鬼畜提督与作 (コングK)
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第一部おやぢ着任編
第一話 「与作提督になる」


艦これ始めて早7年。艦これ・二次創作に励まされる日々でふと思いつき書いてみました。


                

 

俺様の名前は鬼頭与作。花も恥じらう40過ぎのおっさんだ。その俺様が提督養成学校なるくだらない学校に通うことになったのも、ひとえに艦娘どもと触れ合いたいからに尽きる。

 

199✕年、突如太平洋沖に現れた深海棲艦によって、全世界は恐怖のどん底へと叩き落とされた。最強を誇ったアメリカの太平洋艦隊を敗北せしめ、世界の平和を守るとの宣言の下、一方的に行われた中国による核攻撃すらしのぐ未知なる恐怖。これまで絶対と思われていた価値観が崩れ、人類が絶望の淵にたたされたとき、奴らはやってきた。第二次世界大戦期に活躍した古き戦船(いくさぶね)の名前を冠した艦娘たち。

その圧倒的なまでの強さと美貌に当時、住み込みで警備員のバイトをしていた俺は一も二もなくこう思ったね。

 

「艦娘どもでハーレムを作ってやるぜええ!」

 

美少女ゲーム大好き。某今は無きエ○フさんの鬼畜シリーズを神と仰ぐ俺の考えだ。当然だろ?美人でおまけに強い。今じゃ軍隊だって信用できない世の中だ。提督ってだけでどれだけの得があるか。安全地帯の後方にいて、艦娘どもを指揮してりゃ金はもらえるし、周りは美女ばかり。その上、待遇は保障されているときたもんだ。奴らの弱みを握ってハーレムを築きあげれば、寝ているだけで全てが手に入る。なぜこれまでこの名案に気が付かなかったのか。ぴんと来た瞬間に仕事を辞め、提督適性検査を受けに行っていたね。フットワークが軽いのが俺様の長所なのだ。

 

「はい、それではこれが最後の試験になります。」

 

試験官役の眼鏡女の言葉に俺様はほっと胸をなでおろした。筆記試験と書かれていたが、やらされたのはよくある性格検査だ。この形はどう見えますか、だの何のというやつ。当然、この手の質問が来ると思っていた俺様は無難な回答に終始する。本性がばれて不採用になるのだけは避けたいからな。それよりも驚いたのは、ご同輩の多さだ。どいつもこいつも同じ穴のムジナらしく、

「雷ママンに会うんだ!絶対に!!」とか、「清霜ちゃん、一緒に戦艦になろうねえ・・・」

などと、つぶやいている。あほのロリコンどもめ。艦娘って言ったら戦艦や空母に決まってんだろ。及第点で重巡洋艦だ。

 

「こちらの部屋にお入りください、鬼頭さん。席についていただきましたら、しばらくお待ちください。」

 

眼鏡女に言われ、窓もなく机と椅子だけが置かれた部屋に通される。何だ、こりゃ宇宙飛行士とかもやるっていう隔離された空間での閉鎖実験か?仕方なしに机の上に荷物を置き、椅子に腰かけていると、荷物の上で何かがぴょんぴょんと跳びはねているのが見えた。

 

「何だあ?猫とこれは人形か。」

セーラー服に帽子をかぶった人形がくりくりとした目でこちらをじっと見ている。つい気になってつまみ上げると、猫をつるしたそいつはじたばたと逃れるように身じろぎした。

「こいつ、動くぞ?まさか、生きてんのか?」

俺様が大きな声でそう叫んだときだった。

「鬼頭さん、ご、合格です。しばらくお待ちください。」

部屋全体に眼鏡女の声が響き渡った。若干声が上ずっている感じがするのはなぜだろうな。

「合格って、最終試験はどうなったんです?」

「先ほどのが最終試験です。提督にとって一番大切な妖精さんが見えるかどうかというものでして。見える妖精さんはその人によって違うのですが、ま、まさか妖精女王が見える方がいらっしゃるなんて・・。」

「妖精女王?」

「はい、妖精さんにはそれぞれ種類がありまして、艦娘の艤装に宿る艤装妖精さん、工廠や提督の執務室で提督の補佐をする妖精さん、羅針盤を司る羅針盤妖精さんといるのですが、妖精女王はそのどれにも当てはまりません。通称猫吊るしと呼ばれ、妖精の全てを司ると言われています。」

 

女王のくせに、名前が猫吊るし。ずいぶんだな。もっと他に名前があっても良いもんだが。

『その通り!わかってますね、提督!』

俺様の肩に勝手に乗ってきた猫吊るしはうんうんと頷いた。というか、今お前しゃべってたよな。前の眼鏡女は気付いてないみたいだが。吊るしている猫を触ろうとするとひらりとよける。随分と器用な猫だ。

『もっといい呼び名を要求します!かっちょいい名前、プリーズ!』

聞き間違いじゃなかったか。どんな名前がつけられるかそわそわしてやがる。仕方ない、俺様のネーミングセンスを見せつけてやろう。

 

「もんぷち」

『・・・・・』

 

おいおい。無言で人の肩をげしげし蹴るのは止めろ。

『最悪です。ふざけてます。リコールを要求します』『にゃあ』

その後、提督養成学校への入学手続きを聞き終わるまで、もんぷちの攻撃は止むことがなかった。

 

 




登場人物紹介

鬼頭与作・・・本編の主人公。凌辱物・ハーレム物のエロをこよなく愛すおっさん。
       巨乳・人妻属性。艦娘が見目麗しい女性ばかりと聞きほいほい提督に
       なろうとする。

もんぷち・・・例のあれ。

眼鏡女・・・・某任務娘。性的魅力を感じなかったため、与作の毒牙からまぬがれた。


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第二話 「卒業」

入学して、いきなり卒業。


提督養成学校に入った俺様はそれは頑張った。ここで実力を見せておかないと、いかに妖精が見えても、大本営で事務仕事なんかをさせられながら、提督の予備として飼い殺される生活が待っているとのことで、それこそ日課のオナニーすら禁止して頑張った。

ただでさえ、ほとんどの提督候補生が10代、20代という若さで、40過ぎのおっさんである俺様は腫物扱い。同期なのに敬語を使って話されることが多く、見えない壁に包まれてすごした一年間だった。ため口だったのは、変り者の提督候補生と艦娘たちぐらいだ。

 

「・・最後にここまで育ててくださいました、教官、艦娘の皆さん方への感謝の気持ちに応え、一日も早く静かな海を取り戻すべく、より一層の精進を重ねていきたく思います。一年間ありがとうございました・・・」

 

提督養成学校の卒業式である。卒業式ってのはどうしてこう、何か話さなければ気が済まないのか。ぱっと「またね」といかないものなのか。ぐだぐだと繰り返しての話にいい加減飽き飽きする。

思わずあくびをかみ殺していると横合いから突かれた。

 

「鬼頭氏、鬼頭氏、あそこで教官の香取殿がこちらを睨んでいるでござるよ。お気をつけめされい。」

「うるさい、オタク野郎。どう考えても、不審者のお前を監視してるんだろうよ。」

「それは心外な。拙者は心より駆逐艦を愛すだけのさすらいの提督でござるよ。」

 

テンプレ通りのオタク口調。その名前も織田久三。略してオタク。こいつは、試験前に雷ママンに会うんだとほざいていた野郎だ。こんな奴を合格させるなんて、余程提督候補者がいないということなんだろう。

むっ。香取教官の目がすっと細められた。あれは終わったらしばこうと考えてるな。隣の鹿島教官がいさめているが、相変わらず二人とも色っぽい。二人を視姦すること何百回。女性は男の視線に気が付いているとの話通り、その度に呼び出されて説教されたっけ。それでも俺様は態度を変えなかったね。

 

「私が悪いのではありません。教官殿達が魅力的すぎるのがいけないのであります。」

「美人を美人と感じ、引き寄せられて何がいけないのですか。であるならば、魅力的すぎる教官殿達の方が罪深いということになりましょう。」

いちいち反論、とことん反論。香取教官もしまいには教鞭を叩き折るぐらい怒ってたっけ。今日で最後だ。俺様のジュテームな愛を届けてやろう。チュッ!!

「ちょっ!鬼頭氏、か、香取教官の頭から湯気が出てますぞ!!」

けけけけ知るか。今日で最後思い出作りってやつさ。

 

退屈な式典から解放され、ようやく講堂から出ると、多くの新米提督は提督同士で別れを惜しんだり、ペア艦だった艦娘と最後の挨拶を交わしたりしていた。

ペア艦というのは、提督養成学校に所属する艦娘達のことだ。実際の艦娘への指示を学ぶために、入学した候補生たちは自分と相性の合うペア艦をあてがわれ、一年間共に学ぶことになる。中にはそのまま意気投合し、候補生たちが提督として鎮守府に着任した際、付き従う者もいるという。

 

「あっ、来た来た!候補生さん!じゃなかった、今日から正式に提督さんね!」

空母瑞鶴が嬉しそうに織田の肩を叩く。一方の織田は俺様に対する時とは別人のように表情をこわばらせた。

「ああどうも。お世話になりました。もうお世話になることはないと思いますがお達者で。」

「ひっどーい。何それ、信じらんない。一年間苦楽を共にしてきたペア艦に言う台詞?」

「苦楽を共にしてきたというのは一方的に爆撃されることを言うのでしょうか。『目標、教室の提督、やっちゃって!』なる殺し文句は何度となく聞いてきましたが。」

「それは目を離すとすぐ駆逐艦ににじり寄るあんたがいけないんでしょう?私というものがありながら、しょっちゅう他の提督の駆逐艦とべたべたと。」

 

瑞鶴という艦娘は基本的にさっぱりとした性格をしているのだが、この瑞鶴は他の瑞鶴に輪をかけて嫉妬深い。何度、オタクの頭上を艦載機が飛び回っていたことか。

「それは瑞鶴殿が悪い!ツルペタすとーんなら、どうしてもっと幼くないのでござるか!中途半端が一番悪い!同じ瑞でも瑞鳳殿であれば!!」

 

あ、バカ。こいつあほだ。私死にますというボタンを今ぽちっと押しやがった。真っ赤になってぷるぷる震えたかと思うと、瑞鶴はすかさず、攻撃態勢を整えた。

「五航戦の本当の力、見せてあげるわ・・・。稼働機、全機発艦!目標前方のロリコン提督!!

完膚なきまでにやっちゃって!」

「うひゃーっ!!だが、引かぬ媚びぬ省みぬ!この貧乳空母め!」

瑞鶴に更なる怒りの燃料を投下し、オタクは走って逃げて行った。最後の最後まであほなやつだ。まあせめて達者でな。俺様は俺様で夢の艦娘ハーレムに邁進するだけよ。

 

「あはは、瑞鶴は相変わらずだね。織田提督も最後なんだから、気の利いた言葉でもかけてあげればいいのに。」

「さてと、俺様もそろそろ行くかな。」

くるりと踵を返し、校舎を背にする。もうここへ来ることはないだろう。さらば、我が母校。

って、おい。進めない。裾をつかむんじゃない。

「つかむなって、与作がいけないんじゃないか。ペア艦だった僕に一言も無しで去ろうというんだから。」

ジト目で俺様を見つめてくるのは不本意ながらこの一年俺様のペア艦だった駆逐艦時雨。戦艦や空母を引き当てる同僚を尻目に駆逐艦を当てた時の気持ちときたらなかったね。織田ぐらいだ、

「羨ましすぎますぞおおお!鬼頭氏、拙者とチェンジしてもらえませぬか!!!」

と叫び、すぐさま瑞鶴に爆撃を食らっていたやつは。

 

「とにかく、おめでとう、与作。これで、与作も正式な提督だね。」

「ああ、世話になったな。」

困った。他に言うことがない。というのも、元々俺様は守備範囲外の艦娘には紳士であることを旨としている。駆逐艦達にだってそれなりの態度で接しているんだ。ところが、この時雨ときたら

持って生まれたニュータイプの勘か、俺様のそうした態度をことごとく見抜きやがる。その上で、

「ああした態度は、その・・よしておいた方がいいよ。」などとアドバイスをしてきやがるものだから、この養成学校で一番の天敵だったと言っていい。

 

「何かお祝いはいるかい?この一年のよしみさ。希望を聞いてあげるよ。」

「そんなん言わずともわかるだろう、素敵な戦艦のお姉さまを紹介してくれ。がきんちょのお前じゃ無理かもしれんが・・て痛い痛い!」

俺様の手の甲を勢いよくつねる時雨。どうしてこいつは俺に対してこんなに遠慮がないんだ。出会った当初はまだ世の中を達観していて、儚げな印象を受けたもんだが、印象詐欺ってやつだな。

「何度も言っているが、僕はがきんちょじゃない。僕ら艦娘には人間の年齢は適用されない。姿形がそう見えるからってバカにしていると痛い目を見るよ。艤装を下ろせば結婚だってできるし、身分だって保証されているんだから。」

あのなあ、時雨。がきんちょじゃなければ、がきんちょって言われて怒らんだろうよ。確かにこいつら白露型、中でも特に村雨や夕立は改二になると大人びた成長を見せるが、俺様からすれば小学生が中学生になっただけで、背伸び感が半端ない。

 

「とにかく、与作は僕をもう少し敬うべきだと思うよ。これでも少しは名が知られているんだから。」

あーはいはい。そうですね。佐世保の時雨と呼ばれて幸運艦でしたね。俺様にとってはちっとも幸運じゃなかったが。

「とにかく、君のすることは着任したらすぐ初期艦として僕を呼ぶってことさ。そしたらまた一緒に組める。楽しいと思うよ。」

こいつ、俺様の話を聞いていたのか?こっちは少しも楽しくないぞ。こいつときたら、クールそうに見せてかまってちゃんだからな。何が、いいよ、なんでも聞いてよ、だ。特に聞くことなんぞない、と言ったらなぜか慌ててたっけな。

「まあ、なんだ。一年間ありがとな、時雨。達者に暮らせよ。」

終わり良ければ総て良し。握手と共に去ろう。

 

「うん、また一緒に雨を見ようね。」

力強く握り返し、時雨はニッコリと微笑んだ。まあ、そんなことはもうないんだがな。

 




登場人物紹介

織田久三(21)・・・オタク・ロリコンの元ニート。駆逐艦と出会うために来たの
に、なぜかペア艦くじでは瑞鶴が当たりおかんむり。そのことを瑞鶴にストレートに告げて会って二分で爆撃された。実はそこそこイケメン。

瑞鶴・・・・・・・・織田のペア艦。ロリコンオタクと蔑むが、織田のことは嫌いではない。たびたび艦載機を差し向けては自己嫌悪している。


時雨・・・・・・・・与作のペア艦。わりかしかまってちゃん。与作との仲は本人曰く良好。

与作・・・・・・・・ペア艦くじで時雨を引いたおっさん提督。その場で愛宕を引い
た者とくじを交換しようとし、時雨にグーで叩かれた。


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第三話 「鬼畜着任」

着任した鬼畜。


「おれはー鬼畜ー俺は―鬼畜ー鬼畜の、よさーくさん♪」

 

横須賀鎮守府所属、江ノ島鎮守府。それが、今日から俺様が着任する鎮守府だ。

思わず鼻歌が出ようってもんだ。観光地江ノ島にある鎮守府。さぞかし立派に違いない。

 

「そう思ってた時がありました・・・って、なんじゃこりゃー!」

 

横に見ようと斜めに見ようとどう見てもおんぼろな建物に、寂れた島内の景色。どう見ても、江戸時代から続く観光の名所とは思えない。

「ご苦労さんです。今度来る提督ってのはお前さんかね。」

 

いかにも憲兵でございという服装をした爺が声をかけてきやがった。

「ああ。鬼頭与作。人呼んで鬼畜提督とは俺様のことよ。」

「ほうほう。殊勝なこったな。びちく提督とは。」

「備蓄じゃねえ。き・ち・く!」

 

この爺ボケてんのか。艦娘どもに恐怖を与える俺様に対して失礼な。まあいい、ところで、このざまはなんだ。どう見ても観光地には見えないが。

 

「ああ。5年ぐらい前からじゃな。深海棲艦どもが近海にまで出てくるようになると、海水浴の客が途端にいなくなってのう。鎮守府に至っては、いつまでたっても深海棲艦を退治できず野放しにしていると周辺住民の怒りをかってな。暴動が起きてこのざまさ。」

爺め。さらりと語りやがった。ノベルゲームの嫌いな俺様なら読んで飛ばすかスキップするところだ。ただ、気になることがある。元々いた提督や艦娘達はどこへ行ったんだ?

 

「そりゃあ、大本営に戻っていったよ。守るべき住民から暴動を起こされてさすがの彼らも頭にきたんだろう。かといって手を挙げるわけにもいかん。苦渋の選択だったんだろうな。深海棲艦どもも初めのうちは鎮守府に爆撃なんかを仕掛けていたが、やがて反応がないと分かると放っておくようになった。ここは横須賀からも近いし、わざわざ鎮守府を作らんでもカバーできると言われてたからな。」

 

おいおいおいおいおいおい。なんだあ?そのマイナス情報のオンパレードは。これから艦娘ハーレムを作り上げようとしている俺様に挑戦してやがるとしか思えないぜ。これも提督養成学校のペア艦であるあの三つ編み野郎が人の幸運を吸い取っていきやがったからに違いない。

 

だが、悩んでいても仕方がない。俺様の明るい鎮守府ライフのために、気を取り直していくしかないぜ。憲兵の爺から鎮守府の扉の鍵をもらうと、分厚い鉄扉をこじ開けた。

 

「うーん、見事に雑然としてやがるな。」

草もぼうぼう、あちこちに何かの破片が転がってやがる。どう考えても慌てて引っ越した感が半端ない。大本営からの情報では各種設備は普通に使えるとのことだったが、その情報の信ぴょう性に疑問符を抱かざるを得ない。本当に確認したんだろうな。もし設備が使えなかったら大本営に鬼電してやるからな。24時間眠れない鎮守府と化してやる。モンスタークレーマー与作様の誕生よ。

 

窓ガラスが割れたり、壁がひび割れたりはしているが、とりあえず建物としての機能は残している鎮守府庁舎に一歩足を踏み入れると、途端にクラッカーの音が鳴った。

 

『提督が鎮守府に着任しました!これより艦隊の指揮を執ります!!』

 

勇ましくそう告げるのはかつて提督適性試験会場で会った妖精女王。通称猫吊るし。提督養成学校に入学する際には見かけなくなったので、てっきり名前が気に食わずいなくなったと思っていたが。どうしてこいつがここにいるんだ。

 

「なんだあ、もんぷちじゃねえか。名前が嫌になったからいなくなったと思っていたが違ったのか。」

 

『正直そうしようかなと考えた時期もありましたよー。でもやっぱり放っておけません。与作が一人前になるまで待ってました。』

「そうかい、そいつはすまなかったな。だが、俺様の野望のための城は御覧の通りの有様さ。しばらくは隙間風に耐えてもらうことになるぜ。」

『心配ありません。任せてください。』

もんぷちはつかんでいた猫をぐるぐる振り回し始めた。猫は突然のことに驚いたのか、ギニャーと建物中に響き渡るような大声を上げる。慌てて俺様がもんぷちを止めようとするも、一向に言うことを聞かない。

『随分長いこと放置されてましたからねー。メンテに時間がかかるんですよ。』

 

メンテナンスだあ?詫び石でも寄こすのか。え?とあるアメリカ艦娘が書いた「Don’t mind」ドンマイの掛け軸だって?いるかそんなもの。っていうか、メンテ?どこをメンテするって。

 

『周りを見てみてー。』

言われて驚いた。こいつはすげえ。まるでタイム風呂敷に包まれたみてえにどんどんと建物が修復されていく。割れたガラスは元通りに、ひび割れた壁も新品同様に。ぶん回された猫はぐるぐるお目目になっているが。

 

「驚いた。お前、本当に妖精の女王なんだな。」

俺様が感心してそうつぶやくと、もんぷちは調子に乗って無い胸をそらした。てっきり妖怪かと思っていたが、こいつは意外とやるかもしれん。

『妖怪とは失礼な!』

「俺様の心を読んでるんじゃねえ!早速艦娘を呼ぶぞ!」

 

鎮守府に着任した提督には、初期艦といって護衛も含めた艦娘が配当される。選べるのは5人。

吹雪、叢雲、漣、電、五月雨の中からだ。あらかじめ提督養成学校を卒業する際に手渡された資料を読んだが、正直ないわーの一言に尽きる。態度がでかいだの、色物っぽいだの、引っ込み思案だの、ドジっ子だの、芋臭いだの、属性を盛り過ぎる。こいつらを選ぶ気など毛頭ない。とすると、提督養成学校の艦娘を引き抜くってことになるが、こいつもあり得ない。

 

え?時雨?ないない。

 

なんで、これから艦娘ハーレムを目指そうってのに、口うるさいあいつを呼ばなきゃならないんだ。

あの野郎、俺様のバッグのそこかしこに養成学校艦娘引き渡し要請書の封筒を入れ、おまけにお気に入りのエロ本を全て抜きやがった。移動の電車内でそれに気付いた俺様はついうっかり、その書類を丸ごと電車の網棚に置き忘れてきてやった。

 

とにかくだ。初期艦というのに、駆逐艦しかもらえないというのが俺様は酷く不満だった。そこで聞いてやったのさ。初期艦がいらない代わりに資材を寄こせ。それで建造してみるってな。もらった資材と元々あった分を合わせて使えるのはそれぞれ250。これだけあれば、重巡洋艦のレシピが回せるはずだ。

 

『えっ?建造するの?』

埃だらけの工廠にやってくると、居眠りをしていた工廠妖精を叩き起こし、建造を開始する。

「よし、250。30、200、30な。」

手持ちの資材ぎりぎりでなんとか重巡洋艦が狙えるレシピ。もし万が一外れても軽巡洋艦なら戦力になる。俺様の股間的には妙高、高雄、愛宕辺りが希望だがな。とりあえず、妖精さん、こいつで決めたぜ。後はよろしく頼む!!

『やっほーい!久しぶりの建造だー。炉に火を入れろーっ!』

「ふう。頼むぜ、妖精さんよ。俺様のバラ色の鎮守府ライフの第一歩だからな。」

うなりを上げる建造ドック。満足そうに頷く俺の肩に止まり、ぷにぷにと人の頬をつつくもんぷち。

 

「なんだ、なんの用だ。」

『時間が。』

「時間?今か、今は12時40分・・」

『そうじゃない。建造時間。』

もんぷちが指差す先には艦娘の建造ドックと残り時間を示すタイマー。そのタイマーに示された時間は0:24:00

「24:00っておい、これってまさか・・・。」

バカな。提督養成学校でしっかりと教わっているぞ。重巡洋艦は建造に一時間以上かかるって。軽巡洋艦でさえ、こんな短い時間などありえない。

『駆逐艦・・・』

 

もんぷちが俺様に非情の宣告を告げる。それでも、信じたくなかった。そりゃあそうだろう。一年間駆逐艦に引っ付かれてきた俺様の下にまた駆逐艦を神は送ろうというのか。見間違いや建造ドックのバグであってくれ。お願いだ。頼む頼む頼む頼む!

ぷしゅー。建造ドックのハッチが開かれ、もくもくと溢れる白い煙の中から遂に待望の艦娘が姿を見せる。さあ、共に行こう。艦娘ハーレムの彼方に。お前は栄えあるその相棒だ。

 

「陽炎型駆逐艦8番艦、雪風です、どうぞ、よろしくお願いしますっ!」

「・・・」

こうして、俺様の艦娘ハーレムは前途多難な幕を開けることとなった。

 




登場人物紹介

もんぷち・・・つけられた名前が嫌で「旅に出ます」と書置きして一年間旅に出ていた
が、与作は迎えに来ると高をくくっていた。与作に全く気付いてもらっていなかったことを他の妖精から聞き、慌てて帰国した。

憲兵(68)・・人手が足らず再雇用されて江ノ島へ。釣りが趣味。

与作・・・・・提督養成学校入学初日の夜枕元にミミズのような字で書かれた何かを発
見したが、ゴミ箱に捨てた。


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第四話 「やってきた幸運艦」

初期艦雪風。自分の時は吹雪でした。


「はああーっ。」

「?はあーーっ」

 

大きく深いため息で、俺様の気持ちを代弁する。それをきょとんとしながらマネするげっ歯類。よせ、与作。仮にもお前は鬼畜紳士だろう?苛立ちはわかるがそれを表に出すんじゃねえ。このちんちくりんには何も罪はない。

だがよ。

だが。

だがーーっ。

 

よりにもよって何で駆逐艦が来やがるんだ。しかも雪風だと?雪風といえば。

「呉の雪風、佐世保の時雨だっけか。」

「おおーっ。さすがしれえは物知りですね。ハイ、雪風は時雨ちゃんと並ぶ幸運艦として有名です!」

 

やっぱりかああ。あの野郎、絶対何か細工しやがっただろう。あいつが呼んだとしか思えん。それか網棚に置いてきた養成学校艦娘引き渡し要請書の呪いか。

 

「司令、雪風、いつでも出撃できます!ご命令を!」

びっしと敬礼するやたらテンションが高いビーバー。対してローテンションの俺様。そりゃそうよな。虎の子の資材が吹っ飛んだんだから。

「命令と言いやがったな、ちびっこ。」

「ちびっこじゃありません!雪風は雪風ですっ!」

ふんす、と鼻息を荒くする雪風に俺様はほうきとちりとりを渡す。

 

「何です、これ?」

「掃除に決まってんだろ、そ・う・じ!もんぷちのお陰できれいになったが長い間使ってなかったんだ、掃除するぞ。きれいじゃないとお子様の衛生環境上よくねえ」

「しれえ、雪風はお子様じゃなくて、艦娘です。艦娘は見た目と年齢が異なります!」

 

お前もか。どうして駆逐艦どもはこう同じことを言うのかね。とにかく、だ。

「俺様は庁舎内を探検してくる。お前は玄関から掃除を始めてろ。」

「ええっ!?雪風も行きたいです!」

 

うるさい奴だ。ご命令をというから命令してやったのに、それに対して文句を言うとはとんでもない。愚図る雪風を説き伏せ、もんぷちと共に庁舎内の探検を始める。

 

『うふふ、二人きりになりたいなら初めからそう言ってくれていいんですよ!』

何やら自分に都合のよい妄想に体をくねらせながらついてくる猫吊るし。あのなあ、お前妖精女王だってんなら、俺様の所にナイスバディな艦娘を着任させてみせろよ。

『あれは工廠担当の妖精が悪いのです。私のせいではありませんよ。』

「じゃあ、今度資材が貯まったらお前が建造しろよ。できるだろ、仮にも女王なんだから」

『えっ?私が?そりゃあ私は女王ですからやろうと思えばできなくもないかもしれない可能性が多分あると思ったり、思わなかったりしますが・・』

「できないのか。」

 

わざとらしく肩を落とし、期待外れと言わんばかりの目を向ける俺様にもんぷちはうろたえる。確かに先ほどの鎮守府の再生能力は驚いた。だが、それだけだ。俺様にとって一番重要なのは艦娘ハーレムを作ること。立派な鎮守府で誰もいないより、おんぼろでもいい、美人な艦娘達に囲まれる方が百万倍いいに決まってる。

 

『雪風さんは普通当たりなんですけどねえ・・・。』

「間違えるな。俺様はロリコンじゃない。」

養成学校時代の同期なら喜んで迎え入れただろうが、俺様にとっては嬉しくもない駆逐艦との時間がまたやってきただけだ。

 

正面玄関から、一階のあちこちを確認していく。横須賀などの大きな鎮守府庁舎とは違い、こじんまりとまとまって作られたためか、2階は提督と艦娘の居住施設になっている。これが最初に建造できたのが、戦艦や空母ならムフフな展開を期待し、俺様のテンションもMAXとなったものだが、あのちんちくりんでは我が息子もしょんぼりと首を垂れて当然だ。

 

『ここが、執務室ですね』

「ほう、俺様の野望の巣となる執務室か。」

扉を開けて中に入る。ソファと執務机。それに秘書官用の机が置かれた簡素な室内には、一つだけやたら高そうな椅子が置かれていた。これって、温泉宿なんかで見かけたことないか?

 

『前の提督が腰痛持ちだったらしくて、マッサージチェアを買ったんだって。』

なぜお前がそんな情報を知っている。他の妖精から聞いたのか。

「ほお。それはいい。早速試してみよう。」

「そうですね、しれえ。電源をいれてみます!」

 

ちょこんと座った雪風がリモコンを操作すると、ぶいーんとうなりをあげて動くマッサージチェア。

「おおっ。これはすごいです、しれえ。ごりごりきますよ!」

 

雪風はすっかりご満悦だ。・・・って、おい・・・。

「なんでお前がここにいるんだよ。掃除しろって言っただ・ろ・う・が!」

雪風のこめかみの辺りをぐりぐりする。こいつ、頭部に電探をつけてやがんのか。気を付けねえとな。

 

「痛い痛い!痛いです、しれえ!しれえがいけないんですよ。初期艦である雪風をほったらかしにするから!」

「何が初期艦だあ。駆逐艦のお前に期待することはないぞ。せいぜい人数がそろってから遠征に行ったり、鎮守府の近海を哨戒したりするのが関の山だろう。」

「ちっちっちっち。どうやらしれえは雪風のことをあまりご存じないようですね。鎮守府近海ならば雪風一隻でもなんとかなりますよ!って痛い痛い!なんでまたごりごりするんですーっ!」

 

はっ、いかんいかん。俺様は鬼畜紳士。がきんちょ相手でも最低限の礼節を守る男なのだが、こいつときたらやたらこちらのペースを乱しやがる。さすがはあの時雨と並び称される存在。面倒臭さも同じだ。

 

「よし、分かった。それでは、駆逐艦雪風に命ずる!」

途端にマッサージチェアより降り、すっと背筋を伸ばす雪風。この辺はさすが太平洋戦争を生き延びた歴戦の強者を思わせる。

 

「とりあえず三日間は庁舎内の点検、掃除だ。出撃はするな!」

「えーーっ!司令、雪風は大丈夫です!!いつでも出撃できます!」

「お前が大丈夫でも資材が大丈夫じゃない、すっからかんなんだよ。待機だ、待機!!いいっていうまで動くなよ!」

「動かないと掃除はできませんよ、しれえ!って、痛い、痛いですー!」

「お前を呼ぶために全部使っちまったんだよ。明日にでも大本営に掛け合って、予備の資材を回してもらえないかどうか聞いてみねえとな。」

「絶対大丈夫です、何とかなります、そんな気がします!」

 

こいつが言うと妙な信頼感があるんだよなあ、さすがは奇跡の駆逐艦。おっと、がきんちょなんぞにほだされるところだったぜ。早くもう一度建造できるようになって、ナイスバディ艦娘を引き当てないとな!

 




登場人物紹介

雪風・・・与作の初期艦。着ているワンピース型のセーラー服からパンツが透けて見え
るため、与作からなんとかするよう厳しく言われて困っている。

与作・・・雪風を追い払った後マッサージチェアを嬉々として使おうとするが、どう
やっても使えず、呪いの存在を確信する。

もんぷち・マッサージチェアを直してほしいと依頼されるが、電化製品を直すのは管轄
外のためできず、与作からの信頼度が下がる(信頼50→30 MAXは100)


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第五話 「与作電話する。」

E7-1甲ラスダンで右の人が艦これ上手すぎる。


「建造で全て資材を使った!?貴方バカなの!?バカなんでしょう!」

 

大本営に直接電話するよりもつてを使った方がいいと、俺が電話したのは提督養成学校時代にお世話になった香取教官だ。俺様の思い切りのいい使い方にさすがの教官も言葉がないと見える。

 

「重ねて言うけど、本当にバカね。おまけに初建造をして出てきたのが雪風?運がいいんだか悪いんだか、いやこの場合艦娘達にとってはとても幸運なことなんでしょうけど・・。てっきり時雨を初期艦にすると思っていたのに・・。」

「おっと、どういうことですかねえ。こちとら例え歴戦の駆逐艦でも、駆逐艦ですからねえ。せめて軽巡がいれば、この近辺の警護に力を発揮できたんですがねえ。」

「よく言うわよ。貴方の頭の中はナイスバディな艦娘とやらで一杯でしょうに。大方、重巡を建造しようとして失敗したんでしょう。いい気味ね。」

「恩師の言葉とも思えませんね。ま、それより、資材の方、都合していただきたいんですが、何とかなりませんかねえ。」

 

俺様の当然の要求に電話越しからため息が漏れた。

「あのねえ、そういうものは普通簡単でも任務をこなしていて支給されるものよ。そうでないと、艦娘を建造しまくって何もしない貴方みたいな提督が溢れかえるじゃないの。」

「誤解があるようですなあ。私は任務を放棄するつもりはありませんよ。資材がすっからかんでできないだけです。」

「再教育が必要みたいね、貴方。全く、いくら人手が足りないからってどうしてこんな奴を提督なんかに・・・。」

 

おっと。これはお小言に入りそうだな。香取教官は眼鏡が似合う知的美人で俺様の息子も大ファンだが、説教が長くていけない。仕方がない、奥の手でいくか。

「私のお願い、聞いていただけませんかねえ。」

「無理よ。織田君辺りに融通してもらいなさい。」

冷たく言い放つ香取教官。おそらく電話越しに眼鏡をくいっと上げてやがるな。

 

「そうですか・・。仕方がないですね。ところで、呉の重巡青葉が艦娘水着グラビアを募集しているそうですよ。提督たちには大人気なんですが、艦娘からは不評でてんで応募が集まっていないそうですが・・。」

「全く青葉さんも何を考えているんでしょうね。当たり前です。それが何か?」

ふっ。俺様が卒業してからもう勘が鈍ったと見える。月日の経つのは悲しいねえ。まだたった一日しか経ってないがよ。

 

「いや、それがですねえ。あまりにも応募がないんで、他薦もOKということになってまして。都合のいいことに、こちらの商品がなんと、資材の入ったプレゼントボックスとなってるんですよ。そこで。私の方で応募したいと思っているんですが・・。」

「ま、まさか、貴方・・・」

「養成学校での香取教官のスク水姿・・。全提督候補生がお宝ショットと認めたあれならば採用間違いなしだと踏んでいるんですよねえ。」

バキイイイ!電話の向こうから流れてくる何かを折った音。まあ、おそらくいつも持ち歩いている教鞭だろうな。これで98本目か。

 

「ふ、ふん。そんなもの大本営に報告し、発行禁止にすればよいだけです。」

「そうでしょうかねえ。こういっちゃなんですが、香取教官はもう少しご自分の魅力に気付くべきですなあ。普段絶対に見せない教官の貴重な、それもあられもないスク水姿。たとえ表面上は発行を禁止にしても裏では出回るでしょうよ。」

 

香取教官の過ちは俺たち男のエロにかける情熱を過少評価しているところだ。エロのために命をかける人間は古代から存在するのだ。

 

「よ、要求は何なの!要求は。」

さすがに聡い教官は、それをすばやく理解したようだ。

 

「くっくっくっく。要求は先ほどの通りです。資材の融通をお願いいたします。それでデータの入ったUSBをそちらに送りましょう。」

「それだけではダメね。今後同じことがあると困ります。バックアップも含めて貴方の持っているデータを全部削除しなさい。」

「分かりました。そこは信用していただいて構いません。」

 

と言っても、すでに織田にサブのデータは渡してあるんだけどねえ♪俺様のデータは消すが他人のデータを消すなとか新たにもらうな、とは言われてないからな。

 

「大本営の大淀に掛け合ってみます。しばらく待ちなさい。それと、貴方、時雨には手紙でも書いてあげなさいよ。あの子、貴方に呼ばれる前提で荷造りまで済ませてるんだから。」

「まあ、気が向いたら考えます。それでは教官、今度会うときまでに女を磨いておいてくださいよお。」

「うるさい、死ね!」

ガチャンとすさまじい音を出して電話が切れる。くっくっく。労せずして資材げっちゅー!

 

「持つべきものは優しい知り合いだな。」

『脅迫っていいますけどねー。』

「すごいです、司令。香取さん相手にあそこまで堂々と言う人初めてです。違う意味で尊敬します!」

 

ふふん。ビーバーの癖に俺様の有能さ加減を見抜くとは見どころがあるな。ところで、お前が持っているそのバケツはなんだ?

 

「はい、司令がお電話中、雪風は憲兵のおじいさんと釣りに行っていました!って痛い痛い!」

 

俺様のぐりぐりにも力が入る。どうしてこいつは人の命令を聞かないんだ?点検・掃除をしろって昨日言いつけただろうに。

「点検をしようにも、雪風の艤装は新品ですし、玄関の掃除をしていたら、おじいさんが気分転換に釣りでもどうかと誘ってきてくれたので、断るのも悪いと思いまして・・。」

 

むう。それでは、雪風はそこまで悪くはないか。いや、任務を疎かにしたのはよくないが、あの爺に誘われては幼いこいつには断れんだろう。爺め、許せん。

 

「そうかい。事情はわかった。それで釣れたのか?」

「はいっ!こんなものが釣れました!」

そう言って雪風が見せたのは、バケツの中に放りこまれた、誕生日などで見かけるリボンのついた箱。あれ?これってどこかで見たような・・・。

『プレゼント箱だよ!これ!!』

「はあっ!?」

 

中から取り出される資材を見ながらきゃっきゃとはしゃぐ雪風ともんぷち。なぜかいたたまれぬ気持ちになる俺様。おい。朝からの俺様の苦労はなんだったんだ。香取教官との丁々発止のやりとりは。

 

「司令、言ったでしょう!絶対大丈夫って!」

どや顔を向けてくる雪風に俺様は無言でぐりぐりをかました。

「な、なんでぐりぐりするんですかーー」

うるさい幸運艦。俺様の八つ当たりに少しは付き合え。

 




登場人物紹介

雪風・・・・今日の釣果はアジ10匹とイシダイ4匹とプレゼント箱。与作に料理して
もらいご満悦。

憲兵(68)・雪風を釣りに誘った元凶。最近連絡のない孫の代わりに甘やかす。

与作・・・・なめろうが大好き。そのため、雪風を叱りつつもご満悦。

もんぷち・・吊るしている猫が勝手になめろうを食べたためバトルに発展する。

香取・・・・水泳授業の時の鹿島の人気にあてられてついつい対抗してしまった。反省
している。


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幕間① 「ある日の提督グループライン」

ようやくE7-1甲割れました。ネットだとみんな楽勝だっていうんだけど、攻撃がやたらぶれるし、敵駆逐の開幕雷撃が酷すぎる。怒りに任せて書いてみました。


【提督養成学校第16期A班】みんな初期艦は誰にした?【鎮守府も書いてね】

 

コンソメ:呉鎮守府

  もちろん吹雪。素直で面倒見がいいよ。すごい助かる。

 

マーティー:単冠湾泊地

  おいおい。電を忘れるなよ。最近ようやく打ち解けてきたんだ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  あほどもが。そんなん夕立一択に決まってんだろ。要請出して来てもらったぜ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  出た。

 

マーティー:単冠湾泊地

  出た。ぽいぽい教徒だ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  バカにしてるっぽい!?なのです教徒やパンツ教徒に言われたくねえ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  吹雪はパンツじゃねえ。ふざけんな。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。殺してえ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ?どうしたO。何かあったのか。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  いつも冷静な貴殿らしくもない。初期艦はだれ選んだんだよ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  待て、待て、当てる。本命電 対抗五月雨 大穴曙だろ!?

 

コンソメ:呉鎮守府

  吹雪がいない時点で却下。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  その誰でもねえ。

 

マーティー:単冠湾鎮守府

  ええと、じゃあ叢雲か?まさか、漣・・。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  バッカ。その二人は当たりだろ!全俺に謝れ!!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  で、結局誰よ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  瑞鶴。

 

コンソメ:呉鎮守府

  は?

 

マーティー:単冠湾泊地

  え?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  マジ!?何で?

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  一言で言うと嵌められた。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  けけけけ。別な意味でハメられちまったんじゃねえかあ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  おっさん降臨!お久しぶりです。

 

コンソメ:呉鎮守府

  このチャットで話しかけてもなしのつぶてだし。失踪説が出てましたよ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  なんで男にマメにならなきゃいけねえんだ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  出た。おっさんスタンダード。だが、それも真実。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  K氏!!聞いてくださいよぉ。あのくそペア艦。大本営にタレこみやがったんです。ロリコン

  だから、初期艦が駆逐艦だと危ないと。

 

コンソメ;呉鎮守府

  あー。

 

マーティー:単冠湾泊地

  あー。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  それな。分かるわ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  殺す!お前らが羨ましくて仕方ねえ。何の因果で着任初日にあいつに「また会ったね!」なんて言われなきゃならないんだ!!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  くっくっく。恋する乙女は怖いねえ。まあ、俺様も他人のことは言えねえ。人生に挫折はつきもんさ。お互い頑張ろうぜ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  K氏!さすがでございますな!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  まあ、伊達に歳食ってねえからな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  それで、おっさんの初期艦は?ま、まさか時雨?それなら白露型会できますな。

 

コンソメ:呉鎮守府

  本当!?でも、まあ納得かな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  うんうん。すごい息が合ってたしね。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  盛り上がってるとこ悪いが違うぞ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  え!?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  白露型会消滅!!

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  当たりですか、外れですか?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  大外れ。雪風ってビーバーだ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  え?マジですか!!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  大当たりじゃないですか!!てか、雪風って初期艦にできんのか?

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  うらやましすぎますぞおおおおお!!交換してください!!

 

コンソメ:呉鎮守府

  何がどうなったら初期艦が雪風になるんだろう。建造ってことでしょ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  まあいくらレアな駆逐艦でも俺様の望むもんじゃないしな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  さすがおっさん、ぶれないな。

 

コンソメ:呉鎮守府

  うーん、でもおっさんの好みってなんでしたっけ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  巨乳、人妻属性。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  そんな艦娘いるかなあ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  いないと思ったらいない。いると思うからいる。

 

マーティー:単冠湾泊地

  おお、かっこいい。

 

コンソメ:呉鎮守府

  よし。次回おっさんに合いそうな艦娘考えるべ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  それは面白いっぽい。

 

マーティー:単冠湾泊地

  りょ

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  くっくっく。若者の斬新なアイデアに期待しているぜえ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  あれ?

 

コンソメ:呉鎮守府

  どしたの?

 

マーティー:単冠湾泊地

  さっきからロリコン静かじゃね?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  寝ちまったか?今なら夕立との握手券あげるぞー

 

【ロリコン紳士がログアウトしました】

 

コンソメ:呉鎮守府

  ふて寝か

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  まあいいや。それじゃあな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  達者で暮らせよ

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  元気にオナれよ!!

【コンソメがログアウトしました】

【マーティーがログアウトしました】

【ソロモンの悪夢がログアウトしました】

【おっさんがログアウトしました】

  

 




提督養成学校第16期A班名簿

鬼頭与作・・おっさん
織田久三・・オタク・そこそこイケメン
田所勇作・・鹿児島の農家出身。実家で栽培しているのはサツマイモ
間島太郎・・厳つい顔の元自衛官
新藤剛・・・元プロゲーマー。ゲームの前だと豹変。




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第六話 「雪風建造す」

資材回復中。バケツの減りが酷すぎる。E7-2の地獄に耐えられるかどうか。




せっかくの見せ場をとられ、イライラした俺様だったが、元々気持ちの切り替えには定評がある。落ち着いて冷静に考えた結果、自慢のスーパーコンピューターが最適解をはじきだした。それは、

「雪風、お前が建造すればよくね?」

 

そうだ。幸運艦と自慢するのならばその自慢の幸運を見せてもらおう。以前俺様が課金しまくっていた某スマホゲーのガチャでも「狙っていると出ない」とまことしやかに言われていたし、煩悩が強すぎると引き運がなくなると、わざわざオナニーをしまくって賢者タイムに引いたこともある。それでも出ない時には時雨に事情を話し、ガチャを回させると大抵出たが、あいつときたら

「僕の手を借りたいというから来たのに、水着の女の絵が欲しいから力を貸せなんて酷いじゃないか。」と怒ってたっけな。

 

「とにかくだ。これより幸運艦雪風による俺様好みの艦娘建造プロジェクト、名付けてOGKKPを開始する。各員の一層の奮闘努力を期待する!」

 

「了解しました!雪風にお任せください!!」

 びっと敬礼を決める雪風。あんがいノリがいいじゃねえか。ちんまい駆逐艦で好みじゃないが、そうした態度は嫌いじゃないぜ。

 

「もんぷち、現在の残り資材はどれだけある?」

『鋼材が少ないねー。550/1020/50/270だよ、』

ぐぬぬぬぬ。鋼材が少ないもんだから、重巡・戦艦レシピができないじゃねえか。だが、俺様はあきらめねえ。こちらには幸運艦雪風がついているんだからなあ。香取教官からの資材を待ってもいいが、こういうのは勢いが大事だ。妙な幸運から資材を得た今こそ流れに乗るときだ!

 

「よし、雪風。資材の投入量はお前が決めていいぞ!任せる!」

「了解しました。ええっと、それじゃあですね。燃料は82、弾薬が124、鋼材が324、は足りないから32、ボーキサイトが120っと。」

何だ、その数字。適当なような適当でないような。

「はいっ。これは雪風の起工日、命名日、進水日、竣工日から思いつきました!本当は鋼材は324にしたかったんですが、しれえの無駄遣いのせいで資材がないので仕方がありません。」

 

無駄遣いというな、無駄遣いと!そのおかげでお前が建造されたんだろうがよ。それにしても何にも考えてなさそうな割には自分に関係ある数字を選ぶなんてな。かわいいところがあるもんだ。

 

「ふっふっふ。雪風の魅力にしれえもめろめろですねって、痛い痛い!」

「無駄口を叩いている暇があったら、早く建造の用意をしろ。あともんぷち、今回の建造はお前にも手伝ってもらうぞ!」

『ええーっ。何で私が。工廠の仕事は工廠妖精がやるもんですよ!』

 

うろたえるもんぷち。ははあ、こいつ。でかい口を叩いておいて自信がないと見える。やりたく

ないものからは目をそらす、典型的な現代っ子でやがるな。だが、甘い。養成学校時代に口先だ

けは魔術師、と言われた俺様にとってこいつをやる気にさせるなんてへそで茶を沸かすよりも簡単よ。

 

 

「あっれれー。できないんだ。妖精女王なんて大層なネーミングがつけられているのに。女王って言ったら何でもできるのが女王なんじゃないのかねえ。」

『いや、あのですね。私は元々羅針盤妖精上がりでして。建造なんてもう全然やってなくて・・』

「言い訳は見苦しいぜ。できないならできないで良いのさ。俺様は寛大だ。そんなことでお前を見捨てたりはしねえ。」

 

ぽんとしょげるもんぷちの肩に指を置く俺様。

『て、提督!!』

感激のあまり、猫を落としそうになる通称猫吊るしににやりと笑って告げてやる。

 

「ただ、明日からお前の呼び名はしばらく役たたず、だがな。」

『ええっ!?』

当たり前だろう、名前だけの女王には世間は厳しいもんだぜ?それが嫌なら分かってるな。

 

『ちょっ、ちょっと!分かった、分かりましたよ!やればいいんでしょ。やれば!知りませんよ。どうなっても!あなたたち、私にも手伝わせなさい!』

ふわふわと建造ドックへと飛んでいくもんぷち。

『えーーっ。女王大丈夫ですかーっ。建造できます?』

 などと周りにいる工廠妖精に憐みの目を向けられている。まあ、奴も妖精女王などとほざいているのだ。なんとかなるだろう。

 

「よし、準備は整った。行くぞ、雪風!!」

「はい、準備万端です!!」

すうーーはあーーーっ。深呼吸を繰り返す。ただ、建造スイッチを押すだけだが、ことはそう単純ではない。我々の未来がかかっている。

「よし、それでは3、2、1、建造!!」

「建造!!」

 

ぽちっと、建造ボタンが押され、俺様は食い入る用に建造ドックのタイマーを見る。

そこに出ていた時間は・・・。

「00:32:00だと?」

「32分てことですよ、司令!」

「わかっとるわ!!問題なのはそんなことじゃねえ。」

懐から取り出した提督養成学校時代にメモった艦娘建造時間表を確認する。

「32分なんて艦娘いねえぞ。バグってんのか?俺様のメモだと、30分が島風ってなってるが。」

島風ねえ。ロリコン提督織田に言わせると、性能がピーキーできわどい服装の股間に来る艦娘NO1とのことだったが。

 

「まあた、駆逐艦かよおお。」

 

ロリコンの股間に来ても、俺様の息子には1mmたりともヒットしない。せめて、何かの間違いで色っぽい艦娘が来てくれないかな。頼むぜ、もんぷち様、雪風様よ!とりあえず、30分あまり、待つ間、トランプでもしているか。雪風、トランプでもするぞ。何、やり方がわからない?それじゃあ、神経衰弱でもやるか。俺様の記憶力、見せつけてやるぜ!

 

「あ、しれえ。来ました!」

「ぐああああーー。またか!」

 

響き渡る俺様の絶叫。過去の自分をぶんなぐってやりたい。神経衰弱をすること8回。一度も俺は勝てていない。どころか、雪風のターンになったら運のつきだ。あれよあれよといううちにカードがまたたくまにとられていく。神経衰弱の面白いところって、相手がとれると思って自信満々で引いたら間違えて、それを自分がぷーっくすくすやーい、ととるところじゃね?それがないの。

いくらこちらが先行だろうが、引き間違えたら負けるって何の無理ゲーだよ。

 

「ちくしょう、もう一回だ!」

「でもしれえ、そろそろ時間ですよ!タイマーが止まりそうです!」

仕方がない。今日のところはここまでにしておいてやる。勝ち負けよりも大切なことが人生にはあるからなあ。

 

ちーーーん。ぷしゅーーーーつ。

 

二日間で二度目の建造。島風の可能性が高いが、そもそもメモに載ってない建造時間だ。ばぐって、重巡なんかが来る可能性もある。スマホゲーでよくあるすり抜けって奴だ。たまには運営に都合のいいすり抜けばっかじゃなくて、こちらにとって都合のいいすり抜けをしてくれえ!色っぽいお姉さん、色っぽいお姉さんだぞ!

「よし、よく来てくれた!カモン!!!」

出てきたのは島風・・・じゃない?プラチナブロンドの髪。海外の艦娘か?

Buongiorno(ボンジョルノ)!あたしがマエストラーレ級駆逐艦、次女のグレカーレ!テートク、あたしも可愛がってよね? あ、かーわいっ♪」

 

つん、と呆然とする俺様の頬をつつく色物駆逐艦。建造ハッチから出てきたもんぷちはすすだらけの顔になりながら、満足げな笑みを見せた。

 

『けほっけほっ。どうですかあ、提督。ご指名の色っぽい駆逐艦ですよって、痛い痛い!』

「チェンジ!」

『えーーっ。』

 

お前、俺のリクエスト聞いてたか?色っぽい艦娘って言ったよな?どう見ても児ポ案件だぞ、こいつ。

「ちょっと、ちょっと、テートク!あたしが出てくるなんて普通あり得ないんだからね。もう少しありがたがってよぉ!!!」

「やかましい!俺様の純情を返せ!チェンジだ、チェンジ!」

「しれえ、一度建造した艦娘は元に戻せませんよっ!」

「知っとるわ。知っとるがなあ・・・。そうだ、もんぷち。あの猫をぐるぐるするのでどうにかならんか。リクエストは色っぽいお姉さん、だぞ。」

『グレカーレさんは次女だから、お姉さんですよ!』

 

そういうことじゃない。そういうことじゃないんだよ。もっと、さあ、こうあふれ出る色気っていうやつがさあ。例えるならば峰不二子だよ。あは~ん、うふ~んな艦娘が欲しいんだよ。身振り手振りを交えて説明する俺の隣で不満そうに唇を尖らせるグレカーレ。

 

「失礼ねー。あたしにだって、色気はあるわよ!テートク、ほら、ひーらひら。」

どうだと言わんばかりにスカートをつまんでちらちらと挑発するお子様駆逐艦。よしわかった。色気についてお前とは一度じっくり話し合わないといかんようだな。

 

「あ、そういうのは間に合ってる。」

俺様は紳士だ、めったなことでは怒らない。だが、こうしたロリコンほいほいな態度をとる奴には別だ。

 

「おい、グレカーレ」

「なあに、テートク。どきどきしてきた?」

べちんと、必殺のデコピンを繰り出す。

「痛ったーい!何すんのよー!」

「世の中にはロリコンが多い。そうした態度は連中を増長させる。無駄な背伸びはするな。」

 

俺の脳裏に佐渡ヶ島に着任した同期のロリコンがサムズアップする姿が浮かぶ。

「心配しなくても、あたしがこういう態度をとるのはテートクだけよ!どお、安心した?」

「心配なんぞしてないし、俺様にもそういう態度はいらん!!」

「またまたあ、我慢しちゃって!」

完全に勘違いしているグレカーレはこのこのと人の脇腹を小突いてくる。ダメだ、こいつ。野放しにしておくとあの憲兵の爺に何を言われるかわからん。早急に策を講じなければ・・・。

 




登場人物紹介

与作・・・・微妙に外す建造ドックのことをすりぬけくんと呼ぼうかと真剣に考えてい
る。

もんぷち・・無事呼び名は役立たずからダメ女王になった。

雪風・・・・神経衰弱にはまり、相手を探すも、与作もグレカーレもコテンパンにされ
たため、相手にしてもらえずしょんぼり。

グレカーレ・色気について学ぶため、「ルパン三世」シリーズのDVDを見てハマり、峰
不二子の真似をして「てえーとくぅ♡」と与作を呼んだところ、拳骨をもらう。
※グレカーレの建造時間は適当です。


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幕間② 「ある日の提督グループライン2」

E7-2、敵が分身するなんて聞いてないよ・・。


【提督養成学校第16期A班】初建造お疲れ!誰が出てきた?【鎮守府も書いてね】

 

マーティー:単冠湾泊地

  みんな初建造お疲れ!誰が出てきた?ちなみに俺は曙・・・。

 

コンソメ:呉鎮守府

  ぷっ。大穴当ててやんの。毎日クソ提督言われるといいわ。うちは那珂ちゃんが大当たり。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  カーンカーンカーン

 

マーティー:単冠湾泊地

  2、4、11だな。

 

コンソメ;呉鎮守府

  喧嘩売ってんのか。みんなのアイドル那珂ちゃんだぞ。艦隊のムードメーカーなめんな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ふっ。勝ち組の俺様には関係ないな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  おっ。おっさんみたいだな。誰が当たったんだ。まさか、雪風か?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  そんなわけないだろ!おっさんが規格外なんだよ。白露だよ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  おおっ。一人白露型会か。

 

マーティー:単冠湾泊地

  その設定、まだ生きてんのかよ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  やかましい。白露型は天使なんだ。おっさんの所に時雨が着任してればなあ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  夕立握手会の会場はここか。

 

マーティー:単冠湾泊地

  おっ。来やがった。この間どうしたん?

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   聞かんでくれ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おお?まあいいや。確かに色々とショックだったからな。ところで、ロリコン

  は建造で誰が出たんだよ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  神通。

 

コンソメ:呉鎮守府

  げ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  げげ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  げげげえええ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  楽しんでんじゃねええ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  そりゃまた相性最悪だな。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  俺の精神を鍛えるためだとかで、瑞鶴とマンツーマンでトレーニングだよお。

  ワンモアだの、もう少し、だの。煽る台詞はいらねー。

 

マーティー:単冠湾泊地

  それ完全にジムのトレーナーじゃねえか。ご愁傷様。ところで、おっさん来な

  いかなあ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  あの人、本当にフリーダムだからね。いくら呼びかけても気が向かなきゃ来

  ない。

 

コンソメ:呉鎮守府

  ほんこれ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  K氏来てくだされーーー。せめて雪風ちゃんの画像を送ってください!!

 

コンソメ:呉鎮守府

  おっさん召喚!!

 

マーティー:単冠湾泊地

  おっさん召喚!!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おっさん招来!!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  うるさいぞ、全く。来てやったぞ。ただでさえがきんちょどもの相手で疲れてるんだ。

  静かにしやがれ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  おっ。さりげなくヒントが!がきんちょどもってことはおっさんの二隻目建造艦

  は駆逐艦だな。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  うらやましい!!誰です!?まさか、雷ママ?

 

マーティー:単冠湾泊地

  何気なくレア艦ぽいんだよなあ。同じ陽炎型で秋雲でどう!?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  運がいいときたら綾波じゃないか。ソロモン海の鬼神!!うちの艦隊に欲しい。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  全外れ。普通分からん。艦娘型録手元にあるやついるか?

 

コンソメ:呉鎮守府

  今ないですね。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おれも。見当たらない。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  ありますよ。まさか、またレア艦ですか。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  多分な。本人が普通でない、とかほざいていたからな。グレカーレってやつだ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  !!!!!!!!!!!!!! うそでしょ!!

 

マーティー:単冠湾泊地

  どうした!?やばいレアなのか。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  建造って言いましたよね。本当ですか!?大規模作戦の際でのドロップ報告し

  かない、超貴重な駆逐艦ですよ!!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  マジ?

 

コンソメ:呉鎮守府

  すごい!!

 

マーティー:単冠湾泊地

  安心のおっさんクオリティ。すげえな。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  建造ならレシピ教えてください!!お願いします!なんでもします!!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  くっくっく。素直な奴は嫌いじゃないぜ。そういうだろうと思ってレシピをメ

  モってある。お前さんには借りもあるからな。今回は特別にただで譲ってや

  るぜ。燃料82弾薬124鋼材32ボーキサイト120だ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  なんです、そのばらばらだけど意味のありそうな数字。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  雪風の奴が建造したからな。自分に関係がある数字だと。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  その手があったかー。うちにも幸運艦がいる。奴にやらせよう!!!ようやく奴

  が役に立つ時が来た!! 

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  くっくっく。がんばってくれ。がんあらえよ

 

マーティー:単冠湾泊地

  がんあらえよ?目をよく洗ってよく見ろってことかな?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  打ち間違いじゃない?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  すまん。間違えた。グレカーレの奴がしょっちゅう話しかけてきて集中できなく

  てな。

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  うらやましすぎる。K氏、うちに異動する気がないですかねえ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ちょっと待て。本人に聞いてみる。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  待遇は最高にします!仕事しなくていいです!お願いします!!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  『はあ~意味分かんない。面倒臭いからパス』だとよ。ついでに俺様のことを気

  色の悪い声で呼ぶから拳骨をくれてやった。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  最高じゃないですかあ!うちのあほ幸運艦と交換してくださいよ!!雪風ちゃん

  でもかまいません!神通もつけます!

 

コンソメ:呉鎮守府

  ロリコン必死だな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  初期艦に聞かれたら必死だな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  確かに。今のうちに逃げる準備しとけよー。

 

【ロリコン紳士がログアウトしました】

 

マーティー:単冠湾泊地

  逃げる準備に入ったか。

 

コンソメ:呉鎮守府

  うける・・。そういや、おっさん好みの艦娘を話し合うのができてないな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  確かに。香取教官はいいんですよね。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ああ。若干若いがな。許容範囲だ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  あの色気で若い・・。じゃあ妹の鹿島教官も?

おっさん:江ノ島鎮守府

  鹿島教官は許容範囲ぎりぎりだな。まあ、我慢して付き合ってやってもいいクラスだ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  やばい。

 

マーティー:単冠湾泊地

  うん、やばい。鹿島教官って通称有明の女王って呼ばれるくらいの人気なんですよ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  香取教官も意識してなさそうに見えてかなり意識してるからな。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  けけけ。そのおかげで貴重なスク水姿が見られたじゃねえか。

 

マーティー:単冠湾泊地

  出た。口先だけの魔術師。ごちそうさまでした。でも、鹿島教官がぎりぎりかあ。俺からする

  と満点なんですがね。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  他人の物差しなんか信用できねえ。自分の物差しで測るのが一番だぜ。世間の物

  差しって枠組みだってあるが、他人を測るのはてめえの物差しさ。決めるのは

  世間じゃねえ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

   名言出た!!

 

コンソメ:呉鎮守府

   さすが、われらがリーダー。

 

マーティー:単冠湾泊地

   艦娘型録でよく調べてみますよ!次こそ当てるぞ、おっさんの好み。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  俺様の好感度を上げてどうしようってんだか。まあ、気長に待ってるぜ。

  ちょいとがきんちょどもに飯を作らなきゃいけないんで抜けるぜ。元気にオナ

  れよ!

