遊戯王 プロフェッショナル・オーディナリー (紅緋)
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ドライトロンVS聖刻サフィラ

ドライトロンの情報見て我慢できませんでした。
多分これがドライトロン創作で早い方だと思います(自惚れ)
※①世界観は完全オリジナル
※②デュエルだけ読みたい人は序盤の5,000字くらい飛ばして下さい。
※③何か32,000字超えちゃいました。


「機械族の儀式?」

 

 開口するなり、女性は呆けたような声色を出す。

 

「えぇ、機械族の儀式モンスターです。今までの機械族は融合・シンクロ・エクシーズ・ペンデュラム・リンクと、各召喚方法のモンスターの開発には余裕で成功していましたが、何故か儀式だけ開発できていなかったんです。それが先日、部下の『いっそのことレベルではなく攻撃力で参照してみては?』という鶴の一声で一気に開発が進み、今はそのサポートカードにまで着手して──」

「待て待て待て。主任、そうじゃない」

「──何か他のご質問でも?」

 

 女性の声色から理解ができなかったと察した『主任』と呼ばれた男性は意気揚々と説明していた口を渋々閉ざし、女性に問いかける。

 はぁ、と女性は額に手を当てながらため息を零す。

 

「いや、何故私が呼び出されたのか理解ができないのだ。既知のことだが、私自身はエクシーズやリンクも使うことはある。しかしあくまでも主体は融合。機械族の全般であれば古賀先生や和戸君の方が適任だと思うのだが…」

「あぁ、そのことですか。今回開発した儀式モンスターがですねぇ……何故か天体関係のカード名でないと安定しなくて、何故かドラゴンのデザインでないと出力できなくて、何故か光属性でないと実体化できなかったんで、お二人では適合しなかったんですよ」

「……それなら研修生から適合者を探せば良いだろう」

「そんなことしているよりも最上位(トップランカー)が適合するかどうか確認した方が早いでしょう!! 別に良いじゃないですか!! 藤島さんの使っているカードだって機械族・光属性でドラゴンじゃないですか!! 機械族・光属性でドラゴンなら、藤島さんと言っても過言ではないでしょう!!」

「過言だろう。それに突然声を荒げないでくれ主任」

 

 はぁ、と本日2度目のため息を零しつつ、女性──藤島恭子(ふじしま きょうこ)はそこでやっと自分が呼び出された理由を把握した。

 早い話、『新しく機械族の儀式モンスターを作ったは良いけど、適合するデュエリストを有象無象から探すより、類似しているカード群を使っているプロデュエリストであれば適合するのではないか』ということだ。

 

 恭子自身、主任の言わんとしていることは理解できる。

 自分達が開発したカードを一刻も早く、輝かしいデュエルの舞台で見たいのだ。

 それをどこの誰とも知らないデュエリストよりは、自分のような確かな実績のあるデュエリストに依頼すること自体は別に間違ってはいない。

 むしろそれだけ信頼されているのだから当人としては嬉しくもある。

 

「お願いしますよ藤島さんっ!! 来週にはエキシビションでデュエルしなきゃいけないんです!! 下手にそこらの素人が適合しても、実際のデュエルでボロ負けしたら意味がないんですっ!! どうか…! どうかウチのプロジェクトの初舞台を輝かしい勝利で…!!」

「えぇい、わかったわかった…! 最低限、適合するかどうかだけは付き合おう!」

 

 しかし、その信頼が強いあまり今回のような無茶振りが少なからずあることだけは嬉しくない。

 結局、大の大人の男が涙と鼻水を垂らしながら自分の腰にすがりついてくるものだから、恭子としては半ば自棄になって了承してしまう。

 

「ぃよしっ!! ありがとうございますっ藤島さん!! 藤島さんが請け負ってくれれば、もう適合は決まったようなものです!!」

「いや、それは試験してみないとわからないと思うんだが…」

「何を仰いますか! 藤島さんなら絶対に大丈夫ですって! とりあえずデュエルディスク付けて! これが儀式モンスターで、こっちが儀式魔法! あとはこれがリリースするモンスターですんで、隣のブースで試して下さい!! さぁさぁ早くっ! ハーリーぃッ!!」

「う、うむ…」

 

 そして了承するや否や、どこから取り出したのか試験用のデュエルディスクとカードを主任から渡される恭子。

 半ば強引に背を押されながら開発室から隣の試験用フィールドへと押し込まれる。

 その際、開発室で既に準備を進めていた一般研究員から少しばかりの申し訳なさそうな顔と、期待に満ち溢れた眼差しを向けられてたじろいでしまう。

 

 はぁ、と本日3度目になるため息を零しつつ、恭子は手に持つカードを見て感慨にふける。

 

「……それにしても、私が儀式か。いつもは橘田か天龍寺さんが使っているのを見ていたからわかるが、まさか私も使う日が来るとはな…」

 

 養成所からの付き合いである友人と、その友人が所属する事務所のトップの顔を思い浮かべながら恭子は手に持ったカードに目を向ける。

 儀式モンスターと儀式魔法。

 そしてリリースに必要なモンスター。

 計4枚のカードが自分の手にあり、それらのカード名とステータス、効果を見る。

 

(レベル12とは……また随分と高いな。だが攻守共に申し分ないし、効果も悪くない。これが儀式魔法で──ん? 墓地からも召喚できるのか? 最近の儀式は違うな……こっちがリリース用のモンスターで……なにっ通常召喚できないだと!? あっ、いやこれは同テーマ内で特殊召喚しつつデッキを回転させる感じか……なるほど。だがそれにしても──)

 

 各カードの特性、テーマ間のムーブ、実際にデュエルした際のイメージを膨らませていく恭子。

 デメリットや制約こそはあるが、これはこれで趣があって良い。

 だが、それ以上に──

 

(──良きイラストだ)

 

 ──見た目に惚れた。

 いや、惚れてしまったと言っても良い。

 

 自身の使うカード群とも相性も決して悪くはないし、むしろ組み合わせて使うのも良さそうだ。

 そうなるとまた異なるムーブができ、最初とはまた異なるイメージが湧いてくる。

 

『──ふ、藤島さん? そろそろ試験を開始してもらっても良いでしょうか?』

「ん? あぁ、すまない。少々呆けていた」

 

 没頭するあまり、他者からの声でやっと適合試験であったことを思い出す。

 心配そうな声色の研究員とは対照的に、恭子の声色はやや上擦っていた。

 

 それもそうだろう。

 これらのカード群が自分に適合するか否かの試験であるが、何の心配もいらないという自負が恭子には確信のようにあった。

 何せ、カード名はおろか、イラストも、ステータスも、テキストさえも一字一句読めるのだから。

 

「それでは始めさせてもらう。私は儀式魔法、≪○○○○○≫を発動っ! 手札の≪○○○○○○≫と≪○○○○○○≫をリリースし、手札から儀式モンスターを降臨させる! 儀式召喚っ! 現れよっ!! レベル12っ!!」

 

 恭子が儀式魔法を発動させ、彼女の背後にリリースされたモンスター達が一瞬だけ半透明の姿で実体化。

 即座に金色の粒子へと転じ、それらがフィールドの中央へ集まる。

 粒子が集まり、段々と形へと成していく。

 

 2つの半月。

 2つの巨砲。

 2つの堅盾。

 2つの剛剣。

 それらを纏う巨大な人型──否。

 巨大な竜──否。

 巨大な竜人──否。

 形作るは人に非ず、竜に非ず、竜人でも非ず。

 其れは──竜機人。

 

 其れが顕現した時、開発室の中からは溢れんばかりの歓声が。

 試験用フィールドに1人居る恭子には笑みが。

 

 この時、デュエルモンスターズの歴史に新たな1ページが刻まれた。

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

「あら、古賀先生はここの席でしたのね」

「…天龍寺か。遅かったな」

「ちょっと私事で遅れまして。お隣、失礼いたしますわね」

 

 1週間後。

 とあるスタジアムの来賓席にて、1組の男女が顔を会わせた。

 

 ハーフアップに纏めた白銀色の長髪を靡かせ、どこか高貴な雰囲気を醸し出す妙齢の女性──天龍寺と呼ばれた美女が優雅に席へと腰を下ろす。

 初老に差しかかかったであろう白髪交じりの金髪に、厳格な雰囲気は顔に刻まれた皺がそれを物語っている古賀と呼ばれた男性は、天龍寺の所作を少しばかり目で追い、すぐにスタジアムの方へと目を向ける。

 

 現在、スタジアム中央のデュエルフィールドではデュエルが行われていた。

 片や純白の聖職者を模したモンスターを扱い。

 片や戦国の武将らを模したモンスターを指揮。

 どちらも一進一退の攻防を繰り広げており、聖職者側が切り札であるドラゴンを召喚したところでスタジアムから一際大きな歓声があがる。

 

「ふふっ、流石は去年のチャレンジャーズカップで結果を出した2人ですね。直近の卒業生ですから、先生も鼻が高いのではありませんか?」

「…まぁ、問題は多かったがな」

「あらそうでしたか? あぁ、そうそう先生。わたくし、本音を申し上げますと、彼──藤堂君は〈竜宮(ウチ)〉に欲しかったのですけれど、何で〈腕輪〉に行かせたんですか?」

「…別に私が行かせた訳ではない。本人の希望であっちに行っただけだろう」

「研修生時代から龍姫ちゃんが目をかけていたのに?」

「…逆に聞くが、あの超問題児の橘田に目をかけられて〈竜宮〉に行きたいと思うか?」

「わたくしならば最上位(トップランカー)に声をかけられたら行きま──いえ、こちらの人選ミスですわね。ドラゴン偏愛の龍姫ちゃんではなく、理路整然とした朔也(さくや)君かコミュ超強の紅葉(もみじ)ちゃんに任せるべきでしたか…」

「…藤堂に関しては去年の事件で〈竜宮〉相手だと負い目もあるから行き辛かったのもあるだろう。それならばあまり拘りのない〈腕輪〉に行ったのも納得がいく」

「それはわたくしと夫が人脈と金銭でどうとでもできましたのに…」

「まぁ本当は元木が強引に持っていったんだがな」

「あの転倒王者の所為ではありませんかッ!?」

「あいつの方がスカウトとしては優秀だったというだけだ──むっ、丁度藤堂の勝ちで決まったか」

 

 デュエルフィールドでドラゴンのブレスが武将に直撃し、その超過ダメージでライフポイントが0を示す。

 その瞬間、スタジアムでは歓声と拍手が大きく響き、デュエル終了後に相対していた2人は互いに笑い合いながら握手を交わす。

 2言3言話したかと思えば、2人並んで仲良く談笑しながら控室の方へと歩を進める。

 うっとりとした眼差しを藤堂に向けつつ、天龍寺は感嘆に近い声色で呟く。

 

「はぁ…やはり藤堂君は良いですわね。ドラゴンを使っていても常識的で。ここは強引に今からでも〈竜宮〉に移籍を…」

「やめておけ。元木が物理的に邪魔してくるだろうし、天崎兄妹と朧月兄妹もそれに加勢するぞ」

「……流石に最上位(トップランカー)上位(ハイランカー)相手は少し骨が折れますわね。まぁそこはおいおいやっていきますわ。わたくしとしては藤堂君を入れて、『ドラゴン使いは偏屈な奇人にして変人』というレッテルを払拭したいので」

「…………」

 

 半ば愚痴に近い天龍寺の言葉に古賀は口を閉ざす。

 そもそも奇人変人のレッテルは3割が橘田龍姫(きった たつき)、3割が鉄紅葉(くろがね もみじ)、3割が天龍寺藍子(てんりゅうじ あいこ)、1割が飛弾朔也(ひだ さくや)という割合だと街頭・WEB調査で判明しているので、先ずは天龍寺自身がその身を振り返れと言いたくなる。

 しかし、天龍寺とてアラサーの年齢。

 その内自分で気付くだろうと、古賀はこの場では発言を控えた。

 

「あぁそういえば古賀先生。何でも、今回のエキシビションでは先生が懇意にされている企業からサプライズがあるとお伺いしているのですが」

「…相変わらず耳が早いな天龍寺。まぁ私も少しばかり携わったとだけ言っておこう」

「あら? それでは先生がデュエルするのではなくて?」

「残念ながら私には適合しなかった。それだけの話だ」

「それは残念。ではどなたがデュエルをするので?」

「お前の1個下だ」

 

 1個下、という単語が古賀の口から発せられると同時にスタジアムから先ほどと同等、もしくはそれ以上の大音が歓声となってスタジアム全体を揺らす。

 天龍寺が何事かとデュエルフィールドの方へと目を向けて、すぐに『あぁ』と納得する。

 

 中央のデュエルフィールドには天龍寺のよく見知った顔──それも2つ並んでいた。

 片や蒼穹色の長髪をツーサイドアップにまとめ起伏の皆無な胸の辺りまで伸ばし、スラリとした流体を彷彿とさせるスレンダーな体型の女性──橘田龍姫。

 片や蒼銀色の長髪をストレートで腰まで伸ばし、蠱惑的なまでに女性らしく起伏に富んだ、山岳──否。山脈を彷彿とさせるようなモデル体型の女性──藤島恭子。

 

 研修生時代の同級生であり、共に最上位(トップランカー)の順位に位置している、国内でも指折りの実力者2人。

 彼女らが姿を見せて興奮するなという方が無理な話だ。

 現にスタジアムはまさかの最上位(トップランカー)デュエリストの登場に歓喜の声がひっきりなしで上がっており、少し目を凝らせばあまりの興奮で卒倒する者さえ現れる始末。

 

 今回のエキシビションデュエルは名目上、企業による新規カードの発表会、もしくは新規獲得したデュエリストのお披露目会と言っても過言ではない。

 大抵の企業は新人に新規カードを使わせ、それをデュエルという形で紹介するため、デュエリストは実際にデュエルするまで詳細は伏せられている。観客としても新人が新規カードを使ってデュエルするため、新しさ第一でこのエキシビションデュエルの観戦に来たのだ。

 実際に彼女らの前の2人も昨年度養成所を卒業したばかりの新人であり、公の場で露出があまりなかったために各々の企業から出場を命令されたに過ぎない。

 

 だが、今デュエルフィールドに立つ2人は、そういった新人からは程遠い──それこそ、新人が憧れ、敬うような立ち位置に居る2人である。

 片やドラゴン族系企業〈竜宮〉の顔と言っても差支えない、ドラゴン至上主義のデュエリストにして、最上位(トップランカー)上位(ハイランカー)の門番──ランク9位の橘田龍姫。

 片や機械族系企業〈機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)〉のトップにして、全力で相手を圧し折り、叩き潰す女帝──ランク2位の藤島恭子。

 

 よもや国内の4大大会はおろか、リーグ戦ですら滅多に見られない組み合わせ。それも普段のチケット代からすれば遥かに格安で最上位(トップランカー)デュエリストのデュエルを観戦することができるのだ。

 スタジアムの興奮はさらに過熱し、割れんばかりの歓声が止むことがない。

 会場内アナウンスで注意を促そうにもヒートアップしている観客らは、誰もがそれは耳に入らずただデュエルフィールドに居る2人に声を荒げるだけ。

 

「…驚いたな。まさか〈竜宮〉から橘田を出すとは思わなかったぞ」

「わたくしもですわ。まさか恭子ちゃんとは予想外です……正直に打ち明ければ、こちらは新規カードに適合できたのが龍姫ちゃんしか居なかっただけなのですが」

「それはこちらも同じだな。だが、それが偶さかこの組み合わせになるとは…」

 

 熱狂している観客らを余所に、来賓席では日常会話のように言葉を交わす2人。

 デュエルの組み合わせは完全にランダムだが、よりによってそれが最上位(トップランカー)の2人、それも養成所時代からの友人ともなれば態度には出ないが驚きはする。

 

「しかし恭子ちゃんも不運ですわね。このような場で龍姫ちゃんとだなんて……今のあの子、藤堂君が直前のデュエルでドラゴンをフィニッシャーにして、相手が恭子ちゃんですから、見た目以上に昂っていますわよ」

「いや、あの無表情のどこに見た目から察せられる要素があるんだ?」

「今日のエキシビションの龍姫ちゃんは全力全速全開前進ですわね」

「聞け。そういうとこだぞ〈竜宮〉が奇人変人扱いされるの」

 

 嘗ての教え子が企業の評判通り、と言っても養成所時代からこの調子だったドラゴン使い達がこぞって〈竜宮〉に行くものだから、講師である古賀としては頭が痛い。

 はぁ、とため息を吐きながら視線をデュエルフィールドへ。

 そこにも自分の元教え子達──それも片や超が付く問題児、片や自分の所属事務所の後輩。

 自身の後輩である恭子の応援は当然だが、手のかかる子ほど可愛いとはよく言ったもので、龍姫の方も気にはなる。

 尤も。

 

(…まぁ、良いデュエルを期待しているぞ。藤島、橘田)

 

 今はただの観客として2人のデュエルに期待するだけだ。

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

「久しぶりだな龍姫。まさかここで会うとは思わなかったぞ」

「……同じく」

「エキシビションに出るということは何か新しいカードがあるのだろう? 今回のデュエルでは期待している」

「……私も」

 

 一方、デュエルフィールドでは周囲の熱など知ったことではない、とばかりにマイペースかつ朗らかに話す最上位(トップランカー)2人。

 と言っても養成所時代から変わらず、それなりに面倒見の良い恭子が一方的に話しかけ、日常では控え目な龍姫が最低限の返事をするだけ。

 傍から見れば恭子が嫌われているのではと思われなくもないが、これが彼女らの日常。

 

「今回の私のデッキはいつもとは大きく異なるが、おそらくいつもよりは龍姫の好みに近いだろう」

「……っ! 期待している…! 私も、今回は新しいカードを色々入れたから…!」

「ほう…私も期待しておこう。さて、では始めようか」

 

 話す中で長い付き合い故に龍姫の無表情からある程度内心が読めるようになった恭子は、龍姫の期待が言葉通りであることを容易に理解。

 龍姫の方も恭子の一見興味の薄そうな声色に反し、その実は言葉通りの期待であることは理解していた。

 

 そしていつの間にか観客の迸るほどの声援が嘘のように止み、それを合図に2人はほぼ同時にデュエルディスクを装着しながらデュエルフィールドの所定の位置まで移動し、互いに互いを見据える。

 オートシャッフル機能で龍姫の60枚デッキと恭子の40枚デッキが小気味よい音を響かせながらシャッフルされ、デッキホルダーに固定。

 続けて先攻・後攻を決定するランプがデュエルディスクに点り、それを見るなり互いに慣れた手つきでデッキからカードを5枚ドロー。

 中空に仮想立体映像であるソリッドビジョンで名前と8000のライフポイントが表示。

 

 準備が完了し、一瞬だけ手札を見てから共に相手の顔を見る。

 両者共に微笑を浮かべており、初期手札が完璧であること。

 大会やリーグ戦とは違い、勝敗をそこまで重視しないこと。

 スタジアムという舞台で、養成所時代のようにただデュエルに集中できること。

 様々な思いを込め、2人ははっきりと、そして力強い──

 

「「デュエルっ!!」」

 

 ──宣言共に決闘が始まる。

 

 

 

「私の先攻。手札からレベル5の≪聖刻龍-アセトドラゴン≫をリリースなしで召喚。この子は攻撃力を1000にすることでリリースなしで召喚することができる。そしてこの≪アセトドラゴン≫をリリースし、手札からレベル5≪聖刻龍-ネフテドラゴン≫を特殊召喚。この子は場の【聖刻】モンスターをリリースすることで手札から特殊召喚できる。ここで≪アセトドラゴン≫の効果。この子がリリースされた時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族の通常モンスター1体を攻守0にして特殊召喚する。デッキからレベル2・チューナー・通常モンスターの≪ギャラクシーサーペント≫を特殊召喚」

 

 先手必勝とばかりに龍姫は慣れ親しんだ手つきでカードを繰る。

 フィールドに光り輝くドラゴンが現れたかと思えば、即座に光の粒子となり別の上級ドラゴンが出現。

 それに併せてデッキから下級の通常モンスターを【聖刻】固有効果によって呼び出す。

 無駄のない展開に観客は沸き立ち、恭子は笑みを浮かべる。

『まだこれで終わりじゃないだろう?』とでも言いた気な表情を龍姫に見せ、当の龍姫も(傍から見ればわからないが)微笑を浮かべ、流れるように手札のカードに指をかける。

 

「場の≪ネフテドラゴン≫をリリースし、手札から魔法カード≪ダウンビート≫を発動。リリースしたモンスターと同種族・同属性でレベルが1つ低いモンスター1体をデッキから特殊召喚する。現れよ、≪聖刻龍-ドラゴンヌート≫。リリースされた≪ネフテドラゴン≫の効果発動。デッキからレベル4・通常モンスターの≪神竜ラグナロク≫を攻守0にして特殊召喚」

 

 まだ途中、とでも言うようなプレイングで龍姫の場のドラゴンが増えていく。

 上級モンスターこそ居なくなったが、そのドラゴンの数は3体。

 その内レベル4が2体にレベル2のチューナーが1体。

 シンクロ・エクシーズ・リンク召喚はもちろんのこと、残っている3枚の手札によっては融合や儀式も充分に可能な状況だが──

 

「私は場の≪ドラゴンヌート≫を対象に速攻魔法≪ドロー・マッスル≫を発動。自分場の守備力1000以下の表側守備表示モンスターを対象に発動し、デッキから1枚ドローし、そのモンスターはこのターン戦闘では破壊されない──けど、カード効果の対象になった瞬間、≪ドラゴンヌート≫の効果発動。この子がカード効果の対象になった時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスター1体を攻守0にして特殊召喚する。デッキからレベル4・通常モンスターの≪アレキサンドライトドラゴン≫を特殊召喚。その後、≪ドロー・マッスル≫の効果で1枚ドローする」

 

 ──龍姫が取った選択は更なる展開。

 場に居るモンスターの数は4体に増え、魔法カードの効果でドローして手札を補充したので手札は3枚から減っていない。

 『そろそろ来るか』と恭子が身構える中で、龍姫は内心で歓喜の笑みを浮かべながら、エクストラデッキから4枚(・・)のカードを取り出す。

 

「私はレベル4の≪ドラゴンヌート≫にレベル2の≪ギャラクシーサーペント≫をチューニング。深淵より出でし無形よ、現世にその形を成して現せッ! シンクロ召喚ッ! 現れよ、レベル6ッ! ≪ドロドロゴン≫ッ!!」

 

 龍姫の場の2体の竜が光星と緑輪へと姿を転じ、フィールドが一瞬だけ光に包まれた直後、フィールドには新たなドラゴンが鎮座していた。

 全身が薄緑色の泥に包まれ、無形でありながら竜の形を保とうとしているモンスター。

 

 お世辞にも外観はドラゴンらしくないモンスターだが、この≪ドロドロゴン≫は観客はもちろん、恭子にとっても初見のモンスター。

 攻撃力は僅か500だが、低攻撃力モンスターには何かしら特異な効果があるものだと、恭子は龍姫の次手を見守る。

 

「≪ドロドロゴン≫は融合素材代用モンスターになる効果を持つ。その際、他のモンスターは正規の素材でなければならない。そしてもう1つの効果を発動。シンクロ召喚されているこのカードを含む融合モンスターによって決められたモンスターをフィールドから墓地に送ることで融合召喚できる」

「ほう…≪融合≫内蔵の融合素材代用モンスターとはまた面白い効果だな」

「ありがとう。お陰でこんなこともできる──私は場の≪ドロドロゴン≫を≪ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―≫として扱い、場の≪神竜ラグナロク≫と融合ッ! 神魔の力を得し支配者よ、その力で竜に選別の加護を齎せッ! 融合召喚ッ! 現れよ、レベル7ッ!≪竜魔人 キングドラグーン≫ッ!!」

 

 泥の竜はその形を彼の竜の支配者へと変え、場に居た≪神竜ラグナロク≫を融け合い、さらにその姿を変える。

 現れるは支配者の上半身と神竜の下半身を持つ竜の魔人、≪竜魔人 キングドラグーン≫。

 以前の龍姫であれば渋々≪融合呪印生物-闇≫をデッキに入れ、その効果で非正規召喚していた≪キングドラグーン≫だが、新たな竜である≪ドロドロゴン≫の効果で問題なく正規の融合召喚を可能に。

 そのため例えバウンス以外の除去をされても蘇生制限を満たしているため、通常の蘇生・帰還カードで問題なく特殊召喚ができる。

 ≪ドロドロゴン≫の存在はカード名を指定するドラゴン族融合モンスターを扱うことのある龍姫にとってこの上ないほどの優秀な存在となった。

 

(≪キングドラグーン≫か……確か場のドラゴンに相手からの対象耐性を付与する融合モンスターだったか──上から殴れば問題ないなッ!)

 

 しかし、恭子にとってはさほどでもない。

 攻撃力2400の対象耐性持ちと考えても、『じゃあ攻撃力2400より高いモンスターを出せば問題ないな!』という身も蓋もパワー思考。

 あくまでも一般的なデュエリスト相手には有効な手ではあるが、『力こそパワー』を体現する恭子相手には分が悪い。

 

「手札から永続魔法≪星遺物の守護竜≫を発動。このカードの発動時に自分の墓地からレベル4以下のドラゴン族1体を手札に加えるか特殊召喚する。墓地の≪ドラゴンヌート≫を特殊召喚。そしてもう1つの効果発動。自分場のドラゴン1体の位置を変更する。≪ドラゴンヌート≫を対象に発動し、カード効果の対象になったことで効果発動。墓地から≪ギャラクシーサーペント≫を攻守0にして特殊召喚する」

 

 尤も、龍姫も恭子相手では≪キングドラグーン≫を出した程度で止まるとは最初から思っていない。

 あくまでも万全の盤面を完成させるための1ピースに過ぎないため、続けてエクストラデッキから取り出していた残り2枚の内の1枚に指をかける。

 

「私は場のレベル4≪アレキサンドライトドラゴン≫と≪ドラゴンヌート≫でオーバーレイネットワークを構築。竜弦を響かせ、その音色で闇より竜を誘えッ! エクシーズ召喚! 降臨せよ、ランク4ッ!≪竜魔人 クィーンドラグーン≫ッ!!」

 

 続けて龍姫の場に姿を現したのは≪キングドラグーン≫の対となる、守護者の上半身と神竜の下半身を持つ女王≪竜魔人クィーンドラグーン≫。

 龍姫のマイフェイバリットにしてエースと同じく、彼女のデュエルでほぼ全てのデュエルで登場する愛用ドラゴンの1体だ。

 その能力も自身以外のドラゴンに戦闘破壊耐性付与と、墓地からレベル5以上のドラゴンを蘇生するという実に彼女好みであり、通常のデュエリストであれば──というより、通常でもエクストラデッキからモンスター1体出せば良い中、彼女のドラゴン族の展開はここからさらに加速する。

 

「私は≪クィーンドラグーン≫の効果発動。オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、墓地からレベル5以上のドラゴン族を効果無効、このターンの攻撃不可の状態で蘇生させる。墓地からレベル6の≪ドロドロゴン≫を蘇生」

「≪ドロドロゴン≫を復活か…」

 

 これで龍姫の場には再び4体のモンスター。

 その中で融合・シンクロ・エクシーズと揃ってはいるが、ここからさらに展開することは予見のように周知されている。

 問題は大人しく儀式召喚に移るか否かだが──

 

「私はレベル6の≪ドロドロゴン≫にレベル2の≪ギャラクシーサーペント≫をチューニング。光と闇が生み出す混沌よ、その支配者を顕現させよッ! シンクロ召喚ッ! 現れよ、レベル8ッ! ≪混沌魔龍 カオス・ルーラー≫ッ!!」

「これは初見のドラゴンだな…」

 

 今度は場の2体のドラゴンが6つの光星と2つの緑輪へと転身し、再びフィールドに刹那の閃光が走る。

 現れ出るは漆黒の竜鱗と紫翼を持った魔龍≪混沌魔龍 カオス・ルーラー≫。

 龍姫が今まで使用してきたシンクロドラゴンの中では≪星態龍≫に次ぎ、≪トライデント・ドラギオン≫と同率の攻撃力3000の大型モンスター。

 ≪キングドラグーン≫が対象耐性、≪クィーンドラグーン≫が戦闘耐性であれば、効果破壊耐性でも付与するのかと恭子が予想するも──

 

「≪カオス・ルーラー≫の効果発動。このカードのシンクロ召喚成功時、私のデッキトップ5枚をめくり、その中から光・闇属性モンスター1体を手札に加え、残りは墓地に送る……デッキトップ5枚は≪祝祷の聖歌≫3枚、≪聖刻龍-トフェニドラゴン≫、≪巨神竜フェルグラント≫。この中から光属性≪トフェニドラゴン≫を手札に加え、残りは墓地へ」

「墓地肥やしか。それにしても随分と偏った落ち方だな…」

 

 ──耐性付与ではなく、墓地肥やしであったことは予想外であった。

 しかも墓地に龍姫のエースモンスター降臨に必要な儀式魔法が一気に3枚も墓地に行ったことは恭子にとって嬉しい誤算だ。

 全て墓地に送られてしまえば、このターンで儀式召喚されることはない。

 つまり、このターンは融合・シンクロ・エクシーズを並べただけで終わる──

 

「手札から魔法カード≪儀式の準備≫を発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスター1体を手札に加える。さらに墓地に儀式魔法があればそのカードを手札に回収。私はデッキからレベル6の儀式モンスター≪竜姫神サフィラ≫を手札に加え、墓地から儀式魔法≪祝祷の聖歌≫を手札に回収する」

「……おや?」

 

 ──そう思っていたが、現実はそんなに甘くない。

 ≪カオス・ルーラー≫召喚前に2枚だった手札がいつの間にか4枚に増え、さらに儀式召喚に必要な儀式モンスターと儀式魔法、リリース用のモンスターまで揃える強欲セット。

 普段と手順こそ違うが、これはまた場にドラゴンが並んでしまうな、と恭子は半ば諦観した思いで龍姫の場へ視線を向ける。

 

「手札から儀式魔法≪祝祷の聖歌≫を発動。レベル6の≪竜姫神サフィラ≫の降臨に必要なレベル分、手札・場からモンスターをリリースし、儀式召喚を執り行う。私は手札からレベル6の≪トフェニドラゴン≫をリリース──祝祷の祷りを捧げ、神聖なる歌で竜を導けッ! 儀式召喚ッ! 光臨せよ、レベル6ッ! 我が半身、≪竜姫神サフィラ≫ッ!!」

 

 遥か上空から6本もの光が6角形の頂点の位置に矢の如く龍姫のフィールドに突き刺さり、降り注いだ6本の光の中央に、巨大な光柱が現出。

 光柱の光が段々と狭まっていくにつれ、内にあるものの存在が徐々にその姿を形成していく。

 人間と同じような体躯を持ち、その身はサファイアブルーの竜鱗が彩。

 その背から神鳥を彷彿とさせる豪華絢爛な装飾で覆われた純白の翼。

 体の各所には翼と同様に金色の装飾が至るところに施されている。

 

 龍姫のマイフェイバリットにして、エースであり、切り札。

 絶対的なる守護神──≪竜姫神サフィラ≫が満を持してフィールドに降り立つ。

 

 当然、彼女のエースの登場にスタジアムの熱はより一層高まっていく。

 観客の誰もが喉が壊れんばかりの大声を上げ、龍姫の形成した融合・儀式・シンクロ・エクシーズの各種ドラゴンが揃い踏みしたフィールドに心を奪われる。

 しかしまだここで終わりではないと、恭子は警戒を解かずに龍姫の一挙一動を注視。

 

「リリースされた≪トフェニドラゴン≫のモンスター効果発動。手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスター1体を特殊召喚。私はデッキからレベル8の≪神龍の聖刻印≫を特殊召喚し、この子をリリースして魔法カード≪アドバンスドロー≫を発動。自分場のレベル8以上のモンスター1体をリリースして、デッキから2枚ドローする」

 

 やはり、と半ば確信めいた龍姫のムーブに恭子は警戒を強める。

 儀式召喚によって4枚あった手札が1枚にまで減ったが、それを【聖刻】の展開力で即座にドローカードのコストに変換。

 低ステータスモンスターを場に残さずに手札を2枚に増やした状況に薄らと冷や汗が出るが、龍姫はそんな恭子のことなどお構いなしとばかりにプレイングを続ける。

 

「場の≪キングドラグーン≫の効果発動。1ターンに1度、手札からドラゴン族1体を特殊召喚する。私は手札から≪マテリアルドラゴン≫を特殊召喚。この子が場に居る限り、効果ダメージは回復に変換され、手札1枚を墓地に送ることでフィールドのモンスターを破壊する効果の発動を無効にし破壊する」

「効果対象・戦闘破壊・効果破壊の耐性を付与させてきたか…!」

「これで守りは万全。カードを1枚セットし、ターン終了時に≪サフィラ≫の効果発動。儀式召喚に成功したターン、または手札・デッキから光属性が墓地に送られたターンの終わりに3つある効果の内1つを使える。私はデッキから2枚ドローし、1枚捨てる効果を選択。この効果で2枚ドローし、≪アークブレイブドラゴン≫を捨てる。そして速攻魔法≪超再生能力≫を発動。このターン、私がドラゴン族をリリース・手札から捨てた回数分、デッキからドロー。私はデッキからカードを5枚ドローし、ターン終了」

 

 成し遂げた、とでも言うような無表情に隠された満足気な表情を浮かべて龍姫の長い先攻1ターン目が終わる。

 フィールドには龍姫の愛用ドラゴンがほぼ勢揃いしており──

    儀式モンスター≪竜姫神サフィラ≫

    融合モンスター≪竜魔人 キングドラグーン≫

  シンクロモンスター≪混沌魔龍 カオス・ルーラー≫

 エクシーズモンスター≪竜魔人 クィーンドラグーン≫

    効果モンスター≪マテリアルドラゴン≫

 ──計5体のモンスターが鎮座。

 さらには墓地へ送られた≪アークブレイブドラゴン≫の効果によって墓地からレベル8の≪巨神竜フェルグラント≫も復活するため、実質6体のモンスターが並ぶことは確定。

 魔法・罠ゾーンには表側の≪星遺物の守護竜≫とセットカードが1枚。

 手札は5枚あり、ライフポイントはライフコストを要するカードを使わなかったため無傷の8000ポイントのまま。

 

 よくこれだけ並べたものだと、恭子としてはいつもながら龍姫の展開力に感心するしかない。

 観客達も各ドラゴン達が勢揃いしている状況に興奮し、さらにボルテージは高まっていく。

 龍姫自身はドラゴンに対する偏愛が酷いことで有名だが、実際にデュエルで大型のドラゴンを多岐に渡って活躍させるスタイルは老若男女を問わずに人気がある。

 それ故、今回のエキシビションデュエルでも多くの観客が龍姫のドラゴンの虜となり、すっかり会場の雰囲気をドラゴン一色に染め上げたのだ。

 

「……恭子はこの盤面、どう対処する…?」

 

 自身の自信のある自慢の盤面を完成させた龍姫は半ば──いや、わかりやすい程に恭子に挑発的な言葉を送り、返しのターンを待つ。

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

「あらあらあら、龍姫ちゃんったら、完全に自己満足な盤面を作っちゃって…」

「…しかも新規カードを混ぜつつも、結局は普段と同じ、各召喚方法のドラゴンを並べただけとは……相変わらず変わらんな…」

 

 来賓席では藍子と古賀が共に呆れたような、慣れたように言葉を漏らす。

 藍子にとっては手のかかる妹のように。

 古賀にとっては文字通り問題児として。

 龍姫の作った盤面にため息を零す。

 

「ですが龍姫ちゃんはあのような強固な盤面を築くことに長けていますからね。効果対象・戦闘破壊・効果破壊の耐性がほぼ全てのドラゴンに付与されている上、龍姫ちゃんの守護神である≪サフィラ≫に至っては墓地の≪祝祷の聖歌≫をどうにかしない限り3回の破壊耐性を得ていますので、生半可な方法では突破できませんわ」

「全く以てその通りだな。最上位(トップランカー)はともかく、上位(ハイランカー)でもあの盤面崩すのは容易ではない。今までの藤島なら≪サイバー・エンド・ドラゴン≫や≪サイバー・ツイン・ドラゴン≫を強化しての戦闘ダメージか、≪キメラテック・オーバー・ドラゴン≫による連続攻撃あたりが狙い目だろう」

「攻撃力だけなら間違いなく国内最強ですから、攻撃さえ通ればゲームエンドに成り得ますわね。それに今回の龍姫ちゃんの場には【アモルファージ】が居ませんから、エクストラデッキからの制限はないので充分に勝ちの目はありますわ」

 

 龍姫の盤面に呆れこそはするが、2人はあくまでも冷静に状況を分析。

 ドラゴンが5体──次ターンには6体並ぶが、そのフィールドは耐性に特化したもの。

 もしも龍姫が本気で勝利に固執するのであればエクストラデッキからの召喚を封じる【アモルファージ】モンスターが並んでいたことは間違いないが、今回は新規カードのお披露目と、龍姫の好みのドラゴンだけを突っ込んだデッキであることを2人は瞬時に理解。

 同時に龍姫と恭子のカード効果や癖もほぼ熟知しているため、ここから恭子がどう動くかも自ずと予想がつく。

 しかし──

 

「確かに勝ちの目はある。だが、それは今までの藤島の話だ」

「あら? 随分と含んだ言い方ですこと古賀先生」

「藤島の【サイバー】であれば力押しで突破できる。だが、藤島が今使っているカードにその力があるかはわからんのだ」

「ふぅん……そういえば先生は先程新規カードに適合しなかったと仰っていましたが、それが関係しているので?」

「まぁ答えのようなものだがな。私には藤島がどんな(・・・)カードを使っている……いや、正しくはどんなカードなのかさえわからない。こればかりはカードとデュエリストとの適合率に依るものだからな」

「それはそうですが……藤島さんからお相手をお願いされたりしませんでしたの? 元とはいえ恩師ですし、今でも同じ企業に属しているのですから」

「残念ながら依頼はなかった。まぁ藤島も藤島で〈竜宮(お前ら)〉ほどではないが、頑固なところがあるからな。おそらく独力でエキシビションまでにデッキを完成させたのだろう」

「あらそれは残念ですこと。では、今回のデュエルが正しく藤島さん──いえ、〈機械仕掛けの神〉の新規カードの初舞台ということですわね」

「そうなるな……まぁ、私もある程度は聞き及んでいるから伏せるが、それは実際のデュエルで観てみれば良い」

「ではそうさせて頂きましょう。ふふっ、一体どんな新しいカードを使うのか楽しみですわね」

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 

 

 

 

(大・満・足ッ!! いやぁ流石私! 新しく≪ドロドロゴン≫と≪混沌魔龍 カオス・ルーラー≫を入れてもデッキが回る回る大回転ッ! しかも安定性が以前とはダンチ過ぎてドローカードもまだデッキにあるから継戦能力も向上! さらにさらにっ! あしらえたかのように新規の2枚は闇属性と光属性! これはもう私の【聖刻サフィラ】を【カオスサフィラ】と呼称しても良いのでは? あっ、ヤバい。光と闇とキングとクィーンと姫と巨神とルーラーとマテリアルが交わって最強に見える。いやぁ、このドラゴンの布陣は最強で無敵だよこれっ!!)

 

 ところ戻ってデュエルフィールド。

 先攻1ターン目にいつものように融合・儀式・シンクロ・エクシーズを決めた龍姫は内心で浮かれていた。それはもう内心が吐露されたらファンが激減するぐらいの。

 普段より制圧力・拘束力は低いが、それでも盤面の強固さは折り紙つき。

 各種耐性を付与されている龍姫のドラゴン達は守りに堅く、唯一の弱点とも言える≪竜魔人 クィーンドラグーン≫を最初に戦闘破壊で突破。その後でやっとドラゴン達を戦闘によって破壊できるのだから、相手からしてみれば面倒なことこの上ない。

 しかし──

 

(まっ、≪クィーンドラグーン≫を狙ってもセットしてある≪攻撃の無敵化≫で守れば問題ないし、隙なんてないんだけどね)

 

 ──その辺りも対策してこそのプロ決闘者。

 仮に全体攻撃ができるモンスターが居たとしても、攻撃力3000程度であれば≪攻撃の無敵化≫の破壊耐性で≪クィーンドラグーン≫を守れば多少の戦闘ダメージと引き換えに全てのドラゴンを守れる上、超過ダメージでライフポイントを削り切られそうな時には≪攻撃の無敵化≫の戦闘ダメージを0にする効果で耐えれば良い。

 何より今の龍姫の手札は5枚もあり、さらに墓地には≪祝祷の聖歌≫が3枚もある。

 自分の分身と言っても過言ではない≪サフィラ≫を計3回破壊から守れる上、デッキのエンジンにして核さえ残っていれば次ターンからいくらでもドラゴンを展開できるのだ。

 今回のエキシビションデュエルでは華麗な勝利が約束されたも同然、と龍姫は(薄い)胸をふんすと張って(無表情でわからないが)自慢気な顔を浮かべる。

 

「私のターンだ。ドロー」

「スタンバイフェイズに前のターンで墓地に送られた≪アークブレイブドラゴン≫のモンスター効果発動。このカードが墓地に送られた次のスタンバイフェイズに、自身と同名以外のレベル7・8のドラゴン族1体を墓地から蘇生。蘇れ、レベル8ッ! ≪巨神竜フェルグラント≫ッ!!」

 

 さらに自分のモンスターが1体増え、これで龍姫の場には合計6体のドラゴン。

 当の相手である恭子は最上級ドラゴンが1体増えても、普段の真面目な表情を崩さないが、龍姫としてはいつもの【サイバー】デッキではないので、早々に突破されることはないだろうと半ば確信。

 折角の新規カードお披露目会だが、この勝負はもらったと龍姫は慢心している──

 

「私は手札から≪サイバー・ドラゴン・コア≫を召喚。このカードが召喚に成功した時、デッキから【サイバー】または【サイバネティック】魔法・罠カード1枚を手札に加える。私はデッキから通常魔法の≪エマージェンシー・サイバー≫を手札に」

「……≪サイバー・ドラゴン・コア≫…?」

 

 ──しかし、恭子がモンスターを召喚した途端、その(無表情に見える)自信に満ちた顔が一瞬で歪む。

 ≪サイバー・ドラゴン・コア≫。

 言わずと知れた、恭子が繰る≪サイバー・ドラゴン≫の派生モンスターだ。

 先ほどのように特定のカードのサーチはもちろん、場・墓地で自身を≪サイバー・ドラゴン≫として扱う効果を持ったモンスターであることは龍姫も理解している。

 そう、理解しているのだ。

 それ故──

 

(あっ、ちょ──あば、あばばばばばっ!! ままま、待って恭子! ≪サイバー・ドラゴン・コア≫を召喚されたら、≪機械複製術≫と≪パワー・ボンド≫のコンボで私のドラゴンがすっごく痛い戦闘ダメージを受けちゃう! お願いっ融合召喚しないで! 今ここで融合召喚したら機械族の新規カードはどうするの!? まだターンは全然残っている、ここを我慢すれば新規カードをお披露目できるんだか、あーっ! あっー!)

 

 ──内心、ものすごく焦っていた。

 養成所時代幾度もデュエルした仲なので相手の出方もある程度わかるのだ。

 そのため、次に恭子が出すであろう手を瞬時に脳内シミュレートし、セットしてある≪攻撃の無敵化≫でドラゴンを守るべきか、自分を守るべきかどうしたら良いのかと、自問している内に恭子は手札に加わったカードに指をかける。

 

「手札から魔法カード≪エマージェンシー・サイバー≫を発動! デッキから【サイバー・ドラゴン】モンスター、または通常召喚できない機械族・光属性モンスター1体を手札に加える! 私はデッキから≪竜輝巧(ドライトロン)-エルγ(ガンマ)≫を手札に加える!」

「……ドライトロン…?」

 

 龍姫は≪機械複製術≫からの≪パワー・ボンド≫のコンボが来なかったことに安堵すると同時に、聞き慣れないテーマ名のカテゴリに首を傾げた。

 これはもしかしてお馴染みの≪機械複製術≫からの≪パワー・ボンド≫ではないのでは? と龍姫は精一杯無表情を貫きつつ、ワンショットキルされない希望──というよりは願望で恭子のプレイングを見守る。

 

「手札からフィールド魔法≪竜輝巧-ファフニール≫を発動! このカードの発動時の効果処理として、デッキから【ドライトロン】魔法・罠カード1枚を手札に加える! 私はデッキから通常魔法≪極超の竜輝巧(ドライトロン・ノヴァ)≫を手札に加え、そのまま発動! このターン、通常召喚可能なモンスターを特殊召喚できない制約の下、デッキから【ドライトロン】モンスター1体を特殊召喚する! 現れろ! ≪竜輝巧-ラスβ(ベータ)≫!!」

「──っ、ドラゴン、いや機械…? でもドラゴンのような…」

 

 しかし、つい10秒前の不安と願望に縋った自分はどこに行ってしまったのか、恭子が発動したフィールド魔法と通常魔法から実体化された姿に心奪われる龍姫。

 ありそうでなかった機械を身に纏ったドラゴンの姿をした機械族。

 ドラゴンも西洋竜のように立派な四肢と翼を携え、近未来的な武装を付けている姿に、龍姫はもちろんのこと、スタジアムの少年の心を鷲掴みにした。

 恭子はそんな龍姫や一部の観客達の反応を見て内心誇らしく思うも、まだデュエル、ひいてはプレイングの途中。

 まだまだこれからが本番だ、とでも言うように勢いよくカードをデュエルディスクへと叩きつける。

 

「私は場の≪ラスβ≫をリリースし、手札の≪エルγ≫の効果発動! 【ドライトロン】下級モンスターは自身以外の手札・場の【ドライトロン】モンスターをリリースし、守備表示で特殊召喚できる! さらにその際に各固有効果が適用される! ≪エルγ≫は自身の効果で特殊召喚に成功した時、墓地から同名以外の攻撃力2000の【ドライトロン】モンスター1体を選んで特殊召喚! 復活せよ、≪ラスβ≫!」

 

 続けてフィールド魔法の≪ファフニール≫から≪ラスβ≫と非常に類似した外見の機械竜≪エルγ≫がロボットアニメよろしく発艦。それにつられるように一瞬だけリリースによって姿を消していた≪ラスβ≫も同様に発進し、恭子の場に≪サイバー・ドラゴン・コア≫を含めて合計3体の機械竜が展開された。

 ドラゴン族ではないが、非常にドラゴン族に近い見た目だけあり、龍姫は幼少期の特撮ヒーローに憧れるがの如く(傍から見ればわからないが)瞳を輝かせる。

 

「私は場の≪ラスβ≫をリリースし、手札から≪竜輝巧-バンα(アルファ)≫の効果を発動! 自身を手札から守備表示で特殊召喚! このカードが自身の効果で特殊召喚に成功した時、デッキから儀式モンスター1体を手札に加える! 私はデッキから≪竜儀巧(ドライトロン)-メテオニス=DRA≫を手札に加える!!」

「──っ、儀式モンスター全般サーチ…っ!」

 

 しかし龍姫とて(一応)最上位(トップランカー)に位置するデュエリスト。

 新規カードの見た目に半ば自爆的に惑わされかけたが、万能性のあるサーチ効果に少しばかり眉をひそめる。

 恭子が場に出した【ドライトロン】モンスターは、自身の効果で特殊召喚した際に追加効果で蘇生とサーチと、何かしらアドバンテージに繋がる効果を有していた。

 さらにここで儀式モンスターサーチと来ればその対となるカードも出るハズ、と龍姫は目の前の機械竜で目を保養しながら恭子の次手を警戒と期待を抱きながら静観する。

 

「私は場の≪エルγ≫をリリースし、手札から≪竜輝巧-アルζ(ゼータ)≫の効果を発動! 自身を手札から守備表示で特殊召喚! このカードが自身の効果で特殊召喚に成功した時、デッキから儀式魔法1枚を手札に加える! 私はデッキから儀式魔法≪流星輝巧群(メテオニス・ドライトロン)≫を手札に加える!!」

(そりゃ儀式モンスターサーチがあるんだから儀式魔法サーチもあるよねっ! でも…)

 

 やっぱり、と龍姫は恭子が着々と必要カードを揃えていったことに内心で半ば自棄になって荒げる。

 しかし、それと同時にどうしても理解できないことが1つあった。

 

(儀式モンスターのレベルに対して、場のモンスターのレベル低過ぎない…?)

