く相手打者を翻弄出来るかもな」

 

「はい。幸い渡辺のデータは新越谷の中では少ないですし、影森戦である程度度胸も付いている筈です」

 

私が理由を述べると主将も芳乃さんも納得した表情をしていた。

 

(それに渡辺が覚醒する切欠は多分ここが最大のチャンス……!志木さんとの微妙な関係も修復してほしいところだ)

 

あとは渡辺次第……。是非とも決勝戦で成長してほしい。主に精神的に……!



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気持ち

「ええっ!星歌が決勝戦の先発!?」

 

「うん。頼んだよ渡辺」

 

私が渡辺に決勝戦の先発を任せる事を伝えると本人が凄く驚いた表情をしていた。

 

「そんな大事な試合で星歌が先発で良いの……?」

 

「武田さんは準決勝で投げたからね。交代して投げるとしても5回以降で川原先輩になるよ」

 

順番的に考えるとそうなるしね。川原先輩の方も野手としての出場してもらう予定だから、もしもの時も大丈夫!ちなみに私も出るよ!

 

「それに……志木さんの事もあるだろうしね」

 

「うん……。そうだね」

 

「影森戦に比べて成長しているところを見せなきゃね」

 

「まだ……全部を出し切ってないけど、大丈夫……なのかな?」

 

「あとは渡辺の気持ち次第だよ」

 

本当にね。あとは志木さんにそこを突かれないようにするのも大切かな……?

 

「星歌……次第……!」

 

「まぁ決勝戦は明後日だし、明日は私と一緒に練習しない?」

 

「えっ?朱里ちゃんと?」

 

シニアでも渡辺と練習した事は片手で数えられるくらいしかないから、普段の渡辺がどんな練習をしていたのかも気になる。今は時々ポジション練習を一緒にするけど、渡辺本人がシニアと練習方法を変えたとも言っていたからね……。

 

「駄目なら駄目って言ってね。それならそれで渡辺の練習メニューを考えて渡しておくから」

 

(こ、ここで星歌が断っちゃうと朱里ちゃんに余計な負担を与えてしまう……。朱里ちゃんは無理しがちだって事はこの野球部に入ってから……ううん、新越谷の試合を観た時からわかってたもん)

 

「良いよ。星歌も朱里ちゃんと一緒に練習したかったんだ」

 

(うん……。これも決して嘘じゃない。シニア時代でも朱里ちゃんとは数回しか練習で一緒にならなかったから、朱里ちゃんの成長を間近で感じたい!)

 

な、なんか渡辺が百面相してるけど、一緒に練習してくれるって事で良いんだよね?

 

(問題は山崎さんや他の投手陣を巻き込むかどうか……。投げ込みの練習なんかは捕手がいた方が効率良く出来る。しかし向こうも向こうでやる事があるだろうし、無理に誘うのは良くないかな……?)

 

そうなるとやはり私が捕手役をやった方が良いか。もしも試合中に山崎さんが怪我しちゃったら元も子もないしね。

 

「じゃあ明日は学校休みだし、正午に学校近くの河川敷に集合ね。大丈夫だとは思うけど、もしも遅刻しそうになるなら連絡ちょうだい」

 

「う、うん……!」

 

私の方でも色々準備するかな……。渡辺の球を受けるんだし、捕手用のミットを六道さんから借りて、それから……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。時間の15分前に渡辺が来た。

 

「早いね」

 

「あ、朱里ちゃんもう来てたんだ……」

 

「私はランニングをしながらここに来たからね。さっきそれが終わったところ」

 

(や、やっぱり朱里ちゃんは凄いな……。星歌も負けてられないよ!)

 

(……渡辺からはやる気を感じられる。まぁやる気があるのは良い事だよね?)

 

「じゃあ早速準備しようか」

 

「うん!」

 

私達がそれぞれ準備をしていると……。

 

「あれ?朱里ちゃんと星歌ちゃん?」

 

上から声を掛けられたので、声の方向を向くと……。

 

「ヨミちゃんと珠姫ちゃん……」

 

武田さんと山崎さんが。そして……。

 

「お待たせーっ!」

 

更に反対方向から六道さんが走ってきた。なんか妙な面子になってきた気がする……。



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投手練習!

「朱里ちゃんと星歌ちゃんもここで練習?」

 

「まぁね。そう言う武田さんと山崎さんも?」

 

「うん!この場所を朱里ちゃんに教えてもらってからは時々ここでタマちゃんと練習してるんだ~!」

 

この河川敷を知ってる人って新越谷野球部の中でも結構少ないからね。雨が降ってる日でも球当てが出来るから、私達投手陣にとっては絶好の練習場所だ。

 

「朱里ちゃん、頼まれてた物を持ってきたから渡しておくね」

 

「ありがとうございます」

 

今日は六道さんにキャッチャーマスク、プロテクター、レガース等捕手に必要な道具を持ってきてもらったのだ。ただ渡辺のボールを受けるだけならいらない物だけど、私自身もなるべく捕手に慣れておきたいのだ。

 

「朱里ちゃん、捕手の練習するの?」

 

山崎さんが首を傾げて聞いてきた。

 

「渡辺の投球練習も兼ねてね。いつまでも捕手が山崎さんだけって訳にもいかないし」

 

(来年には木虎が入ってくるから、少なくともそれまでの間は私が2人目の捕手(代理)とさせてもらうかな……)

 

装備を整えて、いざ捕球!

 

「おおっ!朱里ちゃんも捕手の格好が様になってるね~!」

 

「そう?」

 

マスク以外を付け終えると武田さんがそんな事を言ってくる。でも私の本職は投手なんだよね……。

 

「お待たせ~」

 

練習を始めようと思っていたら六道さんがこちらにやってきた。

 

「今日は私も朱里ちゃん達に付き添うね!」

 

いや、貴女シニアの練習は……?

 

「い、良いんですか……?」

 

「シニアの方は藍ちゃんが見てくれるって言ってたよ!」

 

木虎ぁ……。いくら六道さんに恩があるからって、それは断ろうよ!大分余裕あるかもだけど、君は受験生よ?

 

「星歌ちゃん、投げ込む前にキャッチボールしよう!」

 

「うん、良いよ」

 

渡辺の方は武田さんとキャッチボールをするみたい。まぁ投手同士の肩を作る為には良いかな。決勝戦では武田さんも投手として起用する可能性もあるし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡辺と武田さんの肩を作り終えたので、私と山崎さんがそれぞれボールを受ける事に。

 

「朱里ちゃんも気合い入ってるみたいだし、星歌も頑張るよ!」

 

(まぁやる気があるのは良い事か……)

 

「とりあえず何球か投げてみようか」

 

「うんっ!」

 

「じゃあ私達も始めるよ。ヨミちゃん」

 

「了解!」

 

それから数球適当にストレートと変化球を散らして、様々なコースに投げてもらった。

 

「よし、ラスト1球!」

 

(ラスト1球……。ここで星歌が投げるのは……!)

 

振りかぶった渡辺が投げたのは、渡辺直伝のオリジナルフォーク。

 

 

ズバンッ!

 

 

(コース的にはボール球だけど、充分打者の空振りを誘えるレベルだね)

 

「じゃあ1度休憩にしようか」

 

「えっ?でもまだまだやれるよ?」

 

「オーバーワークは禁物。怪我に繋がりかねないからね」

 

「朱里ちゃんはそれで怪我したようなものだからね……。ここは言う通りにした方が良いと思うよ」

 

六道さんの言うように私はオーバーワークで肩を炎症した……。もう私のような人間を見たくないよ。

 

「そういえば新越谷は明日秋大会の決勝戦だね!」

 

「はい。やれる事は全てやっていくつもりです」

 

「白糸台も洛山も春の全国大会出場を決めてるんだよね。しかも洛山は和奈ちゃん抜きで!」

 

本当に洛山の打撃力は厄介極まりないよ。しかも全試合コールド勝ちだし……。

 

「白糸台や藤和とは関東大会でも当たる可能性があるから、試合映像の見直しとかも大切だね」

 

白糸台は最近1軍に昇格した留学生がホームランを連発しているらしい。大星さんも打率は高いし、新井さんや鋼さん、佐倉姉妹に二宮と強力な選手が揃っている。神童さん達3年生が引退した後も白糸台は隙がない。

 

(出来る事なら関東大会も優勝したいところだけど、今の実力でどこまで通用するのかな……)

 

正直夏の全国大会で白糸台に勝てたのは運が良かったから……。練習試合も負けちゃったし、柳大川越と同様に1勝1敗。勝てれば白糸台に対して苦手意識を持たずに済む。

 

「朱里ちゃん、そろそろ再開しよう!」

 

「……そうだね」

 

何れにせよまずは目前の決勝戦からだね。



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3度目の……!

今日は秋大会の決勝戦、そして柳大川越との3度目の対戦となる日だ。

 

(今の柳大川越は確かに強い。しかし私達は3年生がいないから、あの時と面子が変わってないどころか、更に人数が増えて強化されている)

 

「さぁ、今日のオーダーを発表するよ~!」

 

決勝戦のオーダーは……!

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 キャッチャー 山崎さん

 

7番 ライト 私

 

8番 ショート 川崎さん

 

9番 ピッチャー 渡辺

 

 

これが芳乃さんが考えた決勝戦のオーダーか……。もしもの時は投げられるように、私もライトとしての出場です!

 

「11月には関東大会もあるから、今日出られなかった人達は関東大会で必ず出すからね!」

 

確かに息吹さんや大村さんはこの秋大会では出番が少なかったな。私がいない1回戦とか準決勝で出ていたけど……。

 

(それはさておき、今回の試合は私達にとって……特に渡辺と志木さんにとって縁が深い相手になるかもね)

 

いよいよプレイボール目前だ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決勝戦の相手は新越谷高校です。夏大会では全国優勝を果たし、更には夏で引退した人数は0人の他、新しく何人か部員も入っています」

 

「新越谷……。私達にとっては因縁の対決スね!」

 

「そうだね。私も結構打ち込まれたから、この決勝戦ではバッチリと抑えたい」

 

「今日の試合では石川さんをそれぞれ4番、平田さんを5番に繰り上げます」

 

「私達が打順繰り上げ!?」

 

「夏大会で当たった時の新越谷の先発は武田さんですが、対新越谷戦で相性が良いと判断しましたので……」

 

「これは責任重大だね……」

 

「皆、今日の試合に勝って全国大会出場を決めて、関東大会へ勢いを付けよう!」

 

『はいっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷と柳大川越……。この試合はやっぱり見逃せないよね」

 

「どっちが全国に来るかわからないし、データは取っておかないとね~」

 

「和奈さん、それに非道さんも……」

 

「瑞希ちゃん!」

 

「おお~。神童さんもいますね~」

 

「新越谷と柳大川越の試合と聞いてな。受験勉強の息抜きも兼ねて観に来たぞ」

 

「関東大会に備えてデータ収集に来ました」

 

(新越谷の先発は星歌さん。そして星歌さんに縁のある志木さん。はづきさんの話によりますと彼女は私と同タイプの捕手だとか……)

 

「この試合では色々と確かめたい事が多くなりそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆……。夏大会で全国優勝したとは言え、この秋大会の試合内容も決して楽じゃなかった筈だ」

 

主将が私達にそう言った。確かに思わぬ伏兵がいたり、夏よりも成長しているところもあった……。

 

「だが私達は決勝戦まで進んだ。関東大会を気持ち良いスタートを切る為にも……この試合、絶対勝つぞ!!」

 

『はいっ!!』

 

今頃柳大側も私達と同じように気合いを入れてそうだな……。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS柳川大附属川越高校①

『プレイボール!!』

 

試合開始。私達は後攻となっている。

 

(向こうのオーダーは……。1番は相変わらず大島さんで、4番に石川さん、5番に平田さんと武田さんと相性が良かった2人をクリーンアップに上げて、志木さんは……9番か。完全に私達を分析する気満々だね)

 

白糸台でも二宮が常に9番に配置されているのは本人がこの打順を強く希望しているらしい。理由としては相手投手を分析する為だとか……。多分今回の志木さんもそのつもりだろう。過去の試合では3番を打つ事が多かったし……。

 

(そう考えると今回の試合は徹底的に渡辺を攻略するつもりで臨んでいるね……)

 

 

カンッ!

 

 

大島さんが渡辺の球を打つ。打球は私の方へと……。

 

『アウト!』

 

ああ……。本当に始まったんだね。秋大会の決勝戦が……。頑張ってね渡辺。この試合で更なる成長を期待してるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大島さんを難なく打ち取れたね」

 

「まだ一巡目だし、様子見かもね~。それは新越谷も、柳大川越も~」

 

「本当の勝負は2打席目以降……というのは二宮が入ってからの白糸台がよくやる戦術になってきているな。今でもそうなのか?」

 

「私自身はそのつもりでやっていますが、いかんせん大星さんやバンガードさん、日葵さん等自我が強い人が多いので、思い通りになる事の方が少ないです」

 

「監督も二宮には随分期待している……。今の2年生が引退したら二宮を部長に推薦するとか言っていたし、なんなら私達が引退する時も二宮を部長にしようと目論んでいたみたいだぞ?」

 

「その話は前に監督から聞きましたが、私は黒子に徹する方が性に合っています。ですので今の2年生が引退した後の部長は鋼さんか陽奈さんに任せようかと……」

 

「な、なんかとんでもない事情を聞いてしまったような……」

 

「これが白糸台の暗部の一端だね~」

 

「別に聞かれて困るような事は話していませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3番打者を三振に抑えてスリーアウト。立ち上がりはまぁ良しだね。

 

(向こうにとってはまだ様子見の段階……。本番は2打席目以降になるだろう)

 

そうなると対白糸台戦のように志木さんの打順からが要注意となる。そうなる前に何点か取っておきたい……。

 

「星歌ちゃんナイピだよ!」

 

「この調子で頼むぜ!」

 

「う、うん……!」

 

こちらでも悪いのパターンをいくつか想定しておいた方が良いのかもね。

 

「さぁ、朝倉さんから点を取るよ~!」

 

「未だに朝倉さんが苦手な人もいるから、これを機に克服しておきたいね」

 

そういえばまだうちは朝倉さんに対して得点した事がないんだよね……。これまでの相手は速球派が多かったから、意外な気もするけど、当時はそんな朝倉さんに苦戦必至だったもんね。

 

(朝倉さんの球種自体は夏とは変わっていない……けど、もしかしたら私達が知らない変化球を覚えている可能性もある……!)

 

 

カンッ!

 

 

中村さんは初球から打っていくが、ライナー性の打球をファーストのファインプレーによって阻まれる。

 

(柳大川越は今のチームになってから、守備力が大幅に強化されている……。朝倉さんのストレートや変化球でもてこずる事が多そうなこの試合は投手戦になる可能性もある)

 

なんか私達の試合って投手戦が多いよね。こんなに拮抗した試合が続くと心臓に悪いよ……。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS柳川大附属川越高校②

2番藤田さん、3番主将と連続で朝倉さんのストレートと変化球によって打ち取られてしまう。

 

「速い球自体は打てている筈なのに、妙な感じがするのよね……」

 

「ああ……。上手く打ち取られてしまった……というか完全に向こうの思い通りに事が進んでいるって言うか……」

 

今の藤田さんと主将の発言から察するに朝倉さんのピッチングはかつての大野さんのピッチングと類似している可能性がある。味方の守備力を信じて、更には特定の打者にはそれ用の守備シフトを敷く……。これが今の柳大川越の守りだ。

 

(うちのチームだって大豪月さんや新井さんというストレート主体のピッチングには強くなっている筈。それが思うようにいかないとなると……)

 

これは相当厳しい試合になってきそうだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立ち上がりはほぼ互角……。二宮はこの試合どっちに分があると思う?」

 

「そうですね……。一概には言えませんが、柳大川越がやや有利……という感じですね」

 

「星歌ちゃん、大丈夫かな……」

 

「それは本人次第だね~。少なくとも私達がそれを心配するのは筋違いだと思うよ~」

 

「非道さんの言う通り、これは星歌さん自身と新越谷の問題です」

 

(尤も今のところ星歌さんには問題が感じられません……。恐らく試合が動くのは柳大川越の志木さんが打席に入る時でしょうね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

「セカンド!」

 

「任せて!」

 

2回表。先頭の石川さんをセカンドゴロによって打ち取る。

 

(守備連携は私達も負けていない……。渡辺の調子も悪くはないけど、乱調の可能性があるから不安なんだよね……)

 

なるべくそれを向こう……特に志木さんには悟られないようにしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん……」

 

「いやいや、ナイバッチス!」

 

「留々ちゃんの言う通り当たりは良かったよ。新越谷の守備力がそれを上回っただけ」

 

「そうですね……。それに何れ好機が必ず来ます。今はそれを待ちましょう」

 

(星歌の乱調の可能性を考えるなら、勝負は次の回。今日9番の自分に回って来たのならその時は……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!』

 

6番打者もアウトにして、この回も三者凡退。渡辺の調子は良さそうなんだけど、なんか嫌な予感がするんだよね……。

 

「渡辺、調子はどう?」

 

「今のところは……大丈夫」

 

「まぁどんな状況に陥っても、心を強く持てば大丈夫だよ」

 

「心を……強く……!」

 

(志木さんが渡辺に心理戦を仕掛けるだってある。それは渡辺が投げる時だけじゃなくて、渡辺が打席に立った時も……!)

 

そうならない為にも私達チームメイトが支えないとね。

 

「さぁ!打つぞ~!」

 

2回裏。先頭はなにやら張り切っている雷轟遥その人である。しかし……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「なんでっ!?」

 

(まぁそうなるよね。下手すれば藤原先輩だって歩かされるかもなのに、雷轟とまともに勝負するとは思えないからなぁ……)

 

雷轟が敬遠によって歩かされ、5番の藤原先輩に対してはくさいコースを突かせて、あわよくばゲッツーを狙えるように攻めている。リードの仕方が本当に二宮に似てるんだよね……。

 

こうなると4番と5番には期待し辛いなぁ……。

 

 

カンッ!

 

 

藤原先輩はSFFに詰まらされ、内野ゴロ。

 

「……1つ!」

 

セカンドに投げようとしたファーストが志木さんの言葉によって送球動作を止めて、一塁を踏んだ。

 

『アウト!』

 

(雷轟の走力を読んだっぽいね。アウト1つを確実に取る中々に冷静な判断だ……)

 

ワンアウト二塁。続けて6番の山崎さんだ。

 

 

カンッ!

 

 

初球を打ってショートがライナーに飛び込んでアウトとなる。これでツーアウト二塁。次は私の打順か……。

 

『アウト!』

 

(えっ……?)

 

審判のアウトの声を聞き、その方向を振り向いてみると……。

 

「ううっ……!」

 

しょんぼりとした顔の雷轟が二塁ベースから飛び出して刺されていた。戻れなかったのかな……?

 

(山崎さんの打球もギリギリのアウトだったから、仕方ないと言えば仕方ないんだけど……)

 

なんか出鼻を挫かれた気分になるよ……。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS柳川大附属川越高校③

3回表。7番、8番と打ち取り、いよいよ本日9番の志木さんに回ってくる。

 

(志木さんは両打ち……。右投げの渡辺に対しては左打席で勝負してきたね)

 

(今の星歌がどこまで通用するかはわからない……。でも蓮華ちゃん相手に臆する訳にはいかない。星歌だってやれば出来るってところを見せなきゃ!)

 

(星歌との真剣勝負は小学校以来……。星歌も成長してるだろうけど、自分も負ける訳にはいかないよ。まずはこの打席でゆっくりと追い詰めてあげる……!)

 

投手と打者の睨み合い……。遠目では余り見えないけど、緊張感は伝わってくる。この緊張感が肌に触れると私も投げたくなっちゃうよね。えっ?私だけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……。第1の見所ですね。この星歌さんと志木さんの対戦結果次第で流れは傾くでしょう」

 

「でも志木ちゃんの方もまだ様子見の段階なんじゃないの~?」

 

「まぁその可能性はあるだろうな」

 

「瑞希ちゃんだったらこの局面はどうするの?」

 

「私は捕手ですので志木さん目線になりますが、私ならばこの打席は星歌さんの球数を稼ぎつつ、星歌さんの球種をなるべく多く暴きますね」

 

「おお~。相変わらず発想がエグいね~」

 

「別に普通だと思いますが……」

 

(いや、普通の人間ならその思考には中々辿り着かないだろうな。その思考を一瞬で投影出来る二宮……。本人は自覚なしだが、間違いなく二宮瑞希は『天才』の域を越えた『異常』に片足を踏み入れている……。まぁ大豪月曰く大豪月や私もその『異常』の部類に入り、ここにいる清本や非道もまた『異常』側の人間だそうだ)

 

「……何故か失礼な視線を感じるのですが?」

 

「気のせいだろう」

 

(まぁ後輩が成長する分には将来が楽しみ……とだけ思っておくかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

初球見逃しからの、2球目のスライダーに手を出してきた。カット気味なのか、弱い打球だった。

 

(志木さん側はまだ余裕がある……。次はどうするバッテリー?)

 

(星歌ちゃん、次はこのコースでお願い」

 

(う、うん……!)

 

3球目。渡辺が投げたのは外角ギリギリのストレートだった。

 

 

ズバンッ!

 

 

「!?」

 

『……ストライク!バッターアウト!!』

 

(際どいコース……。入ってたのかな?何にせよこの打席は判定に救われたよ。審判次第では今のコースはボールだったから……)

 

(入っていた……。今のは無理矢理にでもカットするべきだったかな?自分もまだまだ甘い……。柳大川越の勝利の為にもっと貪欲にいかなければ……!)

 

第1ラウンドは渡辺が勝利。でも打者としては最後の1打席で勝てば良いんだから、決して油断は出来ないよ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1打席目は星歌さんの勝利……。とりあえず流れは新越谷に行きましたね」

 

「この勢いに乗って先制点取りたいところだね。星歌ちゃんはまだパーフェクトなんだし……」

 

「ここで点が取れればって感じだね~?」

 

「それは柳大川越も同じ事だと思うが……?」

 

「それが投手戦の醍醐味ですね。捕手としてはどんな打者にでもあらゆる球種や采配で翻弄させる……。謂わば詰め将棋と同じでしょう。あらゆる手段を使って相手を詰めさせます」

 

「瑞希ちゃん、将棋やってるの?」

 

「嗜む程度です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「星歌、ナイスピッチング!」

 

「決勝戦でここまでパーフェクトじゃん!」

 

「あ、ありがとう……。でも向こうもまだ様子見だと思うから、油断は出来ないよ……」

 

(渡辺の言う通りまだ柳大川越は様子見の段階……。その間にこっちも点を取っておきたい)

 

しかし朝倉さんのピッチングがそうはさせない……。宛ら梁幽館と美園学院の激戦を連想させるが如く……!そんな印象を私はこの決勝戦から感じた。少しの綻びが渡辺を大きく崩れる要因となりかねない。

 

そして中盤になっても互いに崩れる事はなかった……!



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県大会決勝戦!新越谷高校VS柳川大附属川越高校④

球詠の再放送を知って若干ウッキウキな今日この頃。


イニングは進んで5回表。渡辺の集中力が途切れた訳ではないのに、柳大川越打線に捕まり始めた。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

ツーアウトから立て続けに出塁されて、一塁・二塁のピンチ。更に打席には……。

 

(よりによって志木さんか……。いや、捉え方次第ではこの状況もチャンスなのかな?)

 

前のイニングでもヒット1本許していたけど、その時は上手く抑える事が出来ていた……。

 

(このピンチを凌げれば気持ちは楽になるだろうけど、果たして……)

 

私はライトから見守るしか出来ないからね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツーアウトながらも一塁・二塁のピンチだな。ここを凌げたら渡辺にとって大分楽になると思うが……」

 

「どうでしょうね。新越谷もまだ朝倉さんの攻略が出来てない以上楽になる……というのはまだ遠いです」

 

「打者は志木ちゃんか~。1打席目は審判に救われた部分もあるからね~。この2打席目は上手く抑えられるかどうか~」

 

「星歌ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!』

 

初球は見逃し。球数を稼ぐつもりなのか、それとも……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

志木さんは2球目を捉えて、打球は一塁線に。

 

(くっ……!)

 

ファーストの中村さんが打球に飛び付くも僅かに届かずファールとなる。

 

(惜しかった……。今のが捕れてたら渡辺にとってかなり楽になると思ってたのに)

 

(星歌ちゃん、星歌ちゃんのフォークで三振を取りにいくよ)

 

(わかったよ。珠姫ちゃん!)

 

3球目に投げたのは渡辺のオリジナルフォークかな?外野から見えるくらいわかりやすく変化してるから、そうなんだと思うけど。

 

(きた……!)

 

 

カキーン!!

 

 

(しまった!?星歌ちゃんの決め球を狙っていたんだ!)

 

志木さんが渡辺のオリジナルフォークを待ってましたと言わんばかりな感じでタイミングピッタリだ。打球は伸びていき……。

 

(そんな……!)

 

スタンドへと持っていかれてしまった……。志木さんによる先制スリーランだ。

 

(これは痛いな……。イニングも終盤だし、何より……)

 

「うう……!」

 

(渡辺が立ち直れないと不味い。志木さんによって渡辺を攻略されて、滅多打ちされる可能性がある……)

 

(星歌にとって1番自信のあるフォークを叩く事で、星歌の心を折り、つるべ打ち……。ここから一気にコールドゲームまでいかせてもらうよ)

 

渡辺の気持ちが切れたのか1番、2番と続けざまに打たれ、再びツーアウト一塁・二塁となる。

 

「タイム!」

 

山崎さんがタイムを掛けて、内野陣が駆け寄る。私も行こうかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓮華ちゃん、ナイバッチ」

 

「ありがとうございます朝倉さん」

 

(留々ちゃん達も続けて打てた事から完全に心が折れたみたいだね。新越谷は投手を交代しないとこのままコールドにしちゃうよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「星歌ちゃんのフォークを志木さんには完璧に狙われたね。もっと慎重にリードするべきだったかも……」

 

「まだイニングは残ってるんだし、思い切り投げようぜ!」

 

山崎さんと川崎さんが励ますも、渡辺の耳にそれは届かない。それどころか渡辺は震えていた。

 

「も、もう無理だよ……」

 

(渡辺……)

 

ポツリと、渡辺が弱気な発言をした。志木さんに決め球を完璧に捉えられたのが堪えているんだろう。このままだと渡辺にトラウマを植え付けられ、下手すれば野球を辞めてしまうかも知れない……!



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県大会決勝戦!新越谷高校VS柳川大附属川越高校⑤

「星歌にはもう無理だよ……。投手交代だよ……」

 

泣きそうな表情で渡辺がそう言った。予想以上に志木さんのホームランが効いてるっぽいね。しかも打たれたのが決め球な訳だし……。

 

「……代えるにしてもまだ誰も肩を作れていない。だから最低でもこのイニングは投げ切ってもらわなきゃ困るよ」

 

私や川原先輩はこのイニングが終わり次第肩を作り始めるかと相談してた。本当ならもう1イニング早くやるべきだったのかね……?

 

「朱里ちゃん……。でも……!」

 

「私と練習した日に私が言った事を忘れた?」

 

「……っ!」

 

昨日渡辺と練習している時に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!調子は良いみたいだね」

 

「うん。ありがとう……」

 

「渡辺の投げる球は球種も多いし、決め球のフォークは簡単には打たれないと思う」

 

「えへへ……」

 

仮想敵が今の渡辺にいないから、抑えられているように感じているだけだ。

 

「……でもこのままだと柳大川越には通用しないだろうね」

 

「え……?」

 

正直影森戦で渡辺が抑えられたのはのは影森には決定打を打てる選手がほとんどいなかった。3年生もどちらかと言えば繋げるタイプの選手だったし。まぁ影森の野球からそれを察するのはかなり難しい。当人達は自分達だけでやる野球が好きだったみたいだし……。

 

しかし柳大川越はそうもいかないだろう。あの武田さんでも苦戦するレベルの打者が私達と同じ1年生で何人かいる上に、渡辺の幼馴染である志木さんも打撃力はかなりのものだ。通用して一巡だけだ。

 

「理由としては志木さんに渡辺の持ち球を把握されている可能性がある事、そして志木さんが分析タイプの捕手である事……」

 

「そ、そんな……!じゃあ星歌はどうしたら良いの?」

 

「1日やそこらで柳大川越相手に通用するようになるのははっきり言って無理だ」

 

「そ、そんなにあっさり言わなくても……」

 

そんな人体改造みたいな方法でも使わない限りそんな短時間で出来る訳がない。そんな簡単に成長出来るのなら、野球選手になるのになんの苦労もいらないよ。

 

「渡辺に心掛けてもらうのは影森戦でのピッチングを思い出してほしいのが1つ」

 

「影森戦のピッチング……?」

 

「そう。あの時は中山さんが渡辺と同じアンダースローだった事で、渡辺の闘志に火が点いた……。もしも渡辺の持ち球が攻略されてつるべ打ちに遭ってしまっても闘志の火を消してしまう……なんて事になったらゲームが終わると考えた方が良いね」

 

正直影森戦も逃げ切れた要因の1つに渡辺自身の闘志があったからだと思うの。

 

「星歌の……闘志……」

 

「渡辺はなんだかんだ踏ん張りが強い、粘りのある投手だと思っているからね。あともう1つは渡辺直伝のオリジナルフォークについてだけど……」

 

「星歌のフォーク?」

 

「橘のスクリューは映像で見てわかるよね?」

 

「うん……。はづきちゃんの投げるスクリューは鬼気迫るって感じの凄い球だったよ」

 

どうやら渡辺から見た橘のスクリューはそういう風に見えていたらしい。

 

「橘のスクリューと同じように投げてほしい」

 

「はづきちゃんのスクリューと同じように……って、どうやって投げたら良いの?」

 

「それは……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん。ありがとう朱里ちゃん。星歌のやるべき事を思い出したよ」

 

「……それなら良かったよ。あとは山崎さんともう1度配球の相談をしておいて。読まれてる可能性もあるからね」

 

「わかったよ。珠姫ちゃん、配球なんだけど……」

 

渡辺は先程までの弱気が吹き飛んだみたいで、山崎さんと配球について話し合ってる。

 

「……なんか朱里ってメンタルケアとか得意そうだよな」

 

「本当。チームで1番向いてるんじゃないの?」

 

二遊間の2人からそんな発言が飛んできた。いやいや、私よりも芳乃さんの方が向いてるって……。

 

『アウト!』

 

その後の渡辺はなんとか持ち直して、失点は3点で済んだ。ここから反撃開始だね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「渡辺ちゃんはなんとか持ち直したね~」

 

「でも新越谷は大丈夫かな……?終盤で3点ビハインドだけど……」

 

「……いや、その心配はないだろう」

 

「そうですね。むしろ流れは新越谷に来ています」

 

「どういう事?」

 

「志木さんにホームランを打たれて尚、一塁・二塁のピンチになりましたが、その後の星歌さんのピッチングとバックの声出し等もしっかりしていましたし、星歌さんの闘志に触発されています。精神論は余り好みませんが、そういったムードで新越谷が力を発揮するチームだというのをずっと観てきました」

 

(大元は朱里さんのふとしたアドバイスでしょうが、雷轟さんや武田さんといったいずみさんレベルのムードメーカーがチームにやる気を見出だしています。私達白糸台では鋼さんがその役割を担っていますね)



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県大会決勝戦!新越谷高校VS柳川大附属川越高校⑥

5回裏。先頭打者である雷轟が敬遠で歩かされ、次の藤原先輩がエンドランを決めて、ノーアウト一塁・三塁のチャンスとなった。

 

(よし……!こっちにもチャンスは来た!)

 

ここからは確実に点がほしい……!

 

「タイム!」

 

芳乃さんがタイムを掛けた。選手交代……?次は山崎さんだし、代打はない。そうなると代走か……。

 

「後、お願いね」

 

「はい!」

 

藤原先輩の代走として息吹さんが入る。今いるベンチメンバーの中で1番良い走塁をするのは息吹さんだから、妥当な判断と言えるかな……?

 

(確実に1点を取りに行く方向でお願い。最悪四球狙いでも良いよ!)

 

(わかった!)

 

さて……。私もネクストサークルに入っておくかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷にも遂にチャンスが来たね~」

 

「ここで点が取れないといよいよ新越谷が勝つのは厳しくなる。それはどちらのチームもわかっている筈だ」

 

「だからこそ新越谷は慎重に、そして確実に1点を取りに行く行動を起こす筈です」

 

「このチャンスを活かしたいね……!」

 

(仮にここで山崎さんがミスをしてもその次の打者は朱里さん……。朱里さんは朝倉さんと相性が良いので、出来る事ならより良い状況で朱里さんに回すのがベストですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(山崎さんには結構粘られている……。同じガールズで自分は山崎さんの安定したバッティングを見てきたし、ガールズ時代での苦手なコースを突いている筈なのに、山崎さんはそれを弾いてくる)

 

(苦手なコースだけど、打ててる……。点は取れなくても、絶対に朱里ちゃんに回すんだ!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

これで8球目……。あの朝倉さん相手に山崎さんはよく粘ってくれてるよ。

 

(これ以上粘られるとキツい……。ここは打たせていきましょう)

 

(わかった)

 

9球目。真ん中寄りのコースのストレート。打たせにきたのかな……?

 

 

カンッ!

 

 

山崎さんの打った打球は三塁線に……。不味い!守備位置からゲッツーになってしまう!

 

(ここでゲッツーになったとしても、三塁ランナーである雷轟は生還出来るかもけど……!)

 

そんな事を思っていたら、何故か雷轟と目が合った。……頷いた?何をする気?

 

(スタート!)

 

……って雷轟がホームに突っ込んだ!?

 

「えっ!?」

 

サードはボールを捕ると、慌ててホームへと送球した。それを見た二塁に到着した息吹さんはその足で三塁へと向かった。

 

(これは影森戦で雷轟さんがやった事……。雷轟さんは私のミットにボールが収まると三塁へ帰塁していく……それなら!)

 

志木さんはファーストへと送球。それに合わせて雷轟は再びホームへと走る。

 

(……1点は必要経費と見た方が良さそうかな)

 

『アウト!』

 

山崎さん入ってアウトになったものの、雷轟がホームイン。息吹さんも三塁に辿り着いた。まずは1点目!

 

(ワンアウト三塁で私の打席か……)

 

芳乃さんの方を見るとノーサインのようだ。私のやりたいようにやってくれという指示らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか新越谷は1点を返したね」

 

「流れは継続しているし、最低でも同点にしておきたいところだが……」

 

「そう簡単にはいかないのが今の柳大川越ですからね。三塁にランナーがいる時はアウト1つを犠牲にしてでも点を取っておきたいところでしょう」

 

「まぁそれは新越谷もわかっていると思うけどね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボール!』

 

ストライクコースはカットして、ボール球は振らずにここまで6球……。カウントは今のでツーツーだ。

 

(先程の山崎さんもそうだけど、早川さんも粘ってくる……)

 

(これ以上球数を稼がれると面倒ですね。一塁も空いていますし、歩かせるのも一手です)

 

(……もう1球だけ様子を見て良い?)

 

(朝倉さんにお任せします)

 

次に朝倉さんが投げるコースは……!?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

……一瞬入ってるかと思ったけど、ボール判定だったみたい。危ない危ない。

 

(う~ん……)

 

(……厳しいですね)

 

さて……。今ので三振に取られなかったのは大きい。これはもしかしたら更なるチャンスが広がる予感!

 

『ボール!フォアボール!!』

 

次に投げてきた球もかなり際どいコースだったけど、ボール球。元からその予定だったかも知れないけど、あわよくば……っていう感じのコースにばかり投げ込んでいた。

 

(もう1点くらいはほしいな……)

 

しかしその後崩れ掛けていた朝倉さんは渡辺同様に持ち直した事によって川崎さん、渡辺と凡退に打ち取られる。

 

残るイニングはあと2回……。このままこっちの勢いが崩れてしまうとちょっと不味いな……。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS柳川大附属川越高校⑦

秋大会終結!


『アウト!』

 

立ち直った渡辺は6回、7回と連続ですアウトを取り、志木さんのホームラン以降失点0で住ませている。本来なら私か川原先輩に交代予定だったんだけど、立ち直りの渡辺は一皮剥けたようで、今の渡辺を崩すのは難しい得意思う。特に……。

 

「やる……。7回まで投げさせて。星歌が招いた失点だもん。星歌が責任を持って投げたい……!」

 

この言葉を発した渡辺からは闘志の炎が宿っていた。内なる闘志というやつだろうか……?

 

一方で私達新越谷は朝倉さんからヒットは打てているものの、得点には至らない……。5回、6回とそれを繰り返している。柳大川越も結構守備堅いよね……。

 

そして7回裏。3対1で私達は2点負けている。

 

「代打白菊ちゃん!」

 

「任せてください!」

 

この回の先頭は息吹さんだけど、その代打として大村さんを起用。一発があるから、この場面で期待出来る選手だ。

 

(ここで代打攻勢……。朝倉さんも余り余裕がないから、ここはくさいところ突いて凡打狙いでいきましょう)

 

(了解)

 

初球は外角高めに投げられる。なんか志木さんのリードはコースギリギリのところばかりな気がする……。二宮に負けじと強気のリードじゃん。

 

 

カキーン!!

 

 

大村さんが朝倉さんのストレートを捉えた。夏の県大会までの大村さんならこの場面でも大振りだったけど、全国大会出場を決めて、更に強くなりたいという大村さんの願いからコンパクトなスイングを覚えた……。今の大村さんのスイングはそれなのだ。

 

打球はフェンスに当たり、ツーベースとなった。ノーアウト二塁のチャンス!

 

6番の山崎さんも続いてヒット!これでノーアウト一塁・三塁。

 

(ここで私の打順か……)

 

ビハインドが1点ならゲッツーを取ってでも点を取るバッティングをするんだけど、生憎2点差だからねぇ……って!?

 

(……なんか歩かされてるんですけど?敬遠されてるんですけど!?)

 

ふと横を見ると志木さんが立ち上がっていた。一塁埋まってるのに、歩かされるとか雷轟か清本じゃないんだから……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

まぁこれでノーアウト満塁だし、一打同点のチャンスだ。トリプルプレーだけは避けたいなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一塁が埋まってるのにも関わらず早川との勝負を避けたか……」

 

「朝倉さんと朱里さんの過去の勝負では朱里さんが全勝しています。特に1番最初の勝負では三塁打を打たれた事を考えると妥当な判断なのかも知れません」

 

「8番と9番で同点にしておきたいね~」

 

「あっ!ホームゲッツーを打っちゃった……」

 

「……新越谷はいよいよ追い込まれたな」

 

「ツーアウト二塁・三塁……。一打同点のチャンスですが、同時に敗北の危機でもありますね」

 

(そして打者は星歌さん……。これも巡り合わせでしょうかね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川崎さんがゲッツーを打ってしまい、ツーアウト二塁・三塁となってしまう。

 

「す、すまん……」

 

「まだ試合は終わってないよ。反省は後にして、今は渡辺の応援」

 

「朱里ちゃんの言う通りだよ!失敗を悔いるのは後!」

 

「頑張れーっ!星歌ちゃーん!!」

 

(ツーアウトだし、星歌が最後の打者になるかも知れないんだ……。でもやらなきゃ!3点取られたのだって星歌が蓮華ちゃんにホームランを打たれたからだし……!)

 

(ツーアウトで、次の打者が星歌……。前の打席では運良く打ち取れたけど、今回は上手くいくかどうか……。とりあえずツーアウトなので、全力でいきましょう!)

 

朝倉さんは真ん中低めにストレートを投げる。渡辺もストレートを読んでいたのか、タイミング完璧にそれを捉えた。

 

 

カンッ!

 

 

打球はレフトフェンスに激突。それを見た三塁ランナーの山崎さんは急いでホームへと走る。私も三塁へ。

 

「くっ……!」

 

レフトがボールを捕球。山崎さんはホームに還り1点差。そして打った渡辺は二塁へ、私は三塁を蹴ってホームに向かう。

 

(ここで同点に出来るかどうかで大きく変わってくる……!急げ急げ!)

 

レフトの矢のような送球でボールはセカンドへ。渡辺は頭から二塁ベースへと飛び込んだ。

 

『判定は!?』

 

際どい判定らしく、審判が駆け寄る。私はスライディングでホームベースへと辿り着く。これによってセーフなら同点、アウトならゲームセットだ。

 

『……アウト!』

 

(ああ。そっか……)

 

判定はアウト。

 

『ゲームセット!!』

 

(私達は負けたんだ……)

 

こうして私達の秋大会は終わりを告げた……。



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関東大会へ向けて

『ありがとうございました!!』

 

柳大川越の皆さんと整列と挨拶を済ませる。

 

(今日は反省会の後は自主練だし、関東大会に向けて色々と調整しないとね)

 

けどその前に……。

 

「星歌」

 

「蓮華ちゃん……」

 

この渡辺と志木さんが互いに向き合っている状況を見守っておこうかな。まぁ喧嘩するような雰囲気ではないけど……。

 

「今日の試合はありがとう。星歌達は負けちゃったけど、今日の試合で星歌はグッと成長出来たよ」

 

「星歌……」

 

試合に負けはしたけど、渡辺の成長や今後の目標なんかもわかってきたから、渡辺にとっては大きな収穫と言えるだろう。

 

「……自分は星歌の事を甘く見ていたのかもね。自分達が3点取った後の星歌のピッチングや、最後のバッティングは良かったよ。正直自分達が勝てたのも本当にギリギリだと思ってる」

 

渡辺の奮闘から私達にも闘志が伝染した……。夏大会の時から思ってたけど、新越谷は1人の気持ちから良くも悪くも引っ張られるムード影響型のチームだ。

 

今回の場合は渡辺の気持ちが折れ掛けたけど、なんとか立ち直り、ピンチの状況を切り抜けた後に1人、また1人と一時的に能力上昇をするタイプだね。少なくとも川越リトルシニアでは経験しなかったよ……。そして志木さんもそれをわかってて言ってるんだろう。

 

「……次に当たるのはもしかしたら関東大会になるかも知れない。その時も柳大川越が新越谷を降すよ」

 

「新越谷だって負けないよ!こっちには朱里ちゃんとヨミちゃんのWエースがいるからね!!」

 

他にも息吹さんや藤原先輩、川原先輩がいる……。投手は私と武田さんだけじゃない。新越谷のエース争いは滅茶苦茶激しいのだ。

 

(尤も今日の試合での渡辺の成長具合を考えたら渡辺もエース候補として食い込んだかもね……)

 

これは私達もうかうかしていられないな……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷、負けちゃったね……」

 

「勝つ事もあれば負ける事もあります。今回の新越谷の敗北が今だった……。それだけの事です」

 

「春の全国大会に駒を進めたのは柳大川越か~。今日は帰ったら過去のデータを引っ張り出すかな~」

 

「新越谷は負けたが、見応えのある良い試合だった。最後まで何が起こるかわからない……。そんな言葉がピッタリだったよ」

 

「神童さんは関東大会も観に行くつもりですか?」

 

「私と大豪月が行く大学は幸い偏差値がそこまで高くないから、余裕がある……。白糸台の試合も含め私が気になる試合を観に足を運ばせてもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に還ってすぐに反省会。そして皆の顔が暗い。まぁ負けてしまったし、仕方ないけど……。

 

「……春の全国大会への切符が掴めなかったのはとても残念ですが、落ち込む暇はありません。関東大会まで2週間を切っていますので、明日から猛練習です」

 

秋大会が終わったばかりなのに、関東大会まで時間がない……。スケジュール詰め過ぎな気がするんだよね。高女野連!

 

「敗北に対して悔しいと思えているのなら、まだまだ成長の余地はあるでしょう。この後は各自で自主練にします。練習に励むのも良し、身体をゆっくり休めるのも良し、今日について振り替えるのも良し……。皆さんにお任せします」

 

埼玉県から関東大会に出るのは咲桜、梁幽館、柳大川越、そして私達新越谷。他県からは白糸台や藤和だって出場を決めている。

 

負けたのは残念だけど、次に備えて練習しておこう……!



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試験勉強

勉強回という名の閑話回。あくまでも学生の本文は勉強!


関東大会が近いのは事実だけど、期末試験が近いのもまた事実……。日程としては関東大会終了のほぼ直後くらいなんだよね。

 

(最近は予習復習も余り出来てなかったし、今日のところは学業に回そうかな……)

 

「朱里ちゃん!」

 

「どうしたの雷轟?」

 

「これから自主練しに河川敷に行くんだけど、朱里ちゃんもどう?」

 

雷轟から自主練習の誘いが来た。武田さんや川崎さんも一緒にやるみたい。

 

「……止めておく。学生の本文は勉強だし、今日そっちに専念するよ」

 

前回の試験で成績も下がっちゃったし、今回は真面目にやろうと思っている。

 

「朱里って本当真面目だよな~!」

 

「そう?別に普通だと思うけど……。それより川崎さんは大丈夫?期末試験の日程って関東大会の直後くらいだよ?」

 

「げっ……!そうなのか!?」

 

赤点取ってしまったら冬休みに補習だし、それは避けたいだろう。あとは大村さんも余裕はなかった筈。夏休みの宿題の時もこの2人は溜め込むタイプだったし……。

 

同じく余り試験勉強をしない雷轟は逆に学力が滅茶苦茶高い。入学以来ずっと学年主席をキープしている。これに納得出来ないと思っているのは私だけだろうか……?

 

「……まぁ何にせよ私は試験勉強するからパス」

 

「そっか……」

 

雷轟が残念そうな顔をしている。生憎私は君みたいに天才じゃないからね。野球も勉強も日々コツコツ頑張る事が大事!

 

「あっ、私も朱里ちゃんに着いて行こうかな。私もそこまで余裕がある訳じゃないし……」

 

「えぇ~!タマちゃんも~!?」

 

どうやら山崎さんも私に着いて来るみたい。意外な事に武田さんの方が山崎さんよりも学力が高い。武田さんも雷轟と同じタイプの人種なんだろう。なんとなく納得がいかない事も含めて雷轟にそっくりだ。

 

(捕手って頭を使うポジションだから、それに伴って学力も高いイメージがあるよね。山崎さんも成績は良い方だけど、雷轟や武田さんがそれを上回ってる……)

 

そういえば二宮は勉学に余り力を入れてなかったね。本人曰く「勉学はそこそこで大丈夫です」と言って点数自体は高くないけど、正解率の低い問題をちゃっかり正解しているのを見て少しイラッとしたのを今でも覚えている。二宮も天才の部類に入るだろう。

 

「じゃあ行こうか山崎さん」

 

「どこでやるの?」

 

「無難に図書館で良いんじゃない?1回家に帰って現地集合にしようか」

 

「わかったよ」

 

山崎さんと行く駅近くの図書館。レイクタウンから徒歩5分くらいの場所にあるから、帰りに買い物もしておこう……。



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苦手な人

待ち合わせの時間が長く感じる事がある……という経験をした事があるだろうか?今の私は図書館前で山崎さんを待っている。

 

山崎さんはあと10分くらいで来ると先程連絡があったので、10分経つのを待っている訳だけど、今はその10分が非常に長く感じる。体感1時間くらいは経過してても可笑しくない。

 

そして何故私がこのような現象に陥っているのかと言うと……。

 

「ちょっと!聞いていますの!?」

 

「はいはい。聞いてるよ……」

 

私に執拗に絡んでくる茶来の相手をしているからだ。というか出番が久し振り過ぎて茶来を覚えている読者っているのかな……?

 

「お待たせ。朱里ちゃん!」

 

茶来の相手を適当にしていると山崎さんが来た。本来ならそんなに待ってない時間なのに、茶来のせいで滅茶苦茶待った気分だ。

 

「来たね。じゃあ行こうか」

 

「うん!」

 

山崎さんと合流したし、いざ図書館へ!

 

「お待ちなさい!」

 

行こうと思ったけど、茶来に呼び止められた。ちっ……!逃げ切れると思ったのに。

 

「……なんなのさ。私達はこれから用事があるんだから、手短にね」

 

「あの、この人は……?」

 

あっ、山崎さんも茶来の存在に気付いた。別に気付かなくても良かったのに……。

 

「よくぞ!聞いてくださいましたわ!わたくしは椿峰の1年生にして、川越シニア出身!そして早川朱里の永遠のライバルの……茶来勇気ですわ!!」

 

「や、山崎珠姫です……」

 

バンッ!と決めポーズをしていそうな力強い自己紹介に対して、山崎さんは若干引いていた。その気持ちは良くわかるよ。

 

「はい。自己紹介も終わったし、私達はもう行くよ?時間は有限なんだし……」

 

「それもそうですわね。わたくしは貴女と違って暇ではありませんもの」

 

だったらなんで私に話し掛けたのさ……。

 

「……ですので、わたくしの要件はただ1つ。来年の夏大会、全国を制するのは私達椿峰ですわ!それを覚えておきなさい」

 

高笑いをして茶来は去って行った。やっと解放されたよ……。

 

「あの、朱里ちゃん……」

 

「ん?」

 

「さっきの人の事……聞いても良い?」

 

なんと……。山崎さんは茶来の事が気になるの?私からしたらああいう人種は極力関わりたくないんだけど……。

 

(まぁ人格はともかく、選手としては優秀な部類に入るからね。スカウトで椿峰に入ったくらいだし……)

 

ただそのスカウトも茶来が強引に入った感があるから、六道さんも苦笑いをしていた。

 

「……茶来は私達と同じ川越シニア出身で、ポジションはセカンド、椿峰にはスカウトで入学してるよ」

 

「あの椿峰にスカウトされて入学って事はあの人も相当上手いんだよね……?」

 

「まぁ……そうなのかな?」

 

シニア時代は男子選手に負けてベンチ入りすら出来てなかったけど、能力自体は高めだ。まぁ同じセカンドである初野はベンチ入りしてたけどね。

 

(そこから椿峰に入ってどれくらい成長してるか……という話ではあるけど)

 

ちなみに椿峰は4回戦で柳大川越に負けており、関東大会の出場を逃しているものの、夏より強くなっている……というのが私が映像から見た椿峰の印象である。茶来はベンチだった。

 

「……じゃあ今度こそ行こうか」

 

「あっ、そうだね」

 

(あの朱里ちゃんがげんなりしてるって相当だよね。まぁ私もあの人はなんか苦手な印象だったけど……)

 

それから私達は図書館で閉館近くまで勉強し続けた。




勉強描写はカット。番外編とかで書くかも……?


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関東大会開始!

今日から関東大会。参加高校の全28校の熱気がひしひしと伝わってくる……。肌寒い時期なのに、汗をかいちゃうくらい。

 

「関東大会出場を決めた高校……!」

 

芳乃さんが興奮のあまりぴこぴこしている。まぁ気持ちはわからなくもない。

 

(白糸台や藤和もいる……。あと埼玉県以外で警戒が特に必要なのは花咲川学園、羽丘学園、月ノ森学園の最近実力を急上昇している東京の高校と、聖皇学園と総武高校の千葉の高校、神奈川の海堂学園高校かな?他にもあるけど、特に今挙げたところだね。当たった時に備えてデータを集めておこう)

 

芳乃さん達にも手伝ってもらうとして、今は開会式だね。

 

「さぁ、行進いくよ!」

 

芳乃さんの合図で私達は並んで行進。秋大会の時にガチガチだった渡辺も2回目となると落ち着いている。慣れるのは良い事だよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新越谷の試合は3日目なので、今日は練習なんだけど……。

 

「朱里ちゃんには何人か連れて偵察に行ってもらっても良い?」

 

偵察部隊に推薦されました。行くのは良いんだけど、なんか出鼻を挫かれた気分だよ……。

 

「連れて行くとしたら2人だけど、誰か行きたい人いる?」

 

私がそう言うとほぼ全員が挙手した。人気だな偵察部隊!?手を挙げてないのは中村さんと照屋さんと主将の3人……。主将は指示出しとかあるから参加出来ないとして、中村さんも照屋さんもストイックなんだなぁ……。

 

(朱里ちゃんの期待に応える為にも練習しとかないけんからね。頑張らんと……!)

 

(偵察には1度行ったし、朱里さんは人気者だから、あのように被るのよね……。それなら残って練習した方が朱里さんの為かな)

 

(ま、まぁ私はキャプテンだからな。キャプテンが練習を抜ける訳にはいかないな!うん……)

 

じゃんけんの結果、私と偵察に行くのは武田さんと山崎さんになった。2人共なんか嬉しそうなんだけど、そんなに偵察に行きたかったのかなぁ……?じゃんけん負けた人達もなんか悔しそうだったり、残念そうな顔してたりするし……。

 

「決まったみたいだし、早速行ってくるよ」

 

大会の会場である東京まで私達は足を運んだ。

 

「おまえ達も偵察に来たのか?」

 

「まぁそんな感じです」

 

会場に着くと神童さんがいた。そういえば白糸台の試合って今日だもんね。自分が通っているの試合を観るのは当選って事か……。

 

「今日は武田と山崎が一緒なのか?」

 

「「よ、よろしくお願いします!」」

 

2人共神童さん相手に緊張してるなぁ……。まぁ新越谷には3年生部員がいなかったし、仕方ないかもね。

 

「おやおや~?そこにいるのは神童さんと早川ちゃんじゃないですか~?」

 

背後から聞いた事のある口調が聞こえたので振り返ると非道さんと黛さんがいた。あれ?洛山の試合って今日じゃなかったっけ?

 

「試合なら清本ちゃんに任せたよ~。あの子は時期キャプテンだからね~」

 

清本の事を信頼し過ぎな気もする……。非道さん以外の捕手がどのように育っているかによって洛山の未来は変わる気がするけど、どうなんだろう?

 

(それにしても清本がキャプテンか……。リトルシニア時代ではそんな柄じゃなかったと記憶してるけど、人は成長してるんだね)

 

「それにここの試合は抑えとかなくちゃね~。特に第2試合を~」

 

非道さんが言う今日の第2試合目……白糸台対柳大川越の試合を私達は観に来たようなものだ。




遥「久し振りの後書きからこんにちは!」

朱里「本当に久し振りだね。秋大会ではなかったよね?」

遥「1つお知らせがあるからね。今回はその告知かな?」

朱里「お知らせ?」

遥「洛山高校の黛さんですが……今回のラストを以てサブキャラに昇格しました!」

朱里「この小説オリキャラ(コラボキャラは除く)ってパワプロのキャラの名前でしか出なかったけど、遂に正真正銘のオリキャラって訳だね……」

遥「まぁ洛山高校の元ネタとなっているアニメから苗字を借りただけのつもりだったんだけど、今後の事を考えて作者がそうしたみたい」

朱里「じゃあ他のキャラもサブキャラに昇格する可能性があるって事?」

遥「どうだろう……?作者は良い感じの挿絵が出来たって言ってたから、それに合わせて黛さんのキャラ設定とかも作るみたい」

朱里「成程ね」


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観戦!柳川大附属川越高校VS白糸台高校①

「……では柳大川越戦はこのオーダーでいきますが、なにか質問はありますか?」

 

「はーい!」

 

「なんでしょうか?大星さん」

 

「なんで私が5番で、バンガードが4番なの?これまでずっと私が4番だったのに……」

 

「ふっふっふっ……。ミズキさんも遂にこの白糸台の4番にワタシが相応しいと気付いたみたいデース!」

 

「……単純に朝倉さんの球種に対する相性で決めました。この試合のクリーンアップの3番新井さん、4番バンガードさん、5番大星さんですが、ストレート、SFF、カットボールに対する本塁打率が1番高いバンガードさんを4番に、バンガードさんには劣るものの、速球系の球種に強い新井さんを3番、速球系よりは抜き球系の方が相性の良い大星さんを5番に置きました」

 

「あ、相変わらず瑞希ちゃんは色々考えてるなぁ……」

 

「お陰で部長として立つ瀬がないな……。監督も楽が出来るって喜んでたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば黛ちゃんとこうして絡むのって初めてだったよね~。ほら黛ちゃん、自己紹介自己紹介~」

 

「えっ、あっ、えっと……。ま、黛千尋です。よ、よろしくお願いします……」

 

非道さん達と出会い、黛さんの紹介を改めてしてもらっている訳だけど……。

 

「皆の言いたい事はなんとなくわかるよ~。マウンドにいる時の黛ちゃんと今の黛ちゃんが全然違うってね~。黛ちゃんは極度の人見知りで、恥ずかしがり屋なんだよ~。未だに私と大豪月さんと清本ちゃん以外にはこんな感じなんだよね~」

 

「だ、大豪月さんには私を拾ってもらった恩がありますし、非道さんとは同じクラスで野球の事を含めて関わる事が多いし、清本さんは私の癒しですし……」

 

(マウンドにいる時の黛さんは凛々しく、まさにポーカーフェイスという言葉が当てはまる。それは私も見習いたいくらいにね。しかし今目の前にいる黛さんは清本を彷彿させるレベルで気弱で人見知りみたい。なんか初めて清本と出会った時を思い出したよ)

 

あと黛さんの人見知り云々の下りでサラッと言ってるけど、清本が黛さんの癒し担当みたいになってるのは突っ込まない方が良いんだよね……?

 

「黛の意外な一面を見たところで、まもなく白糸台と柳大川越の試合が始まるぞ」

 

「神童さんはもちろん白糸台の応援だろうけど、早川ちゃん達新越谷はどっちを応援するの~?」

 

「そうですね……。やはり埼玉代表として柳大川越を応援しますね。それと同時に二宮にも頑張ってほしいという部分はありますけど……」

 

「朱里ちゃんは二宮さんの事も応援してるんだね」

 

「まぁ清本もそうだけど、付き合いが長いからね」

 

おまけに二宮とは中学も一緒だったから、清本よりも付き合いが長いとも言える。

 

「あっ、試合始まるよ!」

 

『プレイボール!!』

 

審判の合図にて試合が始まる。先攻は柳大川越だ。

 

「白糸台の先発は鋼だな」

 

「柳大川越の捕手である志木さんは分析タイプの投手なので、ストレート1本しかない新井さんは格好の的になる可能性が高いからだと思います」

 

「私が白糸台の立場ならその心理を逆手に取って敢えて新井ちゃんを先発にするけどね~」

 

成程……。そういう考え方もあるのか。二宮も非道さんも分析タイプの捕手だけど、同じ分析タイプでもそこから広がる戦術もピンきりって事がわかったよ。

 

『アウト!』

 

先頭の大島さんを鋼さんはストレートとスライダーを駆使して打ち取る。

 

「今の大島さんってかなり打率が高かったよね?」

 

「そうだね。埼玉県内の野球部の1年生の中でも1番打率が伸びてる。6割に乗りかけだった筈……」

 

宛らそれは梁幽館の陽さんを見ているようだった。ポジションも同じだし、大島さんなりに格上の打撃を参考にしたんだろうか?

 

(しかしそれを難なく打ち取る鋼さん……。二宮のリードもあるだろうけど、鋼さんも白糸台の中で1番伸びている選手なだけはあるって事だね)

 

その後2番、3番と鋼さんのストレートとスライダーを引っ掻けて凡退となった。

 

「初回ノーヒット無得点……。これはまた投手戦が予測されそう……」

 

「それはどうだろうな」

 

「神童さん……?」

 

この試合は投手戦が予測されるかと思いきや神童さんが意味深な発言をする。

 

「昨日白糸台に顔を出した時に二宮から聞いたが、柳大川越のピッチングを分析するのは二宮1人でやって、他は自由にやる……と言っていた。今の白糸台には新井、大星、バンガード、鋼とパワーヒッターが多いし、4人共朝倉の球種に強い。下手すれば大量得点もざらにある」

 

「それがどうなるかは志木ちゃんのリード次第って事だね~」

 

神童さんと非道さんはそのように言う。朝倉さんには頑張ってほしいところだけど……。



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観戦!柳川大附属川越高校VS白糸台高校②

1回表は鋼さんの好投により三者凡退となった。

 

「あの柳大川越の打線を三者凡退だなんて……」

 

「凄いよね~!」

 

柳大川越は1番打率が高い大島さんを始め、上位打線から下位打線まで全体の成長著しい。しかしそれを物ともせずに凡退させるとは……。

 

「鋼さんも練習試合とは比べ物にならないくらいに成長してる。私達のライバルになるんだよね……」

 

「実際に新越谷との練習試合から鋼が1番伸びているのは間違いない。速球面では新井から、変化球面では私から、配球面では二宮から、打撃面では長打方面では大星、バンガードから、ミート方面では渋谷から、更には走塁面でも亦野から色々と聞き出してはそれを物にしているからな」

 

投球面だけではなく、打撃面でも鋼さんの成長が凄いと思ってたら、そんな経緯があったのか……。3年生がたまに顔を出すとその機会を見逃さず、何かを吸収しようと試みている……。これは将来とんでもない選手が誕生しようとしているね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出だしはまずまずですね」

 

「瑞希ちゃんの配球のお陰で三者凡退に抑えれたよ」

 

「柳大川越の打線を抑えられているのは鋼さんの成長もあります。自信を持ってください」

 

「うん……!ありがとう!」

 

「さて……。攻撃に移りますが、日葵さん」

 

「なにかな?」

 

「昨日話した通り、今日の試合は白糸台で初の自由な野球です。思いのままにやってください」

 

「りょーかい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回裏。白糸台の攻撃は佐倉日葵さんから……。

 

「佐倉日葵さん……。パンチ力のある打撃と、速い足を活かして白糸台のリードオフガールに君臨したんだよね」

 

「それに加えて自由なバッティングをするから、分析型の捕手からすれば苦手な相手になるだろうね」

 

この手の打者は何をしてくるか予測が出来ないから、厄介なんだよね。足も三森3姉妹並に速いし、油断するとホームラン打たれるレベルにはパワーもあるしで……。

 

「洛山からしたら日葵ちゃんのバッティングはありなんだよね~。うちも自由な野球をしてるから~」

 

「ち、ちょっと自由過ぎるような気もするけど……」

 

「……というか洛山の野球は自由過ぎるあまりにエラーを続出してるんじゃないのか?」

 

「おっとっと~?これは手厳しい発言を頂きましたな~」

 

 

コンッ。

 

 

話している内に朝倉さんが1球目を投げて、それを日葵さんはセーフティバントで対応した。

 

『セーフ!』

 

「初球からセーフティバントを決めてきた……!」

 

「本来の白糸台の野球にはないものだな。今の監督と二宮がいなければ叱責ものだろう」

 

白糸台だけじゃなく、川越シニアも当時の白糸台と似たような野球をする。当然今のセーフティバントは落第点、アウトになろうものなら降格処分を下される。そんなレベルの行動を日葵さんはしていた。

 

「次は佐倉姉妹の姉の方、陽奈ちゃんだね~」

 

「彼女は妹の方に比べれば堅実な野球をするが、妹がランナーとして出塁しているのなら話は別だ」

 

佐倉陽奈さん……。これまでの戦績を見る限りだと基本的に堅実な野球をしているものの、妹である日葵さんがランナーにいるなら、妹を還す為に動き出す。

 

ちなみに他の人がランナーの場合だと普通に送りバント等をしてくる。彼女の動きを読むなら日葵さんがランナーに出ているかどうかを確認しよう。

 

「走った!」

 

日葵さんがスタートを切る。志木さんが送球するも、悠々と二塁ベースに辿り着いていた。

 

『セーフ!』

 

「足速いね~」

 

「確かにあれは全国クラスだと思います」

 

あれより上となると私が知る限りでは三森3姉妹くらいなのかな……?少なくとも金原や友沢よりは速い。

 

そして陽奈さんはバントの構えをしている。

 

「ねぇタマちゃん、あれってもしかして……」

 

「うん……。多分うち相手にやってきたバントエンドランをやってくると思う」

 

2人が言うように陽奈さんとランナーの日葵さんの動きから察するに私達との練習試合でやってきた戦術をやろうと試みている。

 

(ここで1点を取れたら白糸台側が一気に有利となる……)

 

 

コンッ。

 

 

予想通り陽奈さんはバントを狙う。打球は転々とファーストへと転がる。

 

「ファーストはそのままベースを踏んでください!」

 

志木さんの判断によって一塁はアウト。二塁ランナーの日葵さんは三塁へと到着している。

 

(ファーストがこっちに投げようとしたら一気にホームまで走ろうと思ったのにな~)

 

結果的に送りバントという形になり、ワンアウト三塁。ここから待ち受けるのは白糸台のクリーンアップ達だ……!



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観戦!柳川大附属川越高校VS白糸台高校③

「陽奈さん、ナイスバントです」

 

「出来れば日葵をホームに還したかったわね……」

 

「まぁあとは私達に任せなさい!」

 

「大星は今日5番だから、この回では出番回ってこないかも知れないぞ?」

 

「ええ~?麻琴もバンガードも白糸台のクリーンアップとしての自覚が足りないんじゃないの~?」

 

「いや、朝倉千景はそこまで甘い投手じゃないって事を言いたいんだが……。まぁ良い。とりあえず先制点を取れるように頑張ってくる」

 

(新井さんが部長になる前だと先程の大星さんの挑発に乗っていましたね。部長としての自覚は芽生えているようです)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワンアウト三塁……。朱里ちゃんはこの状況をどう見る?」

 

「朝倉さんが速球タイプの投手だから、そんな朝倉さんと相性の良い新井さんとバンガードさんが続くし、連打のチャンスかもね」

 

(しかしそれはあくまでも朝倉さんの投球スタイルに対する相性だけを見た場合の話……。私達と戦った県大会決勝戦で見せた朝倉さんの粘り強いピッチングと志木さんのリード次第ではまだわからない)

 

私達を倒した柳大川越ならば、もしかしたらあの白糸台を倒す可能性もあるかも……とか思っていたんだけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

3番の新井さんが初球から朝倉さんのカットボールを捉える。

 

『ファール!』

 

ポールギリギリのところで切れてファール。あ、危ないなぁ……。

 

「カットボールにタイミングが合ってるね~」

 

「新井さんは元々速い球が得意なので、私達洛山も抑えるのに苦労しますね……」

 

「まぁ黛ちゃんのピッチングは新井ちゃんのような打者に対して編み出したものだしね~」

 

「そ、そうだったんですか……!?」

 

「黛ちゃん以外の投手は軒並み速球タイプの脳筋しかいないからね~。皆が皆大豪月さんの下位互換でしかなかったんだよ~」

 

「確かに洛山の投手は速球派ばかりだと思っていたが、単純に技巧派の投手が育成出来る環境にない訳か……」

 

「その点は黛ちゃんの後進育成に期待するしかないですね~」

 

洛山の投手事情とか、我の強さなんかが露呈してる……。

 

洛山の選手達はスラッガータイプばかりだし、走塁も守備も出来るとは言え、清本もスラッガータイプ。

 

それに加えて黛さん以外の投手陣は大豪月さんの劣化みたいな投手しかいない。

 

止めに守備では一部の選手を除けばエラー祭りと色々ヤバいな洛山高校……。

 

「わ、私が……?」

 

「ついでに人見知りと恥ずかしがり屋な部分も克服頑張って~」

 

「む、無理です……!」

 

これが洛山高校投手陣の今後が黛さんに託された瞬間だった。

 

 

カキーン!!

 

 

新井さんが再び朝倉さんの球を捉える。その打球は鋭く、大きいけど……。

 

『アウト!』

 

レフトがなんとか追い付きアウト。関東大会の球場が広かったのが幸いしたね。でも……。

 

「先制点GET~♪」

 

三塁ランナーのタッチアップによって白糸台が先制した。

 

「やっぱり白糸台は凄い……!」

 

「そうだね。あの柳大川越からアッサリと先制点を取るなんて……!」

 

武田さんと山崎さんが改めて白糸台の能力に驚愕している。順当に勝ち進めば私達新越谷が白糸台と当たるのは決勝……。新井さんと鋼さんの他にも優秀な投手がいそうだし、野手陣も粒揃いだろう。

 

「自由な野球と言えども現状やってる事は今までと変わらないな」

 

「そうなんですか?」

 

「1番の日葵が出塁して、先制点を取る……。佐倉姉妹が1軍に上がってからはほぼこのパターンで先制点を取っている」

 

成程……。二宮は自由にやっても良いって言ってはいるけど、実は先制点を取れるパターンが仕上がっていたって訳だね。

 

「そして新越谷との練習試合から後の試合の統計を取っていた二宮から聞いた話だが、佐倉日葵の初回の出塁率はほぼ100%なんだそうだ」

 

「100%!?」

 

「つまり初回で1点は確実に取れる……という事ですか?」

 

「まぁそうなるな」

 

私達の練習試合でもやっていた1番の日葵さんが出塁し、陽奈さんが日葵さんを塁に進めて最低でもワンアウト三塁の状況を作り、後続が点を取る……。今の白糸台はこのパターンで初回に点を取っている。

 

 

カキーン!!

 

 

4番のバンガードさんが流れを引き継いでホームラン。これは柳大川越は厳しくなってきたかもね。

 

「あの4番の人って前の練習試合では見なかったよね?」

 

「そうだね。私達と練習試合を組んだ時点では2軍から昇格していた可能性があるよ」

 

(尤もバンガードさんをも温存していた可能性もある……。二宮がどこまで白糸台の実力をひた隠しにしているかがよくわかるよ)

 

その後5番の大星さんが朝倉さんのSFFを捉えて二塁打を打つも、後続を凡退に抑え、1回が終了。白糸台が2点を先制した。



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観戦!柳川大附属川越高校VS白糸台高校④

早くも決着!


試合は進んで5回裏。初回の展開を考えると投手戦が予測していた。しかし……。

 

「またバンガードがホームランを放ったな。これで白糸台は6点目だ」

 

「ちょっと一方的な展開になってきましたね~」

 

「柳大川越側は……朝倉さんを代えてしまうと、下手すればコールドゲームになってしまうので、代え辛いと……思います」

 

神童さん、非道さん、黛さんがそれぞれ批評する。埼玉代表として柳大川越に頑張ってほしいんだけど、白糸台が強過ぎる。柳大川越はまだ鋼さんから得点どころかヒットすら打ててないし……。

 

「わ、私達が白糸台に勝てたのがなんか不思議になってきたよ。練習試合では負けちゃったし……」

 

「確かに……。これを見てしまうとちょっと萎縮しちゃうね」

 

武田さんと山崎さんが白糸台の打撃を見てポツリと呟く。

 

(白糸台のクリーンアップと6番の鋼さん……。この4人は全員ストレートに強い。私達が当たるとしたら誰が投げる……?ストレートが主流の藤原先輩と川原先輩は厳しい。そうなると持ち球が多い渡辺?或いはあの魔球で意表が突ける武田さん?それとも投手陣の中で1番成長速度が速い息吹さん……?)

 

考えれば考える程にわからなくなる。私達がどんな作戦を考えようとも全て白糸台……特に二宮に見透かされているんじゃないかと錯覚してしまう。

 

「朱里ちゃん?」

 

「……っ!どうしたの?」

 

右隣にいる山崎さんに声を掛けられ我に帰る。駄目だ駄目だ。今はこの試合を観る事に集中しよう。

 

「大丈夫?何か考え込んでいたみたいだけど……」

 

「……なんでもないよ」

 

余計な考えを持てば武田さんと山崎さんに心配を掛けてしまう。私なんかの事で2人に迷惑が掛かっちゃうのは避けたい。

 

(洛山戦では小細工なしの力と力のぶつかり合いだった……。いっその事白糸台と戦う時もそれでいけばなんとかなる……?)

 

まぁまだ当たるかどうかはわからない。私達が決勝戦まで行けるかはわからないし、その逆も然りだ。

 

 

カキーン!!

 

 

「おお~。また打ったね~」

 

続いて5番の大星さんもフェンス直撃の二塁打を放つ。

 

朝倉さんの調子が悪い訳じゃない……。むしろ朝倉さんの調子は私達と戦った時よりも良さそうに見える。

 

朝倉さんの投球内容が悪い訳じゃない……。ストレート、SFF、カットボールと良い感じに散らばっている。

 

志木さんのリードに問題ある訳じゃない……。配球もコースも決して悪くない。

 

これが王者白糸台の実力だ。私達が全国大会の準決勝で勝てたのは運が良かったから、先発が神童さんじゃなかったから、新井さんのサイン無視があったから……。挙げていくと相手の小さなミスに助けられたから、私達は勝てたのだ。

 

 

カキーン!!

 

 

6番の鋼さんがタイムリー。これによって白糸台のコールド勝ちとなった……。

 

「……終わってみれば白糸台の圧勝だったね~」

 

「そ、そうですね。もしかしたら……夏に戦った時よりも手強いかも……」

 

洛山の2人がそんな感想を述べる。

 

「それは当然だろう。今の白糸台の実力は全盛期を上回っているからな。特に1年生5人がその立役者だ」

 

神童さんが言う全盛期越えを実現させた立役者の鋼さん、バンガードさん、佐倉姉妹、そして二宮……。

 

(この面子が私達と3年間戦う事になるのか……)

 

「ああそうだ。早川に訊きたい事があったんだった」

 

神童さんが私に訊きたい事があるらしい。なんだろうか?

 

「訊きたいのは二宮についてだ」

 

二宮の……?何を訊くつもりなんだろう?



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二宮瑞希

☆7の評価を付けてくださったTー糸井さん、ありがとうございます!

本日は番外編も同時に投稿していますので、興味のある方は是非見ていってください。

新しいアンケートを追加しましたので、興味があったら入れていってください


神童さんが二宮について私に訊きたい事があるらしい。

 

「私は二宮を白糸台にスカウトを寄越し、入学させようと動いた」

 

へぇ……。二宮を白糸台に推薦した人物って神童さんだったんだ。意外と言えば意外だし、今聞くとそうでもないのかも知れないし……。

 

「そして彼女が白糸台野球部に初めて足を運んだ時……つまり1年生入部の日に私は彼女を見て驚いた」

 

「それって二宮ちゃんの身長の低さにですか~?」

 

非道さんが茶化すように言う。いや、確かに二宮は小さいけど、そこは論点じゃないでしょ……。

 

「そうじゃない。私が驚いたのは彼女の眼だ。何も写ってない、暗い闇のような瞳に……。どれ程の修羅場を体験したら子供ながらにあんな眼が出来るのか……。二宮との付き合いが長い早川なら何か知っているんじゃないかと思ってな」

 

神童さんが知りたかったのは二宮の光なき眼……。確かに高校生がして良いものじゃない。二宮に何があったのか、気になっているんだろう。しかし……。

 

「……残念ながら私は何も知りません。私が二宮と初めて会った時から二宮はあの眼をしていましたので」

 

(私が初めて二宮と会ったのは川越リトル入団の時……つまり小学4年生の時点で既に二宮はあの眼をしていた……。当時は本当に同い年なのかと思ったっけ?身長の方は今と大して変わってないし)

 

ちなみに初対面の時に二宮を年上だと思ったのは内緒の話。

 

「そうか……」

 

「それに知っていたとしてもおいそれと話せる内容でもないと思います」

 

「……それもそうだな」

 

「私よりも二宮との付き合いの長い清本なら何か知っているかも知れませんが、期待はしない方が良いでしょう」

 

二宮と清本は幼稚園と小学校が一緒で、10年以上の付き合いがある所謂幼馴染というやつだ。

 

(そういえば二宮や清本と小学校が一緒だったけど、学校で会う事はなかったな……)

 

「おや、朱里さんではないですか。観に来てたんですね」

 

考え事をしていると背後から二宮が声を掛けてきた。その後ろには鋼さん、佐倉姉妹、バンガードさんもいる。

 

「まぁね。あの柳大川越相手にコールドゲームを決めるとは流石って感じだったよ」

 

「自由な野球をさせてみた結果、それが上手くはまった形になりました。鋼さんもノーヒットノーランを決められましたし」

 

5回コールドとは言え、ノーノーは簡単に出来るものじゃない。鋼さんのピッチングもさることながら、二宮のリードも柳大川越の打線を抑える要因になっただろう。

 

「ヘーイ!貴女がミズキさんの言ってたアカリさんデスか!?」

 

二宮と話していると突然バンガードさんが割り込んできた。びっくりした……。

 

「そう言う貴女はテナー・バンガードさんだね」

 

「yes!テナー・バンガード言いマース!貴女とは1度話してみたかったデス。なんでもシンドウさんに匹敵する投手って話を耳にしてマス」

 

白糸台の中で私はどんな存在か気になる……。

 

「何やら話していたみたいですが、何の話をしていたんですか?」

 

「いや、なんでもないさ。ただの雑談だよ」

 

神童さんが誤魔化す。まぁ二宮の過去話について話していた……なんて口が裂けても言えまい。

 

「ほらほら、ミズキさんももっと嬉しそうにしまショウ!smileデース!」

 

「遠慮しておきます。そういうのは苦手ですので」

 

二宮とバンガードさん、そして他の1年生がじゃれているのを見てしまうと私は思った。

 

(そういえば二宮が笑ってるところを見た事がないな……)

 

二宮瑞希は笑わない。作り笑いどころか苦笑いすらする事がない。

 

喜怒哀楽から『喜』を引かれていて、『楽』の部分も半分以上引かれている……そんな印象を私は持っている。

 

(そんな二宮が笑う日が来るのだろうか……?)

 

そんな日が来る事を切に願う……。



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初戦に備えて

二宮達と別れて私達は新越谷高校へと戻る。

 

「芳乃さん達への報告は私がするけど、2人はどうする?」

 

「練習したい!タマちゃん、付き合って!」

 

「……わかったよ。じゃあ私達はグラウンドに行くね」

 

「了解。余り時間は取れないから、藤井先生に聞いてね」

 

武田さんと山崎さんは練習に向かった。元気だな……。

 

(さて……。私も芳乃さんに報告しておくかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という感じかな。観戦結果を雑把にまとめた物があるから、それを渡しておくね」

 

「ありがとう朱里ちゃん!」

 

芳乃さんに試合結果を報告し、次の私達の試合に備えて軽く話し合う。

 

「そっか……。柳大川越は負けちゃったんだね……」

 

「柳大川越には申し訳ないけど、白糸台が圧倒的過ぎたよ。5回コールドで、先発の鋼さんもノーノーを決めてた……。相性の良し悪しもあったけど、それを差し引いても白糸台が負ける要素はなかったね」

 

前に私達と練習試合をした時に見なかったバンガードさん……。今日の試合で彼女は4番を打っているけど、基本的には5番打者を務めている。朝倉さんがストレート主体のピッチングをしていたからこその4番起用だったんだろう。大星さんはチェンジUPとかの方が得意だし……。

 

「……うん。白糸台の詳しい事はまた当たる事が決まってから聞くとして、今から皆でミーティングをするよ!朱里ちゃん、グラウンドに行こう」

 

「……了解」

 

まぁ今は私達の……新越谷の勝利の為に最善を尽くそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達が1回戦で当たるのは総武高校だよ!」

 

「総武……ってどこだっけ?」

 

「千葉県よ」

 

私達の試合相手は千葉県の総武高校。

 

「チーム編成は1年生多数がメインで、少数の2年生がいるところです」

 

「私達と同じ感じだな……」

 

総武高校野球部は所謂古豪で、3年前に野球部が廃部になったものの、今年の春に再建した本当に私達新越谷と似たようなチームだ。

 

「今年の戦績は夏大会はベスト4、秋大会は準優勝とかなりの実力を秘めています」

 

「関東大会に出場してるだけあってかなりの実力があるんだよね……」

 

ちなみにどっちも聖皇学園に負けている。私としてはあのチームと極力関わりたくないから、総武高校には頑張ってもらいたい。

 

(聖皇学園は白糸台側のブロックにいるみたいだし、白糸台の勝利を願う……)

 

「野球部は3年前に廃部になったんだけど、今年復活したみたい」

 

「本当に私達と境遇が似てるな……」

 

違いと言えば不祥事のあるなしだね。総武高校の場合は単に人数不足で廃部になったけど、新越谷は廃部にはなっていない……。ここも似て非なる部分だ。

 

「ピックアップ選手は試合当日に紹介するとして、総武高校の特徴としてはコツコツと繋ぐ打撃術と2枚エースです」

 

「コツコツと繋ぐ打撃術と……?」

 

「2枚エース……?」

 

「総武高校は雷轟のようなパワーヒッターはいませんが、1人1人がアベレージに長けています。例えるなら野手のほぼ全員が中村さんと同じレベルのバッティングをすると思ってください」

 

総武の今年の試合結果を見てみると大体の試合が3~6点で、ヒットの数が二桁前後。調子の良い日なんかは先発全員安打を達成するレベルにまで仕上がっている。

 

「2枚エースについては当日に説明するね!」

 

最近相手データの具体的な事は当日報告になっている。このケースは特筆する選手がいない高校と当たる時によくやってるね。稜桜学園相手なんかがそうだった。

 

(あと総武の2枚エースはプライドが高いって二宮が言っていたから、もしかしたら雷轟とも勝負してくれるかもね……)

 

ミーティングが終わると時間も遅いという事で解散となった。



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関東大会1回戦!新越谷高校VS総武高校①

今日は総武高校との試合の日だ。

 

「オーダーを発表するよ!」

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 キャッチャー 山崎さん

 

7番 ライト 大村さん

 

8番 ショート 川崎さん

 

9番 ピッチャー 息吹さん

 

 

今日の先発は息吹さん。場合によっては藤原先輩のリリーフ起用もある。

 

「今日はこれでいくからね!」

 

「関東大会ともなると緊張感が違うわね……。それでも先発を任されたんだし、頑張らなきゃ……!」

 

「全国大会とはまた違った雰囲気を感じます!」

 

息吹さんと大村さんのやる気を見出だせたところで、相手ベンチを見る。

 

 

ズバンッ!

 

 

「結構速いな……」

 

「2枚エースの内の1人である三浦さん。タイプとしては朝倉さんに似てるかな」

 

「ストレート、カットボール、チェンジUPに加えてシンキングファストボールを決め球に打者を打ち取るピッチングを得意としています」

 

「シンキングファストボールって……?」

 

「シュート方向に曲がりながら沈んでいくボールだよ。球速もあるし、カットボールとの相性も良い……。シンカーと似ている事からパワーシンカーとも呼ばれているね」

 

「ほえ~。変化球って色々あるんだねぇ……」

 

まぁ武田さんが投げるあの魔球とかも余り見ない球だしね。

 

「もう1人のエースは?」

 

「2人目のエースである雪ノ下さんは神童さんのように多種多様な変化球を操り、ストレートも三浦さん程ではないけど、速い。今日の試合ではリリーフみたいだね。三浦さんが投げる間はセンターを守ってるよ」

 

ちなみにこれは二宮からの情報。今年の5月末に白糸台は総武と練習試合をしたそうだ。その時は白糸台が6回コールドを決めていたけど……。

 

「さぁ、整列に行きましょうか」

 

『はいっ!』

 

さて……。関東大会で私達がどこまで成果を出せるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試合開始に間に合いましたね」

 

「新越谷の相手は総武高校か……。聖皇学園には劣るものの、優秀な選手が揃っている」

 

「少ない部員数にも関わらず1人1人が役割を果たしている……。新越谷と同じタイプと言えるでしょう。総武とは5月末に練習試合をして以来ですが、データを見る限りではその頃の総武はもういません」

 

「総武と言えば……雪ノ下がやたらおまえをライバル視していたみたいだが?」

 

「私は特に何もしていませんよ。雪ノ下さんの弱点を突いたくらいです」

 

(もしかしなくてもそれが原因だろうな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よろしくお願いします!!』

 

整列を終えて試合開始。私達は先攻だ。

 

(シンキングファスト……。直で見るんは初めてやけん、三浦さんとの対決は楽しみやね……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あれがシンキングファスト……。なまで見るのは初めてだから、キチンとした対策は出来てないんだよね。映像だと左打者に食い込む変化と球速で打者を打ち取ってたみたいだけど……。

 

(中村さん、雷轟、息吹さんは左打ちになるから、3人の場合は少し厄介かもね)

 

 

カンッ!

 

 

「ファースト!」

 

中村さんは3球目に打つも、ファースト正面のゴロでアウトとなる。

 

(3球目に投げたのもシンキングファスト……。あれを攻略出来るかでこの試合の勝敗が変わるかも)

 

あとは総武のアベレージ打線に捕まらなければ、この試合も投手戦になるだろう。こうなってくると投手陣の強さが勝利の鍵になるかも知れない……。



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関東大会1回戦!新越谷高校VS総武高校②

『アウト!』

 

1回表は三浦さんのストレート、カットボール、シンキングファストを上手く混ぜられて三者凡退となった。

 

「あのシンキングファスト……映像で見たよりも斜めに変化している感じがするな」

 

「他の球種……特にカットボールと混ぜられると打ちにくいですね」

 

(幸い制球力はそこまでないから、待球作戦を取れば四死球は稼げそうだけど……)

 

次の回は雷轟からだから、雷轟の1打席目がどうなるかによって変わってきそうだ。

 

「しまっていこーっ!」

 

『おおっ!』

 

アベレージ打線にどう対応していくかが今後総武を抑えられるかが変わってくるね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総武も中々やるな。あの新越谷の打線を三者凡退に抑えるとは」

 

「幸い三浦さんの攻略法についての目処は付いているでしょうし、次の回は雷轟さんからなので、総武打線を抑える事さえ出来れば然程苦戦はしないと思います」

 

「あのシンキングファストは中々厄介だと思うが、それでも対処は難しくないと?」

 

「三浦さんのピッチングを見る限り根本は変わっていませんからね。それに雷轟さんはあの手の投手は大好物ですし、もしも雷轟さんと勝負するものならば捕手のリード次第で大打撃を受けてしまいます」

 

「そうなると雪ノ下の方も早いところ肩を作った方が良さそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

1番打者が息吹さんの低めのストレートを捌き、外野前に落とした。

 

「綺麗に捉えられたね……」

 

「あれが総武のアベレージ打線?」

 

「そうだね。ボールの見極めも出来ていて中々面白いバッティングをするよ」

 

「こ、このままじゃ先制点取られちゃうんじゃ……」

 

渡辺が不安そうに呟くけど……。

 

「確かに総武の先制パターンに入っているけど、その心配はないと思うよ」

 

「えっ?」

 

 

カンッ!

 

 

2番打者が同じように内野と外野の間に落ちるようなバッティングをする。今までの相手ならそれでヒットになったかもだけど……。

 

 

バシィッ!

 

 

『捕った!?』

 

恐らく相手ベンチから聞こえたであろう驚愕の声。これが対総武戦に備えて内野4人……特にファーストとサードを守る可能性のある中村さんと藤原先輩が行った守備練習だ。ちなみに今打球を捕ったのは藤原先輩ね。

 

「希ちゃん!」

 

すかさず藤原先輩がファーストへと送球。ダブルプレーとなった。

 

「凄い凄い!理沙先輩のファインプレーだ!!」

 

「これで総武の戦術を1つ潰したよ!」

 

「そうだね」

 

(データを見る限りだと総武に一発のある打者はいない……。強いて警戒するなら1番とクリーンアップくらいかな)

 

もちろん他にも警戒するべき打者はいるけど、とりあえずはその4人に対して息吹さんが力を込めて抑えにいってほしい。

 

続いて3番打者も同じようにファーストとライトの間に落ちるよう打つけど、今度は中村さんのファインプレーでアウトとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「連続ファインプレーによって流れは新越谷に傾いたか……」

 

「流れの掴み方が上手いですね。プレーを確実に決める為に相当練習したでしょう」

 

「確かに藤原と中村が行ったプレーは簡単には出来ない……。あの守備はそれくらいハイレベルなものだからな」

 

「総武打線を封じ込めたと錯覚させたならば、もう新越谷の勝利は揺るがないでしょうね」

 

「あとは雪ノ下のピッチングにどう対応するか……だな。三浦が投げている内に点を取りたいところだ」



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関東大会1回戦!新越谷高校VS総武高校③

最新アンケートは7月26日まで実地しています。


2回表。先頭は雷轟から……。

 

「行ってくるね!」

 

「遥ちゃんガンバ!」

 

さて、総武バッテリーの動きは……?

 

(捕手が立ち上がる様子なし。つまり……!)

 

(勝負だね……!)

 

余程雷轟を抑える自信があるのか、はたまた無鉄砲か……。自惚れるつもりはないけど、三浦さんの持ち球だと雷轟は抑えられない……。

 

(尤も私達が知らない球種があるならば、話は別だけど……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(雷轟と勝負してくれる投手は少ないから、雷轟自身も慎重にいかないといけない)

 

向こうがその心理を利用している可能性もあるから、基本的には待球作戦で雷轟を抑えるつもりなのかも……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

……と思ったけど、待球の気配が全くない。それどころか3球勝負を試みているような気もする。

 

(それなら遠慮なく打っちゃってね!)

 

(了解!)

 

芳乃さんもそれがわかったのか、雷轟に好球必打のサインを出していた。

 

3球目に三浦さんが投げたのは決め球のシンキングファスト。変化の軌道は中村さん、藤田さん、主将の3人から念入りに教えてもらった雷轟は……。

 

 

カキーン!!

 

 

その変化を難なく捉え、打球は場外へと飛んでいき、ホームランとなった。

 

(意外とあっさり先制点が取れたね)

 

このまま三浦さんを降板させるつもりで攻めていくかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三浦が最後に投げたシンキングファストは悪くなかったが、いかんせん相手が悪過ぎた……」

 

「雷轟さんでなければ凡打を誘えただけに勿体ないですね」

 

「ここから新越谷が連打するようなら総武に勝ち目はないな」

 

「怪我が少ない内に雪ノ下さんに交代するべきですが……」

 

「総武側がどう出てくるか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

シンキングファストの攻略法が各自で掴めたのか5番の藤原先輩がホームランを打ち2点目。更に6番の山崎さん、7番の大村さんと続いてノーアウト二塁・三塁のチャンス。

 

「このままコールドゲームを決めてやるぜ!」

 

……と勢い良く川崎さんが左打席に入る。

 

「あっ、投手を代えてくるよ!」

 

2回表で三浦さんは降板。2枚エースの2人目である雪ノ下さん。変化球の数は神童さんにも負けない変化球投手だ。

 

「2枚エースの2人目……雪ノ下さん!持ち球はデータに出てる限りでスライダー、カーブ、シュート、シンカー、カットボール、チェンジUP、SFF、ツーシーム、スローカーブ……」

 

「多っ!?聞いただけで神童さん以上はあるじゃないの!」

 

「狙い球絞るのも難しそうだね……」

 

(息吹さんと武田さんが言うように10球種近くの変化球を操る雪ノ下さんだけど、弱点はある)

 

今はノーアウト二塁・三塁で8番の川崎さんか。それなら……!

 

「中村さん、ちょっと耳を貸して?」

 

「どげんしたん?」

 

私は中村さんに耳打ちをする。

 

「……そんなんで良かと?」

 

「多分それで突破口は開ける筈だよ」

 

「わかった……。朱里ちゃんが言うならやってみるけん」

 

川崎さんが三振して戻ってくるのと入れ替えで中村さんがネクストサークルに入る。多分今言った内容でいける筈だけど……。

 

「朱里ちゃん、希ちゃんになんて言ったの?」

 

「ん?簡単な事だよ。打てる球が来たらカットしてって言っただけ」

 

「カット?」

 

(雪ノ下さんのこれまでのデータから推察した私の予想が正しければ4、5回辺りで捕まえられる筈……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総武は早くも雪ノ下が出て来たな。新越谷の連打が想像以上に効いたと見える。そして雪ノ下は変化球の数なら私以上だが……」

 

「三浦さんが踏ん張り切れなかった時点でこの試合は新越谷の勝ちでしょう。確かに雪ノ下さんはプロに近いレベルの球を投げますが、投手にとって大切な弱点を突かれてしまえばそれまでです」

 

「雪ノ下自身が弱点を克服している可能性もあるぞ?」

 

「それはありません。あの練習試合から半年近く経っていますが、雪ノ下さんの弱点はそれで克服出来る程甘くはないです」

 

(恐らく朱里さんも雪ノ下さんの弱点に気付いたでしょう。そうなると4、5回でコールドゲームになりそうですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8番川崎さん、9番息吹さんが雪ノ下さんの変化球にきりきりまい。連続三振を取られてしまう。

 

「じゃあ中村さん、頼んだよ」

 

「ファイト!希ちゃん!!」

 

中村さんが外側いっぱいに立つ。あれは外角を誘ってるな。かつて清本が武田さん相手にやってきた打ち方だ。

 

総武バッテリーも中村さんを見て外角に投げる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(そこから更に左打者の外へ逃げるスライダーか……。コースがギリギリなのも相まって徹底的に中村さんに届かせないところを攻めるつもりだね)

 

2球目も外角へ。変化しないところを見るとストレートっぽい。

 

 

カンッ!

 

 

「!?」

 

『ファール!』

 

これに対して中村さんは踏み込んでカットする。何球稼げるかによって雪ノ下さん相手の対応が変わってくるね。

 

 

ズバンッ!

 

 

それから何球か中村さんがカットして、次の投球は際どいコース……。どっちだ!?

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

どうやら入っていたみたい。結果論だったけど、今の球には手を出して良かったかもね。

 

(中村さんが稼いだ球数は7球……。まぁ上出来かな)

 

あとはこの2点リードを守りつつ、雪ノ下さんを捕まえにいきたいね。



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関東大会1回戦!新越谷高校VS総武高校④

試合は進んで5回表。2対0で私達がリードしている。

 

(予定ではこの回にコールドゲームになる7点差以上は付けたいところだけど……)

 

理想的な状況になっている。ノーアウト満塁のチャンスで、打席には……。

 

「よーし!満塁ホームラン狙うぞ~!」

 

雷轟遥が大きく素振りして左打席に入る。

 

(雪ノ下さんのピッチングは確かに素晴らしいものだった……。変化球の数は神童さん以上と言っても良いし、ストレートも速い部類に入る。これだけでも私より優れた投手なのがわかる)

 

しかしそんな雪ノ下さんの弱点……スタミナ不足が露呈して、三巡目の私達の打線に捕まり、ノーアウト満塁というチャンスが生まれたのだ。

 

「雪ノ下さんを上手く捕まえる事が出来たね!」

 

「それにしても朱里は良くわかったわね。雪ノ下さんの弱手が……」

 

「今の雪ノ下さんはかつての私と同じだからね。だから容易に気付く事が出来た……」

 

今の総武が2枚エースとしているのも雪ノ下さんのスタミナ不足が原因の1つとなっているだろう。

 

「雪ノ下さんの弱点は大きく分けて2つ。1つ目は先程言った体力だね。データで見た雪ノ下さんの投球数を見てもしかして……と思って前の打席の中村さんになるべく球数を費やすようにお願いしたんだ」

 

思えばあの時の中村さんを抑えた時から既にその片鱗は見えていたんだよね。

 

「そして2つ目……これは三浦さんにも当てはまるんだけど、馬鹿正直にストライクゾーンに投げ過ぎな事かな」

 

「えっ?でも何球かボール判定もあったわよ?」

 

「三浦さんの場合は制球力のなさでそう見えてただけで、本人は常に3球勝負を試みてたのがデータを見てわかったんだ」

 

「三浦さんの場合は配球も結構ストライクゾーンに片寄ってたもんね。だから変化球の変化する軌道がわかれば連打するのも難しくなかった……」

 

私の解説に芳乃さんが付け加える。流石芳乃さん。私の言いたい事がわかってるね。

 

「……で、話を戻すと三浦さんも雪ノ下さんもプライドが高い投手だから、ボールゾーンへ意図的に投げるような事はしなかったんだ」

 

「少なくとも格上相手には通用しなさそうな戦術ね……」

 

「これは余り関係ないけど、捕手の人がまだ野球経験が浅いんだよね。だから2人の球をただ捕っているだけになっている」

 

「ただ捕っているだけ……?」

 

「捕手の人がある程度経験を積むだけで雪ノ下さんと三浦さんを相手にするのは結構辛くなってくるよ。主に配球や投手のペース配分、あとはキャッチングをなんとかすればそれだけで県大会は勝ち抜けるかもね」

 

本当、捕手の人……由比ヶ浜さんには頑張ってほしい。その調子で総武高校を全国出場の常連にしちゃえ!聖皇学園を余裕で下すレベルになっちゃえ!

 

 

カキーン!!

 

 

「あっ、遥ちゃんが打った!」

 

「グランドスラムね」

 

「このペースだと裏で息吹さんがキチンと抑えればこの回でコールド勝ちだね」

 

「が、頑張るわ!」

 

雷轟が満塁ホームランを放ち、その後も後続の打者が次々と雪ノ下さんの力ない球を捉え続けた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは決まりましたね」

 

「雷轟のグランドスラムが切欠で更に新越谷の打線が爆発したな」

 

「今の新越谷は洛山に負けてない勢いですね。こればかりは雪ノ下さん側にも原因がありますが……」

 

「5回表だけで12点か……。仮に川口息吹が打ち込まれても5点までは取られても大丈夫ときたもんだ」

 

「総武の内野手の頭をギリギリ越す当たりをしてくるのは厄介ですが、新越谷も対策をキチンとしているみたいですし、痛打される心配もないでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

5回裏。息吹さんの好投によって三者凡退。最後の打者に至っては三振に抑えてゲームセット。12対0で私達がコールド勝ちを決めた。




遥「まさかのコールド勝ちを決めたよ!」

朱里「雷轟も2本塁打6打点の大活躍だったね」

遥「でも雪ノ下さんの変化球は初見だと結構てこずったなぁ……」

朱里「総武高校はこれから大きく成長するよ。この試合を経てね」

朱里(むしろそうなってくれないと私的に困るし……」

遥「次回は話が一気に飛んで準決勝まで進むよ!」

朱里「元々関東大会は短めに書く予定だったけど、それによって私達新越谷が関東大会ベスト4が約束されている訳か……」

遥「お楽しみに!」



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関東大会のベスト4

私達は2回戦、3回戦と続けざまに勝利して準決勝まで勝ち進んだ。そして今回の関東大会のベスト4は……。

 

 

・白糸台高校

 

・聖皇学園

 

・梁幽館高校

 

・新越谷高校

 

 

……となっている。準決勝1回戦は白糸台高校と聖皇学園、そして2回戦は私達新越谷と梁幽館だ。

 

(遂に……この時が来てしまったか……)

 

白糸台なら勝てると思ってるけど、それでも聖皇学園の強さは未知数だ。二宮も聖皇学園の情報を集めるのに苦労していたと愚痴っていたくらいだからね。

 

(まぁそっちは白糸台に期待しておこう……)

 

それよりも今は梁幽館との戦いに備える必要がある。

 

「それにしても梁幽館との再戦か……!」

 

「夏大会は向こうからしたら私達のデータも少なかったし、奇襲も出来たけど……」

 

「今回はこっちのデータもある程度集まっているし、向こうもまた強くなっている……」

 

梁幽館の3年生レギュラーが軒並み抜けて弱体化はしてるものの、それを補うくらいの選手層はいるからね。

 

(特に橘の成長が大きい……。なんせ熊実相手に完全試合を決めるレベルだからね)

 

ポジション的に中田さんの後釜の吉川さんや、陽さんの後釜の西浦さんが橘に次いで成長している。

 

「前の梁幽館の試合を考えると私達にぶつけるのは……」

 

「多分吉川さんだね……!」

 

梁幽館は前の試合に橘と堀さんが交代で投げてきたから、私達相手には吉川さんをフルにぶつけるか、或いは夏大会のように終盤は橘が投げるか……。それは当日にならないとわからないだろうね。

 

「吉川さんはなんか新球種とかあるのか?」

 

「カットボールやチェンジUPを投げるようになってるけど、基本的な配球は私達と夏大会で戦った時と同じようにストレートとスライダーを中心に組み立ててるみたいだよ」

 

今の梁幽館のレギュラーの中には強力な投手陣が最低3人はいる。橘の成長ばかりを注目していたけど、他の2人も凄いんだよなぁ……。

 

(橘も3種のスクリューを中心に配球を組み立ててるけど、夏よりもカーブやスライダーを使うようになった。そして新たに得た偽ストレートも上手く噛み合わせている事によって余計に橘のスクリューが厄介なものになっている……か)

 

梁幽館との試合は3日後……。私達の試合の前に白糸台と聖皇の試合があるし、そっちも観に行きたいところではあるんだけど……。

 

「試合までは吉川さんと橘さんの対策を改めてやっていきたいですね!」

 

「そうだな……。吉川さんと橘さんの対策に関してはヨミと朱里に協力してもらうかな」

 

「私達で役に立てるなら協力します」

 

ちなみに芳乃さんと主将には事前に橘が偽ストレートを投げるようになった事を報告している。

 

「梁幽館や白糸台もそうだけど、聖皇学園も気になるわね……」

 

「聖皇学園は夏に全国ベスト4、春も準優勝してるからね。特にこの人……って選手はいないけど、全選手が満遍なくプロレベルの実力があるって話だよ!」

 

芳乃さんがぴこぴこしながら力説している。確かに聖皇学園は強力な人材が揃っている。どの世代が強いではなく、どの世代も強いのだ。更に……。

 

「……朱里ちゃん?」

 

考え事してると雷轟が声を掛けてきた。駄目だ駄目だ。今は目の前の試合に集中しなきゃ!

 

「……どうしたの?」

 

「なんか顔色悪いけど、大丈夫?」

 

「……うん、大丈夫だよ。心配させて悪いね」

 

(朱里ちゃんが弱々しい顔してる……。聖皇学園の話をしてからかな?聖皇学園に何かあるのかな……?)

 

「さて、ミーティングが終わったら私と武田さんが交互にバッピやるから、雷轟もそのつもりで準備してね」

 

「うん……」

 

(二宮さんなら何か知ってるかも……!)

 

私達は準決勝……梁幽館との再戦に向けて準備を始める。



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聖皇学園

久し振りに遥sideで物語が始まるんだぜ!

※パワポケシリーズをある程度詳しく知らないと訳のわからない話になるので、閲覧注意です。それでも楽しく読めるという人は是非読んでいってください!


「二宮の連絡先がほしい?」

 

「うん!良いかな……?」

 

聖皇学園について……情報力と情報量が多い二宮さんなら何か知ってるかも!朱里ちゃんがあそこまで顔色を悪くする理由を……!

 

「……まぁ良いよ。二宮には私から言っておくから」

 

「ありがとう!」

 

私が朱里ちゃんの力になれたら良いな……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『朱里さんから聞いていましたが、このタイミングで私に電話を掛けるとなると……用件は聖皇学園についてですか?朱里さんから私の連絡先を聞いてまで話す内容と言えばそれしか考えられません。朱里さんは聖皇学園を苦手としていますからね』

 

(やっぱり二宮さんにはお見通しなんだね……!)

 

「うん、二宮さんなら朱里ちゃんがあそこまで聖皇学園を恐れている……って言うのかな?その理由を知ってるのかなって思って電話を掛けたんだ」

 

『…………』

 

沈黙……。もしかして二宮さんでも話せない内容なのかな?

 

『……話すとなると長くなりますが、それでも聞きますか?雷轟さんの時間や携帯電話の通話料金等は大丈夫ですか?』

 

そ、そんなに長電話なのかな……?うちはある人のお陰で裕福な家庭になってるけど、無駄料金は出来れば避けたい……けど!

 

(聖皇学園について何かわかれば私も朱里ちゃんの力になれるんだ……。だから尻込みしていられない!)

 

「……大丈夫だよ。お願いしても良い?」

 

『わかりました。ではどこから話しましょうか……』

 

二宮さんもどこから話すべきか悩んでるみたい。長くなるって言ってたし、話す内容を考え直してるのかな?

 

『雷轟さんはプロペラ団……という組織はご存知ですか?』

 

「プロペラ団……?」

 

『正式名称はプロフェッショナル・ロウヤーズペイメント・レプリゼンタティブ……。プロ野球の雇用問題法務協会ですね』

 

「ち、ちょっと知らないかも。聞いた事はあるような気がするんだけど……」

 

聞いた事のあるような、ないような感じがするからなんか不思議だよね……。

 

『まぁ聞いた事があるのなら説明はある程度省きますが、聖皇学園はかつてプロペラ団が所持していた高校ですね。大東亜学園やアンドロメダ学園もプロペラ団の傘下に入っていました。これが30年以上前の情報です』

 

わ、私達が生まれる前の情報も持っているなんて二宮さんって何者なんだろう……?

 

「でも過去形で話してるって事は今はその……プロペラ団はないものとして考えて良いんだよね?」

 

『そうですね。あくまでも始まりはそこだった……と覚えていれば大丈夫です』

 

よ、良かった……。そんな30年以上前の情報を覚えていないといけないのかと思っちゃったよ……。

 

『身近なところとなると……ジャジメントグループはご存知ですか?今はオオガミと合併している組織ですが……』

 

「あっ、それなら知ってる!世界的に有名な会社だよね?」

 

『その認識で構いません。今はそのジャジメントグループが聖皇学園を管理している訳ですが、余り良い噂は聞きません』

 

良い噂を聞かない……?

 

「それって八百長とかしてるって事なの?」

 

『そんな生易しいものではありません。聖皇学園と……あとはアンドロメダ学園の選手達は人体実験を日々繰り返して、その実験を乗り切った選手達で構成されているチームです。野球だけではなくサッカー、アメフト、ハンドボール等々……球技の他にも剣道や柔道と挙げていけばキリがないですね……。まぁ全スポーツに力を注いで、それぞれ実験の最高傑作が集まっている訳です』

 

そ、そんな事って……!

 

「そんな事が許されるの!?」

 

『……最近ではほぼ合法的にそれが許されています。幸せ草を用いればそれが可能ですね』

 

「幸せ草……?」

 

『元々は違法薬物として扱われていたのですが、近年では再生医療面で使用方法が確率されて、違法にならない範囲で使用が確認されています。尤も一歩間違えればそれが違法となる訳ですが……』

 

「い、違法薬物……」

 

『更に最近では幸せ草を液状化し、幸せ草エキスとして人々の食事や飲み水に混ぜられ、今では聖皇学園やアンドロメダ学園の選手達に服用させています』

 

「そんなの警察とかに通報しなきゃいけないんじゃないの……?」

 

『無駄でしょうね。言ったでしょう?ほぼ合法的に許されている……と。それに幸せ草エキスに関しては私達だって服用している可能性があるんですから……」

 

私達が……幸せ草を服用している……?

 

「そ、そんな事は……」

 

『ない……とも言い切れないでしょう。和奈さんなんかが良い例です。あの低身長で全国トップクラスのスラッガー……。彼女だって幸せ草を投与している可能性が疑われた時期だってあるくらいですからね』

 

淡々と話す二宮さんから寒気を覚えてしまう。こんな恐ろしい事を声色を変えずに、平気でそれを話せてしまう二宮さんに……。

 

「そ、それじゃあ本当に……?」

 

『その真相は知りませんが、それは恐らく知らないままの方が良いでしょう。私の場合は調べる理由があるから、今でも可能な限り幸せ草についての情報を集めています』

 

二宮さんは……もしかしたら和奈ちゃんの為に、和奈ちゃんにドーピングの疑いを2度と掛けられない為に色々調べているのかな……?

 

『……話を戻しますと、聖皇学園のは幸せ草によって飛躍的パワーアップを果たした人達の集まりとなります』

 

「そんなチーム相手に……勝つ事なんて出来るの?」

 

『不可能ではありません。夏の全国大会だって清澄高校が聖皇学園を破っていますし、私達だって負けるつもりはありません』

 

「そう……だよね」

 

今の話を聞いて色々思ってしまう……。聖皇学園が途中で負けているのは幸せ草の宣伝を行っていて、それがある程度終わったからだって……。

 

「……結局朱里ちゃんが聖皇学園を恐れている理由ってなんなのかな?」

 

『……これは茜さん……朱里さんの母親から聞いた話ですが、朱里さんが昔お世話になった人がジャジメントグループの人間に処分されたらしいです』

 

「処分ってまさか……!?」

 

『その人は殺された……のでしょうね。それも朱里さんの目の前で……。だから朱里さんジャジメントグループの人間が管理している聖皇学園に対してトラウマを抱いている可能性はあります。あくまでも私の推測に過ぎませんが』

 

「そんな……」

 

『そろそろ私は失礼します。今日聞いた話は忘れた方が幸せな人生が過ごせると思いますよ』

 

そう言って二宮さんは通話を終了させた……。

 

(こんなの……こんなの忘れられる訳がないよ!)

 

でも……それでも切り替えて野球を頑張らないと!

 

(もしかしてあの人なら何か知ってるのかな……?)

 

今はあの人と蟠りがあるけど、歩み寄って、和解出来たら聞いてみよう。




遥「今回の話はパワポケシリーズを知らないとよくわからなかったと思うので、後書きから少し解説!」

瑞希「あの、朱里さんはどうしたんですか?」

遥「今回は朱里ちゃんの出番ほとんどないし、聞かれたらちょっとアレだから、出てもらったよ」

瑞希(そんな事だからモノローグ担当を朱里さんに奪われたのでは……?)

遥「それと二宮さんなら上手く解説出来るかと思って……」

瑞希「そういう事なら構いませんよ」

遥「ありがとう!」

瑞希「今回の話は先程言ったようにパワポケシリーズをある程度知らないと訳のわからない内容だったと思います。それでも楽しめて読めた……というのなら良いのですが……」

遥「そういう訳にもいかないから、こうして後書きで解説しておこうと思って……」

瑞希「……との事ですので、軽く解説します。パワポケシリーズを知らないと今回の話で出て来たワードに対して疑問符を抱いていたと思います。ゲームを未プレイでも『プロペラ団』、[ジャジメントグループ』、『オオガミ』、『幸せ草』についてWikipediaで調べてみると少しはわかるかと……」

遥「『幸せ草』は検索する時に『しあわせ草』っての検索した方が良いかもね!」

瑞希「今回の話……というよりこの作品はパワポケシリーズの世界観と混同していますので、これからもパワポケシリーズ独自のワードが出て来る事がありますので、ご了承ください」

遥「それぞれの意味がわかってからもう1度読むと別の味わいがあるかも!?」

瑞希「それではこれからもこの作品をよろしくお願いします」

遥「お願いしまーす!」


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スイング

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

「な、なんか遥ちゃんが張り切ってる……」

 

「何かあったのかな?」

 

準決勝が近いとの事で、各自で自主練をしている訳だけど、なんか雷轟の様子が可笑しい……。

 

(思えば二宮の連絡先を尋ねた時から様子が変だった……。二宮に電話した時に何か聞いたのかな?)

 

まぁそれは後で二宮に聞くとして……。

 

(今は自分の練習に専念しよう……)

 

私は私で投げ込みの練習。梁幽館戦で投げるのは武田さんの予定だけど、決勝戦は私が先発予定だって芳乃さんは言ってたから、それに備えている。

 

「ナイスボール!」

 

ちなみに私の球を受けているのは息吹さん。山崎さんのコピーを意識しているのか、返球動作がとても上手く、投げやすい。まさか捕手としての素質もあるのかな?私も見習っておこう……。

 

(朱里の投げるストレートに見せ掛けた変化球……。こうして見るだけだとイマイチ変化球って感じがしないのよね。受ける事によって私も投げられるかもって思ったけど、実際に投げられるようになるにはヨミみたいに直接教えを請うた方が良いのかしら)

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

「遥のスイングは凄いわね……。風切り音がこっちまで聞こえてくるわ」

 

「……まぁやる気があるのは良い事だよ」

 

ここから雷轟が素振りをしている場所は約20メートルは離れている。どんなスイングをしたらこんな事が出来るのか……。清本と言い、雷轟と言いトップクラスのスラッガーは色々と人間を辞めているような気がする……。

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

(こうして素振りしていると嫌な事を忘れられる……。でも昨日二宮さんから聞いたあの発言は簡単には忘れられないよ。今は梁幽館に勝つ為にも、こうして素振りをする……。無念無想の想いで、ただひたすらにバットを振り続ける……!今の私に出来るのはそれだけなんだ!)

 

雷轟からは思い詰めたような、そんな感情が伝わってくる……。

 

(準決勝は明日か……)

 

私達の試合は午後からで、私達の前にやる白糸台と聖皇学園の試合観戦を全員で行う予定だ。

 

(なんにせよ明日は頑張ろう……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『成程……。それで私に電話を掛けてきた訳ですね』

 

「そうなんだ。二宮が昨日雷轟に何を言ったのか気になってね」

 

二宮が雷轟に何を吹き込んだのか……。

 

『私が雷轟さんに話したのは聖皇学園の実態についてです。これは以前朱里さんにも話しましたよね?』

 

「確か……幸せ草によって飛躍的パワーアップした選手達が集まっているって……」

 

あとはジャジメントグループが管轄している学校の1つで、他にはアンドロメダ学園も聖皇学園とは別の意味で関わりたくないところだ。

 

あそこって選手全員がよくわからないゴーグルみたいなのを付けてるんだよね。非道さんのモノクルが可愛く見えるレベル。

 

(しかし聖皇学園にせよ、ジャジメントグループの暗部にせよ、どこでそんなの集めてくるのやら……)

 

「……まぁ雷轟が少し暗い理由がわかったよ」

 

『聖皇学園は新越谷もいずれはぶつかる相手だと私は思っています。避けては通れないかと……』

 

何それ?もしかして来年の夏大会以降に聖皇と戦わなきゃいけないって事?嫌なんだけど……。

 

「……それも覚えておくよ。昨日からありがとね二宮」

 

『気にしないでください。私は知っている事を話しただけに過ぎませんので』

 

「明日の試合、頑張ってね」

 

『朱里さん達こそ頑張ってください』

 

互いに応援し合って通話を終了した。

 

(もしかしたら決勝戦で聖皇と当たる可能性があるって思った方が良さそうだね)

 

本当は避けたいけど、二宮の言う事が本当ならばいつまでも避けてはいられないだろう。準決勝については普通に白糸台が勝ちそうな気もするけど……。



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驚愕の試合結果

アンケートにしれっと六道さんに入れた人を私は猛者だと思っている……。


「あれ?朱里ちゃんは?」

 

「寄るところがあるから、先に席を取っておいてって言ってたよ」

 

「二宮さんに激励でも送りに行くのかな……?」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか朱里さんとこうして話をするとは思いませんでした」

 

「まぁ白糸台の相手が相手だからね。ちょっと心配なんだよ」

 

昨日電話した時に二宮は心配いらないみたいな事を言ってたけど、私としては不安なんだよ……。

 

「……確かに聖皇学園は強力な相手ですが、私達が負ける事はないでしょう」

 

「偉く自信満々だけど、その根拠は?」

 

「今日の先発は新井さんが務めます。これでは答えになりませんか?」

 

新井さんが先発……まさか!?

 

「……その様子だと正解に辿り着いたみたいですね。私は最終調整がありますので、これで失礼します」

 

「……うん、頑張ってね」

 

新井さんが先発で、二宮のあの発言……。前々から二宮が言っていた成長が完了したって事だよね?

 

(それならその成果を観させてもらおうじゃん……!)

 

私は皆のいる場所へ早足で向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白糸台の相手は聖皇学園だよ!」

 

「毎年一定以上の成果を挙げてるんだよなぁ……。春の全国大会出場も決めてるし」

 

「安定した強さってやつね」

 

聖皇学園には色々と訳ありな部分もあるけど、それを知っている他校の野球部員はごく僅かだろう。二宮もどこからそんな情報を掴んでくるのやら……。

 

「朱里ちゃん……」

 

私の隣にいる雷轟が不安そうな目で私を見ていた。雷轟も二宮から色々聞いているからだろうね。でも……。

 

「……心配いらないよ。私の方は大丈夫だから」

 

「うん……」

 

他の皆は頭に?マークが浮かんでいるっぽいけど、気にしなくても良いからね。

 

「あっ、白糸台が出て来た!」

 

「先発は新井さんか……」

 

準決勝が新井さんとなると、決勝では鋼さんが先発で来る可能性が高い。

 

「相変わらず守備上手いな……」

 

「本当、二遊間の動きも良くなってる……」

 

川崎さんと藤田さんが注目するのはやはり二遊間の佐倉姉妹。二遊間でも色々な上手い人達を見てきたけど、その中でもあの2人と三森3姉妹が頭1つ抜けてるよね。私達と同じ1年生とは思えない……。

 

「もうすぐ試合が始まるね!」

 

「どっちが勝つのかなぁ……?」

 

「聖皇もかなり強いから、一進一退の試合が見られるんじゃないかしら?」

 

それぞれがこの試合を楽しみにしている。拮抗したゲームを予測している。かくいう私もそうだ。

 

『プレイボール!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

沈黙。無言。グラウンドで繰り広げられている光景に対して私達の反応がこんな感じだ。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ま、また3球三振……。今何回だっけ?」

 

「な、7回表で、今ツーアウトになったところ……」

 

「しかもヒットどころか四死球すら出てないな……」

 

白糸台高校と聖皇学園。どちらも全国優勝候補の高校で、このカードの試合は投手戦になるか、打ち合いが予測されていた。

 

しかし結果を見ると白糸台の方は徐々に相手投手の球を捉え始めて、6イニングで5点取っている。そして聖皇学園の方は……。

 

『ストライク!』

 

新井さんの投げるジャイロボールに手も足も出せずに、今の打者もツーストライクまで追い込まれた。

 

「今投げてるのって新井さんだよね?こんなに凄い球を投げていたなんて……」

 

「……夏大会や、混合試合で私達と戦った時とは比べ物にならないな」

 

新井さんの投球内容は以前と変わらずストレート1本。変化球なんて1球たりとも投げていない。にも関わらずあの聖皇学園を追い詰めていた。そして……。

 

『ストライク!バッターアウト!ゲームセット!!』

 

最後の打者も3球三振。7イニングで打者21人を相手に、63球オールストレート、オール三振……。

 

白糸台高校の新井麻琴がストレートのみで完全試合を決め、この瞬間、高校女子野球の歴史が大きく動いた。



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ゾーン

ストレート1本であの聖皇学園を下した新井さん……。決勝戦で投げてくる可能性が低いとは言え、この結果は想定外だ。

 

「せ、聖皇学園って全国の4強常連なんだよな……?」

 

「その筈……」

 

「それをストレートだけで三振で抑え続けて、挙げ句の果てに完全試合だなんて……」

 

誰が漏らしたであろう言葉から、立て続けに発言する。

 

「これが二宮の言ってた……。しかしまさかここまでとは思わなかったな……」

 

「朱里ちゃん、何か知ってるの?」

 

私の呟きが聞こえていたのか、武田さんが尋ねてきた。

 

「今日の新井さんはゾーンに入ってたんだよ」

 

『ゾーン?』

 

一部を除いた全員がゾーンについて疑問点を持っていた。その中で反応したのは芳乃さんだった。

 

「ゾーンって……あの一流アスリートがなるって言われているあの!?」

 

「そのゾーンだね。意味合いについてはまたいずれ解説するとして、何故新井さんがゾーンに入れたかって話だけど……」

 

私が新井さんのゾーンについて説明しようとすると……。

 

「新井さんが今日の試合でゾーンに入れたのは条件が全て揃ったからです」

 

『二宮さん!?』

 

いつの間にか観客席に座っている二宮が答えた。君いつからここに来たの?全く気配を感じなかったんだけど?試合終わったばかりだよね?忍者?忍者なの?ニンジャナンデ?

 

「試合終わったばかりなのに、どうしてもうここにいるのさ……?」

 

「午後から始まる新越谷と梁幽館の試合を観戦する為に良い席を確保しておきたかったからです」

 

それ理由になってないんだけど……。まぁ良いや。

 

「それで?条件が全て揃ったっていうのはどういう事?」

 

「ゾーン状態に入る条件は人に寄りますが、共通している部分は一定以上の能力がある事と、最上級生だから……という部分です。朱里さん達も心当たりがあるのではないですか?」

 

心当たり……。あったような、なかったような……?

 

「今日の新井さんと同じ状態なのが夏大会での大野さんと梁幽館の中田さんです」

 

「大野さんと中田さんが……?」

 

大野先輩と中田さんが!?いや、確かにあれはそんな感じがしたけど、あれがそのゾーンだって事……?

 

「はい。と言ってもあれは一時的なものに過ぎません。不安定に入り、短時間で解除されます。そして、試合になると常にゾーン状態に入れるようにコントロールを完璧にしたのが神童さんですね」

 

『神童さんが!?』

 

確かに私達は神童さんの球をまともに打った事がない……。まさか常にゾーンに入っていたから?

 

「ゾーン状態に完璧に入る事が出来れば、いつもと違う……という事が悟られなくなります」

 

「悟られなくなる……?」

 

「そうですね……。今日の新井さんを見て朱里さん達はどう思いましたか?」

 

二宮が問うと1人、また1人と感想を述べた。

 

「なんか威圧感を感じた……」

 

「あんな球を打てるのか、本当に私達は新井さんから点を取ったのか……って思ったな」

 

「私もあんな球が投げられるかしら……?」

 

上から川原先輩、主将、藤原先輩だ。それぞれが新井さんの球を見た時に思った事を口にしている。

 

「……川原さんと岡田さんの言うように調子が絶好調である事に加えて、条件が全て揃った時にゾーン状態に突入出来ます。人によってその条件はバラバラみたいですが」

 

「バラバラ?」

 

同じゾーンでも新井さんと神童さんだと別のものになるの?

 

「新井さんの場合だと3年生が引退した現状が実質2年生が最上級生である事で1つ、ボロボロに打ち込まれた事が1つ、落ち着きを手に入れた事が1つ、そして最後に闘志を見せる事……。この4つが新井さんがゾーン状態に突入する条件でした」

 

色々気になる部分はあるけど……。

 

「じゃあ神童さんは……?」

 

「神童さんの場合は少し特殊な例ですね。あの人は1年生の時点でゾーンに片足を浸かっている状態でした」

 

やっぱりあの人とんでもないな……。あとはそんな神童さんと3年間ライバルとして戦ってきた大豪月さんも……。

 

「まぁ神童さんのような例外もありますし、最上級生以外だと和奈さんや雷轟さんが無自覚に片足を浸かっている状態ですね」

 

「えっ、私が!?」

 

まさかの新事実。雷轟がゾーン状態に入っていた……?



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無自覚なゾーン

二宮の話に雷轟が無自覚にゾーンに入りかけている……という話によって皆が雷轟に注目する。

 

「遥ちゃんが……」

 

「いつの間に……」

 

これに関しては雷轟も疑問符を浮かべていた。まぁ二宮も無自覚って言ってたもんね。二宮は話を続ける。

 

「雷轟さんがその片鱗を見せていたのは夏大会……咲桜との戦いで亮子さんを相手にした時でした」

 

友沢の相手……もしかして!?

 

「どうやら朱里さんは気付いたみたいですね」

 

「……友沢との対決の2打席目にそれっぽい感じはしてた。その時の雷轟は何かに集中していたと思っていたけど」

 

「ゾーンとは極限に集中力を高め、100%を引き出して動作を行う事を差します。人間は本来70~80%の力しか出せず、無意識の内に力を抜いていますが、それを集中させる事によりリミッターを解除させます」

 

二宮の説明に私を含めた皆は目から鱗みたいな反応を示していた。準決勝の前に座学ですか?二宮さん。

 

(二宮は以前からゾーンについて色々調べていた。今日の新井さんがその結果の一部だとすれば……)

 

「あれは友沢のカーブを打つ為に脳内で試行錯誤していたんだと思ってた……けど、実際はゾーンに入る条件の1つに繋がっていた……?」

 

「恐らくそうでしょう。もちろんこれは雷轟さんにしかわからない事ですので、あくまでも私の予測に過ぎませんが……」

 

「雷轟はあの時に何か力が湧いてくる……とかそんなのはなかった?」

 

「どうだろう……?あの時はなんとしても友沢さんのカーブを打たなきゃって集中していたからわからないよ」

 

……と雷轟は述べる。

 

「まぁあくまでも片鱗ですので、それが本当にゾーンなのかはまだ確証が持てません」

 

「成程……。じゃあ清本は?」

 

「和奈さんの場合は洛山高校の合宿で行った獄楽島から帰って来た辺りからでしょうか……?和奈さんの雰囲気が変わったと感じた事はありませんか?」

 

確かあの時は混合試合をした時……。その時の清本は新しく木のバットを使用して、高速スイングをするようになった。清本の場合は獄楽島への合宿がゾーンに入る切欠に……?

 

「皆!そろそろ準備した方が良いよ!」

 

芳乃さんの声に私達はハッとして、それぞれ準備を始めた。皆がバタバタと下に降りるのに合わせて私も着いて行こうとした時に二宮が声を掛けてくる。

 

「私はこの場所で皆さんの試合を観てますので、頑張ってください」

 

「まぁ精一杯頑張るよ」

 

「それと梁幽館の吉川さんですが、ゾーンに入る可能性がある事を頭に入れておいてください。吉川さんは球種は違えど、新井さんと同じタイプの投手ですので」

 

吉川さんが……?

 

「わかった。それも伝えておく」

 

(今日の梁幽館の先発は吉川さんの予定。まさかゾーンに突入しているなんて事が……!?)

 

それはその時になればわかるかな?柳大川越の大野先輩や、さっきの試合の新井さんと同じ雰囲気を感じたらゾーンに突入しているという事なのだから……!



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第2の準決勝

昼食を済ませるといよいよ梁幽館との戦い……。向こうの先発は吉川さんだと思われる。

 

「今日のオーダーを発表するよ~!」

 

芳乃さんが発表するオーダー。私達にとっても向こうにとっても縁があるものとなる。

 

 

1番 キャッチャー 山崎さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 ファースト 中村さん

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 センター 主将

 

6番 サード 藤原先輩

 

7番 ライト 私

 

8番 ショート 川崎さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

打順は違えど、夏大会で梁幽館と当たった時と類似している。他に差違は大村さんの代わりに雷轟が入っている事。雷轟の場合縁があるのは橘なんだけど……。

 

「これって実質最高のラインナップなんじゃ……」

 

「これからは私達がその最高に貢献出来るように頑張りましょう」

 

渡辺が呟き、息吹さんが自信ある発言。合宿を通じて息吹さんが頼もしくなったなぁ……。

 

対する梁幽館のオーダーは相変わらず橘が1番を務め、4番には武田さんに対して結果を出していた西浦さんが入っている。

 

「今日は朱里ちゃんのワンポイントも視野に入れているからね!」

 

「願わくば武田さんだけで抑えてほしいけどね……」

 

私のワンポイントってもしかして夏大会を意識してる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……。偵察用のビデオカメラも設置しましたし、あとは試合開始を待つだけですね」

 

「すまない。隣良いか?」

 

「構いませんよ。どうぞ」

 

「では失礼する……」

 

「今日は梁幽館の応援に来たのですか?」

 

「ああ。彼女達には是非とも新越谷にリベンジしてほしいところだが……」

 

「新越谷もあれからかなり強くなってるし、特にあの4番は要警戒が必要……」

 

「勝利の事を考えるのなら歩かせるべきだが、バッテリーもただ歩かせるだけ……だと何も得られないだろう。来年の夏以降も当たる事を考えたら雷轟を抑えられる手段はほしい」

 

(プロに指名された中田さんと陽さんにここまで言わせるとは流石……というべきなんでしょうね)

 

「私達白糸台の勝利の為にも、この試合で得られるものがあれば良いのですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……1度は倒した相手だが、また勝てる保証はない。だが私達も夏より強くなっているって事を知らしめるぞ!」

 

『はいっ!!』

 

じゃんけんの結果、私達は後攻となった。夏とは逆だけど、後攻の方が少し有利なのでありがたい。

 

「しまっていこーっ!!」

 

『おーっ!!』

 

山崎さんの掛け声で再度気合いを入れる私達。ベンチの皆も掛け声に乗ってくれ、応援してくれる気持ちが強くなり!一層気合いが入る。

 

『1番 ライト 橘さん』

 

今日はライトでの出場だけど、橘が先頭打者……。1打席目の橘を抑えられるかどうかでこの試合の流れが変わってくるだろう。



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関東大会準決勝!新越谷高校VS梁幽館高校①

『1番 ライト 橘さん』

 

(橘さんはこの秋大会であの梁幽館の上位打線に食い込む程に成長してる……。油断は禁物だよ。ヨミちゃん!)

 

(橘さんって投手なのに、打率の高さは今の梁幽館でも上位クラスなんだよね。羨ましいなぁ……)

 

左打席に橘が入り、試合が始まる。今回はライトからだけど、橘の打撃力の成長をこの目で見るチャンスなのだ。

 

(バッテリーとて迂闊には攻められない筈……。橘をここで抑えて流れを手繰り寄せたいね)

 

武田さんの初球は低めに強ストレート。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(打席で見るのは初めてなんだよね。このストレート……。直接対決した奈緒先輩が言うには要所で来るこの球には勢いがあって打ちにくいって言ってたけど……)

 

(流石……というか見送り方に余裕があるな。ストライクカウントはもらえたけど、安心は一切出来ないね。2球目はツーシームでお願い!)

 

(了……解!)

 

続く2球目。ツーシームを投げる武田さんだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

橘はそれを難なく捉え、打球は一塁線切れてファール。

 

(流石橘だ。まぁ元々打撃力はそこそこあったし、それを梁幽館で成長させたって考えたら今の打球にも納得がいく)

 

だけど追い込んだ……。ここは決め球であるどちらかを使って凡打を誘いたいね。

 

(ここはあの球で決めるよ!)

 

(うん!)

 

3球目。ここで武田さんが投げるのは2択。あの魔球で三振させるか、強ストレートで凡打狙いか……。

 

(これは……読み通りだね!)

 

(えっ……?)

 

 

カキーン!!

 

 

武田さんが投げたあの魔球を橘は読んでいて、橘はそれを真芯で捉えた。

 

(嘘……。あの球が来る事を読まれてた!?)

 

(武田さんが投げるナックルスライダーを一点読みだったけど、上手く決まって良かったよ……)

 

打球はグングンと伸びていき、レフトスタンドへと吸い込まれた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「武田の決め球を一点読みしてバットを振り切った……。はづきの勝ち」

 

「夏大会が終わって橘が打撃練習を熱心にしていた事は知っていたが、まさかここまでの長打力を身に付けてたとはな……」

 

「元々はづきさんに並以上の打撃力がある事はわかっていましたが、その打撃力を梁幽館に入って大きく伸ばしていますね。武田さんが投げるナックルスライダーを一点読みされた時点でこの勝負……いえ、この試合は新越谷にとってかなり不利に働くでしょう」

 

「今日の先発は和美……。夏大会の借りを返してほしいところだけど、新越谷の打線も協力……。全国優勝も果たしてるし、抑えるのは簡単ではない筈」

 

「それなのに新越谷が不利になる……とはどういう事だ?」

 

「それは吉川さんのピッチングを見たらわかると思います」

 

(私の予想が正しければ吉川さんもゾーンになる条件は揃っている可能性が高いですからね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後続に対してランナーを出しつつも凡退に抑えたところを見ると橘のホームランは完全に出会い頭だとは思うけど、この1点は相当重いものになりそう……。

 

(今日の先発は吉川さん……。二宮が言っている言葉が正しければ吉川さんはゾーン状態に入る事がある筈……)

 

その前に同点に追い付きたいところだけど……。難しい試合になりそうだ。



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関東大会準決勝!新越谷高校VS梁幽館高校②

この梁幽館戦で山崎さんを1番打者にしているのは夏大会と同じで、吉川さんが今日の先発だからだ。

 

もちろん夏大会とは訳が違う。吉川さんはチェンジUPやカットボールも投げるようになってるし、そもそもあの時とは地力が成長している事間違いないだろう。

 

『1番 キャッチャー 山崎さん』

 

(ゾーンに入っている可能性がある……。それも考慮して様子見でいきたいけど……)

 

負けてる現状でそんな余裕はないんだよなぁ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(和美さん、ストレートが速くなってる……。映像で薄々わかってはいたけど、これは攻略に時間が掛かりそうかも)

 

吉川さんが投げる2球目。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(今のはカットボール……。ヨミちゃんにも負けてない完成度だけど、朱里ちゃんと芳乃ちゃんの話だとこれすらも見せ球なんだよね……)

 

ツーナッシング。ここは恐らく吉川さんの決め球であるスライダーが来る筈……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「!?」

 

(しまった!?コースギリギリで手が出なかった……)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

山崎さんが3球三振。夏大会頃の吉川さんの面影はもうないと見て良さそうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3球三振……。和美の成長具合が凄まじい」

 

「確かに……。まさかここまでの実力を秘めているとはな」

 

「今日の吉川さんならもしかしたら見られるかも知れませんね」

 

「見られる……?何を?」

 

「最上級生によくあるゾーン……。あのピッチングの更に上です」

 

「現状でかなり調子が良さそうに見えるが、もしかしたら更に上が……?」

 

「恐らく……ですが」

 

(今の吉川さんはまだゾーンに入っていない……。新越谷は今が点を取るチャンスですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『アウト!』

 

2番の藤田さんは良い当たりを打つも、ファースト正面。これでツーアウトとなった。

 

(現状当てる事なら出来る。当てられる内に点を取りたいところだけど……)

 

 

カンッ!

 

 

3番の中村さんが吉川さんのストレートを捉え、レフト前ヒットとなった。

 

(よし!ここで雷轟に回るのは大きい!)

 

雷轟と勝負をしてくれるならホームランで逆転の可能性もあるし、歩かされても後続は主将、藤原先輩と強打者が続く……。

 

(これはゾーン突入前の吉川さんから点を取るチャンスだ……!)

 

雷轟に対して梁幽館バッテリーは敬遠を選択。一見吉川さんの調子が良さそうに見えても、雷轟は危険な打者だと判断したんだろうね。まぁ当然の判断とも言える。まぁ歩かされている雷轟は不服そうだけど……。

 

「…………」

 

(夏大会の時は感じなかったが、吉川さんからなんかオーラを感じるな……)

 

打席に入った主将は吉川さんのオーラに若干気圧されている。これは不味いかな……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(映像で見るよりも球が走ってる。初見で当てるのは難しそうだが……!)

 

3球目。山崎さんの時と同じ攻めをするのなら投げてくるのはスライダー、他の択だとストレートか見せ球のカットボールとかチェンジUPだけど……。

 

(主将を相手に見せ球は通用しない筈……!)

 

(それなら吉川さんが投げるのは……!)

 

((決め球のスライダーだ!!))

 

 

カンッ!

 

 

主将も吉川さんのスライダーを読んでいたのか、タイミングを綺麗に合わせた。その打球は三遊間を……。

 

 

バシィッ!

 

 

抜けない!?サードが飛び付いて打球をキャッチ。でも主将は足が速いし、内野安打を狙える……!

 

「お願い!」

 

「任せろ!」

 

ショートがカバーに入って、一塁へと送球。連携も上手い……!

 

『アウト!』

 

「くっ……!」

 

スリーアウトでチェンジ。ここで同点に出来なかったのが痛すぎる……。まさかこのまま負けなんてないよね?

 

(こうなってくるとこちらもホームランを狙いたいところだけど……)

 

雷轟は歩かさせるだろうし、吉川さんが相手なら相性を考えると主将、藤原先輩、中村さん、山崎さん辺りが有望なんだけど……。

 

(もしも吉川さんがゾーンに入るとそれも厳しくなる……!)

 

これはかなり辛い試合になりそうだ。



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関東大会準決勝!新越谷高校VS梁幽館高校③

「吉川さんのピッチングスタイルは夏大会と変わらずバックの守備を信頼した打たせて取るもののようですね」

 

「恐らく監督の指導の賜物だろうな」

 

「私達は打撃に関してはある程度自由にやらせてもらえたけど、守備はそれなりに管理されてた……」

 

「名将である栗田監督の指導によって梁幽館の投手は大体が吉川さんと同じピッチングをしていますね。しかしはづきさんは違いますよね?」

 

「はづき……?」

 

「秋大会の1回戦……はづきさんは熊谷実業を相手に全て三振の上に、無駄球が一切ない63球で試合を終わらせていました。完全試合とは言え全ての打者に対して三振を取りに行くピッチングを栗田監督は好まないと聞きます。いつからかは知りませんが、はづきさんは自由にやらせてもらえてのではないですか?」

 

「何故そう思う?」

 

「これは私の持論に過ぎませんが、はづきさんはかなり我の強い人間です。加えて負けず嫌いですので、相手を捩じ伏せるピッチングを好みます。シニアでもそうでしたが、彼女はある程度自由にやらせた方が成果を発揮するタイプですからね」

 

「……驚いたな。全くその通りだ。監督は橘がある条件を達成させた事により、投球練習を自由にやらせてもらう権利を得た。監督の指定も今のフォームに変更する時くらいだろう」

 

「それってはづきが入部してすぐの頃の……?」

 

「ああ。自由にとは言っても橘自身は色々な奴に師事を頼んで投球も、打撃も今のように大幅成長を成し遂げた……。今の橘は私達を越える選手だ」

 

「それは私も同意」

 

(2人の発言と言い、準決勝で吉川さんが投げている事と言い、はづきさんが今の梁幽館のエース、そして中心選手になっていますね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

橘にホームランを打たれてからの武田さんはかなり調子が良い。二宮の言うゾーンに入っている可能性を考えたけど、あの時の新井さんや夏大会で戦った時の大野先輩のような凄みがなかった。

 

(つまり武田さんは素で3年生クラスのピッチングを現時点で見せているのか……)

 

逆を言えばここから成長する可能性は低くなる訳だけど……。

 

「ヨミちゃん、ナイピだよ!」

 

「ありがとうタマちゃん!!」

 

(まぁそれを指摘するのは私じゃないからね)

 

藤井先生や芳乃さん、そして山崎さんがフォームの変更なりを指摘して武田さんの更なる成長を促すか、或いは武田さん自身が殻を破って成長するか……。私もわからない。

 

「同点に追い付くよ~!」

 

『おおっ!!』

 

今はこの準決勝に集中しようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は進んで3回表。先頭打者に四球を出してしまい、ノーアウト一塁。そして次の打者は……。

 

「さーて、2打席連続でホームラン狙っちゃおうかな~?」

 

武田さんのあの魔球をスタンドまで運んだ橘だ。

 

(橘さんか……。どうするヨミちゃん?)

 

(リベンジ……したい!あの球をスタンドまで運ばれたのは初めてだから、今度は抑えたい!!)

 

バッテリーは橘に対してリベンジをするみたいだ。まずは1球目……。

 

 

コンッ。

 

 

『!?』

 

バント!?完全に意表を突かれた!

 

(律儀に勝負をする程、空気を読む程余裕はないんだよね~。新越谷相手には逃げ切りを目指すよ!)

 

内野は定位置に入っている為、橘は自分も生きようとセーフティバントを試みている。打球は弱く、ファーストへ。

 

『セーフ!』

 

二塁はセーフ。そして一塁は……。

 

『セーフ!』

 

一塁もセーフ。初回に続いてピンチを迎えてしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々思い切った行動をしましたね。少なくとも栗田監督からは出ないであろうセーフティバントです」

 

「監督もこの場面なら本来は送りバント……」

 

「バント自体は新越谷も読めていた……。橘が1打席目にホームランを打った事が効いているな」

 

「はづきさんもそれを狙ってのセーフティバントだったと思いますよ。はづきさんの、今日の梁幽館の狙いはチャンスの場面で確実に彼女に回す事を目的にしているでしょう」

 

「目的……」

 

「対武田さんの相性が良く、今日4番に入っている西浦さんが今の新越谷にとっての鬼門となります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2番打者が送りバント、3番打者を三振に抑えて、ツーアウト二塁・三塁。次の打者は……。

 

『4番 センター 西浦さん』

 

夏大会で武田さんに対して結果を出している西浦さん。ここで追加点を取られるといよいよ厳しくなってくるな……。

 

「タイム!」

 

芳乃さんがタイムを掛けて、内野陣が駆け寄る。私も一応行っておこう……。

 

「不味い状況になってきたね……」

 

「ツーアウトは取れているけど、夏大会でヨミちゃん相手に当たっていた西浦さんが打者……。一塁は空いてるし、歩かせるのも手だよ」

 

「…………」

 

「武田さんはどうしたい?」

 

「えっ?」

 

私が尋ねると武田さんは驚いていた。何故に?

 

「私は勝負したいけど、裏目引くと2点くらい取られそうだし……」

 

まぁ西浦さんなら武田さん相手に結果を出しているし、まともに勝負をするのなら徹底的に抑えたい。

 

「武田さんが不安なら私が火消しをしようか?夏大会でもピンチの場面でのワンポイントで私が投げてたし」

 

「それは……」

 

武田さんは揺らいでいる。ここで追加点を取られると絶望的なのは武田さんもわかっている。そして他の皆もそれがわかっているから、何も言えないのだ。

 

「まぁどうするかは任せるよ」

 

武田さんは少し考える素振りを見せた後……。

 

「……やる。私が抑えてみせる!」

 

自信満々にそう言った。

 

(今の武田さんなら大丈夫そうだね。迷いがない……)

 

「わかった。じゃあ頼んだよ。新越谷のエース」

 

「うんっ!」

 

西浦さんには1打席目に安打を打たれているけど、武田さんならきっと抑えてくれる……。そんな予感がした。

 

『ストライク!』

 

西浦さん相手に萎縮せず、向かっていっている。次の夏、そして最後の夏に武田さんがどのような成長を遂げているか楽しみだ。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3球三振。見事西浦さんを抑えて、ピンチを凌いだ。



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関東大会準決勝!新越谷高校VS梁幽館高校④

『ボール!フォアボール!!』

 

3回裏。先頭の雷轟が四球で歩かされて、次は5番の主将。

 

(ここはなんとしても同点に追い付きたい……。確実に遥ちゃんを進塁させてください!)

 

(わかった)

 

芳乃さんはバントのサインを出していた。なにがなんでも同点に追い付きたいという意思を感じるね。主将もそれがわかってる。

 

 

コンッ。

 

 

上手く送りバントを決めて、ワンアウト二塁。次は藤原先輩。

 

(雷轟の足ならヒット1本で同点に追い付ける。だけどそれは向こうも読んでいる筈……!)

 

それならここは1つ揺さぶりを掛けてみようか。次の打者は私だからだ、ネクストサークルにから二塁ランナーの雷轟に指示を出す形で……。

 

「芳乃さん、雷轟への指示出しは私がやっても良い?」

 

「うん、任せるね!」

 

「ありがとう」

 

ネクストサークルに向かってから、雷轟へサインを出す。

 

(雷轟、相手を揺さぶって)

 

(了解!)

 

吉川さんが投げる1球目に……。

 

『走った!?』

 

梁幽館ベンチから聞こえた。小林さんの肩は強いけど……。

 

「ふぬっ……!」

 

雷轟は頭から滑り込む。結構ギリギリだったけど……。

 

『セーフ!』

 

よし!これでワンアウト三塁。藤原先輩にはスクイズの択も出来た!

 

(だけどそれだけじゃない……。同点に追い付く為なら徹底的に揺さぶらせてもらうよ!)

 

再び雷轟にサインを出す。影森戦でやったホームスチールのサインを……!

 

(確か影森戦ではホームスチールを決めていたわね……。和美、ここは1球外すわよ!)

 

(OK!)

 

バッテリーはウエスト。芳乃さんは藤原先輩にスクイズのサインを出していたけど、空振りにはなっていない。

 

『ボール!』

 

外された事によって雷轟は塁から飛び出している。ここからは影森戦で見せたバク宙のパターン。まぁそれは読まれているだろうけど……。

 

『セーフ!』

 

無事に三塁へと帰塁しているので、ひとまず安心……。

 

『ボール!』

 

もう1球ウエストで外していた。今回は走らせてないから、雷轟は三塁から動いていない。

 

(こうなってくると読み合いだね……!)

 

この読み合いを制すれば同点に追い付ける……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カウントはツーボール、ワンストライクか……」

 

「和美達が少し不利」

 

「梁幽館バッテリーと朱里さんとの読み合い勝負になっていますね。秋大会の影森戦での雷轟さんがちらついて迂闊な動きが見せられない分朱里さんが有利になっています。そして朱里さんもそれがわかっているので、有利のままにボールカウントが取れます」

 

「影森戦での雷轟か……」

 

「確かバク宙してた……」

 

「野球を初めて間もない雷轟さんだからこそ、出来るアクロバティックな走塁です」

 

「それはそういう問題でもないような気がするが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボール!』

 

これでスリーボール。上手くいけば藤原先輩が出塁した状態で私に回ってくる!

 

『ストライク!』

 

1球見送って、フルカウントに。藤原先輩は再びバントを試みている。プレッシャーがヤバいから、出来る事なら藤原先輩で同点にしてほしいところだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

「打った!」

 

「打球は!?」

 

藤原先輩が打った打球は鋭いゴロで、三遊間を……。

 

『抜けたっ!!』

 

良かった……。ひとまずこれで同点だね。雷轟もどこかホッとした表情でホームに還ってきた。

 

「ナイスラン」

 

「うんっ!」

 

 

パァンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同点に追い付かれた……」

 

「相手の方が1枚上手だった……。今の打席からはそう思ったな」

 

「雷轟さんの盗塁、藤原さんの打撃、そして指示出し……。今回は朱里さんの思惑通りに事が運びましたね」

 

「早川が指示を出していたのか?」

 

「雷轟さんの盗塁に関しては朱里さんが1枚噛んでいると思いますよ。影森戦でも雷轟さんの三盗とホームスチールは朱里さんが指示を出していました」

 

「早川はコーチや監督に向いているかも……」

 

「私も同意見だが、早川は選手としても優秀だからな……」

 

(そう考えると川越シニアの環境が如何に良かったかを物語ってますね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!』

 

吉川さんが崩れる事はなく、後続の打者は打ち取られてしまう。

 

(同点に出来ただけでも御の字だね……)

 

そう思いながら私は守備に付いた。



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関東大会準決勝!新越谷高校VS梁幽館高校⑤

今日は番外編を同時に投稿していますので、興味があれば見ていってください。


1対1のままイニングは進み6回表。

 

武田さんも吉川さんも1歩も譲らないピッチングをしている。どちらも尻上がりタイプではあるんだけど……。

 

(段々吉川さんの隙がなくなってる感じがする……。これが吉川さんのゾーンなのかな?)

 

二宮曰く人によってゾーンの入り方や、状態が違うらしい。私はそういうのは余りわからないから、見分けるのに一苦労だよ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

武田さんも調子は良くなりつつあるんだけど、今の吉川さんに比べたら手の打ちようがある……というのが私から見た武田さんの印象だ。

 

『1番 ライト 橘さん』

 

ワンアウト取って3回目の上位打線。

 

(以前の梁幽館戦では西浦さんこそが対武田さんキラーになるかと思っていたけど、今日の試合に限っては橘の方が数倍厄介だよね……)

 

今日の試合の橘の成績は2打数2安打で1本塁打ときたもんだ。正直可能なら歩かせたいレベルだよ全く……。

 

(今日の橘さんは行動が予測出来ない。ランナーがいないから、多分打ってくると思うけど……)

 

[1打席目はホームラン、2打席目は内野安打だし、今度はツーベースでも狙っちゃおうかな~?)

 

左打席で悠々と構えている橘を相手にバッテリーはどう攻めるか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

武田さん自身は別段崩れている……なんて事はないから、梁幽館打線を相手に1失点で済んでいる。しかし……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

橘が少しずつ対応してきてるのが問題。1打席目みたいなホームランを打たれると私達が勝つ可能性が大分低くなる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボール!』

 

「これでフルカウントか……。橘も粘り強くなってるな」

 

「中々出せるしぶとさじゃない……」

 

「はづきさんの粘り強い部分はシニア初期の時代からその頭角を表していました」

 

(まぁ尤もそれは主に朱里さんへのアプローチに対して……ですが)

 

「武田の球は簡単に打てるものではない。現に連続でヒットを打てているのは橘だけだからな」

 

「夏大会において武田さんとの相性が良かった西浦さんも2打席目は凡退していましたからね。それと梁幽館ではもう1人……加藤さんが最近の成績では伸びています」

 

(どこからそんな情報を仕入れてるんだろう?うちは極力情報を洩らさないようにしてる筈だけど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

結構粘られてるな……。これで8球目だ。

 

(1打席目みたいな一点読みはリスクがあるから、この場面ではし辛いんだよねぇ。配球傾向的にそろそろナックルスライダーが来る頃ではあるけど……)

 

(う~む。中々しつこいなぁ……)

 

(そろそろあの球を投げさせるべきかと思うけど、1打席目みたいに読まれたらホームラン……なんて事になりかねない。ここは強ストレートとツーシームで抑えにいくよ!)

 

(うん!)

 

次で9球目。武田さんが振りかぶって投げる。

 

 

カキーン!!

 

 

(しまった!?)

 

橘はボールを捉え、打球は右中間へ……。

 

『セーフ!』

 

打った橘は二塁まで進む。今日猛打賞じゃん……。

 

「タイム!」

 

タイムが掛かる。梁幽館側が掛けたみたいだ。

 

(この状況で梁幽館側が……?何の為に……?)

 

(どうするんだろう……?)

 

私達全員が疑問符を浮かべていると……。

 

「あとはお願い」

 

橘がベンチに戻っていくのを確認した。代走を出したのかな?

 

(という事はこの試合で橘は投げないのか……)

 

そうなると吉川さんが完投するか、交代するにしても堀さん辺りになるのかな?そう思って確認の意味も込めてランナーを確認すると……。

 

(えっ……!?)

 

知っている顔が橘の代走として出場していた。



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関東大会準決勝!新越谷高校VS梁幽館高校⑥

「はづきさんの代走として出て来たのは彼女でしたか……。確実に点を取りに行くつもりですね」

 

「二宮は彼女を知っているのか?」

 

「シニアが一緒でしたからね。彼女自身は相変わらずみたいですが……」

 

「あの奇抜なマフラーみたいなのを付けているのはシニアからずっと……?」

 

「彼女曰く物心付いた頃から身に付ける忍の証……だそうです」

 

「そういえば本人もそんな事を言っていたな。それで他の部員からは敬遠されがちだが……」

 

「個性が強過ぎる人間ですが、決して悪い人間ではありません。こうして代走として出場しているのなら、梁幽館の部員達も彼女を認めている……という事でしょう」

 

「それでも未だに彼女には慣れない……」

 

「それもまた個性……と割り切った方が良いのかも知れません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさか村雨が梁幽館にいるとは思わなかった……。スカウトで入ったのかな?)

 

まさかこんな場面でその目立つマフラーを見るとは思わなかったよ……。

 

試合再開。武田さんが1球目を投げる瞬間……。

 

『走った!?』

 

村雨が盗塁。山崎さんのミットにボールが収まると同時に村雨が三塁に辿り着く。スライディングすらしていなかった。

 

(足が速過ぎる……。投げる事すら出来なかった……)

 

(相変わらずデタラメな走力してるなぁ……。三森3姉妹よりも速い)

 

まさに神速……というべきだろうか。短距離専門の陸上選手も真っ青な走力。前に川越シニアで見た黒江さんも速かったけど、村雨は更にその上をいく。それでいて無駄のない走塁をする事で、シニアでは主に代走要因となり、守備もかなりのもので、そこから守備要因としても試合に出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「村雨の走塁を見るのはこれが初めてだが、あんなに速かったのか……」

 

「あんなに悠々とした三盗を見たのは初めて……」

 

「それが村雨静華……という人間です。美園学院の三森3姉妹以上の走力を持ち、足の速さを活かした守備力は無限大の守備範囲を誇り、更に……」

 

「更に……?」

 

「……ここから先は新越谷の攻撃になればわかると思います。少なくともこの場で言えるのは梁幽館は確実に1点を取る……という事です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボール!』

 

フルカウント。三塁にランナーがいるとは言え、かなり慎重に立ち回っている。

 

そして6球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

打者は武田さんのあの魔球を空振り。これでツーアウトになったんだけど……。

 

「勝ち越し点はもらったでござる。ニンニン♪」

 

「えっ……?」

 

村雨がホームスチールを決めた事によって梁幽館に勝ち越されてしまう。

 

その後武田さんは村雨の走塁に驚きながらも、安定としたピッチングで後続を抑えた。武田さんって順応性高いな……。

 

「か、勝ち越されちゃった……」

 

「……っていうかなんだよあのマフラー!スライディングもせずに三盗とホームスチールを決めるとかあり得ないだろ!」

 

味方の攻撃を応援してる中、橘の代わりにライトに付いている村雨のデタラメな走塁、走力に川崎さんが声を荒げていた。

 

まぁ川崎さんの気持ちはわかる。あんなに素早い選手なんて初めて見るだろう。

 

「朱里ちゃん、確かあの子ってシニアで一緒だったよね……?」

 

渡辺は村雨に気付いたみたいだ。まぁ村雨って大体代走でしか出てないもんね。試合に出てない日が多いし、村雨があんな人間だから、川越シニアで知らない人はいないと言われる(ある意味)有名人だ。

 

「星歌ちゃん、朱里ちゃん、知ってるの?」

 

芳乃さんに尋ねられたので、答える事に。

 

「彼女は村雨静華。川越シニアでは代走からの守備要因として途中出場する事が多かった……。彼女の特徴としては三森3姉妹を越える走力、それを活かした守備と……」

 

 

カンッ!

 

 

先頭の武田さんがライト前に打球を飛ばす。本来ならヒットになる当たりなんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『アウト!』

 

「嘘っ!ライトゴロ!?」

 

「……あの肩の強さだよ」

 

武田さんが久し振りにヒットを打ったと思ったら村雨の肩の強さを見せ付けられた……。シニアよりも強化されてるね。

 

(しかしこれはいよいよ不味いかも……)

 

前の回から吉川さんが打てなくなっているから、今のライトゴロは痛い。このままだと負けてしまう……。



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関東大会準決勝!新越谷高校VS梁幽館高校⑦

ワンアウト一塁で、山崎さんの打順なんだけど……。

 

「…………!」

 

(吉川さんから感じる威圧感……。間違いなく大野先輩から感じたものと同じやつだ)

 

これからわかるのは吉川さんが大野先輩と同じタイプの投球だという事。そして……。

 

 

ガッ……!

 

 

『アウト!』

 

そこから放たれるボールは並々ならぬ球速、キレ、重さがあるという事だ。武田さんを打ち取ってから完全に覚醒したっぽいね。

 

(まぁ村雨のライトゴロは余り関係ないとは思うけどね)

 

2番の藤田さんも凡退でスリーアウト。まだ当てられる分チャンスはあるんだけど、これは厳しい試合になったな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「完全に覚醒しましたね。吉川さんは柳大川越の大野さんと同じ条件でしたか……」

 

「あれが君の言っていた……」

 

「ゾーン……」

 

「中田さんも夏大会で武田さんからホームランを打った時にその片鱗は見受けられました。私達が見たのはあの一瞬だけでしたが……」

 

「……確かにあの時は確実に打てたと思ったが、あれがそうだと言うのか?」

 

「条件についてはまだわかりませんが、調べてみればわかると思います」

 

「私は……?」

 

「陽さんは直接確認は出来ませんでしたが、春大会や、去年の秋大会の映像でそれらしい雰囲気を感じたと神童さんが言っていました」

 

「神童か……。彼女や君を含めた白糸台には色々と驚きの連続だな」

 

「味方になれば頼もしいけど、敵に回れば厄介極まりない。プロでは是非同じ球団で一緒に戦いたい……」

 

「……それに関しては私も同意見だな。神童もそうだが、君は別の意味で敵に回したくない」

 

「無茶を言わないでください。2人が指名されたチームは違う球団じゃないですか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7回表はなんとか三者凡退で済んだ……。あとは私達が1点ビハインドを最低でも同点にするだけ。

 

「最終回。夏大会に比べると負けてるのは1点だけ……。でもあの時よりもキツい状況だと思った方が良い。なにがなんでも逆転するぞ!!」

 

『はいっ!!』

 

円陣組んで、気合いを入れて、いざ出陣!

 

(この回はクリーンアップから。雷轟は歩かされるだろうから、主将か藤原先輩が逆転の鍵になりそう……)

 

 

カンッ!

 

 

中村さんが初球を捉えて、その打球はセンタ前ーへ。ゾーンに入っているとは言え、外野前に飛ばすのはなんとかなるのか……。

 

 

バシィッ!

 

 

『アウト!』

 

は?

 

「ニン♪」

 

な、なんで村雨が打球を捕ってるんだよ!?

 

「あ、あのライトって端の方を守っていたよね……?」

 

「なんでセンター前の打球に悠々と追い付いているんだ……?」

 

芳乃さんと主将も私と同じ事を思っていた。いや、村雨の走力なら関係ないかもだけど……。

 

「成程……。だから向こうのセンターはややレフト寄りに守ってたんですね」

 

藤井先生、そこは納得したら駄目な部分です……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

4番の雷轟は敬遠。ゾーンに入っていても雷轟には打たれると思ったのだろうか?かなり冷静な判断だ……。

 

 

カンッ!

 

 

(しまった!?)

 

5番の主将もカウントを取りにいく変化球を叩くが、サード正面のゴロ。あれ?もしかしてゲッツーで試合終わる?

 

(まだ……終わらせない!!)

 

サードがセカンドに送球。それに対して雷轟は頭から滑り込んだ。その判定は……。

 

『……セーフ!!』

 

間一髪。セカンドは体制から送球出来ず、主将も生き残り、ワンアウト一塁・二塁。次は藤原先輩。

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!?」

 

「大きい!!」

 

これも初球打ち。打球は今度こそセンターの西浦さんに任せるであろう打球。上手くいけばこれで同点だ!

 

『アウト!』

 

『ああっ……!?』

 

しかし期待は虚しく、アウトとなる。幸い雷轟がタッチアップを試みて、主将がそれに合わせてスタートを切ったから、ツーアウト二塁・三塁にはなった。

 

(あっ、次私の打順じゃん)

 

えっ?あれ?もしかして私にこの試合を託された……?



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関東大会準決勝!新越谷高校VS梁幽館高校⑧

「朱里ちゃん、頑張って~!」

 

「1打サヨナラのチャンスよ!」

 

ベンチから物凄い声援を受けています。滅茶苦茶プレッシャー感じるから程々にしてほしい……。

 

(まぁなるようにしかならないか……)

 

右打席に立ち、吉川さんと対峙する。

 

「…………!」

 

(こうして直に対面してみると凄い圧と集中力を感じる。皆はよく吉川さんから打てたなぁ……)

 

私次第で試合が決まる……なんてのはリトルでも、シニアでもなかった。そもそも川越リトルシニアは常勝チームだから、ビハインドの状況ってほとんどないんだよね。そんな中でプレー出来るのもまた経験なのかも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツーアウト二塁・三塁で朱里さんの打順ですか……」

 

「夏大会での早川の印象としては難しいコースにも上手く対応出来る打者……という感じだが……」

 

「その印象で間違ってはいませんよ。ですが……」

 

「何かあるの?」

 

「朱里さん自身が試合を左右する打者になるのが初めて……という点が問題になる可能性があるという事です。朱里さんは新越谷の中では足が速い方ですが、ライトに飛ばせば静華さんの送球によってライトゴロになりますし、二遊間の2人は夏大会に出場していた白井さんと高代さんにも負けてない守備力を持ち、吉川さんはゾーン状態……。条件が良くないですね」

 

「その吉川が踏ん張れるかどうか……か」

 

「それもあるでしょう。ですので朱里さんに要求されるのはファースト以外の内野手の頭を越す当たりを打てれば新越谷の勝ち、それ以外なら梁幽館の勝ちです」

 

「随分はっきりと言うな?」

 

「仮に朱里さんが歩かされるとして、次の川崎さんは朱里さんに比べれば期待値はかなり低いです。過去の成績を見る限りですと川崎さんは広角に飛ばせる打者ではありません。新越谷のベンチ中で他にショートを守れる人がいるのなら、代打として一発のある大村さん、川原さんか、安定した成績を出している照屋さんを出すべきでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(和美、ここはどうするの?)

 

(私はくさいところ突かせて、最悪歩かせても構わない……と思う)

 

(わかったわ。それでいきましょう)

 

まずは初球。高めのコースにストレートが投げられる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(コースはギリギリだったけど、入ってたか……)

 

最終回のツーアウトだし、カウントは無駄に出来ない……。可能な限り食らい付く!

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

なんとか当てられたけど、追い込まれた。

 

(次は1球外してくるか、それとも勝負を決めにくるか……!)

 

運命の3球目……!

 

 

ズバンッ!

 

 

(しまった!?手が出なかった!)

 

これもコースはギリギリ。判定は……!?

 

『ボール!』

 

(あれがボールなのか……!)

 

(あ、危なかった……)

 

ふぅ……。本当に心臓に悪い。ヒヤヒヤものだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「これで10球目か……。吉川も早川も本当にギリギリな戦いをしているな」

 

「実際にどっちが勝っても可笑しくない……」

 

「スリーボールになっていますし、バッテリーは朱里さんを歩かせる選択もありです」

 

「吉川の性格上、ここは勝負続行だろうな」

 

「パッと見だと抑えられる可能性の方が高いから、それはあり得る……」

 

(確かに雷轟さん程の危険性はなく、読み合い次第では勝てる打者なので、無理にピンチを広げる必要はありません。朱里さんはそれを見越してここまでしている可能性がありますね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(またファール。そろそろ前に飛ばしたいんだけど……)

 

吉川さんの投げる球が重くて中々飛ばないんだよねぇ……。

 

「朱里ーっ!頑張れーっ!!」

 

「朱里ちゃーん!!」

 

(……思えばここまで仲間の声援が大きく聞こえるのは初めてな気がする)

 

シニアの時は声援こそ聞こえるものの、どこか淡白というか、相手投手に止めを刺せとか、コールドゲームを決めろとかそういうのが多かった。もちろん例外はいたけどね。

 

(でも今はこの声援が嬉しい。この声援を聞いたら力が湧いてくる……)

 

次で15球目。吉川さんはスライダーを投げてきた。

 

(仲間の期待に……応えたい!!)

 

 

カンッ!

 

 

『打った!』

 

『打球は!?』

 

両チームから聞こえる声。私が打った打球は……。

 

「ショート!!」

 

ショート!?ヤバい!あそこの守備力はかなり高い……。抜けろ……!

 

「抜けろーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「抜けたっ!ランナー急げーっ!!」

 

ショートは打球に飛び付くも、抜けていく。と、とりあえず同点にはなりそうだ……。

 

(でも延長戦になると不利なのは私達だ……。出来ればこのままサヨナラ勝ちにしたい!)

 

三塁ランナーの雷轟がホームイン。二塁ランナーの主将も三塁を蹴った。

 

「バックホーム!!」

 

レフトが捕球し、矢のような送球を放つ。村雨程じゃないけど、肩強いな……。

 

 

バシィッ!

 

 

(絶対にサヨナラ勝ちにしてみせる!)

 

主将と小林さんによるクロスプレー。は、判定は……!

 

『……セーフ!セーフ!!』

 

セーフ……という事は!?

 

『ゲームセット!!』

 

わ、私達の……サヨナラ勝ちだ!!



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打倒白糸台

☆9の評価を付けてくださった管理管さん、ありがとうございます!


ま、まさか2度も梁幽館に勝てるとは思わなかった……。夏大会で勝てたのは運が良かったからのと、奇襲が上手くはまったからだ。

 

それに吉川さんのゾーンだって頭から入っていたら私達は完全試合を食らっていた可能性すらあった。

 

(だから橘にホームランを打たれた時は負けたんじゃないかと思ってしまったんだ……)

 

それでもめげずに後続を抑え、ピンチを作りつつも要所でキチンと打者を打ち取り、最後まで投げ切った武田さんのお陰で私達は勝てたんだ……。

 

「朱里ちゃん!」

 

「雷轟……」

 

「ナイバッチ!!」

 

「うん、ありがとう」

 

……今思い出すと大声出したのって久し振りな気がする。今もアドレナリンが出まくってるし……。

 

(自分が試合を決めた……って考えるとなんか嬉しくなってくるね)

 

あとは明後日にある決勝戦……。相手は白糸台。準決勝で新井さんが投げていたのを考えると、先発は鋼さんでくる可能性が高い。鋼さんからは全然点が取れてなかったから、これを機に苦手意識をなくしたいところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後には新越谷が勝ちましたか……」

 

「……良い勝負だった。本当にどちらが勝っても可笑しくなかったよ」

 

「それでも……自分達がいたチームが勝てなかったのは悔しい」

 

「勝つ事があれば、負ける事もあります。実力が拮抗している高校同士の対戦はほんの少しの綻びが敗北に繋がり、今回は新越谷が梁幽館の綻びを見付け、試合に勝つ事が出来ました」

 

「綻び……とは結局何だったんだ?」

 

「……恐らくですが、終始雷轟さんとの勝負を避けた事でしょう」

 

「だけど雷轟は……」

 

「確かに雷轟さんは全国で1、2を争うスラッガーで、勝負を避けたい気持ちはわかります。ですが勝負を避けられた時に備えて雷轟さんが確実に点が取れるプランを新越谷全体で考え、その結果があの走塁でしょうね。雷轟さんとの勝負を避けると、雷轟さんの走塁に翻弄されてしまいます。今回の影森がそうでしたね。逆に言えば勝負をして雷轟さんを抑える事が出来たなら、新越谷の流れは崩れ、梁幽館の勝利へと一気に近付く事が出来たでしょう」

 

「君は……凄いな。常に状況を二手、三手先を見据えている」

 

「確かに……。普通そんな事まで出来ない」

 

「これが私の性分なんですよ。趣味であり、日課であり、日常なんです。こういう風に情報を集め、それを分析し、そこから思考を回らせないと落ち着きません」

 

(本当に、気が付いたら今の私が誕生していただけです。多分『あの時』からずっと……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとうございました!!』

 

整列と挨拶を済ませて、私達はこれから決勝戦に向けてのミーティングだ。

 

「朱里せんぱい、お疲れ様でーす!」

 

「せいっ!」

 

「おぶっ!?」

 

あっ、つい反射的に回し蹴りをしてしまった……。

 

「な、ナイスキック……」

 

「はづき殿と朱里殿のこのやり取りを見るのも久々でござるな」

 

橘と一緒に村雨が来ていた。村雨とはシニア以来だけど、相変わらず濃い。

 

「今日は我々の完敗でござった」

 

「いや、勝てたのは運が良かったからだと思うよ?」

 

実際に村雨がスタメンで出場していたなら外野の守備力は大幅に上がっていただろうからね。

 

「そんな事はないでござるよ。確かに我々梁幽館は日々練習に明け暮れ、尚且つ毎年シードに食い込む実力を持ってはいるけど、きっと新越谷はそれに負けない練習をしていたでござろう。まぁこれはあくまでも拙者の勝手な予想でござるが……」

 

まぁ確かに私達は私達なりに精一杯練習してきた。しかしそれが対戦相手に通用するかはまた別の話だ。

 

「そうそう。瑞希殿から伝言をもらっているでござるよ」

 

「伝言?」

 

二宮が……?

 

「『関東大会の決勝戦、私達は1年生だけで挑みます。これをどう捉えるかは朱里さん達次第です』……と言っていたでござる」

 

二宮の声真似滅茶苦茶似てるな……。思わず本人が言っているのかと思っちゃったよ。

 

「1年生だけで……ね」

 

私達が必死で梁幽館と戦っている裏側で白糸台は余裕だな……。もしかして本番は全国大会だけとかそういうのスタンス?

 

(まぁ新戦力を育てている最中の可能性があるし、二宮の発言が本当なら、私達1年生が3年間相手する面子で来るって事だよね?)

 

何にせよ私達は関東大会優勝に向けて、打倒白糸台……のつもりで練習をするだけだ。



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それなら私達も……!

関東大会決勝戦前のミーティング。私は二宮(正確に言えば伝言を受けた村雨)から聞いた発言を皆に伝えた。

 

「な、なんだよそれ!私達相手なら1年生だけで充分って事かよ!?」

 

「随分と強気な発言ね……」

 

確かに、二宮の発言からは川崎さんの言うように私達が嘗められている可能性もある。しかし……。

 

「私達って嘗められているのかな……?」

 

「いや、それはないと思います」

 

「朱里ちゃん……?」

 

二宮との付き合いは結構長い。プライベートで遊ぶような仲ではないけど、6年間バッテリーを組んできたから、清本程ではないにしろ多少は二宮の人間性がわかる。

 

「一見対戦相手を嘗めているように感じますが、先を見据えての行動……恐らく春の全国大会や、来年の夏大会以降に備えて有望な選手を見繕っているのでしょう」

 

「つまり1年生達の調整の為に……という事か」

 

「その可能性は高いかと……」

 

冷静に考えるとあの白糸台のベンチメンバーには最低9人は1年生がいるって事だよね……?本当に凄い。

 

「……どうする?」

 

「う~ん……」

 

「それなら……」

 

2年生3人が何やら小声で話している。一体何を……。

 

「……よし、それなら新越谷もこの試合は1年生達に任せるとしよう!」

 

『ええっ!?』

 

主将の発言に私を含めた1年生は驚きの声をあげた。そ、そうきたか……。

 

「朱里ちゃんの話だと白糸台は次の大会以降に備えて1年生だけで決勝戦に挑むのよね?それなら私達も同じように夏大会以降に備えて皆に任せるわ!」

 

「それに私達も何か学べるかも知れないからね」

 

主将だけでなく、藤原先輩も、川原先輩もその案を受け入れている。

 

(これはとんでもない事になってきたな……)

 

「決勝戦はそのつもりでオーダーを考えてくれ」

 

「欲を言えば文香ちゃんや星歌ちゃんとかもスタメンで出場させたいわね」

 

1年生の中で入部が遅かった渡辺と照屋さんをスタメン起用させるとなると……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 キャッチャー 山崎さん

 

4番 サード 雷轟

 

5番 ショート 川崎さん

 

6番 センター 照屋さん

 

7番 ライト 大村さん

 

8番 レフト 息吹さん

 

9番 ピッチャー 渡辺

 

 

……こう考えるか、芳乃さんは決勝戦では先発は私で行くとも言ってたから、それを考慮して……。

 

 

1番 レフト 息吹さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 ファースト 中村さん

 

4番 サード 雷轟

 

5番 キャッチャー 山崎さん

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 ピッチャー 私

 

8番 センター 照屋さん

 

9番 ライト 渡辺

 

 

こんな風に大村さんを代打起用でスタートさせるか……。

 

(1年生だけで……っていうのが余計にオーダーを考えるのが難しくなるね)

 

白糸台戦、果たしてどうするか……。



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関東最強決定戦!

関東大会の決勝戦当日……。今日は白糸台と3度目の試合だ。

 

「ついに関東大会も決勝戦まできたね……」

 

「いや~、入部当初はここまでいけるとは思わなかったよ」

 

「本当、夏大会に至っては全国優勝までしちゃうものね……」

 

誰が言ったのだろうか、それぞれが過去を振り返っている。まだ早くない?

 

「それで……決まったのか?」

 

「はい、芳乃さんと藤井先生の協力のお陰で決まりました」

 

ちなみに何故か決勝戦のオーダーは私が考える事となっていた。1年生のみ出場の試合は小川台との練習試合以来だけど、その時もオーダーは私が決めていたからだ。

 

「それじゃあオーダーを発表するね!」

 

芳乃さんの発言に皆は息を呑んだ。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 キャッチャー 山崎さん

 

4番 サード 雷轟

 

5番 ショート 川崎さん

 

6番 ライト 大村さん

 

7番 ピッチャー 私

 

8番 センター 照屋さん

 

9番 レフト 息吹さん

 

 

対白糸台の1年生限定オーダーがここに完成した……。

 

「武田さん、息吹さん、渡辺の3人は登板の可能性があるから、私達の攻撃の際にいつでも投げられるように肩を作っておいてね」

 

『はーい!!』

 

「もちろん朱里ちゃんは完投を目指してね!」

 

笑顔でキツい事を言うな芳乃さんは……。いや、私も当然そのつもりだよ?だけどもしもの時に備えてね?私があの時みたいに倒れちゃったら元も子もないじゃん?

 

「……情報提供ありがとうございます」

 

「いやいや、瑞希殿にはいつもお世話になっているので、良いでござるよ!」

 

球場前に着くと二宮と村雨が何やら話していた。どうやら二宮が村雨から情報をもらっていたみたいだけど、何なのだろうか?

 

「おっ?新越谷の皆さんではござらんか!」

 

あっ、村雨がこっちに気付いた……。

 

「拙者は村雨静華でござる!先日の試合では途中出場でござったが、いずれは梁幽館のスタメン起用を目指すでござるよ!ニンニン♪」

 

相変わらず濃いキャラしてる。皆がポカンとしてるじゃん。茶来と良い勝負してるよ全く……。

 

「では拙者は観客席で今日の試合を見させてもらうでござる。試合、頑張ってくだされ」

 

ニンニン♪と軽やかなステップで村雨は観客席へと向かった。

 

「……朱里の知り合いって個性的な人が多いな」

 

主将、私もそう思います……。

 

「……では私もこれで失礼します。新越谷の皆さん、今日はよろしくお願いしますね」

 

二宮も一礼して試合会場へと向かった。

 

「では私達も行きましょうか」

 

藤井先生主導の元、私達も球場に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、間もなく始まるな。良い席を確保出来て良かった。ありがとう村雨」

 

「いえいえ!神童殿達も良い試合は良い席で観たいのですから、同じ目的を持つ者同士……仲良く観戦といくでござるよ」

 

「おお~、村雨ちゃんは中々良いキャラしてるね~」

 

「お褒めに預かり光栄にござる」

 

「し、静華ちゃん、それ多分皮肉だよ……?」

 

「そういえば関西大会は一足早く終わったんだったな。優勝おめでとう」

 

「まぁ危ない試合もあんまりなかったですしね~。いつも通りでしたよ~」

 

「み、味方のエラーがこの関西大会だけで30回以上している日常にもう慣れちゃいました……」

 

「和奈殿もすっかり洛山色に染まってきているでござるな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間もなく試合が始まります。いつも通りを心掛け、可能であれば勝利を目標に、頑張っていきましょう」

 

「本当に1年生だけで大丈夫~?」

 

「大星、これも白糸台では毎年恒例なんだ。諦めて受け入れろ」

 

「ぶ~!……途中出場はありなのミズキ?」

 

「……基本的には最後まで1年生だけでいきます。例外があるのなら、向こうの動き次第になるでしょう」

 

「向こうと言えば……まさか瑞希ちゃんの予想が的中するとは思わなかったな……」

 

「確かに……。新越谷も1年生のみで構成されたスタメンで来るとは……」

 

「今日は1年生同士の対決だね!」

 

「新越谷も同じような考えを持っている……と予想しただけなんですけどね。1年生同士となると総合的に不利なのはこちらになります」

 

「まぁ新越谷は部員の15人中12人が1年生だからな。こういった状況に備えて高いレベルの1年生を育成していっているんだろう」

 

「ですが決して勝てない相手ではありません。勝利を目指して頑張っていきましょう」

 

『おおっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ始まるね……!」

 

「そうだね」

 

新越谷VS白糸台。3度目の対決が今始まる……!



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関東大会決勝戦!新越谷高校VS白糸台高校①

試合開始。私達は先攻だ。

 

「向こうの先発は鋼さんだな」

 

「練習試合では完封されたましたから、なんとかこの試合で突破口を掴みたいところです」

 

しかしあの時よりも鋼さんが成長しているのも確実。1年生だけでの出場とは言え、決勝戦を任せられる程の実力があるという事がわかる。

 

(この試合も投手戦が予測されそうだけど……)

 

投手戦に持ち込めるかどうかは私次第となる。芳乃さんには完投を目指すように言われているし、完投出来るように頑張りたいところだ。

 

『アウト!』

 

先頭の中村さんがスライダーを詰まらせて凡退。果たして鋼さんを打ち崩せる手段があるかどうか……。問題、課題はそこにあるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鋼は調子が良さそうだな」

 

「夏大会が終わってからメキメキと成長してるんでしたっけ~?」

 

「より正確に言うなら1軍に上がってからだな。秋大会とこの関東大会において鋼は僅か2失点……。新井よりも成績が良いぞ」

 

「そ、そんなにですか……」

 

「私達洛山はまだ鋼ちゃんとは戦ってないもんね~。混合戦では鋼調子は投げなかったし~」

 

「梁幽館の今後の為にも鋼殿のデータは抑えておきたいでござるな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!』

 

初回は三者凡退で終わってしまう。やはり鋼さんは厄介な投手だよ。

 

「朱里ちゃん、今日は頑張ろうね!」

 

山崎さんが私を応援している。まぁ私完投した事ほとんどないからね……。

 

「まぁ頑張るさ。だからリードは任せたよ。相棒」

 

「……うん!!」

 

なんか山崎さんが嬉しそう……。なんで?

 

「よろしくねー!」

 

1番は変わらず佐倉日葵さん。二宮を除けば1番厄介なのが彼女だ。

 

(初回においての出塁率はほぼ100%に加え、出塁したら得点が約束されている。過去のデータを見直したら白糸台に入って、1番になってからの初回に出塁してない試合は1試合だけ……)

 

白糸台は経験を積む為に私達との練習試合以降も20試合は他校と試合をしている。紅白戦も合わせたら50近くはやっているだろう。そんな中で日葵さんはほぼ毎試合出塁しているのだ。

 

(山崎さんは低めに構えている。それなら私は……!)

 

コースに合わせて、私に出せる全てを白糸台に叩き込む!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(朱里ちゃん……。今までで最高の球だよ!この調子でどんどんいこう!)

 

山崎さんの返球の良さも相まって私のピッチングは良くなる。二宮も返球動作は完璧だったね。まぁ肩の強さは山崎さんの方が上だけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日葵ちゃんが初球見逃すのって珍しいね……」

 

「あの子は好球必打を好む部分はガールズの時からよくあったわ」

 

「そういった意味でも日葵を1番に据えた二宮の判断は正しかったんだろう。私も今のピッチングが出来るのは二宮のお陰だしな」

 

「何故私が持ち上げられる流れになっているのかは知りませんが、日葵さんのバッティングスタイルやミートとパワーの高さ、そして走力を考えれば2番よりも1番が向いている……。そう思っただけです」

 

(その思考にすぐ辿り着ける人間はそう多くはないんだよ……。やはり神童元部長が二宮を『異常』だと言っていたのは間違いではなかったな。敵に回したくない人物だ……)

 

「しかし日葵さんはこの打席では朱里さんを打つのは無理でしょう」

 

「ええっ!?」

 

「日葵の成長速度は凄まじいものだけれど、それでも早川さんを打つのは不可能だと言うのですか?」

 

「日葵さんは確かに天才的な部分が目立ちますが、単純な実力勝負においては朱里さんがその上を行く……それだけです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(やはり2球目には普通に当ててくる。二宮によって偽ストレートの正体は暴かれている可能性は高いと思ってたけど……)

 

(こんなに早く対応してくるなんて……!)

 

(瑞希ちゃんに教えてもらった朱里ちゃんのストレートに見せ掛けた変化球……。媒体となってる球を見極めるのに苦労するなー。このまま上手くカットし続けるかな?)

 

出来れば3球勝負で決めたい……。

 

(そうなると次に投げる球は……!)

 

私は振りかぶり3球目を投げた。

 

(おっ?球速的にこれならヒットに出来そうかな~?)

 

 

ズバンッ!

 

 

(よし!上手く引っ掛かった!)

 

(嘘……。私が空振り!?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

最後に投げた球はフォーク。ナックルカーブとSFFに並ぶ変化球の中ではトップ3に入る変化球で日葵さんを抑えてやったぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっ!?あれはフォークボールでござるな!?あれ程のキレと変化量は中々拝めないでござるよ!流石朱里殿でござる!」

 

「め、滅茶苦茶興奮してるね……」

 

「いやはや、朱里殿が高校になってからは滅多に投げるところを見られないので、出来る事なら映像に納めたいくらいでござるよ。はづき殿からも頼まれていますし」

 

「それにしても日葵が初回に出塁出来ないとは……。流石早川と言ったところだ。……そういえば早川が投げている試合って新越谷では意外と少ないんだよな?」

 

「確かにそうですね~。エースである武田ちゃんの方が投球イニングが多いのはもちろん、本職の投手じゃない川口ちゃんや藤原ちゃんと総合イニングはほとんど変わってないですし~」

 

(朱里ちゃん……もしかしてリトルでの出来事やスタミナが少ないのを気にしてるのかな……?)



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関東大会決勝戦!新越谷高校VS白糸台高校②

「日葵が空振りなんて珍しいわね。ガールズ時代でもほとんどしなかったのに……」

 

「……朱里ちゃんの変化球、前よりもキレてたよ。あのフォークは簡単には打てないかもね。悔しいけど……!」

 

「あ、あの日葵ちゃんがそこまで言うなんて……」

 

「それが朱里さんですからね」

 

「ミズキさんがそこまで言うとは……。アカリさんの球はワタシが打ってみせマース!」

 

「始めに言っておきますが、この試合においてバンガードさんは期待出来ません」

 

「why!?」

 

「映像からでは伝わりませんが、朱里さんは変化球主体の投手な上に、変化球の種類も多いので、バンガードさんとは相性が極めて悪いです」

 

「ぐぬぬ……!映像ではただのストレートにしか見えないノニ……!」

 

「それが朱里さんの持ち味です。如何に変化球をストレートと類似させられるか……。それを朱里さんがシニア時代にとある人に教わった技術を精一杯に仕上げました」

 

「とある人って……?」

 

「その方は今アメリカにいます。私も彼女の情報は余り持っていませんが、その中でわかるのは彼女が投げる球は朱里さんの完全上位互換である事……それだけです」

 

「早川さんが今投げている球の……!?」

 

「更に彼女は来年の夏大会にて日本の高校で出場してきます。そうなると白糸台にとっては最大の敵となるでしょう……」

 

「そ、そんなに……!?」

 

「ですので彼女に勝つ為にもこの試合で朱里さんの突破口を掴みましょう」

 

「それが今日の試合の目的……という事ですか」

 

「そうなりますね。陽奈さんは今日の面子の中では日葵さんと並んで期待出来る打者です。頑張ってください」

 

「二宮さん……はい、行ってきます!」

 

(気になるのは彼女が入る予定である日本の高校にあの『上杉真深』さんや『ウィラード・ユイ』さんが一緒に来るかも知れないという事……。今もアメリカで同じチームで活躍しているみたいですし、仮に彼女達が清澄のような無名の高校に入ったとしてもその高校は間違いなく全国で1、2を争うチームに仕上がるでしょうね)

 

「……願わくばあの人達が同じ地区には入ってほしくないですね」

 

「瑞希ちゃん、何か言った?」

 

「……いえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(やはり佐倉姉妹はどちらも厄介だよ。妹の日葵さんはリードオフガールとしての能力があり、姉の陽奈さんは小技を用いて確実に次に繋ぐ能力がある……)

 

幸いなのは日葵さんがランナーにいない事……。もしも彼女がランナーにいたら今頃三盗までされて、先制点を取られていただろうね。

 

(朱里ちゃん、ここも3球勝負でいくよ!)

 

(もちろん……!)

 

3球目に私が投げたのは……。

 

(この変化の軌道……フォークにしては速い!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(今のはまさか……SFF!?)

 

よし!日葵さんに続いて陽奈さんも三振!それでもまだ油断は出来ない。本番は佐倉姉妹の2打席目以降になる……。

 

(それかこの試合も9番に入っている二宮が何かを仕掛けてくると思うけど……!)

 

全国大会の準決勝……。その時の借りを返したいところだけど、上手くいけば良いなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォークに続いてSFFも見られるとは……。朱里殿の変化球の数は星歌殿よりも多いでござるな!」

 

「確かに……。星歌ちゃんもかなりの種類の変化球を投げるけど、朱里ちゃんはその倍近くの種類を投げるもんね……」

 

「早川の大きく変化させるフォークやSFFにナックルカーブ、そしてストレートと錯覚するレベルの小さく変化させる変化球の数々……あれをキチンと狙える打者は少ないだろうな」

 

「早川ちゃんと同じシニア出身でも更に限られてそうだね~。清本ちゃんは打てるんだっけ~?」

 

「軌道を落ち着いて見ればいけると思います。けどそれに釣られて今のフォークやSFFを投げられると空振りしちゃうかも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3番の人も空振り三振……!バットが空を切る音って気持ち良いよね!

 

「朱里ちゃん、ナイスボール!」

 

「ありがとう山崎さん」

 

私がここまで気持ち良く投げられるのは山崎さんのお陰だろう。二宮とは違った安心感があるよ。

 

(もしも私が新越谷に来なかったらどうしていただろうか?或いは夏大会で全国出場が出来なかったら……?)

 

外野に専念?それとも投手として使ってくれていたか……?まぁ今となっては関係ない話だけどね。

 

(まぁ今はこの試合を楽しみますかね!)

 

1回は両チーム三者凡退で終了。2回表は雷轟から……。鋼さんが雷轟を相手に勝負をするか否か……それによってこの試合の行方は変わってくるかな?



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関東大会決勝戦!新越谷高校VS白糸台高校③

「よーし!頑張るぞーっ!!」

 

2回表は雷轟の打順から。当の本人は元気良く打席に向かった。元気だねぇ……。

 

「しっかし遥って歩かされる事が多いのに、あんな元気に打席に立つんだな……」

 

「まぁ本人は歩かされる時は不満そうにしてるけど、それくらいの強打者だって認めてもらえて嬉しいんじゃない?」

 

「成程なぁ……」

 

「ほら、川崎さんは次の打順でしょ。早くネクストサークルに行った方が良いんじゃない?」

 

「おっと、そうだった。今日は久し振りにクリーンアップに返り咲いたし、試合に貢献したいところだぜ!」

 

確かに……。混合試合を除けば川崎さんがクリーンアップに入ったのは前に1年生だけで試合をした時以来だ。だから川崎さんも雷轟に負けじと張り切っている。

 

(さて、バッテリーからは敬遠の様子はない。秋大会や関東大会では歩かせれっぱだから、ここいらでちゃんと活躍しないと不味いよ雷轟……?)

 

清本の方は府大会とか、関西大会ではそこそこ勝負はしてくれてたから、結果は残してる。それに対して雷轟はずっと勝負を避けられてるし……。関東の人達が慎重過ぎるだけなのかな?それとも関西の人達がきにしなさ過ぎなだけ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この回は雷轟さんから……!」

 

「秋大会、関東大会と歩かされてばかりですね。それ程彼女の打力を恐れている投手が多いみたいですが……」

 

「……瑞希ちゃんは私が雷轟さんと勝負をするのは反対?」

 

「…………」

 

(鋼さんの実力はここ数ヶ月で急上昇している……。新越谷との練習試合では偶然打ち取れましたが、今度もそうなるとは限りません。更に新越谷は朱里さんが投げている以上得点も難しいとなると……)

 

「……私はこの状況下で雷轟さんと勝負をするのはおすすめしませんが、鋼さんが雷轟さんと勝負をしたいと言うのなら、私はそれに従います」

 

「瑞希ちゃん……」

 

「新越谷との練習試合を思い出して、雷轟さんに勝ちにいきましょう」

 

「うんっ!」

 

(鋼さんにとって雷轟さんはこの先大きな障害となるでしょうし、この関東大会もあくまで調整……。勝利するに越した事はありませんが、この試合は新越谷の1年生達のデータが取れれば充分でしょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遥ちゃんと勝負してくれる投手って結構貴重だよね」

 

「……まぁどのチームも試合に勝ちに来てるからね。雷轟や清本レベルのスラッガー相手に対して勝負するとなると余程実力に自信があるか、或いは……」

 

「或いは?」

 

「無理に勝利を目指さずに、確実に雷轟を打ち取れる手段を模索しているか……だと思うよ」

 

実際に二宮が捕手をしてるから、鋼さんからしたらかなり心強いと思う。

 

(それに二宮は既に雷轟を打ち取れる手段をいくつも考え付いているだろうしね……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

雷轟も久し振りの勝負だからか、かなり慎重になってるね。こういう慎重さが命取りになりそうだから怖いところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷轟との勝負場面は久々に見るな」

 

「この関東大会や秋大会の新越谷のデータだと雷轟ちゃんはずっと歩かせれっぱでしたからね~」

 

「拙者も雷轟殿の打力は映像でしか見た事がなかったから、この勝負はかなり楽しみでござるな!」

 

「同じスラッガーとして、遥ちゃんには頑張ってほしいかも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(タイミングをずらした筈なのに、あそこまで飛ばすなんて……)

 

(……やはり雷轟さんは油断ならない相手ですね。何れは和奈さんのように敬遠球を打つ方法を考えていそうです。和奈さんとは違って身長には難儀していない時点でいつか敬遠球もスタンドへ運ぶレベルのパワーを身に付けているでしょう)

 

(3球目は……?)

 

(以前に雷轟さんを打ち取った斜めに曲がるスライダーを意識させてみましょうか)

 

(了解!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああっ、惜しい~!」

 

「風向きもあってレフト方向に切れちゃったね……」

 

2球目に鋼さんが投げたのはチェンジUP。練習試合では見なかった球なのに、雷轟は問題なく対応出来た……。白糸台の大星さんと同じで抜き球系が得意なのかな……?

 

(その内雷轟の得意不得意を改めて確認する必要がありそうだ)

 

鋼さんの3球目。恐らく雷轟を打ち取ったスライダーを意識させる投球をしそうだけど……!

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「打球は!?」

 

雷轟は低めのスライダーを捉えて、その打球は……。

 

「……レフト!!」

 

レフト線へ。打球は段々失速していって……。

 

『アウト!』

 

アウトとなった……。

 

「遥が打ち取られた……」

 

「…………」

 

「雷轟、最後に鋼さんが投げた球は……」

 

「ストレートだったんだけど、思わず打ち損じちゃって……」

 

雷轟が俯きながらそう言った。雷轟レベルがてこずるストレートとなると厄介だな……。



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関東大会決勝戦!新越谷高校VS白糸台高校④

その後川崎さんと大村さんも鋼さん投げる球に翻弄されて凡退。スリーアウトとなった。

 

(しかしこうして見るとうちのチームはストレートに強いんだよね。大豪月さんのストレートにも何人かは当てる事が出来てたし、朝倉さんのストレートに至ってはほぼ全員が対応していた……)

 

色々な経験があって今の私達がいるけど、1番の要因はきっと……。

 

「朱里ちゃん?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

「早く白糸台を抑えて反撃の機会を掴まなきゃね!」

 

「おお~!遥ちゃん頼もしい~っ!」

 

雷轟遥を同じ仲間でありながらも、打者としてのライバルだと認識しているからなんじゃないか……って思っている。まぁそれは私の気のせいかも知れないけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷轟ちゃんは打ち取られたか~」

 

「で、でもまだまだチャンスはありますよ!」

 

「和奈殿の言う通り、朱里殿が奮闘している限りは投手戦が続くでござるよ」

 

「うちとしては早川の球を早いところ攻略してほしいところだがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

2回裏。先頭のバンガードさんを三振に抑える。うん、調子は悪くない。

 

(それにしても随分大振りだったなぁ……。白糸台……というか二宮がこんな荒いスイングを野放しにはしないと思うけど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんですか?あの大振りは?」

 

「ミズキさん、これには山よりも深く、海よりも高い訳があるのデース!」

 

「ほう……?ではその理由とやらを聞かせてもらいましょうか?」

 

「み、ミズキさん怖いデスよ。smileデース!」

 

「前にも言いましたが、私は笑うのが苦手なんですよ。それよりもお話しましょうか」

 

「ひえっ……!」

 

「……二宮は怒らせるとヤバいな」

 

「瑞希ちゃんは普段は温厚なんですけど……」

 

「ああいう風に馬鹿をしない限りは無害……という訳か。私が過去に二宮のサインを無視して打たれた時もあんな風に怒りはせずとも、二宮はストレスを溜め込んでいた……と考えると、謝罪の意味も込めて今度あいつを労っておくかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

よし!この回も三者三振!上手く偽ストレートとSFF、フォークが噛み合ってる……!

 

「ナイピだよ朱里ちゃん!」

 

「うん、今日は調子が良いみたい」

 

(でも次の回には二宮に回ってくる……。その時が本番……と思って見た方が良いのかもね)

 

それは全国大会の準決勝で白糸台と当たった時も、夏休みの練習試合の時も……。私からしたら白糸台で1番厄介な打者は二宮だ。

 

「それにしても朱里ちゃんの投げるストレートに見せ掛けた変化球って唯一無二って感じがするね」

 

「ん?そんな事ないよ。1球種だけとは言え武田さんや橘も習得してるし、それに……」

 

「それに?」

 

「あれはある人から教えてもらった球なんだよね」

 

あの人は今アメリカの高校で活躍している。二宮の話によればあの上杉さんが同じチームにいるらしいんだけど……。

 

「その人も朱里ちゃんみたいにストレートに見せ掛けた変化球を投げるの?」

 

「私みたい……っていうのは少し違うかな。球速、キレ、球の重さ……。全てにおいて私以上の精度で投げてくるよ」

 

同じ偽ストレートでもあの人が投げるそれは朝倉さん以上の球速があり、新井さんのジャイロボール並にキレがあり、大豪月さんの球のように重い……というのが私が感じたあの人の投げる偽ストレートの感触だった。

 

「な、何者なのよその人……?」

 

「まぁあの人も天王寺さん並に謎に包まれた人間なんだけど、ただ1つだけ言えるのは……」

 

私は遠巻きに雷轟を見ながらこう言った。

 

「……多分雷轟の親族だって事かな」

 

『ええっ!?』

 

「……?皆、どうしたの?」

 

「なんでもないよ。雷轟は気にしなくても大丈夫」

 

「そ、そう……?」

 

前にあの人から聞いた事がある。あの人には妹がいるらしく、その妹とは仲違い……というかすれ違いの状況に陥ってると……。

 

(あの人はどこか雷轟に似ている部分があったし、やはりその妹さんというのは雷轟の事なんだろうね)

 

もしも本当にあの人と雷轟が血の繋がった姉妹なら雷轟にこの話をするのは時期尚早……。多分……当人達が腹を割って話し合わなければいけないと思う。



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関東大会決勝戦!新越谷高校VS白糸台高校⑤

3回表。この回は私の打順からか……。

 

(鋼さんの球を直に見るのは初めてだけど、まだノーヒットだし、ここは勢いを付ける意味でも打っておきたい……!)

 

(先頭打者は朱里さんですか……。朱里さんは打撃方面でも一定以上の成績を残しますので、油断せずにいきましょう)

 

(うん!)

 

鋼さんが投げる1球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(い、いきなりスラーブか……。これはコース的にも手が出ないよ)

 

鋼さんのピッチングについて私はある仮説を立てている。まぁこれはどちらかと言えば二宮のリードに当てはまる事なんだけど……。

 

(私に対しては雷轟と同じ攻め方をしている……と思うんだよね)

 

私と雷轟、そしてそれ以外の打者に対しての二宮のリード、そして鋼さんの球種は大体パターンが決まっている。

 

(そしてこの次に投げてくる球は……!)

 

外角低めに曲がってくる横曲がりのスライダーだ!

 

 

カンッ!

 

 

「!!」

 

『打った!?』

 

私が打った打球はレフト前に落ちて、ヒットとなる。

 

(折角だから、皆にも伝えておこうかな……?)

 

私はタイムを掛けて次の打者である照屋さんと息吹さんにある仮説を伝えに行った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の鋼の球はそう簡単に打てる代物じゃない……。にも関わらず早川は綺麗に打ってきた」

 

「早川ちゃんの打撃力なら本来はクリーンアップを任せられるレベルですよね~」

 

「……朱里ちゃんはピッチングに専念したいから、下位打線に入ってるっていつも言ってます」

 

「朱里殿の打率なら上位打線を任せられる筈なのに、本職は投手だからって理由で上位に入るのを悉く断っているのでござるよ」

 

「……まぁ私も気持ちはわからなくもないがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それは本当なの?」

 

「まだ確証が持てないけどね。逸れに私と雷轟以外を相手にする時の鋼さんのピッチングパターンは3つ程ある」

 

「それはどういう風に見分ければ……?」

 

「初球の入り方で多分わかるよ。でもね……」

 

更に私は追加で2人にある事を伝えた。

 

「……え?さっきと言ってる事矛盾してない?」

 

「まぁね。でも相手は鋼さんでありながらも二宮だ。これくらいは絶対にやってくる」

 

「よく解らないけど……朱里さんが言うならそうなのよね?」

 

「まぁ二宮の性格やリードから推測しただけに過ぎないよ。それじゃあ後は任せるね」

 

私は照屋さんと息吹さんに後を託して一塁ベースへ戻っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん。打たれちゃった……」

 

「いえ、鋼さんが投げた球は決して悪くはありませんでした」

 

(恐らく朱里さんにこちらの配球が読まれている可能性が高いですね。一応3つ程パターンは用意していますが、それも全て読まれている可能性を考慮するのなら……!)

 

「鋼さん、初球の入り方で配球が読まれているとわかればパターンを変えていきますよ」

 

「う、うん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が打った事によってチャンスが作れた。照屋さんと息吹さんで先制点が取れればかなり大きいんだけど……。

 

(初球はこれで来て下さい)

 

(うんっ!)

 

鋼さんの1球目。私の予想が正しければここで投げてくるのは……。

 

(カウントを取りに行く外目のスライダー……!朱里さんの指摘通り!)

 

 

カンッ!

 

 

(初球から打たれた!?)

 

(やはり読まれていましたか……)

 

照屋さんは初球打ち。内野の頭を越えてヒットになった。私も三塁へ到達して、ノーアウト一塁・三塁。

 

(ち、チャンスの場面で回ってくると緊張するわね……)

 

左打席に息吹さんが入る。上手くいけば2点取れる……!

 

(先制点取得の大チャンスだ……。頼むよ息吹さん)

 

まだノーアウトだし、勢いに乗れる切欠を掴んでくれると良いなぁ……。



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関東大会決勝戦!新越谷高校VS白糸台高校⑥

ノーアウト一塁・三塁で9番の息吹さん。もしここで息吹さんが打ち損じても、その次は1番から……。下手すれば最初で最後のチャンスになりかねない。

 

(だからこそ息吹さんには念入りに作戦を伝えた。これが吉と出るか、凶と出るか……!)

 

左打席に立っている息吹さん溝知る展開になってきたよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは新越谷にとって大チャンスでござるな」

 

「う、うん……。ここからは上位打線にも繋がるし、大量得点のチャンスだね」

 

「だがそこまで白糸台は甘くないぞ」

 

「白糸台……というよりは二宮ちゃんの采配、配球だね~。このピンチを無失点で切り抜けるくらいのリードは普通にやってきそう~」

 

(確かに皆の言う通り、瑞希ちゃんにはこのピンチを切り抜ける術はある。でもそれは朱里ちゃん側だってわかってる筈……。朱里ちゃんが無策で終わるとは思えないよ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は高めのストレート。コース的にもボールで取ってくれるかと期待してたけど、まぁ審判はそんなに甘くないよね……。

 

(初球は朱里の読み通り……。もしも朱里の言うパターンが本当ならこの次に来るのは……!)

 

(左打者に食い込むスライダー……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

ファールか……。今のをフェアに出来なかったのは痛い。これで追い込まれてしまった。

 

(ふぅ……。なんとか追い込んだよ)

 

(配球パターンが読まれているとなると、雷轟さんや朱里さんを相手に使っていたパターンを織り混ぜて投げてみましょう)

 

(うん……!)

 

(3球目。パターン通りなら鋼さんの決め球であるスラーブを投げてくる筈……!)

 

鋼さんが振りかぶって投げたその球は……!

 

(縦に落ちるスライダー!?)

 

(裏を突いた……。これで三振だよ!)

 

「………!」

 

息吹さん……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?さっきと言ってる事矛盾してない?朱里の言う事を信じるなって……」

 

「まぁね。でも相手は鋼さんでありながらも二宮だ。これくらいは絶対にやってくる。恐らく読まれているとわかれば配球を大きく変えてくると思う……。その時は私の言葉を忘れて、自分なりに予測して、鋼さんに挑んでほしい」

 

「む、無茶苦茶言うわね……」

 

「よく解らないけど……朱里さんが言うならそうなのよね?」

 

「まぁ二宮の性格やリードから推測しただけに過ぎないよ。それじゃあ後は任せるね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(野球はまだまだ素人だけど、私なりに鋼さんの投げる球をデータから予測して、朱里の言う事を『信じないで』次に繋いでみせる!)

 

 

カンッ!

 

 

(嘘っ!?)

 

(……これは完全にやられましたね)

 

息吹さんは鋼さんの落ちるスライダーを上手く捉えて、その打球は一二塁線を抜けてタイムリーヒットとなった。

 

(なんとか先制点を取れたね……)

 

それにしてもパターンを変えてくる事は予測していたけど、そこから縦に落ちるスライダーを待っていたなんて……。これは息吹さんのセンスを垣間見た気がするよ。

 

「息吹さん、ナイバッチ」

 

「ええ。朱里の言う事を信じなくて良かったわ」

 

「う、うん……。言いたい事はわかるけど、その言い方は私がちょっと傷付くんだよ……」

 

「えっ?あっ……。ゴメンゴメン!そんなつもりで言ったんじゃないのよ!?」

 

「わ、わかってる……」

 

うん、言葉のナイフで心臓を抉り取られた気分だったよ……。皆も日本語には気を付けようね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお~、新越谷が先制点を取ったね~」

 

「これが白糸台にとってどう影響するか……。このゲームが大きく動くか否か……。均衡が崩れたとは言え、まだまだ先が読めないでござるな」

 

「この裏の回には瑞希ちゃんに打席が回ってくるし、そこから白糸台が朱里ちゃんに対しての突破口を作るのか……って感じかな?」

 

「この試合がうちの1年生達にどういう刺激を与えるか、そして新しく何を得られるか……。勝ち敗けよりもそこが重要になってくるだろう。もちろん試合に勝つに越した事はないがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん……。打たれちゃった……」

 

「……今のは仕方ないですよ。相手の読みが鋼さんを上回りました」

 

(朱里さんが何かを吹き込んだとは言え、ピンポイントに縦に落ちるスライダーを捉えられるとは思いませんでした……)

 

「……どこか甘くなっているのかも知れませんね」

 

「瑞希ちゃん……?」

 

「こちらの話です。気にしないでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

勢いに乗って追加点取れるかな……と思ってたけど、鋼さんの立ち直りが早く、三者連続三振でランナー2人残塁という少しもったいない結果となった。

 

(しかしこの1点は大きい……。これを守り切るつもりで投げてやる!)

 

裏の白糸台の攻撃は二宮に回ってくる……。そこから一気に向こうの流れになる可能性もあるし、頑張って抑えないとね……!



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関東大会決勝戦!新越谷高校VS白糸台高校⑦

3回裏。この回は下位打線だけど、9番には二宮がいるんだよね……。

 

(二宮は高校に入ってから9番に入る事がほとんどだ。それは決して打力が低い……という理由ではなく、相手投手を自分の打席が回ってくるまで徹底的に分析して、番が回ってきたら粘って投手の球数を稼ぎつつ、更なる分析を行う……)

 

白糸台ではそういう風に結果を残している。今年に入って二宮が9番以外を打っているのは混合試合で9番を投手が務める時くらいだろう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

まずは7番打者を三振に。順調に抑えている筈なんだけど、二宮に回ってくるってだけでなんか不安なんだよねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また三振か……。1年生だけとは言え、今年白糸台に入った1年生は逸材揃いなんだがな……」

 

「それだけ早川ちゃんが凄いって事ですよね~。夏大会の時だって白糸台のレギュラーメンバーが苦戦していたくらいですし~」

 

「その時の映像も見たでござるが、あれはまさにきりきりまいという表現が適切でござった!」

 

「そうだね。今日の朱里ちゃんは絶好調みたい」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「これで八者連続三振だね~」

 

「でも9番には……」

 

「瑞希殿の打席でござるな」

 

「私も色々な打者を相手にしてきたが、二宮は敵に回したくないものだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8番打者を三振に抑えて、次の打者は……!

 

『9番 キャッチャー 二宮さん』

 

私にとって1番の天敵と言っても過言じゃない打者……。二宮瑞希その人である。

 

(球数を稼がれるくらいなら勝負を避けるべきなんだろうけど、それすらも二宮の思惑通りになっている気がしてしまうのが二宮の恐ろしいところだよ……)

 

(さて、数ヶ月ぶりに朱里さんと勝負ですね。皆さんの話によりますとストレートに見せ掛けた変化球にフォーク、SFFを多用してくる……との事ですね)

 

この勝負に勝てたら流れはまだ私達にある……。ここは絶対に抑えたい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早川の球は前に対戦した時の比じゃないな。特にSFFとフォークが見分け辛い分厄介だ」

 

「あ~あ、私も試合に出たいな~!」

 

「お、大星先輩、余りわがままを言うのは良くないですよ」

 

「全くだ。後輩にこんな事を言わせるな」

 

「瑞希ちゃん、打てるかな……?」

 

「この打席に限ってはわからないが、最後にはきっと打つ……。二宮瑞希はそういう奴だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(これで二宮さんを追い込んだ……んだけど)

 

「…………」

 

(二宮さんって表情が表に出ないから、焦っているのかもよくわからないんだよね……)

 

カウントはツーナッシングなんだけど、二宮からはなんか余裕を感じるんだよね。顔には一切出てないけど……。

 

(一流の捕手なら打者の表情から次に投げる球を投手に指示するんだけど、二宮の場合は意識してか、しないでかまるで表情が読めないんだよね……)

 

二宮以上にポーカーフェイスが上手い人を私は知らないくらいだよ……。

 

(見送りカウントは全て使いきりました。ですが傾向敵に朱里さんが次に投げる球は……)

 

3球目は三振を取りにいくつもりでSFFを投げる。

 

(……三振を取りにいく変化球ですね)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(SFFに合わせられた!?)

 

(……やはり二宮は一筋縄ではいかないね)

 

こっちの傾向を読んでいるとは言え、いきなりの変化球に対応出来る選手はそうはいない。況してや私の場合は偽ストレートからの変化球だしね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

これもギリギリで打ってきたな……。これがあるから、二宮はスラッガーと同等かそれ以上に怖い打者なんだよね。しかも私の球筋とかも把握してるだろうから、尚更苦手意識が出てくるし……。

 

(それなら投げてやろうじゃん……)

 

(そういえば余り投げてないもんね。相手が二宮さんだから投げるのかな……?)

 

ただでさえスタミナに余裕がないんだ……。余り球数を稼がせる訳にはいかないんだよ!

 

5球目。投げるのはいつ以来だろうか?私が投げたのは……。

 

(この軌道と変化は……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(ナックルカーブでしたか……。最後に見てから投げている場面が余りなかったので、見落としていましたね。私もまだまだ甘いです)

 

(よし……!第1ラウンドは私の勝ちだ!)

 

二宮には最低でもあと1打席回ってくる……。それまでに如何に隙を作らないかがこの試合で重要になってくるだろう。

 

(次の回は4番からだし、追加点を取っていきたいところだね)

 

投手戦になると不利になるのは私の方だし、1点だけだと心もとないから、新越谷にはどんどん打ってほしい。まぁ鋼さんがそんなに甘い投手な訳がないんだけど……。



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関東大会決勝戦!新越谷高校VS白糸台高校⑧

試合は進んで6回裏。スコアは1対0のまま私達がリードしているんだけど……。

 

(あれからヒットは打てても追加点が取れないから、流れが悪いんだよね。しかも雷轟に至ってはこの試合ノーヒットときたもんだ)

 

これに関しては雷轟の調子が悪いのか、鋼さんの調子が良いのか、雷轟と鋼さんの相性が悪いのかはわからない。今の私は雷轟を心配する余裕はないからね。

 

 

カンッ!

 

 

5回までパーフェクトに抑えてたんだけど、この6回裏に7番、8番と連続でヒットを打たれてしまい、ノーアウト一塁・二塁のピンチになってしまう。

 

(ここにきて連打か……。5回までの朱里ちゃんは絶好調だったし、今の朱里ちゃんの投げる球も勢いは落ちてなかった……。1年生とは言え、白糸台の選手の対応力が上がったって事なのかな?)

 

不味い事になったなぁ……。私にとって最悪のタイミングで打たれてしまったよ。

 

「朱里ちゃん、大丈夫?」

 

「……まだ問題ない筈。1年生で下位打線とは言え、流石白糸台の選手って事だね。最悪のタイミングで打たれてしまったけどね」

 

『9番 キャッチャー 二宮さん』

 

「二宮さん……」

 

今の私にピンチになった場面で、2打席目の二宮を抑えられるのだろうか……。

 

(ここが恐らく最大のチャンスですね。もしもここで点が取れないとなると私達の敗北はほぼ確定と見ても良いでしょう)

 

恐らくここが最大の山場……。ここを凌ぐ事が出来れば私達の勝利に大きく近付く筈。気張っていかなきゃね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「瑞希殿の2打席目でござるな!」

 

「しかも逆転のチャンスと来たもんだ」

 

「逆にここで早川ちゃんに抑えられたら、このまま新越谷が逃げ切りそうだね~」

 

「わ、私はどっちを応援したら良いんだろう……?朱里ちゃんも、瑞希ちゃんも私にとっては大切な人達だから、悩んじゃうよ」

 

「う~ん。ここはより付き合いが長い方を応援したら良いんじゃないかな~?」

 

「……それなら瑞希ちゃん、ですかね」

 

「早川よりも二宮の方が付き合いが長いのか?」

 

「朱里ちゃんと知り合ったのはリトルに入った時ですが、瑞希ちゃんは幼稚園からの幼馴染なんです。実は朱里ちゃんと同じ小学校なのを卒業まで知らなかったですけど……」

 

「な~んか不思議な人間関係だね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

今何球目だろうか?二宮にカットされ続けて正直辛い。ナックルカーブもギリギリで当ててくるし……。

 

(カットもギリギリですね。タイミングが寸分でも違えば空振りになってしまいます。向こうにそれが悟られてないと良いのですが……)

 

(ボール球は見逃されるし、ストライクゾーンを通る球はギリギリのところでカットされるし、状況が悪くなる一方だ。どうしたものかね……?)

 

「タイム!」

 

山崎さんがタイムを掛けて、こっちに来た。二宮相手に歩かせるかの相談に来たのかな?私も一息付きたかったし、丁度良かったかも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い感じに瑞希ちゃんが粘ってるね」

 

「二宮さんは私達の為に早川さんの球数を費やしてくれています。日葵、私達のバットで白糸台を逆転まで導くのよ。二宮さんの頑張りを無駄にしないようにね」

 

「もちろんだよ!陽奈お姉ちゃん!」

 

(1年生達の結束が深まっていく……。これも二宮の人徳のお陰だろうな。まぁ本人は自覚が全くないみたいだが……)

 

「ミズキさん、fightデース!」

 

「頑張って……!瑞希ちゃん!」

 

(今の主力メンバーを中心に1年生にまとまりが出来ているのは間違いなく二宮に感化された影響だろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二宮さん、朱里ちゃんの持ち球を悉く打ってきてるね……」

 

「それもカットという形でね……。芳乃さんには完投を目指すように言われているけど、下手すればこのイニングで限界かも知れない」

 

「そんな……!何か打つ手はないの?」

 

山崎さんは泣きそうな目で私を見ている。そんな顔されたら罪悪感が出ちゃうじゃん……。

 

「……1つだけ、試したい事がある」

 

「試したい……事?」

 

「これが失敗すれば一気に逆転を許されてしまう……。試しに何球か投げたけど、未完成なんてレベルじゃないくらいに酷かった……。大分マシになったとは思うけどね」

 

「それが……二宮さんを抑える術になりうるの?」

 

「それはわからない……けど、意表は突けると思うし、やってみる価値はあるかもね。その分リスクも高い。所謂ハイリスクハイリターン……ギャンブルだよ」

 

私がそう言う事で山崎さんは悩みだした。余り時間は取れないのに、二宮を抑える為にどうするかを短時間で悩まなきゃいけないんだからね。

 

(あの人が見ていたら……今の私になんて言うのかな?)

 

私がこれから投げようとしてるのは、あの人の投げる球を彷彿させる1球だ。



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関東大会決勝戦!新越谷高校VS白糸台高校⑨

関東大会決勝戦……決着!


「……朱里ちゃん、私は朱里ちゃんを信じるよ」

 

「山崎さん……」

 

山崎さんは私を信じてくれている……。それなら、その期待に応えなきゃ廃っちゃうよ!

 

「……ありがとう。今は二宮達を抑える事に専念させてもらうよ」

 

(山崎さんに心配を掛けない為にも、私が更なるレベルアップをする為にも、このピンチを凌ぎたい……!)

 

というかこれ以上粘られると私の体力がもたないよ。という訳で抑えにいきます!

 

(あの人が投げていた偽ストレートを思い出せ……。あの人が投げていた球をイメージして、この1球に込めるんだ……!)

 

私は振りかぶって投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………!これは」

 

「静華ちゃん……?」

 

「今の朱里殿はあの方を連想させるでござる……」

 

「あの方……?」

 

「誰の事なんだ?」

 

「……今は言えないでござる。拙者以外にあの方を知っているのは朱里殿と瑞希殿くらいでござるよ。今はアメリカに在住中でござる」

 

(来年には日本に来る……と言っていたけど、それが本当なら次の夏大会は大荒れするでござる……)

 

「……1つ言えるとしたら、朱里殿が次に投げる1球は今までに見た事がないものになるでござる」

 

「そ、そんな凄い球を投げるんだ……!」

 

「おお~、清本ちゃんが今までに見た事のない表情をしてる~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

(……今の朱里さんからは今までの朱里さんとは比べ物にならない何かを感じますね。余りこういうのは信じないのですが、現に朱里さんからはあの人の影が重なって見えます)

 

(これが私の全力……!あの人から教えてもらった集大成をこの1球に捧げる!)

 

私が投げる偽ストレート……それを更に進化させる!

 

(速度、軌道から察するに朱里さんが投げてきたのはストレートか、ストレートに見せ掛けた変化球。もしも後者なら今の私では当てる事は出来ません。狙いはストレート1本に絞りましょうか)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(……後者の方でしたか。今の1球はあの人を連想させる良い球でした。あれを投げ続けられると日葵さんや陽奈さんでも打つのは不可能でしょう。偶々投げる事の出来た1球である事を願うしかありませんね)

 

やった……!2打席連続で二宮を三振に抑える事が出来た!

 

(今の感触を忘れないように、意識して投げてみよう……!)

 

これであの人の投げる偽ストレートに一気に近付いたぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか瑞希ちゃんが2打席連続で空振り三振だなんて……」

 

「……私が知る限りでは見た事がないな。私も二宮相手に空振り三振は連続で取れないだろう。早川朱里は二宮の予測を大きく上回る投手だったという事か」

 

「今の早川ちゃんはかなり手強いね~。清本ちゃん次第で完全試合食らっちゃうかも~」

 

「う、打てるかな……。あの球は今までの朱里ちゃんとは全くの別物だよ」

 

「……これは報告案件が増えたでござるな。映像に残しておいて良かったでござるよ」

 

「……静華ちゃん?」

 

「いえ、なんでもないでござる。この試合も決着が付きそうですし、拙者はこれでお暇するでござるよ。ニンニン♪」

 

 

ドロンッ!

 

 

「おお~。消えたね~」

 

「……彼女も中々謎に包まれた人物だな」

 

(忍者って言ってたのはまさか冗談じゃないのかな……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(凄い……。凄いよ朱里ちゃん!ストレートに見せ掛けた変化球の球速が格段に跳ね上がった!)

 

(この現状は偶々上手くいっているに過ぎないけど、シニアの世界大会までには完成させておきたいな……)

 

次に相手になる強敵……上杉真深さんを抑える為に!

 

『ゲームセット!』

 

二宮を三振させてからも白糸台の打線を連続三振。1対0でなんとか逃げ切り、関東大会は私達新越谷の優勝で幕を閉じた!



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関東大会を終えて

「関東大会も終わったか~。蓋を開けてみれば新越谷は終始安定した試合運びが出来てたね~。危ない試合もあったけど、安定した試合の方が多い印象だったよ~」

 

「私達とは大違い……ですね」

 

「一応全国大会に向けて黛ちゃんが守備練習をさせてるみたいだけど、彼女達は雷轟ちゃんみたいに本番に弱いタイプが多いから、付け焼き刃でどこまで出来るかって感じだね~」

 

「洛山の連中が守備練習に勤しんでいる姿がいまいち想像出来ないが……」

 

「まぁ春の全国大会では清本ちゃんがいないから、ただでさえ低い洛山の守備力がもっと低くなりますからね~。少しでも改善させておこうかなって思ったんですよ~」

 

「例のシニアの世界大会だったな。二宮や清本、早川の他にも咲桜の友沢、藤和の金原も出るから、今年の日本代表はかなりレベルが高くなりそうだ」

 

(そうなると若干二宮に依存している今の白糸台が瓦解しないかが心配だが……。新井と大星がどこまで引っ張ってくれるかで全国優勝が出来るか変わってくる。また白糸台が全国優勝を逃したとなるとメディアが面倒な発言を叩きかねん……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けちゃった……」

 

「早川さんの球が1打席目よりも2打席目、1球目よりも2球目と段々進化している……そんなイメージが浮かびました」

 

「確かにな。仮に私や大星が代打で出たとしても打てるかと聞かれれば恐らく無理だっただろう」

 

「えぇ~!?そうかな~?」

 

「……その推測は間違っていないと思います。6回の私に投げた最後の1球から朱里さんの投げたストレートに見せ掛けた変化球はこれまでよりも球速やキレが上昇していました。それに織り混ぜて投げたSFFとフォークはそれ等と相性が抜群でしたね」

 

「早川さん、凄かった……。私にもあんな投球が出来るかな?」

 

「鋼さんは鋼さんです。朱里さんのようにはならなくても良いんですよ」

 

「瑞希ちゃん……」

 

「貴女の持ち味を最大限活かせるように私の方でも考えておきますので、鋼さんも頑張ってください」

 

「うん……うん!私もいっぱいいっぱい頑張るよ!」

 

「良い話デス!」

 

「おまえが占めるのか……」

 

(今回の鋼さんの投球内容自体は良かったですし、朱里さんの進化も把握出来ました。朱里さんの球を打った7番と8番の人達は1軍に昇格しても良さそうですね。そして朱里さんが6回以降に見せたピッチングが今後常に出来るようになるか……それ次第でシニアの世界大会で優勝出来るかが変わってきます)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったね皆!関東大会を優勝で締め括ったよ!!」

 

「朱里ちゃんが頑張ってくれたお陰だよ!」

 

「うんうん!」

 

芳乃さんと山崎さんが私の事を偉く持ち上げてる気がするけど、今はとりあえず……。

 

「お、終わったぁ……」

 

「あ、朱里ってば物凄く疲れてない……?」

 

息吹さんが心配そうに尋ねてくる。もちろん物凄く疲れてるよ!

 

「……なんとか完投出来て良かったよ。結構ギリギリだったからね。色々な意味で」

 

「私達も準備してたのに、無駄になっちゃったな~」

 

武田さんが若干不機嫌そうに発言する。いや、実際に不機嫌なのは武田さんだけで、息吹さんと渡辺はそうでもないな……。

 

「……でも朱里ちゃんは流石って感じだったな。私じゃまだまだ敵わないよ」

 

「そんな事はないと思うけどね……」

 

武田さんの方が私よりもスタミナがあるし、皆を引っ張っていくカリスマ性もあり、ムードメーカーでもある……。私だと出来ない芸当を武田さんは出来るんだ。

 

(3月にはシニアの世界大会がある……。世界大会でなるべく多くの経験値を得て武田さん達投手陣との実力差を少しでも縮めたい)

 

世界大会と言えばアメリカにいる強敵……上杉さんとウィラード・ユイさんがアメリカ代表の中でも群を抜いて能力の高い選手だ。二宮の情報によるとあの人と同じチームにいるとか……。

 

(冷静に考えるとあの人と上杉さんとウィラードさん……。この3人が同じチームってヤバくない?次の夏大会では彼女達が日本の高校で挑むって二宮から聞いたし……)

 

もしもその情報が真実だとしたら、その高校は清澄高校よりも厄介なチームに仕上がりそうだ。それこそ天王寺さんも同じチームにいたとしたら尚更……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~アメリカ 某所~

 

 

「……という訳でござる」

 

「成程……。流石朱里ちゃんだね♪何れ私を越える選手になりそうだよ」

 

「それと例の情報もある程度集めてきたので、まとめたものをこちらに置いておくでござるよ」

 

「ありがとう静華ちゃん。引き続きお願いしても良い?」

 

「それは構わないでござるが、日本とアメリカの往復は結構疲れるでござるよ……」

 

「ご、ごめんね?長期休暇に入ったら1度日本に戻るから、続きはその時にお願い」

 

「まぁ了解したでござる。ニンニン♪」

 

 

ドロンッ!

 

 

「ふぅ……」

 

(朱里ちゃんの成長が聞けたのは良かったな……。静華ちゃんからもらった映像を後で見直して、それが真深ちゃんとユイちゃんの起爆剤になれば尚良しって感じ。2人がシニアの世界大会で朱里ちゃんとぶつかる時までに何かしらの対策が見つかったら良いな)

 

「野球って面白いよね。野球でなら、私の想いを伝えられるのかな?ねぇ……遥?」



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年内最後の

関東大会が終わってもうすぐ1ヶ月。期間は世間一般で言うところの冬休みに入ろうとしていた……。

 

「さて、もうすぐ冬休みですね。野球部の練習日程ですが、年明け……三が日が終わるまでは基本的に自主練習とします」

 

『自主練習!?』

 

藤井先生の一声に私を含めた皆が驚いていた。確かにプロ野球でも年末から1月終わりくらいまではオフシーズンってイメージはあるけど……。

 

「その代わり三が日が終わればまた沢山練習しますので、そのつもりでいてくださいね。そして学生の本文は勉強!冬休みの宿題もしっかりとやっておいてくださいね」

 

良い笑顔で言う藤井先生の視線の先には一部……主に川崎さんの方を向いていた。期末試験も赤点ギリギリだったもんね……。

 

「……で、年内最後として24日に練習試合を組んできました」

 

「クリスマスイブに……?」

 

雷轟が疑問符を浮かべているけど、本来ならクリスマスとか関係ないからね?私達は野球が恋人なんだよ!

 

「た、対戦相手は……?」

 

「皆さんも縁があります……梁幽館高校です」

 

『梁幽館!?』

 

梁幽館が相手か……。そういえば梁幽館とも試合をするのは3度目になるんだよね。柳大川越、白糸台、そして梁幽館……。どこも強豪で、私達にとっては良い経験になった対戦相手だ。

 

「試合……と言っても向こうは新メンバーの調整が主ですので、変に緊張しなくても大丈夫ですよ。もちろん、勝つのに越した事はないですが……」

 

24日……クリスマスイブに梁幽館と練習試合をする事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、梁幽館との練習試合に向けて各自で練習をしている訳だけど。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

息吹さんが捕手役として私は投げ込んでいる。しかし……。

 

「う~ん……」

 

「どうしたの?」

 

「関東大会の決勝戦で二宮達に投げた球が投げられないんだよね」

 

「今投げた球はかなり凄かったけど、朱里の中では違うのね?」

 

「そうなんだよ。どうもあの時の感触じゃないって言うか……」

 

あの時に投げられた球を再び投げられるようになるには色々と条件が必要なのかも知れない。ただがむしゃらに投げるだけだと駄目なのはわかってはいるけど……。

 

(意識すればする程、あの時投げられた球とは程遠くなってしまうね。どうしたものか……)

 

「……まぁ色々試してみるしかないかな」

 

もしもあの時限りの球だとしても、私なりに上に辿り着く答えを見付けて、世界大会に臨まなきゃね。

 

「朱里……?」

 

「いや、なんでもないよ。あと10球、お願いしても良い?」

 

「良いわよ。私も捕手の勉強になるし、朱里が投げる球をコピー出来るかも知れないし……」

 

い、意外と強かだな息吹さん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。梁幽館との練習試合……というか梁幽館側が選手の調整をするとの事でそれに備えて過去の映像を持ってきて、それを見る事に……。

 

(そろそろだとは思ってたけど、本当に選手として復帰するとはね……)

 

「あれ?朱里ちゃんだ」

 

「本当だ!」

 

「朱里ちゃんは自主練?」

 

映像を見ようと準備していたら武田さん、山崎さん、芳乃さんの3人が部室に入ってきた。

 

「ちょっと過去の映像を見ようとね……。3人は?」

 

「私とヨミちゃんは自主練で、芳乃ちゃんはその付き添い」

 

「朱里ちゃん、それっていつの映像なのかな……?」

 

な、なんか芳乃さんが食い気味でこっちに来る。怖いんですけど?

 

「し、シニア時代のやつだけど……」

 

「見せて~っ!!」

 

うおぅっ!?こっちに飛び付いてきた!?

 

「ま、まぁ丁度芳乃さんにも見せるつもりだったから、問題ないよ。武田さんと山崎さんも見る?」

 

「見たい見たい!」

 

「私も……興味あるかな」

 

「じゃあ決定だね!」

 

芳乃さんの指示の下、私はビデオカメラをセットして、シニア時代の映像を再生した。



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隠れた名選手

気が付けば本編も300話目……。この小説がどこまで書けるのか、完結までの距離が掴めぬまま……。

しかしそんなの関係ない。酷評?低評価?そんなものは犬にでも食わせる。私はこの小説を楽しみにしてくれている数少ない人の為に書き続ける!


「あれ?この人って確か……」

 

武田さんが映像に写った人物に見覚えがあるのか、指摘する。まぁ何度か面識がある訳だしね。

 

「高橋友理さん。梁幽館の戦略マネージャーをやっていて、川越シニアの先輩だった人だよ」

 

「そ、そういえば夏大会の開会式の時に朱里ちゃんがそう言ってたね……」

 

「高橋さんってどういう選手なの?」

 

芳乃さんが気になるようで食い気味に聞いてくる。だから近いってば!

 

「……まぁ映像を見ていく内にわかると思うけど、先に言っておくね。高橋さんは清本にも負けていないスラッガーだよ」

 

「「ええっ!?」」

 

武田さんと山崎さんは滅茶苦茶驚いていた。そりゃ驚くよねぇ……。清本もそうだけど、初見で高橋さんがスラッガーには見えないもん。

 

芳乃さんはなんとなくわかっていたみたいで、高橋さんがスラッガーである事に特に疑問は持ってなかった。まぁ芳乃さんも分析タイプだからだろうね。

 

「シニアでは3番友沢、4番清本、そして5番に高橋さんが入って、この3人は川越シニアで歴代最強のクリーンアップとして名を残していたんだ」

 

「歴代最強のクリーンアップ……」

 

高橋さん……もとい私達の1個上が最上級生だった世代は木虎や初野もいた事から女子だけでシニア優勝を果たせたんじゃないかと言われているレベルだ。もちろん男子も実力者揃いだった。

 

(次の練習試合では高橋さんが復帰している頃合いだろうし、最大限警戒しておいた方が良さそうだね)

 

他にも打順調整や、橘のフォーム確認も兼ねての試合らしいし、梁幽館との合同練習も予定しているらしいし……。というかどちらかと言うとそっちがメインだったりするし。

 

(そして二宮にも負けない情報通である村雨の存在……。二宮よりも圧倒的にフットワークが軽いし、色々な場所に行き来していると二宮が言っていた……。梁幽館って寮生活だよね?)

 

なんでも関東大会の決勝戦が終わる前にその足であの人がいるアメリカに行ったとか……。二宮や清本とは別のベクトルで村雨も頭が可笑しい。自称忍者と言っていたのも強ち冗談でもないかも知れない……。

 

「総本塁打数もシニアでは清本に次いで多い。確か189本くらいだったかな?」

 

確かリトルシニアで合わせてそれくらいだった筈。私の知る限りだと通算で200本越えのホームランを打っているのは清本だけだ。あの140センチ女子のヤバさが改めてわかったよ……。

 

「す、凄いね。打った打球が場外まで飛んでっちゃったよ……」

 

「これが高橋さんの実力……。ミート方面では僅かに清本を上回り、肩も強い」

 

高橋さんと清本。この2人を足して2で割ると上杉さんのような能力を持つ選手が出来上がるんだろうね。スラッガーってのは規格外の集まりだよ……。

 

「……まぁ向こうはあくまでも調整のつもりみたいだし、こっちも出来る事、試してみたい事はどんどんやっていこう」

 

「うん、そうだね!」

 

映像を一通り見終わると4人でキャッチボールをする事に。

 

(年内最後の試合……。出来る事なら最高の結果を残したいね)

 

シニアの世界大会に向けて……少しでも成長したいところだ。



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クリスマスゲーム

12月24日。今日は梁幽館との練習試合だ。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

藤井先生が梁幽館の栗田監督と握手している。端から見たら普通の光景なんだけど、なんだか藤井先生が嬉しそうに見える。何故だろう?

 

「今日はお願いしますね。朱里せんぱい!」

 

「互いに良いゲームが出来るように頑張るでござる」

 

橘、村雨が私に声を掛ける。そういえば今日は村雨もスタメンで出るらしい。先発は橘だろうから、ポジションは多分ライトだと思うけど……。

 

「……まぁ今日は合同練習もある訳だし、そっちは調整目的みたいだから、程々に頑張るよ」

 

「関東大会の借りは返させてもらいますからね!」

 

そう言って橘はベンチに入って、村雨もそれにしても着いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ今日のスタメンを発表するよ~!」

 

今日の練習試合。気になるそのスタメンは……?

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 ライト 川原先輩

 

7番 キャッチャー 山崎さん

 

8番 ショート 川崎さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

このようになった。梁幽館戦は武田さんが先発というイメージが強く出ている気がするね。今日は状況によって川原先輩が投げる可能性もあるけど……。

 

「うむむ……!」

 

「……どうしたの?」

 

なんか私の隣で雷轟が唸っていた。宛ら小動物みたいで可愛い。

 

「最近打ててない……」

 

「あぁ……」

 

そういえば雷轟は関東大会ではノーヒットだったもんね。ほとんどの試合で歩かされてたし、唯一勝負してくれた鋼さんも練習試合を含めて1本もヒット打ててないもんね。

 

「今日こそ打てると良いなぁ……」

 

「まぁ空回りしないようにね」

 

空回りしたらそれこそ相手の思う壺だからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、まだ試合始まってないみたい」

 

「ギリギリ間に合いましたね」

 

「ご、ごめんね。寝坊しちゃって……」

 

「まぁ間に合ったから良いじゃん?」

 

「そうですね」

 

「新越谷と梁幽館の3度目の試合か……。この2校も縁があるよね」

 

「柳大川越とか、白糸台も新越谷と3度に渡って試合してるもんね」

 

「偶然ではありますが、柳大川越も、梁幽館も、そして私達白糸台も練習試合1回、公式戦2回の合計3回試合をしています」

 

「梁幽館と言えば……静華も今日はスタメンで出るって話だけど?」

 

「調整の為に出場する……と本人は言っていました」

 

「静華ちゃんがスタメンって実は初めてなんじゃ……?」

 

「そうですね。シニア時代もずっと代走で途中出場し、そこからそのポジションを守る……というのが静華さんのスタイルになります」

 

「実は静華ってユーティリティプレイヤーだもんね。どこのポジションもそつなく守るって感じ!」

 

「加えて本人の守備範囲も広いですからね。今日の試合では関東大会で途中出場した時と同じでライトでの出場を予測しますが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向こうは予測通り橘が先発で投げ、村雨もライトで出場している。

 

「村雨さんって関東大会の準決勝で途中出場してた……」

 

「その村雨で合ってるよ。今日は頭から出場みたいだね」

 

村雨が頭から出場しているところを見るのは初めてだ。栗田監督の采配だろうけど、村雨は癖の強い野球をしてくるから、あの六道さんでも村雨を頭からは出さなかった。まぁ単純に男子選手よりも能力が劣っているっていうのもあったけど……。

 

「どんなバッティングをするのかな?」

 

「さぁね。シニアでも打席に立った事は余りないから、判断しにくいよ」

 

「そうなの?」

 

「村雨は基本的に試合中盤以降からの途中出場で、主に代走と守備要因。村雨が打席に入る前に代打攻勢を仕掛ける事も多々あったからね」

 

だから梁幽館の練習で村雨がどのようにしていたか、そして村雨のバッティングにも興味がある……。どんな試合になるか楽しみだ。



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1番打者の基準

試合が始まるのは次回からになります。


もうすぐ試合開始。先攻は私達だ。

 

「ねぇ朱里ちゃん」

 

中村さんの応援をしつつ、橘が新しい球種を覚えているかの確認をしようと思っていたら雷轟が声を掛けてきた。

 

「どうしたの雷轟?」

 

「今日の梁幽館のオーダーって1番が橘さん、2番が村雨さんになってるよね?」

 

「そうだね。それが?」

 

「1番打者って足の速い人がやるってイメージがあったんだけど、前の関東大会で凄く足が速かった村雨さんが1番じゃないのはなんでかなって思ったの……」

 

成程ね……。まぁ雷轟の言う事は強ち間違いじゃないし、雷轟じゃなくてもそういうイメージを持っている人はそれなりにいる。

 

「1番に置く基準ってチームによって結構変わってきたりするんだよ。例えば梁幽館の場合は打率の高さで選んでるっぽいね」

 

「打率の高さ……」

 

「私達新越谷は結構打順を弄くったりするけど、基本的には私達の中で1番打率が高い中村さんを置いているよね?その理由は梁幽館と同じ。まぁあとは相性の問題だったりするね」

 

今の梁幽館で1番打率が高いのって橘だもんね。秋大会と関東大会で7割近く打ってるもん……。

 

「相性?」

 

「夏大会で梁幽館と当たった時に山崎さんを1番にしたのがその理由に当てはまるね。ガールズ時代のものとは言え、吉川さんの球を把握していたから。相手投手によって1番打者を変えたりするんだよ。まぁこれは1番打者に限った事ではないけど……」

 

ちなみに二宮が白糸台でほぼ毎回9番に入っているのは逆に相手投手の持ち球を把握したいから……という理由が当てはまる。

 

「話を戻すと、うちで1番足が速いのが主将で、その次に速いのが川崎さん。でも2人よりも中村さんの方が1番に入る事が多いのはさっきも言ったように打率の高さと、絶対的な信頼だね。中村さんなら安心して1番を任せられるっていう……」

 

「朱里ちゃん……」

 

なんか中村さんがこっちを見てる……。試合始まるよ?私達先攻だよ?早く打席に入らなきゃ。

 

「……で、1番に打率が高い選手を入れて、2番に足が速い選手を入れるケースもあるんだ。もちろん2番打者の仕事である次に繋ぐバッティングをする事が出来る前提ではあるけどね」

 

「じゃあ1番打者って足の速い人が入るって訳じゃないの?」

 

「そうでもないよ。さっきも言ったように1番打者を選ぶ基準はそれぞれ……。それこそ雷轟が言ってた足の速い人が1番打者という理論も決して間違いじゃない。阿知賀や稜桜の1番を打ってた高鴨さんと泉さんはチームで1番足が速い」

 

「へぇ~!」

 

私が説明を終えると皆が凄く感心していた。

 

「朱里ちゃんの理論は色々と参考になるね!」

 

「そうですね。早川さんは監督業をするのも向いています」

 

芳乃さんと藤井先生はそう言ってくれてるけど……。私は選手として頑張りたいです!

 

『プレイボール!』

 

あっ、試合が始まった……。



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練習試合!新越谷高校VS梁幽館高校①

今回は試合描写を短めに、珍プレー好プレー等を書いていこうと思います。


梁幽館との練習試合……もとい調整が始まった。

 

(先発である橘の調整、村雨の実力の確認を兼ねた試合になるだろうと藤井先生や栗田監督は言っていた。だからそこまで気負う必要はないんだけど……)

 

 

カンッ!

 

 

初球から橘のストレートを捉えた中村さん。その打球はライト前へと落ちていく。ん?ライト前……?

 

「この打球は拙者の仕事でごさるな。ニンニン!」

 

刹那、ライト前に落ちたボールがファーストミットへと吸い込まれていった。つまり……。

 

『ら、ライトゴロ!?』

 

武田さんも村雨の送球の餌食になった過去があるんだけど、中村さんは新越谷の中では足が速い部類に入る。それをライトゴロに抑えるとは……。

 

「しかしあのライト、足は速いし、肩は強いしで本当に厄介だよな……」

 

「普段の試合では主に代走で出ているけど、練習試合とは言え今回は頭からの出場……。この試合がどうなるか予測出来ないね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「そして橘さんの決め球である3種類のスクリューね……。少なくとも将来のエースになりそうだわ」

 

「……ですね。現エースである吉川さんをも追い抜きそうな勢いです」

 

吉川さんはゾーン、橘は二刀流投手で鋭いスクリューを投げてくる……。梁幽館も投手陣が強力になってきたよ。堀さんも結果を残してるみたいだし。

 

『アウト!』

 

初回は三者凡退。この練習試合で橘に対する解答が欲しいところだけど、どうなる事やら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はづきちゃん、新越谷の打線を三者凡退で抑えたね」

 

「流し程度のピッチングではありますが、バックの守備を信頼したものですね。はづきさんも梁幽館に入って変わった……という事でしょう」

 

「だね~。静華のレーザービームも久々に見たし、この試合は楽しみな事が多いよ!」

 

「はづきさんのピッチング、静華さんのバッティング、そしてこの試合には友理さんも出場しています」

 

「そうそう!和奈にも負けない長打力があるし、川越シニア全盛期の立役者の1人だよね」

 

「そんな友理さんが今日は4番に入っています。朱里さんからシニア時代の事は聞いているとは思いますが、新越谷がどう攻めるか……。興味深いですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回裏。左打席には秋大会、関東大会共に打撃方面でも大活躍した橘が入る。

 

「よろしくお願いしま~す!」

 

橘相手に対して武田さんは3安打をくらっている。更に武田さんの決め球の1つであるあの魔球を狙い打ち出来るバッティングから、現状の梁幽館で1番相性が悪いとされている。

 

(関東大会では橘さんに3安打をくらった……。そのリベンジをしようね。ヨミちゃん!)

 

(うん!!)

 

さて……。注目の勝負、武田さん達が橘に対してどう攻めてくるのかが楽しみだ。

 

(さーて、前回新越谷と試合した時の事を考えたら警戒されてるよね~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(私としては四球狙いでも良いんだけど、これは練習試合だし、監督は調整も兼ねてるって言ってたから……!)

 

初球外してからの2球目。投げたのは強ストレートだけど……。

 

(ストレート!狙い通り!!)

 

(タイミングを合わせてきた!?)

 

(嘘っ!?これも狙われてる!?)

 

 

カンッ!

 

 

強ストレートに合わせて打った橘の打球はレフト前に落ちた。

 

(まさか強ストレートまで持っていかれるなんて……!)

 

(むむむ……!次は抑えたいなぁ……)

 

(なんとか打てたけど、正直アウトになっても可笑しくなかったんだよね……。次の打席ではもうちょっと余裕を持って打ちたいね)

 

武田さんと橘……。現状は橘の4連勝。ここから武田さんがなんとか抑えないと橘に苦手意識を持っちゃうかも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はづきってばあんな綺麗に打つ事が出来るんだね!」

 

「いずみさんから見て今のはづきさんはどうですか?」

 

「ヨミのストレートに合わせたバッティングは良かったと思うよ。それに関東大会でもはづきはヨミから3安打も打ったんでしょ?対ヨミに関してはアタシ以上かもね~」

 

「はづきちゃんの安定した打撃で梁幽館では1番を打っているんだね……!」

 

「私達も決して他人事ではないでしょう。今の内にはづきさんの対策をしておいた方が良いのかも知れませんね」



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練習試合!新越谷高校VS梁幽館高校②

橘に打たれた次は……。

 

「よろしくお願いするでござる」

 

同じく左打席に立つ村雨静華を相手取る事に。バッテリーがどう攻めるか、そして村雨がどういうバッティングをするのか注目だね。

 

「朱里ちゃん、村雨さんのバッティングってどんな感じなの?」

 

芳乃さんが私に村雨の事を聞いてくる。どう答えたものか……。

 

「シニア時代のチームメイトとは言え、村雨が打者として打席に立つところを見るのは片手で数えるくらいなんだよ。だから実戦での結果はわからないけど、打撃練習や村雨の走塁を見てわかるのは……」

 

「わかるのは?」

 

「バットに当てられた瞬間に内野安打になる事は覚悟しておいた方が良いかもね」

 

「そ、そんなに……!?」

 

私がそう言うと芳乃さんの隣にいた息吹さんが驚愕していた。まぁ驚くのも無理はない。

 

「それに梁幽館での練習で村雨がどのようにしているのかわからない……。だから私の情報は宛にしない方が良いのかもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、次は静華の番だね」

 

「シニア時代でも打席に立ったのってほんの数回だったよね?」

 

「そうですね。過去の静華さんはもういないものと思っていた方が良いでしょう。梁幽館の練習を経てもしかしたらスラッガーになっている可能性も頭の片隅に置いて置きましょうか……」

 

「そ、それは極端なんじゃ……」

 

「どんな可能性も決して0ではない以上、その事も視野に入れて損はないと思います」

 

「見た目で判断出来ないのは和奈も同じだしね♪」

 

「いずみちゃん酷い……」

 

(先程言った事は冗談にせよ、静華さんのデータを手に入れるチャンスでもあります。武田さんには出来るだけ球数を費やしてほしいですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(村雨さんのバッティングデータは全くない……。足がかなり速いから、当てられるだけで内野安打になりかねないし、慎重にいくよ)

 

(了解!)

 

武田さんの初球はあの魔球。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

しかし村雨は生前と見送っている。余裕あるな……。

 

(見送り方に余裕がある……。夏大会で梁幽館に当たった時を思い出すよ)

 

(次はどうするの?)

 

(あの球の残像をちらつかせて強ストレートで!)

 

2球目。武田さんが投げたのは強ストレート。

 

(1球目のナックルスライダーからの、ストレート……。ナックルスライダーの曲がりを見て、それを警戒させる良い配球でござるな。しかし……)

 

 

コンッ。

 

 

(バント!?)

 

(送りバントそのものはセオリー通りだから、特に不自然ではない……。けど村雨がそれをやるのなら話が変わる)

 

打球はピッチャー正面。一塁ランナーの橘も好スタートを切ってるし、確実にランナーを送る事が出来るだろう。

 

「くっ……!」

 

『セーフ!』

 

(ピッチャー正面のバントがセーフティバントに変わるとは流石村雨だ……)

 

しかしそれだけでは終わらずに……。

 

「さ、サード!」

 

「えっ!?」

 

捕球した中村さんは呆気に取られていた。その理由は……。

 

(静華ちゃんなら確実にやってくれると思ってたよ!)

 

橘が二塁を蹴って三塁へと向かっていた。嘘でしょ……?

 

『セーフ!』

 

慌てて中村さんが送球するも、間一髪セーフ。橘の走塁やスライディングの上手さも相まってノーアウト一塁・三塁のピンチになった。

 

ピッチャー正面の送りバントでエンドランが成立するってマジ……?



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練習試合!新越谷高校VS梁幽館高校③

「し、静華って確かバントしてたよね……?」

 

「そ、そうだね……」

 

「結果的にエンドランになってますね」

 

「可笑しくない!?いくら静華の足が速いからってさぁ……」

 

「ちょっと非常識だよね……」

 

(私からすれば和奈さんも非常識の塊のような気もしますが……)

 

「静華さんの足の速さもそうですが、今回に関しては静華さんの走力を利用したはづきさんを褒めるべきでしょう」

 

「はづきを?」

 

「元々チームメイトだったから静華さんの走力を把握出来ていて、相手の送球に合わせて二塁を蹴って三塁に向かう……。これはうちの日葵さんがよくやる戦術ですね。彼女の場合はその前に盗塁を挟みますが……」

 

「そういえば白糸台も1番が出塁したら2番が確実に繋ぐ戦術をやってるね」

 

「それは彼女達が姉妹だからこそ出来る信頼のプレー……。つまりはづきさんは静華さんを信頼しているからこそ出来る走塁を成し遂げたはづきさんの方が個人的には脅威に感じます。言っておきますが、今のはづきさんはいずみさんを凌駕する勢いです」

 

「アタシだってはづきに負けるつもりはない……。けど今回の試合は色々と参考にさせてもらうよ。はづきの打撃や走塁をね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

ベンチにいる私達……というかポジションに付いている皆も同じ事を思っている事でしょう。

 

「ま、まさかあそこからエンドランになるなんて……」

 

「美園学院の三森3姉妹が似た事をしますが、今回のはそれを上回る衝撃でしたね。もしも武田さんがファーストに送球しなかったら一塁・二塁で済んでいたのでしょうか……?」

 

芳乃さんと藤井先生が先程起こった珍プレー(良い意味で)について解説している。

 

「多分ですが、その可能性はありますね。村雨の走力も驚く点ですが、今のは橘の走塁の方に注目するべきだと思います」

 

「橘さんの走塁?」

 

私の発言に皆は首を傾げている。まぁ村雨の走力に度肝を抜かれているから、仕方ないと言えばそうなんだけど……。

 

「橘の行った事は白糸台の佐倉日葵さんがやっている走塁です。後続の打者の打撃や走塁を信頼して、ギアを上げて走る……。これは先程藤井先生が言ったように三森3姉妹も得意としている技術ですね」

 

尤も日葵さんが三森3姉妹の走塁を映像か何かで見て、それを物にしたのか、そして橘も3姉妹や日葵さんの走塁を見て物にしたのかはわからない。全ては本人達の溝知る……という事だ。

 

『アウト!』

 

3番を打っている西浦さんをピッチャーライナーに抑えてツーアウト。そして迎えたのは……。

 

(この試合で4番を任されている高橋さん……か)

 

高橋さんのシニア時代の映像は事前に武田さんに見せているものの、打たれる可能性は高いだろう。高橋さんも二宮に匹敵する分析力を持っているからね。願わくばホームランだけは避けてほしいところだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、友理さんだ。試合に出るの久し振りじゃない?」

 

「私の知る限りではシニア以来ですね。川越シニアにも顔を出しには行っていますが、その時も六道さんと分析等をしていましたから」

 

「友理さん……また試合に出られるんだ……」

 

「和奈が嬉しそうな顔をしてるね」

 

「無理もありません。和奈さんとはづきさんは友理さんに懐いていましたからね。特にバッティングスタイルが類似している和奈さんからしたら尊敬の対象です」

 

「頑張ってほしいな……」

 

「ありゃ。和奈ってば友理さんの打席を食い入るように見てるよ」

 

「いずみさん、私達もこの打席をよく見ておきましょう」

 

「そうだね☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(4番の高橋さん……。朱里ちゃんから見せてもらった映像分のデータしかないけど、それだけでわかる事はとてつもないスラッガーだって事……!)

 

(私の球、通用するかなぁ……?)

 

(……考えても仕方ないか。初球から全力でいくよ!)

 

(うん!)

 

武田さんが投げる1球目。それはこれまでの中でも最高クラスのキレがあるあの魔球だった。しかし……。

 

(梁幽館で1年半以上過ごしてきた高橋さんはつい最近まで戦略マネージャーとして活動していた……。それは本人の意志なのか、はたまた怪我からなったものなのか……それはわからない。その期間の間は二宮や村雨にも負けていない情報収集能力を活かして梁幽館の全員にそれ等を伝えた……)

 

そしてついに高橋さんは復活した。現梁幽館の4番打者として。

 

それはスラッガータイプとしては少数派であるあの分析型スラッガーとして……。

 

 

カキーン!!

 

 

(しまった!?)

 

高橋さんはこの瞬間まで武田さんの投げる球をおさらいし、考察し、傾向を探り、そして初球から打っていった。その打球は新越谷のグラウンドを越えた場外ホームランとなった。

 

(これで高橋さんは完全復帰か……。ひとまず、おめでとうございます)

 

敵ではあるけど、元チームメイトとして、お世話になった先輩が打ったホームランを称えた。



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練習試合!新越谷高校VS梁幽館高校④

その後5番、6番と連続でアウトに取り、1回裏が終了した。

 

「いきなり3点も取られちゃったね……」

 

「正直言ってかなり痛手ですが、これは練習試合……。こちらも出来る事はどんどんやっていきましょう」

 

藤井先生の言う通り、練習試合の内に試しておきたい事は全てやるべきだ。なんだけど……。

 

(どこからか不安な気持ちが出てくる……。なんなんだろうかこれは?)

 

まぁ考えても仕方ない。今は試合に集中しよう。

 

「遥ちゃん、頑張って~!」

 

「ホームラン打って火を点けろ~!」

 

「任せてよっ!」

 

2回表。打順は4番の雷轟から。

 

(雷轟は秋大会から結果を出せていない……。歩かされているだけじゃなく、鋼さんには完敗している)

 

練習試合の時は初見の変化球に翻弄された……と考えても良いんだけど、関東大会は違う。確かに鋼さんは大きくパワーアップしているけど、雷轟もそれは同じ……。それなら何故1度と打てなかったのか。それは相性の問題?いや、それ以前……もっと根本的なところを見落としている可能性が……。

 

(勝負するにせよ、歩かされるにせよ、この打席でそれがわかる筈……)

 

もしも橘が雷轟と勝負して、雷轟が打ち取られたら……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この回は遥からだね」

 

「遥ちゃん、大会では成績が良くなかったから、この試合で少しでも結果が出たら良いよね」

 

「…………」

 

「……?どうしたの瑞希?」

 

「もしかしたら……この試合で雷轟さんは打てないかも知れませんね」

 

「「ええっ!?」」

 

「ど、どういう事!?」

 

「これは関東大会の決勝戦……雷轟さんと勝負をした時なんですが……」

 

「……それマジ?」

 

「そ、それがもしも本当なら……」

 

「あくまでも可能性の範疇ですが、それが真実なら新越谷の勝率は大きく落ちるでしょう」

 

(もしかしたら朱里さんは既に気付いているかも知れません。そして対策を頭の中で考えている最中でしょう)

 

「雷轟さんを目覚めさせる切欠を持つのはやはり朱里さん……ですね」

 

「瑞希、何か言った?」

 

「なんでもありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

(う~ん、なんだろう?雷轟さんから以前の凄みがないような気がするんだよね~。もしかして私が成長したから!?)

 

恐らく橘も気付いただろう。雷轟にどこか覇気がない事を……。

 

(打席に立つ時はいつも通りだった。でも今は……?)

 

いつからこんな感じになったんだろうか……。

 

 

カキーン!!

 

 

雷轟が打った。当たりは良い。良いんだけど……。

 

『アウト!』

 

打球はどんどん失速していって、センターがギリギリで雷轟打った球をキャッチ。

 

「遥ちゃんが打ち取られた……」

 

「やっぱり橘さんも成長してるんだな……」

 

違う……。今のは橘の成長じゃない。雷轟が衰退してるんだ。

 

「……雷轟、ちょっと」

 

「うん……」

 

私は雷轟を連れてベンチ裏に。皆は首を傾げていたけど、気にせず雷轟を連れ出す事に成功した。

 

「さて……いつからなのかな?」

 

「な、なんの事かな~?」

 

ヒューヒューと口笛を吹いている雷轟。それで誤魔化しているつもり?

 

「……真面目な話なんだよ。お願いだから、真剣に答えて。いつから調子が悪いの?」

 

「……やっぱり朱里ちゃんにはお見通しなんだね。関東大会の決勝戦くらいからかな?思うように打てないんだよ」

 

……まぁ大体予想は出来てた。秋大会や関東大会ではほぼ全ての打席で歩かされていたし、怪しいとは思っていたけど、今日それを確信した。

 

「打てなくなってからはフォームを私なりに調整したり、教本を買ってそれを参考にしたりしたけど、どれも上手くいかなくて……。朱里ちゃん、私はどうしたら良いのかな?」

 

涙を目に溜めて消え入りそうな声で訴えかける雷轟。

 

(これは……どう言えば正解なんだろうか?)

 

下手な励ましは逆効果。どうしたものか……。



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練習試合!新越谷高校VS梁幽館高校⑤

雷轟は涙を目に溜めて私に助けを求めていた。下手な励ましは逆効果……。それなら私の本心をぶつければ良い!

 

 

グニッ!

 

 

「ふぁっ!?」

 

「野球を初めて数ヶ月の癖に何を一丁前の事を言ってるのかな?」

 

両手で雷轟の頬を引っ張る。雷轟の頬は柔らかくて、なんか癖になりそうだけど、今はお説教を続ける。

 

「ふぁ、ふぁかりひゃん!?」

 

「良い?スランプっていうのは長年やってきた事に対して思うようにいかない、出来てた事が出来なくなった、調子が低下した状態が続く事を差すんだよ」

 

まぁ意味合い的にも雷轟の言うスランプは間違っていない。でも雷轟はまだそれに悩むのは早過ぎる。

 

「ふぇ、ふぇも……!」

 

このままだと雷轟が上手く喋れないので、1度両手を頬から離す。

 

「でももストもないよ。今の雷轟は勝負してくれる投手が少なくて、勝負してくれるのが久し振りだから思うように打てないだけ……」

 

「朱里ちゃん……」

 

「雷轟は以前大村さんにこうアドバイスしたそうだね?『一球入魂』って……」

 

「う、うん……」

 

「今の雷轟に対して私は同じ事を言うよ。1球に全力を注ぎ、スイングする。別にその結果三振になってしまっても良い」

 

「三振でも……?」

 

「まぁ打てるに越した事はないけどね。それにそれが勝負をしてくれる投手に対しての礼儀でもある。1球1球に慎重になるのも悪くないけど、いつも通り勝負を楽しんでいる雷轟を私達に見せてよ」

 

私はそう言って先にベンチに戻った。あとは雷轟次第……だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!』

 

ベンチに戻ると2回表が終わっていた。

 

「芳乃さん、この回の橘はどうだった?」

 

「えっとね……。スライダー、カーブ、ストレートでカウントを取りにいって、スクリューで決めにいく……って感じの、前に対戦した時と変わらなかったよ」

 

ピッチング自体は変わらず……か。来年以降にまた変わる可能性はあるけど、変わらないのなら変わらないで橘の攻略に勤しむかな。

 

「よし!」

 

ベンチ裏から雷轟が出て来た。顔を見るとどこか吹っ切れた感じがした。

 

「もう……大丈夫そうだね?」

 

「うん……。私なりに考えたけど、やっぱり朱里ちゃんの言うようにするのが1番だったよ!」

 

「それなら良いよ。雷轟はうちの4番なんだから、頑張ってね」

 

「うんっ!」

 

いつもの雷轟に戻った。これなら打撃方面は心配いらないだろう。また同じように陥ったのなら、また同じように励ませば良いだろう。

 

(あとは……あの人との確執さえなんとか出来れば良いけど……)

 

家庭の事情に口を挟む訳にもいかないし、それは当人同士が解決するべきなんだけど、私は何か力になれるのかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっ!?」

 

だからと言ってスランプを理由にトンネルしても良い訳じゃないけどね!

 

「任せろ!」

 

主将も雷轟のカバーが良くなってる。いつもお疲れ様です!

 

(まぁこれも雷轟らしさ……なのかな?)

 

まぁこのままだと色々不味いから、雷轟の捕球率を上げたいところだ。



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練習試合!新越谷高校VS梁幽館高校⑥

今日はオリキャラ紹介他校編の続きを書きましたので、興味のある方々は是非見ていってください。


試合は進んで4回。0対3で私達が負けているものの、武田さんの調子も上がり、高橋さんの2打席目では……。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(1打席目で武田さんから打てたのはマグレではないと思いたいところですが、打てて良かったです。私達も負けてはいられませんね)

 

このようにピンチを凌いでいる。まぁそれまでに村雨に盗塁を2回程されてる訳だけど……。

 

(やはり新越谷のエースはこうでなくっちゃね。競い甲斐があるってものだ)

 

あとはうちのスラッガーが完全復活するだけだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっ?ヨミが友理さんを抑えたね。これでリベンジもバッチリって訳だ!」

 

「高橋さんは試合に復帰したてのようですし、ある程度は仕方ないと思います。それに元々武田さんは尻上がりタイプの投手ですので、梁幽館側は序盤に打てないと攻略は難しいでしょう」

 

「この回はまた遥ちゃんからだね」

 

「はづきは遥と勝負するみたいだけど、もしも遥が塁に出たらまたバク宙が見られるのかな~?」

 

「梁幽館の捕手である小林さんはそこまで甘くないとは思いますが……。まぁそれをちらつかせていれば、慎重にならざるを得ないでしょうね」

 

「1打席目ではづきちゃんは遥ちゃんを打ち取ったけど、どうなんだろう……?」

 

「1打席目のままだと雷轟さんはこの試合打てない……そう思っていましたが……」

 

(今の雷轟さんは1打席目とは違いますね。これは要警戒が必要ですよ。はづきさん……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さーて、雷轟さんとの対決だけど……)

 

「…………!!」

 

(あの様子だと復活……いや、むしろ今まで以上だね。望むところだよ!)

 

(……はづきの様子からして雷轟とは勝負するみたいね。まぁ来年の夏大会に備えてここで雷轟を抑えにいくのも悪くないか。それに1打席目は打ち取ってる訳だし)

 

(さっすが依織先輩!わかってるぅ~。そんじゃ、橘はづきの第2幕をご覧あれ♪)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(橘の球はここにきて勢いを増している……。武田さんのように強打者相手に真価を発揮するタイプの投手って訳か……)

 

シニアでの橘はリリーフでの起用が多かったから、余りこういうのはわからなかった。それは元々橘に宿っていたものなのか、それとも梁幽館で得たものなのか……。

 

(何れにせよ今は雷轟が橘から打てるのを……チームメイトとして願うばかりだね)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

タイミングは合ってるけど、これでツーストライク。もう後がないよ雷轟……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっひゃ~!新越谷のグラウンドを軽々越える大ファールだね~☆」

 

「……あの様子だと、1打席目のような失態はないでしょう。そうなると不利に働くのははづきさんの方ですね」

 

「でもはづきちゃん、なんだか楽しそう……」

 

「確かにね~。イキイキしてるって感じ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(3球勝負……!最高のスクリューで決める!)

 

橘が振りかぶり、投げられたスクリューは今まで見た中でも1番のキレと変化量だ。

 

「す、凄い曲がり方してる……!」

 

「橘さんにとってもここ1番……って感じだね」

 

(雷轟……ここで打たなきゃ復活したとは言えないよ)

 

(凄いスクリュー……。でも私だって負けられない。ここで打って今まで落ち込んでた私とお別れするんだ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!?」

 

「行ったか!?」

 

雷轟の放った打球は軌道こそはいつもより低いものの、勢い良くそのまま伸びて……。

 

(ホームラン……か。1打席目に打ち取れたのは運が良かったのか、雷轟さんが本調子じゃなかったのか……。どっちにしても私もまだまだだな~)

 

そのままネット上に突き刺さった。低い軌道のホームランってなんか珍しいな……。

 

(反撃の糸口はここで掴めた筈……。橘はこれくらいで崩れる投手じゃないけど、後続が続いたらかなり楽になるね)

 

4回表。1対3で負けてはいるものの、流れは悪くない……。このまま勢いに乗っていきたいところだ……!



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練習試合!新越谷高校VS梁幽館高校⑦

試合は最終回まで進んだ。ここまで色々な事があったけど、武田さんも、橘もなんとか踏ん張り、1対3のままで投手戦となっている。

 

その色々というのが……。

 

「ニンニン♪」

 

村雨が再びライトゴロを決めたり……。

 

「あっ!?」

 

雷轟がトンネルしたり……。

 

「よっ……と!」

 

橘がファインプレーをかましたり……。

 

「ああっ!?」

 

また雷轟がトンネルしたりとあれやこれやとそれぞれが見せ場を作ってピンチやチャンスを凌いだり防いだりしていた。というか……。

 

「今日トンネルし過ぎじゃないかな……?」

 

「まるで初期の雷轟さんに戻ったみたいですね……」

 

私の隣で藤井先生も少し呆れていた。これはまた猛特訓が必要な気がしてきたよ……。

 

それはともかく、7回表。この回はクリーンアップからなんだけど……。

 

「頼んだぞ、朱里!」

 

「ファイトです!」

 

「かっ飛ばせ~!」

 

何故か私が代打で出場する事になりました……。なんで?主将の方が期待値高くない?藤井先生は……。

 

「折角の練習試合ですので、色々と試しておきましょう」

 

とか言って代打交代を受け入れた。それで良いのかな……?

 

(……まぁ良いや。今は橘との勝負に集中しよう。橘と勝負するのは夏大会が終わった後の混合試合以来だし、シニアの紅白戦でも余りやってないから、結構楽しみだったりするしね)

 

それにしても代打で出場とかいつ以来だろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで朱里が代打で出るんだ……。朱里が代打で出るのは珍しいし、出るとしても、もっと後だと思ってたよ」

 

「これは練習試合……。言ってしまえばなんでもありです。本来なら岡田さんの方が期待値は高いですが、朱里さんも朱里さんでここ1番に力を発揮する打者なので、強ち間違いでもないでしょう」

 

「朱里ちゃんとはづきちゃんの対決って余り見ないから、結構楽しみかも……」

 

「今年は2回程見たけどね~。まぁ楽しみなのはアタシも同感かな☆」

 

「朱里さんとはづきさんの対決はシニアの紅白戦で片手で数えるくらいしかありませんでしたね」

 

(朱里さんの打撃力が更に伸びていると、3月に行われるシニアの世界大会でも打順が組みやすいんですけど……)

 

「それがどうなるかは朱里さん次第……ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

初球から打っていったけど、ファールか……。

 

(次はこれでいくわよ!)

 

(了解でっす!)

 

2球目……。これは……ストレート?いや、まさか!?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(やってくれるね橘……!)

 

橘が2球目に投げたのはこの試合で初めて投げる偽ストレート。今の今まで温存していたのか……!

 

(ふっふーん!これくらいはしなきゃ朱里せんぱいには勝てないんですよ!)

 

3球目……何が来る?今の橘だとスクリューでも偽ストレートでも可笑しくない……。私はどっちに狙いを絞るべき……?

 

(……悩んでも仕方ない。ヤマを張ってバットを振る事にしよう)

 

そもそもこれは練習試合……。もしもヤマが外れたら公式戦で借りを返せば良い。

 

(私が狙うのは……!)

 

(これで三振ですよ。朱里せんぱい♪)

 

橘が最近マスターした……スクリューが媒体の偽ストレートだ!

 

 

カンッ!

 

 

(よし……!)

 

打球は三遊間抜けてヒットとなった。なんとか繋げる事が出来たよ……。

 

そして次は雷轟の打席。

 

(これは夏大会の時と状況が似ているね……)

 

違いと言えば、現状私達が負けている……という事だ。

 

(1打席目は橘が打ち取り……)

 

(2打席目は雷轟さんにホームランを打たれた……)

 

((この3打席目によって、この試合の命運は決まる……!))

 

雷轟対橘……。第3ラウンドが開幕した。



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練習試合!新越谷高校VS梁幽館高校⑧

カキーン!!

 

 

初球から雷轟は打っていき、その打球は場外まで飛んでいく。しかし……。

 

『ファール!』

 

レフト線切れてファール。

 

(一発が出たら同点……。今日3回もトンネルしてるんだから、ここで打って取り返してよ?)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

またもや大ファール。こうして見ると雷轟が押してるようにも見えるけど、橘もまだどこか余裕を残している。一瞬の隙が生まれればそこを突いた方が勝つ……。これはそういう勝負だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2球続けて大ファール……。遥も凄いね~!」

 

「遥ちゃんも凄いけど、ファールで踏み止まらせているはづきちゃんも凄いよ。私も……あの中に混ざりたい!」

 

「この試合に混ざるのは無理だけど、この後にやる新越谷と梁幽館の合同練習にアタシ達も混ざっちゃう?」

 

「そ、それが出来たら良いな……!」

 

「そんな簡単に事が運ぶとは思いませんが……。試合が終わり次第交渉してみましょう」

 

「やった♪流石瑞希、話がわかるね~!」

 

「付き合いが長くなれば、その分性格もわかってきますよ。和奈さんに至っては幼い頃から接点がありますからね」

 

「そうなんだ。ねね、瑞希って昔っからこんな感じなの?」

 

「そ、そうだね……。少なくともリトルに入った時点で瑞希ちゃんは瑞希ちゃんだったよ」

 

(言える訳がないよ……。『あの時』から瑞希ちゃんは豹変して、今の瑞希ちゃんになっちゃったって……。その原因だって私のせいなのに……)

 

「……和奈さん、顔に出ていますよ」

 

「あっ……。ごめんね……」

 

「別に気にしていません。それに『あの時』に起きた出来事がなければ私はここにはいなかったでしょうから」

 

「……?『あの時』ってなに?」

 

「別に隠すような事ではありませんが、少なくとも話す必要もないのも事実です」

 

「ええ~!?気になるな~!」

 

「い、いずみちゃん……」

 

「……まぁ無理して聞いても良い内容じゃないっていうのはわかったよ。ごめんね瑞希、和奈」

 

「私は気にしていません。それよりもこの試合の行く末を見届けましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(これも打ってくるのかぁ……)

 

(さっきから悉くはづきの投げる球を飛ばしてくるわね。投げる球も、コースも次々と潰してくる……!)

 

雷轟はパワーに注目しがちだけど、真骨頂はその粘りにあるのかも知れない。粘って粘って相手の逃げ道を潰して、その先に投げられた球を、追い込まれた投手が最後に投げた球を確実に、完璧に捉える……。これを偶然でやっているから、質が悪い。

 

これは上杉さんが得意としている打撃術であり、彼女の場合は雷轟とは違って意図的に、そして相手の1番自信のある決め球を叩く。

 

(でも上杉さんの場合は雷轟や清本みたいなホームランだけじゃなく、金原や友沢みたいな安定性のあるヒットも打つんだよね。サイクルヒットも時々打ってるみたいだし……)

 

打席で対峙しただけではホームランを打つのか、ヒットを打つのか判断出来ない……。そんな上杉さんは粘りの強さや、左右広角に打ち分ける技術、そして状況に応じてホームランやヒットを打つ事からアメリカにおいて『変幻自在の広角姫』等と二つ名で呼ばれているらしい。

 

(ええいしつこい!)

 

(ふぬっ……!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

これで10球連続で場外へ飛ぶファールか……。雷轟も凄いけど、ここまで場外に飛ばされ続けてるのに、未だに真っ向勝負をしている橘も凄い。普通なら雷轟を歩かせても可笑しくないからね。

 

(落ち着きなさいはづき!ここは1球外に……)

 

(……駄目ですよ依織先輩。ここで逃げるのは悪手です。ここで雷轟さんを抑えられなきゃ、私達は勝てません)

 

(はぁ……。和美と言い、あんたと言い、なんでこうも我の強い投手ばかりなのかしら。先輩達の落ち着きを見習ってほしいわ)

 

更に橘は続けてストレート、カーブ、スライダー、偽ストレート、そして3種のスクリューを繰り返し投げているけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ふ、ファール!』

 

どれも場外に飛ぶファールボール。風とかもあるけど、ここまでファールになる事がある?そろそろ20球になるよ?

 

(な、中々入らない……!)

 

(し、しぶとい……!)

 

しかしいつ決着が着いても可笑しくない。勝者が雷轟なのか、橘なのか……。ボール球一切なしのこの状況……果たして勝つのはどっちなのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「ま、またファール!?」

 

「雷轟さんもはづきさんも執念で野球をしていますね。普段ならこういった泥臭い野球を梁幽館は許さないでしょうが、練習試合と言う名目で、尚且つはづきさんを信用していないと出来ない事です」

 

「一瞬たりとも目が離せないね……!」

 

「そうですね。その一瞬が大切です」

 

「……しっかし学校の外には何個場外に飛んだボールが転がってるんだろ?」

 

「そこは気になるところですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(次で20球目……。ここで確実に抑えにいく!)

 

(……となるとスクリューね。全力で来なさい!)

 

20球目。投げられたのは今日1番のスクリューだった。

 

(空振れ!!)

 

(絶対に……打つ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

20球目に捉えたスクリューは、センターの遥か上空へと飛んでいき、ホームランとなった。

 

「やった……」

 

「こ、これで同点だ!!」

 

雷轟の粘りがこのホームランを生んだ……か。橘も惜しかったね。

 

(あ~あ、打たれちゃったか……。でもこの次は負けないよ雷轟さん……いや、遥!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

ちなみにこの試合は延長戦がなく、橘と武田さんの好投によって3対3で終わった。

 

得点全部がホームランってヤバイよね……?




遥「梁幽館戦終了!」

朱里「なんとか引き分けに終わったね……」

遥「それよりも上杉さんの二つ名が格好良い!」

朱里(これ、上杉さん本人はどう思ってるんだろう……?)

遥「私も二つ名欲しいなー!」

朱里「雷轟の二つ名ねぇ……?『ピンポイントトンネルガール』とか、『空回りエラー姫』とか?」

遥「そんなの嫌だ!!」


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合同練習(+α)

梁幽館との試合が終わってこれから合同練習なんだけど……。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「いやー、提案したアタシが言うのもなんだけど、よく許可が降りたよね~?」

 

「あ、あはは……」

 

私達の試合を観に来ていた二宮、金原、清本の3人が合同練習に参加する事に。更に……。

 

「私達も練習に参加する事になった」

 

「よろしく……」

 

プロに指名されて、更に梁幽館内で注目度を上げている中田さんと陽さんも追加で参加。凄く豪華な顔触れだなぁ……。

 

「……というか3人共学校の方は?」

 

「藤和はもう冬休みに入ってるし、7日くらいまでは自由練習だから、しばらく……年明けくらいまでかな?実家でリフレッシュするつもりだよ♪」

 

「私は洛山とここを行ったり来たりになるかなぁ……。今日と明日をここで過ごして、27~29日は洛山で黛さんと練習して、年末年始にまたここで過ごすって感じ……」

 

金原はしばらくここに滞在、清本はここと洛山の往復するようだ。金原や二宮にも言える事だけど、清本って結構な頻度でここと京都を行き来してるよね。

 

「私もいずみさんと同じ理由ですね。年明けまでは家で情報収集に勤しみ、白糸台に戻ったらその整理をしようかと……。シニアの世界大会も近いですからね」

 

そういえば世界大会までもう3ヶ月切ってるんだっけ?新しいパスポート準備しておこうかな……?

 

二宮も金原と同じ理由なのかなって思ってたけど、そこには二宮らしい理由も隠れてたね。

 

「あとはあのじゃじゃ馬達のお守りをギリギリまで避ける為……。陽奈さんに押し付……任せてきましたが、胃痛に悩まされないように祈るばかりですね」

 

違った。ガッツリ本音と二宮の闇が出ちゃってた。じゃじゃ馬というのが白糸台の中の誰なのかは大体予想出来るけど、まぁ口にはするまい。

 

「さて、私達も合流するよ。もうほとんど全員集合してるし」

 

今度こそ、新越谷と梁幽館(+α)の合同練習開始!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で。

 

「いずみちゃーん、早めに楽にしてあげるからね~」

 

「アタシも甘く見られたものだね~?言っとくけど、今のアタシの打率は8割前後あるよ?」

 

マウンドでニヤニヤ笑ってる橘と、打席に立っている表情はニコニコとしてるけど、青筋が浮かんでいる金原がいた。

 

何故こうなったのか、経緯を簡単に回想式に話すと……。

 

 

「いずみちゃん、1打席勝負しない?」

 

「おっ、良いね~!はづきと1打席勝負するのって何時ぶりだろ?」

 

「和奈ちゃんもその後でお願いしても良い?」

 

「う、うん。良いよ」

 

このように橘が金原と、その後に清本と1打席勝負をする流れになったんだけど、どうにも橘が余計な発言をしちゃったみたいで……。

 

「じゃあ和奈ちゃんと1打席勝負の前哨戦という事で、まずはいずみちゃんとしょ~うぶ!!」

 

「ふーん?へぇ……?」

 

普段ニコニコして、温厚な金原が今までに聞いた事がない声色で橘を見ていた。

 

 

……というのが事の発端。

 

「この2人の勝負は興味深いな」

 

「はづきの成長も目覚ましいけど、藤和のリードオフガールである金原も好成績を残している。どっちが勝つか予測が出来ない」

 

中田さんと陽さんを始めとする梁幽館sideのと……。

 

「川越シニア出身の2人の1打席勝負!楽しみだね!!」

 

「この1打席勝負で私達にも何か得られるものがあれば良いな」

 

芳乃さん、主将を始めとする新越谷side。ちなみに私と清本もこっち側。二宮はと言うと……。

 

「…………」

 

捕手役を任されていた。遠目だから判断しにくいけど、あれは絶対に呆れ混じりの表情をしている。

 

「では僭越ながら、審判は拙者が勤めるでござる」

 

村雨を審判に添えて、橘と金原の1打席勝負が始まった……。



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振り子打法

突如始まった橘と金原の1打席勝負。

 

左投手対左打者なので、基本的な相性だけで言ったら橘の方に分がある。しかし……。

 

(金原は相手が左投手なのも関係なしに結果を残しているからね。打率の高さだけで言ったら全国トップクラスだ)

 

阿知賀の原村さんに次ぐ打率の高さを誇っているので、藤和でも重宝される実力の持ち主。そんな金原相手に橘がどう出るか……。

 

(……まぁやるとなったら確実に勝ちにいきましょうか。はづきさん、様子見も兼ねて低めのストレートをお願いします)

 

(了解!)