【おっさんがログアウトしました】

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  なんか鬼畜っぽい発言をとると、普通にいい人なんだよなあ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  それな。

マーティー:単冠湾泊地

  分かる分かる。ほんじゃな。

【コンソメがログアウトしました】

【マーティーがログアウトしました】

【ソロモンの悪夢がログアウトしました】

 




登場人物紹介

吹雪(呉)・・・頑張ります!!と気合が入るが二隻目の那珂ちゃんにアイドルに誘わ
れるも、サツマイモ系アイドルと名付けられ困惑する。
夕立(パラオ)・何でも一番にこだわるお姉ちゃんに優しい妹して譲ってあげている。
電(単冠湾)・・口の悪い曙との仲に悩み中。
瑞鶴(佐渡ヶ島)織田の性根を直そうと神通と特別トレーニングを考案中
雪風(江ノ島)・与作もグレカーレも相手をしてくれないので憲兵のお爺さんと神経
衰弱をするも、夢中になりすぎ執務をさぼり、トランプを没収される。



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第七話 「グレカーレ建造す!?」

7-2ラスダンが割れないので友軍待ちです。こちらのカットイン艦を確実に雷撃で潰すのは止めて欲しい。


グレカーレ建造の二日後、我が江ノ島鎮守府では反省会が開かれていた。

 

「第一回。『何で駆逐艦ばっか出てくるんだよ、ふざけんじゃない会議』を開催する!」

「会議の名前じゃなくて、あたし達駆逐艦へのただのディスりじゃないの!」

やかましい。ピーピーとうるさいグレカーレは無視して会議を進行しよう。もちろん会議の出席者はこの鎮守府の全メンバー(俺様、雪風、グレカーレあともんぷち)だ。

 

「雪風、あんたも言われているのよ。何とか言い返しなさいよー。」

グレカーレが雪風に声を掛ける。当の本人は下を向いて元気がない。

ははあ。俺様の言葉を気にしてやがるんだな。

 

「しれえ・・。気を付けますからトランプを返してください~・・」

 

前言撤回。てんで気にしていなかった。どころか、トランプを返せだと?ダメだ。あれは後一日預かっておく。

 

「そんな~しれえ。お願いします。もうしませんからあ。」

ぐいぐいと俺様を引っ張るビーバー。まるでゲーム機を取り上げた親の心境だな。うるさい。恨むなら、欲望を抑えきれなかった自分を恨め。

「ゆ、雪風・・。さすがに、あれはテートクの言う通りだとあたしも思うわよ。」

「返して欲しければきちんと仕事しろ!いいか、この会議はとても重要だ。」

 

そう。初めの雪風は仕方ない。だが、次のグレカーレの建造がおかしすぎる。織田の話だと建造では出ないどころか、通常海域でのドロップ報告もない超レア艦なのだという。意気揚々と俺様が教えたレシピで建造したロリコンからは昨日、

「龍田でした~(泣)。鬼頭氏運良すぎですぞおお!」

との連絡がきた。

 

「とすると、だ。うちの建造で何か特別なことがあるのかもしれない。思い当たることはないか。」

「はい、司令!」

おっ。気持ちを切り替えたのか、雪風が勢いよく手を挙げる。いいぞ、そういう態度は重要だ。

「建造をする人によって違うんじゃないでしょうか。」

期待した俺様がバカだった。そんなのは当たり前だ。問題はなぜ二回とも駆逐艦か、ということだ。俺様が期待しているのは戦艦、空母、おまけで重巡だ。

 

『確率ってありますからね~。』

もんぷちが素っ気なく答える。そんなもんは分かっている。それにしてもお前むくれてないか。ははあ、ダメ女王と名付けられたのが嫌だったのか。

『もちろんですよ!どう考えても、グレカーレさんは当たりですよ!!それがなぜダメなんです!』

「そーだよ、テートク。もっとあたしの貴重さに気付いてもいいと思うな!」

「あのなあ、例えばお前が重課金者でピックアップガチャを回したとするだろ?虹回転で星五が来てうきうきしてたらすり抜けていつも見慣れてるバーサーカーが来やがったんだぜ。そりゃ怒るだろ。」

「ごめん、よく分からない・・。あんたは分かる?雪風。」

「トランプ・・・。」

ああもう、しつこい野郎だな。分かった分かった。二日間預かったから、この会議が終わったら返してやる。だが、次同じようなことが起きたら二度と返さないからな!

「しれえ!!ありがとうございます!!雪風は建造ドックが怪しいと思います!!」

「建造ドックだあ?ふうむ。確かにそれはあるかもしれねえな。」

 

施設が万全とか抜かしていた割には入渠ドックも建造ドックも一つずつしか使えないこの江ノ島鎮守府。事実が分かった時には大本営の相談室に善意の一般市民からのクレームをわんさと入れてやったもんだ。その江ノ島鎮守府唯一の建造ドックは、長い間埃をかぶっていただけあって、微妙に俺様の好みから外した船を建造する。

 

「すりぬけくんが原因かもしれねえな。よし、調査してみるか。」

「すりぬけくん?なあに、それ。」

「建造ドックのあだ名だそうです!しれえ、いつ返してくれるんですか?」

『提督はあだ名のセンスがなさすぎますね・・・。』

 

わちゃわちゃと騒ぐ面々を従え工廠へ着くと、そこにいたのは床に寝そべる工廠妖精達だった。

 

「おう、どうした、お前ら。休憩か?」

『どうしたもこうしたもないですよ!』

責任者らしい親方みたいな妖精がぷんすかと俺様の前にやってくる。

『建造ドックの様子がおかしくて、仕事にならないんです。』

「ドックの様子がおかしい?初耳だぞ。建造できないってことか?」

『分かりません。建造してみてないので』

「そりゃあそうだな。よし、グレカーレ。お前建造してみろ。」

幸い昨日香取教官から200ずつ資材が届いている。少しくらいなら余分があるはずだ。

 

「えっ?あたしが。ふふん。テートクもようやく分かってきたのね!」

「いや。超レア駆逐艦とやらの運に期待するだけだ。」

「ええーっ。あたし改装されないとてんで運ないんだけど。」

「なんだそりゃ。出世魚みたいだな。まあいい。やってみろ。」

「りょーかい。ほんじゃ、77、77、77、77。建造っと。」

ラッキー7か。ゲン担ぎにはぴったりだな。

 

ぶいーーーーーん。

うなりを上げる建造ドック。さてどうなるかな。わくわくするぜ。

ぶいーーーーーーーーーーーーん。ぷしゅー。

すぐさま開く建造ドック。中から出てくるのはまた駆逐艦か?と思いきや誰もいない。

「なんだ、こりゃ?」

『あー。資材だけ飲まれたっぽい。』

親方妖精が答える。資材だけ飲まれる?開発ドックだと開発失敗で変なものが出ると聞いたことあるが、建造ドックでそんなことあるのか。ふざけるな。少しは余分があるとは言ったが、少ししか余分はないんだ。飲み込んだ分は吐き出せ。

 

「もしもーし。もしもーし。聞こえているかな、すりぬけくん。仕事しようなー。もしもーし。」

 

某タイムトラベル映画の敵役並みのうざさで煽ってみるが、すりぬけくんはうんともすんとも言わない。

 

「親方、これは故障してんのか?見て分からないか。」

『うーん。提督さん申し訳ないが、後何回か建造してみてもらっていいかな。普段の様子と比べないと・・。』

ぐぬぬぬ。少ない資材を無駄にせよということか。だがまあ、仕方ない。これをしないと俺様のにこにこ鎮守府ハーレム計画が台無しだからな。

 

「よし、雪風とグレカーレが交互に二回ずつ回せ。」

「了解!」

「まっかせてー!」

ぽちっ。ぶいーーーーーーん。ぷしゅー。

ぽちっ。ぶいーーーーーーーーーーーん。ぷしゅー。

ぽちっ。ぶいーーーーーーーーーーーーーーーん。ぷしゅー

ぽちっ。ぶいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。ぷしゅー。

 

『あー・・・。何かわかったかも。』

多くの資材を犠牲にしただけあって、ようやく親方が原因を突き止めることができたようだ。点検のために建造ドックの中に入っていく。

 

『全く。工廠妖精なのに、自慢の建造ドックを壊すなんてとんでもないですね。』

おいおい。お前仮にも女王なんだから気を遣ってやれよ。

『羅針盤妖精と工廠妖精は仲がよくないんです。こっちは開発で失敗するぐずと言うし、向こうはこっちを羅針盤も操れないクズと言い返すし。』

 

うん。お前ら口悪いな。同じ妖精なんだから仲良くやれよ。

しばらくしてから建造ドックから出てきた親方は怒りに顔を真っ赤にさせていた。

『女王!!中で適当にあれこれ計器をいじくったでしょう!なんで押すなといった四番ボタンが 押されてるんですか!』

『ええ!?押すなと言われたら押すのは仕様では!?』

『そのせいで、計器が異常な数値を叩き出してたんですよー。』

「ってえことは、もんぷちが今回の元凶ってことか?」

『元凶ってなんです!超レア駆逐艦のグレカーレさんが来たじゃないですか!』

「そうよそうよ!テートクはもっとあたしの扱い方に気を配るべき!」

 

やかましい。ピックアップで望みのものが来ないからってすりぬけの星五でお茶を濁すなんてカスがすることだ。望みのものが当たってないのだから、俺が満足する筈がない。

「建造沼に足をつっこんじまったみてえだな。いいぜえ、すりぬけくん。お前がそのつもりなら俺様はチャレンジするだけさ。」

がたごとといまだうなりを上げるすりぬけくんに対し俺は宣言する。そして親方、ドックのメンテを頼む。このダメ女王はしばいておくから。

 

『了解。数日はかかるよー。』

「すまんな。よーし、お前ら戻るぞー。」

「しれえ、ババ抜きしましょう!!憲兵のお爺さんに習いました!!」

こいつとババ抜きだあ?嫌な予感しかしねえぞ。一瞬目が合ったグレカーレが頷く。

「ね、ねえ。雪風。違うカードゲームもやってみない?UNOとかさ。」

「へ?なんですそれ?」

 

俺たちが己の愚かさに気付いたのはそれからすぐのことだった。

 




登場人物紹介

与作・・・・・山札からカードを引くのに飽きる。
グレカーレ・・与作とのビリ争いに勝利するも、己の発言を大いに悔いる。
雪風・・・・・UNOの面白さに目覚めて、与作達を度々誘うが断られ、憲兵のお爺さん
       に泣きつく。
もんぷち・・・「私は建造ドックを壊したダメ女王です」との札を首からかけて一日過
        ごす。
すりぬけくん・『すりぬけくんは力を溜めている』




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第八話 「グレカーレ、夕食を作る」

もうそろそろネタのストックがつきそうですが、第10回目の投稿ということで書いてみました。今回のイベントは過酷過ぎる。レイテの時よりきつく感じる・・。


二回の建造を終えて、俺の胸に去来したのは言い知れぬ寂しさだった。

 

よく言うだろ?ガチャをするまでが楽しみで、その後に残るのはクズのような礼装とその金を他のことに使ったらどんな贅沢ができたんだろうって後悔だけだってさ。ホント、あの言葉は正しいね。今の俺は無駄な建造をしようと思わない。すっと全身から熱が引いたような感じがして、えらく頭は冷静だ。香取教官から届いた資源を使えば、まだ何度か建造はできる。もう少しすればすりぬけくん(建造ドック)の修理も終わるだろう。ただ、これ以上今のメンタルで駆逐艦を建造しまくっては危険だ。まあ、そこまで俺様が追い込まれたのも、全ては目の前のイタリア駆逐艦のせいだが。

 

「うん!?なあに、テートク。あたしを熱い目で見ちゃって!」

グレカーレ。そう、このグレカーレが原因だ。ここ一週間ほどで分かったことだが、この児ポロリ、何から何まで雪風と違いすぎってことだ。

 

例1「掃除をしろ」と言ったとき。

雪風なら、

「はいっ。雪風にお任せください!頑張ります!」

とちまちまと掃除を始めて、そのうちに憲兵の爺にあれこれ誘われてふらふらいなくなり俺様に怒られるだろう。

ところが、グレカーレは違う。こいつの場合はまず嫌がる。

「ええーっ。掃除ぃ?そんなに汚れてないし、いいよそういうのぉ。雪風、任せていい?」

「はいっ。雪風にお任せくださいっ!」

てな感じで雪風に押し付けるのだ。そのままならばふざけるなと俺の拳が唸るところだが、こいつが質が悪いのが小悪魔っぽくみせて、根は優しいところだ。ほうきとちりとりを持って雪風がいなくなると、はぁと小さくため息をついて、後を追って手伝い始める。そしてやたら手際がいい。あれこれ雪風に指図したかと思うと、もう掃除は終わっている。

 

例2 俺が執務しているとき。

この一週間あまり、江ノ島鎮守府の仕事と言えば、事務作業ばかりだ。元々深海棲艦からもおまけ程度に思われている上、近くには横須賀鎮守府が控えている。とするとやらなければいけないのはいなくなった前任者がほったらかしていった資料を整理し、倉庫の在庫を確認し、足りない分については大本営に陳情することだ。そのため、書類仕事が多くなるわけだが、ここでも雪風とグレカーレの違いははっきり出た。まず雪風だが、はっきり言って頼りにならない。任せてくださいとはりきる。→やり方が分からずしれえ・・と聞いてくる。→俺がやり方を教えるがうまくできず悩む→またしれえ・・となる。の繰り返しで、これならば最初から俺がやった方が早いぐらいだ。ところが、グレカーレは、めんどくさーい、とめんどくさがるものの、やり方を教えるとてきぱきこなす。それどころか、「こうかな?」「あれ、これってこうなるんじゃないの?」などと自分からあれこれやり始める始末である。思わず、

「お前、天才か?」

と言ったら、

「ま、とーぜんよね!テートクもあたしのすごさがわかっちゃった?」

とドヤ顔をするものだから、ほっぺたを引っ張ってやった。

「ちょっと、テートク、痛い痛い!愛情表現が過剰すぎるわよ!!」

「何が愛情表現だ!!」

 

ただ、当然このグレカーレにも欠点は存在する。まあ、それこそ俺にとっては大変な欠点と言っていいだろう。こいつときたら、小悪魔タイプにありがちの異様にかまってちゃんなのだ。

執務中俺は大抵黙って仕事をこなしている。それはそうだろう。ミスが許されない事務仕事な上、ただでさえ幼い駆逐艦どもと話をしているとストレスが溜まる。最低限の会話しかこなさないようにしているのだが、グレカーレには通じない。黙っているとしゃべりかけてくるし、奴の方を見ると、自分を意識しているという。それならと全くグレカーレを見ないようにすると自分を無視しているとむくれるのだ。もはやどうしていいかわからない。

 

「ねえ、テートク。おしゃべりしようよー。」

「黙っていた方が効率がいいだろう?」

「ある程度の会話は仕事のスパイスだって。しかめっ面して仕事するよりいいじゃん。」

「うるさい。仕事を早く終わらせろ。」

「こんな程度すぐ終わっちゃうって。人手が少ないんだし、仲良くいこうよー。」

「ならとっとと終わらせて掃除でもしてろ。」

「昨日終わらせちゃったもん。そんで、釣りまで行って鯵まで釣ってきたじゃん。」

「アジフライにしたのは俺だがな。そんなに言うなら料理の練習ぐらいしたらどう

 だ。お前も雪風もてんで料理をしないんだから。」

 

そうなのだ。俺が鎮守府に着任してから10日あまり、大本営に陳情しているにもかかわらず、給糧艦間宮も鳳翔さんも着任していないため、自分たちで料理するしかない。ところが、この鎮守府ときたら料理をできるのが俺だけなのだ。雪風は言わずもがな。グレカーレもやらないとなると、必然的に俺がやる羽目になる。全く俺は保父さんになりに来たんじゃないんだがな。

 

「えーっ、めんどくさい。あたし、別に料理できるし。」

はあ?聞き捨てならないことを言いやがりましたよ、この駆逐艦。料理ができる?全くやってこなかったじゃないか。冗談も休み休み言え。はっはっはっ。カップラーメンにお湯を入れるのを料理ができるとは言わないぞ。

 

「そりゃテートクにやってもらう方が楽だもん。って、痛い痛い!ぐりぐり禁止!」

「嘘つきに対する正当なおしおきだ。そんなに言うなら今日の夕食を作ってみろ!」

 

どうせ、目玉焼き程度だろうよ。お子様のできるレベルなどたかが知れている。こう見えても俺様は料理にはうるさい。昔付き合ったことがある彼女が料理が得意というから味噌汁を作ってもらったが、だしをとるのに、だしの素を入れていたのを見たとき別れを決意したもんだ。女の得意っていうのは盛っていることが多いからな。

 

「いいよー、じゃあやってあげる。何食べたい?」

「リクエストありとはレベルが高いな。ならピザを頼もうか。マルゲリータを頼む。」

「おっ。マルゲリータ頼んじゃう?通だね、テートク。いいよいいいよ。やってあげ

 ようじゃん。」

バカめ。引っかかったな。イタリア駆逐艦なら当然ピザかスパゲッティをと俺様が注文することは分かっていたはず。ところが、食堂の冷蔵庫には当然ピザの材料なぞない。そこでこいつが買い出しに行けば本当だが、行かなければ近くのドレミピザに宅配してもらうしかないのだ。宅配された証拠を突き付け、それをネタに俺への過度の接触をやめさせよう。

 

そして夕食。買い出しにも行かず、ピザを作って出してきたグレカーレに俺はにやにや笑いが止まらなかった。おやおやあ、どちらにピザの宅配ケースは隠されているんですかねえ。後でじっくりと探すとしよう

アツアツのピザに雪風が舌鼓を打つ。

「美味しいです!グレカーレさんってすごいですね、しれえ!」

「そうだなあ。こいつは驚きだ。」

 

くっくっく。お前がしれっと自分で作りましたと出してきているのになあ。これだからがきんちょといえど女は怖い。調理場の片隅にドレミ印の宅配ケースが捨てられているんじゃないかねえ?

 

「うーん。喜んでもらえたのはよかったんだけどねえ。」

もぐもぐと自分で作った(笑)ピザを頬張りながら、なぜか口ごもるグレカーレ。そりゃあそうだよなあ。自分で作ってないんだもんなあ。手柄を横取りしちゃあいけないよな。

 

「もうやめようや、グレカーレ。こいつはお前の味じゃあないんだろ。」

奴が白状しやすいように優しい声で俺様は諭す。途端にグレカーレは驚いた表情。いいねえ、この顔。なんともいえねえ。

「な、なんで分かったの。テートクすごくない?」

「くっくっく。伊達にお前たちの提督じゃないんでな。で、どうしたんだ、こいつは。」

「うん・・。急ぎだったから、ピザ生地は冷凍のを頼んだのよね。そしたらやっぱり

 味がいまいちで・・。」

「うんうんって、はああ?冷凍生地を頼んだ!?誰に」

 

初耳だぞ。雪風もお前と一緒に執務室にいたし、もんぷちじゃあ買い物はできねえ。誰だ、そんなやついたか。

「憲兵のお爺さん。テートクにつけとくって。」

 

いたわ。孫娘見るような目で駆逐艦どもに接しているくそ爺が。

「確かにテートクが言うように、ピザ生地を冷凍に頼ってたんじゃ、あたしの味じゃないわ。これをグレカーレ特製ピザと思われるのはさすがに心外だもん。よーっし、明後日ピザにするよ、テートク!明日憲兵さんにまた買い物お願いしよう!生地から作って一晩寝かせた絶品ピザを御馳走するわ!」

「絶品ピザですって!楽しみですね、しれえ!」

「いや、そんな連日ピザはいらんだろ・・。」

「もう遅いって、テートク!よーし、やるぞお。グレカーレ特製ピザ作り、ガツンとかましてやる!」

 

二日後。グレカーレの作ったピザは確かに絶品だった。

「でしょ、でしょ。どお?あたしのありがたみ、わかっちゃった?」

 

それと同時に憲兵の爺から安くない領収書が届けられ、懐が寒くなった。

「そりゃあ、材料に凝ると多少は高くなるのは仕方ないよねー。」

「だからって、ホームベーカリーまで買うな!材料じゃなくて家電じゃねえか!」

 




登場人物紹介
もんぷち・・・前回の処罰に憤慨し、「家出します。」と書置きして鎮守府から出たが
やはり気が付いてもらえず。不安になってひょっこり戻ってきたところ、美味しいピザの匂いに誘われてふらふら戻ってくる。

与作・・・・・枕元にミミズのような字で落書きが置かれていたため、丸めてゴミ箱に
捨てる。

雪風・・・・・料理ができないことに引け目を感じ、とりあえずホームベーカリーを
使ったジャムづくりにハマる。結果作りすぎ憲兵さんにおすそ分け。

グレカーレ・・何日かは食事を作っていたがすぐ飽きる。

憲兵(68)・雪風に加え、グレカーレとも仲良くなりにっこにこ。目下雪風から
もらった大量のジャムの使い道に悩んでいる。


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第九話 「鬼畜提督の休日(前)」

資源の備蓄って難しいですよね。


ようやくこの時が来た。

本当に長いこと待っていたぜ。大体休みがないってどういうことだよ。

提督候補生時代だって基本土日休みだったってのに。横須賀や呉みたいな大きな鎮守府は何人もの提督が所属しているから持ち回りで休みがとれているようだが、うちみたいな弱小鎮守府はそうもいかねえ。何しろ人手がないからな。そういう所は任務娘として着任する大淀や、工作艦明石などが臨時の提督としてその日の仕事を廻してくれるらしい。ところが、なぜか何度要請をしようが一向にうちの鎮守府には任務娘も工作艦明石も来やがらない。関係各所で調整中だと!?何度その台詞を聞いたことか。そっちがそうくるなら仕方ねえ。こちらにも考えがある。

 

「ということでだ、爺さん。留守番しててくれ。」

「何が、ということかは分らんが、お前さんが帰ってくるまでここに座っていればいいのかね。」

くっくっく。ちょろいちょろい。人手がないなら作るまでだ。ちょうど近くにいつも暇そうにしている爺がいて助かった。所属は全然違うがね。

 

「おうともよ。海と陸でお門違いかもしれんが、なあに。何かあったらすっとんで帰ってくるからよ。やばい時には横須賀に連絡するか、この鎮守府を放り出して逃げてくれればいい。」

「まあ、これまでの様子じゃそれはないと思うがの、了解した。」

「ありがたい。頼むぜー。土産買ってくるからよ!」

 

うきうきしながら執務室より出る。あー解放感。四六時中駆逐艦どもとの生活にうんざりだ。た

だでさえ、提督養成学校の時からあの時雨に張り付かれていたのに何の因果でまた同じような生活にならんといかんのか。雪風とグレカーレにも同時に暇をやったから、適当にその辺の海で遊んでくるだろう。ガキのいぬ間に何とやらだ。さーーーて何をするかなあ♪意気揚々と江ノ島駅へ。ここから藤沢に行って北口の金太郎で散々ぱらDVDを観て日頃のストレスを発散させる、その後は近くのPCショップに行ってもいいかな。最近はどこもエロゲーを置かなくなって寂しい限りだが、俺様はあの本番まで待たされるまだるっこさが嫌いじゃねえ。何をしようかわくわくしていると、江ノ島駅前でちょっとした人だかりができているのを見つけた。

 

「おい、海外の艦娘がいるらしいぞ!」

「マジか!年寄りどもが反対運動なんて馬鹿なことやるから艦娘がいなくなって恨んだけど。」

「・・・。」

 

海外の艦娘?何だそのNGワードは。脳裏に浮かぶ児ポロり以外にこの辺に海外の艦娘がいたのか。

何となくいやな予感がした俺様が人だかりを避けて改札に向かおうとすると、向こうからやって来る約二名。

 

「あっテートクー。遅いよお!」

「待ちくたびれましたよ、しれえ」

「・・・・」

「あれ?どったの。ああ、このお菓子?なんか優しい人がくれてねー。」

「雪風はソフトクリームももらってしまいました。」

ぺちゃくちゃとしゃべりまくる二人の側で固まる俺様。なんで、こいつらがここにいるんだ。お前ら鎮守府や近くの海で遊んでればいいだろが!それと、勝手に他人から物をもらうんじゃない!誘拐してくださいって言ってるもんだろが。

 

「すいません、しれえ。物をもらうのは気をつけます・・。」

「でも、海や鎮守府で遊べってのは嫌だよ。海はいつも出てるし、鎮守府で雪風と遊ぶってなったら大変でしょ?」

グレカーレは目を伏せる。ああ、その気持ちは俺様も分かる。何が楽しくて永遠に自分の番をとばされたり、カードを取り過ぎて山札が無くなるなんてことを経験しないといけないのか。

「どうしようかと相談していたら、憲兵のお爺さんがしれえの外出についていったらどうかと。」

「あんのくそ爺~」

ぬか喜びさせやがってえええ。こいつらがついてきたら俺様の休日にならんだろうが。これだから頭の中が孫ボケしている奴は使えねえんだ。土産物のレベルを一段階下げてやる!

「ほら、行こうよ、テートク。」

遠慮なく俺様の手を引っ張るグレカーレ。いやいや。お前たちは鎮守府に戻ってろ。俺様は重要な買い出しがあって鎮守府を留守にするんだから。

 

「ええー。いやだよお。買い出し付き合うから、連れてってよぉ。」

「お願いします!雪風も藤沢の街に行ってみたいです!」

「お願い!」

「お願いします―!」

 

二人そろってぐいぐいと俺様を引っ張るがきんちょ二人。同期のロリコンなら涙を流して喜んだだろうが、生憎と俺様は一般的な感性の持ち主だ。こんなところでこんながきんちょ二人と揉めていたらどうなるかすぐ分かる。

 

「ああー、すいません。ちょっーっとお話聞かせていただけますか?」

にこにこと人ごみをかき分けて近づいてくる警察官。くそったれが。そうなると思ったよ、畜生め!

「畜生、馬鹿どもが!ついてこい!ほら切符だ切符。」

高速で買った切符を渡すと、どこに入れていいかわからずもたつく二人を抱えて、間一髪出発しかける列車に飛び乗る。

 

「あっ、こら!待ちなさい!!」

閉まるドアの向こうで警察官が叫ぶが列車にはかなわない。

 

「俺様は無実だから憲兵の爺に話を聞いてくれー。」

そもそもあの爺が元凶だからな。事情説明ぐらいには役立ってもらおう。

「すごくないテートク!まるでルパン一味みたいじゃない!!」

キラキラと目を輝かせるグレカーレ。ああ、そういや最近お前ハマってたな。

とすると、俺様がルパンなのは確定だが、後がいないぞ。

「ええーっ。あたしは完全に峰不二子じゃん!!ルッパァ~ン!って痛い痛い!」

「人前でやるんじゃない。この児ポ駆逐艦!人が少ないとはいえ恥ずかしいだろうが!!」

「おっかしいなあ。完コピのつもりなんだけどねえ。って、雪風は何で黙ってるの?」

グレカーレが隣りに座る雪風に話を振る。そういやさっきから目をつぶってやたら静かだな。

「雪風は五右衛門です・・。また詰まらんモノを切ってしまった・・。」

 

ぶーーーっ。俺を笑い死にさせる気か!?どう考えてもお前らがきんちょは名探偵コナンの少年探偵団止まりだろう。

「艦娘に年齢は関係ないんだって!」

「そうです。見た目と違います!」

 

また始まった。駆逐艦どもにガキと言うと切れて言い返すこの理論。ん!?てことは待てよ、おい。お前たち子供料金じゃダメってことか?

「ううん。この艦娘専用の身分証明書を見せれば全国どこでもタダで行けるよ。」

はあ?なぜそれを早く言わない。切符買うだけ損ってことじゃねえか。

「それはしれえが突然走り出したので・・。」

「あー。まあいい。せっかく買ったんだから落とすなよ。」

「しれえ、この切符ってとっておけないんですかね。」

「藤沢でハンコ押してもらえば持って帰れるぞ。なんだ、お前鉄オタか?まあ、最近はカードばかりで切符なんて珍しいからな」

「いえ、そういう訳じゃありませんが。とっておきたいので。」

雪風はなぜかぎゅっと切符を握りしめてにこにこと微笑む。

藤沢駅に着くと、なぜかグレカーレもハンコを押してもらっていた。

 

「よし、それじゃ一時にこの珈琲屋の前に集合な。仕方がないから5000円ずつ小遣いをやる。無駄使いするんじゃねえぞ。」

 

藤沢駅の改札を出てすぐ。電車に乗っている間考えたアイデアを実行する。そう、ようは俺様が別行動をとれるようにすればいいのだ。時間と場所さえ決めておけばこいつらも大丈夫だろう。

 

「テートクはどうすんの?」

「俺様は特別な買い出しがある。がきんちょはお呼びでない場所だ。」

「ええーっ。手伝うから連れてってよお。」

お断りだ。何が悲しくてPCショップのエロゲーコーナーをがきんちょと見て回らねば行かんのか。時折女連れでのこのこと来るバカがいるが、周りの人間からすると空気を読めと言いたい。

 

「そうだ。もう一万ずつやるから最近藤沢にOI(おおい)ができたそうだから、そこで服でも見てきたら

どうだ。特に雪風、お前は服を買った方がいい。」

「いつもジャージのしれえに言われたくありませんよ!」

「とにかくそうしろ!それと俺様の携帯電話の番号を書いておくから何かあったら連絡しろ。分かったな。それじゃな!」

「あっ!」

 

渡すものだけ渡したら即とんずら。視界の中にはぽかんと口を開ける雪風とグレカーレ。ふふふ。いかにお前たちが艦娘でも俺様の神速には追い付けまい。逃走スキルは鬼畜道のイロハ。香取教官のお墨付きよ。また会おう!明智君!!

 




登場用語紹介

OI(おおい)・・・艦娘の大井が立ち上げた自社ブランドを中心としたファッション
ビル。若い女性向けの商品が並ぶ。

登場人物紹介

与作・・・・・・・最近提督のご飯が美味しいと言われ、自らの牙の抜け落ちた虎状
態を自覚し愕然とし、己を鍛えなおすべく休みをとる。

雪風・・・・・・・五右衛門ごっこは続き、目をつむってあぐらをかいたところで
与作からパンツが見える、はしたないとたしなめられる。

グレカーレ・・・・峰不二子になるにはボンテージスーツが必要だと密かに購入し
ようか悩んでいる。

憲兵(68)・・・・何やら近くでどんどんと音がしているが分からない。

もんぷち・・・・・寝過ごし置いていかれたため、憲兵に愚痴るも、普通の人間なの
で見えず悶々とする。
             



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第十話 「鬼畜提督の休日(中)」

資源がなくなってしまいました。諦めて丙にしようか悩み中です。


「なあにい~?置いてないだあ?」

二人を振り切って俺様は金太郎に行く前に早速下調べをしておいたPCショップへと赴いた。なんでもこの辺では一番の品揃えってことだが、生憎とお目当ての物は扱っていないらしい。

「ドワーフさんの最新作『茂作 ~ド田舎調教編~』が売ってないなんて驚きだぜ。それでよく地域一番の品揃えなんて威張っていられるな。」

「そんなこと言われましても。大体ドワーフなんてメーカー聞いたことないですよ。よっぽどマイナーなメーカーなんじゃっていててて!や、やめてください。」

若い店員の口元を鷲掴みする。舐めた口ききやがって。かつては東の巨人と謳われた今は無き某エ○フさんを偲び、そのテイストを後世に残すべく細々と作り続けている偉大な職人たちを汚しやがるとはよ。

 

「その口、潰してやろうか?」

「わ、悪かったですよ。許してください。」

「ふん。分かればいい。店員だったらもっと勉強しろ!」

やれやれ。俺様らしくない。勉強不足の青二才相手にここまで切れちまうとはな。ただ俺様の青春

時代を彩った思い出を汚されたようで我慢がならなかったぜ。

「ドワーフさんがないとすっとメジャーどころかあ。」

お目当てがないからといってすぐには帰らねえ。せっかくの機会だ。今はあれこれネットで買える時代だが、俺様はこうして手に取って見るのが好きだ。パッケージを手にすると、エロ職人達の息遣いが感じられるからな。

 

『幼妻ひより』『淫臭の学園』『僕は姉さんに恋をする』『ラブラブCHU』・・・。う~ん。なんだ、これが今の若いののトレンドなんか?純愛系とソフト路線しかないじゃないか。痴漢だの調教だの規制が厳しくなったかもしれんがよ。あんなの実際やるかやらないかだ。やるからには人生がそこで終わるってことを覚悟しなきゃならねえ。魔が差して、なんてのは心が弱い奴の言い訳さ。

っと、何だこれは。『鎮守府メモリアル~運命の海を越えて~』だあ?

 

「おお、お客さん。お目が高い。そちら今人気急上昇中ですよ。」

さっきの店員が来て熱のこもった営業トークをかます。なんでも潰れた古参メーカーの有志が結集し、起死回生の一策として世に出した代物だそうだ。プレイヤーは鎮守府の新米提督として、船娘たちとの交流を深め、男女の仲になっていくという・・。新宮カトリーヌだの、鹿島みやびだの明らかに香取教官・鹿島教官をモデルにしただろうヒロインの中で俺様が驚いたのは秋山しぐれなるキャラがいたことだ。

 

「秋山しぐれだあ?これはあれか、あの駆逐艦時雨がモデルなんか。」

「ええ。お客様よくご存じで!!どことなく憂いを帯びたボクッ娘ということで、結構な人気ですよ。ご購入ですか?」

「あほか。何が悲しくてあの野郎を思わせるものを買わなきゃならねえんだ。ネタとして買うってのならありだが・・。って何だと!?」

「お客様!?」

 

俺様のYSKレーダーに感あり!!敵艦が接近中だと!?

 

ぴんぽーん。

「いらっしゃいませーー。って、ええ?何でこんなところに外国の艦娘が・・・。」

 

おい。マジかよ。なんだ、あいつらの追跡性能は。とにかく金太郎に行っている余裕はねえ。

休日までがきんちょの面倒なんて御免だからな。さっさとおさらばしよう。

 

「え!?ジャージのおじさん?その人ならさっき店内をうろついていたけど(さすがに18禁コーナーに行ったとは言えないな。武士の情けだ。)」

ふん。ベテラン店員と見える。俺様に塩を贈るとはよお。一瞬で距離を詰め、店員の耳下で囁く。

「あんた、なかなか粋じゃねえか。今度ハイスペックPCを買うぜエ。」

「あっ!いた!テートク!」

「逃がしません!!」

「ふん。遅いわ!!」

 

カチリとモードを切り替える。目の前に映るのは灰色の世界。視界の隅ではスローモーションで動く雪風たち。神速。それは人の領域を超えた世界。いかな艦娘とて追いつけはすまい。

 

それから一時間。なぜだか行く先々に現れる奴らをことごとく撒いて俺様がやってきたのは近くの公園。もういい加減足がグロッキー状態だ。短時間での神速の連続使用は足に負担がかかり過ぎる。

 

「ちくしょう、疲れたぜ。なんなんだあいつらは。」

すぐ側にあったベンチに腰掛ける。ん?隣りで若い姉ちゃんが寝てんのか。昼間からいい身分だな。

気を落ち着けるためにたばこを一服。そういや、鎮守府に着任してからまともに吸ってねえな。

色々忙しくてすっかり忘れてたぜ。

 

ぷるるるるる。携帯が鳴る。面倒くさいが憲兵の爺かもしれん。

「はい、こちらニコニコ電話相談室・・。」

「あ、え?テートクじゃないの。い、今江ノ島鎮守府のテートクを探してて。」

「鎮守府の方に戻っているんじゃないですかね。タクシーで戻られてはいかがでしょう。」

「ん!?その声テートクでしょ!!ちょっとどこ・・」

ぽちっとな。ふー。あいつらもしつこいな。てめえらだけで遊べばいいじゃねえか。なんでおっさ

んの後について来たがるのかね。

ぷるるるるるる。

「だあ、しつこいな。固定電話だと?今度こそ爺か。もしもし!?」

「もしもし、与作かい?酷いじゃないか!僕が入れた要請書を忘れてくるなんて!!」

 

げ。時雨の野郎だ。めんどくせえ野郎の電話をとっちまった。あの野郎ちょいちょい電話をかけてくるから鎮守府にかけてきたときは居留守を使ってたんだが、こっちには登録してなかったぜ。

仕方ねえ。んーー。あーーあーー。

 

「もしもし、与作?」

「(鼻声)おかけになった電話番号はナイスバディな艦娘以外からの連絡は受け付けておりません。後数年女を磨いて出直してください。・・・」

「だから、僕たち艦娘には年齢は関係ないって言ってるだろう!」

「・・もう一度繰り返しお伝えします。この電話番号はナイスバディな艦娘以外からの連絡は受け付けて・・」

「もういい!与作には失望したよ!」

 

がちゃん。おーおー。随分手荒く電話を切ったもんだな。だが、失望上等だぜ。ようやくあいつも諦めてくれるってこった。にしても、時雨といい、グレカーレ・雪風といい、最近の俺様は駆逐艦に祟られてるのかね。

 

「まったく、駆逐艦はうざくて仕方がねえ。」

思わずこぼすと、隣りからくすくすと笑い声が上がる。見るとさっきまで寝ていたねーちゃんがにやにやしながらこちらを見ていた。

 




登場用語紹介

ドワーフ・・・某エ○フの後継者を標榜するインディーズメーカー。主なヒット作は『茂作 ~ド田舎調教編~』『上級生』『ペガサスナイト』

登場人物紹介
与作・・・・・・どうしても茂作が欲しいので、最終手段でPCから注文しようと考えている。
グレ&雪風・・・もはや当初の目的は忘れ、銭形警部気分を満喫。
ショップ店員・・実は時雨押し。
ベテラン店員・・後日本当にPCを買いに来た与作と意気投合。
時雨・・・・・・「与作には本当に困ったもんだよ。」


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第十一話「鬼畜提督の休日(後)」

若干シリアス回かも。


「ん!?起きちまったのか。ねーちゃん。起こして悪いな。」

「んーん。大分前から起きてたから。ニコニコ電話相談室辺りからねー。」

おうおう、このねえちゃんの三つ編み時雨みたいだな。思わず引っ張りたくなるぜ。

 

「おじさんの台詞、昔あたしが散々言ってたことだったから思わず笑っちゃったよ。」

「駆逐艦がうざいって台詞か?お前さん艦娘なのか?」

「元ね。色々あって引退して今は別なことしてるけど。北上って知ってる?」

「ああ。ハイパー北上様か!!そいつはすげえな。艦娘型録でもお前さん達の活躍は載ってるぜ。」

「そう言われると照れるけど、昔の話だしねー。今はすることもなくぶらぶらしてるよ。」

そう言うと、北上は乾いた笑いを浮かべる。

 

「ねえ、おじさんってしたいことある?あたしはないんだよねえ。艦娘引退する前は色々あったんだけどね。あちこちふらふらしてたら無くなっちゃった。」

「ふん。愚問だな。俺様の目的は艦娘ハーレムを作ることだ。そのために提督になったんだからな。」

「何それ。元艦娘のあたしの前で言う?」

「構わん。お前さんは範囲外だ。ただ安心しろ。範囲外だろうと俺様は紳士だ。」

 

ぷっと北上が吹き出す。どこに笑う要素があるかわからん。

「随分上から目線じゃん。あたしたち艦娘をどう思ってんのよ。」

「ムラムラする女に決まってるだろ。」

「あたしたちは艦娘だよ?人間とは違うんだよ!?道具だ化け物だっていう人もいるのに。」

なぜか北上がヒステリックに叫ぶ。なんだ、こいつ。俺様の発言が癇に障ったのか?

 

「そんなもんはお前たちが勝手に決めた物差しだ。俺様には関係ないね。ムラムラすれば、相手が幽霊だろうと誘うし、隙あらばどんな手を使っても落としたいと思う訳よ。」

「年をとらないあたしたちが怖くはないの?ずっと若いまんまだよ。成長しないしさ。」

「お前バカだな。人間の女が一番求めてるもんじゃねえか。永遠の若さってことだろ。うらやましいね。俺様が年老いても介護を頼める。」

「何それ、寄りかかる気まんまんじゃん!」

けらけらと笑う北上。釣られて俺様も笑う。

「いい女に老後の面倒を見てもらい、最後を看取ってもらう。最高じゃねえか。」

「ふうん。てことはおじさんの鎮守府ハーレムとやらの計画は順調なの?」

 

こいつ・・。どうやらお前も俺様の触れてはいけない部分に触れちまったようだな。聞かせてやろ

う。俺様の聞くも涙な鎮守府ライフを!!

「んで、だな、この時雨ってのが・・・」

「雪風の野郎はいつまでたっても恰好を変えずに・・・。」

「この間もグレカーレの奴、逆ルパンダイブとか言って人の寝室に飛び込んできやがって・・。」

 

俺様の語る鎮守府ライフがツボに入ったのか、声を上げて笑う北上。おいおい、涙まで流すことはないだろ。俺様は本当に困ってんだぞ。何が悲しくて駆逐艦どもの保父さんをやらにゃならんのだ。可哀想過ぎるだろ!

 

「まあ、確かに駆逐艦はうざいよねー。」

「その発言には百パーセント同意だな。特に最近建造されたグレカーレの奴がかまってちゃんすぎてな。俺様の静かな妄想の時間が脅かされている訳だ。」

「ふふっ。その妄想ってどうせエロいこと考えてるんでしょ?」

「当たり前だ。」

「息を吸うようにスケベなこと隠さないんだねー。あたしはよく分からないんだけど、普通そういうもんってさー、隠すもんじゃないの?」

「そういう連中はムッツリといってスケベ界では格下だな。俺様のような一流になると隠す必要など感じない。」

「え?それってさっき言ったおじさんの守備範囲内の人にもそうする訳?」

「当たり前だ。どこの世界に美人でムラムラする相手にムラムラすると伝えないアホがいる。それは相手に失礼だ。」

「お前は範囲外ってのもかなり失礼だけどねー。」

「ふん。俺様は伝えたいことを伝え、やりたいことをやる人生を送るのさ。そしたら死ぬとき後悔しないだろう?」

「ああ。後悔は嫌だもんね・・。」

 

北上はポツリとつぶやくとベンチの下からリュックサックを出した。何だ、色々入っているが、それは・・・スケッチブックか。

「あたし、洋服のデザインが好きでさ。」

ぱらぱらとめくられた中には色々な衣装のデザインが描かれていた。なんだ、こいつ。したいことがちゃんとあるじゃないか。

 

「正確にはしたかったことかねえ。元々デザイン始めたのだってあたしの姉妹、一人を除いて洋服に頓着しなくてさ。あれこれ着せたいって思ったからなんだ。でも、その姉妹はもういない・・。以前の戦いでみんな先に逝っちゃった・・。」

「・・・・」

「一人になったらデザインする気がなくなってね。何度やろうとしてもダメだったんだ・・・」

スケッチブックを持って北上は肩を震わせる。なるほどなあ。姉妹のためにと頑張ってやってきたが、その対象が亡くなってやる気が絞んじまったてことか。だったら答えは一つだろう。

 

「はは。あたしったら、何で初めて会った人間にこんなこと言ってんだろ。デザインなんてもうどうでもいいのにさ。」

 

仕方がねえからこいつの背中を押して崖から突き落としてやるか。

 

「そんならデザインをやめりゃあいいさ。姉妹たちがいなくなってできなくなっちまったんならその程度ってことだろ。無理して続ける必要はねえ!!」

「わっ!?」

 

俺様の気合に驚く北上の手元から落ちるスケッチブック。素早くそれを掠め取り、距離をとる。後はこれみよがしにライターをちらつかせて、と。

「ちょっ!返してよ、それはあたしの大切な・・・」

「燃やせばいいさ、こんなもの。ちょっと姉妹が亡くなったくらいで止める代物だろ?」

「ちょっと・・。」

おいおい。こいつ本当に引退しているのか。いい感じに空気がぴりつくじゃねえか。ゆっくりと立ち上がる北上の後ろに陽炎みたいに気迫が揺らめいているのが見えるぜ。これがかつてハイパー北上様と呼ばれた艦娘の放つプレッシャーかよ。

 

「会ったばかりの人間が、あたし達のことをよく知りもしないで勝手言うなよ。」

「そんな会ったばかりのおっさんに愚痴ったアホが言うことか?お前の姉妹はアホぞろいなのか?」

「訂正しな、おっさん。今ならまだ謝れば許してあげるよ。」

「俺様の話を聞いてなかったのか?やりたいことはやるし、言いたいことも言うんだよ!」

 

そう言って俺様がライターを着火させようとした時。一瞬にして距離を詰めてくる、北上。

「こいつ!速い!!」

 

かちりと。ギアを入れ替えて、世界は灰色に包まれる。掴みかかろうとする北上も当然スロ―モーションになる筈・・、がならないだと!バカな、元艦娘の癖に神速の領域に足を踏み入れてやがるのか!おとりの左フックでライターを叩き落とされ、本命の右ストレートが来る!!!

 

「雷巡北上様を、なめるなあああ!!」

「ちいいいいいいい!!!」

ばきいい!!!電光石火の右ストレートを喰らいうずくまる俺に無慈悲に近づく北上。

「ぐううう・・・・」

「元と言っても艦娘が人間を大怪我させたとあっちゃ、色々面倒くさいことになるんでね。ましてや提督を傷つけたとなれば大問題だ。悪いがここで消えてもらうよ、ごめんね。」

 

いまだスケッチブックを放さぬ俺に最後通牒のように言って聞かせるのは余裕からか。

 

「さあ、スケッチブックをよこして。天国でハーレムを作るといいよ・・。」

無造作にこちらに手を伸ばしてくる。それが・・・

 

「油断だとも知らずになあ!!」

パシィッ!

「えっ!!」

ぐるん!北上の身体が一回転して地面に叩きつけられる。

「ぐ・・、な、何今の・・・そ、それにあんた、あたしの一撃がきいてないの・・」

「俺様の妄想力は無限大だ。妄想の中で散々修業したからなあ。消力だの合気だのと色々と教えてもらったさ。」

 

渋川先生も郭海皇も容赦がねえからな。何度血反吐を吐いたかわからねえ。

さてと、俺様は紳士だが、敵なら女だろうとガキだろうと容赦しねえ。倒れたままの北上に一発重いのをくれてやる。どすんとな!っと。

 

「がふっ!ひゅー、な、ひゅー、に、こ、れ、・・」

「いくら艦娘だって、艤装を置いたら人間と同じような体の作りになるって聞いたぜ。みぞおちに一発。結構きくだろう?・・よいしょっと。」

 

そのまま自由の利かない北上の両手を愛用のロープで縛り、ベンチの足にくくりつけて、俺は奴の腹にどすんと腰かける。へえ。結構肌すべすべだな、こいつ。

 

「さてと。覚悟はできてるよな。お前は俺様を消そうとしたんだからなあ。何をされて文句は言えねえぞ。」

さっと顔を青くする北上。ははあ。こいつ負けると思ってなかったな。たかが人間と侮ったのがお前の敗因だ。両手をじたばたさせながら逃げようとするが、俺様は体重をうまくかけて逃さない。

 

「さてと、とりあえず気を落ち着かせるために・・揉むか。」

「!!」

もみもみもみもみもみ。北上様のパイ乙はささやかではあるが、貧乳ってほどじゃねえ。ほどよい弾力でいくらでも触っていられる。

 

「ふう、落ち着くな。揉むのが飽きたらこいつは燃やしてやるからさ。」

「や、や・・」

 

片手でおっぱいを揉み、片手でスケッチブックをめくる器用な俺様。

 

「ふんふん。お前すごいんだな。素人の俺様が見てもすごいなって思うぞ。」

「ぐ・・う・・」

「でも、そんな才能とも今日でお別れかあ。ま、しょうがないよな。他人の大事なものをとろうとしたんだから、てめえの大事なものを取られる覚悟はできてる筈だ。」

「!!、や、め、て・・」

 

ほお。さすがは元艦娘。もう呼吸が戻り始めてやがる。

「やめても俺様には何の得もない。」

「あ、た、しを好きにして、い、い、から・・。」

「俺様の範囲外だからなあ、お前。胸は揉むけど。」

ってか、こいつ興奮してきてね。ち○び立ってきてんぞ。

「艦娘は人間じゃないとか言ってしっかり興奮してるじゃねえか。まあいい、このままだとご褒美になっちまうからな。」

名残惜しいが胸から手を放し、スケッチブックを丸める。

 

「よく考えたらライターはお前に飛ばされちまったし、このまま一思いに破り捨ててやるよ。本望だろ?姉妹のためにデザインしなくていいんだぜ?」

「やめて・・・。」

じたばたともがく北上だが、この程度じゃ抜けるのは無理だ。伊達に猪熊滋五郎じいさんと寝技特訓してねえぞ。あのじいさん、ちょっとでも隙見せるとあっという間に関節決めてきやがるからな。

 

「やめねえ。」

「やめてよ。」

「いやだね。」

ぐっと俺様が両手に力を籠めるや、

 

「やめてよー。お願いだよー。それは、あたしの生きがいなんだよー!!」

 

遂には幼稚園児のように北上は泣き出した。

「ふん。」

 

ポカリとその頭を小突く俺様。

 

「痛っ!え?何・・」

「ようやく認めたか。手間かけさせやがって。」

丁寧にスケッチブックを元に戻す。折り目がついたらあれだからな。ベンチの上に置いておこう。

 

「どういうこと・・。」

何が何だかわからないとぽかんと口を開ける北上。

 

「あのなあ、北上。姉妹のためにデザインやってる奴が、デザインをなんてどうでもいい奴がそんな怒る訳ないだろ?」

「・・・。」

 

そう。こいつ、最初に自分で言ってたじゃねえか。姉妹の服をデザインするのが好きって。それは姉妹のためじゃない。自分がそうしたいからそうしているだけだ。

「お前はお前のためにデザインしてたんだろうよ。姉妹が亡くなってモチベーションが保てなくなったんじゃねえか。それを姉妹のせいにされても死んだ連中が浮かばれねえぞ。ようはお前が新しいモチベーションの対象を見つけられなかっただけなんだからな。」

「うっ・・・・」

 

大体、こいつのデザイン。今どきの若い女がよく着ているハイセンスブランドっぽいのもあれば、結構際物っぽいのも多い。雷巡木曾に普通ゴスロリは着せんだろうよ。大方こいつの姉妹もこいつに合わせて付き合ってやってんだろうな。いい姉妹じゃねえか。

「何~がデザインする気がなくなった、だ。やる気が湧かないだ。本当に好きならのたうち廻ってもやり遂げるんだよ。」

「・・・そうかも。・・才能がないのかもね・・。」

「あん?お前にないのは根性だろ!?才能を言い訳にするんじゃねえ。」

これをいうと根性論者と言われちまうがな。どんなことでも才能がある奴とない奴はいる。ただ、才能がない奴に好き勝手言う奴が俺は大嫌いなのさ。

「どうしてさ。才能ないのに続けてたらその子が不幸になるかもしれないじゃんか。」

「余計なお世話。」

「なんで!!」

「余計なお世話なんだよ。そいつが好きでやってんだ。周りがどうこう言う問題じゃねえ。不幸上等じゃねえか。そいつが選んだ道だろ?本人が失敗しようが、その結果地獄に落ちようが責任をとるのは本人さ。」

才能がないと言われた連中は、指摘してくれた奴らに礼を言い、道を違えていくだろう。ただ、そういう奴の何人かはこう思う。あの時ああすればよかった、ってな。

 

「お前本当はデザイン止めたくねえのさ。ただ根性がないからふらふらしてるだけなんだ。やめたきゃやめな。続けたきゃ続けな。決めるのはお前だぜ。」

 

立ち上がり、北上の手の拘束を緩めてやるが、寝転んだまま起きやしねえ。ふん。俺様の柄にもない説教が効いちまったかな。軽く伸びをした後体をほぐす。久しぶりに運動しちまった。やっぱり最近なまってやがるな。保父さん生活が長かったせいかもしれん。

 

「・・ホント、好き放題だよね。あたしより年下のおっさんがさ。」

もういい加減立ち去ろうとすると、北上がぽつりとつぶやいた。

「艦娘は見た目じゃないってか?お前の大嫌いな駆逐艦どもの台詞だぞ、それ。」

「ハイパー北上様に根性がないだって?正気で言ってんの?」

 

ゆっくりと立ち上がり俺様を見据える北上。ふうん。いい目じゃねえか。さっきまでとは全然違う。

 

「そんな薄汚れたジャージ着ちゃってさ・・。身だしなみ最悪じゃん。」

「ふん。これは俺様の戦闘服だ。お前にとやかく言われる筋合いはない。」

やれやれと肩をすくめると、北上はにっこりと微笑んだ。

 

「仕方がないからこの北上様がデザインしてあげるよ。おじさんでもまともそうに見える服。」

 

失礼な奴だな。俺様は元々まともなのだから、まともそうに見える必要はないぞ。

「いいからいいから。こう見えてもあたし、少しは名が売れてるんだからさ。」

「別にいらん。それにお前の胸を揉ませてもらったからな。それでチャラにしてやろう。」

「ああっ!!そうだ。普通に通報案件じゃん。すごいなおじさん。」

「何を言っている。お前こそ俺様を亡き者にしようとしただろうが。そちらの方が危ないだろ。」

「確かに。そんじゃ黙っといてあげるから、おじさんも黙っといてよ。」

「・・また胸を揉ませるというならそうしてやろう。」

 

俺様の言葉に北上がにやにやと笑みを浮かべる。

「あれあれえ?あたしは範囲外じゃなかったの?」

 

痛いところを突く。確かにそうは言ったが、こちらも背に腹は変えられねえんだ。今はまだ俺様は試用期間中。この間に風俗の利用等市民の信頼を損ねるようなことをしたら、また提督養成学校に逆戻りらしいからな。それに他にも理由はある。

 

「毎日駆逐艦の相手ばかりで気が狂いそうでな。比較の問題だ。別に嫌ならそれでも構わん・・って、あいつらもう嗅ぎ付けやがったか!」

 

見ると公園の入り口に止まったタクシーからお子様二人が出てきている。なんだ、あれ。どこでメガホンなんか買いやがったんだ。

 

「テートクゥー。お前は包囲されているーー。神妙に出てこーい!!」

「出てこーい!!」

 

あいつら完全に銭形警部になりきってやがんな。あー、めんどくせえ。

 

「な!駆逐艦はうざいだろ?」

「うん。本当にうざいわー。ご愁傷様。」

すごい勢いでこちらに向かってくる二人に背を向けて俺は走り出す、

「あばよー。銭形のとっつああん。」

「待てー!テートク!」

「逃がしませんよー!!」

 

あいつら随分楽しそうだな。鬼ごっこしてるつもりなのか?だったら俺様は負けられねえな。

「そんじゃな。達者で暮らせよ。」

「あ、ちょっと、待ってよ!」

何か声を掛けられたがそんなの俺様には関係ない。ん?あいつ、雪風達を呼び止めて何か話してるぞ。足止めしてくれてんのか?ありがてえ。

 

「ちょっと、逃げられちゃう!!」

「追いかけましょう!!」

けけけ。北上の野郎やるじゃねえか。お陰であいつらを撒けそうだぜ。さーて、とんだ道草を食っちまった。さっさと金太郎にでも行くかなあ。

 




登場人物紹介

与作・・・・なぜか行くところ行くところにやって来る二人から逃げているうちに約束の集合時間になり、無念の涙を流す。
雪風・・・・与作の行く場所行く場所をなんとなく勘で当て、グレカーレに褒められたため、名探偵雪風も悪くないかと考える。
グレカーレ・北上に欲しい服を訊かれボンテージスーツと答え、爆笑される。
北上・・・・与作が忘れていったライターをリュックサックに入れると、タイミングよく現れた大井と会社に戻る。
大井・・・・実は一部始終を見ており、与作のことを社会的に抹殺しようと目論むが、あらかじめ北上に釘を刺されたため、歯ぎしりする毎日。


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第十二話「与作うろたえる。」

若干長いです。
屋代が出ません・・。他の海防艦。特に対馬はなぜかやたら出るのですが・・。


俺様がこの江ノ島鎮守府に着任してからちょうど十日。煩雑だった倉庫を整理し、書類の山を片付けてようやく通常の鎮守府としての運営が可能になった。散々要望しているのにも関わらず、なぜかいまだ給糧艦間宮も工作艦明石も任務娘と呼ばれる大淀さえも着任していないが、幸い妖精がいるために入渠ドックは普通に使える。そのため、雪風、グレカーレと話し、鎮守府近海の深海棲艦の動向を探るため、出撃しようという話になった。

 

「雪風、いつでも出撃できます!」

「イタリア水雷魂、見せてあげるわ!」

 

艤装をつけ、海に繰り出す二人。さすがに艦娘だけあって海に出るってことは特別なんだろう。二人とも陸にいるよりも生き生きしてるな。まあ、俺様は別な意味でウキウキしているんだがね。だってそうだろう?出撃している間はあいつらがいないんだぜ?やたらまとわりついてくる雪風とやたらとしゃべりかけてくるグレカーレ。お子様が大の苦手の俺からしたら苦行のようなもんだ。

もんぷちはどうしたかって?当然羅針盤妖精上がりのあいつには二人について行ってもらったさ。

二人の面倒を見てやってくれだのだまくらかしてな。

『私の腕の見せ所ですね!』

上機嫌で出て行った当の本人はモニター越しにこちらに向かって猫をぶんぶん振り回している。

おいやめろ、猫がかわいそうだろうが。ところで、これどうやって映ってるんだ。普通無線とかじゃないのか。

『妖精の撮影班がいますから』

なんでもありだな、お前ら。

「とりあえず雪風にグレカーレ。お前たちの使命は鎮守府近海の警戒だ。いくら深海棲艦に無視されるような弱小鎮守府とはいえ、横須賀鎮守府は目と鼻の先。敵の先遣隊やはぐれ深海棲艦がいるかもしれない。十分に気をつけろよ。」

「「了解!!」」

威勢よく返事をする二人。くくくっ。疑うことを知らぬお子様はいいねえ。なぜ、俺が急に出撃しようと言い出したかも知らずに。

 

「二人とも、せっかくの出撃中悪いがちと席を外すぞ」

さりげない俺の言葉に不満を露わにするグレカーレ。

「ええーーっ。あたしたちの活躍、目に焼き付けてよお。」

こいつどれだけかまってちゃんなんだ。しつこく食い下がるグレカーレに一言お花を摘みに行くと話すと、途端に顔を真っ赤にしてこくりと頷いた。隣で意味が分かってない雪風が花なら後で自分が摘んであげると口を挟むが、すかさずグレカーレに小突かれている。

「んんっ・・。ゆ、雪風、そういうことじゃないのよ。後で教えてあげるから、とりあえずしばらく提督は放っておきましょう。」

「すまんな、グレカーレ。何かあったら緊急通信を寄こしてくれ」

「了解。」

 

しれっと執務室のモニター前から離れ、隣にある提督用の私室に向かう俺、解放感満点。そりゃあそうだよなあ。およそ一週間ぶりのオナニーだ。提督養成学校時代はひたすら禁欲し、オナニー回数も減らしたし。卒業してすぐやろうとしたのに、肝心のエロ本をあのバカ時雨が抜きやがった。そもそもこの俺がここまでオナニーを我慢したのもあの野郎が初顔合わせの時に鼻をひくつかせながら、

「あれ、何か臭わないかい?」

などとほざいたからだ。女は臭いに敏感だと聞いた俺様は、前日ファブリーズやらなんやらをして、風呂に入り、下着も変えた上でそう言われたもんだからパニックになるしかなかった。以来一年とちょっと。

 

「ようやく、待たせたな。我が息子よ。」

 

もう我慢できないといった感じで興奮気味のマイサンを優しく落ち着かせながら、今日の贄を用意する。先日KUMAZONで買った『留美子35歳。疼く人妻の身体』のDVDとPCゲーム『茂作 ~ド田舎調教編~』。こいつを手に入れるまで本当に大変だった。ただでさえ、俺様の周りには駆逐艦、憲兵の爺、妖怪もどきがうろついているのだ。タマネコ宅急便の配達を近所のコンビニにしてもらい、買い物ついでにそれを引き取ってくるという荒業でようやく俺の手に渡ったのである。

 

「長かった。本当に長かった。」

思わずDVDを手にしながら感涙に咽んでしまったね。でも、仕方ないぜ。一年もオナニーを週一回などと我慢してればそうなるって。途中俺は仙人になるのかと思ったもんだ。

 

「よし、それでは鑑賞会といくか。」

どちらにしようかと悩んだ末、『留美子35歳。疼く人妻の身体』を選択する。茂作じゃすぐ終われないからな。恋愛もの系のうざったいテキストは全てスキップするが、茂作などはがっつり読んで色々と参考にしなきゃいけねえ。出撃しているあいつらには悪いが、これも体調管理の一環だ。うんこがなかなか出なかったとでも言えばいいだろう。それでは、DVDを入れて、再生をぽちっとな!