 

 それは恭子が展開しているモンスターのステータスの偏重さ。

 儀式モンスターのサポートモンスターであるにも関わらず、出てきた下級【ドライトロン】は全てが──

 レベル1

 機械族

 光属性

 攻撃力2000

 守備力0

 ──と、とてもではないが通常の儀式召喚で用いるにはあまりにもレベルが低過ぎる。

 

(しかも手札に加えた儀式モンスターのレベルは明らかに8以上……10以上あったかな? もしかしたら12ぐらいあったような気がしたけど……手札にレベル10のモンスターでも抱えているのかな?)

 

 龍姫自身も愛用しているエースが儀式モンスターのため、恭子の展開しているモンスターとサーチしている儀式モンスターのレベルのチグハグさに違和感を覚えていた。

 あれだけ高レベルであればサポートモンスターの方に何か儀式召喚のリリースに使われる際に別途効果があるのではないかと勘繰る。

 

「私は手札の≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫をリリースし、手札の≪竜輝巧-ルタδ(デルタ)≫の効果発動! 自身を守備表示で特殊召喚! この効果で特殊召喚に成功した時、手札の儀式魔法を公開することで、デッキから1枚ドローする! 手札の儀式魔法≪流星輝巧群≫を見せ、1枚ドローするッ!」

(──っ、儀式モンスターをリリースした!? サーチしたモンスターを墓地に……墓地起動の効果持ち? それとも回収効果が別に居るの? もしくはダブついている?)

 

 そう勘繰っていた途端、儀式使いとしては儀式モンスターをドローに変換するという、あり得ない行動に龍姫は内心で驚愕した。

 墓地に送ることが目的なのか、墓地起動なのか、または墓地から回収する算段があるのか、はたまた手札に2枚あって1枚を処理しただけなのか。

 儀式の常識はもちろん、昨今のデュエルモンスターズ事情におけるカード群の効果をひとしきり脳内で列挙していく。

 

「先ずはこっちだな。私は≪サイバー・ドラゴン・コア≫と≪ルタδ≫をリンクマーカーにセット! 召喚条件は【サイバー・ドラゴン】を含む機械族モンスター2体! 現れよ、リンク2! ≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫ッ!!」

「……ここで、≪ズィーガー≫…?」

 

 しかしそんな龍姫の想定を裏切るように恭子が取った手はリンク召喚。

 核となる小さな機械龍たる≪サイバー・ドラゴン・コア≫と機械竜の≪ルタδ≫が8方向のマーカーの内、左と下にその身を投じる。

 刹那。フィールドに閃光が迸った直後、恭子の愛用している機械龍≪サイバー・ドラゴン≫の全身に青白く輝く回路を刻んだ派生モンスター≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫が姿を現す。

 

 ≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫については恭子と幾度もデュエルしている龍姫も効果を把握している。

 自身を場・墓地で≪サイバー・ドラゴン≫として扱い、バトルフェイズの自身の攻撃宣言前に、自分場の攻撃力2100以上の機械族の攻撃力を2100ポイントアップさせるリンクモンスターだ。

 

 このエキシビションデュエルは新規カードのお披露目のハズ、何故今更既存の≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫を、と龍姫は自分の場をよく見ろと言われかねないことを思いながら恭子の次手に身構えた。

 

 一方の恭子は普段と同じ──いや、それ以上に自信に満ちた表情で自分の手札・場・墓地、そして龍姫の場を見て口角が上がってしまう。

 新規カードのお披露目としてはこの上ないほどに場が整えられている。

 今は墓地に眠る星に一瞬視線を送り、手札から1枚のカードを構えた。

 

「さぁ……相応しい舞台は整ったッ! 見せてやろう橘田! これが機械族、そして新たな儀式召喚の可能性だッ! 私は手札から儀式魔法≪流星輝巧群≫を発動ォッ!! 自分の手札・場の機械族モンスターを儀式召喚するモンスターの──’’攻撃力’’以上になるようにリリースし、手札・’’墓地’’から儀式召喚を執り行うッ!!」

「──っ、レベルではなく攻撃力参照の、墓地からも可能な儀式召喚…っ!?」

 

 想定外。いや想定以上の儀式魔法の効果に龍姫は珍しく観客の前で驚愕に顔を染める。

 『儀式召喚には手札・場に儀式モンスターと儀式魔法、そしてリリースするレベル以上のモンスター1体以上必要』という既存の概念を覆す、レベル(・・・)ではなく攻撃力(・・・)を参照にした儀式召喚。

 機械族はもちろん、全ての儀式召喚における革新的なまでの効果に龍姫を始め、観客、そして観戦しているであろうプロデュエリストの面々の表情が驚愕一色に染まる。

 

「私は場の攻撃力2000の≪バンα≫と、攻撃力2000の≪アルζ≫の2体をリリースッ! 星に座する輝光竜よ、星辰を束ね北天の彼方より来たれッ! 儀式召喚ッ! 現れよッ! レベル12ッ!! ≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫ッ!!」

 

 2体の機械竜は金色の粒子へと転じ、それは恭子のフィールド中央へと集まる。

 粒子は巨大な竜と人を模した形へと成していき、その大きさは龍姫の場のどのドラゴン達よりも遥かに長大にして強大。

 

 2つの半月が天を覆い。

 2つの巨砲が地を定め。

 2つの堅盾が主を守り。

 2つの剛剣が敵を断つ。

 それらを纏う巨大な人型にして竜、竜にして機械。

 形作るは人に非ず、竜に非ず、竜人でも非ず。

 其れは──竜機人。

 

 ≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫

 

 

 

「……これが…機械族の、儀式モンスター…」

 

 その威容を真正面から見据える龍姫。

 巨大な竜機人にして、全身の至るところには近未来を彷彿とさせるおびただしいまでの重火器。

 レベル・攻撃力・守備力、全てがデュエルモンスターズ最高峰のステータス。

 圧倒的な存在感を前に龍姫は震えるような、搾り出すように、なけなしの声量で呟いた──

 

「……超カッコいい…!」

 

 ──小学生並の感想を。

 

「ふふ、気に入ってくれたようで何よりだ。だが≪メテオニス≫は見た目とステータスだけではないぞ? このカードは特殊召喚された相手モンスター全てに攻撃することができる殲滅能力、相手の効果モンスターの効果の対象にはならない防御性能を有している」

「いい、許せる。むしろ完全耐性でも驚かない」

「残念ながら完全耐性は開発の際に無理だったらしい」

「残念…」

 

 ふふん、と恭子がその豊満な胸部を揺らしながら誇り、龍姫はうっとりとした視線が完全に≪メテオニス≫にロックオン。

 これが公式大会やリーグ戦であれば観客から『さっさとデュエルを続けろッ!』という罵声が飛んでくるものだが、スタジアムに居る観客の大多数は龍姫ほどではないにしろ、≪メテオニス≫という存在に心を奪われていた。

 

 星。竜。機械。人型。

 肩部半ドーム式レーダー2基。

 肩部レーザーキャノン砲2基。

 腕部固定型光波ブレード2基。

 背部アーム接続式複合盾2基。

 

 男の子──いや、男のロマンをこれでもかというほど過剰積載した≪メテオニス≫に心奪われない人間が居ようか? いや、居ない。断言できる。

 

「その熱っぽい視線を≪メテオニス≫に向けられることは悪くないが、デュエルを続けさせてもらう。私は≪メテオニス≫に装備魔法≪ブレイク・ドロー≫を装備。装備モンスターが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地に送った時、デッキからカードを1枚ドローする」

「……っ、なるほど…! それなら全体攻撃と異常なほど相性が良い…!」

「普段から≪キメラテック・オーバー・ドラゴン≫でもやっているんだが、偶然にも≪メテオニス≫にもマッチしてな。そのまま継続して採用した」

 

 日常のような会話をデュエルフィールドでする2人。

 恭子は無事に儀式召喚を成し遂げ、ある程度緊張が緩み。

 龍姫は≪メテオニス≫に感動して世間からのイメージをギリギリ守る範囲で。

 最早エキシビションということを忘れているのではと思われかねないが、そこは限界オタク化しそうになってもプロデュエリスト。仕事はきちんとやる。

 

「さて──それでは、お待ちかねのバトルフェイズだッ!!」

「バトルフェイズに入った時、罠カード≪攻撃の無敵化≫を発動。2つある効果の内、私はこのターン戦闘ダメージを全て0にする効果を選択っ!」

「おっとワンショットは無理だったか」

「……当然」

 

 バトルフェイズ移行と同時に龍姫はセットしていた≪攻撃の無敵化≫を発動。

 このターンの戦闘ダメージを0にする効果を選択し、カウンターがなかったことに安堵する。

 

(……≪ズィーガー≫と≪メテオニス≫の組み合わせは殺意が高過ぎる…)

 

 そう、心底安堵した。

 全体攻撃効果持ちに2100もの攻撃力上昇を付与されては、いかに上級・最上級モンスター並の攻撃力を持ったドラゴン6体を並べても超過ダメージで終わってしまう。

 別テーマでありながらサーチカードを共有でき、同じ機械龍(竜)と異常なほど相性が良すぎるため、龍姫としては『もしや最初から恭子が使うことを想定して開発したのでは?』と疑いたくもなる。

 尤も、本当は研究者が涙と鼻水を垂らしながら恭子に泣きついただけなのだが。

 

「ふむ……ダメージこそは与えられないが、せめて5体のドラゴンには退場してもらおうか。バトルッ! 私は≪メテオニス≫で≪クィーンドラグーン≫、≪キングドラグーン≫、≪カオス・ルーラー≫、≪巨神竜フェルグラント≫、≪マテリアルドラゴン≫、≪サフィラ≫の順で攻撃ッ!!」

 

 恭子の攻撃宣言と共にフィールドの≪メテオニス≫は真上に急上昇。

 ドラゴンを模していながら翼がないが、薄青色に輝く粒子を噴かせながらスタジアム全体を見下ろせる位置へ。

 ≪メテオニス≫の眼前に複数の立体ウィンドウが表示。

 それらには相手モンスターである龍姫のドラゴンの種類、ステータスが単調な英数字のみで表記され、ドラゴン達に重なるように長方形ターゲットサイトが起動する。

 白枠で点滅しながら表示されているターゲットサイトは、ピピピという電子音を鳴らしながら龍姫のドラゴン6体に狙いを定めるべく照準を固定(ロックオン)。

 同時に両肩部のレーダー兼エネルギータンクのラインに沿い、薄青色の粒子が肩部のレーザーキャノンと腕部の光波ブレードへエネルギーを供給。

 背部アームから伸びる実体兼光波複合盾を自身の脚部へと移動し、中空における足場を固定。

 立体ウィンドウ表示されていたターゲットサイトの枠が白色から赤色へと変わり攻撃可能であることを告げる。

 

「殲滅しろ≪メテオニス≫ッ!! ゴルド・ハンドレッド・ブライトネスッ!!」

 

 恭子の攻撃宣言が発せられた瞬間、黄金の光が暴威となって龍姫のドラゴン達に降り注ぐ。

 ≪クィーンドラグーン≫と≪キングドラグーン≫、≪カオス・ルーラー≫はレーザーキャノンで撃ち貫かれ。

 ≪巨神竜フェルグラント≫と≪マテリアルドラゴン≫はブレードから発振された射出型ビームエッジで切り裂かれ。

 しかもそれら全てが1度や2度の砲撃・斬撃ではなく、何十何百といった数──それこそ、星の数ほどの光の奔流が、流星群の如く龍姫のドラゴン達を襲う。

 

 光が爆炎となり、爆炎が土煙を生み、破壊による轟音がスタジアム全体に響く。

 歓声と轟音が混じる中、恭子は満足気な表情を浮かべながら土煙へ目を向ける。

 濃霧の如く視界を遮っていた土煙は、屋外スタジアムに吹く風によって段々とその視界を開けさせていく。

 

「……攻撃もカッコ良かった…」

「ふっ、それは良かった」

 

 そして完全に遮るものがなくなったところで、龍姫の姿をはっきりと捉えた恭子。

 さらに本人はあれだけ爆撃地の中心にいたにも関わらず、不動のまま堂々と立っている。

 それどころか呑気に≪メテオニス≫の攻撃を評する余裕まである上、次のターンでは反撃してやるとばかりに武者震いまでしているのだ。

 流石は自分の好敵手、と恭子も龍姫に倣って余裕を持った笑みを返す──

 

(うわぁあああぁっ!! 何あの攻撃!? カッコ良いけど、超怖かったんだけどっ!? レーザーやビームの雨あられって何!? いきなり過ぎて足ガックガクなんだけど!? 私の足が生まれたての小鹿みたいプルップルしてるんだけどぉ!?)

 

 ──しかし、恭子のそんな好評価とは裏腹に、実際は単純にガクってプルっていただけである。

 幸か不幸か観客達も『あの攻撃で微動だにしないとは……流石だ』と本人の知らぬ間に何故か上がる株。真相を知ったらきっと下がる。

 

「全体攻撃で≪サフィラ≫以外の5体を戦闘破壊で墓地に送ったので、≪ブレイク・ドロー≫の効果で5枚ドローさせてもらう。それと≪サフィラ≫にも攻撃はしていたが…」

「墓地の儀式魔法≪祝祷の聖歌≫を除外して≪サフィラ≫の破壊を防いだ…」

「だろうな。ではこのまま≪ズィーガー≫の効果発動。自身の攻撃力を2100アップさせ、攻撃力4200となる。そして≪サフィラ≫に攻撃ッ!」

「墓地の儀式魔法≪祝祷の聖歌≫を除外して≪サフィラ≫の破壊を防ぐ」

 

 ≪メテオニス≫の迫力ある攻撃の後、龍姫は恭子の攻めに淡々と対処。

 ≪カオス・ルーラー≫で墓地に送られていた≪祝祷の聖歌≫によって≪サフィラ≫を2度の破壊から守り自分のエースを無事守り切った。

 あとは次の自分ターンで返せば──

 

「手札から速攻魔法≪星彩の竜輝巧(ドライトロン・アステリズム)≫を発動! 1ターンに1度、自分場の【ドライトロン】または儀式モンスターと相手の表側表示モンスターを対象に発動する! 自分モンスターの攻撃力を1000下げることで相手モンスターを破壊!」

「なっ──っ」

「当然私は≪メテオニス≫の攻撃力を1000下げ、龍姫の≪サフィラ≫を破壊する!」

「──っ、墓地の≪祝祷の聖歌≫を除外して≪サフィラ≫を破壊から守る…!」

 

 ──そう思っていた矢先の単体除去カード出現に焦る龍姫。

 幸いにも墓地にあった3枚目の≪祝祷の聖歌≫のお陰で破壊は免れたが、これで≪サフィラ≫を守る術を失った。

 

(墓地の≪祝祷の聖歌≫を全部持ってかれた…!)

 

 正攻法──いや、強引過ぎる突破方法に龍姫は僅かに眉をひそめる。

 普通の相手であれば2~3ターンは持つであろう破壊耐性を僅か1ターンで丸裸にされた上、恭子の≪メテオニス≫は弱体化しても攻撃力は未だ3000。

 一転して追い詰められる立場になってしまったと、龍姫の頬に冷や汗が伝う。

 

「これで≪サフィラ≫を守るものはなくなったな。私はカードを2枚セットしてターンを終了したいが…」

「≪サフィラ≫の効果発動。このターン、恭子の手札から光属性モンスターが墓地に送られたので効果を発動。相手の手札1枚をランダムに捨てる効果を選択」

「むっ、ハンデスか珍しいな…」

 

 そしてその冷や汗を拭う間もなく生存した≪サフィラ≫の効果を起動。

 今回は≪復活の聖刻印≫や≪闇の増産工場≫といった相手ターンでも能動的に手札・デッキから光属性モンスターを墓地に送る手段がなかったため、≪サフィラ≫の効果起動を半ば諦めていたが、≪サフィラ≫の効果は自分だけでなく相手が光属性を墓地に送った場合でも効果を発動できる。

 そのため幸運にも【ドライトロン】の初動の都合で手札から光属性が墓地に送られたため、≪サフィラ≫の効果を使用。今の恭子相手にはリリース素材となる【ドライトロン】を手札・場から枯渇させることが重要だと察し、相手の手札を削る効果を龍姫は選択した。

 

 ふぅ、と軽く息を吐いてから龍姫は改めて恭子の状況を確認する。

 恭子の場には≪星彩の竜輝巧≫の効果で攻撃力3000となった≪メテオニス≫と、攻撃力2100の≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫。

 フィールド魔法に≪竜輝巧-ファフニール≫と、≪メテオニス≫に装備されている≪ブレイク・ドロー≫、セットカードが2枚。

 手札は2枚で、ライフポイントは無傷の8000。

 

 後攻としては充分過ぎる初手だろう。

 また幸いにも攻撃力4000だった≪メテオニス≫が、≪星彩の竜輝巧≫のデメリットで攻撃力3000に下がっているため、戦闘破壊による対処もし易くなったことは大きい──と、思っていたところで龍姫は隣の≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫に視線を移す。

 

(…あれが居なければもっと楽に戦闘破壊できたんだけど……)

 

 機械族で攻撃力3000あるということは、未だ≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫の強化対象の範囲内。

 そうなると単純計算で攻撃力5100以上のモンスターか、先に≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫を戦闘以外の方法で除去してから、より攻撃力の高いモンスターで倒すしか手はない。

 

(うーん…恭子も厄介な布陣立てるなぁ……)

 

 全プロデュエリストから『お前が言うな』という幻聴を聞きながら、龍姫は少しだけ眉間にシワを寄せる。

 少しばかり厄介ではあるものの、カード効果は効くし、特殊召喚も封じられていない上、目に見える範囲でカウンターカードはないので、どちらにせよ動かないことには始まらない。

 

(とりあえず、ドローしてから考えよう)

 

 今の手札でも返せないことはないが、もしかしたらドローカードによっては状況を一変できるカードが来る可能性もある。

 デッキトップのドローカードと言う名の希望を信じ、龍姫はデッキトップに指を置く。

 

「私のターン、ドロー」

 

 ドローしたカードは緑色。つまりは魔法カードだ。

 だが、その魔法カードはデッキに1枚しか入れられない制限カード。

 それをこの状況で引くことができた自分のドロー力に龍姫は内心で『やっぱり私はカードに選ばれてるッ』と自惚れ、自画自賛。

 即座にそのドローカードをデュエルディスクに差し込み、ハッキリと通る声で高らかに宣言する。

 

「私は手札から魔法カード≪死者蘇生≫を発動ッ! お互いの墓地に居るモンスター1体を選択し、そのモンスターを自分場に特殊召喚する! 蘇れッ≪巨神竜フェルグラント≫ッ! そして墓地から蘇った≪巨神竜≫の効果発動! 相手の場・墓地のモンスター1体を選択して除外するッ!」

「ならその効果にチェーンして≪メテオニス≫の最後の効果を発動! 相手ターンに1度、自分の墓地から攻撃力の合計が2000または4000になるように墓地からモンスターを除外し、その合計2000につき1枚、相手の表側表示のカードを墓地に送るッ! 私は墓地の攻撃力2000の≪バンα≫と≪アルζ≫の2体を除外っ! 深淵に落ちろッ! ≪サフィラ≫!! ≪巨神竜≫!! ドラゴニック・メテオール!!」

「なっ──っ!?」

 

 しかし、制限カードを引けたからと言って事がすんなり進むとは限らない。

 折角の単体強化付与持ちを除去したかと思えば、その代償は最上級ドラゴン1体と、自身の分身にして守護神の喪失。

 今まで滅多に除去されることのなかった≪サフィラ≫だが、≪サフィラ≫を失った時の龍姫は、とある状態になる。それは──

 

「な、なら墓地の闇属性≪キングドラグーン≫と光属性≪アセトドラゴン≫をゲームから除外し、手札から≪終焉龍 カオス・エンペラー≫を特殊召喚ッ!!」

「その特殊召喚に対してカウンター罠≪ドライトロン流星群≫を発動っ! その特殊召喚を無効にし、持ち主のデッキに戻す!!」

「あ、ちょ──じゃあ墓地の闇属性≪クィーンドラグーン≫と光属性≪ネフテドラゴン≫をゲームから除外し、墓地から≪カオス・ルーラー≫を特殊召喚ッ! この効果で特殊召喚したこの子は──」

「≪メテオニス≫の攻撃力をさらに1000ポイント下げ、速攻魔法≪星彩の竜輝巧≫を発動ッ! ≪カオス・ルーラー≫を破壊する!」

「──ゲームから除外される…されます……」

 

 ──瞬間的に異常なほどポンコツ化するのだ。

 現に相手のセットカードを全て消費させ、通常召喚権も残っているというのに、その落ち込み具合は初期手札全てが通常モンスターだった時の如く絶望していた。

 未だ4枚の手札があり通常召喚権があるにも関わらず、龍姫の瞳はどこか虚ろな状態。

 一方の恭子は見事なまでに≪メテオニス≫と【ドライトロン】魔法・罠カードにより龍姫の逆転の一手をことごとく潰すことができ、ほっとその豊満な胸を撫で下ろす。

 

(ふぅ、それなりに手は潰せたか。新規の魔法・罠カードもこれでほぼ出すことができ、エキシビションデュエルの目的自体は果たしたが……折角の【ドライトロン(この子たち)】の初舞台だ。できることなら勝利で締めたいが…)

 

 一息つき、警戒した眼差しを龍姫へ向ける恭子。

 この状態になった龍姫を見るのは初めてではないが、最近は何が何でも≪サフィラ≫の生存に特化させていたため、久しい気持ちになる。

 そしてふと、この後に何かあったような、と記憶の片隅から何かを思い出そうとし──

 

(むっ? そういえば龍姫は≪サフィラ≫が場から離れるとどうしようもなくダメになるが、その後に何かあったような──)

 

 

 

「……手札からフィールド魔法≪召魔装着≫を発動。1ターンに1度、手札1枚を捨ててデッキから【魔装戦士】1体を守備表示で特殊召喚する。私は手札を1枚捨て、デッキから≪魔装戦士ドラゴノックス≫を特殊召喚」

「……フィールド魔法≪ファフニール≫の効果発動。1ターンに1度、自分場に【ドライトロン】モンスターが存在する状態でモンスターが表側で召喚・特殊召喚に成功した時、そのモンスターのレベルを攻撃力1000につき1つ下げる。これで≪ドラゴノックス≫のレベルは3だ」

 

 ──途中で龍姫が動いたため、それに応じる。

 未だ龍姫には通常召喚権が残っているため、逆転の一手に成り得る可能性は少しでも排除しようと動く。

 龍姫のエクストラデッキにはランク4のドラゴン族エクシーズや、リンク2のドラゴン族もまだ眠っている。

 ならばレベルを変動させて少しでも妨害幇助になればと、恭子はフィールド魔法の効果で対応するが。

 

「……っ、手札から速攻魔法≪銀龍の轟咆≫を発動! 墓地のドラゴン族・通常モンスター1体を復活させる! 蘇れ!≪ラブラドライドラゴン≫! さらに手札からレベル4の≪聖刻龍-ドラゴンゲイヴ≫を通常召喚ッ!!」

 

 まるで妨害など意にも介さぬとばかりに龍姫は手札を全て使ってまでドラゴンを展開。

 その目にはどこか怒りに燃えており、その矛先は自分──ではなく、背後に鎮座している≪メテオニス≫。

 

(あぁ、そういえば…)

 

 そこで恭子はやっと思い出した。

 龍姫は≪サフィラ≫が墓地に送られた時と、除外された時と、コントロール奪取された時と、手札に戻された時と、デッキに戻された時。

 ひとしきり泣いて悲しんで落ち込んでから──

 

「私はァ!! ドラゴン族・レベル4の≪ドラゴンゲイヴ≫にドラゴン族・レベル6の≪ラブラドライドラゴン≫をチューニングゥ!! この世の全てを焼き尽くす煉獄の炎よ、紅蓮の竜となり劫火を吹き荒べぇ! シンクロ召喚ッ! 煌臨せよォッ! レベル10! ≪トライデント・ドラギオン≫ッ!!」

 

 ──怒りと憎悪と激昂を抱き、粉砕するだけのプレイングになるのだ

 

 龍姫の場に彼女のフィニッシャーとして名高い3つ首の獄炎龍≪トライデント・ドラギオン≫の姿を見るなり、恭子は目を細めた。

 元々の攻撃力であれば≪メテオニス≫に及ばない、攻撃力3000のシンクロモンスターではあるが、今の≪メテオニス≫は2ターンに渡って速攻魔法≪星彩の竜輝巧≫の効果で攻撃力2000まで下がっている。

 この状況ならば戦闘破壊は容易であるし、何より──

 

「シンクロ召喚に成功した≪トライデント・ドラギオン≫の効果発動ォ!! 自分場のカードを2枚まで破壊ッ! 私は≪ドラゴノックス≫と≪星遺物の守護竜≫を破壊ッ!! これにより≪トライデント・ドラギオン≫はこのターン、3回の攻撃が可能となるッ!! さらにッ! フィールド魔法≪召魔装着≫の効果により、≪トライデント・ドラギオン≫の攻撃力は3300に上昇しているッ!!」

「……っ、いつ見ても本当にフィニッシャーに相応しい効果だな…!」

 

 ──このターンでの大ダメージが確定した。

 

「バトルッ!! 焼き払え≪トライデント・ドラギオン≫ッ!! トライデント・フレア! 第1射ァ!!」

「くっ…!」

 

 紅蓮の獄炎龍が放つ熱線は真っ直ぐに≪メテオニス≫の巨体へ。

 背部アームから盾を自身の前面へと構えると同時に内蔵されているビームシールドを展開。

 少しでも持ち堪えようと業火の火線に耐えるが。

 

 パリン、とガラスが割れる音が響き渡る。

 同時に暴虐の火焔は≪メテオニス≫の胸部へと直撃。

 盾ほどではないにしろ厚い装甲がその身を守ろうとするも保って数秒だけ。

 即座に装甲は極度の熱量に耐え切れず融解。

 熱線が矢のように≪メテオニス≫を貫き、膝をつく。

 

 胸部には綺麗な円形の風穴が開けられ、複雑に構成された電子部品とケーブル類が覗く。

 グオォ、と怪獣と電子音声が混ざったような断末魔を上げ、前面へと倒れ込む。

 バチバチと破損した胸部からは火花が上がり。

 

 轟音と共にその身が爆ぜる。

 その爆発の規模は先の龍姫のドラゴン5体を一掃した時より大きく、最高レベルを持っていた儀式モンスターの最後に相応しいと錯覚させるほど。

 爆発が生み出す爆風と、それによって巻き起こる土煙に恭子は身構え──

 

「トライデント・フレア──第2射ァッ!! 第3射ァッ!!」

「ぐぅ…!?」

 

 ──土煙の中から熱線が立て続けに恭子へと放たれる。

 先の超過ダメージ1300に加え、3300の直接攻撃が2回。

 合計7900ものダメージを3度の攻撃で受けた恭子は、その熱量と衝撃に真正面から受けつつ、かろうじて踏ん張る。

 

 しかし、実体化された猛火がデュエリストに与える影響は大きく、全身の至るところに爆風で飛んだ破片による擦り傷・切り傷は決して少なくない。

 デュエルフィールドに立つ前にコーディネーターによって整えられた銀髪も轟風の影響でボロボロ。

 とても先のターンで優勢に進めていた側とは思えない恰好だ。

 

「……ターン、エンド…」

 

 そんな恭子を見ても、龍姫はまばたき1つせず、ただ冷淡に終了宣言。

 観客の大半は華麗な逆転劇により一層の声援を送るが、一部は『やり過ぎではないか?』と心配する者もちらほら。

 今にも倒れてしまいそうな恭子の身を案じるも──

 

「ハァ…ハァ……私のっ、ターンっ…!」

 

 藤島恭子は諦めない。

 例え切り札を失おうと。

 例え残りライフポイントが100しかなかろうと。

 例え自分の場にモンスターが存在しなくとも。

 デュエリストならば、手札(可能性)がある限り闘い続けるのだ。

 

「私はっ、魔法カード≪喰光の竜輝巧(ドライトロン・エクリプス)≫を発動…! 墓地の【ドライトロン】1体を手札に加える…! 墓地から≪ラスβ≫を手札に戻すっ」

 

 今の恭子の手札は3枚。

 その内1枚は先程回収した≪ラスβ≫。

 場にはフィールド魔法があるが、現状ではただの置物。

 ライフポイントは一切の超過ダメージも許されない100。

 

 対して龍姫の場にはレベル10の大型シンクロドラゴン≪トライデント・ドラギオン≫。

 フィールド魔法≪召魔装着≫の効果によりその攻撃力は3300まで上昇しており、現状のままでもデュエルモンスターズでは一種の基準とされている攻撃力3000でも僅かに届かない。

 しかし、魔法・罠カードは他に存在せず、手札も0枚。

 この局面さえ乗り切れば充分に逆転の目はあると信じたい──が、龍姫のライフポイントは未だ無傷の8000のまま。

 ≪トライデント・ドラギオン≫を倒せたとしても、1~2回の直接攻撃程度であれば充分に耐えられるライフポイント。

 その間、極端な例だが最弱の効果ダメージカードである≪火の粉≫ですら引いた時点で龍姫の勝利は確定する。

 

 この局面をどう乗り切るのかと観客はもちろん、今回のエキシビションに参加したデュエリスト全員が恭子の一挙一動に注目していた。

 

「私はっ、手札の≪ラスβ≫をリリースして、墓地から≪エルγ≫を自身の効果で、特殊、召喚…! そして、その効果で、墓地から≪ラスβ≫を特殊召喚、する…!」

 

 息も絶え絶えな状況で恭子は懸命にプレイングを続ける。

 彼女の手札にまだ可能性が残っている。

 

「墓地の儀式魔法≪流星輝巧群≫の効果っ、場の【ドライトロン】の攻撃力を1000、下げることで…! 墓地から手札に加える…! 私は≪ラスβ≫の攻撃力を1000下げ、墓地から手札に加える…! そして墓地の≪ルタδ≫の効果で、≪ラスβ≫をリリースし、自身を特殊召喚…! 儀式魔法を公開して1枚ドローっ!」

 

 場にはリリース素材。

 手札には儀式魔法。

 着々と再度の儀式召喚の準備は整い、そして。

 

「私は儀式魔法≪流星輝巧群≫を発動…! 場の≪エルγ≫と≪ルタδ≫をリリースッ! 墓地より蘇れ…! ≪メテオニス≫ゥッ!!」

 

 再び恭子の背後に立つ≪メテオニス≫。

 前のターンで弱体化していた時とは違い、攻撃力4000の元々の状態。

 比較的あっさりと再臨した≪メテオニス≫に龍姫は僅かに顔を歪めるも、場の状況を見てすぐに微笑に変わる。

 

 今の恭子の場に他のモンスターは存在せず、追撃は現時点で皆無。

 例え≪メテオニス≫が≪トライデント・ドラギオン≫を倒したとしても、そのダメージはたかが700だ。

 しかも前のターンで恭子は儀式モンスターと儀式魔法をサーチする≪バンα≫と≪アルζ≫を除外している。

 余程手札が揃っていなければ2体目の≪メテオニス≫が現れることもない。

 次の自分ターンで効果ダメージ、もしくは直接攻撃できるドラゴンを呼び出すことさえ出来れば勝ちだ──

 

「手札を1枚捨て、装備魔法≪D・D・R≫を発動ォ! 除外されている自分モンスター1体にこのカード装備し、特殊召喚する! 戻って来いッ! ≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫ァ!!」

「──っ、ここで、≪ズィーガー≫…!」

 

 ──しかし、そう思惑通りにいかないのがデュエルだ。

 恭子は残っていた手札3枚の内2枚を使って≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫を帰還。

 これで最低限このターンは≪メテオニス≫と≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫の攻撃によりライフポイントは大きく削られる。

 だがそれでも次のターンで逆転のカードを引ければ問題ないと、龍姫の表情に再び焦りが色濃く出た。

 

「──バトルッ! 私は、≪ズィーガー≫の効果を発動…! 自身の攻撃力を2100アップさせ、4200にっ! そして、≪ズィーガー≫で≪トライデント・ドラギオン≫を攻撃…! レヴォリューション・ヴィクトリー・バーストォ!」

「ぐっ…!」

 

 ≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫が放つ光線は真っ直ぐに≪トライデント・ドラギオン≫へと直撃。

 しかし効果を使用した≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫のデメリットによりお互いに一切の戦闘ダメージは発生しない。

 尤も──

 

「これで……お前を守るものはなくなったな…!」

「くっ…!」

 

 ──直接攻撃できる状況に変わっただけなのだが。

 

「≪メテオニス≫ッ!! 龍姫に最後(・・)の一撃をぶつけろぉっ! ≪メテオニス≫で龍姫にダイレクトアタックッ!!」

(大丈夫…! 4000のダイレクトを受けてもまだライフは半分残っているッ! 他のモンスターも追撃もないし、恭子には他に手札が1枚あるだけ──ん? 手札が1枚…)

 

 ≪メテオニス≫がレーザーキャノンにエネルギーをチャージしている間、ふと龍姫は何か恐ろしい──いや、おぞましいことを忘れていないかと自分に問う。

 恭子の元々のデッキは【サイバー】。

 融合を主体としつつ、エクシーズ・リンク等で補助を行いつつ、機械族特有の絶対の一撃で勝負を決めるデッキだ。

 ──その瞬間、龍姫は気付いた。

 気づいてしまった。

 機械族を相手にデュエルした時、最も警戒しなければならない、あのカードがまだ出ていないことに。

 

「この瞬間、手札から速攻魔法≪リミッター解除≫を発動ォ!! 自分場の表側表示の機械族の攻撃力を、倍にするッ!!」

 

 そして示し合わせたかのように最後に残っていた手札を恭子はデュエルディスクに叩きつける。

 ≪リミッター解除≫。

 機械族の攻撃力を倍にするという単純明快にして強力無比なカード。

 下級モンスターでさえ上級・最上級モンスターを容易に上回る攻撃力を得るそのカードを、機械族の最上級モンスターに使えばどうなるか──結果は火を見るより明らか。

 

 立体ウィンドウに表示されていた≪メテオニス≫の4000という攻撃力がバグのように急上昇。

 5000、6000を瞬時に超え、倍の8000で固定。

 龍姫の残ライフポイントは8000。

 ≪メテオニス≫の攻撃力も8000。

 

 この瞬間、ワンショットキル、そしてジャストキルが確定した。

 

「行けぇえええぇ≪メテオニス≫ッ!! ゴルド・ハンドレッド・ブライトネスッ!!」

 

 恭子の叫びと共に≪メテオニス≫の双砲から光が放たれる。

 上空に向けて撃たれた黄金色のレーザーは柱のように伸びていき──途中で爆散。

 幾重もの細い光線となり、それらが雨のように──否、嵐の如く──否。

 降り注ぐ光は、その名の示す’’流星群’’。

 無数の光がデュエルフィールドに降り注ぎ、立体ウィンドウに表示されていた龍姫のライフポイントが0を告げた──

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

「加減しろ莫迦共」

「すまない先生」

「ごめんなさい」

 

 10分後、恭子と龍姫は2人揃って仲良くスタジアム内の医務室のベッドに居た。

 全身に擦り傷切り傷はおろか、実体化の際の力加減が効かなかったのか、2人共痕が残らない程度の火傷まで負う始末。

 また、2人の熱闘によりデュエルフィールドは半壊。復旧には少なくない日数を要する。

 最終デュエルだったため進行上は問題なく終わったが、仮にこれが初戦だった場合はエキシビションというイベント自体がご破算になっていた可能性もあったのだ。

 そんな2人にお灸を据える立場として、来賓席で観戦していた古賀と藍子がわざわざデュエル終了後にこうして医務室まで足を運ぶことになってしまった。

 

「別に手加減しろとか全力を出すな言っている訳ではない。ただ私達デュエリストが本気でデュエルすれば、どのような事態を巻き起こすかは養成所時代に叩き込んだと思っていた私の勘違いだったか? それにお前らは曲がりなりにも最上位(トップランカー)に位置しているのだぞ? 上の者がそうでは下の者に示しがつかないということも──」

「先生、その辺にしてあげましょう。龍姫ちゃんも恭子ちゃんも反省していますし、あまり拘束しては──」

「ダメだ。むしろこうしてベッドで横たわっているこの時が良い機会だ。こいつらは養成所時代から許容できたハズの範囲をさも当然のように超えてきて、昔から性質が悪くてだな──」

 

 ガミガミと養成所時代を彷彿とさせる古賀の説教。

 そしてそれを宥める藍子という、昔よく見た光景に恭子と龍姫は共に苦笑を浮かべる。

 

 示し合わせた訳でもなく、2人は同じタイミングで互いの顔に視線を移し──

 

「龍姫、今度は大会でだな」

「望むところ」

 

 ──共に笑みを浮かべ──

 

 

 

 

 

「──お前ら…まだ話は終わっていないぞ…っ!」

「「ごめんなさい」」

 

 ──最後は仲良く泣いた。

 

 




2020年7月26日時点で判明しているドライトロンカードを全部出せて満足。
リリースするモンスターさえ手札か場に居たら毎ターンアド稼ぐのは控え目に言って頭おかし、素晴らしいカードだと思います。えぇ。


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ドライトロンVS霊使い(前半)

ドライトロンもう1本書きたいけど相手誰にしようと呟く

懇意にさせて頂いてる方から(無言の○○○推し)

了解っ、トランザムっ!!(今ここ)


「はぁ…」

 

 走行するタクシーの車内で恭子はため息を零す。

 これからとあるイベントでの仕事なのだが、その内容があまり気乗りするものではなかったことから来るため息だ。

 普段の大会やリーグ戦、新規カードのデモンストレーションといった仕事であれば嬉々として請け負う彼女だが、今回ばかりは毛色が違い過ぎるため気が進まない。

 

「どうして」

 

 と言うのも、今回の仕事は前回のエキシビションデュエルでやらかしたツケのようなものなのだ。

 尊敬する先人にして師である古賀時雨から説教と共に任された(押し付けられた)仕事のため断ることもできない。

 

「どうして私なんだ」

 

 私ではなく別のデュエリストでも良いのではないかと少しばかり抗議はしたが、『淡々とデュエルする老人と、デュエルの時だけ世紀末になる問題児よりお前がマシだ』と言われてしまえば恭子は閉口するのみ。

 確かに今回のようなイベントに師である古賀の詰め将棋のようなデュエルや、後輩である和戸の世紀末染みたヒャッハーなデュエルは似合わないことは理解できる。

 

「どうして──」

 

 だが、それでも自分がこの仕事を受けることに未だ納得ができない。

 まだバラエティ番組の参加やモデルとしての仕事の方がマシだ。

 不満たらたらな恭子はタクシーの車内で顔を覆って嘆く。

 

「──どうして、私がアイドルなんだ…!」

 

 ──事の発端は1週間前に遡る。

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

「儀式のサポートなら≪儀式の準備≫と≪儀式の下準備≫がオススメ。前者はレベル7以下の儀式モンスターのサーチと墓地の儀式魔法を回収する効果、後者はデッキから儀式魔法を選び、そのカードに記された儀式モンスターをデッキ・墓地から手札に加える効果がある」

「むっ、≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫はレベル12だから前者には対応しないし、≪流星輝巧群≫は儀式モンスター名が記されていないから後者にも対応しないな」

「なら≪高等儀式術≫でデッキの通常モンスターを墓地に送って消費を抑え、デッキ圧縮と墓地肥やしを両立。あとはライフコストがあるけど装備魔法の≪契約の履行≫は正規召喚した儀式モンスターを墓地から蘇生させる効果がある」

「≪メテオニス≫は儀式召喚に使用したモンスターのレベルの合計が2以下でなければ全体攻撃が使えないし、蘇生カードなら除外にも対応している≪マグネット・リバース≫があるな」

「じゃあ≪儀式の檻≫で効果モンスターの効果の対象にならず、効果モンスターの効果で破壊されない耐性を付与すれば」

「≪メテオニス≫は元から効果モンスターの効果の対象にならない効果があるな」

「……恭子、≪メテオニス≫の開発陣、儀式業界に喧嘩売ってない?」

「知らんな。そんなことは私の管轄外だ」

 

 エキシビションデュエルの翌日。

 市内の病院にある2人部屋の病室で、ベッドで横になりながら恭子と龍姫はガールズトーク(儀式関連相談)をしていた。

 昨夜の怪我で大事なことになっていないことは確かだが、2人とも自分達よりも上の立場である古賀と藍子の好意(命令)で1~2日の簡易入院という形で療養。

 本来であれば個室にすべきだが、2人の希望で2人部屋になっていた。

 理由は状況からわかるようにガールズトーク(儀式関連相談)

 恭子が儀式モンスターを扱えるようになったとは言え、そこはまだ使い始めてから1週間足らず。

 機械族に今まで儀式モンスターが存在せず、恭子の同僚のほとんどが儀式に関する知識がなかったため、こうして儀式に精通している龍姫に助言を願った形だ。

 しかし──

 

「既存の儀式サポートのどれとも噛み合わないなんてある意味奇跡。ちょっと〈機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)〉は〈リチューアル〉に謝った方が良いと思う」

「ウチの開発陣が意固地になって他社の協力を仰がなかった結果がコレだからな……その点は謝るべきだろう。すまない」

「私に謝るんじゃなくて〈リチューアル〉。あと恭子が謝るんじゃなくて〈機械仕掛けの神〉の開発陣」

 

 ──知れば知るほど恭子の使用した儀式モンスター・儀式魔法が既存の儀式サポートと全く噛み合わない。

 レベルが高いため≪儀式の準備≫には非対応。

 儀式モンスター名を記してないため≪儀式の下準備≫にも非対応。

 ≪高等儀式術≫を用いての儀式召喚では全体攻撃効果が使えず。

 ≪契約の履行≫を使うぐらいなら種族蘇生の≪マグネット・リバース≫がある。

 トドメとばかりに≪儀式の檻≫の耐性付与も半分被っている始末。

 〈機械仕掛けの神〉は従来の儀式サポートは眼中になく、他の儀式モンスターとの併用を微塵も考えていないのではないかと言われて反論できない恭子。

 

「確かに他の儀式サポートを使えないことは痛いが、【ドライトロン】にも良いところは沢山あるんだぞ龍姫」

「例えば?」

「先ず墓地から儀式召喚できる。これは唯一無二と言っても良いのではないか?」

「〈竜宮(ウチ)〉で≪オッドアイズ・アドベント≫も墓地から儀式召喚できるし、〈ルルイエ〉の【影霊衣】も墓地から儀式召喚できるから3例目」

「ぐっ、ならばレベルではなく攻撃力参照の儀式召喚っ! これは流石にないだろう!」

「確かにない。そこは斬新かつ革新的であり汎用儀式魔法だから革命だと思う──けど、従来のレベル参照儀式が浸透しているから私含め他の儀式使いはすぐに使わない」

「えぇいっならば攻撃力4000っ! これは儀式モンスター最大と言っても過言では──あっ」

「…攻撃力4000なら藍子さんの儀式モンスターが先人。しかも耐性だけならあの人の儀式モンスターの方が≪メテオニス≫よりも上。恭子も何回かやられている」

「ぐっ、くっ──うぅ…っ」

 

 自信満々に【ドライトロン】のメリットを挙げていく恭子だったが、龍姫の容赦ない返答が無慈悲に切り捨てる。

 墓地からの儀式召喚には前例があり、攻撃力参照は既存儀式テーマにはすぐに使われず、高いステータスも同攻撃力・上位互換耐性が居る現状。

 自信に満ちていた恭子の顔は龍姫がばっさばっさと切り捨てる度に曇ってゆき、最終的には目尻に雫が溜まっているではないか。

 いくら何でも言い過ぎたか、と龍姫は少し反省しコホンと小さく咳払い。

 そして慰めるような、優しい声色(と本人は思い込んでいる)で恭子に語りかける。

 

「大丈夫恭子、≪メテオニス≫には今までの儀式モンスターにはない、唯一と言って良い利点がある」

「ぐすっ……本当か?」

「本当。私はデュエルモンスターズのことに関して嘘は言わない」

「な、なら≪メテオニス≫の利点は何なんだ?」

「超カッコいい」

「……ん?」

 

 しかし、それは慰めと言うよりは龍姫自身の感想。

 言われた恭子の方も『わかるような、わからないような、いや確かにカッコいいが…』と龍姫への返しに困っている中、龍姫は再度咳払いをしてから恭子に顔を向ける。

 

「先ず何と言ってもあのデザインのカッコ良さは既存の儀式モンスターの中でも洗練された至高の姿。機械族であることが残念だけど、西洋の竜を模しておきながら翼がないという大胆な発想には感服した。両肩の分度器に何の意味があるのかわからないけどアーティファクト的で私は良いと思う。それにキャノンにはロマンがあるし、両手のブレードもロマン、さらにはアーム式のシールドのロマンという、ロマンの欲張りセットがあるのはズルい。ロマンチストめ。私の≪真竜剣士マスターP≫でさえ剣と盾なのにズルい。羨ましい妬ましい素晴らしい。またモチーフとテーマカードのネーミングが最の高。りゅう座とその恒星の名前から取っているのはエモいし、流星に竜と星をかけているのとかすっごい尊い。今からでも遅くないからサポートカードも含めて種族を全部ドラゴン族にしよう。私が愛でる。あと何と言ってもあの攻撃方法。全体攻撃に流星群を重ねさせるとは盲点だった。アレはヤバい。直接対峙した私だからわかる。食らうとヤバいけどそれ以上に(ふつく)しさで我を忘れてしまった。ヤバい。あと相手ターンの非破壊による除去が強い」

「待て待て待てっ! 私に言葉の流星群を浴びせるなっ! それに私の≪メテオニス≫をドラゴン族に誘拐しようとするんじゃあないっ!」

 

 まるで先攻1ターン目に大量展開する時のような言葉を連ねる龍姫に声を荒げる恭子。

 褒めているところはある程度理解できるが、途中で龍姫自身の本音と欲望がダダ漏れで察した。

 

「待って恭子。【ドライトロン】はドラゴンとライトの混成──つまりドラゴン。であれば私のカードと言っても過言ではないのでは?」

「寝言は寝て言えっ! 全くっ龍姫はどうしてこうデュエル以外でドラゴンが絡むとこんなに饒舌になるんだ…」

「照れる」

「褒めてないっ!」

 

 入院する意味が皆無であったと言うような会話。

 片やランク9位の竜姫。

 片やランク2位の女帝。

 世間一般的に前者はクールでミステリアスなドラゴン使い、後者は正々堂々王道の機械竜使いとして周知されているため、この2人の素の姿を見れば卒倒ものだろう。

 

「お前ら──病院では静かにしろ…」

「ごめんなさい」

「すいません先生」

 

 それ故、今しがたお見舞いで病室に来た初老の男性、古賀も慣れたと言うか、呆れたような声と共に入室。

 研修生時代に多大な迷惑と世話をかけまくった2人としては、恩師の言葉を無視することはできず素直に借りてきた猫のように大人しくなる。

 なお、廊下まで2人の漫才が聞こえていたため古賀はノーノックで入ってきた。

 

「はぁ……昨日あれだけ激しいデュエルをしたと言うのに元気そうで安心──いや、呆れるな」

「照れる」

「デュエリストは体が資本ですからね、先生」

「褒めてないぞ」

 

 ため息と共に古賀は持参した果物セットをテーブルに。

 そして慣れた手つきでリンゴを手に取り、果物ナイフで器用に切り分け、皮を剥けば愛らしいウサギの形にカットしたリンゴの完成。

 それらをやはり慣れた手つきで紙皿に取り分けてから2人に無言で差し出す。

 

「ありがとう先生」

「ご迷惑をおかけします」

「構わん。慣れている」

 

 恩師の感謝の言葉を述べ、2人は揃って『いただきます』と口にしてからリンゴに手を伸ばした。

 研修生時代の恭子と龍姫はカードの実体化が不得手だったため、デュエル後によく怪我をしては古賀の世話になっていたなぁと2人は懐かしさを感じつつリンゴを口へ。

 シャクシャクと心地よい歯ごたえと甘味が強いリンゴを堪能しているところに、古賀は恭子の方へと顔を向ける。

 

「あぁそういえば藤島。お前の来週のスケジュールのことなんだがな」

「もぐむぐ──んんっ! はい、来週は来季のリーグ戦に備え、山籠もりを予定しています。マネージャーには3ヶ月前には伝えています」

 

 咀嚼していたリンゴを飲み込み、口の端に真っ赤なリンゴの皮を付けながら恭子はキリっと真剣な表情で古賀に答える。

 まだ来季リーグ戦まで日数にはかなり余裕はあるが、元々のデッキはもちろんのこと、新たに手に入れた【ドライトロン】をより洗練させた形にしたいと思っての自主トレーニング。

 生真面目な性格故に準備にも万全を。

 実に恭子らしい実直な答えだった。

 その横で龍姫はへぇーと感心しながらむしゃむしゃしていた。

 

「悪いが山籠もりは却下だ。そこに新しく仕事を入れた」

何故(なにゆえ)っ!? いくら先生とは言えそのような職権乱用が許されるとでも!?」

 

 古賀の言葉に憤る恭子。

 リンゴが乗っていたテーブルをダァンッ! と叩き、ウサギの形にカットされたリンゴが宙に舞う。

 それを隣の龍姫が(自分の皿へ)綺麗にキャッチ。

 〈機械仕掛けの神〉は大変だなぁと龍姫は完全に他人事のように3つ目のリンゴへ手を伸ばす。

 

「スタジアム……お前らのデュエルで復旧には1ヶ月はかかるそうだ」

「ぐっ…! そっ、それはスタジアムの耐久度が低かったのでしょう。よ、良かったではないですか。私達のデュエルのお陰で改善点が見つかって」

 

 多少なりの負い目はあるが自分は悪くないスタンスを取る恭子。

 エキシビションデュエルのイベント自体はつつがなく終わったが、何せあのスタジアムではデュエル以外にもコンサートやライブ、スポーツの試合でも使われているので、後のスケジュールが滅茶苦茶になったことは言うまでもない。

 恭子はさも自信あり気にそう返したものの、声色はどこか震えている。

 隣の龍姫は恭子から救出(強奪)したリンゴを黙々と咀嚼していた。

 

「まぁそこは微々たるものだが功績と言えなくもない。だがな、お前たちの所為でデュエル業界だけでなく他の業界にも迷惑を被ったことは確かだ」

「それはっ! それは…そうかもしれませんが……」

 

 再度恭子が反論しようとするも事実を言われてしまってはシュンとなってしまう。

 古賀の口調にしても別段声に怒気が混じっている訳でも、失望の声色という訳でもない。

 それどころか、どこか喜悦染みたそれだ。

 龍姫は我関せずとばかりに黙々と2人分のリンゴを完食。

 

「そこでだ。藤島、お前には来週あのスタジアムで予定されていたイベントに出てもらう。拒否権はない」

「ぅぐっ…! い、いいでしょうっ! 私とて正統なサイバー流の後継者にして、現代の〈機械仕掛けの神〉のトップデュエリストっ!! 例えどんな仕事であろうと、確実にこなしてみせましょう!」

「おー、さすが恭子」

 

 恭子の力強い返答に古賀はニヤリと口角を上げる。

やや強引ではあるが、これで何とか恭子にスタジアム損害の尻拭いの半分(・・)を負わせることはできた。

 残りの半分(龍姫)についてはデュエルモンスターズ協会、もしくは藍子か(くろがね)から命令が下されるのだが、そんなことを露も知らない龍姫は呑気に恭子の豪胆発言にパチパチと拍手を送っている。

 その拍手でチョロくも心浮かれている恭子はふふんっとその豊満な胸を揺らし、勝負が始まってすらいないのに勝ち誇った表情で古賀に問いかけた。

 

「それで先生、私は何の仕事をすれば良いのでしょうか?」

 

 別段、おかしくもない一言。

 プロデュエリストは公認大会以外にもモデルやらCM出演、企業のデモンストレーションやメディア出演など、仕事も多岐に渡る。

 おそらくその中のどれかなのだろうと、恭子は何気なく聞いたのだ。

 ただ、それだけだが──

 

「アイドルだ」

 

 ──恩師からの返答は5文字。

 

(あいどる…? あ・いどる? あい・どる? あいど・る? ……アイドルっ!?)