 

初球。橘は低めのボール球を投げる。本来なら振ってくれたら儲けと言ったコースだろうか?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

しかしそれを金原は難なく打っていく。まぁ元々金原は悪球打ちを得意としてたもんね。

 

(流石いずみさんですね。普通の打者なら空振りするか、詰まらせるところを難なく打っていきました)

 

(ふふーん!これくらい朝飯前だよ♪)

 

(まぁセオリーが上手く刺さる打者じゃないからね。いずみちゃんは)

 

2球目。今度は高めに落ちるカーブだけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

これも打ってくる。しかも1球目と違って大きい当たりを放った。

 

(しかしまたパワー付けたね。世界大会のチームメイトとしては頼もしいけど、本来なら敵だから厄介だよね)

 

悪球打ちも出来て、そこからあわやホームランなんて当たりも打ってくる。その技術を買われて藤和ではずっと1番を打ってるんだよね。足も速いし。

 

「ねぇ朱里ちゃん」

 

「どうしたの雷轟?」

 

私の横にいる雷轟が声を掛けてきた。なんだろうか?

 

「いずみちゃんのあの打ち方って一本足打法とはちょっと違うよね?」

 

「そうだね。あれは振り子打法だよ」

 

「振り子打法?」

 

振り子打法の説明をしようとするとほぼ全員が私の方を向いた。何故に!?

 

「足を摺り足のように移動させて、体を投手側にスライドさせながら踏み込んでスイングするんだ。普通の打ち方だとボールの見極めやすいように頭の位置を出来るだけ固定し、視線を動かさない事を理想とするんだけど、振り子打法は打席の中で体を投手側にスライドしていくから、体が大きく動くんだ」

 

「へぇ~!」

 

「名前の由来としては諸説あるんだけど、振り子の振動のように足を動かして打つ事からそう呼ばれるようになったんだって」

 

「うむむ……!打撃フォームって奥が深いなぁ……」

 

まぁ名前の由来とかまで調べ始めると確かにそうなんだけど、普通はそこまでしないから、そこまで気にならないんだよね。

 

(まぁ色々なフォームを試行錯誤している雷轟だからこそ気になるのかも知れないけど……)

 

そういえば金原が今の振り子打法になったのは天王寺さんの影響だったね。天王寺さんの打ち方そのものは普通なんだけど、雷轟のように様々なフォームを使って打撃を教えたりしていたのを覚えている。

 

思えば清澄高校の人達も何やら変わった動きをしていたけど、あれも天王寺さんの影響だろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

それからも数球の攻防の後に金原が打った打球は三塁線に転がっていった。

 

「むむ……!今回はバックがいないから、審判の判断で決まるんだけど……」

 

「静華、どうだった?」

 

「……梁幽館の守備力を考えるとサードが打球に追い付いてアウトになったでござろうな」

 

「でも大体の高校なら抜けてた当たりだったんだよね~」

 

「……いや、今回はアタシの敗けかな~?静華の言うように全国区のサードならあれくらい簡単に処理するだろうし」

 

「う~ん、なんか勝った気がしない……」

 

等と金原達のやり取りが終わった後に全員から拍手が鳴り響いた。まぁ良い勝負だったもんね。

 

「……まぁ良いや。次は和奈ちゃん!」

 

「うん……。はづきちゃんとの勝負、楽しみだよ!」

 

清本が自前の木製バットを構えて第2ラウンド……橘対清本の勝負が幕を開けた。



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最強への道は……

橘と金原の対決はサードゴロという判定で、橘の勝利となった。

 

「よろしくねっ!」

 

「うん……!」

 

そして次の対決……橘対清本だ。

 

(清本が打席に立った瞬間、雷轟が食い入るように見始めた……。まぁ全国で1、2を争うスラッガーだもんね)

 

そんな雷轟がもしも上杉さんのバッティングを目の当たりにしたらどんな反応をするだろうか……?

 

「…………」

 

(……っ!?遥とは違って静かな雰囲気。和奈ちゃんってば最早違う次元に到達してない?)

 

(雷轟さんが放つそれと、和奈さんが纏っている雰囲気は別物です。また……成長しましたね。和奈さん)

 

ベンチからでも伝わってくる清本のプレッシャー。そこからは凄みはなく、静けさだけ……。どんな練習をしたら身に付くのか見当も付かないよ。

 

(勝負は勝負!全力で行くよ!!)

 

橘が投げたのは最後に雷轟が打ったスクリュー。それはあの時以上のキレを感じる1球だった。

 

 

カキーン!!

 

 

刹那、木製バットの快音が鳴り響いた。その当たりはセンターへ伸びていき、文句なしのホームラン。

 

『…………』

 

呆気なく……と言えば橘に失礼だ。でもそれしか表現が思い付かないくらい、あっさりと決着が着いた。

 

「あ、あれ?皆どうしたの……?」

 

いや、どうしたのじゃないよ?君が放ったホームランに言葉が出ないんだよ。

 

「あ~あ……。自信ある球だったけど、あんなにあっさりと打っちゃうんだもんなぁ……。和奈ちゃんってば」

 

「ご、ごめんね?さっき投げたはづきちゃんの球があまりにも凄かったから、全神経を集中させて打ったんだけど……」

 

「いやいや、あの和奈ちゃんがそこまでする程の1球だったって事でしょ?私が成長している証を残せたって思えばプラスだよ!それにしてもこんな小さな体のどこにそんなパワーがあるのか不思議だよ……」

 

「ち、小さくないもん……」

 

当の本人はショックを受ける様子はなく、いつもの調子で清本に絡んでいた。清本も清本で頬を膨らませている。さっきまでかつてない威圧を撒き散らしていた人間とは思えないよ……。

 

(あれが……全国最強くらいのスラッガー……!私の目指す理想系!)

 

私の隣で雷轟が目を輝かせていた。今の清本の一打に雷轟の成長のヒントがあったのなら、何よりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは本日の練習はここまでにします!」

 

藤井先生の号令によって梁幽館との合同練習が終わった。

 

(流石名門梁幽館……。普段している練習のレベルが高かった)

 

今日行った練習は守備を中心としたもので、梁幽館の人達や金原、清本、二宮もハイレベルな守備を見せていた。それだけでも私達にとっては参考になるのに、私達もそれに混ざる事によって大幅に守備力が強化された。

 

「つ、疲れた~」

 

「でもレベルアップ出来たって実感があって、良い経験になったわ」

 

「今日の経験を活かせるように普段から練習しないとな」

 

全くもってその通り。

 

「…………」

 

「雷轟?」

 

「朱里ちゃん、私は……私の理想とするスラッガーにはまだまだ届いていなかったみたい」

 

「理想とするスラッガー……」

 

「今日の和奈ちゃんを見てわかったよ。和奈ちゃんの放つプレッシャーを物にして、文句なしのホームランを打って、敬遠球対策もしっかりして……。そうする事で、私にとっての最強のスラッガーになれるんだと思う」

 

雷轟は真剣な表情でそう言った。

 

「……それならまずは守備や捕球をなんとかしないとね。今日の試合で3回、練習でも10回以上はエラーしてるからね」

 

「う、うん……。それも頑張るよ!」

 

本当かなぁ……?

 

「……今日はこれで帰るね。私なりに、色々と考えたいから」

 

「ん、お疲れ」

 

雷轟は早足で帰っていった。余程急いでいるのかね?

 

「あっ、いたいた。朱里~!」

 

今度は金原か……。

 

「どうしたの?」

 

「これから瑞希の家でクリパするんだけど、良かったら朱里も来ない?」

 

これから二宮の家でクリスマスパーティーをするみたいだ。

 

(そういえば二宮の家には行った事がなかったっけ……)

 

「……良いよ。丁度息抜きしたいと思ってたしね」

 

「決まりだね♪瑞希に報告してくる!」

 

金原は元気良く走った。あんなキツい練習の後によくもまぁそんな元気が残ってるね……。

 

(いつもはクリスマスでも野球の練習ばかりだったね……)

 

「……まぁたまには良いかな」

 

そう呟いて、母さんに連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで荷造りは終わりっと。あとは……」

 

「「先輩、お待たせしました!」」

 

「2人も準備は終わった?」

 

「はい!」

 

「滞りなく!」

 

「……本当に私に着いて来るの?今ならまだ引き返せるよ?2人共親御さんのところじゃなくても良いの?」

 

「……先輩、私達の覚悟はとっくに決まっています。私達は先輩に救われました……。その恩返しをしたいというのもそうですが、私達自身が先輩に着いて行くと判断したからなんです」

 

「でも私のわがままだし……」

 

「今度は私達が先輩を救う番ですよ!」

 

「ありがとう……。真深ちゃん、ユイちゃん!」

 

「「どういたしまして!!」」

 

「じゃあ……行こうか。日本へ!!」

 

「「はい!!」」

 

新越谷と梁幽館の練習試合をやっていた裏側で、また1つの物語が始まろうとしていた。



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年末

梁幽館との練習試合から数日。私は年始に向けて大掃除をしていた。

 

(もうすぐ今年も終わりか……。この1年は色々な事があったな)

 

雷轟と一緒に新越谷野球部に入って8ヶ月。どれも昨日の出来事のように思い出せるくらいに鮮明で、濃い日々を過ごしてきた。それは私にとっても驚きの連続だったりもしたけど……。

 

(中でも印象に残っているのは雷轟が4番に昇格した事と、投手陣の凄まじい成長速度……。特に武田さんと息吹さんが凄い勢いで成長するんだよね……)

 

しかも息吹さんに至っては初心者。雷轟もまともに野球を始めたのは今年からだし、大村さんも初心者ながらもパワーは雷轟に次ぐ。そして2学期に入った照屋さんも初心者ながらも守備に関しては新越谷で1、2を争うレベルにまで伸びている。そう考えると新越谷に入ってくる初心者って凄い。そしてヤバい。

 

(携帯に通知が来てる……。武田さんからだ)

 

『今日は真深ちゃんが帰ってくる日なんだ!タマちゃんも来るって言ってたし、朱里ちゃんも家においでよ!!』

 

……そういえばそんな約束を(武田さんが一方的に)してたね。とりあえず武田さんに行く事を伝えて……っと。

 

(上杉さんと会うのも3年ぶりだし、なんか緊張する……)

 

アメリカの高校で好成績を残しているし、シニアでも清本並にホームランを打ってたし……。というか世界大会で当たるんだよね。

 

「あら、出掛けるの?」

 

武田さんの家に出掛けようとすると母さんが声を掛けてくる。

 

「うん。ちょっと友達のところにね……」

 

「そう……。それならこれは帰ってから渡そうかしら」

 

母さんが1つの封筒を私に見せてきた。

 

「それは?」

 

「シニアリーグの世界大会の通知よ。かなり重要な事が書かれているから、よく読んでおいた方が良いわよ」

 

そんな重要な事が書いてあるのかな……?

 

「いや、道中で読む事にするよ」

 

武田さんの家には電車で行く必要があるし……いや待てよ?上杉さんも来るのなら向こうで読んでも良いかも。

 

「……行ってくる」

 

「行ってらっしゃい。気を付けるのよ」

 

母さんに挨拶をして、私は玄関を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい!」

 

「こんにちは」

 

家に着いた途端ドアが開き、武田さんに歓迎の言葉を頂いた。多分偶然なんだろうけど、なんでそんなのピンポイントにドアが開くかな?

 

「まだ真深ちゃんは来てないよ。もうすぐ来るって」

 

「そうなんだ……っと、これ。つまらない物ですが……」

 

「わっ!良いとこのどら焼きだ!ありがとう!!」

 

「どういたしまして」

 

普通の女子高生ならもうちょっとお洒落なお菓子とか持ってこれたんだけど、生憎私は野球漬けだったから、こういったものとは無縁。だから母さんと六道さんの好物を買ってきた訳だ。

 

「あっ、朱里ちゃん」

 

「こんにちは、山崎さん」

 

武田さんの部屋に入ると山崎さんが座っていた。やっぱり女子の部屋って華やか感じがするなぁ……。私や二宮が普通じゃないだけなんだよねきっと。

 

ふとそんな事を思っていたら呼び鈴がなった。

 

「真深ちゃんかな?」

 

「そうだと思う!はーい!!」

 

武田さんがとてとてと玄関へ向かった。待っている間に山崎さんと会話する事に。

 

「朱里ちゃん達が出るシニアの世界大会って3月だっけ?」

 

「そうだよ。二宮や清本、金原、友沢とかも出るから、川越シニアの時を少し思い出すんだよね」

 

「そうなんだ……。真深ちゃんもその世界大会に出るって話をヨミちゃんから聞いたんだけど、本当なの?」

 

「うん。上杉さんはアメリカ代表で出場するんだ。今年のアメリカ代表は曲者揃いだって話も二宮から聞いてる」

 

上杉さんとウィラードさんだけでもかなり手強い事は間違いないんだけど、更に手強さが増すからね……。

 

「……私は同じ野球部として、朱里ちゃん達を応援するね!」

 

「うん……。ありがとう」

 

山崎さんは本当に良い子だよ。捕手としても引っ張ってくれるし、打撃方面では新越谷の中では上位クラスだし。

 

「真深ちゃん達来たよ~!」

 

つ、遂に来るのか……。上杉さんが……達?

 

「こんにちは。久し振りね。早川さん」

 

入ってきたのは上杉さんと……。

 

「お邪魔しまーす!」

 

「お邪魔します」

 

雷轟と二宮だった。何故?



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早川朱里と上杉真深

武田さんの家に上杉さんが来た……んだけど……。

 

「雷轟と二宮がいるのは予想外だったなぁ……」

 

特に二宮。接点らしい接点が思い浮かばな……いや、あるにはあるのかな?

 

「ここに来る途中でこの2人に会ったのよ」

 

……と上杉さんは言っていた。どこか寄り道でもしてたのかな?

 

「バッセンにいたら、真深ちゃんと出会ったんだよ!」

 

「遥ちゃんって可愛らしい見た目で豪快に打つんだもの。思わず声を掛けちゃったわ」

 

これが雷轟と上杉さんの出会いなのか……。雷轟も世界一の日本人のスラッガーに褒めてもらってるし……。

 

「それにしても真深ちゃんの寄る所ってヨミちゃんのお家だったんだね!」

 

「ええ。年末だから帰省にね。私とヨミは従姉妹なの」

 

「そうなんだ~。だからどこかヨミちゃんに似ていたんだね」

 

確かに……。そう言われて改めて見ると上杉さんはどこか武田さんに似ている。容姿もそうなんだけど、人を惹き付ける魅力や頼りになるムードメーカーな感じも親戚……と言われればある程度納得もいく。

 

(上杉さんは武田さんを淑やかにした感じ……という事を覚えておこう)

 

コミュニケーション能力が高いところも武田さんと類似している。……で。

 

「二宮はどうしてここに?」

 

「私は人と会ってきた帰りなのですが、上杉さんと雷轟さんからお誘いを頂いたので、こちらに来た次第です。私としても朱里さんがいたのは意外でしたが……」

 

まぁそうだよね。私自身もそう思ってるし。

 

「さっきの雷轟の話でわかると思うけど、上杉さんって武田さんの従姉妹なんだって。それで……」

 

「……成程。上杉さんが武田さんのいる埼玉に訪れ、その時に朱里さんに会おうと思っていたんですね。思えば3年前のリトルリーグの世界大会において上杉さんは朱里さんをライバル視していました」

 

そうそれ。私自身も二宮に言われるまでわからなかったの。自分の事で手一杯だった時期だからさ。

 

「二宮さんの言う通り、私は早川さんに敗れたあの日から、どうしたら早川さんに勝てるか……そう思いながら毎日練習に明け暮れていたわ」

 

『…………』

 

上杉さんは過去に私と対戦して、そこから今の上杉さんがいる……。私はそれをどこか嬉しく思う。私にとって上杉さんは宮永さんと同格の打者かそれ以上だと思っていたから、その上杉さんが私をライバルだと思ってくれた事に……。

 

「……真深ちゃんと朱里ちゃんって中学1年の時にその、リトルリーグの世界大会で対決したんだよね?」

 

「ええ。3打席対戦して、結果は私の全敗……。かつてない悔しさを覚えたわ」

 

確かその時はあの人に教えてもらった偽ストレートが上手く投げられるようになって初めての実戦だったんだよね。

 

「……上杉さんは、朱里さんの投げた球の正体に気付いていますか?」

 

「当時は全くわからなかったわ。ストレートにしては可笑しい……とは思っていたけれど、確信には至らなかった」

 

中1の頃は偽ストレートの正体に気付いたのは二宮と清本くらいだったからね。

 

「……でも今は違う。あの人と出会って、話を聞いて、あの人が似た球を投げているのを見て、私の中でピースがはまっていく感じがしたの」

 

「そうですか……。聞きたい事が聞けて良かったです」

 

上杉さんの言うあの人は……私に偽ストレートを教えてくれた人で間違いないだろう。雷轟もいるので、二宮は敢えてその名前を口にはせず、上杉さんもその空気を察知したのか名前を言わなかった。

 

上杉さんにはもう偽ストレートは通用しないだろう。私の投げる球をどこまで知っているのかわからないけど、私だって高校に入ってかなり成長した……。それを世界大会で証明出来たら良いな。

 

(そういえば上杉さんとあの人は同じチームの一員として日本の高校に留学すると聞いた……。だとしたらあの人は今この日本に、埼玉にいるのかな?)

 

だとしたら会って話がしたい……。そしてあれから成長した私を見てほしい。

 

「そういえばシニアリーグの世界大会運営から通知が今日来ていましたね」

 

あっ、そうだ。それを見ようと思ってたのを忘れるところだった。

 

「持ってきたのですか?」

 

「うん……。私と二宮はもちろん、上杉さんにも多分関係すると思うからね」

 

「私は既に目を通しましたが、上杉さんの方は?」

 

「まだ見ていないわね。早川さん、良かったら見せてもらっても良いかしら?」

 

「構わないよ」

 

私は封筒を開けて、書類を確認した。その内容は……。

 

 

今年のシニアリーグの世界大会は男子も、女子も、優秀な選手達が揃っていて甲乙付けがたいので、男女別で行う事を決定した。各国男子20人、女子20人とチームを分けて、励んでください。

 

 

……と書かれていた。

 

遂に男女別で大会が行われるのか……。リトル、シニアと6年間男子と野球をやって、リトルリーグの世界大会ですら男子選手がいたのに、今回に限っては……いや、もしかしたら次回以降も男女別で大会が開かれるのかもね。

 

「今年は男女別で別れるのね……」

 

「あれ?じゃあ今までは男女混合だったの?」

 

「そうですね。まぁ男子とは別に女子選手にも段々と優秀な選手が揃ってきている事はわかっていましたが、運営も大胆な事をしました」

 

確かに……。まぁ男女混合って色々問題が起きる可能性もあるし、それを考慮したのかもね。

 

(だとしたら何れプロ野球の男女混合リーグというのもなくなりそうなものだけど……)

 

今はそんな事を気にしていられないね。近い内に、あの人に会っておく必要がありそうだ。

 

「早川さん。少し……話良いかしら?」

 

突如、上杉さんがそう言った。




遥「ヨミちゃんと真深ちゃんは従姉妹同士だったんだね!」

朱里「これはたかとさんの小説でも同じ設定だね」

遥「名字も武田と上杉だし、この2人は深~い縁を将来持つ事になるよ!」

朱里「……それは宛ら武田信玄と上杉謙信の如く?」

遥「その通り!!」

朱里「何を言ってるんだか……。そもそも従姉妹同士なんだから、深い縁なのは当たり前だし……」


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恩師

上杉さんが私と(ついでに二宮とも)話がしたいと言ったので、武田さん達には席を外してもらった……というよりは武田さんが山崎さんと雷轟を連れてどこかに出掛けてくると言った。武田さんなりに空気を読んだのかな。

 

「真深ちゃんは今日泊まるみたいだし、タマちゃんと遥ちゃんとも良かったら一緒に泊まらない?」

 

「お泊まり!?したい!」

 

「私も……久し振りに泊まろうかな。真深ちゃんとも色々話したいし」

 

……という話を3人が出掛ける前に聞いた。私や二宮も誘われたけど、またの機会にしておく。あの人にも会いに行きたいし。その時に3人が凄く残念そうな顔をしていたのは見なかった事にしておこう。

 

……で、3人が出掛けて、二宮と上杉さんと3人になった。

 

「……それで?上杉さんは何を聞きたいのかな?」

 

まぁ大体聞く内容は予測出来るけど……。

 

「そうね……。色々と聞きたい事はあるけれど、早川さんに今の……3年前のリトルリーグの世界大会で私達に投げたあのストレートに見せ掛けた……球。それを教わったのはあの人で、良いのかしら?」

 

(まぁその質問になるよね……)

 

あの人に偽ストレートを教わった事を知っているのは私と二宮だけ。二宮の話によると村雨もあの人との交流があるみたいだけど、偽ストレートの事は特に何も言っていなかったらしい。

 

「……あの人って言うのは、上杉さん達と同じ高校に通ってて、1つ上の先輩で、雰囲気がどこか雷轟と似ている……『風薙彼方』さんで間違いないかな?」

 

「……そうよ。私達がお世話になっている彼方先輩で間違いないわ。私達は彼方先輩に救われたの」

 

やはりか……。風薙彼方……私に偽ストレートを教えてくれた、私にとって野球をまた始める事が、シニアのエースに昇格する事が出来た切欠をくれた私にとっての恩師。

 

(容姿が、雰囲気が、言動がどことなく雷轟と似ているのは……雷轟と風薙さんは血が繋がった本当の姉妹だからなのだろう)

 

ちなみに風薙さんに偽ストレートのヒントをもらったのは3年前の3月末で、その直後くらいに私は雷轟と出会ったのだ。当時は風薙さんのヒントがわからず、野球を辞めようとしていたのは私の胸の中に仕舞っている……。

 

「風薙さんは3年前の4月初旬まで日本にいて、それからアメリカに渡ったって話を聞いた……。上杉さん達が風薙さんと邂逅したのはその時なの?」

 

「……いいえ、私が彼方先輩と初めて会ったのはアメリカで間違いないけれど、それは4年前の春頃なのだから」

 

時系列が食い違ってるのは、風薙さんが私と初めて会った時は一時日本に帰国していた……という事になる。私よりも先に上杉さん達と出会っていたのか……。

 

「そっか……。あの人は元気にしている?」

 

「ええ……。いつも太陽のような明るさで私達を引っ張ってくれているわ」

 

雷轟の話が出るとどこか暗くなる事のある風薙さんだけど、基本的には底抜けに明るい。コミュニケーション能力も高いし、そういうところも雷轟にそっくりだ。

 

「私もここに来る前に風薙さんに会ってきました。性格とかは相変わらずでしたが……」

 

「えっ?二宮、風薙さんと会ってきたの?」

 

「会ったのは偶然です。本来なら静華さんに会って必要な情報をもらおうとしたのですが、その時に風薙さんと……ウィラードさんもその場に居合わせてました」

 

(成程……。現状風薙さんとウィラード・ユイさんは一緒に行動しているようだ。上杉さんの帰省が終わり次第、上杉さんもそこに合流する……という形を取っているのだろうね)

 

風薙さんって滅茶苦茶慕われてるなぁ……。それなのに、どうして雷轟とすれ違いが起きているのかがわからないよ。

 

「そして……そのついでと言ってはなんですが、風薙さんの球を数球受けてきました」

 

「!?」

 

「それで……どうだったの?」

 

私の知る風薙さんは偽ストレートを朝倉さん並の速度で投げる事、他の持ち球は凄まじい変化とキレのドロップとナックルを投げる事くらいかな……?

 

「……3年前の風薙彼方さんはもういませんね。彼女は既に別の次元へ進んでいます」

 

「別の……次元?」

 

「まずストレートですが、球速は大豪月さんを凌ぎます」

 

嘘でしょ!?高校生最速のストレートを投げる大豪月さん……。大豪月さんのストレートはプロの中でもかなり速い部類に入るって注目されていたのに、その上を行くの!?

 

「彼女の持ち球であるドロップも、ナックルも、更にキレを増しています。そして……」

 

「そして?」

 

「……これは私が説明するよりも、朱里さん自身が体験した方が早いと思います」

 

そんなに……風薙さんの投げる決め球は凄いのかな?二宮が説明を濁すくらいに……。

 

「風薙さん達はかつて私達が練習していた河川敷に足を運んでいるみたいです」

 

「あの河川敷に……」

 

以前に武田さんと山崎さんに紹介した河川敷……。あそこに風薙さんがいるんだ……!

 

「ただいま~!」

 

武田さん達が戻ってきたみたい。袋を複数持ってるけど、何か買い物にでも行って来たのかな……?

 

「……私はこれでお暇するね」

 

「朱里ちゃん……?」

 

まだ河川敷にいるのなら、会って話がしたい。色々と……。

 

「お邪魔しました」

 

「……私もこれで失礼します。お邪魔しました」

 

二宮も私に着いて来るみたいだ。二宮なりに、先程会ってきただけではわからない事もあるのだろう。

 

「私もちょっと出て来るわ」

 

「ええっ!?真深ちゃんまで!」

 

上杉さんも加わり、私、二宮、上杉さんの3人で風薙さんのいるであろう河川敷に足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シニアにいた頃はよく練習していた河川敷……。来るのは武田さんと山崎さんを連れた時以来かな?

 

「……ここに来ると思ってたよ。朱里ちゃん!」

 

そこにはウィラードさんと一緒に風薙さんがいた。私と風薙さんが初めて会った、この河川敷に……!



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別次元の選手

私達と風薙さんが初めて会ったこの河川敷……。そこに足を運ぶと風薙さんとウィラードさんがキャッチボールをしていた。

 

「……ここに来ると思ってたよ。朱里ちゃん!」

 

「お久し振りです。風薙さん」

 

「……遥は元気してるかな?」

 

「そうですね。相変わらず元気いっぱいです。その、雷轟とも1度話し合った方が良いと思いますよ」

 

「そう……だね……。うん、わかってはいるんだけど……」

 

(まぁ部外者の私がこれ以上突っ込むのは野暮か……)

 

軽く一言、風薙さんに挨拶をして……。

 

「初めまして……かしら?早川さん。私はウィラード・ユイ。真深と彼方先輩のチームメイトで、ルームメイトよ」

 

「は、早川朱里です。よろしくお願いします……」

 

アメリカでの有名人……3月にあるシニアリーグの世界大会において、注目度トップクラスの選手……ウィラードさんに握手を求められて、私はタジタジだった。だって緊張してるんだもの!握手に応じれた事を褒めてほしいくらいだよ!

 

「私は先程会いましたが、改めて……。二宮瑞希です。上杉さん、ウィラードさんと3月に相見える事を楽しみにしています」

 

「貴女の事はとても印象に残っているわ。小柄な体型に似合わず、物怖じせずに彼方先輩の投げる球を堂々と捕球してきたもの」

 

「彼方先輩の球を捕ったって話を聞いた時は耳を疑ったけれど、本当だったのね……」

 

「驚くのも、疑うのも無理もありません。風薙さんの投げる球を初見で捕れる選手はいない……と騒がれているくらいですしね。自惚れるつもりはありませんが、捕球技術と情報力に関して私は誰にも負けるつもりはありません」

 

自分を前に出さない二宮がここまで闘争心、対抗心を剥き出しにしているとは……。珍しい事もあったもんだ。

 

「瑞希ちゃんは本当に凄い選手だよ。アメリカにはまずいないタイプの捕手だし、私からしたら世界でも1、2を争う捕手だと言っても過言じゃないもん。それはプロ選手を含めた全員の中で、2人といない最高の捕手……」

 

「……それは流石に誇張し過ぎだと思います」

 

風薙さんが言っているのは決して大袈裟ではない。捕球に優れ、情報収集と分析能力に優れ、味方投手を立ち直らせたり、味方投手の能力を最大限引き出したり、持ち前の情報力と情報量で相手の弱点、味方の弱点を瞬時に暴き、解決、利用したりを1度に出来るのは私の知る限りだと二宮だけなのだから……。

 

「……彼方先輩の球を初見で捕れるだけである程度は察していたけれど、二宮さんって本当に凄い選手なのね」

 

「そうね……。3年前はまだそれが表に出ていなかったもの」

 

「私は黒子に徹する方が性に合っていますから、表に出て行動するのはいつも他の人に任せています」

 

二ノ宮本人はあっけらかんとそう言っているけど、やっている事はかなりエグい。本当に高校生か疑いたくなる。身長は小学生なのに……。

 

「そんな瑞希ちゃんはシニアリーグの世界大会に向けて何か動いているのかな?」

 

「……そうですね。この場では口にしませんが、既に他国の有力選手の情報は8割方抑えています。もう3ヶ月もありませんしね」

 

またこの子はとんでもない事を……。風薙さんが別次元の選手なのは間違いないけど、二宮だって負けていないよ?別次元の捕手だよ?

 

「ねぇ真深、もしかしたら私達の情報も既に……」

 

「……ええ。抑えられていても可笑しくないわ」

 

まぁ味方にするなら心強いか。世界大会が終わればまた敵同士だけど……。

 

「あっ、そうだ!朱里ちゃん、折角だから私の投げる球……見ていかない?」

 

「それは願ってもない事ですが、良いんですか?これからライバルになる選手に持ち球を見せても……」

 

「全然!さっき瑞希ちゃんにも見せたし、それに……」

 

風薙さんは一呼吸置いて、威圧する。

 

「私は誰にも負けるつもりはないから……!」

 

それは先程までの風薙さんとは違う……冷酷な表情をしていた。

 

(出たわね。彼方先輩の威圧感……)

 

(味方ながらいつもヒヤヒヤするものね……)

 

(この威圧感……。神童さんや大豪月さんにも負けていない。あの2人と対戦していなかったらきっと私は押し潰されていた)

 

改めて洛山高校と白糸台高校には感謝である。そして風薙さんが投げる1球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク』

 

い、今のがドロップ……?球速も速いし、変化も凄い。本当に3年前とは比べ物にならないじゃないか……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク』

 

次に投げたのはナックル……。不規則な変化をする事で有名なナックルだけど、これもドロップと同じくらい速く、鋭い変化だ……。この人はどこまで成長するんだよ!?

 

「次はストレートを投げるよ」

 

予告ストレート!?舐められている……なんて事は風薙さんに限ってない。絶対的な自信があっての発言だろう。

 

(例え大豪月さん以上のストレートだとしても、前の2球に比べたら……!)

 

打てる……!

 

 

ガッ……!

 

 

『ファール』

 

うっ、腕が痺れる……!こんなの高校生が、人間が投げる球じゃないでしょ!?

 

「……次で最後ね。私が最近完成させた決め球を投げるよ」

 

これも予告。多分投げられるのは二宮が説明を濁した球なんだろうけど……。

 

「行くよ……!」

 

投げられたその球は先程と同じコース。球速的にストレートっぽいけど……。

 

(ここから何か変化する……?いや、とにかくカット!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク。バッターアウト』

 

そ、そんな……。球が……。

 

「これが私の最高の球。1球……瑞希ちゃんに投げたのを含めて2球限りのサービスだよ。次の夏大会、及び県対抗総力戦でこれを攻略出来る打者と私は対戦したい……。それが朱里ちゃんと遥がいる埼玉なのか、瑞希ちゃんがいる東京か……。待ってるね」

 

「あっ、彼方先輩!?」

 

唖然呆然としている私にそう告げて風薙さんは去って行き、ウィラードさんもそれに続く。

 

「……私もそろそろヨミの家に戻るわね。また会いましょう」

 

上杉さんも去り、この場には私と二宮の2人になった。

 

「どうでしたか?風薙さんの投げる球は……」

 

「……正直圧倒的だったよ。3球目に投げたストレートも打てたのは多分偶然。そして最後に投げた球は……」

 

「……どうして、どうやってあのような面妖な球を投げられるかは謎ですが、打つ為の手掛かりは掴めた気がします」

 

「奇遇だね。私もだよ。でも……」

 

「それが実行出来るかはまた別の問題……という訳ですか」

 

「うん……」

 

(本当ならウィラードさんの球も見ておきたかったのですが、自身の手札はそう簡単には晒しませんね。仕方ありません。3月を待ちましょう)

 

今日、風薙さんの投げる球を打席越しに目の当たりにした。二宮が風薙さんを別次元の選手……と言ったのも理解した(同時に二宮もまた別の次元の選手である事もわかった)。

 

特に最後に投げられたあの球……。あれこそが偽ストレートの最終形態にして、理想形態……完成形なのだろう。

 

(でもそんなの関係ない。私は私で風薙さんに追い付ける……いや、追い越せるような選手になりたい……!)

 

その為にまずは……シニアリーグの世界大会で世界一を勝ち取らなきゃね!



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新年

風薙さんとの再会から数日……というか年明けて元旦。

 

 

ピンポーン。

 

 

呼び鈴が鳴る。母さんは父さんと大晦日から旅行に出掛けているので、家には私以外誰もいない。私は自主練の為に残って夫婦水入らずで出掛けてもらっているのだ。

 

(というかまだ夜中なんだけど……)

 

「はーい。今出ますよっと……」

 

玄関のドアを開けると……。

 

『明けましておめでとう!朱里ちゃん!!』

 

武田さん、山崎さん、雷轟の3人だった。武田さんと雷轟は私の家を知らない筈だけど、多分山崎さんから聞いたのだろう。

 

「明けましておめでとう。3人共。今年もよろしくね」

 

「うんうん!こちらこそよろしくねっ!!」

 

本当に。3人には色々とお世話になりそうだ。

 

「真深ちゃんも誘おうと思ったけど、先約がいるから、誘えなかったんだぁ……」

 

「そうなんだ……。真深ちゃんともっとお話したかったのに、残念だなぁ……」

 

どうやら武田さんは上杉さんも誘おうとしていたらしい。先約というのは間違いなく風薙さんとウィラードさんの2人だろう。

 

「……ちょっと準備してくるね」

 

「あっ、うん」

 

雷轟と武田さんが仲睦まじく話しているところを邪魔するのもなんだし、山崎さんに一声掛けて、外出準備を整える事に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お待たせ」

 

「あれっ?朱里ちゃんってば振り袖じゃない!」

 

雷轟に指摘されて3人を見ると、3人共振り袖だった。あれ?正月ってそういう服装じゃないと駄目?私は毎年私服で初詣行ってるよ?

 

「朱里ちゃんの振り袖姿見たかったな~!」

 

「ま、まぁまぁ……」

 

雷轟と武田さんを山崎さんが宥めている。山崎さんには頭が上がらないな……。

 

「……とりあえず行こうか」

 

「あっ、待ってよ朱里ちゃん!!」

 

毎年通い詰めてる神社へと足を運……ぼうとすると……。

 

「あれ?朱里ちゃん、近くの神社はあっちにあるよ?」

 

武田さんに指摘される。

 

「良いんだよ。こっちで」

 

「そうなの?」

 

「私が毎年初詣に行ってる神社は3駅先にあるんだ」

 

私が毎年初詣に行ってるのもそうだけど、近くの神社には風薙さん達がいる……。このタイミングで風薙さんと雷轟が鉢合わせしたら面倒な事になりそうだしね。

 

「……で、本来なら歩いて行くつもりだったけど、3人は振り袖だし、電車で行こうか」

 

「そんな……。私達に気を遣わなくても良いんだよ?」

 

「折角の振り袖が汚れたらもったいないよ。3人共似合ってるんだしさ」

 

そろそろ始発が走ってる時間帯だろうし、振り袖の3人は歩きにくいでしょ。

 

『朱里ちゃん……!』

 

あれ?3人がこっちを見ている。私、何かしましたか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3駅先にある神社に到着。相変わらず賑わってるね。まだ日も上ってないのに……。

 

「出店がいっぱ~い!!」

 

「まずはお参りしてからにしようか。そこから自由に行動って事で」

 

「そうだね。参拝客でいっぱいになりそうだし、私達も並ぼうか」

 

「うんっ!」

 

幸いまだそこまで並んでないし、すぐに私達の番が来そうだ。

 

「あっ、私達の番だよ!」

 

言ってる側からか……。4人ずつお参りしてるんだものみたいだし、私達は4列になってお参りを。

 

『…………!』

 

お参りが終わり、甘酒をもらって列から離れる。

 

「朱里ちゃんは何をお願いしたの?」

 

「ん?まぁ適当だよ。世界平和とか、健康祈願とか……」

 

「そ、その2つは並ばないような……。ほら、新越谷が全国制覇出来るようにとか、最強の投手になりたいとかそんなのはないの?」

 

ああ、雷轟はそういうのを期待してたのか……。

 

「いやいや、そういうのは自分達で実現させる事であって、神頼みするような事じゃないよ」

 

そもそも風薙さんの球とか神頼みで打てるのなら苦労はしないだろう。本当に……。

 

「……でも朱里ちゃんの言う通りだよ。実力向上や、チームの勝利は私達の力で成し遂げなきゃ!」

 

「そうだね……!」

 

「私もそう思う……けど、藁にもすがりたい想いっていうのもきっとあるんだよ……」

 

雷轟が悲壮感漂わせてそう言った。もしかしたら雷轟のお願いは風薙さん関連なのかも知れないな……。




朱里「えー、読者の皆様に悲しいお知らせがあります」

遥「お知らせ?」

朱里「雷轟の出番はこの小説の時系列が4月になるまでありません」

遥「嘘っ!?私主人公だよね!?」

朱里「この小説はこれからシニアリーグの世界大会の話に移るんですが、その前に閑話として上杉さん達を視点とした物語を挟みます。尚しばらく……シニアリーグの世界大会が終わるまではオリキャラとパロキャラしか出ないので、閲覧注意です」

遥「えっ?本当に私の出番ないの?本当に……?」

朱里「閑話の時系列は少し戻ってクリスマス終わり……12月26日から、日本の、上杉さん達が通う高校の舞台から始まります」

遥「えっと……。私の次の出番はいつになるのかな?かな?」

朱里「さっきも言ったけど、進級までないと思うよ」

朱里(まぁ回想とかで名前くらいならありそうだけど……)

遥「…………」

朱里(呆然として話に入ってこれてないな……)

朱里「視点は風薙さんだったり、上杉さんだったり、ウィラードさんだったり、他のキャラだったりとコロコロ変わる(予定です)ので、ご了承ください」


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閑話 ワクワクなえぶりでい
遠前町


今回からしばらく閑話です。朱里や遥の出番はなく、オリキャラ、パロキャラしか出て来ません(名前だけなら原作キャラも出るかも……?)。つまり完全オリジナルです。閲覧注意!


「着いたーっ!」

 

「……随分と静かな町ですね」

 

「商店街のお店も昼なのに、シャッターが閉まってるところが大半……」

 

風薙彼方、上杉真深、ウィラード・ユイの3人が訪れたのは活気がなく、寂れた商店街だった。

 

「可笑しいなぁ。私達がここに来た10年前はもっと賑やかだったのに……」

 

「10年前……」

 

(それは……彼方先輩が妹さんと、仲違いする前の……?)

 

(ユイ、邪推は駄目よ)

 

(……わかってるわ)

 

「……まぁ良いや。とりあえず私達の住居に行こうか」

 

「「はいっ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日から入って来た入居者?」

 

「はいっ!今日からよろしくお願いします!」

 

「……こんな寂れたボロボロで小さいアパートの一部屋に3人で暮らすなんて変わってる。こんなところじゃなくて、もっと大きいタワマンとか紹介しようか?」

 

(た、確かに3人で住むには窮屈だけれど……)

 

(大家さん?本人が言う事じゃないでしょ……。それにしても随分と若い人ね。私達と同年代なんじゃ……?)

 

彼女達が訪れたのは商店街から少し歩いたところにある小さいアパート。ここが3人の拠点となるのだ。

 

「……いえ、最初からここに住むって決めてるんです!」

 

「そう……。このアパートの管理人代理をしている水鳥志乃。何かあったら一応私に言って……」

 

「はい!」

 

「…………」

 

挨拶が終わると水鳥は中に入った。

 

「……私達も部屋に行こっか!今後の事も話したいし」

 

「そうですね」

 

3人は自分達が住む部屋に入り、話し合いを始める……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあこれからの事を話すよ。私達は冬休み明けにここの近くの高校……遠前高校に編入して、そこの野球部に入って全国制覇を目指す……。ここまでで何か質問はあるかな?」

 

「はい!」

 

「ユイちゃん!」

 

「遠前高校……というところは聞いた事がないのですが、野球部ってあるんですか?」

 

「……十数年前はそこそこ強い野球部だったんだけど、今はよくわからない。遠前高校に編入するのは思い入れがあるからだよ」

 

(それは……遥と仲違いする前に、家族でお世話になったこの町の、遠前高校野球部の人達に、野球を教わったから……)

 

あの人達は今何をしているのかな?この町に戻って来てるなら、挨拶がしたい。貴女達に出会えたから、私は成長出来たよ……って。

 

「はい」

 

「真深ちゃん!」

 

「この地区は埼玉、神奈川、東京程じゃなくても、激戦区だと思いますが、勝算はあるんですか?」

 

真深ちゃんの質問の意図はなんとなくわかる……。正直私やユイちゃんが投げて、真深ちゃんが打つだけで、少なくとも全国出場は容易いとは思ってる……けど、それだと駄目なんだよね。

 

「……あるよ。遠前高校野球部が力を合わせたらね」

 

「そうですか……」

 

真深ちゃんもわかってくれたみたい。

 

「あれ……?」

 

「ユイちゃん、どうしたの?」

 

「私はともかく、彼方先輩が投げる球を捕れる人っているんですかね?アメリカでも先輩の球を捕れる人は少なかったような……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ああーっ!?」

 

そ、そこまで頭が回ってなかったよ!ど、どうしよう……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ああーっ!?』

 

「……うるさ。壁が薄いから、声が響くっての」

 

「まぁ賑やかなんは良いんとちゃう?」

 

「外藤……。他人事だと思って……」

 

「他人事やしな。それよりも野球部の件やけど……」

 

「そっちもそっちでちょろちょろと動いてるのがいるから、面倒……。私達はもう野球を辞めたのに、私達がいる高校でやらないでほしい……」

 

「まぁ同意はするけどな」

 

(まさか、あの3人まで野球部に肩入れする……なんて事はないよね?)




彼方「……という訳で、今回からしばらく私達が主役だよ!」

真深「本当に良いんでしょうか?」

ユイ「真深は心配性ね。本家を喰うつもりで私達の躍進を見せ付けるくらいの気概でいくのよ!」

彼方「まぁどうなるかは完全に作者の見切り発車だけどねっ!」


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遠前高校野球部

新学期!

 

「ここが……私達が通う遠前高校……なんですよね?」

 

「そうだよ!」

 

「生徒数も少ないですね……」

 

「これでも十数年前はそれなりに人数はいたんだけどね……。多分数年もしない内に廃校になると思う……」

 

出来れば廃校阻止に私達が協力出来れば良いんだけど……。難しいよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始業式だけだったので、学校はすぐに終わった。私のクラスも人数少なかったなぁ……。20人いないんじゃないかってくらいだったし、真深ちゃん達のクラスはそれよりも少ないって聞く。もう実質分校レベルだよね……。

 

「野球部の部室もボロボロね……」

 

「それは私達がこれから綺麗にすれば良いのよ」

 

「それは真深ちゃんの言う通りなんだけど、問題は人数なんだよね……」

 

「まだ誰も来ていませんね。もしかして部員が1人もいないなんて事は……」

 

そ、そんな事はないよ!今は野球女子だって増えてきてるんだから、在校生が少ないこの学校でも野球をやりたい子はきっといるよ!

 

「おや?入部希望者かね?」

 

後ろから声がしたので、振り返ると同じ制服を着た子が何やら色々持って来ていた。

 

「は、はい!私達は……」

 

「ああ、言わなくてもわかってるよ。左から上杉真深さん、ウィラード・ユイさん、そして風薙彼方さん……だよね?」

 

「は、はい……」

 

(私達の事を知っている……?)

 

(確かに私達はアメリカの高校で成績を残したけれど、この学校ではその事に触れられてなかったから、ここまで知名度は届いていないものだと思ってた……)

 

「いやはや、今日辺り来るだろうと踏んでたから、助かったよ。君達が入部してくれたら丁度良い具合に人数が揃うよ!」

 

「あ、あの、貴女は……?」

 

ポカーンとしている私達の中で、いち早く復活した真深ちゃんが彼女に尋ねた。

 

「おっと、自己紹介がまだだったね。私は天王寺……。この遠前高校野球部を全国制覇まで導かんとする者さ!」

 

『ぜ、全国制覇!?』

 

す、凄い自信家だよ……。

 

「……まぁ全国制覇は無理でも、全国出場まではいけるレベルだと思ってたけど、君達が入部してくれるのなら、全国制覇まで一気に近付けるね」

 

お、思い出した……。この天王寺さんは様々な高校に転校しては、野球の楽しさを伝え、前の夏大会では全国準優勝、その前は全国ベスト4、その前は全国ベスト8……と彼女が集めた部員達でそれ等を成し遂げた偉業者だ!

 

「それで……?ここに来ているという事は入部希望って事で良いんだよね?」

 

「うん!私達はこの遠前野球部に入部します!」

 

「OKOK!じゃあ入部届けの方は私の方で用意しとくから、それに記入してくれぃ!」

 

天王寺さんは手に抱えていた物を降ろして、何か考え込む姿勢になった。

 

「これであと2人……か」

 

「あと2人で9人ですか?」

 

「ん?いやいや、人数自体は私達を入れて11人だよ。今日は皆に休んでもらってるから、私しかいないけどね」

 

「人数そのものは揃っているんですね」

 

「私はマネージャーと選手育成を兼任してるし、他の面子は野球経験0の子達だからね。君達3人の加入は心強いけど、あと2人……。あの2人が私の見付けた金の卵達を更に上手く鍛えてくれると思うんだよ」

 

野球経験0なのに、どうして金の卵ってわかるんだろう……?

 

「…………」

 

「あれ?あそこに誰かいるよ?」

 

私達を覗いている人影が……って!

 

「……いなくなっちゃった」

 

「多分あの2人の内のどちらかだろうなぁ。私が行動を始めた秋頃からずっと監視してるんだよね。いい加減素直になれば良いのに」

 

「素直に……?」

 

「訳ありで野球を辞めてる2人なんだよ。凡その見当は付くけど、多分私じゃ説得出来ないから、困ってるんだよ……」

 

天王寺さんが手を焼いている人達って誰なんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「野球部、最低限の人数揃ったみたいやで」

 

「そう……」

 

「水鳥の思った通り、アパートに越して来た3人が野球に入ったみたいやわ」

 

「はぁ……」

 

(もう私は野球を辞めたんだ。2度と野球なんてやるもんか……)



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遠前野球部に足りないもの

翌日。授業が終わって、真深ちゃんとユイちゃんと合流して、部室に足を運ぶ。

 

「おっ?来たね。もう全員グラウンドに揃ってるから、なるはやで着替えちゃって」

 

部室に来るなり天王寺さんはそう言って部室を出て行った。

 

「私達以外の部員達……どんな人かしら?」

 

「野球経験0って天王寺さんは言っていたわよね?それと金の卵とも……」

 

そこが気になるところなんだよね……。でも今は早くグラウンドに行こう!!

 

「…………」

 

……また見られてる感じがする。昨日天王寺さんが言ってた2人の内のどちらかなのかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着替えてグラウンドに向かうと、そこにはノックを受けている部員達の光景が……。

 

「ファースト!」

 

 

カンッ!

 

 

「天王寺先輩が打った打球ってかなり難しい打球よね?」

 

「あの打球は中々捕れるものじゃないかもね……」

 

 

バシッ!

 

 

『捕った!?』

 

私達3人はあのファーストが難なく打球を処理している姿に目を疑った。アメリカでも今の打球を捕れるファーストは少ないわよ……?

 

「次!セカンド!ショートと合わせてゲッツー!!」

 

 

カンッ!

 

 

次に打たれた打球は一二塁間に痛烈な当たり。これも処理するのは簡単じゃない。そんなノックをいとも簡単に打てる天王寺先輩って本当に何者……?

 

「また捕った……。凄いわね。連携もバッチリ」

 

ユイの言う通り、セカンドの人の打球処理も落ち着いていたし、ショートもそれに合わせて、連携も完璧なものにしている……。本当に素人なのか疑いたくなるわね。

 

その後も各ポジション毎に難しい打球を天王寺先輩が打って、それを上手く処理する彼女達……。この守備力は私達がいた高校の人達よりも上かも知れないわ……。そんな選手達が7人もいるのね。

 

「一旦休憩!真ん中に集合!!」

 

天王寺先輩の号令で私達もそれに合わせる。

 

「今日から新しく3人も部員が入る……。3人共私達を全国制覇まで導かんとする最高の選手達だ!」

 

わ、私達の事を持ち上げ過ぎなのでは……。

 

「か、風薙彼方です!2年生で、ポジションは投手、一塁手、三塁手、外野手を守れます!約半年と少しという短い間ですが、よろしくお願いします!」

 

彼方先輩の自己紹介に続いて私達も……。

 

「ウィラード・ユイ、1年生です。ポジションは投手と三塁手です。皆さんと切磋琢磨していけたらと思っています!よろしくお願いします!」

 

「同じく1年生の上杉真深です。ポジションは外野手です。打撃方面を得意としていますので、それで皆さんの援護を出来れば……と思っています。よろしくお願いします」

 

自己紹介はこんな感じで 大丈夫かしら?変な事を言ったつもりはないけれど……。

 

「次は私が見付けてきた金の卵達を紹介するよ!まずは内野(予定)から!」

 

「草野盾です。2年生で、練習ではファーストとサードを守ってるよ。よろしくね」

 

先程ファースト頭上の高い打球を余裕持って捕球した人。おっとりとした雰囲気だけど、きちんと鍛えられている……。確かに金の卵なのかも知れないわね。

 

「1年の森川雫っす。ポジションはショートとセカンドが主になるっす」

 

「わ、わたしは冴木昌です。1年生で、セカンドとショートを守ってます」

 

さっきの連携が完璧だった二遊間の2人……。この2人はそれぞれ逆のポジションも守れるようにしてるのね。

 

「サードとコンバート用に外野を守ってます。兼倉洋子。天王寺や草野と同じ2年生、同じクラスになるよ」

 

兼倉先輩の話によると天王寺先輩がもしもの時に備えてコンバートしているみたい。天王寺先輩はどこまで先を見据えているのか気になるわね……。

 

「最後は外野(予定)の3人!」

 

「2年生、矢部明美でっす!天王寺さんには良くしてもらってまっす!」

 

矢部先輩は彼方先輩に負けてないくらいに明るく、元気な人ね。

 

「夢城姉妹の姉の方の由紀です。1年生で、外野と、天王寺先輩の指示で投手の練習もしてます」

 

「夢城姉妹の妹の方の亜紀です。1年生で、外野と、サード、ファーストを天王寺先輩の指示で守ってます」

 

夢城由紀ちゃんと夢城亜紀ちゃん……。双子の姉妹ね。喋り方がどこか似ているのも双子だからかしら?

 

「……で、部員はこれで全員なんだけど、問題が2つあるんだよね」

 

「問題……?」

 

天王寺先輩が意を決したように発言する。

 

「1つ目は……彼女達の試合経験が0な事。真深とユイは3月にシニアリーグの世界大会もあるから、それまでにどこかで何試合かはやっておきたいんだけど……」

 

「この中途半端な時期に試合を組んでくれるところがあるかって事かな?」

 

「まぁ当てがない訳じゃないから、その辺はなんとかなる。そして2つ目。こっちの方が重要な事なんだけど、彼女達のポジションを聞いてたら大体わかってくる……筈」

 

紹介してもらった人達のポジション……まさか!?

 

「ひょっとして……!?」

 

「嘘……!?」

 

「……その様子だと3人共気付いたみたいだね。そうだよ。今の野球部には捕手を守れる人間が1人もいないんだ」

 

つまり彼方先輩の球を捕れる捕手については未だにいない……という事ね。

 

「こ、心当たりはいないのかな……?」

 

「う~ん……。1人いるにはいるんだけど、その子は昨日も言ったように訳ありなんだ」

 

昨日天王寺先輩が言ってた私達を見ていた2人の内の1人かしら?

 

「川越リトルで捕手を務めてたから、実績も間違いない……と思う。多少のブランクはあるだろうけど、彼方やユイの球もきっと捕れると私は思ってるよ」

 

凄い自信を感じるわ。余程その人を信用しているみたいね……。

 

「……まぁその辺りの事は追々やっていこう。今は練習練習!」

 

天王寺先輩はそう言っているけれど、本当にその人は入ってくれるのかしら……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃ傑作やな。あの野球部、まともに捕手が出来る奴が1人もおらんらしい」

 

「なら野球部創部は無理じゃない?」

 

「水鳥、おまえスカウトされるんちゃうか?元々捕手やっとった訳やし」

 

「無理。私はもう野球やりたくないから。もしもやるとしたら……」

 

「やるとしたら?」

 

「外藤も道連れにする。ポジションは違えど、外藤も捕手の経験ある筈だし……」

 

「おお怖……」



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水鳥志乃

遠前野球部に入って初の練習が終わった……んだけど。

 

「意外とハードな練習だったわね……」

 

「確かに。初心者だらけの野球部の練習内容じゃないような……」

 

天王寺先輩の練習内容は私達のいたアメリカの高校でもかなりキツいもの。それを……。

 

「う~ん……!今日は思いの外よく動けた気がするよ」

 

「盾先輩が私達の中で1番伸びてるっすね」

 

「そう言う雫ちゃんも守備良くなったよ」

 

今日1日の練習を見る限りだと草野先輩と森川さんがこの中で群を抜いてた。その次に……。

 

「亜紀、私達は外野の双璧を成す存在になるべきよ。私がレフトを極めるから、亜紀はライトを極めなさい」

 

「由紀、外野の双璧を目指すのも悪くないけど、私達は天王寺先輩からの指令でサブポジションをこなさないといけないわ。特に由紀は風薙先輩とウィラードさんに続く投手にならないと……」

 

夢城姉妹。この2人に関しては外野の守備は完璧だった。由紀が言うように姉妹で外野の双璧を成してるんじゃ……?これは真深も危ないかも知れないわね。

 

「洋子ちゃん、私達も負けてられないねぇ……!」

 

「私達には私達のペースがある。もちろんそれを理由に停滞して良い訳じゃないけど、頑張っていこう」

 

矢部先輩と兼倉先輩はどちらもマイペースながらも、練習には何喰わぬ顔で着いて来ている……。

 

「あの、私達の練習……どうでしたか?」

 

「えっ?」

 

冴木さんが突然声を掛けてきた。

 

「……良かったわ。私達も負けてはいられない」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

(これは正直な気持ち……。私達が新しく入った野球部はアメリカにいた頃と同じ……いや、彼女達が初心者だと考えるとそれ以上ね)

 

これであとは天王寺先輩が言う捕手候補の人が入ってくれれば……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「態々残ってくれて助かるよ」

 

「気にしないで!私達にとっても大切な事だし」

 

今から私達3人は天王寺さんが言う捕手候補を勧誘に行くんだけど……。

 

「あの、本当にこっちで良いんですか?」

 

「合ってるよ」

 

こっちって私達が住んでるアパートの方向……だよね?

 

「さて……着いた」

 

「えっ……?」

 

「ここって……!?」

 

やっぱり……。私達が住んでるアパート……『水鳥荘』だ。

 

「みーずーどーりーさーん!私達と一緒に野球しましょー!」

 

天王寺さんが呼び掛けてるのは……水鳥さん?

 

「……うるさいんだけど?」

 

「なんだいるじゃん。前に来た時は居留守使われたから、強行突破しようと思ったのに……」

 

「それが嫌だから、嫌々ながらも対応に来たの。他の住人に迷惑掛かるし……」

 

私達が初めて訪れた時に対応してくれた……管理人代理の人だよね?もしかして私と同い年?

 

「それで?返事は?」

 

「何度押し掛けてきても同じ……。野球は2度とやらない」

 

「頑なだなぁ……」

 

本当に。水鳥さんに何かあったのかな……?

 

「……そうやって逃げるんだ?リトルの時と同じように」

 

「っ!貴女に何がわかる!?私が……どんな想いで、どんな惨めな気持ちになったか……!」

 

「わからないなぁ。私は水鳥さんじゃないからね。まぁ水鳥さんの場合は比べる相手が悪かったとしか言いようがない」

 

「……っ!とにかく、私は野球をやらないから。他を当たれば?」

 

 

バタンッ!

 

 

ドアを閉めちゃった……。

 

「駄目かぁ……。また出直すかな」

 

「ねぇ、水鳥さんに何かあったの?」

 

「う~ん……。まぁよくある事なんだけどね……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか強行突破してくるなんて……」

 

「押し切られそうやったな」

 

「まさか……」

 

(そう……。私は野球なんか2度やらない。リトルの頃に圧倒的な実力差を感じてから、野球をするのが馬鹿みたいになった)

 

「別にあと数ヶ月やし、力を貸したってもええんちゃう?」

 

「……外藤は野球、するつもり?」

 

「まさか!ウチはこんなしょぼい高校で態々野球なんかせえへんよ」

 

「……だよね」

 

「ほな、ウチはこれで失礼するわ。また明日~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という訳で水鳥さんのリトル時代のデータって調べられるかな?」

 

『任せるでござるよ。練習の合間にやっておくでござる』

 

「ありがとう静華ちゃん!」

 

水鳥さんに何があったのか……。それさえわかれば、力になれると思うから!



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才能の壁

彼方先輩は調べる事が出来た……と言って、どこかに出掛けて行った。水鳥先輩の件についてかしら……?

 

「真深、とりあえず私達だけでも水鳥先輩を説得しましょう」

 

(昨日の状態を見る限り、水鳥先輩の説得は簡単ではないけれど……)

 

「……そうね」

 

色々思うところはあるけれど、今は水鳥先輩と話がしたい。

 

 

ピンポーン。

 

 

呼び鈴を鳴らして、出て来たのは水鳥先輩ではなく、黒いマスクをした女性だった。

 

「……水鳥ならおらんぞ。今日は水鳥の祖母……このアパートの管理人と話しに行っとるからな」

 

「あの、貴女は……?」

 

水鳥先輩を名字で呼んでいる事から姉妹や親戚の類いではないわね。そもそも似てないし……。

 

「……ウチは外藤。外藤恭子や」

 

「私達は……」

 

「上杉真深とウィラード・ユイやろ?あともう1人、風薙彼方も合わせた3人、かなりの有名人やで?野球やっとったら知らん奴はおらんよ」

 

遠前野球部では天王寺先輩以外は私達の事を知らなかった様子だけれど、野球やってる人は皆知っている……とばかりに外藤先輩は言うけれど……。

 

「それなら水鳥先輩は私達の事を……」

 

「もちろん知ってる。あいつは訳ありで、野球やってる奴には塩対応するからな」

 

(……だから、どこか冷たい印象を感じたのね)

 

(それを表に出さないのは、アパートの管理人代理を勤めているから……)

 

「まぁあいつは才能……ってもんを知ってしまったからな。それで野球は辞めたみたいや」

 

「才能……?」

 

「才能……ってよりは上杉にもある『異常』の方に当てはまるな」

 

「い、異常!?」

 

私ってそんな風に思われていたの……!?

 

「もちろん良い意味での話や。ちなみにウィラードはその一歩手前に属してる」

 

「……私はまだまだ真深には追い付いていないのね」

 

ユイ、今そこは論点じゃないのよ?

 

「あいつはリトル時代にそれを目の当たりにした……。おまえ達は川越リトルって知っとる?」

 

川越リトル……確か早川さんや二宮さんがいたチームね……。

 

「はい……」

 

「水鳥もそこのリトルで野球やっとったみたいでな?あいつは才能ある選手やったから、4年生の時点でスタメンマスクを被って、冷静なリードで味方投手の力を引き出して、相手打者を翻弄させた事で将来を期待された捕手になる予定やった……」

 

順風満帆な野球生活を送っていたのね。

 

「でもそれならなんで……?」

 

「……その1年後に1人の捕手が入って、そこからあいつの歯車は狂い始めたんや」

 

1人の捕手……まさか!?

 

「二宮瑞希って言っとったっけ?曰くそいつも『異常』の持ち主みたいやで」

 

(ねぇ真深、二宮さんって年末に出会った小柄の……?)

 

(ええ。その二宮さんで間違いないわ)

 

だとしたら、水鳥先輩は二宮さんの才能に、『異常』に……?

 

「普通に自分よりも上手い奴、才能のある奴やったら井の中の蛙で済むけど、水鳥は才能の遥か先にある『異常』に押し潰された……」

 

「それで、水鳥先輩は野球を……?」

 

「恐らくな。まぁウチが聞いたんはそれだけや。これ以上は知らん」

 

水鳥先輩……。野球をこのまま辞めても良いんですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は水鳥さんを説得すべく、彼女と話をする為に、学校へ呼んだ。

 

「水鳥さんっ!」

 

「貴女……風薙彼方?話って何?」

 

「私達と野球やろうよ!」

 

「また……その話?私は金輪際野球は……」

 

「……二宮瑞希」

 

「っ!?」

 

やっぱり……。静華ちゃんの言う通りだったよ。

 

 

『水鳥殿は川越リトルで4年生からレギュラーを取っていたのでござるが、その翌年に瑞希殿が加入し、スタメンマスクを奪われたのでござるよ』

 

「そんな……。それだけで?」

 

『それだけで済めば良かったのでござる。彼女の場合は瑞希殿の異常性を目の当たりにして、それに畏怖したから、野球を続けるのが怖くなった……。まぁこれはあくまでも拙者の想像でござるが、水鳥殿は瑞希殿の見透かされたような、暗い闇のような眼で丸裸にされそうになったのでござる』

 

「丸裸に……?」

 

『左様。瑞希殿はリードが優れているだけでなく、捕球技術の高さ、情報量と情報力の多さ、味方投手を立ち直らせる才能、味方投手の力を上手く引き出す才能等々、捕手に必要なものを全て揃っているでござる。だから小学4年生の時点にして、中学……いや、高校レベルを越えているのでござるよ』

 

「そ、そこまでの捕手って普通はいないよ!?」

 

『だから瑞希殿は『異常』なんでござるよ。まぁその代わりと言ってはなんでござるが、打撃能力は当時並以下でござった』

 

「それで……水鳥さんは……」

 

『瑞希殿の才に嫉妬しているならまだマシでござったが、そこから弱気になり、ズルズルとリトル引退まで引き摺り、そのまま野球を辞めてしまったのでござるよ』

 

 

……というのが静華ちゃんが集めた水鳥さんの情報。静華ちゃんって何者なんだろう?本人は忍者って言ってたけど……。

 

「そう……。知ってるなら話が早い。私は二宮瑞希に負けて、逃げて、塞ぎ込んだ弱虫。こんな奴に構うより、新しい捕手を探した方が良いんじゃないの?」

 

水鳥さんは諦めたように、すべてがどうでも良いかのように呟く。私はただ……水鳥さんと野球がしたいだけなのに……。

 

(一体どうすれば良いの?)

 

こういう時、真深ちゃんやユイちゃんならどうするのかな?或いは遥なら……!



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もう1度……!

「そっか……。水鳥さんは後悔してない?」

 

「…………」

 

「後悔してないのなら、何も言わないよ。でも……」

 

「……私が、後悔してるように見えると?」

 

「少なくとも私の目にはそう映ってる」

 

今の水鳥さんは心のどこかで野球を辞めてしまった事を後悔しているように感じる。それはリトル所属時代に1度も瑞希ちゃんに勝てなかったからなのか、それとも……。

 

「ねぇ、私の投げる球を受けてよ」

 

「いきなりなに?」

 

「水鳥さんが野球を辞めたのなら、もう無理には言わないよ。でも最後に私の投げる球を見てほしいの……!」

 

(なんのつもり……?)

 

「ほら、ちゃんとグラブも2つあるから!」

 

私は鞄からグラブを2つ取り出す。

 

「はぁ……。わかったよ。1球だけ付き合ってあげる」

 

「本当!?」

 

「そうでもしないと延々と絡まれそうだから仕方なく……」

 

やった!

 

「18・44の距離から投げるからね!」

 

(実戦形式……というかこれ捕手用ミットじゃないよね……)

 

「いくよ……!」

 

「!?」

 

(威圧感が半端ない……。風薙彼方……野球をやってて、アメリカで知らない人はいないと言われた世界最強の剛腕投手……か)

 

この1球に私の、水鳥さんへの気持ちを込めて……!

 

 

ズバンッ!

 

 

「っ!?」

 

 

ポロッ。

 

 

(この球……!私が知る限りで1番速い。しかも捕球出来なかった……?)

 

「ありがとう、水鳥さん。最終的には溢しちゃったけど、私の想いを受け止めてくれて、本当にありがとう……!」

 

捕手をやってた水鳥さんはもう誘うのは無理そうだし、天王寺さんと一緒に新しく捕手を探すか、来年に入ってくる1年生達に期待してみよう。

 

「……待って」

 

「水鳥さん……?」

 

「これ、捕手用のミットじゃない。ちゃんと捕手用のミットなら捕れてた」

 

あっ、そういえば私が持ってきたのはどっちもキャッチボールする為のグラブだった……。

 

「明日、野球部のグラウンドに行く。その時にもう1度貴女の投げる球を受けてあげる。今度は完璧に……」

 

そう言って水鳥さんは去って行った。これって良い方向に話が進んでいるのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。部活の時間になってグラウンドに行くと、そこには捕手用ミットを持った水鳥さんが来ていた。

 

「……早く投げて」

 

私を睨むように、急かすようにそう言った水鳥さん。

 

「今度は……完璧に捕る」

 

(……!この感じ、もしかして……?)

 

私は今の水鳥さんから感じる気迫、そしてミットを構える姿から期待する……。私の本気を受け止めてくれるって……!

 

「うん!いくよ……!」

 

(!?彼方先輩から感じる威圧感……これまで感じたものよりも凄まじいわ)

 

(恐らく今から投げられるのは……彼方先輩が今まで投げたどの球よりも……!)

 

真深ちゃんとユイちゃんは察したみたい。今の私が今までで最高の球が投げられる事を……!

 

 

ズバンッ!

 

 

「……っ!」

 

「と、捕った……?」

 

(この感じ……忘れてた。捕手をやってて1番楽しいのは、投手の投げる球を捕球する事だって事を……!)

 

捕った……。捕ってくれた……!水鳥さんが!私の球を!!

 

「水鳥さん!!」

 

「わっ……!」

 

私は水鳥さんが私の投げた球を捕ってくれた事が嬉しくて、感極まって思わず水鳥さんに抱き付いた。

 

「ありがとう!ありがとう……!」

 

「なんでお礼を言うの……?」

 

「だって、だって嬉しかったから……!」

 

「あっそ……」

 

プイッと目を逸らした水鳥さんだけど、その顔はどこか嬉しそうにも見えた。

 

「おーい……。青春してるところ悪いんだけど、結局水鳥はどうするのかね?」

 

私と水鳥さんのやり取りを見てた皆を代表して天王寺さんが声を掛けてきた。

 

「……しばらく時間ちょうだい。色々とやる事があるから」

 

「それって……」

 

「……それが終わってからなら、入部しても良い」

 

「本当に!?」

 

「別に、私が区切りをしっかりと付けて、結果を残してから野球を辞めるつもりだから、勘違いしないで……」

 

「それでも良いよ!本当にありがとう!!」

 

「ちょっ……!だから抱き付かないで……」

 

(まぁもう1度だけ、もう少しだけ、野球を続けよう。キリの良いところまで……)

 

水鳥さんが入部してくれた事が、私の全力を捕ってくれる人が出来て、嬉しさのあまりに再度水鳥さんに抱き付いた。

 

「良かったですね。彼方先輩」

 

「うんっ!!」

 

これで遠前野球部がスタート出来るよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで野球部に入ったんか?」

 

「……まぁね。あの時は色々と中途半端な状態だったから、野球を辞めるにしろ、やりきってから辞める事にする」

 

「成程な……。まぁ別に水鳥が良いって思ってんのなら、良いんとちゃう?」

 

「あと外藤も野球部に入ってもらうから」

 

「は……?」

 

「言ったよね?私が野球部入部入る事になったら、外藤も道連れにするって……。管理人代理権限で外藤も入部確定。断ったら家賃上げる」

 

「……こんな何にも噛み合ってない職権乱用初めて聞いたわ」



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いよいよ実戦へ……!

水鳥さん……志乃ちゃんが私の球を捕ってくれてから1週間。志乃ちゃんの準備が終わったのか、グラウンドに来てくれている。

 

……志乃ちゃんの隣にいる黒いマスクをした子がやけに不機嫌そうなんだけど、何があったんだろう?

 

「今日から入ってくる新入部員を2人紹介する!」

 

「水鳥志乃。2年生。ポジションは捕手と、一応外野全般……。よろしく」

 

「……同じく2年生の外藤恭子や。隣におる奴の脅迫によって入部せざるを得んくなったから、しゃーなしに入部した。まぁよろしゅうな。ポジションはファースト、外野と……一応捕手経験も多少はあるけど、水鳥みたいな技術的なもんには期待せんとってくれ」

 

「別にあれは脅迫じゃない。交渉」

 

「どこが交渉やねん!?ウチの有無をなんも言わせん、めっちゃ一方的やったやんけ……」

 

そういえば真深ちゃんとユイちゃんが志乃ちゃんの部屋から外藤さんが出て来たって言ってたけど、あの2人ってどんな関係なんだろう……?

 

「じゃあ練習を始めるよ!今日は恭子の守備練と、志乃の捕球練を中心にやってくから!」

 

『はいっ!!』

 

この野球部って実質天王寺さんが仕切っている……よね?顧問の先生とかはそれでも良いのかな?や、別に不満は全然ないんだけど、なんか、こう……ね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシッ!

 

 

「ナイスキャッチ!」

 

「外藤さんってば上手いねー。流石野球経験者!これはファーストのポジションは取られたかなぁ?」

 

「いや、結構ギリギリやったぞ?なぁ草野、いっつもこんな練習しとるんか?」

 

「どうだろ?今日は比較的優しい方なんじゃないかな?それこそ私達が入った当初なんて、これの倍はキツかったもん」

 

「そうか……」

 

(それは恐らく天王寺のノックに身体が慣れたから……やろうなぁ……。こりゃブランクを言い訳には出来んな。ボヤボヤしとったら置いていかれるわ)

 

外藤先輩の捕球技術、安定してるわね。これでブランクがあるとは思えないわ……。

 

「次、レフト!」

 

私の番ね……!

 

「打球を打ち上げるから、捕ってそこからの送球は中継を挟むか、直接バックホームするかは任せるよ!」

 

 

カンッ!

 

 

天王寺先輩の打ち上げる打球……これ、ネットギリギリじゃない……!?

 

 

バシッ!

 

 

(な、なんとか捕れたわね……)

 

「バックホーム!!」

 

天王寺先輩がいつの間にかグラブを構えてそう言った瞬間、私は中継なしでホームに届くように、思い切り投げた。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイッスロー!!」

 

「嘘やん。ネットギリギリからノーバンで、送球の軌道が落ちる事なく、ホームまで届いたで……」

 

「真深ちゃんのポジションは確か外野だったね。今守ってるのがレフトだから、あれならレフトゴロとかもいけそう……」

 

「……強ち冗談でもなさそうやから、怖いわ」

 

草野先輩と外藤先輩が何やら話しているみたいだけれど、ここからだとよく聞こえないわね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「……ナイスボール!」

 

「凄い……。彼方先輩の本気のストレートも、ナックルも、ドロップも、難なく捕球出来てる……」

 

「別に……。大した事じゃない」

 

水鳥先輩は目を逸らしながらそう言うけれど、アメリカでも彼方先輩の球を捕れる人って少なかったのよ?

 

「次はユイちゃんだね!」

 

「あっ、はいっ!」

 

私の番ね。彼方先輩に比べると数段落ちるけど、少しでも彼方先輩に追い付けるように頑張らなきゃ……!

 

 

ズバンッ!

 

 

「……ナイスボール!」

 

(返球も一切の無駄がない……。5年以上のブランクがあるとはとても思えないわ)

 

(……ウィラードの球もなんとか捕れる。あの日……風薙の球を捕ったあの日から今日までで、5年以上のブランクを取り戻す為に、色々やってきた甲斐があった)

 

「次、シュートいきます!」

 

 

ズバンッ!

 

 

「……ナイスボール!」

 

私達の投球練習、そしてバッテリー練習は順調に進んでいった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、お疲れ!」

 

天王寺さんの一声で、皆はグラウンドでへたり込んだ。確かに結構キツい練習だったもんね……。

 

「今週末には練習試合を組んである!」

 

『れ、練習試合!?』

 

いつの間に練習試合なんて組んできたんだろ……?

 

「これは皆の実戦経験を少しでも底上げする為のもの……。これからは毎週末に2試合ずつやるから、それを頭に入れておくように!」

 

毎週末に練習試合をするんだ……。よーし、頑張るぞ~!

 

「……あと言っておくけど、練習試合では基本的に彼方、真深、ユイの3人はベンチスタートで行くから!」

 

へっ?

 

「ど、どうして……?」

 

「さっきも言ったように、この練習試合は彼方達3人以外の人達に経験を積ませる為のものだからね。状況次第で代打に出すかも知れないけど、基本的にはベンチだって事を覚えておいてほしい」

 

成程……。皆の為なら仕方ない……よね?

 

「じゃあ次の試合のオーダーを発表するよ。1番……ファースト、外藤恭子!」

 

「ウチが1番か……!まぁボチボチ頑張るわ」

 

「2番……ショート、森川雫!」

 

「……っす」

 

「3番……キャッチャー、水鳥志乃!」

 

「ん……」

 

「4番……サード、草野盾!」

 

「わ、私が4番なの……?」

 

「5番……ライト、夢城亜紀!」

 

「精一杯頑張ります」

 

「6番……ピッチャー、夢城由紀!」

 

「精一杯投げ切ります」

 

「7番……レフト、兼倉洋子!」

 

「下位打線か……。まぁ上の6人が強過ぎるね」

 

「8番……センター、矢部明美!」

 

「頑張りまっす!!」

 

「9番……セカンド、冴木昌!」

 

「い、今から緊張してきました……」

 

「……以上が次の練習試合のオーダーになる!練習試合の成績とか、彼方達3人が入る時に打順が上下したり、ベンチスタートだったりする事もあるけど、そんなのは気にせずに試合に挑んでほしい!頼んだぞ!?」

 

『おおーっ!!』

 

「皆、気合いが入ってるね。私も出たかったよ……」

 

「彼方先輩、これは彼女達に経験を積ませる為の試合ですから、天王寺先輩が言ってたように私達がベンチスタートなのは仕方ない事かと……」

 

そうなんだけどさぁ……!

 

(まぁ試合分析や、コーチャーとかも大切な仕事だし、そっち方面で頑張れば良いかな?)

 

皆の力が通用するかも楽しみだしね!



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予想以上

志乃ちゃんと恭子ちゃんが入部してから1ヶ月以上……。毎週末に私達遠前高校は未経験者に経験を積ませる為と、志乃ちゃんと恭子ちゃんのブランクを取り戻す為に練習試合を行ってる訳だけど……。

 

『ゲームセット!!』

 

この試合は6対2で私達の勝ち。

 

「よしよし、予定以上の出来で嬉しいね!」

 

「由紀ちゃんのピッチングも良い感じだしね」

 

「これまでの戦績が9勝1敗……。このチームが本当に初心者の集まりなのか疑いたくなる……」

 

志乃ちゃんの言うように、この中の半分以上が初心者かわからなくなるよ……。

 

(そういえば静華ちゃんが言ってたっけ?天王寺さんは他人の野球センスを見抜き、その人に合った練習をさせているって……)

 

それが今のあの子達なんだよね。凄いよね。でも……!

 

「私もいい加減投げたいよ~!」

 

「わっ!彼方ちゃんが駄々をコネ始めた!!」

 

「彼方先輩……。天王寺先輩、なんとかなりませんか?」

 

真深ちゃんが天王寺さんに交渉してくれている……。そうそう!その調子だよ!

 

「……まぁそろそろ彼方がわがまま言う頃だと思ってたから、次の相手は全国トップクラスの相手と練習試合を組んできたよ」

 

『全国トップクラス!?』

 

「この野球部も大きくなったもんやなぁ……」

 

「その試合ではユイを先発に、彼方をリリーフに回すから、頭に入れておいてね」

 

よーし!リリーフとは言え、やっと投げられる……。頑張るぞ~!

 

「ユイ、次の試合は先発みたいね」

 

「ええ……。私も投げるのはかなり久し振りだから、緊張してきたわ。それ以上に楽しみだけどね」

 

「……そういえばユイちゃんも投げるのは久し振りなんだね?」

 

「今までの10試合はほとんどが由紀ちゃんが投げていましたから……」

 

これまでの練習試合で由紀ちゃんが投げたのは68イニングと3分の1……。ハッキリ言って由紀ちゃんのスタミナは化物だ!

 

「次の試合では由紀を完全休養させるけど、良いかな?」

 

「……私は全然余裕ですが、天王寺先輩がそう言うなら、それに従います」

 

この会話……。無尽蔵のスタミナの持ち主って本当にいるんだね。

 

「それで?次の練習試合の相手はどこ……?」

 

「次の相手は……超打撃チームである、洛山高校だ!!」

 

洛山高校……。確かホームランの数とエラーの数が全国一の極端なチームだよね。そんな洛山を相手にユイちゃんが、私がどこまで通用するか楽しみだね!

 

「オーダーの発表は……当日まで待ってくれぃ!」

 

「なんや、随分焦らすなぁ……」

 

「次の試合は真深も頭から出場させる予定だから、色々悩むのさ。試合展開は打ち合いが予想されるから、こっちも最大火力を向こうにぶつけたくてね。だからどんな打順にするか、守備方面はどうするかを考える時間がほしい」

 

打ち合いかぁ……。ユイちゃんの球ならそんな簡単には打たれないと思うけど、洛山が相手だとどうなるかわからないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……という訳で、当日はその手筈でお願いね』

 

「りょうか~い。私達がそっちに向かえば良いんだね~?」

 

『そそ。詳しい事は当日にまた言うから!』

 

「OK~」

 

 

ブツッ……!

 

 

「……そんな訳で、当日は頼むよ2人共~」

 

「任せてください!」

 

「せ、精一杯頑張ります!」

 

「エルゼちゃん、リンゼちゃん、頑張ろうね!」

 

「もちろんよ和奈。私達もようやくこの洛山高校野球部にも慣れたところだもの」

 

「最初は押し潰されると思いました……」

 

「エルゼちゃんも、リンゼちゃんも洛山にはいなかったタイプだからね~。2人が新しい洛山の道を切り開いていくのだよ~」

 

「「はいっ!」」

 

(私も2人に負けてられないなぁ……。瑞希ちゃんの話だと上杉さんやウィラードさん、そして朱里ちゃんの師匠さんがいるんだよね)

 

「あの上杉さんとの打ち合いがシニアリーグの世界大会の前に出来るなんて……!当日が楽しみ♪」

 

(清本ちゃんもやる気に満ち溢れているね~。良い事だ~)




彼方「洛山高校に留学生が2人も来たよ!」

真深「うちも私達3人が留学生扱いなのでは……?」

ユイ「『異世界はスマートフォンとともに。』からエルゼ・シルエスカさんと、リンゼ・シルエスカさん。双子の姉妹ね」

彼方「ちなみに他にも他作品のキャラが既に出演しているから、探してみてね!」

ユイ「この小説でシルエスカ姉妹は私と真深の同級生、彼方先輩の後輩として出ているわ」

彼方「2人を獲得した洛山高校には何か理由があるのかな?」

非道「巷(この小説)では双子や三つ子が流行っているから、私達もそれに便乗したんだよ~」

彼方「ええっ?そんな理由で!?」

非道「3割冗談だよ~」

真深(は、半分以上本気なのね……)

非道「という訳で、シルエスカ姉妹の活躍は遠前高校と洛山高校の試合をお楽しみに~」


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矛と矛

いよいよ洛山高校との練習試合……。私、ユイ、彼方先輩の3人を出すという事は、相当に強いチームだと予測される。

 

「天王寺ちゃん、今日はよろしくね~」

 

「こちらこそ、よろしく頼むよ非道」

 

天王寺先輩は洛山高校のキャプテンと握手をしていた。

 

「…………」

 

「どうしたの真深?」

 

「ユイ……。対戦相手のキャプテンの人がどこか掴めない人だと思っていたところよ」

 

「確かに……。怪しげな雰囲気の持ち主よね。独特の空気があの人から流れてる気がするわ」

 

「それが非道さんの持ち味だからね」

 

ユイと話していると、後ろから声が聞こえた。

 

「久し振りね。真深、ユイ」

 

「お久し振りです。真深さん、ユイさん」

 

「エルゼちゃんにリンゼちゃん!?」

 

「驚いたわね。まさか洛山に2人がいたとは知らなかったわ」

 

エルゼ・シルエスカとリンゼ・シルエスカ……。シニアからの付き合いで、2人共上位打線を任されるレベルの選手だ。

 

「まぁ私達は真深達が遠前高校に留学した事は知っていたけどね」

 

「えっ?私達が遠前高校に留学する事は誰にも言ってない筈だけれど……」

 

そう、私達がアメリカを離れる事はギリギリまで世間に知られていなかった。2人のように親しい間柄の人には留学する事そのものは言っていても、どこの高校に行くかまでは言っていないのだ。

 

「……私達は非道さんにスカウトされて、この洛山高校に来ました。私達の事をよく調べていたみたいで、真深さん達の事も同時にチェックしていたんです」

 

「……ここだけの話、実際真深は非道さん達に注目されていたみたいよ?」

 

「えっ!?」

 

私が?彼方先輩でも、ユイでもなくて……?

 

「正確には野球部を引退した大豪月さんが……かしら?まぁ真深の豪快な打撃を見るとその気持ちはわかるわ。それに加えて小技も一級品と打撃方面に関してはトッププロレベル、それに加えて守備も高水準だから、洛山高校野球部の指導役に抜擢される可能性もあったみたい」

 

確かに高校に進学する際も日本の高校からは幾つかオファーが来ていた。その中には匿名のものもあったけれど、まさかそれが……?

 

「……まぁ可能性の話をしても仕方ないわ。真深が洛山高校に留学しなかったから、私とリンゼはここにいる。特にリンゼの成長は凄まじいわ。良い意味で洛山野球部に染まった……と言うべきかしらね」

 

「リンゼちゃんが……」

 

私の知るリンゼちゃんはアベレージヒッターで、小技を主に得意としていて、犠打の数と、四死球による出塁がシニアで……いや、アメリカで1番多かった。そんなリンゼちゃんが超打撃チームに鍛えられたとしたら……。

 

(もう私達の知るリンゼちゃんはいない……という事ね)

 

「お姉ちゃん、彼方先輩にも挨拶しないと……」

 

「そうね。じゃあ2人共、続きは試合で語りましょう」

 

「ええ……」

 

この練習試合……色々と荒れるかも知れないわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、じゃあ洛山戦のオーダーを発表するよ!」

 

いよいよだね……!

 

「1番と2番はこれまで通り、恭子と雫に行ってもらう。ポジションの方だけど、雫はそのままショート、恭子はライトを守ってもらう」

 

「今回はライトでの出場か……」

 

「了解っす」

 

これまでの練習試合では多少の打順変更はあったけど、恭子ちゃんと雫ちゃんはずっと固定だもんね。これはキチンと打順による成績を残している証拠だよ。

 

「3番はファーストで盾」

 

「私が3番……という事は……?」

 

「4番に真深。ポジションはレフトね」

 

「精一杯頑張ります」

 

真深ちゃんも4番での出場……。今までは代打で1、2回出てただけだから、真深ちゃんも本格デビューだね!

 

「5番にはユイ。今回は先発で行ってもらうからね」

 

「任せてください!」

 

ユイちゃんは張り切っている。私も早く投げたいなぁ……!

 

「6番は志乃。クリーンアップから降格したけど、志乃の安定した打撃術は買ってるからね」

 

「別に気にしてない。というか留学勢と草野が飛ばし過ぎなだけ……」

 

確かに盾ちゃんは今までずっと4番を打ってたもんね。ホームランも10試合で15本もホームラン打ってるし……。

 

「7番はセンターで亜紀!」

 

「ベンチで寛いでる由紀の分まで頑張ります」

 

「亜紀、私は別に寛いでないわ。天王寺先輩からの指令で休んでいるだけよ」

 

由紀ちゃん、ベンチの背凭れに凭れながら煎餅を食べてる時点で説得力皆無だよ。どう見ても寛いでるよ。他の皆も苦笑いしてるか、呆れているよ……。

 

「8番と9番は洋子と昌で。今回はこれで洛山高校との打ち合いに臨む!気合い入れていこう!!」

 

『おおーっ!!』

 

激しい打ち合いが予測されるこの練習試合……。出来る事なら、勝利をこの手に掴みたい!!



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まずは勢いに乗る事が大切

洛山高校との練習試合……。私達の先攻で始まる。

 

 

ズバンッ!

 

 

「速っ!今までの相手の中で1番速くない!?」

 

「何言っとんねん。洛山の投手陣の中でもあれは遅い方やで?」

 

「今投げてるの……データがないけど、1年生なのかな?」

 

「かもね。アメリカから留学してきたシルエスカ姉妹と併用してどんどんと新メンバーを使っていくみたい」

 

さっき久し振りにエルゼちゃんとリンゼちゃんと話したけど、性格とかは変わってなくとも、野球スタイルは変わっていても可笑しくない。私も油断せずにいかなくちゃ!

 

「まずは先制点取って勢いを付けようか。恭子、頼んだよ!」

 

「任せとき。出来るだけ相手投手の球種も見ていくわ」

 

恭子ちゃんが自信満々に打席へ向かう。経験者だけあって頼もしいね!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「低めにストレート……。コースギリギリで、手が出し辛いわね」

 

「的確に相手の弱点を突いていく……。それが非道のリードだからね。恭子の場合は大阪のシニアで野球をやっていたから、そこからデータを洗い出しているっぽいよ」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「同じ低めでも、1球目とは逆のコースね」

 

「投げた球はスライダーかしら?ストレートと相まって打ち辛そうね……」

 

「恭子ちゃん、大丈夫かな……?」

 

このまま弱点を突かれ続けて……なんて事はないよね?

 

「……皆は外藤を心配し過ぎ。私は外藤と野球をやるのは今回が初めてだけど、これまでのデータと本人の性格を照らし合わせたら、外藤は自身の弱点を克服する動きを見せる」

 

「志乃の言う通り。たかが弱点を突いた程度で打ち取ろうなんて甘い」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「当てた!?」

 

「ここで恭子が出塁する事が出来るかどうかで、今後の展開が変わってくる。頼むよ……?」

 

天王寺さんが恭子ちゃんを期待してる……。それだけ恭子ちゃんが凄いかがわかるよ。ずっと1番打者を任せてるくらいだしね。

 

 

カンッ!

 

 

恭子ちゃんが打った打球はサードの頭上を越えてヒットとなる。

 

「次は雫ね」

 

「これまで雫ちゃんはバント中心だったけれど、この試合はどうするのかしら?」

 

「ここは送りバントのケースだけど……」

 

洛山戦は打ち合いになるって言ってたし、下手にアウトカウントをあげる真似はしないんじゃないかなぁ……。

 

(さーて、雫には上手くやってもらうよ。普段の練習に追加して行った練習の成果をここで見せる時!)

 

(……了解っす)

 

天王寺さんは送りバント……とは少し違うサインを出していた。バントじゃないのかな?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「バントが警戒されてる……」

 

「ファーストとサードの動きは良いし、下手するとダブルプレー取られそう……」

 

「そうはさせないさ。雫はこういう時に備えてずっと練習してたからね」

 

練習……?

 

「ああいう風にバントをちらつかせて、如何にもバントをするように見せ掛けた……」

 

 

カンッ!

 

 

(バントじゃない!?)

 

(これはやられたね~)

 

「バスターエンドラン!」

 

打球はバントシフトの守備を抜けて外野へ。一塁ランナーの恭子ちゃんは三塁へ到達し、ノーアウト一塁・三塁のチャンス!

 

(練習の成果、出たみたいで良かったっす)

 

「さぁ、この調子で勢いに乗っていくよ!洛山相手じゃ10点取っても足りないくらいだからね!」

 

次の盾ちゃんだけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

初球から打っていって、その打球はセンタースタンドへ一直線。ホームランとなった。

 

「やった!先制スリーラン!!」

 

「ナイバッチ盾ちゃん!」

 

「元々盾はストレートに強いみたいだから、ああいうパワータイプの投手とは相性が良い。この勢いのまま続こう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真深ちゃん、相手投手のストレートは打ち頃だったよ」

 

「ありがとうございます。私も続いてみせます」

 

盾先輩の打球……。凄かったわね。将来はスラッガーとして大成しそうだわ。

 

(……今は私の打席に集中しましょうか)

 

戻ってきた3人と天王寺先輩から投手の持ち球を聞く限りだとストレート、スライダー、カーブ、チェンジUPと言ったオーソドックスな速球派の投手みたいね。決め球はスライダーだとか。それなら……!

 

(徹底的に決め球を狙って叩いていこうかしら)

 

「真深ちゃんファイト~!」

 

「この勢いに続いて行け~!」

 

ネクストサークルで待機しているユイの前で無様な姿は見せられないし、頑張らなきゃね……!



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上杉真深の打撃力と洛山高校の守備力

右打席に真深ちゃんが立った瞬間、ピリッとした空気が辺りに流れる。

 

「……流石、と言うべきやろか。上杉から感じる威圧感が半端ないわ」

 

「私達はそんな上杉と同じチームで野球をしてるんだ。彼女の足を引っ張らないようにしないと……」

 

「打撃方面で真深ちゃんよりも優れた打者なんていないんじゃ……?」

 

周りからはそんな会話が聞こえる。真深ちゃんの実力を正当に評価されて……なんか嬉しくなっちゃうね!でも……!

 

「……いるよ。真深ちゃんよりかはわからないけど、それに匹敵する、或いはそれ以上かも知れない打者が。そうだよね?天王寺さん」

 

「……そうだな。少なくともこの球場に1人。真深に匹敵する異常な打者がいる。それが洛山の4番……清本和奈」

 

そう……。私は瑞希ちゃんから聞いただけでその実態はわからないけど、清本和奈ちゃんは真深ちゃんに負けていない……いや、ホームランの総数なら真深ちゃん以上の持ち主……!

 

「清本ってあの小さくて可愛い子だよね?はぇ~、人は見掛けによらないものだね~」

 

「……まぁそれは和奈の打席になればわかるさ。今は真深の打席に注目しようか」

 

天王寺さんの一声で、皆が真深ちゃんの打席に注目し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

(う~む。これが上杉ちゃんか~。威圧感が半端ないね~。まぁ今日投げる子程度じゃ、全打席ホームラン打たれるのは確定っぽいけど、まぁやれるだけやってみますかね~)

 

日本に帰国して、日本の高校に入って、初めて頭から出場する試合……。ついつい張り切っちゃうわね。

 

(盾先輩に続いてホームランを狙う……なんてものも悪くないわね)

 

(……とりあえずこれまでの傾向から、上杉ちゃんの打ちにくい球を投げさせますかね~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(今の球は……!)

 

私が今尤も打つのを課題としている変化球ね……!

 

(まさかいきなり投げてくるとは思わなかったわ……。これも良い機会……かしらね)

 

思い切り打たせてもらうわよ!

 

「今真深ちゃんに投げた球は……?」

 

「シンカーだね。4球種目を隠し持ってたか……」

 

(確かに真深ちゃんが打ち取られる時はこれまでの傾向でもシンカー割合の方が多かったから、この機会に上手く対策出来れば良いんだけど……)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「しっかし凄いな。打ちにくそうにしてる割にはかっ飛ばすやん」

 

「それが上杉真深だからね。あくまでもシンカーが1番打ち取れる可能性があるってだけで、決してシンカーが打てない訳じゃない……。真深自身もこれを機にシンカー対策を完璧にしてほしいところだ」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(これも大ファールか~。こんななんちゃってシンカーだと上杉ちゃんを打ち取るのは無理だね~。大人しく決め球のスライダーを投げさせよ~)

 

3球目はあの投手の決め球であるスライダーね……!

 

(1番自信のある球を……打たせてもらうわよ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

(ありゃりゃ~。まぁこれは仕方ないね~。切り替えて行こ~)

 

「ナイバッチ!」

 

「ありがとうございます!」

 

(天王寺先輩の言う勢いに乗れて良かったわ。まだノーアウト……。取れる内にどんどん点を取っていきましょう!)

 

 

カキーン!!

 

 

5番のユイが続けてホームランを打ち……。

 

 

カンッ!

 

 

6番の志乃先輩がライトへ打ち上げたと思ったら……。

 

 

ポロッ!

 

 

『ええっ!?』

 

ライトの人がエラーをした。今のは比較的簡単に捕れるフライだと思うけれど……。

 

「あれが洛山名物のエラー祭りだ。シルエスカ姉妹がセカンドとサードに入った事で内野の守備が大幅に強化されたけど、やはり洛山の守備陣は根本的に捕球率が低い……。それはもう素人以下の時すらあるね」

 

た、確かにエルゼちゃんもリンゼちゃんもあの光景に慣れている様子……。これは心臓に悪いわね。

 

「しかしその素人以下になりうる事もある捕球率をカバー出来るのが洛山高校の超打撃……。今日投げるユイと彼方は心して臨むように!」

 

「はいっ!」

 

「もちろん!!」

 

1回表だけで7点を取る事が出来た。天王寺先輩の話によると、洛山高校は7点くらいならあっという間にひっくり返すみたいだし、用心して投げなさいよ。ユイ……!



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守備練習?

1回裏。洛山高校の攻撃は……。

 

「来なさい!」

 

エルゼちゃんからだ。シニア時代はクリーンアップを打ってたけど、洛山では1番なんだ……。

 

「さて……。シルエスカ姉妹は彼方達とは元チームメイトだ。ユイの球をある程度は知っているだろうね」

 

「それだとこの対面はユイちゃんが不利って事?」

 

天王寺さんと明美ちゃんがユイちゃんとエルゼちゃんの対面について話し合っている。2人の総合戦績は6対4でユイちゃんが勝ち越してはいるけど、それはあくまでもシニア時代の話……。今はどうなんだろうね?

 

 

カキーン!!

 

 

いきなり大きい当たりを打たれた!?

 

『ファール!』

 

(いきなりやってくれるわね……!)

 

(これくらいなら次はスタンドよ。もっと本気で来なさい!)

 

に、睨み合ってる……。そういえばこの2人の対決はこんな光景がよく見えた気がするなぁ。尤もエルゼちゃんがユイちゃんの球をあそこまで飛ばすようになったのは大きな成長だけど……。

 

「初球から行かれたかと思ったよ……」

 

「まぁ仮に打たれたとしてもまだまだ問題はないさ。最悪彼方をぶつければ私達が負ける事はないだろう」

 

な、なんか私が過大評価されてるよ!?

 

「……でもそれだとユイを先発にした意味がない。アメリカで好成績を叩き出したユイ……いや、これは海外からの留学生全般に言える事だけど、日本にもまだまだ強力な選手が潜んでいるって事をわかってもらう為にこの試合を組んで、ユイを先発に選んだんだ。まぁシニアリーグの世界大会に備えての最終調整……と言うのもあるけどね」

 

「そういえばもうすぐなんだっけ?私、野球をやり始めたのは天王寺さんに誘われたからだけど、観るのは結構好きだったりするんだよね。テレビでだけど」

 

「シニアリーグの世界大会までもう2週間を切ってる。向こうの4番である和奈も出るみたいだし、互いに今の内から対策を練ってもらうのさ」

 

「ユイちゃんと……あと真深ちゃんはアメリカ代表で、洛山の4番のちっちゃな子は日本代表……。チームメイトとしてはユイちゃんと真深ちゃんを応援したいけど、日本人としてはどうも日本代表を応援したくなるんだよね……」

 

「それは明美の好きにしたら良いさ。私は状況に、打者や投手に応じて応援する相手を変えるけどね」

 

そっか……。もうそんな時期なんだ。私も朱里ちゃんと一緒でシニアリーグの世界大会は出なかったんだよね……。

 

(でも今年は朱里ちゃんも世界大会に出て来る……。真深ちゃんとユイちゃんにとっては朱里ちゃん最大の脅威になりそうなんだよね)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「……それにしてもこれで5球目か。やはりというか、ユイが不利になってきているな」

 

「そうなの?その割にはユイちゃんは余裕があるように見えるけど……」

 

「ユイはこの野球部に入ってからは打たせて取るピッチングを改めて学んだからね。全ては皆の守備練習も兼ねて……。しかしエルゼ・シルエスカを相手にすると今投げているユイの球だとスタンドまで運ばれかねない」

 

い、今とんでもない事を聞いたような……。超打撃チームを相手に打たせて取る守備練習をしてるの!?だからユイちゃんはまだ余力を残してるんだ……。

 

「……余計なホームランは避けたいし、1~4番に対しては縛りを解除しますかね。タイム!!」

 

天王寺さんがタイムを掛けて、ユイちゃんのところに駆け寄った。

 

「天王寺先輩……?」

 

「ユイ、1~4番相手には思い切りやって構わないよ」

 

「……良いんですか?」

 

「本来なら洛山打線が放つ鋭い打球を皆が対処出来るようになる為にこの試合を組んだところもあるけど、1~4番を相手にそれをやると余計な失点を招きかねないからね」

 

「……わかりました。全力で抑えに行きます!」

 

「頼んだよ」

 

あっ、天王寺さんが戻ってきた。

 

「ユイちゃんになんて言ったの?」

 

「1番のエルゼ・シルエスカ、2番のリンゼ・シルエスカ、3番の非道、4番の和奈を相手には全力で投げるように言ったのさ。これ以上粘られると面倒な事になるしね」

 

「そ、そうなんだ……」

 

天王寺さんはどこまで先を見てるんだろう……。

 

(天王寺先輩からも許可をもらったし、全力で抑えに行くわよ!)

 

(……!やっと本気を出すみたいね。私を相手に出し惜しみするなんて随分と余裕じゃないの)

 

空気が更にピリッとする……。この1球で2人の勝負が決まりそうだね。

 

(彼方先輩には遠く及ばなくても、これが私の全力……!)

 

(今までで1番速い!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ユイちゃんが最後に投げたストレートは私が知る限りで、1番速いストレートだった……。ナイスピッチだったよ!



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洛山で1番警戒すべき打者は……!

エルゼちゃんを三振に抑えたユイちゃん。このまま勢いに乗れるのかなって思ってたけど……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「粘られるね」

 

「シルエスカ姉妹の妹の方……リンゼ・シルエスカは粘りに長けてるからね。彼女は総合打率こそは低いものの、ああいう風に粘って四球になったり、ランナーがいる時は送りバントをする事が多いんだ」

 

ベンチでは再び天王寺さんと明美ちゃんの会話。今度はリンゼちゃんについて話している。

 

「じゃああの2番の子はうちで言うところの雫ちゃんみたいな感じなんだ?」

 

「まぁ雫もリンゼ・シルエスカも犠打に特化させている性能をしているのは間違いないけど、リンゼ・シルエスカの場合はあの洛山高校にいるからね……」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「……あんな風にホームランすれすれの大ファールを打ったりもする」

 

「えっ……。ユイちゃんってアメリカでは凄い投手だったんでしょ!?」

 

「そうだよ。私目線の話に限れば同い年~2個上くらいの年齢でユイよりも凄い投手は彼方くらいなんじゃない?尤もこの日本には神童裕菜や大豪月といった彼方に負けず劣らずな投手もいるけどね」

 

な、なんで私が褒められる流れになってるんだろう……。

 

「ちなみに天王寺さん的にユイちゃんよりも凄い投手は他にもいるのかな?」

 

「そうだねぇ……。昨今は打者の方に逸材が多いから一概には言えないけど、私と同じシニア出身の子で完全無欠に相応しいってシニア内で評判の選手が1人だけいたっけな」

 

天王寺さんが言う子って多分朱里ちゃんの事だよね……?朱里ちゃんの活躍は静華ちゃん経由で聞いてるし。

 

「その子はどんな投手なの?」

 

「トリッキーな投手かな。ユイは速いストレートと、それに合わせた変化球で相手を三振させるタイプだけど、その子は映像を見るだけでは決してわからない球を複数操り、更にはストレートもユイ程じゃないけど速い」

 

「ほえ~。そんな投手がいるんだね?」

 

「私達の横にも奇妙奇手烈な球を投げるのがいるじゃん」

 

「ああ……」

 

あれ?なんか2人が私の方を見て何か言いたそうな顔をしてるよ?朱里ちゃんに教えたストレートに見せ掛けた変化球を私なりに限りなくストレートに近付けた『あれ』は確かに変わってるけど、そこまで言うかな……?

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「あっ!?」

 

「まぁ仕方ないか。正直今のは志乃の方に原因があるかな。志乃自身それはわかっている筈だけど……」

 

ユイちゃん、志乃ちゃん、まだまだ先は長いんだから、無理は駄目だよ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルゼを三振にしたのは良いけれど、リンゼを歩かせてしまったわね……。

 

「ごめん。ちょっと慎重に行き過ぎた……」

 

「……いえ、仕方ありません。後続を抑えて行きましょう」

 

「……3番、4番は今の洛山でツートップを張ってる打者。この2人を歩かせて5番以降と勝負した方が安全だと思うけど、どうする?」

 

「勝負します。公式戦ならともかく、これは練習試合……。それに4番の清本さんとはシニアリーグの世界大会で相見える可能性もある以上、ここで何かしらの対策が浮かぶ可能性もありますので」

 

「……わかった。ウィラードに任せるよ」

 

志乃先輩は私に任せると言ってくれた。私のワガママを聞いてくれた……。

 

「よろしくね~」

 

(絶対に……抑えてみせる!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い流れになりつつある……。ここで非道と和奈を切る事が出来れば……いや、1打席目の非道はまだ警戒しなくても大丈夫か……?」

 

「クリーンアップに入るから、バッテリーも慎重にならざるを得ないね」

 

「由紀みたいに図太さの権化ならまだしも、普通の投手はそうもいかないからね」

 

「失礼な。私のどこが図太いと言うのですか」

 

「この状況において湯呑みでお茶を啜って、寛いでいるところかな?」

 

「これはお茶ではありません。スポーツドリンクです」

 

「湯呑みでスポドリとか斬新だな……」

 

ピンチの場面なのに、この緩やかな空気はなんだろう……?

 

「……そういえば天王寺さん、1打席目の非道さんなら心配ないって言ってたけど、あれはどういう事なの?」

 

「過去の統計によると、非道の1打席目は全部三振なんだ。映像で見ると1球もバットを振っていない」

 

「1球も……?」

 

「彼女と対戦した投手の話だと、1打席目で相手投手を分析、観察し、2打席目以降で確実に捉える……そんなバッティングを非道は得意としているよ」

 

「なんか変わってるね」

 

「まぁ野球を始めたばかりの7人ならそんな感想で済むけど、投げている投手からすれば不気味……の一言に尽きるよ。普段は眼帯してるけど、打席に立つ時と、捕手を守る時はモノクルを装着してるし……。私からすれば洛山で1番厄介な打者は間違いなく非道だよ。極力相手にしたくない」

 

不気味な打者かぁ……。どんなのかは対面しないとわからないけど、1度対戦してみたさはあるよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(1球も振って来なかった……?)

 

(データによると、非道は1打席目は手を出さないから、ストレートだけを投げさせた。これが2打席目以降にどう出るか……)

 

(フムフム……。ウィラードちゃんの攻め方はなんとなくわかったかな~?)

 

あの非道って打者……。アメリカでは見なかったタイプの打者だった。これは2打席目以降、警戒が必要かしら?いや、今はそれよりも……!

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

(4番の彼女ね……!)

 

天王寺先輩の話によると、この清本さんは早川さんや二宮さんと同じリトルシニア出身で、通算ホームラン数が200本を越える超スラッガー。

 

(世界大会前に彼女と当たれて良かった……。天王寺先輩には感謝ね)

 

今の私が木製バットを構えている彼女を相手にどこまで通用するか……試させてもらうわよ!



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清本和奈

「さて……。非道が洛山の中でも1番厄介な打者とは言ったものの、和奈は普通にキツイ打者だ。今のユイが和奈を相手にどこまで通用するか……。それによってこの試合の命運が決まると言っても過言じゃないね」

 

「あんなにちっちゃい子なのに?」

 

「和奈の身長に油断した馬鹿な投手がまず一発打たれる。そして1打席目に痛い目を見た投手は和奈の威圧感に呑まれて打たれるか、勝負を避けようとする……」

 

「……滅茶苦茶ですね」

 

それだけ聞くと本当に規格外だよね。さっきまで寛いでいた由紀ちゃんすらもユイちゃんと清本さんの対決に見入っちゃってるもん。

 

「しかし和奈は洛山に入ってから敬遠球を対処する方法を見付けた……」

 

「あの身長の低さでは難しいんじゃ……?」

 

「確かに明美の言う通り、難しい……というより普通は無理。和奈は体勢を崩して打ち、その際に転倒したとしても、その結果がホームランに繋がる……。それが和奈の鍛えられたリストから出てくるパワーさ」

 

「それは本当に人間ですか?」

 

「人間だよ。和奈の場合は少し特殊な疑いをかけられてはいるけどね」

 

「特殊な疑い?」

 

「……今はそんな事を気にしている場合じゃない。ユイは和奈との勝負は避けないだろうし、さっきの話は一旦忘れてユイを応援しよう」

 

天王寺さんの言う通り、色々気になる部分はあるけど、今はユイちゃんを応援しよう……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

(小さい身体から感じる大きな威圧感……!真深に匹敵するスラッガーね)

 

負けてはいられない。真深に勝つ為にも、遠前高校野球部が勝つ為にも、そして更なるレベルアップの為にも……!

 

(彼女を打ち取ってみせる!)

 

初球から渾身のシュートを投げる。初見では手が出ないとアメリカでは言われていた。だからそれだけの自信があったんだけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

(な、なんの迷いもなく打ってきた……!?)

 

(ウィラードのシュートは初見では対応が難しい……。それにも関わらずに、楽々と……!やはりあのリトルシニア出身の選手は化物ばかり)

 

『ファール!』

 

た、助かった……。レフト線ギリギリだったのね。

 

(思い切り、空振りさせるつもりで投げたのに、軽々と打たれるなんてね……)

 

(ユイのシュートを初見で打つなんてね……。流石、あの川越リトルシニアでずっと4番打者を務めていた清本さんだわ)

 

(初球のシュートをちらつかせて投げるのは、斜めに曲がるシンカーを……!)

 

(……了解しました)

 

志乃先輩からはシンカーのサイン。私も次はシンカーで攻めたいと思ってたし、案外志乃先輩とは意見が合うのかも……?

 

(真深を打ち取る……という目的で会得したシンカーに対してはどう出るのかしら……っ!?)

 

(2球目……!この軌道は……シンカーかな?)

 

 

カキーン!!

 

 

(これも合わせられた!?)

 

打球は再びレフトに切れてファール。

 

(これも躊躇なしに打ってきた……。清本は絶対的な自信を持ってウィラードの球を攻略してきてる……)

 

(このままだとどのコースに投げても今みたいに打たれるわね……)

 

こういう時、私の1番自信のある決め球を投げるべきなんだけど、1度それで真深に打たれているのよね……。

 

(それにこれは練習試合。そしてこれはまだ1打席目……。世界大会の事も考えるとここでとっておきを見せるのは時期尚早ね……!)

 

だから私は今投げられる中でも最高の球を投げる!

 

(あわよくば、ここで三振してくれるとありがたいけれど……)

 

 

カキーン!!

 

 

そんな簡単には……いかないわよね。

 

(……でもこの借りは、世界大会で返させてもらうわ!)

 

そんな想いを秘めて、文句なしのホームラン打球に対して振り返る事なく、私は後続の打者に集中する……。まだ試合は始まったばかりなのだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイバッチ和奈!」

 

「やりましたね!和奈さん!」

 

「…………」

 

「おやおや~?打った清本ちゃんはどこか不服そうだね~」

 

「……ウィラードさんはまだ全力を出していないみたいです」

 

「全力を……?」

 

「出してない……?」

 

「うん、ウィラードさんの表情からはそんな風に伺えたよ」

 

「……成程ね~。シニアリーグの世界大会が近いから、ウィラードちゃんにとっての最大の敵であろう清本ちゃんに手の内を晒さないようにしたのかな~?」

 

「多分……ですけど」

 

「目先の勝利よりも、長い目で見た時に繋がる勝利を優先したって事かしら。食えないわね」

 

「……思えば私とお姉ちゃんの時も、ユイさんはどこか余力を残しているようにも見えました」

 

「遠前高校野球部は天王寺ちゃんが育成した初心者の集まりだからね~。一部を除いた選手は全員素人だから、経験を積ませる為に打たせて取るピッチングをしているのかも~」

 

「……以前までのユイからは考えられないわね」

 

「ユイさんは三振を取りに行くタイプの投手ですからね」

 

「……だとしても関係ないよ。私達洛山高校野球部は打って繋げる事に集中すれば良いんだから」

 

「……そうね!」

 

「はい!」

 

(うんうん、1年生3人を中心に野球部のチームワークが広がっていくね~。清本ちゃんにはちょっと早いけど、部長業務をさせてみるのもありかも知れないね~)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4番に打たれたものの、後続の打者をユイちゃんは抑えて、2失点で済んだ。ユイちゃんの表情を見る限りだと、ホームランを打たれた事は引き摺ってないみたいで良かったよ!



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満塁のピンチで厄介な打者に回りました。更に後ろにはもう1人厄介な打者が控えています。どうしますか?

イニングは進んで3回裏。私達も洛山高校も打ち合いを続けている。いや、打ち合い……というよりは。

 

「しまった!?」

 

「ドンマイドンマイ!切り替えて行くで!」

 

ファーストの盾ちゃん、サードの洋子ちゃんが洛山打線が放つ鋭い打球を溢してしまっている。

 

「良いよ良いよ。そうやって声を掛け合って!何人かは素人なんだから、ある程度は仕方ない!それぞれが出来る限りのカバーをしていこう!」

 

(そう……。天王寺さんの言う通り、何人かは初心者にも関わらず、今までは捕球に問題はなかった。それは天王寺さんがノックをして捕球技術を磨いてきたから……。でも洛山戦になると今みたいなエラーが露呈し始めた。理由は恐らく天王寺さんが洛山の人達みたいな鋭い打球を頻繁に打てないだからだと思うけど……)

 

だとしたらこの練習試合も始めから行われる予定だったのかな?

 

「……彼方は私に対して何か思う事、言いたい事があるみたいだね?」

 

「それは……」

 

「まぁ後で聞くさ。今は今起こっているピンチを迎えているユイを応援するよ」

 

「うん、そうだね……」

 

状況整理をすると、3回裏でノーアウト満塁、更に次の打者は……。

 

「よろしくね~」

 

3番の非道さん。2回は表裏両方無得点で終わったから、7対2のまま。仮に満塁ホームランを打たれたとしても、まだ私達が1点リード。ここで非道さんを歩かせて、4番の清本さんと勝負して1打席目のようにホームランを打たれたとしても、まだ同点……。1番安全なのは非道さん、清本さんを連続で歩かせ、押し出しで2点を与える事なのかも知れないけど……。

 

(ユイちゃん、志乃ちゃん……!)

 

2人はこの状況下で一体どうするんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノーアウト満塁で、3番の非道……。トリプルプレーを取らない限りはこの後も清本に続く訳だけど……?」

 

「……志乃先輩はこの局面、どうしますか?」

 

味方のエラーと、私の四球によってノーアウト満塁のピンチを迎えてしまう。志乃先輩は私に任せてくれる……とは言ったけれど、この練習試合に勝つ為に志乃先輩の意見を聞いておきたい。

 

「……私は非道と清本を歩かせて2点与えるべきだと思ってる。それ程非道と清本は厄介な打者だから」

 

(やっぱり志乃先輩も同じ事を思ってるみたいね……。私も3番、4番を歩かせて、後続を抑えに行った方が安全だと思ってる)

 

シニアの時は似たような事をして真深に打たれた苦い思い出がある。今の状況はそれに類似しているから、本当にそれが正しい選択なのかわからなくなってくるわ……。

 

「……あくまでもこれは練習試合。ウィラードのやりたい事をやれば良い。私はそれに従うだけだから」

 

「志乃先輩……」

 

「でも後悔するような選択はなし。勝負するにせよ、歩かせるにせよ、ウィラードが後悔しない選択肢を選べば良い……」

 

そう……よね。私が後悔しない選択肢を取る事……。それが1番大切なのよね。

 

(それなら私は……!)

 

今、この状況において、私にとっての、遠前高校野球部にとっての最善を志乃先輩に伝える。

 

「……成程。強引に解釈すればそんなやり方もあるって事?」

 

「やっぱり強引ですかね?」

 

「まぁあの2人は過去の統計から見てもバカスカとホームラン打つし、他の打者からは今のところホームランになるような当たりは打たれてないし、うちの野球部の事を考えるとありかも知れない」

 

「じゃあ……!」

 

「うん、それで行く」

 

「ありがとうございます!」

 

タイムを終えて、私達バッテリーが取る行動は……!

 

「立ち上がった!?」

 

「満塁敬遠!?」

 

(成程ね~)

 

この3番の非道さんと……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

4番の清本さんを……!

 

「また立ち上がった!?」

 

「二者連続で……!?」

 

満塁の状況下で歩かせる事。

 

「バッテリーは中々思い切った事をしてきたな。満塁で敬遠……それも二者連続なんて野球史上初めてだ」

 

「普通なら満塁の時点で勝負せざるを得ませんからね」

 

「それ程あの3番と4番が危険だったって事……?」

 

「それもあるだろうけど、この場合はうち等の守備練習を兼ねている……という事を利用した、後続を打たせて取るって理由もあるだろうね」

 

「そっか!5番以降は打たせてるから……!」

 

「非道と和奈を相手にするとあの局面では間違いなくホームランだから、それを避けて2点を与えたって訳」

 

流石、天王寺先輩ね。私達の意図に気付いて、丁寧に説明してくれている……。

 

「まぁ盾達があそこの場面でエラーしなかったらそもそもこんな事になってないんだけどな!」

 

天王寺先輩のぐうの音も出ない正論によって盾先輩と洋子先輩が気まずそうに目を逸らすか、苦笑いしていた。それは今後の課題として頑張っていけば大丈夫だと思うけれど……。

 

(……何にせよ、ここからは皆を信じて打たせて行くわよ!)

 

満塁から敬遠なんて事を2度もやってしまった事に後悔はない……。むしろ清本さんに私の手の内を晒さなかった事から、世界大会で彼女を抑えやすくなったと考えればプラスなのよ!



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夢城姉妹

満塁から連続で敬遠して、7対4となった。尚もノーアウト満塁のピンチで5番打者と対峙するユイちゃん。

 

 

カキーン!!

 

 

5番の選手からいきなり良い当たりを打たれる。その打球はライトへと……。

 

「ライト!!」

 

「任せぇ!」

 

 

バシィッ!

 

 

『アウト!』

 

「やった!ナイスプレー!!」

 

ライトを守っている恭子ちゃんのファインプレー!しかもランナーは飛び出してたから、タッチアップも出来ない!

 

「どんどん打たせぇ。そもそもこの試合はうちらの守備練も兼ねとるからな!」

 

「はい!頼りにしています!」

 

その後も6番、7番とファインプレーによって洛山打線を2イニング連続で無得点で終わった。

 

(これは少し不味いかな~?白糸台以来の苦戦を強いられそうだ~)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし!予想以上の展開で私は嬉しいよ!」

 

3回裏が終わると天王寺先輩は凄く機嫌が良さそうに頷いていた。

 

「私達のエラーでピンチを招いてごめんね……?」

 

「守備練習、もっと頑張らなきゃ……!」

 

「気にしないでください。この試合はバッティングで返していきましょう!」

 

ユイの言うように、この試合は打ち合いの予定。エラーを帳消しに出来るようなバッティングを見せればそれで取り返せると思うけれど……。

 

「ユイの言う通り!盾はホームランを打てるパワーヒッターだし、洋子も他所の高校なら上位打線を任せられるくらいのアベレージヒッターだ。この試合はとにかく打っていこう!守備はまた練習すれば良い」

 

天王寺先輩も私と同じ事を思っていたみたいね。本当にこの人は彼女達……遠前高校野球部をよく見てくれているわ。

 

「この回は亜紀からだ!まずは出塁していこう!」

 

「了解しました。出塁を目指して頑張ります」

 

士気が上がっている中で、亜紀ちゃんとベンチで寛いでいる由紀ちゃんだけが無表情で、無感情で、淡々としている……。それはまるで機械のようだ。

 

「ねぇ天王寺さん、亜紀ちゃんと由紀ちゃんっていつもあんな感じなの?」

 

「あんな感じとは?」

 

「なんか無表情で、機械的な感じがして……」

 

彼方先輩が私達の思っている事を天王寺先輩に尋ねる。すると天王寺先輩からは……。

 

「由紀、話しても良い?」

 

「構いませんよ。私と亜紀にとってはもう今更な事でどうでも良いですし、今は天王寺先輩もいますし」

 

由紀ちゃんに確認を取ってから、天王寺先輩は口を開く。

 

「……夢城姉妹は幼い頃に肉親を亡くしてからずっとあんな感じだよ。むしろ当時に比べたら明るくなった方」

 

「そうなんですか?」

 

肉親を亡くした……という言葉に対して私達は少し暗くなるが、由紀ちゃんは気にしなくても良いと目で語っていて、天王寺先輩もそれがわかっているのか、話を続ける。

 

「詳しい経緯は話せないけど、うちで夢城姉妹を引き取って、それから私との生活を共にした。今も私のわがままに付き合ってくれるのさ。この遠前高校では野球を始めてくれてまでね」

 

「……本当ならば、清澄にいた頃も、その前の学校にいた頃も、私と亜紀は天王寺先輩の力になろうとしていました。天王寺先輩にはそれだけの恩義がありますので」

 

「私の事は気にしなくても良いって言ってるんだけどね」

 

「じゃあ天王寺が各地を転々としているのを2人は着いて行ったんだ?天王寺の親とかは天王寺のわがままはもちろん、2人の処遇について何も言わなかったの?」

 

「まぁ私の所は私の所でちょっと特殊だからね!」

 

特殊……。天王寺先輩も謎に包まれているのよね。洛山の非道さんはどこか掴めない人なのに対して、天王寺先輩は謎そのもの。まるで人間ではない、人間の形をした何かだと思ってしまうわ。

 

 

カンッ!

 

 

「おっ?先頭の亜紀が繋いだぞ!まだまだ勢いはうちにある……。続け洋子!」

 

「う、うん……」

 

先程の話を聞いたせいで、どこか気まずいわね……。当の本人である由紀ちゃんは湯呑みでスポーツドリンクを飲んでいるし、天王寺先輩も気にせずに私達の応援をしてくれている……。

 

「……まぁ色々言いたい事もあるやろうけど、それは後で、各々で聞いたらええやん?いつまでも湿っぽい空気は止めとこうや」

 

「外藤の言う通り。……それに私達には何も関係のない話。気にするなとは言わないけど、いつまでも引き摺っていたらもう気にしていないって言ってる夢城姉妹にも失礼」

 

恭子先輩と志乃先輩の言う通りね。今は切り替えて練習試合に専念しましょう!



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連打

あれから4回、5回、6回とイニングはどんどんと進んでいき、私達は合計で7点入れて14点になった……んだけど。

 

 

カキーン!!

 

 

「ま、またホームランを打たれた……」

 

「打たせて取るピッチングをしているとは言え、ユイちゃんの球はそう簡単には連打出来ない筈なのに……」

 

「まぁ今までが打たれなさ過ぎたんだよ。試合前にも話したけど、洛山のホームラン総数と打点は全国一。下手すれば世界の高校でもトップかも知れないんだから」

 

まぁそこまでの統計は取ってないけど……と言う天王寺さん。確かに3巡目だし、ユイちゃんの投げる球にも慣れてきているのかも知れないね。

 

「特にこのイニングから代打で出て来た根武谷、葉山、実渕の3人はそのホームラン総数と打点に貢献している……。この後投げるであろう黛も今の洛山には2人といない技巧派だし、下手すればこれ以上私達の追加点には期待出来ないかもね」

 

「で、でもまだ私達がリードしてるし、この回をユイちゃんが凌ぎ切ったら、あとは逃げ切るだけだよね!」

 

「その通り。彼方、最終回に投げてもらうから、肩を作っといて。明美は彼方の肩を作るのに付き合ったげて」

 

やった!やっと投げられる!

 

「うん!」

 

「了解でっす!」

 

明美ちゃんと一緒に肩を作りに行った。その時の私はいつもよりも嬉しそうな、機嫌が良さそうな顔をしていたと明美ちゃんは言っていた……。

 

「……三者連続でホームランで、未だにノーアウト、更には上位に回ってくるこの回……ウィラード・ユイはどこまで凌げると思いますか?」

 

「それはユイと、ユイを操る志乃次第さ。この試合はユイにとっても、他の選手にとっても良い刺激と経験になった筈。ユイと真深はシニアリーグの世界大会に向けてまた一皮剥けたと思う」

 

「……つまりはこれも天王寺先輩の想定に入っていたという事ですか?」

 

「それも当人達次第だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(彼方先輩が肩を作りに行っている……。私はこの6回裏で交代ね)

 

状況は6回で、スコアは14対11で私達がリードしている。超打撃チームが相手で、バックの守備練習も兼ねているとは言え、ここまで打ち込まれたのは初めてね……。

 

「洛山高校……アメリカのどのチームを相手よりも攻撃に極振りしたチームだと言う事を痛感したわ」

 

攻撃に極振りしているからなのか、1~4番を打っていた4人以外はエラーの連発だった。そういえば天王寺先輩はエラー総数も全国一と言っていたわね。こんな極端なチーム、アメリカにもいなかったわ……。

 

「……ウィラードはこの回まで投げ切ってもらうけど、まだ行けそう?」

 

「……はい。私はまだまだ大丈夫です!」

 

「天王寺からは『もう私達の事は気にしなくても大丈夫だから、思い切り投げてこい!』って伝言を受けてる」

 

「良いんですか?」

 

「……向こうが代打攻勢をしなければ、まだ打たせて取るピッチングをしてもらう予定だったみたいだけど、こうなった以上は仕方ないって」

 

……むしろそんな攻撃的なチーム相手に打たせて取るピッチングをして、11点で済んで幸運なのかしら?本来ならそれ以上……それこそその倍の点数を取られても可笑しくないって天王寺先輩は言っていたし。

 

「……わかりました。全力で相手打線を抑えてきます!」

 

「ん」

 

私がそう言うと志乃先輩は軽く返事をして、元の位置に付いた。よし……!ここからはギアを上げて行くわよ!

 

(強いて言うなら清本さんにはこの試合、ずっと打たれっぱなしだったのが少し心残りかしらね……)

 

それも世界大会でまとめて借りを返すわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「この試合、ウィラード・ユイが三振を取り始めましたね。5番以降を相手には初めてじゃないですか?」

 

「ユイが本来のピッチングをすれば少なくとも5失点くらいで済んでいたさ」

 

「……それでも5点は取られるんですね」

 

「1~4番……特に和奈は今まで投げたユイの球種に全て対応しているからね。リミッターを解放してもホームランを打たれていただろう」

 

(ユイが言っていたとっておき……というのを公開していたらまた別だっただろうけど、世界大会の事もあるからね……。ユイはそれを温存という形を取ったんだろう)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(まぁあの洛山打線とは言え、下位打線にはユイの全力は打てまい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウィラードちゃんはここで全力を出してきたか~」

 

「あれがユイさんの本来のピッチングです」

 

「清本ちゃんに回らないタイミングで全力解放しているのを見ると、ウィラードちゃんはここで降板かな~?」

 

「じゃあ次に投げるのは誰なんですか?」

 

「向こうで肩を作ってる2人の内のどちらかだろうね~」

 

(キャッチボールをしている2人の内の1人は彼方先輩……。彼方先輩の球ってまともに打った事がないのよね……)

 

(もしもし彼方先輩が出て来るまでに逆転出来なかったら、私達の負け……でしょうか)

 

(多分投げてくるのは風薙ちゃんだね~。風薙ちゃんのこれまでのデータを見る限り……うちで風薙ちゃんの球をまともに打てるのは清本ちゃんだけになりそうだね~。いや、下手すれば清本ちゃんですら打てるかわからないかも~?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「二者連続三振。本当に力を温存してたんだ……」

 

「それでうちの打線を相手に11点で済んでいるのは素直にウィラードちゃんの能力が高いからだね~」

 

「ですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

打たせて取るピッチングを止めたユイは1番のエルゼちゃんと2番のリンゼちゃんも3球で三振に抑えてしまう程のピッチングを見せた。

 

(遠前高校野球部に入ってから……また一段と成長したわね)

 

味方としては頼もしい限りね。



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終幕

『アウト!』

 

7回表。洛山高校の投手が変わったみたいだけど……。

 

「先発の人よりも球速は遅いのに、打ててないね……」

 

「そりゃ黛は今の洛山高校のエースだからね。黛の実力が、洛山高校野球部の環境がただ球速が速いだけが投手のあり方じゃないと物語っているようなものさ」

 

それはなんとなくわかるかも。球速の速い投手は確かに評価は高いけど、その逆も、球種と配球次第では完全に相手を抑え込める事が出来るんだから……。

 

「まぁこの回は下位打線だし、前のイニングまでで速い球に身体が慣れてしまったから、一段階遅くなった球を打つのには苦労するだろうね」

 

「確かに、リズムが乱れてますね」

 

『アウト!』

 

「さて、これでチェンジだ。最終回は彼方に投げてもらって、私達がリードしたまま逃げ切ろう!」

 

よし……!遂に私の番だね!張り切って投げるぞ~!

 

「ユイには念の為に洋子と交代でサードに、必要はないと思うけど、亜紀も交代かな。明美、センターに入って」

 

「了解でっす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やっぱり彼方先輩が出て来たわね……」

 

「これは、不味いです……」

 

「そ、そんなに凄い投手なの……?」

 

「凄いなんてものじゃないわよ!彼方先輩は……」

 

「お姉ちゃん待って。……和奈さん、非道さん、彼方先輩の実力は私達が説明するよりも、その目で見た方が早いと思います」

 

「よっぽど風薙ちゃんの投げる球が凄いんだね~。良いよ~。この最終回は私の打順からだから、リンゼちゃんの言葉の意味をこの目で確かめて来るよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし!投げるぞ~!」

 

彼方先輩……嬉しそう……。よっぽど投げたかったのね。

 

「よろしく~」

 

向こうの先頭は非道さん。清本さんとは別のベクトルで厄介な打者だけれど、彼方先輩はどう出るのかしら……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボ、ボール!』

 

「ありゃ?コース外れちゃったかな?」

 

コースギリギリにストレート。ただでさえ手が出し辛いコースなのに、それに加えて彼方先輩のストレートだから尚更手が出ないわね。

 

(確かに速いね~。でもこれは私のよく知るストレートの速さだから、打てないって程じゃないかな~?)

 

サードから非道さんを見ると、まだ余裕そうに見える。あれ程のストレートを打つ手立てがあるっていうの!?

 

(2球目は反対のコースにストレートを……)

 

(うん!)

 

2球目は1球目と反対のコースにストレート。これに対して非道さんは……。

 

 

カキーン!!

 

 

掬い上げるように彼方先輩のストレートを打った。その打球はレフトスタンドへグングンと伸びていく……。

 

『ファール!』

 

(彼方先輩のストレートがあそこまで運ばれたのは真深を相手にした時以来……。しかもあんなにあっさりと……!?)

 

(う~む、少しタイミングがずれちゃったね~。でも風薙ちゃんの持ち球がストレートだけなら、このままスタンドへ運んじゃうよ~?)

 

(ストレートだけじゃ抑えられない。じゃあ次は……!)

 

3球目、彼方先輩が投げたのは……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(ドロップか~。かなりのキレと変化量だね~。これを捕れる水鳥ちゃんは流石、川越リトルに在籍していただけあるね~)

 

(風薙が投げたドロップに対しても余裕のある見送り……。同じ球を続けて投げるのは危険……か。次はこれで)

 

(了解だよっ!)

 

カウントはワンボール、ツーストライク。彼方先輩は振り被って4球目を投げた。

 

(おっとっと~?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(よし!まずは三振1つ!……でも次に非道さんを相手にする時は気を付けた方が良いかなぁ?)

 

流石彼方先輩ね。あっさりと三振にしてしまったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん……。なんとかしてでもカットするべきだったかな~?」

 

「仕方ありませんよ!彼方先輩のストレートに対応出来ただけでも凄いです!」

 

「まぁあの球速のストレートは大豪月さんもよく投げてたからね~」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「そうそう~。だからストレートは問題なかったって訳~。それで次は清本ちゃんな訳だけど、ちょっと耳貸して~?」

 

「は、はい……」

 

「…………」

 

「わ、わかりました。やってみます!」

 

「行ってらっしゃい~」

 

「非道さん、和奈に何を言ったんですか?」

 

「ん~?風薙ちゃんの球種はストレート、ドロップ、ナックルの他に多分もう1つあると思うから、それを探って来てって言ったんだよ~」

 

「もう1つ……?」

 

「おやおや~?風薙ちゃんと同じチームにいたから、わかるものだと思ってたけど~?」

 

「……多分それを知っているのは彼方先輩のルームメイトだった真深さんとユイさん、そして彼方先輩の球を捕っていた当時の捕手だけだと思います。彼方先輩は完成してから見せるって言ったきりで、私もお姉ちゃんも知らないんです」

 

「……成程ね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お願いします!」

 

(清本さん……。ユイちゃんの球を3度に渡ってホームランにした、真深ちゃんに匹敵するスラッガー)

 

そんな打者と勝負出来るってだけでワクワクするよね!

 

(非道にはストレートを打たれてるし、清本にストレートを投げるのは危険。ここはドロップとナックルで攻める……)

 

志乃ちゃんは清本さん相手にストレートを投げるのは危険だと判断してるみたい。確かに盾ちゃんと同様、ストレートが得意な感じはするよね。

 

(じゃあまずはドロップを!)

 

どうかな……?

 

 

カキーン!!

 

 

う、打たれた!?

 

『ファール!』

 

あ、危ない危ない。まさかドロップがあんなにあっさりと打たれるなんて……。

 

(……次はナックルで)

 

(うん!)

 

2球目に投げるのはナックル。不規則な変化で空振りや凡打を誘う球なんだけど……。

 

(ナックル……変化の軌道は……!)

 

 

カキーン!!

 

 

嘘!?これも打たれた!?

 

『ファール!』

 

打球はレフトに切れてファール。これはナックルの軌道を完全に読まれてるね……。

 

(彼方先輩の変化球をまるでピンポン球みたいにあっさりと打つなんて……!)

 

(真深でもあんな簡単には打ててないわよ……!)

 

(よし、なんとか着いて行けてる……。この勢いでホームランが打てれば、また流れは洛山に傾く筈……!)

 

私の変化球が通用しない……。ユイちゃんの球をホームランにした事と言い、こんな凄い打者がいるんだね!

 

(どうするの……?)

 

(『あれ』を投げるよ!)

 

(……良いの?練習試合では投げない予定だったんじゃ?)

 

(『あれ』じゃないと清本さんは抑えられないと思うから……!)

 

それに1球だけだし、大丈夫だよ!大丈夫だよね……?

 

(行くよ……!)

 

かつて私が朱里ちゃんに教えたストレートに見せ掛けた変化球を改良に改良を重て編み出した……私だけのオリジナルを見せてあげる!

 

(これは……ストレート……?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(嘘……そんな……!?)

 

(また面妖な球がきたもんだね~。あれの対策はどうしたものか~)

 

よし、三振!あと1人……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和奈さん……」

 

「い、今のが彼方先輩が言ってた彼方先輩の最高の球……なのかしら?」

 

「多分……。でも不可思議な球だったね……」

 

「実際に空振りした和奈が1番そう思っているわよ。まさかあんな球があるなんて……!」

 

「ごめん。三振しちゃった……」

 

「ドンマイドンマイ~。でもただで三振した訳じゃないんでしょ~?」

 

「それは……。多分ですけど、最後に風薙さんが投げた球について、なんとなく違和感がありました」

 

「もうヒントに辿り着いたの!?」

 

「うん。なんとなく……だけどね?まだ確信には至ってないかな?」

 

「それでも充分凄過ぎると思います……」

 

「ううん、多分瑞希ちゃんや朱里ちゃんなら今の1打席で攻略方法が見付かってると思う」

 

「二宮ちゃんと早川ちゃんの洞察力は並々ならぬものだからね~。まぁ私達は私達でやっていこうか~」

 

『はいっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

5番打者も三振に抑えて、ゲームセット。14対11でなんとか私達が逃げ切ったよ!




彼方「洛山高校との練習試合はこれにて閉幕!」

真深「打ち合いに勝てて良かったですね……」

ユイ「どの打者も勢い良く振ってくるから、結構ヒヤヒヤするのよね……」

彼方「さて!今回洛山高校に入学した2人……エルゼ・シルエスカちゃんとリンゼ・シルエスカちゃんですが、2人の登場を提案してくれた……たかとさんが書いている球詠の小説の『詠深の従姉妹はホームラン打者』にも出演が決まりました!」

ユイ「それって真深が主人公の小説ですよね?」

彼方「ユイちゃんも活躍してるよ!あと瑞希ちゃんもいます!」

真深「エルゼちゃんとリンゼちゃん……。向こうでも私達が知っている2人ではないにしろ、洛山高校みたいな打撃全振りの成長を果たしていなければ良いけれど……」

ユイ「あれは洛山が特別なだけだと思うわ」

彼方「2人が向こうでどのような活躍をするのか……それはたかとさんの小説に乞うご期待!」

真深「決して無理をせずに、頑張ってください」


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世界に向けて

洛山との練習試合から1週間。今日は真深ちゃんとユイちゃんがアメリカに行く前の最後の練習日だ。

 

「わっ……とと!?」

 

「盾先輩は身体とグラブの動きが合ってないっすね」

 

「フライとか、ライナーなら捕れるんだけど、どうもゴロ……特に洛山打線が放つような鋭いゴロが苦手なんだよね……」

 

「で、でも盾先輩は私達の中でもライナーを捕るのが上手い側の人だと思います!」

 

「あはは、ありがとう昌ちゃん。天王寺さんは私にはバットで期待してるって言ってたからね……。それに応えたいのはもちろんだけど、ゴロもきちんと処理出来るようにならないとね」

 

内野では盾ちゃん、雫ちゃん、昌ちゃんの3人が洛山戦を反省して、ゴロの練習をしている。それを打っているのは真深ちゃんだね。

 

「次、いきます!」

 

「よしこーい!」

 

真深ちゃんの方もゴロ性の当たりを打つ練習にもなってるし、互いのメリットを上手く利用してるね!

 

「そら、サードいくよー!」

 

 

カンッ!

 

 

「うえっ!?」

 

一方で洋子ちゃんの方に打った天王寺さん。こっちはライナーを打ち続け、洋子ちゃんは3球に1球弾いている。

 

「自分、ちょっとビビり過ぎやで。そんなにビビっとったら捕れる打球が捕れんくなるぞ?」

 

「わかってはいるけど、どうも先日の洛山戦でエラーしてから、その時の光景がフラッシュバックしちゃうって言うか……」

 

「サードって結構鋭い打球とか、ライナーとかが飛んできますからね……」

 

洋子ちゃんには恭子ちゃんとユイちゃんが着いてる。2人……天王寺さんを含めた3人で洋子ちゃんの苦手を克服しようと頑張ってるみたい。ユイちゃんの方はサードに入る事もあるみたいだし、ユイちゃんも自分の練習になるって言ってたから、こっちも有意義な練習が送れていると思う。

 

「由紀、今日の晩御飯は何かしら?」

 

「今日は鰈の煮付けよ。亜紀」

 

亜紀ちゃんと由紀ちゃんは緊張感皆無な会話をしながら淡々とランニングをしている。この2人はマイペースって言葉が凄く似合うよね……。

 

明美ちゃんは委員会の用事があって今日の練習は参加出来ないみたい。生徒数が少ないこの学校だと色々とやる事が多いんだとか。

 

「……ナイスボール!」

 

私は志乃ちゃんとバッテリー練。天王寺さん曰く私は県大会の後半まで登板させない予定だから、今の内に沢山投げ込んでおいてとの事。皆の経験値の為だってわかってるけど、投げられないのはやっぱり寂しいよ……。

 

「よーし、全員集合!」

 

天王寺さんの号令で私達は集合する。

 

「今日も練習お疲れ様!真深とユイは明日からしばらくアメリカにいるから、この面子でするのは4月に入ってからになる。真深とユイが今日までの練習で何かを得られたのなら、指導者として誇りに思う」

 

天王寺さんが真深ちゃんとユイちゃんに向けて発言。すると2人は……。

 

「……私達はこの遠前高校野球部に入って、皆さんに出会えて本当に良かったと思っています。それにこの野球部で私達はアメリカの高校では得られなかったものをここで得る事が出来ました」

 

「私も……真深と同意見です」

 

真深ちゃんもユイちゃんもこの野球部で何かを掴めたみたい。そしてこの野球部に入って良かったって思ってる……。もちろん私も同じ気持ちだよ!

 

「……それなら良かったよ。シニア時代では私の事を苦手だと思ってた人だって少なくないからね」

 

天王寺さんは少し変わったところはあるけど、苦手だって思う程じゃないかな?それに関しても2人共私と同じ意見だと思う。

 

「よし!今日の練習はこれで終わり!真深とユイ以外の全員は明日以降もいつも通りやっていく。もちろん週末は練習試合を組んでるぞ!解散!!」

 

『はいっ!!』

 

いよいよ真深ちゃんとユイちゃんはアメリカに行って、シニアリーグの世界大会に参加するんだ……!

 

(私はこの地で2人を応援してるよ!)

 

立場上朱里ちゃんと瑞希ちゃん、清本さんがいる日本代表も応援したいけど、私にとっては真深ちゃんとユイちゃんが第1だからね!

 

「おっと、言い忘れてた。彼方は次の練習試合もベンチスタートだからね」

 

酷いっ!




彼方「……という訳で、私達が視点の話は一旦終了だよ!次回からは朱里ちゃん視点に戻ります」

朱里「風薙さん、お疲れ様です」

彼方「朱里ちゃん、この後はどうなってるのかな?」

朱里「とりあえずシニアリーグの世界大会の話を書いてから、進級……なんですけど、そこから新越谷視点になるか、遠前視点になるかはまだ未定ですね」

彼方「という事はまだ私達視点の話もあるの?」

朱里「そうですね……。遠前視点では夏大会の開始か、終了まで書いていくらしいです」

彼方「終了まで書いてくれたら嬉しいな♪」

朱里(多分遠前の圧倒的なコールドゲームになりそうな気がする……)


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1年目(シニアリーグ世界大会) ベースボールへこんにちは。
アメリカへ……!


今回からまた別の閑話に入ります。朱里を始めとしたオリキャラ、パロキャラがメインになります。原作キャラも応援する……感じで出てくるかも?次の遥の出番はいつになるだろうか……。


3月某日。いよいよシニアリーグの世界大会の開催地であるアメリカへと足を運ぶ。

 

(野球王国アメリカ……。行くのは3年ぶりなんだよね)

 

私が今の私として復活した直後くらいに行われた世界大会……。上杉さんと対決した時の事を今も覚えている。

 

(3年前はなんとか上杉さんを抑える事が出来たけど、今はどうなんだろう……?)

 

そもそもアメリカと当たる前に負けてしまう可能性すらもある。今年は女子だけで行うみたいだから、本当にどうなるかわからない。

 

「おはようございます。朱里さん」

 

「朱里ちゃん、おはよう」

 

考え事をしていると二宮と清本が声を掛けてきた。

 

「おはよう。2人共」

 

「いよいよ始まるんだね。世界大会……!」

 

「この3人が揃うのは3年前のリトルリーグの世界大会以来ですね」

 

そういえば2人共シニアの世界大会に出るのは初めてなんだっけ?二宮は映像を色々なところから入手しているみたいだけど……。

 

「今年は勝ちたいね……!」

 

「去年、一昨年と日本はアメリカに接戦で負けています。向こうには上杉さんとウィラードさんを筆頭に、様々な選手が揃っていますからね」

 

「その2人も凄いけど、去年まではボストフ選手とかもいたからね。それに対して接戦まで持ち込めるところに日本代表の底力を感じるよ」

 

「そんなボストフ選手達がいなくなってもアメリカ代表はまだまだ選手層が厚いです」

 

二宮の言うようにアメリカ代表はトッププロクラスの選手が沢山いる。

 

「……そういえば洛山にもアメリカ代表の選手が2人いましたね」

 

「ま、まだ一部にしか知られてない情報なんだけど、流石瑞希ちゃんだね……」

 

本当に。洛山に留学生がいるなんて聞いてないんだけど?

 

「風薙さん達と同じタイミングで洛山にもアメリカからの留学生が来ています。去年の世界大会にも出ていました、双子の姉妹で2番でセカンドを守っている妹のリンゼ・シルエスカさんと、3番でサードを守っている姉のエルゼ・シルエスカさん……。この2人の貢献度もかなり高いです」

 

「あの2人がうちに留学してるって話も次の夏大会が始まるまで秘密にする予定だったんだけどなぁ……」

 

清本がポツリと呟いているけど、二宮を前にして情報を隠す事なんて出来ないと私は思うの。

 

「その他にも世界一の遊撃手と名高いロジャー・アリアさん、シニア時代にウィラードさんとバッテリーを組んでいたパトリオ・パトリシアさん、ウィラードさんと対を成すと言われている技巧派投手のアルヴィン・スペードさんの3人は今年も健在です」

 

二宮が今言った3人は私達と同い年で、それぞれがアメリカの高校で結果を残している。

 

「……その3人がもしもアメリカから日本へ留学したら中々大変な事になりそうですね」

 

「ははっ!まさかね……」

 

「そ、そこまではないと思うけど……」

 

ない……よね?二宮が言うと冗談っぽく聞こえないんだよ!

 

「と、とりあえず空港に行こうか」

 

「そ、そうだね!」

 

「……?2人共、何をそんなに焦っているんですか?」

 

君がとんでもない事を口にするからだよ!

 

「そういえば茜さんはご一緒ではないんですか?確か女子日本代表の監督を勤めるんですよね?」

 

「ああ、母さんとは別行動なんだよ。なんか色々やる事があるみたい」

 

実際に母さんが何を企てているのかはわからない。気にしなくても良いとは言っていたけど……。

 

(まぁそれも現地に着いた時の楽しみにしておこう……)

 

色々な想いを胸に秘めて、いざアメリカへ!



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近況報告?

アメリカの空港へと向かう飛行機に乗っている間、最近何があったのかを話している。

 

「すると洛山は風薙さん達がいるところと練習試合をした……と?」

 

「うん。でも14対11で負けちゃったんだよね……」

 

「そのスコアから察するに先発したのは風薙さんではありませんね?」

 

確かに。洛山の打線はかなり攻撃的だけど、もしも風薙さんが頭から投げてるなら洛山相手でも完全試合にしかねない。

 

「そうだね。投げてたのはウィラードさんだったよ」

 

「えっ?ウィラードさんから11点も取ったの?凄くない?」

 

洛山は速球派投手に強い打線ではあったけど、ウィラードさんなら取られても5点くらいだと思ってたんだけど……。

 

「でもウィラードさんは全然本気を出してなかったんだ。打たせて取る……って感じのピッチングをしてたから。多分世界大会まで手の内を晒さないようにする為だと思うんだけど……」

 

「過去のウィラードさんからは考えられないスタイルですね。群馬県にある遠前高校……でしたか。そこの野球部に入ってウィラードさんなりに何かを掴み、成長したのでしょう。確か遠前高校には天王寺さんもいた筈ですからね」

 

色々と凄い。試合結果に関しては打たせて取るピッチングをしていたとは言え、11点取った洛山を褒めるべきか、洛山打線に対して11点で済ませたウィラードさんを称えるべきか……。判断が難しい。

 

(ウィラードさんが清本が言うような成長したのは天王寺さんの影響なのか、それとも……)

 

「あとびっくりした事があって、遠前の捕手がなんと水鳥先輩だったんだよ」

 

「えっ?水鳥さんが?」

 

水鳥志乃さん……。二宮が入ってくるまでの川越リトルで捕手を務めてた人だ。二宮が正捕手になってから見掛ける事が少なくなり、シニアに上がらず野球を辞めたと聞いてたけど、清本の話によると無事に復帰しているみたい。

 

「水鳥さんですか……。あの人の捕手としてのセンスはかなりのものでしたのに、何故野球を辞めたのかはよくわからないんですよね。私からすればもったいない限りです」

 

(いや、水鳥先輩が野球を辞めたのって……)

 

(十中八九二宮が原因だと思うなぁ……)

 

まぁ口には出さないけど。

 

(まぁ水鳥さんなら風薙の球も問題なく捕球出来ても不思議じゃないね)

 

「それに下位打線は本気を出したウィラードさんを打てなかったし、最終回に交代で出て来たその風薙さん……?には私も非道さんも手も足も出なかったし……」

 

「やはり和奈さんでも風薙さんを相手に初見で打つ事は不可能ですか?」

 

「ドロップとナックルにはなんとか着いて行けたんだけど、その後に投げられた球は空振りしちゃったなぁ……」

 

清本の言う風薙さんがドロップとナックルに続いて投げた球と言うのは私と二宮が見た偽ストレートの完成形だと思われるのあの摩訶不思議な球だろう。

 

「和奈さんはその球に対して何か攻略法は浮かびましたか?」

 

「う~ん……。なんとなく、ボンヤリとしかわからないかな?朱里ちゃんが投げてるストレートに見せ掛けた変化球と性質は似てるんだけど、それは変化球とは言えなさそう。打ったと思ったらバットをすり抜けちゃったし……」

 

やはり清本も同じ事を思っているね。私も風薙さんと1打席勝負をした時も風薙さんが最後に投げたあれはバットをすり抜け、貫通するお化けボールだと始めは思ってしまう。しかし……。

 

「まだ曖昧ですが、あのストレートに対してわかった事があります」

 

「えっ?瑞希ちゃんはあれの正体がわかるの!?」

 

「私もなんとなく……だけど」

 

「朱里ちゃんも!?」

 

私と二宮は清本に風薙さんの決め球について軽くアドバイス……になってるかは微妙だけど、それを話す。

 

「……成程。確かにそれなら当てる事は出来るね。本格的な攻略法はそこから見出だすって事で良いのかな?」

 

「多分ね。清本ならそれが出来ると思うよ」

 

それと言うのは風薙さんの決め球を完全にわかった上で完璧に捉える事だ。清本のスイングスピードならそれが可能だ。

 

(あとは雷轟だけど……。風薙さんとは擦れ違ってるし、2人の姉妹の絆が修復してくれると良いなぁ)

 

風薙さんはもちろん、私にとっても、上杉さんやウィラードさんにとっても、そして風薙さんの実の妹である雷轟にとってもその方が確執がなく、蟠りがなく集中して野球には専念すると事が出来るだろう。

 

「……まぁ風薙さんと相見えるのは次の夏の全国大会、或いは県対抗総力戦になりますので、その話はその時にしておきましょう」

 

「そうだね。近況報告と言えば……。朱里ちゃんと瑞希ちゃんは最近何をしてたの?」

 

「私はいつも通り、情報収集を中心に、練習試合をしたり、最近では後進の育成に力を入れています」

 

「後進の育成?」

 

「もうすぐ4月になりますので、白糸台野球部に入りたいと希望する人達を少し早めに白糸台野球部の練習に参加させています」

 

白糸台野球部も凄く大きくなったよね。宮永プロが入学した時からその片鱗は見えていたけど、神童さんが入って頭角を現した。そこから王者とも呼ばれるようになったんだよね……。

 

「朱里さんはどうですか?」

 

「私は別段大した事はしてないけどね……」

 

飛行機が離陸してから数時間、私達3人は話せる事を話し続けた。




朱里(実は新越谷にも4月から留学生が来るって事は黙っていよう……)

瑞希「そういえば新越谷にも留学生が4月に来るみたいですね」

朱里「なんで知ってるの……?」

瑞希「秘密です」

和奈「瑞希ちゃんってなんでも知ってるよね?」

瑞希「なんでもは知りません。知っている事だけです」

朱里「情報源が一体どこから出てるのかって話だよね。私も清本も敵対してからは極力情報を洩らさないようにしてる筈なんだけど……」

和奈「ドローンでも飛ばしてるの?」

瑞希「さて、どうでしょう」

朱里&和奈「「え……?冗談だよね?」」


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日本代表選手一覧

(もうすぐ飛行機が着陸するんだよね……)

 

その間に私は日本代表に選ばれた選手達がリストアップされている紙を拝見する。

 

 

・早川朱里 高校1年生 投手(外野手・捕手) 川越シニア

 

・渡辺曜 高校1年生 投手(一塁手・外野手) 沼津シニア

 

・一色いろは 中学3年生 投手(二塁手・三塁手) 稲毛シニア

 

・十六夜瑠花 中学2年生 投手(遊撃手・外野手) 渋谷シニア

 

・二宮瑞希 高校1年生 捕手 川越シニア

 

・高橋千秋 高校1年生 捕手(一塁手・投手) 目黒シニア

 

・清本和奈 高校1年生 一塁手(三塁手) 川越シニア

 

・綾瀬綾香 中学3年生 一塁手(外野手) 稲毛シニア

 

・初野歩美 中学3年生 二塁手(一塁手・三塁手・遊撃手) 川越シニア

 

・雷蓮 中学3年生 二塁手(遊撃手・外野手) 梅田シニア

 

・朝日六花 中学3年生 三塁手(投手・一塁手) 米原シニア

 

・剣美澄 中学3年生 三塁手(捕手・外野手) 梅田シニア

 

・友沢亮子 高校1年生 遊撃手(二塁手・投手) 川越シニア

 

・帯島ユカリ 中学2年生 遊撃手(外野手) 三門第一シニア

 

・金原いずみ 高校1年生 外野手 川越シニア

 

・三森朝海 高校1年生 外野手(二塁手・遊撃手) 春日部シニア

 

・三森夕香 高校1年生 外野手(二塁手・遊撃手) 春日部シニア

 

・三森夜子 高校1年生 外野手(二塁手・遊撃手・投手) 春日部シニア

 

・村雨静華 高校1年生 外野手(捕手・一塁手・二塁手・三塁手・遊撃手) 川越シニア

 

・雨取千佳 中学2年生 外野手 三門第一シニア

 

 

……改めて目を通すと川越シニア出身多いな。というか代表選手の半分が埼玉にあるシニア(というか川越シニア出身者以外は三森3姉妹)出身だったよ。埼玉県民とんでもないな……。

 

「記載されているのが女子のみとは言え、今年の代表メンバーは豪華な顔触れですね。どの選手もそれぞれ成果を残している人達ばかりです」

 

「その大体が川越シニア……というか埼玉のシニアメンバーで固まっているのも、別の意味で凄いと思うけど……」

 

両隣から顔を覗かせた二宮と清本がそう呟いた。どうやら清本も私と同じ事を思っているみたいだ。

 

「特に注目するのはこの面子の中で数少ない中学2年生で、投手である十六夜さんですね」

 

「十六夜さんかぁ……。試合で相見えたのは1度っきりだけど、多彩な変化球を操る良い投手だったよね」

 

二宮と清本が言う十六夜さんは中学2年生ながらも、既に色々な高校が獲得の為に動いている程の実力者だ。この世界大会で更に注目されるだろう。

 

(他の中学2年生は雨取さんと帯島さん……。どちらも三門第一シニアの有望株って二宮が言ってたっけ)

 

「あとは去年からいる亮子さんにいずみさん、高橋さん、渡辺さんと安定した実力のある選手が今年も選ばれています」

 

高橋という名字と渡辺という名字はメジャーなものだけど、名字だけを見るとどうしても川越シニア出身である渡辺星歌と高橋友理さんを連想させるんだよね。渡辺に至っては今もチームメイトだし……。

 

「あっ、今年は静華ちゃんも入ってるよ!」

 

「本当だ……」

 

村雨は余り試合に出ない事でシニア内で有名だったけど、なんでこの世界大会に出る事になったんだろう……?

 

(静華さんと言えば、例の情報をなるべく多く彼女から聞き出したいところですね)

 

この豪華な面子に加えて、監督は母さんが勤める日本代表……。今年はアメリカ代表に勝つ事が出来るんじゃないかと期待してしまうよね。

 

『間もなく空港へと着陸します。乗客の皆様はシートベルトをしっかりとしてください』

 

もうすぐ着くのか……。飛行機を出たらいよいよアメリカだ。緊張と高揚が同時に来る感じがするよ。




瑞希「日本代表メンバーの中に他作品キャラが何人か混じっていますね」

和奈「皆もどの作品のどのキャラが何人いるか探してみてね」

朱里「作者の好きな作品と、好きなキャラだったりもするので、今回名前が出てるキャラと、これまでの作品にも他作品キャラが出ているので、興味があったら読み返してみてください」


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日本代表選手のキャプテンは……。

「おーい!3人共、こっちこっち~!」

 

3人で目的地まで歩いていると金原が手を振っているのが見えた。

 

「いずみちゃん!」

 

「もう3人以外は全員揃ってるよ。早く早く!」

 

「もうそんな時間でしたか……」

 

あっ、よく見ると母さんも来てる。本当に私達で全員揃ってるよ……。

 

「……これで全員みたいね。この中にいる何人かの人達とは面識があるけれど、改めて名乗らせてもらいます。今回シニアリーグの世界大会日本代表の監督に指名された早川茜よ。自分自身が監督業を上手く出来るとは思ってないけれど、この日本代表を世界一に導けるように頑張っていくわ」

 

(相変わらず凛としてる。緊張の色が一切見えないや)

 

流石、最高の投手と呼ばれていた母さん……といったところだろうか。

 

「それと念の為に言っておくけれど、今回の日本代表には私の子供もいるわ。でもそんなのは一切関係ない……。その子も1人の選手として、私も1人の監督として接するわ」

 

(だってよ朱里♪)

 

(まぁあの人は至極当然の事を言ってるだけだよ)

 

本当に。大体私情を挟んでちゃ世界一なんて無理でしょ。

 

「ではこの日本代表の皆をまとめるキャプテンを決めるわ」

 

母さん……いや、監督の一言で周りは騒然とし始めた。

 

「…………」

 

1人、また1人と観察しながら歩いていき、母さんは私の目の前にで止まった。あれ?なんか嫌な予感が……。

 

「……では早川さん、貴女をこのチームのキャプテンに任命するわ」

 

あの、お母様?思いっ切り私情を挟んでません?

 

「……皆は何故私の娘でもある早川さんをキャプテンに指名した事に疑問を持っているみたいだけれど、彼女は昨年川越シニアを全国優勝まで導いた投手であり、そして彼女が今通っている新越谷高校もまた夏大会では全国優勝を果たしている、この中にいる面子では実績が多い……。それが彼女をキャプテンとして指名する理由よ」

 

私そんなに目立ちたいわけじゃないんだけど、理由がちゃんとしてる以上断る訳にはいかないな……。

 

「……わかりました。私で務まるか不安ですが、精一杯やらせてもらいます」

 

私がそう言うと、周りから拍手の音が聞こえた。本当に私に務まるか不安なんだけど……。

 

「凄いじゃん朱里!」

 

「金原……。まぁ私がそんな器とは思えないけど、選ばれたからには精一杯頑張るよ」

 

なんなら金原が私の代わりにキャプテンをやっても良いんだよ?シニアでもキャプテンだったし……。

 

「ではキャプテンの指名も終わったところで、早速それぞれの実力を見せてもらい、そこから4日後に行われる台湾代表との試合に備えて練習に励んでもらうわ」

 

(台湾代表……。台湾にはパワータイプの選手が多いって金原や友沢は言ってたけど……)

 

まずは1勝。日本代表が目指すのはそれだけだ!



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台湾代表の注目選手

あれから3日が経過し、いよいよ明日は台湾代表との試合だ。

 

「では改めて台湾代表のデータを確認しておきましょうか」

 

「そうだね」

 

「わ、私がここにいても良いのかな……?」

 

「大丈夫なんじゃない?」

 

試合に向けてのミーティングを私、二宮、清本、金原の4人でする事に。

 

それぞれがミーティングに参加している理由だけど私は日本代表のキャプテンだから、金原と清本は多分全試合を通して怪我でもしない限りはレギュラーで使う予定だから、二宮は参謀として……というのが監督から聞いた理由だ。ミーティングも二宮が仕切った方が良さそうだしね。

 

「台湾代表で特筆する選手は2人……。エースの郭上鈴さんと、4番を打っている陽春星さんです」

 

「この2人は去年の世界大会でも結果を出してるからね~。特に陽さんは台湾一のスラッガーって言われてるみたいだし」

 

「た、台湾一のスラッガー……!」

 

台湾一のスラッガーと聞いて清本が息を呑んだ。やはり自身がスラッガーだと他国のスラッガーとかも気になるものなのかな?ちなみに陽春星さんは梁幽館OGで、プロに指名された陽秋月さんの実の妹だったりもする。

 

「この陽さんを筆頭に他の打者にも火が点いて、ガンガンと点を取る……というのが去年の台湾代表のスタイルでした。映像を見る限り陽さんも含めて大振りが目立ち、変化球で空振りをしているのが見受けられます」

 

「そうなると変化量の大きい変化球を投げる子を先発にするべきだよね☆」

 

「だとしたら……朱里ちゃんかな?変化の大きいフォークとかナックルカーブとか投げるし」

 

清本は台湾代表に対して私を先発に出す事を意見する。しかし……。

 

「いえ、監督曰く朱里さんはクローザーに回ってもらうと言っていました。投げるとしても早めの登板になったとしても5回以降になるでしょう」

 

「えっ……。そうなの?」

 

私初耳なんですけどお母様?

 

「そっか~。そうなると先発は……」

 

「過去の成績と台湾代表の打線を鑑みて、先発は十六夜さんが良いでしょうね」

 

十六夜さんはキレが良く、変化量の多いカーブとシンカーを投げるから、大振りのチーム相手には有効かもね。

 

(ただそんな簡単にいくかって話だけど……)

 

まぁ今はそんな事を気にしてる場合じゃないかな。

 

「次は郭さんについてだけど……」

 

「速いストレートと落差の激しいフォークボールを決め球に、カットボールとシュートボールを操る速球派の投手ですね」

 

「それなら速球に強い面子で固めた方が良いのかな?」

 

「だったら捕手は瑞希よりも千秋の方が良いかもね~。確か目黒シニアで4番打ってて、ストレートにも強かった筈だし」

 

「そうですね。私よりかは適任だと思います」

 

二宮の賛成意見が入り、台湾戦のバッテリーは十六夜さんと高橋さんに決定した。

 

「和奈と、千秋と……。あと1人くらいは速球派に強い選手を置きたいよね~」

 

「とは言え守備を疎かにする訳にもいきません。こちらも万全にするに越した事はないでしょう」

 

金原の言う事も、二宮の言う事も尤もだ。清本と高橋さんに加えてあと1人をクリーンアップか6、7番くらいに添えたい。

 

「亮子ちゃんはどうかな?」

 

「亮子さんはまだ怪我が治ったばかりですので、今回はベンチに置きます。可能ならアメリカ代表との試合まで休んでいてほしいくらいですからね」

 

守備範囲に関しては三森3姉妹か村雨をセンターラインに置いておけば解決するような気もするけど……。

 

「それなら和奈をサードに置いて、綾香をファーストに置くのは?」

 

「或いは綾瀬さんをレフトかライトに配置するのも悪くないと思います」

 

「一層の事、雨取さんも下位打線に入れてみる?確か当たれば飛ぶロマン砲だって聞いた事があるよ」

 

金原、二宮、清本がそれぞれ意見を出す。正直どの意見もしっかりとしていて全部採用したいくらいだ。

 

「わかった。それならオーダーの方は……」

 

今までの意見を参考に取ったメモで私が決めた打順と守備位置は……。

 

 

1番 レフト 金原

 

2番 セカンド 初野

 

3番 キャッチャー 高橋さん

 

4番 サード 清本

 

5番 ファースト 綾瀬さん

 

6番 ショート 帯島さん

 

7番 ライト 雨取さん

 

8番 センター 村雨

 

9番 ピッチャー 十六夜さん

 

 

「こんな感じでどうかな?まだ仮案だけど……」

 

「おっ?良い感じじゃん!」

 

「そうですね。打撃方面も、守備方面もある程度カバー出来ていると思います」

 

「うん、バランスもバッチリかも……」

 

3人からは特に反対意見はなし……か。

 

「じゃあこれを参考に打順を調整して、監督に渡しておくね」

 

そんな訳で、ミーティングは終了。明日の試合が少し楽しみだ。




瑞希「この小説では梁幽館にいた陽秋月さんを台湾人として扱っています」

朱里「いや、扱うって……。物じゃないんだから」

和奈「でも球詠の公式でも特に名義されてないよね?」

瑞希「ですのであくまでも陽秋月さんはこの小説においては台湾人……という設定にしています」

朱里「まぁオリキャラとして陽さんの妹さんが出てるからね」

瑞希「実は公式がまだ出していないだけで、陽秋月さんには本当に妹がいる……という可能性もあるでしょう」

和奈「そ、それはどうなんだろう……」


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開幕から大ピンチ!?

「さて……。世界一になる為の第1歩。まずは台湾を屠りましょうか」

 

『はいっ!!』

 

……いや思わず返事しちゃったけど、屠るってなに?

 

 

1番 レフト 金原

 

2番 センター 三森朝海さん

 

3番 キャッチャー 高橋さん

 

4番 サード 清本

 

5番 ファースト 綾瀬さん

 

6番 ショート 帯島さん

 

7番 セカンド 初野

 

8番 ライト 雨取さん

 

9番 ピッチャー 十六夜さん

 

 

ちなみに今日のオーダーはこんな感じ。村雨はブルペン捕手兼代走要因らしいので、ベンチスタートだそうだ。代わりの枠として朝海さんが入っていて、打順も2番だ。

 

「瑠花ちゃん。台湾代表の打線は確かに強力だけど、瑠花ちゃんが思い切り投げていけば抑えられない相手じゃないわ」

 

「…………」

 

「……だからそんなに緊張しなくても大丈夫よ?」

 

「は、はいっ……!」

 

台湾を相手に組んできた即席バッテリーである十六夜さんと高橋さん。私達は後攻だから、この2人もそれぞれの守備位置に付く訳なんだけど……。

 

「き、緊張で足が動きません……!」

 

「だ、大丈夫瑠花ちゃん!?」

 

しかしなんだろう。十六夜さんと高橋さんのやり取りに既視感を感じるんだけど……。

 

「……まるで昔の和奈さんを見ているみたいですね」

 

「ええっ!私ってあんなだったの!?」

 

「……まぁあんな感じだったねぇ」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

確かに十六夜さんのあの様子はリトル入りたての清本とほぼ一緒。あの時は二宮が清本を宥めていたっけか。

 

「ほーら、アタシ達も早いとこ守備位置に付くよ。和奈は今日サードなんでしょ?」

 

「あっ、うん……」

 

金原の一言で清本はサードに付いた。ナイス金原。流石元川越シニアのキャプテンだ。

 

「さて、私達は皆さんの試合運びを見守りましょう」

 

「そうだね」

 

「あの、二宮さんも早川さんも落ち着き過ぎじゃないですか?」

 

二宮の隣に座っている朝日さんが私達の様子に疑問を持っていた。

 

「私達まで緊張の色を悟られたら向こうの思う壺です。堂々としていましょう」

 

「まぁ向こうからは緊張の様子とかないし、こっちもなるべく緊張しないようにしよう」

 

十六夜さんはなんか震えているようにも見えるけど……。

 

「や、やっぱり川越シニアの人って凄いんや……」

 

朝日さんが尊敬の眼差しで私と二宮を見ている。そういえば朝日さんは米原シニアだっけ?あそこもかなり強かった記憶がある。朝日さんはとても優秀なサードだった。今はなんか私達を見て方言を洩らしているけど……。

 

「しまっていこーっ!!」

 

『おおっ!!』

 

捕手の高橋さんが十六夜さんの緊張を解すかの如く試合開始と共に味方全体に声掛けをする。

 

「ああいう風に声を掛けるのも捕手の務めですが、私には出来ない芸当ですね」

 

「いや、それを堂々と言うのはどうなの?」

 

確かにあんな風に大声をあげる二宮とか全く想像出来ない……。まぁ私と出会う前の二宮ならわからないけどね?

 

(幼稚園から二宮と一緒だった清本なら二宮の幼い頃とかわかるのかね……?)

 

 

カキーン!!

 

 

えっ?

 

『ファール!』

 

「初球からいきましたね」

 

「ホームランじゃなくて良かった……」

 

しかしあれだと連打を食らうのも時間の問題になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか試合開始に間に合ったのは良いけど、日本代表はいきなり正念場っぽいわね」

 

「そうね……。まだ試合は始まったばかりだからなんとも言えないけれど、あの投手の様子だと不味い流れになりそうだわ」

 

「おやおや~?そこにいるのはアメリカ代表の上杉ちゃんとウィラードちゃんじゃないかね~。今日はアメリカ側は試合がないんだね~?」

 

「あっ、はい。貴女は確か洛山の……」

 

「非道で~す。よろしく~。練習試合ではお世話になったね~」

 

「こちらこそ、お世話になりました。非道さんは日本から遥々と……。清本さんの応援ですか?」

 

「それもあるけど、アメリカ代表にはシルエスカ姉妹もいるからね~。どちらも我が子のように思ってるから、見守っておきたいんだよ~」

 

「そ、そうなんですね……」

 

「……まぁそれは建前として、本当の目的は私自身の視野を広げる為に来たんだよね~」

 

「視野を広げる為に……?」

 

「私は今まで大豪月さんの為に色々とやってきたけど、大豪月さんが野球部を引退して、高校を卒業して、1人になった時間が増えて、そして私ってなんなんだろうって思う事が増えてね~。大豪月さんが側にいない1年間の間、私の見れる新しい景色をここで見れたら良いなって思ってるんだよ~」

 

「「…………」」

 

「案外2人にとっても他人事じゃないかもね~。風薙ちゃんに着いて来て、遠前高校野球部に入って、そこから風薙ちゃん達が引退した後は……?とかとか~?」

 

「「…………!?」」

 

(確かに……。私達は彼方先輩に恩を返す為に着いて来た)

 

(じゃあ彼方先輩が事を成し遂げたら……?私達は……どうするべきなのかしら)

 

「……まぁ2人にも色々あるよね~。それと同じで私にも色々あるんだよ~。だからこうして新しい可能性を見付ける為にアメリカまで遠路遥々来たって訳~」

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「おやおや~。日本代表は早くもピンチみたいだね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

1番打者に出塁されて、2番、3番と連続で四球で歩かせてしまう。そして……。

 

(ノーアウト満塁で4番の陽春星さんか……)

 

いきなり滅茶苦茶ピンチじゃん……。十六夜さんはここからどう切り抜けるのかな?



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ゲームセット!?

十六夜さんにとっては早くも正念場。ノーアウト満塁で、4番の陽春星さんに回ってきた。

 

「二宮はこの状況で十六夜さんがどうなると思う?」

 

「……今のままの十六夜さんでは陽春星さんに満塁弾を打たれ、そこから連打が続き、下手をすれば1回表が終わらなくなるでしょう」

 

「そ、そんなに酷い展開になるん!?」

 

「あはは……。これは不味いかもねぇ……」

 

二宮のあっけらかんな言葉に朝日さんが顔を青くして、渡辺さんが苦笑いしている。

 

「ちなみに一色さんには村雨さんと一緒に肩を作りに行かせているわ。状況次第ではワンアウトも取れずに投手交代も有り得るわね」

 

更に監督から容赦ない一言。本来なら中継ぎ予定の一色さんがこんな早い段階で出るとは思わないだろうねぇ……。

 

ちなみに我が日本代表の投手ローテーションは十六夜さんと渡辺さんが先発、一色さんが中継ぎ、私が抑え、非常用としてサブポジションとして投手が出来る高橋さん、朝日さん、三森夜子さん、友沢となっている。非常用多いな……。

 

「早川さんも4回くらいには肩を作りに行ってもらうわ。具体的に言うと一色さんと入れ替わりね」

 

「了解しました」

 

……で、視点を十六夜さんと陽春星さんに戻してみると。

 

 

カキーン!!

 

 

「あっ!?」

 

「これは……向こうのパターンに入りましたね」

 

十六夜さんが失投でど真ん中に行ったのを見逃さず陽春星さんは完璧に捉え、その打球は球場の上空に消えていく、場外ホームランとなった。

 

「こ、これって物凄く不味いんじゃ……!?」

 

「まだ試合は始まったばかりですよ」

 

二宮の言う通りまだ試合が始まったばかりなんだけど、向こうの連打パターンに火が点いているのもまた確か。

 

「…………」

 

「あ~あ。これ以上ボコボコにされる前に投手を代えた方が良いんじゃない?」

 

「確かにね。このままだと1回表が永遠に終わらないかもよ?」

 

誰が言ったのだろうか?ベンチから十六夜さんを交代した方が良いんじゃないか……と。

 

「……仕方ないですね。タイムお願いします」

 

「二宮……?」

 

二宮がタイムを掛けて、十六夜さんのところへ歩いて行った。

 

「……ここは彼女達を信じましょうか。まだ私が出張るには早過ぎるわ」

 

監督は二宮を信じる事にしたみたい。先程十六夜さんの交代を勧めた人達も監督の意見なら間違いないと思っているようだし、監督の……母さんの信頼は厚い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「日本代表はいきなり4失点ね……」

 

「あの投げてる子が緊張しやすい性格なのか、思ったところへボールが行ってないのが原因で打ち込まれているわ」

 

「まぁ流石にここで負けるような事はないとは思うけどね~」

 

「ん……?二宮さんがあの投手の子に駆け寄ったわよ?」

 

「二宮ちゃんがいるなら、もうあの投手は大丈夫だね~」

 

「……そういえば私達は二宮さんの捕球技術しか知らないのよね」

 

「何をアドバイスするのかしら……?」

 

「ん~?2人は二宮ちゃんの資質を知らないの~?それならこのタイムが明けた後にわかるかもね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……!」

 

「瑠花ちゃん、大丈夫?」

 

「まだ1回だし、私達で逆転するから大丈夫!」

 

「そ、そうだね。取られたら、盛りかえせば良いんだから……!」

 

「まだまだクヨクヨするのは早いと思います!」

 

「そうッスよ!」

 

「すみません、少し良いですか?」

 

「二宮さん……?」

 

「十六夜さん、耳を貸してください」

 

「は、はいっ!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「そ、それで本当にいけるんですか?」

 

「向こうの大振りを見れば必ずこれでなんとかなる筈です」

 

「確かに……。これなら台湾の打線を抑えられる。瑠花ちゃんの変化球があれば!」

 

「…………?」

 

(どうやら高橋さんは気付いたようですね。これなら高橋さんのリードで向こうの打線を封殺出来るでしょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰り二宮」

 

「瑠花ちゃんに何を言ってきたの?」

 

「簡単な事ですよ。十六夜さんの投げる変化球をホームベース2つ分の幅を使って投げるように言ったまでです」

 

「変化球を……?」

 

「ホームベース2つ分の幅を……?」

 

……成程。そういう事か。確かにそれなら十六夜さん程のキレと変化量を持つカーブとシンカーを駆使して、ホームベース2つ分の幅を使えばあの大振り打線を抑えられる。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「おおっ!?本当に良いコースに変化球が決まりだした!」

 

「まぁこれはあの大振りな打線を相手にするから出来る芸当であり、アメリカ代表を相手にすれば痛打されるか、見られて終わりですけどね」

 

まぁ何はともあれ向こうの打線の勢いを止めた。反撃開始だね!



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ホームベース2つ分

「あの投手……二宮さんが何か助言したと思ったら、急にピッチングにメリハリが出始めたわ」

 

「確かに……ボール球にも関わらず相手打線を上手く空振りさせているわね」

 

「流石、二宮ちゃんだね~。それならあの大振り打線を抑え込めるって訳か~」

 

「非道さんは二宮さんが何を言ったのかわかるんですか?」

 

「まぁね~。でも投手であるウィラードちゃんならあの投手がどんなピッチングをしているかわかるんじゃない~?」

 

「!?まさかホームベース2つ分の幅を使ってる……?」

 

「お~。せいか~い」

 

「ホームベース2つ分……成程ね。確かにこれなら上手く使えば相手打線を抑え込める……という事」

 

「上杉ちゃんも気付いたみたいだから説明はいらないかな~って思ってたけど、念の為に説明するね~。二宮ちゃんがあの投手に言ったのはホームベース2つ分の幅を使って変化球を投げる事なんだよね~。台湾打線は碌にコースを見極めもせずにブンブンと振り回しているから……」

 

「その戦法が効果的……という訳ですね?」

 

「その通り~。あれだと我が洛山の打線も一部を除いて抑え込まれそうだね~」

 

「一部?」

 

「ん~?少なくとも私や清本ちゃん、そしてアメリカ代表にも通用しないんじゃないかな~?それこそあの投手が何か新しい戦法を身に付けでもしない限りはね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

陽春星さんにホームランを打たれ、二宮が助言する事に寄ってなんとか十六夜さんは立ち直った。

 

「に、二宮さん!ありがとうございました!二宮さんのアドバイスのお陰で台湾打線を抑える事が出来ました!」

 

「私は変化球投手のあり方の一部を言っただけに過ぎません。それを物にしたのは十六夜さん自身です」

 

「でもまさか本当にホームベース2つ分の幅を使って変化球を投げるなんて思わなかったわ……」

 

「変化球はストレートと違ってボール球でもバットを振らせる事が可能です。台湾打線は陽春星さんを除いて碌にコースを見極めもせずにバットを振り回していますので、そんな相手に律儀にベース上で勝負をする必要はありません。ホームベース2つ分の幅を使って問題ないです」

 

確かに多少のボール球に逃げる変化球なら思わず振ってしまうものがあるよね。今回の作戦はその心理を利用したものでもある。

 

「更に先程までの十六夜さんは狭いベース上の、更に狭くなるコースを投げていました……。これは結構難しい事ですので、それを意識し過ぎ、制球力を乱してしまいました。ですがもっと簡単に、ホームベース2つ分の幅を使って内角と外角を狙って投げていれば自然と程良くボール球となります」

 

「つまり細かいコントロールは必要とせず、気楽に投げれば、瑠花ちゃんのカーブとシンカーを駆使して相手を翻弄出来る……という訳ね?」

 

「正解です。高橋さん」

 

「いや~。瑠花ちゃんのあのピッチングを見ると私達も負けられないね~!」

 

渡辺さんが十六夜さんの復活したピッチングを見て奮起している。まぁこの試合に渡辺さんの出番はないけどね……。

 

「さて、今度はこちらの攻撃ね。十六夜さんはこれ以上連打を食らわないと思うし、7イニング掛けてじっくりと逆転をめざす事にしましょう」

 

『はいっ!』

 

監督の攻撃方針は焦らず、ゆっくり、じっくりと……。私も似たような事を思ってたし、こういうところも親子なのかね……?

 

 

カンッ!

 

 

とは言えやられっぱなしではいられないのもまた事実。金原は初球からストレートを捉えてヒット。

 

 

コンッ。

 

 

2番の朝海さんは自身も生きようとセーフティバントが決まり、ノーアウト一塁・二塁のチャンス。

 

 

カンッ!

 

 

3番の高橋さんはサード後方の内野安打を決めて、ノーアウト満塁。そして打順は日本代表のスラッガーへと回ってくる……。

 

「まさかノーアウト満塁という展開が向こうと被るとは思わなかったよ……」

 

「そうでしょうか?日本特有のスモールベースボールを前の3人は見せてくれました。監督はああ言っていましたが、3人共表の守備で十六夜さんの力になれなかった事を相当悔しく思っているみたいです」

 

「そしてそれは今打席に入った清本も同じ……か」

 

 

カキーン!!

 

 

清本がお返しの満塁ホームラン。これで試合は振り出しに……。

 

「こうなってくると打ち合いが予測されそうだね」

 

「そうでもないでしょう。データによりますと郭上鈴さんはスロースターターな投手のようですし、本番はここからになる可能性も充分あります」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「さ、さっきまでとはストレートの威力が全然違う!?」

 

これが郭上鈴さんの本領ってところかな?これで本当に試合は振り出しに戻ったって訳だ……。



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状況一変

イニングは進んで4回。十六夜さんは二宮のアドバイスを聞いた後はカーブとシンカーを投げ続け連続三振を取り続けている。

 

一方で郭さんも清本のホームランで火が点いたのか、十六夜さんに負けまいとストレートとフォークを中心に日本代表の打線をきりきりまいにしている。

 

両者譲らずのピッチングを続けて清本の打ったホームランを最後にヒット1本打たせていない。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

4回表。2番から始まる打順を十六夜さんは連続で三振。そして次の打者は……。

 

(台湾代表の4番、陽春星さん……!)

 

(台湾一のスラッガー……!)

 

十六夜さんは陽春星さんに打たれた後からは好投を続けてきたけど、彼女に十六夜さんの今のピッチングが通用するのか……。それ次第で今後……特にアメリカ代表との戦いに関わってくる。

 

「台湾一のスラッガーとの2度目の対戦だね……。どうなると思う?」

 

「……余りこういう事は言いたくありませんが、今の十六夜さんでは彼女を抑えるのは無理でしょう」

 

渡辺さんが二宮に十六夜さんと陽春星さんの対決の行方を尋ねると、二宮は十六夜さんが打たれる……そのような事を口にした。

 

「えっ?で、でも今の十六夜さんは相手打線をきりきりまいにしていますよ!?」

 

「そ、そうよ!何故そんな冷たい事を言うのかしら?」

 

二宮の発言に朝日さんと夕香さんが意を唱える。まぁ気持ちはわからなくないけど……。

 

「……正直、私も二宮瑞希に同意見」

 

「夜子……?」

 

「1打席目に十六夜瑠花からホームランを打った時もそうだけど、彼女は台湾代表の打線の中でも他の打者とは格が違う……。他の打者が基本的に大振りなのに対して、陽春星だけは相手投手に応じて臨機応変にスイングを変えている。4点取られてからの十六夜瑠花は確かに目覚ましい投球をし始めたけど、それだけで抑えられる程台湾一のスラッガーは甘くない」

 

夜子さんの言うように、相手は台湾一のスラッガー。清本や上杉さん、雷轟にも並ぶ程の実力の持ち主だ。……この3人に雷轟がならぶと違和感しかない。あの子はまだ野球を本格的に始めてからまだ1年経ってないから!

 

「じゃあこの打席は……」

 

「十六夜さんが勝負を選ぶなら、十六夜さんの実力次第となるでしょう」

 

もしも打たれるのならそれまでです……と二宮は付け足した。味方だろうとトコトン厳しいよね。まぁそんな二宮だからこそ、白糸台でも鋼さん達が着いて行ってるんだろうけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(よし……。なんとか追い込んだ!)

 

(1球外へ外しましょう。低めにカーブを)

 

(はい!)

 

ツーナッシングに追い込んでから、バッテリーは外角低めへカーブを投げた。

 

ここで陽春星さんについて1つ捕捉。彼女は清本や金原のように悪球打ちを得意としている打者で、更に彼女の得意な球は低めに曲がるカーブやシンカーといった斜めの変化球……。

 

これ等の条件が揃っている状況下で陽春星さんが見逃す筈もなく……。

 

「…………!」

 

「「!?」」

 

投げられたコースに対して不敵に笑い……。

 

 

カキーン!!

 

 

強引に捉え、その打球は1打席目と同様に、上空へと消えていった……。

 

(このホームランが今後の十六夜さんに響くか、そして今後の十六夜さんの課題になるだろう)

 

私はそう思いながら、陽春星さんがベースを回る姿を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のは正に痛恨の一打……と言ったところね」

 

「そうね。郭上鈴さんのギアも上がってきているし、日本代表とっては苦しい展開になっているのは間違いないわ」

 

「まぁここからだよね~。日本代表は~」

 

「……そうですね。私達アメリカ代表は去年、一昨年の日本代表には辛勝したものの、逆境からの追い上げは凄まじかったですから」

 

「それは恐らく、今年のこのメンバーからも、そうなりそうです」

 

「そうだね~。それに日本代表の一部の選手はまず眼が違うからね~。あれは正に勝負を見据える事の出来る眼だよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

陽春星さんにホームランを打たれたものの、十六夜さんは崩れる事なく後続を抑えた。

 

(後悔の……残るイニングになっちゃったな)

 

「瑠花ちゃん?」

 

「……なんでもないです」

 

4回表終了。5対4で私達が負けているこの状況……。裏の私達の攻撃で清本に回るとは言え、キツい状況は変わらない。果たして逆転の芽は出るのか……!



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敬遠球に対する正しい(間違った)対応

4回裏。郭上鈴さんの投げる球……特にストレートは勢いを増している。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「このイニングも二者三振……」

 

「何球かはボール球もありますが、何れもコースがギリギリですので、思わず手が出てしまっていますね。ストレートに強い筈の高橋さんが振り遅れています」

 

「で、でも次は4番の清本さんですよ!」

 

「そうだね。清本さんならあのストレートに対応出来るかも……」

 

朝日さんと渡辺さんが言うように、清本ならあのストレートに対応出来て、ホームランを打つのも難しくない。しかし……。

 

「この試合はこれ以上和奈さんには期待しない方が良いかも知れませんね」

 

「えっ……?」

 

二宮がそう言った瞬間、相手チームの捕手が立ち上がった。

 

「け、敬遠!?」

 

「1点差で、一塁が空いていて、尚且つ前打席の清本のホームランを見れば歩かせても不思議じゃないよ。私が向こうの立場でも恐らくそうするだろうしね」

 

それくらい向こうの判断は常識的で、試合に勝つ為の敬遠策だ。

 

『ボール!』

 

「…………」

 

(しかし清本のあの様子……。敬遠球を如何にして打つかを考えている顔付きだね)

 

これなら次の打席……いや、下手したらこの打席で清本は動くかもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「向こうは清本さんを歩かせる方針で行くみたいね」

 

「練習試合の時は1度勝負を避けちゃったけれど、彼女のあの打球を見てしまったら普通は歩かせても可笑しくないもの。私でも状況によっては歩かせるわ」

 

「……そういえばあの練習試合でウィラードちゃんが清本ちゃんを歩かせたのは満塁時のあの1打席だけだったね~。それならまだ清本ちゃんの本当の恐ろしさを知らない訳だ~」

 

「清本さんの……」

 

「本当の恐ろしさ……?」

 

「ハッキリ言って本当に清本ちゃんを歩かせるつもりなら、背中側に投げないと無理だね~」

 

「で、でも結構大きく外されていますし、言ったら悪いんですが、その……清本さんは小柄だから、あのコースに手を出すのは不可能だと……」

 

「普通はそうだよね~。でも清本ちゃんは特別だからね~。じゃあ2人に質問するよ~?敬遠球を投げる時にどんな球を投げるかな~?」

 

「それは……スローボール……ですよね?」

 

「ウエストならともかく、敬遠ともなるとほぼ確実にコントロール出来るスローボールを投げる筈です」

 

「うんうん、大正解~。スローボールというのはその名前の通り、遅く、力のない球……。だから清本ちゃん程のパワーを持ち、絶対に打ってやるんだという執念が合わさると、敬遠球では清本ちゃんを誤魔化せなくなるんだよ~」

 

「そんな……事が……!?」

 

「清本ちゃんの次の……いや、もしかしたらこの打席でそれが見られるかもね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボール!』

 

カウントがツーボール、ノーストライク。バッテリーは完全に敬遠体制に入っているね。しかし……。

 

「二宮、どうやら清本は敬遠球を打つつもりみたいだよ」

 

「……どうやらそうみたいですね。和奈さんが歩かされたら代走を出すつもりでしたが、そうなってくると話は別です」

 

「えっ?えっ?ど、どういう事……?」

 

私と二宮の会話に高橋さんを始めとするほぼ全員が困惑している。この意味がわかっているのは母さんと三森3姉妹くらいだろうね。

 

「……清本和奈は状況に応じて敬遠球やウエスト球を強引に打ちに行く傾向がある。それがどんな時か……っていう具体的なところまではわからないけど、多分この打席がそうなんじゃないかと思う」

 

更に夜子さんが捕捉説明。それによって皆が食い入るように清本の打席に注目し始めた。

 

『ボール!』

 

(今の3球で、郭上鈴さんの敬遠球の軌道はわかった。あとは集中して、手首に力を込めて……!)

 

郭上鈴さんが投げる4球目。これまでと同じコースに敬遠球のスローボール。

 

(……どんなに強引でも、どんなに不恰好でも、私はそれを打つだけ!)

 

「!?」

 

 

カキーン!!

 

 

「嘘……」

 

「ほ、本当に敬遠球を打っちゃった……」

 

敬遠球を打った清本はその反動で転倒した。まぁ敬遠球の仕様上そうなるのは仕方ない。況してや清本は140センチ女子なのだから。

 

そして140センチ女子とは思えない並々ならぬパワーの持ち主である清本が打った打球は電光掲示板に直撃し、ホームランとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まさか本当に敬遠球を強引に打つなんて……。真深はあんな事、出来る?」

 

「……普通は出来ないし、やろうとも思わないわ。正直あのホームランを見るまでは私も歩かされるのは仕方ない事だと思っていたもの」

 

「これでわかったよね~?清本ちゃんは敬遠球に対して、あのように強引に打つんだよ~。まぁその反動であのように転んじゃうんだけどね~。清本ちゃんを本当に歩かせるつもりなら、清本ちゃんの背中側に投げないと不可能……いや、もしかしたら背中側に投げたとしても清本ちゃんは何かしらの対策を思い浮かべて対応するだろうね~」

 

「成程……」

 

「真深……?」

 

「……いえ。日本代表に、清本さんに感謝ね」

 

「えっ?感謝?」

 

「……私も、敬遠球に対するアプローチをしてみようかしら」

 

「正気?」

 

「検討の余地はあるわ」

 

(あらら、これは上杉ちゃんに火が点いちゃったね~。日本代表は今後上杉ちゃんに対してどのような球を投げるのか、勝負を避ける事が出来るのかがわからなくなりそうだね~。清本ちゃんの一打が計らずとも上杉ちゃんを強くしてしまったみたいだよ~?)



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ブルペンにて

清本がホームに還って来たのと同時に一色さんも戻って来たので、私はブルペンに行く事に。

 

(一色さんが戻って来たって事は、恐らく次の回から投げるんだろうな……)

 

十六夜さんはまだまだいけそうだけど、日本代表の方針……というか世界大会の投球制限によって日本代表の先発投手は投球イニングが長くても5回までとなる。厳しいルールだよね。他国はどうなっているんだろうか?

 

「おっ?待ってたでござるよ!朱里殿」

 

ブルペンに着くと村雨が捕手用ミットを持って待っていた。

 

「まぁ色々聞きたい事はあるのでござるが、今は朱里殿の投げる球を受ける事に専念するでござるよ!」

 

ニンニンと村雨はしゃがんでミットを構えた。

 

「行くよ……!」

 

「!!」

 

(朱里殿から気迫を感じるでござるな。川越シニアが全国優勝して、新越谷に入り、そこから夏の県大会、全国大会と両方を優勝で締め括り、秋の県大会も準優勝、関東大会も優勝と……。いくつかは朱里殿が関与していないでござるが、そんな苦楽を生き抜いて来た朱里殿からは風格が、体付きが、表情が……。それ等がシニアにいた頃とは比べ物にならないでござる)

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボールでござる!」

 

 

バシッ!

 

 

(村雨の返球動作……中々良いな。投手以外の全ポジションをそつなくこなす……というシニアで出来た噂は本当だったのかな?)

 

捕球も余裕を持ってたし、これは本職の捕手と比べても遜色ないよ。監督が村雨をブルペン捕手に指名した理由がわかるね。

 

それからも私の持ち球を数球投げて、肩を暖めた。それに対して村雨が吟味するように捕球していたけど、これって今後梁幽館と対戦する時の対策として使われたりするのかな?

 

(ボールのキレ、変化球の変化量、ストレートのノビ……。どれもシニアの時と……いや、最新の映像データで見た時よりも遥かに成長しているでござる。朱里殿ならもしかしたら世界一の投手……と呼ばれるのに相応しいのかも知れないでござるな)

 

「そろそろ戻るよ。試合展開も気になるし」

 

「……実況の声から察するに、先刻にいずみ殿がタイムリーヒットを打って、なんとか1点をリードしているでござるよ」

 

良かった。なんとかリード出来てるんだ……。というか私全然実況の声とか聞いてなかったよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は6回裏。先程村雨が言ったように、金原のタイムリーヒットによって6対5となっている。

 

ちなみに5回から一色さんが投げていたのだが、十六夜さんと同様にホームベース2つ分の幅を使った変化球を駆使して三振とはいかずとも、凡退を連発させて、ランナーを背負いつつピンチを凌いでいた。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

後続で追加点獲得はならず、1点リードのまま7回を迎えた。

 

「早川さん、最終回で決めて来なさい」

 

「はい!」

 

監督の指示により、最終回は私が登板。捕手も高橋さんから二宮に交代するみたいだ。

 

(シニアリーグ世界大会の初登板……。出来る限り、最高の結果を残していきたいね)

 

私は投手陣の中でもスタミナがない方なので、クローザーとしての起用だけど、その分全安心して力投球が出来るから、飛ばして行こう!



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圧倒的な投球

「おっ?日本代表は満を持して早川ちゃんの登場だね~」

 

「早川さんの投球を観客席越しとは言え、生で見るのは初めてなのよね。真深は早川さんと3年前のリトルリーグの世界大会で対戦したのよね?」

 

「ええ。3打席対戦したけれど、あの時は完敗だったわね。今年はクローザーで早川さんを起用するみたいだし、これを機に早川さんの攻略法を見付けてみせるわ」

 

「おお~。上杉ちゃんが闘志を剥き出しにしてるね~」

 

「確かに……。あんな真深を見るのは初めてですね」

 

(それ程まで真深は早川さんを意識している……という事でしょうね。あの真深をあそこまで意識させる事を私には出来なかった……。そういう意味では私にとっても早川さんは1番のライバルなのかも知れないわ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里さん、いよいよですね」

 

「うん……」

 

3年前に行われたリトルリーグの世界大会で私はこのマウンドに立った……。あの時は先発投手としてだったけど、今日はクローザーとしてマウンドに立つから、別の緊張感が漂ってくるよ。

 

「この最終回……。向こうはクリーンアップからですが、調子の方は如何ですか?」

 

「多少緊張はするけど、調子は過去1番かな。良いピッチングが出来そうな気がするよ」

 

なんかもう高揚感というか、アドレナリンが溢れ出てるっていうか……。とにかく調子が良い。

 

(相手は3番から……。でもそんなの関係ない)

 

私は私……。風薙さんと再会したあの日から自分のピッチングについて色々考えていたけど、答えは変わらない……。変わらなかったよ。

 

(私は風薙彼方ではなく、早川朱里なのだから!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(……また、一段と成長しましたね。ストレートに見せ掛けた変化球も関東大会で私に投げてきた時と同等……いえ、もしかしたらそれ以上なのかも知れません)

 

(あれから私なりに精一杯練習してきた。それが今の偽ストレート……。クローザーという事でスタミナを気にせず思い切り投げる事で、関東大会で二宮達に投げたあの偽ストレートをいつでも投げる事が出来るようになった)

 

尤も私のスタミナでは使用に限度があるから、多投は出来ないけどね。次の夏大会までに足腰とスタミナを鍛える必要があるよね。これに関しては去年からずっと課題にしてるんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

まずは3球三振!そして次は……!

 

「…………!」

 

(4番の陽春星さん……!)

 

二宮はど真ん中にミットを構えている。普通はあんなコースに投げたら、ピンポン球の如くボールはスタンドインする事だろう。

 

(それでも関係ない……。今の陽春星さんに私の投げる球が通じるかとか、そんなのもどうでも良い。ただ目の前の相手に私のピッチングを叩き込むだけ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(あの陽春星さんが全くタイミングを合わせられていませんね。朱里さんは最後に対戦した関東大会の時とは比べ物にならないレベルで成長しています。これならアメリカ代表に勝つのも夢ではないかも知れません……!)

 

(調子が良い……。試合で投げるのは関東大会の決勝戦以来だけど、実戦で投げるとこんなにも充実した、気持ち良いピッチングが出来るんだね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「あの陽春星さんをあっさりと追い込んだ!」

 

「流石、早川朱里……。私達を翻弄した投手」

 

カウントはツーナッシング。見せ球はなし、3球で決める!

 

「……っ!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

よし!あと1人!この調子で抑えてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これが早川さんのピッチングなのね……。真深が完敗したのも頷けるわ。圧倒的だもの」

 

「違う……」

 

「真深……?」

 

「ユイが言っていたのは、これが私が完敗したのはあくまでも3年前……。今の早川さんはその時と全く比べ物にならない。ストレートそのものは彼方先輩の方が速いけれど、早川さんから感じられる気迫や、投げられるボールのキレは彼方先輩に匹敵……いえ、状況次第ではそれ以上に化けるわ」

 

「そ、そんなに!?確かに早川さんは彼方先輩からストレートに見せ掛けた変化球を教えてもらったとは聞いたけれど……」

 

「彼方先輩を除けば、私が一方的に敗けたのは早川さんだけ……。しかもそれは3年前で、今の早川さんはその数倍は成長している……。今対戦したところで私は早川さんには勝てないでしょうね」

 

「おお~。あの上杉ちゃんがそう言うって事は余程早川ちゃんの成長が凄まじいかわかるね~」

 

「……でも真深はこのままにするつもりはないんでしょ?」

 

「もちろんよ。日本代表とぶつかるのは決勝戦……。それまでに私は早川さんの攻略に勤しむわ」

 

(いや~。本当に日本代表とアメリカ代表の試合が楽しみになってきたね~。どちらも心配はしてないけど、途中で負けたら駄目だよ~?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

三者連続三振と同時に、試合終了。5対6でなんとか日本代表は台湾代表に勝利する事が出来た……。私はまだまだ成長出来るんだ!



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アメリカ代表の偵察へ

≪≫の台詞は英語でござる。≪≫は今後度々使うでござる。


台湾代表に勝った翌日。私達は次の相手に向けて練習に励む。その一方で私、二宮、清本、金原の4人でアメリカ代表の試合観戦に来ている。

 

「投げるのはウィラードさんみたいだね」

 

「私達が観戦に来ているとわかっていたら洛山を相手にした時と同じ……打たせて取るピッチングを主流とするかも知れませんね」

 

「ウィラードさんってばそんな技術を身に付けたんだ?去年の世界大会では次々と三振を取りに行くって感じだったけど……」

 

「私達の試合を観に来てたみたいだし、私達がこの試合を観に来てるってわかれば二宮の言うように打たせて取るピッチングで力を温存するのかもね」

 

「ええ~!?でも相手は韓国代表だよね?打撃力は台湾代表にも負けてないって聞くし、そんなので通用するのかな~?」

 

金原が言うように韓国代表は台湾代表とはまた違った打撃チームだ。しかしあの洛山を相手に打たせて取るピッチングを成し遂げたのなら、アメリカ代表の守備力も相まって韓国代表を相手でも然程苦戦はしないだろう。

 

「……もしも韓国代表を相手に打たせて取るピッチングをするのなら、この試合はウィラードさんの実力ではなく、アメリカ代表の選手達の守備力が見られそうですね。どちらに転んでもこちらに損はありません」

 

「成程ね~」

 

流石二宮。ウィラードさんのピッチングが見られなくとも、他の注目選手に目を付けるという利点に気付いたか……。

 

「おや~?そこにいるのは日本代表の期待の選手達ではないかね~?」

 

背後から声が聞こえたので振り返ると、そこには非道さんがいた。そういえば私達の試合も観に来てたね……。

 

「ひ、非道さん!?」

 

「遠路遥々アメリカまで来たんですか?」

 

「まぁ私も色々あってね~。清本ちゃん達やシルエスカ姉妹の応援も兼ねて来たんだよ~」

 

非道さんも天王寺さん並に謎に包まれてるんだよね。正確には非道さんと大豪月さんのバッテリーだけど……。初めて会った時からオーラが他の人とは違うんだよね。威圧感とはまた別の何かを纏ってるって言うか……。

 

「試合、始まるよ~?」

 

「上杉さんのホームランボール、捕れるかなぁ……?」

 

プレイボールが近付くと清本がグラブを装着していた。そういえば清本は上杉さんに憧れを抱いていたね。練習試合の時もサインとかもらってたんだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真深、早川さん達が観に来てるわよ」

 

「本当ね。非道さんも一緒にいるわ」

 

≪マミ、ユイ、何してる?早く守備に付きなさい!ユイは今日先発でしょ!≫

 

≪パトリオさん、そんなに慌てなくてもまだ試合開始まで時間がありますよ≫

 

≪ロジャー、こういうのは心構えが大切なの!試合に全力で挑もうとするその姿勢が……!≫

 

≪真深さんやユイさんはお二方がライバル視している日本代表の選手達が何人か偵察に来ているみたいですし、無様なプレーは見せられないと気持ちを高めているのですよ≫

 

≪日本代表が?≫

 

≪ええ。お二方が昨日日本代表の試合を観に行っていたのと同じで、日本代表の選手達も私達の試合を観に来ているのでしょう≫

 

≪そう……。それなら尚の事私達アメリカ代表のやる気と熱気を見せる必要があるわ!≫

 

「……相変わらずパトは熱血漢って言葉似合うわね。闘志の炎が宿っているわ」

 

「でも味方としては頼もしいわね」

 

「そうね……。それはシニアで3年間バッテリーを組んできた私が1番よくわかっているわ」

 

「……今日は偵察に来ている日本代表に私達の野球を魅せましょう」

 

「もちろんよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『プレイボール!』

 

アメリカ代表は後攻か……。

 

「ウィラードさんのピッチングを出来るだけ映像に残しておきましょう」

 

二宮はどこからかビデオカメラを取り出した。橘みたいな芸当してるな……。どこから出したのそのビデオカメラ?




瑞希「そういえば試合会場に足を運ぶ前、朱里さんは陽秋月さんと陽春星さんの2人と何か話していたようですが、何を話していたんですか?」

朱里「大した事は話してないよ」

朱里(本当に大した事は話してない……。うん、二宮達にとっては大した事じゃない)

和奈「っていうかお姉さんの方も来てたんだ……」

瑞希「上杉さん達と反対側の席で観戦していたらしいです」


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世界一を目指すには

ウィラードさんは私達の予想通り、打たせて取るピッチングを中心に、洛山打線を相手にした時と同様ウィラードさんが韓国代表の中でも警戒している打者以外には三振を取りに行っていない。

 

 

カンッ!

 

 

≪ショート!≫

 

≪了解しました≫

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「ロジャーさんってやっぱ世界一のショートって呼ばれるだけあって滅茶苦茶上手いよね~。簡単には捌けないゴロを難なく処理してるもん。その後の送球までも速いし、落ち着いてる」

 

「ロジャー・アリアさんですか……。彼女のプレーからはどこか気品が見えますね。上流貴族育ちなだけあります」

 

「確かにプレーが綺麗に見えるね~。ユニフォームの汚れも彼女だけは別の何かにも見えるよ~」

 

まぁ確かに他のショートの選手ではあんな綺麗な、上品なプレーは出来ないだろう。別段真似する必要も特にないけど、あの無駄のない動きは何かしら参考になる部分はあるかもね。金原の言う別の何かというのは気になるところだけど……。

 

「ロジャーさんだけはアメリカ代表の中でも別格って感じがするよね」

 

「確かに他のアメリカ代表の選手達は所々荒々しさが見えるね。それが一切ないのはロジャーさんと……上杉さんくらいかな。纏ってる空気が違う感じがする」

 

ロジャーさんはともかく、上杉さんは純正の日本人だからアメリカ代表が放つ雄々しさに近い何かを感じないんだと思う。その雄々しさは良く言えば逞しいというか……。

 

「それにロジャーさんはこの試合では下位打線だけど、パワーもあるんだよね~。日本の高校なら間違いなく4番を打てるレベルだもん」

 

「それこそ日本の高校で彼女が4番に立てないのは洛山くらいのものでしょう。彼女の役割を考えるなら洛山では1番か2番になるでしょうが……」

 

改めて聞くと洛山高校はどこか可笑しい気がする……。

 

「その洛山の1番と2番は同じくアメリカ代表のシルエスカ姉妹が務めてるんだっけ?和奈と非道さんの話だと」

 

「うん……。あの2人、この世界大会でも1番と2番を任せれているみたい」

 

「丁度この回は1番から始まるから、彼女達が洛山で何を得たのかを見るチャンスだよ~?」

 

非道さんが言うように、この回は1番のエルゼ・シルエスカさんから……。去年の……というよりは洛山に入る間での彼女は所謂陽さんと同じタイプの打者だったけど……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ナイスプレー!ロジャー!!≫

 

≪褒めても何も出ませんよ。それに私はいつも通りにプレーしているだけで、特別な事は何もしていません≫

 

≪さて……。この回は1番からだ。リードも僅差だから、一気に突き放せ!!≫

 

「先頭はエルゼちゃんからね」

 

「なんだか洛山との練習試合を思い出すわ……」

 

「お姉ちゃん、頑張って!」

 

「任せなさい!」

 

≪……マミ達は何を言っているのかしら?どこの国の言葉を喋っているの?≫

 

≪彼女達が話しているのは日本語ですね。真深さんは日本人ですし、ユイさんも日本人の血を半分受け継いでいるハーフで、ユイさんは流暢な日本語を話しますよ。それにシルエスカ姉妹も日本に留学しているので、ある程度は問題なく話せると思います≫

 

≪ロジャーは日本語が話せるのか?≫

 

≪ええ。日本語だけでなく、対戦相手の母国語である韓国語も話せますし、他にも合わせて10ヶ国くらいの言語は話せます≫

 

≪我々はアメリカ代表……。せめてこの世界大会が終わるまでは母国の言葉以外は話しちゃ駄目だ!≫

 

≪パトリオさん、それは流石に支離滅裂ですよ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エルゼちゃんは長打力はあるんだけど、基本的に出塁がメインになるんだよね~」

 

「過去のデータでもその傾向はありますね。白糸台で言うところの日葵さんと役割が同じです」

 

「そして2番のリンゼさんが確実に繋いでいく……か。この辺りも白糸台の佐倉姉妹と似通ってるね」

 

改めて分析してみるとエルゼ・シルエスカさんと佐倉日葵さん、そしてリンゼ・シルエスカさんと佐倉陽奈さんはほとんど役割が同じだった。

 

強いて相違点を挙げるなら、白糸台の佐倉姉妹は妹の日葵さんが長打力がある選手で、姉の陽奈さんは小技がメインなのに対して、シルエスカ姉妹は洛山に留学している影響なのか、どちらも長打力がある選手だという事。妹のリンゼさんはアメリカ内では『小技のスペシャリスト』とも呼ばれているね。

 

尤も白糸台側も陽奈さんが課題としている長打力を様々な形でカバーしている可能性も捨て切れないけど、実際のところ白糸台で彼女がどういう練習をしているか……。

 

 

カキーン!!

 

 

「あっ、打った!」

 

「外野の頭を抜けるスリーベースだね~」

 

シルエスカ姉妹の姉の方……エルゼ・シルエスカさんは例えるなら陽さんに長打力を更にプラスした打者だとも言われており、足も速く、リンゼさん程じゃなくても小技が出来る。本当に隙のない姉妹だよ全く……。

 

「……で、次はシルエスカ姉妹の妹の方だね。ここはスクイズで確実に点を取りに行くか、四球狙いで更にチャンスを繋ぐか……だよね」

 

「それは恐らく洛山に留学する前のリンゼ・シルエスカさんでしょうね。洛山に留学した彼女は新たに長打力を身に付けた……という話を聞きます。ですので……」

 

 

カキーン!!

 

 

「えっ?初球から行った!?」

 

リンゼさんが初球から捉えたその打球はライトスタンドへと伸びていき、そのまま入っていった……。

 

「……このように甘い球なら軽々とスタンドへと運ぶパワーを身に付けています」

 

「嘘……。確かあの妹の方って去年のアメリカ代表メンバーの中で1番パワーがなかったって話なのに……」

 

金原が言う事もまた事実。リンゼさんは去年の世界大会のアメリカ代表の中で1番非力だった。だからこそ繋ぐ打撃術に長けている訳だったけど……。

 

「……私も洛山に入っていれば和奈さんみたいなパワーが身に付いていたでしょうか」

 

ボソッと二宮が何かを呟いていたのを私は聞かなかった事にした。きっと私の耳に聞こえてきたのは幻聴だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイバッチリンゼ!」

 

「うん。ありがとうお姉ちゃん!」

 

≪ちょ、ちょっとリンゼってばいつの間にそんなパワーを身に付けたの!?≫

 

≪え、えっと……。洛山……日本の高校に留学してから、そこで練習を繰り返して、そうしたらいつの間に……。正直私自身も驚いています≫

 

≪これは驚きましたね。ですが味方としては頼もしい限りです≫

 

≪……そうね。ユイ、マミ、韓国代表の連中に止めを刺して来なさい!≫

 

≪はいっ!≫

 

≪わかりました≫

 

(私達の試合を観に来ている早川さん達にホームランボールでもプレゼントしようかしら?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後もアメリカ打線は止まらず、10対3でアメリカ代表が韓国代表をコールドゲームに仕留めた。

 

「~♪」

 

あと上杉さんが放ったホームランボールが偶然にも清本が構えていたグラブに収まって、それからの清本はずっと機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。

 

(日本代表が世界一を勝ち取るにはあの強力なアメリカ打線を抑えるのと、本気を出したウィラードさんをどう攻略するかに掛かってそうだね……!)

 

アメリカ代表と決勝戦で当たるにはあと2勝……。絶対に勝たないとね。



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衝撃の真実

アメリカ代表と韓国代表の試合が終わり、私達は球場を出て宿泊施設に戻っている。非道さんは用事があるとかで別れた。

 

「しっかしまさか本当にウィラードさんが打たせて取るピッチングで韓国代表の打線を抑えちゃうとはね~」

 

「まぁあの洛山を相手に出来たんなら、韓国代表を相手に出来ても不自然じゃないと思うけどね」

 

ちなみに韓国代表を相手にウィラードさんは僅か3失点。洛山を相手に11失点した時よりも大きく成長していると見ても良いと思う。

 

「それよりもアメリカ代表全体の守備力を見られたのは良かったですね。これならどの打者がどこへ打ちに行くかを考えられます」

 

「でも私達と戦う時には選手を入れ換えるんじゃ……?」

 

「それも恐らく数人程度だと思います。少なくとも正捕手のパトリオさん、ショートのロジャーさん、シルエスカ姉妹、そして上杉さんの5人は固定と見ても良いでしょう。決勝戦ではそこにウィラードさんとアルヴィンさんも追加で入ると過程して……」

 

確かに今二宮が言った5人は間違いなく私達日本代表との試合に出て来るだろう。先発で投げるかどうかはわからないけど、多分ウィラードさんも出て来ると思う。

 

「問題はアメリカを相手にアタシ達がどう戦うか……だよね」

 

「それよりも目前の試合です。3日後にはオーストラリア代表と試合をするのですから」

 

「オーストラリア代表……」

 

オーストラリア代表で特筆する選手は1番打者と3番打者なんだけど……。

 

「特筆する選手の内の1人はオーストラリアに留学していた中国人ですね」

 

「えっ……?オーストラリア人じゃないの!?」

 

そう。なんでかはわからないけど、二宮の情報網によるとオーストラリアに留学していた中国人選手が要警戒対象の1人なんだそうだ。まるで意味がわからないよ。

 

そんな話をしていると前方から3人の人影が……。

 

「あら……?早川さん達?」

 

なんと上杉さんとウィラードさんである。もう1人の銀髪の人はショートのロジャーさんだ。近くで見ると本当に良いとこのお嬢様っぽい。

 

「今日は試合を観に来てくれてありがとう。私達の試合はどうだったかしら?」

 

「……良い試合だったよ。私達も負けてはいられないね」

 

「それは良かったわ。私もユイも早川さん、貴女には負けられないもの」

 

ええ……。なんか物凄く上杉さんとウィラードさんにライバル視されてるんだけど……?私まだ1イニングの打者3人にしか投げてないのに。

 

「わわっ……。朱里ちゃんと上杉さん達がなんかバチバチの展開になってるよ!」

 

「青春だね~☆」

 

そこの金髪ギャルとちっちゃい子!見てないで私に助け船を出して!!

 

「で、そちらにいるのは……」

 

「アメリカ代表のショートを守っています、ロジャー・アリアと申します。以後お見知りおきを」

 

それはまるでスカートを翻したかのイメージが出現した。ユニフォームを着てるのに、気品が溢れる……という印象のロジャーさんだった。本当に良いとこのお嬢様なんじゃないの?日本語も滅茶苦茶流暢だし……。

 

(ん……?そういえば二宮がそのような事を言ってたような気がする……)

 

あれ?もしかして二宮ってロジャーさんと面識が……?

 

「そして……。お久し振りですね。二宮瑞希さん」

 

『ええっ!?』

 

ロジャーさんの一言にロジャーさんと二宮以外の全員が驚きの声をあげて二宮の方に注目した。

 

「…………」

 

当の本人はいつもの無表情でロジャーさんを見ている。それに対してロジャーさんはクスクスと笑いながら二宮を見ている。なんかこの2人からただならぬ因縁のようなものを感じるんだけど、どういう関係なんだろう?



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二宮瑞希とロジャー・アリア

ロジャーさんが二宮の事を口にした瞬間、ロジャーさん以外の全員が二宮の方に注目した。この2人、やはり面識があるのかな?

 

「……言う程久し振りでもないと思いますよ?最後に会ったのも年明けですし」

 

「ふふっ。ただの社交辞令ですよ」

 

無表情の二宮と、ニコニコとしているロジャーさんだけど、ただならぬ関係なのが伺える。

 

「み、瑞希ちゃん。ロジャーさんとはどういった関係なのかな?」

 

私達が気になる事を清本が代表して二宮に尋ねる。私も含めた皆は食い入るように二宮を見つめている。

 

「はぁ……。別に大した事はありませんよ。私とロジャーさんは互いに情報を集め、共有し合っているだけです」

 

「利害の一致……とでも言っておきましょうか?互いに必要な情報を共有し合っている訳ですが、私は瑞希さんが持ち込んでくる情報には大いに助かっています」

 

「に、二宮さんが持ち込んでくる情報って……?」

 

続けてウィラードさんがロジャーさんに二宮が持ち込んでくる情報について尋ねる。もしも野球関係とかだったら2人からスパイの疑いがあるよ……?

 

「情報……と言っても色々ありますが、特に私が助かっているのはアメリカの株価や財政、前大統領が隠蔽した不祥事等々ですかね」

 

『…………』

 

ロジャーさんの発言に二宮以外の全員が絶句している。思っていたよりとんでもない情報だったんだもん。

 

「……それよりも私に何か用があったのではないですか?」

 

「いえいえ。たまには瑞希さんと談笑するのも悪くないと思っているんですよ」

 

クスクスと笑みを溢すロジャーさんは二宮の質問を受け流すように対応していた。あの二宮にこんな対応を出来るの人って他にいるのかな?いたとして多分非道さんくらいだと思う。

 

「まぁ日本代表の皆さんは頑張って決勝戦まで勝ち進んでくださいね。我々アメリカ代表は待っていますから」

 

そう言ってロジャーさんは歩いて行き、上杉さんとウィラードさんは私達に一言二言言ってからロジャーさんを追い掛けて行った。ロジャーさんはなんというか……底の知れない人だね。

 

「……ロジャーさんは相変わらずでしたね」

 

「瑞希はいつもロジャーさんとこんな会話してるの?」

 

「ある場所で出逢ってからは、何故か向こうから絡んでくるだけです」

 

多分ロジャーさんが二宮と趣味が合い、二宮が気に入ったからなんだろうなぁ……。性格的にも、役割的にも2人って意気投合とまではいかなくても、時々ネットなり、リアルなりで会っている可能性はある。利害の一致とか言ってたし。

 

「それよりも次のオーストラリア代表との試合に備えてこのままミーティングといきましょうか」

 

「そうだね。清本と金原もそれで良いかな?」

 

「アタシはOKだよ☆」

 

「う、うん。瑞希ちゃんとロジャーさんの事は色々と気になる事があるけど、大事なのは目前の試合だもんね……」

 

清本は先程の二宮とロジャーさんの関係性が気になっている様子だった。幼馴染だから、二宮の交遊関係とか気になるんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリアは二宮さんとどういう関係なの?」

 

「瑞希さんは私が今まで会った人の中で1番興味深く、ユニークな御方です。それに私がロジャー家で拾い切れない情報等を彼女は容易に持ち込んでくるので、私だけではなく、ロジャー家全員が瑞希さんを気に入っているんですよ」

 

「ロジャー家って確かアメリカ国内で1、2を争う名家で、様々な情報を色々な所から集めて来るって有名よね?そんなロジャー家が拾い切れない情報を易々と拾える二宮さんって何者なのかしら……」

 

「瑞希さんの凄いところは彼女自身の情報収集能力であり、特に野球関係の情報収集は念入りに行っているそうです」

 

「そういえば今日の私達の試合も観に来ていたわね……」

 

「拾ってきた情報をまとめあげる分析力も瑞希さんの持ち味ですね」

 

「それに二宮さんって捕手としても優秀なのよね。彼方先輩の投げる球も堂々と捕っていたし……」

 

「彼方さんの投げるナックルとドロップはパトリオさんでも毎回は捕球出来なかったので、捕球能力はパトリオさんよりもずっと上でしょうね。加えて過去の瑞希さんのデータと、瑞希さんと組んできた投手のデータを見ると味方投手の能力を最大限に引き出す力を持っています。これもパトリオさんよりも優れている点です」

 

「パトもアメリカではかなり優秀な捕手よ?パワーもあって、肩も強い……」

 

「パトリオさんが瑞希さんに確実に勝てる部分はその2点だけでしょうね。あとは実際に試合をしないとわからない部分もあります」

 

(実際瑞希さんならそれすらも予測可能にするでしょうね。ふふっ。本当にユニークな人です)



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オーストラリア代表の……?

二宮とロジャーさんの事も気になるけど、今は目前の事が大切。3日後にオーストラリア代表との試合だ。

 

「では対オーストラリア戦に向けて軽く話し合いましょうか」

 

オーストラリア代表との試合に備えたミーティング。仕切るのは日本代表の参謀役を担っている二宮だ。

 

「えっと……。瑞希ちゃんが言うにはオーストラリアに留学している中国人……だったっけ?」

 

「1番打者を勤めている王美雨さんですね。分かりやすく言えば陽奈さんと同タイプの選手です」

 

1番を打っている王美雨さん。二宮が言うには白糸台の佐倉陽奈さんとバッティングスタイルがほとんど同じなんだとか。

 

「ええ……」

 

「おや?どうかしましたかいずみさん」

 

「えっ?あっ、いや、な、なんでもないよ?」

 

なんか金原が慌てていた。絶対に何かあるやつじゃん……。

 

(そっか……。次は美雨がいたシニアの代表が相手なんだ)

 

(……そういえば王さんはいずみさんがいる藤和の選手でしたか。今年の秋大会から頭角を現してしましたが、去年の世界大会ではオーストラリア代表にいませんでしたね)

 

二宮の方はそんな金原を見て何かを察していた。金原の様子が可笑しい原因を出来れば私も清本も知りたいんだけど、なんか聞き出し辛いよね。

 

「王さんは足の速さと出塁重視のバッティングスタイルで先制点を取りやすい状況を作る事を得意としています」

 

「選球眼が良くて、よく彼女に四球を出す……って事なのかな?」

 

「その認識で合っていますよ。幸い長打力は余りない筈ですので、四球に注意して、甘い球を投げなければそうそう打たれる事はないと思います。速い球を打ち辛そうにしているのを過去の映像で確認出来ていますので、次の先発はストレートを得意としている投手に任せたいですね」

 

「……となると先発は投手陣の中で1番ストレートが速い曜で決まりかな?」

 

「そうですね。渡辺さん、一色さん、朱里さんの3人で投げるのが良いでしょう」

 

次の試合の先発は渡辺さんに決まりそうだね。中継ぎと抑えは台湾代表の時と同様に一色さんと私になる訳か……。

 

「次はオーストラリア代表の3番だね」

 

「スミス・アンナさんですね。彼女も生まれはアメリカという話ですし、純粋なオーストラリア人とは言えそうにありません」

 

オーストラリア代表を相手にするのに、ピックアップ選手の2人がどちらもオーストラリア人じゃないという不思議。まぁ他の選手は全員オーストラリア人なんだけど……。

 

「オーストラリア代表の野球は守備型……特に守備範囲の広さには定評があります」

 

「守備範囲の広さ……。つまり静華ちゃんや三森3姉妹と野球をやっている事を想定したら良いのかな?」

 

何それ怖い。あんな守備範囲の化物と野球をしなきゃいけないの?

 

「それって実際に勝つにはホームランを打つしかないって事?」

 

「事はそう簡単にはいきません。台湾代表との試合で和奈さんはかなり警戒されていますから、歩かされる可能性はかなり高いでしょう」

 

「じゃあパワーに自信のある選手を和奈の後ろに添えた方が良いね」

 

「打順敵には5番と6番にパワーヒッターを配置するオーダーでいけると思います。あとはこちらも守備範囲で勝負したいところですが……」

 

「何か問題でもあるの?」

 

「こちらの守備範囲の広い選手……三森3姉妹と静華さんの守備での動きはアメリカと当たる決勝戦までは隠しておきたいですね。もしもの事態に対処しやすいように……」

 

二宮はアメリカとの対戦まで三森3姉妹、村雨の足の速さと、出鱈目な守備範囲は極力隠すスタイルでいきたいと考えているみたい。まぁその気持ちはわからなくないけど、もしもの事態って何なんだろう……?

 

「その4人の事で割れてるのは朝海の走力くらいかな?台湾戦で見せたあのセーフティバント」

 

「ですね。朝海さんは一発のある打者でもありますが、今回は朝海さんよりもパワーのある夕香さんか、意外性のある夜子さんを下位に置くのも1つの手です」

 

今の二宮と金原の話を合わせると……。

 

 

1番 レフト 金原

 

2番 セカンド 雷さん

 

3番 キャッチャー 高橋さん

 

4番 ファースト 清本

 

5番 センター 三森夕香さん

 

6番 ライト 剣さん

 

7番 ショート 初野

 

8番 サード 朝日さん

 

9番 ピッチャー 渡辺さん

 

 

「……こんな感じかな?」

 

「おっ?梅田シニアの剣雷コンビが入ってるじゃん」

 

現在の梅田シニアで1番と2番を打っている剣さんと雷さん。この2人は足も速いし、守備範囲もかなり広い。これなら二宮の要望通りに三森3姉妹と村雨の守備範囲は隠せる筈……。

 

「……そうですね。あとは打順を調整すれば良い感じになると思います。剣さんと雷さんは打順をくっつけた方が打撃が良くなる傾向がありますし」

 

……そういえば二宮の言う通り、剣さんと雷さんの2人は不思議な事に打順をくっつけた方が打撃成績が良いんだよね。

 

「あとは歩美ちゃんと雷さんはポジションを逆にしても良いかも……?」

 

そういえば初野も雷さんも2人共メインポジションはセカンドなんだっけ。セカンドの守備は初野の方が捕球率は高いけど、動きは雷さんの方が良いから、そこは考えものだ……。



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足の速い選手

「よーし!全速前進!ヨーソロー!!」

 

『ヨーソロー!!』

 

……何その掛け声?スタメンの皆も乗ってるし。

 

「私達はまたもや後攻のようですね」

 

「まぁ基本的に後攻の方が有利だから、ありがたいんじゃない?」

 

今日の先発である渡辺さんが発した掛け声に対してベンチメンバーはスルーしている。ちなみにヨーソローというのはよろしく候うの略称であり、航海用語の1種だそうだ。

 

「1番の王さん……。彼女を上手く打ち取れるかどうかによって流れが変わってくるでしょう」

 

「まぁそうなるよね。渡辺さんには是非とも頑張ってほしいところだよ」

 

ミーティングの後から聞いた話だけど、王さんは金原と同じ藤和高校に通っていて、夏大会終了後に1軍に昇格したらしい。というかシニア時代はオーストラリアにして、高校生になったら日本に留学ってフットワーク軽くない?親御さんとか王さんの留学に対してどう思ってるんだろう……?

 

(まぁ他人の事情をとやかく言う筋合いはないか。日本代表の勝利を願おう)

 

アメリカ代表と決勝戦で対戦するまでは負けたくないからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「台湾代表との試合に比べて面子が大きく変わったね~。でも清本ちゃんと金原ちゃんの打順は変わってないみたいだし、あの2人は流石って感じがするよ~」

 

「失礼します。隣、良いですか?」

 

「構わないよ~」

 

「ありがとうございます。チームメイト2人がもうすぐ来ますので、その方達もご一緒しても構わないですか?」

 

「OK~。上杉ちゃん達なら日本代表と台湾代表の試合も一緒に観てたし、私は何も問題ないよ~」

 

「……何故私の連れが真深さん達だと?」

 

「簡単な推理だよ~。君はアメリカ代表の選手で、去年はセカンド、今年はショートを守っていたよね~?名前は確か……ロジャーちゃんだったかな~?」

 

(私のを知っている事自体は珍しくありませんが、この方……底が見えませんね。瑞希さんとはまた別の雰囲気を感じます。一体何者でしょうか?)

 

「アリア、お待たせ!」

 

「待たせてしまってごめんなさい」

 

(真深さんとユイさんも合流しましたし、彼女への詮索はまたの機会にしましょうか)

 

「……いえ、私も今来たばかりですよ」

 

「おお~。まるで男女でデートをする時に男側が待ち合わせのシーンで女側に言う定番の台詞みたいだね~」

 

「あれ?非道さん……。今回も清本さん達を観に?」

 

「まぁね~。可愛い後輩の成長シーンはなるべく目に焼き付けておきたいからね~」

 

(成程……。日本代表の選手とチームメイトでしたか)

 

「アリアちゃんは初めて会うのよね?この人は清本さんと同じ日本の洛山高校に通っている……」

 

「非道で~す。よろしく~」

 

「ロジャー・アリアと申します」

 

「あのロジャー家のご息女さんだね~。あの家の事は色々知ってるよ~?」

 

(ロジャー家の事も色々と知っているみたいですし、瑞希さんとは別の意味で興味深い方ですね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

王さんは2、3球見送ってから、渡辺さんのストレートを捉える。

 

「サード!」

 

「はいっ!」

 

その打球は三塁線へ。サードの朝日さんは上手く打球を処理して、ファーストへと送球するけど……。

 

『セーフ!』

 

王さんの足の速さによって内野安打となった。

 

「やはり速いですね」

 

「転がされたら内野安打は確実だと見て良いかもね」

 

「あ、あの……。なんで2人はそんなに落ち着いているんですか?」

 

王さんによる内野安打に対して私と二宮が落ち着いているように見えるのか、十六夜さんが話し掛けていた。あの走力に驚いている様子だったし、ああいう相手には慣れてないのかな?

 

「私達の世代ではあれくらいの走力の選手は別段めずらしくありませんでした」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「まぁそう多くないのも事実だけどね」

 

今の走力よりも上となると私が知っている限りではシニアでは三森3姉妹と村雨、あとは高校に入ってからだけど、阿知賀の高鴨さん……。それくらいかな?5人だけなのに、滅茶苦茶多く感じるよ。

 

『アウト!』

 

オーストラリア代表の打線は過去の映像を見る限りだとゴロにしてしまうと内野安打になる確率がかなり高くなるから、今アウトにしたようにフライかライナーで打ち取るのが効果的なんだよね。

 

「ワンアウト一塁で、3番のスミスさんですか……」

 

「クリーンアップに入ってるだけあって一発がある選手だから、慎重にいかないと痛打されそうだね」

 

監督からは特に勝負を避けるようには指示されてなく、基本的にはバッテリーの判断に任せるとの事だ。少なくともこの1打席目は様子見も兼ねて勝負になると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「3番のスミスさん……。去年の世界大会でも彼女を抑えるのは簡単じゃなかったのよね」

 

「変化球に強く、粘りもある厄介な選手なのは間違いないでしょう。日本代表がどう攻めるのか見物ですね」

 

「まぁそう簡単には打たれないとは思うけどね~」

 

「随分と自信ありげですね?」

 

「歴戦を潜り抜けた投手は顔付きで判断出来るんだよね~。日本代表の渡辺ちゃんはまさしくその部類に入るから、スミス・アンナちゃんも簡単には打てないと思うな~」

 

「確かに渡辺さんは送球派の投手……。スミスさんには有効かも知れませんね」



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オーストラリアの守備力

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「初球から対応してきたね」

 

「過去のデータによりますとスミスさんはストレートのような速い球に対する打率は低めのようですが、流石に対応力が上がってきていますね」

 

人は成長するもの、時にはデータや予測を越えるもの……。デジタルでは計り知れないのだ。二宮はそれをリトル時代に学び、シニア時代になると予測範囲を広げ、仮に予想外の局面に直結した時になっても思考を廻らせ、冷静に対処するようになった。

 

(そして白糸台で更に成長し、今の二宮がいる……か)

 

 

カンッ!

 

 

4球目。スミスさんは低めのストレートを捉える。その打球はセカンド正面へ。

 

「よしきた!」

 

今日セカンドを守っているのは梅田シニアの雷さん。素早い動きで打球を処理する。

 

『アウト!』

 

足が速いとは言っても、上手く打球を処理すればセカンドフォースアウトも難しくない。今の守備はそれがわかる良いプレーだ。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

一塁も間一髪アウト。初回は上手くこちらの守備力が機能してゲッツーを取れたけど、なんか嫌な予感がするんだよねぇ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのオーストラリア代表を相手にゲッツーを取るなんて……。中々出来る芸当じゃないわよ?」

 

「そうね。確かに今のセカンドはボール捌きが良かった……」

 

「……ですがあのままでは何れボロが出るでしょうね」

 

「えっ?」

 

「そうだね~。今のはたまたま上手く処理出来たに過ぎないからね~」

 

「非道さんまで……。どういう事なんです?」

 

「それはその内わかるよ~。まぁ願わくば日本代表にはそんな機会はきてほしくないだろうけどね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!先制点取りに行こう!」

 

金原が意気揚々と左打席に立つ。

 

「うわっ!何あれ!?」

 

誰かが声をあげ、その視線を見てみると……。

 

「外野前進し過ぎでしょ……。内野後退の位置よりも前じゃない」

 

「あれがオーストラリアの野球名物。『二重内野守備』ですね」

 

「に、二重内野守備……?」

 

二宮の発言にピンと来ていない人がほとんど……。特に世界大会に初出場の人達は皆あの前進守備に驚いている。私も映像を見るまでは皆と同じ反応してただろうなぁ……。

 

「オーストラリアの野球選手は足の速さを活かした守備を見せる為に、外野手があのような前進守備をするんです」

 

「で、でもそれなら外野の頭を越せば長打のチャンスだよね?」

 

まぁ普通はそう思うし、実際に金原もそれを試みている。しかし……。

 

 

カキーン!!

 

 

「初球から行った!」

 

「フェンス直撃が狙えるんじゃない!?」

 

金原が打った打球はライトフェンスに直撃しそうな当たりだった。金原はオーストラリア代表の選手に負けないくらいに足が速いから、本来なら三塁打が狙える当たりで、外野があんな前進過ぎる守備位置をしてるので、ランニングホームランは行けそうな勢いだ。

 

(や~、普通ならランニングホームランいけそうなんだけどね~)

 

『アウト!』

 

あんなに前進していたライトがフェンスに追い付き、捕球した。

 

「う、嘘!?あそこからフェンスまで追い付けるの!?」

 

「これがオーストラリアの野球です」

 

「この野球をするようになった切欠が2年前のシニアリーグの世界大会で1人の選手がある偉業を成し遂げた事……。そこからオーストラリアの野球は外野手があのように前進守備をするようになったのよ」

 

「確かその人は今でもメジャーリーグで活躍していますね」

 

監督と二宮がそのような会話をしていると全員が開いた口が塞がらない状態だった。というかあの守備ってそんな最近に発展したんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらずあの守備範囲は出鱈目ね……。今の当たりは本来なら三塁打を狙えた筈よ」

 

「それがオーストラリアの守備力……ですからね。あの守備範囲を越えるのは容易ではないでしょう」

 

「打撃の要となっている清本ちゃんは歩かされる可能性があるからね~。この試合で本当に期待出来るのは後続の打者達になるっぽいよ~」

 

「日本代表は……オーストラリア代表の守備力を突破する手立てはあるのかしら……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ。良い当たりを打てたと思ったんだけどな~」

 

「いずみちゃん、ドンマイ」

 

「しかしいずみさんの狙いそのものは悪くありません」

 

「外野の頭を抜ける当たりって事……?」

 

「いえ、鋭いライナー性の当たりを打つ事です。いくら出鱈目な守備範囲を持っていたとしても限度と限界があります。この試合はそこを突けば勝てる試合となるでしょう」

 

(その前にこちらの守備力が崩れなければ……ですが)

 

二宮の言う通り、あのような動きには必ず限界がくる。それを根気良く待てば良いんだけど、嫌な予感が拭えないなぁ……。



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セーブした走塁

「やっぱ外野手の守備範囲は広いね~。狙うなら内野を抜ける当たりかホームランを狙うのが妥当かも」

 

「成程……。ですが内野手の守備範囲も広いですから、簡単にはいかないでしょう。ゆっくりとチャンスを待ちます」

 

「そうなると投手戦だね」

 

台湾代表との試合では清本と陽春星さんの打ち合いになっていたけど、清本が歩かされる可能性も考えると、清本よりも後ろの打順の人がこの試合に勝つ鍵になりそうだ。

 

 

1番 レフト 金原

 

2番 センター 三森夕香さん

 

3番 キャッチャー 高橋さん

 

4番 ファースト 清本

 

5番 ライト 剣さん

 

6番 セカンド 雷さん

 

7番 ショート 初野

 

8番 サード 朝日さん

 

9番 ピッチャー 渡辺さん

 

 

ちなみにこれが今回のオーダー。仮案を監督に見せた後、監督と話し合い、剣さんと雷さんの打順調整と、清本の後ろで繋げやすい初野と朝日さんを下位に置く事によって、攻撃面でも期待出来る布陣となった。

 

「よっし!この夕香さんがあの守備力を上回るバッティングをしますかね」

 

「夕香、頑張りなさい」

 

「もちろんよ。朝海姉さん!」

 

夕香さんは朝海さんの激励によって燃えている。

 

ワンアウトランナーなし。金原が初球から打った為、2番の夕香さんには出来るだけ球数を稼ぎ、相手投手の持ち球を把握しておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後続の打者はどうやら球数を稼ぐみたいだね~」

 

「ただ好球必打を試みる訳にもいきませんし、中々難しい部分があるのは仕方ない事です」

 

「あの守備範囲を見るとオーストラリア代表から点を取るのは苦しくなってくるわね……」

 

「まぁ延長に入らない限りは7イニングあるんだし、日本代表なら何かしらの攻略法を見付ける筈よ」

 

(根拠がある発言ではなさそうですが、それを可能にしていくのは瑞希さんの得意分野……。ここからどうなるのか見物ですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「良いわよ夕香。その調子でドンドン粘っていきなさい!」

 

本来三森3姉妹の中で粘り打ちが得意なのは朝海さんなんだけど、夕香さんも上手く出来ている。

 

夜子さんも同様にカットによって粘るのが出来る事を考慮すると夏大会で新越谷と対戦した時や、関東大会で梁幽館と対戦した時よりも確実に成長している。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「ナイスカットーっ!」

 

しかしまだ一巡目なのに、この粘りよう……。それだけ本気で相手投手を打ちやすく出来るようにしてくれているのが伝わってくる。

 

 

カンッ!

 

 

10球目くらいだろうか?夕香さんの打った打球が三塁線に転がっていき……。

 

『フェア!フェア!』

 

(げっ!?切れなかったか!?)

 

サードがあっという間に打球に追い付き、送球。

 

(くぅ~!スタートが遅れた分内野安打は難しいかな?二宮瑞希からも走塁で本気を出すのは決勝戦まで控えてほしいって言ってたし、間に合わないかぁ……)

 

『アウト!』

 

二宮の指令で走塁で本気を出してないとは言え、あの守備範囲に対抗出来そうなのは三森3姉妹くらいしかいないんだよね。どうしたものか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「アリア?どうかしたの?」

 

「……いえ、あの2番の選手はもっと速く走れたような気がしただけですよ」

 

「あれでも充分速いと思うけどね~。間一髪のアウトだったし~」

 

(そう。今見えている走塁でもかなり速い……。もしもあれがセーブされていた走塁だとしたら……)

 

「きっと私達アメリカ代表にとってかなり厄介な選手の1人となりそうですね」



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脆さ

この試合の≪≫はオーストラリアの言葉を話しています。


2回裏。私達日本代表の攻撃は4番の清本からだけど……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

オーストラリア代表のバッテリーは敬遠。しかも清本の背中側にボールを投げていた。

 

(やはり清本の対策はちゃんとしてるみたいだね)

 

こうなってくると本当に1点勝負になりそうだよ。

 

 

カンッ!

 

 

5番の剣さんが初球から打っていく。本来なら一二塁間を抜ける当たりなんだけど……。

 

≪任せて!≫

 

オーストラリア代表の二重内野守備によってかなり前に出ていたライトがこの打球を処理。ゲッツーになってしまう。

 

「ああっ!?ゲッツー取られちゃったよ!」

 

「これがあるから、オーストラリア代表の野球は手強いんだよね。あの前進守備を抜ける当たりを打ったとしても、外野の3人は中でも足がかなり速い……。少なくともフライならあっという間に追い付かれるよ」

 

(そしてそれは美雨も同じ……。アタシと一緒に頑張ってきたのもあるし、オーストラリアのシニアにいた時もきっと並々ならぬ努力をしてきたんだろうな~)

 

「……アタシも負けてられないなぁ」

 

「いずみちゃん……?」

 

「何でもない☆」

 

金原と王さんは互いに同じ学校の仲間だから、この試合に対して何かしら思ってそうだよね。そして両方共この試合では1番を打っている……。

 

最も多く打席が回ってくるこの2人が攻撃の為の鍵を握っていそうだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一進一退の攻防が続くね~」

 

「日本代表はオーストラリア代表の二重内野守備を越える事さえ出来れば突破口が開けると思いますが……」

 

「でも事は簡単にはいかないわね」

 

「その一方で日本代表の守備も負けじと足の速さを活かした守備をしているわ」

 

「……私はああいう強引な守備は好みませんね」

 

「アリアのプレースタイルは『綺麗に、堅実に、確実に』がモットーだったわね。だからああいう泥臭いプレーが嫌いなのかしら?」

 

「それもありますが、あのセカンドの人の守備は強引過ぎます。あれではそう遠くない内にトンネルをしても可笑しくないでしょう。下手をすればこの試合で……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イニングは進んで4回表。両チームここまで無失点で抑えている。オーストラリア代表の守備力も去る事ながら、日本代表も渡辺さんのピッチングとバックの守備も負けてはいない。まぁ私達は未だにノーヒットだけどね……。

 

(打順は再び1番の王さんか……)

 

当然ながら彼女も足は速い。加えて小技も得意としてるから、勝負の仕方には気を付けた方が良いだろう。

 

 

カンッ!

 

 

王さんは初球から打っていき、鋭い打球はセカンド正面へ。

 

「任せろ!」

 

セカンドの雷さんは素早い動きで打球を追う。しかし……。

 

 

スカッ!

 

 

「えっ……?」

 

瞬間、雷さんはトンネルをした。



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自分のミスは自分で取り返せ

「し、しまった!?」

 

「…………!」

 

雷さんのトンネルを見た瞬間、これはチャンスだと言わんばかりに王さんは一塁を蹴った。

 

「あ~あ。遂にやっちゃいましたねぇ……」

 

私の隣に座ったのは雷さんのトンネルにぼやいている肩を作り終わった一色さんだった。

 

「まぁいつかやるとは思ってたけどね。どうせならうちとの対戦でやってくれたら良かったのに……」

 

一色さんと同じシニアの綾瀬さんが一色さんに同調していた。確かに雷さんは勢いのある動きから度々弾いたり、逸らしたりしているのはわかっていたけど、大切な試合ではやってほしくなかった……という意味では私も綾瀬さんと同意見なのかもね。

 

「ライトーっ!!」

 

外野は抜けないように深めに守っていた。万が一外野の後ろまで打球が飛んでしまうと、足の速いオーストラリア代表の選手なら下手すればランニングホームランになってしまう恐れがあるからだ。

 

尤も今回はその影響で結果的に王さんは長打を打った事になってるけど……。

 

「くっ……!」

 

ライトの剣さんがようやく打球に追い付き、ボールを拾う。その頃には王さんは既に三塁に辿り着こうとしていた。

 

≪急げ急げーっ!≫

 

剣さんが矢のようなレーザービームを放ち、一直線にキャッチャーミットに収まる。

 

 

ズザザッ!!

 

 

王さんのスライディングした足と高橋さんのミットが重なる。判定がかなり際どいけど……?

 

『……セーフ!セーフ!』

 

判定はセーフ。セカンドのトンネルから王さんのランニングホームランとなってしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思っていたよりも早い段階であのセカンドは打球を逸らしましたね」

 

「しかしそれを差し引いてもランニングホームランにしてしまうなんて……。あの1番打者は侮れないわ」

 

「今年のオーストラリア代表の警戒する打者の1人になるのは間違いありません」

 

「先制点を取られて、オーストラリア代表は守備が堅い……。これは日本代表はピンチかもね~。下手したらここで敗退しちゃうよ~?」

 

「……何故かしら?非道さんの口調から心配の言葉に聞こえないのだけれど」

 

「ん~?そんな事はないよ~。トンネルなんて洛山だと日常茶飯事だからね~。それを見てるから、日本代表のトンネルくらいじゃ慌てる事はないのだよ~」

 

「非道さんは日本代表を信用してるんですね」

 

「まぁ日本人だからね~。日本代表の勝利を願いたいものだよ~」

 

(非道さんからはどこか余裕を感じますね。それは日本代表の勝利を願っているのではなく、日本代表の勝利を確信しているからでしょうね。何食わぬ顔で日本代表の勝利を信用しているのは少し……いえ、かなり異常です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

王さんにランニングホームランを打たれたものの、後続をしっかりと切ってチェンジ。失点は1点で済んだ。

 

「……ごめん」

 

「良いよ良いよ。取られたら取り返せば良いんだから!」

 

渡辺さんはトンネルした雷さんを宥めている。本来なら渡辺さんもショックだろうけど、それをグッと堪えている。寛容な人だ。

 

(しかしこの1点は大きいものになる。誰かがオーストラリアの守備範囲を潜り抜ける打球を打たなきゃいけないんだけど……)

 

まず清本は余り期待出来ないだろう。1打席目で背中側に敬遠球を投げられているから、対応が難しい。

 

 

カンッ!

 

 

1番、2番と打ち取られた後に3番の高橋さんがヒットを打つ。ようやくこの試合で日本代表の初ヒットだね……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

4番の清本は再び背中側に外され、そのまま四球。これでツーアウト一塁・二塁のチャンス。

 

5番の剣さんだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「剣さんは粘り強い選手だから、打ち取るのも苦労するんですよね~」

 

「そうそう。あの粘り強い打撃術は私も見習わなきゃね!」

 

一色さんと綾瀬さんはそのように剣さんを評価する。確かに2人の言うように剣さんは梅田シニア内でもかなり優秀な選手だ。彼女を打ち取るのは簡単じゃなかったし、今でも苦戦する事もあるとシニアの後輩から聞いている。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

数球粘り続けた末に、剣さんは四球を選ぶ。これでツーアウト満塁だ。そして次の打者は……。

 

「雷!」

 

「剣……」

 

雷さん。同じチームメイトだった剣さんが慰めている様子だけど……?

 

「今更トンネルなんて気にするな。シニア時代に何度おまえの雑な守備でやらかしたと思ってる?」

 

「うっ……!」

 

あれ多分慰めてないよね?傷口を抉りに行ってるよね?

 

「それよりも自分が仕出かしたミスは自分で取り返せ!守備のミスは打撃で取り返せ!!」

 

「……そうだね。ありがとう剣!」

 

あれ?なんか雷さんが立ち直った……?もしかしてあれが剣さんなりの激励だったのかな……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(そうだ……。今更ウジウジしても仕方ない。トンネルした事についてはチームメイト全員に頭を下げたし、早川監督は切り替えろとも言ってくれた)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「追い込まれた……」

 

カウントはツーナッシング。しかし今の雷さんからは追い込まれたとは思えない闘気のような何かを感じるよ。

 

ここで捕捉。二宮が言うには一流の打者が放つ闘気や威圧感からは相手投手を怖じけさせ、制球力を乱す効果があるらしい。

 

そこからすっぽ抜け等失投に繋がりやすい事だってそれなりにある(確率で言えば5割を越えると二宮は言っていた)。

 

≪しまった……!?≫

 

(すっぽ抜け!?ど真ん中に来てる!)

 

故に今起きたように相手投手の球がど真ん中に抜けていった。これも雷さんから感じられる闘気のお陰なのかな?

 

(そっちだって私のミスでランニングホームランを打ったんだ……。私だって相手投手のミスでホームランを打っても構わないよねぇ!?)

 

 

カキーン!!

 

 

雷さんは抜けた球を見逃さず、そのまま振り抜いた。その打球はバックスクリーンに直撃。つまり逆転満塁ホームランだ。

 

(雷さんが打ったのはまさに電撃のようなホームラン……だね)

 

なんて、ちょっと洒落た事を言ったけど、つまらなかったかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分が守備でやらかした分のミスを自分のバットで取り返す……。嫌いじゃないわ」

 

「それを差し引いても彼女のあのトンネルはなんとかしないとこれからも狙われ続けるでしょうね」

 

「流石にアメリカ代表が相手だったらスタメンを変えるんじゃないかな~?」

 

「しかし今の4点は大きい……。これは日本代表の勝利で決まったかしらね?」

 

「まだまだ油断は出来ませんが、投手としては4点リードは大分楽になるでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

7番は打ち取られたけど、この回は一気に4点も取れたし、投手としてはかなりありがたい。

 

(そろそろ私も肩を作っておくかな……)

 

4回が終わると同時に私は肩を作りにブルペンへと向かった。



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オーストラリア戦終幕

唐突に決着。日本代表とアメリカ代表との試合を実現する事がもしも出来るのなら、それまではペースを上げて、サクサクと書いていきます……。

最後に風薙さん視点が入ります。≪≫は英語です。


試合は7回表まで進み、1対5のまま私達がリードしている。やはり雷さんの満塁弾が効いたね。

 

「4点差ありますので無理をせず、朱里さんの思うように投げてください」

 

……と、二宮は言っていた。

 

無理をしているつもりはない……。台湾代表との試合の時もそうだったけど、この世界大会の舞台に立つと力が湧いてくる……そんな感じがするんだよね。

 

(それが何かはわからないけど、そのお陰で私は気持ち良く投げられる……!)

 

実際はクローザーでの採用だったり、二宮が捕手である事だったりと他にも色々あるんだけど、この世界大会は私が気兼ねなく全力で投げられる環境という訳。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(台湾代表を相手に投げた時よりも朱里さんの球が威力を増していますね。このキレは神童さんに匹敵します)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(まだストレートとストレートに見せ掛けた変化球しか見せていないにも関わらず、オーストラリア代表の打線を完全に抑え込んでいます。変化球はアメリカ代表を相手にするまでは温存という形を取るのでしょうか?)

 

(アメリカ代表が観に来ている事を考慮すれば、私の球種は極力温存したい……。もしも偽ストレートが通用しなくなったら投げざるを得ないけど、今のところは問題ないかな?)

 

それに対アメリカ代表との試合に備えて私も……新しい球を取得したからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「最終回で早川ちゃんが登板で、二者連続三振……。これは決まったね~」

 

「そうですね。ここから早川さんが打たれる事はないでしょう」

 

「それにしても……。早川さんってば台湾代表を相手にした時よりも球威が増してない?」

 

「だね~。アメリカと決勝戦で当たる頃になると早川ちゃんは手が付けられない存在になるかもよ~?」

 

「……そうはいきませんよ。最後には、私が早川さんを打ってみせますから」

 

「真深……」

 

「流石真深さんですね。頼もしいです」

 

(それに早川さんもそうですが、私としては瑞希さんの方も脅威的です。早川さんが私達を相手に投げないとしたら、瑞希さんこそがアメリカ代表の1番の敵になるでしょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!!』

 

「ふぅ……」

 

(よし……!現状はまだ偽ストレートでなんとかなる。願わくば次に当たる予定のキューバ代表にもこれが通用すれば良いんだけどね)

 

キューバ代表はこの世界大会でも優勝候補……。アメリカ代表と同等……いや、年によってはアメリカ代表を凌ぐ実力と選手層がある。出来るなら勝ってアメリカ代表と戦いたい……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(朱里ちゃんのピッチング、凄かったなぁ……。これは私もうかうかしてられないや)

 

春休みに入り、遠前高校の方も休養期間だと天王寺さんが言ってたから、私はアメリカに来ている。真深ちゃんとユイちゃんを始めとするアメリカ代表と、朱里ちゃんと瑞希ちゃんがいる日本代表の応援に来たのだ。

 

「私も次の夏大会か、県対抗総力戦で朱里ちゃんと投げ合いたいな……」

 

≪彼方……?≫

 

≪間違いない。カナタだ!≫

 

私の後ろで私を呼ぶ声が英語で聞こえた。この声ってもしかして……。

 

≪えっ……?ボストフ!ジータ!≫

 

私と真深ちゃんのシニア時代でのチームメイト……クリス・ボストフとジータパーラーの2人だった。

 

≪久し振りですね≫

 

≪カナタ達がアメリカを出た時以来だったか?≫

 

≪うんうん。久し振り!2人共元気そうで何よりだよ!≫

 

≪カナタはシニアリーグの世界大会の観戦か?だがアメリカ代表は今日試合はない筈だが?≫

 

≪真深もアリアやウィラードと一緒に日本代表の試合観戦に行くと言ってましたが……。彼方も目的は同じですか?≫

 

≪まぁね。結構長い期間アメリカにはいたけど、私だって日本人だし。それに……≫

 

≪それに?≫

 

≪日本代表の投手の1人は私が関わった子だからね!≫

 

≪……興味深い話ですね。ここではなんですし、どこかで食事でもしながらその話を詳しく聞かせてください≫

 

≪良いね!互いの近況報告も兼ねて色々話そう!≫

 

≪もちろんだよ!≫

 

この2人と話すのは結構久し振りだからね、シニア時代では親友だった2人と話すのってなんだか嬉しくなるよね!

 

(折角だし、あとで真深ちゃん達にも挨拶に行こっと)

 

本当に……色々楽しみだよ!



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次に向けて

次のキューバ代表との試合に向けて私と二宮はキューバ代表の試合を観に来ている。

 

「しかし流石に優勝候補と騒がれるだけの実力はあるよね。アメリカ代表にも負けてない」

 

「そうですね。勢い……というべきでしょうか。それもアメリカ代表とは似て非なる別のものを感じます」

 

キューバ代表の打線は一発を出す事もあれば、繋いでいくバッティングをする事もある。台湾代表やオーストラリア代表と違って特にこの人……という選手がいない分、1人1人がそれぞれ実力を付けてきている……。わかりやすくいえば聖皇学園のような選手達だ。人体改造とかしてないよね?

 

『ゲームセット!!』

 

試合が終わればキューバ代表のコールドゲームだった。まさか4回で終わらせるとは……。

 

「キューバ代表は前の2試合も5回コールドで終わらせています」

 

「これって次に当たる私達も他人事じゃないよね?」

 

「その通りです。次の試合は十六夜さんを先発にぶつける予定ですが、正直厳しいものがあります」

 

「そうなってくると投手陣全員が力を合わせて投げ抜く……という形を取った方が良いのかな?」

 

「その辺りも監督と要相談ですね」

 

キューバ代表との試合は各々がアメリカ代表に対する対策を練るチャンスだと思っている。そして私だって……。

 

「二宮、この後ちょっと受けてもらっても良いかな?」

 

「投げ込みですか?」

 

「うん。私が台湾とオーストラリアを相手に投げた球が二宮の目線で通用するか見てほしい」

 

「……わかりました」

 

少し間があったのが気になるけど、二宮は了承してくれた。正直次の夏大会の事まで考えると余り二宮に手の内を見せたくないけど、世界一になる為にもそんな事は言ってられないよね。

 

「その前にどこかで食事にしましょうか」

 

「それもそうだね。でもどこで……?」

 

アメリカの食事処とか知らないんだよね。私ってば日本住まいの日本人だから!まぁ二宮なら持ち前の情報収集能力でアメリカの食事処すら網羅してそうだけど……。

 

「軽く済ませるか、ガッツリと食べるかによって行く場所が変わってきますが、朱里さんはどうしますか?」

 

「そうだね……軽食で良いような気がするけど、アメリカの食事ってボリュームがある印象があるんだよね」

 

「それは偏見な気もしますが、まぁ強ち間違ってもいないと思いますよ」

 

別に間違ってはいないんだ……。ある意味ではイメージ通りで良いんだね。アメリカって。

 

「あれ……?朱里ちゃんと瑞希ちゃん?」

 

ふと背後から私達を呼ぶ声が聞こえたので、振り返ると……。

 

「やっぱり朱里ちゃんと瑞希ちゃんだ!」

 

「か、風薙さん!?」

 

な、なんで風薙さんがアメリカに……?上杉さん達の応援?

 

≪彼方の知り合いですか?≫

 

≪日本人みたいだな≫

 

し、しかもクリス・ボストフ選手とジータパーラー選手まで一緒にいるし。凄い面子がこの場に集結したなぁ……。



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アメリカの有名人

二宮と食事に行こうとしたら風薙さんがクリス・ボストフ選手とエリー・ジータパーラー選手と一緒にいた。

 

「紹介するね!この2人はシニア時代のチームメイトだった……」

 

≪ボストフだ。よろしくな≫

 

≪ジータパーラーです。よろしくお願いします≫

 

アメリカの選手はそこまで詳しくないけど、この2人はそんな私でもよく耳にする有名な選手だ。しかし英語で話されたなら、こっちも英語で返すべきだよね……。

 

≪は、初めまして!は、早川朱里……です。よ、よろしくお願いいします≫

 

≪声が上ずってますよ朱里さん≫

 

横にいる二宮がそう言うけど、有名選手に会ったら緊張するよね?風薙さん1人でも緊張するのに、それに加えてボストフ選手とジータ選手がいるんだから余計にね?

 

≪……二宮瑞希です。隣にいる朱里さんとシニアリーグの世界大会の日本代表の選手としてこのアメリカにいます≫

 

緊張している私に対して二宮はかなり冷静だ。この中で1番小さいのに、度胸は凄く大きいな……。

 

≪2人共かなり上手に英語が話せているな≫

 

≪い、一応3年前のリトルリーグの世界大会に出場する際に母に仕込まれましたから……≫

 

母さんがアメリカに行くなら最低限の会話は出来るようになった方が良いって言ってたから、私は必死に覚えたんだよね。今みたいに話せるようになるまで3ヶ月くらい掛かったな……。

 

≪私は他国の言語が必要となる事がありますので、話せるように、書けるようになりました≫

 

二宮は情報収集の為に様々な言語を学んでいるらしい。なんでも12ヶ国の言語をマスターしたとかなんとか。色々と凄い。

 

≪早川……。3年前のリトルリーグ……。成程。貴女が真深の言っていたアカリ・ハヤカワでしたか≫

 

≪なにっ!?そうなのか!?≫

 

≪ええ。真深が3年前のリトルリーグの世界大会で3打席全て三振に抑え込まれたと悔しそうにしていたのを覚えています≫

 

うえぇ……。なんかジータ選手に知れ渡ってるんだけど。ボストフ選手もなんか凄い目でこっちを見てるんだけど……。

 

(そういえばあの2人とは対戦した事はないんだよね。去年のシニアリーグの世界大会には出てたみたいだけど……)

 

≪しかし、あのマミを3打席連続三振に抑える程の投手とはな……。しかし私達とは対戦した事がないよな?≫

 

≪そ、そうですね……。少し訳ありで去年と一昨年の世界大会には参加していませんでしたから……≫

 

≪去年の日本代表といえばトモザワやカネハラと言った有力選手がいましたね≫

 

≪その2人は今年も出ていますよ。友沢の方は怪我が治ったばかりで、少し休ませていますが……≫

 

≪君達2人は今年が初めての出場なのか?≫

 

≪はい。私も朱里さんも初出場です≫

 

≪朱里ちゃんは凄いよ!昨日の試合は最後の方……朱里ちゃんが登板する時しか見てないけど、オーストラリア代表の打線を連続三振に抑えてたから!!≫

 

な、なんか風薙さんが私を持ち上げているんだけど!?

 

≪今年のオーストラリア代表の打線は台湾や韓国に劣るものの、足の速さを活かした厄介な打線……とアリアから聞いていましたが≫

 

≪それを連続三振……か。ハヤカワはかなり凄い投手なんだな?≫

 

≪い、いえ、そんな事は……≫

 

≪3年前とは言え、真深を三振に仕留める実力があるのなら、充分に優れた投手だと思いますがね≫

 

≪そうだな……真深はウィラードですら1度も勝てなかったくらいの実力者だからな!≫

 

そういえばアメリカのシニアリーグでは上杉さんとウィラードさんは別のチームだったっけ?

 

≪確かウィラードさんと上杉さんの勝率は上杉さんが100%でしたね≫

 

≪あれ?瑞希ちゃんってアメリカのシニアの事まで知ってたの?≫

 

≪世界大会の事もありますので、他国のシニアの情報もある程度は入手していました。中でも上杉さんとウィラードさんの対決はアメリカ内でかなり有名です≫

 

それを日本在住の二宮が知ってるの可笑しくない?って事を風薙さんは言いたいんだと思うけど……。さも当然のように言う二宮に対して私を含めた全員が絶句しているよ?

 

≪そ、そういえば2人はこれからの予定はどうするの!?≫

 

慌てて風薙さんが話題転換をする。二宮の情報収集能力についてこれ以上踏み込まない方が良いと予感したんだろうね。

 

≪これからの試合に向けて朱里さんが投げ込みをするそうですので、私はその付き添いです≫

 

≪そうなんだ……≫

 

二宮がそう言うと、風薙さんは何かを考える仕草を取った。あれ?なんか嫌な予感がするんだけど?

 

≪そうだ!私達もついでながら行っても良いかな?≫

 

い、嫌な予感が的中した……。

 

≪それは名案ですね。かつて真深を抑えた早川の実力をこの目で見ておきたいと思っていました≫

 

≪そうだな。マミ達への土産話にも丁度良い!なんなら私達と1打席勝負しよう≫

 

しかもボストフ選手とジータ選手も着いて来るみたいなんだけど!?二宮助けて!このままだと私が緊張でどうにかなっちゃうの!

 

≪構いませんよ。むしろお三方の目線で朱里さんがアメリカ代表を相手に通用するかを見てほしいくらいです≫

 

に、二宮ァ!



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早川朱里の投球

5人で軽く食事を終えた後、私達は近くのグラウンドに足を運んだ。

 

≪ニノミヤは捕手なんだな?≫

 

≪瑞希ちゃんは凄いよ。数球だけ受けてもらった事があるけど、かなり投げやすいし、気持ち良い音で捕ってくれるんだ!≫

 

≪あの彼方の球を受ける程の実力者……となるとアメリカでも余りいませんでしたね≫

 

≪パトですらカナタの投げるナックルやドロップを時々逸らしてたからな……。本当に末恐ろしい≫

 

≪風薙さん達とパトリオさんは確か別のシニアだったって聞きましたけど、世界大会で同じチームとして共に戦ったんですか?≫

 

確かウィラードさんとパトリオさんが同じシニアだったって二宮が言っていたような……。

 

≪違う違う。私達アメリカのリトルシニアでは年に2回色々なシニアチームを集めて交流会をするんだ。交流会を通して全員が親密な関係になる事からアメリカのシニアチームは実質全員がチームメイトみたいなものさ≫

 

≪シルエスカ姉妹やウィラードともそこで交流を深めていますからね≫

 

な、なんかとんでもない事を聞いたような……。特に驚いている様子のない二宮はその交流会の存在を知っているみたいだったけど……。

 

≪そろそろ始めましょうか。時間は有限ですので……≫

 

二宮がミットを構えた瞬間、辺りからピリッとした空気が流れた。私は6年間ずっと感じてきたから、慣れているけど……。

 

≪……成程。改めて構えを見ると歴戦の捕手……という雰囲気はありますね≫

 

≪カナタの球を捕る程だからある薄々は予想してたけど、もしかしたら世界一の高校生捕手かもな≫

 

≪いえ、プロの中でもトップクラスでしょう≫

 

≪……過大評価を受けている気がするのですが?≫

 

二宮に対するボストフ選手とジータ選手の総評は強ち間違いでもないと思う。捕球能力だけでもかなり高いのに、それに加えて情報収集能力、分析能力がかなり高い。更には味方投手の能力を引き出したり、立ち直らせたりも出来る。これ等を同時に行えるのは私の知る限りだと二宮だけだもん。

 

(どれか1つだけなら二宮と同等以上の能力を持つ人はいるけどね……)

 

例えば捕球能力なら同じリトルだった水鳥さん。風薙さんの投げる球を堂々と捕球出来る能力を持つ。まぁ水鳥さんが他にどんな素質を秘めているかはまだわかっていないけど……。

 

次に志木さん。分析能力に長けていて、それだけなら二宮にも負けていない。

 

あとは木虎。木虎の場合は少し違うけど、味方投手の能力を引き出すタイプだ。彼女の更なる成長は高校で目にする事が出来るのかな……?

 

最後に山崎さん。山崎さんは味方投手を立ち直らせる能力と、捕球能力も優れている。実例は武田さんだね。私も山崎さんが捕手だとかなり投げやすいし、実力も本物だろう。

 

他にも非道さん、浅井さん、小林さんもいるけど、彼女達は相性の問題もあると思う。私が見る感じパトリオさんも同じタイプに属する。

 

(あとは二宮レベルの捕手が世界にどれくらいいるかだね)

 

さて、そろそろ投げようかな。キャッチボールで肩も暖まったし……!

 

(まずは軽くストレートから……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

≪速さはそこまで……か≫

 

≪でもオーストラリア代表の打線を抑えた時はもっと速かったよ?≫

 

≪ではあれは本来のストレートではないと言うのですか?≫

 

なんか3人から話し声が聞こえるけど、私のストレートの球速って結構状況に左右されたりするんだよね。悪く言えばムラが凄いと言うか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

≪今のは……SFFか?≫

 

≪フォーク並の落差でしたね≫

 

≪あれはフォークと言っても過言じゃないよね≫

 

またもや3人から話し声が……。じゃあフォークも投げようかな?

 

 

ズバンッ!

 

 

≪今のがフォークか……≫

 

≪先程のSFFと混ぜられると打つのは困難になりますね≫

 

≪しかもフォークもSFFもストレートに負けないくらい速かったから、これだけでもオーストラリア代表を抑える能力はあると思うよ≫

 

3人からはそんな評価を受けた。なんかむず痒いね……。

 

≪しかしこういうのを見てたらなんだか打ちたくなってくるんだよな≫

 

≪ボスは血気盛んですね≫

 

≪それがボストフの魅力だよ!≫

 

あ、あれ?なんか妙な空気になってきたな……。

 

≪ハヤカワ、良かったら私達と1打席勝負をしないか?≫

 

突然ボストフ選手がそう言った。え?マジで?



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1打席勝負

≪≫は英語、『』は審判の判定です。

アンケートを〆切ました。


二宮に投げ込みの練習に付き合ってもらっていたら、ボストフ選手とジータ選手と1打席勝負をする事になった。

 

≪審判は私がするからね!≫

 

風薙さんがノリノリで審判を引き受けていた。

 

「……未だに事情が飲み込めていないんだけど?」

 

≪ボストフさんとジータさんの2人が朱里さんと1打席勝負をしたいとの事で、私としては断る理由がありませんので、引き受けました≫

 

あれれ~?私に人権はないのかな~?

 

「……まぁ良いや。開発途中の新球種を試し投げする良い機会かもね」

 

「……また何か開発したのですか?」

 

な、なんか二宮の顔が怖いんですけど……。

 

「ほ、ほら、私の持ち球が上杉さんに通用しなかった時に備えて新しい球種をね?」

 

「新しい球種を開発する前に、朱里さんはスタミナを付けてください。これはシニア時代から口を酸っぱくして言っていますのに、何故わからないのですか?」

 

二宮からぐうの音も出ない正論が飛んできた。こ、これでも走り込みは毎日してるよ?シニア時代に比べてかなりスタミナも付いてきてると思うよ?

 

「……まぁ言いたい事は今後山崎さんに言ってもらうとしましょう。それよりも今は彼女達との勝負です」

 

どうやら二宮は山崎さんに告げ口しようとしている。日本に戻ったら体力作りを中心に練習しよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪そろそろ始めるぞ~!≫

 

ボストフ選手の合図でジータ選手が右打席に入った。さて、二宮のミットの位置は……?

 

(真ん中低めか……。とりあえずストレートで様子見かな?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(見送った……。手が出なかったとは考えにくいけど……)

 

(こうして直に見るとまた違いますね。今後ハヤカワと対決する事があるかはわかりませんが、今は彼女の球をじっくりと見ていきましょう)

 

続けて2球目。コースは内角高めを指示している。

 

(それならツーシームで仰け反らせる……!)

 

(ストレート……いえ、ツーシームですか……。仰け反らせるつもりですね?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

ぶつかるスレスレのコースなのに、微動だにしないな……。凄く余裕を感じるよ。

 

(これくらいならアメリカではザラにありますからね。ぶつからないとわかれば動く必要すらありません)

 

カウント1、1での3球目は外角高め。今度はストレートを!

 

(今度はストレートのようですね。それなら打たせてもらいましょう)

 

 

カキーン!!

 

 

うわっ!打たれた!?しかも当たりが大きい!

 

『ファール!』

 

た、助かった……。ポールギリギリだったのか。

 

(でも追い込んだらこっちのものだ。今までの傾向からまだ偽ストレートはバレていない筈……!)

 

二宮の構えているコースはど真ん中と滅茶苦茶怖いけど、私の中で布石は敷いたから、いける……筈。いけると思いたい。

 

(ジータ選手に通用しますように……!)

 

そう思いながら私は4球目を投げた。

 

(真ん中にストレート……。今度はスタンドへ……!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

よ、良かった……。なんとか偽ストレートで空振りを取れたよ。

 

(ジータを三振に取れる投手なんてアメリカでは片手で数える程しかいなかった……。凄いよ朱里ちゃん!)

 

≪ど真ん中のストレートを空振りだなんてどうした?≫

 

≪いえ、あれはストレートではありませんでした。恐らく彼方が昔投げていたストレートに見せ掛けた変化球だと思います≫

 

≪あれか……。カナタのあれを打つのには相当苦労したからな。ハヤカワがカナタに関わった投手の1人だという事が改めてわかったな≫

 

≪そうですね。それだけでも収穫です≫

 

≪……じゃあ行ってくる≫

 

≪ボス、打てますか?≫

 

≪じっくり見ていけば打てない球じゃない。ハヤカワの球を場外まで運んでやるよ≫

 

なんとかジータ選手を三振に抑えた後、天王山とも言えるボストフ選手との対決だ。き、緊張でお腹が痛くなってきた……。



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新技

この小説を書き続けて早くも1年。長かったような、短かったような……。

オマケも同時投稿していますので、興味がある方々は見て行ってください。


次の相手はクリフ・ボストフ……。それはアメリカの高校生で1番の……というかプロにも匹敵するスラッガーだ。

 

更に風薙さんと上杉さん、そして先程勝負をしたジータ選手とはシニアが同じで黄金期を築いていたらしい(二宮談)。

 

(凄い威圧感だ……。雷轟や清本、上杉さんとはまた違った、ボストフ選手だけの独特な威圧感を感じるよ……)

 

そりゃそうだよね。ジータ選手もそうだけど、ボストフ選手は身長が180センチを越えてるんだもん。

 

清本や二宮よりも40センチは大きいし、感じられる威圧感が違う訳だ。そもそも身長が140センチしかない清本から威圧感を感じる事がどうかしてると思うけど……。

 

(そんな選手と勝負する機会なんて今後あるだろうか……)

 

なんて、柄にもない事を思っちゃうよ。今は勝負に集中集中!

 

(まずはジータ選手を空振りさせた偽ストレートから……!)

 

媒体となっている変化球はカットボール。これはジータ選手に投げたものと同じだけど……?

 

(カナタが投げていたストレートに見せ掛けた変化球……。その正体は……カットボール!!)

 

突如、圧を感じた。これは過去に武田さんが梁幽館の中田さんにホームランを打たれた時と同様のものだ。つまり何が言いたいかと言うと……。

 

(はい、打たれまーす)

 

 

カキーン!!

 

 

うわっ!ジータ選手の時とは比べ物にならないくらい飛んでるんだけど!?

 

『ファール!』

 

な、なんとかファールで済んだ……。風に助けられたよ全く。

 

(ちっ!少し風が吹いた影響で流されたか……)

 

(朱里さんの球をこうも簡単に打つとは……。流石、アメリカの高校生の中で最高のスラッガーでプロレベルと言われるだけありますね。和奈さんとはまた違った手強さがあります)

 

二宮は低めに構えている。ここで私が投げるのは……!

 

(落差のあるフォークかSFF。その2つの中で比較的空振りが取りやすい……)

 

フォークボールだ!

 

(フォーク……。ハヤカワが投球練習した時に見たやつとはキレが違う……が、決して打てない球じゃない!!)

 

 

カキーン!!

 

 

(ちょっ!金網にめり込んでるんだけど!?)

 

『ファール!』

 

こ、これもギリギリか……。スラッガーの相手は清本や雷轟を相手に慣れた筈なんだけど、ボストフ選手はやはり各が違うね。流石、アメリカ一の高校生スラッガーだ。

 

(そんな相手に『これ』が通用するのか……とか、もしも通用しなかったらどうしよう……とか、そんなのはどうでも良い。私の全力を叩き込む!)

 

私が今から投げる1球は母さんが高校時代に決め球にしていた燕と、風薙さんから教わった偽ストレート……。この2つを合体させた球だ。

 

(母さん、風薙さん……。貴女達から教わった事から得た集大成を。この目の前にいる強打者相手に投げるから……!)

 

≪アンダースロー!?≫

 

(しかもあれはウィラードと同じフォーム……!)

 

(……朱里さんのアンダースローはリトル時代に肩を壊して以来見ていません。左になってからは今のオーバースローでずっと頑張ってきました。でも実はそれと同時に、水面下ではアンダースローの練習をずっとしていたんですね)

 

右肩を壊してから、左投げに転向してからもアンダースローの練習は続けてきた。両親と擦れ違っていたあの時期も、心のどこかでは母さんの決め球……燕を投げたかったんだと思う。早川茜の娘として、野球をやっているのだから……!

 

(本当、1度は諦めたんだと思ったのにね。心の底からは諦められないと……。それが水面下でアンダースローを練習してきた理由なんだと思う)

 

私が投げた球に名前を付けるなら……。

 

≪くっ!下から上に……ホップしていく!?≫

 

『偽燕(フェイクスワロー)』ってところかな。

 

 

カキーン!!

 

 

……って打たれちゃってるよ!?

 

(締まらないなぁ……)

 

ボストフ選手が打った打球は金網に直撃。今度はセンターへしっかりと。

 

『ホ、ホームラン!』

 

風薙さんが一瞬呆気に取られた表情をしてたけど、すぐに持ち直した。

 

≪流石ですね。ハヤカワが投げたあれを初見でホームランに仕留めるとは≫

 

≪……いや、結果こそはホームランだったけど、差し込まれた。しかも腕が痺れてきやがる≫

 

≪……確かに最後にハヤカワが投げたあの球は並の打者にはまず打てないでしょうね。打てたとしても凡フライが良いところです≫

 

≪上からホップしていく勢いのある球に加えて、ストレートに見せ掛けた変化球を合体させて投げてきやがった……。もしかしたらハヤカワはカナタ以上の投手になるかも知れないな≫

 

ボストフ選手に打たれたものの、偽燕の感触はわかった。あとはこれに偽ストレートの媒体となる変化球を数球種……マスターする必要がある。

 

(とは言え全部は無理だ。カットボールとシュート、そしてストレート……もとい燕本来の球を完璧に投げられるようにならないとね)

 

その為にも体力作りも頑張らないとね。山崎さんや芳乃さんにも相談する必要がある。

 

(リトル時代の朱里さん……。今の朱里さんからはそれ以上の精度を感じました。こうなると今までに見せていなかったのが不思議でなりません。何故シニア時代に朱里さんはアンダースローを公開しなかったのか……それも色々と考察する必要がありますね)

 

二宮が私を見て何かを言いたそうにしている。もしかしてアンダースローについてどうこう言われちゃったりするのかな?

 

(或いは決勝戦までに偽燕をマスターしろ……とか?)

 

流石にまだまだ時間が掛かりそうだから、それは勘弁してほしいけどね。



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対戦後

ボストフ選手とジータ選手との1打席勝負が終わり、私達は一旦休憩をしている。

 

≪皆、良い勝負だったよ!≫

 

審判をしていた風薙さんは何やら興奮気味だ。

 

≪特に朱里ちゃんがボストフに投げた最後の1球……。あれは凄かったよ!あんなに下からホップする球はアメリカでも中々お目にかからないよ!≫

 

≪確かに凄い球でしたね。あれを初見でホームランにするボスはそれを上回るスラッガー……という事が証明されましたが≫

 

≪よせよ。さっきも言ったが、あれは完全に差し込まれた。まだ腕が痺れるんだ……≫

 

ええ……。完全に金網に直撃してたのに、あれが差し込まれてるの?やはりアメリカ一のスラッガーは凄いな……。それに決勝戦で当たる予定のアメリカ代表にもボストフ選手に匹敵するレベルのスラッガーが複数人いるんでしょ?対戦の度に冷や汗かく事になるじゃん……。

 

≪それに急にアンダースローになったのも驚いた。それでいてあの球威は……≫

 

≪そうですね。アンダースローからのあの勢いはかつて世界に通ずるアンダースローの日本人投手を思い出しました≫

 

私が投げた偽燕、そこから放たれる勢い、アンダースローで世界に通ずる実力の持ち主……。何か私の中でピースが埋まりつつあるんだけど……。

 

≪ああ、思い出した!確かアカネ・ハヤカワだ。十数年前のWBCで世界一のアンダースロー投手と呼ばれた……≫

 

≪うんうん、同じ日本人としてもあの人のピッチングには私も心撃たれたものだよ!≫

 

やはり母さんの事だったか……。日本で成績を残した事は知ってるけど、まさか世界でも結果を残してるとは思わなかったよ。

 

≪そして先程見せたハヤカワのアンダースロー……。貴女がアカネ・ハヤカワのご息女でしたか≫

 

≪なんと!よく見ると面影があるような……≫

 

な、なんかボストフ選手とジータ選手が近い。そんなに珍しい顔じゃないと思うの!