――ザ―――ッーーー

 

砂嵐。一面の砂嵐。あれえ、何で何で。ケースは間違ってないよなあ。まさかカス掴まされたのか。よくある外側だけで中身はないってやつか。って、なんだ、急に画面が映ったぞ。机なんか置いてあるが、学園ものか?間違えたタイトルの物を買っちまったかな。に、してもあの机、見覚えがあるが・・。

『あ、映ってる?ありがとう、夕立。やあ、与作。久しぶりだね。』

突如画面に現れたセミロングの黒髪の艦娘。後ろで編んでいる三つ編みを何度引っ張ってからかったか分からない。

「な、何でお前が・・・。」

おいおい。どういうことだ?中身をすり替えやがったのか。俺様の待望のDVDはどこへ行ったんだ。

『驚いているかな?驚いているよね。だって久しぶりに僕の姿を見るんだもの。』

違う!俺様が驚いているのはDVDがないことだ。かまってちゃんなお前のことじゃねえ!!

 

『僕だって驚いたよ。まさか、与作が僕を初期艦に呼ばずに雪風を初期艦に呼ぶなんて。』

 

うわー、こいつメタいこと言ってんぞ。自分を呼ばなかったから許せないってか。俺は一度もお前を呼ぶなんて言ってないんだがな。勝手に期待して勝手に切れる典型的なメンヘラ女だな。養成学校にいたころからやたら面倒くさい奴だと思っていたがやっぱりだ。

 

『しかも、ひどいじゃないか。なんで僕がせっかく忘れないようにと入れておいた書類を電車の中に置き忘れてくるんだい。』

おいおい。勘違いするな。ひどいのはお前だぞ。俺のお宝であるエロ本を抜きやがったお前には殺意しか湧いてねーぞ。あれで俺は一年ぶりの誰にも邪魔されぬ解放感溢れるオナニーを夢見ていたんだぞ?どれだけのわくわく感を抱いていたと思う?全俺に謝れや!

 

『こんな不健全な本、与作には必要ないと思ったから抜いておいたのに。そんなに必要なのかなあ。慣れで持っているだけじゃないかなあ。そうだ、僕が処分しておいてあげるよ。』

 

おいおい。あの机の上の本、見覚えがあるぞ・・。っていうか、全部俺のじゃないか。提督養成学校入校時に隠し持ってきたお宝本だぜ!おい、バカ時雨。それをどうしようっていうんだ。とにか

くそいつから手を放せ。

 

『どう処分したらいいかなあ、どう思う、夕立?』

カメラが微妙に揺れる。ああ。撮影役が夕立なのか。

『うぇっ!?・・ゆ、夕立はゴミ箱にぽいと捨てればいいっぽい・・・』

おい、どういうことだ。ソロモンの悪夢、駆逐艦最高火力を誇る狂犬が、すっかりびびってるぞ。

『うん、それもいいね。・・でも、ゴミ箱だと誰かが拾うかもしれないから燃やしてしまうのがいいと思うんだ。』

『燃やすって焚火でもするっぽい!?お芋さん、焼くっぽい!』

『提督養成学校の庭で焚火はまずいよ。それにこんなものを焼いてできた焼き芋なんて食べたくないだろう!?』

「ばっ、バカ!こんなものってなんだ!ふざけるな。それは俺の青春のメモリーが詰まった一騎当千の抜き本だぞ。って、おい。何だ、そのドラム缶は!」

『ふふふ。今、与作はこのドラム缶について考えてるね!?安心してくれていい。こいつは中身が空なんだ。だから、この本を入れて燃やしても。周りには燃え広がらない。』

「そういうことを言ってるんじゃねえ。そいつから手を放せ!」

 

あ、本をドラム缶の中に投げ入れやがった。

 

『ああ、与作の声が聴こえるよ。必死に燃やすなと言っているね。でも与作が悪いんだよ。僕が、この僕がせっかく与作の初期艦になるって言ってあげたのにそれを無視するから。』

あんのくそ駆逐艦があああ!こんなDVDなんてどうでもいい。すぐさま時雨に電話だ。もし燃やしていたらがきんちょ駆逐艦だろうと関係ねえ。ぶん殴ってやる!

 

プルルルル!

 

「もしもし、時雨か!?俺様のエロ本は無事か!」

ん?何だ、無言だぞ?

「・・・この電話はペア艦を大事にしない提督からの連絡は受け付けていません。もう一度胸に手を当てて、ペア艦へのこれまでの態度を悔い改めながらお電話ください・・。」

がちゃり。切りやがった。機械みたいな声をするときは時雨が本気で怒っているときだ。あの野郎、この間の仕返しか・・・。全くいい性格してやがる。

お前のそういう所が俺様は苦手なんだよ

 

プルルルル!おっ。また無言でやがる。全く面倒くさい奴だ。

「胸に手を当ててみたが、ペア艦への態度で悔いることなんざないぜ。いい加減普通に電話に出やがれ。さもないと養成学校時代のお前の恥ずかしいエピソードを雪風達にばらすぞ。」

「・・・・。」

「(鼻声)いいよお~、何でも聞いてよぉ~」

「ぶっ・・・。」

電話の奥で時雨が吹き出したのがわかる。よし。勝ったな。

 

「これだけじゃないぜ。他にも・・」

「全く与作らしいね・・。その態度のぶれなさはある意味感心するよ。再会の挨拶よりも先にスケベな本の心配だなんて。随分とつれないじゃないか。そんなにこれが心配なのかなあ。うふふ、ねえ、与作、君の大切な本、どうしたと思う?」

 

これだよ、こいつの性格の悪さ。普通の駆逐艦がどうしたと思う?なんて聞かねえだろう。素直じゃねえ。だが、曲がりなりにもこいつと一年組んでたんだ。その性格は分かってる。

 

「無事だな。今お前はこれって言った。手元に本が無ければこれとは言わない。」

「へえ、鋭いね。でも、こげかすを持っているのかもしれないじゃないか。断定はできないよ。」

「いや、できるね。」

「なんでさ。見てもいないのに。」

電話越しで時雨が小さく笑う。仕方ない、鬼畜な俺には似合わないがエロ本のためだ。

「お前はそんな奴じゃない。どんなに自分にとってくだらないものでも相手がそれを大切にしているのを知ったら酷いことはしない。」

「これはまた信用されているんだね、僕は。嬉しいじゃないか。でも、僕に酷いことをした与作に仕返しで酷いことをするかもしれないじゃないか。」

「ふん。そうしたら、俺様がお前を見損なうだけだ。一年間お前を見てきた俺の目が曇ってたってことだな。」

静かにそう断言すると、時雨はふうとため息をついた。

「見損なわれるのは嫌だね。・・・確かに君の言う通り、まだ本は燃やしてないよ。」

やはりな。こいつは賢い。強硬手段に出ても、気が晴れるだけで自分にとって得にならないことを知っている。

「要求は何だ。初期艦は無理だぞ。」

「分かってるさ。さすがの僕も雪風を解体しろだなんて言わないよ。」

 

時雨曰く、とにかく一度この江ノ島鎮守府に遊びに行かせろとのことらしい。何でも提督養成学校の艦娘には厳しい外出制限があり、それぞれの鎮守府に行くにもその提督の了解が必要なのだという。

「分かった。書いてやるから書類を送れ。ってかその時に本とDVDを一緒に送れ!大体お前どうやって、俺様の注文からDVDを抜き取りやがったんだ。犯罪だぞ!」

「嫌だよ。その二つを送ったら書類は送らないじゃないか。それと、DVDは知り合いに頼んですり替えてもらったんだよ。」

 

ちっばれてやがる。本当にこいつは変に頭が回るな。それに何だ、知り合いって。人の注文を勝手にすり替えてるんじゃねえ。タマネコ宅急便にクレームを鬼電してやる。

「だから、直接書いてもらうよ・・って、ここかな?」

 

ん?なんだ、隣の執務室で物音がするぞ。グレカーレ達からの緊急通信か。くそ、今忙しい時なのに。

「なんだあ、何があったんだって、うおっ!」

さすがの俺様もびっくりしちまったぜ。なぜなら、そこにはひらひらとこちらに向かって手を振る元ペア艦の姿。

 

「はあい、与作。久しぶりだね!」

なぜおまえがそこにいる・・・。一体どこから入りやがった。って、憲兵の爺なら駆逐艦ってだけですんなり通しそうだな・・。

「なぜ?与作に会いに来たに決まっているじゃないか!」

さも当然といったように笑顔で応える時雨。違う、そうじゃない。話が早すぎるんだよ。というか、なんで急にやってくるんだこの野郎。お前分かってるのか。俺様が今日この時間を作るのにどれだけ大変だったのか。俺様のわくわくお楽しみタイムを返せ!!

 

 




登場用語紹介

KUMAZON・・・・艦娘球磨がCEOを務める日本発祥の通販サイト大手。キャッチフレーズは『意外に使えるKUMAZON』
タマネコ宅急便・艦娘多摩が社長を務める日本の宅配便事業を担う企業。KUMAZONの配送を一手に引き受けている。特に生鮮食品の配送に強い。

登場人物紹介

与作・・・さすがはKUMAZONだぜ、品揃えが豊富だなとわくわくしていたが、時雨のせいで期待がしぼみ、おかんむり。
時雨・・・度重なる与作の仕打ちにおかんむり。「激おこ時雨さんだよ」と話す。
雪風&グレ&もんぷち・・鎮守府での戦いなどどこ吹く風だが、嫌な予感がしてたまらない。




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番外編 「なにこれグレカーレ①」

※注意!!本編とは全然全く関係ありません。アダルトゲームについて興味の無い方や18歳以下の方はスルーしてください。登場人物が作者の好きだったアダルトゲームについて適当に語ります。

大好きだったソフトメーカーさんへの感謝を込めて。

グレ「なにこれグレカーレ、はっじまるよお~!!」


がさごそがさごそ。がさごそがさごそ。

 

昼下がり。俺様が執務室の隣にある寝室に向かうと、そこにはなぜかグレカーレの奴がいた。

「あっ。こら、何してやがる。ゴキブリか、お前は。人の押し入れを漁るんじゃねえ!!」

 

「ええ―っ。テートクが色気について勉強しろって言ったんじゃん。ルパン三世は全部見ちゃったしさ、テートクの色気の基準が分からないんだよー。」

「ガキが背伸びをしても仕方がねえぞ。ほら止めろ止めろ。そこにあるのは俺様の神聖なる思い出のゲームどもと積みゲーどもだ。触るんじゃねえ。」

「思い出のゲームは分かるけど、積みゲーって何?パズルみたいな奴?」

「やらないで置いてあるゲームのことだ。中には買ってそのまま封を切ってねえのもある。」

「ええ―――っ。もったいない!買わなきゃいいじゃん。」

「うるせえ!思いついた時に買わないとゲーマーは不安になるんだよ。いつかやりたいと思った時

 に買えなかったら悲惨だからなあ。」

「そんなことってあるの?」

「エロゲーでは普通だぞ。しゃあない。それでは、そのことについて説明してやろう。本当は最初は例の作品と思ったが、最近の話題なのでこちらについて話してやろう。」

 

 

与作「これが俺様が今日語る作品『ブラウン通り三番目』だ。こいつがお前がさっき言っていたやりたいと思った時に買わず後悔した作品の一つだな。」

 

グレ「かわいい、パッケージだね。裏は・・・」

 

与作「そこまでだ。お前にはまだ早い。ゲームの概要について説明してやるからそれで満足しろ。このゲームはな、2020年の3月に惜しまれつつも解散したソフトハウスキャラさんの作品だ。」

 

グレ「えっ?今年の3月に解散したの?」

 

与作「それまでも何となく大丈夫なのかなという話をオタク仲間からは聞いていたんだが、まさか本当になるとは思っていなかった。俺様の思う、エロゲーなのにやり込み性が高いゲームを作るの上手過ぎメーカーの一つだったからな。」

 

グレ「他にもあるの?」

 

与作「ああ。あくまでも俺様の基準だがな。まず北の大地のメイド天使、エウシュリー。ここの戦女神シリーズはハマること間違いなしだ。そして、俺様大好きのelfさんと二大巨頭と言われる西の巨人アリスソフト、俺様も尊敬する鬼畜っぷりのランスが出るシリーズ以外にも、ハマるタイトルが多い。そしてソフトハウスキャラだがここは一番俺様好みのSLGを出すメーカーさんだった。」

 

グレ「テートク好み?鬼畜ってこと?」

 

与作「そういう風なルートも当然あるが、この場合はやり込みがいがあるってことだ。やればやるほどおまけシナリオやTIPSが埋まっていき、より深くゲームについて知れる。」

 

グレ「へえ。楽しそうだね。テートクは繰り返しやったの?」

 

与作「当然だ。このメーカーのノリがとても好きだったからなあ。好みはあるだろうが、俺様はキャラ同士の掛け合いが好きだった。と、話が横道にそれたな。この『ブラウン通り三番目』は冒険者のお店経営SLGだ。」

 

グレ「なんか、聞いただけでも楽しそうだね。」

 

与作「ああ。楽しい。商品の価格設定をしたり、冒険者に依頼したり、主人公に特技を覚えさせたり、宿付きのお店にしたり、娼館チックな店にしたり。とにかく色々なことができる。店の内装や品ぞろえも決められるしな。ただ、店を経営するのは期限付きだし、冒険者への依頼文がとにかく意味が分からなかった」

 

グレ「どういうこと?」

 

与作「依頼文をこちらが作成するんだが、意味が分からん文章でな。どこで、だれを、どうしてほしいかをつなげて作るんだ。例えば、『最果ての島で、一人でいる凶悪な悪魔を、泣かしてほしい、とかいう訳の分からん文章になる・・」

 

グレ「それで依頼をする方もする方だし、行く方も行く方だね・・。」

 

与作「そいつはお前の言う通りだ。後は主人公が結婚しているくせに浮気するしな。この辺は俺様好みだったぜ。どう考えても嫁のリズィはいい奴だし、声の大波こなみさんもぴったりなんだが、それでも浮気しやがる主人公に、人間ってそうだよなと思ったもんよ。」

 

グレ「テートクはあたし一筋よね!」

 

与作「そもそもお前たちがきんちょはカウントされてねえ。まあいい、そうだ。この作品最大の魅力について語るのを忘れていた。それはな。オープニングのインパクトだ!!」

 

グレ「オープニング?歌がすごいってこと?」

 

与作「ああそうだ。曲名は『ブラウン通りで待ってます』作詞作曲歌はなんとあの畑亜貴先生だぞ!」

 

グレ「誰だっけ?聞いたことあるような・・。」

 

与作「お、お前正気か?現代日本の基礎知識レベルだぞ。オタク会の現人神だぞ。涼宮ハルヒの憂鬱、らき☆すた、アイドルマスターシリーズ、ラブライブシリーズ。とにかくあらゆるアニメやゲームの楽曲でその名前を見ないことがないレジェンド中のレジェンドだ。」

 

グレ「ええええ!そんなレジェンドが歌ってるの!?すごくない?」

 

与作「ああ歌ってる。世界名作劇場みたいなノリで。ゆるーく。爆笑もんだぜ。」

ぽちっ。オープニング再生。

 

グレ「うん。なんかキャラが楽しそう・・。」

 

与作「まあ、今だとDMMで買えるみたいだから値が下がったが、一時期は中古ショップでも二万三万して、ショーケースに飾られていたこともある。このメーカーのソフトは割合そういうのが多いんだよな。とにかくやり込みがいがあるのが多くて、このゲームも好きでもないのに3週くらいしてるって奴もいたしな。」

 

グレ「他におすすめはあるの?」

 

与作「そうだなあ。ここのは粒ぞろいなんだよな。真昼に踊る犯罪者なんかも繰り返しやったし、巣作りドラゴン、レベルジャスティス、ウィザーズクライマーなんて相当やり込んだ記憶がある・・。本当に楽しませてもらった。ソフトハウスキャラさんには感謝しかねえ・・。」

 

グレ「へえー。んじゃ、テートク。これ、借りてくね!」

 

与作「おおっと待ちな。お子様にはまだ早い!!」

 

グレ「あたしはお子様じゃないよ~」

 

与作「懐かしくなったから俺様はこれからプレイするんだ。さっさと出ていきな!」

 

バタン!!

 

グレ「んもう!!いいもんねー。隙を見つけて忍び込んでやるんだから!」

 

与作(そういう悪巧みは普通聴こえないようにするもんだぞ・・)

 




登場用語解説

積みゲー・・・積みゲーをするものにとっては溜まっているのを見るのが幸せ。しない人間にとってはただの無駄。

中古ショップ・日々お宝を探すハンターたちが集う場所。与作は本当に欲しいものがあるとき以外は使用しない。定価で買うことでメーカーを支えようと考えているからである。



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第十三話「時雨(前)」

ようやく掘り終わりました。今回のイベントを振り返ってみて一つ言いたい。
「先制雷撃してくる駆逐ナ級許すまじ!!」


駆逐艦時雨。白露型の2番艦。呉の雪風、佐世保の時雨と謳われた幸運艦。かの有名な西村艦隊の一隻。そして、とにかく面倒臭い俺様の提督養成学校時代のペア艦。

 

「やあ、また会えたね。」

そう言いながら、余裕たっぷりにソファに腰かける時雨。いちいち態度が小憎たらしい。

 

「何がまた会えたねだ。このくそ野郎。どうやってここまで来たんだ。」

「普通に電車だよ。誰かさんが網棚に重要な書類を忘れてきた電車を使ってね。」

「ふん、何が重要なもんか。俺様のエロ本を抜いた罰だ。さっさと返せ!」

「わかったよ。でも、その前にこれを書いてよ。」

他人の青春のメモリーを奪っておいて、何を悠長な。何々提督養成学校所属艦娘外泊許可書だと?

 

「宿泊を伴わない場合や一般の外泊なら僕だけの申請でOKなんだけど、鎮守府に泊まるとなると相手方の提督の許可が必要らしいんだ。」

「外泊だあ?うちに泊まるつもりなのかよ。なんで?」

「与作と話したいじゃダメかい?後は雪風や海外艦のグレカーレとも話したいしね。」

「分かった、分かった。さっさと寄こせ。」

「3枚組だからしっかり濃く書いてよ。」

「随分念入りなこって。ほらよ。」

っと、時雨に書類を渡そうとしてふと違和感に気が付いた。

「どうしたんだい、与作。早く書類をくれないとDVDは返せないよ。」

静かにほほ笑む時雨。だが、俺様は知っている。これはこいつが隠し事をするときの癖だ。

「お前、隠し事してないか?」

「何のことだい?」

 

目をそらさず応える時雨。確信間違いない。この書類が怪しい。って、3枚組?

 

「あっ、まさか、お前!」

ぺらぺらと書類をめくる。一枚目は確かに外出許可書だが、二枚目三枚目は注意深く見ると後付けでつけられたものだ。これは、提督養成学校艦娘引き渡し要請書じゃねえか!あぶねえ!一番上に書いたら後は下に複写されるってことかよ!これだからこいつは油断ならねえ!

 

「まだ、諦めてなかったのか、お前。」

「ちぇっ。ばれちゃったか。」

悪戯が見つかったように舌を出す時雨。そんなことしても俺様はロリコンじゃないから心には響かんぞ。織田だったら何でも言うこと聞きそうだがな。

 

「初期艦でなくてもいいから呼んでよ。与作が呼んでくれるつもりで荷造りまでしてたから恥ずかしくて仕方がなかったんだよ。」

「そんなものはお前の都合だろう。なんで、俺様がそこまで気を遣わなきゃならんのだ。」

「去年一年ペアを組んだ仲じゃないか。」

「お前もしつこい奴だな。他に引く手あまただっただろうが。そいつらの所にいかないのかよ。」

 

そう。この時雨ときたら儚げとかボクッ子とかで、織田だけでなくある層の提督候補生たちからの支持は絶大だった。何度一度でいいからペアを交換してほしいと言われたか。その度ごとに俺様は喜んで頷くのだが、こいつときたら決して首を縦に振らなかった。

 

「僕は与作のペア艦だからね。」

そう言って、ほいほい引き受けた俺に説教してきたものだ。

 

「ねえ、頼むよ。僕は与作といたいんだ。」

しおらしく頭を下げる時雨。だが、俺様はほだされない。こいつがいたら、俺様のにこにこ鎮守府ハーレム計画がご破算だ。それだけではない。誰のせいで一年近く一週間に一回というオナ禁をしてきたと思う?毎日出さないといけない人間にとってそれがどれぐらいの苦行だったか。

 

「大体、疑問なんだが、どうして、お前はそんなに俺様といたいんだ?俺様にとっても理解不能だが、ファンもいるみたいだしそっちの方がお前にとっていいと思うがね。」

 

藤沢のエロゲーショップの店員然り、織田然り。俺にこだわる必要はまったくない。

 

「一年もペアを組んでいたのに、分からないのかい?」

時雨は驚いた表情を浮かべる。そんなことも分からないのかと言いたげだ。

 

「分からんね。俺様はお前じゃないんだ。いちいち分からんさ。」

「というか、与作は僕たち駆逐艦の気持ちなんて考えないだろう?」

「失敬な奴だな。最低限紳士として接してやっているだろうが。エロゲでいうと、攻略対象でもないモブに優しくしている俺様は天使なんだぞ。」

「よく分からないけど、酷い言われようなのは何となく伝わるね・・。」

「そうさ。俺様は酷い男なんだ。それが分かったら帰った帰った!」

しっしと手で追い払うしぐさを見せるも、がんとして時雨は立ち上がらない。

「嫌だね、帰らない。」

「お前どうした?養成学校で何かあったのか。めんどくさいぞ。」

「与作がいけないんじゃないか。」

 

ぷうっと唇を尖らせて時雨はジト目で俺を見る。なんだ、こいつの駄々っ子時雨モードは。

こんな態度見たことないぞ。養成学校時代のこいつはこまッしゃくれたガキで、いらいらした俺様にその度ごとに三つ編みを引っ張られたり、髪をぐしゃぐしゃにされたりしていたが・・。今日のこいつはまるで散歩から帰ろうと促すも、その場から動かない犬みたいに手がかかるじゃねえか。

 

「時雨、お前の気持ちはわかるが・・・」

精一杯申し訳なさそうな顔を作り、時雨の頼みを断ろうとしたその時だった。

 

ビーッビーッ。執務室のモニターから緊急通信のアラームが鳴り響く。即座にモニターに目を向けるや、そこに映っていたのはぼろぼろになった雪風とグレカーレの姿だ。一体何があったんだ?

 

「どうした、二人とも!」

「テートク遅いよぉ。何度か通信を送ったのにぃ」

「すまん。現状を報告しろ。何があった。」

「すみません、司令。鎮守府の近海だと思い、油断しました。」

『まずいのがいたんですよ!!先ほどの映像回します!』

 

モニターに映る敵深海棲艦の姿。だが、こんな奴いたか。見覚えがない。

「なんだ、あいつ。駆逐艦じゃない、軽巡洋艦か?見たこともない型だぞ。」

俺の問いに隣から覗いていた時雨が声を震わせる。

 

「あれは・・駆逐ナ級だよ。しかも後期に作られたⅡのeliteタイプの奴だ。」

はああああ?駆逐ナ級後期型Ⅱeliteだと。そんなやついたか?

「深海棲艦の駆逐艦でも上から二番目に強いやつさ。先制雷撃をしかけてくる奴でね。下手をすると歴戦の戦艦ですら一撃で装甲を抜いてくる。」

「なんでそんな奴がこの雑魚鎮守府に。」

「はぐれ艦か、それとも大規模攻勢の前の様子見か。とにかくまずいよ、与作。二人が危ない。」

「わーってるよ。くそくそくそくそ。畜生!」

 

がしがしと頭を掻くが苛立ちは消えない。どうしてこうも上手くいかないものか。このままでは雪風もグレカーレも奴に嬲り殺しにされる。練度が高ければまだ勝機はあるが、建造したばかりの二人には明らかに荷が重い。大丈夫だと思って初めてのおつかいに出したがきんちょが猛犬に襲われているようなもんだ。

 

「どうだ、グレカーレ。逃げ切れそうか。」

「うーん。分からない。あいつしつっこくてさ。もんぷちのお陰でなんとかここに逃げ込めたんだけど、あたしも雪風も中破してて、思ったほど速度が出せない・・。」

凶悪な強さの深海棲艦に当たって中破どまりとは、さすがに幸運艦だ。だが、いまだ日は高い。見つかるのは時間の問題だろう。

 

「どうするんだい、与作。」

じっとこちらを見つめる時雨。お前分かって言ってるだろう。絶対そうだ。目の奥が期待で一杯。尻尾をふってやがる。きらきらした目で見るんじゃねえ、くそが。

 

深いため息をつき、気持ちを切り替える。遠のく鎮守府ハーレム、俺様のさわやかオナニーライフ。・・・・畜生めが。俺様は諦めねえからな。

 

「決まってんだろ。時雨、抜錨しろ。上には後で俺様が説明する。」

すぐさま要請書に署名してみせた俺様の言葉に、嬉しそうに頷く時雨。

「了解。ちょうど泊まる予定で艤装も持ってきていたんだ!」

 

「噓こけ。何で泊まるつもりで艤装を持ってくるんだよ。居座る気まんまんじゃねーか。まあ、そんなことだろうと思ったけどな。」

「あはは・・。ばれてたか。案外鋭いね。」

「ふん。一年組んでてそんなことにも気づかなかったのかよ。」

「うんっ。知らなかったよ。」

先ほどの意趣返しの俺様の言葉になぜか時雨は笑顔で頷く。

 

「・・・あのさ」

執務室から出ようとした時雨はなぜかその場で立ち止まる。

 

「最後にもう一度確認するんだけどさ。」

「なんだよ。」

「与作が僕の正式な提督になるってことでいいんだよね。」

「ああ。めちゃくちゃ不本意だがな。俺様は紳士なんだ。」

確かに俺様は鬼畜だ。だが、喜んでブラック鎮守府ライフをする外道じゃない。駆逐艦だろうが困っている仲間は見捨てない。

 

「ありがとう。これで行けるよ。」

時雨はニッコリと微笑むと風のように執務室から立ち去った。

「時雨、行くよ!!」

 




登場人物紹介

与作・・・時雨が去った後、大きくため息をつき、己の不幸を嘆き、グレカーレの中破の様子の酷さに「俺様がロリコンでなかったことを感謝しろよ!」とつぶやく。
時雨・・・あっという間に出撃。すでに海の上。やる気溢れるニコニコ時雨さん。




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第十四話「時雨(中)」

設定を一部変えました。リアルのゲームに合わせていたところ、色々と修正箇所が増えましたので。深海棲艦が出現したのが20年前となっています。

E7-2友軍来ましたね!すでに乙で終わらせてしまいましたが、皆さんのご健闘を祈っております。ナ級、お前は少し休んでろ!


船としての記憶の最後はマレー半島沖。船団護衛中に敵潜水艦の雷撃を受けて沈む姿。

 

艦娘としての最初の記憶は今から20年前。「始まりの提督」と呼ばれた、人類初めての提督に出会った時に向けられた、太陽みたいな眩しい笑顔。艦娘というものがまだ全然一般的ではなくて、でも僕よりも前に顕現した艦娘達が、深海棲艦への対抗手段として期待を持たれかけていた時。

 

「君が、時雨か。私が君の提督だ。頼りないかもしれんがよろしくね。」

提督はぼさぼさ頭を掻きながら、僕に笑顔を向けてくれた。

 

死闘という言葉すらも生ぬるい鉄底海峡での決戦。次々と仲間が倒れていき、最後には提督までも失った。「偉大なる7隻(グランドセブン)」などと名付けられ、生き残った僕たちは散々表彰されたけど、何のことはない。ただ死に損なっただけだ。

 

ある者は提督の遺志を継ぎ、後進の育成に力を尽くし、またある者はこれも提督の遺志を継いで退役し、束の間の平穏の中に身を置いた。僕自身がどうしていたのか、この時の記憶があまりない。ただ、はっきりと覚えているのが、アパートの一室で寝ていたところを無理やり起こされ、長門に提督養成学校に連れていかれたこと。

 

「提督の御遺志だ。あのまま朽ちるに任せてもよかったが、生き残りの仲間の体たらく、見るに忍びない。お前がどうしてもやりたくないなら諦めるが、どうする?」

 

答えない僕に苛立ちを見せる長門。間をとりなすように香取が口を挟む。

 

「時雨さん、どうかお助けいただけませんか。この提督養成学校は、艦娘養成学校と連携しています。艦娘養成学校の最終学年時は一年間提督候補生と共に様々なことを学ぶのですが、現状艦娘養成学校の生徒も十分な数がおりません。一人でも多く提督を育て、この国を、世界を守るための礎としたいのです。」

この国を、世界を守る・・?

 

「・・僕が手助けすれば、少しでもこの国を、世界を守れるの?」

「はい。情けない話ですが、残された我々には他に頼れる方がおりません。偉大なる7隻(グランドセブン)の中でも海外艦のお二方を除き、後の3名の方ははっきりと協力を拒否されています。」

「私も説得に向かったが無理だった。だが仕方がない。提督ご自身が生き残ったら己の好きなようにしろと仰っていたのだから。」

そう。提督はどうしろとは言わなかった。戦いたければ戦えばいい。戦いたくなければ戦わなくていい。考えるのは自分で、他人じゃないんだよ、と常に言っていた。ちょっと考えて、僕は僕なりの結論を香取に伝える。

 

「わかった。僕の力が役に立つのなら・・。手伝うよ。」

 

以来15年余り。色々な提督候補生がいた。多くの候補生は僕の艦歴を知っていて、西村艦隊佐世保の時雨と知り、心強いと喜んでくれた。残りの人たちは僕のことを余り知らなかったけど、積極的に僕を知ろうとコミュニケーションを図ってくれた。彼らと過ごすのは楽しかった。艦娘として生を受けたばかりの頃を思い出した。そして、決まって卒業の後、僕を初期艦としたい、と要請が来ていたけれどいつも断っていた。もう自分が知っている人がいなくなるのがいやだったから。

 

提督養成学校での最初の目玉行事。ペア艦を決めるくじ引きの日。この日は艦娘養成学校の生徒たちにとっても、期待と緊張の入り混じった日だ。会場となる艦娘養成学校の体育館に集められた僕たちは提督候補生達の引いたくじに従い、ペア艦としての任務に就く。

 

「いい提督さんだといいなあ。そう思わない?時雨。」

僕の隣にいた瑞鶴が声を掛けてくる。同型艦も多いから、僕が毎年ここにいることをこの瑞鶴は知らない。知っているのは香取と艦娘養成学校校長の日向ぐらいだろう。

-

「うん、そうだね。」

そうは言ったものの、16回目となると誰が相手でも気にしない。

 

「時雨、呼ばれたっぽい!」

緊張気味に教えてくれた夕立に礼を言って、体育館の中央に進む。そこには提督養成学校・艦娘養成学校の責任者と共に、僕の新しいペアがいた。随分とおじさんだな。若い子ばかりだったから対応の仕方を変えないと。

「僕は白露型駆逐艦時雨。これからよろしくね。」

そう言ってぼくなりの精一杯の笑顔で手を差し出したのに。

出した手は空を切り、目の前の提督候補生は口をへの字に結び、開口一番、

「チェンジ!!」

と叫んで、隣のブロックで握手を交わしていた別の候補生に声を掛けた。

「お前の相手は誰だ?重巡愛宕!?当たりじゃねえか。悪いが替わってくれねえか。なんでよりにもよって提督養成学校まで来てこんながきんちょの世話をしなきゃならないんだ。」

あれ。おかしいな。なぜか、拳を握ってる。

「なあ、頼むぜ。ここに来たのはこんなちんちくりんの相手をするためじゃないんだ。」

ち、ちんちくりん・・。こ、これでも白露型の中ではそこそこ成長しているって言われるんだけど。

「俺様のような大人にはもっと大人な娘が必要だ。何が悲しくてがきんちょのお守りを・・てうぐうう・・」

「ちょっ、時雨!?」

え?変だな・・。僕はなぜおじさんの顔面に拳をめりこませているんだろう。

周りで大騒ぎする両養成学校の責任者たち。いつも冷静な日向が珍しく慌ててる。

 

「や、やめんか、時雨。鬼頭候補生もだ。艦娘に対する謂われない侮辱は提督の資質無き者と見なし、即刻退学を申し付けるぞ!!」

提督養成学校の校長の言葉に、おじさんはさわやかな笑みを浮かべた。あれ?結構強めに殴ったのに、随分とタフなんだな。

 

「へいへい。申し訳ございません。冗談ですよ。これから一年ペアとなる奴がどんな反応を示すかね。」

「冗談だと?この場でそうした行為は慎みたまえ!」

「了解しました。よし、じゃあ時雨行くぞ。」

不気味な程の笑顔。初顔合わせが終わった後、艦娘と提督が軽く雑談するための部屋へと鬼頭候補生は僕を連れていく。

 

「いいパンチくれたじゃねえか。よくも俺様を殴ってくれたなあ。」

部屋に入った瞬間、豹変する鬼頭。いや、こちらの顔が素なのかな。さっきの暑苦しい笑顔は外用みたいだね。

 

「それについては悪かったね。なぜだか体が動いてね。ごめんよ。」

手を出したのはこちらだから先に謝る。がきんちょだのちんちくりんだのと言われたのにはまだむかむかしてるけど。

「ふん。やっぱりな。どうにもお前のその能面みたいな顔つきが気になるぜ。おまけにさっきのパンチ。不意打ちとはいえ、俺様が反応できないとはよお。何か隠してやがるな、お前。」

「隠している?何を?」

えーっ。何なんだこの男。ただのおじさん候補生じゃないの?やたら鋭いんだけど・・。

「ああ、今ので確信したぜっ、てな!!」

突然飛んでくる灰皿を叩き落とし、追撃の上段蹴りを受け止める。物騒じゃないか。何するんだ。

 

「突然危ないじゃないか。どういうことだい。」

「やっぱりだな。お前、ただの艦娘じゃねえだろ。」

「どうしてそんなこと分かるのさ?」

「艦娘養成学校のカリキュラムには空母達がする弓道はあっても、近接格闘なんて項目はない。だが、お前のその身のこなしは経験者の身のこなし方だ。」

 

正直驚いた。確かに提督は何かあった時用に僕たち全員に近接格闘を身に付けさせてくれていた。艤装を失っても生きる確率をあげるためって。でもそれを見抜く候補生がいるなんて。

 

「君こそ只者じゃないだろう。」

あれ。どうして僕はわくわくしているんだろう。

「ふん。ようやく化けの皮を剥がす気になったか。隠し事を吐いてもらうぜ!!」

「いいよ、僕に勝てたら・・ね!!」

 

立ち上がりざまに顎を狙ってのアッパー。上手くかすれば脳を揺らす一撃を、難なく見切って交わ

すおじさん。へえやるじゃないか。

「人間にしては速いね。でも、これならどうだいっ!」

鎮守府にいた時、ボクシング漫画にハマった夕立と散々練習した高速のワンツーを叩きこむ。

左右のフットワークから連打連打連打!!

 

「くっ!こいつ。イメージのタイソンより速いぞ!」

防いでおいてよく言うよ。それじゃあ、これはどうだい。左手のガードを下げて・・突然びゅん!

と。

「フリッカーだと!?」

「残念。かすっただけか。見様見真似じゃさすがに上手くいかないね。」

「ほお。こいつは面白い・・。」

何だい、その動き。左右に八の字みたいにウィービングを繰り返して・・。って、ま、まさか・・。

「ボクシングがお好みらしいからなあ!これでも喰らいやがれ!!!」

「デ、デンプシーロール!!」

フックフックフック!フックの嵐!!な、なんでこのおじさん。漫画の中に出てくる技が使えるんだい!?あの夕立だって、『これは疲れるしめんどくさいっぽい』って言ってた代物だよ!い、痛い・・。ダメだ、両腕がしびれてきた。ガードが下げられ、目の前にパンチが・・。怖い。瞬間目をつむり、歯を食いしばる。

 

べちん。続いて感じたのはおでこへの痛み。恐る恐る目を開けると面白くなさそうな顔を浮かべるおじさん。どういうこと?

 

「ふん。俺様は紳士だ。がきんちょを殴ることはしねえ。」

「・・・よく言うよ。両腕がパンパンに腫れてるよ。」

「さっきのパンチのお返しだ。」

「じゃあ、仕方ないか・・。約束は約束だもんね。」

 

椅子に座り直し、僕はおじさんに自分の秘密を告げる。僕がかつて鉄底海峡の死闘を生き残り、「偉大なる7隻(グランドセブン)」と呼ばれていたことを。正直あまり言いたくはなかった。この呼び名を聞いた時のみんなの反応が手に取るように分かるから。恐れと、羨望。僕は長門程強くない。あからさまに変わるみんなの態度が気にならないはずがない。このおじさんはどういった反応を示すんだろう。

 

偉大なる7隻(グランドセブン)?何だ、その大層な名前は。」

 

僕の考えは杞憂だった。彼は全く艦娘や偉大なる7隻(グランドセブン)のことについて知らないようだった。それでよく提督養成学校に来たよね、というぐらいの知識でしかなかった。

 

「お前さんの仲間のお蔭で俺様達の今の生活がある訳か。ありがてえ。」

 

そうしておじさんは目をつむって拝む仕草を見せた。一瞬訳が分からなかったけど、それが彼なりに散っていった仲間たちの冥福を祈っているのだということに気が付いて、僕は呆然とした。

 

「なんだ、俺様がこういうことをするのが意外って面だな。失礼な奴だ。」

「ご、ごめんよ・・。今までそんな風にしている人って見かけなかったから・・。」

 

多くの人たちは僕たちを偉大なる7隻(グランドセブン)と呼び、称えてくれた。鉄底海峡から生還した英雄だと。

でも、生還したのが偉いのだろうか。この国を、世界を守るために散っていったみんなは偉くないというのだろうか。

自然に涙が溢れていた。とても悲しくて、とても嬉しかった。

「ありがとう・・。ありがとう・・。」

「何だ?泣くようなことか?当たり前だろうが。」

君はそう言ってくれるんだね・・。でも、みんながみんなそうじゃないんだよ。

 

「僕は駆逐艦時雨。名前、聞いてもいいかい?」

「俺様は鬼頭与作。いずれ艦娘ハーレムを築く男よ!」

 

艦娘ハーレム?何だいそれは・・。

 

「俺様も艦娘も共に幸せに暮らせる場所ってことだな!!」

彼の、与作の言葉に胸が熱くなった。それは、「始まりの提督」が目指していたものじゃないか。

僕や夕立、艦隊のみんなはその理想を実現させようと戦っていたのだから。

 

「そ、そうなんだ。与作、僕にもその手伝いをさせてよ。」

「ふむ。俺様の信奉者が増えるのはいいことだ。よろしくな。時雨。」

 

握手を交わし、喜びの余り僕はもう一歩踏み込む。お互いのことをもっとよく知らないとね。

「うん。他に聞きたいことはないかい?なんでも聞いてよ。」

「特に今はないな。」

え?何もないの?それってまるで僕に興味がないっていうように聞こえるんだけど・・。

「何にもないの?今なら特別サービスで何でも答えられるよ。」

「特にない。聞きたいことができたらおいおい聞いていく。そろそろ時間だから体育館に戻るぞ。」

「あ、うん・・。分かったよ。」

一年間あるから徐々にお互いを知っていこうってことなのかな。僕が焦りすぎたのかもしれない。

いけないいけない。素晴らしい候補生に会えて気が緩んでしまった。気を付けないとね。

 




登場人物紹介

与作・・・提督養成学校入学時からぶれず。
時雨・・・艦娘ハーレムについて香取に嬉しそうに話した所、勘違いに気付くが、その時にはそこそこ好感度が上がっていたため、僕がついててあげなきゃという思考に至る。
日向・・・この後同じようにチェンジを叫ぶ学生に爆撃をしかけた艦娘がいたため、その対応に奔走。胃薬が手放せなくなる。
香取・・・与作の態度に教鞭を折る。(記念すべき一本目)


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第十五話「時雨(後)」

なかなかの難産で気付けばかなり長くなっていました。


江ノ島鎮守府を出てから少しの間。時雨は己の脳裏に浮かんだこの一年間の思い出に苦笑する。

20年人間社会で過ごしてきたが、まさか艦娘ハーレムなる言葉を自分たち艦娘の前で堂々と話す人間がいるとは思わなかった。

 

(ハーレムの意味がよく分かってなくて、香取にたしなめられたっけ。)

自分としては、与作がいかに立派な存在かと誇らしげに語っていただけに、真実を知った時の時雨は恥ずかしさの余りその場にうずくまった。

 

「全く。鬼頭君と織田君は要注意ですね。用心しないと・・・。」

香取は早速二人の危険人物について、提督養成学校の職員に共通理解を図ったが、何しろ与作に関しては色々規格外のため、ペア艦の時雨がその都度たしなめることが多かった。その度に与作は時雨の三つ編みを引っ張ったり、髪をくしゃくしゃにしたりしたが、仲のよかった姉妹の夕立が機嫌が悪い時に同じことをよくしていたため、彼女はそれが特段嫌なことだと思っていなかった。

 

「与作、聞こえる?」

「ああ。今どの辺りだ?」

「沖合五キロってとこだね。目的の場所はどこだい?」

「今軍の船舶マップで確認した。江ノ島から約60キロ、伊豆大島付近にいる。」

「了解。現在速力が45ノット。一時間弱でつけると思うよ。」

「45ノットだあ?お前元々34ノットだろうが!一体何しやがった。」

「何しやがったって言われてもね。缶とタービンを積んだとしか・・。」

与作が驚くのも無理はない。艦娘時雨の速力は元々の分類では高速。だが、彼女たち艦娘は缶と呼ばれる新型高温高圧缶と改良型のタービンを搭載することによって、その速力を増すことができる。45ノットと言えば、かの最速駆逐艦タシュケントを凌駕する速度だ。

 

「まあいい。俺様はこれから雪風たちとも連絡をとらにゃならん。何か変わったことがあったら連絡をくれ。」

「了解。僕が行くまで何とか二人をよろしく頼むよ。」

「そちらの方は任せておけ。お前は一刻も早く合流しろ!」

「任せてよ!」

時雨は微笑みながら、鎮守府の方を振り返って答えた。

 

 

「さてと。時雨にああ言ったものの、こいつらもどうにかしないといけないな。そっちの様子はどうだ?」

「艤装の調子がよくありません・・・、」

「同じく・・。速力はよくて半分・・。」

もんぷちの妖精通信越しに尋ねるが、二人の表情は冴えない。それはそうだろう。初の実戦で、いきなり深海棲艦の上から二番目と当たっちゃな。男塾で言えば、松尾や田沢が男塾死天王と闘うようなもんだ。最初から勝負にならない。

「敵の様子はどうだ。近くにいそうか?」

「分かんない。もんぷちが偵察に行ってるけど。」

「そうか。とりあえず、島影に隠れながらやり過ごせ。もうすぐで援軍が来る。」

 

援軍と聞いてお子様二人の表情がやや持ち直す。

 

「え!?誰、誰が来るの?テートク、横須賀に連絡してくれたの?」

「バカ。今横須賀から出撃しても間に合わん。うちから出撃したんだよ。」

「ええっ?誰ですか、司令。また駆逐艦を建造したんですか?」

「おいこら、雪風。また駆逐艦をってどういうこった。」

「はいっ。司令が建造すると駆逐艦が出るのかと思っていました!」

こいつ・・。俺様がうすうすそんな呪いがかけられているんじゃないかと気にしていることをはっきり言いやがって。

「大体まだ二回だぞ!!そりゃあ何回か建造してれば駆逐艦がかぶることだってある。サーバントが来てほしいのに、ピックアップとか抜かしてイベントの時にしか役に立たない礼装が続けて当たるようなもんだ!!」

「しれえの例えは相変わらずよく分かりません・・・。」

 

何を言っていやがる。これ以上分かりやすい例えはないぞ。次回の建造の時を見ているがいい。

「そういうのって、フラグってやつでしょ、テートク・・。」

ぶう~ん。何だあ。変な音が聞こえるぞ。あ、もんぷちじゃねえか。

『た、大変です。北東からあいつやってきます!距離1万2000!!』

「はあ?すぐ近くじゃねえか。何やってんだ?」

『仕方がないんですよ。工廠からちょろ・・借りてきたこの零式水上観測機がおんぼろで・・。』

おい。今お前ちょろまかしてきたって言いかけただろ。後で親方に謝っておけよ。ただでさえ迷惑かけてんだからな。

『失敬な!迷惑なんてかけてませんよ。』

出た出た、大抵迷惑をかける奴って自覚がないよな。

 

「テートク、どうしたらいい?逃げる?」

「来る方向が悪いな。南から来てくれりゃ、北に逃げてる間に時雨との距離は縮まったんだが。」

「時雨?援軍に来るのは時雨ちゃんなんですか!」

「えっ。雪風知ってんの?」

「はいっ。雪風と時雨ちゃんは呉の雪風、佐世保の時雨と言われていました!あれ、そう言えば、しれえの養成学校時代のペア艦が時雨ちゃんですよね。」

「ああん?お前、その情報どこで仕入れたんだ。」

「艦娘同士の初期艦チャットがありまして。瑞鶴さんから・・。」

「昔の女ってことね、テートク!どうなってんの!!」

「無駄口を止めろ。・・・その場に待機だ。南に逃げても援軍との距離が開く。余計な時間がかかる恐れがある。」

「ええっ!?無理だよぉ。あたし達じゃ時間稼ぎもできずにやられるよ。あいつ強いよ!」

「逃げ腰のお前たちは奴からすりゃいい鴨だ。おい、もんぷち。妖精の撮影隊とやらが観測機に乗り込むことは可能か?」

『私が降りれば可能ですけど・・。』

「よし、お前降りろ!!」

『ええーっ!せっかく持ってきたのに。』

 

抗議の声を上げるもんぷちだが、この際無視だ。

「やかましい!俺さまが雪風達と同じ視点になるのが大事なんだよ。」

「どういうこと?」

「俺様がお前たちの視点で奴の攻撃を見切ってやる。今中破状態っていったな。燃料は弾薬は後どれくらいだ?」

「半分ってとこ。雪風は?」

「雪風も同じぐらいです・・。」

「ほ、本当にそんなことできるの?」

やかましい!!今集中しているんだ。お前たちの中破状態、燃料・弾薬の残量、周囲の地形を把握。妄想力全開!!俺様の脳裏に今戦場の様子が描かれる。

 

「後は、敵の情報次第だな・・。距離8000ってとこか。敵さんがお出ましだぞ!」

「え!?嘘・・。」

 

いつも強気なグレカーレが言葉を失う。ははあ、あいつが噂の駆逐ナ級後期型Ⅱeliteか。確かに遠目から見ても禍々しいオーラを放ってやがる・・。

 

「うそ。やだ。やだよぉ・・・。あたし、沈むって知らない・・。こんなのうそ、うそだあ!!」

カチカチと歯を鳴らして、震えるグレカーレ。

「司令・・。不沈艦と呼ばれていたのに・・。ごめんなさい・・。」

歯を食いしばるも、悔しそうに拳を握る雪風。

よっぽどあの野郎に怖い目に遭わされたんだな。無理もねえがイラつくぜ。

「というか、お前らよぉ。俺様が何とかするって言ってんのに、何だそのくそみたいな態度は。」

 

がっちがちになりやがって。そんなんじゃ俺様の指示を受けても体が動くわけねえだろ。

 

「ふん。じゃあ、こうしてやろう。無事に帰れたら、言うことを一つ聞いてもらおう。」

「えっ!?」

「何です、それ!!」

『普通言うことを聞いてやろうって流れですよね!!』

 

やかましい。なんで普段気を遣っている俺様が余計に気を遣わなきゃならんのだ。

 

「まず、雪風。そうだなあ。お前は一週間のUNO・トランプ禁止だ。」

「ひ、酷すぎますー!」

「次にグレカーレ、お前は一日俺様が黙れと言ったら黙れ。」

「何それ!!TVのスイッチじゃないんだからさあ。」

「後もんぷちはつまみぐいを止めろ。俺様が知らないと思っているだろうが、他の妖精からの報告を受けている。」

『だ、誰ですか。私を売った・・いや、そんな根も葉もない噂を広めているのは!』

 

非難轟轟。文句たらたら。いいじゃねえか。いつも通りでよぉ。けけけけ。嫌ならここを何とかしろや。でなきゃ文句の一つも言えなくなるぜ!

 

「距離5000、4000・・・。先制雷撃来るぞ!!回避行動をとれ!!」

「「了解!!」」

硬さがとれ、左右に回避行動をとる二人。間近を通る敵深海棲艦魚雷の雷跡に二人は目を丸くする。

 

「う、うそ・・。」

「す、すごいです司令!初めて尊敬しました!」

あ、雪風、この野郎。お前さらっといつも俺様をディスるのを止めろ!次来るぞ!5inch単装砲、奴の間合いだ。ぼさっとしてんじゃねえ。

 

 

深海棲艦駆逐ナ級は苛立っていた。そもそも敵鎮守府の偵察などeliteの自分のすることではない。他にいくらでもイ級などがいるというのに、念のためとのことで、自分が選ばれてしまった。他の同型艦は来る艦娘達との決戦に向けて準備をしているというのに。腹立ちまぎれにたまたま出くわした艦娘達を攻撃し、中破にまで追い込んだが、あの練度ならば例え敵が二隻だろうとやすやすと沈められた筈だ。物足りなさを感じ、何とか沈めようと追い回してやったが、まさかより苛立たせられるとは思わなかった。

 

「よっし!」

「また躱しました!!」

そう。そうなのだ。なぜ、あの練度も大したことがない、しかも中破した連中が自分の攻撃を避けられる?近距離からの雷撃も、射撃計算の元行った艦砲射撃も。ことごとくが微妙に位置をずらされ、躱される。レーダーの深海妖精がふと、敵艦隊のど真ん中に零式水上観測機が飛んでいるのを確認し、ナ級に告げる。

 

あの観測機に熟練の見張り員でも乗り込んでいるのだろう。こちらの挙動から、攻撃を読んでいるに違いない。

 

艦娘への攻撃と見せかけての零式観測機の狙い撃ち。軽巡ツ級をも凌駕するという対空砲火にきりきり舞いしながら敵の観測機は落ちていく。呆然とする艦娘達。余裕を見せ、悠々と進むナ級の頭の中にはどう艦娘達を仕留めるかしかない。

 

 

ゆえにナ級は気付かなかった。すでにすぐ側まで。己を脅かす存在がやってきていることに。

 

「零観が落とされたわ!テートク、大丈夫!?」

「俺様は平気だ。妖精の撮影隊は無事なのか?」

『撮影機材を放り投げて、パラシュートで脱出したみたいです。ただ、せっかく持ってきた零観が・・。』

「それは後でお前が怒られろ。問題はこの後だ。敵の挙動がわからねえと俺様も指示が出せねえ。」

「絶体絶命じゃない!!どうすんのよ、テートク!」

 

慌てるグレカーレ。PCで船舶マップを見ていた与作は、ふうとため息をついた。

「大丈夫だ。ようやく到着かよ。」

「ごめんごめん。これでも最速で飛ばしてきたんだよ・・。」

 

通信用モニター越しから聞こえてきたのは元ペア艦のいつも通りの声。

「どうだ、時雨。いけそうか。」

「うん。大丈夫だと思うよ。」

「そうか。ちとモニターを集中して見過ぎてな。顔を洗いに行ってくるから、その間に目の前のカス野郎をぶちのめしておいてくれ。やり方は任せる。」

「ふうっ。了解。正式な提督になってからの初の実戦だってのに。与作はもうちょっと女心ってやつを勉強した方がいいね。」

「余計なお世話だ。二人を頼むぞ。」

「はいはい。頼まれました。」

 

いつも通り平常運転の与作に、時雨は苦笑して肩をすくめる。なぜもう少し言い方を考えないのだろう。やり方を任せる、二人を任せると頼むことは、元ペア艦である自分を信じているということなのに。

(与作に言ったら、絶対に勘違いするなって言うだろうけどね。)

にやけそうになる表情を引き締めて、時雨はナ級の前に立ちふさがった。

 

「し、時雨ちゃん!!」

背中越しに聞こえるのは、かつて共に並び立ち幸運艦と呼ばれた友の声。

「だ、大丈夫なの?」

不安そうに訊いてくるのは、最近建造されたという新しい仲間。時雨は二人を安心させるために努めて穏やかな声で答える。

「二人とも大丈夫。そこで休んでいてよ。すぐ片付けるからさ。」

「えっ?」

「す、すぐって・・。」

「うん。すぐだよ。」

 

「・・・・」

新しく現れた敵に対し、ナ級は立ち止まり分析を開始する。相手は白露型の2番艦時雨。恐れることはない。ただの駆逐艦だ。先ほどの二隻と同じように追い込めばどうということはない。

 

「ふうん。僕を脅威と見なさず、か。確かに分からなくもないさ。認めよう、君たち深海棲艦の進化速度は異常。僕たち艦娘は追い付けていない。」

目の前の深海棲艦駆逐艦はスペックで言えば、あの木曾改二を上回る。おまけに対空能力はあの艦載機殺しとして有名な軽巡ツ級を上回るという。並みの駆逐艦や軽巡洋艦では艦娘達には勝ち目はないだろう。

 

「だが、侮るなよ。深海棲艦。僕たち艦娘の強さは、船としての性能だけで決まりはしない!!」

 

それは思いの強さ。この国を世界を、そして仲間を守ろうとする気持ち。『始まりの提督』と共に戦った『原初の艦娘』そう呼ばれる自分たちが、なぜ強いのか。それはあの大戦で沈み、それでもなお、この国を守りたいと願ったからだ。

 

時雨は怒っていた。かつて自分や仲間が命を賭して守った平和。その平和の中で生まれた自らの後輩たちをかくも追い詰めた敵深海棲艦に。

 

時雨を中心に強烈な閃光と爆風が巻き起こる。ややあって、光の中心から姿を見せた時雨は幾分か成長した姿になっていた。

時雨改二。一定の練度に達した艦娘は、自らの意志で改、改二へと至ることができるという。その強さは通常状態の比ではない。

時雨が戦闘態勢をとるや、背中の艤装が即座に変形し、両腕に一門ずつ砲塔が装備される。

 

「ギイイ!!」

射程距離を活かしての先制雷撃。数多くの艦娘を沈めてきたナ級必殺の一撃は踊るように水上を走る時雨に難なく躱される。続けて、5inch単装砲の攻撃も、まるでこちらの攻撃を読んでいるかのように当たらない。

「その程度かい?深海棲艦の駆逐艦で二番目に強いというからどんな程度かと思っていたけど、案外弱いんだね。」

「ギィイイイイイイ!!!」

 

怒りの余り遮二無二になって突撃してくるナ級に対し、時雨は瞬く間に距離を詰める。互いの距離は至近。ナ級は口の中から突き出た単装砲からの砲撃と共に、その幾重にも重なった歯で時雨を噛み千切ろうと試みる。だが、それこそが油断。その程度の単純な動きで捉えられるほど、この時雨は甘くはない。

「ぬるいよ!!」

砲弾を紙一重で躱し、続いて噛みつこうとするナ級がその大顎を開けた瞬間。時雨はその口内に砲弾を叩きこむとともに、後ろに大きく跳躍した。

「!?」

ナ級が目にしたのは、蝶のように舞う時雨の姿と、その両足の太腿に光る魚雷発射管から放たれた八発の四連装酸素魚雷。躱す余裕もない程の恐るべき推進力で進む雷跡に、あっけにとられるや。

「ギイイイ!!」

爆炎に包まれながら、ナ級は沈んでいった。

 

「さてと、こんなもんかな。」

事も無げにナ級を瞬殺した時雨を、雪風とグレカーレは呆然と見つめる。なんだ、この駆逐艦。本当に駆逐艦なのか?

「雪風、久しぶりだね。今度は君を救えて嬉しく思うよ。」

時雨は雪風に対し微笑みかける。目の前の雪風は自分が知っている雪風ではない。けれど、それは

大した問題ではない。

「時雨ちゃん、ありがとうございます。助かりました!改二、かっこいいですね。」

「ふふっ。ありがとう。それと、君がグレカーレだね。僕は駆逐艦時雨。よろしくね。」

「・・・・」

「ん!?どうかしたかい?僕、何か変なことでも言ったかな・・。」

自分をじっと見つめるグレカーレに時雨は何か変なことをしてしまったかと問いかける。

「うにゅ!?ご、ごめん・・。つい・・・。あのー。時雨は駆逐艦なんだよね?」

「あはは・・。改二になったからかな。うん。駆逐艦だよ。みんなと同じだよ。」

「そういうつもりで言ったんじゃないけど・・。でも、ありがと。お蔭で助かったわ。」

がっしりと固い握手を交わす二人。そこへ与作からの通信が入る。

「あ、与作。今終わったよ。」

「おう。お疲れ。それじゃあ、鎮守府へ帰投しろ。二人ともとりあえず、無事でよかったな。もんぷちもお蔭で二人が助かった」

「しれえ・・。」

「テートク・・。」

『うるうる。提督もようやく私のありがたさが分かってくれたんですね。』

普段見せない与作の優しさに二人と妖精女王は涙ぐむ。

 

「さてと、無事に帰れるってことだから、俺様の言うことを一つ聞いてもらうっていう例の約束は守ってもらうってことでいいよな!!」

与作の一言に場の空気が凍り付く。

「な、なんでですかー!!せめて憲兵さんとお昼休みにやるのは許してください!!」

「はあ~っ!?そんな約束聞かないわよ、テートク。あたし、口にチャックされたってしゃべりかけてやるから!!」

『つまみ食いが主食って、偉い人が言ってましたよ!!』

それぞれがそれぞれの言いたいことを言う自由さに時雨は静かにほほ笑む。

「この感じ・・・。懐かしいね。」

それは過ぎ去った過去。けれど、そのぬくもりは今だ胸の内に生き続けている。

(提督。僕、また戻ってきたよ。すぐには会いに行けないけれど、僕が決めたことだから、許してくれるよね。)

 




登場人物紹介

与作・・・・鎮守府に戻ってきた雪風とグレカーレの姿を見て、児ポ案件だとすぐさま高速修復材を使う。
雪風・・・・与作にトランプを取り上げられぬよう屋根裏に隠す。
グレカーレ・時雨改二の姿を見、自分も改二になれないかと模索する。
時雨・・・・今日のご飯は僕が作るよと申し出たところ、与作に感謝されて上機嫌。
もんぷち・・「私は勝手に零式水上観測機を持ち出したダメ女王です。」の札を一日つけさせられる。


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幕間③ 「ある日の艦娘グループライン」

艦これアーケードや色々資料なんか見ながら艦娘の動きや戦闘の参考にしてますが、描写が難しいですね。上手に描かれている方たちはすごい・・。新艦の堀りは終わりましたが、大和が掘れない。それにしても今回の堀はものすごく贅沢ですね。潜水艦娘のドロップの豪華なこと。

※時系列的には第6話の前になります。


【提督養成学校第16期A班卒提督初期艦】初めまして!【鎮守府も書いてね】

 

吹雪:呉鎮守府

  呉鎮守府所属の吹雪です!よろしくお願いします。

夕立:パラオ泊地

  吹雪ちゃん、こんにちは!夕立はパラオ所属っぽい。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  夕立、ぽいって、パラオ所属でしょ。ぽいはいらないじゃない・・。

夕立:パラオ泊地

  これは口癖っぽい・・・。

電:単冠湾泊地

  単冠湾の電です。よろしくお願いしますなのです。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  あんたもか!口癖ある子率高いわね。

雪風:江ノ島鎮守府

  瑞鶴さんにも口癖があるってしれえに聞きましたよ!あ、江ノ島鎮守府の雪風です。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  え?無いわよ。鬼頭さん、どのこと言ってるんだろう。

雪風:江ノ島鎮守府

  「やっちゃって!」だそうです。

吹雪:呉鎮守府

  ぶ、物騒ですね・・。

夕立:パラオ泊地

  深海棲艦相手なら夕立も言うかもしれないっぽいよ。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  ああ、もう!!雪風、それはあのロリコン提督が悪いのよ!!しょっちゅうあんた達駆逐艦に、にじり寄っていくから。

電:単冠湾泊地

  こ、怖いのです。それで、酷いことをされるのですか?