 

 脳が理解を拒んだのか、恭子は古賀の言葉を反芻(はんすう)するも、やはり理解が追い付かない。

 アイドル?

 誰が?

 私が?

 プロデュエリストが?

 今季をランク2位で収めた私が?

 極東エリアで2番目に強い私が?

 あの歌って踊ってキャハ☆と千葉県辺りのミミミン電波を受信して、山形県産の甘くておいしいリンゴをもりもりいっぱい食べて、闇に飲まれて、にょわー☆って、頑張って、蒼くて、三ツ星で、あのアイドルに? 一体古賀は72(なに)を言っているんだと、恭子はアイドルのイメージやら恩師の真顔アイドル発言により頭の中に混沌(カオス)を形成する。

 

「恭子」

 

 そんな中、まるで混乱という名の闇の中に差す光明の如く、龍姫がそっと優しく恭子の肩に手を置く。

 あぁ、理解が追い付かない私を励ましてくれるのか。

 流石は我が親友にして好敵手だなと恭子が感謝の言葉を伝えようとし──

 

「頑張れ24歳アイドル」

「お前も同い年だっ!!」

 

 ──怒声を病室に轟かせた。

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

「はいっ、みんな。こちらが今日のイベントで共演して頂く藤島恭子さんです。しっかり挨拶してね」

「今日はお願いします」

「よろしくなっ!」

「ちょっとひーちゃんっ。いきなり失礼だよっ」

「……よろしく…」

「こっ、こちらこそよろしくお願いする…」

 

 生気のない眼差しのまま連れられ、到着したのは楽屋。

 しかしそこで荷物を置いてすぐに今回のイベントの主役──4人組のアイドルグループ〈エレメンツ〉の楽屋へと直行させられた恭子。

 お互いのマネージャーが朗らかな笑みで話している様子とは対照的に、恭子はアイドル4人の少女たちの個性に圧倒されていた。

 

「ご存知かもしれませんが、改めて自己紹介させて頂きますね。私はチカ。一応このグループのリーダー──という名のお世話係をしています」

「あっ、あぁ…よろしく頼む」

 

 1人目。

 眼鏡をかけた栗毛の少女、チカはちょっとしたユーモアを混ぜつつ常識的な挨拶と共に握手。

 この子は普通そうだと恭子は幾ばくかの安心感を覚える。

 

「アタシはヒヨリっ! よろしく頼むぜランク2位さんっ!!」

「よ、よろしくたの──あっ、ちょ、痛い。手が痛い」

 

 2人目。

 やたら服装の露出が激しいが、それ以上に言葉遣いからボーイッシュな雰囲気を感じさせる少女、ヒヨリは恭子の手を両手で掴みながら上下に激しくブンブン振りながら笑顔も振りまく。

 この子のアグレッシブは知人の妹を想起させるな、と恭子は元気の良さとワンパクさに困惑する。

 

「ひーちゃん抑えて抑えてっ! ごめんなさいウチのひーちゃんが……えと、わたしはフウコって言います。今日はお願いしますね」

「も、問題ない…私こそ今日はよろしく頼む」

 

 3人目。

 ペコリとしたお辞儀で腰まで届きなそうな若草色のポニーテールを揺らしつつ、どこか快活そうな印象の少女、フウコは朗らかな笑みを恭子に見せる。

 おそらくこの子も常識人枠だな、と恭子は2度目の安心感を覚えた。

 

「……エリ。よろしく」

「よ、よろしく……」

 

 4人目。

 膝まで届くのではないかと思うほどの藍色の長髪を靡かせ、龍姫のような無表情に見えなくもない少女、エリは必要最低限の挨拶で済ませる。

 この子は大人しそう──いや、実は猫を被っていてその本質は龍姫枠なのでは、無礼で無駄な警戒心を抱く恭子。

 

 恭子自身、アイドルには疎いがこの4人組アイドルグループ〈エレメンツ〉については少しだけわかっていた。

 昨年、超新星の如く突如現れたアイドルグループであり、そのルックスと4人の個性が爆発的な人気を誇っている。

 まとめ役でメンバーの姉であり母でもあるチカ。

 最もアクティブ&アグレッシブなヒヨリ。

 メンバーの潤滑油兼清涼剤のフウコ。

 無気力系でメンバーの末妹のようなエリ。

 一見バラバラな性格に見えつつも、仕事もプライベートも仲が良い彼女らの姿は愛らしいと専らの評判だ。

 等身大の女の子達が一生懸命になって歌い、踊り、和気藹々としている様子を見るだけでファンは感涙もの。

 

 そういった彼女達と一緒に仕事をすることになった恭子としては、自分とは別ベクトルで有名なグループとの共演することは少なからず緊張する。

 しかし──

 

「今日は私達のライブはもちろん、その後のイベントもお願いしますね」

「まさかアタシらのイベントで最上位(トップランカー)のデュエリストが来てくれるなんてなぁ! こりゃ今日のイベント期待してるぜ!」

「う、うむ…君達の邪魔にならないように尽力しよう」

 

 ──今回のイベントの半分に関しては自信がある。

 

 今回のイベントの前半では恭子自身が彼女ら〈エレメンツ〉と共に歌って踊るライブ。

 イベントの後半では恭子が〈エレメンツ〉とデュエルするデュエル体験会。

 

 流石に極東エリアランキング2位の恭子と本気のデュエルをする訳ではないが、一般人向けの新規カードパック、及び新規ストラクチャーデッキ販売のプロモーションを兼ねたイベント内容となっている。

 知名度で言えばトップクラスのアイドルとデュエリストが宣伝するのだからその影響力は大きい。

 それを見越した補填的な意味での共演なのだ。

 

「それじゃあ本番前の最終確認したいんですけど良いですか? あっ、ほらエリちゃんもぼーっとしてないで起きて起きて」

「……寝てない…まだ……」

(それにしても本当に個性豊かだな…)

 

 自身の所属する企業はもちろん、親友(龍姫)後輩(和戸)に勝るとも劣らない個性の強さに恭子は感心さえ覚える。

 この個性の強さは、案外デュエリストとしての才能にも繋がるのではとも変に勘繰ってしまう。

 

(流石にアイドルがデュエリストとして活躍するのは無理があるか)

 

 しかし即座にこの考えを否定。

 いくら何でも天が二物を与えることはないだろう。

 恭子はそう思っていた。

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

 ライブ自体は途中恭子自身が派手に転倒しかけたものの、そこはデュエリスト特有の身体能力で強引に3連続後方宙返りで誤魔化し一応は無事に終了した。

 その後は恭子本来の役目、そしてメンバーの中で最もノリ気だったヒヨリがデュエルするだけ。

 ここからは自分の独壇場だと思っていた──

 

「場の永続罠≪ブレイズ・キャノン・マガジン≫の効果発動! 手札から≪ヴォルカニック・バックショット≫を墓地に送り、1枚ドローっ! そして≪バックショット≫が墓地に送られたことで500ポイントのダメージだっ! さらにっ! ≪バックショット≫が【ブレイズ・キャノン】カードの効果で墓地に送られた場合、手札・デッキから同名カード2枚墓地に送ることで相手モンスターを全滅させる! デッキから2体の≪バックショット≫を墓地に送って、モンスター全滅と追加の1000ダメージだぜっ!」

「くっ、≪メテオニス≫…!」

 

 ──しかし恭子の予想を裏切る光景がそこには広がっていた。

 自分の場はカード効果で焼け払われ。

 自分のライフすら効果で焼かれ続け。

 気が付けば相手のヒヨリとはボード、ハンド、ライフポイント全てのアドバンテージに差を付けられていた。

 

「手札から≪ヴォルカニック・エッジ≫を召喚! 1ターンに1度、このカードの攻撃を放棄して相手に500ダメージ! さらに魔法カード≪二重召喚≫を発動! このターンもう1度通常召喚できる! アタシは≪エッジ≫をリリースし、≪炎帝テスタロス≫をアドバンス召喚! コイツがアドバンス召喚に成功した時、相手の手札をランダムに1枚墓地に捨て、それがモンスターカードならレベル×100のダメージを与える!」

「──っ、手札のカードは2体目の≪メテオニス≫だ…! レベル12のモンスターカードのため、私は1200のダメージを受ける…!」

「おっ、ラッキー! それじゃあこのままフィニッシュだっ! 場の≪ブレイズ・キャノン・マガジン≫は魔法・罠カードゾーンで表側の時に≪ブレイズ・キャノン・トライデント≫のカード名となっている! こいつを墓地に送り、手札から≪ヴォルカニック・デビル≫を特殊召喚! こいつは場の≪ブレイズ・キャノン・トライデント≫を墓地に送ることで手札から特殊召喚できる!」

「一気に攻めてきたか…!」

 

 相手の場には攻撃力3000を誇る≪ヴォルカニック・デビル≫と攻撃力2400の≪炎帝テスタロス≫の2体。

 魔法・罠ゾーンには永続罠の≪ファイヤー・ウォール≫。

 手札は全て使い切って0枚だが、ライフポイント6500。

 

 対して恭子の場にモンスターは存在せず、魔法・罠カードはフィールド魔法の≪竜輝巧-ファフニール≫のみ。

 手札は2枚しかなく、それも現状では使う機会のない死に札。

 ライフポイントに至っては度重なる効果ダメージによる火力(バーン)で3800。

 

 2体のモンスターの合計攻撃力は5400のため、2体の直接攻撃が通った時点で終了。

 よもや一介のアイドルがプロ──それも国内2位の自分をここまで追い詰めるとは思いもしなかった恭子。

 

「バトル! アタシは≪ヴォルカニック・デビル≫で藤島さんに直接──」

「私は墓地の≪超電磁タートル≫のモンスター効果発動! 墓地の自身を除外し、バトルフェイズを終了させる!」

「──っと、そう簡単にゃいかないか。いいぜ、アタシはこれでターンエンドだ」

 

 しかしだからと言って負けて良い理由にはならない。

 予めコストで墓地に送っていた≪超電磁タートル≫の効果で攻撃を回避。

 フィニッシュ失敗となったことで観客席に居る〈エレメンツ〉のファンからブーイングが発せられるが、恭子はそれに気を取られるほど柔ではない。

 

(まさかアイドルにここまで追い詰められるとは……最近【ドライトロン】に浮かれすぎていたか…)

 

 状況は圧倒的に自分が不利だが、まだ逆転の芽は残っている。

 ピンポイントで理想のカードが来ればこの状況は一変できる可能性がある、と一旦深く深呼吸し、デッキトップに指をかけた。

 

「私のターン、ドロォーッ!!」

 

 そして引いたカード──理想のカードを引いたことに恭子は口角を吊り上げ、死に札となっていた手札のカードが息を吹き返す。

 

「手札から魔法カード≪磁力の召喚円 LV2≫を発動! 手札からレベル2以下の機械族を特殊召喚する! 来いっ! ≪サイバー・ヴァリー≫! さらに魔法カード≪機械複製術≫を発動! 自分場の攻撃力500以下の機械族1体を選択し、その同名モンスター2体をデッキから特殊召喚する! 続けて来いっ! 2体の≪サイバー・ヴァリー≫!!」

「──っ、流石プロ…! この土壇場でモンスター3体を揃えるかよ…!」

 

 ガラ空きだったフィールドに一気に3体のモンスターが出現。

 モンスターのステータス自体は弱小だが、デュエルに慣れているヒヨリとて低攻撃力のモンスターならば何かしら特異な効果を持っていることは把握している。

 

「場の≪サイバー・ヴァリー≫の効果! 場の自身と自身以外のモンスター、2体の≪サイバー・ヴァリー≫を除外して2枚ドロー! 手札から≪サイバー・ドラゴン・コア≫を召喚! このカードの召喚成功時、デッキから【サイバー】または【サイバネティック】魔法・罠カード1枚を手札に加える! 私はデッキから≪サイバーロード・フュージョン≫を手札に加える!」

 

 そしてヒヨリの予想通りとばかりに恭子はカード効果でドロー、召喚、サーチを行い着実にコンボパーツを揃えていく。

 

「手札から魔法カード≪エヴォリューション・バースト≫を発動! 場に≪サイバー・ドラゴン≫が居る時、このターン≪サイバー・ドラゴン≫の攻撃を放棄することで相手場のカード1枚を破壊! ≪サイバー・ドラゴン・コア≫は場・墓地に存在する場合、≪サイバー・ドラゴン≫として扱う! 私が破壊するのは永続罠≪ファイヤー・ウォール≫だ!」

「うげぇっ!? アタシの防御壁がっ!!」

 

 1度動き始めた歯車が急には止まらないように、恭子はフルスロットルで手札・場のカードを駆使して展開と除去を行う。

 今までずっとヒヨリを守っていた永続罠≪ファイヤー・ウォール≫が破壊されたことで阻む壁はなくなった。

 

「さらに3体目の≪サイバー・ヴァリー≫の効果発動! 自身と場の≪サイバー・ドラゴン・コア≫を除外し、2枚ドロー! 手札から≪サイバー・ドラゴン≫を特殊召喚! このカードは相手にのみモンスターが存在する場合、手札から特殊召喚できる!」

「げぇっ!? ≪サイバー・ドラゴン≫っ!? ──ってことはまさか…!」

「そのまさかだ! 私は手札から速攻魔法≪サイバーロード・フュージョン≫を発動! 自分の場・除外されているモンスターの中から融合召喚に必要な素材をデッキに戻し、≪サイバー・ドラゴン≫を融合素材とする融合モンスター1体を融合召喚する! 私は除外されている3体の≪サイバー・ヴァリー≫と≪超電磁タートル≫に≪サイバー・ドラゴン・コア≫、場の≪サイバー・ドラゴン≫をデッキに戻すっ! 次元の彼方より数多の機械竜を喰らい、その糧としろっ! 融合召喚っ! 現れよ、レベル9! ≪キメラテック・オーバー・ドラゴン≫ッ!!」

 

 最後の詰め、とばかりに恭子は残っていた手札の内サーチした1枚を発動。

 場と除外されていたモンスターが吸い込まれるように恭子のデッキへと戻ると同時に、場にはブラックホールの如き黒穴が出現。

 その深淵から鈍い銀色を輝かせた多頭の機械竜──≪キメラテック・オーバー・ドラゴン≫がその姿を現す。

 

「≪キメラテック・オーバー・ドラゴン≫が融合召喚に成功した時、自身以外の自分場のカードを全て墓地に送る! さらにこのカードは融合素材にしたモンスターの数×800ポイントの攻撃力となる! 融合素材にしたモンスターの数は6体! よってその攻撃力は4800!!」

「アタシの≪ヴォルカニック・デビル≫を超えるのかよ…! 確かそいつは融合素材にしたモンスターの数だけ相手モンスターに攻撃できるって効果もあったよな?」

「ほう、よく知っているな。その通りだ」

「アタシはアンタの豪快なデュエル好きだからなっ! 試合は結構観てるんだ。でもそれじゃあアタシのモンスターに攻撃したところでアタシのライフは残るし、墓地には2体の≪ヴォルカニック・カウンター≫が居る。その効果による反射ダメージで自滅するだけ──」

「私は最後の手札、速攻魔法≪リミッター解除≫を発動。自分場の表側の機械族モンスターの攻撃力を2倍にし、ターンの終わりに破壊される」

「──あっ」

 

 自信満々かつ虚勢が混じった声色だったヒヨリのそれが呆けたものに変わる。

 攻撃力4800だった≪キメラテック・オーバー・ドラゴン≫の攻撃力は9600まで上昇。

 対してヒヨリの場には攻撃誘導効果を持ち、攻撃力3000を誇る≪ヴォルカニック・デビル≫が居るが、その超過ダメージは6600。

 さらにヒヨリのライフポイントは6500──結果は一目瞭然だった。

 

「バトル! 私は≪キメラテック≫で≪ヴォルカニック・デビル≫に攻撃! エヴォリューション・レザルト・バーストォッ!!」

 

 恭子の攻撃命令と共に≪キメラテック・オーバー・ドラゴン≫の中央の頭がゆっくりと起き上がり、口内に蒼電を纏ったエネルギーが蓄積。

 防御札を除去され、墓地には高攻撃力の超過ダメージへの対策として≪ヴォルカニック・カウンター≫が2体居たが、超攻撃力相手ではヒヨリのライフポイントが保たない。

 ここまでか、とヒヨリは悔しそうな表情になり──すぐに笑みを浮かべる。

 

(あぁ、やっぱりデュエルは楽しいなぁ…)

 

 今の(・・)ヒヨリとしては全力を出し尽くしたのだ。

 プロ相手に終盤まで優勢だったデュエルに何の不満があるのか。

 それもプライベートではなく仕事で(中規模になってしまったが)スタジアムという舞台でのデュエル。

 これ以上を望むのは強欲だろうと自戒している中、目の前で愛用の≪ヴォルカニック・デビル≫がプラズマに飲まれていく光景をただ傍観するしかなかった。

 

 

 

 ヒヨリのデュエルディスクからライフポイントが0になったことを告げるブザーが鳴り、場に仮想実体化していたカードも全て霧散するように消失。

 数秒の沈黙の後、緊張の糸が切れたのか、ヒヨリはコテン、と可愛らしくその場で仰向け大の字で寝転んだ。

 

「あー負けた負けたっ! いやーやっぱりプロは強ぇなぁ!!」

 

 そう大声で叫ぶも、その声色には悔しさは微塵も感じられない。

 負けても普段と変わらない明るい声を聞き、ファンはホッと胸を撫で下ろす。

 

「良いデュエルだったぞヒヨリ君」

「おっ、ありがと藤島さん」

 

 寝転んだヒヨリに恭子は手を差し出し、そのままデュエリスト特有の身体能力で体幹を一切ブレないまま彼女を片手で引っ張って起き上がらせる。

 そのまま固い握手を交わし、お互いに笑みを浮かべた。

 

「正直、アイドルだと思って侮っていた。謝罪しよう」

「いーよいーよ、むしろプロ相手に善戦したアタシを褒めて欲しいし」

「むっ、そうだな。個人的には君なら最低でも上位(ハイランカー)としても通用するぐらいの腕だと保障しよう」

「そこは最上位(トップランカー)じゃなくて?」

「残念ながら、最上位(トップランカー)になるにはあのドラゴン馬鹿に認められなくてはならないからな。そこは発言を控える」

「あー……あの人ね。まっ、プロからお墨付きもらっただけでも良しとするかっ!」

 

 ニカッとヒヨリは太陽のように満面の笑みを恭子に向け、恭子もつられて優しい笑みを浮かべる。

 示し合わせたでもなく、2人は揃って観客席の方へと体を向け、握手を交わしたまま、空いた手をファンに向けて大きく振るう。

 

「みんなぁー! 今日は来てくれてありがとうなー! ライブは楽しかったし、今回はこうしてプロデュエリストの藤島さんともデュエルできてアタシは最っ高に満足だっ!! もしかしたら、今後もライブの他にこういう企画やるかもしれねーから、そん時はまたよろしくなー!!」

 

 瞬間、観客席からはワァッという大歓声と爆音に等しい拍手が一斉に発せられた。

 ファンからすれば負けてしまったことは悔しいが、それでもプロデュエリスト相手に一歩も引かなかったヒヨリに感動を覚えたのだ。

 歌や踊りだけではなく、こういった側面を見ることができただけでもファンとしては感無量。

 

 またライブでは時たま派手なアクションをしてファンを引かせた恭子に対しても惜しみない拍手を送る。

 デュエリスト故に身体能力が高いことは知っていたが、それでもデュエルはもちろん、ライブでも盛り上げようとしてくれた気概は本物。

 声援の中には『良かったぞー!』や『アイドルになったら応援するぜ!』、『24歳か…』など様々な声が会場に響く。

 

 大歓声と拍手が鳴り響く中、メインの2人は深々と頭を下げてファンに感謝を。

 未だ鳴り止まぬ喝采に手を振りながら舞台から降りていく。

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

「流石に勝手が違うと疲れたな……」

 

 ふぅ、とため息を吐きつつ、恭子は控室の椅子にだらしなく背を預けた。

 ライブ自体はほぼダンサー的な役割だったが、普段から山籠もりなりデュエルで鍛えているだけあって体を動かすことに苦はない。

 ただどうにも音感的なものが欠落していたのか、時折派手なアクションで誤魔化していたことに少しばかり後悔する。

 

 しかしデュエルに関しては自身も満足のいくものだったと思っていた。

 舞台でも本人相手に吐露したが、アイドルと侮っていたが実際には上位(ハイランカー)と遜色ない腕前を持っていたことは嬉しい誤算だ。

 そして今の自分のデッキの弱点である対象を取らないモンスター除去や堅実な効果ダメージ戦略にはヒヤリとさせられた。

 機会があれば再戦したいものだ、と恭子はドリンクを飲みながらそう耽る。

 

 丁度そう一息ついた時に、控室の扉をコンコンとノックする音が響き、恭子は特に警戒するでもなく『どうぞ』と入室を促す。

 入ってきたのは〈エレメンツ〉の面々──の一切をまとめているマネージャーの女性。

 

「失礼します……藤島プロ、本日はありがとうございました」

「こちらこそ感謝を。ライブの方はどうにも下手をしてしまったが、デュエルの方は私の方こそ楽しませてもらった」

「そう言って頂ければ幸いです。ウチのヒヨリも控室に戻ってから他のメンバーに嬉しそうに話していましたし、本人もとても満足していましたので」

「それはよかった。あれほどの実力があることに驚いたのだが、彼女は普段からデュエルを?」

「そうですね、ヒヨリだけではなくメンバー全員がデュエルモンスターズが好きですから。プライベートはもちろん、暇があれば休憩時間にでもやっていますよ」

「なるほど、日々の研鑽という訳か」

「そこまで大それたものでは…」

 

 はは、と恭子の拡大解釈にマネージャーは苦笑。

 噂通り堅そうでどこか天然が入っている恭子の人物像に安堵(・・)した。

 イベント自体もつつがなく終わり、あとは恭子のマネージャーに挨拶をすれば終わりなのだ──

 

「あぁ、そういえばもう1つ」

 

 ──そうマネージャーが思っていた時、思い出したように恭子が口を開く。

 

「利益目的によるデュエルモンスターズの私用な実体化は協会規約に違反している」

 

 瞬間、マネージャー──白井黒葉(しらい くろは)の鼓動が早まる。

 もしこの場に第三者が居れば突然何を言っているのだと声をあげていたことだろう。

 

「……なんの、ことでしょうか…?」

 

 しかし、この場に第三者は存在せず、恭子と白井の2人のみ。

 当の白井は平静を装おうとするも、その声色には震えが混じる。

 

「ヒヨリ君…いや、彼女だけではなく〈エレメンツ〉のメンバー全員なんだが──」

 

 ドクン、と白井の胸の鼓動がさらに大きくなる。

 やめて。それ以上は言わないでと喉まで声が出るが、その前に恭子は言い切った──

 

「彼女ら、デュエルモンスターズのカードだな」

 

 ──1年間、白井が守り通してきた秘密を。

 

 

 

「……何故、そうだと…」

「理由は3つ。1つ目に、私はこの仕事の前に彼女達の写真や映像を観たのだが、それら全てで彼女達の顔・体格に一切の変化がなかった。成長期の少女達が1年間で何の変化がないことはおかしい上、まるで作り物のように顔と体に傷はおろかホクロや染みが一切ないことが不思議でならない」

「……それだけあの子たちは体調管理に気を遣っているので、アイドルとしての意識が高いんです…」

「物は言いようだな。2つ目、私がヒヨリ君と接した時、明らかに人間の感触と違うそれを感じた」

「……随分と主観的な意見ですね。まるで普段からデュエルモンスターズのカードを実体化させて触っているからわかるような言い方ですが」

「私自身、ドラゴン馬鹿に付き合わされて普段からデュエルモンスターズのカードを実体化させて触っているからわかるので言っている」

「えぇ…」

 

 震えている白井を前に事実を淡々と述べていく恭子。

 疑惑であったものが段々と確信めいたものに近づいていく。

 (途中おかしいものもあったが)

 

「最後に3つ目──君が今かけているバッグの中にあるデュエルディスク、おそらく消音・無光改造されたものだろうが、それが私と出会ってからずっと起動している」

「なっ──音も光も出ていないのにわかるんですか!?」

「あぁ、やはりあったか」

「えっ──あぁっ!!」

 

 謀られた、と白井が気づくも時既に遅し。

 恭子はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がって白井の前へ。

 

「確証は得られた。さて、大人しく私と共に来てもらおうか」

「くっ…!」

 

 思わず後ずさる白井。

 だが背後には出入口の扉があるだけであり、例えこの場から逃げても恭子の告発によりあっさりと捕まってしまうだろう。

 ここまでか、と半ば観念したところで──

 

「──やらせませんよ」

 

 ──2人の間に光輝く粒子が4つの人型を形成していく。

 内2つは恭子に対峙するように。

 内2つは白井を守るように。

 それぞれの間に立ち、おぼろげだった形が完全に形を成す。

 

 つい先ほどまで共に舞台の上に居た4人。

 ただその装いは舞台に居た時のアイドルらしい衣装ではなく、かと言って日常的なそれでもない。

 言わばそう──魔術師。

 4人全員が年季の入った杖を携え、揃いのローブを纏った姿はそう呼称しても違和感はない。

 

「わりーな藤島さん。こっちにも事情があるんだ」

「無茶なお願いだとは思いますが、どうか見逃して頂けませんか?」

「断る。先ほども言ったが利益目的でのカードの私用実体化は許されることではない。それは君たちとて理解しているだろう?」

「や」

「いや1文字で拒否されても困るんだが…」

 

 ヒヨリとフウコが恭子の前に立ちはだかり、エリは白井にしがみつきながら恭子を睨む。

 数だけならば1対5という構図だが、それはあくまでもこの場限り。

 後に協会に報告すれば結局裁きを受けることには変わりないだろうと恭子が思っている最中、チカが1人だけ前に出てきた。

 

「藤島さん。ご覧の通り私たちはデュエルモンスターズのカードです」

「…そうだな」

「私たちはある企業で作られたカードでしたが、当時は望まれた力を持っていなかったので廃棄されそうになりました」

「………」

「捨てられたくなかった。消えたくなかった。死にたくなかった。忘れられたくなかった。どうして私たちを作ったのか……廃棄の直前まで、私たちは怨嗟のように声をあげていました」

 

 チカの言葉に無言で聞き入る恭子。

 確かに一部の企業では人道も倫理もない、非道な開発形態になっているとは聞いたことがあった。

 それをカード自身の声で直接言われると、当人でないにしても恭子にも思うところはある。

 

「そんな時です。黒葉が私たちに気付いたのは」

「黒葉がアタシらの声を聞いてくれた」

「黒葉さんが私たちを拾ってくれた」

「…黒葉が私たちに居場所をくれた」

 

 いつの間にかチカだけではなく、他の3人も恭子の前へ。

 その表情は憤怒から悲哀、悲哀から歓喜、歓喜から喜楽へと変わっていく。

 

「私たちは黒葉に感謝しています」

「黒葉さんに恩返ししたい」

「黒葉の力になりたい」

「だからこそ今アタシらはここにいる」

「……みんな…」

 

 4人は揃って杖を恭子に指し、険しい眼差しを向ける。

 例え相手が誰であろうと必ず抗い、絶対に屈しないという、強い意志がその瞳に宿っていた。

 

(……なるほど、彼女らにとって天命とも言うべき出会いだったか…)

 

 そんな4人の想いを聞き、恭子は僅かに目を細めながら呟く。

 全てのカードの出会いには意味がある。

 例え人工的に作られても。

 超常現象的に発見しても。

 デュエル中に創造しても。

 全てを含めてのカードであり、デュエリスト。

 それがデュエルモンスターズ。

 

 恭子は4人と1人に気取られぬよう、感嘆したような、燻られたようなため息を零す。

 そして彼女らをその切れ長の鋭い眼差しで睨み付ける。

 

「本音を言えば、すぐにでも事を公にしたいところだが──いいだろう、私とてデュエリストである前に人の子だ。無条件という訳ではないが、この場は収めても良い」

「……つまり、条件次第では即座に報告すると?」

「無論だ。たとえ実害がないにしても、君の行っていることは認められることではない」

「……その、条件とは?」

 

 ゆっくりと。

 壁際に背を預けていた白井は4人の少女たちの前へ出て、緊張した面持ちで恭子に問いかけた。

 問われた恭子は先程までの険しい表情を僅かに崩し、不敵な笑みを浮かべながら口を開く。

 

「デュエリストならば1つしかないだろう──デュエルだ」

 

 




デュエルは次回


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ドライトロンVS霊使い(後半)

ドライトロンもう1本(発売前に)間に合ったぞぉ!(2020/9/4)


 イベント終了後の薄暗い廊下にコツコツと2人分の足音だけが鳴る。

 先を行く足音は迷いなく真っ直ぐに。

 後を追う足音は緊張と怯えで小さく。

 

 先を行くはランク2位の藤島恭子。

 イベント終了後、彼女のマネージャーに『夜は〈エレメンツ〉と食事会をする』と堂々とうそぶき、先の控室での続きをするために目的の場所へと歩を進めていた。

 後を追うのは〈エレメンツ〉のマネージャーにして所有者である白井黒葉。

 本音を言えばこの場から逃げ出したい気持ちがあったが、自分の手に握られているデッキを見て、きゅっと口を強く結ぶ。

 控室での彼女達──【霊使い】の4人の想いを聞いた以上、その持ち主として応えなければいけない。

 例え相手がプロデュエリストで、しかも国内ランキング2位で、さらに今日のイベントで≪火霊使いヒータ(ヒヨリ)≫にも勝っている相手だとしても、だ。

 

「着いたぞ」

「……はい」

 

 そう黒葉が決意した途端、現実に引き戻されるように恭子の声が耳に響く。

 蛍光グリーンの非常灯のみが点き、薄暗いステージ。

 今日のイベントでライブとデュエルをした舞台。

 

 その奥側に恭子は無言で向かい、所定位置についたところで体を反転。

 左腕にデュエルディスクを装着し、デッキホルダーをセット。

 準備は万全だ、と言わんばかりの状況と表情に黒葉は緊張で顔を強張らせる。

 

 黒葉も同じように今までロクに使ってこなかったデュエルディスクを左腕にセット。

 信頼する【霊使い】達が十全な力を発揮できるよう、入念に組んだデッキをデュエルディスクにセットし構える。

 

 デュエルディスクに先攻・後攻を決めるランプが点灯。

 仮想立体画面で自分・相手の手札・場・ライフポイントの状況が表示。

 互いにデッキからカードを5枚引いて構える。

 

 一拍置き、互いに相手の顔をしっかりと見てから同時に口を開いた。

 

「デュエルッ!!」

「で、デュエル!」

 

 先攻は黒葉。

 5枚の手札を一瞥し、ホッと胸を撫で下ろす。

 とりあえず手札事故はなく、初期手札としては上々。

 

 しかし相手はランク2位。

 無防備なままでモンスターを立てるのは愚策であるし、恭子が超攻撃力で一気にゲームエンドまで持ってくるデュエルスタイルであることは世間的に周知されている。

 ならばここは次ターンの準備、そしてキーカードを揃えて恭子以上に早く勝負を決めなければ、と半ば焦燥するように黒葉は手札に指をかけた。

 

「わ、私は永続魔法≪憑依覚醒≫を発動。自分場のモンスターの攻撃力は属性の種類×300アップし、【霊使い】・【憑依装着】モンスターは効果では破壊されません」

「ほぅ…戦闘(殴り合い)を望むか──良いだろうっ」

 

 違うッ! と声を大にして叫びたかった黒葉だったが、何故か昂揚している恭子を横目に次のカードに指を伸ばす。

 

「手札から≪妖精伝記(フェアリーテイル)-カグヤ≫を召喚。このカードが召喚に成功した時、デッキから攻撃力1850の魔法使い族1体を手札に加えます。同時に≪憑依覚醒≫のもう1つの効果発動。元々の攻撃力が1850の魔法使い族が召喚・特殊召喚された場合、デッキから1枚ドローします──そして同時に手札から速攻魔法≪サモンチェーン≫を発動」

「──っ、中々通なカードを使うな」

「あ、ありがとうございます……≪サモンチェーン≫は同名カードが発動されていないチェーン3以降に発動でき、このターン私は3回まで通常召喚を行えます。次に≪憑依覚醒≫の効果で1枚ドローし、≪カグヤ≫の効果でデッキから2枚目の≪カグヤ≫を手札に」

 

 速攻魔法発動時には2枚だった黒葉の手札はドローとサーチで4枚に回復。

 引いたカードは現状でも充分に使えるカードではあり、黒葉はそのカードに指をかけようとし──止める。

 

(まだ……まだこのカードを使う時じゃない…)

 

 相手はランク2位のプロ。

 それならば情報は伏せ、次ターンで一気に決めるために温存しておいた方が良いと、隣のカードに指をかける。

 

「手札から2体目の≪カグヤ≫を召喚。効果でデッキから攻撃力1850の≪憑依装着-アウス≫を手札に加え、この子を召喚」

「ふむ、それがチカ君の本来の姿か…」

 

 サーチした2枚目の≪カグヤ≫で2回目の召喚権、そしてさらにサーチした≪憑依装着-アウス≫を召喚して3回分の通常召喚権を使い切る黒葉。

 最後の召喚権を使って姿を現したのは〈エレメンツ〉のチカ──を演じていた≪憑依装着-アウス≫。

 姿形はライブの時と同じだが、恰好は先程控室で見た時と同じローブを羽織った魔術師。

 その杖先には使い魔と思しき小型の獣が張り付いており、シーッ! と恭子を威嚇している。

 

(場に居るモンスターは全て攻撃力1850の魔法使い族・レベル4のモンスターか…)

 

 しかし恭子はその威嚇を歯牙にもかけず、冷静に黒葉の場を分析。

 場の状況から鑑みれば種族や属性条件のエクシーズかリンクで展開するだろうと、黒葉の次手を鋭利な眼差しを向けて待つ。

 

(ひえ…!)

 

 そんな恭子の眼光に怯えつつ、黒葉は一旦深呼吸をしてから負けじと彼女を見据える。

 コアリクイの立ち姿の如き威嚇だが、恭子の表情は依然変わらず。

 ぐぬぬ、と奥歯を噛みしめつつ、黒葉のデュエルディスクから自動(オート)でカードがシャコン、と飛び出しそれを恭子に見せる。

 

「私は場の魔法使い族の≪カグヤ≫と地属性の≪憑依装着-アウス≫をリリースし、デッキから≪憑依覚醒-デーモン・リーパー≫を特殊召喚! このカードは自分場の魔法使い族とレベル4以下の地属性モンスターをリリースすることで、手札・デッキから特殊召喚することができます。そしてこの方法で特殊召喚に成功した場合、墓地からレベル4以下のモンスター1体を効果を無効にして特殊召喚。戻ってきて≪憑依装着-アウス≫!」

(エクシーズでもリンクでもなかったか…)

 

 予想が外れたかと恭子は僅かに肩を落とすも、黒葉のプレイングに少しだけ疑問を感じた。

 デッキから上級モンスターを出すことに何ら問題はないが、そのことに自分場モンスター2体をコストにするほどの価値があるのかと。

 いくら蘇生効果を有しておりモンスターの総数に変化がなかったとはいえ、効果を無効にしては意味もないのではいかとも思っていた。

 

「私は≪憑依装着-アウス≫と≪デーモン・リーパー≫をリンクマーカーにセット! 召喚条件は地属性モンスターを含む2体! リンク召喚! 現れて、リンク2! ≪崔嵬の地霊使いアウス≫!」

 

 そう恭子が思考しているところに黒葉の場のモンスターが変遷。

 2体のモンスターからのリンク2モンスターを出すものの、恭子としては攻撃力に変化がないのであれば変に回さない方が良かったのではないかと感じるが、すぐにその考えを棄却。

 デュエルモンスターズは攻撃力だけで決まるものではない。

 ならば何かしら強力な効果を秘めているのではないかと警戒する。

 

「私は墓地に送られた≪デーモン・リーパー≫の効果発動。このカードが墓地に送られた場合、デッキから【地霊術】カードか【憑依】魔法・罠カード1枚を手札に加えます。私はデッキから罠カード≪憑依連携≫を手札に。そしてカードを2枚セットし、ターンエンドです」

「ふむ…」

 

 そっちだったか、と恭子は新たに召喚されたリンクモンスターではなく、墓地に送られた方のモンスター効果が狙いだったかと自分の浅慮を反省。

 状況的に黒葉の場には攻撃力1850の≪カグヤ≫と≪崔嵬の地霊使いアウス≫の2体。

 魔法・罠ゾーンには永続魔法の≪憑依覚醒≫とサーチした罠カードの≪憑依連携≫ともう1枚の3枚。

 手札は2枚残っており、ライフコストも払っていないので無傷の8000。

 先攻の動きとしては上々だろうと、恭子はドローカードに指を伸ばす。

 

「私のターン、ドロー。手札から≪惑星探査車(プラネット・パスファインダー)≫を召喚。自身をリリースし効果発動。デッキからフィールド魔法1枚を手札に加える。私はデッキから≪竜輝巧-ファフニール≫を手札に加え、そのまま発動。発動時の効果処理としてデッキから【ドライトロン】魔法・罠カード1枚を手札に加える。私はデッキから≪極超の竜輝巧≫を手札に」

 

 しかし先攻の動きが上々だろうと恭子が行う手に変わりはない。

 相手が伏せている罠カードの効果がわからない以上、自分は最善手を尽くすのみ。

 

「≪極超の竜輝巧≫を発動。このターン通常召喚できるモンスターを特殊召喚不可の制約の下、デッキから【ドライトロン】モンスター1体を特殊召喚する。デッキから≪竜輝巧-ルタδ≫を特殊召喚。そしてこの≪ルタδ≫をリリースし、手札の≪竜輝巧-バンα≫の効果発動。自身を特殊召喚し、デッキから儀式モンスター1体を手札に加える。当然、加えるカードは≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫だ」

 

 【ドライトロン】を使い始めてから2週間程度経ち、すっかり扱い方も慣れてきた恭子。

 基本的に光属性・機械族モンスターにしか適合していなかったが、ここ1週間は優秀な後輩(・・・・・)との耐久デュエルで機械族であれば少しばかり他のカードにも適合するようになり、デッキの拡張性が増した。

 その成果をイベントでも発揮したが、このデュエルでも遺憾なく振るえる。

 

「手札の≪メテオニス=DRA≫をリリースし、手札の≪竜輝巧-アルζ≫の効果発動。自身を特殊召喚し、デッキから儀式魔法を手札に加える。私は≪流星輝巧群≫を手札に。さらに場の≪アルζ≫をリリースし、墓地の≪ルタδ≫の効果発動。自身を墓地から特殊召喚し、手札の儀式魔法≪流星輝巧群≫を公開し、1枚ドローする」

 

 これで準備は整った、と恭子は改めてフィールドに視線を移す。

 召喚・特殊召喚とサーチを多用したが、それでも黒葉がサーチした罠カードが使われていない辺り、おそらく妨害系ではないだろうと判断。

 ならばこのまま攻め込むのみ、と攻勢に出る。

 

「手札から儀式魔法≪流星輝巧群≫を発動! 自分の手札・場の機械族モンスターを儀式召喚するモンスターの攻撃力以上になるようにリリースし、手札・墓地から儀式召喚を執り行う!! 私は場に居る攻撃力2000の≪バンα≫と≪ルタδ≫をリリース! 星に座する輝光竜よ、星辰を束ね北天の彼方より来たれッ! 儀式召喚ッ! 現れよッ! レベル12ッ!! ≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫ッ!!」

「──っ、」

 

 恭子の場に居た2体の小型機械竜が金色の粒子へ姿を変え、恭子のフィールド中央に巨大な竜機人へと形を成していく。

 数多の兵器を纏い、巨大にして強大な姿には相対する者へ畏怖を与える。

 新たに恭子のエースの1枚となった≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫がその姿を現し──

 

「と、罠カード≪憑依連携≫を発動! 自分の手札・墓地から攻撃力1500の魔法使い族1体を表側攻撃表示か裏側守備表示で特殊召喚! 私は墓地の≪憑依装着-アウス≫を攻撃表示で特殊召喚! さ、さらに自分場のモンスターの属性が2種類以上の時、表側カード1枚を選んで破壊! め、≪メテオニス=DRA≫を破壊!」

「なっ──」

「そ、そして元々の攻撃力が1850のモンスターが召喚・特殊召喚されたため、永続魔法≪憑依覚醒≫の効果で1枚ドローっ!」

 

 ──消された。

 あまりにも呆気なく自分のエースが除去されたことに恭子は大きく見開く。

 別段耐性を持たない大型モンスターが容易に除去されることは珍しくもないが、恭子自身≪メテオニス=DRA≫の『効果モンスターの効果の対象にならない』という耐性を過信していた故の結果。

 くっ、恭子は小さく唸ると苦虫をすり潰したような表情になり、沸々と怒りが込み上げる。

 

(浅慮が過ぎた…! いくら効果モンスター相手に耐性があるとはいえ、≪メテオニス=DRA≫は魔法・罠で容易に破壊される。これは私の油断──いや、慢心だ…!)