 

≪私も最近知ったんだよね。朱里ちゃんがあの早川茜さんの子供だったって……≫

 

どうやら風薙さんも最近まで知らなかったみたい。まぁ私から話すような内容でもないしね。

 

≪瑞希ちゃんは知ってたんだよね?≫

 

≪そうですね。私の場合は色々と情報を集めた副産物として、早川茜さんを知りました≫

 

≪じ、情報って……?≫

 

≪当時の私は余り人を信用していませんでした。ですので私……私達の敵になりうる人物は排除しようと、色々な人の、色々な情報を掻き集めました。全ては大切な人を守る為に……≫

 

な、なんかとんでもない事を聞いたような……。二宮の大切な人というのは、恐らく……。

 

≪……この話は止めだ。ニノミヤからしても踏み込んで良い内容でもないしな≫

 

ボストフ選手が話題を切り上げる。こういうところは流石、リトルシニアでキャプテンを務めた(二宮情報)だけの事はあるね。しかし……。

 

「…………」

 

(あんなに重い話をなんの躊躇もなく淡々と話す二宮に恐怖を覚えるよ)

 

二宮とは6年の付き合いがあるけど、私は二宮の事を何も知らなかったんだと、そう思った。



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激励と応援

後半は遥視点です。


≪日本代表とアメリカ代表の試合、楽しみにしてるぞ!≫

 

≪その前に日本代表はキューバ代表との試合がありますね。苦戦するとは思いますが、頑張ってください≫

 

≪もし日本代表とアメリカ代表の決勝戦が実現したら、私達3人で応援に行くからね!≫

 

上からボストフ選手、ジータ選手、風薙さん。3人から激励の言葉をもらってやる気が出てきた私だけど……。

 

「キューバ代表との試合でも朱里さんはクローザーの予定です。余程の事がない限り、早い段階での登板はないものと思ってください」

 

「わ、わかってるよ……」

 

まぁ二宮の発言によって出鼻が挫かれた。こうなっては仕方ないから、今日のところはランニングでもして帰るとしよう。

 

「私はもう少しこの辺りで行動します」

 

「何をするの?」

 

「少し用事があるんですよ」

 

二宮の用事が何かは気になるところだけど、深く詮索しない方が良いと私の中で警告を鳴らしている。

 

「……じゃあ私は先に宿舎へ戻るね」

 

「監督達には少し遅くなると伝えておいてください」

 

「わかったよ」

 

本当に、何をするつもりなんだろうか……?

 

(まぁ良いや。残り2試合、キューバ代表と、決勝戦で当たる可能性が高いアメリカ代表……。絶対に勝ちたいね)

 

世界一を勝ち取るのは……私達日本代表なんだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(朱里ちゃん、アメリカでも大活躍だね……)

 

朱里ちゃん達がシニアリーグの世界大会の舞台……アメリカに行ってから2週間近くが経過した。私達新越谷野球部は朱里ちゃん達の活躍をテレビで応援しつつ、自分達も負けられないという想いを背負って日々の練習に励んでいる。

 

「それにしても朱里のピッチングは凄いな……」

 

「そうね。台湾代表とオーストラリア代表の打者を連続三振に抑えているもの」

 

「テレビからでも朱里ちゃんの迫力が伝わるよね」

 

私も先輩達と同じ感想を抱いている。しかしそれだけじゃない。

 

(和奈ちゃんは敬遠球に対するアプローチが格好良かった。私もあんな風に打てたら良いな……)

 

胸の内にそんな想いを秘めつつ、練習をしていると……。

 

「皆集合!」

 

芳乃ちゃんから声が掛かる。

 

「朱里ちゃん達が挑んでいるシニアリーグの世界大会なんだけど、私達も決勝戦の応援に行こうと思うんだ」

 

「おおっ!アメリカに!?」

 

「あの野球大国に……?」

 

稜ちゃんと菫ちゃんからテンションが上がってくるのが伝わってくる。野球の本場だからなのかな?

 

「本来なら野球部総出で応援に行きたいところですが、私達も野球部の練習があります。ですので4人……早川さん達日本代表の応援に行く4人をこの場で決めたいと思います」

 

『よ、4人だけ!?』

 

「はい。その4人に加えて、私の知り合いを保護者として、合計5人で行く事になります」

 

皆は騒然としてるけど、先生の意見は尤もだと思う。練習があるのもそうだし、大勢で行っても席の確保が出来ているかわからないもん。それに……。

 

(私は……余りアメリカには行きたくないかな)

 

あの人に会うのが怖いから、会ったら酷い事を言いそうだから、そうなってしまうと2度と修復出来なくなっちゃうから……!




遥「久し振りの出番でテンション最高潮!」

朱里「暑苦しい……」

遥「朱里ちゃんはなんだかんだ出番が多いじゃん!」

朱里「作者曰く、私のモノローグが書きやすいって話だからね。まぁ今後もちょくちょく雷轟の出番はあると思うよ」


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窮地

中間に珠姫視点あり。


今日はキューバ代表との試合がある日。

 

「この試合に勝てば決勝戦ですね」

 

「そうだね。アメリカ代表も勝ってくるだろうし、私達も勝ちたい」

 

キューバ戦の先発は渡辺さん。しかし監督の話によると投手陣のリレーになるだろうとも言われている。

 

(そうなってくると十六夜さん、一色さん、私の他にもう1人くらい誰かが投げそうだ)

 

投手も出来る野手組の中だと友沢が頭1つ抜けているけど、怪我によるブランクもあるから、一概にはそうとも言えない。夜子さんも高橋さんも優秀な投手だし、朝日さんも中々油断出来ないピッチングをするらしい。

 

「キューバ代表の打線は韓国代表とも、台湾代表とも、アメリカ代表とも一味違いますから、投げる方はいつも以上に気を配る必要があります」

 

「そうだね」

 

私の……偽ストレートや変化球、真ストレートは通用するだろうか。もしも私の投げる球がキューバ代表に通用しなかったらアメリカ代表に、上杉さんを相手に通用しないだろう。

 

(そうなってくるといよいよ偽燕に頼らざるを得なくなる……か)

 

できる事なら、夏大会まで偽燕は温存しておきたい。そしてボストフ選手に投げた偽燕よりも更に磨きを掛けたい。その辺りも山崎さんや芳乃さんにも相談しておこう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~!早くアメリカに着かないかなぁ!」

 

「芳乃、はしゃぎ過ぎよ」

 

「でも芳乃ちゃんの気持ちもわかるな。私も自分が試合に出る訳じゃないのに、ワクワクしてるもん!」

 

「そうだね……。朱里ちゃんのあの迫力があるピッチングを見ちゃうと思わず昂っちゃうよ」

 

芳乃ちゃんと先生の提案で私、ヨミちゃん、息吹ちゃん、芳乃ちゃんの4人は朱里ちゃん達が出場するシニアリーグの世界大会の舞台……アメリカ行きの飛行機に乗っている。

 

「それにしても……まさか飛行機でもファーストクラスの便に乗れるとは思わなかったわ」

 

「そ、そうだよね。これも凄い事だよね!」

 

「今日はありがとうございます!」

 

私達の保護者代わりに同行してくれている先生の知り合いに改めて礼を言う。この飛行機に乗れるのもこの人のお陰だし。

 

「ん、気にしなくても良いよ。それに私も身内の応援に久々に行けるからね」

 

この保護者の人……何とも言えない雰囲気を感じるんだよね。でもどこかで感じた事のある雰囲気のような……。

 

「んじゃ、私は到着まで寝てるから」

 

保護者の人……確かNって名乗ってたけど、本名じゃないよね。遥ちゃんはなんかNさんのサインとかもらってたけど……。

 

「そろそろ日本代表とキューバ代表の試合が始まってる頃よね」

 

「その試合と、決勝戦も録画してもらってるから、日本に帰国したらその試合も含めて全試合を見直そうね!」

 

(朱里ちゃん達、頑張ってね)

 

私は心の中で応援しながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このシニアリーグの世界大会のルールの中には5回終了時点で7点以上の点差があるとコールドゲームになる……というものがある。

 

更に4回までだと10点以上の点差があるとコールドゲームになる……というルールもある。

 

つまり何が言いたいかと言うと……。

 

「頑張れーっ!」

 

「こんな所じゃ終われないよーっ!」

 

4回表。0対10で私達はキューバ代表を相手にボロボロの展開を迎えていた。



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逆境

4回表。私達日本代表は10点ビハインドを追い掛ける展開となっている。

 

「ど、どうしよう……。まさかあんなに点を取られるとは思わなかったよ」

 

「へ、平気ですよ!私達は逆境に強い日本代表ですよ!必ずや逆転まで導きます!」

 

「意気込むのは結構ですが、この回で1点でも取らないと私達のコールド負けが決定してしまいますよ」

 

「ちょっ!瑞希……」

 

二宮による無情で残酷な現実を突き付けられると、ベンチはお通夜ムードになってしまった。相変わらず歯に衣着せないよね。二宮の発言って……。

 

(しかし二宮の言う事もまた事実……。この回に1点どころか、次の回が終わるまでに4点取らないとコールドゲームになってしまう)

 

そうなる前に手を打つ必要があるけど……。

 

「……少し早いけれど、代打を出しましょうか」

 

監督がここで代打を出す事に。ショートを守っていた三門第一シニアの帯島さんから、帯島さんと同じシニアの雨取さんに交代するみたい。

 

「……あとお願いするッス」

 

「……うん!」

 

雨取さんにバトンが受け継がれ、雨取さんは右打席に入った。

 

「雨取さん、大丈夫かな……」

 

清本が雨取さんを心配していた。雨取さんも清本と同じ小さなスラッガーだから、何かと親近感が湧いているのかも知れないね。

 

「大丈夫ですよ和奈さん。監督を信用しましょう」

 

「瑞希ちゃん……」

 

「二宮の言う通りだよ。監督を、そして帯島さんの代わりに入った雨取さんを今は信じよう」

 

「そう……だね」

 

キューバ代表の先発はキューバ国内で1、2を争う実力者とも言われているダルシユさん。恐らく世界の中でもトップクラスの投手だろう。私達日本代表はダルシユさんに対してチャンスは作れても得点には至っていない……。ピンチになると実力を発揮するタイプの投手だ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「コースギリギリの高めを突いてますね。雨取さんを相手に有効な戦術です」

 

「投げられたのは左に逃げていくシュートか……。右打者なのも相まって打ち辛いね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

2球目も高めのコースギリギリ……。雨取さんが低身長なのもあって、手の出し辛い厄介なコースだ。

 

(でも監督がここは雨取さんだと思って出したんだ。成果なしで終わる訳がない……)

 

だから雨取さんは打つ。どんなに打ち辛いコースに投げられたとしても……!

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「当たりは大きいぞ!」

 

雨取さんが打った打球は弾道こそは低いものの、その当たりはスタンドへと一直線に入っていった。

 

「ホ、ホームランだ……」

 

「なんとかこの回でコールド負けにはならずに済みましたね……」

 

雨取さんの1打で4回コールドはなくなった。しかし本当の勝負は次の回になるだろう。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

その後は何人かはダルシユ作品の球を上手く捉えつつ、チャンスを作るも、この回で取れたのは雨取さんのホームランを含めて3点……。

 

投手陣が今後キューバ代表にこれ以上点を取られない事を前提に、次の5回表であと1点を取らないと私達のコールド負けとなってしまう……。

 

(でも次の回は上位打線に回る……。期待値はかなり高い筈)

 

4回表終了。3対10。日本代表、7点ビハインドで次のイニングに挑む……!



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ギリギリ

「あらら。日本代表はキューバ代表に大量リードを許しちゃってるね~」

 

「日本代表側が投げているのは間違いなく早川さん以外でしょうね」

 

「それでも日本代表の投手陣はかなりハイレベルって聞いたわよ?」

 

「キューバ代表は優勝候補で、しかも向こうが投げているのはキューバで1番の投手とも言われているダルシユさん……。本来ならこのまま抑え込まれて、日本代表の敗北は濃厚だけれど……」

 

「とてもそんな風には見えない……と?」

 

「ええ。この試合……勝つのは日本代表よ」

 

「大きく出たね~」

 

「その根拠は何かしら真深?」

 

「同じ日本人としての勘……かしらね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

4回裏はなんとか無失点で抑える。私達日本代表の投手はもう3人目なんだよね……(ちなみに今投げているのは渡辺さん)。

 

「この回は8番からか……」

 

「前の回みたく打者一巡出来れば、一気にこっちのペースに持っていけるけど……」

 

「…………!」

 

ダルシユさんから感じられる気迫からは簡単には打たせないという想いが感じられる。

 

(とは言えこの回は最低でも1点は取らなきゃいけないんだ……。なんとしてでも食らい付いてほしいね)

 

『アウト!』

 

……って、早速先頭打者が打ち取られてるよ!?あと2人打ち取られたら私達が負けるって理解してる?

 

『ボール!フォアボール!!』

 

9番の十六夜さんがなんとか粘って四球。これでワンアウト一塁だ。

 

「アタシも続かないとね……!」

 

「いずみちゃん、頑張って!」

 

「任せてよ。これで3打席目だし、絶対にダルシユさんから打ってみせるから♪」

 

そう言って金原は意気揚々と左打席に入っていった。

 

(ダルシユさんの球種はストレート、チェンジUP、ツーシーム、スライダー、カーブ……。まだ見せていない球がある可能性もあるけど、ここでアタシが狙うのは……!)

 

1球目。投げられたのは左打者の外に逃げていくスライダーだった。

 

(やっぱこのスライダーでしょ!)

 

 

カキーン!!

 

 

「初球から打った!」

 

金原が打った打球はレフトフェンスに直撃。長打コースだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのスライダーを綺麗に捌くとは……。やはりあの1番打者は日本代表の選手の中でもトップクラスの実力者ですね」

 

「でも……飛ばした方向が悪かったわね」

 

「キューバ代表のあのレフトは真深クラスの強肩……。下手な走塁を見せたら刺される事は間違いないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レフトが打球に追い付く頃、金原が二塁を蹴り、一塁ランナーである渡辺さんは三塁を蹴った

 

「よーし、これでひとまずコールドゲームは避けられたね!」

 

「良かった……。これで一安心だよ」

 

ベンチからは安堵のため息が吐かれる。

 

(ん?あのレフトって確か肩が滅茶苦茶強かったよね?映像で見るとフェンスからホームベースまでノーバンで届いていたような……)

 

だとするともしかして……!

 

「ランナー急いで!!」

 

「えっ?」

 

私の掛け声で呆気に取られながらも、十六夜さんは走塁のギアを上げる。それと同じタイミングでレフトが強い送球をホームへと放つ。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ええっ!?」

 

『アウト!』

 

ま、不味いな。これでツーアウトだよ……。金原の方はなんとか三塁に辿り着いているけど、このままではあとアウト1つで私達の負けが確定してしまう……。

 

「…………」

 

次の打者は朝海さん。朝海さんなら能力的にも、打率的にも期待出来るけど、もしも万が一の事があれば……。

 

(ここまでかしらね……)

 

朝海さんの方は何かを悟ったような表情をしていた。あれが諦めから出ているものじゃないと思いたいけど……。

 

「朝海姉さん、いけるよね?」

 

「……世の中に絶対はないわ。けれど私なりに足掻くつもりよ」

 

「頑張って……」

 

夕香さんと夜子さんが朝海さんの背中を押す。その光景を見ると微笑ましく思えるよ。状況が状況な為にそんな想いも感じる余裕はないけどね。

 

(ツーアウトでランナーが三塁、内野陣は深めの守備位置……。やるしかないわね)

 

1球目、ダルシユさんが投げたその瞬間……。

 

『バント!?』

 

(私達三森3姉妹の1番の特徴……それは足の速さを活かしたセーフティバントよ!)

 

 

コンッ。

 

 

ツーアウトにも関わらず、初球セーフティスクイズ。弱い打球は三塁線に転々と転がっていく。

 

(朝海の行動はなんとなくわかってたから、スタートを切って正解だったね♪)

 

金原はホームイン。サードがボールを拾い、慌ててファーストへと送球する。

 

『セーフ!』

 

一塁も悠々セーフ。この回1点を獲得した事で、7点コールドにならずに済んだけど、本当にギリギリだよね……。



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加速装置

「あの2番……。オーストラリア代表の試合よりも動きが速くなってない?」

 

「恐らくその時は動きをセーブしていたのでしょう。今の段階ですら、まだ抑えている可能性すらもありますが……」

 

「足の速さもそうだけれど、私としてはあとワンアウトでコールドになるって場面でセーフティスクイズをした事に驚きだわ」

 

「あれが三森3姉妹の名物……『加速装置』だね~」

 

「加速装置?」

 

「足の速さはもちろん、彼女達の場合は走り始めよりも段々動きが速くなってくる加速力が有名なんだよね~。私も最近知った事だけど~」

 

「……間違いなくアメリカでは見られない光景ね」

 

「それに3姉妹って言ってたから、あとの2人も今の彼女レベルの走塁をみせるって事ね。ますます日本代表と試合をするのが楽しみだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスランです!」

 

「ありがと☆」

 

「で、でもなんであんな思い切った事が出来たんでしょうか?」

 

「それが朝海……というか三森3姉妹の特徴だからね。足の速さに絶対的な自信があり、それを守備にも活かしてくる」

 

金原の言うように、三森3姉妹は現高校生……いや、下手したらプロの中でもトップレベルの走力を持つ。あれよりも上となると……村雨か黒江さんくらいなのかな?

 

「……とりあえずコールドゲームにならずに済みましたね」

 

「そうだね」

 

『アウト!チェンジ!!』

 

この回で取れたのは1点。5回表終了でスコアは6対10……。残り2イニングで4点差をひっくり返せるかになってくるけど……。

 

「あと4点だね……」

 

「逆転までを考えると5点以上ですね。10点も取られた分、日本代表の打線をキューバ代表に見せ付けておきましょう」

 

『おおっ!!』

 

(彼女達を見ると、それ以上の成果をあげそうだよね。本来なら現実味がない、残りのイニングを考えると絶望的な点差なんだけど)

 

逆境に強い日本代表とはよく言ったものだよ。

 

「早川さん、このイニングからお願いしても良いかしら?」

 

なんと……。まさかの5回登板。台湾代表との試合の時も、オーストラリア代表との試合の時も、私は最終回のみ起用したクローザーだった。それが2イニング多く投げられるなんて……最高じゃん!

 

「……わかりました。任せてください」

 

肩も暖まってるし、あの2人と勝負してからは今まで以上に調子が良い。誰が相手でも負ける気がしないよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ?早川ちゃんが出て来たね~」

 

「早い登板ね。5回からの登板なんて……」

 

「キューバ代表の打線を見れば他の日本代表の投手では抑えきれないと判断したのかも知れませんね」

 

「そうかもね」

 

(でもあの登板には、他にも意図がある気がするわね……。それが何かはわからないけれど……)

 

「決勝戦に向けて、早川さんのピッチングからは目を離しちゃ駄目よ」

 

「そうね……!」

 

「ですね。私達アメリカ代表が優勝する為には早川さんを打てるかどうか……それに掛かっていると言っても過言ではありません」



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決勝戦進出!

『ストライク!バッターアウト!!』

 

5回裏。キューバ代表の打線を三者三振に抑える。

 

(ここまで朱里さんが投げているのは全てストレートに見せ掛けた変化球……。媒体となっている変化球をバラバラに散らしているとは言え、渡辺さんも、一色さんも、十六夜さんも打たれたキューバ代表の打線をきりきりまいに出来るとなると、アメリカ代表との試合は……)

 

(風薙さん達と会ってから、調子が更に良くなった……。これならアメリカ代表とも渡り合えそうだ)

 

でもまずは4点差をどうにかしないとね。

 

「あと2イニング……必ず逆転しましょう!」

 

『おおっ!!』

 

私の掛け声に皆が返事をしてくれる。曲がりなりにキャプテンに選ばれたんだ……。こういう風に皆をまとめないとね。

 

 

カンッ!

 

 

先頭がヒットで繋ぎ……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

4番の清本が歩かされ……。

 

 

カキーン!!

 

 

今日の試合の途中から入った友沢の走者一掃のタイムリースリーベース。これで6対10。良いペースだ。

 

その後も連続でヒットを打ち続け……。

 

 

カキーン!!

 

 

雨取さんの本日2度目のホームラン。今度はスリーランだ。

 

「す、凄い……。一気に同点になった」

 

「これが日本代表の選手達に起こりうる真骨頂……。『逆境にとてつもなく強い』です」

 

確かに凄い。まだ6回なのに、もう同点になっちゃった。ダルシユさんもこれには正直理不尽だと思う。

 

(でもこの理不尽な強さを発揮するのが、逆境に追いやられた日本代表なんだよね。聞くところによると、去年もそうだったみたいだし……)

 

去年はアメリカ代表を相手に5対6の大接戦だった。上杉さんとかウィラードさんとかがいて、ボストフ選手やジータ選手も選ばれていた去年のアメリカ代表……。そんなチームを相手に僅差での敗北となった日本代表は、監督が言うには去年の日本代表よりもずっとずっと強いらしい。

 

(そしてそれはアメリカ代表も同じ……。例えボストフ選手達のような超主力選手がいなくても、それに匹敵する選手達の集まりなんだよね)

 

ロジャーさんやパトリオさんが良い例かもね。あの2人は去年の世界大会からいるけど、メインのポジションじゃなかったり、ベンチスタートだったりしていたらしい。

 

 

カキーン!!

 

 

1番に戻って、金原がホームランを打ち、11対10で遂に私達日本代表がキューバ代表に勝ち越した。

 

「逆転、しましたね」

 

「そうだね」

 

「あとは朱里さんが抑えるだけですね」

 

「わかってるよ」

 

逆転してくれた皆の為にも頑張って抑えないとね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか本当に逆転してしまうとは……。やはり日本代表は興味深いチームですね」

 

「去年も似たような事をウチとやり合っていたわね。その時の日本代表も凄い粘りと追い上げを見せていたのを覚える……」

 

「今年はそれをキューバ代表を相手にやってたね~」

 

「そういう姿勢は私達も見習うべきなのかもね」

 

「そうね……」

 

(今投げている早川さんの球をキューバ代表は打てていない……。これは決まりね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!!』

 

最終回も三者三振。二宮曰く、私のピッチングはまたギアを上げている……との事だった。何はともあれ決勝戦進出!



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アメリカ代表の対策は……!

「それで、アメリカ代表との試合ですが……」

 

「予定通りにいくつもりだったけれど、今回のキューバ代表どの試合、そして今年のアメリカ代表選手達の能力や成績を見てみると考え直す必要があるわね……」

 

「それに関してですが、提案があります。私としてもオススメは出来ませんが、日本代表の勝利の為と、何より彼女自身がそうなりたいと思っているでしょう」

 

「……聞かせてくれるかしら?」

 

「…………」

 

「成程……。彼女の事を考えると確かにオススメは出来ないわね」

 

(でもこの方法以外でアメリカ代表を……彼女を打ち取る手段が思い付かないのがとても悔しい……。己の無力さを痛感したわ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~。なんとか決勝戦まで来れたね~」

 

「本当……。4イニングで10点取られた時は焦ったよね」

 

「キューバ代表の打線が半端ない事もわかったもんね……。去年は当たってなかったから、わかんなかったよ」

 

「それに関しては投手陣に責任はないよ。金原の言うようにキューバの打線が凄まじかった……。この一言に尽きる」

 

それでもなんとなく私は日本代表が逆転する事が出来ると心の中で思っていた。去年の日本代表のデータを見ると逆境になればなる程、日本代表の打線は火が点きやすい。眉唾だと思ってたけど、今日の逆転劇を見てしまうとそれが確信に変わったから。

 

「……次はいよいよアメリカ代表との試合だね」

 

「先にカナダ代表と試合やってたけど、圧勝だったもんね~」

 

私達が試合をする前にアメリカ代表は一足早く試合を行っていて、優勝候補の一角であるカナダ代表を相手にコールドゲームを決めていた。

 

「アメリカ代表の打者は投手陣も含めて全員がパワーヒッターなんだけど、中でも4番を打っている上杉さんは別格だよね」

 

「うん……。私にとっても上杉さんは理想の打者だよ」

 

アメリカ代表の打線は台湾代表とも、韓国代表とも、キューバ代表とも違う。どのチームとも比べるまでもなく、打線に隙がない。

 

「上杉さんは今日の試合でも4本のホームランを打ってるもんね。毎打席ホームラン打ってるんじゃないのって疑うレベルだよ……」

 

「しかも和奈とは違って毎回勝負してくれてるもんね♪」

 

「いずみちゃん酷い……」

 

金原は茶化すように言ってるけど、私達がオーストラリア代表との試合を観ていたのか、それ以降の試合では打席で上杉さんは敬遠球にも手を出し、それをホームランに仕留めるレベルの打撃術を身に付けていた。これは暗に敬遠で勝負を避けようとしても無駄だという上杉さんの警告に他ならない。

 

(十六夜さん、渡辺さん、一色さん、そして私……。日本代表のメイン投手陣はこの4人。私達の誰かが上杉さんと勝負しなければならない……)

 

「あれ?そういえば瑞希は?」

 

「瑞希ちゃんなら監督と話し合ってるよ。多分アメリカ代表との勝負に備えてると思うんだけど……」

 

アメリカ代表との試合は明後日……。私達日本代表がアメリカ代表に勝つ手立てを二宮と監督の話し合いで何か浮かべば良いんだけど……。



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心強い応援とフォーム転向の決意

アメリカ代表との試合は明日となった。私自身の調子は良く、試合でもベストピッチが出来そうなんだけど……。

 

(問題は他の人達はどう思っているか……だね)

 

私自身はスタミナ管理に気を付ければ多分なんとかなる。でも私はクローザー……早くても5回からの起用になる。他の投手陣を信用していない訳じゃないけど、キューバ代表との試合では十六夜さん、一色さん、渡辺さんの3人で4イニングを回して10失点だった……。

 

アメリカ代表の打線はそんなキューバ代表よりも大きく上回る。私もアメリカ代表を相手に通用するか不安になってくるんだよね……。

 

「あっ、いたいた!朱里ちゃーん!」

 

声のする方向を振り返ると武田さん、山崎さん、芳乃さん、息吹さんの4人がいた。

 

「皆……。応援に来てくれたんだ」

 

「もちろん!だって朱里ちゃん達の晴れ舞台だよ?」

 

「テレビでも朱里の活躍は見てたわよ。相手打者を連続三振に抑えるなんて流石ね」

 

「ありがとう……」

 

褒められるとむず痒いな……。

 

「そういえば4人は誰と一緒に来たの?藤井先生?」

 

流石に高校生だけで海外は不安だと思う。親御さんの許可が得られるだろうか……?

 

「今は別行動だけど、私達の引率にはNって名乗っている人が着いて来てくれたんだ。先生の知り合いらしいよ」

 

「ああ、あの人か……」

 

「朱里ちゃんも知ってるの?」

 

「知り合いの姉だよ」

 

Nさんはプロゲーマーで、雷轟が彼女の大ファンらしい。いつか話してみたいとも言ってたけど、その夢は叶ったのかな……?

 

(そうだ……。折角だから、山崎さんとバッテリー練をお願いしようかな)

 

「山崎さん、良かったら私の球を受けてほしいんだけど……」

 

「えっ?なんで……?」

 

「アメリカ代表との試合に備えて……っていうのもあるけど、今後の事もちょっと相談したいしね」

 

「成程……。うん、私も朱里ちゃんの球を捕りたかったし、断る理由がないよ」

 

「ありがとう。じゃあ捕手用ミットを借りてくるね」

 

「あっ、自分のがあるから、大丈夫だよ」

 

私から頼んでおいてなんだけど、なんで持ってきてるの?誰かのホームランボールでも捕るつもりだったの?それとも武田さんとバッテリー練でもするつもりだったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

(凄い……。テレビで見てなんとなくわかっていたけど、朱里ちゃんの球が前に受けた時とは全然違う。ストレートのノビも、変化球のキレも格段に上がってる……!)

 

「ナイスボール!」

 

うーむ。山崎さんもやっぱり投げやすいんだよね。二宮とはまた違った安心感がある。高校生になってからずっと受けてもらってるからなのかな?

 

「じゃあ次で一旦最後にするよ!終わったら休憩ね!」

 

「うん」

 

次の1球は力を込めて……っと、そうだ。

 

「……今から投げる球は私が右肩を壊した小6の頃からずっと試行錯誤してきた球。アメリカ代表を倒して世界一になる為にって最初は思ってた。でも今は私が早川茜の娘だという事と同時に、私は早川朱里だって事を示す為の球」

 

「朱里……ちゃん?」

 

実戦で投げたのはボストフ選手を相手にした時の1球だけ……。練習でも新越谷や、川越シニア内でも見せなかった……。私1人でコツコツと長い年月を掛けてようやく形になった球……!

 

「いくよ……!」

 

(この気迫……。今までの朱里ちゃんからは感じられなかった)

 

私は偽燕を投げる為に、今まで投げてきたオーバースローとは異なるフォーム……アンダースローの構えを取った。

 

『ア、アンダースロー!?』

 

 

ズバンッ!

 

 

(こ、これは……!)

 

「凄い……。凄いよ朱里ちゃん!これならアメリカ代表を相手にも負けないね!」

 

武田さんが私の偽燕を見てそんな言葉を贈る。決してお世辞ではなく、本気で言っているんだと思う。でも……。

 

「……悪いけど、決勝戦ではこれは投げない。少なくとも打ち込まれていない現状ではね」

 

「じゃあなんで今投げたの?」

 

「理由は2つ。1つ目はこの球がまだまだ未完成だから……。実戦で使うにはもっと極めておきたい。それを芳乃さんや、捕手の山崎さんに相談しておきたかったから」

 

(あの威力で未完成って……。朱里はどこまで成長していくつもりなのかしら?)

 

「そして2つ目……。私はこの世界大会が終わってから……つまり新学期になってからは今のアンダースローにフォームを転向するつもり。4人は私のリトル時代の映像を見たからわかると思うけど、あのアンダースローこそが私の……『早川朱里としてのピッチング』だからね」

 

これに関してはもう心に決めていた。そしてそれに合わせて右肩の本格治療も決意していた。まぁ肩の治療は大学に行ってからになるんだけど……。

 

「それにしても朱里ちゃんが投げた球って影森の中山さんが投げてたよね?」

 

「確かに……」

 

あっ、そこに疑問を持っちゃう?正直隠す理由もないし、話しておこうかな……。

 

「中山さんが投げた燕は私の母さん……早川茜がかつて投げていた決め球なんだよね。そして母さんが中山さんに伝授させたんだ」

 

『ええっ!?』

 

「い、いつの間に朱里のお母さんと中山さんは接点を持ったのかしら……」

 

まぁ驚くよね……。私も全然知らなかったもん。私達が夏の全国大会に励んでいる時に偶然中山さんに会って、その勢いで中山さんに指導したって話だったし。

 

「じゃあ一旦休憩!」

 

「了解」

 

「タマちゃーん!後で私も投げたいな~!」

 

「ちょっ、くっつかないで!」

 

……アメリカに来ても武田さんと山崎さんは平常運転な気がするよ。



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休憩がてらに話す進級後の方針

「え……?私がアメリカ代表との試合で先発……ですか?」

 

「ええ。早川さん以外の投手陣には了承を得ているわ」

 

「……私が抜擢された理由はなんですか?」

 

「貴女を選んだ理由はここ数ヶ月での投手としての成長、それと貴女の守備力よ」

 

「私が……」

 

「無理そうなら辞退しても構わないけれど、試合は明日だから今日中に……いえ、遅くても明日の朝までに返事がほしいわ。やるにせよ、やらないにせよ……」

 

「…………」

 

「……まだ時間はあるわ。ゆっくりと考えてちょうだい」

 

「…………」

 

(これで打てる手は打った……。もしも彼女に断られるようなら、またギリギリまで戦術を考えれば良いだけよ)

 

「……やります。やらせてください」

 

「……随分と早い決断だけれど、良いのかしら?もっと考えなくても」

 

「私が考えたのは、私が投げる時に行う守備連携です。私の……私達の連携が出来る形になれば何も問題はありません」

 

「そう……。そういえば貴女達の守備はそういう形を取っていたのね」

 

「…………」

 

「では……。アメリカ代表との試合、先発は頼んだわよ。三森夜子さん」

 

「……はい」

 

(姉さん達と……連携の練習しなきゃ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

「ふぅ……。今日はここまでにしておこうかな」

 

「お疲れ様!」

 

明日に向けての調整も早い段階で打ち切る事に。あとはゆっくりと休んで明日の試合に臨む。

 

「世界大会もいよいよ明日で終わりだね」

 

「そうだね。ここまで約3週間……。学校も休んだりしてるから、ちょっと悪い事をしてる気分になっちゃうよ」

 

学校側には校欠という形で休ませてもらっているから、進学に響く事はない。まぁ私の学力は平均以上はあるし、こういう機会以外では休んでもないし、その心配は一切ないけどね。

 

「むぅ。そう考えると朱里ちゃんは一足早い春休みに入っているのか……」

 

「前以て言ってるから、サボりにはならないけどね」

 

世界大会が終わって日本に帰ったら、クラスの人に授業ノートを見せてもらおう。あと1週間もしない内に進級だけど……。

 

「そして世界大会が終わったら……私達も進級だねぇ」

 

「新入部員……入ってくるかなぁ」

 

「シニアの後輩が2人入ってくる予定だから……」

 

「本当!?ポジションはどこ!?」

 

うわっ!急に芳乃さんが詰め寄って来た!?

 

「朱里の後輩……確か初野さんと木虎さんだったかしら?」

 

「その2人で間違いないよ」

 

そういえば息吹さんは2人と面識があったね。秋大会の1回戦が終わってから川越シニアでミニゲームをやる際に紹介した。

 

「息吹ちゃんは面識あるんだ……」

 

「朱里や星歌達と川越シニアに行った時にちょっとね……」

 

「でも2人入ってくるなら、あと2人……ほしいところだね」

 

「あと2人?」

 

「初野と木虎に加えてあと2人加入すれば芳乃さんを抜いて18人……。これで紅白戦が出来るようになるんだよ。木虎のポジションは捕手だしね」

 

「捕手……」

 

(そっか。新しい捕手が……。朱里ちゃんの後輩って事はかなり優秀な選手だと思うし、私も負けられないな……!)

 

「おお~!タマちゃんにも遂にライバル出現!?」

 

「今までは珠姫ちゃんの負担がかなり大きかったから、メインで捕手が出来る人が増えると預かるかもね」

 

確かに。私や息吹さんも捕手としての練習を多少はしてたけど、本職の捕手には劣るから、そういった意味でも木虎の加入は大いに預かる。

 

「あとは初野さんのポジションだね」

 

「初野はセカンドがメインだけど、投手と捕手以外の内野は問題なく守れるから、二遊間の連携とかも改めて練習する必要があるかもね」

 

「その初野さんの対になるショートメインの子が入って来てくれたら、紅白戦をする際にチーム分けがしやすくなるよ!」

 

「そうだね」

 

彼女が新越谷に留学する事はまだ……言わない方が良いのかな?



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決戦前夜

武田さん達はNさんが予約しておいたホテルに宿泊するとの事で、解散。二宮、清本、金原の3人を呼んでいつもの軽いミーティングを行っている。

 

「いよいよ明日だね~!」

 

「泣いても笑っても明日の試合が最後だもんね……」

 

「笑う側はこちらだと良いですね」

 

「そうだね」

 

二宮が笑ってるところは見た事がないけど……。

 

「では対アメリカ代表のオーダーについて話しますね」

 

二宮は先程まで監督とオーダーについて色々話し合っていたみたいで、ここに来るのも最後だった。

 

「ど、どんなオーダーを組んできたの……?」

 

「……今までのオーダーはこの対アメリカ代表のオーダーを完成させる為の手探りなものでした。台湾代表、オーストラリア代表、キューバ代表との試合を私なりに振り返り、監督の意見も聞き、このオーダーが完成しました」

 

そう言って二宮が組んできたオーダーは……!

 

 

1番 レフト 金原

 

2番 セカンド 三森朝海さん

 

3番 ショート 友沢

 

4番 ファースト 清本

 

5番 センター 三森夕香さん

 

6番 サード 朝日さん

 

7番 ライト 私

 

8番 キャッチャー 二宮

 

9番 ピッチャー 三森夜子さん

 

 

こんな感じのオーダーだけど……。

 

「えっ?メイン投手じゃなくて、夜子が先発なの?」

 

「監督曰く、朱里さん以外の投手陣は全員納得しているそうです」

 

確かに私も初耳。でも他の投手陣はそれを知ってたんだ……。

 

「夜子さんの打たせて取るピッチングに、朝海さん、夕香さんの守備範囲を利用した布石になります。彼女達の話によりますと、3姉妹連携が出来れば問題ないとの事です」

 

「3姉妹連携?」

 

「朝海さん、夕香さん、夜子さんの3人のポジションがどんなに無理矢理で、歪な形でも三角形になれば連携は可能だそうです」

 

「三角形……?」

 

3姉妹連携だの、三角形だの、妙な単語が続出するんだけど……。

 

「その詳細を話す前に、朱里さんをライトで採用している理由から話しましょうか」

 

「あっ、確かに朱里が頭から出てる!」

 

まぁ確かに私がアメリカ代表との試合では野手として出場してるのかは気になっていた。夜子さんが先発投手を務めるのと何か関係があるのかな……?

 

「朱里さんにはアメリカ代表の4番……上杉さんを相手に投げてもらいます」

 

「ワンポイントピッチングか……」

 

多分私のスタミナに配慮した采配なんだろうね。私のスタミナ不足がここでも足を引っ張るとは……。

 

「基本的に上杉さん相手以外には夜子さんに投げて貰うつもりです。状況によって前後はしますが、5回以降になるとワンポイントを止めて、朱里さんには本格的に投げてもらいます」

 

基本的に私が相手にするのは上杉さんだけで、それ以外は夜子さんが務め、5回以降は私1人で投げ切る……って事だね。

 

「それで朱里がライトでスタメンなんだね」

 

「では話を戻しましょうか」

 

さっきの3姉妹連携の話だね。

 

「先程も言いましたが、三森3姉妹はどんな形でも三角形の形になれば、連携力が格段に上昇します」

 

「どんな形でも……?」

 

「本来なら彼女達の18番であるセカンド、ショート、センターの三角形と、夜子さんが投手を務める場合のピッチャー、セカンド、ショートの三角形で上手く守備連携を組みます」

 

確かにその2パターンは綺麗な正三角形だ。

 

「そして今回のようなセカンド、センター、ライトの三角形とピッチャー、セカンド、センターの三角形でも強引な連携も他の野手と組んで出来るようになっています」

 

め、滅茶苦茶強引な三角形じゃん。これってショートが友沢じゃなかったら絶対成立しなさそう……。

 

「こんな強引な三角形で成立するのかな……?」

 

「私も疑問に思い、実際に連携を見せてもらいましたが、亮子さんをショートに置き、少し協力してもらう事により、見事に連携を成立させていました」

 

これって3姉妹のあり得ない連携を褒めるべきなの?それともそれに上手く合わせられた友沢を褒めるべきなの?

 

「……とりあえずこれでミーティングは終わりにします」

 

「明日に備えて早めに休んでおこうかな」

 

「そ、そうだね。緊張して眠れなくなるのはちょっとあれだし……」

 

3人はそう言って自室に戻った。

 

(いよいよ明日か……!)

 

とりあえずは上杉さん相手のワンポイント……頑張ろう!



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日米決戦

朝が来た。新しい朝が。

 

「いよいよですね。準備は万全ですか?」

 

「もちろんだよ」

 

むしろ気力が充実し過ぎて早めにガス欠しそうなくらい。

 

(まぁ序盤は上杉さん相手のワンポイントらしいし、当面は上杉さんを相手に全力で投げれば良いかな)

 

同室の二宮と一緒に、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、凄い客入りね。夏大会で梁幽館と戦った時を思い出してきた……」

 

「まぁ今日の歓声はその比じゃないけどね」

 

「うんうん!なんせシニアリーグの世界一が決まるからね!」

 

「芳乃ちゃんはシニアリーグの事情に詳しいの?」

 

「元々は有名所しか知らなかったけど、朱里ちゃんと遥ちゃんが入った日から色々調べたんだぁ」

 

「じゃあアメリカ代表も……?」

 

「もちろん!日本代表と戦う事もあって調べ直したよ!」

 

「それにしても毎年テレビでしか見られなかった光景が、まさか観客席で、それもこんなに良い席で観戦出来るなんて夢みたいね」

 

「そうだね。Nさんには感謝しなきゃ……」

 

「あれ?そのNさんは?」

 

「用事があるってどこかに行っちゃったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカとの試合。私達日本代表のオーダーは昨日二宮が提示したものをそのまま採用。そしてアメリカ代表のオーダーは……。

 

 

1番 センター ミッキー・スズキ

 

2番 セカンド リンゼ・シルエスカ

 

3番 ショート ロジャー・アリア

 

4番 レフト マミ・ウエスギ

 

5番 サード ユイ・ウィラード

 

6番 ライト エルゼ・シルエスカ

 

7番 キャッチャー パトリオ・パトリシア

 

8番 ファースト ノエル・キャリントン

 

9番 ピッチャー アルヴィン・スペード

 

 

こう書かれていた。上杉さんまで向こう風の書き方なのは少し気になるけど……。

 

「アメリカ代表は打順を大きく変えてきましたね。ウィラードさんが先発じゃないのが気になるところですが、その理由も大体察する事が出来ます」

 

(私の予想が正しければ、向こうもこちらと同じ動きを取ってくる筈……)

 

「変わってないのは2番と4番だけ……」

 

2番のリンゼさんと4番の上杉さん以外は今までの試合でちょいちょい打順を弄っていた。

 

「ロジャーさんに至っては一気に3番に昇格してるね。それくらい実力が拮抗してたのかな……」

 

「元々3番にいたミッキーさんが1番……か。天職と言えばそうかもね~」

 

ちなみにミッキーさんは上杉さんと同じバリバリの日本人。ミッキーというのは彼女の渾名の事で、本名は鈴木美希さん。彼女の場合は幼い頃からずっとアメリカにいて、もちろんリトルシニアもアメリカのチームだ。

 

「こちらの先発は夜子さんになる訳ですが、上杉さん以外を相手取る場合、特にキツくなるのは1番の鈴木さん、3番のロジャーさん、5番のウィラードさんの3人になりそうです」

 

「元々夜子は打たせて取るピッチングをしてるから、朝海や夕香や亮子を中心とした守備連携が重要になってくるかもね」

 

「その辺りは瑞希ちゃんがリードでカバー出来たら良いね」

 

「なるべく手綱は握っておきますが、基本的には失投に気を配って打たせて取るピッチングをさせますよ」

 

どうやら二宮もそのつもりみたいだ。手綱を握るって表現怖っ。

 

「おっ?そろそろ整列の時間だよ」

 

「ド、ドキドキしてきた……」

 

「私達が狙うのは世界一。今から緊張していたら最後までもたないよ」

 

『プレイボール!!』

 

さて……開戦だ。絶対に世界一を勝ち取ってみせる……!



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初回先制なるか!?

「つ、遂に始まったわね。世界一を決める戦いが……」

 

「日本代表は先攻だね」

 

「アメリカ代表の先発の人は……」

 

「アルヴィン・スペード選手!朝倉さん以上のストレートに、緩急を感じるチェンジUPとスライダーを操るオーソドックスな投手ながらも、アメリカのシニア内で結果を残しているよ!」

 

「よ、芳乃ちゃん詳しいね……」

 

「テレビで見てたのもあるけど、朱里ちゃん達が出る世界大会だもん。対戦相手の選手は全力で調べたよ~!」

 

「その事を朱里ちゃんには伝えたの?」

 

「簡単な情報だけね。朱里ちゃんの側には私よりも詳しい人がいるから、全体の内容は伝えなかったけど……」

 

「二宮さんの事だね。二宮さんに知らない事ってないんじゃないかなぁ……」

 

「そう考えると私達ってとんでもない人を敵に回してるよね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪始まったな≫

 

≪先攻は日本代表ですか……≫

 

≪アメリカ代表の先発はアルヴィンか。彼女には私達もかなり苦しめられた記憶がある……。簡単に打てる投手じゃない……が、てっきりウィラードが先発に来るものだと思ったが?≫

 

≪カナタはどう思いますか?≫

 

≪……恐らくは彼女に備えてユイちゃんは先発スタートじゃないんだと思うよ≫

 

≪彼女?≫

 

≪それは試合が進めばわかるよ≫

 

(ユイちゃんは清本さんに対してのワンポイントで登板すると思うんだよね。まぁ洛山との練習試合があったから、予想出来る事なんだけど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、行ってくるね~☆」

 

私達日本代表のリードオフガールである金原が軽く柔軟をしてから、打席に向かう。

 

「私達日本代表も様々な打順変更を行いましたが、和奈さんといずみさんだけはずっと打順が固定されていますね」

 

「それ程金原と清本が監督から、日本代表の皆から期待されているって事だよ」

 

まぁ清本はオーストラリア代表を相手にした時から歩かされ気味だけど……。

 

アメリカ代表の先発はアルヴィンさん。朝倉さん並のストレートにチェンジUPとスライダーを中心に投げる投手。その第1球目……。

 

「は、速い!」

 

「こ、これがアメリカ代表に選ばれた投手……」

 

アルヴィンさんの投げられたストレートに日本代表のメンバーは萎縮気味。しかし……。

 

 

カンッ!

 

 

「!?」

 

金原はこれを初球から捉える。その打球はセンター前に落ちて、ヒットとなった。

 

「流石ですね。アルヴィンさんのストレートを難なく捌いています」

 

「1打席目だから様子見の可能性もあるけど、それを差し引いても今の金原は上手く打ったと思う」

 

それに加えて一発もあるし、三森3姉妹程じゃなくても足が速い。だから仕掛けてくると思うけど……。

 

「朝海姉さーん!」

 

「私達3姉妹の力を見せ付けてやろう」

 

「そうね。出来る限り頑張るわ」

 

次は2番の朝海さん。一塁ランナーの金原は予想通り初球から盗塁を仕掛けた。

 

≪くそっ……!≫

 

『セーフ!』

 

金原ってば盗塁が上手くなってるじゃん。

 

(アタシもこの日に備えて色々鍛えたからね~。静華や朝海達には劣るけど、三盗も狙えそうかな~?)

 

監督は送りバントの指示を朝海さんに出している。

 

(……まぁ確実に行きたいし、無理に狙う必要もないか)

 

 

コンッ。

 

 

朝海さんは一塁線に綺麗に転がす。朝海さんの走力ならこれもセーフティバントになりそうだけど……。

 

(同点までなら足の速さを見せる必要はない……と監督も言っていたし、金原いずみも三塁に辿り着いてるし、ここは生きに行く必要もないでしょう)

 

『アウト!』

 

ワンアウト三塁で次は友沢。試合の頭から出場してるのはケガヲする前以来だ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(中々速いな……。いずみはこれを初球から捉えたのか)

 

初球を見逃している友沢だけど、どこか余裕のある表情だ。

 

(確実に点を取りに行くなら、追い込まれる前に投げる球を……)

 

2球目。これもストライクゾーンを通るコース。今度はスライダーだ。

 

(叩く!)

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「大きいぞ!?」

 

打球はレフトへ。

 

(くっ……!差し込まれたか)

 

少しずつ、打球が失速していく。最低でも犠牲フライは狙えそうな当たりだ。

 

(レフトが捕球した瞬間、スタートを切るぞ~!)

 

『アウト!』

 

フェンスいっぱいまで下がった上杉さんが友沢の打った打球をキャッチ。それと同時に金原はタッチアップしてホームに向かう。

 

「やった!先制点だ!!」

 

誰かがそう言った瞬間、レフト方面から異様な空気が流れる。

 

(先制点は取らせない……!)

 

フェンスから上杉さんが矢のような送球……いや、それ以上の威力かも知れない。そんな送球がレフトから一直線にキャッチャーミットへと吸い込まれていった。

 

「う、嘘!?」

 

『アウト!』

 

金原も今の送球は想定外だったみたいで、三塁に戻れず刺されてしまい、チェンジとなった……。

 

(成程。1点は遠そうだ……)

 

これは下手したら1点勝負になる……そう思いながら、私は守備に付いた。



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ワンポイントピッチング

「す、凄い強肩だったわね。フェンスからノーバウンドでホームまで届かせるなんて……」

 

「あれがマミ・ウエスギの真骨頂の1つ!超レーザービームだよ!生で観られるとは思わなかった……」

 

(何故日本人なのに欧米風で呼ぶのかしら……?)

 

「た、タマちゃん……」

 

「アメリカ代表の4番ってだけでも凄いのに、肩もあんなに強いなんて……。私も、ヨミちゃんも、真深ちゃんの事を全然わかってなかった……」

 

「ヨミの従姉妹で、珠姫とも幼馴染なんだっけ?長年アメリカにいたみたいだし、わからない事があっても仕方ないんじゃないかしら?」

 

「そう……だね」

 

「今日の日本代表メンバーは攻めにも、守りにも力を入れてる強力なオーダーだよ!」

 

「確かに……。三森3姉妹が3人共出てるし、友沢さんに、金原さんもいるからね」

 

(……というか朝日さん以外は埼玉のシニア出身なのよね?改めて地元のシニアが猛者揃いなのがわかったわ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪流石、真深だな。敵に勢いを渡さない≫

 

≪しかし……また肩が強くなっていましたね≫

 

≪日本に戻ってからも、真深ちゃんは走攻守の三拍子を重点的に磨きつつ、持ち前の長打力も伸びる一方……。最早スラッガーとしてボストフを抜いても可笑しくないよ≫

 

≪ふっ、私もまだまだ負けないさ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、切り替えて守っていきましょう」

 

「あ~あ。アタシもまだまだだなぁ……」

 

二宮の一言で呆気に取られ、落ち込んでいた金原はようやく立ち直った。金原って結構メンタル細いよね。

 

「朱里さん」

 

「うん?」

 

「取りましょうね。世界一」

 

「当然。でもそれは夜子さんの仕事だけどね」

 

実際に4回までは夜子さんが投げる事になっている。私は対上杉さん用のワンポイント投手だ。

 

「夜子、バックには私達が付いてるわ」

 

「美園学院とは違うポジションだけど、今日の為に精一杯連携を練習してきた……。その成果を見せ付けてやりましょう」

 

「うん……!」

 

私はライトから夜子さんを見守りながら、相手チームの打者を脳内で分析する。

 

(1番のミッキーさんはこれまでの試合では3番を打っていた……。バッティングスタイルは出塁重視。多分1番になったこの試合でも役割は変わらないと思うけど……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

えっ?三振!?夜子さんって打たせて取るピッチングだったよね?過去の成績でも三振なんて滅多に取ってなかったのに……。

 

(ライトからじゃよく見えない。わかる事と言えば、コースギリギリに手が出なかったっぽい……?)

 

それは手が出なかったんじゃなくて、手を出さなかったようにも感じられるけど、ライトからだとその判断もしにくい。何にせよ要注意には変わりないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(これで二者連続三振……なんだけど)

 

(1球も振らなかったのは妙ね……)

 

(夜子の球は確かにここ数ヶ月で大きく成長したけれど、決して打てない球じゃない。夜子もそれを逆手に取って今の打たせて取るピッチングを売りとしている……)

 

(……恐らく打者2人、合計6球を使って夜子さんの球を分析したのでしょう。こういう搦め手はロジャーさんの差し金ですね)

 

≪よろしくお願いしますね≫

 

(ロジャー・アリア……。安定した打撃と、安定した守備でアメリカ代表の打線に対し、この試合で3番に抜擢された……。要注意人物の1人)

 

(慎重に投げていきましょう)

 

(言われるまでもない……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次は3番のロジャーさん。綺麗な打撃と綺麗な守備が特徴的な唯一無二の選手と言っても過言じゃないだろう。堅実の塊みたいなプレーをする。

 

 

カンッ!

 

 

1球も振らなかった1、2番に対して、ロジャーさんは初球から打って出た。その打球はファーストに飛ぶ痛烈なライナーだ。

 

 

バンッ!

 

 

(えっ?)

 

私の横に何かが通り過ぎて行き、フェンスに当たった。恐る恐る後ろを見てみると、それはファーストミットだった。

 

(嘘でしょ?捕球を試みた清本のミットごとこっちに飛ばしたって言うの!?)

 

少し遅れながらも私は清本のミットからボールを拾い、セカンドへ中継球を投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪久々に見たわね。アリアのグラブ飛ばし≫

 

≪痛烈なライナーを放ち、捕球を試みた野手のグラブやミットごと飛ばす……。彼女にしか出来ない芸当ね≫

 

≪そして無理に捕球をしようとすれば怪我に繋がる……か。見た目に反して滅茶苦茶な事をしてくれる。周りからは綺麗で堅実なバッティングと言うが、私にしてみればおっかないの一言だ≫

 

≪さて……。次は私ね≫

 

≪マミならあの程度の投手は軽くスタンドだな。先制点をいただこう≫

 

≪いえ、どうやら投手を交代するみたいよ≫

 

≪なに?もう交代だと?投げるのはさっきまでライトを守っていた奴か……≫

 

(遂にこの時が来たわね……。勝負よ。早川さん!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の打球凄くない?ファーストミットごとライトまで飛ばすなんて……」

 

「あれがロジャー・アリアさんの必殺技とも言えるグラブ飛ばしだね!」

 

「グラブ飛ばし?」

 

「狙った打者のグラブやミットに打球が入ったと思ったら、打球の勢いが強過ぎて内野から外野へ、外野からだと下手したらスタンドに入ってホームラン……なんて事もあり得るよ!」

 

「あ、あの容姿からでは考えられないわね。良いとこ育ちのお嬢様にも見えるけど……」

 

「ツーアウト一塁……で、4番の真深ちゃんだね」

 

「ホームランの数はアメリカで1番!さっきのプレーを見たらわかるけど、強肩で足も速い。完全無欠のスラッガーだよ!」

 

「そんな真深ちゃんをどう抑えるか……ってあれ?日本代表の投手が代わるよ?」

 

「あれ……マウンドに上がってるのって朱里じゃない!?」

 

「本当だ!!」

 

(朱里ちゃんと真深ちゃんが勝負するんだ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツーアウト一塁で4番の上杉さん。予定通りに私がマウンドに上がり、夜子さんはライトの守備に付く。

 

「調子はどうですか?」

 

「特に問題ないよ」

 

右打席で威圧感を振り撒いてる上杉さんを見て、私も一層やる気が湧いてくる。

 

(日本代表が世界になるには間違いなく上杉さんが1番の障害になる……)

 

だからこそ、私は上杉さんに全力をぶつける……!



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考えている事は同じ

(全力で抑えていきましょう)

 

(当然……!)

 

相手は上杉さんなんだ……。油断慢心を見せた瞬間に持っていかれるよ。

 

(二宮が構えているコースは真ん中低めか……)

 

相変わらず私に対しては怖いリードするよね。それとも私ならそのコースに投げても打たれないっていう信頼から来てるの?それなら……!

 

(まずは偽ストレートで挨拶代わりの1球を……!)

 

あの時から互いに成長している……。その差がどれくらいなのかを確かめる為の1球でもある。

 

「…………!」

 

(あっ、これはヤバいやつだ)

 

 

カキーン!!

 

 

上杉さんは初球から私の偽ストレートをスタンドへと運んだ。なんかボストフ選手との勝負を思い出しちゃったよね!まぁボストフ選手は上杉さんよりも20センチ以上大きい分、威圧感は向こうの方が上だけど……。

 

『ファール!』

 

な、なんとかレフト線切れたか……。

 

(しかし物凄い一発だった……。やはり上杉さん相手に出し惜しみはしていられないね)

 

それでもアンダースローはまだまだ未解禁のつもりだけどね。あれは完成してないとかそういう次元じゃないし……。

 

(早川さんの投げるストレートに見せ掛けた変化球……。ギリギリまで見極めてやっと打てる球ね。元となっている変化球の媒体を探るだけで一苦労だわ)

 

(朱里さんの得意技にも難なくピッタリとタイミングを合わせてきましたね。流石はアメリカ一の日本人スラッガー……と言ったところです)

 

次は内角高め。内角に投げるのなら……!

 

(2球目。これもストレートに見せ掛けた変化球……!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(ほっ……。なんとかコースに入ったか。ヒヤヒヤするんだよね。あのコースに投げるのは)

 

(内角ギリギリのツーシーム……。やられたわね)

 

何にせよ、これで追い込んだ……!ここは確実に三振を取りに行く!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃんも真深ちゃんも一歩も譲らないね……!」

 

「うん……。どっちが勝つのか全く予測が出来ないよ」

 

「敵も去ることながら、朱里も凄いわね。こんな凄い人と私達はチームメイトなのね……」

 

「息吹ちゃん、出来るだけ朱里ちゃんのピッチングを見ておいて、コピー出来るようにしてね!」

 

「無茶言うんじゃないわよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪真深ちゃんも朱里ちゃんも一歩も譲らないね≫

 

≪しかし現状有利なのはハヤカワの方ですね……≫

 

≪なに、まだ1打席目だ……。ここでマミがやられたとしても、最後に勝てば良いんだよ!≫

 

≪どんな状況でも、打つ時は打つ……それが4番の仕事ですからね≫

 

(真深ちゃんも、朱里ちゃんも……。頑張ってね。口には出さないけど、2人共応援してるから!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追い込んだ今なら、落としていけば空振りを誘える……。二宮が構えているコースもそれを誘導してるし、考えている事は一緒って事か。それなら私が投げるのは……!

 

(SFFだ……!)

 

思い切り振りかぶって投げる。空振りを取りに行くコースだったけど……。

 

 

カンッ!

 

 

あっさりと打たれた。でも上杉さんが待ってる球とは違ったっぽいし、ホームランという最悪の事態は避けられたかな?飛んだのはレフト線だし、とりあえず……。

 

「金原!」

 

「りょうか~い☆」

 

金原が追うも、打球はレフト前に落ちる。しかし金原はまだ諦めていないみたい。えっ、もしかしてレフトゴロ狙うつもり?

 

(さっきはやられちゃったからね~。お返しさせてもらうよ♪)

 

ボールを拾って金原は一塁方向へと送球。それを見たロジャーさんは三塁を蹴ってホームを狙いに行った。

 

(くっ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『アウト!』

 

なんと一塁アウト。金原がレフトゴロを決めた。

 

(確か上杉さんってかなり足が速かったような……)

 

そんな上杉さんを前進してたとは言え、レフトから刺せる程の肩を金原は持っている……という事だね。味方としては頼もしい限りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪まさか真深がレフトゴロを決められるなんてね……≫

 

≪レフトの金原さんは表の回で私の送球によって刺されていたし、その借りを返したってところかしら≫

 

(それでもレフトゴロにされたのは初めて……。これはかなり悔しいわね。この打席は早川さんだけでなく、金原さんにもやられたわ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪マミがレフトゴロだって!?マミの足はアメリカ内でもトップクラスだぞ!?≫

 

≪あのレフトは私達が参加した去年の世界大会にもいましたが、あれ程の肩の強さはなかった筈……≫

 

≪そうなんだ?でも日本代表も強いって事だよね。これは真深ちゃんもユイちゃんもうかうかしてられないと思うよ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ初回が終了したばかりだってのに、驚きの連続ね……」

 

「レ、レフトゴロなんて初めて見たよ……」

 

「金原さんもまた日本代表においてトップクラスの戦力って事だよ!去年の世界大会からずっと1番レフトを打ってるからね」

 

「藤和高校のリードオフガール……だっけ?いずみちゃんも凄いなぁ……」

 

「2回表は4番の清本さんから……。是非とも先制点取って勢いを付けたいね」

 

「あれ?向こうも投手を交代するみたいよ?」

 

「そ、そうか……。ウィラード・ユイ選手!今日はサードでの出場かと思ってたら、アメリカ代表側も4番に対するワンポイントなんだ……!」

 

「でもなんで向こうもワンポイントをするのかしら……?」

 

「それはウィラードちゃんがいるチームと、私達洛山が練習試合をしていたからだよ~」

 

『ひ、非道さん!?』

 

「少し遅れたけど、なんとか清本ちゃんの打席に間に合ったね~」

 

「と、ところでウィラード選手がいるチームと洛山が練習試合をしたってどういう事ですか?」

 

「簡単だよ~。ウィラードちゃん達が日本の高校に留学してきて、その高校で先発を任されたウィラードちゃんの相手が私達洛山だって事だね~」

 

「ウィラード選手が日本の高校に!?そ、その話を詳しく……」

 

「話しても良いけど、今は試合の方に集中しようか~。今日の試合を生で観られるのは今日しかないからね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4番の清本の登場と同時に、アメリカ代表は守備を変更。アルヴィンさんがサードに入り、サードにいたウィラード選手がマウンドに上がる。

 

「……どうやら向こうも私達と同じ事を考えていたみたいですね」

 

「多分ウィラードさんも清本と何かしら縁があるんだと思うよ」

 

上杉さんとウィラードさんがいる高校が洛山と練習試合をした事が関係してそうだけど……。

 

(た、多分本気のウィラードさんと勝負するんだよね。緊張と同時にワクワクしてきたかも……!)

 

(今日の試合は監督に無理を言って、清本さんとの勝負の舞台を作ってもらった……。今度は全力で打ち取りに行って、練習試合の借りを返させてもらうわ!)

 

清本とウィラードさんが互いに睨み合っているように見える。まぁ外見だけ見たら、女豹(ウィラードさん)とマルチーズ(清本)の構図に見えるけど、果たして清本がウィラードさんを攻略出来るのか……。



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投手としての成長、打者としての成長……。

清本とウィラードさんの対決……。多分この試合において私と上杉さんの対決くらいの緊張感が漂ってる筈。

 

「ウィラードさんはかつての朱里さんと同じフォームから投げられる速いストレートと、豊富な変化球、そして決め球の……」

 

「燕と似て非なる下から上にホップしていく、ウィラードさん第2のストレート……か」

 

洛山との練習試合では第2のストレートは投げられなかったらしいけど、この試合の……清本との対決ではほぼ間違いなく投げてくると思う。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球はシンカーか……。二宮の話によれば、あのシンカーはシニア時代に上杉さんへの対策として投げるようになったもの。もしかしたら本能的に清本を上杉さんと重ねている可能性もありそうだね。

 

 

カキーン!!

 

 

2球目はスライダー。逆を突くコースだったけど、清本は難なくそれを場外へと飛ばす。

 

『ファール!』

 

場外ファールとか敵としても、味方としても、心臓に悪いから程々にしてほしいよ……。

 

(流石清本さんね。今のスライダーで打ち取る積もりだったのに、軽々と場外へと飛ばすなんて……!)

 

(今のスライダーは練習試合に見た時よりも更に威力が増してる……。ウィラードさんもこの日の為に実力を磨いてきてたんだね)

 

清本とウィラードさんの睨み合いは続く。頑張れマルチーズ(清本)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪今ウィラードが投げたスライダーは私達と勝負した時とは比べ物にならない威力にも関わらず、それを軽々と場外へと飛ばすあの4番も大したものですね。あのパワーはボスに匹敵するのでは?≫

 

≪確かにあんな小柄なのに、凄い打撃だ。もしもあの日本代表の4番が私と同じ身長の持ち主だったら、私を遥かに越えるスラッガーとなっていただろう≫

 

≪ボストフがそこまで言うって相当だよね。練習試合でも彼女だけで8打点あげてたし、現状でも間違いなく世界で5本指に入るスラッガーだよ≫

 

(ユイちゃんはそんな清本さんのリベンジの為に、洛山との練習試合が終わってからもずっと研鑽してきたんだよね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの小さな身体で場外ファールを飛ばすって……。どんな練習をしたらそこまで出来るのよ」

 

「ね。気になるよね!?私も清本さんを分析した~い!」

 

「でもこの勝負はどうなるんだろう?朱里ちゃんと真深ちゃんの対決もそうなんだけど、展開が全く予測出来ないね」

 

「う~む。朱里ちゃんにも、真深ちゃんにも頑張ってほしいし、どっちを応援すれば良いか悩むなぁ……」

 

「自分が応援したい方を応援すれば良いんだよ~。私もそうしてるしね~」

 

「非道さんはどっちを応援してるんですか?」

 

「私は私の可愛い後輩達の応援をしてるよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

3球目のカーブも清本は場外へ運ぶ。もう清本が打てない球ってないんじゃないかって思っちゃうよ……。

 

(私も上杉さんに投げてる時はこんな感じで投げてたのかな?)

 

「良いぞ良いぞ~!」

 

「タイミング合ってますよ~!」

 

「そのままセンタースタンドへかっ飛ばせ~!!」

 

ベンチの皆も清本への応援を忘れない。清本にとってもこんなに真摯に、真剣に勝負してくれる投手は他にいないと思うの。

 

(打球が場外へ運ばれ続けてもなお、ウィラードさんは折れないでいる……いや、それどころかウィラードさん自身の能力も上がってきているような……?)

 

一流の投手は相手が強打者であればある程、己の能力が更に上がると聞く……。普段は清本や雷轟のようなバリバリのスラッガーは成果を出し過ぎると勝負を避けるようになる。

 

しかし最高の投手を目指すのなら、どんな相手でも打ち取るビジョンを思い描き、勝負を楽しみ、そして最高のピッチングで打者を捩じ伏せる……。私が目指している理想の投手像だ。

 

(雷轟や清本も本当はこういった投手ともっと戦いたいんだろうね)

 

そしてそんな投手がいるから、打者の方もより良い成長が出来るんだと思う。

 

 

カキーン!!

 

 

清本は再びウィラードさんのシンカーを捉える。しかし……。

 

『アウト!』

 

結果はセンターフライ。当たりは良かったけど、段々と打球が失速していったので、フェンスギリギリで捕球された。

 

(清本とウィラードさん、そして私と上杉さん……。この試合は長く、激しい試合となりそうだよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「惜しーい!もうちょっとでホームランだったのに!」

 

「いや、最後の1球は差し込まれたようにも見えた……。清本さんの視点でどうなっているかわからないから、なんとも言えないけどね」

 

「まぁ打者の方は最後に打てればなんの問題もないからね~。途中で打てるに越した事はないけど、清本ちゃんも、上杉ちゃんも最後の1打席に全身全霊を賭けてるんじゃないかな~?」

 

「そうなんですか?」

 

「まぁ実際のところはわからないけどね~。でも私はこの試合が動くのは中盤以降だと思うよ~」

 

「中盤以降……清本さんや上杉さんの2打席目って事ですか?」

 

「或いはその前後かもね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪キヨモトはセンターフライ……。1打席目は真深もキヨモトも凡退で終わりましたね≫

 

≪なに、勝負はまだまだこれからさ。マミならきっと打ってくれる≫

 

≪そうだね。真深ちゃんならきっと……≫

 

(朱里ちゃんの方もどこか余力を残してるようにも見える……。本当に、この試合がどう転ぶか全く予測が出来ないね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

清本の打席が終わると、ウィラードさんは再びサードに戻り、アルヴィンさんがマウンドへ。5番、6番と凡退になってしまい、2回表は終了した……。



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魅せる守備

2回表。アメリカ代表の攻撃は5番、ウィラードさんからだ。

 

「頑張ってね」

 

「言われなくても……」

 

私は夜子さんに激励しつつ、ライトのポジションへと付いた。

 

(向こうも真深以外は別の投手で私達の相手をするみたいね……)

 

「来なさい!」

 

(それならその自信を……打ち砕いて、早川さんを出さざるを得ない状況にしてやるわ!)

 

「…………」

 

ライトからだと判断し辛いけど、どうやら夜子さんとウィラードさんが睨み合っているように見える。この2人の対決もどう転ぶかわからないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃんがまたライトに戻ってる……」

 

「どうやら朱里ちゃんが投げるのは真深ちゃんが相手の時みたいだね」

 

「ワンポイント制のピッチングって事ね。アメリカ代表も同じ事をやっていたけど……」

 

「条件はここまで同じだし、私が見たところ早川ちゃんとウィラードちゃんの能力はほぼ互角……。あとは三森ちゃんとアルヴィンちゃんの能力次第のところはあるね~」

 

「朱里ちゃんとウィラードさんは投手タイプとしても結構似通ってますしね」

 

(そういえば昨日朱里ちゃんが見せてくれたアンダースローはウィラードさんと同じフォームだったな……。そういうところも似てるかも)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪日本代表もワンポイント制のピッチングをしているみたいですね≫

 

≪あの日本代表の投手の能力はよくわかってないが、ワンポイントで抑えられる程アメリカ代表の選手達……特に今打席に立っているウィラードは甘くないぞ?≫

 

≪……多分それは日本代表もわかってると思うよ≫

 

(多分、わかった上であのワンポイントをしてると思う……。あの投手の制圧力か、日本代表全体の守備力か……。とにかく絶対的な自信があるみたいにも見えるけど……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(それにしても……)

 

「…………」

 

(ワンポイントで来るにしても、日本代表には十六夜さん、渡辺さん、一色さんと強力なメイン投手がいる筈なのに、どうして彼女が先発に選ばれたのかしら?データによると、彼女は野手……なのよね?)

 

夜子さんの1球目。低めにストレートを投げてきた。

 

(野手に抑えられる程……私達アメリカ代表は甘くないわよ!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

初球から打たれたけど、打球はライト線切れてファール。あ、危なかった……。

 

(上杉さんの長打力が目立って影に隠れがちだけど、ウィラードさんもアメリカの高校生でもトップクラスの長打力があるんだよね……)

 

野手として出場した日も1試合に1本以上はホームランを打っている。この世界大会で5本も打ってるし……。

 

(ライト線切れてファールか……。でも今の一発で外野がフェンスいっぱいまで下がってるわね。それなら……!)

 

 

カンッ!

 

 

ウィラードさんは2球目に左中間に浅い打球を放つ。左中間の2人はウィラードさんが打ったと同時に、フェンスから勢い良く前進。

 

「ここは任せてよ☆」

 

「お願いするわね!」

 

金原が三森3姉妹にも負けていない速度で打球を追い、そして……。

 

 

ズザザッ!バシッ!

 

 

『アウト!』

 

スライディングで打球に追い付き、更に捕球した。これには私もビックリだ。

 

(朝海達と守備練してて良かった~。アタシだって日々成長してるんだからね?)

 

先頭打者であるウィラードさんが守備位置の意表を突いた打球に対して、なんと金原は素早い動きで打球を処理するという意表を突き返すというとんでもない事をしていた。

 

(日本代表は朱里と瑞希だけじゃないって事をわかってもらえたかな~?)

 

とにかくナイスプレーだよ金原!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪惜しかったですね≫

 

≪完全にヒットだと思ったのに……≫

 

≪今日はあのレフトに驚かされてばかりだな。それに今マウンドに立っている投手も決して投げる球は悪くない≫

 

≪バックを完全信頼した打たせて取るピッチングですね。あそこまで精度の高いプレーは中々お目にかかれません≫

 

(こうなってくると1点勝負になる可能性も視野に入れる必要がありそうですね。互いのピッチングを見る限り、恐らくゲームが動くのは2打席目の4番勝負でしょうか……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いずみちゃん、ナイスプレーだよ!」

 

「今のプレーも昨日必死で練習したからね~☆」

 

「あ、あんな高度なプレーが1日やそこらで出来るんですか!?」

 

「それもいずみのセンスがあってのものだろう」

 

「いやいや、亮子の守備力には負けるって……」

 

「いや、私からしたら2人共同じだよ?」

 

そもそも金原と友沢の野球センスは日本代表の中でも群を抜いてると思う。

 

「やー、朱里には言われたくないかな~」

 

「同感だ。朱里の場合はセンスはもちろんの事、並々ならぬ努力もして、今の朱里がいるからな」

 

嘘でしょ?私なんて金原や友沢に比べたら全然だと思うけど……?

 

「わ、私は三森さん達も含む埼玉のシニアの人達が可笑しいと思う……」

 

サードの朝日さんがボソッとそう言っていた。確かに今日のスタメンは朝日さん以外埼玉のシニア出身じゃん。うん、やっぱり埼玉のシニアは色々と可笑しいね。



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3姉妹連携

カンッ!

 

 

先頭のウィラードさんを打ち取った直後、6番のエルゼ・シルエスカさんに三塁線抜けるヒットとなった。

 

(流石に奇跡のレフトゴロは2度もないか……)

 

「す、すみません……」

 

「気にしなくても良い。むしろ私のピッチングはランナーが出てからが本番……」

 

「えっ?」

 

「朝海姉さん。次の打者に対してゲッツーを狙うから、そのつもりで……」

 

「わかったわ。夕香にもそう言っておく」

 

夜子さんが朝海さんに何やら話していた。もしかして3姉妹連携とやらが発揮されようとしてるのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ウィラードは打ち取られましたが、次の打者が塁に出ましたね≫

 

≪アメリカ代表は1番~9番の全員がスラッガーレベルであり、その内の何人かは安定したバッティングも得意としているからな≫

 

≪今打ったエルゼちゃんもその内の1人だね≫

 

≪ん……?あのセカンド、随分前に出てないか?≫

 

≪……本当ですね。あれでは頭を抜いて打ってくださいと言っているようなものです≫

 

≪何か作戦でもあるのかな?≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セカンドの人……確か三森さんだったわよね?滅茶苦茶前進してない?」

 

「あれだと頭を越されたらヤバいかもね~」

 

「多分大丈夫だよ」

 

「ヨミちゃん?」

 

「三森さんは夏大会の決勝戦で当たった相手だから、なんとなくわかるんだ。アメリカ代表の人達をあっと言わせる守備を見せるって」

 

「……そうだね。私達と試合した時も、混合試合で試合をした時も、三森さん達の守備力は生半可なバッティングじゃ抜かせないと思うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんだあのセカンド?あんなに前進して……)

 

(あれは何かありますね。決して油断せずに、対処してください)

 

ワンアウト一塁。次は7番打者だ。

 

(7番のパトリオさんは今年のアメリカ代表の中でも生粋のパワーヒッターです。甘い球に気を付けて投げてください)

 

(了解)

 

1球目。夜子さんは低めにストレートを投げる。

 

(フン、セカンドの頭を抜くなんてな……)

 

 

カンッ!

 

 

「!?」

 

(簡単に出来るんだよ!)

 

パトリオさんは今年のアメリカ代表のメンバーの中では上杉さんに次いでホームランが多いパワーヒッター。それだけに今のヒットを狙う当たりは想定外のものだった……。

 

「……センター!」

 

「オッケー!」

 

しかし夜子さんはそれを想定していたのか、センターの夕香さんがセカンドの頭を越えた時に備えてカバーに入っており、持ち前の走力を活かして、パトリオさんが打った打球をキャッチ。そのままセカンドへと送球した。

 

『アウト!』

 

セカンドにはカバーに入った友沢が。そして友沢はファーストへと送球。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

結果的にセンターゴロからの8、6、3のダブルプレーとなった。3姉妹連携の凄さがこの試合を通して改めてわかった気がする……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪今のプレーは上手かったな。あのセンターが前進したセカンドのカバーを行っていた……≫

 

≪思えばあのセカンドがあそこまで前進していた時点で気付くべきだったのかも知れませんね。センターがセカンドのカバーをしていると……≫

 

≪まぁ普通はそんな事を予測出来ないんだけどね。今投げてる子と、セカンドの子、そしてセンターの子は三つ子みたいだし、彼女達からしたら当然の連携だったんじゃないかな?≫

 

≪成程……。三つ子……と言えばシルエスカ姉妹もそういえば双子でしたね。若干守るポジションがあの三つ子とは異なりますが、姉妹ならではの連携とかも出来るんでしょうか?≫

 

≪エルゼちゃんをセンターに入れたら似たような事は出来るかもね。やった事はないから、憶測でしか言えないけど……≫

 

≪何にせよ簡単なヒットでは点を取る事が出来ない……という訳だ。アメリカ代表はかなり苦しい展開を強いられるだろう≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪くそっ!あのセカンドとセンターに誘導されていたのか!≫

 

≪でも惜しかったわね。あれは彼女達でなければ間違いなくヒットだったわ≫

 

≪だからこそあの連携が上手く機能したのでしょうね。彼女が先発を任される理由もあの連携が主になると思います≫

 

(その辺りも瑞希さんの差し金……ですかね。或いは過去に世界一の投手と呼ばれた監督の早川茜さんの指示でしょうか……?何れにせよ厄介な事には変わりありません)

 

≪こうなってくると点を取る方法はホームランしかないかもな。次は一発狙ってやる!≫

 

≪もちろん私達もそのつもりよ≫

 

≪そうね≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三森さん達の連携……更に上手くなってない?」

 

「そうだね。次に当たる時は今まで以上に苦戦するかも……」

 

「美園学院……だっけ~?あの守備連携は中々厄介かもね~」

 

「そうですね。でも最後に勝つのは私達新越谷ですよ!」

 

「おお~。大きく出たね~。頼もしいね~」

 

「それがヨミちゃんですからね……」

 

「いやいや~。自信がある事は結構だよ~?それが過剰で無謀じゃなければね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスプレー。姉さん達」

 

「まぁウチ等3姉妹なら当然よね」

 

「でも夕香のセンターも大分様になっているわ。これはポジションの見直しが必要かも知れないわね」

 

「姉さん達も投手をやってみれば良い。そうすれば来年以降の私の負担が減るから……」

 

「それは私達の高校に入ってくる投手陣次第ね」

 

ベンチに戻ると、三森3姉妹がそんな会話をしていた。

 

(もしも朝海さんや夕香さんも投手をするとなると……かなり厄介になる?)

 

三つ子ローテーションなんか組まれたりして、打者によって臨機応変に対応してくる三つ子ピッチングが厄介になりそうだよ。



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チャンスを作れ!

3回表。この回の攻撃は私からだ。

 

(向こうの投手は変わらずアルヴィンさんか……)

 

二宮と芳乃さんから貰ったデータによるとアルヴィンさんの持ち球はストレート、スライダー、チェンジUPの3種類……。特にストレートとチェンジUPの緩急の差は中々に厄介だ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

コースギリギリにストレート。その球速は柳大川越の朝倉さん並か、もしかしたらそれ以上。更にアルヴィンさんはツーストライクになると能力が上昇する奪三振型の投手……。

 

(それなら追い込まれる前に打つ……!)

 

 

カンッ!

 

 

「!?」

 

「やった!」

 

「三遊間抜けたぞ!」

 

私が狙ったのはスライダー。美園学院の園川さん程の威力じゃなかった為に狙いやすかった。まぁアルヴィンさんはまだ中3だし、基礎能力とかに差が出るのは仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったやった!朱里ちゃんが打った!」

 

「そういえば朱里は今年の世界大会では初めて打席に立つのよね?」

 

「そうだね。重圧に負けないでよく打ったよね!」

 

「私が見る限りだと、早川ちゃんの打撃センスは日本代表の選手の中でもトップクラスだね~」

 

「打撃タイプも多少のバラつきはありますけど、確かに朱里ちゃんは上位クラスですね!」

 

「新越谷の中でも朱里ちゃんの能力は1、2を争うからね。本人は余り前に出ないけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ハヤカワがヒットを打ったか……≫

 

≪アルヴィンのスライダーを綺麗に捌きましたね。見送りも大切ですが、追い込まれる前に投げられる球を叩く……というのはただしい判断です≫

 

≪朱里ちゃんは日本代表の選手の中でもトップクラスの性能を持ってると思うよ≫

 

≪それは今の一打で確信しているぞ≫

 

≪そうですね。ハヤカワはかなり優秀な打者です。それこそアメリカの高校でもかなり上の方だと思いますよ≫

 

≪……で、次は瑞希ちゃんだね≫

 

≪これまでの試合でニノミヤが出場していたのは、ハヤカワが登板する時だけでしたね≫

 

≪恐らくはハヤカワ専属の捕手だろうな≫

 

≪朱里ちゃんと瑞希ちゃんは別々の高校に通ってるけど、2人からは並々ならぬ絆のようなものを感じるよ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとかヒットを打つ事に成功。次は8番の二宮だ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

二宮は基本的に追い込まれるまではボールを見送るスタイルだ。それでいて打てそうな球はカットに行く事もあるけど、今回は前者の見送りスタイル……夜子さんと同じタイプの打撃だね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(よし、追い込んだ……!)

 

(だがここは1球外すぞ。無理に3球で決めに行く必要はない)

 

(……はいはい)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(ここはもう1球外すぞ)

 

(また?図体の割に慎重過ぎるんだよ。パトさんは……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(……さっきの球もそうだが、ボール球に対してはピクリとも反応しないな)

 

(手が出なかっただけなんじゃないの?)

 

(……試してみるか。さっきのコースよりもボール半個分。塁審によっては手を上げるコースにスライダーを投げろ)

 

(了解。これで三振だ!)

 

カウント2、2からの5球目。アルヴィンさんが投げてきたのはスライダーだ。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(なに!?)

 

(合わせてきやがった!?アルヴィンの球筋を見極めてるのか?……念の為に1球外すぞ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(……間違いない。アルヴィンの投げる球を完璧に見極めてやがる)

 

(あんなチビにそんな芸当が出来んのかよ?)

 

(今相対している打者は捕手を務めてる。これくらいなら出来るんだろうよ)

 

これでフルカウント……。アルヴィンさんは奪三振型の投手だけど、フルカウントなら話は別になる。有利なのは二宮の方だ。

 

(くそっ!)

 

アルヴィンさんが6球目を投げる。これはスライダーかな?

 

(このスライダーの変化的にボール球になりそうですね。もう少し球数を費やしてもらおうと思いましたが、まだ1打席目ですし、見送っておきましょう)

 

 

ズバンッ!

 

 

『……ボール!フォアボール!!』

 

かなりギリギリのコースだったけど、四球となって二宮は塁に出た。これでノーアウト一塁・二塁。

 

(ゲッツーを取らなければ確実にチャンスで上位に回ってくる……)

 

現状既にチャンスみたいなものだし、次の夜子さん次第で日本代表が先制点を取るのも夢じゃない。



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2度目の先制点チャンス!

ノーアウト一塁・二塁のチャンス。次の打者は夜子さんだ。

 

(ここは確実にチャンスを広げる……!)

 

ふと二塁ベースから私達のベンチの方を見ると、監督がサインを出していた。あれは確か……!

 

 

コンッ。

 

 

夜子さんはバントをしたけど、私と二宮は夜子さんの走力を理解した上での動きを見せる。監督もそのつもりでサインを出していたからね。打球はサードへ転々と転がっていく……。

 

≪くっ……!≫

 

≪一塁に投げろ!二塁と三塁は無理だ!≫

 

≪了解!≫

 

捕手のパトリオさんがファーストへ送球するようにサードに指示を出す。本来ならこれでワンアウト二塁・三塁となる筈なんだけど……。

 

(加速……!)

 

(なっ!?速い!)

 

 

ズバンッ!

 

 

サードの送球がファーストミットに収まる。そういえばアルヴィンさんが投げてる時はウィラードさんがサードに入ってたんだったね。

 

『セーフ!』

 

夜子さん……もとい三森3姉妹の走力をキューバ代表との試合まで温存していたのが良い感じに働いたね。仮にキューバ代表との試合を観に来ていて、データを取られていたとしても、不意に加速する3姉妹を刺すのは至難の技だ。

 

(これでノーアウト満塁。しかも次の打者は……!)

 

「よーし、アタシが全員還すからね~♪」

 

日本代表の中でもトップクラスの打者……金原いずみだからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ノーアウト満塁……ピンチですね≫

 

≪まだまだこれからさ。仮にここで点を取られたとしても、アメリカ代表なら簡単に取り返す≫

 

≪そうだね。今年のアメリカ代表は逸材揃いだって真深ちゃん達からも聞いてるし、メンバー全員がパワーヒッターって話だよ≫

 

≪……確かリンゼ・シルエスカは小技重視で、パワーはないと記憶していたが?≫

 

≪リンゼちゃんは日本の高校に入ってからは、甘い球なら軽々スタンドに運ぶくらいのパワーは身に付いてるよ≫

 

≪……それは本当ですか?≫

 

≪うん。私達が留学した日本の高校と練習試合をした時に私も知って、それを見た時の私の印象はそんな感じだったよ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノーアウト満塁!これは大チャンスだよ~!」

 

「日本代表はここでなんとしても点を取っておきたいわね……」

 

「逆に言うとここで点が取れないと、大分厳しくなってなってくるかもね~」

 

「頑張れ!朱里ちゃーん!」

 

「ヨミちゃん、朱里ちゃんは今三塁ランナーだよ……」

 

「あっ、そっか。それじゃあ頑張れいずみちゃーん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノーアウト満塁ホームランのチャンスで、金原の打順なんだけど、余りチャンスという感じがしないんだよね……。

 

(それはアメリカ代表が相手なら多少点を取られてとしても取り返せるから?それともこの場面を切り抜ける術をアルヴィンさん……もといアメリカ代表が持っているから?)

 

わからない……。でも余り迂闊な行動は出来ないね。今は金原が打ってくれる事を祈るのみ。

 

(1打席目に事を考えると、レフト線に飛ばすのは不味いよね~。とは言え向こうの外野は全員強肩だし、頭抜いたとしても大量得点は望めないかぁ……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(とりあえずカウントが悪くなるまでは待球で行こうかな~)

 

監督はサインなし……。金原の打撃力を信用しての采配なんだろうね。余計なアウトを増やさなければ、三振でも良いとの判断なのだろう。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

そうこうしてる内に、カウントは2、2。金原がファールで数球粘って、次で10球目。コースはストライクゾーンを通っているけど……?

 

 

カンッ!

 

 

打った!だ、打球は……?



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勢い渡さず

金原が打った打球は……。

 

「右中間抜けた!」

 

「ランナー回れーっ!」

 

まずは三塁ランナーの私がホームイン。これで1点先制。

 

(とりあえず先制点は取れた……。あとはこれで逃げ切るつもりで夜子さんと私で投げ抜かないと)

 

そんな事を考えている間に二宮も還ってきた。これで2点目。夜子さんは三塁でストップ。ノーアウト一塁・三塁……。まだまだ得点のチャンスだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった!アメリカ代表を相手に2点先制!」

 

「これまでの世界大会ではアメリカ代表と試合をしてた時はずっと先制点取られてたから、そういう意味でもこの先制点は大きいよ!」

 

「日本代表はこの2点を守り抜かないとね……」

 

「アメリカ代表を抑えられるかはまだわからないけど、これは投手からしたらありがたい援護よね」

 

「それでも2点じゃ足りないかもだから、日本代表はどんどん点を取っていきたいね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪あちゃー、先制点取られちゃったか…≫

 

≪彼方は日本生まれですし、日本代表の活躍は嬉しいものなのでは?≫

 

≪まぁ間違いじゃないんだけど、数年はアメリカで育ってきたから、アメリカ代表にも頑張ってほしいんだ……≫

 

≪カナタの心境は複雑なものがあるな。これだと日本人であるマミやミッキーなんかも心のどこかでは日本代表の活躍を嬉しく思っているのかもな≫

 

≪ボスの言い分もわからなくはないですが、試合に出ている以上はそういった感情はデリートした方が良いでしょう≫

 

≪ジータって結構厳しい事を言うよね……≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃん、瑞希ちゃん、ナイスラン!」

 

「ありがとう清本。正直この2点はとても大きいと思う」

 

「そうですね。もしかしたらこれ以上は点を取れないかも知れません。その事を考えると、なんとしてもこの2点を守り抜く必要があります。夜子さんと朱里さんには頑張ってもらわないといけませんね」

 

本当にそれ。特にウィラードさんが清本以外に投げるようになったら、誰がウィラードさんを打つのさ?清本ですら打ちあぐねているのに……。

 

 

カンッ!

 

 

「あっ、また打った!」

 

2番の朝海さんが打った打球はショートへと痛烈な当たり。これが抜ければ、2点追加で取れそうだけど……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「いいっ!?」

 

ショートのロジャーさんが難なく打球をキャッチ。三塁を飛び出していた夜子さんは一瞬遅れて三塁へと戻るけど……。

 

『アウト!』

 

間に合わずアウト。これでツーアウト一塁となってしまった……。

 

「不覚を取った……」

 

「ドンマイ夜子。あんたは打席で貢献したじゃない」

 

「元を言えば私がライナー性の打球を打ったのが原因……。夜子ばかりを攻められないわ」

 

「朝海姉さんもちゃんと守備で貢献してるし、気にしないの」

 

ベンチでは夕香さんが夜子さんと朝海さんを慰めている。こういうところから3姉妹の絆を見られるとは思わなかったよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ!ゲッツー取られてる!?」

 

「ショートは完全にロジャーさんの守備範囲だったね」

 

「ロジャーさんの守備の特徴としては、ファインプレーを出さないっていうのがあるよ」

 

「ファインプレーを出さない……?」

 

「過去のアメリカの試合映像を見る限りだけど、ロジャーさんは守備の時に飛び付いたり、ジャンプしたりする事がないんだ」

 

「そ、それって守備に対してはかなり消極的なんじゃない?」

 

「かなり安定した守備を見せるロジャーさんに付いた異名が『Brilliant defense』だよ!」

 

「英語で華麗なる守備って意味の言葉だね~。あとロジャーちゃんはヘッスラもしないからゴロに打ち取ればかなり楽な相手なんだよ~」

 

「でもロジャーさんは滅多にゴロを打たないから、ヘッスラも必要ないのかも知れないね」

 

(そもそもそのロジャーさんと対戦する機会が私達にあるのかしら……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロジャーさんによるゲッツーで勢いが止まってしまったのか、次の友沢も凡退してしまう。

 

(チャンスの場面で清本に回ってくれば、もしかしたら……って思ったけど、そう上手くはいかないね……)

 

裏の回はもしかしたら上杉さんに回ってくるかもだし、出来るだけランナーが溜まらないように祈っておこう……。



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チャンスの後にピンチあり

とある漫画には『ピンチ後にチャンスあり』という言葉がある。この言葉通りならばピンチが起きた後にはチャンスを呼び寄せる事が出来る。何故この話をしてるかと言うと……。

 

「くっ……!」

 

≪チャンスだ。打て打てーっ!≫

 

3回裏。日本代表は満塁のピンチを迎えています。超ピンチ。確かに相手からしたらピンチの後にチャンスが来てるけど、私達からしたら逆なんだよね。チャンスの後にピンチがきてる。

 

(現状ツーアウトなのが不幸中の幸いなんだよね)

 

ツーアウト満塁で、打席に立つのは4番の上杉さんなんだよね。つまり……。

 

「この場面は任せた……」

 

「まぁ頑張るよ」

 

投手は夜子さんから私に交代。夜子さんはライトで守備待機……っと。

 

(思わぬチャンスで回ってきたわね。1打席目の借りを返させてもらうわよ……!)

 

(さーて……。雷轟もそうなんだけど、上杉さんも後になればなる程、厄介な打者なんだよねぇ……)

 

幸い私の持ち球は多い方だから、完全に狙いは絞られない筈……。

 

(二宮が構えているコースは真ん中低めか。ここから導かれるコースは……!)

 

ボール球になるSFFだ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

 

(流石に見送ってくるか……。まぁそんな簡単には空振りを取れないよね)

 

(早川さんのストレートとSFFはほぼ同速……。ギリギリまで見極めるのが大変ね)

 

次は高めに構えている。リードは2点だけだし、フェン直になると3点タイムリーになりかねないから、慎重に投げないと……ね!

 

(高め……。投げられたのは……ストレート?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(しまった!?これは彼方先輩が投げていて、早川さんの得意球でもあるストレートに見せ掛けた変化球……!)

 

(ふぅ……。なんとか空振りさせられた。今の偽ストレートの媒体を探られたらちょっと面倒だけど……!)

 

カウントは1、1。次は1球外して様子を見るのもあり……なのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、朱里も上杉さんもレベルの高い勝負をしてるわね……」

 

「うん……。1歩のミスも許されない戦いをしてるよ」

 

「早川ちゃんが勝つか、上杉ちゃんが勝つかも予測が出来ないね~」

 

「朱里ちゃんにも真深ちゃんにも頑張ってほしいね~」

 

「上杉さんはヨミちゃんの従姉妹なんだっけ?」

 

「そだよ~。真深ちゃんも朱里ちゃんも私にとって大切な人だし、応援してるんだ」

 

(さらっと武田ちゃんが早川ちゃんを大切な人認定してるね~。それが友情からきてるか、それとも別の感情なのか……。興味深いね~)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪マミもハヤカワもかなり良い勝負をしてるな……≫

 

≪そうですね。どちらが勝つかわかりません≫

 

≪私としては朱里ちゃんも、真深ちゃんも大切な後輩だから、どっちも頑張ってほしいけど……≫

 

≪彼方からしたら複雑な心境なんでしょうね≫

 

≪アメリカsideの観客席にいる以上はアメリカ代表を応援した方がヘイトも少ないと思うぞ≫

 

≪逆に言えば心の中に留めておけば良いんですよ≫

 

≪そうだね……≫

 

(朱里ちゃんも、真深ちゃんも……。お互いにベストを尽くした最高の勝負を期待してるよ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(今のを見送るか……。上杉さんは選球眼も一級品だね)

 

(なんとか見送れたわね……。早川さんとの勝負は緊張感がこれまで対戦した投手とは段違いね。これに匹敵する投手はユイと彼方先輩くらいかしら……)

 

今のでフルカウントだし、押し出しになるような球を投げるのは避けたい……いや、満塁ホームランを打たれるよりはまだ押し出しの方が優しいのかな?

 

(思えば夏大会で武田さんが満塁の場面で梁幽館の中田さんと対峙した時に、もしも私が出ずに武田さんが続投していたら……歩かせていたかも知れないって芳乃さんが言ってたっけ)

 

思えばあの時と状況が類似してるな……。

 

(どうせなら私の魂の1球を投げてやる……!)

 

私の全力のストレートをここで見せる!

 

 

ズバンッ!

 

 

「っ!?」

 

コースはかなり際どいコースに私の全力ストレートを投げた。上杉さんはスイングをしていない。結果は……?

 

『……ボール!フォアボール!!』

 

(押し出し……か。まぁこれは仕方ないか)

 

(手が……出なかった。コースも外れてると言っても、ボール半個分だった……。結果は押し出しの四球だったけれど、この打席も私の負けね……)

 

あわよくば空振りしてほしかったけど、満塁ホームランに比べたらマシって考えるべきなのかな……?まぁ後悔は全くしてないけどね。



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闘志溢れるストレート

「お、押し出し!?普段の朱里からは想像出来ないわ……」

 

「最後に朱里ちゃんが投げたコースは球審によっては手が上がっていたコースだから、仕方ない……って言ったら語弊があるけど、朱里ちゃんからしたらついてなかったかな……」

 

「そうだね~。これに関しては見送る事が出来た上杉ちゃんを褒めるべきなのかもね~」

 

「で、でもまだ1点リードしてるよ!?」

 

「それでも満塁のピンチだし、真深ちゃんの打席が終わったら朱里ちゃんはライトに戻るし、次の打者はウィラードさん……。まだまだ気を抜けないよね」

 

「むしろアメリカ代表の試合……というよりは世界大会中は一切気を抜いていないんじゃないかな~?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪押し出しか……。これはマミにとっても、ハヤカワにとっても残念な結果になっただろうな≫

 

≪ハヤカワに至ってはコース的に三振させる事が出来たかも知れないだけに、もったいないですね≫

 

≪そしてまだまだ満塁のピンチが続く……か。打者もウィラードだし、日本代表は下手をしたら一気に叩かれるだろうか≫

 

≪1点リードしてるとは言え、満塁のピンチ……。ツーアウトだから、守備方面に力を入れればもしかしたら抑えられる……かも知れないね≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん。踏ん張り切れなかったよ」

 

「…………」

 

「ツーアウトとは言えまだ満塁のピンチだし、こんな場面を夜子さんに押し付けるのは申し訳ないんだけど……」

 

「……これは元々は私が招いたピンチ。それなら私がケリを付ける必要がある」

 

この人頼もし過ぎない?世界大会が終わったら敵に戻るって考えると複雑な気分なんだけど……。

 

「……じゃああとは頼んだよ」

 

「任された……」

 

私は夜子さんにあとを託して、ライトに戻る。次の打者はウィラードさん。

 

(あの上杉真深から満塁ホームランを打たれなかっただけでも価千金……。やはり早川朱里は凄い投手だった。私も負けられない……!)

 

(あの投手から闘志の目を感じる……。成程、彼女も一流の投手って事ね。望むところだわ……!)

 

夜子さんは振りかぶって1球目を投げる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(今の球……。これまでの彼女の球とは別格だわ)

 

(全力で抑える……!)

 

バチバチの闘志を夜子さんから感じられる。その熱気は私がいるライトにも伝わってくるよ。

 

(負けない……負けられない。日本代表の勝利の為に!)

 

(さっきと同じストレート……もらったわ!)

 

 

カキーン!!

 

 

「っ!?」

 

2球目にウィラードさんは夜子さんのストレートを完璧に捉え、その打球はセンターへとグングン伸びていく。

 

「くっ……!そんな簡単にいかないわよ!」

 

声が聞こえる方を向くと、センターの夕香さんがフェンスに登っていた。えっ?何をする気?

 

(打球の勢いが強い。無理に捕ろうとすれば、打球の勢いに負けて私もろともスタンドに叩き込まれる……。それなら!)

 

「いずみ!お願い!!」

 

 

バチッ!

 

 

夕香さんはフェンスからジャンプしてグラブで打球を弾き、ホームランを阻止した。な、なんて荒業を……。あっ、夕香さんがスタンドに落ちた。

 

「ナイスガッツ☆」

 

レフトの金原が夕香さんの声を聞いて、上手くカバーに入り、打球をキャッチ。いや、金原もよくカバー出来たね?私はびっくりだよ。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

ツーアウト満塁のピンチからなんとか1失点で済んだ。夜子さんと夕香さんのガッツでこのイニングを凌いだようなものだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪はぁ……≫

 

≪惜しかったわね。あのセンターが強引に打球を処理しなかったらホームランだったのに……≫

 

≪いえ……。私が打ったあのストレートからは重さとノビを感じたわ。それに差し込まれて、あのセンターがファインプレーを出来るような打球になった……。打球を処理したのはあのセンターとレフトだけど、それが出来たのは紛れもなくあの投手の実力よ≫

 

≪次はスタンドですか?≫

 

≪あの投手からは打てそうだけど……≫

 

(もしも日本代表がが私達と同じ考えならば、後半になると投手を代えてくる筈。それは他の投手陣が投げるのか、それとも……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスプレーだったよ。夕香!」

 

「でもギリギリだったわ。処理を間違えばそのままスタンドへ運ばれていたもの」

 

「そうね……。セカンドからは判断し辛いけれど、ウィラード・ユイに打たれたあの1球はこれまでの夜子で1番のストレートだったわ。それがウィラード・ユイを打ち取れた理由よ」

 

しかしリードを維持出来たのはかなり大きい。まだ4イニングあるけど、この調子で守っていけば世界一も夢じゃない!



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威圧感同士のぶつかり合い

4回表は清本からの打順。つまり……。

 

「ウィラードさんがマウンドに!」

 

ウィラードさんがアルヴィンさんと交代してマウンドに上がる。

 

「本当に私達日本代表と同じ戦法を取ってるんだな……」

 

「ここで和奈が打てれば良いんだけどねぇ……」

 

「相手はウィラードさん……。そう簡単にはいきませんよ」

 

スコアは私達がリードしているとは言え、それはたったの1点……。正直1点差なんていつひっくり返されるかわからないから、最低でもあと3点はほしいところだ。

 

「…………!」

 

「…………!」

 

清本とウィラードさん……。威圧感のぶつかり合いが再び始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「清本さんも、ウィラードさんもなんかピリピリしてるね……」

 

「コレが威圧感同士のぶつかり合いって事だね~」

 

(ここまでの威圧感同士のぶつかり合いは大豪月さんがいた頃にも見た事も、感じた事もないからね~。最早清本ちゃんは世界の中でもトップ3のスラッガーになってるんじゃないかな~?)

 

「凄いわよね。直接対峙してる訳じゃないのに、押し潰されそう……」

 

「現に心の弱い人なら今の威圧感を感じた瞬間に気絶してるかもね~」

 

「……もしかして辺りが妙にシーンとしてるのは、誰かが気絶してるから!?」

 

「流石に気絶は冗談にせよ、2人の勝負に観客全員が集中してるんじゃないかな~?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪凄いな……。ウィラードとキヨモトの威圧感でこの観客席が静まり返ってる≫

 

≪ここまでの静けさはボスと彼方の対決以来でしょうか?≫

 

≪そ、そういえばあの時も辺りが静かだったね……≫

 

≪ウィラードはもちろんの事、キヨモトもあんなに小さい体からは考えられないくらいに大きな威圧感だ。これだとアルヴィンでは通用しない訳だ≫

 

≪実際清本さんも成果をだしてるみたいだからね。ユイちゃんですら通用するかはわからないし、私も次に勝負する時は彼女を打ち取れるかわからないかも……≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(3球勝負で決めてみせる……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球に投げられたのは燕のような下から上にホップするストレート。ベンチからだと判断し辛いけど、あれはもしかして……。

 

 

カキーン!!

 

 

2球目も同様の球だろうか?清本がそれを捉えて、レフトスタンドへと叩き込む。

 

『ファール!』

 

レフト線切れてたのか……。それにしても惜しかった。

 

(いや、本当に惜しかったの?)

 

「気付きましたか朱里さん?」

 

「二宮……。まぁ清本の表情を見るとね……」

 

清本の表情からは当てるのがやっと……といった感じがした。

 

(こ、このストレート……1打席目とは球威も、ノビも、キレも段違い。それに腕がビリビリと痺れる……。かなり重くなってるんだ……!)

 

(これも当てるとは……流石清本さんね)

 

3球目。ツーナッシングだし、ウィラードさんはもう1つの決め球であるスライダーを投げてくる可能性が高いけど……。

 

(ツーナッシング……。これで決めるわ!)

 

(追い込まれてるし、全力で打ちにいかなきゃ……!)

 

3球目……恐らくこの1球でこの打席の勝負は決まる。

 

(行くわよ……!)

 

(来る……。ここで決め球が!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ウィラードの決め球は2つあるって話だよな?≫

 

≪データによると、下から上にホップするノビのあるストレートと、そのストレートに匹敵する高速スライダーですね≫

 

≪2人の言う通り、ユイちゃんの決め球はその2つ……。でもその時その時によってどっちが決め球なのか……って言うのは明確には決まってないんだよね≫

 

≪そうなんですか?≫

 

≪ストレートの方が良い球の時もあれば、スライダーの方が凄まじいキレを発揮する時もある……。ユイちゃんを受けてた捕手からはそう聞いてたよ。でも……≫

 

≪でも?≫

 

≪今日、この試合、清本さんと対峙しているこの瞬間においてはどっちの球も今まで以上の威力を発揮するんじゃないかな≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私の最高の球……。打てるものなら、打ってみなさい!)

 

(スライダー!絶対に打つ……!)

 

投げられたのはスライダー。清本はそれを読んでいたのか、タイミングを合わせてスイングをする。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

しかしウィラードさんのスライダーが予想以上の威力だったのか、清本は空振りをしてしまった……。

 

(そ、そんな……!)

 

(よし……!よし!これで練習試合の借りを返したわ。次の打席でも負けないわよ!)

 

清本とウィラードさんの対決……。2打席目は清本が三振……という結果に終わった。



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ワンポイントの終わり

4回表。先頭の清本は三振に倒れてしまった。

 

「ご、ごめんね。三振しちゃった……」

 

「今のは打てなくても仕方ないよ。初見じゃ尚更だって☆」

 

「最後に投げられたスライダー……あれをいつでも投げられるとしたら、ウィラードさんから点を取るのは難しくなりますね」

 

二宮の言うように、ウィラードさんが清本に投げたあの高速スライダーは過去のデータ(二宮調べ)よりも数段キレと球威が増している。あれ程の変化球を初見とは言え、清本が三振してしまうとはね……。

 

「で、でもウィラードさんが投げるのは清本さんの時だけですよね?それならまだ私達にも得点のチャンスはあるんじゃ……」

 

朝日さんが清本以外にはアルヴィンさんをぶつけてくるとわかっているから、追加点を取れるのではないか……と期待している。確かに金原、朝海さん、友沢、夕香さん、夜子さんとアルヴィンさんの球に対応し始めているし、私や二宮、朝日さんも3打席目になればある程度対応出来るだろう。しかし……。

 

「……どうやら向こうはそのチャンスを潰すつもりみたいだね」

 

「えっ?」

 

マウンドを見てみると、ウィラードさんが立っているまま……。つまりここからはウィラードさんが残りのイニングを投げるという事だ。

 

「それにしても思ったよりも早いね?早くても次のイニングくらいからだと思ってたよ」

 

「私も同意見です……が、リードを許してしまっている以上、予定よりも早めてのウィラードさん投入……という訳ですね」

 

それにしても不味いな。果たして今の私達がウィラードさんの球が打てるんだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやらアメリカ代表はウィラードちゃんのワンポイントを止めるみたいだね~」

 

「清本さんに投げられたストレートとスライダー……。この2つを打つのは困難になってくるよ」

 

「さ、幸いリードはしてるし、このまま逃げ切れるんじゃないかしら?」

 

「だったら良いんだけど……」

 

「大丈夫だよ」

 

「ヨミちゃん……?」

 

「朱里ちゃん達は……日本代表は絶対に勝つよ!私はそう信じてるから」

 

「ヨミちゃん……。でも真深ちゃんの応援もしてるんだよね?」

 

「はっ!そうだった……」

 

「中々煮え切らないね~」

 

「まぁヨミちゃんと真深ちゃんは従姉妹同士ですし……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪アメリカ側のワンポイントは終わりみたいですね≫

 

≪思ったよりも早かったな?私はてっきりこのイニングまではアルヴィンを引っ張ると思っていたが……≫

 

≪……アメリカ代表は今負けてるからね。敗色ムードを打ち消す為に、ユイちゃんを続投させたのかも≫

 

(実際に清本さんを三振に取ったスライダーと、その直前に投げたストレート……あれはアメリカにいた頃よりも、そして遠前で投げている時よりも凄かった……。ユイちゃんが凄いって気持ちと、私も負けてられないって気持ちの2つが私の中で芽生えたよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(は、速い……。しかもそれだけじゃなくて、手元で凄く伸びてくる……)

 

続投したウィラードさんを相手に、夕香さんはあっという間に追い込まれた。

 

(遊び球なし……。3球で決めるぞ!)

 

(もちろんよ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(スライダー……!)

 

夕香さんも清本に投げてきたスライダーを空振り。三振になり、これでツーアウト。

 

「アンダースローだからなのかな……?感じる球速がアルヴィンの時の比じゃないわ」

 

「データを見る限りアルヴィンさんとウィラードさんの最大球速に差はほとんどありません。それでもウィラードさんの方が速く感じるのには2つの理由があります」

 

「2つの理由?」

 

「1つ目は夕香さんが先程言っていたように、ウィラードさんがアンダースローの速球派投手だから……。アンダースローは基本的に速球派の投手はかなり稀少で、ウィラードさんの場合はそれに加えてオーバースローの投手並の球速を持っています」

 

確かに……。ウィラードさんってアンダースローなのに、破格の球速を秘めてるよね。プロでもトップクラスの投手になりそうなんだけど……。

 

「2つ目は手元で伸びてくるストレートですね。これに関しては朱里さんも得意としていますが、ウィラードさんの投げるストレートは打者の手元で伸びていき、更に下から上にホップする印象なので、高めボール球3つ分のコースを予測してスイングしないと、当てるのがほぼ不可能になります」

 

ウィラードさんのストレートの特徴は母さんや中山さんが投げた燕や私の偽燕にも同じ共通点がある。

 

(もしかしてウィラードさんも母さんに燕になるような球を教えてもらった?それとも母さんの燕をヒントに自分で今のストレートを編み出した……?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7番の朝日さんも三振。これで4回表は終了した。

 

「……早川さん、少し早いけれど、裏の回から投げてもらっても大丈夫かしら?」

 

やはりそうなるか……。向こうがウィラードさんを早期投入した以上、私達日本代表も逃げ切りの形を取らざるを得ないからね。

 

「……わかりました。残りの4イニング、精一杯頑張ります」

 

私は監督にそう言ってマウンドに立つ事になった。



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連続三振

「あれ?朱里ちゃんがマウンドに立ってるよ?」

 

「アメリカ代表がワンポイントを止めたのを見て、日本代表も早川ちゃんを早期投入したのかもね~」

 

「じゃあこの回からは朱里ちゃんとウィラードさんの投げ合いになるんだ……」

 

「うう~!もっと近くで朱里ちゃんのピッチングを見たい……!」

 

「落ち着きなさいよ。そもそもこの席だって、Nさんが予約してくれなければ取れなかった席なのよ?」

 

「確かに良い席だよねここ。内野も外野も凄く見やすいし……」

 

(むしろそんな席に堂々と座っている非道さんが何者なのかも気になるけど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪日本代表もハヤカワのワンポイントを終えたみたいだな≫

 

≪ハヤカワとウィラードの投げ合い……。この試合でもトップクラスの見所ですね≫

 

≪うんうん。それにボストフに見せた球が朱里ちゃんの全部じゃないからね!それにユイちゃんもそうだったように、朱里ちゃんもまた試合中に急成長するタイプの投手だから、楽しみなんだよね≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

アメリカ代表の選手達ってパワーがあるだけじゃなくて、選球眼もかなりのものなんだよね。私が今対決しているエルゼ・シルエスカさんもそう……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

そして上杉さんから伝わっているのか、偽ストレートもタイミングを合わせてくる。

 

(カウントは1、2……。追い込んでいるから、ここで空振りを誘う球を投げる!)

 

(早川朱里……。流石、真深が苦戦している投手ね。彼方先輩が昔得意としていたストレートに見せ掛けた変化球も種類が多くて、見極めるのに一苦労だわ)

 

4球目……ここは落とす!

 

(なっ!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(フォークボール……。ストレートとほぼ同速じゃない!)

 

これでワンアウト……。ここから先も全員三振に抑えるつもりで抑えてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ごめん。打てなかった……≫

 

≪早川さんが最後に投げてきたのはフォークね≫

 

≪あれは中々厄介ね。ストレートとほとんど球速が変わらない上に、真深に投げていたSFFとも類似している……≫

 

≪そしてそのストレートに見せ掛けた変化球と合わさると、見極めるのが更に困難になる……か≫

 

≪見極めを意識し過ぎると、三振の山を築いてしまう……。彼女を打ち崩せるのは難しいと見た方が良いかも知れませんね≫

 

(この試合……良くも悪くも真深さんと、ユイさんに掛かっている……。真深さんが早川さんを打つか、ユイさんが清本さんを抑え切るか……。それによってアメリカ代表の命運が別れますね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(くっそ!ストレートも速く感じるし、変化球もキレてやがる!)

 

6番のエルゼさんに続き、7番のパトリオさんも三振。調子も問題なさそうだ。

 

(とは言えまだまだ安心は出来ない。日本代表が最低でもあと3点くらい取るまでは……!)

 

しかしウィラードさんが投げ続ける限り、得点に期待出来そうなのは清本と……今日調子が良い金原くらいだろうか?友沢はまだ病み上がり期間だし、プレッシャーを与える訳にもいかない……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

8番のノエルさんもなんとか三振に抑えた。この人は他の打者よりも粘り強いところを見せる傾向があるから、三振させられたのは嬉しいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃん凄い……」

 

「まさに疾風怒濤って感じのピッチングだよね~。今の早川ちゃんは簡単には打てないよ~」

 

「私も……負けられないな。新越谷のエースとして!」

 

「むしろ朱里ちゃんは今まで遠慮していた節があるし、本気になった朱里ちゃんならすぐにエースの座を奪取するよ」

 

「それは困る!」

 

(わ、私も決して他人事じゃないのよね……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4回裏はなんとか三者三振で終わった。しかし次の回には上位打線に回ってくるし、何より私の体力が最後まで持つのかも問題になってくる……。

 

「朱里さん、ナイスピッチングです。この調子で残り3イニング抑えていきましょう。ただし無理はしないでくださいね」

 

「……わかってるよ」

 

野球は決して1人では出来ないのだから……!

 

「この回は朱里さんからですが、スタミナの事を考えると、無理はしない方向でいきましょう」

 

「……うん、わかった」

 

私自身はここで燃え滾る気持ちを抑えて、打席に向かう。

 

(実はウィラードさんとの対決は少し楽しみだったんだよね。表でも、裏でも……!)

 

清本の敵討ちも兼ねて、まずは私が塁に出ないとね。



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強打者とは?

「5回表……。この回は朱里ちゃんからだね」

 

「清本さんや上杉さんの打撃力に注目しがちだけど、朱里ちゃんもウィラードさんから打てそうな感じはするんだよね」

 

「過去の早川ちゃんのデータを見る限りだと、早川ちゃんは元々アンダースローの投手……それもウィラードちゃんと同じフォームだったからね~。そんな早川ちゃんがウィラードちゃんを攻略するのはそう難しくない……むしろ清本ちゃんよりも先に攻略するかもね~」

 

「……?どういう事ですか?フォームが同じだと攻略が難しくないって?」

 

「それはその内わかるよ~。多分この打席じゃなくて、次の打席になるだろうけどね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ウィラードとハヤカワの対決か……≫

 

≪日本代表が先攻なのか、先にハヤカワが打席に立ちましたね≫

 

≪朱里ちゃんは打力も一級品だから、決して油断は出来ないよ≫

 

≪ハヤカワが優れた打者なのはわかるが、それでもキヨモト程怖さを感じないな≫

 

≪ハヤカワとキヨモトでは打者としてのタイプが違うからでしょう。キヨモトが生粋のパワーヒッターなのに対し、ハヤカワは確実に繋ぐアベレージヒッター……。ホームランを打つタイプではないと思いますよ≫

 

(確かに、私が知る限りだと朱里ちゃんがホームランを打っているところを見た事がない……。でも、この試合はもしかしたらって思っちゃうんだよね。それを実現しそうなのがユイちゃんだっていうのが少し複雑なんだけど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(やはり速いね……。しかも燕のように手元で伸びてるから、ついついボールの下を叩きかねない)

 

だから確実に打てるように、様子見しているところだけど……。

 

(早川さんとの対決……。早川さんが打者としても優秀なのはアルが投げてた時からわかっているのよ?だから……清本さんや、上位打線を抑えるつもりでいくわ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(スライダー。でも清本に投げられた高速スライダーとはまた別の球っぽい……?それでもこのスライダーが凄まじいキレなのは間違いないけどね)

 

確実に叩くには、こういった決め球クラスの球じゃなくて……。

 

(外に1球外すぞ)

 

(そうね。様子見も兼ねましょう)

 

次に投げてきたのは、高めに曲がるシンカー。ボール球ではあるけど、この次は清本に投げてきたストレートやスライダーがくるだろうし……!

 

(このシンカーを打たせてもらうよ)

 

 

カンッ!

 

 

(なにっ!?)

 

(今のを打ってくるのね……!)

 

私が打った球はライト前に落ちる。なんとか上手くいったよ。悪球打ちなんて余りやらないから、ちょっと不安だったんだよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪すまん……。まさかボール球のシンカーをあんなに綺麗に捌いてくるとは思わなかった≫

 

≪……いえ。今のは私も予想外よ≫

 

(まさか早川さんが悪球打ちを決めてくるなんてね……。どこか油断していたのかしら)

 

≪まぁ良い。切り替えて抑えていくぞ≫

 

≪もちろんよ。でも次の打者についてだけど……≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノーアウト一塁。次は二宮の打席だけど……。

 

「えっ……」

 

「捕手が立ち上がった!?」

 

「一塁が埋まっているのに、敬遠するつもり!?」

 

二宮を相手にまさかの敬遠だった。まぁ気持ちはわかる。

 

「まさか瑞希を敬遠してくるとはね~」

 

「瑞希は粘らせると危険な打者だからな。下手に粘られて球数を費やされるくらいなら、4球投げて歩かせる方がマシ……と向こうも考えたのだろう。1打席目で粘りを見せてるしな」

 

友沢の言うように、二宮の打撃スタイルは粘りが特徴的。私なんかはスタミナがないので、二宮を相手にする時に真っ先に思い浮かぶ戦術だ。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

≪本当にこれで良いんだな?≫

 

≪ええ。これで残りの打者を全力で抑えるわよ≫

 

本来敬遠は一塁ベースにランナーがいる時は基本的にしている。逆に言えば一塁が空いている状況で打者を歩かせて、ゲッツーを取りやすくする為……という理由で敬遠策を取ったりもする。

 

では敬遠する打者は、またどんな状況下で敬遠せざるを得ないのか?

 

前者は清本や雷轟、上杉さんのようなホームランを多数打ち、結果を残しているパワーヒッター等の強打者がよく敬遠されるイメージだ。

 

後者はどうしてもホームランを打たれたくない、勝負をするのが怖い打者を相手に敬遠して、勝負を避ける事がある。

 

では強打者の基準とは……?先程も述べたように、清本、雷轟、上杉さん等のパワーヒッター、その3人には劣るものの、打率で結果を出している金原や友沢等のアベレージヒッター……。

 

では二宮はというと……そのどちらにも当てはまらない。最近パワーを付けたと言ってもパワーヒッターには程遠いし、どちらかと言えばアベレージヒッターの部類には入るけど、二宮自身見送りが多く、見逃し三振もそれなりにあるので、打率も低い方。

 

では二宮瑞希に何故敬遠策を仕掛けるのか……?それは二宮瑞希が恐ろしい程の分析家で、情報収集を怠らず、相手投手の攻略法を徹底的に見付けようとするからだ。友沢の言う粘りもそこからきている。

 

(多分……ウィラードさんもそれがわかっていてやったんだろうなぁ……)

 

とは言え、これでノーアウト一塁・二塁のチャンス。可能ならばリードを広げたいところだね。



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決め球(ウイニングショット)

二宮が歩かされてノーアウト一塁・二塁。この状況は3回表にもあった……。しかしあの時と状況が違うのは今投げている投手がウィラードさんである事、そして……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

未だにウィラードさんに対するまともな攻略が出来ていない事……。私がヒットを打てたのだって悪球打ちが偶然上手くいっただけに過ぎない。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

更にウィラードさんはピンチになれば実力を上昇させるタイプの投手である事……。これによって確実に点を入れるまでは全く安心出来ないのだ。

 

 

ガッ……!

 

 

ストレートとスライダー以外に狙いを絞ろうとした夜子さんは待ち球を読み間違えたのか、打球を打ち上げてしまう。

 

『アウト!』

 

「くっ……!」

 

結果はキャッチャーフライ。夜子さんも悔しそうに顔を歪ませていた。

 

「こうなったらアタシが打つしかないね☆」

 

打順は1番に戻って金原。この試合で唯一打点をあげた打者で、守備方面でも大活躍を見せている。

 

(……とは言ったものの、ウィラードさんの投げるあのストレートとスライダーは簡単には打てないよね~。それならアタシも朱里がやったように、様子見で投げてくるボール球に狙いを合わせて見るかな?)

 

(この打者は今日当たっている……。下手をすると彼女が1番厄介な打者の可能性もあるし、慎重にいくぞ)

 

(ええ。わかっているわ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワンアウト一塁・二塁!3回表と同じ得点のチャンスだよ!」

 

「ここで点を取れればかなり楽になると思うんだけど、そう簡単にはいきそうもないかな……」

 

「そうだね~。今日当たっているとは言え、金原ちゃんじゃウィラードちゃんを打つのは不可能だろうね~」

 

「なんでですか?」

 

「早川ちゃんに打たれた時の二の徹を踏まないように見えるんだけど、外してくる球にも力を入れてくるだろうからね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪チャンスの場面で上位打線……。3回表と状況が類似していますが、その時と違う点は投手がウィラードである事ですね≫

 

≪恐らくハヤカワに打たれた事で、一切の油断慢心がなくなったと見て良い。今のウィラードを打てる打者はほぼいないだろう≫

 

≪もし、ユイちゃんの本気の球を打てる打者が日本代表の中にいるとしたら……≫

 

(多分清本さん、朱里ちゃん、瑞希ちゃんの3人だけ……かな。この3人は徹底的に球を見極める能力に長けてるから。特に朱里ちゃんは……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(これで追い込まれたか~。外してくるにしても、朱里に投げてきたような球は一切ないから、手が出ないんだよね……)

 

カウントは2、2。外してくる球にしても、私に投げてきたような甘いボール球は一切投げてこない。

 

(そして追い込んだからには多分くるんだよね。ウィラードさんのスライダーが……)

 

これまでの傾向からしてもツーストライクまで追い込んだら、確実に三振に仕留める為に、きっとスライダーを投げてくる。それはわかってはいるんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(っ!スライダーがくるってわかってたのに……!打てなかった)

 

(これがウィラードさんの決め球……か)

 

決め球とはどういうものか……。今一度それが今の1球で証明出来たね。

 

(ただ1番変化量が多いから決め球、ただ1番速いストレートが決め球……という訳じゃない。投げてくるとわかっていても、決して打たせる事のない……絶対的な球。それが決め球なんだと思う)

 

金原が打てなかったのも、きっとそういう球だったからなんだろうね。



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刻はゆったりと過ぎていき、ゆっくりと正念場がやってくる

5回裏。向こうは9番からで……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(くっそ……。あの投手……勢いが増してないか?)

 

アルヴィンさんを三振に抑える。これで前のイニングと合わせて四者連続三振……。

 

(調子は良い。このままリードを逃げ切りたい……そんな感情が渦巻いてくるね)

 

この1点リードを守り切りたいよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで早川ちゃんは四者連続三振だね~。ウィラードちゃんと同様に止まる事を知らないよ~」

 

「このまま三振合戦が続けば、リードしてる分日本代表が勝つけど……」

 

「まぁ逃げ切りを許す程、アメリカ代表は甘くないだろうね~」

 

「朱里ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ハヤカワの球は並大抵の打者では手の出しようすらありませんね≫

 

≪少なくとも下位打線では打てないな。可能性があるとしたら、マミかウィラードか……≫

 

≪真深ちゃんとユイちゃんが……アメリカ代表の勝利の鍵を掴んでるって事だよね≫

 

(でも朱里ちゃんはまだまだ力を見せてなくて、ユイちゃんの方はほぼ全てを見せてる……。この差がどこで出てくるか、そして誰が朱里ちゃんとユイちゃんの球を打つか……。それによって試合展開が変わってくると思う)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワンアウトランナーなしで、次の打者はミッキー(鈴木)さん。

 

「…………」

 

(二宮のデータによると長打力はアメリカ代表の中では控えめ(それでもスラッガーレベル)な方だけど、当てる技術に特化してるみたい。新越谷で例えるなら、雷轟のパワーに中村さんの安定性と、主将の走力(あと守備力)を足した選手なんだよね)

 

そんな相手に三振取れるのかな?1打席目は見逃しだったし、2打席目は歩かせてたし……。

 

(……まぁ気にしても仕方ないか。私は私のピッチングをすれば良いだけだ)

 

ただ純粋に、目の前の打者に対して思い切り投げる。私はそれだけで良い。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(つい最近まで難しい事をごちゃごちゃと考え過ぎていたんだ。ここは初心に帰って、目の前の打者との勝負に集中すれば良い)

 

二宮も私が投げる時はミットを構えるだけで、一切サインを出さない。二宮によると私は自由に投げさせた方が力を引き出せるタイプの投手だから……らしい。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

≪当ててきた!?≫

 

≪タイミング合ってるぞーっ!≫

 

山崎さんと組む時は色々サインを出してくる。私はそれに応えて球を投げる……。それはそれで充実したピッチングが出来ていた。

 

(二宮と山崎さん……。どっちが優秀な捕手だとか、どっちの方が投げやすいとか、2人に差違はない。それはシニアまでの私が川越リトルシニアの早川朱里だったから、そして今の私が新越谷の早川朱里だから……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

川越リトルシニアでの経験があったからこそ、今の私がいる。新越谷での野球部生活があったからこそ、今の私がマウンドに立っている……。誰にも負けない、最高の投手を目指すんだ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ミッキーも三振か……≫

 

≪あの子って確か三振は少なかったよね?1打席目は意図しての三振だったけど……≫

 

≪それ程ハヤカワのピッチングが凄まじい……という事でしょう。それでも2球目は当てられていたのですから、全く打てないという感じではないと思いますよ≫

 

≪ウィラードと違ってハヤカワの方は手の内を出し切ってはいないが、手の打ちようがあるのは……ハヤカワの方だろう≫

 

≪そうですね。ボスと勝負した時に最後に投げたあの球を投げたのならば、アメリカ代表は負けるところでしたが、今のハヤカワからは投げる意思を感じられない……≫

 

≪……多分朱里ちゃんにとってはまだ未完成なんだと思う。ユイちゃんと同じフォームで安定して投げられるようにするには時間が掛かるから≫

 

≪ボスに投げた最後の1球はフォームもしっかりしていた印象ですが、ハヤカワにとっては未完成だと?≫

 

≪逆だよ。ボストフに投げたあの1球をいつでも投げられる状態じゃないの。だから安定して投げられるように、練習してるんだよ≫

 

(もしもボストフに投げたあの1球と同じ……いや、それ以上の球が投げられるようになったとしたら……私達にとっても1番の敵になるのかも知れないね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

よし、2番のリンゼさんも三振に抑えられた。本当にの勝負は次の6回裏……。向こうがクリーンアップから始まる打順が私の投手力がアメリカ代表にどこまで通用するのかを確かめる良い機会だよ。



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6回の攻防 前編

6回表は3番から……。そして私達にとっても最後の得点チャンスになるだろう。

 

(ここで点が取れないと、いよいよ1点リードを守り切らないといけなくなる。だから皆……特にこの次の清本には是非ともウィラードさんを打ってほしい)

 

正直私は次に回ってくる上杉さんを抑えきる自信がないからね。だから最低でも1点以上はほしいんだよ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

祈っている間に友沢が三振に倒れる。友沢も三振が少ない選手な筈なんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああっ!?友沢さんまで三振しちゃったよ!」

 

「今のウィラードさんを打てる人っているのかな……?」

 

「可能性がありそうな選手は次の清本ちゃんがその1人かもね~」

 

「そうか!清本さん!」

 

「遥ちゃんや白菊ちゃんが同じスラッガー連合としても頑張ってほしいって応援してるよ!」

 

「スラッガー連合……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪この6回の表裏は互いにクリーンアップから始まる……。最大の見所となるだろうな≫

 

≪先頭打者を三振に抑え、ウィラードとキヨモトの3度目の勝負が始まりますね≫

 

≪…………≫

 

≪彼方?≫

 

≪黙りこくってどうした?≫

 

≪……いや、この試合がどうなるのか全く予想が出来なくて。真深ちゃんが朱里ちゃんから打つのか、ユイちゃんが清本さんに打たれるのか、はたまた……≫

 

≪はたまた?≫

 

≪……なんでもない≫

 

≪気になる事を言うな?≫

 

≪えへへ……。正直言ってわからないんだよね。日本代表が勝つか、アメリカ代表が勝つか……≫

 

≪ここにいる以上はアメリカ代表を応援しておきましょう≫

 

≪……そうだね≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……済まないな。私では打てなかった」

 

「まぁウィラードさんの球はただ速いだけじゃないからね」

 

速いだけなら、高校生最速のストレートを投げる大豪月さんからホームランを打った事のある清本がウィラードさんを打てない訳がない。

 

「じゃ、じゃあ行ってくるね!」

 

「頼んだよ和奈~?日本代表が勝つには和奈の一発に掛かってると言っても過言じゃないからね☆」

 

「い、いずみちゃん、プレッシャーをかけないで……」

 

「1点リードしているとは言え、このままだと朱里さんがキツくなるのもまた事実です。和奈さんのホームランで朱里さんを楽にさせてあげてください」

 

「み、瑞希ちゃんまで……」

 

「まぁリラックスだよ清本」

 

「そ、そうだよね……」

 

だ、大丈夫だよね?打てるよね?打てなきゃ私がキツくなるかも知れないよ?

 

(あ、あれ?な、なんか朱里ちゃんからもプレッシャーを感じるんだけど……?)

 

ガチガチになりながらも、清本は打席に向かう。右打席に立つ頃には、頭が冷えたのか、冷静になっている。

 

「……風が吹いてきたな」

 

「これまでの試合では余り気にした事はありませんでしたが、もしかしたらこの試合に関しては展開に影響するかも知れませんね」

 

二宮の言う試合展開への影響が私達にとってプラスである事を祈るばかりだよ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

下からホップしていくストレートを清本は空振り。ホップするとは言え、ストレートを清本が空振りするなんて……。

 

(速さは大豪月さんの方が上なのに、ホップの勢いが凄いから、大豪月さんと同格かそれ以上に感じるよ……)

 

しかもスライダーはそのストレートとほぼ同レベル……。しかも変化球なだけに、それ以上の球に感じる時もある。

 

 

カキーン!!

 

 

しかし2球目には清本がタイミングを合わせてきた。こういう時に打つのが清本なんだ……。だからきっと打ってくれると信じてるよ!

 

(ここはスライダーで三振を取りに行くぞ)

 

(…………)

 

(どうした?)

 

(……ストレートよ)

 

(なに……?)

 

(今の私が更に上の次元に行く為にはここでストレートを投げるべきなのよ)

 

(正気か……?まぁウィラに任せるが)

 

(ありがとう。パト……!)

 

な、なんかバッテリーのやり取りが長かったような……?

 

(行くわよ清本さん。私はこの1球に力を込める。打てるものなら……打ってみなさい!)

 

3球目。ウィラードさんが投げたのは……1球目と同じストレート!?

 

(これは1球目と同じ……?いや、これはそれ以上の球だ……。でも打ってみせる……!)

 

 

カキーン!!

 

 

う、打った!だ、打球……は?

 

「お願い!入って!」

 

清本が大きな声で打球が入る事を祈っている。ここまでホームランに賭ける想いが強い清本は初めて見るかも……。

 

「…………」

 

センターへと飛んで行く打球に対して、ミッキーさんがフェンスに登ってグラブを構えていた。ま、まさか……!

 

 

バシィッ!

 

 

『ア、アウト!』

 

と、捕ら……れた?

 

「ふぅ……」

 

「…………!」

 

安堵の息を吐いたウィラードさんに対して、清本は悔しそうに顔を歪めていた。こ、これってもしかして流れを取られた?

 

「……今日は風が騒がしいね」

 

ポツリと、強風とはいかないまでも、吹く風に誰かが呟いた。確かに強めの風が吹いていた。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

5番の夕香さんも3球で三振してしまう。1番得点が期待出来る6回表が終わってしまう……。

 

(こ、こうなったらもう1点もあげられない……!)

 

吹く風に想いを乗せながら、私は気合を入れる。



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6回の攻防 後編

6回裏。向こうも3番から始まるんだよね……。

 

(リードが1点しかない以上はこのロジャーさんを絶対に出す訳にはいかない……。全力で抑えに行く!)

 

ランナーを溜めた場面で上杉さんに回っちゃったら、いよいよ私も上杉さんを敬遠せざるを得なくなるよ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(成程……。ユイさんに負けず劣らずのノビですね。初見で早川さんの球を打つのは一苦労……ですが、アメリカ代表の勝利の為にも、ここは打たせてもらいますよ)

 

2球目は1球目と逆のコースを私は投げる。

 

 

カンッ!

 

 

に、2球目でもう対応してきた!?打球はサードへと……。

 

(あれ……?ロジャーさんって確か1打席目でグラブ飛ばしをやってたよね?)

 

じゃあ今打ったこの打球も……。

 

「わっ!?」

 

や、やっぱり!朝日さんのグラブがレフト方向に飛んで行く!

 

 

バシッ!

 

 

「よっ……と」

 

『アウト!』

 

レフトにいた金原が朝日さんのカバーで朝日さんのグラブ(とグラブの中に入っているボール)を両手でしっかりと受け止めた。た、助かった……。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「良いの良いの。気にしないで☆」

 

とにかく、これでワンアウト。なんとかランナーなしの状態で上杉さんと勝負が出来る……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃんと真深ちゃんの3度目の勝負だね……」

 

「今のところは2の2で早川ちゃんがリードしてるね~」

 

「押し出しとは言え、真深ちゃんは朱里ちゃんの球に着いて来れてなかったけど……」

 

(この3打席目……。朱里ちゃんはどう出るんだろう?)

 

「こ、この回が朱里に……日本代表にとって最後の正念場なのよね?」

 

「アメリカ代表は下位打線も油断出来ない選手達だけど、朱里ちゃんの球はそう簡単には打てないし、この6回裏を0点で抑えられたら、もしかしたら逃げ切れるかも……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪マミとハヤカワの3度目の対決……。延長戦にでもならない限り、これが最後の勝負になるな≫

 

≪今のところハヤカワに負けている真深ですが、この局面では必ず打ってくれるでしょう≫

 

≪そうだね。逆に言えば、ここで真深ちゃんが朱里ちゃんを打てないといよいよ不味いかもね……≫

 

(真深ちゃん、朱里ちゃん……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上杉さんとの3度目の勝負ですが……。念の為に聞いておきます。どうしますか?」

 

「……もちろん勝負だよ。ここで上杉さんとの勝負を避けても、ピンチが広がるだけだからね」

 

「そうですか……。では勝利を目指して投げてきてください」

 

「当然……!」

 

(朱里さんに疲れが見え始めていますね……。本来ならまだ2、3イニングは大丈夫の筈ですが、アメリカ代表の選手達は皆威圧感があります。その圧の中で朱里さんは全力で投げ続けている影響でしょうね)

 

夜子さんだって上杉さん以外のアメリカ代表の選手達を相手に投げてきたんだ……。私だけ疲れてる訳にはいかない!

 

(特に上杉さんとの勝負に油断を見せたら確実に負ける……!個々は抑えてみせる!)

 

(早川さんには2打席連続でやられている……。それにアメリカ代表は負けているし、絶対にホームランを打って同点にしてみせる!)

 

勝負は初球……。この1球に全力を注ぐ!

 

(行くぞ上杉真深……!私の全力の球を打てるものなら……打ってみろ!)

 

(早川さんのこの球は1打席目とも、2打席目とも違う……。疲れているように見えて、まだまだ勢いを増していくのね)

 

お願い……。このまま二宮のミットに収まるか、打ち損じてほしい……!

 

(……でも、ここで負ける訳にはいかないのよ!)

 

 

カキーン!!

 

 

う、打た……れた?いや、まだだ!

 

「ライト!!」

 

ライトに飛んで行く打球を夜子さんは持ち前の足を使って追い掛け、フェンスによじ登る。夕香さんもウィラードさんの時を思い出したのか、ライト方向に走っている。

 

(届け……!ここで同点にされる訳には……っ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客席が騒然とする。その結果は……。

 

(そうか……。私は打たれたのか……)

 

フェンスをよじ登ってジャンプした夜子さんのグラブから約3センチ……届かなかった。その結果はホームランとなり、同点に追い付かれてしまった。

 

(打たれて悔しい気持ちはある……。でもまだまだ終わらせる訳にはいかない!)

 

ここで折れる訳にはいかない……。上杉さんの次はウィラードさんとの勝負なのだから。

 

(真深に打たれてどうなったかと思ったけど……。その様子だと早川さんもまだまだいけそうね)

 

(まだ同点になっただけ……。ここから2人抑えて、日本代表の底力を見せる!)

 

さっきの上杉さんに投げたあのストレート……それを思い出して、もう1度投げる!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(朱里さんのスタミナはほぼ限界が近い……。それでも発揮されるこの球威……本当に何が起こるかわかりませんね)

 

(速い……いや、それだけじゃなくて、ノビもある。真深はこれをスタンドへ運んだって言うの!?)

 

まだいける……。この球さえあればアメリカ代表と渡り合える!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(くっ……!早川さんが投げているのはストレートだとわかっているのに……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(ウィラードさんの投げたあのストレートを見て、今の私がいる。ウィラードさんという強敵と出会えたから投げられた……最高のストレートだ!)

 

(やられたわ……。まだ日本代表から点を取るのは難しいみたいね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪マミにホームランを打たれたにも関わらず、ウィラードを抑えたあのストレート……私が前に対決した時よりも、ハヤカワの球が伸びている≫

 

≪ウィラードも、ハヤカワも超進化型の投手ですからね。互いに試合中でもグングンと成長していく……。この試合を経て更に手強くなる事は間違いないでしょう≫

 

≪カナタも負けてはいられないな?≫

 

≪うん……。朱里ちゃんも、ユイちゃんも、何れは私を越える投手になると思う……。でもまだまだ私だって負けないよ!≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早川ちゃんはまた成長したね~。上杉ちゃんに打たれた事で、そのトリガーを引いちゃった訳だ~」

 

「す、凄い……」

 

「朱里ちゃんのスタミナがギリギリなところから発揮される底力……。それがこんなに凄い球を投げるなんて……!」

 

(しかも朱里ちゃんはアンダースローへと転向する訳で……。こ、これからどうなっちゃうんだろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

これでチェンジ……。まだ試合は終わっていないんだ!



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決着……!

遂に7回……。現状は同点だけど、点が動けばこれが最終回となる。

 

(出来れば点を動かすのが私であってほしいね……!)

 

そんな7回表の打順は6番から。

 

「……代打よ」

 

6番は朝日さん。彼女に代打か……。一体誰が?

 

「あとお願いします」

 

「任せるでござる。ニンニン!」

 

村雨でした。パワーだけで見ると多分1番代打と縁がないよね?初見で対応する事が出来そうだから出したのかな?

 

「まぁなるべく粘って朱里殿の力になるでござるよ」

 

「……ありがとう」

 

本人は私の為に動いてくれるみたいだし、監督も色々考えての村雨起用なんだろう。それなら気にするだけ野暮かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「代打攻勢……」

 

「村雨さんってパワーあるのかな?華奢な見た目してるけど……」

 

「どうだろう?あの梁幽館でユニフォームをもらってるって事は実力はあるんだろうけど……」

 

「村雨さんのデータは余りないからね。知ってる事と言えば、足が滅茶苦茶速い事と、守備範囲が広い事だね」

 

「まぁこの場面で出て来るって事は期待出来る筈だよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪な、なんだか奇抜な方が出て来ましたね……≫

 

≪サングラスにマフラーと変わった格好をしていますね≫

 

≪あれって規則的にどうなんだ?≫

 

≪あの状態で試合に出てるって事はちゃんと許可をもらっていると思うよ。そうじゃなかったらベンチにすら立てないか、サングラスとマフラーを外してるよ≫

 

≪しかし容姿も相まって、控えから代打で出て来た……となると、何かしら警戒しないといけないですね≫

 

≪全くだ。どんな事をするのか予測が出来ん≫

 

(まさか代打で静華ちゃんが出て来るとはね……。でも確かに静華ちゃんならユイちゃんの球を当てるのは難しくないかも知れないね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(凄く奇抜な選手ね……)

 

(どんな相手だろうと関係ない。全力で捩じ伏せるぞ!)

 

(当然!)

 

流石……と言うべきか、村雨に対して一切の油断がない。村雨の方も悠々とバットを構えているし、この勝負がどうなるか……色々な意味で予測が出来ない……。

 

 

コンッ。

 

 

そう思った矢先、村雨は初球からバントをした。これは誰しも予想外だっただろう。この場にいる全員が固まっている。

 

(……っと!?早く打球を処理しなきゃ!)

 

いち早く復活したウィラードさんが打球の処理に向かう。というかピッチャー正面の弱いバントじゃん!

 

(忍は一瞬の隙を見逃さないでござる。ニンニン♪)

 

(は、速い!?)

 

村雨は持ち前の神速を活かして、セーフティバントを決めた。ピッチャー正面のゴロで悠々とセーフになるのは多分村雨だけだと思うの……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ウィラードの意表を突いてのバント……上手いですね≫

 

≪というか滅茶苦茶足が速かったね……≫

 

≪私達もそうだが、代打攻勢で出て来た奴が初球からバントをすれば固まってしまう。奴はその一瞬の隙を利用した走塁を見せた……という訳か。まぁそれを差し引いてもカナタの言う通り、尋常じゃない足の速さだが……≫

 

≪それにユイちゃんの球はバントだって簡単には出来ない筈だからね。それを上手く決めたあの子の方が上手だった……それだけだよ≫

 

(静華ちゃんから朱里ちゃんへとバトンは繋がれた……。もしも試合が決まるとしたら、この7回で決まって、延長戦はないだろうね。朱里ちゃんも相当疲れてるみたいだし……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、相変わらず無茶苦茶な走力ね。村雨さんって……」

 

「で、でもチャンスの場面で朱里ちゃんに回ってきたよ!」

 

「そ、そうだね!」

 

「…………」

 

「非道さん?どうかしたんですか?」

 

「……ん~?なんでもないよ~」

 

(私の予想が正しければ、早川ちゃんが試合をきめる一打を打つと思うけど……どうかな~?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……朱里殿。拙者の出来る事はやったでござる」

 

「……ありがとう。私が絶対にホームに還すからね」

 

「なに、朱里殿が最低でも外野前に飛ばせば、拙者がホームまで還れるでござるよ!」

 

一塁ベースから村雨のエールを受ける。まぁ確かに村雨の走力は頼もしい。外野前にヒットを打てば、一塁からホームに還れるのは規格外ではあるけど……。

 

(村雨の走力を信じて打つのも悪くない……けど、私は私のバットで点を取りに行く……!)

 

取られた2点は全部私が投げていた時なんだからね。そう考えると夜子さんは無失点で切り抜けていたのか……。普通に凄い。

 

(早川さん……。前の打席では不意を突かれたけど、この打席では負けないわよ。全力で抑えてやるわ!)

 

(ウィラードさんはもう見せ球は投げてこない。そうなると私はあのストレートかスライダーに狙いを定める必要がある……!)

 

狙うのはストレートか、スライダーか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(投げてきたのはストレート……)

 

相変わらず速い。アンダースローだから、余計に速く感じるよ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(今度はスライダーか……。球の見極めすら困難だねこれは)

 

(追い込んだ……。これで三振よ!)

 

ツーナッシングからの3球目。出来れば少しでも粘りたい。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(流石早川さん……。疲れているにも関わらず、カット出来そうな球はカットしておこうって算段なのね)

 

(な、なんとかカットは出来た。出来たけど……)

 

今のはなんか体が動いてたんだよね。私もウィラードさんと同じフォームで投げてたから……。

 

(ん……?同じフォームで?)

 

ウィラードさんと私が小学校の頃に投げていたフォームは瓜二つ。ウィラードさんの決め球の1つは燕を彷彿とさせる下から上にホップする、ノビのあるストレート。それならもしかして……。

 

(……これ以上考えても仕方ない。私は私を信じる。ウィラードさんの投げる球に対してバットをフルスイングする!)

 

狙いはストレート……。外したとしても、後続の二宮達がきっと村雨を還してくれる。だからもし私が三振したら、あとはお願いね!

 

(行くわよ早川さん!)

 

(ウィラードさんの投げる球を……!)

 

フルスイング!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

あ、当たった……。タイミングもバッチリ!

 

「セ、センター!!」

 

私の打った打球はセンター方向へ。そのまま電光掲示板に直撃し、ホームランとなった。

 

(私がホームランを打ったんだ。なんか実感ないなぁ……。打てたとしても、風向きによっての産物かと思ってたよ。今日は風が強いし)

 

多分もう2度とウィラードさんからはホームランを打てないだろうね。それくらい、綺麗に打てた気がする。そう思いながら私はダイヤモンドを1周していた。

 

「ナイバッチでござる!」

 

「うん……。なんとか打てたよ」

 

 

パンッ!

 

 

一塁ランナーの村雨を始めとして、ベンチにいる全員とハイタッチ。こんな事は野球史上初めてかも……。

 

(そういえば村雨は一切盗塁をしなかったな……。もしかして私が打つと確信してたのかな?)

 

まぁ細かい事は良いや。今は少しでも体を休めて、裏のピッチングに備えよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、朱里ちゃんが……」

 

「ホームランを……」

 

「打ったね~」

 

「ひ、非道さんはこれを予測してたんですか?さっきの朱里ちゃんがウィラードさんを攻略するって……」

 

「まぁね~。ホームランを打つのは私もびっくりだったけど、早川ちゃんはウィラードちゃんとアンダースローのフォームが瓜二つで、ストレートもほとんど同じものを投げるから、早川ちゃんはウィラードちゃんを自分に置き換えて、トレースする事でストレートのタイミングを完璧に合わせたんだよ~」

 

「そ、そんな事が出来るんですか!?」

 

「それが不可能じゃないって事は今の早川ちゃんが証明してくれたしね~。身体で覚えていたからこそ、出来る技術って事だよ~」

 

「な、何にせよ、これで日本代表が世界一になりそうだよね!」

 

「そうだね~。これで王手だと思うよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ユイちゃんが打たれちゃった……≫

 

≪ハヤカワがあそこまでウィラードのストレートに対して綺麗に合わせられたのは、フォームが関係していそうですね≫

 

≪フォーム?≫

 

≪ウィラードと、ハヤカワがボスに見せたフォームは瓜二つ……。更にストレートもほぼ一致しますので、ハヤカワは自分をウィラードのフォームと投影して、頭の中でも考えたのでしょう≫

 

≪それが……ハヤカワがウィラードのストレートを打てた理由なのか?≫

 

≪まだ推測の段階ですけどね≫

 

≪アカリ・ハヤカワ……か。また彼女と勝負してみたいものだな≫

 

≪私も……朱里ちゃんと勝負してみたくなってきたよ≫

 

(あのホームランは朱里ちゃんにとっても、ユイちゃんにとっても、良い経験になったと思う……。これを機に、また強くなっていくんだね。私も、まだまだ2人には負けてられないよ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7回裏。7番から始まる3人を三振に抑えた。滅茶苦茶しんどいけど、なんとか投げ切ったよ……。

 

『ゲームセット!!』

 

試合終了の合図と共に、私の体は力が抜けて、脱力感に襲われた。



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世界大会終了

アメリカの夜空は一面に星空が広がっている。脱力感に襲われた私はボーッと夜空を眺めていた。

 

「終わった……」

 

「お疲れ様です」

 

そんな私のところに二宮を始めとする内野陣が駆け寄って来た。

 

「まだ整列が残っていますよ。行きましょう」

 

「そう……だね」

 

整列を終えた後に日本代表の選手達は肩を組んで喜び合い、アメリカ代表の選手達は敗北に対して涙したり、その人を宥めたりとしていた。

 

私はと言うと、二宮の肩を借りて歩いている状態だ。つまり疲労感で倒れそうです。

 

「早川さん」

 

私を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、そこには上杉さんとウィラードさんが立っていた。

 

「良い……試合だったわ。ナイスピッチング」

 

「……こちらこそ、最高の試合が出来たよ。ウィラードさんもナイスピッチング」

 

ウィラードさんと互いの投球内容を褒め合った。序盤はワンポイントピッチングだったけど、4番を抑える為に全力を注ぎ、4回からは全ての打者に全力を尽くす。本当に最高の試合だった。

 

(私もスタミナ付けないとね……。皆に迷惑を掛けてばかりになっちゃうよ)

 

「お疲れ様。早川さんが最後に私に投げたストレート……。あれが日本代表の勢いを付けたのね」

 

「そんな事はないよ。上杉さんには結局打たれちゃったしね……」

 

「けれど後続の打者はしっかりと抑えてみせた……」

 

「それに真深とアリア以外は私も含めて全員三振だったのよ?同じ投手としても見習いたいくらいのピッチングだったわ。それに私だって最後に早川さんにはホームランを打たれたし……」

 

あの時は私もよくわかっていないんだよね。何故ウィラードさんの球をあそこまで完璧なタイミングで打てたのか……。

 

「良かったら教えてくれる?何故私のストレートをあそこまで完璧に打つ事が出来たの?余りにもタイミングが完璧過ぎて、打たれた悔しさよりもそこの疑問の方が大きいわ」

 

「何故って言われてもね……。まぁ理由を私なりに考えるともしかして……」

 

私が小学生の頃に投げていたフォームはウィラードさんのアンダースローと瓜二つ。そしてウィラードさんの下から上にホップするストレートは同じアンダースローの母さんが決め球にしていた燕とほぼ同じ。

 

私の中で母さんの燕を追い掛けて、アンダースローで燕を投げようと頭の中でインプットして、それが偶然にもウィラードさんのストレートと一致していたから……なんだろうか?

 

「もしかして?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

「ええっ?」

 

「その理由はまた……次の機会になるかな」

 

「……そう。ならその時を楽しみにしてるわね」

 

そう言ってウィラードさんは去って行った。観に来てたらしい風薙さんを探しに行ったのかな?確かボストフ選手と、ジータ選手の3人で来てたみたいだけど……。

 

「……私もユイを追い掛けるわ。また、会いましょう?」

 

「そうだね。次があれば、今度こそ抑え切ってみせるよ」

 

「私の方こそ、今度は早川さんを打ち砕いてみせるわ」

 

怖いよ……。確か上杉さんとウィラードさん、風薙さんの3人は二宮と清本によると群馬にある遠前高校にいるみたいだし、風薙さんも含めて、次に会うのは全国大会か、県対抗総力戦になりそうだ。

 

(私も応援に来てくれた武田さん達に会っておこうかな……?)

 

……と思ったけど、疲労感がヤバいから、今日のところは宿泊施設に戻ってゆっくり休もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪アメリカ代表は負けたか……。連続世界優勝の記録は4で止まったな≫

 

≪それ程今年の日本代表が強かったんですよ。可能だったなら、私もあの試合に混ざりたかったくらいです≫

 

≪それは私も同感だ。去年も日本代表とは骨のある試合をしたが、今年は更に拮抗した実力のぶつかり合いだった。カナタもそう思うだろう?≫

 

≪……そうだね。私もあんな風に野球がしたいって思ったよ≫

 

(その為にはまず遥と和解しなきゃ……。誠心誠意謝っても私のした事は許される訳がないけど、話がしたいよ……)

 

≪……彼方に客人が来ますよ≫

 

≪えっ?私に?≫

 

≪マミとウィラードだろうな。あの2人は彼方に懐いている≫

 

≪私とボスは退散しますので、3人でゆっくり話してください≫

 

≪ボストフとジータにも会いたいんじゃ……?そもそも私と2人は同じチームだから、話は今日じゃなくても出来るし……≫

 

≪真深はともかく、ウィラードとは敵同士だったもので……。そうなると私達は邪魔者になるかと≫

 

≪そうだな。お邪魔虫は去るとしよう≫

 

≪また……会えるよね?≫

 

≪今生の別れじゃないし、アメリカに戻れば私もジータもいるさ≫

 

≪もしかすると今度は私達が日本に留学するかも……知れませんよ?≫

 

≪そ、それはまた日本が凄い事になりそうな……≫

 

「「彼方先輩!」」

 

≪じゃあまたな!≫

 

≪また会いましょう≫

 

≪うん……。うん!2人も元気でね!≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やったわね……」

 

「う、うん……。朱里ちゃん達がシニアの世界一を勝ち取ったよ」

 

「……これは私達も負けてられないね。次は新越谷をまた全国優勝させる番だよ!」

 

「そうだね。あと1週間したら私達も進級だし、また新しい戦力に期待出来るよ!」

 

「私達も進級するのね……。なんだか実感が湧かないわ」

 

「じゃあ私はこれで失礼するね~」

 

「も、もう行くんですか?」

 

「私の中で知りたい事は知れたからね~。日本に帰国して、色々試してみる事にするよ~」

 

「じゃあ次は……また全国大会で……ですかね?」

 

「多分そうなるね~。何かの間違いで新越谷に練習試合を申し込むかもだけど~」

 

「な、何かの間違い……?」

 

「また日本でね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(本当に、世界一になったんだね……)

 

私は改めてシニアの日本代表世界一になったと実感したのだった。

 

ちなみにMVPは金原になったらしい。まぁ打撃でも、守備でも、大活躍だったからね。



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2年目 ウキウキ春らんまん
波乱の春


進・級!ここまでかかった話数は1年の日程よりも多い……。この小説の1年は1日1話換算で計算すると365日ではなく、約400日に……。


世界大会から1週間……。私達は2年生へと進級した。

 

ちなみに野球部のクラス分けは……。

 

 

・1組 雷轟 武田さん 川崎さん 芳乃さん 中村さん

 

・4組 藤田さん 息吹さん 大村さん 渡辺

 

・6組 私、山崎さん 照屋さん

 

 

……となっていた。山崎さんと照屋さんが嬉しそうにしていたのは何故だろうか?他の人達はなんか残念そうにしてるし……。

 

「しかし進級したって実感がないな……」

 

「そう?」

 

「最近までシニアリーグの世界大会とかあったからね。まだその余韻が残ってるのかも……」

 

「朱里さんは大活躍でしたからね。余韻が長く、大きいのも仕方ないかと」

 

「文香ちゃんの言う通りだよ。……でも後輩達が入ってくるし、私達もしっかりしないとね」

 

そういえば初野と木虎が入ってくるんだった……。入学式は明日だから、私達野球部も準備しなきゃね。

 

(最低でも4人入ってくれると紅白戦が出来るし、ありがたいんだけど……)

 

あの2人を入れたら、あと2人か……。1人は私の方で心当たりがあるとして、あと1人……。しばらくは勧誘活動になりそうかもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今頃入学式が行われているんだな……」

 

「そうね……」

 

「新入部員、何人入ってくれるかなぁ……!」

 

「私達に後輩が……楽しみです!」

 

私達野球部は私が出てた世界大会の録画をダビングしたものを見ながら、入ってくる後輩に期待を寄せている。

 

「それにしても……世界大会では全試合を通して朱里は大活躍だったな」

 

「私達の後輩がこんなにも凄いんだって、改めて実感したわね」

 

「朱里ちゃんの活躍をテレビで見て、野球に入りたいって子が出てくるかも……」

 

先輩達が私の事を持ち上げてる……。MVPは金原なんで、そこまでにしておいてください!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう……そろそろかな?」

 

「うん。去年の入学もこれくらいだったし……」

 

「その後は私達とヨミちゃん、珠姫ちゃんでキャッチボールとかしてたよね!」

 

「あれからもう1年経つのね……」

 

去年の今頃に武田さん、山崎さん、芳乃さん、息吹さんの4人がこのグラウンドでキャッチボールをしていたらしい。それと同時に武田さんのあの魔球が硬球でも投げられる事がわかったのだとか……。

 

「ちょっと席を外すね」

 

お手洗いに行きたくなったので、私は立ち上がる。ついでに彼女を迎えに行こうかな……。

 

「はーい。行ってらっしゃーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します!」

 

「失礼します」

 

朱里ちゃんが部室を出た直後くらいかな?1年生だと思われる子達が入ってきた。

 

「も、もしかして入部希望!?」

 

「はい!初野歩美です!」

 

「木虎藍です。よろしくお願いします」

 

朱里ちゃんが言ってたシニアの後輩かなぁ?そういえば初野さんは世界大会に出てたね!

 

「は、初野歩美さんだ!」

 

「私の事を知ってるんですか!?」

 

「朱里ちゃんの後輩って事で、色々聞いてるわ。それに世界大会にも出てたしね」

 

「わぁ……。見ててくれたんですね!私なんて活躍してた先輩方に比べたら全然なのに……」

 

「そもそも出られる事そのものが凄いんだから、初野さんはもう少しそれを誇っても良いのよ?」

 

「藍ちゃん……」

 

同期ってだけあって、木虎さんと初野さんは仲が良いよね。なんだかほっこりしちゃう。

 

「そういえば朱里先輩はどこに行かれたのですか?」

 

「あっ、本当だ!朱里先輩がいない!?」

 

「朱里ちゃんなら、さっき出て行ったよ。お手洗いかなぁ?」

 

この2人は朱里ちゃんを慕っている訳だし、朱里ちゃんはタイミング悪かったのかも……。

 

「こちら入部届けです。」

 

「私も私も!!」

 

「うん……受理した。自己紹介なんかは朱里が戻ってきてからにするか」

 

「それまではゆっくりしていってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は別に気にしてないけど、私以外の上級生には敬意を持って接した方が良いよ」

 

「ん……。そうだね。朱里がそう言うなら」

 

お手洗いを終えた後、彼女が丁度野球部の部室を探しているみたいで、私が案内する事に。

 

彼女は1年生なんだけど、訳ありで私に対して普通に喋っている。私以外にそうしたら、雰囲気悪くなりそう(気にしてない人が大半な気もするけど……)だから、予め予防線を張っておく。彼女、敬語とか使わなさそうだもんね……。

 

「戻ったよ」

 

「あっ、朱里ちゃんおかえり!」

 

よく見ると初野と木虎もいるじゃん。自己紹介とか済ませちゃったのかな?

 

「それで……朱里ちゃんの後ろにいるのは?」

 

「ああ、彼女も入部希望者だから、私が連れて来たんだよ」

 

そう言って私は彼女に自己紹介を促す。

 

「……1年生、陽春星。台湾からの留学で新越谷に来た。朱里とは一緒に暮らしてる」

 

瞬間、空気が凍り付いた。あれ?なんかヤバい気がする……。




朱里「……という訳で、今回から私達は進級して、話も新章に入るよ」

遥「陽春星さんとの関係性を詳しく!皆も気になってるよ!」

朱里「それは次回にね」

朱里(そこまで気になる人はいないと思うけど……)


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ライバル出現!?

「あ、朱里ちゃんと一緒に暮らしてるって……」

 

「ど、同棲って事!?」

 

「い、一体どういう事なの!?」

 

うわっ!?ほぼ全員がこっちに詰め寄って来た!

 

「朱里、皆には説明するべき。私達の関係を……」

 

「誤解を招く発言は止めようか」

 

いや、多分そのせいでこの状況になってると私は思ってるんだけど!?まぁ皆には話そうと思ってたし、丁度良いって言えばそうなんだけどね?

 

「と、とりあえず説明するので、離れてくれるとありがたいです……」

 

私がそう言うと、皆は離れてくれた。あー、びっくりした……。

 

「えっと、どこから説明したものか……。彼女は陽春星。この名前で大体わかると思うけど、梁幽館のOGである陽秋月さんの妹になるよ」

 

「でもなんで梁幽館じゃなくて、新越谷に?」

 

「実を言えば元々新越谷に入るのは決まってたらしいんだ。去年の夏大会で私達が梁幽館に勝ったあの日から……」

 

「姉が所属していたチームに勝ったこの新越谷というチームに興味が湧いた。だから親にお願いして、日本に留学……もとい新越谷に入る許可をもらった」

 

「それはわかったけど……な、なんで朱里ちゃんとど、同棲する事になったのかな?」

 

同棲じゃなくてホームステイだから!色々誤解が生まれちゃうから!

 

「あー、それに関しては私も台湾代表と試合するまでは知らなかったんだよね」

 

「親にはホームステイを条件に日本留学を許可してくれた。あの世界大会で日本代表と当たる事になった時、私と一緒に生活してくれる相方を探してた……」

 

「それで朱里の家がホームステイ先になったのか……」

 

「他にも凄い選手は沢山いた……。でも台湾では私があそこまで完璧に抑え込まれるなんてなかった。朱里と対峙した時、こんな選手が日本にいるなんて……と思い、私は朱里と共に生活する事を心に決めた」

 

「……という経緯で早川家が春星のホームステイ先に任命されたって訳」

 

私もその話を秋月さんに聞いてびっくりしたんだからね!?母さんは前以て知ってたみたいだし、置いてけぼりを食らった気分だったよ……。

 

「で、でもあの台湾代表の4番打者が入ってくれてありがたいよ!」

 

「スラッガーって事で、雷轟や大村さんにとって良い刺激になると思うし、仲良くしてほしい」

 

「もちろん!」

 

「来る者拒まず、去る者追いかけます!」

 

なんかそれ川原先輩と渡辺が入った時にも聞いた気がする……。出来れば去る者は追わないであげてほしいないとは思うけど。不祥事の元になりかねない。

 

「じゃあポジションの紹介なんかは実技も兼ねて、グラウンドに出てやってもらう」

 

「はい!」

 

「わかりました」

 

「遅れは取らない……」

 

3人は着替えてグラウンドへ……。私達もそれに着いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラウンドに出たら、3人は改めて自己紹介を……。

 

「1年生、初野歩美です!メインポジションはセカンドですが、サード、ショート、ファーストもいけます!」

 

「ライバル出現ね……」

 

「しかも投手と捕手以外の内野もいけるみたいだから、該当するポジションの人間は皆ライバルになるだろう」

 

確かに初野の守備は安定してるし、バックに付いてると心強い部分はあるね。守備方面では茶来よりも上だろう。

 

「1年生の木虎藍です。ポジションは捕手と、二遊間を守る事がたまにあります。よろしくお願いします」

 

「2人目の捕手が入った事で、珠姫と交互に休む……というのも出来そうだ。期待してるぞ!」

 

「精一杯やらせていただきます」

 

今までは山崎さん以外にまともな捕手がいなかったから、木虎の加入はかなり大きい。これで山崎さんの負担も大幅に減ると思う。

 

「……陽春星、1年生。ポジションはショート。この新越谷で日本一のスラッガーを目指してます」

 

「むむむ……!」

 

「こっちもライバル出現だな……。台湾代表の試合見た限りだと、守備も上手いし……」

 

春星は打撃面で雷轟や大村さん、守備面では川崎さんのライバルになる。まだ2年生だから、焦りの気持ちは小さいと思うけど……。

 

「…………」

 

「あれ?誰かグラウンドを見てるよ?」

 

「本当だ!新入部員かな!?」

 

「ちょっと呼んでくるね!」

 

雷轟と武田さんがグラウンドを見ている人に声を掛けに行った。果たして本当に新入部員なのだろうか?



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未知数の選手

雷轟と武田さんが連れて来た人はどこかぼんやりしている人だった。下手したら二宮よりも無表情なんじゃないだろうか……。

 

「そ、その子は新入部員なの?」

 

「わかんない。でも興味ありそうだったから、私達に練習を観に来てもらったの!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「…………」

 

しかし本当にぼんやりした雰囲気だな……。でも誰かに似てるような?

 

「野球部に興味あるの?経験は?ポジションは!?」

 

「ちょ、ちょっと芳乃。その辺にしておきなさいよ……」

 

芳乃さんが詰め寄るように聞いてきて、息吹さんがそれを止める。当の本人はそんな光景に対してもぼんやりとしている。

 

「……野球、見てるの好き。ルールは知ってる」

 

ルールは知ってる……って事は野球経験のない初心者なのかな?そんな雰囲気は感じないけど……。

 

「じゃ、じゃあとりあえず自己紹介を……」

 

「2年生、猪狩泊。野球経験は壁当てしてたくらい……」

 

2年生なんだ……。転校してきたのかな?

 

「2年生って事は転校生?」

 

「そう。親の都合でここに来た……」

 

そういえば中村さんや春星なんかも親の都合で新越谷に来たんだっけ?親の都合ってなんとも便利な言葉だね。

 

「…………!」

 

芳乃さんが猪狩さんの下半身……というか足を見てる。壁当てしてるって事は投手志望なんだと思うけど、どうなんだろう?

 

(猪狩の名字と、猪狩さんの顔から察するに、彼女はプロで今も活躍している大ベテランの猪狩プロの血縁だろう)

 

というかあの人母さんよりも10近く年上なんだよ?四捨五入したら50歳にはなるんだよ?そんな人が未だにタイトルを1つ2つ取っていくのは凄過ぎる……。

 

「と、とりあえず猪狩さんは入部希望で良いのかな?」

 

芳乃さんが尋ねると、猪狩さんは無言で頷いた。寡黙で口数が少ないな……。

 

「でも……これで芳乃ちゃんを抜いて18人になったね」

 

「そうだね。紅白戦が出来るのは大きいかも」

 

「じゃあ早速やろう!」

 

『えっ!?』

 

芳乃さんのいきなりな発言に対して、私を含める全員が驚いていた。

 

「1年生達の実力も試合形式の方が見やすいしね!」

 

まぁ一理ある……かな?18人揃えば紅白戦したいとは思っていたけど、まさか今日いきなりとはね。

 

「1年生と猪狩さんはどうかな?」

 

「私は賛成です!実践経験も早い内に積んでおきたいですし!」

 

「そうですね。私も実践経験を早く積むに越した事はないので、賛成です」

 

「私も賛成。試合したい」

 

「皆に任せる……」

 

どうやら1年生3人は賛成で、猪狩さんは皆の判断に任せるみたい。

 

「じゃあ決定だね!皆も準備しよう!」

 

「えっ?本当に試合するの……?」

 

息吹さんは困惑してるけど、なんだかんだ皆もやる気はあるみたい。特に雷轟と武田さんはやる気満々だし……。

 

(まぁ私も新フォームを試す良い機会かもね)

 

私が投げるかどうかはまた別の話だけど……。



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紅白戦のチーム分け

「じゃあ早速この紅と白が書かれた割り箸を1人ずつ取っていってね!」

 

芳乃さんがどこから用意したのか、紅白戦用だと思われる割り箸を出してきた。用意周到……。

 

(ん?なんだかこのまま進めたら嫌な予感がするような……)

 

その時私の脳裏に過去の経験が過った。あれは混合チームの紅白戦をやる時にチーム分けをした時の……!

 

「待った」

 

「どうしたの朱里ちゃん?」

 

「木虎が入って捕手が2人になった訳だし、木虎と山崎さんがチームリーダーとなってもらうのはどうかな?ほら、前の混合チームと一緒になってやった紅白戦みたいにメイン捕手が1人もいないってなったら面倒だし……」

 

「う~ん……。それもそうだね。珠姫ちゃん、木虎さん、それで良いかな?」

 

「私はそれでも良いよ」

 

「私も賛成です。朱里先輩の言う通りメイン捕手が2人いるのに、片方のチームに偏るのはもったいないので……」

 

山崎さんも、木虎も賛成してくれるみたい。念の為にもう一押し……!

 

「クジ引きの前に、チームリーダーの2人に投手陣から1人ずつ選んでもらうよ」

 

「1人ずつ……ですか?」

 

「そう。武田さん、川原先輩、藤原先輩、息吹さん、渡辺、猪狩さん、私の7人から1人選んでもらって、その後にクジ引きになるね」

 

最悪二遊間に偏りが出ても、照屋さんや初野がある程度カバーは出来る。簡単な動きだけなら内野陣でも二遊間は出来る筈……。

 

「……わかりました。では山崎先輩からどうぞ」

 

「えっ?木虎さんからで良いよ」

 

「いえ、先輩の判断から私なりの推察をしておきたいので……」

 

「そ、そう……?なら私が先に選ばせてもらうね?」

 

「はい、どうぞ」

 

(でも誰にしようかな……?実力的な意味合いなら、朱里ちゃんかヨミちゃんになるけど、私達がアメリカに行ってる間に理沙先輩、光先輩、息吹ちゃんがどんな練習をしてたのかを確かめる良い機会かも知れない。それに壁当てしてたっていう猪狩さんの実力も気になるし……)

 

山崎さんが凄く悩んでる……。それは多分この紅白戦においての先発投手を誰にするか、或いは全員の練習成果を見定めるか、それとも未知数である猪狩さんの実力を見定めるか……。択はいっぱいあるもんね。

 

「……それじゃあ息吹ちゃんにしようかな」

 

「えっ?わ、私!?」

 

(始めは猪狩さんにしようと思ったけど、この紅白戦は度々するだろうし、それならいつでも見られる筈。それに……)

 

(成程……。息吹先輩を選びましたか。これからの紅白戦はともかく、最初の紅白戦は私達新入部員の実力を把握するもの。山崎先輩はそれを見越して息吹先輩を選んだ訳ですね。なら望み通りに……)

 

「それなら私は猪狩先輩を指名します」

 

「……任された」

 

山崎さんは息吹さん、木虎は猪狩さんをそれぞれ指名。これを軸に、山崎さんと木虎が次々とクジを引いていき……。

 

 

・チーム山(雷轟命名)

 

山崎さん

 

息吹さん

 

川原先輩

 

藤田さん

 

藤原先輩

 

春星

 

大村さん

 

照屋さん

 

 

 

・チーム虎(雷轟命名)

 

木虎

 

猪狩さん

 

中村さん

 

初野

 

武田さん

 

川崎さん

 

渡辺

 

主将

 

雷轟

 

 

2つのチームはこのように別れた。

 

「思いの外バランス良く別れたな」

 

「そうですね。ポジションもなんとか均等になりましたし……」

 

ポジションはもちろんの事、パワーバランスも良い感じに別れている。山崎さんのチームには春星と大村さんというパワーヒッターが2人いるのに対して、木虎のチームは中村さんと主将というアベレージヒッターが2人いる。

 

加えて山崎さんのチームは中村さんや主将程じゃなくても、安定感がある選手がいるし、木虎のチームには新越谷の4番である雷轟もいる。そういう意味でもバランスが取れている。本当にクジ引だよね?

 

「じゃあ今からそれぞれのチームでオーダーを組んで、試合開始だよ!」

 

「球審は私がやります」

 

芳乃さんと藤井先生の言葉でチームはそれぞれどういうオーダーを組むかを考える事に……。この紅白戦は今後も取り入れていきたいね。



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部内紅白戦①

チーム分けが終わったので、あとは打順を決めるだけ……。

 

「打順はどうする?」

 

「この面子なら、ある程度は決まってるよ。あとは下位打線だけ……」

 

足の速さとか、経験等を考えると……。

 

 

1番 キャッチャー 山崎さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 ファースト 川原先輩

 

4番 ショート 春星

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 センター 照屋さん

 

7番 ライト 大村さん

 

8番 レフト 私

 

9番 ピッチャー 息吹さん

 

 

「オーダーはこれでいこうと思う」

 

「ほ、本当に私が先発で投げるのね……」

 

「こっちは他に3人いる訳だし、分業でも大丈夫だから、思い切り投げちゃってよ」

 

というか部員は18(芳乃さんを入れると19)人なのに、投手が7人いるの凄いな……。

 

「オーダーが決まったので、渡しておきますね」

 

木虎からもらった向こうのオーダー表を確認する。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 初野

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 ショート 川崎さん

 

6番 キャッチャー 木虎

 

7番 ライト 渡辺

 

8番 サード 武田さん

 

9番 ピッチャー 猪狩さん

 

 

……今更だけど、猪狩さんって投手志望で良いのかな?

 

「猪狩さんは投手で大丈夫なの?」

 

「壁以外に向かって投げるのは初めてだから、楽しみ……」

 

寡黙な感じはするけど、どこか雷轟と同じ匂いがする。私達は後攻だから、猪狩さんのピッチングが見られるのは裏のイニングになるけど……。

 

「それじゃあプレイボールだよ!」

 

「しまっていこーっ!!」

 

『おーっ!!』

 

芳乃さんの合図と、山崎さんの掛け声で私達は気合いを入れて守備に付く。

 

(まずは希ちゃん。今の息吹ちゃんが希ちゃんを相手にどれくらい通用するか……!まずは低めにストレートをお願い)

 

(わかったわ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(息吹ちゃん、ストレートがかなり速くなっとう……。鹿児島に合宿行った時にチラッと見たけど、その時よりも速い)

 

(息吹さんもかなり球速が上がったね。これなら雷轟以外にはこれでもある程度は抗えそうだ)

 

投法も完璧なオーバースローになってるし、息吹さんのセンスなら更に球速が上がりそうだ。

 

(2球目はこのコースに!)

 

(ストレート……?いや、これは!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(ムービングファスト……。こっちも以前よりもノビとーやん!)

 

(よし、追い込んだ。決め球いくよ!)

 

(了解。ヨミのあの球のようなキレと、朱里が小学生の頃に投げていたシンカーの変化量を意識して……!)

 

ツーナッシングからの3球目……。

 

(シンカー!?)

 

 

ガッ……!

 

 

「ショート!」

 

(凄い。あの中村さんを打ち取った……。本当に息吹さんの成長速度が凄まじい)

 

あれなら来年になるとプロに入れるレベルまでに成長してるんじゃ……?

 

『アウト!』

 

(息吹ちゃん、次は負けんけんね!)

 

中村さんを抑えて、次は初野。向こうチームの方が新入部員が多いから、よりじっくり実力が確かめられる。

 

(初野の打撃能力は藤田さんと川崎さんを足して2で割ったくらい……というのが私の見解だけど……)

 

最後に川越シニアで5対5のミニゲームをやってからどこまで伸びたのか。世界大会では相手国の投手陣が強くて、一定以上の成果は見られなかったから、ここで初野の打撃能力を改めて確める良い機会だね。



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部内紅白戦②

「よろしくお願いします!」

 

元気の良い挨拶の後に、初野が打席に入る。

 

(初野さんは左打ちか……。部内では希ちゃんと遥ちゃん、息吹ちゃん、稜からちゃん光先輩に続いて6人目と左打者が増えてきた……。左打者との対戦経験が他校と比べて少ない私達にとって、この紅白戦も対左の対策を練られる良い機会かもね)

 

純粋な左打ちは初野で3人目。雷轟と息吹さんは両打ちだし、川崎さんはどちらかと言うと右打席の方が立つ機会は多い。この紅白戦で投手陣に対左に強くなれるようにしたいところだ。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(初球から打ってきた!?)

 

(明らかなボール球なのに、あんな綺麗に捌いてくるなんて……!)

 

初野は金原や清本、友沢、二宮のように悪球打ちが出来る。いくらか完全なボール球でも、球威のない球ならヒットを打つ事は造作もない。

 

(おお~。息吹先輩、良い球投げるなぁ……。ミニゲームでは外野を守ってたから、こんなピッチングするってわからなかったよ)

 

(これは甘い球は投げられないわね。流石朱里の後輩……)

 

(それならシンカーで一気に畳み掛けるよ!)

 

(ええ!)

 

2球目。息吹さんが投げたのはシンカーか……。初野はどう出る?

 

(シンカー。今のグラウンドの状態から私が打つ方向は……!)

 

 

カンッ!

 

 

「サード!」

 

「任せて!」

 

藤原先輩が素早く打球の処理に行く。これなら上手く凡退に抑えられるだろう。それが普通の打者だったら……の話だけど。

 

「えっ!?」

 

「ボ、ボールがぬかるんだ土に埋まってる!?」

 

(よし、上手くいった!昨日は雨だったから、もしかしたら……と思って試す価値あったね!上々上々♪)

 

「ファースト!」

 

 

バシッ!

 

 

『セーフ!』

 

(やられた……)

 

初野はグラウンドの状態や、風向きなんかを判断してから打席に立つ。シニア時代でもそれで大活躍していた。敵に回ると厄介な打者だけど、味方だとかなり頼もしい。

 

「…………!」

 

次は主将か……。新越谷の中では1、2を争う打率を誇る強打者。息吹さんが主将にどこまで通用するかによって、全国レベルの打者にも通用するかがわかる……!

 

(次は雷轟だから、ここでピンチを広げると不味い。可能ならゲッツーにしたいところではあるけど……)

 

主将は足が速いから、ゲッツーに出来るかわからないし、何より向こうからしたら確実に雷轟に回す為に……。

 

 

コンッ。

 

 

(バント!?)

 

確実に繋いでくるバッティングをしてくる……!

 

「1つ!」

 

「OK!」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

これでツーアウト二塁。この場面で打席に立つのは……。

 

「よろしくねっ!」

 

(遥……!)

 

雷轟遥その人である。一塁が空いてるし、歩かせるのも手ではあるけど……。

 

(バッテリーは勝負を避けるつもりがないみたいだね。まぁこれからは強打者相手に勝負せざるを得ない状況に追い込まれる可能性もある……。その時に備えて、雷轟でそれに慣れるのも悪くない)

 

出来る事なら投手陣全員が対強打者に慣れる必要がある。これからの紅白戦では雷轟や春星との勝負は絶対……という縛りを付けてみようかな?



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部内紅白戦③

ツーアウト二塁。この局面で息吹さんに立ちはだかるのは4番の雷轟……。

 

(遥とまともに1打席勝負をする事って余りなかったのよね……)

 

(それこそ紅白戦でもない限りは滅多に出来なかったかも……。そういった意味でも、この1打席は貴重だね)

 

中村さんを打ち取る事が出来た息吹さんだけど、雷轟を相手に中村さんにやったような戦術が通用するかどうか……。

 

(遥ちゃんのこれまでの試合を見ると、凡打の時は高めの球が多い……)

 

(それなら高めを投げようって事ね)

 

初球。投げられたのは内角高めに曲がるシンカー。

 

 

カキーン!!

 

 

(打たれた!?)

 

(ちょっ、ファールよね!?)

 

『ファール!』

 

初球から強引に高めのボール球を打ってきたな……。まぁ雷轟も悪球打ち出来るもんね。

 

(しかし雷轟が凡退した時は高めの球が多かった筈……。山崎さんもそれを意識して投げさせたんだろうけど、雷轟自身も苦手とするコースの克服に力を入れてるって事か……)

 

(……私は敬遠球を強引に打つ事があって、その影響なのか、高めの球を打つと凡打になる事が多かったんだよね。この紅白戦で高めに投げられる球はもちろん、私の苦手を1つでも減らしていかなきゃ!)

 

皆が皆、紅白戦でそれぞれの試合での課題を見付けようと心掛けているみたい。2、3年生はもちろんの事、1年生の3人や、転校してきた猪狩さんも課題がある筈。まぁ壁当てしかやってこなかったっていう猪狩さんの課題はまだいまいち見えてきてないけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

1球目はライト方向へと、2球目はレフト方向へと飛ばす雷轟は広角打者にでもなるつもりなのだろうか?

 

(ひぃ~!軽々とネットに当てるのは止めてほしいわ……)

 

(でもこれで追い込んだ……。息吹ちゃん、ムービングファストボールでいくよ!)

 

(ええ……。あわよくば詰まらせる!)

 

3球勝負で決めるつもりなのだろうか?3球目もストライクゾーンを通ったコースに投げてきている。

 

(来た、ムービングファスト!変化のタイミングを合わせて……!)

 

 

カキーン!!

 

 

息吹さんの渾身のムービングファストを完璧に捉えた雷轟。今度はセンターネットに直撃し、ホームランとなった。

 

「これでチーム虎の2点先制だね!」

 

「ナイバッチ遥ちゃん!」

 

「…………」

 

(これが……新越谷のスラッガー。1、2球目もコース自在に飛ばしてた……。私も、負けてはいられない)

 

「ナイバッチです先輩!」

 

「ありがとー!」

 

ホームでは雷轟と初野がハイタッチをしていた。初野も性格的には雷轟や武田さん寄りの性格だから、仲良く出来そうなのはあるよね。

 

(まだ2点……。これくらいでへこたれてはいられないわ!)

 

(息吹ちゃん……。遥ちゃんに打たれたダメージはなさそうだね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

5番の川崎さんを三振に抑えて、チェンジとなった。立ち直っているみたいで何よりだよ。

 

(息吹の奴、こんなすげー球投げんのかよ。こんな機会じゃなかったらわからなかったかもな……)

 

これで1回表は終了……。2点ビハインドを私達が追いかける展開となる。猪狩さんがどんなピッチングをするかによって、私達が勝てるかどうかが変わってきそうだ



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部内紅白戦④

1回裏。私達の攻撃、1番はチーム山の山(リーダー)こと山崎さん。

 

(あの大ベテランである猪狩プロの親族……。本当に猪狩プロと同じ球種を投げられるとしたらスライダー、カーブ、フォーク、そして決め球のライジングショット)

 

ライジングショットとは母さんの決め球だった燕と類似しているけど、ホップする威力は燕よりも数段上なのだ。更に猪狩プロはそのライジングショットを3段階に分けて投げる事が出来る。つまり化物投手だ。アラフィフとは思えない……。

 

そんな猪狩さんが投げる第1球……記念すべき壁当て以外での1球目だね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『!?』

 

「は、速い……」

 

『ス、ストライク!』

 

猪狩さんの投げる球に私達全員……特に猪狩さんの球を受けている木虎が驚いていた。

 

「な、なんつー球投げんだよ……」

 

「壁当てしかやってこなかったって言ってたけど、それだけでここまでの球が投げられるんですかね……?」

 

猪狩さんのバックを守ってる川崎さんと初野が私達全員の気持ちを代弁していた。確かに今のストレートは大豪月さんクラスの球威だった。ど真ん中に投げられたにも関わらず、山崎さんが手を出せないなんて……。

 

(凄い……。こんな球を受けたの初めてよ。しかも猪狩先輩には他にもカーブ、フォーク、スライダーがあるって言ってた。早い内に試しておきたいわね……)

 

「…………」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「い、今のスライダー!?」

 

「あ、あんなに速いスライダー、見た事ないわ……」

 

あの速度から曲がるってヤバくない?風薙さんクラスなんだけど!?

 

(まさか世界大会が終わったばかりなのに、こんな刺激的なピッチングを目にするとは思わなかったよ……)

 

しかし風薙さんに比べればまだ付け入る隙はある。そこを突いて打つしかないね。でも……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「今度はカーブ……。ゾーンを通ってるから、ワンバン寸前でもストライク判定になるのね」

 

「まさか珠姫が1球も当てられないなんて……!」

 

「ストレートも変化球凄く速い……。球速で球種を見極めるのは無理そうだよ」

 

「むしろバットが振れるだけで充分凄いわよ」

 

少なくとも一巡では打つのが難しそうだ。あれ程の球を初見で打てそうなのは……。

 

「……確かに速いけど、あれくらいなら問題ない」

 

チーム山の4番……陽春星。台湾一のスラッガーだ。確かに春星なら猪狩さんのストレートと変化球に着いていけるだろう。

 

「チーム虎の4番に負けない打撃を見せる。朱里は私があの投手を打ち砕くのを見てて」

 

(敵に回ると厄介な選手だったけど、味方に回ると頼もしい。雷轟と切磋琢磨しながら彼女の成長を見守るかな)

 

まぁその前に最低でも同点に追い付きたいけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

藤田さん、川原先輩も三振。木虎のリードもあるとは言え、初心者があの3人を打たせないって凄いよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスボールです」

 

「……ありがとう。私も投げやすかった」

 

「この調子で向こうのチームを抑えていきましょう」

 

「任された……」



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部内紅白戦⑤

2回表は息吹さんの好投によって三者凡退で終わらせる。

 

「くっそ~!息吹もすげー成長してるな」

 

「わ、私だって朱里やヨミ達には負けてられないものね」

 

いや、本当に息吹さんは凄まじい成長を見せてるよ。猪狩さんという起爆剤が私達投手陣の更なる成長に協力してくれてる。尤も猪狩さん本人は無自覚なんだけど……。

 

「…………」

 

(それに比べて武田さんの方は……絶賛伸び悩み中だ。本人のやる気と、逆境に発揮される爆発的能力上昇でそれを誤魔化しているけど、それにもいずれ限界が来る。それまでになんとかしないと……)

 

でもそれを私ではどうにも出来ない。こういう時二宮だったらどうしていただろうか?

 

(武田さんの件は……メイン捕手の山崎さんや木虎に任せておくのが吉かな?)

 

私は私の事で手一杯だ。打倒上杉さん(と二宮と、清本と、金原と、友沢と……)を目指して頑張るとしよう。

 

「春星さん、ファイトです!」

 

「ここで一発、頼んだわよ!」

 

大村さんと藤田さんの応援に春星は無言で頷き、打席に向かった。

 

「春星さん、どうしたんでしょうか……?」

 

「あの子は人見知りだからね。私と初めて会った時も無言だったよ」

 

春星は猪狩さんに負けず劣らずの寡黙さに加え、台湾でも最低限しか人と関わらなかったと秋月さんも言っていた。せめて野球部の皆には心を開いてくれても良いと思うけどね……。

 

「でも朱里には随分懐いているわよね?」

 

「まぁ1度世界大会で勝負した……という理由が大きかったのかもね。私に対してはすぐに心を開いてくれたよ」

 

なんなら母さんよりも早かった。これは喜んで良いのか微妙なラインだけど……。

 

「…………!」

 

「…………」

 

す、凄い沈黙……。寡黙同士の対決だと余計に静かな空間が出来上がってるよ。

 

「あっ、猪狩さんが振りかぶりました!」

 

「……!」

 

 

カキーン!!

 

 

「しょ、初球からタイミング完璧に!?」

 

春星は猪狩さんの投げたカーブに完璧にタイミングを合わせ、打っていった。

 

『ファール!』

 

レフト線切れたか……。割とギリギリだったね。

 

「でもよくあんな速い変化球にいきなり対応が出来るわね……」

 

「確かに……。私達も洛山にいた大豪月さんのストレートと変化球を合わせるのには随分と苦労したもんね」

 

あの時は大豪月さんの腕の振りでストレートか、変化球かを見極めたんだったね。まともに打てたのは雷轟と主将と藤田さんだけだった気もする。他は当てるだけで精一杯だったし。

 

「でもそういう意味だと藤田さんは次の打席で良い線いくんじゃない?」

 

「わ、私が?」

 

「前に芳乃さんと話してたんだけど、藤田さんは空振りがうちで1番少ないし、粘りもある……。これはボールの軌道を上手く読めてる証拠だよ」

 

「そうなんですか!?」

 

「まぁ真相は藤田さん本人にしかわからないけどね。それが藤田さんの持ち味なんだよ」

 

「私の……持ち味……」

 

「さて、今は2人の対決に注目しようか。多分この紅白戦で1番の見所だろうからね」

 

新入部員同士の対決……今のところは経験の差で春星がリードしてるけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(っ!少し差し込んだ……)

 

猪狩さんも負けてはいない。壁当てしかしてないとは思えないよ。一体どれくらい投げ込んだのか?

 

(流石、台湾一のスラッガーね。猪狩先輩の球に対して完璧にタイミングを合わせてくるわ。それでも差し込んでいるのは……)

 

「…………」

 

(猪狩先輩の球がそれ程勢いと重さがあるから……。壁当てしかしてないと言っていた割には体幹もしっかりしてるし、下半身も安定している……。投げ込み中心とは言え、基礎をしっかり叩き込んでいるのね)

 

(打者との対戦……面白い。今までは壁にしか投げてなかったけど、対人戦はとても面白い。特に今投げてるあの子のような人とは特に……)

 

ツーナッシング。ここで投げられるのは恐らく……。

 

(猪狩さんの決め球……。本当に猪狩プロのようなライジングショットが投げられるのなら、きっとここで投げてくるけど……)

 

本当に投げてくるのかな?

 

「…………」

 

(今ならなげられる気がする。あの人が言ってた、至高のストレートが……!)

 

「大きく振りかぶった!?」

 

(今から来るのは彼女の決め球……!)

 

猪狩さんが投げたのは、母さんの燕や、ウィラードさんの決め球のストレートとは似て非なる下から上にホップする球……。まさか本当にライジングショット!?

 

(ぐっ!重い……!?)

 

 

ガッ……!

 

 

春星は猪狩さんの投げた球を打ち上げた。ふらふらと上がる打球をゆっくりと猪狩さんは捕球した。

 

「これが私の決め球……。命名ライジングキャノン」

 

そう、どこか誇らしげで猪狩さんはそう言った。無表情な人だと思ったけど、良い顔するじゃん。



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部内紅白戦⑥

イニングは進んで5回裏。あれからは息吹さんも猪狩さんも無失点で切り抜けている。つまり2対0で負けている訳だ。普通にキツい……。

 

「春星ちゃん、お願いね」

 

「ん……」

 

しかしこの回は春星からなので、なんとしてもウチに勢いに付けてほしい。というか私達未だにパーフェクト決められてるってヤバくない?猪狩さん凄過ぎなんだけど……。

 

「…………」

 

「…………」

 

再び沈黙が訪れる。本当に静かだなこの2人……。そんな中で猪狩さんが投げる1球目は……。

 

(カーブ……!)

 

 

カキーン!!

 

 

初球から春星がカーブを捉え、その打球はレフトへと……。

 

『ファール!』

 

判定はファール。春星以外希皆が猪狩さんにやられちゃってるから、ここいらで取り返してほしい。このままだと本当に私達は猪狩さんにパーフェクト決められちゃう。

 

(カーブにタイミングが完璧に合ってる……)

 

(……元々春星さんは猪狩先輩の球を完璧に捉えていましたし、ここはライジングキャノン(猪狩先輩命名)で行きましょうか)

 

(当然そのつもり……!)

 

2球目……。猪狩さんはライジングキャノン(猪狩さん命名)を投げてきた。1打席目よりもホップが凄くない?

 

(この球を……待ってた……!)

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「大きいぞ!」

 

春星が打った打球はセンターへ飛んでいくけど、段々と失速していく。嘘でしょ?まだ差し込まれてるの!?

 

(くっ!届かないか……!?)

 

主将が強引に打球を捕りに行く。で、出来ればこのまま入ってほしいんだけど……!?

 

 

ガシャンッ!

 

 

主将の腕は僅かに届かず、ホームランとなった。な、なんとか1点差になったか……。

 

(打たれた……けど、ライジングキャノンにはまだ上に行ける。それを彼女は教えてくれた。まだまだ私は強くなる……!)

 

(なんとかホームランにはなったけど、実際の球場だとセンターフライだから、この打席も実質私の負け……。次に1打席勝負をする時は絶対に打つ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5回が終了。猪狩さんは後続の打者を抑えた。本当に猪狩さんがヤバいという事がわかった。私このイニングだけで何回猪狩さんがヤバいと言っただろうか……?

 

「猪狩さんは5イニング投げて、打者16人を相手に失点1、安打(本塁打)1、奪三振11個……。最高だよ!」

 

芳乃さんがぴこぴこしながら猪狩さんを褒め称えている。私がヤバいと思うくらいには結果を出してるからね……。

 

「?」

 

当の本人は首を傾げている。初心者だから、いまいち凄さがわかってないのかも知れないけど……。

 

「猪狩さんを打てたのは春星と文香、朱里の3人か……」

 

「春星ちゃんと文香ちゃんが2回ずつ、朱里ちゃんが1回猪狩さんの球を当ててるのよね……」

 

「でも猪狩さんが決め球(ライジングキャノン)を投げた相手は春星だけなんですよね」

 

木虎がどういうリードをしてるのかによるけど、決め球を春星以外に温存していながらも奪三振11個は凄い。これは最早全国トップクラスだ。惜しむべくは猪狩さんが私達と同学年である事くらいかな……?

 

「じゃあ残りのイニングも頑張ってね!」

 

芳乃さんはそう言って、向こうのベンチに走って行った。

 

(それに対して息吹さんは同じ5イニングを投げて、失点2、安打5、本塁打1、奪三振が8……。こっちもこっちで快挙なんだよね。猪狩さんの活躍で霞みがちなのがとても惜しい)

 

向こうのチームは渡辺に代わるみたいだ。私達の方はどうしようかな……?



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部内紅白戦⑦

紅白戦最終回!滅茶苦茶強引!あと今日はオマケも投稿していますので、興味がある方々は是非見ていってください。


チーム虎は渡辺が、チーム山は川原先輩がバトンを受け取り、それぞれ2イニングを投げ抜いた。

 

渡辺も、川原先輩も、ランナーを背負いつつも無失点で凌ぐ。うちの投手陣はこんなにも頼もしいんだね……。

 

(まぁ互いに無失点で凌いでるって事は私達が負けている訳なんだけど……)

 

しかも既に7回裏のツーアウト。そんな状況で迎える最後の打者は……。

 

「…………」

 

我等がチーム山の4番打者、陽春星だ。

 

「……もう1度勝負したい」

 

『えっ……?』

 

春星の言葉に全員がきょとんとした。唐突だもんね。仕方ないね。

 

「……もしかして猪狩さんと?」

 

私が春星に尋ねると、春星はコクンと頷いた。可愛い動きしやがって……!

 

「……私は構わない。星歌が良いと言うなら」

 

「えっ?星歌!?」

 

猪狩さんは渡辺が代わっても良いって言うなら春星との勝負をするみたいだ。そして呼ばれた渡辺は物凄く戸惑ってる……。

 

「せ、星歌は別に構わないよ。春星さんとの勝負はこれからの紅白戦でも出来るから……。猪狩さんは春星さんと勝負……したい?」

 

「……春星との勝負は1勝1敗。ケリを着けるという意味でも、私は春星と勝負したい」

 

「そっか……。じゃあ星歌はライトに戻るね。応援してるから!」

 

「ありがとう……」

 

渡辺の許可を得て、再び猪狩さんがマウンドに。

 

「この時を待ってた……!」

 

「この紅白戦……どの打者との対戦も楽しかったけど、春星との勝負は特に楽しかった。もう1度勝負出来るのはとても光栄……」

 

心なしか春星も、猪狩さんも楽しそうにしている。猪狩さんに至ってはこの紅白戦が初マウンドだよね?もしかして猪狩さんってジャンキー側の住人?

 

「紅白戦には延長戦がないから、実質これが最後の春星ちゃんの打席だね!」

 

「春星さんが猪狩さんを打つか、猪狩さんが春星さんを抑えるか……。とても興味深いですね」

 

芳乃さんと藤井先生もこの2人の勝負を楽しみにしている。

 

(これは……私のリードが責任重大ね。猪狩先輩の決め球を上手く活かせる采配をしなければ……!)

 

(初球から全力で行く……!)

 

猪狩さんは初球から決め球のライジングキャノン。その球威はこれまでの中で1番だろう。この局面でまだ威力が増すのか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「…………!」

 

「…………」

 

春星が空振り!?差し込まれる事はあっても、空振りはなかった筈……。しかもこの手の球は春星にとっては得意球なのに、空振りだなんて、猪狩さんはこの試合だけでどこまで成長するんだよ!?

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

2球目のライジングキャノンを春星はドンピシャのタイミングで捉える。今のでも僅かにボールの下を叩いてたか……。

 

(楽しい……!)

 

(楽しい……!)

 

((いつまでも、この勝負を続けたい……!))

 

本当に2人共楽しそうだね。周りもこの空気に触発されて、ウズウズしてるし。かくいう私もね……。

 

(……今出せる全力を、ここにぶつける)

 

(ライジングキャノンですね。悔いのないピッチングをお願いします)

 

(ん……)

 

3球目……。恐らくこの1球で2人の勝負が、紅白戦の結果が決まる……!

 

(私の全力の1球を……食らえ……!)

 

(絶対に……打つ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!?」

 

「だ、打球は!?」

 

「…………」

 

「…………」

 

(最高の……1球だった)

 

打球は春星の2打席目と同様に、センターネットに直撃。ホームランとなった。

 

ベースを回っている春星も、春星に打たれた猪狩さんも無言だった。恐らくこの1打席の余韻を感じているのだろう。本当に素晴らしい勝負だったよ……。



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紅白戦を終えて

『ゲームセット!!』

 

猪狩さんから再び渡辺に代わり、渡辺が5番、6番を抑えて引き分けとなった。

 

「新越谷初の紅白戦は引き分け終わり……か」

 

「次の紅白戦では私も投げたいなー」

 

「これから紅白戦は毎週土曜日と第1週、第3週の日曜日にやるからね!」

 

芳乃さんが笑顔でそう言った。紅白戦はこれからの恒例行事になるみたいだね。

 

「第2週、第4週の日曜日はこれまで通り、他校との練習試合を組む予定ですので、覚えておいてください。そこでも新入部員の実力を確認したいので」

 

『はいっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の部活が終わり、それぞれが帰路に着く。私と春星は帰る家が同じなので、2人で歩いている。

 

「……今日は楽しかった」

 

「良かったね。楽しめて」

 

「最初は朱里へのリベンジばかりを考えてた」

 

そ、そういえば部室に来る前はそんな事を言ってたっけ……?

 

「でも猪狩センパイと勝負をして気が変わった。もっと色んな投手とも勝負をしたくなった。台湾にいた頃は相手投手との勝負が楽しいと感じる事はなかった……」

 

「春星……」

 

世界大会で春星のいた台湾代表と試合をした時はただ淡々と野球をしていたように見えただけに、今日の春星の精神面においての成長はかなり大きいものになる。

 

「明日からは武田センパイとも、息吹センパイとも、藤原センパイとも、川原センパイとも、渡辺センパイとも、そして朱里とも……どんどん勝負したい」

 

「ほ、程々にね……」

 

……いや、これただ単にジャンキーが1人増えただけだったよ。

 

「ただいま……」

 

あっ、そうこうしてる内に家に着いちゃった……。

 

「2人共お帰りなさい。2人にお客様が来てるわよ」

 

私達に客人……?私達2人に用がある人ってまさか……。

 

「待ってた」

 

「姉さん……」

 

や、やっぱり秋月さんか……。私だけならともかく、私と春星の2人に用がある人ってこの人しかいないもんね。あとは春星と秋月さんのご家族くらい?

 

「今日はオフだったから、久し振りに春星や朱里と話がしたかった」

 

「そ、その為にわざわざ千葉から……?」

 

「もちろん。妹に、家族に会う為に休みを利用するのは当たり前」

 

春星を家に迎え入れるにあたって、陽春星の姉である陽秋月さんがシスコンである事がわかった。しかも本人には自覚がないと言うね?

 

秋月さんはこの春から千葉にある男女混合のプロ野球チームに所属している。

 

※この小説のプロ野球チームはオリジナルですが、陽秋月等が所属しているチームのイメージは千葉ロッテ◯リーンズと思ってください。詳しくは当小説の続編に当たる『最高の選手を目指して!』に掲載予定。

 

「春星はもちろん、朱里の事も妹のように思ってる。何か困った事があったら力を貸す。母校の梁幽館よりも優先するから……」

 

「そこは母校を優先しましょうよ……」

 

梁幽館の人達が泣いちゃいますよ!全く想像出来ないけど……。

 

「……可愛い妹の顔も見れたし、梁幽館に寄って帰る」

 

「姉さん、送ってく……」

 

「春星はゆっくりしてなよ。今日の紅白戦で疲れてるだろうし、私が送ってくよ」

 

「朱里……。わかった。ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春星はどうだった?入学式から早々に紅白戦があったみたいだけど……」

 

「大活躍でしたよ。彼女がいなければチームは負けてたかも知れません」

 

「部に馴染めてるみたいで良かったよ。あの子は人見知りな部分があるから、心配だったんだ」

 

秋月さんに聞くところによると、春星は台湾のシニアチームでも余り人とは会話せず、黙々と練習に励んでいたらしい。まぁ寡黙だもんね。

 

「……でも新越谷ならあの子は変われる気がする」

 

「変わりますよ。絶対に……。私達が保証します」

 

「あの子を……お願いね」

 

「任せてください」

 

小さく手を振って秋月さんと別れる。秋月さんにも頼まれたし、春星がもっと新越谷に馴染めるように頑張らないとね……!ってあれ?秋月さんが立ち止まったんだけど……?

 

「……私の事はこれからお義姉さんと呼んでも良い」

 

「え、遠慮しておきます……」

 

それ言う為にわざわざ立ち止まったのこの人……?



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地獄の合同合宿 プロローグ

あの紅白戦から3週間程過ぎたある日。新越谷高校野球部宛に封筒が届いていた。

 

「な、なんだろうあの封筒……?」

 

「机の真ん中に添えてあるのが気になりますね」

 

「しかも心なしかあの封筒からオーラが感じられるんだけど……」

 

私、山崎さん、照屋さんが1番乗りで部室に到着して、最初に目に入ったのが机の中央に置いてあるあの茶封筒だった。

 

「ど、どうするの?」

 

「内容は気になるけど、読むのは全員が揃ってからにしようか」

 

……という訳で、皆の到着を待つ事に。その間私達はあの圧を放っている(ような気がする)封筒から目を逸らす。でもチラチラと見ちゃう。だって気になるんだもの!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「野球部宛に届いた封筒……ですか」

 

「はい。私達が部室に来た時には既に置いてありました」

 

一体誰が何の目的でこの封筒が置いてあるのか気になってしまう。特に武田さんと雷轟が読みたそうにウズウズとしていたのを私と山崎さんで制止するのは大変でした……。

 

「この場に全員揃いましたし、早速封筒を開封しましょうか」

 

「は、はい……」

 

藤井先生の指示に従い、封筒を開封して内容を読む(何故か私が読むように言われた)。

 

「えっと……?『新越谷高校の諸君を我が洛山高校の地獄の合同合宿に招待する。自信がある者、強くなりたい者、己を変えたい者、無謀者、死に急ぎたい者はこの地獄に来られたし!』って書いてあるね……」

 

「じ、地獄の合宿!?」

 

「ど、どんな内容なんだろう……」

 

そもそも後者2つはなんか可笑しいよね?死に急ぎたい人なんかいてたまるかって話だよ。

 

「非道さんや清本の話によると獄楽島ってところで練習を行うみたい。内容は毎年変わってるらしいよ」

 

「そ、それって全員参加なのか……?」

 

「いや、先着5名様って書いてる。参加する場合は書名して、洛山高校に封筒を送れば良いんだって」

 

「参加しない場合は向こうに連絡を入れれば良いみたいですね」

 

藤井先生が言うように、参加者0人でも良いみたい。まぁ地獄の合宿っての書いてあるし、好き好んで参加する人なんていないと思うけど……。

 

「折角ですので、新越谷からも参加者を募りましょうか」

 

藤井先生の発言に辺りの空気が凍り付いた。あれ?今って春だよね?

 

「一応確認を取りますが、立候補者はいますか?」

 

「ち、ちなみにどれだけキツいとかってわかりますか?」

 

「早川さんが先程言ったように、練習内容は毎年変わりますが、一昨年にあったしごきが可愛く思えるレベル……だと思ってください」

 

その発言で更に震え出す人達も出始めた。まぁしごきって聞いたらそりゃ震えるよね……。だからあくまでも自由参加な訳だけど。

 

「…………」

 

「えっ?あ、朱里ちゃん!?」

 

まぁ私は参加するけどね。今の私では沢山いるライバルに勝つのは難しくなる……と常々思っていたところだし、これを機に殻を破る必要がある。

 

(あとは生きて帰れる事を祈るばかりだ……)

 

「まずは早川さんですね。あと4人ですが、他に参加したい人は……」

 

『はいっ!!』

 

うわっ!今度は全員が挙手した!?なんでそんな急に立候補したの!?

 

「……流石にここまで多いのは予想外でしたね。では残り4人はクジ引きで決めましょうか」

 

こうして洛山主催の地獄の合同合宿がGWに開催される事となった。



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地獄への入口

今日から洛山主催の合同合宿だ。確かここに船が来るって聞いてたけど……。

 

「あっ、朱里ちゃんだ!おーい!!」

 

「おはよう、朱里ちゃん」

 

「地獄の合宿ってどんな内容だろう……」

 

「でも合同合宿ってなんかワクワクするよね!」

 

新越谷の代表は武田さん、山崎さん、川原先輩、雷轟、そして私の5人。

 

「どんな合宿になるかはわからないけど、私達にとってプラスになる事は間違いないし、絶対に乗り切っていきましょう」

 

『うんっ!』

 

……って、なんで私が仕切ってるんだろう?

 

「あら?ヨミに珠姫?それに早川さんと遥ちゃんも……」

 

「えっ?真深ちゃん!?」

 

「それにウィラードさんも……」

 

上杉さんとウィラードさんが船着き場にやってきた。まさかこんな所で会う事になるとは……。

 

(えっ?なに?もしかして遠前高校も合同合宿の参加者なの!?)

 

でも風薙さんがいないな……。タイミングが良いのか、悪いのか。でももしも風薙さんがこの合宿に参加していたら、雷轟と衝突してたと思うし、これで良いの……かな?

 

「世界大会振りね。貴女達も洛山から招待状が来てたの?」

 

「まぁね……。という事は上杉さん達のところにも?」

 

「ええ。私達の高校は私とユイと……そしてもう1人の3人がこの合宿の参加者なの」

 

もう1人……ってもしかしてあそこで釣りをしてる人じゃないよね?

 

「あれ?由妃は?」

 

「あそこの釣り堀で釣りをしているわ。相変わらずマイペースよね……」

 

あっ、やっぱりあそこで釣りをしてる人なんですね。柳大川越の朝倉さんと仲良くなれそうだな……。

 

「由妃ーっ!もうすぐ出発の時間になるから、釣りは止めておきなさい!」

 

「わかったわ。ブラックバスを6匹程釣ったから、個人的には満足よ」

 

しかも結構釣れてるし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紹介するわね。彼女は私達と同じ高校に通ってる……」

 

「夢城由妃です。目に入れても痛くない双子の妹がいるわ。趣味は釣りと陶芸よ」

 

な、なんか個性的な人だな……。しかも双子の妹がいるんだ……。

 

「でもまさか真深ちゃんとウィラードさんが日本の……それも同じ高校に通ってるなんて知らなかったよ」

 

「私としてもこんなタイミングで知られる事になるとは思わなかったけれどね……。でもヨミ達と合同合宿をするのは楽しみね」

 

「私も!」

 

武田さんと上杉さんが仲睦まじく会話している。従姉妹とは言え、本当に話すのが楽しそうだ。

 

「ヘーイ!ここがゴクラクジマに行く船着き場で間違いないデスカ?」

 

「わわっ!いきなり外国人に絡まれちゃったよ!?」

 

「いや、私達この人と面識あるから。なんなら対戦もしてるから……」

 

「あれ?そうだっけ?」

 

なんで武田さんは忘れてるんだろうか?こんな濃い人は中々忘れられないと思うんだけど……。武田さんが直接相手してないから?

 

「バンちゃん早いってばー!」

 

「余りはしゃぐと他の参加者に迷惑よ。日葵も少し落ち着きなさい」

 

「ど、どうしよう瑞希ちゃん!あの上杉真深さんとウィラード・ユイさんも参加してるよ!」

 

「鋼さんはむしろ日葵さんとバンガードさんの度胸を見習うべきかも知れませんね」

 

東の方から来たのは二宮、佐倉姉妹、鋼さん、バンガードさんの白糸台の2年生達だ。

 

「……やっぱり白糸台も来てたんだね」

 

「洛山と白糸台は毎年合同合宿を行っているみたいですからね。洛山名物の地獄の合宿には去年は行ってなかったみたいですが……」

 

二宮の話によると、3年前に神童さんと大豪月さんがこの地獄の合宿で切磋琢磨していたらしい。

 

「お~、揃ってるねぇ~」

 

「こ、今年は思ったよりも参加者が多いですね……」

 

「わざわざ3校に招待状を送ったからね~。10人くらいは来てくれなきゃ困るよ~」

 

非道さんと黛さんが船着き場へ。私達を迎えに来たのかな?

 

「洛山高校名物の地獄の合宿へようこそ~」

 

「わ、私達洛山高校の合宿参加者は先に現地で待機しています。私と非道さんは参加者の皆さんを迎えに来ました……」

 

「それじゃあ皆船に乗って乗って~」

 

非道さんが指差す先に、1隻の船が止まっていた。結構大きい船だ……。

 

「全員乗ったら出港するよ~」

 

ほ、本当に今から合同合宿が始まるんだね……。



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獄楽島

「目的地までは約3時間掛かるから、今の内にゆっくり休んでおいてね~」

 

船が動いた直後、非道さんはそう言った。船の中ではそれぞれ休んでいる人、はしゃいでる人、トランプ等で遊んでいる人とわかれていた。ちなみに私は休んでるよ。ただでさえ体力がないからね!

 

「ストレートフラッシュよ」

 

「嘘!?また負けた……」

 

「由妃ちゃん、ポーカー強いわね……」

 

武田さん、上杉さん、夢城さんがポーカーをしていた。なんか遠足に来ている気分になってくるよ。他にも遊んでる人がいるみたいだし……。

 

「このカバルドン堅過ぎじゃない?攻撃が3段階上がってるザシアンのきょじゅうざんを耐えられたんだけど」

 

「これは完全に防御特化だね~」

 

「しかもカバルドン側は欠伸でザシアンを流しに来てますね……」

 

「3分の1木の実を持たせていますので、仮にザシアンを引っ込めて再び出したとしても、1段階上昇のきょじゅうざんくらいならまだ耐えてくれます」

 

「完全に欠伸ループにはまりそうだね~」

 

向こうではポケモン対戦してる人達がいた。なんでSwitch持ってきてるのこの人達……。しかも対戦してるの二宮とウィラードさんかよ!?非道さんと黛さんが観戦してるし……。

 

「(-.-)Zzz……」

 

「(-.-)Zzz……」

 

雷轟は何故かバンガードさんと一緒に寝てるし……。というか1番騒がしい2人が寝てるから、こんなに船内が静かなんだね。

 

「な、なんか緊張感ないね……」

 

「これから洛山主催の合宿が始まるって言うのに、こんな呑気に構えてて良いのかな……?」

 

私の横には山崎さんと、川原先輩がそのように呟く。この光景を見てれば自然とそんな言葉が漏れるよね……。

 

「……まぁ合宿までに少しでも気持ちを落ち着かせる為に、ああしてリラックスしてるのかもね」

 

真相はわからないけど、私は他人の心配をしている余裕はないからね。

 

「新越谷の方も主将と木虎が率先してチームを引っ張ってるみたいだし、チームとしてもまとまりが出来てるよ」

 

「藍ちゃんって冷静な子だと思ったのに、意外と投手を引っ張ってるよね」

 

川原先輩は4月の練習試合や紅白戦で木虎とバッテリーと組む事が多い。バッテリーの相性は色々あるけど、今のところは山崎さんよりも木虎の方が相性的には合ってる。

 

「私も……負けてられないな……!」

 

「一皮剥けるように、この合宿に努めるしかないね」

 

それからも私達3人は目的地に着くまで新越谷の今後の事を話し合った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~い、ご到着~」

 

船を降りたその先は……。

 

『む、無人島……?』

 

人気が一切ない無人島だった。

 

「こ、ここは私達洛山高校が合宿の時に利用している無人島で……」

 

「その名も獄楽島~。詳細の続きは彼女に任せますね~。ではお願いします~」

 

非道さんのところに、1人の女性が来る。な、なんか大豪月さんみたいな圧を感じるな……。

 

「諸君、よくぞ獄楽島まで来てくれた。これから5日間は私の考えた地獄の練習メニューをこなしてもらう」

 

女性の発言に辺りが騒然とし始める。そりゃ地獄の練習メニューとか言われたら、そうなっちゃうよね……。

 

「だが強制はしない。無理だと思ったら休め。昨今はそういうルールが煩いからな。だが元気のある内は練習をしてもらうぞ」

 

本当にこれから始まるんだ。地獄の合宿が……!

 

「昔に比べたら、大分甘いですよね~」

 

「まぁ世間体……というか、問題を起こし過ぎるな……と釘を刺されているからな。貴様や大豪月を鍛えていた頃なんかは平気で死人も出ていた」

 

……この2人の会話は聞かなかった事にしよう。



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地獄の始まり

非道さんと物騒な会話をしていた人が私達の練習メニューを考えているのか……。強制ではないとは言え、滅茶苦茶キツイ練習が待ってるんだよね?

 

「どうせ5日間限りの付き合いだ……。貴様等に名乗る名などない。とりあえず私の事は社長と呼べ」

 

『な、何故に社長……?』

 

ここにいる非道さんと黛さん以外の全員がそう呟いた。

 

ちなみに今年のGWは7日間あるよ。やったね!

 

「人数は非道と黛を除けば……13人か。それなら一括りで練習が見られそうだ」

 

「そうですね~。彼女達にはとりあえずウチの子達がやってるメニューで良いんじゃないですかね~?」

 

「……そうだな。あとはそれぞれ別の練習メニューを考えていけば良かろう。連中のデータもあるしな」

 

データ?私達について何かしら知ってるのかな……?

 

「それと……そこのおまえと、そっちにいるおまえ」

 

えっ?私!?もう1人はウィラードさんだし……。

 

「な、なんでしょうか……?」

 

「貴様等2人は通常の練習の後に、特別メニューUをやってもらう」

 

「と、特別メニュー……?」

 

「詳細の方はまた後に話そう。それと……前の方で固まってる中で端にいるやつと、後ろの方にいる3人!」

 

次に呼ばれたのは武田さん、川原先輩、鋼さん、夢城さんの4人。

 

「貴様等には特別メニューAを施してやる。ありがたく思え」

 

「よ、喜んで良いんですか……?」

 

「特別メニューに選ばれた連中は洛山の中でも数少ない……。貴様等はそれに選ばれたんだ。光栄に思え」

 

「は、はいっ!」

 

「最後に……先程呼んだ前の方で固まってる奴の隣のおまえと、そこのアホ面2人!」

 

最後の3人……前者は上杉さんだけど、後者は……。

 

「ア、アホ面!?」

 

「し、失礼デース!」

 

アホ面2人は雷轟とバンガードさんだった。まぁアホな事を考えていそうではあるね。口には出さないけど……。

 

「貴様等には特別メニューSだ。以上の連中には通常の練習の後に特別な練習を与える。キツかったら、早いところギブアップするんだな」

 

微妙に優しいところがあるのがさっき非道さんと話していた昔と比べて楽になった……というやつだろうか?

 

「それと今から海に浸かるからな。全員、汚れても良い水着に着替えておけ」

 

(水着……。確かに洛山からもらった招待状には汚れても良い水着と汚れても良いジャージ類を持ってくるように書かれていたから、それ等を着用してたここでの練習メニューに臨む訳か……)

 

私達はそれぞれ水着に着替える。この小説初の水着回が合同合宿ってマジ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……全員着替えたようだな。本来なら今いる島まで泳がせる予定だったが、昔に比べて簡単に問題になってしまう……。だからギリギリそのラインを越えないように、わざわざ遠泳の項目を消してやった。時代に感謝するんだな」

 

「私と大豪月さんなんかこの島まで泳がされたんですよね~」

 

「まぁそれも10年以上前の話だがな」

 

どうやら非道さんと大豪月さんは過去にこの島まで泳いで来た経歴があるらしい。しかも10年以上前って……7、8歳くらいの時だよね?しかも海は滅茶苦茶荒れてるし、下手すれば死んじゃうよ?

 

「それでは地獄の練習メニューその1を発表する……!」

 

社長の発言に私を含む全員が息を呑んだ。ど、どんな練習をするんだろう?しかも水着で……。



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鯉のぼり

「さて……地獄の練習メニューその1はまずこのぶら下がっているロープに登ってもらう」

 

私達はボートで海の真ん中まで来て、大きな岩2つに括られているロープに登るようにボートで待機している社長に言われている。

 

「さぁ始めろ!」

 

社長の掛け声によって私達はロープに登り始める。

 

「こ、これ結構キツいかも……」

 

「バランス取るのが大変……」

 

確かに登るのは結構大変だけど、これくらいこなさなきゃ……強くなんてなれないよ!

 

「あはは!これ楽しーい!」

 

「なんか木登りをしてる気分になるわね……」

 

「こんな不安定な木登りなんてないわよ」

 

それでも何人かは余裕でスルスルと登っていく。流石フィジカルの塊……。

 

(私も負けてられないね……!)

 

私だって最近は基礎トレを欠かしてないんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やっと登れた……」

 

「これで全員……かな?」

 

私達13人は途中で落ちずに、登り切った。

 

(でもこれで終わりなら、あまりにもあっさりし過ぎているような……?)

 

「ほう?登るだけなら、然程苦戦はしないという訳か……」

 

「もちろん!私達だって毎日厳しい練習してるんですよ!」

 

社長の言葉に雷轟がぶら下がりながら、自信満々に答えた。なんか格好付かないな……。

 

「成程な。だが本当の練習はこれからだぞ?」

 

『えっ!?』

 

「ま、まだあるんですか!?」

 

「当然だ。ただロープに登るだけなら、中学生でも出来る。言っただろう?まずぶら下がっているロープに登ってもらう……と。登ってそれで終わりだとしたらとんだ甘ちゃん共の集まりだな」

 

な、成程ね……。確かにこれだと地獄と呼ばれるには少し甘い気がしてたんだよ。

 

「練習メニューその1は両腕でぶら下がり、その体勢で耐え抜くもの……通称鯉のぼりだ。30分間ぶら下がった状態でいてもらうぞ」

 

社長に言われてそのまま両腕でぶら下がる。

 

(キツさがさっきと全然違う……)

 

「先程までに比べて段違いにキツいと思っているだろう……。この練習は両腕の筋肉、持久力、忍耐力を鍛えるものだ。ちなみに去年の秋頃に洛山野球部の部員達の中で半数以上はこの練習をクリアし、それ以外の者達は再びこの島に訪れ貴様達と同じようにこの練習メニューをこなしている」

 

「ちなみにもしも誰かがその洛山部員達と同じように力尽き、海に落ちてしまった場合はどうなるのですか?」

 

質問をしたのは二宮。確かに私もそれは気になっていたけど、この状況で余裕そうだな……。

 

「仮に貴様達が途中で力尽きて海に落ちた場合は……貴様達に『根性無し』の烙印をくれてやろう。洛山野球部の部員達は年に1回、一部の連中は年に2回はこの島に訪れては私の地獄の練習メニューをこなしている……。貴様達のような甘ちゃん共がどこまで粘れるか見せてもらおうか?」

 

(あの非道が選んだ高校の連中の中でも更に選ばれた者達だ……。この程度の練習で根をあげるような軟弱者ではないだろう)

 

こ、この体勢本当にキツい。最近コツコツやってた基礎トレがなかったら、今頃海に落ちてたかも……!

 

「あと25分だ!気張れ愚か者共!!」

 

そして社長の口が時々悪い。優しいと思われる部分があったり、乱暴だったりと、思わず二重人格なんじゃないかと思っちゃうレベル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そこまで!!」

 

「お、終わった~!」

 

「腕が千切れるかと思ったよ……」

 

(誰も落ちずにクリアするとはな……。やはり中々骨のある奴等が集まっているみたいだ)

 

「この縄登りからの鯉のぼりを最終日以外毎日やってもらう。覚えておけ!」

 

社長のその言葉に私達は軽く悲鳴をあげそうになったのは内緒の話……。



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追加練習

「全員落ちずにクリアするとは中々やるではないか。今日は初日だから終わりにするが、明日以降は倍以上のキツさが待っているから、それ相応の覚悟をしておけ!」

 

『はいっ!』

 

なんか体育会系になってきた気がする……。

 

「明日からは洛山野球部の代表と個人的に来ている奴等も合流する……。力を合わせて、私の練習メニューから生き残る事だな」

 

「この後は食事と入浴、それ以降は就寝、朝は4時起床だから、疲れた人達はゆっくり休んでた方が良いよ~」

 

4時起床か……。私は朝がそんなに強くないから、眠気に負けそうだよ。

 

「それと……練習前に呼んだ連中は食事の後でそれぞれの場所で待っておけ」

 

メニューUの私とウィラードさん、メニューSの雷轟とバンガードさん、上杉さんはこの海で待っているように言われ、メニューAの武田さん、川原先輩、鋼さん、夢城さんの4人は林の方で待機しておけとの事だ。

 

ちなみに山崎さんと二宮もそっちに着いて行くみたい。チームのエースの監視も兼ねてるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ……!」

 

「す、凄い豪華な食事……」

 

誰かが洩らした言葉に同意する。カルパッチョ、ローストビーフ、ピザと……これは稲荷寿司?なんかバターが掛かってるっぽいけど……。

 

「これ等の料理はこの島に来ているシェフが作ってくれている。彼女に感謝するように!」

 

「……ってこれを1人で作ってるの!?」

 

「去年の秋頃から自主的にこの島に来る条件として、食事を作ってもらっているからな。私もこれ程の料理がお目にかかれるとは思わなかったが……」

 

社長の後ろにいる人がこの数々の料理を作ったシェフが……ってあのシェフなんか見覚えがあるんですけど!?

 

「…………」

 

「あ、あれって美園学院の三森さんじゃ……?」

 

山崎さんが言ったように、シェフの招待は三森3姉妹の1人……夜子さんだった。えっ?これを1人で作ったの!?

 

「今回もよく出来た料理だったな」

 

「これくらいは朝飯前。それに今回のは最近の中では自信作の創作料理……」

 

しかも頻繁にこのレベルの料理を作ってるみたい。朝海さんと夕香さんって滅茶苦茶良いものを食べてるな……。正直羨ましい!

 

「……ちなみに他の姉妹も来てるの?」

 

「姉さん達は明日になると洛山の人達と合流する予定……。私はシェフとして社長に呼ばれて、一足早くこの島に来た」

 

私の質問に対して夜子さんはそう答えた。今の発言から三森3姉妹が秋頃から洛山の地獄の合宿に参加してるみたい。園川さん達はこれに対してどう思っているのかも気になるところだけど、私が気にしても仕方ないか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事が終わり、私達5人は海のまえまで来ている。食事は滅茶苦茶美味しかったです。もうコックになれよ夜子さん……。

 

「待たせたな」

 

社長が何やら担いでいる。なにあの馬鹿みたいに大きいの……。竹?

 

「し、社長……?その担いでいるのはなんですか?」

 

「メニューSの連中用に竹林から切り出した竹だ。3つある」

 

3つ……?ああ、雷轟、上杉さん、バンガードさん用に持って来たの?

 

「その大きい竹で何をすれば良いんデスカ?」

 

「素振りだ」

 

「えっ?」

 

「素振りだ。この竹に付いている葉が全て落ちるまでな。ただし休憩はありだから、気にせず体力のある時に振り続けろ」

 

「これを……振り続ける?」

 

「こんなの……普通の人間じゃ出来っこないわよ」

 

ウィラードさんの言う通り、普通の人間がやる事じゃないし、出来る訳がない。しかし……。

 

「無理だと思っているな……?だが洛山高校の清本和奈は既に3本分の竹の葉を全て落としているぞ」

 

や、やっぱり清本もこの練習をこなしていたのか……。やるねチビッ子スラッガー。

 

「更に清本和奈には私から竹を送って自主トレをしてるぞ」

 

どうやって送ってるんだろう……。

 

「和奈ちゃんには負けられないね!」

 

「ナンバー1スラッガーになる私には必須科目デスネ!振ってやるデス!」

 

「清本さんの素早いスイング……その秘密がこの竹を振る事にあるとしたら、私もそれに近付けるかしら?」

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

3人は早速竹を振り始めた。うわっ!凄い勢い!

 

「これが特別メニューS……覇竹の素振りだ!」

 

覇竹の素振り……清本がやった高速スイングの元がこんな厳つい練習だったとは……。

 

「そしてメニューUの貴様達にはこの小石を……」

 

 

バシャッ!バシャッ!バシャッ!

 

 

「このように投げてもらう」

 

「これって……水切りですか?子供の頃とかによくやった……」

 

「その通り。遊び程度なら2、3回で良いが、貴様達には20回以上はやってもらう!」

 

「「に、20回以上!?」」

 

「そうだ。早川朱里に、ウィラード・ユイ。貴様達2人はアンダースローの投手としての決め球……燕の完成形を極める為にやるんだ」

 

「……というか早川さん、貴女もアンダースローだったのね。世界大会ではオーバースローだったから、わからなかったわ」

 

「まぁリトル時代はアンダースローだったしね」

 

こんな形でウィラードさん達に私がアンダースロー投手だって知られるとは思わなかったけど……。

 

「22年前に世界一のアンダースロー投手である早川茜もこの練習をこなして燕を完全な代物に仕上げたんだ」

 

「「そ、そうなんですか!?」」

 

ん?あれ?なんでウィラードさんも反応したの?

 

「ウィラードさんって早川茜さんの事を知ってたんだね……?」

 

「だって私はあの人のアンダースローに惹かれて今の私がいるんだもの。そう言う早川さんだって……」

 

「や、だって私の母さんだし……」

 

「そ、そうなの!?確かに同じ早川だけど、そんなに珍しい名字じゃないし……」

 

なんだこれ?ウィラードさんとは仲良くなれそう。もしも私とウィラードさんが同じ学校の野球部だったら、互いに切磋琢磨してたのかな?

 

「と、とりあえずやってみようか……」

 

 

バシャッ!バシャッ!

 

 

水切りなんて久し振りにやったけど、余り跳ねなかったな……。

 

(ん?これを20回以上ってもしかして滅茶苦茶キツい?)

 

 

バシャッ!バシャッ!バシャッ!バシャッ!

 

 

(ウィラードさんの方は一発で4回跳ねてる!?これは私も負けてられないな……!)

 

私とウィラードさんが水切りをしている横で、雷轟、上杉さん、バンガードさんで馬鹿みたいに大きい竹を振ってる。これを昔の人々はやってたんだなぁ……。



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同時刻では

山崎珠姫です。社長に言われた林にヨミちゃん、光先輩、鋼さん、夢城さんの4人と、付き添いとして私と二宮さんがいる訳だけど……。

 

「待たせたね~」

 

林の方にやって来たのは非道さんだった。なんか大量の薪を抱えてる……。

 

「ふぃ~。よっこいしょっと~」

 

 

ドスンッ!

 

 

「あ、あの……その薪は……?」

 

「ん~?社長に頼まれて、君達メニューAに選ばれし者に必要なものだよ~。あとはこれね~」

 

そう言って非道さんは背中から何かを取り出した。あれは……斧!?しかも大きい……。

 

「そ、それって斧ですよね……。それを使って何をするんですか?」

 

「簡単だよ~。この斧で~」

 

 

バキッ!

 

 

「このように勢い良く一刀で薪割りをしてね~。社長が指名した4人にはこれを乗り越える素質があるからね~」

 

「ただの薪割りね」

 

「そそ~。ここにある材木を同じ要領で全部薪にしてから、さっきみたいな薪割りをしてね~」

 

そう言って非道さんは去って行った。しかし……

 

「こ、これを本当に割るの……?」

 

「そのようですね。先程の非道さんの動きを見るに、全身の筋力を使ってこの斧で薪割りをするみたいです」

 

「やり方は非道さんのを見てわかったわ。それなら私達4人は薪割りを繰り返していれば良い。それだけで特別メニューは終了よ」

 

 

バキッ!

 

 

1番最初に動いたのは夢城さん。あんなに大きい斧をなんの躊躇いもなく、材木を割り始めた。

 

「わ、私達も続くよ!」

 

「そうだね……。この中で唯一の3年生として負けられないかも……」

 

「よーし!」

 

 

バキッ!バキッ!バキッ!

 

 

す、凄い。皆が次々と薪を割っていく……。これが終われば確かに大幅な筋力アップになるかも!

 

「ペース配分はしっかりと考えてくださいね。最初に飛ばし過ぎると、後半に疲れが出ます」

 

「そ、そうだよね!自分のペースでやるのが大切だよね!」

 

「焦らずに、ゆっくりと……」

 

「でも……」

 

「…………」

 

 

バキッ!バキッ!

 

 

無言で黙々と材木を割っている夢城さんと……。

 

 

「そいっ!!」

 

 

バキッ!

 

 

変な掛け声で材木を割っているヨミちゃんを見ていると、なんだか負けられないって気分になってるかもなんだよね。光先輩と鋼さんは……。

 

「……と、とりあえず私達は自分のペースで頑張ろっか」

 

「そ、そうですね!」

 

「それが良いでしょう。ただでさえこの斧はそれなりの重量があります。非道さんは全身の筋力を使ってこの斧を振り下ろすみたいですし、タイミングを間違えば、身体を壊す事になると思います」

 

「それにあの4人と、海の方にいる5人はそれに加えて私達と同じ練習メニューもこなさなきゃだし……」

 

「海にいる5人もそうですが、彼女達がオーバーワークにならないよう、私達でよく見ておいた方が良いでしょうね。一応洛山の非道さんと黛さんが監視役も兼ねていますが、念の為に私達も監視しておきまきょう」

 

「う、うん。そうだよね……」

 

ヨミちゃん達と朱里ちゃん達……敵も味方も関係なしに、選手生命が終わらない事を祈るばかりだね……!



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合流組

「全員……起床っ!!」

 

午前4時。私達は社長の声によって起床。み、耳がキンキンする……。

 

「全員、起きたら顔を洗え。どうしても眠い奴は一発で眠気が吹き飛ぶ魔法の飲み物を用意してある。過剰摂取しない程度に飲んでくれ」

 

「洗顔が終わったら、全員昨日着た水着に着替えてね~」

 

社長が言ってた魔法の飲み物(エナジードリンク)……結構色々あるなぁ。ちらほらと魔法の飲み物を飲んでる中、私は一足先に着替えて準備を調える。

 

「準備が終わったら、早速縄登りからの、鯉のぼりをやるから、精々準備を調えておく事だな」

 

「これが合宿中は準備運動になるからね~」

 

あんなキツい準備運動があるなんて、びっくりだよね。でも洛山の人達は既に慣れているみたい……。

 

「全員乗ったな……?では行くぞ!」

 

社長と非道さんが私達をボートに乗せて、力いっぱい漕いでいる。なんともまぁシュールな光景だよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボートに乗って再び海にの真ん中に来た私達はロープにぶら下がっている人が数人……彼女達が合流組だね。その中に洛山の代表として清本やシルエスカ姉妹がいた。

 

「け、結構キツいですね。これ……」

 

「ら、洛山の人達は毎年こんな事をやってるのね……!」

 

「そういえば2人は合宿に参加するのは初めてだったね。合宿中は何度もやるから、今の内に慣れておいた方が良いよ」

 

「か、和奈が平然と言うと、説得力が半端ないわね……」

 

「ですね……」

 

ロープにぶら下がりながらそんな会話が繰り広げられていた。清本も2度目以降だから慣れているのか、平然としているけど、シルエスカ姉妹も私達に比べれば余裕がある。あの洛山の部員なだけはあるって事か……。

 

「早朝からこんな事をしているのは、後にも先にも私達くらいでしょうね……」

 

「で、でもこれが終わったら夜子の作ったご飯が食べられるし、頑張っていこうよ。朝海姉さん!」

 

「夕香……。そうね。私達は料理が出来ないし、夜子がいなければ、食生活が歪みそうだから、私達はここに着いて来たのよ……!」

 

「三森3姉妹の絆は永遠に不滅!」

 

……等と話している三森3姉妹の2人……朝海さんと夕香さんがいた。いや、君達そんな理由でこの合宿に来たの?まぁ安定した食生活は大事だけどね?

 

「そこまで!!貴様達はこれから朝食だ。食後の練習に備えてたらふく食っておけ!間違っても吐くんじゃないぞ?」

 

『はいっ!!』

 

合流した5人の内の3人……清本と朝海さん、夕香さんは一足先に泳いで朝食を食べに行った。あれって2度目以降だから泳いでるんだよね?朝海さんと夕香さんは決して夜子さんの作ったご飯が目当てで早く泳いでいる訳じゃないんだよね?確かに夜子さんの作るご飯は美味しかったけどさぁ……。

 

「彼女達は2度目だから、ああして泳いで島に戻っている。もしも貴様達がこの合宿に再び参加したいというM体質の持ち主だったら、次回以降はああして泳いで島に戻ってもらうぞ!」

 

社長は笑顔でそう言った。清本は洛山の生徒だからともかく、朝海さんと夕香さんは夜子さんのご飯を食べる為にこの合宿に参加しているM体質の持ち主に見えてしまっていた事は私の心の中にそっと仕舞っておいた……。



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第2の練習メニュー

朝食前の練習を終わらせ、朝食を食べた後、私達はジャージに着替えて次の練習メニューに入る。

 

「この練習メニューが終われば、野球の練習に入るぞ。気張れ!」

 

『は、はいっ!!』

 

「……それで諸君にはこれ等を運んでもらう。野球の練習をする野球場までな」

 

社長が見せたのは大量の丸太をロープで括られたものだった。

 

「これを運ぶって……相当重そう」

 

「でもこれが終わったらいよいよ本格的に野球の練習が出来ます。頑張りましょう」

 

「よーし!頑張って運ぶぞ~!」

 

雷轟を始めとするほぼ全員……シルエスカ姉妹も大量の丸太を持ち運ぼうとした瞬間……。

 

「待て。誰が手で運べと言った?」

 

『えっ!?』

 

社長に待ったを掛けられる。えっ?なに?手で運ばなきゃ何で運ぶっての?

 

「そこの3人を見本に運べ」

 

そこの3人……というのは朝海さんと夕香さんだ。3人を見ると四つん這いになって、背中に大量の丸太を括り付けていた。なんか馬みたい……。

 

「こ、これで運ぶんですか……?」

 

これというのは四つん這いになっている状態これはの朝海さんと夕香さん、夜子さんを指す。なんか人の尊厳を失われている気がするんだけど……。

 

「夜子の料理を食べた私達は無敵よ。今ならなんだって出来るわ」

 

「そうだね。夜子の料理を食べて力倍増よ!」

 

「姉さん達は大袈裟……。あれくらいなら家でも毎日作ってるから」

 

「何を言ってるの。夜子の料理は日々成長してる……。今日の朝に食べたトーストも絶品だったわ」

 

「そうそう。夜子はもっと自信持って料理してよね!美園学園野球部の皆も夜子の料理に中毒になってるんだから」

 

「それも大袈裟……。でも私の料理を美味しく食べてくれる皆を見てると、もっと美味しい料理を作りたくなる」

 

三森3姉妹の会話を聞きながらも、私達は今の三森3姉妹と同じ状態になった。夜子さんは入る高校を間違えたんじゃないのかと、今でも思っている……。

 

「……話を戻して、これが第2の練習メニューだ。名付けて人間輓馬だ!」

 

「ロープが食い込むし、丸太が重い……!」

 

「言っておくが、これでもまだ優しい方だ。貴様達が男だったらこれの倍以上はキツい練習メニューが待っていたぞ?良かったな。女として生まれて」

 

社長の発言からすると、私達がもしも男の子として生まれてたらもっとキツい目に遇っていたらしい。恐ろしや。

 

「ふんぬーっ!」

 

「気合いで切り抜けるわよ。前回と同じように」

 

「他の人に比べたら私達と清本和奈はまだら慣れてるけど、この人間輓馬は結構キツい……」

 

先頭を独走しているのはやはりと言うか、三森3姉妹だった。凄い勢いで進んでいる……というか引き摺っている。

 

「…………」

 

その後ろに夢城さんが黙々と着いて行っている。その約1センチくらい後ろに上杉さんとウィラードさんが続く。遠前高校勢は適応力が高い。清本は最後尾で皆が遅れていないかを確認する係だそうだ。

 

(しかし少し前から始めた基礎トレがなければ、私は倒れていたかも知れないな……)

 

四つん這いになりながらも、私達は踏ん張りながら先頭集団に着いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つ、着いたーっ!!』

 

私達は四つん這いの状態で大量の丸太を運び、野球場へと到着した。本当に死ぬかと思った……。生きているのが幸せだと思う。

 

「よくぞここまで来たな。少し休んでから、練習……。そして昼休憩が終われば……貴様達の今の実力を見てやろう」

 

この時の社長の発言の通り……私達は試合をする事になるのだけど、ドリームチームが結成される事に私はまだ気付かなかった。



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午後の予定

獄楽島内にある練習場に辿り着いた私達。先程までぐったりしていた人達も、野球の練習が出来るとわかった途端に、水を得た魚の如く、張り切っていた。

 

 

カンッ!

 

 

「セカンド!」

 

「任せて!」

 

 

バシッ!

 

 

特に機敏な動きを見せていたのは三森3姉妹。やっぱりこの中では群を抜いて素早いよね。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!どう?薪割りの成果は出てる?」

 

「う~ん、どうだろう?まだ薪割りも始めたばっかりだしなぁ……。社長も積み重ねていく事で初めて成果が発揮されるって言ってたし、これからじゃないかな」

 

「でも着々と力が付いていってる感覚はするかも……」

 

武田さんと川原先輩は社長が施した特別メニューの成果が出ているか試しているみたい。私の方はようやく水切りが10回いったところだからね……。ちなみにウィラードさんは12回くらい成功させてたのを見て、元々のアンダースローの経験の差が出てる気がする。

 

聞けばウィラードさんがアンダースローで投げ始めたのは小学6年生くらいかららしいので、かれこれ5年くらいだ。私は3年弱くらいなので、地力の差……という事だろうね。

 

「待たせたな諸君。昼休憩を行った後は試合をしてもらう!」

 

『し、試合!?』

 

試合って言っても私達は13人しかいないし、洛山の5人と三森3姉妹を合わせたら21人……。これで紅白戦でもしろって事?

 

「試合の相手は私が携わってる社会人野球チーム……黒獅子重工が務めよう!」

 

社会人野球チーム……。上杉さんとか、ウィラードさんのような超高校生級の選手がいるとは言え。黒獅子重工は社会人野球チームの中でも1、2を争う実力のチーム……。不公平感が否めないな。

 

「自慢をする訳ではないが、我が黒獅子重工はプロチームにも負けないように訓練されている選手揃いだ。普通に試合をすればこちらの圧勝だろう……。だがこちらからは3軍メンバーと洛山高校の代表者5人で挑む。これで戦力差はほぼなくなるだろう」

 

(つまり黒獅子重工の3軍メンバーに加えて清本、非道さん、黛さん、シルエスカ姉妹の5人を加えたチームと、新越谷代表、白糸台代表、遠前代表で試合をするって事か……)

 

「な、なんか凄い展開になってきたね……。瑞希ちゃんはどう思う?」

 

「黒獅子重工の3軍メンバーの選手レベルはプロ注目の高校生と同様かそれ以上……。アメリカ帰りの上杉さんとウィラードさんがこちらの味方に付き、向こうも同様にシルエスカ姉妹を加入……。総戦力を計算すれば、こちら側がやや不利……と言ったところでしょう」

 

二宮から見て黒獅子重工の3軍選手は高校生レベルに換算すると、全国トップクラスという事だ。スラッガーレベルの打者がこちら側に3人以上いるのがどう出るかって感じだね。

 

「それでは間もなく昼休憩の時間だ……。しっかりと休み、我が黒獅子重工に臨めるようにするんだ!」

 

『はいっ!!』

 

昼休憩の後に行われる試合……この試合が生涯経験した試合の中でもトップクラスの試合になる事を、私はまだ知らなかった……。



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最強のオーダー?

昼休憩を終えて、いよいよ連合チーム(仮)のオーダーを決める必要がある。それにおいての問題は……。

 

「えっと、誰か投げたい人いる?」

 

『…………』

 

(全員無言(あの武田さんですら)だ……。そりゃそうだよね。投手陣は手の内を夏大会以降の相手に晒すようなものだし、簡単には立候補出来ないよね)

 

ちなみにこの連合チームを仕切っているのは私。何故そうなっているのかと言うと、当初はこの中で唯一の3年生という事で川原先輩にチームリーダーを任せようと思ったんだけど、その川原先輩が是非とも私にリーダーを務めてほしいと言われ、他の人達からも特に反対意見はなかったから……という。

 

(絶対他にも適任がいたと思うんだよね。山崎さんとか、二宮とか、上杉さんとか、ウィラードさんとか……)

 

まぁ気にしても仕方ないか。

 

「黒獅子重工の采配次第にはなりますが、黛さんが先発を務める可能性がそこそこ高いですね」

 

「黛さんか……。洛山の中では少数……というか唯一と言っても良いくらいの技巧派投手なんだよね。球種の大小はあれど、決め球レベルの球がない……。そこがむしろ厄介になる」

 

「加えて持久力もありますので、投手戦にも強いです。それに合わせてもう1度確認します。こちらの先発は誰にしましょうか?」

 

『…………』

 

また無言。もうこれ永遠に続くんじゃないの?

 

「……はぁ。誰も投げないのなら、私が投げるわ」

 

「由紀ちゃん……」

 

溜め息を吐きながら投手に名乗り出たのは、夢城さんだった。

 

「大方自身の実力をここにいる敵同士になる予定の連中に晒す訳にはいかない……とか思っているのでしょう?私ならチームでも良くて3番手……。私程度の球種がバレたところで、遠前野球部にとって痛手にはならないわ」

 

「由紀……ごめんなさい。本来なら私達本来の投手陣が率先して投げなければならなかったのに……」

 

「別に……天王寺先輩ならきっとそうすると思ったからよ」

 

そういえば夢城姉妹は天王寺さんが川越シニアにいた頃よりも前からの付き合いらしい。シニアで夢城姉妹を見た事がないのは天王寺さんが川越シニア時代に活動している他所で、夢城姉妹は夢城姉妹で活動していたらしく、天王寺先輩がシニアを卒業してから夢城姉妹も共に埼玉を去った……。

 

(全部二宮から聞いた話ではあるけど、にわかには信じがたいんだよね……)

 

とにもかくにも、夢城さんを先発投手にしてオーダーを組むとこうなった!

 

 

1番 セカンド 佐倉日葵さん

 

2番 ショート 佐倉陽奈さん

 

3番 ファースト バンガードさん

 

4番 レフト 上杉さん

 

5番 サード 雷轟

 

6番 ライト 三森朝海さん

 

7番 キャッチャー 山崎さん

 

8番 ピッチャー 夢城さん

 

9番 センター 三森夜子さん

 

 

ちなみにクリーンアップの3人を決めるのが1番大変だった事は言うまでもない。

 

「間もなくプレイボールだ。それぞれの守備練習でもして慣らしておけ!」

 

『はいっ!』

 

1番心配なのは雷轟なのも言うまでもない。なので上杉さんにはカバーに回ってもらうようにしてもらった。雷轟のお守りをよろしくお願いしますと心の中で言っておこう。

 

今ここに、最強のオーダー(仮)が完成した。



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3校混合チームVS黒獅子重工+洛山合併チーム①

『プレイボール!』

 

試合開始。私達は後攻だ。

 

(一応夢城さんのデータが取れるのと同時に、特別メニューAの途中仕上がりを確認する良い機会か……)

 

(さて……連中の仕上がりはどのようになっているか、夢城由紀で見せてもらうぞ)

 

夢城さんが振りかぶって投げる。あれは鉞投法か……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

球速は朝倉さんと久保田さんの中間くらいか……。つまり滅茶苦茶速い。

 

「鉞投法ですか。高校生でお目に掛かるとは思いませんでしたね」

 

「由紀が本格的に野球を始めたのは遠前高校に入ってから……。天王寺先輩によって育成された選手の1人なのよね」

 

ウィラードさんの発言によって夢城さんが超初心者なのがわかった。やっぱりあの人とんでもないな……。

 

(しかし鉞投法には弱点がある……。それに気付かない程向こうも甘くはない)

 

しかも向こうの先頭打者はエルゼ・シルエスカさんだ。鉞投法の弱点に気付かないとは思えないけど……。

 

 

カンッ!

 

 

「セカンド!」

 

「まっかせて!」

 

 

『アウト!』

 

セカンドの日葵さんによるファインプレー。というかよくあんな鋭いライナーに届いたな……。流石、白糸台のレギュラーという訳か。

 

「ねぇねぇ朱里ちゃん!」

 

「どうしたの武田さん?」

 

「夢城さんって変わったフォームで投げるよね。今までの試合では見た事がないんだけど……」

 

「あれは鉞投法と言って、大きく足を上げて投げるフォームだね」

 

「なんか独特だねぇ……」

 

それはそう。なんなら初心者がやるフォームじゃない。夢城さんの身体のバネとか、柔らかさとかがないと出来ないものだ。天王寺さんはどうやって夢城さんに鉞投法の指導をやってのけたのか気になるね。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

黒獅子重工+洛山の混合チームは初回無得点に終わった。

 

「ナイスピッチ~!」

 

「ナイスピッチ~!」

 

なんか武田さんと雷轟が夢城さんを称えていた。なんだこの光景は……。

 

「よーし!先制点取ってくるね~!」

 

3校混合チームの先頭打者は初回出塁率がほぼ95%越えの佐倉日葵さん。味方にすると頼もしいの一言に尽きる。

 

(洛山の先発は……黛さんか。確か癖のある変化球で相手打者を凡退させるピッチングをするんだよね)

 

大体6、7割の力で投げて、要所でそれ以上の力で投げて得点には至らせない……という状況とチームの戦術によっては厄介極まりない。そんな投手に対して日葵さんはどのような攻め方をするのか……。

 

 

コンッ。

 

 

『初球セーフティバント!?』

 

球場全体から予想外の声が響き渡る。初回の初球からセーフティバントをするのが想定外過ぎたのだろう。敵どころか、味方もびっくりの1手だ。ただ姉の陽奈さんと白糸台の代表者は然程驚いていないのを見ると、白糸台内では頻繁に起こってるのかな?

 

『セーフ!』

 

日葵さんは悠々と一塁に辿り着く。ノーアウト一塁のチャンスとなった。

 

(あの機動力はやっぱり厄介だよね……。敵に回った時に備えてあの機動力と、最悪彼女が出塁してしまった時の対策を考える必要がある……か)

 

味方である内に対策を講じる必要があるね。



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3校混合チームVS黒獅子重工+洛山合併チーム②

ノーアウト一塁で、打者は佐倉陽奈さん。一塁ランナーが日葵さんなので、この状況は佐倉姉妹の十八番になる訳だ。ここまでは白糸台の得点パターンと変わらないけど……。

 

「走った!」

 

黛さんが振りかぶった瞬間に、日葵さんがスタート。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「よいしょ~!」

 

非道さんは捕手全体で見ればかなり肩が強い方で、黛さんも球速は控えめではあっても、クイックモーションはきちんと出来ている。並の走者なら刺せる筈。そう、並の走者なら……。

 

『セーフ!』

 

日葵さんは悠々と二塁ベースに辿り着いていた。仮に投げている投手が大豪月さんだったとしても、多分ギリギリセーフだったと思う。それくらいに、日葵さんのスタートは完璧だった。

 

(おおっ?なんかいつもより身体が軽い感じがするなぁ……。これが地獄の合宿の成果ってやつ?しかも今は途中段階だから……合宿終了時にどれだけ気持ち良く走れるか、楽しみになってきたよ~!)

 

(日葵……また足が早くなってるわね。それならいつも通りの作戦でホームに還せそうだわ)

 

「それにしても彼女、かなり足が速かったわね……」

 

「本来の日葵さんより更に足が速くなっています。これが合宿の成果でしょうね」

 

「あの走力は去年の県大会時点での私達3姉妹と同等かも知れないわね」

 

「あれ?それなら私達だって合宿乗り越え成果でもっと足が速くなっているのでは?」

 

「夕香姉さん。私達が練習に合流したのは今日からだから、まだ成果と呼べるものはない筈……」

 

いやいや、昨日の今日で成果が出てるのは可笑しいんだよ?プラシーボ効果の可能性だってあるよ?まぁ口には出さないけどさ……。

 

 

コンッ。

 

 

白糸台の得点パターン……日葵さんが出てからの陽奈さんが放つエンドラン。今回はバントエンドランみたい。

 

「1つ~!」

 

「は、はい!」

 

非道さんは冷静に、清本へと指示を出す。清本が一塁へと送球した瞬間……。

 

「加速っ!!」

 

二塁ランナーの日葵さんが三塁を蹴って、ホームにむかう。これに対してほとんどの人が驚いていた。佐倉姉妹の攻撃連携がわかっている人はある程度予測していたみたいだけど……。

 

『アウト!』

 

一塁はアウト。しかし……。

 

「先制点GET~♪」

 

日葵さんが悠々とホームイン。私達混合チームが先制点をもぎ取った。

 

「ナイスランデース!」

 

「ありがとー!バンちゃん!」

 

ベンチでは次の打者であるバンガードさんと日葵さんがハイタッチをしていた。この2人は雷轟や武田さんに負けず劣らずパワフルだね……。

 

「それにしても良い走塁をしてるわね。バントエンドランでセカンドからホームに還ってこられるなんて……」

 

「ふふーん!走塁に関してはガールズ時代から得意だったもんねー。あれくらいなら余裕だよー!」

 

胸を張って威張りながら、褒められた事に対して嬉しそうにする日葵さん。こういうところも雷轟達にそっくりだ。

 

「このまま勢いに乗ってやるデース!」

 

というバンガードさんの発言から……。

 

「ハッハー!」

 

 

カキーン!!

 

 

「私も続こうかしら……!」

 

 

カキーン!!

 

 

「これで3連打ーっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

バンガードさん、上杉さん、雷轟と続けてホームランを放つ。3人共海に落ちるスプラッシュアーチじゃん。これで4点リードした訳だけど……。

 

(それにしてもあっさりと打たれ過ぎな気がするなぁ……)

 

私の気のせいなのか、それとも向こうに何かしらの意図があるのか……。その答えがわかるのは二巡目以降になるだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリーンアップの3人は黛ちゃんから見てどうだった~?」

 

「……3人共、清本さんのスイングに大分近付いています。この調子で行けば、合宿が終わる頃には完成していると思います」

 

「そっかそっか~。それなら『打たせてあげた甲斐』があったね~」

 

「あとはどうしましょうか……?」

 

「ん~?黛ちゃんの思うままに投げちゃって良いよ~。合流は4回くらいになるだろうって言ってたし、それまでの間は任せるね~」

 

「了解、しました……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4点取った勢いのまま……とは行かず、6番、7番と凡退に倒れてしまった……。



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3校混合チームVS黒獅子重工+洛山合併チーム③

※外伝の方の投稿はしばらくお休みになります。楽しみにしていた方々がいたら申し訳ないです。


2回表。前の回は夢城さんのが好投と、バックの守備力によって3人で抑える事が出来た。しかし……。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

向こうの攻撃は4番の清本から始まる。上杉さんにも負けていない小柄なスラッガーを相手に、夢城さんがどう攻めるか……。

 

(清本さんか……。現時点での合宿の成果を確かめる為に組んだ試合だって社長は言ってたし、敬遠する訳にもいかないよね。慎重に攻めていこう)

 

(……了解よ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

鉞投法にも弱点がある事は清本達も、そして夢城さん自身もわかってはいる筈。一体どうするのか……?

 

「…………」

 

(今真深達がやっている特別練習メニューSの完成形をこの4番打者は扱える……。真深達の為にも、この打者からそれを引き出す必要があるわね)

 

(鉞投法の弱点……それは大きく振りかぶる時に見えるボールの握り)

 

夢城さんが振りかぶって2球目を投げた。

 

(あの握り……ストレート!)

 

 

カキーン!!

 

 

うわっ!?またスプラッシュアーチ!?

 

『ファール!』

 

よ、良かった……。なんとかライト線切れてくれたよ。

 

「流石清本さんね……。由紀の……鉞投法の弱点にもきっちりと対応していってる」

 

「弱点?」

 

「そう……鉞投法の唯一にして、最大の弱点。それを清本は見極めて打ってるんだよ」

 

「その弱点って……?」

 

「鉞投法の弱点は投げ手を地面スレスレまでに下ろした時に見える球の握りですね。和奈さんだけでなく、これからの相手チームはその握りを見極めて打つつもりです」

 

「その通りよ。でも由紀はそれをわかった上で、あのフォームを続けているの。全ては打たせて取るピッチングの為に……」

 

成程ね。遠前野球部はまだ出来立てだから、チームの守備力を上げる……恐らく天王寺さんのやり口だろう。本当にあの人らしいというか……。清澄高校野球部もそうして強さを磨いてきたのだろう。

 

(今のスイングは普通のスイングだった……。やはりただのストレートでは普通に打たれておしまいね。それなら『わかっていても簡単には打てない球』を投げるしか、あの特別練習メニューSの完成形スイングを見る方法がないわ)

 

ホームランスレスレのファールを打たれたものの、ツーナッシング。ここで投げるのは夢城さんの決め球に当たるものだけど……。

 

(いくわよ。精々溢さないように、気を配りなさい)

 

(えっ?あの握りは……!?)

 

夢城さんが投げた球は……嘘!?ナックルボール!?

 

(ふ、不意に来るナックルはカットし切れないよ……)

 

 

ガッ……!

 

 

『打ち上げた!?』

 

「私の今の決め球……例え『わかっていたとしても』、簡単には打たせないわ」

 

(次の打席では……見せてもらうわよ)

 

『アウト!』

 

先頭の清本をナックルで打ち取った。清本もまだ本気じゃなかったし、次の打席ではその片鱗が見られると思うけど……。

 

(しかしあのナックルは風薙さんクラス……。あれは確かにわかっていたとしても、簡単には打てない)

 

それでも高校生が多投出来る球じゃないから、他に変化球がなかったら、ナックルに頼りがちになりかねない。黒獅子重工の選手達は3軍とは言え、全国トップクラスの高校生レベル……ストレートとナックルだけでどこまで通用するか……。

 

その後5番、6番と夢城さんはストレートとナックルを駆使して、連続で打ち取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もうそろそろ到着か?」

 

「ウム。今頃は非道達と社長が主導として、試合をやっている筈だ。イニングの後半になれば、或いは緊急事態に陥れば、私達の出番もあろう!」

 

「まぁ私は見るだけにするつもりだが……。合宿参加者が必要になってくるのはおまえの球だろうし」

 

「なに……最終日以内にはきっと貴様の球も必要になってくるさ!」

 

「そのような事態は起こらないに越した事はないんだがな……」



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3校混合チームVS黒獅子重工+洛山合併チーム④

イニングは進んで4回表。黛さんの癖球を完全に攻略し切れていない私達は初回以降点が取れていない。

 

(3回表ではワンアウト満塁のチャンスから点が取れなかったんだよね……)

 

1打席目でホームランを打ったバンガードさん、上杉さん、雷轟の3人を敬遠し、後続の打者を凡退させる事が出来た黛さんを素直に尊敬するよ全く……。

 

……で、話を戻してワンアウト一塁・二塁のピンチを迎えている4回表。この状況で打席に立つのは再び4番の清本。

 

(2打席目ね……。今度こそ見せてもらうわよ)

 

(あのナックルを打たない事には、チームの勝ちはない……。エルゼちゃんも、リンゼちゃんも、非道さんもナックルに対しては打ちあぐねていたから、私が打って相手投手の心を折るつもりでいかなきゃ……!)

 

夢城さんと清本の第2ラウンドが幕を開けた。

 

(初球からフルパワーでいくわ。打てるものなら、打ってみなさい……!)

 

(球の握りは……ナックルだ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(見送った……?タイミングを合わせる為かしら?それとも……)

 

(1打席目よりも変化が大きい……。でもタイミングは掴めたから、次は『覇竹』で打ってみせる……!)

 

それにしてもナックルなんて不規則な変化球をよく捕れるよね。流石はガールズ時代にパスボール0だった山崎さんだ。少なくとも私じゃ、あれは捕れないね。

 

「それにしても……由紀のナックルはキレと変化量が上がったわね。あれは先輩のナックルよりも上かも知れないわ」

 

「それは凄いですね。あの時に彼女が投げたナックルは高校生の中で……いえ、プロ選手のなかでもあのレベルのナックルを投げる投手はいませんでした。夢城由紀さんが投げるナックルは更にその上を行く……と」

 

「ええ。味方で良かったとも思っているわ」

 

ウィラードさんと二宮さんが言う先輩、彼女と言うのは間違いなく風薙さんの事だ。実名を口に出さないのは雷轟がいるからだろう。ウィラードさんも、二宮も、雷轟と風薙さんの関係性を把握しているから、風薙さんの実名を出していないんだと思う。

 

(サードを守っている雷轟には多分ここからの声は聞こえないとは思うけど、それでも念には念をってやつだよね。2人共用心深い)

 

特に二宮。情報収集癖があるのに加えて、余計な情報を洩らさないのも徹底している。本当に怖い。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「しかし和奈さんはカット気味の打球が多いですね。ナックルを多投させて、夢城さんのスタミナを枯らす作戦でしょうか?」

 

「可能性はあるだろうね。ナックルなんて高校生が多投出来る球じゃないから……」

 

「普通の投手ならそれでも良いけど、由紀に仕掛けるのは愚策としか思えないわ」

 

清本の狙いが夢城さんのナックル多投によるスタミナ切れだと判断した横で、ウィラードさんがそれを否定した。

 

「えっ?どういう事?」

 

「確かにナックルは普通の投手が多投すると、握力がなくなり、失投やスタミナ切れが起こりやすいわ。でも由紀は違う……」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(な、なんとかカット出来る……。この調子で粘っていこう)

 

(……成程。ナックルを多投させて、私のスタミナ切れを狙おうって魂胆ね。けれど……)

 

夢城さんが振りかぶって投げた。投げられたのは……。

 

(ナックル……!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(……今のも普通のスイングね。社長が言っていた覇竹の完成形を彼女が身に付けている……との話だから、是非ともこの目で見て確かめようと思ったけれど、時間の無駄だったかしら?)

 

(夢城さんのナックルは簡単には打てない。落ち際まで見てから打たないと……!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

これで10球目。夢城さんはナックルを投げ続けているし、清本は体勢を崩しながらもカット(ホームラン性の打球)しているし、本当にこの勝負はどうなるかわからない……。

 

(体力の方は問題ないけれど、これ以上は時間の無駄ね。見せてくれないのなら、もうこれでおしまいよ)

 

(またナックル……!)

 

夢城さんが投げる11球目。投げられたナックルは今までよりも更に変化していた。

 

(変化が大きい!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

凄い……。あの清本を三振にするなんて……!

 

(あれで遠前の3番手投手だもんなぁ……。それ程に風薙さんとウィラードさんが凄いのがよくわかるよ)

 

遠前高校は選手層こそは薄いけど、薄い中でもその中にいる選手達は逸材しかいない。これは……遠前と試合をする時には苦戦しそうだね。



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3校混合チームVS黒獅子重工+洛山合併チーム⑤

4回が終了。スコアは0対4のまま、夢城さんが奮闘している。ナックルを投げる事と言い、清本を三振させた事と言い、夢城さんが本当に去年の秋から野球を始めた人とは思えない……。

 

「む?どうしたどうした?我が洛山代表者と黒獅子重工の混合チームが負けているではないか!」

 

「雷轟やバンガード、上杉みたいな選手がいるからな……。3校混合チームの方が洛山と黒獅子重工の3軍達よりも数段強力なのは間違いない」

 

話し声がする。なんか聞いた事のある声だけど……?

 

「今日はありがとうございます~」

 

「なに、洛山恒例の地獄の合宿に初参加の新越谷と遠前の連中がどのようにして練習に励んでいるのかを見に来たのだよ!」

 

「この島に来るのは高1以来だが、島の雰囲気もそんなに変わってないな」

 

えっ?大豪月さんと神童さん!?何故ここに!?

 

「よく来たな2人共!大豪月の方は次のイニングから入ってもらうが、構わないか?」

 

「ウム!無論、入らせてもらう!」

 

「私は今日のところは見学だ。後輩達の頑張りと活躍を見させてもらおう」

 

大豪月さんは黛さんと交代でマウンドへ、神童さんはこっちのベンチまでやって来て、見学のようだ。

 

「神童さん、お久し振りです。卒業式以来ですね」

 

「まぁ卒業後は大豪月と行動していたからな。自分磨きに部員集めと、白糸台にいた頃とは全く違う大学生活を過ごしているよ」

 

「お二人が通っている仏契大学の部員集めはどうなってますか?」

 

「……どうにも大豪月が言うには根性のある奴がいないとの事でな。部員の方は私と大豪月を含めてまだ3人しかいない」

 

仏契大学……。私と二宮と清本が行く予定の大学だけど、野球とは全く縁がないらしいから、大豪月さんの言う根性のある人はいないんだと思う。

 

「大学の方も人口がかなり少ないからか、大豪月はすっかり大学の中心人物だよ。大学名も改名するくらいだ」

 

「か、改名……?」

 

「そうだ。まぁ改名とは言っても、読み方を変えただけだがな」

 

神童さんが言うには仏契大学の元々の読み方は(ぶつけい)となっていたけど、大豪月さんによって読み方が(ぶっちぎり)となったそうだ。これぞ大豪月クオリティと言ったところか……。私ってもしかしてとんでもない人達(物理)と大学で野球をする事になってない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5回裏。この回は9番の夜子さんからで、マウンドには大豪月さんが立っている。

 

「……さて、行くぞ合同チーム。私の球に平伏せ!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(おお~。更に速くなってますね~。流石は大豪月さん~)

 

ま、前に対戦した時と全然違う……。更にストレートが速くなってる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「どうした?あと1球しかないぞ!」

 

(速い……。目で追うのがやっと。こうなったら……!)

 

大豪月さんが振りかぶった瞬間に、夜子さんはバントの構えを取った。

 

(形振り構わず当てようという魂胆だろうが……甘い!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「フハハハハ!バントなんかで私の球を打とうなど、甘いわ!」

 

流石は元高校生最速投手。プロ選手の中でもトップクラスに速いんじゃないの?

 

(あれが高校生最速と呼ばれた大豪月さんのストレートね。練習中のこの打ち方で、打てるかしら……?)

 

(凄い……!大豪月さんのストレートがまた速くなってる!早く打席であのストレートが見たいよ!)

 

上杉さんと雷轟が大豪月さんのストレートを見て、それぞれの想いを抱いている。次の回で確実に回ってくるし、大豪月さんの球に対しての解答が出ると良いけどね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

大豪月さんはストレートだけで三者連続三振。高校時代のデータではストレートと同速の高速スライダー、高速シンカー、SFFを投げる。もしもそれ等の変化球もあのストレートと同じ球速でこられたら、打つのはかなり困難になる……。

 

(もしかして雷轟達に課せられた特別練習メニューはその為に……?)

 

だとしたらこの試合の命運はスラッガー達と大豪月さんによって握られている事になる。特別練習メニューの成果が発揮出来るのかに掛かってる。合宿の名目として組まれている試合だけど、公式戦並に重要な試合になりそうだね……。



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3校混合チームVS黒獅子重工+洛山合併チーム⑥

6回表。この回は黛さんから代わった大豪月さんが打席に入る。

 

(先程の投球……しかと見せてもらったわ。あの強靭な上半身から投げられる球に近いレベルのストレートが投げられるのね。まだ途中段階だけれど、彼女に通用するか見せてもらうわ)

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(ほう?鉞投法か……。中々ストレートも速いし、将来有望な奴になりそうだな)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(相手チームの内の3人が特別練習メニューSを行っている最中だったな。それなら見せてやろう……!)

 

ツーナッシングから投げられる球はナックル。清本を抑えた時と同等か、それ以上の変化をしている。

 

(ナックルか……。丁度良い。どんな球をも打ち砕く、覇竹の如きスイング……これぞ特別練習メニューSの完成形だ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

だ、大豪月さんが打った打球は!?

 

「フム……。芯から僅かにズレたが、我が力からすれば充分だろう」

 

 

ズドンッ!

 

 

「全く……。弁償してもらうぞ?大豪月よ」

 

「フハハハハ!硬い事を言うんじゃない!」

 

大豪月さんが放った一打はレフト側のポールを叩き折るホームランとなった。どれだけ力を込めたら、あんな一打が出せるんだよ……。

 

(大豪月はこの島の特別練習メニューAと、特別練習メニューSを毎年完璧にこなし、年に2回は魔の六甲おろし坂を自転車で、息継ぎなしで登り切る女だ。単純なパワーとスタミナだけならこの中では1番だし、球速もプロ野球に入ったとしても1、2を争う……。奴を越えるような投手、野手が現れるのか……見せてもらうぞ?)

 

(あれが特別練習メニューSの完成形……。真深達があれを会得出来たのなら、スラッガーとして、大成するでしょうね)

 

(流石大豪月さん……。洛山を卒業してから、更に力を付けてる。私も負けてられないよ……!)

 

(打力日本一と呼ばれる洛山高校のOGで、清本さんが入るまで4番を務めてた大豪月さん……。貴女のスイングを見習って私達も精進していくわよ)

 

(凄いなぁ大豪月さん……。私もあんな風にホームランを打ってみたいよ!)

 

大豪月さんに打たれた夢城さんは後続の打者をバックの守備力込みで抑える。夢城さんの打たれ強さは見習うべきなのかも知れないね……。

 

「ナイスピッチ!」

 

「ありがとう。けれど私だって長くはもたないわ」

 

「えっ?」

 

「体力的には全然問題ないけれど、この試合は合宿中に最低でもあと1回はやるのだから、これ以上私の持ち球を晒されてはつるべ打ちされるのが関の山よ」

 

夢城さんはそう言ってベンチに戻る。そうだよね。多分合宿中に同じ組み合わせで試合が1回以上ある事を考えれば、他の人も投げないといけないんだよね……。

 

(その辺りも他の投手陣と相談するべきか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここまでの仕上がりで進んでいるのは夢城由紀ただ1人だな」

 

「そうですね~。夢城ちゃんはこの試合の意図にも気付いていますし、その上で投げてるようにも見えますね~」

 

「他に気付いているのは、白糸台の二宮さんくらい……でしょうか?」

 

「ウム。流石は神童が認めた捕手だな!奴は全高校生……いや、プロの中でも1番の性能を持っている」

 

「惜しむべきはそれを表に出そうとはせず、本人も自覚していない事……か。意識させれば、誰にも負けない捕手に育つだろう」

 

「スラッガーの方はどんな感じですか~?」

 

「私の見立てでは上杉真深が頭1つ抜けていて、それに雷轟遥とテナー・バンガードが続く感じだろう」

 

「上杉さんは、アメリカの中でも1、2を争うレベルの環境で野球をしていましたから……。洛山と前に練習試合をした時も、1人だけ、他の人よりも沢山の成果を発揮していました……」

 

「それと雷轟ちゃんは~……」

 

「非道さん?」

 

「……ん~?なんでもないよ~」

 

(雷轟ちゃんに関しては風薙ちゃんと血の繋がった姉妹だって事は多分禁句なんだよね~。本来なら2人で徒党を組んで、野球をしていただけに、少しもったいないよね~)



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3校混合チームVS黒獅子重工+洛山合併チーム⑦

6回裏。この回は3番のバンガードさんから始まるんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「どうした?私はただのストレートしか投げていないぞ?私をもっと楽しませろ!」

 

大豪月さんの投げる豪速球にきりきりまい。このままだと不味いよね……。まぁ一応初回に取った4点のお陰でリードはしてるけど。

 

「バンちゃんの得意球ってストレートなのに、全然打ててないね……」

 

「確かにあのストレートは私達が今まで見てきた中でも1番速いわ。打つのは至難の技ね」

 

「……クリーンアップの3人しかあのストレートを打てないでしょうね」

 

「夢城さん、どういう事?」

 

「真深達がやっている特別練習メニューSは清本和奈が得意とする覇竹の如き高速スイングを会得する為のもの……というだけの話よ」

 

「先程大豪月さんが見せたスイングがその覇竹のスイングに当てはまるでしょう」

 

夢城さんと二宮の補足説明によってようやく合点がいった。この試合……もといこの合宿の目的が。雷轟、上杉さん、バンガードさんの3人は大豪月さんや清本が見せたあのスイングを完成させる事、武田さん、川原先輩、鋼さん、夢城さんの4人はそれぞれタイプは違えど、大豪月さんのような剛球が投げられるようになったり、薪割りによって体力が身に付く。

 

(そして私のウィラードさんの方も、アンダースローで何かしらの成果が出ている筈……)

 

それが恐らく母さんが投げていた燕の事なんだと思う。社長は私とウィラードさんに母さんがやっていた練習と同じ事をさせて、燕を継承者を増やそうと考えている……のかな?つまり燕も母さんがこの島で身に付けた球なんだ。

 

 

ガッ……!

 

 

「フム、当てるだけでも大したものだ。だがそんな拙いスイングでは到底覇竹には辿り着けんぞ!」

 

『アウト!』

 

バンガードさんが大豪月さんの豪速球をなんとか当てるものの、その打球はふらふらと上がって、ピッチャーフライとなった。

 

「悔しいデース……」

 

「次は真深ちゃんの番だね!」

 

「あの豪速球は打てそう?」

 

「……まだ打席であの豪速球を見ていないから、なんとも言えないわ。けれど私達が練習している特別練習メニューSの完成形のスイングを身に付ける良い切欠になるかも」

 

基本的に相手投手の気合い入った球は打席で見ない事には明確な攻略は出来ない。上杉さんもそれがわかっての発言だろうね。

 

(彼奴が上杉真深か……。世界一の日本人高校生スラッガーと、アメリカで轟かせたその実力を……見せてもらうぞ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(確かに速いわ。それも彼方先輩以上……。でも大豪月さんが投げているのは本人の言うようにただのストレート。打てない手立ては……)

 

ワンストライクから2球目。先程とは逆のコースにストレート……で良いんだよね?速過ぎてわかり辛い……。

 

(ないわ!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

上杉さんの一打は低い弾道で、ライトフェンスに突き刺さった。先程の大豪月さんのホームランと言い、今の打球と言い、球場が破損しそうな気がするんだけど……。

 

「ほう?当てるくらいなら造作もないか……」

 

「貴女が投げているのはいくら速く、重くても、『ただのストレート』に過ぎませんから……」

 

「成程な。確かにその通りだ。先程私も豪語したしな。今の2球で目が慣れてきた頃だろう……。止めはコイツをくれてやる」

 

マウンドにいる大豪月さんが何か言っていた。止め?まさか次に投げてくるのは……!

 

(確かに目が慣れてきたわ。先程のファールで身体も着いて来れる事もわかった……。この3球目を……!)

 

「打つ!!」

 

(ふっ……。私のストレートに未完成の覇竹で着いて来た事は褒めてやる。だがここまでだ)

 

(なっ!変化した!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

あ、あの上杉さんが空振り!?しかも今の球は、私の目に狂いがなかったら……!

 

(あの速度で……変化した!?前に大豪月さん達と試合をした時に投げた変化球とは球速が全然違う!)

 

「…………」

 

バンガードさん、上杉さんと連続で三振……。次の雷轟が大豪月さんの球を打つ事が出来るのかな?



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3校混合チームVS黒獅子重工+洛山合併チーム⑧

上杉さんが三振して帰って来たので、とりあえず話を聞く事に。

 

「ごめんなさい……」

 

「当てる事が出来ただけでも凄いよ!」

 

「そうね。あの豪速球は中々打てる球じゃないわ」

 

「それに問題は最後に投げられた球……だよね」

 

「ええ。真っ直ぐだと思って打ちに行ったら、落ちたわ。私が見る限りだとSFFとは違う。変化の仕方から間違いなくフォークボール……」

 

「ストレートと同速で落ちるフォーク……。ストレートと同じ球速なだけあって、球の見極めも困難……か」

 

本当に大豪月さんの成長ぶりは半端じゃない。きっと凄まじい練習をしていたに違いない。私達が今やっている地獄合宿以上の練習を……。

 

「大豪月は高校を卒業してからは自身の投げるストレートと同じ球速で投げられる変化球を研究していたみたいでな?今投げたフォークの他にも3つの変化球を同速で投げる事が可能になったぞ」

 

神童さんの話によると、大豪月さんは今のフォーク以外にもストレートと同じ球速のとんでも変化球を投げられるようになったみたい。本当にとんでもないなあの人……。

 

(まぁ神童さんは神童さんでとんでも能力を身に付けていそうだけど……)

 

「…………」

 

(それを悟らせない風格をしてるから、この人は凄いんだよね)

 

神童さん然り、大豪月さん然り、プロ入りを辞退した理由がわからないんだよね。大豪月さんの方は社長と旧知の仲っぽいから、将来は黒獅子重工に就職するっていうのはなんとなくわかるけど、神童さんの方はよくわかっていないんだよね……。

 

「次は雷轟か。しばらく見ない間に大分体付きが良くなったようにも見えるが……」

 

「最後に神童さん達がいた白糸台と対戦した時と比べて、大きく成長したのは間違いありません」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「……みたいだな。大豪月のストレートに対してもバンガード、上杉と比べてタイミングを合わせるのが上手い」

 

雷轟がここまで大豪月さんの球に対応出来ているのは、バンガードさんと上杉さん、それ以前の打者が大豪月さんの球を見ているから……というのが大きいけど、それ以上に……。

 

(見えたっ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「また打ったよ!」

 

「真深や他の打者でも中々打てない球を……。彼女ってまだ野球始めて1年くらいなのよね?」

 

「まぁそれは間違いないんだけどね……。雷轟には初心者とは思えないレベルの対応力、適応力、そしてあのように速球系の球種に強いのには雷轟が他の人よりも優れた動体視力があるから……」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(よし……!なんとか変化球にも着いて行けるよ!)

 

(流石は雷轟遥。私の投げる球全てに対応してきている……。過去に私の球を完璧に打っただけはあるな)

 

「動体視力があるって言っても、あの豪速球に着いて行けるかって言われたら話は別なんじゃない?」

 

「そうだね。だからこればかりは雷轟遥のセンスあっての事だよ」

 

(風薙さんと血の繋がった姉妹なだけあって、雷轟は野球をやる運命だったのかも知れないね)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

まだ粘ってくるか……。大豪月さんはストレートだけじゃなくて、フォーク、高速スライダー、高速シンカー、SFFと雷轟に投げているのに、雷轟はそれを綺麗に捌いている。まぁ若干押され気味ではあるけど……。

 

(中々やるな……。だが私とていつまでも貴様に打たれっぱなしである訳にもいかん!)

 

(次こそ……当てる!)

 

雷轟が粘ってかれこれ15球。そろそろ2人の決着も付きそうだけど……?

 

(これで……三振だ!!)

 

(絶対に……打ってみせる!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(う、打てなかった……)

 

(今回は私の勝ちだ。覇竹のスイングを身に付けてから、またやり合おうぞ……!)

 

雷轟までもが三振。これで大豪月さんは六者連続三振となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

試合の方は初回に取った4点のお陰で、なんとか逃げ切る事に成功した。大豪月さんもとんでもないけど清本を相手に2打席連続で凡退させた夢城さんが、この試合において1番凄かった気がする……。



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黒獅子重工の1軍は……

黒獅子重工3軍メンバー+洛山代表の5人(と途中から大豪月さん)と私達新越谷、白糸台、遠前の代表者の合同チームとの試合は初回に取った4点のお陰でなんとか逃げ切る事が出来た。

 

「諸君、試合の方ご苦労だった。今から2時間後に夕食だ。それまでは各自練習に励め!」

 

『はい!!』

 

「私は夕食作りの為に先に上がる……。お疲れ様でした」

 

そう言って夜子さんは球場を出る。思えばこのメンバーの食事を全部夜子さん1人で作ってるんだ……。

 

「よーし!夜子の手作り料理の為に練習に励むわよ!」

 

「もちろんよ夕香。夜子が作ったご飯の為に私達は生きているんだもの」

 

この2人はもう駄目かも知れない……。

 

「そういえば……」

 

誰かが呟き、続きを口にする。

 

「黒獅子重工ってどういう人達が集まっているんだろう?」

 

「今日相手にした3軍の選手数人はプロでも現役でトップクラスの成績が残せそうな実力だったし……」

 

「黒獅子重工は様々な職歴を持った人達が集まっています」

 

質問に答えたのは二宮だった。二宮は黒獅子重工の情報も色々と集めているのだろうか……。

 

「……と言うと?」

 

「今日いた3軍選手の方達は過去に超高校生級の選手と呼ばれた人達でしたね。他にもそういった人達が所属しているのが、黒獅子重工の3軍選手です」

 

「じゃあ2軍と1軍は……?」

 

「2軍選手はマフィアやヤクザ等の裏の世界の住人が多数在籍しており、1軍選手の場合はそれに加えて……」

 

「ま、まだ何かあるの!?」

 

「……これは私も半信半疑ですが、1軍選手は人間離れした超人的な身体能力があったり、超能力と呼ばれる力が使える人達がいたり、未来からタイムパトロールの為に訪れた人達がいたり、別の世界から来た人達がいたり、そもそも人外(見た目は普通の人間と変わらない)だったりと……そういう人達が集まっているそうです」

 

二宮の話を要約すると、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者が集まっているんじゃないか……という事に……。冗談だよね?