吹雪:呉鎮守府

  パ、パンツ寄こせ・・とか・・。

夕立:パラオ泊地

  吹雪ちゃん大胆!!でも、さすがに夕立もそんなのは嫌っぽい~

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  こらこら!!うちの提督は性犯罪者か!!尊いものでも見るようにひたすら尽くすのよ。

電:単冠湾泊地

  ?それって、ただ話したりするだけなのです?気持ち悪いことを言われたりとかは?

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  ないわよ。そんなことがあったら爆撃だけじゃすまないわ。

吹雪:呉鎮守府

  あのう、どこが問題なんでしょう・・。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  貴方達駆逐艦としゃべるためにお菓子まで用意するのよ!

夕立:パラオ泊地

  夕立お菓子大好きっぽい!喜んでお話するっぽい!

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  ほらほら~。こういう夕立みたいな子がどんどんと周りに集まるのよ・・。それをあいつはニタニタと見つめるわけ!

電:単冠湾泊地

  見つめるだけならば、問題がないのでは?

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  あたしがいい気分しないじゃない。

雪風:江ノ島鎮守府

  瑞鶴さんの嫉妬ですね!分かります!!

吹雪:呉鎮守府

  ゆ、雪風ちゃん、そんなはっきりと・・・。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  だああああ!違う違う!!嫉妬じゃないわよ。ロリコンって病を治しているのよ。提督ぐらいの年齢の人が駆逐艦なんかに目移りするなんておかしいでしょ・・。

電:単冠湾泊地

  酷い駆逐艦ディスリなのです。受けて立つのです、七面鳥・・・。

夕立;パラオ泊地

  ちょっ!!電ちゃん、プラズマ成分が出てるっぽい!

吹雪:呉鎮守府

  酷いです、瑞鶴さん!!私たち駆逐艦だって頑張ってるんですよ!!

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  ごめん、ごめん。バカにするつもりはないの。なんというかほら、大人の色気ってのに反応して欲しくてね。

雪風:江ノ島鎮守府

  しれえと同じことを言ってます。しれえもいつも雪風をお子様扱いします!!

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  あー。鬼頭提督とは同じにして欲しくないかも・・。にしても、あの人ぶれないわねえ。

  養成学校時代も時雨に対しての態度は酷かったし。

雪風:江ノ島鎮守府

  え?しれえの養成学校時代のペア艦は時雨ちゃんなんですか!

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  うん。あたしが言うのもなんだけど、いいコンビだったと思うわよ。言い争いばっかりしてたけど。

夕立:パラオ泊地

  それは瑞鶴さんも同じっぽい・・・。

吹雪:呉鎮守府

  夕立ちゃんも養成学校から呼ばれたんだっけ。司令官と一年一緒に過ごすのって楽しそう。

電:単冠湾泊地

  うらやましいのです。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  それはそれで色々気苦労はあるけどね。吹雪や電だって、ある意味では提督さんに選ばれたわけでしょう?いいじゃないの。

雪風:江ノ島鎮守府

  雪風だけが建造なんですね。びっくりです。

夕立:パラオ泊地

  雪風ちゃん、普通の提督さんはペア艦を要請したり、初期艦の6人の中から選んだりするっぽい。いきなり建造なんて普通はしないっぽいよ。

吹雪:呉鎮守府

  こ、これ、夕立ちゃん・・。雪風ちゃんの司令官さんに失礼だよ!

電:単冠湾泊地

  でも、事実なのです・・。

雪風:江ノ島鎮守府

  雪風のしれえは色々すごいですからね!この間も香取さんを脅していましたから!

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  はあああ?どういうこと?

雪風:江ノ島鎮守府

  雪風の建造に資材を投入しすぎて、資材がないから寄こせと。

吹雪:呉鎮守府

  ・・・・・・。

夕立:パラオ泊地

  なんか、すごい悪人っぽい。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  これはうちの提督さんとの付き合いも考え直さないといけないわね。まあ、養成学校時代から気にはなってたけど。

夕立:パラオ泊地

  瑞鶴さんの提督さんも色々話題になっていたから同じ穴の貉っぽい。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  うるさいわね!だから私が初期艦として、やってきたのよ。

吹雪:呉鎮守府

  ???どういうことですか。要請があったんじゃ・・。

夕立:パラオ泊地

  違うよ、吹雪ちゃん。瑞鶴さんは自分から大本営に初期艦にさせろと掛け合ったんだよ。

  夕立、鹿島さんから教えてもらったっぽい・

電:単冠湾泊地

  とんだ茶番なのです。・・・ドン引きなのです。

雪風:江ノ島鎮守府

  瑞鶴さん、提督さんが好きなんですね!!

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  はああああ?何言っちゃってんの。これだからお子様駆逐艦は・・。

電:単冠湾泊地

  どう考えても、瑞鶴さんも考え方がお子様だと思うのです。

吹雪:呉鎮守府

  電ちゃん、随分と辛辣だね・・。何か嫌なことでもあったの?

雪風:江ノ島鎮守府

  あ、しれえに呼ばれました。今日の午後建造するって言ってたので、失礼します!

【雪風がログアウトしました】

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  また、建造か。資材あるのかしら。香取さんあげたのかな・・。

夕立:パラオ泊地

  雪風ちゃんの提督さんなら色々なところから調達しそうっぽい。夕立の提督さんも鬼頭提督のこと好きだし。

吹雪:呉鎮守府

  あ、それ。うちの司令官もそう。悪人なんだよね。なんでだろう。

電:単冠湾泊地

  電の司令官さんもよく話題に出しますが、悪人って感じでは話はしてないのです。

吹雪:呉鎮守府

  どんな人なんだろう。怖いけど一度会ってみたい気もするけど・・。

夕立:パラオ泊地

  演習とかで会えると思うっぽいよ。16期A班の人、なぜかすごく仲がいいっぽいから。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  そうなのよねー。それが問題なのよねー。

電:単冠湾泊地

  瑞鶴さんも十分問題だと思うのです・・・。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  ちょっ!随分とあたしに噛みついてくるわね、電。

吹雪:呉鎮守府

  まあまあ。顔が見えずに文章だけだから、今度一度みんなで会ってお話しましょう!そうすれば誤解も生まれませんよ!

夕立:パラオ泊地

  さすがは吹雪ちゃん。夕立尊敬するっぽい。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  まあ、そうね。あたしも駆逐艦なんかなんて書いちゃったから。ごめんね。

電:単冠湾泊地

  電も書き過ぎたのです。ごめんなさい。

吹雪:呉鎮守府

  うんうん。それじゃ、時間を決めてみんなで会いましょう!

夕立:パラオ泊地

  りょ、っぽい・

電:単冠湾泊地

  りょ、なのです。

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  了解。↑二人はちゃんと書きなさいよ~。

【吹雪がログアウトしました】

【夕立がログアウトしました】

【電がログアウトしました】

【瑞鶴がログアウトしました】

 

 




登場人物紹介
吹雪:提督との仲 良好
夕立:提督との仲 良好
電 :提督との仲 普通
瑞鶴:提督との仲 提督→瑞鶴(険悪)瑞鶴→提督(良好)
雪風:提督との仲 提督→雪風(ビーバー) 雪風→提督(すぐぐりぐりしてくる人)


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第十六話「偉大なる7隻(グランドセブン)

気付けばこの話で20話目になります。拙い文章ですが、お読みいただきありがとうございます。
一応主要キャラの二人から一言。
与作「20話目まで来て、この駆逐艦率ってどういうこった。ふざけるな!」
雪風「タイトルでの雪風の不遇っぷりが許せません!」



「えっ、そんな。まさか、本当に・・・。」

香取姉のそんな表情を見るのは初めてだった。信じられないものを見た、そんな感じ。いつも冷静な香取姉だが、時折表情がとても豊かになる。多くの場合はあの与作君が原因だけど。

 

「どうしたの?香取姉・・・。って、それって申請書?」

「ええ。まさかあの人が本気だったなんてね。私にも分からなかったわ。てっきり冗談かと思っていたのに。」

手にしていたのは駆逐艦時雨の引き渡し要請書。一見普通の要請書と同じに見えるけれど、以前見た夕立の書類とは何かが違う。

「何かこの書類変じゃない?それに今香取姉あの人って・・・。」

「貴方もこの書類が違うと気付けるようになったのね。で、どこが変だと思うの?」

香取姉が教官モードになって私に問いかける。むむむ。それならば当ててみせようじゃない。

「え!?何で二枚つづりなの。通常一枚でしょう。」

触って確信。一枚目は通常の引き渡し要請書。でも、二枚目は・・・。

「駆逐艦時雨、軍籍復帰要請書・・・?どういうことなの、香取姉。それにさっきあの人って。」

「ええ。あの人との約束だったけど、書類が出たのならばもうその約束を守る必要はないわね。鹿島、あの時雨さんは偉大なる7隻(グランドセブン)よ。」

「えっ・・・・。」

 

呼吸が一瞬止まる。偉大なる7隻(グランドセブン)偉大なる7隻(グランドセブン)と言ったの、香取姉は。艦娘だったら誰もが憧れ尊敬する、「始まりの提督」と共に鉄底海峡へと至り、深海棲艦の無尽蔵ともいえる戦力の大本、深海工廠に致命的なダメージを与え、この国を世界をひと時の平和へと導いた歴戦の艦娘達。その生き残りの7隻。

「まさか、あの時雨・・さんが、偉大なる7隻(グランドセブン)のうちの一人だったなんて。」

その名は艦娘ならば誰もが知っている、憧れと尊敬と共に口ずさむことができる。

「戦艦長門、戦艦ウォースパイト、軽空母鳳翔、重巡洋艦プリンツ・オイゲン、重雷装巡洋艦北上、駆逐艦響、駆逐艦時雨。そう、あの時雨さんは偉大なる7隻(グランドセブン)の一人。」

「そんな人がなんでこの提督養成学校にペア艦としているのよ。おかしいじゃない!」

「おかしくなんかないわ。」

香取姉は静かに私の考えを否定した。

「自分の信ずる提督と、信頼していた仲間。そのほとんどが失われて。でも、残された私たちには経験が足りなかった。生き残った偉大なる7隻(グランドセブン)に頼らざるを得なかったの。それがどんなに残酷なことかも知らずにね。」

「香取姉・・」

「長門さんのように海軍の要職に就き、自ら後進の育成に積極的に働こうとしてくださる方はいいわ。でも、全員がそうじゃない。そして、時雨さんはそのどちらでもなかった。」

「どちらでもないってどういうこと?」

 

香取姉はため息をつくと、その当時のことを説明する。この提督養成学校ができたばかりの18年前のこと。香取姉が会った時雨さんは人間でいう鬱状態だったのだという。表情は抜け、心は空。何をしていいのか、何をしたいのかも分からない。

「今でも思い出すわ。長門さんに連れて来られた時のあの表情・・・。無そのもの。艦娘が心が壊れてしまうとこうなるんだ、ってその時思ったもの。」

無気力になってしまった時雨さんを見かねて長門さんが命じたのは提督養成学校のペア艦としての役目。そして、その時に時雨さんの軍籍を一度抹消し、練習艦時雨として登録し直したのだという。

 

偉大なる7隻(グランドセブン)は原初の艦娘であり、あの鉄底海峡の地獄を超えた英雄。後から建造された私たちとは違い、その力は別格。それゆえの処置だった。」

当然だ。通常この提督養成学校に在籍する艦娘は、艦娘養成学校の学生である艦娘だ。彼女達が卒業し、各鎮守府に派遣する前の実施訓練として一年間を提督候補生達と過ごし、互いに連携を学んでいく。そんな中に彼らが入る?子猫とライオンの違いがあるだろう。

 

以来20年近く。時雨さんは提督養成学校所属の艦娘として、艦娘養成学校所属の艦娘達に混ざり、未来の提督候補生達を育ててきた。

「それ以外にも、新しい装備の開発や試作、点検なども夕張や明石と共に行い、今の艦娘達の艤装が充実しているのは時雨さん達のお蔭でもあるの。」

「でもそうすると疑問ね。なんで、与作君なのかしら。」

私が当然の疑問を口にすると香取姉は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

「与作君!?あ、貴方、随分仲がいいのね、あの変態と。」

 

そうかしら。確かに彼はとんでもないスケベだけど、全くそれを隠そうとしていないし、かえって『エロく見られるってことは魅力的ってことですよ。おかずに使われているってことはそれだけ多くの男に思われているってことでしょう?』って言って堂々としてた。外見から小悪魔だの、魔性だのと言われていた私は彼のその言葉に救われた。結構紳士だし。

 

「私にもわからないわ。あのスケベ以外にもたくさんの真面目で将来性のある提督候補生がたくさんいたのよ。なんであの偉大なる7隻(グランドセブン)がよりにもよってあのおっさんを選んだのかがわからない。気まぐれとしか考えられないわ。大体初期艦は雪風だっていうし。建造で資材をすっ飛ばすし、何から何まで非常識なあのおっさんのどこがいいのか。」

 

ぷっ。思わず笑ってしまった。

 

「何がおかしいのよ。」

「いや、与作君の話をするときの香取姉の表情って本当にころころ変わるなあと思って」

「冗談じゃないわよ。隠し撮りしたスクール水着の画像を危うく雑誌に載せられるところだったのよ。本当に最悪だわ。」

「え?あれ、着たんだ・・。」

着ない着ないと言ってたのに。意外そうな私に香取姉は恥ずかしげに下を向く。

「ラッシュガードで出ようとしたら、最近食べ過ぎたのをごまかすためとか、鹿島さんと比較されるのが嫌なんでしょう?なんて煽られてね・・。」

「与作君に?」

「そうよ!って、あいつが全ての元凶じゃない!!」

悔しそうに近くにあった教鞭をへし折る香取姉。それ、もう100本は折ってるよね。

 

ふと思い出す。練習巡洋艦として講義をしている時。大抵提督候補生は、講義でなく私ばかりを見ていた。今もそうだ。男好きがする、魔性なのだと言われるけれど、当の本人からすればまるで嬉しくはない。せっかく徹夜で考えてきた講義も、よりみんなが分かりやすくと工夫してきた資料も、自分の外見などという持って生まれたものにはかなわないと言われているようなものなのだから。

 

でも、そんな中一人だけ私の講義に集中していたのが与作君だった。授業が終わると大抵みんな質問にくるが、講義でやった内容ばかり。身が入ってないのが丸分かり。せっかく色々考えたのにと、がっかりしながらそれでも笑顔を作って相手をしてると。

「くそくだらない質問ばかりしてるんじゃねえ、三下ども。さっき習ったばかりじゃねえか。」

周りにいた提督候補生達を文字通り蹴散らしてきたのが、与作君。彼の言っている通りなのだけれど、とりあえずの笑顔でその場をとりなす。

 

「鬼頭候補生、基礎の復習も大事です。私の説明が悪かったんでしょう。」

「いやいや。鹿島教官はもう三日も同じような内容を手を変え、品を変えて分かりやすく説明しようとしてますよ。あそこまでやって分からないのはバカとしか思えねえ。」

「え?よ、よく分かりましたね。」

 

同じ内容だと分からぬようにそれとなくやっていたつもりなのに。余程集中していないと分からないだろう。気になって、次の講義の時にさりげなく彼のノートを見てみて驚いた。びっしりと書き込みがしてあって、私が口頭でポイントと言ったところまで書いてある。あまりにも嬉しくなったので、授業後彼を呼び出して聞いてみた。

 

「鬼頭候補生は他の候補生と違って、授業中とても集中していますね。どうしてですか。」

「他の奴らは教官の色香にメロメロですがね。俺様にとっては大したことない代物なので。」

かちん。あれ、おかしい。なんで?私、外見でこんなにけなされたことない・・。

 

「た、大したことない?じゃあ、香取姉・・いや香取教官はどうです!」

 

自分でも驚くほどむきになっているのが分かるが、後には引けない。

 

「香取教官もぎりぎりってとこですなあ。」

「あ、貴方ねえ・・。」

か、香取姉でぎりぎりなの。どういう基準!?

「鹿島教官も、いつも講義の方は分かりやすくするよう工夫していただいてるのですから、女の魅力の方も頑張っていただきたいものですな!」

 

臆面もなくそう告げた与作君に私はぽかんとする。彼はいつも、と言った。私がしているいつもの努力に彼だけが気付いていたのだ。後半の言葉の失礼さも無視して、嬉しさに思わず顔がにやけそうになるのをこらえる。

 

「鬼頭候補生・・んん、もう与作君と呼びます!!女性に対して女の魅力が足りないとは随分と失礼なことを言いますね!」

「それが真実ですからなあ。嘘は言えないもんで。」

ぽりぽりと頬を掻きながら話す、与作君を指さしながら私は宣言する。

「見てらっしゃい!!卒業までに貴方をどきどきさせてみせますよ!」

 

それから一年近く。水着も着たし、文化祭の時にはメイド服も着てみた。卒業間近にようやく許容範囲ぎりぎりになって、あと少しというところだった。あと一月あれば・・。

 

「上層部に確認もとらずに出撃させたら怒られたから、とりなしてくれ?あなたバカ?バカなんでしょう!」

 

我に返ると香取姉が与作君と電話していた。勝手に艤装を持ち出していた時雨さんも時雨さんだけど、上層部の許可を得ずに出撃させたのはまずい。

 

「そんなに頼んでも知らないわよ。ってちょっと!もしもし!!」

 

受話器を見つめた後、机の引き出しから新しい教鞭を取り出し、それを折る香取姉。・・・そんなところに予備があったのね。

 

「この間の資材のことといい、困ったらすぐこっちに頼ってきて・・。いたらいたで迷惑かけられて、いなくなったらいなくなったで何でまた迷惑をかけられるのよ、全く!!」

そういいつつも、大本営の電話番号を確認する香取姉がうらやましくてたまらない。

 

「正式に鎮守府に所属する前に出撃したらしいわ。反艦娘派に気付かれたらややこしいわよ。全く。」

「それで、時雨さんは江ノ島に配属になりそうなの?」

「元々そういう約束だもの。『偉大なる7隻(グランドセブン)には可能な限りの配慮を保証すべし。』あの鉄底海峡の戦いの後に出された宣言にはそう書かれているし。」

「時雨さん、いいなあ・・・。」

 

私のつぶやきに香取姉がぎょっとする。

 

「いいってどういうこと?」

 

秘書艦としていたら、いつか彼はどきどきしてくれただろうか。

 

「え・・・!?鹿島あなた、まさか・・・」

ずり落ちそうになる眼鏡を必死に抑える香取姉に思わず笑みをこぼす。

「うふっ。何でもない!」

 




登場用語紹介

偉大なる7隻(グランドセブン)
「始まりの提督」と呼ばれる人類最初の提督と共に、今から19年前の11月27日、鉄底海峡にある深海棲艦の本拠地を叩き、しばしの平和をもたらした生き残りの7隻のこと。原初の艦娘と呼ばれる彼女たちは、その後数多く建造、ドロップ確認された艦娘たちと異なり、一騎当千の強者と言われ、一隻で連合艦隊を相手にできると言われているが、反艦娘派や偉大なる7隻(グランドセブン)に対し、好意的でない一部の艦娘からは疑問視されている。  民明書房刊『偉大なる7隻の航跡』より

登場人物紹介
香取・・・予備の教鞭が多数。前に比べて本数が減らないと思い、ストックを怠った結果、ここ最近の前とあまり変わらぬ消費量に若干焦っている。
鹿島・・・女としての魅力の上げ方について模索中。
時雨・・・普通の駆逐艦だよと言っていた彼女の前回の装備
     12.7cm連装砲B型改七(試作型)+高射装置☆10×2
     61cm四連装(酸素)魚雷後期改二型☆10×1
     補強増設に新型高温高圧缶☆10×2 改良式タービン×1
     (つまり、穴が三つ開いている。)
     「あはは。明石と夕張がはっちゃけちゃって・・。」

※if装備満載です。


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第十七話「鎮守府近海戦その後」

多分今までで一番長いかもしれません。どうも駆逐艦3人がしゃべり始めると長くなるようです・・。


 ここまでのあらすじを一句。

「鎮守府に がきんちょ一人 また増えた 」

がきんちょどものいない間に手淫しようとしたら、うちの鎮守府にどうしても来たい元ペア艦が押しかけてきて、敵に囲まれて絶体絶命ながきんちょどもを救うため、泣く泣くそいつの要求通りにし、出撃させた。・・・て、なんだこれ。完全に俺様の丸損じゃねえか!!どこのバカ神様だ、うちの鎮守府にがきんちょばっかり寄こしてやがるのは!!

 

「ああ~イライラする・・。」

思い出してもムカムカするんで、頭の隅から消したかったが、時雨の奴を出撃させたことを上に報告したところ、詳細な報告書を提出せよとのお達しだ。電話の向こうでやたら慌ててやがったから、結構なやらかし案件だったらしいが、そんなもの俺様の知ったことか。すぐ面倒くさい書類仕事が増えて、テンションも下がるってもんだ。

 

「まあまあ、これでも飲んで気を落ち着けなよ。」

エプロン姿の時雨がコーヒーを出してくる。気を落ち着けなよって、原因はほぼほぼお前なんだがな。それに何だ、お前。改二になれるってのは分かったがよ、どうしてずっとその姿なんだ。

「いいじゃないか。ちょっとした気分ってもんだよ。」

にこにこしながら隣に座る。どうでもいいが、お前のそのいかにも秘書でございって雰囲気がやたら気になるんだが。

「あれ、与作、知らなかったっけ。通常鎮守府では、提督を補佐するために秘書艦が置かれるんだよ。人数が多いところでは当番制で回すけど、少ないところでは固定だね。」

「じゃあ、当番制だな。」

「おやおや。固定にしてほしいって願いを込めたつもりだったのに。」

「うるせえ。お前で固定しようもんなら、残り二人がうるさくて仕方がねえ。」

「それは残念。」

 

嘘つけ。お前全然残念そうじゃないぞ。というかよ。あれから三日経ったが、お前やたら上機嫌だな。毎日毎日キラキラしやがって、むかつくぞ。

 

「仕方ないじゃないか。嬉しいんだもの。」

「俺様は全く嬉しくない。」

「そこは嘘でも嬉しいと言おうよ。好感度が上がるよ。」

「お前の好感度なんて上がっても仕方がないね。」

逆に落ちて欲しいくらいだ。こいつらが引っ付かなくなるような選択肢を教えてくれる攻略本でもないもんかねえ。

時雨と話すのも億劫で仕方がねえ。黙って仕事をする俺様。認めるのはしゃくだが、この元ペア艦と他二名は明らかに違うな。静かな分やりやすいぜ。

 

バタバタバタ!!ひと時の静寂を破ったのはやはりいつものガキ二人。

 

「司令!大変です!!」

「だああ。なんだ、うるせえ。静かにしろい!」

「それどころじゃないんだって!!来たんだよ、テートク!!」

「はああ?あの日が来やがったか?今日は赤飯か?艦娘にもあるなんて聞いてねえぞ!!」

「何のことを言ってるのか分かんないけど、ほら時雨と同じビッグ7が来たの!!」

ビッグ7?そこはかとなく俺様に期待を持たせるネーミングじゃなねえか。だが、時雨と同じっていうなら、偉大なる7隻(グランドセブン)とかいう大層な名前じゃなかったか?

「いや、間違いではない。どちらも私の呼び名だ。」

 

凛とする声と共に入ってきたのは黒髪ロングで長身の艦娘。おいおいおいおい!!神様も分かってるじゃねえか。さっきはバカなんて言って悪かったぜ。バカからクソに昇格させておくからよ。

 

畜生。涙で前が見えねえぜ。これが戦艦のボリュームか。一年間時雨の面倒を見ながら、横目で戦艦だの重巡だのと戯れる連中を見て、何度後ろから刺してやろうと思ったことか。この鎮守府に来てからもやってきたのはがきんちょ二人。冗談じゃねえ。

「まごうことなき、くっ殺系女子。ようやく俺様にもツキが巡ってきやがった!」

「くっ殺系女子?とは何だ。鬼頭提督、私が誰だか知らないのか?」

「俺様の救いの女神でさあ。ぜひお名前をお聞かせ願いたいですな。」

「め、女神とは大げさな。大本営元帥閣下の特別補佐を務める戦艦長門だ。」

「江ノ島鎮守府提督、鬼頭与作です。よろしくお願いします。」

出された手を恭しく握る。うんうん。武骨な手だが、すべすべじゃねえか。癒されるねえ。

 

「って、元帥の特別補佐だあ。」

「ああ。そうだ。そして、そこにいる時雨と同じ偉大なる7隻(グランドセブン)と呼ばれているうちの一人だな。」

ぐっと、握手に力が入る。こいつ、とんでもねえ力だな。

「な、長門!!」

時雨が叫ぶ。力を入れてるっていっても尋常じゃねえぞ。何しやがるんだ、この野郎。

 

「これはこれは。特別補佐官ともあろう者が一介のおやぢの手を握り潰さんばかりの熱烈な握手とはねえ。何をお考えですかい?」

「随分と余裕だな。そこそこ力を込めているつもりだが。一つ質問があってな。返答次第ではこのまま握り潰す。」

「長門!!やめてよ。」

おいおい。物騒な挨拶をしやがるぜ、このくそ戦艦。元帥の特別補佐だか知らねえが、何様のつもりだ。

「質問は一つだ。なぜ、時雨を出撃させた。」

「そこにいるちびっこ共がぴんちだったんでね。仕方なくそうしたんでさあ。」

「横須賀に連絡をしようとは考えなかったのか。大本営の指示を仰ごうとは。」

「横須賀に連絡しても間に合わないのはガキでも分かること。大本営に指示を仰ぐ?指示を仰いでいる間に二人が沈んだら?」

「そうだとしても、手続きを踏まなければならないのが我々の仕事だ。それを飛ばしては独断専行のそしりは免れんぞ。よもや、この時雨が偉大なる7隻(グランドセブン)と知って出撃させたのではないだろうな。そうすれば、自分の鎮守府に時雨を呼ぶことができるからな。」

 

はあああ?どうしてそういう話になるのかねえ。このくそ戦艦、胸にばかり栄養をとられてるんじゃねえか。時雨を呼ぶことができる?むしろ引き取ってくれるなら喜んで差し出すぜ。

 

「どうした?図星を突かれてダンマリか?」

「よ、与作・・・。ま、まさか長門の言う通りなの?」

おいおい。俺様が黙っているのはお前の頓珍漢な推理に呆れているからじゃねえか。そこのバカ時雨もなお一層キラキラしてんじゃねえ。んな、訳ねえだろうが。バカバカしい。俺様が時雨を初期艦に呼ばなかった時点でそんな疑いなんてかけらもないじゃねえか。

「何と言われようと二人が助かる方を優先したまででさあ。やり方がまずかったっていってもねえ。やり方にこだわって、二人が沈んでちゃ意味がないでしょう?」

「ほう。お前は軍の規律よりも艦娘の命の方が大事だと言うのだな。私の前でよくその台詞を吐けるもんだ。私は規律を守らせる側の人間だぞ。」

 

規律、規律とバカの一つ覚えみたいに連呼しやがって。死にそうになる仲間がいてもそれを守れってか?

「でも、あんたも艦娘だ。仲間がやられそうなのに、規律とやらを守って沈んだらどうするんだい?」

「・・・その時はその時だ。沈んだ奴の思いを背負って生きていくだけだ。」

 

何言ってやがんだ、こいつ。沈んだ奴の思いを背負う?沈んだ奴がどんな思いかなんて、生きてる奴にわかるのかね。あいつならこう言う、なんてのは生きてる奴の手前勝手な妄想だろ?

 

「ずっと上の立場できた奴は気楽でいいねえ。下っ端は沈んでも平気だとさ。」

長門の力がますます強くなる。万力で締め付けられているみたいじゃねえか。

「そんなことは言っておらん。軍である以上規律は大事だと言っている!」

「見下ろしてないで、見上げる立場になってみるかい?」

「何だ・・・うっ!?」

力を抜いて、そのまま下にぐんと落とす!!握手のまま片膝をつく体勢となり、驚いた眼で俺様を見上げるくっ殺戦艦。おほーっ。怪我の巧妙か。胸の谷間がよく見えるじゃねえか。

「な、何をした・・・。」

「力の波を送った、ってとこかあ。見下される気分はどうだい。補佐官さんよお。何と言われようと俺様は一昨日の命令に間違いはねえと断言できるぞ。後悔がないかと言われたらありまくりだがな。」

「どういうことだ。」

「駆逐艦が増えてうるさくてかなわねえ。ただでさえ、がきんちょのお守りで苦労してるところに、養成学校時代の腐れ縁が来やがったんで、どんどんと心の平穏が失われているところだ。」

「腐れ縁ってどういうことだい、与作!」

「がきんちょのお守りなんて失礼な!」

「いい加減しれえは艦娘の見かけと年齢は一致しないということを知るべきです!」

「うるせえ!そういうのはきちんと料理をしてからいいな。時雨以外の二人ときたら、かたや気分屋で時々しか作らねえ。もう一人に関してはジャムばっかり作りやがる。どうしようもねえ。」

 

俺様の魂の慟哭に対し、ギャーギャーと反論するがきんちょ3名。その様子を見た長門は、立ち上がると、なぜかゆっくりと手を放した。

 

「ふふっ。微笑ましい光景だな。鬼頭提督と艦娘との関係がよく分かったよ。」

「どういうことですかい?」

「すまなかったな。君の提督としての考え方、艦娘との関係が知りたかった。そこの時雨と私は昔馴染みでね。色々と心配もしているのさ。まあ。入ってきたときに見た時雨の表情で大丈夫と思っていたがね。」

「じゃあ、与作の手をあんなに強く握ることないじゃないか!」

俺様の代わりに時雨が抗議の声を上げる。おお。言ったれ。言ったれ。痛かったんじゃい、ぼけが。

「それは、そのう・・。羨ましかったというか・・。」

目が泳ぐ長門。羨ましい?どこが?

「駆逐艦に囲まれているところが・・。」

 

バカか、こいつ。駆逐艦に囲まれているのが羨ましい?病気じゃねえか。

「うん。長門は昔から、その・・。駆逐艦が好きなんだ・・。」

おいおい。時雨の目からハイライトが消えてるぜ。どうも思い出したくない過去があるようだなあ。いいことを聞いた。今度そのネタでからかってやろう。

 

「全く、バカなことを言っていないでください、長門補佐官。」

うん?また一人入って来やがった。あれ。この眼鏡どこかで・・・。

「鬼頭さん、お久しぶりですね。提督候補生採用試験以来ですが覚えていますか?」

 

ああ。あの案内してくれた眼鏡女。艦娘だったのか。それにしてもぺこりと律儀に挨拶をしてくるところなんざ、駆逐艦大好きなどこぞの戦艦に爪の垢でも煎じて飲ませたいもんだねえ!

「大本営で元帥閣下の総秘書艦を務めています、大淀です。うちの補佐官がご迷惑をおかけしました。」

「お、大淀!ご迷惑とはどういうことだ。」

「この方、昔馴染みの、しかも駆逐艦の時雨さんが関わっているということで少々カッカしておりまして・・。提督養成学校の香取から大体のあらましを聞いておりますので、この通り報告書をお作りください。」

 

そう言って、大淀が渡してきたのは今回の一連の報告書の正しい書き方だ。そもそも時雨が艤装を勝手に持ち出したのと、それをそのまま出撃させたのがアウトならその話自体を都合よく書き換えちまえということらしい。

「つまり、僕がたまたま新型の艤装の実験を江ノ島鎮守府近海で行っていたところ、敵深海棲艦と交戦し、逃げる雪風達に遭遇したと。」

「ええ。そして、その艤装の威力を敵深海棲艦で実証し、江ノ島鎮守府に帰投。旧知の鬼頭提督と再会し、江ノ島鎮守府への参加を要請され受諾した、と。」

随分と都合のいい話だなあ、おい。というか、ダメ元で香取教官に頼ったんだが、あの人はそれでいいのかねえ。また、折れた教鞭を量産している気がするが。今度お礼で送っておいてやるかね。

 

「はい。提督養成学校の方はそのように要請書を書いてくれとのことでした。」

「そいつはありがたいが。大丈夫なのか?」

「ええ、もちろん。日向校長の許可も得ています。そして、時雨さんには『これまでありがとうございました。時雨さん、良い旅を』とのことです。」

「日向・・・。」

ふん。校長の野郎、なかなか気の利いたことをするじゃねえか。香取教官の分と合わせて胃薬を送っといてやるかね。鬼畜はこういうマメさを忘れちゃいけねえ。

「電話で鬼頭提督とお話しした担当者にはこちらから話をつけました。彼本人は親艦娘派であり、今回の我々の行動に対し、黙認すると言っています。面倒くさいと思われるかもしれませんが、

結局の所お役所仕事ですからね。様々なところに気を配る必要があるんです。」

おいおい。たかが無断出撃で随分とおおげさじゃないか。大本営だの、提督養成学校だのよお。

「何だ、まだ事の重大性がわかってないのだな。大淀、説明してやってくれ。」

「分かりました。」

長門に言われた大淀はどこから持ってきたのか、ホワイトボードを使いながら説明を始めた。まるで提督養成学校の講義じゃねえかよ。

 

現在、海軍には二つの大きな流れが存在する。元帥の親艦娘派と、大臣の反艦娘派だ。主流は元帥の派閥であり、反艦娘派も現状表立って行動はしていない。しかし、彼らはマスコミを使い、事あるごとに軍のスキャンダルを報道し、その力を弱めようとする動きに余念がない。特に熱心なのが、国民的英雄とも言える偉大なる7隻についての調査であり、長門自身、根も葉もない噂を流されて大変な迷惑を被ったという。

「ちなみにどんな噂を流されたんで?」

「戦艦長門、駆逐艦を誘拐する、だ。近くの鎮守府の子がいたんで、送っていっただけだぞ。」

「それは、普段の行いが悪いんじゃ・・。」

時雨の発言に皆がうんうんと同意する。

「と、とにかく、だ。時雨がこの鎮守府に着任したということは、遠からず皆が知ることになるだろう。マスコミ対策ができるようにしておくがいい。」

 

マスコミ対策だあ?そんなこと言われてもなあ。こいつら知ってんのかな。もんぷちが直す前のこの鎮守府の状況を。隙間風が酷くて散々だったんだぜ。やってきた連中に俺様の○玉でも見せつけてやればいいかねえ。まあ、手っ取り早いのは憲兵の爺に存分に働いてもらうことだな。あいつ、この頃雪風とトランプだのUNOだのばっかりやって仕事してねえからな。

 

「それと、いい加減うちの鎮守府にも間宮さんや明石を廻してもらえませんかねえ。いくら陳情しようと全くなしのつぶてなんですが。」

俺様の必死のお願いに対し、大淀は申し訳なさそうに首を振る。

「それについては、給糧艦間宮に関しては、どこの鎮守府からも要請が殺到しておりまして、現状難しいかと。今、同じく給糧艦伊良湖や潜水母艦大鯨などにも声を掛けておりますが、難航しています。」

「これは鬼頭提督とは関係ないのだが、この鎮守府が問題でな。以前ここで住民による反対運動があっただろう?そのためにここに着任したがる艦娘がなかなかいないのだ。」

ああ。そういや、憲兵の爺がそう言ってやがったな!畜生、何だって俺様はこんなくそ鎮守府に配属されちまったんだ。最悪じゃねえか。

 

「今回の我々の訪問は横須賀鎮守府への視察のついでに、昔馴染みに会いに来たということになっている。」

「何かありましたらそのようにお話しください。」

「時雨、また来る。元気でな。」

「うん。長門も頑張ってね。」

昔馴染み同士ってのは暑苦しいねえ。それにしても、長門の野郎、いい乳してるじゃねえか。無自覚なのがなんとも言えねえ。あ、こら。俺様を引っ張るなグレカーレ。

「テートク、鼻伸ばしすぎ!」

「がきんちょばかりの俺様にとっては束の間のオアシスだったのさ。余計なお世話だ。」

「あたし達だって改二になったら成長するかもよ!」

はん。時雨が改二姿でいるもんだから気になってんのか。改二だろうが、駆逐艦は駆逐艦。俺様の守備範囲外だ。

「それじゃあな、鬼頭提督。失礼する。時雨をよろしく。」

「ああ。今日はどうも。」

あんまりよろしくされたくはないんだが仕方ねえ。差し出された手を握り返すと、また力強く握り返してくる。

「だから痛いって。いい加減にしねえとあんたの乳を揉むぞ!」

「ははははは。面白い冗談だな。私の胸など揉んでもつまらんだろう。」

はあ?何この女。自分の魅力に無自覚過ぎんだろう!!

「な、長門。与作相手にその発言は危険だよ。」

「そうか?別にそんなに揉みたいというならば、揉ませてやってもいいぞ。」

 

バカが。口走りやがった。今お前は俺様の心のニトログリセリンに火を付けちまったぜエ。

「!!ビッグ7に二言は許さねえぜ!!!」

「お前がもっと活躍したらな。」

「な、長門!!大淀、急いで出してくれないかい。」

ぐいぐいと車の中に長門を押しやろうとする時雨。大淀もそれに同調する。

「はい、乗ってくださいー。もう少しご自身の魅力に気付いた方がよろしいですよー。」

 

長門と大淀がいなくなった後、なぜか俺様の方をジト目で見る駆逐艦3人。

「しれえの目が露骨過ぎます・・。」

「あたし、この鎮守府に来て、初めてテートクが上機嫌なとこ見たわ。」

「与作、何度も言ってるだろう?ああいうところだよ。自重しないと!」

 

全くうるせえぞ。くそ駆逐艦どもが。それよりもだ。給糧艦間宮の着任が見込めない以上、自力でどうにかするしかなさそうだぜ。

「自力ってどうするんだい?」

「もちろん、建造よ。」

「ええっ!テートクまだ諦めてなかったの。うちの鎮守府の建造ドックおかしいじゃん!」

そのドックから出てきたのがお前たちなんだがなー。

「絶対大丈夫じゃない気がしますー。」

このビーバーめ!そこはいつものお前の口癖で大丈夫って言えよ!!

「すりぬけくんよお。お前って沼を攻略してやるぜえ!」

 

 




登場人物紹介

与作・・・・・ようやく現れた戦艦に文字通り心が洗われた。その余波を活かし、建造沼へと立ち向かうことを決意する。
時雨・・・・・長門の胸ばかり見る与作を気にし、牛乳をたくさん飲もうと決意。
グレカーレ・・与作の決めた鎮守府秘書官担当表に単独で名前が無く激怒。(月・火・水がなしで、火が時雨木がグレカーレと雪風の交代)雪風となしの日に殴り込みをかける。
雪風・・・・・同じく、初期艦なのになぜ交代なのだと激怒。なしの日に勝手に時報を言う、執務室に押し掛けるなどする。
すりぬけくん・『すりぬけくんは力を溜めている・・』


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第十八話「時雨建造す。」

かなり迷いましたが、結局この船になりました。種十号先生の鎮守府目安箱は何度読んでも楽しいバイブルです。未読の方はぜひおすすめいたします。


ぐっども~にんぐ。運命の朝が来やがったぜえ。昨日の余勢を駆って、今日は朝から建造祭りよ。

長門達が帰った後、親方に建造ドックが使えるのは確認してある。ついに、俺様好みの艦娘を着任させるときが来たぜ。思えばビーバー雪風の建造に始まり、お喋りグレカーレ、ついでに建造されてないが、なぜかやってきやがった元ペア艦の時雨と言い、なぜか来るのが駆逐艦ばかり。呪われてるかもしれねえと、江ノ島神社の宮司にお祓いを頼もうとしたが。なぜかうちの鎮守府の名前を聞いて、電話を切ってやんの。おいおい。前の提督が何かやんちゃでもしたのか?仕方がねえから、あの手を使うしかねえ。

 

「僕が建造するのかい?」

時雨はそう言うと、小首を傾げてこちらを見る。どういう意味か知りたそうだから教えてやる。

これはなあ、与作流ガチャ必勝法よ。

「与作流ガチャ必勝法?そもそもの話、そのガチャって何だい?」

「幾多のソシャゲゲーマーを課金地獄へと落としていった悪しき文明の底無し沼よ。一度ハマるとなかなか抜け出せねえ。」

「あ・・。以前手が借りたいって言われて、スマホをタッチさせられたあれかあ・・。」

 

おいおい。何だ、時雨この野郎。心底呆れたって面をしやがって。いいか。ガチャにはな、法則があるんだよ。

 

「法則?」

「ああ。狙っていると出ねえ。」

「どういうことだい。普通狙うからガチャを回すんだろう?」

こいつ・・正論を吐きやがって。だがな、この大宇宙にはそうした正論がまかり通らないことがあるんだよ。

 

「お前は知らねえんだ。物欲センサーの恐ろしさを・・。」

「物欲センサー?」

「ああ。こいつが来て欲しい、来い来いと願う気持ち、電波の総称だ。こいつが強すぎると、ガチャの回路に支障を来たし、途端に欲しいものが来なくなる・・。そいつを超えるためにはセンサーを発動してない奴が回すしかない・・。」

 

心を無にし、ガチャをひたすら回す。ガチャ道の修羅にとっては、この心を無にするのが難しい。そのため、200回以上回し、人の世の虚しさを感じ始めてその境地に達する者や、全く関係ない奴に回してもらう者もいる。俺様は効率的な面から後者だがな。

 

「はあ・・。まあ、分かったよ。」

不承不承頷く時雨。ふん、お前だって俺様のストレスの元なんだからな、少しは役に立ちやがれ。偉大なる7隻なんて大層な名で呼ばれているんだったら、大いに期待するぜ

 

「とにかく、だ。これよりOGKKP(俺様好みの艦娘建造プロジェクト)の二回目を決行する!!」

 

工廠に集まったのはいつもの駆逐艦3人に俺様。あれ?もんぷちがいなくねえか。親方、もんぷちはどうしたんだよ。俺様の質問に親方ではなく、近くにいた工廠妖精が答える。

『前回勝手に女王が持ち出した零式水上観測機、親方のコレクションだったんですよ。激おこで工廠の手伝いをさせているんです。』

『女王!!早く資材を持ってきて!!』

『は、はい。ただいま!』

親方のどなり声にぱたぱたとやってきたもんぷちはいつもの白い帽子にセーラー服ではなく、工廠妖精の服にヘルメットをかぶっていた。随分とすすだらけになっちまってまあ。

 

「親方、こいつもそろそろ反省しただろ?許してやったらどうだ?」

『て、提督!!』

おやおや。泣いていやがるぜ、こいつ。まあ付き合いもそこそこあるし、雪風達が助かったのはこいつのお蔭でもあるからな。

『提督は女王に甘すぎますよ!!この人すぐ調子に乗るんですから。』

『そうそう。相変わらずつまみ食いをやめないし。』

『ぎくっ!!っていうか。誰です、今言ったの。情報源を特定しないと・・。』

「やかましい!!とにかく、だ。親方。すりぬけくんの調子はどうだ。」

 

目の前にそびえ立つ、我が鎮守府唯一の建造ドックであるすりぬけくん。その名前は微妙に俺様の好みから外すそのせんすからだが、数日間に及ぶ修理の結果、今日ようやく建造がかなう運びとなった。大役を担うすりぬけくんに俺様は近寄り声を掛ける。

 

「分かっているんだぜエ、すりぬけくん。お前の実力ってのをよぉ。どこの世界に初建造で雪風を当てて、その後、通常絶対建造されないというグレカーレが建造されるものか。お前の実力さ。間違いなくな。」

 

建造ドックを撫で、語って聞かせる。ム○ゴロウ戦法だ。

 

「だがよお。俺様の好みとはちいとばっかし違うようなのさ。お前が頑張っているのは分かる。だが、その頑張りをちょいと俺様の好みの方向に寄せてほしいのさ。っとおおっと。」

 

よろけた俺様のポケットから小銭が飛び散る。

 

「あっ、何やってるんですか。しれえ。」

「もう、しょうがないねー。」

「変に気合が入り過ぎだよ・・。」

 

駆逐艦娘3人と、妖精たちがわらわらと小銭に群がる中、それとなく俺様は建造ドックの中に持ってきたブツを入れる。

 

「はい。気を付けなよ、与作・・。ところで、今建造ドックの中に何か入れなかったかい?」

こいつ!!やっぱり油断がならねえ。あのタイミングで気付くかね、普通。だから、お前を呼ぶのは嫌だったんだよ。

 

「ああ。おまじないみたいなもんだ。さっきのガチャの話になるがな。あまりに当たらないとオカルトに走る連中がいてな。ゆかりのある土地だの道具だのを触媒にガチャを回す奴がいるんだよ。」

「ということは?」

「ああ。俺様好みの艦娘が来るよう触媒を入れたのさ。おおっと開くんじゃねえ。」

「一体何を入れたんだい・・・。」

 

ジト目で俺を見てくる時雨だが、開けはしねえし、教えもしねえ。以前こいつがすり替えて、後から送られてきた『留美子35歳』のDVDだと言ったら、今度は叩き割るかもしれねえからなあ。

 

「とにかくだ。呉の雪風はダメだった。佐世保の時雨の奮闘に期待する!!」

「雪風はダメじゃありませんよ!!」

「そうよ。あたしは普通当たりよ!!」

「やれやれ。建造ドックを回すなんて本当に久しぶりだね。それじゃあ、与作の希望通り、戦艦が出やすいというレシピでいくよ。400/30/600/30、それで、建造っと!!」

 

時雨が勢いよくレバーを引くと出た数字は0ばかり。

 

「00:00:00?どういうこった。」

 

ぶいーーーーーーーん。ぷしゅーーーー。

 

黙々と煙は出るもののうんともすんとも言わないすりぬけくん。

「はあ?建造ドックが開かねえぞ。どうなってんだ?建造成功したのか?」

「いや、失敗したみたい。資材が吸われてる・・・。」

「はあ?直ったんじゃねえのかよ。ちょい、待ち。なあ、すりぬけくん。確かにカスみたいな礼装はいらねえぞ。だがよ、資材を使っているからには結果を残さねえとだめだ。そうだろう?」

『全く、これだから、工廠妖精は!!私に任せなさい‼』

 

おい、なんだ。もんぷちお前まで建造ドックの中に入っていって。なあに。もう一度回せだあ?また資材が吸われるんじゃないか?

 

『大丈夫大丈夫!!私がついてますよ!』

『ああ、ちょっと!女王!!勝手にいじくらないで!!』

だからこそ、心配なんだがな。まあいい、もうしょうがねえ。鎮守府を再生した時のお前の手腕にかけるぜ。頼むぜ、時雨!

「ふうっ。了解。」

おい。ため息つきながら回すんじぇねえ。ツキが逃げるだろ。

 

がちゃん。ぶいーーーーん。建造ドックのスロットが回り、建造時間を表示する。おおお!!今度はきちんと表示されてるぞ。で、肝心の時間は・・。

 

「00:13:13?何だ、この時間・・・。」

 

まるゆが17分、睦月型が18分だぞ。13分で建造されるなんて、聞いたこともねえ。まあいい。賽は投げられた。後は結果を見るだけさ。待っている間、好きにしていていいぞ。何だ雪風。はあ?トランプがやりたい?知るか。俺様はやらねえぞ。時雨とでもやってればいいじゃねえか。幸運艦同士、どちらが強いか決着をつけるのも楽しいぜエ。くっくっくっく。

 

「・・・・すごかったね、テートク。」

「ああ。煽っておいてなんだがよ。歴史的な勝負の立会人になった気分だぜ。」

 

まさか、あのトランプの鬼雪風と互角に戦える奴がこの世にいようとはな。一進一退のババ抜き勝負がまさかここまでもつれるとは思ってなかったぜ。

 

「やるね、雪風。さすがに呉の雪風の名は伊達じゃないね。」

「時雨ちゃんこそ。佐世保の時雨、いまだ健在ですね!」

俺様達がけちょんけちょんにやられた雪風と互角に戦うとは、さすがに偉大なる7隻ってとこか。

 

「2対2の同点です。もう一勝負行きましょう!」

「引き分けでやめておこうよ。」

「ええーー。まだやりたいです!!」

「こらこら!もうタイマーが止まりそうなんだから、そこで止めときなさいよ。また提督にトランプを没収されるわよ!」

 

どうも雪風の野郎はトランプのことになると目の色が変わるな。全く誰があいつにトランプを教えやがったんだ。

「え?しれえじゃないですか!」

ふん。そんな昔のことは忘れちまったよ。とりあえずだ。お仲間さんを迎えに行くぞ!!

 

ちーーーん。ぷしゅーーーー。

 

さあ、運命の瞬間だ。頼むぜエ、すりぬけくん。触媒まで用意したんだから、俺様の好みはご存じだろう?巨乳・人妻だぞ。巨乳・人妻。頼むぜ。がきんちょじゃなくて、母親世代だからな!!

 

もくもくと白い煙の中から姿を現す、俺様の好みの艦娘。ようこそ、江ノ島鎮守府へ。お前の着任を歓迎するぜ!!ん?金髪ってことはまーた、海外の艦娘か?それに何だ、ありゃ。網だと?

 

「お疲れ様です。Fletcher級駆逐艦ネームシップ、Fletcher、着任しました。マザー、ですか?

いえいえそんな・・・。皆さんのお役に立てるよう頑張ります!」

 

目の前に立つ金髪にカチューシャを付けた駆逐艦娘。通常ならばすぐにチェンジと叫ぶところだが、今回は事情が違う。

「く、駆逐艦、だと・・。」

「はい。提督、どうされましたか?あっ。このNetですか。これは色々な使い方をしまして・・。」

 

違う。そうじゃない。こいつ、本当に駆逐艦なのか?何だ、その巨大な持ち物は。だ、ダメだ。思考が安定しねえ。陽炎型に浜風だの浦風だの発育がいい駆逐艦がいるってのは艦娘型録で知っているが、何だこいつの圧倒的な癒しオーラは。

 

『フレッチャーさんは100隻以上の姉妹艦を持つネームシップで、船の時代からマザーと言われてましたからね。どうです、提督!!今度こそお望み通りの建造でしょう!!』

 

胸を張るもんぷちだが、分かってねえな、こいつ。

「あのなあ、もんぷち。いくら胸がでかくてもお子様駆逐艦じゃ意味ねえんだよ。俺様の好みは伝えておいただろう。」

 

『ええーっ。そんな贅沢な!!フレッチャーさんは激レアなんですよ!グレカーレさ

んともタメを張るくらいなんですから!』

違う、違うんだ。もんぷち。レアの問題じゃねえんだ。

 

「バカ野郎。例えていうならピックアップ召喚で欲しい星4じゃなくて、欲しくもない星5が来たようなもんだぞ。」

 

確かに巨乳で母親属性があるかもしれねえ。でも、なんでよりによって駆逐艦の方向にもっていくかねえ。すりぬけくんよお。なんでお前はそう気分屋なんだ。それとも駆逐専用建造ドックとかじゃねえよな。

 

「あの、提督・・。私下がった方がよろしいでしょうか。なんだかその・・、申し訳ありません・・。」

 

すまなそうにこちらを見てくるフレッチャー。おい、何だこいつ、普通に常識人かよ。鬼畜モンを目指す俺様のなけなしの良心をえぐってきやがる。

 

「与作、いくらなんでも酷いよ!!建造なんて運なんだから仕方がないじゃないか!」

「そうよそうよ。そんな酷いテートクなんて、網でぐるぐる巻きにして海にポイと投げちゃえ!!」

「しれえ、酷いですー!」

 

ポカポカと俺様を叩いてくる駆逐艦一同。ああうざったい。おう、そうだ。気を取り直して重要なことを聞かないといけねえ。じゃれつく駆逐艦どもを退けて、フレッチャーの方を向く俺様。

 

「おい、フレッチャー。一つ大事な質問なんだが。」

「はい、提督。何でしょう?」

 

微笑みを浮かべてこちらを見るフレッチャー。こいつ、すごいぞ。ロリコン属性じゃない俺様が引き込まれるだと?

「お前、料理はできるか?」

「はい、お任せください。これでも姉妹艦の面倒を見てきたんですよ!」

「お前の着任を歓迎する!!ようこそ、江ノ島鎮守府へ!」

 

がっしりと力強い握手をフレッチャーとかわす。なんだよ、すりぬけくん。お前、最低限の仕事はしてくれてたんじゃねえか。最高だぜ。

「もったいないお言葉ありがとうございます。もうお昼になりますから、それでは、早速フレッチャー特製BLTサンド、ご用意させていただきますね!」

 

にこにこと笑みを浮かべるフレッチャー。なんだ、こいつ。言葉の端々からいいところのお嬢様感を感じるぞ。

「おいおい。こいつはすげえな。当たりじゃねえか。」

駆逐艦だけど。って、こらグレカーレ。俺様を蹴るな。

 

「だって、テートクがデリカシーがないんだもん。当たりとか外れとか。レディに失礼じゃん!」

「俺様に気を遣って欲しけりゃ料理の一つも覚えるんだなあ。」

いつまでたっても気まぐれに作ったり、ジャムの一つ覚えだったりするんじゃ仕方がねえからな。

「ふん、だ。分かったわよ。練習してテートクをぎゃふんと言わせてやるんだから。」

「雪風も頑張りますよ!しれえ、期待していてください。」

 

ほいほい。まあ、うすーい期待をしておこう。お子様どもはどうせすぐ飽きるだろう。それより何だ、時雨。さっきから腕組みして考えこんで。

「うん。どれだけ牛乳を飲めばいいのかなってね。」

何だ、改二以上に成長したいってかあ。さあね。とりあえず牛乳以外にもタンパク質でもとっておいた方がいいんじゃねえか。

「タンパク質か・・。うん、わかったよ。」

 




登場人物紹介

与作・・・・・・自らが守ってきたアイデンティティを揺るがしかねないフレッチャーの破壊力に戸惑い気味。
フレッチャー・・提督に嫌われていると思っていたが、料理を褒められ、誤解が解ける。
グレカーレ・・・とりあえず憲兵さんに買ってもらった日本食のレシピを日々こなそうとしている。
雪風・・・・・・グレカーレと共に、料理を練習中・
時雨・・・・・・たんぱく質がとれる食品を検索。とりあえず大豆製品を多くとるよう心掛ける。


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幕間④ 「ある日の提督グループライン3」

マザーフレッチャー着任の反響が多くびっくりしています。
というか、あの水着、反則ですよね。


[提督養成学校第16期A班】2週間経ったけど、仕事どお?【鎮守府も書いてね】

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  みんな、2週間お疲れ!!今どんな感じ?俺はようやく鎮守府の近海から南西

方面に向かう感じかな。

 

コンソメ:呉鎮守府

  同じくらいかなあ。潜水艦狩りが楽しくて、あんまり新しい海域解放してないん

だよな。とにかく、うちの那珂ちゃんと新規加入の五十鈴が優秀すぎる。

 

マーティー:単冠湾泊地

  うちはまだ鎮守府近海で足止め中。曙と電がけんかしちゃってね。仲裁を買って

出てくれた潮と名取も困ってたよ。ロリコンの所は?

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

 うちはやたら好戦的な連中ばかりだからな。南西方面に進出してるよ。そんなことより、K氏の話を聞いたか?なんでもあの時雨がK氏の元に着任したらしいぞ!

 

マーティー:単冠湾泊地

  あ、それな。聞いた聞いた。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  マジか!!白露型会できるじゃん!!関係深いからうちの由良に司会をしてもらおう。

 

コンソメ:呉鎮守府

  その話、うちの鎮守府って結構でかいんだけどさ、相当な噂になってるぞ。あの時雨って実はめちゃくちゃすごいらしい。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  何がすごいんだ?オラわくわくすんぞ!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  黙ってろ、ロリコン。こっちには情報が流れてねえ。なんだよ、教えてくれ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  あの時雨、実は偉大なる7隻(グランドセブン)のうちの一人らしい・・・。

 

マーティー:単冠湾泊地

  !!!!!!!!!!!!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  嘘だろ!?偉大なる7隻(グランドセブン)って実在したのかよ・・・。もし本当なら、白露型の生ける伝説だぜ!白露型会名誉会長を是非引き受けてもらわねば。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  し、信じられない・・。うちのアホ空母と交換してもいいと、K氏は何度も言ってたぞ!

 

コンソメ:呉鎮守府

  知らなかったんじゃないの?俺全然気づかながったし。

 

マーティー:単冠湾泊地

  そりゃそうだろ。艦娘養成学校出の艦娘と偉大なる7隻(グランドセブン)じゃ釣り合わんわ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  知ってたぞ。秘密と言われたんでな。言わなかっただけだ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  英雄降臨!!おっさん、すごすぎます・・。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おっさん!!あんた、すごいですよ。偉大なる7隻(グランドセブン)を着任させるなんて!!今度会いに行かせてください!絶対うちの子達喜びますよ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  随分なはしゃぎっぷりだな、おい。そんなに興奮することかねえ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  むしろ、K氏の平常運転ぶりがおかしいですよ!!偉大なる7隻(グランドセブン)の中での貴重な駆逐艦ですよ!全世界の時雨ファンを敵に回しますよ!!!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  そいつらに預けてやってもいいんだがね。普段のあいつは口うるさいガキだぜ。なんどあの野郎の三つ編みを引っ張ってやったか分からねえ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ええ!怒らないんですか?うちの夕立、機嫌が悪い時に触ろうとすると噛みますよ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  なんだそりゃ、犬か。別に怒らねえよ。

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  ぐぎぎぎぎ。羨ましすぎる。俺も夕立に噛まれたい・・。

 

コンソメ:呉鎮守府

  そっちかよ!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  俺としては、同じ偉大なる7隻(グランドセブン)でも、長門補佐官の方がいいね。あのくっ殺系美女は非常にそそるもんがあるぜ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ああ、確かにおっさんはそっちの方が好きそうですね。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  うん。同意。

 

マーティー:単冠湾泊地

  あの後おっさんの趣味に合う艦娘探したんですけど、難しかったですね。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  そうかあ。巨乳・人妻系ってだけだぜ。シンプルだろ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  K氏もロリの良さを覚えていただければ、完璧なんですがねえ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  他人の趣向にけちをつけるつもりはねえが、青い果実が好きな奴もいれば熟した実が好きな奴もいるさ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  うーん。思いつくのが間宮さんしかいない・・。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  それは俺も考えた。後は誰だろう。戦艦陸奥?金剛型?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  まあ、及第点だがそいつらは若妻系だな。陸奥は若干人妻よりだが。

 

マーティー:単冠湾泊地

  任せてくださいよ、おっさん。伊達に前回から暇な時に艦娘型録眺めてた訳じゃないですよ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ほお。言うねえ。誰だい?

 

マーティー:単冠湾泊地 

  戦艦扶桑です。扶桑型の。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  おおっ!こいつはいい。未亡人系じゃねえか。いかにも不幸でございって顔つきがそそるなあ。ぞくぞくするぜ。喪服未亡人系戦艦・・。たまらねえ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  すげえな、マーティー。よく当たったな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ただ、それ以外が分からん。うちの鎮守府の艦娘型録古くてな。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  いや、努力は買うぜ。建造が上手くいかずイライラしていたところだったからな。いい情報をありがとよ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  えっ!?また建造したんですか?

 

コンソメ:呉鎮守府

  なんか建造ばかりしている感じがするんですけど。出撃とかしてますか?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  この間鎮守府近海に雪風とグレカーレを出撃させたら、ぼろぼろになって帰ってきやがってな。しばらくは時雨との演習で鍛えることにした。 

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  ぼろぼろ!!うらやましいいいい。その場にいたかった!!!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ダメだ、このロリコン・・。それで、建造したんですよね。誰が建造されたんです?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  艦娘型録持ってるか?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  あれ?デジャブ?前もこの流れじゃなかったか。今日は持ってますよ。

 

コンソメ:呉鎮守府

 俺も。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  準備OKです!どきどきわくわく!!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  駆逐艦のフレッチャーって奴だ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ごめん。載ってない。誰か教えて。でも、フレッチャーって聞いたことあるな。海上自衛隊に配備されてたとか。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  うそでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 

コンソメ:呉鎮守府

  信じられない。本当ですか?本当なんですよね。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  え?何これ。どっきりですか?あり得るの?