 

 尤も、その怒りの矛先は≪メテオニス=DRA≫を除去した黒葉ではなく、≪メテオニス=DRA≫を除去された自分自身。

 いかんせん興行用にデッキ調整をすると、どうしても魔法・罠カードによる除去は控え目になり、効果モンスターの効果の応酬や戦闘が主となってしまう。

 シーズン外とはいえそれで相手に安易に除去を許すなど、最上位(トップランカー)として恥辱に等しい。

 

 しかしだからと言ってここで激情に駆られてしまっては≪竜姫神サフィラ≫を除去された親友(ドラゴン馬鹿)の二の舞。

 恭子は一旦深呼吸し、決して相手のペースに乗るまいと心を落ち着かせる。

 時間にしては5秒にも満たないが、段々と心を落ち着けていく。

 

(……≪メテオニス=DRA≫を除去され、今の私の手札ではモンスターを新たに出すことはできずカードセットするだけ。問題は相手が私のセットカードをピンポイントで除去するか、全て除去された場合、状況によっては私の負けか…)

 

 そして落ち着いたところで残った3枚の手札に視線を移す恭子。

 残った手札は3枚とも罠。

 さらに状況によっては完全な死に札と化してしまうカードが2枚。

 

「……私はカードを3枚セットし、ターンエンドだ」

 

 だが、ないよりはマシだ、と恭子は≪メテオニス=DRA≫を除去された動揺を隠すように、あえて力強くカードをデュエルディスクにバシィンッ! と叩きつける。

 その豪快な音に黒葉はひっ、と小動物のように可愛らしい悲鳴を漏らすが、当の恭子は不利な状況と言えど毅然とした態度のまま。

 仮にこの場に付き合いの長い龍姫が居れば恭子のそれが明らかに虚勢だとわかるが、会ったばかりの黒葉ではわかるハズもない。

 黒葉がおどおどとした仕草をする中、恭子は改めて状況を確認する。

 

 自分の場にモンスターは存在せず、魔法・罠カードにはフィールド魔法の≪竜輝巧-ファフニール≫とセットされた罠が3枚。

 手札は0枚だが、ライフポイントは無傷の8000のまま。

 

 対して相手の黒葉の場のモンスターは≪崔嵬の地霊使いアウス≫に≪憑依装着-アウス≫、≪カグヤ≫の3体。

 魔法・罠ゾーンは永続魔法の≪憑依覚醒≫ともう1枚のセットカード。

 しかし手札は3枚あり、ライフポイントも無傷の8000。

 

 ライフポイントこそ同じだが、カード・アドバンテージにおいては顕著な差が出てしまったことに恭子は眉間に皺を寄せる。

 セットカードによって黒葉のターンは耐えられると思ってはいるものの、先攻1ターン目の展開と自分のターンで展開途中ではなくカードを使い切った展開後に除去してくる黒葉の強かさに安心はできない。

 場合によっては敗北もあり得るか、と恭子は焦燥を威圧する眼光で隠しながら黒葉を見る。

 

「わ、私のターン、ドロー。えっと≪カグヤ≫を守備表示に変更して、速攻魔法≪ドロー・マッスル≫を発動。守備力1000以下の守備表示モンスターはこのターン戦闘破壊されず、デッキから1枚ドローします」

 

 そんな恭子の眼差しに若干の恐怖を覚えつつ、黒葉はドローしたカードを即座に発動。

 手札を整えつつ互いの状況を確認し、あっ、と偶然にも丁度良いカードがあることに気付く。

 

「≪崔嵬の地霊使いアウス≫の効果を発動します。相手の墓地の地属性モンスター1体を自身のリンク先に特殊召喚します。恭子さんの墓地の≪惑星探査車≫を≪崔嵬の地霊使いアウス≫のリンク先に特殊召喚──そしてっ、リンク2の≪崔嵬の地霊使いアウス≫と≪惑星探査車≫をリンクマーカーにセット! 召喚条件は魔法使い族モンスターを含む2体以上! リンク召喚! 現れて、リンク3! ≪神聖魔皇后セレーネ≫!」

 

 ≪崔嵬の地霊使いアウス≫と≪惑星探査車≫が8方向の矢印の内、下側3方向へ身を転じる。

 瞬間、眩い光が輝きを放ち、その中から白い衣を纏った柔和な顔の女神──≪神聖魔皇后セレーネ≫がその姿を現す。

 

「リンク召喚に成功した≪セレーネ≫の効果発動! お互いの場・墓地の魔法カードの数だけ自身に魔力カウンターを置きます! また場の永続魔法≪憑依覚醒≫の効果により元々の攻撃力が1850の魔法使い族が特殊召喚されたので、デッキから1枚ドローする効果も発動!」

 

 展開と同時に手札も確保してきたか、と恭子が身構える。

 未だ通常召喚権も残っているため、ここからさらに展開してくるだろうと推測する──

 

「さらに≪憑依覚醒≫の効果発動にチェーンして、手札を1枚捨て速攻魔法≪精霊術の使い手≫を発動! デッキから【霊使い】モンスター、【憑依装着】モンスター、【憑依】魔法・罠の内2種を選び1枚を手札に加え、1枚をセットします! そして罠カード≪積み上げる幸福≫を発動! チェーン4以降に発動でき、デッキから2枚ドローします!」

「──っ、ここで畳み掛けてくるか…!」

 

 ──が、想定以上の動きを仕掛けてきたことに恭子は警戒と同時に高揚を感じた。

 一気にカード・アドバンテージの差を広げられ、モンスター・魔法・罠カードを駆使して展開され、下手をすれば敗北するかもしれない。

 だが逆に今まで決して表舞台に出てこなかった決闘者がどのような手を打ってくるのかという期待も胸中にはあった。

 

「逆順処理で≪積み上げる幸福≫の効果で2枚ドローし、≪精霊術の使い手≫の効果でデッキから≪憑依装着-ヒータ≫を手札に加え、罠カード≪憑依解放≫をセット。≪憑依覚醒≫の効果で1枚ドローし、≪セレーネ≫の効果により互いの場・墓地の魔法カードの数、6個の魔力カウンターを自身に置きます!」

 

 効果解決前に2枚だった黒葉の手札はドローとサーチにより一気に6枚へ。

 さらに罠カードをセットしたことで次ターンのカバーも確保。

 敵ながら見事なプレイングだ、と恭子は内心で感服する。

 

「≪セレーネ≫の効果発動! 1ターンに1度、自分場の魔力カウンターを3個取り除き、墓地から魔法使い族1体を自身のリンク先に守備表示で特殊召喚! 墓地の≪憑依装着-エリア≫を蘇生! そして手札から≪憑依装着-ヒータ≫を召喚!」

「今度はエリ君とヒヨリ君か…」

 

 次いで姿を現すのはライブで共演した青と赤。

 前者は控室で会った時は気だるげだったが、今は隣の赤──≪ヒータ≫同様にやる気に満ちた眼差しを黒葉に向けてから、()る気に迸った眼光を恭子に向けていた。

 

「私は≪憑依装着-エリア≫と≪カグヤ≫をリンクマーカーにセット! 召喚条件は水属性モンスターを含む2体! リンク召喚! 現れて、リンク2! ≪清冽の水霊使いエリア≫!」

 

 そしてその()る気は状況にも現れる。

 守備表示だった≪憑依装着-エリア≫をリンクモンスターとして新たに出すことでアタッカーへ。

 さらに場の属性は4種類となり、永続魔法≪憑依覚醒≫の効果でその攻撃力は1200アップの3050。

 並の下級やリンク2のモンスターがランク1位のエースモンスターの攻撃力を超えてきたことに恭子は一種の尊敬さえ抱く。

 

「手札から≪ジゴバイト≫と≪ランリュウ≫を特殊召喚! この2体は場に魔法使い族がいる時に手札から特殊召喚できます! さらにこの2体をリンクマーカーにセット! 召喚条件は風属性モンスターを含む2体! リンク召喚! 現れて、リンク2! ≪蒼翠の風霊使いウィン≫!」

「これで〈エレメンツ〉が揃ったか……」

 

 最後に姿を現すはフウコこと≪蒼翠の風霊使いウィン≫。

 黒葉の場に霊使いが揃い、それぞれが険しい眼差しで恭子を見やる。

 

「ま、まだです! 手札からフィールド魔法≪大霊術‐一輪≫とペンデュラムゾーンに≪ダーク・ドリアード≫を発動します! ≪大霊術≫の効果で私の場に守備力1500の魔法使い族がいる場合、1ターンに1度、相手が最初に発動したモンスター効果を無効にし、≪ダーク・ドリアード≫のペンデュラム効果で私の地・水・火・風属性モンスターの攻撃力は属性の種類×200ポイントアップします!」

「効果無効と属性の種類×200ポイントアップか──むっ?」

 

 黒葉がトドメとばかりに使ったカード2枚に恭子は首を僅かに傾げた。

 効果無効は厄介だが、説明の限りでは最初に適用される強制効果なので順番さえ間違えなければ良い。

 攻撃力上昇も種類の数×200ポイントなので大した上昇量ではない──と思いかけたが、改めて場の状況を冷静に見る。

 

 黒葉の場には、

 光属性の≪神聖魔皇后セレーネ≫、

 地属性の≪憑依装着-アウス≫、

 水属性の≪清冽の水霊使いエリア≫、

 炎属性の≪憑依装着-ヒータ≫、

 風属性の≪蒼翠の風霊使いウィン≫、

 合計5体5種類の元々の攻撃力1850のモンスター。

 

 魔法・罠ゾーンの≪憑依覚醒≫の効果で場のモンスターの攻撃力は属性の種類×300ポイントアップ。

 ペンデュラムゾーンの≪ダーク・ドリアード≫のペンデュラム効果で攻撃力はさらに×200ポイントアップ。

 その上昇値の合計は──2500。

 

「こ、これで私の場の≪セレーネ≫は攻撃力3350! ≪アウス≫、≪エリア≫、≪ヒータ≫、≪ウィン≫の4人は攻撃力4350です!」

「──っ、攻撃力4000超えが4体だと…っ!?」

「それだけではありません! 永続魔法≪憑依覚醒≫の効果により4人はカード効果では破壊されません!」

「ぐっ…!」

 

 自身のエースたる≪メテオニス=DRA≫の攻撃力4000を上回るステータスが4体。

 元が下級モンスターのアタッカーとは思えないほどの攻撃力に、恭子は焦りと驚きが混じった声色で唸る。

 さらにはカード効果による破壊も不可能という、今の恭子の状況では手も足も出ない。

 

「≪アウス≫を攻撃表示に変更し──バトルっ! 先ずは≪セレーネ≫で直接攻撃します!」

「──っ、戦闘ダメージ計算時に罠カード≪パワー・ウォール≫を発動! 戦闘で発生する私への戦闘ダメージが0になるよう500ダメージにつき1枚、自分のデッキの上からカードを墓地へ送る! よって7枚のカードを墓地へ!」

 

 ≪セレーネ≫が恭子に向けて光弾を放つのと同時に、恭子はデッキの上から7枚がデュエルディスクから自動的に排出、それらを流れるような手つきで墓地へ送り3350のダメージを回避。

 墓地へ送られたカードの中に逆転の芽となる≪リミッター解除≫や≪死者蘇生≫といった強力な魔法・罠カードが多数混ざっていたことに恭子は目を細めるが、墓地に送られたカードの中に期待していたカードがあっため内心安堵する。

 

「続けて≪アウス≫で直接攻撃!」

「墓地の≪超電磁タートル≫の効果発動! 自身を除外し、バトルを終了させる!」

「無駄です! フィールド魔法≪大霊術-一輪≫の効果により≪超電磁タートル≫の効果の発動は無効となります!」

「わかっていたさ! 続けて罠カード≪戦線復帰≫を発動! 自分墓地のモンスター1体を守備表示で復活させる! 復活しろ≪サイバー・ラーバァ≫!」

「うっ…!」

 

 効果発動、無効、カード発動と、効果の応酬で恭子は墓地からモンスター1体を復活。

 壁モンスターの召喚を許してしまったことに黒葉の顔が僅かに歪むが、それでもたかが1体。

 残り3人の攻撃力4350の攻撃を耐える術はないハズだと、顔を引き締める。

 

「な、なら≪アウス≫で≪サイバー・ラーバァ≫に攻撃!」

「≪サイバー・ラーバァ≫の効果発動! 自身が攻撃対象にされた時、このターンの戦闘ダメージを0にする!」

「えっ!?」

「さらにこのカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから同名モンスターを特殊召喚する! 現れろ! 2体目の≪サイバー・ラーバァ≫!」

 

 しかしその目論見も1体の下級モンスターの効果で阻まれてしまう。

 ただ攻撃対象になっただけでそのターンの戦闘ダメージを全て0にした上、同名モンスターのリクルート効果を持つなど何てモンスターだ、と黒葉は顔を顰める。

 

「じ、じゃあせめてそのモンスターをデッキからなくします! ≪エリア≫で2体目の≪サイバー・ラーバァ≫に攻撃!」

「破壊された2体目の≪サイバー・ラーバァ≫の効果で3体目の≪サイバー・ラーバァ≫を特殊召喚!」

「≪ヒータ≫で3体目の≪サイバー・ラーバァ≫に攻撃!」

「破壊される──これ以上の攻撃は無意味だな…」

「うっ……わ、私はカードを1枚セットします…」

 

 ≪ウィン≫にも攻撃権が残っていたが、ダメージを与えられないのでは攻撃する意味がない。

 恭子の言葉通り無意味なプレイングとなるため、黒葉は最後に残った手札をセットしてターンを終えた。

 

 このターンで決めきれなかったことで黒葉に焦燥感はあるが、場の状況を見てすぐに杞憂に終わる。

 黒葉の場には攻撃力3350の≪セレーネ≫と攻撃力4350の≪アウス≫、≪エリア≫、≪ヒータ≫、≪ウィン≫が顕在。

 フィールド魔法≪大霊術-一輪≫でモンスター効果の発動を無効。

 ≪憑依覚醒≫で攻撃力の上昇とカード効果による破壊はされず。

 セットされている≪憑依解放≫で戦闘でも破壊されず。

 ペンデュラムゾーンの≪ダーク・ドリアード≫でさらに攻撃力を上げ。

 残りの1枚で相手のカードを除去できるのだ。

 黒葉自身としては完璧な布陣を敷くことができたと自負している。

 手札こそないものの、ライフポイントは恭子相手に無傷の8000。

 

 対して恭子の場にはフィールド魔法の≪竜輝巧-ファフニール≫とセットカード1枚のみ。

 手札はなく、ライフポイントこそ8000のまま。

 

 8枚ものカード・アドバンテージ差が開いているこの状況であれば、負けることはないだろうと黒葉は安堵する。

 しかも相手は国内ランク2位の最上位(トップランカー)

 よもや自分のようなプロどころかアマチュアですらないデュエリストがここまでできたことに自信もつく。

 

(……あれ?)

 

 ──っと、そこまで考えたところで黒葉は冷静になる。

 自信がつく?

 誰を相手に?

 ランク2位だ。

 国内で2番目に強いデュエリスト相手にだ。

 

 むしろこれは自信がつくとかそういうレベルではないのでは、と。

 そう考えると冷静から一転、謎の悪寒や勝ってしまって良いのかという罪悪感さえ覚えてしまう。

 1人ワタワタとしている最中、ふと自分の場に視線を移す。

 

 そこには自分がいつも舞台裏から見ている、いつもの4人の姿。

 今後の未来が懸かっているためチラリと見える表情こそ普段よりも険しくなっているが、それでもいつもライブで楽しんでいる時のような歓びが見てわかる。

 

(何でみんな──あぁ、そっか…)

 

 その瞬間、黒葉は気付く。

 

 廃棄される予定だった4人のカードを半ば持ち逃げのように退職した時は、純粋に4人がこれ以上傷つく姿を見たくなかった。

 本来であればデュエルモンスターズのカードとして生まれ、今のデュエルのように華々しく闘えていたことだろう。

 それを黒葉のエゴで4人をカードとして扱うことは決してせず、だが4人のことを認めさせたいと思いアイドルにした。

 4人も黒葉の意志を尊重し、アイドルとしての仕事をこなし、その内容も4人にとってはカードとしては得難い経験だったため嬉々として従事できた。

 

 しかし、本来の性分はやはりデュエルだ。

 現に4人の顔はこのデュエルの勝敗による未来よりも、今こうして闘うために在るというだけで満足気な表情。

 

(もっと早く気付けばよかったな…)

 

 呆れと悔いが混ざった胸中で、黒葉は自分の両頬を軽くパンっと叩いてから恭子を見据える。

 その眼差しは先程までのどこか小動物のように怯えたそれではない。

 1人のデュエリストとして、相対する者を見る目だ。

 

「ふむ……何があったかはおおよそ察しがついたが、私のターンで良いかな?」

「はい、今の私には手札もありませんし、今できることはしました。ターンエンドです」

「──良い目だっ…! 私のターン、ドローっ!!」

 

 相対されるデュエリストとして応えない訳にはいかない、と恭子はデッキから勢いよくカードを引く。

 引いたカードはこの状況では全く使えない死に札だったが──恭子の口角が上がる。

 これでセットされている死に札が息を吹き返す、とドローカードを豪快にデュエルディスクに叩きつけた。

 

「速攻魔法≪サイバネティック・フュージョン・サポート≫を発動ッ! ライフを半分の4000払い、このターン、機械族の融合モンスターを融合召喚する場合に1度だけ、その融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを自分の手札・場・墓地から除外し、融合素材にできる!」

「──っ、その発動にチェーンして永続罠≪憑依解放≫を発動! 私の場の【霊使い】は戦闘では破壊されず、場のモンスターが破壊された場合、そのモンスターとは元々の属性が異なる守備力1500のモンスター1体をデッキから表側攻撃表示か裏側守備表示で特殊召喚します!」

 

 使用されたカードに合わせて黒葉は即座にリバースカードをオープン。

 強力な融合モンスターを出されようと、耐性さえあれば4人は破壊されないし今のステータスなら負けることもない。

 また恭子の手札は0枚だが、何らかのドローで手札を増やされた場合、今の内に発動しなければ発動を許さずに破壊する≪ナイト・ショット≫や手札に戻す≪ポルターガイスト≫を使われる可能性も0ではない。

 

「残念だが私の目的はこっちだ! 罠カード≪活路への希望≫を発動ッ! 相手ライフより1000以上少ない場合に1000払って発動できる! 相手とのライフ差2000につき1枚ドローできる! ライフ差は5000! よって2枚ドロー! 次いで速攻魔法≪魔力の泉≫を発動! 相手の表側表示の魔法・罠カードの数だけドローし、その後自分の表側表示の魔法・罠カードの数だけ手札を捨てる! よって4枚ドローし2枚捨てる!」

「──っ!?」

 

 予想こそしていたが何てドローだ、と黒葉はこの土壇場で恭子が0枚だった手札を3枚まで増やすドロー力の強さに舌を巻く。

 しかしまだ場には≪大霊術-一輪≫で効果モンスターの妨害はでき、【憑依】魔法・罠カードで守りも万全。

 さらに≪魔力の泉≫のデメリットで自分の魔法・罠は破壊されず、発動と効果も無効化されないオマケ付だ。

 この状況で負ける要素はない、と勝利を確信した黒葉の表情は崩れない。

 

「手札から≪サイバー・ドラゴン・コア≫を召喚し、効果発動! デッキから【サイバー】または【サイバネティック】魔法・罠カード1枚を手札に加える!」

「≪大霊術-一輪≫の効果! 相手の効果モンスターの効果の発動を無効にします!」

「ならば手札の≪竜輝巧-ラスβ≫をリリースし、墓地の≪竜輝巧-エルγ≫を特殊召喚! このカードが自身の効果で特殊召喚に成功した時、墓地の同名以外の攻撃力2000の【ドライトロン】1体を復活させる! 蘇れ、≪ラスβ≫!」

 

 最初に≪大霊術-一輪≫の効果で無効化した(・・)──否、無効化された(・・・)ことにより恭子は本命のカードの発動のために動く。

 対して恭子はこのタイミングでリバースカードを発動させようか逡巡し、沈黙を選択。

 得てしてデュエルモンスターズでは展開前に潰すか、展開後に潰すかでプレイングが分かたれる。

 前者であれば耐性持ちのモンスターを出す前や、低ステータスモンスターを晒した状態にでき。

 後者であれば大量にカードを消費させたことで、無防備な相手を攻めることができるメリットがある。

 デュエリストの数だけプレイングは異なるが、黒葉は後者を選択。

 恭子の≪DRA≫は魔法・罠カードに対する耐性がないため、出てきたところをこのリバースカードで葬れば良いのだ、と黒葉は自分に言い聞かせる。

 

「場の≪ラスβ≫の攻撃力を1000下げ、墓地の≪流星輝巧群≫の効果発動! 自身を墓地から手札に加える! さらに≪ラスβ≫をリリースし、墓地の≪ルタδ≫を特殊召喚! このカードが自身の効果で特殊召喚に成功した時、手札の儀式モンスターか儀式魔法を公開することで1枚ドロー!」

 

 恭子は再度【ドライトロン】カードの各種効果を使い順調に場と手札のカードを増やす。

 これで場には≪サイバー・ドラゴン・コア≫と≪エルγ≫に≪ルタδ≫の3体のモンスター。

 手札は儀式魔法の≪流星輝巧群≫を含めて3枚のカードがある。

 そして≪ルタδ≫の効果でドローしたカードを一瞥し──恭子の口角が上がった。

 

「手札から儀式魔法≪流星輝巧群≫を発動ッ! 自分の手札・場の機械族モンスターを儀式召喚するモンスターの攻撃力以上になるようにリリースし、手札・墓地から儀式召喚を執り行う!! 私は場に居る攻撃力2000の≪エルγ≫と≪ルタδ≫をリリース! 黒天より再びその姿を現せッ! 儀式召喚! 再臨せよ! レベル12!! ≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫ッ!!」

 

 墓地より蘇るは恭子のエースたる竜機人の≪メテオニス=DRA≫。

 先のターンでは罠カードにより一瞬で対象したが、≪流星輝巧群≫さえあれば墓地からでも儀式召喚が可能。

 攻撃力こそ4人の【霊使い】・【憑依装着】には敵わないが、残っている恭子の2枚の手札で状況を一変できる力はある。

 さぁここから逆転だ、と恭子が意気込み──

 

「≪メテオニス=DRA≫が儀式召喚に成功した時、罠カード≪風林火山≫を発動っ!! 自分場に風・水・炎・地属性モンスターがフィールドに全て存在する場合、4つの効果から1つを選んで適用します! 私は──相手フィールドのモンスターを全て破壊する効果を選択っ!!」

「──っ、」

 

 ──再び≪メテオニス=DRA≫の破壊が確定した。

 場の≪ウィン≫・≪エリア≫・≪ヒータ≫・≪アウス≫の4人が杖の先端を合わせ、杖先に4色の光が生まれる。

 それらが螺旋を描くように直上に昇ったかと思えば、それが花火のように弾けて無数の光弾へ変化した。

 4色に彩られた光弾は雨嵐の如く≪DRA≫と≪サイバー・ドラゴン・コア≫を襲い、そのブルーメタリックボディとシルバーボディに蜂の巣のような無数の穴が空く。

 バチバチと内部機械がショートを起こし、惜しむ声を上げる間もなく2体の機械竜は爆散。

 大爆発と共に轟音が発生し、爆風が恭子と黒葉を襲う。

 

 時間にして数秒から数十秒、爆風が止み、土煙が晴れるとそこには当然の結果のみがあった。

 黒葉の場には【霊使い】を含む5体のモンスター。

 恭子の場には機械竜の残骸とも言うべきスクラップの山。

 

「──やった…っ!!」

 

 目の前の光景に黒葉は無意識の内に右手を握り締めていた。

 相手のエースモンスターを自分が愛するカードを使って倒せたのだ。

 しかもそれが国内ランク2位ともなればその興奮は推し量れない。

 今まであれだけ毛嫌いしていたデュエルなどどこに行ったのか、その内心はまるで小児のように浮かれていた──

 

「──それはどうかな」

「……えっ?」

 

 ──しかし、エースを破壊された恭子が発した声は落胆でも、無念の声色ではない。

 むしろ、真逆。

 

 勝利を確信した、それである。

 

「私は墓地の≪バンα≫、≪ラスβ≫、≪エルγ≫、≪ルタδ≫、≪アルζ≫、≪DRA≫、≪サイバー・ラーバァ≫3体、≪サイバー・ドラゴン・コア≫の10体をゲームから除外し、このカードを手札から特殊召喚する! 現れろォ!!」

 

 恭子の背後に半透明で実体化した数多の機械竜が屋外ステージの夜空を彩るように昇り、遥か彼方へと飛翔していく。

 闇色の空に吸い込まれるように消えていき、その姿が砂粒ほど小さくなったところで、一瞬だけ黄金の光が灯る。

 金色の光はまるで隕石の如くステージへと急降下。

 姿形がハッキリと視認できる距離、およそ上空10メートル程度の位置まで来た時にその全貌に黒葉は大きく目を見開く。

 

 先ず目を引くのが巨大な機械竜の頭。

 次いでその額に在る機械龍の頭首。

 そして周囲に浮かぶ9の機械竜頭。

 

 公式の場では滅多に姿を現すことのない、恭子の≪サイバー・エンド・ドラゴン≫、≪キメラテック・オーバー・ドラゴン≫に次ぐ第3のエース──

 

「≪サイバー・エルタニン≫ッ!!」

 

 ──≪サイバー・エルタニン≫。

 

 その異様にして威容な姿を目にした黒葉は思わず身構える。

 あくまで一般的な範囲でしか恭子の使用カードがわからないのだ、どんなステータスでどんな効果を有しているのか現時点で黒葉にとっては未知数。

 だが、戦闘・効果による破壊耐性を得ている4人を倒すことはできない、と半ば強がりのように≪サイバー・エルタニン≫を見据える。

 

「≪サイバー・エルタニン≫の効果発動ォ!! このカードが特殊召喚に成功した時、このカード以外のフィールドのモンスターを全て墓地に送るッ!!」

「ざ、残念ですが私のモンスターは≪憑依覚醒≫でカード効果では破壊されませんっ!!」

「残念だが、≪サイバー・エルタニン≫の効果は破壊ではないッ! 墓地に送るだッ!! よってカード効果で破壊耐性があろうと、墓地に送られるッ!!」

「なっ──っ!?」

 

 『そんなピンポイントで私の布陣を突破するの!?』と声を上げる間もなく、≪サイバー・エルタニン≫の周囲に浮いていた9の機械竜頭が一瞬にして黒葉のフィールド直上へ移動。

 大顎を開き、その口内にはバチバチとプラズマ粒子が咆哮の時を待ち──

 

「コンステレイション・シージュッ!!」

 

 ──恭子の命令と同時に9つの咆哮が奔流となって黒葉の場に降り注ぐ。

 先の≪風林火山≫と同等の爆発が起こり、再度ステージが土煙に覆われる。

 その爆風に黒葉は身構え、数秒としない内に視界が開けるが、瞳に映るのは空虚となった自分フィールド。

 

「あぁっ…!」

「……≪サイバー・エルタニン≫は自分場・墓地の光属性・機械族を全て除外しなければ特殊召喚できず、除外した数×500ポイントが自身の攻守となる。よって攻撃力・守備力は共に5000だ」

 

 自身の愛するモンスターが居なくなった動揺、相手が自分以上にステータスの暴力で攻めてきたことに対する恐怖。

 そんな黒葉の様子に恭子は少しばかり目を細めるが、あくまでも自分はデュエリスト。

 ならば全力を以て相手をするのが礼儀だ、とばかりに最後に残った手札に指をかける。

 

「手札から速攻魔法≪マグネット・リバース≫を発動。自分の墓地・ゲームから除外されている機械族・岩石族の通常召喚できないモンスター1体を特殊召喚する。帰還せよ、≪メテオニス=DRA≫」

 

 都合3度目。

 恭子の場に再々度現れる最新のエース≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫が出現。

 儀式召喚ではないので全体攻撃効果はないが、現状では意味がない。

 そもそも全体攻撃する相手が居ないので、今回は純粋にステータスによる圧倒的な力で制圧するだけなのだ。

 攻撃力5000の≪サイバー・エルタニン≫と、攻撃力4000の≪メテオニス=DRA≫。

 壁となるモンスターも、攻撃を防ぐリバースカードも、手札で発動するカードも存在しない。

 その結果は、自ずとわかってしまう。

 

「バトル。≪サイバー・エルタニン≫と≪メテオニス=DRA≫で直接攻撃。ドラコニス・ゴルド・ブライトネス」

 

 銀色の巨大な機械竜頭と、蒼穹の竜機人が互いの砲を黒葉に向け、無感情な機械的に放つ。

 金色に輝く機械竜の咆哮が奔流となり、それが黒葉を飲み込んでいく。

 

 最後に、デュエル終了を告げるブザー音が機械的に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 デュエルが終わり、黒葉はその場にペタンと座り込んでしまう。

 無理もない、初めてのデュエルの相手がランク2位。

 しかも自分達の今後を懸けたデュエルであり、最終的には巨大にして威容な機械竜2体の直接攻撃を受けたのだ。

 これで気丈に振舞える方が異様というもの。

 

 そんな黒葉に恭子はゆっくりと歩み寄り、眼前のところで静止。

 その表情は厳しさと威圧を持ったそれ──ではなく、満足気で、どこか柔和さを感じられる表情。

 

「ふむ……その顔を見る限り、これ以上の節介は不要そうだな」

「……そうですね。今度は、ちゃんと。胸を張って私の──いえ、私たちを観てもらえるようにします」

「その答えが聞けただけで充分だ。先のデュエルの音で誰か物好きが来るかもしれないので、早めに出ることを勧める」

「いえ、このままで。もう少し──デュエルの余韻に浸りたいので…」

「──そうか。では、また(・・)会える日を楽しみにしている」

 

 それだけ言うと恭子はそのまま踵を返し、出入口へと足を進めようとし──

 

「ん?」

 

 ──止まる。

 背中からの視線を感じ、振り向いてみるとそこには〈エレメンツ〉──否、【霊使い】の4人が実体化していた。

 4人全員が恭子に声をかけようとしてはいるが、どうにも踏ん切りがつかないのか袖口を引っ張ったり、指先を合わせたり、内腿を擦り合わせたりと落ち着きがない。

 恭子はそんな4人を見て小さく苦笑すると、朗らかな笑みを浮かべながら口を開く。

 

「良いデュエルだった。君たちにもまた(・・)会える日を楽しみにしているよ」

「──っ、あっ、ありがとうございますっ!」

 

 恭子の言葉に真っ先に反応した≪アウス≫はペコリと頭を下げ、口ごもりつつも感謝の言葉を述べ。

 

「……次は負けない」

「おう! 今度は黒葉が──いや、アタシらが勝つからな!」

「もっと強くなってきますからね!」

 

 次いで≪エリア≫、≪ヒータ≫、≪ウィン≫の順で恭子に啖呵を切る。

 少女達の想いの強さに、恭子は微笑を浮かべながら再度踵を返す。

 

 恭子自身、機械族使い故に自分のカードと真っ当なコミュニケーションが取れないため、黒葉と【霊使い】ら彼女の強い信頼関係は見ていて羨ましい限りだ。

 カードに対する想いと、カードから想われることによって生まれる絆の強さは自分自身と、最上位(トップランカー)の面々から既にわかっている。

 いつになるかはわからないが、黒葉は確実に表舞台に出てくるだろう。

 そしてもしまた自分とデュエルする機会があれば、今度は純粋に勝負を楽しみたい。

 胸中にそんな想いを抱きながら、恭子は静かに歩を進めていった。

 

 

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

 

 

「──恭子、〈エレメンツ〉と何かやらかした?」

「何のことだ龍姫」

 

 数週間後、カフェテリアには最上位(トップランカー)2人の姿がそこにあった。

 片や1杯3000円のブルーアイズ・マウンテンを味わい。

 片や1杯800円弱のブレンドに口をつける2人。

 

「だって恭子との共演の後に〈エレメンツ〉が急に活動休止したかと思ったら、実際はデュエルモンスターズのカードでアイドル活動してましたって会見があったんだから、恭子が何かやらかしたのかと思って」

「何故やらかしたと決めつける…」

「だって恭子だし」

「鏡に向かって言ってるのか?」

「失礼な」

「それはこっちの台詞だ」

 

 ハァ、とため息を零しつつカップに口をつける恭子。

 さほどコーヒーの味に頓着がないため、ただ純粋にその暖かさを味わい、一拍置いてからソーサーへと戻す。

 下アゴに手を当て、少しばかり勿体ぶった表情をしつつ、口を開く。

 

「そうだな、1つ約束はしたか……また(・・)会おうとな…」

「……そういうこと…」

 

 恭子の言葉に察しがついた龍姫は自分もブルーアイズ・マウンテンに口をつけ、その芳醇な香りを楽しむ。

 相変わらずお節介焼きな親友(ライバル)だなぁと思うと同時に、少し羨ましいとさえ感じる龍姫。

 いつの日か、自分もそういった運命的なやり取りをしたいものだ、と胸中に抱きながら、今はただこのゆったりとした時間を満喫する。

 

 




ドライトロンの未判明がもう1体の儀式モンスターだと判明したのでもう1本書きます。
流石に発売日後になりそうです…


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ドライトロンVSイビルツイン①

とりあえず早急に前半を。
前回同様、今回はデュエルまでの導入になりますので、デュエルは後半からです。
導入が長くなってすまない…本当にすまない…。


 〈機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)〉の本社にある地下プラクティスフィールド。

 ここは〈機械仕掛けの神〉に所属しているプロデュエリストが利用できる施設で、その内容は他社とは少々毛色が異なる。

 通常のデュエルモンスターズ専門企業であればデュエル用のデュエルフィールド、体を鍛えるトレーニングルームがある程度。

 しかし何故か〈機械仕掛けの神〉のそこには──

 

「うーん……これだと少し違うなぁ。黒に赤の挿色だとダークヒーロー感が……もう少し赤を暗くして、あとはモールド部分を金色にすれば何とか…」

 

 ──作業部屋があった。

 何の作業部屋だと〈機械仕掛けの神〉のデュエリストに疎い者であれば思うだろうが、慣れている者であればそれを見てすぐに納得する──

 

「よしっいい感じ。あとはホルダーをこのパーツと差し替えて──展開時には積層パネルが3段変形合体するギミックを仕込んで──起動コードはこれで──できたっ! ボクの新しいデュエルディスクっ!」

 

 ──デュエルディスクの『改造』専用の作業部屋だと。

 

 別にプロデュエリストが自身のデュエルディスクに拘りを持つことは珍しい話ではない。

 現にランク9位の橘田龍姫であればデッキホルダー部分が竜の咢を模し、ディスク部分は竜翼に似せたファンタジーなデザイン。

 同じくランク2位の藤島恭子であれば各種パーツが全て白銀色に輝き、最近は【ドライトロン】を模して群青色のラインを追加するなど。

 

 その中で特にデュエルディスクの改造に拘るのが〈機械仕掛けの神〉のプロデュエリスト達だ。

 ある者は展開時にヘリコプターのローターのようにディスク部分を回転させるギミックを施し。

 ある者は早撃ち(クイック・ドロー)の要領で回転式拳銃型ディスクを引き抜き装着変形する機構を。

 またある者はバイクに乗ってフィールド入り、デッキセットと同時にケンタウロスを彷彿とさせる姿へ変形合体するも、敗北時に派手に転倒し腰痛を患うなど様々だ。

 

 だが改造が許されるのはあくまでも外観のみであり、中身を改造しようものなら規定により厳しい罰則が科せられる。

 軽いものでもシーズン参加権はく奪、重いものであればプロ資格を失うことさえあるのだ。

 もっとも、デュエルディスクは起動時に必ずオンライン接続し常に最新情報へアップデートされるのでそう易々と改造できるものでもないが。

 

 閑話休題。

 作業部屋に居る小柄な少年──のような青年。

 年齢の割には童顔で、傍から見れば中学生と見間違われそうな彼も〈機械仕掛けの神〉に所属するプロデュエリスト。

 彼自身、幼い頃から機械族に愛され、機械族を愛してデュエルをしていた影響か、現実の機械にも詳しい。

 養成所時代から控え目──とは程遠い派手な改造を施しては偉大なる大先輩の雷を受けるも、自分もデッキのカードも観客も喜んでいるのなら、とすっかりデュエルディスク改造にもハマってしまった。

 それ故、プロとして念願の〈機械仕掛けの神〉に所属できたとなれば、ここは彼にとっての楽園(エデン)

 イベントや大会のない日は昼夜を問わず訪れ、ディスクの改造に精を出し、たまたま訪れる先輩方とデュエルするだけでも幸せなのだ。

 今も新たに次の仕事用にデザインした累計31個目の改造デュエルディスクをうっとりとした目で眺め、時に頬擦りするなどまるで新しい玩具を手に入れた幼子のよう。

 

「早くコイツを試したいなぁ……ヨシっ! デュエルフィールドに行けば誰か居るかもしれないし、ちょっと行ってみよっ!」

 

 幼子故、行動も早い。

 青年はその小柄な体で自信作の''巨大な''デュエルディスクを抱えて作業部屋を飛び出す。

 その顔は不安など微塵も感じさせない、明るい未来への期待に満ちた、夢見る少年のように眩しいものであった。

 

 

 

 

 

(誰か居るかなぁ…?)

 

 いざデュエルフィールドへ足を運ぶものの、やや内向的な性格によるのか青年は出入口からこっそりと中を伺う。

 既に20:00を過ぎており、一般人であれば既に帰宅してもおかしくはない時間。

 この時間に会社に残っている者がいるとすれば、仕事が終わらずに残業しているか、残業代目当てにグータラ残業しているか、突発的な仕事を上司から無茶振りされその上司は既に夜のお店で享楽的な快楽にその身を委ねている姿を想像し、怨嗟の声を叫びながら残業しているかのいずれか。

 もしくは──

 

「バトルッ!! ≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫で特殊召喚された相手モンスター全てに攻撃ッ! ゴルド・ハンドレッド・ブライトネス──5連打(グォレンダァ)!」

 

 ──ひとえに研鑚している者。

 

 青年の瞳に映るは〈機械仕掛けの神〉の現最強デュエリストにして現国内ランク2位を誇る機械竜の使い手、藤島恭子。

 彼女はシミュレーションAIを相手にエースモンスターを出し、相手フィールドの戦線を維持していた機械兵を殲滅。

 多くはなかった相手のライフポイントが瞬く間に削り切られ、数値が0を告げると同時に実体化していたカードが消滅しデュエルが終了した。

 

(あっ、藤島さんだっ!)

 

 その様子を陰から見ていた青年は心なしか昂揚する。

 新人(ルーキー)である青年と、現役最上位(トップランカー)の関係は本来であれば青年にとって雲の上のような存在だ。

 しかし──

 

「……むっ、和戸君か。遅くまでご苦労」

「えっ──あっ、はいっ! お疲れ様ですっ!」

「そんなにかしこまらなくてもいい。君と私の仲だろう?」

「いやいやいやっ! かしこまりますよ! いくらデュエルフィールドで会う機会が多いからって、ボクにとって藤島さんは遥か上にいる人なんですから!」

「ふふっ、そう言ってくれると少し気恥ずかしさがあるな」

 

 ──その雲の上の存在が気軽で気さくに声をかけてくる。

 青年──和戸、と呼ばれた彼は嬉しさと恥ずかしさと困惑の表情を融合させ慌てふためく。

 年不相応な振る舞いだが、童顔であることが幸か不幸か不思議と似合う。

 

 そんな和戸の反応に恭子は苦笑するも、恭子は新人ながら和戸を高く評価しているのでフランクに接している。

 恩師であり先生であり上司でもある古賀曰く『藤島を天才とすれば、和戸は鬼才である』という言葉は〈機械仕掛けの神〉でも有名な話。

 恭子自身も和戸は新人ながらその汎用性・万能性・異常性についてはどこぞの誰か(ポンコツ竜姫)を彷彿とさせ、何故か他人のような気がしない。

 

 まるで弟のようにさえ思うとこがある、と考えていた恭子だったがふと視線を顔から少し下へ移すと違和感を覚えた。

 

 彼の腕に装着──ではなく抱えられている巨大な''それ''はあまりにも存在感が大きい。

 本来のデザインとしては奇怪にして歪。

 漆黒の外観に血のような黒混じりの赤いラインは暴力的だが、何故か好奇心がそそられる。

 一見すると棺桶を彷彿とさせるそれはデッキホルダー部分が露出しているおかげで、かろうじてデュエルディスクであると認識可能。

 

「……その、和戸君。君が持っているそれは──」

「はいっ!! これはさっき作った新しいデュエルディスクです!! 今は箱型(ボックス!)ですが、これが待機状態でして、デッキをセットすると同時に起動するんです!! すると先ずこのクリアパーツが赤く発光して、『standing by』の音声と同時に変形っ!! 積層パネルが左右にスライドしてフレームを展開っ!! 次いで中央板が90°回転して基礎となり、フレームと連結っ!! さらに収納されていたパネルが3段構造で展開されて──」

 

 つい聞いてしまったが最後。

 和戸はキラキラした目で実際にデッキをセットし、起動変形する様子を実演しながら早口で解説していく。

 ウィーン、ガシャン、ブッピガァン! カァオ! ピーピーピーボボボ、ドヒャア! と謎のサウンドエフェクトを発しながら展開されていくデュエルディスクは見ていて浪漫があることは恭子にもある程度理解している。

 

「そしてここっ! 最終的にデュエルディスクが自立待機状態となり、アーム部分の展開を維持したこの状態はさながら勇者を待つ聖剣の如く!!」

「う、うむ…」

 

 しかしそれはあくまでもある程度の理解。

 和戸のデュエルディスクに対する飽くなき情熱に一種のリスペクトさえ抱く恭子だが、流石にここまでやれとは言っていないし頼んでもいない。

 演出としてはありかもしれないが、ここまでデュエルディスクへ熱意を抱いていない恭子としては少々困惑。

 

「最後にっ!! このアーム部分に自分の腕を通せば、デュエルスタンバイっ!!」

 

[デュエル スタンバイ]

 

「ほらこの通り!! ──って、あれ?」

「あっ」

 

 ウッキウキでデュエル開始状態まで進めたところで突然の機械音声。

 2人同時に発する呆けた声。

 2機同時に起動するデュエルディスク。

 

「…………」

「……ふむ」

 

 実演解説をしていたが故の事故。

 シミュレーション直後にデュエルディスクを起動したままだったが故の偶然。

 2人はお互いの顔も見れないまま気まずそうな表情になるが、年長者らしく恭子が一言。

 

「折角だ和戸君。シミュレーション相手では物足りなかったからな、私のデッキのテストプレイに付き合ってもらう」

「──うぇっ!? の、望むところですっ! 全戦全敗していますけど、1回ぐらいは勝ってみせますっ!!」

 

 共にデッキからカードを5枚引くと同時に8000のライフポイントが立体表示。

 既に先攻・後攻も定められており、準備が完了したところでお互いを見据え、同時に口を開く。

 

「「デュエルッ!!」」

 

 今、現代最強の機械と未来最強の機械が激突する──

 

 

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

 

 

 ──そして決着。

 

「バトルッ! 攻撃力1万となった≪キメラテック・フォートレス・ドラゴン≫で直接攻撃だッ!!」

「ナメんじゃねぇっ!! 俺様はセットしていた罠カード≪パワー・ウォール≫を発ど──」

「ダメージステップ開始時、速攻魔法≪リミッター解除≫発動ッ! これで≪フォートレス≫の攻撃力は2万となるっ!」

「──っ、馬鹿なっ!? 攻撃力2万の≪キメラテック・フォートレス・ドラゴン≫だとぉ!!」

「攻撃力が2万になったことで、君の残りデッキを全て墓地に送っても≪パワー・ウォール≫ではダメージを軽減しきれん! これで終わりだッ! エヴォリューション・レザルト・アーティラリー!!」

「ぐっ──うぉおおおおおおぉぉっ!?」

 

 車輪のような体躯の機械竜≪キメラテック・フォートレス・ドラゴン≫のハイメガレーザーが和戸に直撃。

 加減はされているものの、2万もの攻撃力となった機械竜の咆哮による衝撃は凄まじく、和戸はその場で踏ん張るもあえなく浮遊。

 水平に吹っ飛ばされ、どんがらがっしゃーんと見学用のベンチに突っ込むと同時にデュエル終了のブザー音が鳴る。

 

「しまった……すまない和戸君っ! 大丈夫か!?」

「あいたたた……だ、大丈夫でーすっ」

 

 加減したハズが思いの外カードの実体化の強さを間違えたかと、恭子はすぐに和戸の方へ小走りに駆け寄るも、崩れたベンチの残骸から和戸はひょっこりと顔を出す。

 機械いじりが好きでインドア派と思われがちだが、彼もプロとして体は鍛えているのでこの程度の衝撃では擦り傷すら負わない。

 それどころか自分のデュエルディスクにキズやへこみがないかチェックする余裕まである。

 

「ふむ、確かに怪我はなさそうだな……掴まりたまえ」

「あっ、はい。ありがとうございますっ」

 

 大きな怪我がないようで恭子はホッとその豊満な胸を撫で下ろす。

 同時に尻もちをついている和戸に手を差し出し、その小柄な体をデュエリスト特有の細い豪腕で引っ張り上げて立たせた。

 

「少し力が入り過ぎてしまったようだ、すまない」

「いえいえそんなっ! むしろボクの方こそデュエルしてくれてありがとうございますっ! お陰で自分のデュエルディスクも試せましたし、藤島さん相手にそこそこ(・・・・)できるようになったので自信がつきましたっ!」

「……うむ、それならば何よりだ」

 