 

「こ、個性豊かな人達がいる……という事よね?」

 

「大豪月さんや非道さんも将来はこの黒獅子重工に就職するという話もありますし、黒獅子重工は謎に包まれた人を集めているみたいですね」

 

確かに大豪月さんも、非道さんも、よくわからない人達なんだよね。天王寺さんや、夢城さんもその類いに入る人間ではあるけど、それぞれタイプの違う妙な雰囲気を纏ってるというか、謎に包まれてるというか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

向こうでは夢城さんが投げ込みをしていた。ストレートしか投げてないから、正捕手じゃない人が夢城さんの球を捕っている。

 

(今日の試合で100球以上……その中でも30球以上はナックルを投げた後なのに、よく投げ込みする元気があるよね。私じゃ無理だ)

 

当の本人は特に疲れた様子もなく投げている。無尽蔵のスタミナ……という言葉は彼女の為にあるよね……。

 

「ノックをする!ポジションに付け!!」

 

社長主導のノックが始まる。それぞれ守備に自信がある人達がポジションに付く。守備に入ってるのは三森3姉妹と、佐倉姉妹、シルエスカ姉妹と、二宮、清本か……。姉妹多過ぎ!

 

(でも連携力は凄い。即席とは言え、姉妹達がそれぞれ力を合わせているから?)

 

私はそんな疑問を抱きながら、体力作りの為のランニングに励んでいた。



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滝登り

翌日。今日も今日とて、私達は午前4時に起床する。

 

「今日から新しい練習メニューを導入する。それによって練習順も変えていくぞ」

 

……という社長の一言で、私達は汚れても良いジャージに着替える。どうやら人間輓馬から始めるようだ。

 

「ふぬぬ……!相変わらず結構キツいよねこれ」

 

「そう……だね。でも洛山の人達は毎年こんな練習をしてるんだ……!」

 

「だから洛山の人達はあんなにスルスルと進んで行ってるんだね」

 

山崎さんが言うように大豪月さん、非道さん、黛さん、清本の4人はスムーズに進んで行ってる。私達と同じく初参加のシルエスカ姉妹と、三森3姉妹はキツそうにしながらも、進めるスピードを上げている。この5人は適応力が高いな……。

 

(かと言って、私達が遅れて良い理由にはならないけどね)

 

三森3姉妹とシルエスカ姉妹よりも1日長くやっている私達だって、遅れを取る訳にはいかないんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間輓馬を終えた後、私達はロープ登りからの鯉のぼりを乗り切り、私達は流れの強い滝の前で待機している。

 

「さて、地獄の練習基礎編はこの項目で最後だ。その名も『滝登り』!名前の通り、荒れ狂う滝を登ってもらう」

 

滝登りって……。

 

「ど、どうやってこの流れる勢いが強い滝を登るんですか?」

 

「この滝は特別に岩肌が露出していてな……。それを利用して、ロッククライミングの要領で昇るのだ!」

 

さも簡単に言うけど、これ滅茶苦茶危険だよ?こんなのに登るなんて正気の沙汰じゃないよ?

 

「フハハハハ!この程度、軽い軽い!」

 

「お先に~」

 

「し、失礼します……」

 

「さ、先に行かせてもらうね?」

 

またもやこの4人が先導して滝を登り始める。大豪月さんと非道さんはともかく、清本と黛さんは去年が初めてだよね?順応性高くない?なんでそんなに悠々と登れるの?

 

「よーし!私達も負けてられないよ!」

 

「この程度で根を上げる程、ヤワに育ってないデース!」

 

「この修練を乗り切らなければ、特別練習メニューも乗り切る事が出来ない……。苦戦している暇はないわ」

 

雷轟、バンガードさん、上杉さんとスラッガー組が続く。

 

「あはは!楽しーい!」

 

「日葵、危ないわよ!」

 

「まぁここで足踏みしても仕方ないですし、早めに終わらせてしまいましょう」

 

「そ、そうだよね!」

 

白糸台組が登り始める。どうやら日葵さん的にはこれをアスレチックか何かと勘違いしている節があるっぽい。このポジティブさを見習うべきなんだろうか……。三森3姉妹と神童さん、夢城さん、ウィラードさんも登っている人達を見て、コツを掴んで登っている。

 

「……私達も登ろうか」

 

「そうだね。先に登っている遥ちゃんに続こう」

 

「うん!」

 

私達新越谷組も最後に登り始める。5月の水は中々に冷たい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁはぁ……』

 

滝を登り切った私達。半数の人達がこれまでの練習で息を切らしている。

 

「なんだなんだ?まだ今日の練習は半分も終わってないぞ?」

 

「ぐったりしてますね~」

 

「普通なら、脱落者が続出しても可笑しくない、練習の数々でしたから……」

 

「や、やっぱりこれって異常な練習……だよね?」

 

まずピンピンしてるのはシルエスカ姉妹を除く洛山代表とOGの大豪月さん。この人達は普段どんな練習をしてるのか聞いてみたい。シルエスカ姉妹でさえも息を切らしてるのに……。大豪月さんと行動を共にしている神童さんもまだまだ余裕そうだ。

 

「洛山恒例の地獄の合宿……。中々にハードですね」

 

「やっている内容はともかく、確実に身体能力は跳ね上がるでしょうね」

 

……と言ってる二宮。当の本人はケロッとしてるんだよね。清本もそうだけど、そんな小さい身体のどこにそんな体力が残ってるのさ!?二宮の横にいる夢城さんも平気そうにしてるし。

 

「ご苦労だったな!30分後から昼休憩までの間は球場で野球の練習に入る!特別メニューを施した連中にはその間にも練習を進めてもらうぞ!!」

 

私とウィラードさん、雷轟と上杉さんとバンガードさん、武田さんと、川原先輩、鋼さん、夢城さんは他の皆が練習している間も特別練習に励む必要があるみたい。合宿中に練習を完走させる事が出来るんだろうか……。



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社長の関係者?

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

特別練習メニューSを行っている3人のスラッガー。その内容は5、6メートルもある竹を葉っぱが全部落ちるまで振り続ける事のようだ。

 

「あの3人……凄い勢いであんなに大きい竹を振り続けているのね」

 

「そうだね。実際に持たせてもらったけど、半端ない重さだったよ。あれを振れるなんて、普通じゃ無理」

 

(それを慣れてきたのか、3人共黙々と振り続けている……。更に清本はあれ以上の成果を出しているんだよね)

 

あの葉っぱが全て落ちた後に、3人がどのようなスイングを身に付けるのか。先日の試合で3人が見せたスイング……あれはかなり速かったけど、それでもまだ未完成。大豪月さんが見せた更に速いスイングが完成形になるんだろうね。素人目にはそこまで違いがあるようには見えないけど……。

 

「……でも私達は3人の心配をしている場合じゃないのよね」

 

「そうだね。私達はまだ目標の4分の3にしか到達してないもんね」

 

私とウィラードさんは水切り。目標は20回以上の連鎖が必要なんだけど、私も、ウィラードさんも、現状は15回前後と言ったところだ。

 

 

バシャッ!バシャッ!バシャッ……。

 

 

「回数は17回……。もう少し……ってところなんだけどね」

 

「調子が良い時は20回近くまではいくんだけど、回数が落ちてきたり、伸びてきたりの繰り返しで、上手くいかないのよね……」

 

何が駄目なんだろうか?攻略法はすぐ近くまで来ている気がするんだけど、それを掴めずにいる……というのが、私とウィラードさんの現状だ。

 

「あの、ちょっと良いかな?」

 

背後から声を掛けられた。声のした方を振り返ると、長い黒髪の女性2人がそこにいた。いつの間に私達の背後に!?

 

「な、なんでしょうか……?」

 

「取り込み中のところに申し訳ないけれど、この島にある球場はどのように行けば良いのかしら?」

 

「私達2人は社長に聞きたい事があって、この島にある球場にいるから用件はそこでって社長に言われて来たんだけど……」

 

この2人……社長に用事があるのかな?

 

「えっと……島の奥に真っ直ぐ進んで行けば、球場が見えるので……」

 

「そこに社長がいる訳ね」

 

「ありがとう。助かったよ」

 

私達にお礼を言って、2人組は歩いて行った。

 

「……ぷはっ!」

 

「な、なんと言うか……今までに会った事のない2人だったわね」

 

「覇気が凄かったデース……」

 

スラッガー組の3人はあの2人から発する威圧感のようなものに圧倒されていたようだ。かく言う私とウィラードさんも同様にあの2人から感じた妙な圧に気圧されていた。

 

「な、何者なのかしら。あの2人は……」

 

「わ、わからないけれど、只者じゃないのはあの圧で伝わってくるわ……」

 

上杉さんとウィラードさんが言うように、只者じゃないのはわかる。いや、それよりも……。

 

「あの2人……『どうやってこの島に来た』の?」

 

『えっ?』

 

私の発言に皆が声を大にして驚いた。

 

「私とウィラードさんは水切りで常に海の方を見て練習してる……。その際に誰かが来たのなら、ボートか何かがこっちに来る筈だよね?それなのに、あの2人組は私達の背後に突然現れた……」

 

『…………』

 

訪れる沈黙。あれ?もしかして私達はとんでもない事に振れようとしてない?

 

「れ、練習を続けよう!」

 

「そ、そうね!早く完遂させないと……」

 

この話題はこれ以上触れたら駄目だ。そう思いながら、私達は練習に励んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「社長」

 

「おお、貴様達か。用件の方は……」

 

「2軍の人達がちょっとやらかしちゃって、その報告を……」

 

「わかった。尻拭いの方は?」

 

「私達の方で済ませて来ました」

 

「了解した」

 

「では私達はこれで……」

 

「ちょっと待った!2人には連中の最終調整として行われる試合に出場してもらう」

 

「それって彼女達が行っている地獄の合宿の……?」

 

「ああ。貴様達にも協力してもらうぞ」

 

「わかりました。私達が役に立つのなら、それに従います」

 

「期待してるぞ」



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最終調整

この地獄の合宿もいよいよ今日と明日で終わり。長かったような、短かったような……そんな不思議な感覚に囚われているよ。

 

ロープ登りからの鯉のぼり、滝登り、人間輓馬……と、どれも普通じゃ出来ない体験をこの合宿で行った影響か、全員の基礎能力が上昇しているのが見える。

 

「諸君、今日この時までご苦労だった!地獄の合宿の最終工程……『地獄の封鎖野球』を行う!」

 

『じ、地獄の封鎖野球!?』

 

……って、一体何をするの?どんな試合?

 

「封鎖野球の概要は後に伝えよう。まぁ一風変わった試合だ」

 

という社長の気になる一言に疑問符を抱きながら、私達は試合準備をする事に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして問題はオーダー決めになるんだけど……。

 

(また……誰が投げるかというところから始まるのか……)

 

この前の試合では夢城さんが機転を利かせてくれたお陰で、その問題は解決した……。しかし今回は?私が先発投手に立候補しようにも、投手陣の中で1番スタミナないから、挙手しにくいし、どうしたものか……。

 

「……はい」

 

悩んでる最中に小さく手を挙げたのは川原先輩だった。

 

「先輩……」

 

「このまま悩んでいたらその時間がもったいないっていうのは、前の試合でわかったから……。でもエースの力を見せるにはまだ早いと思うんだ。ヨミちゃんにしても、朱里ちゃんにしても……。だから、私が投げる」

 

(それに……私もこの合宿の成果がどのように発揮されるか確かめてみたいし、朱里ちゃんの力になりたいし……)

 

新越谷の3番手投手(芳乃さん目線)である川原先輩がこの試合の先発として投げる事になった。これを軸にオーダーを組んでいこう!

 

 

1番 セカンド 佐倉日葵さん

 

2番 ショート 佐倉陽奈さん

 

3番 ファースト バンガードさん

 

4番 レフト 上杉さん

 

5番 サード 雷轟

 

6番 ライト 三森朝海さん

 

7番 センター 三森夕香さん

 

8番 キャッチャー 山崎さん

 

9番 ピッチャー 川原先輩

 

 

……と、このようなオーダーが完成した!上位5人は変わらず、センターに夕香さんを添え、多少下位の打順を弄って、悩んだ末のオーダーとなった。

 

向こうの先発は再び黛さん。大豪月さんと神童さんがベンチスタートなのを見ると、この封鎖野球とやらの意味を理解しているからだろうね。あの2人は外野も守れるし、その実力はプロ選手にも負けないレベルだ。

 

(この合宿で行われる試合の目的は私達の合宿のを確かめる為……。雷轟達特別練習メニューS、武田さん達特別練習メニューA、そして私とウィラードさんの特別練習メニューUの仕上がりの方を重点的に見るんだろうね)

 

私達5人の仕上がりは8割くらいだけど、武田さん達の仕上がりはどうなっているんだろうか?

 

「フム……。両チームのオーダーが出揃ったところで、試合開始だ!!」

 

社長の大きな声が試合開始の合図となった。だけど私達はまだ気付いていない。この封鎖野球と呼ばれる試合のキツさを、そしてある意味で投手戦になる事を……。



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地獄の封鎖野球①

今度の試合は私達が先攻。

 

「よーし!」

 

先頭打者である日葵さんが右打席で意気揚々と構えている。白糸台のリードオフガールとして役目を果たそうと考えているのかな?

 

(じゃあ今回もあの子達の成果を確かめるよ~)

 

(了解、です……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

黛さんは洛山高校唯一と言っても良いくらいの技巧派投手。球速も他の洛山の投手陣や、大豪月さんに比べたら全然遅い。だから……。

 

(大豪月って人に比べたら……全然打てる!)

 

 

カキーン!!

 

 

2球目で打った!打球は外野へと……。

 

「長打コース!」

 

「回れ回れ~!」

 

日葵さんは一気に三塁へと到達。黛さんの球だって洛山の投手陣の中で1番遅い球ってだけで、かなり打ちにくい投手なのに、いとも簡単に捉えるとは……白糸台のリードオフガールは伊達じゃない。

 

そして2番の陽奈さん。三塁に日葵さんがいる事で佐倉姉妹の……白糸台の得点パターンに入ってるから、先制点は取れそうだけど……。

 

(ここは、どうしましょうか……?)

 

(素直に投げて良いよ~。でも余りわかりやすくなるのはNGね~)

 

黛さんは低めにシンカーを。これに対して陽奈さんの解答は……。

 

 

カンッ!

 

 

難なく対応。打球はセンター前へと落ちた。

 

「先制点GET~♪」

 

姉の打撃を余程信頼しているのか、陽奈さんのスイングと同時に日葵さんはスタートを切っていた。そのお陰で打球が落ちる瞬間、ホームイン。もしもファインプレーされてたらどうしていたのか気になるところだ。

 

「あ、相変わらず日葵ちゃんの走塁はヒヤヒヤするね。もしも陽奈ちゃんの打った打球がノーバンで捕られてたらどうしてたの?」

 

「え~?陽奈お姉ちゃんはそんな凡ミスしないよ!日葵はお姉ちゃんを信頼してるからね♪」

 

(成程。これが佐倉姉妹の野球……。日葵さんが確実に出塁して、陽奈さんが確実に日葵さんをホームに還す(ガールズ時代は逆だった)。これに白糸台で更に洗練された打席を姉妹それぞれで見せていく訳だね)

 

これは敵に回ると滅茶苦茶厄介だと、改めて知らされた。

 

ともあれ先制点を獲得し、ノーアウト一塁のチャンス。次のバンガードさんが打席に入ろうとすると……。

 

「ここで試合を一時中断する!」

 

社長が試合中断の声をあげる。どうしたのだろうか?

 

「新越谷、白糸台、遠前の連合軍が得点した事により、封鎖野球のルールが発動される」

 

(社長が封鎖野球と言った意味がここで明かされる……。一体どんなルールを?)

 

「説明しよう。封鎖野球とはその名前の通り、相手チームの選手、そしてポジションを封鎖する。発動条件は先程言った得点時だ。1得点につき失点側の選手を1人選択、そいつには2つで1キロの重りを装着して野球をしてもらうぞ」

 

た、淡々と社長は言ってるけど、これってとんでもない苦痛を強いられる予感がするよ?

 

「そしてこれから貴様達が封鎖し合う箇所は野球選手にとって要の部位となる腕(打撃と投球)と足(走塁と守備)……。この2つを潰し合ってもらう!」

 

(や、ヤバイよ。これは控えめに言ってクレイジーだよ)

 

(そしてこの封鎖野球で最も恐ろしく、効力が発揮されるのは終盤戦ですね。投手戦ならお互いに被害が少なくて済みますが、もしも乱打戦にもつれ込むと……)

 

「ただし!投手の腕と足を封鎖するのはなしだ。この封鎖野球唯一の穴であり、それでは興が削がれるからな。そして封鎖の決定権があるのは打点をあげた者だけだ!」

 

つまり今回の封鎖は陽奈さんに決定権がある。後の事を考えてもおいそれと簡単に決めるのは違う気がするし……。

 

「……陽奈さんのところへ行ってきます」

 

二宮が立ち上がり、一塁ベースへと駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陽奈さん、どうやら封鎖箇所の決定権は貴女にあるようですよ」

 

「……そのようですね。二宮さん的にはどこを封鎖するのが正解と睨んでいますか?」

 

「社長の指摘があるまでは投手の腕の封鎖一択だったのですが、それを禁止されてしまうと話が変わってきます。考える事が増えました」

 

「……と言うと?」

 

「封鎖野球の効力が発揮される終盤の事や、相手チームの情報を考えると、封鎖するのは……外野陣の腕と足、強打者……特に非道さん、和奈さん、エルゼ・シルエスカさんの腕、連携を考えるとリンゼ・シルエスカさんの足と封鎖箇所の択がとても多いです」

 

「相手が洛山と黒獅子重工の混合チームだと考えれば、乱打戦のケースも想定しなければならない……。そうなるとこの時点で封鎖するのは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約5分程の時間の会議の結果、封鎖したのはライトの腕となった。これが後にどう響くか……未知数だ。

 

そして封鎖野球の恐ろしさを目の当たりにするのは、案外すぐなのかも知れない……。



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地獄の封鎖野球②

相手チームのライトの腕に重りが装着されて、試合再開。

 

「ライトの肩を、潰されましたね……」

 

「あそこに持っていかれると長打コースだね~」

 

「よーし!この勢いを維持しながら、次に繋ぐデース!」

 

「まぁこっちのやる事は変わらないけどね~。でも前の試合と同じ展開っていうのは面白くないかな~」

 

「非道さん、それなら……」

 

「成程ね~。良いよ良いよ~。今まで投げてこなかった決め球を投げちゃって~」

 

「ありがとう、ございます……」

 

1点取って尚もノーアウト一塁。3番のバンガードさんに対して黛さんが投げたのは……

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「い、今の球って……」

 

「カーブ……だよね?」

 

「う、うん。カーブには間違いないんだけど……」

 

「あんなカーブは初めて見るね」

 

あんな直角近くに折れ曲がるカーブなんて、今の今まで見た事がない……。ましてや黛さんはあんなカーブを投げてはいなかった。

 

(驚いているね~。これぞ黛ちゃんがこの洛山高校で編み出した決め球の1つ……『剃刀カーブ』だよ~。普通のカーブとは違って縦に、それもほぼ直角に折れ曲がるから、普段黛ちゃんが投げているカーブとも差別化が出来るんだよね~)

 

(まさか、この合宿で、投げるとは……思いませんでした)

 

(まぁ黛ちゃんの真の実力を知らしめたかったし、丁度良いんじゃないかな~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「あの変化……見覚えがあると思えば、『剃刀シュート』と類似していますね」

 

か、剃刀シュートだって!?昔のプロ選手が決め球として使っていたのは知ってたけど、それ以来継承選手はいなかったって話なのに……。

 

「確かに……似てるわね。それを黛さんはカーブで投げているって事?」

 

「そうなりますね。宛らそれは剃刀カーブ……と言ったところでしょうか」

 

「剃刀カーブってなに?普通のカーブとは違うの?」

 

武田さんが疑問符を浮かべていると、二宮が解説を始めた。

 

「カーブ系統の球種は主に2種類の変化があります。1つは横に変化するカーブ、もう1つは縦に変化するスローカーブですね。黛さんが今バンガードさんに投げているカーブは縦の変化に近く、その為に曲がり落ちる時は重力も加わってより激しく曲がっています」

 

「ヨミちゃんのあの球もどちらかと言えばその系統に当てはまるかな。変化の原理は厳密には違うけど……」

 

「ほぇ~!」

 

二宮の説明に山崎さんの捕捉が入って、武田さんは目から鱗のような反応を見せていた。なんか見ていて面白いね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ああっ!バンちゃんが三振に!?」

 

「これまでの黛さんが投げる球には大きな変化がありませんでしたが、ああも露骨な変化球を混ぜられると、バンガードさんが打つのは困難になるでしょうね」

 

(だからこそ……今の覇竹のスイングを身に付け、夏大会までには『大きい変化の球に弱い』……というバンガードさんの短所を克服させる必要がありますね)

 

「真深、あのカーブは打てそうかしら?」

 

「……なんとも言えないわね。あれ程のカーブは中々お目にかかれないし、打席でじっくりと見ないと」

 

上杉さんも剃刀カーブの攻略には難儀しそうだと言っている。確かにあれは打つのが難しそうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイピ~」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「実践投入は初だったけど、上手く投げられて良かったね~」

 

「はい……。あの、次の上杉さんですが……」

 

「OK~。私もそのつもりだったから、丁度良かったよ~」

 

(まぁあっちの方はまだ見せなくても良いかな~?多分黒獅子重工の人達か大豪月さんが続きを投げると思うし~)



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地獄の封鎖野球③

先制点を奪取し、この勢いに乗ろうと意気込んだバンガードさんは黛さんの投げる剃刀カーブに手も足も出なかった。

 

「真深ちゃんファイト~!」

 

「あのカーブを打ち砕いてやりなさい!」

 

武田さんとウィラードさんを中心に、上杉さんの応援をする。果たして剃刀カーブを打てるか……。

 

(まずはバンガードちゃんを三振させた方で~)

 

(はい……!)

 

初球。黛さんが投げる剃刀カーブはベンチから見てもわかるように、折れ曲がる軌道のカーブ……。普通のカーブとはタイプが違うから、見極めが困難になる。

 

(もしかしてあの3人が得ようとしている覇竹のスイングは……)

 

いや、そう考えるのは早計かな。今はこの試合に集中しよう。

 

(曲がるカーブではなく、折れ曲がるカーブ。確かに不意に来られたら、対応はしにくい……。けれど来るとわかっていたら……!)

 

 

カキーン!!

 

 

(捉えるのは難しくないわ!)

 

『ファール!』

 

(おお~。初球から対応してきたね~)

 

(でもまだ、覇竹の完成形は、見えていません……)

 

(完成度90%ってところだね~。それじゃあそろそろ打ち取りに行こうか~。日本人最高のスラッガーをね~)

 

(了解、です……!)

 

1球目から上杉さんは剃刀カーブにタイミングを合わせてきた。これなら次はホームランが狙えそうだ。

 

(来た。剃刀カーブ……!今度はスタンドに運ぶ!)

 

(初球から剃刀カーブに対応してくるとは流石だね~。でも黛ちゃんの剃刀は~)

 

(えっ!?もう1段……変化した!?)

 

(2枚刃なんだよね~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「い、今の見た!?」

 

「うん……。信じられないけど、あのカーブ……2段変化したよね?」

 

し、信じられない……。剃刀シュートのカーブ版だけでも驚きなのに、その上2段変化だって!?黛さんの投手としての印象が180度変わったよ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ま、真深ちゃんが三振しちゃった……」

 

「今のでわかったと思うけど、この合宿で成長しているのは君達だけじゃないんだよね~。私達洛山もそれなりには成長してるんだよ~。まぁ守備の方は相変わらずだけどね~」

 

(そうだ……。洛山は毎年こんな合宿をしてるんだ。著しい成長を見せたって全然可笑しくないじゃん。何故今までそれを頭に入れてなかったんだ)

 

自分達の成長ばかりに気を取られていた……。非道さん達はそれをこの試合で教えようとしているのかもね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

あっ、雷轟も三振した。

 

「うう~!」

 

「……雷轟、今の打席は右と左、どっちに付いてた?」

 

「えっ?右だけど……」

 

な、成程……。だから黛さんは剃刀カーブを投げる事が出来たんだ。

 

「つ、次から左打席に立ってみない?」

 

「……駄目だよ朱里ちゃん。それだと意味がない」

 

「雷轟……?」

 

「確かに私は両打ちだから左打席に立てば、黛さんはあの剃刀カーブは投げてこないと思う……。この合宿で私達3人が得ようとしてる覇竹のスイングを完成させるには、あの剃刀カーブの原理を把握して、打たなきゃいけないんだよ!」

 

「そう……。それなら雷轟の思うままにやれば良いよ。私達は応援する」

 

「うんっ!見ててね朱里ちゃん。絶対に打ってみせるから!」

 

こういう時ムードメーカーは便りになるね。

 

「切り替えて守って行くよー!!」

 

『おおっ!!』

 

あっ、そのまま声掛けもやるんですね雷轟さん。まぁ皆も乗ってるし、別に良いけど……。

 

(裏の回……。私の予想が正しければ、向こうも合宿の成果と合わせて自分の実力を発揮してくる筈……)

 

この試合の先発は川原先輩……。黛さんに負けないように、投げてほしいものだね。



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地獄の封鎖野球④

1回裏。私達のチームの先発はこの面子の中で唯一の3年生の川原先輩だ。

 

(そして洛山、黒獅子重工の合同チームの1番は変わらずエルゼさんか……)

 

先日の試合では運良く打ち取れた……という感じだったけど、今回は……。

 

(相手はシニアリーグ世界大会でアメリカ代表の6番を打ってた人……。慎重に攻めて行きましょう)

 

(うん……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

良いコース……。球速も前見た時よりも格段に上がってる。これが地獄の合宿の成果って事?私にもその成果が宿っているのかな?

 

(良い球ね……。でも私達だって負ける訳にはいかないのよね!)

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

「ライト!」

 

エルゼさんが放った打球はホームラン寸前。フェンスに直撃して、ツーベースとなった。

 

(ホームランを狙ったつもりだったけど、少し差し込まれたかな……?あの投手のレベルも高いわね。あとはリンゼに任せましょう)

 

(川原先輩の投げた球はこれまでの先輩の中でも1番のストレートだった……。それに対していとも簡単に長打を打てるエルゼさんは流石、アメリカ代表の6番打者兼洛山高校の1番打者……と言ったところか)

 

そしてその次に控えているのはアメリカ代表でも、そして洛山高校でも2番打者を務めているエルゼ・シルエスカさんの双子の妹……リンゼ・シルエスカさんだ。

 

「…………」

 

(地面を見てる……?)

 

洛山に入る前のリンゼさんは典型的な2番打者タイプの選手。それ自体は洛山に入ってからも変わってはいないだろうけど、洛山での練習を経て、甘い球ならホームランを狙う事も出来る……打者としては厄介極まりない選手だ。

 

(もうバントの構えを取ってる……)

 

(バスターの可能性もありますし、ウエスト気味に投げて行きましょう)

 

(わかった……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

リンゼさんがバントをする気満々なのは構えからわかる。バスターエンドランの可能性もありそうだから、バッテリーは慎重に行かなきゃいけない。ノーアウトだから余計にそう思ってそう……。

 

「リンゼさんが打席に立つ前に、地面を見ていましたね」

 

「……と言う事は、この場面で行われるのはバントじゃなくて、バスターエンドランの可能性が高いわね」

 

「でもバントの構えをしてたよ?」

 

「あれはあくまでもその選択肢を相手に見せ付けているだけ……。バントをするにしても、プッシュバントでしょうね」

 

ウィラードさんの発言を聞いて、改めて打席に立っているリンゼさんを見る。バントの構えは解いていないみたいだけど……?

 

(次はここへお願いします)

 

(うん……!)

 

2球目。内角低めのストレートに対して……。

 

(バント!)

 

 

コンッ!

 

 

(しまっ……!プッシュバント!?)

 

「三遊間!!」

 

「よーし!」

 

雷轟が打球を取りに行く。雷轟が張り切って打球を処理しようとする時はほぼ必ずと言って良いくらいに弾くか、トンネルをする。

 

 

ガッ……!

 

 

「えっ!?」

 

「イレギュラーバウンド!?」

 

「カバーは任せてください!」

 

雷轟が打球を処理しようとすると、イレギュラーバウンドが発生。ショートの陽奈さんがいち早くカバーに。良い連携だよ!でも二塁ランナーのエルゼさんは三塁を回ってる……。

 

(流石にホームは無理ですね……!)

 

「ファースト!」

 

陽奈さんの送球と同時に、二塁ランナーがホームイン。1点は取られたけど、冷静な判断ではある。

 

『セーフ!』

 

しかし判定はセーフ。間一髪だっただけに、少しもったいない打球だったかもね。

 

(それに1点取られて、尚もノーアウト一塁のピンチ……)

 

ここからクリーンアップの相手をしなくちゃならないとか、滅茶苦茶キツそうだね……。

 

「あの2番打者……中々の走力を持ってる」

 

ベンチで夜子さんが呟いていた。それ、君が言うと嫌味に聞こえるよ?

 

「やられたわね……」

 

「でもあのイレギュラーは仕方なくない?ついてなかったとしか言い様がないよ」

 

「いいえ、リンゼ・シルエスカはあのイレギュラーバウンドを狙って起こしたのよ」

 

『ええっ!?』

 

あのイレギュラーバウンドが偶然の産物じゃない……?

 

「……聞いた事があります。リンゼ・シルエスカはグラウンドのコンディションを調べ、土の固さ、凹凸、弾み、風向き……全て把握した状態で、絶妙なバントを行い、ボールをそのスポットへと送る事が出来ます」

 

「そ、そんな事……本当に出来るの!?」

 

(それを可能にしているのがリンゼちゃんなんだよね~。本当はもう1つ『2番セカンド』という役職をずっと守ってきた理由があるんだけど……それは盗塁して、わからせてあげようかな~)

 

(……了解です)

 

「さて、得点をあげた者は相手チームの封鎖箇所と、封鎖する奴を選べ!!」

 

リンゼさんの指名により、朝海さんの足に重りが装着された。

 

(これは次の回の先頭打者が朝海さんから始まるから故の封鎖なんだろうか……)

 

尚もノーアウト一塁のピンチ。3番の非道さんが鼻歌を歌いながら打席へと入る。

 

(リードは大きめ……。盗塁警戒でお願いします!)

 

(うん……!)

 

川原先輩が振りかぶった瞬間……。

 

「走った!?」

 

一塁ランナーのリンゼさんがスタート。バッテリーは盗塁を読んでいたのか、ウエスト球。

 

『ボール!』

 

(よし、刺せる……!)

 

(……って思ってそうだけど、リンゼちゃんがグラウンドのコンディションを見てたのは走塁、盗塁も関係あるんだよね~)

 

「これでタッチアウトだよ~!」

 

「それは……どうでしょうか?」

 

タッチアウトを狙う日葵さんに対して、リンゼさんは日葵さんのタッチを……掻い潜った。

 

『セーフ!』

 

「な、なに今のスライディング……。タッチを避けてたよ」

 

「しかもスライディングの際に地面を抉ってたよ……」

 

「あれはフックスライディングですね。内野手のタッチを掻い潜る為にランナーが触塁する時に、膝をくの字に曲げた状態でベースにフックをかけるように滑り込み、野手の隙を突いて曲げた足先をベースにタッチする……というものです」

 

プッシュバント、狙い澄ましたイレギュラーバウンド、そしてフックスライディング……。これがアメリカ最高の2番打者……リンゼ・シルエスカの実力って訳だね。



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地獄の封鎖野球⑤

リンゼさんの盗塁成功によって、ノーアウト二塁のピンチに。

 

(……盗塁を決められたのは痛いですが、ここは腹を括って攻めましょう!)

 

(そうだね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

川原先輩が投げたのはチェンジUPか……。低めギリギリだけど、非道さんは余裕を持って見送っている。

 

(見送られた……)

 

(……相変わらず何を考えているか予測が出来ない。でも打たれるイメージも染み付いていっている。これは不味いかも)

 

(今のは良いチェンジUPだったね~。1球目に投げたストレートと合わせて攻めるのが、川原ちゃんのピッチングってところかな~?)

 

カウントは1、1。私が川原先輩の立場だったら、次で決めに行きたいところではあるけど……。

 

(相手が非道さんだからなのか、他の打者よりも攻め方がわからないんだよね……。まぁそれが非道さんのバッティングスタイルだったりする訳だけど)

 

山崎さんも非道さんと対戦した事があるからわかると思うけど、非道さんから放たれる威圧感と、掴み所がわからないキャラが合わさって、不気味さを醸し出す。ある意味では打者として1番厄介なのかも知れない。

 

(次はここにお願いします!)

 

(同じコースにストレート……だね?了解)

 

3球目は先程投げたチェンジUPと同じコースにストレート。

 

(また低めに攻めて来たね~。それなら私の得意分野だよ~)

 

 

カキーン!!

 

 

非道さんは低めに投げられたストレートを掬い上げるように打った。これは何度か見た非道さん独自のスイングだね。ローボールヒッターなのかな?

 

打球はフェンスに直撃の長打コース。

 

「逆転の一撃を打たせてもらったよ~。まだ1回だけど~」

 

二塁ランナーがホームイン。こんなにあっさりと勝ち越されるなんて……。

 

(川原先輩の投げる球はこれまでの中でも1番……。洛山の上位打線がそれを上回っているだけ……なのかな?)

 

そう思って川原先輩の方を見ると、特に動揺の色は見えなかった。それどころか想定内だと思っている表情だ。

 

(合宿の成果が発揮されている……って思ってたけど、流石は全国一の超攻撃打線だね。それに加えて黒獅子重工の選手達もいる……。これは出し惜しみをしてる場合じゃないね)

 

「じゃあとりあえず三森ちゃんの……長女ちゃんの足を封鎖しようかな~」

 

非道さんの指名によって、再び朝海さんの足を封鎖される。これで朝海さんには左右の足に重りが2つずつ装着している状態となった。

 

(この重り……走塁の妨げになるのは確実ね。この封鎖野球……互いのチームを潰し合いたいのかしら?)

 

(今の封鎖でこの試合の目的に気付こうとしている奴がいるな。だが封鎖野球の恐ろしさはまだまだこれからだ)

 

うわぁ……。朝海さんが歩き辛そうにしてる。足の重りの影響によって、守備がかなりしにくくなっていると思っている。

 

「1つだけ言っておこう。選手の交代は自由だが、交代する選手封鎖されている箇所がある場合、交代先の選手に封鎖が適用される。例えば今ライトに2つ目の重りセットが足に装着され、合計足に2セット分の重りが装着されている状態だ……。仮にそいつを別の選手に交代させると、交代した奴が足の重りを引き継ぐ事になる。よく覚えておけ!」

 

な、成程。例え重りが2点分装着されている朝海さんを夜子さんに交代させようとすれば、朝海さんに付いてる足の重りを夜子さんが引き継ぐって事か……。

 

(出来ればこれ以上点を取られる訳にはいかないけど……)

 

「…………」

 

ここから清本や、黒獅子重工の選手達に続くから、その願いが叶うのは厳しくなりそうだ……。せめて乱打線に持ち込めるようにしたいところだね。



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地獄の封鎖野球⑥

カキーン!!

 

 

ノーアウト二塁の状況から4番の清本にツーランホームランを打たれてしまう。これで1対4か……。

 

ホームランを打った清本は今度は夕香さんの足に2点分の重りを付けるように指定する事によって、朝海さんと夕香さんがそれぞれ両足に重りが2つずつとなった。うわぁ、キツそう……。

 

「光先輩、大丈夫ですか?」

 

「私は大丈夫……」

 

(光先輩の球は全然悪くない……。それでも清本さんは難なく打ってくるなんて……!)

 

川原先輩は空振りを狙うタイプの投手じゃないだけに、洛山(+黒獅子重工)の超重量打線を相手取るのはキツいだろう。

 

(まぁそれも川原先輩がこの合宿で得たと言う決め球を投げていなければ……の話だけど)

 

私自身山崎さんから聞いただけで、まだ現物は見ていない。この試合で投げるかどうかすらもわからない。

 

「珠姫ちゃん、『アレ』を投げるよ」

 

「……良いんですか?」

 

「本当は夏大会までとっておこうって思ってたけど、それだと相手チームに通用しないから……」

 

「……わかりました。私は光先輩の球を全力で受け止めます!」

 

2人のやり取りから、どうやら川原先輩はこの合宿で新たに得た決め球を投げるつもりみたいだ。果たしてどんな球を投げてくるんだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの投手、今から本気を出すみたいだな」

 

「フン!力を温存してる状態で洛山+黒獅子重工の打線を抑えようなど甘いわ!」

 

「恐らくこれから投げられるのが川原の決め球になるものだろうが……」

 

「なに、初見で打てなくとも、最後には打つ!それが洛山高校野球部のモットーだからな!」

 

(そこまで深く考えられたものじゃないと思うがな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

5番打者に対して川原先輩はストレートと、ドロップカーブでなんとかツーストライクまで追い込む。

 

(川原先輩が決め球を投げてくるとしたら、絶好のタイミング……。何を投げてくる?)

 

(いくよ珠姫ちゃん……!)

 

(はい、三振を取りに行きましょう!)

 

川原先輩が振りかぶって投げたのは……ってあれは!?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「あれは……SFFですね」

 

「それも早川さんが投げていたものと類似している……」

 

「朱里さんが投げていたSFFと違う点と言えば……あれ程までに速いSFFは見た事がありませんね」

 

川原先輩が投げたのはSFF。藤原先輩に負けない球速のストレートに加えて、それと同速に落ちるSFFは厄介極まりない。

 

(ウィラードさんは川原先輩がさっき投げたSFFと私の投げるよSFFと似ているって言ってたけど、球速は間違いなく川原先輩の方が上だ……)

 

現状同じ左投げとして、見習いたい部分も出来てきた……。川原先輩のSFFを私の目標とさせてもらうとしようかな。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

清本に打たれてから、三者連続三振……。高低差を活かした良いピッチングだった。

 

「3点差……。ここらで反撃開始といきたいわね」

 

「ですがそう簡単にはいかないでしょう。黛さんの2度変化する剃刀カーブを打つのは至難の技です」

 

「あのカーブは左打者には投げてこないだろうから、2番、6番、7番、9番がある意味でこの試合の鍵を握っていると思う」

 

で、この回は左打者が2人続く訳だけど……。

 

「なんか動きにくいわね。足に重りが2組分もあると……」

 

「そうね……。まるで誰かに足を掴まれているみたいだわ」

 

(6番の朝海さん、7番の夕香さんにはそれぞれ2点分ずつの重りが足に装着されている。まだ守備では影響していないけど、この試合打席では確実に走塁に影響してしまう筈……)

 

それでも私達に出来るのは、最低でも同点に追い付けるように味方を応援する事だ。



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地獄の封鎖野球⑦

「姉さん達、ちょっと……」

 

「「夜子……?」」

 

夜子さんが姉達に何やら耳打ちをしている。黛さんの攻略法だろうか?

 

「それにしても黛さんのあのカーブ……どんな原理で2段変化してるんだろう?」

 

「……私の推測ですが、黛さんの指の力にあると思います」

 

「指の力?」

 

「ほぼ全ての変化球に共通しますが、手首と肘の捻りが変化球のキレを増します。黛さんの場合は恐らくボールを握る中指と親指の捻りが並大抵ではないでしょう。それ等が合わさって、2段変化を可能にしているんだと思っています」

 

(流石二宮ちゃんだね~。黛ちゃんの剃刀カーブの2段変化の原理をあっさりと見抜くとは~。でもわかっていても、黛ちゃんの剃刀カーブは簡単には打てないよ~?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(まぁ三森ちゃん達には普通のカーブしか投げられそうにないのが欠点だけどね~。それじゃあ次はこっちで~)

 

(はい……)

 

1球見送ってからの2球目。黛さんが投げたのはシュート。こちらは剃刀カーブ程じゃなくても、かなりキレている。本当にレベルが上がってるんだなぁ……。

 

 

カンッ!

 

 

6番の朝海さんが黛さんのシュートを捉える。打球は三塁線へ……。

 

(足に付いている重りのせいで加速しにくいわね。でも……!)

 

 

ズザザッ!!

 

 

『セーフ!』

 

(この程度で私達の足を封じたと思わない事ね。ヘッドスライディングを持ち込めば、内野安打を狙うのも難しくはないわ)

 

結果は内野安打。足に重りが2つも付いてるのに、よくもまぁあんなに走れるものだよ……。

 

「流石朝海姉さんね!私も続くわよ!!」

 

意気揚々と左打席へと立つ夕香さん。

 

「そういえばあの2人になんて言ったの?」

 

「なんて事はない。この合宿が終わったら私が2人の為にロールケーキを作るって言っただけ。姉さん達はそれが楽しみなのか、異様な張り切りを見せてるけど……」

 

本当になんて事がなかった……。食欲に忠実過ぎないあの2人!?

 

 

カンッ!

 

 

あっ、夕香さんも続いた。もうあの2人の手綱を夜子さんが握っているような気がしてならないよ……。

 

「ふ~む。これは中々面倒な状況だね~」

 

「どうしましょうか……?『あれ』も投げた方が、良いですか?」

 

「ん~?まだ早計だと思うよ~。黛ちゃんもまだ調整段階だって言ってたし、未完成の状態で抑えられる程、相手の打席は甘くないしね~」

 

「すみません……。でも夏大会が始まるまでには、完成させたいと思います……」

 

「黛ちゃんのペースで良いからね~。じゃあこの試合は剃刀カーブだけで頑張ろうか~」

 

「はい……」

 

ノーアウト一塁・二塁のチャンス。黛さんの剃刀カーブの攻略法が明確にわからない限り、これが最後のチャンスになりかねないから、ここは是非とも打ってほしいところだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(1段でも変化の幅が大きくて打ちにくいのに、これが2段変化ともなると打ちにくさが増してくるよ……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(……でもあのカーブにもきっと弱点はある筈。今はよく見ておかないと)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(剃刀カーブを全球見てきたね~。剃刀カーブの弱点でも探っているのかな~?)

 

山崎さんは3球共見送って三振。ただ三振しただけじゃないと思いたいけど……。

 

(それよりも今は剃刀カーブを投げられないであろう左打者に点が取れるか掛かっている……。お願いします。川原先輩)

 

3点ビハインドはキツいから、左打席に立つ川原先輩に状況の打破を願うばかりだ……!



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地獄の封鎖野球⑧

ワンアウト一塁・二塁のチャンスで打席には川原先輩。

 

(打撃方面でも川原先輩の期待値は高い。今の新越谷には雷轟に加えて春星という世界トップクラスのスラッガーが入ったとは言え、まだまだ上位打線に食い込めるレベル。もちろん一発も期待出来る筈……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

今日の黛さんは左打者に対してシュートと、通常のカーブを投げてくる。川原先輩に対してもその2球種を中心に非道さんは配球を取っているように見える。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「ああっ!?惜しい~!」

 

「でもタイミングは合ってきてるよ!」

 

「ファイト~!」

 

2球目のカーブに川原先輩は上手く合わせる。カーブ自体は力のない球だから、タイミングさえ合わせればあのように長打を打つ事も難しくない。それこそ去年の夏大会で中村さんが友沢のカーブに対してバットを放り投げて打っても打球はそれなりに飛ぶ。

 

(左打者には剃刀カーブを投げられないのが難点かな~。かといって『あれ』を投げるのは時期尚早だし、難しいところだね~)

 

(黛さんは今のところ左打者にはストレート、シュート、そして普通のカーブしか投げていないから、ここで新しい球種を混ぜられると打つのはより困難になる。ここは狙いを定めて打つ……!)

 

ツーナッシングからの3球目。

 

(私がここで狙うのは……!)

 

(ここで、私が投げるのは……!)

 

(カーブに比べて変化の小さい……)

 

(上手く打者を、詰まらせる為に……)

 

((シュート!!))

 

 

カキーン!!

 

 

黛さんが投げたシュートに対して、川原先輩はタイミング完璧に捉えた。打球は大きい……。入れば同点だ!

 

(シュートを投げる事が読まれたね~。まぁ3年生になってからの黛ちゃんは色々変わって、その内の1つが大豪月さんに負けない剛球を投げるようになった事かな~)

 

(手が……痺れる……!?)

 

川原先輩が放った打球はフェンスに直撃。長打コースだ。

 

「ランナー回れ回れ~!」

 

「2点返せるよ~!」

 

朝海さんと夕香さんには足に2点分の重りが付いている。とは言え彼女達の走力を持ってすれば、ホーム生還も容易いと思う。

 

「2点目!」

 

「3点目!!」

 

バックホームの中継の時点で2人共ホームイン。足に重りが付いていてもあの2人……というか三森3姉妹には関係ないのかな……?

 

「ナイスラン。姉さん達……」

 

「ふふん!この程度の重りで私達の走塁を封じたと思ったら大間違いよ!」

 

「多少の走りにくさはあるけれど、これくらいなら何も問題ないわ」

 

本当に平気そう……。この2人も大豪月さんに負けず劣らずの練習をしてるんだっけ?その影響なのかな?

 

(ふむふむ……。三森ちゃん達はいつも通りの走塁と見せ掛けて、やっぱり重りの効果は出てるみたいだね~。試合の後半になればもっと効果が出てくると思うから、あの2人に2点分の足の重り装着は正解だったよ~)

 

「では打点をあげた者は封鎖する奴と、封鎖箇所を選ぶが良い!」

 

2打点をあげた川原先輩が封鎖者と、封鎖箇所を決める事に。

 

「……川原先輩、どうしますか?」

 

「う~ん……。今向こうが封鎖されているのはライトの腕で、これからの打席三森さん達が内野安打を狙うなら、内野手の封鎖になるんだけど……」

 

三森3姉妹に限らず内野安打を狙うなら、川原先輩の言う内野手封鎖は間違ってない。しかし二宮と陽奈さんは先制点を取った時にライトの腕を封鎖している……。この封鎖野球の効果が発揮されるのは終盤戦で、2人がそれを見越しての封鎖だとしたら……。

 

「……決めたよ朱里ちゃん。センターとレフトの腕を封鎖するよ」

 

(どうやら川原先輩も私と同じ事を思っていたみたいだね……)

 

川原先輩の決定によって、レフトとセンターの腕をそれぞれ1点分ずつ封鎖。これによって私達のチームがあげた3打点は外野手の腕にそれぞれ1点分ずつとなった。

 

2回表。3対4の1点ビハインド……。封鎖野球はまだまだこれからだ。



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地獄の封鎖野球⑨

イニングは進み6回表。スコアは6対8で私達が負けている。

 

決して川原先輩の調子が悪い訳じゃない。しかし洛山+黒獅子重工の選手達の打撃力がそれを上回っている……。ただそれだけの話だった。

 

こちらも負けじと反撃。黛さんの剃刀カーブは未だまともに打てていないけど、左打者が大活躍。重りの影響をほとんど見せずに6点まで取る事が出来た。

 

「さぁ反撃だ~!」

 

「なんとしても同点に追い付くわよ!」

 

『おおっ!』

 

武田さんとウィラードさんの応援によって全体の士気が上がる。それにしても……。

 

「なんか重りまみれになったね。お互いに……」

 

「そうだね……」

 

私達は8点取られていて、追加4点分の重りは初回に好走塁を見せた日葵さんの足に1点分、あとはバンガードさん、上杉さん、雷轟の腕に1点分ずつ追加された。

 

相手チームには外野手の腕と足に6点分の重りを集中させた。私達の打撃力の期待値を考えると間違ってはいない筈……!

 

「あれ?向こう……選手の交代をするみたいだよ?」

 

「黛さんを交代させるのかしら……?」

 

相手チームが選手の交代を行おうとしている。誰が代わるのかと考察していると……。

 

 

ズズズズ……!

 

 

『!?』

 

私達の中で半分の人達が私と同じ反応をしただろう。急に感じるこの妙な圧は……。

 

(間違いなく昨日に私達の背後に現れた2人組だ……!)

 

それにしてもいつの間に向こうのベンチに来たんだろうか?気配も全く感じなかったし、なんならこの球場に入ってくるのを見てない気がするんだけど……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たな2人共!」

 

「まぁこの試合に出るっていう話でしたし……」

 

「やっているのは封鎖野球なんですね」

 

「我が黒獅子重工と洛山高校の地獄の合宿にとってなくてはならない存在となったのだ……。合宿毎に必ずやる事になっている!」

 

「それで……私達はどこのポジションに入れば良いですか?」

 

「2人にはショートとセンターに入ってもらう。2人がどっちのポジションに入るかは任せるぞ!」

 

「「了解しました」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達5人が昨日会った2人の女性はそれぞれショートとセンターに入っている。ショートに入ったのが響さんという名前で、センターに入ったのが大宮さんという名前みたいだ。

 

「本当にあの2人も出るんだ……」

 

「でも内1人は腕と足に重りを付けてるよ!」

 

「社長が封鎖された箇所は交代先の選手にも引き継ぐって言ってたから、あの人は腕と足に重りを付けているんだね……」

 

「どんな選手だろうと、私達は逆転するだけよ」

 

「……そうね。由紀ちゃんの言う通り、私達は逆転するだけ。頑張って行きましょう」

 

この回は9番の川原先輩から。前の打席でも成果を出しているから、期待出来そうだ。

 

(センターが他のポジションと比べて深め……というかフェンスギリギリまで守ってる……。狙うならセンター返し!)

 

 

カンッ!

 

 

「初球から打っていった!」

 

「あのセンターの人は深めに守ってるから、ピッチングは確実だよ!」

 

「光先輩は長打力もあるから、あのセンターの人もそこを警戒して守ってたのかもね」

 

(本当にそうだろうか?もしもあのセンターの人がそんなあからさまな守備位置をしてるとは思えない)

 

あの人にも何か裏がある筈……私の予想は当たってしまう。

 

 

ズザザッ!バシッ!

 

 

「よっ……と」

 

『アウト!』

 

「う、嘘……。フェンスギリギリの位置から、センター前の打球を捕るなんて……」

 

「私達3姉妹並か、それ以上の守備範囲……」

 

「それだけではなく、彼女には腕と足に重りが装着されています。にも関わらず悠々とスライディングキャッチを決めていました」

 

あのセンターとショートからは底知れなさを感じる……。今センターが見せた村雨並の広い守備範囲と走力に加え、恐らく打撃方面も只者じゃないだろう。

 

(不幸中の幸いなのは川原先輩が順調に抑えれば、最終回に彼女達の打席までは回ってこない事……)

 

あの強力な打線を乗り越えるのは難しいけど、彼女達の事を考えるとなるべく抑えたいって思っちゃうよね。



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地獄の封鎖野球⑩

7回表。最終回となるこのイニングで私達はビハインドを覆さなければならない。ちなみにスコアは変わらず6対8ね。

 

あと前のイニング……6回裏には交代で出て来た妙な威圧感の持ち主である2人の内の1人……響さんに打席が回ってきたけど、1球も振らずに三振。私は気になって響さんにその理由を聞いてみると……。

 

「私と鈴音のこの試合での役割は守備のみ……それも本来の守備範囲以外には手を出さないのと、攻撃には一切参加しない事を条件で社長と契約したのよ」

 

との事だった。ちなみに鈴音というのは大宮さんの事で、響さんの下の名前は未来と言うそうだ。また……。

 

「私達と勝負をしたいのなら、黒獅子重工で待っているわ。私も鈴音もあと数年は所属しているから」

 

と響さんは言っていた。まるで数年後には黒獅子重工を辞めるみたいな発言……私は響さんの発言の意味がこの時はわからなかった。

 

試合に戻って7回表。この回は3番からだ。

 

「絶対に打ってやるデース!」

 

「頑張れバンちゃーん!」

 

(あと、3人……)

 

(それにしてもまさか最後まで黛ちゃんが投げる事になるとはね~。……全員右打席だから、剃刀カーブ中心に攻めていけそうだね~。両打ちの雷轟ちゃんが左打席に立たない理由もある程度わかるから、敢えてそれに利用されておこうかな~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(この変化の軌道……瑞希サンの言ってた通りデース)

 

「そういえば瑞希ちゃん、バンちゃんと何を話していたの?」

 

「……良い機会ですので、皆さんにも話しておきましょうか。あの剃刀カーブの弱点の1つを」

 

二宮が私達に……特にこの回に回ってくる3人に重点的に話し、それぞれの役割を与える。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

『打った!!』

 

バンガードさんが打った打球はレフトへ。

 

『ファール!』

 

「ああ……」

 

「惜しかったね……」

 

(でもタイミングは合ってた。バンガードさんは変化の大きい球を苦手としているけど、変化球はそもそも力のない球がほとんどで、剃刀カーブもその1つ……。タイミング話を合わせれば長打も狙えるって訳だね)

 

それにここでバンガードさんが打たなきゃ、逆転はほぼ不可能となってしまう。

 

(絶対次に繋げる……)

 

「デース!!」

 

「前に突っ込んだ!?」

 

 

カキーン!!

 

 

打球は高いバウンドで内野の頭を越えた。

 

「センター、お願いします!」

 

「任せてよ」

 

バウンドを捕球したセンターの大宮さんが中継もなしに、ファーストへと送球。肩強っ!?

 

「絶対に生き残ってやるデース!!」

 

 

ズザザッ!

 

バンガードさん決死のヘッドスライディング。ファーストミットが奏でる捕球音とほぼ同じタイミングだった。判定は……!?

 

『セーフ!』

 

「やった!先頭が繋いだよ!」

 

「次は真深ちゃんだね!」

 

「ホームランで同点だ~!」

 

「…………」

 

武田さん達の声援に対して、上杉さんは何かを狙っているような顔をしている。

 

「……この局面、真深は狙うつもりね」

 

「そうね。お誂えだもの。真深が打席に立つ前にバンガードさんと話し合っていたのも、あれを行う為だと思うわ」

 

ウィラードさんと夢城さんは上杉さんの狙いがわかっている。流石チームメイトと言ったどころか……。

 

(次は、どうしましょうか……)

 

(さっきのバンガードちゃんの事を考えると、連続して剃刀カードを投げるのは危険かな~?)

 

(そうなると、1球様子見で投げた方が良いでしょうか?)

 

(そうだね~。でもコースはストライクゾーンを投げようか~)

 

(わかりました……)

 

黛さんの1球目。様子見のつもりだろうか?低めにストレートを投げてきた。

 

(ストレート、コースは低め……。やるしかないわね)

 

「行くデース!」

 

えっ?バンガードさんが盗塁!?

 

 

コンッ。

 

 

『ええっ!?』

 

上杉さんは上杉さんでセーフティバントだし……。私を含める全員(ウィラードさんと夢城さん以外)が驚いてるよ。

 

(これはやられたね~。様子見の球を投げてくる事をピンポイントで読まれちゃったよ~)

 

『セーフ!』

 

上杉さんの奇襲セーフティバントは成功。ノーアウト一塁・二塁となった。

 

(私達はやれる事をやったデース)

 

(あとは任せたわよ。遥ちゃん!)

 

このチャンスの場面で回って来たのは雷轟だった。



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地獄の封鎖野球⑪

ノーアウト一塁・二塁の場面で雷轟……。イニングは7回表だし、これが最後のチャンスになるだろう。

 

「ふぅ……」

 

「雷轟、調子はどう?」

 

「凄く充実してるよ!チャンスの場面で回ってくるし、黛さんも勝負してくれるし、何より真深ちゃんとバンガードちゃんが私に託してくれた事が嬉しいんだ!」

 

笑顔でそう答える雷轟。本当に嬉しそうだね。それに頼もしい。本当に野球経験1年ちょっとの人間とは思えないよ。

 

「じゃあ行ってくるね!」

 

「遥ちゃん、ファイト~!」

 

「勝ち越し点を得るホームランを期待してるわ」

 

「うんっ!!」

 

張り切って雷轟が右打席へ。黛さんの投げる剃刀カーブを徹底的に打ちに行くつもりみたいだね。

 

(ここで雷轟ちゃんか~。この空気を読まない采配なら歩かせるんだけど、これは目的のある試合だからね~)

 

(その目的は、各々が合宿で頑張った成果をあげる事……。どちらのチームもそれは惜しみ無く発揮された。あとは……)

 

「…………!」

 

(雷轟さんの、覇竹のスイングがどこまでの完成度か……という事)

 

(剃刀カーブは覇竹向けじゃないから、余り投げるつもりはなかったけど、雷轟ちゃん達クリーンアップの3人は大体剃刀カーブを目当てにしてるっぽかったんだよね~)

 

(それだけに、先程の上杉さんのセーフティバントは、予想外でした……)

 

(まぁ今は雷轟ちゃんとの勝負に集中だね~。全球剃刀カーブで来ちゃってよ~)

 

(はい……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

最終回なのに、剃刀カーブのキレが更に上がったような気がする。コースギリギリだし、手出しがし辛い。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「お、追い込まれちゃった……」

 

「遥ちゃん、大丈夫かな……?」

 

あっという間に追い込まれ、ベンチからは心配の声があがっているけど……。

 

「……大丈夫だよ」

 

「朱里ちゃん?」

 

「今の私達に出来るのは雷轟を信じる事だけ……。それなら心配するよりも、期待しておいた方が良いんじゃない?」

 

「……そうだね。遥ちゃんならきっとやってくれるよ!」

 

「うん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(2球共、見逃しましたね……)

 

(バンガードちゃんと同じやり方を取りそうだね~。それなら全力の剃刀カーブを投げようか~)

 

(はい……!)

 

「…………」

 

(バンガードちゃんはあの剃刀カーブに対して、2段目の変化直前で打ってきた……。でも私はそれじゃあ足りない。私が狙うのは……!)

 

3球目も剃刀カーブ。やはりというか、更にキレを上げてきた。普通なら打てっこない。でも……。

 

(この……2段目の変化直後を叩く!)

 

 

カキーン!!

 

 

『打った!!』

 

(成程ね~。これが雷轟ちゃんなりの覇竹って訳か~)

 

(清本さんが得た覇竹とは、また違うスイングでしたが、勢いはまさに覇竹そのもの……。会得、おめでとうございます)

 

雷轟が打った当たりは球場を遥かに越えたホームランだった。あんなに体勢を崩しながらもよく打ったね本当に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「打ったね。彼女」

 

「そうね。この世界では、彼女が中心となって動いているような……そんな気がするわ。当時の貴女のようにね」

 

「私はここでは傍観者に徹するよ。それに彼女はプロ野球選手になるだろうし、黒獅子重工とは無縁だと思う」

 

「全くの無縁……とは思わないけれどね。そう遠くない内に彼女達とはまた会う事になりそうだわ」

 

「……未来が言うと本当に聞こえるんだよね。その時が来ないに越した事はないけど」

 

「確かにね。ほら、試合に戻るわよ」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイバッチ~!!」

 

「ありがとう!」

 

ベンチでは雷轟が上杉さんとバンガードとハイタッチを行い、皆からは手荒い祝福を受けていた。

 

「特別練習メニューの成果が出たようね」

 

「うんっ!いつもよりかなり速くスイングが出来た気がする。球の見極めもギリギリまで出来そうだよ!」

 

「ナイスswingデース!」

 

……という事は雷轟は特別練習メニューSを完遂したって訳?あの大きい竹の葉を全部スイングで落としたって事だよね?それに上杉さんとバンガードさんも似たような成果があるんだよね?

 

(この3人……特に雷轟はどこまで成長していくんだろうか?)

 

それを高校3年生の夏まで見届けたいものだね。



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地獄の封鎖野球⑫

『アウト!チェンジ!!』

 

雷轟がホームランを打った後はランナーを出しつつも、追加点には至らず、チェンジとなった。

 

「遥ちゃんが打ったとは言え、あの剃刀カーブはやっぱり簡単には打てないね……」

 

「あれをまともに打てそうな右打者は上杉さんくらいかもね。バンガードさんも苦戦していたみたいだし……」

 

上杉さんは黛さんが様子見で投げたストレートに対して、奇襲のセーフティバントを行ったから、具体的な解答は不明な訳だけど、雷轟のように覇竹のスイングで打っていた可能性は高かっただろう。

 

「あれ?この最終回って誰が投げるの?」

 

「あっ、そういえば光先輩は代打に出したんだっけ……?」

 

雷轟がホームランを打った後は押せ押せムードの影響か、代打攻勢として川原先輩にも代わってもらったんだった……。

 

「…………」

 

静まり返る私達のベンチ。いつぞやの様に、誰が投げるのかを決めあぐねているのだ。

 

(この試合の目的は合宿の成果を試す為の、発揮する為の、見直しの為のもの……。この試合、そして前の試合では夢城さん、川原先輩、そして雷轟と言った特別練習メニューの成果を惜しみ無く発揮されていた。それならこの局面で次に投げる投手は……!)

 

「……私が投げるよ」

 

「朱里ちゃんが?」

 

「うん。皆を見ていると、私も合宿の成果を試したくなってね。それに……」

 

「それに?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

(この合宿時点での私の力が清本達に、黒獅子重工の選手達に、そして大宮さんと響さんに通用するかを試したくなった、私の今の実力がどの辺りに位置するかを彼女達で……確認しておきたい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ?向こうは早川ちゃんが投げるみたいだね~」

 

「朱里ちゃんが!?」

 

「早川か……。直に投げるところを見るのは随分と久し振りだが、果たしてどれ程成長しているのか、楽しみだな」

 

「早川さん……。世界大会で打ち取られた借りを返したいところね」

 

「でもこの回は下位打線から……。私達に回ってくるかな?」

 

「フム……。回ってくるとしたら大宮になるが、大宮と響は攻撃には参加しない事を条件でこの試合に加わっている」

 

「……そういえば先のイニングで回ってきた彼女も一切バットを振っていなかったが?」

 

「大宮と響がまともに試合に加われば、相手連中の為にならん。次元が違い過ぎるから、トラウマを植え付ける可能性すらもあるからな」

 

(そこまでの人間をこの試合に合流させた社長の目的がいまいち見えないけど……まぁ私が気にする事じゃないかな~?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ私のアンダースロー復帰の初実戦。投げるのはボストフ選手以来だけど、ちゃんと投げ切る……!

 

(アンダースロー!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(低空から浮き上がる球……まさしく早川茜が投げた燕そのもの。親子の結晶が今ここに実現する……か)

 

(凄い……。あれが私と早川さんが練習していた……アンダースローの投手が投げる特別な球。球威もキレも私が今まで投げてきた球とは段違いだわ)

 

ベンチではウィラードさんが驚いたような目で私を見ている。無理もないね。私だってここまでのものとは思わなかったもん。

 

(でも燕はこれだけじゃない……)

 

見せてあげるよ。あの時中山さんが最後まで投げなかった燕の改良系を……!

 

(朱里ちゃん、投げるんだね……?)

 

(うん……。皆に見せ付けるつもりで投げるよ)

 

追い込んでからの3球目。私は燕の改良系を叩き込んだ。

 

(嘘……。球が砂埃で隠れた!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(あれが……早川茜さんが編み出し、そして娘に引き継がれた決め球の真の姿なのね……!)

 

(砂埃を利用して、燕が身を隠す様に……それは宛ら消える魔球の如く、相手を翻弄させる燕の改良系)

 

名付けて砂燕……。これを初見で打てるとは思わないでよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!!』

 

下位打線3人だったから、なんとか砂燕で抑える事が出来た。これが非道さん、清本、大宮さん、響さんが相手だったら、また結果は違っていたと思う……。何にせよ、この試合も私達の勝利だ!



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全プログラム終了!

「諸君!此度の試合はご苦労だった……。これにて一部を除いた地獄の合宿全プログラムを終了とする!」

 

社長の一言によって脱力した人がちらほらと……。まぁ練習メニューは滅茶苦茶キツかったもんね。何食わぬ顔でさっきまで試合してたけど、生きているのが不思議なレベルでキツかったもんね。何なら試合に出てない人達にとってはこの試合こそが休憩ポイントだったもんね。

 

(ちなみにその一部というのは特別練習メニューを設けられた私達の事なんだけど……)

 

私とウィラードさんの水切りは今日の時点でまだ18回が最高で、雷轟と上杉さん、バンガードさんの3人は竹の葉がまだ1割くらい残っている……。薪割り組の方はわからないけど、恐らくはまだ未完成なんだろう。

 

「明日で諸君はそれぞれ元の地に帰る訳だ……。よって今宵は宴だ!思う存分騒げ!!」

 

『わぁーっ!!』

 

社長の一言によって今度は騒ぎ始めた。さっきまで経たり込んでいた人達とは思えない……。

 

「夜までに時間があるから、それぞれ練習するも良し、休むも良し!それぞれ思い思いに行動せよ!!」

 

『おおっ!!』

 

皆急に元気を取り戻したね……。

 

「……私はとりあえず食事の準備をする。今日はいつもよりも量が多いから、姉さん達も手伝って」

 

「もちろんよ!」

 

「夜子の料理の手伝いが出来るなんて光栄だわ」

 

「大袈裟……」

 

この3姉妹は相変わらずなんだと思ってしまう。夜子さんによって朝海さんと夕香さんの胃袋を掴まれ、夜子さんの料理なしでは生きていられなくなるという……。恐ろしい話だ。

 

「行きましょう早川さん。私達も早いところ完全なものに仕上げないと」

 

「それもそうだね」

 

あの3人の事を私が気にする必要もないかな。私達は私達の練習で手一杯なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別練習メニューもそこそこに、食事の時間になったので、私達は1度練習を切り上げた。

 

「あ、相変わらず豪勢な食事ね……」

 

「今回も力作」

 

夜子さんが作ったのは海鮮丼をメインに、麻婆豆腐、ビーフシチュー等々和洋中となんでもござれといったラインナップだった。なんでこの人がプロの料理人じゃないのか不思議でならないレベルだよ全く……。

 

「この馳走は合宿に生き残った記念として作られたものだと思い、可能な限り食べるが良い!!」

 

ちなみに夜子さんは社長からシェフと呼ばれている事もあって、この合宿の食事を作った事により、給金をもらっているらしい。何?私達が知らないだけで、夜子さんは実は黒獅子重工の雇われシェフだったりするの?

 

「あぁ~!相変わらず夜子の作ったご飯は美味しいわ!」

 

「本当ね。夜子の食事を食べる為だけにこの合宿に参加したと言っても過言じゃないもの」

 

お願いだから、そこは過言であってほしい。今後三森3姉妹の見る目が変わってきそうだから……。

 

(でも朝海さんと夕香さんの気持ちもわからない事もない。材料が限られているとは言え、手作りでここまでの料理を作れるなら、外食なんて必要ないもんね……)

 

流石にあそこまで大袈裟な反応はしない……と思うけど。



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密会?

「朱里ちゃんと2人きりになるのも久し振りだね!」

 

「そうだね。多分中学以来じゃない?」

 

私は食後の散歩がてら海辺を歩いている。雷轟も着いて行きたいと言ってたので、同行を許可した。今の雷轟に対して気になる事もあるしね。

 

「ね、朱里ちゃん……」

 

「どうしたの?」

 

「朱里ちゃんはその、あの人と……」

 

雷轟の言うあの人というのは風薙さんの事だろう。まさか雷轟の口から風薙さんの事を聞けるとは思わなかったな……。

 

「……ってあれ?」

 

「雷轟?」

 

「朱里ちゃん、あそこに2人って確か……」

 

雷轟が指した方向には大宮さんと響さんがいた。

 

(こんな所で何を……?でもあの2人の情報を手に入れるチャンスかも)

 

あの2人の情報収集に勤しむ。二宮じゃないけど、情報って大切だもんね。二宮じゃないけど!

 

「…………」

 

「…………」

 

(何か……話している?)

 

私も雷轟も耳は良い方だから、この距離でもある程度の声は耳に入る。

 

(朱里ちゃん、朱里ちゃんもあの2人が気になるの?)

 

(まぁね。雷轟も……?)

 

(うん……。あの2人からは色々なものを感じるんだ。もしも何かが違えば、あの2人が今の私達と同じ立ち位置になってたんじゃないかって……)

 

(成程ね。雷轟なりにあの2人について知ろうと思ってるって事か……)

 

ちなみに何かが違えば云々は聞き流す事にした。なんとなく禁忌に振れそうだと思ってしまったから……。軽く首を横に振り、あの2人の会話を聞く事にした。

 

「私達が黒獅子重工に所属してからもう1年以上が経つんだね……」

 

「そうね。私達もあの環境かなり適応してきたもの」

 

1年……という事はあの2人が黒獅子重工に所属したのは私達が新越谷に入学した時期とほぼ同じか……。黒獅子重工の選手達はトッププロも顔負けの実力者揃いだと二宮から聞いている。たった1年で、もしくはそれよりも早い段階で1軍昇格した事になる。でもあの2人ならそれも不思議じゃないと思ってしまう。

 

「それで……未来のお眼鏡にかなった人達は相手チームの中にいた?」

 

「ええ、何人かは。鈴音の方はどうかしら?」

 

「こっちも何人か逸材がいたよ。でも……」

 

「その内のほとんどは高卒時点でプロ野球球団に所属し、残った彼女達も何れはプロへ……と」

 

「そうなんだよね。私達が社長に命じられている『黒獅子重工へ有力な選手達をスカウトする』という目的に果たして何人が乗ってくれるかな……」

 

「今のところは大豪月、非道、黛千尋の3人は確定しているわ」

 

「あの3人……特に大豪月さんと非道さんは社長とは旧知の仲みたいだからね。だから実質スカウト出来たのは黛さん1人だけになるかな」

 

「……そうみたいね。有栖と真澄の方は川越シニアを中心としたリトルシニアチームや、ガールズチームからも早い段階からスカウトに動いているわ。そして大器晩成型の選手に当てはまる選手を既に数人獲得に成功している……」

 

「あの2人……特に有栖は巧みに相手を乗せるからね。それに中学生未満って事で刷り込みやすいのかも」

 

な、なんかとんでもない事を聞いてしまった気がする。川越シニアからもあの2人の仲間がスカウトに動いてるなんて知らなかったよ……。

 

「それよりも……隠れてないで出て来たらどうかしら?早川朱里さんと、雷轟遥さん」

 

えっ?バレてる!?

 

(ど、どうしよう朱里ちゃん……?)

 

(……正直ここで逃げるとあらぬ誤解を受けそうだし、出て行った方が良いと思うよ)

 

(だよねぇ……)

 

私と雷轟はあの2人の前に出る事にした。何を言われるんだろう……。



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気になる2人の正体は……?

大宮さんと響さんの話を隠れて聞いているのがバレた。なのであえなく2人の前へ出る事に……。

 

「ぬ、盗み聞きしてすみません……」

 

「構わないわ。貴女達が聞いているのがわかった上で、私と鈴音は会話をしていたもの」

 

「だから聞かれて困るような話は一切してないんだよね」

 

つまり私と雷轟が盗み聞きしているのが、最初からバレていた訳か……。

 

「ど、どうして私と朱里ちゃんが隠れていた事がわかったんですか?」

 

あっ、それは私も気になる。見えないように隠れた筈なのに、どうしてバレたんですか!?

 

「私も鈴音も人の気配には敏感なのよ。気配の種類で誰が潜んでいるか……というのもわかるわ」

 

何それ怖い。それが本当なら村雨もビックリな気配察知スキルなんだけど?大宮さんの守備と言い、妙に人間離れしているような……。

 

「あの!」

 

「どうしたの?」

 

雷轟が2人に何か聞きたい事があるみたい。多分あの2人が何者なのかを知りたいんだと思う。初めて2人に会った時に何もない所から突然現れたし、気になるよね?

 

「ふ、2人は何者なんですか!?」

 

ど直球!新井さんのジャイロボール並のど直球!

 

「……その質問の意味を聞いて良い?」

 

「2人は突然私達の前に現れました。朱里ちゃんが言ってたんですけど、この島に来るなら船とかの移動手段とかも見当たらなくて、どうやって来たのかなって。それに……」

 

「それに……?」

 

「大宮さんの守備の動きを見た時に思いました。手足に合計2キロの重りが装着されていたのに、軽々と動いていたもので……」

 

「あの程度の事が出来ないと黒獅子重工の1軍に昇格する事は不可能よ」

 

「えっ?じゃあ黒獅子重工の1軍選手は全員大宮さんみたいな動きが出来るんですか?」

 

「そうね。人によって差違や限界はあるけれど、あれくらいの動きなら1軍選手全員が出来るわ。社長を含めてね」

 

何それ怖い(2回目)。プロ野球選手でさえもあんな動きをする選手はごく少数なのに……。というか社長って選手だったんだ……。

 

「……で、私達が何者かって質問だっけ?」

 

「は、はい!」

 

「ちょっと待っててね」

 

大宮さんが雷轟に制止を掛ける。なんなんだろう?

 

(どうする未来?)

 

(別に私達の正体を話しても構わないけれど、信用してもらえるかはまた別よ)

 

(まぁそうだよね……。ちなみに未来はどう思う?)

 

(半信半疑……といったところね。力の一端を見せれば信用してくれると思うけれど、畏怖される可能性もあるわ)

 

(はぁ……)

 

大宮さんは腕を組んで考えている。そこまで悩む事なのか……ってそりゃそうだよね。隠しているかは知らないけど、自分達の正体を話してくれって言ってるんだもんね……。

 

「……今から話す事はとても信じられない事だと思う。それでも聞く?」

 

とても信じられない?一体何を話すつもりなの?

 

「は、はい!」

 

「き、聞いてみたい……です」

 

な、何にせよ2人の正体が聞けるチャンス。これを逃す訳にはいかない。

 

「じゃあ話すね?私と未来は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大宮さんと響さんはこことは違う世界から来た事、様々な世界を転々とした後にこの世界に来た事、不思議な力を持っている事等々……凡そ信じられない話だった。しかし……。

 

(二宮が言っていた別世界から来た人達……というのが大宮さんと響さんになるのかな?未だに半信半疑ではあるけど、納得出来る部分もある)

 

「別世界の話が聞きたいです!」

 

「ええ……。思いの外食い付いてきた」

 

「良かったわね」

 

「良いの……かな?」

 

雷轟が大宮さんに懐いていた。雷轟にとって別世界の話はお伽噺みたいなものだろうか?大宮さんの話も興味津々で聞いていたし……。

 

「雷轟さんはあのように鈴音の話を信用したみたいだけれど、早川さんはどう思ったかしら?」

 

そんな中、響さんが私に話し掛けてきた。なんだろう?響さんから放たれる圧を除けば、母さんと雰囲気が似てるから多少好感が持てる。

 

「……半信半疑ですかね。大宮さんの話を聞いて納得出来る部分もありました」

 

「納得出来る部分?」

 

「雷轟が言ったように大宮さんの守備の動きや、何もない所から突如現れた事……。それに2人から感じた妙な圧に関してもそれで辻褄は合いますから……」

 

「そう……」

 

(この娘達の洞察力は大したものね。この世界の中心人物……というだけあるわ。これなら私や鈴音が干渉せずとも、この世界は良い方向に進みそうね)

 

響さんが納得したような表情を見せた。私の話が役に立ったのかな?



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悩み

大宮さんと響さんからとんでも話を聞いて一晩が明けた。今日は合宿最終日で、夕方には船に乗って帰る事になってるんだけど……。

 

(水切りの仕上がりが微妙だな……。15回前後しか跳ねない)

 

私は朝早くの海辺でこうして練習している。私はウィラードさんに比べたらかなり仕上がりが遅れているので、こうして自主的に練習しなきゃ追い付けないのだ。

 

「早川さん……?」

 

私に声を掛けてきたのは上杉さんだった。片手には数枚の葉が付いている大きな竹を持っている。あんな重い大竹を片手で持つなんて……。やはり上杉さんは力持ちだね。

 

「おはよう上杉さん。上杉さんも自主練?」

 

「おはよう。ええ、私も遥ちゃんやバンガードさんには負けてられないと思って、こうして早めに練習しようと思っていたのよ」

 

成程……。どうやら上杉さんも私と同じ考えのようだ。他の人達よりも早く起床して、遅れを取り戻そうという算段。

 

「……お互いにあともう少しといったところだし、2人で練習しましょうか?」

 

「構わないよ」

 

正直私と上杉さんは生涯のライバルになるんじゃないかと、初めて対戦した時からずっと思っていた。

 

私から見た上杉さんは誰よりもホームランを打ち、足も速く、肩強く、守備も上手い……。こと野球に関しては非の打ち所が全くと言っても良いくらいの完璧な選手だ。

 

(上杉さんの他に……上杉さん程優れている選手は神童さん位だろうか?あの人も隙が見当たらない)

 

他の選手は大豪月さんなり、新井さんなり、ウィラードさんなり……どんな人にも多少の弱点や隙はある。如何にそれを悟られない様に振る舞うのが選手としてやらねばならない事だ。それは私だってそう。

 

(だけど上杉さんと神童さんにはそれが見当たらない。出来る事と言えば真っ向から勝負をするか、勝負を避けるかの2択……)

 

上杉さんを相手には今までそれで運良く勝てた。この特別練習メニューで、そして昨日の試合で私のフォームから球速、球種までバレてしまった……。ここからは本当に実力勝負になるだろう。

 

「早川さんの昨日のピッチングは凄かったわ。ユイと同じフォームで、同じストレートを持ち、尚且つユイよりも1歩先を進んでいる……」

 

「……大袈裟だよ。私自身は大した事はない」

 

本当に。母さんから教わったフォームと決め球、そして風薙さんから教えてもらった偽ストレート……。この2つが今の私を生成しているんだ。他人の力を頼っただけで、私自身は何もない。

 

(それこそ右肩を完治させて、リトル時代に投げていたシンカーを完全に投げられるようになる為に、今私はそれを目標に野球を続けている……)

 

右投げ時代に投げていたあのシンカーこそが私のアイデンティティだ。息吹さんに伝授したけど、私自身が諦めた訳じゃない!

 

「ユイもあの世界大会から……そして今回の合宿において、自分は完全に早川さんに遅れを取っている事を自覚した……と言っていたもの」

 

「ウィラードさんが……」

 

まさか私の事を認めてくれているとは思わなかった……。誰かに認められるのって嬉しいものなんだね。

 

「ねぇ、早川さん」

 

「どうしたの?」

 

「……私とユイは遠前高校で天王寺先輩に聞かれているの。私達は何の為に野球をしているのかと、彼方先輩が引退した後はどうするのかと……」

 

(そういえば上杉さんとウィラードさんは風薙さんに着いて行く形で日本留学したんだっけ?だから天王寺さんは2人に目的を聞いている訳だ……)

 

だったら今年3年生の風薙さんが雷轟との和解……という目的を果たしたらどうするのか、また風薙さんに着いて来た上杉さんとウィラードさんはどうするのかと……。

 

「実際に上杉さんはどうするつもり?」

 

「……わからないわ。私も、ユイも、彼方先輩にはとてもお世話になったの。当初はその恩返しのつもりで、彼方先輩と共に行動をしているわ。それが終われば再びアメリカに帰る予定だった……。でも遠前高校野球部で過ごして来た日常も私達にとっては本物よ。だから最後までやり切りたいとも思っているわ。彼方先輩と共にありたいと思う反面、遠前野球部でも頑張りたい……という2つの想いが入り混ざってるの」

 

「…………」

 

「……私は、私達はどうすれば良いのかしら?」

 

上杉さんなりに迷っている訳か……。これからの事を、風薙さん達が引退した後に野球部に残るか、アメリカに帰るかを……。

 

「……さてね。あくまでも決めるのは上杉さん自身だよ。自分の事は自分で決める」

 

「厳しいのね。早川さんは」

 

「私ならそうするだけだよ」

 

まぁ……私が上杉さんの立場なら悩みに悩みまくっているだろうけどね。



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地獄の合同合宿 エピローグ

刻一刻と帰還の時間が迫っている。普通ならプレッシャーを感じている筈なんだけど、今の私は凄く落ち着いている。

 

(なんか気持ちに余裕が出来てきたな……。これも地獄の合宿の成果なんだろうか?)

 

思い返して見れば、どの練習も常軌を逸したものばかりだった。確かに一昨年に新越谷の先輩達が起こした不祥事が可愛く感じるレベルかも知れない……。

 

(しかし社長は辛ければいつでも休む事を常に言っていた……。これがしごきと比べてどこか温もりを感じた理由なのかもね)

 

そんな事を思いながらも私は集中し、石を投げた。

 

 

バシャッ!バシャッ!バシャッ!バシャッ!

 

 

「20回……達成したわね」

 

「ウィラードさんもね……」

 

まぐれじゃないかを確かめる為に私とウィラードさんはもう1度水切りを行う。

 

 

バシャッ!バシャッ!バシャッ!バシャッ!

 

 

うん、まぐれじゃない。20回続くようになった。今朝方まで難航していたのが嘘みたいだよ。

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

「やった……」

 

「こっちも終わったよ!」

 

「デース!!」

 

隣で大竹を振っていた3人も竹に付いている葉を全てスイングによって落としていた。薪割りの方もかなり順調に進んでるって朝食時に武田さんが言ってたし、私達に施された特別練習メニューもこれで終わりを迎えた……だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「諸君!これにて洛山主催、地獄の合同合宿を終了する!3泊4日の間ご苦労だったな!!」

 

いよいよ帰郷するんだね。生きて帰れて良かったよ……。

 

「諸君の活躍を祈っている。ただし忘れるな!この合同合宿では同じ釜の飯を食べた仲ではあるが、本来ならばそれぞれ敵同士である事をな!!」

 

そう……苦楽を共にした私達はそれぞれ埼玉、西東京、群馬、そして京都へと散り散りになって、全国大会と、それに今年は県対抗総力戦にて戦う事になる。

 

「迎えの船が来たから、それに乗るが良い!」

 

「私は泳いで大学に帰るぞ!神童も一緒にどうだ?」

 

「嫌に決まっているだろう。普通に船に乗って帰る」

 

「フン、軟弱者め。だらしないぞ!」

 

「おまえの場合は屈強と言うよりはただの馬鹿だ。頼むから、大学の連中に悪影響を与えるなよ?」

 

大豪月さんは泳いで帰るのか。この人は本当に元気だな……。神童さんも軽く受け流している辺り、似たようなやり取りに慣れているみたいだし、良い意味で神童さんも大豪月節に染まっているように見える。

 

「最後に……新越谷のスラッガー!」

 

「私ですか……?」

 

社長が雷轟に何かを耳打ちしていた。何を言ってるんだろうか?

 

「……わかりました。その時が来たら、訪れようと思います」

 

「そうしてくれ。向こうには私から口添えしておこう」

 

本当に何の話だろうか……?

 

「では諸君の検討を祈る!!」

 

社長の激励を最後に、船は出港し始めた。色々気になるけど、私が気にしても仕方ない事……だよね?

 

(辛く、キツい練習の数々だったけど、充実した合宿だった……)

 

私は、私達はこの経験を生涯忘れる事はないだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむっ!今の攻撃も確定で耐えるなんて……。やっぱりそのポケモンは反則だよ!」

 

「使ってるこっちも引くレベルなんだよね。進化の輝石持ちのポリゴン2の耐久力。しかもこれでもBに努力値振ってない個体らしいし……」

 

帰りの船でポケモン対戦している事には突っ込まない方が良いんだよね?武田さんと鋼さんがそれぞれウィラードさんと二宮からSwitchを借りてるし……。

 

「二宮さんは次のシーズンはどうするつもり?」

 

「特に変わった事をするつもりはありません。いつも通りを心掛けます。ザシアン対策のポケモンをもう数匹育成するくらいでしょうか」

 

そして当の本人達はポケモン対戦について話してるし……。ポケモン対戦から始まり、ポケモン対戦で終わるのかこの合宿は……。




遥「地獄の合同合宿編はこの話で終了だよっ!」

朱里「合宿の話だけで約40話……。文字数が短いとは言え、結構続いたよね」

遥「最後にこの小説に登場した大宮さんと響さんの挿絵を乗せておくね!」

朱里「キャラ紹介で書き上げるか微妙なので、ここに2人の挿絵を貼り付けする事にしました。続編ではともかく、この小説では今後登場するかも微妙なので……」



【挿絵表示】




【挿絵表示】



遥「上が大宮さん、下が響さんだよ!」

朱里「大宮さんと響さんは作者が書いている小説の『気が付いたら女サイヤ人に転生していた件』、『気が付いたら女サイヤ人に転生していた件~超始めました~』、生死を賭ける戦いから麻雀の世界に転生しました。』、『戦いの世界を生き抜いた女主人公は様々な世界で冒険するようです。』に登場するキャラだね。特に大宮さんはこれ等の作品で主人公をしているよ。ちなみにここに乗せている2人の挿絵はこの小説においての大宮さんと響さんね」

遥「唐突な宣伝!?」

朱里「しかも作者は長らくこれ等の小説を休載してるんだよね。中々複数の小説の連載を維持するのは大変だからって……」

遥「で、ではこれからも『最強のスラッガーを目指して!』をよろしくお願いします!!」


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変わった5人

合宿終了の翌日。藤井先生は私達5人に休みだと伝えてくれていたけど、私としては色々な理由があって、練習に参加する事に。

 

「あれ?朱里ちゃん?」

 

「雷轟……」

 

後ろから声を掛けてきたのは雷轟だった。よく見ると武田さんも、山崎さんも、川原先輩もいるし、皆考えている事は一緒だったんだね……。

 

「朱里ちゃんも練習に?」

 

「そうだね。藤井先生は休んでいても良いって言ってたけど、なんだか落ち着かなくて……」

 

「朱里ちゃんも?私達もなんだよね……」

 

やっぱりそうだよね。あとは藤井先生や芳乃さん達にも合宿の報告とかしておいた方が良いかなって思ってたんだよね。昨日は真っ直ぐ家に帰っちゃったし……。

 

「よーし!今日は投げ込むぞ~!」

 

「張り切ってるね?」

 

「そりゃそうだよ!合宿中に私は投げられなかったし……」

 

「ヨミちゃんは新越谷のエースだから、簡単に手の内を晒すのは良くないもんね」

 

「まぁ私も川原先輩もまだエースナンバーを諦めた訳じゃないし、精々奪われないように武田さんも頑張らないとね」

 

「も、もちろんだよ!朱里ちゃんや光先輩には負けられないもん!」

 

まぁそれでこそ武田さんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは~!」

 

「あれ?5人共休みのつもりだったのに……」

 

「えへへ。なんか練習しないと落ち着かなくて……」

 

芳乃さんの疑問は雷轟が私達を代表して答えた。他の皆もよくそんな元気があるなと言わんばかりの表情をしている。まぁ気持ちはわかる。

 

「それにしても……5人共雰囲気が大分変わったな」

 

「ええ。落ち着きも見えて頼もしくなったし、逞しくなったわ。これが地獄の合同合宿の成果なのかしら?」

 

「そうですか?自分達じゃ全然わからないんですけど……」

 

主将と藤原先輩曰く、あの合宿で私達5人は心身共に大幅成長したらしい。武田さんとか雷轟を見てるとそんなに変わったようには見えないんだけど……。山崎さんと川原先輩は元々落ち着いた性格の持ち主だし、傍目では判断が付き辛い。

 

「そうだ!今日は休み予定の5人も来てくれたし、合宿の成果も見てみたいから、紅白戦にしよう!」

 

「試合!?やるやる!」

 

芳乃さんの提案に武田さんが最速で乗り、他の皆も賛成みたい。それなら私も断る理由がないかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、紅白戦開始な訳だけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ちょ、ちょっと飛ばし過ぎじゃないですか!?まだ初回ですよ!?」

 

武田さんのノビ、キレ、球威が増した球に初野が面食らっていた。確かに今までの武田さんに比べて1、2段階成長した球に皆が驚き、初野と同じ感想を抱いていた。

 

「えっ?これでもかなりセーブして投げたつもりなんだけど……?」

 

『えっ!?』

 

「えっ?」

 

武田さんの爆弾発言に皆が驚き、武田さんもそれに対して驚く。

 

「……ヨミちゃん、ちょっと全力で投げてみて。歩美ちゃんは一端打席から離れて見てて」

 

「えっ?う、うん……」

 

「わ、わかりました……」

 

一方で驚いていないのは合宿に参加した私達5人。山崎さんの提案で初野は1度打席を離れる。

 

「来い!ストレート!」

 

(そんなに変わったかなぁ……)

 

 

ズバンッ!

 

 

改めて投げられた武田さんのストレートは合宿前の武田さんの面影がまるでなかった。普通のストレートがかつての強ストレートよりも速く、普通のストレートであの球速ならもちろん強ストレートはそれ以上。

 

「ほ、他の球も投げてみて!」

 

「う、うん……」

 

 

ズバンッ!

 

 

投げられたのはツーシーム。こちらも威力増し増しで私達5人以外が唖然としていた。

 

 

ズバンッ!

 

 

カットボールとチェンジUPもこれまで以上の威力で最早掛ける言葉がないレベルだった。そして……。

 

 

ズバンッ!

 

 

最後に武田さんの決め球であり、代名詞と言っても過言じゃないあの魔球。当然こちらも威力が段違いだった。

 

(な、成程……。これが武田さん達がやっていた特別練習メニューAの成果って訳か)

 

ちなみにこの後は急遽合宿に行った私達5人の成果を徹底的に見たいと言った皆の提案で私と川原先輩も何球か投げて、雷轟と山崎さんが打撃練習を行った。そしてそれを見た皆が口を揃えて……。

 

『合宿前とは比べ物にならない……』

 

と言っていた。そんなになのかなぁ?私達じゃわからないよ。



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天下無双の剣豪達?

6月某日。夏大会まであと1ヶ月を切ったある日の事……。

 

「さて……。夏大会まであと一月を切りました。ですので最後の追い上げとして、練習試合を組んできました」

 

ちなみに練習試合そのものはほぼ毎週やっているけど、藤井先生のこの発言は……まぁ所謂様式美ってやつだね。

 

「対戦相手は高知県にある天下無双学園です」

 

「て、天下無双学園……?」

 

「なんか強そうな名前……」

 

「響きが格好良いです!」

 

「でも聞いた事のない高校だぞ?しかも高知って……」

 

天下無双学園か……。あそこってちょっと変わった入学条件があって、それさえクリアすれば、どんな問題児だろうと簡単に入学する事が出来ちゃうって曰く付きの高校なんだよね。

 

「向こうの話によりますと、新しく誕生したエースを試したい……との事みたいですね。うちを対戦相手に指名したのも向こうのエースのようです」

 

天下無双学園、新星エース、そしてうちとの練習試合……。この3つのワードが私の中でパズルのピースが埋まっていく感じがした。何故だろうか……?

 

「あ、朱里先輩……」

 

「初野?どうしたの?」

 

「て、天下無双学園って確か『あの子』が推薦入学したところですよ!」

 

「……そういえばそうだったわね。それなら朱里先輩や私達がいる新越谷と練習試合をしたがるのも納得がいくわ」

 

初野が言うあの子……?あっ、思い出した!脳裏に彼女の口癖が思い浮かんで来ちゃったよ……。

 

「……どうやら早川さん、木虎さん、初野さんの3人は何か心当たりがあるみたいですね」

 

「は、はい。天下無双学園への入学条件とか、元チームメイトの事とかを思い出しました……」

 

『入学条件?』

 

天下無双学園の入学条件というワードにこの場にいるほとんどの人が首を傾げた。

 

「……天下無双学園の入学条件は特定の名字を持った人間。これさえ当てはまれば、どんな人でも簡単に入学する事が出来ます」

 

「その特定の名字って何?」

 

「幕末以降に活躍したの武士の名字とか、時代劇に関する名字だったり……」

 

「ば、幕末……」

 

「その中には新選組の名字があったりするね」

 

「し、新選組……」

 

幕末の武士、時代劇という言葉に主将が、新選組という言葉に山崎さんが反応した。あれ?もしかして2人共、そういうのに興味があったりする?確かに2人の名字も幕末以降に活躍した剣豪や新選組の偉人の名字だったりするもんね。

 

「な、なぁ朱里……」

 

「も、もしかしてそういう名字の選手も実在してるのかな……?」

 

妙にソワソワしてるなこの2人……。そんなに気になる?

 

「……今はわかりませんが、数年前の天下無双学園で4番を打っていた人が『岡田』、2番を打っていた人が『山崎』という名字でしたよ」

 

「そ、そっか……」

 

「そうなのか……」

 

山崎さんも主将も気のせいか顔が赤かったりするし、同じ名字の選手が過去に活躍しているのを聞くと嬉しくなったりするものなのかな?2人共よくある名字だけど……。

 

(ちなみに天下無双学園のOGには『武田』という名字の選手も入っているんだよね……)

 

まぁ武田さんの方は特に反応しなかったので、スルーしておく。

 

「……話を戻しましょうか。天下無双学園には早川さん達の昔馴染みもいらっしゃるみたいですが?」

 

「はい。沖田総司……。朱里先輩達の代が引退した後にエース投手として君臨していました」

 

沖田の実力は中学生にして超高校級の実力を持っていた。それが高校生になってから更に伸びたとなると……。

 

「で、でもそんなに凄い投手なら、なんでシニアリーグの世界大会に出ていなかったのかしら?」

 

「沖田さんにとっては意味のないものだと言っていました。それにその頃には彼女は既に高知で自分の実力を高めていましたし……」

 

木虎が言うような理由もあるだろうけど、沖田の性格を考えると別の理由も思い付きそうなんだよね……。

 

「何れにせよ、天下無双学園は古豪のチームです。気を引き締めて試合に臨みましょう」

 

『はいっ!!』

 

シニアの後輩がいる高校と試合……。何事もなければ良いけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「今日はここまでにしておきますね」

 

「了解。……しかし私達みたいな1年生が練習試合とは言え、いきなりスタメンを任せられるとは思わなかったよ」

 

「それもこれも沖田さんのお陰ですね!まさに沖田さん大勝利ですよ~♪」

 

「まぁそれについちゃ感謝してるよ。沖田の球が捕れるってだけで私も正捕手になったし」

 

「次の練習試合もよろしく頼みますよ?」

 

「確か沖田の先輩と同級生がいるんだったっけ?」

 

「まぁそんなとこです。張り切って投げますよ~!」

 

「精々空回りしないようにね」

 

「その沖田さんの空回りを受け止めるのが捕手の仕事ですよ!」

 

「……程々に頑張るよ」

 

「じゃあ試合当日はよろしくお願いしますね。土方さん♪」



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生きた球と天下無双の数年前

「天下無双学園は多分エースの沖田をぶつけてくる可能性が高いと思います。それが先発で投げてくるのか、リリーフ起用してくるのかは定かではないですが……」

 

向こうは多分沖田の試運転を兼ねた練習試合……という目的もあるだろうからね。

 

「沖田さんの投げる球の映像とかあるの?」

 

「一応シニア時代のものがあるよ。見てみる?」

 

「見る見る!」

 

天下無双学園との練習試合が決まった翌日、必要になるだろうと思ってシニア時代の沖田の映像を持ってきておいたのだ。

 

「右のサイドスローか……」

 

「ストレートもかなり速いね」

 

「当初に比べて更なる成長を遂げていると仮定すれば、この球速は全く参考にならない……。更に沖田は変化球主体の投手なんだよ」

 

「うわっ!今凄い変化しなかった!?」

 

「今の球……シンカーよね?」

 

「……沖田さんの投げる変化球は普通の変化球と違って不規則な曲がりを見せます」

 

「そのせいかシニアでも沖田の球を捕れる捕手は二宮と木虎だけだったんだよね」

 

「ぐにゃぐにゃと不気味な曲がり方するから、打つ方も苦労するんですよね~。しかもシニア時代よりも更にキレも球威も増してるって考えると、相手したくない投手ですよ」

 

「星歌も総司ちゃんの球を間近で見た事が何度かあるけど、あの曲がり方はまさしく唯一無二って感じかも……」

 

木虎や渡辺が言うように、沖田の変化球は普通の変化球とは違って生きた球って言葉が1番似合う代物だった。二宮と木虎以外が沖田の球を捕るのを断念した捕手陣達の気持ちはわからなくもなかったんだよね。あの変化球は正直気持ち悪い。

 

(沖田は天下無双学園でその変化球を捕れる捕手に廻り合ったって事なんだよね……。特に名前は聞かないから、有名な選手って訳じゃないと思うけど、沖田の球を捕れるって事は少なくとも捕球方面に関してはかなりハイレベルだと思っても良い)

 

次の練習試合でその捕手の実力も目にしておきたいところだね。

 

「……ちなみに天下無双学園は数年前は野球に対する取り組みが余り良くなかったみたいなんだよね」

 

「と言うと?」

 

「数年前の県大会、全国大会の傾向を見ると、全試合で途中までわざと手を抜いてリードを許していたみたい。これがその年の試合結果ね」

 

私は天下無双学園の数年前の試合結果をまとめた物を皆に見せた。

 

「確かに……5回くらいまでは全く点も取ってないし、ヒットすら打ってない試合も多いな」

 

「全国大会の準決勝なんて、最終回まで相手が5点リードしている上に、ノーノーを決めていて、その相手にサヨナラ勝ちを決めてますよ!」

 

「……このように野球に対して思うところがあった人達が集まっていたみたいです。その年の実力も全国で1、2を争うんじゃないかとも言われていたとも」

 

他にも6回表がいつまでも終わらなく、対戦相手に棄権させ、その時に投げていた投手にトラウマを植え付ける程の連打を浴びせた等、凄まじい打力を持っていた。

 

(そんな天下無双学園は現状どんな野球部に仕上がっているのか……)

 

多分その中心には沖田が君臨していると思う。1年生ながらも天下無双の覇権を握っているって考えると、改めて沖田が凄い投手なんだと実感してしまうね。



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練習試合!新越谷高校VS天下無双学園①

天下無双学園との練習試合当日。どうやら向こうがこっちに来てくれる手筈らしいけど……?

 

「あっ、お久し振りです。朱里先輩!」

 

「沖田……」

 

「はいっ!沖田さんですよ~!」

 

しかし沖田を見ると橘を思い出してしまう。2人共性格的にも似てるし…。

 

「今日はよろしくお願いしますね!」

 

「こちらこそ」

 

「じゃあ沖田さんは新越谷にいる他のお三方にも声掛けに行ってきますね~♪」

 

鼻歌を歌いながら沖田は走って行った。今から投げるんだよね?リリーフだったとしても、そんな全力で走って大丈夫なの?

 

(二宮の情報によると、沖田は川越シニアに入る前は病弱だったらしく、よく吐血をする子だったみたい。シニア時代にそれが見受けられなかったのは完治したのか、それとも……)

 

まぁ私が気にしても仕方ないかな。そういうのは全て本人の体調管理をきちんとしていれば良いみたいだし……。

 

「あの~、すみません」

 

「ん?」

 

続けて私に声を掛けてきたのは長い茶髪を靡かせた、沖田と比べてかなり大人っぽく見える女性だった。

 

「先程チームメイトがそちらに行ったと思うんですけど、どこに行ったか知りませんか?」

 

「……彼女なら、あっちに行きましたよ」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

彼女は一礼して、沖田が走って行った方向を歩いて行った。

 

「……綺麗な人だったね」

 

「わっ……!いつの間に私の背後にいたのさ雷轟」

 

「あの人と話してる間にだよ。朱里ちゃんはあの人をじっと見てたよね?」

 

「まぁ確かに長い茶髪を靡かせた姿は絵になるなとは思ったけど、それ以上の事は何もないよ」

 

「ふーん……?」

 

なんかジト目でこっちを見てるんだけど……。私が何をしたと言うんだよ?

 

(でも何故だろうか?彼女を見ると上杉さんを思い出す)

 

髪色や髪の長さは確かに似てるけど、単純にそれだけじゃないような……?

 

「そろそろ今日のオーダーを発表するよ~!」

 

芳乃さんの一言で雷轟は嬉しそうに芳乃さんの方へ。助かった……。後でわかった事だけど、先程沖田を探していた彼女は土方さんというらしい

 

それで芳乃さんが発表したオーダーは……っと。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 初野

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 ショート 春星

 

6番 サード 藤原先輩

 

7番 ライト 私

 

8番 キャッチャー 木虎

 

9番 ピッチャー 渡辺

 

 

「川越シニアOGの子がいるから、こんな感じのオーダーを組んでみたよ!」

 

「中々上手い具合に川越シニア出身の面子が埋まったな」

 

確かに私、渡辺、木虎、初野の4人が良い具合にスタメンに入ってるし、1年生の3人を試すという名目も達成している。

 

「向こうのオーダーももらってきたよ~!」

 

「あっ、見たい見たい!」

 

芳乃さんが天下無双学園のオーダー表をもらってきた。そのオーダーは……?

 

 

1番 センター 柳生さん

 

2番 セカンド 宮本さん

 

3番 ピッチャー 沖田

 

4番 キャッチャー 土方さん

 

5番 サード 近藤さん

 

6番 ファースト 坂本さん

 

7番 ショート 佐々木さん

 

8番 ライト 岡田さん

 

9番 レフト 山崎さん

 

 

うーん……。改めて見ると本当に剣豪や新選組の人物の名前で固まってるなぁ。

 

「向こう曰く、1年生を多めに投入しているみたいですね」

 

私達と目的も似てる……と。それよりも……。

 

「岡田……」

 

「山崎……」

 

自分の名字を嬉しそうに呟いている主将と山崎さんをどうしようか……。山崎さんはベンチスタートだから良いとして、主将はスタメンなんだし、復活してもらわないと……。

 

「ほら怜、そろそろ試合が始まるわよ」

 

「そ、そうだな……」

 

藤原先輩が主将を揺すって復活させた。3年以上の付き合いがあるだけあって、どう対処すれば良いのかもよくわかっている。

 

「タマちゃん……?」

 

「はっ!な、なんでもないよ!」

 

山崎さんの方は武田さんが声を掛けるとすぐに気を取り直した。山崎さんが武田さんを落ち着かせるという光景はよく見てきたけど、逆のパターンって初めてみるな……。

 

『プレイボール!』

 

試合開始。私達は先攻だ。

 

「見て!向こうのユニフォーム……」

 

「なんか胸に『誠』ってあるな……」

 

「格好良いです!」

 

天下無双学園のユニフォームは胸に『誠』の字を刺繍してある。それもある意味では校風なのかも知れないね。

 

(沖田がシニアからどこまで成長しているのか……。それを確かめる良い機会なのかもね)

 

中村さんが左打席に立ち、試合開始。マウンドには沖田が登場。

 

「ふっふっふっ……。天下無双の超新星こと沖田さんのピッチングをご覧あれ!!」

 

沖田が振りかぶって投げる。フォームは変わらずサイドスローか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(朱里ちゃん達が言ってた不規則な変化球……。確かに直に見ると普通の変化球よりも変な曲がり方しとう)

 

投げられたのはシンカー。なんか武田さんの投げるあの魔球を彷彿とさせる勢いのある変化をしてる。

 

「沖田さんの変化球……シニア時代よりも更にキレを増してますね」

 

「相変わらずぐにゃぐにゃ曲がって気持ち悪いよね~!」

 

沖田はあのシンカーみたいな変化球を複数投げる。狙いが定められる内に打っておきたいところではあるけど……。

 

「沖田さんの高校デビューをこの試合で見せてあげますよ!」

 

こっちも合宿の成果を試したくてウズウズしてる子がいるから、その試運転として付き合ってもらうよ。



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練習試合!新越谷高校VS天下無双学園②

カウントはノーボール、ワンストライク。過去の映像以上の凄まじいシンカーに対して突破口を開けるか……ってところか。

 

(私達が合宿に行っている間にも他の皆だって強くなっている筈なんだ……)

 

今回の練習試合はそれを確かめる為に組んだものなのかも知れない。

 

 

カンッ!

 

 

2球目には中村さんがシンカーを狙い打ち。打球はセンター前に落ちてヒットとなった。

 

「ナイバッチ~!」

 

「続け続け~!」

 

次は初野か……。今までの試合では藤田さんが2番を打ってた事が多かったから、少し新鮮に見えるね。

 

(初野はバントの構え……。相手チームもそれを予測してのシフトだと思うけど……)

 

(次は歩ちゃんか~。下位の方に元川越シニア勢が集中してるし、沖田さんの為に組まれたオーダーって考えるとなんか嬉しくなっちゃうね♪)

 

(希先輩に投げられたシンカーと同じ……。シニア時代はこれに苦戦したけど、私があの時と同じとは思わないでよね!)

 

 

コンッ。

 

 

バント……それもセーフティバントだ。事前に合わせていたのか、中村さんの走塁は完璧だね。打球は一塁線に転々と……。

 

「1つ!」

 

沖田が捕球し、ファーストへと送球。初野も全力で走る。

 

(ここでは繋がなきゃでしょ……!)

 

 

ズザザッ!!

 

 

『……セーフ!』

 

際どい判定だったけど、判定はセーフ。これでノーアウト一塁・二塁だ。

 

(朱里達が合宿に行っている間も私達は私達の練習を怠らなかった……。この試合は朱里達の合宿の成果と、その間に私達が行った練習の成果を試すもの。1試合でそれが発揮出来るかはわからないが、先輩として、後輩達に遅れをとる訳にはいかない!)

 

 

カンッ!

 

 

続く主将も一二塁間を抜けるヒット。バッティングの精度が上がったようにも見える良い打撃だった。そして……。

 

「よーし!行ってくるよ~!!」

 

ノーアウト満塁のチャンスで回ってきたのが新越谷の(バッティングだけなら)頼れる4番の雷轟だ。

 

「遥ちゃん、そのバットは……」

 

「地獄の合宿の、特別練習メニューをクリアした時に、社長からもらった代物だよ。今日からはこれでガンガン打っていくNew雷轟遥の力を見せる時!」

 

雷轟が持っている特注の木製バットは昨年の夏以降に清本が使用しているバットと同じものだ。上杉さんとバンガードさんも同じバットを持っているらしい。

 

(おおっ?木製バットの使い手?4番に立ってるだけあって、油断は出来ないね~)

 

(立て続けにシンカーを狙われてるし、ここは第2球種の解禁といくよ)

 

(了解でーす♪)

 

雷轟は左打席に。そんな雷轟を相手に沖田が投げたのは……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「わっ!また変な曲がり方してる!」

 

「シュート……かな?シンカーと同等に完璧ときてるね」

 

「あのレベルのシンカーとシュートを混ぜられると、ちょっと打つのが困難になってくるけど……」

 

雷轟ならその心配はいらないと思う。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「追い込まれた!?」

 

「遥ちゃん!」

 

(シンカーもシュートもぐにゃぐにゃ曲がってる……。地獄の合宿で得たスイングと、私のこれまでの集大成を合わせて……打つ!)

 

雷轟がバッターボックスの1番後ろに立った。変化を見極めるつもりかな?

 

「これで三振ですよっ!」

 

今までの雷轟も球筋をギリギリまで見定めて打つのを得意としていた。そして地獄の合宿を経て雷轟が取得した新たなスイングは雷轟のバッティングスタイルとかなり相性が良いと雷轟自身も言っていた……。

 

「そんなに見定めていたら、見逃し三振になっちゃうんじゃ……」

 

「……雷轟が合宿で鍛えていたのは今までのスイングよりも更に速く、力のあるもの。この打席で雷轟はそれを見せようとしてるんだよ」

 

「えっ!?」

 

(……シュート!!)

 

 

カキーン!!

 

 

雷轟が放つスイングはまさに居合い斬りの如く。上杉さんやバンガードさんも同等のスイングを身に付けたと考えると、一概には喜び切れないけど……。

 

(今はチームメイトの成長を喜んでおこうかな)

 

センタースタンドへ一直線。雷轟が放った打球は目にも止まらぬ速さで金網に直撃した。

 

「ホームラン……で良いんだよな?」

 

「そ、そうね……」

 

このグラウンドにいるほとんどの人が雷轟が打った打球を目で追えず、ランナーの3人ですら、呆気に取られてスタートが遅れてしまう始末。まぁホームランだったから、影響はないけどね。

 

(これが……覇竹のスイングなんだ……!)

 

この4点が向こうにどう響くか、私達がこの勢いに乗れるかがこの試合の肝だね。



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練習試合!新越谷高校VS天下無双学園③

雷轟がグランドスラムを放ち、4点先制。このまま勢いに乗りたいところだね。

 

「私も続く……」

 

「決めちゃえ春星ちゃん!」

 

続くは5番の春星。雷轟程ではないけど、球の見極めも出来て、ホームラン総数も台湾随一のパワーヒッターで、ミートも並以上だったりする。沖田のシンカーやシュートも当てるのはそう難しくはないだろう。

 

(次は台湾代表の4番打者……。さっきの4番と言い、新越谷は凄い打者の集まりですね~)

 

(満塁弾打たれたのに、軽いね~。もしかしたら『あれ』を投げなきゃいけないかもだし、慎重に……)

 

(わかってますよ土方さん。でも念の為にまずはこっちからでお願いします!)

 

(……はいはい)

 

シンカーか、シュートか、はたまた沖田の3球種目か……。

 

(3球種目……いきますよ~!)

 

(これは……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

「また変な曲がり方した!」

 

「……カーブですね。それも先程まで投げたシンカーやシュートよりも曲がりが大きいです」

 

藤井先生の言う通り、沖田が投げたのは3球種目のカーブ。3つ共シニア時代よりも変化量が多く、球もキレている。普通の打者ならあれを見極めるのは困難極まりないけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

(春星ならそれも容易く出来る……)

 

流石、台湾一のスラッガーと言うべきだね。

 

『ファール!』

 

「惜しい~!」

 

「でもカーブにタイミングが合っていたぞ!」

 

(確かに……。アジャストも完璧だった。今日の沖田の変化球は絶好調だと思っていたけど、まだワンアウトも取れてない上に、4点も取られている……)

 

(土方さん、『あれ』投げて良いですか?)

 

(……やっぱり投げるの?でもまだ調整中なんでしょ?私だってまだ上手く捕れるかわからないのに)

 

(でも新越谷の打線を考えると、何れは必要になってきますよ?)

 

(……それもそうか。それなら解禁しても良いよ。上手く捕れるかはわからないけどね)

 

(やった!)

 

(その代わりこの試合、勝ちにいくよ)

 

(もちろんですよ!というか沖田さん率いる天下無双学園に敗北なんてありません)

 

ツーナッシング。春星ならどの変化球が来ても、ある程度は対応が出来ると思うけど……。

 

(いきますよ~。沖田さんが高知に行ってから編み出した魔球を喰らうが良いです!)

 

(なんか来る……?あの投手が今までに投げてこなかった球が……)

 

沖田が投げた3球目……。

 

(えっ?球が……止まってる!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

春星が見逃し!?傍目にはストレートに見えるけど……。

 

「らしくないね。見逃し三振だなんて」

 

「……突然のあの球に対応が出来なかった。朱里はあの投手が投げた球、何に見えた?」

 

「普通のストレートよりかは速いけど、それを高めに投げられただけ……なんだと思うけど?」

 

「そう……」

 

(バッターボックスから見るのと、それ以外から見るのとでは大分印象が違ってくる球っぽい?遥センパイにも話しておく必要がある……かな)

 

春星を三振に切った沖田は後続の打者を悉く凡退に抑えていった。

 

(春星のあの様子だと春星に投げられたあの球を打つのは時間がかかりそうだね……)

 

最初に4点取っておいて良かったよ。もしかしたらこれ以上は沖田から点が取れない可能性も出たきた訳だからね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスピッチ」

 

「ありがとうございます♪でも長くは続かないだろうし、早めに次の魔球開発の必要がありますよ」

 

「『あれ』すら捕るのがギリギリなんだから、これ以上のビックリボールはごめんだよ?」

 

「沖田さんが血の滲むような努力で作った魔球にそこまで言わなくても良いじゃないですか!」

 

「……それよりも4点ビハインド、なんとか返していかなきゃね」

 

「チームが一丸となって返していきましょ~!」



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練習試合!新越谷高校VS天下無双学園④

1回裏。こちらの先発は渡辺。

 

(シニア時代から渡辺のアンダースローはよく見ていた。今後私が必要になるかも知れなかったから……)

 

今でももちろん……いや、今まで以上に渡辺のアンダースローを観察させてもらうとしよう。……ライトからだけど。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(星歌先輩の球は問題なく走っているみたいね。あとは天下無双学園の打線に通用するかどうか……!)

 

(朱里ちゃん達が合宿に行っている間に星歌は星歌なりに自身を見直してた。秋大会の決勝戦は星歌のわがままで、実力不足で負けたんだ……。その失態を取り返す意味でも、星歌の成長を部の皆に見てもらう為にも、精一杯投げるよ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先頭打者を見逃し三振。当たり前だけど、渡辺もシニア時代に比べて学年が上がる前よりも成長している。私達が合宿に行っている間も渡辺鳴りに試行錯誤していたのだろう。

 

(見逃し……というのが気になるけど、渡辺の球は簡単に打てる代物じゃない)

 

今の天下無双学園のレベルが気になるところだけど、今の渡辺なら痛打されない筈……。

 

『アウト!』

 

2番打者も凡退に抑え、迎えるのは……。

 

「沖田さんにお任せあれ!」

 

1年生ながらも天下無双学園の現エースの沖田総司。打撃方面も男子選手に負けてなく、過去の天下無双学園の選手と照らし合わせても上位打線を打てるレベルだ。

 

(さーて、星歌先輩がシニア時代からどこまで成長したか、沖田さんに見せてくださいよ)

 

(総司ちゃんはバッティングも凄い……。星歌の球が通用するかな?)

 

(弱気になったところで、何も変わりません。沖田さんに星歌先輩の全力を見せ付けるまでです)

 

(うん……!)

 

沖田に投げる初球は……カーブかな?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(見逃し……?)

 

(星歌先輩、次はこれを……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

これも見逃し……。沖田が何を狙っているのかわからないな。

 

(星歌先輩には確か唯一無二の決め球があったと思うんですよね。沖田さんはそれを打ちたいなー。打って星歌先輩のプライドをズタズタにしたいなー)

 

(沖田さんのアレは挑発のつもりかしら?星歌先輩にバットを向けているけど……)

 

(た、多分星歌の決め球を待っていると思うんだよね……)

 

もしかして沖田は決め打ちをしようとしてる?渡辺って持ち球が結構多いから、ピンポイントでの決め打ちは難しいと思うんだけど、沖田は自信があるって事?

 

(……律儀に付き合う必要はありませんよ。星歌先輩の決め球を投げるにせよ、それは今じゃないです。ここは高めにお願いします)

 

(わかったよ)

 

3球目。果たして渡辺は沖田に決め球である渡辺のオリジナルフォークを投げるのか……。

 

(コース、球速からして星歌先輩の決め球じゃないかな……。まぁつまらないけど、沖田さんは4点ビハインドに対して何もしない訳にはいかないんですよね!)

 

 

カキーン!!

 

 

(狙われた!?沖田さんの性格を考えると、星歌先輩の決め球を待っていると思ってたのに……)

 

沖田が売った打球はネットの遥か上に直撃。つまりホームランだ。

 

「沖田さん大勝利~♪」

 

(もしも、もしも星歌先輩が決め球を投げたとしたら……結果は変わっていたのかしら?いえ、たらればを考えても仕方ないわね。切り替えてプレーしていきましょう)

 

沖田のホームランから天下無双学園の打線が爆発しない事を祈るばかりだ。それよりも……。

 

「よろしくお願いします」

 

次は4番……。非道さん程じゃないけど、変わった雰囲気を放つ、沖田と同じ1年生の土方さんだ。



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練習試合!新越谷高校VS天下無双学園⑤

「ご、ごめんね藍ちゃん。星歌が打たれちゃって……」

 

「……いえ、星歌先輩の狙いそのものは間違っていませんでした。沖田さんがそれを読んだんだと思います」

 

(そう……。沖田さんは星歌先輩の決め球を打とうと考えていた筈。その裏を突いて他の球種で攻めようとしたのに、それを、星歌先輩の数ある球種の中の1つを狙い打ちした……。シニア時代ではあれ程の打撃技術はなかったのに……!)

 

ライトからだとよくわからないけど、木虎が悔しそうにしているのはなんとなくわかる。丸くなったけど、プライド高いからね。

 

(次は4番の土方さんか……)

 

沖田と同じ1年生ながら、川越シニア内でも二宮と木虎しか捕れなかった沖田の変化球を難なく捕球し、天下無双学園の4番に抜擢される程の実力の持ち主。沖田よりも手強い打者なのは間違いないだろうね。

 

「よろしくお願いします」

 

(バットに……何かを巻き付けている?)

 

「随分と変わったバットを使うのね」

 

「ああ、これですか?さる方からもらった特注品なんですよ。そちらの4番さんが持っているバットと同じように……」

 

(遥先輩の持っている木製バットと同じ……?)

 

「……とは言っても、普通の金属バットに鉛を巻き付けただけなんですけどね」

 

「な、鉛を……!?」

 

(信じられない……。そんな何キロあるかもわからない得体の知れない物を平然と扱っているなんて……!)

 

「……ではそろそろ始めましょうか。沖田が反撃の切欠を掴んでくれましたし、出来れば私もそれに続きたいですし」

 

木虎が土方さんと何か話しているみたいだけど、どうしたんだろうか?

 

(星歌先輩、勝負をするなら一切の油断を見せてはいけません)

 

(……もちろんだよ、元より星歌が油断出来る程の実力がないんだから)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(少なくとも勝負を避けられている……という訳ではなさそうだ。それならタイミングを合わせて打っていけば良いかな)

 

初球はストライクを取ってからの2球目……。

 

(高めの変化球……。ボール球になるし、これなら簡単に手出しは出来ない筈)

 

(……とか藍ちゃんは思ってそうだけど、そんな簡単に土方さんが抑えられるなら、この沖田さんがもう抑えてるんですよ)

 

(高めに曲がってくる高速シンカーか。それなら……!)

 

「はっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

(だ、大根斬り!?)

 

土方さんが打った打球はピッチャー前でバウンドし、大きく跳ね上がった。

 

(な、なんて打球なの!?これだとボールが落ちる前に内野安打になってしまう!)

 

「ええっ!?内野安打になっちゃうよ!」

 

「内野安打……と言うには少し早いかな」

 

えっ?ピッチャー前でワンバウンドしたんだよね?打球はいつ落ちてくるの!?

 

「が、外野は急いでバックをお願いします!!」

 

木虎が大声で外野陣にバックを促す。私達も慌てて、ネットいっぱいまで下がるけど……。

 

「……少し力を入れ過ぎたかな。これじゃあ場外まで飛んでしまう」

 

(土方さんのあの打ち方は本来ランニングホームランを狙う為のものらしいけど、他校のグラウンドだったり、狭めの球場だったりするとあの打ち方は悪手になるんですよね。まぁ球のコース的には仕方ない部分もあるけど……)

 

打球はそのままネット外へ。

 

「え、エンタイトルツーベース……」

 

華奢な見た目から放たれる雷轟クラスのパワー、更に後から木虎に聞いた話だと土方さんは鉛を巻き付けたバットを使用していたみたいだ。

 

(去年の全国大会でも凄い打者は沢山いたけど、私達が見たのはその中のほんの一部に過ぎなかった……という訳か)

 

世の中の広さを実感したよ。私達の知らない打者がまだまだ潜んでいるって考えると、軽く恐怖だよ……。



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練習試合!新越谷高校VS天下無双学園⑥

沖田、土方さんと連続で打たれるものの、後続の打者を抑える事に成功し、1回裏は1点で済んだ。

 

かく言うこちらも4点取られて立ち直った沖田の変化球によって凡退の嵐。

 

(ここまで来ると投手戦が予想されそうだなぁ……)

 

2回、3回とそれぞれ三者凡退に抑え、抑えられ、迎える4回表のワンアウトランナーなしの場面

 

「よーし!行ってくるね!!」

 

我等が4番の雷轟遥だ。

 

「遥センパイ、多分あの投手は私に投げてきたあれを投げてくる筈……」

 

「球が止まって見えるって言ってたやつ?わかったよ。気を付けて見てみる」

 

春星の最後の1球で投げられたストレート?を春星の話によるとあれ以来投げていないらしい。そして恐らくこの雷轟の打席できっとそれを投げてくる……とか。

 

(頼んだよ雷轟。春星の言う止まって見える球を突破しない事には、延々と向こうのペースになってしまうから……)

 

そうなるとリードしている点差もいつ詰められるかわかったものじゃない。

 

(4番か……。ここは『あれ』を投げるんでしょ?)

 

(もちろんですよ!初回の満塁弾の借りを返さなくちゃですからね)

 

沖田が振りかぶって1球目を投げた。

 

(これが春ちゃんの言ってた……。確かに止まってるよ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(先程の5番打者に比べて、この4番は『あれ』の正体を探ろうとしている部分が見える……。連投は危険?)

 

(……でも沖田さんの変化球だとあの4番打者を抑えるのは難しいと思うんですよね~)

 

(それなら投げるしかないか……)

 

(さっすが土方さん!わかってる~♪)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

2球続けて同じ球……。雷轟には徹底して春星に投げた球で攻めてくるみたいだね。

 

(これで……三振ですよ!)

 

(やっぱり……止まって見える)

 

 

ズバンッ!

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

雷轟が沖田の投げる高めのストレートに見逃し三振。ベンチからだとサイドスローにしてはかなり速いストレートにしか見えないんだけど、それでも雷轟と春星が手こずる球となると、ただのストレートじゃないんだろうね。

 

「遥センパイ、どうだった……?」

 

「春ちゃんの言う通りだったよ。打席で見ると止まって見える。春ちゃんはどう見えた?」

 

「……遥センパイの言うように高めのストレートだった」

 

「だとするとあれにもカラクリがあるよね」

 

「……もう1度確かめてみる」

 

「お願いね!」

 

沖田のあの妙なストレートに関してはあの2人に任せておけば大丈夫かな。私達はそれ以外の変化球に対応していこう。

 

「……という手筈にしたいんだけど、どうかな芳乃さん?」

 

「うん……。朱里ちゃんがそう言うなら、それで正しいんだと思う。沖田さんの攻略は皆に任せるね!」

 

「沖田さんの高めに投げられる豪速球には雷轟さんと陽さんに、それ以外の球を皆さんが攻略……という訳ですね」

 

「はい。どの球種に狙いを絞るのかは個人に任せます」

 

私はどの球に狙いを定めるか。まぁでも……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

雷轟と春星が本格的に沖田を攻略し始めてからでも遅くはない筈。渡辺も1点で踏ん張っている訳だしね。

 

「春ちゃん、どうだった?」

 

「……あれの攻略法がわかった。そして正体も」

 

「本当に!?」

 

「耳を貸して……」

 

春星が雷轟に何やら耳打ちをしている。内容はあの妙なストレートの攻略法だろうか?

 

「成程……。確かにそんな印象もあったかも……」

 

「多分それで確定だと思う。攻略の1番乗りはセンパイに譲るから、思い切り打っちゃって……」

 

「うんっ!ありがとね!」

 

(……あの2人に任せて大丈夫だね。頼んだよ)

 

その後沖田の変化球に6番の藤原先輩も凡打に倒れる。これで4回表は終了。そして4回裏は……。

 

「さーて、次もホームラン狙っちゃいますよ~!」

 

「張り切ってるね。まぁ私も次はホームランを狙いたいかな」

 

3番沖田、4番土方さんの2打席目から始まる……!



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練習試合!新越谷高校VS天下無双学園⑦

4回裏。この回はクリーンアップから始まる向こうの攻撃……。

 

「さーて、今度こそ星歌先輩の決め球を見られますかね~?」

 

陽気に打席に立つ沖田。どうやら渡辺の決め球を待っているみたいだけど……?

 

(星歌先輩、前の打席の借りを返しますよ)

 

(う、うん……)

 

沖田は打者としてもかなり優秀だ。まぁ川越シニアの打者が優秀どころじゃない選手が集まっていたから、影に隠れがちな訳だけど……。二宮とか、清本とか、金原とか、友沢とか年上から年下まで見ていったらキリがない。二刀流選手というブランドが完全に霞んでしまうから、あのシニアはやっぱり質が悪い。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

歩かせる気配はなし……。練習試合だからか、真っ向から沖田に挑むつもりだね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

コースギリギリでカウントを取りに行くリードをするのが木虎の特徴だ。渡辺もそれがわかっているピッチングをするから、存外このバッテリーは相性が良いのかも知れない。

 

(木虎も捕手としてはかなり優秀なんだよね。それこそ山崎さんに負けず劣らずの技術を持ってる……)

 

ただ私達が引退するまでは二宮とかいう異常な捕手がいたから、永遠に二宮の2番手というレッテルを押し付けられた不遇な立ち位置にいたんだよね。それでも負けずに黙々と自分の技術を磨いていた木虎は今みたいな実力を……影で付けてきた。

 

(追い込みました。決め球、来てください……!)

 

(わかったよ……!)

 

(この雰囲気は……来ますね。星歌先輩の決め球が)

 

ツーナッシング。確実に仕留めにいくなら、ここで投げてくるのは渡辺の決め球……。沖田もそれがわかっているから、迎え撃つ姿勢を見せている。

 

(ここが普段の練習で成長している……というのを見せる良い機会だね)

 

私が普段からよく言っている事だけど、決め球……というのはわかっていても簡単に打たれる球じゃない。今から渡辺が投げるのはそれだ。

 

(来た来た……。この球を沖田さんは待っていたんですよ!)

 

「…………!」

 

「…………」

 

 

ズバンッ!

 

 

(か、空振り!?)

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(渡辺もどうやらわかってるみたいだね。決め球を投げるというのがどういう事か……)

 

決め球になる球種は『絶対に相手を打ち取ってやるぞ!』という意志の元で完成する。

 

例に挙げるなら武田さんのあの魔球と強ストレート、息吹さんのムービングファストボール、藤原先輩のジャイロボール、川原先輩のチェンジUP等々……。血の滲む練習の末に会得した決め球は簡単に打たれて良い訳がない。

 

(私も……自分自身の決め球を鍛えないとね)

 

地獄の合宿で強化した球を、私のアンダースローでどこまで投げられるかの調整もあるし、私のやるべき事はいっぱいある。夏大会に向けて頑張らないと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか空振りするとは思いませんでしたよ……」

 

「相手投手の方が1枚上手だったな。最後に投げた球こそがあの投手の決め球だろうが、気持ちの乗った良い球だった……。あれはそう簡単には打てないぞ」

 

「球種がわかっていても……ですか?」

 

「そうだ。沖田には現状それがないようにも見える」

 

「はっ!だから変化球があんなにポンポンと打たれると言うのですか!?」

 

「そこまで言うつもりはないが、『あれ』はまだまだ未完成だと言ってただろう?シンカーも、シュートも、カーブも個性的な曲がり方はするが、沖田にとっては決め球にするには欠けている……とも思ってる訳だ」

 

「それは……」

 

「まだまだ高校野球生活は始まったばかりなんだし、時間を掛けてでも沖田の決め球を完成させよう。私も可能な限りは手伝うさ」

 

「土方さん……。わかりましたよ。沖田さんの全力を尽くして、『あれ』や『あれ』と同じ系列の魔球を完成させてみせます!」

 

「あんなビックリボールが他にもあるのか……」

 

「はい!だから最後の夏まで付き合ってくださいよ?」

 

「わかったよ」

 

「じゃあ打席に行ってらっしゃいです♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖田を三振に仕留め、次は4番の土方さん。

 

「よろしくお願いします」

 

1打席目は打球を高く打ち付けて、エンタイトルツーベースにしてしまった実力者だ。バッテリーがどう抑えるか……見物だね。



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練習試合!新越谷高校VS天下無双学園⑧

沖田を三振に切って取り、回ってくるのは大根斬りによってエンタイトルツーベースを放った土方さん。

 

(1打席目では不意を突かれたけど、今度は打ち取ってみせる……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(沖田を三振させた球を投げるかと思っていたけど、向こうも慎重に立ち回ってるな。それ程私が警戒されているという事……)

 

(ワンバウンドさせたとは言え、大根斬りであそこまで飛ばせるならきっとそれ以上の打撃も容易い筈。慎重に攻めて行かないと……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(初球からストライクを投げてきたところを見ると、完全に勝負を避けている訳ではない。あわよくば私を沖田のように打ち取ろうと……そう攻めているのが伝わってくる)

 

カウントは1、1。続いてバッテリーが投げるのは……。

 

(ここで投げてください。星歌先輩の決め球を……!)

 

(うん……!)

 

(相手の捕手の思考を読み取って考えるか……。ストライクとボールの平行カウントから投げられる3球目。沖田の言う相手投手の決め球は球種的にはフォークに分類されるが、普通のフォークとは少し違うらしい。だがフォーク系統の投げられるコースを予測すれば……!)

 

内角低め。渡辺の決め球だ。

 

(捉えるだけなら難しくない……!)

 

 

カキーン!!

 

 

(配球を読まれた!?)

 

(基本的にフォーク系統の球種は低めに投げさせて空振りを誘うか、詰まらせてゴロを打たせる事が多い……。それを意識していけばあのように打てる)

 

『ファール!』

 

打球は三塁線切れてファール。ヒヤヒヤするよ……。

 

(不味いわね。低めの球をあそこまで安定させて打てるなんて……。1打席目は高めの球をエンタイトルツーベースとは言え場外まで飛ばしていたし、低めの球も難なく打てるってどう攻めれば良いのよ!?)

 

(……藍ちゃん、大丈夫だよ)

 

(星歌先輩……)

 

(不思議と心強いんだ。藍ちゃんが星歌の球を受けてくれる事、新越谷の皆星歌のバックが守ってくれてる事……。だから安心して投げられるよ。星歌の決め球を……!)

 

(……わかりました。どんな結果になろうとも、私は星歌先輩を信じます。来てください!)

 

打たれたとは言え、追い込んだ。ここで投げられてこそ決め球なんだ。そして向こうもわかっている。次に渡辺が投げるのは渡辺の決め球だという事を……!

 

(行くよ藍ちゃん……!)

 

(はい……!)

 

(追い込まれた今、投げてくるのは先程のフォークボール……。でも先程よりも球威が、キレが、変化が違う極上の球。私はそれを打って、天下無双学園の4番として君臨する……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(三振……か。あと1打席は回ってくるけど、練習試合だし、他の投手を試す可能性も考えれば、あの投手と次に対戦するのは別の機会になりそうだな)

 

(やった……!抑えたよ。星歌が抑えた……。見ててね蓮華ちゃん。次に相見える時にはきっと……きっと蓮華ちゃんを抑えられる程に強くなってみせるから!)

 

3番、4番と連続三振に抑える。渡辺も投手陣の一角として大きく成長させたね。これは私も負けてはいられない……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか土方さんまで三振になるとは思いませんでしたよ」

 

「単純にあの投手の方が私よりも上手だった……。それだけの事だよ」

 

「悔しいですねぇ……」

 

「それに新越谷側も投手交代の可能性を考慮すれば、私達が追い付くのが段々難しくなってくるな」

 

「この沖田さんがきりきりまいにしてあげますよ!」

 

(沖田の『あれ』も次に回ってくる4番、5番打者に通用する可能性が低くなってるだろうな。それだけにこの回の連続三振が痛かった……。新越谷は流れの掴み方を完全に把握している)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5番打者も凡退に抑え、この回は無失点で切り抜ける。天下無双学園の打線を上手く捌いているね。木虎のリードもさることながら、渡辺のピッチングも成長してる。

 

(エースナンバー争奪戦もより一層激しくなってくるだろうなぁ……)

 

私がエースナンバーを獲得する事が出来るんだろうか?



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練習試合!新越谷高校VS天下無双学園⑨

渡辺も沖田も互いに譲らずの投手戦にもつれ込み、残すは7回の攻防だけとなった。

 

(沖田がここまで凄い投手なのはわかっていたけど、渡辺もあの打線を相手によく1点で踏ん張ってくれているよ)

 

本当に。初回に雷轟が打ったホームランがなければ、この試合がどうなっていたか全然想像が付かないよ。

 

そしてこの7回表の攻撃は……。

 

「よし!」

 

「頑張ってね」

 

「うんっ!」

 

我等がスラッガー、雷轟から始まる。

 

(春ちゃんと2人で考察した沖田さんのあれの正体……必ずここで暴くよ!)

 

(ここを凌げばまだうちにもチャンスはある……。天下無双の打線に掛かれば3点差なんてあってないようなものだから)

 

(絶対に絶対にこの沖田さんが抑えますよ!)

 

(立て続けに『あれ』を狙われてるし、ここは揺さぶりも兼ねて、別の球から……!)

 

沖田が投げる初球……私達の打線に対して中々勢いを渡さなかった球の1つ、カーブだ。

 

(カーブ……!)

 

 

カキーン!!

 

 

(この4番にカーブを投げるのは初めてなのに、あっさりとタイミングを合わされた……!?)

 

(雷轟は地獄の合宿を経て、球の見極めが更に得意とするようになった。そしてギリギリまで見極めた先には、あの高速スイングが待っている……!)

 

『ファール!』

 

打球はレフト線切れてファール。やっぱりそのまま打たせてくれる程甘くはないか……。

 

(やっぱ投げるしかないですね~。未完成の球をポンポンと投げるのは沖田さんのポリシーに反するんですけど、他に抑えられそうな球はないですし……)

 

「…………!」

 

(……それにわざわざ『あれ』を攻略しに来ている打者に対して応えなきゃ、礼儀にも反しますよ)

 

(投げるんだね。それなら全力で抑えに行こう)

 

(はいっ!)

 

2球目。投げられたのは高めのストレート。雷轟と春星が言うには止まって見える球みたいだけど……?

 

(来た来た!……そこっ!!)

 

 

カンッ!

 

 

「!?」

 

捉えた……。あれ?打球は?

 

『ファール!』

 

後ろに飛ばしていたのか。一瞬打球を見失っちゃったよ……。

 

「……沖田さんの投げてた球の正体、これでようやく確信を突けたよ」

 

「……聞かせてもらっても?」

 

「あれは止まる球じゃなくて、凄い速さで向かってくるほとんど失速しない球……だよね?」

 

(まさか完璧に当てられるとは……)

 

(『あれ』はあくまでも打者目線で向かってくる速球……。普通の速球とは違って高度を保ったまま……つまり止まって見えるように、錯覚させたストレートなんですよね~。まぁこれはまだ5割しか完成していませんから、真の完成形になれば本当に止まってるんじゃないかって思わせる事が出来て、尚且つ球速も跳ね上がった代物になりますよ)

 

(……とは言え現状ではその5割方の代物に頼らざるを得ないって訳か)

 

雷轟が何やら土方さんと話している。大方あのストレートに対しての種明かしタイムと言ったところだろうか?

 

(でも追い込んだ……。これで三振ですよ!)

 

(ここで絶対に打つんだ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

雷轟の打った打球は高い弾道を描き、センターへ一直線。そのまま場外へと飛んでいった……。

 

(凌ぎ切れなかった……)

 

(ここまで……ですかね?)

 

雷轟に打たれた沖田は春星にもホームランを打たれ、その後も沖田の変化球に慣れた新越谷打線に連打を浴びせられる。この7回表で4点を追加で獲得。

 

『アウト!』

 

それでも沖田は凹んでる様子もなく、淡々と打者に投げていた。今のアウトででスリーアウト。あとは7回裏を残すのみとなった。

 

「それでは手筈通りにお願いしますね」

 

「はい」

 

渡辺はここで交代。代わりに投げるのは……!



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練習試合!新越谷高校VS天下無双学園⑩

7回裏。好投してくれた渡辺もここで降板となり、リリーフを務めるのは……。

 

「後はお願いね……」

 

「任せてよ」

 

私が投げる事になった。なんでもフォーム変更をしたばかりの時期はなるべく実戦で慣れさせておいた方が良いと、芳乃さんが言っていたからだ。ちなみに渡辺はそのままライトに入った。

 

「良いな~。朱里ちゃん」

 

「ヨミちゃん。ただでさえ朱里ちゃんはヨミちゃん達に気を遣って普段も余り投げないのにわがまま言ったら駄目だよ。それに朱里ちゃんのフォーム調整も兼ねてるんだから……」

 

武田さんが羨ましそうにしているところを山崎さんが制止させる。ごめんね?こんな時期にフォームの変更なんかしちゃって。

 

「……でも確かに朱里ちゃんは私達に遠慮し過ぎなところもあるよね。もっと朱里ちゃんが凄いんだってところを見せてあげたいよ」

 

「だから芳乃ちゃんも今年は朱里ちゃんの投入を多くするかもって言ってるし……」

 

あの、それって私が聞いても良い話なんですか?

 

「おっ?朱里先輩が登板ですか?」

 

「まぁ一応ね」

 

「やった!沖田さんも楽しみにしてたんですよ。朱里先輩と勝負をするのを……!」

 

「勝敗がどうなるかはわからないけど、良い勝負にしよう」

 

「もちろんですよ!沖田さんも、土方さんも、朱里先輩の投げるのは球を楽しみにしてます!」

 

笑顔で沖田はそう言った。土方さんに私の事をなんて言っているか気になるな……。

 

「朱里先輩と実戦でバッテリーを組むのは久し振りですね」

 

「そうだね。シニアの紅白戦以来だよ」

 

その紅白戦ですら木虎よりも二宮と組む事の方が多かったくらいだしね……。

 

「捕球の方は大丈夫そう?」

 

「はい。珠姫先輩には負けられません」

 

相変わらず木虎は年齢関係なしに対抗心バチバチだよね。シニア時代でも二宮を相手に対抗心を燃やしていたし……。

 

「じゃあこの試合で投げる球は……」

 

私は木虎に配球の相談をする。この局面で投げられる球は限られてくるからね。

 

「……で、お願い」

 

「わかりました」

 

相談も終わり、いよいよ実戦だ。フォームを変えて試合で初めて(地獄の合宿と紅白戦を除いて)投げる……。気持ちが昂ってきたよね!

 

(朱里先輩と勝負が出来るなんて光栄ですね……。あの摩訶不思議な球に対して沖田さんなりに色々考えてきたんですからね。絶対に打たせてもらいますよ!)

 

(……とか沖田は思ってそうだね。まぁ沖田も私の対策を入念にしていた方だし、当然偽ストレートも狙ってくるよね)

 

まぁその幻想はぶち壊させてもらうけど……ね!

 

(えっ?アンダースロー!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(よし!良い感じ!)

 

木虎の捕球も問題なさそうでなにより。これならなんとかなりそうだね。

 

(これは……今までの朱里先輩とは違う。別次元ですよ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(リリースポイントの低いアンダースロー、下から上に浮き上がるストレート……。ノビもキレもシニア時代とは比べ物にならないですよ。世界大会のデータを参考にしてきたのに、これじゃあ……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(結局……当てる事すら出来なかった……)

 

まずは1人。そして沖田の次が……。

 

「そう気を落とさないの。早川さんのあの球を見られただけでもありがたいと思わないと」

 

「土方さん……。打てそう……ですか?」

 

「……直に見ないと何とも言えないね。ベンチからの視点に限れば、そこまで難しい球じゃないと思ってる」

 

……成程。土方さんからすれば私の燕を打つのは容易いと?

 

(それなら見せようじゃん。燕の発展型を……!)

 

私が地獄の合宿で得たものを!



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練習試合!新越谷高校VS天下無双学園⑪

「土方さん、朱里先輩の球は見失う可能性もあるので、気を付けるですよ」

 

「見失う……?まぁわかったよ」

 

沖田から何を聞いたのかは知らないけど、ここは打ち取らせてもらうよ。

 

(砂埃に紛れて消えた!?成程ね。これが沖田の言ってた見失うってやつか……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(あれ?これってもしかして……)

 

「……それにしても渡辺さんと言い、早川さんと言い、アンダースローの投手の中でもレベルが高いですね」

 

「……随分と余裕ね。あと2球で貴女も三振よ」

 

「2球?2球もいりませんよ」

 

「えっ……?」

 

土方さんがそう言った。もしかしてもう砂燕の対策を見出だしたの……?

 

「得意なんですよね。土竜叩き」

 

「土竜叩き……?」

 

よくわからないけど、土竜叩きの要領で砂燕を打とうって言うの?

 

(……とりあえず投げるしかないね)

 

土方さんがどんな対策を思い浮かべたか知らないけど、砂燕はそう簡単には打たれない……筈!

 

(小さな頃にやった土竜叩きは常にパーフェクト。それを思い出して……!)

 

「そこっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

(なっ!?)

 

1打席目に見せた大根斬り(しかも今度はノーバウンド)……。成程ね。土竜叩きの意味がようやくわかったよ。

 

「サード!!」

 

「くっ……!」

 

サードの藤原先輩が打球を捕ろうと飛び付く。しかしグラブが届く事はなく、そのままフェンスに激突。

 

『ファール!』

 

(まさかたった1球で完璧にタイミングを合わせてくるなんて……)

 

(天下無双学園の4番を簡単には抑えられないって事か……)

 

とにかく次の作戦を練る為に木虎と相談する必要がありそうだ。

 

(朱里先輩……)

 

「……タイムをお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……流石、天下無双学園の4番ですね。朱里先輩の球をあんなにあっさりと打ってくるなんて」

 

「そうだね。まだまだ私達の知らない強打者がいるって事だよ」

 

特に土方さんなんて名前すら一切聞いた事がないからね。隠れた名選手って言うのはやっぱり実在しているものなんだよ。それは清澄と試合した時に学ばさせてもらったよ。

 

「それよりも今は3球目に投げる球の話だよ。まだ私は全てを出し切った訳じゃない」

 

「朱里先輩……」

 

「ちょっと耳を貸して」

 

私は次に投げる予定の球を木虎に耳打ちで伝える。

 

「……成程。それなら確かに土方さんを抑えられそうです。ですがそれならより確実にする為に作戦があります」

 

今度は木虎が私に耳打ち。

 

「……よし、それで行こう。でも木虎は大丈夫?」

 

「もちろんです。朱里先輩の球を受ける捕手として、ヘマをする訳にはいきません」

 

「OK。信頼してるよ?相棒」

 

「はい……!」

 

作戦は決まった。あとは土方さんを抑えるだけだ!

 

(行くよ木虎……!)

 

(来てください……!)

 

これが私達の作戦だ……!

 

(ここで私がホームランを打ったとしても、同点にすらならない……。でも相手投手の決め球を打ち砕き味方に勢いを、敵には戦意喪失させるのが天下無双流のやり方なんだ。だから絶対に打つ……!)

 

「……そこっ!!」

 

(よし、掛かった!)

 

 

ガッ……!

 

 

「ぐっ……!」

 

作戦通り、軌道を低くする事で土方さんは空振り。しかしプロテクターに当たって降り逃げとなる。

 

「あ……」

 

「今回は私達の勝ちね」

 

木虎が土方さんをタッチ。これであと1人……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!!』

 

最後の打者も空振り三振。試合は8対1で私達新越谷高校が天下無双学園に勝利という形で、幕を閉じた。



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抽選会 2年目

試合が終わった直後の沖田は悔しそうにしながらも、次は全国で……という言葉を最後に新越谷を後にした。土方さんを始めとする他の天下無双学園の人達はそれを追い掛ける形で去って行く。慌ただしい人達だな……。

 

(次に当たる時はもっと強くなっているだろうね……)

 

私も負けてはいられない。今日以上のピッチングが出来るように日々精進しないと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……という出来事から数日。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「また三振……。朱里の球を打てる人っているのかしら?」

 

「全員が三振してるもんな。希や、キャプテン、春星と遥までもが……」

 

「もう1回!もう1回勝負して!!」

 

「1日1打席だよ。そういう約束でしょ?」

 

今はこのように中村さんを始め、全員が毎日のように私に1打席勝負を挑むようになった。

 

「朱里ちゃんの球、天下無双学園との練習よりもキレと球威が増してきたね」

 

「はい……。改めて味方で良かったと思いますよ。もしも朱里先輩が敵だったと考えると……」

 

「むぅ……!私も負けてられないなぁ。希ちゃん、私とも1打席勝負しよ!」

 

「するする!!」

 

あの練習試合から投手陣全員(サブポジションで投手を務める人も含める)が打者全員と1日1打席勝負をする……という項目が追加された。これは私達投手陣はもちろんの事、対戦した野手の成長にも繋がる。仮想選手を想定しながら勝負すると、その人に対する対策が浮かんでくる可能性もあるしね。

 

「……で」

 

「で?」

 

「今日って抽選会の日だったよね?」

 

「そうだね。それがどうかしたの?」

 

「朱里ちゃんは着いて行かなかったんだなぁって」

 

「ああ……。私との1打席勝負を楽しみにしている人も何人かいるから、留守番しててくれって主将に言われてるんだよね」

 

でも大丈夫だろうか?抽選会には何かしらのトラブルがありそうなんだよね。今までも色々あった気もするし……。

 

「私達はシードだから、1回戦は免除扱いになる訳だけど……」

 

「どこと当たるかなぁ……」

 

「梁幽館や、柳大川越、美園学院、咲桜とは避けたいわね……」

 

「夏大会の成績を考えると、1番可能性が高いのは梁幽館と柳大川越になるね。美園学院と咲桜はシードだから、少なくともベスト16までは当たらないから……」

 

ちなみに今年の夏大会の抽選会は主将と芳乃さんで行っている。

 

(願わくばまだ試合した事のないところと当たってほしいところだね……)

 

対戦校の今後のデータを得やすくする為……なんて二宮みたいな理由だけどね。

 

「あっ、キャプテンと芳乃ちゃんが帰って来たよ!」

 

「わ、私達はどこの山に入ったんですか!?」

 

め、滅茶苦茶食い気味じゃん……。そこまで抽選結果が気になるの?

 

「私達はAシードで、初戦の相手は深谷東方高校だよ!」

 

深谷東方と言えば去年の秋頃からエースとして君臨している松岡さんがいるチームだ。松岡さんは数々の実戦の成果なのか、球速だけで言えば熊谷実業にいた久保田さんや、柳大川越の朝倉さんよりも上なんだとか……。

 

「深谷東方……」

 

「エースの松岡さんを中心に力を付けてきてるチームだね!特にエースの松岡さんは凄いよ!」

 

芳乃さんがやや興奮気味に松岡さんについて語ろうとしている。戦術面の話とかで二宮と気が合いそうかもね……。

 

「そ、それは後で聞くとして……。深谷東方に勝ったその次は……?」

 

私達新越谷が初戦を勝ち抜くと次に当たるのは……!

 

「あ、相変わらずキャプテンのクジ運は芳しくないですね……」

 

「も、申し訳ない……」

 

私達の山は順当に勝ち抜けば決勝で美園学院、準決勝で咲桜、準々決勝で柳大川越、そして……。

 

「……まぁこれも運命なのかも知れないね」

 

「そう割り切るしかないのかしら……」

 

深谷東方との試合を制した新越谷が当たる高校は……。

 

「梁幽館……高校」

 

配置全体的にそうなんだけど、私達がいる山は去年の夏大会とほぼ同じなんだよね……。

 

「夏大会、頑張ろうねっ!」

 

「……そうだね」

 

この時はまだ知らなかった。地獄の合宿を経て隙が少なくなった雷轟が、野球人生で1、2を争う絶不調期に入るカウントダウンがこの夏大会で突入した事を……。

 

そしてあの2人がこの夏に大きな衝突を起こす切欠になる事を……!




朱里「お知らせがあります」

遥「聞きたくないっ!」

朱里「……今回で私達視点の話は一旦終了します」

遥「あーあー!聞こえなーい!!」

朱里「次回からしばらくの間は前に言ってた通り、遠前高校視点になりますので、原作キャラを見たいという読者の方々は2、30話くらいは読み飛ばしてください」


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閑話 旅ガラスのうた
進級前


今回からしばらく閑話です。オリキャラ、パロキャラしか出ません。閲覧注意!

時系列はシニアリーグの世界大会終了直後くらいです。閲覧注意(大切な事だから2回目)!


シニアリーグの世界大会が終わってから数日。私達はもうすぐ進級するんだけど……。

 

「なんだか実感がないなぁ……」

 

「彼方先輩、それ聞くのもう3回目ですよ」

 

「あれ?そんなに言ったっけ?」

 

「でもまぁ……気持ちはわかります。それ程にこれまでの1年で色々ありましたから……」

 

「長かったような、短かったような……そんな感覚があります」

 

真深ちゃんも、ユイちゃんも、私と似たような事を思っていたみたい。特にここ数ヶ月……遠前町に訪れてからは色々あったからね。

 

「後輩、入ってくるかなぁ……」

 

「……天王寺先輩も言ってましたが、遠前高校は年々生徒入学数が減少していっています。もしかしたらもう、廃校になるかも知れないとも」

 

「なんだかもったいない話よね……。ここはこんなに良い町なのに」

 

遠前町の為に何か出来る事があれば良いんだけど、私達は子供だから出来る事は限られているだろうし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って事を真深ちゃんとユイちゃんと話してたんだよ」

 

「成程ね……。まぁ今年入ってくる1年生が卒業するまでは少なくとも廃校にはならないから、まだ4、5年は大丈夫だよ」

 

「そ、そうなの?」

 

今朝方話した内容を天王寺さんに話すと、そんな答えが返ってきた。

 

「彼方がそうだったように、私もこの町には昔に関わりがあってね。少しでもなんとか出来ないかとある程度行動はしてるんだよ」

 

行動……。何をしてるんだろう?

 

「まぁ今はそんな事はどうでも良い。遠前高校野球部がその4、5年後まで残っているかどうか……というのが重要なんだ」

 

「野球部?」

 

「夏大会が終われば私と彼方を含めて7人が引退する……。夢城姉妹も私と同じタイミングで野球部を辞めるだろうから、残るのは4人しかいない」

 

「ええっ!?そんなに少なくなるの!?」

 

由紀ちゃんと亜紀ちゃんまでもが野球部を辞めちゃうなんて……。

 

「それだけじゃないよ。真深とユイだって彼方が引退したと同時に野球部を辞める可能性だってある。あの2人は夢城姉妹と同じように、彼方に着いて行く形で野球部に……この町に来てるからね」

 

「…………」

 

「そうなると野球部には雫と昌しかいなくなる。2人だとキャッチボールみたいな簡単な練習くらいしか出来ないし、あの2人は勉学の方に重きを置いてるから、試合する人数がいなくなったら辞める可能性だってあるしね。そうなると野球部は自動消滅するだろう。私がこの学校で行動する前に逆戻りだ」

 

「な、なんとかならないかな……?」

 

「さてね。何人かは宛がない事もないけど、内1人は私達と同じ最上級生だ。余り期待しない方が良い」

 

(勝手に彼女達が来る事を決定してしまってるが、特に『彼女』は私に固執してるし、まぁ私が言いくるめば野球部に力を貸してくれるだろう……)

 

「むむ……!」

 

「まぁ今は目前の事だね。夏大会、そして県対抗総力戦……。この2つの大会で最高の結果を残す為に私達も練習しないとね」

 

「……そうだね」

 

この野球部を無くしたくないけど、でも確かに天王寺さんの言うように、大切なのは目の前の事……。遥や朱里ちゃんが私達の前に立ち塞がるかもなんだし、私も負けてはいられないよ!




彼方「今回からしばらく私達が主役だよっ!」

真深「この後書きで話す度に不安に駆られますね……。本当に私達が遥ちゃんや早川さんに代わって主役だなんて……」

ユイ「作者が折角私達の為に話を書いてくれるのだから、私達はそれに応えて活躍するまでよ」

彼方「見切り発車なのは相変わらずだけどねっ!」

真深「それと同時投稿でキャラ紹介遠前高校編がありますが……」

ユイ「彼方先輩の紹介はストーリーの進行上1番最後になります」

彼方「なんで!?」

真深「厳密には本編では紹介しきれなかったキャラもいますので、本当に1番最後……という訳じゃないですが、本編の最終回と同時に彼方先輩(+複数人)のキャラ紹介となります。彼方先輩はラスボス枠ですので……」

彼方「私悪役なの!?」


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廃校の危機?

今日から新学期。私達は2年生へ、彼方先輩達は3年生へとそれぞれ進級……なんだけど……。

 

「今年の新入生は13人らしい」

 

「また……減ってますね」

 

今の遠前高校は3年生が18人、2年生が16人、そして1年生が今天王寺先輩が言ったように13人しか入学しなかった……。

 

「このままこの学校も廃校になってくんかなぁ……」

 

「それはなんだか寂しいよね。それにこの学校に限らず、遠前町自体からも人が出て行く一方で、人口が減っていくばかりだし……」

 

「……下手したら遠前町そのものが衰退する可能性も高い」

 

「同じ事例があった音ノ木坂高校は野球部の頑張りで廃校を阻止したって聞くし、うちもそれに肖るかな?」

 

「まぁ方法としてはなしじゃないね。私も一応その方向で事を考えてるし」

 

天王寺先輩は野球部の活動を多くの人に見てもらって、遠前高校の廃校阻止に動いているみたい……だけど。

 

「……でも音ノ木は東京の中心である秋葉が近くにあって、人口も多いから人を集める事が出来た。でもここの人口は秋葉の4分の1もいない。外部からも入学生を募らない限りは現実的じゃない」

 

志乃先輩の言うようにこの町はとにかく人口が少ないし、明美先輩が言うようにむしろこの町を出て行く人が続出してるから、更に人口が少なくなるし……。

 

「……グダグダ考えたって仕方ない。私は目前の大会に備えて野球を頑張るまでだ」

 

「まぁそれしかないやろな」

 

「結局私達子供に出来る事はない。却って町起こしを頑張ってる大人達の妨げになるだけ」

 

「私達は野球に集中してよう?事態が好転するとは限らないけど、もしかしたら私達野球部の活動が重要視されるかもだし」

 

天王寺先輩、恭子先輩、志乃先輩、盾先輩は自分達は野球に集中するべきだと言っている……。正直私もそれが1番良いと思うのよね。

 

「さ、そろそろ練習を始めようか。新入部員が入ってくるかもわからないけど、私達は私達で頑張るしかないからね」

 

『おおっ!』

 

天王寺先輩の号令によって、私達は今日も練習に励む。他のライバルに負けないように、私も色々考えないといけないわね……。

 

「…………」

 

(……?見られてる?)

 

視線を感じたのでその方向を向いた瞬間、視線を当てていた人はいつの間にかいなくなっていた。なんだったのかしら……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「◯◯さん、あの野球部に彼女がいましたよ」

 

「本当に!?」

 

「間違いありません」

 

「ようやく会えるのね……。探すのに相当な時間と労力を費やしたわ。ありがとう△△!」

 

「いえ……。それで、どうしますか?」

 

「今日のところは帰って準備するわよ。恐らく明日からは私達もあそこで野球をする事になるでしょうから。□□にも伝えておいて」

 

「わかりました」

 

「……やっと見付けた。待ってなさいよ天王寺!」




彼方「最後にいた人達は誰なのかな?」

真深「作者曰く新入部員だそうです」

ユイ「これで遠前野球部も戦力UPね」

彼方「そもそも今の遠前野球部ってどれくらい強いんだろう?」

真深「天王寺先輩曰く、私達3人を抜いて県大会中堅クラス……だそうです。運が良かったら、全国出場も出来ると……」

ユイ「……よく考えればほとんどの人達は初心者なのよね。それが数ヶ月で全国出場に届きうるレベルって凄いわね」

彼方「そうだね。新入部員も入ってくるみたいだし、これからが楽しみだよ!」


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新入部員……?

入学式の翌日。授業が終わって部室に行くと天王寺さん以外誰もいなかった。

 

「あれ?皆は?」

 

「ちょっと遅れるってさ。明美と志乃は今日部活に来れないらしいから、投手陣はそれぞれ自主練になるね」

 

明美ちゃんは委員会、志乃ちゃんはアパートの管理人に会いに行くらしく、私達投手陣は手持ち無沙汰に……。シャドウピッチでもしてようかなぁ?

 

「見付けたわよ……天王寺!」

 

「ん?」

 

後ろから天王寺さんを呼ぶ声が……。振り返ると3人の女の子がいた。うちの制服を着てるって事は同じ高校なんだろうけど、それにしては見た事がないような……?この学校の在校生は少ないから、全員の顔を覚えてるし、転校生なのかな?

 

「あれ?イーディスじゃん。久し振り~」

 

「相変わらず軽いわねあんた……。あたし達がどれだけ探したと思ってんのよ!また何も言わずにいなくなって!」

 

「そんな事を言われてもなぁ……。勝手にいなくなるのは性分だし、私が野球を広める為に各地を転々とするのはイーディス達も知ってるでしょ?」

 

「いい加減その風来坊気質を治しなさいよ。まさかまたこの町に戻ってきてるなんて予測が付くわけないじゃない……」

 

この町に戻ってきた……?天王寺さんは過去にこの遠前町に来てたのかな?

 

「まぁこの町には色々お世話になったからね。由紀と亜紀にもこの町を知ってもらう……という目的も兼ねてる」

 

「あの無表情姉妹か……。まだあんたよりも可愛げがあるわよね」

 

「ええ~?私は可愛くない?」

 

「あざといわよ」

 

このやりとり……。天王寺さんとイーディスさん?はなんだか旧知の仲というか、姉妹みたいだね。

 

「あ、あの……。そろそろ本題に入った方が良いのではないでしょうか?」

 

「夫婦漫才も程々にしないと、彼女が置いてけぼりになっています」

 

「いや、夫婦漫才って……」

 

「そ、そんな仲に見える……?」

 

あっ、ようやくこっちに気付いた。というかイーディスさんと一緒に来た2人がいつ声を掛けようかとタイミングを伺ってたみたいだし、あの2人が2人の世界を作っていたように見えたよね。

 

「とりあえず先に紹介しておくよ。この私に噛み付いてくる子がイーディス。過去に一緒に行動していた時期があったんだ」

 

「イーディスよ。よろしくね。天王寺に振り回されてる者同士、仲良くしましょう」

 

「う、うん……」

 

「……で、こっちの2人は私とイーディスがフランスにいた頃に知り合った子達だね。今はイーディスと共に行動してるみたい」

 

「アリス・ツーベルクです。よろしくお願いします」

 

「ろ、ロニエ・アラベルです!よ、よろしくお願いします!」

 

「えっと……。風薙彼方だよ。よろしくね……で良いのかな?」

 

自己紹介はしたけど、多分後で来る皆にもすると思うし、二度手間になるような気がするけど、まぁ良いや!

 

「イーディスは私と同じ学年、アリスは2年生、ロニエは1年生に当たるよ」

 

それぞれ学年もバラバラなんだ……。でも仲良さそうに見えるね。なんだか姉妹みたい。

 

(私も……また遥と仲良く過ごせる日が来るのかな?)

 

「それにしても私を探す為にアリスとロニエを巻き込んで、各地を転々としてるなんて……。なに?もしかして暇なの?」

 

「あんただけには言われたくないわよ!」

 

あっ、また2人の世界に入った。もしかして皆が来るまでこんなやりとりが続いたりする?



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新たな戦力の実力チェック

イーディスさん達が来た翌日。今日は全員揃っているので、イーディスさん達の実力を確認する事に……。

 

 

カキーン!!

 

 

「ほうほう、腕は落ちてないみたいだね」

 

「当たり前よ。どんな鍛練だってあたしは欠かさないわ」

 

まずはイーディスさんのバッティングを確認する為に、由紀ちゃんがバッピを務める。打たせているとは言え、センターオーバーの当たりを繰り返すなんてイーディスさんの実力がかなりのものだとわかる。

 

「……これはとんでもない新人が入ってきたねぇ」

 

「真深ちゃん達が入ってきた時と同じ事を言ってるね……」

 

「よし……!由紀、そろそろ本気で投げて良いよ。ただしストレートだけね」

 

「わかりました」

 

これまで投げた30球はバッピとして高めのストレートしか投げてなかったけど、次からはストレートの威力を上げるみたい。

 

「別にそんな縛りはいらないわよ」

 

「これはあくまでも実力テストに過ぎないからね。本気の勝負がしたかったら、正式に入部してからにしてもらうよ」

 

由紀ちゃんが本気のストレートを投げた。バッピ用の球とは全然違う。球速もノビも比べ物にならないストレートをイーディスさんは……。

 

(確かにさっきまで投げてた球より速い。けど捉えられない速さじゃない!)

 

「ふっ!」

 

 

カキーン!!

 

 

難なくこれまでと同様にセンターへと飛ばした。

 

「す、凄い……。これまでの30球と同じようにセンターオーバーだよ」

 

「イーディスの本領は足と守備……。ポジションも幅広く守れるから、スタメン争いが激しくなるかもね」

 

これなら野球部のレベルも大幅アップ出来るね!欲を言えば本格的な捕手があと1人はほしいところだけど、贅沢は言えないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし!じゃあ次は守備を見ていくぞ~!」

 

次の守備練習はアリスさんとロニエさんの適性ポジションをチェックする為のもの。イーディスさんは経験者だけど、この2人は野球未経験みたい。

 

「じゃあまずはアリスから!」

 

「はい」

 

「ポジションはそうだな……サードに入ってもらおうかな。野球のルールはわかるよね?」

 

「最低限のルールは把握しています」

 

「OKOK!じゃあ早速守備に付いてもらおうか。盾、ファーストに入って」

 

「OK~」

 

天王寺さんはその人の適正ポジションなんかがわかるらしい。凄い目をしてるよね。あれはとんでもない才能だよ!

 

 

カンッ!

 

 

天王寺さんが打ったのは痛烈なゴロ。あれは経験者でも中々捌ける打球じゃないよ!?

 

 

バシッ!

 

 

『捕った!?』

 

(ふーん……?やっぱり思惑通りの動きをしているね。フランスにいた頃に野球をやってなかったのがとても勿体ない)

 

(少し不恰好になってしまった……。でも慌てず、冷静に処理をする事。素早く体勢を立て直して、ファーストへ送球!)

 

 

バシッ!

 

 

「アウト!ナイス送球だよ」

 

「ありがとうございます」

 

盾ちゃんの掛け声にアリスさんは丁寧に一礼している。良いとこ育ちのお嬢様なのかな?

 

「どんどん行くぞ~!」

 

「はい……!」

 

それからも天王寺さんは10球程サード方向へノックを繰り返し、アリスさんはそれを全球捌く。彼女も守備が上手いなぁ。スタメン争いが本当に大変そうだよ。

 

「よし!じゃあアリスは一旦ここまで!」

 

「これは……手強いサードのライバルが現れたね」

 

「はい……。負けてはいられませんね」

 

洋子ちゃんとユイちゃんがアリスさんの動きに対してそのような感想を洩らした。ユイちゃんの本業は投手だけど、サードとしても出場する事も多々あるから、今後はもしかしたらそれがなくなったりするのかな?

 

「まぁ打撃方面は後にして、次はロニエの守備練習だけど……」

 

「は、はい!」

 

「んん~?」

 

「え、えっと……?」

 

天王寺さんがロニエさんの方を見てる。どうかしたのかな?

 

「……成程。彼女がそうだったのか。いや、でもまだ確定じゃない。それなら……!」

 

なんかブツブツと小声で呟いてる……。ロニエさんに何かあるのかな?

 

「よし、ロニエには捕手の練習をしてもらう!」

 

「ほ、捕手……ですか?」

 

「私の見立てが間違いじゃなければ、ロニエには捕手の才能がある。とりあえず今から由紀の投げる球を何球か受けてもらうよ」

 

「わ、わかりました……」

 

「由紀もそれで良いね?」

 

「はい。天王寺先輩がそう言うなら、それで構いません」

 

「決まりだね」

 

天王寺さんの案でロニエさんが捕手の練習を務める事になった。志乃ちゃん以外の捕手が出来るのは大きいと思うし、是非とも頑張ってほしいね。



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実力テスト

「志乃、ロニエに捕手の仕事について簡単に教えてあげて」

 

「わかった……」

 

「よ、よろしくお願いします!えっと……」

 

「水鳥志乃……。そんなに緊張しなくても良い。身体を強張らせると出来るものも出来なくなる」

 

「は、はい!」

 

志乃ちゃんがロニエさんに付いて捕手の事について軽く教える。なんかあの2人を見てるとお婆ちゃんと孫みたいで微笑ましいなぁ……。

 

「……なんか風薙から失礼な視線を感じたんだけど?」

 

「気のせいだよ!」

 

志乃ちゃんを暖かい目で見てるのがバレたのかな?

 

「まぁ良い。とりあえず捕手は……」

 

「はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とまぁこんな風に仕事量が多いポジション」

 

「な、中々大変なポジションなんですね……」

 

「アラベルはまだ未経験なんだし、当面は投手の投げる球を捕るだけで良い。他の役割については捕球が安定してきてから」

 

「わ、わかりました!」

 

「準備は良い?」

 

「はい!」

 

ロニエさんは準備万端みたい。志乃ちゃんが上手く教えたのか、構え方も様になるものだ。

 

「由紀、投げてあげて」

 

「了解です」

 

由紀ちゃんが振りかぶって投げる。球種は……ストレートかな?

 

(投げられたボールを見て、ボールの動きにグラブを合わせる……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

「ストレートの捕球は大丈夫そうだね。じゃあ次は……」

 

「天王寺先輩、ここは私が最近覚えた新球種を投げます。それさえ捕れるようになれば、彼女もある程度の球は捕れるようになるでしょう」

 

「成程ね……。じゃあロニエに関しては由紀と志乃に一任する。ロニエの捕球が安定するまでの間は投手陣達は自主練。ロニエの行く末を見守るも良し、自身を高めるも良し……。任せるよ」

 

……って、天王寺さんが言ってたし、私はロニエさんの行く末が気になるから、見守ってようかな?

 

「じゃあその間にアリスの打撃テストでもしようかな。バッピの方は……」

 

「私に投げさせてください」

 

「……OK。じゃあアリスの相手はユイに任せる。恭子は球を受けてあげて」

 

「了解や」

 

アリスさんの打撃練習の為のバッピにユイちゃんが立候補。あっちはあっちで気になるなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(アリス・ツーベルクさん。さっきの守備の動きは只者じゃなかった……。バッティングの方はどうなのかしらね?)

 

私はバッピ用に軽くストレートを真ん中高めに投げる。

 

「そこっ!」

 

 

カンッ!

 

 

いきなり当てられた!?しかも一塁線に鋭いゴロを……。

 

(こっちの方もかなりのものね。流石は天王寺先輩の知り合い……と言ったところかしら)

 

「どんどんお願いします。出来る事なら、経験の為に様々な球種を知りたいです」

 

(そして丁寧な口調とは裏腹に強かね……。まぁ嫌いじゃないわよ。その向上心の高さは)

 

まるで自分を見ているみたいだもの。もしかしたら彼女欠点が私の打撃方面の欠点を知る良い機会になったりなんかして……?

 

(なんて、多分考え過ぎよね)

 

今は彼女の力を見る事に集中しないと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!ポロッ!

 

 

「あうう……」

 

「今のはかなり惜しかった。身体が夢城姉の球に着いて行っていたから、あと1歩」

 

由紀ちゃんの投げる新球種にロニエさんが悉く溢していた。でも段々惜しくなってるんだよね……。

 

(でもいつの間に由紀ちゃんはナックルを覚えたんだろう……)

 

今の今まで由紀ちゃんがナックルを投げてるところを見た事がないんだよね……。でも確かにナックルさえ捕れるようになれば、大体の変化球にも着いて行けるようになるかも。そういった意味ではナイスアイデアだよ。

 

(もう少し……。ナックルの不規則な変化を読む事だって大切……!)

 

「……次、行くわよ」

 

「はい!お願いします!」

 

由紀ちゃんが次のナックルを投げる。これで50球目なんだけど……。

 

(ナックルはかなり握力を使うから、本来なら多投は出来ない球種……。なのに由紀ちゃんは平気そうにバンバンナックルを投げてる。あれは私にも出来ないなぁ……)

 

しかももしかしたら私が投げる球よりもナックルの変化が大きくなってない?このままだと私のナックルが完全劣化になっちゃうよ!

 

(さっきよりも変化が大きい!?でも目を凝らして、変化の軌道を読み取れば……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

「と、捕った……」

 

「捕れた……」

 

「まずは第1段階だね」

 

「でも捕手はここからが大変」

 

ロニエさんが由紀ちゃんのナックルを捕る事が出来た。なんかこういうのって自分の事のように嬉しいよね!

 

「は、はい!ご指導ありがとうございます!」

 

「しばらくは捕球に慣れてもらって、そこからはキャッチングについて色々教える」

 

「お願いします!」

 

「さっきも言ったけど、まだスタート段階に立ったばかりだから、アラベル自身も捕手について勉強しておいて」

 

「はい!頑張ります!」

 

ロニエさんの捕球練習はこれで一旦終了……。あとはアリスさんとユイちゃんの方だね。あっちの方は恭子ちゃんが捕手を務めているみたいだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

「おおっ!流石はアリス。もう得意な球種が出来たの?」

 

「そうですね……。なんとなくですが横向きに曲がる変化球が個人的に捉えやすいと思いました」

 

アリスさんはスライダーやシュートのような横系の変化球に強いみたいね。それに他の球種も難なく捉えられている……。彼女の野球センスはかなりのものだわ。

 

(そういえばロニエさんの方はどうなったのかしら……?)

 

由紀の投げるナックルを捕り続けているって彼方先輩も言ってたし、イーディス先輩も含めて3人の新入部員は実力者揃いね。



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実戦相手を探そう!

「さて!3人に試合経験を積ませる為に、手頃な対戦相手と練習試合をする事になった」

 

「いや、手頃な対戦相手って……」

 

「天王寺がリストアップした対戦校はどこも全国ベスト8クラスのところばかり。正直無茶……」

 

天王寺さんがイーディスさん達に試合経験を積ませる為に各対戦校のリストアップしたものを見て恭子ちゃんと志乃ちゃんが呆れたような表情と、馬鹿を見るような表情をしていた。そ、そんなに無茶なのかな……?

 

(えっと?天王寺さんがリストアップした高校は……)

 

 

・清澄高校

 

・阿知賀学院

 

・新越谷高校

 

・白糸台高校

 

・浦の星学院

 

・柳川大附属川越高校

 

・洛山高校

 

・藤和高校

 

 

……うん、確かに手頃って言うには手に収まらないよね!

 

「まぁ洛山は前に試合したからリストから消して、白糸台と新越谷も現状はまだ当たりたくないからパス」

 

「じゃあなんでそこをリストアップしたん……?」

 

「まぁリストアップしたのは亜紀だからね。仕方ないね」

 

天王寺さんが洛山、白糸台、新越谷の3校に✕印を付けた。白糸台はともかく、新越谷はもしかして私がいるから、候補から消したの……?

 

「ちょっとちょっと!前に試合したって言う洛山ってのはともかく、他の2校はどうして駄目なの?」

 

イーディスさんが気になったのか、天王寺さんに質問をする。確かに私も気になるし、他の人達も気にしてるみたい。

 

「新越谷とはちゃんとした舞台で戦いたいっていう個人的な理由があるからね。まぁ他にも理由はあるけど、ここで言うような事じゃないから……」

 

(ちゃんとした舞台……。それは多分全国大会なんだよね?)

 

「じゃあ白糸台が駄目な理由は?」

 

「んー、そっちも色々あるけど、1番大きな理由としては彼女がいる事だね」

 

「彼女?」

 

「……二宮瑞希」

 

「まぁ志乃はわかるよね。瑞希のヤバいところを目の当たりにしてるから」

 

白糸台と試合したくない理由はまさかの瑞希ちゃんだった……。志乃ちゃんも過去に瑞希ちゃんと関わったから、わかったのかな?

 

「……二宮のいるチームとはやらない方が懸命。やろうものなら、私達は丸裸にされる」

 

『丸裸!?』

 

「まぁ志乃の言う事も強ち間違いじゃないのが恐ろしいところだよね。それ程厄介な相手なんだよ。瑞希は……。ユイや真深もシニアリーグの世界大会でそれはわかってるんじゃない?」

 

「それは……」

 

「そう……ですね」

 

そういえば世界大会でユイちゃんは瑞希ちゃんを敬遠していた……。理由は瑞希ちゃんに情報アドバンテージを与えたくなかったって言ってたよ。

 

「私は二宮のいるチームとは対戦したくない。全国大会に出場出来たとしても、極力当たりたくない」

 

「水鳥……」

 

志乃ちゃんがそこまで言うって相当だよね。瑞希ちゃんの異常性が際立ちそうだよ……。

 

「そ、そこまでヤバいんですか?その二宮って人は……」

 

「知らない方が幸せな事もある」

 

ロニエさんの質問に志乃ちゃんは真顔で返した。きょ、拒否反応を起こしてる……。

 

「まぁ私も正直瑞希は敵に回したくないからね~。去年の夏大会も新越谷が白糸台に勝ってくれて良かったよ。あの時は瑞希に加えて神童裕菜もいたからね」

 

「神童は神童で普通にヤバい。わかりやすく言えば風薙と同格かそれ以上」

 

「か、彼方先輩以上!?」

 

去年はアメリカにいたから、詳しい事はわからないけど、そんなに凄い投手がいたんだ……。

 

「まぁそれを言っちゃえば洛山にも大豪月っていうこれまた彼方に匹敵するレベルのヤバい投手がいたからね」

 

「な、名前からして凄そう……」

 

「その認識に間違いはないよ。当時のストレートは彼方以上だったし、今も実力を磨いている事を加味すれば、彼方以上の実力を身に付けてても可笑しくない。打撃方面も長打力だけなら真深を凌ぐしね」

 

「ま、真深以上って……。1度見てみたいかも知れないわね。真深はどう思う?」

 

「確かに……。興味深いわね。いつか会えるかしら」

 

真深ちゃんとユイちゃんにとってもその2人に会えば、大きな成長の切欠になるかも。私も会ってみたい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……話を戻して、次の練習試合の相手なんだけど」

 

「そういえばそんな話やったな。どこから脱線したんやろ……」

 

多分瑞希ちゃんの話をし始めたところからだと思うな。

 

「候補はとりあえず阿知賀、浦の星、清澄、柳大川越の4つに絞れたね」

 

「藤和には断られちゃったしね……」

 

話し合いしてる最中に天王寺さんが藤和と連絡をしてたみたいなんだけど、断られちゃったみたい。無名校だからなのかな?

 

「じゃあどことやる?」

 

「……全部よ」

 

『えっ?』

 

「全部やりましょう。あたし達の経験の為なら、1試合でも多くやった方が良いわ」

 

イーディスさんの口からとんでもない発言が飛び出した。

 

「……そうだな。私もそのつもりで動くつもりだったし、丁度良いか」

 

「ええ……。じゃあ今までの時間は何やったん……?」

 

「まぁ全くの無駄話じゃなかったし、良いんじゃない?」

 

「それじゃあ順番を決めようかね……」

 

天王寺さんがどこから用意したのか、クジ引きに使われそうな箱を用意して、ゴソゴソと引き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!私達の最初の相手は……!」

 

『ゴクリ……!』

 

「浦の星学院だ!」



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試合に臨む金の卵達

「浦の星……ってどこ?」

 

「静岡。学校がある内浦はここに負けず劣らず人口が少ない……」

 

「そ、そんなに……?」

 

この町に匹敵する程に人口が少ないのかな……。

 

「去年も全国大会に出たっていうのに入学希望者が増えず、既に廃校が決まってるって噂だからね。そこの野球部は最後に爪跡を残そうって魂胆で組まれているって話だよ」

 

「そう考えるとこの学校がまだ残ってるって異常なんじゃ……」

 

「…………」

 

「……は、話を戻そうよ!」

 

「こ、これ以上この話題に触れるのは危険かも知れないしね!」

 

なんだかこの世の理に触れそうな予感がしたから、私と明美ちゃんで必死に話題を戻す事に……。

 

「浦の星の去年のデータは正直全く宛にならないね」

 

「どうしてよ?」

 

「あそこの野球部は去年3年生しかいなかったからね。だから今いる野球部は全く新しいチームだ。向こうの部員は丁度9人しかいないし」

 

「ウチ等と同じって事か……」

 

「新チーム同士って事で、練習試合の許可も快く取れたよ。こっちも色々な事を試したいし、向こうのデータも取れるしで良い事ずくめだ」

 

確かにこっちからしたら損をしてないどころか、得ばかりだもんね。

 

「由紀、静岡と言えば『あれ』の確保はどうなったのかしら?」

 

「抜かりないわ亜紀。私の『あれ』に対する拘りは生半可なものじゃないの。通販ポチポチで完璧よ」

 

由紀ちゃんと亜紀ちゃんは何の話をしてるんだろう……?

 

「おーい。支払いをするのは私なんだし、私の貯蓄も無尽蔵じゃないんだし、程々にしてくれよ~」

 

「心得ています。ほんの15ダース程しか注文しませんでした」

 

『多っ!?』

 

由紀ちゃんのとんでも発言に私を含めてほとんどの人が同じ突っ込みをした。何を15ダースも頼んだんだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……と。ちょっと早いけど、オーダーを決めようかね」

 

「待ってました~!」

 

「先に言っておくけど、イーディス、アリス、ロニエの3人はもちろんスタメンだから」

 

「まぁ当然よね」

 

「き、緊張してきました……」

 

「頑張っていきましょう」

 

イーディスさん達も張り切ってる。私も良いところを見せられたら良いなぁ……。

 

「……で、当たり前だけど、彼方、真深、ユイの3人はベンチスタートだから」

 

「酷いっ!」

 

酷過ぎるよ。私達が何をしたって言うの!?

 

「まぁあくまでも今回の試合目的はイーディス達の実戦投入だし、ウチのトップ3をおいそれと向こうに見せる訳にはいかないね」

 

「彼方ちゃん達はとっておきって事だね」

 

「まぁその認識で構わないよ」

 

(正直今の浦の星野球部に彼方達を出すメリットがほぼ皆無だしね……。イーディス達だけでも充分互角以上には戦えるだろう。あとは味方の守備力と、由紀の投球内容次第か……)

 

「それじゃあオーダーを発表するぞ~!」

 

天王寺さんがノートに書いたオーダー表が……。

 

 

1番 ライト 明美ちゃん

 

2番 ショート 雫ちゃん

 

3番 センター イーディスさん

 

4番 ファースト 盾ちゃん

 

5番 ピッチャー 由紀ちゃん

 

6番 サード アリスさん

 

7番 レフト 洋子ちゃん

 

8番 セカンド 昌ちゃん

 

9番 キャッチャー ロニエさん

 

 

……と、こんな感じだった。

 

「これからの練習試合は基本的にこの9人をスタメンにするけど、試合の成績次第で打順が前後するから、頭に入れておいてくれ!」

 

「ウチ等経験者組がベンチから皆の動きとかを見ていったら良いんやな?」

 

「その通り!」

 

本当だ。練習経験に差はあるけど、このスタメンは天王寺さんが集めた優秀な初心者達(一部例外あり)なんだ……。

 

「じゃあそれぞれ試合に向けて練習だ!」

 

『おおっ!!』

 

練習試合……。私はスタメンで出れないけど、皆の打撃や守備をしっかり観察して、皆の力にならなくちゃ……!



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分析

今日は浦の星学院との練習試合。私達は静岡に来ているよ。

 

「うひゃ~!絶景かな絶景かな!」

 

「内浦の海は夕方の方が映えて見えるらしいから、写真を取るならその時の方が良いよ」

 

「おおっ!夕方の海は幻想的で好きなんだよね~」

 

明美ちゃんと盾ちゃんが事前に調べたのか、海の景色に感慨を受けていたり……。

 

「ここが内浦の海……。私の腕が鳴るわ」

 

「今日は釣りの用意を持ってきたのね」

 

「当然よ。内浦に来るとわかった瞬間に釣竿だけじゃなく、あらゆる釣りの準備を入念にしてきたわ」

 

その近くでは由紀ちゃんと亜紀ちゃんが釣りの話をしていたり……。

 

「遊びに行くなら、バスに乗って沼津に行った方が良い」

 

「せやなぁ。ダイビングとかも悪くないねんけど、4月の海はちょっとなぁ……」

 

志乃ちゃんと恭子ちゃんが遊びの話をしていたりと、それぞれが和気藹々としていた。

 

「はいはい。観光なんかは明日にして、今日は浦の星との練習試合の事だけに集中してくれ」

 

そんな皆を天王寺さんがまとめる。天王寺さんは私達の責任者としても来ているみたい。顧問の先生とかどうなってるんだろう?それらしき人の姿を見た事がないけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面変わって、浦の星野球部のグラウンド。広さは遠前野球部のグラウンドと同じくらいかな?

 

「……で、今から私なりに集めた浦の星の有力選手の情報をおさらいする」

 

「丁度9人しかいないっていう野球部か……」

 

立場が違えば私達がそこに当てはまっていた可能性があるから、ちょっと親近感が湧いちゃうよね。

 

「まずはエースの渡辺。シニアリーグの世界大会で日本代表の選手としても出場しており、速いストレートとスライダー、カーブ、シンカーと複数の変化球を操る」

 

「結構球種も豊富だね。狙い打ちするのも難しそう……」

 

「ウチの打線なら慣れれば攻略不可能じゃないと思ってるし、勝負を掛けるなら、二巡目以降になる。もちろん打てる時は打っても良いけど、基本的には様子見の方向でいく」

 

渡辺さんは真深ちゃんとユイちゃんからも評価は高かったし、日本代表とオーストラリア代表の試合でも好成績を残していたし、将来有望株だよね。県対抗総力戦でも静岡代表の選手として立ちはだかりそう……。

 

「次にショートの桜内。彼女は中学時代はガールズ内でも全国トップクラスの実力を誇る渋谷ガールズでレギュラーだった選手だ。私が見た中じゃあの面子の中で1番守備力が高いだろう」

 

「今の守備練習を見てわかるけど、良い動きをしますね」

 

確かに……。あの動きの良さと、無駄の少なさは全国の高校生選手でも全国クラス。彼女も間違いなく県対抗総力戦に出てくる1人だね。

 

「…………」

 

「どうしたのユイちゃん?」

 

「あっ、いえ……。大した話じゃないんですけど、彼女……桜内さんがどことなく真深に似ている気がして……」

 

「えっ?私に……?そうかしら?」

 

ユイちゃんに言われて改めて桜内さんを見てみると、確かに似てるような気がする。見た目や容姿もそうだけど、醸し出す雰囲気が何となくというか……。

 

「……話を戻すぞ~?」

 

「あっ、ごめんね脱線して……」

 

いけないいけない。今は対戦相手の分析だったね。

 

「あとはファースト、セカンド、サードの3人」

 

「天王寺さんからもらったデータを見ると3人共3年生だね」

 

「現状の総合力では渡辺や桜内には劣るけど、3年生……というだけで警戒する必要がある」

 

「えっ?どういう事……?」

 

「人によって差違はあるけど、あの3人は突如ゾーン状態に入る可能性があるからね。それは打撃方面でも、守備方面でも……」

 

「ゾーン状態?」

 

「彼女達だけじゃなく、3年生の選手によく見られる事から私は3年生ブーストって呼んでる。一定以上のレベルがあれば、3年生選手は尋常じゃないレベルの成果を叩き出す事があるんだ」

 

「へぇ~?それって私達にもその……3年生ブースト?が秘められてるって事?」

 

「まぁ全員じゃないけどね。或いはもう既にブーストに入っている子もいるよ」

 

そんな凄い選手になるんだったら、3年生選手とはどんどん勝負していきたいよね!自分にとっても良い経験になるだろうし。

 

「さて……いよいよプレイボールだ。互いに新生野球部だけど、浦の星よりも優れているってところを見せ付けてやるぞ!」

 

『おおっ!!』

 

いよいよ試合開始……。私達は皆の応援と動きを逐一チェックして、天王寺さんに報告しなきゃだね!



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部内一の俊足

『プレイボール!!』

 

試合開始。先攻は私達だ。

 

「明美、どうするかは任せる。やりたいようにやってきな」

 

「了解でっす!」

 

明美ちゃんは敬礼して左打席に入る。

 

「まずは矢部やな」

 

「スタメンでの出場は初めてで、それも1番……。足の速さは知ってるけど、打撃方面はどうなの……?」

 

「明美の実力は客観的に見て中の下ってところだね。平均弱のステータスを走塁でカバーする……」

 

「走塁で?」

 

明美ちゃんはジョギングが趣味で、毎朝走ってるって聞いてるけど、それを試合で活かすのかな……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「わっ!速いね……。前に試合した洛山の先発投手よりかは遅いけど、それでも素人目からは速いよ」

 

「洛山の投手陣の大半はただ速いだけなんだけど、渡辺のストレートは手元で伸びてくるのと、スピンが効いてるから、若干打ち辛いものはある。変化球も豊富だしね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「ああっ!あっという間に追い込まれちゃった……」

 

「これまでのデータから見て渡辺はセオリーに忠実な投手だから、本来なら次の1球は外してくる筈……」

 

って天王寺さんは言ってるけど、渡辺さんの3球目もストライクコース。内角低めに投げられた。

 

(な、なんとか当てなくちゃ……!初スタメンなのに、3球三振とか格好悪過ぎでしょ!)

 

 

ガキッ……!

 

 

「当てた!」

 

(当たった!?)

 

「でもボテボテのサードゴロ……」

 

「走れ~!」

 

(よ、よーし……!)

 

当てたとわかった瞬間、明美ちゃんは物凄いスピードで走り始めた。

 

「は、速い……」

 

「普段の走塁練習でも部内で1番の成績を出してたけど……。また速くなった?」

 

「教室内の矢部からは全く想像出来ないくらいだね……」

 

盾ちゃん、志乃ちゃん、洋子ちゃんがそれぞれ感想を洩らす。私も3人と同意見かな?あそこまで速く走ってるところは初めて見るかも……。

 

『セーフ!』

 

「あれなら内野安打も期待する事が出来るね」

 

「うむ。しかもそれだけじゃない」

 

(折角出塁したんだし、仕掛けさせてもらおうかね……)

 

(あっ、天王寺さんのあのサインは……!)

 

2番の雫ちゃんがゆったりと打席に入り、天王寺さんがサインを出す。

 

(2人共頼んだよ?)

 

(……了解っす)

 

(了解でっす!)

 

「…………」

 

ん?雫ちゃんが地面を見てる。あれってもしかして……。

 

「森川が地面を見とるけど、あれは何をしてるん?」

 

「雫にはグラウンドの状態を見てもらってる。私も詳しい原理は知らないけど、イレギュラーバウンドを狙うつもりだ」

 

やっぱり……。アメリカにいた頃にリンゼちゃんがよくやってた事だ。雫ちゃんも同じ事が出来るのかな?

 

「じゃあ天王寺さんが出したサインは……?」

 

「雫には初球を見送ってもらって、2球目以降はエンドラン狙い。明美にはそのサポートだね」

 

「じゃあこの初球は……」

 

「そう。明美は盗塁を仕掛ける」

 

渡辺さんが振りかぶった瞬間……。

 

(今っ!)

 

(走った!?)

 

「くっ……!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「咄嗟にウエストで合わせてきたか……。悪くない判断だ。でも……」

 

「二塁もーらい!」

 

 

ズザザッ!!

 

 

『セーフ!』

 

「その程度じゃ明美の盗塁は阻止出来ないね」

 

「おお~!」

 

「ナイスラン!」

 

(今のでわかったのは渡辺の球を受けている……高海だっけか。彼女の肩は悪くないし、渡辺の球も捕れるみたいだけど、それ以外は赤点クラス……。ロニエと同じ努力で登ってくるタイプの選手かな?それがわかっただけでも、この試合を組んだ意味はある)

 

明美ちゃんが盗塁を成功させてノーアウト二塁。渡辺さんが2球目を投げると同時に、明美ちゃんが再びスタートを切る。

 

(ここのグラウンドの状態はわかった……。相手の守備位置から狙うのは……あそこっすね)

 

 

カンッ!

 

 

(エンドラン!?)

 

雫ちゃんが打った打球はセカンド正面のライナー。

 

「こ、このままだとアウトになっちゃうんじゃ……?」

 

「そ、その心配はないと思います」

 

「昌ちゃん……」

 

「さっき天王寺先輩が言ってたように雫ちゃんはイレギュラーバウンドをきめるつもりです。明美先輩もそれを確信して走塁してます」

 

 

ガッ!!

 

 

「なっ!?」

 

「やった~!」

 

本当にイレギュラーバウンドが起こった……。それを確認して、明美ちゃんもホームへと向かう。あの2人の攻撃連携も大したものだよ。

 

「帰還~♪」

 

悠々と明美ちゃんがホームイン。これで私達の先制だ!



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勢いに乗れるか……?

1点先制して尚もノーアウト一塁。そして次の打者は……。

 

「ここで主導権を握れると今後が楽になる。わかってるねイーディス?」

 

「もちろんよ。過去にあんたと野球をしてた頃とあたしの役割は同じ……。確実に繋いでみせるわ」

 

そう言ってイーディスさんは左打席に入って構えを取る。

 

(イーディスさん……。アリスさんとロニエさんに比べて身体能力がずば抜けて高い。過去に天王寺さんと野球をやっていたって話だけど、それも数年前……。ブランクもそれなりにあるにも関わらず、練習でも経験者以上の成果を出してる)

 

それ以外は謎な部分も多いし、そういった意味でも天王寺さんと似てる……。

 

(その内静華ちゃんに頼んで、天王寺さんとイーディスさんの事について詳しく調べてもらおうかな?2人の会話からも違和感があったし……)

 

チームメイトを知る為にも、色々情報がほしいからね。

 

「…………」

 

(……これは予定よりも早くこの町を離れなくてはならなくなったな。出来れば彼方が私とイーディスの正体に気付く前がベストだが、多分無理そうだしなぁ。別にバレて困る訳じゃないが、今後の事を考えると巻き込む人数は最小限の方が良いし、イーディス達もそのつもりで私を探しに来たんだろうし、私の方でも色々進めなきゃな)

 

でも今は試合に集中しなきゃ!

 

 

カキーン!!

 

 

「よし!」

 

「長打コースや!」

 

イーディスさんは初球から変化球に合わせて打つ。打球は外野深くに落ちて、長打コース。

 

(三塁打……行けるわね!)

 

「ナイスバッティング!」

 

「雫ちゃんも還って、ノーアウト三塁!続け続け~!!」

 

イーディスさんは足の速さを活かしてタイムリースリーベース。このまま勢いに乗っちゃいたいね!

 

 

カキーン!!

 

 

続く4番の盾ちゃんはストレートを狙い打ち。グラウンドの場外へ消えるホームランとなった。

 

「やったーっ!!」

 

「これで4点目!」

 

「相変わらず盾ちゃんは打つなぁ。ホームラン総数も20本を越えたし……」

 

「温存という意味合いで真深をベンチに置いてる事も含めて、ホームラン総数はチーム一。単純なパワーだけなら真深よりも上だろうね」

 

「これで打撃技術も磨けば、第2の真深が誕生しそうですね」

 

「リストと握力も真深と同格かそれ以上かもね」

 

「草野は元々柔道部だったし、握力も毎日鍛えてるみたいだし、なるべくして4番になった存在かも……」

 

私達は皆の詳しい経歴は知らないけど、盾ちゃんって柔道をやってたんだ……。おっとりした雰囲気からはとても想像が出来ないよ。

 

「ただいま~。何の話をしてたの?」

 

「盾がまた握力を上げたんじゃないかって話をしてたんだよ」

 

「そんな話を?確かに握力をバッティングで使えないかなって思ってはいたけど……」

 

「ち、ちなみにどれくらいですか……?」

 

ユイちゃんが気になったのか、盾ちゃんに握力の数値を尋ねた。確かにこれは私達全員が気になっている事だよね。

 

「左右両方85だったかな……?最後に計ったのは学年が上がる前だし、もうちょっといってるとは思うんだけど……」

 

『…………』

 

盾ちゃんの衝撃発言にほとんどの人が絶句していた。口には絶対に出さないけど、生まれてくる性別を間違えてないかなぁ……?

 

「盾先輩は生まれてくる性別を間違えてますね」

 

「失礼な……」

 

湯呑みでスポドリを啜ってる亜紀ちゃんがズバッと切り捨てた。由紀ちゃんも亜紀ちゃんも容赦がないよね!



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浦の星による反撃?

4点リードは出来たけど、その後に立ち直った渡辺さんが後続の打者を上手く抑え、追加点には至らなかった。ランナーも出てたのに、惜しいなぁ……。

 

「この4点リードは大きい。もしかすると追加点がこれ以上取れない可能性もある……。このリードを守り抜くつもりで全力で守り抜け!!」

 

『おおっ!!』

 

天王寺さんの号令に勢い良く返事をした皆がそれぞれ守備位置に付く。

 

「さて……。ベンチの皆には守備を見てもらう事になる。何か気になる事はあるか?」

 

「基本的には打たせて取る戦術をするつもりなんだよね?」

 

「まぁそうなるね。これはウチの守備力と、相手チームの打撃力をチェックする為のものだ。由紀には基本ストレートしか投げさせない」

 

「あとは……アラベルのリードとかも確認するつもり?」

 

「それも正解。バッテリーには元々ストレートのみで浦の星打線を迎え撃つつもりだから、ストレートのみでどのコースに誘導するか……というロニエの仕事もある。志乃が練習試合までの間、ロニエにどこまで仕込んでいるかも見物だね」

 

志乃ちゃんは新しい捕手であるロニエさんに志乃ちゃんにとっての捕手としての仕事を可能な限りは教えたって言ってた……。今日はそれも見られるかも知れないね!

 

 

カンッ!

 

 

……って初球から打たれた!?

 

『セーフ!』

 

しかも足も速い!内野安打だよ!

 

「あの1番打者、足が速いわね……」

 

「そうね。明美先輩とはまた違った足の速さ……」

 

「今打ったのは黒澤の……姉の方かな?堅実な守備と、内野安打に特化した打撃をする厄介な選手だ」

 

ちなみに今打った黒澤さんには妹がいるって話みたい。9番ライトに入ってる娘かな?同じ名字だし……。

 

「次は2番の桜内。ガールズ時代ではとにかくランナーを進める事を意識した打撃をする……。ランナーがいない時や、回の頭で回ってきた時は四死球を意識して狙ってくる雫と同タイプの打者だ」

 

あの真深ちゃんに似てる娘だね。天王寺さんは典型的な2番タイプの打者だって言ってるけど……。

 

「上杉と似てるって言われると、嫌が応でも長打を警戒せざるを得なくなる……」

 

「ああ、なんとなくわかります……」

 

志乃ちゃんとユイちゃんがポツリと桜内さんを見た感想を洩らした。これに関しては真深ちゃんが規格外なだけだと思うなぁ……。

 

「私ってそんなイメージを持たれているのかしら……?」

 

「気にしたら敗けやで」

 

 

コンッ。

 

 

天王寺さんの言う通りなのか、桜内さんはバントでランナーを二塁に進めた。

 

「とりあえずワンアウトやな」

 

「送りバントによってランナーを進められただけ……」

 

志乃ちゃんのやや辛辣な発言は置いといて、次はクリーンアップだね。

 

「ここからクリーンアップだ。3番の渡辺、4番の松浦、5番の小原。特に4番と5番の2人は3年生だし、中盤から終盤に掛けてブーストが見られるかもね」

 

「じゃあ今は?」

 

「知らん。良くも悪くもバッテリー次第かな」

 

 

カンッ!

 

 

「ああっ!?」

 

「また初球打ち……」

 

「ストレートしか投げてないとは言え、由紀の球はそう簡単には痛打されない」

 

「じゃあここまで打たれてるのって……」

 

「アラベルの経験不足。まぁこれを機にコースの誘導とかも磨いていけば良い。この練習試合だってその為に組まれたもの……」

 

「志乃の言う通り。この試合で1番重要なのは、事態に応じてロニエがどういう風にリードをするかなんだよ」

 

どういう風にリードをするか……か。その内私だってロニエさんとバッテリーを組むかもなんだし、私からもロニエさんへのアプローチを考えた方が良いかもね。

 

「エンドランを決められて1点を返された……」

 

「……で、尚もワンアウト一塁」

 

「4番、5番が相手ね……」

 

「由紀とロニエにとってはここが踏ん張り所になるね。尤も由紀はそれをわかってはいるだろうけど……」

 

「問題はアラベルのリード次第」

 

由紀ちゃん、ロニエさん、頑張って……!



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捕手として

1回裏。4対1で私達がリードしているけど、流れが向こうに行っちゃってるんだよね……。

 

「4番、5番と一昨年に活躍した2人が続く。黒澤とは違って2人共パワーヒッターだから、甘く入るとホームランを打たれかねない」

 

「そんな打者相手にストレートだけで大丈夫なん?」

 

「一塁は埋まってるけど、最悪敬遠も視野に入れた方が良い……」

 

「その辺りもどうするかはバッテリー次第だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この局面はどうするのかしら?」

 

「1点取られてワンアウト一塁……。リードは3点残ってるから、4番は相手取っても良いって思ってます。由紀先輩はどう思いますか?」

 

「私は貴女のリードに従うまでよ。今日の試合の大きな目的の1つとしてロニエ……貴女のリード力が試されているの」

 

「私の……」

 

「天王寺先輩からは終盤に入るまで私はストレート1本に絞って投げるように言われているわ。だから現状で大切なのはどの打者に対して、どのコースに投げるか……よ」

 

「どの打者に対して、どのコースに投げるか……」

 

「今日の試合は今日しか出来ない……。自分にとって後悔しない選択をしなさい。投手を引っ張るのも捕手の役目よ」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば天王寺は相手チームの1~5番のデータを持ってるみたいだけど、バッテリーには伝えたの?」

 

「……いや、敢えて渡してはいない。ロニエには捕手として考えなきゃいけない打者の苦手であろうコースを自らで導いてもらう。ちょっと荒療治だけど、次の大会までの短い期間で出来るだけ実力を底上げしてほしいからね。由紀にはその手伝いをお願いしてる」

 

「手伝いって?」

 

「主にロニエの判断力が試される試合になるからね。由紀はロニエの考えるリードのまま投げてもらうつもりさ。それで相手打線に対して痛打されるようなら、試合の後に反省会になる」

 

「仮にここで夢城姉が打たれ続けたとしても、アラベルに反省の機会を作る良い機会って事……」

 

「志乃ちゃんはロニエさんにどんな事を教えたの?」

 

「私が今日までの間に教えたのはあくまでも基本的な事だけ……。あとは想定外の事態に陥った時に必要なのはアドリブ力だけって言っておいた」

 

アドリブ力……。私の球を捕ってた娘達はほとんどキャッチングだけでなんとかなるって向こうにいた時に監督が言ってた。

 

投手側もただ捕手の言う通りに投げる投げるだけじゃ駄目で、投手側も捕手を支えなくちゃなんだけど、この試合においては捕手の力を試す名目で由紀ちゃんはロニエさんに任せっぱなしにしてるみたい。

 

 

カキーン!!

 

 

「ああっ!?」

 

「ホームランを打たれた……」

 

「今ロニエが指示したコースは松浦が得意としてる低めの球だったな。加えてストレートしか投げないんじゃ、あのように掬い上げて持って行かれる……」

 

「あれは洛山の非道がよくやる打ち方……。これで次の打席で松浦を抑える術を見つけなきゃいけない」

 

「その通りだ。ロニエには今の一打に対する解答を見付けないと、松浦の相手をするのは厳しくなる」

 

(そしてそれは対浦の星の今後の対処に繋がる事もある……。もしかしたら次から浦の星と対戦する事になれば、その時はロニエをスタメンマスクにするのもありかも知れないな)

 

1点返されてからのツーランホームラン……。流れは向こうに傾きつつあるし、折角のリードがなくなっちゃうかも知れない。でもこの試合はイーディスさん、アリスさん、ロニエさんの3人を中心とした全体の練習の成果を見る為のもの……。勝ち負けよりも大切なものがある。

 

(私も試合に出たい気持ちはあるけど、今は皆の応援、そして皆の動きのチェックに気を配らないとね……!)

 

ピンチは継続してるけど、皆頑張ってね!ピンチは継続してるけど!



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リードの極意

4番の松浦さんにホームランを打たれて4対3。リードが1点だけになっちゃったよ……。しかも次の小原さんも松浦さんに匹敵するパワーヒッターらしいし……。

 

「次は小原か……。パワーと足、肩なら松浦にやや軍配が上がるが、それ以外は小原が上回る厄介な打者だ」

 

「見た感じハーフっぽいけど……?」

 

「父親がイタリア系アメリカ人らしいね。まぁ彼女は幼少期から日本にいるみたいだし、ハーフってのは余り関係ないと思うけど」

 

 

カキーン!!

 

 

なんて話をしてる間に打たれちゃってるよ!?

 

『ファール!』

 

よ、良かったぁ。なんとかライト線切れたよ。

 

「やっぱストレートだけやと続けざまに打たれるんちゃう?」

 

「まだ大丈夫だと思うよ。若干差し込まれてるっぽいし」

 

(それにいざとなればイーディスの人間離れした身体能力で解決するかもだし、あの程度ならまだまだなんとかなる範囲内かな)

 

「さーて。このまま打たれ続けるか、それとも一矢報いるか……。どうするバッテリー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またタイムなの?」

 

「す、すみません。でも1度タイミングを整えた方が良いかと思って……」

 

「……まぁ良いわ。私はあくまでも貴女に従う投手よ。私を上手く操るのが今の貴女の役目。私をリードで引っ張っていく気持ちでいかないと相手打線に呑まれてしまうわ。あの4番に初球から打たれたのと、先程の大ファールが例ね」

 

「はい……」

 

「志乃先輩も言っていたわ。貴女の考えられたリードは悪くないと……。だから自信を持ってリードしなさい。弱気は相手に漬け込まれるだけよ」

 

「弱気は漬け込まれるだけ……」

 

「……本来なら貴女が打たれ続けている私を慰めるべきなのよ?私が貴女を慰めるようでは本末転倒なの。気張って投げていきなさい」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ロニエさんが戻って行った」

 

「何を言っていたのかしら?由紀ちゃんがロニエさんに説き伏せられていたようにも見えたけれど……」

 

「さてね。本人達の溝知る……ってところだろう。多分由紀がロニエに激励したんじゃない?」

 

「普通慰めるの逆やろ……」

 

「さっき松浦にホームランを打たれた時も、小原に大ファールを打たれた時も、問題なのはアラベルが甘いコースに誘導してしまったから。それは緊張からきているのか、それとも……」

 

皆が言うには、さっきのタイムで由紀ちゃんがロニエさんを慰めている……?みたいな内容みたいだったけど……。

 

「志乃ちゃんってロニエさんの事をよく見てるよね」

 

「……別に。同じ捕手だから気付いた事があっただけ」

 

「着眼点の良さが志乃の才能であり、捕手としても必要なスキルだからね。こういうのは将来プラスになる」

 

(そんな志乃が一時的に野球を辞めざるを得なくなる程に瑞希の才能……いや、『異常性』が際立ったって事か……。野球ってのは少しの才能の差が大きく道を開けるからわからないものだ。まぁだからこそ面白いんだけど)

 

 

カキーン!!

 

 

「ま、また打たれた!?」

 

「しかも今度はセンター方向に……」

 

大ファールをもらってからの、センター方向へ良い当たり。でもこれは……。

 

『アウト!』

 

「うん。今回はちゃんと由紀を操る事が出来たみたいだな」

 

「夢城姉の投げるストレートはちゃんと芯に当てなきゃ、あのように詰まらされる……。重さだけなら渡辺の上を行く」

 

「つまりさっきのはアラベルのリードミスで芯に当てられたって事か……」

 

「そうなるね」

 

(まぁ同じ戦法はもう通じないだろうけど。2打席目に入ったら由紀に変化球を解禁させておこうか……)

 

その後も由紀ちゃんのストレートと、ロニエさんのリードによって浦の星打線を悉く抑えていった……。



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繋ぎ

試合は進んで中盤の5回表。由紀ちゃんも渡辺さんもランナーを出しつつ、要所で球が走ってたり、バックの守備力に助けられたりで、それぞれ追加点には至らず4対3のままうちがリードしてるよ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ワンアウト一塁の状況なんだけど、4番の盾ちゃんが三振。渡辺さんの変化球にタイミングが合わなかったみたい……。

 

「三巡目ともなると、対応力が上がってきてるな。流石、シニアリーグの世界大会に出ていただけの事はある」

 

「というか草野が1打席目で打ったホームランが出会い頭だと完全にバレただけだと思う……」

 

「まぁ不意を突いただけだもんねぇ……」

 

「渡辺も尻上がり型の投手だから、序盤に4点取れただけでもありがたいけどね。ロニエの方もリードがしっかりしてきてるし、由紀が要所で投げる変化球によって上手く相手打線を捌けてる」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

カンッ!

 

 

「おっ?由紀がヒットを打った」

 

「これでツーアウト一塁・二塁だね!」

 

これまでのイニングではチャンスは作れても、渡辺さんの球に着いて行けなかったり、相手の守備に阻まれたりと追加点を取る事は出来なかった……。この回こそ点を取りにいきたいね!

 

「さて……。ロニエはリードで奮闘してるし、イーディスは見ての通り3打数3安打の猛打賞で、守備にも貢献している……。次はアリスが2人の頑張りを繋げる番だよ」

 

「はい……!」

 

「アリス先輩、頑張ってください!」

 

アリスさんは守備方面ではかなりの活躍を見せてる。打撃方面でもセンスは悪くないし、活躍出来るかも……?

 

「しかし全国ベスト8クラスの高校を相手に主力を温存した状態でよくここまで善戦出来たなぁ……」

 

「互いに新戦力とは言え、総合的に不利なのは明らかにこっちなのに、リードしているのは凄い」

 

経歴的に向こうは上位5人が野球経験者なのに対して、こっちのスタメンはイーディスさんを除いた全員が初心者……。如何に天王寺さんがセンスのある選手をスカウトするのが上手いのかがよくわかるね。

 

「…………!」

 

(凄い集中力……。この打席がもしかしたら勝負の分かれ目になるかも)

 

ここでアリスさんが打てば1点は確実に取れる。今までの攻防を考えたら、この1点はかなり大きい筈……。

 

逆にここでアリスさんが打ち取られると流れが向こうに傾き、バッテリー次第にはなるけど、試合に負けてしまう恐れがある。

 

(あれ?もしかしてここでアリスさんが打ち取られたら、私の出番があったりする……?)

 

そうなるとある意味では相手に頑張ってもらいたい。でもチームメイトとしてはアリスさんに遠前の流れを掴んでほしい……!様々な感情がぐちゃぐちゃになりそうだよ……

 

「彼方先輩が凄く悩んだ表情をしているわ……」

 

「大方出番がほしいから、アリスにしくじってほしい……みたいな事を思ってそうだけど、そうなるとチームの為にならないから、アリスに頑張ってほしい……っていう自分勝手な想いと、チームの為の想いがごちゃごちゃになってる顔だね」

 

「それって天王寺が風薙の出番を極力減らしているからだと思う……」

 

「彼方は本当の秘密兵器だからね。こんな小さい舞台じゃなくて、もっと大きい舞台での活躍を期待してるんだよ。少なくとも県大会の後半までは投げさせないつもり」

 

(でもそうなると彼方にとっては不完全燃焼になりそうだな。そうなる前にこちらから手を打っておく必要がある……。来月には洛山が合同合宿の参加者を募ってるって話だったし、それを利用して私の方でも彼方が投げられる準備をしておくかな)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「それにしても粘ってるねぇ……」

 

「次で10球目だね」

 

「ここ3日の練習でわかったけど、アリスはかなり粘り強いバッティングをするんだ。もう少し経験を積めば、2番打者を任せられるレベルになるだろう」

 

天王寺さんがそんな風にアリスちゃんを評価した後に投げられた渡辺さんの10球目は……!

 

 

カンッ!

 

 

『打った!!』

 

アリスさんが打った打球は外野に落ちてヒットに。二塁ランナーのイーディスさんが還って追加点獲得!これで私達が一気に有利になったね!



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3年生ブースト

5回表にアリスさんが追加点を取ってくれた……のは良いんだけど、その裏の回で悲劇が起ころうとしていた。

 

 

カンッ!

 

 

「ライト!」

 

「くっ……!」

 

明美ちゃんが打球を捕ろうと試みるも失敗。そのままツーベースとなってしまった。

 

「あの1番、急にスイングが鋭くなった……」

 

「心なしかなんかオーラっぽいのも見えたわ」

 

ベンチでは志乃ちゃんと恭子ちゃんが急変した1番打者に対して驚きを露にしていた。他の皆も同じような反応をしてる中、天王寺さんだけ……。

 

「どうやら覚醒したみたいだ。ゾーン状態……いや、3年生ブーストと言った方が正しいかな」

 

「3年生ブースト?」

 

「名前の通り、3年生……というか最高学年の選手が主に突入しやすいみたいで、今打った黒澤がその状態になってるな」

 

「ゾーン状態と同等の性能が発揮されるなら、今の1番の急変にも納得出来る」

 

ゾーン状態……。アスリートとかが極限まで集中力を高めてやっとなれるって言われている状態の事だけど、天王寺さんが言うには最高学年の選手が特定の条件を満たす事によってなれるみたい。

 

「その3年生ブーストというのになっているとしたら、あとの4番、5番も……」

 

「なってる可能性は高いかもね。黒澤を見るにまだ不安定な状態だから、いつからなってるかもわからないし、いつ解けるかもわからない……。松浦と小原も既にブーストに入ってる可能性は高い」

 

(ゾーン状態がこの試合中に解けなかったら、由紀では荷が重いかもな……。そうなってくるとユイか彼方の登坂が必須になってくる。致命傷を負う前に手を打っておく必要がある)

 

 

コンッ。

 

 

「バントか……。終盤の2点ビハインドなのに、アウトカウントを稼いで良いんか?」

 

「ゲッツーを取るよりかはマシって判断したんじゃない?それに桜内はそれでガールズ内でも結果を出してる訳だし」

 

これでワンアウト二塁。ここを凌ぎ切ったら、向こうの流れは途切れる筈。なんとか凌いでほしいところ……!

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「四球!?」

 

「ロニエさんはかなり慎重にリードしてるけど、相手もそれに合わせていった……という感じかしら?かなりレベルの高い打者だわ」

 

「これでワンアウト一塁・二塁。更に……」

 

「…………!」

 

「3年生ブーストが掛かった4番と5番を迎えてしまうわ……」

 

「ど、どうするんだろう……?志乃ちゃんならこの局面はどうするの?」

 

「……私なら歩かせる。天王寺が言ってるブーストの内容が本当なら、夢城姉とアラベルの総合力じゃ通用しない可能性が高いから」

 

「まぁこれが大会なら志乃の意見が正解。だけどこれは練習試合……。良い機会だから、3年生ブーストの全貌を見せてもらおうとするか」

 

(逆に由紀が抑えられるのなら、あのチームのブースト持ちは底が知れるというもの……。それはそれで私には損がないし、どっちに転んでも美味しいね)

 

この絶対的ピンチな状況……。由紀ちゃんとロニエさんのバッテリーがどう出るか気になるところだね!



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暗雲

「す、すみません!歩かせるような采配をしてしまって……」

 

「……気にしなくても良いわ。空振りを誘う低めの変化球は振らなければボールになるもの。先程の打席では相手がバットを振らなかっただけよ」

 

「ですが……」

 

「それよりも相手打者に集中よ。バッターボックスで待機している4番と、その次の5番……。あの2人は先程ヒットを打った1番と同じ雰囲気を感じるわ」

 

「あの1番打者と……?それなら歩かせた方が良いんでしょうか?」

 

「大会ならそうした方が良いでしょうね。でもこれは練習試合……。あの雰囲気で飛躍的に能力が上昇した選手の全貌を見るべきだわ」

 

「さ、流石由紀先輩です。動揺の色が見えない……」

 

「別に私は関係ないわ。きっと……天王寺先輩ならそんな指示を出すと思ったからよ」

 

「…………」

 

「さぁ、戻りなさい。4番、5番と勝負するわよ」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敬遠の気配はなし……。どうやら勝負をするみたいね」

 

「ここからでも感じる気迫……。これが天王寺先輩の言ってた3年生ブーストというものかしら?」

 

「あの気配は素人目でも危険だとわかるわね。由紀程度では玉砕するわ」

 

「あ、亜紀ちゃんって結構厳しい事を言うよね。お姉ちゃんなのに……」

 

「私は客観的にものを言っただけです。そこに姉とか妹は関係ありません」

 

無表情で、淡々と、バッサリと、辛辣に亜紀ちゃんは由紀ちゃんに対してそう評価した。余程メンタルが強くないとその言葉に心が折れちゃうよ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「ワンストライク……。コースギリギリだからか、見逃してくれたな」

 

「あの圧を放つ打者を相手に甘いコースは愚行……。加えてあの4番は草野や上杉クラスのパワーがあるから、ピンポン球みたいに場外まで飛ばされるのが目に見えてる」

 

「松浦が何を狙って打つのか、バッテリーはどの球種を用いて抑えに行くのか……。それによってこの打席の、そして試合の命運が決まるね」

 

恭子ちゃん、志乃ちゃん、天王寺さんがそれぞれ考察を述べる。私はそんなに試合を分析出来ないから、3人みたいに物事を考えられない。でも私だってベンチから皆を助けられる存在になりたいよ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「バッテリー側も慎重にならざるを得ない。甘いコースに投げられないのはもちろんの事、多少のボール球くらいなら強引に打ってくる可能性もあるから、嫌でも勝負を避け気味になってしまう」

 

「夢城姉とアラベルにはまだ早過ぎた相手だったかも……」

 

「まぁそれがわかれば、この試合を組んだ意味が出るってものだよ。ここで向こうの勢いになる前に準備をする必要がある。ユイ!」

 

「はい!」

 

「念の為に肩を作っておいてくれ。もしかしたら出番がくるかも知れない。志乃はユイに付き合うように」

 

「了解です!」

 

「わかった……」

 

天王寺さんの指示でユイちゃんと志乃ちゃんが肩を作りに行った。あれ?私は?

 

「私の出番はないの?」

 

「彼方は来月のGWに投げてもらうつもりだから、今日……というか今月組む練習試合では出番はないよ」

 

「こ、今月の試合は投げちゃ駄目なんだ……。でも来月のGWって?」

 

「GWには私の方でゲストを呼ぶ予定だから、その時に存分に投げると良いよ」

 

天王寺さんが呼ぶゲスト……。一体誰を呼ぶつもりなんだろう?

 

 

カキーン!!

 

 

「ああっ!?」

 

「打たれたわね。由紀ちゃんの投げたコースは悪くなく、球も走っていた……。それをいとも簡単に打ってのけるなんて……!」

 

松浦さんが打った球はそのままグラウンドの外へ。スリーランを打たれて逆転されちゃったよ……。

 

「流れが良くない……」

 

「由紀は問題なさそうだけど、ロニエが不味いかもねぇ……。今のホームランで萎縮してなきゃ良いけど」

 

まぁそれも含めて捕手としての務めがわかれば良いけど……って天王寺さんは呟く。逆転はされちゃったけど、まだ試合は終わってないし、ここから反撃開始といきたいね。



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攻撃的と保守的

「逆転……されちゃった。私の……せいで……」

 

「何を小声で呟いているの?」

 

「ゆ、由紀先輩。わ、私のせいで折角のリードが逆転されてしまって……」

 

「……確かに今打たれたホームランについては采配に思うところがあると思うわ。けれどそれは貴女だけのせいではないの。私の実力不足でもある」

 

マウンドでは由紀ちゃんとロニエさんがなにやら話し合ってる。主に由紀ちゃんがロニエさんを慰めているように見えるけど……。

 

「ふぅ……。亜紀、伝令。選手交代だ2人に伝えてくれ」

 

「了解しました」

 

亜紀ちゃんが2人のいるマウンドへ駆け寄る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「選手交代よ」

 

「そう……。まぁ逆転を許してしまったのだし、仕方がないわ」

 

「ロニエ・アラベル」

 

「は、はい!」

 

「貴女は今日の試合で由紀を動かしてみてどうだった?」

 

「……後悔と課題が残るリードをしていました。由紀先輩の投げる球は決して悪くありません。私のリードがもっとしっかりしていれば……!」

 

「……成程ね。では貴女はベンチに下がりなさい。ベンチから収穫出来る事もあると思うわ」

 

「はい……」

 

「亜紀、私はどうすれば良いのかしら?」

 

「由紀は逆転の目処が立つまで続投予定よ。それとも……限界だとか言わないわよね?」

 

「誰に向かってものを言っているのかしら?私はまだまだ余裕よ。あと1000球は投げられるわ。先程のホームランも犬に噛まれたとしか思ってないもの」

 

「それでこそ由紀よ。誇り高き夢城家の一員としてこれからも立派に振る舞いなさい」

 

「亜紀、もうあの家は滅亡しているわ」

 

「物の例えよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ~!よく頑張ったね。とりあえずあとは志乃に任せな」

 

「…………」

 

「し、志乃先輩すみません。私、私……!」

 

ロニエさんは涙を溢しながら、志乃ちゃんに謝っていた。悔しいよね。自分の力不足を痛感してしまったら……。私だって野球を始めたばかりの頃は同じ事を思って泣いたもん。

 

「……アラベルはまだ捕手を始めたばかり。初試合で上手くいく事の方が少ない。むしろあの相手によくやった方」

 

「で、でも逆転されてしまって……」

 

「打たれた投手を立ち直させるのも捕手の仕事になる。次からはアラベルが引っ張っていかなきゃならない」

 

「まぁ今から志乃がマスクを被るから、ロニエはよく見ておきな。志乃のリードを……!」

 

「そんな大層なものじゃないけど……。まぁ行ってくる」

 

志乃ちゃんは軽く息を吐いてプロテクターとレガース、キャッチャーマスクを装着してマウンドへ。なんだか頼もしいなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず相手打線の流れを止める。配球は……で」

 

「わかりました。私は指示に従って投げます」

 

「従順過ぎて少し引く……。天王寺は一体どんな教育をしてるのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「松浦にホームランを打たれて、次は小原……。松浦と同格のパワーヒッターだ」

 

「そして例の3年生ブースト……。志乃先輩の采配と由紀の投げる球次第ではさっきの二の舞になってしまう……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「あ、相手に当たるかと思いました……」

 

「当てるつもりはないけど、当てるかもといった気迫の球とコース……。志乃はちゃんとわかってるね。ああいった打者の対策を。そして勝負の仕方を……」

 

「あれが……捕手としての正しいリードなんでしょうか?」

 

「そうでもないさ。あれはあくまでも志乃のやり方。ああいう風にリード出来るタイプと、出来ないタイプが存在する。ロニエは同じように出来る?」

 

「む、無理です。あんな攻撃的なリード……」

 

「まぁ出来なければ、それはそれで正解なんだけどね。ロニエには自分に合った采配を見付ければ良い。ああいうリードだってあるんだって事を覚えておけば良いのさ」

 

「は、はい!」

 

志乃ちゃんのリードは攻撃的で、ロニエさんのリードは保守的……。どっちも間違ってはいないけど、それは打者によって正解が真逆だったりするんだよね。あとは性格も出てくる。志乃ちゃんはそれをロニエさんに教えようとしていたのかも。

 

 

カキーン!!

 

 

『打たれた!?』

 

(打たれたけど、そう簡単には通さない……。夢城姉の渾身の1球を3年生ブーストだか知らないけど、易々と通す程甘くはない)

 

「……センター!!」

 

「任せなさい!!」

 

センターのイーディスさんが全力で後退し、小原さんが打った打球を……!

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

見事に捕球!二者連続ホームランにならなくて良かったよ……。

 

「…………」

 

「ロニエ、今の打席で何か得られた?」

 

「はい……。リードには様々なやり方があるってわかりました」

 

「大切なのは柔軟な対応……。ロニエのやり方は間違ってないけど、それだけじゃ駄目だって事だよ」

 

「はい!これからも精進します!」

 

ロニエさんも落ち込んだ気持ちを払拭出来たみたい。立ち直って良かったよ!



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狙い球を絞って

6回表裏は渡辺さんと志乃ちゃんのリードによって立ち直った由紀ちゃんのピッチングによって5対6のまま7回……最終回の攻防を迎えた。

 

 

カンッ!

 

 

「おー、またヒットだ。この試合は両チーム合わせて全打席ヒットを打ってるのはイーディスだけだね」

 

「あれでブランクあるとか嘘やろ……」

 

「元々センスはあったからね」

 

(私と組んでいた頃……初めて野球をやった時からあのようにイーディスはセンスを見せ付けた。それこそ他の選手達が嫉妬してしまうくらいには……)

 

ノーアウト一塁。少なくとも同点にはしておきたいよね……。

 

「盾!」

 

「どうしたの?」

 

「出来ればアウトカウントを渡さずに繋いでほしい。いけるか?」

 

「……まぁ出来るだけやってみるよ」

 

盾ちゃん……。おっとりした雰囲気の娘だけど、パワーだけなら、真深ちゃんを凌ぐし、野球に必要な技術も段々と得てきてるし、初心者なのが嘘みたいだよ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

選球眼もチームの中では上の方だもんね。真深ちゃんやユイちゃんも見習いたいくらいって言ってたし、野球初心者なのに、どうやってその技術が培われているのかも気になるよ。雫ちゃんとかも選球眼はかなり良いしね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

「よし!最高の形で繋げた!」

 

「これでノーアウト一塁・二塁!!」

 

3番、4番と繋げて、次は5番の由紀ちゃんなんだけど……。

 

「……代打攻勢でいくか。ユイ、お願い!」

 

「えっ、出て良いんですか?」

 

「予定を変更する……。ユイが試合を決めるんだ」

 

「はい!」

 

(浦の星……。思った以上にやるみたいだから、本来見せる予定のなかったユイの投入だ。ウチの面子の中では若干埋もれ気味だけど、充分クリーンアップに入れる打者。ここまでの好試合を見せてくれたのと、ロニエの勉強代として見せてあげるよ)

 

「頑張ってねユイちゃん!」

 

「はい!頑張ります!」

 

「ユイ、貴女の一振りでチームを助けるのよ?」

 

「当然。私だって遠前高校野球部の一員なんだから!」

 

私と真深ちゃんが改めてユイちゃんにエールを送り、ユイちゃんは打席へ……。

 

「…………!?」

 

「…………!?」

 

ユイちゃんが打席に立った瞬間、渡辺さんと捕手の娘が凄く驚いてた。どうしたんだろう?

 

(渡辺さんの持ち球は皆が暴いてくれた……。あとは狙い球を絞るだけ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(ストレート……。これじゃない)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(カーブ……。これも違う)

 

あっという間に追い込まれちゃった……。でもユイちゃんならきっと打ってくれるよね!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

「ウィラードが1球も振ってないのに、3球で決めようとしないのは評価が出来るわ。相手バッテリーも大した判断力や」

 

「同感。1球も振ってないからこそ、慎重に行かなきゃ駄目。特にウィラード程の強打者の場合は尚更……」

 

「ユイは狙い球を探ってるんですよ」

 

「真深ちゃんがよくやってた打ち方だね」

 

相手投手の1番自信のある球を決め打ちする……。シニア時代や、ここに来る前にいた高校でもよくやってたよね。

 

(多分渡辺さんの得意球はスライダーかストレート……。ユイちゃんはそのどちらかを打とうとしているんだ。それこそ真深ちゃんのように……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(今のを振ってこないか……)

 

(カウントはこれで、2ー2……。勝負を仕掛けてくるとしたら次の球ね。私が狙うのは……!)

 

5球目。渡辺さんが投げてきたのは右打者の内側に食い込んでくるスライダーだった。

 

(……この内に来るスライダーよ!)

 

 

カキーン!!

 

「打った!?」

 

「タイミングもドンピシャ!!」

 

ユイちゃんが打った球はそのままグラウンドの金網に直撃。ホームランとなった。

 

「や、やった……」

 

「逆転スリーランだ!!」

 

これで8対6……。私達が2点リードだよ!



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負けられない……!

『アウト!チェンジ!!』

 

ユイちゃんがホームランを打ってくれたけど、最後まで渡辺さんが崩れる事はなかった。あのメンタルの強さもエースとしては必要な資質だよね!

 

「それでは行ってきます!」

 

「頑張ってね!」

 

ユイちゃんが軽く肩を鳴らして、マウンドへ上がって行った。羨ましいけど、私はGWにある練習試合で投げる事が決まっているみたいだし、その時を楽しみにしておこっと。

 

「まぁ頑張れって言っても……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「下位打線に向かっていく打順でウィラードが打たれるとは思えへんけどなぁ……」

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「容赦ないやん……」

 

「まぁユイは手抜きなんてしませんからね……。どんな打者を相手にも全力で投げる……というのもユイの良いところだと思います」

 

そうだね。それには私も同意だよ。でも私の場合は幾重にも力をセーブして投げろって言われてるから、本気を出すのは『あれ』以外の持ち球を完璧に打たれた時だけなんだけど……。

 

「あっさりとツーアウトか……。こりゃ決まったな」

 

「野球は7回裏ツーアウトからって言うし、最後まで油断は出来ないけどね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「もう追い込んだけどな。多分3球勝負で決めるやろ」

 

恭子ちゃんの言うように、多分次の1球で決まると思う……?

 

(あの娘……!)

 

「彼方先輩?」

 

「あっ、ごめんね。どうしたの?」

 

「ボーッとしてたから、どうしたのかと、真深は心配してたんだよ」

 

「なんでもないよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「今打席に立ってる娘……何かやるんじゃないかな?」

 

「ホンマに?」

 

「ほう?彼方がそう言うなら、そうなんだろうね」

 

(打席に立っているのは高海……。渡辺の球を受けるだけじゃなくて、劣勢でも諦めない、折れないメンタルがある訳だな。向こうのベンチを見てなんとなくわかったが、浦の星野球部を仕切っているのは彼女だな)

 

ユイちゃんが投げた3球目を……!

 

 

カンッ!

 

 

『当てた!?』

 

『ファール!』

 

ユイちゃんのストレートにタイミングが合ってた……。アメリカでも3球目でユイちゃんのストレートを当てられる人ってかなり希少なのに、あの娘は当てた。諦めない気持ちがそうさせたのかな?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

今度はバックネットに……。ファールが真後ろに飛んだという事はタイミングが合ってきた証拠。上位打線しか見てなかったけど、彼女も凄い打者だよ!

 

(粘り強いわね……。でも私だって打たれる訳にはいかないのよ。全国に上がってくる宿敵と対戦するまでは……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ユイちゃんが最後に投げたのはスライダー。ストレートに絞っていたからか、急に来る変化球には着いて行けなかったみたい。

 

(でもあのスライダーはストレートとほとんど同じ球速だった……。あの娘がストレートだと思って決め打ちにいくのは仕方がない事なのかも)

 

『ゲームセット!!』

 

何にせよこの練習試合は最後にユイちゃんが決めて私達の勝利!



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軽く反省会

『ありがとうございました!!』

 

試合後に一礼して、試合の反省会をする事に。

 

「さて、今日の試合はお疲れ様!私達で分析した皆の打撃と守備をそれぞれ話していくぞ」

 

天王寺さんの一言に試合に出てた選手達が息を呑む。

 

「まずは明美。初回の安打は良かった。その後の走塁も、盗塁も、相手の意表が突いたのは評価が出来るし、守備でも足の速さを活かしていたし、総合的にプラスだ。70点!」

 

「ありがとうございまっす!」

 

「ただし後半は全く良いところがなかったから、これからも精進するように!」

 

「はい!」

 

ちなみに打撃方面の話だよ!

 

「次は雫。明美と同じように初回のバッティングは良かった。守備も、その後の攻撃もいつも通り安定していた。85点!」

 

「……っす」

 

「ただ打撃方面が若干消極的だから、その辺りが今後の課題かな。自分なりに頑張るように!」

 

「了解っす」

 

雫ちゃんってなんでも黙々とこなしているイメージがあるけど、天王寺さんからすれば若干物足りないのかな?

 

「盾は打撃に関してはホームランを量産していってるのは良い感じだけど、あっさり三振し過ぎな部分があるから、気を付けるように。80点!」

 

「あはは……。ついつい振っちゃうんだよね」

 

「まぁ最後の打席はそのついついを抑えようとしていた姿勢は良かった。癖は簡単には直せないだろうけど、今後の打撃練習や、試合の時に見送る事も意識すればもっと良くなる……。目指すは真深のバッティングスタイルだ!」

 

「真深ちゃんに負けないように頑張るよ」

 

盾ちゃんが腕をグルグルと回しながら、真深ちゃんに負けない事をアピールしていた。真深ちゃんよりも試合に出てる分なのか、ホームラン総数はチーム一……。これは真深ちゃんにとっても強力なライバルだね!

 

「次は洋子。雫と同様に出塁意欲があるのは良い事だ。だけど相手バッテリーにそれが読まれがちだったから、なるべく読まれないように気を付ける事!60点!」

 

「う~ん。態度に出てたかなぁ?」

 

「まぁ洋子なりのバッティングスタイルがまだ見付かってないだけかもだし、今後次第かな。洋子が守るポジションはライバルが多いから、ボヤボヤしてると置いていかれるぞ?」

 

「だよね。頑張らなきゃ……!」

 

洋子ちゃんのメインポジションであるサードはアリスさんだったり、ユイちゃんだったり、盾ちゃんだったりとライバルが多い上に成果も出してる……。ちょっとでも遅れを見せたら、その時点でポジション争いから脱落しかねないくらいに熾烈な争いが繰り広げられてるよね。

 

「昌は盾とは逆に積極性が足りないかな。これも今後少しずつなんとかしてほしい」

 

「は、はい……」

 

「でも見送るべきところがわかっているのは評価点かな。同じく60点!」

 

天王寺さんの評価基準が気になるところではあるけど、多分私達も似たような事は思っていたんだよね。

 

「由紀は特にないかな。ピッチングの内容は私が指示したようなものだし、これからも私が一定の指示を出す可能性があるから、それを心してくれ。75点!」

 

「了解しました」

 

由紀ちゃんに関しては天王寺さんに一任してたから、評価のしようがないんだよね……。

 

「アリスは守備で活躍してたし、あとは打撃方面を頑張れば、上位打線に食い込めるかもね。あのタイムリーヒットは良かったよ。75点!」

 

「精進します」

 

「ロニエはちゃんと自分の課題はわかってるよね?」

 

「はい……。志乃先輩のリードを見て、色々とわかりました」

 

「なら言う事はないかな?リードの内容自体は悪くないし、あとは精神面を強くしよう。70点!」

 

アリスさんとロニエさんには今後の課題を。これからの練習試合は彼女達の成長を見守る事になりそうだね。

 

「イーディスは……特に言う事なし。4安打おめでとう。90点!」

 

「ちょちょちょ!あたしだけ雑過ぎるんだけど!?」

 

「それじゃあ軽い反省会はこれで終わり!明日はこの地を観光する為の自由時間としゃれこもうじゃないか!」

 

「聞きなさいよ!!」

 

イーディスさんは天王寺さんに軽くあしらわれていた。良いのかなぁ……?



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4月の夜

「皆寝ていますね」

 

「まぁ今日の試合は大変そうだったからねぇ……」

 

「特に試合に出ていた人達は激戦だったから、疲労も並ではなさそうですし……」

 

私も真深ちゃん、ユイちゃん以外の人達はぐっすりと寝ている。明日は内浦や沼津を観光予定だから、早く寝てしまおう……って魂胆なのかな?

 

「ユイは最後の方のみの出場だったけれど、投打で大活躍だったわね」

 

「バッティングの方は真深達との研鑽がなかったらあんな風に打つ事は出来なかったでしょうね。だから……ありがとう」

 

「礼を言われるような事はしてないけれど……。そうね。私が役に立ったのなら、光栄だわ」

 

真深ちゃんとユイちゃんはシニアでは別々のライバル同士だったけど、高校は同じになって互いに高め合うライバル仲になってるんだよね。私も2人と同い年に生まれてたら、高め合う仲に混ざれてたのかなぁ……?

 

(そうなってたら遥と双子で、あんな風に対立する事もなかったのかな……)

 

……いや、あの話は私の年齢関係なく起きてただろうし、あの件に遥を巻き込む訳にはいかなかったから、あれで良かったんだよ。

 

その結果、遥にはとても酷い事を言った……。私にヘイトを集める為に、遥をあの件に関与させない為にも、あのやり方で良い筈なんだ!

 

「彼方先輩……?」

 

「あっ、ごめんね?」

 

「どうかしたんですか?何やら元気がないようでしたが……」

 

「なんでもないよ!なんでも……」

 

でもあの件があったから、2人に会う事が出来たんだよね。それ自体は良い事だよね。

 

「……そういえば天王寺さんがいないね?」

 

「天王寺先輩ならイーディス先輩と外に出ていますよ。海を見に行くって言ってました」

 

海か……。ここの海は青くて綺麗だから、写真を撮っておいた方が良いって明美ちゃんと盾ちゃんも言ってたっけ。

 

「……私達も見に行こっか。海!」

 

「「えっ?」」

 

なんとなく……外の空気を吸いたい気分だったからね。真深ちゃんもユイちゃんも困惑気味だったけど、最終的に着いて来てくれた。私にはもったいない良い後輩だよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。4月だからまだ外は冷えるね」

 

「余り長居すると風邪を引きそうですね……」

 

「でも夜に散歩する事って余りないから、ちょっと新鮮な気持ちかも……」

 

春になって暖かくなってきたけど、夜はまだまだ寒いね。早く昼間のように過ごしやすい季節になると良いんだけど……。

 

「あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「あそこにいるのって天王寺先輩とイーディス先輩じゃ……」

 

ユイちゃんが指した方向には天王寺さんとイーディスさんが。海の前で何か話してる……。海の音と相まってかなり絵になるワンシーンだよね。

 

「……に…から……になるわね」

 

「………は慣れた?」

 

何を話してるんだろう?ここからだとよく聞こえない……。

 

(も、もっと近くに行ってみよう……!)

 

(か、彼方先輩!?)

 

(密会を目撃するなんて、ちょっとワクワクするわね……)

 

(ユイまで……!?)

 

ユイちゃんは私の行動に賛成らしく、2人の話をもっと近くで聞く事に。真深ちゃんは止めようとしてたけど、好奇心には勝てなかったよ。

 

「……で、私達に協力する気になったの?」

 

「まぁ今年の夏が終わればしばらく身を隠す必要になるだろうし、久し振りに彼女達と行動するのも悪くないかもね。由紀と亜紀も一緒だけどね」

 

「あの無表情姉妹はあんたに懐いてるわよね。従順過ぎるくらいに……。手を差し伸べたから?」

 

「私にとっては利用価値がある……って判断しただけなんだけどね。あの姉妹もそれがわかっていて私に着いて来てるみたいだ」

 

「変に鋭かったり、逆に鈍かったりとあの姉妹も変わってるわよね……」

 

「それがあの姉妹の特徴だよ。……それで話を戻すけど、イーディス達は私に協力してもらう為に各地を探してたんだよね?」

 

「ええ。まぁまた遠前町に戻ってきてるとは思わなくって、日本を一周しちゃったわよ……」

 

「それはご苦労様って事で。イーディスも昔遠前町に来てたから、同じ町にいないと即座に判断したのが良くなかったな」

 

なんか話の内容から察するにイーディスさんも昔に遠前町に来てる時期があったみたいだけど……?

 

(私も10年前に遠前町に家族でいた時期があったから、もしかしたらその時に会った事があるのかな?)

 

確かあの時は年上の女性2人がバチバチしてたような……?

 

「あの時は私も若かった……。イーディスと対立してて、野球で勝負したりしてたしね」

 

「あの時のあたしは雇われだったからね」

 

しかし2人の話を聞いてると、違和感があるんだよね。なんだろう……?




彼方「浦の星編はこれで終わって、次回からはGW編に入るよ!」

ユイ「天王寺先輩とイーディス先輩は何を話してたのかしら……?」

真深「作者曰く、それが明かされるのはかなり先……もしかしたら続編に及ぶかも……との事みたいよ」

彼方「とにかく次の話だね!」

ユイ「GWと言えば洛山主宰の地獄の合宿……ね」

彼方「その間に遠前高校では何をしたかと、真深ちゃん達の視点で合宿の風景をお届けするよ」

真深「本編とは違った視点で話を書くけれど、試合描写は特にないのよね」

彼方「GW編をお楽しみにっ!!」


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地獄への誘い

4月も終わりに差し掛かり、世間一般ではGWを迎えようとしていた。

 

「真深ちゃん、ユイちゃん、部活に行こっ!」

 

「あっ、彼方先輩……」

 

「私達、実は天王寺先輩に呼び出されているんです」

 

「天王寺さんに?」

 

天王寺さんが真深ちゃんとユイちゃんを呼び出し……。何を話すんだろう?

 

「わかった……。じゃあ先に行ってるね!」

 

「すみません……」

 

「良いよ良いよ!天王寺さんも2人に大切な話があるだろうし、それを無視してなんて言わないよ」

 

野球部全員の前で言わないとなると、余程大切で秘密の話かもだし、複数人が関与する訳にもいかないよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、すまんねぇ。わざわざ来てもらって」

 

「いえ……。それよりも私とユイに話しておきたい事とはなんでしょうか?」

 

部活に行く前に、天王寺先輩から通知が来た。話しておきたい事があるから……と。

 

「その前に聞きたいんだけど、真深とユイは彼方に着いて来る形で野球部に、この町に来たんだよね?」

 

「そうですね。彼方先輩がやらなければならない事がある……という話で、私とユイは彼方先輩によくしてもらったので、その恩を返すべく……」

 

「成程成程。彼方に聞いた通りだったな」

 

天王寺先輩は彼方先輩から私達がこの町に来た理由を聞いていたみたいね。

 

「じゃあ本題に入ろう。もしも彼方が目的を果たし、野球部を引退したら2人はどうするのかな?」

 

「「えっ……」」

 

突如、天王寺先輩からそんな質問が……。彼方先輩が引退した後の話……?

 

「2人は彼方に着いて来る形でこの野球部に入った訳だ……。じゃあ彼方の引退と同時にアメリカに帰るのか?彼方は引退後はアメリカに帰るらしいが、2人はそれに着いて行く形で帰国するのか?」

 

「「そ、それは……」」

 

私もユイも動揺のあまりにまともな返答が出来なかった。私達は彼方先輩に着いて来る形で日本に来た……。それなら彼方先輩がアメリカに戻るのなら、私達もそれに合わせてアメリカに戻る事になるのだろうか?答えが出せない……。

 

「……っ!」

 

(ユイも同様に言葉を詰まらせている……。私達はそこまで大事に考えていなかったのかも知れないわね)

 

「……どうやら考える時間が必要みたいだな。それならゆっくりと考えると良い。ちょうど今日の部活で話したい事もあるしね」

 

天王寺先輩は茶封筒をひらひらと見せながらそう言った。あの封筒に何か入っているのかしら……?

 

「あの、それは……?」

 

「GWの予定が書かれている紙が入っているのさ。まぁ詳細は部室で話そう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっまたせ~!」

 

「「遅れてすみません」」

 

天王寺さんが真深ちゃんとユイちゃんを連れて部室に来た。心なしか真深ちゃんとユイちゃんの元気がないような……。それに天王寺さんが持ってる茶封筒はなんなのかな?

 

「天王寺、それは……?」

 

「先程ちらりと中を見たけど、どうやら洛山高校野球部からの手紙みたいだ」

 

洛山から……?練習試合の申し込みかな?

 

「な、内容は……?」

 

「何々……?『遠前高校の諸君を我が洛山高校の地獄の合同合宿に招待する。自信がある者、強くなりたい者、己を変えたい者、無謀者、死に急ぎたい者はこの地獄に来られたし!』だそうだ」

 

「つ、突っ込み所が多過ぎる……」

 

「一体どんな合宿を……?」

 

「手紙によると、獄楽島という所で洛山野球部はGWに毎年合宿をしているらしい。『今年は私達も一緒に参加しませんか?』って事だろう。内容までは流石にわからないけどな」

 

「ご、獄楽島……!?」

 

獄楽島という言葉に反応したのはイーディスちゃんだった。何かあったのかな?

 

「あ、あんな所で合宿なんて正気の沙汰じゃないわよ!あたしは行かないからね!!」

 

「す、凄い拒絶反応ですね……」

 

「一体イーディス先輩に何があったのでしょうか……?」

 

アリスちゃんとロニエちゃんはそんなイーディスちゃんの反応に動揺している。どうやら獄楽島に行った事があるのはイーディスちゃんだけみたい。

 

「それって全員参加なん?」

 

「いや、最大5人までだ。それにウチからは3人しか出すつもりはない。人数に余裕もないからな」

 

「あんな所で野球の練習なんて出来る訳がないわよ……」

 

さっきからイーディスちゃんの拒絶反応が凄い。そんなに凄まじい場所なのかな……。

 

「イーディスの反応が面白いから、1人目はイーディスに決定……」

 

「悪魔かあんたは!?」

 

「したいところだけど、選出メンバーはもう既に決まっている」

 

「ほっ……」

 

「……けどやっぱり追加でイーディスも行かせようかな~?」

 

「絶・対・に・イ・ヤ!!」

 

「でも人数に余裕もないのも事実だから、やっぱり他の人達にしようかな」

 

「ふぅ……」

 

「……と思ったけど、それでもイーディスを行かせようかな~?」

 

「あたしで遊ぶな!!」

 

天王寺さんとイーディスちゃんのこのやりとりがこの後10回くらい続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、本題の選出メンバーだけど」

 

「あんた、絶対に碌な死に方しないわよ……」

 

イキイキとしている天王寺さんと、疲弊しているイーディスちゃんを見て他の皆は苦笑いしているか、呆れている。私は前者かな。

 

「真深とユイ、そしてお目付け役に由紀にも行ってもらうとしよう」

 

「私達が……」

 

「洛山主宰の合宿の選出メンバー……」

 

「GW初日から4泊5日で、持ち物は一部必須の物以外は自由。当日まで数日はあるから、しっかりと準備をするように!」

 

天王寺さんは真深ちゃんとユイちゃんの傍に寄って……。

 

「一旦この町を離れてゆっくりと考える事だね。自分のこれからの選択肢を……」

 

ボソッと呟いた。何を言ったんだろう?

 

「「……はい!!」」

 

「由紀も頼んだよ。真深とユイの様子を見ておくように」

 

「わかりました」

 

そんな訳でGWに洛山主宰の地獄合宿に真深ちゃん、ユイちゃん、由紀ちゃんの3人が参加する事が決まったよ!



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獄楽島に向かって!

今日から洛山主宰の地獄の合宿……。野球部の皆に見送られ、遠前町を離れて天王寺先輩が言っていた獄楽島に向かう船着き場に来たけれど……。

 

「誰も……いないわね」

 

「洛山の人達が船で迎えに来てくれるって言ってたし、私達は待っていれば良いのよ」

 

由紀ちゃんがそう言って釣りの準備をし始めた。ここで釣りをするつもりかしら?

 

「真深は……さ、天王寺先輩の言ってた質問の答えは出せた?」

 

「……いえ、まだよ。思えば天王寺先輩がこの合同合宿に私達を行かせたのも、答えを考える時間を与える為なの」

 

天王寺先輩は一旦この町を離れてゆっくり考えろ……とも言っていた。気分転換も兼ねているのかしら?地獄の合宿って触れ込みだから、気の休まる感じはしないけれど……。

 

「どんな合宿になるかはわからないけど、私達にとってプラスになる事は間違いないし、絶対に乗り切っていきましょう」

 

『うんっ!』

 

天王寺先輩からの質問の答えを考えていると、東の方から声が聞こえた。その方向に行ってみると……。

 

「あら?ヨミに珠姫?それに早川さんと遥ちゃんも……」

 

「えっ?真深ちゃん!?」

 

「それにウィラードさんも……」

 

ヨミ、珠姫、早川さん、遥ちゃんともう1人……新越谷高校野球部の5人がいた。彼女達も洛山主宰の合宿に招待されたのかしら?

 

「世界大会振りね。貴女達も洛山から招待状が来てたの?」

 

「まぁね……。という事は上杉さん達のところにも?」

 

「ええ。私達の高校は私とユイと……そしてもう1人の3人がこの合宿の参加者なの」

 

その内の1人はあそこの釣り堀で釣りをしているけれど……。由紀ちゃんのマイペースさは少し羨ましいわ。

 

「あれ?由紀は?」

 

「あそこの釣り堀で釣りをしているわ。相変わらずマイペースよね……」

 

「由紀ーっ!もうすぐ出発の時間になるから、釣りは止めておきなさい!」

 

「わかったわ。ブラックバスを6匹程釣ったから、個人的には満足よ」

 

ここの釣り堀ってブラックバスが釣れるのね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……。川原光です。この中では唯一の3年生になるのかな。よ、よろしくね?」

 

「はい、よろしくお願いします。お互いに有意義な合宿になるようにしましょう」

 

(社交辞令増し増しの挨拶な気がするけれど、失礼になっていないかしら……?ヨミ達の先輩みたいだし、この合宿の間は仲良くやっていきたいわね)

 

そう考えていると、また東の方から5人の人影が……。2人がテンションが高そうに走っており、1人がその2人を諌めて、あとの2人がそれに着いて行く。その内の1人は二宮さんね。早川さんもそうだけれど、世界大会ぶりの強力なライバルが集結してくるわね。

 

「……やっぱり白糸台も来てたんだね」

 

「洛山と白糸台は毎年合同合宿を行っているみたいですからね。洛山名物の地獄の合宿には去年は行ってなかったみたいですが……」

 

早川さんと二宮さんの話を聞く限り、二宮さん達が通っている白糸台高校は洛山と交流があるらしく、ほぼ毎年合同合宿をしているみたい。今回の合宿では洛山と白糸台がメインで、遠前と新越谷は合同校を増やすべく誘われたのかしら?

 

「お~、揃ってるねぇ~」

 

「こ、今年は思ったよりも参加者が多いですね……」

 

「わざわざ3校に招待状を送ったからね~。10人くらいは来てくれなきゃ困るよ~」

 

洛山高校の非道さんと黛さんが私達を迎えに来た。他の洛山野球部の参加者……エルゼちゃんやリンゼちゃんとかは現地待機かしら?

 

「洛山高校名物の地獄の合宿へようこそ~」

 

「わ、私達洛山高校の合宿参加者は先に現地で待機しています。私と非道さんは参加者の皆さんを迎えに来ました……」

 

「それじゃあ皆船に乗って乗って~」

 

非道さんが指差す先にある大きい船に私達は乗船した。

 

「全員乗ったら出港するよ~」

 

(いよいよ始まるのね。洛山主宰の地獄の合宿が……!)

 

この合宿で私なりの答えを出す必要があるわね……!



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道中にて

「目的地までは約3時間掛かるから、今の内にゆっくり休んでおいてね~」

 

獄楽島に行く船の出港後、非道さんはそう言った。3時間……。休んでおいてと言われても、今の状態から休んでしまうと、却って疲れる事になりそうなのよね。

 

「真深ちゃ~ん!」

 

「ヨミ……?どうしたの?」

 

「トランプやろうよ!」

 

「……トランプ?」

 

「うん!」

 

(何故トランプなのかしら……?でもまぁ色々な意味で気分転換した方が良さそうよね)

 

こうして遊ぶ事で案外天王寺先輩に聞かれた事に対する解答が出てくるかも知れないし……。

 

「わかったわ。やりましょう」

 

「やった!じゃあ……」

 

「トランプと言えばポーカーよ」

 

トランプと言っても、遊び方は沢山ある。その中で由紀ちゃんはポーカーをしようとしてるみたい。ヨミが誘ったのかしら?余りこういうのに割ってこないと思っていたけれど……。

 

「では始めましょうか。盟約に誓って(アッシエンテ)」

 

「あ、盟約に誓って……?」

 

「ゲームで勝負するなら、必ずこの一言が必要だと亜紀が言っていたわ。意味はよくわからないけれど」

 

亜紀ちゃんは由紀ちゃんに何を教えているのかしら……?

 

「ツーペア!」

 

「同じくツーペアね」

 

ヨミが8のツーペア、私が6のツーペアで同じ役だけれど、確か数字が大きい方が勝ちというルールだった筈だから、この場合は私の負け……になるのよね?由紀ちゃんの方は……。

 

「スリーカード。私の勝ちね」

 

「むむ……!」

 

「もう1回!もう1回!!」

 

「私は勝者だけれど、敗者のリベンジを受ける……という器の大きい人間だから、受けてあげるわ。何度でもね」

 

ヨミと由紀ちゃんは仲良くなれそうね。でも私だって負けっぱなしではいられないわよ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで15回目くらいの勝負……。

 

「ふっふっふっ……!今回は自信があるよ。フルハウス!」

 

「私はフォーカードよ」

 

「負けたっ!?」

 

さて、由紀ちゃんはどうかしら?ここまで全敗だから、そろそろ勝ちたいのだけれど……。

 

「ストレートフラッシュよ」

 

「嘘!?また負けた……」

 

「由紀ちゃん、ポーカー強いわね……」

 

それにしても1度も勝てないなんて……。賭けとかしてなくて良かったわ……。

 

(でも大分リラックスが出来た……。これもヨミと由紀ちゃんのお陰ね)

 

それでもまだ解答は出ていない……。この合宿中に見つかると良いのだけれど……。

 

(そういえばユイは何をしているのかしら?)

 

私と同じ悩みを持っているユイは獄楽島に着くまでの待ち時間に何をしているのかを見てみると……。

 

「このカバルドン堅過ぎじゃない?攻撃が3段階上がってるザシアンのきょじゅうざんを耐えられたんだけど」

 

「これは完全に防御特化だね~」

 

「しかもカバルドン側は欠伸でザシアンを流しに来てますね……」

 

「3分の1木の実を持たせていますので、仮にザシアンを引っ込めて再び出したとしても、1段階上昇のきょじゅうざんくらいならまだ耐えてくれます」

 

「完全に欠伸ループにはまりそうだね~」

 

……ユイもユイで、この状況を楽しんでいるみたいね。

 

(そういえば天王寺先輩は私達が合宿に行っている間に特別ゲストを呼んで、遠前でも特別合宿をやると言っていたわね)

 

他人の心配をしている場合ではないけれど、遠前では何が起きているのかしら……?



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その頃の遠前① 合宿のゲストは?

真深ちゃん、ユイちゃん、由紀ちゃんの3人が洛山主宰の地獄の合宿に行き、見送りが終わった私達はグラウンドに集まる。

 

「……で?私達は上杉達が合宿に行っている間は何をするつもり?」

 

「彼方にはチラッとだけ話したけど、私が色々な場所で知り合ったゲスト8人を呼んでるから、その人達と試合をしてもらう」

 

『ゲスト?』

 

「ああ……っと、丁度電話だ。はいはい、天王寺さんですよっと。近くまで来た?8人揃ってる?わかった。迎えに行くよ。ブギウギ商店街で待っててくれ」

 

天王寺さんが誰かと通話してる……。もう既に9人のゲストが揃ってるみたい。

 

「じゃあ私はゲストを迎えに行ってくるから、皆はいつでも試合が出来るように準備しておいてくれ」

 

そう言って天王寺さんは去って行った。一体誰が来るんだろう?

 

「誰が来るのかな?イーディスちゃんは心当たりとかある?」

 

「さあ?あたしが天王寺と行動してたのも数回程度だし、あいつが呼んだゲストの内の何人かは知り合いかもだけど、流石に全員に心当たりがあるとは言えないわね。もしかしたらあたしの知ってる人が1人もいないかも知れないし……」

 

まぁそうだよね。イーディスちゃんもずっと天王寺さん一緒にいた訳じゃないし、わからないよね。

 

「あたしよりもあの無表情姉妹の片割れならずっと天王寺と行動してたし、何か知ってるんじゃない?」

 

「そっか!亜紀ちゃんだ!亜紀ちゃん、天王寺さんが連れて来るゲストって……」

 

「黙秘権を行使します」

 

「あっ、はい……」

 

黙秘権を使われちゃった……。じゃあもう手詰まりだよ!

 

「……誰が来るかはわからないけど、とりあえず私達は試合が出来るように準備するだけ。さっさと終わらせる」

 

「……それもそうだね。楽しみは後に取っておけって事だよね!」

 

「……そうじゃないけど、風薙が納得したならそれで良い」

 

志乃ちゃんが何か言ってたけど、私達は天王寺さんが戻ってくる前に準備を終わらせる事にしよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっまたせ~!」

 

準備が終わった頃に丁度天王寺さんが戻って来た。

 

(あれ?天王寺さんの後ろにいる2人って……)

 

≪おっ、カナタ発見!≫

 

≪天王寺の情報通りでしたね。今年は去年よりも楽しめそうです≫

 

や、やっぱりボストフとジータだ……。天王寺さんと知り合いだったなんて予想外だったよ。ジータの話によると去年も日本に来てたみたいだけど、初めて知ったよ……。

 

「はいはい、それじゃあ一旦全員集合!私が呼んで来たゲスト8人の紹介をするぞ~!」

 

ボストフとジータだけじゃなくて、他にも見た事ある人達がチラホラと……。天王寺さんって何者なんだろう?



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その頃の遠前② ゲスト紹介と試合開始?

「さてさて、それじゃあ私が連れて来たゲストの紹介といこうかね。この9人を全員知っているのは私以外だと亜紀だけだから、1人1人軽く名乗ってくれぃ!」

 

天王寺さんが連れて来たゲスト9人の中にまさかボストフとジータがいるなんて思いもよらなかったよ……。

 

「アメリカから来ました、エリー・ジータパーラーです。よろしくお願いします」

 

「同じくアメリカから来たクリフ・ボストフだ。GWの間だが、よろしく頼む」

 

それにしてもいつの間にボストフは日本語を覚えたんだろう?天王寺さんから教わったのかな?ジータが日本語を喋れるのは知ってたけど……。

 

「同じくアメリカから来ました、ロジャー・アリアと申します。以後よろしくお願いします」

 

ジータの後釜とも言われているアリアちゃん。私自身はそんなに親交はないけど、真深ちゃんやユイちゃんとそこそこ長い付き合いだったらしい。シニアリーグの世界大会でチームメイトだったとか、同じシニアで切磋琢磨したとか……。

 

「六花から来ました。シルヴィア・リューネハイムです。よろしくね」

 

「お、同じく六花から来ました刀藤綺凛です!よろしくお願いします!」

 

この2人は六花から来たみたい。聞いた事はあるんだけど、詳しい事はよくわからないんだよね。六花って……。

 

「黒江双葉です。よろしくお願いします」

 

「猫神雅です!よろしくお願いします!」

 

「犬河詩音……です。よろしく……お願いします」

 

黒江さんと猫神さんと犬河さんの3人は朱里ちゃんと同じ川越シニアの子らしい。天王寺さんも川越シニア出身だから、今でもこうして交流があるのかな?

 

「……で、この8人に加えて私が入った9人と、真深達を抜いた遠前高校野球部で試合をする!」

 

『えっ!?』

 

「クリフ・ボストフや、エリー・ジータパーラーや、ロジャー・アリアのようなメジャー級の高校生がいるのはまだ理解出来るんやけど……。

 

「何人かは中学生……。大丈夫なの?」

 

「その心配はないさ。この8人は去年も私と夢城姉妹がいた清澄高校で試合をしてる……。連携なんかは特に問題ない筈だ。それに双葉、雅、詩音の3人は並の高校生よりも全然上手いから、ほぼ素人の集まりであるウチにとっては良い刺激になるぞ~?」

 

確かに……。川越シニアの選手達は男子選手も、女子選手も、高校生よりも上手いんじゃないか……って朱里ちゃんや瑞希ちゃんも言ってたし、本当に案外良い刺激になるのかも……?

 

「じゃあこの後は試合だ。それぞれしっかりと準備をするように!」

 

天王寺さんの一言で私達は身が引き締まる思いで試合に臨まなきゃいけない……という気持ちが強くなった。

 

「彼方と対戦する機会がもらえるとは……。これも天王寺とパイプを持ったお陰ですね」

 

「全くだ。それに素人連中が多いとは言え、去年のキヨスミの野球部と同等と考えると、決して私達も油断は出来ないだろう」

 

ジータとボストフがそれぞれ呟いた。ジータとボストフは去年も日本に来てたんだ……。もうこの2人は私の知ってる2人じゃないのかも知れないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どうするの?」

 

「えっ?」

 

「オーダーやオーダー。ウチ等は風薙の指示に従うように天王寺に言われてるねん」

 

「えっ……?えっ!?」

 

「この試合は風薙が仕切る事になってるって天王寺が言ってた。だから私達は風薙の指示に従う……」

 

聞いてないよ!ど、どうしよう……?



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特別メニューの意味は?

「は~い、ご到着~」

 

船は目的地に到着……。

 

『む、無人島……?』

 

ほぼ全員が口を揃えてそう言った。ここが天王寺先輩が言っていた獄楽島なのね……。

 

「こ、ここは私達洛山高校が合宿の時に利用している無人島で……」

 

「その名も獄楽島~。詳細の続きは彼女に任せますね~。ではお願いします~」

 

非道さんの紹介の下、1人の女性がやってくる。

 

(何かしら?この圧は……)

 

今まで感じた事のない……強く、そして非道さんのような異質な圧……。只者ではないのは確かね。

 

「諸君、よくぞ獄楽島まで来てくれた。これから5日間は私の考えた地獄の練習メニューをこなしてもらう」

 

地獄の練習メニュー……もしかしてイーディス先輩は彼女が施した練習メニューを味わったのかしら?

 

「だが強制はしない。無理だと思ったら休め。昨今はそういうルールが煩いからな。だが元気のある内は練習をしてもらうぞ」

 

女性は強制しないと言っている……。まぁ問題になったら向こうから仕手も困るものね。

 

「昔に比べたら、大分甘いですよね~」

 

「まぁ世間体……というか、問題を起こし過ぎるな……と釘を刺されているからな。貴様や大豪月を鍛えていた頃なんかは平気で死人も出ていた」

 

……と思っていたけれど、時代錯誤だったのね。死人が平気で出ていた練習を乗り越えた事によって非道さんのような異質な雰囲気、圧が身に付くのかしら?まぁ私自身がそうなりたいとは全く思わないわね。

 

「どうせ5日間限りの付き合いだ……。貴様等に名乗る名などない。とりあえず私の事は社長と呼べ」

 

『な、何故に社長……?』

 

私と同じ事をまたもやほぼ全員が呟いた。あの人も非道さんのようにフルネームを教えたくない……タイプの人なのかしら?

 

「人数は非道と黛を除けば……13人か。それなら一括りで練習が見られそうだ」

 

「そうですね~。彼女達にはとりあえずウチの子達がやってるメニューで良いんじゃないですかね~?」

 

「……そうだな。あとはそれぞれ別の練習メニューを考えていけば良かろう。連中のデータもあるしな」

 

私達のデータも揃っているのね……。でも特に不思議だと思わないのは何故なのかしら?

 

「…………」

 

私の視線はふと二宮さんの方へ。彼女の情報収集能力に慣れてしまっているから、私達の情報を押さえていても、些細な事だと思ってしまうのね……。

 

「それと……そこのおまえと、そっちにいるおまえ」

 

「な、なんでしょうか……?」

 

「貴様等2人は通常の練習の後に、特別メニューUをやってもらう」

 

社長が指したのはユイと早川さん。……特別メニューU?

 

「と、特別メニュー……?」

 

「詳細の方はまた後に話そう。それと……前の方で固まってる中で端にいるやつと、後ろの方にいる3人!」

 

次に呼ばれたのは由紀ちゃん、ヨミ、川原さん、白糸台の鋼さん(自己紹介は船に乗る前にした)。

 

「貴様等には特別メニューAを施してやる。ありがたく思え」

 

今度は特別メニューA……。特別メニューの後ろに付くアルファベットに何かしらの意味がある筈……。

 

「よ、喜んで良いんですか……?」

 

「特別メニューに選ばれた連中は洛山の中でも数少ない……。貴様等はそれに選ばれたんだ。光栄に思え」

 

「は、はいっ!」

 

ヨミは緊張しながらも嬉しそうにしていた。特別……という言葉が嬉しいのかしら?

 

「最後に……先程呼んだ前の方で固まってる奴の隣のおまえと、そこのアホ面2人!」

 

最後に私が呼ばれた。アホ面?

 

「ア、アホ面!?」

 

「し、失礼デース!」

 

あとの2人は遥ちゃんと白糸台のバンガードさんだったのね。アホ面……。

 

「貴様等には特別メニューSだ。以上の連中には通常の練習の後に特別な練習を与える。キツかったら、早いところギブアップするんだな」

 

私達には特別メニューS……。与えられたアルファベットにどんな意味が……?

 

(S、S……。私達3人に共通する部分がそうなのよね?)

 

まずは他の人達から考えていきましょう。ユイと早川さんには特別メニューU、ヨミ達4人にはA……。

 

(川原さんと鋼さんの詳しいポジションはわからないけれど、ヨミと同じ括りに収まっているという事はエース級の投手だという事……。だとしたらAはエースのA?でもユイや早川さんもそれに当てはまらないと不自然。ならヨミ達4人とユイ、早川さんの違いは?ユイはアンダースローの投手。ユイと同じ括りに入った早川さんも実はアンダースローの投手だった……?それならUはアンダースローのU?)

 

……それなら合点はいくけれど、あの6人、そして特別練習メニューSに割り振られた私達にどんな練習が待っているのかしら?




朱里「えー、この小説が投稿されている頃には12月に入っている訳ですが……」

遥「今年ももうすぐ終わりだね!」

朱里「1つ悲報があります」

遥「えっ……?やだやだ!聞きたくない!!」

朱里「今年の投稿中に新越谷視点……もとい私や雷轟の視点には戻れません」

遥「どうして……どうしてそんな酷い事が出来るの?」

朱里「今書いている地獄の合宿(遠前side)と遠前視点でのGW特別練習試合のくだりを最短で書いたとしても、遠前視点を終わらせるには最低でもあと30話は掛かりそうだからだよ」

遥「さ、30話くらいなら、ギリギリ大晦日には私達の視点に戻ってる筈……!」

朱里「……そこから遠前視点で夏の県大会があります。これを含めたら、如何に短い話数で抑えようとしても、40話前後は書かなきゃいけないだろうね」

遥「じゃ、じゃあ年内に私達の出番はないの!?」

朱里「一応地獄の合宿のところではまだ私達の出番があるから、それが最後になるんじゃない?」

遥「ぐぬぬ……!」

朱里「……という事ですので、私と雷轟の視点を楽しみにしている読者様方とは今年はお別れになります。その方達には一足早く伝えましょう。良いお年を」

遥「良いお年を(涙)!」


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狂気

「さて……。特別練習メニューに選んだ数人は恒常練習外部終わり次第、別個で呼んでいくから、楽しみにしているが良い」

 

特別練習メニューに割り振られた私達は後に別で練習があるみたい……。どんな練習なのか楽しみ半分、畏怖半分……といったところかしら。

 

「それと今から海に浸かるからな。全員、汚れても良い水着に着替えておけ」

 

(水着……?)

 

洛山からもらった招待状の中に記されていた持ち物欄には汚れても良い水着、ジャージ等があった。ここの練習で使うのかしら?一応もう着なくなるかも……と思った水着とジャージを持っては来てるけれど……。

 

「さて……全員着替えたようだな。本来なら今いる島まで泳がせる予定だったが、昔に比べて簡単に問題になってしまう……。だからギリギリそのラインを越えないように、わざわざ遠泳の項目を消してやった。時代に感謝するんだな」

 

「私と大豪月さんなんかこの島まで泳がされたんですよね~」

 

「まぁそれも10年以上前の話だがな」

 

非道さんと大豪月さん……という人は10年以上前にこの島まで泳いだみたい。こんな荒れ具合が尋常じゃない海で遠泳……それも非道さんの年齢から逆算すれば最低でも7、8歳の子供がまともに泳げる訳がないわ。下手をすれば死んでしまうもの……。

 

(それをこなした非道さん、そしてまだ会った事はないけれど、大豪月さん……。彼女達は一体何者なの?)

 

そういえばエルゼちゃんとリンゼちゃんを洛山にスカウトしたのはその大豪月さんだと言っていたわね。2人に聞けば大豪月さんの事が少しはわかるかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水着に着替え終わった私達はボートに乗って少しした所で待機している。

 

「それでは地獄の練習メニューその1を発表する……!」

 

(水着で出来る練習は限られている……。一体何を?)

 

「さて……地獄の練習メニューその1はまずこのぶら下がっているロープに登ってもらう」

 

社長の目線に合わせると、そこには無数のロープがぶら下がっていた。こ、これに登るのかしら?

 

「さぁ始めろ!」

 

社長の掛け声によって私達はロープに登り始めた。中々大変ね。並々ならぬバランス感覚が必要みたい。

 

「こ、これ結構キツいかも……」

 

「バランス取るのが大変……」

 

(でも登るだけなら、そんなに難しくないわね……!)

 

「あはは!これ楽しーい!」

 

「なんか木登りをしてる気分になるわね……」

 

「こんな不安定な木登りなんてないわよ」

 

中にはこの修練を楽しんでいる人もいるみたい。あそこまでポジティブになるのは無理にしても、悲観する訳にはいかない……という精神は大切だわ。

 

「や、やっと登れた……」

 

「これで全員……かな?」

 

私達13人は途中で落ちずに、なんとか登り切った。あとは降りるだけ……?でもそれなら地獄……とまではいかないと思うのよね。

 

「ほう?登るだけなら、然程苦戦はしないという訳か……」

 

「もちろん!私達だって毎日厳しい練習してるんですよ!」

 

遥ちゃんが豪語する。ロープにぶら下がっている状態だと格好が付かないのがもったいないポイントよね……。

 

「成程な。だが本当の練習はこれからだぞ?」

 

『えっ!?』

 

やはりロープに登るだけではなかったのね。ここからどんな練習が待っているのかしら?

 

「ま、まだあるんですか!?」

 

「当然だ。ただロープに登るだけなら、中学生でも出来る。言っただろう?まずぶら下がっているロープに登ってもらう……と。登ってそれで終わりだとしたらとんだ甘ちゃん共の集まりだな」

 

社長の発言……色々と大丈夫かしら?後で問題にならないか不安だわ……。

 

「練習メニューその1は両腕でぶら下がり、その体勢で耐え抜くもの……通称鯉のぼりだ。30分間ぶら下がった状態でいてもらうぞ」

 

社長に言われて、私達はそのまま両腕でぶら下がるけれど……。

 

(………っ!)

 

(き、キツい……!)

 

この体勢は中々の筋トレになりそうね……!

 

「先程までに比べて段違いにキツいと思っているだろう……。この練習は両腕の筋肉、持久力、忍耐力を鍛えるものだ。ちなみに去年の秋頃に洛山野球部の部員達の中で半数以上はこの練習をクリアし、それ以外の者達は再びこの島に訪れ貴様達と同じようにこの練習メニューをこなしている」

 

洛山野球部の半数以上……時期的にエルゼちゃんとリンゼちゃんはいないにしても、清本さんや非道さん、黛さんなんかはきっとその半数以上に入っているわよね。

 

「ちなみにもしも誰かがその洛山部員達と同じように力尽き、海に落ちてしまった場合はどうなるのですか?」

 

質問をしたのは二宮さん。そんな二宮さんはこの練習を行っている面子の中でただ1人、表情を変えずロープにぶら下がっている……。

 

(二宮さんの精神力は異常ね……。他の人達は大なり小なり表情を歪ませているというのに)

 

「仮に貴様達が途中で力尽きて海に落ちた場合は……貴様達に『根性無し』の烙印をくれてやろう。洛山野球部の部員達は年に1回、一部の連中は年に2回はこの島に訪れては私の地獄の練習メニューをこなしている……。貴様達のような甘ちゃん共がどこまで粘れるか見せてもらおうか?」

 

甘ちゃん……?私達だって苦しく、辛い練習を乗り越えているのよ?その言葉はいただけないわ!

 

(一部の連中の表情が引き締まったか……。やはり中々骨のある連中が集まっているようだな)

 

「あと25分だ!気張れ愚か者共!!」

 

この25分がとても長く感じるわね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そこまで!!」

 

どうやらようやく終わったみたい……。こんなハードな……というか正気の沙汰とは思えない練習を洛山野球部の人達はやっていたのね。

 

「お、終わった~!」

 

「腕が千切れるかと思ったよ……」

 

「この縄登りからの鯉のぼりを最終日以外毎日やってもらう。覚えておけ!」

 

社長の発言に何人かは悲鳴をあげそうになっていた。常人ではやろうとは思わないから、社長も狂気側の人間なのは間違いないと思うのだけれど……。

 

(エルゼちゃんから洛山高校に私をスカウトする為に動いていた……という話を前に聞いたのは思い出したわ)

 

あの時の過程が違えば、きっと私も狂気に慣れてしまい、日常と化していたでしょうね。恐ろしい話だわ……。



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食事の時間

鯉のぼり……と呼ばれた狂気染みた練習の余韻がまだ残っているわ。これを毎日するのね……。

 

「全員落ちずにクリアするとは中々やるではないか。今日は初日だから終わりにするが、明日以降は倍以上のキツさが待っているから、それ相応の覚悟をしておけ!」

 

『はいっ!』

 

(でもチームワークは高まってきたみたいね)

 

この合宿が終わればまた敵同士になるけれど、互いに地獄の合宿を乗り越える為に一致団結する事もありそうだわ。

 

「明日からは洛山野球部の代表と個人的に来ている奴等も合流する……。力を合わせて、私の練習メニューから生き残る事だな」

 

(今言った人達の中にシルエスカ姉妹と清本さんが混じってきそうね)

 

「この後は食事と入浴、それ以降は就寝、朝は4時起床だから、疲れた人達はゆっくり休んでた方が良いよ~」

 

やはりと言うか……朝は早いのね。アメリカにいた頃は毎朝5時に起きてランニングをしていたから、それより1時間早く起床すれば良いのね。

 

「それと……練習前に呼んだ連中は食事の後でそれぞれの場所で待っておけ」

 

(いよいよ特別練習メニューが始まるのね……!)

 

メニューSの私達と、メニューUのユイと早川さんはこの海岸で待つように指示され、ヨミ達メニューAは林の方で練習をするみたい。珠姫と二宮さんはヨミ達に着いて行くと言っていたのはメニューAのヨミや、鋼さんのお付きなのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、食事の時間になった訳だけれど。

 

「わぁ……!」

 

「す、凄い豪華な食事……」

 

食卓にはカルパッチョ、ローストビーフ、ピザ、バターの掛かった稲荷寿司が多数用意されていた。

 

(私も趣味で料理をよく作るけれど、これは凄いわね。最早プロのシェフレベルだわ)

 

「これ等の料理はこの島に来ているシェフが作ってくれている。彼女に感謝するように!」

 

「……ってこれを1人で作ってるの!?」

 

「去年の秋頃から自主的にこの島に来る条件として、食事を作ってもらっているからな。私もこれ程の料理がお目にかかれるとは思わなかったが……」

 

話によると1人でこの量の料理を作っているようだ。こんな豪勢な料理……それも十数人分も作るなんて驚いたわ。作業量が半端じゃない筈……。

 

(これは1度、お目に掛かりたいわね。料理をする身として、参考にしたいもの)

 

「…………」

 

彼女がその……あれ?彼女はシニアリーグの世界大会で見た事が……?

 

「あ、あれって美園学院の三森さんじゃ……?」

 

決勝戦で先発していた三森……夜子さんね。

 

「今回もよく出来た料理だったな」

 

「これくらいは朝飯前。それに今回のは最近の中では自信作の創作料理……」

 

しかもこのレベルの料理を頻繁に作っているのね……。

 

「……ちなみに他の姉妹も来てるの?」

 

「姉さん達は明日になると洛山の人達と合流する予定……。私はシェフとして社長に呼ばれて、一足早くこの島に来た」

 

早川さんと夜子さんの話を聞く限りだと、この合宿のシェフ担当して社長からお呼ばれされているみたい。一応練習にも参加予定みたいだけれど……。

 

(私も彼女に料理を教わろうかしら……?)

 

そう思う程に、夜子さんの作る料理は完成度が高く、美味しかった。



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海岸での特別練習

食事が終わると、社長の指示で私、ユイ、早川さん、遥ちゃん、バンガードさんの5人は海岸で待機。

 

「待たせたな」

 

すると社長が物凄く大きな竹を担いで歩いてきた。あの雄々しい感じがとても絵になるわ……。

 

「し、社長……?その担いでいるのはなんですか?」

 

「メニューSの連中用に竹林から切り出した竹だ。3つある」

 

な、成程。あの大きな竹は私達の為に用意してくれたのね……。

 

(あの大きな竹を使って私達が出来るのは……素振りかしら?)