 

マーティー:単冠湾泊地

  おいおい。分からんから説明してくれ。やばいのか。やばいってのは伝わるが。

 

コンソメ:呉鎮守府

  やばいどころの話じゃないぞ。フレッチャーって言ったら、アメリカ駆逐艦娘の母と言われている駆逐艦でな。この間の大規模作戦の時もアメリカがその威信にかけて捜索隊を出した程だぞ!!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  当然、ドロップでの報告しかない。その大規模作戦の時だって、フレッチャーを探すために、アメリカは莫大な国家予算をかけたって話だぜ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  我々ロリコン界に残る名言が生まれた時だな!

 『いるかどうかも分からない駆逐艦に莫大な予算を投じるなど正気ですか!』

  と問われ答えた時の大統領を俺は一生忘れないね。

         『それでもママは存在する!!』

  そこに痺れる!憧れるぅ!!雷ママ、夕雲ママに続く、第三の甘やかし系ママとして認識されてはいたが、都市伝説並みにその話を聞かないので、実在を疑われていたほどだ!!まさか、実在するとは・・。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  幽霊じゃあるまいし。一昨日から早速料理を作ってくれてるが、さすがに手際が

  いいぜ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  うーらやましーい!!!駆逐艦の手料理なんか最高じゃないですか。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  そんなに欲しいならジャムだったらやれるぞ。雪風のバカが作り過ぎてな。余ってるんだ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  全部ください!言い値で買います!!雪風ちゃんの手作りなんて!!K氏一生ついていきます!!できれば、写真もつけてください!

 

マーティー:単冠湾泊地

  相変わらずロリコン必死だな。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  うるさい。お前たちのように持っている人間には持たざる人間の苦悩が分かるま

い・・。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  金はいい。それじゃあそっちの旨い米でも送れ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  了解です!魚沼産の美味しいお米送りますよ!ぜひフレッチャーママにも日本の味を食べさせてあげてください。いやあ、K氏のお蔭でテンションが回復しました。ここの所、瑞鶴のブートキャンプが厳しくて・・。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  相変わらずすごいなあ。後神通と龍田だっけ。お前もおっさんとは別な意味で引

きがすごいよな。厳しい艦娘ばかりじゃん。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  それだけじゃないぜ。つい二日前には摩耶が建造された・・・。

 

コンソメ:呉鎮守府

  提督にとって当たりが強い奴ばかりじゃないか。呪われてるんじゃないの。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  当たりが強くったって、駆逐艦なら我慢できるんだよぉ。霞ママとか、ぼのたん

とか満潮たんとかに罵倒されるのなら一日だって聞いてられる。

 

マーティー:単冠湾泊地

  色々こじらせてやがるな・・。でも、一度演習で会ってみたいですね。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  それな!!うちの娘たち、おっさんところの時雨に会ったら喜ぶだろうな。お願

いしますよ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  まあ構わんが、もう少ししてからだな。フレッチャーも着任したばかりだし、雪

風とグレカーレももう少し鍛える必要がある。それじゃ、抜けるぞ。がきんちょ二人が和食を作るから味見しろってうるさくて仕方がねえからな。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  うらやましすぎる・・。なんですか、そのロリ充生活・・。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  あほ。うらやましいもんか。間宮も明石もいないんだぞ。このおんぼろ鎮守府。

 

コンソメ:呉鎮守府

  ええ?そんなことあるんですか。うちが大所帯だからかなあ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  いや?うちもいるぜ。間宮さんじゃなくて伊良湖さんだけど。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  うちは両方いる。遠いから配慮してんのかな。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  うちも間宮さんいますよ。明石はいなくて夕張だけど。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  はあ?どうなってんだ。やっぱり、この鎮守府のせいか。くそが。もう一度大本

営に鬼電してかけあってやるか。それじゃ。抜けるぞ。

【おっさんがログアウトしました】

 

コンソメ:呉鎮守府

  おっさん、全然気にしてないみたいだけど、普通に偉大なる7隻(グランドセブン)がいるって分かったら、マスコミがやばいよね・・。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  こっちには聞こえてこないけど、艦娘同士のネットワークだと案外もう色々と広

まっているかもな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  おまけにフレッチャーもグレカーレもいるんだろ?おかしいでしょ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  K氏の所で建造させてほしいなあ。うちの建造ドックと交換してもらえないかなあ。夢の駆逐専用建造ドック・・。

 

マーティー:単冠湾泊地

  まあ、言ってもまだ3隻だからな。専用かどうかは分からんよ。駆逐艦が3隻建造されるなんて普通にあるからな。

 

コンソメ:呉鎮守府

  まあ、そりゃあるけどさ。でも、普通は睦月型とか、朝潮型とか陽炎型とかだろう?なんでドロップでしか確認されてないような船ばかり出るんだよ・・。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  安心のおっさんクオリティだろ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  それな、分かる分かる。あの人だったらあり得そうなんだよなあ。さすがは我らがリーダー。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  そうだな。うちのバカ空母はK氏との仲を考えるようにとほざいていたが。なぜ俺の心のオアシスを手放さねばならん。単細胞の貧乳空母め。

 

【ロリコン紳士がログアウトしました】

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おっ。逃走準備に入ったか。毎回逃げてるな、あいつ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  うちの吹雪もおっさんのこと気にしてたなあ。どんな人ですかって。

 

マーティー:単冠湾泊地

  あれ?うちの電もだよ。一度会ってみたいとか言ってたけど。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  うちの夕立は言ってないな。養成学校時代から知っているから。鬼頭提督の方が夕立よりも狂犬っぽい。とかよく言っている。

 

コンソメ:呉鎮守府

  夕立を恐れさせるってすげえな。いつか合同演習するのもいいかもな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ああ、それな。賛成。おっさんのところのレア艦娘見てみたいよ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  白露型会を同時開催するしかない。楽しみだな。

 

コンソメ:呉鎮守府

  お前、いつもそれだな。それじゃな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ふむ。お互い頑張ろうぜ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  じゃあな、体に気をつけろよ!

 

【コンソメがログアウトしました】

【マーティーがログアウトしました】

【ソロモンの悪夢がログアウトしました】

 




各鎮守府の艦娘編成一覧(一部出ていない艦娘もいます。一番左が初期艦)


呉鎮守府・・・・吹雪・那珂・五十鈴・飛鷹
単冠湾泊地・・・電・曙・潮・名取
パラオ泊地・・・夕立・白露・由良・祥鳳
佐渡ヶ島鎮守府・瑞鶴・神通・龍田・摩耶
江ノ島鎮守府・・雪風・グレカーレ・時雨・フレッチャー

登場人物紹介

与作・・・・・フレッチャーの余りの癒しのオーラ力に己の鬼畜オーラが徐々に弱まりを見せているのを感じ、密かに焦っている。
フレッチャー・着任して二日にもかかわらず、与作もびっくりの働きぶり。炊事・洗濯・掃除にグレや雪風の面倒を見るなど痒い所に手が届く、まさにマザー。
時雨・・・・・フレッチャーの有能さに、秘書艦の座が危ういと感じている。
織田・・・・・雪風の作ったジャムを家宝にしようと冷凍保存する。約束通り、米ソムリエが厳選した魚沼産コシヒカリの極上品10万円分を江ノ島に送る。


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第十九話「マザーフレッチャーの脅威」

マザーは強いです。鬼作をプレイされた方は桃子さんより天使だとお考えください。



ばっども~にんぐ。

 

フレッチャーが着任して3日経ったが、正直言おう。俺は奴を侮っていた。これまでこの鎮守府に着任した連中は、大なり小なりがきんちょっぽさがあり、俺様も仕方なしに保父さんという立場に甘んじてきた。ところが、奴ときたら着任初日にいきなり大掃除を始めるや、翌日には何も言わずに全員の分の洗濯をしていやがった。時雨が来る前は俺様が主な当番だった料理すらも、「フレッチャーにお任せください!」とにこにこと言われた日には任せるしかないだろう。マスコミ対策をどうするかと考えている時もそうだ。通常業務の書類なんぞ後回しにしていたんだが、こいつときたら、

 

「あ、この書類。先ほど処理しておきました。ご迷惑でしたか?」

 

などとさりげなく俺様の机に書類を置いてくる。とにかくすること全てにそつがなく、嫌みがない。何だ、こいつは。俺様は間違って天使を引いちまったのか?

 

これまでいた連中との仲も悪くない。雪風やグレカーレなんかは姉とも母とも慕っている。時雨なんかは秘書艦担当の日をフレッチャーだけ二日にしたことにぶつぶつ文句を言っていたが、料理を習ったり、色々と悩みの相談に乗ってもらったりしているようだ。

 

「それはこうしたらどうでしょう。ふふっ。上手ですね。」

「成程。よく分かりました!ありがとうございます!」

今も事務仕事が苦手な雪風に、当番でもないのに秘書艦業務を教えている。とにかくこいつ、いつ寝てるんだろうってくらいよく働くのに、微笑みを絶やさない。

 

「どうも面白くねえ。」

『何が面白くないんですか?提督』

執務室から出て、廊下で軽く伸びをする。ふよふよと付いてきたのはこの鎮守府最古参。ある意味で俺様と一番付き合いの長いもんぷちだ。こいつになら話せるかもしれんな。

 

『ええっ!?フレッチャーさんの笑顔が気になる?』

「そうだ。考えてもみろ。聞いた話じゃアメリカ軍が総力を挙げて探していた奴だぞ。こんなちんけな鎮守府にいて満足な筈がない。」

 

なのに、あいつときたら何が楽しいのか常に笑顔でにこにこしてやがる。付き合いが長い時雨だってため息をついたり、怒ったりするのにあいつには沸点と言うものが存在しないように思える。

 

「そんな奴いるかあ?何か裏に隠しているに違いない。」

『普通に性格がいいのだと思いますけど・・。』

「ふん、そう見せている奴に限って裏があるんだ。そこで、だ。俺様は考えた。」

名付けてフレッチャーぷんぷんプロジェクトだ。FPPと名付けよう。

『相変わらず微妙なネーミングセンスですね・・。』

「やかましい!お前も手伝ってもらうぞ!」

 

FPP:NO1「料理に文句をつけた場合」

昼食時、サンドイッチを出してきたフレッチャーに対し、文句をつける。

「毎度毎度パンだと飽きがきてしかたねえ。冷やし中華はできねえのか。」

「与作、わがままはいけないよ。せっかく作ってくれたのに。」

 

時雨の奴がたしなめやがるが、俺様は止まらない。

 

「いや、今日の昼は冷やし中華の気分だったんだ。冷やし中華じゃなければ俺様は食わねえぞ!」

「テートク、子どもじゃないんだからさあ。フレッチャーさんを困らせちゃだめだよ。」

おいおい。がきはお前らだろうが。まあいい。ここまですりゃさすがのフレッチャーも困り顔になるだろう。って・・・ならねえだと?

 

「すみません、提督。お口に合わなくて。しばらくお待ちくださいね。すぐ作りますから。」

「えっ!?お、おい!!」

 

15分後。中華料理屋の物かと見紛う冷やし中華が笑顔で振るまわれる。

 

「提督、他にお好みの物があったら教えてくださいね!お作りしますから。」

「お、おう・・・。しいていうならハンバーグか・・。」

 

一口食べて衝撃が走る。旨いじゃねえか、こいつ。

 

「しれえの冷やし中華美味しそうです・・。」

「ふふ。それじゃあ、明日、雪風ちゃんは冷やし中華にしましょうか。あ、提督。サンドイッチ、私後で食べますので、残しておいてください。」

「ふんっ。こんな少ない冷やし中華だけじゃ足りるもんか。後で小腹が空いた時用にもらっていくぜ。」

「そうですか、ありがとうございます。それではこのランチボックスに詰めておきますね!」

「・・・・」

 

FPP:NO2「目の前でいきなり着替え始めた時」

 

 昼食を終えての午後の執務に入る。時雨とグレカーレは訓練中。雪風は相変わらずフレッチャーに秘書艦業務を教わっている。どうでもいいが、着任はお前が一番なんだぞ、初期艦よ。雪風がいるがまあいい、ここで仕掛けるか。

「ああ~暑い暑い!今日は暑くていけねえぜ。」

上半身裸になる俺様に雪風は顔を真っ赤にする。

「ちょ、ちょっとしれえ!?ここはお風呂じゃないですよ!」

くっくっくっく。これこれ。これが普通の反応だぜ。

「うるせえ奴だな。ちょっとぐらいいいじゃねえか、なあフレッチャー。」

 

さあて、どうくる、マザーフレッチャー。恥ずかしがって目をそらすか、それとも雪風みたいに怒るか・・。って、なんだあ、お前のその微笑みは。

 

「ふふっ。提督、暑いのは分かりますが、風邪を引いてしまいますよ。こちらでどうぞ汗をお拭きになってください」

 

照れもせず、タオルを差し出してきやがった。な、なんなんだこいつは・・。時雨やグレカーレでも雪風と同じ反応をするはずだぞ。

 

「さっき洗濯物を畳みましたので、そちらをどうぞお召しになってください。こちらのシャツ等はお預かりしますね!」

すぐさま洗濯に向かうフレッチャー。その顔には微塵も面倒くさいなどという思いは見当たらない。

 

FPP:NO3「大事なものを壊されたと知った時。」

ふよふよと来たもんぷちが俺様に耳打ちして見せる。

「なんだと?フレッチャーの網が切れただあ?」

フレッチャーが持ってきた網、自分でNetだのというぐらいだから相当大事なもんなんだろう。そいつがもし、わざと切られていたら?さすがのフレッチャーも怒るだろうぜ。

 

「えっ?本当ですか?」

さすがに焦ってやがるようだぜえ。そりゃそうだよな。大事なもんが壊されたらそりゃ怒るだろう。

 

「ああ。なんでも妖精達が遊んでいて壊しちまったみたいだぜ。」

工廠へ向かうとそこには何人かの工廠妖精とぼろぼろになったネットの姿。

 

「ああっ。私のネットが!」

 

くっくっく。これこれこれ!さすがの俺様もこいつのネットを切るのは憚られるから、もんぷち達に頼んで用意してもらった偽物だがよく似ているじゃねえか。よし、追撃だ。

 

「お前ら、これをふざけて切ったんだって!とんでもねえ奴らだ!!」

『ごめんなさい・・。』

 

工廠妖精の迫真の演技。いいぜえ、お前ら。後で出演料の金平糖をはずんでやろう。

 

「フレッチャー、びしっと怒った方がいいぞ。」

わざわざ怒りやすい場面をこしらえてやったんだ。お前も怒りやすいだろう?

ってなんだ、その表情は?妖精たちの頭を撫でているだとお?

 

「他人の大切な物で悪戯してはいけませんよ。物は壊れても直りますが、その人が大切にしてきた思いはなかなか治りません。気を付けてくださいね。」

『はい・・ごべんなざい・・。』

 

ちょい、待て。あいつらガチ泣きじゃねえか。嘘だろ。どう思う、もんぷちってお前もか!

『て、提督に言われて・・。これは本物じゃないんです・・。』

この野郎!俺様を裏切りやがった。だが、怪我の巧妙だぜ。ここまでされればさすがのマザー様も怒るに違いねえ。ひっひっひ。怒った面をようやく拝めるぜエ!!って・・。何だ、それ。頬をふくらませて。

「もう、提督!!嘘はいけませんよ。びっくりしました。」

「お前、それ怒ってるんだよなあ・・。」

「もちろんです。ぷんぷんですよ!」

 

おっ。ぷんぷんしているらしい。プロジェクトは成功だな・・って。なんだ、この可愛い生き物。おい、落ち着け。俺様はロリコンじゃないぞ。ロリコンじゃないんだが、どう考えてもこいつの破壊力がすごすぎる。き、鬼畜道はどうした。おい。俺様の鬼畜オーラが押されている、だと・・?

 

「あっ!提督!!どうしました?」

一目散に走って逃げる俺様。何なんだ、あいつは。浄化されちまう!!

 

もんぷちも頼りになれねえとすると、もうこの鎮守府で話し相手になるのは、こいつ憲兵の爺いしかいねえ。孫ボケしてしかたねえが、無駄に歳食ってねえだろ。

 

「おお。お前さんか。この間の鳩サブレは美味しかったよ。」

「ふん。そいつはどうもお。今日は貴重な俺様の時間を使ってお前に聞きたいことがある。」

「ほう、びちく提督がわしに。何じゃろ。」

「だから、き・ち・くだ。間違えるな。」

「わ、分かったから顔を近づけるな!それで何の用じゃ」

「何をしても怒らない奴がいてな。怒らせたいのさ。お前ならどうするね。」

「何をしても怒らないのだから、放っておけばいいじゃないかね。」

「裏で何を考えているか分からん。」

「お前さんのところの娘さん達は皆素直じゃぞ。とくに最近来たフレッチャーさんなんか、わしにもサンドイッチをくれるしの。」

 

はああああ?何だその話、聞いてねえぞ。とっくに買収され済みじゃねえか、この爺。

 

「買い物なんかも別にわしは面倒くさくないんじゃが、あの子なんかはわしの分まで買ってきてくれるからのう。優しいええ子じゃ。」

 

おい、言われてるぞ、グレカーレ。お前ひょっとして憲兵の爺ランキングで最下位の可能性があるぞ。爺と話し込んでいると、噂をすれば影。なぜかフレッチャーが来やがった。

 

「あ、お爺さん。こんにちは。提督!!こちらにいらしたんですね。お買い物に出かけようと思うのですが、よろしいでしょうか。」

買い物の許可だあ?何を買いに行くんだよ。

「はい。雪風ちゃんだけでなく、他の子も冷やし中華が食べたいということでしたので。足りない分を買いに行くのと、提督が先ほど仰っていたハンバーグをお夕飯にしようかと。」

「ほお。そいつは楽しみだなあ。いってらっしゃい。」

「はい!!行ってきます。」

 

買い物かご片手に出かけるフレッチャー。おいおい。俺様の脳裏に天啓が閃いたぜ。そうよ。鬼畜道のイロハである徘徊を忘れていたぜ。いくらこいつが天使様でも、一人でいる時にはほっと一息つくだろう。そういう時はついつい愚痴の一つも言いたくなるんじゃねえかい?いいねえ。こいつは。早速後をつけてみるしかねえな。にやけ顔の爺なぞ放っておいて。それではストーキングの始まり始まり~。

 

おかしい・・。普通に近所の連中と挨拶を交わし、横断歩道で爺が入れば手を引いて歩いてやがる。あいつ、あんなに善人ぶっててよく疲れねえな。元から善人なのか?よく分からなくなってきちまったぜ。

そもそもこの鎮守府の周りにはスーパーはなく、個人商店かコンビニしかない。一番近いスーパーでも二キロはかかる寸法だ。この近くの連中は車で行くってのに、よくそうちょくちょく買い物に行けるもんだ。

 

「おい・・。」

「ああ。艦娘じゃないか?この間駅前にいたって子かな?」

「プラチナブロンドって話題になってたし違うだろ。金髪じゃないか。」

「え?じゃあ、新しい子?それはすごいな。」

 

ひそひそと話をする連中を気にせず、野菜売り場を物色するフレッチャー。なかなかどうして肝が据わってんな。あっ、こら。スマホを向けて写真を撮ろうとするんじゃねえ。

 

「わっ!何すんだ、おっさん。」

「写真撮影はご遠慮願っておりますんで。事務所を通していただかないと。」

「じ、事務所って那珂ちゃんじゃあるまいし。艦娘は国のために働いているんだろう?少しくらいいいじゃないか。」

「確かに国のために働いているが、あんたのために働いているんじゃねえんだ。だったら、あんたも最低限のマナーを守ったらどうなんだ?」

「う、うるさいな。おっさん。どけよ!!」

 

どん。おいおい。これで正当防衛だなあ、おい。口元を掴んで、上に釣りあげてやると、じたばたと、醜くもがく雑魚が二匹。

 

「聞き分けの悪いお口はこいつかい?二人同時にひねりつぶしてもいいんだぜえ。」

「ううしてくらはい・・。」

「ふ、ふみまへん・・。」

 

放心状態の連中を尻目にフレッチャーを探すが、あっという間にレジを終えて、買ったものをかご

に詰めてやがる。あいつ、ほんとにそつがないな。

 

「これに懲りたら、もう許可なく艦娘を撮影しようと思うんじゃねえぞ。」

あほ共にきつく灸をすえて、店を出て、後をつける。うん?ちょっと待て。あの車変じゃねえか。さっきからぴったりとフレッチャーの後をつけてるぞ。あっ!!信号で止まった瞬間中から黒服が出てきやがった。

 

「きゃ、きゃあ!!な、なんですか!」

「とにかく、一度来てください!」

「い、嫌です。なんですか、突然。止めてください!!」

 

嫌がるフレッチャーを四人がかりで車に押し込もうとする黒服ども。おいおい。なんだ、こいつら。ふざけてんのか?

 

「だ、誰か!!助けてください!」

「ちょっと、誤解しないで!ってぐええええ。」

 

腹に一発。汚ねえ汁を吐き出しながらのたうち廻る黒服Aと驚くB、C、D。

 

「白昼堂々舐めた追い込み掛けやがって、ド素人が。」

「て、提督!!」

 

おいおい。何なんだ、その嬉しそうな声は。勘違いするなよ、うちの鎮守府の貴重な家事スキル持ちがいなくなったら俺様の負担が増えるんだよ。

 

「提督?江ノ島鎮守府の提督か。我々は横須賀にある米軍基地の関係者のものだ。追って要請を出すから、この場は引いて欲しい。」

 

「はあ?バカかお前。人の鎮守府の大切な人手を誘拐しようとしてるんだぞ。断りもなくな。知ったことか。」

 

「誤解があるようだ。重ねていうが、追って要請を出す。」

「あーあー、聴こえなーい。上から目線で何をほざいてやがるんだあ?人の鎮守府の

艦娘に手を出して偉そうに。要請だあ?断る。」

 

「日本とアメリカの間で問題になるぞ!」

「知るか、ぼけ。」

「ちっ、話が分からん奴だな!!興奮しやがって。後で話すと言っているのに。」

おいおい。銃を出しやがった。どっちが興奮しているか分からねえな。

「て、提督・・。」

 

普通に考えればフレッチャーが動けばこんな連中どうということはない。だが、艦娘が人間を傷つけたとあっては色々問題になるだろう。

 

「おい。手を挙げろ!!」

「完全に悪者の台詞だなあ。よくそれで、国がどうのと言えるもんだぜ。」

「撃つ気がないと思ってるのか?脅しじゃないぞ。」

「まあ、せいぜい威嚇だろうよ。殺気がないのが丸分かりだ。さて、取り出だしたる、この100円玉。どうすると思うね?」

「な、何だ?」

 

人差し指に載せて・・・親指で弾くっ!!

 

「うっ!」

「ぐっ!!」

「ああっ!!」

 

地面に転がる拳銃三つ。素早く確保すると共に、フレッチャーの手をとって、走り出

す。

 

「こいつは証拠として預かっておくからなあ。じゃあなあ。」

「ま、待て!!」

 

おいおい。しつこい野郎だ。待てというから待ってやったが。

 

「あんまりしつこいと、指弾だけじゃすまねえぞ。そんなにぶちのめされたいかい?正直俺様は強いぜ?」

 

ほんのちょっぴり、気合を飛ばすだけで怖気づく軍人ども。おいおい。情けねえな。それでも本職かよ。

 

「要件があるなら筋を通しな。いつでもお待ちしているぜ。おら、行くぞ。フレッチャー。」

「は、はい・・。」

 

長い江ノ島の弁天橋を通って、鎮守府へと戻る。その間、何度か手を放そうとするんだが、なぜかフレッチャーが放したがらない。

 

「おい。」

「なんでしょう、提督。」

「いつになったらお前は手を放すんだ。いい加減暑苦しいぞ。」

「すいません、提督。こうしていると安心できるものですから。鎮守府へ戻るまでお願いできませんか?」

「ふん。おやぢの加齢臭が移っても俺様は知らないからな!!」

「ありがとうございます。今日のハンバーグ、頑張って作りますね!」

「俺様の分は大きめに頼むぜ。」

「はいっ!!」

 

フレッチャーは嬉しそうに笑顔を見せた。こいつ、本当に何なんだ?どうして鬼畜モンの俺様にそこまでの笑顔を向けるんだ。分からねえ。こいつは本格的に対策を練らないとまずいぞ。何とかしねえとこのままじゃ俺様の鬼畜オーラが消えてなくなっちまう・・。

 




登場人物紹介

与作・・・・・・己の鬼畜力の衰えを自覚し、まず「鬼畜道極意の書」を読み直すことから始める。
フレッチャー・・手作りハンバーグが与作に好評でにっこにこ。鼻歌を歌いながら後片付けをしているところを目撃される。
雪風・・・・・・与作の分のハンバーグの大きさにびっくりする。
グレカーレ・・・与作とフレッチャーが手をつないで帰ってきたことにびっくりする。
時雨・・・・・・帰ってきたフレッチャーが戦意高揚状態だったため、与作を問い詰め、フレッチャーを内心要警戒から脅威へと認定を格上げする。
もんぷち&工廠妖精・・演技の下手さから出演料の金平糖を減らされ、ブーイング。


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特別編  「その日の記憶」

今回はシリアス回となります。
終戦記念日ということで、投稿しました。先の大戦で命を落とされた方々のご冥福をお祈りいたします。
南極観測船宗谷は今もお台場にありますので、お勧めです。運がいいと実際に乗っていた方の話を聞くことができます。

始まりの提督のイメージは黒髪の魔術師です。作者の中で提督というと、一番最初にイメージされる人物なので。



鎮守府近海戦を終えて、すぐの休日。

僕こと駆逐艦時雨と、与作は二人して東京のお台場に向かった。

 

デートだって?そうだったら嬉しいけれど、今回は目的が違う。元船の科学館にある、艦娘慰霊碑に行くのさ。

 

以前船の科学館と名付けられていた博物館は、今現在は艦娘資料館となり、そこそこの賑わいを見せている。中には艦娘のコスプレ?というのかな。恰好を真似してくる人たちもいるから、ぼくが姿を見せてもあまり目立たない。

 

「おい、時雨。こっちだ。」

ぼうっとしていたためか、与作が僕の手を引っ張る。あれ?初めてじゃないのかな。やけに詳しいね。

「ふん。俺様はお前たち艦娘が現れる前からの常連よ。あいつらのようなにわかじゃねえ。」

「そうかい。実は僕は初めて来るんだ。これまでは来る気がしなかったから・・。」

 

そうして大きな駐車場を横切って見えてきたのは、オレンジと白を基調とした船。不可能と言われた過酷な南極への船旅を成功させ、敗戦にうちひしがれたこの国の人々に希望を抱かせた奇跡の船。南極観測船宗谷。かつて特務艦としてあの大戦に従事し、ミッドウェー・ソロモンなどの作戦にも参加をしながら、ただの一度も沈まなかった「帝國海軍最後の生き残り」。

 

「やあ、宗谷。元気そうだね。」

あちこちを測量して廻るため、色々と配属先が変わった宗谷とは僕自身はあまり面識がない。姉妹艦の海風や涼風なんかは関りがあるみたいだし、雪風なんかは作戦を一緒にしたこともあって、会いたがっていた。でも、そんなのは関係ない。あの大戦の後、復員船、灯台補給船、南極観測船、巡視船と立場を変えて、それでもこの国のために働いてきた宗谷は、僕たち艦娘にとって尊敬の対象だ。その傍らに艦娘達の慰霊碑が置かれたのは、僕たち艦娘達のささやかな願い。自分たちが沈んだ後も今も浮き続ける友を、その側で見守っていたいという思いから。

 

「まず、済ませちまうか。ほらよ。」

慰霊碑の側にある常設の献花台に花をそえる。鉄底海峡の戦いが終わった後には毎日献花に訪れる人がいたため、係員もついていたようだけど、今は毎年の慰霊祭以外では時折艦娘達が来るだけなんじゃないかな。置かれていた花も色が枯れていたし。

 

目をつむり、思い出す。始まりの提督と出会った時のこと。そして、あの戦いの前日のことを。

 

「君が時雨かい、よろしくね。」

 

ぶっきらぼうだけど、どこか憎めない。側にいるとぽかぽかする人。始まりの提督はそんな人。

 

「僕はいつでも一緒にいる」

 

提督にいつもそう言っていたけれど、約束を破ったのは僕だね。

今から19年前、深海棲艦出現初期にあった大攻勢。艦娘の戦力も乏しく、日々増加する敵の増援に頭を悩ませていた時のこと。提督が立てたのは敵本拠地への全戦力をもってしての大胆な奇襲だった。

 

「全軍だと?何をバカな。この鎮守府の守りはどうする。」

激高する長門に、提督は頭を掻きながら説明する。

 

「守りを気にする程の生易しい戦力差じゃない。我々の目的は何としてもこの大攻勢をしのぎ、後世に望みをつなぐことだ。幸い、各国でも提督候補生・艦娘が順調に育ってきている。もう一年すれば今よりも遥かに人類が生き残ることができる可能性が増える筈だ。」

「そのための作戦だと?バカバカしい。これでは先の大戦の特攻と変わらんではないか!」

 

長門の怒りの拳を叩きつけられ、提督の机が割れる。慌てて駆け寄る今日の秘書官の妙高を手で制して、提督は立ち上がり長門の肩に手を置いた。

 

「それは違うよ、長門。君が誇り高い連合艦隊旗艦であり、先の戦いで多くの者を死なせてしまった自責の念をもっているのは分かる。そして、特攻という言葉に対し、嫌悪感を感じていることも。私だってそうだ。いかに死なないかやってきた。戦争を賛美することなんかしない。特攻などする前に土下座して謝れば済むというなら喜んでそうするだろう。だがね、相手がこちらを滅ぼすつもりである時は別だ。どこにも逃げ場はなく、戦わなければ自分の大切な人が無慈悲にやられてしまう。そう分かっていたら、私だって非力だが、銃を持って戦うさ。」

 

「提督が銃を持ってても役に立たねえけどな。この間まるゆに腕相撲で負けてたしよ。」

摩耶の発言に周りがどっと沸き、長門もつられて笑みをこぼす。

 

「それに、特攻といったが、これしかもう手がない。鎮守府に居座り防衛戦を続けていてもどこからも救援が望めない上、敵戦力は増加の一途。このままでは遠からず押し込まれる。建造されたばかりの艦娘や、提督候補生などは蹂躙されるだけだろう。我々の敗北は人類の敗北なんだ。できるとすれば、現有戦力でもって、敵本拠地に壊滅的なダメージを与え、ひと時の猶予を得ること。引き換えに我々もほぼ生きて戻ることはできないがね。」

 

冷静に提督は告げた。これまでの戦いで一度も見たことのない提督の覚悟を決めた顔。いつものんびりとしていて、周りからもっと緊張感を持てと言われていた提督が初めて見せた申し訳なさそうな表情。

 

「ふっ。そういうことか。」

 

提督の手に自らの手を重ねると、長門はしばし目をつむった。

どれくらいたっただろう。

再び目を開けた時、長門は苦笑し、肩をすくめてみせた。

 

「全く。とんでもない提督に仕えることになったものだ。部下に死んで来いとはね。無能だな。」

「それについてはすまないな。あらゆる可能性を検討したが、これしか思い浮かばなかった。」

「ふん。」

どんっと長門は提督の肩に手を置く。

 

「無能な指揮官の尻拭いは私の仕事だな。まあ、任せておけ。連合艦隊旗艦としての意地を見せて

やろう。」

 

長門の言葉に沸き立つ執務室。その後のことは今でも鮮明に覚えている。提督が無礼講だと艦隊全部での宴会を許可したこと。みんなで飲んで歌って騒いで、ゆっくり一晩寝て。

世が白み始めた頃。ドックで待つみんなの前に現れたのは頬を腫らした提督と泣き腫らした目をした鳳翔。

 

「全く提督よ。これから戦に出るというのに見せつけるな。」

武蔵の軽口に肩をすくめる提督。

「私も出ると言ったら怒られてね。一晩かかって説得したのさ。」

「なっ!何を言っているんだ。提督も一緒に行くだと?無茶な!!」

皆を代弁して長門が怒りの声を上げる。提督がなぜ?その必要はない!でもダメだっだ。

 

「無論承知の上だ。だが、実際にこの目で確かめなければならないのさ。なぜ敵さんは倒しても

 倒しても復活するのか。そのためには私も行く必要がある。」

 

提督は強情だった。鳳翔も幾度となく説得したんだろう。けれども、提督はいつも自分だけが安全な後方にいて指揮を執っていることに対して憤りを感じている人だった。

 

「それじゃ行こうか、みんな。鉄底海峡へ」

まるで近所に散歩にでも出かけるように提督は言い、そしてその戦いで帰らぬ人となった。

 

提督、西村艦隊のみんな、白露型の姉妹たち・・・。みんな、みんないなくなってしまった・・。

 

「うっ・・・ぐっ・・・・。」

涙なんて涸れ果てたと思っていたのに。もう吹っ切れたと思っていたのに。どうしてだろう。どう

してこんなに悲しいのだろう。

「おいおい。鼻水まで垂らしてみっともねえぞ。これでも使え。」

そう言って与作が差し出したのは、さっき駅前で配られていたポケットティッシュ。ここはハンカ

チじゃないか。どうしてこう、女心が分からないのだろう。

 

「ふん。嫌なら返しな。びーびー泣きやがって。」

「ごめんね。気持ちの整理はついたつもりだったんだけど、そうでもなかったみたいだ。」

これ、本当に安物のティッシュだね。ちょっと拭いただけで、顔に残るよ‥。

 

「気持ちの整理なんてものは自分でするもんだ。人に言われてするもんじゃねえ。残しておきたい思い出ってこったろうさ。無理に捨てようとすると、悔いが残るぜ。」

「そうだね・・。」

再び目をつむり、みんなの冥福を祈る。みんなはここにはいない。いるのはあの鉄底海峡だ。でも、海で続いているここにはひょっとしたら来られるかもしれない。

 

「さてと、俺様は久々に宗谷でも見学していくかな。以前は夏と冬の祭りごとにここに立ち寄っていたもんよ。」

 

夏と冬の祭り?そんなものあったっけ。

 

「バカ。そんなことも知らねえのか。深海棲艦騒ぎのせいで、今は埼玉の方でやるようになったがな。訓練された一流の猛者どもが集い、汗だくになって闘う祭りがあったのよ。」

なんだい、それ。随分珍しい祭りだね。けんか祭りとかなのかな。

「まあ、どこかで調べてみな。おう。久しぶりだな。」

与作が受付に声を掛ける。知り合いなのかな。って、あの帽子・・。見覚えがあるよ・・。

 

「毎度。3か月ぶりくらいかな。元気にしてたのかい?」

 

そこにいたのは駆逐艦響。でも、ただの響じゃない・・。この響、知ってるよ!

 

「ひ、響?ここで何してるの?」

「何ってボランティアさ。誰かさんが腐ってごろごろしている間も私はここで宗谷のボランティアをしていたんだよ。」

僕と同じく偉大なる7隻(グランドセブン)などと呼ばれている鉄底海峡の生き残り。それがなぜ、こんなところでボランティアを?

 

「なぜって言われてもね。趣味と実益を兼ねてさ。ここなら釣りをするにもうってつけだし。今艦娘資料館の館長を務めている天龍もよくしてくれるしね。」

「与作とは知り合いなの?」

「普通にお客さんだよ。ちょくちょく来ているよ。きちんとカンパもしてくれるし。」

「カンパ?」

「宗谷の維持協力金だよ。見るだけなら無料なんだけどね。一応お願いしているのさ。あっどうも。はい、これどうぞ。」

 

響が差し出した箱の中に与作が入れたのは二千円。え?何で?

 

「うるせえ、意外そうに見るな。俺様の小さいころにやってたTV番組で特集していてな。この船が好きなんだ。」

 

代わりに響からもらった宗谷のカードを与作は見せびらかす。与作のことだから無料だったら喜んでお金なんて出さなそうだけど・・。

 

「ふん。出していいと思うから出す。それだけだ。大体なあ、お前知らないだろうが大英博物館なんかもカンパなんだぜ。それを無料だからと何も払わないのはただセコイだけだろうよ。」

「よ、与作の言葉とも思えない・・。」

「やれやれ。時雨はもう少し、自分の新しい提督について知るべきだね。あのおじさん、来るたびに話すけど、結構面白いよ。」

「!!ちょ、ちょっと、響・・。今の話聞き捨てならないんだけど・・。」

「おい、バカ時雨!!置いてくぞ。俺様は早く中が見たいんだ!」

 

与作が足早に宗谷へと入っていく。ちょ、ちょっと待ってよ。置いて行かないでよ。

「早く行かないと、あのおじさん、とにかく歩くの速いよ。」

 

淡々と話す響。昔から変わらぬ態度に思わず苦笑し、お財布から出した二千円を箱に入れようとすると、意外そうな顔をされた。

「おじさん、さっき二千円入れたのは時雨の分も含めてだと思うよ。いつも、千円だから。」

「そうなんだ。でも構わないよ。入れさせてよ。」

「はい、毎度ありがとうございます。まあ、時雨も新しい一歩を踏み出せたようでよかったね。」

「うん。響も元気そうでよかったよ。また来るからね。」

 

宗谷やみんなにも会いに。そしていつか。平和な海になったよと報告ができるといいな。

 




登場人物紹介

与作・・・・実はプラモに凝っている。宗谷のプラモと探査機はやぶさのプラモがお気に入り。
時雨・・・・帰り道に、響との関係を与作に問いただすも、欠伸で返される。
響・・・・・宗谷の受付をボランティアでしながら、時々は近くでのんびりと釣りを楽しむ毎日。たまに長門が隣で釣りをしながら愚痴をこぼしてくるのに困っている。
雪風・・・・宗谷に会えなかったことが心残り。次回は自分を連れて行くようにと話し、与作の譲歩を引き出す。


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第二十話 「矜持」

前回がシリアスでしたので、今回はいつもの回となります。相変わらず駆逐を出すと、勝手にしゃべり始めて困ります。


べーりーばっどいぶにんぐ。

 

フレッチャー誘拐未遂事件の後、まず俺様が考えたのは大本営の大淀への報告と、ロリコン織田からの情報収集だ。

 

「はあ?在日米軍がフレッチャーを誘拐しようとした?」

「そうでさあ。証拠の拳銃も抑えてありますぜ。仮にも鎮守府に所属している駆逐艦を勝手に連れ去ろうとするの、こいつぁ、かなりまずいんじゃないですかねえ。」

「いやいや、普通にまずいですよ。って、な、長門補佐官、ちょっと!」

「鬼頭提督、話はわかった。どうする?いつ殴り込むんだ?すぐ殴り込むなら、ちょっと変装が必要なので30分程時間が欲しいのだが。」

 

おいおい。なんだ、こいつ。仮にも海軍の要職にいる奴がいきなり戦闘モードだぞ!駆逐艦大好きゴリラに用はねえ。

 

「ちょっと!!落ち着いてください!みょ、妙高さん、すいませんが補佐官をどうにかしてくれませんか。」

がたんごとん!!おいおい。なんだよ、すごい物音が受話器越しに聴こえやがるが、大丈夫なのか?

 

「問題ありません。興奮気味の補佐官に少々落ち着いていただいているだけです。それで、話を戻しますが、在日米軍の方にはこちらの方からも色々と事実関係の確認をしていきます。鬼頭提督はどうか軽挙妄動を慎んでください。」

 

うわっ。この大淀鋭いねえ。その辺のおやぢを装ってちょいと乗り込もうかと思っていたんだが、ばれちまったか。

 

「重ねてお願いします。以前お話ししたように、海軍も一枚岩ではありません。江ノ島鎮守府にフレッチャーが着任したことについて、なぜこんなにも早く伝わっているのかも確認する必要がありますので。」

「確かにねえ。まだあいつが着任してから一週間経ってねえんだぜ。動きが早すぎるだろうよ。」

 

フレッチャー着任の情報は大本営にも上げているから、そこから話が漏れたとしてもおかしなことはない。やはり大本営の大淀に相談して正解だな。時雨の薦めってのが気に入らないがよ。

 

「それじゃあ、よろしくお願いします。こっちはマスコミ対策ってのを考えておきますんで。」

「分かりました。反対派お抱えのマスコミが身辺をうろつくと思いますが、くれぐれも発言に気を付けてください。」

「はいはい。善処いたします。それでは。」

 

ちっ。発言に気をつけろだあ?NGワードが何かもよく分からないのに、気を付けろもあったもんじゃねえ。全く、いらいらするぜ。がしがしと頭を掻く俺様の前にすっと出されるいい香りのコーヒー。まあありがたくいただくぜ。さっき食ったハンバーグといい、どうしてこいつはこう色々とそつがないかね、

 

「すいません、提督・・。私のことでお手間を。」

申し訳なさそうに頭を下げるフレッチャー。

「ふん、べつにお前のせいじゃねえ。俺様はああいうちんけな追い込みが気に入らねえだけだ。」

「ふふ。ありがとうございます。」

「・・・・。」

 

だからよお。何なんだ、お前。その眼つき。昼間から何か変じゃねえか、こいつ。時雨もなんだかソワソワしてやがるし。グレカーレもやたらふくれっ面だしよ。雪風だけは食後にトランプをしようなどと平常運転だったが。

 

続けてロリコン織田の携帯に電話する。奴はまだこの時間だったら起きているからな。

ぷる。

 

「あっ!鬼頭氏お久しぶりです!!!雪風ちゃんのジャムありがとうございました!!」

「おう。ってえか、随分と出るのが早いな。あっちの方も早出しだと色々と困ると思うが。今日はちと聞きたいことがあってよお。」

「拙者にですか?鬼頭氏が?恐悦至極!!なんでもお申し付けください!!」

おいおい。こいつ、ロリコンからホモにジョブチェンジしたのか?養成学校の時もここまでじゃなかった筈だがなあ。

「鬼頭氏は我々ロリコン界のレジェンドですから!」

「あほ!俺様はロリコンじゃねえ!!」

 

いつ俺様がロリコンになったんだ。いい加減軽巡でいいから来てほしいんだよ。他の連中の所には軽空母も出てきてるってのに、なぜうちばっかり。

 

「よ、与作・・・。話がずれてるよ・・。」

 

側で声を掛けてくる元ペア艦の指摘に、話を元に戻し、昼間あったことを織田に話すや、受話器の向こうの空気が変わったのが声の調子でよく分かった。

 

「はあ?よりにもよってフレッチャーちゃんを在日米軍のくそが誘拐しようとしたあ?」

ばっきい!おい。何か壊れる音がしたぞ。何を破壊しやがった。

「お気にせず。それで拙者は何をすればよろしいでござるか。」

 

おうおう。久しぶりのオタク口調だな。ってか、お前ラインだと普通に会話してるんだから、そのままでいいんじゃねえか。キャラ付けも大事だがよ。

 

「ああ。どうも。以前お前さんがラインで書いてたフレッチャー捜索隊ってのが気になっててな。見つかってるって知らずに勝手に行動しているとかありうるんじゃねえか?」

「成程。その辺を探ればよろしいのですね。お任せください。我らロリ魂を持つ者、ロリとは遠きにあって慈愛の目でもって愛でるもの。野に咲く可憐なたんぽぽを摘み取ろうとする外道な輩は許せませぬ。」

 

こいつは頼もしい。この野郎はただのロリコンじゃない。一流の腕を持つハッカーでもあるからな。香取教官のお宝映像を俺様が預けているってだけでも相当のスキル持ちの証拠だしよ。ロリコン道を踏みにじられ、怒りに燃える織田に、俺様は更なる燃料を投下する。

 

一旦保留にしてっと。

 

「おい、雪風とグレカーレも来い。時雨とフレッチャーはそこにいろ。」

 

後はビデオ通話にする。

 

「鬼頭氏どうされました?ビデオ通話などと」

「いや。面倒を頼むんでな。お前に更なる力を授けよう!」

「ど、どういうこと・・・・て、ほああああああああああああ!!」

 

携帯のカメラを駆逐艦達に向ける。

 

「織田提督!雪風のジャム、美味しかったですか!また作りますね!」

「お誘い断っちゃってごめんねー。フレッチャーさんの件、お・ね・が・い!」

「お久しぶり。元気そうだね。瑞鶴によろしく。面倒をかけるけどいいかな?」

「すいません。お手間をかけまして。よろしくお願いいたします・・・。」

 

おいおい。あいつ口パクパクさせてやがるぞ。どうだ、俺様からの洋上補給は。

「まさに!幼女補給でございます!!あでぃがどうございまず・・・あでぃがどうございまず~。」

 

なんだ、こいつ。泣いてるぞ。そんなにつらかったのか、お前。それに何だ、お前。その体から湧き上がる闘気は。

 

「さっきまでの拙者がナッパだとすると、今の拙者はフリーザ第3形体。この溢れる力・・・止められぬ・・・・」

 

おい。後ろに瑞鶴が来やがったぞ。気をつけろ!

 

「何をしにきやがった。今の俺は誰にも止められぬ。ましてや、貴様程度ではな。」

「はあっ。概要は偵察機から情報を受け取っているから分かってるわよ。鬼頭提督、危ない橋になりそうならこちらでブレーキかけるからね!」

 

おいおい。あいつ、偵察機を飛ばしてやがるのかよ。とんでもねえ野郎だな。

 

「ああ、頼む。それじゃあ、織田。切るからな。」

「お任せください。この織田。鬼頭氏と駆逐艦たちの期待を裏切ることはしませぬ!」

「ちょっと、あんた大丈夫なの?ホモじゃないわよね!」

「黙れ!この貧乳空母・・」

 

がちゃ・・・つー・・つーー・・。

 

「ふう、いつも通りだが難儀な奴だな。」

「あはは。久しぶりだけど、何と言うか瑞鶴はどんどん織田提督と所帯じみてきているね。」

 

時雨と顔を見合わせて苦笑する。養成学校時代、何度織田が爆撃されるところを見てきたことか。

 

「後は明日までにどの程度情報が集まるかだな。とりあえず、憲兵の爺にもことのあらましを伝えてやる気になってるみたいだし、今日は解散でいいだろう。」

俺様がそう告げたのに、まるで戻らない駆逐艦ズ。おい、どうしてお前らはそう人の話を聞かないんだよ。

 

「ええーっ。だって、食後にみんなでせっかく集まったんですから、トランプぐらいしたいじゃないですかあ。」

 

雪風。お前はずっと時雨とトランプしてやがれ。UNOもごめんだ。

 

「じゃあ、なんだったらいいんですか!」

「何もしなくて解散でいいだろうよ。」

「えーーっ。つまんない!テートク、昼間はフレッチャーさんとデートしてきたんだから、あたし達もかまってよぉ!」

 

おい、バカグレカーレ。お前の日本語の使い方が間違ってるぞ。買い物に付き合ってやっただけなのが、どこがデートなんだよ。

 

「手をつないでいたじゃないか・・。随分と仲がよさそうだったよね・・」

すっと目を細める時雨。逃げるときに手をつないで、こいつが怖いからってそのまま

だっただけだぞ。って、何で俺様がいちいち言い訳をせねばならん。

 

「うふふ。大切な艦娘と言っていただいて、本当に嬉しかったです・・。」

胸に手を当ててほうとため息をつくフレッチャー。こいつ天然か?大切な人手と言わなかったか?

 

「しれえ!どういうことです!?」

「テートク、あたしの時と態度が違いすぎ!!」

「与作、今度本屋さんに行って、僕と女性心理についての本を探そう・・。」

「みんなでワイワイするなら、何か摘まめるものがあった方がいいですよね。私作ってきますね!」

 

すっといなくなるフレッチャー。残されたのはぎゃあぎゃあ騒ぐがきんちょ三人と可哀想な俺様。まったくうるせえ野郎どもだな。わかったよ。じゃあ、カードゲーム以外で楽しめそうな奴を用意してやる。人生ゲーム、ダメだ・・。嫌な予感がする。そうすると、ジェンガなんかどうだろう。

 

「ジェンガ?楽しそうな響きですね!!」

やる気満々の雪風と、それとは逆にお互いを見合う雪風被害者の会の俺とグレカーレ。

「テートク、今度は大丈夫?」

「知るか。だが、トランプよりはましだろ。」

単純に棒を抜いてくだけだし、危険性はないだろう。

 

しかし、この目論見が甘かったことを、この後俺たちは知ることになる。

 




登場人物紹介

グレカーレ・・どう考えても落ちる筈の棒が落ちぬ場面を目撃し、己の浅慮を悔いる。
雪風・・・・・ジェンガにはまり、暇さえあれば皆を誘うが、与作はのってくれずしょんぼり。
フレッチャー・雪風のジェンガに付き合ってあげている。しょんぼりしている雪風のために、与作とペアになってジェンガをやることを提案し、成功。
時雨・・・・・雪風のジェンガに付き合ってあげていたが、フレッチャーと与作がペアになってジェンガをしていることに衝撃を受け、自分も同じように一緒にやろうと提案する。
与作・・・・・雪風がジェンガをやりたがると付き合う羽目になるため、一時ジェンガを隠すも、すぐ見つけられる。


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第二十一話「LOS会合す」

書きかけの原稿が吹っ飛ぶとは思いませんでした・・・。異常な暑さのせいか分かりませんが・・・。


フレッチャーが攫われそうになる事件が起きた日の夜のこと。独自のオンライン会議ツールを使用し、集まったのは7人。それぞれがなぜかLと書かれた黒頭巾を被り、表情は見えなかったが、全身から緊張を漂わせていた。

L1と書かれた頭巾を被った男は某特務機関の司令のように、机に両肘を立てて寄りかかり、両手でその口元を隠しながら、盛大にため息をついた。

 

「諸君、すでに暗号化された通信でそれぞれに第一報は送ったと思うが、我々Lの魂を持つ者に対しての許しがたい暴挙が行われた。」

L3と書かれた黒頭巾が手を挙げる。

「通信は受け取ったが、本当なのか。まさか、駆逐艦フレッチャーが建造されるとはな。我が国があれほど大捜索をしたのにもかかわらず一隻しか見当たらなかったと言われているのに。」

「事実だ、L3。私は実際にその姿を見ている。」

「うむ。フレッチャー建造の報告については、私の耳にも届いている。間違いない。」

L7が補足する。声からして女性のようだが、頭巾のため、その表情は伺いしれない。

 

не могу простить(許せん)!!よりにもよっていたいけな駆逐艦を誘拐しようとは。もし、同志ちっこいのが同じような目に遭っていたら、すぐさま戦争を仕掛けているところだぞ。」

これも、女性らしきL5が怒りに任せて机をどんと叩き、画面が揺れる。

「落ち着け、L5。お前も知っている奴なら、よく釣りをしていて元気だ。」

「話を戻さんかね。」

古参のL2が軽く咳ばらいをすると、一気に雰囲気が引き締まる。彼は実質この会の責任者であったのだが、老齢を理由に前途ある後進にその立場を譲った。そのため、いまだに会員達からは一目置かれている。

 

「L1の言った通り由々しき事態だということは理解した。それで、それぞれ宿題は終わっているのかね?」

「L2にはかなわないな。ではまず拙者から。国内国外のあらゆるチャンネルを使い、全世界の同志に呼びかけ、かかる事態への協力を要請した。世界各地で『フレッチャー』『グレカーレ』『夕雲』『イントレピッド』以上の4つのキーワードを含めた通信を断続的に行った上で、青森にあるエシュロンにハッキングを仕掛けた。」

「何?三沢にある奴か。あれは移送された筈だろう。」

 

L7の驚きも無理はない。およそ20年前に起こった深海棲艦との戦いで太平洋艦隊を失ったアメリカは、その後艦娘の登場まで、国の威信にかけて戦いを挑んだが負け続け、大きく国力を落とした。その結果、日本と米国との間で結ばれていた日米安保条約を改正し、日本からの米軍基地の駐留負担費を増額する変わりに、日本をエシュロン参加国へと格上げする旨協定を取り交わしたのである。その際の取り決めでは、青森にあるエシュロンを横須賀の米軍基地へと移送し、そこで情報収集を行うとされていた。

 

「いいや。残っておるよ。基地内にあったのは取り除いたが、基地から離れて作っているのがあった筈だ。せこい奴らめ。残しておいてそいつを利用したな。」

「L2の言う通りだ。我々モサドもその件を掴んでいる。」

「何だと!協定違反ではないか!日本国内での情報収集は横須賀のみで行うとされていたはずだ。それに、L4、なぜお前はそのことを我々に伝えぬ!」

 

常人であれば、画面越しであってもすくみ上がるであろう、L7の怒気を受けても、L4はまるで動じない。モサド(イスラエル諜報特務庁)きっての腕利きと言われる彼は、厳しく品性・知性・趣味趣向まで徹底的にデータで精査されるモサドの採用にあたり、その性癖を一切闇に隠し、ついに掴ませなかった男である。涼しげに、だが、断固たる態度でL7の疑問に答える。

 

「L7、何か勘違いがあるようだ。我が国と貴国でそうした情報のやりとりをする協定なりがあったかな。航空協定や投資協定を結んだ覚えはあるが。」

「ならばなぜ!今回に限ってその情報を教える?」

「なぜ?優先順位の問題だよ。私は確かに祖国から金をもらってこの仕事をしているがね。祖国よりも己の信ずるものを優先する。ましてや、今回の件は我々への挑戦といっても過言ではない。」

「同感だな。L1と同じく私の方でも、わが合衆国国内にあるエシュロンにハッキングをかけた。その結果、先ほどの4つのキーワードの中で、『フレッチャー』のワードを含めた通信に対する分析に大幅にリソースを割いていることが分かった。」

L1と同じく、その道で名の知れたハッカーであるL3は断言する。

「こちら青森の結果も同じくだ。米国の上層部はフレッチャーの情報を必死になって集めている。」

「どういうことじゃ。フレッチャーを手に入れたというのに、奴らまさか二隻目三隻目も欲しがっているというのか。」

「ふん。大量消費こそステータスと信じる連中だ。それもあるだろうさL2。」

「それはどういう意味だ?L5!」

「静かにしたまえ、L3。L5もだ。趣旨と外れる発言は止めたまえ。お互いに忙しい身だ。」

 

激高しかけたL3をなだめたのは先ほどから沈黙を保っていたL6。ドイツ海軍の紺色の軍服に身を包んだ彼は、常日頃寡黙な男で、滅多なことではしゃべらないことから軍では沈黙提督などと呼ばれている。その彼が唯一積極的にしゃべるのはこの会合であり、普段の彼を知る者からすれば別人だと思われただろう。

 

「話を整理する。米国はフレッチャーを手に入れたが、フレッチャーの情報を執拗に欲している。二隻目を得るため?大規模作戦の折、国家予算にまで手をかけて手に入れたフレッチャーがいるのにか。私はマザコンではないので分からぬが、マザコンとやらは一人のママでは満足できないものなのか。」

「わしはマザコンでないから分からぬのう。色々なママがいて嬉しいというのは分かるが、同じママが二人も三人もいて嬉しいものか?」

「我々には分からん考え方だな。そのような考え方、せっかく手に入れたフレッチャーへの冒涜だと思うのだが。それとも米国は手に入れたものに関しては冷たく扱うのかね?」

「そんなことはないぞ、L6。ドロップした後、ホワイトハウスに招かれて以降、彼女が姿を現わしたのは一回だけだが、その時には20万人が詰めかけた。マザーコールのすごさに耳が潰れるかと思ったぞ。その時に撮った映像がこれだよ。」

 

L3は、得意げに大規模作戦成功の報告会を兼ねたフレッチャーのお披露目会の映像を見せた。

「貴重な駆逐艦と言うことであちこちの伝手を使い、何とか前の方を確保したんだ。」

 

「ほう、これがフレッチャーか。同志タシュケントよりは小さいな。」

「・・・。」

「どうした?L1。何か気になることでもあるのか・・・」

 

映像を凝視し、考え込む素振りを見せたL1にL7が尋ねる。

 

「L7・・・。艦娘型録の写真は基本的にその国が提出するものですよね。」

「ああ、そうだ。それが何か?」

「何か、気づいたのかね、L1。」

「はい、L2。先刻から何やらあった違和感。それが何ゆえか分かりました。」

「違和感だと?私は何も感じないが。」

 

一流の諜報員である自分を差し置いて、何に気付けるものかとL4は言外に含める。

 

「はい。これは実際に動いている映像を見比べられた拙者だから気付けたことです。」

「何じゃと?」

「一体何に気付いたのか。教えてくれ!」

L4の問いかけに一呼吸ついてからL1は驚くべき一言を告げた。

「米国にいるフレッチャー。本当にフレッチャーなんですかね?」

 

一方その頃・・。

江ノ島鎮守府近くにある寂れたヨットハーバーから、辺りの様子を伺っていたNSA(国家安全保障局)の2人の元に、横須賀から指令が届く。

「マザーを確保せよだと。」

「無茶を言ってくれるわね。鎮守府にいるんじゃどうしようもないじゃないの。そもそも私らは情報分析が主な仕事でしょ。こんなのCIAにやらせればいいじゃない。」

「深海棲艦のせいで人手が足りないんだよ。昼間の失敗に懲りたんだろうがね。馬鹿どもが、正面切って余計なことをして警戒感を高めちまった。難易度的には最悪だぞ。」

「私たちはわかりゃしないわよ。同郷だもの。」

女はにやりと笑う。そもそも日本人は外国人には距離をとるが、相手が日本人同士ならば驚くほど無防備だ。

「まあ、明日仕掛けてみようじゃないか。ふふ。楽しみだ・・・。」

軽く伸びをして男が仮眠をとろうとしたとき、

 

こんこん。ドアをノックする者があった。

見るや、リュックサックを背負ったおさげの少女が小さく手を振っている。

「何だ?こっちはこれからいいところなんだ。ヒッチハイクなら他を当たりな!」

「ごめんね。悪いけど、そういうことなのよ。」

二人が車内から叫ぶが、なおも少女はドアをノックする。

 

「聞こえてないのか?」

窓を開けて、大声で怒鳴ろうとして、男はいきなり顔面を鷲掴みにされ、そのまま車外に引きずり出される。驚いた女が慌てて男を救おうと外に出ると、そこには倒れた男と、不気味に笑みを浮かべる少女の姿があった。

「な、何なの、あんた!物取り!?警察を呼ぶわよ!!」

「いいけどねー。別に。」

 

ゆっくりと近づいてくる少女の不気味さに訓練を受けた諜報員の女も震えが止まらない。

「ちょ、ちょっと!私たちはただここに海を見に来ただけよ!!」

「この時間に?わざわざ?明日何か仕掛けに来たんじゃなかったっけ。」

「き、聴こえていたの・・・。つ、釣りに来たのよ。か、カワハギを釣りに・・。」

女の言葉にけらけらと笑いだす少女。

 

「な、何がおかしいのよ!」

「カワハギが釣れんのは秋から冬だよ。」

「え・・!?」

次の瞬間、女が逃げる素振りを見せる間もなく少女は女を苦も無く確保する。

 

「な、何なのあんた!」

「あら分からない?ちぇっ。自分では名前が売れたつもりだったんだけど、そうでもないみたいだねー。まあ、面倒くさいから駆逐艦被害者の会の会員と名乗っておこう。」

「わ、私たちをどうするつもりよ!」

「さあ。そういう面倒くさいことは偉い人が考えることでね。あたしはとりあえず、借りを返したというか、微妙にアピールも入っているというか。まあ、そんな感じ?」

「ちょっ!!!き、聞き捨てならないんですけど!」

 

突如気配も感じさせずセミロングの少女が現れ、乱暴に男を担ぎながらおさげの少女に叫ぶ。

「まあまあ。それより、ちゃっちゃと車にこの二人入れちゃおうよ。お掃除お掃除。」

「了解です。おら、さっさと乗りなさいな。」

自分たちが乗ってきた車の後部座席に押し込められる男と女。逃げられぬようおさげの少女にがっしりと手を掴まれたままだ。

「ほんじゃ、運転よろしくね!」

「全くもう。突然ドライブしようと言うから期待していたんですよ!」

「ここまでドライブしてきたじゃん。愚痴りなさんな、ほら出した出した。」

「んもう!分かりましたよ・・。」

むくれるセミロングの少女を尻目に、おさげの少女は江ノ島鎮守府の方を見て微笑んだ。

「あたしってさー、結構健気だよ、おじさん!」

 




登場用語紹介
LOS(Loli Of Soul)
20年前に現れた艦娘の駆逐艦を愛でることを第一と考える、特定の性癖を有する者達の集まり。全世界に存在する会員の数は、巷間の噂では300万を優に超すと言われており、特に最高幹部はロリ7(ろりせぶん)と呼ばれ、その道の者からは大変な尊敬を得ている。特筆すべきは彼らは駆逐艦の保護を第一と考え、度を超した輩に対しての制裁を辞さないところにあり、最高幹部たちは「駆逐艦最後の守護者」「ロリコン界の必殺仕事人」と呼ばれ、恐れられている。
                    民明書房刊「世界面白組織100」より

登場人物紹介

L1・・・会長。日本人、提督。
L2・・・日本人。元軍人とのことだが詳細不明。老人。
L3・・・アメリカ人プログラマー。凄腕のハカ―
L4・・・モサド(イスラエル諜報特務庁)のすご腕。
L5・・・ロシア出身のとある戦艦娘。
L6・・・ドイツ海軍出身沈黙提督
L7・・・日本出身のとある戦艦娘。
セミロング「あのくそおやぢがあああ!」
NSA男女「ぎゃああああ、死ぬううう!!」
おさげ・・「安全運転でよろしくねー。」


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第二十二話「ママ大いに怒る(前)」

ちょっと長くなりそうなので区切りました。当初はそんなに長くするつもりはなかったのですが。なぜだろう・・。


フレッチャー誘拐未遂事件の翌日。朝早くから執務室へと詰めていた俺様は、織田からの驚愕の報告を受けていた。

「なあにい?アメリカにいるフレッチャーは偽物の可能性が高いだあ。そんなことがあるのかよ。」

「はい。アメリカにいるフレッチャーの歓迎式典の様子を見まして、おそらくその可能性が高いかと思われます。拙者以外の出席者の賛同は得られませんでしたが。昨晩映像を送りましたので、ご確認ください。」

 

出席者だあ?何の会議をしてやがるんだ、こいつは。お、これかな。

 

『わーーーーーーー!!』

『ママ―――!!』

『マザー!!!』

 

こりゃまたすごい歓声だな。アメリカ中のロリコンとマザコンが集まっちまったみたいだぜ。んで、ホワイトハウスのバルコニーからフレッチャーが手を振ってやがる。ふん、偉そうに。アイドルじゃあるまいし。・・っておい。こいつ、確かにフレッチャーに似ているがよ・・。

 

「揺れてねえ・・。」

 

そう、そうだ。あいつの駆逐艦とも思えねえとんでもねえバスト。ありゃ、俺様の測定ではHカップはある筈だ。動画に映るフレッチャーもどきも胸こそあるように見せているが、俺様の神眼で測ったところによるとよくてせいぜいCカップだ。それにじっとよく見ると、全体的に雰囲気が若干違う・・。

 

「確かに、お前さんの言う通り、こいつは偽物だな。くそが。偽乳でもってごまかそうってもそうはいかねえぞ。」

一体どれだけの女の乳を視姦してきたと思ってんだ。ド○ホルンリンクルの検査員も真っ青になるぐらいだぜ。

「やはり、鬼頭氏もそう思われますか!いやあ、さすがは神の子!」

 

はあ?何だ、そりゃ。妙なあだ名をつけるんじゃねえ。

 

「いえ、あの。拙者たちの組織で昨日集まった結果、レア駆逐艦ばかり引き当てる鬼頭氏を名誉職とし、『神の子』の尊称を与えるべきだと全会一致しまして。」

 

「はあ?お前のいる組織って例のロリコン友の会だろう!?却下だ、却下。」

 

俺様は鬼畜モンだ。くだらない称号なんぞに興味はねえ。

 

「ええーっ、そんなあ。鬼頭氏はロリコン友の会と仰いますが、結構な規模の組織なんですよ。」

「そんなものは知らん。しかし、偽物とはなあ。確かお前さんの話では相当な予算をつぎこんで、フレッチャーを探してたんだろ。」

 

確か提督ラインの話じゃ、国家予算を使っただの言っていた筈だ。そこまでして探したのに、お目当てが見つからなかった?くっくっくっく。愉快でならねえじゃねか。

 

「成程なあ。それで、どうやったか知らんがうちでフレッチャーが建造されたと聞いて、攫いに来たわけか。」

「おそらくそれで間違いないかと。それでどうしますか、鬼頭氏。殴り込みますか?」

 

おいおい。こいつもあの駆逐大好き戦艦みたいなことを言ってやがるな。まあ、普通に殴りこんで暴れてやってもいいんだがよ。

 

「とにかくだ。こっちも色々と仕返ししてやらねえとよ。大本営の大淀に軽挙妄動は慎めと言われちまったが、どの辺りを慎めばいいかってのは聞いてないんでね。」

「分かりました。お手伝いできることがあれば、何なりとお申し付けください。」

だだだだだだだだ!!!ん?、なんだあ、朝から物騒な音が鳴ってねえか?