 恭子は『どこがそこそこ(・・・・)だ!』と叫びたくなるも、ぐっと抑える。

 先のデュエルは確かに結果を見れば恭子の勝利だが、恭子としては自分で''禁じ手''としていた同門への≪キメラテック・フォートレス・ドラゴン≫まで出させたのだから、多少の自信どころかもっと誇ってくれとさえ思う。

 

「やっぱり藤島さんは強くてカッコ良いし、デュエルしていて楽しかったです! 本当にありがとうございますっ!」

「う、うむ…」

 

 しかし当の本人はデュエル中(・・・・・)の顔とは違い、今はすっかり憧れの人物を目の前にするそれ。

 満足気な表情に水を差すのも悪いと思い、恭子は苦笑いを浮かべる。

 

「あっ、そういえば藤島さんって、明後日の21:00って何か予定ありますか?」

「明後日の21:00? いや予定は入っていないが…」

「そうなんですね。実はボク、明後日に〈ヴァーチャル・ビジョン〉で生配信コラボがあるんですよ。良かったら見学に来て頂けないかなと思いまして」

「ほう、生配信か。面白そうだ、その時間は空いているから是非とも見学に行こう」

「やったっ! コラボの時はカッコ良く決めるので期待して下さいねっ!」

「……うむ、期待している…」

 

 中学生のような青年が瞳をキラキラさせながら話している姿は、さながら『今度大会出るからしっかり見てね!』という知人に自分の雄姿を見せんとする微笑ましいものだ。

 しかし恭子としては先のデュエルから『カッコ良く…?』と和戸に対してクエスチョンマークが3つぐらい頭に乗せるような状態へ。

 だがキラキラに目を輝かせている青年へ変に言葉をかけるのも憚られ、結局は無難に答える。

 

「あー楽しみだなぁ。早く明後日にならないかなぁ」

「…………」

 

 不安など微塵も感じさせない、希望の未来へ大勝利するかのような笑顔を見せる和戸。

 これだけ見れば、まさに養成学校を卒業したての新人デュエリストが新しいことに挑戦する微笑ましい光景だろう。

 

 だがこの時、和戸はおろか、恭子さえあんなことになろうとは思ってもいなかった。

 まさに想定外としか言いようのない、あんなことになろうとは。

 

 

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

 

 

「むっ、そろそろか」

 

 当日20:30。

 予定されていた開始時間は21:00だが、入場自体は1時間前からできる。

 今日は特に夜まで残る仕事がなかった恭子は、コラボイベント前に自室でデッキ構築とトレーニング、シャワーを済ませてからデスクトップPCの脇に備えられているVR専用ヘッドギアを装着。

 

「〈ヴァーチャル・ビジョン〉へのログインも久方ぶりだな」

 

 懐かしいと口ずさむも、昔は日常的にログインしたそれに慣れた手つきで操作。

 専用ソフトの起動と同時に意識が沈む。

 

 先ず目に映るは光の格子。

 さながら光のネットとも言うべきそれが恭子の視界一面に広がる。

 終わりの見えない壁にゆっくりと指で触れると、接触した部分が湾曲。

 奥へ続くトンネルのように格子は形を変え、恭子は誘われるようにその先へ進む。

 1歩1歩踏みしめるごとに現実の体から、電子世界の写し身(アバター)へと姿が転換。

 白銀の髪は白金に色を変え。

 飾り気のないドレススーツはモノトーンの軍服に。

 背は縮み、艶やかなスタイルはスレンダーなそれ。

 豊満な胸は変わらず。

 さながら≪閃刀姫-レイ≫を模した姿で恭子は仮想電脳空間へと降り立った。

 

 

 

 今彼女が居る場所は初期ログイン地点である中央広場噴水前。

 和戸のイベント会場の場所は現在地から徒歩で数十分程度の近場。

 本来であれば席取りで早急に向かう必要があったが、事前に和戸から指定席のチケットをもらっているので急ぐ必要はない。

 恭子は悠々と会場まで向かおうと足を動かし──

 

「──おっと」

「──ぅあっ!? ごめんなさい!!」

 

 ──その足が止まる。

 〈ヴァーチャル・ビジョン〉共通の初期ログイン地点のためか、時折こうしてログイン直後のプレイヤーとぶつかりかけることもままある。

 恭子は慣れたように衝突寸前で脇に避けようとしたが、当の相手の少女は視界一杯に愛らしさ皆無で凛々しさに極振りした≪閃刀姫-レイ≫の顔をした恭子が現れたものだから、後ずさろうとして足を滑らせてしまう。

 そこを恭子は慣れたようにさっと少女の背中に手を回し転倒を防止。

 自然なイケメンムーブに少女の胸はトゥンク…と、ときめく──

 

「あっ、ありがとうございま──あれ、恭子さん?」

「むっ? 君は……あぁ、月宮(つきみや)の……」

「はいっ! 妹の美夜(みや)です! 降夜(たかや)お兄ちゃんがいつもお世話になってますっ」

 

 ──ようなこともなく、その場でひょいっと恭子の腕から逃れて、天真爛漫そうな笑みを浮かべながら自己紹介。

 えへへ、と朗らかに笑う顔は年相応に眩しい。

 

「こちらこそ、と言っておこうか。こんなところで会うとは奇遇ではあるが……もしや君も同期の和戸君のイベントに?」

「和戸……あぁ、''(ばん)''ちゃんの苗字! そうですっ! 蛮ちゃんと''あやめ''ちゃんのコラボイベントの応援ですっ!」

「んんっ! ……ふむ、ならば目的は同じか。折角だ、このまま一緒に行こうか?」

「喜んでっ! えへへー、恭子さんと一緒だっ」

 

 途中、美夜の和戸に対する''蛮ちゃん''呼びに恭子は吹きかけたが、そこは大人として極めて冷静に咳払いで誤魔化す。

 以前から兄の降夜つながりで少なくはない回数顔を会わせてきた2人は、さながら久しぶりに会った従姉妹のように仲睦まじく歩を進める。

 

「そういえば私、蛮ちゃんとあやめちゃんに誘われて初めて〈ヴァーチャル・ビジョン〉にログインしたんですけど、ここってどんなところなんですか?」

「ふむ、直接的に言えば仮想空間(ヴァーチャル・スペース)だな。実際のデュエルではデュエリストがカードの実体化を行う都合、スタジアムやドーム等の広さがある場所でしかデュエルできないが、ここでは仮想空間だから、場所を気にせずデュエルできる利点がある」

「ほうほう」

「プロデュエリストはもちろん、セミプロやアマチュアのデュエリストが多く居ることが特徴だな」

「へぇーそうなんですねっ」

「また、リアルとは違い容易に自分の写し身たるアバターを変更できるので、一種のコスプレのようなもので楽しむのもありだ」

「あっ、だから恭子さんは≪閃刀姫-レイ≫になってるんですね」

「うむ。まぁ私の場合はリアルの姿だと目立つので、こうして顔以外をカードを模した姿の方が都合が良いんだ」

「なるほどー……うーん、私も≪魔界発現世行きデスガイド≫あたりにすれば良かったかも…」

「次からそうすればいいさ」

 

 適当に雑談しながら目的地へ進む2人。

 同じ方向に進む人も多く居るため、目的はおそらく同じなのだろうと察する恭子。

 期待している後輩にこれだけ多くの人が観戦するというのは先輩として嬉しいところがある。

 しかし同時に不安もあった。

 

(……和戸君、デュエルディスクだけに拘れば良いのだが…)

 

 和戸は平時とデュエル時では性格が大きく異なり、しかもパフォーマンスとしてリアルでのデュエルでもやたらコスプレしたがる、ちょっと困った面がある。

 それが今の自分のような≪閃刀姫-レイ≫や龍姫のアバターの≪ドラゴン・ウィッチ‐ドラゴンの守護者‐≫程度であれば良い。

 

 だが和戸は何故か変な方向に行く。

 ≪督戦官コヴィントン≫や≪古代の機械兵士≫のような人型ならまだわかる。

 何故か≪マシンナーズ・フォートレス≫のような戦車型や、原寸サイズの≪パーフェクト機械王≫といった謎のチョイスをする癖があるのだ。

 

 それをリアルではない、制約が存在しないなど和戸にとってうってつけの場でしかない。

 大人しくすることは不可能に近いと半ば諦めているが、せめて人型であってくれと恭子は静かに願い──

 

「そういえば今日は蛮ちゃんどんな格好だろうなー。リアルだと≪機械王≫はこの前やったし、≪灼銀の機竜≫もやったしなぁ」

「……そうか…」

 

 ──同期にまで悪癖が浸透していることに頭を痛めた。

 

 

 

 

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

 

 

 

 

 

 数十分後、2人は無事会場に到着。

 NPC係員にチケットを見せ、偶然にも隣席だったのでそのまま談笑しながら席へと着く。

 中央最前列という最も間近な場所で観戦できることは素直に喜ばしい。

 恭子は慣れたように会場の規模や周囲を見渡し、美夜は幼子のようなウキウキ気分で落ち着きなく開始を待つ。

 

「そうだ美夜君。和戸君の相手の──あやめ君、と言ったか? 彼女はどんなデュエリストなんだ?」

「あやめちゃんですか? あやめちゃんは私が居る〈グノーシス〉に所属してる子で、とっても真面目で良い子ですよっ! この間も私と16時間耐久デュエルに付き合ってくれましたし、お菓子作りが好きでいつも会う度に自作のクッキーとかマカロンとかアプフェルシュトゥルーデルとか差し入れでくれるんですっ!」

「(アプ…エクストレームトラウリヒドラッヘ?)ほぅ、家庭的で良い子じゃないか」

「そうなんですっ! 16時間耐久デュエルの時なんか泣いて喜んでましたし、お菓子もお店のものと同じくらいおいしいんですよっ!」

 

 うむうむ、と恭子はまだ見ぬ『あやめ』という人物に16時間耐久デュエルができる体力と集中力を有し、少女らしいお菓子作りが趣味というデュエリストにしては珍しい常識人だなと勝手に人物像を作る。

 たまたま彼女らの話を聞いた後ろの席に居る一般人は『泣いて喜んだんじゃなくて、泣いて許しを請ったの間違いじゃ…』と内心思ったが、触らぬ神に祟りなし、とばかりに介入するようなことはせずに静聴。

 大人しくイベント開始まで待つことにした。

 

 

 

 開始まで残り1分を切ったタイミングで会場内の照明が一気に消え、周りが暗闇に包まれる。

 ざわざわと雑談していた声は一瞬にして止み、音すらも出ない静寂に。

 何が起きるのかと美夜はあたふたと周囲を見渡し、対照的にこういう演出に慣れている恭子は(大きな)胸を張ったまま不動。

 

 一拍置いてから、デュエルフィールドの中央を突然スポットライトが照らす。

 そこには1人の少女──デュエリストが居た。

 背中まで届くほどの金色のロングウェーブは毛先に紫色のグラデーションが施され、リアルでは表現できないような点滅発光。

 人当りの良さそうな可愛らしい顔に、口元に僅かに見える八重歯。

 恭子ほどではないにしろ、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるモデル体型。

 全身を紫と白を基調としたゴシック調の服は、煌びやかさと艶やかさを両立させていた。

 

 本イベントの主役であろう人物はデュエルディスクを付けた左手でマイクを持ち、右腕を天に掲げながらすぅーと息を吸い込み、吐き出すと同時にその声をマイクへぶつける。

 

「みんなぁー!! 今日はアタシのイベントに来てくれてありがとぉー!!」

『わぁあああああぁっ!!』

 

 そして元気いっぱいな挨拶と、それに応えるファンの大歓声で会場が揺れた。

 間近で見るのが初めてだった美夜はビクっと肩を震わせるも、周囲に合わせるように声を張り上げる。

 恭子はというと傍から見れば冷静だが、内心では熱気にあてられてやや気持ちが昂っていた。

 たまには観客側も良いものだ、と口角を上げながらデュエルフィールドに居る人物へ視線を向ける。

 

「お馴染みの人はいつもありがとうっ! 初めての人ははじめましてっ!! 悪魔族系企業〈グノーシス〉に所属している小悪魔ギャル系デュエリスト、アイリスでっす!! よろしくぅ!!」

「……アイリス?」

「あやめちゃんの〈ヴァーチャル・ビジョン〉での名前です」

「あぁ、なるほど」

 

 きゃぴるーん、と擬音がつきそうなウィンクを観客に向けるあやめことアイリス。

 事前に美夜から聞いていた人物像とは大きく異なることに恭子は違和感を抱き始めるも、おそらく和戸と同じようにプライベートと仕事では性格が変わるタイプなのだろうと勝手に自己解決。

 

「今日は予定はゲストの人とデュエルっ!! その後は質疑、じゃなくて質問コーナー! さらに握手会と交流会もあるからお楽しみにっ!」

「……まるでアイドルだな…」

「最近の女の子デュエリストは下積みとしてみんなこんな感じですよ?」

「なにっ? 私と龍姫は全部実力で捻じ伏せてきたぞ」

「それ恭子さんと龍姫さんだけです」

 

 これが時代の流れか、と若干のジェネレーションギャップに恭子はショックを受けるが、その間にもイベントは進行していく。

 

「さぁて今日のゲストは私の同期の男の子! リアルでも〈ヴァーチャル・ビジョン〉でもやたらメカで言葉遣いが物騒で小物っぽいけど、その実力は本物っ!! 機械族系企業〈機械仕掛けの神〉に所属している和戸君こと──」

 

 アイリスが言葉を選んで紹介している最中、突然デュエルフィールド出入口にガコン、と衝突音が響く。

 何だ何だと観客が音の発生源へと目を向けると、そこには完全に閉まっているシャッター。

 その内側からガンガンと叩くような音が響くが、ビクともしない。

 

 本来であればこのタイミングで和戸がスモークと共に入場。

 世紀末感溢れる汚い言葉遣いで悪役(ヒール)らしく登場するのだが、不具合なのか扉が開く気配がない。

 あちゃー、とアイリスは内心で少し焦るも、こういったトラブルは初めてではないので慣れたように観客へ向けて口を開く。

 

「あ、あははー、ちょっとトラブルかも。ごめんねみんな、ちょっと待ってて──」

『その必要はねぇ』

 

 アイリスの言葉の途中、重低音の機械的音声が会場に響いた。

 

 次の瞬間、和戸を遮っていた扉に突如薄紫色の光柱が生える。

 ジジジ、と光柱は扉を超高温で焼き貫いており、そこでやっと光柱が某人型兵器が持つビームなサーベルのようなものだと全員が理解。

 刀身が突き出ているビームサーベルはゆっくりと袈裟切りの軌道で扉を溶断していき、扉には赤白い線が刻まれる。

 斜めに一閃されたかと思えば、即座に逆方向からもう一閃。

 歪な十字傷が扉に刻まれ、やがて扉の自重で下半分がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

 

 残った上半分は人の胴ほどの太さもある機械腕が薙ぎ壊し、破片が飛散。

 ガション、ガション、とあからさまに人ではない足音を不気味に響かせながらデュエルフィールドに向かうそれ(・・)

 その途中、背部のメインブースターから青白い炎が噴射。

 一瞬だけホバー走行のような軌道を見せたかと思えば、その機械脚でフィールドを蹴って飛翔。

 過剰な(オーバー)ブーストで半ば滑空するようにアイリスのいるデュエルフィールドに向かい、彼女と充分な距離があるところでホバリング。

 

「クク、フフフ、ハーハッハッハァッ!! この俺様っ、ブラストっ! 参っ上っ!」

 

 まるでロボットものホビーアニメ主人公機がOPアニメでタイトルロゴと同時にドン! とポージングするように和戸ことブラストが颯爽登場。

 ドォンッ! と後方からは謎の爆発も起こり、アニメなのか特撮なのかハッキリしない演出に観客の一部マニアが難色を示す直後──

 

「テメーブラストぉ! 何やってやがるっ!!」

「アイリスちゃんが怪我したらどうすんだこの野郎っ!!」

「派手な登場すりゃ良いって訳じゃねぇぞっ!!」

「ほぅ、レイレナ○ド社のアリ○ヤですか。デュエルモンスターズをモチーフとしていませんが、良いセンスです」

 

 ──観客から批難と僅かな称賛を浴びせられる。

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立て、中には手持ちのペンライトやらウチワなどを投げつけてくる始末。

 

「あっ、ちょ、やめ──ふぁっ!?」

 

 ブラストはその投擲物を上下前後左右に前部背部肩部ブースター巧みに噴かしてドヒャアドヒャアとクイック回避するも、運悪く投擲物がメインブースターにシュぅうううぅっ!

 黒い噴煙を吐き出し始め、ガガガガと異常音まで発し始める。

 

「バカなっ!? メインブースターがイカれただとっ!? くっ、ダメだ──飛べん…!」

 

 プスプスとコミカルな音を発しつつ、ブラストはゆっくりとデュエルフィールドに着陸。

 『これ大丈夫だよなぁ?』と機械首を90度回してメインブースターを確認し、未だ異音があり若干の不安があるものの現状は問題ないと判断し、赤く発光するバイザーがアイリスを捉える。

 

「待たせたなっ!」

「あ、いえ大丈夫で──よゆーで大丈夫だしぃ!! むしろ派手な登場でテンあげ感パないしっ! ほらほらっ、みんなもマジパない登場してくれたブラストちゃんに拍手拍手ぅ!」

 

 一瞬呆けて素の表情が出そうになったアイリスだが、そこは新人とはいえプロ。

 即座に不測の事態を演出に変えたブラストに感謝すると共に、彼にヘイトが向かわないよう観客へ呼びかけた。

 観客も大半がアイリスのファンではあるので、完全に納得はしていないが、渋々といった感じでまばらな拍手を送る。

 

「わぁー…! 恭子さん恭子さんっ!! 蛮ちゃん凄いですよっ!! カッコ良いですっ!!」

「あぁ、うん……そうだな…」

 

 一方、招待された2人の内同期は素直に感動。

 先輩は後輩のやらかしに頭を抱える。

 せめてデュエルぐらいはまともに進行してくれ、と願いながらフィールドに視線を移す。

 

「クク、一応礼は言っておいてやる。だがデュエルでは一切容赦しねぇぞ?」

「あはは……お手柔らかに。最近デッキちょっと変わったからお披露目したいしね」

「そりゃこっちの台詞だ。俺様も初公開のデッキで、今日は藤島パイセンが来てんだから無様な姿は見せらんねぇ」

「……はっ? 今なんつった。藤島さん? ランク2位の?」

「おぅ、一昨日招待した。ほれ、そこの最前列」

「あっ、ホントだ居る──って、こん馬鹿ぁっ!! 最上位(トップランカー)が来るんだったら、貴賓席とかもっと良いとこ用意したのに何で今言うっ!? 頭のネジ外れてんじゃないの!?」

「ハァー!? 頭のネジ外れてねぇし! むしろちゃんと増し締めしてきっちり止めてるし!」

「そっちじゃないわよっ馬鹿ぁ!!」

 

 しかし、デュエル前から進行が覚束(おぼつか)なくなっていることに恭子はさらに頭を抱える。

 『そうだな、目上の人が来たら良い席用意したくなるだろう。でも私は気にしてないぞ』と心の中でアイリスの気遣いへの感謝と相手に届かない想いを吐露しつつ、やや過熱し始めたやりとりに不安を覚える。

 

「もうアッタマ来たっ! こうなったらボッコボコのスクラップにして廃品回収業者送りにしてあげるんだから!!」

「あぁん? 何怒ってんかわかんねぇが、悪役(その)ポジションは俺様のもんだっ! テメェに渡してたまるか!!」

 

 ヒートアップしていく2人は自然にデュエルディスクを構える。

 アイリスはデコレーションが施された煌びやかかつ可愛らしいデュエルディスクを。

 

 ブラストは先日恭子とデュエルしたアレを左腕に呼び出し装着。

 デッキをセットするとブッピガンっ! というロボットものお馴染みのサウンドエフェクトが鳴り『standing by』の機械音声と共に変形が開始。

 グポォンと敵役ロボットのモノアイ音が鳴ると当時にデュエルディスク全体に走っている赤いクリアパーツが発光。

 箱型だった本体が幾重ものパネルに分割、展開しフレーム部分が露出。

 パタンパタンと積層パネルが通常のデュエルディスクよりも大きく展開していき──

 

「……あれ、何か蛮ちゃん変じゃないですか?」

「むっ、そうだな。上手く言えんが動作がカクついているというか…」

 

 ──途中でその動きが鈍くなる。

 先日恭子とデュエルした時は問題なく起動していたのだが、何故か今は緩慢とした動作だ。

 一体何が、と不安に思っていたところで恭子はハッと気づく。

 

「まさか…! いやだが和戸君であれば…!」

「な、何か知っているんですか恭子さん!?」

「おそらくだが、今和戸君は──」

 

 恭子が神妙な顔つきになり、美夜は無意識の内に固唾を飲む。

 一体ブラスト──和戸に何が起きたのか。

 その現象と同時に恭子の口が開く。

 

「──''処理落ち''している…!」

「…えっ?」

「デュエルディスクのデータ容量があまりにも大きすぎた…! 登場時のビームサーベルやメインブースターよりもあの変形・展開ギミックを搭載し、デュエルディスクの基本データ込みで入っている過剰なデータ量に、和戸君の使っているPCのスペックが耐えられないんだ…!」

「えぇー…」

 

 そんな馬鹿な、と美夜が思うも現にブラストはデュエルディスクはおろか本人の動きさえも遅くなっている。

 ところどころにノイズまで走り、まさに一昔前のゲーム等でよく見られた''処理落ち''現象が発生していた。

 これは大丈夫なのだろうかと、2人が不安に思い始めたその瞬間、ブラストの姿が光の粒子となって消える。

 

 [※通信障害によりブラストさんがログアウトしました]

 

 さらにはご丁寧にデュエルフィールドの中空にメッセージウィンドウまで表示される始末。

 やる気満々だったアイリスは呆気に取られ、観客も困惑したようにあんぐりと大口を開ける。

 美夜はあちゃーと可愛らしく額に手をあて、恭子は度重なる後輩のやらかしに赤面。

 

「あっ──のっ、馬鹿ぁあああああぁぁっ!!」

 

 そして当のデュエル相手であるアイリスは目尻に涙を溜めながら観衆を前に大声で喚く。

 その様子に無理もないだろう、と恭子は同情の念を送る。

 新人プロデュエリストは活躍の場が限られ、しかも自身がメインのイベントなど滅多にない。

 それを自分の所為ではないとはいえ、アクシデントでイベントがオシャカになれば泣き喚きたくもなるものだ。

 

「ひっぐ、あの馬鹿……折角のイベントで…! 久しぶりに会えたのに……」

 

 気づけばアイリスは仮想空間の中とはいえ泣き出す始末。

 同情を超え不憫にさえ思えてきた恭子はハァ、とため息をついてから席を立つ。

 

「あれ、恭子さん?」

「いいか美夜君、覚えておいて欲しい。後輩や部下の失態は──先輩や上司が拭うんだっ!」

 

 隣で声をかけた美夜を横目に、恭子は観客席から跳ぶ。

 仮想空間と言えど3メートル以上の高さから降りるなど、常人であれば正気の沙汰ではない。

 しかし、デュエリストならば話は別だ。

 普段から実体化やらドロー練習、山籠もりに過剰なトレーニングをこなしている彼ら彼女らであれば並のアスリート以上の身体能力を持つ。

 

 恭子は華麗に5点着地で衝撃を緩和させ、左膝を立て右腕を水平に構える。

 ヒーロー的なカッコ良さが溢れるポーズに観客がざわざわと声を上げ始め、その声で気付いたアイリスが恭子の方へ視線を向けた。

 

「突然すまない。和戸く、ブラスト君の失態は私が拭おう。彼の代わりにこの私──藤島恭子が君の相手になろう」

「ふぇ──あっ、えぇっ!?」

「後輩の失態で君の面目を潰したとなれば、それは我が〈機械仕掛けの神〉も良しとしない。いかがだろうか?」

「え、あの…! い、いいんですか!?」

「そのためにここにいる」

 

 並の男性よりも男らしい恭子の発言に一部観客はトゥンク、と胸がときめき、その真摯な対応に感嘆の声が上がる。

 涙で濡らした目元をアイリスはすぐに拭い、普段の愛嬌のある笑顔へ。

 

「ら、ランク2位の藤島さんなら誰も文句は言いませんっ! みんなもそれで良いよね!」

『おぉおおおおおおぉぉっ!!』

 

 アイリスが観客に問いかけた途端、大歓声でそれに応える。

 以前のエキシビションデュエル同様、格安のチケットで最上位(トップランカー)のデュエルを観戦できるのだ。

 断る理由などあるはずがない。

 

「ここでランク2位のデュエルが観れるなんて最高だぜ!」

「あんな小物系中ボス機械野郎なんかより断然良いぜっ!」

「流石ランク2位!! 粋なことしてくれるじゃねぇか!」

 

 観客もこのアクシデントからの交代を是とする声が上がる。

 当人達としては和戸(ブラスト)のデュエルを期待していたのだが、本人がやらかしたので仕方がない。

 

 改めて共にデュエルディスクを構えて起動。

 デッキからカードを5枚引き、準備が完了。

 お互いの顔を見据え、示し合わせたでもなく、声を揃え──

 

「デュエルっ!!」

「デュエルッ!!」

 

 ──デュエルが始まった。




ジェネシス・インパクターズ発売前にデュエル構成はできていたのですが、実際に組んで回すとナンカチガウ感があったので、ちょっと考える時間を…。
もしかしたら全部直すかもしれませんし、別機会でイビルツイン別個で出す形にするか考えます。


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ドライトロンVSイビルツイン②

リアルでドライトロンはほぼ純正、イビルツインはジャンドと混ぜて作りました。
どっちも楽しい。
イビルツインはEXを真面目に考えればもっと楽しい動きできそう。
ハリファとかハリファとかハリファとか←

そして文字数が過剰気味になったので前半後半ではなく、複数話になってしまった非力な私を許してくれ…


「ふむ、私の先攻か」

 

 普段は後攻になることが多いが、今回のデュエルで恭子は珍しく先攻。

 手札のカード5枚に目を通し、先攻としては上々の手札に内心で微笑む。

 

「私は手札から≪サイバー・ドラゴン・コア≫を召喚。このカードが召喚に成功した時、デッキから【サイバー】または【サイバネティック】魔法・罠カード1枚を手札に加える。私は魔法カード≪サイバー・リペア・プラント≫を手札に加える」

「どうぞどうぞ。手札誘発で妨害できないんで好きなだけ回して下さい」

「ほぅ…」

 

 恭子の場に小型の機械竜、≪サイバー・ドラゴン・コア≫が現れ、その効果でデッキから特定のカードを手札に加える恭子。

 効果の発動時に≪無限泡影≫等で妨害されることも考えていたが、アイリスの『好きなだけ回して下さい』という発言で恭子の切れ長の目がキラリと鋭く光る。

 瞬間、アイリスは『あっ、何か余計なこと言ったかも』と後悔するも──

 

「では遠慮なく行こう。≪サイバー・ドラゴン・コア≫を対象に魔法カード≪機械複製術≫を発動。自分場の攻撃力500以下の機械族と同名モンスターを2体までデッキから特殊召喚する。≪サイバー・ドラゴン・コア≫は場・墓地では≪サイバー・ドラゴン≫として扱うため、デッキから2体の≪サイバー・ドラゴン≫を特殊召喚」

「えっ」

 

 ──時すでに遅し。

 恭子の代名詞とも言える≪サイバー・ドラゴン≫が一気に場に現れ展開。

 融合・エクシーズ・リンク召喚のいずれも可能な状況にアイリスは冷や汗を流しつつ、『まさかガチで展開する気じゃ…』と危惧し始める。

 

「私は≪サイバー・ドラゴン≫と≪サイバー・ドラゴン・コア≫の【サイバー・ドラゴン】を含む2体の機械族モンスターをリンクマーカーにセット! メインシステム起動、戦闘モード移行! リンク召喚! 現れよ、リンク2! ≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫!!」

「──っ、初っ端からそれぇっ!?」

 

 現出したのは蒼雷纏う機械竜の≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫。

 既存の≪サイバー・ドラゴン≫とは異なり、全身には青白く光るエネルギーラインが走っており、その体躯はやや巨大化。

 攻撃力自体は≪サイバー・ドラゴン≫と同じ攻撃力2100だが、先日のエキシビションデュエルでの活躍をライブ中継で観ていたアイリスにとって、その能力は厄介でしかない。

 思わず素っ頓狂な声が出てしまったが、恭子は気にせずプレイングを続行。

 

「次に手札から魔法カード≪サイバー・リペア・プラント≫を発動。自分墓地に≪サイバー・ドラゴン≫が存在する場合、2つの効果から1つを選んで適用する。私はデッキから機械族・光属性モンスター1体を手札に加える効果を適用。デッキから≪サイバー・ドラゴン・ネクステア≫を手札に加える」

 

 慣れたようにデッキを回していく恭子。

 エキシビションデュエル以降、公の場では新規の【ドライトロン】ばかり使っていたが、彼女の原点は【サイバー】。

 自分の手足を動かすほどプレイングは頭と体に刻まれており、続け様に2枚の手札へ指をかける。

 

「手札にある3枚目の≪サイバー・ドラゴン≫を捨て、手札の≪サイバー・ドラゴン・ネクステア≫の効果発動。手札からモンスターカードを捨て自身を手札から特殊召喚する。特殊召喚に成功した≪ネクステア≫の効果発動。このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分墓地の攻撃力か守備力2100の機械族1体を復活させる。私は墓地の≪サイバー・ドラゴン≫を復活」

「わぁー≪サイバー・ドラゴン≫が4体も…! ≪サイバー・ドラゴン≫が4体かぁ…」

 

 澱みない恭子のプレイングにアイリスは感動すると同時に、こめかみから冷や汗が流れ落ちた。

 【サイバー】は後攻を得意としていると聞いているが、だからと言って先攻を不得手としている訳ではない。

 恭子が所属する〈機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)〉の企業努力により、先攻でも後攻でも戦えるように【サイバー】には日々新規のカードが開発されている。

 ただ披露する機会がなかっただけであり、その場が偶然にもここだったというだけなのだ。

 

「私はレベル5・機械族の≪サイバー・ドラゴン≫2体でオーバーレイ・ネットワークを構築! メインジェネレーター直結、パワーバッテリー良好! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク5! ≪サイバー・ドラゴン・ノヴァ≫!!」

「うっ、今度はエクシーズ…!」

 

 次いで場に出現する≪サイバー・ドラゴン・ノヴァ≫。

 既存の≪サイバー・ドラゴン≫の派生形態に見られる翼やら尾の砲門が装備されているモンスター。

 これで恭子の場には≪サイバー・ドラゴン≫系列のモンスターが3体。

 召喚権も使っており、これ以上の展開はないだろう──と、初見の者は思う。

 

「私は≪サイバー・ドラゴン・ノヴァ≫のオーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、効果発動。自分墓地から≪サイバー・ドラゴン≫1体を復活させる。蘇れ≪サイバー・ドラゴン≫」

「うっ、また≪サイバー・ドラゴン≫…」

 

 しかし【サイバー】の展開力はこれで終わらない。

 3体に減った機械竜が4体に増え、その内2体がエクストラデッキから特殊召喚されたモンスター。

 手札の状況にもよるが、ここからまたモンスターを出すのかとアイリスは身構えようとするも。

 

「手札から魔法カード≪融合≫を発動! 場の≪ネクステア≫と≪サイバー・ドラゴン≫を融合! ハイブリッドエンジン始動、コントロールクリアー! 融合召喚! 現れよ、レベル5! ≪キメラテック・ランページ・ドラゴン≫!!」

「うへぁ、融合までぇ──えっ、ちょ何か暴れてない? 大丈夫? その子大丈夫なの?」

「大丈夫だ、問題ない」

「あっ、はい。じゃあ大丈夫です……」

 

 身構えるより前に恭子の場にエクストラデッキから3体目の機械竜が姿を現す。

 今までの白銀のボディとは異なり、黒いコアと装甲を持つ≪キメラテック・ランページ・ドラゴン≫は、その名の通り召喚されるや否や怒り狂った蛇の如くのたうち回る。

 暴力的な姿にアイリスが不安を訴えるも、恭子は自信満々に断言。

 万が一、変に暴れて観客に被害が出たらと考えたアイリスだが、ランク2位が言うのだから大丈夫だろうと半ば条件反射のように首肯。

 

「続けるぞ。≪キメラテック・ランページ・ドラゴン≫の効果発動。1ターンに1度、デッキから機械族・光属性モンスターを2体まで墓地に送り、そのターン墓地に送ったモンスターの数まで追加攻撃できる」

「先攻1ターン目じゃ追加攻撃回数を増やしても……」

「何も攻撃回数だけが目的ではないさ。私はデッキから機械族・光属性の≪竜輝巧(ドライトロン)-バンα≫と≪竜輝巧-アルζ≫を墓地に送る」

「あっ」

 

 アイリスが呆けた声を出すのと同時に恭子のデッキから自動的に2枚のカードがシャコン、と音を立てて排出。

 その2枚をさらりと墓地へ送り、これで次ターン以降の準備は万全、と恭子は満足気に頷く。

 

「これで締めだな──私は≪サイバー・ドラゴン・ノヴァ≫でオーバーレイ・ネットワークを再構築! ジェネレーター臨界点突破、パワーバッテリーアンリミット! ランクアップ・エクシーズチェンジ! 現れよ、ランク6! ≪サイバー・ドラゴン・インフィニティ≫!!」

「うわっ、そのモンスターは…!」

 

 盤面の完成形、とばかりに恭子は≪サイバー・ドラゴン・ノヴァ≫を進化。

 新たな姿となり≪サイバー・ドラゴン・インフィニティ≫が雄々しく顕現するが、アイリスは辟易したような表情になる。

 

「≪サイバー・ドラゴン・インフィニティ≫は自身のオーバーレイ・ユニットを1つにつき攻撃力が200アップする。よって今の攻撃力は2500だ。また1ターンに1度、オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことで、あらゆるカード効果の発動を無効にし破壊する効果を有している。最後にカードを1枚セットしてターンエンドだ」

「うぅ……」

 

 それもそのはず。恭子が説明したように1ターンに1度とはいえ、万能カウンター効果を持っているモンスターが厄介なハズがない。

 さらに2500という上級モンスター並の攻撃力を備えているのも嫌らしいとさえ思える。

 ならばカード効果を使わずにシンクロ・エクシーズ・リンクモンスター等で攻撃力2500を超えれば──と思っていたところに、エクストラモンスターゾーンの≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫が『ここにいるぞっ!』と尻尾をビタンビタンとフィールドに叩きつけて自己主張。

 ≪ズィーガー≫の効果で攻撃力2100以上の攻撃力の機械族をバトルフェイズ中に2100アップさせるという、【神】すら殴り殺す殺意が溢れ出ているのだ。

 カード効果を回避しつつ、妨害役の≪インフィニティ≫、強化役の≪ズィーガー≫を次のアイリスのターンで除去しなければ、攻撃役の≪ランページ≫が攻撃力4200の3回攻撃をしてくる悪夢が待っている盤面。

 

(何なんですかこの状況…!)

 

 改めて突きつけられた状況にアイリスは内心頭を抱えた。

 最上位(トップランカー)とデュエルする機会など早々ないので、良い経験と言えば聞こえは良い。

 だが相手はランク2位の藤島恭子。

 どんなデュエルでも常に全力を以て自分を高め、常に全力を以て相手の戦術を捻じ伏せ、常に全力の殺意を以て相手を叩き潰す女帝。

 彼女相手に嬉々としてデュエルする者が居るとすれば、それはどこぞのランク9位のドラゴン厨や先ほど処理落ち退出した機械厨ぐらいであろう。

 真っ当な感性と常識を持つアイリスにとっては、恭子がまるでゲームのラスボスのように見える。

 

(こ、怖いよこの人…! 何で和戸君はこの人とデュエルした時のことをいつも楽しそうに話すのかなぁ!!)

 

 そしてその内心を今は(強制退出により)居ない和戸に吐き出す。

 本来であれば久々に同期とイベントで一緒の仕事のハズが、その同期のやらかしで相手方のお偉いさんが代役として務めを果たしている。

 だがそれはお偉いさんである恭子にはあまりにも役不足で、むしろ過剰戦力による過剰殺意でアイリスは涙目。

 

(い、イベントが終わったら和戸君にトリシューラ・プリンのトリプルセットを奢らせますっ! 絶対にっ!)

 

 悲しみを怒りに変えつつ、滾る熱意はそのままにアイリスは冷静に恭子の方を見る。

 モンスターゾーンには≪ズィーガー≫、≪ランページ≫、≪インフィニティ≫の機械竜が3体。

 魔法・罠ゾーンにはセットカードが1枚。

 手札は0枚。

 

 凶悪な布陣ではあるが、それを形成するために多くのカードを消費し恭子の手札は0枚。

 1度崩すことができれば、自分にもまだ勝機はあるハズだと冷静に分析。

 ここで理想的なドローができれば、と一縷の望みを託しながらデッキトップに指を伸ばす。

 

「アタシのターン、ドローっ!」

 

 内心で恐る恐る、といった風にドローカードを一瞥し、そのカードを確認したアイリスは一瞬にして歓喜の心に変わる。

 

「(最っ高のタイミングぅ!)アタシは手札から≪Live☆Twin(ライブツイン) キスキル≫を召喚っ! アタシの場に他のモンスター居ない時にこの子が召喚・特殊召喚に成功した場合、効果を発動っ! 手札・デッキから相方の【リィラ】ちゃんを呼ぶよっ!」

「初動を潰させてもらおうか。私は≪インフィニティ≫のオーバーレイ・ユニットを1つ取り除き効果発動。≪Live☆Twin キスキル≫の効果の発動を無効にし破壊する」

 

 アイリスがカートゥーン調の赤髪ツインテールの少女、≪Live☆Twin キスキル≫を召喚して喜んだのも束の間、展開は許さんとばかりに恭子は≪インフィニティ≫の効果を使用。

 ≪インフィニティ≫の全身に赤雷が帯電し、即座にその雷撃が≪☆キスキル≫へと放たれ、コメディチックな泣き顔に。

 

「≪インフィニティ≫ちゃんの効果発動にチェーンして、場の≪☆キスキル≫と手札の罠カード≪光の護封霊剣≫を墓地に送り、速攻魔法≪禁じられた一滴≫を発動っ! 場・手札から墓地に送ったカードの数だけ相手の場の効果モンスターを選ぶっ! 選ばれたモンスターは攻撃力が半分になって、効果は無効化っ! さらに相手はこのカードの発動でコストで墓地に送ったカードと同じ種類のカードをチェーン発動できないっ! という訳で≪インフィニティ≫ちゃんと≪ズィーガー≫ちゃんは攻撃力半減で効果無効っ!」

「むっ、回避した上に弱体化させられたか」

 

 しかし、雷撃が直撃する直前で≪☆キスキル≫は脱兎の如く墓地(地面)へダイビング。

 俊敏な身のこなしで避けた後、顔だけひょっこりと出してあっかんべー、と舌を出して可愛らしく挑発。

 その光景に怒り──は覚えないが、呆れたように≪インフィニティ≫は困惑してやる気を消失、隣に居る≪ズィーガー≫も巻き添えのようにやる気と効果を失くした。

 

「ここで≪☆キスキル≫の効果が適用っ! デッキから≪Live☆Twin リィラ≫を特殊召喚っ! そして≪☆リィラ≫の効果発動っ! アタシの場に他のモンスターが居ない時にこの子が召喚・特殊召喚に成功した場合、手札・デッキから【キスキル】ちゃんを呼ぶっ! カムバックっ! ≪☆キスキル≫ちゃんっ!」

 

 ≪☆キスキル≫がまるで溶鉱炉に落ちるターミネイトマシンのようにサムズアップしながら地面(墓地)へと沈んでいく隣で、カートゥーン調の青髪ショートの少女、≪Live☆Twin リィラ≫がポンっ、と可愛らしく登場。

 キョロキョロと左右を見渡して自身を喚んだハズの≪☆キスキル≫の姿を探すが、相方は既に墓地。

 むぅー、と頬っぺたを膨らませると、やや乱暴にアイリスのデュエルディスクから1枚のカード(キスキル)を取り出し、持ち主のデュエルディスクに強引にセット。

 相方である(2枚目の)≪☆キスキル≫が再び場に現れ、その様子を見て満足気に頷くとその場に座り込む。

 まるで自分の仕事は終わった、とでも言うようにコテンと守備表示(横になった)

 呼び出された方の≪☆キスキル≫はそんな相方のやる気のなさに苦笑いし、瞬時に対戦相手と観客に向けてサムズアップ。

 『あいる びー ばっく』と丸っこいひらがなで書かれたプラカードまで準備する用意周到さ。

 

「ホントーだったらもうちょっとこの子たちのキュートな姿を見せたかったけど、相手が相手だからマジでいくよっ! アタシは≪☆キスキル≫と≪☆リィラ≫の【リィラ】モンスターを含むモンスター2体をリンクマーカーにセット! クールでパッションキメちゃって! リンク召喚! 出ておいで、リンク2! ≪Evil★Twin(イビルツイン) リィラ≫!!」

 

 ≪☆キスキル≫と≪☆リィラ≫がフィールドに現れたマーカーへ光となって吸い込まれ、左と下のアローヘッドが赤く発光。

 一瞬フィールドに眩い光が走り、その光の中から先ほどまでとは異なる【リィラ】がその身を晒す。

 黒い衣装に身を包み、パーソナルカラーの青色の翼を持った小悪魔、≪Evil★Twin リィラ≫が現れる。

 

「リンク2のモンスターか……だが攻撃力は1100。その程度の攻撃力では、弱体化した私の機械竜にも劣るぞ?」

「まぁまぁそんな焦らずにっ。アタシは≪★リィラ≫ちゃんのモンスター効果発動っ! 自分場に【キスキル】ちゃんが居ない時、自分・相手メインフェイズに自分墓地から【キスキル】ちゃんを特殊召喚っ! またまた登場っ≪☆キスキル≫ちゃん!!」

 

 先ほどはコミック的アクションで≪☆キスキル≫を呼び出したが、≪★リィラ≫は自身の青い尻尾を地面に突き刺し、地中から≪☆キスキル≫の首根っこに尻尾の先端を引っ掛けてフィッシング。

 『釣られたーっ!』のプラカードを片手に悪戯っぽい笑みを浮かべた≪☆キスキル≫が3度(みたび)フィールドに現れる。

 

「蘇生効果持ちか。となるとリンク3狙いか?」

「ちっちっち、違うんだなーコレがっ! アタシは≪☆キスキル≫と≪★リィラ≫の【キスキル】モンスターを含むモンスター2体をリンクマーカーにセット! キュートでパッションキメちゃって! リンク召喚! 出ておいで、リンク2! ≪Evil★Twin キスキル≫!!」

 

 ≪☆キスキル≫と≪★リィラ≫がフィールドに現れたマーカーへ光となって吸い込まれ、右と下のアローヘッドが赤く発光。

 一瞬フィールドに眩い光が走り、その光の中から先ほどまでとは異なる【キスキル】がその身を晒す。

 黒い衣装に身を包み、パーソナルカラーの赤色の翼を持った小悪魔、≪Evil★Twin キスキル≫が現れる。

 

「むっ、対となるリンクモンスターか……ということは」

「流石ランク2位、察しがイイっ! アタシは≪★キスキル≫のモンスター効果発動っ! 自分場に【リィラ】ちゃんが居ない時、自分・相手メインフェイズに自分墓地から【リィラ】ちゃんを特殊召喚っ! もっかい登場っ≪★リィラ≫ちゃん!!」

 

 先ほどまでの陽気な姿とは一転、妖艶な笑みを浮かべた≪★キスキル≫は自身の赤い尻尾を地面に突き刺し、竿を上げるように勢いよく振り上げた。

 すると尻尾に掴まっていた≪★リィラ≫が一本釣りされた魚のように空高く飛び──落下。

 しかしだからと言ってそのまま落ちるようなことにはならず、すかさず≪★キスキル≫が華麗に横抱き──所謂お姫様抱っこでキャッチ。

 女性型モンスターでありながら、並のイケメン男性よりも絵になるアクションに女性ファンから『キャーっ!』と黄色い声援が上がる。

 抱えられた≪★リィラ≫の方も慣れたように妖しく微笑み、≪★キスキル≫の腕から脱出すると2人揃ってシャキーンとポージング。

 

「中々に個性的な動きをするカードだが──2体に増えたところで攻撃力は1100のまま。その2体でどう挑むか見物だな」

「ふっふーん、すぐに教えますよっ! アタシは特殊召喚に成功した≪★リィラ≫のもう1つのモンスター効果発動! 自分場に【キスキル】ちゃんが居る時に特殊召喚に成功した時、フィールドのカード1枚を選択し、そのカードを破壊っ!」

「むっ除去効果か」

「そのとーりっ! グッバイ≪キメラテック・ランページ・ドラゴン≫っ!」

 

 ぎゃるーん、とアイリスがウィンクしながらポーズを取ると同時に、≪★リィラ≫はどこからともなく手の平大のプレゼントボックスを取り出し、それを下手投げでゆっくりとスローイング。

 プレゼントが≪ランページ≫の足元に落ちた瞬間、ドォンッ!! とフィールドを揺らすほどの爆発が発生。

 ≪ランページ≫が居たであろう場所には破片すら残らず、完全に爆殺されたことがわかる。

 

(最近やたらと除去効果にあしらわれている気がするな……もう少し破壊耐性となるカードを入れるべきか…)

「破壊されるのは≪ランページ≫だけじゃないよっ! アタシは≪インフィニティ≫を対象に魔法カード≪シャイニング・アブソーブ≫を発動! 相手場の光属性モンスター1体を選択し、自分場の攻撃表示モンスターの攻撃力を、選択した相手モンスターの攻撃力分アゲるっ! ≪禁じられた一滴≫で攻撃力1150になっている≪インフィニティ≫の攻撃力分、≪★キスキル≫ちゃんと≪★リィラ≫ちゃんの攻撃力を2150にアップっぷっ!!」

「おっと全体強化か」

 

 むぅ、と恭子は最近あっさりと自分モンスターが効果破壊されてしまうなぁと耽っていると、それを落ち込んだと勘違いしたのかアイリスは手札のカードを使い2体の【Evil★Twin】を強化。

 使いどころに難がある(・・・・・・・・・・)カードに対し恭子は僅かに眉をひそめるが、すぐに普段の精悍な顔つきへ。

 

「お待ちかねのバトルっ! アタシは≪★キスキル≫ちゃんで≪インフィニティ≫を、≪★リィラ≫ちゃんで≪ズィーガー≫をそれぞれ攻撃っ!」

 

 2体の小悪魔【Evil★Twin】は赤雷と蒼雷を纏った機械竜に向け、それぞれ赤と青のハート型爆弾をぽーいと投げる。

 まるでアイドルがファンに向けてプレゼントを投げ渡すような気軽さで投げたそれは、2体の機械竜にポンっ、軽く当たり──直後に再びフィールドを揺るがす爆発。

 再び完膚なきまでに爆砕された機械竜に恭子は僅かに眉を下げ、対してアイリスは口角が上がる。

 