 

「その大きい竹で何をすれば良いんデスカ?」

 

「素振りだ」

 

「えっ?」

 

「素振りだ。この竹に付いている葉が全て落ちるまでな。ただし休憩はありだから、気にせず体力のある時に振り続けろ」

 

「これを……振り続ける?」

 

「こんなの……普通の人間じゃ出来っこないわよ」

 

ユイの言うように、普通じゃあんなに大きな竹で素振りなんて不可能。でも……!

 

「無理だと思っているな……?だが洛山高校の清本和奈は既に3本分の竹の葉を全て落としているぞ」

 

(清本さんはもう私達の遥か先を行っているのよね……)

 

彼女に出来て、私達に出来ない道理はない……。負けてはいられないわ!

 

「和奈ちゃんには負けられないね!」

 

「ナンバー1スラッガーになる私には必須科目デスネ!振ってやるデス!」

 

「清本さんの素早いスイング……その秘密がこの竹を振る事にあるとしたら、私もそれに近付けるかしら?」

 

遥ちゃん、バンガードさんに負けじと私も続く。同じ練習を共にする仲間であると同時に、合宿が終わると敵同士……。清本さんを含めた全員を越えて、最後に勝つのは私なのよ!

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

「これが特別メニューS……の素振りだ!」

 

覇竹の素振り……。これを成し得た時に清本さんがやっていた高速スイングが身に付くのよね。

 

(それに素振りをしていると、なんだか落ち着いてくるのよね。振っているのは大きな竹だけれど……)

 

合宿に行く前は天王寺さんに言われた事に対して私なりの解答を出さないと……という気持ちでいっぱいだったのに、こうして素振りをしていると、焦った気持ちが払拭されていくわ。まぁ振っているのは大きな竹だけれど……。

 

(それでも何れ……答えを出さないといけないわね)

 

そういえばユイと早川さんはどんな練習をしているのかしら?

 

「そしてメニューUの貴様達にはこの小石を……」

 

 

バシャッ!バシャッ!バシャッ!

 

 

「このように投げてもらう」

 

あれは水切り……よね?

 

「これって……水切りですか?子供の頃とかによくやった……」

 

「その通り。遊び程度なら2、3回で良いが、貴様達には20回以上はやってもらう!」

 

「「に、20回以上!?」」

 

「そうだ。早川朱里に、ウィラード・ユイ。貴様達2人はアンダースローの投手としての決め球……燕の完成形を極める為にやるんだ」

 

あっちはあっちでかなりハードな練習をしているみたいね。水切りで20連鎖ってテレビに出れそうなレベルよ?いえ、それよりも気になる事が……。

 

「……というか早川さん、貴女もアンダースローだったのね。世界大会ではオーバースローだったから、わからなかったわ」

 

「まぁリトル時代はアンダースローだったしね」

 

そう、早川さんがユイと同じアンダースローの投手だった事……。私の推測が当たった形になったけれど、社長の話から察するに早川さんのアンダースローはユイのフォームと瓜二つのものになるの……よね?

 

(でも私が初めて早川さんと対戦した時点で早川さんはオーバースローだった……。リトルからシニアに上がったタイミングでフォーム変更をしたのかしら?)

 

「22年前に世界一のアンダースロー投手である早川茜もこの練習をこなして燕を完全な代物に仕上げたんだ」

 

「「そ、そうなんですか!?」」

 

早川茜さん……確かユイが憧れていたプロ選手だった人よね?僅か2年足らずで引退したってユイは言っていたのを覚えているわ。

 

「ウィラードさんって早川茜さんの事を知ってたんだね……?」

 

「だって私はあの人のアンダースローに惹かれて今の私がいるんだもの。そう言う早川さんだって……」

 

「や、だって私の母さんだし……」

 

「そ、そうなの!?確かに同じ早川だけど、そんなに珍しい名字じゃないし……」

 

やはりというか……ユイの憧れの選手だった早川茜さんは早川さんのお母様だったのね。言われてみれば早川さんからテレビで見た彼女のお母様……早川茜さんの面影があるような気もするわ。

 

(ユイと早川さん……。現状ではユイの方が僅かに練習の進行具合は上みたいね)

 

でもこの合宿が終わる頃には……その差も埋まっていそうね。



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その頃の遠前③ 予想される激戦

天王寺さんが相手チームに入ってるから、私がオーダーを決めるんだけど……。

 

(今までの試合を見る限りだと、打率が高いのは恭子ちゃんと志乃ちゃんで、打点を多くあげてるのが盾ちゃん……)

 

この3人は上6番以内には入れたいね。あとは浦の星との練習試合で4安打を放ったイーディスちゃんも上位に置きたい……。

 

「夢城妹は審判に入るみたいやし、参戦は期待出来ひんやろうなぁ……」

 

「まぁ仕方ないんじゃないかな?亜紀ちゃんは元々天王寺さん側の人間だし、天王寺さんの指示を100%守るつもりだし」

 

そうなると恭子ちゃん、志乃ちゃん、盾ちゃん、雫ちゃん、昌ちゃん、洋子ちゃん、明美ちゃん、イーディスちゃん、アリスちゃん、ロニエちゃん、そして私からスタメン9人を考える必要があるけど……。

 

「…………」

 

「……よし!決めたよ!」

 

「おっ?やっと決まったみたいだね」

 

「色々考えちゃったよ……」

 

とりあえずのスタメンはこれ!

 

 

1番 ライト 恭子ちゃん

 

2番 ショート 雫ちゃん

 

3番 センター イーディスちゃん

 

4番 ファースト 盾ちゃん

 

5番 ピッチャー 私

 

6番 キャッチャー 志乃ちゃん

 

7番 サード 洋子ちゃん

 

8番 セカンド 昌ちゃん

 

9番 レフト 明美ちゃん

 

 

「スタメンはこの9人でいくからね!」

 

「ベンチスタートは新人2人組やな」

 

(風薙が決めたなら文句はないし、問題のあるオーダーじゃないけど、オーダーを決める時に一瞬だけ兼倉と矢部の方を見た……。もしかして気遣い?どちらにせよ、この野球部から綻びを感じる……)

 

「志乃ちゃん?」

 

「……なんでもない。そろそろ試合開始だし、アップした方が良いんじゃない?」

 

「うん!」

 

なんか志乃ちゃんが微妙な顔をしてたけど、気のせいかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……互いに準備が終わったみたいだな。それじゃあ試合開始だ!」

 

『プレイボール!!』

 

審判をやる事になった亜紀ちゃんがプレイボールの宣言をして、試合開始。先攻は私達だ。

 

「相手チームの先発は犬河さん……。中学生だよね?」

 

「学年の差を思い知らせてやるのです!」

 

(確かに相手は中3みたいだけど、天王寺が信頼を寄せてるプレイヤーなら、かなりのレベルの選手だと思うけど……?)

 

犬河さん……。朱里ちゃんと同じシニアの最上級生だから、油断が出来ないね。どんな球を投げるんだろう?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「カーブ……!」

 

「かなりキレがあるね」

 

今投げてる娘は中3みたいだけど、あのカーブは高校生の中でも全国クラスのキレと変化だね。中学生だからって侮れないって訳だね……!

 

(2球目もカーブ……。確かにかなりキレとるし、変化も大きいけど、変化の軌道さえわかっとったら……!)

 

「打てる……!」

 

 

カンッ!

 

 

「打った!」

 

「しかもタイミング完璧!流石恭子ちゃんだね!」

 

うちの中でも1、2を争う打率の持ち主だよ。打球は一二塁間を抜ける当たり……!

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

……だったんだけど、ファーストを守ってるボストフに打球を捕られちゃった。

 

「うわっ!あのライナーをノーバウンドで捕るの!?」

 

「今の打球は横っ飛びをしない限りは体を相当横に傾けないと捕球は難しい筈……」

 

志乃ちゃんの言うように、あの打球をファーストがノーバウンドで捕ろうものなら横っ飛びをするか、体を横に傾けるくらいしないと捕れない……。

 

(でもそれを可能にするのが身長180越えの一塁手……クリフ・ボストフの実力なんだよね。チームで4番を打ち、柔軟な守備を見せる優れたプレイヤーだよ)

 

今の当たりを捕られたとなると、点を取るのが難しくなってくるかも……!



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その頃の遠前④ 迎えるピンチ

『アウト!チェンジ!!』

 

1回表は三者凡退。相手チームの守備に阻まれたり、犬河さんの球が打てなかったりで結構辛そう……。

 

「正直ウチ等は風薙のピッチングを頼りに凌ぐしかないかもなぁ……」

 

「が、頑張るね!」

 

天王寺さんが召集した人達の中にボストフやジータがいる訳だし、全員を抑え切れる自信はないなぁ……。

 

「確かに風薙の投げる球を打てそうなのは相手チームでも1人か2人だけだと思うけど、それは普段の試合に限る。天王寺主宰の試合の目的なんてわかりきってるから、それは難しい」

 

志乃ちゃんがそう言うけど、どういう事だろう?

 

「言い忘れてたけど、彼方は一部を除いた打者に対しては普通のストレートしか投げたら駄目だぞ~」

 

「えっ……?」

 

天王寺さんから突然の宣告。一部の打者を除いてストレート縛り……?

 

(その一部の打者ってのいうのは多分ボストフとか、ジータとかになると思うけど……)

 

「一部の打者判定として、打者が打席に立つ度に亜紀が手を挙げて合図をする。亜紀が手を挙げてない場合はその打者に対して彼方は全力を出して抑えても構わない」

 

「……つまり打者が打席に立った時に夢城妹が挙手してない場合は風薙がフルパワーで投げて良くて、挙手した場合は普通のストレートしか投げたら駄目って事?」

 

「その通り。ストレート縛りだから、リードする側と、バックを守る守備陣は相当な苦労を強いると思っててくれ」

 

こ、これは本当にとてもキツい試合になりそう……。

 

『プレイ!』

 

1番打者が打席へ。当然亜紀ちゃんは手を挙げてるよね……。

 

(こ、こうなったらやるしかない!ストレートで抑えるよ!)

 

(……とか風薙は思ってそうだけど、本当に大変なのはさっき天王寺が言ってたように守備陣とリードをする私。コースをある程度考える必要がある)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(は、速い……。シニアにいた先輩達の投げる球も速かったけど、あの人のは群を抜いてるなぁ……)

 

(ただ並大抵の打者ならストレート縛りでも、風薙の球速さえあれば抑えられる)

 

(でもそれもその内に限界が来る……。本番は2打席目以降になるだろう)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

よ、よし……!まずは先頭打者を三振に抑えたよ!

 

(次の打者は……やっぱり亜紀ちゃんは手を挙げるよね……)

 

天王寺さんが召集した人達をストレート1本で抑えるのは骨が折れるよ~!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

もう対応してきた……。やっぱり普通のストレートだけだと限界が来るのかなぁ?

 

(でも守備練習も兼ねてるだろうし、ここはチームの為にも、言う通りにしないとね……!)

 

(……じゃあ次はこのコースに)

 

(了解!いっけーっ!私のストレート!!)

 

(コースは低め……。打てる!)

 

 

カンッ!

 

 

わっ!当てられちゃった!でも打球はボテボテのファーストゴロ……。凡退には出来る!

 

「……加速」

 

「えっ!?」

 

「はっ!?」

 

私と打球を捕った恭子ちゃんがほぼ同時に声を洩らした。滅茶苦茶足が速いよ!

 

『セーフ!』

 

な、内野安打になっちゃった……。

 

「な、なんちゅうデタラメな足しとんねん!?」

 

「規格外……」

 

(恭子も志乃も驚いてるねー。今打った黒江双葉は川越シニアで1番足が速く、シニア内では韋駄天とも呼ばれる選手だ……。足の速さは春日部シニアの難敵だった三森3姉妹よりも上で、双葉以上の走力の持ち主は私の知る限りだと静華くらいだよ)

 

え、えっと……。確か天王寺さんが率いるチームのオーダーが確か……。

 

 

1番 キャッチャー 猫神さん

 

2番 レフト 黒江さん

 

3番 ショート ジータ

 

4番 ファースト ボストフ

 

5番 セカンド アリアちゃん

 

6番 ライト シルヴィアさん

 

7番 サード 刀藤さん

 

8番 ピッチャー 犬河さん

 

9番 センター 天王寺さん

 

 

……って打順だから、ワンアウト一塁の状態で、その次に迎える打者が……。

 

「よろしくお願いしますね。彼方」

 

「う、うん……」

 

(ジータになる。で、でもジータなら、私も全力で投げられるよね!)

 

そう思って亜紀ちゃんを見ていたら……。

 

『プレイ!』

 

手を挙げていた。嘘でしょ?ジータを相手に普通のストレート1本で勝負をしなくちゃいけないの!?



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その頃の遠前⑤ 縛りの中で

ジータとの勝負……。それに対して亜紀ちゃんは手を挙げていた。亜紀ちゃんの挙手はその打者に対して普通のストレート1本で抑えなくちゃいけないという意味合いを持つ。

 

(まさかジータを相手に亜紀ちゃんが手を挙げるなんて思いもしなかったよ……)

 

(正気……?エリー・ジータパーラーはクリフ・ボストフに比べて長打力はないけど、それはあくまでクリフ・ボストフと比べたら……の話で、風薙が投げる普通のストレートじゃ、柵越えは必至……。天王寺はどういうつもり?)

 

(彼方のあの様子……どうやら私に対しては天王寺の言っていた縛りで抑えなければいけないみたいですね。天王寺の意図はまだわかりませんが、来る球種がわかっているのなら、私はそれを打ち砕くだけ……)

 

と、とにかく志乃ちゃんのリードに忠実にいかなきゃ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(高め……。勝負を避けるつもりですか?)

 

(天王寺の意図は恐らく風薙が投げる時でもチーム全体の守備練習を心掛ける事と、私のリード力、仮想敵に対する苦手なコースチェック……この3つのどれか、或いはその全部。こんな荒療治でチーム全体の能力が上がるのか不安……)

 

(志乃ちゃんは最悪ジータとの勝負を避けても良い……みたいなコースを要求してる。私も普通のストレートだけじゃジータは抑え切れないって思ってるから、それ自体には賛成なんだよね)

 

せめて他の変化球を投げられならなぁ……。『あれ』じゃなくても、ドロップかナックルが投げられるかどうかでかなり勝率が上がると思うの。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(……いえ、コースはボールゾーンなものの、完全には勝負を避けてはいませんね。あわよくば私に臭いコースを打たせようとしています)

 

(エリー・ジータパーラーとの勝負を避けても良いけど、これ以上ランナーを溜めるのは余り得策じゃない。次の球からはストライクゾーンにも球を通す必要がある……)

 

(志乃ちゃんの構えたコースは内角低めで、ストレートならストライクになるゾーン……。ジータとの勝負を避けてる訳じゃないのかな?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(様子見も兼ねて1球見送りましたが、簡単に手を出せるコースではありませんね)

 

「…………」

 

(彼方の相方を務めてる……ミズドリでしたか。彼方の投げる球を捕る事が出来るだけではなく、中々に強かなリードをしてきますね。食えない方です)

 

(簡単には手を出さない……か。まぁウチの守備陣はどこが地雷なのかはランダムだから、打たせるコースもちゃんと考えないとエラーの山を築く事になりかねない……)

 

志乃ちゃんは外角低めに構えてる。コースもストライクゾーンだし、志乃ちゃんなりにジータを普通のストレート1本で抑えようと画策してるんだ……!

 

(なら……私はそれに応えなきゃだよね!)

 

志乃ちゃんのミットに……届けっ!!

 

(コースは外角……狙い通りです)

 

 

カキーン!!

 

 

「打たれた!?」

 

「……センター!!」

 

打球はセンターへグングンと伸びていく。やっぱり1球種しか投げないから、タイミングを簡単に合わせてくるよね……。このままじゃホームランを打たれちゃうよ……。

 

「任せな……さい!!」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

(と、捕ってくれたの……?)

 

センターを守るイーディスちゃんが金網を登って、ジータが打った打球をキャッチ。

 

(今の打球はホームランを確信していましたが、先程彼方が投げたコースには打球センターへ打たせる為のもの……)

 

「ナイスキャッチ!」

 

「あたしに掛かれば当然よ。彼方ーっ!どんどん打たせちゃって良いわよー!」

 

(天王寺が言っていた驚異的な身体能力の持ち主があのセンターでしたか。あの動きなら、私達のチームでもレギュラーは確実でしょうね)

 

イーディスちゃんのファインプレーのお陰で、なんとかツーアウト一塁になった。そしてこの次に迎える打者は……。

 

「次は私だな……。カナタ、最高の勝負をしよう」

 

「もちろん!」

 

……って言いたいけど、もしもボストフに対しても普通のストレート1本だけしか投げちゃ駄目なら、場外ホームランを打たれるだろうなぁ。



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その頃の遠前⑥ アメリカ最強の投手VSアメリカ最強の打者

ツーアウト一塁。打席には4番のボストフが……。

 

『プレイ!』

 

(亜紀ちゃんの手は……挙がってない!)

 

そりゃそうだよね。ボストフはジータよりも数段上のパワーヒッターだし、普通のストレート縛りなんてしたら、どこを投げても柵越え確実だもん。

 

「…………」

 

(夢城妹が手を挙げてないって事は、クリフ・ボストフを相手に対して風薙はどんな球も投げても良い事に……。それならここは配球の確認も兼ねて……!)

 

「タイム」

 

あれ?志乃ちゃんがタイムを掛けて、こっちに来た……。

 

「……一応配球の確認に来た」

 

「ありがとう!じゃあ……」

 

ボストフを確実に打ち取る為には必ず『あれ』が必要になってくる。問題は『あれ』がまだ未完成ってところだよね。朱里ちゃんと瑞希ちゃんに投げた時よりかはマシになってるけど……。

 

「……わかった。とりあえずそれでいく」

 

「うんっ!!」

 

ジータもそうだったけど、ボストフと勝負するのも久し振りだし、今度は全球種使っても良いみたいだから、気持ちが昂っちゃうよ!

 

「作戦会議は終わったか?」

 

「……そこまで難しい事は言ってない。さっきまで普通のストレートしか投げられなかった風薙とは違うし、相手も相手だから、とにかく全力で勝負する。そっちもそれが望みなんじゃない?」

 

「はっ!よくわかってるじゃないか。力と力の勝負……。それが私の楽しみだ。間違っても逃げるんじゃないぞ?」

 

「さてね。そもそも風薙がそんな人間に見える?」

 

「……そうだな。カナタとは同じチームだったから、私達もそれはわかる」

 

ボストフと志乃ちゃんが何か話してる。2人共仲良さそう……。

 

(初球はストレート。低めに、全力で……)

 

(うんっ!)

 

さっきまでの相手には投げられなかったからね。私の全力ストレートを……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

あれ?ちょっと外れちゃった……?

 

(……っ!風薙の全力の球、最後に投げたのは洛山の清本和奈だったけど、それが更に速くなってる。その影響かミットが少し流された……。それさえなければ、ストライクだったのに……)

 

(流石、カナタだ。最後にアメリカで対決した時とは比べ物にならない。これは他の球種も楽しみだ)

 

2球目。今度は入れる……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(外角ギリギリのコースにドロップ……。キレも変化量も更に成長してやがるな)

 

次はナックルを投げようかと思ったけど、今やナックルは由紀ちゃんが決め球にしようとしてるくらいだし、私は私で『あれ』を完成させないとね!

 

(とりあえず追い込む。同じコースにストレートを……)

 

(ストレートだね?わかったよ!)

 

1球目に投げたとの同じストレートを!!

 

(さっきのドロップと同じコース……ストレート!!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

ボストフが打った打球はファールだったんだけど、そのままグラウンドの遥か外へ。相変わらずだなぁ……。

 

(でもこれで追い込んだ……!)

 

(あれ……投げるんでしょ?)

 

(もちろん!しっかりと受け止めてね!)

 

私は朱里ちゃんと瑞希ちゃんに見せ、洛山の清本さんに投げた『あれ』を投げる事に。初見だから、いける筈……!

 

(またさっきと同じコースか……。今度はセンターへ飛ばしてやる!)

 

(ボスのスイングは彼方のストレートにタイミングバッチリ……。これはもらいましたね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(なっ!?)

 

(今、確かにボスは球を真芯で捉えた筈……。まさかあれが今の彼方の……決め球?)

 

(ふぅ……。なんとか上手く投げられたよ)

 

(投げたのは清本以来だけど、相変わらず無茶苦茶な球。傍目にはボールがバットをすり抜ける摩訶不思議な球に見える……)

 

よし……!まずは流れを塞き止めたね!このまま私達の反撃に移るよっ!



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合流組と練習

「全員……起床っ!!」

 

時刻は午前4時。社長が大きな声を出して皆を起こさせる。何人かが耳をやられてそうね……。

 

「全員、起きたら顔を洗え。どうしても眠い奴は一発で眠気が吹き飛ぶ魔法の飲み物を用意してある。過剰摂取しない程度に飲んでくれ」

 

(魔法の飲み物……?ああ、エナジードリンクの事ね)

 

よく見ると複数種類のエナジードリンクが沢山あるわね。どこから調達してきてるのかしら……?

 

「洗顔が終わったら、全員昨日着た水着に着替えてね~」

 

「準備が終わったら、早速縄登りからの、鯉のぼりをやるから、精々準備を調えておく事だな」

 

「これが合宿中は準備運動になるからね~」

 

これからの合宿中はこれがルーティーンになりそう……。洛山野球部の人達は毎年こんな事をしてるのね。

 

「全員乗ったな……?では行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボートに乗って辿り着いたのは、昨日私達がぶら下がっていた場所……。そこには既に数人がぶら下がっていた。

 

「け、結構キツいですね。これ……」

 

「ら、洛山の人達は毎年こんな事をやってるのね……!」

 

そう言うのはエルゼちゃんとリンゼちゃん。慣れないとかなりキツい練習だもの。仕方ないわ。

 

「そういえば2人は合宿に参加するのは初めてだったね。合宿中は何度もやるから、今の内に慣れておいた方が良いよ」

 

対照的に清本さんは涼しい顔でぶら下がっている。清本さんにとっては慣れてしまっている練習なのね。苦痛の顔が一切見えないわ。

 

「か、和奈が平然と言うと、説得力が半端ないわね……」

 

「ですね……」

 

慣れている人と、そうでない人の違いが今の清本さんとシルエスカ姉妹の差なのかも知れないわね。

 

「早朝からこんな事をしているのは、後にも先にも私達くらいでしょうね……」

 

「で、でもこれが終わったら夜子の作ったご飯が食べられるし、頑張っていこうよ。朝海姉さん!」

 

その隣でぶら下がっているのは世界大会でお会いした三森夜子さんの姉妹ね。彼女達もこの合宿の参加者なのは昨日の会話でわかっていたけれど……。

 

「夕香……。そうね。私達は料理が出来ないし、夜子がいなければ、食生活が歪みそうだから、私達はここに着いて来たのよ……!」

 

「三森3姉妹の絆は永遠に不滅!」

 

(これは美しい姉妹愛……なのよね?)

 

夜子さんの作る食事を糧に生きていそうにも見えるのは気のせいで良いのよね……?

 

「そこまで!!貴様達はこれから朝食だ。食後の練習に備えてたらふく食っておけ!間違っても吐くんじゃないぞ?」

 

『はいっ!!』

 

先にぶら下がっていた5人はぶら下がるのを止めて、その内の3人……三森さん達と清本さんは島まで泳いでいった。こんな荒波を泳いでいくなんて……。

 

「彼女達は2度目だから、ああして泳いで島に戻っている。もしも貴様達がこの合宿に再び参加したいというM体質の持ち主だったら、次回以降はああして泳いで島に戻ってもらうぞ!」

 

社長は笑顔でそう言っているけれど、決して笑顔で言う内容ではないわよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を済ませた私達はジャージに着替えて、次の練習へ。

 

「この練習メニューが終われば、野球の練習に入るぞ。気張れ!」

 

『は、はいっ!!』

 

(この後はいよいよ野球の練習ね……!)

 

これまでは凡そ野球とは無縁の練習だったもの。まぁ確実に基礎能力が上がっていっている手応えがあるのもまた事実だけれど……。

 

「……それで諸君にはこれ等を運んでもらう。野球の練習をする野球場までな」

 

そう言って社長が見せてきたのは……大量の丸太?

 

「これを運ぶって……相当重そう」

 

「でもこれが終わったらいよいよ本格的に野球の練習が出来ます。頑張りましょう」

 

「よーし!頑張って運ぶぞ~!」

 

でも相当の量よね。野球場までかなり距離があるみたいだし、野球場に到着する頃にはくたくたになりそう……。

 

「待て。誰が手で運べと言った?」

 

『えっ!?』

 

手で運ばなければどうやって運ぶのかしら……?

 

「そこの3人を見本に運べ」

 

3人……というのは夜子さんを除いた三森姉妹と清本さん。3人は四つん這いになって、背中に大量の丸太を括ったロープを括り付けていた。なんだか馬みたいね……。夜子さんも黙々と運ぶ準備をしているみたいだし……。

 

「こ、これで運ぶんですか……?」

 

これを指しているのは四つん這いで進んでいる三森3姉妹と清本さん。

 

「夜子の料理を食べた私達は無敵よ。今ならなんだって出来るわ」

 

「そうだね。夜子の料理を食べて力倍増よ!」

 

「姉さん達は大袈裟……。あれくらいなら家でも毎日作ってるから」

 

「何を言ってるの。夜子の料理は日々成長してる……。今日の朝に食べたトーストも絶品だったわ」

 

「そうそう。夜子はもっと自信持って料理してよね!美園学園野球部の皆も夜子の料理に中毒になってるんだから」

 

「それも大袈裟……。でも私の料理を美味しく食べてくれる皆を見てると、もっと美味しい料理を作りたくなる」

 

練習そのものは凄い光景なのに、運んでいる彼女達からはそんな雰囲気を感じない、のほほんとした雰囲気だった。

 

(でも夜子さんの気持ちはなんとなくわかるわ。これは料理を作る上で1番大切なのよね。料理を食べてくれる誰かが美味しそうに食べてくれる……。その為に料理をするんだって)

 

本当に、私も夜子さんに料理を教わろうかしら?

 

「……話を戻して、これが第2の練習メニューだ。名付けて人間輓馬だ!」

 

輓馬……ってあの輓馬よね?馬力ではなく、人力であの大量の丸太を運ぶのかしら?

 

「ロープが食い込むし、丸太が重い……!」

 

「言っておくが、これでもまだ優しい方だ。貴様達が男だったらこれの倍以上はキツい練習メニューが待っていたぞ?良かったな。女として生まれて」

 

私達が女性だから、この程度で済んでいる……そう社長は言った。もしも私達が男性として生まれていたら……なんて、考えるのも恐ろしいわ。

 

「ふんぬーっ!」

 

「気合いで切り抜けるわよ。前回と同じように」

 

「他の人に比べたら私達と清本和奈はまだ慣れてるけど、この人間輓馬は結構キツい……」

 

先頭を這ってるのは三森3姉妹達。その後ろに由紀ちゃんが黙々と着いて行き、私とユイはその約1センチくらい後ろを追い掛ける。これも慣れの問題なのよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つ、着いたーっ!!』

 

全員が目的地の野球場へと辿り着く。ここまでで本当に疲れた……という人も少なくはない。でも……!

 

「よくぞここまで来たな。少し休んでから、練習……。そして昼休憩が終われば……貴様達の今の実力を見てやろう」

 

(ようやく野球の練習に入るのね……!)

 

多分現時点での私達の成果を確認するものだと思うし、それを存分に発揮していきたいわ……!



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練習場にて

野球場に辿り着き、野球の練習が出来るとわかった途端に先程までぐったりしていた人達が水を得た魚のように、活発に練習をしていた。皆、本当に野球が好きなのね。

 

 

カンッ!

 

 

 

「セカンド!」

 

「任せて!」

 

 

 

バシッ!

 

 

(世界大会の時からわかってはいたけれど、やはり三森さん達の動きは機敏ね。三つ子の姉妹だけあって、連携能力はプロに匹敵するわ)

 

姉妹でそれぞれセカンド、ショート、センターのセンターラインを守り、更に早川さんの話によると、シニア時代で取ったアウトの9割以上は彼女達の連携のお陰だとか……。道理で洗練された動きが綺麗に出来る訳ね。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!どう?薪割りの成果は出てる?」

 

「う~ん、どうだろう?まだ薪割りも始めたばっかりだしなぁ……。社長も積み重ねていく事で初めて成果が発揮されるって言ってたし、これからじゃないかな」

 

「でも着々と力が付いていってる感覚はするかも……」

 

由紀ちゃんのから聞いた話だと、特別練習メニューAの4人は薪割りをしているみたい。私達が運んできた丸太を薪割りに使用しているのかしら?

 

「待たせたな諸君。昼休憩を行った後は試合をしてもらう!」

 

『し、試合!?』

 

私達の練習を見ていた社長がそう言った。合宿の参加者だけでするのかしら?それにしては人数がギリギリのような……。

 

「試合の相手は私が携わってる社会人野球チーム……黒獅子重工が務めよう!」

 

(社会人野球チーム……。なんだかピンとこないわね。アメリカにいた頃は自分の周りの環境と、プロチームしか調べてこなかったから……)

 

もしかしたら私だって社会人チームに所属する可能性もある訳だし、これからは色々調べていきましょう。

 

「自慢をする訳ではないが、我が黒獅子重工はプロチームにも負けないように訓練されている選手揃いだ。普通に試合をすればこちらの圧勝だろう……。だがこちらからは3軍メンバーと洛山高校の代表者5人で挑む。これで戦力差はほぼなくなるだろう」

 

(凄い自信……。でもこんな練習をしていたらその黒獅子重工もとんでもない強さになっているのもわかる気がするわね)

 

「な、なんか凄い展開になってきたね……。瑞希ちゃんはどう思う?」

 

「黒獅子重工3軍メンバーの選手レベルはプロ注目の高校生と同様かそれ以上……。アメリカ帰りの上杉さんとウィラードさんがこちらの味方に付き、向こうも同様に和奈さんとシルエスカ姉妹を加入……。総戦力を計算すれば、こちら側がやや不利……と言ったところでしょう」

 

後ろでは二宮さんが黒獅子重工の総評をしていた。3軍……と聞いて少し舐められていると思っていたけれど、プロ注目レベルの選手達と同レベルなら、今の私達には丁度良いという事ね。それにしても二宮さんはなんでも知っているわね……。

 

「それでは間もなく昼休憩の時間だ……。しっかりと休み、我が黒獅子重工に臨めるようにするんだ!」

 

『はいっ!!』

 

この昼休憩の後にはいよいよ試合……。どんな試合になるのか想像が付かないわ。



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最強の合同チーム?

洛山の5人を除いた私達のチームは今からオーダーを決める。その際に最も難航するのは……。

 

「えっと、誰か投げたい人いる?」

 

早川さんが言うように試合の先発なのだけれど……。

 

『…………』

 

(全員無言……ね。ヨミやユイなら投げたいと言うものばかりだと思っていたけれど、この場にいる強力なライバル達には手の内を見せたくない……といったところかしら?)

 

でもそれだと何も進まないわ。誰かが名乗り出ない限りは……。

 

「黒獅子重工の采配次第にはなりますが、黛さんが先発を務める可能性がそこそこ高いですね」

 

「黛さんか……。洛山の中では少数……というか唯一と言っても良いくらいの技巧派投手なんだよね。球種の大小はあれど、決め球レベルの球がない……。そこがむしろ厄介になる」

 

「加えて持久力もありますので、投手戦にも強いです。それに合わせてもう1度確認します。こちらの先発は誰にしましょうか?」

 

二宮さんも加わって投手陣に訪ねるもまたもや無言。仕方ないとは言えど、このままだと埒が明かないわね……。

 

「……はぁ。誰も投げないのなら、私が投げるわ」

 

「由紀ちゃん……」

 

溜め息を吐きながら、由紀ちゃんが先発投手に名乗り出た。

 

「大方自身の実力をここにいる敵同士になる予定の連中に晒す訳にはいかない……とか思っているのでしょう?私ならチームでも良くて3番手……。私程度の球種がバレたところで、遠前野球部にとって痛手にはならないわ」

 

由紀ちゃんは自分の事を3番手だと言ってるけれど、由紀ちゃんのスタミナは無尽蔵だし、最近ではナックルも彼方先輩を越えているって話だから、彼方先輩も、ユイもうかうかしてはいられないのよね。

 

「由紀……ごめんなさい。本来なら私達本来の投手陣が率先して投げなければならなかったのに……」

 

「別に……天王寺先輩ならきっとそうすると思ったからよ」

 

(確かに……天王寺先輩なら、スパッとそういう判断をしそうね)

 

それからもああだこうだと議論の末に決まったオーダーが……。

 

 

1番 セカンド 佐倉日葵さん

 

2番 ショート 佐倉陽奈さん

 

3番 ファースト バンガードさん

 

4番 レフト 私

 

5番 サード 遥ちゃん

 

6番 ライト 三森朝海さん

 

7番 キャッチャー 珠姫

 

8番 ピッチャー 由紀ちゃん

 

9番 センター 三森夜子さん

 

 

このように。でも……。

 

「私が4番で良いのかしら?」

 

「まぁクリーンアップの3人の中で1番実績を出しているのは上杉さんだしね。あとは経験の差でバンガードさんを3番、雷轟を5番に添えたよ」

 

私の疑問には早川さんが答えた。私のアメリカでの成績は多分二宮さん経由で聞いていそうね。

 

「間もなくプレイボールだ。それぞれの守備練習でもして慣らしておけ!」

 

『はいっ!』

 

何にせよこのメンバーで黒獅子重工の3軍+洛山の5人を相手取るのだし、頑張っていきましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

私達は後攻で、1回表は由紀ちゃんの奮闘と、バックのファインプレー等により無得点。内野陣の動きの良さが目立つわね。

 

「ナイスピッチ~!」

 

「ナイスピッチ~!」

 

ベンチではヨミと遥ちゃんが由紀ちゃんを称えていた。なんだか微笑ましい光景……。

 

「よーし!先制点取ってくるね~!」

 

張り切った様子で打席に立ったのは白糸台の佐倉日葵さん。天王寺先輩が調べたデータによると、初回出塁率が95%を越える。安定した1番打者ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『セーフ!』

 

初球セーフティバントで出塁しただけではなく、悠々と二盗。三森さん達も速いけれど、彼女は彼女で別の足の速さがあるわね。

 

(私達にとっても他人事ではないし、この試合のデータも取っておいた方が良さそうね。ベンチのユイに頼もうかしら?)

 

そして……。

 

 

コンッ。

 

 

バントエンドラン。この状況下では妥当な判断ね。バント処理を試みる清本さんが一塁へ送球した瞬間……。

 

「加速っ!!」

 

(えっ?もう三塁を蹴ってるの?)

 

足が速いとは思っていたけれど、これは予想以上ね。

 

『アウト!』

 

一塁はアウト。名目はバントなのだから、当然と言えば当然。送りバントなんだと、そう判断する。しかし……。

 

「先制点GET~♪」

 

二塁にいた彼女は悠々とホームへと帰還。あっという間に先制しちゃったわ。

 

「それにしても良い走塁をしてるわね。バントエンドランでセカンドからホームに還ってこられるなんて……」

 

「ふふーん!走塁に関してはガールズ時代から得意だったもんねー。あれくらいなら余裕だよー!」

 

更にこれだけに終わらず……。

 

「ハッハー!」

 

 

カキーン!!

 

 

「私も続こうかしら……!」

 

(4番に付いたからには、勢いを継続しないとね……!)

 

 

カキーン!!

 

 

「これで3連打ーっ!!」

 

私達クリーンアップは連続でホームランを放つ。それにしても……。

 

(やけにあっさりと打たせてくるわね……。何か企んでいるのかしら?)

 

でもこの4点リードは大きいと思うし、この調子で頑張って勝利を目指していくわ。



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天才と呼ばれる初心者

1回裏は4点を取って終了……。黛さんのギアも上がったようにも見えるし、ここから追加点を取るのは難しいかも知れないわね。そして2回表。先頭打者は……。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

(清本さん……。この中で1番小柄にも関わらず、この中で1番のスラッガー。練習試合の時にも見せた素早いスイングから放たれる凄まじい打球……今の私には出来ない芸当だわ)

 

でもそれもあくまで現時点での話……。清本さんの放つ高速スイング……社長が覇竹と呼んでいたスイングも今の特別練習で私にも身に付く。この試合で……必ずヒントを掴んでみせるわ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

由紀ちゃんが投げているフォーム……鉞投法と呼ばれるそれは大きく足を上げ、振りかぶった影響で球の握りがわかってしまうという唯一にして最大の弱点がある。清本さんもきっとそれを狙う筈……。

 

「…………」

 

(でも由紀ちゃんはそれをわかった上で、今のフォームを継続している。それは天王寺先輩に言われたから……というのもあるけれど、本人が1番その型にはまっているのが理由なんでしょうね)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「流石清本さんね……。由紀の……鉞投法の弱点にもきっちりと対応していってる」

 

「弱点?」

 

「そう……鉞投法の唯一にして、最大の弱点。それを清本は見極めて打ってるんだよ」

 

「その弱点って……?」

 

「鉞投法の弱点は投げ手を地面スレスレまでに下ろした時に見える球の握りですね。和奈さんだけでなく、これからの相手チームはその握りを見極めて打つつもりです」

 

「その通りよ。でも由紀はそれをわかった上で、あのフォームを続けているの。全ては打たせて取るピッチングの為に……」

 

ユイの言うように、由紀ちゃんは遠前高校野球部の為に打たせて取るピッチングを続けている。多分天王寺先輩が渡り合っている様々な高校でも似たようなやり方で野球部を大成させたのだと思う。

 

(それでもこのままストレートばかりを投げていても、清本さんには通用しない……!)

 

由紀ちゃんはストレートに加えてもう1つ……彼方先輩に教わった変化球がある。清本さんを確実に抑えるにはそれを投げる他ないと思うのよね……。

 

(いくわよ。精々溢さないように、気を配りなさい)

 

(えっ?あの握りは……!?)

 

由紀ちゃんの新しい決め球……彼方先輩が投げていたナックルボールを!

 

(ふ、不意に来るナックルはカットし切れないよ……)

 

 

ガッ……!

 

 

『打ち上げた!?』

 

「私の今の決め球……例え『わかっていたとしても』、簡単には打たせないわ」

 

『アウト!』

 

今のナックルは間違いなく彼方先輩のナックルそのもの……いえ、これからの事を考えると、間違いなくそれ以上の球になるわね。

 

(これでつい数ヶ月前までは野球未経験者だなんて信じられないわ。鉞投法とナックルボール……。常人なら幾年もの時間を費やしてようやく物に出来る代物なのに、由紀ちゃんはほんの数ヶ月……ナックルに至ってはまだ一月ちょっとであのレベルにまで到達してるんだもの)

 

最早センスだけでは辿り着けない領域に由紀ちゃんは立っている。間違いなく天才よね。

 

(もしも由紀ちゃんがプロ野球選手になる事を視野に入れているのなら、何れ私の前に立ちはだかる強力なライバルになるのは確定ね)

 

その後5番、6番と由紀ちゃんはストレートとナックルを使い分けて、連続して打ち取る事に成功した。



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最強のナックル使い?

イニングは進んで4回表。初回以降私達は黛さんの球に対して決定的な一打が出ていない。

 

チャンスは作れるものの、要所で投げてくる癖球に凡退してしまう……の繰り返し。特に3回裏なんてクリーンアップ全員を敬遠で歩かせて、後続の打者に対して力のあるピッチングで打ち取り続けている。

 

そして現在。ワンアウト一塁・二塁のピンチを迎え、打席に入るのは……。

 

「お願いします……」

 

4番の清本さん。ここを凌げたら、由紀ちゃん的にも大分楽になるけれど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球は見送り……。ナックルの不規則な変化を見極めようとしているわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても……由紀のナックルはキレと変化量が上がったわね。あれは先輩のナックルよりも上かも知れないわ」

 

以前に彼方先輩がナックルを封印する……という話を聞いた時は私も真深も驚いた……。でもそれは由紀にナックルを伝授する為のものだったと知った時は先輩らしいとも同時に思ったわね。

 

「それは凄いですね。あの時に彼女が投げたナックルは高校生の中で……いえ、プロ選手のなかでもあのレベルのナックルを投げる投手はいませんでした。夢城由紀さんが投げるナックルは更にその上を行く……と」

 

「ええ。味方で良かったとも思っているわ」

 

シニア時代は敵だったから、彼方先輩の実力が同じ投手ながらわかっていた……。でも今は同じチームでプレーしている訳だし、私鳴りに彼方先輩のピッチングに自らの可能性を見出だしておきたいわ。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「しかし和奈さんはカット気味の打球が多いですね。ナックルを多投させて、夢城さんのスタミナを枯らす作戦でしょうか?」

 

あんなホームランすれすれの打球がカットだなんて、思わず笑っちゃうわよね。まぁ真深も似たようなバッティングをするし、別段珍しいとも思わない時点で私も異常なのかしら?

 

「可能性はあるだろうね。ナックルなんて高校生が多投出来る球じゃないから……」

 

「普通の投手ならそれでも良いけど、由紀に仕掛けるのは愚策としか思えないわ」

 

「えっ?どういう事?」

 

「確かにナックルは普通の投手が多投すると、握力がなくなり、失投やスタミナ切れが起こりやすいわ。でも由紀は違う……」

 

(そう……。早川さんの言うように、普通の高校生投手なら握力を使うナックルなんて多投は出来ない。でも由紀は無尽蔵のスタミナを持っている)

 

それは私も、彼方先輩ですら羨む才能の持ち主……。天王寺先輩から聞いた話だと、1日の投げ込みの数は1000球を越えているとか。それが本当なのかは知らないけど、凄いわよね……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

これで10球目……。ナックルに対してあれだけ粘れる清本さんも流石よね。私が警戒している打者トップ3に入るだけあるわ。

 

(でも由紀だっていつまでもカットされ続ける訳にはいかない。きっとどこかで使ってくる筈……)

 

由紀が今投げているナックルよりも、更に変化の大きいナックルを……!

 

(体力の方はまだ問題ないけれど、これ以上は時間の無駄ね。見せてくれないのなら、もうこれでおしまいよ)

 

(またナックル……!)

 

11球目。由紀が投げたのは今まで投げていたナックルよりも更に変化の大きいものだった。このタイミングで投げてきたのね。

 

(変化が大きい!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(これまで投げなかったのはきっと由紀なりに何かしらを考えていたから……)

 

それは多分真深達の為……だと思うけど、真相のところは由紀にしかわからないわね。あの娘も、そして妹の亜紀も無表情過ぎて表情が読めないもの。



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大豪月推参

4回終了時点でスコアは0対4。由紀ちゃんの奮闘と、バックの守備力によって無得点で抑えている。

 

(皆の守備力も去ることながら、由紀ちゃんも想像以上に成長しているわね)

 

最早浦の星との練習試合が凄く昔の事に思えてくる……そう思う程に由紀ちゃんのピッチングは成長している。

 

「む?どうしたどうした?我が洛山代表者と黒獅子重工の混合チームが負けているではないか!」

 

「雷轟やバンガード、上杉みたいな選手がいるからな……。3校混合チームの方が洛山と黒獅子重工の3軍達よりも数段強力なのは間違いない」

 

野球場の外から声が聞こえたので見てみると、1人はクールそうな印象の女性、もう1人はサングラスを掛けた長身の女性。この島の関係者かしら……?

 

「今日はありがとうございます~」

 

「なに、洛山恒例の地獄の合宿に初参加の新越谷と遠前の連中がどのようにして練習に励んでいるのかを見に来たのだよ!」

 

「この島に来るのは高1以来だが、島の雰囲気もそんなに変わってないな」

 

非道さんとも知り合い……。もしかして黒獅子重工の1軍選手だったり?

 

「まさかあの2人が来るとは……。まぁ予想してなかった訳じゃないけどさ」

 

「早川さん、彼女達は……?」

 

私は気になったので、早川さんにあの2人について聞いてみた。

 

「……サングラスを掛けてる人が大豪月さん。去年まで洛山のエース投手だった人で、もう1人の方が神童裕菜さん。白糸台で3年間エースを務めた選手。多分名前くらいなら上杉さんも聞いた事があるんじゃない?」

 

神童裕菜に、大豪月……。まさか天王寺先輩が言ってた彼方先輩と同格以上の投手達!?

 

(まさかこんな所で会えるだなんて、思わなかったわね……!)

 

機会があれば勝負してみたい……。彼方先輩以上かも知れないと言われている2人と……!

 

「よく来たな2人共!大豪月の方は次のイニングから入ってもらうが、構わないか?」

 

「ウム!無論、入らせてもらう!」

 

(大豪月さんは次のイニングから入ってくるのね。打順的にも1度は勝負が出来そうだわ)

 

「私は今日のところは見学だ。後輩達の頑張りと活躍を見させてもらおう」

 

一方の神童さんは私達のベンチで試合を見学……。彼女とも勝負する機会があるかしら?

 

「神童さん、お久し振りです。卒業式以来ですね」

 

「まぁ卒業後は大豪月と行動していたからな。自分磨きに部員集めと、白糸台にいた頃とは全く違う大学生活を過ごしているよ」

 

二宮さんとの会話によると、神童さんは大豪月さんと同じ大学に通っているみたい。彼方先輩以上の実力者なら、プロ球団も放っておかない筈だけれど……。

 

「お二人が通っている仏契大学の部員集めはどうなってますか?」

 

「……どうにも大豪月が言うには根性のある奴がいないとの事でな。部員の方は私と大豪月を含めてまだ3人しかいない」

 

大学の方も聞いた事がない名前ね……。もしかして天王寺先輩のように無名の大学を急成長させようとしているのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は5回裏。この回は9番からで、大豪月さんが黛さんに代わってマウンドに上がっている。

 

「……さて、行くぞ合同チーム。私の球に平伏せ!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(これは……想像以上ね。確かに彼方先輩よりも速いかも知れないわ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「どうした?あと1球しかないぞ!」

 

あっという間にツーナッシング。あのストレートは当てるのが至難の業ね……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

バントを試みるも空振り。そんな簡単にバントが出来るのなら、彼方先輩以上の球……とは言えないわよね。

 

「フハハハハ!バントなんかで私の球を打とうなど、甘いわ!」

 

(あれが高校生最速と呼ばれた大豪月さんのストレートね。練習中のこの打ち方で、打てるかしら……?)

 

思わず武者震いしてしまうわ……!



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打てば豪快、投げれば豪速

6回表は交代で入った大豪月さんから。天王寺先輩や早川さんから聞いた話だと、バッティングに関しても清本さんが入るまでの洛山で4番を勤めていたレベル……。由紀ちゃんはこの打者に対してどう相手するのかしら?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(……と思ったけれど、あっさりと2球見逃したわね)

 

このまま三振……とはいかないにしても、凡退させれば儲け者……ね。

 

 

カキーン!!

 

 

ツーナッシングからの3球目。由紀ちゃんの球を打った……のよね?だ、打球は!?

 

 

ズドンッ!

 

 

えっ……?

 

(ポールが……折られている!?まさかさっきの打球で!?こちらに打球が来たのにも気付かなかった上に、老朽化していたとはいえ、ポールを叩き折るパワーと、目にも止まらぬスイング……。これが打力日本一と呼ばれる洛山高校のOGで、清本さんが入るまで4番を務めてた大豪月さん……。貴女のスイングを見習って私達も精進していくわよ)

 

それでも由紀ちゃんは後続の打者を抑えて、この回は1失点で凌いだ。あんなホームランを打たれたのにも関わらず、決して流れを渡さない……。由紀ちゃんも投手として頼もしくなったわね。

 

「ナイスピッチ!」

 

「ありがとう。けれど私だって長くはもたないわ」

 

「えっ?」

 

「体力的には全然問題ないけれど、この試合は合宿中に最低でもあと1回はやるのだから、これ以上私の持ち球を晒されてはつるべ打ちされるのが関の山よ」

 

確かに……。この合同チームと向こうが用意したチームとの試合は最低でもあと1回はある。互いに手の内を晒したくないとはいえ、由紀ちゃんに任せきり……という訳にもいかないわよね。

 

(でも相手打線を抑えきれる投手でないといけないのよね。それぞれの合宿の成果が未知数な以上、何も言えないわ)

 

この合宿の終わる頃……私達はどうなっているのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6回裏。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「どうした?私はただのストレートしか投げていないぞ?私をもっと楽しませろ!」

 

(確かに……。大豪月さんが投げているのは何の変哲のない、ただ速いだけのストレート。だから彼方先輩程の怖さはない……)

 

でも球速が彼方先輩よりも上なのもまた事実。あれ程のストレートを打つのは難しいわよね。ストレートが得意球だと言っていたバンガードさんもあっという間に追い込まれているし。

 

「バンちゃんの得意球ってストレートなのに、全然打ててないね……」

 

「確かにあのストレートは私達が今まで見てきた中でも1番速いわ。打つのは至難の技ね」

 

「……クリーンアップの3人しかあのストレートを打てないでしょうね」

 

「夢城さん、どういう事?」

 

「真深達がやっている特別練習メニューSは清本和奈が得意とする覇竹の如き高速スイングを会得する為のもの……というだけの話よ」

 

「先程大豪月さんが見せたスイングがその覇竹のスイングに当てはまるでしょう」

 

由紀ちゃんと二宮さんが言うように、私達が行っている特別練習メニューSが完遂した時、清本さんが行っている高速のスイングが身に付く。この試合も私達がそれに近付いているかを確認する為のものだと思うけれど……。

 

 

ガッ……!

 

 

「フム、当てるだけでも大したものだ。だがそんな拙いスイングでは到底覇竹には辿り着けんぞ!」

 

『アウト!』

 

大豪月さんのストレートに球威負けすると、あのように打ち上げたり、ボテボテのゴロを打ってしまうのよね。

 

「悔しいデース……」

 

「次は真深ちゃんの番だね!」

 

「あの豪速球は打てそう?」

 

「……まだ打席であの豪速球を見ていないから、なんとも言えないわ。けれど私達が練習している特別練習メニューSの完成形のスイングを身に付ける良い切欠になるかも」

 

実際に見てみないとわからない事もあるものね……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(確かに速いわ。それも彼方先輩以上……。でも大豪月さんが投げているのは本人の言うようにただのストレート。打てない手立ては……)

 

ないわっ!

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

打球はライト線切れてファール。ストレートにはなんとかタイミングが合わせられるわ。

 

「ほう?当てるくらいなら造作もないか……」

 

「貴女が投げているのはいくら速く、重くても、『ただのストレート』に過ぎませんから……」

 

球速そのものは彼方先輩以上。重さもかなりのもの。けれど彼女が投げているストレートには凄みが感じられない。だから私も容易く打てるのね。

 

「成程な。確かにその通りだ。先程私も豪語したしな。今の2球で目が慣れてきた頃だろう……。トドメはコイツをくれてやる」

 

3球目……!

 

(確かに目が慣れてきたわ。先程のファールで身体も着いて来れる事もわかった……。この3球目を……!)

 

「打つ!!」

 

まだ途中段階だけれど、特別練習メニューで得た成果を……!?

 

(なっ!変化した!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(今の球を完全にストレートだと思っていた……。でも結果はストレートと同速で、しかも鋭く落ちるフォークボールだなんて……!)

 

こうなってくると球の見極めが困難になってくるわね……。あの速度の変化球を打つのには時間が掛かりそうだわ。



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野球の申し子

「ごめんなさい……」

 

「当てる事が出来ただけでも凄いよ!」

 

「そうね。あの豪速球は中々打てる球じゃないわ」

 

「それに問題は最後に投げられた球……だよね」

 

「ええ。真っ直ぐだと思って打ちに行ったら、落ちたわ。私が見る限りだとSFFとは違う。変化の仕方から間違いなくフォークボール……」

 

まさかフォークをあれ程のスピードで投げてくるなんて……。悔しいけれど、完敗……だわ。

 

「ストレートと同速で落ちるフォーク……。ストレートと同じ球速なだけあって、球の見極めも困難……か」

 

「ええ。しかもギリギリまで見極めないとわからないくらいに変化のし始めも遅いわ」

 

相当……練習したのでしょうね。まさしく今私達がやっている地獄の合宿以上の練習内容を……!

 

「大豪月は高校を卒業してからは自身の投げるストレートと同じ球速で投げられる変化球を研究していたみたいでな?今投げたフォークの他にも3つの変化球を同速で投げる事が可能になったぞ」

 

(あのフォークと同等の変化球が他にもあるのね……)

 

ましてやアメリカにもいなかった全ての球種豪速の投手……。機会があればリベンジしたいわね。負けっぱなしじゃいられないもの!

 

「次は雷轟か。しばらく見ない間に大分体付きが良くなったようにも見えるが……」

 

「最後に神童さん達がいた白糸台と対戦した時と比べて、大きく成長したのは間違いありません」

 

……今は遥ちゃんの応援ね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「……みたいだな。大豪月のストレートに対してもバンガード、上杉と比べてタイミングを合わせるのが上手い」

 

確かに……。私達が打席にいた時間も攻略法を思考していた……という事を差し引いても、完璧にタイミングを合わせている。

 

(遥ちゃんには野球の才能があるのでしょうね。彼方先輩が言っていた野球の申し子……というのもわかる気がするわ)

 

その才能は私も羨んでいるんだもの。きっとそれは私だけではなく、他の人達も……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「また打ったよ!」

 

「真深や他の打者でも中々打てない球を……。彼女ってまだ野球始めて1年くらいなのよね?」

 

「まぁそれは間違いないんだけどね……。雷轟には初心者とは思えないレベルの対応力、適応力、そしてあのように速球系の球種に強いのには雷轟が他の人よりも優れた動体視力があるから……」

 

豪速球を見極める事が出来る動体視力……。それもまた才能なのよね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

次で15球目……くらいかしら?後にも先にもこれだけ粘れるのは遥ちゃんだけだと思うわ。でも……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(今回は大豪月さんに軍配が上がったみたいね)

 

今回の合宿は本当に、色々と学ばなくてはいけない事があるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

試合の方は初回に取った4点が効いていて、そのまま逃げ切る事が出来た。

 

(この試合のMVPは間違いなく由紀ちゃんね……)

 

あの清本さんを相手に2度もアウトを取ったんだもの。



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その頃の遠前⑦ 未知数

2回は表裏共に無得点で終わった。犬河さんのピッチングに難航している子達がちらほらいるから、何か切欠が掴めれば良いんだけど……。

 

「……大丈夫?洋子ちゃん」

 

「なんとかね……。それにしてもまだ腕が痺れてるよ」

 

「前から横切ったのがボールかと思ったら、グラブだったからびっくりしちゃったよ。反応も遅れちゃったし……」

 

サードの洋子ちゃんはアリアちゃんによる『グラブ飛ばし』とアメリカ内で呼ばれていた打球によって、腕を痺れさせていた。これが2回表の話だね!

 

「兼倉が大丈夫なら良いけど、気を引き締めた方が良い」

 

「せやなぁ。この回の先頭打者ってあいつやろ?」

 

「未知数過ぎて対処に困る……」

 

3回表は天王寺さんの打順から。普段のノックとかを見ると打撃方面のレベルが高いのは伝わるよね。左右広角に打ち分ける事が出来るし、ホームラン性の打球も打てるし、外野の守備も高水準って話だし、天王寺さんってなんで選手をやっていないんだろう……?

 

「あいつと一時期一緒に野球をした事があって、そこからわかるところは話すけど、あいつの打撃力は真深には劣るけどユイよりは上。ホームラン性の打球こそは余り打たないけど、確実にヒットを狙ってくるどちらかと言えばアベレージヒッター寄りだね。あくまでもあたし目線よ?」

 

イーディスちゃんからの天王寺さんへの評価はそんな感じだった。ユイちゃん以上の打撃力かぁ……。

 

「あと……今はやってないみたいだけど、あいつは投手もやった事があるわ。球速は少なくともこの間試合した浦の星の……渡辺さん?彼女よりも速いし、スライダー、フォーク、シュートと3種類の変化球とストレートを上手い具合に散らせてくるの」

 

更に天王寺さんは投手も出来るみたい。浦の星と試合した時にイーディスちゃんが4安打を打ったのも、その時の経験が生きてたのかな?

 

「作戦会議か~?彼方程の投手が小細工とか必要ないでしょ」

 

(むむ……!天王寺さんが高評価してくれてる筈なのに、なんか別の感情が渦巻いてるなぁ……)

 

亜紀ちゃんは手を挙げてないから、天王寺さんとは全力の勝負をしても良いって事なんだろうけど……。

 

(……とりあえず低めに外して様子見)

 

(う、うん……)

 

志乃ちゃんからは初球ボール球で様子見してほしいとの事。イーディスちゃんの話からもかなりの強打者みたいだし、慎重に投げた方が良いよね?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

 

(初球はストレートか……。かなり際どいコースを投げてきたけど、これは志乃のリードだな?)

 

(わかってはいたけど、振る気配はなし……。イーディスの言っていたウィラード以上、上杉以下というのも間違いではなさそう)

 

志乃ちゃんの次のリードは高めにドロップ。ボールからストライクゾーンへと落ちるように……!

 

(この速度、変化の軌道から察するにドロップか……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(風薙の投げたドロップに対してあっさりとタイミングを合わせた。この光景は上杉とウィラードが見ていたら、どんな反応を示していたか……)

 

あっさりと打たれた……。初見であそこまで飛ばすなんて。やっぱり天王寺さんは凄い打者なんだね!

 

(まぁ普段から彼方のピッチングを観察してたから、余裕を持って合わせる事が出来たに過ぎないけどね。ボストフの言っていたボールが貫通する魔球でもない限りはこのまま粘り続けるぞ?)

 

(これ以上打たせるのは危険。クリフ・ボストフを三振させたあの球で空振りを誘う)

 

志乃ちゃんのサインは『あれ』を要求してる……。確かに天王寺さんを他に打ち取るにはそれしか方法がなさそうだもんね。投げるしかないか……!

 

(私の切り札……簡単には打たせない!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(これが話に出てた……。成程、確かに『バットを貫通してる』ね、これは)

 

(追い込んだ……。このまま三振させる)

 

(もちろん!)

 

1球やそこらで攻略される球じゃない筈だし、もう1球投げるよ!

 

(もう1度バットが貫通してるかを確かめてみるか……)

 

(打たせない!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

よし!まずは先頭打者を三振に!良い調子だよっ!



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その頃の遠前⑧ その後

天王寺さんを打ち取ってからの私はストレートとドロップの2本に絞って投げていた。

 

ボストフにはなんで『あれ』を投げないのかと聞かれた時はまだまだ未完成だから……って言ったら渋々納得してくれた。私だってボストフ達と真剣に勝負したかったもん!でも未完成の球で挑むのは失礼だって思ったから投げなかっただけだし……。

 

『ゲームセット!!』

 

で、試合が終わった訳だけど……。

 

「まぁ予想よりは良かったかな。それぞれの打者にそれぞれの課題を見付けられたし」

 

「遠前野球部には私も含めて問題点が多い……」

 

「せやなぁ。打撃方面も、守備方面も、課題が多かったなぁ」

 

「野球部の方に問題がない奴はイーディスくらいかな。打撃も守備も安定してる」

 

「なんか天王寺に褒められると、鳥肌が立ってくるわね」

 

「まぁだからこそ私に言わせればつまらない……の一言なんだがね」

 

「上げて落とすな!あんたはいつもいつも……」

 

天王寺さんとイーディスちゃんは仲良いなぁ……。昔一緒に野球をやってたみたいだけど、その名残なのかな?

 

「それで天王寺さんが集めた混合チームの方は……」

 

「ほとんどは彼方からきりきりまいにされていた感じですね。審判役の娘が手を挙げていた打者は私を含めて彼方のストレートの球威に圧されていました」

 

「その中で上手く対応していたのは双葉だけかな」

 

「ありがとうございます」

 

黒江さん……。彼女だけは1球も空振りしなかったんだよね。当てれば内野安打だったし、打球を打ち上げる事もなかったし、オマケに守備範囲も広いし、この中で最年少なのが嘘みたい。

 

「それにしても……」

 

「ん?」

 

「天王寺が試合に参加してるのを初めて見た……」

 

「そうそう!プロ選手並の打撃力と守備力だったよ!アメリカでも天王寺さんみたいな選手はそうはいないっ!」

 

今回の試合で天王寺さんは9番を打ってたけど、実力を見る限りでは1番とか向いてると思うんだよね。

 

「私はこういう機会に時々参加するのが丁度良いよ。どちらかと言うと私は今みたいに選手育成の方が合ってる」

 

(まぁ他にも理由はあるけど、それを話す事はないかな。それを唯一知ってるイーディスも事情を察してか何も言わないし、今後も私がそれを言う事はないだろう)

 

なんか天王寺さんが目を瞑っているけど、どうしたんだろう?

 

「じゃあこの後は全員で合同練習だ!互いに互いのプレーを吸収していって、得られるものを得るんだ!」

 

『おおっ!!』

 

「じゃあ私はちょっと席を外すから、今の内に準備をしておいてくれ」

 

天王寺さんはそう言って席を外した。お手洗いにでも行ったのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで?そっちの様子はどう?」

 

『順調です。真深もユイも着実に合宿の成果を得られています』

 

「そうかそうか。まぁあの2人に限って根を上げる事はないだろうな」

 

『そうですね。天王寺先輩の目論見通りに事が進んでいます』

 

「じゃあ何かあったら、また連絡してくれ。ありがとう由紀」

 

『了解しました。亜紀にも怠けるなと伝えておいてください』

 

「まぁ由紀の方も息抜きは程々にな」



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雑談……では済まされないとんでも会話

黒獅子重工の3軍+洛山代表の5人と途中から大豪月さんが入った試合は初回に取った4点のお陰で逃げ切りには成功したけれど……。

 

(私自身には課題の多い試合だったわね)

 

大豪月さんと勝負した時にまだまだこんな投手がいるのか……と思ったものよね。大豪月さんのフォークに空振りした事、ストレートですら着いて行くのに精一杯だった事を頭の中に過る。

 

「諸君、試合の方ご苦労だった。今から2時間後に夕食だ。それまでは各自練習に励め!」

 

『はい!!』

 

「私は夕食作りの為に先に上がる……。お疲れ様でした」

 

三森夜子さんは夕食作りの為に一足先に上がった。20人以上の食事をたった1人で作っているのは凄いわね。私はあれ程料理に真摯になれているかしら……?

 

「よーし!夜子の手作り料理の為に練習に励むわよ!」

 

「もちろんよ夕香。夜子が作ったご飯の為に私達は生きているんだもの」

 

夜子さんのお姉さん2人は大袈裟が過ぎると思うけれど、夜子さんが作る食事を食べると力が湧いてくるような……そんな気分になるのよね。中には精の付く料理もあったけれど、エネルギー補給には最適かも知れないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練習も一段落したので、少々休憩。そして……。

 

「そういえば……」

 

誰かがポツリと洩らした一言によって会話が始まる。

 

「黒獅子重工ってどういう人達が集まっているんだろう?」

 

「今日相手にした3軍の選手数人はプロでも現役でトップクラスの成績が残せそうな実力だったし……」

 

3軍選手でトッププロレベルの人達が集まっているのなら、それより上の選手達は単純に考えればそれ以上……。興味深い話ね。

 

「黒獅子重工は様々な職歴を持った人達が集まっています」

 

「……と言うと?」

 

疑問に答えてくれるのは二宮さん。私達の気になる情報を抑えている……というのは流石の一言に尽きるわ。一体どうやって情報を集めているのかしら?

 

「今日いた3軍選手の方達は過去に超高校生級の選手と呼ばれた人達でしたね。他にもそういった人達が所属しているのが、黒獅子重工の3軍選手です」

 

高校時代に結果を残した選手達が集まっているのが3軍……。そういえば何人かは私が子供の頃高校野球で活躍していたのをテレビで見たような気もするわ。

 

「じゃあ2軍と1軍は……?」

 

「2軍選手はマフィアやヤクザ等の裏の世界の住人が多数在籍しており、1軍選手の場合はそれに加えて……」

 

う、裏社会だなんて平然と、あっさりと口にするから、心臓に悪いわ。それが本当なら、黒獅子重工は色々な問題を背負っている人達が在籍している社会人野球チームじゃない!

 

「ま、まだ何かあるの!?」

 

しかもおかわりもあるみたい。

 

「……これは私も半信半疑ですが、1軍選手は人間離れした超人的な身体能力があったり、超能力と呼ばれる力が使える人達がいたり、未来からタイムパトロールの為に訪れた人達がいたり、別の世界から来た人達がいたり、そもそも人外(見た目は普通の人間と変わらない)だったりと……そういう人達が集まっているそうです」

 

「こ、個性豊かな人達がいる……という事よね?」

 

2軍の人達も含めて、そう思わないと色々と問題があるもの。曰く付きだなんて、知らなくても良かった事を知ろうとしているみたいだわ……。

 

「大豪月さんや非道さんも将来はこの黒獅子重工に就職するという話もありますし、黒獅子重工は謎に包まれた人を集めているみたいですね」

 

確かに……。非道さんも大豪月さんもわからない部分が多数あるわ。もしかしたら黒獅子重工にはそういう人達が自然と集まってくるのかも?



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上杉真深と神童裕菜①

地獄の合宿も2日目が終わろうとしている。そんな中、私はある光景が目に入った。

 

 

ズバンッ!

 

 

「……また変化球のキレと変化量が増しましたね」

 

「まぁこれを捕ってくれる奴はまだ大学にはいないがな。その点おまえは難なく捕れるから、私としても助かる」

 

あれは……二宮さんと神童さん?

 

「神童さんの変化球を捕ってくれる捕手が入ってくれると良いですね」

 

「どうだろうな?案外二宮が私達がいる大学に入るまではそういう相手に廻り合わないかも知れん。非道も捕れるかわからない……と言っていた訳だし」

 

「そうですか……」

 

(なんだかとんでもない話を聞いた気がするわ……)

 

二宮さん程の捕手ならプロ野球のスカウトが放っておく訳がないと思うのに、二宮さん自身は大学進学を予定していて、しかもそれが大豪月さんや神童さんと同じ大学に行く事が決まっているだなんて……。

 

「ん?そこにいるのは……上杉か」

 

あっ、私に気付いた。

 

「お疲れ様です。上杉さんは休憩ですか?」

 

「ええ。一応ね。そう言う二宮さんは……」

 

「二宮には私の投球練習に付き合ってもらってたんだ。二宮程投げやすいと思える奴はそういないからな」

 

天王寺先輩達から要注意選手となっている神童さんにここまで言わせるとは……。流石は二宮さん……といったところね。

 

(……折角神童さんと話す機会が出来た事だし、1つお願いしてみようかしら?)

 

「あの……。実は神童さんにお願いがあるんです」

 

「お願い?どんなお願いだ?」

 

「私と……1打席勝負をしてほしいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。少し休憩にしようかな」

 

「私も休憩するわ」

 

試合の後に私と早川さんは特別練習メニューを海辺で行っている。今は石もなくなったので、少し休憩に入るところだ。

 

「ウィラードさんはこの練習、完遂出来そう?」

 

「どうかしらね……?今の状態が進んでいるのかもよくわからないわ」

 

社長が言っていた水切りを20回連続……ってのはかなりハードルが高い。現状でようやく15回連続で水が跳ねるようになったところだけど、あと3日(正確には2日と数時間)で完遂が出来るのかは全然わからないわ……。

 

「早川さんはどう?」

 

「私も……これが終わるのかもよくわかっていない。でも母さんがやっていた練習だし、私は母さんに負けないような投手になりたいと思ってるよ」

 

私と早川さんは互いに早川さんの母親である早川茜さんを理想の投手像として野球をしている。尤も早川さんの方はつい最近にその想いが募ったみたいなんだけど。

 

「……とりあえず石を拾いに行こうかな」

 

「そうね。ついでに野球場の様子を見に行きましょう」

 

そういえば真深は雷轟さんやバンガードさんとは別行動しているみたいだし、その様子も気になるわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と早川さんが野球場に来ると、とんでもない光景を目にした。

 

「はぁ…はぁ…!」

 

「次で30球目ですね」

 

「キリが良いし、次の1球で最後にするか」

 

グラウンドには息を切らしている真深と……。

 

「こ、これは一体……」

 

今日の試合で私達のベンチに合流した神童さん……だったかしら?が平然とマウンドに立っていて、二宮さんが神童さんの球を受けていた。早川さんも困惑しているけど……。

 

(な、何があったの!?)

 

「真深っ!?」

 

あの真深が疲弊している様子を見せるなんて……!



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上杉真深と神童裕菜②

「私と……1打席勝負をしてほしいんです」

 

私のこの発言に対して神童さんは何かを考える素振りを見せた。正直無理を言っている感が否めないから、断られても仕方のない事だと思うわ……。

 

「……条件がある」

 

「条件……ですか?」

 

「今から行うのは上杉と1打席勝負をするのではなく、私の投球練習に上杉が打者役として付き合う事。もちろん上杉は私の投げる球に対して手を出しても構わない。あとは私の裁量で練習を終わる……これは絶対だ」

 

「…………」

 

「……以上の条件を飲むのなら、私の球を見せてやろう。どうだ?」

 

……状況を整理すると、私は神童さんの投球練習の為の打者役、神童さんの裁量次第で私は神童さんに挑む事が出来る……という事ね。

 

(もしかしたら最短で1球しか投げてもらえない可能性もあるけれど、場合によっては1打席分以上神童さんの球に挑める……と考えるべきかしら?)

 

「……はい。その条件で構いません」

 

「よし。二宮、悪いが私の練習にもう少し付き合ってくれ」

 

「わかりました」

 

二宮さんが合図を出す。これは互いに準備が完了して、神童さんの打席形式での投球練習が開始するのを表す。

 

「じゃあいくぞ……!」

 

それと同時に、神童さんから凄まじい圧を感じた。

 

(な、なんて圧なの!?まるで初めて彼方先輩を相手にしたような……いえ、それ以上だわ)

 

大豪月さんからも似たような圧を受けた。でも彼女のとはまた別の威圧感……。

 

「1球目」

 

 

ズバンッ!

 

 

投げられた球はスライダー。球速そのものは大豪月さんよりも遥かに遅い。でも……!

 

(手が……出なかった。それに『大豪月さんよりは遅い』というだけで、スライダーはかなりの球速を秘めてるわ)

 

変化球のキレと変化量は彼方先輩と同等……もしくはそれ以上かも知れない……。まだまだ色々な投手がいるのね。

 

「続けるぞ?」

 

「は、はい!お願いします!」

 

打ち砕く事は出来なくても、抗うくらいはさせてほしいものね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「くっ……!」

 

これで何球目になるかしら?私は神童さんの投げる変化球に対して、バットが空を切るばかり……。

 

(まさか1球も当てられないなんて……!)

 

神童さんが投げている球はスライダー、シュート、カーブ、シンカー、フォーク、カットボール、チェンジUP、SFFの7種類の変化球とツーシーム。どの球もプロ選手顔負けのキレと変化量なのだけれど……。

 

「今日はイマイチ変化球の調子が良くないな……」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。代わりと言ってはなんだが、ツーシームはいつもより良く投げられている気がする」

 

「それは捕手に向けて投げるのが久し振りだから……という理由が含まれていそうですね」

 

「それはあるかもな。私の全力の変化球を捕ってくれる捕手がわざわざプロのスカウトを蹴って、大学進学を選択するとは思えない」

 

神童さんの話によると、変化球の調子が余り良くないとか……。

 

(そんな変化球に対して1度もバットにかする事すら出来ない私は……まさに井の中の蛙という言葉が当てはまるわね)

 

 

ズバンッ!

 

 

(また……空振り……!)

 

「はぁ…はぁ…!」

 

「次で30球目ですね」

 

もう30球なのか、まだ30球なのか……。時間の感覚すら可笑しくなりそうな……そんな現象に陥っている。こんな経験は今までなかった訳だし……。

 

「キリが良いし、次の1球で最後にするか」

 

(最……後?)

 

神童さんは次の1球で最後だと言った。次の1球で終わり……?

 

(……そんなの、納得出来る訳ないじゃない!)

 

このままでは終われない。勝負の結果は私の完全敗北だけれど、一矢報いる事もなく終わるなんてあってはならない……!

 

「こ、これは一体……」

 

「真深っ!?」

 

(後ろから声が……?)

 

後ろを向くと、そこにはユイと早川さんが。とんでもないものを目にしたかのような顔をしていた。



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上杉真深と神童裕菜③

私と神童さんの勝負……いえ、神童さんの投球練習の途中にユイと早川さんがこちらに駆け寄って来た。

 

「何があったの?真深が疲弊しているなんて、ただ事じゃないわ!」

 

ユイが信じられないといった様子で私と神童さんを交互に見ている。そ、そんなに珍しい事なのかしら?

 

「ああ……。なんとなく事情がわかった気がするよ」

 

「早川さん……?」

 

「多分だけど、上杉さんが神童さんに勝負を挑んだんだと思う。神童さんの実力はトッププロクラスだからね」

 

「ほ、本当なの真深!?」

 

「ええ……。私が神童さんに勝負を挑み、その結果1球もかする事すら出来ていないわ」

 

「そ、そんな……」

 

「うわぁ……。神童さんってばどこまで成長し続けるんだろうか?」

 

このままでは1球も当てる事もなく勝負が終わってしまう……。それだけはなんとしても阻止しなければいけないわ!

 

(そういえばこの状況……身に覚えがあるわね)

 

4年前に行われたリトルリーグの世界大会。そこで早川さんと勝負した時と同じだわ。あの時も私は手も足も出なかった……。神童さんを早川さんと重ねてる。だからなのか……早川さんの前では同じ失態を繰り返したくないわ。

 

「…………!」

 

(上杉さんの雰囲気が変わりましたね)

 

(世界大会でも感じた事のない、上杉さん自身の圧を感じるよ)

 

(中々良い面構えをするじゃないか。野球界を引っ張る奴はそれくらいの気概は持たないとな)

 

(真深……。このまま終わりじゃないわよね?)

 

神童さんの投げるラストボール……空振りする訳にはいかないわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。今回は付き合ってもらって悪かったな」

 

「いえ。私も久し振りに神童さんの変化球が捕れて良かったです」

 

「上杉も。打者役として入ってくれて助かったよ。お陰で色々イメトレが出来た」

 

「役に立てたのなら……幸いです」

 

結局最後に投げられた球も私は打つ事が出来なかった……。

 

(当てるところまでは良かったのに、その結果はピッチャーライナー……。思わず自分の無力さを痛感してしまうわ)

 

私は何をしに、ここまで来たのかしら……。

 

「しかし最後の1球は思わず鳥肌が立っちゃったよ」

 

「そうですね。上杉さん程の実力の持ち主でも29球も空振りさせる神童さんもそうですが、最後の1球は神童さんにとっても特別な球でしたから」

 

私の後ろで早川さんと二宮さんがそのような会話を繰り広げていた。ど、どういう事……?

 

「えっ?それってどういう事なの?」

 

気になったのか、ユイが2人に尋ねる。

 

「……神童さんの高校時代で神童さんをまともに打てる人はかなり少ないです。私の知る限りでは3年間ぶつかり合っていた大豪月さんくらいでしょう」

 

「新越谷が去年の夏大会で白糸台に勝てたのも新井さんを打ち崩せたお陰だし、結局神童さんの球は打ててないしね……」

 

「それに神童さんが最後に投げた球は……」

 

「待て二宮。そこからは私が話そう」

 

二宮さんの言葉を神童さんが遮る。私が最後にピッチャーライナーになったあの球に……何かあるのかしら?



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上杉真深と神童裕菜④

「そうだな。まずはどこかは話したものか……」

 

最後に投げたあの球について……どこから話そうかと神童さんは悩んでいた。

 

「皆は私が最後に投げた球の正体は知っているか」

 

あの球は確か……。

 

『ムービングファストボール……ですよね?』

 

私達4人が同時に解答。

 

「そうだな。私が最後に投げたのはムービングファストボール。……元々私はストレートがかなり遅い投手でな?小学生の頃に所属していたリトルチームの監督にはストレートが遅いと話にならない……と言われてたんだ。その時に試行錯誤して編み出したのがこのムービングファストだったんだ」

 

小学生の頃からムービングファストを物にしていたのね……。天才としか言い様がないわ。

 

「更には他の変化球がないと、この先は通用しない……と言われた私はスライダー、カーブ、シュート、シンカー、フォーク、カットボール、チェンジUPと可能な限り変化球を覚えた。無論かなりの時間を労したがな」

 

それで今の神童さんがいるのね。あれ?でも……。

 

「数多くの変化球を投げるのは多大なリスクを生じるのではないですか?」

 

(そう……。二宮さんの言うように、小学生の内からバンバンと変化球を投げていては肩や肘に負担が掛かってしまう。そんなリスクがわからない人ではないと思うのだけれど……)

 

「その疑問は最もだ。それについては私の育った環境が幸いしてな……。専門のスポーツドクターが私に付き添い、その方のアドバイスを元に、今の私がいるんだ」

 

成程……。環境の良い場所で練習する事で、それに見合った実力が身に付く訳ね。

 

「……それで話を戻すが、ムービングファストは私が最高のライバルになると思った奴に対してしか投げない。私にとって、初めて取得した球種だからな」

 

それって私が……。

 

「さて……。そろそろ良い時間だし、皆の所へ戻ろうか」

 

「そうですね。それに有意義な話も聞けました」

 

「私の昔話がか?変わった奴だな」

 

先頭を神童さんと二宮さんが歩き、早川さんがそれに着いて行く形に、私とユイはそれを追い掛けた。

 

「真深……」

 

「……ユイ、私はなんとしてもこの合宿を乗り切り、特別練習メニューも完遂してみせるわ」

 

「……そうね。私も皆には負けられないわ!」

 

今日は本当に色々な事があったわね。私達と新越谷、白糸台の合同チームと黒獅子重工の3軍と洛山の混合チームと試合をしたり、エルゼちゃんやリンゼちゃん達と練習したり……。その中でも1番大きいのは神童さんとの対決ね。

 

(私の中では完敗だと思っていた……。けれど新たに目標が出来たわ)

 

神童さんと次に勝負が出来るのがいつかはわからない……。それなら同世代で最大のライバル……早川さんから打ち崩す事を目標にこれからは頑張っていきましょう!

 

この時の私は最大のライバルとなる投手が早川さんの他にいた事、その投手の壁が想像以上に大きい事をまだ知らない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅんっ……!」

 

「風邪?」

 

「ううん、多分大丈夫……。それよりも早くこの薪を割って力を付けないとね!他の特別練習メニューをしてる朱里ちゃん達や真深ちゃん達を追い抜くつもりで!!」

 

「張り切り過ぎは怪我に繋がるから、程々にね」

 

「はーい!私だって朱里ちゃん達には負けられないからね!」

 

「頑張ってね。ヨミちゃん」

 

「うんっ!!」



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地獄の3日目

メリークリスマス!

キャラ紹介を同時投稿しましたので、興味のある方々は見ていてってくだせぇ。


合宿も3日目……後半戦に入る。

 

「今日から新しい練習メニューを導入する。それによって練習順も変えていくぞ」

 

初日、2日目に行った練習に加え、3日目からは社長の言葉により、新しい練習メニューが追加。その内容は……。

 

「さて、地獄の練習基礎編はこの項目で最後だ。その名も『滝登り』!名前の通り、荒れ狂う滝を登ってもらう」

 

……との事。私達の目の前には社長が言ったように荒れ狂う滝。流れる勢いが尋常じゃないわ。

 

「ど、どうやってこの流れる勢いが強い滝を登るんですか?」

 

「この滝は特別に岩肌が露出していてな……。それを利用して、ロッククライミングの要領で昇るのだ!」

 

ほぼ全員が思っていた疑問点に社長はさも当然のように述べる。ロッククライミングなんて今日日高校生が平然とやって良い事ではないわね。でも……。

 

「フハハハハ!この程度、軽い軽い!」

 

「お先に~」

 

「し、失礼します……」

 

「さ、先に行かせてもらうね?」

 

大豪月さん、非道さん、黛さん、清本さんの4人が悠々と登って行く。あれが慣れの果て……と言ったところかしら?

 

「よーし!私達も負けてられないよ!」

 

「この程度で根を上げる程、ヤワに育ってないデース!」

 

「この修練を乗り切らなければ、特別練習メニューも乗り切る事が出来ない……。苦戦している暇はないわ」

 

遥ちゃんとバンガードさんに続いて私も登り始める。言葉も本音ではあるけれど、それ以上に誰にも負けたくない……という想いが私の中で強くなり始めているわ。

 

(これがマイナスの感情でなければ良いのだけれど……)

 

少なくともマイナスに働く事はない筈。対抗心が嫉妬心にならないように気を付けるべきね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁはぁ……』

 

「なんだなんだ?まだ今日の練習は半分も終わってないぞ?」

 

「ぐったりしてますね~」

 

「普通なら、脱落者が続出しても可笑しくない、練習の数々でしたから……」

 

「や、やっぱりこれって異常な練習……だよね?」

 

シルエスカ姉妹を除いた洛山の人達がピンピンとしている。この時点で私よりも体力があるわね……。負けてはいられないわ!

 

「洛山恒例の地獄の合宿……。中々にハードですね」

 

「やっている内容はともかく、確実に身体能力は跳ね上がるでしょうね」

 

その横では由紀ちゃんと二宮さんが平然と佇んでいる。由紀ちゃんは知っていたけれど、二宮さんも体力があるわね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

滝登りを終えた私達はそれぞれ自主練。私、遥ちゃん、バンガードさんとユイ、早川さんはこの海辺でそれぞれ特別練習メニューをこなしている。

 

(この大竹で素振りするのにも段々慣れてきたわ……。遥ちゃんもバンガードさんも今では振るのも苦じゃなさそうだし、私も2人には負けていられないわね)

 

この練習が完遂する時、昨日の試合で大豪月さんが見せたスイングを会得する事が出来る……。まだまだ私だって強くなれるのよね。

 

「あの、ちょっと良いかな?」

 

背後から声を掛けられる。この島に人が来る事そのものが珍しいような気も……!?

 

(な、何!?この圧は……?)

 

今まで感じた事のない……例えるなら様々な死線を潜り抜けた猛者のような圧を感じる。その正体があの長い黒髪の女性達なんだと……思う。

 

「な、なんでしょうか……?」

 

私達の中でいち早く復活したのは早川さんだった。対応力の早さは見習っていきたいと思う。でもいきなり背後から声を掛けられるとびっくりするから、仕方のない事だもの……。

 

「取り込み中のところに申し訳ないけれど、この島にある球場はどのように行けば良いのかしら?」

 

「私達2人は社長に聞きたい事があって、この島にある球場にいるから用件はそこでって社長に言われて来たんだけど……」

 

会話の内容からきっと社長の関係者……なのよね?

 

(あの2人もそうだけれど、大豪月さんも、非道さんも、妙な圧を持っているもの。あの圧が成長の切欠になったり擦るのかしら?)

 

でもまぁ……私は普通でありたいわね。

 

「えっと……島の奥に真っ直ぐ進んで行けば、球場が見えるので……」

 

「そこに社長がいる訳ね」

 

「ありがとう。助かったよ」

 

見失うまで私達はあの2人から目が離せず、2人が見えなくなるとようやく……。

 

「……ぷはっ!」

 

「な、なんと言うか……今までに会った事のない2人だったわね」

 

「覇気が凄かったデース……」

 

バンガードさんの言う覇気……もそうなのだけれど、それ以上に隙のない立ち振舞いをしている事に私は驚いたわ。

 

「な、何者なのかしら。あの2人は……」

 

「わ、わからないけれど、只者じゃないのはあの圧で伝わってくるわ……」

 

本当に、何者なのかしら……?

 

「あの2人……『どうやってこの島に来た』の?」

 

『えっ?』

 

早川さんの突然の発言に私を含めた全員が聞き返す。どうやってこの島に来たか……?

 

「私とウィラードさんは水切りで常に海の方を見て練習してる……。その際に誰かが来たのなら、ボートか何かがこっちに来る筈だよね?それなのに、あの2人組は私達の背後に突然現れた……」

 

た、確かに。ユイも早川さんも海の方を見て練習しているのだから、誰かが来た時にわかる筈。早川さんは背後からあの2人が突然現れたと……。

 

『…………』

 

……ひょっとしたら私達はとんでもない禁忌に触れようとしていないかしら?

 

「れ、練習を続けよう!」

 

「そ、そうね!早く完遂させないと……」

 

遥ちゃんとユイが慌てて練習に戻るように促す。そ、そうよね。多分あの2人については触れない方が良いのよ!

 

(でも……じっくりと話してみたい気持ちもある)

 

機会があれば……何か話が聞けるかしら?



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封鎖の序章

番外編を同時投稿。番外編の方は凡そ50日ぶりの朱里視点です。


合宿4日目。今日と明日で合宿が終わるのね。長かったような、短かったような……そんな不思議な感覚があるわ。

 

(人間がするとは思えない……下手をすれば人権すらもあるか怪しい練習だったものね)

 

まさに地獄の合宿とも呼べる内容の中でも何故か微笑ましく思えてしまう時点で私も向こう側に染まっているのかも……。

 

「諸君、今日この時までご苦労だった!地獄の合宿の最終工程……『地獄の封鎖野球』を行う!」

 

『じ、地獄の封鎖野球!?』

 

(……って何をするのかしら?)

 

「封鎖野球の概要は後に伝えよう。まぁ一風変わった試合だ」

 

結局よくわからないままね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてオーダー決め。

 

「……はい」

 

しばらくの沈黙の後に挙手をしたのはこの遠前、新越谷、白糸台の中で唯一の3年生である川原さん。

 

「このまま悩んでいたらその時間がもったいないっていうのは、前の試合でわかったから……。でもエースの力を見せるにはまだ早いと思うんだ。ヨミちゃんにしても、朱里ちゃんにしても……。だから、私が投げる」

 

(この人はヨミや早川さんを本当に評価しているのね)

 

良い先輩に出会ったわね。新越谷も……。

 

そして組まれた打順は……。

 

 

1番 セカンド 佐倉日葵さん

 

2番 ショート 佐倉陽奈さん

 

3番 ファースト バンガードさん

 

4番 レフト 私

 

5番 サード 遥ちゃん

 

6番 ライト 三森朝海さん

 

7番 センター 三森夕香さん

 

8番 キャッチャー 珠姫

 

9番 ピッチャー 川原さん

 

 

(大きく変わってはいないわね。上位5人が同じだわ)

 

またしても4番として私は起用された。4番としての責務を果たせるかしら……。

 

(恐らくこの試合の大まかな目的は合宿の成果……特に特別練習メニューをこなしている私達の成果を見る為のものよね)

 

「フム……。両チームのオーダーが出揃ったところで、試合開始だ!!」

 

社長の合図で試合開始。今度はこっちが先攻ね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先制点GET~♪」

 

あっという間に先制点獲得。1番の佐倉日葵さんが三塁打を放った後に、ノータイムでホームスチールの動きを取り、2番の佐倉陽奈さんによるヒッティングで日葵さんがホームインをした……という白糸台にとっては最早定番とも言われるらしい得点の取り方だ。

 

「あ、相変わらず日葵ちゃんの走塁はヒヤヒヤするね。もしも陽奈ちゃんの打った打球がノーバンで捕られてたらどうしてたの?」

 

「え~?陽奈お姉ちゃんはそんな凡ミスしないよ!日葵はお姉ちゃんを信頼してるからね♪」

 

(これが佐倉姉妹の野球……。洗練された野球と、信頼し合っている野球を行うのがこの姉妹。白糸台の中でも1番と2番で固定されているのも納得だわ)

 

味方だと頼もしいのに、敵に回ると厄介極まりないわ。

 

「ここで試合を一時中断する!」

 

バンガードさんが張り切って打席に入ろうとした瞬間に試合中断。何かあるのかしら?

 

「新越谷、白糸台、遠前の連合軍が得点した事により、封鎖野球のルールが発動される」

 

(試合前の封鎖野球の意味がいよいよ明かされるわね……)

 

「説明しよう。封鎖野球とはその名前の通り、相手チームの選手、そしてポジションを封鎖する。発動条件は先程言った得点時だ。1得点につき失点側の選手を1人選択、そいつには2つで1キロの重りを装着して野球をしてもらうぞ」

 

淡々と述べる内容ではないわね……。控えめに言っても可笑しいもの。

 

「そしてこれから貴様達が封鎖し合う箇所は野球選手にとって要の部位となる腕(打撃と投球)と足(走塁と守備)……。この2つを潰し合ってもらう!」

 

(腕を封鎖する事によって打撃と送球に、足を封鎖する事によって走塁と守備に確実な影響を与える訳ね……)

 

しかもこれが真に発揮されるのは恐らく試合の後半……。点が取れるのはもしかしたら今の内だけなのかも。



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剃刀

こちらが先制点を取った為に、社長の言う封鎖野球の意味が明かされた。それは互いに点を取る度、2つで1キロの重りを腕か足に装着されるというもの……。

 

「ただし!投手の腕と足を封鎖するのはなしだ。この封鎖野球唯一の穴であり、それでは興が削がれるからな。そして封鎖の決定権があるのは打点をあげた者だけだ!」

 

成程……。確かにそうしなければ延々と投手の腕を封鎖し続け、つるべ打ちにするのが目に見えるもの。そして今回の場合は打点をあげた陽奈さんが封鎖の権限をに得る……と。

 

「……陽奈さんのところへ行ってきます」

 

(私達の実質的な監督である二宮さんが立ち上がり、一塁ベースへ……。封鎖箇所の相談かしら?)

 

5分程の議論の末、封鎖したのはライトの腕となった。これが後にどう響くかわからないのが怖いわね。

 

「よーし!この勢いを維持しながら、次に繋ぐデース!」

 

1点を先制し、尚もノーアウト一塁のチャンス。ここで勢いに乗っておきたいわ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

……と、思ったのだけれど、そう簡単にはいかないみたい。

 

「い、今の球って……」

 

「カーブ……だよね?」

 

「う、うん。カーブには間違いないんだけど……」

 

「あんなカーブは初めて見るね」

 

今回の試合も先発を務める黛さんが投げたのはカーブ……の中でも直角近くに折れ曲がる代物。少なくとも前の試合や、私達遠前と試合した時には投げてなかったわ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「あの変化……見覚えがあると思えば、『剃刀シュート』と類似していますね」

 

二宮さんが黛さんが投げるカーブの正体を解説。『剃刀シュート』……って確か昔のプロ選手が決め球として投げていた球よね?映像で見た事があるわ。

 

「確かに……似てるわね。それを黛さんはカーブで投げているって事?」

 

「そうなりますね。宛らそれは剃刀カーブ……と言ったところでしょうか」

 

あれ程のキレ味鋭く、尚且つ直角に折れ曲がるカーブだなんて今でも信じられないわ。

 

「剃刀カーブってなに?普通のカーブとは違うの?」

 

「カーブ系統の球種は主に2種類の変化があります。1つは横に変化するカーブ、もう1つは縦に変化するスローカーブですね。黛さんが今バンガードさんに投げているカーブは縦の変化に近く、その為に曲がり落ちる時は重力も加わってより激しく曲がっています」

 

「ヨミちゃんのあの球もどちらかと言えばその系統に当てはまるかな。変化の原理は厳密には違うけど……」

 

「ほぇ~!」

 

ヨミが疑問に思っている事を二宮さんが解説し、珠姫が追加で捕捉する。ヨミは感心したような相槌を打っている。

 

(球姫が言っていたヨミの『あの球』ってもしかして小さい頃にカラーボールでヨミが投げていたあれの事かしら?)

 

もしもそうなら、ヨミも早川さんに負けず劣らずの凄い球をヨミは投げる事が出来る……。新越谷の投手層は遠前で言うところの彼方先輩とユイ+α……と言った感じかしら?レベルがかなり高いわ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ああっ!バンちゃんが三振に!?」

 

「これまでの黛さんが投げる球には大きな変化がありませんでしたが、ああも露骨な変化球を混ぜられると、バンガードさんが打つのは困難になるでしょうね」

 

(確かに……。今までの黛さんのピッチングとは違う。見せ球を交えて今のカーブを投げるだけで大半の打者が打つのは困難となりうる……)

 

私もその大半に入らないようにしなければ……!

 

「真深、あのカーブは打てそうかしら?」

 

「……なんとも言えないわね。あれ程のカーブは中々お目にかかれないし、打席でじっくりと見ないと」

 

(本当に……。じっくりと見て打っていかないと、闇雲に手を出しても凡打になるだけだもの)

 

「真深ちゃんファイト~!」

 

「あのカーブを打ち砕いてやりなさい!」

 

それにヨミとユイの応援には応えたいじゃない……!

 

(曲がるカーブではなく、折れ曲がるカーブ。確かに不意に来られたら、対応はしにくい……。けれど来るとわかっていたら……!)

 

 

カキーン!!

 

 

(捉えるのは難しくないわ!)

 

『ファール!』

 

それにしても合宿前よりもスイングスピードが上がってきている気がするわ。これが特別練習メニューの成果なのね!

 

2球目……。

 

(来た。剃刀カーブ……!今度はスタンドに運ぶ!)

 

私は狙いを剃刀カーブに定め、変化のタイミングに合わせてバットを振った。しかし……。

 

(えっ!?もう1段……変化した!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

そんな……。あのカーブが2段変化をするなんて……!

 

「い、今の見た!?」

 

「うん……。信じられないけど、あのカーブ……2段変化したよね?」

 

こっちsideのベンチも今の2段変化に騒然としていた。だってあんなの最早魔球じゃない!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ま、真深ちゃんが三振しちゃった……」

 

「今のでわかったと思うけど、この合宿で成長しているのは君達だけじゃないんだよね~。私達洛山もそれなりには成長してるんだよ~。まぁ守備の方は相変わらずだけどね~」

 

(そう……よね。洛山の人達は毎年こんな合宿をしてるんだもの。伸びてる選手は伸びているものだわ)

 

今の黛さんがその代表格だと思う。やられっぱなしじゃいられないわね……!



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機動

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

遥ちゃんもあの2段カーブに手も足も出ず……。やはり攻略は簡単じゃないのね。

 

「うう~!」

 

「……雷轟、今の打席は右と左、どっちに付いてた?」

 

「えっ?右だけど……」

 

遥ちゃんって両打ちみたいね。そういえば初めてバッセンで会った時も時々右左交代して打っていたような……。

 

「つ、次から左打席に立ってみない?」

 

早川さんは遥ちゃんに2打席以降は左打席に立つ提案をした。確かに左打者にはあのカーブは投げ辛いから、早川さんの提案は間違っていない。というかたった2球でその弱点に気付く早川さんの着眼点は大したものね。

 

「……駄目だよ朱里ちゃん。それだと意味がない」

 

「雷轟……?」

 

「確かに私は両打ちだから左打席に立てば、黛さんはあの剃刀カーブは投げてこないと思う……。この合宿で私達3人が得ようとしてる覇竹のスイングを完成させるには、あの剃刀カーブの原理を把握して、打たなきゃいけないんだよ!」

 

遥ちゃんの方もそれがわかっていて、尚且つ合宿の成果を確実に出す為にあのカーブに対して真っ向から挑もうとしている……。遥ちゃんも凄いわ。野球を本格的に始めて1年未満とは思えない才能の持ち主ね。

 

「そう……。それなら雷轟の思うままにやれば良いよ。私達は応援する」

 

「うんっ!見ててね朱里ちゃん。絶対に打ってみせるから!」

 

そして早川さんと遥ちゃんは互いに信頼し合ってる。この信頼度もチームスポーツをやる上で大切なもの……。この2人が同じチームにいるだけで、そのチームはかなり手強いのがわかる。

 

「切り替えて守って行くよー!!」

 

『おおっ!!』

 

(さて……。私も負けてはいられない。あの2段カーブを絶対に攻略してみせるわ!)

 

その為にはまず守りね。出来れば失点は避けたいけれど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

1回裏。向こうの先頭打者であるエルゼちゃんが川原さんのストレートを捉えて、ツーベース。いきなり同点のピンチを迎えた。

 

「…………」

 

そして次は2番のリンゼちゃん。

 

(リンゼちゃんの特性を考えれば多分プッシュバントね……)

 

リンゼちゃんのプッシュバントはわかっていても防ぐのが難しいのよね。

 

 

コンッ!

 

 

1球見送ってからのプッシュバント。打球は三遊間へ……。

 

「よーし!」

 

サードの遥ちゃんが張り切って打球処理に向かう。でも多分あの打球は……!

 

 

ガッ……!

 

 

「えっ!?」

 

「イレギュラーバウンド!?」

 

(やはりイレギュラーバウンドを起こしたわね)

 

リンゼちゃんは打席に立つ時にグラウンドのコンディションをチェックし、そこから土の固さ、凹凸、弾み、風向き等を把握した後に、今のようなプッシュバウンドを行う……。つまりあのイレギュラーバウンドは必然的に起こるもの。

 

「カバーは任せてください!」

 

カバーが早い……。即席チームでこの連携は見事だけれど、二塁ランナーのエルゼちゃんが既に三塁を蹴ってホームへ向かっている。

 

「ファースト!」

 

ホームは間に合わないと判断したのか、ファーストへ送球。判断こそは良かったものの……。

 

『セーフ!』

 

判定は間一髪セーフ。リンゼちゃんも足が速い部類に入るのよね。色々な人達の足が速過ぎるせいで霞んでいるけれど……。

 

「さて、得点をあげた者は相手チームの封鎖箇所と、封鎖する奴を選べ!!」

 

リンゼちゃんは朝海さんの足を封鎖。彼女の走力を止めた理由として、次の打者だから……という理由がリンゼちゃんらしいかも。

 

そして更にノーアウト一塁のピンチ。多分リンゼちゃんは盗塁を仕掛けてくる筈……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

珠姫の送球がカバーに入っているショートへ。かなり肩が強いし、並の打者なら確実に刺せるわね。

 

「これでタッチアウトだよ~!」

 

「それは……どうでしょうか?」

 

……というやり取りの後、タッチしようとした腕をリンゼちゃんは掻い潜った。

 

(遠目だからハッキリとは見えないけれど、久し振りに見たわね。リンゼちゃんのフックスライディング)

 

シニアリーグの世界大会では犠打がほとんどだったから、余り見る事はなかったのよね……。

 

(敵に回るとよくわかる厄介さ……。シルエスカ姉妹の打撃と走塁は強力なものね)

 

この試合……色々と面倒な展開になりそうね。



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左打者達の意地

1回の裏は非道さんのタイムリーツーベースと、清本さんのツーランホームランによって1対4と3点差を付けられてしまう。

 

追加点によって封鎖されたのは2点分は三森……夕香さんの足に、非道さんのタイムリーによって朝海さんの足に、それぞれ合計2点分ずつ重りが付いている。これが多大に影響するのかどうか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

後続の打者は川原さんが温存していたSFFを混ぜる事によって上手く打ち取った。それにしても良い球だわ……。

 

そして迎えた2回表。先頭は6番からで、ここから連続で左打者が続き、9番の川原さんも左打者。このイニングは点差を詰めるチャンスでもあるわ。

 

「姉さん達、ちょっと……」

 

「「夜子……?」」

 

そんな三森さん達が耳打ちをしている。作戦会議でもしているのかしら?

 

「それにしても黛さんのあのカーブ……どんな原理で2段変化してるんだろう?」

 

ヨミが黛さんのあのカーブに疑問を持っている。それに関してはこの場にいるほとんどの人が同じ気持ちね。私も原理まではわからないもの。

 

「……私の推測ですが、黛さんの指の力にあると思います」

 

疑問に答えたのは二宮さんだった。

 

「指の力?」

 

「ほぼ全ての変化球に共通しますが、手首と肘の捻りが変化球のキレを増します。黛さんの場合は恐らくボールを握る中指と親指の捻りが並大抵ではないでしょう。それ等が合わさって、2段変化を可能にしているんだと思っています」

 

成程……。それであのような2段変化が出来るのね。

 

「……日本に留学してからは学ぶ事がいっぱいね」

 

「そうね……。もしも先輩に着いて行かなかったら、私の視野は狭いままだったわ」

 

私達……特にユイは黛さんのあのカーブに感心していた。私もユイも、元々は彼方先輩に恩返しをするという目的の為に日本に来たけれど、表向きにはアメリカで学んだ野球を日本でも活かす為、更には様々な相手と戦い、仲間と切磋琢磨する事で自分の視野を広げる為のものでもあるのよね。

 

(この合宿も……今までの常識を打ち破る為にあるのかも知れないわね)

 

『セーフ!』

 

試合に戻ると、先頭打者がヘッドスライディングを用いて内野安打を決めた。足に重りが2つあっても、並以上の走力ね……。

 

「流石朝海姉さんね!私も続くわよ!!」

 

流れはこちらに来ていると思うし、最低でも同点にはしておきたいわ。

 

「そういえばあの2人になんて言ったの?」

 

「なんて事はない。この合宿が終わったら私が2人の為にロールケーキを作るって言っただけ。姉さん達はそれが楽しみなのか、異様な張り切りを見せてるけど……」

 

耳打ちしていたのはそんな内容だったのね。本当になんて事はなかったわ……。

 

 

カンッ!

 

 

……何にせよ、実力が発揮出来るのは良い事だわ。動機はどうあれ、野球に対して真摯に向かっているもの。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

8番の珠姫は三振。あの2段カーブはかなりのキレと変化量だし、手が出なくても無理ないわ。

 

(まぁ珠姫の事だから、ただの見逃し……という訳でもなさそうだけれど)

 

ワンアウト一塁・二塁のチャンスで9番の川原さん。6番と7番を見ていると、黛さんは左打者に対してシュートと普通のカーブを投げている。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「ああっ!?惜しい~!」

 

「でもタイミングは合ってきてるよ!」

 

「ファイト~!」

 

初球から上手くタイミングを合わせて、ライトフェンスへ。川原さんもかなりパワーがある打者ね……。

 

 

カキーン!!

 

 

2球目を見逃し、3球目にシュートを完璧に捉えた。その打球はセンターオーバーだ。

 

「ランナー回れ回れ~!」

 

「2点返せるよ~!」

 

足に2点分の重りが付いてるのに、あの2人は問題なく走れているわね。

 

(……いえ、問題がないように見えて、重りの効果は出ているわね)

 

それを悟られない振る舞いをしているあたり、一流の打者なのかもね。

 

「2点目!」

 

「3点目!!」

 

これで1点差……。この回中に同点までいけるかしら?

 

「ナイスラン。姉さん達……」

 

「ふふん!この程度の重りで私達の走塁を封じたと思ったら大間違いよ!」

 

「多少の走りにくさはあるけれど、これくらいなら何も問題ないわ」

 

なんだか夜子さんの話を聞いているとやや不純な理由で張り切っているようにも見えるけれど、まぁ私には関係のない話よね……。

 

「では打点をあげた者は封鎖する奴と、封鎖箇所を選ぶが良い!」

 

川原さんと早川さんが話し合った結果、センターとレフトの腕を封鎖となった。



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終盤戦 とんでも選手登場

試合は6回表まで進み、スコアは6対8で私達が洛山を追い掛ける形となっている。

 

前の回で同点に追い付いたところまでは良かったのに、その裏の回でエルゼちゃんとリンゼちゃんの連続ホームランによって突き放されてしまった……。

 

(それにしてもリンゼちゃんのホームランは昔の彼女を知っている身からしたら違和感しかないわね……)

 

洛山に入ってから得た長打力を考えれば、アメリカシニア勢の中で1番伸びているのは間違いなくリンゼちゃんよね。

 

「さぁ反撃だ~!」

 

「なんとしても同点に追い付くわよ!」

 

『おおっ!』

 

遥ちゃんとユイがこの合同チームを引っ張り、皆がそれに賛同する……。このチームが1つになっていく感じがして良いわね。合宿が終わればまた敵同士になる訳だけれど……。

 

「なんか重りまみれになったね。お互いに……」

 

「そうだね……」

 

鋼さんと早川さんが言うように、私達は8点分の重りをそれぞれ付けており、私も腕に1点分の重りが付いている状態だ。

 

(左右合わせて1キロ……と言っていたわね。スイングの妨げにならないか心配だわ)

 

「あれ?向こう……選手の交代をするみたいだよ?」

 

「黛さんを交代させるのかしら……?」

 

相手チームは選手交代。もしも黛さんを交代させるとなると、出て来るのは恐らく大豪月さん……。それなら前回のリベンジを試みたいわね。

 

 

ズズズズ……!

 

 

『!?』

 

(違う……!この雰囲気は昨日私達の背後に現れたあの2人組!?)

 

早川さんも私と同じ反応をしており、海辺にいた他の人達は何やら戸惑っており、妙な圧を感じた他の人達は圧を放っているのがどんなに人なのかを考察していた。

 

(交代したポジションはセンターとショート……。黛さんは続投みたいね)

 

あの2段カーブを打たなければ私達は多分勝てない……。向こうも其がわかっていて、黛さんを続投させているのよね。

 

「本当にあの2人も出るんだ……」

 

「でも内1人は腕と足に重りを付けてるよ!」

 

「社長が封鎖された箇所は交代先の選手にも引き継ぐって言ってたから、あの人は腕と足に重りを付けているんだね……」

 

ショートを守るのが響さん、センターを守るのが大宮さんというみたい。大宮さんの方は腕と足にそれぞれ1点分ずつ重りを装着しているから、プレーしにくい筈だけれど……。

 

「どんな選手だろうと、私達は逆転するだけよ」

 

「……そうね。由紀ちゃんの言う通り、私達は逆転するだけ。頑張って行きましょう」

 

由紀ちゃんはふとした時に頼りになる発言をしてくれるのよね。普段は何を考えているのかよくわからない事が多いけれど、今は頼もしい存在だわ。

 

 

カンッ!

 

 

「初球から打っていった!」

 

「あのセンターの人は深めに守ってるから、ヒットは確実だよ!」

 

「光先輩は長打力もあるから、あのセンターの人もそこを警戒して守ってたのかもね」

 

川原さんが打った打球はセンター前。大宮さんはフェンスギリギリの位置で守っているから、ヨミの言う通りヒットは確実……の筈だったのに……。

 

 

ズザザッ!バシッ!

 

 

「よっ……と」

 

『アウト!』

 

嘘……。あの位置から間に合った!?なんて守備範囲をしてるの!?

 

「う、嘘……。フェンスギリギリの位置から、センター前の打球を捕るなんて……」

 

「私達3姉妹並か、それ以上の守備範囲……」

 

三森さん達も驚いている。大宮さんの様子からはあと数秒程の余裕があったようにも見えるし、しかもそれだけじゃなく……。

 

「それだけではなく、彼女には腕と足に重りが装着されています。にも関わらず悠々とスライディングキャッチを決めていました」

 

二宮さんの言う通り、腕と足に重りを付けているにも関わらず、それを苦にしている様子すらなかった……。どんな鍛え方をしたらそんな事が出来るというの……!?

 

(益々興味深くなっちゃうじゃない……!)

 

これは本当に、1度話してみたいわね。



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想いを託して

7回表。スコアは6対8と変わっていないので、このまま凡退が続くと私達の負けが決定してしまう……。

 

「絶対に打ってやるデース!」

 

「頑張れバンちゃーん!」

 

この回は3番からなので、私に回っては来るけれど……。

 

(バンガードさん次第で私もやる事が変わってくるわね)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「ああ……」

 

「惜しかったね……」

 

タイミングが完璧だっただけに、今のファールはとても惜しかったわ。でもあれなら……きっと打てる!

 

 

カキーン!!

 

 

バンガードさんが打った打球は大きなバウンドをして、内野の頭を抜けた。

 

「センター、お願いします!」

 

「任せてよ」

 

センターには打球を捕った大宮さんが……。まさかセンターゴロを狙うつもり!?

 

「絶対に生き残ってやるデース!!」

 

 

ズザザッ!

 

 

バンガードさん決死のヘッドスライディング。ファーストの捕球音とタイミングは同じ。判定は……!?

 

『セーフ!』

 

「やった!先頭が繋いだよ!」

 

「次は真深ちゃんだね!」

 

「ホームランで同点だ~!」

 

「…………」

 

(この局面……。ホームランを狙いに行くのはありなのだけれど、もしも同点止まりならジリ貧が続くだけ。それなら……!)

 

「?」

 

(次の遥ちゃんに託して、私のやれる事をやるだけね)

 

「……この局面、真深は狙うつもりね」

 

「そうね。お誂えだもの。真深が打席に立つ前にバンガードさんと話し合っていたのも、あれを行う為だと思うわ」

 

ユイも由紀ちゃんも私の狙いをわかっている。これまでの練習試合でも何度かやった事はあるし、部活でも見せていたから、それで由紀ちゃんもわかったのかもね……。

 

(バンガードさんに指示を出して……と)

 

(……わかったのデス!)

 

黛さんが投げる1球目。

 

(ストレート、コースは低め……。やるしかないわね)

 

「行くデース!」

 

バンガードさんには初球で盗塁をしてもらおうとサインを出していた。私達のチームは基本的にサインを出さないから、アドリブで行動するか、個々人でサインを出し合う事になっているのよね……。

 

 

コンッ。

 

 

『ええっ!?』

 

敵を欺くにはまず味方から……。表情に差違はあれど、ユイと由紀ちゃん以外は驚いているわね。

 

(そもそもこのセーフティバントも基本的に私のアドリブだったりする訳だけれど……)

 

だから過去のデータでやった事があるとは言え、確率だけで言えば相当低いのよね。

 

『セーフ!』

 

向こうも意表を突かれたのかやや対応が遅れ、そのお陰か少しずつ余裕も持ってセーフになる事が出来た。

 

(私達はやれる事をやったデース)

 

(あとは任せたわよ。遥ちゃん!)

 

この試合を決めるのは……遥ちゃんの役目よ。頑張ってね!



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最後のチャンス

ノーアウト一塁・二塁。ここで打席に立つのは遥ちゃんだ。

 

「ふぅ……」

 

遥ちゃん自身もとても落ち着いてる。纏ってる空気もピリッとしてるし、期待が出来そうだわ。

 

「雷轟、調子はどう?」

 

「凄く充実してるよ!チャンスの場面で回ってくるし、黛さんも勝負してくれるし、何より真深ちゃんとバンガードちゃんが私に託してくれた事が嬉しいんだ!」

 

遥ちゃんにチャンスの場面で回す為に、私とバンガードさんが確実な勝利の為の役割を遂行しただけ……。この試合を決めるのは遥ちゃんの役目よ!

 

「じゃあ行ってくるね!」

 

「遥ちゃん、ファイト~!」

 

「勝ち越し点を得るホームランを期待してるわ」

 

「うんっ!!」

 

ベンチの皆も遥ちゃんに期待している。野球を始めて1年と少ししか経っていないのに、皆に期待される程の実力を持っているのも凄いわよね……。

 

(流石は彼方先輩の妹……という事ね)

 

彼方先輩と早川さんの話によると、彼方先輩のある一言が原因で遥ちゃんと彼方先輩は仲違いをしてしまった……との事。彼方先輩は自分が悪いから……と受け入れているみたいだけれど、なんとかならないものかしらね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あの2段カーブも最終回にして、更に精度が上がったわね。コースギリギリだから、手が出し辛いわ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「お、追い込まれちゃった……」

 

「遥ちゃん、大丈夫かな……?」

 

カウントはツーナッシング。あと1球で三振になってしまうこの場面はベンチの皆が遥ちゃんを心配している。

 

「……大丈夫だよ」

 

心配ムードを変えたのは早川さんだった。

 

「朱里ちゃん?」

 

「今の私達に出来るのは雷轟を信じる事だけ……。それなら心配するよりも、期待しておいた方が良いんじゃない?」

 

「……そうだね。遥ちゃんならきっとやってくれるよ!」

 

「うん……!」

 

皆は再び遥ちゃんに期待を寄せる。

 

(それはもちろん私だって……!)

 

遥ちゃんが持っている才能を羨んだ。私が始めて1年の頃は遥ちゃんのようにはいかなかったから……。

 

(だからこそ、期待してしまうのよね。初めてバッセンで出会ったその時から、遥ちゃんが皆から期待されるスラッガーだという事がわかっていたから……)

 

だから……頑張って遥ちゃん!

 

 

カキーン!!

 

 

『打った!!』

 

バンガードさんはあの2段カーブの2回目の変化直前に手を出した……。それに対して遥ちゃんは2回目の変化直後に叩いた……。あの2段カーブの攻略に2人のどちらかが正解……というのはないと思う。

 

(私ならどういう風に攻略していたかしら……?)

 

次の黛さんとの直接対決まではわからないわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

遥ちゃんが逆転ホームランを打ったものの、後続が続かず、チェンジとなる。

 

(あとは7回裏を抑えるだけね……!)

 

そういえば表の回で川原さんを代打に出していたけれど、裏の回は誰が投げるのかしら……?



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ライバルであり、憧れの投手

遥「あけましておめでとうございます!」

朱里「今年も1年よろしくお願いします」

遥「この小説も投稿してからもうすぐ1年半を迎えますので、是非是非応援お願いします!」

朱里「まぁ私達の視点で話が始まる訳ではないけどね」

遥「では始まります!」


バンガードさんが出塁し、真深が繋げて、雷轟さんがホームランを放ち、私達のチームは逆転に成功した。

 

「遥ちゃんが打ったとは言え、あの剃刀カーブはやっぱり簡単には打てないね……」

 

「あれをまともに打てそうな右打者は上杉さんくらいかもね。バンガードさんも苦戦していたみたいだし……」

 

しかし後続はランナーが出るも、追加点には至らなかった。右打者にあのカーブを打つのは無理があるものね。

 

(でも雷轟さんは体勢を崩しながらも打った……。バンガードさんも、真深も、どこかで雷轟さんが決めてくれるとわかっていた、信じていたかのように……)

 

あれで野球を始めて1年と少しだものね。早川さんが組んだオーダーでは経験の差で真深を4番に選んだみたいだけど、もしも雷轟さんが真深のような経験を得た打者だとしたら……?

 

(まさかアメリカ一のスラッガーとも言われているクリフ・ボストフ以上の打者に……!?)

 

考えるのも恐ろしいわね。敵に回る事を考えれば、経験の浅い初心者で良かった……と思うべきなのかしら。

 

「あれ?この最終回って誰が投げるの?」

 

「あっ、そういえば光先輩は代打に出したんだっけ……?」

 

そして7回裏に投げるのは誰か……って話に。一応投手陣は私も含めて全員肩を作ってはいるけど……?

 

「…………」

 

(やはり手の内がバレる……という大きなリスクを背負う以上はおいそれと自分が投げるとは言えないものね。私だってそうだもの)

 

ここにいる人達は高校生のレベルを越えている選手達ばかり……。データのあるなしで結果が大きく変わってくるわ。

 

「……私が投げるよ」

 

沈黙を破ったのは早川さん。

 

「朱里ちゃんが?」

 

「うん。皆を見ていると、私も合宿の成果を試したくなってね。それに……」

 

「それに?」

 

「……いや、なんでもないよ」

 

早川さんが何を言おうとしてたのかはわからない。でも少し羨ましいわね。私も少し臆病になっていたから……。

 

(……そうよね。手の内がバレるから何なのって話よね。ここで日和っていたら勝てる相手にも勝てなくなるわ!)

 

早川さんはそれを教えてくれた。そのお礼として、今日のところは貴女に試合を決めるのを譲るわ!

 

(そして見せてもらうわ……。地獄の合宿で行われた特説練習メニューUの成果を!)

 

早川さんが振りかぶって1球目を投げる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(凄い……。あれが私と早川さんが練習していた……アンダースローの投手が投げる特別な球。球威もキレも私が今まで投げてきた球とは段違いだわ)

 

あれが私の腕にも宿っているのね。あんなのを見せられたら、俄然燃えてくるじゃない!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

早川さんが投げた球は低空から浮き上がり、更には砂埃に紛れて消えたように錯覚させる球だった。

 

それは私が憧れ、野球を始めようと思った過去のプロ野球の映像に映っていた早川茜さん……。その姿がダブって見えた。

 

(そうよね……。あの早川茜さんの娘さんだもの。シニアリーグの世界大会ではオーバースローだったけど、あのアンダースローこそが、本来の早川さん……あるべき姿よね!)

 

私にとって同世代の中で最大のライバルであり、尊敬に値する投手……それが早川さんなのよね。

 

(でも憧れるだけじゃ駄目……。憧れを越えてこそ、私が野球をやっている意味を見出だせるのよ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!ゲームセット!!』

 

三者連続三振に抑えた早川さんを見て、私は改めて目標を早川母娘を越える事に決めた。




ことよろでーす。


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遥か高みの存在

私は大竹を持って海辺へと向かっている。

 

(今日の試合……遥ちゃんも早川さんも凄かったわね)

 

遥ちゃんは清本さんが見せた目にも止まらぬ高速スイングに似たもので黛さんの球を打ち、早川さんは海上水切りの成果が出ているのか、とんでもない球を投げた。

 

(今の私が……あの球を打てるのかしら?)

 

……いえ、考えるのは止めましょう。心を無にして、大竹に付いている葉を全て落とす為に、素振りをしなきゃ。

 

「ふ、2人は何者なんですか!?」

 

(この声は……遥ちゃん?)

 

私達がこの島の特別練習をしている海辺に遥ちゃん、早川さん、そして大宮さんと響さんがいた。

 

(お、思わず物陰に隠れてしまったわ……)

 

でも中々興味深い質問だわ。大宮さんと響さんについては気になっていたもの。

 

「……その質問の意味を聞いて良い?」

 

「2人は突然私達の前に現れました。朱里ちゃんが言ってたんですけど、この島に来るなら船とかの移動手段とかも見当たらなくて、どうやって来たのかなって。それに……」

 

「それに……?」

 

「大宮さんの守備の動きを見た時に思いました。手足に合計2キロの重りが装着されていたのに、軽々と動いていたもので……」

 

遥ちゃんの言うように常人ではありえない動きを見せていたから、気になるのよね。どんな練習をすれば、あんなプレーが出来るのかを……。

 

(それにあの2人の場合はそれだけではない気がする……)

 

幾千幾万の修羅場を潜り抜けた戦士のようなオーラも感じるから、いよいよ人間離れしている……人ならざるものなのではないかって……流石に考え過ぎよね?

 

「あの程度の事が出来ないと黒獅子重工の1軍に昇格する事は不可能よ」

 

「えっ?じゃあ黒獅子重工の1軍選手は全員大宮さんみたいな動きが出来るんですか?」

 

「そうね。人によって差違や限界はあるけれど、あれくらいの動きなら1軍選手全員が出来るわ。社長を含めてね」

 

(成程……。以前二宮さんが言っていた中で黒獅子重工の1軍メンバーの選手達が人間離れした身体能力の持ち主が集まっている……という話があったわね)

 

社長が選手である事も結構な衝撃を受けたけれど……。あの人っていくつなのかしら?それも少し気になる……。

 

「……今から話す事はとても信じられない事だと思う。それでも聞く?」

 

何を……話すつもりなのかしら。ピリッとした空気が辺りを纏ってる……。

 

「は、はい!」

 

「き、聞いてみたい……です」

 

盗み聞きという形になるけれど、私も気になっていたし、下手に動けば私の存在がバレるかも知れないもの……って別に隠れているつもりはないのよ?

 

「じゃあ話すね?私と未来は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大宮さんの話が終わってしばらく……。私は立ち尽くしてしまっていた。

 

(別世界……。一体どんな世界を生き抜いたら、あんなオーラが出せるの?)

 

私なんかでは到底及ばない……。遥か高みに大宮さんと響さんがいる。他の黒獅子重工の選手達も1軍メンバーは皆大宮さんと響さんのような別次元の存在が沢山いる……という事よね?

 

(だからといって腐る訳にもいかないわ……!私には私の野球道があるんだもの。そうと決まれば練習ね!)

 

私は立ち上がって、海辺へと歩いて行った。

 

なお大宮さんとすれ違った時に……。

 

「さっきの話は他言無用でね?」

 

……と苦笑いをしながら口に人差し指を当てて、そう言われた。盗み聞きしていたのがバレていたのね……。



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どうするべきか

今日は合宿最終日。夕方に来る船で私達は帰る訳だけれど……。

 

(まだ……天王寺先輩が言っていた私の今後については未定なのよね)

 

アメリカの高校でまた切磋琢磨したいとも思っているし、もう遠前高校野球部の一員でもある……。それが余計に私を悩ませる。

 

(はぁ……。まだ起床時間前なのに、目が冴えちゃったわ)

 

まだ大竹の葉は全部落ちてないし、気を紛らわせる為にも素振りをしましょう。それに遥ちゃんやバンガードさんには負けてはいられないし。

 

「真深……?」

 

私の隣で寝ていたユイが目を擦りながら私を見ていた。起こしちゃったかしら……?

 

「どこに行くの?」

 

「海辺よ。気分転換にね」

 

(本当は特別練習メニューの遂行も兼ねてるけれど、それを言う必要はなさそうね)

 

「そう……?私はもう少し寝てるわ。起床時間まであと1時間もないけど、寝られる内は寝ておかないとだし」

 

睡眠時間はとても大切だから、ユイの気持ちはわかる。

 

「ユイ……」

 

「?」

 

「ユイは……どうするか決めてる?合宿前に天王寺先輩から言われた事……」

 

「……私はもう決めているわ。実は合宿に行く前から答えを見付けていたの」

 

「合宿……前から?」

 

「ええ。ウジウジ悩んだ状態で合宿に行く訳にもいかないから、私の中で整理を付けた。真深は……」

 

「私は……まだ……」

 

「……普通はおいそれと決められる内容じゃないものね。でもなるべく早く答えを出さないと、悩む理由が増えてくるわよ?」

 

そうよね……。早く答えを出さないと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大竹を持って海辺へと向かう。そこには先客が……。

 

「早川さん……?」

 

そこには特別練習メニューによる水切りをしている早川さんがいた。

 

「おはよう上杉さん。上杉さんも自主練?」

 

「おはよう。ええ、私も遥ちゃんやバンガードさんには負けてられないと思って、こうして早めに練習しようと思っていたのよ」

 

(まぁ……建前みたいな理由だけれどね)

 

ユイからの進行状況を聞くと、ユイも、早川さんも、あと少しで完遂するらしい。私達ももう少しで全ての葉が落ちそうだから、帰るまでには間に合うと思う。

 

「……お互いにあともう少しといったところだし、2人で練習しましょうか?」

 

「構わないよ」

 

(それに早川さんに聞きたい事もあるし)

 

でもそれをすぐに話題には出せないわね……。

 

「早川さんの昨日のピッチングは凄かったわ。ユイと同じフォームで、同じストレートを持ち、尚且つユイよりも1歩先を進んでいる……」

 

「……大袈裟だよ。私自身は大した事はない」

 

(天王寺先輩の言う通りね……)

 

早川さんと二宮さんは自己評価がかなり低く、他者を優先させる傾向にあるって……。データによれば早川さんの投球イニングは少なめ。それは早川さん自身が遠慮しているのではないか……と、早川さんと対戦経験のある私は思っている。

 

「ユイもあの世界大会から……そして今回の合宿において、自分は完全に早川さんに遅れを取っている事を自覚した……と言っていたもの」

 

「ウィラードさんが……」

 

ユイは早川さんの事を同じ投手として尊敬しながらも、投手としての最大のライバルだと言っていた。理由としては同じフォームで投げている投手だからなのと、同じアンダースロー投手に憧れを抱いているからだと……。

 

(私も……早川さんはもちろんの事、ユイや彼方先輩だって尊敬に値する選手だと思ってる。互いに互いを高め合うライバル関係が素敵だもの)

 

ユイは天王寺先輩が言っていた『彼方先輩の引退後に遠前野球部に残るつもりなのか、それとも彼方先輩とアメリカに帰るのか』という問題に対して、既に答えを出しているみたい。

 

(私は……私はどうするのが正解なの?どんな選択肢を取れば良いの)

 

「ねぇ、早川さん」

 

「どうしたの?」

 

「……私とユイは遠前高校で天王寺先輩に聞かれているの。私達は何の為に野球をしているのかと、彼方先輩が引退した後はどうするのかと……」

 

どうすれば良いのかわからない……。そのあまりに私は早川さんにすがっていた。何をするのが正解なのか……わからなくなってきたから……。

 

「実際に上杉さんはどうするつもり?」

 

「……わからないわ。私も、ユイも、彼方先輩にはとてもお世話になったの。当初はその恩返しのつもりで、彼方先輩と共に行動をしているわ。それが終われば再びアメリカに帰る予定だった……。でも遠前高校野球部で過ごして来た日常も私達にとっては本物よ。だから最後までやり切りたいとも思っているわ。彼方先輩と共にありたいと思う反面、遠前野球部でも頑張りたい……という2つの想いが入り混ざってるの」

 

「…………」

 

早川さんは黙って私の話を聞いてくれている。こんな……私の独りよがりな話を……。

 

「……私は、私達はどうすれば良いのかしら?」

 

だからなのか、つい頼ってしまう。すがってしまう……。

 

「……さてね。あくまでも決めるのは上杉さん自身だよ。自分の事は自分で決める」

 

早川さんは私の目を見てそう言った。そうよね。自分の事は自分で考えなければいけないわよね。それは当たり前の事……。

 

「厳しいのね。早川さんは」

 

なのに私はそう返してしまう。私は弱い人間ね……。

 

「私ならそうするだけだよ」

 

そんな私に、早川さんはそう返す。

 

(ヨミや珠姫が早川さんに懐いている理由が、遥ちゃんがいつも早川さんといる理由が……なんとなくわかる気がするわ)

 

だって馬鹿みたいな悩みにも、優しく諭してくれるんだもの。

 

(……でも、そろそろ決めるべきよね)

 

遠前高校野球部に残留か、彼方先輩と共にあるべきかを……!



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合宿の終わり そして新たなる相手

「諸君!これにて洛山主催、地獄の合同合宿を終了する!3泊4日の間ご苦労だったな!!」

 

合宿は終わり、私達に課せられた特別練習メニューはそれぞれ無事に遂行出来た。

 

(あの大竹を振り切り、葉を全て落とした成果は、この手に、腕に宿っている……。あとは実戦に繋げるだけね)

 

私、遥ちゃん、バンガードさんとユイと早川さん、由紀ちゃん、ヨミ、川原さん、鋼さんはそれぞれ大竹の素振り、水切り連続20回、大量の薪割りと普通では絶対にやる事がなかった特別な練習をする事によって、格段に実力を上げている筈……。

 

(あの時の試合で見れたのはあくまでも途中経過……。きっと完成形はとてつもない事になっていそうね)

 

「諸君の活躍を祈っている。ただし忘れるな!この合同合宿では同じ釜の飯を食べた仲ではあるが、本来ならばそれぞれ敵同士である事をな!!」

 

皆と戦えるのは全国の舞台……。まずは互いに県大会を勝ち抜かなければならないわね。社長の言う事ももちろん忘れる訳がない。

 

「迎えの船が来たから、それに乗るが良い!」

 

迎えの船は行きしなに私達が乗った船と同じもの……。これに乗るのはまだ慣れないわね。中はそうでもないけれど、外観は完全に難破船だもの。

 

「私は泳いで大学に帰るぞ!神童も一緒にどうだ?」

 

「嫌に決まっているだろう。普通に船に乗って帰る」

 

「フン、軟弱者め。だらしないぞ!」

 

「おまえの場合は屈強と言うよりはただの馬鹿だ。頼むから、大学の連中に悪影響を与えるなよ?」

 

神童さんと大豪月さんは船の前でこんなやり取りをしていた。豪快な大豪月さんと、冷静な神童さん……。この2人は正反対な性格ながらも、良いコンビに見えるわね。

 

「最後に……新越谷のスラッガー!」

 

「私ですか……?」

 

社長が遥ちゃんに何やら耳打ちをしている。何を話しているのかしら?

 

「……わかりました。その時が来たら、訪れようと思います」

 

「そうしてくれ。向こうには私から口添えしておこう」

 

何の話かは気になるけれど、これからは敵になるのだし、踏み込む訳にはいかないわね……。

 

(でもこの3泊4日は私達にとって良い経験になった……。きっとこれからの野球人生でも今回の経験が助けになる事もそれなりにある筈だわ)

 

それに……天王寺先輩の出した問題の答えも私の中では整理が付いた。私なりに考えて、考えて……ようやく決めた答え。私の今後が変わってくるであろう答え。自信を持って、胸を張って、答えるつもり……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。わかった。報告ありがとう」

 

 

ピッ。

 

 

「誰と電話してたの?」

 

「ん?由紀に真深とユイの様子を逐一報告してもらってたんだ。私の出した問題を答えられているか……とかね」

 

「ふーん……?」

 

真深ちゃんとユイちゃんに何を言ったんだろう?私にも関係があるのかな?

 

「……それよりも明後日には練習試合をするから、心しておけよ」

 

「それは良いけど、まだどことやるか聞いてない……」

 

「あっ、まだ言ってなかったっけ?」

 

「練習試合をやる……としか言われてへんな」

 

「あー、私的には言ったと思ってたんだけどなぁ……」

 

天王寺さん的には既に伝えたものと思っていたみたい。そういう事ってよくあるよね。

 

「で、どこと試合をするの?」

 

「対戦相手は神奈川県にある……紅洋高校」



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高校生一の三塁手

真深ちゃん達の合宿が終わった翌日。合宿に行った3人には療養日……という事で、明日の練習試合の連絡だけしてお休み。休む事も練習の内だからね!

 

「それで対戦相手の……紅洋高校?って強いの?」

 

「んー……。去年の夏大会は初戦で海堂に負けてるし、選手レベルも中の下ってところ」

 

「まぁ神奈川は海堂一強みたいなとこもあるからなぁ……」

 

「他の高校も頑張ってはいるけど、いかんせん海堂の選手レベルが頭1つ高い」

 

神奈川ってかなり激戦区だって聞いたけど、さっき恭子ちゃんが言ってたように、海堂……海堂学園高校は全国大会の優勝候補でもあるからね。

 

「でも紅洋には1人だけかなりレベルの高い選手がいる。今年は彼女が中心になって紅洋野球部を回しているし、凄い新入部員が入ったとも聞く……。今年は海堂を越えても可笑しくないだろうね」

 

「そ、その選手は一体……?」

 

天王寺さんがそこまで高く評価している人って少数だと思うんだよね。

 

「川越リトルで3年間、更には横浜シニアで3年間、ずっとサードのレギュラーを守り続けた実力者で、名前は……」

 

「嶋田飛鳥……」

 

「その通り……って志乃は川越リトルにいたから、嶋田の事は知ってるんだったか」

 

「一応……。嶋田はリトル時代から男子選手に負けない身体能力の高さと、積極的なプレーでずっとサードを務めてた。パワー、ミート力、走力、肩の強さ、守備力、捕球力とどれを取っても高水準で、当時から1つ上の次元を常に進んでいる」

 

そ、そんなに凄い選手なんだ……。

 

「へー、そんなに凄いんだ……」

 

「ウチもシニア時代に何度かぶつかった事があるけど、嶋田の能力の高さは横浜シニアの中でもトップクラスやったなぁ……」

 

「更に高校でも結果を残していて、映像を見る限りでも他のサードよりも頭1つ抜けてるね。それにサードだけじゃなくてファースト、セカンド、ショート、外野をサードを守っている時と同じレベルでこなせる守備職人でもあるんだ。プロも注目している選手の1人だ。少なくとも高校生の中で1番上手いサードだね」

 

プロ注かぁ……。私は引退したらアメリカに帰るつもりだけど、私と同い年の選手達の中に何人かはプロに行くだろうし、そんな人達と勝負したいなぁ。

 

「まぁ紅洋が海堂を破って全国に行けるかどうかはその凄い新入部員に掛かってるとも聞くし、明日の練習試合もそれ等を確かめる為だろうし、私達はそれを迎えてやったら良いのさ」

 

「ここに来るんや……。こんな何にもないところに」

 

「向こうにも連絡は付いてるし、明日は紅洋高校に私達の実力を見せ付けてやろうか!」

 

『おおっ!!』

 

練習試合……。真深ちゃん達は合宿から帰ってすぐだし、高校生一のサードって事で、色々刺激になりそうだね!



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期待の花と星

神奈川県紅洋高校。今日私達が試合する相手だ。向こうからこっちに来てくれるみたいだけど……。

 

「わざわざこっちに来てくれるんだ?」

 

「まぁ向こうは夏大会前の遠征も兼ねてるからね。ウチはその中の通り道に過ぎないのさ」

 

そして遠前高校はその通り道で最後に寄る地点みたい。どういう道のりなのか気になる……。

 

「おいでなすったぞ。あの列にいるのが紅洋高校野球だ」

 

天王寺さんが指す方向には2列に並んで歩いている集団が……15人くらい?足並み揃えて歩いている。統率されてるなぁ……。

 

「待たせたなァ?天王寺ィ……」

 

「やーやー、久し振り飛鳥。成果はどうよ?」

 

「19試合全勝だ。テメー等に勝って20連勝と洒落込むつもりだコラ」

 

今年のGWは1週間あるから、かなりのハイペースで紅洋高校は練習試合をこなしているみたい。

 

「どうかな?遠前野球部はオンボロだけど、精鋭揃いだ。そう簡単にそっちの思い通りにはならないさ」

 

「はん、テメーが何を考えているのかは大体わかってんだよ。ウチ等がそれを乗り越えて勝つだけだ」

 

天王寺さんと嶋田さんはバチバチのライバル関係みたい。シニア時代ではよく全国大会や、練習試合で試合してたみたいだしね。

 

「……それにリトル時代のチームメイトもいるみたいだからなァ」

 

「…………」

 

「久し振りだなァ。水鳥ィ……」

 

「リトル振り……」

 

「天王寺のいるチームとは言え、またテメーと試合が出来るのは大きいな。楽しみにしてるぜェ?」

 

「……まぁぼちぼちにやってく」

 

そっか。志乃ちゃんもリトル時代は嶋田さんと同じチームだったんだっけ?3年振りくらいに2人は会うみたいだけど……。

 

「……試合前にテメー等にウチの期待のルーキーを紹介する」

 

昨日天王寺さんが言ってた紅洋に入った強力な新入部員の事かな?

 

「花形ァ!星ィ!」

 

「「ッス!!」」

 

嶋田さんはかなり大きい声で部員の名前を呼ぶ。グラウンド全体に響くなぁ……。もしかしなくても嶋田さんって体育会系?呼ばれた娘達も嶋田さんに影響されている節があるし。

 

「今日の試合相手である遠前高校野球部だ。挨拶しろ」

 

「「は、はい……」」

 

嶋田さんに呼ばれた2人は返事は勢い良かったけど、急にもごもごし始めた。人見知りなのかな?

 

「「ど、どうも……」」

 

「どーもどーも」

 

天王寺さんが私達を代表してそれに答えた。

 

「おい……。ビビるんじゃねぇよ。相手に舐められたら、その時点で不利になるだろうが!」

 

「は、はい!」

 

「す、すみません!」

 

うーん。体育会系だねぇ。嫌いじゃないけど……。

 

「は、花形美鈴です!紅洋高校野球部ではファーストを守っています!今日は遠前高校野球部と試合が出来る事をとても光栄に思っています!!」

 

「わ、私は星美智瑠です!紅洋高校野球部でピッチャーやらせてもらってます!と、遠前高校野球部には超高校生級の投手がいるという事で、今日はその様子を参考にさせてもらえればと考えてます!!」

 

「「今日はよろしくお願いします!!」」

 

「上出来だ。この2人は遠前高校野球部にいるある奴のプレーに痺れちまったみたいでなァ……。天王寺や水鳥共々今日はよろしく頼むぞ?」

 

ある奴……誰なんだろう?真深ちゃん?ユイちゃん?それとも両方?

 

「ユイ……。合宿終わってから初試合よ。気力はどうかしら?」

 

「私はすこぶる調子が良いわ。そういう真深は……聞くまでもなかったわね」

 

「ええ……!社長からもらった新しいバットの感触を確かめるにも良い機会だしね」

 

真深ちゃんもユイちゃんも合宿が終わってからなんだかウズウズしてる……。私もあんな感じなのかな?

 

「私はベンチでダラダラするわ。天王寺先輩から許可はもらっているもの」

 

由紀ちゃんの方は余り乗り気じゃない……?言い方に凄く問題があるけど、合宿の疲れが残ってるのかな?でも由紀ちゃんは無尽蔵のスタミナの持ち主だし……。

 

「彼方ー!そろそろ試合を始めるぞ~?」

 

「あっ、うん!」

 

(まぁ今日は紅洋高校との試合に集中しよう)

 

私が出られるかはわからないけど……。



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木製

「いきなり取られちゃいましたねー。先制点」

 

「正直この1点は滅茶苦茶いてーが、こっちもこっちで守備練しなくちゃならねェからなァ……!」

 

(ただ……このまま打たれっぱじゃつまんねェのも事実。どのみち後半には試す予定だったが……)

 

「花形ァ!星ィ!」

 

「「ッス!」」

 

「予定より早いが、肩ァ作っておけ!」

 

「「了解ッス!」」

 

「伴!」

 

「はいー」

 

「花形と星の肩作りに付き合ってやれ!」

 

「わかりましたー」

 

(上杉真深にウィラード・ユイ……。この2人を見せてくれた礼もきちんとしてやるからなァ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木製バットを持った真深ちゃんが打席に立った瞬間、辺りがピリッとした。

 

(これが地獄の合宿を乗り越えた証なんだ……!)

 

さっきのユイちゃんも同様の圧を感じたし、もしかしてベンチで亜紀ちゃんと一緒にゴロゴロしている由紀ちゃんも……?

 

「先制点を取ったわね」

 

「あとはユイが0点に抑えれば完璧ね」

 

う~ん。あるのかなぁ?せんべい食べながらベンチで談笑してる(相変わらずの無表情)し、よくわからないよ……。

 

 

カキーン!!

 

 

わっ!木製の良い音がした。打球はそのまま場外へ……。

 

「やったやった!」

 

「これで3点リードね!」

 

明美ちゃんとイーディスちゃんが抱き合って真深ちゃんのホームランに喜んでいる。私もチームメイトの活躍は嬉しいんだけど……。

 

(次に真深ちゃんと対戦する機会があったら果たして……私は今の真深ちゃんに勝てるのかな?)

 

その時にならないとわからないから、今はチームメイトの活躍を喜ぼうかな。やったね真深ちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いきなり3点取られちゃったよ!?美鈴ちゃん!」

 

「まぁまだ1回。私達3人が力を合わせればきっと巻き返せるさ。嶋田キャプテンも言ってたしね」

 

「美智瑠の言う通り、私達が出てからが勝負だよー」

 

「でも翠ちゃん、今日は私と美鈴ちゃんのどっちが投げる事になるの?」

 

「さあー?嶋田さんの指示次第かなー?念の為に2人に肩を作ってほしいって嶋田さんも言ってたし、試合展開によるんじゃないかなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(社長からもらったこのバット……とても軽くて使いやすいわ)

 

練習で振ってた大竹がとても重かったのに対し、社長からもらったこのバットはとても軽い……。重い竹を速く振るのに慣れてから、この超軽量バットを使う事によって本当にギリギリまで球を見定めても、間に合う事が出来るようになった。これが……特別練習メニューSの成果なのね。

 

「ナイバッチ!真深ちゃん」

 

「ありがとうございます」

 

「早速成果を見せてきたわね」

 

「ええ。次はユイの番よ」

 

「任せなさい。完全試合を決めるつもりで投げるわ!」

 

ユイも早川さんと同じ練習をする事によって、ワンランク上の実力を付けているのは間違いない。この試合で……それがわかる事になるのよね。

 

(今頃早川さん達も練習の成果を試している頃かしら?)

 

ヨミや早川さんの話によると、新越谷は紅白戦が出来る程に部員が集まっているらしく、毎週末には紅白戦を行っているそうだ。私達の場合は人数が18人に満たない代わりに、色々な高校と練習試合をしてる訳だけれど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボールー」

 

向こうのベンチでは先程自己紹介をした星さんと花形さんが交互にブルペン捕手に投げ込んでいた。

 

「やはり花形も投手をやっていたか……」

 

「じゃあ嘘を吐いてたって事?」

 

「そうでもない。中学時代までのデータでも花形は本来ファーストの方が守っている回数は多いからね」

 

「……何れにせよ、中盤くらいにはどっちかが投げそう」

 

志乃先輩の言う通り、何れかはあの2人のどちらがこの練習試合で私達に立ちはだかる事になる……。一体どんな球を投げるのかしら?



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砂埃に紛れる魔球

『アウト!チェンジ!!』

 

真深ちゃんがホームランを打った後はランナーを出しつつも、追加点には至らなかった。

 

「う~ん。追加点は取れなかったか……」

 

「向こうの守備が中々に堅い」

 

「投手の方も典型的な打たせて取るタイプの選手だし、バックの守備力を信頼した良い投手だよ」

 

「紅洋高校野球部は飛鳥以外の全員が1年生だからな」

 

「えっ?」

 

「聞いた事がある。嶋田の指示する練習内容や、プレーの要求レベルが高過ぎて、辞める部員も続出していったって……」

 

「それこそ2年前の新越谷高校野球部に起きた不祥事……とまでは言わないけど、毎日吐きそうになるまで練習させられた挙げ句、朝早くから夜遅くまでの練習に根をあげたんだと。休日なんてほぼほぼぶっ通しだったみたいだし」

 

「うわぁ……」

 

時代錯誤の人なのかな……?余程やる気と根気がある人じゃないと着いて来れないかも。

 

「でも今いる15人くらいの人達は1年生とは言え残ってるし、練習内容も緩和されたんじゃないの?」

 

「違うね。むしろその逆……。飛鳥は更に練習を厳しくしたんだよ。まぁ練習試合が主になったんだけど」

 

「ま、まさか名のある名門校に殴り込み!?」

 

「いや、ウチみたいな県外の無名のところばかりだね。それも万年初戦敗退レベルの高校だ……。曰く名のある高校に余計な警戒を持たせず、本番の大会では初見の内にコールドゲームを決めるつもりで畳み掛けるらしい」

 

「す、凄い考えだね……」

 

(まぁその中でもウチは例外中の例外……。なんでもそっちの思い通りにいくとは思わない事だね)

 

「さて、切り替えて守るぞ。この3点を絶対に死守するつもりでプレーしろ!」

 

『おおっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「あれは厄介ですねー。低空から浮き上がるだけじゃなくて、砂埃でボールを見失ってしまいますー」

 

「伴、捕手のテメーから見てあの球はどうだ?」

 

「少なくとも1打席目はキツいですねー。付け入る隙があるとするなら……」

 

「するなら?」

 

「捕手の動きを見て判断すると良いですー」

 

「捕手の……」

 

「動き……?」

 

「見てもらったらわかると思うんですけど、今投げられてる球は砂埃に紛れてボールが見えなくなる……といった代物で、最終的には捕手のミットに収まりますので、捕手がミットを構えた瞬間が合図ですー」

 

「成程な。捕手がミットを構えた時がもうすぐボールが収まる合図……。それを観察しつつ、自分の判断で叩けって事かァ?」

 

「大雑把に言えばそうですねー」

 

(まぁ投げているのが並の投手ならそれで100点満点の解答なんですけど、あれ程の球の使い手が並で収まるレベルの投手じゃないので、当てる事が出来たところで……って言った感じですかねー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(まずは3人……!)

 

最短であと18人。このまま完全試合を決めるつもりで投げてやるわ!

 

(そうでもしないと……早川さんを越えられない気がするのよね)

 

「ナイピだよっ!」

 

「ありがとうございます!」

 

「凄いね~!まるで消える魔球みたいだ」

 

「私が憧れている投手がこの球を決め球にしていて……。私も投げられるようになって、とても嬉しい気持ちでいっぱいです」

 

向こうに控えている選手の事を考えると、点をあげられないのもまた事実……。向こうの投手も立ち直っているし、追加点も厳しそうだし、私が頑張らないと……!



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嶋田飛鳥

『アウト!チェンジ!!』

 

2回表は三者凡退……。やっぱり向こうの投手は完全に立ち直っているよね。

 

「さて……。ユイにとってはここが第1の正念場となるね」

 

「ユイちゃんの……?」

 

前の回の向こうは三者三振だったから、次は4番からだけど……。

 

「…………!」

 

(そっか……。この回は嶋田さんの打順から……!)

 

4番に入ってるって事は打撃能力もかなりレベルが高い筈だし、確かにユイちゃんにとっては正念場になるかも。

 

(志乃先輩……)

 

(……問題はない。普通に攻めて行こう)

 

(はい……!)

 

ユイちゃんの1球目。これまでの打者に投げた低空から凄い勢いで浮き上がり、砂埃に紛れてボールが見えなくなる……まさに消える魔球!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(これがアイツ等が言ってた球か。確かに消えて見えらァな。水鳥の構えているミットは相当高めにあるが、コースがストライクゾーンを通っているから、判定もストライクって訳か……!)

 

(振ってこなかった……?)

 

(嶋田はずっと私の方を見てた……。多分タイミングを伺ってる)

 

(じゃあ次は……?)

 

(……とりあえず1球目と同じコースに)

 

(わかりました)

 

2球目。コースは1球目と同じだけど……?

 

(はっ!伴の言ってる通りの球だったな。それなら水鳥がミットを上げるタイミングに合わせりゃァ……!)

 

 

カキーン!!

 

 

(なっ!?)

 

『ファール!』

 

嶋田さんは2球目でタイミングを合わせ、打球はレフト線切れてファールになった。

 

「ユイちゃんの球をまさかあんな簡単に捉えてくるなんて……」

 

「飛鳥は横浜シニアで3年間4番を打ってたからね。タイミングさえ合わせればどんな球もアジャスト出来る……。それが嶋田飛鳥の恐るべきバッティングセンスだよ」

 

(しかし攻略困難とも言われた早川茜の決め球……を受け継いだものをあっさりと捉えるとは……。和奈とはまた別の次元のスラッガーだな)

 

(チッ!少しタイミングを外したか……。今ので仕留められなかったのは面倒だな)

 

『タイム!』

 

嶋田さんがファールを打った後にタイムが掛けられた。ユイちゃんか志乃ちゃんが掛けたのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「志乃先輩……」

 

「……このまま同じように攻めていたら打たれる」

 

「っ!」

 

「嶋田はそういう打者。初球でタイミングを計り、2球目にアジャスト。そして2球目に仕留められなかった球を3球目にはホームラン……」

 

志乃先輩は今打席に立っている嶋田さんとリトル時代の同期……。打者としてのタイプがよくわかるって事よね。

 

「もっと……勢いを出した方が良いですかね?」

 

「別にそこまでする必要はない。ほんの少し、コースをずらせば良い」

 

「コースをずらす?」

 

「そう。コースは……」

 

志乃先輩は作戦をポツポツと話し始めた。

 

「……成程。確かにそれならいけそうです!」

 

「少なくともこの打席は乗り切れる」

 

そうよね。まだこんなところで打たれる訳にはいかないのよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイムが終わったみたいで、志乃ちゃんがポジションに戻る。

 

「作戦会議は終わったかァ?」

 

「そんな大層なものじゃない。後輩にリラックスを促しただけ……」

 

「どうだか?テメーが曲者なのはリトル時代でよーくわかってんだ」

 

「…………」

 

ツーナッシングからの3球目。志乃ちゃんは再び同じコースにミットを上げた。

 

(水鳥がミットを上げた……。もうすぐだな)

 

嶋田さんのスイングが始動。タイミングが合っちゃってる!?

 

(なっ!?)

 

(この打席は……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(軌道が低い……だとォ!?)

 

(私達の勝ち……!)

 

志乃ちゃんが構えているコースよりも数センチ低く、プロテクターにボールが当たり、そのまま溢れる。

 

「チッ……!」

 

「今回は私達の勝ち……」

 

振り逃げを狙う嶋田さんに対して志乃ちゃんがタッチ。最終的な結果は相手の振り逃げ失敗となった。

 

(フン、次の打席で借りを返してやんよ)

 

(志乃先輩の機転でなんとか打ち取る事が出来たわね。次に彼女と対戦する時はどうなるかわからないわ……)

 

結果的にはユイちゃんの勝ちなのに、ユイちゃん自身はとてもヒヤヒヤしてる……。次の嶋田さんの打席がどうなるか全く予測が付かないよ。



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動き出す紅洋

試合は進んで4回裏。スコアは3対0のまま私達がリードしている。

 

「しかし点が取れなくなってきたなぁ……」

 

「ランナーは出るんだけどね。残塁で終わってしまう」

 

「嶋田さん以外は1年生って事は先発で投げてる娘も1年生でしょ?それなのに、なんか場慣れしてる感じがする……」

 

「先発で投げてるのは嶋田の直属の後輩……横浜シニア出身の選手で、最終的にはエースにまで登り詰めた実績がある。もちろんシニアと高校野球では選手のレベルが段違いだから、初回に奇襲する事が出来たのもある」

 

そこからは無事に立ち直って、持ち直したって事だよね。名門シニアのエースの実力がこの高校野球に馴染んできたから、ウチが点を取れなくなってきてるんだ……。

 

「あれ……?向こう、選手を代えてきましたよ」

 

「代打攻勢にしてはやや早いですね……」

 

「恐らくこの回で本格的にユイの攻略に努めるつもりだろう。飛鳥にも回ってくる可能性もあるからね」

 

(最悪のケースが満塁で飛鳥に回ってくる事……。バッテリーはここが踏ん張り所だな)

 

多分コレが天王寺さんの言ってた山場の1つ……。逆にこの回を凌ぎ切ったら、勝利はほぼ確定だし、ユイちゃんには頑張ってほしいなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……。この回でウィラードの攻略に努めるぞ。これまで1打席分見てきた事をぶつける。伴!」

 

「はいー」

 

「先陣はテメーが行け。そして次に繋ぐんだ」

 

「了解ですよー」

 

「その後は星、花形の順番で代打を出す。ついでに投手の交代もし、連中の流れからこっちの流れに変えるんだ。気張っていけよテメー等ァ!!」

 

『ッス!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(代打で出て来たのは……ブルペン捕手を務めていた人ね)

 

私が投げている時、ずっと私の方を見ていた。まるで洛山の非道さんのような雰囲気を持つ打者……。

 

「よろしくお願いしますー」

 

何を企んでいるのかは知らないけど……!

 

(私の球を簡単に打てるとは思わない事ね!)

 

いつも通り、私は志乃先輩のミットに向かって投げた……筈だった。

 

 

コンッ。

 

 

『バント!?』

 

代打で出て来た選手は初球からセーフティバント。意表を突かれたのか、対応が遅れる。

 

『セーフ!』

 

(くっ!ランナーを出してしまった……!)

 

あの選手……明美先輩や合宿で一緒だった三森さん達に比べれば速くはないけど、走塁が上手い……!

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

またも代打攻勢。2人目は試合前に紹介していた1人……星さんだ。

 

(とりあえず盗塁を警戒して、投げていこう……)

 

(了解です……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(ウエストから入りましたかー。私が走るって思ってるんですかねー?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(ただボールカウントは易々渡すつもりもねぇってか……。野球王国であるアメリカのシニアで揉まれたのと、相方が水鳥なだけあって、その辺の駆け引きもきっちり出来てるな。勝負は次の球だ。わかってるだろうな?星ィ……!)

 

平行カウントからの3球目。

 

(低空から浮き上がる球……狙い通り!)

 

 

コンッ。

 

 

(またバント!?)

 

二者連続でセーフティバント。一塁ランナーは既に二塁に到達しており……。

 

『セーフ!』

 

打った打者も一塁に辿り着く。これでノーアウト一塁・二塁のピンチに……。

 

(これは……不味いわね)

 

『ボール!フォアボール!!』

 

更に次の打者にも四球を与えてしまい、ノーアウト満塁のピンチになってしまう。そして迎えるは……!

 

「1打席目の借りをここで返させてもらうぜェ……?」

 

(4番の嶋田……。ウィラードが崩れたとは考えにくいけど、さっきの打者に対して制球が乱れていたのもまた事実……)

 

満塁のピンチに4番打者……。ここを抑えられるかどうかで、この試合の運命が変わってくるわね……!

 

(打たせない……。打たせる訳にはいかない!)

 

絶対に……抑えてみせる!



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対応力と成長

ノーアウト満塁のピンチで打席には1打席目で私の球に唯一長打性の当たりを打ってきた嶋田さん。

 

「……志乃先輩なら、この局面はどうします?」

 

「……嶋田の能力を考えると、ここは下手に勝負をするよりは敬遠で1点を相手に与えた方がダメージは少ない。どうするかはウィラードの判断に任せる」

 

(これが大会なら……私は志乃先輩の言うように敬遠してたと思う。でもこれは練習試合。志乃先輩は私に判断させてくれている……!)

 

出来れば……先輩の期待には応えたいわよね!

 

「……勝負します!」

 

「そう……。前の打席でわかると思うけど、嶋田は対応力が高い選手だから、甘いコースは禁物」

 

「はい!」

 

前の打席では志乃先輩が機転を利かせて暮れたお陰で、嶋田さんを打ち取る事が出来た……。今度は私の実力でも打ち取れるという事を証明するのよ!

 

「……あんまり待たせんなよォ?」

 

「それは失礼した」

 

「そんで?ウチと勝負してくれるって?」

 

「……そのつもり」

 

「はっ!光栄なこって!今度はホームランを打ってやるよ」

 

(高校生一のサードを相手に、私の全力をぶつけてみせる……!)

 

勝負よ。嶋田飛鳥さん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「歩かせる可能性もあるかな……と思ってたけど、ちゃんと勝負するみたいだね」

 

「まぁこれは練習試合だし、やりたいようにやらせるさ。やらずに後悔するなら、やって後悔する方が良いからな」

 

ユイちゃんと嶋田さんの対決第2ラウンド。1打席目はユイちゃんに軍配が上がったんだけど……。

 

(初球は見送り……)

 

(嶋田には余裕があるようにも見える。慎重に行こう。最悪押し出しでも良いから……)

 

(了解です……!)

 

(初球はストライク……。次はどう来る?ウィラードと水鳥は……!)

 

2球目。初球とは全く逆のコースをユイちゃんは突いてきた。低空から浮き上がるあの球は性質上必ず真ん中よりも上のコースに投げられる……。

 

(つまりそれを張ってりゃァ……!)

 

 

カキーン!!

 

 

(しまった!?)

 

(タイミングを合わせんのはそう難しくねェ……)

 

『ファール!』

 

打球はレフト線切れてファール。1打席目と同様に追い込んではいるんだけど……。

 

(同じように……駆け引きしますか?)

 

(嶋田には同じ戦法は通用しない……。読まれてホームランを打たれるくらいなら、力で押した方がまだ怪我は少ない)

 

(……そうですね。わかりました!)

 

カウントはツーナッシング。嶋田さんとの勝負は次で決まる。頑張ってユイちゃん……!

 

(これで……三振よ!)

 

3球目に投げられたその球は、今日1番と言っても良い1球だった……。

 

(1打席目よりも2打席目、1球目よりも2球目……。ウィラードの球はこれからも進化していくんだろうなァ。だがここで殺られる程甘かァねェんだよ!)

 

 

カキーン!!

 

 

「っ!」

 

嶋田さんの打った球は右中間を抜ける当たり。

 

「やったーっ!」

 

「伴、星、花形!全力で走れェっ!!」

 

「「了解ッス!!」」

 

「言われずとも、ホームインですよー」

 

結果は走者一掃のタイムリーツーベース。リードしていた3点が一気に同点になってしまった……。

 

(はっ!本来なら場外に飛ばしてやろうとしてたんだがなァ……。まだまだ成長するって訳かァ?ウィラード・ユイよォ?)

 

でもまだ試合は振り出しに戻ったばかり……。まだまだこれからだよ!



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流れ

私の渾身の1球は嶋田さんによって打ち砕かれた。

 

(まともに打たれたのは世界大会の決勝戦以来ね……)

 

清本さんや早川さん、そして今打った嶋田さん……。あそこまで貪欲に食らい付き、対応してくる打者はアメリカにはいなかったわね。

 

「……まだいけそう?」

 

マウンドに駆け寄る志乃先輩は私に調子の確認をしている。自信のある1球を打たれたんだ……。調子を崩していないか心配してくれているのだろう。

 

「……はい。大丈夫ですよ。むしろ燃えてきました」

 

(世の中は広い……。これから先も嶋田さんのような打者は出て来ると思う。でも……!)

 

私はそんな打者をも捩じ伏せる投手になりたいものね……。

 

「……そう?それなら後続を抑えよう。向こうの勢いを摘む形で」

 

「はいっ!」

 

私はまだまだ強くなる……。打たれたからって、へこんでいる暇はないわ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「よしっ!!」

 

切り替えて投げていくわよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「チッ!逆転は無理だったか……」

 

「で、でもあと一巡したらきっと攻略出来ますよ!嶋田さんなら次はホームランです!」

 

「いやー、どうだろうねー?むしろ厳しくなっちゃったんじゃないかなー?」

 

「伴の言う通りだ。それにさっきウチが打った球も本来ならホームランを狙ったつもりだった……。この意味がわかるかァ?」

 

「ホームランを狙った嶋田さんは……その結果、差し込まれて右中間を抜ける当たりになってしまった……?」

 

「そうだ。それに腕がまだ痺れやがる。とんでもなく重い球をウィラードは投げやがった……」

 

『…………』

 

「更に言えば、ウチが打ったあの一打でウィラードはもっと手強くなった……。下手すりゃこれ以上の得点は望めねェ。星ィ!」

 

「ッス!」

 

「肩ァ出来てるかァ?」

 

「だ、大丈夫ッス!」

 

「なら田村と交代だァ。伴は鬼力と変わってキャッチャー、鬼力はサード、花形はファースト、田村はレフトに入れ。向こうに勢いを渡すな!気張っていくぞオラァ!!」

 

『ッス!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5回表。練習試合は延長がないとの事で、あと3イニング……。向こうは守備位置を入れ換えてきた。

 

「結構入れ換えてきたね……」

 

「多分ここからが本番になるだろうね。残りの3イニングが……」

 

(この回は8番からだけど、新しく代わったあの投手……星さんに対してどう出るか……だよね)

 

「それじゃー、いってみよー」

 

「了解……!」

 

星さんの投げた1球は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

不意にきたその1球は……豪速球と呼ぶに相応しい球だった。

 

「は、速い……」

 

「まだ1年生なのに、あんな球を投げるの……?」

 

数人を除いて、星さんの投げる球に萎縮していた。でも……。

 

「……確かに速いけど、打てないって程じゃないと思うけどね」

 

「……まぁ難しい球ではないかなぁ。ウチ等だって似たような球を見てきた筈やし」

 

「バットが振れないって訳でもないから、食らい付けばいけると思う……」

 

天王寺さん、恭子ちゃん、志乃ちゃんが順番にそう言った。似たような球って……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「まぁ不意に来たのもあって、いきなり打てるか……って言われたらそうでもないかもね」

 

「あっさりとツーアウト……」

 

「まぁ上位が何人あの投手の球を打てるかがこの試合の行方を左右すると思う……。イーディス」

 

「わかってるわ」

 

「ならよし。張り切って出て来たルーキーの自信を打ち砕いてやってくれ」

 

「任せなさい。ユイの敵討ちも兼ねて行ってくるわ。毎日彼方と1打席勝負をしてるもの……。ベンチで見る分には訳ないわ」

 

イーディスちゃんは私と毎日1打席勝負をしている……。その影響か、ストレートだけならある程度安定して打てるようになってきた。

 

(だからなのかな……?期待が出来るのかも)

 

ここで星さんを打ち崩せるのか……っていう佳境展開を迎えたこの試合。流れが変わると良いね!



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10割打者

左打席にはイーディスちゃんがで自信満々立っているけど……。

 

「あのストレートを打つのは簡単じゃないよね……」

 

「まぁ難しくはあるね。でもイーディスは安定した成績を残している」

 

「安定した成績?」

 

「実は4月に入ってからの練習試合の打率を見ると、イーディスは10割なんだよね」

 

『えっ!?』

 

「それって全打席ヒットを打ってる……って事ですか?」

 

「まぁそうなるね。ここまで相手投手に対応している打者はイーディスだけ……。真深やユイは時々ベンチスタートになる事がある上に、たまに凡退する。そんな中でイーディスは毎試合……それこそ1試合で3、4安打は打ってるよ」

 

そ、そんなに凄かったなんて……。なんで今まで気付かなかったんだろう?この試合もヒット2本打ってるし……。

 

「……で、イーディスは彼方と毎日1打席勝負をしてるから、星のストレートくらいなら問題なく対応が出来るって訳さ」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「初球から当てられるなんて……」

 

「イーディスの身体能力とセンスがあってこその実力だね。星のストレートは彼方と同じくらいだから、毎日のように見ているイーディスなら……アジャストするのも難しくないのさ」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「2球目も当てたけど、追い込まれちゃった……」

 

「とは言え楽に捉えられる球じゃないのも事実。私の見る限りでは星は進化型の投手だから、早い内に打っておかないと手が付けられなくなってしまう……」

 

「それにツーアウトだから、あんまり先は望めないんだよね」

 

 

カンッ!

 

 

「あっ、打った!」

 

イーディスちゃんは3球目で星さんのストレートを捉え、その打球はセンター前へと落ちた。

 

「やった!繋いだ!」

 

「そして打率10割は継続……か。イーディスが夏大会でどこまで打率を保てるかも見物かもね。県対抗総力戦にも確定で選ばれるだろう」

 

(しかしもしもイーディスが野球の方に集中するとなると……。一応辞退も出来るらしいが、念の為に私の方からブラック達に伝えておくかな。いざとなれば私がイーディスの代わりを務めるって……)

 

天王寺さんの話によると、イーディスちゃんは練習試合内で全打席ヒットを打っており、その中の8割は短打によるもの。まぁイーディスちゃんに打順が回る時って回の頭が多いからね……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

しかし2番の雫ちゃんは星さんのストレートを当てる事は出来るものの、打ち上げてしまいチェンジとなった。

 

「良いぞ良いぞ!星のストレートに食らい付いてる。クリーンアップに回る6回が恐らく点を取る最後のチャンスだから、全力で攻略に臨むように!」

 

『おおっ!!』

 

ユイちゃんと真深ちゃん、そしてストレート系統には強い盾ちゃんと可能性がある打者が続くから、5回裏さえ凌ぐ事が出来れば勝ち越すチャンスだね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……!」

 

「思ったよりも向こうの対応が早いみたいだねー」

 

「翠ちゃん……」

 

「特にさっき相手した向こうの1番打者と4番打者は要警戒だねー。今後当たる可能性を考えると尚更ー」

 

「伴から見て、次の回に星の球に対応出来そうな奴はいるか?」

 

「さっき言った4番はもちろん、その前の3番と……あとは7番ですかねー?美智瑠のストレートはまだまだ発展途上ですけど、この試合の結果次第で急成長するんじゃないでしょうかー?」

 

「…………」

 

「美智瑠ちゃん……」

 

「ううん、大丈夫だよ美鈴ちゃん。私のストレートがまだまだ成長の余地がある事が知れて良かった……」

 

(はん、星も段々頼もしくなってきたじゃねェか……。恐らくは天王寺の思惑通りに事が運んでいるだろうが、このまま思い通りにゃなんねェぞ?)



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繋ぐ一打

「彼方の球に慣れていると、あのストレートは打ちやすいわ。でも……余り球数を費やすのも良くないわね」

 

打席に立つ前に、星さんの球を打ったイーディス先輩からそのような忠告をもらった。私と真深はアメリカにいた頃から彼方先輩のストレートを見てきた。

 

短期間での攻略なら打ちやすい……というのがイーディス先輩の意見であり、星さんへの評価……!

 

(初球は球筋を確認する為に見送るとして、勝負は2球目ね)

 

(ウィラード・ユイさん……。嶋田さんと翠ちゃんが警戒している選手の1人だし、さっきの1番の人みたいに対応してくるのかな?)

 

神経を集中して挑まなければ勝てない相手……。私が投手側として対峙する時の真深や、私が打者側として対峙する時の早川さんと似たピリッとした空気が流れているわね。

 

(それにこの空気が流れているのはそれだけが理由じゃないものね)

 

「…………!」

 

ふと後ろを見ると、ネクストサークルで私以上に集中力を高めている真深がいた。きっとVS星さんのイメージを描いているのね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(今は私自身のこの打席に集中しましょうか……!)

 

それにしても星さんもそうなんだけど、彼方先輩や、この前の合宿で会った大豪月さんはどんな神経を使えばあんな豪速球を精密にコントロールが出来るのかしら……?

 

(2球目……低めに投げる!)

 

(私の勘が正しければ、低めに投げてくると思うのよね)

 

バッティングの方は真深やイーディス先輩のようにはいかないけど、私だって負ける訳にはいかない!

 

 

カンッ!

 

 

「!?」

 

(ありゃりゃ……。これは配球が読まれてますねー)

 

私が打った打球はライト線切れて……。

 

『ファール!』

 

ファールとなった。今の1球で決め切れなかったのはいたいわね……。

 

(危なかった……。やはり嶋田さんや翠ちゃんが要警戒している打者はまともに投げると、苦戦必至だね)

 

(だから駆け引きするんだけど、さっきの1番打者には思い切り読まれていますからねー。腹を括るしかないですかねー?)

 

カウントツーナッシング……。もう外す事は出来ない!

 

(とりあえずストライクゾーンに投げましょうかー。上手くいけばこれで三振になるしー)

 

(わかった……!)

 

3球目は……!?

 

(2球目よりも速い!?)

 

けど、読めない訳じゃないのよ!

 

 

カンッ!

 

 

(うっ……!差し込まれたかしら?)

 

2球目よりも早いタイミングでスイングを始動したから、タイミングは完璧だった。なのになんて重さよ!?

 

『走れ走れーっ!』

 

打球はサードに転々と転がっている。フェアだと思うけど……?

 

『フェアフェア!!』

 

判定はフェア。ここで勝ち越せれば、勝利の確率が大幅に上がるし、絶対に生き残る……!

 

『……セーフ!』

 

(よしっ……!)

 

なんとか真深に繋ぐ事が出来たわ!

 

(ナイスよ。ユイ……。私もユイの一打を無駄にしないように頑張るわ!)

 

あとは頼むわよ……真深!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノーアウト一塁で次は4番……。流れは最悪ですねー」

 

「うん……。あの球は自信があった球なのに、タイミングを合わされた……」

 

「ウィラードは2球から星の球にタイミングを合わせていた……。更に3球目は星が2球目以上の球を投げてくると読んで、更にバットを振るタイミングを早めた……。星の進化するピッチングを利用した一打だったな」

 

「そう……ですよね」

 

「そしてその次はもっと厄介な打者が控えている……」

 

「上杉さん……!」

 

「勝負をするかしないかは任せる……が、自分自身に後悔しないように投げろ。これがウチからのアドバイスだ」

 

「嶋田さん……」

 

(私は……上杉さんを相手にどうしたいのか……。まだわからない)

 

(一塁が埋まっているとは言え、負けない為には勝負を避けるべき場面……。美智瑠の性格を考えると、露骨な逃げはしないと思うんだよねー)

 

(星がここから更に成長するか……上杉の打席で見れるかもな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ユイ……)

 

打撃方面にも自信のあるユイが私に繋ぐ形で打ってくれた……。

 

(特に3球目はバットを短く持って、当てにいっていたものね。その想いを……私で途切れさせる訳にはいかないわね……!)

 

「…………!」

 

勝負よ星さん……。互いに死力を尽くしましょう!



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終幕

「さぁ真深、繋いだわよ!」

 

「ええ、ありがとう。行ってくるわ……!」

 

ユイちゃんが真深ちゃんに繋ぐ……。なんかこういうのって良いなぁ……。絆を感じるよ。

 

「…………!」

 

(それにしても真深ちゃんは凄い集中力だね。まるで他者を寄せ付けない……そんな怖い雰囲気も感じるけど……?)

 

「おいおい……。真深の奴ゾーン状態に突入してるじゃないか」

 

「浦の星の松浦さん達がなってたあの……?」

 

「でもそれって基本的には3年生にしか起きない現象なんじゃ?……」

 

そう……。天王寺さん達の会話からわかる通り、真深ちゃんはゾーン状態に入ってる。だからあんなに集中してたんだね。

 

「あの、ゾーンって何ですか?」

 

「不動◯星に似ているラスボスの事よ」

 

「はい、さらっと嘘を教えなーい」

 

嘘を教えられそうになったロニエちゃんには後に志乃ちゃんが正しく教えました。

 

「でも……それだけじゃないな」

 

「えっ?」

 

「相手投手も上杉と同様にゾーン状態に入ってる……」

 

天王寺さんと志乃ちゃんに言われて、私達はマウンドを見る。すると真深ちゃんと同様に凄い集中力を感じられる星さんが……。

 

(あの様子だと、真深を敬遠する……なんて事はなさそうだけど、これは星の成長にも繋がっちゃうかな?)

 

天王寺さんが思案顔でマウンドを見てる。何かあったのかな?それにしても……。

 

『…………』

 

(グラウンド全体が凄く静か……。それ程2人の対決に見入ってるって事だよね)

 

(真深……。今の星さんはさっき私と対戦した時よりも手強くなってるわよ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(上杉さんに私の全てを……ぶつける!)

 

(きっと星さんはさっきのユイよりも力を爆発させてくる……。一瞬たりとも油断は出来ないわ)

 

そんな星さんの1球目は……予想通りユイの時よりも速いストレートを精密なコントロールによって ストライクゾーンへと。でも……。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

(狙い通りよ!)

 

『ファール!』

 

打球はファールになったけれど、狙いそのものは上手くいっている。あとは覇竹のスイングを披露するタイミング次第ね。

 

(当てられた……。それならもっと速く、もっと強く、投げるだけ……!)

 

(星さんの投げる球に集中力を研ぎ澄まして……打つ!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

打球は三塁線へ。これでもタイミングがずれるのね……。

 

(これで追い込まれた……。もう失敗は出来ないわ)

 

集中、集中……!

 

(これで……三振だっ!)

 

(また速くなった!?)

 

1球目よりも2球目。そしてその2球目よりも更に球速が上がる星さんのストレート。見極めに使える時間もコンマ数秒ね……。

 

(でも……だからかしら?全く打てないって感じがしないのよね。コンマ何秒かの時間しか見極めに使えず、本来なら速さに着いて行く事が出来なかった……)

 

でも今は身体が自然と動く……。これが……これが地獄の合宿の成果なのね。

 

 

カキーン!!

 

 

(打た……れた?美智瑠の最高のストレートが?全く、上杉真深は化物だと、改めてわかっちゃうねー)

 

(今の1球は今までで最高の球だった……。それを上杉さんは、想定して対応していったんだね……)

 

私が打った打球は高い弾道を描き、そのまま金網の1番上に直撃した。センター方面だから、文句無しのホームランで良いと思うのに、やけに辺りが静かよね。まるで誰も喋ってはいけない……みたいな空気を醸し出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

真深ちゃんのツーランホームランが決勝点となり、残りのイニングはユイちゃんが抑え、私達が2点リードしたまま勝利となった。

 

(覚醒したウィラードの球を花形まで対応が出来なかったのは想定外だった……。だがこの借りは夏に返させてもらうぜェ?)

 

『ゲームセット!!』

 

何はともあれ、紅洋高校の20連勝を阻止したよ!



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夏予選

紅洋高校との練習試合から1ヶ月が過ぎた。

 

「いよいよ大会が迫ってきたよ……。なんか緊張しちゃう」

 

「あと2週間もないんだっけ?」

 

「出来れば最高の結果を残したいよね」

 

今日は夏大会の抽選会の日。天王寺さんと亜紀ちゃんが抽選会に行ってるよ。

 

「群馬県の高校にも嶋田さん達みたいな選手がいるのかな?志乃ちゃんはどう思う?」

 

「…………」

 

(群馬県のレベルはある程度調べてはいる。正直風薙が投げるだけで全国には進めると思う)

 

「志乃ちゃん……?」

 

(まぁ天王寺がウィラードと夢城姉を使い分けて投げさせるだろうし、もう少し接戦寄りにはなりそうだけど……)

 

「志乃ちゃんっ!!」

 

「……何?」

 

「あれ、もしかして私の話を聞いてなかった?」

 

「少し考え事をしてた」

 

そっか……。天王寺さんと言い、志乃ちゃんと言い、県大会に向けて色々と考えてるんだなぁ……。

 

「……それに今年は4年に1度ある県対抗総力戦がある年だから、選手達は例年よりも張り切っていると思う」

 

『県対抗総力戦?』

 

志乃ちゃんの発言に私と真深ちゃんとユイちゃんの3人が首を傾げる。4年に1度行われるってなんだかオリンピックみたいなイベントだね……。

 

「高野連が毎年日本全国の野球部に視察を送って、選手達の能力や活躍を確認し、有力な選手達を……人数に関しては開催される年によって変わってくるけど、まぁ1チーム20~30人くらいになるかもね」

 

疑問については明美ちゃんが解説してくれた。

 

「明美ちゃん詳しいね?」

 

「テレビ中継があるからね!野球に関してはプロアマ問わず、テレビでやってたらチェックしてるんだよ!」

 

テレビ中継かぁ……。去年の夏の全国大会で遥と朱里ちゃんがいる新越谷高校が優勝を決めた試合はアメリカのテレビで見てたけど、自分達がテレビに映るだなんてちょっと想像が出来ないよね。私なんてテレビ映りを避けてた訳だし。

 

(でも今年は遥とまた姉妹として接する為にも、テレビ映りを避ける訳にはいかないよね……)

 

「おーおー、盛り上がってるねぇ。何の話に花を咲かせてるのかね?」

 

明美ちゃんに県対抗総力戦の話を聞いていると、天王寺さん達が戻ってきた。

 

「今年の夏に行われる県対抗総力戦について彼方ちゃん達に説明してたんだよ!」

 

「ふーん……?まぁ県対抗総力戦は夏の全国大会が終わった後に行われるから、今は目前の群馬県予選からだね。尤もこの野球部が『県予選ごとき』で躓くとは思ってないが……」

 

天王寺さん凄い自信……。確かにユイちゃんも、真深ちゃんも全国トップレベルだと思うし、2人がいれば不安はないよね!

 

「それで?天王寺達は抽選会に行って来たんやんな?」

 

「そだねー」

 

「ウチ等の初戦の相手は……?」

 

恭子ちゃんの質問に私を含める全員が息を呑む。結構激戦区らしいし、特に野球経験者組は緊張が走るよね……。

 

「前山実業高校……通称『前実』と呼ばれている所だね。ちなみに全国出場候補の一角だ」

 

『ええっ!?』

 

それはまた……凄いところと当たる事になったね……。

 

「まぁ余程コンディションが悪くなければ、負けるようなところじゃないさ。前実は群馬の中ではトップ3に入る強さなのは間違いないけど、総合力は浦の星や紅洋よりも劣ってるしね」

 

嶋田さんが引っ張っていて、星さん、花形さん、伴さん等の強力な選手が集まっている紅洋高校と、エース渡辺さんがいて、ゾーン状態をコントロール出来る松浦さん達がいる浦の星学院はメキメキ力を付けていて、全国大会の優勝候補レベルにまで成長してるって天王寺さんも言ってたし、それに比べたら前実も劣っているのかな……?

 

「それでユニフォームなんだが……」

 

『ゴクリ……!』

 

再び私を含める全域が息を呑む。1日で同じ緊張感を2度も味わうなんてそうはないよね……。

 

「……それは試合当日に発表するって事で!」

 

天王寺さんの爆弾発言にほぼ全員がずっこけた。ええ……。

 

「めっちゃ焦らすやん……」

 

「まぁこっちにも色々あるのさ。運営側にはちゃーんと許可はもらってるんで、心配はいらないよ」

 

まぁ運営側が良いって言うなら……良いのかな?

 

「じゃあ夏大会(諸々を含む)に向けて練習!!」

 

『おおっ!!』

 

と、とにかく頑張るぞ!!



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ユニフォーム配布とダイジェスト式の群馬県予選

今日は開会式。天王寺さんによると、この日にユニフォームの配布があるんだとか……。

 

「じゃあサクッと発表しちゃおうか。1番は彼方、2番は志乃、3番は盾、4番は昌……」

 

「ちょちょちょ!発表のスピード早いって!もっと緊張感持って発表するものじゃないの!?」

 

怒涛の勢いと言わんばかりにさっさと発表する天王寺さんにイーディスちゃんが意義を唱えた。

 

「え~?無駄に焦らしてたら、時間がもったいないじゃん。発表もギリギリになった訳だし……」

 

「発表がギリギリになったのはあんたの自業自得でしょうが……。そうじゃなくて、理由がいるんじゃないかって話よ!」

 

「あー、理由ねぇ……?今発表した4人は単純にそのポジションでの性能の高さかな?ファーストに関しては盾よりも恭子の方が上だけど、恭子は外野を守る事が多いから、基本的に内野を守る盾が優先されたって訳」

 

成程……。天王寺さんなりに理由は考えているんだ。

 

「じゃあ続けるぞ?5番は洋子で、6番は雫……」

 

「ストップストップ!」

 

またもや静止。今度は洋子ちゃんだ。

 

「私が5番で良いの!?ユイちゃんとかアリスちゃんの方がサードとしての実力はあるのに……」

 

「これも理由としては単純だよ。ユイの背番号は2番手投手のもので決定しているから。アリスに関しては……正直洋子とアリスにそこまで大きな差はないんだよね。だから経験の差で洋子に5番を与えた……。それだけだ」

 

確かに天王寺さんの言う事も一理ある。アリスちゃんは凄くセンスがあって、メキメキと上達してるんだけど、洋子ちゃんもそれには負けてない。

 

成長スピードこそはアリスちゃんに軍配が上がるけど、洋子ちゃんの場合は粘り強さがアリスちゃんよりも上だと天王寺さんは評価したんじゃないかな……?

 

「雫の方は言うまでもなく適性ポジションだから。じゃあ発表に戻る。7番は真深、8番はイーディス、9番は恭子。10番はユイ、11番由紀、12番亜紀、13番アリス、14番明美、15番ロニエ……」

 

「これで全員?」

 

「天王寺さんがまだじゃないかな……?」

 

「私?まぁ選手起用じゃないけど、ベンチには20人まで入れるみたいだから、16番に入る……。だが私だって最後まで見れる訳じゃないから、それを心に入れておくように!」

 

「天王寺……」

 

「…………」

 

「…………」

 

この時の私達は天王寺さんの発言の意味がわかっていなかった。発言の意味がわかっているのはイーディスちゃん、アリスちゃん、ロニエちゃんの3人だけだった……。

 

「んじゃ、これから選手入場だ。しっかりと行進するように!」

 

(いよいよ始まるんだ……。夏大会が!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、群馬県予選。私達の試合の日。

 

「それじゃあ見事に行進がバラバラだった遠前野球部の第1試合がいよいよ始まるぞー」

 

(す、凄い棒読み……)

 

開会式の行進では初心者が多くいたせいか手足が同時に出ていたり、途中で止まって後ろの子にぶつかったりと、ある意味で私達の高校は注目を集めてしまっている。

 

「さて……。じゃあオーダーを発表しようか」

 

 

1番 センター イーディスちゃん

 

2番 ショート 雫ちゃん

 

3番 ライト 恭子ちゃん

 

4番 ファースト 盾ちゃん

 

5番 レフト 亜紀ちゃん

 

6番 ピッチャー 由紀ちゃん

 

7番 サード 洋子ちゃん

 

8番 キャッチャー ロニエちゃん

 

9番 セカンド 昌ちゃん

 

 

「初戦はこんな感じでいくけど……。何か質問は?」

 

天王寺さんの発表したオーダーに対して手を挙げたのは恭子ちゃんだった。

 

「なんか攻撃力に欠けるオーダーやけど、大丈夫なん?」

 

「心配はないさ。というか準決勝までは彼方、真深、ユイ、志乃は出さない」

 

「ほぇ~。それまたなんで?」

 

「理由は簡単。4人……特に彼方達アメリカ組が大会の頭から出たら、ゲームにならないから。まぁ準決勝から志乃を出しつつ、後半にはロニエに代わる……或いはその逆はあるかもね。アメリカ組に関しては骨のありそうな相手じゃないと出す事はない」

 

天王寺さん的に骨のありそうな相手ってどこだろう?今日相手にする前実は県大会優勝候補なんだよね?そこに対して骨がないって……。あとアメリカ組っていうのは私と、真深ちゃんと、ユイちゃんの事?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、試合結果の方だけを言うと、2対9で私達の勝ち。6回コールドだった。

 

「まぁ予想通りの内容だったかなぁ……」

 

「特に危ない場面もなかったもんね?」

 

イーディスちゃんは安定の4安打だし、盾ちゃんは2本ホームラン打ってるし、チームの安打は13本だったし……。

 

投球方面も初回に2点を取られてからは特に何の問題もなかったかな。その後の回は三者凡退で抑えていたし……。

 

「なんかあっちゅーまやったな……」

 

「まぁ初戦だしね」

 

なんか対戦相手に少し同情しちゃいそうな試合結果だったね。



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ダイジェスト式の群馬県予選完結 そしてグンマー代表選手集結

サクサクと群馬県大会を完結まで、そして後半はネタバレがあるので、閲覧注意。

オリキャラ紹介遠前編も同時投稿していますので、興味のある方々は見てください。


初戦を勝ち抜いた私達遠前高校はその後も怒涛の快進撃を見せた。

 

「2戦目の相手は渋川甲南学園。オーダーは初戦と同じでいく!」

 

VS渋川甲南学園。天王寺さんの話によれば初戦を運良く勝ち抜けたチームで、前実よりも数段劣るとか。つまり……。

 

『ゲームセット!!』

 

10対0の4回コールド。打線は初回から打者一巡するという連打と、投球は由紀ちゃんが完封。安打数も僅か2本と完全試合を決めそうな勢いだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて、ここから相手の強さがワンランク上がってくる……。だけど私達なら関係ない。一気に優勝まで駆け上がるぞ!」

 

『おおっ!!』

 

3戦目の相手はみどり中央緑が丘高校。名前の割には県ベスト8クラスの実力があるみたい。そんな相手に対してもウチは……。

 

 

カンッ!

 

 

先頭打者のイーディスちゃんがヒットを打ち……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

2番の雫ちゃん、3番の恭子ちゃんが次に繋ぎ……。

 

 

カキーン!!

 

 

4番の盾ちゃんがホームランを打つ……。一巡目はそんな流れがデフォルトになってきた。この試合も3対11の5回コールドという……もはやコールドゲームすら当たり前になりつつ、私達遠前高校野球部の注目度は跳ね上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

4戦目、5戦目の相手も打線は爆発、由紀ちゃんは好投し、どちらも6回コールドとなっている。更に新聞には『コールドゲームの遠前』と書かれるようになった。

 

(こんな簡単で良いのかなぁ……?)

 

「優勝まであと2つ……。ここからは真深とユイの解禁だ。頭から出すから、2人にも暴れてもらうぞ?」

 

「「はい!!」」

 

「志乃は残り2試合……状況に応じてロニエと交代での出場、或いはその逆もあるから、頭に入れておいてくれ」

 

「わかった……」

 

いよいよ真深ちゃん、ユイちゃん、志乃ちゃんの解禁だね!

 

「……ところで私は?」

 

「彼方の出番?県大会中はないよ?」

 

「えっ?酷くない!?」

 

私だって毎日頑張ってるのに!

 

「その代わり全国大会では全試合投げてもらうし、県対抗総力戦ではユイと交互に投げてもらう算段だ」

 

よ、良かった。ちゃんと私の見せ場はあるんだ……。あれ?

 

「全国大会はわかったけど……。県対抗総力戦でそれを決めるのって天王寺さんなの?私とユイちゃんが代表で選ばれるかもわからないのに……」

 

「その心配はない。彼方もユイも確実に選ばれるさ。なんせ今年の県対抗総力戦の群馬県代表の監督は……よーく私達の実力を見ているからな。それにこれまでの快進撃や、練習試合の結果も見ている訳だから、少なくとも彼方とユイ、あとは真深とイーディスが選ばれない……なんて事は100%ないね」

 

「そ、そうなんだ……」

 

でも全国大会で全試合投げさせてくれるみたいだし、今は皆を応援しようかな。頑張ってね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、月日は流れて県大会の閉会式。群馬県の全高校野球部が集結しているんだけど、これってどういう状況?なんかお偉いさんがお話してるみたいだけど?

 

「い、いよいよ始まるんだね。県対抗総力戦が……!私達の中から何人選ばれるかなぁ……?」

 

「ウチから1人でも多く選ばれると良いよね」

 

明美ちゃんと盾ちゃんの会話からわかるように、県大会の閉会式と併用して県対抗総力戦の開会式を同時にやっている。他県も同じように県対抗総力戦の開会式をしているみたい。

 

「それじゃあ今から呼ぶ者が総力戦のメンバーとなる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、いよいよ県対抗総力戦が始まる訳だが、日程的に全国大会を先にやる事になっている。優勝した私達も県対抗総力戦に選ばれたメンバーは専用の宿舎があるから、そこに泊まるように」

 

県対抗総力戦……。群馬県代表選手として選ばれたのは彼方先輩、ユイ、イーディス先輩、志乃先輩、そして私の5人。私達が他の群馬県代表選手達と同じ宿舎に泊まるって事よね?

 

「ひとまずは目の前の全国大会……。もちろん目指すは優勝だ!」

 

『おおっ!!』

 

初めての催し物に、日本での全国大会……。大きなイベントが目白押しだし、集中していかないと……!

 

「…………」

 

「彼方先輩?」

 

彼方先輩が週刊ペナントを見ている。そこに載ってあるのは……。

 

(県対抗総力戦の……埼玉代表メンバーね。リストにはやはり早川さんや遥ちゃんが……。それにヨミに珠姫もいるわ)

 

知ってる人がいるとついつい嬉しくなってしまうわよね。でも勝負となっては別物よ!勝つのは私達なんだから……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日を境に彼方先輩が豹変してしまうのだけれど、それはまた別の機会に……。




彼方「ここまで閲覧ありがとうございました!」

真深「次回からは新越谷視点に戻ります」

ユイ「本来なら2、30話くらいの予定だったのに、どうしてここまで長くなってしまったのかしら……」

彼方「70話はあるもんね……」

真深「では新越谷側にバトンタッチします」

ユイ「私達の活躍は全国編(県対抗総力戦含む)までお預けね」

彼方「ではまた会いましょう!」


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2年目 ボチボチやってますぅ
誰が◯番!?


朱里「えー、上杉さん達からバトンをもらい、私達の視点に戻る訳ですが……」

遥「どうかしたの?」

朱里「この小説も終盤まできました。この章を含めてあと2章でこの小説は完結となります」

遥「ええっ!?3年生までやるんじゃないの!?」

朱里「作者もネタが尽きる寸前でね……。3年生編をやったとしても似たり寄ったりというか、同じ部分も多数出ちゃうからって理由みたいだよ」

遥「じゃあこの小説はどうなっちゃうの……?」

朱里「とりあえず完結したら続編に続くよ。まだ投稿日は未定だけどね。あとは……番外編を書いていく感じかな」

遥「そういえば長らく番外編も書けてないもんね……」

朱里「もしくは二宮と清本が主役の外伝の方に集中するかもね」

遥「でも1度完結したら、作者はしばらく姿を消す(失踪)するんじゃないかなぁ?」

朱里「少なくとも『球詠』の二次創作からは消えそうだよね。『ドラゴンボール』とか、『盾の勇者の成り上がり』とか、『咲-Saki-』とかにシフトチェンジするんじゃないかな?」

遥「完結まではこの小説を(多分)毎日書き続けますので、ここまで読んでくださった読者も、ここから読み始めてくれた読者も!」

朱里(こんな中途半端なところから読む人は多分いない……)

遥「最後までこの小説を応援してくださいっ!!」

朱里「よろしくお願いします」

遥「します!!」


「これは困りましたね……」

 

「そうですね……」

 

「どのポジションもそれぞれ拮抗した選手達が犇めいていますが……。その中でも特に投手陣です」

 

「はい……。ヨミ、朱里、光の3人は選手タイプは違えど、大きな差がないのが、逆に問題なんです」

 

「朱里ちゃんとヨミちゃんは決め球を駆使して三振を取りに行くタイプ。光先輩は味方の守備力を信頼した、打たせて取るタイプ……。そして同じタイプでも、朱里ちゃんとヨミちゃんはまた別の部類に分類されますし……」

 

「珠姫と藍にも聞いたが、安定して結果を出しているのは朱里で、朱里に比べるとややムラがあるものの、時々朱里以上の成果を出しているのがヨミだ。2人共地獄の合宿を経て、大幅に成長している」

 

「……仕方ありませんね」

 

「先生?」

 

「こうなれば最終手段です。投手陣を始めとして、他のポジションにも同様の手段を使いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「どうしたの?」

 

「いや、なんでもないよ。思わず出てしまっただけだし」

 

今日はユニフォーム配布の日。私は果たして何番になるのだろうか……。

 

(大丈夫……!武田さん達にも負けないようにやってきたから、悪いようにはならない筈。大丈夫、大丈夫……!)

 

そう自分に言い聞かせて、気を強く持つ。

 

「早く部室に行こ?」

 

「……そうだね」

 

雷轟と共に、いざ部室へ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の練習も終わり、いよいよユニフォーム配布の時間になった。

 

「今からユニフォームを配布する訳だが……」

 

(ん?なんか歯切れが悪いな……)

 

何があったんだろうか?

 

「……先生と芳乃と相談し、今回のユニフォーム配布に対して呼ばれた番号に大きな意味はないと判断した」

 

えっ。それってつまり……。

 

「それぞれのポジションの力量差に大差はない……。それくらい皆の能力が拮抗しています」

 

『!?』

 

な、成程……。各ポジションの選手達の打撃方面はあっちの方が上だけど、守備方面になるとそっちの方が上……という判断なのか。

 

「今から発表する番号も実力には間違いないが、いつ逆転するかわからない……という事だけ覚えておいてくれ」

 

主将の言葉で辺りにピリッとした空気が流れ、緊張感が伝わってきた。前回のユニフォーム配布の時は山崎さん、藤田さん、川崎さんは確定でスタメン番号だったのに対し、今回はそれぞれのポジションで木虎、初野、春星という強力なライバルがいる。

 

またそれ以外のポジションでも各自が成長している……。これ等も加味して考えると、本当に誰がどの番号で呼ばれるか皆目検討が付かない。

 

「まずは1番……ヨミ!」

 

「は、はいっ!」

 

1番は武田さんか……。あくまでもこの時点においては私も川原先輩も武田さんにはやや劣っている……という判断だろう。

 

「2番……珠姫!」

 

「はい!」

 

「3番……希!」

 

「はい!」

 

2番に山崎さん、3番に中村さんが続けて呼ばれる。高校1年分の経験や、身体作りが如何に大切か……というのが個人的に木虎がここで呼ばれなかった理由だと考えている。

 

「4番……菫!」

 

「はい!」

 

ここも同様、初野よりも身体作りが高校1年分出来ているから。経験値も段々と縮まっていくと思う。

 

5番に藤原先輩が呼ばれ、6番は……。

 

「6番……春星!」

 

「……はい」

 

6番に春星が呼ばれた。台湾一のスラッガーというブランドが大きいのか、僅かに川崎さんが及ばなかった。

 

「…………」

 

当の川崎さんは悔しそうにしているものの、納得はしている……といった表情だ。まぁ連携とかも考えて藤田さんがスタメンで出るなら、川崎さんをスタメンに置いた方が期待値は高いし、二遊間の連携もこの夏にどうなるかというのも見物だね。

 

「7番……遥!」

 

「はいっ!!」

 

(今回も雷轟は7番か……)

 

外野争いは本当に誰が選ばれるかわからないからね。主将以外が初心者とサブポジションの人ばかりだし……。

 

8番は当然主将。そして……。

 

「9番……朱里!」

 

「えっ……。は、はい!」

 

9番はまさかの私だった。予想外過ぎる……。

 

「朱里には投打両方期待している……。今回の大会では表に出て、思い切り活躍してほしい。これは新越谷野球部総員の意見だ」

 

「主将……」

 

そんな事を言われたら……頑張るしかないじゃん!

 

「それで朱里……。背番号9番……受け取ってくれるか?」

 

「はい……はい!精一杯期待に応えます!」

 

正直私の右肩はリハビリの最中で、スタミナも7イニング完投する程はない。そんな私を投打共に認めてくれる人がいるのなら……私はその人の為に頑張りたい。

 

その後10番芳乃さん、11番川原先輩、12番木虎、13番川崎さん、14番初野、15番照屋さん、16番渡辺、17番息吹さん、18番大村さん、19番猪狩さんと順番に呼ばれ、これ等の番号に実力は関係ない……と改めて主将がそう口にした。




朱里「今回から作者が前々からやろうと思っていたこの小説の野球能力ランキングを後書きにて載せていきます」

芳乃「私は遥ちゃんの代役で来たけど、遥ちゃんはどうしたの?」

朱里「雷轟は大人の事情でいないよ」

芳乃「大人の事情……」

朱里「それでは早速ランキングの方を始めるよ」

芳乃「今回のランキングテーマは……投手スタミナ部門!」

朱里「いきなり競争率激しそうなのがきたね」

芳乃「全員挙げていくとキリがないから、トップ5に入る選手達を紹介するよ!」

朱里(正直オリキャラ無双な気がする……)

芳乃「ではランキングをドンッ!!」


~選手能力ランキング スタミナ部門~

同率1位 大豪月 洛山高校(京都)

同率1位 夢城由紀 遠前高校(群馬)

3位 三森夜子 美園学院(埼玉)

4位 武田詠深 新越谷高校(埼玉)

5位 神童裕菜 白糸台高校(西東京)


芳乃「上位5名はこのようになったよ!」

朱里「いきなり同率が発生……。こんな猛者達の中にしれっと武田さんがランクインしてるのが凄いよね」

芳乃「ヨミちゃんがトップ5に入ったのはズバリ地獄の合宿だね」

朱里「地獄の合宿恐るべし……。まぁ他の人達はなんとなく予測が出来そうなんだけど、5人中2人が本職の投手じゃない事に戦慄するよ……」

芳乃「ではまた次回のランキングで!」

朱里「一応言っておくと、このランキングは毎日投稿してる訳ではなく、何の前触れもなく不定期に後書きに載せているので、ご了承ください」


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偵察に……?

もうすぐ夏の大会が始まるある日。この日は私達が初戦に当たる深谷東方高校の偵察に行こうという話だったんだけど……。

 

「……それなら良い物を持ってきた」

 

こういう事を想定していたのか、猪狩さんが通学用の鞄とはまた別のバッグを取り出した。どうやら部室に置いていたみたいだけど……?

 

「えっと……。それは?」

 

皆が気になるであろう、猪狩さんがバッグから出した物は……。

 

「ドローン」

 

『……えっ?』

 

私達全員の声が1つになる。なんでそんな物を……?

 

「このドローンに小型カメラを設置して、目的地を深谷東方高校のグラウンドに設定して……」

 

ちょちょちょ!何をしれっととんでもない事をしてるのこの人は!?というか……。

 

「よくドローンなんて持ってたな……」

 

「さる方からもらいました。その人曰く機械弄りが趣味で、このドローンも通常のやつよりもかなりハイテクらしいです」

 

た、確かになんか目的地設定とかしちゃってるもんね。しかも遠隔操作のオマケ付き……。

 

「あとはこれを操縦するだけ……。偵察は空からだと、西東京在住のNさんも言ってた」

 

それ多分二宮だよね?二宮もドローンとか飛ばしてるの?

 

「遠隔操作するのは凄いけど、どうやって操作してるのがわかるの?」

 

「それはこの画面を駆使して頑張る……」

 

そう言って猪狩さんが取り出したのはタブレット端末くらいの端末を取り出して、設置した。

 

「このドローンを映す用のカメラと、撮影対象を映すカメラを設置して……」

 

猪狩さんの準備が終わり、猪狩さんが用意した液晶端末にドローンが映る。

 

「これで深谷東方高校野球部の練習グラウンドを上空から撮影する……」

 

「ほ、本当にそんな事が出来るの……?」

 

「一応実験は何度もやってるし、何れも成功しているから、今回も撮影だけなら問題はない。あとは打球が当たらないように上手く操作するだけ……」

 

さも当たり前の事を行ってる感じだけど、これ普通に凄いよね?ドローンを難なく操作している猪狩さんもそうなんだけど、ドローンを造ったっていう人も凄い。一介の高校生がドローン操縦に慣れているとか……。

 

「……とりあえず偵察の方はこっちで見れるだけ見ておく」

 

「じ、じゃあその間は泊ちゃん以外の皆で練習しようか!泊ちゃんにはまた個別で練習メニューを渡しておくね」

 

「ありがとう」

 

深谷東方高校の偵察の方はドローンを操縦している猪狩さんに任せる事になったけど……。

 

(次からは流石に自分達でやった方が良いよね……)

 

猪狩さんに任せっぱなのも良くないし、猪狩さんの練習が出来ないのも問題だ。それに偵察に行く事で個人が得られるものもあるだろうし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ今日はここまで!」

 

『お疲れ様でした!!』

 

練習が終わったので、猪狩さんの様子を見に行く事に。芳乃さんと主将も一緒に着いてくれるようだ。

 

「様子はどうだ?」

 

「……バッチリです。芳乃に言われた松岡さんの投球練習を中心に撮れました」

 

猪狩さんがドローンで撮った映像には投球練習に励む松岡さんの姿が……。

 

「凄いな……。ちゃんと撮れてる」

 

「しかも細かいフォームのところまで……」

 

「他の主力選手の打撃や守備も撮ってあるけど、そっちはまた編集で別個にするつもり……」

 

これまたしれっと発言している猪狩さん。もうこれが彼女の天職なんじゃないだろうかと考えちゃうねこれは……。

 

「あっ、編集は私も手伝うよ!泊ちゃんに任せっぱだと悪いし……」

 

「……じゃあお願いする」

 

猪狩さんってクールで一匹狼なイメージがあったけど、割と天然な部分もあったり、今みたいに芳乃さんとのコミュニケーションもバッチリだ。

 

(どこか春星と似た雰囲気があったけど、春星の方も色んな人と交流してるし、これなら夏が終わってからも心配ないかもね)

 

深谷東方の偵察の件は猪狩さんと芳乃さんに任せて、私は私で練習しておこう。折角主将が私を9番で指命してくれた訳だしね。



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夏大会前

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

初戦まであと3日……。その間に私達が出来るのは……ひたすら練習あるのみ。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

とはいえただの練習ではなく、緊急時に備えてのバッテリーを交換して練習。例えば今投げているのは武田さんだけど、その相方は木虎。

 

「藍ちゃんもヨミ先輩の球を安定して捕れてきてるね」

 

「元々伸び代はある子だからね」

 

木虎は天才型の選手で、練習もそつなくこなしているけど、その影で努力を怠らない。シニアでは二宮というライバルとしては最悪な相手がいたから、2年間ブルペン捕手だったけど、紅白戦では常にスタメンで出てたし、サブポジションも物にするのがとても早かった。

 

(まぁ初野は初野で天才型の選手だったりする訳だけど……)

 

 

カキーン!!

 

 

「うひー、あっちはあっちで飛ばしますねぇ!」

 

「かたや台湾を代表していたスラッガー、かたや野球を始めて1年と少しの天才型……か」

 

雷轟は風薙さんと姉妹だってわかった時は姉妹なんだな……って思ったよ。風薙さんも滅茶苦茶凄い選手だしね。

 

(出来る事なら春星をギリギリまで温存しておきたいけど、向こうがどう出るかで変わってくるね)

 

猪狩さんのドローン偵察によって、深谷東方高校には顔バレしていない事が大きいかもね。向こうにはこっちの今年度分のデータが余りないし。

 

「歩実ちゃーん!守備練習に入ってー!」

 

「了解でーす!じゃあ朱里先輩、行ってきますね!」

 

「頑張ってね」

 

「はいっ!」

 

初野が張り切った様子で守備練に加わる。

 

 

バシッ!

 

 

「ナイスキャッチ!」

 

「ありがとうございます!」

 

(それにしてもシニア時代に比べて、初野の守備範囲が増えた気がするなぁ……)

 

シニア時代も男子選手に負けないレベルの守備力だったから、ベンチ入り出来たし、なんなら茶来と比べても打撃以外は初野の方が上だしね。

 

「朱里ちゃん!次は朱里ちゃんの番だよ!」

 

武田さんに呼ばれたし、行ってきますかね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

1日1回の1打席勝負。これも恒例だね。

 

「また三振……。最早手の付けられない状態ね」

 

「地獄の合宿が終わってからまだ朱里の球は誰も打てていないからな……」

 

藤原先輩と主将がなんか褒め称えているけど、上には上がいるからね……。主に風薙さんとか、ウィラードさんとか。どっちも遠前高校野球部じゃん。やっぱあそこは魔の巣窟だわ。二宮の話によると、19連勝していた嶋田さんが率いるチームに勝ってるくらいだし……。

 

「でも味方としてはとても頼もしいね」

 

「そうですねっ!」

 

川原先輩と芳乃さんが私を好評価している。あとはスタミナさえなんとかなれば、武田さんからエースナンバーを取れる自信があるのに……。

 

「朱里ちゃん、次は私と勝負だよっ!」

 

「その次は私の番やけん!」

 

「じゃあその次は私……!」

 

そして今日も今日とて、ジャンキー達の相手をする。この3人は順番こそは違うんだけど、最後に固定なんだよね。他の人よりも神経を使うから……。

 

(まぁ私も楽しいから良いけどね)

 

今日も三振に仕留めますかね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、新越谷の夏が再び始まる……!



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県大会2回戦!新越谷高校VS深谷東方高校①

今日は私達新越谷の夏大会初戦深谷東方高校との試合の日。

 

(主将、藤原先輩、川原先輩にとって最後の夏……。先輩達の為にも最高の結果を残したいね)

 

まぁ川原先輩にとっては最初の夏でもあるけど……。

 

「それじゃあ今日のオーダーを発表するよ~!」

 

ユニフォーム配布の時からずっと思っていたけど、今の新越谷部員は実力が拮抗し合っている人達の集まりだから、誰がスタメンに入るか全く予想が付かないんだよね。一体誰が入るのか……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 ショート 川崎さん

 

7番 ライト 私

 

8番 キャッチャー 木虎

 

9番 ピッチャー 川原先輩

 

 

初戦のオーダーはこうなった。私がスタメンって結構久し振りだな……。

 

「先発は光先輩で、捕手は光先輩と相性が良い藍ちゃん!二遊間は菫ちゃんと稜ちゃんでいくからね!」

 

まぁ確かに川原先輩と木虎は今年の練習試合では結構長くバッテリーを組んでるし、山崎さんよりも相性が良いのも頷ける。そして今日の試合で春星はベンチなんだけど、理由の方はまた何れ。本人も納得しているみたいだし……。

 

「私達は先攻だから、先制点取って勢いを付けるよ~!」

 

『おおっ!!』

 

円陣を組んで、気合いを入れて、いざ出陣!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……と、意気込んだのは良いんだけど。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

初回は三者凡退でした。

 

「くっ……!」

 

「どうでした?」

 

「私もそうだが、詰まらされる事が多いな。上を叩いたつもりなのに、凄く伸びてくるから結果打ち上げる」

 

今主将が言ったように、深谷東方高校……通称深東の松岡さんはノビのあるストレートと、カーブ、カットボールを投げてくる。配球もオーソドックスだし、読めなくもないけど、あのように詰まらされる……。

 

「切り替えて守るぞ。こっちも負けずに3人で切ろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先発の川原先輩は三者三振。地獄の合宿の成果が出ているのか、以前とは違いストレートも伸びていて、球速も上がってる。

 

(そして何より上半身が大幅に鍛えられている……)

 

これに関しては同じ練習メニューをやっていた武田さんにも同じ事が言える。確かやっていたのは薪割りなんだっけ?そりゃ屈強な上半身が身に付く訳だ。

 

そしてもう1人、地獄の合宿の成果を試そうとしているのが……。

 

「よーし!」

 

「いっけ~!ホームランだ~!」

 

「頑張ってね」

 

雷轟だ。野球を始めて1年と少しなのが信じられないレベルでの成長速度。そしてスラッガーとしての資質も持ち合わせており、その実力は全国で1、2を争える。並大抵の投手なら対戦を避けるのが得策と言っても過言じゃない。しかし……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(どうやら松岡さんは勝負をするつもりみたいだね)

 

雷轟に対してどう思っているのかは気になるところだけど……。

 

(雷轟遥……。対面してみると特に凄みは感じない。でも対戦を避ける投手が多いという事はそれ程の結果を残している筈)

 

(本来なら私も勝負を避けるべきなんだろうけど……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(今は、私の実力を試したい。見てもらいたい……!)

 

凄いな……。雷轟を相手に引く意志が見られない。それとも雷轟の怖さを知らないだけ?

 

(ツーナッシング……。これで三振!)

 

もしも知らないのなら、身を持って味わうと良いよ。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

(雷轟遥の実力を……ね)

 

雷轟が合宿で得たというスイングで松岡さんのストレートを捉える。その打球はそのまま場外へと飛んでいった。相変わらず物凄いパワーだね。



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県大会2回戦!新越谷高校VS深谷東方高校②

(あれが埼玉一のスラッガーと噂の雷轟遥……か。パワーだけじゃなく、スイングスピードもとてつもない速さだった)

 

「ドンマイ。切り替えて行こう」

 

「……もちろん」

 

(雷轟のレベルが直接感じられたのは良かったかな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

雷轟がホームランを打った後、松岡さんは5~7番を凡退に抑えた。

 

「初回もそうだったけど、やっぱ打ち上げるな……」

 

「松岡さんの投げるストレートはノビと回転数が良いからね。それに……」

 

「それに?」

 

「松岡さんの本領はここからなんだよね」

 

「昨年の秋大会の映像でも松岡さんは序盤に打たれるものの、中盤以降に持ち直しているケースが多い……。その理由としては松岡さんの対応力、修正力が他の投手よりも群を抜いてるからなんだよ」

 

最早あれは才能の域だと思う。なんて羨ましい……。

 

「そういえば初回に比べて少しフォームが修正されていたな」

 

「攻撃の時には川原先輩を観察してますからね。恐らく今回は川原先輩が投げているフォームに合わせて、似せてくるかも知れません」

 

「私の……?」

 

「可能性は高いかもですね」

 

去年の夏大会で息吹さんが中山さんのコピーを成功させたのは数日に渡る練習の成果。それに対して松岡さんはその日の内……それも僅か10球にも満たないくらいでコピーを成功させる。しかもコピー前のフォームや、リリース等の良さを上乗せする形でだ。

 

「だが遥が打ってくれたホームランは大きい。この1点は守り抜きたいな」

 

「うん……。私も頑張って相手打線を抑えるよ」

 

(川原先輩の後には藤原先輩を投げさせる予定だし、飛ばして行っても問題じゃないけど……)

 

問題は松岡さんのコピースペック次第かな。場合によっては藤原先輩の球までコピーして、修正してくるかも知れないからね……。

 

「さぁ、切り替えて守るぞ!」

 

『おおっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……新越谷が先制点を取りましたね」

 

「打ったのは?」

 

「雷轟さんのホームランですね。それ以外の打者は松岡さんを相手に打ち上げている……と梁幽館の偵察部隊から通知が来ていました」

 

「梁幽館の偵察部隊……というかはづきだね。ところでアタシ達はどうして新越谷とは別の試合を観戦に?アタシも和奈も試合がない日だから良かったけど」

 

「新越谷と深谷東方の試合と同時進行でやっているので、こちらの方を見ておこうかと……」

 

「そ、それにしても今年の大会は各都道府県が2つの球場で大会を進めているみたいだね……」

 

「そうですね。その理由としては2つ……。1つ目は全県の大会参加校が最低でも2倍近くに増えている事です」

 

「凄いよねー。特に東京なんか東西合わせて200校はあるんじゃないかな?」

 

「た、ただでさえ参加チームが多い東京が東と西で分けているのに、まだ増えるんだ……」

 

「話を戻します。2つ目は今年の夏大会直後に行われる県対抗総力戦です」

 

「4年に1度しか行われないし、お祭りみたいなものだから、『我こそは選ばれるぞ!』って感じの参加校が多いもんね」

 

「いずみさんの言うように参加高校が多いのはそれが理由ですが、運営側は各県が2つの球場で多く試合を進め、代表選手をピックアップしやすいようにする為でしょう」

 

「県対抗総力戦か……。アタシ達は選ばれるかな~?」

 

「選ばれたら光栄だよね」

 

「少なくとも2人共選ばれると思いますよ。……それよりもこちらの試合を観る事に集中しましょう。埼玉県大会に大番狂わせが起ころうとしています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イニングは進んで4回表。ツーアウトランナーなしのこの状況で回ってきたのは……。

 

「行ってくるよ!」

 

「頼んだぞ遥!」

 

「2打席連続ホームランです!」

 

「頑張るねっ!!」

 

4番の雷轟。スコアは1対0で私達がリードしているけど、両チーム合わせて打ったヒットは雷轟のホームランのみ……。このスコアでわかるように、初戦から投手戦が行われている。

 

(しかも厄介なのは松岡さん側からは三振が出始めたという事……)

 

このまま雷轟が松岡さんから勝ち続けられるのなら大して心配はしていない。でもなんか不安なんだよね。嫌な予感がするというか……。なんだろうこの不安の正体は?



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県大会2回戦!新越谷高校VS深谷東方高校③

雷轟対松岡さんの第2ラウンド。1打席目は雷轟がホームランを打ったけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「お、おいおい……。また球速が上がってないか?」

 

「尻上がりタイプだったのでしょうか……?」

 

川崎さんと大村さんがそう言うが、球速そのものはそこまで速くなっていない。

 

「回転数とノビが更に上昇した……と考えるべきだろうね。本当に厄介な投手だよ。松岡さんは……」

 

(それでも雷轟目線では捉えられないレベルではないと思う)

 

あとは雷轟次第かな?

 

(1打席目よりも球が凄くなった。こんな凄い投手がいたなんて……。私と勝負してくれる投手がいてくれた事に……感謝しなきゃね!)

 

 

カキーン!!

 

 

2球目。松岡さんが投げてきたのはカットボールだろうか?僅かに曲がった気がした。

 

『ファール!』

 

結果レフト線切れてファールになったけど、投げられたのがストレートだったら間違いなくホームランだったね。

 

(危なかった……。あのままストレートを投げてたら、間違いなくホームランだった。直前で切り換えて正解だった……)

 

(リリースを直前で変えてきた……。そんな事も出来るんだ)

 

これで1打席目と同じツーナッシング。ホームランか、凡退か、はたまたそれ以外か……。

 

(松岡さんは対応力が高い。それもあって、今まで対戦してきた投手の中でもトップクラスの実力の持ち主だ。だけど対応力だけで言えば雷轟も同じ……)

 

3球目。松岡さんが投げたのは……!

 

(曲がらない……。ストレート?)

 

雷轟はギリギリまで球筋を見極めている。下手すれば見逃し三振になるくらい……。

 

「そ、そんなに待機してたら三振になっちゃうんじゃ……?」

 

「多分大丈夫だよ」

 

「えっ?」

 

「雷轟が地獄の合宿で得たのは……居合斬りの如くのスイングスピード。それもギリギリまで球を見てから振っても間に合うレベルの代物……」

 

(……カットボール!)

 

 

カキーン!!

 

 

(えっ……?打球が消えた!?)

 

(あまりにも鋭いスイングで思わず打球が消えたと錯覚してしまう……。これが雷轟、上杉さん、バンガードさんが得た新スイング……覇竹という訳か……)

 

「……!ショート!!」

 

いち早く松岡さんが打球に気付いた。動体視力も並以上にあるね……。でも肝心のショートは反応が出来ず、レフトフェンスに突き刺さった。

 

「えっ……?」

 

そしてレフトでさえも打球が飛んできた事に気付かなかった……。本当に凄まじいスイングだよ。あれを上杉さんとバンガードさんがやってるって思うと身震いするよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷轟さんは2打席目も松岡さんの球を捉え、三塁打……。後続が続かなければ意味がありませんが、4番としての役目をキッチリと果たしていますね」

 

「いやいや、そんな事言ってる場合?アタシ達が観ている試合、今とんでもない事が起こってるよ!?」

 

「4回終了時点で2対0。しかも片方は未だにノーヒットピッチングだよ……」

 

「これが瑞希の言ってた大番狂わせ?」

 

「組み合わせを見ると結果的にはそうですが、2年間牙を研いでいた新のエースがここに頭角を現した……と考えるのが妥当でしょう」

 

「まさかここで『あの人』が出てくるとはねぇ……。まぁ納得と言えばそうなんだけど、完全にダークホース扱いだよねぇ……」

 

「こ、これって朱里ちゃんに報告した方が良いのかな……?」

 

「それは新越谷の試合が終わってからで良いと思います。向こうも丁度4回表が終わろうとしているみたいですし、こちらと試合終了時間は大きく変わらないでしょう」



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県大会2回戦!新越谷高校VS深谷東方高校④

イニングは進んで6回裏。スコアは未だに1対0で、両チームのヒット数は雷轟のホームランと三塁打の2本だけという……。川原先輩も松岡さんも凄過ぎるでしょ!

 

「あとは任せるね?」

 

「ええ。お疲れ様」

 

こちらの投手は川原先輩から藤原先輩に交代。ここまでヒットなしで、四球が3つだけだから、ちょっともったいない気もするけど、元々今日は継投予定だったし、仕方ないね。

 

ちなみに藤原先輩が投げる事になったので、雷轟がサードに入り、雷轟がいたレフトには私が、私がいたライトには大村さんが入っている。人数に余裕が出来たから、好投した川原先輩を休ませられるのはありがたい。

 

向こうは今日好投している松岡さん。深谷東方の中でも打力が高く、5番を打っている。

 

(投手が変わった……。確かこの人はジャイロボールの使い手)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(ジャイロを間近見るのは初めてだけど、映像で見るよりも手元で伸びてる……)

 

藤原先輩の方は問題なさそうかな?短期間でジャイロの攻略が出来る程深谷東方の打線は強くない。

 

 

カンッ!

 

 

……って思ってたけど、もう対応してくるとは。もしかして松岡さんって打撃方面でも対応力高い?

 

(なんとか当てる事が出来た。でも腕が痺れる……。ただ高速で螺旋回転してるだけじゃなくて、球質も重い……!)

 

(まさか初見で当ててくるとは……。彼女、かなりの打撃センスね。理沙先輩の投げるジャイロボールは簡単には打たれないとは思うけど……)

 

松岡さんのような対応力の高い選手を相手にどう捌くか……というのもリードの醍醐味(二宮談)。川原先輩とのバッテリー相性が良いという理由もあるけど、高校野球の公式戦の経験をしてもらう……という意味合いも兼ねて今回の試合に山崎さんは出していない。リードは1点しかないし、慎重になるのも致し方なしかな?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

追い込んだ後に1球低めに外して、次の球で勝負する……。これは木虎がよくやる配球で、投手の決め球次第では読まれていたとしても抑える事は不可能じゃない。

 

(……次のコースはここでお願いします)

 

(コースは……ど真ん中!?)

 

(理沙先輩の球ならきっといける筈です。松岡さんを押し切りましょう)

 

(……そうね。後輩が信じてくれる球とコースで、目の前にいる強敵を捩じ伏せましょう!)

 

カウントは2-1。恐らく次の1球で松岡さんを抑えに行く筈だ。

 

(行くわよ……!)

 

(ジャイロボール。コースは……真ん中?)

 

(理沙先輩のジャイロボールのノビを想定すると、ミットを構えているコースは真ん中でも……)

 

(っ!?球が……伸びた!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(想定よりも高めに伸びてくる……!)

 

す、凄い。松岡さんを三振に切って取るなんて……。

 

(最後の1球は凄かったな……。私にもあんな球が投げられるかな?)

 

三振した松岡さんは藤原先輩の方を見てる……。あれ?もしかしてとんでもない状況になってる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7回表。ワンアウトランナーなしの状況で雷轟の3打席目。

 

(今日の試合は学べる事がいっぱいあったな……。そしてその切欠をくれた新越谷……特に今日投げた投手2人と雷轟さん。この3人のお陰で自分の成長の可能性を見出だせた)

 

ん?松岡さんのあのフォーム……まさか!?

 

(ありがとうの気持ちを込めて、そして新越谷高校をリスペクトする意味も兼ねて、全力で投げる!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「あ、朱里ちゃん。今のって……」

 

「うん。間違いないよ。あれは……!」

 

藤原先輩が投げていたジャイロボール……。まさかあの数球でマスターしたっていうの!?

 

(しかもフォームは先程までの川原先輩と類似しているものから若干藤原先輩のフォームに寄せている……。それでいてジャイロボールを投げるなんて……!)

 

(ジャイロボールの練習は今までしてたけど、良い成果はなかった……。でも今日のこの試合でジャイロボールを見られたお陰で、切欠が掴めた)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

しかしこの手の球に強いのか、雷轟は2球目でタイミングを合わせてくる。

 

(流石……。これに着いて来るなんてね)

 

(理沙先輩や白糸台の新井さんに負けてない凄い球だよ……。でも私だって負けない。負けられない……理由があるから!)

 

 

カキーン!!

 

 

(そっか……。これも捉えてくるんだ。私の……今日1番の球だったのにな……)

 

3球目に投げられた松岡さんの球はこの日1番の球と言っても良いくらいにレベルの高い球だった。それに対して雷轟が打った打球は電光掲示板に直撃。試合を決定付ける一打だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

試合終了。2対0で私達新越谷高校が深谷東方高校に勝利した。決してドローンのお陰ではなく、私達新越谷高校野球部の頑張りが身を結んだんだと思いたい。



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大番狂わせ

『ありがとうございました!』

 

対深谷東方戦は川原先輩と藤原先輩の継投で完封する事が出来た。

 

(しかし最後の最後まで松岡さんは試合中に成長し続けてたな……)

 

その影響なのか、雷轟以外はノーヒット……。打撃方面に課題が出るゲームだった。

 

「さて……この後は学校に戻って練習ですね」

 

「それかもう1つの球場で試合を観に行くのもありかもね!」

 

「もう1つの球場……?」

 

芳乃さんの言葉にここにいる大半の人が頭に疑問符を浮かべている。まぁ普段はどちらかしか使ってないからね……。

 

「ここから3駅先にある球場と同時進行で試合が行われているんだよ」

 

「そうなんだ?でも去年はそんな事なかったよね……?」

 

「今年は4年に1度も催し物……県対抗総力戦があるからね!全国に視察者が散らばって、選手達の実力を球場で見るんだよ!代表メンバーに選ばれるかどうかを……」

 

実際は去年から代表メンバーに相応しい1、2年生をチェックしている節はあった。今年は去年と人数にかなりの差があるから、見られてる感が凄い。一般の客に扮してる事が多いみたいだし、去年以上に球場が賑わうだろうなぁ……。

 

「そのもう1つの球場はどこが試合をしてるんだ?」

 

「私達とは逆のブロック……つまり決勝戦で当たる予定の高校だね」

 

「つまり美園学院ね……。去年も園川さんの投げる球と、三森3姉妹の足や連携にはかなり苦戦したイメージしかないわ」

 

「今年は去年以上に連携が磨かれているだろうね」

 

なんせ地獄の合宿に参加していたくらいだし……。

 

「でも今から向かうと流石に試合は終わっているだろうな」

 

「偵察メンバーを送っておくべきだったかしら……」

 

偵察といえば梁幽館の偵察が私達の試合を観に来ていたね。その内の1人は橘で、守備の時に目が合っちゃったけど……。

 

(ん……?メール?)

 

スマホが震えていたので確認すると、二宮からメールが来ていた。どうやらもう1つの球場の方で試合を観ていたみたいだけど……!?

 

「嘘……」

 

「朱里ちゃん?」

 

「どうしたの?」

 

「今、二宮からメールが来たんだ。さっき言ってた美園学院の試合結果なんだけど……」

 

「えっ、何かあったのか?」

 

私は二宮から来たメールを皆に見せると、全員が驚愕していた。無理もない……。

 

「美園学院が……」

 

「負けてる……!?」

 

4対0で美園学院が敗北したという今見ても信じられない試合結果が二宮から送られて来た。

 

(しかもそれだけじゃない。美園学院の打線を抑えた投手は……)

 

「でも聞いた事のないところだぞ?親切高校って……」

 

「15年前の大会で春夏連覇してからは息を潜めているところだね。でも去年は初戦敗退だったんだけど……」

 

『あの人』が投げているのなら、美園学院を打ち破っても可笑しくはない。でもそれならなんで去年までは試合に出ていなかったんだろうか……?

 

「朱里……?」

 

「あ、朱里ちゃんが何か考え込んでる……」

 

「朱里がここまで悩むって事は相当厄介な相手なんだろうな」

 

なんか私が悩む=とんでも相手っていう謎の方程式が出来ているんだけど?

 

(しかし厄介な相手なのは間違いない。沖田と同じように不規則な変化球を投げ、沖田に変化球を教えた、私達の1つ上の投手……)

 

一ノ瀬羽矢……。元川越シニアのエースで、全国のシニア内で『選ばれし数字の選手達(ナンバーズ)』と呼ばれる選手の1人だった選手だ。



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選ばれし数字の選手達

初戦に無事勝利し、帰って練習しようと私達は新越谷に戻ってくる。

 

「しかし美園学院を完封した投手がまさか一ノ瀬先輩だったとは思いませんでしたね……」

 

「まぁ一ノ瀬さんの実力なら不思議ではないけどね。実際にシニア時代でも三森3姉妹を抑えていた訳だし」

 

(しかし地獄の合宿で著しい程の成長を見せた3人を完封出来る程に一ノ瀬さんも成長しているとは……。一ノ瀬さんも相当な練習量をこなしているな)

 

「星歌も一ノ瀬さんの投げる変化球は凄いって思うな」

 

それなのにあの人はいつも自信なさげにしているから、チーム内では『ネガティブピッチャー』なんて呼ばれているんだよね。一ノ瀬さんとはシニアを引退してからは会ってないけど、高校で少しは性格が改善されているのだろうか?

 

「でも流石はあの選ばれし数字の選手達(ナンバーズ)の1人って感じですかね~。納得の実力ですよ」

 

「そうだね。もしも一ノ瀬さんが私の同学年だったら、シニアのエースは私じゃなくて、あの人だっただろうし」

 

練習前に私と渡辺と木虎と初野が一ノ瀬さんについて話していると……。

 

「朱里がそこまで言う一ノ瀬さんにも興味があるが……。歩美が言ってたその、ナンバーズってなんなんだ?」

 

主将が選ばれし数字の選手達について聞いてきた。他の人達も疑問符を頭に浮かべているし……。

 

「えっとですね……。シニア界隈では中学レベルを越えている苗字に1~10の数字が入っている人をそう呼んでるんです」

 

「川越シニア出身の一ノ瀬先輩を始め、全国のシニアでかなりの好成績を残した選手達が先程歩美さんが言っていたように1~10の数字の苗字を持っているので、そう呼び始める人が出ました」

 

「へぇ~!」

 

なんか練習前に変な講座に入ろうとしてる?まぁ全国の高校にいる訳だし、言って損はないのかな……?

 

「ちなみにその10人がこちらです」

 

木虎が選ばれし数字の選手達の名前をホワイトボードに記入した。

 

 

No.1 一ノ瀬羽矢 高校3年生 川越シニア出身

 

No.2 二宮瑞希 高校2年生 川越シニア出身

 

No.3 三本松彩芽 高校3年生 舞鶴シニア出身

 

No.4 四条初音 高校3年生 網走シニア出身

 

No.5 五十嵐有希子 高校2年生 宍粟シニア出身

 

No.6 六本木美代 高校2年生 館山シニア出身

 

No.7 七井玲奈 中学3年生 尾張シニア在籍

 

No.8 八嶋夏希 高校1年生 横須賀シニア出身

 

No.9 九十九空 高校3年生 横浜シニア出身

 

No.10 十文字園香 高校3年生 渋谷シニア出身

 

 

「……なんか知ってる奴もいるな」

 

「二宮と九十九さんは白糸台の選手だからね。1度以上は顔を見てる筈だよ」

 

「十文字さん以外はそれぞれ1~9のポジションを守っています」

 

「つまり一ノ瀬さんが投手で、二宮さんは知っての通り捕手、他の人達もその数字に当てはまるポジションに入っている訳だな?」

 

「はい」

 

ちなみに十文字さんは投手と捕手の両立が完璧に出来る唯一の高校生。主将達と同い年で、既にプロでも所属チームが決まっているらしい。

 

捕手としての十文字さんは二宮に匹敵するレベルの捕手能力を持ちながら、一ノ瀬さんとほぼ同等の球を投げる投手でもある。私達川越シニアも十文字さんがいたシニアを相手にかなり苦戦していたのを今でも覚えている。

 

「彼女達10人はプロも注目している超高校生級の選手です。瑞希先輩と九十九さん以外は各高校にバラけていますが、その高校と当たれば苦戦必至と見ても良いでしょう」

 

あの10人の中では七井さんだけが中学3年生なんだけど、彼女も例に漏れずプロでも通用する実力者だ。それだけにシニアリーグの世界大会に選ばれていないのが不思議なくらいだ。まぁ大方辞退したんだろうけど……。

 

「……何にせよあの美園学院を破った高校だ。決勝戦まで上がってくる確率はかなり高いだろう。私達も負けずに優勝を目指して頑張っていくぞ!!」

 

『おおっ!!』

 

この日の練習は守備連携が中心だった。もしかして三森3姉妹がいる美園学院が負けたのを意識しているのかな?



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今の梁幽館は

「次の対戦相手は梁幽館高校!」

 

「去年の夏を連想させるわね……」

 

私達の次の相手は去年と同じ梁幽館高校。

 

「向こうは去年のクリスマスイブに練習試合した面子とほぼ同じみたいだね」

 

「それに加えて親1年生が何人レギュラーに食い込んでいるか……だね」

 

それは確かに。橘みたいな逸材が新規加入している可能性も0じゃないしね。

 

「じゃあ今から梁幽館のデータをおさらいしようか!」

 

芳乃さんがタブレットを使って梁幽館の今年のデータを開く。

 

「今年の梁幽館は上位5人を固定しているね。そしてあとの4人は相手投手のデータを見て起用する選手はまちまちだけど……」

 

ちなみに今の梁幽館の1~5番は橘、村雨、西浦さん、高橋さん、小林さんで固定されている。あとは吉川さんが投げるかどうかで変わってくるみたいなんだけど……。

 

「今の梁幽館の勝ちパターンは1番の橘さんが出塁して、2番の村雨さんか3番の西浦さんがランナーを帰塁させて得点、4番の高橋さんがランナーを全員帰す働きをしているよ!」

 

「データを見てわかった事は今の橘の出塁率は8割を越えていて、全国の高校生で出塁率が3位なんだよね」

 

ちなみに2位は阿知賀の原村さんで、1位は白糸台の日葵さん。あの2人は打率もかなり高いし、確実性かなり高い。

 

「す、凄いわね……。橘さんに至っては投手なんでしょ?」

 

「そうだね。今の梁幽館の2番手投手兼リードオフガール」

 

しかも来年にはエースとして抜擢される可能性がかなり高いとかなんとか……。よくよく考えると可笑しいよね?私からしたら橘も『異常』の部類に入るよ。

 

「梁幽館の初戦は橘さんと堀さんの継投で勝ち抜いているから、次の私達との試合で投げてくるのは……」

 

「多分吉川さんだろうね。色々因縁があるだろうし」

 

去年の夏大会の2戦目から関東大会と吉川さんには縁がある。イブの練習試合でも出場していたしね。

 

「梁幽館戦はヨミちゃんが先発で、抑えに朱里ちゃん投げてもらうって感じかな?」

 

「私はそれで構わないよ。武田さんは?」

 

「う~む。朱里ちゃんが力を貸してくれるのは心強いけど、私も最後まで投げたいしなぁ……」

 

「ヨミちゃん。ヨミちゃんを信用してない訳じゃないけど、もしもの時があるから、朱里ちゃんの力は絶対必要になってくるよ」

 

「……それもそうだね。朱里ちゃんの方が防御率は高いし、皆との1打席勝負でも全員三振に仕留めているし、私がヤバくなったらお願い!」

 

「で、出来れば普通の状態で私も投げたいかな……」

 

(しかしもしも私が梁幽館を相手に投げる事になったら、橘に私のフォームを生で見せる時が来るのか……)

 

まぁ本番にならないとまだわからないかもね。もしかしたら武田さんが完投するかも知れないし、そうなると私の登板は機会4回戦か、その次になるだろう。

 

(出来る限りの事はするつもりだけど……。梁幽館の成長具合によっては過去3度の試合よりも苦戦するのは必然的だろうね)

 

それでもなんとか梁幽館に勝ちたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

「和美先輩、最近調子が良いですね~」

 

「まぁ次の試合の先発を任されてるからな。新越谷にはこれまで2敗1分け……。ここで勝たないと、梁幽館は新越谷に苦手意識があるみたいになってしまう。それは阻止しないと!」

 

「余り張り切り過ぎて、制球が定まらないとか止めてよね?」

 

「大丈夫さ。はづきの言うように、最近調子が良いからね。珠姫達には負けられないって!」

 

「向こうも初戦は武田と早川のWエースを温存しているし、ウチを相手にどっちが来るかわからないのが厄介だわ。下手するとどっちも来そうだし……」

 

「どっちが来ようと関係ないですよ。今度こそ勝つのは私達梁幽館なんですから♪」

 

「頼もしいねぇ。はづきは武田さんに対しては相性が良いし、ウチ等の中でも打率トップ3に入ってるし、大会後の県対抗総力戦にも選ばれるだろうし、私達の分まで頑張ってほしいもんだ」

 

「……そういえば和美先輩も、依織先輩も代表メンバーに選ばれたとしても辞退する積もりなんですよね?」

 

「私も和美も受験勉強があるからね。プロに指名されればそれに越した事はないけど、先行きが不安だから、ある程度安定した学力は確保しておきたいのよ」

 

「依織先輩はその理由でわかりますけど、和美先輩が受験勉強って似合わない……」

 

「おーい。それはどういう意味なのかな?後輩よ」

 

「まぁはづきの言いたい事はわかるわ」

 

「い、依織まで……」

 

「……何にせよ今は目前の試合に集中するわよ」

 

「そうだな」

 

「はーい!」



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梁幽館戦前日

梁幽館との試合もいよいよ明日に迫っている。先発は武田さんで、梁幽館が相手な為、春星もスタメンでの出場が決まっている。しかし……。

 

(逆に決まっているのはそのくらいで、その他のスタメンが定まらないな……)

 

主に打順。とりあえずスタメンが確定しているのは中村さん、主将、山崎さん、武田さん、春星、雷轟の6人。あとは誰を出すかによって打順が大きく変わってくる。だからこうして私と芳乃さんが頭を悩ませている訳で……。

 

「どうしようか……?」

 

「どうせなら吉川さんと橘さんの両方に対応が出来るメンバーを選出したいよね」

 

「とりあえず私達がわかる限りの2人の球種を確認しておこうか」

 

そんな訳で、吉川さんと橘の球種を洗い出していく事に。

 

「吉川さんの持ち球はストレートと、カットボール、武田さんのあの魔球に類似する縦曲がりのスライダー、そして今年度に入って投げ始めたシュートとシンカーか……」

 

「シュートとシンカーに関しては映像でしか見た事がないから、いきなりの対応は難しそうだね……」

 

「私達の対応力が試されるね」

 

(それに吉川さんが投げるとしたら、今度こそゾーンを警戒しないといけない。関東大会で勝ちを拾えたのは吉川さんがゾーン状態に入ったのがゲームの中盤以降だったから……。もしも頭からゾーン状態に入られたら、本当に1点勝負になりかねない……)

 

先発は武田さんでいく訳だけど、武田さんは今のところ橘に全敗している……。しかし橘を抑える事が出来るなら、流れをこちらに手繰り寄せる事も決して不可能じゃない。そう考えると、初回の梁幽館の攻撃次第で試合が決まっても可笑しくないかも……。

 

「次は橘さんだね!」

 

「橘の球種はストレートと、3種のスクリューに、カーブとスライダー、そしてスクリューをベースとしたストレートに見せた変化球……か」

 

橘は偽ストレートを覚えてからは、ちょくちょく見せ球に使っている。それで奪三振数が稼げるんだから、大したものだ。偽ストレートを初見で打てる人は多分いないと思うんだよね……。

 

「これ等の球種に強い人を出していきたいよね」

 

「しかし話は簡単じゃない……。梁幽館の初戦の事を考えたら、多分吉川さんの方に重点を置いた方が良いかもね」

 

向こうも多分そのつもりだと思うし、橘が投げるとしたら、多分左のワンポイントだろうから、基本的には中村さんと雷轟の相手を務める事になるだろう。あとは川原先輩かな?

 

「……よし!明日のオーダーは明日に発表するね!」

 

「私はそれでも良いけど……。皆も多分気になるんじゃない?」

 

「だからこれからやる梁幽館対策の練習を見て、誰を起用するか改めて考えたいの。だから今日いっぱいは時間が掛かると思う」

 

芳乃さんが渋い表情をしながらそう言った。表情から察するに、多分ギリギリになりそうだろうね。しかもここから打順とかも考える事になると尚更……。

 

「時間は掛かるけど、あとは私でやっておくから、朱里ちゃんは練習に行ってきてほしいな」

 

「ん、わかった。でも去年の時みたいに無理は駄目だよ?」

 

「わかってるよ。いざとなったら、朱里ちゃん達皆を頼りにするね!」

 

芳乃さんは私と同じように抱え込むタイプの人間だ。なので去年の中村さんや私みたいに踏み込まなければならない時もある。

 

(それが芳乃さんだけで済めば良いんだけど……)

 

また……何か不安ね気持ちに駆られてしまう。誰かが、泥沼にはまってしまうような……そんな予感がする。気のせいならそれに越した事はないんだけど……。



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新越谷と梁幽館

「今日は梁幽館との試合だよ!」

 

「これまでの戦績は2勝1分け……。勝率では上回っているが、今日の試合に勝てるかどうかはまた別の話だ。最後まで諦めずに、自分達の出来る事を精一杯やるぞ!」

 

『おおっ!!』

 

2戦目……。対梁幽館との試合だけど、正直吉川さんが先発なのか、橘が先発なのかが読めない節がある。私達の実績を考えれば、出し惜しみは出来ないし、クリスマスイブに練習試合をした時からの梁幽館を考えると、吉川さんと橘のどちらが上か……というのがハッキリしないのだ。

 

(まぁ吉川さんも橘もタイプが違う投手だから、一概にこっちの方が……というのはないんだよね)

 

だからこそ、昨日芳乃さんが頭を悩ませていた訳だ。

 

「……じゃあ、今日のオーダーを、発表するね」

 

途切れ途切れに芳乃さんが口にしたオーダーは……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 初野

 

3番 ショート 春星

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 センター 主将

 

6番 サード 藤原先輩

 

7番 ライト 私

 

8番 キャッチャー 山崎さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

このようになった。概ね想定通りのオーダーではあるんだけど、誰がどのような投手と相性が良いのかを議論し続けるのは限界があるからね。

 

「去年の夏と同様に、状況次第では朱里ちゃんが火消しをするかもだから、頭に入れておいてね」

 

「了解」

 

前にどこかで言ったように、捕手と投手の打順は並んでいる方が互いに時間が取れて合法的だ。そして今回のオーダーではいつでも私が投げても良いよう、私と武田さんの間に山崎さんが入る形になっている。少なくとも攻撃面ではほとんど隙のない構成になっている。

 

(更にこのオーダーでは少なくとも下位打線で切れる……なんて事はない、攻撃面最強のオーダーだろうね)

 

武田さんも打率が段々上がってきてるし、打撃方面でも意外性もあるから、ここぞという場面で期待が出来る。吉川さんからも打った実績もあるしね。

 

(だからあとは完全に向こう次第……。このまま勝っていきたいね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない。隣、良いだろうか?」

 

「別にそれは構いませんが、非常に既視感を感じますね」

 

「事実私と奈緒は去年の関東大会で新越谷と梁幽館の試合を観戦する時、二宮に同席を求めている」

 

「あの時とは2人の状況が違うと思いますけどね。ここで油を売ってて良いんですか?」

 

「昨日は私が所属しているチームの移動日でな。今日の試合はナイターだが、梁幽館と新越谷の試合となれば是非とも見ておきたいと思ったから、足を運んだんだ」

 

「私はオフ。母校の梁幽館と、可愛い妹がいる新越谷の試合は絶対に見逃せない」

 

「……そうですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まもなく試合開始の時間……。後悔のない試合をしたい。その上で私達新越谷が勝つんだ!



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校①

主将同士のじゃんけんの結果、私達は先攻になった。

 

ちなみに過去の試合を記録した議事録があるんだけど、それを統計すると、私達が先攻の確率は57%程だった。これを見ると決して主将がじゃんけん弱い訳じゃなくて良かったよ。部内の勝率は最下位だけど……。

 

(さて……。気合い入れていかないとね)

 

向こうの先発である吉川さんがマウンドに立ち、こちらの先頭打者である中村さんが左打席に立ち、試合が始まる……。

 

「さぁ、私達も精一杯希を応援するぞ」

 

「深谷東方戦では遥ちゃん以外ノーヒットだったものね……」

 

藤原先輩の言葉に雷轟以外の私含める全員に精神的ダメージを負った。だ、だから今日の試合でその実態を取り除きたいよね!

 

 

カンッ!

 

 

中村さんは初球打ち。しかし打球は三塁線切れて……。

 

『ファール!』

 

ファールとなる。今のがフェアにならないのはちょっと痛いな……。

 

「良いぞ希ーっ!」

 

「当たる当たる!」

 

(昨日見た映像と、今の吉川さんを見る限り関東大会の時と余り変わってはいない。私達との試合の時に投げなかったシュートとシンカーがあるくらいかな?それは端から見ればそう見えるだけなのか、それとも……)

 

吉川さんの投げる2球目。球種は……。

 

(シュート……!)

 

 

カンッ!

 

 

打席で見るのは初めての筈のシュートに中村さんは綺麗に合わせていった。流石は中村さんだ。しかし……。

 

『アウト!』

 

三遊間に飛んだライナー性の打球はショートによって阻まれた。今日の試合も投手戦になりそうだな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の打球を捕りましたか……。やはり梁幽館は守備のレベルがかなり高いですね」

 

「多分それも監督の指導の賜物だろうな」

 

「私と奈緒もある程度は自由にやれていたけど、守備練習に対しては監督に叩き込まれた」

 

「白糸台の2軍の練習と似た雰囲気を感じますね」

 

「2軍……?1軍はどんな練習をしてるんだ?」

 

「1軍選手は私も含めて自主トレですね。なのでこのように情報収集に勤しんでいます」

 

「1軍なのにか……?」

 

「1軍の監督曰く、『必要なものは既に2軍までで培っている筈だ。あとは1軍でそれ等を自由に活かせ……』との事です」

 

「成程な……。そういう考えもある訳か」

 

(尤も私は1軍へのフリーパスをもらった直後にそれを知りましたが……。あの監督の思惑がいまいち掴めませんね)

 

『アウト!』

 

「新越谷は二者凡退……。打線も去年に比べて数段強力になっているだろうが、梁幽館も負けてはいない……か」

 

「それよりも次の3番……」

 

(元台湾一のスラッガーであり、陽秋月の妹である陽春星……。今日新越谷の試合を観に来た目的の1つがここで達成出来そうですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打席には台湾から来た留学生で、陽秋月の妹でもある陽春星。今日の試合では3番に入ってもらい、雷轟の支援を目的としてもらう予定だ。

 

(ここで来たか……!)

 

(秋先輩の妹であり、台湾一のスラッガーとも呼ばれていた強打者が……!)

 

(ツーアウトランナーなし。ここは思い切りいかせてもらう)

 

打席では春星と吉川さんが睨み合ってるようにも見える。まぁ秋月さんの妹ってだけで、本来は梁幽館に入っても可笑しくないしね。梁幽館側にも、そして春星にも何か思うところがあったんだと思う。

 

(だからこそ、初戦では春星を見せずに、2戦目の梁幽館戦で公開したんだ……!)

 

雷轟レベルのスラッガーがチームに2人いる事はかなり大きい筈。吉川さんの調子次第では春星がホームランを打って先制点を取りにいけるけど……。

 

(絶対に打つ……!)

 

ベンチから見える春星の様子からして、姉の後輩だからといってどうこうする訳でもなさそうだ。それなら私達は春星を応援するだけだね。




遥「ここでお知らせですっ!」

朱里「お知らせ?」

遥「なんと!私達の小説を応援してくださっていて、球詠の二次創作を書いている東方魔術師さんの小説に……私達の出演が確定しました!!」

朱里「東方魔術師さんが書いている……確か『新越谷の潜水艦少女』だったっけ?でも私も雷轟も既に番外編で出てるよね?」

遥「それが本編での出演も決まったらしいよ!私と、朱里ちゃんと、いずみちゃん、はづきちゃんの4人が本編に参戦するんだ!」

朱里「橘は初出場だけど……。それにしても意外かもね。雷轟や金原、橘はまだ理解が出来るけど、私が本編に出るのは難しそうだったから」

遥「そうなの?」

朱里「私が普段よく投げてる球……ストレートに見せた変化球については扱いが難しいと思っていたからね」

遥「確かに……。でもそれ抜きでの出演なんじゃないの?」

朱里「まぁ最悪それでも良いとは思うけど、私といえば……な印象だってあったりなかったりする訳だしね」

遥「じゃあどうするんだろう……?」

朱里「それは東方魔術師さん次第ではあるんだけど、私と、あとこの小説の時系列が秋頃になってから橘が投げていたストレートに見せた変化球……命名偽ストレートについての説明とかもいるんじゃない?」

遥「それもそうだね……。朱里ちゃんが投げているストレートに見せた変化球の解説?みたいなのはこの小説の38話目にあるから、それを見ればまた1歩朱里ちゃんに近付けるかも知れないよ!」

朱里「私に近付けるってなんだ……」

遥「あとは朱里ちゃんが投げるストレートについての解説が54話目に載ってるよ!端から聞いてもよくわからなかったけど……」

朱里「某野球漫画のエース(中学1年生)が投げてるストレートだね。あとは239話目で中山さんも投げていた下から大きくホップする『燕』と呼ばれる球かな?」

遥「『燕』って分類的にはストレートで良いのかな?」

朱里「元ネタとなってる野球漫画ではライズボールに近いものだと言われてるみたいだね」

遥「ではそんな私達が出演予定である……」

朱里「東方魔術師さんが執筆している球詠の二次創作『新越谷の潜水艦少女』をよろしくお願いします」

遥「この小説にも出ている渡辺星歌ちゃんが主人公の話だよ!」

朱里「他にも志木さんと佐倉姉妹も出ているから、気になる人は是非閲覧してみてください」


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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校②

この試合の見所の1つ……。それが春星と吉川さんの対決。今、その一幕が開けようとしていた。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(初球はボール球で様子見……か)

 

春星はかなり慎重なタイプのスラッガーだ。姉の秋月さんは初球打ちが多い印象にあるけど、その反対に春星が初球で打つ事は余りない。台湾にいた頃からそれは変わっていないが、それを向こうがどう思っているかだね。

 

(初球は見送り……。データ通りだな)

 

(初球打ちは余りないけど、甘く入ると簡単にスタンドインさせる実力者だから、くれぐれも慎重にね)

 

(わかってるさ……!)

 

ワンボールナッシングから2球目……。

 

(吉川さんが投げたのはシュートか……)

 

春星は横に曲がる変化球に対する打率が低めである。台湾にいた頃はそのような相性があったりした訳だけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

それはあくまでも台湾にいた頃の話。今の春星はむしろ横系変化球は得意な部類に当てはまるようになったのだ。

 

『ファール!』

 

「惜しいっ!」

 

「タイミングは完璧だったのになぁ……」

 

「でも次は打てるよ!」

 

ウチって結構投手陣多いけど、横系変化球を安定して投げる事が出来るのは私と川原先輩だけ……。武田さんの場合はやや不安定な形でシュートを結果的に投げる事が出来る。いつでも投げられるようになれると良いね。

 

(苦手を克服する為に、マシン打撃で徹底的に対策。そして時々私と川原先輩に頼んで横系変化球を投げてもらう事によって、特訓は形になっていった……)

 

しかも春星は練習試合では横系変化球に対しては凡打の方が割合が多い。これが天然によるものか、わざとなのかはわからない。

 

もしもこの土壇場で完璧に対策が出来るようになったとしたら、春星の打撃センスはまさに天才的というべきだろうね。

 

 

カキーン!!

 

 

3球目に吉川さんが投げたカットボールも、春星は対応して場外へと飛ばす。結果はレフトに切れて……。

 

『ファール!』

 

ファールとなる。しかし今ので決め切れなかったのはちょっと痛いな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吉川が投げるシュートとカットボールにも難なく対応しているな」

 

「流石は私の妹。姉として鼻が高い」

 

「…………」

 

(事前の情報では陽春星の苦手な球種は横に曲がる変化球……となっていましたが、この打席でそれが覆されましたね。新越谷に留学してからの彼女のデータも一通り持っていますが、それを見る限りでは苦手が克服されている様子はなかった……。この試合まで隠していた可能性が高いですね)

 

「そしてそれをさせているのは恐らく朱里さんと川口芳乃さんでしょう」

 

「……?何の話だ?」

 

「いえ、こちらの話です。しかしシニアリーグの世界大会で対決した時の彼女はもういませんね」

 

「まだ高校1年生だというのに、貫禄がある……。新越谷からしたら頼もしいのだろうが、梁幽館には頑張ってほしいものだ」

 

「それも現時点では心配しなくても問題ないでしょう。少なくとも吉川さんの方にはまだ余裕があります」

 

「余裕……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今のファールで追い込まれた……。こちらも春星の苦手克服をここまで隠し通していたのと同じで、吉川さん側にも何かしら隠している可能性がある。

 

(これで追い込んだ……。いくわよ和美!)

 

(ああ……。これで三振だ!)

 

(あの腕の振り、リリースポイントから見て……投げてくるのはストレート!)

 

4球目に春星が張っているのはストレート。吉川さんの腕の振りから見て、ストレートに対応したスイングを放つ。しかし……。

 

(えっ……!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

吉川さんが投げたのはチェンジUP。しかもストレートと全く同じリリースポイントから放たれた球だ。

 

(成程。そう簡単には打たせないぞ……って事だね)

 

しかしあれ程の球を打つのは骨が折れそうだね。同じリリースポイントから放たれるストレートとチェンジUP……。見極めには時間が掛かりそうだ。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校③

「不覚を取った……」

 

「ドンマイドンマイ。切り替えて行こう」

 

とにかく裏の守備で点を取られない事が重要だからね。武田さんと山崎さんのバッテリーに掛かっているとしか言いようがない。

 

(私も出来るだけライトから援護しないとね……)

 

そして梁幽館の攻撃。先頭打者は……。

 

「よろしくお願いしまーす♪」

 

金原ばりに意気揚々と左打席に立つ橘。なんか打撃スタイルも金原に似てきたよね。打率も高いし、梁幽館内で不動の1番を勝ち取ってるし……。

 

(現状武田さんと橘の相性は最悪……。対金原を想定して臨むべきか、橘の裏をかくか……)

 

問題は橘の読みが二宮レベルに達している可能性が高いという事……いや、一点読みだけで言えば橘は二宮の上をいく……。関東大会で対戦した時も、橘は武田さんのあの魔球を一点読みしてホームランを打った実績がある。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(でも地獄の合宿を乗り越えた武田さんなら読まれたとしても、大した痛手にはならない筈……)

 

(うひー、凄い球だなぁ。映像で見るよりも威力がだんちに感じるよ)

 

(初球は見送り……。橘さんはこれまでヨミちゃんに対して全打席安打を放ってるし、ここで抑える事が出来れば、勢いがこっちに来るんだけど……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のはづきさんはそう簡単には抑えられないでしょうね。武田さんがあの地獄の合宿を潜り抜けた1人だとしても……」

 

「地獄の合宿……?」

 

「なんか如何にも危ない名目の合宿だが、大丈夫なのか?」

 

「人権侵害寸前の際どい練習メニューばかりでしたが、私を含めた参加者の全員の基礎能力を飛躍的に上昇した事は間違いありません」

 

(それに加えて武田さんは特別練習メニューを別にこなしている……。その成果も着実に出ているみたいですが、大きく発揮されるのはこの試合が初めてになるでしょうね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(ツーシームやカットボールにも簡単に対応してくる……。流石は今の梁幽館のリードオフガールって訳か)

 

(カウント2ー2で、ファールで2球程費やして、次が7球目。ナックルスライダーがここまで1球も来てないし、カウント的にも次辺り来そうなものだけど……?)

 

橘はくさいコースは徹底的にカットして、武田さんに勝負をさせるか、四球を狙わせている。それ自体は武田さんもわかっている筈だし、山崎さんの誘導次第で橘を抑えるのは可能だけど……。

 

(……ヨミちゃん、勝負だよ!)

 

(うんっ!!)

 

次で7球目。武田さんは橘を三振に仕留めにいく攻めをすると思うし、橘もそれを読んで対応してくる……。この勝負はどっちに転ぶか全く予想が付かないね。

 

(行くよ……ヨミちゃん!)

 

(来る……。武田さんの決め球が!)

 

武田さんが次に投げる1球でこの打席の勝敗は決まりそうだね。

 

(地獄の合宿を経て、更に成長したあの球……いっけーっ!!)

 

(読み通り……!このままセンター返しを狙う!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この……勝負は……)

 

(私達の勝ち……だね)

 

『アウト!』

 

(ふぅ~。ようやく橘さんに勝てたよ……)

 

1打席目……。橘は内野フライとなった。投げられたあの魔球は球威もあり、例え読まれたとしても、簡単には打てない……。これぞ決め球って感じがした1球だったね。

 

(狙いは良かったんだけど、あと1歩って感じだったかなぁ?まぁ何にせよこの打席は私の負けだね)

 

黒星続きの対橘に、ようやく白星を付ける事が出来た武田さんだった。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校④

先頭の橘を打ち取れたのは良いんだけど……。

 

「ニンニン!よろしくお願いするでござる♪」

 

(次は村雨か……)

 

全高校生……いや、全野球選手トップの走力を持ちながら、小技をこなすのはもちろん、驚異的な守備範囲を持つ存在。

 

(そんな村雨は転がせば必ず安打、深いゴロなら二塁打は狙える打者と言われている……)

 

幸いなのは打席数が少ない事。しかしそれが村雨のデータの少なさを表していて、余計に不安になってくる。果たしてバッテリーがどう出るか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(成程……。映像で見るよりも速く感じるでござるな。でも……)

 

 

カンッ!

 

 

「!?」

 

『ファール!』

 

(当てるだけなら、なんとかなるでござるよ。こう見えても梁幽館でユニフォームをもらっているでござるからな)

 

今の武田さんのレベル程のストレートをカットするとは……。流石は梁幽館のレギュラーって訳か……。

 

(しかし長くはカットし切れないのもまた事実……。早めに対処した方が良いでござるな)

 

 

コンッ。

 

 

バント……というよりはただバットに当てただけの当たり。キャッチャー前に転がっていくけど……。

 

「ニンニン♪」

 

(ちょっ、足速過ぎ!?)

 

慌てながらも、山崎さんはファーストへと送球。しかし……。

 

『セーフ!』

 

(うわぁ……。やっぱり村雨の走力は可笑しいでしょ。ヘッドスライディングすらせずに、悠々セーフじゃん……)

 

折角橘を抑える事が出来たのに、これじゃあ状況が余り変わらないよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつ見ても静華さんの走塁は常軌を逸していますね」

 

「あの走力は異常……」

 

「というか捕手がボールを拾えば、即タッチが出来そうな当たりだったが、それをさせないとは……」

 

「並の走者なら山崎さんがタッチしてアウトでしたが、静華さんの場合はそれをさせません。現に先程の山崎さんはタッチが出来ずに、静華さんの走力に驚愕していました」

 

「プロでもあの素早さは出せない……」

 

「しかしこれで今の梁幽館の得点パターンに入りましたね。静華さんを還すのは次の西浦さんか、4番の友理さんか……」

 

「逆にこの回を凌ぐ事が出来れば、流れは一気に新越谷の方に流れていくな」

 

「それでも今の和美を打てるのかはまた別の問題」

 

「そうですね。今の吉川さんは常時ゾーン状態に入っていますから……」

 

(そしてそんな吉川さんに抗えるのは新越谷の中に3人……。あの3人の内の誰かが吉川さんを打たないと、この試合は梁幽館の勝ちになる可能性は高いでしょう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワンアウト一塁で3番の西浦さん。左打者が続くね。

 

そして武田さんが振りかぶった瞬間……。

 

「走った!」

 

村雨が盗塁スタート。タイミングは完璧だ。

 

「くっ……!」

 

(村雨さんが盗塁するのはわかっているのに……!)

 

「ニンニン♪」

 

『セーフ!』

 

(刺せないなんて……!)

 

村雨の走力によって、二盗三盗も余裕になる。しかも村雨はほとんどリードをしていないから、牽制すら意味がないときたもんだ。本当、規格外な走力をしてるよね。

 

 

カンッ!

 

 

西浦さんがレフトに打ち上げる。これはタッチアップになりそうだね。

 

(1つ不安があるとするなら、雷轟が落とさないかどうかなんだけど……)

 

『アウト!』

 

(まぁ流石に落とさないか。フライだけならなんとかなるのかな?)

 

しかしアウトをもらったのも束の間……。

 

「タッチアップでござる!」

 

村雨が二塁から動き始めた。

 

「中継!」

 

雷轟がショートへと中継する。

 

「三塁で刺す……」

 

春星がボールを受け取って三塁に投げようとした瞬間、村雨が不適に笑う。ま、まさか……!?

 

「違う……。春星、ホームだ!」

 

「えっ……!?」

 

「流石は朱里殿。よくわかっているでござるな」

 

私の声に春星は数瞬遅れる。村雨はその遅れを逃さずに、三塁ベースを蹴った。

 

「くっ……!」

 

ショートからバックホーム。村雨と山崎さんのクロスプレーとなり、際どい状態となる。言っておくけど、これって村雨が二塁ベースからタッチアップしたんだよ?

 

『……セーフ!セーフ!!』

 

判定はセーフ。西浦さんの犠牲フライが決まり、村雨が『二塁からホームへと辿り着いた』事によって、梁幽館に先制点を取られてしまった。しかも……。

 

「さて、このまま勢いを継続させていただきますよ?」

 

次の打者は高橋さん。ツーアウトで、ランナーがいないのが幸いなんだけど、これはちょっと不味い状況だな……。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑤

「静華さんは相変わらず厄介な足をしていますね。敵に回ると面倒な事この上ないです」

 

「……私は深めのレフトフライで二塁から本塁へとタッチアップした村雨よりも、そんな村雨に対する反応が淡白な君の方にゾッとするよ」

 

「多分慣れているんだと思う」

 

「流石に今のようなタッチアップを見るのは初めてですが、静華さんなら違和感は特にありませんので。それよりも当たった時に備えて対策を考えた方が有意義でしょう」

 

「正論だが、正論なんだが……」

 

「普通は二塁から本塁へ一気に突っ切るタッチアップは最早暴走。でもそれが暴走にならない村雨に、そしてそれに慣れている今の梁幽館に言葉が浮かばない……」

 

「ああ。OGとしては心強い筈なんだが、私達の知っている梁幽館ではなくなっていく事に恐怖すら覚えるよ……」

 

(それは大袈裟だと思いますが……。しかし静華さんのあの走塁に慣れていないのなら、それが当たり前の反応……という訳ですか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっすが麻友先輩ですね♪キチッと仕事をこなしました!」

 

「ありがとう。でも……」

 

「本来はヒット以上の成果を出そうとした……ですか?」

 

「うん。武田の球が最後に対戦した時とは比べ物にならないくらいに成長しているんだ……」

 

「まぁ新越谷と最後に直接対決したのはクリスマスイブですし、それだけ期間が空いていれば、著しい成長を見せるのは当たり前なんじゃないですか?」

 

「いやいやはづきさん、普通では考えられない成長速度をしていますよ。武田さんは……」

 

「それに普通は何度も戦うなんて事はないでござるよ。まぁ新越谷に関してはこの試合で4度目の対戦になるでござるが……」

 

「ええ~?でも私だって去年に比べたら滅茶苦茶成長してるって実感してるし、それが普通なんだと思ってたよ……」

 

「それもはづき殿の成長速度が早過ぎるだけでござる」

 

(私達からすれば静華さんも大分可笑しいような気もしますが……)

 

「そうですね。ここ1年で1番成長しているのは間違いなくはづきさんです。自信を持ってください」

 

「友理先輩……」

 

「そうそう!今は私がエースだけど、はづきは私よりも凄い投手だってわかってるからな」

 

「和美先輩……」

 

「それにあんたは投手としても、野手としても、ありえない速度で成長してるわ。それはあんたの才能だけじゃなくて、色々な人に教えを請うているし、その成果が実ったのよ」

 

「そうだよ。はづきちゃんは私にとっては憧れの選手でもあり、ライバルでもあるんだから!」

 

「依織先輩、弥生ちゃん……」

 

(良い話でござる……)

 

「さて……。ランナーはいなくなりましたが、私の仕事自体は変わりません。梁幽館の流れを継続させる為にも、一発狙っていきましょう」

 

「ファイトです!友理先輩!」

 

「さて、このまま勢いを継続させていただきますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1点取られて、ツーアウトランナーなし。そして打席には4番の高橋さん……。

 

(高橋さんか……。前の練習試合で武田さんは出会い頭にホームランを打たれている。その後は上手く抑えたとはいえ、内容は余り良くない……。武田さんの対応次第になるかな)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

コースギリギリにあの魔球。勝負を避ける意志が見られないのはこの時点では良い事だ。

 

(それとも練習試合の借りを返したいのか……。まぁどっちにしろ高橋さんとの勝負には賛成だね)

 

これ以上ピンチを背負うと取り返しの付かない事になりかねないし……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「良いぞ友理ーっ!」

 

「ナイスカットでーす!」

 

聞いた?あれでカットなんだって。なんか既視感ある会話だな……。

 

(流石、中田さんの後任と言われる実力は健在か……)

 

まぁシニアの時から知ってたけど、あの時は清本とかいう異常性の塊であるチビッ子スラッガーがいたから、そんなに気にならなかったんだよね。それでも通算ホームラン数200近いのは可笑しい事なんだけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(さっきもそうだけど、よく飛ばすなぁ……)

 

(でもカウントはこっちが有利……。不利を取る前に仕留めるよ!)

 

(うん!)

 

4球目。武田さんが思い切り振りかぶる。

 

(この局面で投げてくるのは……武田さんの決め球)

 

(思い切り来て……ヨミちゃん!)

 

武田さんの投げるあの魔球に対して、高橋さんは待ってましたと言わんばかりにタイミングを完璧に合わせてくる。もしも本当にタイミングがあったとしたら、綺麗にタイミングを合わせた高橋さんがホームランを打つだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし……。

 

 

ズバンッ!

 

 

(か、空振り!?タイミングは完璧だった筈……!)

 

決め球というのは投げる投手からしたら絶対的な球だ。簡単に打たれて良い訳がない。

 

そして地獄の合宿を経て、武田さんの球は全体的に驚異的な球速、キレ、変化量、重さが加わった。そしてそれは決め球であるあの魔球も例外ではない。

 

(あの高橋さんを三振に仕留めるとは……。本当に武田さんはどこまで成長するのか計り知れないよ)

 

私も……武田さんには負けられないな。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑥

試合は進み、初回以降は武田さんも、吉川さんも、打者に対して次々と凡退の山を築き上げた。特に武田さんは高橋さん以降の打者は全員三振に抑えている。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

 

「くぅ……!」

 

打者が一巡した梁幽館の打線も三振に仕留めている。橘も凄く悔しそうにしているけど、多分1番驚いているのは武田さんの球を捕っている山崎さんだろうね。

 

(これで3回が終了。スコアは未だに0対1で私達が負けている……か)

 

というか私達に至っては未だにノーヒットなんだよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「序盤戦は終了。勝負は中盤へと入りましたね」

 

「友理を三振にしてから、ずっと三振で抑え続けている武田が凄い」

 

「そうだな。今の梁幽館は去年以上の打力を持っていると言われているが、そんなのお構い無しに武田が次々と三振の山を築いている……。しかしあんな全力で投げ続けていたら、スタミナがもたないんじゃないのか?」

 

「それなら梁幽館側も終盤付近で武田に付け入る隙が出来る。多分友理もそれを狙おうと試みていると思う……」

 

(並の投手なら確かに2人の言った通りの展開になるでしょうが、武田さんに限っては話が変わってくる可能性が高いですね。今の武田さんには無尽蔵に近いスタミナが地獄の合宿を経て、宿っているかも知れません。いえ、もしかしたら今の投球ですら、全力ではない可能性も……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いよヨミちゃん!あの梁幽館打線に7連続三振だなんて!」

 

「うん……。点は取られちゃったけど、身体に力が湧いてくる感じがして、それが梁幽館の打線を抑えられているのかも?」

 

「でも心配だよ。あんなに飛ばして、7イニングもたない……なんて事があったら……」

 

山崎さんは全力で投げている武田さんに対して、ガス欠の心配をしている。私も山崎さんと同意見なんだけど、武田さんがとんでもない事を言い始めた。

 

「えっ?まだ全開で投げてないよ?」

 

『はっ!?』

 

武田さん以外の全員の声が重なった。

 

「ヨミちゃん、それは本当なの!?」

 

「う~ん……。投げようと思えばまだまだギアを上げていけると思うけど、それだとさっきタマちゃんが言ったように7イニングもたないかもだから、6割くらいで投げてるつもりだよ」

 

『…………』

 

武田さんのとんでもない発言に私達は絶句した。

 

川原先輩の投げる球よりもキレていて、藤原先輩のジャイロボールに匹敵する程に球が伸びていて、あの魔球を始めとする変化球が地獄の合宿前とは比べ物にならない程に大きく、鋭く曲がる武田さんの球が……まだまだ全力じゃない事に、驚きを隠せなかった。

 

(でも武田さんの無意識下で全力を投げさせられている可能性もある……。仮に今の武田さんが本当に6割の力でしか投げていないとしたら、これ以上の力を出させないようにしないとね)

 

まずは逆転……。なんとかゾーン状態の吉川さんから点を取らないといけないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……そのチャンスは思ったよりも早くに来た。

 

 

カンッ!

 

 

「やった!」

 

「ナイバッチ歩美ちゃーん!」

 

4回表。先頭の中村さんから連続で繋がり、ノーアウト一塁・二塁のチャンスに。

 

「逆転のチャンス……!」

 

ここで新越谷のクリーンアップに突入。まずは3番の春星からだ。これが恐らくこの試合最大のチャンス……。最低でも同点にしたいところだ。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑦

ノーアウト一塁・二塁の場面で、打者は3番の春星。こちらにとっては最大のチャンスであり、下手したら最後のチャンスになりかねない。だから最低でも同点にはしておきたいところだ……。

 

「…………」

 

(連打を食らったにも関わらず、吉川さんからは動揺の色はない……か)

 

ゾーン状態の選手はとにかく顔色が伺えない。そして高い集中力から放たれる圧は強打者から感じられる威圧感とはまた別物という事になる。

 

「春星ちゃんも吉川さんも凄い集中力だね……」

 

「一打同点、一発逆転の大チャンスだからね。両者共に慎重にならざるを得ないんだよ」

 

中村さんも、初野も、吉川さんの投げる球を完全攻略した訳ではなく、あくまで決め打ちをしていただけ……。未だに同じリリースポイントから投げられるストレート共にチェンジUPを見極めるのは難しいというのが現状で、一巡目はそれ等が原因で打ちあぐねていた。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

しかしストレートならもう完璧に捉えているね。流石は春星だ。

 

(あとは同じリリースから投げられるチェンジUPと、武田さんのあの魔球と類似しているスライダーをどう捉えるか……)

 

「…………」

 

捕手の小林さんは肩が強いから、足で掻き乱す事も難しい……。ランナーの2人も春星を信じるのみ。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

当て続けてはいるけど、これで春星は追い込まれた。ここで吉川さんが投げてくるのは3通り。春星がどれに狙いを定めるのか……。

 

(春星は雷轟のような高速スイングを身に付けてはいない……。球をギリギリまで見極める戦術は使えそうにないね)

 

尤も春星が覚醒して雷轟に負けないスイングスピードをこの局面で見せるのなら、話は別なんだけど……。

 

(流石は姉さんが通っていた学校のエース……。朱里やヨミセンパイに匹敵するレベルの実力を持つ。でも……)

 

(やっぱ秋先輩の妹だわ。滅茶苦茶手強い。しかもスラッガーな分、厄介さはこっちの方が上だし。けど……)

 

(秋先輩の妹然り、本当に新越谷の選手達は想定外の力を見せ付けて来るわね。カウント的には追い込んだ筈なのに、ちっともそんな感じがしないわ。でもね……)

 

(私だって負けられない。チームの為に……!)

 

(これ以上新越谷に負け続けは良くないからな。この1球で決める……!)

 

(来なさい和美。あんたの全力を彼女にぶつけるのよ!)

 

(当然!)

 

3球目。吉川さんが投げたのは決め球のスライダー。先程までの武田さんに負けず劣らずの1球だ。でも……!

 

 

カキーン!!

 

 

「なっ!?」

 

「読んでた。追い込んだ後に決める1球は、最高の球を投げてくると……」

 

春星の打った球は左中間へ抜ける当たり。二塁ランナーの中村さんが還って来てまずは同点。そして一塁ランナーの初野も三塁を蹴った。

 

「このまま逆て……!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

初野がホームベースを踏もうとした瞬間、小林さんのミットに外野からの返球が。まぁレフトには村雨がいるしね。

 

「簡単に逆転は許さないでござる」

 

とかレフトから言ってそう……。

 

「同点にはされちゃったけど、まだまだ試合はこれからよ」

 

そう言って小林さんが初野にタッチ。同点にはしたものの、ワンアウトランナーなしとなり、流れもちょっと微妙な感じになったな……。

 

(でも次は雷轟。期待値はかなり高いと思うんだけど……)

 

「…………」

 

(……?なんか雷轟の様子が変だな。気のせい?)

 

この時は気のせいだと思っていた。雷轟が不調期に足を踏み入れている事に、まだ私達は気付いていなかった……。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑧

『ボール!フォアボール!!』

 

雷轟は四球となった。とは言っても歩かされた訳ではなく、際どいコースに散らしてきて、最後に投げたスライダーも入ってるか、入ってないかの瀬戸際のコースだった。雷轟は手を出さなかったけど……。

 

「……とりあえず再びチャンスは出来た。このまま勝ち越すぞ!」

 

『おおっ!!』

 

ワンアウト一塁のチャンスにはなったものの……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

最終的には得点に至らなかった。満塁まで行ったんだけどなぁ……。

 

(でも吉川さんの球は段々打てるようになってきた……。ストレートとチェンジUPもそれぞれが得意不得意もわかるようになってきたし、上手くいけば次のイニングでリード出来るかも知れない)

 

まだ2戦目。こんなところで躓いていられない……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「同点にはなったものの、そのまま逆転まではいかなかった……か」

 

「静華さんが上手く送球出来たのが大きいですね。あれで新越谷の流れを塞き止めました」

 

「村雨の足の速さは異次元過ぎて見習えないけど、あの送球くらいなら、参考に出来そう……」

 

「しかしよく同点までで踏み止まってくれたな。ランナーなしの状態から満塁のピンチにまでなったのに……」

 

「和美も段々打たれ始めてきたけど、梁幽館のバックが得点を許さなかった」

 

「梁幽館の特徴とも言える堅い守備陣は今年も健在……という事ですね」

 

(しかしこのまま吉川さんを続投させていれば、何れは新越谷の打線に捕まります。私が梁幽館の立場なら、はづきさんに投げてもらうつもりですが……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、なんとか同点止まりで済みましたね」

 

「ああ。満塁にまでなってしまったが、なんとか抑えたよ」

 

「流石は和美先輩!私じゃ新越谷の打線を抑えられるかどうかはちょっとわからなかったかなぁ……」

 

「…………」

 

「なぁ友理」

 

「そう……ですね」

 

「……?和美先輩?友理先輩?どうしたんですか?」

 

「……はづきさん。次の回から投げてもらいますので、肩を作っておいてください」

 

「えっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、とりあえず切り替えるか。こっちだって無失点で抑えるぞ!」

 

「なんか吉川さんに踏ん張られた気がするわね……」

 

藤原先輩の言うように、吉川さんの気迫のピッチングが私達の得点を阻んでいた。さすがは最上級性といったどころか……。なんか意地を感じたよ。

 

「私がホームまで行ったのが不味かったですねぇ。静華先輩の肩を考えると、三塁で止まるべきでした……」

 

「ううん。歩美ちゃんは悪くないよ。村雨さんの肩を考慮せずにGOサインを出しちゃったのは私だし……」

 

三塁コーチャーに立っていた芳乃さんが反省しているけど、初野自身も正直村雨の肩を甘く見ていた節があった。かくいう私も村雨の肩があそこまで強かったと思っていなかったし、反省するべきだね。

 

「よーし!投げるぞ~!

 

「張り切ってるねヨミちゃん」

 

「うん!なんだか投げるのが楽しくなってきたんだよね~!」

 

回が進むに張り切っている武田さん。

 

「……切り替えなきゃ!」

 

反対に雷轟は1打数ノーヒット。さっきの打席も四球だったけど、あれはどちらかと言うと四球を狙いに行く動きだった。なんか雷轟らしくないな……。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑨

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

武田さんはどんどんと三振の山を築く。この回も先頭の村雨を三振に。しかも武田さんは尻上がりタイプの投手だから、まだまだギアを上げられるって事だよね?

 

(これって余程の事がない限りは梁幽館側に打つ手があるのかな……?)

 

慢心は駄目だけど、まさに圧倒的と言うべきピッチングに梁幽館側は攻略の兆しすら見えなかった。あとは私達が点を取るだけ……ん?

 

(今向こうのブルペンに行ったのは橘……?まさかこの試合投げるつもり?)

 

投げるにしてももう少し後だと思っていた。こちらはまだ吉川さんを完全に攻略出来た訳でもないし、スコアも同点だから、勝ち投手になるまでは吉川さんでいくものばかりだと思っていたのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうやらはづきさんが残りのイニングを投げるみたいですね」

 

「和美はまだ4イニングしか投げてないし、疲れているとも思えないけど……」

 

「指揮を取っているのは監督と友理だろうが、橘の実力を考えると……今の新越谷を抑えるのには相応しいのかも知れんな」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。私と秋は引退してからも時々野球部に顔出ししてたが、その度に橘は凄まじい成長をしている」

 

「私的に驚いたのが、はづきの打撃方面。弾道こそは低めなものの、昨年夏時点の私を越えていた……。あんな短時間であそこまで成長するのは、きっと並々ならぬ努力をしていたからだと思っている」

 

「関東大会で新越谷と対戦した時も、武田さんのナックルスライダーを一点読みし、ホームランを放っていましたね」

 

(最早一点読みのみで言えば、私よりもはづきさんの方が上かも知れませんね)

 

「そして橘の本職は投手だから、もちろんそっちの方面も著しい成長をしていた。特に彼女の代名詞とも言える決め球である3種類のスクリュー……。あれ等を散らされるだけで、ウチの打線はほぼ全員が三振だったよ」

 

「前に私達と同い年のOG達がはづきと1打席勝負をした時は私と奈緒以外は三振だったし、私と奈緒は打ち上げた」

 

「成程……」

 

(はづきさんの実力については概ね想定通りでしたが、梁幽館野球部の評価がかなり高いようですね。投手を務めながら、1番打者を担っているだけはありますか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「武田さん、投球レベルが先程までと比べて飛躍的に上昇しましたね。尻上がりな上に加えて、武田さんのような進化型の投手は読みにくいので、対策を立てるのにも一苦労です」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(そして私の1打席目以来の打者は全員三振……。まさに日々成長している投手……といった感じですね。それでもあのような鬼気迫るピッチングはしていなかったように記憶してましたが……?)