「あ、いや。お気にせず。うちのバカ空母が朝っぱらから艦載機を飛ばしていたようでしたので、昨日のうちに抱き込んだ機銃妖精に対空砲火をしてもらっているんです。ふん。バカが!!落ちろ蚊トンボ!!」

 

おいおい。鎮守府内で対空戦闘をやらかすなよ。まったくどうもこいつの鎮守府は過激でいけねえ。

 

「提督、朝早くからご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

 

織田との電話が終わるや、突然声を掛けてきたのは当のフレッチャー。自然な流れで俺様の前にコーヒーが差し出される。

 

「ふん。何度もしつこい奴だな。俺様は迷惑と思ってねえよ。」

熱いコーヒーを流し込むと、目がしゃっきりしてくるねえ。しかし、このほんわかしたのが、騒動の原因とは世の中わからんもんよ。

 

「あ、あの・・。提督。どうかされましたか?」

 

じっとフレッチャーを観察する。うん、確かに再度確認しても奴の乳力はHに間違い

ない。そうすると、あの映像の奴は偽物ってことになるんだが、一体なにもンなんだ。

 

「まあいい、問題はこっちに粉掛けてきている連中をどうするかってことだな。こうおちおちとあちこちで動かれたんじゃ手淫もできねえ。」

 

あいつらフレッチャーがいるうちが羨ましくてならねえんだろうなあ。うかうかしてると血迷って極端に走りそうだぜエ。だったら、仕方がねえから見せびらかして欲求不満を解消してやるしかないよな!

 

 

 

ITウォッチャー ブルーリーフ氏の日記より

その日、全世界のあらゆる動画投稿サイトにOYADIを名乗るアカウントから一つの動画が投稿された。アップされ数分で消されたり、アカウント停止処分を受けたりしたものもあるが、いくつかの動画はそのまま生き残り、人々の目にさらされることとなった。その内容とは以下の通りである。

 

「おやぢとフレッチャーで踊ってみた。」

「フレッチャーがひたすらぷんぷん言う動画」

「応援するよ!フレッチャーがあなたを励まします!」

などこれまで極端に米国がその情報を秘匿してきた駆逐艦娘フレッチャーに焦点を当てたものばかりだった。これに対するネットの反応は様々で、

「上手いコスプレだが、本物を見た俺からすると似ていないな。」

「うん。胸部装甲が厚すぎるよね。本物はもう少し小さいや。」

という意見が大半だったが、中には

 

「でも、何かこの子見てるとすごい癒されるんだけど・・。」

「これぞ。マザー。」

と肯定的に見る向きも多かった。

 

特筆すべきはこの動画が上げられてから、一時間もしないうちに米国の大統領補佐官が緊急の会見を開き、動画のフレッチャーは偽物だと断じたことである。

 

「これは先の大規模作戦での我が国の輝かしい戦果に対し、泥を塗るような行為である。断じて許す訳にはいかない。」

 

語気を強め、動画投稿者を許さぬと息巻く補佐官だったが、ネットの反応を見る限り、それは悪手であった。多くのネット民は投稿されたフレッチャーはまたどうせ日本人が大好きなコスプレであり、よくやるな程度でしか思っていなかった。だが、こうもムキになって反論されると一つの疑問が首をもたげてくる。もしかして、このフレッチャー、本当のフレッチャーなんじゃないかと。米国の艦娘達が不気味に沈黙を守る中、さらにセンセーショナルなニュースが飛び込んできた。

 

 

 

「おう、どうだ。こんなもんでいいかあ?」

姿見の前で前髪を整える時雨に声を掛ける。くるくる回りやがって。コマかっての。

 

「うん。いいんじゃないかな。与作も制服きちんと着られたかい?」

「式典の時しか着ねえからなあ。ちょいとかび臭いがしかたねえだろ。」

「普通は作業服とその服をよく着るんだけどね・・。」

「ふん。俺様の制服はあのジャージよ。ちくしょう、ネクタイがうまく結べねえ・・」

 

てんでやらねえからな。首にタオルはいつも巻いているんだが・・・て、おい。誰だ。後ろからネクタイを引っ張ってやがるのは・・。

 

「うふふ。与作君、シャツの上にネクタイがきてしまってますよ。気をつけないと!」

そう言って前に回りネクタイを結んでくれたのは鹿島教官だ。相変わらず俺様を与作君呼びなのは気になるが、なんでまたここにいるんだ?

 

「なんでまたって。本気で言ってます?今朝いきなり時雨さん着任の記者会見をしたいから、学校の講堂を貸せといきなり電話してきたのは、あなたでしょう!日向校長がとりなしてくれたからよかったものの、あの後香取姉が大変だったんですから!」

「そいつは申し訳ありませんねえ。可及的速やかに行動しねえと色々と面倒くさいことが起きちまうもんで。手土産だって持ってきたでしょう。」

 

香取教官には教鞭セット、日向校長には胃薬セット。ぱーふぇくとだ。って、鹿島教官?ネクタイをぎゅっとひっぱり過ぎですぜ!

 

「わたしにはなんでお土産をくれないんですか。わたしだって、時雨さんの書類づくりを手伝ったのに!」

唇を尖らせて怒る鹿島教官。江ノ電最中を上げたのに、何がそうご不満なんだ。

 

「ほいほい。それじゃあ、鎮守府に戻ったらなんか送りますよ。仕方がねえ。」

「本当ですか!約束ですよ!!」

 

まあ世話になったからな。俺様ちょいすの送られても微妙な土産を送るしかあるめえ。しらすと書かれたマグカップなんかよさそうだな。って、おい時雨。お前さっきまでにこにこしていたのに急に不機嫌になるのを止めろ。これから記者会見なんだから、もっとにこやかにしてやがれ。

 

「はいはい。せいぜい外用の笑顔を振りまきますよーだ。与作は本当に女心がわからないよね・・」

「うるせえ。知りたくもないね、そんなもの。おら、とっとと行くぞ。」

 

用意された講堂に向かうと、いるわいるわダニみたいなマスコミ共が。俺様と時雨が着席するのに合わせて、司会者である香取教官が口火を切る。

 

「本日はお集まりいただきありがとうございます。それでは、お時間になりましたので、艦娘時雨の復帰会見の方を始めさせていただきます。」

お定まりのように、以前長門や大淀と打ち合わせた流れをそのままに、時雨が復帰までの経緯を説明する。おいおい。たまたま寄った江ノ島鎮守府の提督が俺様で運命を感じただあ?随分とオーバーに言いすぎるな、こいつ。

 

「以上になります。それでは。質疑応答に移りたいと思います。」

 

香取教官の言葉を合図に上がるわ上がるわ。セリやオークションじゃねえんだからさ。もう少し自重しないのかね。

 

「読買新聞の北島です。鬼頭提督にお伺いします。偉大なる7隻の提督となったご感想は。」

「特にありません。養成学校時代からの付き合いなので、やりやすいかなとは思いますがね。」

「時雨さんはいががですか。これまでの提督候補生たちと比べて、鬼頭提督の何が違っていたのでしょう。」

おっ。いい質問するじゃねえか。一番イケメンと言っておけ!

「違いですか・・・。みんなそれぞれ違いますから一概に言えませんが、一番ケンカしましたね。ダントツです。それまで僕はもめごとが嫌いだったんだけれども。」

 

何だそりゃ。お茶の間に俺様のマイナスイメージを振りまいてるんじゃねえ。

 

「朝目新聞の鵜飼です。率直に伺いますが、偉大なる7隻の提督になられるということは大きな責任が伴うと思われますが、それについてはいかがお考えですか?」

持って回った嫌な言い方しやがるな。何がいかがお考えですか、だよ。

「これは妙なことを言われるものです。我々提督達はそれぞれ職務に対して大きな責任感をもって臨んでいます。それは偉大なる7隻の提督だろうが、そうじゃなかろうが関係はありません。」

「提督個人の御見解はそうかもしれませんが、周りの方はそうは思われないのでは。巷間言われている噂では、一隻で連合艦隊に匹敵する戦力を手に入れたという形になり、一鎮守府で管理するのは荷が重すぎるのでは。」

 

ああ、こいつ。艦娘反対派だな。いちいち言うことが腹が立つ。司会の香取教官も眉をぴくぴくさせているじゃねえか。

「まず周りがどう思おうと昔なじみでやりやすいので来てもらったんで、他意はありません。確かに江ノ島鎮守府は小さな鎮守府ですが、横須賀が近く、相互に連携はとれています、私個人で時雨を所有しているかのごときご質問でしたが、見当はずれです。そもそもの話、艦娘達を管理だのとおっしゃっていますが、彼女達は自分たちの意志で我々に力を貸してくれているのであり、昔の船の名前と記憶を持つからと言って、それをそのまま道具扱いするのもどうかと思いますね。」

 

ようはムラムラするかどうかだろ。うちの鎮守府にいるがきんちょどもは守備範囲外だがね。

 

「成程。鬼頭提督は艦娘擁護派ということですな。ですが、外見は可憐な見た目をしていても兵器は兵器です。運用には慎重にいくべきでは?」

「私が艦娘擁護派?しょっちゅう揉めていますよ。擁護派ならもっと従順に話を聞いてあげていると思いますがね。朝目新聞さんは物事をYESかNOの二極でしか考えられないようですな。確かに彼女たちは兵器です。それは疑いようもありません。」

 

と、水水。ああ、時雨すまんな。って、なんだお前のその表情。悲しそうな顔してんじゃねえ。

 

「だが、その前に意志を持っているって前提を忘れてはいけませんな。道具だって大事にしてなきゃすぐダメになるでしょう。それと同じように艦娘達だって大事にするべきです。」

なんたって、俺様の目的は艦娘ハーレムを作るところだからな。今その初めの段階で躓いているが、その程度で俺様はくじけたりしない。

 

「まあ、朝目新聞さんにはお分かりいただけないと思います。そういう方々もいるのは分かっていますから。ただ、私はそのような人たちには無知・恩知らずと言いたいと思います。」

「どういうことですか!」

 

おうおう。頭から湯気を出して怒ってやんの。こいつら他人のことは平気でバカにするくせに自分たちがされると怒るのな。なんでだろうね。バカだから分からないのかよ。

 

「説明しないとお分かりいただけないですかね。無知と言うのは平和と言うのが自然発生的に生まれると思われているから。恩知らずというのはすでに艦娘達の犠牲の上で平和を甘受しているのに、いまだに彼女たちの権利を認めずこのような場で無礼な発言を繰り返されるからです。」

「よ、与作・・。」

 

今度は時雨の野郎、潤んだ目でこちらを見てやがんの。どうでもいいけど、マイクがあるんだから与作呼びは止めろ。

 

 

「ふふっ。鬼頭提督、言ってくれるではないか。久々に胸がすく心地だな。」

大本営元帥補佐官の長門は、そう言って傍らの元帥に目を向ける。

 

「朝目新聞には長門が散々デマを流されたからな。いい気味さ。」

元帥である高杉耕作は55歳。始まりの提督の一年後輩に当たり、共に同じ釜の飯を食った仲だ。それだけに親艦娘の気持ちが強く、常日頃から反艦娘派の言動に反発する気持ちが強かった。

 

与作に散々罵られた記者はまだ何か言おうとしていたが、司会の香取が時間を理由に次の質問者を指名するとおとなしく席に着いた。その後幾つか質問が続いたが、与作も時雨も無難に答えていく。

 

「とりあえず、問題はないようですね。事前に聞いた時はどうなるかと思いましたが、香取もいるし、何とかなるでしょう。」

大淀がほっと一息をつき、さあ元帥のお茶でも入れかえようかと思った時。それは起こった。

 

「それでは会見を終了する前に、うちの鎮守府の仲間を紹介します。」

与作が言うや、ぞろぞろと会見場に入ってきたのは雪風達。

「まず駆逐艦雪風」

「陽炎型駆逐艦八番艦の雪風です!江ノ島鎮守府の初期艦になります!」

「次に駆逐艦グレカーレ」

「マエストラーレ級駆逐艦、2番艦のグレカーレよ。よろしくねー。」

「そして、駆逐艦フレッチャー。」

「フレッチャー級ネームシップのフレッチャーです。よろしくお願いいたします。」

 

ぶううううううう。高杉元帥はお茶を吹き出し。がちゃーん。大淀は急須を落とした。

「何やってんだ、あいつはああああああああ!」

 




登場人物紹介

与作・・・・・・キレキレのダンスを披露し、おやぢダンサーの名を世に知らしめる。
フレッチャー・・揺れ揺れのダンスを披露し、世の男たちの救世主となるが、本人は全く自覚していない。
時雨・・・・・・その後ネクタイの結び方を練習する。
香取・・・・・・与作からの土産にしかめっ面をしつつまんざらでもない。
鹿島・・・・・・後日教官室でしらすと書かれたマグカップを使っている所を目撃される。


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第二十三話「ママ大いに怒る(中)」

当初の予定より話がかなり膨らみました。本当は前後編にする予定でしたが、収まりきりませんでした。どうしてだろう・・。都心、めちゃくちゃ暑いですね。熱中症にお気をつけください。


とあるファッションビルの最上階にある社長室にて。

「何やってんのよ、あのおやぢはああああ!!」

これでもかとばかりに怒気を詰め込んだ女性の声がこだました。声の主は元艦娘大井。15年前の大規模作戦の際に大けがを負い、修復不可能なほど艤装を破壊された彼女は、ほどなく退役し、今は自社ブランドを立ち上げてその社長に収まっていた。

その傍らで、大声を上げて爆笑しているのは同じく元艦娘の北上。以前与作と出会い、大きな借りを作ったと思っている彼女は、今回昔馴染みの長門から頼まれたのもあり、江ノ島鎮守府の周りをそれとなくうろつき、不審者を排除していた。米国の諜報員たちを引き渡し、これで少しはポイントを稼げたかと悦に入っていたのに、まさかこんな展開になるとは。

 

「いや、おじさん最高!本当にツボ。虫の好かないあの国にいきなり右ストレートかますとはねー。北上さん、きゅんときちゃうよ。」

「んもう!北上様!!せっかく私たちがあのおバカな諜報員を大本営に引き渡したおかげで、日米で裏で色々取引できるところだったんですよ!それをぶち壊してくれちゃって!!」

「でも、別におじさんとすると時雨の復帰会見で今の鎮守府の仲間を紹介するなんて、当たり前だしねー。何も悪いことはしてないんだよねー。周りがどう思うかは別だけど。」

 

北上の言う通り、画面の中では会見の終りを宣言した香取と、なおも居座り、話を聞こうとするマスコミとのもみ合いが続いていた。当の本人たちはさっさと退席していたが。

 

「いやあ、本当に面白いよ、あのおじさん。考え方が提督と似てるよ。」

「え!?あのおやぢが始まりの提督とですか?嘘ですよ。冗談はやめてください、北上様。」

「まったくもう、大井っちもいい加減様付けやめない?距離を感じるんだけど。」

「そ、そんなことを言われましても・・。私たち大井のDNAには北上様を大事にせよという思いが深く刻まれていまして・・。」

「まあいいけどねー。」

薄く微笑み、北上はスケッチブックにペンを走らせる。

「ははっ。制服着てても怪しく見えるってすごいよね。これはデザインのし甲斐があるわー。」

 

「うん、聞こえる。こっち?まあバタバタしてるけど。そっちの様子はどうなの?」

在日米軍横須賀海軍基地の一室にて、防空巡洋艦アトランタは本国と連絡をとっていた。あまり物事を気にしない質の彼女が、バタバタしていると話していることから、電話越しのサラトガは基地内が蜂の巣をつついたような騒ぎであることを了解した。

 

「こちらの方は早速各提督、各基地に待機命令が出たわ。またまた大統領補佐官がフレッチャーについて言及していたけど、誰も信じていない。」

「そんなの当たり前でしょ。目の前に証拠ぶら下げられて、ほれほれってされてるのにさ。誰が信用するかっての。んで、本国のあんたらはいつまでそうしてお利口ちゃんぶってんのさ。」

「相変わらず口が悪いわね・・・。」

サラトガは苦笑する。アトランタは普段はひと付き合いを好まずもの静かだが、余裕がなくなり気が立ってくると地が出るのか非常に口汚くなる。何度かそれを指摘したこともあったが、当人が「これがあたしだし」と言ってまるで聞こうとしない。

 

「そんなことどうでもいいんだって。どうすんの?アイオワは何て言ってんのよ。」

「今作戦部長を説得中よ。事ここに至っては、事実を明らかにするしかないってね。」

「Shit!!いまだに日和ってんのか、あいつ。それでも戦艦かよ。情けねえ。」

「困ったことにいつもおっとりしているイントレピッドでさえも貴方同様かっかしてるのよね。」

 

サラトガのため息がますますアトランタをイラつかせる。

「でも、分かってアトランタ。アイオワだって彼女のことを一番に心配しているわ。ただ、これは日本にいる貴方には分かりづらいかもしれないけれど、この国の人達の艦娘に対する感情は複雑なのよ。」

「何がさ。あたしらにびびってるだけじゃん。」

世界に冠たる軍事大国だった米国は、それゆえ突如として現れた艦娘の圧倒的な戦力に対して恐れを抱いた。自らが生み出した技術であれば、制御することは可能だ、けれど、艦娘は以前自分たちが使っていた戦艦の名前を冠しているといってもその実態は未知数であり、今は友好的に接していてもいつ裏切られるか分からない。SF作家アイザック・アシモフが名付けたフランケンシュタイン・コンプレックスは米国民の多くの心に深く根差している。米国の提督達はそれぞれの基地ごとに身辺警護の名の元に国の監視下に置かれ、家族でさえも見張られている。アトランタ自身は2年前の大規模作戦の際に発見された艦娘だが、祖国のそうした雰囲気に嫌気がさし、在日米軍基地に海軍の高官が赴任する際の護衛と称して、強引に日本に来た経緯がある。

 

「日本の艦娘がうらやましい。時雨の会見観た?横にいた提督さん、顔は悪人顔だけど、いいこと言ってたよ。あたしらを大事にするべきだってさ。」

「ええ観たわ。リアルタイムのものは観られなかったけど、今はすごいわね。あちこちでネットにアップされているもの。あの映像を観てから、サムやガンビーまで騒ぎだしちゃって。」

「とにかく。さっさと手を打たないとあのアホ大統領、とんでもないことをしでかすかもよ。あの子が危ないかもしれない。」

「分かっているわ。こっちでも提督にお願いして海軍だけでなく政界の艦娘派の議員に当たってもらっている。だから、アトランタ。あなたもうかつなことはしないでよ。」

「分かった。サラトガも気を付けなよ。じゃあ、切るよ・・・・。」

 

通信を切ろうとして、ふと窓の外を見たアトランタは目を丸くした。

「どうかしたの?アトランタ」

「ねえ、サラトガ。向こうから来た場合はノーカウントだよね。」

「どういうこと?」

今先ほど会話に上がった「提督さん」が、なぜか横須賀基地に来ている。アトランタはこれから起こるであろうことを想像して笑いが止まらなかった。

 

ぐっどあふたぬ~ん。ただいま提督養成学校から車で移動中。いやー。怒られた怒られた。俺様の人生怒られることは多かったが、一回でこんなに色々な人間に怒られたことないんじゃないか。とにかく香取教官・鹿島教官に日向校長、大本営の大淀に果ては元帥閣下まで。言うことが皆同じで、もう少し考えて行動しろ、だと。考えた結果こうなったんだと言ったら、大淀が切れてたね。水面下での交渉をなんだと思っているんですか、と。そんなの知るか。俺様の鎮守府の艦娘に粉をかけたのが悪い。こちとら世間が望んでいるだろうフレッチャー関連の動画を投稿したのと、時雨の会見で鎮守府の仲間を紹介しただけだ。

何が悪いんだろうね。

「そりゃ、大淀からすればせっかく色々と話をまとめようとしていたのに、与作がぶち壊したんだから当然だよ。長門もそう思うだろう。」

 

時雨は偉大なる7隻つながりで長門に同意を求めるが、こいつあほだな。長門の本質が分かってない。こいつは俺様よりも過激で、いきなり殴り込みに行こうとした奴だぞ?

「ふむ。実の所、私も鬼頭提督のしたことの何が悪いかよく分かっていない。高杉元帥と大淀が忙しくする中ぼんやり眺めていたら、今すぐ提督養成学校に行って鬼頭提督を落ち着かせて来いと大淀に言われてな。」

「大淀さん人選間違えてない?テートクを止める気あまりなさそうなんだけど。」

「ああ、ないな。先ほどの会見は胸がすく思いだったからな。あの朝目新聞とのやり取りは痛快だった。」

ほら、やっぱりー。大本営の大淀も今頃気付いてるんじゃないかな。番犬を送ったつもりで、暴れたがりの狂犬を送り込んじまったってさ。

「それで、しれえ。この車はどこに向かってるんですか?」

ほお。こいつは鋭いな。さすがは初期艦。途中横浜までは同じ道を来たんだがな。

「え?鎮守府じゃないの、テートク。」

「いや、横須賀だ。そこにある在日米軍の横須賀基地に行く。」

「ええっ?与作、フレッチャーの件で散々向こうを煽っているのにかい。」

「あの、煽るようなことをしたでしょうか。私はただ提督の仰るままに踊ったりしただけですが。」

「その割にはノリノリでしたよ!しれえの笑顔は不気味でしたけどって、痛い、痛いですー!片手でぐりぐりしないでください!」

相変わらず俺様に対してはやたら辛辣な言葉を吐きやがるな、この初期艦。運転をしてるんだからふざけたことを言っているんじゃねえ。大体なんでお前が助手席なんだよ。どうやって決まったんだ。

「しれえがあちこちから怒られている最中にみんなでじゃんけんをした結果です!」

「なんだと!?」

おいおい。ってことはこいつ、負けたってことじゃねえか。うぷぷぷぷ。いいことを聞いたぜエ。

カードゲームやジェンガが無敵な雪風ちゃんもどうやらじゃんけんは弱いらしいなぁ。お前に神経衰弱で8連続負けたこと、一日たりとも忘れたことはないぜ。くっくっくっく。鎮守府に戻ったら雪辱を晴らしてやるとするか。

 

「どういうことだ?言っている意味が分からない。」

在日米軍司令官であるブライアン・マグダネル少将は部下からの報告に眉をひそめた。

「ですから、江ノ島鎮守府の提督が、少将に面会したいとのことで今やってきているのですが。」

副官であるヒュー・ハッチンソン大佐は深海棲艦との戦いの中で深刻な人員不足となっている在日米軍にあって、副司令を兼ねる逸材である。その彼が、常日頃の冷静沈着の仮面を脱ぎ捨てて動揺を露わにしていた。

「ちっ。日本人はさすがにせっかちだな。昨日の昼間の件か、NSA(国家安全保障局)が下手をうった件か。どちらにせよ、来てるのでは会わねばならんな。本来なら弱小鎮守府の提督如きに会ってやる必要はないのだが。」

「分かりました。通すように伝えます。それと、少将。」

「なんだ。」

近くに寄ってきた大佐に対し、マグダネル少将は声を落とす。

「例のフレッチャーも来ています。」

「なんだと!!わざわざ籠の中に青い鳥が入ってきたというのか!」

「今アトランタを準備させております。上手く行けばこちらの手に・・・。」

少将は緩んだ口元を直すのにしばしの時間を要した。

 

「アトランタ、分かっているな。私が右手を挙げたら向こうの提督を押さえつけろ。いかに艦娘がいようと、提督を人質にとってしまえばこちらのものだ。」

やれやれ。マグダネルのおっさんも二年前に来たときはまだマシだったのに。年々酷くなってくね。まあ、いいけどね。深海棲艦との戦いで活躍するのがあたしら艦娘ってことで面白くないのはよく分かるし。本国の連中に比べればまだ扱いはマシなんだろう。

向かった先は作戦会議なんかする会議室。といってもあたしら艦娘は言われたことをうんうん頷くだけだ。道具は黙って話を聞いてろということらしい。

「くれぐれもしくじるなよ。お前の肩に我が米国の威信がかかっているんだからな。」

「了解・・。」

米国の威信?かかってんのは大統領を含めてあんたたちの地位と名誉でしょ。そこに国を引き合いに出さないでほしい。小物感に拍車がかかるよ。

「私が基地司令官のブライアン・マグダネルだ。江ノ島鎮守府の提督とか。今日はどういった用向きですかな。」

マグダネルのおっさんと副官のハッチンソンが江ノ島鎮守府の提督たちと向かい合わせに座り、あたしはその後ろに立つ。っち。おいおい。艦娘が5人もいる上に、そのうち二人が長門と時雨だよ。

この状況で仕掛けろっての?頭湧いてんのかな。

「お話の前に申し訳ありませんが、鬼頭提督。我が国では、艦娘は武器と同じ認識です。そちらが5隻で、こちらが1隻と言うのは明らかに不公平です。別室を用意させますので、一隻残していただき、他の艦娘はそちらに待機させていただきたい。特に偉大なる7隻のお二方は一隻で連合艦隊並みの戦力と言われています。申し訳ありませんが、席を外していただきたいですな。」

 

ふうん。そう来るのか。さすがに陰気なハッチンソンは考えることが姑息だね。でもまあ、言っていることは間違いじゃないけど、どうするのかな。何かすごい向こうの時雨がこっちを睨んでいるけどさ。

 

「ああ。了解しました。それじゃあ、フレッチャーが残れ。長門補佐官、他の連中を連れて行ってもらえますかね。」

「了解した。それじゃあ、またな。」

あっさりと別室に移動する長門に比べて、駆逐の連中はなぜか自分たちの提督を睨んでいるのが気になるね。特にあのプラチナブロンド。グレカーレだっけ?またフレッチャーばかりとぶんむくれてるんだけど。ちょっとちょっと。そこの二人とも、しめたって気持ちが顔に出ちゃってるよ。もう少し隠したら?

 

「それでは改めまして。鬼頭提督、わざわざこの横須賀基地まで出向かれたご用向きは何かな。」

「はい。忘れ物を届けに上がりましてねえ。昨日ここの基地所属の方が落としていった拳銃が3丁ございましてね。交番に届けようと思ったんですが、さすがに面倒だとわざわざ持ってきた次第でして。」

「それはそれはわざわざすまないね。それでその拳銃とやら、この基地所属の者が落としたという証拠はあるのかね。」

「難しいですなあ。通常登録してあるとは思いますが、落としていった物ですからねえ。責任を追及されるのを恐れて登録自体を抹消するってこともあるでしょうしね。だが、こいつはどうでしょうね。」

 

鬼頭提督が出したのは、ボイスレコーダーと車のナンバープレートがばっちり写されたスマホの画像。

 

「こいつをぽちっといたしますと・・・。」

『提督?江ノ島鎮守府の提督か。我々は横須賀にある米軍基地の関係者のものだ。追って要請を出すから、この場は引いて欲しい。』

『日本とアメリカの間で問題になるぞ!』

「紳士の嗜みでいつもレコーダーは持ち歩いておりましてね。」

 

あーあ。バカだね、こいつら。自分たちで問題作ってるじゃん。しかもばっちり録音されてるし。でも、鬼頭提督、ダメだよ。こいつらずる賢いから。それじゃあダメなんだよ。車なんかとっくに処分しているし、関係者もすでにこの基地にはいないよ。

 

「うん?聞き覚えがない声だな。おまけにこれが基地の車だと?こんなものあったか。」

「この車も職員も本基地所属ではありませんな。調べていただいても構いませんが、もし無かった時には国同士の問題になることをお忘れなく。」

「いえいえ。調べるまでもありませんよ。追い込みが失敗した後、証拠をそのまま残すなどバカがすることですからねえ。ただですねえ、こいつを見ていただけますかね。この基地の車両の購入記録なんですがね。ほおら、こいつと同じ物を4年前に購入されているんですよね。しかも3台。販売した業者にも確認済みですし、車検の記録もあるんですよ。おかしいですなあ。先ほどのお話だと、確か司令官殿はこんなものはあったかと仰っていましたが、ご自分が司令官としている間に新車で買われた物をお忘れなんですかね。」

「さあな。いちいち細かいことまで気にしてはいないよ。事務方に任せていたからね。」

「確かに確かに。いちいち基地の司令官ともあろうお方がそんな細かいことまで気にしてはいられませんよね。だとすると、こいつもご存じないでしょうなあ。」

 

出されたそれは・・通行券?

 

「ええそうです。高速道路で使う通行券です。こいつを使って有人改札を通れば、基地の車両は高速代が無料になります。といっても、後で防衛省に請求がいくんですがね。ただ、これ、所属の場所と名前、車のナンバーを書かないと使えない面倒くさい代物でして。ほら、ここ。所属は横須賀、しかも、車検の記録と照らし合わせると、さっきの車とは違うものの、3台のうちの1台が昨日の夕方に使ってるんですよねえ。」

「・・・・・。」

「まあ、本国との行き来が制限される中で、予算を何とかやりくりしようとすると、それは普段から節約を心がけますよねえ。急いでいる時にも思わずきちんとしてしまうくらいに・・。」

 

くくっ。黙るしかないじゃん、こんなの。何、このおじさんやるじゃん。一日でこれ揃えたの?地味にすごくない。

「そ、それで、鬼頭提督は何が言いたいのです。」

ダンマリの司令官に代わってハッチンソンが問いかけるけど、動揺は隠せてないみたい。声が上ずってるよ。

「ええ。うちのフレッチャーを誘拐しようとした動機についてお話しようと思いまして。」

「フレッチャー?それは君達日本人がそう言っているだけで、我国の大統領補佐官も否定していたではないか!」

 

「私がフレッチャーです!!」

うわ。これまで一言もしゃべらなかったフレッチャーが立ち上がったかと思ったら、びっくりするぐらい大きな声を出した。いきなりは止めてよ。驚くじゃん。でも、我慢ならない気持ちはわかるからいいけどね。

 




登場人物紹介
与作・・・・・・ついに無敵雪風に土をつける時が来たと内心ウキウキが止まらない。
グレカーレ・・・「ねえ、絶対テートク勘違いしてるよね。」
時雨・・・・・・「与作は他人からの好意に鈍感だからね。」
フレッチャー・・「私たちが教えて差し上げないといけませんね。」
雪風・・・・・・最近与作と触れ合う機会が若干少なかったため、久々にぐりぐりをされて実は密かに嬉しい。
長門・・・・・・本当は与作の後ろが上座なのだが、我がままを言って、左右をグレカーレとフレッチャーに挟まれる形にしてもらった。
北上・・・・・・与作にどんな服が合うかと考えた結果、作業服だと気付くが、それ以外に何かないかと模索中。
大井・・・・・・北上様にデザインしてもらうなんて!と激おこ。だが、会見での与作の発言は認めており、前よりは若干印象を上方修正。


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第二十四話「ママ大いに怒る(後)」

一応何度も確認して投稿をし、ちょいちょい直しておりますが、誤字が減りません。いつも誤字報告をしていただいている方々ありがとうございます。

エピソードが終わりませんでした。ボリュームが増えすぎて若干タイトル詐欺かも・・。後日直すかもしれません。

いつの間にか30話目まで来ましたが、全く気付いていませんでした。
今回はこちらの二人から一言。
グレカーレ「30話なんだって!でも、話が進むにつれて、テートク、あたしへの態度がどんどんおざなりになってる気がするんだよねー。」
時雨「あ、うん。まあ、グレカーレは少し与作に構ってもらおうとするのを減らした方がいいと思うよ。」


「落ち着けフレッチャー。いいから座りやがれ。」

「はい・・。ごめんなさい、提督。」

 

ありゃ素直。なんとなく羨ましい感じ。信頼感てやつが見える気がする。そりゃ、あの会見みたいなこと言われちゃね。

 

「まあ、アメリカさんがこのフレッチャーを認めたくない気持ちも分かりますよ。大規模作戦の際にフレッチャーに会えるとの噂を信じて予算をつぎ込んでみたら、違う船に出会ったっていうんだから。国民に説明するためにも一刻も早く本物のフレッチャーを見つけないといけないですよねえ。それこそ攫っても。」

「とんでもない言いがかかりだな。では、君は我が国のフレッチャーが何者であるか見当がついているのかね!!」

「もちろん。映像で確認しましたが、化粧やらパッドやらで聖女感を演出していますが、制服の方は着慣れている感じがしましたんでね。100隻以上いるという、フレッチャーの姉妹艦の一人でしょ。違いますか?」

「!」

 

さっとマグダネルのおっさんが手を挙げるのと同時にあたしは鬼頭提督に襲い掛かった。

 

「提督!!」

視界の隅でフレッチャーが悲鳴を上げる。Sorry、勘弁してよ。あんたの提督が不用心過ぎるんだって。イスごと床に叩きつけて両腕を拘束すると、にやにやしながらマグダネルのおっさんがあたし達に近づいた。

 

「おおっと、動かないでいてもらおう。君の大切な提督がどうなるか分からんよ。まさか、こんなものをあんな短時間で用意してくるとはな。いや、恐れ入ったよ。日本人の勤勉さに乾杯したいところだな。ハッチンソン、どうだ。」

「さすがにコピーですね。原本は用心深く鎮守府にあるといったところでしょうか。忌々しい。」

 

びりびりと証拠の品を破り捨てるハッチンソン。フレッチャーは懇願するような目でこちらを見てくるけど・・・。

「止めてください!アトランタ、提督を放して!」

「Sorry。ごめん、フレッチャー。無理なんだ。こいつがあるうちはあたし達に自由はないんだよ。」

 

あたしの首にかかっている忌々しい鍵型のチョーカー。米国首脳部がフランケンシュタイン・コンプレックスの国民を安心させるために開発したあたしたちを縛る鎖。AKC、Automatic kanmusu controller。艦娘自動制御装置。提督と認識した人間や、その人間から指揮権を譲り受けた人間の指示に従わなければ、気が狂わんばかりの刺激が頭の中をのたうち回る。あの子に対する仕打ちが酷すぎると、何かしたくてもあたしたちに何もできなかったのはこいつのせいだ。

 

「そういうことだ。元お仲間だと言っても、情けは期待できないぞ。さあて、どうするかね。鬼頭提督。貴官は無礼にも我が国が威信にかけて救出したフレッチャーを偽物と断じ、今またこのような紛い物の証拠で、謂れのない嫌疑を我々にかけた。これは日本と米国の関係を考えた時に非常にまずいと言わざるを得ない。そこのフレッチャーが本物だというのならば、我が国に連れ帰り、事の真相を明らかにする必要があるが。ハッチンソン、どう思うかね。」

「司令官の仰る通りですな。日本政府に今回のことを厳重に抗議致しましょう。聞くところによると、ただ江ノ島観光に行っていただけの我が国の職員も不当に拘束されているとのことですから、併せて、交渉に入るとしましょう。」

「鬼頭提督、どうだろう。別室の君の艦娘達、特に長門や時雨にも言い聞かせてもらえんかね。我々はよき友人になれるとね。」

「止めて!!わ、私、米国に行きますから。提督を放してください!」

 

背中ごしに聞こえるフレッチャーの涙声。止しなって。あんた大分無理してるでしょう。分かるよ。みんなの前であんだけのこと言ってもらえてさ、こいつらの所なんか行きたい訳ないじゃん。なんとかしてあげられないかな・・。ぼうっとする頭で考えていると、抑え込まれいているのに鬼頭提督がニヤリと笑った。

 

「こいつあ、どういうことでしょうねえ。話し合いに来た人間をいきなり拘束するなんて。自分達の領土に使者を招き入れ、ぐさりとやって戦争になる、なんてのは古代ではよくあることですが。まさか現代でそうなるとは思いませんでしたねえ。」

「ふふ。まあ、戦争と言うことなら、君は負けたということだな。大人しく我々の言うことに従いたまえ。命も今の地位も約束しようじゃないか。よい関係を築いていこう。」

 

よく言うよ、こいつら。鬼頭提督も運がなかったね・・。あそこで長門達を下げなきゃさ・・。

って、何?どうしてまだ笑ってんの?

 

「くっくっくっく。いやねえ。三下の考えることってのはどうしてこう変わらないのかと思ってね。部下共もちんけな追い込みだったが、その上官とやらも変わらずか。この程度で俺様を追い詰めたつもりだとはねえ!!」

 

うわっっち!何このおっさん。口から勢いよく、あたしの目をめがけて針を吐き出しやがった。

「ちょっと!」

思わず避けようとするや、両腕の拘束が緩み、一瞬で体を入れ替えられる。え?何々?なんで、あたしが組み伏せられてんの。あたし艦娘、この人おっさん。なのにどういうことよ!!

 

「日本のおやぢを舐めるんじゃねぜ。さあて、どうするね。お二人さん。俺様はこうして平気だけどねえ。」

「バカが!アトランタ、そいつをもう一度取り押さえろ!」

 

やってるんだって、くそが!!このおっさん、重心移動が巧み過ぎて、逃れられないんだよ!!

 

「何なんだ、あいつは!!くそ、ハッチンソン。どうする、このままだと長門達を呼ばれるぞ。」

「仕方ありませんな、少将。あれを発動させましょう。艤装なしの状態でも、艦の戦闘力を飛躍的に向上させたという話でした。」

 

「おい、まさか!?や、止めろ!!あれは人間相手に使っていい代物じゃないだろ!!」

何考えてんだ、こいつら。あれを使った後あたしがどうなるか知ってんのか。艤装着けてたって体はボロボロ。ましてや艤装の保護がなけりゃどれだけの痛みが伴うか!!

 

「高負荷をかけるため、後で入渠が必要になりますが、なあに修復剤を使えばすぐに治ります。」

「ハッチンソン・・・てんめええ!!」

あたしの叫びなんかガン無視。道具のいうことなんてどうでもいいってこと?お前たちそれでも人間かよ!

「提督さん、はや・・・」

そこまで言いかけて、あたしの意識は途切れた。

 

 

 

「ぐああああああああああああ!!!!!!」

例えるならば狼の咆哮。さっきまで与作の下で、必死に逃れようと喘いでいた、どことなくめんどくさそうな表情をした艦娘の姿は最早ない。白いブラウスは黒へと変わり、犬歯を剥き出しにしたその瞳には狂気が宿っている。

 

「ぐるうううううう!!」

「ちっ!!こいつ!!」

先ほどまでとのあまりの変わりよう、わずかにできた隙を見逃す獣ではない。肩に噛みつこうとするその動きを読んでいたにも関わらず、かわしきれず与作の肩から血がにじむ。

 

「提督!!」

慌てたフレッチャーが間に割って入るが、与作はそれを押し止める。

「なぜです!な、長門さん達を呼んできます!!」

「必要ないねえ。少将、ちなみに聞きますが、こいつはどういう代物なんです?」

「ふん。余裕のつもりか?力自慢のようだが、このモードナイトメアと対峙しても、そのままでいられるかな。」

 

自信満々にマグダネルは告げる。モードナイトメア(悪夢)。かつて、アトランタとも関わりがあり、ソロモンの悪夢と呼ばれた日本の駆逐艦夕立。その原初の艦娘夕立の戦闘力・好戦性を分析し、自国の艦娘達の能力を瞬間的に上げようと米国の科学者たちが考えた、文字通り相手にとっては悪夢のような装置。疑似的な興奮状態に陥る電波と動力自体に干渉して高負荷をかけることによって、一時的に艦娘を好戦的な性格に変え、爆発的な火力・機動力を生み出したものだと。

 

「元々、このアトランタは火力が低くてな。船時代からその復原性の悪さからお得意とされる対空火力も安定しない失敗作だったのだよ。そのため、こいつが艦娘として現れても誰も期待しなかった。そこで、当時のこいつの提督が軍と図ってね。改造したわけさ。」

「成程ねえ。とすると、今目の前にいるのはあのソロモンの悪夢ってことかい・・。」

「恐ろしかろう?どうだ、強制停止することもできるぞ。最後のチャンスをやろう。君たち日本人が語り継ぐ武勲艦だろう?降参するかね。」

 

「え・・・!?て、提督・・・。」

その時、間近で見ていたフレッチャーは信じられないものを見た。艦娘である自分でさえ、この場にいて相当なプレッシャーを受けているというのに。己の提督は!

二イイイ。

笑っている・・・。

 

「降参?誰に向かって物を言ってやがんだ、三下!!」

おいおい。ソロモンの悪夢って言ったか。駆逐艦最強!日本駆逐艦屈指の武勲艦!!そいつを模した奴が目の前にいるんだぜ。

「闘うに決まってんだろうがあああ!!!」

俺様の叫びに呼応したかのように、向かってくるアトランタ。いい速さじゃねえか、こいつ!

 

かちり。ギアを入れ替えて世界は灰色に包まれる。だが、アトランタは止まらない。一撃必殺。放たれる拳は重く、そして速い。外の世界からは瞬きするような間に、幾たびの攻防を繰り返したか。放った蹴りをやすやすと躱され、一瞬にして後ろを取られる。

 

「ぐああああああああ!!」

 

背中に伝わる鈍い衝撃。飛ばされたと思ったら今度は前から腹部への一撃。追撃に合わせてとっさに合気で地面に叩きつけるが、奴は止まらない。即座に身を翻すと、唸り声を上げて距離をとる。

「なかなかやるじゃねえか。しばらくぶりに背中に入れられたぜ、攻撃をよぉ。」

完璧超人並みに正面から敵の攻撃を受けるのに徹していたんだがな。あっさり破りやがった。

 

「提督、平気ですか!!」

「ああ。なんてことねえ。むしろ。心配なのは向こうの方だ。呼吸が荒くなってきてやがる。おそらく限界を超えた反動なんだろう。」

そこまでされたんじゃ、俺様も超えるしかねえな。限界のその先を。

 

「ぐるううううう!!!」

アトランタが動くのに合わせて神速を発動する。奴の速さは変わらない・・。限界を超えた速度ですら、艦娘共は簡単に凌駕する。北上と闘っておいてよかったぜ。その事が知れたからな。

 

「ただの神速がダメなら重ねるだけだ!!」

脳が焼き付くような衝撃を感じながら知覚を研ぎ澄ませる。灰色だった世界は白く光っているように見える。おうおう。ゆっくりと胸の揺れも確認できるぜ・・。アトランタ、お前さんもつらいだろう。こんな連中にいいようにされてよお。だから俺様がこの一撃で仕留めてやるぜ。

息を吐き出し、拳を握る。身体全体の関節、その一つ一つを意識して・・。

 

「関節可動部位27か所、同時加速ッ!!」

 

 

パンッ!!!!辺りに鞭のような破裂音が響き渡る。

「ぐあああ・・が・・があが・・・」

「はあ?な、何なんだ。今の破裂音。一体何が?って、なぜアトランタが倒れている!!」

マグダネルの困惑も無理はない。神速の領域に達した両者の攻防は常人の目には瞬間移動しているようにしか見えない。唯一艦娘であるフレッチャーだけが目で追うことはできていたが、それでも最後の与作の一撃は見えなかった。

 

「提督!!」

膝をつく与作の元に駆け寄るフレッチャー。与作は肩で息をしながらも、フレッチャーの助けを拒否して立ち上がり、ニヤリと笑う。

「マッハ突き。音速の拳さ・・・。思ったより効くだろう?」

倒れたアトランタは返事もせず呻くだけだ。限界を超えたためだろう・・。身体全体から高熱を発し、それを逃がそうと大汗をかいている。

 

「ま、まさか・・・。モードナイトメアのアトランタを人間が破るなんて・・・。」

ハッチンソンは己の目を疑った。理性的な人間と言われ続けてきた彼にとって、目の前で起こった出来事を理解しようとすることを脳が拒否していた。

 

「この役立たずがあ!!もう少しで上手くいったというのに・・。わしが、わしが何年我慢したと思ってるんだ!!」

 

虎の子の太平洋艦隊を失い、制海権を大きく減少させた今のアメリカでは、在日米軍の司令官など閑職の際たるものだ。順調に出世し、かろうじて健在の大西洋艦隊の高官へと昇り詰める同期を尻目に極東の島国に送られる屈辱は、マグダネルにとって耐えがたいものであった。フレッチャーを手土産に大統領にすり寄り、今後の出世を夢見ていたのに。それを、目の前の日本人が全て砕いた。

 

「きさまああああああ!!」

許しがたい現実に脳が沸騰する。胸元から銃を取り出し、一発くらわせて。せめて己の気持ちを落ち着けてやろう、そう思っていたマグダネルは。次の瞬間、銃口が握りつぶされていることに気付き、愕然とした。

 

「誰に向かって銃を向けているというのです・・。」

それは低く、そして響く声。

「な・・・あ・・・・」

目の前に立ちふさがったフレッチャーから感じる気迫に、マグダネルは愕然とする。

「誰に向かって銃を向けているかと聞いているのです!!答えなさい!!!」

 

銃を手放し、呆然とその場に膝をつく。司令官としてのプライドよりも、今はどう彼女の怒りを収めるかしか考えられなかった。彼は己の無知を初めて理解した。マザーと呼ばれるフレッチャーだが、世の連中はアメリカ駆逐艦の母とも呼んでいる。そして、母とは己の大切な存在を傷つけられた時、この世の何よりも恐ろしい存在になるのだと・・。

 

「提督・・。こちら、お使いください。」

「ふん。いらねえよ。俺様にはこのタオルがって・・・。そういや、車に置きっぱなしだったな。」

首元を確認し、黄色いタオルがないことに気付くと、与作は仕方なくフレッチャーのハンカチを手に取り、傷口をぬぐった。

 

「さて、司令官殿。先ほど戦争と仰いましたがねえ。どうします、これ以上やりますかい。」

「ま、まだ基地に兵士は山ほどいる。無事に帰れると思わないことだ!」

ハッチンソンの苦し紛れの発言に対し、与作はやれやれと肩をすくめてみせた。

 

「だそうですが、長門補佐官。そちらはどうですか?」

慣れないネクタイの裏に仕込んだ明石特製の小型トランシーバーに呼びかける。

 

「こっちか?別室でずっと待機が暇だったんでな。そこらに隠れていた海兵隊員に声を掛けて腕相撲をしていたんだが、みんななぜか伸びてしまって暇をしているとこだ。どちらかと言うと、時雨が何度もそっちに行きたがるんでそれを止めるのが大変だった。って、おいおい・・。」

「与作、無事かい!!ケガしてないかい!!」

「あん?ちょっと、肩に掠ってちょい血がにじんだぐらいだ。」

 

与作の答えに通信機越しの時雨の声が絶対零度にまで冷える。

「・・・・潰す・・・」

「ちょっ、ダメですよ、司令!!」

「空気読んでよ、テートク!!落ち着いて―!!」

「こら、時雨。落ち着け。ということだ、鬼頭提督。一旦切って合流するぞ。」

「な!!バ、バカな・・・。基地の人間に暴力を振るってただで済むと思っているのか。国際問題だぞ!!」

「くっくっくっく。バカだねえ、本当に。俺様があんな程度の追い込みで終わらせたと思っていやがるんだからよぉ。おめでたいねえ。」

先ほどまでのどことなくよそ行きの顔を捨て、いつもの顔を見せる与作に、ハッチンソンはぎょっとする。

 

「おい、もんぷち。写してやんな。今の間抜け面をよ。」

『了解です。貴方達、上映会を始めますよ!!』

 

もんぷちの指示の元に、妖精の撮影隊が会議室の壁に映像を映し出す。ハッチンソンの野郎は何が起こったか分からねえようだな。そりゃあ、妖精が見えない奴からしたらファンタジーだろうぜ。

 

「な、何だこれは。い、今映っているのか?どうやって撮ってるんだ!」

「この間のフレッチャーの動画が好評でねえ。今回もせっかく在日米軍基地に行くんだからと、妖精の撮影隊に同行してもらって撮ってもらっているのよ。今基地の外にいる大本営の明石と夕張がネットにアップする準備を進めてるぜえ。」

 

大人気コンテンツになりそうだからな。ちっぽけな弱小鎮守府の台所事情を改善するためにも必要だろう。

「こいつをアップしても、まーだ、自分たちは正義だと言い張れるのかねえ。国際問題だと言うならどうだい。世界中の人間に判断してもらうかい?どちらが正義かを。俺様はどちらでも構わねえぞ。」

「よ、要求は何だ・・・。」

黙り込んだハッチンソンに代わって、今度はマグダネルが口を開く。ふうやれやれ。ようやく本題に入れそうだぜ。ったく、頭ばかり固くて小利口な奴らは本当に面倒くせえな。

 

「なあに、簡単なことさ。米国大統領アルフォンソ・フォーゲルと連絡を取ってくれ。」

 

 




登場用語紹介
モードナイトメア・・・艦娘に関して日本に後れをとった米国技術陣が、その総力を結集し、開発した装置は、端的に言うならば艦娘自体のリミッターを外し、意図的に暴走状態に陥らせるためのものである。そのため、この状態になった艦娘は、通常状態でも他の艦娘と大きくかけ離れた戦闘力を有するが、過負荷の反動は著しく、使用後行動不能となる事例が多く報告されている。ソロモンの悪夢と呼ばれた原初の艦娘夕立の戦闘力を再現するというかかる試みは、その一方で、日本に多く存在する偉大なる7隻の戦闘力を米国が恐れるがゆえではないかという指摘もされている。
               民明書房刊「悪魔の技術」より

登場人物紹介
与作・・・・・・黄色いタオルがなかったせいで戦闘力が下がったと感じている。
フレッチャー・・黄色いハンカチを使ってもらえたのでそこは嬉しく感じている。
長門・・・・・・米海兵隊とさんざん腕相撲をした結果、与作の強さに改めて気づく。
時雨・・・・・・無言で出ていこうとするところを長門に捕まえらえる。
グレカーレ・・・一生懸命時雨を押し止める。
雪風・・・・・・時雨を抑えているように見えて、自分自身も抑えている。


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第二十五話「私の名は」

エピソード終わる終わる詐欺をしてすいません。終わりませんでした。分けないとおそらく一万字を超えそうな勢いなので分けます。






8月10日

なんで、こんな境遇になってしまったんだろう。深海の底から、日の当たる海へと上がってきて。目の前にいる多くの同胞と挨拶を交わした時、みんなは確かに喜んでいた。あたし自身も合衆国の一員として、また大いに頑張ろう、そう思って、やってきたのに。基地についてから提督に始めてかけられた言葉が忘れられない。

 

「フレッチャー級というから、フレッチャーかと思ったらハズレの妹か。運がないな。まあ、大統領に報告してやるから、少し待て。」

 

え?ちょっと待って。運がない?運がないってどういうこと。姉さんでなければハズレって意味が分からない。でも、提督のその言葉の意味をその後すぐあたしは知ることになる。

 

通信機越しの大統領はあからさまに落胆の色を浮かべていた。なぜだろう。あたし、何か悪いことをしたのだろうか。とりあえず、挨拶でもしようと気持ちを切り替える。

 

「Hi、あたしがフレッチャー級USS「フレッチャーだ!!」え・・!?」

目の前の大統領が突然叫び出す。事態が上手く呑み込めないあたしに対し、矢継ぎ早に彼は言葉を続ける。

 

「いいか、君はフレッチャーだ。反論は許さん。君の本来の名前はどうでもいい。くそっ!!どれだけの予算をつぎ込んだと思ってるんだ。なぜ、フレッチャーが来ないですり抜けるんだ。くそ、CIAの無能共め!!英国や日本からの情報では、今回フレッチャーがドロップする確率が高いと言っていたではないか!!それで来たのがフレッチャーではなくてその姉妹?ふざけるな!!」

 

「あの・・・」

「ああ、だからしゃべるなと言っている!モリソン提督、彼女に首輪はまだつけていないのか?」

「はい。大統領のご意向を伺ってからと思いまして。」

「早急に着けさせ、ホワイトハウスに移送させたまえ。軍の特別機を使い、人目につかぬようにするのだぞ!」

 

それだけ言うと、大統領は内心の苛立ちを見せつけるように荒々しく通信を切った。意味が分からない。君はフレッチャーとは。どういうことなの?そして、首輪って・・、今あたしに付けようとしている鍵型のチョーカーのこと!?

 

「あの、提督・・・。」

「これでよし、と。ああ、質問は受け付けられない。だが、君も俺も災難だったな。フレッチャー。」

 

何を言っているの、あたしは姉さんではない。

 

「何言ってるの、あたしはフレッチャーじゃ‥痛い!!」

違うと言おうとすると、頭の中に割れんばかりの激痛が走る・・。何これ、どういうことなのよ!