 各々の攻撃力差分、合計2300のダメージが恭子のライフポイントから引かれ残りは5700。

 4分の1以上のライフポイントが削られたが、まだライフポイントは半分以上ある。

 1ターンで殺してくる(1ショットキル狙い)相手に慣れているためか、恭子に動揺はない。

 

「よーし、これで恭子さんのモンスターは全滅ぅ! アタシはリバースカードを2枚セットして、ターンエンドっ」

 

 一方のアイリスはというと、厄介な機械竜を全て破壊できたことに高揚。

 嬉々とした表情で残っていた手札全てを伏せ、ターンを終える。

 

 アイリスの場には≪★キスキル≫と≪★リィラ≫の2体の悪魔族リンクモンスター。

 魔法・罠カードにはセットカードが2枚。

 手札は0枚、ライフポイントは無傷の8000。

 

 恭子の場にモンスターは存在せず、魔法・罠ゾーンにセットしてあるカードが1枚のみ。

 手札は0枚、ライフポイントは5700という状況。

 

 圧倒的に恭子が不利な状況であり、イベントの主であるアイリスの大活躍に観客も大いに沸いている。

 今年度にデビューしたルーキーが最上位(トップランカー)を相手に健闘どころか優勢なのだ。

 既に上半期が過ぎ、デビュー当初から彼女を応援してきたファンに滾るなという方が無理だろう。

 

 

 

 しかし、沸き立つ観客席の中で1人──いや、2人。

 2人だけアイリスの優勢に不安を感じていた。

 

「蛮ちゃん、どう思う?」

「……アイリスちゃんが1ターンで藤島さんの布陣を覆したの素直にすごいと思う」

 

 その2人の内、1人は招待された月宮美夜。

 もう1人は先程処理落ち退場してすぐにアバターとデュエルディスクを再設定して戻ってきたブラストこと和戸蛮。

 彼はあの後すぐに行動を起こしたが、戻って来た時には既にデュエルが始まっていた。

 後ろめたい思いを感じつつ、仕方なく恭子が居た席にせこせこと着席。

 美夜と一緒に観戦する側に回ったのだ。

 

「でも足りない(・・・・)

「……足りない?」

「うん。確かにモンスターを全滅させられたし、仮に自分モンスターを全て除去されても墓地の≪光の護封霊剣≫で直接攻撃を封じる手立てまで用意しているのは良いと思うんだ。けど、藤島さんの墓地には2体の【竜輝巧】が居るし、リバースカードも残っている。次のターン、確実に藤島さんはトップドローから展開して反撃する……絶対に」

「えっトップ解決しちゃうの? あっ、いやするね。最上位(トップランカー)だもん」

「そう、最上位(トップランカー)だからね」

 

 最上位(トップランカー)だから。

 この一言で2人は納得する──いや、してしまう。

 

 基本的にデュエリストは自身に適合するカードでデッキを組み、デュエルする。

 その中で時に手札が噛み合わず思ったような動きができない、という所謂『手札事故』が、覚えたての者や一般的なプレイヤーでは少なからずあることだ。

 だが、最上位(トップランカー)デュエリストは『手札事故』を滅多に起こさない。

 

 彼ら彼女らは常にどんな状況であろうと、適宜その状況に応じた最良のカードを手札に揃えられ、さらにドローできるだけの力がある。

 如何に先攻で制圧封殺盤面を作っても、それは後攻で一気に瓦解。

 瓦解した状況から一瞬で立て直し、逆に相手の布陣を崩壊させる。

 常にその時とその先、さらにはその先の先、もしくは先の先の先まで読んだ、一進一退の攻防こそ最上位(トップランカー)が魅せる至高のデュエル。

 

 それ故、2人は手札0枚でリバースカードが1枚しかない状況でも、恭子がここから確実に巻き返すと確信しているのだ。

 しかし、美夜は納得した直後に少しだけ考えたように首を傾げ、顔を蛮の方へ向ける。

 

「んー、でも蛮ちゃん。アイリスちゃんも反撃を許す(・・・・・)と思う?」

「……あのセットカード次第かな。今までだったら【ウイルス】カードで展開途中に潰されたけど、デッキも結構変わってるみたいだから何とも言えない」

「あっ、じゃあこのまま観てた方が面白いよ。今のアイリスちゃんのデッキ──すっごくイヤらしいから」

 

 

 

「私のターン、ドローっ!」

 

 『えっ?』と蛮が美夜に聞き返そうとするも、そのタイミングで恭子は勢いよくカードを引く。

 ドローカードを一瞥するなり、そのカードを即座に墓地へ叩きこむように勢いよく送る。

 

「私は手札の≪竜輝巧-ルタδ≫をリリースし、墓地の≪竜輝巧-バンα≫の効果発動! 自身を守備表示で特殊召喚し、デッキから儀式モンスター1体を手札に加える! ≪バンα≫を特殊召喚し、デッキから儀式モンスター≪竜儀巧(ドライトロン)-メテオニス=QUA≫を手札に!」

 

 小型の機械竜が半透明でフィールドに現れたかと思えば、一瞬で別の小型機械竜へ。

 先ほどまでの真っ当な【サイバー】とはまるで異なる動きに初見の者であれば困惑するだろう。

 しかしこれも最上位(トップランカー)デュエリストだからこそ成せる技。

 単純に種族と属性が同じであっても、それを両立させ1つのデッキとして動かせるからこその技術なのだ。

 

「手札の≪メテオニス=QUA≫をリリースし、墓地の≪竜輝巧-アルζ≫の効果発動! 自身を守備表示で特殊召喚し、デッキから儀式魔法1枚を手札に加える! ≪アルζ≫を特殊召喚し、デッキから儀式魔法≪流星輝巧群(メテオニス・ドライトロン)≫を手札に!」

「うぇ、儀式モンスターと儀式魔法とリリースするモンスターが揃ったってことは…!」

「まだだ! 私は場の≪バンα≫をリリースし、墓地の≪ルタδ≫の効果発動! 自身を守備表示で特殊召喚し、手札の儀式モンスターか儀式魔法を公開し、1枚ドローする! 私は手札の≪流星輝巧群≫を見せ、1枚ドロー!」

 

 最早お馴染みになりつつある動きにアイリスはつい苦い顔になるが、途中で止まる恭子ではない。

 少しでも打てる手を増やそうとさらにドローを加え、手札は2枚に。

 場には攻撃力2000の≪ルタδ≫と≪アルζ≫。

 手札には儀式魔法。

 墓地には儀式モンスター。

 条件は全て整った、と恭子はニヤリと口角を上げ、同時に手札から1枚のカードを掲げる。

 

「手札から儀式魔法≪流星輝巧群≫を発動ぉ! 手札・場の機械族を儀式召喚するモンスターの攻撃力以上になるようリリースし、手札・墓地から儀式召喚を執り行う! 私は攻撃力2000の≪ルタδ≫と≪アルζ≫をリリース! 星に座する輝光竜よ、星辰を集わせ北天より光臨せよ! 儀式召喚! 現れよ、レベル12! ≪竜儀巧-メテオニス=QUA≫ッ!!」

 

 2体の機械竜は金色の粒子へと転じ、それは恭子のフィールド中央へ収束。

 粒子な竜人を形成し、2体の【Evil★Twin】の前に雄々しく降り立つ。

 両腕と両脚には扇形のプレートを備え、エキシビションの時の≪メテオニス=DRA≫に勝るとも劣らない体躯。

 公の場では初めてとなる、2体目の【ドライトロン】儀式モンスター──≪竜儀巧-メテオニス=QUA≫が華々しくその姿を見せた。

 

「うっわ強そう…!」

「ふふっ、こいつの効果は派手だぞ。儀式召喚に用いた合計レベルが2以下の儀式召喚に成功した≪メテオニス=QUA≫の効果発動っ! 相手の魔法・罠カードを全て破壊するっ!」

「う゛ぇっ!?」

 

 効果が派手だと言った傍からの即時使用、唐突な魔法・罠カード全除去にアイリスの口から汚い悲鳴が上がる。

 ≪メテオニス=QUA≫は両腕に装備されたプレートを前面に展開。

 フィンフィンフィンとチャージ音が鳴り始め、これから全てを壊すという予備動作にアイリスは慌てながらも、自身のデュエルディスクを操作。

 

「り、リバースカードオープン! 永続罠≪Evil★Twin イージーゲーム≫! アタシは場の≪★キスキル≫ちゃんをリリースして、2つある効果の内1つを適用! フィールドのカードを破壊する魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、その効果を無効にするっ!」

「おっとかわされたか」

 

 にゅっと伸びる≪★リィラ≫の青い尻尾に≪★キスキル≫は一瞬で簀巻きに。

 その頬に冷や汗が流れており、 『えっ、まさか投げないよねリィラちゃん?』と不安そうな表情を見せるが、当の≪★リィラ≫はどこからともなくハンカチを取り出して(予め目薬で演出した)涙を拭いつつ、ぶんぶんと円を描くように尻尾をぶんまわす。

 尻尾に拘束されている≪★キスキル≫は『う゛ぇああああぁぁっ!!』と主人によく似た汚い悲鳴を上げる中、≪★キスキル≫を射出。

 

『ギャンっ!!』

 

 グルグルと目を回しつつ、≪メテオニス=QUA≫が構えている両腕にガゴンっ! と痛々しい音と共に衝突。

 撃ち落とされた鳥のようにひょろひょろと落下し、再び溶鉱炉に落ちるターミネイトマシンのようにサムズアップしながら地面(墓地)へと沈んでいった。

 

「……ば、バトルだ。私は≪メテオニス=QUA≫で──」

「おっとその前にアタシは≪★リィラ≫ちゃんの効果発動! 自分場に【キスキル】ちゃんが居ない時、自分・相手メインフェイズに自分墓地から【キスキル】ちゃんを特殊召喚っ! 瞬間退場&登場! ≪★キスキル≫ちゃん!!」

 

 カートゥーン調じゃなくてもコメディチックな演出なのかと困惑する恭子。

 せめて相手のペースに乗せられないようにと、バトルフェイズに移行しようとするも寸でで中断される。

 ≪★リィラ≫が自分の尻尾を地面に突き刺し、そこから≪★キスキル≫を華麗に一本釣り。

 『ジュワッチ!』と銀と赤の光の巨人の如くポーズで勢いよく飛び出した≪★キスキル≫は、前のターンで自分がやったように空中で体を捻り横向きへ。

 今度は≪★リィラ≫にお姫様抱っこキャッチをしてもらおうと自由落下し始め──

 

『ギャンギャギャンっ!?』

 

 ──ささっと落下地点から≪★リィラ≫は華麗な横ステップで退避してしまう。

 ≪★キスキル≫はその魅惑的なお尻を床に強打し、またも汚い悲鳴を上げながら激痛にお尻を上げた状態で四つん這い悶絶。

 涙目で≪★リィラ≫を睨むが、当の≪★リィラ≫は口先をすぼめて口笛を吹こうとし、虚しく空気が抜ける音を出している。

 

「場に【リィラ】ちゃんが居る時に特殊召喚に成功した≪★キスキル≫ちゃんの効果発動! デッキから1枚ドロー! そして罠カード≪メタバース≫を発動っ! デッキからフィールド魔法を手札に加えるか、直接発動する! アタシはデッキからフィールド魔法≪Live☆Twin チャンネル≫を直接発動するよっ」

「むっ、フィールド魔法か──いや待て。本当にフィールド魔法なのか?」

 

 『えっ、マスターもワタシのことガン無視?』と言いたげな顔を浮かべる≪★キスキル≫。

 アイリスはそんな≪★キスキル≫に向けてチョロっと舌を出しながらウィンク、いわゆるテヘペロ☆でゴリ押し、チョロインの≪★キスキル≫は『全くもー! しょーがないんだからもー!』と秒で絆される。

 その背後で【Evil★Twin】の仮初の姿である【Live☆Twin】が活動するフィールド、某大手動画サイトのページを模した≪Live☆Twin チャンネル≫が起動。

 背後では【Live☆Twin】のビックリドッキリオモシロ映像が波のように流れ、既存のフィールド魔法とかけ離れたエフェクトに恭子は困惑する。

 

「……まぁ殴ることができれば些細なことだ。改めてバトル! 私は≪メテオニス=QUA≫で≪★キスキル≫に攻撃っ!」

「ところがぎっちょん殴ることはできませんっ! アタシは≪★リィラ≫ちゃんをリリースし、フィールド魔法≪Live☆Twin チャンネル≫の効果発動! アタシの場の【キスキル】ちゃんか【リィラ】ちゃんをリリースすることで相手の攻撃を無効にするっ!」

「むっ、これもかわされたか」

 

 攻撃体勢に入った≪メテオニス=QUA≫に向け、≪★キスキル≫はお返しとばかりに自身の赤い尻尾で≪★リィラ≫を簀巻きにしようとし──尻尾は空を切っていた。

 『あるぇー?』と口を3の字にしながらキョロキョロと≪★リィラ≫を探すが視界には入らず。

 一体どこに、と頭上にクエスチョンマークを浮かべている最中、ふと恭子の場を見ると≪★リィラ≫を発見。

 

 『つまらないものですが』と賄賂を贈る議員のように≪★リィラ≫は≪メテオニス=QUA≫に菓子折りを手渡し。

 当の≪メテオニス=QUA≫はビビ、ガガー、と『バトルフェイズ中に相手モンスターから菓子折りを貰う』という理解不能な出来事にエラーを起こし攻撃を中断。

 『計画通り…!』と某死神手帳を拾ったキラーのような悪どい笑みを浮かべ、≪★リィラ≫は某スピードなワゴンのようにクールに退場。

 その様子に『むぇー』と口先をすぼめ、『自分はブン回されて酷い目に遭ったのに≪★リィラ≫だけズルい』と≪★キスキル≫は不満な表情を浮かべる。

 

「(何なんだこれは……)わ、私はカードを1枚セットし、ターンエン──」

「おっとその前に≪★キスキル≫ちゃんの効果発動! 墓地から≪★リィラ≫ちゃんを復活ぅ!」

「──っ、【キスキル】が居る時に≪★リィラ≫が復活したということは…!」

「察しがいい人は(しゅ)きですよ! 特殊召喚に成功した≪★リィラ≫ちゃんの効果発動! 今セットしたカードを破壊します!」

 

 普段なら絶対に見られない自分の機械竜の姿にペースを乱された恭子。

 その隙を逃さんと間髪入れずにアイリスが行動、『とぉっ!』と≪★リィラ≫が某光の巨人の登場のようにセットカードの下から飛び出すように復活。

 今しがたセットしたカウンター罠の≪ドライトロン流星群≫に風穴を空けられ、無残にも光の粒子となって消失する。

 

(……イカンな。少々相手のペースに乗せられ過ぎている。ここまでトリッキーに動かれるとは…)

 

 ふぅ、と息を吐き呼吸を整える恭子。

 先攻で展開した布陣は突破され、次手の攻めもことごとく回避。

 その上カウンター罠も発動前に除去されるという、相手の掌の上で踊らされているような状況に目を細める。

 

 恭子の場には攻撃力4000の≪メテオニス=QUA≫と先攻1ターン目に伏せたセットカード。

 手札は再び0枚で、ライフポイントは5700のまま。

 

 対してアイリスの場には依然2体の【Evil★Twin】に、フィールドのカードの破壊を邪魔する永続罠≪Evil★Twin イージーゲーム≫と相手の攻撃を邪魔するフィールド魔法≪Live☆Twin チャンネル≫。

 手札は≪★キスキル≫の効果でドローし1枚。

 ライフポイントは未だ無傷の8000。

 

 攻撃力4000、レベル12の超大型モンスターである≪メテオニス=QUA≫が壁となっているが、恭子の内心としては油断できない状況だ。

 プレイングに関しては最上位(トップランカー)である自分を翻弄するほど巧みに動き、優勢を保っている。

 これで新人だというのだから末恐ろしいとさえ恭子は感じてしまう。

 

「ふっ……これ以上は何もできんな。私はこれでターンエンドだ」

 

 しかし、それ以上に楽しいとさえ思える。

 ここ5年は最上位(トップランカー)の9人に順位の変動はあれど、入れ替わりはなかった。

 もしかすれば目の前の相手や、同世代の新人デュエリスト達が新たな嵐を起こすのではないかという期待さえ抱く。

 それを思えば今のデュエルが楽しくない訳がないのだ。

 

(さて──これからどう動くのか、楽しませてもらおうか…!)

 

 勝っているのは従えるモンスターの質のみ。

 手札・場・ライフポイントの数だけならば恭子が圧倒的に不利な状況。

 

 しかしそんな状況でありながら、恭子の顔色は喜色のそれ。

 自らが勝ち取ったランク2位の椅子に驕りも、油断も、慢心も、存在しない。

 在るのは自分自身と愛用のデッキ、信頼する機械竜への絶対的な自信のみ。

 

 新たな世代の挑戦者が『女帝』に挑む構図。

 恭子はもちろんのこと、観客も目を輝かせ、その光景を目に焼き付け、期待に満ちた眼差しを向ける。

 

 もしかするとあり得るかもしれない── 最上位(トップランカー)への下剋上(ジャイアント・キリング)に。




なしてイビルツインこんなに文字数使うん…?
いや、あの言い訳をさせて頂きますと、イビルツインのイラスト的にこういった演出描写が必要だと思って、いっぱい突っ込んだんです。
その結果がコレなんですよ。
楽しい。


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ドライトロンVSイビルツイン③

ドライトロンいっぱい書けて満足


「アタシのターン、ドロー!」

 

 逸る気持ちを抑え切れず、勢いよくドローするアイリス。

 先攻1ターン目は恭子に好きなように展開されたが、その後は全て自分のペースに引き込めたことに高揚していた。

 後攻1ターン目で恭子の敷いた機械竜の布陣を突破、続く3ターン目も大型モンスターこそ出されものの、攻撃をシャットアウト、ダメージも0にできたことに頬が緩む。

 このまま一気に押していく、とドローカードを一見するなり即座にデュエルディスクへ叩きつけた。

 

「手札から≪魔界発現世行きデスガイド≫ちゃんを召喚っ! この子が召喚に成功した時、デッキからレベル3・悪魔族モンスター1体を効果無効・シンクロ素材不可の状態で特殊召喚っ! デッキから出ておいで、≪クリッター≫ちゃん!」

「むぅっ」

 

 理想的なドローと展開にアイリスは笑みを浮かべ、対照的に恭子は少しばかり顔をしかめる。

 場に新たに2体の悪魔族モンスターが現れ、さらに【キスキル】と【リィラ】が存在しているのであれば、自ずと次の手もわかるというもの。

 

「アタシは≪★キスキル≫ちゃんと≪クリッター≫ちゃんをリンクマーカーにセットっ! さぁ出ておいで、2人目の≪★キスキル≫ちゃん!」

「【リィラ】が居る状態で≪★キスキル≫がリンク召喚、さらに≪クリッター≫が墓地に送られたとなれば……」

「ご明察ゥ! アタシは≪クリッター≫ちゃんと≪★キスキル≫ちゃんの効果発動! ≪★キスキル≫ちゃんの効果で1枚ドローし、≪クリッター≫ちゃんの効果でデッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札にっ! 1枚ドローしーの、デッキから攻撃力500の≪☆リィラ≫ちゃんを手札に加えるよっ!」

 

 フィールドに居た≪★キスキル≫はどこからかバラエティ番組で用いられる円柱状のカーテン付き更衣室を設置。

 泣きながら嫌がる≪クリッター≫の手を強引に引き、無理矢理中へ押し込むと、自分のささっと一緒にその中へ。

 『ア゛ッー!!』というどちらのものかわからない汚い悲鳴が上がり、カーテンがドッタンバッタン暴れ、数拍後に沈黙。

 シャー、と勢いよくカーテンを引くと、中から現れたのは当然≪★キスキル≫。

 口元には瑞々しい真っ赤な液体が付着していたが、それをお嬢様のように優雅にハンカチーフで拭うと、『ゴチソウサマ★』のプラカードをどこからか取り出す。

 

「お次は魔法カード≪闇の誘惑≫を発動。デッキから2枚ドローし、手札の闇属性1体を除外っ。2枚ドローしーの──今サーチした≪☆リィラ≫ちゃんを異次元にサヨナラバイバイ」

 

 一体カーテンの中でナニがあったんだと観客が不安や邪に思う中、アイリスは気にせずプレイングを続行。

 今しがたサーチしたばかりの≪☆リィラ≫は手札に5秒も存在せずに除外ゾーンに送られ、場に居た≪★リィラ≫は無残にも異次元に送られるもう1人の自分に『そんな…』と(予め目薬で演出した)涙を見せる。

 

「ふんふんふふーん、おっけーおーけー、良い引きっ! んじゃ次は≪★リィラ≫ちゃんと≪デスガイド≫ちゃんをリンクマーカーにセットっ! 出ておいで、2人目の≪★リィラ≫ちゃん!」

 

 場の≪★リィラ≫は先程≪★キスキル≫が設置した更衣室に≪デスガイド≫の腰を引き、強引に一緒に入室。

 『こ、困ります…』と言いたげな表情の≪デスガイド≫だったが、構わず≪★リィラ≫は中へ。

 再び『ア゛ッー!!』というどちらのものかわからない汚い悲鳴が上がり、カーテンがドッタンバッタン暴れ、数拍後に沈黙。

 バァーンっ! と勢いよくカーテンを開け放った≪★リィラ≫は満面の笑みを浮かべ、『オイシカッタ★』のプラカードを掲げる。

 悪魔らしく奪えるものは奪ったと、【Evil★Twin】の2人はここで妖しく艶やかなポージング。

 単に共食いしただけなのだが。

 

「ここで場に【キスキル】ちゃんが居る時に特殊召喚に成功した≪★リィラ≫ちゃんの効果発動! 場のカード1枚を選択し、破壊! 恭子さんの≪メテオニス=QUA≫を破壊しちゃいますよ!」

「それは困る──と言いたいところだが、生憎防ぐ手立てはない。甘んじて受け入れよう」

 

 『そぉいっ!』と可愛らしい掛け声と共に≪★リィラ≫は青色のプレゼントボックスを投擲。

 キレイな放物線を描いて投げられた箱はコツンと≪メテオニス=QUA≫の頭部へ当たる。

 軽やかな音が響いたかと思えば──瞬間、大音が轟く。

 最上級モンスターの攻撃による爆発エフェクトもかくやというほどの爆発が起こり、爆心地の≪メテオニス=QUA≫は木端微塵に爆砕。

 

「これで藤島さんの場はガラ空きっ! 今度は【Evil★Twins】の直接攻撃を受けてもらいますよ!」

「そこまで通すほど私は甘くないぞ? 破壊された≪メテオニス=QUA≫の効果発動! 儀式召喚したこのカードが破壊された場合、自分の墓地から攻撃力が4000になるように【ドライトロン】モンスターを任意の数だけ選んで特殊召喚する! 蘇れっ! ≪バン-α≫! ≪アル-ζ≫!」

「う゛ぇっ!?」

 

 相手の大型機械竜を除去したかと思えば、間髪入れずに小型機械竜がアイリスの前に立ち塞がる。

 2体の小型機械竜≪バン-α≫と≪アル-ζ≫は『ガオーっ!』と仁王立ちするコアリクイのようにアイリスを威嚇。

 一部の好事家から見ればとても愛らしい姿のように見える。

 レベル1・攻撃力2000でなければ。

 

 リンク2で攻撃力が1100しかない≪★キスキル≫と≪★リィラ≫は互いに抱き合って『キャー、コワーイっ!』とぶりっ子のようにわざとらしく怖がる。

 しかし、寄せ合った顔の隙間──アイリスにしか見えないところでニヤリと悪戯な笑みを浮かべ、アイリスも同じように小悪魔的な笑顔を浮かべた。

 

「流石ランク2位……ってリスペクトしたいとこだけど、今日のアタシは引きも激ツヨだから問題ナシ! 手札から≪バン-α≫を対象に魔法カード≪シャイニング・アブソーブ≫を発動っ!」

「──っ、2枚目か…!」

「ざっつらいと! 相手場の光属性モンスター1体を対象にして発動、自分場のモンスターは対象にしたモンスターの攻撃力分アップっぷ! これで≪★キスキル≫ちゃんと≪★リィラ≫ちゃんの攻撃力は3100っ!」

 

 前のターンと同じ手段で攻撃力を上げられたことに恭子は眉をひそめる。

 元々の攻撃力で勝っており、守備力が0しかない下級【ドライトロン】モンスターを守備表示で出す理由がなかったため攻撃表示で出したが、まるでそれすらも相手の掌の上で踊らされているかの如く。

 見た目通りのトリッキーな動きに翻弄される自分が不甲斐ない、と内心で自分に叱咤。

 

「バトル! 先ずは≪★キスキル≫ちゃんで≪バン-α≫に攻撃ぃ!」

 

 カツカツとハイヒールを鳴らしながら≪★キスキル≫は≪バン-α≫の目の前まで優雅に歩み寄る。

 どこかぎこちない妖艶な笑みを浮かべ、自慢の朱色の尻尾を大きく振りかぶり。

 バンッ!

 と、予想外の裏拳撃ちによる渇いた音が響き渡る。

 

 当の≪バン-α≫も『えっ、そっち』と言いたげな表情を浮かべ、ほんの僅かに顔面に亀裂が入ったまま光の粒子となって霧散。

 完全に意表を突いた攻撃方法に≪★キスキル≫は誇った(ドヤァ)顔を浮かべ──次の瞬間、目尻に涙を浮かべる。

 いそいそと『超硬イ ヤバイ』と書かれたプラカードを取り出し、幼児のようにぎゃんぎゃん泣きながら持ち主であるアイリスの豊満な胸に抱きつく。

 

「あー……はいはい、カッコ良いとこ見せようとしたんだよね。でも相手機械族だから硬いのはわかるでしょ? もうあんな無理しちゃダメだからね」

 

 持ち主──というよりは母親のようにアイリスは≪★キスキル≫の頭を撫でながらあやし、撫でられている≪★キスキル≫も涙目になりながらヘッドバンギングの勢いで首を縦に振って頷く。

 そんな相方の無茶に微笑ましい眼差しと、『極めて自然にマスターの胸に顔埋めるなんて裏山』と嫉妬の念を飛ばす≪★リィラ≫。

 それを『何なんだこれは…』と意味のわからない光景に恭子は頭痛を覚える。

 

「じゃあ気を取り直して──次っ! ≪★リィラ≫ちゃんで≪アル-ζ≫に攻撃ぃ!」

 

 ≪★リィラ≫は≪★キスキル≫のように変にカッコつけたりせず、自慢の藍色の尻尾で≪アル-ζ≫を捕縛。

 それを1度高く掲げてから、勢いよく地面に叩き落とそうとし──

 

「さらにこのタイミングで≪★キスキル≫ちゃんをリリースして、永続罠≪Evil★Twin イージーゲーム≫のもう1つの効果発動っ! ≪★リィラ≫ちゃんの攻撃力をリリースした≪★キスキル≫ちゃんの元々の攻撃力分アップ! よって≪★リィラ≫ちゃんの攻撃力は4200にっ!」

「攻撃力4000を超えたか…!」

 

 ──落下地点を地面から急きょ≪★キスキル≫に変更。

 『へぁっ!?』と某光の巨人のような声を上げて≪★キスキル≫は困惑するが、次の瞬間には≪アル-ζ≫の頭部と≪★キスキル≫の頭がごっつんこ。

 ガィンと重い音が響き、≪アル-ζ≫はそのまま霧散。

 ≪★キスキル≫は頭にたんこぶを作りながら、金色の粒子となって消滅──

 

「ここで≪★リィラ≫ちゃんの効果発動っ! 場に【キスキル】ちゃんが居ない時、墓地から【キスキル】ちゃんを復活! カムバック≪★キスキル≫ちゃん!」

 

 ──する直前で≪★リィラ≫が≪★キスキル≫のたんこぶにペタリと絆創膏を貼って一命を取り留める。

 そんな方法で良いのかと恭子が少しだけ呆気に取られるも、当の≪★キスキル≫は相方に治療してもらい、にへへーと愛嬌のある笑顔に。

 

「戻ってきた≪★キスキル≫ちゃんでダイレクトアタックっ!」

「むぅっ、流石に削られてきたか──おっと」

 

 続けてアイリスが攻撃命令を下し、≪★キスキル≫は意気揚々と恭子の目の前まで瞬間移動。

 悪戯な笑みを浮かべ、右腕を大きく後ろに反らしてから渾身の平手打ちを放ち──停止。

 恭子は涼しい顔でデュエルディスクを顔横の高さまで上げ、平手打ちを遮る。

 『う゛ええぇっ!?』と【トゥーン】でもないのにコメディ漫画の如くバイザーを突き破るほど≪★キスキル≫の目玉が飛び出すが、当の恭子は慣れてきたのか驚愕することも呆気に取られることもない。

 

「ふむ、良い連続攻撃だ。少しばかり打点が足りない気がするが、まぁこれもカードの個性だろう」

「あっ、はい──じゃなくて、一気にライフ削られたのに何でそんな冷静なんですかっ!?」

「何を驚く必要がある? デュエルは基本ライフかデッキが0にならない限り負けではない。現に私のライフもデッキもまだ残っている。ならばまだ闘うことができるし、負けるつもりもない」

「えぇー……」

 

 このターンで5700あった恭子のライフポイントは超過ダメージと直接攻撃のダメージの合算分、4400が失われ現状は僅か1300。

 初期値の4分の1程度しかライフポイントが残っていないことに焦るどころかアイリスのモンスターの打点不足を憂う余裕すら見せ、これが最上位(トップランカー)のデュエルに対する意識か、とアイリスは若干引いた。

 

「あ、アタシはリバースカードを2枚セットしてターンエンドです」

 

 顔が僅かに引き攣りながらも、アイリスは忘れずに手札のカード2枚を魔法・罠ゾーンへ。

 アイリスの場には≪★キスキル≫と≪★リィラ≫の2体のリンクモンスター。

 フィールド魔法≪Live☆Twin チャンネル≫に永続罠≪Evil★Twin イージーゲーム≫と2枚のセットカード。

 手札は0枚だが、ライフポイントは無傷の8000のまま。

 

 対して恭子の方はというと、モンスターは不在。

 先攻1ターン目にセットされたカード1枚。

 手札は0枚の上、ライフポイントは僅か1300という有様。

 

 カード・アドバンテージ、ライフ・アドバンテージ共にアイリスが圧倒的優位な状況。

 しかし、それでもアイリスはこの状況で勝利を確信できない。

 最上位(トップランカー)は例え手札1枚しかなかろうが、超大型モンスターを立てたり、圧倒的な数の暴力で展開したり、予想外のコンボでいつの間にか相手を叩きのめしていることが多いからだ。

 実際、アイリスも先日の恭子と龍姫のエキシビションを見て、残りライフ100、手札は0枚という状況の恭子が、一瞬にして龍姫の≪トライデント・ドラギオン≫を葬った上で、1ショットキルを決めた光景を現地で目の当たりにした。

 それ故、絶対に勝利を確信できる状況になるまで安心はできない。

 

「私のターン、ドローッ! 私は手札の≪竜輝巧-エルγ≫をリリースし、墓地の≪バン-α≫の効果発動ッ! 自身を守備表示で特殊召喚し、デッキから儀式モンスター≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫を手札に加えるッ!」

「──っ、またトップドロー【ドライトロン】で解決…!」

 

 アイリスの不安に沿うかの如く、恭子はドローカードを即座にコストとして墓地へ。

 手札・墓地から起動する下級【ドライトロン】の共通効果で着実にキーカードを揃えていく。

 

「手札の≪メテオニス=DRA≫をリリースし、墓地の≪アル-ζ≫の効果発動ッ! 自身を守備表示で特殊召喚し、デッキから儀式魔法≪流星輝巧群≫を手札に加える! さらに場の≪バン-α≫をリリースし、墓地の≪ルタ-δ≫の効果発動ッ! 自身を守備表示で特殊召喚し、手札の儀式魔法≪流星輝巧群≫を公開し、1枚ドローッ!」

「また儀式セットが…!」

「今回はそれだけでは終わらせないさ! 場の≪ルタ-δ≫をリリースし、墓地の≪エル-γ≫の効果発動ッ! 自身を守備表示で特殊召喚し、墓地から≪エル-γ≫以外の攻撃力2000の【ドライトロン】1体を復活させる! 蘇れ、≪バン-α≫!」

「──っ、手札1枚からモンスター3体…ッ!? しかも墓地には…!」

 

 前のターンと同じ──否、それ以上にモンスターを展開した恭子。

 さらに前のターンとは異なり、内1体が攻撃表示で特殊召喚されているため、アタッカーとして活用する気満々だ。

 だがそれ以上に恐ろしい超大型モンスターの出撃準備が整っていることに、アイリスは苦虫をすり潰したような顔を作る(・・)

 

「手札から儀式魔法≪流星輝巧群≫を発動ッ! 手札・場の機械族をリリースし、その攻撃力の合計以上になるよう、手札・墓地から儀式召喚を執り行うッ! 私は場の攻撃力2000の≪ルタ-δ≫と≪アル-ζ≫をリリース! 星に座する輝光竜よ、星辰を束ね北天の彼方より来たれッ! 儀式召喚ッ! 現れよッ! レベル12ッ!! ≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫ッ!!」

 

 そしてそのアイリスの予想と観客の期待通り、恭子の場に新進気鋭のエース、≪竜儀巧-メテオニス=DRA≫がその威容を示す。

 巨大な竜人型の体躯から放たれる強者としてのオーラはもちろん、少年心を鷲掴みにする外観にほとんどの者が惹かれてしまう。

 以前のエキシビションによる圧倒的な活躍も記憶に新しく、この場に居る全員(・・)が胸を高鳴らせた。

 

「フィールド魔法の効果で攻撃を止めようが、それは1ターンに1度。儀式召喚に用いたレベル合計が2以下の≪メテオニス=DRA≫は相手が特殊召喚したモンスター全てに攻撃でき、さらに儀式召喚したこのカードは相手のモンスター効果の対象にならない。よって君の≪★リィラ≫の効果対象にできず、破壊もされない」

「まさにこの状況にうってつけ、最適解なモンスターを出してきましたね…!」

「残念ながらこのターンで決めることはできないが、多少なりともライフは削らせてもらおうか──バトルだ! 私は≪メテオニス=DRA≫で≪★リィラ≫に攻撃ッ!」

「ヤバ、このままじゃ──」

 

 攻撃が無効にされるなら全体攻撃すれば良い。

 効果対象破壊なら対象に取られなければ良い。

 プレイングやコンボで対処するでもなく、ただ単純に上から抑えつける暴力。

 これこそがランク2位である藤島恭子のデュエルスタイルであり、長所──

 

「──なぁーんちゃってっ!! アタシは罠カード≪Evil★Twin プレゼント≫を発動! アタシの場の【キスキル】ちゃんか【リィラ】ちゃんと、相手モンスター1体の──コントロールを入れ替えるっ!! ≪★キスキル≫ちゃんと≪メテオニス=DRA≫のコントロールを変更っ!」

「──っ、コントロール変更だとっ!?」

 

 ──そして短所でもある。

 純粋な力比べであれば国内に比肩する者はそうは居ない。

 だが相手がその力を受け流す、ないしは上手く扱える者で相手に向けていた刃が自分に向く。

 

 恭子は半ば予想していたとはいえ、このタイミングでのコントロール転移は完全に予想外だった。

 チィと僅かに舌打ちしつつ、≪Evil★Twin プレゼント≫発動と同じタイミングで手札のカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「速攻魔法≪魔力の泉≫を発動! 相手場の表側表示の魔法・罠カードの数だけドローし、自分場の表側表示の魔法・罠カードの数だけ手札を捨てる! 私は3枚ドローし、1枚捨てる!」

「あちゃードローカードかぁ。まぁ次の私のターンまで魔法・罠カードにも耐性付くと思えばヨシですね」

 

 恭子は勢いよく3枚のカードをドロー、一瞥してから1枚を即座に墓地へ。

 次に≪メテオニス=DRA≫が猛牛のように≪★キスキル≫へ突進。

 それをヒラリと回避した≪★キスキル≫はそのまま大きく跳躍し、恭子のフィールドへ。

 アイリスから見て正面の向きになった≪★キスキル≫は呑気にアイリスへと手を振っている。

 一方、突進した≪メテオニス=DRA≫はまるで正常作動していない機械の如くアイカメラが赤い警告色に発光。

 恭子の方をエネミーと認識し、迎撃態勢を取っている。

 

「……バトルを終了。私は手札から≪サイバー・ドラゴン・コア≫を召喚し、効果発動。召喚成功時、デッキから【サイバー】または【サイバネティック】魔法・罠カード1枚を手札に加える。私はデッキから罠カード≪サイバネティック・レヴォリューション≫を手札に」

「あれ攻撃しなかったんですか? まだ≪★キスキル≫ちゃんも≪バン-α≫も居たのに」

「今の私にはこれが最善手だ。カードをセットし、ターンエン──」

「エンドフェイズに移る前に≪★リィラ≫ちゃんの効果発動っ! 自分場に【キスキル】ちゃんが居ない時、墓地から【キスキル】ちゃんを復活! カムバック≪★キスキル≫ちゃん! そして場に【リィラ】ちゃんがいる時に特殊召喚に成功した≪★キスキル≫ちゃんの効果発動! デッキから1枚ドロー」

「──エンド、だ」

 

 アイリスの半ば煽るような物言いに恭子は意に介さず、残ったカードを淡々とプレイ。

 途中、アイリスが抜け目なくドローでアドバンテージを稼いでいくが、こればかりは仕方ないと恭子はやや諦観。

 

(……≪シャイニング・アブソーブ≫を使った時になんらかの手段で光属性モンスターを私の場に用意する手立てはあると思っていたが、まさかコントロール変更だったか…)

 

 ふぅ、と一息ついて恭子は改めて盤面を確認。

 自分場には≪バン-α≫、≪★キスキル≫、≪サイバー・ドラゴン・コア≫のモンスター3体。

 魔法・罠ゾーンにはセットカードが2枚。

 手札は1枚、ライフポイントは1300。

 

 一方のアイリスの場には≪★キスキル≫と≪★リィラ≫、奪取された≪メテオニス=DRA≫

 フィールド魔法≪Live☆Twin チャンネル≫と永続罠≪Evil★Twin イージーゲーム≫にセットカード1枚。

 手札は1枚、ライフポイントは無傷の8000。

 

 恭子の場の≪★キスキル≫とアイリスの場の≪★キスキル≫が互いに鏡合わせのポージング遊びをしている中、恭子は自分の不甲斐なさに内心ため息をつく。

 5ターン目にもなって未だに攻撃はおろか、ライフポイントを削ることすらできず、さらには相手のペースに呑まれている現状はランク2位──最上位(トップランカー)としては赤面ものだ。

 しかも相手は上位(ハイランカー)ですらなく、未だ順位(ランカー)でもない新人。

 この光景を恩師である古賀に見られたら叱咤の雷が飛んでくるだろうかと思うが、むしろそれだけ有望な新人なのだと思うことにする。

 何せ養成所時代に『三強』と言われた恭子の世代とは異なり、『魔境』と呼ばれる世代でプロになった決闘者なのだ。

 ライバルは多ければ多いほど強くなれる──そんな環境が羨ましい、と恭子は目の前のアイリスに視線を向け、次に観客席に居る美夜の方へ移し──気づく。

 

(……ん? 和戸君戻ってきていたのか。すぐに現場に戻るのは良いことだが、後で折檻だな)

 

 処理落ち退場した後輩がいつの間にか戻ってきていたことに。

 内心で感心しつつ、然るべき叱責はあるべきだと恭子が思っている最中、恭子の視線の先に気付いたアイリスの目の色が変わる。

 

 アイリスの顔は喜怒哀楽の感情がリボルバーの如くコロコロ変わり、いつの間にか(ヴァーチャル空間なのに)耳まで赤色に。

 そしてひっひっふーと深呼吸し、キリッと表情が一変。

 先ほどまでのどこか悪戯小悪魔な顔はそこになく、あるのはただ1人の決闘者としてのそれ。

 

「アタシのターン、ドロー。手札から魔法カード≪シークレット・パスフレーズ≫を発動。デッキから【ライブツイン】または【イビルツイン】魔法・罠カード1枚を手札に加える──自分場に【キスキル】と【リィラ】が居る場合、代わりに【イビルツイン】モンスター1体を手札に加えることができる」

「……魔法カードの発動にチェーンだ。≪サイバー・ドラゴン・コア≫をリリースし、罠カード≪サイバネティック・レボリューション≫を発動。≪サイバー・ドラゴン≫を融合素材とする融合モンスター1体を特殊召喚する。現れよ、≪サイバー・エタニティ・ドラゴン≫」

 

 アイリスの様子が変わったことに恭子は少し眉を細める。

 おそらくはこのターンで決めにくる、そんな予感をさせるほどにアイリスの目には強い意志が宿っていた。

 なれば油断はできない、と恭子はこのタイミングでリバースカードを発動。

 小型の機械龍が1体の巨大な機械龍──≪サイバー・エタニティ・ドラゴン≫へその身を転じる。

 攻撃力こそ2800とレベル10モンスターにしては控え目だが、守備力は≪メテオニス=DRA≫の攻撃力と同じ4000。

 並大抵のモンスターの攻撃が届かないモンスターの召喚成功に恭子は僅かな安心感と、一抹の不安を覚える。

 おそらくまだ何かやってくるだろうという、決闘者特有の直感が危険信号を告げているのだ。

 

「──アタシは場の≪★キスキル≫と≪★リィラ≫のリンクモンスター2体をリリースし、このカードを手札から特殊召喚ッ!! 現れよ、≪Evil★Twins キスキル・リィラ≫!!」

 

 アイリスの場に居る≪★キスキル≫と≪★リィラ≫が光の粒子──にはならず、お互いにモンスターゾーン1枠分あった距離を詰め、2人1人の≪キスキル・リィラ≫へ。

 やっと2人で1人になれた嬉しさか、【キスキル】は『わぁいっ!』と書かれたプラカードを掲げながら器用に【リィラ】をお姫様抱っこ。

 満更でもない【リィラ】も渾身のドヤ顔を恭子に向ける。

 

「≪キスキル・リィラ≫はアタシの墓地に【キスキル】モンスターと【リィラ】モンスターが居る場合、攻守が2200アップ。よって攻守は4400」

「≪エタニティ≫の守備力をこうも容易く上回るか…!」

「それだけじゃないです。≪キスキル・リィラ≫が特殊召喚に成功した時、相手の場のカードが3枚以上あれば、相手は2枚になるように自分でカードを墓地に送ってもらいます」

「しかも変則的だが除去効果も持っているとは……うむ、私は≪エタニティ≫とリバースカード1枚以外を全て墓地に送ろう」

 

 つい先ほどまで攻撃力1100という低ステータスだったモンスターが一気に攻守4400の驚異的ステータスに成ったこと、劣勢から逆転に相応しい除去効果に恭子は感心と驚愕を覚えつつ、あくまで冷静に処理を行う。

 前のターンで押し付けられた≪★キスキル≫と≪バン-α≫を墓地へ。

 その際、≪★キスキル≫が『この裏切り者ぉおおおおぉっ!!』と書かれたプラカードと共にアイリスの墓地へと行ったが、このリアクションに慣れた恭子は微動だにしない。

 

「魔法カード≪貪欲な壺≫を発動。墓地のモンスター5体をデッキに戻し、2枚ドロー。アタシは墓地の≪☆キスキル≫と≪★キスキル≫、≪☆リィラ≫と≪★リィラ≫に≪クリッター≫の5体をデッキに戻しシャッフル。2枚ドロー」

 

 今度は墓地からエクストラデッキへ。

 忙しなく動く≪★キスキル≫はぜーはーと肩で息をしながらも、持ち主たるアイリスの望むがままに動く。

 

「魔法カード≪ダーク・バースト≫発動。墓地の攻撃力1500以下の闇属性1体を手札に。アタシは墓地の≪デスガイド≫を手札に加え、召喚。召喚成功時の効果発動。デッキから≪クリッター≫を効果無効・シンクロ素材不可で特殊召喚」

 

 恭子の場には守備力4000で効果の対象にならず、効果で破壊されない≪エタニティ≫が居る。

 現状であれば≪キスキル・リィラ≫で突破してからいずれかのモンスターの直接攻撃さえ通れば勝利できるが、アイリスは未だ勝利の確信は持てない。

 ≪魔力の泉≫の効果で墓地に送られたカードが不明なのだ。

 ならばこのターンで決めきれずとも、最低限の防御手段は用意すべきだ、とフィニッシュには未だ向かわない。

 

「闇属性の≪デスガイド≫と≪クリッター≫をリンクマーカーにセット。リンク2、≪魔界の警邏課デスポリス≫をリンク召喚。墓地に送られた≪クリッター≫の効果発動。デッキから≪バトルフェーダー≫を手札に加える」

「直接攻撃を封じてきたか…」

「まだですよ。≪デスポリス≫自身をリリースし効果発動。カード名が異なる闇属性モンスター2体でリンク召喚したこのカードは自分モンスター1体をリリースし、自分表側モンスター1体に警邏カウンターを1つ置く。警邏カウンターが置かれたカードが戦闘・効果で破壊される場合、代わりに警邏カウンターを取り除く」

「むっ、続けて破壊耐性も付与か…」

 

 流れるような展開。

 デッキ回復からのカード回収、リクルート。

 召喚からの特殊召喚、リンク召喚で防御札のサーチ。

 さらにはエースモンスターへの耐性付与と、万遍なく、抜かりなく次のターンの守備を整えていくアイリス。

 

 単純に戦闘が2回通ればその時点でアイリスの勝利となるが、それでも前述の詳細不明カードがある内は安心できない。

 またランク2位の藤島恭子であればこのターンは耐えるかもしれないという、良くも悪くもそんな予測がアイリスの頭を過った。

 しかし、逆に耐えられなければこのターンで自分の勝利は確定するのだ。

 先ずは安全策を確保し、そこから一気に攻め込む。

 そのための準備を終えたアイリスはふぅ、と小さく一息ついてから、恭子を見据える。

 

「……バトル! 私は≪キスキル・リィラ≫で≪エタニティ≫に攻撃し──罠カード≪ストライク・ショット≫を発動! 攻撃宣言した≪キスキル・リィラ≫は攻撃力が700上がり、貫通効果を得るっ!」

「むっ…!」

 

 攻撃命令を下すと同時にアイリスはリバースカードを露に。

 元より化け物染みたステータスであった≪キスキル・リィラ≫は攻撃力が5100まで上昇。

 さらには守備表示相手でも戦闘ダメージを与えられるようになり、恭子は眉をひそめる。

 

「さぁやっちゃって≪キスキル・リィラ≫!!」

 

 『かしこまっ!』というプラカードと共に≪キスキル・リィラ≫は胸元やスカートの裾からボロン、と大量の小型プレゼントボックスを取り出す。

 2人は互いに顔を見合わせ、悪戯な笑みを浮かべるとそのプレゼントボックスを≪エタニティ≫目がけて投擲。

 キレイな放物線を描いてプレゼントボックスは≪エタニティ≫へと飛んでいく──無数の数が。

 ≪キスキル・リィラ≫は手当たり次第ぶん投げるを繰り返し、プレゼントボックスが雨あられとばかりに飛来。

 着弾した途端、小さな爆発が幾度も起こり≪エタニティ≫の姿が爆炎と爆風に包まれていく。

 その暴風と超過1100ダメージに耐えるように恭子はデュエルディスクを体の前で掲げ、同時に操作も行う。

 

「これで終わりです──私は≪メテオニス=DRA≫でダイレクトアタックッ!!」

 

 ≪メテオニス=DRA≫へ攻撃命令。

 貫通ダメージで残りライフポイント僅か200しかない恭子のフィールドと手札に防ぐ手立ては見られない。

 会場のアイリスのファンらもまさかのジャイアント・キリングに目を輝かせ、喉が潰れんばかりの歓声をあげる。

 そしてその熱狂に応えるかのように≪メテオニス=DRA≫はゆっくりと雁首を上げていき──

 

 

 

「……どうしたの? 何で攻撃しないの…!?」

 

 

 

 ──停止した。

 危険を意味する赤く発光していたアイカメラに光は灯っておらず、電池の切れた懐中電灯の如く。

 それどころか動き出す気配さえ見られず、現状では完全に置物だ。

 

「何で攻撃しないの!? 相手の場のカードが発動した様子はないし、手札誘発を食らった訳でもない! それとも何? 攻撃宣言するには条件があるの!?」

 

 完全に場と流れをコントロールしていた状況からのアクシデント。

 場で発動したカードも、手札から発動したカードもないのだ。

 ならば≪メテオニス=DRA≫には攻撃宣言するにあたり機械族縛りなどの条件があるのかと推察するが、テキストを読むことができない(・・・・・・・・・・・・・・)アイリスに原因はわからない。

 

「いいやそんな条件などないさ」

 

 モクモクと恭子の周囲を覆っていた黒煙が晴れると同時に、その声がアイリスの耳に届く。

 『条件がないなら何で!』と声を荒げようとしたところで、恭子はデュエルディスクの除外ゾーンのカード1枚をソリッドビジョンで表示させる。

 

「私は攻撃宣言時に墓地から罠カード≪仁王立ち≫を発動させた。これで君は≪エタニティ≫以外を攻撃することはできなくなったのだ」

「──っ、≪魔力の泉≫の手札コスト…!」

「その通り。そして≪仁王立ち≫の効果を受けたモンスターが居なくなれば攻撃自体もできなくなる。さて、他にすることはあるかな?」

「……リバースカードを1枚セットしてターンエンドです…っ!」

 

 残った手札2枚の内1枚を強引にデュエルディスクへ叩きつけるアイリス。

 このターンで決めきれなかったことに腸が煮えないと言えば嘘にはなるが、それでも自分の優位に変わりはないことを再認識する。

 

 自分場には1度だけ破壊されない≪キスキル・リィラ≫と、モンスター効果の対象にならない≪メテオニス=DRA≫という攻撃力4000超えのモンスター2体。

 魔法・罠ゾーンには攻撃を無効にする≪Live☆Twin チャンネル≫。

 フィールドのカードを破壊する効果を無効にする≪Evil★Twin イージーゲーム≫。

 トドメに相手が攻撃した時に自分が受ける戦闘ダメージを相手に与える≪ディメンション・ウォール≫。

 さらに手札には直接攻撃を止めバトルフェイズを終了させる≪バトルフェーダー≫。

 しかも墓地には直接攻撃宣言時に自身を除外してバトルフェイズを終了させる≪光の護封霊剣≫。

 ライフポイントも6ターン経過してなお無傷の8000のままだ。

 

 対して恭子の場にモンスターは居らず、セットカードは先攻1ターン目から伏せられておきながら、使われる気配の全くないブラフのみ。

 手札はドローカードを含めれば2枚になるが、ライフポイントはたったの200しかない。

 

(──大丈夫。≪サイバー・エルタニン≫が来ても直接攻撃は止められるし、≪キメラテック・オーバー・ドラゴン≫が来ても≪ディメンション・ウォール≫で引導火力になる…! だから大丈夫。次のターンで必ず…!)