 

「……友理先輩」

 

「はい?」

 

「本当に私が投げるんですか?この試合は和美先輩が完投する予定だったじゃないですか」

 

「そうですね。私も、監督も、当初はそのつもりでした」

 

「それなら何故……!?」

 

「……私が前以て友理と監督に頼んでたんだよ」

 

「和美先輩が……」

 

「きっと私じゃ新越谷の打線を抑え切れない可能性が高い……。だから私よりも凄いピッチングをするはづきに託すんだよ」

 

(そんな事……ないのに、和美先輩は私なんかよりもずっと凄い投手なのに……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「5回表も三者三振ですか……」

 

「橘さん、肩は暖まりましたか?」

 

「監督……。はい、バッチリです」

 

「……では、5回から吉川さんと交代です。吉川さんは念の為にライトに入ってもらいます」

 

「「はいっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても凄いなヨミは……。あの梁幽館を相手に三振の山だ」

 

「こっちも吉川さんを攻略が進んでいるし、順調にいけば、勝てる試合なんだけど……」

 

「どうしたの芳乃ちゃん?」

 

芳乃さんが心配そうにマウンドを見ている。そこには先程ブルペンで肩を作っていた橘が登板していた。

 

「投手交代か……」

 

「吉川さんは橘さんがいたライトに入っているし、完全な交代ではないと思いますが……」

 

そんな橘の投球練習……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「……やっぱりストレートも速いな」

 

橘はスクリューをメインとする変化球投手のイメージが強いけど、今の通りストレートもかなり速い。吉川さんの攻略が進み掛けていたのに、これは不味いかもね……。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑩

梁幽館は投手を橘に代えてきたけど、こっちはこので三巡目に入るし、勝ち越しまで持っていきたい……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(速い球に、精密なコントロール……。元々制球力がある方なのは知ってたけど、梁幽館に入ってから更に磨きがかった印象があるね)

 

去年の夏大会ではほんの数人しか相手取れなかったし、練習試合の時も流し程度でしか投げていなかった……。だからこの試合が、あのマウンドが、橘の全力を初めて見る機会となる。

 

(和美先輩……。私は、和美先輩に色々と学びました……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(スクリュー。入ってたんだ……)

 

内角のコースギリギリ。かなり攻撃的なピッチングをするなぁ……。

 

(未来のエースとしてのあり方、ボールの回転数、不屈の闘志、打たせて取るピッチング……。挙げればもっと出て来る。でも私だってまだまだ先輩に教わりたい事がある。まだ、先輩達と……野球したいよ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先頭の武田さんは三振。3球共コースギリギリだったし、これはスクリューでなくとも、打つのに一苦労しそうだね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1球目は真ん中高めにストレート、2球目は内角の中央付近にカーブ、3球目は外角低めにスクリュー。何れもコースギリギリに決まりましたね」

 

「あれだと打者は手が出し辛いな。橘も良いピッチングをするようになった」

 

「そしてはづきの決め球でもある3種類のスクリュー。初見で打つのはかなり難しい」

 

「そうだな。私達2人も橘との1打席勝負では4割程しか勝てていない」

 

「そこまでですか?はづきさんも成長していますね」

 

(確かに何の情報もなしにはづきさんの球を打つのは困難ですが、1打席勝負をする事が多くなった今でも、はづきさんは成長し続けている……。県対抗総力戦でも相見える可能性を考慮して、なるべく多くのデータを取っておきたいですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

1番の中村さん、2番の初野も三振。橘が投げる球全てにこれまで以上のキレとノビを感じる……というのが武田さんの話だ。

 

「こうなったら我慢比べだね!私も打たれないようにしないと……!」

 

「そ、そうだな。頼りにしてるぞ!」

 

一方の武田さんは初回の高橋さんの打席以降の打者を全て三振。前のイニングで言えば、2打席目の高橋さんですら三振だ。今の武田さんが投げる球は『わかっていても打てない球』に分類される。ギアが落ちない内に点を取りたいところだけど……。

 

「ヨミちゃん、無理は駄目だよ?」

 

「わかってるよ。無茶のし過ぎは駄目だって、朱里ちゃんに釘を刺されているから……」

 

まぁ過去に私が投げ過ぎで故障した事を考えると、同じ被害者を増やしたくない。それがチームメイトなら尚更だ……。だから武田さんには無理のないように、楽しく野球をしてほしい。私みたいにならないでほしい。そう……切に願っている。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑪

「投手がはづきさんに代わってから、梁幽館の空気が一変しましたね」

 

「あれは何がなんでも勝とうというムード……」

 

「3年生の為に……という気持ちが入っているのかも知れないな。毎年あるだろう気持ちだが、それが去年よりも強く、ピリッとした空気が流れている」

 

「それそのものは良い事ではあるんですが……」

 

(負けられないという気持ちは状況に応じてプラスにも、マイナスにも働きます。果たして今のはづきさんを中心に流れているムードがどちらに作用するか、そして新越谷側がどう対処するか変わってきますね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

武田さんは相も変わらず梁幽館の打線をきりきりまいにしている。現状は当てる事すら出来ない難敵な球となっている。地獄の合宿の成果がここで発揮されてるね。

 

(あとは下半身を鍛え抜けば、一流の投手に育つだろうね。まだ武田さんの高校野球は1年あるし、どこかで集中トレーニングの時間が取れれば良いんだけど……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

今のところは上半身で投げてる感じもするし、屈強な上半身に合わせて強靭な下半身を仕上げていきたいところだね。その辺は山崎さんや、芳乃さんに相談かな?

 

 

ズバンッ!

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

この回も三者三振……。梁幽館の打者で今の武田さんを止める事は出来るのかな?味方としては頼もしい限りないだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……覚醒し過ぎでしょ武田さん。私達の打線が当てる事すら出来ないなんてあります?」

 

「元々素質のある人だったんでしょうね。それに加えて切欠1つで去年とは比べ物にならないレベルにまで覚醒した……」

 

「去年の時点で充分凄かった気もするわね。途中に早川が奈緒先輩を抑えたから……っていう切欠もあったけど」

 

(そう……。今言ったように去年の武田さんは朱里さんが火消しをした事によって立ち直った……。でも今年は?今年の武田さんは最早即プロ入りしても通じるレベルにまで成長している……)

 

「……そういえば和奈ちゃんの学校が主宰の合宿に新越谷の数人が参加してたって言ってましたね。その中に武田さんもいたんじゃないですかね?」

 

「和奈さんのいる……洛山高校でしたね。なんでも年に数回は生きているのが幸せなレベルの拷問があるとかないとか……。私もその実態は知りませんけど……」

 

「確か地獄の合宿とも言ってたような……」

 

「いやいや、どんな練習してるんだよ?」

 

「常軌を逸した、人権侵害ギリギリの練習とも言ってましたよ?」

 

「もしかしてそれなんじゃないか?それで武田は……」

 

「そこまでです。憶測の話は止めておきましょう、少なくとも私達が触れるべき次元ではないと思います。興味はありますけど……」

 

「友理先輩も瑞希ちゃんに負けず劣らずの好奇心旺盛ですよね~」

 

「……話が逸れました。はづきさん、残りのイニングもお願いしますね?」

 

「私なりに精一杯頑張りますよ。もちろん武田さんに負けず全員三振に仕留めます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6回裏。この回はクリーンアップから……。この回でこの試合の行方が決まると言っても過言じゃない。

 

「今度こそ打つ……!」

 

「私も打たなきゃ……!」

 

春星と雷轟に続くこの打線で、突破口を開きたいね。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑫

6回表。恐らくこの回がお互いにとっての分岐点になるだろう。

 

「行ってくる……!」

 

台湾から来たスラッガー。陽春星その人が打席に立った

 

(ここで秋先輩の妹さんか……。和美先輩との戦績は1勝1敗だけど、果たして今の私は彼女を越えられるのかな?)

 

(これまで2打数1安打……。貢献は出来てると思う。でもそれだけじゃ足りない。チームの為にも、姉さんが母校の梁幽館を越える為にも……絶対に打つ)

 

春星と橘が睨み合う。春星は確かに優秀なスラッガーではあるけど、ある一部分においては雷轟よりも劣っているところがあるんだよね。

 

(まぁその一部分でスラッガーという役割がある訳なんだけど、それが原因で雷轟や清本に比べると物足りない……というのが二宮の評価みたい)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

まぁ春星はまだ1年生だし、まだまだこれからだから、新越谷での野球生活を頑張ってほしいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まったな。この試合の分岐点である秋の妹と橘の対決が……」

 

「姉としては春星に頑張ってほしいけど、梁幽館のOGとしてははづきにも勝ってほしい」

 

「身内としては複雑そうですね」

 

「君から見て陽春星はどう映る?シニアリーグの世界大会では対決したそうだが……」

 

「私が直接彼女を見たのは1打席きりですが、その中で思ったのが怖さが足りない……の一言に尽きますね」

 

「怖さ?」

 

「彼女はスラッガーにはほぼ必須と思われる威圧感がないのが1番の理由でしょうか。その部分では和奈さんや雷轟さんよりも劣っています」

 

「威圧感……か」

 

「奈緒も時々放っているやつ」

 

「私はそこまで自覚はなかったが……。雷轟のような打者の場合は何かしらの切欠で威圧が出来るようになったんだろうな」

 

「だと思いますよ。ですが雷轟さんの場合はまだ始めて数ヶ月の段階でその域に到達しています。それこそ常人が何年もの月日を費やしてやっと習得が出来るものなのですが……」

 

「成程、納得した。春星の今後の課題がわかった気がする。……でもそう考えるとやはり雷轟は規格外の存在」

 

「その代わり……と言うべきか、補給率が並の初心者よりも低いから、それでバランスが取れているのか……」

 

「それで守備まで上手かったら、色々な人が放っておかないと思う」

 

「そうだな」

 

(今2人が言った条件が当てはまる人に数人は心当たりがありますが、一応彼女達は一定以上の年月は野球をしていますし、この場で口にする事ではありませんね)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「橘も良い当たりを打たれているが、上手く追い込んだな」

 

「多分次の1球で勝負が決まる……」

 

「この打席がこの試合の行方を握っている感じがしますし、お互い確実に仕留めたいところでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初球は見逃し、2球目はレフト線に大ファールとなってツーナッシング。春星と橘の雰囲気から見て、恐らく次の1球で勝負が決まるだろうね……。

 

『ゴクリ……!』

 

新越谷side、梁幽館side、そして観客席の全体から息を呑む音が聞こえる。静かになってるからかな?

 

(でもこの緊迫した雰囲気に対して春星も橘も緊張せずに集中してる。というか目を瞑ってるし……)

 

それ程集中してるんだろうね。

 

(……!行くよ陽春星!)

 

(あの投手が投げる次の球は恐らく今日1番の球……。何が来る?)

 

互いに目を開け、橘が投球動作に入った。

 

(橘がこの局面で投げてくるのは2択。1つは橘の決め球であるスクリュー……それも最大変化のものだ)

 

そしてもう1球は……。

 

(見てますか朱里せんぱい。私の信念の1球を……!)

 

橘の自慢のスクリューを元にした、偽ストレートだ。

 

「…………!」

 

「ああっ!春星ちゃんのスイングタイミングがずれちゃってるよ!?」

 

「あれだと空振りしてしまう……」

 

「…………」

 

「あれ……?」

 

「どうしたの朱里ちゃん?」

 

「……春星の今のスイングなんだけど、かなり早いタイミングで振ってきたなって思ってね」

 

「そういえば……。じゃあ春星ちゃんがやろうとしてるのって……」

 

(もう一丁……!)

 

成程ね。回転を用いて橘が投げた偽ストレートに無理矢理タイミングを合わせたって訳か……。

 

 

(対朱里のストレートに見せた変化球の対抗策。事前のデータがなかったら、使わなかったかな……)

 

 

カキーン!!

 

 

一回転して当てた橘の偽ストレート。そのタイミングは完璧で、打球はそのままセンタースタンドへと入っていった。何にせよ勝ち越し成功だね……。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑬

春星のソロホームランによって勝ち越しに成功したものの、橘の立ち直りはかなり早く、一塁・二塁のチャンスまでは作れたのに、追加点を得られなかった。そんな中で気になったのは……。

 

「むぅ……!」

 

(雷轟が余り調子良さそうに見えないんだよね。さっきの打席でもらしくなかったし、ちょっと不安だな……)

 

でもそんな事も言ってられないか。なんせこの回から武田さんに変わって私が投げる事になってるし。

 

「頑張ってね朱里ちゃん!」

 

「まぁ頑張りはするんだけど……。本当に私が投げても良いの?今日は武田さんが完投する予定だったんじゃないの?」

 

私は今日試合が始まる前に芳乃さんから終盤に私が投げる事を聞いたんだけど……。

 

「もちろん私はまだまだ投げられるし、投げたいけど、多分この試合は朱里ちゃんも投げた方が良いと思ったんだよね」

 

「えっ?なんで……?」

 

「それはわからないよ?でもなんとなくそう思っただけ」

 

武田さんはあっけらかんとそう言った。なんでそんな曖昧な理由なんだろうか?

 

「ま、まぁとにかくこの局面は朱里ちゃんに任せるね!」

 

「了解。この1点を死守出来るように頑張ってくるよ」

 

なるようにしかならないけどね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷は投手を早川に交代するみたいだな」

 

「奈緒は朱里と直接対決をした事があったんだっけ?」

 

「ああ。去年の夏大会でな。悔しいが私の完敗だったよ」

 

「朱里さん程手数の多い投手はいませんからね。初見で打つのは難しいでしょう」

 

「それは……去年君とバッテリーを組んでいた神童よりもか?」

 

「球の威力そのものは神童さんの方が上ですが、球種は朱里さんの方が多いです。そして今の朱里さんは……昔の朱里さんに近付いてきています」

 

「昔の早川に……?それはシニア時代か?」

 

「いえ、シニアよりも昔……リトル時代の朱里さんにです」

 

「リトル時代の朱里……どんなピッチングをするのか、いまいち想像が付かない」

 

「それならよく見ておいた方が良いですよ。利き腕こそは違えど、今の朱里さんはリトルと同等のピッチングをします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6回裏。投手は武田さんから私に交代し、私がいたライトには雷轟が、雷轟がいたレフトには息吹さんが入った。

 

深谷東方との試合では大村さんが途中出場だったけど、今回は息吹さん。出番は平等に与えなきゃね。特に実力が拮抗している選手同士だと尚更……。

 

まぁそれはさておき、大会初マウンド。私の球を捕ってくれる山崎さんを始めとする、頼もしい守備陣……。彼女達のお陰で私は気持ち良く投げられるんだ!

 

(それに今の私のピッチングを橘にも見てほしいと思ったからね。地獄の合宿で生まれ変わった私を……!)

 

見ててよ……。私の練習の成果を!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(よし。制球は定まっているね)

 

あとは相手側の反応だけど……。

 

「…………!」

 

うん。橘を始めとする梁幽館全員が私の予想通りの反応をしてくれているね。もしかしたら芳乃さん達はこれを見越していたのかも知れない。なんていう準備の良さだ。

 

(ともかく私は私のピッチングをするだけ……)

 

抑えようと、打たれようと、それは変わらない。だから早川朱里の生まれ変わったピッチングを見て行ってよね。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑭

「新越谷は投手を代えてきたか……」

 

「こちらが武田さんに慣れる前に対応してきましたね。去年に比べて、新越谷の選手層も厚くなっていますし……」

 

「でも武田以上の投手なんてそういないと思うけどね。川原くらいなら対応は不可能じゃないし」

 

(そう……。新越谷の初戦のデータを見る限りでは川原さんの対応は難しくない。ならここで出て来る新越谷のリリーフは……)

 

「…………」

 

「朱里せんぱい!?」

 

「早川か……!」

 

(やはり朱里さんでしたか……。去年の夏大会で新越谷との試合を思い出しますね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(朱里ちゃんが投げる低空から浮き上がるこの球……。今でも捕る時にヒヤヒヤするよ。でも……落とす訳にはいかないよね。これまで積み上げてきた捕手としての経験値と、プライドに賭けて……!)

 

(山崎さんも問題なく捕ってくれている……。母さん曰くこの球はかなり捕球に困難するって言ってたけど、新越谷に関してはその問題はなさそうだね)

 

一応木虎も捕れる訳だし、そう考えると今の新越谷の捕手レベルはかなり高い。流石は名門ガールズ出身者と、名門シニアの出身者だよ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

まずは1人。私達の勝利まであと5人……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだあの球は……!」

 

「ライズボールの類いにしては低過ぎる。まるで地面を滑っているかのよう。それにしても朱里がアンダースローに転向していたとは……」

 

「あのアンダースローこそがリトル時代の朱里さんですね。そして投げられる球はかつて世界一のアンダースロー投手と呼ばれていた早川茜さんの決め球……『燕』と呼ばれていた球です」

 

「かつての名投手の面影が今の早川にある訳か……。苗字が同じなのを察するに、彼女がそのアンダースロー投手の……」

 

「はい。早川茜さんの実の娘である朱里さん……。決め球は次の世代へと受け継がれていますね」

 

(しかしそうなると影森の中山さんが燕を滑っている習得しているかですね。同じアンダースローとして……なら理由としては弱過ぎます。まさか茜さん自身が手解きを……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「くっ……!」

 

(なんなんだよ!?今更そんなビックリボール投げてきやがって!しかも……)

 

「和美さん……」

 

「ごめん。打てなかった……」

 

「…………」

 

「はづき、次はあんたの打席よ」

 

「あっ、はい……」

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、なんでもありません……」

 

(朱里せんぱいのあのフォーム……間違いないよ。私が、私が野球を始める切欠になった……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃん、ナイピだよ!」

 

「ありがとう山崎さん。合宿の成果も順調に出ていってるし、調子も万全だよ。これであと4人……!」

 

「全力で抑えに行こうね?」

 

「当然。今日は2イニングしか投げないつもりだし、全力で投げられるよ」

 

それに私がこの試合でマウンドに上がる1番の理由としては……。

 

「…………!」

 

次の左打者……橘に今の私を見せる為なのかも知れないね。



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県大会3回戦!新越谷高校VS梁幽館高校⑮

6回裏。ツーアウトランナーなしの状態で迎えるは1番の橘。今日私が投げるのは橘に今の私を見てもらう為でもあるんだよね。

 

(さっきまではベンチ越しだったけど、今度は打席で見せてあげるよ)

 

(朱里せんぱいのあのフォーム……。私が野球を始める切欠になった……朱里せんぱいのリトル時代のフォーム!)

 

橘に対しては山崎さんもコース、球種共に自由に投げて良いとの事だ。私と橘の対決に……何か思うところがあったのかも……?

 

(まずは低空から勢い良く浮き上がる……燕を見せるよ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(低空から地面を滑るように、勢い良く浮き上がる……。朱里せんぱいのあのフォームとも相性良く出来てるんだ。でも……!)

 

「私で止まる訳には……いかないよね」

 

「……?」

 

橘が何かボソッと呟いていたけど、よく聞こえないな……。まぁ何はともあれ私は全力で投げるだけ!

 

(和美先輩までの打席をベンチから見る限り、あの球は超低空から浮き上がって、球の性質から砂煙を巻き上げて、球道を覆い隠すもの……。対抗策の1つとしては……!)

 

「……っ!」

 

(バントの構え!?しかもこれは……!)

 

(成程ね。そうきたか……)

 

(あの球を線で捉えるには、バットそのものを縦に構える事。単純に考えれば、これで当てられる筈……!)

 

 

ガッ……!

 

 

(ぐっ……!球質が……重い!?)

 

『ファール!』

 

橘の縦バントによって当てられるものの、その打球は捕手の後ろに転々と転がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早川のあの球に対して橘が取った行動はバントか……」

 

「案としては悪くないですが、前に飛ばせなければ意味がありませんね。それに朱里さんの投げる球は重さも加わっています。小細工は通用しないでしょう」

 

「どうやらはづきもそれがわかったみたい」

 

「……そのようですね。バットを長く持って長打狙いみたいです」

 

「早川程の球ならむしろバットを短く持って当てに行くべきではないのか?」

 

「本来ならそうするべきですが、打席に立っているのははづきさんですからね」

 

(朱里さんをリスペクトしているはづきさんなら、その敬意を評して、ホームランを狙う行動をしても別段可笑しくはないですからね。そんなはづきさんに対して、朱里さんがどう出るか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バント失敗のファールによって、橘を追い込む事が出来た。そんな中で橘が取った行動は……。

 

(バットを長く持った……?普通なら、短く持って当てに行くべきなんじゃ?)

 

(……やっぱりね。橘ならきっとそうしてくると思ったよ)

 

どういう訳か、橘は私に凄く懐いている。前に二宮から聞いた話によると、リトル時代の私を見て憧れを抱き、私が所属している川越シニアで野球を始めたらしい。今は投げられない、私のシンカーに憧れていた……。

 

(今は投げられないけど、似た球なら投げられる……!)

 

橘の憧れとは程遠いとは思うけど、なるべく当時の私に近付けたこの1球……打てるものなら打ってみなよ!

 

(低空から浮き上がらない!?別の球、一体何を……!?)

 

この1球は橘が私にリスペクトを抱いて野球を始めたのと同じように、私も、今の橘にリスペクトを抱いて編み出した1球……!

 

(スクリュー……ボール!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(朱里……せんぱい)

 

(ありがとう橘。君がいなければ、君が私に憧れていなければ、このスクリューは投げられなかったよ)

 

この1打席は……橘と初めて対面、会話をした時の事を思い出したよ。元よりさっき投げたスクリューは何れ橘を相手に投げるつもりだったのかもね。

 

「朱里ちゃん……」

 

「……さて、チェンジだよ。追加点を取りに行こう」

 

「う、うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7回裏。2番の村雨から始まる好打順も私は三者三振に抑える事が出来た。

 

(これで、私達の夏が、終わり、ましたか……)

 

最後の打者である高橋さんは空を眺めるように上を向いていた。それが何を意味するのかは私にはわからない。その理由も私が3年生じゃないから……なんだろうね。



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早川朱里と橘はづき

『ありがとうございました!!』

 

夏大会の2戦目。梁幽館との試合は去年の夏大会よりも激戦で、私達新越谷はなんとか勝つ事が出来た。

 

正直これといった勝因はない。強いて言うならば、2安打2打点の春星の活躍ありきだと思う。

 

(その春星だって1歩間違えば打ち取られていた……。台湾一のスラッガーをあそこまで苦戦させられる投手はそういないと思ってたけど、これは改めて埼玉のレベルの高さが伺えるね)

 

まぁともあれ勝った事には変わらない。切り替えて次の試合に備えよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、お手洗いに行っている訳だけど。

 

「あ、朱里せんぱい……」

 

なんか橘と遭遇したんだけど。しかもなんか既視感ある出会いなんだけど?まぁ去年に会ったのは中田さんなんだけどさぁ……。

 

「お疲れ様橘。ナイスピッチング」

 

「それはお互いに……ですよ。初回の友理先輩以降の武田さんもそうなんだけど、朱里せんぱいも凄かったです」

 

(なんかいつもの元気がないな。まぁ敗戦だし、3年生は引退してしまうし、仕方ないと言えばそれで済むけど……)

 

正直慰めなんてする必要はないと思う。何故なら勝者が敗者を慰めるなんて惨めで、屈辱的だから……。

 

「……本当は」

 

しばらくの沈黙の後、橘がポツリと話し始めた。

 

「本当は……私は登板予定じゃなかったんです。新越谷と試合をする前の試合で私は弥生ちゃんと継投してて、新越谷との試合では和美先輩を完投させるつもりでした……」

 

それに関しては私達もそう思っていた。正確には吉川さんと橘のどちらかが完投するつもりで投げてくるものばかりだと……。それは過去に梁幽館と試合した時の因縁めいたものがあったからだと思う。

 

「でも実際は違った……。試合前日に和美先輩が新越谷を抑え切れなかったら、私に投げさせるつもりだったみたいなんです。私は直前まで知らなかったのに……」

 

(多分橘の性格上、遠慮するからだったんだろうね。だからギリギリまで言わなかった……)

 

橘は上下関係がとてもしっかりしていて、先輩を純粋に敬っている。まぁ同い年の私にも同等の扱いを受けてたけど……。

 

「それでも今日の和美先輩なら、きっと新越谷の打線を抑えられていたんですよ!私じゃ、新越谷の勢いを止める事は出来なかった……!」

 

「……それは違うんじゃない?」

 

「えっ……?」

 

「吉川さん達は橘になら後続を任せて大丈夫だって判断したから、交代を提案してたんだと思う。橘にギリギリまで言わなかったのは、橘が遠慮してしまうから……」

 

「そ、それは……」

 

まぁ結果的に春星を抑え切れてなかったけどね。口には出さないけど……。

 

「で、でも和美先輩は私よりも凄い投手で……!」

 

「確かに今の吉川さんは凄まじい勢いで成長していってるね。でもそれは橘だって同じだと思うよ」

 

「私も……?」

 

「橘は自覚しやすい方だと思うから言うけど、去年の夏大会が終わった後に猛練習して、その結果が今の橘になってるんじゃないかな?その過程で梁幽館の全部員に頭を下げて色々やってたみたいだしさ」

 

「……っ!」

 

ちなみにこれは高橋さんから聞いた。100人以上の部員に逐一頭を下げて、その人独自の能力を覚えようとしたんだとか。こういう努力の天才を目の当たりにするのは二宮以来かもね……。

 

「……まぁこれ以上は私が言っても仕方ないし、あとは梁幽館で話し合ってね」

 

私がそう言って皆の所に戻ろうとすると……。

 

「ま、待ってください!最後に1つ……良いですか?」

 

「……良いよ。どうしたの?」

 

橘に引き止められた。恐らく橘を三振させる時に投げたスクリューについてかな?

 

「私に投げた最後の1球……スクリューですよね?今まで投げてこなかったのに……」

 

「そうだね。私もここまで本格的なものを投げるつもりはなかったよ。右肩のリハビリも続けている訳だしね。だから橘に投げたのが特別」

 

「私にだけ……?」

 

「橘は私に対して『せんぱい』って敬称で呼ぶよね。それはなんで?」

 

「そ、それは朱里せんぱいが……私が野球を始める切欠になったから、憧れだから……」

 

「リトル時代のある試合で私が投げているのを見て、橘は野球を始めようとした訳だ?」

 

「そう……ですね。私にとっては雲の上の人だったから……」

 

「でもシニアでは私と一緒のチームだった……」

 

「それは本当に幸運だったと思います。憧れの人と同じチームで野球が出来るって……。まぁ私じゃアンダースローは無理だったんですけどね。私自身も左利きですし……」

 

……で、シニア入団時に橘が私にスクリューを見てほしいって言ってたっけ?今となると何もかも懐かしく感じるよ。

 

「話を戻そうか。私があのスクリューを投げたのは……橘が私に憧れていたのと同じように、私も橘はづきという投手をリスペクトしていたんだよ」

 

「朱里……せんぱいが?」

 

「そう。だからスクリューを投げる時は橘だけにしようって思ってたんだよ。いつ来るかわからない機会だったけど、それは思ったよりも早く来た訳だしね」

 

「まさか……ずっと私に投げる為に……!?」

 

「まぁそんなところ。最後に1つ……」

 

私は皆の所に戻る前に、橘にずっと言いたかった事を言う。

 

「私に憧れるのは結構。そういう目で見られるのも悪い気はしないしね。でも……私自身、橘とは対等なライバルでありたいんだよ」

 

「…………!」

 

「だからいつまでも『せんぱい』呼びだと対等な気がしないから、それも早い内に卒業してね?」

 

まぁそんな簡単には抜けないか……。橘の『せんぱい』呼びは最早癖の領域まで行ってそうだし。

 

「あり……がとう。ありがとう!朱里!!」

 

「礼を言われるような事は何もしてないけどね。じゃあね橘」

 

今度こそ、私は皆の所に戻った。なんか柄にもない事を言っちゃったかな……。



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練習の一幕

梁幽館との激闘から翌日。今日は早めに部室に来てあるものを見ているんだけど……。

 

(……やっぱりあの変化球をどうにかしないと厳しそうだね)

 

二宮からもらった初戦の親切高校の試合映像。私が見ているのは一ノ瀬さんのピッチングだ。

 

「あれ?早いね朱里ちゃん」

 

「おはよう芳乃さん」

 

いつも1番早くに来ている芳乃さんよりも早く来ている私……。今は練習の1時間前なんだよね。

 

「何を見てたの?」

 

「二宮からもらった親切高校の試合映像。本来はもう少し後に見る予定だったんだけど、早く来ちゃったし、折角だからと思ってね」

 

何故か朝早くに目が覚めたんだよね……。

 

「……やっぱり朱里ちゃんと同じシニアの一ノ瀬さんは手強そうだった?」

 

「まぁね。一ノ瀬さん以外には特にこの人……って選手はいないんだけど、全員が高い水準の実力を持ってるよ。打撃も守備も隙がない」

 

仮に一ノ瀬さんの変化球を上手く捉えられたとしても、バックの固さによって凡退してしまう可能性は高い。

 

「まぁ親切高校と当たるのは決勝だし、今は目前の試合の事だけを考える事にするよ」

 

「そうだね。その方が良いと思うよ」

 

芳乃さんも私と同じ意見だった。今年の埼玉県予選は強豪校はもちろん、ダークホースと呼ぶに値する高校がいくつかある。その筆頭が美園学院を破った親切高校だったりするんだけど……。

 

「そろそろ皆が来る時間だし、私も練習準備を手伝うよ」

 

「本当!?ありがとう朱里ちゃん!」

 

「早く来てやる事なかったしね。早めに終わらせよう」

 

皆が揃ったところで、今日の練習開始。途中休憩はあるけど、今日は朝から夜までみっちりと練習だし、私としても体力を付ける良い機会だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

「飛ばしますねぇ。遥先輩」

 

「前の試合では良いところがなかったからね。次の試合では頑張りたいよ!」

 

練習が始まってすぐ。打撃練習でバカスカ打つ雷轟と……。

 

 

カキーン!!

 

 

「春星の方も遥に負けていない。こういうのは見てて気持ちが良い……」

 

「ありがとう泊センパイ。センパイさえ良かったら、この後1打席勝負をしてほしい……」

 

もう一方でこちらもバカスカと飛ばしている春星。この後は猪狩さんと1打席勝負をするみたい。

 

それで私の方は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

山崎さんにボールを受けてもらっている。なんか知らないけど山崎さんが立候補したから、別段断る理由がない私はそれを受ける事に。武田さんの方は木虎が受け手に回っている。こんな感じで私と武田さんは相方捕手に調子を確認してもらっているのだ。

 

「こうしてキャッチボールするだけでも意味があるから、私達としてもまだまだエースの座を諦められないわね」

 

「そうだね。キャッチボールは野球の基本だけど、良い球を投げる為には必要な事だから……」

 

「ですね。私達は朱里のお陰で今の立場にある訳ですし、朱里の為にも、そしてもちろん新越谷の為にも貢献しないと……」

 

藤原先輩、川原先輩、息吹さんの3人でキャッチボール。なんか息吹さんが私を過大評価している気がするんだけど……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ休憩の時間だよーっ!」

 

芳乃さんの休憩の合図によって、私達はその場にへたり込む。中々ハードな練習だったもんね……。

 

「では休憩がてら、次の対戦相手についておさらいしましょうか」

 

そして藤井先生の一言によって、ピリッとした空気が流れる。この空気は相変わらず慣れないや……。



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3戦目は

練習の休憩がてら、次の対戦相手について話し合う事に。

 

「3戦目の相手は稜桜学園だよ!」

 

「去年の秋大会で当たったところだな」

 

「しかもその時と同じく3戦目ね……」

 

稜桜学園は泉さん、高良さん、柊姉妹の左利き4人組を筆頭に着実に力を付けていっているチームだ。

 

「泉さんが投げる球種についてはそれ程変わってないけど、守備レベルと打撃レベルはかなり上がってるね。1、2戦目もそれ等で勝ち抜けている……」

 

「しかも稜桜は今年優秀な部員が複数人入ったらしいから、苦戦は必至かもね」

 

「それで3戦目の投手だけど……」

 

「武田さんは完全休養にして、早川さんも投げさせるとするなら終盤の1、2イニング、そして残りの投手陣ですが……」

 

藤井先生の発言で武田さんが脱け殻になってる。そ、そんなに投げたかったのかな?

 

「先発予定の投手の調子ですが、継投になると思っていてください」

 

私と武田さん以外の投手陣は川原先輩、藤原先輩、息吹さん、猪狩さんの4人。この中で先発投手になるのは……。

 

「その先発投手ですが……猪狩さんにお願いしたいと思っています」

 

「……私?」

 

当の猪狩さんだけど、まさか自分が指名されるとは思ってなかったみたいで、目を見開いていた。

 

「猪狩さんにも実戦経験を吸わせたいと思いまして……。練習試合と、公式戦では、まるで状況が違うという事をわかってもらうという意味合いもあります。どうですか?」

 

藤井先生は猪狩さんを見つめている。あくまでも強制ではないという体で接しているけど、出来る事ならば期待に応えたいよねってなる。

 

「……わかりました。私で良ければ、投げさせてください」

 

猪狩さんも了承。これで3戦目の先発投手は決まったね。あとは……。

 

「折角だし、まだ出てない子も出てもらうからね!」

 

という芳乃さんの提案でオーダーが組まれた。

 

 

1番 キャッチャー 木虎

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 ファースト 川原先輩

 

4番 サード 雷轟

 

5番 ライト 藤原先輩

 

6番 センター 照屋さん

 

7番 レフト 息吹さん

 

8番 ショート 川崎さん

 

9番 ピッチャー 猪狩さん

 

 

「まだ仮案だけど、稜桜戦はこれで行くかもだから、覚えておいてね!」

 

これで暫定的に途中出場も含めて全員が出た事になるのか……。メインポジションの都合上何人かは固定で、また何人かは交互に出ている気もするけど、諸々を考えるとこれがベストな采配なんだよね。

 

「公式戦初マウンド……。頑張ろう」

 

「お互いにね」

 

「下手な事は出来ないわね……」

 

猪狩さんと照屋さん、息吹さんがそれぞれこの夏大会初出場。頭から出てないのはこれで渡辺と大村さんだけになったけど、渡辺は次の試合で先発予定だし、大村さんは途中出場の機会が多いから、実質これで3人と同等だと思う。

 

「そろそろ休憩の時間も終わりです。次の試合は3日後……。全員に出来る事をやっていきましょう」

 

『はいっ!!』

 

去年よりも試合数が2回多いけど、それでも目標は優勝あるのみ。頑張っていこう!



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観戦

今日は試合の日……なんだけど、私達新越谷の試合は2戦目で、試合までには3時間以上あるのと、私が個人的に興味があるのとで、逆ブロックの試合観戦へと赴いている。

 

「一ノ瀬さん……だっけ。朱里ちゃんの先輩さん」

 

「そうだよ。私の前の川越シニアのエース」

 

「事前情報で聞いてはいたけど、あの美園学園を破る程の実力があるんだよね……」

 

「まぁシニア時代も三森3姉妹を抑えていたし、別段不思議ではないんだけどね」

 

問題は何故2年間表立って出て来なかったのか……というのと、3年生になったとはいえ何故今年になって表舞台に参加し始めたのか……という事だ。

 

「あっ、そろそろ始まるよ!」

 

「この試合も結構注目する部分だよね……」

 

親切高校の相手は熊谷実業。埼玉県随一の打撃チームだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲームセット!!』

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

私達3人は開いた口が塞がらない状況に遭遇していた。

 

「く、熊実って県内で1番打点を取っているんだよね?」

 

「そう……だね。一ノ瀬さんは変化球投手だから、変化球の対応が遅れがちだってわかってはいるんだけど……」

 

「ま、まさか熊実が1点も取れずに負けるなんて……」

 

スコアは4対0で親切高校の勝ち。しかも熊実がヒットを3本しか打ててないとは……。打たれたのは序盤だけだし。

 

「一ノ瀬さんが投げてた変化球……まるで天下無双学園の沖田さんみたいだった……」

 

「まぁ沖田に変化球を教えたのは一ノ瀬さんだからね」

 

「そ、そうなの!?」

 

あれ?そういえばまだ言ってなかったっけ……?まぁ何れは言うつもりだったし、早いか遅いかの違いかな。

 

「あのぐにゃぐにゃ曲がる変化球が……。あんな個性的な変化球なんて他に投げる人いないと思ってたや」

 

私の知る限りでも一ノ瀬さんと沖田くらいだよ。

 

「はぁ……」

 

球場を出たところを私達が話していたら、溜め息が聞こえた。

 

「あーあ。なんであんなにフルスイングするのか……。投げる度にビクビクするんだけど」

 

背後からネガティブな声が聞こえたので、振り返ると、そこには一ノ瀬さんが俯きながら歩いていた。前を見ないと危ないですよ?

 

「あんな脳筋集団とは2度とやりたくないよ。三振は取れたけど、心臓がもたないよ……」

 

と、とりあえず声を掛けるべき……?でも一ノ瀬さんとは最低限の関わりしかないし、一ノ瀬さんからしたら余り関わりたくないんじゃないかな?

 

「あ、あのっ!」

 

「うぇっ!?」

 

……とか思っていたら、既に武田さんが一ノ瀬さんに声を掛けてきた。山崎さんもちょっと驚いてるし。

 

「な、何々何なの……?いきなり声を掛けるなんて陽キャなの?私とは相容れない存在だから程々に……って早川もいる」

 

あっ、一ノ瀬さんが私に気付いた。

 

「ええ?早川っていつの間にリア充の仲間入りを果たしたの?いや、でも元々人気ある陽キャだったような……。そんな早川のお友達が私みたいな陰キャに何か用でも?」

 

(あー、この卑屈な感じは間違いなく一ノ瀬さんだ……)

 

会うのはシニア引退以来だけど、この人の内面は全く変わってないや。



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ネガティブ

一ノ瀬さんが少し落ち着いたところで、一旦仕切り直し。とりあえず一ノ瀬さんの紹介を……。

 

「こちら、シニアの先輩だった一ノ瀬さん」

 

「い、一ノ瀬羽矢です。一応親切高校のエースをやってます。はぁ……。なんで私なんかがエースをやらなきゃいけないんだろう?いくら人数ギリギリだから、他にも適任がいたと思うんだよね。そもそも野球だってシニアで辞める筈だったのに……」

 

相変わらず卑屈全開だなこの人……。これ程ネガティブな人を見たのは一ノ瀬さんが初めてだよ。

 

武田さんと山崎さんの紹介を終えて、いよいよ本題に……。

 

「……それで?新越谷のエースが私に何の用?」

 

「えっと……。朱里ちゃんの先輩さんと1度話してみたかったんです!」

 

成程ね。挨拶がてら少し話してみたかったって訳か……。

 

まぁ確かに一ノ瀬さん程の実力者なら、県対抗総力戦の代表メンバーに選ばれても可笑しくはない。故に同じく代表メンバーに選ばれる可能性のある武田さんとは最低限コミュニケーション取った方が良いのかもね。

 

「え……?わざわざそんな理由で私なんかに話し掛けたの?私だったら、隅っこで縮こまってるよ?これが陽キャという人種なの?」

 

しかし肝心の一ノ瀬さんがこれだ。この人が社会進出する事が出来る日が来るのだろうか?

 

(あ、朱里ちゃん。この人ちょっと卑屈過ぎない……?)

 

(まぁそれが一ノ瀬さんだしね。ネガティブの権化というか、とにかく自分に自信がない)

 

隣の山崎さんも少し引いているくらいだからね。私も自分に自信がない方だと思ってるけど、一ノ瀬さんは別格だよ。

 

「わ、私は早川とは違って陰キャだし、卑屈だし、バレンタインの日にチョコもらえないし……」

 

待って?今なんでその話したんですか?武田さんと山崎さんの私を見る目が据わってるんだけど……?

 

「へぇ。朱里ちゃんってシニア時代からモテモテなんだ……」

 

「チョコいっぱいもらってるんだ……」

 

ねぇ。なんで2人共そんなに声が冷たいの?

 

「は、早川は先輩、同期、後輩とシニアでは人気者だったから……。ああいうのをカースト頂点って言うんだなって……」

 

多分私よりも金原や友沢の方が人気あったと思うんだよね。友沢の場合は女子人気が高かったけど……。

 

「ここにいましたか。一ノ瀬先輩」

 

武田さんと山崎さんに戦慄していると、一ノ瀬さんを呼ぶ声が。

 

「な、なんでここが……」

 

「一ノ瀬先輩がミーティングをサボっているのは明白でしたからね。全員から早く連れ戻せと催促がきています」

 

「わ、私はこれからお腹が痛くなる予定が入っているから、帰らせてもらうね……」

 

「堂々と仮病宣言をしないでください。早く行きますよ」

 

一ノ瀬さんを呼んでいる小柄な少女が一ノ瀬さんの首根っこを掴んでいる。中々力持ちだね……。

 

「それでは新越谷の早川朱里さん、武田詠深さん、山崎珠姫さん。ごきげんよう」

 

少女は私の方をクルリと向くと、一ノ瀬さんの首根っこを掴んだまま一礼して歩いていった。

 

「な、なんだったんだろう……」

 

「それよりも朱里ちゃん」

 

「な、何かな?」

 

「さっきのシニア時代の話、もうちょっと詳しく聞きたいな?」

 

それって一ノ瀬さんについてだよね?バレンタイン云々は関係ないよね?



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4回戦開始!

親切高校の試合観戦から帰って来た私達は早速芳乃さん達に報告を。

 

「成程。試合で見た一ノ瀬さんの持ち球はカーブ、シュート、シンカーだね?」

 

「相手が熊実だったからか、一切ストレートを投げてなかったよ」

 

「熊実の打線はストレートに強いからね。余程ストレートに自信がある人じゃないと、ストレートで勝負は出来ないよ」

 

大豪月さんや、新井さんくらいなんじゃない?ストレートに絶対的な自信がある投手って。ウィラードさんはちょっと違うだろうし……。

 

「……ともあれ報告ありがとう!3人は今日ベンチスタートだから、ゆっくり休んでね!」

 

「そうさせてもらうよ」

 

ちょっと精神的に疲れているからね。主に一ノ瀬さんの落とした爆弾によって……。

 

「それで相手の稜桜だけど……」

 

「1年生が数人入っているのと、途中で3年生が2人入っているね」

 

「途中から3年生が?珍しい事もあるもんだね。最長で4ヶ月くらいしか野球出来ないのに……」

 

「厳密には去年の秋頃から入ったらしいけどね」

 

ちなみにこれは二宮からの情報。相変わらずどこからそんな情報を拾ってくるのか不明だよ……。

 

「練習のノックを見る限り、連携力は去年対戦した時よりも数段手強いよ」

 

「入ってきた数人の1年生と、途中加入した3年生がその要因を担っている訳か……」

 

「中心にいるのは変わらず泉さん、高良さん、柊姉妹だね。この4人が他の部員達にチームワークを生ませている……」

 

「堅い守備に阻まれて、得点を防がれる……。この大会でもそれで勝っているみたいだね。完封もあるみたい」

 

今大会の戦績は4対1、6対2、3対0と何れも稜桜高校のモットーである『全員野球』が上手く作動している良い試合だ。

 

「オーダーはこのままで?」

 

「うん。こっちも主力選手を極力休ませたいからね。遥ちゃんは前の試合でノーヒットだったから、出たいって言ってたけど……」

 

ああ。それで雷轟が今日も出てるんだね。私はてっきり雷轟も休ませるんだと思ってたよ。

 

「まもなく試合開始ですね。毎試合言っている事ですが、悔いを残さないように、野球をしていってください」

 

『はいっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃんけんの結果、私達は先攻になった。多分主将がまたじゃんけんに負けたんだろうな……。

 

「さて……。では行ってきます」

 

「先攻になったからには、先制点を取って行きたい……。頼んだぞ藍!」

 

「任せてください」

 

相変わらず凛とした後輩だ。機動型万能選手とシニアで呼ばれていた実力も相まって、木虎は期待出来る。部内でも打率は上位に入るしね。

 

『プレイボール!!』

 

4回戦開始……。主将や、春星、武田さん等を温存している状態でどこまで戦えるか。

 

「…………」

 

(多分この試合の鍵を握っているのは猪狩さん……)

 

本人は気付いていないけど、猪狩さんも現段階でプロのスカウトから声が掛かっても可笑しくない実力を持っている。その反面まだまだ粗が見える部分もある……。

 

全国まであと5勝……。まだまだ折り返しにすら入っていないから、こうして実力を計る段階にある訳だ。



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県大会4回戦!新越谷高校VS稜桜学園①

『プレイボール!!』

 

試合開始。稜桜学園の先発は泉さん。映像を見る限りだと持ち球は変わっていない。でも見ていないだけで、もしかしたら親球種をこの試合から解禁する可能性もある……。

 

(だから木虎には球数を稼いでもらって、泉さんの動向を確認してもらう……)

 

芳乃さんも私と同じ事を考えていたのか、木虎になるべく粘ってもらうように指示を出していた。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「やっぱ映像で見るよりも速いな……」

 

「でも決して打てないって訳じゃないのよね。私達がストレート系の球種に慣れ過ぎているだけかも知れないけど……」

 

本日の二遊間コンビである川崎さんと藤田さんが泉さんのストレートを見て、感想を述べる。他の皆も大体似たような事を思っているだろうね。むしろ今まで見てきたストレートの中ではむしろ遅い方かも。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目に打った木虎の打球は三塁線上ギリギリの鋭いゴロ。結果はファールだった。

 

「うわっ!惜しい~!塁審次第ではフェアだったよ!?」

 

「ちょっともったいない打球だったな……」

 

このベンチにいる大半の人はこう思っているだろう。しかし……。

 

「あの打球はファールになるんだ……」

 

「じゃあこの打席の藍ちゃんは……」

 

川越シニア出身組は違う。渡辺も、初野も、木虎の狙いがわかっている。

 

 

カンッ!

 

 

『ふ、ファール!』

 

今のファールで三塁ベースにいる塁審も気付いたみたい。中々洞察力があるねあの審判。

 

(やはりあのコースはファールになるのね)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「えっ……?」

 

「おいおい……」

 

4球目。これで半数以上の人間は確信を持ったと思う。木虎の技術に、バットコントロールに……。

 

「さ、3球連続だよね。藍ちゃんがあのコースに飛ばすの……」

 

私の隣で座っている山崎さんが訊いてきた。その質問に私は首を縦に振って……。

 

「そうだよ。木虎は『狙って』あのコースに飛ばし続けている」

 

「塁線上ギリギリっていうのがちょっと嫌らしいですよね。藍ちゃんの狙い……」

 

「いやいや。あっけらかんと話してるけど、ヤバい事やってるぞ!なんであんな芸当が出来るんだよ!?」

 

「私達も詳しい事は知らないけど、木虎の並々ならぬ努力の成果と、木虎自身の野球センスがあるから出来る事なんだよ」

 

流石に木虎の狙いがわかった相手バッテリーは球種を散らし始めた。

 

(バッテリーの配球が変わった?でもこれくらいなら……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(まだ粘れる。目標は10球ね……!)

 

芳乃さんの指示があったとは言え、1打席目からやってのけるなんて……。余程張り切っていると見える。

 

(むむぅ……。あの1番打者粘り過ぎでしょ。しかも嫌らしい)

 

(泉さん、ここは早めに……)

 

(そだねー)

 

6球目。泉さんが投げたのは……。

 

(う、嘘!?今のは……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

し、信じられない。泉さんが投げたのは……。

 

「すみません。不覚を取りました……」

 

「ドンマイドンマイ!むしろ藍ちゃんのバッティングは凄かったよ!」

 

「ありがとうございます。朱里先輩、泉さんが最後に投げた球ですが……」

 

木虎に対して最後に投げられた球は……。

 

「朱里先輩が得意としている……ストレートに見せた変化球でした」

 

『ええっ!?』

 

(やっぱりか……)

 

橘はまだ私と同じシニア出身で、私のピッチングをよく見ていたからまだわかる。でも泉さんは……。

 

「一体どこで朱里ちゃんの得意球を……。いや、それ以前にいつから投げられるようになったんだろう?」

 

「理由や経緯はわからないけど、泉さんも相当努力して手に入れたんだろうね」

 

「でもあれは多分そこまで多投しないと思います」

 

「あくまでも見せ球……って事だね」

 

橘もそうしていたように、偽ストレートは見せ球としては最適だ。その上先程の木虎にしたように、不意に投げるのが効果的だろうね。

 

(まだ慣れている私達なら対処は難しくないけど、適度に散らされたりしたら……)

 

この試合も、相当しんどい試合になりそうだよ。



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県大会4回戦!新越谷高校VS稜桜学園②

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

木虎を三振に取った泉さんはその勢いに乗って後続を凡退に仕留める。高良さんのリード能力を考えると得点も難しそうだ。

 

「泊先輩、準備は良いですか?」

 

「…………」

 

猪狩さんは新越谷野球部の中で1番マイペースな人間。今こうして木虎に尋ねられているこの場面でも、ベンチでボーッとしているし……。

 

「……チェンジ?」

 

「はい。誠に残念ながら、三者凡退です」

 

木虎の歯に衣着せぬ物言いに約2名が傷を負った気がする。しかもあれって自傷も兼ねてるよね……?

 

「……わかった」

 

猪狩さんはベンチから立ち上がって、伸びをしてから、マウンドへと向かった。本当にマイペースな感じが独特な雰囲気を醸し出してるよ……。

 

「今日は良い天気……」

 

猪狩さんはそうだよ呟いた。な、なんか緊張感ないな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?新越谷の先発は19番?いつの間にそんな人数になったんだろ」

 

「えっと、電光掲示板には……猪狩って書かれていてるね」

 

「えっ?猪狩ってあの『猪狩コンツェルン』!?しかも大ベテラン投手の猪狩守さんの親族って事!?」

 

「……その可能性は大いにありますね。詳しい家族構成まではわかりませんが、ほぼ確定かと」

 

「でも今まであんな投手見た事ないなぁ。本当にあの猪狩選手の親族なら、どこかで野球をやらせていると思ってたから……」

 

(和奈さんの言う通りあの猪狩守さんの親族ならば、リトルなり、シニアなり、ガールズなりで名はあった筈。それが全くの無名なのは不可解ですね。しかし……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「その血はキチンと受け継いでいるみたいですね」

 

「は、速くない!?」

 

「あの速さは全盛期の猪狩選手に匹敵しますね。あれより上の球速となると、大豪月さんか、風薙さんくらいでしょう」

 

「そ、それにもしかしたら……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「嘘……」

 

「ライジング……と呼ばれた猪狩守さん独自のホップするストレート……。彼女の存在がこの高校野球界に革命を起こすのかも知れませんね」

 

「み、瑞希ちゃんが言うと冗談に聞こえないよね……」

 

「だね……。アタシ達も他人事じゃないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

猪狩さんの調子は良好で、相手の先頭打者である泉さんを三振に抑えた。

 

「これで野球経験は壁当てだけ……だもんねぇ」

 

「味方として頼もしい限りじゃないか」

 

「それって逆に敵に回った時は……」

 

『…………』

 

か、考えたくないな。猪狩さんが敵に回った時の事を……。

 

「初めて泊ちゃんの球を見た時はストレートも、変化球も、決め球のライジングも……初心者離れしてたよ」

 

「正直あの状態ですら全国レベルだったからね。それが新越谷野球部での練習と試合の日々で更なる成長をしている……。もしも猪狩さんの基盤がしっかりと固まった状態で入部していたらエースは間違いなく彼女になっていたね」

 

「そ、そんなに!?……って言いたいところだけど、それだけ泊ちゃんが凄いんだよね。同じ投手としてもあれは嫉妬しちゃうよ」

 

武田さんも猪狩さんの凄さは一緒に練習してる分伝わっているみたい。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

1回終了。お互いに三者凡退という、投手戦を匂わせる試合になりそうだ。そして今年の夏大会はかなりハイレベルな投手が敵味方共に揃っていそうだ……。



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県大会4回戦!新越谷高校VS稜桜学園③

「やっぱ凄いねー。あの猪狩選手の血筋を引いてるだけあるよ。あっさりと三者凡退だなんて……」

 

「い、いずみちゃん。まだ猪狩選手の親族って決まった訳じゃ……」

 

「でも流石に確定でしょ?猪狩なんて苗字はそうザラにないし、彼女の実力は確実に全国レベルだし、投げている球種も……。瑞希はどう思う?」

 

「猪狩泊についての情報はほとんどないですね。ただわかるのは……」

 

「猪狩泊。ベテラン投手猪狩守の姪であり、新越谷高校に入るまではずっと家の庭で壁当てばかりを繰り返していた……。その成果と僅か3ヶ月の練習でここまで成長するのは間違いなく彼女の野球センスがあってこそ……」

 

「「!?」」

 

「……今日この球場に足を運んだのは猪狩泊さんを観に来たからですか?猪狩守さん」

 

「まぁ可愛い姪っ子だしね。それに……」

 

(あの娘の成長具合がこの試合でどこまで見られるのか……というのも興味ある。楽しみだ)

 

「か、和奈……」

 

「う、うん……」

 

「……和奈さんも、いずみさんも、色々猪狩選手に要件があるのでしょうが、全ては試合が終わってからにした方が良いですよ」

 

「そ、そうだね。でも……」

 

「アタシ達が生まれる前から選手として大活躍してて、今でも最前線で大活躍している超ベテランプロが一緒にいるとか、緊張と興奮が止まらないよ……」

 

「……そういうものですか?」

 

「こ、こういう時に瑞希ちゃんの物怖じしない性格が羨ましく感じるよ……」

 

「ど、同感……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泊ちゃん!ナイスピッチ!!」

 

「……ありがとう」

 

芳乃さんが猪狩さんを称える。猪狩さんが称賛を受け取った後、ベンチの隅に凭れ掛かってボーッとし始めた。好きなのかな?

 

「しかし泊の人物像がわかんねーな……」

 

「そうね。どこかボーッとしてるし、ドローンを持ってくるし、いまいちキャラクターが掴めないわ……」

 

川崎さんと藤田さんは猪狩さんがどういう人物なのかわからないと言った。まぁ確かに結構謎が多いよね。もっと謎めいている人が複数いるせいで大してそうは思えないけど……。

 

「誰かクラスは一緒なのか?」

 

主将の質問に全員が首を横に振った。まぁ猪狩さんは転校生みたいだし、同じクラスだったら話題には出る筈だからね……。

 

「ボーッとしてる中で練習は真面目に取り組んでるし、特に投球練習になると目がギラギラしてるような感じもするし……」

 

「打撃練習でもそこそこ打ってたよね。紅白戦で野球部全体の打率を計ってるけど、猪狩さんは真ん中よりも上だし」

 

「う~む。最近は謎めいている人間がトレンドなのかな……」

 

「そんなトレンドはないよ」

 

多分……。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

そうこう話している内に2回表も終了した。先頭の雷轟はヒットを打ったんだけどね……。

 

「まぁ何はともあれ、切り替えて行くのが大切だ。頑張ってくれ!」

 

『はいっ!!』

 

主将がベンチから指示出しするのも珍しい気がする。ほぼ毎試合出場してるし、当たり前と言えばそうなのかな?今回の場合は主将の後任だと思われる照屋さんのチェックを兼ねてるみたいだし。

 

「泊先輩」

 

「……チェンジ?」

 

「はい」

 

「わかった……」

 

ウトウトと微睡んでいる猪狩さんを起こし、猪狩さんは欠伸を噛み締めながら身体を解す。

 

「この回も抑える……」

 

グラブを装着した瞬間、猪狩さんが背筋をピンと伸ばす。マイペースではあるけど、決してやる気がない訳じゃないから、どこか憎めないんだよね。



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県大会4回戦!新越谷高校VS稜桜学園④

試合は進んで6回。この試合も0行進が続く投手戦となっている。表ではヒットを打ちつつも、チャンスで決め切れない私達新越谷。裏ではここまで猪狩さんによってパーフェクトに抑えている。稜桜の打線は決して悪くはないんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

そして猪狩さんの奪三振数もこれで10個目。これもう稜桜側は猪狩さんを止められないんじゃないかな……?

 

「…………」

 

「どうかしましたか?」

 

「……叔母が来てる」

 

「泊先輩の叔母って……まさか!?」

 

「そのまさか。でもあの人は多分お忍びで来てると思うから、騒ぎになるのを拒む。私を見に来たのかはわからないけど、私はいつも通り投げるだけ……」

 

「そう……ですか。わかりました。泊先輩がそれで良いのなら、私は何も言いません」

 

「藍は良い子」

 

なんか猪狩さんと木虎が話し込んでたけど、調子が悪い訳じゃないんだよね?猪狩さんはポーカーフェイスが上手いから、よくわからないんだよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり彼女は本物でしたね」

 

「当然さ。あの子もボクの血筋を受け継いでいるからね」

 

「娘……ではないですよね?」

 

「そうだね。ボクの子供は野球をせず、『猪狩コンツェルン』の跡取りになるそうだ。事業系統に力を入れているよ」

 

「だから代わりに姪である猪狩泊さんに貴女の技術を教え込んだ……という訳ですか」

 

「ボクが教えたのは壁当てという遊びに過ぎないさ。それをここまで活かしきれているとは……。新越谷高校という野球部は中々に良い練習を取り入れている」

 

「それは私も思いました。新越谷野球部は選手を育成する能力がかなり高いです」

 

「す、すっかり瑞希ちゃんと気が合ってるね……」

 

「2人の空間が出来上がっているレベルだよね~。アタシじゃたじたじになって、近付けないよ」

 

「わ、私も。人見知りだし……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

6回終了。猪狩さんはここまでパーフェクトを継続している。もしかしたら本当にあるんじゃない?

 

「泊ちゃん、調子はどう?」

 

「特に問題ない。まだまだ投げ足りない……」

 

「こ、ここまでパーフェクトだもんな。このまま完全試合行くんじゃないか?」

 

「特に危なげもないし、1点取れれば勝てるかもね」

 

芳乃さんの言う通り、1点勝負ではあるんだけど……。

 

「でも誰か泉さんの球を打てそうかな?今のところあと1歩で……って場面が結構あったし、もう7回だし、慎重にチャンスを作っていきたいね」

 

更にこの回は7番から。下位打線に向かっていく。普通なら不安ではあるんだけど……。

 

「…………」

 

(猪狩さん……目付きが変わった?)

 

もしかしたら、もしかしたらこの打席の猪狩さんには期待出来るかも……?



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県大会4回戦!新越谷高校VS稜桜学園⑤

7回表。出来る事なら延長線になる前に決着を付けたいところだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

先頭2人が凡退に……。

 

「スマン……」

 

「私も打ち上げちゃったわ……」

 

息吹さんは内野フライ、川崎さんは三振してしまい、あっという間にツーアウト。

 

「泊ちゃんがパーフェクト決めてるから印象は薄くなっちゃうけど、泉さんもここまで4安打完封だもんね」

 

「時々朱里先輩が投げるストレートに見せた変化球を見せ球に使ってくるから、それに釣られてしまうケースも観られますね……」

 

芳乃さんと木虎が言うように、泉さんは偽ストレートを上手く扱えている。まぁそれは捕手の高良さんの影響な気もするけど……。とにかくそれによって私達の打線が悉く凡退の嵐になる訳だ。

 

「行ってくる……」

 

猪狩さんがボンヤリとした様子で打席へと向かう。掴み所がわからないけど、なんとなくやってくれそうな期待感もある。なんなんだろうね。猪狩さんって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泊の3打席目だね」

 

「彼女の打撃方面はどうなんですか?」

 

「良くも悪くも壁当てしかしてなかったし、ボクもそれしか教えてこなかった……。投手としての務めを果たす為には打力なんてのは完全に蛇足でしかないからね」

 

「で、でも猪狩選手は打撃能力も高かったような……」

 

「ボクの場合は正直たまたまに過ぎない。ボクの打撃センスがあったから高校時代、そしてプロでも何年かは二刀流も出来ていた……。まぁ今は投手1本じゃないと現役選手達と渡り合うのは難しくなってるからね」

 

(それでも50近い選手が男女混合のプロリーグでタイトルを取れるレベルなのはまた猪狩選手が規格外の選手だからだと思うな……)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「……タイミングは完璧に取れていますね」

 

「ほ、本当に壁当てしかやってないんですよね!?」

 

「間違いないよ。しかし打撃方面でも結果を出そうとしてる……。しかし1、2打席目のあの娘の打席結果はどうだった?」

 

「え、えっと……。確かどっちも四球だったよねいずみちゃん?」

 

「うん。振るべきじゃないコースもわかってるし、選球眼も並以上はあるね」

 

「……となると計2打席を費やして、あの投手の持ち球、フォーム、リリースタイミング、変化球の変化タイミングと変化量を調べていた説が濃厚だね」

 

「……本当に貴女の姪は素人ですか?」

 

「間違いなく猪狩の血だね。壁当ての時もそうだが、1つの事に打ち込むのに必要な集中力と、泊独自の野球センスが宿っている。だから……」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「に、2球目もタイミングバッチリ……」

 

「いざというときに頼りになる打者としての資質も兼ね備えている。あれは高校時代のボクを彷彿とさせているよ……」

 

「持ち球も打力も似てますからね」

 

(そうなるとこの試合は決着ですね。そして決定打を決めるのは……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カウントはツーナッシングで追い込まれている。しかし猪狩さんは……。

 

「…………!」

 

「と、泊ちゃんは間違いなく集中してるね」

 

「星歌ちゃんわかるの?」

 

「せ、星歌はたまに泊ちゃんとペアで投球練習をするんだけど、その時の泊ちゃんは延々とコントロール練習を繰り返してたんだよ。星歌が何か言おうとしたら……」

 

「したら?」

 

「今打席に立ってる時と同じように、ギラギラとした眼に、なんかオーラがあるようか気がするんだ……」

 

渡辺の話を要約すると、猪狩さんの集中力と、持続力がこの打席で発揮されようとしている。

 

(うむむ……。追い込んだけど、なんかヤバい気がするなぁ)

 

(1球、外してみましょうか?)

 

(安定取るならそうなんだけど……。なんか嫌な予感がするんだよねぇ)

 

(私は、私達は泉さんの判断に任せますよ。稜桜学園野球部が出来たその時から……)

 

(ありがとねみゆきさん……。ここまできたら3球勝負。確実に仕留めていくよ!)

 

この雰囲気……。多分次の1球でこの打席の運命が決まるね。

 

(これで……三振だ!)

 

(ここまでのあの投手の配球を傾向立てると……。ストレート、見せ球、変化球、ストレート、見せ球、見せ球、変化球、ストレート。セオリー通りに来るなら次は……だけど)

 

3球目。泉さんが投げたのは……。

 

(遅い……チェンジUP?)

 

「…………」

 

違う。あれは……スローボール!これまで1球も投げていなかったのに、この局面で、しかも他の球と同じリリースポイントで投げてくるなんて……!

 

「……うん。やっぱり警戒していて正解だった」

 

「!?」

 

 

カキーン!!

 

 

猪狩さんは、これすらも視野に入れていたのだろうか?渡辺は集中力を高めると信じられないような能力発揮が見られるかも知れないと言っていた……。

 

(集中した時の読みは二宮以上かも……)

 

味方で良かったよ。そう思いながら、猪狩さんが放った打球が大きなアーチを描いているのを眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相手の打線を完璧に抑え、打者になった場合でも決めるべき時は自身で決める……。今回で言えば、ソロホームランですね。猪狩泊さんは初心者という触れ込みでしたが、もしもしっかりと経験を積んでから野球部に入っていたとしたら……」

 

「エースはあの娘だった……か。成程ね」

 

「最後まで観て行かないのですか?」

 

「ボクが知りたい事は知れたから充分かな。それに今日のナイトゲームでは先発を任されているし、今から準備をする必要がある」

 

「あ、あの!良かったらサインをもらえませんか!?」

 

「あっ、和奈ズルい!アタシもサインください!」

 

「まぁお安いご用さ。レディーがボクのサインを求めているのなら、それに応えるのが務めさ。君にも書こうか?」

 

「……一応、お願いしても良いですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

7回裏も猪狩さんは3人で抑え、大会の4回戦だというのに、見事完全試合を決めた。

 

(これは……実質上彼女がエースみたいなものだよね?)

 

主将や芳乃さんは私と武田さんをWエースと呼んでいたが、こうなってくると猪狩さんが3人目のエースとして君臨しても可笑しくないよね?

 

「負けてられないなぁ……」

 

「で、ですね……」

 

次の試合で登板予定の渡辺と、川原先輩が、喜びの声をあげる皆の声と被せてそう呟いた。



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注目された初心者

稜桜学園との試合……。1対0で私達新越谷が勝った。しかし蓋を開けてみれば、この試合は……。

 

「…………」

 

(完全に猪狩さんが1人で試合を決めた印象が強くなった……)

 

もちろん私達は……もちろん猪狩さん本人も、スタメン全員の尽力があってこそのあのホームランだった事はわかる。しかし客観的にはどうも猪狩泊の独壇場に見える。これが新越谷野球部にどういう印象を位置付けるのか……それによって私達の見られ方が変わってくる。

 

「朱里ちゃん、行こっ?」

 

「ん、そうだね。学校に戻って練習しなきゃね」

 

「今日はホームラン打てなかったし、飛ばし足りないしで、なんかモヤモヤする……」

 

「地獄の合宿を乗り越えて、特別な打ち方を編み出したからと言って、段々相手のレベルが上がってきてるし、思うようにいかなくなる……。雷轟自身も成長しなきゃ駄目だよ」

 

「もちろんだよ!」

 

思えばこの時……いや、もっと前からなのかも知れない。雷轟が段々と不調期間に突入していっているのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

学校に戻ると早速猪狩さんが投球練習に励んでいる。意欲は初心者でも人一倍あるかも知れないね。

 

「でも泊って一体何者なのかしら……?」

 

「わかる事は超ベテラン投手の猪狩守選手の姪である事、この部に入るまではずっと壁当てをしていた事、壁当てを長時間継続出来る程の集中力を持ち合わせている事……。これくらいかな?」

 

「でもいくら超ベテラン投手の親戚だからって、野球センスまで受け継ぐものなのか?親子って訳でもねーし……」

 

考察すればする程、猪狩泊という人物がわからなくなってくる。

 

(野球センスがあるとはいえ、初心者である事には変わらない。しかし今日の試合では完全試合を成し遂げた……。これはセンスだけでは誤魔化せない。相手を抑えるという1点に集中して、それが結果を生み出した……?)

 

「……まぁ泊が何者かはともかく、今日の試合で泊は最高の結果を出した。他の投手陣も泊には負けてはいられないぞ?」

 

「そうですね……」

 

主将の言う通り、気にし過ぎても仕方ないよね。あくまでも猪狩さんは猪狩さん。それでも以上でもそれ以下でもない。私は私で頑張らなければならないのだ。

 

(雷轟がどこか変なのも気になるけど、私は私でそんな余裕はないからね。今は目前の試合に向けて頑張る事としよう)

 

まずは次の試合に向けてのミーティング。全国まであと4勝だし、気張っていかないとね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。猪狩さんの活躍が新聞に掲載され、他校に注目を浴びるようになる。



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猪狩泊の評価

稜桜学園との試合から翌日。朝起きて、新聞のスポーツ欄を開くと……。

 

(やっぱり猪狩さんの事が書かれているね。猪狩さんの経歴はともかくとして、県大会4回戦目という折り返しの舞台で完全試合をやってのける……というのはかなり凄い事だ)

 

余程の実力差がない限りは成し遂げる事は出来ない所業。梁幽館に比べれば稜桜学園の強さは1段落ちるけど、それでも中堅以上の実力があるのも確か……。

 

(『新越谷の隠れエース爆誕!』とも書かれている……。これは猪狩さんの背番号が19番なところから来てるんだと思う。そういえば相も変わらず二宮達3人が私達の試合を観に来ていたみたいだけど、3人……特に二宮から見て猪狩さんはどう映るのだろうか?)

 

『それで私に電話を掛けてきた訳ですか……』

 

「二宮の視点から猪狩さんの評価が聞きたくてね」

 

シニア時代でも二宮から高評価をもらった選手達は大成して高校野球という舞台に足を進めた。現時点で二宮と同期の白糸台レギュラーの4人は二宮のお眼鏡に叶った選手達で、プロ入りも確実視されているらしい。

 

『それで私からの猪狩さんへの評価ですが……野球を本格的に始めたのが今年度からというだけあって、体幹がまだまだ不完全ですね。対策が早いチームは既にその隙に付け入る準備が完了している事でしょう』

 

まぁこれは私も同意見。試合を観ていた二宮達はもちろん、柳大川越、咲桜、そして美園学院を破った親切高校辺りは既に対策を済ませている頃合いだと思う。

 

(親切高校といえば、一ノ瀬さんを引き摺っていた小柄の女子生徒からは妙な雰囲気を感じたな。まさに今話している二宮と似て非なる雰囲気を……)

 

『評価を続けますよ?』

 

「うん。お願い」

 

『不完全な体幹とは思えない程の球速、球のキレ、変化球の変化量、そしてエースと呼ばれるのに必要な闘志……。それ等を全て兼ね備えている猪狩さんはもしも新越谷野球部と同じ条件で練習された状態で入部していたとしたら……』

 

正直その先の言葉を聞くのがとても怖い。それ程に昨日の猪狩さんは凄かったんだ。武田さんを始めとする投手陣達は奮起しているけど、私からすれば急成長するライバルにビクビク怯える日々が続くよ。やだ私ったらノミの心臓?

 

『……新越谷のエースナンバーを獲得していたのは間違いなく彼女になるでしょう。これは和奈さんやいずみさん、そして同席していた猪狩守プロも同意見でした』

 

なんかしれっととんでもない追加情報が聞こえたような……?そういえば猪狩さんは昨日叔母が試合観戦に来てたって言ってた気がするけど、まさか二宮達と一緒だったとは……。

 

「……ありがとう二宮。聞きたい事は聞けたよ」

 

『どうでしたか?朱里さんから見た彼女は……?』

 

「概ね二宮と同じ意見だったよ。味方としては頼もしいけど、秋大会以降ではエース争いとしてもしかしたら最大のライバルになるという事もね……」

 

『成程……。朱里さんが言うのでしたら、私の推測も間違ってはいませんね。良い事が聞けました』

 

二宮は私の解答にご満悦の様子だった。思った事をそのまま言っただけなんだけどね……。

 

『それでは失礼します。今日も予定がありますので』

 

そう言って二宮は通話を終了させた。私の方は丸1日の休日なんだけど、どうしようかな……。



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総力戦準備①

今回は三人称視点で物語が進みます。


20XX年7月。今年は4年に1度、夏の全国大会と同時に県対抗総力戦が行われる年だ。

 

この場には東東京代表、西東京代表、京都代表、群馬代表、そして埼玉代表の監督とマネージャーがそれぞれ集まって会議をしている。

 

「それで……総力戦代表メンバーはもう既に決まってるんでしたっけ?」

 

群馬代表マネージャーの長嶋葵が全員に確認を取る。

 

「まだ一部の県は選手獲得に難航しているらしいけど、少なくともこの場に集まっている2県1府と東西の東京はもう代表選手が出揃っているよ」

 

長嶋の質問に答えたのは京都代表の監督である星野日菜。

 

「でも今年は代表選手獲得に苦労したよね。まだ決まっていない何県と同じように、私達のところも何人かは断られているし……」

 

「断る原因の8割以上は受験が控えているからっていう3年生……でしたっけ?代表メンバーに指名された時点でプロ入りはほぼ約束されたようなものなのに、断る選択肢が取れるって凄くないですか?」

 

「或いは自身の身の程を弁えている……という人も多そうですね。言ってはなんですが、プロの世界で通用する選手はほんの一握り……。堅実に生きる方々からすれば少々博打色が強いと思われます」

 

埼玉代表の監督の大宮鈴音、東東京代表マネージャーの工藤早苗、埼玉代表マネージャーの坂柳有栖が選手獲得が難航している原因について話し合っていた。

 

「まぁ暗い話はここまでにして……。この場にいる代表チームは全てだと思いますが、特にこの選手が取れたのは大きかった……というのを話してもらおうかな?私達のこの会議が上の人達に伝わる訳だし、代表選手達がプロにスカウトされる可能性も高くなると思いますし……」

 

東東京代表の監督の落合七海がどっしりとした面構えで各自に問う。

 

「……どうせ全員答えなければならないのなら、私が先に答えようかしら」

 

質問に対しての解答に最初に口を開いたのは、群馬代表の監督、響未来だった。

 

「群馬代表メンバー獲得の中で1番の収穫はやはり遠前高校の上杉選手、ウィラード選手、イーディス選手、そして風薙選手の群馬の中でも……いえ、全国の高校生の中でもトップ10に入る総合力の持ち主達を獲得出来た事かしら?」

 

「上杉、ウィラード、風薙の3人は確かアメリカでも大きな結果を残していたねぇ。そんな3人が同じ県……それも同じ高校に所属するなんて、いくら元が無名のところだからって、高校女子野球界のバランスが崩れないかねぇ?」

 

響の発言に頭を悩ませているのは西東京代表の監督、野村翔子。

 

「案外そうでもないのではないですか?確かに群馬代表の4人……特に風薙と上杉は規格外ではありますが、少なくともそこに抗える可能性が1番高いところとは良い勝負をしそうです」

 

「そうは言うけど、落合君。私の予想ではもう群馬1強だと思うがねぇ?」

 

「ま、まぁまぁ。いきなり結論付けるのは良くないですよ!少なくともここにいる代表選手達も良い勝負をする筈です!」

 

落合と野村の言い合いを諌めるのは西東京代表マネージャーの堀内大河。

 

「……まぁ堀内君の言う事も一理あるねぇ。もしもウチが獲得した二宮と群馬代表の風薙が同じチームだと思うとゾッとする。それこそそこの1強になるねぇ」

 

「ですです!」

 

堀内は野村に同意を得られたところにホッと一息吐いた。自軍の敗けを早々に決められるのは納得いかなかったから……。

 

「……私の見立てが正しければ、群馬代表と1番良い勝負をしそうなのは埼玉代表ね」

 

「埼玉ですか?選手の総合力はこの中では1番劣っていると思いますが……?」

 

「総合力だけで見ればそうかも知れないわ。けれど埼玉代表メンバーには風薙彼方の妹がいる……」

 

「!!」

 

「でも確か彼女はまだ野球を始めて1年と少し……。今回の獲得条件もかなりギリギリでしたよ?」

 

「そこをどうにかするのは監督である鈴音と、マネージャーの有栖の仕事よ」

 

「まぁなるようにしかならないと思うけどね……」

 

「頑張りましょう。鈴音さん」

 

こうして県対抗総力戦の準備は恙無く行われていく……。



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予感

二宮との通話を終えた私はその話を芳乃さん達に報告を……。

 

「そっか……。二宮さんも朱里ちゃんと同じような事を考えていたんだね」

 

「まぁ私ですら想定出来る事だからね。二宮ならそう考えるのは最早当たり前のレベルだよ」

 

(朱里ちゃんも二宮さんに負けてないと思うけどね……)

 

な、何故か芳乃さんから苦笑いされている。本当に何故なのか?

 

「……しかしそうなってくると、泊ちゃんの対策は取られちゃってるのかな?」

 

「早いか遅いかの違いだとは思うけど、少なくとも次の次以降の相手は確実に対策を練っている筈だよ」

 

「次の次……。当たるとすれば柳大川越、咲桜、親切高校辺りはもうその対策を済ませていても可笑しくないかも……」

 

まぁやっぱりそう思うよね。私も同じ事を思ってる訳だし。

 

「まぁ今は次の試合の事だね」

 

「相手は……」

 

次の対戦相手の分析も済ませてしまおうと思ったら……。

 

 

ガララッ!

 

 

「おっはよー!」

 

「ちょ、もう少し優しく開けなさいよ……」

 

雷轟と息吹さんが部室に入ってきた。なんか珍しいコンビだね。

 

「おはよー2人共。遥ちゃんは勢い良く扉を開け過ぎかな……」

 

「そんなに強く開けた覚えはないけどなぁ……?でも次からは気を付けるね!」

 

「遥は筋トレばかりしてるから、その影響で余計な部分に力が入り過ぎなんじゃないの?それでよく細かいバッティングが出来るわね……」

 

息吹さんが思っている事とは正反対に、雷轟は打撃の時には力の入れ方を把握している。その為かスイングもコンパクトだし、空振りも少ない。本当に野球始めて1年ちょっと?

 

「それでそれで?何の話をしてたの?」

 

「ああ……雷轟がここ最近ホームランを打ってないねって話をしてたんだよ」

 

「うっ!?確かに最近上手くホームランを打てないんだよね。技術は成長していると思うのに……」

 

「まぁ対戦相手も強くなってる……って部分では同じなんだし、より入念な対策をしている方が勝つんじゃないの?」

 

「う~ん。そうなのかなぁ?」

 

雷轟の言う事も、息吹さんが言う事も、強ち間違いではない。雷轟の成長スピードは凄まじく。同期初心者組の中ではダントツで1番(息吹さんも凄い成長速度だけど、それが霞んでしまう)だ。

 

しかし日に日に雷轟の試合でのホームラン数は減少していっているのもまた事実……。つまり嘘は吐いていない。

 

(それも込みでどうにかしないといけない事が多過ぎるな……)

 

雷轟と風薙さんについてはもう少し後でも良いと思う。問題は雷轟が気持ち良く活躍したいという願望の方だよね。でも練習試合ではエラー率がダントツの雷轟にそれは難しいかも……。

 

「……もうそろそろ皆も来る頃だろうし、私達はグラウンドの準備をしようよ!」

 

「そうだね。3人が手伝ってくれるとありがたいよ!」

 

「わかったわよ。朱里、行きましょ?」

 

「……うん」

 

(本当に、これで良いのかな?なんか嫌な予感がするんだよね……)

 

近い内に、私の嫌な予感は当たってしまう事になる。それも悪い形で……。



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強くなった

グラウンド整備を進めていると、他の皆も手伝ってくれると言ってくれた。それならさっさと終わらせてしまおう。もちろん素早く、丁寧に!

 

「部員全員でやったらあっという間だったな……」

 

「でもたまにはこういうのも良いんじゃない?去年まではこんな事なかったもの……」

 

主将と藤原先輩がそのような会話をしている。多分2人は武田さん達が来る前までの事を思い出しているんだと思う。

 

「それじゃあ今日の練習の前に、次の対戦相手についてお復習するよ!」

 

芳乃さんの声に主将と藤原先輩の顔が少し強張る。まぁ2人にとっては苦手な相手ではないけど、多少なりとも因縁はあるからね。

 

「次の対戦相手……姫宮高校だな」

 

「小陽と美月はきっと強いチームを作って来ているわ。ここまで勝ち抜いているのがその証拠よ」

 

姫宮高校のチーム構成は去年の秋大会で対戦した時とは大きく変わっていない。1年生が数人入ってきているみたいだけど、上級生を食い破れる程のスペックはないと聞いている。まぁそんな人間の方が稀だと思うけどね……。

 

「……で、姫宮戦の先発だけど。星歌ちゃんお願いね!」

 

事前に芳乃さん達が今大会での投手陣のローテーションを決めており、今日の試合では渡辺が投げる事になっている。

 

「ほ、本当に星歌で良いのかな?理沙先輩の方が良いんじゃ……?」

 

まぁ渡辺の言う事もわからなくはない。因縁という意味合いではこの試合は藤原先輩が投げた方が良いだろうし、渡辺に関しても準々決勝で当たるかも知れない柳大川越戦で投げた方が良いとは思う。

 

「星歌ちゃん。これは大会前に投手陣皆で話し合っていた事なんだよ。それは星歌ちゃんもわかっているでしょ?」

 

「う、うん……」

 

「それに今の藤原先輩はジャイロボールを頻繁に駆使する抑え投手の立ち位置に属するからね。藤原先輩が投げるにしても、イニングの最後の方だよ」

 

ちなみに新越谷の投手陣は先発完投型が武田さん、川原先輩、猪狩さん。先発兼中継ぎが私、渡辺。中継ぎ兼抑えが息吹さん。抑え投手が藤原先輩……という立ち位置になっている。これはスタミナがない私からしても少しありがたい配置だ。

 

「ローテーション的にも星歌ちゃんが相応しいと思うな。朱里ちゃんは外野でも多々出ているから、投げる機会は少し少なめだけど……」

 

ちなみに私が先発として投げる試合は準決勝で当たる予定の咲桜か、決勝で当たる予定の親切高校のどちらか。事前に決めていると言っても、この2試合だけは不確定なんだよね。まぁ私が投げるか、武田さんが投げるか……っていう違いしかないんだけど。

 

「……まぁ今は練習あるのみだ。小陽達に負けないようにしないとな」

 

主将も色々とプレッシャーがある中で、私達に指示を出してくれる……。そんな主将達の為にも、もう1度全国の景色を見せたいものだ。



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縁ある試合

本日はオリキャラ紹介新越谷編を同時投稿しています。興味があったら見ていってください。


今日は私達の4戦目……姫宮高校との試合の日だ。

 

「よし……!今日は4戦目だ。1度やった事のある相手だが、2戦目、3戦目と同じように臨んで行こう。レベルアップしているのは向こうも同じだが、決して勝てない相手ではない筈だ!新越、絶対勝つぞ!!」

 

『おおっ!!』

 

姫宮戦のオーダーが芳乃さんによって発表された。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 キャッチャー 山崎さん

 

7番 ライト 私

 

8番 ショート 川崎さん

 

9番 ピッチャー 渡辺

 

 

「星歌ちゃん、頑張ろうね?」

 

「う、うん……」

 

先発の渡辺はなんかガチガチだけど、大丈夫なのかな?山崎さんのリードがあるから、痛打はされないとは思うけど……。

 

「星歌ちゃんは一応完投予定だけど、キツくなったら今日は息吹ちゃんと、朱里ちゃんがいるから、思い切り投げてね!」

 

「が、頑張るよ……」

 

私達も守備で渡辺の援護をするから、気楽に……とは言わないけど、力を入れ過ぎないように投げてほしい。無理のし過ぎは故障に繋がるからね。

 

「まもなく試合が始まります。いつも通り、無理のないプレーでいきましょう」

 

藤井先生のいつも通りのアドバイスを心に刻み、試合に臨む……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「再戦……だね。怜達と……」

 

「うん……」

 

「私達にぶつけている投手はエースではないけど、決して侮れない実力を持っていると思う」

 

「出来れば武田か早川を引き摺り下ろしたいけど……」

 

「そう出来るように頑張ろう?」

 

「もちろん……。そして試合にも勝つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃんけんの結果、私達は後攻となった。一応今回は主将がじゃんけんに勝ったみたいだけど、向こうの主将である金子さんがじゃんけん激弱な人じゃない事を祈っておこう……。主将だってじゃんけんに勝つ時くらいあるよ。しかし……。

 

「星歌ちゃん。深呼吸、深呼吸」

 

「ふぅふぅ……」

 

(この試合においては心の準備が長く出来る分、先攻の方が良かったのかも知れない……)

 

珍しく主将がじゃんけんに勝ったのに、結果で負けている気がしてならないよ……。

 

「軽く10球程投球練習しとこうか。それで緊張も解れるかも知れないし」

 

「うん。ありがとう珠姫ちゃん……」

 

渡辺の緊張しやすい性格がこの試合で多少改善してくれたら良いんだけどね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ?今日は星歌が先発なんだ」

 

「ローテーション的にそろそろとは思っていたので、然程意外でもないですが……」

 

「み、瑞希ちゃんはどうして新越谷の投手ローテーションがわかるの?」

 

「私ならあくまでもそうする……という考えが朱里さんを始めとする新越谷で采配を決める人と一致しているだけに過ぎません」

 

「普通はそれが難しいんだけどね……。少なくともアタシには出来ないよ」

 

「私も無理……」

 

「私も捕手かマネージャーでもなければ、そういう風に考える事もなかったでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『プレイボール!!』

 

試合開始……。渡辺が自身の殻を破る切欠になる事を期待しよう。



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県大会5回戦!新越谷高校VS姫宮高校①

カンッ!

 

 

試合開始からいきなりヒットを打たれる。その瞬間、球場が騒然としだした。

 

「す、すげぇ歓声だな……」

 

「前の試合で泊が完全試合を達成させた影響があるのかも知れないわね……」

 

二遊間の2人の言うように、猪狩さんが完全試合した試合が新聞の一面に掲載されている。それによって注目度が上がり、新越谷の投手陣からヒットを打つとこのように歓声があがる。

 

(しかし渡辺の投げたコース、球は甘くなかった……。それを意図も容易く捉えるとはね)

 

今打った打者は金子さん。姫宮の打線の中でも頭1つ以上抜けていて、しかも守備も上手いから、総力戦メンバーにも入るレベルなんだけど、金子さんのメインポジションであるショートは激戦区なんだよね。

 

埼玉のショートはうちだと春星、他の高校だと三森3姉妹や友沢もいる。しかもこの面子は対のポジションであるセカンドも守れるし、競争が激しい。更に友沢は投手、3姉妹は外野(内1人は投手)も出来るから、ショートの激戦区を制するのが難しそうだ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(……とか考える内に、もうツーアウトか。こうして三振も取れるし、山崎さんのリードありきだけど、渡辺も投手としてはかなりスペックが高いんだよね。一ノ瀬さんとか、沖田とかの影に隠れてはいたけど、渡辺独自の球もあるし、差別化も出来る)

 

次は4番だから、長打警戒の為に後ろに下がると、観客席の二宮達と目が合った。洛山と藤和はともかく、白糸台は今日試合の日だったような……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、朱里と目が合った。やっほー☆」

 

「前の試合では猪狩選手に対して萎縮し過ぎていたいずみさんですが、朱里さんだとああしてはしゃげるんですね」

 

「い、言い方……。でも朱里ちゃんだったら気心も知れてるし、緊張もしないよね。朱里ちゃんも軽く手を振り返しているみたいだし」

 

「いずみさんのノリに乗ってあげるだけ朱里さんもお人好しですね。ああいう人間が将来人の上に立つのでしょう」

 

「朱里ちゃんは川越リトルシニアでも、今の新越谷でも大人気だもんね」

 

 

バシッ!

 

 

「「……えっ?」」

 

「星歌さんがホームランを打たれましたね。姫宮の4番打者はこれまでの試合では出場していなかったですし、新越谷側としても意表を突かれてしまった事でしょう」

 

「い、いや、確かにその4番打者が星歌からホームランを打った事にも驚いてはいるんだけど……」

 

「そ、それよりもそのホームランボールを素手で捕っている瑞希ちゃんの印象が強過ぎて他の出来事が霞んじゃったよ……」

 

「ボールを捕らなければ、私の顔面に直撃するところでした。流石に顔面にボールが当たるのは御免ですので……」

 

「そ、それはそうなんだけど……。あれー?平然と素手で打球を捕ってる瑞希が異常だと思うのはアタシだけなの?」

 

「わ、私も驚いちゃった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

な、なんかちょっと手を振っている金原に返答していたら、ホームランを打たれてたんだけど?前を向いた瞬間に、私の頭上をボールが越えていったんだけど?

 

(今のは色々な意味で不意打ちだったな……。あの姫宮の4番は何者なんだろう?)

 

確か前までの試合では出てなかったよね?とりあえずこのイニングが終わったら、芳乃さんとデータ分析しないと。



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県大会5回戦!新越谷高校VS姫宮高校②

『アウト!チェンジ!!』

 

4番にツーランを打たれたものの、後続の打者はキッチリ抑えていった。まだ崩れていないようで何よりだよ。

 

「ご、ごめんなさい!星歌が打たれちゃって……」

 

「まぁ気にするな。まだ試合は始まったばかりだ……。攻撃のチャンスは7回ある訳だし、必ず逆転する!だから星歌はどんどん相手を抑えていってくれ!」

 

「は、はい!!」

 

渡辺も立ち直ったみたいだし、これからは簡単には打たれないと思う。今はそれよりも……。

 

「でも向こうの4番は何者なの?」

 

「わからない……。これまでの姫宮の試合のデータを見る限りでは試合に出てなかったみたいだし……。1年生なのかな?」

 

「でもそれでいきなり4番を任せられるか?」

 

「……もしかしたら向こうの隠し球かもね」

 

「成程な……。そして星歌の不意を上手く突いたって訳か」

 

「不意を突いたにしても、あれは良いバッティングだったわ」

 

「ですね。星歌ちゃんの外へと逃げるカーブを完璧に合わせられた……」

 

事前に渡辺の球を入念に研究していたとしても、あのカーブを一点読みしていたとしても、完璧がタイミング過ぎる。凄い変化球キラーだよ……。

 

(でも多分何かあると思うんだよね。あの4番打者……)

 

私は姫宮の4番打者……番堂さんについて考察を始める事にした。ポジションはサードか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか初回に先制点を取れたね……」

 

「うん。上手く向こうの不意を突けた」

 

「ふっふっふっ……。見ましたか?この番堂蝶子の華麗なるバッティングを!」

 

「蝶子は私達姫宮にとっては……」

 

「最強の隠し球ですよ!」

 

「最大の地雷……かな?」

 

「酷いっ!?」

 

(美月の言う通り、蝶子は姫宮にとって大きな地雷……。でもあのバッティングセンスは本物だし、蝶子の『2つの弱点』を新越谷が突いてこなければ、このまま逃げ切るのも難しくはない……と思うんだけど……)

 

「不安だな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!』

 

反撃しようと意気込んでいたら、あっという間にツーアウトか……。向こうの守りも強化されてるなぁ。

 

「よし……!」

 

ツーアウトランナーなしの状況で打席に立つのは主将。どこか緊張しているようにも見えるけど……。

 

「吉田さんの持ち球は変わってないんだよね?」

 

「そうだね。ストレートとチェンジUP、サークルチェンジを中心とした配球だよ。尤もこの試合で新しい球を投げてくる可能性も否定出来ないけど……」

 

雷轟の質問にそう答えた芳乃さん。最後の発言のように、新球種をここまで温存していた……なんて事態になったら、取られた2点は相当痛手になりそうだね。

 

 

カンッ!

 

 

「あっ、キャプテンがヒットを打ったよ!」

 

「ナイバッチ~!」

 

主将は一二塁間を抜ける打球を放つ。相手の守備の間を綺麗に通す良いバッティングだ。やはり主将はそういう技術が高い。

 

「よーし!私もキャプテンに続くぞ~!」

 

「頑張ってね」

 

「うんっ!」

 

雷轟が凄く張り切っている様子で打席に向かう。少し前までの雷轟ならば、それは空回りの予兆だった……。

 

でも今の雷轟は違う。地獄の合宿を経て、少し雰囲気が変わり、打撃方面での隙が少なくなった。

 

(でも今の雷轟からは……)

 

……なんて、悪い方に考えるのは良くないよね。雷轟を応援しなきゃ!



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県大会5回戦!新越谷高校VS姫宮高校③

「頼んだぞ遥ーっ!」

 

「ホームラン打って同点だ~!」

 

「頑張るよっ!」

 

張り切った様子で打席に立つ雷轟。吉田さんの球を攻略出来るか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

吉田さんのストレートは現埼玉県内の投手陣の中では速い部類に入ると思う。少なくとも真ん中よりは上だ。

 

(そしてそのストレートと併用して投げるチェンジUPと、サークルチェンジの影響でよりストレートを速く見せる投げ方を主にしている……か。私も似たような事は出来るけど、あれは相当練習しなきゃ取得は難しいと思うんだよね……)

 

しかも吉田さんは去年の夏頃までは外野手だった筈……。あの投げ方を身に付けたのが私達と初めて試合をしたあの時点が最速だとしても、1、2ヶ月という事になる。吉田さんが凄過ぎる……。もしかして本格的に投手をやる前に、練習していたのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……姫宮のエースである吉田さん、そして主将である金子さん。この2人を中心としたチームは中々統率力の高いですね」

 

「如何にも全員野球……って感じがするよね。洛山でも取り入れられたら良いなぁ……」

 

「まぁ洛山の野球スタイル上は難しいんじゃない?むしろそういうのは白糸台で瑞希が率先していそうなんだけど……?」

 

「白糸台の野球部1軍はあくまでも自主性に任せる事を方針としていまして、私はそれに従うだけです。余計な労力を割かなくても良いので……」

 

「あくまでも必要範囲内だけかぁ……。瑞希ちゃんらしいなぁ」

 

「……で、星歌からホームランを打ったあの4番打者のデータは取れたの?」

 

「私なりに彼女……番堂さんのデータは入手し終わりましたが、ここでは口にしないでおきましょう」

 

「ええっ?何それ気になるな~?勿体ぶってない?」

 

「別にそういうのではありません。ただ……彼女の実態については、恐らくこの試合である程度明らかになるでしょう」

 

「み、瑞希ちゃんが言うなら、きっとそうなんだよね?」

 

「星歌さんの球を完璧に捉えた事から1つの仮説が思い浮かびますが……」

 

(あくまでも仮説の域を出ませんからね。確証を持っておかないと、今後彼女と対峙した時に、誤った対処をしてしまいそうです)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「……それよりも今は雷轟さんの方に集中した方が良いでしょう」

 

「遥ちゃん、この大会に入ってからは余りホームラン打ててないって言ってたし、この試合で打てるようになると良いなぁ……」

 

「新越谷を応援する身としては遥には頑張ってほしいよね☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

2球目、3球目と、吉田さんが投げる球をファールにしていっている。それもホームランすれすれで……だ。

 

「やっぱ遥のバッティングは見ていて気持ちが良いなー」

 

「私も見習いたいです!」

 

川崎さんと大村さんがそのように話しており、大半が2人と同じ意見なんだけど……。

 

『…………』

 

その中の一部……地獄の合宿を乗り越えた私達4人と、芳乃さんは雷轟の様子が少し可笑しい事に気付いた。

 

「ね、ねぇ朱里ちゃん。今の遥ちゃんって……」

 

「そうだね。どこか焦りを感じている」

 

思い当たる伏は色々とあるけど、その中でも大きな要因が2つ。

 

(1つは雷轟が段々ホームランを打てなくなってきているという事。そしてもう1つは……風薙さんの存在だ)

 

群馬県大会では風薙さんは出場させないと以前二宮経由で天王寺さんから聞いた。全国大会まで温存するつもりだと。故に雷轟が新聞なんかで知る機会もないんだけど……。

 

(雷轟は前に言っていた。県大会が終われば、その後に始まる県対抗総力戦の前に風薙さんに会いに行く……と)

 

だから私は雷轟に風薙さんの所在を教えた。きっと雷轟は風薙さんと話をしたい……いや、しなくちゃいけない事があるんだろうし、風薙さんも雷轟と話がしたいと言っていた。そして雷轟は全国の舞台に新越谷が駒を進める事が出来たのならば、群馬まで足を運んでみる……と。ちなみにこれは私と雷轟しか知らない事だ。

 

(だからなのかな?雷轟が焦って見えるんだ……)

 

『アウト!!』

 

「ああっ!?」

 

「遥ちゃんが打ち取られた!?」

 

「…………」

 

この試合……もしかしたら不味い方向に事が進みそうかも知れないな……。



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県大会5回戦!新越谷高校VS姫宮高校④

試合は進んで4回表。スコアは2対0のまま進行しており、打席に入るのは……。

 

「よーし!打ちますよーっ!」

 

渡辺から不意打ちでホームランを打った番堂さんだ。

 

(一応バッテリーには私の推測を伝えておいた。あとはこれが上手くいくかどうかだ……)

 

私はベンチにいる間に番堂さんの経歴について少し調べていた。その結果対外試合でのデータは全くなく、この試合が初出場となる。

 

では何故番堂さんは不意を突いたとは言え、あれ程完璧なタイミングで変化球を打つ事が出来たか……だ。私の推測が正しければ、この打席でそれがわかる筈。

 

(も、もしも朱里ちゃんの推測が正しかったら……)

 

(この打席は番堂さんを抑える事が出来る……。やってみる価値はあるよね)

 

1球目。渡辺が投げたのは……。

 

「えっ……」

 

「ス、ストレート!?」

 

「し、しかもど真ん中です!」

 

番堂さんに打たれた時の事を渡辺と山崎さんから詳しく聞いた時に番堂さんがこう言っていた。『アウトローな変化球は大好物だ』……と。

 

(だからその言葉を素直に信じて、その逆を突く事が出来れば……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(こうして空振りが取れる……!)

 

(よし。上手くいった……!)

 

(ほ、本当に空振りが取れちゃった……)

 

しかし半信半疑だったのに、本当にど真ん中のストレートに弱いとはね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、もう気付かれた。蝶子の弱点に……」

 

「いや、弱点って言うのは可笑しい話なんだよね。本来は……」

 

「まぁ普通はあちこちのコースに散らばる変化球の方が対処は難しい筈なのに、蝶子は難なく対応してる」

 

「本人は『私はアウトローな人間なんで、荒くれ球には慣れてるんですよ!』って言ってったっけ……。今聞いてもよくわからないよね」

 

「そしてその代償としてストレート……しかもど真ん中が苦手なコースになった……」

 

「でも本来ならど真ん中を打つのは難しくない。そして蝶子の類いまれなる野球センスがあれば、きっとど真ん中だって打てるようになる筈だよ」

 

「そうだね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「……でもこの打席には期待出来ないかも」

 

「だね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「様々なコースに散る変化球が得意球で、ど真ん中に来るストレートが苦手球……。中々稀有な打者ですね」

 

「でも凄くない?ストレートが得意で変化球が苦手……ってケースならよく聞くけど、その逆って……」

 

「確かに変わってるよね。あの番堂さん……って今年入った1年生だよね?」

 

「データによればそうですね。そして彼女は経緯こそは違えど、雷轟さんと同じタイプの初心者です」

 

「4番を打ってるって事はスラッガータイプなのは間違いないよね?」

 

「はい。近い将来に雷轟さんと番堂さんは良きライバルとして、互いに切磋琢磨するかも知れませんね。それがこの試合を切欠に来年の県大会と、或いは……」

 

(或いは今年の県対抗総力戦でのチームメイトとして、はたまたプロとして……。見ていて興味深いですね。同じチームでプレーするのはごめんですが)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(少しコースがずれただけで当てられた!?)

 

(ストレートが苦手って訳ではないのかな?)

 

初球で空振りを取ってから、2球目に少し内角にずれたストレートを番堂さんは捉えた。まさか本当にど真ん中が打てない……って訳じゃないよね?

 

(と、とにかく追い込んだし、ここは1つやってみようか)

 

(うん。そうだね……!)

 

ツーナッシングから投げられる3球目……。

 

(初球と同じど真ん中!?に、苦手なコースだけど、次こそは当てる!)

 

いくらど真ん中が苦手だとはいえ、当てる事そのものは難しくない筈。番堂さんからすれば躍起になって打ちにいくと思うんだよね。

 

(だからこそその心理を突いた……星歌の決め球だよね!)

 

(落ちた!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

渡辺の決め球。ここまで1球も投げていないのが功を奏したのか、見事番堂さんを三振に仕留めた。

 

(あとは私達が点を取るだけだね……)

 

2点のビハインド……。返すのは難しそうだけど、もう1つ確かめたい事がある。それが上手くはまれば、逆転も難しくはない!



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県大会5回戦!新越谷高校VS姫宮高校⑤

カンッ!

 

 

「よしっ!抜けた!」

 

「点取って行くよー!!」

 

1打席目に打たれた番堂さんを抑えてから、流れはこっちに来ている。今も先頭の藤原先輩がヒットを打ったしね。

 

 

コンッ。

 

 

(よし!上手く転がった!)

 

「1つ!」

 

『アウト!』

 

6番の山崎さんが送りバントを決めて、ワンアウト二塁。そして次は私の打席だ……。

 

「頑張れ朱里ちゃーん!」

 

「ファイトー!」

 

(応援してくれている皆の為にも、期待に応えたい。折角打席に立ったんだし、ここは1つ……)

 

守備時の番堂さんの動きを観察し、私なりに立てた予想が正しければ……。そう思い、行動に出る。

 

(朱里ちゃんがバットを首元へと2回叩いた。あの合図は……)

 

吉田さんが振りかぶった瞬間……。

 

「……っ!」

 

「走った!」

 

(三盗!?理沙の足は遅かった筈……。ならバスター!)

 

吉田さんには読まれてるみたいだけど、藤原先輩にスタートを切らせた時点で三塁へと辿り着く事は容易くなる。願うなら、ここで1点返しておきたい……!

 

(エンドラン!)

 

 

カンッ!

 

 

「だ、打球は……?」

 

「サード正面のゴロ!?」

 

「だが理沙のスタートが良いから、進塁打にはなるぞ!」

 

主将の言う通り、最低限藤原先輩を確実に三塁へと辿り着かせる進塁打目的ではある。でも私の予想が正しければ……!

 

「あっ!?」

 

「そ、逸らした!?」

 

「トンネルだ!」

 

(しまった……!)

 

(思った通り……!)

 

守備に付いている時の番堂さんはやけに動きがぎこちなかった。故にもしかしたら……と思ったのが当たったよ。あの動きは雷轟が川越シニアの入団テストの時の守備練習と合致していたからね。

 

「任せて!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

(思ったよりカバーが早い!?)

 

藤原先輩は三塁まで辿り着いたけど、私は間に合うか……?

 

『……セーフ!セーフ!』

 

(ふぅ。ギリギリだった……)

 

しかしショートの金子さんが定位置からサード後方付近までの移動がかなり早かった……。まさか今まで番堂さんが試合に出ていなかったのは、こういう連携を確実なものにする為だったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程~。あの番堂って子が温存されていたのは、捕球能力が低かったからなんだね~」

 

「それに加えて、先程の金子さんが行っていたあの動きを確実なものにする為に、今まで出さなかったのでしょう」

 

「でもあの動きはかなり機敏だよね。亮子ちゃんにも負けてないかも……」

 

「確かに引けを取らないよねー。でも亮子が野球やってる環境的にサードがトンネルする事を視野に入れた動きは出来ないんじゃない?」

 

「そうですね。そういうのは捕球率が全国ワースト1位の洛山なんかでやりそうなものですが……」

 

「う、うちはトンネルもする人が多いし、無理にカバーに入ろうとすると、トンネルの連鎖が起きそうかも……。エルゼちゃんとリンゼちゃんが入って大分改善されたと思うんだけどね……」

 

「何にせよそういう選手がいるからこそ、自身の守備に対する新しい可能性が見出だせる……という訳ですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後川崎さんのゲッツー崩しの間に1点を返したけど、このイニングは1点止まりとなった。後半戦で巻き返したいところだね……。



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県大会5回戦!新越谷高校VS姫宮高校⑥

5回表も渡辺は三者凡退に退け、良い感じに相手打者を抑えている。

 

「さて!この回は1番からだし、チャンスを作って行くよ!」

 

「まずは同点、そしてそこから逆転のチャンスを作っていきましょう」

 

上位打線から始まるこの回が最大のチャンスだと見て良いと思う。渡辺に安心してもらう為にも、点を取っていきたいね。

 

「う~ん……」

 

「雷轟……?」

 

ベンチに戻ると、雷轟が何やら思案顔をしていた。吉田さんの攻略について考えているのかな?

 

 

カンッ!

 

 

「希ちゃんが打った!」

 

「一二塁間抜けたぞ!」

 

先頭の中村さんも出塁したし、このまま勢いを付けていきたいね。番堂さんを狙うのも金子さんのカバー力を見る限りは多分無理そうだし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷にもチャンスが到来したね~」

 

「星歌さんが立ち直り、朱里さんが繋いでからは流れが新越谷に行っていましたし、来るべくして来たチャンス……という事ですね」

 

「じゃあこの回で点を取れなかったらどうなるの?」

 

「流れは姫宮に行き、恐らくはそのまま姫宮が逃げ切るでしょうね。初回に取った2点はそういうものです」

 

「でも新越谷には台湾からの留学生や、歩美と藍まで入ってるし、前の試合で完全試合を達成させた猪狩プロの姪っ子もいるし、既存のメンバーも打力は上がってるよ?そんな新越谷を負かす要因になるのかな?」

 

「姫宮も金子さんと吉田さんを筆頭に、着実に力を付けていっている高校です。この試合では4番の番堂さん以外は2年生と3年生で構成されているスタメンですが、これまでの試合は去年の3年生の引退後に構成されたメンバーで数ヶ月に渡り、力を付けていっています。全体的に守備力や連携能力が埼玉県の高校でも随一ですね」

 

(今の姫宮を上回る高校は埼玉の中でもそうは多くないでしょうね。あの守備連携を越えられるかどうか……というのが鍵を握っていそうですが、雷轟さんや、陽さんのようなスラッガーが一発を狙えば展開は簡単に進むのでしょうが……)

 

 

カンッ!

 

 

「あっ、また打った!」

 

「これでワンアウト一塁・三塁のチャンスだね!」

 

「本来ならチャンスではありますが、回ってくる4番の雷轟さんは今日2打席ノーヒット……。ここで雷轟さんの意地を見せるか、吉田さんが抑え切るか、はたまた第3の選択肢か……」

 

「第3の選択肢?」

 

「代打攻勢です」

 

「でも4番の遥に代打を出すかな~?遥って足も速いんでしょ?それこそ歩かされた時の為に仕込んだホームスチールとかもある訳だし……」

 

「あくまでも選択肢の1つというだけです。どのような選択肢を取るのかは新越谷次第ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1番の中村さんがヒットを打ち、2番の藤田さんが送りバントでランナーを進め、3番の主将がまたヒットを打った……。中村さんの走力ならもしかしたらホームも狙えると思ったんだけど、外野のカバーが早くて、三塁止まりだったんだよね。

 

「こ、これは最大のチャンス……!遥ちゃん、お願いね!」

 

「一発風穴を開けてやれ!」

 

雷轟に期待の声があがる。そんな中でも雷轟は思案顔のままだから、皆も怪訝な顔をしているのがわかる。そして雷轟が口にしたのは……。

 

「……私、この試合では打てないかも知れない」

 

『えっ……?』

 

雷轟らしからぬ、弱気な発言だった。



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県大会5回戦!新越谷高校VS姫宮高校⑦

「こ、この試合では打てないかもってどういう事!?」

 

「悲観的になるなんて遥らしくないわよ!?」

 

川口姉妹が雷轟に詰め寄っていた。まぁ普段の雷轟からは想像が出来ない弱気な台詞だからね……。

 

「ご、ごめんね?でも今日の私はノーヒットだし、少し前の試合から思うように打てなくなってきてるんだよ。練習では問題なく打てているのに……」

 

雷轟の発言からは対戦相手のレベルが上がって来てるんじゃないか……という理由を考えていたけど、練習の時の1打席勝負では武田さんや川原先輩の球を難なく打っていたから、一概にそれだけが理由でもないと思う。まぁ練習と大会のような大舞台ではコンディションや、気合いの入れ方なんかは違うと思うけど……。

 

「……雷轟が良いならここで代打を出すけど、本当に良いの?今が挽回のチャンスだと思うんだけど?」

 

「うん……。調子を悪くしてる私が打てなくて、もしもそれが原因で試合に負けたりしたら、キャプテン達の夏が終わっちゃったらって思うと、怖くなっちゃって……」

 

雷轟は震えていた。少し前から不調なのかなって思ってはいたけど、これは予想以上に深刻な問題かもね……。

 

「……芳乃さん、代打攻勢を」

 

「う、うん。春星ちゃん、いける?」

 

「いつでも大丈夫……」

 

雷轟の代打として春星が出る事になった。まぁ適任だね。そして雷轟はふらふらとベンチ裏へ……。

 

(今の雷轟を1人にするのは不味いな……)

 

「誰か雷轟に付いてあげてほしい。誰かが側にいてあげた方が良いと思うから……」

 

私がそう提案すると、藤井先生が口を開いた。

 

「……それなら早川さんが良いでしょう」

 

「そうだね。遥ちゃんと1番付き合いが長い朱里ちゃんが良いかな」

 

芳乃さんも賛成の模様。そりゃ話しておきたい事もあるし、私が行こうとは思ってはいたけど……。

 

「雷轟さんと一緒に早川さんも交代にします」

 

「……わかりました。あとはお願いします」

 

皆に一礼して、私は雷轟に付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー?」

 

「どうしたのいずみちゃん?」

 

「新越谷側が代打を出したね」

 

「えっ……?でも遥ちゃんの打席だよね?4番に代打を出すなんて……」

 

「今日の試合で雷轟さんはノーヒットですし、代えられるのは仕方のない事ではないですか?」

 

(尤もそれだけが理由ではなさそうですが……。まぁ私には関係のない事ですね)

 

「代打で出たのは台湾代表の4番かぁ……。まぁ遥の代打ってなると他に適任はいないよね」

 

「遥ちゃんには早く立ち直ってほしいなぁ」

 

「立ち直れるかどうかは、雷轟さん次第でしょう。私達がどうこうする理由はありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷轟」

 

「朱里ちゃん……」

 

ベンチ裏のお手洗い前で雷轟は佇んでいた。それは去年の夏大会で梁幽館との試合終盤で芳乃さんが落ち込んでいた時と同様に……。

 

「話、聞かせてもらうよ。皆からは許可をもらっているしね」

 

今の雷轟がどういう状態なのかを確認する必要がある。もしもこのままズルズルと落ちていくだけならば、今後の活躍は見込めないだろうしね。



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話される過去①

私は今日の試合でホームランどころか、ヒットすら打てていない。もっと言うともっと前の試合から調子が悪い。

 

「話、聞かせてもらうよ。皆からは許可をもらっているしね」

 

(前にもスランプに陥った事があって、その時は今みたいに朱里ちゃんが慰めてくれたっけ……)

 

あの時と違うのは今回はの不調の原因がハッキリとわかっているから。迷惑を掛けたくなかったし、出来れば私だけで解決しなきゃいけない問題なんだけど……。

 

「……聞いてもらっても良い?私達の話」

 

私にはお姉ちゃんがいる。小さい頃に訳ありで別居しちゃってるんだ。

 

朱里ちゃんは私のお姉ちゃんを知ってるみたいだし、朱里ちゃんはお姉ちゃんに何か恩義を感じてるようだし、私達にあった事を話せば、少しは楽になるのかも知れない。そう思って私は話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷轟は語り始めた。雷轟の過去を、風薙さんと仲違いしてしまった話を……。

 

「小さい頃はね?私達は仲の良い姉妹だったんだよね。家は貧乏だったけど、お父さんも、お母さんも、そしてお姉ちゃんもいて幸せだったんだぁ……」

 

今の雷轟の家って割と裕福な方だと思うけど、昔はそうじゃなかったのかな?

 

「でもね、ある日を境に私達の歯車が狂い始めたんだ……」

 

「ある日……?」

 

雷轟が口にしたのは、私の予想よりも重く、悲しい話だった。

 

「今から10年前、お父さんが死んじゃったの……」

 

「……それは私が聞いても大丈夫なやつ?雷轟が嫌なら、私はもう無理には聞かないよ?」

 

「ううん大丈夫。私が話したいだけだから……。続けるね?」

 

それからもポツポツと雷轟は話し続けた。

 

父親が死んでしまってしまった事、死んだ父親が残した多額の借金がある事、そして……。

 

「その3日後にある人から私達姉妹のどちらかに養子になってほしいってお誘いが来たんだ。その人は養子に来てくれれば借金返済の援助をしてくれるって言って……」

 

「その家の養子に風薙さんがなった……と?」

 

「うん。でもお姉ちゃんはとても冷たい目をして……こう言ったの。『こんな貧乏な家はいらない』って……」

 

「……っ!」

 

風薙さんがそんな事を?太陽のように明るくて、優しい人が?にわかには信じられない……。

 

「その時の目は今でも覚えてるよ。今でも、お姉ちゃんのあの目は怖かったから……。それで、お姉ちゃんが養子になって、家の借金も無くなって、10年経った今ではそれなりに落ち着いた生活に戻れたと思う……」

 

中々壮絶な人生送ってるなぁ……。右肩壊した私の比じゃないくらいに。

 

「こ、これ以上雷轟家の闇を聞くのは止めておくよ。私もちょっと踏み込み過ぎたしね」

 

「……じゃあ話を戻すね?あんな冷たい目で発言をしたお姉ちゃんだったけど、10年経った今になって、思うところがあるんだよね。だから私はそれを確かめる為に、お姉ちゃんに会いに行きたいなって思ってるんだ」

 

「そっか……」

 

「でももし私が会いに行って、お姉ちゃんがあの冷たい目で対応されるって考えてたら、震えちゃって……。それが試合に影響が出てたみたい」

 

「……それでも、雷轟は会いに行くんでしょ?風薙さんに」

 

「……そのつもり。タイミング的には県大会が終わった後になるかな?県対抗総力戦が始まるまでの間の、一瞬だけでも、話がしたいなって思ってるよ」

 

雷轟はまた身震いしながら言った。それ程に冷たい目の風薙さんとやらが怖いみたいだ。

 

「……ごめんね。とりあえず今は大丈夫。皆が心配してるし、戻ろっか!」

 

パッと切り替えて、雷轟は駆け足で皆の所へと向かった。

 

(本当に、大丈夫なのかな?)

 

私のこの不安は、想定よりも悪い形で実現する事になる。



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勝敗の過程と

対姫宮戦。結果だけを言えば、私達新越谷が2対4で勝つ事が出来た。多分春星がスリーランを打ったんだと思う。私と雷轟が戻って来た時には既に決着が付いていたのだから……。

 

「あっ、朱里ちゃん!遥ちゃんは大丈夫……?」

 

「どうだろうね。本人は大丈夫って言ってたけど、どうにも嫌な予感がするというか……」

 

雷轟の方を見ると、いつもの元気が戻っていて、ホームランを打ったと思われる春星に絡んでいた。あれが空元気じゃなければ良いんだけどね……。

 

「……それにしても随分と話し込んでたね?20分以上も」

 

「そうね……。遥ちゃんに何かあったのかと心配だったわ」

 

「まぁ雷轟を宥めるのに時間が必要でしたからね……」

 

嘘は言ってない。でも何れ皆にも話さなきゃいけないのかもね。雷轟と風薙さんの事を……。

 

「試合にも勝てたところだし、ひとまずは安心……だな」

 

主将は相手ベンチを見てやや複雑そうに言った。負けたら引退……。姫宮野球部を引っ張っていった金子さんと吉田さんを中心に、全員が抱き合って涙を流していた。

 

「…………」

 

「怜、あの子達の分も私達は勝ち進む必要があるわ」

 

「理沙……。そうだな。小陽達の想いを背負って、頑張らなきゃな」

 

主将と藤原先輩はこの試合でまた一皮剥けた気がする。私と雷轟は後半丸々いなかったから、何とも言えないけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チームの支柱である朱里さんと雷轟さんが抜けても、危なげなく勝つ事が出来ましたか……」

 

「代打で出て来た陽さんのスリーランが勝敗を分けたような気がするね」

 

「星歌もホームランを打たれてからは無失点だし、かなり手強くなってたね~」

 

「その星歌さんですら3番手以降という立ち位置にいますし、今の新越谷の投手陣は全国トップレベルでしょうね」

 

「決して大袈裟な表現じゃないのが、洒落にならないよね~」

 

(その新越谷ですら、今の遠前に勝つのは難しいと思いますが、どうなるのかはまだ未知数ですね。恐らく重要なのは全国大会ではなく、県対抗総力戦……。雷轟さんと風薙さんもそうですが、上杉さん、上杉さんの従姉妹である武田さん、そして朱里さん……。この5人が中心になっていく事でしょう)

 

「何事も起きなければ、それに越した事はないのですが……」

 

「どうしたの?」

 

「なんでもありませんよ。こちらの話です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

学校に戻って来た私達は次の試合に向けて練習中だ。雷轟も練習でなら問題なさそうだけど……。

 

「いよいよ大会も終盤戦!あと3回勝てば全国の舞台へ進めるよ!」

 

「次の対戦相手は柳大川越……。奇しくも去年の夏大会でも同じところで当たったな」

 

「今年の夏大会は予想外の事が立て続けに起こってますからね。親切高校がかつての強豪の仲間入りになるんじゃないかって新聞でも騒がれてますし……」

 

芳乃さんの言う通り、今の親切高校は美園学院、熊実、宗陣、椿峰と私達と同じくらいに強豪校を破っていっている。当たるとしたら決勝だし、対策はその時でも良さそうだね。



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総力戦準備②

今回は三人称視点です。


県対抗総力戦の会議はこの日のところは一旦終わり、会議に参加していた面子が解散した中で大宮鈴音、響未来、坂柳有栖の3人が残っている。

 

「それで……彼女達にはああ言ったけれど、実際のところ埼玉代表メンバー選出はどうなのかしら?確かまだ全員は決まってないのよね?」

 

「うっ……」

 

響の問い詰めに大宮が言葉を詰まらせる。

 

「選抜メンバーの人数は18~25人まで。決めるのは中々に難しいとは思いますが……」

 

「そうなんだよ。一部を除いては通知を送ったんだ。話し合いでも言ったけど、有力な選手は何人か断られるし……」

 

「梁幽館では吉川、高橋、小林、西浦、加藤、美園学院では園川、福澤、影森では中山と強力なところは軒並み断られている中でさえもまだまだ候補には優秀な選手が集まっています。そしてその中でも……」

 

「新越谷なんだよねぇ……。調査結果だけでも10人くらいは候補がいるのに、代表メンバーに選べるのは一校につき6人までだし、本当に悩ましいよ……」

 

「選出に難航しているのは新越谷な訳ね」

 

「まぁね。一応運営側には総力戦の開会式当日まで待ってくれるみたいだから、ギリギリまで悩む事にするよ」

 

「私も手伝いますよ鈴音さん」

 

「ありがとう有栖。頼りにしてるよ」

 

大宮が頭を抱えながら代表メンバーをギリギリまで悩む事を決めた中……。

 

「そういえば未来の方はどうなの?群馬代表の監督だったよね?」

 

「私の方は割とすんなりと決まったわよ。埼玉と違って突出している選手は限られているもの」

 

「アメリカ最強の高校生投手である風薙彼方、高校1年生時点にしてアメリカの高校内でホームラン総数2位の上杉真深、アメリカの高校内で奪三振数総合3位のウィラード・ユイ……ですか。彼女達がアメリカで、そして今いる群馬でも同じ高校なのは破格ですね」

 

「アメリカの高校は日本以上に実力が拮抗しているのよ。それも超高校級の選手達が……」

 

「そしてその内の3人が群馬にある遠前高校へ留学した……と」

 

「その通りよ」

 

(実力が拮抗している……とは言ったものの、風薙彼方だけは他の選手達よりも頭3つ分くらいは抜けているわね。彼女だけは現時点でプロ入りしても三冠王が狙えるレベルだわ)

 

響は脳内で風薙彼方についてそのように評価していた。そして……。

 

「3人共遠前高校なんだよね。野村さんが言ったように、パワーバランスが崩れそう……」

 

「実際に群馬県予選ではその遠前高校が特に苦戦もなく勝っていますね。それもその3人を温存した状態で……」

 

「無名の筈なのに凄くない?新越谷みたいに代表メンバーの候補者が沢山いるの?」

 

「そうでもないわ。遠前高校野球部の部員達は半分以上が初心者だもの」

 

「素人集団が勝ち進む構図……というのは所々で見受けられますね。それも同一人物の手によって……」

 

「去年の清澄もそうだけど、天王寺さんが関与しているね」

 

「彼女は野球と出逢って変われたものね。そして天王寺と同じ存在が4人目の代表メンバーよ」

 

「イーディスか……。あの子は天王寺に対する執着が凄いよね。10年前の野球対決に負けてからは特に」

 

「しかしイーディスさんは良いのですか?天王寺さんと同じで人ならざるものなのに……」

 

「条件が整っているもの。それにあの2人の正体は当人達を除けば私達だけしか知らないわ」

 

「バレなければ犯罪ではない……と。イーディスもなんで野球をやってるんだろうね。天王寺を連れ戻してジャジメントグループの残党が企んでいる事を阻止しなければ……って息巻いていたのに」

 

「大方天王寺さんに言いくるめられたのでしょう。イーディスさんは天王寺さんに弱い部分がありますから」

 

「でも実際に計画阻止に動くのはいつ頃になるの?連中が動くとすれば、多分県対抗総力戦が始まる段階だよね?私達が野球の監督とマネージャーをしている場合じゃないんじゃ……」

 

「その点については心配ないわ。ブラック達が動いているもの。天王寺もそれをわかっていて、イーディス達に野球をさせているのだと思うわ」

 

全国大会、そして県対抗総力戦が行われる裏側で何かが起ころうとしている……。



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柳大の壁

今日は次の試合に向けてミーティングをしている。

 

「次の相手は柳大川越だよ!」

 

「秋大会では私達が決勝戦で負けた相手……リベンジのチャンスだ」

 

柳大川越へリベンジするという気持ちで皆の気分が高まっている。今年入った4人にも一応その話はしているから、4人も雰囲気に触発されて、気合いが入っている。

 

「ローテーション的に次の先発は光先輩です!」

 

「が、頑張るね……!」

 

予定では川原先輩に先発させて状況を見つつ、息吹さんに交代する……という流れだ。もちろん展開次第で変わってくるけどね。

 

「柳大川越のデータと試合映像を見る限りだと、去年よりも守備連携が上手くなっているよ。映像を見ながら対策を考えよう!」

 

……という芳乃さんの指示で最近の柳大川越の試合映像を見る事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして映像を見ている訳だけど……。

 

「うわっ!三遊間の鋭い打球を捕るのかよ!?プロでも抜かれそうな当たりなのに……」

 

「連携もハイレベルね。乱れが見当たらない……」

 

「去年から行われてる守備連携に加えて、更に個人で守備力を上げているから、ヒットを打つのは中々難しそうだね……」

 

特にゴロの対応力がかなり上がっているし、転がして内野を抜ける当たり……というのを悉く防いでいる。外野の守備も堅い上に、強肩だし、最早打破する方法はホームランしかないのかも知れないね……。

 

(そうなってくると期待が出来るのは長打力がある選手だけど……)

 

今のコンディションの雷轟に期待するのは難しい。大村さんはまだ不安定。そうなると主将、藤原先輩、春星の3人かな?中村さんは長打狙いを滅多にしない(それこそ去年の夏大会の梁幽館戦が特別だったかも)から、期待値は低めだし、川原先輩は投手としての務めを優先してほしいから、頼るのは駄目……。難しいところだね。

 

「今の柳大には捕手が2人いるんだよね?」

 

「志木さんと浜田さんですね」

 

「私達みたいに1試合毎にローテーションして回しているみたいだね。マスクを被らない方は外野を守ってるよ」

 

前の柳大の試合では浜田さんが出ていた。そうなると次の私達の試合でマスクを被るのは志木さんという事になる。

 

「蓮華ちゃん……」

 

(渡辺的には昔馴染みがいるチームとの試合には出たいだろうけど、その気持ちに汲み入ってられる程余裕はないからね)

 

1つでも多く試合に勝ち、3年生と一緒に野球がしたい……。去年にはなかった気持ちが入っているから、私を含めた全員のプレーにどこか力が入ってしまう。

 

「とりあえずオーダーは明日に決めるとして、今日は私達にぶつけてくるであろう朝倉さんの対策をしようか!」

 

「朝倉さんの対策……?」

 

「……って言っても、朝倉さんの球種を投げてもらう擬似的な特訓になるけどね」

 

朝倉さんの持ち球はストレート、カットボール、SFF。私達が知らないだけで、もしかしたら新しい球種があるかも知れないけど……。

 

「じゃあ仮想朝倉さん役は朱里ちゃんにやってもらおうかな!」

 

「私が……?」

 

なんか私が仮想朝倉さんに指名されました。

 

(まぁその球種だけなら投げられるし、適任と言えば適任か……)

 

私で役に立つのなら、皆の力になれるのなら、私はそれに応えたい。



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仮想朝倉千景

朝倉さんの投げる球の対策をやる事になり、私が仮想敵として投げる事に……。

 

(そういえばオーバースローで投げるのも久々な気がするな……)

 

最後にオーバースローで投げたのは今年の4月。3ヶ月くらい前だけど、かなり昔の事に思えてしまう。時の流れって早いんだね……。

 

「とりあえず投げるよ?」

 

「おねがーい!」

 

打席には中村さんが立ち、捕手役は山崎さん。そして中村の左側にはそれ以外の部員が列になって並んでいる。……もしかして全員に投げるの?私は朝倉さんの対策をどうすれば良いの?

 

(まぁ良いや。流石に数をこなせば、少しは休ませてくれるでしょ……)

 

 

ズバンッ!

 

 

「ストレート……」

 

「あとはカットボールとSFFだね。朱里ちゃんは3球ずつ投げてくれるかな?希ちゃんがどう対処しても、それぞれ3球ずつ……合計で9球投げたら次の打者に投げるって感じでお願い」

 

「了解」

 

「わ、わかったよ……」

 

1人につき9球か……。芳乃さんと私を除いて17人部員がいるから、153球投げる事になる。半分投げたら休憩だって言ってたし、皆の為にも一肌脱ぎますかね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

芳乃さんが審判を始めていて、結果的に1打席勝負を3回×17回になってしまった。休憩も挟んで、全員と勝負した訳だけど……。

 

「なぁ、朱里ってフォームをアンダースローに変更したんだよな?」

 

「そうですね。オーバースローで投げるのは結構久し振りだったので、投げる前にフォームの確認をさせてもらいましたけど……」

 

実際に3ヶ月くらいはオーバースローで投げてなかったからね。皆に投げる前に投球動作の確認をちょっとだけやったよ。

 

「そうか……。皆、悲しいかな。これが今の私達の実力だ」

 

「そうね……。全員空振りだったもの」

 

主将と藤原先輩がそう言い、他の皆もその言葉に首を縦に振っていた。

 

「今の私は本職のオーバースローじゃないから、朝倉さんの方が上かも知れませんよ……?」

 

「と、という事は朱里ちゃんを打てなかったら、私達は朝倉さんに勝てない……?」

 

「うん……。私達全員朱里ちゃんの投げる球に掠りもしなかったんだもん……」

 

実は偽ストレートを混ぜていたのは内緒の話。これに慣れてくれると、かなりの成果を期待出来る。あとは……。

 

(二宮と同等のリードと戦術を扱う志木さんとの読み合い勝負になりそうだね……)

 

まぁ二宮と志木さんのリードは似てるようで、決定的に違う。それが吉と出るか、凶と出るか……。

 

「芳乃さん、続きは明日にしよう。私も少し疲れてきちゃったよ……」

 

「うん……。朱里ちゃんは先に帰ってゆっくり休んでてよ。私達はもうちょっとだけ残ってるね」

 

私の体力の無さを嘆く。本当ならもっと、もっと皆の力になりたかったのに……。

 

(でも私は私に出来る事をやっていこう……)

 

抱え込まないって約束したもんね。



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因縁の

今日は準々決勝。柳大川越との試合の日……。

 

(柳大川越と試合をするのも4回目か……)

 

これまでの戦績は1勝1敗1引き分け。柳大川越とは今までの相手の中でも1番の接戦を繰り広げてきたと思う。

 

「今日のこの試合でベスト4最後の1枠が決定する……。それが私達になるよう、今日の試合も頑張ろうね!」

 

『おおっ!!』

 

ちなみにあとの3枠は私達が勝った時の次の相手である咲桜、これまで美園学院、熊実、大宮大附設とベスト4以上の実力を持つ高校を薙ぎ倒して来た親切高校、そしてバッテリーを中心に、チーム全体が大幅な成長を遂げた影森だ。

 

「じゃあ今日のオーダーを発表するね!」

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 初野

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード 藤原先輩

 

6番 キャッチャー 山崎さん

 

7番 ライト 大村さん

 

8番 ショート 川崎さん

 

9番 ピッチャー 川原先輩

 

 

この試合では初野と川崎さん、この次の試合では藤田さんと春星のコンビを試す予定だ。練習では連携も問題なかったけど、少しでも隙を見せたら、柳大は……というかここまで来た猛者達はそれを逃す事はないだろう。ミスをするなら、シートノックの内にしてほしいものだ。

 

「朱里ちゃん、ギリギリまでありがとね」

 

「皆の役に立つのなら良かったよ。その代わり……と言ってはなんだけど、この試合は休ませてもらう訳だし」

 

数日間に渡る朝倉さん対策は今日の朝まで行われ、見る限りその成果を発揮が出来そうなのはほんの数人しかいない。

 

更には練習と本番は違う事、そして本命の敵である朝倉さんと私とでは同じ球種を投げられたとしても、根本的に投手としてのタイプが違う事。以上の2点が試合にどう影響するかがこの試合の肝となるだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷と柳大川越の試合もこれで4度目……。総合力は新越谷がやや優勢ですが、柳大川越には積もり積もった連携力がある事、そして埼玉内でトップクラスの投手である朝倉さんの存在が大きそうですね」

 

「そして新越谷と柳大川越の戦績は5分5分……。真の意味での優劣はこの試合で決まりそうだな」

 

「神童さん……。本日は大学はお休みですか?」

 

「まぁな。本来なら白糸台の試合を観るべきだろうが、連中ならもう心配はないだろう。少なくとも全国大会への切符は手に入れられる筈だ。それは二宮も同意見だろう?」

 

「そうですね。それに打力で言えば、私よりも適任の捕手がいます。私はまだ2年生で、彼女は3年生……最後の夏です。悔いのない野球をしてほしいとも思っています」

 

「半田の事だな。あいつの長打力は評価出来るが、いかんせん捕球率が低い。だから本来ならば外野辺りに転向させる筈だったが……」

 

「今の半田さんは新井さんのストレートや、鋼さんのスライダーも難なく捕れる捕球力を身に付けています。本来ならば正捕手は半田さんに渡って、私はもう1年の間、このように他県の試合観戦を中心に、他校の新たな情報収集に勤しむつもりでした」

 

(二宮はこう言っているが、二宮の捕球センスと先読みスキルは他にいない唯一無二の、二宮瑞希だけのものだ。それに加えて情報収集能力も高い……。彼女のような『異常』が他にいるとは思えないな)

 

「もうすぐプレイボールか……」

 

「試合でいない和奈さんと、いずみさんの分までこの目に焼き付けておきましょう。新越谷と柳大川越の因縁を……」

 

「目に焼き付けなくても、おまえなら媒体に試合情報を残しそうなものだがな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『プレイボール!!』

 

試合開始。勝つのは私達新越谷だ……!



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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校(2回目)①

先攻は私達。先頭打者の中村さんが左打席に立ち、プレイボールだ。

 

「しかし……」

 

「…………!」

 

(圧倒される程の威圧感……。去年の大野先輩と同等かそれ以上に思えてくるよ)

 

そういえば大野先輩と浅井さんは同じ大学に進学したそうだ。もしかしたらあの2人が作っていくチームが神童さんと大豪月さんのいる大学と渡り合える日が来るのかも知れないね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「朱里の投げるストレートも速かったけど……」

 

「朝倉さんはその上を行くね……」

 

まぁ同じ球種を投げられるとは言え、私じゃ大した練習台にはならなかっただろうね。それに今の朝倉さんにはゾーン状態に入る可能性すらある訳だしね。

 

「で、でもコントロールは朱里先輩の方が良いですよ!」

 

「そうですね。朝倉さんの場合はリードで多少の制球ミスを誤魔化しているようにも見えます」

 

シニア出身の後輩2人が私を擁護する発言。この2人は人間が出来てるねぇ。そんなに気を遣わなくても良いんだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

2球目に打った中村さんの打球は一二塁間を……。

 

 

バシッ!

 

 

抜けなかった。セカンドが素早く捕球して、流れるようにファーストへと送球。

 

『アウト!』

 

「映像からある態度は予想してたんだけど、やっぱり上手いわね」

 

「普通なら抜けてる当たりだもんな。これは点を取るのが遠そうだ……」

 

無理せずに持久戦に持ち込むか、大きいのを狙って勝負に出るかという展開になりそうだね。問題はその大きいのを打つ役目の雷轟か……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「柳大川越の守備連携がかなり上手くなってるな。去年のデータとはもう比較にならないぞ」

 

「恐らくですが、新入部員が入ってきてからも入念にプレーを磨いてきたのでしょう」

 

「こうなってくると、新越谷は一発以外で点を取るのは難しくなってくるな……」

 

「或いはシフトの穴を突くか……ですね」

 

「二宮は柳大川越の守備シフトの穴をわかっているのか?」

 

「現時点ではまだ推測の範囲内ですが、ある程度は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

2番、3番と柳大川越の守備に阻まれ、凡退となってしまった。

 

「当てるのはなんとかなるが、守備シフトを上手く越えないと、凡退の山になってしまうな……」

 

「シニアでもあそこまで速い球はなかったですし、朝倉さんとの対戦経験がない分、私はちょっと足を引っ張ってしまいそうですね……」

 

3度対戦した中村さんと主将はともかく、初野は朝倉さんとの対戦はこの試合が初めて……。データではわかっていても、実際に打つとなるとまた話は変わってくると思うんだよね。

 

(そうなると初野をスタメンに置いたのは失敗……?いや、初野は対応が早い方だから、2回3回と打席が回ってきたら、それなりの対処はする筈……)

 

この試合を観に来ているらしい二宮と神童さんなら、この時点で対応してそうだよね。私達はいつ頃に朝倉さんが投げる球と、柳大川越の堅い堅い守備シフトを突破出来るのか……。



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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校(2回目)②

1回裏。マウンドに上がるのは初戦以来の川原先輩。調子次第では完投の予定だけど、基本的には息吹さんをリリーフに置くつもりだ。今の時点でも木虎と肩を作っている。

 

「柳大川越の1番打者……私達と練習試合をした時からずっと、ずーっと1番を打ち続けている大島さんだね」

 

「しかも打率は7割近く……。埼玉の高校の中でもトップ3に入る実力者だ」

 

「ちょ、ちょっと待って?プロ入りした春星の姉……陽秋月さんの去年の打率が6割だったわよね?それを軽々越えていってない!?」

 

藤田さんの疑問は尤もだ。だからその疑問に応えるべく、私は口を開く。

 

「全国ではこれよりも上の打者が何人もいるんだよね。特に今の2年生……つまり私達の同期がかなり目立つ」

 

「埼玉県内に限っても、大島さんより打率が上の橘さんがいるもんね……」

 

今芳乃さんが言った橘の他にも咲桜にいる友沢は打率こそは橘よりも低いものの、去年の夏大会から数えて全試合で1本以上はヒットを打っていて、更に去年の夏大会ではサイクルヒットも2度達成していた……。

 

全国までにもなると安定した打率の持ち主で藤和高校のリードオフガールの金原、本塁打数と打点が全国の高校で随一の洛山高校で4番を打っている清本、白糸台には初回出塁率が9割以上の佐倉日葵さん、同じく白糸台には犠打と守備の仕事人と呼ばれる佐倉陽奈さんも6割前後の打率だし、またまた白糸台に雷轟クラスのパワーと中村さんクラスのアベレージを持つバンガードさんもいるし……。

 

そしてアメリカから清本がいる洛山へと留学したシルエスカ姉妹。姉のエルゼ・シルエスカさんは白糸台のバンガードさんに比べればややバランス寄りではあるけど、ホームランも多く打つ。妹のリンゼ・シルエスカさんはアメリカでは犠打のスペシャリストって呼ばれていた選手だけど、洛山に入ってからはホームランも増え始め、下手すれば姉よりも隙のない選手なんじゃないかというのが二宮の見解だそうだ。

 

極め付けには群馬県にある遠前高校。投打共々プロレベルに到達しているウィラードさんと、私達の学年の中では最高のスラッガーである上杉さん……。2年生だけでもこんなヤバい選手がいるんだよ?そこから学年を交ぜると、間違いなく倍以上はいると考えると……ゾッとするよ全く。

 

『アウト!』

 

……なんて考えている内に早くも1回裏が終わっていた。どうやらこちらも三者凡退に抑えていた。川原先輩もプロにスカウトされても可笑しくない実力を持っているね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「柳大川越も三者凡退か……。新越谷の選手層も厚くなっているな」

 

「今投げている川原さんも他校ではエース級の実力者です。プロのスカウトも獲得に動いているみたいですよ?」

 

「スカウトと言えば……新越谷からも何人かは私達が通っている大学に誘っておきたいな」

 

「新越谷からは朱里さんが行く事になっていますが、神童さん的には誰が良いのですか?」

 

「そうだな……。早川が来てくれるのは私としてもありがたい。良い後輩になりそうだからな。あと新越谷からとなると……今日投げている川原と山崎はほしいかな。藤原も大豪月が気に入っているみたいだし、候補としてはその3人だろうか」

 

「雷轟さんや武田さんはどうですか?」

 

「雷轟はプロの荒波に揉まれて、更に伸びるタイプだと私は思っているよ。武田も同タイプの選手だと思うが、武田の場合は山崎と組んだ方が実力を発揮するだろう。そういう意味では山崎に加えて武田もスカウトに動くべきか……」

 

「洛山側からは和奈さんに加えて、シルエスカ姉妹も非道さんが誘っていますし、もしも神童さん達の大学にそれだけの人間が集まれば、トッププロに匹敵するレベルになりそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし!頑張るぞーっ!!」

 

ベンチに戻ってくるなり、雷轟が張り切った様子を見せている。あれは空回りする前兆なんだろうか?



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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校(2回目)③

2回表は4番の雷轟から始まる。前に凹んでいた時に比べて、元気はある。元気はあるんだけど……。

 

「あ、朱里ちゃん。遥ちゃんは大丈夫なのかな?」

 

前の試合で雷轟の様子が可笑しいと思っていた芳乃さんが私に尋ねてきた。他の皆も雷轟の様子が気になっているみたいだ。

 

「パッと見は元気そうだよ。胸のつっかえが取れたような顔をしていたからね」

 

「パッと見は……」

 

そう。あくまでもパッと見。私の目が曇っていなければ、現状では大丈夫そうだ。しかし……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

雷轟が朝倉さんのストレートを捉えて、場外ファール。飛距離も以前の雷轟に戻ってきているし、本当に立ち直ったのかな?

 

(でも朝倉さんも負けていない。朝倉自身にも隙がないし、まだ雷轟が打てるとも限らないね……)

 

 

カキーン!!

 

 

2球目。今度はカットボールを捉えた。しかしその打球は……。

 

『アウト!』

 

「ああっ!?」

 

センターフライに倒れた。朝倉さんの球威が勝っていた印象もあるね。勝負は後半になりそうかも?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の雷轟は全国でもトップクラスのスラッガーだと聞いているが、その雷轟を抑えるとはな……」

 

「朝倉さんの球に球威負けしていましたね。あと数メートルでホームラン……という結果でしたが、カットボールをあそこまで持っていく雷轟さんもまだ死んではいません」

 

「今の柳大川越は朝倉が引っ張っているみたいだが、大野の時とは別の人望を持っているみたいだな」

 

「今の2年生、1年生の7割くらいはその朝倉さんを目当てに入ってきているらしいですよ?」

 

「カリスマ性があるのは良い事だ。そしてそのカリスマ性からチームを作り、今の柳大川越があるのか」

 

「そのようです。加えて朝倉さんの実力も埼玉内ではトップクラスの投手ですしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷轟はホームランを打ち損じ、5番、6番と柳大川越の守備シフトに阻まれ凡退になった。

 

「流れが良くないな……」

 

「そうですね。向こうの流れを断ち切るには朝倉さんに負けないようなピッチングを川原先輩がするしかないかも……?」

 

「……わかった」

 

「先輩……?」

 

「私のピッチングで向こうの、柳大川越の打線を、朝倉さんのように、やってみるよ……!」

 

あ、あれ?なんか川原先輩がやる気を出してる?物静かな印象があったんだけど、ここまで闘志を剥き出しにしている川原先輩は初めて見るよ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝倉さん!ナイピッチス!」

 

「留々ちゃんもありがとう。留々ちゃんがセンターにいたお陰で雷轟さんにホームランを打たれずに済んだよ。蓮華ちゃんのリードのお陰でもあるけどね」

 

「雷轟さんを抑える事に成功しましたし、流れは完全にこちらに来ています。先制点を取りにいきましょう!」

 

「そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マウンドに上がった川原先輩からは物凄いオーラを感じる……。まさかゾーン状態に入った?もしもそうだとすると、まだ流れをこちらに手繰り寄せる事が出来るかも?

 

(あと気になるのは二宮と似たタイプの志木さんがどこまでこちらの戦術を想定しているか……)

 

二宮は先読みが優れている選手だけど、志木さんはどうなんだろうか?



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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校(2回目)④

マウンドに上がった川原先輩……。朝倉さんのように……というのは恐らく流れを向こうに渡さないピッチングの事だと思うけど……?

 

(蓮華が持ち寄った新越谷の事前データと留々達側見てくれたお陰で彼女の球はわかった……。あとは打って点を取るだけ!)

 

柳大川越の攻撃は4番の石川さん。果たして川原先輩がどう出るか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

えっ?速い!?これまでの川原先輩の球よりもずっと……。最早新越谷最速の投手だよ。

 

(な、何今の球は……?これまでの川原光の球じゃない)

 

(ふふ。戸惑ってる戸惑ってる……)

 

(ひ、光先輩なんだか悪い顔をしてますね……)

 

これまでの川原先輩の球はバックの守備を信じた打たせて取るピッチングをしていた。しかし今の川原先輩は……。

 

「す、凄い……。あんな光先輩は初めてです」

 

「今までの比じゃないわよ。滅茶苦茶速い球を投げるじゃない……」

 

ベンチでは大村さんと藤田さんが川原先輩のピッチングに驚いていた。正直これには私も驚いている。

 

「……あれが本来の光先輩の球ですよ」

 

冷や汗を流しつつも、木虎が川原先輩の球が、あるべきものへと戻っていったかのように説明する。

 

「今まで見せてこなかったのは本気の球を制球させる自信がなかった事と、やはり本気の球……というだけあってスタミナ消費が激しかったからです。尤もその2つの弱点はGWに洛山主宰で行われた地獄の合宿というので克服していそうですが……」

 

「今の光先輩の球を知ってるのは捕手である藍ちゃんと珠姫ちゃん、監督とキャプテン、それと私の5人くらいだったからね。光先輩には今までのピッチングスタイルを崩すのは良くないかなって思って全力について何も言わなかったけど、今の光先輩は……柳大川越を完璧に抑えようという強い意思を感じるよ」

 

木虎の説明に加えて、芳乃さんが追加で捕捉する。成程……。今まで表に出ていなかっただけで、川原先輩も地獄の合宿の成果が出ている訳か。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ストレートだけで4番を三振……。これに加えてチェンジUPとかを織り混ぜると、そう簡単には打たれないだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは驚いたな……。まさか川原がここまでの球を投げるとは」

 

「彼女もまた、地獄の合宿を潜り抜けた人間の1人……という事でしょうね」

 

「しかし獄楽島で川原のピッチングを見た時はあれ程の球を投げてはいなかったぞ?」

 

「……その時も川原さんは力を温存していたのでしょう。川原さんの本来のピッチングスタイルは打たせて取るものですしね」

 

「だが少なくとも先発完投タイプの投げ方じゃないな。リミッターを外している」

 

「今の新越谷は投手の人数が増えてきていますし、投手陣は何れもかなりの実力を秘めています。例え川原さんの全力投球が5イニングまでしか持たないとしても、残りの2イニングを任せられる投手がいる……。そういう理屈で川原さんは投げているのでしょう。柳大川越に流れを渡さない為に……」

 

「成程な。朝倉も負けてはいないし、そうなるとこの試合の均衡を崩した方が……」

 

「はい。試合を制します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

さ、三者連続三振……。ストレートも、変化球も、これまでの川原先輩よりも威力が段違いだよ。

 

「ふぅ……」

 

ベンチに戻ってきた川原先輩。多少汗をかいているけど、まだ余裕はありそうだ。この時点で私よりもスタミナがあるんだよね……。

 

「流れ、向こうに渡さなかったよ?」

 

川原先輩は微笑んでそう言った。これは私達投手陣も負けてはいられないよね。武田さんもあわわと焦っている様子だし、下手にプレッシャーを与えないでくださいよ?



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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校(2回目)⑤

……で、試合は進み6回。この試合は川原先輩と朝倉さんによる激しい投手戦が繰り広げられている。

 

朝倉さんの方はストレート、カットボール、SFFの3種類を駆使し、それに加えてバックの守備力によってほとんどの打者が内野すら抜けないという結果に陥っている。これには少なからず志木さんのリードも影響していそうだけど、実現までに達しているのは間違いなく朝倉さんと内野陣の努力の賜物だと思われる。

 

そして川原先輩はと言うと……。この試合の初回までは相手打者を打ち取るピッチングをしていた。向こうの守備陣までとはいかなくても、着実にこちらの守備力を伸ばす為のものだった……。しかしリミッターが外れたのか、同じリリースポイントから放たれる豪速球と、チェンジUP、SFFで2回から全ての打者を三振に仕留めている。5回までで奪三振12個だ。

 

「光先輩、調子はどうですか?」

 

「まだいけそうかな。無理そうだったら、あとは任せるね?」

 

「はい!今日は息吹ちゃんがリリーフに回る予定だから、そのつもりでね!」

 

「い、一応肩は作り終えてるけど、私の出番あるのかしら……?」

 

ちなみにこの5イニングでお互いまだ無安打四死球0という、勝った方が完全試合になりかねない状況だ。

 

「代打を出すのは延長戦に入ってからでも良いとして、問題は朝倉さんの球と、内野陣の鉄壁守備の2つを乗り切れるかだよね」

 

「そうだね。代打を出すとしても、その辺りの突破口が開けない事には難しそうだよ」

 

朝倉さんの球を外野まで飛ばせたのは雷轟のみ。しかも雷轟はこれまでの2打席はどちらも球威負けしているから、朝倉さんの成長も目覚ましいものだ。

 

(今日のスタメンで雷轟の次に外野へボールを飛ばせる可能性があるのが、この回の先頭打者の……)

 

「行って参ります!!」

 

「頼むぞ白菊!」

 

「ホームランかっ飛ばせ~!」

 

大村さん。長打力には期待が出来るけど、技術的な部分が不足していた。今では春星なんかも大村さんに何か教えているみたいだし、今では大村さんも主戦力の1人だ。去年の清澄戦では刀条さんの球を攻略していたしね。

 

(もしかしたらこの試合を決めるのは……)

 

それが大村さんだったら、良いのにね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「試合は予想通り……いや、予想以上の展開を迎えているな」

 

「川原さんも、朝倉さんも、互いに現状完全試合の状態ですからね。ですが試合が動くとすれば、恐らくこのイニングになりそうです」

 

「6回表の新越谷の攻撃は……大村からか。技術的な部分はまだ未熟だが、一発がある。新越谷の打線は今雷轟以外は外野にすら打球が飛んでいないし、今日の新越谷のスタメンでは雷轟の次に期待値が高いパワーヒッターだろうな」

 

「藤原さんや、川原さんも惜しいところではありますが……。当てた時に打球が飛ぶのは大村さんの方だという事ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大村さんは打席に向かう時こそは張り切っていたけど、打席に立つとやたら静かに……。集中しているのかな?

 

(彼女……凄い集中力だ。生半可にいくと打たれそうだね)

 

(……ですね。際どい所を攻めつつ、最悪歩かせる事を視野に入れます)

 

(了解。蓮華ちゃんのリードを信じるよ)

 

(遥さんが新たに得た『剛の打法』と対極の私のスイング……。お母様に教わった『静の打法』を試す時。初球で打ちます……!)

 

朝倉さんが1球目を投げた……その刹那。空間が変わった気がした。えっ?何この空気!?

 

「空蟬(うつせみ)!!」

 

 

カキーン!!

 

 

『打った!?大きい!!』

 

大村さんは初球から打っていき、その打球は鋭いライナーを描き……。

 

 

ドンッ!

 

 

フェンスに激突した。ホームランまであと1歩だったけど、とりあえず朝倉さんの完全試合の阻止に成功した。

 

(しかし今のスイング……。清本や雷轟がやってたものと少し似てる。それでいて、別の雰囲気を感じた……)

 

大村さんはあのスイングを空蟬と言ってたけど……?



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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校(2回目)⑥

大村さんは二塁まで辿り着き、ツーベースとなった。

 

「ナイバッチ白菊ちゃーん!」

 

「それにしても凄かったなさっきの白菊は……。今まで見た事のないスイングスピードだったぞ」

 

「確かに……。いつの間にあんなスイングを身に付けていたのかしら?」

 

主将と藤原先輩の疑問に私なりの推測を脳裏に浮かべる。

 

(雷轟が地獄の合宿で得たのが『剛の打法』だとするなら、大村さんが今やったのが『静の打法』。しかしあのスイングはどこかで1度見た事があるような……?)

 

思い出した。確か去年の全国大会の決勝戦……清澄との試合で大村さんは似たスイングをしていた。あの時に比べてスイングが速く、鋭くなっているのは多分大村さんなりにスイングを研究していたんだろうね。そうじゃなければあれ程のスイングスピードは出ない。

 

(もしも雷轟が伸び悩んでいたら、大村さんのあのスイングが助けになるかも知れないね)

 

私はそう思いながら、先制のチャンスに期待する……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先に先制のチャンスを物にしたのは新越谷か……」

 

「逆に新越谷側はここで点を取れないと、厳しい展開が待っているでしょうね」

 

「川原のフルスロットルな投球もどこまでもつかわからない以上、ここで点を取れると大分楽になるが……」

 

「それは新越谷次第、そして柳大川越次第でしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンッ。

 

 

8番の川崎さんが送りバントを上手く決めて、ワンアウト三塁。そして次の打者は……。

 

「行ってくるね」

 

「はい!頑張ってください!」

 

川原先輩。全力投球を5イニング続けているが、疲れは特に見えない。多少汗をかいているけど、まだまだ余裕がありそうだ。まぁもしも無理そうなら、代打を出しているだろうけどね。

 

(川原さんか……。ウチの打線を苦しめている程のピッチングをするとはね。これまでの成績を蓮華ちゃんからもらったデータで確認する限りだと、甘い球ならスタンドインするくらいのパワーもあるし、ここは慎重に行かないとね)

 

(丁寧に攻めていけば、抑えられない程ではない筈……。外角を中心に投げてください)

 

(わかったよ)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

外角高めギリギリのコース……。多分志木さんのリードだろうけど、かなり慎重に投げてるね。

 

(そういえば試合前に渡辺が言っていた事がある。志木さんのリードする時の癖……みたいなものらしいけど……)

 

一応全員にそれを伝えてはいる。だからあとは本当に朝倉さんの球の球威に負けないか、柳大川越の堅い守備陣を突破出来るか……の2択になっている。

 

更にそれを相手に悟られないように振る舞う事で、リードを読まれている……なんて思考に辿り着かせないように私達は攻撃の際に心掛けている。ちなみにこれは二宮の得意分野だ。二宮は先読みに長けているけど、読み合いには決してさせる事のない……そういう野球をする。相手が読み合い勝負に持ち込もうとしたとしても、二宮は更にその上を行く。つまり遥か高みから見下ろしているのだ。今この時も私達の試合を観ては対策を脳内に巡らせている事だろう。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目にはタイミングを合わせる。川原先輩はこのタイミングで勝負を掛けに行くようだ。志木さんとの読み合い勝負に持ち込む……。成功すれば先制点を取れ、均衡が崩れるだろう。



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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校(2回目)⑦

「ワンアウト三塁……。イニング的にも新越谷にとって最後のチャンスと見て良いだろう」

 

「そうですね。逆に柳大川越の視点で見れば、このピンチを凌げば勝利に大きく近付きます」

 

「均衡を崩し点を取れるか、はたまた均衡を保ち切れるか……」

 

「この試合の鍵となるのが川原さんと朝倉さんな訳ですか……」

 

「そうだな。川原が打つか、朝倉が抑えるか……だ」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「3球目もファールですか……。意地を感じますね」

 

「投手というのは存外意地っ張りな人間だからな。打席に立つと、ああやって粘り強くもなる」

 

「まぁ……それはわかる気がしますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

こ、これで3球連続でファール……。川原先輩もそうだけど、朝倉さんからも意地で勝負しているようにも見えるなぁ。

 

(まぁ尤も朝倉さん側は志木さんの……捕手のリードを見て投げているから、冷静ではあるね)

 

志木さんのリードの仕方を渡辺から軽く教わった。まぁもちろん小学生時点までのものだから、役に立てるかはわからない。そう思っていたけど、なんだか渡辺の言う事が実現しつつあるんだよね……。

 

(朝倉さんのような速球型の投手だとストレートと、ストレート系統の変化球を交互に組み込み、強打者が相手だと外に外しがち……)

 

無意識なのか、それが実現しそうになってるんだよね。だから……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

こうしてファールになる。しかも当たりが大きくなってきてるね。

 

(よし。いける……いける……!)

 

(タイミングが合ってきた……。もしかして配球が読まれてる?それとも星歌と組んでた時のリードが無意識に……?)

 

(川原さんか……。新越谷にこんな凄い選手が潜んでいたなんてね)

 

互いに息を切らしている攻防……。しかも川原先輩に至っては全力投球で5イニング投げているから、朝倉さんよりも疲れが早く出ている。

 

「光先輩はそろそろ交代かな……。息吹ちゃん、準備は出来てる?」

 

「え、ええ。私はいつでも大丈夫よ」

 

「光先輩の打席がどう転んでも、裏の回から息吹ちゃんに投げてもらうからね!」

 

芳乃さんも川原先輩の交代を試みていたようだ。完全試合が狙えそうなだけ少しもったいないような気もするけど、無理は禁物だからね。私も無理が祟って右肩を壊した訳だし……。

 

(蓮華ちゃん、構えて)

 

(先輩……。わかりました。悔いのない1球を投げてください)

 

(OK。この1球で……決める!)

 

(来る。勝負を決める1球が……!)

 

朝倉さんの渾身の1球。それは朝倉さんにとって最速の1球だっただろう。川原先輩の方は……。

 

(ストレート……!)

 

 

カンッ!

 

 

あとで川原先輩から聞いた話によると、体が勝手に動いたと言っていた。自然に朝倉さんのストレートに対してバットを握った手が動き、最高のスイングが出来た……と。

 

その打球は鉄壁の守備を越えて、外野へと。少し後退していた外野陣が慌ててボールを拾いに行く。でも……。

 

「走れ走れーっ!」

 

三塁ランナーの大村さんは川原先輩が打った瞬間にスタートを切っている。痛烈なゴロだったので、例え内野陣に止められていたとしても、ホームイン出来るって事だ。走塁のタイミングも良かったしね。

 

「白菊ちゃんが還ってきた!」

 

「ナイバッチ光先輩!」

 

川原先輩によるタイムリーヒットで、遂に試合が動いた……。あと2イニング。このリードのまま逃げ切りたいね!



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県大会準々決勝!新越谷高校VS柳川大附属川越高校(2回目)⑧

6回裏。投手は川原先輩から息吹さんへと交代。

 

「ふぅ……」

 

ベンチに戻って座るなり、川原先輩から物凄い脱力感を感じた。とりあえず1番近くにいた私が川原先輩にドリンクとタオルを渡す。

 

「お疲れ様です」

 

「ありがとう朱里ちゃん……」

 

川原先輩からは大量の汗が流れていた。まぁ4イニングも全力投球したら、疲れるよね。私だったらその半分くらいしか持たないかも……。

 

「全力投球はかなり久し振りだったよ。お陰で疲労感が凄まじい……」

 

「確かに今まで見た中でも1番の成果でしたね。2回から打者を三振に切っていましたし、山崎さんとのリードとも上手く噛み合っていました」

 

「絶対に打たせたくない……って思ったからかもね。ストレートとチェンジUP、あとはSFFも朱里ちゃんから教わって投げたけど、ストレートとの相性が抜群だったよ」

 

川原先輩にはかなり前からSFFを伝授していた。それを川原先輩は短期間でものにし、更には精度を上げてきた。その結果が柳大川越の打線に三振の山を築いた訳だけど……。

 

「しかし今日投げたストレートは速かったですね」

 

「うん。多分自己最速かも。それを連続して投げられたのが楽しかったかな。欲を言えば、完投したかったけど……」

 

「流石にあのペースのままだと倒れかねませんよ。私だって去年の全国大会の準決勝で無理が祟って倒れてしまいましたし……」

 

本当に、あの時は反省点が多かった。倒れちゃうし、二宮からも説教をくらうしで踏んだり蹴ったりだ……。川原先輩もその様子をスタンドから観戦していたので、事情も知っている。やや複雑そうな顔をしていた……。

 

『アウト!』

 

「……まぁあとは息吹さん達に任せましょう」

 

「そうだね。私も次の登板に向けて、実力を磨いていくよ」

 

芳乃さんの話によると、次の川原先輩の登板は全国大会の初戦。その時までに川原先輩がどのような成長をするのかが楽しみでならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷は投手を川原から川口へと交代……。それによって柳大川越の打線はより打つのが困難になったな」

 

「先程までの川原さんは剛の投手なのに対して、川口さんは柔の投手……。投手としてのタイプが全然違います。柳大川越の投手陣で言えば朝倉さんと、柳大川越のOGである大野さんくらいの差がありますからね」

 

「つまりここから柳大川越が逆転する術は……?」

 

「余程の油断を川口さんがしない限りはありませんね。このまま新越谷の勝利でしょう」

 

(私個人として見ておきたいものも見られましたし、この試合は収穫が多かったですね)

 

「柳大川越といえば……おまえと似たリードをするという捕手もいたみたいだが?」

 

「星歌さんのかつてのチームメイトである志木さんですね。確かに近しい何かは感じられましたし、志木さんを見る事で私に足りないものもわかりました」

 

「まぁ優秀ではあったが、おまえに比べればまだまだ甘い部分も見受けられる」

 

「私は私、志木さんは志木さんです。本人にしか出来ない事がきっとありますよ」

 

「志木にしか出来ない事があるのはまぁわかるが……」

 

(二宮にしか出来ない事……という部分に今の白糸台は依存しつつあるな。完全に依存させない為に、二宮は試合の日でも不在な事も多いし、監督も許可を出す訳か……。本当に、どれだけ先を見据えているんだろうな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

交代した息吹さんは四球を出すものの、二塁から先を踏ませる事なく、そのまま柳大川越の打線を抑え切った。

 

1対0で私達が勝った訳だけど、この試合は投手としてのタイプが正反対だった川原先輩と息吹さんが上手く機能したね。秋大会のリベンジもこれで達成した……。



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咲桜

私達が柳大川越に勝利した事で、埼玉のベスト4が揃った。そして次の相手は……。

 

「準決勝の相手は咲桜高校だよ!」

 

「良くも悪くも、順当に勝ち抜ける安定とした強さがあるわよね……」

 

確かに咲桜は安定性がある。親切高校のようなダークホースがいる中でも、特に危なげもなくここまで勝ち進んだ高校だ。しかし……。

 

「でも今の咲桜は2年生を中心に回ってるんだよね」

 

「珍しいわよね。常勝のチームが3年生じゃなく、2年生が中心になっているの……」

 

「メンバー自体は秋大会の時とそこまで変わってないけどね。エースは工藤さんと太刀川さんの2枚看板で、捕手の小鷹さん、内野手の川星さん、大空さん、松井さん、外野を守ってる美藤さんと大友さんと秋山さん、そして友沢さん……」

 

そういえば友沢はこの大会では投手をしていないらしい。松井さんのメインポジションがショートだから、本人はセカンドを守る事が多いらしい。

 

「埼玉県内でも色々な人が成果を出してる中でも友沢だって例外じゃないんだよね。今大会でもサイクルヒットを2回叩き出しているし」

 

梁幽館では橘や村雨、吉川さん、負けちゃったけど、美園学院では三森3姉妹、親切高校では一ノ瀬さん、影森では中山さんと規格外だったり、ダークホースだったりが目立ってるけど、友沢もしれっと安定以上の成績を残している訳だ。

 

「じゃあこれから咲桜の選手データをおさらいしていくよ!」

 

芳乃さんが直近の咲桜の試合……つまり今大会の準々決勝のスタメン表をホワイトボードに貼り付ける。

 

「1番は松井さんだね。去年の秋大会からショートとして活躍している……」

 

「去年の夏大会でもユニフォームはもらってたし、外野で出場もしていた……。打線だって上位を打ってるね。打率も6割強と成績も安定してる」

 

松井さんの本職はショートだけど、ショートには友沢と田辺さんがいたからね。メインでの活躍は難しかった訳だ……。今では友沢が松井さんに合わせてプレーしているらしいし、友沢の大人な部分が見えてくるよ。

 

「2番は捕手の小鷹さんだね。去年の夏大会では友沢が投げる時だけマスクを被っていたよ。本格的に試合に出たのは去年の秋大会からだけど」

 

「特に今大会で3年生の工藤さんと交互に投げている太刀川さんとの相性が良いのが数値に出てる」

 

小鷹さんは分析タイプの捕手だし、志木さんとは別の意味で厄介な選手だよね。曰く現実主義だそうだ。

 

「クリーンアップは友沢さん、工藤さん、大空さん」

 

「友沢はアベレージ寄り、大空さんはパワー寄り、工藤さんはその間に属するね」

 

友沢は言うまでもないだろう。工藤さんも4番を打ってるだけあって一定以上のホームラン数、打点数をあげている。5番の大空さんだけはやや大振りが目立つ。3人の中では付け入る隙があるのかな?

 

「6番に美藤さん、7番に秋山さん、8番に川星さん、9番に太刀川さんだね」

 

「6~9番、そして工藤さんの打順は対戦相手によって、そして誰が投げるかによって変わるみたい。美藤さんや秋山さんの枠が時々大友さんになったりする。この3人はそれぞれ実力が拮抗してるから、誰がどう秀出てるかは特にないんだよね」

 

ちなみにこの10人の中で9人が2年生。唯一3年生なのは工藤さんだけという、早くも3年生の引退後を見据えている面子な気がする。

 

「じゃあ私達に対してどういうスタメンで行くのか、そして私達はどう出るのか……考えて行こう!」

 

それからも対咲桜の会議は続いた……。



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早川朱里と友沢亮子

準決勝前日。この日は自主トレにするとの事で、それぞれが別れて練習している。ちなみに私は1人でランニング。体力作りをしなきゃだからね。まぁ明日の試合で先発を任されたから、程々にするんだけど……。

 

「朱里か?」

 

「友沢……」

 

ランニングの途中で友沢に声を掛けられた。なんか似たような事が去年にもあった気がするなぁ……。

 

「私は自主トレとしてランニングを……。友沢は?」

 

「私も似たようなものだ。野球に限った事ではないが、大切なのは基礎練習だからな。タフな身体を作り上げる為に毎日外周を走っている」

 

友沢がレギュラーに選ばれる理由って実力もそうなんだけど、こういう地道な努力を真面目にコツコツとやってきているからなんだよね。こういうところは見習いたいと思ってる。

 

「……いよいよ明日だな」

 

「そうだね。去年と同じ準決勝で新越谷と咲桜は相見える……」

 

「そっちもそうだろうが、試合の日に備えて最高のコンディションでいたい。その為には少しでも自分を高めていたいんだ。だから私はこうして無理にならない程度に毎日走っているんだ」

 

真面目な事もそうだけど、友沢の場合は他の同期とは違って才能で野球をしていない典型的な例なんだよね。

 

同い年でも例えば二宮は異常なまでの情報収集能力、異常なまでの先読みスキルが相まって頭角を現すのが早い。

 

清本は小柄な体型のどこにそんな力があるんだ……と誰もが思っているパワーで不動の4番を務めている。

 

金原は比較的友沢と近いタイプだけど、練習量は控えめ。しかしそれでいて走攻守の3拍子が完璧と言っても過言じゃない。高校入学で一月もしない内に藤和でレギュラーを勝ち取ってるしね。

 

橘は高校から成長し始めたけど、その成長速度が尋常じゃない。梁幽館でエース候補に入りながらも、リードオフガールに抜擢される程の実力を身に付けている。

 

同じ梁幽館だと村雨は脅威的な足の速さと、守備範囲の広さ、レフトゴロが狙えそうなくらいの肩の強さでシニアでも、そして梁幽館でも結果を残している。他とは違って試合に出ている数が少ない分目立った成績も少ないけど……。

 

「新越谷の先発は朱里か武田と予想はしている……。対策をしたとて簡単には打てないだろうが、今の咲桜はどんな相手でも食らい付いてみせるさ」

 

(自信満々の表情……。それでいて私達に対する油断や慢心も一切ないと来たもんだ)

 

私達も2度咲桜に勝っているけど、どちらもギリギリ過ぎるから、次こそは負けてしまうんじゃないかと震えているくらいだ。大体まだ次の試合の先発投手に頭を悩ませているんだから……。

 

「……こっちだって負けるつもりはないよ」

 

余り自信はないけど、友沢に宣戦布告をしておいた。ビビってくれるとやりやすいんだけど、まぁ咲桜に、友沢に限ってそれはないよね……。



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怒り

今日は咲桜との試合の日。芳乃さんが悩みに悩んだ末、先発は私が務める事になった。で、今は武田さんとお手洗いを済ませたところなんだけど……。

 

「ふんふんふーん♪」

 

「なんか機嫌良いね。どうしたの?」

 

武田さんの性格上自分が投げないとわかったら、落ち込みそうなものなのに……。

 

「なんにもないよ?」

 

「ええ……」

 

武田さんがよくわからないよ……。

 

「ヨミ……」

 

「…………!」

 

後ろから武田さんを呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、咲桜の選手らしき人がいた。ユニフォームを着てないから、多分ベンチ外の選手かマネージャーなんだろうけど……。

 

(武田さんの表情から察するに、武田さんが中学時代に同じ野球部員だったっぽいね)

 

ただ単に同じ野球部の人間だったのか、それとも……。

 

(……まぁ私には関係ない話かな)

 

触らぬ神に祟りなし。下手に藪をつつくと蛇が出そうだしね……。

 

(大丈夫?私は席を外そうか?)

 

(ううん。朱里ちゃんにもいてほしいかな……)

 

武田さんから同席の許可をもらったので、私はここに留まる事に。メンタルケアが必要なのかな?

 

「久し振り……。元気だった?」

 

「野球……続けてたんだね。ビデオでこれまでの新越谷の試合を見たけど、凄かったよ」

 

「そっちもやってたんだ?しかも咲桜で……。びっくりしたよ」

 

「まぁ見ての通り1軍は無理だけどね……。でも雑用とかサポートでも充実してるよ。やっぱり野球が好きだったからね」

 

「そっか……。私も今は楽しいよ」

 

武田さんがふんわりと笑う。それは無理をしているようにも見える。鬱ぎ込むよりかは余程マシだけど、もしかしたらその1歩手前の状態なんじゃ……?

 

「敵だけど、頑張って」

 

「うん。そっちも……」

 

そう言って武田さんの元同級生は咲桜のベンチへと歩いて行った。

 

「野球が好きだった……か。だったらなんであの時は……」

 

「……多分彼女にも思うところはあったんだよ。そうでなければ野球を続ける……それも咲桜では無理だったんだ」

 

「そうだよね……。多分、これで良かったんだよ。朱里ちゃんも側にいてくれてありがとう!」

 

武田さんがいつもの調子を取り戻す。なんか1人で落ち込んで、1人で立ち直った気もするけど、私がいた意味はあったんだろうか……?

 

「何敵と話しているの!」

 

皆の所に戻ろうとすると、今度は叫び声が。去年ここに来たからわかるけど、ここって結構声が響くんだよね……。つまり耳が痛い。

 

「知り合いに挨拶しただけっすよ。何を怒ってるんですか……?」

 

「こいつは元新越谷だから今日はピリピリしてんのよ。去年もそうだったし……」

 

声のする方向にはさっきの人が咲桜の部員と何やら揉めている様子が。しかし元新越谷か……。

 

「うるさい。試合前の交流は禁止でしょうが」

 

「でも残った相手の先輩……1年間我慢し続けて、ここまでのチームを作るって凄いですよね。去年の夏は全国優勝してるし、秋大会も県決勝まで勝ち進んでいますし……」

 

「あのさぁ……。実質1年間の停部を食らったら野球を諦めてしまうか、ウチ等みたいに散り散りになって他所様に拾っていただくかの2択だったんだよ。暴力3年生も学校に残っているのに、何をされるか……」

 

どうやら1人は元新越谷の選手みたいだ。主将達が結果を残しているのを見て余計にピリピリしている様子……。

 

「それなのに敢えて残ったって事は……下級生ばかりになった時に仕切りたかったんじゃないの?同じような事をしてたりして」

 

は?今あの人なんて言った……?

 

「そうは見えませんけどねぇ……?」

 

「フン。全国優勝したのだってまぐれが続いたのよ。それか汚い手を使ってたり……」

 

「そりゃ去年の梁幽館との試合では初回敬遠とかしてたりしましたけど……」

 

「戦術じゃなくて、ラフプレーの事だよ。この試合でも仕掛けてくるんじゃないの?」

 

(それはない……。ヨミの存在を知って全試合をくまなく見たけど、初々しくて柔らかい印象のチームだった……。多分この人は羨ましいんだろうな。今の新越谷が……)

 

何やら言いたい放題言ってくれるね……。ラフプレーを仕掛ける?まぐれが続いた?

 

「あ、朱里ちゃん?顔が怖いよ……?」

 

武田さんが私を心配してくれている。本来なら武田さんだって怒りたいと思っている筈なのに……。

 

「……武田さん。芳乃さんに、皆に伝えておいてよ」

 

「えっ?」

 

今日の試合ではスタミナ配分無視するから、完投するのが難しそうだって……!



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校(3回目)①

ちょっと投稿が遅れました。何故かは知らない。予約投稿ではちゃんと出来ていたのに……。


(ここまで張り切っているのはいつ以来だろうか……?)

 

元新越谷部員の発言にムカついたのも事実だけど、落ち着いた今では相手打者を捩じ伏せてやるんだ……という気持ちの方が強くなっている。

 

「今日のオーダーを発表するよ!」

 

芳乃さんによって発表されたオーダーは……。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 ショート 春星

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 センター 主将

 

6番 サード 藤原先輩

 

7番 ライト 大村さん

 

8番 キャッチャー 木虎

 

9番 ピッチャー 私

 

 

芳乃さんには私がピッチングに集中出来るように9番に置いてもらうように頼んでいる。そして全力投球をする事も……。その場合は完投せずに、渡辺か藤原先輩に交代する事になる。私のわがままを聞いてくれる芳乃さんには頭が上がらないよ……。

 

「全国まであと2勝……。絶対に勝つぞ!」

 

『おおっ!!』

 

円陣を組み、主将の掛け声によって気合いを入れる。負けないぞ咲桜……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いよいよ始まるね……!」

 

「朱里達と、亮子達の戦いが……ね。瑞希はどっちが勝つと思う?」

 

「双方のデータを見る限り、戦力はほぼ互角……。そうなってくると複数の要因でどちらが上かによって結果は変わってくるでしょう」

 

「複数の要因?」

 

「戦略、投手陣、打撃力……。わかる範囲でもこの3つは確定ですね」

 

「新越谷側は朱里が投げるんだよね?それなら投手方面は新越谷が上じゃない?」

 

「投手の実力だけが全てではありません。朱里さんは三振を取りに行くタイプの投手ですが、その逆……打たせて取るタイプの投手もまた投手力ですからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先攻は私達。

 

「朱里ちゃんと春星ちゃんと藍ちゃんは太刀川さんと当たるのは初めてだよね?」

 

「私は一応試合データを取ってきてるけど……」

 

前に太刀川さんが新越谷を相手に投げていたのは、私が友沢のお見舞いに行っていた時……というか今更だけど、よく許可してくれたよね?元チームメイトとは言え、敵のお見舞いなんて……。

 

「私も試合データで予習をしています」

 

「同じく……」

 

木虎と春星も試合データで太刀川さんの球種を予習しているみたい。勤勉だよね。特に春星は意外に感じる。

 

太刀川さんの持ち球はストレート、カーブ、スクリュー、高速シュートの4球種。変化球はどれも同等のキレと変化量を出すから、変化量で狙いを定める……なんて芸当が不可能だ。

 

 

カンッ!

 

 

今中村さんが打ったように、当てるのはそう難しくない。

 

「ファースト!」

 

「了解ッス!」

 

しかし鋭いゴロは一二塁間を抜けず、ファーストによって阻止される。

 

『アウト!』

 

投手としての総合力は太刀川さんよりも朝倉さんの方が上……。だけど守備の連携は柳大川越にも負けておらず、特に今動いたファーストのが守備力は柳大川越の選手よりも上回っている。

 

(そう簡単には打たせないって訳だね……)

 

多分この試合も1点勝負になるんだろう。私も負ける訳にはいかないな……!



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校(3回目)②

『アウト!チェンジ!!』

 

初回の私達の攻撃は三者凡退で終わってしまった。

 

(しかし春星をも打ち取ってしまうとはね……)

 

太刀川さんの投球内容は秋大会の時と変わってはいない……。しかし格上を相手に萎縮しない気持ちが咲桜のWエースの1人として君臨している(ちなみにもう1人のエースは工藤さん)訳だね。

 

「あの、朱里先輩……」

 

「どうしたの木虎?」

 

「ヨミ先輩から事情の方は聞きました……。その、朱里先輩が怒りに呑まれないか……私達全員が心配してるんです」

 

……良い後輩だ。木虎はシニア時代から素直で、ストイックで、負けず嫌いな部分もある子だったけど、私に対しては敬意を持っている良い人間だ。

 

(そしてそれは今でも変わらない……。皆に余計な心配を掛けちゃったね)

 

「……大丈夫だよ」

 

「朱里先輩……?」

 

「武田さんから事情を聞いたのなら経緯は省く。そしてそれに対しての憤りを感じているままなのも事実……。でもそんな怒り任せの投球で抑えられる程、咲桜は甘くない。だから木虎は木虎なりの最高のリードをお願いするね?」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲桜のあの投手中々凄いじゃん!今の新越谷の打線を三者凡退に抑えるなんて……」

 

「だね。今日の試合では元台湾代表の4番打者が出ているのに……」

 

「咲桜のWエースの一角……太刀川さんの長所として、バックを信頼して打たせて取るピッチングは慣れているのか、それが当たり前かのように投げている事ですね」

 

「でもそれって逆に言えば、相手打線を三振に抑える事が出来ないって事なんじゃ……?」

 

「それはありえません。太刀川さんの球を映像で見た事がありますが、球筋そのものは正にエース級です。その気になれば三振も狙えるでしょう。……とは言えピンからキリまでありますので、一概には言えません」

 

「つまり……?」

 

「あのピッチングスタイルは長年磨き上げた代物……。打たせて取るピッチングにおいては他の投手よりも数段上手でしょう」

 

(そして恐らくあの捕手もそのスタイル完成に一役買っている……。確か去年の夏大会で亮子さんの球を捕っていた……小鷹さんですね。彼女が太刀川さんをここまで育て上げた捕手と言っても過言ではありませんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さーて、全力全開で行きますかね……!

 

「…………」

 

(1番は松井さんか……。秋大会では3番を打っていたみたいだけど、今日の咲桜の打順は監督である今井さんと、多分友沢が1枚噛んでいるんだろうね)

 

「う~ん……」

 

(何か唸ってる……?)

 

「……85点ってところだナ」

 

なんか点数付けられたんですけど……?どういう事?

 

(まぁその点数が高いのか低いのか……。私のピッチングを見てから、また改めて採点してほしいものだね!)

 

松井さんの突然の採点発言は気になるけど、今は自分のピッチングに集中しないとね。

 

 

ズバンッ!

 

『ストライク!』

 

(……85点なんて早川朱里の評価はあくまでも去年の大会の活躍と、私達自身の成長を加味した上での点数だったが、採点が甘かったか?それにアンダースローにしては球が速い。映像で見るよりも全然速く感じるゾ。下手をすれば早川朱里のオーバースロー時代よりも……!)

 

(朱里のあのフォーム……成程。リトル時代の朱里と同じフォームという訳か……。面白いじゃないか)

 

今日は投球が冴えている気がする。切欠は怒りからだろうけど、感情が1度落ち着いた今では負ける気がしない……という感情の方が強くなっている。出来る事ならば、このまま完投を目指したいところだけど……?



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校(3回目)③

「うーわ……。朱里ってば前に見た時よりも球のキレが増してない?」

 

「確かに……。最後に見たのは3回戦……梁幽館との試合の日だったよね?」

 

「というかあの時とは別人でしょあれは……。朱里に何があったのさ?」

 

「…………」

 

(朱里さんの性格から考えられるのは怒り、憤りの感情から生み出されるピッチング……。リトル時代にも1度だけありましたね。ですがそれとも少し違う……となるとより強固な、打者を捩じ伏せる事に感情を持っていかれている?ですがマウンドに見える朱里さん自身は冷静……。どうやら決して感情だけで野球をしている訳でもなさそうですね)

 

「ね、瑞希は今日の朱里についてどう思う?」

 

「そうですね……。咲桜の先頭打者……松井さんですが、小技もこなせて、一発も狙えるスイッチヒッターとしてかなり警戒視されている選手です。その松井さんが打ちあぐねている……。朱里さんも朱里さんで負けられない戦いをしていますね」

 

「負けられない戦い?それって去年の……?」

 

「あの時の朱里さんはただ必死なだけでしたが、今は違うでしょう。誰かの為に投げている……そんな感情が見受けられます」

 

「読み解くねぇ……。感情を」

 

「6年組んできた投手ですからね。的中とまではいかなくても、6割くらいなら感情を読み解く事も難しくはありません。コールドリーディングの要領です」

 

「いやいや……。コールドリーディングが出来るのって最早占い師の域だから……」

 

「そうですか?コツさえ掴めば、占い師でなくとも出来るとは思いますが……」

 

「ふ、普通はコツを掴む事すら難しいと思うな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

よしっ!1番の松井さん、2番の小鷹さんを連続三振!しかし喜べるのもここまで。だって次の打者は……。

 

「…………」

 

友沢なんだからね……!

 

(朱里先輩。亮子先輩には先程の1番、2番打者に比べて、隙がありません亮子先輩は自身の苦手コースを徹底的に攻略していっています)

 

(わかってるよ……)

 

木虎は相手打者の苦手コースの分析力に長けている。先程の松井さん達もそれを利用して上手く三振させる事が出来た……。二宮とは別の意味で優秀な捕手だよ。打撃能力も高いし。

 

(でも友沢は違う……。友沢は自身の苦手にも真摯に向き合っているんだ)

 

友沢は努力型の人間だ。それは二宮とは別の執着を持つ……。自身の苦手を自身で模索し、自身で対策、対応していく……。友沢はそういう打者だ。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(やっぱりそう簡単には空振っちゃくれないか……)

 

去年に対戦した時から……何ならリトル時代から友沢亮子という打者の手強さはわかっているつもりだ。だけど……。

 

 

カンッ!

 

 

(そう簡単には負けられない……それはこっちも同じなんだよ)

 

『アウト!』

 

「センターフライか……」

 

(だが試合はまだ始まったばかり……。最後には勝たせてもらうぞ朱里)

 

あとから聞いた話によると、私と友沢は互いに睨み合っていたらしい。そんな怖い表情してたかな?まだ先輩達を貶された怒りが残ってる?



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校(3回目)④

2回表……。右打席に向かうのは我等が雷轟遥だ。

 

「行ってくるね!」

 

意気揚々。そんな言葉が様になる歩きぶり。今のところは元気になったみたいだけど……?

 

(3、4と超高校級スラッガーが続く……。春星はピッチャーライナーに抑えられたけど、果たして雷轟を相手にどう投げてくる?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「うおっ!?真ん中高め……。遥相手になんつー胆力だよ」

 

「良く言えば勇猛果敢、悪く言えば無鉄砲ね……」

 

確かに4番を相手に真ん中付近の球を投げるのは自殺行為に等しい。

 

「………!」

 

(でも太刀川さんの表情を見る限りでは見送ってくると確信して投げていたみたいだ)

 

雷轟は結構初球打ちが多いタイプの打者なのに、あんな針の穴に糸を通すように真ん中高めに投げてくるとは……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

1球目と違って、今度は大きく外す。今の1球が意図的かすっぽ抜けかによって、太刀川さんの印象が変わってくる……。果たしてどっちなんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4番の遥を相手に1球目真ん中に投げたと思ったら、2球目は大きく外してきたね?」

 

「すっぽ抜けたのかな……?」

 

「どうでしょうね。或いは雷轟さんを打ち取れるコースを模索しているのかも知れません」

 

「打ち取れるコース?」

 

「新越谷の初回の攻撃で中村さん、藤田さん、陽さんの3人に対しても確信を持ってそれぞれ外角高めにスクリュー、真ん中低めにカーブ、内角低めに高速シュートと打ち取れると確信し投げているのです」

 

「えっ……それって凄くない!?」

 

「もちろん簡単に出来る事ではありません」

 

(その球種を特定のコースに投げる為にどれくらいの時間と労力を費やしたのか……。その点においても、太刀川さんが優秀な投手だと見受けられます)

 

「で、でも遥ちゃんは大丈夫なのかな?ここ最近の試合では良いところがないんじゃ……」

 

「確かに最近の雷轟さんからは厳しい状況が続いています。しかし……」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「まだまだ強化されていくでしょう。雷轟遥という人物は……」

 

(それはあの風薙彼方という人物に並ぶ存在だからでしょうね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

1度大きく外されてから、2度続けて場外ファールを放つ。雷轟の方も流石ではあるんだけど、太刀川さんも負けてないね。次で5球目だ。

 

 

ズバンッ!

 

 

「っ!?」

 

『ボール!』

 

内角低めギリギリ……。投げられたのは高速シュートだから、入れに来ている球だと思うけど……。

 

(あ、危なかった……。今のはコース的に手が出なかったんだよね)

 

雷轟はギリギリのコースに弱く、今みたいな球審によっては手が上がるコースは基本的に手を出さない。相手バッテリーにそこを付け込まれたのか……。雷轟も深呼吸して落ち着きを取り戻す。

 

(まだ試合は序盤なのに、もうクライマックスみたいな雰囲気を辺りに醸し出すバッテリーと雷轟が可笑しく感じるのも、きっと私だけなんだろうね……)

 

他の皆は息を呑み、いつ付くかわからない決着を見逃すまいと、マウンドに釘付けだ。



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校(3回目)⑤

雷轟と太刀川さんの対決もそろそろ10球目に入ろうとしていた。既にフルカウントだし、雷轟の方が有利ではあるんだけどね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

今投げられたのは高速シュート。太刀川さんの変化球は変化量が同じだから、狙いを定めるのが難しい。特に斜め2球種を混ぜられると厄介だ。

 

「当たる当たるーっ!」

 

「遥ちゃんファイトーっ!!」

 

私を含めた全員が雷轟の応援を精一杯する。向こうの守備陣営からも太刀川さんを応援する声が聞こえる。ベンチから応援する声と、バックから応援する声……。どっちが互いにとって響くのか、それを糧にして投手側と野手側のどちらの方がより力を発揮出来るのか。個人差はあるだろうけど、果たして……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

11球目もファール。雷轟と太刀川さんの意地と意地のぶつかり合いが1打席目から発生しちゃってる訳だね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、もう10球以上も粘ってるよ……」

 

「雷轟さんも去る事ながら、太刀川さんと小鷹さんのバッテリーも上手く雷轟さんに決定打を与えていません」

 

「でもこんなのが長くは続く訳がないよね~」

 

「そうですね。太刀川さんの方も余りスタミナを消費し過ぎる訳にもいかないでしょう。どこかで必ず勝負に出て来ます」

 

「次で15球目だよね?」

 

「はい。節目と言いますか、キリの良い数字になれば仕掛けてくるかも知れませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次で15球目……」

 

「多分ここで勝負を掛けてくるよ……」

 

武田さんがそう言うけど、本当にそうなのかな?

 

「節目というか、キリの良い球数に合わせようとする魂胆はもしかしたらあるかもね」

 

芳乃さんも武田さんに同調する。そういうジンクスとかあったりするのだろうか?そう思っていたけど……。

 

「太刀川さんのこれまでのピッチングを見ると相手打者を打ち取っている事が多いのは、大体5球範囲なんだよね」

 

「つまり1人辺り5球前後球数を費やしてる訳か……」

 

「でも打たせて取る……ってスタイルにしては球数を使い過ぎじゃないかしら?」

 

藤原先輩の言う通り、打たせて取るピッチングに1人5球は多い。太刀川さんのピッチングスタイルの開発は多分小鷹さんも関わっていると思うけど、何を持ってして今のスタイルになったのか……。

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「打球はセンターラインに飛んだぞ!」

 

雷轟の打った打球は低めではあるけど、綺麗な弾道を描き、センターラインへと……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

飛ばなかった。まるでそこに飛ぶのがわかっていたかのように、センターがフェンスギリギリに背中を付けて、その打球を捕球した。

 

(柳大川越にもあったように、今の咲桜にもそれ相応のシフトでもあるんだろうか?)

 

多分それは太刀川さんに合わせられた守備シフトなんだろう。そしてバッテリー側もこの15球目に、雷轟がセンターラインへと打球を飛ばすように誘導した……。もしもそれが本当なら、かなり厄介なピッチングになる。どうしたものか……。

 

「うう……!」

 

2打席目、3打席目になるとまた結果は変わってくる。勝負はその時になりそうだね……。



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校(3回目)⑥

試合は4回裏。私達の攻撃は1人、2人とヒットを打てるようになるも、決定打が出ずに無得点。そして私はと言うと……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

私は負けじと友沢以外の打者を三振に抑えている。三振に固執している訳じゃないけど、こうも連続で三振が狙えるのなら狙った方が私個人のモチベーションの上昇に繋がるというもの。

 

(多分それがわかっていて木虎も、芳乃さんも、私のスタミナ配分無視のピッチングの許可をくれた気がする……)

 

あとは優秀な投手陣の存在。投手陣が優秀だからこそ、私はあとを託せる。安心して全力で投げる事が出来る……。

 

風薙さんが偽ストレートを教えてくれた理由としても、スタミナ消費を抑える為の一手に過ぎない。ストレートを遅く投げる事によって、スタミナがない私でも充分に完投を狙えるくらいは出来るようになった。これがシニアから高校1年生までの私だ。

 

そして……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

今の、高校2年生になった私はリトル時代に運用していたフォームに加え、母の決め球、そして風薙さんに教えてもらった偽ストレートを混ぜて、私独自の、高校に入ってから習得した新しい決め球を投げる……。これが今の早川朱里だ。

 

(大丈夫。通用はしてる。あとは……)

 

「1打席目の借りを……返させてもらうぞ」

 

圧倒的格上の打者の1人、友沢亮子に私の集大成が通じるかどうかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃんと亮子ちゃんの2打席目……だね」

 

「アタシはリトルの事はあんまり知らないんだけどさ、朱里と亮子ってどうだったの?対戦戦績は……」

 

「リトル時代は朱里さんの全勝ですね。亮子さんも当時はエースで4番だった訳ですが、朱里さんからはまともに打てていませんでした」

 

「亮子ちゃんは亮子ちゃんでストレートとスライダーが凄かったんだけどね……」

 

「そういえばリトルって変化球OKなんだよね?組織によっては小学生が変化球を投げるのを禁止させてたところがあるみたいだけど……」

 

「同じリトルでも私達や亮子さん、いずみさんが所属していた硬式野球チームは変化球の投球は可能で、軟式野球チームや、ガールズチームなんかは変化球の投球が不可能ですね。そして後者のチームからシニアに属する人も多数いたみたいで……藍さんがその内の1人ですね」

 

「そっか……。変化球の投球が禁止されていた小学生時代は大変だったんだねー」

 

「中学、そして高校と上がっても並大抵の変化球を投げる事も、打つ事も……特に女性にとってはとても大変な訳ですが、どうにか私達も大変な舞台に足を踏み入れる事が出来ました。そしてその舞台に幼き頃から凌ぎ合いをしている2人の対決……。2度目はどうなるか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(流石、リトル時代から圧倒的な実力を持ち合わせているな)

 

(ストライクは取れたけど、打ち取った……とは到底思えない。最後の1球までわからないんだよね)

 

これが友沢亮子だ。咲桜の打線は重量級だけど、その中でも頭1つ以上抜けるのが友沢だ……。去年だって田辺さんや小関さんと同等以上の成果を1人叩き出していたからね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

他の打者が打ちあぐねているのに対して、友沢だけは年季が違う。努力が違う。執念が違う。友沢以上に努力だけでここまでの才能を持ち合わせる選手を私は知らないね。

 

(でも……私だって負けてはいられないんだよね!)

 

 

ガッ……!

 

 

『アウト!!』

 

(これはナックルカーブ……。してやられたな。今年はまだ投げていなかった)

 

こうしてギリギリまで隠し持っておく事で、格上を相手にもやれる事が増えてくる筈だ。今回の打席ではそれを学んだよ。



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校(3回目)⑦

6回表。2番から始まるこの打順が恐らく最後のチャンスになると思われる。

 

(そういえば去年は私が2番打者として友沢と対峙していたんだっけ……)

 

感慨深く思いながら、私はグラウンドを見る。

 

(シフトは内野陣がやや後退……。先頭打者でランナーもいないから、ヒッティングを仕掛けてくると踏んだのかな?)

 

ここで藤田さんが塁に出られるかどうか……というのはかなり大きい。果たしてどうなるか……。

 

(芳乃のサインはなし。それなら……!)

 

 

コンッ。

 

 

『セーフティバント!?』

 

敵味方の意表を突くセーフティバント。打球は一塁線を転々と転がるけど……。

 

「はっ!?ファースト!!」

 

数瞬遅れて太刀川さんが指示を出す。だけどもう遅い……と言わんばかりに藤田さんは一塁ベースへと駆け込んだ。

 

(ふぅ……。上手くいって良かったわ。私だって皆には負けていられないもの)

 

ノーサインでなければ、きっとこの判断はしなかっただろう。クリーンアップを前に、この出塁は大きい……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるね~あの2番☆」

 

「う、うん。シフトの隙を突いた良いバントだったよ」

 

「局面的にバントで来る確率がほぼなかった為に、セーフティバントをする……というのが頭から抜けていたようですね」

 

「瑞希ちゃんは今のは想定出来てたの?」

 

「可能性の一端として頭を廻らせる……くらいの事はしますかね。その際にファーストとサードに前進指示をブロックサインで出します」

 

「うーわ……。やっぱ瑞希は敵に回したくないよね~」

 

「ま、まぁ既に私達は瑞希ちゃんと敵対してるけどね……」

 

「そうだった……。今年は県対抗総力戦もあるから、もしかしたら瑞希達と2度も戦わないといけない可能性もあるのか~……」

 

「私が代表メンバーに選ばれない可能性もあると思いますが……」

 

「いやいや、辞退でもしない限りはないでしょ。それとも瑞希は辞退するの?」

 

「いえ。気になる事もありますし、通知が来たら、代表メンバーになろうと思います」

 

「まぁそうだよね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

「やった!痛烈な当たり!!」

 

「内野抜けろ~!」

 

3番の春星は初球から太刀川さんの変化球を捉える。痛烈な打球は二遊間を……。

 

「任せろ!」

 

 

バシッ!

 

 

抜けなかった……。セカンドにいる友沢が横っ飛びで打球をキャッチしたのだ。

 

「くっ……!」

 

藤田さんは既に二塁ベースへと辿り着いている為に二塁セーフ、そして一塁へと駆ける春星は……。

 

『アウト!』

 

僅かに届かず、アウトとなった。これでワンアウト二塁。そして……。

 

「よーし!今度こそ打つぞ~!」

 

4番打者の雷轟……。3度目の打席に立つ。この打席が、この試合の行方を占う事となるだろう。内外共々空気がピリッとしている。

 

(そして雷轟を応援する私達も……)

 

雷轟が打てば新越谷の勝ち、打てなかったら咲桜の勝ち……。これはそういう打席なのだ。



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校(3回目)⑧

「遥の3打席目だね~」

 

「多分、この打席が新越谷と咲桜の勝敗を決める事になるんだよね……」

 

「そうですね。それがわかっているのか、咲桜側に動きがあります」

 

「えっ……?」

 

「守備位置変更……?って亮子がマウンドに!?」

 

「どうやら前々から亮子さんがマウンドに上がる事が決まっていたみたいですね」

 

「で、でも今大会で亮子ちゃんは投げてなかったのに……」

 

「表向きには工藤さんと太刀川さんのWエース……という触れ込みだったのでしょう。そして本来ならば亮子さんもマウンドに上がる事はなかった……」

 

「じゃ、じゃあ亮子がマウンドにいるのって……?」

 

「大きな理由としては……雷轟さんへのリベンジ、或いは……」

 

(亮子さんでなければ、雷轟遥という規格の外にいる選手は抑えられないという咲桜側の判断……ですかね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワンアウト二塁。雷轟が打席に入る前、咲桜側に動きがあった。

 

「太刀川さんが降りるのかな……?」

 

「完全に降りた訳ではないみたいだよ。太刀川さんはサードに付いてる」

 

芳乃さんが言うように投手だった太刀川さんはサードへ、サードにいた大空さんはファーストへ、ファーストにいた川星さんはセカンドへ、そして……。

 

「マウンドに立ったのは……友沢さん?」

 

「今大会では投げてなかったのに……」

 

太刀川さんがいたマウンドには友沢が立っていた。ご丁寧に左投げ用のグラブまで装着して……。

 

「でもどうして今になって亮子先輩がマウンドに……?」

 

「咲桜の、友沢の思惑は私達にはわからないよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「今から打席に立つ雷轟を全力で抑えるつもりなんだろうね。前までの打席では雷轟を運良く打ち取れたものの、3度目まで抑え切れる保証はないのだと……」

 

雷轟の凄いところは華奢な見た目に反したパワーヒッターというところではなく、対応の早さだ。二宮も雷轟がどういう選手になるのかを計り知れないと言っていたくらいだからね。

 

 

ズバンッ!

 

 

投球練習によって投げられた友沢のストレート。投げているところを見るのは1年ぶりだけど……。

 

「は、速い……」

 

「球速も、コントロールも太刀川さんよりも上だなんて……」

 

友沢のポジションは元々ショートだけど、投手としての才能も開花しているねあれは……。そういえば深谷東方の松岡さんも元ショートなんだっけ?確かに友沢からは松岡さんに近い何かを感じるよ。

 

 

ズバンッ!

 

 

そんな松岡さんにないものが今投げられた友沢のカーブ。相変わらずエグい変化するね……。

 

(カーブの方も健在……か。もしかしたら友沢も雷轟と勝負……もといリベンジしたいという個人的感情も少しはあったのかも知れないね)

 

友沢の真意はともかく、半スランプ状態に陥っている雷轟に届かない魔球とも呼ばれていた友沢のカーブを打つ事が出来るのか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

コースギリギリに決まるカーブを見て、雷轟と友沢の投打対決が1年ぶりに始まろうとしていた……。



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校(3回目)⑨

雷轟と友沢の対決。カウントはノーボール、ワンストライクと友沢が有利に働いている。

 

(しかもコースギリギリに投げられるから、友沢のカーブを雷轟が打つのは至難……。雷轟がどう出るか……だね)

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!?」

 

「だ、打球は!?」

 

 

ガンッ!

 

 

「えっ……えっ!?」

 

打球はレフト線切れてファールとなった。サードの太刀川さんも反応が一瞬遅れていた。覇竹の勢いで飛んでいく打球は目にも止まらぬ代物となっていく訳か……。

 

(でもこれで追い込まれた……。相手バッテリーが3球で決めるか、見せ球を使うか、そして雷轟がどう対応していくか……。それ等の要因がこの打席の、この試合の命運を分けているんだ)

 

雷轟には打ってほしいけど、どうなる事やら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亮子さんの左打者に届かないカーブに、ストレート、スライダー、そして恐らくカーブと対となるスクリュー。これ等の球種に対して、雷轟さんは1度で対応しなければいけません」

 

「咲桜も思い切った行動に出たよね~」

 

「ここが勝負所だとわかっているから、この局面で亮子さんをワンポイントで投入したのでしょう。勝負の勝ち方を知っている良い采配ですね」

 

「流れをこのまま咲桜へと手繰り寄せるつもり……なんだよね?」

 

「咲桜側はそのつもりでしょうね。ですが……」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「新越谷側……もとい雷轟さんも流れをそう簡単には渡すまいと粘っています」

 

「でもそれって遥が亮子を越えれば、新越谷の勝ちって事にならない?」

 

「雷轟さん(新越谷)が勝つか、亮子さん(咲桜)が勝つか……。これはそういう打席なんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

こ、これで5球連続でファール……。友沢もそうだけど、雷轟も凄い粘るよね……。

 

「良いぞ遥ーっ!」

 

「友沢さんに打ち勝て~!」

 

類いまれなる友沢の血の滲むような努力の結晶と、最早才能とも言えるレベルの雷轟の対応力……。どちらが正しいという訳ではない。強いて言うならば、勝った方が正しく強い。

 

「ちょっと複雑ですよね。亮子先輩は元チームメイトだから、負けてほしくないって思っちゃいます」

 

「まぁ初野の言いたい事はわからなくもないけどね……。今こうして敵対している以上は勝者は常に片方だけなんだよ。友沢達が勝った時点で、私達は敗者なのさ」

 

正直私だって複雑な気分ではある。リトル時代に対戦した頃から友沢は努力に努力を重ねた選手だという事も知ってる。それはシニアで同じチームになってからは余計にその気持ちが強くなったんだ。その努力は報われてほしい……って。

 

「朱里先輩……。そうですよね」

 

「だからといって、私達が新越谷で積み重ねてきたものが劣って良い理由にはならないよ。だからこそ、雷轟には頑張ってほしいものだよね」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「遥先輩も粘ってる……」

 

「私の次に投げる武田さんの肩を作る時間稼ぎも兼ねてるからね。雷轟の粘りは……」

 

「……やっぱり朱里ちゃんは完投出来そうにない?」

 

私達が話していると、芳乃さんが心配そうに尋ねてくる。

 

「……私は限界いっぱいまで投げたと思っているよ。その結果5イニング15人までが精一杯だったけどね」

 

体力作りは高校に入ってからずっとしているけど、やはり一朝一夕では身に付くものじゃないね。

 

「それにもう倒れる訳にはいかないしね。あの時だって後遺症は残らなかったけど、しばらくはふらふらだったし……」

 

「うん……。無理は禁物……だもんね」

 

私からすれば、武田さんが体力あり過ぎるだけだと思うんだよね。なんだよ1日最高250球って……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

試合の方に戻ると、雷轟が10球目のファールで粘っていた。

 

「ヨミちゃん。遥ちゃん、頑張ってるよ」

 

「本当だ!いけーっ!遥ちゃーん!!」

 

ブルペンから武田さんと山崎さんが戻ってきた。

 

「お帰り2人共。武田さんの様子はどう?」

 

「私はいつでもOK!朱里ちゃんのバトンを受け取る準備万端だよ!」

 

「それは良かった」

 

 

カキーン!!

 

 

「あっ、打った!」

 

12球目。雷轟は友沢のカーブに対して綺麗にタイミングを合わせ、その打球は電光掲示板へと突き刺さった。



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県大会準決勝!新越谷高校VS咲桜高校(3回目)⑩

「遥ちゃんのホームランで2点リードだよ!」

 

「そうだね。今の打席に決定的な攻略法はなかった……。雷轟も友沢も死力を尽くし、今まで以上の力を出し切った良い打席だったよ」

 

それは雷轟にとっても、友沢にとっても……。きっと良い打席になったと思う。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「友沢さんが続投するみたいだね」

 

「良くも悪くも亮子先輩は責任感が人一倍強いですからね。せめて残りのイニングくらいは……って思ってそうです」

 

多分初野の言う通りなんだろうね。シニア時代では二遊間コンビを組んでた事も多かったし、一緒に連携していく内に、少しは相方の気持ちがわかったりするものなんだと思う。

 

「そろそろチェンジになるよ。ヨミちゃん、あとはお願いね?」

 

「うんっ!朱里ちゃんの分まで投げないと……!」

 

「張り切るのは結構な事だけど、空回りしないようにね?藍ちゃんのリードはしっかり聞くように」

 

「はーい……」

 

山崎さんが武田さんを諭している場面を見ていると、山崎さんって武田さんのお母さんみたいだね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朱里ちゃん、交代しちゃったね……」

 

「まぁ朱里は体力ないからね~☆」

 

「本来の朱里さんは抑え投手の適性が高かったんだと思います」

 

「じゃあなんで朱里は先発投手を?」

 

「私も今の時点でようやく結論付けたところですが……。それは朱里さんのシニア時代のピッチングを見て全員が、監督の六道さんですらそう思ってしまっていたのでしょう。あの省エネピッチングならば、7イニングくらいなら投げる事も難しくないですし」

 

「省エネピッチング……」

 

「アタシもあんま良い思い出ないんだよね~。シニア時代の朱里のピッチングは……」

 

「いずみさんはもちろんの事、シニア時代の朱里さんの球を紅白戦でまともに打ち返したのはほとんどいませんでしたね」

 

「えっと……。和奈と、亮子と、瑞希と……?」

 

「こ、こうして聞くと、本当にシニア時代の朱里ちゃんって凄かったんだね……」

 

「学年を上下すれば、もう少しいますけどね。それこそ……」

 

(それこそ、決勝戦へと一足早く勝ち進んだ親切高校のエースである一ノ瀬さんもその1人……。彼女は投打共々亮子さんクラスな上に、『変化球のエキスパート』とシニア界隈で呼ばれていた実力の持ち主……。決勝戦でも投手戦になる可能性は高そうですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

7回裏。武田さんはエンジン全開で、先頭打者の松井さんを3球三振に。凄いなぁ……。

 

「それだけじゃないんだよ!なんと今日の試合は朱里ちゃんも、ヨミちゃんも、あの咲桜の打線をパーフェクトに抑えてるんだよ!!」

 

芳乃さんが力説して言う。えっ、継投で完全試合をやろうとしてるって事?全く気が付かなかった……。

 

(特に意識はしてなかったけど、完全試合が狙えていた……っていうのに降りたのはもったいなかったかな?)

 

でも私はもうヘロヘロだし、武田さんに途中交代しての継投だけど、完全試合を達成出来るのなら、そしてその要因に私の力投が含まれているのなら、これ程嬉しい事はないね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

……っと、気が付いたらもうツーアウトか。咲桜は友沢が左打席に立っている。

 

(流石は亮子先輩ね。ヨミ先輩の球にも食らい付いている……)

 

(どうするの藍ちゃん?)

 

(ヨミ先輩は自分の力を信じて、ただし過信はせずに、全力で投げてください。朱里先輩の分まで……)

 

(うん!)

 

ツーナッシングから3球目。友沢にとっては既視感に近いものを感じたかも知れない。武田さんが投げたあの魔球は……これまでの中でも最高の1球となった。

 

(くっ……!これは武田の……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

大きく、鋭く曲がった武田さんの決め球はまた……大きな成長を見せた。

 

『ゲームセット!!』

 

そして試合も2体0で私達の勝ち……。全国出場まであと1勝だ!



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総力戦準備③

今回は三人称視点です。


ある一室……。

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「んー。とりあえずこれで6人目……かな?」

 

「お疲れ様です」

 

埼玉代表の監督の大宮、そしてマネージャーの坂柳が新越谷の試合映像を見つつ、総力戦メンバーを吟味していた。そして定員最後の選手が決まったみたいだけど……?

 

「ようやく決まったよ。結構実力がある選手の集まりだったし……」

 

「加入させたいのに、条件を満たしていない選手もいたりしましたね。本来ならば喉から手が出る程の人材ですし」

 

「そうだね。特に台湾からの留学生……陽春星が候補から外れてしまったのがもったいなかったよ」

 

「条件も意外に例の雷轟遥さんが基準になっていましたね。『日本での野球経験が昨年の4月20日から1年以上』というのと、『留学生の場合は期間問わず日本での野球経験が累計1年以上』……という規定が陽さんには入っていませんでした」

 

「そもそもの話、陽さん以外の外国人選手は皆条件に満たしているから、1人くらい多目に見てほしいよ全く……」

 

「特に軒並み最上級生に断られている私達埼玉代表の所を考えると余計に……ですね」

 

「何にせよこれで新越谷から6人選べたし、この6人を基準に選考の方を続けるかな」

 

大宮がリストアップした新越谷の代表メンバーは……。

 

 

・新越谷高校 岡田怜 外野手

 

・新越谷高校 武田詠深 投手(内野手)

 

・新越谷高校 中村希 内野手(外野手)

 

・新越谷高校 早川朱里 投手(外野手)

 

・新越谷高校 山崎珠姫 捕手

 

・新越谷高校 雷轟遥 内野手(外野手)

 

 

……以上の6人。

 

「そして今日に良い返事をくれた最上級生の2人も入れておかなきゃね」

 

上記6人に加えて……。

 

 

・姫宮高校 金子小陽 内野手

 

・姫宮高校 吉田美月 投手(外野手)

 

 

「埼玉代表は岡田さん、金子さん、吉田さんの3人が中心になるとして……。有栖のいる高校からはどう?」

 

「私の方からは彼女を参戦させます」

 

「えっ?でも彼女って確か3年生……だったよね?大丈夫なの?」

 

「問題ありません。彼女の学力は平均以上はありますし、これまでに野球部に迷惑を掛けてきましたから、そのツケですよ。本人も渋々ながら納得してくれました」

 

「い、良いのかな……?まぁリストに入れて置くけどさ」

 

 

・親切高校 一ノ瀬羽矢 投手(外野手)

 

 

「あと最上級生でOKをもらえたのは……」

 

 

・深谷東方高校 松岡凛音 投手(内野手)

 

 

「彼女も昨年秋から実力を付けてきたよね」

 

「他者の投球フォームをコピーするだけでなく、上方修正していく中々にユニークな投手でした」

 

ここまで挙がっている選手は10人。選手枠は最大であと15人ある訳だが……。

 

「他にお願いした人達からはOKをもらえたの?」

 

「抜かりありません。埼玉代表は他に比べて特に守備、走塁方面でかなり優位に立てるでしょう」

 

埼玉代表選手が集結するまであと10日。どのような選手達が集まるのか……。



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県対抗総力戦の選定基準とか色々な事が脳裏に渦巻く

咲桜との試合から翌日。今日は1週間後の決勝戦に向けたミーティングだ。

 

(それにしても今年の決勝戦は随分と期間が空くなぁ。もしかして県対抗総力戦が何かしら関係してる?)

 

大会が始まる前に私の所に埼玉代表メンバーに選ばれる通知が来た。私としては経験を積めるし、断る理由もないので、話を受けたんだけど、他に誰が選ばれているのかは9日後に行われる集会でわかるみたいだ。

 

「あ、朱里ちゃん?」

 

「どうしたの武田さん?」

 

「いや、その~、あの時の元新越谷の人に対して今でも怒ってるのかな~って皆が思ってるみたいで……」

 

ああ。その事か……。

 

「……別に、もう怒ってはいないよ」

 

主将からの話によると試合後に例の先輩が主将と藤原先輩に不謹慎な発言を謝罪したらしいし、もう私が気にする事じゃない。ないんだけど……。

 

「ほ、本当に?でも朱里ちゃんなんか機嫌が悪そうだし、皆もそれを気にしてるよ。特に遥ちゃんが……」

 

雷轟がここ最近チラチラと私の方を見てるのはそういう事だったの?私ってそんなに機嫌悪そうに見えた?

 

「ちょっと色々と考える事があってね。次の決勝戦は……武田さんが完投予定だからまだしも……」

 

相手は親切高校だし、向こうの先発は多分一ノ瀬さんだろうし、シニアの後輩だった私としては一ノ瀬さんのピッチングを見て何か吸収したいところだ。

 

私が他に考えているのは主に県対抗総力戦。自分以外は代表メンバーが1人もわからないし、監督も誰かわからない。マネージャーも各県に2人ずつ配属されるらしいけど、それも選考側しかわからないと不確定要素の塊なんだよね。

 

(現時点で予想を立てるなら、相手都道府県の代表メンバーか……。西東京代表で二宮とバンガードさん、東東京代表で金原、京都代表で清本と非道さん、群馬代表で上杉さんや風薙さんとかだけど……)

 

確か参加条件は日本での野球経験が合計1年以上ある事なんだよね。だから群馬代表でもウィラードさんとか、京都代表でもシルエスカ姉妹とかが参加出来るのかがわからない……。どちらかと言えば、不参加の可能性の方が高い訳だ。

 

尤も幼少期等で一時期日本で野球をやっていた事があってその期間と、現時点での野球経験と合わせて1年以上……という最早何を言ってるのかこんがらがってくる事項が書類には記載されていた……。

 

(私達埼玉代表で言えば、春星が『確定で不参加側に回る事』がかなり痛いと思うんだよね。もしも県対抗総力戦があと1年早かったら、少なくとも秋月さんの方は参加が出来そうだった訳だし。いやでもそうなると多分雷轟は不参加側に回る事になるよね?)

 

「あ、朱里ちゃん……?」

 

「あっ、ごめんごめん……」

 

また思考の渦に呑まれてしまった……。本当に県対抗総力戦に向けて考える事が多くなってくるよ。

 

「大丈夫?もしかして昨日の疲れがまだ残っているんじゃ……」

 

「いえ、大丈夫です。ミーティングを始めましょう」

 

私の隣に座っている武田さんと、川原先輩にまで心配を掛けてしまった……。今は目前の決勝戦に向けて集中した方が良いのかも。



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親切高校

……で、気を取り直してミーティングの方に集中。

 

「親切高校の選手達は柳大川越、咲桜と同様に守備に特化したチームみたいだね。そして影森と同じようにロースコアが目立っている……」

 

「エースの一ノ瀬さんはもちろんの事、それ以外の投手陣も基本的に2点以内に抑えているね」

 

あの熊実ですら1点も取れてないからね。それに打撃方面でも5、6点は1試合で取ってるし、親切高校の打撃力も侮れない。

 

「こりゃまた投手戦になりそうだな……」

 

「ヨミちゃんの完投予定で行くから、バッテリーは配球を要相談してね!間違っても前の試合での朱里ちゃんみたいにならないように……」

 

な、なんか後半部分に圧を感じるんだけど……。怖いよ!滅茶苦茶根に持ってるじゃん芳乃さん!

 

「ま、まぁその話は終わった事だし、朱里も反省してる……。決勝戦のミーティングを続けよう」

 

主将……。私にとっての主将は主将しかいませんよ!一生着いて行きたいです!

 

「……話を戻して、エースの一ノ瀬さんの変化球!見てわかる分でシンカー、シュート、カーブが見えてるね」

 

「こうして映像を見ると、なんか不気味な曲がり方してるよね。なんかぐにゃぐにゃしてるっていうか……」

 

「でもこの曲がり方……どっかで見た事があるんだよなぁ……」

 

「あんた忘れたの?天下無双学園の沖田さんが投げてた球と類似してるのよ」

 

今藤田さんが川崎さんに指摘したように、一ノ瀬さんの変化球は沖田の投げていた変化球と酷似している。まぁストレート一辺倒の沖田に変化球を教えたのは他ならぬ一ノ瀬さんなんだけど……。よくもまぁネガティブで面倒臭がりな一ノ瀬さんが沖田にコーチングしたものだよね。何か感じるものがあったのかな?

 

「こうして見るとその沖田さんよりも数段変化球がキレてるね」

 

「一ノ瀬先輩はシニア内でも変化球のエキスパートとも呼ばれていました。朱里先輩の前任のエースでもありましたし、当然と言えば、当然ですね。それくらいの実力は当時から身に付けています」

 

そして木虎の説明の通り、一ノ瀬さんは元川越シニアのエース……。大きく曲がる変化球で圧倒的な実力を見せ付けていた。まぁ後ろ向きな発言をマウンドでブツブツと呟いていたから、他者をも寄せ付けなかったけど……。

 

「更に厄介な事に一ノ瀬さんの変化球はどれも同等の変化をする上、リリースもほぼ同じなんだよね。変化のタイミングも全部同じだし……」

 

「そうなると球の見極めも難しいのか……」

 

「ですね。決勝戦のオーダーは球の見極めに長けてる選手達で組むのが良いんですけど……」

 

球の見極め……。新越谷野球部の中で球の見極めが上手いのは主将、木虎、照屋さん、大村さん、そして雷轟の5人。春星は他の選手に比べて、やや手を出すのが早い。まぁその辺りは今後に期待するとして……。

 

(そうなると決勝戦の鍵になりそうなのは雷轟と大村さんか……)

 

この2人は独自のスイングを持つスラッガー。雷轟(あとは清本、上杉さん、バンガードさん)が『剛の打法』の使い手とするならば、大村さんは『静の打法』の使い手。似てるようで正反対のスイングを持つスラッガーが如何に一ノ瀬さんの変化球を攻略するかが勝利の鍵になりそうだ。

 

(武田さんと一ノ瀬さんのピッチングを見て、私も何か学べたら良いな……)

 

互いにエースであり、大きく曲がる変化球の使い手……。私も出来るだけ多く学んでいくとしよう。



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一ノ瀬羽矢

ミーティングもそこそこに、夜になったので解散して帰路についている。私は家の方角が同じである雷轟と山崎さんと帰る事に。

 

「決勝戦は明後日か……」

 

「ここまで来たら優勝して、全国へと進みたいよね」

 

「うんうん!皆で力を合わせれば大丈夫だよ!」

 

相手の親切高校はこれまで強豪高校を破っているダークホース。エースの一ノ瀬さんを筆頭に投打共に隙がないから、対策も一苦労だよ。無名から実績を残している人達が揃ってるみたいだし。

 

(あとは人数がギリギリなんだとか。一時期の新越谷みたいで、ちょっと親近感湧くよね。ここから成り上がったりするんだろうなぁ……)

 

「朱里ちゃん。どうかしたの?」

 

「なんでもないよ」

 

心配そうに見ている2人になんでもない事を伝えていると、前方に蹲っている人がいた。

 

「はぁ……。なんで全寮制の学校って存在してるのかな?ホームシックになったら生徒達の気持ちを考えた事あるの?」

 

蹲ってブツブツと呟いている人がいた。というか一ノ瀬さんだった。相変わらず関わるなオーラが全開だ。

 

「あれ?あの人って確か親切高校の……一ノ瀬さん?」

 

「そういえば山崎さんは会った事があるんだっけ?」

 

「何々?2人はあの蹲っている人と知り合いなの?」

 

「映像で見せた一ノ瀬さんだよ」

 

「一ノ瀬さん……。朱里ちゃんの先輩さんで、元エースって言ってた人?」

 

「そうだね。そして親切高校のエースでもある」

 

「そうなんだ……」

 

雷轟が何か納得したような表情になると、一ノ瀬さんが蹲っている場所へと駆け寄った。あれ?前にもこんな事があったような……。

 

「こーんにーちはーっ!!」

 

「うぇっ!?」

 

あっ、一ノ瀬さんがまたビクッとしてる。前は武田さんだったけど、今度は雷轟か。武田さんも、雷轟も、似たタイプの人間だから、一ノ瀬さんにとっては超苦手な人間にカテゴライズされるんだろうね。

 

「な、何々何なの……?いきなり声を掛けるなんて陽キャなの?しかも前にもこんな事があったんだけど?しかもまた早川もいるし。見てたのなら止めてよ……」

 

一ノ瀬さんが私に気付くなり、ブツブツと文句を言っている。なんかすみませんね……。

 

「それで?今度は新越谷の4番打者?私なんかに何の用なの?私という陰キャに話し掛けるなんて、陽キャって人種は皆そうなの?怖くなってきたよ……」

 

「あの……決勝戦ではよろしくお願いします!!」

 

雷轟が一ノ瀬さんにそう言って一礼をした。そういうのは当日の方が良いんじゃ……?

 

「そ、そういうのは当日にやってよ。心臓が飛び出るかと思ったじゃん……」

 

「敵に対して堂々と、そして友好的に挨拶が出来る……。中々に優秀な人材だと思いますけどね」

 

「うひゃっ!?」

 

一ノ瀬さんの首根っこを掴んで登場したのは、前に一ノ瀬さんを引き摺って行った小柄な少女だった。い、いつの間に……。

 

「探しましたよ一ノ瀬先輩。21時から定例の夜間ミーティングがありますので、逃げずに来てくださいね?」

 

「えっ……。いや、今日のロードショーは『風邪の谷のナウいシカ』で、リアルタイムで見たいから、そのミーティングは欠席しようかと……」

 

「安心してください。貴女がそう言うと思って、録画予約をしておきましたよ」

 

ニッコリと微笑んで一ノ瀬さんの逃亡予定を阻止した。確かに良い作品だけどね?ナウいシカは……。

 

「ついでに来週のロードショーである『万と千尋のカビ隠し』も録画予約をしておきましたので、来週のミーティングも参加してくださいね?」

 

「い、いや、こういうのはやっぱりリアルタイムで見るから意味があるのであって……」

 

「参加しなければ、寮にある先輩の私物が破滅していると思ってくださいね?」

 

「はい……。はぁ、神なんていない……」

 

絶望したような顔色で一ノ瀬さんは俯いてしまった。でもあの小柄な少女からは一ノ瀬さんの事で手を焼いているような感じがする……。それに私達の事も念入りに調べているんだろうし、親切高校の部員の中でもかなり手強そうだよね。なんか色々と二宮に似ているし……。



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衝撃の勝負

「どうしてこうなった……」

 

そう呟いたのは一ノ瀬さんだった。

 

今の状況を整理すると、親切高校のマネージャーと名乗った坂柳さんの提案で一ノ瀬さんと雷轟の1打席勝負をする事に。もちろん一ノ瀬さんは嫌がったのだけど、坂柳さんが一ノ瀬さんの耳元で何かを呟き、一ノ瀬さんは顔を青くしながら勝負を了承したそうだ。一体何を言ったのだろうか……。場所は河川敷へと移動している。

 

「なんだかワクワクしてきた!」

 

「頑張ってね。遥ちゃん」

 

捕手役に山崎さん。互いに敵同士なので、サインのやり取りはなし。ただ一ノ瀬さんが投げる球を、ただ山崎さんに捕球してほしいそうだ。捕手の捕球力とアドリブに対する対応が問われるね。

 

(まぁここで雷轟と一ノ瀬さんが勝負するのは結構重要な事かもね。雷轟が打てなかったら私達が親切高校に勝てる可能性はかなり低くなるけど、逆に雷轟が一ノ瀬さんから打つ事が出来れば勝率はかなり上がってくる……。まさにハイリスクハイリターンだ)

 

(雷轟さんと一ノ瀬さんの勝負を設けられたのは大きいですね。一ノ瀬さんと雷轟さんの相性、山崎さんが一ノ瀬さんの球をアドリブで捕球が出来るかどうか、そして親切高校の勝率の上下……。結果はどうあれ、鈴音さんに良い報告が出来そうです)

 

「じゃあ行くよ……。打つにせよ、空振りするにせよ、さっさと終わらせてね」

 

(サイドスロー!)

 

そう言って一ノ瀬さんが初球で投げたのは……。

 

(シンカー……!)

 

 

カキーン!!

 

 

シンカーにタイミングが完璧に合っており、雷轟が飛ばした打球は夜空に消えた。

 

「ええ……?飛ばし過ぎでしょ。何なの?ボールの数は有限なんだよ?あっ、でもボールがあれしかなかったら、自動的に解散になるか……。よしもう帰ろうそうしよう」

 

「安心してください。予備のボールはちゃんと複数ありますよ。それに打球方向は完全にファールですので、勝負は続行です」

 

「嘘でしょ?もう嫌なんだけど……」

 

雷轟が放った打球によってボールが紛失したと思い一ノ瀬さんが帰ろうとするも、坂柳さんが予備のボールを複数用意していたらしく、一ノ瀬さんの淡い願いは崩れ去った。まぁ雷轟もカットのつもりでファール性の場外弾を放ったっぽいし、これで終わるとも思えないよね。

 

(よし……!上手く出来たよ。カットでも打球を場外に飛ばす事が!ギリギリまで見極めて、覇竹のスイングで今度はホームランを狙うよ!)

 

(遥ちゃん、嬉しそうだなぁ……)

 

腕をグルグルと回して張り切っている雷轟と、対照的に俯いている一ノ瀬さん。この2人は本当に正反対だよね。

 

「はぁ……。もう嫌だよ……。嫌だから、全力で抑えに行くからね……!」

 

「……来ましたね」

 

私の隣にいる坂柳さんが何かを呟いた。一ノ瀬さんの方を見てみると、なんだかこれまでに感じた事のない圧を感じるようになった。

 

(あれが……一ノ瀬さん?シニアではあんなの見た事がない……)

 

 

カンッ!

 

 

(球の勢いが……上がった!?)

 

2球目もシンカーだったけど、1球目とは全然違う……。

 

「一ノ瀬さんはネガティブになればなる程に、球の威力が上昇します。精神をLowにする事によって、放たれる変化球はこれまでの比ではありません」

 

確かに……。シニア時代でも見られなかった一ノ瀬さんの成長が、まさかこんなところでお目見えするなんて……!

 

「これで終わり。全員消えて……!」

 

カウントはツーナッシング。一ノ瀬さんは次の1球で雷轟さんを仕留めるつもりだ……。

 

(えっ……?嘘っ!?)

 

投げられたのはカーブ。それは友沢の投げたカーブよりも変化が大きく、更には不規則に曲がり、雷轟のバットは空を切った。しかしそれだけじゃなかった。

 

「し、しまった!」

 

「珠姫ちゃん!?」

 

「嘘……。山崎さんが逸らした!?」

 

捕手役の山崎さんが一ノ瀬さんのカーブを逸らし、ボールは転々と山崎さんの後ろに転がっていった……。

 

「ふむ……。やはりこの勝負を組んで良かったですね。色々と収穫もありました」

 

「あの……。もう帰っても良いかな?」

 

「そうですね。夜間ミーティングに向かいましょう」

 

「や、やっぱり逃げられなかった……」

 

「今日はありがとうございました。また3日後……決勝戦でもよろしくお願いします」

 

そう言って坂柳さんは一ノ瀬さんを引き摺って行った。

 

「強く……強くならなきゃ……!」

 

「このままじゃ……」

 

雷轟と山崎さんの精神に深い傷を負わせて……。



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捕手の理由

一ノ瀬さんと雷轟の1打席勝負は一ノ瀬さんの勝ち。雷轟にとっては嫌な結果になってしまった。しかもそれだけじゃなく……。

 

「何が……何が駄目だったのかな?私のアドリブが弱かったから?だから変化の勢いが上がった一ノ瀬さんの球を捕れなかったの……?」

 

一ノ瀬さんの変化球を逸らした山崎さんにも影響が出ており、山崎さんが落ち込んでいる。それはまるでこれまでの捕手としての自信が崩れ去っていくような……。

 

「珠姫ちゃん、大丈夫かな……?」

 

「こればかりは本人次第な気がするけどね……。というか雷轟はもう大丈夫なの?」

 

「強くならなきゃって想いはあるけど、3日後の決勝戦で借りを返せば良いかなって思ってるんだよね」

 

どうやら雷轟の方は立ち直ったようだ。あとは山崎さんなんだけど、どうしたものか……。

 

「……そこで何をしているんですか?」

 

私達に声を掛けてきたのは二宮だった。君こそここで何をしてるの?しかもさっきまで坂柳さんがいたから、ちょっと坂柳さんが戻ってきたのかと勘違いしちゃったよ……。それくらい二宮と坂柳さんは似ている。

 

「二宮はどうしてここに?」

 

「私は今から白糸台へ戻るところです。ここ数日は西東京と埼玉の往復ですね」

 

凄いバイタリティーの持ち主だよね。定期券か何かを持っているんだろうけど、普通そんな頻繁には来れないよ?清本も、金原も、私達の試合をよく観に来てくれているけどさぁ……。

 

「それで山崎さんが落ち込んでいる様子ですが、何かあったのですか?」

 

(一応二宮にも話しておくかな?もしかしたら同じ捕手として何かわかるかも知れないし……)

 

私は事の顛末を二宮に話した。

 

「成程……。捕手としての自信と、これまでの経験が崩れる感覚がした……という訳ですね」

 

「二宮さんは……二宮さんはこういう時にどうすれば良いと思う?」

 

少し落ち着いた山崎さんが二宮に尋ねた。山崎さんも二宮から何かを得ようとしているのが伺える。落ち込んでいた割には強かだよね。

 

「……私はシニア時代に一ノ瀬さんとバッテリーを組んだ事が何度もありますので、山崎さんのような無様な結果にはならないでしょう」

 

「ぶ、無様……。で、でも初見だったから、不意を突かれたところもあったし、私もまだまだなんだなって思ったよ」

 

「そういえば二宮は一ノ瀬さんの変化球を初見で難なく捕っていたよね?その時の経験を話せば良いんじゃないの?」

 

リトル時代からそうだったけど、二宮が球を逸らしたシーンは過去に1度しかなく、その1度もリトル時代の初期だ。それ以来二宮はどんな球でも逸らす事なく、捕球能力を大幅に上げていた。

 

「私のですか?」

 

「き、聞いても良いかな?」

 

藁にもすがる思いで山崎さんは二宮に頼み込んでいる。余程追い込まれていると見えるね……。

 

「私の場合は……投手の様々な情報を収集し、ありとあらゆる可能性を廻らせ、自分にとっての想定外を1つでも減らす事が大切だと思っています」

 

「…………」

 

「近い将来、山崎さんと一ノ瀬さんがバッテリーを組む可能性もありますし、多くの事を考えた方が山崎さん為にもなりますよ」

 

確かに……。早ければ県対抗総力戦で山崎さんと一ノ瀬さんのバッテリーが成立する可能性があるのか……。

 

「私の為……。うん、ありがとう二宮さん」

 

「礼を言われるような事はしていませんよ。山崎さんが、山崎さんなりの解答を見付けただけです」

 

「それでも言わせてほしいんだ。二宮さんの言葉で私なりの答えが見付かったから」

 

「そうですか……。ではもう1つだけ言わせてください。これから先、山崎さんが今日みたいな悩みを抱えたなら、自分が野球を、捕手を始めた切欠を思い返してみてください」

 

「私が捕手を始めた切欠を……?」

 

「その思いが活力になる事もありますからね。私も辛い時は似たような事を思いました」

 

私としては二宮が辛かった時を想像し辛い……。だっていつも無表情なんだもん。

 

「……わかった。私なりに色々考えてみるね!」

 

これで山崎さんの問題も解決に近付いたと思う。

 

「それでは私はこれで失礼します。決勝戦、良い試合を期待していますよ?」

 

そう言って二宮は去って行く。西東京と埼玉の往復は大変そうだな……。



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そしてその解答は

二宮が去った後は雷轟とも別れ、山崎さんと2人で歩いている。

 

「調子はどう?少しは落ち着いた?」

 

「うん……。二宮さんのお陰でモヤモヤしてたのがなくなったかな」

 

「それなら良かったよ」

 

なんで二宮があそこを通りすがったのかは知らないけど、そのお陰で山崎さんが立ち直った。

 

「私……焦っていたのかも知れない」

 

「……と言うと?」

 

「自分の出来る事を増やす為に、他校の捕手のプレーとかを映像で見てたりしてたんだ」

 

映像でとはいえ、自分と同じポジションの選手のプレーを参考に出来るのなら、そうするべきだろう。私も似たような事はしてるし。

 

「その中でも……やっぱり二宮さんは凄かったよ。朱里ちゃんからもらった川越リトルシニアの試合データをもらったのも合わせて見てみると、二宮さんが捕手として出ている試合は無失点が多かったんだ」

 

「ああ……」

 

確かにそれは凄い。二宮は味方投手の良い所は徹底的に活かして、駄目な所は素早く修正させる……。それで点を取られていても3点以内に抑えている。ちなみに1軍レベルの投手だと無失点が多く、完全試合やノーヒットノーランも何度も達成させているから、川越シニアは『鉄壁のシニア』なんて呼ばれていたんだよね。その要因は二宮がリードをしている投手に限り……という。

 

(冷静に考えて、去年の白糸台は凄かったよね。神童さんと二宮のバッテリーとかプロチームですら完封しそうだよ……)

 

実際に二宮と組んだ神童さんの防御率は1にも到達していないから、恐ろしいものだ。

 

「その頃から……ううん、多分もっと前から私は焦ってたんだと思う。去年の試合で言えば、夏大会で梁幽館と対戦した時のヨミちゃんのあの球……。予想よりも大きく変化したから、上手くアジャスト出来なかった。思えば切欠はそこからだったんだよね」

 

「武田さんの成長速度を見誤っていた……か」

 

それで言えば、今の武田さんは止まる事を知らない勢いでどんどん成長していっている。地獄の合宿で大きく化けたし……。まぁそれに関しては川原先輩にも同じ事が言えるけど、武田さんの方が伸び代は凄い。不確定要素もあるけど、はまった時のピッチングは格上をも凌駕するからね。

 

「今でもヨミちゃんはどんどん成長していっているし、置いていかれるんじゃないかって不安なんだよ。今年は藍ちゃんも入ってきたし……。藍ちゃんはバッティングも凄いし、捕手としての能力も優れている……。私にないものをいっぱい持ってるし」

 

まぁ木虎はね……。二宮という強力なライバルがいたから、2年間はスタメンマスクを被れなかったんだよね。その悔しさからか、二宮と差別化が出来る点を今でも探しているらしいし、二宮も木虎の成長を危惧しているって聞いた事もある。初野共々強力な後輩だよ全く……。

 

「まぁそうかもね。でも山崎さんは山崎さんなんだし、山崎さんにしか出来ない事をやっていけば良いんじゃないかな?」

 

「私にしか出来ない事……か」

 

主に武田さんのお守りだよね。口には絶対に出さないけど……。

 

「見習える部分は見習えば良いけど、決して自分を見失わないようにね」

 

「そう……だよね」

 

山崎さんはどこか吹っ切れた顔をしている。こっちはもう大丈夫だろう。

 

「ありがとう朱里ちゃん」

 

「私は何もしてないよ」

 

「そんな事ないよ。いてくれるだけでも元気が出て来たから……」

 

私ってそんな人間かな?どっちかと言えば、雷轟とか武田さんの役割だと思うんだよね。

 

「それに私だけじゃなくて、新越谷の部員全員が朱里ちゃんに支えられてきたと思うんだよ。精神的支柱って感じ」

 

「私がねぇ……?」

 

思った事を言ってるだけなんだけどね……。それが人によっては救われるって事なのかな?

 

「……よくわからないけど、元気が出たなら良かったよ。決勝戦のスタメン捕手は山崎さんだし、いつまでも元気をなくしたままだと試合にも影響が出ちゃうしね」

 

「うん……」

 

とりあえず山崎さんの精神的な問題は解決した……と見ても良いのかな?



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決勝戦に向けて

決勝戦まであと3日……。それまで私達は各々の求める練習を各自で行っている。私の場合はタフな身体を作る為のランニングだ。

 

「も、もうすぐ決勝戦だね……」

 

「3日後……だね」

 

私と同じ練習をしているのは渡辺。どうやら渡辺も体力向上を芳乃さんに求められているらしい。まぁあれだけ個性的な変化球を投げるのなら、武田さんのように完投を目指せるようにしたいよね。今はともかく、将来に向けて……。

 

「きっと……新越谷は勝てるよね?」

 

「そうだね。勝てると信じたいよ」

 

世の中に絶対はない。だからこそ絶対に限りなく近付けるように生きているのだ。この場合は新越谷高校が親切高校に勝てるように、自分に合った練習を行っている……。

 

「決勝戦の先発は武田さん……。完投を視野に入れているから、勝てるかどうかは武田さん次第になるね」

 

「でもヨミちゃんならきっと大丈夫だよ!」

 

「武田さんは凄い投手だからね。全国で活躍して、更なる成長をするんだろうね」

 

武田さん程の投手が県大会で躓くのはもったいない……と思っている。だからこそ決勝戦を制して、全国出場に歩を進めたい。あとは……。

 

(雷轟かな……?今の新越谷は雷轟の存在がかなり大きくなっている。そしてその雷轟の打率は去年の夏に比べて落ちてきている……。だからと言って、私達が雷轟の為に出来る事は余りないんだよね。姫宮戦で雷轟が気持ちを吐露した事によって、多少吹っ切れているようにも見えるけど、一ノ瀬さんとの1打席勝負で自信をなくしているようにも見える……。難しいところだね)

 

「あ、朱里ちゃん……?どうしたの?」

 

「……なんでもないよ」

 

最近考え事が多くなったような気がする。まるで二宮になった気分だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい!じゃあ一旦休憩するよ!」

 

芳乃さんの号令と同時に、何人かがへたりこんだ。過剰に練習していた訳じゃないけど、相当集中して練習していたもんね。スポドリを凄い勢いで飲んでいる人がほとんどだ。

 

「れ、練習、しないと……!」

 

スポドリを飲み終わった雷轟が再度練習しようと、立ち上がった。しかし……。

 

「お座りっ!!」

 

「犬じゃないよ!?」

 

芳乃さんによって止められた。いやお座りって……。確かに雷轟はちょっと犬っぽいけどね?

 

「駄目だよ遥ちゃん。休む事も練習の内。休める時にはしっかりと休まないと、身体を壊しちゃうよ?」

 

「はーい……」

 

渋々ながらも雷轟は納得したみたいだ。過剰練習の末路を私はよく知ってるし、芳乃さんが止めてなければ、私が止めてたよ。

 

(しかし雷轟はどこか焦っているように感じられる……。まさかもう風薙さんに接触したとか?)

 

雷轟の話によると、風薙さんは冷たい言葉を雷轟に放ったと言っていた。去年の終わり頃に風薙さんと会った時は、雷轟と同様に明るく、天真爛漫だった。でも雷轟が嘘を言っているとも思えないし……。

 

(もしかして風薙さんは雷轟に対してだけ、冷たい態度を取るのかな?実の妹なのに?)

 

ああもう!考える事が増えちゃったじゃん!今は目前の試合の事だけを考えよう……。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校①

決勝戦当日。この試合で今年の埼玉最強の高校が決まる……。

 

「いよいよ決勝戦だね……」

 

「準決勝から1週間も日程が空いたから、その分の準備期間として私達も、そして相手側も……。入念な準備をしてきたと思う」

 

「その集大成をこの試合でぶつける……のよね。勝つに越した事はないけど、後悔のない試合にしたいわ」

 

それぞれがそれぞれの思いをぶつけて、決勝戦に臨む。

 

「……今日のスタメンを発表するよ!」

 

決勝戦のオーダー。一ノ瀬さんの放つ変化球に対する見極めの練習をこの1週間してきた。そして今日発表されるオーダーは、見極めに自信がある選手と、それに合わせて総合力を高めたオーダーになる。

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 センター 主将

 

4番 サード 雷轟

 

5番 ショート 春星

 

6番 レフト 照屋さん

 

7番 ライト 大村さん

 

8番 キャッチャー 山崎さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

そして発表されたのがこのオーダー。バッテリーの打順を近くして、あとは球種の見極めに長けている主将を3番、照屋さんを6番、やや見極めが苦手な春星を5番に、下位打線に雷轟と対のスイングを持つ大村さんを配置した。大村さん自身も球の見極めは得意な方だしね。

 

「決勝戦……絶対に勝って、全国に行くぞ!!」

 

『おおっ!!』

 

まもなく試合開始……。一ノ瀬さんの変化球を上手く捉えられるかがこの試合に勝つ鍵となるだろう。スタメンの皆には頑張ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか試合開始に間に合ったね~☆」

 

「それにしても凄い客数だね……」

 

「片や去年の夏から全国優勝候補の一角に登り詰めた高校、片や数々の埼玉強豪を破ったダークホースの高校……。そしてそれぞれが一定以上の結果を残している事を考えると、過去の結果は当てにはなりませんね」

 

「つ、つまりこの試合でどっちが勝つか予想が付かないって事なのかな?」

 

「そうなりますね」

 

「でもなんかわかるかも……。親切高校……だっけ?あのチームからは清澄高校と同じ感じがするんだよね」

 

「清澄高校と親切高校に共通する点はどちらも1から部員を集めたという事と、それぞれの選手が高いポテンシャルを秘めている……という事ですね」

 

「瑞希ちゃんは親切高校の情報を集めているの?」

 

「もちろんです。選手情報と、その選手の能力まで把握していますよ」

 

「うわー、相変わらず瑞希の情報収集能力ってヤバイねー……」

 

「そしてこの試合で親切高校は今まで出して来なかった隠し球を見せて来るでしょう」

 

「それって……向こうのライトの事?」

 

「えっと、名前は……ってええっ!?彼女は確か……。でもなんで決勝戦になって初出場なんだろ?」

 

「温存……でしょうね。データが少ない分、警戒心も薄れるからだと思いますよ」

 

「こりゃ新越谷は大変なところと当たったんじゃない?」

 

「どう抑えるかは武田さん次第ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『プレイボール!』

 

相も変わらず私達は先攻。先頭打者の中村さんが左打席へと入る。

 

(朱里ちゃんの先輩でもある一ノ瀬さんはサイドスローの変化球投手……)

 

(はぁ……。なんか観客が多いなぁ。しかも知り合いが3人いるし。さっさと終わらせたい……)

 

鬱なオーラ全開で一ノ瀬さんは1球目を投げる。

 

(シンカー?なら初球打ち……!)

 

 

カンッ!

 

 

中村さんはシンカーが苦手球種なようで、決勝戦に向けて対策を入念にしていた……。だから初球から打ちに行こうと思ったんだね。そして打球はライト前に。

 

 

ズバンッ!

 

 

「えっ……」

 

『アウト!』

 

「ライトゴロ!?」

 

「なんつー肩してんだよ。あのライト……」

 

親切高校のライトは……成程ね。でも今の今まで試合に出てなかったよね?

 

(アメリカ代表のミッキー・スズキこと鈴木美希さん……。まさか親切高校にいたなんてね。この試合での1番打者……)

 

例え一ノ瀬さんの変化球対策をしていたとしても、簡単には点を取れないって訳だね……。この決勝戦も投手戦になるのかな?



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校②

中村さんがライトゴロに打ち取られてしまった……。

 

「あ、あのライトは……!」

 

「芳乃ちゃん?どうかしたの?」

 

どうやら芳乃さんも気付いたようだ。向こうのライトの存在に……。

 

「鈴木美希さん……。朱里ちゃん達が出ていたシニアリーグの世界大会でアメリカ代表の選手として出場していた……」

 

『ア、アメリカ代表!?』

 

「そうだ……そうだよ。日本代表とアメリカ代表の試合を観に行った時も、鈴木さんは1番打者で先発してた……」

 

「で、でもなんで気が付かなかったんだろう……?」

 

「要因は色々あるけど……。順番に挙げていくなら、まずは選手登録名かな?アメリカで試合をする時は『ミッキー・スズキ』という登録名だったのに対して、日本で試合をする時は『鈴木美希』として登録されている……。これが初見の相手を混乱させる理由かもね」

 

日焼けしているけど、鈴木さんは純粋な日本人……。二宮から聞いた話によると、リトルでは日本で、シニアではアメリカでそれぞれ3年ずつ野球をしていたらしい。そして高校へ入学すると同時に、再び日本へと帰国した……とか。

 

(どこの高校かまではわからなかったけど、まさか親切高校に入っていたなんて……!)

 

親切高校は梁幽館と同じ全寮制の高校みたいだし、その辺りが理由なんじゃないかと今思っている訳だけど、実際のところは本人にしかわからないよね。

 

「2つ目の理由としては親切高校の試合履歴を見てみたけど……。公式戦での鈴木さんの出場はこの試合が初めてみたいだね」

 

「えっ?」

 

「温存していたのか、鈴木さん個人の理由があるのかはわからない……。でも意表を突かれたのは事実だろうね」

 

「で、でも元アメリカ代表の1番打者って事は間違いなく主戦力の筈だろ?そいつを温存して、今までの試合に勝って来たってのかよ……?」

 

「そうなるね。格上を相手にしても、主戦力の1人である鈴木さんを温存していた状態で勝ち上がって来たのは間違いない……」

 

「……何にせよ、そこまで大事に温存していた選手を私達の試合に出して来た事を光栄に思おう。そして最後に勝つのは私達だ」

 

ライトゴロなんてプレーを決められたのに、主将は冷静に判断し、思考した……。2年間主将を務めただけあって、とても頼もしい。

 

「さぁ、切り替えて試合に臨むぞ!」

 

『おおっ!!』

 

と、意気込んだのは良いものの……。

 

『アウト!』

 

2番の藤田さんはシュートで凡退し……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(しまった!入っていたのか!?)

 

3番の主将はコースすれすれのカーブを見逃し、三振となった。あのコースは手を出しにくいし、大体の打者は見逃すと思うから、仕方ないけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「羽矢さんが投げた最後の1球……。あれは手が出なくても仕方がないね~」

 

「かなり厳しいコースでしたからね。カットに失敗してしまえば、凡退する事は間違いないでしょう」

 

(尤も和奈さんクラスのリストがあれば、あのコースの変化球でも強引にスタンドへ入れる当たりも打てるでしょうが……)

 

「す、凄い変化球……。でも黛さんも最近では凄い変化球を投げるようになったんだよね」

 

「それは……合同合宿の時に見た、2段変化するカーブの事ですか?」

 

「ううん。それとは別の球だよ」

 

(でも瑞希ちゃんなら既に知ってそうだけどなぁ……)

 

「えっ?何々?2段変化するカーブとか異次元過ぎない!?なんかアタシの知ってる野球と別の野球なの?朱里と言い、現実ではありえない魔球とか投げてる気がするんだけど……」

 

「ちゃんとした現実ですよ。まだまだいずみさんの……私達の知らない野球があるというだけです」

 

(いやー、瑞希の知らない野球ってなったら、いよいよ超次元野球になっちゃう気がするなー……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ヨミちゃん、準備は良い?」

 

「もちろん!私はいつでも準備OKだよ!!」

 

今日の試合は武田さんと山崎さんのバッテリー。まさにこの決勝戦に相応しい新越谷の王道のバッテリーとも言える。

 

(この試合の行方は……案外武田さんだったりするのかもね)

 

私はそう思いながら、武田さん達を応援する。頑張ってね!



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校③

1回裏親切高校の攻撃。1番は表の回でライトゴロを放った鈴木さん。

 

(左打席に立つその様はまるで歴戦の打者を思わせる……。流石はアメリカのシニアで3年間レギュラーとして君臨していた実力の持ち主って訳だね)

 

内2年はあの上杉さんと張り合える外野手だったとか。つまり鈴木さんは上杉さんとは別の意味で規格外の選手という訳で……。

 

 

カンッ!

 

 

(しまった!?)

 

初球から打った鈴木さんの打球は三遊間を抜けて、ヒットとなる。咲桜戦ではあの友沢をも完璧に抑えた実力があり、今この瞬間も同等かそれ以上の力を持つ武田さんの球をいとも容易く打ってくるなんて……。

 

「流石元アメリカ代表の打者ですね。ヨミ先輩の球を簡単に打っちゃいましたよ……」

 

「鈴木さん自身の実力もあるだろうけど……」

 

(恐らく武田さんのデータを徹底的に調べている可能性が高い)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(あの2番打者もボール半個分くらいしか外れていないコースに対して見送り方に余裕があるし、配球も読まれているかもね……)

 

そして2球目……。

 

「………っ!」

 

「は、走った!」

 

鈴木さんが盗塁を試みる。リードが小さいのに、よくもまぁあんな良いスタートが切れるよね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(盗塁をする事自体は視野に入れていた。なのに……!)

 

 

ズザザッ!

 

 

『セーフ!』

 

「は、速い……」

 

村雨や、三森3姉妹のような速さはない。好走塁でカバーするタイプの選手だね。スタートもほぼ完璧だったし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ!今の盗塁上手くない!?リードは小さかったのに、スタートは完璧だったよね?」

 

「もう少しリードを大きくした方がより良いスタートを切れたと思いますが、それは盗塁を悟られないようにする為の作戦ですね」

 

「でも新越谷側は鈴木さんの盗塁を読んでたみたいだよ?」

 

「判定はギリギリでしたが、盗塁は成功していましたね」

 

(あの盗塁成功には武田さんのウエスト時の球速、山崎さんの肩力、そしてバッテリーの配球……。これ等を全て読んでいた可能性がありますね。親切高校側には情報量が多い人と、戦術読みに長けている人がいるみたいですね……)

 

「表の守備と言い、流れは向こうに行っちゃったね……」

 

「何言ってんのさ和奈!まだまだ試合は始まったばかりだよ?新越谷も負けてないって☆」

 

『アウト!』

 

「ねっ?」

 

「今のはただ送っただけですが……」

 

「わかってるって☆でも新越谷もこれまで培ってきた実績と実力がある訳だし、負けてないのは事実でしょ?」

 

「それはそうですね。武田さんのピッチングを見ても、特に乱れはありませんし、試合はこれからなのもその通りです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!』

 

2番に送りバントを決められたものの、3番打者を三振に抑える。やはり鈴木さんが打てても、全員が武田さんを攻略しているとは限らないね。

 

「やっぱヨミ先輩は凄い球投げますよね~。鈴木さんに投げた球だって、亮子先輩を抑える時と同じくらいの実力を感じますもん」

 

「わかっているからと言って、簡単に打てる球じゃない……。それがエースとして、投手として必要な事だよ」

 

「朱里先輩がよく言っている事ですね。絶対的な自信を持って投げられる球こそが、真の決め球だと……」

 

「まぁね。そしてそれは今でも変わらないよ」

 

私は私の投手論を色々な人に言っている。それは投手じゃない初野や、木虎にも……。

 

「か、会話がハイレベル過ぎて着いて行けねぇ……。これがシニア出身選手達の会話なのか?」

 

「せ、星歌も話半分くらいしかわからないから……。朱里ちゃん達が凄過ぎるだけだよ……」

 

私達3人の会話に対して、川崎さんと渡辺がそんな感想を洩らしていた。そんなにレベルの高い話をした覚えがないんだけど……。

 

「ツーアウト三塁。だけど次は親切高校の4番打者……」

 

「今大会10本のホームランを放っている強打者にこの局面で、回って来たんだね……」

 

親切高校の要注意打者の1人として、大会本塁打数が多い打者に回ってくる。バッテリーがどう抑えるかによって、今後の展開が変わってくるだろうね。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校④

ツーアウト三塁。打席に立つのは親切高校の4番打者……。

 

「剛田星奈……通称『ゴウちゃん』と呼ばれている選手だよ!」

 

「……そういえば電光掲示板にも『ゴウ』で登録されていますね」

 

「渾名かなんかで選手登録が出来るってかなり珍しいケースじゃないのか?特に高校野球で……」

 

川崎さんが言うように、剛田さんはかなり特殊なケースでこの高校野球に臨んでいる。電光掲示板に『ゴウ』と表示されているのがその特殊ケースだ。

 

「そのゴウさん……ってどんな選手なの?」

 

「それはね!」

 

息吹さんの質問に食い付いたのは芳乃さん。芳乃さんは親切高校が美園学院に勝ってから、かなり入念にデータを集めていたみたいだ。

 

「ゴウさんの選手タイプを一言で言い表すなら……遥ちゃんに匹敵するパワーヒッターだよ!」

 

「えっ……?遥クラスのパワーヒッター!?」

 

そう。今芳乃さんが言ったように、剛田さん……いや、ここは選手登録名に合わせるべきかな?ゴウさんは雷轟に負けず劣らずのパワーヒッター。しかも変化球が得意なタイプの……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「あ、危ねぇ。ポールすれすれじゃねぇか……」

 

武田さんは変化球タイプの投手だから、ゴウさんとの相性は悪い。変化球ならどんなコースでも、嬉々として打ちに行くのがゴウさんのバッティングスタイルらしい。

 

「ゴウさんは変化球にとても強くて、特に遅いタイプの変化球は今まで1度も打ち損じた事がないくらいなんだよ」

 

「厄介な打者だよね。でも武田さんの球を打ち切れなかったのは助かったかも……」

 

本来なら武田さんの決め球の1つであるあの魔球がゴウさんにとってはおやつでしかない……。でもそれは地獄の合宿に行く前までの武田さんの場合だ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「!?」

 

地獄の合宿を乗り越えた武田さんは全体的に球速が大幅に上昇し、変化球も鋭くなっている。例に挙げるなら、カットボールとツーシーム。この2球種はストレートとほとんど遜色ないので、球の見極めがより困難になった。今ゴウさんが手出し出来なかったのがそのツーシーム。

 

「でもヨミ先輩も負けていないですね!」

 

「そうだね。今の武田さんを打てる打者はそう多くないよ」

 

地獄の合宿で得た屈強な上半身……。そこから投げられる球は鋭く重い。更に合宿を終えてからも日々武田さんは成長していっている。私は本当に武田さんに追い付けるのかな?

 

(ツーナッシング。ここはゴウさんの得意なタイプの球になっちゃうけど……。行くよ。あの球!)

 

(うん!いっ……けーっ!!)

 

3球目。武田さんの決め球の1つであるあの魔球が投げられる。ゴウさんはそれを待っていたかのように、タイミングを合わせるけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「……っ!」

 

武田さんがこの勝負を制した。ゴウさんもまさか自分の得意なタイプの球種を空振りするなんて思っていなかっただろう。唇を噛み締め、悔しそうにしていた。

 

(武田さんのあの魔球と、強ストレートと呼ばれる武田さん本来の球……。この2球種が合宿とは比べ物にならないレベルの威力を発揮するんだよね)

 

今だって、私にとっての1番の投手としてのライバルは武田さんなのだ。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑤

「あーもう!なんで今の球が打てなかったかなぁ……。武田詠深のナックルスライダーはこのゴウちゃんの得意な球の1つだった筈なのに!」

 

「やはり映像だけを宛にしてはいけませんね。実物を見てこそです。ゴウさん、次は打てそうですか?」

 

「まっかせてくださいよ!次こそはゴウちゃんのバットでスタンドイン!です♪」

 

「期待しています。それと……鈴木さんの守備対応も良かったですよ。その調子で頑張ってください」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「……坂柳はおべっか使って大変だね?」

 

「私は思った事をそのまま口にしただけですよ。ゴウさんも、鈴木さんも、この野球部の期待の星ですから。それはそうと、一ノ瀬先輩は引き続きしっかりと投げてくださいね?」

 

「了解。はぁ……。面倒だなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2回表。

 

「よーし!行ってくるね!」

 

「頼んだぞ遥!」

 

「はいっ!」

 

(それに借りも返したいしね……!)

 

4番の雷轟が意気揚々と左打席へと向かった。

 

「なんかやけに張り切っていますね。遥先輩」

 

「雷轟はいつもあんな感じだよ」

 

まぁここ最近は空元気とか目立つけど、今のところはいつもの雷轟だ。風薙さんと会うって決意表明をしたからなのかな?

 

(まぁ目的がハッキリしているから、あとは一直線に進むだけだもんね)

 

それに今の雷轟は一ノ瀬さんにリベンジする事を考えているから、余計に張り切っているように見えるのかも知れない。

 

 

カキーン!!

 

 

「初球から行った!」

 

「だ、打球は!?」

 

『ファール!』

 

雷轟が放った打球はライト線切れてファール。今ので決め切れなかったのはちょっと痛い。

 

「ええ?初球からそんなに飛ばすの?熊谷実業との試合を思い出しちゃうじゃん。面倒だ……」

 

一ノ瀬さんの雰囲気が変わった……?気持ち以前に坂柳さんが言っていた精神がLowの状態になったのかな?なんかネガティブイオンっぽいのが見える気がする……。

 

「もう人類なんて滅べば良いのに……」

 

ネガティブな雰囲気出して、物騒な事を言うよね。でもそんな一ノ瀬さんの球は……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

3日前に見た変化球と同等の変化をしてる……。打つのがより難しくなりそうだよ。

 

「お、おいおい。今のってシュートだよな?初回よりも変化が大きくないか?」

 

「そうね。それに曲がり方も……」

 

川崎さんと藤田さんが一ノ瀬さんの変化球を見てそう洩らす。あの状態の一ノ瀬さんが雷轟に投げたのはシンカーとカーブなので、シュートは初見だ。

 

「これで三振だよ……」

 

ツーナッシング。一ノ瀬さんはシニア時代にカーブを決め球にしているらしい。そしてそれが今でも変わらなければ……。

 

(やっぱりカーブだ……。投げてくると思ったよ!)

 

 

カキーン!!

 

 

雷轟はギリギリまで一ノ瀬さんの変化球を見極めた。そして覇竹の如きスイングで、弾丸ライナーを放った。

 

「だ、打球は……?」

 

 

ゴッ!!

 

 

雷轟の打った打球はなんとフェンスにめり込んだ。何それ怖い。

 

「ナ、ナイバッチー!」

 

「回れ回れ~!」

 

敵どころか、味方までも反応が遅れる。まさかフェンスにめり込むなんて思ってもみなかったもんね……。

 

「セカンド!」

 

ライトの鈴木さんが矢のような送球をセカンドへ。それに対して雷轟は頭から滑り込んだ。際どいな……。判定は?

 

『セ、セーフ!』

 

審判も少し反応が遅れての判定。と、とにかく、先制点のチャンス到来だね……。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑥

「ノーアウト二塁のチャンス……。新越谷的にはここで点を取っておきたいよね☆」

 

「取れる内に点を取るのは基本戦術ですが、今日の試合ではそれが大きく出ています」

 

「確かに……。一ノ瀬さんの球は簡単には打てないし」

 

「それにしても羽矢さんの球、シニア時代より変化が凄くない?」

 

「う、うん。なんかシニアの時と比べると、不気味な曲がり方をしてる……」

 

「あんな変化球を捕球出来るなんて、親切高校の捕手のレベルも高いね~」

 

「或いは一ノ瀬さんの球を捕る為に抜擢された捕手……という可能性もありますね。見たところノーサインで捕球しています」

 

「えっ?ここからバッテリーのサインが見えるの!?どんな視力をしてるのさ!?」

 

「別に普通だと思いますが……」

 

「な、なんか瑞希の謎が増えていく気がする……」

 

「わ、私も瑞希ちゃんの付き合いは長いけど、未だにわからない事が多いっていうか、またわからない事が増えてきたっていうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷轟が一ノ瀬さんの球を捉えてチャンスが到来したと思ったんだけど……。

 

『アウト!』

 

5番、6番と連続で打ち取られる。

 

「やはり簡単には打てそうにないな……」

 

「そうですね。コースギリギリに変化球が決まりますので、見送りになります……」

 

「あれだと下手に手を出せば凡打になる。遥センパイが規格外なだけ……」

 

照屋さんの言うように、審判によっては手を挙げたり、挙げなかったりと審議が問われるコースにじゃんじゃん変化球を投げてくるから、手を出し辛い。一ノ瀬さんの制球力と、その変化球を捕球出来る捕手の存在があってこそ、決まるピッチングだ。

 

「…………」

 

そしてこの回は大村さんがずっと一ノ瀬さんの球を凝視している。見極めが目的なんだろうけど、そこまで凝視する程なのかな?

 

「これでツーアウト二塁……」

 

「白菊ちゃん、次は白菊ちゃんの打順だよ?」

 

「は、はい!行ってきます!」

 

武田さんに促されて、ハッとした大村さんが打席に向かう。この打席の大村さんはもしかしたらやってくれるかも……。

 

「…………」

 

打席に立った瞬間、大村さんからピリッとした空気が流れる。

 

「な、何この空気……」

 

「わ、わからない……。白菊ちゃんが打席に立った瞬間になったよね?」

 

「た、多分白菊ちゃんは剣道をやっていたから、そこから培われたものかも……」

 

大村さんの放つ空気に当てられたのか、皆が小声で解説をしている。大きな声で集中力を途切れさせたら不味いもんね。この回に入ってからずっと一ノ瀬さんの投げる球を凝視していたくらいだし……。

 

(遥さん、春星さん、文香さんの3人の打席を見て、それぞれの変化球のタイミングは掴めました。あとは狙いを定めるだけ……!)

 

一ノ瀬さんが振りかぶった瞬間、大村さんが目を瞑った。なんで……?

 

(心を落ち着かせて、理想のタイミングで……叩き込みます!)

 

投げられたのはシュート。変化し始めたタイミングでも未だに大村さんは目を瞑っている。

 

(……今です!)

 

「空蟬!!」

 

 

カキーン!!

 

 

「打った!」

 

「すげぇ……。タイミングピッタリだ」

 

本当に凄い。ついさっきまで目を瞑っていたのに、一ノ瀬さんのシュートにバッチリとタイミングが合っていた。

 

 

ドンッ!

 

 

センタースタンドへ入る。ツーランホームランによって、私達が先制点を取った訳だけど……。

 

(なんかあっさりと先制点が取れた気がする……。この妙な予感は何なんだろう?)

 

「凄いぞ白菊!」

 

「もうすっかりスラッガーの仲間入りね!」

 

「良い打撃だったよ白菊ちゃん!!」

 

「あ、ありがとうございます~!」

 

(でもまぁ大村さんが折角取ってくれた点だし、大事にしたいよね……)

 

手荒い祝福を受けている大村さんを見て、私は余計な事を考えるのを止めた。

 

「痛っ!?誰か本気で叩いてます!」

 

それ多分中村さんだよ。例の如く蹴ってるし……。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑦

ホームランを打った大村さんを一通り称えた(一部嫉妬の念あり)後……。

 

「ホームランを打った時の白菊ちゃん、スイングするまで目を瞑ってたよね?」

 

「はい。集中力を極限まで高める為に……!」

 

「でもそれで完璧に打てるんだから、凄いよなー」

 

「いえ……恐らく2度は出来ないでしょう。今回は不意を突いたから出来たのであって、2度やろうとすれば相手バッテリーに読まれてしまう恐れがありますから……」

 

ちなみに大村さんは目を瞑り、集中力を極限まで高める事によって、投げられた球種の音まで聞こえるらしい。ゾーンとはまた別の集中だったけど、大村さん曰く1日に1度出来るかどうか……という大技のようなものなんだって。

 

(まぁいつでも出来るようになったら、間違いなく不動の4番打者だよね……)

 

大村さんにとってこのタイミングが勝負所だと踏んでの一打だったんだろう。この2点で逃げ切りたいところだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今の一打は凄かったね……」

 

「なんか和奈のスイングと似た雰囲気を感じたね」

 

「似て非なるスイング……でしょうね。恐らくは大村さん固有のスイングです」

 

「でも勉強になったかも。静かな佇まいをも感じたし、私も真似しようとしたら出来るのかな……?」

 

「和奈さんが繰り出す覇竹のスイングは完成形までに大きな若竹の葉をフルスイングによって全て散らす……という条件がありましたし、大村さんのあのスイングも何か別の条件がありそうですね」

 

「ちょ、ちょっと待って?大きな若竹をフルスイング!?一体どんな練習してんの!?」

 

「私も最初は戸惑ったけど、今となっては若竹を振るのが日課になりつつあるんだぁ……」

 

「うーわ……。瑞希とは別のベクトルで可笑しいよね。アタシは出来れば常識の範囲内で強くなりたいな~」

 

「まるで私と和奈さんが非常識みたいな発言は止めてほしいですね」

 

「突っ込み待ちの台詞だけど、アタシは突っ込まないよ?そういうのは朱里の仕事だよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イニングは進んで4回裏。順調に相手打者を抑えていった武田さんだったけど……。

 

『ボール!フォアボール!!』

 

ノーアウト一塁・二塁のピンチに陥る。更に次の打者は……。

 

「これはこれは……。1打席目の借りを返すチャンスですねっ☆」

 

親切高校の4番打者であるゴウさん。喋っているところは初めて見るけど、金原と橘の性格を足して割った感じがする……。

 

1度タイムを取って、山崎さんと武田さんが配球の相談を始めた。

 

「ヨミちゃんの制球が悪くなった訳じゃない。相手打者はギリギリのコースに対して、ボール球だと確信して見送ってる。どんな選球眼をしてるっていうの?」

 

「……大丈夫だよ。タマちゃん。どんな打者が相手でも、真っ向勝負で打ち取ろう!」

 

「ヨミちゃん……。そうだね。これからはストライク先行で攻めていこう」

 

「うんっ!!」

 

タイムが終わり、試合が再開される。決して状況が良くないから、なんとかして凌ぎたいところだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(よし!球はちゃんと走ってる……。むしろまたギアが上がった!)

 

「ふーん?これがこうなるから……?」

 

ゴウさんが武田さんの球を見て何かを呟いた。な、なんか嫌な予感がする……。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑧

ノーアウト一塁・二塁のピンチ。しかし武田さんの調子が崩れたとは考えにくいけど……?

 

「連続四球でピンチだな……」

 

「決勝戦の相手かつ、ノーマークのダークホース故に何をしてくるかわからない怖さもありますからね……。バッテリーも慎重にならざるを得ません」

 

「アメリカ代表の1番打者を温存していたくらいだしな……」

 

「そしてピンチの状況で迎えるのは4番のゴウさん。ここは最悪歩かせるのも手の1つかもね」

 

塁を完全に埋めてから、打ち取りに行く戦術で後続と勝負する方が、逆転スリーランを打たれるよりかは安牌ではある。

 

(まぁ武田さんの性格上敬遠をする……って事はなさそうかな?)

 

去年の夏大会では中田さんを歩かせた……。でもその時とは状況が全然違うし、言ったら悪いけど、中田さんに比べればゴウさんに怖さがない……という判断を下してそうだね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

歩かせるつもりはないだろうけど、やはりピンチの状態で4番打者が相手だから、慎重になるのも致し方ない。

 

「ふふん。そういう事ですか~?」

 

(えっ……。何?今の発言は……?)

 

またゴウさんが何かを呟いた。小さめの声だったのか、直接聞こえたのは距離が近い捕手山崎さんだけだと思う。あとで聞いてみよう……。

 

カウントは1、1。嫌な予感が拭えないけど、今は武田さんを応援するしかない……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

低めのツーシームにゴウさんは手を出さず、これで追い込んだ。

 

(よし、追い込んだ……。相手を三振に仕留めるならヨミちゃんの決め球でもあるあの球なんだけど、あの球はゴウさんの得意な球種の可能性もあるし、投げ辛い……。それならここは……!)

 

(コースギリギリにカットボール……だね?了解!)

 

4球目。武田さんが投げたのはカットボール。どうやらゴウさんの得意な球種の可能性があるあの魔球を投げるのは避けたみたいだけど……。

 

(それだと駄目なんだよ。ここで決め球を信じなきゃ意味がない……!)

 

慎重になるのも悪くはない。しかし勝負所では自信のある球を投げ抜かなきゃ駄目だ。

 

(ふふーん。やっぱり有栖ちゃんの読み通りだったね。武田詠深の決め球を避けて、ファスト系の球で攻めてくると……。それがわかってたら、あとは狙いを定めて……!)

 

「スイングするだけ……ですねっ♪」

 

(えっ……?)

 

 

カキーン!!

 

 

ここまで1球も投げていなかったカットボールに対して、ゴウさんは綺麗にタイミングを合わせて打った。そして打球は……。

 

 

ガンッ!!

 

 

電光掲示板に直撃。つまりホームランを打たれたという訳だ……ってあれ?

 

「…………!」

 

(武田さん……笑ってる?)

 

逆転されたって状況なのに、武田さんは不敵な笑みを浮かべていた……。それが虚勢じゃなければ、とても頼もしいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっちゃ~!逆転されちゃったか……」

 

「これは仕方ないですね。武田さんの配球を向こうが読んでいた可能性が高いです」

 

「それって、向こうの4番の人の……?」

 

「慎重になるのは悪い事ではありませんが、度を越せば相手に漬け込まれる事になります。今回のホームランはその心理を突いた一打でした」

 

「多分投げられたのがナックルスライダーなら、ホームランは打たれなかったんじゃないかなぁ?」

 

「そうなの?でも瑞希が得た情報に寄れば、あのゴウって選手は遅めの変化球が得意な球種なんでしょ?だったらヨミの決め球は打ち得なんじゃないの?」

 

「武田さんの決め球を信頼するなら、ここはナックルスライダーで勝負する場面だったと私は思いますね。『決め球とはここぞという場面で投げ切ってこそ決め球だ』……という言葉は朱里さんがよく言っていた事ですが、私もその意見には賛成です。だから投げ切る事が出来なかった武田さんか、そうリードしなかった山崎さんか……。どちらが原因にせよ状況を覆さなければ、新越谷の勝利はないでしょう。そしてそれは朱里さんも同様に思っています」

 

「朱里ちゃんが……?」

 

「確かに朱里ってば普段は優しいけど、ピッチングにおいてはストイックで厳しいもんね~☆」

 

「だから朱里さんは自分の納得がいくピッチングを今でも追い求めている訳です。その過程でスタミナ不足を克服する……という課題が遅れていますが……」

 

「そ、それって駄目なんじゃ……」

 

「駄目ですね。逆にその欠点さえなければ、朱里さんは誰にも負けない投手になりますよ。それこそ武田さんよりも、神童さんよりも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁホームランを打たれたのは仕方ない。切り替えて行くしかないね。

 

(それに武田さんの笑みが気になる……。武田さんは一体この状況に対して何を思ってるの?)

 

それが武田さんの新たな成長に繋がる切欠になるのかな……?



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑨

珠姫sideから入ります。


逆転の一打を打たれてしまった……。多分配球が読まれてたんだ。だとしたらこれは私のミス……。これからの配球を考え直すのも兼ねて、ヨミちゃんを慰めに行く。

 

「ごめんヨミちゃん……」

 

「ねぇタマちゃん」

 

「ど、どうしたの?」

 

ヨミちゃんからは落ち込んでいる様子はない。むしろ楽しそう……?

 

「タマちゃんのリードはきっと正しかった……。でも相手に読まれてたんだと思うんだ」

 

「そ、そうだね。だから配球の見直しを……」

 

「だからさ、タマちゃんがリードに迷ったらヘルプサインを出してよ!」

 

「えっ?サイン?」

 

どういう事だろう……?迷ったらヨミちゃんにヘルプサインを?

 

「さっきみたいに相手の裏を書こうとして、読まれる場面はきっとあると思う……。だからそんな時は私に助けを求めてみてよ!私の決め球で相手を捩じ伏せるから!!」

 

「ヨミちゃん……」

 

ヨミちゃんが頼もしく見える。去年とは大違いだ……。精神的にも成長してる。

 

(また……私は見誤っていたんだね。ヨミちゃんの成長を……!)

 

これからもヨミちゃんはまだまだ成長する。私はそれに着いて行けるだろうか……?

 

(……いや、弱気は駄目だよね。これから先、きっと色々な投手と組む事になると思う。その度にこんな調子だと捕手としての成長は出来なくなる。だから私も前に進まないと……!)

 

「……それってヨミちゃんがあの球をいっぱい投げたいだけじゃないの?」

 

「ギクッ……!い、いや、違うよ?ほら、朱里ちゃんも言ってたよ?決め球はここぞという場面で投げ切るものだって……。タマちゃんのリードに文句を言うつもりはないけど、勝負所ではあの球を投げさせてほしいなーなんて……」

 

「そっか。朱里ちゃんが……」

 

朱里ちゃんは多分こういう場面を見据えていたんだと思う。きっとこの場にいたのが朱里ちゃんだったら、さっきの場面では決め球を投げなきゃいけないんだと……そう私に要求してきたと思う……。

 

(今なら朱里ちゃんが言っていた『決め球とはここぞという場面で投げ切ってこそ決め球だ』……という意味がようやくちゃんとわかった気がする。ゴウさんの得意な球種だからといって、避ける場面じゃなかったんだね……)

 

そういえば朱里ちゃんと組んだ時の二宮さんは基本的にノーサインだった。投手の自由にした方が良い球を投げる……きっと朱里ちゃんも、そして多分ヨミちゃんも、そういうタイプの投手なんだよね。

 

「……ヨミちゃん」

 

「な、何かなタマちゃん!?」

 

「ここから私はサインを出さない……。ヨミちゃんの自由に投げて良いよ!」

 

「タマちゃん……」

 

「私は……私は絶対に逸らさないから!」

 

「……!うんっ!!」

 

この試合はヨミちゃんに任せてみよう……。きっとそうした方が良い結果に繋がりそうな気がするから……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴウさんに逆転の一打を打たれてから、向こうに勢いが渡らないかと心配していたけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(どうやら解を見付けたみたいだね)

 

武田さんの球の勢いが上がってきている……。元々尻上がりタイプの投手ではあったとは思うけど、今ではそれがハッキリと分かる。そしてこの瞬間も大きく成長しているという事も……!

 

(あの時武田さんが笑みを浮かべていたのは、多分こういう事だったんだろうね)

 

山崎さんと何を話していたのかはわからない……。でもきっと謝りに来た山崎さんに武田さんが思い切り投げたい……みたいな事を言ったんだろう。そして山崎さんもそれを了承した……。それが今の武田さんのピッチングに出ている。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

今の武田さんを打てる打者は多分……親切高校内にはいない。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑩

(さて……とは言っても、1点ビハインドのこの状況をなんとかしないといけないのもまた事実……)

 

5回表。2対3で私達は負けている。それにホームランを打った大村さん以降は未だ一ノ瀬さんの球を打ちあぐねている……。状況は一気に不利になった今、こちらも大きな動きを出したいところだけど……。

 

「…………」

 

(代打攻勢を仕掛けるのはまだ早い……芳乃さんはそう判断してそうだ)

 

この点に関しては藤井先生も同意見だろう。この回を含めて私達の攻撃チャンスはあと3回……。もう少し見定める必要があるかな?親切高校の守備陣の動きを……!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「また……変化が大きくなっている」

 

「しかもコースギリギリに曲がってくるのが厄介ね……。特にヨミのあの球のように、顔面すれすれのコースからストライクゾーンへと食い込んでくるカーブが……」

 

「そして下手に打ちに行こうとすれば、外へと逃げるシンカーとシュートによって空振りするし、それをこちらが想定すれば、逆を突く真っ直ぐが投げられる……か。緻密に考えられた配球だよね」

 

「はい。打ち手の心理を利用した巧妙な戦術ですね」

 

捕手である山崎さんと木虎がそう言うなら、本当にそうなんだろうね。配球を考えたのはバッテリーなのか、それともマネージャーでありながらも二宮と似ていて、二宮と同等の頭脳を持ち合わせている坂柳さんなのか……。

 

(じゃあ二宮の思考をトレースすれば、配球の攻略に繋がったりする……のかな?)

 

……可能性は低そうだけど、やってみる価値はありそうだ。

 

「朱里ちゃん……?」

 

「ちょっと考える事があってね。もしかしたら配球の突破口が掴めるかも知れない」

 

『本当に!?』

 

うわっ!全員が凄い食い付いてきた!?そんなに気になる……?

 

「ちょっと読み合いになりそうだけどね。ちょっと武田さん、耳を貸して?」

 

「えっ?う、うん……」

 

私なりに二宮の思考をトレースした結果を、私は武田さんに耳打ちする。その際に武田さんが少し赤くなっていたのは多分気のせいだろう。

 

「そ、それでいけるの?」

 

「確証はかなり低いけどね。あくまでもやってみる価値があるというだけ……」

 

「わかった……。やってみるね!」

 

この回の先頭打者である武田さんが私の助言を聞いてやる気を出したような感じがする……。なんで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流れは完全に親切高校に行っちゃったかな~?」

 

「そうでもないでしょう。確かに向こうの4番打者に打たれはしましたが、その後の武田さんのピッチングは今日1番に冴え渡っています」

 

「た、確かに……。今のヨミちゃんの球を打つのは難しそうかも……」

 

(決して不可能と言わないのか和奈さんですね)

 

「でも羽矢さんも負けてないよね。コースギリギリに変化球をバンバン投げてくるし……」

 

「ストライクゾーンギリギリに曲がってくるカーブと、ボールゾーンへと逃げるシンカーとシュート……。今の一ノ瀬さんはこの3種類を散らしていますが、中盤戦の今ではそろそろその逆を突いてくる、或いはその心理を逆手に取ってくるケースが出てきますね」

 

「そうなの?」

 

「現に新越谷側が円陣を組んでいます。恐らくここからは読み合いが発生してくるでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カウントは0、1。次も武田さんには見送るようにサインを出したけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(アウトコースにストレート……。こっちがシンカーかシュートを読んで見送る読みかな?)

 

(ここまでは朱里ちゃんの読み通り……。1球目はコースギリギリにカーブを投げてきた。本当に散らして来た……!)

 

でもこれで追い込まれた。次は外してくる可能性を考慮しても、費やせるのはあと1球……。次かその次の球で一ノ瀬さんは仕留めに来る。そしてそれを武田さんに打ってもらう訳だけど、果たして上手くいくか……!



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑪

追い込まれた武田さん。次に投げてくる球で決めてくるのか、或いはまだ様子見なのか。一ノ瀬さんが投げてきたのは……。

 

(インコース!球種は……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

 

(ボールゾーンへと大きく曲がってくるカーブ……。本当に朱里ちゃんの読み通りだ!)

 

ここまでは予想通り。そして次も予想が合っていれば……!

 

(三振に仕留めてくる球で……来る筈!)

 

(はぁ。それで配球を読んだつもりなら……甘いんだよぉ……!)

 

次に投げてきたのは……!

 

(シュート!?裏の裏を欠いてきた。でも……!)

 

 

カンッ!

 

 

「!?」

 

(よし!朱里ちゃんの言う通り!!)