 

「君は今日からフレッチャーだ。我が合衆国の大統領が言うのだから、間違いはない。ホワイトハウスに君を送ったら、祝勝会とお披露目会が開催されるだろう。それまでによくフレッチャーとしての立ち居振る舞いを学んでおくように。」

「どういうこと?深海棲艦と戦うのではないの?」

「ああ。君の仕事は大統領の補佐だ。3食昼寝付きでホワイトハウスの中で過ごせる。うらやましいものだな。」

 

何を言っているの提督は?あたしは艦娘。深海棲艦と戦うために生まれてきた存在よ!あたしの反論に対して提督はまだわからないのかと嘲笑の目を向けた。

 

「だから、聖母は闘わないものだろう?安全な後方にいていいんだ。喜びこそすれ怒ることではないだろう?」

 

8月13日

今日は祝勝会とお披露目会。本当は昨日だったけれど、あたしを見た大統領の落胆が激しいのと、フレッチャーらしい所作を学べということで、一日の大半をその二つのことに費やした。でも姉さんらしい所作って何よ。あたしはあたしじゃいけないの?そう反論したら、頭の中に激痛が走るだけでなく、直接ゴルフクラブで叩かれた。何でこんな扱いを受けないといけないのだろう。必死になって謝って、何とか許してもらい、お披露目会に参加する。姉さんらしい格好にメイク、表情。駆逐艦の母を演じろということで、何度も立ち居振る舞いを確認させられる。あたしは何のためにここにいるのだろう。

 

9月2日

またいつもの夜がきた。あたしはこの時間が大好き。一日の中で唯一自分に戻れる時間だから。日が昇り、朝が来れば、あたしは姉さんに、フレッチャーにならなければならない。月日を数えるのが面倒になり、頼んで部屋の中にカレンダーを用意してもらったが、あの作戦からもう半月以上が経とうとしていることに気付き、愕然とした。そんなに経ってるなんで感じてもいなかった・・。あたしが自分の名前を告げるだけで、相変わらず頭の中に激痛が走り、全身が痺れるような状態となる。あたしという存在は何なのだろう。

 

9月18日

ホワイトハウスの中にあてがわれた一室で、あたしは艤装もつけず、人形のように着飾って過ごしている。毎日の仕事は朝昼晩と3食を大統領と共にすることと、一日の終わりに彼の愚痴を黙って聞くこと。人によっては、なんて楽な仕事と思うかもしれない。だが、あたしは艦娘だ。闘うことが仕事なのだ。そのあたしから闘いを取り上げられたら、どうして生きていけるのか・・。

 

 

11月16日

最近フレッチャーと呼ばれる度に作り笑いを浮かべて、愛想よく振舞おうとする自分に愕然とする。ようやく会えたアイオワは愕然としながらあたしの方を見ていた。何とか助けを呼ぼうにも、首に付けられたチョーカーが怖くてそれもできない。あの痛みを毎日受け続けていたら、頭の中がおかしくなってきた。こんなにもみんなに望まれない、名前を言っただけで怒られる存在なんて必要なんだろうか・・・。

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2月3日

久しぶりにアイオワと会う。うつむく彼女に最近の様子を尋ねると、私自身の体調を心配された。ホワイトハウスの中にいて、大統領の補佐をできるんだもの。こんなに安全なことはない。むしろ日々深海棲艦との戦いに明け暮れるみんなに申し訳がないと話したら、とたんに黙ってしまった。私としたことが、気に障ることを言ってしまったみたい。聖母失格ね。気を付けないと。

 

 

 

アメリカ合衆国ワシントンD.C午前3時。その日、首席補佐官であるロバートは、メインハウスにいるアルフォンソ・フォーゲルに、いち早く吉報を伝えるべく、顔を紅潮させていた。

 

「大統領!青い鳥を捕らえることに成功しました。」

「なんだと!それは本当か!!」

 

フォーゲルの喜びはひとかたならぬものがあった。深海棲艦の発生以来、米国はすることなすことが裏目に出、以前と違って世界の警察を自認することはできなくなっていた。全世界規模で起こり、軍事的緊張のあったロシアや中国といった大国も無視できないダメージを負い、人類全体で協調姿勢をとろうとしているため、表立って問題は出ていないが、かつてとは違うその立場の軽さに、歴代の大統領たちは不満を抱からざるを得なかった。フォーゲルもその一人であるが、彼にとっては合衆国の大統領になることによって、一つ大きなメリットが存在した。それは合衆国に所属する全ての艦娘を己の好きにできる、ということである。

 

艦娘発生後、その運用を巡って米議会は大いに揺れた。いくら知性と感情があると言っても、人間を超える能力を有する彼女たちに人間と同じ権利を認めてもよいのか、いや、せっかく、かつての軍艦の身から人としての形を持ち生まれてきたのだ、第二の人生は人として扱うべきだ。未だ各国で繰り返し論争の元になる艦娘は人か、道具かの論争であるが、ここアメリカでは前者が優勢となり、艦娘達には行動を制限される装置がつけられることになった。しかし、ここに問題がなかったという訳ではない。行動を制限する装置を使う際のルールについて、最低限他人に迷惑を及ぼさぬこと、艦娘の管理をしっかりすることのみを強調したため、このルールを自己本位に解釈したブラック提督が後を絶たなかった。良識派・艦娘派の提督たち、議員がそれを個々につぶしてはいたが、全体としては微々たるものであった。フォーゲルもそうしたルールに対してよからぬ解釈をした一人で、彼は艦娘達への保護の法律がないことを逆手にとり、己の好みとする艦娘を好きにしようと考え、実行したのである。

 

しかし、ここで一つの滑稽だが、極めて深刻な問題が発生した。彼本人は己のことを重度のマザコンだと思っていたが、連れられてきた空母サラトガやイントレピッドにはときめかず、アイオワやヒューストンと言った戦艦や重巡にも惹かれなかった。人間自らが固定観念でこうだと思っていたことが崩れた時ほどショックなことはない。最新の艦娘型録を用意させた彼は、自国だけでなく、他の国で似たような艦娘がいないか調べ、ついに雷ママ、夕雲ママという奇跡の二隻と出会う。

 

雷、夕雲。紛れもなく、日本の駆逐艦であるが、特筆すべきはその恐るべき母性である。ロリでありながらママ。二つの属性を併せ持つ彼女たちを見るにつけ、己の国にそうした存在がいないことに対してフォーゲルは焦燥感を募らせた。情報機関を動かし、第二次大戦に詳しい専門家達にも話を聞いた。そこで出てきた結論が、アメリカ駆逐艦で最も建造され、多くの後の駆逐艦の基となったフレッチャーの存在である。彼女に会えれば、己のこの心の渇きが満たされる。幾度となく作戦海域を捜索させ、費用はかさんだ。議会の場でも軍事費があまりに膨らみ過ぎる、そこまでして探すものかとつっこまれた。だが、

 

「それでもママは存在する!」

堂々とそう言い切った彼を多くの米国人男性が支持した。特に軍人の多くはその性癖は別にして、フレッチャーの名前に特別な感慨を持つ者が多く、できうることならばかの艦娘を仲間にしたいという思いは人一倍であった。

 

「ようやくか、ようやく会えるのか、マザーに!!」

支度もそこそこに、フォーゲルは大統領執務室へと急ぐ。

 

8か月前。ようやく出会えたと思ったフレッチャーは紛い物でしかなかった。快活な表情を浮かべてはいたが、母性のかけらもない。彼女をフレッチャーとして扱い、国民を騙し、無聊を慰めたが、満足できる筈もない。各国に諜報員を送り、エシュロンも使用して、フレッチャーに関する情報を集めさせていたところ、なんと極東の島国でフレッチャーが建造されたという。耳を疑う報告の後に提出された画像を見て、彼は心の底から欲していたものをそこに見つけた。

 

「これは本物のフレッチャーだ!!何としても、このフレッチャーを確保しろ!」

 

艦娘発生後に取り決められた「艦娘に対する条約」では、艦娘を建造、ドロップした場合、それを行った国に所有権があるとされるため、彼のしようとしていることは重大な条約違反である。しかし、それは現在艦娘でいるものが対象で、過去艦娘であった者にはそれは適用されない。フレッチャーを連れ去り、退役させ、自らの物とする、細かいことは、手に入れてしまってから考えればよい。日本政府がいくら反論しようとはねつけることは可能だ。それがフォーゲルの考える筋書きであった。

 

「マグダネル少将、難しい任務だったと思うが、よくやってくれた。」

執務机に着くや、モニター越しのマグダネルの労をねぎらう。やや硬い表情なのは、自分からの褒賞に期待してのことだろう。

 

「もちろん、君の今後については大いに期待してくれて構わない。君だけでなく、副官のハッチンソン大佐についてもだ。それで、彼女は側にいるのかね。」

「はい。おい、フレッチャーこちらに来るんだ。」

 

「!!!!!!!!!」

息を呑むとはまさにこのことか。モニター越しに見るフレッチャーの姿にフォーゲルは一瞬呼吸が止まるかと思った。胸の動悸は止まらず、両の目からは涙が溢れんばかり。この時をどれほど待ち焦がれていたことか。この地上のどの黄金よりも美しく輝く髪。母性の象徴たる豊かな胸。そして、その吸い込まれそうになる青い目。

 

「フレッチャーなのか。」

「はい。大統領閣下。フレッチャー級駆逐艦ネームシップ、フレッチャーです。お初にお目にかかります。」

「ああ。長いこと君の着任を待っていた。」

「え?私は二隻目なのではありませんか?」

純粋な目で己を見るフレッチャーにフォーゲルは首を振る。

 

「先だっての大規模作戦では、一隻ドロップしたのだがな。今君を見る限り、あれは別な船だったようだ。こちらの事情で君の身代わりをしてもらってね」

「私の代わり・・ですか?一体なぜそのようなことを・・・。」

「国民からの追及を逃れるためだ。すまないことをした。君が我が国に来るのであれば、彼女も解放できる。」

「分かりました。ですが、私の代わりをしたという艦娘にモニター越しでもかまいません。会わせていただけないでしょうか。これまでさぞ辛い思いをしてきたと思うのです。」

フレッチャーの言葉にフォーゲルはうんうんと頷いた。この優しさこそマザーの証。何物にも代えがたい資質ではないか。すぐさま、ロバートに言いつけ、メインハウスから、彼女を連れて来させる。

 

「こんにちは。私はフレッチャー級のネームシップフレッチャーです。ご用は何かしら?」

 

モニター越しに見る姉妹艦の変わり果てた姿を見て、フレッチャーは言葉を失った。自分と同じ格好をしていることからフレッチャー級であることは間違いない。だが、その鮮やかなストロベリーブロンドと同じ色の瞳には覚えがある。100隻以上もいた姉妹艦だ。だが、その容姿を間違える筈もない。確信をもって、フレッチャーは告げる。

 

「違うわ。貴方は私ではない。USSジョンストン。それが貴方の名前よ。」

「いいえ。私はフレッチャーです。ジョンストンではありません。」

 

壊れたラジオのように繰り返すジョンストンにフレッチャーは焦りを覚える。

 

「どうしたの、ジョンストン!!もう演技はしなくてよいのよ!」

「どうも、責任感の強い彼女のことだ。自らをフレッチャーだと思い込んでしまっているようだね。まあ、君が我が国に来次第、姉妹の絆を深めてくれ。」

 

「・・・何をしたのです、ジョンストンに・・。」

静かに怒りをにじませながら、フレッチャーは目の前の男に問いかける。

「8か月の間、君の代わりを務めてもらっただけだよ。最初の頃はあまり任務の重大性を理解してもらえなかったのでね。少し厳しくしてしまったが。」

「許せない・・・。許せない!!貴方はそれでも人間ですか!!私たちだって心があるのに、それをなぜ!!」

「マグダネル少将、彼女、首輪は?」

「はい。このリボンの下にこのようにつけております。」

「よろしい。フレッチャー少し黙りなさい。」

「うっ・・く・・こ、これは・・・。」

「すまんね。君のしている首輪はこちらの指示に従わぬと君たち艦娘に痛みを与える仕組みになっている。日本との違いだ。慣れてくれたまえ。では、マグダネル少将。いい報告だった。モニター越しで話していても、未練が募るばかりだからな。すぐにでもこちらに移送してくれたまえ。日本政府には気付かれるな。」

「ま、待ちな・・・さ・・い!」

「すまないな。マザー。だが、必要なことなのだ。愚かな子を許して欲しい。素直な貴方に会いたいだけなのだ。」

 

心からのフォーゲルの謝罪。かの聖母ならばきっと分かってくれる筈。そう願って通信を切ろうとした時。突然、モニター越しに聞こえてくる声があった。

 

「くっくっくっくっくっく。こんな下種は初めて見たぜエ。」

 




登場人物紹介

声の主・・・鼻くそほじほじ。スタンバイ中。
大統領・・・念願のマザーに会えて頭お花畑中。
マグダネル・地位と命、どちらが大切か言うまでもないよね!


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第二十六話「怒りの日」

ようやく長かったエピソードが終わりました。すいません。一万字になるから分けると言っていましたが、分けても一万字超えました。確実に今までで最長です。米国大統領のゲスっぷりには作者もイライラしました。


「くっくっくっくっくっく。こんな下種は初めて見たぜエ。」

フレッチャーを押しのけ、割って入ってきた与作を見るや、フォーゲルは苛立ちを見せた。

 

「なんだ、お前は。私とフレッチャーの話に割って入るな!!マグダネル!その無礼者を下がらせろ!!」

「ふん。だそうだが、どうするね、少将。」

「む、無理です・・・。」

 

マグダネルは蚊の鳴くような声で答える。時雨に腕をもたれた彼は、隣から感じる殺気に耐えるのが必死だった。

「うん?まさか、その服・・。フレッチャーの提督か!?ふふ。残念ながら、首輪をつけられた時点でお前の負けだよ。」

「ほお。それは何で?」

「その首輪は行動の制限をするだけでなく、意識に干渉し、こちらの思うがままに操ることもできるのだよ。フレッチャー。そいつを拘束しろ!」

「はい、大統領。」

「くっ、この!フレッチャー止めろ!!」

「はっはっはっは。さあ、そこの艦娘よ、マグダネルを解放したまえ。今日の私は気分がいい。尻尾を巻いて帰るならマザーに免じて許してやろう。」

「ぐっ。ち、畜生・・。やい、フレッチャー放しやがれ!!」

「無駄無駄。さあ、お引き取り願おう!」

「く、くそ。大統領よ、とんでもねえ野郎だな。俺ぁ、気付いちまったぞ!」

「もう切ってもいいのだが、情けで付き合ってやろう。何をだ?」

「今、艦娘を思うがままに操れるって言ったよなあ。じゃあ、なんで、ジョンストンを操らなかったんだ?そっちの方が余程面倒がなかったろうぜ。・・・てめえ、楽しんだな?」

 

与作の指摘に一瞬黙ったフォーゲルはニヤリと笑みを浮かべた。

「私をぬか喜びさせたんだ。これぐらいの八つ当たりは当然だろう?さあ、フレッチャー。お客様はお帰りだ。最後の見送りぐらいして差し上げろ!」

 

フォーゲルが命じるや、フレッチャーは与作の腕をとり、自らの胸に押し当てる。与作は激しく抵抗する素振りを見せた。

「おい、よせ。フレッチャー。俺様の腕を無理やり胸に押し当てようとするな!」

「大統領の命令です。聞けません。」

「ちょっと、フレッチャー!やりすぎだよ。与作もにやけない!!」

「時雨!!声入ってるよ!」

「グレカーレさんもですよ・・・。」

 

 

ふざけんな時雨!俺様はにやけてなんかいないぞ。おいおい。モニターの向こうの大統領様がぽかんとしてこちらを見ているぞ。何だ、この茶番はって感じだよなあ。じゃあ教えてやんないとな。

「首輪がついてるのになぜって、表情だな、おい。そりゃそうだ。こいつは壊れているもの・・。」

「何だと!ば、バかな・・。」

「おい、クズ。フレッチャーの首にかかってるこの首輪はさっきアトランタからもらったもんでなあ。とっくに効果なんかないんだよ!!」

「どうやって暗証番号を仕入れた?そいつの暗証番号は提督と、私しか知らない。マグダネルは指揮権は持っていても、暗証番号は分からない筈だ!!」

「けっけっけっけ。強引に壊そうと思ったんだがよぉ。無理に壊すとなんか起きそうだったんで、こいつに頼んだのさ。たたたたん!『幸運ビ~バ~』!!」

「んもう!しれえったら!!雪風です!適当に数字を打ち込んだら解除されましたよ!」

「ば、ばかなああ!!」

 

ひっひっひっひっひ。試しにやらせてみて大正解。開いた時のマグダネル達のぽかんとした顔、永久保存版だぜ!んな、アホなああああって顔してたからなあ。うちの初期艦、トランプの鬼を舐めるなよ!!

 

「なんで、お前さんが死ぬほど欲しているフレッチャーは米国に行きません。俺様が寝取りました!残念でした~!!」

「はいっ!!寝取られました!!」

 

俺様に合わせてなぜか、にこにこ笑顔で宣言するフレッチャー。

 

「ぶうううう」

マグダネル達が吹き出してやがる。そうだよなあ。絶対こいつ意味分かってねえぞ。後で鎮守府に帰ったら面倒くさいことになりそうだ。おい、時雨。俺様をジト目で見るな。こいつが勝手に言ったことだぞ。

 

「ふ、ふざけるな!!我が国を敵に回す気か!どうなっても知らんぞ?フレッチャーを残して立ち去れ!日米間の問題になるぞ!」

 

くっくっくっく。おいおい。小物ってのはどうしてこう、言うことが同じなのかねえ。大量生産、大量消費のお国柄だからかい?

「どうなっても知ったこっちゃないのは俺様の方なんだけどよぉ。」

「何だと!!貴様、どういうことだ!」

「俺様の同期にロリコン友の会で幅を利かせている奴がいてな。バカなあんたは理解してないだろうねえ。世界中のロリコンを敵に回したってことに。」

「何・・?」

自らもマザコンを自称するだけあるねえ。フォーゲルの野郎、フレッチャーの捜索の時に、多くのマザコンやロリコンの共感を上手く得やがった。だがよお、そういう連中が敵にまわったらどうなるかねえ?

「たた、大変です大統領!!せ、世界中の動画投稿サイトに今のリアルタイムの映像が流れています!!」

 

おうおう。俺様をけなしていた例の大統領補佐官くんか。お前もあれだろ。どうせ、こいつと組んで甘~い汁を吸ってやがったんだろお。じゃあ、一緒に地獄に落ちるべきだよなあ。

 

 

 

とある米国人ハッカーの日記より

 

その日は我々Lの魂を持つ者にとって、文字通り聖戦となった。洋の東西を問わず、Lの魂を持つ者達は、「神の子」の言葉に奮起し、神を恐れぬ愚行を犯した者達に鉄槌を与えるべく、不眠不休を厭わず攻撃を続けた。国務省や国防総省などの主要省庁にサイバー攻撃が仕掛けただけでなく、ほぼ全ての公的なサイトに「Lの尊厳を踏みにじりし、愚かな大統領に鉄槌を!」とのメッセージを残すことに成功した。全世界のあらゆる動画投稿サイトにLoSの名の元に、先ほどの大統領の醜悪極まる動画を投稿し続けた。途中、アメリカサイバー軍が本気を出し、我が国の同志たちが劣勢に回る場面もあった。だが、奴らは分かっていなかった。Lの魂を持つ者は全世界にいることに。そして、先ほどのジョンストンの変わり果てた姿・・。それは、我々Lの魂を持つ者にとって、あまりにも痛ましい姿であり、その元凶であるくそ大統領に対して、我々が怒髪天を衝く程の怒りでもって一矢報いてやろうとしていることに。そして、奴らに一泡吹かせようというのは我々だけではなかった。聖母に涙させたものに死を。我々とは理念の対立もあり、互いにけん制しあう仲でもあった。我々よりも深い歴史を持つ、深淵に立ちしMの魂を持つ者たち。彼らは自らの理念の恥ずべき破戒者である大統領を断罪すべく、この聖戦に名乗りを上げた。

 

 

「だ、大統領!!フォード・ミードの陸軍基地より緊急連絡です。現在、同基地でサイバー空間防衛に当たっているサイバー軍からで、国内・国外からおびただしい数のサイバー攻撃を受けているとのことです。」

 

「き、貴様!!話が違うぞ!動画投稿はしないと言っていただろう!」

おいおい。マグダネルのバカが怒ってやがるが、こいつ立場わかってんのかね。

「え?さっき俺様はどちらでもいいと言っただけでねえ。要求が通ったからと言って、投稿をしないなんて約束はしてねえんだが。」

「ば、バカな!普通はそう思うもんだろう!」

 

あれ?ハッチンソンくん、いたの?存在感無いから忘れてたわ。

 

「普通っていうのはお前さんたちの基準だろう?怖いねえ、人間思い込みって。よおく確認しておくべきだよなあ。自分たちの動画も投稿されてないかさああ!」

 

実はここに来る前にとっくに投稿済みでねえ。悪党相手に約束なんぞ守る訳ねえだろ。お前たちが逆の立場だってそうするじゃん。

 

「お前~!!ってっぎゃああ!!!」

「あ、ごめん。大きな声を出すから、びっくりして力の加減が分からず折っちゃったかも・・。」

平然と言う時雨だが、お前目が全然笑ってないぞ。ぶち切れてるだろ。

「いやだなあ。怒ってないよ。あきれてるだけ。与作に手を出しておいて、僕たちの仲間に酷いことをしておいて、許してもらえるんだって思ってる、その図々しさにね。」

 

「おい。そこの艦娘達!!お前たちの提督が何をしようとしているのか分かっているのか?そいつは日本を我が合衆国との戦争に引きずりこもうとしているのだぞ!!」

「どうぞ、ご自由に。我が国の元帥、そして海軍大臣でさえも腹をくくっている。」

 

室内へと入ってきた長門は深海棲艦達に向けるものと変わらぬ敵意を目の前の男に叩きつけた。与作に言われて関係各所と連絡をとっていた彼女自身は、執務室でのやりとりを見てはいない。だが、通信機越しに話す誰もが声を震わせ、怒りをぶちまけるのを聞き、己がその場にいなかったことに感謝した。もしいたら、腹立ちまぎれに基地そのものを壊滅させていたかもしれないから・・。

 

「反艦娘派と言われる坂上大臣でさえ、致し方ないと言ってくれたぞ。胸糞が悪い、同類に思われたくない、だそうだ。」

「せ、戦艦長門だと!?それは宣戦布告ということか?これまで散々守ってやった我が国に楯突こうというのか!」

「愚かだな。私は一介の艦娘だ。そして、我が国は法治国家だ。外交交渉もせず、最後通牒も行わず、そのようなことをする訳がなかろう。」

「生意気な極東のサルどもめ。ほえ面を掻いても知らんぞ!!こちらから攻め込み、先の大戦の時のように蹂躙した上で、フレッチャーを手に入れてやろう!!」

「本当に愚かな男だ。貴様の国の憲法では、宣戦布告には議会の承認が必要な筈だぞ。そもそも貴様、これだけのことをしでかしておいてまだその座にいられると思っているのか?」

「何い?」

 

 

 

遡ること30分前。英国はロンドンにあるバッキンガム宮殿に一人の艦娘の姿があった。彼女の名はウォースパイト。英国が誇る。クイーンエリザベス級戦艦2番艦にして、かつて、19年前に行われた鉄底海峡の戦いにおいての生き残り。偉大なる七隻(グランドセブン)と、尊敬と崇拝をもって謳われる彼女はまた、EU艦娘連合艦隊の司令長官でもあった。平時はロンドン北西のノースウッドにある連合司令部に通い詰めの彼女が宮殿に姿を現わしたことに驚いた警備兵は、とにもかくにも女王にそのことを告げるべく、急ぎ側仕えの執事へと連絡をとった。

 

「え?ウォスが!?こんな早くに何かしら。通してちょうだい。彼女に向けて閉めるドアはないわ。」

英女王は今年で94歳。高齢ながらかくしゃくとしているが、最近では次々と近しい者が亡くなり、寂しさを口にすることもあった。そんな中での彼女の唯一の救いがウォースパイトの存在である。彼女が生まれる前から存在し、生まれた後にも共に歩んできた彼女を、女王は特別な友人と呼んでいる。現れたウォースパイトを喜んで私室に招き入れると、執事に命じ、紅茶を用意させた。

 

「女王陛下、朝早くから宸襟を煩わすことをお許しください。」

「堅苦しいわね、ウォースパイト。あなたは私にとって家族のようなものよ。私と同じ名を冠した船、私より早く生まれた姉。でも、今のあなたは孫娘になるかしら?」

「それでは、孫娘からお婆様へのお願いがございます。」

 

微笑みながら、彼女に対し、ウォースパイトは日本の古き友人長門から送られたビデオレターを見せる。そこには米国において、艦娘がいかに過酷に扱われているかを示す数々の証拠が映し出されており、穏やかで知られる女王は眉をひそめた。

 

「米国の大統領がよもや私利私欲のために、軍を動かしていたとはね。しかも、首輪ですって?あの国はいつになったら艦娘の扱い方を覚えるというの!道具のように丁寧に、女性のように繊細に、それが鉄則よ。」

 

英国にあって、艦娘の地位は決して低くない。どころか、ある面では高いともいえる。それは、自然や物に神が宿ると考えるケルトの文化が身近に存在するだけでなく、女王自身が努めて国民へと艦娘との付き合い方の範を示していたからに他ならない。

 

「日本の古き友人時雨の新しい提督も、女王陛下と同じ考えのようです。長門は現在その提督と行動を共にし、米軍基地にて米国大統領と交渉に臨んでいるとか。」

「知っているわ、キトウよね。朝早く起きたものだから各国のニュースを見ていたら、痛快に新聞記者をやっつけていたわよ。そう。彼が、米国と闘っているのね。艦娘のために。」

「ええ。偉大なる女王陛下。伏してお願いいたします。『艦娘に関する条約』には、『艦娘の所持・管理の仕方については国ごとの事情を鑑みて行うべし』との一文がございますが、この度の米国のやりようはそれを遥かに逸脱するものです。国際社会の場で糾弾してはいただけないでしょうか。」

 

女王はじっと自らの年若い姉を見た。若い頃には彼女に乗ったこともある。クイーンエリザベス級という同じ名前という不思議な縁を感じ、鉄底海峡の戦いから彼女が帰ってきたときには涙を流して喜んだものだ。

だが・・。

「そのお願いは聞けないわね、ウォースパイト。」

女王は彼女ほど優しくはなかった。唇を噛みしめ、絶句するウォースパイトに女王は微笑みかける。

 

「そんな程度で許すほど、甘くはないのよ。何かの折にととっておいた物だけど、後生大事にしておいても仕方がない。MI6やDIS(国内情報参謀部)に至急連絡し、あのくそ大統領に一発かましてやりましょう。どれだけ不祥事の種が集まっているか楽しみね。」

「女王!!ありがとうございます!お蔭で米国の艦娘達も救われるはずです。」

「いくら言っても聞かなかったどうしようもない息子を叱りつけるのは母親の役目よ。それにね。」

 

女王は茶目っ気たっぷりにウインクをして見せた。

 

「せっかく、日本の紳士が悪辣な輩から大事な艦娘達を救おうとしているのだもの。淑女ならその手伝いを喜んでするものでしょう?」

 

 

 

とある艦娘派の提督の日記より

 

その日、我が合衆国が艦娘誕生より20年の長きに渡り、闇にひた隠しにしてきた忌むべき慣習が白日の下にさらされた。フランケンシュタイン・コンプレックスの下、艦娘達を恐れるのは致し方がないことだ。だが、それを逆手にとって彼女たちの自由を必要以上に奪い、己の私欲を満たそうとする輩は後を絶たなかった。まさか、選挙の際には人道派で売っていたフォーゲル大統領がそうだと誰が想像できただろう。かつての宗主国である英国が、日本を支持すると約束し、EU連合艦隊司令長官ウォースパイトが米国から亡命した提督とその支配下ある艦娘の保護を積極的に行うと約束したとき、基地の艦娘たちは快哉を叫び、私にも共に行こうと声を掛けてくれた。これまでささやかな忠誠を誓っていたこの国も、こうした動きの中では我々提督への扱い方も考えて行かねばならないだろう。反艦娘派の米国民よ。どうぞ、好き勝手に反対を叫び、艦娘を忌み嫌うがいい!我々が出て行った後、誰がこの国を守るか知らないぞ?

 

 

大統領執務室へと矢継ぎ早にやってくる情報量の多さに、フォーゲルどころか、首席補佐官のロバートでさえも、泡を食い、呆然とするしかできなかった。英国の日本支持、米国出身提督の身柄の確保と艦娘の保護。艦娘派議員たちによる下院への大統領弾劾決議案の提出、海軍艦娘派の提督によるサボタージュ及び、一部提督たちの脱走による基地の機能不全。ネットの一部有志による世論調査では大統領の支持率は11%にまで落ち込み、かつて同じく弾劾裁判にかけられそうになり自ら辞職したニクソン元大統領の支持率を大幅に下回った。

 

「くっくっくっく。おやおやどうしましたかねえ。極東の猿にほえ面を掻かせるって話は?」

「ぐ・・・こ、この・・・」

あらら。黙っちまったぜ。そりゃあな。好き勝手やってきた自分の権力が足元から崩れ落ちるんだから、そりゃあやってられないよな。

 

「大体首輪なんか着けて好きなようにするなんてちんけなことを考えているから、こんなことになるんだよ。この似非マザコン野郎!!」

「何!!」

鼻白むくそ大統領に教えてやるかね。てめえがどれだけ半端者なのかおよお。

 

「ふん。俺様はそんじょそこらの奴とは違う。ロリコン、ショタ、同性愛別に構いやしねえ。だがよお。そいつはある一定の美学があってこそのことだ。てめえはその首輪でもってジョンストンを縛り、好き放題やっていたようだが、それはロリコンでもマザコンでもねえ。ただのお人形さん遊びが好きながきんちょよ!!お前が欲しかったのは自分のみじめな欲望のはけ口となってくれるお人形さんであって、ママでもロリでもねえ!!!」

 

「わ、私はマザコンだ!!」

 

「くっくっく。この期に及んでマザコン宣言が聞いてあきれるねえ。お前の言動、その道の連中が聞いたら、血管ぷっつんもんなんじゃあねえか。さっきのフレッチャーとのやりとりでてめえのメッキは剥がれてやがるんだ。どこの世界に、無理やり母親の自由を奪うマザコンがいるんだよぉ!お人形さん遊びに熱中していたがきんちょが、偉そうにマザコンを語ってんじゃねえ!これ以上くだらない口を利くんじゃねえよ、三下が!!」

 

あー気持ちいい。某裁判ゲームのように指を突き付けてやったらがっくりと机に突っ伏してやんの。おーい。生きてますかあ?さっきから入れ替わり立ち替わり、いろんな奴がお前の執務室に出入りしてんぞー。主席補佐官も固まってないでどうにかしろよー。

うん?画像がぷつりと切れやがった。おうい。灰になってる雑魚二人、回線が切れたのか?はあ、向こうが切っただと。バカだねえ。いくらスイッチを切ったって、現実は変わらないのにねえ。

うん?映りやがったが、何だ?いかつい顔のおっさんが出てきたぞ。

 

「大統領には別室に引き取っていただいた。お初にお目にかかる、鬼頭提督。私はダン・ウィルソン大将。アメリカ海軍で作戦部長をしている。」

「き、鬼頭提督。敬礼だ、敬礼。」

おっと追い込み中だったんでどうにも外行きモードに戻すのは難しいねえ。長門に言われて慌てて俺様が敬礼しようとすると、ウィルソンのおっさんは首を振り、頭を下げた。

 

「貴官の今回の勇気ある行動に感謝の言葉しかない。よくぞ、ジョンストンを、我が国の艦娘を救い出してくれた。勇名を称えられた武勲艦を己のエゴのために私物化し、このような仕打ちを行った大統領に対し、多くのアメリカ軍人・艦娘が怒りに震え、内乱を起こさんばかりの勢いだ。」

 

「ま、自業自得ですな。」

俺様は素っ気ない。道具の手入れが悪けりゃケガするのと一緒だ。丁寧に扱ってないんだから、そりゃ怒るに決まってんだろ。

 

「幸い、副大統領のエヴァンズが話が分かる人間でね。亡命を希望する提督や艦娘の邪魔をするなと申し渡したために、混乱は少なくて済みそうだ。」

ふうん。そんなことしたら合衆国の守備ががらあきになるんじゃないかね。どうなんだろう。

 

「構わんよ。何年かかってもこの国の人々の意識を改革し、提督や艦娘たちに戻ってもらうようにせねばならん。この国の人間は少し痛い目を見た方がいいのさ。」

そこまで言うからにはてめえが残る覚悟をしてるってことだな。

正直俺様は米国がどうなろうとどうでもいいんだが、一体何の用なんだ、この親父は。

 

「来なさい。ジョンストン。」

「・・・・・。」

俺様の目の前に偽フレッチャーことジョンストンが座る。こいつ、首輪はとれているが、心がやばいな。戻ってねえぞ。

「ジョンストンを君の鎮守府で引き取ってもらえないか?第二次大戦で勇ましく活躍した彼女の余りにもむごい姿が見ていられなくてね。姉であるフレッチャーのいる君の所ならば彼女も回復すると思うのだ・・。」

はあ?何言ってんだ、この親父。ただでさえ、駆逐艦ばかりのうちにまーた駆逐艦を引き取れって?しかも、こいつ米国にいてもどうせ厄介者だろう。体のいい押し付けじゃねえか!!

「提督・・。」

フレッチャーが心配そうに俺様を見る。ふん。俺様の艦隊に来るも何もこれじゃあ壊れた人形じゃねえか。おら、雪風。初期艦のお前がこいつに檄を入れてやんな!

 

「了解です、司令!ジョンストンちゃん!覚えていますか。サマール沖海戦でのこと。」

雪風は語る。サマール沖海戦でのジョンストンの奮戦を。栗田艦隊からの反撃を受け、速度は半減し、砲塔も半数が使用不能。艦橋が炎上した中でも、スコールと煙幕に隠れて態勢を立て直すと、さらにガンビア・ベイを含む護衛空母軍を救うため、日本艦隊の前に立ちふさがったその勇ましき姿を。

「わたしは・・・。」

「あなたが自分のことを忘れてしまっても雪風は覚えています!!満身創痍になりながらも、矢矧さん率いる雪風達第十戦隊の前に立ちはだかったジョンストンちゃんの雄姿を!最期を!」

 

遂に力尽き転覆沈没したジョンストンの側に接近し、その勇戦に敬意を表したのは誰あろう、雪風である。あの力強く最期の一瞬まで闘い抜いたジョンストンの変わりように雪風は涙が止まらなかった。

「思い出して下さい、自分を。強かったあなたを。雪風は見ていたんですよ!!強いあなたを!」

「ジョンストン!!」

フレッチャーも必死に呼びかける。先ほどまでよりも反応はあるものの、8か月に及ぶ首輪の行使により衰弱しきった心では立つこともかなわない。

「でも・・・わたしは・・・いらないって・・・」

掠れた声でジョンストンが答えた時、目の前に座る中年おやぢは面白くなさそうに吐き捨てた。

 

「ああ、いらないね。お前みたいな。根性無しは。」

「ちょっ!!テートク!!」

「与作、さすがに僕も怒るよ!!言葉を選ぶ場面だよ!!」

 

うるせえ奴らだ。騒ぐ外野を尻目に俺様は続ける。

 

「いらないって言われたから自分はいらないんだろう?バカかお前。いらないって言われても、自分が必要って思わせてみる根性はねえのかよ。」

「だって・・・みんなが・・・。」

「みんなが言ってたから?関係ないね。自分がどう思うかだ。お前自身はお前が必要ないって思ってんのか?」

「みんながそう言うならそうだと・・・」

 

がりがりと頭を掻いて苛立ちを紛らわらせる俺様。なんで、こいつこんなにアホなんだろう。

 

「みんなが、みんながってお前の言うみんなに雪風やフレッチャーは入ってないのかよ!!!」

「!!」

「必要としてくれる奴がいるのにうだうだと。そりゃあ、一年間別人でいろと言われて、逆らえば激痛。心が折れちまうよなあ。普通そうさ。だがよお。もうお前を縛るものはねえんだ。それなのにぐずぐずぐずぐず。辛気臭くてたまらねえ。みんななんてどうだっていいんだよ。お前がどう思うかなんだよ。怖くて逃げてるんだろ?臆病者のジョンストンちゃん。」

「違う・・・。」

「違わねえよ。みんなのせいにしてりゃ気が楽だもんなあ。こんなに臆病者なんじゃ、さぞかし乗っていた連中も臆病だったんだろうぜ!」

「司令!!」

俺様の一言に雪風が怒りぽかぽかと俺様のことを叩いてくる。ふん。当たり前のことを言っているだけじゃねえか。前のジョンストンも黙ってやがるぜ?

「・・・・違う・・。」

「何が違うんだあ?お前は臆病モンだろお?」

「訂正して・・・。」

ぐっと拳に力を込めて、ジョンストンは俺様を見る。いいねえ。目の前にいたら、お前、俺様を殴ってやがったな。

「艦長は、エヴァンス艦長は臆病者じゃない!!訂正しろ!!!艦長は、艦長は指が無くなっても、傷だらけになっても、味方を逃がそうと一分でも時間を稼ごうと闘ったんだ!!」

 

怒りに任せて捲し立てるジョンストン。ほお。そいつはすごいじゃねえか。確かに乗っていた連中は俺様から見てもすげえ連中だ。でもなあ、そいつらが今のお前の体たらくを見たらどう思うのかねえ。

「悲しむんじゃねえか、そいつら。一緒に闘って、共に沈んだ仲間がよ。こんな見る影もない臆病者になり下がっちまったんだから。」

 

さっと目を伏せたジョンストン。なんだあ、あいつ泣いてやがんのか?

 

「みんなは臆病者じゃない!あたしが、あたしだけが、臆病者だったんだ・・・。」

ぐすぐすと泣くジョンストンに可哀想だねと同情の目を向ける駆逐艦ズと長門。でも、俺様は同情しない。だって、こいつが臆病だし、負けたのは本当だからな。

 

「そうよ。あたしは負けたわ・・。頑張ろうって思ったのに、いらないって言われたから。」

「お前は臆病モンだよ。負けもした。だがよ。負けちゃいけねえのか?」

「え!?」

 

仕方ねえな。こいつに俺様の鬼畜モンとしての美学、鬼作先生から学んだことを教えてやろう。

一回しか言わねえから耳かっぽじってよーく聞け!!

 

「いいか、ジョンストン。一回の負けでも百回の負けでも勝てないと諦めたらそこでおしまいよ。本当の勇者って奴はなあ、ずぶとくしぶとく。例え、泥水をすすっても、雨露に耐えても、生き残り立ち上がるもんだ。息を整えて、まっすぐ前を見ろ!歯を食いしばれ!!もう一度だけ聞いてやる!てめえのしたいことは何だ?安全なところで昼寝することか!!」

 

「あたしは・・あたしは!!」

 

「お前と共に戦った連中は、一分でも一秒でも味方を逃そうとてめえより遥かに強い連中に立ち向かったんだってな。縮んだ気持ちに灯をいれろ!弱気の虫が鳴くなら無理やりでもねじ伏せろ!!ジョンストン、知ってるか?真の勇者ってのはなア、倒れない人間じゃねえ。倒れる度に立ち上がる人間のことなんだよ。お前はどうなんだ!!!」

 

「!!!!!」

 

バンッ!!大きく机を叩くと、ジョンストンは力強く立ち上がった。

 

「あたしは闘いたい!!ヨサク、あなたの艦隊で!!」

 

吹っ切れたように、快活な笑みを浮かべるジョンストン。あれどうでもいいけどなんで、俺様の艦隊なんだ?そうだ、しまった・・。そういやこいつをうちの艦隊にってウィルソンのおっさんの話だったじゃねえか!!ふにゃふにゃはっきりしねえからつい活を入れちまった!!

 

「提督!!素敵です!!」

「司令、見直しました!!雪風とっても嬉しいです。」

「与作、さすがだよ。あれ、おかしいな。僕ちょっと感激してるよ・・。」

「あたしの目に狂いはなかったなー。テートクやるじゃん!」

 

おいおい。お前ら、ちょっと待て。いらん。お前らに褒められても全く嬉しくない。駆逐艦が多くていい加減うんざりなんだが。って、ウィルソンのおっさん、あんたも大泣きしてんじゃねえ!!

 

「私の目に狂いはなかった。勇ましき武勲艦ジョンストン、どうか。異国の地でも元気で。追って正式に通達を送ろう、長門補佐官よろしいか。」

「了解した。そちらも大変だと思うが、なあに何かあったら頼ってくれて構わんよ。」

「遠慮なく頼らせてもらおう。それと、アトランタがモードナイトメアを使うに至った件、本国でも伝わっておる。マグダネル・ハッチンソン両名に対しては後日査問会が開かれるであろう。それまで両名とも、謹慎を言い渡す。主席参謀長兼副官であるコーネル大佐が任務を引き継ぐように。」

「承知しました。」

 

いつの間にかやってきていたコーネルが、マグダネル・ハッチンソン両名を退室させる。

 

「それでは忙しくなるのでこれで失礼しよう。最後に鬼頭提督。君は我が国の艦娘を救ってくれた。ありがとう。」

「ふん。俺様はちんけな追い込みが目に余ったのと、うちの鎮守府の奴に手を出されたのに腹が立っただけさ。」

「仲間思いの提督なのだな。よかったな、フレッチャー。君が我が国に未だ着任しておらんのは残念でならんが、幸せそうなその姿を見て、嬉しく思うよ。」

「ありがとうございます!ジョンストン、早くこちらにいらっしゃい!待っているからね。」

「ええ、姉さん。それとヨサク、I'm glad to see you(貴方に会えてよかったわ。)。すぐに行くわ!待っててね!!」

 

笑顔を見せ、手を振るジョンストンに俺様はため息で返す。いきなりヨサク呼びかあ?距離感近くないか、あいつ。なんだかグレカーレの悪夢が・・・。うっ頭が割れる!!

「いや、別に無理に来んでもいいんだがなあ。」

「うふふ。提督は冗談がお上手ですね!」

なんで、こんなにってくらい上機嫌のフレッチャー。多分五重キラぐらいのまぶしさだぞ、こいつ。

 

「さてと、帰るか。一仕事終えたから、長門補佐官のおごりでジュウジュウカルビでも行くか!」

「鬼頭提督、すまんが、大淀たちから呼び出しがかかっていてな。非常に非常に残念だが戻らねばならない。またの機会に是非呼んでほしい。というか呼んでください。お金は払うので。」

「くっくっく。ご愁傷様あ。それじゃあ、俺様たちだけで行くか。って、なんだコーネルのおっさん。俺たちはもう帰るぞ!」

 

帰ろうとして車を出した俺様達を先ほど司令官に出世したコーネルのおっさんが呼び止める。何か抱えてるぞ?あれは、アトランタか?あいつ、修復ドックに入れられてたんじゃねえのかよ。

 

「なんだ、どうしたんだ?」

「す、すまない帰りがけに。基地の修復ドックでアトランタを修復しようとしたんだが、一向に良くならなくてな。この基地には艦娘が少ないものだから高速修復剤がないんだよ。こんなことを頼むのもどうかと思うが、君たちの鎮守府に高速修復剤があるのなら使ってやってくれないか。」

「まあ、アトランタには借りがあるからな。そいつのお蔭で首輪対策ができたしよ。かまわねえぞ。」

「なぜとは聞かないんだな。彼女をこんな目に遭わせた我々なのに。」

「知るか。どうせ、居心地が悪いとか、良心の呵責ってやつだろう。興味ないね。」

「ふふ。貴官は手厳しいな。」

 

未だ目を覚まさぬアトランタを乗っけて鎮守府へと戻る俺様達。長門補佐官が降りたものの、アトランタを一番後ろの席に寝かせたため、再び行われる助手席に誰を座らせるかのじゃんけん大会。

 

うん!?また雪風だと。ははあ、雪風じゃんけんが苦手説は間違いがなくなってきたな。こいつはますますリベンジの日は近いぜ。けけけけけ。楽しみにしてるぜ。お前の敗北してぐぬぬとなる姿を見るのがよぉ。

 

「あの、テートク。あたしも同じ立場だから教えてあげるけどさ。雪風、強いよ。」

「はあ?またまた、何言ってやがんだ。罰ゲームで助手席に座ってんだろうが。」

「与作の鈍感!みんな与作の隣に座りたいんだよ!!」

「俺様の隣はむちむち美人と決まっている。お前らじゃねえ。」

「て、提督。私はその、どうでしょう・・。一応むちむちしているつもりなんですが・・。」

「はあああ?なんで俺様に感想を聞くんだ?知らねえ。今度織田にでも聞いてみな。」

「全く。司令は本当にみんなの気持ちが分かってないですね。」

「お前たちの気持なんか分かりたくないね。さて、ジュウジュウカルビが無くなっちまったから仕方ねえ。宮本肉店で肉を仕入れてバーベキューでもすっか。」

「カルビなんか美味しそうね!」

「雪風はハラミが好きですね。」

「僕は普通にロースだなあ。フレッチャーは?」

「私は皆さんと食べれば何でも美味しく感じます。」

「よし、じゃあその辺を買ってと・・」

 

『私は牛タンを希望します!!』

あれ?もんぷち、お前いやがったのか。随分静かだったから気付かなかったぜ。

『アトランタさんの艤装妖精が生意気なんで、先輩としての威厳を見せつけていたところですよ。』

「アトランタの艤装だあ?そんなの知らねえぞ。」

『提督が来る前に必要だろうから入れさせてくれとあのコーネルさんに言われたんで。私が趣味のピッキングでトランクを開けて入れといてやったんです。ところが奴ときたら、中が狭い、暗いのが嫌だと文句ばかり垂れるもので・・』

 

趣味のピッキングってこいつ、最近ちょくちょく鍵かけたはずの所から金平糖がなくなってると思ったら犯人はお前か!!それに、ちょっと待て待て待て。なんだか、話がすごーーーーーくおかしくないか。なんで修復剤使うだけのアトランタの艤装が入ってんだ?それによくよく考えたら、うちから修復剤持ってくればいいだけじゃねえか?

 

「与作・・・。後でちょっと話そう?今後についての真面目な話を。」

 

おい、元ペア艦。なんだそのジト目は。いつもそんな目つきしてたら直らなくなるぞ。

とりあえず、今日は疲れたんで、鎮守府に戻って飯食ってから考えようや。

 




グレカーレ「今回はホントに珍しく、登場人物紹介がないみたいよ。」
時雨「人物が多すぎて書くだけですごいことになりそうだからだって。」
雪風「しれえと雪風のじゃんけん勝負の結果が知りたい人も多いはずですよ!!」
与作「うるせえ!!」
フレッチャー「ふふ。提督、よろしければ後で私とじゃんけんをしてください。」
グレ&時雨&雪風(絶対わざと負けてあげる気だ!!)
もんぷち『それでは、みなさん、次回「そして、それから」でお会いしましょう!!』


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第二十七話「そして、それから」

普段後書きに書いているようなものをまとめたものです。活動報告にも書いておりますが、しばらくネットが使えぬ環境となるため、更新が滞ります。

読む時のBGMのおすすめはFEのメインテーマです。クリアした時のスタッフロールとみんなのその後のイメージです。急いで書き上げたので、この後と若干誤差が出てくるやもしれませんが、その時には修正します。


こうして、後に「艦娘解放の日」と呼ばれる一夜が過ぎた。その後の人々の足跡を記す。

 

 

「元米国大統領アルフォンソ・フォーゲル」

米国史上初めての弾劾を認められる大統領になるかと思われたが、彼もまたニクソン元大統領を習い、下院による訴追勧告を受ける前に辞任した。多くの人間を騙し、多くの艦娘を不幸に追いやった元大統領に対する世間の風は冷たく、辞任から数か月後に物取りに遭い命を落としたが、悲しむ者はだれ一人としていなかったという。

 

「米国海軍作戦部長ダン・ウィルソン」

離脱者が続く、米艦娘部隊であったが、ウィルソンは自ら多くの提督の下に足を運び、彼らの説得に当たる。その真摯な態度にうたれ、一部の提督達は艦娘達と共に米国の地へと残ることを決意する。

 

「米国戦艦 アイオワ」

ジョンストンを助けられなかった己の無力さから退役を考えるも、サラトガにそれは逃げだと甘えを指摘され、奮起する。今は残り少なくなった米国艦娘部隊を盛り立てるため獅子奮迅の活躍をしている。

 

「米国空母 サラトガ」

ジョンストンを救えなかった無力さを恥じるも、己のすべきことを探し、イントレピッドと共に残った艦娘達をまとめあげる。実は密かに日本の鬼頭提督が気になっており、時雨の会見動画をお気に入りとして保存している。

 

「ロリコン友の会  LoS」

与作が動画でロリコン友の会と語ったことで、会の名前を変更しようかと言う議題が持ち上がる。

全世界をつなぎ、異なる教義の者達とも手を携えて戦った戦士たちは、最後のジョンストンの笑顔に満足し、祝杯を挙げた。彼らの信ずる神の子と偉大なるロリに幸あらんことを願って。

 

「偉大なる七隻 戦艦長門」

高杉元帥に叱られ大淀からも説教を受けてかなり凹むも、その後に行われた江ノ島鎮守府との焼肉パーティーでテンションを即座に回復させる。来るべく深海棲艦との戦いに向けて、準備に余念がない。

 

「偉大なる七隻 戦艦ウォースパイト」

米国からの艦娘や提督の受け入れに奔走する。少し落ち着いたら、昔馴染みの長門達に会うと共に、始まりの提督の墓参りに来日したいと考えているが、英女王に頻繁に呼ばれ、果たせずにいる。米国艦娘を解放するきっかけとなった与作に対し、並々ならぬ関心を抱いている。

 

「偉大なる七隻 駆逐艦響」

一連の騒動をスマホで確認した後、艦娘慰霊碑に赴き、一人ウォッカで乾杯する。時折南極観測船宗谷に呼びかける姿は、まるで懐かしき友と語り合うようだったという。

 

「偉大なる七隻 重雷装巡洋艦北上」

米国諜報員を捕まえた報酬に軍籍復帰書を要求する。出し渋る大淀、書類をとらせようとしない大井とのひと悶着の末、無事書類をゲット。与作にどう切り出そうか悩んでいる。

 

「大本営の屋台骨 軽巡洋艦大淀」

与作がやらかした一連の大騒ぎの後始末を鬼気迫る勢いでこなす。目下、動画だけを見て、与作のことを知った各地の艦娘からの異動要請の多さと海外からの交艦留学希望の激増に頭を悩ませている。

 

「教鞭クラッシャー 練習巡洋艦香取」

与作の動画をこっそり見たところ、柄にもなく感激したが、その後の傍若無人な有様に折った教鞭が二けたに達する。自らに相談もなく突然退職願を出した鹿島に動揺し、彼女を連れ戻そうと、やっきになる。

 

「真面目な努力家 練習巡洋艦鹿島」

与作のジョンストンへの声掛け、大統領とのやりとりに心を揺さぶられ、簡単にあきらめない気持ちの大切さを学ぶ。その後、提督養成学校へ退職届を提出。大本営所属となることを選び、とある鎮守府への着任を目論んでいる。

 

「悲劇の駆逐艦 ジョンストン」

日々来日の準備に忙しく、別人のように快活な姿を見せるようになった。己に活を入れてくれ、立ち上がるきっかけをくれたヨサクに、いつか自分のことを必要だと言わせたいと、日々演習に励んでいる。過去を振り返らず前を向くその姿は、多くの米国艦娘の心に希望を抱かせた。

 

「黒獣の防空巡洋艦アトランタ」

江ノ島鎮守府で高速修復剤を使い回復したが、なぜか本人が基地に連絡した後、帰る場所がなくなったと答え、結局いつく羽目に。数日後、与作の元に基地司令コーネルからアトランタを委譲する書類が届き、ひと悶着。そのことを告げられた時、彼女は嬉しそうに小さく頷いたという。

 

「提督養成学校16期A班」

なぜか、それぞれの鎮守府の艦娘達に与作と同じ班だったことを誇らしげに語られる。そもそも元から全員が与作を慕っていたため、これまでと態度に変化がなく過ごしているが、佐渡ヶ島鎮守府の某ロリコン提督に至っては、神の子と崇めるようになってしまった

 

「天然聖母 駆逐艦フレッチャー」

与作の好みを知り、多めに食べるようにしたところ、バルジってしまい、大失敗。練度を上げて改二になったら成長できるかもと猛特訓に励んでいる。ジョンストンの件で与作への好感度が天元突破。寝取られました発言の意味を聞いた後恥ずかし気にうつむくも嬉しそうにしていたという。

 

「偉大なる腐れ縁 駆逐艦時雨」

与作を追ってきたはずなのに、なぜかライバルばかり増えていく現状に焦りを感じている。駆逐艦とアトランタしかいない生活に嫌気が差した与作が家出する度に、ため息をつきつつ雪風と一緒に連れ戻しに行っている。練習艦時代の経験を活かし、他の駆逐艦達を鍛える毎日。

 

「がきんちょ悪魔 駆逐艦グレカーレ」

与作の知名度が上がったことを素直に喜び、自分の見る目に間違いがなかったと確信する。記者会見でグレカーレを見たイタリア国民は、かつての同盟国での元気な姿に喜び、快哉を叫んだという。後に故郷の同型艦と連絡を取り合うも、あまりにも落ち着いているその様子にチェンジと与作に叫ばれ憤慨する。

 

「トランプの鬼 駆逐艦雪風」

ジュースじゃんけん、焼肉じゃんけんと、事あるごとにじゃんけんを与作に挑まれ、その度ごとに勝利する。やけになった与作が雪風に負けたらデートをしてやろうと冗談で言ったところ、見事に負けてデート権をゲット。念願の宗谷との対面を果たす。与作が逃げる度にその場所を当てるため、YBL(やばいビーバーレーダー)の愛称で与作から恐れられている。本人は実は与作の好きにさせてあげたい気持ちが強く、家出の度にしばらく放っておこうと時雨に提案はしている。

 

「妖精女王(仮) もんぷち」

いくら注意してもつまみ食い盗み食いが減らぬため、工廠妖精と相談し、与作が作った金庫の中に菓子を入れられ四苦八苦。ついに騙くらかしたアトランタ妖精の機銃で穴を開けようとする暴挙に出ようとしたところ、お縄となり「わたしはつまみ食い妖精です」の札を一週間着けさせられる。

 

「アメリカに追い込みをかけた男 鬼頭与作」

世界各国からの勧誘、日本各地からの艦娘の異動希望要請、マスコミ等からの取材要請には毛ほども興味もなく、今日もすりぬけくんをどう攻略しようか悩む毎日。最近駆逐艦の数が増え、かまってほしいとひっつく連中が多くなったために、何度か家出を繰り返すも、その度ごとに雪風・時雨コンビに捕まっている。あまりに駆逐艦との縁ばかり深くなるため、知り合いの住職に頼み、「駆逐退散」の札を作ってもらおうかと画策中。

 




続く


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おまけ
おまけ「第一回人気投票改め主演女優賞発表会」


たくさんのご投票ありがとうございました。654票も投票いただき感謝です。


鎮守府食堂にて。

手作りの「第一回人気投票改め主演女優賞発表会会場」と掲げられた看板の下、司会席に座るもんぷちと北上。

 

客席にはエントリーされた艦娘達が緊張感を漂わせながら座っている。

 

もんぷち『はいはい、どうも。なぜだか突然提督に司会を押し付けられた私もんぷちと』

北上「同じく、突然よろしくされたあたし北上様が今回の司会だよー。」

もん・北『「題して、第一部主演女優賞発表!!」』

 

もんぷち『あれ、でも、人気投票って言ってましたよね』

北上「うん。当初はね。ところが、アンケートを設定した時間が悪かったのか、とんでもない差が開いたもんだから、さすがに可哀そうになったんだって。だから、急遽名前を変えたみたい。」

もんぷち『名前が変わっただけですけどねー。』

北上「ありゃ、ちょっと怒りマーク出してんじゃん。どしたの?」

もんぷち『当り前ですよ!この物語を読んでいる人なら知ってますが、最初に出てきたヒロインは誰あろう、この私ですよ!!それがな・ん・でエントリーされてないんですか!(怒)」

北上「それを言ったら、あたしだってそこそこ出てたんだけどねー。なんか、最初の5人は艦娘で、一応一部終了時に鎮守府にいた艦娘だそうだよ。あたし的にはアトランたんはぎりぎりだと思うんだけど。」

もんぷち『その辺は票にどう影響したんですかねー。総得票数654票。皆さまありがとうございました。それでは、提督、発表の方をお願いします。』

 

与作「おう。妖精ども、音楽頼むぜえ。人気投票第一位第一回主演女優賞は・・・・」

 

だららららららららららららららら。

ちゃん!

 

与作「恐ろしき天然マザー、フレッチャー!!!」

パッ。(スポットライトが当たる。)

フレッチャー「ええっ!?わ、私でいいんですか?て、天然マザーってどういうことなんでしょう・・。」

もんぷち『はい。結果は287票。正直強いです。一度も抜かれてません。3日間ず~~っとトップ。しかも二位に二倍差というとんでもない大差。まさにマザー強しを地で行くすごさに作者もびびってました。』

北上「まあ、予想されてたけどねー。なんせ、ここすきって機能でさ、みんなが好きな一文チェックできるんだけど、フレッチャーの『はい、寝取られました』がダントツ一位だからね。天然恐るべし・・・。」

もんぷち『ご本人はその辺わかって使ってたんでしょうかねー。』

フレッチャー「・・・ええと、そのう。始めは分からず使っていたんですけど・・、はい。」

北上「今は事実を知ったのに訂正しない!?こ、これは、まずいよ・・・。」

もんぷち『まあ、とりあえず、ご本人からの喜びの声を聴きましょう。』

 

フレッチャー「ご投票ありがとうございます。皆さんとそして提督のご期待に添えるよう頑張っていきますね!姉妹艦のジョンストンが着任しましたら、どうぞよろしくお願いいたします。」

与作「ふん。まあ、こいつは働いているからな。順当ってとこだろうな。」

フレッチャー「あ、ありがとうございます、提督!嬉しいです・・。」

 

もんぷち『それでは、続けていきましょう。この投票が3日間続いた原因を作った艦娘ですね。実は一日目終了時にこの人3位だったんですよ、2位に圧倒的差をつけられて。でも、そうすると、最新話とアンケートの投稿がずれてたために、投票しなかった人がいるんじゃないかと 敢えて日にちを伸ばしたんですよねー。』

北上「3位のファンの人には申し訳ないけどね。ほんじゃ、発表してもらいますか!2位145票」

 

与作「あいよ。それじゃ、スタート!!」

 

だららららららららららら。

 

与作「2日目3日目に怒涛の巻き返し。正直負けたと思っていたこの艦娘・・・・」

 

ちゃん!!