 

 大丈夫、と自分が圧倒的優位な状況であることを再確認するアイリス。

 モンスター、魔法、罠。

 これら全てで守り切れるハズだと信じ──否。

 自分に言い聞かせるように、だ。

 アイリスは心の中で大丈夫、大丈夫と繰り返す。

 

「──私のターン、ドローッ! 魔法カード≪極超の竜輝巧≫を発動! デッキから【ドライトロン】モンスター1体を特殊召喚する! 現れよ、≪竜輝巧-ラスβ≫!!」

 

 不安がるアイリスを余所に恭子はドローカードをすぐさまデュエルディスクへ叩きつけ発動。

 デッキから最後の下級【ドライトロン】モンスターである≪ラスβ≫が姿を現し、同時に恭子の脳内でカードの発動順、途中経過、最終盤面が回路図の如く描かれていく。

 

「墓地の≪流星輝巧群≫の効果! 場の【ドライトロン】の攻撃力を1000下げ、墓地からこのカードを手札に加える! さらに場の≪ラスβ≫をリリースし、墓地の≪ルタδ≫の効果発動! 自身を守備表示で特殊召喚し、手札の儀式魔法1枚を公開して1枚ドローする!」

(うっ…!)

 

 そんな恭子のプレイングにアイリスは焦燥を感じる。

 2枚だった手札が3枚に増え、その上でモンスターも展開。

 まるで処刑台の階段を上っていくかのような錯覚に陥るが、それでもまだ自分の盤面は生きていると、すがるように自分に言い聞かせる。

 

「場の≪ルタδ≫をリリースし、墓地の≪エルγ≫の効果発動! 自身を守備表示で特殊召喚し、墓地から≪ラスβ≫を特殊召喚する!」

 

 あと何回特殊召喚が来る?

 どのタイミングでフィニッシャーが召喚される?

 どこでマストカウンターを撃てば良い?

 

「儀式魔法≪流星輝巧群≫発動ッ! 場の攻撃力2000の機械族2体、≪ラスβ≫と≪エルγ≫をリリースし、手札・墓地より儀式召喚を執り行う! 再臨せよ、≪竜儀巧-メテオニス=QUA≫!!」

(ここっ!! ──いや、ダメだっ!!)

 

 アイリスの不安が増す最中、恭子は再び≪メテオニス=QUA≫の儀式召喚に成功。

 この召喚を許してはいけないと、アイリスの指先が一瞬デュエルディスクへ伸びるが──止まる。

 

「合計レベル2以下の儀式召喚に成功した≪メテオニス=QUA≫の効果発動! 相手の魔法・罠カードを全て破壊する!!」

「くっ…!!」

 

 前々のターンで発揮できなかった効果が、今度こそ猛威を振るう。

 ≪メテオニス=QUA≫は一旦アイリスの場の直上へ飛翔。

 両の掌と付随のプレートを魔法・罠ゾーンへと向ける。

 

(本当なら無効にしたいけど、今≪キスキル・リィラ≫を場から離したら相討ちからの蘇生のコンボに繋がる…!)

 

 ギリィと歯軋りしつつ、アイリスはただ目の前の光景を受け入れるしかない。

 ≪メテオニス=QUA≫の両腕部プレートから無数の光が流星群の如くアイリスの魔法・罠カードに突き刺さる。

 成す術はあった。

 しかしより最悪な状況を避けるべく、アイリスは≪キスキル・リィラ≫の生存を選ぶしかなかったのだ。

 

「バトルッ! 私は≪メテオニス=QUA≫で≪メテオニス=DRA≫に攻撃ッ!!」

(これも──防げない…っ!)

 

 ≪Live☆Twin チャンネル≫は破壊され。

 手札の≪バトルフェーダー≫と墓地の≪光の護封霊剣≫は直接攻撃しか止められない。

 よってモンスター同士のバトルに干渉できないアイリスは、またもただ見ていることしかできない。

 

 ≪メテオニス=QUA≫は隕石のように≪メテオニス=DRA≫へと急速接近。

 生ける屍のようだった≪メテオニス=DRA≫は最後の抵抗のように両腕を前面へ。

 それに応えるかの如く≪メテオニス=QUA≫も両腕を前面へ突き出し、組み合いに移行。

 巨大な機械竜人2体の原始的な取っ組み合いに観客は困惑と興奮を覚え、その瞳を輝かせる。

 互いの体からけたたましいモーター音やら火花が出始めるが、それすらも熱狂を加速させる燃料でしかない。

 

 いつしか互いの右腕が重低音を響かせながら破損。

 共に同じタイミングで左腕を振り抜き、同じ右胸部へインパクト。

 両者の左腕は胸部を貫通し、メインエンジンの損傷に至る。

 バチバチと火花とオイルが溢れ出し、両機体が完全に動作を停止──と同時に爆音。

 

 レベル12・攻守4000同士のモンスターの殴り合い故か、その爆発は耳をつんざくほどの轟音を伴い、フィールドが黒煙と白煙に包まれる。

 爆発の衝撃による爆風も相当なもので、アイリスは踏ん張って立っているだけでやっと。

 対して鍛え方が違う恭子は不動そのもの。

 ≪キスキル・リィラ≫はタンブルウィード(西部劇で転がる草)のように2人仲良くコロコロしていた。

 

 爆音が止み、爆風が弱まり、爆煙が晴れた時。

 同じ攻撃力4000同士で相殺したのだから、そこに普通であればモンスターは存在しない──

 

「──≪メテオニス=QUA≫の効果。儀式召喚したこのカードが破壊された場合、自身と同名以外の墓地の【ドライトロン】モンスターを攻撃力が4000になるように復活させる──再臨せよ、≪メテオニス=DRA≫!!」

「くぅ…!」

 

 ──が、そこに居たのは真新しい姿の≪メテオニス=DRA≫。

 こうなることが予見できていたが故、アイリスの表情が歪む。

 

「手札から速攻魔法≪マグネット・リバース≫を発動! 墓地または除外されている通常召喚できない機械族か岩石族1体を特殊召喚する! 蘇れ、≪サイバー・ドラゴン・ズィーガー≫!!」

「──っ、ここで≪ズィーガー≫…!?」

「≪ズィーガー≫の効果発動! 自分の攻撃力2100以上の機械族モンスターの攻守を2100上げる! 私は≪メテオニス=DRA≫の攻撃力を2100上げ、6100にする!」

(ぐっ…! ≪ディメンション・ウォール≫が残っていれば強化されても反射ダメージで勝てたのに…!)

 

 カードさえ残っていれば、とアイリスは思うが、それはあくまでも結果論。

 また攻撃力を上げられようと、このターンの超過ダメージで敗北することはないと推察する──

 

「私は≪メテオニス=DRA≫で攻撃し──攻撃宣言時に罠カード≪魂の一撃≫を使う! 自分のライフポイントが4000以下の時、ライフを半分支払い、4000から残りライフを差し引いた数値分、≪メテオニス=DRA≫の攻撃力をアップする! 私は200の半分、100のライフを払い、≪メテオニス=DRA≫の攻撃力を3900アップする!」

「なっ──攻撃力、10000っ!?」

 

 ──しかし、目の前の相手はランク2位。

 自他共に認める、国内最強攻撃力(・・・・・)の決闘者。

 無論、生半可な攻撃力上昇に留まる訳がない。

 

「最後だっ! 手札から速攻魔法≪リミッター解除≫を発動っ! ≪メテオニス=DRA≫の攻撃力を2倍にする!!」

「い、10000の2倍ってことは……っ!!」

 

 先日のエキシビションデュエルにおける攻撃力上昇が生温いと思えるほど、爆発的加速で≪メテオニス=DRA≫の攻撃力が上昇。

 元々の4000から6100、10000と上がり、瞬く間にその攻撃力は20000へ。

 

(こ、これが、最上位(トップランカー)…!)

 

 圧倒的に自分が優位だったハズだと思い起こすアイリス。

 先攻の布陣を返し。

 相手の攻撃をいなし。

 エースモンスターも奪取した。

 

 だが実際にはどうだ。

 カード・アドバンテージの優位を覆され。

 例え相手が攻撃力10000でもライフは残っていた。

 

 そう、思っていた矢先の──20000。

 

 理不尽だ。

 無茶苦茶だっ。

 荒唐無稽過ぎるっ!

 

 誰にぶつけられる訳でもない嘆きを心の中で留め、圧倒的強者にして格上の存在たる恭子を見る。

 

 その表情は──微笑。

 屈託のない、朗らかな笑みそのものだ。

 

「面白いデュエルだった。今の私で出せる、全身全霊の攻撃を以て礼としよう──≪メテオニス=DRA≫!! ≪キスキル・リィラ≫に星光を見せよ! ゴルド・ハンドレッド・ブライトネス!!」

 

 そう攻撃命令を下すと同時に≪メテオニス=DRA≫の全身から重火器が起動。

 以前のエキシビション同様、全身を巡るエネルギーラインが発光しチャージ。

 メインカメラにはターゲットサイトが表示され、その標的は当然≪キスキル・リィラ≫。

 慌てふためく【キスキル】。

 諦めうずくまる【リィラ】。

 

 2人目がけて金色の流星群が降り注ぐ。

 いくら攻撃力4400と最上級モンスターの攻撃力を誇っていたとはいえ、相手は攻撃力(その道)のプロ。

 20000もの超攻撃力に勝てるハズもなく、ただただその星の光を受け入れる。

 無傷の8000あったアイリスのライフポイントは一瞬にして0になり、デュエル終了を告げるブザーが鳴った。

 

 

 

 何とかイベントは無事終了し、ところ変わってアイリスの控室。

 今回は仮想電脳空間と言えど、恭子は前回よりも実体化をだいぶ抑えたので会場自体に被害はない。

 しかし──

 

 『暴☆力☆反☆対』

 『死ぬかと思った』

 

 ──なまじ破壊耐性を付与されていた≪キスキル・リィラ≫は重火器の直撃を受け、衣服はボロボロ頭はボサボサアフロと、これまたコメディチックな姿になり、上記が書かれたプラカードを片手に持ち主であるアイリスの(豊満な)胸に慰めてもらっていた。

 デュエル自体は終わっているのだが、攻撃力20000の大型機械竜人がドラゴン相手にぶっ放した攻撃を対人で食らったのだから、【キスキル】も【リィラ】もその体感した恐怖は凄まじく、中々アイリスから離れようとしない。

 

「あははー、すいません藤島さんこの子たちすっかり怖がっちゃって…」

「いや……私も正直やり過ぎた。すまない」

「……ソーデスネ。ま、まぁファンのみんなも喜んでくれてましたし、結果的には良いイベントになったんでヨシとしましょう」

「そう言ってくれると助かる」

 

 未だ左右から抱きついてくる【キスキル】と【リィラ】の頭を撫でながらアイリスは応対。

 その様子に多少の申し訳なさと、ちょっと調子に乗り過ぎてしまったことに恭子は頭を下げる。

 

「あぁ、それと和戸君のことなんだが、今回の件で後日キッチリと〈グノーシス〉に謝罪に行かせる。私も同行する」

「そ、そこまでしなくても……何だかんだ藤島さんのお陰で助かりましたし」

「いや、そも和戸君がきちんとしていればこんな事態にはならなかった。それにこういうことはなぁなぁで済ませては許されないことだ。君もプロの端くれならば心に留めておいてくれ」

「……わかりました。ありがとうございます」

「うむっ、それで良い──おっと失礼」

 

 うんうんと恭子が頷いていると、携帯端末にメッセージ通知が鳴る。

 何だろうかとメッセージを確認すると──

 

『この馬鹿は12回連続攻撃でシメておくから謝罪は来週にしろ』

 

 ──和戸と古賀のリアルタイムデュエル画像。

 和戸の場には≪ハーフ・シャット≫で弱体化させられたエースモンスター。

 古賀の場には3体のエースと7枚の手札、内1枚が≪瞬間融合≫という恐怖の手札。

 

「……あの、どうかしましたか?」

 

 メッセージと画像を見て固まった恭子にアイリスは不安そうに声をかける。

 そこでハッと恭子は意識を取り戻し、画像を見られないよう素早く携帯端末を懐へ。

 そしてアイリスに向け、朗らかな笑みを浮かべ、一言。

 

「謝罪には来週伺いますと朧月君に伝えておいてくれ」

 




聖刻の新規来るって聞いてないんですけど(2020/11/24)
じ、上等じゃオラァ! 聖刻聖夜サフィラで書いてやろうじゃねぇか!!


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●作りドラゴン(プリンセス)(前篇)

無許可コラボッ!! → 許可もらいました

「アラサー公子の婚活道+α」(作品ID:252860)

読んでてサブテラー書きたくなったので書きました。


 米田町商店街。

 この国の少子高齢化を凝縮したとでも言うような、時の流れと共に過疎化してしまった街並み。

 ここには1つの珈琲館しかなった──ハズだった。

 

 ある日、地上げ屋の青年怒徹(いかり とおる)によって珈琲館はおろか、商店街消失の危機に陥ったものの、珈琲館の店主素束公子(すたば きみこ)がデュエルで説得(わからせた)

 商店街を復活させるべく、彼女は信じる仲間(奇人・変人)と共に活気溢れる商店街にさせるべく、奔走する──

 

 

 

 

 

「…………そう……」

「いや『そう』じゃないんだが。橘田、お前は今からここに仕事で行くんだからな?」

 

 タクシーの車中。

 後部座席に座るは少女と見間違う女性と、初老でダンディな男性2人。

 少女(24歳)は男性(54歳)から簡単な資料を手渡され、目的地へ向かう途中で口頭での説明を受けていた。

 

 話を聞く限りではアラサー女性の珈琲館店主が旗印となり、商店街にかつての活気を取り戻そうと精力的に活動。

 弱者、ないしは地方から這い上がり成功を掴もうとする実に日本人好みな状況なのだが、''橘田''と呼ばれた少女は微塵も興味を示していない。

 

 資料は斜め読み、口頭説明は馬耳東風。

 あからさまに『仕事だから仕方なく』という雰囲気だ。

 

「……何で私がこんな地方に……」

「2週間前のエキシビションデュエルを忘れたか?」

「古賀先生、忘れる訳がない──恭子の【ドライトロン】が最高だったことを」

「違うそっちじゃない。スタジアム半壊の件だ」

 

 はあ、と初老男性──古賀は眉間に手をあてながらため息を零す。

 既に養成所を卒業して(やっと)自分の手元から離れたというのに、何故か古賀は橘田──橘田龍姫(きった たつき)と共に居た。

 

 理由は単純──協会から『元教え子だからお前が同行しろ(要約)』と指示があったからだ。

 そうでなければ好き好んでこんな(元&現)問題児の世話などしたくないのが本音。

 しかし、同時に世話役──というよりも介護役が居なければ龍姫が何をしでかすかわからない。

 

「本来であれば上位(ハイランカー)どころか順位持ち(ランカー)に回るハズだった仕事を最上位(トップランカー)がやるんだ。お前には多少なりともプライドはないのか?」

「元木さんが≪プライドの咆哮≫を愛用していたのはわかる」

「違うそっちじゃない」

 

 はあ、と古賀は再びため息をつく。

 龍姫がデュエルとドラゴン以外ではこんな調子であるため、古賀は同行する羽目になったのだ。

 また、今回龍姫が赴く場所は古賀が昔世話になった商店街の1つ。

 そこで龍姫にやらかされては肩身が狭くなるというレベルではない。

 

「とにかく。お前にはこれから『TA-Liz(タリィズ)』という珈琲館の取材レポートをしてもらう」

「……何で私?」

「『TA-Liz』は高品質のコーヒーを提供してくれるし、店主を始め近隣の店舗ではデュエルも盛んだ。コーヒーを嗜んでデュエルもできる人材となるとお前が適任だと臨時会合で決定した。同期の仕事を奪う羽目にはなってしまったが、最上位(トップランカー)が紹介するとなれば相手方も喜んでいたぞ」

「コーヒーを嗜んでデュエルもできるなら元木さんや藍子さんもいるのに……」

「ランク3位とランク1位の最上位(トップランカー)を呼べる訳がないだろう」

「……? なら何で9位の私が?」

「だからこれが先日のスタジアム半壊の件だと言っているだろう……っ!」

「あぁ……」

 

 はあ、と古賀は早くも本日3度目のため息。

 後部座席のやりとりを聞いている運転手も思わず苦笑いを浮かべる。

 『先が思いやられる』、そう思った2人と、ドラゴン以外に興味皆無な''竜姫''を乗せたタクシーは緩やかに目的地の米田町商店街へと進んでいった──

 

 

 

 

 

『──で、何で公子さんはしょげてるんだ?』

 

 ──一方、『TA-Liz』の方はと言えばいつもの面子が取材のために普段以上に店をキレイにしようと掃除をハリキっていた。

 しかしその中で公子は1人黙々と作業をしながらもどこか気落ちした様子であり、普段であれば取材となれば『良い宣伝になるわね』と喜びそうなハズだが、不思議とその表情は優れない。

 偶さか手伝いに来ていた≪U.A.パーフェクトエース≫は不思議に思い、小声で≪サブテラーの戦士≫に尋ねる。

 

『あぁアレか。アレな、本当だったら今日はランク14位の天崎玄人(あまさき くろと)はんが来る予定やってん』

上位(ハイランカー)の人じゃないか』

『でも来れんくなったらしいわ』

『あぁ……それで』

『でも代わりにランク9位の人が()よるんやと』

『もっとすごい人じゃな──9位の人か……』

『せや。最上位(トップランカー)なら棚ぼたやと思うたんやけど、イケメン堕天使使い決闘者やのうて、ドラゴン狂い女決闘者が来ることになったからガッカリしてるんや』

『今、(イケメン堕天使)の話をしたか』

お前(ルシフェル)のことは呼んでへん。さっさとトイレ掃除しぃや』

 

 なるほど、と≪パーフェクトエース≫さんは納得。

 商店街の復活と婚活という2足の草鞋で茨道を歩いている公子にとってイケメンは清涼剤にして興奮剤だ。

 多少年下ではあるが、相手は立派なプロ決闘者であるし、そのルックスでモデルも兼業し2足の草鞋で輝かん道を歩く優良物件。

 そんな人物が来ると期待でドキがムネムネしていた公子だったが、直前で人選変更。

 実力こそ玄人より上であるものの、つい先日にスタジアム半壊とかいう問題行動を起こした決闘者が来るというのだから、不安の方が大きい。

 もっとも、イケメンを生で見られないことの方が大きいのだが。

 

『まぁでも上位(ハイランカー)よりも最上位(トップランカー)の方が謳い文句的には良いんじゃないか?』

『そらそうやけど、見てみぃハム子の顔。【あろ☆ま~じ】で指名の子が予約一杯で会えず終いでトボトボと店を出て来るおっさんのようやわ』

確蟹(たしかに)

 

 ≪パーフェクトエース≫さんは≪サブテラーの戦士≫さんの言で再び納得。

 お気に入りの子に会えるとルンルンワクワクウキウキ気分だったハズが、会えなくなったとなればそれは落ち込むというもの。

 いくら上の者が来ようが、本命に会えなければ意味がないのだ。

 

「邪魔する」

 

 そんな時、チリンチリンとドアベルの音が鳴ると同時に扉が開く。

 最初に入って来たのは白髪が似合う初老のダンディなおじさま。

 その後ろには蒼色の髪をツーサイドアップにした童顔女性。

 どちらも似たような仏頂面で一見すると『親子かな?』と思わなくもない。

 

『あぁ、すんまへん。今日は取材が来るゆうんでお店やってないんですわ』

「承知している。少し時間が早いが、私たちがその取材で来た者だが──」

『ハム子ぉ!! 取材の人来はったでぇっ!!』

 

 ≪サブテラーの戦士≫さんの店奥まで響くのではないかと思うほどの大声。

 しかしそれに動じることなく呼ばれた張本人──公子は至って普段と同じ調子で表に出てくる。

 

「ようこそ『TA-Liz』へ。店主の素束公子よ。今日はよろしく」

「あぁ、こちらこそよろしく頼む。私は付き添いの古賀時雨。こっちが──」

「……橘田龍姫」

「──無愛想で申し訳ないが、デュエルとコーヒーの味の違いはわかる人間だ。至らないところは私が介護──補助する」

「あっ、はい」

 

 顔を会わせるなり公子は即座に察した。

 『あっ、この娘テレビで見た通りクールというかコミュ障だ』と。

 イケメンが来ないばかりか、この人で取材が大丈夫なのかと不安が過る公子。

 

「立たせたままという訳にもいかないので、お好きな席にどうぞ。先ずは一杯出すわ」

 

 しかしそこはアラサーとして大人の対応。

 一先ずは営業スマイルを作り、ごく自然に席へと促す。

 

「あぁ、感謝する──どうした橘田?」

「………………」

 

 古賀の方も公子の厚意に礼を言いつつ席に移ろうとするが──何故か龍姫が不動。

 棒立ちになっているが、その顔──というよりは視線がある一点にのみ注視している。

 視線の先には公子──の腰。正しく言えばデッキケース。

 その一点のみを針の穴が空くのではないかと言うほど、その力のない(ジト)目が真っ直ぐに見ている。

 

「……デュエルなら後だ。店主にもそう伝えてある」

「……わかった」

 

 渋々、といった風に龍姫は古賀の指示に従う。

 近くのテーブルに腰を下ろし、荷物を傍らに。

 しかし視線は未だに公子のデッキケース。

 

(……ドラゴン使いが喜ぶようなカード入れてたかしら?)

 

 そんな龍姫の視線を疑問に思いながらも、公子はコーヒーの準備を始める。

 多種多様な品種を取り揃えたコーヒー豆──ではなく、『TA-Liz』唯一にして自慢のコーヒー。

 時間的にもそろそろ来るだろうと、手際の良い公子は時間に合わせて用意しておいたものを2つのカップに注いで2人へ。

 

「どうぞ。当店自慢のブルーアイズ・マウンテンよ」

「ほう、ブルーアイズ・マウンテンか。久しぶりに飲むな」

 

 銘柄を聞くなり、古賀の角ばった表情が和らぐ。

 そこまでコーヒーに詳しくはないが、『ブルーアイズ・マウンテン』であればランク1位とランク3位、隣のランク9位が愛飲しているものだ。

 何度か付き合いで飲んだことはあるが最近はご無沙汰。

 香しい焙煎された豆の香りに心が落ち着く。

 口にすればその独特な苦みが舌を喜ばせ、名品に相応しい味わいだ。

 

「うむ、やはり美味い」

「ありがとう──橘田さんはいかが?」

「おかわり」

「おい」

 

 1口飲んでその舌鼓を楽しんだ古賀とは対照的に、龍姫は目を離した隙にカップの中が空。

 さらに図々しくも追加を要求するあたり、『こいつ本当に味がわかるのか?』という不安さえ覚える。

 

「あと砂糖に──ミルクでも貰おうかな」

「おい」

「……?」

「いや首を傾げるな。おかわりはまだ理解できるが、そこは普通本来の味としてブラックで飲むのではないのか?」

「古賀先生こそ何を言ってるの? コーヒーはブラックが至上主義というのは日本人の勝手な妄想。海外ではむしろ自分の舌に合うように砂糖とミルクで調整して味わう。だから私は先ずブラックで飲んで、次に砂糖のみ。その次にミルクのみ。そのまた次に砂糖とミルク。あとは蜂蜜とチョコレートにブランデーにラム酒と──」

 

 ポカン、と思わず古賀の口が開く。

 龍姫が多少コーヒーを嗜んでいるとは聞いていたものの、よもやそこまで飲み方に拘りがあったことは知らなかった。

 大抵は砂糖とミルク程度だと思っていたが、まさか合わせて入れるものがそんなにも多岐に渡るものがあったことも知らなんだ。

 意外な龍姫の知識に古賀は驚愕の表情を浮かべる。

 

「──用意できるものは出すわ。戦士さん、ちょっとバックヤードから用意してきて」

『お、おぉう……』

 

 そしてそれは『TA-Liz』側も同様。

 いや、飲み方に関しては多くのアレンジで楽しむことを知っているが、それを眼前のランク9位(ドラゴン馬鹿)が知っていたことに驚いた。

 これはもしかして意外と良い紹介をしてくれるのでは? と期待も抱かざるを得ない。

 ≪サブテラーの戦士≫さんはそんなことを思いながらちょい足し用の物を取りにバックヤードへと向かっていった──

 

 

 

 

 

『いや飲み過ぎやろ』

 

 ──30分後。

 3杯目の『ブルーアイズ・マウンテン』を味わう古賀の横で、龍姫は都合15(・・)杯目の『ブルーアイズ・マウンテン』を口にしていた。

 傍らには空になった砂糖瓶、ハニーディスペンサー、ブランデー瓶……等々、大いに楽しんだ後が見られる。

 当の龍姫は無表情無愛想無神経に『美味しい』とBotの如く呟くだけ。

 先の饒舌から一転し、淡々と飲む様は無感情なマシンを思わせる。

 延々と繰り返す様子に耐え切れなくなった≪サブテラーの戦士≫さんの言葉が上記だ。

 

「……些か飲み過ぎではないか橘田?」

「美味しいから大丈夫」

「カフェインは万能薬ではない」

 

 はあ、と本日幾度目のため息を吐く古賀。

 いくら厚意と言えど高級品を遠慮容赦なく貪る元教え子の行動に頭が痛くなる。

 どうしてこいつはこんな……と、無意識の内に顔に手を当ててしまう。

 

「……良いコーヒーだった。最初はハイローストの口当たりと香りが良いものを提供し、誰にでも飲みやすくしていたことは高評価。4杯目からは多分フルシティローストを使った? 最初の3杯に比べてより香りが際立ち、苦みも増して濃厚な味わいが好印象。ブランデー類との素晴らしいシナジーがあってとても私好み。あと10杯目からはイタリアンローストのもので、これもエスプレッソで頂く分には最の高。このお店とても気に入った。月に1度は来ようと思う」

『お、おぉう……?』

 

 どうした急に? とでも言いたくなるほどのガトリングトーク。

 饒舌に語る賛美は聞いている当人たる公子からすれば嬉しさ半分気恥ずかしさ半分といった形で、複雑な表情。

 そんな公子の珍しい表情と龍姫の弁にどう反応すれば良いのか、≪サブテラーの戦士≫さんは困惑するのみ。

 

「プロ決闘者の人にそんなに褒めてもらえると嬉しいわ。今後もどうぞご贔屓に」

「もちろん」

「あとお代は締めて15万円ね」

『ハム子ォ!! 徹はんやないんやからボッタくるなや!!』

「はい」

『──って、アンタも普通に払うんかいっ!?』

 

 ポン、気軽に机上に出される15枚のお札。

 (ドラゴン関係で)狂っていても、そこはプロ決闘者。

 しかも最上位(トップランカー)であればサラリーマンの生涯年収を1年と経たずに稼ぐことができる高給取り。

 この程度の支出は痛くも痒くもないのだ。

 

「さて、それじゃあデュエルしよう」

「待て。''さて''から繋げる会話の流れじゃないだろう」

「…………?」

「いや首を傾げても店主が困惑するだけだ」

『せやでドラキチ嬢ちゃん。いくら何でもデュエルまでの流れがパワープレイ過ぎて傍観者のわいらでも困惑や。なぁハム子』

「別に良いわ」

「『良いのか(いっ!!)』」

 

 龍姫の何の脈絡もない話に困惑するツッコミ2人だったが、当の公子は(収入があったからか)まんざらでもない顔。

 当初のイケメンが来ないことの意気消沈ぶりはどこにいったのか、眼前の龍姫が金の生る木にでも見えているのだろうか。

 

「ありがとう──貴方のデッキから、私の知らないドラゴンの臭いがするからどうしてもデュエルしたくなった」

「あら? ≪導師≫さんに『ブルーアイズ・マウンテン』の香りでも移ったかしら」

『ちゃうやろ』

 

 ≪サブテラーの戦士≫さんの至極真っ当なマジレス。

 抜け目ないようでどこか抜けているような気がする雇い主にうろんげな顔を浮かべるが、当人は意に介さず。

 

「……まぁ、異存がないのであれば構わんか。手短にLP4000(ハーフ・ライフ)制で頼むぞ」

「構わないわ」

「………………わかった……」

「おい」

 

 公子の明快な返事と真逆の龍姫の渋々といった返事に思わず古賀は眉を(ひそ)めるが、これ以上言葉を重ねても無意味だとため息をつく。

 続けてよっこいしょういち、と内心で年相応なことを呟きつつ古賀は席を立ち、テキパキとテーブルと椅子を移動。

 今まで(無言の観察)をしていた≪パーフェクトエース≫さんも何やかんやで手伝い、準備が整う。

 

 最上位(トップランカー)の9位にして''竜姫''の異名と''ドラゴン狂い''の蔑称を持つ龍姫。

 珈琲館『TA-Liz』の店主にして絶賛イケメンマッスルリッチマンを求める公子。

 

 今、2人の壮絶さの欠片も一切感じられず、至極どうでも良い理由で勝敗の結果が何の影響も及ぼさない、もう勝手にやってろとしか思えないデュエルが──

 

「「デュエル」」

 

 ──始まってしまった。

 

 

 

 

 

「私の先攻ね。モンスターをセット。リバースカードを3枚セットするわ」

 

 チラリと手札を一瞥し、公子は流れるような手捌きでカードをデュエルディスクに挿し込む。

 モンスターゾーンに裏側守備表示で1体、魔法・罠カードゾーンに3枚と、後攻側からすれば動き辛い布陣。

 残った手札1枚は今は使えないカードか、はたまた温存するカードか、それとも──

 

「手札から魔法カード≪命削りの宝札≫を発動。自分の手札が3枚になるようドロー。このターン自分の特殊召喚を一切封じ、ターン終了時に手札を全て捨てるわ」

 

 ──さらなる爆発を生むカードか。

 

「セットしていた魔法カード≪二重召喚≫を発動。このターン私は2回まで通常召喚できる。追加でモンスターをセットし、残ったカード2枚もセットしてエンドよ」

(ほう……)

 

 観戦していた古賀は感心するように声を漏らす。

 ≪命削りの宝札≫は3枚になるまで手札を増やせる強力なカードだが、その分特殊召喚禁止とターン終了時に手札を捨てるデメリットもある。

 それを通常召喚回数を増やす≪二重召喚≫で上手く下級モンスターを引き入れてセット。

 さらには魔法・罠カードも追加で2枚セットという、理想的な形でカードを余すことなく使い切った公子のドロー力とプレイングに唸ったのだ。

 

 公子の場には裏側守備モンスターが2体。

 魔法・罠ゾーンのリバースカードが4枚。

 合計枚数は初期手札よりも多いが、その代償として手札は0枚。

 しかし、攻める側となれば厭らしい布陣であることは間違いない。

 

(さて、プロ決闘者さんはどう出るかしら?)

 

 裏側守備モンスターも含めセットカード6枚という、中々見られない光景。

 この状況で龍姫がどう動くのかと、公子はお手並み拝見とばかりに龍姫を見据える。

 

「私のターン、ドロー。手札から≪聖刻龍-トフェニドラゴン≫を特殊召喚。この子は相手にのみモンスターが居る場合に手札から特殊召喚できる。≪トフェニ≫をリリースし≪聖刻龍-ネフテドラゴン≫を特殊召喚。≪ネフテ≫は自分【聖刻】モンスターをリリースして手札から特殊召喚できる。リリースされた≪トフェニ≫の効果発動。手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスターを攻守0にして特殊召喚する。私はデッキから≪神竜ラグナロク≫を特殊召喚」

(あっ、この子リバースカード無視でめっちゃ動く)

 

 しかし、龍姫の辞書に様子見という単語はない。

 正体不明のセットモンスター?

 リバースカードが4枚も存在?

 関係ない──全てブチ抜けば問題ないのだ。

 

「≪ネフテ≫をリリースし手札から≪聖刻龍-シユウドラゴン≫を特殊召喚。この子も≪ネフテ≫と同じ条件で手札から特殊召喚できる。そしてリリースされた≪ネフテ≫の効果発動。≪トフェニ≫と同じ効果を使う。私はデッキから≪守護竜ユスティア≫を攻守0にして特殊召喚」

 

 龍姫の場に光輝く竜が3度転生。

 ≪トフェニ≫に始まり、≪ネフテ≫が繋ぎ、≪シユウ≫が顕現。

 それに併せて場には攻守0のドラゴン族・通常モンスター、≪ラグナロク≫と≪ユスティア≫も構える。

 手札3枚を使い、残っている手札は3枚。

 召喚権を残したままという状況もある種の恐怖であり、場と手札の状況からはエクストラデッキより如何なるモンスターも呼び出せるだろう。

 何を出して来るのか、と公子は少しだけ細めた眼差しを龍姫へと向ける。

 

「手札から魔法カード≪儀式の下準備≫発動。デッキから儀式魔法を選び、その儀式魔法と儀式魔法に記された儀式モンスター1体を手札に加える。≪祝祷の聖歌≫、≪竜姫神サフィラ≫の2枚を手札に」

(あら?)

 

 しかし龍姫が取った手は展開ではなくサーチ。

 3枚の手札が4枚に増え、その内2枚は儀式魔法と儀式モンスター。

 さらには場に儀式モンスターと同レベルのモンスターも存在している──となれば、この後の展開は火を見るより明らか。

 

「儀式魔法≪祝祷の聖歌≫発動。レベルの合計が6以上になるよう、場・手札のモンスターをリリースし、手札の≪竜姫神サフィラ≫の儀式召喚を執り行う。私は場の≪シユウ≫をリリース──」

 

 慣れた手つき。

 まるで呼吸をするのと同じぐらい龍姫に取ってごく当然の動きで、デュエルディスクに魔法カードを挿し込み、1体のモンスターカードを墓地に送る。

 その流れのまま、龍姫の場に天上から6本の光柱が突き刺さる。

 6本の光柱の頂点それぞれが光線を結び、正六角形を描く。

 どこの言語かも分からぬ紋様が地に現れ、その中央に一際巨大な光柱が降り注いだ。

 

「祝いの祷りを捧げ、聖なる歌で竜に光を……儀式召喚。光臨せよ、私の写し身──≪竜姫神サフィラ≫ッ!!」

 

 瞬間、閃光。

 中央の光柱が弾けるように光を放ち、光源からは1体の竜がその身を晒す。

 蒼く澄んだ竜翼と竜鱗。

 美しくも純白なる体躯。

 威厳と高貴溢れる黄金。

 蒼・白・金の3色に彩られた、''竜姫神''の名に相応しい姿の竜人(ドラゴニュート)──龍姫の魂にして分身≪竜姫神サフィラ≫が顕現する。

 

『出た!! ''竜姫''のエースモンスターだっ!!』

『ふつくしい……まぁ私には及ばないが』

「どこから出てきた急に」

 

 囃し立てる≪パーフェクトエース≫さん。

 賛辞からの傲慢なまでの自己肯定感カオスMAXな≪ルシフェル≫。

 突然のギャラリーに困惑する古賀。

 三者三様のリアクションが片隅で行われる中、龍姫は(傍から見てわからない)笑みを浮かべるとデッキから1枚のカードが自動的に排出される。

 

「リリースされた≪シユウ≫の効果を発動。≪トフェニ≫、≪ネフテ≫の被リリース時と同じ効果。デッキから≪アレキサンドライドラゴン≫を攻守0にして特殊召喚」

「賑や蟹なってきたわね」

 

 さらなる展開で龍姫の場には≪竜姫神サフィラ≫、≪神竜ラグナロク≫、≪守護竜ユスティア≫、≪アレキサンドライドラゴン≫の計4体のドラゴンが並ぶ。

 内3体は攻守0となっている通常モンスターではあるが、状況的には如何様にでも展開できる。

 果たして鬼が出るか蛇が出るか──いや竜しかいない。

 

『レベル4のモンスターが2体──来るで、ハム子!!』

「私はレベル4の≪アレキサンドライドラゴン≫にレベル2の≪ユスティア≫をチューニング。深淵より出でし無形よ、現世にその形を成して現せ──シンクロ召喚。出でよ、レベル6≪ドロドロゴン≫」

「シンクロ召喚が来たわよ戦士さん」

 

 『TA-Liz』馴染みの茶番劇を広げつつ、龍姫の場に泥人形ならぬ泥竜形の≪ドロドロゴン≫が出現。

 さながら早すぎて腐っている巨神○、もしくはバイオブ○リーの如くドロドロヌルヌルなその姿は飲食店からしたら明らかに保健所案件だがデュエルなのでノープロブレム。

 

「≪ドロドロゴン≫の効果。融合素材の代用にでき、シンクロ召喚されているこの子自身を含む自分場のモンスターで融合召喚できる。私は≪ドロドロゴン≫を≪ロード・オブ・ドラゴン―ドラゴンの支配者―≫として扱い、場の≪神竜ラグナロク≫と融合。竜笛(りゅうてき)を吹き鳴らし、その音色で天より竜を降ろせ──融合召喚。現れよ、レベル7≪竜魔人キングドラグーン≫」

 

 続けて龍姫の場に現出するは竜魔人。

 上半身が竜の支配者、下半身が東洋竜と怪異の如きドラゴン。

 見た目おぞましいが、外見だけでなく中身(効果)もおぞましい。

 

「≪キングドラグーン≫が場に存在する限り、相手はドラゴンを効果の対象にできない──そしてもう1つの効果起動。手札からドラゴン族1体を特殊召喚。私は≪聖刻龍-ドラゴンヌート≫を守備表示で特殊召喚」

 

 次いで現れたのは機動武闘しそうなポージングでフィールドに降り立つ竜人≪ヌート≫。

 ≪キングドラグーン≫の効果で呼び出せるドラゴンにレベル制限も効果無効縛りもない中、何故下級モンスターを?