 

武田さんが打った球は一二塁間を抜けて、ヒットとなった。

 

「よっしゃ!ナイバッチ!!」

 

「でもよくわかったわね。これまで投げてきたシュートとは違って、ストライクゾーンのままに曲がってくるシュートを投げてくるだなんて……」

 

「いや、私も今のは読み違えたよ。あそこの局面だとカーブを投げてくるか、もう1球様子見してくるかと思ってたし……」

 

「えっ?じゃあヨミ先輩はなんであんな綺麗にタイミングを合わせられたんですか……?」

 

「それに関してはさっき耳打ちした時に武田さんに伝えたんだよ。『決めに来る場面では私の予想の裏を欠いてくる球を投げてくる』……ってね」

 

かなり前に息吹さんに言った事がある作戦だ。読み通り、読み通りと来れば、その次はその裏を欠いてくる……。一ノ瀬さんの場合だと相手の空振りを誘うカーブが本命なら、対抗はシュートかシンカー。そして大穴でストレートを投げてくる。

 

(私の予想の裏を欠いてくる球と言っても、目当ての球を投げてくる確率は1/3……。武田さんは武田さんなりの読みを向こうに通して来たんだ)

 

武田さんは投手だから、同じポジションである一ノ瀬さんの投球心理がわかっていたのかも知れないね。だから3択にも勝つ事が出来たんだ……。

 

「でもこれで向こうも配球を考え直す必要が出て来ますね」

 

「それかさっきのヨミちゃんが打ったのを紛れ当たりと捉えてくるか……」

 

「向こうがどちらで対応してくるかで、次の打者の仕事が変わって来ますね」

 

次の打者は中村さん……。左打者だから、まだ私の予測が通ると思っている。

 

(もしもそうならなかった時の事を考えて、中村さんに作戦を伝える必要があるね……)

 

私はしばらく考えた後、中村さんに耳打ちをした。だからなんで中村さんも顔を赤らめるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の一打は上手かったね~。まさか裏を欠いた球にドンピシャのタイミングで打ってくるなんて☆」

 

「読み合いに勝ったのかな……?」

 

「一ノ瀬さん達バッテリーの采配は中々に私好みの配球でした。となると……朱里さんがそれを読んで、武田さんに伝えた可能性が高そうですね」

 

「あー……。確かに瑞希ならやってきそうな配球だよねぇ」

 

「瑞希ちゃんと組んできた期間が長かったから、朱里ちゃんは読む事が出来たのかな?」

 

「そうでもありません。最後に投げられたシュートは恐らく朱里さんにとっても想定外の1球だったと思います」

 

「えっ……?でもヨミは打ったよ?」

 

「朱里さんにとっての想定外を、打った武田さんにとっては想定内に収める……。これも予め朱里さんが伝えた作戦でしょう」

 

「うっ……!なんか朱里も瑞希みたいな事を考え始めてきたな~」

 

「そ、そうだね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……なんか不名誉な扱いを受けた気がする)

 

まぁそれは置いといて、逆転のチャンスがやってきたよ。

 

「よし……!行ってくるか!」

 

「怜、頑張ってね!」

 

ワンアウト二塁・三塁。打席に入るのは3番の主将……。ここから雷轟、春星と続く訳だし、こっちにとっては最大のチャンスと言っても過言じゃない。

 

「あれ?向こう、投手を代えてきたわよ?」

 

「遂に来たね……!」

 

親切高校は主に一ノ瀬さんと『もう1人の投手』でここまで勝ち上がってきている。変化球が主体の投手である一ノ瀬さんと……。

 

 

ズバンッ!

 

 

「は、速い……」

 

「このゴウちゃんの華麗なるピッチング……。打てるものなら、打ってみなさいっ☆」

 

もう1人の投手……それがサードにいたゴウさん。一ノ瀬さんとは対照的にファスト系の球が主体の投手だ。

 

(この2枚看板を上手く操って、ここまで勝ち抜いてきた訳か……)

 

かなり厳しい戦いを強いられているけど、私達だって負けられないね。勝つのは新越谷だ!



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑫

ワンアウト二塁・三塁のチャンス。向こうは投手を一ノ瀬さんからゴウさんに代えてきたようだ。

 

「かなり速いな……」

 

「さっきまで投げていた一ノ瀬さんは球速が控えめだったから、余計に速さを際立てているみたいです」

 

芳乃さんの言うように、一ノ瀬さんは変化球主体のピッチングに対して、ゴウさんはストレートやカットボール等のファスト系の球が主体となる。これまでの試合で見せてきたのはストレート、カットボール、シュートの3球種だけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(くっ!手が出なかった……)

 

「これはかなり厳しそうですね」

 

「一ノ瀬さんも、ゴウさんも、シュートを投げる投手だからね。同じシュート使いでも球速に差があるから、一ノ瀬さんの球を慣れてきた私達からすれば、相当キツい状況なんだよね」

 

実際にこの展開は不味い。親切高校側はこのまま逃げ切りそうな勢いだし……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(よし!なんとか当てられた!)

 

「流石キャプテン!対応が早いです!」

 

「初球のシュートは一ノ瀬さんのシュートを見てきた分手が出なかったけど、こうして球速を想定していけば、対応するのも不可能じゃない。主将は元よりファスト系の対応が早い方だったしね」

 

これに関しては主将だけでなく、今の2、3年生のほとんどの人に言える事だ。洛山高校との試合がなければ、今頃私達はゴウさんの球に手も足も出ずに終わっていた事だろう。

 

「ふーん。これは当てられるんだ……?」

 

ボソッとゴウさんが呟いた。そして不敵な笑みを浮かべた。

 

「それならぁ。このゴウちゃんのとっておきの球を見せてあげるっ☆」

 

とっておきの……球?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「親切高校側は投手を一ノ瀬さんから交代してきましたか……」

 

「かなり速い球投げるよね。あのゴウって子。本職の投手じゃないのに……」

 

「そうでもないですよ。ゴウさんこと剛田星奈さんは元々投手を務めていました」

 

「そうなの?少なくともシニア内では見なかったような……」

 

「中学軟式でエースだったそうです」

 

「瑞希ってよくそんな幅広く情報を集めてくるよね?普通はシニア内が限界じゃない?」

 

「私の場合は趣味の側面が強いですが、高校野球の舞台に上がってくるのはシニアだけでなく、軟式、更には雷轟さんのような1から始めた選手も交じって来ます。ですので早い内から集められる情報は集めておくに越した事はありません」

 

「へぇ……。じゃああのゴウさんの球種とかも把握してるの?」

 

「もちろんです。まだ今大会では投げていない、彼女の決め球も調べました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツーナッシング。ここから投げられるのがゴウさんのとっておきという恐らく決め球だと思われる球……。

 

「これで……三振になっちゃえっ☆」

 

多分ここ数球で1番速い球だ。もしかして決め球はストレート?

 

(速い……けど、打てないって程じゃない!)

 

(……って思ってくれる打者をこの球で一網打尽にしてきたんですよね♪)

 

「なっ!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「い、今のは……スライダー?」

 

「で、でもストレートと同じくらい速かったぞ!?最早高速スライダーの域なんじゃ……?」

 

これは相当厄介だよ。かなり速いストレートに、同じ球速で曲がってくる高速スライダー。この2球種を完璧に打たないと、私達は勝てない。でも……。

 

「行ってくるね!」

 

次は雷轟だ。この局面で頼りになる……新越谷の4番打者だ!



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑬

ゴウさんの球種はストレート、シュート、シンカー、そしてストレートと同速の高速スライダーの4種。現状は速いストレートと、同じ速度で曲がってくる高速スライダーの見極めをどうするか……というのが課題となる。

 

(でもゴウさんの球種と投球スタイル……なんか覚えがあるんだよね。誰かで似た体験をしたような……?)

 

だから雷轟は他の人に比べて、然程動揺していないのかな……?

 

(ここで新越谷の4番か……。勝負をするのはリスクが高い。でも仮に勝負を避けたとしても、次に控えるのはあの陽春星って考えると……。やっぱ勝負しかないよね。せめてあと1点取っていれば、二者連続敬遠で押し出しになってもウチが1点リードしてるから、判断に迷わず済んだのに……)

 

「……まぁここを抑えれば、それも関係ないですねっ☆」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球はストレート。雷轟は球の見極めに入ってるのか、見送っている。まぁコースも際どいところだし、手を出し辛いっていうのもあると思うけど……。

 

(一ノ瀬さんもそうだったけど、ゴウさんもかなり厳しいコースを突いてくる。だから通常かなり手出しがし辛い。でも……)

 

打席にいるのは雷轟だ。地獄の合宿を乗り越えた事によって、球の見極めが他の打者依りも上手くなっている。その成果をここで……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「ちょっと振り遅れちゃった……」

 

投げられたのは再びストレート。雷轟は高速スライダーを待っていたのか、ギリギリまで見極めた影響で少し振り遅れた。振り遅れにしては飛ばし過ぎなんだよね。確実に飛距離150は飛んでるよ……。

 

(うーわ。飛ばし過ぎでしょ……。有栖ちゃんからもらった雷轟遥の情報がなかったら、今の1球でスリーラン打たれてたねこりゃ)

 

あそこまで飛ばされたっていうのに、ゴウさんからは余裕を感じる。個々で動揺が見えないって事に嫌な予感が拭えない……。

 

「これで……三振ですっ☆」

 

「今度こそ……打つ!!」

 

ここで雷轟クラスの選手を抑えるには高速スライダーを投げてくる筈。そして雷轟も高速スライダーを待っているだろうし、ゴウさんもここはスライダーを投げるべきだとわかっている。だからここで高速スライダーを投げてくるのは必然。あとはどちらが上回るか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「よっしゃ!取ったどー☆」

 

「くぅ……!」

 

結果は空振り三振。ここで打てなかったのはかなり痛い……。もしかしたらここで負けてしまう可能性すら出てしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遥ちゃんが三振しちゃった……」

 

「ここで打てなかったのはかなり痛手だね~。ここからは下位に向かうし、新越谷は劣勢になっちゃったよ」

 

「確かにいずみさんの言う通り、新越谷の勝率はここに来て大きく下がりました……が、世の中に絶対はありません。0.1%でも勝勢の可能性があるのなら、そこに抗えば良いだけです」

 

「瑞希がそんな事を言うなんて珍しい……。低い確率は切り捨てるタイプだと思ってたよ」

 

「今回のケースのように、その低い確率から得られるリターンはかなり大きいですからね。多少のリスクを負ってでも強引に勝利に繋がるのなら、私はそのように動きますね」

 

(ただしここからは新越谷が0点に抑えた上で、逆転する必要がありますが……)

 

「……まぁその心配はなさそうですかね」

 

「どうしたの瑞希ちゃん?」

 

「なんでもありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5回、6回と両校0点に抑え、いよいよ試合は7回……つまり最後になるだろう攻防に入る……。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑭

7回表。この回で点が取れなければ、私達が試合に負けてしまう……。私達は円陣を組んで気合いを入れる。

 

「……まだまだ諦めるのは早い。最後まで足掻いて、勝利を目指すぞ!」

 

『おおっ!!』

 

この回は1番からだけど……。

 

「な、なんか作戦とかあるのか?」

 

「一ノ瀬さんの時みたいに相手バッテリーの配球を読んだりとか……?」

 

「朱里ちゃん、どうかな?」

 

さ、最終回に取る作戦にしては博打色が強過ぎる……。確かに必要になるかもとは思って少し考えているけど、ゴウさんの投げるストレートと、高速スライダーの見極めがまだ不完全なんだよね……。あと何故私に聞くのか。

 

「……とりあえず私の推測で良いなら、ある程度は把握が出来ます」

 

「本当にっ!?」

 

うわっ!芳乃さん滅茶苦茶嬉しそう……。それにしてもこの試合は配球の読み合いが多い気がするよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遂に最終回か~。新越谷が負けたままだけど、ここから逆転出来るかな?」

 

「かなり厳しそうだよね……。あのゴウって投手のストレートと、高速スライダーが同速だから、打ち辛いと思うし」

 

「幸いこの回は打順が1番からですので、3人で終わらない限りはまだ新越谷にも突破口があるでしょう」

 

「でも実際アタシ達も他人事じゃなくなるよね?全国大会と県対抗総力戦の事を考えると……」

 

「そうですね。埼玉県大会は激戦区の1つですから、少なくとも新越谷高校と、親切高校の2校の選手データは把握しておいた方が良さそうです」

 

「私達の場合は新越谷の試合がある日に、瑞希ちゃんに連れてってもらってるから、こうして試合データがわかるもんね……」

 

「そう考えると瑞希に感謝しなきゃだね。ありがとっ☆」

 

「別に例を言われるような事はしていませんが……。まぁ元々は私と和奈さんで朱里さんのいる高校が試合をする時に観戦に行く……という話を和奈さんとチャットで話していたのを……」

 

「途中でアタシも行きたいってなったんだっけ?新越谷と練習試合をしてからは朱里の成長はもちろん、新越谷の成長が段々と楽しみになってきたんだよね。だから逐一確認したくなっちゃったんだよ♪」

 

「そこから新越谷の試合がある日で、私達の試合が被ってない日は瑞希ちゃんに連絡して、こうして足を運ぶようになったんだよね。もうすっかり定期を買うくらいには……」

 

「アタシも買ったよ。東東京から埼玉への定期券!それに元々埼玉は地元だし、新越谷の試合の件がなくても、休日なんかは来ちゃうんだよね~☆」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「……そろそろ最終回の攻撃が始まりますよ」

 

「おっとっと……。ここからは熱い勝負が繰り広げられそうだし、集中して観よっか☆」

 

「そうだね……」

 

「無論、そのつもりでいますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

中村さんからの打順だけど、ゴウさんの投げるストレートと、高速スライダーに苦戦している……。中村さんはミート力があるから、確実に繋いでほしいところだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(そう簡単にはいかないって事だね……)

 

中村さん、藤田さん、主将……。この3人の内の1人が塁に出れば雷轟に回るから、希望が生まれるんだけどね……。

 

 

カンッ!

 

 

「よし!打った!!」

 

中村さんが打った打球は三塁線へ……。

 

「はぁ……。極力動きたくないから、余り打ってこないでよね」

 

痛烈なゴロはサードにいる一ノ瀬さんによって阻まれる。

 

『アウト!』

 

「ああっ!?」

 

これでワンアウト。不味い展開になってきたな……。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑮

先頭の中村さんが倒れて、ワンアウト。後がない私達の取った行動は……。

 

「すみません。あとを……お願いします」

 

「……任せて。きっと怜に繋いでみせるわ」

 

藤田さんの代打として、藤原先輩が出る。ファスト系の球に強いから、心強くはある……。

 

「理沙先輩っ!頑張ってください!!」

 

「お願いしますっ!」

 

藤原先輩が右打席に立ち、ゴウさんと対峙する。

 

(ここで代打で出て来たって事は……確実にゴウちゃんの投げる球種に強い選手なんだろうなぁ。出来れば3人で切って親切高校大勝利♪ってなるのが理想なんだけど、有栖ちゃんの予定通りでは確実に向こうの4番……雷轟遥に回ってくる)

 

「…………」

 

(とはいえゴウちゃんにはもう相手打者に投げる事しか出来ない訳だし……。ああもう!腹括って投げますよっ!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「相変わらず速いな……」

 

「でも飛ばし過ぎなのか、前の回辺りからゴウさんの制球が乱れてるし、ここはチャンスだよ!」

 

芳乃さんの言うように、ゴウさんの制球が乱れつつある。元々野手であるゴウさんがハイペースで投げ続けていると、あのようにスタミナ切れになる。

 

(でも球速はまだ落ちてないんだよね。流石は親切高校のもう1人のエースってどころか……)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「良いぞ理沙先輩ーっ!」

 

「粘れ粘れ~っ!」

 

高速スライダーに対しても問題なく合わせられているし、急にストレートを投げられても藤原先輩を見ていればアジャストも難しくなさそうだ。

 

(追い込んだ……。有栖ちゃんはここの局面に対して私の好きなようにやれって言ってるから、ここは是非とも仕留めたい。これで……三振だよっ☆)

 

投げられたのは恐らく決め球であろう高速スライダー。

 

(朱里ちゃんの予想通り……!待ってて良かったわ!)

 

 

カンッ!

 

 

『やった!!』

 

藤原先輩が打った打球は三遊間抜けてヒットとなった。これでワンアウト一塁だ。

 

(ここで不味いのは併殺を取られる事だけど……。主将ならその心配もないかな)

 

主将も下手に手を出すくらいなら、三振で雷轟に回す方が期待値が高いってわかってるだろうしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い展開になってきましたね。これなら併殺にならない限りは雷轟さんに打席が回ってくるでしょう」

 

「だね~。そして回ってくる遥の打席が……」

 

「新越谷にとって最後のチャンス……って事だよね……」

 

「そうなりますね。問題はその雷轟さんが歩かされると、新越谷の勢いが大幅に落ちてしまう事ですが……。まぁその心配は無用かも知れません」

 

「えっ?どうして……?」

 

「雷轟さんの次の打者は陽さんで、仮に陽さんも歩かされたとしても新越谷の代打攻勢を考えると、一打逆転のチャンスは未だに継続ですからね。逆に親切高校側は確実にここで併殺を取りに行く必要があります」

 

「確かに……。親切高校の守備もゲッツーに対応する為のシフトになってるね」

 

「じゃあゲッツーにならなかったら、親切高校側が不利になるって事?」

 

「どうでしょうか。それも向こう次第だと思いますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カウントは早くもツーナッシング。しかも徹底的に併殺狙いの球種とコースにしか投げてこない。先の事を考えれば、確かにそれが合理的ではあるのか……。

 

(負けない……負けたくない!ゴウちゃんをここまで育ててくれた親切高校野球部の為にも、絶対に勝ってみせる!)

 

3球目に投げられたのも併殺を打たせようとしている球種とコースだった。主将はこれに対して……。

 

(どうする?下手に手を出せば併殺、出さなくても三振になってしまうだろう……。ならここの判断は……!)

 

 

コンッ。

 

 

『バント!?』

 

主将が取ったのは送りバント。この局面で決められるのは凄い。しかもバントするには難しいコースだったのに……。

 

(これで……間違いない筈だ。仮に理沙がセカンドで刺されたとしても、私までアウトにする余裕はシフト的にもないからな)

 

(くっ!シフト的にアウトは……1つしか取れない!)

 

「1つ!!」

 

ファーストがボールを取って送球。

 

『アウト!』

 

結果的にはアウトになったけど、これでツーアウト二塁。そして打席に入るのは……。

 

「よーし!!」

 

我等が新越谷の4番、雷轟遥だ……。



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑯

ツーアウト二塁で打席には雷轟。一打同点、一発逆転のチャンスだ。

 

「遥ならゴウさんの投げる球には比較的に強めだから、期待してしまうな」

 

「前の打席では三振になっちゃったけど、今の遥ちゃんならきっと大丈夫だよ!」

 

私だけじゃなく、皆からも雷轟の信頼は厚い。これまでの試合で雷轟は結果を残しているから、そして雷轟の人間的にここまで信頼されているんだろうね。

 

「あれ?向こうのマウンド……」

 

武田さんの一言に全員がマウンドに注目する。そこには……。

 

「はぁ……」

 

一ノ瀬さんが溜め息を吐きながら地面をならしていた。まさかこの局面で再び一ノ瀬さんがマウンドに上がるなんて……。

 

「一ノ瀬先輩の性格的に再びマウンドに上がる……なんて事はないと思いましたが……」

 

「上がってるね。ちょっと……いや、かなり意外……」

 

木虎と初野の言うように一ノ瀬さんの性格を考えると、1度降りたマウンドにもう1度上がるなんて考えられなかった……。

 

(何か心境の変化でもあったのかな……?)

 

そう思いながら、私は一ノ瀬さんと雷轟の対決に注目する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ま、不味い……。不味い不味い!まさかここで雷轟遥に回ってくるなんて……!前の打席では運良く打ち取れたけど、この打席でも同様にいく保証はないし、有栖ちゃんからは雷轟遥との勝負は避けないように言われてるし、そもそも避けたとしても、後続の攻撃的な打者に打たれちゃったら意味ないし、一体どうすれば……!)

 

「大丈夫、大丈夫……!」

 

「いや、どう見ても大丈夫じゃないでしょ……」

 

「は、羽矢先輩!?」

 

「私が言うのもなんだけど、そんな精神状態で投げるのは無理でしょ。まだ1年生の後輩がそこまで重荷を背負う必要はないよ……」

 

「羽矢先輩……。なんからしくないですね?」

 

「言ってて自分でもこんなの私じゃないってわかってるから、わざわざ指摘しないでよ……。とにかくあとは私が投げるから」

 

「でもありがとうございます。羽矢先輩の勇姿をサードから見ていますねっ☆」

 

「勇姿とかそんなんじゃないよ。私はただ良いとこ取りをしてるだけ……」

 

「良いとこ取りってそんな事は……」

 

「ほらサードに行った行った。私の気が変わらない内に……」

 

「……羽矢先輩、雷轟遥は手強いですよ?」

 

「そんなのわかってるよ……」

 

(坂柳からは雷轟遥との勝負は今後の為に必須って言われてるし、面倒くさい……。でも剛田の責任にするのは違うしなぁ……)

 

「はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一ノ瀬さんの圧が凄い。多分精神がLowになっているんだろうね。それも今までで1番……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

その証拠に変化球の変化もこれまでで1番大きい。少なくとも初見で打つのは無理だ。

 

(凄い球……!でも私だって負けられないよ。絶対に打ってみせるからね!)

 

(うわぁ……。なんでそんな闘気ギラギラなの?相手するこっちの身にもなってほしいよ。でもあの精神状態の剛田に相手させるにはかなりキツかっただろうし、仕方ないかぁ……)

 

「はぁ……」

 

雷轟が打つか、一ノ瀬さんが抑え切るか……。勝負の行方はあの2人が握ってる。この球場にいる全員が息を呑んでこの打席に注目している。雷轟には頑張ってほしいね……!



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県大会決勝戦!新越谷高校VS親切高校⑰

カウントはワンナッシング。2球目に投げられたのは……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

ボールゾーンへ逃げるシュート。1球目に投げたシンカーも今日1番のキレと変化量だ。雷轟もよく今の球を振らなかったものだよね……。

 

「…………!」

 

(私の持てる全てをこの打席に注ぎ込む……!この私がここまで本気になってるんだから、納得のいく結果じゃなかったら承知しないよ……?)

 

次もシュート。2球目とは違って、ボールゾーンからストライクゾーンへと曲がってくる1球だ。

 

「……そこっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

「ちっ……!タイミング完璧かよ」

 

(でも……まだ負けてはない)

 

『ファール!』

 

雷轟の打つタイミングは良かった。でも少し差し込まれたようにも見える。変化量だけじゃなくて球威も上がってる……?

 

(これまで見た変化球の中でもトップクラスのものだったよ。間違いなく、全国クラスの変化球……。流石は朱里ちゃんの先輩さんだよ!)

 

(今のでもまだギラ付いた表情を……。本当、この手のジャンキーは面倒くさい。でも追い込んだ……。ここからは私の決め球を投げ続ける。せいぜい着いて来てよね。坂柳が満足するような結果が見たいって言ってるんだから……!)

 

ツーストライクとなった現状、確実に仕留める為に一ノ瀬さんの決め球であろうカーブを投げ続けるだろう。むしろカーブ以外に雷轟を抑えられる可能性がない事を一ノ瀬さんもわかってると思うしね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

今、繰り広げられている戦いは……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

雷轟と一ノ瀬さんの意地がぶつかり合っている……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

これで4球連続でファール。しかも何れも場外へと飛んでいる。球場の外がボールでいっぱいになってそう……。

 

(でも雷轟の飛ばす飛距離が少しずつ、小さくなっている。一ノ瀬さんの球威も上がっている事がわかる)

 

(まだ粘ってくる。さっさとくたばってほしいよ全く……)

 

(球の勢いが段々と上がってきてる……。これが私の求めていた野球像なんだよね!もっともっとこんな勝負がしたいよ!)

 

雷轟が心なしか楽しそうだ。そういえばこの試合が終わったら風薙さんに会いに行くって言ってたけど、どうせなら勝って行った方が良いよね。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

またまたファール。でもこの競り合いはそう長くは続かない。恐らく次の1球で決まる……!

 

(これで……三振しちゃってよ……!)

 

(この球を打って、試合に勝って、私はお姉ちゃんに会いに行くんだ……!!)

 

 

カキーン!!

 

 

雷轟が打った。その打球はセンター方向へと伸びて行き……。

 

(はぁ……。こんな心臓に悪い勝負、2度とごめんだよ。でもまぁ悪くはないんじゃないかな)

 

そのまま場外へと消えていった……。

 

「や、やった……」

 

『やったーっ!!』

 

打った雷轟も含めた全員が声を大にして喜んだ。この一打で勝ち越す事が出来たんだから……。

 

(まぁまだ裏の回が残っているから、油断は出来ないけど……)

 

今はこの喜びを噛み締めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

(想像以上の結果になりましたね。一ノ瀬先輩の進化に、雷轟遥さんのここ1番で発揮される打力、他にも埼玉代表メンバーである中村希さん、岡田怜さん、山崎珠姫さん、武田詠深さんの能力を直に見れたのも収穫ですね。早川朱里さんだけはこの場で見せてはくれませんでしたが、何れにせよ鈴音さんに良い報告が出来るのは間違いないでしょう。まぁ過程はどうであれ……)

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

「予定通り、新越谷高校の勝利ですね」



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終わりと始まり

『アウト!ゲームセット!!』

 

雷轟が逆転のホームランを打ち、武田さんが危なげもなく抑えて、県大会の決勝戦は4対3で私達が勝利した……。

 

『やったーっ!!』

 

雷轟が逆転のホームランを打った時と同様に、全員の声が木霊する。正直私もアドレナリンが出まくっているよ。この試合は出番なかったけど……。

 

「この試合のMVPは間違いなく遥さんですね!」

 

「白菊ちゃんも凄かったよ!」

 

大村さんと雷轟が互いを褒め合ってる。2人共今日の試合の打点者だもんね。違ったタイプのスイングを極めているスラッガーだ。

 

(……というか冷静に考えて、今日の試合の得点が全てホームランによるものって凄いな)

 

大村さんが先制でツーランを放ち、ゴウさんに逆転のホームランを打たれ、雷轟が逆転のツーランを放った……。

 

「理沙も1打席でよく打てたな!」

 

「怜も咄嗟の判断でのバントは良かったわよ!」

 

主将と藤原先輩も褒め合ってる……。確かに価千金の活躍だったから、気持ちは凄くわかる。

 

「……皆さん。勝利の余韻に浸るのも良いですが、これはまだ始まりに過ぎません。気を引き締めていきましょう」

 

『はいっ!!』

 

藤井先生の言う通り、これはまだ始まりなんだよね。全国にもなると、今試合した親切高校よりも手強い相手はきっと沢山いる。そして今年は県対抗総力戦もある……。私達にとっては実質全国大会が2度あるようなものだしね。

 

(私も武田さんに負けないように、頑張ろう……!)

 

今日の武田さんのピッチングを見て、より一層ライバル心が芽生えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイスゲームだったね~!」

 

「う、うん。どっちが勝つかギリギリまでわからなかった……」

 

「勝負そのものは拮抗していましたが、地力の差が少しずつ出始めていましたね」

 

「えっ?そうなの?」

 

「はい。過程はどうであれ、最終的には新越谷が勝っていたでしょう。新越谷高校野球部は今年再建したばかりですし、1年間しっかりと実力を付けてきた上に、優秀な新入部員が入った新越谷の方が有利な試合でした」

 

「そ、それって向こうは知っていたのかな……?」

 

「新越谷側はどうか知りませんが、親切高校側はどこかわかっていたかのようにプレーしていた節がありますね。互角の勝負を繰り広げているなら、地力が高い方が勝つ……。これはそういう試合でした」

 

「で、でも親切高校は決勝までちゃんと勝ち上がって来たよ?」

 

「相性やデータの有無も関係していそうですが、その相手に勝つ実力があったのも間違いありません。新越谷との試合も決勝戦でなく、初戦ならまた結果は変わっていたでしょう」

 

「はぇ~!そう考えると、ダークホースってのはやっぱ恐ろしいね~」

 

「まぁいずみさんも身を持って味わっているでしょうし、データがないというのは恐ろしいものです」

 

「瑞希ちゃんが言うと、言葉の重味が違うね……」

 

「だから私はなるべく多くのデータを収集しています。それに今年は全国大会に加えて、県対抗総力戦も控えてますしね」

 

(そして県対抗総力戦の舞台で何かが起ころうとしている……。5年前に行われたエクスリーグの世界大会決勝戦後に起こった現象と同じ何かが……。より早く対応が出きるように、行動する必要がありますね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次は全国……。様々なライバルが立ちはだかるし、気を引き締めていかないとね……!



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総力戦準備……完了

今回は三人称視点です。


とある一室にて。

 

「お疲れ様です。鈴音さん」

 

「有栖もお疲れ。さっきまで決勝戦だったんじゃない?」

 

「はい。電話で報告しましたが、改めて……。試合は予定通り新越谷高校が全国出場の切符を入手しました」

 

「去年の秋大会が例外なだけで、基本的には負けないからね。あのチームは……。しかも今年入った新入部員で更に補強されたしね」

 

「新越谷に入った部員といえば……『彼女』がいましたね」

 

「まぁ今回の県対抗総力戦には参加出来ないけどね。『彼女』には私達で色々と手解きしたし、誰にも負けないポテンシャルを秘めてるし、今後の成長に期待出来るよ」

 

「『彼女』……猪狩泊さんのスペックは確かに計り知れません。もしも同じ時間に野球を始めたとしたら、きっと誰にも負けない選手になっているでしょうね。それこそ風薙彼方さん、神童裕菜さん、大豪月さんにも……」

 

「あの子の場合は親がトッププロのベテラン選手だし、その血を受け継いでいるというのが理由の1つかもね。そして本人も気付いていない野球意欲がある……」

 

「その意欲私持ってして、母親を越える力を得ようとしているのが恐ろしいところだね。そして周りの投手陣も強力な選手ばかり……。あの子が更なる成長をする要素がてんこ盛りだよ」

 

埼玉代表監督である大宮鈴音は埼玉の高校……新越谷高校野球部にいる猪狩泊を大きく評価している。それは埼玉代表マネージャーの坂柳有栖も同等に……。

 

「……で、話を戻すけど、データの方はどう?」

 

「バッチリです。特に新越谷のあの5人のデータは充分に得られたかと」

 

「5人?あと1人は出なかったの?」

 

「そうですね……。早川朱里さんの方は準決勝に投げた影響か、試合には出ていませんでした」

 

「出来れば決勝戦のデータがほしかったけど、まぁそこまで贅沢は言えないか……」

 

「代わりに投げていた武田詠深さんのデータが取れました。中々の球を投げています」

 

「……そういえば彼女も社長が提示した特別メニューをこなしていたね。それなら本来早川さんにさせる予定だったのを代わりに武田さんにするのも良さそうだ」

 

「県対抗総力戦の舞台は全国大会と同じ西宮……。成程、『あの練習』の事ですね?」

 

「かなりキツい思いをするだろうけど、得られるリターンはかなり大きい。無理強いさせるつもりはないけど、もしも武田さんが『あのメニュー』を完遂させる事が出来たならば……」

 

「また……規格外の、最強と呼ばれる投手の1人が育成される訳ですね?」

 

「そうだね。まぁ武田さん次第ではあるんだけどね……」

 

この県対抗総力戦にて、武田詠深が更なる成長をする事に……?

 

「……いよいよですね」

 

「そうだね。有栖、マネージャーの方よろしくね?」

 

「もちろんです。鈴音さんの足を引っ張らないようにします」

 

「そこに関しては特に疑ってないよ」

 

もうすぐ始まる。どこの都道府県が最強かを決める戦いが……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

県対抗総力戦 埼玉選抜 代表選手

 

 

・新越谷高校 岡田怜 外野手

 

・新越谷高校 武田詠深 投手(内野手)

 

・新越谷高校 中村希 内野手(外野手)

 

・新越谷高校 早川朱里 投手(外野手・捕手)

 

・新越谷高校 山崎珠姫 捕手

 

・新越谷高校 雷轟遥 内野手(外野手)

 

・親切高校 一ノ瀬羽矢 投手(内野手・外野手)

 

・親切高校 剛田星奈 内野手(投手)

 

・親切高校 鈴木美希 外野手

 

・咲桜高校 太刀川広美 投手(内野手)

 

・咲桜高校 友沢亮子 内野手(投手)

 

・咲桜高校 松井遥菜 内野手(外野手)

 

・柳川大附属川越高校 朝倉千景 投手

 

・柳川大附属川越高校 志木蓮華 捕手(外野手)

 

・姫宮高校 金子小陽 内野手

 

・姫宮高校 番堂長子 内野手

 

・姫宮高校 吉田美月 投手(外野手)

 

・稜桜学園 泉こなた 投手(外野手)

 

・稜桜学園 柊かがみ 内野手(捕手)

 

・梁幽館高校 橘はづき 投手(外野手)

 

・梁幽館高校 村雨静華 外野手(捕手・内野手)

 

・深谷東方高校 松岡凛音 投手(内野手)

 

・美園学院 三森朝海 内野手(外野手)

 

・美園学院 三森夜子 内野手(外野手・投手)

 

・美園学院 三森夕香 内野手(外野手)

 

 

埼玉選抜代表マネージャー 親切高校 坂柳有栖

 

監督 大宮鈴音



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最終章 燃え尽きるぜ~
埼玉選抜代表選手集結


親切高校との試合から2日。私宛に封筒が届いていた。

 

(まぁ大方予想は出来るけど……)

 

内容は予想通り県対抗総力戦についてで、選抜代表選手の顔合わせをする為に、大会を行った球場まで来てほしいとの事だった。そういえば私以外に誰がいるのかわからないんだっけ……。

 

ちなみに明日には西宮へと向かわなきゃ行けないという。かなりハードスケジュールだよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、目的地に到着。

 

(さて……。誰がいるんだろうか?)

 

1人でも知り合いが多ければ良いんだけど……。そう思って中に入ると……。

 

「あれ?朱里ちゃん!」

 

そこには雷轟がいた。とりあえず1人知ってる人がいて良かったよ……。

 

「やっぱり朱里ちゃんも選ばれてたんだね!」

 

「まぁ……って雷轟だけ?まだ誰も来てないの?」

 

「多分もうすぐ来るんじゃないかなぁ?」

 

雷轟と2人ポツンと待っていると、2人組が球場へと入ってきた。

 

「むむぅ。1番乗りじゃなかったか……」

 

「でもまだ全然いないわね。やっぱ来るのが早かったのよ」

 

「またまたそんな事言って~。かがみも楽しみにしてたじゃん」

 

「なっ……!う、うるさい!」

 

あの2人は稜桜学園の泉さんと柊さんだ。双子の姉の方……だよね?

 

「こんちゃーっ!君達も総力戦の代表メンバーに抜擢された選ばれし者かね?」

 

「そ、そうですね……」

 

「はいっ!」

 

ちょっと緊張している私に対して、雷轟は元気いっぱいに答える。

 

(そういえば雷轟は試合が終わった翌日に風薙さんに会いに行ったみたいだけど、その事について何も言ってないな……。何か成果があれば、何かしら報告してそうな気もするけど……?)

 

でも雷轟はいつも通りだし、まさか空元気って事はないよね?

 

「雷轟遥さんと、早川朱里さんよね?新越谷の……」

 

「私達の事知ってるんですか!?」

 

「いや、試合したんだし、知ってはいるでしょ……」

 

むしろ知らなかったら、ちょっと意識しなさ過ぎでしょ……。

 

「中々良い突っ込みだね早川さん。これはかがみも負けてはいられないんじゃないの~?我が稜桜学園の突っ込みマイスターとして」

 

「いつから私にそんな称号が付いたのよ……。ごめんね早川さん。このちっこいのが」

 

「痛い痛い。かがみんはちょっとは加減というものを……」

 

柊さんが泉さんの頭をグリグリしながら、私に謝罪してきた。確かに泉さんは小柄だけど、清本よりは大きいよね。1センチくらいしか差がないけど……。

 

「まぁここに来てるって事はこれからは同じ選抜メンバーって事だし、これからよろしくね?」

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

柊さんとの挨拶の後、続々と人が入ってきた。

 

「はぁ。帰りたい……」

 

「駄目ですよ羽矢先輩。帰るのは顔合わせが終わってからです」

 

「このゴウちゃんが輝くチャンスがまた来るなんて……!楽しみっ♪」

 

親切高校から一ノ瀬さん、鈴木さん、ゴウさん。

 

「ふむふむ。選抜選手の集まりってだけあって、点数の高い奴ばっかだナ。平均75点は固い!」

 

「人を品定めするような事はするな。失礼だろう」

 

「まぁまぁ亮子。遥菜も悪気がある訳じゃないし……」

 

咲桜から松井さん、太刀川さん、友沢。

 

「朝倉さんは受験勉強の方は順調ですか?」

 

「ぼちぼちかな?だからこうしてここに赴いている訳だしね」

 

柳大川越から朝倉さんと志木さん。

 

「ちょ、ちょっと緊張してきたかも……」

 

「大丈夫ですよ小陽先輩。リラックスリラックス!」

 

「むしろ長子はリラックスし過ぎなんじゃ……」

 

姫宮から金子さん、吉田さん、番堂さん。

 

「大分豪華な顔触れだね~!」

 

「我々も梁幽館代表として頑張っていくでござるよ」

 

梁幽館から橘と村雨。

 

「大会ではいまいち振るわなかったけど、この総力戦で挽回しましょう」

 

「そうだね。あの日は夜子の料理を食べられなかったし、総力戦がある期間は夜子にお弁当を作ってもらうってのはどうかな朝海姉さん?」

 

「本人をそっちのけで話を進めるのは良くない……」

 

美園学院から三森3姉妹。相変わらず会話から突っ込み所が。そして……。

 

「朱里ちゃん、遥ちゃん!」

 

「やっぱり2人も選ばれてたんだね」

 

「一緒に頑張ろ?」

 

私達新越谷から武田さん、山崎さん、中村さんが。それと……。

 

「同じチームとしてよろしくな」

 

「私も、よろしくね」

 

主将が深谷東方の松岡さんと一緒にいた。なんでこのペア?

 

「おっ?皆揃っているみたいだね」

 

「やる気があるのは良い事です」

 

そして最後に2人入ってきたのは……。

 

「この埼玉選抜の監督として抜擢された大宮鈴音だよ。何人かは会ってる子もいるけど、総力戦が終わるまでの期間……共に頑張っていけたら良いと思ってるよ」

 

「埼玉選抜の代表マネージャーの坂柳有栖です。普段は親切高校のマネージャーをしていますが、総力戦期間中はこの埼玉選抜のマネージャーとして皆さんをサポートさせていただきます」

 

(県対抗総力戦の監督と代表マネージャーは高女野連が全国各地から抜擢されるって話だったけど、そっちも知り合いだったとは……)

 

入ってきたのは親切高校のマネージャーをしていた坂柳さんと、洛山主宰で行われた地獄の合宿先……獄楽島で会った大宮さんだった。




遥「今回から最終章だよ!」

朱里「いよいよこの小説も完結に近付いてきたね……」

遥「だから最終章にちなんで……!」

朱里「ちなんで?」

遥「オリキャラの挿絵を変更します!」

朱里「なんで?どこに最終章要素があるの?1ミリもないじゃん……」

遥「記念すべき1人目は……!」

朱里「聞いてないし……」

遥「じゃんっ!当小説の外伝の主人公の1人でもある清本和奈ちゃんです!」

朱里「えっ。清本……?」

遥「変更後がこちらっ!」



【挿絵表示】



朱里「……誰これ?」

遥「和奈ちゃんだよ?朱里ちゃんは6年間同じチームで野球したでしょ?」

朱里「いやそうなんだけど……。最早別人だよねこれ?多方面から整形したって言われなきゃ良いけど……って待って?1人目って事はこれからも挿絵の変更があるの!?」

遥「あと2人は変わる予定だよ!ちなみに作者の中でその人物は決まっている……!」

朱里「さ、最低であと2人も餌食になるんだ……。果たして読者は作者の暴挙を受け入れられるのかな……?」

遥「ではまた会いましょう。さよならっ!」


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埼玉代表の始まり……そして波乱の始まり

「まずは顔合わせ……という事で、こうして埼玉選抜代表メンバーである君達に来てもらった。昨今の事情により個人に通知を送り、良い返事をもらってここにいる……。私達埼玉代表の目的は優勝あるのみという単純なものだけど、ここにいる皆で協力していけたら良いと思ってるよ。総力戦が終わるまでの間、よろしく頼むよ」

 

「埼玉代表のサポートは僭越ながら私が精一杯やらせていただきます。至らない点がございましたら、言ってくださいね」

 

大宮さんと坂柳さんが簡潔に挨拶を済ませる。

 

「詳しい事は明日現地である西宮で説明するから、今日は皆をまとめるチームリーダー……もといキャプテンを決めようかな」

 

そう言って大宮さんが私達をじっと見た。なんだろう?この見透かされるような感じは……。

 

「……じゃあここは新越谷高校の主将である岡田さんにお願いしようかな?」

 

「は、はい!」

 

選ばれたのは岡田主将でした。まぁ一応優勝高校だし、妥当な人選ではあるのかな。

 

「今日のところはこれで解散にする。詳しい事なんかは明日から西宮で行うキャンプで説明させてもらうよ。今日のところは身体をしっかり休めて、明日以降に備えてね」

 

ちなみに私達新越谷野球部と、選ばれた選抜メンバーはそれぞれ別のバスに乗って、西宮へと向かう事に。

 

『…………!』

 

それぞれがそれぞれの想いを秘めて、西宮へと向かう……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。私達新越谷野球部はバスに乗って、西宮に。

 

「県対抗総力戦かぁ……。埼玉で試合したあの人達とチームを組んで試合が出来るなんてワクワクするよ!」

 

「でも代表メンバーに選ばれてない事が意外な人が結構いるよね」

 

例えば橘と村雨がいる梁幽館で言えば、高橋さん、吉川さん、小林さんが該当しないのが意外だ。受験勉強が控えているから……という理由を高橋さんから聞いた時は余裕がないのか、或いは万全の態勢で受験に臨みたいのか……と思っている。まぁ高橋さんの場合は後者だろうね。

 

他にも美園学院の園川さん、咲桜の工藤さんとかも同乗の理由で断っていそうだ。そう考えると受験生というのは大変だ。もうすぐ他人事じゃなくなると……考えたくない。

 

受験生に当てはまらない人に焦点を当てると、柳大川越の大島さんかな?ポジション的に競争率が高いというのが理由として考えるのが妥当だろうか?三森3姉妹や村雨がいると、どうしても大島さんが霞んでしまうし……。いや、これに関してはあの4人が可笑しいだけか。

 

「でも私達新越谷はまず全国大会が控えているからね!」

 

「そして全国大会の日程が終了してから、県対抗総力戦になるんだよね……」

 

まぁその前に代表メンバーによるキャンプがある。チームワークを高めていけたら良いな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なんて思った矢先。

 

「アンタと寝泊まりなんてご飯が不味くなるよ!」

 

「それはこっちの台詞!荷物まとめて出ていったら!?足手纏いが減って精々するし~?」

 

番堂さんとゴウさんが口喧嘩をしていました。大丈夫かな?前途多難なんだけど……。



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口喧嘩

私達が埼玉代表の宿舎に到着すると、番堂さんとゴウさんが口喧嘩をしていた。一体この2人に何があったんだろう……?

 

「ほら、荷物まとめて出て行ったら!?」

 

「その台詞をそのまま返すっての!」

 

私達が対戦した時は2人共感じの良い子だった印象なのに……。まぁゴウさんはちょっとあざとい感じはしたけどね。

 

「ゴ、ゴウちゃん、落ち着いて……」

 

「長子も止めな。揉め事は皆に迷惑掛けるし……」

 

ゴウさんを鈴木さんが、番堂さんを金子さんがそれぞれ諌める。多分ゴウさんと番堂さんの蟠りなんとかするのが県対抗総力戦を勝ち抜く為の分岐点の1つになりそうだ。

 

「はいはい。番堂さんも剛田さんも一旦落ち着いてね。今から大事な事を話すから」

 

しばらくしてから坂柳さんと一緒に来た大宮さんがそう言った瞬間、口喧嘩していた2人が黙った。私も感じたけど、大宮さんから発している威圧感が2人をそうさせているんだと思う。見た目はとても優しそうな女性なのにね。

 

(一体どんな経験をしたら、そんな大宮さんが恐ろしいくらいの威圧感を発する事が出来るんだろうか?)

 

地獄の合宿の時に大宮さんが少しだけ話した異世界での経験が大宮さんをそうさせているんだと思うけど……。

 

「今から話すのは新チームのスタメンについて……」

 

『!?』

 

新チームのスタメンという言葉に全員が反応した。まぁこれから他県の猛者達と戦う為のスタメンだし、かなり重要視されるからね……。

 

「まぁ君達の実力はある程度把握はしてるけど、それぞれの相性なんかもあるから、一概には言えない。だから細かいあれこれを確認してから、スタメンを決めようと思う」

 

改めて全員の実力をチェックするつもりなのかな?この宿舎の近所には練習用のグラウンドもあるし……。

 

「言っておくけど、その場で決まったスタメンだけが全てじゃないからね。是非とも気楽にやってほしい」

 

大宮さんはああ言ってるけど……。

 

『…………!』

 

(選手全員から緊張が伝わってくる……。いくらスタメンを試行錯誤すると言っても、決められるスタメンが大事なのは確かだし、アピールしていきたいからね)

 

そしてそれは私も例外ではない……。しっかりと出来るアピールをやっていけば良いかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

移動して練習用グラウンド。大宮さんの説明によると、今から5対5のミニゲームをするみたいだ……。川越シニアでやった5対5の試合と多分似たようなものだろう。

 

「じゃあまずは最初の4人……Aチームから決めるよ」

 

再び大宮さんは全体を見渡す。何をどう決めようとしているのか……。

 

「……1人目は親切高校の剛田さん」

 

「はーい!監督もゴウちゃんって呼んでね☆」

 

「まぁ考えておくよ。それで2人目は……姫宮高校の番堂さん」

 

「ゲッ……!」

 

ば、番堂さん滅茶苦茶嫌そうなしてる……。ゴウさんも表情を歪めてるし、本当に大丈夫なのかな?

 

「3人目、新越谷高校の武田さん」

 

「よーし!頑張るぞ~っ!」

 

「4人目、同じく新越谷高校の雷轟さん」

 

「ヨミちゃん、頑張ろうねっ!」

 

新越谷からは武田さんと雷轟か……。チームの最強格2人がいると、多少は心強くなるだろう。

 

「最後5人目は……柳川大附属川越高校の志木さん」

 

「はい」

 

最後は志木さんか……。流石に新越谷から3人は多かったか。

 

「じゃあ次はBチームの……」

 

「ちょちょちょ……!待ってくださいよ!監督もさっきの見てましたよね!?あんな人を見下してるあざとい奴とは組めませんよ!!」

 

「はぁ!?アンタが選り好み出来る立場じゃないでしょ!このゴウちゃんと組めた事を光栄に思いなさいよ!!」

 

また喧嘩が始まったよ……。

 

「穏やかじゃないなぁ……。同じチームのよしみで仲良くやってほしいんだけど?」

 

大宮さんがゴウさんと番堂さんに仲良くやってほしいと言ってるけど、これじゃ難しいかもね……。

 

「それに組まれたメンバーといつまで経っても馴染めないようじゃ、大会では使い物にならないよ」

 

「「……っ!」」

 

多分大宮さんは番堂さんとゴウさんが埼玉内では雷轟に負けないくらいのスラッガーだとわかっているから、このチームを組んだんだと思う。そして2人の蟠りさえなくなれば、きっと埼玉代表が優勝に1歩近付くという事も……。



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亀裂……!

それからもEチームまで各チーム5人ずつ組まれていき……。

 

「これで各チームはそれぞれ投手が出来る人と捕手が出来る人が1人ずつと野手3人に別れたと思う」

 

大宮さんが組んだチーム編成は見事に良いバランスとなっている。Aチームにややバランスが崩れている気配があるけど、きっと組まれた意味があるんだと思う。特に志木さん以外の4人には……。

 

「……じゃあルールの説明に入るよ」

 

全員が静かになったのを確認すると、大宮さんがミニゲームのルール説明に入った。

 

「イニングは5回まで、ベースは一塁、三塁、本塁の三角ベースを使うよ。投手と捕手以外の守備位置は各チームの判断に任せるね」

 

簡単なルール説明が終わり、いよいよミニゲームが始まる……。

 

「まぁこのゴウちゃんがいるから~、Aチームの勝利は固いよね~♪どっかの誰かさんが足を引っ張らなきゃ……だけど?」

 

「何を偉そうにものを言ってるのよ!アンタこそ怠けた守備しないでよね!?」

 

Aチームは後攻。守備位置はゴウさんがサード、番堂さんがファーストだ。この2人の口喧嘩はいつになったら止まるんだろうか……。

 

「だ、大丈夫なのかな……?」

 

「私達でAチームを引っ張って行こう!」

 

投手に武田さん、外野に雷轟が守る。ここ最近の試合では見てないけど、トンネルなんてしないでよ雷轟……?

 

「……自分はもしかしてストッパーとして選ばれたのかな?でもそれなら捕手枠は新越谷の山崎さんの方が向いてると思うし……」

 

最後に捕手の志木さん。口喧嘩してる2人はもちろんの事、武田さんも雷轟もアクセル担当だから、Aチーム唯一乗ってブレーキ担当として頑張ってほしい。胃痛には気を付けてね。

 

「そうそう。言い忘れていたけど、ここでは打撃と守備を重点的に見たいから、投手はストレート1本でお願いするよ」

 

大宮さんが最後に補足。尤もな事を言ってはいるけど、多分本当の目的はAチームの実力を確認したいんだと思う。私が大宮さんの立場だったらそうするし……。

 

「別にそんな縛りはいらんのに……。ヨミちゃん、遥ちゃん、ここでは敵やけんね!」

 

Bチームの先頭打者は中村さん。不安要素は色々ある(主にAチームに対して)けど、この試合はどうなるか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、試合は進んで4回。結果だけ言えば、乱打線となっている。

 

「甘いねっ☆」

 

 

カキーン!!

 

 

「負けるもんか!」

 

 

カキーン!!

 

 

「私だって!!」

 

 

カキーン!!

 

 

ちなみにゴウさん、番堂さん、雷轟の順番で続いている。3人共豪快に飛ばしてくる。

 

「あの3人が続くと気持ち良いくらいに打つわね……」

 

「そうだな。それでもBチームが優勢なのは、きっと……」

 

柊さんの言う通りあの3人が得点源となっているのは確かだけど、主将の言う通りAチームは劣勢でもある。そしてその理由は……。

 

 

カンッ!

 

 

「内野の間を抜けたっ!」

 

「前進していた外野の後ろに飛んだ!回れ回れ!!」

 

前進気味に守っていた雷轟の後ろへと打球が。そして更に……。

 

「ちょっと!今手を抜いてたでしょ!?しっかりと守りなさいよ!?」

 

「私に指図するんじゃないわよ!アンタ何月生まれ!?私は10月よ!」

 

この2人がプレー毎にほぼ毎回このように喧嘩してるから、守備がグダグダになるんだよね……。

 

「誰か中継に入って~!」

 

雷轟がボールに追い付く。その頃には打った打者は一塁を回って、三塁へと辿り着こうとしている。

 

「今はそんな事関係ないでしょ!?ちなみに私は8月生まれ!仕方ないから、大人な私が中継に入ってあげるわよ!」

 

「ちっ!」

 

生まれた月でマウントを取り合ってる……。

 

 

バシッ!

 

 

「早くしなさいよ8月馬鹿!ランナーがもう三塁に着くわよ!?」

 

「わかってるわよ!こっ……のー!!」

 

番堂さんから凄い勢いの送球がゴウさんへと飛んでくる。そんなに遠い距離じゃないんだから、もう少し勢いを緩めても良いのでは?しかも……。

 

「暴投!?何やってんのよこのノーコン!!」

 

ゴウさんが飛び上がるも、高く上がった送球には届かない。つまり……。

 

「くっ……!」

 

大きく逸れる。捕手の志木さんがいち早くカバーするも……。

 

「誰かホームのカバーを……!」

 

既に打った打者がホームイン。このように足の引っ張り合いでBチームはランニングホームランが続出している訳だ。

 

『ゲームセット!!』

 

そして試合結果は9対13でBチームの勝利となった……。



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全国大会の開始

AチームとBチームの試合は乱打線の末に、Bチームが勝利した。

 

「あんたやる気あんの!?チームメイト言う事くらい聞きなさいよ!!」

 

「アンタみたいな下手っぴに命令される謂れなんてないね!小学生と交じって野球したら!?」

 

そしてAチーム最大の敗因であるこの2人の仲の悪さ……。本当になんとかしないと不味い。今でも番堂さんがゴウさんの胸ぐらを掴んでるし、まさに一触即発だ。

 

「いい加減にしなって長子」

 

「そ、そうだよ。ゴウちゃんも抑えて抑えて……」

 

金子さんと鈴木さんが止めるも、番堂さんも、ゴウさんも止まる気配がない。

 

「この仲の悪さは重症だね。君達は埼玉の同志として、手を取り合っていかないとならないんだし、もう少し大人になれないものか……」

 

大宮さんも頭を抱えている。余程不味い案件なのかがよくわかるね……。すると先程まで黙っていた坂柳さんが口を開く。

 

「……これ以上のいざこざで周りに悪影響を及ぼすのなら、強制送還も視野に入れた方が良さそうですね」

 

「「……っ!!」」

 

確かに不穏分子を排除して県対抗総力戦に臨んだ方が勝率は跳ね上がる。でも本当にそれで良いのかな……?

 

「いつまで掴んでるのよ!」

 

「痛っ……!」

 

「……とりあえず今日のところは番堂さんと剛田さんは宿舎で頭を冷やしてきて。絶対に喧嘩だけはしないように」

 

「あっ、それなら私が付き添います」

 

「わ、私も……」

 

金子さんと鈴木さんが名乗り出た。

 

「……2人はまだ実力を見せてもらってないから、まだ駄目だ。ミニゲームが終わるまでは代わりに雷轟さんと武田さんの2人に付き添ってもらおうかな。2人共いける?」

 

「は、はい!」

 

「大丈夫です!」

 

「それじゃあ頼んだよ」

 

雷轟と武田さんがゴウさんと番堂さんのメンタルケアをする事に。後程に金子さんと鈴木さんも付き添うだろうし、あの2人にはなんとか落ち着いてもらいたいところだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……という事件から2日が過ぎた。

 

「それでその2人はまだ喧嘩を続けているの?」

 

「そうなんだよ~!顔を合わせるなり、お互いに口が悪くなって……」

 

一昨日の事を雷轟が芳乃さんに話している……というか愚痴を吐いている。

 

「でも私達と話す時は別に普通なんだよね。あの2人だけの時みたい」

 

「だから番堂さんには小陽か美月、剛田さんには鈴木さんが最終的には宥めてるんだよな。埼玉代表のキャプテンに選ばれたからには、私の方からも何か解決策を考えておきたいところなんだが……」

 

主将も埼玉代表チームをまとめあげる必要があるから、ゴウさんと番堂さんの喧嘩を収める為に色々考えてはいるけど、成果は余り良くないみたい。

 

「新チームの事も気掛かりなんでしょうけど、今は目の前の試合に集中しましょう?」

 

「理沙……そうだな。新越谷の全国大会、1つでも多く勝ち抜いて……!」

 

「優勝まで持って行きましょう!」

 

主将の言葉を武田さんが引き継ぐ。武田さんのやる気があるのは結構な事なんだけど……。

 

「ヨミちゃんは今日ベンチだよ。先発は光先輩」

 

「そんなっ!?」

 

山崎さんから告げられた言葉によって武田さんは崩れ落ちる。まぁ今日の対戦相手が相手なだけに、気持ちはわからなくもない。私だって出来れば投げたかったからね。

 

(今日の対戦相手……遠前高校は……!)

 

上杉さんとウィラードさん、そして……雷轟の実の姉である風薙彼方がいるチームなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし私は、私達はまだ知らなかった……。この遠前高校との試合で、新越谷がかつてない敗北をするという事を……!



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遠前高校の主力

「でも相手の遠前高校……ってどこの県なんだ?」

 

「群馬県遠前町にある高校だよ。高校の名前自体は無名で間違いないんだけど……」

 

「遠前高校は大会中は圧倒的な実力を見せ付けて、どの試合も決勝戦以外はコールドで危なげなく勝ってきてるんだよ!」

 

芳乃さんが興奮気味に解説を始めた。やはり芳乃さんもあの高校について調べてきているね。

 

「まず打線に火を点けるのは1番打者のイーディスさん!全高校生の中でトップの打率を誇るよ。その打率はなんと10割!!」

 

『10割!?』

 

私は二宮から事前に聞いてはいたけど、改めて聞くと本当に凄いよね。10割打者……つまりは全打席でシングルヒット以上を打っている(或いは四死球で出塁している)事になる。そんなイーディスさんは天王寺さんとただならぬ関係なんだとか。天王寺さんと同格って考えると、大して驚かない私は多分どこか可笑しいんだと思う。

 

「しかもそれだけじゃなく、イーディスさん以外の主力選手は準決勝になるまでまで一切出さなかったんだよね。それでも難なく勝ち進んでる」

 

「それで勝ち進めるのってヤバいわね……」

 

本当にね。私達なんて毎回かなりギリギリの試合をしてるのに……。

 

「そして準決勝からは正捕手とアメリカからの留学生2人を投入して試合に臨んだ……」

 

「アメリカからの留学生……真深ちゃんとウィラードさんだね」

 

「珠姫の幼馴染でヨミの従姉妹に当たる上杉さんと、その上杉さんと友であり、ライバルでもあるウィラードさんか……」

 

ちなみに上杉さん、ウィラードさん、そして風薙さんについては事前に皆に伝えている。だからその3人については驚きも薄い訳だけど、10割打者のイーディスさんについては私も耳にするまでは完全に知らなかった。

 

多分地獄の合宿にイーディスさんを寄越さなかったのも天王寺さんの差し金だろうね。本当に油断ならない人だ……。

 

「上杉さんは2試合で6本のホームランを放ち、打点も12点を獲得してるスラッガーだね!」

 

「それでいて足も速いし、肩も強い……。隙のない選手だよ」

 

「朱里がそこまで言うなんて、余程よね……」

 

「2試合でその戦績は1試合につきホームラン3本、6打点って計算になるよな。実際にその結果かはともかく……」

 

「凄いです!」

 

私が上杉さんの説明を軽くすると、藤田さんが少し引いており、川崎さんは指折り数えており、大村さんは興奮気味に上杉さんを褒め称えていた。

 

「……で、ウィラードさんは朱里ちゃんと同じアンダースローの投手で、速いストレートと、多彩な変化球で相手打者を上手く抑えているよ。2試合の戦績は被安打2の無失点!」

 

やはりウィラードさん程の選手でも準決勝、決勝まで勝ち進んだ相手ともなると、完全に抑える事は出来ないみたいだ。群馬県の高校生でウィラードさんから打てそうな選手は限られてきそうだけど……?

 

「そんなウィラードさんが決め球にしてるのは……朱里ちゃんも投げている、下から上に勢い良くホップする球だね」

 

「ライズボールって奴か?」

 

「でも朱里ちゃんと一緒ってなると、燕の方になるんじゃないかしら?」

 

「そうですね。藤原先輩の言う通り、ウィラードさんは多分燕を決め球にしています」

 

尤も地獄の合宿以降の事は余り知らないから、私の憶測になっちゃうんだけど……。

 

「そしてこれが遠前高校の本当に凄いところ……!エースが1試合も出場せずに、全国大会出場を決めてるんだよ!」

 

『ええっ!?』

 

芳乃さんの言葉にこの場のほぼ全員が驚きの声をあげた。正直私も風薙さんが1試合たりとも投げていないのは驚いたけど、多分天王寺さんの指示だろうね。本当の隠し球は要所以外では出場させない……という魂胆は……。

 

「ちょ、ちょっと待って?ウィラードさんがエースじゃなかったの!?」

 

「ウィラードさんの背番号は10番だよ……。打撃力もあるからエースが投げる時はサードで出場しているみたいだね」

 

「な、何者なんだよ。遠前高校のエースは……?」

 

「多分この試合で投げてくると思う。全くデータがないから、対処はかなり難しいかな……」

 

遠前高校のエースである風薙さんはきっとこの試合で投げてくる。問題は……。

 

「遥ちゃん……?」

 

「…………」

 

雷轟だ。遠前高校との対戦が決まった辺りから、どこか上の空というか、少し顔色が悪いようにも見える。

 

「雷轟?どうしたの?」

 

「えっ?あっ、えっと、な、何でもないよ!」

 

滅茶苦茶動揺してるじゃん……。本当に大丈夫なのかな?

 

『さぁ!間もなく夏の全国大会が始まります!』

 

実況の声がもうすぐ試合が始まる事を告げる。

 

「いよいよ始まるね。今日のオーダーはこれだよ!」

 

 

1番 ファースト 中村さん

 

2番 セカンド 藤田さん

 

3番 センター 主将

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 ショート 春星

 

6番 サード 藤原先輩

 

7番 ライト 大村さん

 

8番 キャッチャー 山崎さん

 

9番 ピッチャー 川原先輩

 

 

(3年生3人を据えた万全のオーダーとも言える……。かなり強力な選手達が犇めく遠前高校を相手に、どこまで通用するか……全く予想が出来ないよ)

 

しかしそれどころじゃない事態がこの試合に起こる事を、私達はまだ知らない……。



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誰が予想した?

『レディース&ジェントルメーン!!』

 

『今日から行われるのは女子高校野球の全国大会だから、ジェントルマンはいないけどね……』

 

『なんとなく言いたかったからつい……。全国の高校野球部から選ばれた52校の中から日本一の高校を決める熱い戦いが今、始まります!!』

 

『今年の夏はどこが優勝するのか……というのも予想が付きにくいですね』

 

『今回の全国大会及び、県対抗総力戦の実況を務めますは『野球の経験は球拾いのみ』!紺野と!』

 

『何その肩書き……?解説の青葉でお送り致します』

 

この実況と解説コンビ……去年も聞いた気がするな……。まぁ凸凹ながらも、良いコンビだと思う。青葉プロから哀愁漂っているのが気になるけど、それを除いてはかなり凄い選手だと思う。

 

『まずは第1試合!先攻チームは昨年夏の優勝校!今年の夏も優勝旗をかっさらえるか!埼玉県新越谷高校!!』

 

『春の全国大会への出場権は逃していますが、今の新越谷は過去1番の強さを持っていると思います』

 

こうして私達の評価をしてくれるのは嬉しい事だよね。しかもプロの中でもトップクラスの成績を残している選手からの評価は……。

 

『後攻チームは初出場ながら、県大会ではエースの登板が一切なし!?2番手以降の投手のみで全国出場を成し遂げた異常のチーム!侮ると一気に敗北しちゃうぞ!群馬県遠前高校!!』

 

『遠前高校にはアメリカからの留学生が3人在籍しており、温存していたエースもその1人ですね。今日の試合でその片鱗が見られるでしょう』

 

向こうのスタメンには5番に風薙さんの名前が入っている。風薙さんの球を私達の打線が打てるかどうかが勝利の鍵になりそうだね。

 

『両校整列、挨拶の後に、試合開始となります!熱い試合をお楽しみに!水分補給もしっかりとね!』

 

実況の声に合わせて整列する私達……なんだけど……。

 

(風薙さん……目を瞑ってる……?)

 

精神統一でもしてるのかな?この整列の場面で?

 

(お姉ちゃん……)

 

雷轟の方はそんな風薙さんを複雑そうな表情で見ている。多分雷轟が風薙さんに会った日に何かあったんだろう。しかし今は目前の試合に集中しなきゃね。

 

『お願いします!!』

 

先攻は例によって私達。そういえば向こうは天王寺さんがじゃんけんに出てたな……。

 

『初戦から激戦が予想されます!猛打の新越谷が先制点を取るのか!?はたまた風薙選手が新越谷打線を抑えるのか』

 

「…………」

 

(まだ目を瞑ってる……。余程集中してるのが伝わってくるよ)

 

そしてそんな風薙さんからは凄まじい威圧感が発せられる。

 

(風薙さん……遥ちゃんの血の繋がった実の妹って話やけど、どんな球投げるんやろ……?)

 

「…………!」

 

か、風薙さんがずっと瞑っていた目を開けたんだけど……。

 

(あ、あんな風薙さんは見た事ない……。一体何があったの!?)

 

まるで二宮のように光のない、それでいて冷たい目をした風薙さん。最後に会った風薙さんの面影はどこにも残っていない……。

 

『風薙選手、第1球を……投げました!』

 

(えっ?た、球は!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!!』

 

「なっ……!?」

 

速い……。今までの風薙さんとは比べ物にならないくらいに……。あれを打つのはとてもじゃないけど、無理だ。

 

『は、速い!あまりの速さで新越谷高校の中村選手、棒立ちです!!』

 

『昨年の夏大会では洛山高校にいた大豪月選手が高校生最速でしたが、今の風薙選手はその遥か上を行きますね……。あれ程の球速の選手はプロの中でもかなり少ないでしょう』

 

『と、という事は風薙選手の投げるストレートは青葉プロよりも速いという事でしょうか!?』

 

『私は速球タイプの投手ではありませんので、比較するのは烏滸がましいと思います』

 

『果たして新越谷打線はあの豪速球を捉える事が出来るのでしょうか!?』

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は7回表のツーアウト。

 

『ふ、蓋を開けてみれば、遠前高校のワンサイドゲームとなってしまいました!この展開を誰が予想したでしょうか!?』

 

『負けている方を慰める訳ではありませんが、新越谷高校の先発投手である川原選手の成績は6イニング投げて、被安打6、失点3と遠前高校を相手に決して悪くはありません。ただ……風薙選手が圧倒的だったとしか……』

 

『一方の風薙選手は新越谷打線に対して、二塁を踏ませぬ快投!ツーアウトとなり、あと打者1人となってしまいましたが、新越谷高校は一矢報いる事が出来るのでしょうか!?左打席に4番の雷轟選手が入ります!』

 

「…………」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「…………!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

一方的な展開、手も足も出ない新越谷打線……。誰もが何も言えない状況だ。

 

もしも、もしも遠前高校と当たるのが初戦じゃなければ、先輩達ともっと長く野球が出来たかも知れない。風薙さんの対策も円滑に進んでいたかも知れない。

 

『ゲームセット!!』

 

誰もがたらればを吐き出すも、結果は0対3で私達新越谷高校が負けてしまった事実は変わらない……。

 

(先発投手、スタメン、そして雷轟の状態……。これ等をもっと考慮して入念に考えるべきだったのかな……?)

 

試合が終わってしまった今では、その答えは誰にもわからない。こうして新越谷高校野球部の夏は呆気ない幕切れとなった……。



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離れ離れに……。

「ごめんなさい……ごめんなさい!」

 

雷轟が懺悔しながら、ベンチ裏へと走って行った。対戦相手が相手なだけに、申し訳ない気持ちでいっぱいなんだろう。

 

「遥ちゃん……」

 

「無理もない。あそこまで完膚なきまでにやられたんだ。それも実の姉に……。悔しい気持ちは人一倍の筈だ」

 

それに加えて、先輩達の夏を自分が終わらせてしまったと思っていそうだ。

 

(先輩達の方も悔しい気持ちがあるのは確かだろうけど、それ以上に手も足も出なかった事に対しての無力感の方が大きそう)

 

「と、とにかく誰か遥ちゃんの所に……」

 

「そ、そうだった……。朱里、行ってやれ」

 

「私ですか?……わかりました」

 

主将に指名されて私は雷轟の元へ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……で、とりあえず雷轟を追い掛け、追い付いた。というか雷轟が壁に凭れ掛かっていた。

 

「あ、朱里ちゃん……」

 

「雷轟……」

 

思えば埼玉代表のメンバーの顔合わせをした日からどこか様子が可笑しかった。

 

(雷轟とはもう5年は一緒にいるのに、雷轟の精神状態に気付いてあげられなかった……。私が辛い思いをした時は雷轟が支えになってくれたっていうのに、私は……雷轟に何もしていないじゃないか)

 

まぁ自分の事でいっぱいいっぱいではあるんだけど、雷轟のメンタルケアも出来る事ならしたい……。かつて私が雷轟に救われたのと同じように……!

 

「……風薙さんに会いに行った日に、何かあったの?」

 

「ど、どうして……?」

 

「選手顔合わせの日からどこか空元気な気はしてた。でもそれは気のせいだと思って何もしなかったけどね……。でも今日の雷轟は様子が変どころじゃない。打席に立った時なんて青ざめていた……」

 

今の風薙さんは二宮のように冷たい目をしている。最早視線だけで人を殺せそうなくらいに……。確かにそんな風薙さんには恐怖してしまう部分もあるのは仕方ない。でも雷轟は違う。

 

「……お姉ちゃんは全然悪くないんだよ。私が、私が真相を知らなかったばっかりに……!」

 

「真相……?」

 

多分雷轟と風薙さんが仲違いする事になってしまった原因に当てはまる事件だろう。他所様の事情には踏み込むべきじゃないんだろうけど……。

 

「お姉ちゃんが私に冷たい目でキツく言い放った……11年前のあの日に、私がその言葉の意味に気付いていれば、もっと早くに理由を考えていれば、家族がバラバラにならなかったのに!」

 

11年前といえば、6歳やそこらだ。そんな幼い子供に言葉の裏側を考えろなんて酷だ……。

 

(というか雷轟と風薙さんはそんな幼い頃に離れ離れになったっていうの……?)

 

2人共、色々なものを背負い過ぎだよ。小学生よりも前の子供が背負うには重過ぎるよ。これは安易に踏み込めないぞ……。

 

「あら……?遥ちゃんに、早川さん?」

 

「えっ……?」

 

声のする方向を振り向くと、そこには上杉さんと、水鳥さんがいた。



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野球でぶつけて

ベンチ裏で雷轟を宥めていると、上杉さんと水鳥さんに声を掛けられた。なんかこの2人の組み合わせは珍しい気がする……。

 

「ベンチ裏で何かしていたのかしら?」

 

「いや、ちょっと雷轟がね……。精神的に不安定な状態だから、少し宥めていたんだよ。それよりも2人はどうしてここに?」

 

上杉さんと水鳥さん……。この2人は同じ高校の野球部だけど、性格的に合わなさそうなんだよね。そしてこのタイミングで、ベンチ裏にこの2人が来たという事は……。

 

「……風薙さんの事か」

 

「ええ……。その通りよ。私と志乃先輩は今の彼方先輩の状態に思う事があって、2人で話し合おうと思ったの」

 

「余り大勢の人間を巻き込むべきではないと思って、ベンチ裏で上杉と話そうとしたら、早川と雷轟がいた……」

 

今の風薙さんはまるで二宮のような冷たい目をしている。……いや、二宮はあんな目をしていても、こちらをしっかりと見ている。そして今の風薙さんにはそれがない。その事について2人で話し合おうとした訳か……。

 

「それならウィラードさんとかも呼んだ方が……」

 

「ユイは彼方先輩に付いてもらっているわ。今の彼方先輩を1人にはしておけないもの……」

 

成程ね……。

 

「多分今の風薙は野球に集中している……と言えば聞こえは良いけど、あれはすがっているだけ、逃げているだけ……」

 

「私も……そう思います。前までの彼方先輩は圧倒的な実力を持ちながらも、どこか楽しそうに野球をしていましたから……」

 

雷轟が風薙さんに会いに行ったあの日……。あの日を境に雷轟も、風薙さんもどこが可笑しくなった。2人の歯車が狂い始めた……。

 

「……多分お姉ちゃんが11年前に私とお母さんから離れていったあの時から、お姉ちゃんの人生は可笑しくなったんだと思う」

 

ようやく立ち直った雷轟が口を開く。

 

「雷轟……」

 

「私達家族の問題に皆を巻き込みたくはないけど、もう黙ったままでいるのは辛いよ……。だから話す。私の話せる事だけを……」

 

雷轟が話したのは今から約11年前。風薙彼方がまだ雷轟彼方だった頃、家はとても貧乏な上に、多額の借金まで背負っていたらしい。

 

そんなある日の事、アメリカ在住のとある富豪の養子にならないかと言われたらしい。それが後の風薙家で、どうやらアメリカに支社を構えているらしい。

 

最初の内は2人共風薙家の養子になるのを渋っていた。幼くして、家族が離れ離れになるのが耐えられなかったから……。しかし風薙家が借金を全額返済してくれる上に、雷轟家へ資金援助までしてくれる……という雷轟家側からするととても魅力的な申し出がなされた。

 

そして風薙さんは考えて、考えて、考え抜いた末に、家族の為……という言葉に蝕まれ、今の風薙さんのような冷たい目で『こんな貧乏な家族はいらない』と口にして、風薙家の養子となったそうだ。いやまだ6歳とか7歳の子供に背負わせ過ぎでしょ……。まぁ仕方ない部分も多々あるんだろうけど!

 

「……これが私視点でわかる事全部。お姉ちゃんは私達家族を守る為に、あんな酷い事を言ったんだって、最近になって気付いたの」

 

「そんな……そんな事って……!それじゃあ彼方先輩は……」

 

「……風薙は1人で、孤独に、自分のやった贖罪を背負っている」

 

雷轟の話を聞いて上杉さんも、水鳥さんも苦々しい表情をしている。

 

(色々と腑に落ちない点もあるけど、とりあえずわかるのは……)

 

「……言いたい事は野球でぶつけた方が良いって事なのかな」

 

「えっ……?」

 

「早川、さん……?」

 

「前に風薙さんに会った時に言ってたんだよ。『私は不器用だから、言いたい事は全部野球でぶつけてる』って……。だから、もしかしたら野球でなら雷轟の主張をぶつけられんじゃないかなって思ったんだよ」

 

姉妹だから、思考回路は似てると思う。だから現状それが最善手の筈……!

 

「……成程ね。確かに朱里の言う通りなのかも知れない」

 

『!?』

 

私の後ろから声が聞こえたので、全員が勢い良く振り返る。

 

「やっほー」

 

そこには天王寺さんがいた。い、いつから話を聞いてたんだろうか……。



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早めの別れ

天王寺さんが雷轟のしていた話に対して私が出した意見に賛同していた……。

 

「て、天王寺先輩、早川さんの言う通りっていうのは……」

 

「言葉のまんまだよ。彼方はあのように不器用な性格をしてるからね。感情の振れ幅が激しい人間なだけに、投手として余り向いてないと思ってはいたけど……」

 

「けど?」

 

「あそこまで感情を消せるのは良い誤算だったよ。個人的には気に入らないけどね……!」

 

天王寺さんはチームとして風薙さんの状態はプラスではあるけど、個人的に気に入らないらしい。天王寺さんも感情で動くタイプの人間だから、気持ちがわかるのも知れないね。同時に私情で動く傾向にあるけど……。

 

「ところでどうして天王寺はここに……?」

 

「ああそうだった。真深と志乃以外にはもう済ませてあるから、2人を探しに来たんだよ。そしたらさっきの場面に遭遇したって訳」

 

「済ませてあるって……何をですか?」

 

天王寺さんは上杉さんと水鳥さんに視線を移して……。

 

「別れを言いに来たんだよ。ちょっと早いけど、私は遠前高校を去る事にしたんだ」

 

「えっ……!?」

 

そういえば天王寺さんはそういう人だったね。シニアの時もフラッと現れては、風のように去っていく……。1つの場所に長時間いない風来坊気質なんだよ。

 

「とりあえず全国大会は由紀と亜紀に任せてあるけど、もしも私の助言が必要なら、電話を掛けてくれ。まぁ出れるかどうかはわからないけどね」

 

「でもいくらなんでも急過ぎませんか?せめて全国大会が終わるまではいてくれても……」

 

「まぁ真深の言う事は尤もなんだけど、そうは言ってられなくてね。私はやらなきゃならない事があるんだよ」

 

『やらなきゃならない事?』

 

私達が声を揃える。それ程天王寺さんのやる事が気になるんだろうね。

 

「まぁ公には言えないけどね。ここで言えるのは『何かが起ころうとしている』という事かな」

 

「何かが……」

 

「起こる……?」

 

天王寺さんの謎めいた発言に私達は首を傾げる。一体どういう事だろうか?

 

「まぁ知らなければそれで良いよ。巻き込む人間は少ないに越した事はないからね。そんな私が言えるのは……ただただ野球に集中してほしいかな?今の彼方程じゃなくても、これから起きる事に対して動揺してはならない」

 

野球に集中か……。私達はもう負けてしまったし、県対抗総力戦で選ばれなかった新越谷の皆の分も頑張るだけだね。

 

「じゃあそういう訳で、これで失礼するよ。また会える日を楽しみにしているよ」

 

手を軽く振って天王寺さんは去って行く。あの人は一体何をしようとしてるんだろうか?味方チームの行く末を最後まで見届けられない程にその何かがとても重要なのかも知れない……。

 

「あ、嵐のような人だね。天王寺さんって……」

 

「まぁああいう人だよ。シニアも転々と渡り歩いていたし、高校も3年間で4校くらいいたんじゃないかな?」

 

「フットワークが軽い……」

 

謎多き天王寺さん。この中では1番一緒にいた期間が長い私もあの人はよくわからないんだもの。



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圧巻

私達は今遠前高校の試合を観に来ている訳だけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「やっぱり速いな……」

 

「ですね……。アメリカ帰りっていうだけで注目を集めがちなのに、あのストレートですから……」

 

「遥ちゃんのお姉さん、凄い球を投げるねぇ……」

 

「あれでもまだストレートしか投げてないっていうのが恐ろしいところだよ」

 

風薙さんの投げる球に対して外から観た感想もやはり同様なんだ。加えて変化球もあるというのが、他者を絶望させる。

 

「そういえば遥ちゃん、大丈夫かな……?」

 

「……出来る限りのケアはやった。あとは雷轟次第だよ」

 

「それは希も同じ……か」

 

試合観戦には私、武田さん、山崎さん、主将の4人で来ている。雷轟は風薙さんと上手く話せなかった事をショックに思い、塞ぎ込んでいる。

 

中村さんは風薙さんの球をかする事すら出来ずにいたのが余りにも悔しいのか、素振りをしているそうだ。オーバーワークにならなきゃ良いけどね……。

 

「でも……改めてあんな速い球があるんだね」

 

「私達が今まで相手にしてきた中には目にも止まらない豪速球を投げる投手はいたんだけど……」

 

「風薙さんの場合は目にも映らない豪速球……だね。あれを越える球は今までに体験した事はないから、対策も取れない……」

 

あの二宮ですら風薙さんの対策に難儀していると言っていたくらいだしね。今の風薙さんと同じ球速の球を投げられるのは大豪月さんだけなんじゃないかな?プロやメジャー選手ともなればもう少し居そうだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「最早手の付けられようがないな……」

 

「今遠前が相手してるのって、確か優勝候補の高校だったよね……?」

 

「沖縄予選を突破した四神黄龍高校……。春大会で一気にベスト4まで勝ち抜いたんだよね。そこから優勝候補とも呼ばれたところ……」

 

ちなみに去年の夏は出場していなかった無名校。つまりはダークホースから名を挙げたチームだ。あと高校名が厳つい……。

 

「そんな強いところでもかする事すら許されないっていうのがな……」

 

「私達の時も四球1回だけのノーノーでしたし……」

 

そう。山崎さんが言うように、完全試合にはなっていない。それだけでも付け入る隙はあるんだけど、如何せん後続が続かないんだから、ランナーが出ても意味がない……というのが現状だ。

 

「それにあのチームは単純にそれだけじゃない……」

 

 

カキーン!!

 

 

「あっ、真深ちゃんが打った!」

 

「場外弾……だね」

 

「4番の上杉さんが軽く場外弾を打ってしまうのも問題だね。この試合早くも2本目だ」

 

県大会の準決勝まで試合にでてなかったから、その鬱憤を晴らしているんじゃないだろうかと言われているみたいだけど、多分本人にそのつもりはないだろう。

 

「上杉さんも凄いが、遠前の1番打者が打線に火を点けてるんだよな……」

 

「イーディスさんですね。私達との試合でも、そしてこの試合でも全打席安打以上を打っている……」

 

10割を継続させている……というのが偉業だ。正直上杉さんよりもこっちの方が凄いんじゃないの?

 

「先頭打者が出塁し、犠打や四死球で塁を進め、クリーンアップ以降で一掃する……って流れが多いですね」

 

3番ウィラードさん、4番上杉さん、5番風薙さん。この3人は打撃力も全国トップクラスだ。まぁ3人共試合出場数が他の選手よりも少なめだから目立ってないけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

「わっ!また打った!?」

 

「駄目押しのツーランホームラン……。コールドゲームになりそうだ」

 

「アメリカ帰りの3人に注目が行きがちですけど、今打った6番の草野さん……。彼女は上杉さんが出るまで4番を打ってました。本塁打数も県大会から数えて12本目です」

 

「そ、そんな打者がクリーンアップから洩れるんだ……」

 

「その辺りは経験の差かもね。二宮からの情報によると、草野さんが野球を始めたのは去年の秋頃みたいだし……」

 

「それであんな打者になるのか……。まるで遥を見ているみたいだ」

 

草野さんは野球を始める前は柔道をやっていたようで、数多くの大会で結果を出している。

 

「逆に草野さんは県対抗総力戦出場の条件を満たしてないから、群馬代表の中にはいないとも言えます」

 

「日本での野球経験が累計1年以上……だっけ?」

 

「結構緩い条件なんだよね。どうやって調べたのかは知らないけど、去年の11月までアメリカにいたあの3人が条件を満たしている……。これはあの3人が日本のどこかで野球をしていて、その期間と日本に来日して遠前で野球をしている期間と合わせて1年……って条件みたいだしね」

 

「真深ちゃんは小学生まで日本にいて、私やヨミちゃんと遊びとはいえ、野球をしてた……。まさかそれも期間に含まれるの?」

 

「多分ね。そしてそれはウィラードさんと風薙さんも同様だと思う」

 

ウィラードさんは日本人とアメリカ人のハーフって話だし、幼い頃に日本にいた可能性も0じゃない……。選考側もそれを把握してるんだろうね。

 

『ゲームセット!!』

 

「8対0の6回コールドか……」

 

「優勝候補が相手でもあんな一方的になるんですね……」

 

逆に言えば、私達はよく3失点で済んだなって話だよ。解説でも言ってたけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠前高校は数多くの強豪校を蹴散らし、全国優勝まで駆け上がって行った……。



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新しい朝

遠前高校が全国大会を制した翌朝。私は新聞を読んでいた。

 

『完全無欠の剛球投手、風薙彼方!まさに風のように現れ、全国を制す!!』

 

スポーツ記事の一面にはこのように風薙さんが大きく掲載されていた。

 

「おはよー朱里ちゃん!それって今朝の新聞?」

 

「おはよう武田さん。宿舎の売店で買ってきたんだよ」

 

武田さんに朝の挨拶を済ませると、山崎さんと主将もこちらにやってきた。

 

「しかし……こうして新聞を見てみると、誰もが遠前高校の優勝を疑ってなかった印象があるな……」

 

「そうですね。県大会の時からやってくれるんじゃないか……って群馬の方では騒がれていたみたいですし」

 

そしてそれがより大きくなったのは初戦で私達と試合をした時だ。

 

「表向きには風薙さんと、イーディスさんと、真深ちゃんがその要因に大きく貢献してるんだよね?」

 

「そうだね。こうして文面にも書かれてる理由は、多分昨日の決勝戦にあるのかも……」

 

昨日行われた全国大会の決勝戦……遠前と白糸台の試合。この試合は歴史に残る熱戦とも騒がれていた。芳乃さんもかなり興奮してたし……。

 

「白糸台も惜しかったよね~」

 

「そうだね……。遠前が粘り勝ったって印象が強かったよ」

 

武田さんと山崎さんがそう言うけど、それは違う。確かに両チーム0点行進が続いていたけど、白糸台側はノーヒットだったし、遠前側はイーディスさんが3打数3安打と未だに打率10割をキープしてたし、風薙さん自身もまだ普通のストレート1本しか投げていない……。点数が拮抗しているように見えて、試合内容は白糸台の完敗だった……。二宮もそう言っていた。

 

「白糸台は出塁を許しても、後続の打者を新井さんが捩じ伏せていたし、遠前は言わずもがな……か。お互いにストレート1本で相手打線を抑えていたんだな」

 

主将が言った内容こそが、歴史に残る熱戦と騒がれた理由だ。風薙さんは他の球種を温存した状態で、新井さんはそもそも球種がストレート1本しかない……。この2人の差はこのように大きく出ている。

 

「でも白糸台も負けてなかったと思うよ。打たれたヒットの数も真深ちゃんのホームランを含めても5本だけだったし、出塁されても、盗塁を阻止していたし……」

 

ちなみにこれが私が1番びっくりした事だ。二宮の肩が滅茶苦茶強くなっていた……。要所のところで盗塁を試みたイーディスさんの二盗を二宮が阻止した。イーディスさんのスタートは決して悪いものじゃなかったのに、それを二宮の送球が上回ったのだ。

 

「そうだな……。試合も2対0という内容で、1番遠前の得点数が少ない。その点において流石と言うべきだな」

 

「そうですね……。他の高校は6点以上取られていました」

 

まぁ私達も3点に抑えていたし、投げていた川原先輩を褒めるべきだと思うけど……。

 

ちなみに遠前高校内でホームラン総数が1番多いのは草野さんだったらしい。まぁ上杉さんは県大会の準決勝まで出てなかったから、その差が出てたのかな?

 

「……今日から県対抗総力戦が始まる。監督が言ってたように、私達の目標は優勝あるのみ。頑張っていこう!」

 

『はいっ!!』

 

県対抗総力戦……まだまだ不安要素が沢山ある中での開催だけど、果たしてどうなる事やら……。



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救われた

今日から県対抗総力戦が始まる。私達埼玉選抜は試合がある日なんだけど……。

 

「なんか……天気が悪いね」

 

「だね……。空は暗いし、雨も振りそうだ。なんなら雷が鳴りそうだし……」

 

それでも余程酷い天気にならなければ、試合は行うそうだ。それよりも問題は……。

 

「「…………!」」

 

未だに睨み合っているゴウさんと番堂さんだ。金子さんや鈴木さんから聞いた話によると、口喧嘩の応酬が絶えないみたい。最近では雷轟、武田さん、主将の3人も止めに入っているけど、まだ効果はない。一体どうしたら良いものか……。

 

「新越谷の6人は全国大会お疲れ様。結果は残念なものだったけど、切り換えてこの県対抗総力戦に臨んでくれたらと思っているよ」

 

「初戦の相手は沖縄選抜です。沖縄代表メンバーは攻撃力を重視して組まれていますので、長打警戒で臨んでください。それと一雨来そうですので、足を滑らせたり、失投には気を付けてくださいね」

 

大宮さんと坂柳さんの指示の下、私達はベンチに集う。他にも雨の降ったグラウンドによって発生するイレギュラーとかにも気を付けていきたいところだ。

 

「皆ーっ!」

 

「応援に来ましたよーっ!」

 

「私達の分まで頑張ってくださーい!!」

 

上から声が聞こえたので振り返ると、新越谷の皆が応援に来てくれた。芳乃さん、大村さん、初野の3人が代表として声を大にして応援してくれている。その期待に応えたいところだ。

 

「それでは今日の試合のスタメンを発表します」

 

坂柳さんが発表したスタメンは……。

 

 

1番 ライト 鈴木さん

 

2番 ショート 金子さん

 

3番 センター 主将

 

4番 セカンド 友沢

 

5番 ファースト 中村さん

 

6番 レフト 松井さん

 

7番 サード 太刀川さん

 

8番 キャッチャー山崎さん

 

9番 ピッチャー 松岡さん

 

 

「選手の調子等を鑑みて、このスタメンにさせてもらったよ」

 

(やっぱり私の名前がない。ぐぬぬ……!)

 

(まぁ初戦は良いかな?このゴウちゃんを温存してても勝てるでしょ☆)

 

「番堂さんも剛田さんも不満そうにしてるけど、君達は今日まで仲直りが出来なかったからねぇ……」

 

大宮さんが溜め息を吐きながら2人を見る。それにしても雷轟まで出てないのは、もしかして……?

 

「か、監督!私は出してくれないんですか!?」

 

「わ、私は!?」

 

「雷轟さんと武田さん、そして志木さんの3人は2人と同じAチームって事で悪いんだけど、連帯責任として出場は控えてもらうよ。まぁこの場で仲直りが出来れば考え直しても良いんだけど……番堂さん、どうかな?」

 

「な、なんで私が悪いみたいになってるんですか!?」

 

「……じゃあ剛田さんは?」

 

「まぁゴウちゃんは出なくても困らないでーす☆」

 

「はぁ……」

 

志木さんの溜め息がなんか響き渡ってる気がする。本当に大丈夫かな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷からはキャプテンと希さん、珠姫さんが出ていますね!」

 

「でも遥先輩が出てないなんて、何かあったんですかね?」

 

「……遥ちゃんが言ってたゴウさんと番堂さんが喧嘩し合ってるっていうのが関係してるのかもね」

 

「ミニゲームで組んだチームの連帯責任として遥先輩とヨミ先輩が試合に出られない訳ですか……。攻撃力に欠けるオーダーですし、少し心配です」

 

「……皆を信じるしかないよ。私達は精一杯応援しよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『レディース&ジェントルメーン!!』

 

『その入り気に入ったの?』

 

『これからはこのスタイルが流行る筈……!ゴホン!さぁ今日から始まります県対抗総力戦!4年に1度の夏の祭典!謂わば野球オリンピックですっ!!雲行きが怪しいですが、試合決行という事で実況は私、『ベンチを暖める事において右に出る者なし』!紺野です!』

 

『新しい肩書き!?か、解説の青葉です』

 

『それではチーム紹介に移りましょう!先攻チームは攻撃重視に組んでみました……。京都に続くパワーチーム誕生か!?沖縄選抜!』

 

今年の沖縄県大会は京都府大会に負けず劣らずの乱打線が起こってたみたいだし、坂柳さんが言っていたように、より失投等に気を付けた方が良さそうだ。

 

『後攻チームは機動力、敏捷性に長ける選手多し!噂によると忍者の子孫もいるらしいぞ!?埼玉選抜!』

 

そういえば埼玉選抜の面子を見る限り足の速い選手がかなり多い。三森3姉妹や村雨が群を抜いてるだけで、他の選手も俊敏な人が結構いる。というか村雨の素性って秘密裏にしないといけないんじゃないの?情報洩れちゃってるよ?

 

『間もなく試合開始です!4年に1度の催し物の初戦を目をかっぽじってよーく見ていけーっ!!』

 

色々と気掛かりな事が多いけど、とにかく埼玉代表の勝利を願うのみ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……って思ってた時期が私にもあったんだよ。

 

 

カキーン!!

 

 

『また打ったーっ!3回にしてもう8点目!沖縄選抜の猛攻が止まらなーい!!』

 

『雨が強くなっていますし、投手陣も制球を乱していますね』

 

松岡さんには私達もかなり苦しめられた……。それなのに一方的な展開となってしまっている。そして私達はまだ1点も取れていない。

 

「ちょ、このままじゃ不味いですよ!監督、今ならまだ間に合います……。私を出してください!!」

 

「…………」

 

「こ、これはちょっと洒落にならないんじゃないかなってゴウちゃんは思うな~」

 

「出し惜しみしてる場合じゃないですよ!!」

 

番堂さんが大宮さんに抗議しているけど……。

 

「……反発し合っている君達を出しても点差が縮まるとはとても思えない。出す訳にはいかないね」

 

「そんな……!」

 

 

ゴロゴロ……!

 

 

うわっ!?雷が落ちてきた!?

 

『雨が強くなり、雷も鳴り止みません!両チームには申し訳ありませんが、試合は明日に延期とさせていただきます!!』

 

『負けている方は命拾いしましたね。どうしてこうなったかはわかりかねますが、天候に救われた形となっています』

 

青葉プロの言う通り、激しくなった雨と雷によって埼玉選抜の命運は救われた。でもこのままだと、明日も同じ展開になってしまいそうだ……。



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番堂長子と剛田星奈

夜の公園。どうして私がここにいるのかと言うと、雷轟が番堂さんと話をしようとしていて、大宮さんからはバットを持って公園に行っているとの事。それで雷轟が番堂さんを探しに行く際に、何故か私も来てほしいと言われた……。本当に何故?

 

「でもこんな雨の中で何をやってるんだろ……?」

 

「バットを持って……って言ってたから、素振りでもしてるんじゃないかな」

 

「雨振ってるのに、傘もなしに素振りするの……?」

 

それに関しては私も知らない。バットを振ってなきゃ、落ち着かないのかもね……。

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

素振りの音が聞こえる……。その先には本当に番堂さんがいた。

 

「番堂さん!」

 

「えっ……?雷轟さんに早川さん!?どうしてここに……?」

 

「私達は番堂さんが心配で、それで監督からここに番堂さんがいるって……」

 

まぁ私はただの付き添いだけど……。

 

「それでこんな雨の中どうして公園に?」

 

「ちょっとイライラしてまして、体を動かさなきゃ眠れないんです……」

 

「それで素振りをね……」

 

「はい……」

 

か、会話が終わっちゃったよ……。何か話題ないかな?

 

「今日は……いえ、今日まで迷惑を掛けてすみませんでした。私と剛田のいがみ合いに埼玉選抜の皆さんを巻き込んでしまって。特にAチームの雷轟さん、武田さん、志木さんの3人は試合にも出れず……」

 

こうして話してみると、番堂さんは素直な良い子なんだよね。剛田さん以外とは普通に接しているし。でもだからこそ……。

 

「私達は気にしてないけど……。でも2人の口喧嘩はちょっと度を越している部分があるよね?」

 

「…………」

 

雷轟の言う通り、番堂さんと剛田さんは顔を合わせる度に口喧嘩をしており、段々と過激になりつつある。このままだと下手をすれば殴り合いになりかねない……。

 

「番堂さんさえ良かったら、話してみて?話す事で何か楽になるかも知れないよ?」

 

「雷轟さん……」

 

「あっ、もちろん無理にとは言わないよ?人には誰だって言いたくない事や、言えない事の1つや2つはあるんだから……」

 

雷轟の場合は風薙さんとの確執なのかな?私や上杉さん、水鳥さんには話していたけど……。

 

「……わかりました。もう問題は私達2人だけのものではないですもんね」

 

番堂さんはポツリポツリと話し始めた。番堂長子と剛田星奈の2人に何があったのかを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これが、私と剛田がこうしていがみ合っている原因ですかね」

 

番堂さんの話はつまり……。

 

・番堂さんと剛田さんは小学生の頃に同じ野球チームに入っていた。

 

・2人に野球の技術なんかを教えてくれたら師的(以下その人)存在の人がいた。

 

・その人にバッティングを教えてもらったお陰で2人は交代で4番を打つようになった。

 

・しかし2人が中学に上がる前に車に轢かれそうになった2人を庇ってその人が轢かれ、そのまま亡くなってしまった。

 

・その人が亡くなってから2人は互いに相手が悪いと喧嘩するようになり、そのまま疎遠となってしまった。

 

……という話みたいだ。

 

「そんな事が……」

 

「まぁ冷静になって考えれば、私も剛田も前方不注意だったんですよ。それをあの人は私達を庇って、車に轢かれてしまって、そのまま死んでしまって……」

 

確かに話を聞いていれば、番堂さんと剛田さんの不注意だった。でもその人の分まで2人は手を取り合っていかなきゃいけないんじゃないだろうか?まぁ人様の事をとやかく言う筋合いはないんだけど……。

 

「ここにいたんだ……」

 

「あれ?朱里ちゃんと遥ちゃんもいる……」

 

「本当だ……」

 

「何故この2人が一緒かは知らないけど、これは良い機会かもね」

 

『!?』

 

横から剛田さんが声を掛けてきた。何故ここにいるのかはわからない……もっと言えば何故武田さんと山崎さんと志木さんがここにいるのかもわからないけど、これはもしかしたら志木さんの言うように良い機会なのかも知れない。



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ケジメ 前編

「ここにいたんだ……」

 

「剛田……星奈……!」

 

番堂さんとゴウさんが互いに睨み合う。一触即発の雰囲気だけど……。

 

「……私達は今日まで皆に迷惑を掛けてきた。でもそれも今日で終わりにするよ」

 

「奇遇だね。私も同じ事を思ってた……」

 

ゴウさんの発言に番堂さんがそう返し、2人が私達の方を振り向いた。

 

「皆さん、見ててください……」

 

「私達2人のケジメを、ケリを付けます」

 

な、なんか喧嘩しそうな雰囲気なんだけど、大丈夫……だよね?

 

「バットは持ってきてる?」

 

「当然。さっきまで素振りしてたんだし……。あんたもそうなんでしょ?」

 

「まぁね……。じゃあ始めようか」

 

「負けたら監督に詫びを入れに行って、それから皆にも謝る……。それで良い?」

 

「異論なし」

 

2人が何かを話し合ったと思ったら……。

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

おもむろにバットを振り始めた。これって素振り対決って事なの?

 

「これが2人のケジメなのかな……?」

 

「多分そうだと思うよ。2人なりに、2人の因縁に決着を付けようとしてる……」

 

雷轟は何かがわかったような反応をしてるけど、正直私にはさっぱりかな……。

 

「良い!?負けた方が埼玉選抜の全員に詫びを入れんのよ!?」

 

「わかってる!素振りの鬼と呼ばれた番堂長子様に素振り勝負を挑んだ事を後悔するといいわ!」

 

「1、2!」

 

「3、4!」

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あんまりやり過ぎると、明日まともに振れなくなるよ……?」

 

「それにずっと雨に当たりっぱなしだし、風邪引くよ?」

 

「ご心配なく。私達はそんなやわじゃないですから!189、190!」

 

「まぁ番堂は馬鹿だから、風邪引かないもんね~?191、192!」

 

「なんですって!?」

 

「なによ!?」

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

素振りしながら喧嘩してるよこの2人……。器用だね本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサッ!ドサッ!

 

 

約1000回の素振りの後、2人は倒れ込んだ。

 

「わ、私タオルとか色々持ってくるね!」

 

「自分も付き添います」

 

倒れた2人を見て、山崎さんと志木さんが一旦宿舎に戻る。

 

「私達は見届けようよ。この2人の生き様を……」

 

「そうだね。ちょっと青春っぽいかも……」

 

雷轟と武田さんは2人を見守る事に。まぁ2人と同じAチームだから、2人の行く末が気になるのかな?

 

「はぁ……はぁ……!素振りには自信があったのに!あれ?なんで私達はこんな事をやってるんだっけ?」

 

「はぁ……はぁ……!負けた方が詫び入れるんでしょ。こんな方法じゃケリ付かないし、別の方法でいくわよ」

 

立ち上がったゴウさんと番堂さんはグローブを構えた。

 

「次は臆病(チキン)キャッチ……。10メートルくらいの距離での全力キャッチボールよ。ビビって球か体を後ろに逸らした方が負け」

 

「臨む……ところよ!尤もあんたみたいなヒョロヒョロ球じゃ誰もビビらないけどね」

 

「……!あとで吠え面かかないでよねっ!」

 

(ち、近っ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

今度は凄い近距離でキャッチボールをし始めた。主張と主張、意地と意地のぶつかり合いだ……。あれじゃあ怪我しちゃうんだけど、大丈夫なのかな……?



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ケジメ 後編

「はぁ……!はぁ……!」

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

至近距離からの全力キャッチボールの末に、ゴウさんと番堂さんは互いにボロボロの泥々だった。

 

「あんた本当に強情ね。また決着が付かなかったじゃない……」

 

「そりゃこのゴウちゃんの方が格上なんだから、当然よ……」

 

そして2人の意地っ張りぶりだ……。これで本当にケジメを付けられるのかな?

 

「と、とりあえず2人共今日のところは宿舎に戻って休もうよ!このまま続けていたら、明日の試合に出られたとしても、支障をきたしちゃうよ!?」

 

「雷轟の言う通りだよ。雨も降ってるし、今日は休む事。このままじゃ取り返しの付かない事になりかねないしね」

 

「「…………」」

 

「あっ、タマちゃんと志木さんが戻ってきた!」

 

「じゃあ宿舎に戻って、2人の手当てだね」

 

とにもかくにも、ゴウさんと番堂さんの喧嘩は一旦収まった。あとは如何にして2人の蟠りを解消させるかだけど、どうしたものかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。朝起きて売店に行こうとしたら、なんと番堂さんが大宮さんに土下座している場面を目撃してしまったではありませんか。

 

(な、なんでこうなったのかちょっと気になるから、物陰で見てみよう……)

 

そもそもあの後何があったんだろうか?普通に就寝しただけだよね?

 

「すいませんでした」

 

「…………?」

 

突然の土下座に大宮さんが若干困惑している。まぁそうだよね。開幕1番で土下座を見せられたら困惑するよね。

 

「お願いします監督!剛田はダークホースとして騒がせた親切高校で4番打ってる実力者なんです!こんな事でチームがバラバラのままじゃ、私達は何しに西宮まで来たかわかりません!埼玉選抜はこんな初戦で苦戦するようなチームじゃないんです……。最低でも私以外のAチームの4人は出してくれないと、無駄死にしちゃいますよ!!」

 

番堂さんは土下座したままの状態で訴えかけている。その思いが大宮さんに届いてほしいけど……。

 

「う~ん……。困ったなぁ。実は先客がいるんだよね」

 

「へ……?」

 

先客ってまさか……。

 

「…………!」

 

「げっ……!剛田!?」

 

なんと奥には同じように土下座しているゴウさんがいるではありませんか。やっぱりこの2人は根っ子のところでそっくりなんだよね……。

 

「まぁ考え方や立場で総力戦に取り組むスタンスは変わってくるから、仕方ない部分はある……。でも細かい違いはあれど、大きな目的はきっと一緒の筈なんだよ」

 

「「監督……」」

 

「君達の仲は1番のキーポイントだった……。その気になって協力すれば、大会の勝敗を左右する程の大きな力になると思うんだよね」

 

正直私も大宮さんと同じ意見だ……。雷轟に匹敵するスラッガーが3人になれば、埼玉選抜の打線に隙がなくなってくると思うしね。

 

「さぁ立って。これでAチームの謹慎は解除しよう。私は埼玉選抜の真の実力が見たいんだ」

 

「「ありがとうございます!!」」

 

2人の過去にあった出来事によって離れた心もいつかは元サヤに収まる時が来るだろう。あとは2人次第だね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして沖縄選抜との再試合の時間となった……。



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お返し

『さぁ始まりました!埼玉選抜VS沖縄選抜!!』

 

『昨日は雨天順延でしたからね……。それに今日は昨日とは打って変わっての快晴です』

 

『実況は『野球部としての活動はマネージャー業務のお手伝い』こと紺野と!!』

 

『もしかして試合毎に新しい肩書きを言うつもり……?解説は青葉でお送りします』

 

「昨日はなんとか埼玉の敗北は免れましたね……」

 

「でも天気は違いとって同じ条件だからね。昨日のまま再戦しても、結果は変わらないかも……」

 

「で、でも昨日はきっとベストメンバーじゃなかったんですよ!だから今日は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沖縄選抜との再戦。大宮さんはAチームの謹慎を解除したと言っていたけど、今日のスタメンは……?

 

 

1番 ショート 友沢

 

2番 ライト 中村さん

 

3番 ファースト 番堂さん

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード ゴウさん

 

6番 センター 主将

 

7番 セカンド 三森朝海さん

 

8番 キャッチャー 志木さん

 

9番 ピッチャー 武田さん

 

 

き、昨日と全然違うスタメンだ……。まぁ選手の調子の良し悪しもあるだろうし、選手全体を使っていきたいという意図もあるだろうけど、選手が6人も入れ替わってる……。

 

「よーし!Aチームの皆で、昨日の借りを返すよ!」

 

「ですね。謹慎していた鬱憤を晴らしてやります!」

 

「これがゴウちゃんの全国デビューですねっ☆」

 

「最初の相手は沖縄の猛者ですね……」

 

「思いっ切り投げるぞ~!!」

 

Aチームの5人はそれぞれ違うやる気を見せている。これは期待が出来そうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き、昨日とは全然違うスタメンですね……」

 

「埼玉でもトップクラスの打力を持つ遥ちゃん、番堂さん、ゴウさんを贅沢に使われたスタメン……。これなら打撃戦でも沖縄選抜と互角以上に戦えるよ!」

 

「どうやら今日の試合は観に来た意味がありそうですね」

 

「瑞希先輩……来てたんですね」

 

「昨日の試合は埼玉選抜にとってはお世辞にも良い試合とは言えませんでしたからね。今日の試合では心配が1つ減りましたね」

 

「心配……昨日のような完敗がないという事ですね?」

 

「そうですね。ですが沖縄選抜を簡単に突破出来る程甘くはありません」

 

「二宮さん的に沖縄選抜の脅威はあるかな?」

 

「四神黄龍高校に所属している朱雀さん、青龍さん、白虎さん、玄武さんの4人が沖縄選抜を引っ張っていくでしょうね」

 

「四神黄龍高校……。高校名もそうですが、選手の名前が格好良いですね!」

 

「た、多分そんな名字で生まれてきた方は堪ったものじゃないですよ白菊先輩……」

 

「と、とりあえず話を戻して……。二宮さんは埼玉選抜が沖縄を相手に苦戦すると思う?」

 

「確かに四神黄龍高校の主力4人が中心となっている沖縄選抜はかなり脅威ではありますが……」

 

 

カキーン!!

 

 

「……今の埼玉選抜に心配はいらなさそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『な、なんという事でしょう!昨日とは真逆の展開になっています!三者連続ホームラン!これで6対0です!!』

 

『昨日は沖縄選抜が圧倒していましたが、今日は埼玉選抜が圧倒していますね。先発投手である武田選手を打てていません』

 

『それにしても昨日とは全然違いますね。埼玉選抜は大きくスタメンを代えていますが、それが影響しているのでしょうか?沖縄選抜の朱雀選手をつるべ打ちしています』

 

打線に火を点けているのはクリーンアップの3人……。スコア的にも昨日のお返しという意味合いが強そうだ。

 

『ゲームセット!!』

 

試合終了の合図が下された。

 

『ここで試合終了!埼玉選抜が沖縄選抜をコールドゲームで占めました!!』

 

『県対抗総力戦は従来の女子高校野球とは違い、7イニングではなく9イニングでの試合ですが、コールドゲームが存在します。埼玉選抜の打力が噛み合えば、このようにルールである10点コールドが成立するという訳ですね』

 

スコアは10対0の7回コールド……。初戦は多分色々噛み合ってコールドゲームに出来た試合だけど、次の試合からはこんな風にはいかないだろうなぁ……。

 

(まぁ今はこの勝利を喜んでおきますか)

 

埼玉選抜の目標は優勝あるのみ……だからね!



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初戦突破と呼び出し

「やったやった!埼玉選抜が勝った!」

 

「圧倒的でしたね!」

 

「うんうん!個々の能力が遺憾なく発揮出来たと思うよ!」

 

「しかし昨日とは真逆の試合展開でしたね。瑞希先輩は昨日と今日の試合をどう思いますか?」

 

「昨日までの埼玉選抜はどこからバラバラな感じがしましたが、今日はそれがありませんでした……。これが勝因の1つですね。次に打線の中軸に強力なスラッガーを3人添える事により、相手の沖縄選抜よりも数段強力な打線に仕上がっています。昨日のスタメンでは攻撃力に欠けていましたからね」

 

『…………』

 

「そして最後は今日投げていた武田さん……。選手全体の調子も多少は関係してくるでしょうが、彼女のピッチングが良い具合にはまっていきましたね。埼玉県大会の決勝戦を観た時にも思いましたが、要所で見せる武田さんの急成長が相手打線を圧倒します。これ等の要因が上手く重なり合って、勝つべくして勝った試合でした」

 

「二宮さんって……私達の事をよく見てるよね」

 

「去年からそうでしたが、新越谷高校は台風の目となるチームですからね。私はなるべく多くの情報を目に焼き付けておきたいのです」

 

「それは……朱里先輩がいるからですか?」

 

「最初期はそうでしたが、今は違います。無論朱里さんの成長を確かめる目的は今でもありますが、それに加えて見てみたいものが色々とありますから」

 

(それに今は群馬選抜の件もありますし、これから起ころうとしている『何か』に向けて出来るだけ情報を集めておく必要がありますね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は私達の勝ちで終わった。まずは初戦突破か……。

 

「皆ー!お疲れ様ーっ!!」

 

「格好良かったですよ!」

 

「次の試合も頑張ってください!」

 

私達を労う声が……。芳乃さん、大村さん、初野の3人が声出し担当なのかな?一応木虎も来てるし、なんなら二宮がしれっと交じっている。確かこの後西東京選抜の試合があったような……?

 

「応援ありがとー!」

 

「次も絶対に勝つけんね!」

 

雷轟と中村さんが3人の声に応える。もちろん私達も皆の応援に応えるべく頑張ろうと思う。

 

「皆、初戦突破おめでとう。今日は宿舎で軽く宴といこうか」

 

「料理の方は三森夜子さんが振る舞ってくれるらしく、私も手伝わせていただきます」

 

夜子さんの料理と聞いて、姉2人が過剰に反応したのは言うまでもない……。

 

「ああ、それと番堂さん、剛田さん、雷轟さん、早川さんの4人は食事が終わったら、私のところに来てほしい」

 

『?』

 

大宮さんに呼ばれた私達4人は頭に疑問符を浮かべる。なんで私達4人だけなんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事が終わった私達は言われた通り、大宮さんがいる部屋まで来たんだけど……。

 

「私達だけ呼び出して、監督は何のつもりなんですかね?」

 

「約束通り来ましたよ~!」

 

軽くノックをして、大宮さんのいる部屋に入る。

 

「来てくれてありがとう」

 

部屋には白装束を着て、日本刀を構えた大宮さんがいた。どういう事?



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静の打法

前回のあらすじ……大宮さんに呼び出された雷轟、番堂さん、ゴウさん、そして私。呼び出された理由がイマイチわからないままに大宮さんのいる部屋まで赴いたら、なんとそこには白装束を着て、日本刀を構えた大宮さんがそこにいた……。

 

「来てくれてありがとう。実は日頃の君達の振舞いを見て、私は腹を据えかねていてね……」

 

『へ?』

 

「ここで君達4人を切り捨てる事に決めたんだよ……!」

 

「「「ひえっ……!」」」

 

大宮さんが今にも私達を斬ろうとする態勢に私達4人は恐怖する。冗談なんだろうけど、大宮さんから感じる威圧感で決して笑えないんだよね。あと3人共私の後ろにしがみつくのは止めて。

 

「……なーんて、冗談だよ。この日本刀は今からする特訓に使う物さ」

 

正直笑えない冗談なんですが……?

 

「お、驚かさないでくださいよ!」

 

「ち、ちびるかと思った……」

 

「ま、まぁゴウちゃんは始めから冗談だってわかってたけどね☆」

 

3人の反応は三者三様である。あとゴウさんは足が生まれたての小鹿みたいに震えながら、私の肩を掴むのは止めてほしい。

 

「で、でも日本刀で特訓って一体何を……?」

 

「この日本刀は見ての通り真剣でね。これを使って君達には……」

 

大宮さんが日本刀で指した先には短冊サイズの紙が紐に吊るされていた。

 

「この紙を斬ってもらうよ」

 

「紙……ですか?」

 

「な、なんで紙を?もっと速く動く物とか、固い物とかじゃなくて良いんですか?」

 

雷轟と番堂さんは何故紙を斬る事になったのか……という現状に困惑している。口には出してないけど、ゴウさんと私も同様だ。

 

「この練習は群馬選抜に所属している風薙選手の目にも映らないストレートに対する打開策さ。超速の球を完璧に捉えるには刀の太刀筋の如き神速のスイングが要求される……」

 

「…………!」

 

風薙さんの投げる球の対策と聞いて、雷轟がピクリと反応する。やはり雷轟は風薙さんとの勝負に完敗した事を気にしていそうだ。

 

「この紙はとても軽く、普通に斬ろうとしても、このようにヒラヒラと逸れてしまうんだ。そこで今から君達にやってもらいたいのは、この紙をたなびかせる事なく、一刀の下に斬る特訓だよ」

 

「はぁ……。その紙がヒラヒラするのはわかりましたけど、そんなので本当に成果があるんですかぁ?」

 

ゴウさんが怪訝な目で大宮さんを見ている。まぁ気持ちはわかるけど……。

 

「百聞は一見にしかず……って事で、今から私が見本を見せるよ」

 

「か、監督がですか!?」

 

大宮さんが紙の前に立ち、日本刀を構える。白装束も合わさって、滅茶苦茶様になるなぁ……。

 

「……ふっ!」

 

 

ブンッ!

 

 

(えっ?今のスイングって……)

 

新越谷の試合で何度か見た事がある……。雷轟も同じ反応をしているし、この人何者なんだよ!?

 

「ふぅ……」

 

「……って、何も変わってないじゃないですか!」

 

「ヒラヒラしなかったのは凄いけど、当たってないなら、意味がないですね☆」

 

「…………」

 

「違う……。監督は超速のスイングで紙を斬ったんだよ」

 

「「えっ!?」」

 

「……どうやら雷轟さんには見えていたみたいだね。それと早川さんも」

 

確かに見えた……けど、なんとか見えたってだけだ。

 

「じゃあ見えてなかった番堂さんと剛田さんはよく紙を注目してみて」

 

大宮さんの言葉の後、紙が真っ二つになった。無駄の少ないスイングでこうなる訳か……。

 

「き、切れてる……」

 

「すっご……。全然わかんなかった」

 

「これが超速の球に対抗し得る超速のスイング……。それがこの静の打法『空蟬』だよ」

 

(やっぱり……。大村さんがやっていたスイングだ)

 

「うつせみ……」

 

「な、なんか覚えたら滅茶苦茶格好良いかも!?」

 

「この特訓は大変危険を伴うから、刀の扱いには気を付けてね。あと必ず室内で行う事」

 

まぁそりゃそうだよね。外に持ってったら、銃刀法違反になるもんね……。

 

「出来る事なら君達の特訓の行方を最後まで見ていたいけど、他の選手も見ておかなきゃならないから、私の代わりに臨時講師を紹介するね」

 

「臨時講師って……もう呼んでるんですか!?」

 

「そうだよ。部屋の前で待たせてある。おーい、入ってきても良いよー!」

 

大宮さんが呼んだ人物が襖を開けた。入ってきたのは……。

 

「し、白菊ちゃん!?」

 

「ここからは僭越ながら、私大村白菊が皆さんの特訓の監督を致します。よろしくお願いします!」

 

まぁあのスイングを見た時から察してはいたけど、大村さんが私達の手助けをしてくれるみたいだ……。

 

「皆さん、この空蟬を必ずや完成させましょう!」

 

『おおっ!!』

 

こうして私達は空蟬が完成するまで大村さんの指導の下、特訓する事になった。



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剛健な下半身を求めて

珠姫sideです。


沖縄選抜との試合の夜。ヨミちゃんが投げ込みをしたいとの事で、私はその付き添いとして、近くの公園(昨晩番堂さんと剛田さんが喧嘩し合ってた場所)でヨミちゃんの球を受ける事に。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!今日の試合でも球は走ってたよ」

 

「ありがとー!でもなんか物足りない気がするんだよね。それに……」

 

「それに?」

 

「遥ちゃんのお姉さん……風薙さんの球と比べると、何か足りないって思うんだよ」

 

「ヨミちゃん……」

 

沖縄選抜との試合では私はベンチだったけど、ベンチから見てもヨミちゃんの球は走ってた。風薙さんの球が凄いのはわかるけど、ヨミちゃんにはヨミちゃんの良さがきっとある。

 

「……まぁ良いや。もう1球行くよ!」

 

「来い!」

 

 

ズバンッ!

 

 

ストレートも、あの球も、他の球種も、前まで……洛山主宰の地獄の合宿に行く前よりも格段にキレが上がってるし、球の勢いもある。でもヨミちゃんはどこか不満そうにしてるんだよね……。

 

「おっ、いたいた。今日の試合で投げ足りなかったのかな?」

 

「「か、監督!?」」

 

私達の前に現れたのは、埼玉選抜の監督をしている大宮さん。そういえば地獄の合宿で見掛けたんだっけ……?

 

「武田さんは今日の試合はお疲れ様。今後に備えて山崎さんと投げ込みの練習をしていたのかな?」

 

「は、はい……」

 

なんだろう?この人と話すのは緊張するな……。

 

「あの!今から私の球を見てもらっても良いですか?」

 

「ヨミちゃん?」

 

「今の私は何か足りないものがあると思うんだ……。でも監督なら、それがわかるかも知れないから!」

 

今のヨミちゃんに足りないもの……。でも確かに私ではまだわからないものが監督には見えているかも知れない。

 

「成程ね。話はわかったよ。とりあえず打席に立って良いかな?打者目線の方がよく見えると思うし」

 

「はい!」

 

「それに丁度武田さんを鍛えようと思ってたからね……」

 

「!!」

 

今……監督は確かにヨミちゃんを鍛えるつもりだって言ってた。だからヨミちゃんを探していたのかな?

 

「投げて良いよー」

 

「よーし……!」

 

 

ズバンッ!

 

 

「ふむ……」

 

 

ズバンッ!

 

 

「成程……」

 

 

ズバンッ!

 

 

「うん。大体わかったかな?もう止めて構わないよ」

 

「えっ、もうですか?」

 

「武田さんの課題が見えてきたからね。とりあえず今日はもう遅いし、詳しくは明日に説明するね。試合もない事だし……」

 

「わ、わかりました……」

 

どこか消化不良のヨミちゃんだけど、監督の言う事を信じて待つしかないのかもね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。私とヨミちゃんは監督に言われるがままに着いて来たんだけど……。

 

「ここは……?」

 

「この場所は知る人ぞ知る……魔の六甲おろし坂だよ」

 

「す、凄い坂……」

 

「や、山登りでもするんですか?」

 

こんな坂を登るってかなりキツそう……。

 

「さて……今の武田さんはかなり屈強な上半身を手にしているね?」

 

「えへへ……。これでもキツい特訓を乗り越えて来ましたから!」

 

確かに地獄の合宿でヨミちゃんがやった特訓はキツい……というか、常軌を逸してたよね。ヨミちゃんはなんか誇らしげにしてるけど……。

 

「でも武田さん的には何かが足りてない……って思ってるんだよね?」

 

「はい……。なんとなくなんですけど、それが何かがわからなくて、モヤモヤするっていうか……」

 

「その答えは武田さんの下半身が鍛えられた上半身に着いて行ってない……って事だよ」

 

「下半……身?」

 

「まぁ武田さんも下半身を疎かにはしてないだろうけど、上半身に比べると、並程度しかない」

 

「そんな……!」

 

「じゃあどうしたら……!?」

 

「そこで下半身を鍛えられた上半身に合わせるべく特訓を行っていく訳だけど……」

 

監督が若干言い淀んでいる。どうしたんだろう?

 

「昨日も言ったけど、止めるのなら今の内だよ。これから行う特訓はハイリスクだからね」

 

(そういえば言っていた……。だからヨミちゃんは一晩中考えていたんだ。監督の特訓に従うのか、否かを……)

 

そしてヨミちゃんが考え抜いた末に、出した結末は……。

 

「……やります。やらせてください!」

 

「良い返事だ。でも吐いた唾は飲み込めないよ?」

 

「覚悟の上です!!」

 

凄い決意……。今のヨミちゃんには迷いがなさそうだ。

 

「OK。じゃあ武田さんには今から乗り物に乗ってもらうよ」

 

そう言って監督が用意したのは……?

 

「自転車……?」

 

「これで登るんですか?」

 

「そうだよ。楽しくサイクリングといこうか♪」

 

監督は楽しそうに、発言してるけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

(あ、歩くより、す、数段キツい……!)

 

「か、監督、これって……」

 

「マウンテンサイクリング……。間違いなくあらゆるスポーツの中で下半身を酷使するスポーツだよ」

 

や、やっぱり……。しかもこんな坂を登るとなると、もっとキツくなる。

 

「ヨミちゃん!無理して飛ばさず、ゆっくり登って頂上を目指して行こう!」

 

「駄目だよ。ペースを緩めたら苦しむのは自分自身なんだから♪」

 

こ、この監督はただでさえ坂道は自転車の方がキツいのに、無茶苦茶な注文をしてる……。

 

「ふぅ……」

 

ヨミちゃんが一息入れる。休みながらでも、ゆっくりと登って行こうね。

 

「あー駄目駄目。途中で休んだら」

 

「「えっ……!?」」

 

しかし監督からとんでもない発言が飛び出した。

 

「息継ぎなし坂登り(ノーブレスクライミング)。この特訓で坂を登り切るまでの間に1度でも足をついたら、坂の最初からやり直してもらうからね」

 

息継ぎなしなんて……!そんな無茶苦茶な事が出来るの!?

 

「ちなみに洛山高校OGの大豪月さんと、美園学院の三森夜子さんがこの特訓を成し遂げてるから、前例はある……。武田さんは頑張って3人目になろうね」

 

ぜ、前例があるんだ……。でもそれってその2人が特別なんじゃ……?

 

「ぜ、前列があるんなら、わ、私にだって、で、出来ますよね?」

 

「もちろん。私は武田さんなら出来ると思って、この特訓を勧めている訳だしね」

 

ヨミちゃんも監督も出来ると信じているし、私が水を差す訳にもいかないよね。

 

「なら……やります!絶対にこの特訓を完遂します!」

 

「うん。頑張ってね」

 

ヨミちゃんがやる気満々だし、私には止める事が出来ない……。でも決して無理だけはしないでね?



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次の相手と気になる組み合わせ

空蟬の件から翌日。それぞれがそれぞれ風薙さんの豪速球対策を行っていく中、次の試合のミーティングが今晩行われる。

 

「さて……。明日は総力戦の2戦目だね」

 

「相手は高知選抜です。沖田土方バッテリーを中心に、攻守優れているチームとなります」

 

高知選抜……天下無双学園いる沖田と、沖田の相方である土方さんがとても厄介だった印象だ。

 

「スタメンの方は当日の皆の調子を見て決めるとして、何か質問はあるかな?」

 

調子次第とはいえ、スタメンを決めるコンセプトみたいなのはきっとある筈。大宮さんと坂柳さんは何を考えているのか……。

 

「……質問はないようだね。それじゃあ解散」

 

「室内練習をする方々は他の宿泊客に迷惑の掛からないよう心掛けてください」

 

解散という指示が出たので、私は空蟬完成の為の特訓を行う事に。もちろん雷轟達も一緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

「うぐぅ……!たなびく紙が鬱陶しい」

 

「足元を安定させて振ると、かなりマシになりますよ」

 

大村さんの教えを下に、今日も私達は日本刀を振る。なんかここだけを切り取ると、闇討ちを企んでいる悪人みたいだ……。

 

「あっ、本当だ!心なしか紙がたなびかなくなった!」

 

「その調子です遥さん!他の皆さんも頑張ってください!!」

 

アドバイスによって紙のたなびきが減り、あとは紙を一刀両断するだけなんだけど……。

 

「あー、全然切れない……」

 

「監督がやってるのを見る限りだと、簡単そうに見えるんですけどねぇ……」

 

「う~ん……。そうだ!白菊ちゃん、ちょっとお手本を見せてくれないかな?」

 

「私ですか?わかりました」

 

雷轟の提案によって、大村さんが空蟬を披露する事に。チームメイトである私と雷轟はともかく、番堂さんとゴウさんは敵側視点でしか見た事がないと思うから、間近で見て何かの参考になると良いだろう。

 

「……空蟬!」

 

 

ブンッ!

 

 

それは大宮さんのそれと遜色ない、神速のスイングだった。そしてもちろん……。

 

「ああっ!?紙が切れてる!」

 

「やりますねぇ!」

 

番堂さんとゴウさんは大村さんの空蟬に感慨を受けたようだ。

 

「ありがとうございます!実はつい先日に鈴音さんから免許皆伝の称号をいただきました!」

 

なんか免許皆伝の意味を取り違えている気がするけど……。

 

「う~ん……」

 

「遥さん?どうされましたか?」

 

「さっきの白菊ちゃんのスイングを私は参考にしてたんだけど、何が違うのかな着いて考えたいたんだよ……」

 

「遥さん……。上級者の動きを参考にする姿勢はとても素晴らしいものだと思いますが、それだけでは会得には繋がりませんよ」

 

大村さんの言う通りただ参考にするだけだと、意味がない。そこから自分なりのスイングを見出ださなければ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、各自休憩にしましょう!」

 

大村さんの一言により、私を含めた全員がへたり込む。つ、疲れた……。

 

(休憩の間にトーナメント表を見ておこう……)

 

私は大宮さんからもらったトーナメント表を確認する。私達埼玉選抜は高知選抜と対戦する訳だけど、その隣に気になる組み合わせを見付けたので、警戒しておく。

 

(東東京選抜と京都選抜の試合……か)

 

2戦目に私達が高知選抜に勝つ事が出来れば、どちらかと試合をする事になる。どちらも優勝候補だから、余計に気にしなきゃなんだよね。



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師弟?

『本日は晴天なり。本日は晴天なり!今日から県対抗総力戦の2回戦が行われます!実況は『通算打率は8分打者!』紺野と!』

 

『1割切ってるんだ……。解説は青葉でお送りします』

 

空蟬取得に対して難航している私達だけど、切り替えて試合に臨む必要がある。他の皆も大宮さん発案の風薙さん対策を行ってるみたいだし、それが実るように頑張っていくだけだ。

 

「あーっ!羽矢さんだ!」

 

「え、えっ……?」

 

「沖田さんですよ!覚えてますか?」

 

「ま、まぁ一応……」

 

一ノ瀬さんが沖田に声を掛けられてびっくりしている様子。そういえばこの2人はシニア時代で結構一緒に行動していた印象だったね……。

 

「あれから沖田さんは羽矢さんに教えてもらった変化球とはまた別に、色々と魔球を編み出したんですよ!楽しみにしててくださいね?今日は一緒に投げ合いましょう!」

 

「い、いや、私なんかよりも先発適正がある投手は沢山いるし、私が先発投手になるかわからないし、そもそも面倒くさいし……」

 

沖田の会話に対して一ノ瀬さんはタジタジだ。色々と理由をつけてるけど、絶対に1番最後のが本音だよね?シニア時代の一ノ瀬さんはネガティブな印象が強かったけど、今となってはものぐさな印象の方が強いな……。

 

「沖田、そろそろ整列の時間だから、戻るよ」

 

「はーい!埼玉選抜の皆さん、今日はこの沖田さんの魔球できりきりまいにしてあげますね!」

 

土方さんに連れられて、沖田は整列場所へ向かった。

 

『よろしくお願いします!!』

 

整列が終わり、ベンチへ戻る私達。例の如く先攻である。

 

「はぁ……」

 

「な、なんだか羽矢先輩の元気がないね……」

 

「今日先発だから、気が滅入っているんじゃない?羽矢先輩程の実力者ならそんな簡単には打たれないのに……」

 

親切高校の3人がそれぞれの反応を見せる。一ノ瀬さんはネガティブオーラを出しながら溜め息を吐き、鈴木さんがそれを心配し、ゴウさんはそれを気にしていない様子だ。

 

 

1番 ライト 中村さん

 

2番 セカンド 三森朝海さん

 

3番 ファースト 番堂さん

 

4番 レフト 雷轟

 

5番 サード ゴウさん

 

6番 センター 主将

 

7番 ショート 三森夕香さん

 

8番 キャッチャー 志木さん

 

9番 ピッチャー 一ノ瀬さん

 

 

ちなみに今日の打順はこんな感じ。二遊間に三森姉妹を添えた形に変えて、連携が機能しやすい布陣となっている。

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

マウンドでは沖田が投球練習をしている。カーブ、シンカー、シュートの3球種は一ノ瀬さんの投げる不規則な変化と類似しており、初見では打つのが困難となる。

 

『さぁ!沖田選手の投球練習が終わったところで、試合開始となります!!』

 

この試合は一ノ瀬さんと沖田……似た変化球を投げる投手の投げ合いが鍵となりそうだね。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜①

「総司さんと一ノ瀬さんの投げ合いがこの試合の鍵となりそうですね」

 

「そうですね。沖田さんは一ノ瀬さんに変化球を教えてもらった身……。沖田さんにとっては自身の成長した姿を一ノ瀬さんに見てもらうチャンスだと思ってそうです」

 

「総司ちゃんって確かそれとは別になんか投げてたよね?止まって見える……みたいな球?芳乃先輩はあれの正体ってわかります?」

 

「分類上はチェンジUPの類い……だと思うよ。それにしてはかなり速く見えたけど……」

 

「この試合は……初戦とは打って変わって投手戦になるのかしら?川越シニア出身の歩美ちゃん、藍ちゃん、二宮さんはどう思ってるの?」

 

「どうですかね~?総司ちゃんも羽矢先輩も特定の条件下で力を発揮するタイプの投手なので……」

 

「その特定の条件下……次第で展開は良くも悪くもなると思います」

 

「変化球のキレは一ノ瀬さん、手数の多さは総司さんに軍配が上がりますが、お互いにこの県対抗総力戦に向けて色々と調整してきていると思いますし、一概にどちらが……とは言えませんね」

 

(それに今回の県対抗総力戦は全チームが打倒群馬選抜を心掛けている可能性すらあります。集団を統率させるに必要としているのは共通の敵……とはよく言ったものですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『沖田選手の冴え渡る変化球によって、二者連続三振!』

 

『カーブ、シンカー、シュートの3球種をそれぞれ散らして投げていますが、良い塩梅で埼玉選抜の打線を抑えていってます』

 

前に天下無双学園と試合をした時とはカーブも、シンカーも、シュートも比べ物にならないな……。まるで一ノ瀬さんを見ているみたいだよ。

 

「うわっ……!なんか羽矢先輩が投げる変化球みたいですね」

 

「ま、まぁ沖田に変化球を教えたのは私だから……」

 

「だからあんな気持ち悪い曲がり方してるんですねっ☆」

 

ゴウさんって一ノ瀬さんに対して割と辛辣だな……。

 

「朝海姉さん、大丈夫?」

 

「ええ。大丈夫よ。ちょっと県大会初戦を思い出しただけ。全く忌々しい……」

 

「な、流れ弾が……」

 

そういえば美園学院も一ノ瀬さんの変化球によって抑え込まれたんだったね。確かに朝海さん達からすれば忌々しいんだろうけど、本人の近くで言うのはどうだろうか……。

 

「中々の荒くれ球だね……。この私の得意分野だ!」

 

次の番堂さんは変化球が得意なスラッガーだ。逆にストレート(特にど真ん中)が苦手だったけど、克服出来てるのかな……?

 

「来い!」

 

(うわぁ……。見るからに打ち気満々ですね~?)

 

(この手の打者は外の方に変化球を散らせば、打てないって相場は決まってるよね)

 

(それじゃあボールゾーンに逃げるカーブで空振りを取りに行きましょう!)

 

(……いや、万一それで見逃されると面倒だ。カーブでもストライクゾーンに曲がるように投げて)

 

(了解ですっ!)

 

沖田の初球はカーブ。右打者の内角高めから、外角低めに大きく曲がってくるゴロを誘ってるコースだ。でも……。

 

「間近で見ると、本当に荒くれてるね。それでこそ打ち甲斐があるってものよ!」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

『初球から大ファール!』

 

『あのレベルのカーブに対して完璧なタイミングでしたね。並の打者なら、手出しすれば内野ゴロになっても可笑しくありませんが、番堂選手のパワーがそれを長打に変えています』

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

『またまた大ファール!!』

 

番堂さんは問題なく沖田の変化球を捉えている。あと課題になるのは止まって見える珍妙なストレート(捉えようによってはチェンジUP?)だ。一応事前に言ってはいるけど……?

 

(変化球に対してこの対応……。それならあれを)

 

(OKです!)

 

ツーナッシングから投げられたのは……。

 

(止まって見える……。これが朱里さんと遥さんが言ってた球?確か正体はほとんど落ちない速度で向かってくるストレートだった筈。あとはコースを見定めて……打つ!)

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

番堂さんがタイミングを合わせて打つ。良い当たりをしているけど、僅かに芯からずれているので、スタンドインとはならなかった。でも長打コースだ。

 

『セーフ!』

 

『番堂選手、沖田選手のストレートを一閃!フェンス直撃の二塁打だーっ!』

 

『…………』

 

『おや、どうされました?』

 

『……いや、別になんでもないよ』

 

これでツーアウト二塁。先制点のチャンスだ。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜②

ツーアウト二塁。埼玉選抜の4番打者、雷轟遥が左打席に立つ。

 

(空蟬はまだ完成していないけど、それを差し引いても、雷轟の打力は頼りになる……)

 

沖田を相手に最終的には打ち勝ってるし、期待値は高い。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

しかし今沖田の球を打てるかどうかはまた別の話だ。変化球も練習試合に比べて、格段とキレを増している。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

成長しているのは雷轟も同じ。野球を本格的に始めたのは去年からとは言え、様々な強敵と渡り合った成果が如実に出ている。

 

『雷轟選手、沖田選手の変化球を捉えて場外へ!』

 

『凄まじいパワーですね。変化球はストレートに比べて比較的に軽いですが、あそこまで飛ばせる打者はそうはいません』

 

でもこれで野球始めて1年ちょっとなんだよね。身長も並はあるから、清本が血涙を流してしまうレベル。まぁ清本は清本で140センチしかないのに、スラッガーレベルのパワーヒッターなのも大概……というか滅茶苦茶可笑しいんだけどね?

 

「タイム!」

 

ツーナッシングのタイミングで捕手の土方さんがタイムを掛けた。雷轟はどちらかと言えば追い込んでからも粘ってくるタイプの打者だし、空振りを取れる変化球とか、配球とか相談するのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「土方さーん!」

 

「そんな捨てられそうな子犬みたいな仕草で、助けを求められても困るんだよね……。で、どうするの?」

 

「沖田さんは最近編み出した魔球を投げたいです!」

 

「……あれは県対抗総力戦の決勝戦まで取っとくって言ってなかった?」

 

「いやー、やっぱり埼玉選抜は強力だったって事ですかね~?」

 

「決して笑い事じゃないけどね……。あんなビックリボールを受けるこっちの身にもなってほしいよ全く」

 

「でもでも土方さん、雷轟遥の恐ろしさは知ってるでしょ?」

 

「否定が出来ないのがまたなんとも……。確かに雷轟さんは凄い打者だし、さっきヒットを打たれた番堂さんもそうだし……わかったよ。投げても良い。もし私が捕れなくても責任は取らないよ?」

 

「大丈夫ですよ!沖田さんは土方さんを信用してますから!」

 

「……じゃあ私は戻るよ。精々打たれないようにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約3分の会議が終わって、土方さんが戻って来た。果たしてどんな作戦を立てて来たのか……。

 

「行きますよー?沖田さんのとっておきを喰らうが良いです!」

 

そう言って沖田はボールを投げた……上空へと。

 

『えっ!?』

 

実況、解説を含めたほぼ全員が同じ反応をした。多分今の光景で平然としているのは向こうのバッテリーくらいだよね?

 

『な、なんという事でしょう!沖田選手が上空に向かって、ボールを放り投げたぁ!!』

 

『傍目から見れば暴投……に見えますが……?』

 

「な、なんだかわからないけど、これはチャンス!」

 

二塁ランナーの番堂さんがスタートを切る。まぁ暴投だと思うよね?私もそう思うもん。

 

(ふふん。ランナーに走られる事は想定済みですよ!この球の本領は……ここからです!)

 

「落ちろぉ!!」

 

沖田が声を大に叫んだ瞬間、なんと上空からボールが落ちて来た。

 

(えっ?えっ?ど、どういう原理なの!?)

 

雷轟も戸惑っている。というかほぼ全員が戸惑うよこんなの!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ス、ストライク!バッターアウト!!』

 

「これが沖田さんの新魔球……その名も『天竜』です!」

 

(天高くから流星の如く飛んでくる竜のような球……。受けてる私からしても、未だにその原理がよくわかってないんだから、恐ろしいよ。ある意味では群馬選抜の風薙さんよりも凄い球を投げている……)

 

沖田の新しい球種……あれが打てないと、埼玉選抜の勝ちは遠退く一方だ。しかも対策がわからないときてる……。これはもしかして今までの試合で1、2を争うくらいにヤバいんじゃないだろうか?



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜③

☆10評価をくださったフゥさん、ありがとうございます!


1回裏。守備に付く前に裏に備えての作戦を考える……。

 

「なんとも愉快な球でしたね」

 

「超フライ宙空投法……というやつか。投手が遥か頭上から投げられたフライ球が十数メートルに達した瞬間に、猛スピードで落下する中々に面倒な代物だよ」

 

坂柳さんと大宮さんは沖田の投げた天竜(沖田命名)の正体がハッキリとわかっている。多分雷轟も似た感覚は掴めてそうだけど、決定的な攻略法がわからないのがネックか……。

 

「向こうも簡単に攻略させまいと多投はしない筈だから、その前に投げられる球を叩くのもありではあるけど……」

 

「自信のある球を打ち砕けば、投手は戦意喪失する事間違いないでしょう。親切高校は過去にそうしてきました」

 

坂柳さんが中々に容赦ない事を言ってるな……。芳乃さんを冷酷にすると、あんな感じなんだろうか?

 

「……有栖の案を使うにせよ、使わないにせよ、余程危ない状況でない限りは君達に任せるとしよう。その前に無失点で切り抜ける必要があるけどね」

 

「そうですね。一ノ瀬先輩、弟子に負けないよう奮闘してくださいね?」

 

「べ、別に沖田は弟子とかじゃない……」

 

一ノ瀬さんが相変わらず陰気な雰囲気を醸し出す。ネガティブであればある程に力を発揮する投手だから、こういう時は頼もしいんだろうか?

 

(何にせよ、一ノ瀬さんがどれくらい粘れるかに掛かっているのかもね)

 

高知選抜は打力の高い天下無双学園の選手が中心に集まっているんだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総司さんが投げた球は中々に攻略が大変そうですね」

 

「あんな球見た事がないよー!まさに魔球!」

 

「芳乃さんが興奮されてます!」

 

「いやいや、感心してる場合じゃないですよ!?」

 

「……瑞希先輩は沖田さんの投げた球に対して、何か解答はありますか?」

 

「パッと思い付くだけで攻略法は幾つか浮かびますが、ランナーの出塁が必須となる条件は難しそうですね」

 

「あんな球をポンポンと投げられたら、ランナーどころじゃありませんもんね……」

 

「だから上手く軌道を見極める必要がある訳ですが……」

 

(実際に他人事ではない分、あの球は厄介ですね。ただ当てるだけでは意味がないですし、埼玉選抜がどのように攻略するか、見させてもらいますよ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『一ノ瀬選手、沖田選手に負けじと二者連続三振!多彩な変化球で高知選抜を手玉に取っています!!』

 

『一ノ瀬選手と沖田選手の球筋がかなり似ていますね。投げているのはカーブ、シンカー、シュートの3球種ですが、何れも大きく曲がり、キレも抜群です』

 

解説の言うように、一ノ瀬さんと沖田の変化球はとても似てる……というかほぼ一致している。二者連続三振で調子が良さそうに見える一ノ瀬さんだけど……。

 

「さっすが羽矢さんですね!でもこの沖田さんが必ずや捉えてみせますよ!」

 

(3番の沖田、4番の土方さんに同等の変化球が通じるかわからないから、難しい場面なんだよね。沖田は一ノ瀬さんに変化球を教えてもらい、同じ球を投げ続けてきたし、土方さんはそんな沖田の球を捕っている……)

 

あの2人の付き合いは高校に入ってからだけど、投げ込みだけでも相当数やり込んできている筈……。一ノ瀬さんが、バッテリーがどう出るかで展開が変わってきそうだ……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜④

『埼玉選抜の一ノ瀬選手、沖田選手に負けじと二者連続三振!高知選抜に流れを渡しません!』

 

『高知選抜はクリーンアップに入るので、一ノ瀬選手が、或いはバッテリーがどう対処するのか見物です』

 

「よーし!まずはこの沖田さんが高知選抜に勢いを呼びますよ~!」

 

張り切った態度で打席に立つ沖田。でも実際に沖田が始動役になる事はそれなりに多い。打率も6割前後はあるみたいだしね。

 

(一ノ瀬さん、慎重に行きましょう。まずは低めのカーブを……)

 

(はぁ……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(流石に振っては来ませんか……)

 

(沖田って性格の割には慎重なんだよね。面倒……)

 

一ノ瀬さんが面倒くさそうな顔をしている。まぁ沖田って打者としてかなり厄介だから、気持ちはわからなくもない。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「おお……。良いコースに投げるなぁ……!」

 

一ノ瀬さんと沖田の勝敗も気にはなるんだけど……。

 

「武田さんはなんでそんなにグッタリしてるの?」

 

「ほら、ヨミちゃんは自転車で坂道を駆け登っているから……」

 

山崎さんが説明するも、イマイチ要領を得ない。何がほらなのかさっぱりわからない。なんか山崎さんが遠い目をしているのもよくわからない……。

 

「武田さんはあの六甲おろしを登ってるから……。いきなりそんな坂道を登っていたら、筋肉痛になるのは当たり前」

 

武田さんの隣にいる夜子さんが簡潔に説明してくれて、ようやく内容が少しわかった。六甲おろしって……確か兵庫県内で1、2を争うレベルのキツい坂道だったっけ?えっ……?そんな坂を自転車で登ってるの!?

 

「しかも今武田さんがやってるのは息継ぎなし坂登り。足腰に急激な負担が掛かってる」

 

なんか夜子さんからとんでもないワードが飛んできたんだけど?息継ぎなし坂登り?

 

「そんなの出来たら人間じゃないでしょ……」

 

「そう。だから私も人間を止めた……」

 

どうやら夜子さんは人外側に足を踏み入れた1人らしい。もしかして武田さんもそうなるのかな……?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

……試合に戻って、状況はカウント2、2。更に沖田が一ノ瀬さんの変化球にタイミングを合わせたところだ。やっぱり同じ球を、同じフォームで投げる人間の対処は身体で覚えているものなのかな?

 

「一ノ瀬さんが押されてるように見えるなぁ……」

 

「そうだね。まだ序盤だし、なんとか踏ん張ってほしいんだけど……」

 

グッタリしている武田さんと、武田さんを宥めている山崎さんが心配そうに一ノ瀬さんを見ている。同じ埼玉の仲間として、是非とも頑張ってほしいと思ってるんだろうね。私も同じ気持ちだし……。

 

 

カンッ!

 

 

『打ったぁ!沖田選手が捉えた打球は三遊間を抜けて、ヒットとなりました!!』

 

『上手くカーブに合わせましたね。僅かに芯からずれていましたが、もしも芯で捉えられていたら、間違いなくホームランだった一打です』

 

解説を聞く限りだと、ホームラン打たれてないってだけでおんなじかもね。まだ一ノ瀬さんは負けた訳じゃない。でも……。

 

「よろしくお願いします」

 

4番の土方さんは沖田を越える打者だから、危険度はさっきよりも増してるんだよね……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜⑤

ツーアウト一塁。打席には高知選抜の4番打者、土方さんが打席に入る。

 

(土方さんは華奢な体からは想像も付かないパワーを持っている。私や渡辺の投げる球すらも軽々打ち砕く対応力もある……。全国の打者の中でもトップクラスなのは間違いないだろうね)

 

天下無双学園との練習試合では序盤に取っていった点と、咄嗟の機転でやり過ごせたけど、県対抗総力戦は9イニングあるから、最低でも3回は打席が回ってくる……。こちらは投手陣が豊富だから、交代で対応出来るだろうから、まだなんとかなる方だろう。

 

(一ノ瀬さん、慎重に入っていきましょう)

 

(さっさと終わらせたいのになぁ……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

臭いところ突いて、最悪歩かせる配球で行くみたいだ。志木さんの慎重なリードは格上相手に無理をしない……というリトル時代の二宮と似た采配だ。

 

(まぁ二宮の場合は組んでいる投手が強者ばかりだから、多少の無理も押し退けられるんだよね……)

 

そして今の二宮は格上相手にも強気な攻めを見せる。あわよくば……というリードは変わらずだけど。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

『ファール!』

 

『おっと!?土方選手、2球目にして大ファールだ!』

 

『コースは内角高めギリギリ……。球審によってはボール判定を下されるコースでしたが、難なく打ってきましたね』

 

(ふふん、埼玉選抜は今頃驚いているでしょう!土方さんはストライクゾーンに入るコースを全て把握し、バットを振る打者です。そしてストライクゾーンに入る球をあのように捉える……まさに隙のない打者なんです!)

 

コースギリギリの球をスタンドまで持っていくあのパワーはやっぱり侮れないね。下手打つと、あっさりとホームランになりかねない。

 

「ふぅ……。ちょっと早く振り過ぎたかな」

 

(あれでタイミングがずれていたんですか……。全国でもトップクラスのスラッガーですね)

 

(剛田並に面倒な打者だなぁ……。次の1球で仕留める……!)

 

(了解しました。一ノ瀬さんの変化球、しっかりと受け止めますね)

 

一ノ瀬さんと志木さんはこの県対抗総力戦限定の即席バッテリーではあるけど、それなりに完成度が高い。志木さんの捕球能力も高いし、一ノ瀬さんも投げやすそうにしている。山崎さんも埼玉選抜の守備時には志木さんの方をよく見ているし、何か参考になる部分が出来ると良いね。

 

「これで……決める……!」

 

「打ってみせますよ。貴女の自信あるその1球を……」

 

一ノ瀬さんと土方さんの掛け合いはどこからか緊張感が押し寄せてくる。これからも多々こんなシーンが見受けられるんだろうなぁ……。

 

(くっ……!手が出ない!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『お見事!一ノ瀬選手、土方選手を三振に切って取ったぁ!!』

 

『最後に投げられたのは先程よりも変化が大きく、速いカーブでしたね。ストレートとほぼ同速で、変化し始めが遅く、その上に大きい変化となると、攻略は簡単ではないでしょう』

 

『これで1回の表裏が終了!両チーム共に4番打者を捩じ伏せたイニングとなりました!!』

 

沖田と一ノ瀬さんの立ち上がりはほぼ互角……。均衡を崩した方が試合の流れ、勢いを掴む事になるだろうね。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜⑥

イニングは進んで4回表。あれからは一ノ瀬さんも、沖田も、互いにノーヒットで抑えている。ここまでの両チームのヒットは番堂さんと沖田の打った1本ずつだけだ。

 

そして4回表の先頭打者は……。

 

「朝海姉さん、頼むわよ!」

 

「ええ、任せなさい。伊達に一時期昌の家のお手伝いをしていた訳ではないわ」

 

三森朝海さん。三森3姉妹の長女で、姉妹の中で1番ミート力が長けている。ちょっと気になる発言があったけど、今は朝海さんを応援するだけ。

 

「来なさい」

 

(この回は2番からか……。天竜(沖田命名)は未完成故に、投げないに越した事はない。前の打席ではタイミングが合わずに三振しているし、他の変化球で良いかな)

 

(了解でーす)

 

(……なんて考えていそうね。でも実際にあの変化球を打ちあぐねているのもまた事実だし、バントも難しい。だったら……!)

 

「…………!」

 

朝海さんが低く構える。いや、ちょっと低過ぎない……?

 

「朝海姉さん、本気ね……」

 

「うん。それ程までに大会で萌さん達に何も返せなかった事が悔しかったみたい……」

 

大会といえば、3人がいる美園学院は親切高校を相手に敗北していた。更に沖田の投げる球は自分達が負ける原因となった一ノ瀬さんの投げる球に類似している……。彼女達にとってはある意味で因縁のある球だという訳か……。

 

 

カンッ!

 

 

(打ってきた?でも彼女のパワーと、あの態勢だと……)

 

『ファール!』

 

(あのようにして当てるので精一杯だ)

 

「ふぅ……。なんとか当てられるわね」

 

(……?今の一打は打つ事が目的じゃない?)

 

(何か企んでますね~?)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目もファール。朝海さんが行っているのは、非道さんが得意とする下から掬い上げる打法だけど、非道さんとは違って打球に力がない。

 

(追い込まれた……。ここであの投手が投げてくるのは2択。1つは天竜とかいうビックリボール。でもあれは投げ方ですぐに特定が出来るから、フォームを見た後で狙いを定めれば良い。そしてもう1つは……!)

 

(これで三振ですよっ!)

 

(普通のサイドスロー。それならもう1つの狙い球を……!)

 

3球目……。投げられたのはストライクゾーンに曲がってくる大きな変化のカーブだ。

 

(叩く!)

 

 

ガリガリガリ……!

 

 

(地面を抉ってる!?)

 

朝海さんは突如、地面を抉り出した。何をするつもり!?

 

「突き上がりなさい!」

 

 

カキーン!!

 

 

「ラ、ライト!!」

 

打球はライトへと大きい当たり……なんだけど……。

 

「少々上がり過ぎですね」

 

「そうだね。あのままじゃ、ライトフライになる……」

 

坂柳さんと大宮さんが朝海さんの打球に対してそう呟く。

 

「心配はいらない。朝海姉さんのあれは狙ってやってるから……」

 

『狙ってやっている……?』

 

夜子さんはそう言うけど、一体どういう意味だろう。端から見たらただのライトフライに見えるけど……。

 

「もう少しでホームランだったのに、なんだか惜しいですねぇ」

 

「朝海姉さんは端からスタンドインなんか狙っていないわ。あの打球の進化はここからよ」

 

夕香さんの言葉の意味がすぐにわかるようになる。

 

(そろそろね……!)

 

次の瞬間、ライトフライだった打球はボールがジグザグに落ちて行った。えっ?どういう事!?

 

『な、なんと!三森朝海選手が打った打球がジグザグに落ちたーっ!?』

 

『ライトフライが、ライトオーバーのヒットに化けましたね。原理はわかりませんが、相手の意表を突く良いバッティングでした』

 

打った朝海さんは一気に三塁へ……。こ、これで先制点のチャンスだ。あの打球についてはあとで夜子さんが説明してくれるらしいし、今は得点のチャンスに祈っとこう……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜⑦

ノーアウト三塁のチャンスでクリーンアップに入る。

 

「ねぇねぇ!さっきの打球ってどうなってるの!?」

 

雷轟がさっき朝海さんが打った打球に興味津々の様子。元気が良いね。

 

「朝海姉さんの打球については私達が……」

 

「説明するわよ」

 

夕香さんと夜子さんが説明を始める。

 

「まずは朝海姉さんの構え方についてね」

 

「そういえばとても低く構えていたね?打球を飛ばす為に低く屈んでいたってところかな?」

 

「そう。体のバネを大きく伸ばす為のもの」

 

成程ね。強打を打つ為に溜めを作っていた訳か……。

 

「じゃああのジグザグに落ちたあれについては?打つ前にバットで地面を抉ってたけど……」

 

「あればボールに微量の土と傷を付ける為……」

 

「………?」

 

雷轟の質問には夜子さんが答えるけど、意味がわからずに首を傾げる。正直私もよくわかってない……。

 

「打つ時にバットで地面を抉り、微量の土と傷をボールに付けて、さっきのように落下地点にてその時に付いた土と傷が空気抵抗の歪みを作り、不規則に曲がりながら落ちていった……という訳」

 

「イメージは鍬で畑を耕し、斧で木を打ち込む事……。そこから朝海姉さんは新打法を編み出したのよ。名付けてBTS(ブルーサンダースラッシュ)!」

 

「……夕香姉さんは中二病を拗らせ過ぎ」

 

この2人の掛け合いはともかく、朝海さんがとんでもない打法を編み出した事には変わらない。

 

「けれど朝海姉さんだけじゃないわ。私も、夜子も、この県対抗総力戦に向けて、かなり強化したのよ!」

 

「まぁ私は姉さん達とは別行動だったけど……」

 

夜子さんの別行動とやらが気になるな……。

 

 

カンッ!

 

 

3番の番堂さんはサード正面のゴロを打った。三塁ランナーの朝海さんがホームに向かった瞬間、サードがホームへと送球。その瞬間に朝海さんは三塁へと帰塁を始めた。これは番堂さんを生かす為の走塁だね。

 

『セーフ!』

 

一塁はセーフ。朝海さんも三塁に戻り、記録はフィルダースチョイスとなった。

 

(そういえばシニア時代にあの3人が所属していた春日部シニアはフィルダースチョイスの数がシニア随一だったっけ……)

 

足を絡めるプレーを得意としている厄介な相手だった。足の速さを見せるだけではなく、それを利用して打った打者をも生還させる動きを時々行う。今朝海さんがやったのがそれだね。

 

「よーし!行ってくるね!」

 

何はともあれ、ノーアウト一塁・三塁のチャンス。もしかしたらこれが最大のチャンスになりかねないし、雷轟には是非とも頑張ってもらいたいところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノーアウト一塁・三塁のチャンス!」

 

「しかも回ってきたのは遥先輩ですよ!」

 

「ここで遥先輩が点を取れれば、埼玉選抜は大分楽になりますが……」

 

「逆に雷轟さんを総司さんが抑える事が出来れば、流れは高知選抜に傾きます」

 

「あの天竜って魔球を如何に打つかが鍵ですね!」

 

「滞空時間が長いのが弱点っぽいわね。ランナーがいる時は投げ辛そうだわ」

 

「だから雷轟さん側はかなり有利な訳ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

(よーし!今度こそ打ってやる!!)

 

(激しい素振り……!)

 

(全力で打ちに来るつもりですね……。こちら側は一体どうしてやりましょうかねぇ?)

 

雷轟対沖田。第2ラウンドが幕を開ける……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜⑧

雷轟と沖田の2打席目は……次のバッテリーの行動によって、球場の全員が驚いた。

 

『ええっ!?』

 

バッテリーは雷轟に対して敬遠。どうやら満塁策を取るみたいだけど……?

 

『な、なんと!沖田選手、雷轟選手を敬遠だーっ!!」

 

『前の打席では三振に抑えていただけに、この判断は少し意外でしたね』

 

当の雷轟本人はまさかの敬遠策で呆気に取られていた。すると土方さんが雷轟に話し掛ける。

 

「すみませんね。敬遠なんかしちゃって……。先の展開を考えると、塁を埋めた方がこちらとしては好都合なんですよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「ええ。なのでこの結果は私も沖田も結構不満があるんです。まぁ表向きには危険な打者を歩かせる……って目的の為に、今回は大人しく歩いてくれるとありがたいです」

 

「こ、今回はって……。じゃあ次の打席は勝負してくれるの?」

 

「状況次第ですかね。下手にランナーが溜まってたら、もしかすると今みたいに歩かせる可能性が高いでしょう」

 

(そう……。前の打席は三振に抑えたし、出来る事なら、このまま雷轟さんを抑えに行く形の方が勝てる可能性は高い。でも沖田の投げる天竜はランナーが溜まっている状態だと投げ辛いんだよね。満塁だとまだ投げやすいから、こうして塁を埋めている訳なんだけど、沖田からしたら、消化不良だろうなぁ……)

 

『ボール!フォアボール!!』

 

雷轟が敬遠によっての出塁で、ノーアウト満塁。続く打者は5番のゴウさんなんだけど……。

 

「ゴウちゃん!ちょっと来て!」

 

「……はい?」

 

雷轟がゴウさんを呼んで、耳打ち。一体何を話しているんだろうか?

 

「そ、それ本当ですか!?」

 

「まだ確証はないけど……。多分それで天竜は攻略が出来ると思う」

 

「それはわかりましたけど……。多分ギリギリまで投げてこない代物の球だと思いますよ?」

 

「確かに追い込むまでは他の球を投げてくると思う……。叩けるならそれでも良いけど、向こうがそんな甘いピッチングをするとは思えないんだよね」

 

「遥さん……。わかりました!このゴウちゃんにお任せあれ☆」

 

雷轟とゴウさんの話し合いがどうやら終わったみたいだ。果たして成果は出るのか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(う~ん。2球共厳しいコースに決められたか……)

 

「…………」

 

(ツーナッシングとなった今、向こうの決め球……天竜を投げてくる。遥さんがさっき言ってたアドバイスで行けるかな……?)

 

「これで三振ですよ!」

 

追い込むやすぐに、沖田は球を上空へ放る。やはり天竜を投げてきたね……。

 

(えっと確か……)

 

 

ガッ……!

 

 

「!?」

 

(あ、当てられた!?)

 

『フ、ファール!』

 

おお?ゴウさんが天竜に当てる事が出来た……?

 

「ふっふーん!成程成程。天竜の大弱点、見付けましたよ☆」

 

「「!?」」

 

(弱点……?まだ私達にもわかっていない天竜の弱点をもう見付けたっていうの?)

 

(でーも危なかった~。タイミングを合わせるだけで精一杯だよ。でもこれで遥さんの言う通りだってわかったね☆)

 

どうやら今の1球で、ゴウさんは天竜の弱点を見付けたようだ。味方に回ると頼もしいね。

 

(……言葉の真意を確かめる為にも、もう1球投げてもらえる?)

 

(了解です!元より天竜じゃないと、あの強打者は打ち取れないですよ!)

 

4球目。再び天高くから降って来る超高速のストレート。

 

「……そこっ!」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

『ゴウ選手、天高くから降ってくる摩訶不思議なストレートを続けざまに捉えるーっ!』

 

『どうやら球のからくりをわかっているみたいですね。もしかすると次で……』

 

(やっぱり当てられた……。本当に弱点を見付けたっていうの?)

 

(土方さん……)

 

(……もしかしたらタイミングを計られてるかも知れない。今まで投げてきた天竜はずっと同じテンポだったからね。少しスピードを上げるよ)

 

(わかりました!)

 

5球目もどうやら天竜を投げるようだ。リリースモーションからわかりやすいのと、滞空時間が長いのが、現状の弱点だろうけど、果たして……?

 

「あれ……?もしかしてスピードを上げてきましたか~?」

 

「っ!?」

 

「天竜の大弱点の答えは……地面にありますよ♪」

 

(地面!?)

 

(成程ね……。見ていたのはタイミングじゃなくて、地面に映る影って訳か。これはやられたよ)

 

 

カキーン!!

 

 

『打った!!』

 

ゴウさんが打った打球はグングンと伸びていき……。

 

『は、入りました!ゴウ選手による先制満塁ホームラン!!』

 

価千金の一打だ……。この4点は大きいぞ!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜⑨

「ナイバッチ!」

 

「爽快な打撃だったわ」

 

「まぁ……剛田にしてはよくやったわ」

 

「なんか一言余計な言葉が聞こえたけど……。ありがとうございますっ☆」

 

満塁ホームランを打ったゴウさんを3人のランナーが祝福する。

 

「でもよく打てたねゴウちゃん」

 

「いやー、遥さんの攻略法が正しかったって事ですかね~」

 

どうやらゴウさんは雷轟に攻略法を聞いたらしい。果たしてどんなものなのか……。

 

「沖田さんの投げる天竜は上空から超スピードで向かってくるから、圧倒されるし、タイミングが取り辛いんだよね」

 

「うんうん」

 

「でも高角に進んでいるボールに比べて、影の動きが横の動きしか示さない分ゆっくりに見えて目で追いやすいんだよね。これが私に投げられた天竜を如何にして打つかを考えた結果……」

 

「つまり狙うならボールを見るよりは、ボールの影を狙う方が良いって事か……」

 

「ご名答!あとは天竜が降りてきて、その影が現れ始める時から見ていれば、影の位置で実際のボールの高さや軌道がわかるようになるんだよね」

 

以上、雷轟遥による魔球対策講座の時間でした。皆から拍手喝采を浴びた雷轟は少しだけ照れていた。

 

「でもよくそんな早い段階で対策が思い付いたね」

 

「私が愛読してる野球漫画で似た球を見た事があるんだよね。投法から、ボールの軌道までほぼ一緒だったし、もしかしたら……って思ってゴウちゃんに耳打ちしたら、案の定其が上手く刺さってたんだよ!」

 

「雷轟が愛読してる野球漫画……ねぇ?」

 

「朱里ちゃんも読んだ事がある筈だよ!」

 

私も読んだ事がある……?私と雷轟が読んだ事があって、沖田のようなまさに魔球と言わんばかりの球……。

 

「……ああ成程。あの漫画だね?」

 

「やっぱり朱里ちゃんならわかってくれると思ってたよ!」

 

「まぁ私も心当たりがない訳じゃないからね……」

 

私が投げてる球種だと、燕がそれに当てはまる。そういえば獄楽島や、そこで行われた特訓、試合もその野球漫画にあった内容と類似しているような……?いや、これ以上考えるのは止めておこう。

 

「…………」

 

「鈴音さん?如何なさいましたか?」

 

「……いや、なんでもないよ有栖」

 

(やはりこの中だと早川さんが1番こちら側に近いかな……。一線引いてる感じがなんとなく読者視点というか、異世界を渡り歩けるスペックがある。まぁ彼女にその気はないだろうけど……)

 

「さて、この4点はかなり大きい。高知選抜を相手に油断は出来ないけど、沖田選手を打ち崩すのは至難だったりする訳だし、リードを死守する形です臨んでいこう」

 

『はいっ!!』

 

その後勢いに乗ろうとする埼玉選抜だったけど、立ち直った沖田の変化球が冴え渡り、後続の打者を抑えていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遥先輩が歩かされた時はどうなる事かと思いましたが、なんとか剛田さんが決めてくれましたね!」

 

「それにしてもどうやって上空から降ってくる魔球を打ったのかしら……?二宮さんは何かわかる?」

 

「……私の主観でしか言えませんが、球の軌道を読んだんだと思いますよ」

 

「球の軌道?」

 

「軌道というよりは、滞空時間の間に出てくるボールの影でしょうか?剛田さんは何らかの方法で、その影を上手く捉える事が出来たのでしょう」

 

「そういえば何か遥ちゃんがゴウさんに耳打ちしていたような……?」

 

「となると……総司さんの切り札の攻略に導いたのは雷轟さんという事になりますね」

 

「流石は遥さんですね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は進んで6回裏。そろそろ3巡目に差し掛かろうとなると一ノ瀬さんの球を本格的に攻略しに行っているのか、相手打線に捕まり始めた。しかもノーアウト満塁というピンチ。更に更にその上……。

 

「よーし!この回で逆転しちゃいましょう!!」

 

「張り切ってるね。まぁ私達も本気で勝ちに来てるし、そろそろこの辺りで逆転しておきたいね」

 

3番沖田、4番土方さんに続く。一ノ瀬さんにはなんとか踏ん張ってほしいところだけど……?



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜⑩

6回裏。ノーアウト満塁のピンチでクリーンアップに突入した事もあり、全員が一ノ瀬さんのいるマウンドへ駆け寄る。

 

「ふぅ……」

 

「一ノ瀬さん、大丈夫ですか?」

 

「怠いし、面倒だけど、大丈夫だよ。忌々しい事に、まだまだ体力に余裕があるよ。もう相手チーム全員滅びないかな……」

 

「あー、いつも通りの羽矢先輩ですね。相手打線を抑え切れるかはともかく、体調不良とか、ガス欠とか、無理をしているとかは一切感じられないです」

 

「そういえばシニア時代も彼女は何やらブツブツと呟いては、ネガティブオーラを全快にして、相手打線を抑えていたわ」

 

「ええ……。誠に遺憾ながらも美園学院を相手に、それで圧倒していたしね」

 

「と、とりあえず一ノ瀬さんは問題なしって事で良かと……?」

 

「……私も三森さん達や剛田さん程一ノ瀬さんを知ってる訳じゃないからなんとも言えない。それに本人も大丈夫って言ってたし、それを信じておこう。一ノ瀬さんもそれで良いですよね?」

 

「あっ、やっぱり大丈夫じゃないから、今すぐ早川や橘辺りと交代を……」

 

「今のは流石に私でも嘘だってわかったかも……。失投に気を付けて投げてください」

 

「な、なんで……?」

 

内野陣が元の守備位置に戻り、プレーを再開。

 

「羽矢さん!今度こそこの沖田さんが華麗なるバッチングをお見せしますよーっ!」

 

「なんでそんなに元気なの?元気溌剌オロナミンCなの?」

 

そういえば一ノ瀬さんと沖田って性格的に真逆なのに、どうやって沖田が一ノ瀬さんに変化球を教えてもらったんだろう?

 

「はぁ……。とにかく投げるか……」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(おお……!こんな場面なのに萎縮しないなんて、流石は羽矢さんですね!沖田さんも見習いますよーっ!)

 

(な、なんか羨望の眼差しを沖田から受けてる気がする……)

 

1球目はシュート。一ノ瀬さんの配球的に次に投げてくるのはシンカーだろうか?

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(うげっ……!やっぱ配球が読まれてる)

 

(どうします?配球変えます?)

 

(……いや、下手に配球を変えたら向こうの思う壺になるかも知れない。ただでさえ即席バッテリーなんだし、変に新しい配球は試みない方が良いでしょ)

 

(……了解しました)

 

ツーナッシングからの3球目……。

 

「これでくたばっちゃってよ……!」

 

物騒な一ノ瀬さんの発言は置いといて、投げられたのは1打席目に土方さんを三振に仕留めた高速カーブだった。

 

(おっ?これが土方さんが言ってたカーブですね?確かに今までの羽矢さんの球からすれば、かなり速い部類の球に入りますが、変化は大きくてわかりやすい。だから沖田さんはそれを張っていれば……!)

 

 

カキーン!!

 

 

「簡単に打てるって訳ですよ!」

 

(しまった……!)

 

「センター!!」

 

沖田が打った打球は中央フェンスに直撃し、長打コース。

 

「回れ回れーっ!」

 

結果は走者一掃のタイムリースリーベースとなった。沖田もかなり足が速いね。しかもそれだけじゃなく……。

 

 

カキーン!!

 

 

「前の2打席の借り、返させてもらいましたよ」

 

土方さんが痛恨の逆転ツーランを放つ。これで4対5か。かなりキツい展開になっちゃったなぁ……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜⑪

6回裏の展開からは互いにランナーを出しつつも、ピンチの場面で抑えるという展開が続き、4対5のまま、最終回……9回を迎えた。

 

『さぁ、怒涛の攻防が続きました埼玉選抜VS高知選抜もいよいよ9回の攻防に移ります!』

 

『この県対抗総力戦は普通の女子高校野球とは違って、9イニングで試合をする……という普段と違うルールに対応していくのは大変そうですね。それも4年に1度と慣れる頃には大会そのものが終わってしまいますので、また7イニングルールに戻り、総力戦に出ていた選手達からすれば、多少物足りなく思ってしまいます』

 

『青葉プロもこの県対抗総力戦の出場経験がおありだとか!?』

 

『そうですね。もう8年前になりますが、当時高校2年生だった私は光栄な事に代表選手として選ばれました』

 

『在りし日の青葉プロの活躍から8年経った今、今年の県対抗総力戦は如何でしょうか!?』

 

『8年経てば、女子選手が男子選手と張り合うくらいの実力を身に付けている人達が多いですね。特にこの大会に出場している選手達はそのラインに立っていますし、一部の選手達はそのラインを遥かに越えています』

 

『ありがとうございます!では9回の攻防が始まります!見逃すなよおまえらーっ!!』

 

『口悪っ……』

 

立ち直った沖田から点が取れないのが、かなりキツい。全く打てない訳じゃない……というのが質の悪い事この上ないし……。

 

 

カンッ!

 

 

先頭の志木さんが初球から痛烈なライナーを放つものの……。

 

『アウト!』

 

ピッチャー正面。ワンアウトとなってしまう。

 

「ふぅ……」

 

「選手交代だね。一ノ瀬さんに代わって……友沢さん」

 

一ノ瀬さんの代打として、友沢が打席に立つ。代打として立てるなら、松井さんなんかも候補に挙がるけど、シニア時代の事を考えると、友沢の方が相性が良いか……。

 

「いけるね?」

 

「もちろんです」

 

過去の友沢と沖田の対戦成績は10対6で友沢が優勢だった。しかし互いに別々の高校に入り、別々の想いを秘めて、この舞台に上って来た2人……。結果がどうなるかは神の溝知るってところだね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

最終回になって、沖田が投げる変化球のキレが増してきた気がする。球数も100を越えてるんだし、疲れていても可笑しくないのに……。

 

(沖田……。ここに来て、ギアを上げてきたか。確かに彼女を抑えるには省エネピッチじゃ誤魔化せないし、致し方ない。でもここまで来たら打ち取るよ)

 

(はぁ……!はぁ……!と、当然ですよ!)

 

(やるな沖田……。だが私だって負ける訳にはいかない!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(当てられた……!今の沖田は今日1番の変化球を投げている筈なのに、それでも……)

 

(さ、流石亮子先輩ですね……。シニアで天才打者の称号を与えられただけありますよ)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

これで4球連続ファール……。沖田も様々な変化球を散らしている筈なのに、友沢はそれに上手く対応している。シニア時代でも対応力の高さはチーム随一だったから、今でもアドリブに対応していっている。

 

(カードも、シュートも、シンカーまでも……。大きい当たりは打たれてないにしろ、タイミングが完璧に合ってる)

 

(……土方さん、構えてください。天竜、行きますから!)

 

(正気!?……わかったよ。私は沖田の判断に任せる)

 

6球目。沖田は上空へとボールを放る。4回以来の天竜を投げたんだ。

 

(これがスタメンの皆が言っていた球か……。雷轟と剛田の話に寄れば、地面に映る影を見れば良いらしいが……)

 

友沢は地面へと視線を移す。多分雷轟やゴウさんの言ってた地面に映る影を頼りに打とうとしてるんだろうね。

 

「……そこだっ!」

 

 

カッ……!

 

 

友沢はタイミングを合わせて天竜を捉えた……筈だった。

 

 

ギィンッ……!

 

 

(ぐっ!この球の重さは……!?)

 

(今日最初で最後に投げる今までの天竜に加えて、私の全体の体重を乗せた1球です。今までとは訳が違いますよ……!)

 

タイミングは完璧だったけど、当たりはボテボテと三塁線に転がっていった。

 

「…………!」

 

打った友沢は懸命に走る。埼玉選抜は走力に優れた選手が多数いるし、内野安打も充分に狙えるね。友沢もその1人だし。

 

「ファースト!!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『セーフ!』

 

「つ、繋いだ……」

 

「ナイスバッチー!」

 

これでワンアウト一塁。まだまだ希望は生きている!

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

「…………」

 

(今の1球は最高だった。友沢さんの打った当たりも完全に詰まらせたものだったし、内容は完全に沖田の勝ちだったのに……)

 

「……切り替えていきましょう。あとツーアウト、しっかりと取って、この試合に勝ちましょう!」

 

「そうだね……」

 

(でも今のやり合いで沖田は相当疲れてるし、変化球も前のイニングから時々制球が乱れていたし、期待はし辛い……)

 

次は1番打者の中村さん。上位打線なら、沖田の球に食らい付けるかも……。

 

 

カンッ!

 

 

中村さんは初球から打って出る。しかし……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

再びピッチャー正面。これでツーアウトとなってしまった……。

 

「…………」

 

次の打者は朝海さんだけど……?

 

「……いけそうね」

 

「朝海姉さん……?」

 

「この風向きなら、狙えるわ」

 

「そっか……!」

 

三森3姉妹にしかわからない会話は止めていただきたい。ほとんどの人がポカンとしてるじゃん。大宮さんと坂柳さんは何かわかったような表情を。わかるなら、私達にも解説してほしいです。

 

 

カキーン!!

 

 

えっ……。

 

『しょ、初球から打ったーっ!右中間に高く上がったぞー!?』

 

『確かに高く上がりましたが……』

 

朝海さんはアッパースイングで沖田の球を初球から捉えた。しかし……。

 

「高く上がり過ぎかも……?」

 

「こ、このまま入らないの!?」

 

「それには飛距離が足りないね。策越えは難しい……」

 

「………!」

 

打球は右中間へ。入れば逆転、アウトならゲームセットで私達の負け……。お願いだから、そのまま入ってよ……!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜⑫

9回表。ツーアウト一塁の状況で、2番の朝海さんが初球から沖田の球を捉える。しかしその打球は高く打ち上がり過ぎて、フライになりかねない……。

 

「ああっ!このままだとアウトになっちゃうよ!?」

 

「でもなんで打球を高く打ち上げるような真似をしたんだろう?」

 

そこが疑問に思うところ。朝海さんはわざわざアッパースイングによって、打球を高く打ち付けたんだ。まるで何かを試みているように……。

 

「朝海姉さんは闇雲に打ち上げた訳じゃない……」

 

「ど、どういう事!?」

 

「朝海姉さんはずっと待ってたのよ。この球場に風が吹くのを……」

 

「風……?そんなの吹いてないですよ?」

 

夕香さんと夜子さん曰く、朝海さんはこの球場に風が吹くのを待っていたらしい。でもゴウさんの言う通り、風が吹いているようには思えない……。

 

「確かに普通なら難しい。でも朝海姉さんは親戚が所有している農林で自然と共に過ごしていた時期があって、その恩恵で朝海姉さんには風の流れが見えるようになった」

 

「風の……流れが?」

 

「選球眼ならぬ、選空眼……といったところ」

 

選空眼……。もしもそれが本当なら……!

 

「遥か上空で吹いている風に打球を乗せる為に……?」

 

「早川朱里が今答えを出したわね。そうよ。朝海姉さんはこの暑い中で日光に照り付けられたグラウンドから発生した上昇気流が外野側から流れてくる季節風とぶつかり、その気流同士が激しくぶつかり合った時……1つの突風が生じるのよ」

 

(選空眼……!)

 

朝海さんはまだスタートを切っておらず、空を見ている。あれが夜子さんの言う選空眼か……。

 

(見えるわ。風の天井が……!私に農作業を教えてくれた昌には感謝しないといけないわね)

 

「じゃあ私達が風を感じないのは何か理由があるの?」

 

「上空40メートルから起こってる事らしいから、私も夜子もわからないわ。それを感じられるのは朝海姉さんだけ……」

 

「でもこんな好条件が揃う機会は滅多にない……」

 

な、なんだか野球なのに、学校の授業を受けている気分だよ……。教科は理科。

 

「風に乗りなさいっ!!」

 

朝海さんが叫んだ瞬間、ボールは風に乗り、打球が伸びた。

 

『な、なんと打球が伸び始めました!!』

 

「ええっ!?」

 

「そんな馬鹿な……!」

 

風に押された打球はグングン伸びていき、そのままスタンドへと入っていった……。

 

『は、入ったぁ!なんと2番三森朝海選手の逆転ツーランホームラン!!』

 

『彼女は2打席目にも風向きを読んで、打球を動かしていましたね』

 

『まさに選球眼ならぬ、選空眼です!』

 

『選空眼……。まぁ風向きが見えていなければ、今の一打は難しかったでしょうから、強ちそれで正しいのかも知れませんね』

 

『三森朝海選手の執念の一振りによって、埼玉選抜が逆転しました!!』

 

今日の朝海さんは大活躍だね。風を視る打者として、今後も活躍が期待が出来そうだ。

 

「ナイスバッチ!朝海姉さん!!」

 

「風向きを最大限に活かした良いバッティングだった。2打席目のスリーベースよりも良かった」

 

そして朝海さんは妹2人に囲まれて祝福を受けている。とりあえず逆転に成功……。このまま逃げ切りたいね。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜⑬

『アウト!チェンジ!!』

 

9回表で私達は逆転に成功した……。あとは裏の回を抑えるだけだね。

 

「最後のイニング……。リードを維持したまま、抑え切るぞ!」

 

『おおっ!!』

 

主将の掛け声で選手全員が気合いを入れて、守備に臨む。一ノ瀬さんは代打に出したので、次の投手を投入。投げるのは……。

 

「はづき殿、頑張るでござるよーっ!」

 

「了解了解!新生橘はづきちゃんの実力を見せる時が来たね♪」

 

橘だ。奇しくも一ノ瀬さんから橘の、元川越シニアの先輩から後輩へとバトンが渡った……。

 

「橘さん、配球の確認をしよう」

 

「OK!まぁ蓮華ちゃんとはキャンプ期間でそれなりに練習したし、羽矢先輩のぐにゃぐにゃ球が捕れるなら、私の決め球もきっと捕れるよ」

 

橘と志木さんの配球確認が終わり、いよいよ9回裏が始まる……。

 

『ピッチャーは一ノ瀬選手から、橘選手へと交代!橘選手の持ち味であるスクリューボールが火を吹くのか!?』

 

『橘選手は埼玉の名門、梁幽館高校で1年生からレギュラーを獲得していますし、実力はかなりのものですね。高知選抜の強力打線を抑える事が出来るのか……注目です』

 

高知選抜の打順は1番から……。3番の沖田で終われるかどうかで、また変わってきそうだ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『す、凄い!あっという間に二者連続三振!ツーアウトです!』

 

『スクリューも、他の変化球も、そしてストレートもかなり走っていますね。これ等の球を打つのは至難の技です』

 

凄いな……。前に試合した時よりもずっと強くなってるよ。どの球も前の比じゃない。

 

『さぁ、追い込まれた高知選抜!3番の沖田選手が打席に入ります!!』

 

「久し振りですねぇ。はづき先輩?」

 

「総司ちゃんは相変わらず元気そうだね。今日の試合は凄かったよ。私も総司ちゃんの先輩として、総司ちゃんに負けない野球をする事にするよ」

 

心なしか、橘と沖田が睨み合っている気がする……。この2人は性格的にも、キャラ的にも似ている部分があるんだよね。悪く言えばキャラが被っている。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(うへぇ。シニア時代とはマジで比べ物にならないじゃないですか……)

 

(ふふん。名門と言われた高校でみっちりと扱かれたからね。その成果が如実に出てるんだよ!)

 

沖田に対してもツーナッシングに追い込む。あと1球だ……。

 

「これで終わりだよ……総司ちゃん!」

 

橘が止めと言わんばかりの1球を投げる。あれ?ストレートなんだ?てっきりスクリューで終わらせると思ってたのに……。

 

(ストレート……!)

 

「まだ……まだ終わらせる訳にはいかないんですよっ!」

 

 

カキーン!!

 

 

「なっ!?」

 

ストレートを捉えた沖田の打球はフェンスに直撃。ツーベースとなった。

 

(橘さんが投げた最後のストレートは悪くなかった……。それどころかこれまでで最高のストレートだったのに、こうもあっさりと……。これが天下無双の執念といったところでしょうか?)

 

ツーアウト二塁。最悪な状況で最悪の打者に回ってくる……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS高知選抜⑭

9回裏。ツーアウト二塁の状況で4番の土方さんに回ってくる。

 

「土方さん!あとは任せましたよ!!」

 

「まぁなるようになるさ。出来る事なら、私だって高知選抜を優勝へと導きたいしね」

 

一打同点、一発でサヨナラ負けのピンチの状況。全員がマウンドへ集結する……。

 

「どうするの?あの4番を歩かせて、次の打者と勝負する?」

 

「いえ、ここは勝負ですね。高知選抜の選手達はパワーヒッターが多いので、ランナーを溜める方がリスクが高いです」

 

「でもどうすると?あの4番のパワーと対応力は半端やなかよ?」

 

「う~ん……。まぁ方法がなくはないんだけどねぇ?」

 

「橘さん?」

 

「ちょっち博打打ちになるんだけどね……。蓮華ちゃん、耳貸して?」

 

橘が志木さんに耳打ちをし始めた。土方さんに対する作戦会議だろうか?

 

「……本当にそれで上手くいくんですか?」

 

「五分五分かな?奇しくもあの土方さんは私が過去に対戦した打者とタイプが似てる……というかほぼ同じ?だからやってみる価値はある」

 

「……何にせよ、私達は信じる事しか出来ないわね」

 

「こっちに打たせなさいよ?橘はづき、決して貴女は1人じゃないんだから!」

 

「ゴウちゃんも夕香さんにさんせーです!外野を含めた8人がはづきさんの味方ですからね☆」

 

「……ですね。橘さん、思い切りいきましょう!」

 

「皆……ありがとう。よし!気張って行くよー!!」

 

『おおっ!!』

 

内野陣で円陣を組んで、橘が気合いを入れる。とくに呑まれてないようで、とりあえず一安心……。

 

「……作戦会議は終わりですか?」

 

「はい。橘さんが必ず貴女を抑えます」

 

「良いですね。その気持ち……。私も全力で迎え撃つ事が出来ます」

 

 

ズズズズ……!

 

 

「「!?」」

 

(凄い圧……。橘さんが呑まれていない事を祈るばかりですね)

 

(このプレッシャーには覚えがあるね……。かつて梁幽館野球部へ入部した直後に感じたもの、そして川越シニアで嫌と言う程体験した和奈ちゃんの威圧感……。それ等に似てるんだ)

 

橘と土方さんが対峙する。それにしても土方さんから発せられる威圧感がベンチにまで来てるんだけど?耐性ない人は冷や汗出るレベルだよ全く……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球から最大変化のスクリュー。しかもかなり球速を上げてきているね。県大会からどれだけ練習を積み重ねてきたのか……。

 

(成程……。かなりキレのあるスクリューでしかも変化が大きく、球威も半端ない。沖田もよくこれを打てたものだ)

 

(まずはワンストライク……。次も同じ球で攻める!)

 

2球目。1球目と同じスクリューで、コースは高めへと……。

 

(ストライクゾーンに入ってくるか……。それなら!)

 

 

カキーン!!

 

 

「えっ……」

 

高めに投げられた大きい変化のスクリューに対して、土方さんは簡単にタイミングを合わせ、ライトスタンドへ運んで行った。は、入ってないよね?

 

『ファール!』

 

「ふぅ……。肝を冷やしたよ」

 

「僅かにタイミングがずれたか……。次はセンタースタンドに入れますね?」

 

「よ、予告ホームランとかいらないから!」

 

土方さんと橘が言い合ってる……。なんか打たれたっていうのに、橘は余裕を見せてない?気のせい?

 

(でもどうします?次はホームランを打たれますよ?)

 

(そこでさっき言った球を投げるんだよ。多分上手くいく筈……)

 

3球目。恐らくこれがこの試合最後の1球になるだろう。橘が打ち取るか、土方さんがホームランを叩き込むか……。

 

(私は私のこれまでの練習を活かして、そしてこれから相見えるであろう強敵の為に、投げる最高の1球!)

 

「いっけーっ!!」

 

変化の軌道からして1、2球目と同じ最大変化のスクリューだろう。だけど……。

 

(狙い通り……!あとはタイミングを合わせてスイングするだけ!)

 

不味い。土方さんのスイングとタイミングが合っている!

 

「…………!」

 

真芯で捉えられる……!

 

「なっ!?」

 

……と思ったその時。

 

「変化が……小さい!?」

 

「やっぱ予想通りだったね」

 

 

ガッ……!

 

 

これまでのスクリューよりも変化が小さく、尚且つ速い球威のスクリューに土方さんは根元で詰まらせ、その打球はピッチャーフライとなった。

 

『アウト!ゲームセット!!』

 

(まさか入部初日に奈緒先輩と勝負した時と全く同じ展開になるとはね……。あの頃の経験に感謝しかないよ)

 

この瞬間、6対5で私達埼玉選抜が、高知選抜に勝利したのだった……!



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東の都か、京の都か

『ありがとうございました!!』

 

高知選抜との試合が終わり、これから埼玉選抜は自主練か、次の試合の観戦を大宮さんに命じられている。そんな中私は……。

 

「了解……っと。席の方は大丈夫?」

 

「一応新越谷の皆が応援に来てくれていますので、そこに合流する形になります」

 

なんか二宮も一緒だったけど……。

 

「それなら良かった。余り遅くならない内に戻ってくるんだよ」

 

「はい」

 

大宮さんに了承を得たところで、早速観客席へ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客席に行くと、芳乃さんが出迎えてくれた。一緒にいるのは木虎と初野、藤原先輩の3人だ。新越谷の皆は交代で応援に来てくれているみたいだ。そこに何故か二宮が交じっているけど……。

 

「お疲れ様!朱里ちゃん!!」

 

「まぁ私は特に何もしてないけどね」

 

精々ブルペンで肩を暖めていただけ。埼玉選抜の投手陣はハイレベルだから、そのまま投げ切る事が多いと思うんだよね。大宮さんと坂柳さんは贅沢に投手陣を使っていこう……という事で、先発と抑え、或いは先発と中継ぎと抑えの2通りのパターンを考えているみたいだ。私は先発、中継ぎ、抑えのどこに回るんだろうか……?

 

(或いは今の私は空蟬の取得練習をしてるから、野手として器用される可能性もある訳だけど……)

 

まぁそれはその時にならないとわからないか。なんか大宮さんに大切に温存されてるっぽいし、判断の難しいところだ。

 

「朱里さんはやはり次の試合の観戦ですか?」

 

色々考えていると、二宮が話し掛けてきた。

 

「まぁ勝った方が埼玉選抜の次の相手になる訳だし、昔馴染みが選ばれた代表の試合だし、是非見ておきたいと思ったんだよ。というか二宮もそうじゃないの?」

 

金原がいる東東京選抜と、清本がいる京都選抜……。奇しくも私達埼玉選抜が次に当たる相手だ。多彩な戦術を心掛けている東東京選抜と、とにかくパワー方面に全振りしてるんじゃないかと言われるレベルのパワーチームである京都選抜……どちらが勝っても、私達は次の試合も苦戦を強いられそうだね。

 

「まぁそうですね。和奈さんも、いずみさんも、一時期はチームメイトでしたから、そんな彼女達がどのようなプレーを行い、どのような成長を遂げているのかを見てみたいのです」

 

なんか二宮って妙に母性あるよね。背丈は小学生並なのに……。

 

「……朱里さんから失礼な視線を感じたのですが?」

 

「気のせいだよ」

 

しかも二宮が趣味にしている情報収集が活きているのか、妙に勘も鋭い。君のような勘の良い子は嫌いだよ!

 

「あっ、そろそろ両チームのオーダーが電光掲示板に公開されるよ!」

 

芳乃さんの言葉に全員が電光掲示板に注目する。まずは先攻の京都選抜のオーダーから……。

 

「1番のエルゼ・シルエスカさんと2番のリンゼ・シルエスカさん!アメリカからの留学生で、洛山高校でも同じく1、2番を任されている期待の星みたいだよ!」

 

「2人共安定した成績を残していますね。打強の洛山に在籍している割に小技を多様する事がありますが……」

 

芳乃さんの興奮気味の解説の後に、二宮が補足説明をする。この2人の解説がわかりやすいから、聞き入っちゃうよね。

 

「3番非道さん、4番清本とこの上位4人は洛山でも固定打順らしいね」

 

つまり京都選抜の監督も洛山での活躍ぶりを認めているという事だ。

 

「それよりも注目すべきは東東京選抜のオーダーです」

 

二宮の発言に再び全員が電光掲示板に注目する。

 

『えっ……!?』

 

二宮以外の私を含めた全員が東東京選抜のオーダーに驚愕した。



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県対抗総力戦!京都選抜VS東東京選抜(観戦)①

郭上鈴さん、スミス・アンナさん、王美雨さん、ロジャー・アリアさん、パトリオ・パトリシアさん、鐘嵐珠さん、エマ・ヴェルデさん、カレン・コービーさん。この8人に金原を加えたのが、東東京選抜のスタメンだった……。

 

「これは……凄いオーダーね」

 

「で、ですね。いずみ先輩以外全員外国人選手じゃないですか……」

 

「相手のスタメンと合わせてこの場には10人の外国人選手がいる訳ですか……」

 

「そして内訳5人がアメリカ人ですね。彼女達は全員日本での野球経験が1年以上あります」

 

はい。皆さんの解説の通り、東東京選抜のスタメンに脱帽しています。金原以外が外国人選手で組まれたスタメン。しかもそれぞれのポジション内でエキスパートな逸材が揃っている。特に二宮が言った日本での野球経験が1年以上ある選手なのがちゃんちゃら可笑しい。

 

(春星が出れないのに、同じ台湾のシニアで活躍した郭さんが出られるのは多分日本の高校に1年の時から通っているからなんだろうね。春星が聞いたら羨ましがりそう……)

 

まぁそれはさておき、どちらが勝っても対応が出来るように、この試合の選手データを把握しておく必要がある。

 

『さぁ、始まりました!京都選抜VS東東京選抜!!実況は『ゴロを逸らす確率は5割強』!紺野と!!』

 

『なんか段々高いのか、低いのか、わからなくなってきた……。えっと、解説の青葉です』

 

県対抗総力戦はずっとあの2人の実況と解説なんだよね。端から聞いてると、漫才っぽさが凄い……。実況の紺野さんがボケて、解説の青葉プロが軽く流すというやり取りも慣れてくると、少し面白い……。

 

『先攻の京都選抜、打席に立つはアメリカからの留学生の1人、エルゼ・シルエスカ選手!』

 

『2番のリンゼ・シルエスカ選手とは双子のようですね。お二人共幼少期の頃に日本で半年以上野球をしていて、日本での野球経験時間が累計1年以上との事で、この県対抗総力戦にも参加可能となっています』

 

シルエスカ姉妹も日本で累計1年以上野球してるんだ……。というかやっぱり選定基準がガバガバな気がするなぁ……。

 

『そしてエルゼ選手は全国の高校で打率が8.10で4位となっています!』

 

『打率3位は対戦相手となっている東東京選抜の金原選手が8.19と、かなり僅差ですね。両選手の間に大きな差がありません』

 

打率4強ともなると、打率8割もいくんだね。ちなみに1位はイーディスさんの10割、2位は佐倉日葵さんの8.93らしい。不動の1位が強過ぎる……。

 

 

カンッ!

 

 

「あっ、初球から打った!」

 

エルゼさんが打った痛烈なゴロは一塁線を抜けてヒットとなった。流石8割越えの打者……。

 

『セーフ!』

 

ライトから鋭い送球がファーストミットに来るも、判定はセーフ。結構ギリギリだったね……。

 

「この試合って私達が思っている以上にハイレベルな試合が観られるんじゃ……」

 

初野がポツリと呟いた一言にこの場のほぼ全員が同意する。きっと息詰まる投手戦になりそうだと……。

 

「…………」

 

ただ1人、二宮を除いて……。二宮は何か別の展開を予測しているという事に、私達はまだ気付かない……。



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県対抗総力戦!京都選抜VS東東京選抜(観戦)②

試合展開は1回表ながらも、早めに動いた。

 

 

カンッ!

 

 

まずは2番のリンゼさんがエンドランを上手く決めて、ノーアウト一塁・三塁に。

 

 

カキーン!!

 

 

3番の非道さんが走者一掃のタイムリーツーベースを打ち、京都選抜が2点先制。

 

 

カキーン!!

 

 

そして4番の清本が場外へ消えるツーランホームラン。これで4点目だ。

 

「い、一気に打って来たね……」

 

「様子見とかが一切なかったわ。あの洛山にいるだけあって、シルエスカ姉妹の打撃も思い切りが良かったし、非道さんと清本さんは言わずもがな……」

 

「あの4人は大会でも似た成績を出していますね。リンゼさんは基本犠打が多かったり、非道さんが様子見をしていたり、試合によっては和奈さんが敬遠されたりしているので、このような連打はどちらかと言えば稀なケースではありますが……」

 

「東東京選抜側の投手……郭上鈴さんも調子自体は悪くない筈なのに、ここまで打ち込めるとは……。流石打強の洛山というか訳ですか……」

 

「『洛山野球部に入れば、どのような打者でもパワーヒッターになれる可能性がある……』というのが、今の洛山野球のキャッチコピーらしいですね」

 

何それ怖い。まぁ2番のリンゼさんは小技重視の打者で、どちらかと言えば非力寄りではあったから、あの変わりようを目の当たりにした時は私もびっくりしたっけ?

 

「今では私も和奈さんや、非道さんから色々とパワーヒッターのコツを聞いています」

 

……今の二宮の発言は聞かなかった事にしよう。その影響で肩が強くなったのかな?とか考えないようにしよう。とりあえずは今行われている試合を観る事にに集中しよう。

 

『アウト!』

 

「しかし4連打を食らったからなのか、郭さんも引き締まった感じがするね。後続の打者を凡退させているよ」

 

「ですね……。特に決め球の高速フォークが良い具合に相手打者を翻弄させています」

 

そういえば郭さんは速球系の投手だから、比較的速球系が得意な打者が多い京都選抜……もとい洛山の選手はあのように連打する事が出来たのかも知れないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初回は4点……。まぁ上々かな~?」

 

「そういえばこの大会での非道さんは様子見をしてませんね?」

 

「まぁノーアウト一塁・三塁のチャンスで回されちゃったら、打つしかないよね~。一応私は3年生だし、諸々の引き継ぎ作業も終わったし、この県対抗総力戦くらいは思い切りやっていこうかなって~」

 

「引き継ぎ作業……?」

 

「3人は気にしなくても良い事だよ~。一応時期部長の清本ちゃんには少しだけ内容を話したけどね~」

 

「そうなんですか?和奈、何を非道さんから聞いたのよ?」

 

「えっ?えっとね……」

 

(まぁ洛山高校の『裏事情』については私と大豪月さんの意志を継ぐ子に託したけどね~。本来なら清本ちゃんには話すつもりだったけど、清本ちゃんにはなるべく穢れない生き方をしてほしいって思っちゃった私も甘くなってるかな~?)

 

「非道さん……?」

 

「なんでもないよ~?じゃあ京都選抜の野球をこの試合もやっていこうか~」

 

『はいっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4点ですか……。中々に手痛いですね」

 

「流石は京都選抜って感じだよね~。特に和奈の場外弾は相変わらず飛ばしてるって思ったもん」

 

≪感心してる場合じゃないぞいずみ。今日のこのスタメンだと激しい打ち合いになるとはね思うが、我々の切り込み隊長としての役目はキッチリと果たせよ?≫

 

≪わかってるって!パトは心配性なんだから☆≫

 

「……ねぇアリア、パトはまだ日本語を話せてないの?」

 

「話せない事はないと思いますが、パトリオさんは母国の言葉を重んじている性格ですから、あのように英語を話す事が大半ですね」

 

《いずみのプレーには助けられてる。敵対してる時は厄介だったけど、こうして味方となったからには、これからも期待してる》

 

《ありがとっ☆アタシは上鈴の力強いピッチングも同じように思ってたし、お互いに頑張ろうね?》

 

「……どうやら上鈴さんも同様みたいですね」

 

「上鈴の場合は別の理由が隠れてそうだけど……。そんな2人にも分け隔てなく、キチンと返しているいずみも流石だわ」

 

「いずみさんはコミュニケーション能力が高いですからね。あのように英語も台湾語もお手のものです」

 

「さぁ、それは置いといて、攻めるわよ。まずは4点を取り返す!」

 

「嵐珠さんも相当に張り切っていますね。まぁ頑張っていきましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回裏。東東京選抜の攻撃が始まる……。




遥「恒例の最終章にちなんだ挿絵変更をやっていきます!」

朱里「恒例(2回目)……」

遥「2人目は非道さんです!」

朱里「また洛山勢から?何?今やってる話が京都選抜メインの話だから?」

遥「これには海よりも高く、山よりも深い訳があるんだよ……!」

朱里「その入りで入る訳は大抵くだらない定期……」

遥「とりあえず変更後の挿絵をドンッ!」



【挿絵表示】




【挿絵表示】



朱里「……挿絵が2つあるんだね?」

遥「上の挿絵がキャッチャーマスクを装着する時と、打席に立つ時、下の挿絵がそれ以外の時だよ!」

朱里「確かに前の挿絵では眼帯姿しかなかったからね。それにしても今回も整形レベルで変更されたね……」

遥「そして非道さんの挿絵変更理由ですが……」

朱里「そういえばなんか言ってたね」

遥「非道さんが主役の球詠二次創作を作成する事が決定しました!!」

朱里「えっ?想像の100倍重要な理由じゃん……」

遥「この小説の続編にも出場が決定してるし、今作者が投稿している二宮さんと、和奈ちゃんが主役の外伝小説にも出場が決定しています!」

朱里「だからその告知も兼ねて、大々的に挿絵変更を行ったって訳……?」

遥「詳しい事はまた何れ書くと思いますが、詳細が知りたい人は個人メッセまで!」

朱里「多分言う程興味ないんじゃないかな……?」

遥「いやいや、非道さんってこの小説における謎に包まれたキャラクター5人衆の1人だから、きっと知りたい人は少なからずいるよ?」

朱里「あと4人誰……」

遥「それでは変更3人目の時にまた会いましょう!」

朱里「長々とすみませんでした……」



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県対抗総力戦!京都選抜VS東東京選抜(観戦)③

1回表は京都選抜の上位4人(最早洛山の上位4人)の連打によって4点先制。投手戦が予想されると思ってたけど、あっさりと京都選抜がそれを崩した……。

 

「もしかして二宮はこの展開を予測してたの?」

 

「相手が相手ですからね。乱打線になる事はわかっていました。それに東東京選抜はいずみさんを除いた外国人選手の8人も洛山打線に負けず劣らずの打力を秘めています。無論いずみさんも負けてはいませんが……。この試合話ホームランの連発はないかも知れませんが、レベルの高い打撃戦が見られると思っています。そして京都選抜は言わずもがな……。それでも東東京選抜はきっと4点差を簡単に返して来るでしょう」

 

 

カンッ!

 

 

「金原さんが打った!」

 

「相変わらず綺麗なバッティングをしますよね。いずみ先輩って」

 

「そうね。シニアの後輩として、あのバッティングは憧れに値するわ」

 

初野と木虎からは金原の評価は大きい。シニア時代では不動の1番を打っていて、金原が通う藤和でも私達新越谷との練習試合の1回以外も同じ。そして東東京選抜でも……。

 

 

1番 レフト 金原

 

2番 センター 王さん

 

3番 ショート ロジャーさん

 

4番 ライト 鐘さん

 

5番 キャッチャー パトリオさん

 

6番 サード ヴェルデさん

 

7番 セカンド スミスさん

 

8番 ファースト コービーさん

 

9番 ピッチャー 郭さん

 

 

不動の1番。これは8人からも、そして東東京選抜の全員からも金原に信頼を寄せている証拠だね。

 

「……それにしても気になる事があるんですよね」

 

「気になる事?」

 

二宮が東東京選抜のオーダーを見てそう呟く。

 

「あのオーダーの中の半数は今回の夏大会には出場していません」

 

「確かに……。郭上鈴さんや、鐘嵐珠さん、ロジャー・アリアさんなんかは高校に在籍しているだけで、野球部には入っていないもんね」

 

二宮と芳乃さんの言葉に驚きが隠せない私がここにいる……。そういえばロジャーさんとか、郭さんとかシニアリーグの世界大会で相見えた人達が東東京選抜に集結してるって可笑しくないかな!?

 

「郭さんは臨海高校、鐘さんは虹ヶ咲学園、これはヴェルデさんもそうですね。ロジャーさんはいずみさんと同じ藤和高校に入っています」

 

更に衝撃の事実。ロジャーさんは金原のいる藤和にいたそうな。驚きはしたけど、それ以上に……。

 

「…………」

 

(二宮がどうやってそれを知ったのか……という事だよね)

 

なんて事を考えている内に……。

 

 

カンッ!

 

 

2番の王さん。

 

 

カンッ!

 

 

3番のロジャーさんがそれぞれヒットを打ち、東東京選抜が1点を返して、尚もノーアウト一塁・三塁。そして打席には4番の鐘さんが入る。

 

「そういえば京都選抜の先発投手は黛さんじゃないのね?」

 

「黛さんは一応1回戦で投げていますからね。相変わらず剃刀カーブのキレは抜群だったよ!」

 

芳乃さんが興奮気味に黛さんの活躍ぶりを語っている。芳乃さんは黛さんの剃刀カーブを直に見た事はないと思うんだけど……?

 

「映像で黛さんのピッチング見ましたが、あのカーブの異次元ぶりが半端ないですよ。2回も変化するなんて……」

 

「埼玉選抜に投げてくるでしょうから、あの2段変化するカーブを如何に打つかが肝になりそうですね」

 

確かに……。一応雷轟が対応出来るけど、全員となると、厳しい試合が予測されそう……。そして京都選抜の打力に誰をぶつけるか……というのも課題になりそうだ。

 

 

カキーン!!

 

 

あっ、鐘さんがスリーラン打った!これで同点じゃん。本当にあっさりと試合を振り出しに戻したよ……。



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県対抗総力戦!京都選抜VS東東京選抜(観戦)④

試合は進んで終盤の7回表。

 

「それにしても打ち合いが凄まじいわね……」

 

「お互いに引きませんからね。叩いては返し、叩いては返しで……」

 

「まさに一進一退の攻防が繰り返されていますね」

 

「両チームの投手が悪い訳じゃないっていうのがまたね……。他のチームが相手だったら、無失点で抑えられてたんじゃないかな?」

 

それぞれがそれぞれの意見を述べている中、京都選抜と東東京選抜のスコアは……。

 

『試合は7回に突入しました!しかしこの試合はかなり長く感じますね?』

 

『京都選抜も、東東京選抜も、ほぼノーガードで点を取り合っていますからね……。むしろ乱打線になっている中で、両チームの投手を1度も交代せずに、投げ合っている事を褒めるべきでしょうか……?現に他のチームが相手ならば、もっと失点を抑えられていた筈です』

 

『現在18対16で京都選抜がなんとか2点リードしております!一体残りのイニングで何点取るつもりなのでしょうか!?』

 

かつてない殴り合いだよね……。両チームの投手が1度も交代していないのは、他の投手に任せていると、下手すれば点差が離されかねないからだ。これは監督を含めたチーム全体の総意なんだそうだ。どちらが勝つにせよ、出来る事なら私達と試合する時はもうちょっと穏やかな展開になってほしい……。

 

 

カキーン!!

 

 

「先頭打者がホームランを打ったよ!」

 

「これで京都選抜の3点リードか……」

 

現状の京都選抜はどのタイミングで黛さんを出そうかと、タイミングを見計らっている感じがする……。

 

「ちょっと去年を思い出しちゃうわね……」

 

「去年の夏の全国大会……新越谷と洛山の試合ですか」

 

「あの時もヨミちゃんと黛さんの投げ合いに対して、打ち合っていたよね」

 

「その試合はデータで見ましたが……。まさかそれ以上の打ち合いが観られるとは思いませんでした」

 

木虎の言うように、京都選抜と東東京選抜はまさに野球史上に残る一戦をやっている。これ投手のメンタルとか大丈夫なのかな?

 

「それにしても……一体何点取れば、セーフティリードに繋がるのか、皆目見当が付きませんよ……」

 

「現状はリードしている京都選抜のペースではあるんだけど、東東京選抜も簡単には流れを渡さないし、どうなるのか……」

 

投手戦以上に見応えがある乱打線っていうのも凄いよね。両チームどの打者も、ヒット以上は打ってるし、ホームランも両チーム合わせて20本を越えてるし……」

 

本塁打数が両チーム合わせて20本とか明らかに可笑しいよね?京都府予選では凄まじい打ち合いを毎年繰り広げられているって聞いたけど、この総力戦で東東京代表もそれに当てられたんじゃないの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~。スコアの動きが目まぐるしいね」

 

「互いに投手の調子が悪い訳ではない筈ですが、打線がそれ以上に強力ですからね」

 

「……監督がどうしていずみ以外の8人を私達外国人選手で固めたのか、ようやくわかったわ」

 

「京都選抜との打ち合いを制する為……だよね?」

 

「まぁこんな極端なオーダーも最初で最後でしょう。ですので勝っていきたいところですが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~」

 

「ひ、非道さん……」

 

「リードはうちがしてるし、この回に取れる点次第で、黛ちゃんに投げてもらおうかな~?肩は出来てる~?」

 

「だ、大丈夫です……」

 

「期待してるよ~?一応プランAで行く予定だけど、もしかしたらプランBも必要になってくるだろうから~」

 

「は、はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7回表で京都選抜は5点追加。23対16とリードを7点に広げた。そして裏の東東京選抜の攻撃……。

 

「あっ、京都選抜の投手を交代するみたいですよ!」

 

「マウンドに上がったのは黛さんだね。京都選抜はここで逃げ切りを目指すつもりなのかも……」

 

今や洛山のエースとして登り詰めた黛さん……。多彩な変化球を投げる投手だし、先程までの速球系の投手とは対極だろうから、抑えやすくはなっているかもね。



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県対抗総力戦!京都選抜VS東東京選抜(観戦)⑤

マウンドに上がった黛さん。前に獄楽島で対戦した時は剃刀カーブにかなり苦戦した。まともに当てられた打者はかなり少ないし、東東京選抜がどう出るか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「相変わらず切れ味抜群だね……」

 

「しかも今の1球は変化が1回だけのもの……。1回変化と、2回変化を上手く使い分けてるんだよ」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あれ……?

 

「今のスイング、なんか違和感があったような……?」

 

「朱里さんも気付かれましたか。今の空振りはボールの遥か下で行われていたものです」

 

「……という事は、打者が思っている程変化していないんだね」

 

「ああなると修正にも時間は掛からないでしょうし、捉えられるのも時間の問題ですね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「三振には抑えたけど、座標が合い始めています。恐らく次か、その次の打者で確実に捉えるでしょう」

 

私達が大苦戦した剃刀カーブの2段変化に対して、こうも早くに攻略法を見付けようとしている……。やはり東東京選抜はレベルが高い。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「今の打者は三振……という事は……」

 

「本命は次の打者ですね」

 

今三振したのが9番。なので次の打者は……。

 

「ツーアウトランナーなしだけど、アタシが打線に火を点けないとね☆」

 

金原か……。対応力も東東京選抜の中でもダントツで高い。このまま金原を抑える事が出来れば、京都選抜の勝利にかなり近付くけど……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですか。ありがとうございます」

 

「2人はなんて?」

 

「あの2回曲がるカーブの座標は修正-15で間違いないそうです」

 

「OK♪じゃああとは座標に合わせて打つだけだね」

 

「頼みますよいずみさん。普通の女子高校野球のルールならば、この回で点を取れなければコールドゲームになってしまいます」

 

「あはは……。7点離されてるもんね。県対抗総力戦にコールドゲームがなくて良かったよ」

 

「向こうは投手を代えてきて、ここで畳み掛けるつもりですから、こちらとしてはそれを阻止する必要があります」

 

「任せてよ!ツーアウトランナーなしだけど、アタシが打線に火を点けないとね☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黛さんと金原の対決……。先程までの乱打線にならなければ、この打席が最初で最後の勝負になる。果たしてどうなるか……。

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

金原は初球から剃刀カーブをレフト方向に引っ張る。ポールの外側に切れそうだけど……?

 

『ファール!』

 

ファールにはなったものの、ホームランすれすれの当たりだ。やはり黛さんの球を攻略してきてるね。

 

「タイムお願いしま~す」

 

ここで非道さんがタイムを掛けて、マウンドに駆け寄る。一体どうしたんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~、やっぱ向こうは黛ちゃんの剃刀カーブを攻略してきてるね~」

 

「そうですね……」

 

「……あれを投げる~?」

 

「えっ?で、でもまだ未完成だって、非道さんが……」

 

「1打席に限れば多分なんとかなると思うよ~。折角7点もリードしてるんだし、ここで逃げ切りを目指すなら、あれが必要になってくるよ~?」

 

「そう……ですね。じゃあ、投げさせてもらいます……!」

 

「了解~。じゃああれを持ってくるね~」

 

「お願い、します……」

 

「ま、黛さん、非道さんは何を持ってくるんですか?」

 

「えっとね……?」

 

「お待たせ~」

 

「非道さん、それは……?」

 

「黛ちゃんの新兵器用の球だよ~」

 

「し、新兵器……?」

 

「まぁ内容は見てのお楽しみって事で~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワンナッシングからの2球目。黛さんが投げたのは……?

 

「えっ?何あれ!?」

 

「ぶ、分身してる……?」

 

傍目から見れば、球速のないストレートか、チェンジUPに見える。多分金原も同様に思っている筈だ。

 

「分身って……。ナックルボールじゃないよね?ならただのストレートかな?」

 

金原がストレートだと思い、スイングを始動する。しかし……。

 

「えっ?カーブした!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

多少ブレているストレートだと思ってスイングしたら、カーブだった……。これまでの剃刀カーブとは全然違ったタイプの球だね。

 

「やられた~!まさかあんな球を投げてくるなんて……」

 

(……とか言いつつ、魔球を攻略しようとしている貪欲な視線を感じるね~。黛ちゃん、もう1球~)

 

(わかりました……!)

 

ツーナッシング。黛さんが投げたのは再び先程の球……。

 

(捕手は外角に構えてる……。2つにブレているのには驚いたけど、カーブだとわかれば、合わせ打ち出来るよね)

 

「もらったーっ!」

 

「……って思ってるんなら、まだまだ甘いよ~?」

 

金原がボールを捉えようとした瞬間……。

 

「なっ!?今度はシュート!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

2球目と3球目に投げたのは同じ2つにブレた球……。そこからカーブとシュートが自在に投げられる球……。

 

(これは相当厄介な球だね……)

 

しかしどうやってあの2つの変化に非道さんは対応してるんだろうか……?

 

「う、嘘でしょ?確かに外角低めに構えていた筈なのに……!」

 

金原が非道さんの方に視線を落とす。すると……。

 

「な、成程ね~。ダブルミットで両変化に対応してるって訳かぁ……」

 

「その通り~♪」

 

どうやら非道さんは両手にキャッチャーミットを装着している……謂わばダブルミットスタイルで黛さんの球に対応していたという事だ。変化の法則がわからないと、東東京選抜が勝つのはかなり難しいんじゃないかな……?



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県対抗総力戦!京都選抜VS東東京選抜(観戦)⑥

『な、なんと黛選手、分身魔球を投げてきました!』

 

『分身……という比喩表現で言うと、現代の魔球とも言われるナックルボールがそれに該当しますが、黛選手が投げたのはブレた球がカーブ方向か、シュート方向に曲がる……まさしく魔球と呼ぶに相応しい球ですね』

 

『カーブとシュートは変化方向が逆ですし、途中までの軌道が同じなら、変化を読むのは難しいんじゃないでしょうか?』

 

『そうですね……。変化を読むには先程金原選手がやっていたように、投げられてから捕手のミットを確認する事で、変化方向を見定める……というやり方がありますが、非道選手はダブルミットスタイルを用いる事によって、変化を読みにくくさせています』

 

実況と解説にある通り、黛さんの投げるあれはカーブかシュートか不規則制にしろ曲がるから、打者は中々狙いが絞り辛い。あれを攻略するには多分時間が足らないだろうね。残り2イニングじゃ、闇雲に狙うしか……。

 

「京都選抜は逃げ切りを仕掛けてきましたね」

 

「しかもここから更に突き放すチャンスとも来たもんだ……。これは東東京選抜の方も何か手を打たないと、負けに直結しかねない……」

 

果たして東東京選抜はどう出て来るか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、やられたやられた。まさかあんな隠し球があったなんてね!」

 

「中々に面妖な球ですね。攻略には時間が掛かりそうです」

 

「じゃあこのまま泣き寝入りしろっていうの?」

 

「まぁ一応対抗策はありますが、私個人としては余り好ましくないですね」

 

「とりあえず話してみたら?その対抗策とやらを……」

 

「それを話すのはこちらの攻撃に移った時で良いとして、まずは向こうの流れを塞き止めましょう。こちらも投手交代です」

 

「……という事は?」

 

「先程監督に許可をもらいました。嵐珠さん、お願いします」

 

「やった!こんな事もあろうかと、肩は暖めてあるわ。あとはこのランジュに任せなさい!」

 

「ウチの秘密兵器の登坂だね~。頼りにしてるよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8回表。リードは再び7点の京都選抜。ここで点差を広げる事が出来れば、京都選抜の勝ちは揺るがないだろう。

 

「あっ、東東京選抜も投手を交代するみたいですよ!」

 

「えっ?このタイミングで?黛さんの交代に合わせたのかしら……」

 

「とりあえずは京都選抜から流れを奪取する為のものと思われますが……」

 

郭さんに代わってマウンドに上がるのが、ライトにいた鐘さん。まぁ投手をやってそうな雰囲気はあるよね。

 

「どんな球を投げるんだろう……?瑞希先輩は何か知ってますか?」

 

「……彼女は出身地の香港では敵なしと言われるレベルの投手ですね」

 

『ほ、香港では敵なし!?』

 

「日本にまで知名度が届いていないのは、彼女が香港でやってきた野球と、日本でやる野球の方向性が違うからだと思われます。現に彼女は最近まで野球部に所属していませんでした」

 

「じゃあ今彼女がこの場にいるのは……?」

 

「野球部に所属していなくても、『日本での野球経験が累計1年以上』という条件が当てはまれば、県対抗総力戦には参加可能です。今では彼女が通う虹ヶ咲学園の野球部に入っています」

 

(それにしてもまさか『香港最強』とまで呼ばれていた鐘嵐珠のピッチングが見られるとは思いませんでしたね。情報によりますと、風薙さんに匹敵する球を投げる……と聞いていますが……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「は、速い……」

 

(どうやら噂に違わぬ剛球のようですね)

 

これは風薙さんのストレートに匹敵するかも……。惜しむべくは少し登場が遅かった気もする。いくら東東京選抜の打線が良くても、黛さんの攻略が困難なら、このまま京都選抜が逃げ切りそうな気がするからだ……。



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県対抗総力戦!京都選抜VS東東京選抜(観戦)⑦

「は、速いですね……」

 

「ええ。遠前高校の風薙さんに匹敵する球威があるわ……」

 

鐘さんのストレートを見て、初野と藤原先輩がそのように洩らす。実際にあのストレートは脅威的だ。東東京選抜に流れを手繰り寄せる……という目的もこれで果たせるだろう。

 

「香港最強投手に相応しい球を投げますが、2つの意味でタイミングが悪かったですね」

 

しかし二宮の目線では余りにも鐘さんの登板タイミングが悪かった……との事だ。

 

「どういう事?」

 

芳乃さんも首を傾げている。というか二宮以外は二宮の言葉の真意を私含めて理解していない……。

 

「1つ目は登板タイミングの遅さです。これは本来セーフティリードを取ってから、鐘さんを登坂させる予定だったので、仕方のない事でしたが……」

 

「京都選抜が黛さんを登坂させたのと、同じ理由だったって事だよね?」

 

「そうですね。激しい打ち合いの中、京都選抜は7点という本来ならコールドゲームになる勢いのリードを得る事が出来ました。そしてそれがセーフティリードであると判断し、今回の抑え投手である黛さんを登板させ、黛さんが投げたとっておきに繋がったのでしょう」

 

23対16という普通ならありえないスコアと、リードを京都選抜がしている。そういえば1回戦でも京都選抜は二桁得点だったね。

 

「じゃあ2つ目の理由は……?」

 

「それに関してはこの打席でわかるでしょう」

 

二宮の視線は打席の方に。そこにいるのは……非道さん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「速い球を投げるわね……。リンゼが空振りしちゃってるじゃない」

 

「リンゼちゃんの空振りってかなり少ないと思うんだけどな……」

 

「それ程の投手って訳ね……。和奈はあのストレートを打てるのかしら?」

 

「ど、どうだろう?それは打席に立ってみないとわからないけど、鐘さんの球に関しては私よりも早く打てる人がいるから良いと思うな」

 

「それって……」

 

「じゃあ行ってくるね~」

 

「が、頑張ってください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワンアウトランナーなし。打席には非道さんが……。

 

「よろしく~」

 

(さてさて、彼女はどう出て来るかな~?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

投げられたコースは外角低めギリギリ。球速だけじゃなくて、制球力も完璧とは……。

 

「あの球速でコントロールまで完璧とか、どんな腕力してるんですか!?」

 

「これは埼玉選抜にとっても決して他人事じゃないのかも……」

 

「……いえ、この打席は非道さんに軍配が上がるでしょう。尤もこのまま勝負を続ければですが」

 

鐘さんの圧倒的なピッチングを見て、二宮がそう返す。どうやら非道さんの勝ちを確信しているみたいだけど……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「いやはや、良い球を投げるね~。球速もかなりのものだ~」

 

「当然よ。ランジュだもの!」

 

「流石は香港最強の投手と呼ばれるだけの事はあるね~」

 

「今度は世界最強を目指すわ。そして……これで三振よっ!」

 

3球目。1、2球目よりも際どいコース。球審によってはストライクだったり、ボールだったりする、滅茶苦茶際どいコースだ。

 

(確かにあの子のストレートはかなり速い……。でも私にとっては日常で見慣れている速度なんだよね~)

 

「意気込みは結構~。でも現実はそんなに甘くはないんだよね~」

 

 

カキーン!!

 

 

鐘さんの渾身の、球速だけなら風薙さんを上回っているかも知れない、そんな1球を非道さんは何事もなかったかのように、いつも通りと言わんばかりに、作業的に、いつもの掬い上げるようなアッパースイングで捉えた。

 

「京都選抜が県対抗総力戦の優勝候補と言われる理由の1つとして私の考察では、少なくとも2年以上の期間あれと同等かそれ以上の豪速球を毎日捕り続けていた捕手……非道さんがいるからだと思っています。非道さんにとっては、あのストレートは見慣れているものと大差はないでしょう。スラッガーとしての質は和奈さんの方が上ではありますが、速球打ちにおいては非道さんの方が上回っています。そんな非道さんは風薙さんの球を捉えるのに尤も近い選手ではないでしょうか?」

 

二宮の発言が終わると同時に、打球はポールに直撃し、駄目押しの追加点を京都選抜は獲得して……。

 

『ゲームセット!!』

 

黛さんの奮闘もありきで、京都選抜が東東京選抜との激戦を制した……。



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観戦の裏側で

三人称視点です。


時間は少し遡り、東東京選抜の投手が鐘嵐珠がマウンドで投げている頃……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「速いわね……」

 

「ええ。これは私達も他人事じゃないわ……」

 

「是が非でも勢いに乗ろうとしているのが伝わる……」

 

「…………」

 

早川朱里達が観戦している反対側のスタンドでは群馬選抜の選手である上杉真深、ユイ・ウィラード、水鳥志乃、風薙彼方が京都選抜と東東京選抜の試合を観戦に来ていた。

 

「私達がここに着いた頃にはあの投手が投げていたけど、どうしたらあんなスコアになるのかしら……?」

 

「京都予選は府代表である洛山高校を中心に、基本的には打ち合いになってるから、このスコアも別段珍しくはない」

 

「アメリカでもこんな殴り合いは見た事がないわ。こんなの投手側は正気を保てないわよ……」

 

上杉とウィラードは23対16という、普段見る事は決してないスコアに脱帽していた。水鳥は事前にデータを取っていたのか、対して驚いてなく、風薙はただ無言で試合を観ていた……。

 

「でも東東京選抜の新たに出て来た投手……鐘嵐珠さんの投げる球は苦戦しそうね」

 

「そうね。見たところはストレートだけしか投げていないけれど、あの球速は彼方先輩と同等のものよ」

 

「…………」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「リンゼちゃんが当てられないって事は、あのストレートは本物ね。打つのには時間を要しそうだわ」

 

「そうでもない」

 

「志乃先輩?どういう事ですか?」

 

「確かに鐘嵐珠の投げるストレートは風薙と同等。でも次に入る打者に関しては、打者側に軍配が上がる」

 

「次は3番……非道さんね」

 

京都選抜の3番打者……非道に水鳥は注目する。

 

「非道は風薙と同等か、もしくはそれ以上の球速の持ち主の球を最低でも2年以上見て、捕っている。そんな非道だからこそ、鐘嵐珠のストレートを打つのは難しくない」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「非道は打率こそ低めなものの、捕手らしく分析を得意とし、独特なアッパースイングで、ピンポン球のように軽々とホームラン性の打球を飛ばす……そんな打者。そして今の1球で、非道の射程圏内に入った」

 

「射程圏内……?」

 

 

カキーン!!

 

 

非道が鐘嵐珠の球を捉え、そしてその打球はポールに直撃し、ホームランとなった。

 

「まさかあんな完璧にアジャストするなんて……」

 

「1打席にも満たない時間で打つ程に対応が早いわ……」

 

上杉とウィラードが非道の評価をしていると、今まで黙っていた風薙が口を開いた。

 

「……前に洛山と練習試合をした時から確信してた」

 

「彼方先輩……?」

 

「確信って何を……?」

 

「今私が1番打者として警戒しているのは非道さん。彼女の不気味と呼ばれる分析力と、豪速球に対する物怖じのなさ、そして対応の早さ……。どれを取っても、この大会の参加者の中でも頭1つ以上抜けてる……」

 

物静かに、それでいて淡々と語る風薙彼方には最早以前の天真爛漫さはなかった。

 

「じゃ、じゃあ遥ちゃんは?彼方先輩の妹の……」

 

「…………」

 

上杉の質問に対して、少しの沈黙の後にこう答えた。

 

「……今のあの子にそんな価値はないよ。あるのは有り余らせた力だけで、打者としての怖さは一切ない」

 

暗に実の妹である雷轟遥は無価値だと、見る影もないと……。

 

(このままでは駄目ね。今の彼方先輩は何があったかは知らないけれど、遥ちゃんに対して酷く失望してしまっている……)

 

「で、でも妹さんのいる埼玉選抜はレベルが高いですよ?その打線で4番を打っているみたいですし……」

 

「……そうだね。埼玉選抜のレベルは高い。特に走力と守備力に関しては全都道府県の中で1番だと思う」

 

(埼玉選抜の評価そのものが低くない?それなら……)

 

群馬選抜が埼玉選抜と当たるのは決勝戦。もしも埼玉選抜がそこまで登り積める事が出来たのならば……!

 

((今の彼方先輩の苦しみから解放してくれる筈……!))

 

上杉とウィラードは同時にこう考えていた。風薙彼方の妹である雷轟遥がいる埼玉選抜なら、元の明るく元気な風薙彼方に戻してくれると、風薙彼方の瞳に光を宿してくれると……。

 

(その為にまずは私達群馬選抜が決勝戦まで勝ち上がらないとね)

 

(まぁそれでも最後に勝つのは私達群馬選抜よ……!)

 

全ては、県対抗総力戦の決勝戦に、委ねられた……。



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DH制?

25対16で京都選抜が東東京選抜に勝利し、私達埼玉選抜の次の相手が決まった。

 

「埼玉選抜の次の相手は京都選抜ですか……。これは打ち合いになるかもですね」

 

「いや、それ以前の問題かもね……」

 

「朱里先輩?どういう事ですか?」

 

初野が私の発言に疑問符を浮かべる。確かに京都選抜の打線は凄まじいし、埼玉選抜も負けてはいない。しかし……。

 

「黛さんの投げる変化球……ですね?」

 

二宮の言う通り、黛さんが新たに編み出した魔球と呼ぶに相応しい変化球に対する対策の事だ。途中までは2つにブレるストレート、そこからカーブ方向に変化するか、シュート方向に変化するかが不確定で、対策としてキャッチャーミットで判断するというのも非道さんがダブルミットスタイルで対応してくるから、逸れも難しい……。

 

「……そうだね。一応今日の試合はビデオに撮ってあるし、それを埼玉選抜の全員に見せる。問題は黛さんの変化球に対する対抗策だよ」

 

攻略の鍵になるのは雷轟、番堂さん、ゴウさんの3人。更に乱打線になる事を考えれば、次のオーダーは打力に集中させた方が良いのか、それとも投手側をどうにかして、投手戦に持ち込むか……難しいところだ。

 

「とりあえず私は宿舎に戻るよ。色々とやる事もあるしね」

 

「お疲れ様です」

 

「次の試合も観に行きますからね!」

 

応援組の皆(+二宮)と別れて、私は宿舎へと戻る……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……というのが、京都選抜と、東東京選抜の試合のハイライトでした」

 

「わざわざ撮影ありがとう。私と有栖もテレビ中継で見ていたけど、次の相手……京都選抜戦も中々に骨が折れそうだ」

 

どうやら大宮さんと坂柳さんも私と似たような事を考えているらしく、打強でいくか、投手戦に持ち込むオーダーにするかで迷っているみたい。

 

「……次の試合、どうすれば勝てますかね?」

 

「難しいところだね。京都選抜の試合は2度共乱打線に縺れ込んでるし……」

 

「元々京都府予選そのものが乱打線ばかりですし、このような試合結果は必然かも知れませんね」

 

坂柳さんの言うように、洛山高校を始めとする打強チームの集まりなのが、ここ4、5年の京都府野球部の事情らしい。多分切欠の1つに大豪月さんが絡んでいるんだろうね……。

 

「乱打線に対抗する為にこちらも最大火力をぶつけるか、京都選抜の打線は鋭い当たりばかりを打ってきますので、守備対応が上手い人を入れるか……。2つに1つですね」

 

「次と、その次の試合はDH制だから、1人は打撃に専念してももらうけど……」

 

そういえば県対抗総力戦の内訳2戦はDH制らしい。4年前の県対抗総力戦では初戦と決勝戦に対して、今回は次の3回戦と準決勝がDH制ルールに当てはまる試合だそうだ。

 

「まぁその辺りは皆の守備練習を見てから決めようか。試合は明後日だからね」

 

守備を見て、大宮さんが判断するようだけど……。雷轟がDH枠に収める形で良いんじゃないかな?いや、でもここ最近はやらかしてないし、でもでもここ1番でやらかす可能性もあるし……。本当に難しいルールだよね。DH制は……。



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打撃か守備か

京都選抜との試合が明日に控えた今日。特別練習とはまた別に守備練習と、打撃練習に別れて、私達埼玉選抜は練習を行っている。まずは守備練習のノックから……。

 

「サード!」

 

 

カンッ!

 

 

「任せてくださいよっ♪」

 

サードに着いているゴウさんは鋭いゴロを難なく捌き、そのままファーストへと送球。

 

『アウト!』

 

「ナイスサード。じゃあ次は6-4-3のゲッツー行くよー。ショート!」

 

 

カンッ!

 

 

続いては併殺。担当する二遊間は……。

 

「よっ……と。朝海姉さん!」

 

ショートは三森3姉妹の次女夕香さん。

 

『アウト!』

 

「番堂さん!」

 

セカンドは三森3姉妹の長女朝海さん。

 

『アウト!』

 

「内野は問題ないね。次は外野……レフト!」

 

 

カキーン!!

 

 

「……っと、少し力を入れ過ぎたかな?無理して追わなくても良いよー」

 

レフト深くに飛んだ打球に対して……。

 

「このくらいは軽いでござる。ニンニン♪」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

村雨が余裕綽々で打球を捕球。サードとの距離が5メートルもなかったのに、外野最奥まで飛んだ打球を捕る。やっぱり規格外な足してるよね。三森姉妹と言い、村雨と言い……。

 

「じゃあ次、センター!」

 

 

カンッ!

 

 

先程のノックとは違い、センター前方に飛んだ打球……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

センターを守っているのは主将なだから、安定して捕球している。派手さがない分、堅実に守っている感じがして良き。私としてはこっちの方が好ましいね。

 

「じゃあ最後にライト!」

 

 

カキーン!!

 

 

「ライトを守るのは久し振り……。でもまだなんとかなる」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

ライトを守っているのは夜子さん。相変わらずでたらめな守備範囲を持ってるよね。村雨の時と同様、前進守備から外野の後ろの方まで余裕で追い付いてるし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ次は打撃練習だね。各々が各々のバッティングを見せてもらうよ」

 

打撃練習開始。まずは……。

 

「もらったぁ!」

 

 

カキーン!!

 

 

雷轟が大きな当たりを飛ばす。打たせているとはいえ、派手に打つよね……。

 

「負けませんよっ☆」

 

 

カキーン!!

 

 

「私だって!!」

 

 

カキーン!!

 

 

ゴウさんと番堂さんも雷轟に負けじと空蟬取得組は私を除いた3人が全員スラッガーだから、こういったホームラン制の当たりがポンポンと出る。そしてその一方で……。

 

 

コンッ。

 

 

「長打だけが打撃じゃないわ」

 

「足を絡める事も重要よ!」

 

「私達はどっちかと言うと、内野安打を狙う方が得意……」

 

「当てれば出塁は走力の高い者の特権でござる!」

 

弱い当たり(主にバント)で内野安打を量産する三森3姉妹と村雨。これはこれでスラッガー組とは対極の派手さがある気がするね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも全員の打撃練習と守備練習を大宮さんと坂柳さんが見ていき、気が付くと辺りが暗くなっていた……。

 

「皆お疲れ様。皆の動きを見て、明日の試合のスタメンが決まったから、発表していくね」

 

(いよいよか……。今回はDH制だけど、果たして誰が選ばれるのかな?)

 

大宮さんが発表したオーダーは……。

 

 

1番 レフト 中村さん

 

2番 セカンド 三森朝海さん

 

3番 ファースト 番堂さん

 

4番 DH 雷轟

 

5番 サード ゴウさん

 

6番 センター 主将

 

7番 ショート 三森夕香さん

 

8番 キャッチャー 志木さん

 

9番 ライト 三森夜子さん

 

 

「先発投手は松岡さんで行くからね」

 

大宮さんは対京都選抜のスタメン投手に松岡さんを指名した。そして当の松岡さんは……。

 

「私が先発……?」

 

どこか暗い顔をしていた。どうしたんだろうか……?



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偽物

夜。私は気分転換も兼ねて、外周を走っている。体力作りも私には必要だしね。

 

(洛山の4人が中心になる打線と、黛さんの変化球……。課題はいっぱいあるけど、それでも皆なら勝てる筈……!)

 

今日発表されたスタメンの皆に明日の勝敗は委ねられる。打ち合いを制した上で、黛さんの変化球を正確に捉える必要があるから、選球眼に比較的強い面子で固めた。まぁ友沢とか、村雨とかも選球眼は強いけど、控えにも隙のないようにするのが大宮さんと坂柳さんの務めらしい。

 

「ふぅ……。この辺りで少し一休みしようかな」

 

着いた場所はかつてゴウさんと番堂さんが喧嘩していた公園。そこまで広くはないけど、自主練習には持ってこいだ……ってあれ?誰かいる……?

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

あれは……松岡さん?1人で投げ込みをしてるみたいだけど……。

 

 

バンッ!

 

 

「まだまだ……!」

 

 

バンッ!

 

 

「もっと……もっと……!」

 

(なんか鬼気迫る感じがするなぁ……)

 

近寄りがたいオーラも出してるし、触らぬ神に祟りなしって事で、ソッとしておいた方が良いのかな……?

 

「……誰!?」

 

え……。もしかしてバレた!?というか隠れているつもりはないんだけど、なんか後ろめたくなって、罪悪感が出ちゃうよ……。

 

「ど、どうも……」

 

「早川さん……」

 

滅茶苦茶ピリピリするんだけど……。今すぐにでも、ここから逃げ出したい。

 

「どうしてここに?」

 

何を話そうか迷っている内に、松岡さんから話し掛けて来た。

 

「え、えっと……。私はランニングの途中に、この場所に立ち寄って……」

 

「そう……。私は投げ込みをしてるんだ。次の試合で先発を任されたから、沖縄選抜との試合の日のような、惨めな目に遭わない為にも……!」

 

な、成程。それで松岡さんはどこかピリピリしてるっていうか、どこか怖い雰囲気を出してたのか……。

 

「でもこうして早川さんと2人になれて丁度良かった。聞きたい事があって……」

 

「聞きたい事……ですか?」

 

何?何を聞こうとしているの?松岡さんは私に何を……?

 

「岡田さんや雷轟さんが言ってたんだけど、相談事は早川さんにすると、きっと良い方向に導いてくれるって言ってたしね」

 

何それ初耳。いつの間に私はメンタルケアの役割が出来たの?私カウンセラーなの?

 

「……で、相談っていうか、聞きたい事があるんだけど、早川さんは偽物ってどう思う?」

 

「ど、どういう意味ですか……?」

 

いきなりな質問に疑問符が……。哲学ですか?

 

「早川さんは知ってると思うけど、私は他の投手の投球フォームや、球威なんかをコピーして、修正するピッチングをしてるの」

 

「まぁ……実際に目の当たりにしてますので、知ってると言えば、知ってます」

 

「私は2年の秋頃から投手に抜擢されて、そのやり方を実戦してたんだけど、いつしか一部の部員からは『偽物』って呼ばれるようになってね……」

 

「偽物……?」

 

コピーされてる人からしたら不快に当たるから、当て付けの意味合いも兼ねて、松岡さんをそう呼んでるって事……?

 

「別に呼ばれた当初は特に気にしてなかったよ?それこそ県対抗総力戦で沖縄選抜との試合で先発を任されるまでは……」

 

松岡さんは俯きながら、話を続ける。

 

「あの試合は雨のお陰でノーゲームになったけど、私は沖縄選抜の打線に捕まり、連打を食らった……。その日の夜から毎日夢を見るの。『偽物だから負けたんだ』、『所詮は偽物、本物には勝てっこない』って私の脳内に囁いて……!」

 

「松岡さん……」

 

こ、これは思った以上に深刻な問題だ……。一体どうすれば良いんだろう?



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本物よりも

松岡さんは沖縄選抜との試合で打たれ込んで以来、自分の投球スタイルに疑問を持っているようだ。

 

(私は……私の今のピッチングに何を思うだろうか?)

 

中学1年生から高校1年生までの期間の私はストレートに見せたを中心とした配球だった。後に私が偽ストレートと名付けたそれは、ストレートに見える……偽物だった。でも私自身それを恥じる事はない。かつて私に偽ストレートを教えてくれた風薙さんはこう言った。

 

『偽物は本物になろうという意志がある程、本物よりも本物なんだよ』……と。この言葉に私は少なからず救われた。だったら今度は私が松岡さんを導く番……なのかな?

 

「松岡さんは……本物と偽物、どちらの方が価値があると思いますか?」

 

「えっ……?それは……本物の方が価値があるんじゃないの?」

 

「そう……ですね。私もさる方の言葉を聞くまでは、松岡さんと同じ価値観でした」

 

私は一呼吸置いて、発言を続ける。

 

「今の私は本物よりも、偽物の方が圧倒的に価値があると思っています。そこに本物になろうという意志がある程、偽物の方が本物よりも本物なんですよ」

 

「そこに本物になろうという意志がある程、本物よりも本物……か」

 

ちなみに二宮は本物と偽物は同価値だと言っていた。曰く、本物も偽物も等しく同じ物なのだから、差別化は出来ても、全くの別物……とはならないそうだ。

 

「……少し気分が軽くなった気がするよ。ありがとう、早川さん」

 

「い、いえ、私は受け売りの言葉をそのまま言っただけに過ぎませんから……」

 

「例え受け売りの言葉だったとしても、今は早川さんがその言葉を言って、私がその言葉に救われた……。その事実は変わらないんだよ。だから……ありがとう」

 

め、面と向かって言われると存外照れるものなんだね。お礼の言葉って……。

 

「わ、私はそろそろ宿舎に戻ります」

 

「じゃあ私も戻ろうかな。一緒に行こ?」

 

「はい!」

 

とりあえずは松岡さんの気分は楽そうに見える。明日の試合がどんな結果になるかはわからないけど、少なくとも松岡さんにとっては色々と収穫出来そうな……そんな試合になる気がするよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「松岡さんはもう問題なさそうですね」

 

「そうだね。早川さんには感謝だ」

 

「あとは明日の試合で結果を出すだけ……。仮に埼玉選抜が負けたとしても、松岡さんにとっては悪い結果にはならないかも知れません」

 

「もちろん勝つに越した事はないけどね……。私達もそろそろ戻るよ有栖」

 

「はい。鈴音さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が宿舎に戻ると……。

 

「良い?あんた1人で謝りに行くのよ?」

 

「何を言ってるの?私達は一蓮托生……。道連れよ!」

 

「なんでよ!?あんたが台を斬ってしまったんでしょうが!」

 

番堂さんとゴウさんが言い合いをしていた。まさかまた喧嘩とかじゃないよね……?

 

「あっ、朱里ちゃんが戻って来た!」

 

「……何があったの?」

 

「聞いてくださいよ朱里さん!剛田の奴が誤って台座を斬っちゃったんですよ!」

 

「ちょっと手元が狂っただけなんですよぉ……」

 

松岡さんの次はこっちの問題か。こればっかりは監督である大宮さんに進言しないといけないね……。

 

(先行きが不安なんだけど、本当に大丈夫なのかな……?)

 

翌日に連帯責任という事で、私達4人が大宮さんに頭を下げて、台座を修理してもらった。



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疑問

今日は京都選抜との試合の日だ。

 

「今日の試合も楽しみだねっ!」

 

「まぁ……そうだね」

 

雷轟は楽しみにしているみたいだけど、大体の人は緊張しちゃうんじゃないかなぁ?まぁ私はベンチなんだけど……。

 

(そういえば武田さんがベンチスタートになってるのに、なんか大人しいな……。何かあったんだろうか?)

 

妙に大人しい武田さんに違和感を覚えたので、隣にいる山崎さんに聞いたところ……。

 

「今のヨミちゃんは足腰に急激に負担が掛かる特訓をしてるからね……。足腰を休める為にも適切だと思ってるよ。それに監督はヨミちゃんが必要になる時はきっと来るって言ってたし、ヨミちゃんはそれを信じて特訓に励んでるよ」

 

「そう……」

 

じゃあ武田さんは今の私みたいなものか……。私もなんか知らないけど、秘密兵器だって大宮さんに言われたからね……。

 

「今日は私DHだから、守備に出れない分、バッティングに集中するぞ~!」

 

「単に雷轟の捕球率が絶望的だから、DHに回されただけなんじゃないの……?」

 

「酷いよ朱里ちゃん!私だって大分出来るようになったもん!」

 

まぁ雷轟のお家芸レベルだったザルな守備も、今になって段々となくなってきている。雷轟は本番に弱いところがあるから、なんとも言えないのがね……。

 

「それにしてもDH制の試合なんて、まるでプロ野球みたいだね!」

 

「この県対抗総力戦は4年に1度のオリンピックみたいな催しだからね。なるべくして豪華なルールを追加しようと、今も試行錯誤してるみたい」

 

「じゃあ次回はもっと凄いルールになってるのかな?」

 

「まぁ4年に1度だから、私達は余り関係ないと思うけどね。小学5年生~中学2年生で野球をやってる人はワクワクしてるんじゃない?」

 

そういえば黒江さんには次回の県対抗総力戦参加資格があるんだよね。村雨にも負けない走力に、小柄ながらも一発が狙えるパワーがあるから、間違いなく代表メンバーに選ばれるだろうね。その頃になると私も大学3年生な訳だけど……。

 

「皆、もうそろそろ集合の時間だ。早く行こう」

 

「了解です。主将」

 

話し込んでると、集合時間が近付いていた。私達4人以外は皆集合してるらしく、主将が呼びに来たみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は京都選抜との試合……。スタメンは昨日発表した通り、変更はない……。打ち合いにしろ、投手戦にしろ、激しく、厳しい試合になるのは間違いないから、気を強く持つ事。試合はDH制でいつもと勝手が違うけど、いつも通り優勝を目指して頑張っていこうか」

 

『はいっ!!』

 

(皆、頑張ってね……!)

 

心の中で、皆の勝利を強く願う。向こうの打線の中でも上位4人は特に強力な打撃を仕掛けてくるだろうし、流れを奪われないように気を付けていきたいところだ。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜①

『埼玉選抜対京都選抜!まもなくプレイボール!!実況は『塁に出る時は死球が8割』!紺野です!』

 

『何か恨みを買ったの……?解説の青葉です』

 

京都選抜との試合……私達は後攻なんだけど、打ち合いになると、先攻の方が有利な気がしてならないよね……。

 

「向こうの先発投手は黛さんで、その黛さんの決め球は未だ攻略法が見えてこない……。京都選抜は超々強力打線で、下手すると1点差が命取りになる事もある。だから打撃にしろ、守備にしろ、いつも以上に、死ぬ気で取り組んでほしい。まぁこれは次以降の試合にも言える事だけど、とりあえず今日の試合では全員一発に警戒、外野は後退守備を意識してね」

 

『はいっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いずみさん、こっちですよ」

 

「ありがと瑞希~!それにしても本当に良い席を取るよね。ここ滅茶苦茶観やすいよ」

 

「見応えのある試合は見通しの良い場所で見たいですからね」

 

「うんうん☆アタシ達に勝った京都選抜にも、朱里達がいる埼玉選抜にも頑張ってほしいところではあるんだけどね……」

 

「その気持ちはわかりますが、勝者は常に1チーム……。勝負の世界はそう甘くありません」

 

「……アタシは瑞希みたいに非常にはなれないな~」

 

「私にとっては割と普通の感情なんですけどね。それよりも始まりますよ」

 

「どんな試合になるのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『プレイボール!!』

 

京都選抜の1番打者、エルゼ・シルエスカさんが打席に立つ。彼女は打率4強の1人なんだよね。松岡さんはどう出るか……。

 

(今日の松岡さんの様子を見る限りは大丈夫そうかな……?)

 

憑き物が落ちたかのような表情をしてたし、松岡さんの調子が悪いって事はなさそうだ。むしろ良好?

 

 

カンッ!

 

 

エルゼさんは初球から打って出る。好球必打って感じがするなぁ。二宮からもらった彼女のデータでも初球打ちは多い方だったけど、洛山に入ってからそれが増したんじゃないの?

 

『ファール!』

 

打球はレフト線切れてファールとなった。見ててヒヤヒヤする……。本当に洛山を中心とする京都野球部の打線はスイングは鋭いし、当たれば飛ぶしで、投手側からしたら勘弁してほしいよ全く……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(しかもエルゼさんは選球眼もかなり良いし、洛山の打線にはまってると思うんだよね……)

 

そこから数球投げて、フルカウント。ここ抑えられると、かなり大きいけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

四球……。コースがかなりギリギリなだけに少しもったいないな。もしかしたら三振を取れていたかも知れないんだし……。

 

(そう考えると、向こうの選球眼がかなり良いって事になるんだろうね)

 

野球王国アメリカ出身だし、見る目も肥えてそうだよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あちゃー、歩かせちゃったか……」

 

「結果的に打者側に軍配が上がりましたが、松岡さんの投げる球は悪くないので、完全に負けている訳ではありません。試合まだまだ始まったばかりですよ」

 

「だね~。なんかアタシ達の時みたいな打ち合いになりそうだな~」

 

「…………」



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜②

先頭打者をいきなり出してしまい、ノーアウト一塁となった。そして2番のリンゼ・シルエスカさんと姉妹で打順が続いている。なんだか三森姉妹や、佐倉姉妹みたいな組み方してるよね。まぁ打順を姉妹を続けて置くと、気分的には良い傾向なのかもね。

 

「よろしくお願いします」

 

(2番のリンゼ・シルエスカさん……。大会屈指の犠打の使い手だし、ここは間違いなくランナーを進める動きをしてくる筈)

 

(警戒すればする程に、彼女の思う壺になるだろうし、ここはいつも通りで行くのが丸いだろうね)

 

バッテリー側は如何にしてリンゼさんの犠打を阻止するかを考えないといけないかもね。

 

『さぁ!ノーアウト一塁のチャンスで2番打者、リンゼ・シルエスカ選手が打席に立ちます!!』

 

『先程出たエルゼ・シルエスカ選手とは双子の姉妹ですね。アメリカの高校から、洛山高校に留学しています』

 

『アメリカにいた頃のデータによりますと、エルゼ選手は長打力に長けており、小技もある程度は出来るとあり、サイクルヒットも何度か叩き出しています!』

 

エルゼさんは友沢みたいな選手タイプなんだよね。パワーなら洛山にいる分、友沢よりも数段ありそうだけど……。

 

『そして今打席に立っているリンゼ・シルエスカ選手は犠打の名手であり、犠打の数で彼女の右に出る選手は未だにいません!』

 

『打強の洛山に入った事によって、長打力も得ているリンゼ選手は益々隙の少ない選手に成長していますね』

 

内野陣の守備位置はバント警戒だけど、バッテリーからはそれがない……?もしかしてバントさせて、アウトカウントを稼ごうって事?

 

(多分彼女はバントではなく、もう1つの彼女の代名詞である行動に出て来る筈……!)

 

(バントシフトはない……。ここは強引にセーフティバントを狙っても良いですが……選地眼……!)

 

リンゼさんは地面を見ている……?

 

「地面を見てるのって何か意味があるの?」

 

地面を見ているのが気になっている雷轟がポツリと呟く。まぁ知らないけど人からすれば気になるかもね……。

 

「リンゼ・シルエスカ選手は選地眼の使い手でもあるのでござるよ」

 

二宮とは別の意味合いでの情報通である村雨がリンゼさんの情報を話す。

 

「選地眼……?」

 

「どういうものかは実際にリンゼ殿の打撃を見れば、わかるでござる」

 

 

カンッ!

 

 

リンゼさんが打った打球はセカンド正面のライナーなんだけど……?

 

 

ガッ……!

 

 

「イレギュラーバウンド!?」

 

「選地眼は地面の状態を見て、イレギュラーバウンドを出来るのかを判断出来るのでござるよ」

 

「じゃあリンゼさんが打席に立つ度にイレギュラーバウンドが起こるの!?」

 

「まぁ平たく言えばそうなるでござるが……」

 

セカンドの頭上を越えて、外野まで打球が飛んだ……ってあれ?

 

(朝海さんが笑ってる……?)

 

「流石は選地眼の使い手ね。私も見習いたいわ。でもね……」

 

「そう簡単には通さない……」

 

なんとライトから夜子さんがイレギュラーバウンドを捕球し、サードへと送球。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「私達姉妹の範囲にある限り、守備に隙なんて与えないわ」

 

「くっ……!」

 

三森3姉妹のトリックプレーによって、ワンアウト一塁になった。三森3姉妹のああいうプレーを見るのはシニアぶりだけど、相変わらず破天荒だね。まぁ味方である分は助かっているけど……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜③

本日はオリキャラ紹介も同時投稿しております。


三森姉妹のトリックプレーによって、ひとまずのピンチは凌いだ。しかし……。

 

「よろしくね~」

 

次は3番の非道さん……。しかもこのあとに清本にも続くんだよ?何これ地獄?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

非道さんの1打席目は様子見の傾向が多いけど、今回もそのつもりなのだろうか?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

『京都選抜の3番打者の非道選手、微動だにしません!一体どうしたのでしょうか!?』

 

『非道選手の1打席目はボールに全く手を出さない傾向がありますね。これまでの試合でもほとんどがそうでした』

 

『それにはどんな意味が込められているですか!?』

 

『真相は本人にしかわかりませんが、後続の打者の為に相手投手の持ち球を把握している、或いは2打席目に備えているのか……』

 

そういえば非道さんの見逃し行為の意味についてはいまいちわかってないんだよね。二宮も非道さんの見逃しには疑問を感じていたらしい。気持ちはわかると言っていたけど、二宮はきっと非道さんの意図を理解してるんだろうなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかヤキモキするよね~。チャンスの場面なのに、打つ気配がないってのは……」

 

「非道さんの見逃しは後々の役に立ちますよ。私も似たような事はしていたでしょう?」

 

「瑞希の場合は下位打線かベンチでやってるよね?」

 

「そうですね。非道さんは敢えて1打席捨てているようにも見えますが……」

 

(元々は大豪月さんの指示だったのでしょうね。いつ頃からそうなったのかは知りませんが、板に付いているところを見ると、相当前からやっているのが伝わりますね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「三振……。これでツーアウトですね」

 

「次は和奈の打席か~。アタシ達と試合した時もホームラン2本打ってたし、この試合も打ってくるだろうね~☆」

 

「どうなるかは埼玉選抜次第です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツーアウト一塁。ここで京都選抜の4番打者が私達に牙を剥く……。

 

「…………」

 

(なんか凄くピリピリしてる……。これは今までの清本とは思わない方が良さそうだね)

 

バッテリーも決して油断はしてない筈だけど、清本の場合は最大限の警戒をしても、勝負をする限りは打たれるからね……。主にホームランを。

 

『右打席に立ちましたのは、今大会にて身長最小の選手か!?京都選抜の4番打者、清本和奈選手です!』

 

『低い身長とは裏腹に長打力に優れた京都選抜で4番に君臨する程の実力者で、高校生のホームラン総数もトップ。本数はこの県対抗総力戦でもうすぐ100本に到達しようとしています』

 

『まさに小さなスラッガー!どこにそんなパワーが隠されているんでしょうか!?』

 

『黒い噂がちらほらと飛び交っていた時期もありましたが、清本選手は健全な打者という事ですので、安心してくださいね』

 

確か清本のホームラン数は97本だっけ……。まだ2年生なのに、中田さんの倍近く打ってるって可笑しくない?高校生の内にどれだけホームランが打てるのか、ちょっと興味が出て来るくらいだよ……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜④

ツーアウト一塁。打席には清本が立っている訳だけど……。

 

「…………!」

 

(い、威圧感がベンチにまで伝わってくる……)

 

ベンチからですら私冷や汗かいているのに、マウンドにいる松岡さんからしたらたまったものじゃないよね……。ホームランの数だけなら、上杉さんをも上回ってるし。

 

(これが高校生で通算ホームラン数トップの打者……。凄い威圧感)

 

(下手なコースを投げると、持っていかれますね。安牌を取るなら、勝負を避けるべきですが……)

 

(ランナーを溜める方がリスクが高いかな。ここは勝負で)

 

(……了解しました。打ち取りましょう!)

 

バッテリーは清本を相手に勝負を選択。ここで清本を打ち取る事が出来れば、流れはこっちに来るんだけど……。

 

 

カキーン!!

 

 

うわっ!初球から打ってきた!?

 

『ファール!』

 

『清本選手、初球から打って出たーっ!』

 

『ファールで助かりましたね。しかしバッテリーは益々慎重にならざるを得ません』

 

『しかし初球から場外へと飛んでいきましたね。一体どうしたらあんなにかっ飛ばせるのでしょうか!?』

 

『打球に飛距離を付ける方法は色々とありますが、清本選手の場合は腕力とリストの強さであのように飛ばしています。更に清本選手はギリギリまで球を見極めて打っていますね』

 

『それには一体どんなに意味が!?』

 

『どんな球種、コース、スピードの変化に上手く対応する為でしょう。本来なら見極めを遅らせると、バットの振り出しも遅れてしまいますが、清本選手のずば抜けたスイングスピードでそれを余裕で補っています。埼玉選抜の雷轟選手と、西東京選抜のバンガード選手、群馬選抜の上杉選手も同等のスイングを見せていますね。並の打者が真似をしても、振り遅れの空振りか、良くても差し込まれてのファールになりますが、4人なら、その問題を繰クリアしています』

 

清本や雷轟達がやっているのは獄楽島でやった覇竹のスイング。社長に教えてもらった剛のスイングなんだよね。

 

(尤も雷轟の場合はそれに加えて静のスイングである空蟬も会得しようとしている訳だけど……)

 

雷轟の成長速度が凄まじいから、私達の中でも1番早くに空蟬をマスターすると思うんだよね……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

2球目も大ファール。松岡さんの投げる球にタイミングが完璧に合ってるね……。

 

「やっぱり凄いよね。和奈ちゃん……」

 

「……そうだね。リトル、シニアと同じチームだった私も清本の凄さはよくわかっているよ」

 

リトルで清本に初めて会った頃は、まさかあんなスラッガーに大成するとは思わなかったからね……。

 

(ツーナッシング……。カウントではこちらが有利ですが、ここは1球外して様子を見ますか?)

 

(……いや、3球勝負で抑えに行くよ。私の持てる力を出す)

 

3球目。松岡さんが投げたのは、私達と試合をした時に投げたジャイロボール。

 

(ジャイロボール……!?でも打てない事は……ないっ!)

 

 

カキーン!!

 

 

嘘でしょ?松岡さん渾身のジャイロボールもタイミング完璧なの!?

 

(タイミング完璧。流石は高校生のホームラン王。でも……!)

 

「ライト!!」

 

ライトには夜子さんが既にフェンス奥で待機している。

 

(この打球……多分フェンスに登らないと駄目だ)

 

打球が高くにあるので、夜子さんはフェンスに登る。結果は……?

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

フェンスによじ登ってようやく捕れた打球なんだ……。多分夜子さんじゃなかったら、ホームランだったよね?

 

『な、なんとライトの三森選手、フェンスによじ登って打球を捕ったーっ!』

 

『打球を処理したのは三森選手でしたが、松岡さんが投げた球に対して、少し差し込んでいたようにも見えましたね』

 

『つ、つまりそれがなかったら……?』

 

『間違いなくホームランでした』

 

解説の言うように、松岡さんが力を込めた球だ。何球も投げられる代物ではないと思うけど、あの清本を抑えられたのはかなり大きい……。勢いは埼玉選抜に渡ったんじゃないかな!?



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑤

「いやー、和奈惜しかったね~」

 

「……松岡さんの力を込めた1球があのアウトを生み出しましたね。次の打席以降がどうなるかはわかりませんが、あの1球以外では間違いなく和奈さんがホームランを打っていたでしょう」

 

「今の和奈は大体の球をホームランに出来るからね~」

 

「そんな和奈さんが捉え切れない投手は現状風薙さんくらい……でしょうか」

 

「あー、あの人凄い球投げるよね。全国大会で唯一の防御率0だしね……」

 

「未だに二塁ベースを踏ませていない快投でありながらも、未だにストレートしか投げていませんからね。しかも質の悪い事に新井さんとは違って、他の球種を温存した状態で臨んでいます」

 

「お、恐ろしい……。でも京都選抜は優勝候補って言われてるんだよね?」

 

「そうですね。和奈さんに加えて非道さんが風薙さんの投げる球を打てる可能性が高い選手である事に加え、シルエスカ姉妹はかつて風薙さんと同じチームにいた事もありますし、その辺り攻略の鍵になると思います。打線全体もかなり強力ですしね」

 

「最早京都選抜っていうか洛山だよね……。じゃあ埼玉選抜は?」

 

「埼玉選抜が群馬選抜に、風薙さんに届きうるかどうかは……この試合でわかるでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「惜しかったわね和奈。もう少しでホームランだったのに……」

 

「ちょっと詰まらされちゃった……。凄い球を投げるよ。あの投手」

 

「あの和奈さんがそう言うなんて、余程ですね……」

 

「まぁまぁ。まだ試合は始まったばかりだし、ゆっくりとやっていこ~」

 

「……そうですね。頑張ります!」

 

「うんうん♪それで今日の先発投手は黛ちゃんだけど~?」

 

「は、はい。ようやく昨日、完成形に辿り着きました……」

 

「それは僥倖~。少なくとも1打席は抑えられると思うし、その間でこっちのペースに持っていくよ~」

 

「黛さんが言ってた球ってあれ……ですよね?そんな簡単には打たれないんじゃ……?」

 

「本来ならプロ選手でもバンバン抑えられると思うけど、埼玉選抜の打線は侮れないからね~。対応力はもちろん、アドリブにも強い選手が多いし、鉄壁の守備で得点も今までのようにはいかないし~」

 

「出来るだけ……抑えてみせます」

 

「良い心意気だ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回表はなんとか無得点に抑えられたけど、あとのイニングも同様に抑えられるかわからないし、出来るだけ早い段階で点を取っていきたい……。

 

「向こうの先発投手は黛さん……。あの分身魔球が見られるかな!?」

 

「どうだろうね。打つのはかなり難しそうだけど……」

 

なんせカーブ方向かシュート方向にランダムで変化していくもんだから、狙いが絞り辛い。捕手の非道さんはミットを2つ装着してるから、余計に狙いが定まらない……。

 

(中村さんにはなるべく黛さんの球を見ていってほしいところだね……)

 

(いきなり投げる~?)

 

(そう、ですね。埼玉選抜の打線は強力ですから、全球投げるつもりで……!)

 

1球目。球がブレているのを見ると、例の魔球なんだろうけど……。

 

「……えっ!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「い、今の球は……」

 

「東東京選抜との試合で投げた球とは全くの別次元だね……」

 

黛さんが投げたのは、東東京選抜との試合で投げた球……とは段違いの代物。前までの球はカーブ方向かシュート方向の2種からランダムに変化するものだったけど……。

 

「な、何あれ……」

 

「カーブとシュートの二重変化……!」

 

「ほ、本物の魔球じゃないですか……」

 

「まぁ実体は1つだと思うけど、これは中々に厄介な球だね」

 

大宮さんは黛さんの投げる球の実体は1つだと言っている……。大きなヒントではあるんだけど、問題はどうやって狙いを絞るかだよね。攻略法は前と然程変わらないとは思うんだけど、攻略にモタモタしていると京都選抜の強力打線に追い付けない可能性があるし、なんとか手を打たないと……!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑥

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『黛選手の投げる魔球に中村選手、全く手が出なーい!!』

 

『昨日投げていた球が進化した1球ですね。その時はカーブ方向かシュート方向のどちらかに変化していたのですが、今投げている球はカーブとシュートの二重変化をしています』

 

『まさに魔球!ですね!!』

 

カーブとシュート……それぞれ違う軌跡で変化するあの変化球はかなり厄介な球だ。二重変化となると、狙いが絞れない……。

 

「あれは打つのに手間取りそうだね。でも球の実体は1つに決まっているし、それさえわかれば、打てる筈だよ」

 

大宮さんの言葉を頼りにするも、後続の打者も中村さん同様に空振り三振に終わってしまう……。

 

「全国にはまだまだ凄い球を投げる選手が沢山いるんだね……」

 

「感心している場合じゃないと思うけどね……」

 

雷轟が黛さんの投げる球に感心を示しているけど、黛さんを打てないと、私の勝ちはないんだよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今投げたのって昨日投げてたやつだよね?1日も経たない内にあんな強力な魔球に化けたの!?」

 

「恐らく昨日の時点でも改良に改良を重ねていたのでしょうね。そしてそれが今日完成形に至った……」

 

「アタシ達に投げてた時も、試行錯誤を繰り返していたって事?」

 

「そうだと思います」

 

「そっか……。それで負けちゃったら、東東京選抜も形無しだね。強力な選手達を集めたのに、黛さんの糧になっちゃったか~」

 

「打ち合いを制する事が出来なかったのが、大きな敗因となっていますね」

 

「だよね~……。瑞希はこの試合……松岡さんと黛さんの投げ合いはどっちに部があると思う?」

 

「一概には言えませんが明確な攻略法がない分、やはり京都選抜がかなり有利ですね」

 

「やっぱそうだよね~。和奈達にも頑張ってほしいけど、埼玉選抜にも頑張ってほしいな~」

 

「豊富な投手陣を全面的に押し出せば、この試合は誤魔化せそうですが、先の試合では難しそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は進んで3回表。0行進が続いている状況……。

 

 

カンッ!

 

 

(しまった!?)

 

ここまで良い感じに抑えていた松岡さんが、ワンアウトからランナーを出してしまう。あの超強力打線を相手に滅茶苦茶奮闘してるんだけど、ちょっと流れが悪いな……。

 

「松岡さん、大丈夫ですか?」

 

「私は大丈夫……。下位だからって、ちょっと甘く入っちゃったね」

 

「2巡目に入りますし、特に1~4番はスタメンの中でもトップクラスの成績を残しています。今まで以上に慎重に行きましょう」

 

「そうだね。沖縄選抜との試合の二の舞にはなりたくないから……」

 

スコアは0対0の同点、両チームの安打数は今打たれた1本だけ、そして向こうの打順は2巡目に突入……。ちょっとキツい展開だけど、もしも乗り越える事が出来たなら、流れがこっちに来る筈……!松岡さんには是非とも踏ん張ってほしいところだね。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑦

ワンアウトからヒットを打たれて、京都選抜の打順は2巡目に。

 

「1打席目は四球だったけど、今度は打たせてもらうわよ!」

 

京都選抜、そして洛山高校の1番打者である、エルゼ・シルエスカさんが再び打席へ立った。

 

(2巡目……!)

 

(前の打席では若干逃げ気味だったけど、この打席は攻めさせてもらうよ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

初球はボールから入ったけど、相手を仰け反らせている良い球だ。強打者を仰け反らせる球は後々手を出しにくくなるからね。

 

(良い球ね……。京都予選では見られなかった攻め気と好奇心が混同している投手……アメリカのシニアにいた頃を思い出すわ)

 

(仰け反りはしたものの、怯んでいる様子はない……か。データにある通り、アメリカのシニアでも上位打線を任されていた実力は健在って事だね)

 

松岡さんとエルゼさんが睨み合う。状況はピンチではあるけど、少なくとも松岡さんは楽しそうに投げているのが伝わってくる。

 

「良いなぁ。松岡さん達楽しそう……」

 

ベンチでは雷轟が羨ましそうに松岡さんを見ている。今日君DHだもんね。守備に参加出来ないもんね。よしんば参加したとしても、肝心なところでポロリしそうだもんね。

 

「……雷轟は打撃方面で頑張れば良いよ」

 

「そうだねっ!でも黛さんの投げる球の攻略には程遠いなぁ……」

 

まぁ黛さんも血の滲むような努力の末に生まれた変化球だし、簡単には打たれないだろうけど、私達だって負ける訳にはいかないからね……。

 

(でもあの二重変化に対してどう対応したものか。大宮さんは実体は1つに決まっているって言ってたけど、それがわかるのはいつになるか……!)

 

あの二重変化に対する対抗策を1つ思い付いた。でもそれが出来るのは多分雷轟だけ……。番堂さんとゴウさんは空蟬を取得すれば、可能になるだろうけど、何れにしても確実性がない。

 

「どうしたの朱里ちゃん?」

 

「……なんでもないよ」

 

少なくとも今は皆の守りを信じるだけだ。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「ちっ!ちょっと芯からずれたわね……」

 

気が付けば今のファールでフルカウント。1打席目にも似たような事があったような……。

 

(前の打席では攻めの姿勢が足りずに、僅かにコースがボールゾーンに行ってしまった……。バックの皆もいるんだし、私は皆を、そして自分の球を信じて投げ込むだけ……!)

 

6球目。松岡さんが投げたのはかつて藤原先輩の球をコピーした時と同じ……ジャイロボールだった。

 

(ここでジャイロボール……!でも打ってみせるわ!!)

 

 

カキーン!!

 

 

『松岡選手の渾身のジャイロボールを捉えたーっ!打球は低い弾道を描いて伸びていくーっ!!』

 

「っ!センター!!」

 

この当たりは清本に打たれた時と少し似ている……。それよりも低い弾道だから、場外……とはならないだけまだアウトに出来る可能性がある。

 

「くっ……!」

 

センターにいる主将は既にフェンスに登っている。しかしこの打球は……下手したら届かない可能性があるよ?

 

「………っ!」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

『と、捕りました!センター岡田選手のファインプレーですっ!!』

 

『清本選手を打ち取った時と同様に、松岡選手の想いを込めた1球が打者を打ち取る事が出来ました』

 

『つ、つまりそれ以外の球だと……?』

 

『打球はそのままホームランになっていたでしょう。もしかすると京都選抜を相手にする時はこんな投球を繰り返していかないと、これまでの相手のように打ち込まれてしまうかも知れません』

 

『力を込めた1球はそう何球も投げられるものなのでしょうか!?』

 

『難しいですね。バッテリー側もここ1番の時に先程投げた球を投じるつもりでしょうが、その見極めが高難易度です』

 

と、とりあえずは序盤終了……というかまだ序盤ってところに肝を冷やすよ全く……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑧

3回裏。こちらは7番からな訳だけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

黛さんの投げる球に悉く抑えられている。何人かはバントを試みているが、それも空振りで終わる始末……。一体どうしたものか?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『黛選手、これで9人連続三振です!』

 

『未だに黛さんの球に当てられていない埼玉選抜は少々苦しい展開となっています』

 

というかこっちは未だに全部三振なんだけど?下手すると風薙さんレベルでヤバイ投手だよ黛さん……。

 

(とりあえず雷轟には対策……になるかはわからないけど、それを話したから、次の打席では多少期待が出来るかも……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い流れですね」

 

「そうだね~。下手したら完全試合に持っていかれかねないよ」

 

「加えて相手は京都選抜……。1度でも連打を許せば、最早止まる事のない勢いで大量得点を取られかねません」

 

「しかもこの回の京都選抜の攻撃って2番から始まるし、確実に和奈に回ってくるからね~」

 

「和奈さんとて1打席目のようにはいかないでしょうし、手遅れになる前に手を打っておきたい……と、埼玉選抜は思っていそうです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『3番の非道選手、初球から打っていきました!打球はセンターオーバーで一気に三塁へと到達!!』

 

『松岡選手の投げる球も決して悪くはないですが、非道選手の射程圏内に入っていましたね』

 

不味いな……。先頭のリンゼさんを抑えるところまでは良かったんだけど、その次の非道さんに長打を打たれた……。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

今打席にいるのは緊張しやすいチビッ子だけど、実力は本物……。リトルシニアで累計200本のホームランを打ち、今いる高校生打者の中でも本塁打数トップのスラッガーだ。

 

(1打席目は運良く抑えられたけど、今度は果たしてどうなるか……!)

 

松岡さんが投げる1球目。清本達を抑えたジャイロボール……!

 

「………!」

 

 

カキーン!!

 

 

(い、いきなり!?)

 

清本が放った打球はライト方向へグングンと伸びていき、そのまま場外へと消えていく……。

 

『ファール!』

 

(た、助かった……)

 

というかあんな特大ファールをかまさないでほしいよ……。

 

(しかし現高校生最小の選手とは思えませんね。放たれる威圧感と言い、今打ったホームラン性の打球と言い、実力は本物……。1打席目に抑える事が出来たのに奇跡すら感じます)

 

そして2球目……。

 

 

カキーン!!

 

 

これもジャストミート。今度はレフト方向に伸びていくけど、結果は……。

 

『ファール!』

 

『清本選手、2打席連続で特大ファールだーっ!』

 

『1球目はライト方向、2球目はレフト方向へと真逆に飛ばしています。これは清本選手が広角打者だと物語ってますね』

 

『しかし清本選手のスイングはかなりコンパクトですが、それでいて、尚もあそこまでの飛距離を引き出しています!』

 

『単純な力、スイングに必要な手首も揃っていますが、何よりも身体の使い方ですね。今清本選手が打ったのは内角寄りの球ですが、本来は普通に打つと詰まった当たり、芯に当てたとしてもファールにしかなりません』

 

『清本選手が打った打球はファールでしたが……?』

 

『同じファールでも格が違いますね。しかもほぼフェアゾーンですから……。更に清本選手はあのコースの球を打つ時に肘を折り畳み、体を反らせてバットをコントロールし、ボールの軌道に対して垂直に当たるようにミートしています。一見無理な姿勢でパワーを失わずに打球をスタンドインさせる……このような打ち方をする選手は現役のプロでもかなり希少ですね』

 

『その希少な存在に清本選手はなっている……と?』

 

『清本選手の他に、群馬選抜の上杉選手も同等のスイングを見せています』

 

そういえば清本は上杉さんに憧れを抱いている部分があるんだったっけ……?それにはスラッガーとしての理想とかもあるんだろうね。

 

『さぁ、カウントはツーナッシング!次の1球で決まるのか!?』

 

まぁバッテリーとしては3球勝負の方が良いだろうね。長引けば引く程、清本が有利になっていくんだから……。

 

(3球目はこれを投げるよ……!)

 

(了解です。もう1度打ち取りましょう)

 

これで決まるであろう3球目。結果は……?

 

 

カキーン!!

 

 

「………!」

 

『打球は大きく打ち上がった!』

 

『少し上がり過ぎですね。センターが捕球に間に合いそうです』

 

「オーライオーライ!」

 

主将はフェンスに張り付き、ようやく清本が打った打球の処理に入る。このまま入らないよね?

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

なんとか主将が打球の処理に成功したけど……。

 

「バックホーム!!」

 

「くっ……!」

 

三塁ランナーの非道さんがタッチアップ。矢のような送球がそのままホームへと飛んでくるけど……。

 

『セーフ!』

 

「まぁタッチアップには充分な飛距離だったよ~」

 

非道さんは悠々とタッチアップを成功させて、ホームイン。京都選抜に先制されてしまった……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

次の5番打者を三振に抑えていたけど、松岡さんにとっては少し後悔の残る形になったかな……?



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑨

4回で京都選抜に手痛い失点をしてしまった……。まだ1点で済んでいるから御の字ではあるんだけど、黛さんの球が攻略出来ていない以上、この1点が重すぎる……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

しかもあっという間にツーアウト。更にこれまで取られたアウトは全部三振。2巡目に入ったし、誰かしら捉えても良い筈なんだけどね……。

 

「……よし!」

 

「長子ちゃんファイト!」

 

「はい!遥さんに繋いでみせます!」

 

次は3番の番堂さん。番堂さんはあの手の変化球はまだ得意な方だから、あとは狙いが定まれば……!

 

(2巡目のクリーンアップか~。そろそろ誰かしらに攻略されそうだね~)

 

(でも、この打者には他の球種では打たれて、しまいます……)

 

(だよね~。まぁ心当たりがないでもないけど、もしもそれが外れたら裏目だからね~。ここも魔球でお願い~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「改めて見ると凄い球……。実体は1つの筈なんだけど、それがカーブなのか、シュートなのかで見分けが付き辛い」

 

番堂さんの言うように、実体が1つだという事はわかっている。しかしわかっているだけでは意味がない……。

 

「まぁそれがわかっているだけでも大したものだと思うよ~?洛山の選手達なんて一部を除いた全員がこの球の初期段階ですら、仕組みも碌にわかっていない脳筋ばかりだからね~」

 

「そ、そうですか……」

 

非道さんはナチュラルに洛山の人達を貶しているのヤバい。二宮レベルの言葉のナイフ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(この2球はカーブ、シュートと続いた……前の打席ではシュートとカーブ、私の前の打者はシュート、カーブ、シュートで、その前の打者はカーブ、シュート、カーブと一見規則的に分裂からの変化をしてる。だとしたら……!)

 

番堂さんもあっという間に追い込まれ、3球目……。

 

(規則的に曲がるならカーブ、裏を欠くなら……!)

 

「シュート!」

 

 

カキーン!!

 

 

『打った!?』

 

(おやおや~?今の1球を読んで来るとは、中々に強かな打者だね~)

 

番堂さんが打った打球はレフト線切れて……。

 

『ファール!』

 

「惜っしい~!」

 

「でもタイミングは完璧だった……」

 

元々番堂さんは変化球が得意な選手だ。黛さんの変化球を1番最初に捉えるなら、番堂さんなんじゃないか……と思っていたし、この打球も不自然ではない。

 

(そうだ……そうだよ。カーブとシュートの二重変化とか言われているけど、よくよく考えたら、片方は残像……!そしてもう片方だけに絞れば、ただのカーブとシュートに過ぎないんだ!)

 

(あの表情……どうやらこの番堂ちゃんは気付いちゃったみたいだね~。この魔球の秘密に~)

 

(だとすれば規則性を張っていれば……!)

 

4球目。番堂さんが先程と同じく、読みを鋭くして振って行けば……!

 

(もう1度シュート!)

 

 

カキーン!!

 

 

『また打ったーっ!今度はセンターのバックスクリーンに直撃!番堂選手、起死回生の同点ホームラン!!』

 

「やった……!」

 

番堂さんが黛さんの変化球に攻略を見出だしたかのように見えるけど、全員が全員あの変化球を同様に打てるとは限らない……。

 

「よーし!私も続くよ~!」

 

次の雷轟が黛さんの球を捉える事が出来れば、勢いのままに私達が勝つ事が出来る……!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑩

「よーし!」

 

 

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

(風切り音がここまで聞こえてくるね~。余程張りきっているようにも見えるよ~)

 

(どうしま、しょう……?)

 

(……まぁ勝負かな~?一応ツーアウトだし、思い切って投げて行こうか~)

 

(はい……!)

 

雷轟が左打席に立ち、黛さんに挑む。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(う~ん。凄い変化……。朱里ちゃんが言ってた分裂球のカーブとシュートが唯一交わる一点を見定めるのも大変だよ……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(わわっ……!あっという間に追い込まれちゃった)

 

ツーナッシング……。やはり1打席じゃ厳しいかな?

 

(雷轟ちゃんがこっちを見ているのが気になるね~)

 

(でも、私はこれ以上の事は、出来ません……)

 

(だね~。なんだかんだ黛ちゃんも洛山の一員って事かな~)

 

(少し、複雑です……)

 

3球目。この1球が雷轟の、私達埼玉選抜の行方を大きく決める1球になるだろう。

 

「…………!」

 

(まだ……ここじゃない)

 

「なんで振らないんですか遥さん!?」

 

「わかってないわね剛田……。遥さんは見極めをしてるのよ。そしてそれは今後私達の参考にもなる……!」

 

番堂さんは雷轟の狙いに気付いたようだ。流石、変化球攻略が早い姫宮の4番打者だね。

 

(…………!)