 と、≪サブテラーの戦士≫さんが疑問に思うが、ふと龍姫の手札に視線を移すと『あぁ……』と納得。

 

 あと手札が1枚しかないのだ。

 流石に少ない手札では望むドラゴンを抱えられなかったんだな、と冤罪で村人に追いやられ最終的には愛犬と天に召されるおフランスな作品の名シーンを視聴するタレントの如くホロリと涙。

 このターンは3体のドラゴンが襲って来るのだろうなぁ、【サブテラー(仲間内)】で誰が攻撃されるのかわからないが、心の中で合掌。

 願わくば安寧なる安らぎを──

 

「守備力600の≪ヌート≫を対象に≪ドロー・マッスル≫発動。対象にした守備力1000以下のモンスターはこのターン戦闘破壊耐性を得て、1枚ドロー──その前にカード効果の対象になった≪ヌート≫の効果発動。この子がカード効果の対象になった時、上級【聖刻】の被リリース時効果と同じ効果が適用される。墓地より≪ラグナロク≫を蘇生」

『──ひょ?』

「私はレベル4の≪アレキサンドライトドラゴン≫と≪ドラゴンヌート≫でオーバーレイネットワークを構築。竜弦を響かせ、その音色で闇より竜を誘え──エクシーズ召喚。顕現せよ、ランク4≪竜魔人 クィーンドラグーン≫」

 

 ──そう思っていた矢先の展開(ソリティア)

 何ということでしょう。

 1体の下級モンスターと1枚の手札が、1体の戦闘破壊耐性を自身を除くドラゴン全体に付与するエクシーズモンスターと1枚の手札に変わったではありませんか。

 

「オーバーレイ・ユニットを1つ使い、≪クィーンドラグーン≫の効果発動。墓地よりレベル5以上のドラゴン1体蘇生。私はレベル6の≪ドロドロゴン≫を蘇生。ただし効果は無効化されこのターン攻撃不可」

「青・紫・黒・白──カラフルな枠になってきたじゃない」

「もう少し頑張る。永続魔法≪星遺物の守護竜≫発動。発動時に墓地のレベル4以下のドラゴン──≪ヌート≫を蘇生。さらに≪ヌート≫を対象にモンスターゾーンの位置を変更──そしてカード効果の対象になったことで≪ヌート≫の効果発動。墓地の≪ユスティア≫を蘇生する」

『もう少し≪ヌート≫はん労わってやってや……』

 

 手札からの強制出社、エクシーズ素材として女王様の糧、オーバーレイ・ユニットとして使われて墓地へ退勤したかと思えば、再度強制出社メールで墓地からのカムバック──からのメインモンスターゾーンで反復横跳び。

 ≪ヌート≫のあまりの酷使に≪サブテラーの戦士≫さんは≪ヌート≫が他人とは思えず、今度はガチで目尻に涙が。

 その同情に共感したか、≪ヌート≫も疲弊しきった表情でサムズアップ。

 今、ここに種族と持ち主の境界を超えた友情が生まれた──かもしれない。

 

「私はレベル6の≪ドロドロゴン≫にレベル2の≪ユスティア≫をチューニング。光闇白黒より生まれし支配者よ、現世に歪なる混沌を齎せ──シンクロ召喚。現れよ、レベル8≪混沌魔龍 カオス・ルーラー≫」

 

 男と竜人の言葉のない友情が育まれている中、龍姫の場にさらなるドラゴンが出現。

 黒竜鱗と紫翼を持った魔龍≪カオス・ルーラー≫が≪ヌート≫と同じくゴッ○ガンダムの腕組みポーズと同じ姿勢でフィールドに立つ。

 

「≪カオス・ルーラー≫のシンクロ召喚成功時の効果起動。デッキトップ5枚をめくり、その中から光・闇属性1体を手札に加える。私は≪混源龍レヴィオニア≫を手札に加え、残りの4枚は墓地へ送る」

「初手融合・儀式・シンクロ・エクシーズか……」

 

 無くなった手札を1枚だけ補充した龍姫を見て、古賀はポツリと呟く。

 龍姫の場には≪サフィラ≫、≪キングドラグーン≫、≪クィーンドラグーン≫、≪カオス・ルーラー≫、≪ヌート≫と5体のドラゴンが並んでいる。

 ≪ヌート≫以外は攻撃力2000超のアタッカーであり、2体の『ドラグーン』の効果でカード効果の対象にできず、戦闘での破壊も不可能。

 突破するとなると中々に骨が折れる布陣だと、古賀は心配そうに公子の方へ視線を向ける。

 

 しかし当の公子は別段焦った様子もなく、普段通りの余裕のある微笑。

 セットモンスターに自信があるのか、それとも一向に発動する機会のなかった4枚のリバースカードで対処できるのか。

 どちらにせよ、総攻撃を受けると敗北する状況で、公子がどう動くか古賀は注目する。

 

「……バトル。私から見て左のセットモンスターに≪クィーンドラグーン≫で攻撃──その子がドラゴン」

「……正解よ。セットモンスターは≪サブテラーの導師≫さん。攻守差で破壊は確定されるけど、リバース効果を発動。デッキから自身以外の【サブテラー】カード1枚を手札に加えるわ。≪サブテラーマリス・リグリアード≫さんを手札に」

 

 ドラゴンに対してどんな嗅覚を持っているんだと、公子は少々不気味に思いつつも≪導師≫さんの最期の力で手札を補充。

 龍姫は『…………テーマサーチかぁ……』と警戒ではなくションボリ気味。

 

「次。≪キングドラグーン≫で残りのセットモンスターに攻撃」

「セットモンスターは≪サブテラーの射手≫さんよ。そのまま戦闘破壊されるけど、≪射手≫さんが破壊され墓地へ送られたことで効果発動。デッキから【サブテラー】モンスター1体を表側守備か裏側守備で特殊召喚するわ。私はデッキから──レベル12の≪サブテラーマリス・バレスアッシュ≫さんを裏側守備で特殊召喚」

「……ふぅん…………」

 

 続けての攻撃で見た目麗しい白髪アマゾネスの≪射手≫さんが葬られる。

 しかし被破壊時の効果で公子のデッキから1枚のカードがカシュン、と自動的に排出されそれをモンスターゾーンにセット。

 一瞬、大山と見間違うような巨体が透けた状態で現れるがすぐにその姿を消した。

 

 龍姫はリクルーターにありがちなレベル制限や効果無効制限がないまま、デッキからモンスターを出されたことに少しだけ感嘆の声を漏らす。

 だが、決闘者の超視力で一瞬だけ公子の手で公開された≪バレスアッシュ≫の守備力1800は見逃さなかった。

 ≪ヌート≫では僅かに届かないが、≪サフィラ≫でも≪カオス・ルーラー≫でも突破でき、その後に直接攻撃を2回決めればゲームエンドだ。

 目的のドラゴン──≪サブテラーの導師≫の姿と効果も把握したので、これ以上はドラゴン好事家として望むものはない。

 ならば後は蹂躙するだけ攻撃命令を下そうとし──

 

「続けて私は──」

「その前に裏側守備で≪バレスアッシュ≫さんが特殊召喚された時、リバースカードを発動。罠カード≪サブテラーの決戦≫発動。4つの効果から1つを選択して使うわ。私は裏側の【サブテラー】モンスター1体を表側攻撃表示、または表側守備表示にする効果で≪バレスアッシュ≫を表側攻撃表示に変更よ」

「──っ、」

 

 ──その動きが止まる。

 

「≪バレスアッシュ≫さんのリバース効果発動。自身以外の表側表示モンスターを──全て裏側守備表示に変更する」

「裏側……っ!?」

 

 先ほどは透けた状態で一瞬姿を見せた≪バレスアッシュ≫が、寝返りを打つようにのそりと立ち上がった。

 大亀に似た、巨大な岩山の如く体躯を露にすると、両の前足を力強く地面へと叩きつける。

 すると地震の如く振動がフィールドに伝搬し、攻撃体勢に移ろうとしていた≪カオス・ルーラー≫を始め、龍姫のドラゴン5体全てがその姿を消す。

 ソリッドビジョンで映し出されていた華美流麗なドラゴン達は消え、代わりに横向きになった裏側のカードだけが映し出される。

 

「≪サブテラーの決戦≫は発動後、再びセットされるわ」

(……やられた)

 

 攻撃を防がれた龍姫は、内心で小さくため息を吐いた。

 効果対象・戦闘破壊耐性を付与していても、対象を取らないカード効果は防げない。

 そればかりか裏側にされたことで各耐性も効力を発揮できず、龍姫の場にはただ裏側守備モンスターが5体並ぶだけの状況になってしまった。

 しかも≪サフィラ≫の効果で手札補充すらもできないとなれば完全なお手上げ状態。

 

「……ターン、エンド」

「エンド時に罠カード≪メタバース≫発動。デッキからフィールド魔法を発動するか手札に加えるわ。私はデッキから≪地中海シャンバラ≫を手札に」

「……今度こそエンド」

 

 さらには相手の掌の上で踊らされるかの如く展開準備も許す始末。

 相手を侮ったつもりはないが、少しばかり勝負を急いてしまったかと龍姫は反省する。

 

 今の龍姫の場には裏側守備になった5体のドラゴン。

 魔法・罠ゾーンには≪星遺物の守護竜≫。

 手札は1枚、ライフポイントは無傷の4000。

 

 対して公子の場には攻撃力3000の≪バレスアッシュ≫。

 リバースカードも3枚あり、内1枚は≪サブテラーの決戦≫。

 手札は≪サブテラーマリス・リグリアード≫と≪地中海シャンバラ≫の2枚。

 ライフポイントは龍姫と同じく無傷の4000だ。

 

 カード・アドバンテージ的にはほぼ互角だが、状況的には龍姫は不利。

 モンスターの数こそ多いが裏側守備なので文字通り壁にしかならず。

 魔法・罠カードがないので奇襲はおろか防御もできない。

 願わくば1体でもドラゴンが残れば、と龍姫は思うが、公子を相手に残るかどうか不安の方が勝る。

 

「私のターン、ドロー。フィールド魔法≪地中海シャンバラ≫を発動。発動時の効果処理でデッキから【サブテラー】モンスターをサーチするわ。私はデッキから≪サブテラーマリス・アクエドリア≫さんを手札に加える。そして≪バレスアッシュ≫さんの効果発動。1ターンに1度、このカードを裏側守備表示にする」

 

 龍姫の不安が募る中、公子は淡々とデッキを回していく。

 サーチで手札を補充し、≪バレスアッシュ≫を自身の効果でセット状態に。

 ≪バレスアッシュ≫のセットはまさか攻め込む手段がないのでは?

 と龍姫が少しばかり希望を抱き──

 

「手札の≪リグリアード≫さんの効果発動。自分表側モンスターがセットされ、他に表側表示モンスターが存在しない場合、自身を表側守備で特殊召喚。そして≪バレスアッシュ≫さんと同じ効果で自身をセットし──手札の≪アクエドリア≫さんの効果発動。≪リグリアード≫さんと同じ効果で自身を表側守備で特殊召喚。それからもう1つの効果で自身をセットするわ」

(……ヤバいかも)

 

 ──警戒に変わる。

 公子の場には裏側守備の上級モンスターが3体。

 それも先の≪バレスアッシュ≫の効果を受けた限りだとリバース効果であることは間違いない。

 罠カードの≪サブテラーの決戦≫で毎ターン自由にリバース効果を操ることができるとなると、その脅威は計り知れないだろう。

 ここからどんな動きをしてくるのかと、龍姫はセットされた≪サブテラーの決戦≫を注視。

 

「罠カード≪砂漠の光≫発動。私のセットモンスター全てを表側守備表示にするわ。≪バレスアッシュ≫さん、≪リグリアード≫さん、≪アクエドリア≫さんの3体を表側守備表示に。≪リグリアード≫さんのリバース効果。相手モンスター1体を選択して除外。≪アクエドリア≫さんのリバース効果。自分場の【サブテラーマリス】の数だけセットカードを破壊する」

「……えっ」

 

 しかし、表になった罠カードは≪サブテラーの決戦≫の隣、≪砂漠の光≫。

 1体だけ表側になるかと思えば3体同時に表側になったのだ。

 巨大な蜥蜴、異形の海獣、岩山の如き大亀が一斉に牙を剥く。

 

「≪リグリアード≫さんの効果で≪サフィラ≫を除外。≪アクエドリア≫さんの効果でセット状態の≪キングドラグーン≫、≪クィーンドラグーン≫、≪カオス・ルーラー≫の3体を破壊よ」

「……了承」

 

 ≪リグリアード≫の尾がセットされた≪サフィラ≫を別次元へ葬り、≪アクエドリア≫が起こした大波で≪ヌート≫以外の3体が墓地へと流される。

 これで龍姫の場にはセットされた≪ヌート≫と虚しく残っている≪星遺物の守護竜≫のみ。

 内心では≪サフィラ≫を除外され激おこムカ着火ファイアーな龍姫ではあるが、前回の件でちょっぴり反省。

 無表情の下では歯を食い縛って我慢、我慢と必死に自制を促す。

 

「私は≪リグリアード≫さんと≪バレスアッシュ≫さんの2体のリバース効果モンスターをリンクマーカーにセット。リンク2の≪サブテラーマリスの妖魔≫さんをリンク召喚」

(ドラゴn──何だ幻竜族か……)

 

 新たに出てきたドラゴン──ではなく幻竜族を姿を見るなり龍姫は無礼にも内心ため息。

 ちょっぴり見た目がドラゴンなので騙されかけた、と公子に訝しげな視線を向ける。

 

「……? ≪マリス妖魔≫さんはリンク素材にしたモンスターのレベルの合計×100ポイント攻撃力がアップするわ。2体の合計レベルは19。よって攻撃力は3900よ」

『中々えげつない攻撃力やな……』

「そして手札から≪サブテラーの戦士≫さんを出勤」

『──って、脈絡なく唐突に喚ぶのやめぇや!!』

 

 公子は残っていた最後の1枚──≪サブテラーの戦士≫さんを場に呼び出す。

 のほほんとカップ片手に観戦していた≪サブテラーの戦士≫さんは身支度そこそこに慌てて剣を携えて戦場に遅参。

 キリっ、とカードイラスト通りのキメ顔とポーズを取って何とか威厳を保つ。

 

「セットしていた永続魔法≪サブテラーの激闘≫を表にして──バトル。≪戦士≫さんでセットされた≪ヌート≫に攻撃」

『なっ──ホンマかハム子!? わいに心の友となった≪ヌート≫はんをやれっちゅうんか!?』

「やりなさい」

『あっ、はい』

 

 一瞬の葛藤は雇用主の一言で消える。

 ≪サブテラーの戦士≫さんは手に持った剣で『すまへん……すまへん……!』と呟きながら裏側になっていた≪ヌート≫を横一線の一刀両断。

 斬られた≪ヌート≫さんはどこか満足そうな顔で『これでやっと休める……ありがとう……』と≪サブテラーの戦士≫さんにしか聞こえない声量で呟くと、そのまま光の粒子となって霧散。

 

「≪戦士≫さんの効果発動。デッキから≪サブテラーマリス・アルラボーン≫さんを墓地に送って発動。≪戦士≫さん自身と≪アクエドリア≫さんをリリースし、コストで墓地に送った≪アルラボーン≫さんを≪マリス妖魔≫さんのリンク先にセット特殊召喚」

「……誘発即時効果」

「その通り。≪戦士≫さんの効果は相手ターンでも使えるの。そして私の場にセットモンスターが居ることで永続魔法≪サブテラーの激闘≫の効果が適用される。自分【サブテラー】モンスターは場のセットモンスターの数×500ポイント攻撃力がアップするわ」

「……ふぅん──ふぅん?」

「つまり≪マリス妖魔≫さんの攻撃力は4400ね」

 

 龍姫の残りライフポイントは無傷の4000。

 ≪マリス妖魔≫の攻撃力は強化され4400。

 そして龍姫の場に壁となるモンスターは存在しない──よって、ワンショットキルの状況が成立している。

 

「私は≪マリス妖魔≫さんで──」

「墓地から永続罠≪光の護封霊剣≫を除外して効果発動。このターン、相手は直接攻撃できない」

「──残念、私はこれでターンエンドよ」

 

 あっけらかん、と特段残念感など感じさせないような表情の公子。

 対して龍姫はと言うと、僅かに冷や汗を流しつつも、ターンが回って来ることに安堵する。

 

 公子の場には≪マリス妖魔≫とそのリンク先にセット状態の≪アルラボーン≫。

 フィールド魔法≪シャンバラ≫と永続魔法≪サブテラーの激闘≫、セットされている罠≪サブテラーの決戦≫がある。

 手札は0枚でライフポイントは増減なしの4000のまま。

 

 龍姫の場には永続魔法の≪星遺物の守護竜≫がポツンとあるだけ。

 手札は前のターンでサーチした≪レヴィオニア≫1体だけで、ライフポイントは公子と同じく4000。

 

 状況は圧倒的に龍姫が不利。

 カード・アドバンテージ差は歴然であり、調子に乗って展開してしまい、ターン終了時に馴染みの≪サフィラ≫の手札補充効果すら使えない状況。

 龍姫は静かに自分の手札・場と公子の場を一瞥すると、笑みを浮かべる。

 まるでこの程度なら余裕で返せるというプロ決闘者の自信の表れか──

 

 

 

(超ヤバい……!!)

 

 

 

 ──なお、内心では滝汗ダラダラであった。




後編は今月中に投稿したいです。


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巣●作りドラゴン(プリンセス)(後篇)

大遅刻しました(マスターデュエル没頭)
忘れてる人は前話を読んで思い出して頂ければと(前話を読みながら書いた人)


 

 危機的状況の龍姫。

 カード・アドバンテージ差は圧倒的であり、相手の場には攻撃力4400と効果不明なセットモンスターが居る。

 長引けば長引くほど相手が有利になっていくであろうテーマに対し、これ以上猶予は与えられない。

 ならば──

 

「私のターン、ドロー。私は墓地の光属性≪トフェニ≫、≪ネフテ≫、≪シユウ≫の3体を除外し≪レヴィオニア≫を特殊召喚。光属性のみを除外して特殊召喚した≪レヴィオニア≫の効果発動。墓地のモンスターを1体蘇生させる。私は墓地の≪ヌート≫を蘇生」

『そんな……! ≪ヌート≫はんが何をしたって言うんや……!』

 

 ──速攻で決める。

 そのための展開要員である≪レヴィオニア≫の効果で三度≪ヌート≫を場に呼び出す。

 同じく既に墓地に行って観戦に戻った≪サブテラーの戦士≫さんは、ブラック企業に勤める社畜の如く呼び出される≪ヌート≫の扱いに憤慨。

 なお当人(竜)の≪ヌート≫の目には既に光がない。

 

「≪星遺物の守護竜≫の効果で≪ヌート≫を対象に位置を移動させ、効果対象になった≪ヌート≫の効果発動」

「その効果にチェーンして罠カード≪サブテラーの決戦≫発動。≪アルラボーン≫さんを表側守備表示に変更するわ。リバース効果でこのターン【サブテラー】は効果破壊されない」

「……≪ヌート≫の効果でデッキから≪ラブラドライドラゴン≫を攻守0にして特殊召喚」

「≪マリス妖魔≫さんのリンク先で【サブテラーマリス】がリバースしたことで、≪マリス妖魔≫さんと墓地の≪戦士≫さんの効果発動。墓地の≪戦士≫さんを特殊召喚し、≪マリス妖魔≫さんはリンク先のモンスターがリバースした場合、デッキ・墓地からリバースモンスターを手札に加える。≪導師≫さんを墓地から回収するわ」

 

 効果破壊耐性か、と龍姫は内心でホッと胸を撫で下ろす。

 その程度であれば問題ない──どの道、全て『殴り』倒して突破するのだから。

 

「墓地の≪カオス・ルーラー≫と≪螺旋竜バルジ≫の効果発動。墓地の光属性≪アレキサンドライドラゴン≫と闇属性≪ドロドロゴン≫を除外し≪カオス・ルーラー≫を蘇生。自分場に光と闇が居ることで≪バルジ≫自身を蘇生」

「よく手札1枚からモンスター4体を展開できるわね……」

 

 ≪レヴィオニア≫1枚から計4体のドラゴン。

 事前に≪カオス・ルーラー≫の効果で墓地肥やししたことや、永続魔法の≪星遺物の守護竜≫の効果もあってのことだが、流石はランク9位の展開力と公子は感嘆。

 

「レベル8の≪カオス・ルーラー≫と≪バルジ≫でオーバーレイ・ネットワークを構築。聖なる印を刻む龍の神よ、その力で以て竜を守護せよ──エクシーズ召喚。顕現せよ、ランク8《聖刻天龍-エネアード》」

 

 そして公子が感嘆する傍ら、龍姫は自身の愛用するエクシーズモンスター──の別側面を降臨させる。

 ≪エネアード≫は2種存在し、一方が≪聖刻神竜≫、もう一方が≪聖刻天龍≫だ。

 前者は手札・場のモンスターをリリースして破壊する攻めの効果、後者は──

 

「≪聖刻天龍≫が居る限り、私の場のモンスターを対象にする効果が発動した時、オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことでその発動を無効にし破壊する」

「なるほど、無粋な真似をすればその名の通り天罰が下るということね」

 

 ──守りの効果。

 速攻で攻めると考えつつも、龍姫の思考はクリアー。

 ガムシャラに攻めるのではなく、ある程度の対策を施した上で攻めるのだ。

 

「レベル4の≪ヌート≫にレベル6の≪ラブラドライドラゴン≫をチューニング。現世を焦土と化す煉獄の焔よ、紅蓮の竜となりて劫火を吹き荒べ──シンクロ召喚。レベル10≪トライデント・ドラギオン≫」

 

 その対策を施した上で龍姫が呼び出したドラゴンが──この紅蓮劫火竜≪トライデント・ドラギオン≫。

 口上の通り赤熱した鱗に身を包み、三つ首の頭からは轟々と炎が吐息のように零れる。

 いつぞやのエキシビションでもその圧倒的な攻撃能力を秘めた、龍姫愛用のフィニッシャーだ。

 

「≪ドラギオン≫の効果。シンクロ召喚成功時、自分場のカードを2枚まで破壊。私は≪レヴィオニア≫と≪星遺物の守護竜≫を破壊する。これで≪ドラギオン≫はこのターン3回攻撃が可能となる」

「攻撃力3000の3回攻撃なんてえげつないわね……」

(……効果耐性と戦闘破壊耐性を無力化して一斉に除去する方もどうかと思うが)

 

 イマイチ公子の掴みどころのない性格に古賀は訝しげに思うも、それはそれ。

 龍姫の方がすこぶるえげつない盤面を形成している上、昔から優秀で問題児であったために公子のへの反応に対してはある意味若干の耐性がある。

 

「さらに手札から速攻魔法≪コンセントレイト≫を発動。≪ドラギオン≫の攻撃力を守備力分アップさせる。≪ドラギオン≫の守備力は2800。よって攻撃力は5800になる」

「攻撃力5800の3回攻撃……」

 

 魔法カードの効果によってか≪ドラギオン≫の体に朱光に輝き、威圧感がより一層増してさらに場の空気を重苦しいものに変えていく。

 そんな≪ドラギオン≫溢れる圧倒的強者の風格に龍姫は(傍から見ればわからないが)満足そうな表情を浮かべ、視線を公子の場へ向ける。

 

「バトル。私は──」

「バトルフェイズに入った時、私は場の≪戦士≫さんの効果発動。デッキから≪サブテラーマリス・グライオース≫を墓地に送って≪戦士≫さん自身とセット状態の≪アルラボーン≫をリリース。さ、≪戦士≫さんヘルプ呼んできて」

『人使い荒ない!? とりあえずヘルプやで≪グライオース≫はん!』

 

 いざ攻撃しようとした矢先、公子の指示(命令)の下で≪戦士≫さんが忙しく動く。

 ≪戦士≫さんはセット状態の≪アルラボーン≫を畳のように担ぎながら墓地へダイブ。

 そして投げ銭の如く墓地から≪戦士≫さんがペイ、と≪グライオース≫をフィールドにセット。

 これで最低限の戦闘ダメージは防いだか、と古賀は公子のプレイングを静かに見つめる。

 

「──バトル続行。≪ドラギオン≫で≪マリス妖魔≫に攻撃」

「この瞬間、フィールド魔法≪地中界シャンバラ≫の効果発動。相手モンスターの攻撃宣言時、自分セットモンスターを表側攻撃表示か表側守備表示に変更し、その攻撃を無効にする。セットされている≪グライオース≫さんを表側守備表示に変更。これで≪ドラギオン≫の攻撃は無効よ」

 

 ≪ドラギオン≫の口内に竜炎が迸った瞬間、公子の≪地中界シャンバラ≫が場を一変させていく。

 蒼色の異形がその姿を露わにし、威嚇するかの如く≪ドラギオン≫へ咆哮。

 

「リバースした≪グライオース≫さんの効果発動。デッキからカード1枚を墓地に送る。この効果でデッキから≪仁王立ち≫を墓地に送る。そして墓地に送った≪仁王立ち≫を除外して効果発動。このターン、貴方は≪グライオース≫さんにしか攻撃できない」

「──っ、」

 

 ひょい、と≪グライオース≫は器用に公子のデッキから1枚のカードを咥えぺい、っと墓地へと吐き出す。

 吐き出されたカードは墓地を経由してそのまま次元の彼方へ消え、同時に≪グライオース≫の体が赤く光り始め、まるで闘牛士が如く≪ドラギオン≫を挑発。

 その様子に≪ドラギオン≫は『あぁん?』とガラの悪いヤンキーのように煽り返し、その双眸は≪グライオース≫にのみ向けられる。

 

「……バトル続行。2回目の攻撃≪ドラギオン≫で≪グライオース≫に攻撃」

「徹──じゃなくて通るわ。お疲れ様≪グライオース≫さん」

 

 (内心で)苦虫をすり潰したような表情を浮かべながら、龍姫は2度目の攻撃命令を渋々といった顔で下す。

 先ほど挑発された≪ドラギオン≫は憤怒の炎とも形容する竜炎で≪グライオース≫を焼☆殺。

 死の間際に親指を上げるサムズアップで消し炭になりながら、≪グライオース≫はしめやかに退場した。

 

「これで≪仁王立ち≫の効果を受けた≪グライオース≫さんが場にいなくなったので、貴方はこれ以上攻撃できない」

「知ってる。忌々しい」

「ハッキリ言うわね……」

 

 歯に衣着せぬ龍姫の言い方に若干呆れる公子。

 龍姫は相手の妨害対策として≪聖刻天龍≫を場に出しつつ、攻撃力5800で3回攻撃持ちの≪ドラギオン≫も揃え、完全にこのターンでのフィニッシュ狙いだったのだ。

 それをすり抜けられたばかりか、このターンで1ダメージも与えられない始末。

 プロ決闘者はおろか、最上位(トップ)ランカーとしても恥ずべき結果だ。

 

 プロ決闘者でなくても実力者がいずれかに居ることは知っているが、それをこのような場末(無礼)の喫茶店で出会おうとは龍姫も古賀も予想だにしていない。

 龍姫としては『むぅ……』と内心で頬を膨らませる程度だが、彼女を昔から知っている古賀の方が驚きは大きかった。

 

(よもや龍姫を相手に渡り合うどころか劣勢に追い込むとは……これは万が一、という事態もあり得るか?)

 

 そんな古賀の心配を他所に、というほどではないが、龍姫は小さくため息をつく。

 改めて自分の手札を見ようとし──空になっている手を見る。

 完璧なまでのハンドレス。

 このターンで完全に決める予定だっただけに、今の状態で相手にターンを渡すのは不安でしかない。

 いくら自分の場に攻撃力3000のモンスターが2体おり、≪聖刻天龍≫で対象を取る効果に対しては耐性がある。

 だが、逆に対象を取らない効果に対しては何の耐性もなく、純粋に攻撃力で上回れば容易に戦闘でも破壊されてしまう。

 

「……ターンエンド」

 

 そのような状態で自分は返しのターンで生き残れるのかという不安を覚えながら、龍姫は力ない声量でターンを渡した。

 

「私のターンね、ドロー。モンスターをセットし、≪地中界シャンバラ≫の効果でリバース。リバースした≪導師≫さんの効果発動。デッキから≪サブテラーの刀匠≫さんを手札に。さらに≪マリス妖魔≫の効果発動。デッキから≪サブテラーマリス・エルガウスト≫さんを墓地に送り、手札から≪サブテラーマリス・ジブラタール≫さんをセット」

 

 もらったターンで公子は悠々とデッキを回転。

 セット・サーチ・墓地送り・セットと、着実に盤面を整えていく。

 如何に公子がそのデッキを使い慣れ、その上でプロにも肉薄する実力かがわかる。

 

「罠カード≪サブテラーの決戦≫発動。セットした≪ジブラタール≫さんを攻撃表示に変更し、リバース効果発動。手札の≪刀匠≫さんを捨てて2ドロー。そしてこのタイミングで墓地の≪戦士≫さんを出勤させてから、バトルフェイズ」

『出番早ない!? 40~50行くらい前に出たばっかりやん!!』

「何もない。好きにすると良い」

『スルー力高いなアンタら!?』

「じゃあ遠慮なく。先ずは攻撃力3900となっている≪マリス妖魔≫さんで≪聖刻天龍≫に攻撃よ」

 

 流れるような動作のまま、バトルへ。

 途中で≪戦士≫さんが流されるように場に出て、それをさながら現場猫が如く『確認ヨシ!』と目視した≪マリス妖魔≫が≪聖刻天龍≫に向けて掌から光線を放つ。

 リンク素材のレベル分だけ強化されただけあり、その攻撃を無効化ないしは耐性のない≪聖刻天龍≫は成す術なく魔貫○殺砲を受けたラデ○ッツが如く斃れ伏す。

 

「次──に行く前に≪導師≫さんの効果発動。≪導師≫さん自身と≪ドラギオン≫を裏側守備表示に変更する。これにより永続魔法≪サブテラーの激闘≫の効果で≪ジブラタール≫さんの攻撃力が≪ドラギオン≫を上回った」

(フリチェなんだその効果)

 

 とりあえずこのターンの敗北はなさそうだと、龍姫は内心安堵。

 しかし、それでも呼び出した最上級ドラゴン2体があっさりと葬られたことには僅かばかりの苛立ちと悲しみを覚える。

 

「≪戦士≫さんでダイレクト」

『○の呼吸、壱の型! 水面切りっ!!』

 

 最近流行りの鬼の滅殺モノを観た影響を受けたのか、流麗な刀捌きの如く──とまではいかないが、綺麗な太刀筋で龍姫を袈裟切り。

 多少は衝撃で後退りしたり怯むものだが、龍姫は直立不動。

 『何やこの女……怖』と、思いながら≪戦士≫さんはそそくさと公子の場に帰還した。

 

「メイン2。≪ジブラタール≫さんを自身の効果で裏側守備に変更、手札からカードを1枚セットしてターンエンドよ」

「……私のターン、ドロー。魔法カード≪一時休戦≫を発動。互いに1枚ドローする。そして次のターンまでお互いに受けるダメージは0となる」

「あら延命措置。難儀した状況ね」

「……カードを1枚セットし、ターンエン──」

「その前に罠カード≪サブテラーの決戦≫を発動。≪ジブラタール≫さんを表側守備表示に変更しリバース効果起動。手札の≪サブテラーマリス・ボルティニア≫さんを捨てて2ドローよ」

「──エンド」

 

 バトルフェイズ終了からのメインフェイズ2、ターン終了と流れるように終わる。

 そして返しの龍姫のターンもほぼほぼドローゴーに近い形でターンを明け渡した。

 ≪一時休戦≫の効果によりダメージによる敗北はなくなったが、それでも現況は非常に厳しい。

 

 龍姫の場にはセットカードが1枚のみ。

 手札は0、残りライフポイントは800。

 前のターンで≪マリス妖魔≫の超過ダメージと、≪戦士≫さんの○滅的剣技でダメージを負ったものが存外と痛かったが、≪聖刻天龍≫と≪ドラギオン≫の素のステータスが高かったので、公子が強引な自軍強化をしたために攻撃回数自体は減らせたのだ。

 もし少しでもステータスが低いドラゴンであったなら、確実に龍姫は前のターンで敗北していた。

 最上位(トップ)ランカーの意地か、はたまた突破手段をドローできなかった公子のドロー力が届かなかったか。

 いずれにせよ、龍姫にライフポイントとカードが残されている以上、まだ敗北と判断するには早計。

 

 対して公子の場は潤滑にデッキを回転させた甲斐あってか、【サブテラー】としてはほぼ理想的な状況。

 ≪マリス妖魔≫は自己強化だけでも攻撃力3900と神に近しいステータス。

 ≪ジブラタール≫も高いステータスを誇り、プチ≪天使の施し≫を内蔵した最上級。

 ≪導師≫は着実に妨害とサーチを繰り返すメインエンジン。

 ≪戦士≫さんは(多分)長男だから公子のパワハラに我慢できている。

 

 フィールド魔法≪地中界シャンバラ≫で場を支配(コントロール)し、永続魔法≪サブテラーの激闘≫で回収と強化。

 セットされている≪サブテラーの決戦≫で戦況をかき乱し、残った1枚のセットは未だ不明のまま。

 手札は3枚あり、ライフポイントも無傷の4000だ。

 

 観戦者である古賀はいつの間にか無言。

 ここまで追い詰められている龍姫を見るのは珍しい──訳ではないが、それが一介の喫茶店のマスター相手となれば話は別。

 研修生時代から問題を起こして結果を残し、プロになっても問題を起こしては結果を残し、と繰り返してきたちょっとアレなドラキチ女子だが、その実力は本物だ。

 最早当初の目的など忘却の彼方に行ってしまったのか、ただただ真剣な眼差しでデュエルの行く末を見守るのみ。

 

(惜しむらくは、これが完全なプライベートデュエルというところか)

 

 とりあえずは、純粋に1人の決闘者兼観戦者として、古賀は静観を決め込んだ。 

 一方の公子と言えば圧倒的なまでのアドバンテージ差をつけての優位を保っているが、油断も慢心もない。

 その顔は普段の≪戦士≫さんらとの日常とは違い、真剣そのもの。

 デュエルをする以上は勝ちに行く。

 

(プロ決闘者って、よくトップ解決するから完全に逆転の芽を潰すまで安心できないわね……)

 

 これだけの優位を持ってしても絶対はない。

 一般常識としてプロ決闘者のシーズン中のデュエルだったり、決勝戦などでは特に目を(みは)るほどのドローなんてものもザラだ。

 龍姫の墓地に自己蘇生可能なドラゴンが何体か残っていることも考慮すると2──否、3以上の妨害手段は構えておきたい。

 ならば先ずは手札補充か、と自軍モンスターへと視線を移す。

 

「≪ジブラタール≫さんを自身の効果でセット。≪地中界シャンバラ≫の効果でリバースし、リバース効果発動。手札の≪サブテラーマリス・エルガウスト≫さんを捨てて──」

「──そのタイミングで罠カード≪裁きの天秤≫発動。相手の場のカードの数より自分の手札・場のカードの数が少ない場合、その差までドローできる。貴方の場のカードは8枚。私の場には≪裁きの天秤≫の1枚。よってその差の7枚ドローする」

「…………えっ?」

 

 そしていざ可能性の芽を潰そうとした矢先、その芽が急成長した。

 相手ターンのドローも含め、2枚のカードに対して3妨害以上の準備を始めた途端である。

 いつの間にか1枚しかなかったカードが7枚に変貌。

 7枚ものカードとなると3妨害では突破される恐れが非常に高い。

 

「……続けるわ。≪ジブラタール≫さんの効果で2枚ドロー。次に≪導師≫さんを反転召喚。リバース効果でデッキから≪サブテラーの妖魔≫を手札に加えるわ」

 

 このターンは≪一時休戦≫の効果で決めきれないことは承知の上。

 ならば次のターンであのカード暴力に対して可能な限り対策を用意しなければならないと盤面を整え始めていく。

 カード・アドバンテージ差こそ未だ公子が優位であることに変わりないが、それでも最上位(トップ)ランカー相手に対策は多いに越したことではないし、過剰とも感じない。

 

「≪マリス妖魔≫さんの効果。リンク先の≪導師≫さんがリバース効果を発動したことで、墓地から≪バレスアッシュ≫さんを手札に加える。そして≪導師≫さんの効果で自身と≪戦士≫さんをセット。魔法カード≪埋葬されし生け贄≫発動。私の墓地の≪射手≫さんと貴方の墓地の≪アレキサンドライトドラゴン≫を除外して≪バレスアッシュ≫さんをアドバンス召喚。その後、自身の効果で裏側守備表示に。そして手札からカードを2枚セットしてターンエンド」

 

 ふぅ、内心で小さくため息をついて公子はターンを終える。

 場には新たに【サブテラー】最強の≪バレスアッシュ≫を構えて合計5体のモンスター。

 魔法・罠カードもさらに追加し、魔法・罠ゾーンも全て埋めた。

 手札は誘発即時の≪妖魔≫を含めて3枚。

 先ほど最低限の妨害の準備と思ったが、完全に封殺する準備だ。

 問題は龍姫がドローカードを含めて8枚の手札になることだが、それさえ凌げれば問題ない。

 そう──凌げれば。

 

「私のターン、ドロー」

「スタンバイフェイズ。墓地の≪刀匠≫さんを除外して罠カード≪サブテラーマリスの潜伏≫発動。このターン、私のセットモンスターはカード効果の対象にならず、カード効果では破壊されない」

 

 牽制は公子から。

 セットモンスターに対象を取る除去と対象を取らない全体破壊への耐性を付与。

 これで生半可な除去からは確実に守ることができる。

 

「ふぅん……手札から≪大欲な壺≫を使用。除外されている≪トフェニ≫、≪シユウ≫、≪ネフテ≫の3体をデッキに戻して1ドロー」

(まだ……)

「続けて魔法カード≪貪欲な壺≫を使用。墓地の≪サフィラ≫、≪ユスティア≫、≪クィーンドラグーン≫、≪聖刻天龍≫、≪レヴィオニア≫の5体をデッキに戻して2枚ドロー」

(まだ……)

 

 しかし、それを見届けるや否や龍姫はドローカードの連打。

 自分(公子)の妨害手段が豊富なように、相手(龍姫)の展開手段も豊富。

 使用しているカードは本命かもしれないし、ブラフの可能性もあるのだ。

 確実に──絶対に通す訳にはいかないカードだけを止めようと、マストカウンターを見極めるために龍姫の一挙一動を注視する。

 

「手札の≪星雲龍ネビュラ≫と≪ダークストーム・ドラゴン≫を見せ≪ネビュラ≫の効果発動。自身と公開したドラゴンを効果を無効にして特殊召喚する」

「……どうぞ」

「じゃあ≪ネビュラ≫と≪ダークストーム≫を手札から特殊召喚」

 

 そして龍姫から放たれる第一の矢。

 レベル8のモンスター2体など明らかにランク8ドラゴンが出てくるしかない状況だが、それでも龍姫の手札は未だに7枚。

 これをフェイクとして本命の矢が控えている可能性を考慮し、公子は険しい眼差しで龍姫の場を見やる。

 

「墓地の≪螺旋竜バルジ≫の効果。場に光・闇のドラゴンが2体以上存在するので墓地から復活──続けて≪カオス・ルーラー≫の効果。闇の≪ラブラドライドラゴン≫と光の≪ヌート≫を除外して復活」

「……ここで永続罠≪星遺物の傀儡≫を発動し、その効果を使用。セットモンスターを表側攻撃表示か表側守備表示に変更する。≪バレスアッシュ≫さんを攻撃表示にし、リバース効果発動。貴女のモンスターを全て裏側守備にするわ」

「ん、了承」

 

 流石にこれ以上は看過できない、と龍姫の第二、第三の矢を放たせた上で公子は妨害手段の1つを使う。

 てっきりランク8が出てくるかと思えば、レベル8が4体も並んでしまっては何が出てくるかわかったものではない。

 

 最初の攻防で大活躍した≪バレスアッシュ≫が再び露わになり、咆哮。

 龍姫の場のドラゴン全員がすやぁ、と仲良く裏側守備表示(おねんね)する。

 

 内心で公子はこれで大幅に龍姫の手を止められたと微笑む。

 メインモンスターゾーンの4つを潰したに等しく、多くの召喚法を扱う龍姫からすればシンクロ・エクシーズ・リンクは潰されたも同然。

 ここから展開するとなればアドバンス召喚の贄とするか、儀式召喚の贄とするか──

 

「魔法カード≪融合≫発動」

「手札の≪妖魔≫さんを捨てて効果発動っ。≪バレスアッシュ≫さんをセットし、≪融合≫を無効にして破壊よ」

「じゃあ魔法カード≪大融合≫発動。フィールドの4体に加え、手札の≪アセト≫を融合」

「──っ!」

 

 ──融合素材とするか。

 第四の矢こそ止めたが、第五の矢まで飛んでくると現状の公子では防ぎようがない。

 

「5体のドラゴン族で融合──融合召喚。現れよ、最強だった(・・・)竜──≪F・G・D(ファイブ・ゴッド・ドラゴン)≫!!」

 

 場の最上級ドラゴン4体に加え、手札の上級ドラゴンを素材に既存ステータス上では間違いなく最強を誇る竜が降臨する。

 5本の首は光以外の5つの属性を備え、圧倒的な威圧感を醸し出す怪物。

 さらには≪大融合≫の付与効果により守備表示相手でも戦闘ダメージを与え、カード効果では破壊されない耐性まで備わっている。

 

(≪F・G・D≫……ステータスだけだし、≪地中界シャンバラ≫で攻撃も防げ──)

 

 まだ対処できると公子は僅かに慢心したが──

 

「罠カード≪サブテラーの決戦≫を発動。≪導師≫さんをリバース。サーチ効果使わず。そのまま≪導師≫さんと≪F・G・D≫を対象に裏側守備にするわ」

「むっ、了承」

 

 ──即座にその油断を無くす。

 龍姫の手札は未だ4枚あり、その中には推測だが蘇生カードもあるだろう。

 なれば≪大融合≫で出した≪F・G・D≫の耐性の欠点を埋めるに相応しいドラゴンが墓地に眠っていることに公子は気づいたため、その第六の矢が飛んでくる前にその弓を潰すことにしたのだ。

 

(危な。下手に≪キングドラグーン≫を蘇生されたら戦闘・効果破壊耐性に加えて、対象耐性まで得た化け物になっていたわ……)

 

 理由は単純明快。先ほどの≪貪欲な壺≫で戻されなかったドラゴンが1体居たのだ。

 状況にもよるが、エクストラデッキのモンスターを戻した方が下手にメインデッキをカサ増しさせずにキーカードを引き込みやすくなる。

 使うのなら優先的にエクストラデッキのモンスターを戻すが、それを戻さなかったとなれば蘇生カードを握っていると公子は踏んだのだ。

 そうでなければ戻さなかった理由がない。

 

「魔法カード≪復活の福音≫発動。墓地のレベル7・8のドラゴン族を復活させる。私は≪キングドラグーン≫を蘇生」

 

 やっぱり、と公子は内心で冷や汗を拭った。

 一応≪地中界シャンバラ≫は対象を取らない攻撃無効なので耐えられると言えば耐えられるが、何かしらの方法で≪地中界シャンバラ≫を除去された上でさらに強化されたら貫通ダメージであっさりと逝ってしまう。

 一概にミスとも言えないが、正解手でもない。

 あとは龍姫が変なことをしなければ、と彼女のフィールドへ目を向ける。

 

「≪キングドラグーン≫を除外して魔法カード≪七星の宝刀≫発動。手札か場のレベル7モンスターを除外して2ドロー。魔法カード≪儀式の準備≫発動。デッキから≪サフィラ≫を加え、墓地の儀式魔法≪祝祷の聖歌≫を回収して発動」

(……あれ?)

「手札の≪トフェニ≫をリリースし、≪サフィラ≫を再度降臨。リリースされた≪トフェニ≫の効果でデッキから≪神龍の聖刻印≫を特殊召喚し、魔法カード≪アドバンスドロー≫のコストとしてリリースして2ドロー」

 

 公子の『龍姫が変なことをしなければ』という希望が段々と遠のいていく。

 蘇生からのドローコスト、サーチ&儀式召喚からの特殊召喚、そしてコストでドローと、温まったF1マシンのタイヤが如くエンジン全開で飛ばしていく。

 最早第七の矢とかそういう次元ではない──さながら機関銃が如き猛攻だ。

 

「手札から≪霊廟の守護者≫を召喚。そしてリリースして魔法カード≪ミニマム・ガッツ≫を発動。≪マリス妖魔≫の攻撃力を0にし、戦闘破壊されたその元々の攻撃力分のダメージを受けてもらう」

「……えっ」

 

 そしてピーク、と言わんばかりの一撃必殺の準備。

 自身の効果と永続魔法≪サブテラーの激闘≫の効果で攻撃力5900となっていた≪マリス妖魔≫の攻撃力は一瞬にして0を示す。

 完全な脱力・無気力になり、無抵抗状態。

 さらに龍姫の場には再召喚された攻撃力2500の≪サフィラ≫が燦然と輝いている。

 

(……大丈夫ね。まだ≪地中界シャンバラ≫の攻撃無効効果で耐えられるし、彼女の場で攻撃可能なのは≪サフィラ≫だけ。≪F・G・D≫をセット状態にしたから使える状況じゃ──)

「そして私は攻守5000の≪F・G・D≫をリリースし──≪万物創生龍(テンサウザンド・ドラゴン)≫を特殊召喚」

「えっ」

 

 ポンと現れる初見のドラゴン。

 通常召喚権は使っているのでおそらくは特殊召喚モンスターなのだろうが、それにしてはやけにあっさり出てきた。

 おそらくそこまで変なカードではないのだろうかと公子は勘繰るも──

 

「この子は攻守の合計が10000になるように場のモンスターをリリースして特殊召喚でき、その攻守は10000になる」

「へぇ、10000──10000?」

 

 ──一瞬、理解が追いつかず。

 聞き間違いかと中空に映し出されたディスプレイで≪万物創生龍≫の攻撃力を確認するが、そこでも間違いなく『10000』の表記。

 とんだ脳筋ドラゴンだと呆気に取られかけるが、即座に気づく。

 

(あっ、これ≪地中界シャンバラ≫で片方の攻撃無効にしてもダメなやつね)

 

 あくまでも≪地中界シャンバラ≫の効果は1ターンに1度。

 既に≪バレスアッシュ≫・≪導師≫の効果は使っているので2回目の裏守備にもできない。

 ≪戦士≫さんをリバースしたところで墓地に居る【サブテラー】を呼び出すことはできるだろうが、生憎と≪地中界シャンバラ≫以外の表示形式変更カードは使い切った。

 セットされている≪スキル・プリズナー≫は相手のモンスター効果の対象から守ることはできるが、モンスター効果自体を無効にするカードではないので完全に腐ってしまった──

 

「バトル。私は≪サフィラ≫で≪マリス妖魔≫に攻撃」

 

 ──そんな中、無慈悲に下される龍姫の攻撃宣言。

 この攻撃を無効にしても隣には攻撃力10000を誇る化け物龍が控えている。

 このまま2500の戦闘ダメージを受けた後に、2000の効果ダメージを受けるか。

 それとも10000の戦闘ダメージを受けるか。

 

 敗北という結果の変わらない二者択一。

 迫りくる竜姫神の攻撃に対し、公子の指先はデュエルディスクへ向かい──

 

 

 

 

 

「勝った」

「……うむ、清々しいほどに力でのゴリ押しだったがな」

 

 デュエルを終え龍姫は再びブルーアイズ・マウンテンに口をつける。

 一仕事やり終えた後のコーヒーは格別だと、(一見すると無表情だが)その顔は最高にサティスファクションしたそれだ。

 

 一方の(保護者)同行者の古賀はあの圧倒的物量の布陣を龍姫はどう攻略するのかと期待していたら、まさかの攻撃力(パワー)

 ランク2位の親友に感化され過ぎたかと若干の失望をするも、結局は圧倒的な力で小細工も全て吹っ飛ばせば良いという考えにも若干の共感はある。

 

『いやぁそれにしても流石プロやわ。あんだけ盤面整えたハム子が敗けるとは思わんかったわ』

「ドロー力とドロー枚数には自信がある」

『加減しろドラゴン狂いめが』

 

 そしていつの間にか同じ卓で雑談に興じる精霊の野郎共’s。

 普段から公子の圧政に思うところがあるのか、公子が敗けたというのにやけにホクホク顔だ。

 

「はあ……まぁ無事にデュエルも済んだことだ。これで本来の仕事を全うできるな? とりあえずお前がコーヒー通であることはわかったから、上手いことレポートをまとめておくように。後ほど私が確認する」

「んっ、じゃあおかわり」

「加減しろコーヒー狂い」

「はいどうぞ」

「こいつを甘やかさないでくれ店主……!」

 

 胃が痛い。

 既に五十路を超えている古賀は喫茶店という憩いの場で、何故このような思いをしなければならないのかと頭を抱える。

 願わくば、龍姫がまともなレポートを書いて多少なりとも商店街の発展に繋がれば、と思うばかりだ。

 

 

 

 

 

 後日。

 喫茶店『TA-Liz』はデュエル雑誌に載っていた龍姫の紹介で大繁盛!!

 ──している訳がなかった。

 

「ねぇ何で人が来ないの?」

『せやかてハム子、ここをどこやと思っとるんや?』

「米田町」

『それが答えや』

 

 その理由も単純明快。

 交通の便である。

 

 実際に龍姫と古賀が''タクシー''で来ていたのは、別にロケだからという理由ではない。

 単純に最寄り駅が遠かったのだ。

 そのためいくらプロ決闘者が宣伝しようが、行きたくても行けない者は多い。

 さらには龍姫のファンもあくまでも龍姫とそのドラゴンに見惚れている(ある意味では)やべー奴らなので、そこまでコーヒーにも興味はない。

 聖地巡礼するぐらいであればシーズン中のデュエルでもっと良い席を買う──そんな輩しかいないのだ。

 

『やはり人選ミスだったのではないか?』

『せやな。せめてもうちょい良識あるプロ決闘者が来てくれはったらええんやけど……』

「誰よ良識あるプロって。トップがドラキチ、2位が脳筋、3位が脳筋、4位がナルシスト、5位が社長のプロ決闘者の中で、良識ある人なんていると思うの?」

『5位は蔑称ではなかったぞ』

『というか5位の人が来て玉の輿狙っとんのと違うか?』

「アンタ達ね……」

 

 表に出ろこの野郎! と公子が声を張ろうとしたところで戸が開く。

 おや、珍しくお客さんか、それともテナント勢がまた面倒事を持ってきたかと全員の視線がそちらへ向く。

 

「ふむ……ここが『TA-Liz』で間違いないだろうか?」

「いらっしゃいまs──えっ」

 

 そこに立っていたのは銀髪ロングの縦セタ巨乳美人。

 一部の野郎共は盛り上がる外人4人組が如く腰を上げて、腕を掲げようとした──そう、掲げようとした。

 

「突然の訪問ですまない……私は藤島恭子。しがないサイバー流の決闘者なんだが」

 

 来訪者がまさかのランク2位。

 先ほど公子が愚痴垂れた人の1人だ。

 どうしてランク2位がここに?

 逃げたのか? 自力で(古賀から)脱出を……と、某不審者如く思考に陥っていた『TA-Liz』の面々に対し、恭子は期待に満ちた眼差しを公子へ向ける。

 

「何でも、龍姫を相当追い詰めた店主が居ると聞いたのだ。是非に私とデュエルを、と思ったんだが──」

「帰って」

 

 

 

 どうやら宣伝にはなっていたが、間違った方向性だった模様。





サブテラーは全員(コストも居たけど)出せたハズ…!


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