 

「そこだぁっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

「しまっ……!」

 

「これはやられたね~」

 

『打ったぁ!打球はぐんぐん伸びて、空の彼方へと消えていきました!雷轟選手の場外ホームラン!!』

 

『今の一打は決め打ちしなければ、決して出来ませんでした。雷轟選手は黛選手の投げる分裂球のカーブとシュートが交わる一点を上手く突きました』

 

(解説の言うように、雷轟はカーブとシュート唯一が交わる一点を突いた……。そこはほぼ捕手の眼前だけど、覇竹のスイングなら対応が出来るって訳だね。正直1打席じゃ無理だと思っていたけど、上手くやってくれたね)

 

雷轟の成長スピードは計り知れない……。特に2年生になってからは著しい成長を遂げているからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二者連続ホームランで、埼玉選抜が逆転したね!」

 

「そうですね。雷轟さんも、番堂さんも、黛さんの球の性質を利用した良い打撃でした」

 

「あの分裂球の性質って……?」

 

「口で説明するのは難しくありませんが、実際に打席で攻略に取り組もうとするのはかなりの困難になるでしょうね」

 

「そうなんだ……。あーあ、黛さんと次に対決するのはいつ頃になるのかな~?」

 

「いずみさんは2年生、黛さんは3年生……。恐らく2人の進路も違うでしょうし、急な再会でもない限りは難しそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「ぐぬぬ……!続けませんでしたか……」

 

ゴウさんは黛さんの球を捉えるも、セカンド正面。やはりまだ完全攻略には程遠いけど……。

 

(ここで逆転出来たのは大きい……。あの超強力打線を相手に逃げ切るのは難しいだろうけど、なんとか踏ん張ってもらわないとね)

 

なんせ最低でもあと1打席は上位打線に回ってくる……。あの1~4番を相手にするのは滅茶苦茶怖いからね。

 

特に清本……。結果的に2度抑えている形にはなるんだけど、いつホームランを打たれても可笑しくないのが清本というスラッガーだからね。

 

「…………」

 

(果たしてこのまま松岡さんを続投させるのか、それとも別の投手に投げさせるのか……。監督である大宮さんの答え次第だね)

 

一応全試合先発投手とは別に、何人かはブルペンでいつでも投げられるように準備をしているようだ。この試合の後続候補は朝倉さん、吉田さん、泉さんの3人。それぞれタイプの違う投手が準備をしているから、急な交代にもある程度は対応が出来るようになっている。完投だとその準備は無駄になるけど……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑪

あれから松岡さんも、黛さんも、無失点で切り抜け続けた。松岡さんはバック守備(主に三森3姉妹)に、黛さんは今でも三振が多く、クリーンアップの3人以外は未だに黛さんの投げる魔球を当てられていない。

 

そして7回表……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

3番の非道さんに出塁を許してしまい、ノーアウト一塁。そして最悪の打者に回ってきてしまう……。

 

「よろしくお願いします……!」

 

清本和奈。前2打席は運良くアウトに出来たけど、この打席はどうなるか……。

 

(きましたね。清本さんの3打席目……!)

 

(ここを乗り越えたら、以後回って来ない可能性があるから、出来る事なら抑えたい……!)

 

前のイニング辺りから松岡さんの制球が乱れている。まあまあ無理もないよね。非道さん、清本と連続で威圧感打者と何度も対決しているんだから……。

 

(威圧感打者との対決はスタミナ消費を多くする……。これは私もシニア時代に何度も体現した事だ)

 

あの時は清本だけだったけど、今の松岡さんの場合はそれに加えて非道さんとも戦っている。況してや非道さんは何をしてくるかわからない分、もしかすると清本以上に苦戦する可能性すらもあるのだ。

 

まぁ話を戻すと……。

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

松岡さんのスタミナが限界に近い。大宮さんは一応室内ブルペンから後続候補の3人を呼び戻しているみたいだけど、この回までは松岡さんを引っ張ろうと考えているみたいだ。

 

(松岡さん……)

 

(大丈夫だよ志木さん。後続の投手の負担を少しでも減らす為に、1打席でも多く上位打線と戦わなきゃ……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

スタミナは限界に達しそうなのに、球威は今日1番……。あの状態は私にも心当たりがある。

 

(リトル時代に私が炎症を起こしたあの日の状態と、今の松岡さんの状態はかなり似ているんだ……!)

 

だとしたら松岡さんはこの場で燃え尽きるつもりなのかも知れない……。

 

「………っ!」

 

清本も当時の私をよく知っているからか、松岡さんを心配しているように見える。でも敵だから余計な感情を消そうとしている……。今の清本の弱点と言えば、非情になりきれないところくらいだろうか?二宮も時々甘いと言っていたし……。

 

「か、監督!松岡さんはもう限界だと思います!あのままでは倒れてしまいますよ!?」

 

誰かが大宮さんに訴え掛ける。雷轟も私がマウンドで倒れた事を知っている1人なので、松岡さんの状態に対して早く休ませるべきだという意見に同意している。隣にいる武田さんと山崎さんも首を縦に振っているみたいだけど……。

 

「……代えないよ。本人が投げると言っている以上はね」

 

「そ、そんな……!」

 

「こ、これじゃ松岡さんが倒れちゃうよ……!」

 

「…………」

 

「皆さん、監督はあくまでも松岡さん本人の意志を尊重しているだけに過ぎません。元より倒れるのも、本人の覚悟の上……。それを邪魔するのは無粋ではありませんか?」

 

『…………』

 

坂柳さんの一言で全員が押し黙る。でも私は松岡さんの気持ちがなんとなくわかるんだよね。ここまで来ると意地なんだ……。無論後続の投手への負担を減らしたいという気持ちも本物だろうし、もっと投げたいという気持ちもある。

 

(でも……松岡さんの抱えている気持ちはそんな大層な物じゃなく、もっと単純で、自分勝手で、わがままな想い……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

今対峙している強打者と勝負がしたい……その一心にある。

 

(私の全力を……この打者にぶつける。これが今出せる全力投球だ……!)

 

(松岡さん……)

 

(凄い球……。今あの人はかつての朱里ちゃんと同じ道を辿ろうとしてる。目の前の打者を相手に全力を出して、燃え尽きる……。そんな覚悟のある眼をしてる。本当は……私はあの人に朱里ちゃんと同じ目に遇ってほしくない。でも……それでも、私はその想いに応えなきゃいけない)

 

「全力の相手には全力で迎え撃つ……。それが打者としての、礼儀だからっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

1打席目はライトライナー、2打席目はセンターへの犠牲フライ。清本を相手にここまで抑えられたのは大金星だと思ってる。でも……。

 

(1打席目よりも、2打席目よりも、全力を尽くした投球だったのに、それでも打たれるっていうのは……存外悔しいものだよね)

 

『な、なんと本日2度目の場外アーチ!清本選手の逆転ツーランホームランです!!』

 

『これで3対2……。打ち合いになるのか、投手戦になるのかはまだ未知数ですが、寸分の狂いで打線が爆発しかねない……京都選抜はそういうチームになっています。これからの展開も目が離せません』

 

ぐるりと1周し、ホームインした清本のその目は松岡さんを心配そうに見ていた。

 

「ふぅ……」

 

(偽物は……最後まで本物には勝てなかった。それでも私はまだまだ足掻く……足掻いてみせる)

 

松岡さんはもうフラフラで、いつ倒れても可笑しくない状況にある。

 

「……伝令、投手交代を伝えて」

 

「!……はい」

 

大宮さんが投手交代を告げる。今にも倒れそうな松岡さんを雷轟と武田さんが支えて、ベンチへと歩いて行った。そしてそんな松岡さんの後を継ぐのが……。

 

「……松岡さん、貴女の想いはしかと受け取ったよ」

 

交代で投げるのは朝倉さん。捕手は志木さんだし、奇しくも柳大川越のバッテリーがここに見参した。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑫

松岡さんの意志を継いだのは朝倉さん。志木さんと合わせて柳大川越バッテリーの爆誕だ。

 

「いきましょう朝倉さん」

 

「うん。松岡さんがここまで繋いでくれたんだ……。抑えなきゃ、顔向け出来ないね」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

『リリーフで出て来た朝倉選手、見事に京都選抜の打線を抑えました!』

 

『朝倉選手は先発で投げた松岡選手よりも速い球を投げる速球派の投手になります。速球に強い選手が集まっている京都選抜に対して、どこまで通用するのか見物ですね』

 

朝倉さんは持ち球を駆使して、京都選抜の打線を抑える。1~4番に比べたら1段落ちるとはいえ、強力なパワーヒッターなのには変わりない。それでも朝倉さんは堂々と投げている。県大会からまた手強くなったね……。

 

「凄い凄い!これならまだチャンスがあるよ!」

 

「流れを手繰り寄せたからね。京都選抜打線を抑えた朝倉さんもそうだけど、相手の流れを遮断した志木さんのリードが大きい」

 

「流れを変えるリード……か」

 

山崎さんは現状武田さんの特訓の付き添いの為に、試合には出ていない。秘密兵器と称している武田さんの登坂に合わせて山崎さんも出る事になる。それまでは志木さんや、他チームの捕手を見て、山崎さんなりに色々と参考にしているそうだ。勤勉だね……。

 

「朝倉さん、ナイピです」

 

「ありがとう蓮華ちゃん。蓮華ちゃんのリードありきだよ」

 

朝倉さんもかなりの実力を持っている投手だけど、京都選抜の打線を抑えられているのは志木さんのリードがかなり大きい……というのは朝倉さんも理解しているようだ。これから先の野球で一緒になるとしたら、朝倉さんと志木さんは良いバッテリーになると思う。

 

(問題はあと1度回ってくる上位打線か……)

 

8回には1番のエルゼさん、9回にはリンゼさん、非道さん、清本の3人に回ってくる。あくまでも朝倉さんが3人で抑えられたらと仮定してだけど……。

 

「あと3イニング……。逆転を目指して、それぞれ頑張っていこうか」

 

『はいっ!!』

 

7回裏。この回は前打席で黛さんからホームランを打った番堂さんと雷轟に回ってくる。

 

「でも私が前に打てたのは向こうの裏を突いただけですよ?」

 

「私も……カーブとシュートの交わる一点を打てただけだから、今回も同様にいくかどうか……」

 

当の2人はなんか自信なさげだな……。未だに後続の打者が黛さんを打ててないから?

 

「前打てたのが偶然だとしても、打った事には変わりない。2人には期待してるよ」

 

「は、はい!」

 

「わ、わかりました!」

 

大宮さんに励まされた2人はそれぞれバッターボックスと、ネクストサークルに向かった。

 

(ここでクリーンアップか~。抑えられれば、大分こっちの勝利に近付くけど~?)

 

(3番の番堂さんと、4番の雷轟さんには、ホームランを打たれていますし、油断は出来ません……!)

 

(だね~。まぁ全力で抑えて行こうか~)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(前の打席よりも更に変化が凄まじくなってる……。でも打たなきゃ!もう1度相手の球の規則性を読んで……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(追い込まれた……。この球はシュート方向に曲がった。1球目はカーブだったし、順当に行けば、3球目に来るのはカーブ。ギリギリまで見極めさせてもらう……!)

 

ツーナッシング。番堂さんは球の見極めに入っているみたいだけど、黛さんの球を打てるのか……!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑬

『さぁ、前の打席で黛選手からホームランを打った番堂選手ですが、あっという間にツーストライクまで追い込まれました!』

 

『黛選手の方は球のキレが増していますね。尻上がりタイプの投手です』

 

尻上がりタイプはイニングが進む毎に球の勢いが上がっていく厄介な投手だ。こういう投手を相手にするのは追い込まれる程に能力が上がっていく打者をぶつけるのが有効だ。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「ぐっ……!」

 

(当てるので手一杯だ……。前打った時よりもキレが上がってる?)

 

番堂さんは負けじと黛さんに食らい付く。この回で最低でも同点にしないと、私達の負けがほぼ決まってしまう……。そうさせない為にも、番堂さんにはここで打ってほしい。

 

「くっ……!このっ!」

 

 

ガギッ……!

 

 

今度はボテボテのゴロ。勢いなく三塁線に転がっていく……。

 

(こ、こうなったら走るしかない!)

 

「ファースト!」

 

エルゼさんの鋭い送球に対して、番堂さんは全力疾走でファーストベースに辿り着く。ヘッスラしてない分、番堂さん側はまだ余裕がありそうだけど……。

 

『セーフ!』

 

際どい判定だったけど、どうやらセーフのようだ。

 

『判定はセーフ!番堂選手、首皮で次の打者に繋いだぁ!!』

 

『番堂選手は足の速いタイプのスラッガーですね。左打ちですし、内野安打も期待出来そうな打者です』

 

(あ、危な……。なんとか生き残れた……)

 

ノーアウト一塁のチャンスで雷轟に回って来た。番堂さんと同様に、黛さんからは1度ホームランを打っている……。ここで最低でも同点にしてほしいところになんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(もしかしたら難しいかも知れない……)

 

今の黛さんは風薙さんクラスのピッチングをしているし、かなり厄介だ。雷轟が打てるのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに来て黛さんの球のキレが増しましたね」

 

「うーわ……。アタシじゃ打てそうにないかな~?」

 

「まずは分裂している球からカーブ方向とシュート方向の2つの軌跡で曲がる……片方が虚像の球であるところから見極めないといけませんね。そこで躓いている打者がほとんどです」

 

「アタシもどっちかと言えば、その段階で躓く側の1人なんだよね……」

 

「埼玉選抜のスタメンでもそれがほとんどで、着いて行けているのは先程打った番堂さんと現在打席に立っている雷轟さんの2人だけ……。そしてキレの増した黛さんの変化球に対して、番堂さんはその日枠組みから外れてしまいました」

 

「一応さっき内野安打に出来てたのに?」

 

「なんとか当てる事が出来た……と捉えるのが正解でしょう。見極めそのものは出来ていても、当てられるかどうかはまた別の問題点になります」

 

(そしてその見極めは今朱里さん達がやっている神速のスイングの特訓のヒントになっていそうですね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カウントはワンナッシング。

 

(2球目はこっちでお願い~)

 

(了解、です……!)

 

2球目に黛さんが投げたのは……。

 

(こ、これは……!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

『な、なんと黛選手、次に投げたのは2度変化するカーブです!』

 

『折れるように曲がるカーブを2度変化させているのは大変珍しいですね。1度の変化だったとしても、普通のカーブとは訳が違いますので、打つのは困難……。そして黛選手が先程まで投げていた二重変化の球と混ぜられると、より厳しい状態になるでしょう』

 

「むむ……!」

 

(今の雷轟ちゃんには色々と足りてないからね~。それをこの試合でなんとかしてほしい……というのが『上』から来ているんだよね~。黛ちゃんの成長と同時に、依頼を達成させるよ~)

 

番堂さんの時と同様に、雷轟も追い込まれる。しかも剃刀カーブを織り混ぜたより打つのが困難な状況だ……。雷轟には是非とも頑張ってほしい。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑭

「黛さんは2段変化するカーブも織り混ぜてきましたね」

 

「打つのがとても大変そうだよ~。フォームもリリースポイントも同じじゃ、見極めも大変だし……」

 

「幸い球がブレているか、いないかで、他の球種よりかはまだ見極めは容易い方です。雷轟さんもきっとそれをわかっているのでしょう」

 

「……だね~。遥が優秀な打者なのはアタシもよく知ってるし☆」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「こと打撃においては、プロレベル……と見ても良いですね。打者に必要なものは1つ2つ足りていないですが、それを彼女は勘で補っています」

 

「か、勘!?」

 

「打撃に対する嗅覚と言うべきでしょうか……?対応力も高いですし、成長速度も早い、天性の才能が雷轟さんには宿っています」

 

「そ、そういえば遥って野球を始めてまだ1年ちょっとなんだよね……」

 

「思えば去年から色々な打者を見ては、雷轟さんなりに吸収していって、全国トップクラスの選手に届こうとしていましたね」

 

(あの風薙彼方の妹……とわかれば、それも納得ですね。あの2人は経緯は違えど、きっと最終的にはこのように野球をしていたでしょうし)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

『雷轟選手、これで6本目のファールだーっ!』

 

『黛選手の投げる球をギリギリまで見極めて、対応していますね。あの二重変化の変化球はカーブとシュート……どちらか1つは実体で、どちらか1つは虚像……。見極めれば、見極める程に、二重変化は錯覚とわかり、カーブかシュートのどちらかだとわかります』

 

『つ、つまり他の打者も雷轟選手と同じようにすれば、攻略は簡単に……?』

 

『そうでもありません。あの芸当は雷轟選手のような速いスイングが出来る打者だからこそ、可能です。前の打席でホームランを打った番堂選手でさえ、それが可能なのかわからないくらいですので……』

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

『またまた大ファール!!』

 

雷轟が粘りを見せている内に、皆も黛さんの球の正体をわかってもらおうとしている……。それともう1つ、黛さんに球数を多く投げさせて、スタミナを消費させようともしている……。

 

(まぁ後者の方は、相手バッテリーも把握しているとは思うんだけど……)

 

それがわかっていても、雷轟を抑えるのは容易じゃない。だから決め球を中心の配球で、打ち取ろうとしているんだ……!

 

(う~ん……。中々にねばねばしてるね~)

 

(ここまであれと剃刀を織り混ぜて投げていますが、雷轟さんは悉く対応していって、ますね……)

 

(他の打者なら、これでも抑えられるんだけど、雷轟ちゃんだからね~)

 

(ここまで来たら、私は非道さんを、信じて投げます……!)

 

(黛ちゃんは良い子だね~。じゃあ全力で行きますか~)

 

『…………!』

 

場のピリッとした空気……恐らくこの1球で決着が付きそうだ。

 

「行き、ます……!」

 

黛さんが投げた1球は例のカーブとシュートの二重変化球。しかもこれまでで1番のキレと、変化量だ。

 

(でも……雷轟なら、雷轟ならきっと……!)

 

打ってくれる……そう信じてるから……!

 

 

カキーン!!

 

 

前の打席と同様に、雷轟はカーブとシュートの交わる一点を突いて打った。結果的には前の打席と同じだけど、それまでの過程が全然違う。黛さんは渾身の1球を投げているし、雷轟はその1球を越える一打を打った……。ただそれだけの話だけど、簡単に言葉で済ませるのはもったいない……。そんな1打席だった。

 

『ら、雷轟選手の打った球は空の彼方へ!逆転ツーランホームランです!!』

 

執念の一振りを見せた雷轟に軍配が上がったね。とりあえずは逆転だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7回、8回の攻防を終え、いよいよ9回に突入する……!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑮

朝倉さんに代わってから、京都選抜の打線を凡退の嵐に仕留めている。松岡さんの時も思ったけど、本当に味方になると頼もしいよね……。

 

『さぁ!京都選抜と埼玉選抜の試合もいよいよ9回を残すのみとなりました!!』

 

『激しい打撃戦を想定していましたが、両チームの投手陣が奮闘しましたね。スコアも3対4と控えめとなっております』

 

『9回表、京都選抜の攻撃は2番から始まります!』

 

『京都府内でも1、2を、全国の中でも上位10人に入るスラッガーとなる非道選手、清本選手に回ってくるので、最後まで一波乱ありそうです』

 

そうなんだよね。朝倉さんは順調に抑えているけど、まだ非道さんと清本っていうこの試合最大の難敵がいるもんね……。

 

(最悪裏の回に備えておくべきなんだろうけど……)

 

大宮さんはもしも追い付かれたり、逆転された時に備えての準備は終えていると言っている。先を見据える事においては二宮レベルだよね……。

 

 

カンッ!

 

 

『リンゼ選手、初球から打って出る!』

 

朝倉さんの球は捉える事も難しいのに、1巡もしない内に対応してきている……。流石はアメリカでもトップクラスの打者の1人だよ。

 

特に今朝倉さんが相手してるリンゼさんは選球眼に長けているし、球を捉える技術も京都選抜の中でも1、2を争うし、余り相手したくない打者だよね。私じゃ粘られて、スタミナを枯らされるのが目に見えてるよ……。

 

『ファール!』

 

そしてこの打席でも粘って球数を稼ごうとしている。でも……。

 

「!?」

 

 

ガッ……!

 

 

『おっと!リンゼ選手が打ち上げた!』

 

朝倉さんの球威に圧されてリンゼさんが打ち上げた。

 

『アウト!』

 

ワンアウト。これであと2人……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最終回になって、朝倉さんの球威が上がりましたね」

 

「ストレートも速いし、変化球もキレてるし、中々打てないかもね~☆」

 

「しかしそれが並の打者なら……という話ですね。ワンアウトとなりましたが、今から相手する打者は非道さん、和奈さんとトップクラスの打者が待ち構えています」

 

「今日の和奈の成績は控えめだから、ワンチャン打たれるかも……?」

 

「……そうですね」

 

「えっ……。今間あったよね?実際どうなの?」

 

「結末は最後までわかりません。和奈さんが打って同点か逆転になるかも知れませんし、埼玉選抜が抑え切るかも知れません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

リンゼさんに続いて、非道さんも打ち取る。三振だから、非道さんがどこか本気を出していないようにも見える。気のせいだと良いんだけどね……。

 

(私のやるべき事はもう終わったかな~?まぁこの試合に勝てば、また話は変わってくるけど……)

 

「あとは頼んだよ~?」

 

「は、はいっ!!」

 

(……私は本来引退している身だし、あとは若者達の時代かな~)

 

ともあれこれでツーアウト。あとワンアウトで私達の勝ちなんだけど、如何せん清本が打者だからちっとも油断が出来ないんだよね……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS京都選抜⑯

9回表のツーアウト。打席には京都選抜の最強打者、清本和奈が入った。

 

(清本さん……。松岡さんの渾身の球を悉く打ち返した最強の打者)

 

(今日取られた3点も全て彼女が叩き出したもの……。もしもホームランを打たれて同点になったら、こちらが不利な展開になりかねない……。コースを突いて丁寧に、そして全力で抑えていきましょう!)

 

(そうだね、蓮華ちゃん……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

初球はボールから……。慎重に立ち回るのは悪くないけど、京都選抜の強力打線を考えると、歩かせてランナーを溜るのはリスクが高い。バッテリーもそれがわかっていて、清本と勝負をしているんだ。

 

(でも清本も追い込まれている側だから、簡単には手が出せない。かと言ってバッテリー側が有利という訳でもないし、本当にどう転ぶかわからないね……)

 

あの洛山にいるから、比較的に速球に強い。朝倉さんの球種は速球系のカットボールとSFF、+αってどころか……。+αの内容次第で清本に対する有効な球があるのか、それとも……?

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

清本がさも当然のように場外ファールを放つ。それに対して余り驚かなくなっているのは、最早感覚が麻痺しているとしか思えない。これでカウントは平行となった。しかしまぁ……。

 

「…………!」

 

「…………!」

 

(朝倉さんも清本も楽しそうに野球するよね。2人共生き生きしてるよ)

 

私は清本と勝負する時はいつも冷や汗かくし、ビクビクと怯えながらやってるんだよね。まぁ強打者との勝負は楽しいけどね?

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

『またまた特大ファール!京都選抜の小さなスラッガー、朝倉選手の剛球に対して悉く対応していっています!!』

 

『朝倉選手の方もまだ球の勢いがありますし、互いに拮抗した勝負をしていますね』

 

解説の言うように朝倉さんが清本を抑え切っても可笑しくないし、清本が朝倉さんを打っても可笑しくない……。妙に静かな緊張感を含めて、これは2人の勝負なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、最後の最後で和奈が頑張ってるねぇ~☆」

 

「今の和奈さんの中には朝倉さんとの勝負を楽しみたいという気持ちと、京都選抜の全員ともっと県対抗総力戦を勝ち抜きたいという気持ちが入り交じっています」

 

「う~ん……。全国大会はともかく、県対抗総力戦に関してはあんまりそういう感情は湧かなかったかなー?」

 

「その場限りの付き合いになる可能性がある上に、いずみさんの場合は他チームよりも海外からの野球留学生が沢山いますからね。馴染みがないのも致し方ないのではないですか?」

 

「……そうなのかな?」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「ま、また場外ファールだし……。和奈の小さい体のどこにそんなパワーがあるんだろうね~?」

 

「…………」

 

(打球の勢いが弱くなりつつありますね。場外に飛んでいるので、わかりにくいですが、少しずつ飛距離が縮まっています)

 

「……次の相手が決まりましたね」

 

「瑞希?」

 

「何でもありませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「…………」

 

(いけるかも……知れませんね)

 

(そうだね。だからと言って少しの油断やリズムの不調で間違いなくホームランを打たれる)

 

(うう……。段々差し込まれて来たよ。ただでさえ真ん中に飛ばないコースと球種を投げられているのに、このままじゃ……)

 

現状は朝倉さんが押しているように見える。コースも清本が引っ張らざるを得ないところを上手く突いてるし、清本もわかっていて手を出している。

 

(そろそろ決めたい……えっ!?)

 

「………っ!」

 

それはこの勝負の決着を意味する1球だった。志木さんが要求したコースから数センチ真ん中寄りにズレた1球……。

 

 

カキーン!!

 

 

打球はライト線に飛ぶも、ポールをまいているだろうし、スタンドにはいればホームランだ。

 

「…………!」

 

ライトにいる夜子さんはこの状況を想定して、朝倉さんが投げた瞬間にフェンスに張り付いていて、既にフェンスをよじ登っている。

 

「……簡単には抜かせない」

 

 

バシッ!

 

 

『捕った!?』

 

これでゲームセット……かと思いきや。

 

「うぐっ……!?」

 

夜子さんのグラブに収まっても、まだ打球の勢いが死んでいない。ま、まさかボールをスタンドに落とさないよね?

 

「ああっ……!」

 

打球に力負けしそうと判断した夜子さんは勢い良くボールをグラブごと投げた(投げてしまったという表現の方が正しいかな?)。これはロジャーさんがやっていたグラブ飛ばしの守備版!?そしてその打球はそのまま地面に……。

 

「よくやったわ夜子。ファインプレーよ!」

 

「ええ。あとは姉に任せなさい」

 

 

バシッ!

 

 

落ちなかった。まるで夜子さんがホームランボールを押し戻す事を予測していたかのように、セカンドにいた朝海さんが夜子さんの投げたグラブを両手でしっかりと受け止めた。

 

『ア、アウト!!』

 

この場にいた全員が一瞬戸惑ったものの、結果は朝海さんのファインプレーという事になり……。

 

『ゲームセット!!』

 

京都選抜との試合は3対4で私達埼玉選抜が無事に勝つ事が出来た。色々とヒヤヒヤした試合だったよ……。



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試合終了と次の試合に向けて

「いやー、名試合だったねー!」

 

「そうですね。手に汗握る良い試合でした」

 

「県対抗総力戦もいよいよ準決勝かぁ……。埼玉選抜の次の相手って確か瑞希達のいる……」

 

「はい。西東京選抜です」

 

「あーあ。あの時和奈達に勝ってれば、アタシ達が埼玉選抜と戦ってたんだよね……。ね、もしもアタシ達があの時勝って埼玉選抜と試合をする事になったらどうなってたと思う?」

 

「たらればの話は現実的ではないので、余り好きではありませんが……。まぁなんだかんだで埼玉選抜が勝っていたのではないですか?」

 

「瑞希にしては随分と曖昧な答えだね。しかもアタシ達負けてるし……」

 

「過ぎてしまった出来事にもしも……等というifの話を持ち掛けられても、想像の回答しか出来ません」

 

「そっか……」

 

「そういえばいずみさんは最後まで観て行くのですか?この県対抗総力戦を……」

 

「ん~、一応そのつもり。藤和の先輩達はアタシをキャプテンに指名してくれたし、早速キャプテンとして藤和野球部を引っ張って行きたい気持ちもあるんだけど、それ以上にこのお祭りのような催しを最後まで楽しみたいんだ☆」

 

「お祭り……ですか」

 

(天王寺さんが以前に言っていた何かが起こる……という事態に備えて、私も出来る限りの対策をしておきたいので、余りこのお祭りとやらは楽しめそうにないですね)

 

 

ブーッ!ブーッ!

 

 

「瑞希、スマホの通知が来てるんじゃない?バイブが震えてる感じがするけど……」

 

「……本当ですね。では私はこれで失礼します」

 

「バイバーイ☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿舎に帰ろうと歩いていると、前方で松岡さんと清本が何やら話している場面に出くわした。何このツーショット?

 

「あれ?松岡さんと和奈ちゃんだ。何を話してるんだろう……?」

 

「さてね……」

 

もしかして松岡さんがガス欠で降板した事が何か関係ある?リトル時代の私が炎症を起こした時も清本の取り乱しっぷりは私が思わず冷静になっちゃうくらいだったからね……。

 

(とりあえず様子を見てみよう……)

 

「あ、あの!」

 

「ど、どうしたの?確か京都選抜の4番打者の清本さん……だよね?」

 

「お、お加減は如何ですか!?」

 

な、なんか旅館の女将みたいな発言……?いや、ちょっと違うかな?何にしても掛ける言葉が違う感じは否めない……。

 

「……もしかして限界ギリギリまで投げた私を心配してくれてる?」

 

松岡さんは松岡さんでなんか察しが良いんだよね。もしかして探偵になれるんじゃないの?

 

「は、はい。過去に松岡さんみたいに限界ギリギリまで投げた投手と同じチームで、その子は肩を故障してて……」

 

「……多分早川さんの事だよね。前に早川さんと清本さんが同じリトルシニアで野球してたって言ってたし、早川さんもスタミナ管理には気を付けるように言ってたし……」

 

た、確かに私は試合前日に松岡さんには必要になるかもと思って、清本の事について話したし、その過程で私と清本の関係性を話したけど、まさかそれが伏線になるなんて……。

 

「……はい。今の朱里ちゃんは利き腕変更の後に、今でも故障した肩の治療に励んでいます」

 

「そっか……。清本さんはあの時の私を早川さんと重ねちゃったんだね」

 

「…………」

 

「……私は大丈夫だよ。アイシングとかもバッチリだし、大事を取ってこの県対抗総力戦で私が投げるのも控えられてるし、ゆっくり身体を休める事にしているからね」

 

「そう……でしたか」

 

「まぁ欲を言えばもっと投げたかったけどね……。でも私は清本さんと3打席に渡った対戦に後悔は一切ないよ」

 

「松岡さん……!」

 

「次に清本さんと対決するのが何時になるかはわからないけど、次は完璧に抑えるから、そのつもりでね?」

 

「また……最終的に私が勝ちます!」

 

最終的に私が勝ちます……か。なんともまぁ清本らしい控えめな回答だね。

 

(雷轟……。私達は邪魔みたいだし、迂回するよ)

 

(……そうだね。ランニングして帰ろう!)

 

あと2つ勝てば、優勝……。全国大会で奮わなかった分、この県対抗送料で尽力を尽くさないとね!まぁ私はまだ試合に出てないんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です」

 

『埼玉選抜と京都選抜の試合……どうだった?』

 

「紆余曲折ありましたが、結果は予想通りでしたね。埼玉選抜の勝利です」

 

『やはり攻略の難関は相手のクリーンアップの打線と、センターラインと外野手の守備範囲?』

 

「そうなりますね」

 

『次の試合もDH制の試合だけど、予定通りのオーダーにしようと思う』

 

「意義はありません。強いて言うなら、埼玉先発との試合でぶつける先発投手ですが……」

 

『私としては新井に行ってもらおうと考えているけど、それに対しての二宮の意見が聞きたい』

 

「そうですね……。私は香菜さんに任せようと思っています」

 

『鋼だね。そうなると新井の方は……』

 

「打者としての起用するか、投手として起用するかは、そちらにお任せします」

 

『……わかった。だけど詳しい話は直接したい』

 

「わかりました。続きは宿舎に戻ってから話しましょう。十文字さん」



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準決勝

準決勝前日。私達はニュースを見ていた。

 

『さぁ、県対抗総力戦もあと3戦、準決勝と決勝戦を残すのみとなりました!』

 

ニュース……と言っても、県対抗総力戦の進捗についてなんだけどね。

 

『残った3県1都のチームはそれぞれプロでも通用しそうな選手達が犇めいています!果たしてどの都道府県が優勝を飾るのか!?』

 

残っているのは二宮達がいる西東京選抜、神奈川選抜、風薙さん達がいる群馬選抜、そして私達埼玉選抜……。それぞれがそれぞれの強豪と試合して、勝ち抜いた猛者だ。

 

(そういえば神奈川選抜は嶋田さんが実質的なキャプテンとしてチームを引っ張ってるんだっけ?)

 

そんな神奈川選抜は群馬選抜と、埼玉選抜は西東京選抜という組み合わせが準決勝のカードだ。

 

(私達の試合は2試合目。準決勝に向けて色々やっておかなきゃいけない事もあるんだけど……)

 

明日は群馬選抜と神奈川選抜の試合を観に行くかな……。

 

「……朱里ちゃん?」

 

「なんでもないよ」

 

(……明日の事は明日に考えるとして、今は空蟬取得の為に頑張ろう)

 

テレビの電源を切って、私達は特訓を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。予定通り私は群馬選抜と神奈川選抜の試合を観に来た訳だけど……。

 

「やっほー朱里☆」

 

「朱里ちゃんもこの試合を観に来たんだね」

 

「私が言えた事ではありませんが、試合前なのですから、準備を整えた方が良いのでは?」

 

金原、清本、二宮の3人と遭遇した。本当に二宮が言えた事じゃないよね!

 

(まさかこの3人と試合を観る事になるなんて……)

 

世の中何があるかわからないものだよね。

 

「群馬選抜と神奈川選抜……。どんな試合になるか楽しみだね~☆」

 

「どっちも優勝候補って言われてる県だもんね……。特に神奈川は前の県対抗総力戦の優勝都道府県だし」

 

「ハイレベルな試合が観れそうだけど……。ねね、どっちが勝つと思う?」

 

金原がこの試合の勝者はどっちの県か聞いてきた。正直オーダー次第で内容が大きく変わる気がする……。

 

「群馬選抜の先発投手にどちらをぶつけるか……。それによって試合結果は変わってくるでしょう」

 

「どちらかって……?」

 

「風薙さんか、ウィラードさん……。正直この2人のどちらかに投げさせないと、群馬選抜の勝ちはありません」

 

「そ、そうなの……?」

 

清本が驚きながら二宮に尋ねているけど、これに関しては私も同意見だ。神奈川の高校はかなりレベルが高いからね。埼玉、東京、大阪なんかと比べても、神奈川の高校は頭1つ抜けている。今年勝ったのは嶋田さんがいる紅洋高校だったけど、紅洋高校の試合はどれも熱戦だった。

 

そして紅洋高校はキャプテンの嶋田さんを始め、花形さん、星さんの2枚看板と鉄壁の守備で相手打線を悉く凡打の連続に仕留めていた。でも……。

 

「ウィラードさんが投げるのなら互角、風薙さんが投げるのなら……群馬選抜の圧勝ですね」

 

「「あ、圧勝!?」」

 

二宮の発言に再び驚く清本と金原。まぁ……これも正直私は似たような意見かな。神奈川選抜の打者で風薙さんに抗えるのは嶋田さんだけだろうし、それでも何打席費やしていくのかもわからない。

 

「あっ、両チーム出て来た」

 

「ぐ、群馬選抜の先発投手は……?」

 

整列の為に両チームが総出で出動。整列の後にポジションに付く群馬選抜。投げるのは……。

 

「風薙さん……。これは決まりましたね」

 

「だね」

 

私と二宮の予想が覆る事はなく、試合は0対5で群馬選抜が神奈川選抜を降した……。



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もう1つの準決勝

準決勝1回戦は0対5で群馬選抜が神奈川選抜に勝利。まぁ正直予想通りだったとしか言えない……。

 

「この準決勝でも見られませんでしたね」

 

「そうだね……」

 

この試合でも風薙さんはストレート1本で神奈川選抜をノーノーに抑えていた。あの神奈川選抜ですら、嶋田さん達ですらスタートラインにすら立てていないという始末……。一体どうしたものかな?

 

「ぐ、群馬選抜にはウィラードさんもいるのに、それが霞んじゃうレベルのピッチングだったね……」

 

「この準決勝はDH制だから、ウィラードさんはずっとサードを守ってたけどね」

 

ちなみにウィラードさんは2戦目と3戦目に投げていて、2試合合わせて被安打6、失点2と好成績を残している。まぁ風薙さんは未だに全国大会から数えて失点0な訳だけど……。

 

「10割打者に、防御率0.00の剛腕投手、アメリカ一のスラッガー。この3人を筆頭に群馬選抜は安定した勝利が約束されています。そしてこのままでは決勝戦も……」

 

「それを阻止するのがもう1つの準決勝の勝者……埼玉選抜か、西東京選抜の勝者って事だね」

 

「決勝戦でも風薙さんが投げるのは間違いないだろうし、1人でも風薙さんに抗える人が多くなると良いな……」

 

それが私達埼玉選抜なのか、二宮達西東京選抜なのか……。勝った方が群馬選抜に挑戦出来る訳だ。

 

(雷轟の為にも、風薙さんの為にも、まずは決勝戦に進まないとね……!)

 

私はあの姉妹にとても助けられた。その借りを返すべく私に出来る事があるのなら、やっていく所存だ。

 

「朱里、瑞希、そろそろ準決勝開始時間が迫ってるんじゃない?」

 

金原に言われてスマホを見ると、あと30分程で私達の試合が始まる時間となっていた。

 

「……そうですね。私は西東京選抜の皆さんの所へ戻ります」

 

「私も埼玉選抜の皆の所に行くね」

 

「じゃあアタシと和奈はこのまま2人の応援をしてるね☆」

 

「2人共、頑張ってね!」

 

「なるようにしかならないよ」

 

「なるようにしかなりません」

 

金原と清本の激励に対して、何故か私と二宮の答えが重なった。

 

「い、息ピッタリ……」

 

「流石元名バッテリーだね~☆」

 

長年バッテリーを組んでると思考回路が似るものなのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戻りました」

 

「ミズキさん、またウロウロしてたのデスカ!?」」

 

「まぁ二宮は勝利の為に、様々な情報を集めている……。咎めるのは筋違いなんじゃない?それにこうして試合には間に合っている訳だし」

 

「むぅ……。ジュウモンジさんがそう言うのなら、仕方ないデス」

 

「それで……今日の試合の先発は?」

 

「以前話したように、先発は香菜さんが適任です」

 

「わ、私が……?麻琴先輩の方が良いと思うよ?」

 

「この試合はDH制ですからね。そうでなければ新井さんと交互に投げてもらう予定でしたが、DH制となれば香菜さんにはピッチングに集中してもらった方が良いでしょう」

 

「念の為に新井も控えさせておく?」

 

「……いえ、新井さんの打撃は西東京選抜には必要ですので、新井さんには外野に入ってもらいます」

 

「わかった……。新井もそれで良い?」

 

「それが二宮と十文字の意見なら、私はそれに従うさ。2人が言うなら間違いないだろうしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻りました」

 

「じゃあ早川さんも合流した事だし、次の試合の作戦を伝えるよ」

 

私達埼玉選抜は対西東京選抜との試合に向けての作戦が大宮さんと坂柳さんから発表される……。



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2人の捕手

埼玉選抜の皆と合流し、試合開始までに軽くミーティングを。

 

「作戦は昨日伝えた通り、投手は分業スタイルで行く事にしている」

 

「分業スタイル……」

 

まぁ西東京選抜には二宮と十文字さんがいるからね。あの2人には出来るだけ情報を与えたくないから、投手を分業させるのは賛成だ。ただ誰が投げるのか……という問題があるね。

 

「この試合もDH制だから、投手はピッチングに専念するように」

 

「ではオーダーを発表します」

 

対西東京選抜の試合のオーダーが発表された。

 

 

1番 レフト 中村さん

 

2番 ショート 友沢

 

3番 ファースト 番堂さん

 

4番 DH 雷轟

 

5番 サード ゴウさん

 

6番 センター 主将

 

7番 セカンド 柊さん

 

8番 キャッチャー 志木さん

 

9番 ライト 鈴木さん

 

ピッチャー 吉田さん

 

 

先発投手は吉田さんで、ブルペンには泉さん、太刀川さん、夜子さん、橘の4人がそれぞれキャッチボールで肩を作る事に……。

 

「あっ、向こうのオーダーが電光掲示板に出たよ!」

 

雷轟が指した方向には西東京選抜のスタメンが……。

 

 

1番 セカンド 佐倉日葵さん

 

2番 ショート 佐倉陽奈さん

 

3番 センター 大星さん

 

4番 レフト バンガードさん

 

5番 サード 新井さん

 

6番 ライト 九十九さん

 

7番 ファースト 神宮寺さん

 

8番 キャッチャー 十文字さん

 

9番 DH 二宮

 

ピッチャー 鋼さん

 

 

……というか十文字さん以外全員白糸台の選手じゃん。これまでの試合ではちょこちょこ他の高校の選手も交じってたのに……。

 

「あれ……?二宮さんはDHなんだ?」

 

「そうだね。マスクを被らないのはちょっと意外だったかも……」

 

雷轟と武田さんが二宮がDHに添えられている事を意外そうにしていた。まぁこの県対抗総力戦じゃなかったらまずこんな事ないだろうし、仕方ないかもね……。

 

「ちなみにこの県対抗総力戦では特別ルールがあってね……」

 

「そのルールは1度だけDHの選手が他のポジションを守る事が可能……というものです」

 

県対抗総力戦においての特別ルールを坂柳さんが説明してくれた。

 

「えっ?じゃあ二宮さんは……」

 

「試合の後半になると捕手に付くだろうね。前の試合でも二宮はDHスタートだったし……」

 

前の試合ではイニングの前半にDHとして守備時に相手打者をベンチで観察、分析し、イニングの後半に捕手としてマスクを被って、相手打者を封殺する……という動きをやっていた。まぁ後半の方は新井さんが投げてたから、完封してたんだけど……。

 

(二宮が厄介な捕手なのは違いないけど、十文字さんは十文字さんで厄介な捕手なんだよね……)

 

曰く二宮にないものを十文字さんは全て持っている。また十文字さんにないものを二宮は全て持っている……。2人の捕手は2人の足りていない部分を2人で補っているようだ。

 

「さて、もうすぐ試合が始まる……。後悔のない試合をしよう」

 

『はいっ!!』

 

試合開始が刻一刻と近付いている……。あの西東京選抜を相手に大宮さんが秘密兵器と称している武田さんを温存する事が出来るのだろうか?



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜①

『まもなく始まります県対抗総力戦、埼玉選抜VS西東京選抜!実況は私、『奪三振された数は余裕の200越え』!紺野と!』

 

『奪三振されたって普通は聞かないよ……。解説の青葉です』

 

『さぁ、県対抗総力戦も残すところあと2試合です!』

 

『あっという間に過ぎていきますね。それぞれの都道府県のチームの選手達が助け合って野球しているのは大変素晴らしいです』

 

先攻は私達埼玉選抜で、向こうの先発投手は鋼さんだ。

 

「前の試合で3イニングをパーフェクトに抑えてた新井さんが投げるのかと思ってたけど、鋼さんが投げるんだね」

 

「ね。その勢いで新井さんが投げるのかと思ったよ」

 

前の試合で好投していた新井さんはサードでの出場だからこの試合で投げる事はないけど、新井さんが投げるジャイロボールはかなり厄介だしね。でも……。

 

(流石は西東京選抜……。かなり冷静な思考でオーダーを組まれているよ)

 

情報戦最強の二宮、投手陣育成に長けている十文字さん、そして西東京選抜の監督を勤めるのはプロ野球の監督もしている落合さん……。この3人が構えているチームに隙がなさ過ぎて辛いよ。

 

『プレイボール!!』

 

試合開始。ここで一旦鋼さんの持ち球を整理しよう。

 

(鋼さんは縦、横、斜めのスライダーを操る投手。それぞれ同じフォーム、同じリリースポイントから投げられる3種類のスライダーは見極めがかなり困難になる……)

 

見極めさえなんとかなれば、攻略は難しくないけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(前に対戦した時よりもスライダーのキレが増している……)

 

そういえば鋼さんも地獄の合宿を乗り切った1人だったね。そりゃ球のキレも増すよ……。

 

他にもバンガードさんと佐倉姉妹、そして二宮も同様に地獄の合宿を乗り切っている……。今までよりもしんどい試合になりそうだよ。

 

 

カンッ!

 

 

中村さんが縦に落ちるスライダーを捉える。打球はそのまま一二塁間を……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

抜けなかった……。セカンドにいる佐倉日葵さんがすんでの所で打球をキャッチしたのだ。

 

(やはりよしんば鋼さんから打てても、バックが堅いから駄目って事か……)

 

こうなってくると得点出来るのはホームランしかないんじゃないかと考えてしまう。ファーストとサードは未知数だけど、センターラインの3人の守備は堅い。生半可な打球だとアウトになってしまう。

 

 

カンッ!

 

 

2番の友沢が三塁線に打球を放つ。狙いそのものは良いんだけど、その打球は少しショート方面に寄っている。つまり……。

 

『アウト!』

 

ショートにいる佐倉陽奈さんに悠々と捕球されてしまう。ロジャーさんじゃないけど、動きに無駄がないから、セカンドにいる日葵さんよりも飛ばしちゃ駄目なコースなんだよね。

 

『埼玉選抜、あっという間にツーアウトを取られてしまう!』

 

『二遊間にいる佐倉姉妹が一塁線と三塁線のカバーがかなり早いですね。これならファーストとサードはやや外野に寄っても問題なさそうです』

 

加えてセンターの大星さんも守備範囲が広いから狙うとしたら、レフトかライトになるだろうね。

 

(尤もそこすらも鉄壁の守備になってそうだけど……)

 

二宮と十文字さんが引っ張っていくチームはなんか統率されてそうなんだよね……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜②

ツーアウトランナーなし。左打席に3番の番堂さんが入る。

 

「よーし!まずは先制点!」

 

張り切っている番堂さんだけど、なんな不穏な空気が流れた気がする……。

 

「…………」

 

「…………」

 

数秒の沈黙の後、鋼さんが振りかぶる。投げられたのは……。

 

「ストレート!?」

 

「しかもど真ん中!失投したのかな?」

 

ど真ん中のストレート。もしかしてチャンスボール?でも十文字さんのプレイスタイル上そんな甘い球は投げさせないだろうし、様子を見るに鋼さんが失投したとも思えない。

 

「あっ……」

 

「ああ……」

 

金子さんとブルペンで投げてた吉田さんがほぼ同時に言った瞬間……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

ど真ん中のストレートに対して、バットが空を切る音とボールが十文字さんのミットに収まる音がした。つまり空振りである。

 

「……やっぱり向こうは長子の弱点を突いてきた」

 

「も、もしかして番堂の奴、まだど真ん中のストレートを打てないの?嘘でしょ……?」

 

金子さんの発言に対して、ゴウさんが唖然としてる。多分私達の方が唖然としてるよ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

『どうした事でしょう!番堂選手、2球連続で投げられたど真ん中のストレートに対して、2球連続で空振りしました!!』

 

『前の試合での番堂さんは変化球に対して強く出てましたが、それは暗にストレートが苦手……というメッセージだったのでしょうか?』

 

『しかし見事な空振りですね!空振りの伝道師の血が騒ぐっ!!』

 

『騒がせないでよそんな血……』

 

……そういえば県大会で姫宮と当たった時の番堂さんもストレートに対して難航していたっけ。てっきり球威に圧されているのかと思ってたけど、単純に苦手だったからだったんだね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3球三振……。これはなんとかしないと、この試合で番堂さんが使い物にならないかも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは西東京選抜が3人で切って行ったねぇ」

 

「で、でも最後の打者には3球連続でど真ん中のストレートだったね……」

 

「あれなんだったんだろ?この大会を勝ち抜いてきた打者なら、間違いなくスタンドインだったのに……」

 

「瑞希ちゃんがそんな隙だらけの配球は組まないと思うんだけどね……。もしかしたらあの打者に対する有効打かも?」

 

「まさか……。だとしたら世の中には色んな選手がいるんだね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出だしは上々。相手に流れを渡さずに済んだ」

 

「で、でもよくあの打者がど真ん中のストレートを苦手としてるってわかりましたね……」

 

「二宮からの情報でね。何故かは知らないけど、番堂はど真ん中のストレートに対して空振りばかりなんだよ」

 

「さ、流石瑞希ちゃん……。どんな情報も早く拾ってくるね」

 

「役に立てたのなら何よりですが、この試合でそれが何度も通じるとは思わない方が良さそうですね」

 

「えっ……」

 

「……つまり二宮は番堂がど真ん中のストレートを克服するって思ってる?」

 

「可能性は高いでしょう。最低でもあと2度回ってきますし、他の打者の対策もありますし、1人1人全力で抑えに行くべきです」

 

「……二宮が言うなら、そうなんだろうね。わかった。対応された時に備えて、私の方でも考えてみる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁ打てなかったのなら仕方ない。切り替えて守ってね」

 

「は、はい……」

 

「あんた、いい加減にその弱点は克服しておいた方が良いわよ?」

 

「ぐっ……!何も言い返せない……」

 

いつもゴウさんに対しては喧嘩腰の番堂さんも、今の状況では借りてきた猫状態だ。まだまだ試合は始まったばかりだし、なんとか番堂さんには立ち直ってもらいたいね。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜③

1回裏。西東京選抜の攻撃に入る。打席に立つのは……。

 

「よろしく~♪」

 

白糸台においてリードオフガールを勤める佐倉日葵さん。双子の妹の方で、初回の出塁率に限れば10割だ。

 

『西東京選抜の佐倉日葵選手はなんと初回の出塁率が100%です!』

 

『初回出塁率に限れば、群馬選抜のイーディス選手に並びますね』

 

言うなれば日葵さんは仮想イーディスさんという事か……。ここで彼女を抑えられるかどうかで流れが大きく変わってくるね。

 

(吉田さん、まずは外角低めにストレートを……)

 

(了解)

 

初球。低めに投げられたストレートだ。

 

「もらいっ!」

 

(えっ……?)

 

 

カンッ!

 

 

初球から日葵さんが打ってきた。コース的にはボール球なのに、難なく合わせて来るなんて……。

 

(1番打者としての適性は完璧、初回出塁率100%の肩書きは伊達じゃないって事か……)

 

悪球打ちもこなしているし、なんか金原に見えてきた……。

 

『セーフ!』

 

鋭いゴロで間一髪セーフ。内野安打となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイバッチデース!」

 

「彼女のヒットの内訳は内野安打が7割を占めている。四死球も狙いに行っているし、出塁の心得がわかっている良いスタイルだね」

 

「日葵さんが出塁し、陽奈さんが日葵さんを生還させる……。白糸台でも初回はこの流れがルーティーンとなっています」

 

「去年の秋から合わせて、この動きを止められるのは遠前高校の風薙くらいかな……?」

 

「そうですね。全国大会で彼女1人にやられました。まぁそれでも初回に日葵さんは四球で出塁していましたが……」

 

「風薙が無敵の投手みたいに騒がれているけど、どの試合も1つか2つは四球があるみたいなんだよね」

 

「はい。私達と試合をした時も、四球2つでしたね」

 

「この試合に勝てば風薙がいる群馬選抜に挑める訳だけど、二宮的にはどう?この試合の行方は……」

 

「……まだ、わかりません」

 

「……珍しいね。いつも完璧な解答を出してる二宮がそんな曖昧な答えを言うなんて」

 

「私は完璧な答えを出せる訳ではありません。それに埼玉選抜の選手は不確定要素が多過ぎます」

 

「それは確かに……。アドリブで対応していっている選手が多い」

 

「そのせいでこちらが考えている計算が狂う一方です……が、そこをどう対処するかを考えるのもまた一考です」

 

「前向きだね。それはとても良い事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノーアウト一塁。前まで白糸台と対戦した時にはこの状況からあっという間に先制点を取られてきた。だけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

こうして速い球を投げていれば、盗塁のスタートは簡単に切れない。日葵さんも盗塁のタイミングを伺っている。

 

(ふーん……?)

 

……なんか日葵さんの目が怪しく光った気がする。気のせいだよね?そう思っていたのに、吉田さんが振りかぶった瞬間……。

 

「えいっ!」

 

(は、走った!?)

 

日葵さんの盗塁スタート。絶妙なタイミングなので、強肩気味の志木さんの肩でも……。

 

『セーフ!』

 

悠々と盗塁される。更に高めのストレートを……。

 

 

コンッ。

 

 

陽奈さんがすかさずバントに出る。二塁ランナーの日葵さんがスタートを切っているので、いわゆるバントエンドランというやつだ。打球は一塁線に……。番堂さんが打球を処理する。

 

(浅い。だったらサードに送球して……!)

 

「1つ!」

 

(えっ?サード刺せるような……。でも志木さんが言うなら、そうなのかな)

 

一瞬サードに送球しようとした番堂さんだったけど、志木さんの声にハッとなり、冷静に一塁ベースを踏んだ。

 

『アウト!』

 

(ちぇっ!サードに送球した瞬間に、ホーム突しようと思ったのにな~)

 

何にせよこれでワンアウト三塁。出来る事なら、無失点で切り抜けたい。

 

 

カキーン!!

 

 

……という想いは僅か1球で崩れた。打球はセンターへ大きく伸びる。

 

(くっ……!)

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

センターの主将は予め深く守っていたので、ホームラン性の打球もギリギリキャッチする事が出来た。しかし……。

 

「タッチアーップ!」

 

あれだけ深い当たりを打たれれば、仮にアウトを取っても当然三塁ランナーはタッチアップに動く訳で……。

 

「先制点GET~♪」

 

余裕を持っての帰還。試合が始まってまだ10分も経っていないのに、あっさりと先制点を許してしまった……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜④

カキーン!!

 

 

ツーアウトでバンガードさんの打席。バンガードさんも初球から打ってきて、その打球は幸いな事にサード正面のライナーになった。

 

「惜しかったデース!でも次は打ちマスヨー!」

 

「ふ、ふふーん!今回はこのゴウちゃんがバッチリと捕球しましたよーだ!」

 

(な、なんて打球飛ばすのよ。腕がもげそうになった……)

 

打球を捕ったゴウさんはなんか腕をグルグルとさせていた。もしかしてロジャーさんみたいな強い打球をダイレクトキャッチしたから?

 

「初回に点を取られたのは苦しいけど、皆ならきっと逆転が出来る筈……。確実に繋いで行こう」

 

『はいっ!!』

 

2回表。この回は4番の雷轟から……。

 

「よーし!」

 

「張り切ってるね」

 

「守備に参加が出来ない分、打撃で貢献しようとね!張り切っちゃうんだよ!」

 

(多分守備に参加させるとエラーしそうだから、大宮さんは雷轟をDHに添えたんじゃないかな……)

 

雷轟の打撃力は致命的な守備力を差し引いても、挽回以上の結果を出す。だから大宮さんも雷轟を採用してるんだと思う。埼玉選抜の選手達の中じゃ間違いなく雷轟が1番経験が浅いだろうしね。

 

(4番の雷轟か……。打撃力においては全国トップクラスの実力だけど、これまでのデータを見る限りだと鋼との相性は余り良くないみたい。これからそれが覆されるのか、それともこのまま鋼が上手く抑えてくれるのか……。二宮の代わりにマスクを被っている私のリードが試されるね)

 

二宮はDHだから、今マスクを被っているのは十文字さん。十文字さんは主に投手の育成に力を入れている、まるでコーチや監督みたいな貫禄のある選手だ。見た目は年相応なのに、中身が釣り合ってない。二宮みたい……。

 

そしてそんな十文字さんの捕手スタイルはよくある王道……。

 

「わっ!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

……ではなく、結構冒険するようなリードや配球を組み立てる。もちろん王道なリードも出来るけど、敢えてそうしているのには十文字さんなりの理由があるらしい。

 

(今投げられたコースは雷轟の頭上。傍目には鋼さんのすっぽ抜けにも見える1球……!)

 

でも多分あれは意図して投げられた……そして打者が避けられる程度の速度のストレートだった。すっぽ抜けに見えたのか、危険球扱いにならない1球だった。あれにどんな意味があるのか……。

 

(ふむ……。今の1球で大体雷轟の選手タイプがわかってきた。ただ二宮の言うように急成長する可能性も考慮したら、余り球数は掛けられないね)

 

ワンボール、ノーストライクから2球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

次に投げられたのは横に曲がるスライダー。外角ギリギリのコースなので、雷轟は振らなかった。結構微妙な判定だったのに、入ってたなんて……。向こうの狙いは臭いコースを突かせて、雷轟を打ち取る事?

 

(こうなれば雷轟が悪球打ちが出来るようになることに期待したいけど……)

 

覇竹のスイングでそれがどこまで可能なのかが未だにわかっていないってのがネックだよね……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

3球目。縦に落ちるスライダーだったけど、雷轟は難なくタイミングを合わせて打つ。元々球の見極めは得意な方だったけど、獄楽島での練習によって、更にそれが進化したようにも見える。

 

(凄い当たりを打つね……。でもこれで追い込んだ。次はこのコースに投げてほしい)

 

(わ、わかりました)

 

(追い込まれた……。ストライクゾーンを通るなら、振らなきゃ!)

 

4球目。横、縦と来れば、次は斜めに曲がるスライダーを投げてきそうな気がする……。

 

(曲がらない……ストレート?)

 

ストレートだと思って、雷轟はスイングを始動する。しかし……。

 

(えっ?この球は……!)

 

 

ガッ……!

 

 

(うん。この打席に限り、雷轟を上手く釣れたね)

 

鋼さんが投げたのはツーシーム。雷轟は急に投げられたツーシームに引っ掛かり……。

 

『アウト!』

 

「ぐぬぬ……!」

 

アウトとなった。これは雷轟的には悔しいだろうね……。そして後続の打者も鋼さんの3種のスライダーに詰まらされて凡退となった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪くない展開ですね」

 

「うん。我ながら上手く雷轟達を抑えられたと思うよ」

 

「で、でもやっぱり雷轟さんの対応力は侮れないね……」

 

「そうだね。1打席目であれなんだから、次以降が少し不安かな。早いところセーフティリードを取っておきたいところなんだけど……」

 

「それは難しいかも知れませんね」

 

(相手のブルペンには4人の投手……。埼玉選抜の狙いは恐らくこちらにとって1番厳しい展開になりそうですね。そう考えると、先制点を取れたのはとても大きいです)

 

「そういえば二宮はいつ頃出場予定なの?」

 

「前の試合と同じなら7回の守備から入りますが、埼玉選抜が相手だともう少し早くなるかも知れません」

 

「そうか……。わかったよ。でも二宮に余り負担を掛け過ぎないように、なるべく私で引っ張っていくよ」

 

「お気遣いありがとうございます」



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑤

あれから吉田さんも、鋼さんも、三者凡退で抑え続けている。そして迎えた3回裏。

 

「大宮さんの作戦通りに行くなら、ここが吉田さんの正念場になるね」

 

「そっか……。二宮さんに回ってくるからだね」

 

「それもあるけど、その前にもう1人……8番の十文字さんを相手にしないといけない……」

 

「そ、その十文字さんってどんな選手なの?」

 

「そうだね……投手陣の育成が監督やコーチよりも上手く、作戦を整えるのが得意って印象だね。選手としての能力は二宮にホームランを狙えるパワーと、レーザービーム級の肩を加えた感じかな?」

 

「それって化物じゃん……」

 

本当にそれ。しかもそれに加えて投手も出来るんだよあの人?そんな人が二宮と組んでるとか悪夢だよ悪夢!

 

「…………」

 

(相手は高校生No.1と言われた捕手。こちらの配球は読まれている前提になりそうかも……)

 

(下手に裏を欠くと、それが裏目になりかねませんね。王道に、それでいて慎重に投げていきましょう)

 

(わかった)

 

「…………」

 

(1点は取れてるものの、まだ吉田から打ったヒットは1本だけ……。内容は余り良くないね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(吉田の球種は速めのストレートにチェンジUP、サークルチェンジ、カットボール、シュート……。どの球もストレートと相性が良いから、比較的凡打に仕留めやすい……って感じかな)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(こうして当てる事そのものは難しくないから、吉田は球種を上手く使って相手打者を打ち取るタイプの投手って事か……。そう考えると、初球から悪球打ちをこなした日葵が余程優れた打者なのかが伺えるね)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

カウント的には追い込んでいる筈なのに、こっち側が有利って感じは一切しないんだよね。それが十文字さんっていう選手なんだけどね?シニア時代でもあの人を抑えるのは大変だったよ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

このようにギリギリのコースの見極めも余裕綽々でやってるし、土方さん以上の選球眼を持ってるよね。

 

(良いコースに投げるね……。これまで投げてきたコースも打者が手出しし辛いし、吉田は今後伸びそうな投手って事がわかったよ)

 

5球目。そろそろ決着を着けた方が良いと判断したのか、吉田さんは内角の真ん中付近にチェンジUPを投げた。

 

(チェンジUP……もらった!)

 

 

カキーン!!

 

 

「!?」

 

(チェンジUPを待ってたみたいですね。完璧に捉えてきました。でも……)

 

「センター!!」

 

十文字さんは吉田さんのチェンジUPにタイミング良く当てたけど、如何せん上がり過ぎ……という打球だ。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

(フライだと思ったのに、フェンスギリギリまで下がったな……。下手したらホームランだったぞ!)

 

打ち取れはしたものの、内容的に勝てた気がしない……。十文字さんと対決する時は皆そんな感じの感想なんだよね。私の時もそう思ったし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ……。最後のチェンジUPに詰まらされたね。吉田の場合はサークルチェンジと散らして投げる分、普通の投手よりもてこずる印象があるよ。まぁこれも二宮のデータ通りかな」

 

「ですが油断は出来ません。1点こそ取れていますが、それ以降はヒットの1本も出ていませんから……」

 

「そうだね……。大星も、バンガードも、新井も、結局のところは詰まらせた当たりばかりだ。2打席目になれば、ある程度の対応は出来るんだろうけど……」

 

「私の予想が正しければ、それも難しいでしょう。それでは行ってきます」

 

「うん。こっちの勢いのまま追加点を取ろう」

 

「善処します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとか十文字さんを抑えたものの、次は二宮か……。連続で西東京選抜の脅威的打者に回ってくるのは、心臓に悪いよね。吉田さんが上手く抑えてくれる事を祈る……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑥

十文字さんの後に打席へ入るのは、高校生選手の中で清本の次に小さい選手。西東京選抜のブレインとも噂されているらしい二宮。

 

(打席に立つと、大分雰囲気変わったよね。威圧感があるって訳じゃないけど、なんかオーラを感じるよ……)

 

独特な雰囲気というか、なんか嫌な予感がするというか……。

 

(ここが最大の正念場……。可能ならキッチリと抑えていきたい!)

 

(身長は清本さんと同じくらいなのに、清本さん以上に隙が感じられない。どこに投げれば良いのやら……)

 

「…………」

 

バッテリーも二宮を警戒している。なんなら十文字さん以上に警戒してない?気持ちはわかるんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「…………」

 

(今日の主審は高めのコースに甘い傾向がありますね。十文字さん達の打席でもそうでしたが、バッテリー側もそれを把握して投げています。ですが……)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(こうして粘る分には何も問題ありませんね)

 

二宮は粘り強い打者だ。それはリトルシニアと同じチームで野球をして、高校からはこうして敵対して二宮という打者がより厄介な選手かがよくわかる。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

『二宮選手、ファールで粘る粘る!』

 

『粘りに長けた打者ですね。1年時点で白糸台高校のレギュラーを勝ち取り、正捕手として君臨し、味方投手を成長させる……先程の十文字選手と似たような事を結果的に行っているようです』

 

『結果的に?どういう事ですか?』

 

『二宮選手本人は全くの無自覚な事がほとんどのようで、逆に意図的に成長させた投手は今後も大幅な成長が見込める人材になる……と、二宮選手が通う白糸台野球部内で広まっているらしいです』

 

『最早七不思議レベル!!』

 

そうなんだよね。二宮はリトル時代から一緒に組んだ投手を無意識的に成長させるきらいがあるんだよ。それに気付くのに1年くらい掛かった訳だけど、そのお陰かリトルシニアでは二宮がかなり重宝されたんだよね。まぁそれは今も白糸台で同様みたいなんだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(更に二宮自身もそれで成長に繋がるから……という理屈で、二宮は配球、リード、投手の癖、球威、変化球の変化量、コンディションなんかを早い段階で把握出来るほぼ唯一無二の才能を結果的に持つようになった……。それは本人が趣味と自称している情報収集が原因の一端を担っているっぽい)

 

二宮は声出しをしないタイプだし、大声も出したところを見た事がないから、捕手には向いていないんじゃないかとも言われた時期があった。

 

確かに捕手はメンバー全体に声出しして士気を高めるイメージはあるけど、二宮はその真逆。淡々と、機械的に野球をしている感じがするから、私達のような主要メンバーを除いて敬遠されているって話を清本や金原から聞いた事もある。まぁ事情を知らない人間からすれば、仕方ない部分もあるけど、二宮って案外人間的だよ?天然な部分もあるし……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(それにしても流石の粘り……)

 

もうそろそろ10球に到達しそうだし、バッテリー側は勝負に出た方が良いと思うんだよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「粘るね~。流石は瑞希!」

 

「瑞希ちゃんって粘りはシニアでもトップクラスだったもんね。埼玉選抜の投手も大変そう……」

 

「埼玉選抜と言えば、1つ気になる事があるんだけど……」

 

「気になる事?」

 

「朱里がまだ1回もマウンドに立ってないんだよ!恐らく埼玉選抜の投手陣の中でも1、2を争う実力を持つ朱里がだよ?」

 

「……そういえばそうだね。でも埼玉選抜側にも何か考えがあるんじゃないかな?ほら、群馬選抜に対抗する為に、ずっと朱里ちゃんを温存してる的な……」

 

「まぁそれはあるかもね~。シニアリーグの世界大会みたいに対上杉さんにワンポイントとか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

あれからも二宮は粘り続けて、次で15球目になる。こうなってくると泥沼だね。まぁ大宮さんの予定からすれば、大事にはならないから、そこが救いなのかな?

 

 

カンッ!

 

 

あっ、打球が前に飛んだ……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「やった!二宮さんを打ち取った!!」

 

「これはいけるかも……!流れは埼玉選抜だよ!」

 

何故か打ち取った吉田さん達よりも、雷轟と武田さんの方が嬉しそうなのは不思議。心なしか武田さんの隣にいる山崎さんも嬉しそうだし……。

 

「さて……。向こうの打順も一巡するし、こちらも動くかな」

 

大宮さんが伝令に言伝てを……。いよいよだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「惜しかったね」

 

「はい。出来る事なら出塁しておきたかったですが、向こうの球威に若干圧されましたね」

 

「でも2巡目に入るし、あの投手の球も1打席目よりきっと打ちやすい筈だよ!」

 

「そうですね。まぁ……」

 

『おっと?埼玉選抜は投手交代を行うようです!』

 

「このまま吉田さんが続投するのなら……の話ですが」

 

「ええっ!?投手を代えるの!?」

 

「これはこちらにとって1番嫌な手法を取ってきたね」

 

「本来1打席目は相手投手の球筋に慣れる為に費やす事が多いですからね。プロ野球のオールスター戦のように、分業制で投手を代えられると、折角費やした時間が完全に無駄になってしまいます」

 

(それこそこれから投げる投手が吉田さんと真逆のタイプの投手だと、更に苦戦を強いる事になりそうですが、果たして……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

「ナイスボール!」

 

向こうの打順が1番に戻ったので、こちらは投手交代。まだ3回なのに、大宮さんも大胆な事をする。恐らく二宮と十文字さんに対する対策だろうけど……。

 

(最早大宮さん、坂柳さんと二宮、十文字さんの頭脳戦みたいになってるよね……)

 

マウンドには夜子さんが。投手タイプとしては吉田さんに似ているけど、投げる球種が違う。ここからが対西東京選抜の第2ラウンドが幕開けだ!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑦

3回裏。ツーアウトまで抑えたけど、相手打線が一巡したので、投手交代……。これが元々大宮さんと坂柳さんが考えていた優秀な投手陣で押し切る作戦だったらしい。

 

知的な2人にしては随分と力押しな作戦だとは思ったけど、二宮や十文字さんの事を考えるなら、ある意味合理的な作戦なのかもね……。

 

「夜子、バックには私達が付いてるわ。しっかりと投げなさい!」

 

「どんな球でも気合い入れて捕るわよ!」

 

「うん。頼りにしてる」

 

夜子さんが投げるに伴って守備も早期交代。セカンドに朝海さん、ショートに夕香さんが入った。ちなみに打順的には2番に朝海さんが、7番に夕香さんだね。

 

(投手交代に合わせて、守備陣営の強化……。徹底的に点を取らせないつもりだね)

 

まぁただでさえ私達は1点負けてる訳だから、案外余裕がないのかも……。尤もこんな早期交代はこの試合が最初で最後だろうけど。

 

 

カンッ!

 

 

夜子さんは打たせて取るタイプの投手だから、打者が比較的手が出るコースに投げては、このように打たせている。そのピッチングスタイルの真髄は……。

 

「抜かせないわ!」

 

 

バシッ!

 

『アウト!』

 

「うぇっ!?」

 

二遊間にいる朝海さんと夕香さんにあるかもね。元々夜子さんが投手をやっているのも3姉妹連携を上手く決める為のものらしいし、それはシニア時代から完成されていた。連携だ。

 

「相変わらず堅い守備だよね。味方だから、安心出来るけど……」

 

「県対抗総力戦が終われば、私達も他人事じゃない……か。あの連携守備の穴を探すのは難しいかも……」

 

「ホームランを打てば解決だよっ!!」

 

「急に脳筋思考になるのは止めてね?」

 

現状雷轟の脳筋発言しか頼れないのが悲しい……。シニア時代でも清本がホームランを打たなかったら、どうなってたかわからないし。まぁ今は味方だし、頼もしいと思っておこう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相手は投手交代に合わせて、守備力も代えてきたね」

 

「投手は三森夜子さん、それに合わせて二遊間も彼女の姉である朝海さん、夕香さんに代わっています」

 

「大分守備も堅くなってるし、追加点を取るのはちょっと難しいかもね……」

 

「フフン!守備の堅さなんて、ホームランを打てば関係ないデース!!」

 

「だよねー!ここからは全部ホームラン打つつもりで行こうよ!」

 

「バンガード、大星、それが出来ればそもそも全国大会で白糸台は負けたりなんかしないんだよ。現に吉田相手に対してまともに打ったのは日葵だけじゃないか……」

 

「そしてその日葵が打ち取られた……となると、三森夜子も吉田と同等の投手と考えるべきかな。結果的に二宮の粘りが半分無駄になった形になってしまったし……」

 

「私は別に気にしません。ですが2打席目で少し攻め方を変える必要がありますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『三森選手お見事!切り抜けました!!』

 

『交代した二遊間2人の守備にかなり助けられている感じがしますね。今回の打席はセカンドにいる三森朝海さんでした。また三森夜子選手もそれを意識して投げています』

 

『姉妹連携プレーで観客を魅了します!果たして西東京選抜は姉妹連携の壁を越えられるのか!?』

 

とりあえずこれで序盤戦終了だね。京都選抜と試合とは別の意味で長くなりそうだ……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑧

4回表。こちらも打順は一巡して1番からなんだけど……。

 

 

カンッ!

 

 

「ショート!」

 

「任せてください!」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

このように西東京選抜の守備陣営に阻まれる。中村さん程の打者でもあんな簡単に打ち取られるなんて……。

 

「なんか変な感じがした……」

 

「変な感じ?投げてる鋼さんからは特に何もなかったような……?」

 

「ううん、変な感じがしたのはあの捕手から……。なんか私がああ打つように誘導された気がしたと」

 

「…………」

 

(多分中村さんのその感覚は気のせいじゃないだろうね。十文字さんのリードが原因だ)

 

二宮の場合は各打者に対して有効な一手を模索して、その打者の苦手なコースを突いてくるけど、十文字さんは敢えてその打者が尤も打ちやすいコースを突く。

 

中村さんの感じたものは恐らくそれだ。打者が一巡した事によって、その打者の打ちやすいコースに投げさせ、守備シフトもそれに合わせたものを敷いている。

 

(一歩間違えば大事故を起こし兼ねないのに、よくもまぁそんな胆力が出て来るよね。決して真似しちゃいけない芸当だよ)

 

二宮も攻撃的なリードはするけど、十文字さんは冒険的なリードだ。曰く自身を含めた選手の新しい可能性をこのリードで模索しているらしい。二宮と十文字さんって組ませちゃいけないコンビだよね?

 

「朝海姉さんファイト!」

 

「任せなさい」

 

2番にはこの試合初めて打席に入る朝海さん。友沢すらもあっさりと打ち取った十文字さんのリードだけど、この県対抗総力戦から独特な打ち方をするようになった朝海さんは果たしてどうするのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新越谷は中々勢いが掴めないねぇ~」

 

「でもなんか思うようにされてる感じがするよ……?」

 

「今マスク被ってるのはアタシ達がシニア時代で苦戦した十文字さんだもんね。アタシ達も言い様にされてたよ。あの時は瑞希のお陰で勝てた部分が大きいけど……」

 

「今は瑞希ちゃんと十文字さんが同じチームにいるからね。埼玉選抜は今後も苦しい立ち回りになりそう……」

 

「なす術なしだったら、このまま西東京選抜が勝っちゃいそうだなぁ……」

 

「どうなるんだろうね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(2番は元春日部シニアの三森3姉妹の1人……。彼女は前の試合を見る限りでは埼玉選抜の打者の中でもトップクラスの打者に加えて、選球眼、選地眼、選空眼と3つの眼を使いこなす典型的2番タイプで、足も川越シニア出身の村雨に負けないくらいに速い……。転がされたら出塁は確実と見て良さそうだね)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(先程の中村のように攻めると内野安打を狙われそうだし、ここは高めで打ち上げ狙いと洒落込もうかな……)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

(とりあえず低めの球を捉えられなければ、然程問題ではないと思うんだけど……?)

 

(中々厭らしいコースを突いてくるわね……。選地眼で飛ばすコースは定めたから、あとはそこに打てば良いだけなんだけど……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(中々思うようにはいかないわね。向こうは私達姉妹の足を警戒してくるから、これ以上ボール球は投げてこない筈……。そこを打つわ!)

 

(……とか思ってそうだなぁ。それなら敢えて思い通りに打たせてみますか)

 

カウント2、2からの5球目。投げられたのは、敏捷性に優れた打者が転がしやすい低めにスライダーだ。

 

「そこっ!」

 

 

カンッ!

 

 

打球はセカンド正面のライナー。動かずとも捕球されそうな打球なんだけど……?

 

「セカンド!5メートル程ダッシュ!」

 

「了解♪」

 

しかし十文字さんは何か意図があるように指示し、セカンドの日葵さんはその意図を汲み取って走り出す。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

「なっ……!?」

 

日葵さんがライナーに飛び付いて捕球。これでツーアウトとなった。

 

「朝海姉さん、今のって……」

 

「ええ。私がイレギュラーバウンドを狙ったのがバレていたわ。しかもイレギュラーバウンドする場所まで把握されていた……」

 

朝海さんがイレギュラーバウンド狙いを考慮してのプレーって事?そんなの無茶苦茶だよ。もし深追いして打球を逸らしていたらどうするのさ……?

 

(こちらの搦め手も冷静に処理する……。それそのものは二宮もよくやるけど、二宮は決して無理はさせない。それに対して十文字さんは多少の無理でも、選手達の限界ギリギリの可能性を見出だしてプレーをさせる……か。冒険的捕手の底が見えないや)

 

ツーアウト。打順は3番の番堂さんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

この打席もど真ん中のストレートで3球三振。なんかこの試合では良いところが一切ない気がする……。

 

(こ、このまま黙ってやられる訳にはいかないわ。見てなさいよ……!)

 

……まぁ番堂さんもやられっぱじゃいられないだろうし、次の打席に期待してみますかね?



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑨

4回裏は安打を打たれるも、なんとか無失点に切り抜ける。三つ子の連携プレー様々だね。

 

そして5回表……。

 

『西東京選抜、なんとここまでパーフェクト!この勢いで完全試合なるか!?』

 

『西東京選抜が完全試合を達成させるか、はたまた埼玉選抜がそれを阻止するか……。見物ですね』

 

そういえば私達まだパーフェクト決められてるじゃん……。三振してるのは番堂さんだけだけど。

 

「か、完全試合なんてさせないよ!」

 

「遥ちゃんガンバ~!」

 

このまま無抵抗で終わる訳にはいかないよね。なんとしてもまずはパーフェクトを阻止する!

 

(雷轟の2打席目か……。1打席目はこちらの誘いに乗ってくれたからなんとかなったけど、同じ手は食わないだろうね……。とりあえずスライダーを駆使して、打ち取りを試みようか)

 

(は、はい!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

初球は縦に落ちるスライダー。まるでフォークのように滑らかに落ちるから、打つのも困難だよね。横のスライダーは滑るように曲がるし、斜めのスライダーは鋭利に落ちるし、それに加えてストレートとツーシームを混ぜた5球種を見極めるのはかなり難しい……。

 

更にストレートとツーシームは3種のスライダーとほぼ同速で投げてくるし、投球フォームもリリースポイントも一緒となると、余計に手出しがし辛い。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

雷轟の場合は球の見極めについては問題ないし、あとはタイミング良く狙い球を打つだけか……。

 

「もう!次こそはホームランだよ!!」

 

(相変わらずよく飛ばす……。1打席目に打ち取れたのも鋼のツーシームを温存していたお陰かな?二宮の鋼に対する指示はここまでの展開を予測してのものだったと考えると末恐ろしいよ。敵対していた時はただただ厄介な存在だったけど、こうして共に戦うと、それ以上に頼もしい事はない……)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(そしてそんな二宮が雷轟遥の成長具合は中々予測が出来ないと言っていた……。いや、雷轟を含めた埼玉選抜全員かな?激情型チームは動きが読みにくいから、アドリブの先にあるものがどこまでの実力なのかも見定めないとね)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

『またまた場外ファール!雷轟選手、鋼選手の球を悉く対応していっています!!』

 

『対する鋼選手はあそこまで自身の球を場外に飛ばされ続けているのに、かなり冷静に対処していっています。そして雷轟選手はその上を行くかのように、タイミングを合わせつつあります。1打席目に投げたツーシームのような温存させている球種を発揮するのか、それとも持ち球で抑え切るのかにも注目です』

 

鋼さんが冷静に対処しているのは十文字さんのお陰でもあるけど、それを差し引いてもバカバカと場外に飛ばされているのにめげずに投げているのは、きっと鋼さんに闘志があるからだろう。見習いたいね。

 

(次辺りが勝負球かな?斜めでお願い)

 

(はい)

 

次で10球目になるかな?鋼さんが投げたのは斜めに曲がるスライダー。コースはかなり高い。

 

(高い……。ここから曲がっても、ストライクゾーンに入らない?)

 

 

ズバンッ!

 

 

「う、嘘!?」

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

斜めに曲がったスライダーは外角高めのストライクゾーンギリギリを通った。雷轟は鋼さんのスライダーが予想よりも曲がった事に気を取られて、手が出なかった……。この三振はちょっと不味い展開になるかもね……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑩

イニングは6回裏。先頭の二宮をなんとか打ち取ったところで、埼玉選抜の投手は夜子さんから泉さんに交代。守備の方はとりあえずこのままで継続。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

……だったんだけど、次の打者を四球で歩かせてしまう。コースそのものは悪くなかったのに、相手の選球眼にやられたね。

 

 

コンッ。

 

 

2番の陽奈さんは手堅く送りバント。これでツーアウト二塁か……。

 

(まだ負けている以上点を取られる訳にはいけないねぇ。抑えさせてもらうよ~!)

 

(追加点取って試合を決めるよー!)

 

泉さんと大星さんがそれぞれの思惑のどちらが勝つのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかピリピリしてるね~」

 

「う、うん。1点が重い試合になりそう……」

 

「何がなんでも瑞希や十文字さんに球筋を見られたくないって意志を埼玉選抜から感じるよ☆」

 

「だから一巡毎に埼玉選抜は投手を交代してるのかな。でも吉田さん、夜子ちゃん、そして今投げてる泉さん……。この3人は投手タイプが似てるよね?それだと余り意味がないんじゃ……」

 

「だね~。きっとアタシ達にはわからない事を埼玉選抜は考えているんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

「むぉ!?」

 

大星さんが泉さんのカットボールを捉える。打球はレフト線へと……。

 

『ファール!』

 

「おお……。危ない」

 

「ちぇっ……!次こそバックスクリーンに飛ばすからね!」

 

今ホームランを打たれたら3点ビハインド……。これ以上離されたら洒落にならないよ。

 

(まぁ今のファールで追い込んだし、いけそうかな~?)

 

……?泉さんが不敵に笑ってる?もしかしてこの状況を打破する一手があるって事?

 

3球目……。

 

「今度こそスタンドだね!」

 

「やれるものなら……!」

 

泉さんが投げたのはストレート……。

 

「なっ!?」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

……に見せた変化球……もとい偽ストレート。そういえば県大会で投げていたね。橘と言い、泉さんと言い、風薙さんから教わった球が色々な所から、色々な方法で投げられるようになったのは凄い事だと思う。私だって投げられるようになるまでにかなりの時間を費やした。

 

(それを考えると、橘と泉さんってあんな短期間で偽ストレートを投げられるようになったんだよね?凄くない?私なんかより余程優れた投手だよ)

 

まぁ今は西東京選抜に勝つ事を第1に考えよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くーやーしーいー!!」

 

「ものの見事に引っ掛かりましたね」

 

「大星が泉を甘く見ていたのが悪いね」

 

「むぅ……!」

 

「しかも埼玉選抜の方針的にもう大星には投げられない……」

 

「ハッハー!アワイさんもまだまだデスネー!!」

 

「くぅ……!」

 

(しかし大星さんが引っ掛かったとは言え、ストレートに見せた変化球を投げる手順は完璧でしたね。上手く誘導していました。朱里さんやはづきさんも含めて、駆け引きのし甲斐のある投手でした)

 

「な、なんか瑞希ちゃんが遠い目をしてる……」

 

「まだ高校2年生だってのにあの様子じゃ、老後にどうなるかわかったもんじゃないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして試合は0対1のまま進行し続け、終盤戦を迎える……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑪

試合はもう終盤。7回表は1番からの好打順だけど、鋼さんの投げる球に打ちあぐね、三者凡退。なお未だにパーフェクトを決められている。本当に不味い……。

 

7回裏。味方の援護を信じている泉さんが4番から始まる西東京選抜の中軸打線を三者凡退で抑える。流れは来てる筈なんだけどなぁ……。

 

そして8回表。打順は4番の雷轟からなんだけど……。

 

『西東京選抜、守備の交代をお知らせします。キャッチャー代わりまして二宮さん。DHにはキャッチャーにいた十文字さんが入ります』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃああとはお願いね?」

 

「なるようにしかなりませんが……。任せてください」

 

「瑞希ちゃん!」

 

「十文字さん程のリードは出来ませんが、私なりに香菜さんを導くつもりです」

 

「う、うん!頑張るね!」

 

(やっぱり二宮の方が鋼を上手く活かせる気がするなぁ……。なんかお似合いって感じがする)

 

「どうかしましたか?」

 

「なんでもないよ。あと2イニング、頑張ってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂に二宮がマスクを被るのか……。前の試合では7回に入ってて、この試合ではそれがなかったから、もう入らないのかな……と思っていたけど、ようやく重い腰を上げたか。

 

(鋼さんとの相性は同学年で、付き合いの長い二宮の方が良い筈……。このままだと完全試合を決められかねない)

 

だから頼んだよ雷轟。埼玉選抜に勝利をもたらす一打を……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっご!西東京選抜はまだパーフェクトじゃん!」

 

「しかも瑞希ちゃんがこの回からマスクを被ってる……。これって埼玉選抜にとって一気に不利になっちゃうんじゃ……?」

 

「瑞希の捕手としての腕前は十文字さんにも負けてないからねー。でも3巡目に入ってるし、この回は4番からだし、1点差しかないから、最低でも同点に持っていけそうな気がするけどなー?」

 

「互いにどう出るのか……。この試合の展開が本当に予想が付かないよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

初っぱなから雷轟は特大ファールを飛ばす。前の打席の事があってか、今打った球はボールゾーンだったんだけど……。

 

(流石に3打席目となると、香菜さんの球を苦もなく打ってきますね。正直今日の試合で香菜さんが雷轟さんを打ち取れたのは奇跡レベルで、今の雷轟さんはスラッガーとして大成しています)

 

今の雷轟なら鋼さんにここまで苦戦する事はない……と思っていたんだけど、対鋼さんの成績が余り良くないからなのか、それとも風薙さんとの対決が近い影響で実力が振るえていないのか、ここまで良いようにやられてしまっている。多分後者の原因はないだろうけど、今の雷轟ならそう思ってしまっても仕方ない部分があるからね……。

 

(こうして当てる(場外へ飛ばす)事は出来ているから、雷轟の調子が悪い訳じゃないとは思うんだけどね)

 

そうなってくると、十文字さんや、二宮のリードに誘導されている可能性が高いかな?

 

鋼さんの投げる2球目……あっ!?

 

「あっ!?」

 

「えっ?ええっ……?曲がらない……?」

 

「はぁ……」

 

何を投げようとしたのか、その結果は失投……。なんとど真ん中に投げられた。

 

(う、打っちゃっても良いんだよね……?)

 

何故か雷轟側もちょっと戸惑っていたけど、なんとかスイングを始動。少し振り始めは遅かったものの……。

 

 

カキーン!!

 

 

絶好の1球を見逃す筈もなく、余裕もなく、雷轟はど真ん中に投げられた球をそのまま場外へと飛ばした。

 

『な、なんと雷轟選手による同点ソロホームラン!起死回生の一撃です!!』

 

『鋼選手も疲れが見えていたのでしょうか?ここまでパーフェクトに抑えていただけに、今の失投はかなり手痛いです』

 

ま、まぁ申し訳ないけど、負けている以上は余程の拘りがない限りは打つよねって話だよ。むしろど真ん中のストレートを打てない番堂さんが特殊だと思うよ?

 

(とりあえず同点には追い付いたから、これで一先ず安心だね)

 

雷轟のホームランの勢いに乗ろうと奮起した埼玉選抜だったけど、鋼さんの立ち直りが早く、同点止まりとなった……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑫

8回裏。なんとかこのイニングを乗り越えて、9回で勝ち越したいものだ。

 

(でもこの回は7番から……。十文字さんと二宮に回ってくるんだよね)

 

『アウト!』

 

先頭打者を打ち取りワンアウト。さぁ、ここからだ……!

 

(さて……。ここいらで勝ち越したいところだけど、今の泉はウチの上位打線を抑えている。どうしたものかな)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「…………」

 

「………?」

 

(今の見逃し、なーんか妙な感じがしたなぁ~)

 

(気になりますが、こちらはとにかく抑えるだけです)

 

見逃し……?今のコースは割と打者が振ってくるコースだったのに?

 

(非道さんと同じ事をしようとしてる……?自身の打席で見極めて、次の打者に決めてもらう……)

 

非道さんの場合はそれが1打席目で、先頭2人を抑えればチェンジになるから、そこまで深く考えていなかった。しかし十文字さんの場合は終盤の8回、ワンアウトで、次の打者は二宮……。嫌な予感しかしない。

 

問題はなんで十文字さんがバットを振らないかって事だ。バッテリーもそれが不気味だと思ってるよ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

制球も少し乱れてる……。疲れがあるようには見えないけど、十文字さん程の打者がバットを振らないなんて怖過ぎるからか、歩かせようとも思ってしまうバッテリーの判断も決して間違ってはいないのかも……。1度タイムを取って、内野陣が集まる。

 

「泉さん、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫大丈夫!なんか圧を感じるせいか、普段よりも疲れるのが早いだけなんじゃないかな~?」

 

「でも向こうの8、9番は他チームの4番よりも怖いですし、慎重になるのも致し方ないと思います」

 

「でも慎重になり過ぎて、それが向こうの思う壺になるのが1番不味いんじゃないですか?」

 

「まぁ私もそう思ってるよ。だから可能な限り、全力を注ぐよ!私はこの回で交代だしね~」

 

「失投だけには気を付けて、投げていってください」

 

「りょうかーい!」

 

タイムが終わり、試合再開。果たして十文字さんを抑える事が出来るのか……。

 

(まぁここまで来たら、腹を括るしかないねぇ。見よ!私の全力を!!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(タイム中に何を言ったのかわからないけど、大体こちらの想定通りに事が進んだね。これなら次の二宮を相手に1球くらいは絶好球が来るだろうし、そこを突いてもらおうかな?)

 

(もう一丁!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「おおっ!泉さんの球の勢いが増したよ!?」

 

「…………」

 

「朱里ちゃん?」

 

「どうしたの?」

 

「……いや、ちょっと妙なんだよね。十文字さん程の強力な打者が1球も振らなかったなんて」

 

不自然な見逃し……。多分非道さんとはまた違った嫌な雰囲気を感じたんだ。

 

「きっと手が出なかっただけだよ!今の泉さんはイケイケだよ!」

 

「まぁ次の打者との対戦が終われば交代するけどね」

 

しかもあの見逃しのあとに二宮が打席に入るんだよ?バッテリーも警戒はしてるんだろうけど、さっきの十文字さんの打席で力を出し過ぎたから、二宮の打席に対してのコンディションが少し落ちている……。

 

「十文字さんを抑えられたんだから、あともう一踏ん張りだよ!」

 

「そうだね。ここを切り抜けたら、こっちのペースになるよ」

 

確かにここを抑えられたら、かなり大きい。

 

 

カキーン!!

 

 

『えっ……?』

 

大き、かった……。その想いは二宮によってあっという間に打ち砕かれた。私の感じた嫌な予感が最悪の形で実現してしまったんだ。

 

二宮が高めに来たチェンジUPを捉えて、その打球は電光掲示板に直撃した。この終盤で、勝ち越されてしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナイバッチ瑞希ちゃん!」

 

「great!価千金のホームランデース!!』

 

「私がホームランを打てたのは十文字さんのお陰です」

 

「どういう事……?」

 

「泉さんのギアを十文字さんが最大限まで引き出したのです。ギアを最大限まで上げ切った直後の球はどうしても劣ってしまいますからね」

 

「で、でも十文字さんは1球も振らなかったよ?」

 

「だからですよ。十文字さんが強打者だと認知している投手はその十文字さんが1球も振らなかったら、どう思いますか?」

 

「何か……企んでる?」

 

「そうですね。そう思わせる事こそが、十文字さんの最大の目的な訳です」

 

「結果としてはただ1度もバットを振らなかっただけなんだよね。そして力を入れ過ぎたあとはギアが下がるから……」

 

「そこを私がホームランを打った……それだけですよ」

 

『…………』

 

(最早十文字と二宮は違う次元で野球をしているな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

その後交代で投げた橘が日葵さんを三振に仕留める。なんとかチェンジにはなったけど、次が最後のイニング……。打たれたタイミングが悪過ぎて非常に不味い展開になってきたよ……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑬

9回表。現状1点負けている私達はお通夜ムードを迎えている。ちなみに監督である大宮さん、マネージャーである坂柳さんは基本的に私達に作戦を委ねるらしい。選手達の対応力を上げる為だとか。

 

(私達には二宮や十文字さんみたいな指揮役はいないんだよね。だから個々の能力でそれを補う形になるんだけど……)

 

それにも限界がある。選手交代の指示以外でも監督の力がほしいよ……。

 

なんてネガティブな思考はさておいて、この回は9番の鈴木さんからだけど……。

 

「代打を出すよ」

 

鈴木さんの代打で出たのは咲桜の松井さん。能力的にはかなり期待値の高い打者だ。

 

「頼むぞ松井」

 

「わかってるって!このまま我が埼玉選抜が負けとかありえないからナ」

 

そういえば友沢と松井さんってメインポジが一緒なのに、余り衝突しないよね。まぁ友沢はセカンドも、松井さんは外野もやってるし、そういうのはないのかも?それとも咲桜がそういう風に育成しているとか……?

 

 

カンッ!

 

 

『代打で出た松井選手、初球からいった!打球はセンター前に落ちてヒット!埼玉選抜、同点のランナーが出ました!!』

 

松井さんがヒットを打った……。もう9回だし、前のイニングで雷轟に対しての失投とかも考えると、鋼さんにも疲れが見えてきているのかも知れないね。私達は普段7イニングしか野球しない訳だし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先程打たれた1球……構えたコースに球が来ませんでしたが、疲れましたか?」

 

「う、ううん。ま、まだ……まだいけるよ?」

 

「前のイニングで雷轟さんにホームランを打たれた球も真ん中に行った挙げ句、変化しない棒球だった訳ですが……」

 

「大丈夫……大丈夫だから、最後まで投げさせてほしいの。お願い、瑞希ちゃん……!」

 

「…………」

 

(今の香菜さんはリトル時代の朱里さんと同じですね。何を言っても曲げないでしょうし、かといって無理矢理降板させても逆効果……。こうなってくると、香菜さんが壊れないように管理するしかありません)

 

「……わかりました。ですが無理のないピッチングでお願いします。今の鋼さんは破滅の1歩手前に来ていますので」

 

「うん……。ありがとう瑞希ちゃん。私、頑張るね……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンッ。

 

 

打順は1番に戻って、中村さんが手堅く送りバント。ワンアウト二塁となった。そして……。

 

 

カンッ!

 

 

2番の朝海さんが強烈なライナーを放つ。その打球は……。

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

ショート正面だった。

 

「えっ?ちょっ……!」

 

若干飛び出してしまっている二塁ランナーの松井さんが慌てて帰塁する。ショートの陽奈さんが素早く松井さんにタッチしようとして……?

 

『セーフ!』

 

「あ、危な……」

 

間一髪セーフ。本当に危なかったよ……。何にせよこれでツーアウト二塁。打席に入るのは3番の番堂さんだけど……?

 

「番堂さん」

 

「は、はい!」

 

「この打席で特訓の成果が問われるよ?」

 

「ま、まだ私含めた全員が未完成なんですけど……」

 

「これまでの打席で番堂さんはあえなく凡退していった訳じゃないと思うよ?」

 

「……はい!行ってきます!!」

 

大宮さんとなにやら話していたけど、果たしてどうなるか……。番堂さん次第で埼玉選抜が勝利するかどうかが決まってくる。頼んだよ!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑭

遥「今日でこの小説が2周年を迎えました!」

朱里「よく毎日書けるよね。文字数はともかく……」

遥「これからもこの小説をお願いします!」

朱里「この小説もうすぐ終わるんだけど……」

遥「番外編込みで1000話いかないかな?」

朱里「二宮の番外編次第な気もするけど、多分900話前後が限界なんじゃないかな……?」

遥「続編も同時に投稿してるので、興味があったら見ていってね!」

朱里「だからまだこの小説終わってない……まぁ良いか」


ツーアウト二塁。左打席に番堂さんが入る。

 

「か、監督!番堂の奴本当に大丈夫なんですか!?ここまで3打席連続、9球連続でど真ん中のストレートを空振りしてますけど!?」

 

ゴウさんが番堂の打席入りに対して猛抗議している。まぁど真ん中のストレートを全部空振りしているから、気持ちはわからなくもないけど……。

 

「……問題ないよ。番堂さんはこの打席は打ってくれる」

 

「な、何を根拠にそんな事を……?」

 

「まぁ見ていればわかるかな。剛田さんも……いや、雷轟さんと早川さんもよく見ておいてよ。君達がやっている特訓の成果をね」

 

大宮さんがそう言うなら、多分大丈夫なんだと思う。しかし私達がやっている空蟬取得に関係がある事か……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

これまで空振りばかりを繰り返していた番堂さんが、ここに来て初めてストレートを見送った。

 

(ここに来てストレートを見送りましたか……。彼女の雰囲気から何かを試みようとしているのが伝わってきます)

 

(ど、どうするの瑞希ちゃん?)

 

(次は……でお願いします)

 

(う、うん……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

2球目もど真ん中を見逃し。本来ならサービスボールで、ラッキーボールなのに対し、番堂さんから見たその球はどんな変化球よりも難解な球種だろう。

 

「ちょ、ちょっと!本当に大丈夫なんですか!?」

 

ゴウさんが埼玉選抜の皆を気持ちを代弁した。この場においてほとんどの人がゴウさんと同じ気持ちだもんね。このままじゃ負けてしまうって……。

 

「……大丈夫。番堂さんはこれまでの打席とは違って、ちゃんと私の言った事がわかっているよ」

 

「監督が言った事……?」

 

大宮さんの発言に疑問を持った人が多いだろう。私も確信を持っている訳じゃないから、なんとも言えないけどね……。

 

(さて……。番堂さん、特訓の成果を発揮するまたとない機会だよ。静の打法のお披露目だ……)

 

既にツーナッシング。合計11球もど真ん中のストレートを当てられていない番堂さんの、そして埼玉選抜の命運は……。

 

「ふぅ……!」

 

「…………」

 

(2球程中央にストレートを投げましたが、何れも見送り……。彼女の集中力から察するに、打って出るのは次の1球……)

 

3球目。趣向を変えたのか、投げられたのはツーシームだった。コースは相変わらずの真ん中だけど……。

 

(このまま……このまま終わるようじゃ‼️この番堂長子様の名が廃る!!)

 

 

カキーン!!

 

 

「う、打った!?」

 

「あの番堂が……ツーシームとは言え、ど真ん中の球を……?」

 

ゴウさんの酷い言い様はともかく、番堂さんが遂にど真ん中の球を捉えた。

 

『ファール!』

 

しかし結果はファール。今のをホームランに出来なかったのはかなり痛い……。

 

(急なツーシームにも対応してきましたか……。真ん中に来るストレートが苦手というデータも、この場ではもう宛になりませんね)

 

(瑞希ちゃん、投げさせて……。私の、決め球を……)

 

(……わかりました。でしたらここにお願いします)

 

(ありがとう……!)

 

4球目。恐らくこの1球で決まるだろうね。

 

「これで……三振だよ!」

 

今鋼さんが投げたのは恐らく彼女の決め球だと思われる、斜めに曲がるスライダー。コースは番堂さんが苦手とするど真ん中から大きく曲がった低め。ギリギリのストライクゾーンだ。

 

「…………」

 

(監督は言っていた。捕手の眼前まで見てても対応が出来る神速のスイング……。それは風薙彼方の投げる豪速球に対応する為に編み出された、銃弾を刀で切り返す居合いの如きスイング。それこそが……!)

 

「空蟬……!!」

 

 

カキーン!!

 

 

「…………」

 

(完敗……ですね)

 

番堂さんが放ったその打球はバックスクリーンを越えるホームランとなった。

 

『な、なんとここまで全て三振だった番堂選手の逆転ツーランホームランです!!』

 

『彼女が苦手としてたであろうど真ん中のストレートを事前に捉えた事から、別の一手を取ったバッテリーでしたが、そんな急な対応にも番堂選手はキッチリと応える事が出来ました。良い一打です』

 

誰もが予測していなかった番堂さんのホームランに敵どころか、味方も脱帽していた。特にゴウさんが……。

 

「うーん……。まだ6割だね」

 

「えっ……?」

 

「今の番堂さんのスイングでまだ6割の出来だ。何としても決勝までに完成させてね?」

 

「は、はい!」

 

大宮さんが言っていた空蟬の完成条件……。それはあのスイングで吊るされた紙を10枚斬る事だそうだ。今の私達の最高が6枚斬りなのを見抜いて言ってるのかな?恐ろしい……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑮

「ご、ごめん瑞希ちゃん。私が最後まで踏ん張れなかったばっかりに……」

 

「香菜さんだけの責任ではありません。私のリードにも問題がありました」

 

「瑞希ちゃんは何も悪くないよ。完投に拘らずに、他の投手に交代したら良かったのに……」

 

「はいはい。過ぎた事をグチグチ言わないの。点を取られたら、取り返せば良い。後悔や反省は試合終わりにやるとして、この裏の回でサヨナラ勝ちを目指そうか」

 

「はい!」

 

「……そうですね。打撃面で皆さんのサポートをさせていただきます」

 

「私もサポートに回ろう。打順的に回ってくる前に試合が終わるだろうしね」

 

「1点差で裏の攻撃だから最大まで行ったとしても、延長戦にならない限りは7番の神宮寺で試合が終わる訳か……。皆、二宮と十文字のサポートに応えられるようにしよう!」

 

『はいっ!!』

 

「皆やる気だね~!」

 

「大星……。おまえには必ず回ってくるんだからな?特に確実に回ってくる2~4番の3人に言ってるんだぞ?」

 

「は、はい!頑張ります!」

 

「……陽奈は大星に比べれば、全然信頼出来るんだけどな」

 

「頑張る!マス!」

 

「バンガードは急に日本語不自由になってどうした?さっきまで片言ありだけど、普通に喋ってただろう!緊張してるのか?」

 

「してる!マス!!」

 

「あれは前に見たアニメに影響されていますね。バンガードさんはアニメが大好きですから」

 

「そ、そうか……。でも今は試合に集中しような?」

 

(何のアニメかは聞くまい……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、凄……。これまで三振3つだった選手が逆転ホームランを打つって熱い展開じゃない!?」

 

「そ、そうだね。でも瑞希ちゃんが責任を感じてそう……。十文字さんが無失点に抑えてたから……」

 

「瑞希らしいけどね~。でもあれは相手を褒めるべきだと思うよ?」

 

「いよいよ9回裏……。延長戦に突入しない限りはこのイニングで決着だね」

 

「打順的に瑞希には回ってこないだろうし、西東京選抜は他の打者に期待だね」

 

「埼玉選抜は……はづきちゃんが抑え切るかどうか……だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9回裏……。この回で決着。試合の命運は橘に委ねられた。

 

「頼むよ橘?」

 

「任せてよ朱里!このはづきちゃんが手堅くパパっと抑えるから!」

 

「……志木さん、橘をお願い」

 

「わ、わかりました」

 

「あれ?もしかして信用されてない?一応高知選抜との試合では見事にリリーフを務めたのになー」

 

別に橘を信用してない訳じゃないけど、向こうは2番から始まるし、4番のバンガードさんは上杉さんや清本にも負けていない強力なスラッガー。吉田さん、夜子さん、泉さんがこれまで凡退に抑えていたのが奇跡なレベルなんだよ?ここで一発打たれても可笑しくないんだよ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(スクリューのキレも相変わらず抜群……。変化を3種類に分けてるけど、志木さんのリードによって堅実に打ち取ろうとしているのが伝わるね)

 

 

カンッ!

 

 

2球目で陽奈さんは橘のなげる小さな変化のスクリューを捉えるも、その打球はショート正面。ちなみに代打に入った松井さんがショート、ショートにいた夕香さんがライトに入っている。この変更が後にどう響くか……。

 

『アウト!』

 

とりあえずワンアウト。勝利まであと2人……!

 

 

カキーン!!

 

 

「ライト!!」

 

3番の大星さんが大きい変化のスクリューに上手くタイミングを合わせた。打球はライトフェンスに当たりそうだけど……?

 

「任せなさい!元々三森3姉妹はそれぞれ外野手がメインだったのよ!」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

ライトにいた夕香さんが足の速さを活かして、外野前からフェンス後ろまで下がり直撃を阻止した。これでツーアウト!

 

「このままやられてたまるか!デース!!」

 

しかしツーアウトでバンガードさんに回ってくる。ここを抑えて、勝利したいところだ。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS西東京選抜⑯

ブンッ!ブンッ!ブンッ!

 

 

スイングする時に出る風切り音がベンチまで聞こえてくるよ……。

 

「豪快なスイングだね……」

 

「白糸台の4番打者で、雷轟と上杉さんと同じように剛のスイングを身に付けた選手でもある……。大会でもホームラン二桁打ってるし、かなりの強打者だよ」

 

アメリカのエクスリーグチーム出身らしいけど、そこでも4番を打っていたようだ。

 

「同じ剛のスイングを得た者同士、頑張ってほしい気持ちもあるんだけどね……」

 

雷轟、上杉さん、バンガードさんの3人は地獄の合宿を経て、覇竹のスイングを得た……。3人で苦楽を乗り越えてきたから、一種の友情みたいなものを感じているかも知れない。しかし……。

 

「わかってるよね?こうして違うチームで試合をしているというのがどういう意味か……」

 

「うん……。それに決勝ではお姉ちゃんや真深ちゃんがいるし、今この時だけじゃないんだよね。この気持ちは……」

 

先に決勝進出を決めている群馬選抜には風薙さん、上杉さん、ウィラードさん……。この3人に加えて、他のスタメン達もかなりの実力者だそうだ(二宮情報)。

 

(そんな人達に挑む為にはまずこの試合に勝たなければいけない……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

橘も全力でバンガードさんを抑えに行っている。バンガードさんがどういう打者かは嫌と言う程わかっているだろうからね……。

 

 

カキーン!!

 

 

しかし力押しで抑えられるような選手ではないのも確か。橘のスクリューを簡単に捉える。

 

『ファール!』

 

(た、助かった……)

 

橘はこれまでも機転を利かせて強打者を抑えて行っている。土方さんの時と同様に抑えられるかな……?

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

ギリギリのコースだけど、バンガードさんはそれを見送ってボール。普通なら手が出ても可笑しくないんだよ?今のコースは……。

 

(もしもバンガードさんの経緯が違えば、上杉さん達と競いあったり、対決していたりしてたんだろうか……?)

 

そしてその時は風薙彼方という投手の存在をもっと早く知っていたんじゃないかな……なんて思っちゃうよね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

先程からファールとボールを繰り返し、フルカウントになった。ここまで来たら歩かせるのもアリなんじゃない?

 

(まぁ橘の目を見る限り、そんな事はないみたい……)

 

大宮さんからも特に指示は出てないから、このまま抑えに行くつもりだろうし、頑張ってほしい……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう15球くらい続いてるよね……」

 

「はづき側はもうストライクゾーンに投げるしかないからね~。決め球のスクリューも変化量を間違えれば歩かせてしまうし、そうなると、最悪サヨナラ負けの可能性すら出てきちゃうし……」

 

「だからはづきちゃんも歩かせるような真似はしてないんだと思うな。そして多分……次の1球で決めに行くと思う」

 

「おっ?その心は?」

 

「バンガードさんは臭いコースを全部カットしていってるし、段々と投げられるコースがなくなってるから、取り返しの付く内に決めると思う……。はづきちゃんのウイニングショットで」

 

「はづきのウイニングショット……?スクリューの事かな?」

 

「何がはづきちゃんにとってのウイニングショットなのかはわからないけど、次の1球は……恐らくそれを投げるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次で16球目……。橘も余り球数を費やすのは危険と判断している筈だ。野性的勘はシニア随一だったからね。その勘でバンガードさんに対する回答がなくなってきている事に気付いているだろう。

 

(コースは……1ヶ所だけあった!)

 

(橘さんは彼女に対する有効打を思い付いたようですね。それなら私はそれを信じるのみ)

 

志木さんは真ん中にグラブを構えた。その姿からはどんな球を、どのコースに投げようとも、捕ってみせる……という意志を感じる。

 

「これが私の……全力だっ!!」

 

橘のフォームはスリークォーターから、オーバースローに変わった。これまで練習していたのかな?見るのはこの場面が初めてだ。

 

(これまで見なかった橘さんのフォームから投げられる1球は相当力の込められた1球の筈……!)

 

(力を感じマース……!デスがそれを打ってこそ、真のスラッガーというものデース!)

 

 

カキーン!!

 

 

バンガードさんの放った豪快な打球音が球場中に響き渡った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の魂は……そう簡単には砕けないんだよ」

 

 

バシッ!

 

 

『アウト!』

 

打球音こそ大きかったものの、打球は段々と失速していき、センターのグラブにスパッと収まった。

 

『ゲームセット!!』

 

色々とヒヤヒヤした場面はあったけど、なんとか3対2で西東京選抜に勝利……!決勝戦進出だ!



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試合の後

『ゲームセット!!』

 

試合終了の掛け声と共に、内野陣は橘の所へ駆け寄る。とても嬉しそうな様子だけど、当の橘本人は……。

 

「……っはー!あっぶな!肝が冷えたよ!!」

 

相当ヒヤヒヤしてたみたい。魂は砕けないみたいな事を言っておきながら、実際のところは相当危なかったんだろうね。

 

「橘さん、最後に投げたのは……」

 

「スクリューだよ。1番変化の大きいやつ」

 

「急にオーバースローで投げるので、驚きました」

 

「あっ、やっぱり?実はオーバースローにする事で球の勢いはかなり上がったんだけど、制球が定まらないから、今梁幽館でバッテリー組んでる子には絶対に投げちゃ駄目って言われてるんだよ。だから高校の内は封印しとこうかなーって思ってたんだけど……」

 

「それではバンガードさんを抑え切れないと判断して、オーバースローで抑えよう……となった訳ですね」

 

「その通り!……まぁ結果はかなーりギリギリだったけどね」

 

志木さんとの会話でわかったのは橘はオーバースローに転向しようと奮起している……という事だろうか?高校時代だけで2度もフォーム変更しようって選手はかなり稀なケースだよね?

 

「まぁ肩に負担が掛かるから、しばらくはオーバースロー用に身体作りかなー。それで静華ちゃん辺りに手伝ってもらって……」

 

橘はづきという投手がなんか変な形に成長していっている気がする……。しかも打者としても梁幽館の1番を任されているんだよね?二刀流選手でも目指すのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けてしまったか……」

 

「申し訳ない限りデース……。かくなる上はこの場で切腹を……」

 

「しなくても良い!……なんか最後の夏はパッとしなかったな。全国大会は準優勝だし、県対抗総力戦の方は準決勝で敗北だ」

 

「本来なら誇れる事なんだろうけどね……。新井はもちろん、他のスタメンの中で私以外の選手は白糸台だし、なにかと不完全燃焼感があるのかもね」

 

「そういう十文字はどうだったんだ?今年の夏は……」

 

「後進の育成も順調だし、私自身も私の実力を買ってくれるプロチームがいてくれるしで悪くはないかな?県対抗総力戦も含めて色々な選手も見れたしね」

 

「なんか……ウチの二宮と何かと気が合いそうだったもんな」

 

「二宮は良い選手だね。方向性は多少違うけど、私と同じ捕手だし、二宮のお陰で私の視野も広がった気がするよ」

 

「私はそんな大層な選手ではありません。この西東京選抜にいる人達が優れた能力の持ち主が多かったとは思いますが……」

 

「……と、このように自分の評価がわかっていないところを除けば、完璧な捕手だと思うぞ?」

 

「それは同意見かな。まぁそんな私達に勝った埼玉選抜にはこのまま優勝してほしいものだね」

 

「相手は群馬選抜……。全高校生選手の中でも最強格が数人いますね」

 

「その試合、予定が合えば私も観に行ったんだけどね……」

 

(決勝戦に限れば、観客数が少ないに越した事はありませんが……。まぁ私自身そんな事は一切関係なく、観戦に行きますけどね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとうございました!!』

 

(このあとはそれぞれ自主練か……)

 

私達にとってまずは空蟬の完成が最優先だよね。頑張らないと……!



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雷轟遥の幼馴染

『埼玉選抜が準決勝を制した事によって、決勝戦のカードが決まりました!群馬選抜VS埼玉選抜!!』

 

『雨天による延期がなければ、決勝戦は3日後に行われます。これは両チームのコンディションを整える期間になりそうですね』

 

決勝戦は3日後……。私達にとっては猶予が出来た……と喜ぶべきなんだろうか?

 

「さて……。決勝戦までの期間はそれぞれ自主練にしようか。もちろん風薙さんの投げる豪速球の対策は怠らないようにね」

 

「私と監督は当日までは席を外していますので、何があっても自己責任……で、お願いしますね?」

 

大宮さんと坂柳さんは決勝戦当日までどこかに行くようだ。これは私達を信頼してくれていると捉えれば良いのかな?

 

「もしもその間に私か有栖に何か用があるなら連絡してね。じゃあ解散!」

 

『はいっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この自主練期間はもちろん空蟬完成に注ぎ込む事に。でもその前に……。

 

「この方向で良いの?」

 

「うん!こっちに行った所にコンビニがあるんだよ」

 

「よくそんなの見付けたね……」

 

「ランニングしてたら見付けたんだよ!結構品揃えも良くて、ここでしか買えない物もあるんだ~」

 

私と雷轟は空蟬の取得を試みているメンバーと、私達の監督をしてくれている大村さんの分の飲み物を買いに行っている。

 

本来なら自販機でも良いんだけど、雷轟が飲みたいジュースが今から行くコンビニにあるらしい。拘りってやつだね。

 

「あれ……?もしかして遥ちゃん?」

 

「えっ……?」

 

「やっぱり遥ちゃんだ」

 

「え、恵梨香ちゃん!?」

 

後ろから雷轟に声を掛けたのは、雷轟が恵梨香ちゃんと呼んでいる彼女……。

 

(確か……前橋シニアでエース投手だった暮羽恵梨香さんだったか)

 

暮羽恵梨香……前橋シニアのエース投手の速いストレートと、切れ味鋭いフォーク、そして決め球である大きく変化するスローカーブを操る左腕選手だ。雷轟とは仲が良いみたいだけど……?

 

「それにしても恵梨香ちゃんが野球やってたなんて知らなかったよ~!」

 

「野球始めた頃は遥ちゃんに伝える余裕がなかったからね……。それに群馬への引っ越しも決まってたから。遥ちゃんに伝えられなかったの。そういう遥ちゃんも野球をやってるの?川越シニアのエースだった早川さんと一緒にいるみたいだけど……?」

 

「あっ、うん!本格的に野球を始めたのは去年からなんだよ!それにしても……朱里ちゃん達と対戦経験があるんだね?」

 

「まぁ私と早川さんが投げ合った試合は2回だけだったけどね……」

 

その試合は2試合共覚えてる。どちらも清本のホームランのお陰で勝てた試合だ。

 

「早川さんとはシニア以来かな?」

 

「そうなるね。前橋シニア出身の暮羽さんがここにいるって事は……」

 

「察しの通り、私は群馬選抜の一員だよ」

 

「ええっ!?そうだったの!?」

 

というか雷轟は知らなかったんだ。それにしても……。

 

(群馬選抜は基本的に風薙さんとウィラードさんしか投げていない。群馬選抜の県対抗総力戦の出場データを見たけど……)

 

確かにオーダーの中に暮羽という名前はあった。でも野手としての出場だから、単なる同性だと思っていた。

 

(しかしこうしてここで相見えるという事は、暮羽さんが野手として出場しているのは紛れもない事実……)

 

これは群馬選抜に手強い選手がまた増えたね。

 

「恵梨香!ここにいたのね」

 

「これからチームミーティングの時間よ」

 

暮羽さんを呼びに来る2人の声の主は……。

 

「えっ?早川さんに雷轟さん……?」

 

「偶然ね」

 

ウィラードさんと上杉さんだった。正直こんな偶然はいらないかなぁ……。




遥「お知らせです!」

朱里「お知らせ?」

遥「たかとさんが執筆している球詠の二次創作……『詠深の従姉妹はホームラン打者』に新しく友沢亮子ちゃんの出演が決定しました!」

朱里「遂に友沢までもが……。たかとさんはこの小説を1番応援してくださってる方なのに、私達の小説のオリキャラ達を次々と出演させてくれて、とてもありがたいよ」

遥「私達の小説からは既に二宮瑞希ちゃんと、金原いずみちゃんが既に咲桜高校の選手として出演してるよ!」

朱里(何故フルネームで紹介……?)

朱里「そして友沢は深谷東方の選手としての出演だね」

遥「ちなみにいずみちゃんと友沢さんは向こうでは2年生としての登場みたい」

朱里「まぁ金原も友沢も性格は違えど、どっちも引っ張って行くタイプの人間だから、私達……というか主人公sideより年上でも違和感ないかもね。金原に至ってはシニアでキャプテンを勤めてたし、向こうの小説で3年生の引退後にキャプテンに指名されても可笑しくないかも?」

遥「その辺りはたかとさん次第かな?その前に大きなイベントも控えてそうだし……」

朱里「……というかこっちはこっちで、結構重要なキャラが出たよね?この小説そろそろ終わりが近付いているのに」

遥「恵梨香ちゃんの事?でも恵梨香ちゃんは元々登場予定のキャラだったよ?もしかしたら朱里ちゃんの位置予定のだったし……」

朱里「えっ?何それ?ひょっとして私の登場がなかった事にされる予定だったの?私の立ち位置が暮羽さんに脅かされそうになってたの?」

遥「恵梨香ちゃんの詳しい紹介はお姉ちゃんのキャラ紹介と同時にやる予定です!」

朱里「流されたんだけど……。つまり風薙さんの紹介と同時に暮羽さんの紹介も最終回にやろうって事で良いの?」

遥「その予定だよ。それでは長くなりましたが、これからも『最強のスラッガーを目指して!』をよろしくお願いします!!」

朱里「あと何話で終わるか……って話なんだけどね?まぁ……よろしくお願いします」


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雷轟遥と暮羽恵梨香

雷轟の幼馴染である暮羽さんと話していたら、上杉さんとウィラードさんが暮羽さんを呼びに来る場面に遭遇。まぁ3人は同じ群馬選抜のチームなんだから、自然と言えばそうなんだけど……。

 

「……埼玉選抜も無事決勝進出を決めてたわね。おめでとう」

 

「ありがとう……で、良いのかな?」

 

私は試合に出てないから、いまいち実感がない。

 

「2人は恵梨香ちゃんと知り合いなのかしら?」

 

「私はシニアで何度か見たくらいだけど、雷轟の方が暮羽さんと幼馴染みたいだね」

 

「そうなのね。早川さんがいたシニアと対戦経験があるのなら、あれだけレベルの高いプレーをするのも納得だわ」

 

(その理屈はちょっとわからないなぁ……)

 

ウィラードさんの発言に心の中で突っ込みを入れつつ、疑問に思っていた事を暮羽さんに尋ねる事にした。

 

「暮羽さんっていつ野手転向したの?」

 

「えっ?高校に入ってから……。高校の監督曰く、私は内野手の方が向いている……らしいから、私はその通りにしただけ。まさかここまで成長するとは思わなかったけどね」

 

暮羽さんは左投げである。県対抗総力戦で暮羽さんが守っているポジションはショート……。つまり本来左利きではありえないポジションを難なくどころか、本職のショートよりも上手く守っているのだ。

 

「へぇ……。恵梨香って投手だったのね。群馬県大会で対戦した時も、こうして同じチームを組んでいる今も、投手をやっている……なんて聞かなかったわ」

 

「言う機会がなかったからね。早川さんと会わなきゃそのまま、言わないままだったよ」

 

「投手は止めてしまったの?」

 

「今でもちょこちょこ投げ込みはしてるよ。真深ちゃんとユイちゃんのいる高校と対戦した時は投げなかったけど、たまにショートリリーフを任される事もあるし……」

 

完全に投手を止めた訳じゃないんだね。まぁ暮羽さんはかなりレベルの高い投手だし、いくらショートの適性があっても、あれ程のピッチングをする暮羽さんを簡単に捨てるのはもったいないか。

 

「恵梨香ちゃんって投手だったんだよね!?」

 

「まぁ今も時々投げてるから、過去形にするのは少し違うけど、そうだよ」

 

「じゃあ私と1打席勝負しようよ!」

 

「はい?」

 

なんか急展開始まったんだけど……。

 

「いやいや……。雷轟、向こうはこれからミーティングがあるから、そんな時間は取れないって」

 

「えー?」

 

「それにもしも暮羽さんに打ち取られるような事があったら、士気に関わるでしょ?しかも決勝戦の対戦チームだし……」

 

そう思ってちらりと3人方を見ると、なにやら小声で話し合っていた。なんか嫌な予感が……。

 

「ほら、帰って練習するよ?」

 

三十六計逃げるにしかず!手の内を余計に晒す必要はないしね。

 

「あの、遥ちゃん」

 

「?」

 

「1打席だけなら時間が取れそうだから、その勝負受けるよ」

 

「ほ、本当に!?」

 

「うん。先程監督から許可をもらったしね」

 

えっ?嘘でしょ?本当にやるの?

 

こうして雷轟と暮羽さんの再会記念?に2人の1打席勝負が行われる事になった。どうなっても知らないよ全く……。



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何を感じる?

ひょんな事から、雷轟と暮羽さんが1打席勝負をする事になった。捕手役兼審判は私で、上杉さんとウィラードさんはギャラリーだ。

 

「早川さんって捕手も出来るのね」

 

「ブルペン捕手くらいならね」

 

(まぁ暮羽さんの変化球を捕れる自信はないんだけど……)

 

ちなみに私は本当にただ捕球するだけ。配球の相談とかは一切なし。まぁ本来敵同士だしね。仕方ないね。

 

「よーし!打つぞ~!」

 

「張り切ってるね。今の遥ちゃん相手に私の球が通用するかはわからないけど、全力でいかせてもらうよ!」

 

(暮羽さんの球を見るのはシニア以来だけど、どれだけ成長してるだろうか……)

 

雷轟が左打席に入って勝負開始。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

まずは低めに投げられたストレート。コースはギリギリ外れたけどシニア時代に比べてかなり速くなってる……。これでショートとかもったいないんですけど!?

 

「恵梨香ってば、良い球投げるじゃない」

 

「そうね……。これで本職の投手じゃないのがもったいないわ」

 

ウィラードさんと上杉さんも私と同じ事を思っているようだ。彼女の投球レベルは高校レベルを越えているからね……。

 

「お次は……これっ!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

次に投げられたのはフォーク。鋭いキレと、大きい変化で打者の空振りを誘う良い球だ。雷轟は見逃していたけど……。

 

(凄い……凄いよ恵梨香ちゃん!こんなに凄い球を投げるなんて……!引っ越ししてからどれだけ努力したのかが伝わってくるよ!私も負けてられない……!)

 

 

ズズズズ……!

 

 

『!?』

 

この場にいた全員が雷轟から発する威圧感に反応した。暮羽さんの投げる球に触発されたのかな?

 

(遥ちゃん……。最後に会った時よりも大きく成長してるわね。獄楽島で見た時とは比べ物にならないわ)

 

(真深にも負けない重圧……。ますます対戦が楽しみになってきたわ!)

 

(これが遥ちゃん……。私の知らない、野球をやっている遥ちゃん……)

 

雷轟の圧を感じた3人は三者三様の反応を見せていた。

 

(今の雷轟からは何を感じるだろうか……。恐怖?畏怖?高揚?期待?)

 

今の風薙さんの状態を含めて、色々な感情が渦巻いていると思う。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

今雷轟が打ったのはフォーク。あれ程のフォークを打つとはね……。雷轟の成長は計り知れないよ。

 

(今の打ってくるなんて……。それなら私の決め球を投げるしかないね)

 

「いくよ遥ちゃん。私の決め球を見せてあげる……!」

 

暮羽さんの決め球は大きく曲がるスローカーブ。ストレートやフォークとの緩急もあって、初見で打つのは難しい。でも……。

 

 

カキーン!!

 

 

「「「!?」」」

 

雷轟が初見の筈である暮羽さんのスローカーブを完璧に捉えた。3人は凄く驚いていたけど、私は反対に落ち着いていた。

 

(あのスローカーブはかつて友沢が投げていたカーブに類似しているからね……)

 

同じ左投げで、追い込むまでは速球系の球で攻め、左打者に届かない遅いカーブでフィニッシュ……。奇しくも暮羽さんと友沢は似た配球の投手だったんだよね。今では両方共ショートがメインだし……。

 

(何にせよ、最悪のパターンがなくなって良かったよ)

 

私はホッと一息吐いて、喜びに満ち溢れている雷轟を見ていた。



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貴女しか

雷轟と暮羽さんの1打席勝負が終わり、今は軽く雑談している。いや、だから時間は大丈夫なの……?

 

「遥ちゃん凄いね。私の決め球を初見でアッサリと打っちゃうなんて……」

 

「球の見極めは得意な方だったからね!」

 

「まぁそれを含めて様々な要因が、暮羽さんのスローカーブを雷轟が初見で打てたんだろうね」

 

「要因?」

 

「まずは雷轟が言ったように、球の見極めが上手い事。雷轟はギリギリまでボールを見送ってでも、それを補えるスイングスピードがあるからね」

 

「つまり真深と同じタイプの打者だって事ね」

 

「でも私はあのスローカーブを初見で打てる自信はないわ……」

 

まぁ確かに暮羽さんのスローカーブを初見で打つのは難しいからね。上杉さんは右打ちだからともかく、左打者には不可能に近い。

 

「2つ目は……スローカーブそのものが打者の見極めを容易にしているから」

 

「早川さんの言いたい事はなんとなくわかるよ。私が清本さんにホームランを打たれた時もそれが原因と言っても良い」

 

どうやら暮羽さんはこの弱点に気付いていたようだ。ストレートと、キレの鋭いフォークは緩急を付ける為……というか、スローカーブに手が出なくさせる為なんだろうね。

 

「まぁ球速云々はそんな簡単に上がるものじゃないし、他の球種を織り混ぜて緩急を付ける事で対策としてるかな」

 

「確かに1球でも速い球を見せられたら、あの山なりから曲がってくる大きなカーブは打てないわね……」

 

「私も……いきなり打てって言われても難しいかもね」

 

上杉さんも、ウィラードさんも、暮羽さんのスローカーブを初見で打つのはかなり難しいらしい。

 

「そして3つ目……。これは雷轟が過去に似た球を投げる投手との対戦経験があったから」

 

「えっ……?」

 

左打者には届かないカーブ……。それを投げる友沢とは何度も対戦し、雷轟が勝てたのは最後の1打席だけなんだけどね……。

 

(違いと言えば、友沢の投げるカーブは暮羽さんのに比べて、多少速い事かな?)

 

「うん!埼玉県大会で恵梨香ちゃんと同じように、左打者には届かないカーブを投げてきたんだよ。それを思い出して、恵梨香ちゃんとの対戦に集中してたんだ。絶対的な決め球を持ってるかもって思って……」

 

暮羽さんが投げるその絶対的な決め球というのがあのスローカーブ。雷轟自身も暮羽さんの球は初見だろうに、良くて打てたものだよね。

 

(これも雷轟が持つ打者としての才能ってやつなのかな……)

 

「……話は大体わかったよ。遥ちゃんならきっと打てると思う」

 

「打てるって……?」

 

「彼方さん……風薙彼方の球を」

 

「!!」

 

そういえば暮羽さんは雷轟の幼馴染だったっけ?それなら風薙さんの事を知っても不思議じゃないけど……。

 

「彼方さんと遥ちゃんに何があって彼方さんの苗字が変わってアメリカに引っ越したのかも、真深ちゃんとユイちゃんと一緒にアメリカから群馬に越してきたのかも知らないし、聞くつもりもない。でも……今の彼方さんは闇に囚われている。そこから救い出せるのは遥ちゃんしかいないと思うんだ」

 

「恵梨香ちゃん……」

 

暮羽さんってかなり冷静な感じがするな……。それに雷轟の幼馴染なだけあって、雷轟の扱いがわかってる気がする。

 

「恵梨香、そろそろ……」

 

「うん……。遥ちゃん、早川さん、3日後の決勝戦でまた会おうね!」

 

「うんっ!」

 

「そうだね」

 

暮羽さん、上杉さん、ウィラードさんと別れを済ませ、宿舎に戻る。

 

(3日後……。絶対に勝ってみせる!)

 

今からやる気が出てきたよ!



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その裏側では

今回は三人称視点で話が進みます。

また今回は野球要素がないので、読み飛ばしても問題ないです。それでも読む方は閲覧注意です。


県対抗総力戦の準決勝戦が終わった頃。アメリカ某所では1人の少女が電話をしていた。

 

「そうか……。やっぱり埼玉選抜が群馬選抜への挑戦権を得たんだな。まぁ予想通りと言えばそうかな」

 

『あんたの言う通り、あたしは野球に集中してる。でも本当に良いの?今からでもそっちを手伝った方が……』

 

アメリカ某所では天王寺がイーディスに互いの近況報告を兼ねた雑談に興じている。

 

「問題ないさ。こっちにはアリスとロニエ、由紀と亜紀もいるからね。それにブラック達も付いてるし、こっちは負けないよ」

 

『まぁあんたがそう言うなら、そうなんでしょうね。それよりもたまには璃奈の所にも顔を出しなさいよ?顔には出てないけど、きっとあの子も寂しい筈……』

 

「……そんな事は私が1番よくわかっているよ。それでも璃奈は大丈夫だと言い張ってるんだ。今の私はそれを信じるしかない」

 

『天王寺……』

 

「……とりあえずこの騒動が終わったら、璃奈の所に顔を出しに行くよ。そこから先はノープランだけどね」

 

『そうしなさい。きっとその方が良いわ』

 

天王寺には血が繋がってはいないが、実の妹のように大切な存在がいる。彼女には自分が名乗っている天王寺の名字を与え、一時期は家族のように過ごしていた。しかし数年の時が過ぎれば、長期間離れ離れになってしまっている。

 

「それよりも……だ。鈴音と未来の話によると、ゲートが開く場所が県対抗総力戦が行われている球場らしい」

 

『なっ!?それってあたし達が試合している……』

 

「そうなるね。あの時と同じなら、恐らく決勝戦の後だと思われるけど……。イーディスは未来から何か指示を受けてる?」

 

『……ゲートが開いたら、あんた達に合流しろって言われてるわ』

 

「成程ね……。流石は未来。私達を越えた存在なだけあるよ」

 

どうやら群馬選抜の監督である響未来が先に備えて手を打っているようだ。天王寺はイーディスのその一言で凡その事は理解出来ていた。

 

『それはともかく、本当にあたしは行かなくても良いの?ジオット・セヴェルスの部下達との決戦に……』

 

「良いよ。イーディスは決勝戦まで野球に専念してて。戦力もあの時より大きく、強いから、心配はない」

 

『なら良いけど……』

 

イーディスはいまいち要領を得ていない表情をしているが、天王寺が大丈夫だと言うのなら、心配はしなくても良いのかな……と思っているようだ。

 

「そういえば県対抗総力戦でも打率10割をキープしてるみたいじゃん」

 

『あたしに掛かれば造作もないわ!でも他に10割打者がいない……私だけがトップを走り続けてるってのは結構嬉しいものね。真深やユイですら成し遂げていないみたいだから尚更ね』

 

(県対抗総力戦は打率の増減等はないんだけど……。まぁイーディスが機嫌良さそうにしてるし、言わないでおくかな)

 

「……まぁ埼玉選抜は手強い。その10割の記録も破られるかもね」

 

『それはそれで楽しみよ。ようやく強い選手達と張り合えるんだから!』

 

イーディスは埼玉選抜との対戦を楽しみにしている。それは真深の従姉妹である武田詠深や、風薙彼方の妹である雷轟遥の存在を聞いているからだ。

 

「……っと、そろそろ切らなきゃ。決勝戦、頑張ってね」

 

『ええ。そっちこそ、死ぬんじゃないわよ?』

 

イーディスとの通話を終えて、天王寺は1つ息を吐き……。

 

「さて、じゃあ行きますかね」

 

(この戦いが終わったら、璃奈とゆっくり過ごすのも悪くないかもね)

 

決戦の地へ向かうのだった……。



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対群馬選抜用オーダー

遂に決勝戦当日……。対群馬選抜戦に向けての特訓はとりあえず間に合ったと思う。

 

(あとは風薙さんの投げる『あれ』を如何にして打つか……に、この試合の命運が掛かってるね)

 

私が1度体験したお化けみたいな球……。あれを目の当たりにしたあの日から、今日までの間ずっと頭を悩ませていた。しかし未だに対策らしい対策が思い浮かばない……。それがこの試合で何か閃くだろうか?

 

「それでは今日の試合のオーダーを発表します」

 

「言っておくけど、今日のオーダーはこれまでの試合とは毛色が全然違うから、心するように」

 

大宮さんの一言で全員が息を呑んだ。そして坂柳さんから発表されたオーダーは……。

 

 

1番 レフト 中村さん

 

2番 ショート 友沢

 

3番 ライト 私

 

4番 サード 雷轟

 

5番 セカンド ゴウさん

 

6番 ファースト 番堂さん

 

7番 センター 主将

 

8番 キャッチャー 志木さん

 

9番 ピッチャー 一ノ瀬さん

 

 

「い、今まで出番のなかった朱里さんが3番での出場!?」

 

「でも納得かも……。空蟬の取得も遥さんの次に早かったし」

 

私が3番での出場という部分にほぼ全員が驚きつつも、納得しているような表情だった。納得はしてくれるんだね?

 

「な、なんで私が先発……」

 

一方で絶望しながら、面倒臭そうな表情をしている一ノ瀬さん。何気に高知選抜との試合以来の出場だよね。そして文句たらたらの一ノ瀬さんは完全にスルーのようだ。同じチームの坂柳さんがそのようにしてるらしい。ドンマイとしか言いようがない……。

 

「そして試合の後半には武田さんに投げてもらう」

 

武田さんも沖縄選抜との試合以来の出場だ。剛健な下半身を作ってた……と山崎さんから聞いていたけど、果たしてどんな球を投げるのやら。

 

「はいっ!」

 

「武田さんが投げるにつれ、捕手の方も志木さんから山崎さんへと交代させるよ。武田さんと最も相性が良いからね」

 

「タマちゃん、頑張ろうね!」

 

「うん……!真深ちゃん達群馬選抜を相手にヨミちゃんの球がどこまで通用するようになったのか、今から楽しみだよ!」

 

山崎さんの方もやる気のようだ。こっちも沖縄選抜戦(こっちは雨天順延になった方のオーダー)以来の出場だし、張り切っているのかも……。

 

「あっ、向こうのオーダーも発表されるよ!」

 

武田さんの発言に、皆が電光掲示板に注目する。

 

 

1番 ライト イーディスさん

 

2番 ショート 暮羽さん

 

3番 サード ウィラードさん

 

4番 レフト 上杉さん

 

5番 ピッチャー 風薙さん

 

6番 ファースト 神室さん

 

7番 キャッチャー 水鳥さん

 

8番 セカンド 四条さん

 

9番 センター 八嶋さん

 

 

……群馬選抜のオーダーは別段変わったところはない。選ばれし数字の選手達が2人いるけど、そこも今の私達にとっては些細な問題だ。

 

「さて……。もうすぐプレイボールだ。この決勝戦の為に色々と対策を講じた訳だけど、実際の投手を相手にするとなるとまた変わってくる。風薙選手の投げるストレートは確かに強力な球だけど、それに逃げてしまってはやる前から負ける事になる……。だから気迫で負けないように、向かっていこう!」

 

『はいっ!!』

 

監督の喝入れに私達全員の気が引き締まる。特に私なんて3番での出場だし、全国大会から数えて初出場だし、緊張が止まらないけど、頑張らなきゃね……。

 

雷轟と風薙さんの為にも……!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜①

『さぁ!県対抗総力戦もあっという間に決勝戦!群馬選抜対埼玉選抜!プレイボールです!!』

 

『両チーム共に選手のレベルが頭1つ以上抜けていますので、期待が高まりますね』

 

『実況は私、『実は野球以外のスポーツは高水準、野球だけは素人以下』!紺野と!!』

 

『なんでそれで野球やってるの……?解説の青葉です』

 

決勝戦……。私達は後攻だ。

 

(ライトに付くのも久し振り……。雷轟じゃないけど、守備で足を引っ張らないようにしないとね)

 

試合に集中!まずは10割打者との対峙だけど、一ノ瀬さんは大丈夫かな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いよいよ決勝戦開始だね……!」

 

「だね~!埼玉選抜があの10割打者を打ち取れるかで、大きく流れが変わってくるよ~!」

 

「イーディスさんは県大会から通して、県対抗総力戦の準決勝までずっと打率10割をキープしています。これは同じチームメイトの上杉さんや、ウィラードさんですらなし得なかった記録ですね」

 

「どんな球でも簡単に打ってたもんね……」

 

「チームメイトに風薙さんがいるのが大きいですね。彼女の球をバッティングピッチャーとして毎日打っている可能性も考えると、イーディスさんが打てない球は少ないでしょう」

 

「現状高校生最速だもんね~。アタシはまだ対戦した事ないけど」

 

「私は1度だけあるよ。ストレートだけならなんとか打てるんだけど……」

 

「まぁあのストレートを打てるだけ価千金だよ」

 

「一方で埼玉選抜は速球対策を講じているらしいので、ある程度は対抗が出来ると思います」

 

「でもその前に表の群馬選抜の攻撃を凌がなきゃね。一ノ瀬さんには頑張ってほしいなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(見送ってますね……)

 

(面倒臭いなぁ……。さっさと振ってほしい)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

カウントは1、1……。好球必打だったイーディスさんがここまで見送るのも珍しい気がする。

 

(次辺りで打ってきそうですね……)

 

(別にヒット打たれても、点取られなきゃ良いでしょ……)

 

3球目。多分勝負球だと思うけど……。

 

 

カンッ!

 

 

一ノ瀬さんの球ですら難なく打ってくるとは……。変化球のレベルは神童さんに匹敵する……。それすらもイーディスさんには通用してないって事!?

 

「くっ……!」

 

ショートにいる友沢が飛び付いて、イーディスさんの打球を捕球し、素早く送球する。流石は友沢。打球を抜かせない為のプレーだね。

 

『セーフ!』

 

しかし結果は内野安打。やはり1番打者なだけあって、足もかなり速いね。まぁ村雨とか、三森3姉妹で慣れてしまっているから、あれでも少し物足りなくなってしまっているけど……。

 

(風薙さんは下手すれば完全試合を目指せるレベルの投手。出来ればこっちも被安打や失点を極力減らしたいところなんだよね)

 

わかってはいるけど、これは相当しんどい試合になりそうだね……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜②

『群馬選抜のリードオフガールであるイーディス選手、華麗な内野安打を決めました!打率10割はここまで来ても継続です!!』

 

『県対抗総力戦は従来の大会とは別枠のお祭りみたいなものだから、特に打率とかはないけどね……。それにしても割と余裕のある走塁でしたね。あれ程の走力なら、盗塁も視野に入ります』

 

いきなりヒットを打たれて不味い流れに……。併殺を取らない限りはこの回で上杉さんに回ってくる。

 

(ふん……。打者を取れば良いんでしょ?盗塁でもなんでも勝手にすれば良いよ……!)

 

2番の暮羽さん。これまでの試合成績はリンゼさんに負けず劣らずの犠打続きだった。そして今回もそれを……?

 

 

コンッ。

 

 

(初球からバント……!)

 

打球は三塁線へ。サードにいる雷轟が打球を処理しようとすると……。

 

「良いよ。私が処理する……」

 

一ノ瀬さんが素早いフィールディングを見せて、ファーストへ送球。

 

『アウト!』

 

ワンアウトは取れたものの、ランナーを三塁にまで進められてしまった。それに……。

 

「…………!」

 

「…………!」

 

ピンチの状態で3番のウィラードさん、4番の上杉さんと勝負する事に。一ノ瀬さんの精神状態が心配だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーわ……。綺麗に送られたね~」

 

「2番の暮羽さんは大会でも犠打率がかなり高いですね。今大会ではリンゼ・シルエスカさんに次いで2位です」

 

「確かにリンゼちゃんに負けず劣らずの仕事人だったね……。でもシニアでは確か投手だったよね?」

 

「そうですね。速いストレートと、決め球のスローカーブの緩急差を上手く活かした投手でした」

 

「特にスローカーブはアタシも打ちあぐねていたからね。和奈がホームラン打ってくれたから、勝てたって試合だったし……」

 

「いずみさんのような左打者には厳しいスローカーブでしたね。今で言えば、亮子さんが似た球を投げていますが……」

 

「うっ……!お、思い出させないでよ~!遥みたいなアンバランスな姿勢で打つのはやっぱアタシには無理だし……」

 

「いずみちゃんは悪球打ちも出来てるし、そこまで心配ないと思うんだけど……」

 

「なるべくキチンとした姿勢で打ちたいんだよね。悪球打ちは基本カット用だとアタシは思ってるし……」

 

「それよりも今は試合観戦に集中しましょうか。埼玉選抜が初回にして正念場ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石恵梨香ね。三塁線へのバントはかなり難しいのに、初球で容易に決めてみせたわ」

 

「そうね。リンゼちゃんにも負けてなかったわ」

 

「私は私の仕事をしただけだよ。それよりも……」

 

「ええ。あとは私達のどちらかがイーディス先輩を還しましょう!」

 

「イーディス先輩の足なら、転がせばホームまで辿り着ける筈……。ユイ、浅く打ち上げないように気を付けましょう」

 

「わかってるわ。じゃあ行ってくる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワンアウト三塁。イーディスさんの足を考えると、転がした時点でホーム生還を決める筈……。打たれるにしても、浅いフライにしたいところだ。

 

「絶対に打つわ!」

 

自信満々に打席に立つウィラードさん。そんなウィラードさんに対して一ノ瀬さんは……。

 

「そんなに張り切って鬱陶しい……。全員潰す……!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

あれ?ウィラードさんが振ってない?手が出なかった?それとも見送り?だとしたらもしかして一ノ瀬さんは……。

 

(精神がLowになっている可能性が高い……)

 

外野奥からはよく見えないけど、ウィラードさん程の打者が簡単に手を出せない球……となると、一ノ瀬さんが極限までネガティブになる精神Low状態によって、変化球のキレと変化量をかさ増ししているというオカルトチックな現象が今起こっている。

 

(今の球……イーディス先輩や恵梨香に投げてきた球よりも数段キレと変化が増してるわね)

 

(潰す……!)

 

ワンストライクから2球目。

 

(この球も、キレと変化が……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(これで止め……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

なんとウィラードさんを3球で三振に仕留める。こうなった一ノ瀬さんからは中々打てない。この間にこっちは点を取りたいところなんだけど……。

 

(この試合は1点がかなり大きくなりそうだね……)

 

それは今までのどの試合よりも……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかユイちゃんが3球で三振するなんて……」

 

「イーディス先輩や恵梨香に投げた球と同じだったら、スタンドまで運んだ自信があった……。でもあの投手は豹変したかのような球を投げたわ。球種はカーブとシュート」

 

「カーブにシュート……ね」

 

「気を付けなさい真深。あの投手、多分まだ持ち球を隠してると思うわ」

 

「ええ。ユイをあっさりと三振に仕留める投手だもの。油断なんて出来ないわ」

 

「…………」

 

「監督、ここは何か指示とかないの?」

 

「あの子達が優秀だから、私の出る幕がないわ。それよりも真澄、貴女もこの試合の後にイーディスと一緒に天王寺のいる場所に向かいなさい」

 

「第2次カタストロフに備えて……ね。天王寺のいる場所に行くって事は、私も対黒幕担当で良いの?」

 

「黒幕の所にはきっと強い部下が2人いる……。こちらも天王寺を入れて3人で迎えた方が良いわ」

 

「それはわかったけど……。でもそれなら監督や鈴音さんの方が良くない?」

 

「鈴音はこの現場の監督として残らないといけないわ。私は世界各国の沈静化に当たらないといけないし、この場は鈴音と有栖に任せておきましょう」

 

「まぁ……2人がそれで良いなら、私は何も言わないわ」

 

(……?監督と神室さんは何の話をしてるのかしら?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウィラードさんを無事に抑えてツーアウト。ランナーが三塁にいる状況でアメリカ最強の高校生スラッガーである上杉真深との対戦が始まる……。

 

今の一ノ瀬さんがどこまで彼女に通用するかによって、試合の流れが大きく変わる。何れにせよ、激しい投手戦になる事は変わりなさそうだ……。




芳乃「今回は第2回、野球能力ランキングを発表します!」

朱里「第1回からかなり間が空いたよね。正直もうやらないのかと思ったよ……」

芳乃「流石にこんなに期間が空いたら、続編の方に移行しそうだね。じゃあ発表するよ?今回のランキングテーマは……野手ミート部門!」

朱里「また競争率が激しそうな……。本当に誰が入るかわからないね」

芳乃「今回もトップ5を発表するよ!ドンッ!!」


~選手能力ランキング ミート部門~

同率1位 金原いずみ 藤和高校(東東京)

同率1位 友沢亮子 咲桜高校(埼玉)

同率1位 ロジャー・アリア 藤和高校(東東京)

4位 三森朝海 美園学院(埼玉)

5位 中村希 新越谷高校(埼玉)


芳乃「これが今回の上位5人だよっ!」

朱里「また同率が発生してるし……。しかも3人も……。そして今回は中村さんがランクインしてるね」

芳乃「希ちゃんは地道な努力を重ねてきた結果、ギリギリ5位にランクインだよ!」

朱里「今回のランキングは東東京と埼玉に片寄ったね……」

芳乃「このミートランキングはかなり接戦で、同率1位の3人以外は誰を入れようか本当に悩んでたみたいだよ。二宮さんや、神童さん、上杉さん、暮羽さん辺りがトップ5の候補に入ってたんだって」

朱里「まぁ(一部を除いて)納得の面子だね。その候補達から5位を勝ち取った中村さんがどれだけ凄い打者なのかがわかるね」

芳乃「ではまた次回のランキングで!」

朱里「本編中にあと何回ランキング投稿出来るんだろう……」



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜③

『さぁ!ツーアウト三塁で打席に入りますは、群馬選抜の4番打者!当てた球はスタンドへ!?アメリカ帰りの日本人、向こうでもバンバンホームランを打っていた期待のスラッガー!上杉真深選手!!』

 

『先程打席に立っていたウィラード選手と、今大会1番の注目選手である風薙選手と共に、アメリカから日本に、群馬に留学してきた経歴がありますね。3人はアメリカでも結果を残し、かなり注目されていた選手です。そして結果を残しているのは今大会でも同じ……。この試合の勝敗に大きく関わる打席になりそうですね』

 

「流石真深ね。注目度が高い……」

 

「彼方さんが投で注目を浴びるなら、真深ちゃんは打で注目を浴びてるね……。でもそれはユイちゃんだって同じだよ」

 

「ありがとう恵梨香。でも私は真深にはまだまだ勝てないわ。選手として……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き、来たね……」

 

「上杉さんの打席が……。羽矢さんの球がどこまで通用するのかな……?瑞希はどう思う?」

 

「……少なくともまだ心配する場面ではありません。この打席は一ノ瀬さんに軍配が上がるでしょう」

 

「ど、どうしてわかるの!?」

 

「一ノ瀬さんの投げる変化球は他の投手と違って、かなり不規則です。それに比べて上杉さん……先程のウィラードさんもそうでしたが、規則的な変化球しか見ててこなかった分、一ノ瀬さんの変化球がかなり打ちにくい筈です。そしてウィラードさんに投げた変化球……。それに加えて、上杉さんの苦手とする変化球を一ノ瀬さんは持っています」

 

「あの上杉さんにも苦手な球があるんだなぁ……」

 

「あくまでも他の球種と比べて……ですが。そして一ノ瀬さんの不規則に曲がる変化球と合わせれば、攻略にも時間が掛かります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

群馬選抜の4番打者、上杉真深……。風薙さんやウィラードさんと同じチームでアメリカで高校記録を残したスラッガーだ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(ユイと恵梨香ちゃんが言ってた通りね。マシンや他の投手の投げる変化球とは違う……。不気味な曲がり方をしているわ)

 

(ふん。アメリカ最強だかなんだか知らないけど、打てるものなら打ってみなよ……!)

 

どうやら一ノ瀬さんは真っ向から上杉さんに向かっているようだ。逃げ腰になるよりは全然好感が持てるよね。

 

(そう考えると私がリトルリーグの世界大会で、上杉さんを3打席抑える事が出来たのは本当に幸運だったね……)

 

まぁあの時はまだ中学1年生で色々未熟な部分もあった時期だったし、捕手は二宮だったから、抑える事が出来たようなものだ。

 

(次はこれを……!)

 

(投げてきたのは……カーブね!)

 

 

カキーン!!

 

 

2球目。上杉さんはカーブに対して完璧にタイミングを合わせた。一ノ瀬さんの不規則に曲がる変化球は一巡で打つのはかなり難しい……。ウィラードさんですら打ちあぐねていたのに、それを容易く打つなんて……。

 

(なんとか当てる事が出来たわね……)

 

(カーブを完璧に運ばれた……。でもこれで追い込みました。あとはデータ通りに……!)

 

(これで潰す……!)

 

ツーナッシング。投げるとしたら、一ノ瀬さんのウイニングショット。それがカーブなのか、シュートなのか、それとも……。

 

(えっ……?シンカー!?)

 

(データに載ってたよ。君、シンカーに対する打率が低いんだってね……?)

 

 

ガッ……!

 

 

上杉さんが打ち上げた。つまりこの打席は……。

 

 

バシッ!

 

 

「私の投げるダウナーなシンカーで苦しんじゃってよ……」

 

『アウト!』

 

ピッチャーフライ……。一ノ瀬さんの勝ちだ。

 

『な、なんと一ノ瀬選手、アメリカ最強のスラッガーを打ち取ったぁ!!』

 

『追い込むまで投げていたカーブと合わせて、中々苦戦しそうな変化球ですね。一ノ瀬選手独自の変化が相手打者を翻弄させました。そしてそれは上杉選手も例外ではなかった……』

 

今の一ノ瀬さんは日本どころか、世界にも通用し得る可能性がある投手って事か……。ああいう風にはなれないけど、私も強打者に向かっていく姿勢は見習いたいものだね。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜④

「まさか真深が打ち上げるなんてね……」

 

「最後に投げてきたのは……シンカー?」

 

「ええ。それも含めて、全ての球種が今まで対戦してきた投手にはなかったわ。ユイや恵梨香ちゃんが言ってた不規則に曲がる変化球……特にあのシンカーは打つのに時間が掛かりそうね」

 

「真深がそう言うのなら、この試合の得点は難しいかもね。あたしがヒット打てたのもかなりギリギリだったし、ユイと真深に投げてきた変化球はあたしの時よりも数段キレていたわ。次の打席ではあたしも打てるかわからない……」

 

(イーディス先輩にそこまで言わせる球を投げるなんて……。一ノ瀬さん……か。まだまだ世の中は広いわね)

 

「…………」

 

(イーディスちゃんがギリギリの内野安打、暮羽さんもバントもなんとか決める事が出来た様子だったし、ユイちゃんと真深ちゃんは凡退させられた……。試合が進むに連れて、段々と選手のレベルが上がっているけど、この試合は準決勝までとは比べ物にならない。遥も順調に育ってきているし、私もいつ追い抜かれるかわからない……)

 

「この試合で、ようやく私も全力が出せるかも……」

 

「彼方先輩……?」

 

「……なんでもないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回裏の私達埼玉選抜の攻撃。1番の中村さんが打席に入る。

 

(遂に直接対決……。風薙さんの球を直に見るのは8ヶ月ぶりだ)

 

全国大会では私はベンチだったから、今度はバットで皆の助けになりたいところだ。

 

『マウンドに立ちますは、豪速球を放つ右腕投手!全国大会から数えて、これまで打たれた安打は僅か3本!更に未だ無失点の防御率0.00!!この決勝戦で彼女を打ち砕く選手は現れるのか!?風薙彼方選手!!』

 

『しかも風薙選手はこれまでストレートしか投げていなくて、この成績ですから、かなり脅威的です。プロはもちろん、メジャーでも今すぐ通用する実力を持っていますね。唯一の救いは四球がこれまでに10個と少し多めなところでしょうか』

 

今解説で言っている四球も二宮が言うには、色々な打者の様々な可能性を見る為なんじゃないかって事みたいだけど、その心理は風薙さんにしかわからない……。

 

「…………」

 

(遥ちゃんのお姉さん……。全国大会で辛酸を舐めさせられてからこの日をずっと待っとったよ。今日は打つけんね……!)

 

風薙さんが第1球目を投げる。ここで皆の特訓の成果が通用するかどうかがわかってくる。果たして……?

 

 

カンッ!

 

 

『打った!?』

 

中村さんが打った打球はそのままバックネットへ直撃。

 

『ファール!』

 

「…………!」

 

「これくらいやったら皆も出来るけん。でも次は前に飛ばす……!」

 

特訓の成果は出てる。あとは前に飛ばすだけ……!

 

「……良かった。これならギアを上げても、問題なさそうだね」

 

(えっ?ギアを上げるって……?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(ま、まだ速くなると!?)

 

2球目に投げられたストレートは1球目に投げられたストレートよりも速くなってる。このままじゃ不味いな……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

1番の中村さん、2番の友沢と連続三振。

 

(次は私の打席か……!)

 

なんとしても、雷轟に繋がなきゃ……!

 

「…………」

 

私に対しても、中村さんや友沢に投げてきた速くなったストレート。

 

(でもこれくらいなら、まだなんとか……!)

 

 

ガッ……!

 

 

(しまった!打ち上げた!?)

 

打球はふらふらとピッチャーの頭上に上がり、そのまま風薙さんが捕球……。

 

(えっ……!?)

 

 

ポーン……。

 

 

する事はなく、そのまま地面に落ちた。

 

『セーフ!』

 

と、とりあえずヒットにはなったけど、一体どうして?グラウンドにいる全員が戸惑ってるし……。数秒の沈黙の後、サードにいるウィラードさんが風薙さんに駆け寄った。

 

「か、彼方先輩……?」

 

「……悪いけど、この回はもう1人付き合ってもらうよ」

 

「えっ……?」

 

風薙さんの視線は雷轟の方を向いていた。じゃあ今のはわざと雷轟に廻す為に……?

 

(お姉ちゃん……!)

 

とにかく今は雷轟を応援しないとね。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑤

本日はキャラ紹介他校のライバル編も同時投稿です。


ツーアウト一塁。左打席には雷轟が入る……が。

 

「…………」

 

「お姉ちゃん……」

 

雷轟はどこか悲しそうにしてるし、風薙さんに至っては雷轟を見ているようで見ていない……そんな印象を受けた。

 

「雷轟!今は打席に集中!!」

 

「そ、そうだよね!」

 

(わかってる……わかってるんだよ!でも……!)

 

「…………」

 

(私のせいでお姉ちゃんがあんな風になってしまったって思うと、心が……苦しいよ)

 

駄目だ。雷轟が苦悶の表情をしてる。どうすれば……。

 

「……早く構えて」

 

「お姉ちゃん……」

 

「色々言いたい事はあるし、そっちも言いたい事はあるだろうけど、私達は今野球をしてるの。それだけは忘れないで」

 

「…………!」

 

いつもの風薙さんじゃない淡々と喋る様子はまるで機械のよう。そんな風になってしまっても、根元は変わらない……。

 

(以前風薙さんは言っていた。自分の投げる最高の球に挑戦する打者を待っていると……)

 

もしかしたら今が、この状況がそうなのかも知れない。そして風薙さんなりのヘルプサインなのかも知れない……。

 

(お姉ちゃんの言う通りだね。今は野球に集中しないと!それに恵梨香ちゃんも言っていた。今のお姉ちゃんを救うには、お姉ちゃんの球を完璧に打ち砕く事だと……!)

 

「…………」

 

(どうやら雷轟も今の一言で覚悟を決めたみたいだね。良い眼をしてる……)

 

「それで良い……。いくよ遥……!」

 

風薙さんと雷轟が何やら話していたけど、ようやく試合再開。1球目を投げる。

 

 

カキーン!!

 

 

「………!」

 

初球から雷轟は風薙さんの豪速球を捉え、打球はレフトスタンドへ……。

 

『ファール!』

 

しかしポールの外側へ入っていったので、判定はファールだ。今ので決められないとちょっと辛いかも……。

 

(よし……!なんとか当てられるよ!)

 

(これくらいなら、打ってくるか。それなら……!)

 

2球目。風薙さんが投げたのはストレートなんだけど……。

 

「うっ……!?」

 

 

ガッ……!

 

 

雷轟はタイミングが遅れ、当てはするも、打球はふらふらと上がっていく。

 

『ファール!』

 

そのままライト線切れて、ファールとなった。まさかここでまた風薙さんのギアが上がるなんて……。

 

(な、なんとか当てられた……。ここでスピードが上がるなんて……!)

 

「…………」

 

(どんな練習を積めば、こんな凄い球を投げられるの?私の知らないお姉ちゃんが今は怖いよ……)

 

「……これで、三振だね」

 

ツーナッシングからの3球目。

 

(よし……!今度は打つよ!!)

 

「…………」

 

雷轟のバットは風薙さんの投げた球に合っている。このままいけば……!?

 

(嘘っ!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「この打席は私の勝ち……」

 

最後に風薙さんが投げたのはあの豪速球と同じ速度で曲がった……ドロップボールだった。

 

「そんな……」

 

ストレートと同速に曲がる球……。それだけじゃなく、フォームも、リリースポイントも同じだから、打つのにかなり苦戦しそうだ。

 

(しかもそれだけじゃなく、風薙さんにはまだ隠してる球がある筈……)

 

その球を投げる前に、なんとか点を取りたいところだけど、こうなってくると難しいかもね……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑥

「嘘……。あの球速でドロップ投げれんの!?ストレートと遜色ないじゃん!」

 

「大豪月さんも同じ芸当が出来ますが、大豪月さんの変化球は何れも速球系です。そして風薙さんは……変化球の中でも比較的遅めであるドロップボールをあのようにストレートとほぼ同速で投げています」

 

「そ、そんな球投げれるようになるまでにどんだけ練習したんだろ……」

 

「……でもあれくらいならまだ打てる方なんだよね」

 

「な、なんか和奈がとんでもない事言ってる……。アタシはまだそこまでの領域に達してないから、無理かもね……」

 

「和奈さんはもちろんの事、埼玉選抜の3~6番までの打者は見極めさえ出来れば……といった感じでしょうか」

 

「埼玉選抜の3番って朱里だったよね……?えっ、朱里ってばあんな豪速球を打てるの!?さっきの打席じゃ打ち上げてたけど……」

 

「前に風薙さんと1打席勝負をした時も、風薙さんのストレートを当てる事が出来ていました」

 

(まぁあの時よりも格段に速くなっている訳ですが……)

 

「つまりストレートかドロップかがわかれば、打てるって事だよね?」

 

「そうなりますね。あとはあの4人の前にどれだけのランナーを溜められるか……。そこが問題となるでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、あんな球投げるなんて聞いてませんよ!」

 

「信じ難いわね……。あの豪速球に合わせて変化させてくるなんて……」

 

「しかもかなり変化が大きい……。頼みの綱が3~6番になりそうかも?」

 

その3~6番って私も含まれてるよね?ストレートだけならまだなんとかなるけど、ドロップはどうなんだろう……。あの時は見送っちゃったし、今投げられている球はあの時よりもキレも変化も鋭いし、打てるのか不安になってくるよ……。

 

「……何れにしても、風薙選手があのストレートと同速のドロップを投げている事実には変わりない。私達埼玉選抜のやる事は、風薙選手の球を打つだけだ」

 

結局は大宮さんの言う通りなんだよね。ここまできたら、打つしかない。今から行われるのは投手戦……。こっちが風薙さんを打つまで、一ノ瀬さんが踏ん張ってもらうだけだ。

 

「はぁ……。チェンジか……」

 

「行きますよ。一ノ瀬さん」

 

「なんでこんな大舞台で私が投げなきゃいけないの……」

 

一ノ瀬さんは自分がマウンドに上がるのに否定的だけど、マウンドに上がる理由は今の埼玉選抜で1番実力がある投手が一ノ瀬さんだからだろうね。

 

カーブ、シンカー、シュート……。基本的にこの3種類を使い分けて投げてるけど、その実力は神童さんにも匹敵する。

 

(ただ問題は今の一ノ瀬さんが抑え投手並のハイペースで投げている事……。このままだと中盤でガス欠になりかねない)

 

だから大宮さんは早い段階で武田さんに準備させているんだろうけど、抑え投手は極力短いイニングで投げてほしいと思っているのは間違いない。一ノ瀬さんには1人でも多く抑えてほしいところだ……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

2回表は三者三振。風薙さんが1球も振らなかったのは気になるところだけど、現状そんな余裕はない。出来る事なら4回辺りで先制点を取りたい……!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑦

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

3回表。一ノ瀬さんは二者連続三振に抑える。これでツーアウトになり、次の打者は……。

 

「やるわね……。でもあたし達だって負ける訳にはいかない!」

 

未だに打率10割をキープしているイーディスさん。まぁこの県対抗総力戦は打率の増減はないから、仮に打ち取ったとしても10割のままではあるんだけど……。

 

(まぁ抑える事に意味があるのかもね……)

 

ここでイーディスさんを抑えられると、勢いがこっちに傾く可能性が高い。こっちが打たれたのはまだイーディスさんのヒットだけだから、イーディスさんを抑えて、優位に立っておきたいね。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

1打席目は見送りの多かったイーディスさんだけど、今回は初球から打ってきた。ウィラードさんや上杉さんでも見送るか手が出ないのに、イーディスさんは普通に打ってくる……。やっぱり群馬選抜で1番手強い打者ってイーディスさんなんじゃないの?

 

(この打者はやはり空振りを取るのは難しそうですね……)

 

(別にヒット打たれても、点を取られなきゃ良いんでしょ?面倒だから、さっさと仕留める……!)

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

2球目もファール。1球目はカーブ、2球目はシュートと、それぞれ違う軌跡の球を投げてるのに、イーディスさんは難なく対応していっている。本当にこんな打者を打ち取る事が出来るの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石はイーディス先輩ね。私や真深がてこずる球を余裕綽々で対応していっているわ」

 

「ええ。一ノ瀬さんが投げる変化球に対してあそこまで安定した打ち方は私達でも難しい……」

 

「大会中もずっとヒット打ってたもんね。2試合くらいサイクルヒットも叩き出してたし……」

 

「私も真深もサイクルヒットはまだ1度だけしか達成してないからね。イーディス先輩がどれだけ凄い選手なのか……ってのが嫌と言う程わかるわ」

 

(私からすればユイちゃんと真深ちゃんと彼方さんもイーディスさん並の選手だと思うけどね。3人はアメリカからの留学生としても話題になってたし……)

 

「恵梨香ちゃん?どうかしたの?」

 

「ううん、なんでもないよ?」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「追い込まれても、淡々と打ってくるイーディス先輩はどこか凛々しく感じるわね」

 

(それはまるで無心に、ただただ機械的に投げている彼方先輩のよう……。イーディス先輩は楽しんで野球をやっているのはわかるのだけれど、彼方先輩は……。どうすれば彼方先輩を闇から救い出せるのかしら?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

今のファールで10球目……。イーディスさんが一ノ瀬さんを段々と攻略していっている気がするよ。

 

(いい加減鬱陶しい……。これで決める……!)

 

(……!あの投手の圧が強くなった!?面白いじゃない!)

 

運命の11球目。結果は……!?

 

(シンカー……!)

 

 

カンッ!

 

 

イーディスさんが一ノ瀬さんの投げるシンカーを捉える。打球はピッチャー正面へ。一ノ瀬さんがライナーを捕球を試みるけど……?

 

 

バチィッ!

 

 

グラブを弾いた。また内野安打を狙われるんじゃ……?

 

「抜かせない!」

 

 

バシッ!

 

 

「なっ!?」

 

友沢が滑り込んで弾かれたボールをノーバンでキャッチした。つまり……。

 

『アウト!』

 

10割打者であるイーディスさんを打ち取った事を意味する。

 

『一ノ瀬選手!バックの助けもあって、10割打者を打ち取りました!!』

 

『仲間との助け合いが良い方向に働きましたね。素晴らしいチームワークです』

 

イーディスさんを打ち取ったところで、こっちに流れが来てると良いな。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑧

3回裏は三者三振に終わってしまい、4回表。

 

「はぁ……。味方の援護がないと辛い……」

 

一ノ瀬さんがため息を吐きながらマウンドへ歩く。不甲斐ない限りで申し訳ない所存でございます!

 

まぁそれはさておき、この回は2番の暮羽さんから……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

当てる事に関してはイーディスさんにも負けていない暮羽さんをも三振に……。前の回でイーディスさんを打ち取った事で、完全に勢いに乗ってるね!あとは……!

 

「1打席目の借りを返させてもらうわよ!」

 

3番のウィラードさん、そして4番の上杉さん。中軸2人に確定で回ってくるのが怖過ぎる……。

 

「鬱陶しい……!」

 

そして一ノ瀬さんもネガティブオーラがムンムンだし、尤も楽しそうにやれば良いのにね。

 

(楽しそうに野球をするネガティブじゃない一ノ瀬さんねぇ。こんな感じ……?)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

駄目だ。違和感しかない。クリスマスイブの時に想像した二宮の陽気な姿ばりの別人レベル!二宮もそうだけど、私は在りし日の一ノ瀬さんを知らないもの!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「ど、どうしたの瑞希ちゃん?」

 

「……いえ、何故か失礼な事を思われた気がしました」

 

「瑞希的に何が失礼なの?」

 

「そうですね……活発な私が似合わないとかですか?」

 

「えぇ……。でもそれは仕方ないんじゃない?普段の瑞希がこんなだし」

 

「失礼ですね。私は常に(情報を求めて)活発に動いていますよ」

 

「いやいや、表情の事だよ。瑞希の表情筋はあんま動かないし」

 

「いずみさんも私の幼少期のアルバムを見た事があるでしょう?どこにでもいる可憐な少女です」

 

「自分で言っちゃうんだ……。和奈くらいしか瑞希のその可憐な少女時代を知らないから、否定しか出来ないって」

 

「まぁそれは仕方がありませんね。幼少期の時点で私は笑う必要がないと学びましたから……」

 

「……っ!」

 

(瑞希ちゃんが笑わなくなったのは私が、私のせいで……)

 

「……和奈さんが気にする必要はありませんよ」

 

「み、瑞希ちゃん。でも……!」

 

「それよりも試合に集中ですよ。埼玉選抜は一ノ瀬さんが想像以上の奮闘を見せています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ!

 

 

ウィラードさんも今度は一ノ瀬さんの変化球を捉えるも……。

 

 

バシッ!

 

 

「その程度、まだ甘い……」

 

『アウト!』

 

ライナーを一ノ瀬さんが余裕を持って捕球。これでツーアウトだ。

 

「よろしくお願いします」

 

右打席には凛とした表情で打席に立った上杉さん。それを見た一ノ瀬さんは……。

 

「はぁ……。そんな自信に満ちた表情しないでほしいよ。陽キャを見ると、より鬱になるんだよぉ……!」

 

な、なんか陰気な圧がライトまで来た気がする……。これは期待しても……良いんだよね?

 

 

ガッ……!

 

 

上杉さんは初球から打ってくる。しかし打球はライト線。ふらふらっと私のいるところへ打ち上がり……。

 

「オーライオーライっと……」

 

『アウト!』

 

私はその打球を捕った。というかもうフェンスに来たんだけど?あと数センチ後ろだったらホームランだったんだけど?

 

(相変わらず恐ろしい打球を放つ……)

 

あれが打ち上げた打球とは思いたくない……。これがスラッガーってやつなの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか真深が2打席連続で打ち取られるなんてね……」

 

「そうね……。一ノ瀬さんが投げたのがシュートだったからカットのつもりで打ったのだけれど、差し込ませてしまったわ。でも……」

 

「でも?」

 

「一ノ瀬さんの不規則性がなんとなく掴めたわ。だから……次の打席で必ず打ってみせる……!」

 

「……そうね。私も次は打ってみせるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4回裏。試合は思わぬ展開を見せる。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

この回は2番から始まる打順。しかし2番、3番と連続で風薙さんは四球を与えた。

 

『な、なんと群馬選抜の風薙選手、連続で四球を出してしまいました!』

 

『この回になって急に制球が定まらなくなりましたね。今大会、風薙選手にとって初めてのピンチとなりました』

 

ノーアウト一塁・二塁のチャンスで、打席に入るのは雷轟……。

 

「お姉ちゃん……。絶対に、絶対に元のお姉ちゃんに戻すからね!!」

 

「……良いから黙って打席に立ってよ。公開処刑にしてあげるから」

 

普段の風薙さんからは絶対に聞かない台詞……。球場は緊迫した雰囲気に包まれて、埼玉選抜はチャンスを迎える。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑨

4回裏。ノーアウト一塁・二塁のチャンス。ここで点が取れないと、いよいよ厳しくなってくる……。頼んだよ雷轟!

 

『さぁ風薙選手、全国大会から数えて初めてのピンチではないでしょうか!?』

 

(ピンチ……?ピンチ……ね)

 

確かにこれまでの風薙さんは二塁にランナーを出した事はなかった。けど風薙さんにとってこれは本当にピンチなんだろうか?まぁ私達にとってチャンスなのには変わりないけど……。

 

(ストレートには着いて行っている……。あとはドロップをどうするかだね)

 

(絶対に……絶対に打たなきゃ!)

 

風薙さんが振りかぶって第1球目を投げる。

 

(ストレート?それとも曲がる球……?)

 

「ここだ……!空蟬っ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(よし、なんとか打てる……!)

 

「…………」

 

カウントワンストライクからの2球目。

 

(さっきと同じ……!?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

間髪入れずにドロップボール……。あれだけ速いと、寸前までの見極めが不可能だから、ヤマを外すと、あのように空振りしてしまう……。

 

(投げ方や球速じゃ全く区別が付かないよ……。一体どうしたら……?)

 

風薙さんが投げるストレートとドロップは球速も、フォームも、リリースポイントも全て一緒……。変化し始めも遅いし、見極めも駄目となると、いよいよ決め打ちしかない訳だけど……?

 

「お姉ちゃん!」

 

雷轟が風薙さんに呼び掛けた……?一体何をするつもり?

 

「1球目でストレートを打たれたからって、変化球に頼り始めるの!?そんなに自慢の変化球なら、それだけで勝負してみせてよ!決め球を打ち砕かれるのが怖くないならね!!」

 

「…………」

 

えっ?ち、挑発?なんで急にそんな結論になったの?そもそも風薙さんがそんな挑発に乗る保障なんてないよ?もしかしてそれでドロップを誘ってるつもりなの?

 

「……何か勘違いしてるみたいだね。でもそこまで望んでいるなら……投げてあげるよ。安い挑発は自らの死を早めるだけだと、教えてあげる」

 

風薙さんが雷轟の挑発に乗るのかどうか……運命の3球目……!

 

(速い……。本当にここから曲がるの?どう見てもストレートだよね?……いや、あれだけ言っておいて今更ストレートには切り替えない。だって貴女は私のお姉ちゃんなんだから!)

 

「空蟬っ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

「………!」

 

『打ったぁ!!』

 

雷轟は本当にドロップを決め打ちした。まさかあんな挑発で……?

 

『打球はレフト方向に大きく伸びる!レフトの上杉選手が懸命にバック!!』

 

「くっ……!」

 

『上杉選手が飛び付いて捕球を試みるも、ボールはフェンスに激突!長打コースだー!』

 

「やった……!」

 

『そしてセカンドランナーが三塁を蹴ってホームへ!!』

 

「バックホーム!!」

 

上杉さんが素早く対応し、強烈な送球がホームへ。最早中継いらないね。

 

『矢のような送球がホームへ!』

 

「先制点はもらった……!」

 

二塁ランナーの友沢がホームへスライディング。上杉さんからの送球を受けた水鳥さんのグラブと、友沢のスライディングした足がほぼ同時に……。判定は!?

 

『……セーフ!』

 

セーフ?という事は……。

 

『セカンドランナーホームイン!先制点をもぎ取ったのは埼玉選抜!なんと風薙選手、全国大会から通して初めて失点を許しました!!』

 

「このまま埼玉選抜を優勝に導くよっ!」

 

雷轟によるタイムリーツーベースで1点先制。しかもまだノーアウト二塁・三塁のチャンス。追加点がほしい……!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑩

雷轟のタイムリーツーベースのお陰であの群馬選抜を相手に先制点を取る事が出来た。更にノーアウト二塁・三塁のチャンスではあるんだけど……?

 

「人の挑発には乗っちゃいけないって事だよ!」

 

なんか雷轟がビシッと風薙さんを指差した。いや、挑発した本人の台詞じゃないな……。それと人を指差すんじゃありません。

 

「…………」

 

対する風薙さんは無反応。挑発に乗らないところを見ると、案外冷静なんだな……。

 

(あれ……?向こうのメンバーが集まってる?)

 

集まってるのは内野陣に加えて上杉さんか。なんか嫌な予感がする……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼方先輩!」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「真深ちゃんにユイちゃん……。問題ないよ」

 

「でも……彼方先輩が点を取られるなんて思いもしませんでした。この大会どころか、アメリカでも無失点だったのに……」

 

「……遅かれ早かれこうなる運命だったんだよ。でも大丈夫」

 

「彼方先輩……?」

 

「私はこんな日をどこか心待ちにしてた気がするよ。だから私は私の最強の球を開発した……。それをこの試合で投げる」

 

「彼方先輩……」

 

(目はまだ闇のように暗いけれど、少し以前までの、いつもの彼方先輩に戻ってきている……。多分遥ちゃんが彼方先輩を打ち砕いたから……かしら。やはり見立ては間違いなかったみたいね)

 

「だから精々私を楽しませてね。埼玉選抜……!」

 

(あと一息……といったところね。お願い、彼方先輩を救い出して……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打席には5番のゴウさんが入る。

 

「ふふん!このゴウちゃんが試合を決めちゃいますよっ☆」

 

「試合……?今の私にとってそれはどうでもいいよ。私は……私の最高の球を打つ打者を求めてる。今から私は全力を解き放つ。そして投げるのは私の真の決め球……!」

 

ゴウさんの試合決めます発言に対して、風薙さんはそう答えた。

 

(まさか風薙さんが投げるのって……!?)

 

風薙さんの発言に思うところはあるけど、今は風薙さんのピッチングに注目しないと……!

 

「いくよ……!」

 

風薙さんはこれまでよりも大きく振りかぶって投げる。

 

(確かに速いですね。でもこれまで投げられたストレートと大差はない……)

 

「さっきの発言はハッタリですか~?」

 

ゴウさんは風薙さんの発言がハッタリだと思い、スイングを始動する。確かに風薙さんが今まで投げていたストレートなら、真芯で捉えられる。空蟬のタイミングなら、間違いなくゴウさんはホームランを打つだろう。しかし……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「なっ!?」

 

投げたのは恐らく以前に私と二宮に対して投げられた、バットを貫通する謎の球……もとい偽ストレートの完成形だ。

 

(そんな……。今完璧に真芯で捉えた筈なのに……!)

 

「どうしたの?早く試合を決めてよ」

 

「くっ……!」

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(こんな……こんな球があって良い訳……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

ゴウさんは三振に倒れ、後続の打者も三振になってしまい、二者残塁になってしまった。でも……。

 

(遂に風薙さんの決め球を間近で見る事が出来た……)

 

前に見たのは去年末……。あの頃よりも間違いなくノビとキレがある。絶対に攻略してみせるんだ!

 

(お姉ちゃんがどんな球投げようとも、打たなきゃ……!それが私の使命なんだ!)

 

雷轟が何か決意している。打倒風薙さん……という目標を掲げて頑張ってほしいところだ。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑪

「えっ?今のって何なの!?打者は確かに真芯で捉えてた……よね?」

 

「多分以前私に1球だけ投げてきた……バットをすり抜ける球じゃないかな……」

 

「和奈さんだけでなく、朱里さんにも投げましたし、私も2球程受けました」

 

「ちょちょちょ!ちょっと待って!?和奈の言ってたバットをすり抜けるってナニ!?どういう事!?」

 

「……?そのままの意味ですよ。打ったと思っていたらバットを貫通していました」

 

「可笑しくない!?黛さんの時もおんなじ事言ったけどさ、最早これは超次元野球だよ!イナズマナインだよ!!」

 

「サッカーではなく野球なので、イナズマナインですか……。いずみさんも中々に上手い事を言いますね」

 

「み、瑞希ちゃん冷静だね……」

 

「ええ……?アタシが可笑しいのかな?」

 

「いちいち大袈裟に反応していてはキリがないですよ。それに5年前のエクスリーグでは魔球が流行っていたくらいです」

 

「ま、魔球って……?」

 

「ボールに炎が宿ったり、大地を震わせたり、水や風を纏わせたり、光や闇を帯びたり、それ等に対抗する為に編み出された魔打法が……」

 

「魔球ってそういう事!?比喩とかじゃなくて、魔球(物理)なの!?」

 

「取得したのは主に少年少女……12~14歳くらいのスポーツ選手だそうです。それこそ野球だけでなく、サッカー、アメリカンフットボール等々で……。それに比べれば、風薙さんの投げている球はあくまでも普通の球です。攻略方法もきっとありますよ」

 

「い、一応聞くけど、さっき言ってた5年前の魔球(物理)の攻略法は……?」

 

「先程言った魔打法しかありませんね。まぁ今現在ではその使い手がいませんので、その心配は必要ないでしょう」

 

「……今更こんな事を聞くのもなんだけどさ、瑞希はなんでその情報を知ってるの?」

 

「5年前の当事者の1人だった静華さんに事のあらましは聞きました。そこから過去の情報を調べて……」

 

「そ、そういえば静華ちゃんは中学2年の終わり頃にシニアに入ってきたね……」

 

「ええ……。前に静華が忍者だって話を聞いた時は話し半分でスルーしてたけど、今の話を聞くと強ち冗談には思えないなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4回裏の攻撃は風薙さんのボールがすり抜けるお化けみたいな球によって三者連続三振になったの訳だけど……。

 

「何なんですか!?あのお化けボール!真芯でとらえたと思ったら、バットを貫通していきましたよ!?」

 

「私は投げられたコースがど真ん中だったから、てっきりいつものだと思ってたけど、剛田がそう言うって事は本当にすり抜けてるのね……」

 

「流石に人間の投げる球だし、何かしらの攻略法はあると思うんだがなぁ……」

 

風薙さんのバットを貫通する面妖なストレートを目の当たりにしたゴウさん、番堂さん、主将の3人は苦悶の表情を浮かべている。

 

「……多分1度打席に立ってみないと、わからないかも知れませんね」

 

私は1度打席で見たけど、それは去年の年末……。あれからかなりの月日が経過してるし、参考にするのは難しいと思う。

 

「どんな球でも打たなきゃ……!お姉ちゃんを元のお姉ちゃんに戻さないと……!」

 

雷轟は雷轟で大変そうだ。なんとか力になれないものか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は0対1のまま、イニングは6回表。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!フォアボール!!』

 

ツーアウトまで抑えたものの、その後四球を与えてしまう。しかも次の打者は……。

 

「いつまでもリードを許したままにはしておけないわ……!」

 

4番打者の上杉さん。ここを乗り越えれば、大分楽になると思うんだけど……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑫

6回表。ツーアウト一塁のピンチで迎えるのは4番の上杉さん。ここを凌げれば、埼玉選抜の優勝がかなり近くなる筈……!

 

『一ノ瀬選手、ツーアウトまで漕ぎ着けたものの、ランナーを出してしまいました!』

 

『前のイニング辺りから疲れが見え始めていますね。一ノ瀬選手はかなりハイペースで投げていますが、群馬選抜の強力な打線はそれくらいしないと抑え切れない……と判断しているのでしょうか?野球は1人でやる訳ではないので、無理のし過ぎは避けてほしいですね』

 

『青葉プロのそれは自分の体験だったり……?』

 

『そうですね……。高校時代の私は1人で突っ走る事が多く……って何を言わせるのかな!?』

 

実況と解説のやり取りはともかく、今の一ノ瀬さんは少し心配だな……。

 

「一ノ瀬さん、大丈夫ですか?前のイニングから制球が乱れているように見えますが……」

 

「心配はいらないよ。一応ツーアウトまで抑えたんだし、あと1人くらい問題ない。それに……」

 

「…………!」

 

「あの4番には全力でいかないと、打たれるしね……」

 

(一ノ瀬さん……。確かに彼女は他の打者よりも数段危険だし、全力で投げるしかないけど……)

 

疲れが見える一ノ瀬さん。しかし上杉さんを相手には全力で投げる他ない。

 

「いくよ群馬選抜のスラッガー。打てるものなら打ってみろ……!」

 

「…………」

 

(あの投手……疲れが見えているのに、球威を落とさないどころか、更に変化を増してきたわね……!)

 

そんな状態でも一ノ瀬さんの球威は落ちていない。それどころかこの試合1番の球にも見える……けど。

 

(彼女が投げていた変化球の独特さ……よく見るとそれは不規則ではなく、かなり規則的だったのよね。そしてその独特な軌道の正体は回転。それを様々な変化球で応用していた。今投げられた球だとシンカーね……)

 

「……だから私はその軌道の先に来るボールを打てば良いのよ!」

 

 

カキーン!!

 

 

『打ったぁ!大きい当たり!!』

 

3打席目にして、上杉さんは遂に一ノ瀬さんのシンカーを捉えてしまった。

 

『打球はグングンとセンター方向へと伸びていくぅ!』

 

そして、その打球は……。

 

 

ドゴッ!!

 

 

バックスクリーンに叩き込まれた。

 

『入りました!上杉選手の逆転ツーランホームラン!!埼玉選抜が死に物狂いで取った1点をアッサリとひっくり返しました!』

 

『上杉選手は一ノ瀬選手の変化球を完璧に捉えましたね。その時に投げられたのはシンカーでしたが、そのシンカー軌道の先にバットを持っていきました』

 

「…………」

 

マウンドでは呆然と一ノ瀬さんが立ち尽くしていた。そんな一ノ瀬さんを心配してか、私を含めた全員がマウンドへ駆け寄った。

 

「私、もう限界……」

 

ポツリと一ノ瀬さんが呟いた。普段から似たような事をずっと繰り返していた一ノ瀬さんだけど、今日は違う。肩で大きく息をしているから……。

 

「持てる力を全て出し尽くして、そして上杉には完敗した……。もう投げる力がない……。ごめんだけど、私はここまで……」

 

「一ノ瀬さん……」

 

伝令に連れられて、一ノ瀬さんはマウンドを降りた……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑬

伝令からは一ノ瀬さんの交代を伝えられた。そして代わりにマウンドへ上がったのは……。

 

「皆、おまたせ!」

 

武田さんだった。後ろにはプロテクターとレガースを装着した山崎さんもいる。

 

「自分は一ノ瀬さんと同様、自分の持てる力を全て出し切ったつもりです。……山崎さん、あとはお願いします」

 

「うん……。私が志木さんの、ヨミちゃんが一ノ瀬さんの想いを引き継ぐよ!」

 

まぁ一ノ瀬さんは一足先にベンチに帰って行ったけどね……。

 

(武田さんの特訓の成果がこの大舞台で発揮される……。群馬選抜の強力な打線を抑えられるのか……)

 

「……武田さん、これを」

 

志木さんが武田さんに渡したのは、泥にまみれたボールだった。

 

「これは……?」

 

「それと一ノ瀬さんから伝言を預かっています。『この球には私達埼玉選抜の魂が隠っているから、それを充分に心して投げろ……』だそうです」

 

「一ノ瀬さん……」

 

志木さんが言った一ノ瀬さんからの伝言は一ノ瀬さんらしからぬものだった。まぁ本人が直接言わないのが、一ノ瀬さんらしいと言えばそうなのかも……。

 

「……志木さん、一ノ瀬さんに伝えておいて。『その想い、しかと受け取りました!』って!!」

 

「……わかりました。伝えておきます」

 

そう言って志木さんはベンチに戻って行った。一ノ瀬さんと志木さんはこの県対抗総力戦で生まれた、県対抗総力戦でしか誕生する事のないバッテリーだったけど、案外名バッテリーだったのかもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『埼玉選抜、ここで投手交代です!』

 

「投手交代……」

 

「限界まで投げてたから、仕方ないのかもね。それを打った真深も流石だけど」

 

「一ノ瀬さんはきっと……私が苦手としているシンカーで勝負を掛けてくると思ったのよ。だから私はそれに対応しただけ……」

 

「それが普通は出来ないんだけどね……。でも投手交代か……。次はどんな投手が出て来るんだろう?」

 

(一ノ瀬さんがベンチに帰って行ったところを見ると、多分早川さんじゃない。一体誰が……?)

 

『投手は一ノ瀬選手に代わって、武田詠深選手!』

 

「ヨミ!?」

 

「彼女は……確か真深の従姉妹だったわよね?地獄の合同合宿にも参加していた……」

 

「え、ええ……」

 

(ヨミが出て来る事を全く予想してなかった訳じゃない。埼玉県大会の映像でヨミのピッチングを見た時は対戦を楽しみにしていたくらいだもの。でもまさかこんな大舞台でヨミとの対戦が実現するなんて……!)

 

「……この試合、まだまだ楽しくなりそうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バッテリーが武田さんと山崎さんに代わって、試合再開。ツーアウトランナーなしで、打席に立つのは5番の風薙さんだ……。

 

(先発の一ノ瀬さんはかなり高いレベルの変化球を投げていた。次に出る投手はどんな球を……?)

 

「いくよタマちゃん……!」

 

「来て、ヨミちゃん……!」

 

注目の1球目……。

 

(投げた……投げたの?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(まるで消える魔球……)

 

た、多分武田さんが投げたのはあの魔球なんだと思う。その球威とキレは県大会の……いや、沖縄選抜との試合で投げた時の比じゃない。

 

(どんどんいくよ。ヨミちゃん!)

 

(うんっ!)

 

それからの武田さんは風薙さんに対してカットボール、チェンジUP、ツーシームと球種の限りを尽くして、全力で抑えに行った。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

(この子……!)

 

ここに……最強クラスの投手が1人、誕生した瞬間だった。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑭

イニングは7回裏。依然2対1で、埼玉選抜がビハインドの状態。

 

(私達に残された攻撃はあと3回……。向こうの選手スペックを考えると、延長戦に入ると不利になるのは私達の方だ)

 

だからなんとしても9回までで、逆転しておきたいところだ。

 

「じゃあ行ってくるね!」

 

そしてこの7回裏は4番の雷轟から……。きっと風薙さんの決め球攻略の1歩を掴んでくれると私は信じてる。

 

「…………」

 

「お姉ちゃん……」

 

(点を取ってから、お姉ちゃんの雰囲気が重くなった。それにゴウちゃん達はお姉ちゃんの投げる球が変わったとも言ってた……)

 

「遥さん、気を付けてくださいよ。今の風薙彼方が投げる球はバットをすり抜けるお化け球なんですから……!」

 

4回に回ってきたゴウさんから、前のイニングの私まで、ずっと風薙さんはあのストレートを投げている。バットを貫通する摩訶不思議なストレートを……。

 

(ゴウちゃん達があんな嘘を吐くとは思わない……。だからきっとお姉ちゃんは例のバットをすり抜けるストレートを投げてくる。でも実際にどんな球かはこの目で見ないとわからないから……!)

 

「まずはこの目で確かめる……!」

 

「……良い眼だね。覚悟を決めた眼だ。遥が、妹がここまで成長してくれて嬉しいよ」

 

「お姉ちゃん……」

 

「でも勝つのは私。私が野球を続ける以上、妹に遅れを取る訳にはいかないんだよ」

 

風薙さんが今の状態になっているのは、きっと色々な葛藤があるから……。県大会が終わった後に雷轟が風薙さんに会いに行った時に、風薙さんなりに色々と抱えてああなったんだと思う。その真相を知る為には……雷轟が風薙さんを打たなきゃいけないんだと思う。

 

「行くよ……!」

 

(大きく振りかぶった……!)

 

「これが私の投げる最高の球……!」

 

そう言って風薙さんは1球目を投げる。

 

(来た!でも見た感じこれまで通りのストレート……!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

雷轟のバットは本来なら芯に当たっている。しかし風薙さんはあの摩訶不思議な球で空振りを取ったのだ。

 

「…………!」

 

「こんな球はありえない……と言いたげだね。でもそんな球を遥はあと2球も見れるんだよ」

 

「……最近ちょっと疲れてるからかな?目の錯覚が起こってるよ」

 

……実は結構余裕あるよね雷轟?なんでこんな緊迫した状況で、そんなふざけた発言が出来るのかな?

 

(まぁ今の雷轟に限ってふざけたりはしないか……。なんとか風薙さんの球を攻略しようと必死なんだ)

 

「……いつまでも錯覚だと思ってる?それじゃあ永遠に私の球は打てないよ」

 

(普通に考えて、ボールがバットをすり抜けるなんてありえない。だからきっとあれには何かしらのカラクリがある筈……!それを見定めるんだ!)

 

「……2球目」

 

ワンストライクから風薙さんは機械的に2球目を投げる。

 

(多分これも例の球……。どうやればバットに当たらず通過するのか、もう1度この目でしっかりと拝む!)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

「またバットを素通りした……」

 

「どうにかなんないんですかね?あのお化け球は!?」

 

(確かにこんなのお化けでもなかったら、ありえないよ。まるで実体のない幻を見てるかのよう……)

 

雷轟も難儀している……。雷轟は今までもこうして悩んでは攻略の糸口を掴んできた。だから今回もきっと……!

 

(あれ?ちょっと待ってよ?もしかしたらあれは本当は幻かも知れないじゃん!それなら……!)

 

「遥ちゃん頑張って~!」

 

「一発デカいの狙っちゃえ~!」

 

ベンチでは先程活躍した私と雷轟と同じ新越谷新越谷のバッテリーである武田さんと山崎さんが精一杯応援している。確かに雷轟のパワーは頼りになるけど……。

 

(ヨミちゃんと珠姫ちゃんが応援してくれてるけど、それじゃあ駄目なんだよ。私だって大きいのを狙いたい……。でも偶々打てたからって、それは長続きしないと思う。だからここでどうしても調べなきゃいけない事があるんだよ)

 

ツーナッシング。風薙さんはきっと三振を取りに行く……。この打席最後のチャンスだよ雷轟……!

 

「これで三振だね……」

 

(さっき感じた妙な違和感……。その正体を確かめるんだ!)

 

『!?』

 

この場にいる全員が驚いただろう。雷轟は突如、バントの構えを取った。

 

「…………!」

 

 

コンッ。

 

 

「あ、当たった……?」

 

打球はピッチャー正面に力なく転がる。風薙さんはそれを冷静に処理して……。

 

『アウト!』

 

「な、何やってるんですか!?」

 

「な、何か狙ってのバントだったんですよね!?」

 

「わわっ……!?」

 

ゴウさんと番堂さんが早速雷轟に詰め寄って来た。まぁ気持ちはわかるけど……。

 

「ご、ごめんね?でも……今のでもしかしたら球の正体がわかったかも知れないんだ」

 

『ええっ!?』

 

今のバントで雷轟は球の正体を掴んだかも知れないとの事。やっぱり雷轟の野球センスには驚かされるね。

 

「まだ曖昧なんだけどね……?」

 

雷轟が後続の打者に軽く作戦を伝えた。

 

「そ、それが本当なら……」

 

「中々面白い話じゃないですか!」

 

雷轟の作戦によって反撃の火蓋が切られるかも知れない……。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑮

雷轟のバントによって攻略のヒントは掴めたものの、それを打ち消すかのような風薙さんのピッチングによって、後続の打者は抑えられていく。

 

その一方で武田さんも負けじと全ての球種を駆使して、強力な群馬選抜の打線を続々と抑える。

 

埼玉選抜の投手が武田さんに代わってからずっと……ランナーの1人すら出ておらず、2対1のまま残すは9回表裏の攻防のみとなった……。

 

『さぁ!群馬選抜と埼玉選抜の熱烈な攻防もいよいよ9回に突入しました!!』

 

『武田選手がマウンドに上がってから1点どころか、1人のランナーの出塁すらも許さない投手戦となっています』

 

そう……。前のイニングで武田さんはイーディスさんを凡退に仕留めている。そしてこの9回表は3番のウィラードさんを打ち取り、ワンアウト。次に打席へと入るのは……。

 

「ヨミ、珠姫、いよいよ直接対決ね……。互いに悔いの残らない打席にしましょう!」

 

「うんっ!私達だって負けないよ真深ちゃん!!」

 

4番の上杉さん……。ここまで順調に抑えていっている武田さんだけど、ここで上杉さんにホームランを打たれようなら、もう追い付くのは無理だろう。

 

(頼んだよ武田さん。埼玉選抜の勝利の為に……!)

 

私はライトから祈るだけ……。武田さんはこれまでよりも大きく振りかぶって投げた。

 

(カットボール……。かなりのキレと勢いね。それならこのまま持っていく……!)

 

 

カンッ!

 

 

(根っこで強引に持っていった!?)

 

『ファール!』

 

今の武田さんの球はかなり球威を増している。それに対して全く力負けしているように見えない辺り、風薙さんと共に過ごしていた上杉さんは流石の実力……という事かな。

 

(ヨミちゃん、次はこれを……!)

 

(うん……!)

 

2球目。

 

(今度はチェンジUP……。先程のカットボールに合わせて、タイミングをずらす戦法ね。でも……!)

 

「甘いわっ!」

 

 

カキーン!!

 

 

武田さんが投げたチェンジUPを上杉さんが捉える。その打球はライトへ大きく伸びていく……。

 

(ちょっ!ホームランとか止めてよね!?)

 

私は打球を必死に追っていくけど、スタンドへと入ってしまう。

 

『ファール!』

 

しかしライト線切れてファールとなる。た、助かった……。

 

(真深ちゃん……。こうして対戦して改めてわかったよ。真深ちゃんがこれ程までのレベルのスラッガーなんだって……!)

 

(ヨミの球……大会や沖縄選抜との試合で見た球とは比べ物にならないわ。変化球のキレも一ノ瀬さんにも負けていないし、緩急もしっかりと付いてるし、決め打ちするのも危険……。ヨミの凄さが如実に伝わってくるわ)

 

武田さんと上杉さんが睨み合う……。普段は仲の良い従姉妹。そしてこの場面ではライバルだ。勝者はどちらか1人……。埼玉選抜の身としては武田さんに勝ってほしい。

 

(いくよ真深ちゃん……!)

 

3球目は武田さんが最近よく投げるようになったっていうツーシームだ。ストレートと相まって打ち辛い球の1つ……。

 

(インコースで投げられるツーシーム。当てられると錯覚させて、ストライクゾーンに侵略する1球……!)

 

「でも打てない球じゃない……!」

 

 

カキーン!!

 

 

(タイミングをずらしても完璧に捉えるなんて……!)

 

いや、また打球が私の方に来たんだけど!?

 

『ファール!』

 

しかしまたライト線切れてファール。

 

(ヨミちゃんの持ち球はあと2つ……。次はあの球で!)

 

(うん!)

 

(次は何を投げてくるのかしら……!?)

 

4球目……。そろそろ三振に仕留める武田さんの決め球であるあの魔球が来ると思う。

 

(球が私の頭上に?多分これはヨミが幼少期にカラーボールで投げていた……)

 

(真深ちゃんはヨミちゃんのあの球をよく知ってる……。従姉妹で小さい頃から仲が良くて一緒に遊んだもんね)

 

勢い良く曲がっていくあの魔球を……。

 

(球の性質がわかれば、一ノ瀬さんの時と同じように私はその軌道を待つだけ……!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

これもファール。というか私の方ばかりに飛ばしてるのは何なの?私の事好きなの?

 

(これでヨミちゃんの持ち球の4球が打たれた。でも……!)

 

(タマちゃん、ここで特訓の成果を出す時だよ!)

 

(ヨミの雰囲気が変わった……?まだ、とっておきがあるのね)

 

武田さんが様々な球種を駆使しているのに、まだ1度も山崎さんのミットに収まっていない。それでも……。

 

(武田さんはきっと上杉さんを抑えてくれる……)

 

(ヨミちゃんは尋常じゃない特訓によって大きく体を成長させた)

 

(獄楽島での薪割り特訓によって養われた屈強な上半身と……)

 

(六甲山での息継ぎなし坂登りで形成された剛健な下半身……)

 

(全てが鍛え抜かれた肉体を手にしたその時、武田さんはとんでもない球を投げるようになったって山崎さんが言ってた……)

 

武田さんが恐らく最後になるであろう球種。それがストレートな訳だけど……。

 

(いくよタマちゃん!)

 

(来い!ストレート!!)

 

5球目に投げたのは武田さんが死に物狂いで手にした究極のストレートだ。

 

(ヨミの投げたストレートは、彼方先輩にも負けてない球威と圧。それでも私は……!)

 

「このストレートを……打ってみせる!!」

 

武田さんのストレートに対し、上杉さんのスイングが始動する。その結果は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「コレがキツい特訓の末に身に付けた強ストレートの更に上……真ストレートだよ!」

 

山崎さんのミットにボールが収まり、上杉さんは三振となった。

 

「……良い球だったわ。またヨミと勝負したいものね」

 

「……私も!!」

 

武田さんは上杉さんを抑えた勢いで、後続の打者を真ストレート(武田さん命名)と変化球で次々と抑えていった。残りは9回裏の攻撃だけだ。



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑯

9回裏。この回は1番から始まる……。

 

『さぁ、2対1のまま遂にラストイニングを迎えました!』

 

『埼玉選抜はかなりギリギリの状況に立っています。このまま延長戦に入ればジリ貧になる可能性が高いので、是非ともこの回でサヨナラ勝ちを決めたいところでしょう』

 

『埼玉選抜、最後の攻撃の前に円陣を組みます!気合い充分です!!』

 

「この9回裏は1番からの好打順……。逆転する為に残されたラストチャンスだ」

 

大宮さんの言葉に全員が息を呑む。そして絶望的な状況に立たされている……という現実に直面している事を自覚させられた。

 

「問題は風薙選手が投げるバットを貫通すると言われている球だね。あの球は幻みたいだけど、じゃあ結局のところ実体はどこにあるのか……という事だ。迂闊に手を出せないのが難点なんだけど……」

 

「監督!」

 

「その事だったら私達に作戦があります!」

 

「皆の打席を見て、3人で思い付いたんですっ☆」

 

大宮さんに作戦があると言ったのは雷轟、番堂さん、ゴウさんの3人だ。3人からその作戦内容を聞いてみると……?

 

「それは本当なの?」

 

「はい!このやり方に間違いない筈です!!」

 

「……じゃあそのやり方で、皆で風薙選手を攻略していこうか」

 

『はいっ!!』

 

円陣を組み、気合いを入れて、反撃に。まずは1番の中村さんから……。

 

「朱里ちゃん!」

 

「ど、どうしたの中村さん……?」

 

「私と友沢さんが絶対にヒントを掴んで来るけん、朱里ちゃんと遥ちゃんは大船に乗ったつもりで構えとって!!」

 

「……うん。頼りにしてる。雷轟にもそう伝えておくよ」

 

友沢共々ね……。本当に私にはもったいない良いチームメイトだよ。友沢もシニアでは同じチームだったしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いよいよ最終イニングだね……」

 

「同点止まりだと埼玉選抜の方が苦しくなりますし、決めるのならこのイニングしかありません」

 

「でもバットをすり抜けるボールなんてどうやって打てば良いのか、皆目見当も付かないよ……」

 

「7回に雷轟さんがバントで当てたところを見ると……そこが攻略のヒントに繋がりのかも知れませんね」

 

「朱里ちゃんまででなんとかしないと、遥ちゃんに回らず終いになっちゃうし、なんとか頑張ってほしいね……」

 

「どうなるかは埼玉選抜の打線に全て掛かっています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(球の正体は多分遥ちゃん達の言っとったので合っとるのはわかる。でも問題は正確な距離がわからん……)

 

「……まずは1人」

 

(30、40でまだなら……50?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「……っ!」

 

先頭の中村さんが三振してしまう。

 

「ごめん。出れんかった……。でも今振った時の距離の目安だけ伝えるけん……」

 

「……わかった。ありがとう中村。あとは任せてくれ」

 

ワンアウトになり、バトンは中村さんから友沢へ……。

 

(絶対に尻尾を掴んでみせる……!)

 

「……2人目」

 

(中村は50まで調べて駄目だった……。それなら60、70、80か……?)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「くそっ……!」

 

友沢も三振してツーアウトになってしまった。次は私の打順か……。

 

(あれ?もしかして私が最後の打者になるかも知れないの?なんか前にもこんな事があった気がするんだけど?)

 

まぁ気にしても仕方ない。絶対に雷轟へとバトンを繋いでみせる!

 

「……朱里ちゃんで終わりだよ。優勝は私達群馬選抜がもらっていく」

 

「そうはさせませんよ風薙さん。私は絶対雷轟に……貴女の妹に繋いでみせます」

 

だってこの試合は2人の為の試合でもあるんだから……!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑰

「あ、あっという間にツーアウトになっちゃった……」

 

「あのバットを貫通するって球の攻略に難航してるんだよ。無理もないって……」

 

「ですがここでなんとかしないと、埼玉選抜が負けてしまう事もまた事実……。勝負の行方は朱里さん次第ですね」

 

「朱里が遥に繋げばまだ望みはあるけど……」

 

「もし朱里ちゃんまでもが打ち取られちゃったら、そのままゲームセット……。頑張ってほしいよ。朱里ちゃんにも、埼玉選抜にも……」

 

「無論朱里さんがこのまま終わるとも考えにくいですが……?」

 

「どしたの瑞希?突然空を見上げて……」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

(空が妙に黒いですね。それも試合に影響されない程度の黒さ……これは静華さんから聞いた5年前の情報とも一致します。そして今の時間帯は奇しくもその時と同じ……。つまりこの試合が終われば……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく打席に立つ。風薙さんから発せられる威圧感は前打席に立った時よりも大きい……。だからといって諦める訳にもいかない。

 

「朱里ちゃん!」

 

(私の後ろで待機している雷轟の為にも、絶対に繋がないとね……!)

 

「あと3球で終わりだよ……」

 

風薙さんが振りかぶって投げる。あの3人から聞いた話によると、風薙さんが投げているあの球は今見えているやつが残像で、姿の見えない実体がもっと前に進んでいる……という話。これ野球だよね?

 

(ゴウさんが15センチ、番堂さんが30センチ、中村さんが50センチ、友沢が80センチまで調べたけど、まだ実体には追い付いていない。それなら……!)

 

私は1メートル。いけるか……!

 

 

カンッ!

 

 

「………!」

 

 

ガシャンッ!

 

 

『ファール!』

 

「あ、当たった……」

 

「つ、遂に当てたよ!」

 

や、やっと当てる事が出来た……。でもこれはまだスタートラインなんだ。なんとしても雷轟に繋げる!

 

「……流石朱里ちゃんだね。他の打者だと、わかったとしてもきっと打てなかったよ」

 

「ありがとうございます。でもきっと私じゃなくても、いつか風薙さんの球は攻略していましたよ」

 

「……そうかもね」

 

風薙さんが2球目を投げる。見えてる球は残像で、実体はその1メートル手前……!?

 

(って、ちょっ……!)

 

 

ガッ……!

 

 

(不味い!打ち上げた!?)

 

打球はふらふらとサードへと……。

 

「よしっ!これで終わりよ!!」

 

サードのウィラードさんがボールに飛び付く。捕らないで!!

 

『ファール!』

 

(あ、危なかった……)

 

というか今ちょっとスピード変えてきたよね?中々意地の悪い事をするよ……。

 

『埼玉選抜、あわやというところで命拾いです!しかし依然として危険な状況には変わりありません!!』

 

『ですがタイミングが合ってきています。次の1球でもしかしたら……』

 

「この1球で終わり……!」

 

風薙さんが振りかぶる。多分この1球で私の命運が決まる……。

 

(次はどれくらいの速さなの?わからなくなってきた……)

 

「朱里!臆しては駄目よ!迷わず振りなさい!!」

 

えっ?この声は……母さん!?何時から観に来てたの!?隣には六道さんもいるし……。

 

(でもそうだ……迷っていても仕方ない。来たままに振るしかない!)

 

「当たれーっ!!」

 

 

カンッ!

 

 

よし!当たった!打球は……えっ!?

 

『な、なんと早川選手が当てた打球がサード方向の地面に減り込んでいます!』

 

何それ!?訳がわからないよ!!

 

『走れーっ!!』

 

と、とにかく走るしかない!!

 

「くっ……!」

 

「ユイちゃん、ボールをこっちへ!」

 

「えっ?は、はい!」

 

サードのウィラードさんから、風薙さんへと中継。そして凄まじい送球がファーストへ……。

 

(絶対に、絶対に終わらせない……!)

 

私はヘッドスライデイングで一塁ベースの到達を試みる。

 

 

ズザザッ!

 

 

『セ、セーフ!』

 

「や、やった!」

 

「繋がった!繋がったよ!!」

 

「まだ希望は生きてる!」

 

『早川選手、執念の内野安打で次に繋げました!!』

 

こ、こんな全力疾走したのは久し振りだよ。滅茶苦茶疲れた……。でもこれで……!

 

「雷轟!あとは任せたよ!!」

 

「朱里ちゃん……!うんっ!!」

 

私に出来る事はやった……。あとは我等が4番打者に任せるよ!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑱

9回裏。ツーアウト一塁。恐らくこの打席が最後になるだろう。打席に立つのは埼玉選抜の4番打者……雷轟遥。

 

(雷轟と風薙さん……。私が埼玉選抜の選手だから、同じ埼玉選抜である雷轟を応援してる……けど、風薙さんがいなかったら、風薙さんの助言がなかったら今の私はここにはいなかった……)

 

こんな複雑な気分で、この姉妹の対決を見守らないといけないんだね……。

 

(あれ?また群馬選抜の内野陣と上杉さんがマウンドに駆け寄ってる……?)

 

風薙さんに何か起こってるんだろうか?特に上杉さんとウィラードさんが心配そうにしてるし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよだね……!」

 

「う、うん……。この遥ちゃんと風薙さんの勝負で全てが決まる……!」

 

「泣いても笑っても、この打席が最後の打席となるでしょう。埼玉選抜か群馬選抜か……。この打席で明らかになります」

 

「今までの事があったから、埼玉選抜には頑張ってほしいね~!」

 

「私も同じ気持ちだよ……!」

 

「…………」

 

「瑞希ちゃん?」

 

「瑞希ってばまた上を向いてボーっとしてる。さっきまで会話に参加してたと思ったら……」

 

「…………」

 

(瑞希ちゃん……空を見てるのかな?何があるのか気になるけど、今はこの打席を見るのに集中しなきゃ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「「彼方先輩!!」」

 

「……大丈夫、大丈夫だよ」

 

「でも……!」

 

「真深ちゃん、ユイちゃん、こんな私に着いて来てくれてありがとう……」

 

「そんな……!お礼なんていりませんよ!私達は……彼方先輩の力になれればと思って……!」

 

「ユイの言う通りです。私もユイも、彼方先輩がいなければ、こうして野球を続けていたのかもわかりません……」

 

「……私は良い後輩を持ったよ」

 

「風薙……」

 

「志乃ちゃんも、私の球を捕り続けてくれてありがとう……」

 

「……私は、この試合を最後に野球を辞めようと思ってる。これは私が遠前高校野球部に入部した時からずっとそうだった」

 

「志乃先輩……」

 

「今の風薙が色々抱えているのはわかってる……。でも妹との最後になるだろう対決……風薙の持てる力を出し切って、今の自分を越えてほしい。心の闇に負けるな、風薙……!」

 

「うん……!」

 

『!?』

 

(彼方先輩の眼が……!)

 

(戻った訳ではないけれど、瞳に炎が宿ってる……そんな雰囲気を感じるわ)

 

「皆、私のわがままに着いて来てくれてありがとう。遥を抑えて、群馬選抜に優勝旗を持って帰るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内野陣と上杉さんが元のポジションに戻り、今度こそ2人の対決を……!?

 

(風薙さんの眼が……変わった!?)

 

元に戻った訳じゃないと思う。今でも二宮と同じように眼に光が宿っていないから……。しかし今の風薙さんは闘志に溢れている。それは恐らく雷轟を打ち取る事に全力を注いでいるから……。

 

(負けちゃ駄目だよ雷轟。風薙さんを救い出せるのは雷轟しかいないんだから……!)

 

「お姉ちゃん……!」

 

「遥……。まさかここまで私に向かってくるとは思わなかったよ。でもそれもこれで終わり……。私はここで遥を打ち取って、更なる高みへと行く……!」

 

「……私だって、私だってお姉ちゃんに置いて行かれたくない!もう……離れ離れは嫌だよ!」

 

雷轟を、妹を捨ててまで、自分には野球しかないと誰をも寄せ付けない雰囲気を醸す風薙さん。

 

そんな風薙さんを追い掛けて、今の風薙さんを元に戻し、昔のような仲良し姉妹として過ごしたい雷轟。

 

2人の想いが交差する……最後の勝負が始まる……!



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県対抗総力戦!埼玉選抜VS群馬選抜⑲

「いくよ遥。私の全力、打てるものなら打ってみて……!」

 

風薙さんは大きく振りかぶって投げた。

 

(来た……!この球の正体は朱里ちゃん達が必死で探し出してくれた。実体があるのは……幻の手前の1メートル!)

 

「ここだっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(よし!いける、いけるよ……!)

 

「…………」

 

かなり早いテンポで風薙さんは2球目を投げる。雷轟が当てて来たのに対して、余り動揺は見えていないけど……?

 

「くっ……!」

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

(速度を上げたのに、着いてきた……)

 

(1球目よりも速いよ……。でも負ける訳にはいかない……!)

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

『な、なんと雷轟選手、これで6連続ファールです!』

 

『4回に点を取られてから、ここまでずっと風薙選手は同じ球を投げ続けています』

 

『他の球種を投げないのは本人の意地とかですか?』

 

『そうですね。風薙選手は雷轟選手と何か確執があるように見えますので、それも関係があるのかも知れません』

 

『そういえばこの2人は血の繋がった姉妹との情報が来ています!』

 

『違う苗字、違う家庭環境、そして違う野球チーム……。様々因縁があった2人ですが、この打席でそれも決着になりそうですね』

 

(雷轟……。頑張れ、頑張れ……!)

 

((彼方先輩……!))

 

多分私が雷轟を、上杉さんとウィラードさんが風薙さんをそれぞれ応援……というか何かしらを祈っている形になっていると思う。姉妹の意地と意地がぶつかり合っているこの打席は……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「はぁ……!はぁ……!ど、どうあってもその球しか投げないんだね……!?曲がる球で来ても私は恨まないよ……?」

 

「はぁ……!はぁ……!遥が何と言おうと、私はこの球を投げ続ける。この球で決めてみせる……!」

 

特に風薙さんが強い意志を持って投げている。今投げているその球が決め球だから……。

 

「私の、私の先には誰にも行かせない……!例え1人になったとしても、私の歩む道の邪魔はさせないっ!!」

 

これで8球目だけど、これまでの球よりも勢いがある。恐らくこの1球で決まる……!

 

「雷轟っ!!」

 

(大丈夫だよ朱里ちゃん……。今の私はなんか凄く落ち着いてる。お姉ちゃんを元に戻したいって想いと、今のお姉ちゃんには負けたくないって思いがグルグルと渦巻いているけど、私はきっとそれ等を振り払って……)

 

「この球を打ってみせるからっ!!」

 

 

カキーン!!

 

 

『つ、遂に雷轟選手が風薙選手の剛球を捉えました!!』

 

雷轟が放った打球は大きく伸びて行き……。

 

 

ドゴッ!!

 

 

『と、時計の文字盤に刺さりました!雷轟選手によるサヨナラツーランホームランです!!』

 

今でもなんか信じられない……という気持ちが強い。でもそれ以上に埼玉選抜の優勝が決まったこの瞬間がとても嬉しい!

 

「朱里ちゃんっ!」

 

「雷轟……。お疲れ様」

 

 

パンッ!!

 

 

私と雷轟のハイタッチの音が響き渡り、それが余計に群馬選抜に勝った……という実感を強くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピシッ……!

 

 

しかし何かが割れる音がした事に、この試合の後に日常ではありえない出来事が起こる事に、まだ私達は気付いていない……。



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ブラックホール?

『試合終了!第12回県対抗総力戦、今回の優勝都道府県は埼玉選抜です!!』

 

『今までの県対抗総力戦に比べて、今年は第1回以来の熱戦でしたね。素晴らしいゲームでした』

 

勝ったっていう実感が未だに出ないけど、とにかく私達が勝ったんだね!

 

「…………」

 

「お姉ちゃん!」

 

そ、そういえば雷轟と風薙さんの事があるんだった……。2人共大丈夫なのかな?

 

「……強く、なったね。遥」

 

「朱里ちゃん達がいてくれたお陰だよ!」

 

「そっか……。それならもう私がいなくても、大丈夫だね……」

 

風薙さんの様子が可笑しい……?疲れが出ているのかな?

 

「そんな事ないよ!私はいつもお姉ちゃんがいなきゃ駄目だって思ってるもん!」

 

「……こんな私を、まだ姉って思ってくれるんだね。自分勝手に、家族から離れた、家族不幸な私を……」

 

「当たり前だよ!私のお姉ちゃんは1人しか、彼方お姉ちゃんしかいないんだよっ!!」

 

「ありがとう……。それと今までごめんなさい……」

 

そう言って風薙さんはフラリと倒れてしまった。

 

「お姉ちゃん!!」

 

「「彼方先輩!!」」

 

倒れた風薙さんを雷轟、上杉さん、ウィラードさんが支える。余程限界まで投げたと見えるけど、私には安否を祈るしか出来ないね……。

 

「ベンチで休ませてあげて。今の彼女は相当疲れが溜まってるから」

 

大宮さんの指示通り、風薙さんを一塁側のベンチで風薙さんを寝かせて安静にさせる。

 

「お疲れ様。良い試合だったわ」

 

「そうだね。ナイスゲーム」

 

大宮さんと群馬選抜の監督である響さんが互いに握手をしていた。群馬選抜の監督って響さんだったんだ……。

 

「それよりも……来るわよ」

 

「そうだね……。皆、今すぐ一塁側のベンチに避難して!」

 

えっ?何?何が来るの!?

 

 

ピシッ……!

 

 

「なに……?この音?」

 

「上から聞こえるね?」

 

確かに上空から音が聞こえる……。何がなんだかわからないけど、とりあえず大宮さんの指示通りに私達は一塁側ベンチに避難。

 

「まさかこれは……!」

 

村雨がこの状況に心当たりがあるような表情を見せた。何か知ってるなら、色々教えてほしい……!

 

「イーディスと真澄は予定通り天王寺に合流しなさい」

 

「わかったわ!」

 

「未来さんはどうするの?」

 

「私は各所の騒ぎを止めてくるわ」

 

響さんがイーディスさんと、ファーストを守っていた神室さんに何やら指示を出していた。今天王寺さんって言ってたような……。あの人近くにいるの!?

 

「鈴音と有栖はこの場の指揮をお願いするわ」

 

「わかりました」

 

「未来も気を付けてね」

 

響さんは大宮さんと坂柳さんにこの場に残るように言って、ここを離れた。それに合わせてイーディスさんと神室さんも離脱。本当に何が起こってるの!?

 

「あ、あの……。今一体何が起こってるんですか?」

 

誰かがこの場に残っているほぼ全員を代表して大宮さんに尋ねた。ナイスな質問なんだよ!

 

「……口で説明するよりは上空を見てもらった方が早いね」

 

「えっ……?」

 

大宮さんに言われて上を見ると、そこには何かが空一面に広がっていた。

 

「何……あれ……」

 

「まるでブラックホールみたい……」

 

「まぁその認識で間違ってはいないね。私達はゲートって呼んでるけど……」

 

ブラックホールとか初めて見たんだけど……。実在した事に驚きだよ。

 

「だ、誰か出て来るよ!?」

 

「ユニフォームを……着ている?」

 

そんなブラックホールの中からユニフォームを着た高校生から成人男性くらいの人達が……。本当にどういう事!?



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フィクション

前回のあらすじ!県対抗総力戦で群馬選抜を下し、優勝果たした私達埼玉選抜!

 

しかし突如上空にブラックホールが出現!?そこから出て来たのはパッと見高校生から成人男性くらいの人達が!しかもユニフォームを着ている……?風薙さんも倒れちゃうし、何がなんだかわからない。

 

簡単にあらすじ解説しても何1つわからないままなんだけど……?

 

「まさかまた彼等が……。5年前の再来?じゃあまさか世界各地じゃ……!?」

 

そんな中村雨が普段ではありえないくらいに狼狽えていた。口調変わってるし……。もしかしてこの現象を知ってるの?

 

「……そういえば村雨さんは5年前の当事者でしたね」

 

「そうみたいだね。苗字も変わってるし、未来に聞くまでは私もわからなかったよ」

 

そして大宮さんと坂柳さんはそんな村雨の情報を集めているみたいだし、私達の混乱要素が増えていく一方だ……。

 

「えっと……。静華ちゃんはあのユニフォーム軍団の事を知ってるの?」

 

橘が村雨にブラックホールから現れた人達について尋ねていた。良い質問だよ!事情を知ってるっぽい3人以外の全員が気になってるもの!

 

「あの連中は……簡単に解説すると、漫画の登場人物でござるよ」

 

えっ?彼等が……漫画の登場人物!?

 

「に、にわかには信じ難い話だけど……」

 

「でもそう言われたら、なんとなく納得出来るかも。だってなんか見覚えがあるような気がするもん」

 

た、確かにそう言われれば、私も何人か見覚えがある……。じゃあ本当に漫画の登場人物って事なの!?

 

「有栖」

 

「なんでしょうか?」

 

「観客席にいる助っ人に声を掛けてきて」

 

「了解しました」

 

坂柳さんが観客席へと向かう。助っ人って……?

 

「じゃあ有栖が助っ人を呼んでいる間に、この状況を簡単に説明するね」

 

(とは言っても、彼女達は私達とジャジメントグループの残党達と争っている事までは言う必要がないから、あくまでも彼女達に関係がある事だけを言えば良いかな……?)

 

未だに戸惑っている私達に大宮さんがこの状況について説明してくれた。それを簡単に言うと……。

 

 

・突如ブラックホールが出現し、ユニフォームを着た彼等……フィクションの野球選手が現れた。

 

・5年前にもアメリカで同じ事があり、今回はこの西宮で起こった出来事。今世界各国ではとんでもない事が起こっているらしい。

 

・彼等と試合をして、勝てば彼等はブラックホールに戻り、世界の異変も解消し、世界が救われるけど、負ければ彼等はこの地に留まり、世界が大変な事になる。

 

 

これ等から要約すると……世界の運命は私達があの連中との試合に勝つかどうかに掛かっているという事だ。

 

「えっとぉ……。こんな事言いたくないんですけど……勝てる訳ないじゃないですかこんなの!!」

 

「さ、流石に無理じゃないですかね……。だって漫画の主力人物が集まっている訳ですし……」

 

ゴウさんと番堂さんが意義を唱えた。正直私も同意見だけど、口には決して出さない。

 

「でも……やるしかないんだよね。私達があのブラックホールズを倒さないと!!」

 

難色を示しているムードの中で雷轟が覚悟を決めたような表情でブラックホールから現れた連中を見た。ブラックホールズは直球過ぎる……。

 

「そうね……。無理とか関係ないわ。やるしかないのよ!」

 

「話によると、私達が試合に勝たないといけないのよね……?世界の平和の為にも戦わないと……!」

 

続けてウィラードさんと上杉さんが立ち上がる。なんかさっきまで野球してた筈なのに、急に世界の命運を託されたヒーローみたいになっちゃったよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お客さん帰っちゃったね……」

 

「ってかアタシ達も逃げないとヤバくない!?外は凄い事になってるみたいだし……」

 

「下手に動くのは却って危険でしょう。ある程度騒ぎが収まるまでは待機の方が良いと思います。先程までここに来ていた茜さんと六道さんが観客達の避難誘導を終わらせるまでは……」

 

「正直何がなんだかよくわからないんだけど……。アタシ達は最後までいた方が良いって事?」

 

「六道監督と朱里ちゃんのお母さんってこんな状況でも冷静だね。普通はもっとパニクっちゃうよ……」

 

「ここにいましたか」

 

「うわぁっ!?」

 

「うるさいですよ。いずみさん」

 

「理不尽!?」

 

「ビックリした……。た、確か埼玉選抜のマネージャーをしてた人だよね?」

 

「坂柳有栖です。話は後にして、今は私に着いて来てください」

 

「えっ?ど、どこに……?」

 

「察するに埼玉選抜と群馬選抜が固まっている場所でしょう。そこの方が安全だと思いますし」

 

「察しが良くて助かります。行きましょう」

 

「い、行こういずみちゃん」

 

「う、うん……」

 

(突然現れた事と言い、坂柳さんの声が瑞希とそっくりな事と言い、この状況と言い、驚く要素が増えていく……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻りました」

 

幾分かこの状況に慣れた頃、坂柳さんが戻ってきた。二宮、清本、金原を連れて……。

 

「ありがとう。これでなんとか勝率は五分くらいには持っていけると思う」

 

「ほ、本当にあの連中と試合をするんですね……」

 

「割り切るしかないでござるよ。電光掲示板には向こうのオーダーが出てるでござる」

 

「えっ……?」

 

村雨に言われて、電光掲示板を見てみると……。

 

 

1番 センター ダジロウ(逆境ナイン 高田二流)

 

2番 セカンド クロウキ(最強!都立あおい坂高校野球部 梅宮右京)

 

3番 ピッチャー アスワン(アストロ球団 宇野球一)

 

4番 レフト ロジー(REGGIE レジー・フォスター)

 

5番 ファースト パライソ(Mr.FULLSWING 猿野天国)

 

6番 サード イワオニ(ドカベン 岩鬼正美)

 

7番 ショート シノビ(一球さん 真田一球)

 

8番 キャッチャー イヌマサ(緑山高校 犬島雅美)

 

9番 ライト カツトシ(H2 広田勝利)

 

 

ブラックホールズ(雷轟命名)のオーダーがズラリと並んでいた。こうして見ると凄い顔触れだよ。ほとんど知ってる野球漫画の登場人物じゃん!本当にこんな人達と試合をするの……?




遥「県対抗総力戦が終わったと思ったら、次は漫画の選手達と試合をする事に!?」

朱里「厳密にはその選手達を模した存在……らしいけどね。雷轟はあの人達が出て来る漫画はどれくらい読んでるの?」

遥「全部だよ!どれも面白いよ!」

朱里「中には作者が知らなかった漫画もあるし、これから行われる試合はどういう展開になるか予測も付かないよ。こっちのオーダーはどうするのさ……」

遥「次回、私達埼玉選抜と群馬選抜と+αであの人達と戦うよ!」


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特別試合?未来と魔球とジンルイ①

最後の方は読まなくても特に影響がない事を示します。


ブラックホールズのオーダーを見て戦慄した私達だけど、試合するとなった以上は勝利を目指さないとね。負けたら世界の終わりが待ってる訳だし……。

 

「……ではオーダーを発表します」

 

あんな化物揃いのチームにどんなオーダーを組んできたのか。とりあえず相手投手を打てるかどうかで試合の行方は変わってくると思う……。

 

「……まぁ未だに状況の整理が出来てないけど、このチームの切り込み隊長役に選ばれたからには務めは果たすよ☆」

 

 

1番 レフト 金原

 

 

「微力ながらお力添えするでござる。ニンニン!」

 

 

2番 センター 村雨

 

 

「両チーム+αを合わせて50人前後いる中で私が指名されたのだから、期待に応えたいわね」

 

 

3番 ライト 上杉さん

 

 

「よーし!世界を救う為に頑張るよっ!」

 

 

4番 サード 雷轟

 

 

「き、緊張でお腹が痛くなってきた……」

 

 

5番 セカンド 清本

 

 

「私達が世界の救世主になると思うと、少しワクワクしてくるわ!」

 

 

6番 ファースト ウィラードさん

 

 

「こ、この面子に混じって私が選ばれたんだ……」

 

 

7番 ショート 金子さん

 

 

「相手の能力は未知数ですが、もしもフィクション通りの能力をしているのなら、ある程度の対処は出来るでしょう」

 

 

8番 キャッチャー 二宮

 

 

そして……。

 

「早川さん、先発はお願いね。6、7イニング粘ってくれたら、後続は武田さんに頼む予定だから」

 

「は、はい……」

 

「頑張ってね朱里ちゃん!」

 

「だ、大丈夫かな……」

 

 

9番 ピッチャー 私

 

(本当にフィクション達を相手に私で良いのかな……?)

 

風薙さんはまだ意識を取り戻していないし、一ノ瀬さんは群馬選抜との試合で消耗してる(そもそも本人のやる気がない)けど、他にも色々優秀な投手がいると思うんだよね……?

 

「朱里さん。私達は後攻ですので、今の内に配球の確認をしておきましょう」

 

「……そうだね」

 

私達一塁側のベンチだけど、後攻なんだね。まぁサヨナラ勝ちが狙える分後攻の方が有利だし、そもそも誰が向こうの投手を打つのかって話ではあるんだけど……。

 

「もうすぐ試合が始まるし、皆守備位置に付いて。向こうの連中はフィクションの人物を模したもの……つまりフィクションの偽物だけど、スペックは間違いなくそれに従っているものかそれ以上……。一瞬の油断が敗北に直結するから心して挑んでね」

 

『はいっ!!』

 

こうして私達の世界を掛けた試合は突然始まった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて……。西宮では埼玉選抜と群馬選抜が力を合わせている頃かな?」

 

(5年前と同じように、ジオット・セヴェルスがそうしていたように、ジオットの意思を継ぐ者がこの先にいる筈……!)

 

「天王寺!」

 

「未来さんに合流を頼まれたから来たよ」

 

「イーディスに真澄か……。待ってたよ。この先に、この部屋の中に今回の騒動の黒幕がいる」

 

「ここに……!」

 

「……で?目星は付いてるの?」

 

「まぁね。初対面の時点でわかってたよ。ただ目的の全貌が見えてこなかったから、様子見してたんだ、だからここまで掛かっちゃったけど……」

 

「そうなのね……。あたしはちょっと気が引けてる。これから相手をするのって、彼女なんでしょ?」

 

「それは仕方ない。でもここで私達が頑張らなきゃ、ブラックホールから出た連中を相手に戦ってくれてる朱里や真深達と、各所に出現している化物達と戦ってくれてるカズやブラック達に申し訳が立たないからね」

 

「そうね……。うん、あたしも覚悟を決めた。行こう」

 

「真澄も準備は大丈夫?」

 

「あたしは元々未来さんの指示でここにいるしね。大丈夫よ」

 

「そいつは良かった。じゃあ行こうか。ジャジメントグループ残党の黒幕……矢部明美の野望を阻止に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合は両チーム譲らない展開を見せ、終盤戦に突入する……。



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特別試合?未来と魔球とジンルイ②

ブラックホールズとの試合は0行進で進んでいる。正直奇跡以外の何者でもないよねこれ。相手はフィクションとは言え、プロ選手も混じってるんだよ?高校生もいるけど、もろに主力選手だよ?そんな連中を相手に私の球が通用してるのは可笑しいって!

 

(まぁ二宮のリードありきなのはわかってるけどさ……)

 

多分二宮がいなかったら、私はバカスカと打たれてたと思う。偽ストレートも簡単にタネが割れてたと思うの。それをさせない二宮のリードはなんか安心する……。山崎さんも見習いたいくらいだって言ってたし。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

「朱里さん、チェンジですよ」

 

「うん……。今行く」

 

試合は終盤……。今から8回が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「7回終わって、両チーム0点……か。やっぱりあの子達は強いね。フィクションを越えようとするその意思が強さの源なんだろうね」

 

「私達にとっては彼女達がヒーローなんだよ。だからこの試合もきっと勝つさ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……?イーディスも真澄もどうかした?」

 

「いやいや……」

 

「なんであたし達は戦わないで、モニターでのほほんと試合を観てるのよ!?」

 

「仕方ないだろう?明美たっての希望なんだから……」

 

「そんなの無視して捕縛すれば良いのに……」

 

「わざわざ戦うつもりはないって言ってるんだし、正直私も無駄な体力は消費したくないし、折衷案って事でね」

 

「あんた5年前に比べて本当に変わったわよね……。あの時は試合が行われてる時もこの場所でジオットと殺り合ってたじゃない」

 

「それに私はあの方と違って何の力もない普通の人間なんだよね。取り柄と言えば、逃げ足が速いくらいでさ……。それでもジャジメントの残党が私に従ってくれたのは、あの方の意思を私が継いでたからと……まぁ最終的には利害の一致ってだけだよ」

 

「…………」

 

「まぁ色々と聞きたい事もあるんだろうけどさ?今は試合観戦に集中しようよ。前に話したと思うけど、私は野球を観るのが好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

8回表。先頭の打者をなんとか三振に抑えた。次は4番打者だ。

 

「…………」

 

(圧が凄い……。あの4番打者はこれまでの打席で雷轟達スラッガー顔負けの打球をガンガン打ってたから、心臓に悪いよ……)

 

しかも意表を突いたセーフティバントとかも仕掛けてくるし、粘りにも長けている……。4番打者ってホームランを打つだけじゃないって改めてわからされたよ……。

 

(ここの選択に負けると、向こうの打線が爆発すると思っていてください)

 

(おお怖い……)

 

とにかく抑えるしかない。私も正直限界が近いから、このイニングで降板させてもらおう……。

 

 

カキーン!!

 

 

ヤバい……!

 

『ファール!』

 

(た、助かった……)

 

(朱里さんの球威が落ちてきていますね。このまま粘られると、この打者で交代せざるを得ません)

 

なんとかファールで済んだけど、次も同様にファールで済むかわからない。

 

(仕方ないか……。二宮、この打者に全力を注ぐよ)

 

(……了解しました。武田さんの準備は出来ているみたいですので、思い切り投げてください)

 

(ありがとう……)

 

二宮からの許可も出たし、この打者に私の全てをぶつける……!



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特別試合?未来と魔球とジンルイ③

カウントはノーボール、ワンストライク。私はこの打者に持てる力を全て出し切る!

 

(二宮は外角低めに構えている……。それならこのボールだね)

 

基本的に二宮は私と組む時にサインを出さない。二宮曰く「朱里さんは下手にサインを出すよりもコースに構えておけば、自然と正解が出ます」だそうだ。このやり方になってもう7年以上だけど、未だに慣れないな……。

 

(相手はレジー・フォスターを模した選手……。前の打席まで投げていた球は通用しない)

 

初見で球筋を探っている内に抑えてしまおうというのが私の作戦だ。二宮には浅はかだと言われたけど……。余計なお世話だよ!

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

よし!SFFで上手く意表を突けた!しかし……。

 

(滅茶苦茶しんどい……。今回そこまでハイペースで投げてない筈なのに、こんな疲れる事ってある?)

 

まぁ相手チームに威圧感を放つ打者が多いのも理由の1つなんだろうけどさ……。そう考えると、私がここまで投げられているのってもしかして体力向上が成功してるって事?

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

タイミングをずらす為に投げたチェンジUPをあっさり場外へと持っていかれた。ファールで良かった……。

 

(でもいつまでもこのままじゃ駄目だ。ジリ貧だと不利なのは私の方だし、ここは絶対に抑えないと……!)

 

打たれる訳にはいかない……!抑えなきゃ!

 

(……!朱里さんから何やら禍々しい気配が……。もしやこれはかつて静華さんが経験したものでは?)

 

(これは……!朱里殿が投げるのでござるな。予想通りと言えばそうなんでござろうが……)

 

(あれ……?なんかは力が湧いてくる……?どこからこんな力が出て来たの!?)

 

で、でも今なら抑えられる気がする……!

 

「超流星群……!」

 

振りかぶって投げた瞬間、球は光輝いて、それは本当に流星群の如くキャッチャーミットに向かって行った……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ス、ストライク!バッターアウト!!』

 

え……。何が起こったの?なんか信じられない出来事が起きたんだけど!?しかも……。

 

 

ガクッ……!

 

 

「「朱里ちゃん!?」」

 

急に体の力が抜けたんだけど……。雷轟と武田さんが同時に駆け寄って来たので、2人に肩を貸して貰う事に(2人がサードとベンチの2方向から同じタイミングでマウンドまで駆け寄った事には触れない)。

 

「朱里ちゃん、さっきの球は何だったの?」

 

「……何だったんだろうね。私にもよくわからない。相手打者を抑えなきゃって思ったら急に投げれたからね」

 

実際に不思議な事だ。なんで私が本物の魔球を投げられるようになったかが本当にわからない。村雨とかに聞いたらわかるのかな……?

 

(まぁ今はこの試合に集中しよう……)

 

私はもう投げられないから、武田さんにバトンを渡すけどね。

 

『アウト!チェンジ!!』

 

武田さんが無事に後続の打者を抑えたし、流れは私達に来ている筈……。この裏の回に絶対に先制点を取って、逃げ切りたい。幸いにもこっちの打順は1番からだし、まだまだチャンスはある!



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特別試合?未来と魔球とジンルイ④

8回裏。出来ればこの回でリードして、9回を抑えて勝ちたいものだ。

 

「ふー……。よし、それじゃあ行ってくるね☆」

 

この回は1番からの好打順。軽く深呼吸を終えた金原が打席へ立つ。相手投手からは総合で何本かヒットは打ててるし、得点まで繋げないかな……。

 

「それにしても朱里ちゃんがあんな凄い球を投げるだなんて思わなかったよ」

 

「本当だよ!まるで魔球……必殺技の如しだったよ!」

 

おおぅ……。雷轟が芳乃さんばりに興奮してるな……。まぁ雷轟は野球漫画が好きだし、こういうのにもどこか憧れがあったのかも知れないね。

 

「あれってまた投げられんの!?」

 

そしてそんな雷轟ばりに興奮しているのが中村さん。何?もしかして勝負してほしいの?こんな状況なのに?

 

「それは難しいでござろうな」

 

中村さんの質問に答えたのはネクストサークルで待機している村雨だった。やっぱり村雨はこの現象に何か心当たりがあるんだね?

 

「どういう事?」

 

「朱里殿が最後に投げたのは紛れもなく魔球でござるが、あれは朱里殿の中の様々な想いがエネルギーとなり、具現化したものでござる。しかも1度投げると身体に掛かる負担は相当なもの……。朱里殿がまた先程の打者を抑える時と同等の想いを抱えた上で、しっかりとエネルギーの補給をしないと投げるのは不可能でござる」

 

以上、村雨の解説でした。投げたのは私だけど、事細かに解説してくれたので、物凄くわかりやすかった。というか今の私にそんな事が起きてるんだね。なんか人間を辞めちゃった気分だよ……。

 

「でも随分と詳しいね静華ちゃん。まるで静華ちゃんもそうだったかのような説明だったよ」

 

「まぁ実際に魔球を投げていた時期もあったでござる」

 

「えっ?そうなの?」

 

「シニア転向する前に入っていたエクスリーグチームに1年間いたのでござるが、その時に。初めて投げた時は朱里殿と同じ感想を抱いたでござるよ……」

 

村雨にも私と同じように魔球を投げていた時期があったらしい。まぁ特に驚きはないよね。だって村雨だし……。

 

「ちなみに静華ちゃんが投げた魔球っていうのは朱里ちゃんみたいなやつ?」

 

「似て非なるものでござるよ。朱里殿が光輝く魔球なら、自分は風のように捉えようのない魔球でござる」

 

「へぇ~!魔球って色々種類があるんだね!」

 

というか世界の命運が掛かっているのに、こんなに和気藹々としてて良いんだろうか?外では世界各地で大変な事になってるんでしょ?

 

「まぁ変に緊張するよりは良いと思うよ」

 

私の疑問に大宮さんが答えてくれた。どうやら顔に出ていたみたいです……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

「ああっ!?」

 

先頭の金原が三振になってしまう。粘っていただけに、かなりもったいない。

 

「くぅ……!最後の最後でまた球速を上げてきたんだけど!?」

 

「でも静華ちゃんと瑞希ちゃんが言ってた攻略法がなかったら、きっと私達の誰もが打ててなかったと思うよ……?」

 

「まぁ女子高生に投げる球じゃないからねぇ……」

 

金原が言うように、あの投手はプロでも打ちあぐねる球速を堂々と私達に投げている。平均球速は163~166キロで、最速は170キロだそうだ。流石漫画の主力選手……。

 

(でも村雨と二宮のお陰でこうして抗えている……!)

 

だからきっと逆転してみせる……!



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特別試合?未来と魔球とジンルイ⑤

「それでは行ってくるでござるよ!」

 

ニンニンと村雨は軽やかに打席へと向かった。

 

「それにしても私達があの人の投げる球に抗えてるのって凄いよね」

 

「さっきも言ったけど、普通なら打てないからね。村雨や二宮が対策を講じてくれたから、ここまで互角に渡り合えてるんだ」

 

あの2人が話してくれたのはあのチームの致命的とも言える弱点。確かにあの投手の投げる球は今まで見た球の中でも最速だし、打者も作品中でトップクラスの成績を残している選手達だけど、動きがどこか機械的で、その動きがとても読みやすい……というのが二宮が考察した弱点。それがピタリとはまってあのチームを相手に私達はヒットを8本も打っている。まぁ得点には至ってないんだけど……。

 

そして村雨はやはり5年前に彼等と試合をした事があっただけに、相手打者の苦手な球種やコースを徹底的に把握しており、私がこれまで0点で抑えられたのも、それのお陰だ。

 

まぁ何本かヒットは打たれてるし、ピンチも迎えたけど、それはバックの7人が守備で、二宮がリードで助けてくれた。本当にありがとうございます!

 

 

コンッ。

 

 

『バント!?』

 

村雨は相手の意表を突いたセーフティバント。如何に相手がプロ選手ばりの能力があったとしても、定位置では村雨を刺す事は出来ない。よって……。

 

『セーフ!』

 

村雨のセーフティバントは成功。相手サードが投げる暇すらなかった程の俊足は味方だと本当に頼もしい。

 

「次は私の番ね……!」

 

次の打者はアメリカの高校でトップクラスの成績を残した日本人スラッガーの上杉さんだ。この試合もヒット2本打ってるし、この打席も期待が出来る。

 

(金原さんの話だとあの投手は終盤に球威を更に上げてきてるし、打つのは簡単ではなさそうね……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

真ん中のストレート。電光掲示板には170と表示されていた。

 

「うわっ!?遂に170キロ出ちゃったよ……。160キロ代でも打つの難しかったのに……」

 

「しかもサウスポーなんでしょ?あれで170キロ出るのは異例でしょ……」

 

まぁ私達の知らないくらい昔の選手ならいたかも知れないけどね。170キロのストレートもフィクションだからこそ許される球速な気がする……。

 

(相手投手の持ち球はあの豪速球に加えて変化のおおきいナックルとドロップ……。利き腕以外は彼方先輩のものと一致するわね)

 

ちなみにあの投手の球種は風薙さんとほぼ一緒なので、持ち球さえ絞れば、風薙さんの球をアメリカや群馬で見てきた上杉さんやウィラードさんが打つのは難しくない。8安打の内訳半分はあの2人が打ったものだしね。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(ドロップも凄いキレだけれど、彼方先輩と違って精密なコントロールが出来ていない。だからこうして四球を狙えるのよね……)

 

幸いと言っても良いのか、相手投手はそこまで制球力がない。だから四球も5つと少し多めだ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(向こうの配球はストレート、ドロップ、ストレート。多分この次に来るのはストレートかナックル……。もしもストレートなら、内野陣の守備位置的に上手く決められそうね)

 

4球目。投げられたのはストレートだ。

 

(内角低め……いける!)

 

 

コンッ。

 

 

『ま、またバント!?』

 

過去に上杉さんがセーフティバントを試みた試合はいくつかあったけど、この局面で決めてくるとは……。

 

『セーフ!』

 

村雨共々セーフ。ワンアウト一塁・二塁のチャンスで4番へと繋がった……!



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特別試合?未来と魔球とジンルイ⑥

ワンアウト一塁・二塁のチャンス。ここで点が取れないと、本格的に厳しくなるだろう。

 

「そ、それにしても上杉さんがバントをするって意外な気がするね……」

 

「そうですか?上杉さんがアメリカにいた頃に何度かセーフティバントを決めていましたよ。尤も彼女がバントをする時は大概がビハインド時ですが……」

 

二宮の言うように、上杉さんがセーフティバントをするのは主に負けている時……。今が同点なのにセーフティバントに動いたって事は、上杉さんもわかっているんだろうね。この回が得点する最大のチャンスだという事を……。

 

「2人の繋ぎを無駄にしない為にも、絶対に打たなきゃ……!」

 

この試合でも4番を任されている雷轟……。上杉さんや清本を押し退けて4番にいるものだから、プレッシャーを感じちゃってるね……。

 

(まぁ無理もない。相手の実力は格上どころじゃないし、雷轟はまだこの試合ノーヒット……。上杉さんも、清本も、ヒット自体は打ててるから、それが拍車に掛かって余計プレッシャーを感じてしまうのかも知れない)

 

かといって私が雷轟に出来るアドバイスもない。私もヒット打ててないしね……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

(流石に4打席目ともなると、球は見えてきているね。あとは要所で速くなるストレートや、コースへと上手く決めてくる変化球をどうするかってところだね……)

 

私達はそれで点が取れていない。これに関しては打ててないのが悪いんじゃなく、ピンチになると覚醒したかのようなピッチングを相手がする事だ。村雨から見て魔球を投げている訳じゃないらしいし、普通に私達は抑えられている訳だ……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

詰まらされてはいるけど、タイミングは合っている。あとは決め打ちするだけだ。

 

(もしかしたら大宮さんが空蟬を教えたのは、この為だったのかも知れないね……)

 

実際は風薙さん対策のものだったんだろうけど、こういう事態に備えての保険も兼ねていたって事だ。大宮さんはどこまで先を見据えていたんだろうか……。

 

 

カキーン!!

 

 

『ファール!』

 

「ああっ!惜しい!!」

 

「もうちょっとでホームランだったのにね~!」

 

雷轟が段々とドロップとナックルを捉え始めている。ナックルに関しては変化の仕方がバラバラなのに、よく着いて行けているよ……。

 

(ここにきて怖いのが、要所で速くなるストレート……。雷轟には変化球ばかりを投げているし、もしかしたらここでストレートを投げてくるかも……)

 

次で5球目。投げてきたのは……!

 

(ストレート!でも……!)

 

「それは読んでたよっ!」

 

 

カキーン!!

 

 

『打った!?』

 

雷轟の本命はどうやらストレートだったらしく、変化球で粘っていたらきっとどこかでストレートを投げてくるだろう……と思っていたらしい。それがピンポイントではまって、真芯で捉えた訳だ。

 

 

ドゴッ!

 

 

打球はポールに直撃し、ホームランとなった。

 

「やった!」

 

「先制スリーランホームランだっ!!」

 

雷轟の放った一打によって、ベンチのほぼ全員が喜びに溢れている。まぁあのフィクション達を相手に点が取れるなんて、思ってもみなかっただろうし、喜びもひとしおなのかもね。しかも3点も取れた!

 

「…………」

 

しかしこの場で村雨が険しい顔をしていた事に、まだ誰も気付いていない……。



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特別試合?未来と魔球とジンルイ⑦

『アウト!チェンジ!!』

 

その後再びチャンスは作れたものの、相手投手に立ち直られてチェンジとなった。

 

「よーし!この回を抑え切って、フィクション達に勝つよっ!」

 

「ヨミちゃん、頑張ってね。二宮さんのリードにはしっかりと従うように」

 

「はーい!」

 

ベンチでは武田さんと山崎さんが最終確認的なものをしていた。やる気があるのは良い事だ。早いところ勝って、この不気味なチームとはおさらばしたい……。

 

「武田殿」

 

「わっ!?びっくりした……。どうしたの村雨さん?」

 

村雨が武田さんを呼び止めた。一体どうしたんだろうか……?

 

「朱里殿が最後の打者を抑えた時の事を覚えているでござるか?」

 

「えっ?う、うん。流星群のような綺麗な球を投げてたよね」

 

「そんな朱里殿と同等に相手選手は全員魔球の対となる技……魔打法があるのでござるが、相手チームはこれまで1度も魔打法を使っていない……。心しておくでござるよ」

 

「魔打法……何か対策はないの?」

 

そういえば魔打法がどうとか言ってたな……。この試合で1度も見る事がなかったから、頭から抜けてたよ。

 

「対策はただ1つ。魔球で迎え撃つ事でござるが……。武田殿は何か今までになかった力が身体の奥底から湧いてくる……というのはないでござるか?」

 

「う~ん……。特にないかなぁ?はっ!?ひょっとして向こうに魔打法を使われたら、どうしようもない!?」

 

「…………」

 

「無言!?何か言ってよ~!!」

 

武田さんが村雨の肩を揺さぶるけど、村雨は俯いていて反応がない。

 

「行きますよ武田さん。ここまで来たら覚悟を決めるしかありません」

 

キャッチャー防具を着け終えた二宮が武田さんを宥める。二宮は割り切ってるよね。なんか達観してるっていうか……。

 

「……そうだね。よし!私も覚悟を決めた!魔打法でもなんでも来いっ!!」

 

どうやら武田さんも覚悟を決めたようだ。まぁ開き直っているようにも見えるけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!よし!3点取れれば、あの子達の勝ちよ!」

 

「確かにあの3点リードはかなり大きいけど、ブラックホールズはまだ必殺技を使っていない……。ここから逆転して、裏の回を抑えて、そのまま勝利だね」

 

「なっ!?」

 

(明美の言うように、ブラックホールズはまだ必殺技を使ってないから、まだ朱里達が不利な状況には変わりない……。前のイニングで朱里が突如覚醒して魔球を投げたように、武田にも覚醒の切欠があれば良いんだが……)

 

「……世界各地で怪物が蔓延ってるこの状況下でノンビリとお茶会してる私達ってなんなの?」

 

「気にしたら負けよ真澄。何故か天王寺と明美が穏やかに行こうって言った結果がこうだもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9回表。相手のクリーンアップを乗り越えて、6番から始まるこの打順で……。

 

「…………!」

 

 

ゴッ……!

 

 

「!?」

 

突如打席からこれまで感じた事のない圧がベンチにまで届いた。

 

(まさかこれが村雨の言う……!?)

 

 

カキーン!!

 

 

刹那、鋭い打球が上空の遥か彼方に飛んでいった。ホームランだ。

 

 

カキーン!!

 

 

カキーン!!

 

 

カキーン!!

 

 

カキーン!!

 

 

そこから4人の打者がホームランを2本、スリーベースとツーベースを1本ずつ放ち、一気に4点を取られて逆転、更にはノーアウト二塁というピンチが継続されている。

 

「ヨミちゃん……」

 

「山崎さん、今の私達に出来るのは武田さんを信じる事だけだよ」

 

「その通りでござる。あの5連打は致し方のないもの……。割り切るしかないでござるよ」

 

「そうだけど……」

 

「それに武田さんの表情を見てみて?」

 

「ヨミちゃんの……表情?」

 

連打を浴びて逆転されたというのに、武田さんの顔は笑っていた。この試合を心から楽しんでいる証拠だ。

 

「こんな状況なのに……笑ってる?」

 

「逆転されて世界の危機だっていうのに、武田さんは楽しそうに投げてるんだよ」

 

恐らくそれが武田さんの強さの源……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!バッターアウト!!』

 

5連打の後の3連続三振……。強さのムラがここまでバラついているのも珍しい話だよね。

 

(とりあえず9イニング相手の攻撃は終わった……)

 

あとは2点取って、サヨナラ勝ちを狙うだけだ。かなり難しいけど、やるしかないんだ……!



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特別試合?未来と魔球とジンルイ⑧

9回裏。この回は……。

 

「瑞希ファイトーっ!」

 

「が、頑張って瑞希ちゃん!」

 

二宮の打順から……。ここまでノーヒットだけど、あの二宮がこのまま終わる訳がない。

 

「なるようにしかなりませんが、行ってきます」

 

金原と清本の声援に対して相変わらずの無表情で、それでいて冷静な二宮。こんな姿に何度も助けられたもんね私達は……。今は味方だけど本来は敵な訳だし、敵に回るとこれ以上に厄介な選手はいないよ。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

初球ストレートを見逃し。豪速球が飛んできても、二宮は眉1つ動かさない。ここまで来るとちょっと怖いまである……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

2球目も見逃し。

 

「ちょ、ちょっとちょっと!まるで打つ気が見られませんよ!?」

 

「まぁ今日日女子高生に投げる球じゃないし、仕方ないんじゃないの?」

 

「でも打てる人は打ってるでしょ!?」

 

今言い合ってるのはゴウさんと番堂さん。この2人は二宮をよく知らないから、こんなやりとりも仕方ない。もしも二宮と面識がなかったら私も同じ反応してたと思うし……。

 

「す、凄い言われてるね。瑞希ちゃん……」

 

「まぁ仕方ないよね~。付き合いの長いアタシ達でも瑞希の行動がわからない事もあるし。でも……」

 

「この打席の二宮は確実に繋ぐ事を意識してるね」

 

「繋ぐ事……?」

 

「どういう事ですか?」

 

「見てればわかるよ」

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「始まったね~☆」

 

「そうだね。この場においては味方で良かったよ……」

 

敵に回って何回か対戦相手になってからは何度も何度も辛酸を舐めさせられてるし……。

 

「は、始まったって……?」

 

「二宮のカット打ちだよ。今から数球は粘るつもりだね」

 

「す、数球って……。相手は170キロ投げる投手ですよ!?」

 

まぁゴウさんの言う事は間違いじゃないね。でも二宮はやる気だし……。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

「何が瑞希をそうさせるのかな?」

 

「私の推測だけど、二宮の動体視力がそうさせてるんじゃないかな?あの速球に対しても難なく着いて行ってるし」

 

ちなみにまともに170キロのストレートに対応しようとすると、腕が折れる。そうならないためにも私達は腕の使い方を工夫してるんだよね。

 

あとは鍛え方とか。二宮の場合(清本にも言える)は小柄な割に凄く鍛えられてるんだよね。それが飛距離を伸ばす為じゃなくて、カット打ちを極める為だそうだ。二宮らしい。

 

 

カンッ!

 

 

『ファール!』

 

今のファールで5球目か……。二宮も力負けしてる様子がないし、最高記録の30球を越せるか、リトルかシニアでチームが一緒だった人達は私も含めて期待してしまうよね。

 

「…………」

 

(相手投手が魔球を投げる事まで考えると、粘り過ぎも良くないですね。それなら……)

 

「…………?」

 

二宮がネクストサークルに立ってる武田さんを見てる?武田さんに何かあるのかな?

 

(先程の静華さんの話と、武田さんのコンディションを考慮すると……)

 

「この辺りで決め打ちですね」

 

 

カンッ!

 

 

次の1球で二宮は二遊間を抜ける当たりを打った。

 

『セーフ!』

 

二宮がヒットを打った事によってノーアウト一塁のチャンスだけど……。

 

(なんで二宮は途中でカット打ちを止めたんだろうか……?)

 

多分二宮にしかわからない何かがあるんだろう。それも……。

 

「よーし!私も続くよ~!」

 

次の打者である武田さんに何かを見出だしているようにも見える。二宮は何が見えてるんだろう?



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特別試合?未来と魔球とジンルイ⑨

ノーアウト一塁のチャンスで打席に立つのは9番の武田さん。二宮に続いてチャンスを継続してほしいところだけど……?

 

(気になるのは二宮がカット打ちを止めた時に武田さんの方を見ていた事……)

 

二宮が武田さんに何かを託していたのは間違いない。一体何を考えているのか……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

(うひぃ~!速い!)

 

そんな武田さんは相手投手の球に手が出ていない。本当に大丈夫……?

 

「タイムお願いします」

 

一塁ランナーの二宮がタイムを掛けて、武田さんの方へと駆け寄った。作戦会議タイムだね。

 

「武田さん、流石にバットは振りましょう。当たるものも当たりません」

 

「い、いやー。振ろうとした時にはもう球がミットに収まってたんだよね……。朱里ちゃんや真深ちゃん含めた皆はよく打てたねぇ……?」

 

「とにかく振らない事には何も始まりません。相手がどんな球を投げようとも、武田さんがどんなに打てない打者だとしても……」

 

「酷くない?」

 

「それでも、バットを振ればきっと何かが起こります。野球とはそういうスポーツなのですから」

 

作戦会議かと思ったら、二宮が武田さんに野球を語っていた。良い事を言ってるんだけど、二宮が言うと不思議な感じがするね……。

 

タイムが解除されて、2球目……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ストライク!』

 

武田さんがスイングするも、完全にタイミングが遅れている。そう考えると、対策を立ててたとは言え今までよく打ててたね私達。きっとこれが普通の反応なんだよね……。

 

(うーむ。振ってみたのは良いけど、タイミングが全然合わないや……)

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

相手投手は制球力に欠けているので、例え武田さんが全然着いて行けてなくても四球くらいは狙える。まぁ四球狙いを試みるなら、二宮ばりの動体視力が必要不可欠なんだけど……。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

不思議と武田さんはボール球を見送れている。コースが見極められるなら、ボール球には決して手を出さずに四球で繋ぐのが1番丸いと思う。

 

 

ズバンッ!

 

 

『ボール!』

 

ツーナッシングから一気にフルカウントになった。これ本当に四球狙えるんじゃない?

 

(よ、よし!こうなったら四球でいずみちゃんに繋ごう……!)

 

どうやら武田さんもそのつもりのようだ。しかし……。

 

「…………!」

 

 

ゴゴゴゴゴ……!

 

 

(えっ?何この圧は……!?)

 

ベンチにまで届いた謎の圧……。これは先程相手チームが5連打した時と同じ?じゃあつまりここで投げられるのって……?

 

「…………!」

 

「ま、魔球でござる!」

 

村雨が言うように魔球。あの投手からは炎が纏った1球が放たれた。やってる事が完全にイナズマナイン……。

 

(ど、ど、どうしよう!?あんな魔球に手を出すと怪我じゃ済まないよね!?でも二宮さんはバットを振らなきゃ始まらないって言ってたし……)

 

打席でアワアワと慌てている武田さん。確かに二宮はバットを振らないといけないみたいな事を言ってたけど、こんなの下手に手を出したら大怪我しちゃうよ!

 

(え、ええい!こうなったら自棄だ!)

 

「はいっ!!」

 

武田さんがよくやる変な掛け声と同時に奇跡が起きた。

 

 

カッ……!

 

 

「えっ!?」

 

『えっ!?』

 

 

カキーン!!

 

 

何が起こったのかは武田さん本人含めてよくわかっていなかった。ただ言えるのは、武田さんの声に合わせてバットが光った事と、そのバットから放たれた一打は上空へと消えるホームランになった事……。

 

つまり武田さんがツーランホームランを打った事によって私達のサヨナラ勝ちを意味するものになり、世界が救われた訳だけど、辺りに流れたのは微妙な空気だった……。



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あるべき場所へ

『ゲームセット!!』

 

「やった!あの子達の勝ちよ!!」

 

「試合を決めたのはやっぱり必殺技だったわね」

 

「朱里と武田がここ1番のところで覚醒してくれたのが大きかったね。まぁ2人共突発に発揮したものだったし、2度やれと言われればそれも難しいけど……」

 

とある一室では天王寺、イーディス、神室真澄、そして今回の騒動の黒幕である矢部明美が試合を観戦していた。

 

「…………」

 

「あんたの野望はここで終わったわ。罪を一緒に償いましょう?」

 

イーディスが明美に罪を償うべきだと説得を試みる。

 

「はぁ……。また負けたかぁ……。ジオット様の仇が取れると思ってたんだけどなぁ?仲間達も一部を除いて全滅したし、ドリームマシンはもうないし……。敗因はあの子達が魔球と魔打法をそれぞれ放った事にあったね」

 

「朱里も武田も心の内に秘めてる想いは同じなんだよ。そしてそれこそが世界を救う大きな切欠となる……。やっぱり最後に勝つのは正義のヒーローなのさ」

 

「……で、悪は破れる運命にある……と。世の中上手くいかないものだね」

 

矢部明美と天王寺がそのように会話をしていると……。

 

 

ピシッ……!

 

 

突如、この場所にゲートが出現した。

 

「えっ……」

 

「ゲート!?」

 

「なんでこの場所に……」

 

突如開かれたゲートに疑問を持っていたが、いち早く矢部明美が開かれたゲートの意味に気付いた。

 

「そっか……。そうなんだね」

 

「明美……?」

 

「来いって事なんだね?あの方の……ジオット様のいるであろう場所に繋がってるんだよね!?」

 

矢部明美がゲートに乗り込もうとすると、天王寺が今までになかった表情で矢部明美を止める。

 

「止めろ明美!そのゲートの先がジオットのいる場所とは限らない!危険だ!!」

 

「仮にこのゲートの先にジオット様がいなかったとしても、私は探し続けるよ。私はあの人に救われたんだから……」

 

矢部明美はそう言ってゲートの中に入った。

 

「待てっ!」

 

「行っちゃったわね……。ゲートが段々閉じていく……」

 

「くっ!逃がすか!!」

 

「待って天王寺!」

 

ゲートに入った矢部明美を追おうと天王寺もゲートに入ろうとすると、それをイーディスが制止した。

 

「止めるなイーディス!ここで明美を逃がす訳には……」

 

「だからあたしが行く……!あんたはこの世界にいなくちゃいけないのよ!あの子達の為にも……。お願い、だから……!」

 

悲痛に歪んだ表情で説得するイーディスに天王寺はゲートに入るのを思い留まり、イーディスにその役目を譲った。

 

「……っ!わかったよ。でも無理はするな。必ず戻ってこい!」

 

「もちろんよっ!」

 

必ず戻ると約束したイーディスは矢部明美を追う為にゲートに入り、その瞬間にゲートは閉じた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武田さんのサヨナラツーランによって私達はあのフィクション達に勝った訳だけど、なんか釈然としない……。

 

「むぅ……!」

 

武田さんも唸っている。どうせなら表の回で抑え切りたかったし、武田さん本人も何がなんだかわからない状況下で出たホームランだからね……。

 

「と、とりあえず試合には勝ったのよね!?」

 

「そうね……。過程はどうあれ、私達はフィクションを越える事が出来たのよ」

 

ウィラードさんの言葉に上杉さんが続く。もしも再試合になったら、絶対に勝てないであろう相手に勝つ事が出来たんだ……って!?

 

「痛い痛い痛い痛い!?」

 

「朱里ちゃん!?」

 

「ど、どうしたの朱里!?」

 

「な、なんかよくわからないけど、体中がものすごく痛い!」

 

魔球を投げた事と言い、今感じる全身の痛みと言い、一体私の体に何が起きてるの!?

 

「痛い痛い痛い痛い!?」

 

「ヨミちゃん!?」

 

「こっちでは武田さんも苦しんでますよ!?」

 

「この2人に共通する事って何……?」

 

どうやら武田さんも私と同じ現象に陥ってるみたいだ。原因不明の痛みに苦しんでいる……。

 

「朱里殿と武田殿はそれぞれ魔球と魔打法を放った……。その副作用だと思えばわかりやすいでござる」

 

「静華さんも5年前は同様に?」

 

「左様。5年前は同様に痛みに悶えてたでござるよ」

 

二宮と村雨が私と武田さんの体中の痛みについて考察していた。あとなんでそんなに冷静なの君達!?

 

「…………」

 

「あっ!?」

 

「フィクション達が……」

 

「ブラックホールへと戻っていく……」

 

あとで聞いた話によると、あのフィクション達があるべき場所へ帰ると同時に、私と武田さんに宿っていた必殺技も同時に消滅したらしい。やっぱり普通に野球をするのが1番だよね。

 

「それよりもいつになったらこの痛みはなくなるのーっ!?」

 

武田さんの叫びに同調する形で私も痛みに悶えている。本当に身体のあちこちが痛くて死にそうだ……。

 

ちなみにこの間に風薙さんが意識を取り戻し、雷轟と和解をしたという感動的なシーンがあったみたいだけど、私と武田さんは痛みに苦しんでいてそれどころじゃなかった……。



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それから

ブラックホールズとの試合が終わったあと、私達はそれぞれ次に向けて日々の練習に励んでいる。

 

金原と清本はそれぞれキャプテンに指名されてチームを引っ張っている。金原はともかく、清本がキャプテンはいまいち想像が出来ないな……。

 

 

二宮は白糸台のキャプテンに指名されていたけど、本人がそれを断ったので、鋼さんがキャプテンとなった。二宮曰く裏方の方が性に合ってるそうだ。裏でいつものように情報収集に勤しみながら鋼さんのサポートをしているみたい。

 

 

風薙さんはアメリカへと帰国した。

 

雷轟が必死になって止めていたけど、風薙さんが時々日本に戻ってくるから……という事で雷轟も渋々納得していた。このやりとりを見ると本当に2人は和解したんだな……と実感したよ。10年以上も擦れ違いがあったもんね。

 

そして帰国した風薙さんは早速向こうのプロ球団(しかも男女混合リーグ)からいくつも1位指名が来ていたらしく、それなりに悩んだ末にあるチームに入団、そして開幕1軍で、エース投手を務め、その試合で見事完全試合を決めたそうだ。やっぱり風薙さんは、雷轟のお姉ちゃんは、私の師匠は凄いよ……。

 

 

遠前高校野球は廃部になるかと思われたが、上杉さんとウィラードさんが日本に残り、野球部を引っ張った事によって廃部は免れた。

 

風薙さんは帰国するし、天王寺さんと夢城姉妹はまた別の場所に行ったし、同じ部員だったイーディスさんと矢部さんは行方不明になったのに、よくもまぁ立て直せたものだよね。遠前高校のある遠前町はかなりの田舎町だったが、遠前高校が夏大会で全国優勝を果たした影響か、かなりの住民が遠前町に移住し、人口が大幅に増えたそうだ。

 

 

天王寺さんと夢城姉妹はまた各地を転々としているらしい。具体的にはこれまで通り野球の楽しさを広めつつ、一定の期間で東京にいる妹(のような存在)と交流を暖めているそうだ。

 

天王寺さんの妹(のような存在)さんとは何度か会った事もあり、その事について少しばかり気になっていたけど、どうやら私達の行く大学に進学予定だそうで、通っている高校から数人が同じ進路を辿るらしい。大学進学後の楽しみが増えた気がする……。

 

それぞれが強力なチームをきっと作って来るだろう。私達も負けてはいられない……!

 

 

そして私達新越谷高校は……。

 

岡田主将、藤原先輩、川原先輩の3人が引退し、キャプテンには山崎さん、副キャプテンには私が指名された。

 

最初は私がキャプテンに指名されたけど、今の私には荷が重い……気がするから、それを辞退し、サポートなら……って事で改めてキャプテンに任命した山崎さんのサポートを務める事になった。仕方ないよね?私には荷が重かったしね?

 

先輩方3人はそれぞれ同じ大学に進学するそうだ。3人共プロ球団から指名を受けていたけど、今の自分はまだプロで学ぶ段階にはない……と、指名を辞退したみたい。もったいないようにも思えるけど、案外妥当な判断なのかも知れない……。

 

「朱里ちゃーん!そろそろ練習行くよー!?」

 

「……今行くよ」

 

さて、今日も練習を頑張ろう。次の大会に向けて……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして1年の月日が流れた……。



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エピローグ 最強のスラッガーを目指して!

ようやっと最終回です。まぁ続編に続く訳ですが……。

後書きに載せる予定だったオリキャラ紹介は別で同時投稿にしました。


色々あった県対抗総力戦から1年の月日が流れ、私達は3年生になった。

 

私、早川朱里はキャプテンである山崎さんのサポートをしつつ、エースを目指していた……。

 

「おーい!そろそろ帰るよー!?」

 

「ごめん。すぐ行くよ」

 

私を呼ぶチームメイト達の声が聞こえ、パパっと帰り支度を済ませて部室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室を出た先には雷轟、武田さん、山崎さん、芳乃さん、息吹さん、中村さん、川崎さん、藤田さん、大村さん、渡辺、照屋さん、猪狩さんがいた。大所帯……っていうか3年生全員集合じゃん。

 

「それにしても月日が流れるのが早い気がするわ……」

 

「そうだね。でも忙しい日々程あっという間に過ぎるものなんだよ」

 

感慨深く呟いたのは息吹さん。確かに時の流れが滅茶苦茶早く感じるよね。まぁ3年生になってから……というか岡田先輩達が引退してからもそれなりに色々な出来事があった訳だけど、それは芳乃さんの言う通り忙しい日々程時間の流れが早く感じるのかも知れないね。

 

「…………」

 

グラウンドを歩いていると、武田さんがボーッとしている。武田さんにとってこのグラウンドは思い入れがある場所なのかな……なんて思ってしまう。

 

「ヨミちゃん?どうしたの?」

 

「ううん……。私達ってこの場所から始まったんだな……って」

 

そういえば武田さん、山崎さん、芳乃さん、息吹さんのスタートは入学式にこのグラウンドでキャッチボールをしたのが入部の切欠なんだっけ?まぁその頃はまだ野球部の活動が再開してなかったし、私と雷轟もまだ入部してなかったけど……。

 

「そこから稜ちゃんと菫ちゃんと一緒に守備練習したり、怜先輩と理沙先輩と出会って、朱里ちゃんと遥ちゃんが入って、希ちゃんと白菊ちゃんが入って野球部が本格始動して……」

 

一呼吸置いて、武田さんは続ける。

 

「夏大会を勝ち抜くに当たって朱里ちゃんと一悶着あったり……」

 

「おいおい。朱里と一悶着って何があったんだよ……」

 

「朱里が揉めるところなんて想像出来ないわ……」

 

「そ、そこは触れない方向にしてくれると助かるな……」

 

私の転校騒動云々だよね?武田さんもそうだけど、山崎さんにも迷惑掛けちゃったなぁ……。その後の事も含めて。

 

「……で、紆余曲折あったけど、夏大会は皆力を合わせて全国優勝しちゃったりね」

 

「うん……。正直優勝出来るとは思ってなかったよ」

 

色々な要因が重なった結果だからね。運が良かったとも言える。

 

「夏大会が終わって、秋大会に向けて頑張ろう……ってなってから星歌ちゃんと光先輩が入って、2学期になると文香ちゃんが転校してきて……」

 

「せ、星歌は正直役に立てたかわからないけど……」

 

「そんな事ないよ?星歌ちゃんがいなかったら……って部分もいっぱいあるよ?」

 

「あ、ありがとう……」

 

渡辺は若干自分に自信がない部分も見受けられるから、今後の野球生活でそれを取り戻せたら良いと思う。

 

「秋大会は惜しくも全国大会の出場を逃しちゃったけど、自分達の弱さが見えた……とも思ったよ」

 

これに関しては私も武田さんと同じ意見かな。自分達の野球がまだまだ上を目指せる……って事があの試合でよくわかったからね。

 

「そんな負けがあったからこそ、関東大会でも優勝出来たしね……」

 

「最終的には柳大川越にも勝ち越せたしな!」

 

関東大会が終わると、一気に冬に近付いた気がしたよね。そこからシニアリーグの世界大会もあったし……。その前に風薙さんと上杉さんと再会したり、ウィラードさんとも出会ったし……。

 

「3月には朱里ちゃん達の応援にアメリカにも行ったなぁ……」

 

「出来れば私もアメリカへ行きたかったです……」

 

「まぁジャンケンだったし、それは仕方ないわよ……」

 

そういえば応援に来てくれたのは武田さん、山崎さん、芳乃さん、息吹さんの4人だったっけ?流石に全員が行く訳にもいかなかっただろうし、練習もあるからね……。

 

「そして4月になると3人の1年生と泊ちゃんも入ってきてくれたよね」

 

「ようやく私が登場……。これまで長かった……」

 

猪狩さんも照屋さん同様に転校生だったね。ボンヤリとした様子で私達の練習を見てたんだよね……。

 

「練習試合や合宿を行っていく内に、あっという間に2度目の夏大会だね!」

 

ちなみに地獄の合宿の部分は敢えてスルーさせていただく。生きた心地がしなかったからね……。

 

「色々な相手とやったわよね」

 

「特に印象に残ってるのが親切高校かな……」

 

親切高校はあの美園学院を破る程の実力だったし、ダークホースには間違いないんだけど、エースの一ノ瀬さんが(色々な意味で)癖の強い投手だったのも印象的だ。まぁ私や渡辺はシニア時代からある程度は知ってたけど……。

 

「そんな親切高校にも勝って、全国大会出場!」

 

「……って思ってたら、初戦で遠前高校に負けちゃったのよね」

 

「まぁあそこは凄腕の選手達の集まりだったからね。ヨミちゃんの従姉妹もいたんだっけ?」

 

「真深ちゃんだよ!アメリカ一の日本人スラッガーって朱里ちゃんから聞いた時はビックリしたよ~!」

 

私も武田さんの従姉妹が上杉さんだって聞いてビックリしたよ。

 

「その上杉さんもそうだけど、何よりも遥のお姉さん……だったわよね?の風薙さんよ」

 

「お姉ちゃん?」

 

「あの人が頭1つ以上抜けてるんじゃないかって騒がれてたらしいわよ?」

 

まぁあの人はね……。アメリカで並々ならぬ練習を成し遂げた末のものだしね……。

 

「遥ちゃんと仲違いしてたって話だったけど、無事に仲直りが出来て良かったよ!」

 

「ありがとう!それもこれも朱里ちゃんのお陰だよ!」

 

「そんな事ないよ」

 

ちなみに風薙さん、上杉さん、ウィラードさんにも同じ事を言われたけど、本当にそんな事ないからね?私何もしてないもん。

 

「県対抗総力戦が終わった後も色々あったねぇ……」

 

ちなみにブラックホールズの事も割愛させていただく。大宮さんの話によれば、おいそれと世に広めて良いものじゃないらしい。世界中大騒ぎだったらしいし、当たり前だよね。

 

「それで怜先輩達が引退して、タマちゃんが新しいキャプテンになって……」

 

「私は朱里ちゃんの方が相応しいって思ってたよ」

 

「いやいやいや、そんな事ないから……」

 

二宮じゃないけど、私は裏方の方が性に合ってるよ。

 

「それからも色々あったけど、それも皆で乗り越えて……。いよいよ明日で私達も引退なんだよね……」

 

「そうだね……。私はこの3年間、人生で1番充実したよ!」

 

「だな……」

 

「ですね!」

 

「私と泊さんは途中参戦だったけど、それでも皆さんと過ごせた日々はとても楽しかったわ」

 

「私も文香と同じ……」

 

皆の想いは多少違えど、充実した高校野球生活だと思っている。もちろん私も同じだよ!

 

「……って外がかなり暗くなってるし、そろそろ帰ろっか」

 

「また明日だね!」

 

「まぁ明日で引退だけどな!」

 

「皆の進路はバラバラでも、新越谷野球部の想いは1つやけん!」

 

それぞれ帰路に付く。中村さんのその言葉はまだ聞くの早い気がするけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新越谷野球部部員と別れ、少女2人が残った。雷轟遥と早川朱里だ。

 

「雷轟はこうして全国優勝を果たしたチームの4番になった訳だけどさ、目指してるものにはなれたの?」

 

「……ううん。まだまだだよ。私の目指すものにきっと終わりはないの」

 

遥は朱里の方を振り返り……。

 

「私が野球そのものを引退するまでは……目指し続けるよ!例えそれが果てしない荒野のような厳しい道だったとしてもね!!」

 

「そっか……」

 

「うんっ!!」

 

少女達の野球人生はきっとまだまだ続くだろう。遥達の野球はまだまだ始まったばかりなのだ……!

 

遥の道は厳しいものになったとしても、きっとそれが遥の生き甲斐だから。それが遥の憧れた道なのだから。遥は改めて夜空に誓う。

 

「最強のスラッガーを目指して!」




遥「この話を持ちまして、『最強のスラッガーを目指して!』の本編は完結となりました!』

朱里「作者的にはやっと……って感じだよね。元々は100話前後での完結予定だったのに……」

遥「番外編とかを込み込みでも100話って1年目の全国出場が決まった直後くらいだよね?」

朱里「まぁこれくらいで完結でも良かったんだろうけど、それだと打ち切りっぽくなっちゃうから、続投したんだよね……」

遥「それからも作者が(ない)知恵を絞って生み出したのが原作を追い越すって展開だったんだね!」

朱里「原作で言うところの柳大川越戦に勝利した時点で原作は越えている訳なんだけどね……。本来なら10人くらいに抑えようとしたオリキャラが出るわ出るわで、グダグダと引っ張った結果が……」

遥「この話と同時投稿してるキャラ紹介も含めて全803話になったよ!」

朱里「なんと8倍強……。しかもこれ続編に続くんでしょ?今3話くらい挙がってる……」

遥「作者曰く終わりの見えない投稿だから、1000話どころか、2000話も夢じゃないね!!」

朱里「1日1話投稿するとしても、6年以上とか作者が死んじゃうよ……」

遥「だからモチベーションがあっても月1投稿なんだって」

朱里「……まぁそれもこれもこの小説を応援してくださった人達のお陰だよね。内2人はコラボもさせてくれた訳だし」

遥「コラボを快く引き受けてくださった東方魔術師さんとたかとさんを始め、お気に入り登録をしてくださった110人(この小説投稿時点)の方々、本当にありがとうございました!!」

朱里「何人かは感想をくれたり、球詠の二次創作を書いている人だから、その人達のコメントや小説を見て、作者のモチベーションにもなったしね」

遥「こんなところで終わって『それぞれの進路はどうなったの?』とか、『オリキャラ紹介でこのキャラ紹介してなくない?』とかの質問は個人メッセージで受け付けるよ!」

朱里「一応続編の方で触れる事になってるけど、メッセージに来た質問を簡単に答えるよ」

遥「この小説は今日を持ってして本編完結となりますが、番外編の投稿も時々しますので、その時はまた見ていってください!!」

朱里「2020年7月27日から2022年9月7日までの773日に渡ってこの小説は完結とさせていただきます」

遥「ありがとうございました!続編である『最高の選手を目指して!』も読んでいってくださいね!」

朱里「最後まで宣伝を忘れない……」


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