 

与作「面倒くさい腐れ縁!!時雨~~~~!」

 

パッ。(スポットライトが当たる。)

 

時雨「面倒くさいってどういうことだい!司会に訂正を求めるよ!」

もんぷち「まあ、元々人気ですしねえ。活躍回もありましたし。当然って言えば、当然なんですけど、正直ここ最近の活躍が薄い感じがありますねー。」

北上「提督に対する焼きもちが減れば余裕も出てくるんだけどねー。あればっかりはどうしようもないかなあ。」

時雨「ちょっ、ちょっと北上?僕そんなに焼きもち焼いてるかい?」

北上「ええっ!?まさかの自覚なし?時雨ちん、それはやばいよ。」

もんぷち『当初は「偉大なる七隻なのに・・・、は、はは・・ははは・・・」というセリフが用意されていたんですが、時雨大好き勢の皆様のおかげで何とか格好はつきましたね。』

時雨「ぐっ。い、言い返せない」

北上「まあまあ。とにかく、それでは時雨より一言どうぞ。」

 

時雨「後半は余り見せ場がなかったけれど、たくさんの投票ありがとう。みんなの期待に応えられるよう、頑張るね!」

 

与作「ふん。次に行こう、次に。」

時雨「与作の期待に応えると言わなかったから、怒ってるのかい?」

与作「単純にお前が2位などと面白くないだけだ。それにお前には期待は必要ねえ。普通にやるからな。」

時雨「ふふっ。結構な高評価だね、嬉しいよ。」

 

北上「さあ、きらきらを見せる時雨ちんがウザいので、次に行きましょう。お次は3位。2位とのデッドヒートは語り継がれるほど。一時期は圧倒的に2位だったのに、時雨の粘り強さに惜しくも3位になったこの艦娘!得票数は122票!」

 

だらららららら・

 

ちゃん。

与作「なんちゃって軽巡アトランタ!」

 

ぱっ

 

アトランタ「え?なんで、あたし。ってか、提督さん。なんちゃってってどういうこと?」

北上「アトランたん。そういうのはご自慢の胸部装甲をよく確認してから言うことだよ。ってか正直最終盤に出てきたのに、この票数ってやばくね?あんた、ひょっとして人気艦?」

アトランタ「どうなんだろ。米軍基地では厄介者だったけど。」

もんぷち「作者自身、キャラ自体に人気があるんだろうなあ、ぐらいにしか思わなかったくらい初日・2日目はフレッチャーさんに続いて2位に。一時は時雨さんに20票差つけてました。それでは、喜びの声をどうぞ。」

 

アトランタ「あ、ううんと、来たばっかりのあたしに投票してくれてthanks。期待に応えられるよう、頑張るよ。」

 

与作「う~ん。こいつの場合はよく分からねえな。料理ができるならOKなんだが。」

アトランタ「うん?提督さん、あたしの料理食べたいの?今度アトランタバーガー作ろうか?」

与作「そいつは色々巨大そうなハンバーガーだな。ぜひ頼むわ。」

アトランタ「OK。楽しみにしてて。」

 

もんぷち『さて、この後の発表ですが・・。4位と5位同時に発表します。』

北上「ありゃ、どよーんとしてるね。」

雪風「そりゃそうですよお!雪風は初期艦なんですよ!どうして!!」

グレカーレ「正直さ。もう大体結果が読めててさ。なんでって?雪風と二択の時点で普通分かるでしょうよお!!」

与作「それじゃあ、景気よく頼むぜええ。けっけっけっけ。」

だららららららららら。

グレカーレ「いらない。ドラムロールいらないからあ!」

雪風「やめてください~!」

 

ちゃん。

 

与作「4位雪風、64票。5位グレカーレ36票!!」

グレカーレ「ううっぐすぐす。うわ~ん。」

雪風「ゆ、雪風はお、落ち込みません・・落ち込みま・・せ・ん。ぐすっ。」

もんぷち『まあ、当初からすると驚異的な巻き返しでしたよ、お二人とも。最終日に投票が2倍以上に増えましたからね。長く読んでいただいている方程、投票していただいているのかもしれませんよ!』

北上「グレカーレなんか最初3票しか入ってなくて、作者があまりに可哀そうで投票を打ち切ろうとしたくらいだからねー。」

 

与作「まあ、納得の得票だなあ、おい。お前たち余りにも家事しない上にお子様だからな。これに懲りたらもう少し手伝いをするんだな。」

 

グレカーレ「ぐすぐす。と、投票してくれた人、ありがと。これからも頑張るから応援よろしくね!」

雪風「雪風に投票してくださった皆さん、ありがとうございます。雪風も頑張りますっ!」

 

与作「くっくっくっく。ドベとブービーはお疲れさん!」

グレ・雪風「「うわ~~~~~ん。」」

アトランタ「まあ、コーヒー淹れたから飲んだら?」

フレッチャー「わ、私もパンケーキを作りますから。元気を出してください!」

 

与作「まったく。結局世話焼かれてるじゃねえか、あいつら。」

時雨「ところで、主演女優賞だからってのは分かるけど、人気投票ならなんで与作が選択肢に入ら

   なかったんだい?」

与作「ああ、それはな。昔ピンクパイナップルさんってアダルトアニメのメーカーさんが抱き枕を企画したことがあってな。その時のことを思い出してしなかったんだ。」

北上「どういうこと?」

与作「並みいるヒロインの中の一番を決める人気投票にスタッフが洒落で俺様の師匠鬼作さんを入れたんだよお。そしたら、面白がって投票した奴のせいでぶっちぎりの1位をとるってことがあってな。抱き枕の絵柄を見て不覚にも笑っちまった。」

もんぷち『なるほど・・・。それは危険ですね。次に私が出る助演俳優賞では気を付けないと。』

北上「ちゃっかり宣伝していて汚いね、この妖精女王は。」

 

時雨「それでは、皆さん。主演女優賞こと、人気投票にご投票いただきありがとうございました。」

 

 




助演俳優賞は短く2日間の期間で区切りたいと思います。もしよろしければご投票よろしくお願いいたします。


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おまけ②「第一回助演俳優賞授賞式」

思い付きでやった投票ですが、二回とも多くの方にご投票いただきありがとうございました。色々と忙しくなってまいりますので、本編の投稿の方も間隔を空けて行っていきますが、引き続きよろしくお願いいたします。


提督養成学校講堂にて。

 

「第一回助演俳優賞授賞式」と達筆で書かれた看板がでかでかと掲げられている。

ドレスアップしたグレカーレと雪風が司会席に座っており、会場には関係者が詰めかけている。

 

 

雪風「本日はたくさんの方にご来場いただきありがとうございます。司会は司令よりこの司会の任を承ったこの雪風と!」

グレ「前回との余りの格差に驚きっぷりのあたしグレカーレが務めます。ってか、本当にどうなってんの?普通主演の方がメインだよね。あたしたちが鎮守府の食堂で、助演の人たちが養成学校の講堂ってどうなってんの?」

雪風「雪風もどうかと思いましたが、その辺りはエントリーされてた香取さんと長門さんに、校長の日向さんが気を遣ったみたいですよ。」

北上「あたしらも同じ偉大なる七隻なのに、気を遣われてないんだってさ、悲しいねー、時雨っち。」

時雨「僕も結構学校には貢献したと思うんだけどね・・。」

グレ「うん?これを読めばいいの。時雨さんは前回記者会見の時に講堂を使ったので、まあそうなります、だそうだよ。よく分からないけど大人の事情って奴だよね。まあ、気を取り直していきましょう!」

雪風「雪風達に前回のショックはありませんよ!」

グレ「どよーんと沈むぐらいなら、前向きにガツンと行くのがイタリア駆逐魂よ!それでは総得票数なんだけど、なんと!前回とほとんど変わらぬ651票!!一日少なかったと思えない!」

雪風「今回は長く読んでいただいている方じゃないとはっきり言って分からないと思うんだけど、ご投票ありがとうございます。正直百票くらいかなと作者は考えていたそうです。では、行きますよ!」

 

雪風・グレ「第一回助演俳優賞の発表です!」

 

わーわーきゃーきゃー。

 

グレ「むむむ。前回より明らかに盛り上がっているのが癪だけど、テートクお願い!」

与作「あいよ。で、今回なんだけどよお。前回と逆で5位から発表していくぜえ。その方が盛り上がるだろうということらしい。では、第5位!」

 

だららららららららららら。

グレ「ちょっ!前回は妖精のドラムロールだったのに、今回は生バンド?ずっる~」

与作「司会者、うるせえぞ。5位はこいつ26票、駆逐艦大好き戦艦長門~!」

ぱっ

 

長門「ふっ。胸が熱くなる紹介だな。」

グレ「いやいやいやいや。違うから。全然そうはならないから。」

大淀「頭が痛いですね・・。」

雪風「なんとびっくり。初日しばらく1票しか入らず10票行くのかな、人選ミスだったかと散々作者を惑わせたんですが、最終的には26票集まりました。」

グレ「まあ、順当なところよね。そこまで出ている訳でもないし。」

長門「うぐっ。焼肉会とか作ってくれていいんだぞ!?いくらでも金は持っていくぞ?」

大淀「ちょっと!補佐官?少しは自重してください!」

与作「今にそういう詐欺にかかりそうな気がするな。一応、ちょこっと、かっこいい所は出てきていたんだが、同一人物かってくらい残念なところがクローズアップされてるからなあ。」

長門「得票数は関係ない。この長門に投票していただいた皆に感謝する。今後とも精進していくのでよろしく頼む。」

 

雪風「まあ、気を取り直して次に行きましょう。」

グレ「あ、ちょっと時雨。あいつよろしく。」

時雨「了解・・。ちょっともんぷち。口元を拭かないとだめだよ。パーティーだからって食べ過ぎだよ!」

もんぷち『大丈夫ですよ、時雨さん。もう少し時間はありますから。次は4位でしょう?まだ食べていられますよ。』

時雨「ええと、そういうことじゃなくて・・・。」

与作「つづいて第4位は・・」

 

だららららららら

 

時雨「ほら。ちゃっちゃと拭くよ!」

もんぷち『わぷぷ。そんな、急がなくても。時雨さんはせっかちですねえ。』

ちゃん。

与作「妖精女王(仮)もんぷち~!」

時雨「ほ、ほら呼ばれたよ!」

もんぷち「はへ!?私呼ばれたんですか?あれ?でも、4位ですよね。提督、ダメですよ。正式な席で冗談を言っちゃあ。」

親方「ダメだ、現実を拒否してやがる。提督さん、どうしやす?とんかちで頭でも叩くかい?」

与作「零観の恨みは晴れないだろうが、止めといてくれ。もんぷちよお、残念だがお前が4位だ。

得票数は96票。残念だったな・・。」

もんぷち「うそ、嘘です。こんな現実認めない・・。やり直しを要求します!!」

与作「あっ、こいつ!!猫を回して時間を戻そうとしてやがる!!妖精ども、止めてくれっ!」

親方「了解!」

かつーん。

もんぷち「きゅう・・・。」

グレ「えーと、テートク?本人が気絶してるけど、コメントどうする?」

与作「仕方ねえなあ。」

ひょいと与作がもんぷちを掴み、右手で操る。

与作「もんぷちさん。4位おめでとうございます。感想をお願いします。」

与作(裏声)「はい、ありがとうございます~。いつも提督や周りの妖精に迷惑をかけて申し訳ないと思っています。これからはつまみ食いを減らし頑張っていきます。」

雪風「う~ん。どう見てもしれえの一人芝居にしか見えない茶番ですが、仕方がありませんね。次に行きましょう!」

 

だららららららららら。

 

与作「第3位は俺様の恩師でもあるこの人~。」

ちゃん

 

与作「折った教鞭は今何本?練習巡洋艦香取!129票!!」

ぱっ!

ばきい!!

香取「今ので184本目ですね・・。全くもっと他の紹介のしようがあるでしょう!」

雪風「ええと、香取さんには匿名希望の方からメールが届いてますね。『香取姉ばっかりずるい。私も投票に参加できればよかったのに!』う~ん。今回の人選は5枠しかないので正直迷ったそうですが、この方が出ると別な人気投票になりそうなんで止めておいたようですよ。」

香取「雪風さん?そのメールはどこから出されてるんですか?早くあの子を連れ戻さないと。」

グレ「捨て垢から出されてるんで分からないですね。」

与作「香取教官、とりあえず、コメントコメント!」

香取「あ、あら私としたことが・・。ご投票いただいた皆さんありがとうございました。今後ともご期待に添うよう励んで参りたいと思います。」

雪風「香取さんは二日目にいきなり票が伸びましたね。長く読んでいる人は大変さを分かってくれているのでは。」

与作「だよなあ。時雨が迷惑をかけすぎたせいだ、全く。」

グレ「ちょっ?テートク、自覚無し?」

ばきいい!!!

与作「見事185本目が折れたところで次に行こう。」

 

雪風「了解です。一位と二位はほぼ予想通り。当初は二位が上でしたが、下馬評通りに一位が逆転、そのままの順位で推移しました!」

グレ「まあ、皆さん予想通りの二人がワンツーフィニッシュでした。では。テートクお願いします!」

だらららららららら

ちゃん!

ぱっ!

与作「あいよ。二位駆逐艦被害者の会北上184票、1位ロリコン紳士織田216票!!」

ぷるるるるる。

雪風「電話ですね。誰でしょう?」

???「北上様が二位だああ?目ん玉腐ってんのかあ!おい、こら責任者出てこい・・」

がちゃん。

雪風「ふう。お見苦しい音声をお聞かせしました。ご当人は全く気にしてないようなんですが。」

グレ「ホントホント。」

北上「勝つ時もあれば負ける時もあるからねー。にししし。今のところ、偉大なる七隻の中では一番票がもらえたみたいだし・・。」

時雨「ぶっ!」

フレッチャー「し、時雨さん、大丈夫ですか。」

アトランタ「もう、北上。煽んなよ~。ただでさえ、この間一時期あたしに負けてたってへこんでたんだからさあ。」

北上「ごめんごめん。北上さんに投票してくれたみんなありがとねー。ぼちぼち頑張ってくんで、よろしくー。」

与作「まあ、こいつは順当だな。すりぬけくんのことをよろしく頼むぜ!」

北上「ほいほい、了解。」

 

雪風「ええと、第一位の織田提督には、アメリカ、イスラエル、ドイツ、ロシアから祝電が届いています。これ以外にもあちこちからお祝いのメールが来てますよ!」

織田「雪風ちゃんにすごいですねと言ってもらえるのが何よりのご褒美です、ありがとうございます。」

瑞鶴「ちょ、ちょっと顔!顔が緩みっぱなし!早くコメントしなさい!!」

織田「ちっ。いい気分だったのに。水を差しやがって。大体お前がなんでここに・・。」

瑞鶴「秘書艦なんだからいるのは当たり前でしょ?」

織田「だからって何だ、そのきらきらした恰好は。なんでお前がおしゃれする必要がある・・」

 

グレ「織田提督!早くしてよぉ。」

織田「これは失礼、素敵なお嬢さん。申し訳ありません。(ニッコリ)んんっ。会場にお集まりの皆様、このような賞をいただけて大変光栄です。今後とも精進して参ります。全世界の同志諸君、我々が評価される日がついに来た。くだらぬ偏見にめげず、日々己の道を邁進してほしい。そして、まだ見ぬ戦友よ。我々は諸君らの参加を待っている。共にLの頂を目指そうではないか!」

 

与作「まあこいつに関しては明らかに予想通りだったなあ。序盤から圧倒的に強くて終盤北上を突き放した感じだ。」

雪風「下馬評でも一位だろうと言われてましたが、最終日の怒涛の票の入り具合が驚きましたね。」

グレ「憲兵さんに聞いたら、メンバーの結束が固いからとか訳のわからないことを言ってたよ。」

与作「ふん。あの駆逐艦にだだ甘じじいのことなんざ、どうでもいい。それじゃ、トロフィーを。」

時雨「ちょっと、与作。なんで前回にはトロフィーがなくて、今回はあるんだい、おかしいじゃないか!」

与作「うるせえな、予算の関係だよ。今回の方はなぜかあちこちから予算がついたんだよ。お前らがくれくれうるさいから、俺様がメダルを作ってやっただろうが!」

フレッチャー「はい!あれはとても嬉しかったです!!」

与作「おらよ。今後もお前の道を邁進せえよ!」

織田「き、鬼頭氏!神の子から言っていただき恐悦至極!では、最後に人差し指と親指を伸ばして、そうです。銃の形に・・、それをはい、人差し指を上にして思いっきり突き上げてください。いきますよ~世界を救うのは~L!!」

 

「「L!!」」

 

大淀「うわっ。長門さん、どうしたんです、突然立ち上がらないでください。」

与作「何やらせやがんだと思ったら会場にも何人かお前の仲間がいるみたいだぞ。」

織田「ふふ。嬉しい限りですな。このトロフィー、一生の宝にいたします!!」

 

アトランタ「てな感じで、正直あたしたちの時よりも盛り上がった助演俳優賞の発表を終りにするよ。え?記念撮影?だるいんだけど・・。まあ、いいけどね。」

 

織田「江ノ島鎮守府の皆さんに囲まれてルンルン気分だったのに、何ちゃっかりお前が隣にいるんだよ!ふざけるな、このくそ空母!」

瑞鶴「いいじゃん!せっかくおめかししてきたんだから!」

雪風「なんだか、お二人の結婚式を祝福しているみたいですね!」

織田「!!!!!!!!ぐ、くおおおお。ゆ、雪風ちゃんじゃなければ殴りたい発言・・。でもその無邪気さはプライスレス・・。」

与作「で?なんで俺様の隣がお前なんだ?」

時雨「瑞鶴が織田提督の隣なんだから、僕が隣でも自然じゃないか。」

アトランタ「あ、フレッチャー。こっそり提督さんの隣をキープしてずるい。じゃあ、あたしは後ろに。」

与作「あのなあ。俺様の授賞式じゃないんだから、お前らもっと考えろよ。北上を見習え。」

北上「まあ、あたしはほら受賞者だしねー。今回は自重っと。」

長門「よし、準備はOKだ。大淀、よろしく頼む!」

大淀「行きますよー。はいチーズ。」

 

一同「チーズ!!」

 

もんぷち『はっ!?授賞式の途中で眠るなどとんだ体たらく。って?あれ、あそこ、何やってるんですか?』

親方『ん?受賞後の記念撮影。』

もんぷち『はあ?な、なんで私がいなくて成立してるんです!おかしい、おかしいですよ。提督。4位の私を差し置いて許せませんよ!』

親方『あれ、その事実は受け入れたんですね。』

もんぷち『私に投票していただいた皆さんの期待を裏切る訳にはいきません。女王とはそういうものです。』

妖精『おおっ。何かかっこよく見える!』

もんぷち『ふふっ。一人ファンを増やしたみたいですね。後で握手券をあげましょう。』

妖精『あ、いらないです。』

もんぷち『ちょっ!答え早すぎますよ!』

 




LoS(現在ロリコン友の会にするか討議中)より皆様へ

この度は当会の会員が栄えある賞を受賞の運びとなり、これも皆さま方の一方ならぬご声援あってのことです。ありがとうございました。

また、当会に興味を持っていただけた方はぜひ、この動画内にあるリンクからHPをご覧いただけたらと思います。Lは恥ずかしいことではありません。Lと自称し、容易に愛でるべき存在を傷つけるクズ共が同じLを名乗ることを我々は許しはしません。共に頂を目指してみませんか。


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第二部おやぢ始動編
第二十八話「アトランタの江ノ島鎮守府観察記」


前話が一部完のような感じだったため、多くの方からメッセージ等いただきありがとうございます。まだ、全然出撃してないのでもう少し続きます。

テザリングを使ってやってみましたが、安定しません。
ネット回線の工事って時間がかかるんですね・・。
様子を見ながら投稿していきます。


Hi。あたしは防空巡洋艦アトランタ。最近この江ノ島鎮守府に着任した新顔だよ。駆逐艦以外がよく着任できたって?そんなの知らないよ。あたしの場合は事情が特殊だからね。そんじゃ、その辺の話でもしようかな。

 

在日米軍横須賀基地にいたあたしなんだけどさ。基地司令のくそ野郎にとんでもないイカレたモードを使わされて、体がガタガタだったんだよ。入渠ドックに入れてくれたはいいものの、基本的に米国人は艦娘に冷たいからさ。修復剤なんてケチって使ってくれない。痛みでイライラしていたら、なぜだかコーネルのおっさんがあたしをかついで、ここの提督さんの車に乗せてくれた。鎮守府に着いたら速攻で修復剤を使ってくれて元通り、世話になったから一緒に食ってけって言ってくれて一緒にバーベキューしたんだ。楽しかったし、嬉しかったけど、同時に悲しかったな。だってそうじゃん?あたし達今までこんな食事なんかしたことないんだよ。よくて簡単な軽食。ほとんどがレーション。補給すればいいだろって何にも出されなかったこともあるんだから。

 

「楽しいdinner、thanks。でも、あたしはそろそろ行かないと。ごめん、電話貸して。」

思いを振り切って電話をかけた。夕食の時に色々聞いたんだけど、ここの提督さん、大統領にケンカを売ったんだって。冗談でしょ?って思ったけどどうもそうみたい。あのクソモードのあたしをぶちのめしたことといい、本当に人間なの!?って思いたくなる。

 

「ああ、コーネルのおっさんか。お蔭で治ったよ。それでいつ戻ればいいの?」

「お前が戻るところはない。そのままその鎮守府にいろ。」

「はあ?意味が分からないんだけど・・。他の基地に行けってこと?」

「そのままの意味だ。もう戻って来るな。後日書類は届ける。・・・元気でやれ。」

 

ガチャンとそのまま電話が切られ、あたしは提督さんに今の会話をそのまま伝える。

 

「はあ?戻るところがないだあ。知るか。他の米軍基地に行けばいいじゃないか。」

「横須賀以上に艦娘対応がマシなとこないからさ。いきなり行っても門前払いなんだよ。数日したら書類が届くみたいだから、それまでここにいさせてよ。」

「猫の子じゃあるめえし。だが、まあいい。お前には借りもあるしな。本当に数日なんだな。」

「うん。そう言ってた。よろしく。・・・にゃーん。」

「なんだそりゃ。猫や犬は食うもんって鬼畜道で決まってるのを知っててやってんのかあ?」

「ペットのつもりだった・・・。にゃーん。」

「・・・お前中々面白い奴だな。」

犬や猫を食うって冗談をいう提督さんもかなり面白いけどね。

 

せっかくだから、書類が届くまでの間、この鎮守府を観察してみることにした。米国の艦娘とどう違うのか。首輪のあるなしじゃない。この間の時に見えた、艦娘と提督の絆みたいなものに気付けるかもしれない。

 

江ノ島鎮守府の朝は早い。総員起こしとなる前に提督さんは起きていて、何やらトレーニング?を積んでいた。なぜ疑問符かと言えば、室内でひとりでに倒れたり、壁に叩きつけられたりしているからで、目に見えない何かと闘っているようにしか見えないのだけど、確実にその場にいるのは提督さんだけなのだ。

 

「ああ?こいつはイメージトレーニングだよ。今ちょうど突進力がトリケラトプス並みの最強の喧嘩師と死合ってたとこだ。」

「見ててもいい?」

「ふん。好きにしな。邪魔はするな。」

 

じっと目を凝らす。確かに提督さんは何かと闘っている。2mはあるだろうか。人の形に見える何かと確かに闘っている。あ、また壁に叩きつけられた。口元から出る血をぬぐい、立ち上がる提督さんは、

「真剣勝負の最中によそ見をしてたらそりゃ怒るわな。すまねえ。集中するぜ。」

そう言ったきり、黙々とトレーニングに励む。なんかイメージと全然違うんだけど、さすがに気が引けて、あたしはグラウンドから食堂へと向かった。

 

「あら、アトランタ。Good Morning!調子はどう?」

食堂に入ると、朝食の用意をしていたフレッチャーに出くわす。あんた、強いね。昨日色々あって普通なら疲れて寝込んでるところじゃないの。

 

「ふふ。昨日一番お疲れの提督がいつも通りなんですもの。寝てなんかいられないわ。」

「あの提督さん、いつもあんな感じなの?」

びっくり。あんなのを毎日って信じられない。そりゃあたしがかなわなかったわけだ。

「この鎮守府変わってるね。あんたが食事を作ってるなんてさ」

「他はどこも専門の給糧艦がいるみたいなんだけど、うちの鎮守府には配属されてなくて。大体私と時雨と提督が交代で作っているわ。」

 

びっくり。米国本土の基地では、工廠担当の艦娘、食堂担当の艦娘と仕事がきっちりと割り振られていた。まあ、食堂担当の艦娘に関しては、その基地の提督が艦娘派かそうじゃないかでいるいないが分かれていたけど。

 

あ、いい匂い。Coffee?

 

「提督に持っていって差し上げるので、そのついでといってはなんだけれど・・。ミルクはどうしますか?」

「Thanks、ありがたくいただくよ。随分とあの提督さんと仲がいいんだね。そりゃあ、あんだけのこと言われたらハートにきちゃうよね。」

「ええっ!?」

 

あたしの一言に目に見えて動揺するフレッチャー。ちょ、ちょっと。ミルク入れすぎじゃない?それほとんどミルクじゃ・・・。

 

「ああっ、ご、ごめんなさい・・・。私としたことが・・。」

「Ok。平気。」

 

微笑みながらコーヒー入りミルクに口をつける。あたしたちがずっと探していたフレッチャー。マザーだのなんのと言われてたけど、普通の女の子じゃない。そりゃ変に祭り上げられるより、こっちの方がずっといいよね。あたしのあの時の勘、間違いなかったな。あんたはここにいた方がいいよ。その方が絶対幸せ。

 

朝食後、演習をするというので見学に行く。教官はあのナイトメア夕立の姉時雨。それだけでも嫌な予感がしていたけれど、現実は予想よりも遥かにきつかった。艤装をつけての砲撃・雷撃練習の後、模擬弾を使っての実戦形式の演習。それがとにかくえぐい。雪風、グレカーレ、フレッチャーの3隻相手なのに時雨にはかすりもしない。

 

「ちょ、速いって!!雪風そっち!」

「くっ!そこっ!」

「だ、ダメです。当たりません・・。」

「射撃も雷撃も、敵の行動予測が重要だ。やみくもに撃ってもただ弾を無駄にするだけさ。」

そういった後に的確に相手の艤装に模擬弾を当てていく。本当の戦闘なら、攻撃手段を潰されて丸裸にされていくようなもんだ。

 

「え、えげつない・・。」

「そうかな?僕はそうは思わないけれど。」

あたしが思わずつぶやいた一言に、時雨は涼しい顔で反論する。

「深海棲艦はもっとえげつないよ。いきなりピンポイントで機関部を狙い撃ちにして、動けなくなった状態でなぶり殺しにすることだってあるからね。」

「・・・・」

あたしは自分がいた世界がどれだけ甘かったのかを理解した。

 

どうにもいたたまれなくなって工廠に行くと、提督さんと工廠の妖精達が集まって何やら相談をしていた。

 

「だからよお、親方。どうしたらすりぬけくんの機嫌は直るんだ?」

『そう言われても、前回フレッチャーさんを建造してから、また調子が悪くなっちゃったんですよ。内部に入って見てもさっぱりで。』

「マジか!こいつは本格的な工作艦の着任が必要かもしれねえなあ。」

「え!?工作艦・・・いないの?」

 

思わず声に出したあたしの方に皆の視線が集中する。ちょっと嫌だな・・。恥ずかしい。

でも、さっき給糧艦もいないって言ってなかったっけ。そんなことってあるの?

 

「あるのかって、今まさにてめえがいる鎮守府がそうじゃねえか。ついでに言うと、通称任務娘って言われてる提督の秘書をする大淀もうちにはいないぜ。」

「・・・提督さん、ひょっとして嫌われてる?あ、ちょ、い、いひゃい・・。」

「くそが!ふざけたことを言う口はこれか!あああん?」

ぐいぐいとあたしのほっぺたを引っ張る提督さん。ちょっと、痛いってば!ごめんって。

 

「ふん。一応てめえは預かりもンだからなあ。この程度で許してやろう。俺様もうすうすと感じていたことをはっきり言いやがって!」

『普通は着任初日に気が付きますよ!あのボロボロの状態ですもん。私が直したからこんなに立派になったんですよ!』

あ、この妖精。あたしの機銃の妖精にやたら偉そうにしていた奴だ。妖精女王?これが?本当に~?

「ああ。もんぷちの最初で最後の活躍だな。覚えているぞ。」

『何言っているんです!!グレカーレさんの建造に始まり、駆逐ナ級との戦いのサポート、フレッチャーさんの建造、横須賀基地での映像サポートと私の活躍を挙げれば枚挙に暇がないじゃないですかって、痛い痛い!!』

 

ぷっ。今度は妖精が提督さんにほっぺた引っ張られてやんの。ざまあ。

 

「何度も言うが、建造に関しては俺様の好みじゃないからな。認めていねえ。サポートはでかしたといいたいところなんだが、お前は普段の素行が悪すぎるからなあ。」

『少しぐらいの盗み食いは手当の一環だと思っていただければ!って痛いですよ!』

「あれを少しと表現するお前の図太さにはさすがの俺様もびっくりだな。」

 

「提督さんの好みはどんな艦娘なの?」

ちょっと気になって聞いてみる。だって、あのフレッチャーが好みじゃないって言うんでしょ。

 

「そんなの決まってる。巨乳人妻系だ。」

笑っちゃった。普通こういう時って、芸能人の名前出したり、清楚系だの話しやすい人が好みだのと言ったりしない?ドストレート。やっぱり面白いよね、この人。

 

「あたしはどう?自慢じゃないけど胸部装甲はいい線いっていると思うよ。基地にいたときやたらじろじろ見られたしね。」

わざとらしく胸をそらしてみる。じっとあたしを見てくる提督さん。なんだろうね。やたら緊張するんですけど。

「ふん。お前は巨乳系ではあるが、もう一歩だな。大人の色気が足りねえ。俺様をときめかせるのにはまだがきんちょだな。」

「う、嘘・・。あ、あたしそこそこ自信あったんだけど・・。」

 

ひねくれてるとか言われたことはあるけど、がきんちょって初めてだよ。言われたの。

「精進するといいさ。基地に戻っても何かの折に会うこともあるだろう。その時は俺様をびっくりさせてみな。」

「うん、そうする。」

 

深く頷いて決意した約束だけど、それから二日後にまさかそれを破ることになるとは思わなかった。

 

「ご、ごめん。よ、与作。お。落ち着いて、も、もう一回言ってくれないかい?」

「時雨。あんたが落ち着きなさいよ。テートク、悪いけどもう一回お願い。」

 

突然執務室に呼ばれたあたしを迎えたのは、なぜか動揺する駆逐艦ズと提督さん。

「だからよお。アトランタをうちにくれるんだとさ。」

ひらひらと書類をふりながら、ため息をつく提督さん。

 

「え?は?ど、どういうことなの・・・。」

 

事態がよく読み込めないあたしに、提督さんに代わってフレッチャーが説明してくれる。どうでもいけど、すごい嬉しそうだね。

 

「はい。アトランタさんをこの江ノ島鎮守府に譲渡するとの書類が来たんです!コーネル基地司令から!アトランタさん、この鎮守府にずっといれますよ!」

「う、うそでしょ・・・。あ、まさか・・。」

 

電話の時の元気でやれって、このことなの?

 

「すごいですね、しれえ!!」

 

喜びぴょんぴょんと跳ねるビーバー&フレッチャーとは裏腹にあたしは気持ちが追い付いてない。そこに微妙な表情を浮かべる提督さんの顔が目に入る。ごめん。迷惑だったかな。あたし、いない方がいい?そう言うと、いきなりでこぴんされた。あ痛っ!

 

「ふん。そういう後ろ向きの考え方をする奴は嫌いだね。俺様が考えていたのは別なことだ。ようやく、俺様にかけられた呪いが解ける時がやってきたんだってな。」

「呪い?」

「ああ。世にも恐ろしい呪いだ。」

そう言って提督さんが話し始めたのは、この鎮守府にまつわる奇怪な現象。通称「春の駆逐艦祭り」

 

「俺様がまあっっったく望んでいないのに、なぜか駆逐艦ばかり寄り付くわけよ。しかも、うざい、うるさい、じゃんけんに強いと面倒くさいやつばかり。」

 

提督さんの言葉に反発する駆逐艦ズ。

「ちょ!テートク何それ。」

「うるさいってのは酷いね。アドバイスを聞き入れない与作が悪いんじゃないか。」

「じゃんけんをやろうと言ってきたのはしれえですよ!雪風のせいにしないでください!!」

「提督。ご期待に沿えず申し訳ございません・・・。」

 

フレッチャー、あんたは何も言われてないじゃん。というか、揃いも揃って、ここまで提督に言い返すって普通ありえなくない?

 

「だからよぉ。お前が着任するってことは長きに渡る呪いが解けるってことだ。工作艦も給糧艦もいないおんぼろ鎮守府で、色々と面倒くさいこともあると思うからな。おすすめはしねえが、どうする?うちに来るか?」

「・・・うそ・・・・。」

「うそじゃねえよ。嫌なら、大本営の長門補佐官に頼んで適当な鎮守府へ・・、っておい。」

 

自分でも驚くくらいの勢いで、提督さんの腕をつかんでしまったあたし。でも、でもさ・・。

 

「いい。ここが。」

 

そう言うので精いっぱい。本当はもっと別な台詞を言いたかったのにね。

 

「お前も物好きな野郎だな。分かった分かった。うちに来るんだな。」

 

こくりと頷く。ああ、ダメだ。言えそうにないや。時雨の記者会見の時から提督さんが気になってた、なんてさ。嬉しくて嬉しくて今はどうにかなっちゃいそうなんだもの。素っ気なく、うつむいてこう返すので精一杯。

「うん。よろしく。」

 

駆逐艦ズがわあっと喜び、あたしを取り囲む。うん、今なら提督さんの気持ち、少し分かるかも。

 




登場人物紹介

アトランタ・・・基地司令コーネルへの好感度が3上がる。(現在3)
与作・・・・・・ついに訪れた春の駆逐艦祭りの終了に歓喜するも、すりぬけくんの機嫌が直らず不貞腐れ気味。
時雨・・・・・・え!?軽巡?艦種詐欺じゃない?とアトランタに問いただすもそうだと言われて米国艦の脅威に震える。
フレッチャー・・・同国艦が着任してくれてにっこにこ。(いまだにキラがとれず)
グレカーレ・・・・この鎮守府海外艦多すぎない?と禁句を言い、与作の拳骨を喰らう。
雪風・・・・・・・じゃんけんに負けた与作に連れてってもらう宗谷詣でに着る服に悩み中。


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第二十九話「そして神様はやってきた。」

お休みなので連続投稿いたしますが、この後は少し間隔を空けての投稿となると思います。

春の駆逐艦祭りが終わったと思ったら、新艦がやたら増えてます。

すでに話題になってますが、加賀改二護の飛行甲板が護衛艦かがに酷似している件、絶対似せてきてますよね。護衛艦かがの進水日にわざわざメンテ遅らせてたし。


東京は市ヶ谷にある海軍省庁舎は深海棲艦の出現に伴い、防衛省に程近い立地を目指して急遽建てられたものであり、その設地には多くの非難が集まった。そのため、潤沢な予算を回されたとは言えず、従来あった民間のビルを買い上げ、急遽その内装を整えただけの作りであり、深海棲艦との戦いが長引く中で、老朽化も目立っていた。その海軍省の庁舎を、肩を怒らせながら歩くのは元帥の特別補佐官である長門である。常日頃、駆逐艦のこと以外では良識と常識を合わせ持つと言われている彼女がここまで怒りをあらわにするのは珍しい。

 

「金剛、どういうことだ!」

 

長門が海軍大臣の秘書官である金剛の部屋を訪れた時、彼女は日課のティータイムを楽しんでいた。現れた長門に対し、まず紅茶をすすめ、一呼吸おいてから話を始めたのは長年この要職に就く金剛らしいやり方であった。

 

「これは長門補佐官。急なご来訪恐れ入るデース。それで、ご用件は?」

「ふん。分かっているだろうに。例の江ノ島鎮守府。いつまで経っても給糧艦はおろか、工作艦も事務系を統括する秘書艦すらも着任していないと聞く。もうすぐ一月にもなろうにおかしいと大淀に調査させてみれば、お前が指示していたというではないか。どういうつもりだ?」

「どういうつもり?」

 

金剛はティーカップを置くや、薄い笑みを浮かべた。

「逆に長門補佐官に問いたいデスが、あの鎮守府はこれまでの実績がまるでありません。そんな鎮守府に貴重な給糧艦や工作艦を着任させる必要がありマスか?」

 

江ノ島鎮守府のこの一月での戦果が駆逐ナ級の撃破のみであることを知っている長門からすると黙らざるをえない正論である。しかし、彼の提督の艦娘への強い思いを知っている長門はそのことを熱弁するが、金剛には通じない。

 

「確かに私も先の彼の記者会見での発言、そして在日米軍基地でのやりとりを見ましたが、正直今すぐにでも辞めさせたいと思うだけで、貴方のようには思えませんデシタ。だってそうでしょう?一鎮守府の提督が米国の国内事情に干渉し、さらにはその大統領を辞めさせる方に舵を向けさせたのデスよ。これを脅威と言わずに何だと言うのデス。」

「我々艦娘にとっては理想の方向ではないか!!米国の艦娘達がどれだけ苦しんできたと思っている!」

「長門補佐官は分かっておられないようデスネー。それは米国の事情で我々には関係ないのデスヨ。『艦娘に関する条約』には、『艦娘の所持・管理の仕方については国ごとの事情を鑑みて行うべし』との一文がありマスが、その管理の仕方については書かれていないのデスから。」

「貴様!!」

 

激高した長門が金剛に掴みかかろうとするや、突然割って入ったのは金剛型の比叡と霧島である。

 

「長門補佐官、それ以上されるのであれば、比叡がお相手します。」

「長門さん、場所をお考えください。」

「貴様らはそれでよいのか!!」

「「はい。」」

「ちっ!!」

 

苛立ちを示すようにどかっと腰を下ろした長門に、榛名が黙って紅茶のお替りを差し出す。

 

「とにかく。長門補佐官。これはワタシ達からしても最大限の譲歩なのデスヨ。ただでさえ、あの鎮守府は問題が多く、施設も放棄同然。更地にして駐車場にでもしようかと思っていたら、あの提督が着任してしまっただけなんデスから。しかも、その後に偉大なる七隻の時雨が来てしまったものだから潰すに潰せないだけなんデス。給糧艦や工作艦を着任させろというのであれば、まず実績がなければ話にナリマセーン。私、何かおかしなことを言っていマスカ?」

「いや。ただ一つだけ気になることがあってな。」

「何デス?」

「確かにあの鎮守府に実績はないだろうよ。ただ、他の鎮守府は実績もないのに工作艦や給糧艦が着任しているではないか。なぜかと思ってな。」

「偉大なる七隻が着任しているではありませんか!それで十分お釣りが来マスよ!」

「時雨が加入したのはつい先日のことだ。だが、鬼頭提督は初めからいなかったと言っていたぞ。話が合わん。どういうことだ。」

「長門補佐官のお帰りデス。比叡と霧島はお見送りをお願いシマス。」

 

長門の問いに応えず、金剛は側にいる比叡や霧島に客の退席を告げた。

 

「金剛お前、何を企んでいる?」

「企むも何も・・・。私は貴方達偉大なる七隻が大嫌いなだけデース。」

「その通りです。長門補佐官。どうしてもというならご自分で見つけるしかありません。」

 

それまで黙っていた榛名の発言に驚く長門だったが、それは金剛も同じだったようだ。

 

「え、ええ。榛名の言う通りデス。実績を積む前にどうしても着任させたいというのならば、自分たちであちこち知り合いを当たるしかありまセンネ。」

「成程な・・。了解した。」

 

大本営の艦娘達には金剛の息がかかっている。当人たちがどう思っていようと着任は難しいだろう。各地からの異動希望の艦娘もまた然り。その鎮守府に数の少ない工作艦や給糧艦の異動を認めてしまっては、異動された鎮守府が立ちいかなくなってしまう。建造するか、すでに辞めた艦娘に声を掛けるか。脳裏に浮かぶ昔馴染みのしたり顔に思わず長門はため息をついた。

 

「やれやれ。これでは、あいつの思う通りだが、仕方ないか。また、大淀がかりかりしそうだが。」

 

その日、ファッションビルOIの最上階にある社長室に絶叫がこだました。長年勤めているベテランである社長秘書は、こんな時の大井の対処法をよく理解している。正解は何も言わない、だ。感情が高ぶった状態の大井には何を言っても無駄で、注意深く聞いているとその原因を独り言で口走る。それを先立って解決し、彼女のイライラをなくす、というのが、秘書が長年とってきた方法だった。

 

「北上様がああ。北上様があああああ。よりにもよっであんだおどごのどごろにいいいいいい。」

 

地の底から這い出てきた魔王もかくやとばかりの怨念のこもった声。それに北上様というキーワードに、秘書は事態が切迫したものであると気付いた。あ、これはまずい。下手をすると会社が傾く。大井にとって北上は神そのもの。いわばご神体。それがいなくなってしまっては、動揺は避けられない。仕事にもまるで身が入らないだろう。すぐに大井の好きそうな食べ物をリストアップし、社長室へと急ぐ。そこで見たのは、

 

『ちょっと、おじさんの鎮守府に行ってくるねー。』

と気軽に書かれた手紙と、それを持ち、おんおんと泣きわめく大井。業界の者からキャリアウーマンの典型、美貌と実力を重ね合わせたハイブリッド社長と言われている女性の、思わずうわあとドン引きする姿であった。

 

 

重雷装巡洋艦北上は先の鉄底海峡の戦いを生き残った猛者であり、20年近い生のほとんどを放浪の中で過ごした艦娘である。彼女のことを慕っている大井のところをとりあえずの居と定め、そこから日本国内や、行ければ外国も訪れた。そんな気まぐれな彼女がなぜ江ノ島鎮守府にこだわるかと言えば、そこに気になるおやぢがいるからで、在日米軍によるフレッチャー誘拐未遂事件の際にもこっそり動いて諜報員を捕獲するなど、好感度上げに余念がなかった。そこにこの間の記者会見と大統領のやりとりである。

 

「あ、これやばいかも・・。」

 

元々彼女は飄々としているが、相手を気に入ったら一途である。いいなと思った相手のかっこいい姿(当社比200パーセント美化)に、いてもたってもいられなくなり、昔馴染みの長門に連絡して、軍籍復帰書を寄こせと要求し、様々な障害を経て、ようやくそれを得ることができた。

 

「問題はこれをどう書いてもらうかなんだよなあ。」

江ノ島鎮守府近くにある寂れたヨットハーバー。以前米国の諜報員を捕らえた時は夜だったが、朝方は割合ランニングで通る人間が多い。先ほどからうんうんと唸りながら考え事をしている彼女は大いに目立っていたが、皆面倒ごとを避けてか敢えてそれを指摘はしない。

 

「ま、いいか。悩んだら正面突破っしょ。よ~し、北上様、出るよ!!」

砂埃をはたきながら立ち上がると、北上は江ノ島鎮守府を目指した。

 

 

ばっどもーにんぐ。駆逐艦どもとの嫌な日々もさようなら。アトランタが着任したことによって、風向きが変わったことを自覚した俺様は早速建造しようと意気込んだが、肝心のすりぬけくんの調子が悪くそれができないとのことでイライラが募るばかり。日課のイメージトレーニングでも散々渋川先生にぶん投げられた。

 

「提督さん、大丈夫?」

 

投げ飛ばされて、砂を舐める俺様に声を掛けてくるのはアトランタ。こいつ、この間からやたら引っ付いて来るんだが、暇なのか?俺様のトレーニングなんぞ見ていてもつまらねえぞ。

 

「そんなことない。勉強になる。」

 

なんの勉強をしてんだか。まさか、こいつ!おやぢの生態について学ぼうとしているんじゃねえだろうなあ。俺様を観察して夜な夜なおやぢ狩りに励む・・・。あり得る。こいつのどことなく不良っぽい感じは危険だぜ。

 

「なんか、失礼なことを考えられている気がする・・。」

ジト目で俺様を見るアトランタ。こいつ、いつの間に時雨の得意技を覚えやがった。最近あいつに目つきが悪くなったと言ったら焦ってやがったっけ。

 

「まあいい。俺様は訓練を再開する。邪魔をするんじゃねえぞ。」

 

俺様がアトランタの方から海の方へと意識を向けた時、

 

「うん。って、ちょ、提督さん!!」

 

慌てるアトランタの声と共に、

 

「おじさんっ!!!ひっさしぶり~」

そう言いながら突然高速の跳び蹴りが飛んできた。

「ぐっ、この!!」

即座に神速を発動させる俺様。それでも、スピードは変わらない。こちらが両手で受け止めるや、すぐさま大地を蹴って、相手は閃光のようなジャブを放ちやがる。おいおい。こいつ。前より速くなってねえか。だが、俺様とてあの時よりも強くなっている。左右に拳を避け、襲撃者のおさげを引っ張って停止させる。

 

「おいこらーー。ストップしろ~。」

「ちぇっ。いい感じにエンジンが温まってきたんだけどなあ。」

「お前なあ。その物騒な考えを止めろ。大体、なんでいきなり俺様に飛び蹴りをかます?」

「その方がおじさん喜びそうじゃん。楽しかったっしょ?」

 

にやにやと笑う北上と俺様を見ながら、血相を変えてアトランタが二人の間に割って入った。

 

「て、提督さん。こいつは敵?だ、だったらあたしが・・。」

北上を敵と判断し、睨みつけるアトランタ。だが、その判断は大きな間違いだったことにすぐ気づく。

「あたしがどうするって?誰を?」

「あ、あたしが、あんたの・・・」

 

おかしい。アトランタは動揺していた。震えが止まらない。相手をする、という言葉がどうしても出てこない。まるで、目の前の艦娘にはどうあっても勝てないのを体が理解しているかのようだ。これまで何隻もの深海棲艦と戦ってきた。だが、目の前の北上はそれ以上の異質な存在に見えた。

「うん、正解だよ。海外の艦娘さん。あたしとあんたじゃてんで強さが違うからね。無理して突っ込まないのは合格。無意味な特攻なんて誰も褒めやしないからねって、あ痛!」

 

どことなく自嘲気味に語る北上の頭を与作が小突く。

 

「シリアスに決めてんじゃねえ。久しぶりじゃねえか、北上。デザインの方は順調にやってんのか?やることもやってない半端モンとは俺ぁ話すつもりはねえぞ!」

「もっちろん。おじさんに合いそうな物もぼちぼち出来そうだよ。」

「それならいい。それで、今日はいきなり俺様に何の用だ?また、胸でも揉ませに来たのか。」

「ちっがーう!!まあ、おじさんとはそういう約束だったからね。辛抱たまらなかったら仕方ない。あたしが胸を貸そう。じゃなくて、ふっふっふ。あたしはおじさんの鎮守府に今足りない物を持ってきたのさ。」

「俺様の鎮守府に足りない物!!そんなのムラムラする巨乳美女に違いねえ!どこだ、どこに連れてきてやがる!!」

 

せわしなく辺りをきょろきょろと見回す与作に、アトランタは己を指差して見せるが、見事に無視され頬を膨らませる。

 

「こらこら。違う違う!おじさんの鎮守府、今工作艦がいないんでしょ。それで困ってるんだよね。」

「よく知ってやがるな。ん?って、おい、まさか工作艦がうちに着任するのか!!」

「そうそう。だから、これに署名して。はい。」

 

北上が出したのは与作にとっては見覚えがある軍籍復帰書。そこには北上の名前が書かれており、艦種についてこう書かれていた。

 

「重雷装巡洋艦兼工作艦北上だとおお?ハイパー北上様が工作艦なんて聞いたことねえぞ。」

「実際に戦後に工作艦として運用されたんだよ。あんまり知っている人少ないんだけどねー。だからあたしは実は工廠の仕事もできるのさ。ふっ。」

 

調子に乗って恰好つける北上だが、予想外のことに普段なら突っ込みを入れる与作も素直に喜びをみせる。

 

「ぐ、ぐれいと北上さまじゃねえか。歓迎するぜえ!!」

 

すぐさま復帰書にサインをした与作を見て、内心ドキドキしていた北上は安堵のため息をついた。まさか、断られるとは思っていなかったが、できるならば歓迎された方が乙女心としては嬉しい。

 

「ははは。グレイト北上様はよかったね。それじゃあ、提督。これからよろしくね。」

がっしりと握手を交わす二人。それを羨ましそうに見ていたアトランタを、北上は呼び寄せると、

 

「あたしは北上だよ。よろしくねー。」

「防空巡洋艦アトランタ。よろしく。」

遅れてアトランタとも握手を交わし、次いで耳元で囁いた。

 

「ところで、あんた、提督に胸を触られたことある?」

突然の卑猥な話にアトランタは顔を赤くする。彼女の中では与作はどちらかというとストイックな紳士という印象であった。

 

「ええっ!?そ、そんなことない・・。て、提督さんそんなことするの?」

 

がらがらと音を立てて消えていくストイックな紳士像。

「そりゃ当たり前じゃん。おやぢなんだもの。それぐらい普通っしょ。逆にあたしたちにてんで興味がないとしたら寂しくない?」

「それは・・・確かに。」

 

ストイックな紳士像の下から出てくるおやぢ像。だが、物扱いされることが多かったアトランタは不思議と不快に思わなかった。

 

「ふっふっふ。さっきのあたしの話聞いてた?あたしはあるんだよねえ。」

 

ガーンと頭を殴られたような衝撃がアトランタを襲う!!北上があり、自分はない。どう考えても胸部装甲では勝っているのに、なぜ?女性の魅力が足りないというのか!!

 

「う、嘘だ!!そんなバカな・・。」

「くふふふふ。胸の大きさが戦力の絶対的な差ではないのだよ。覚えておきたまえ!!」

 

ぽんとアトランタの肩を叩くと、勝ち誇った笑みを浮かべて、帰ろうとする与作の隣りに並ぶ北上。

 

「く、悔しい!!何でかわからないが、とてつもなく悔しい!!」

歯ぎしりをするアトランタはこの屈辱をいかにして晴らすか頭を巡らせる。

 

「おい、アトランタ。北上を紹介するから、お前もついてこい!」

「Sorry、今行くよ!くっそ。北上、今に見てろよぉ。」

「あん?お前、今何か言ったか?」

「別に。単なる決意表明。」

「ふふっ。アトランタん、大人しいかと思ったら面白い子じゃん。」

「アトランタん?それってあたしのこと?んは必要?」

「ふん。アトランタがもうなつくとはやるじゃねえか、北上よ。」

「まーねー。」

「くっ。ま、まずい・・。」

 

焦る気持ちがアトランタを支配する。せっかく自分が来ることによって悪い雰囲気がなくなったと与作が喜んでいたのに、これでは北上に全て持っていかれる!

 

「あ、あたし、頑張らないと・・・。」

 

江ノ島鎮守府での自らの存在感を確立するため、アトランタは気持ちを新たにするのであった。

 

 

 




登場人物紹介

北上・・・・ある時はデザイナー。ある時はとある鎮守府を守る私服警備員、またある時は駆逐艦被害者の会会員NO.2。その正体は重雷装巡洋艦にして工作艦。人呼んでグレイト北上様。(与作命名)。満を持しての登場に、本人はすでに3重キラ状態。
与作・・・・北上の着任に素で喜んでしまい、鬼畜モンとしてあるまじき態度だったと反省をしている。だが、駆逐艦から遠ざかる流れに心中はイケイケ状態。
アトランタ・あまりの悔しさに米国にいるサラトガに相談。どうすれば与作の目が惹けるかと聞いたところ、ものすごく喜ばれ色々とアドバイスをもらう。
サラトガ・・江ノ島鎮守府でやっていけるか心配だったアトランタの変わり様に驚く。与作が気になる彼女はアトランタの様子に、ひょっとして恋敵になるのかしらと微笑みつつアドバイスする大人の余裕をみせる。


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第三十話  「いろいろおかしい北上さん」

いつもに比べて短めです。北上さんが出てくると会話が長くなる・・・。
すりぬけくんの建造予想について皆さんのコメントで楽しませていただいておりますが、
今のところ海防艦と書かれる方が多く、驚きです。



「緊急放送緊急放送。鎮守府所属の全職員は執務室まで来られたし。繰り返す鎮守府所属の全職員は執務室まで来られたし。」

 

与作の館内放送に何事かと急いでやってくる駆逐艦達は入室するや北上の姿を見かけると、それぞれ異なった反応を見せた。びっくりする雪風やグレカーレはもちろんのこと、時雨に至っては目を大きく見開いたまま口をぱくぱくさせている。唯一面識のないフレッチャーがいつも通りのほんわかした様子で手を差し出すと、北上もそれを握り返した。

 

「あ、あの新しく着任された方でしょうか。私フレッチャー級駆逐艦のフレッチャーと申します。よろしくお願いいたします。」

「よろしくー。あたしは重雷装巡洋艦兼工作艦北上。気軽にグレイト北上様と呼んでくれたまえ。」

 

「「「えっ!!!」」」

一呼吸あって驚く残り3名。

 

「テートク、この人この間公園であった人でしょ?艦娘だったの?」

「き、北上さん!雪風が知っている北上さんは確か重雷装巡洋艦でした。工作艦ってどういうことなんですか?」

「き、北上・・・なんで君がここに・・・。」

 

昔馴染みの北上がいることに激しく動揺する時雨。それに更に拍車をかけたのは、与作と北上のやりとりである。

 

「なんだ?北上。時雨と知り合いなのか。」

「うん。実は提督の知らないところで時雨とあたしは繋がっているのさ。乙女の秘密ってやつ。知りたい?」

「何が、乙女の秘密なもんか。まあ、気にはなるがな。」

「ええっ!?」

 

思わず時雨は声を上げる。自分が最初に会った時、何でも質問していいと言った時には一切何もきかなかったあの与作が、北上には興味を示している・・。

 

(ど、どういうことだい・・情報が少なすぎる。明らかに二人は親しい感じじゃないか・・)

「あ、あの二人はどういう関係なんだい?さっき、グレカーレは公園で会ったと言ってたけど。」

「あ、ごめんね。時雨っちは気になるよね。うん、提督は北上さんの人生相談に乗ってくれたのさ。」

と、北上は以前起きた藤沢の公園での一件を説明する。もっとも、空気を読む彼女は、胸を揉まれた一件については敢えて口にしなかったが。

 

「そ、そうなんだ・・。二人が知り合いのような感じだったから突然で僕、びっくりしたよ・・。」

「安心した?全く時雨っちは昔から心配性だねえ。もう少し、落ち着かないと提督に愛想をつかされるよ。」

「昔から?え、時雨ちゃんと北上さんは知り合いなんですか?」

「う、うん。そのう、ここにいる北上は僕と一緒でね。偉大なる七隻のうちの一人だよ。」

「「「「ええええええええええええっ!!!!」」」」

 

先ほどにもまして大きな驚きの声が室内を包んだ。特に実際に時雨の戦闘を目撃しているグレカーレと雪風は猶更である。自分達が二隻でも返り討ちに遭った駆逐ナ級を、苦も無く沈めた時雨と同じ偉大なる七隻。しかも艦種的には北上の方が上だ。フレッチャーやアトランタもまた然り。実際の深海棲艦相手の戦いは見ていないが、偉大なる七隻の名は米国にも知れ渡っている。一隻で連合艦隊に匹敵すると言われるその戦闘力を恐れて、アトランタに搭載されたモードナイトメアが開発されたと言われるぐらいである。

 

「あ、貴方がかの有名な偉大なる七隻、北上。すみません、先ほどはその、気軽に話しかけてしまいまして。」

恐縮するフレッチャーにいやいやと手を振る北上。

 

「うんにゃ、気にしないで。返って敬語使われるとやりづらいしねー。」

「あたしの直感、間違ってなかった…。北上はやばい奴・・」

「ちょい、アトランタん。人を危険人物みたいに言わんでおくれ。」

「でも、北上。君、軍籍復帰書を出さないとだめだろう?」

「ああ、それ。さっき提督に書いてもらったよ。」

「はあっ!?」

 

時雨の不機嫌メーターがMAXまで上がる。自分の時には散々書いてくれず、逃げ回っていたというのに、なぜ、北上の時にはこうも簡単に書くのか。これは元ペア艦として一言申さねばなるまい。

 

「与作、どういうことだい。ちょっと大事な話をしたいんだけど・・・。」

「うるせえ奴だな。北上は工作艦でもあるから仕方がねえだろ。今のうちの状況わかってんだろうが。工作艦も給糧艦も任務娘の大淀もいないんだぞ。」

「だからって相談ぐらいしてくれてもいいと思うけど・・・。」

「ほいほい。ケンカしないの。ねえ、時雨っち。あたしが来たのは大本営の長門さんから頼まれたのもあるんだよ。色々事情があって工作艦を派遣できないから頼めないか、ってね。ま、元々あたしの方からも軍籍復帰書寄こせとは言ってたんだけどさ。」

「そ、そうなんだ・・・。」

 

もはや残り少なくなった戦友である北上の言葉に、時雨も冷静さを取り戻す。言われてみれば、前々から大本営には工作艦の要請をしていたことだし、先方に都合があるのなら今回の着任も納得ができるものと言えるかもしれない。

 

「いや、おかしい。おかしいわよ、テートク。だってそうでしょう?時雨が来るってだけでもあんだけ記者会見したのよ。またもう一回記者会見するの?」

「いや、いらないんじゃない?」

 

グレカーレの問いにしれっと北上は答える。

 

「時雨っちの場合は養成学校所属だからねー。人目につきやすかったけど、あたしの場合あっちふらふらこっちふらふらしてたからねー。気付いてないんじゃないの。」

「で、でもさ、北上。書類を出したら上は気付くでしょう?それはどうすんの。」

 

アトランタは自分も上司との折り合いが悪かっただけに、北上のことを心配する。

 

「別にやれって言われたらやればいいんじゃない?こっちからするとか言う必要ないよ。」

「北上の言う通りだな。時雨の時だって、マスコミ対策とフレッチャー対策でたまたま記者会見しただけだしなあ。大淀とかから何か言われたら考えよう。それより北上よ。そろそろ俺様にお前の力を披露する時じゃねえか?」

 

与作がワクワクを隠し切れぬ表情でそう言うと、北上はにんまりと笑った。

 

「それじゃ、提督の御要望とあれば仕方ない。みんなちょっと下がっててね。まず、これが通常の北上改二。」

 

ごうっと爆風と共に北上の姿が変わる。クリーム色のセーラー服に身を包んだ姿は歴戦の勇士の風格を感じさせる。夜戦の際にはかの大和型すら凌駕するといわれる夜戦火力を誇り、そのため、ついたあだ名がハイパー北上様。ところが、北上曰くこの上があるという。

 

「通常の北上はここが限界。でも、あたしは艦であった時の記憶を元にIF改装を取り入れることに成功したんだ。」

 

北上が再度気合を入れると、白い光と共に、黒い色のセーラー服へと変貌する。

 

「これこそが、艦隊決戦用最終ヴァージョン。北上改二(雷)。重雷装巡洋艦としての本来のあたしのコンセプトを極限まで極めた仕様。」

「か、かっこいい・・。」

 

アトランタのつぶやきを耳聡く聞いた北上が調子に乗ってピースサインして見せると、与作がすかさずおさげを引っ張る。

 

「ドヤ顔しとらんで、肝心の工作艦ヴァージョンを早く見せろ!!」

「ちょっ。少しくらいいいじゃん。提督そういう所だよー、時雨っちがイライラするのは。」

 

うんうんと頷く時雨。北上が来たのは予想外だが、自分の理解者が増えてくれるのは歓迎である。

「うるせえ。とにかく頼むぜ!俺ぁ待たせられるのが嫌いなんだよ。」

「ほいほい。了解。それじゃあ、北上改二(工)!!」

 

白い光に包まれた北上が来ていたのは紺色のツナギ。手にはスパナを持ち、艤装にはクレーンが見える。

「これが工作艦仕様のあたし。北上改二(工)。なんとこいつのすごいところは、艦艇修理施設を5つ詰めるだけじゃなく、あたしの速度は損なわれないってことさ。」

「そんな!工作艦と言ったら通常は低速なのでは。」

 

フレッチャーの疑問にうんうんと満足そうに頷く北上。

 

「うん。それねー。史実的に遅くなったんだけどさ、他の工作艦が艦隊全員で動く時の様子を見てたら、どうしても缶とタービン載せないと足並みが揃わないからすごい大変そうだったんだよね。だから、あたしは速力を落とさないようにできないかに挑戦してね。成功したってわけ。といっても、大本営の夕張の艤装を真似して増設スロットに缶積んで高速化してるんだけどねー。ほいじゃ、提督。仕事場に案内してよ。」

 

 

北上の言葉に俺様は満足そうに頷く。いいぜえ、やはりこいつは分かってやがる。自分のやることをよお。そういう仕事熱心なところは俺様的にはポイントが高いぜ!

「ようし、ついてこい。これからお前に頼むのはこの鎮守府一の気まぐれレディの相手よ。」

「気まぐれレディ?工廠に面倒くさい妖精でもいるの?」

 

一名それに該当しそうな奴がいるが、あいつは工廠だけじゃなくて、あちこちに顔を出しやがるからな。この間台所で捕獲された時にはさすがに腹を抱えて笑ってやったもんだ。

 

「妖精じゃない。すりぬけくんと言ってな。さすがの俺様も手を焼いている。」

「レディなのに、すりぬけくん?謎は深まるばかりだね・・・。」

「しれえの微妙なネーミングで分かりづらいんですが、建造ドックのことですよ、北上さん。」

「あたしとフレッチャーもそこから建造されたの。ありえないことだって一回みんなで話し合ったんだけど、原因が分からなかったのよね。」

「うん。そのあり得ないニュース。あたし達からしたらドン引きだったよ。あの大規模作戦は何だったんだって。」

「ま、まあまあ。お蔭で私の妹のジョンストンが見つかった訳ですから!」

 

遠くを見るアトランタをフレッチャーが励ましてやがる。そりゃあアメリカさんからすればふざけんなって言いたくもなるよな。

 

やってきた工廠に鎮座するすりぬけくん。ここで幾たびのバトルが行われたことか。この間のフレッチャーの一件以来再び眠りについたすりぬけくんをどうにか起こさなきゃならねえ。

 

「着いたぜエ。ここが工廠。そして、あれがすりぬけくんさ。どうだい、北上。」

『あっ!!新しい工作艦の方が着任されたぞ!敬礼!!』

 

集まった工廠妖精が親方の一声で一糸乱れぬ敬礼を行う。どうでもいいけど、お前ら女王に対する時より遥かに丁寧だね。

 

『あの女王は羅針盤上がりですからねー。』

『そうそう。いつも偉そうだし。』

 

こらこら。もんぷちもそうだが、お前らも露骨に派閥争いみたいな感じを出すんじゃない!それにしても、あいつも普段の行いが悪いのか全然人望がないんだな。

 

「これがすりぬけくんかあ・・。」

 

すりぬけくんをじっくりと見た北上はニヤリと笑って右手に持ったスパナをぎゅっと握りしめる。いいねえ、この強敵を前にした緊張感。そうさ、すりぬけくんを舐めてかかると痛い目見るぜ。

 

「こいつはどえらい案件だよ。すりぬけくん・・・・。あんたの力、見せてもらおうじゃないか。」

 

工作艦北上とすりぬけくんの今後連綿と続く戦いの火ぶたが切って落とされた。

 




登場用語紹介

北上改二(雷)・・・ただでさえ尖った性能の北上改二をさらに極限まで尖らせたらどうなるかと、大本営の夕張・明石と共に考えられたIF改装 スロットは夕張改二同様主兵装5に増設が3 内訳  61㎝六連装(酸素)魚雷後期型☆10×4 甲標的丁型改二(蛟龍型改二)二×1 補強増設に新型高温高圧艦☆10×2 改良型タービン×1

北上改二(工)・・・戦後工作艦として活躍した北上の史実から、考え出されたIF改装。高速の手さばきで傷ついた艦娘を癒す。
艦艇修理施設×5 補強増設に新型高温高圧艦☆10×2 改良型タービン×1

※もちろんIFを改装です。
与作・・・・・・すりぬけくんと北上のバトルの始まりにわくわくを隠せない。
雪風&グレ・・・与作の交友関係のやばさに驚いている。
時雨・・・・・・北上のあまりの与作との仲のよさげな様子に内心不安でいっぱい。
アトランタ・・・アトランタんのあだ名はどうにかならないかと内心思うも、相手が偉大なる七隻のため、若干気おくれしている。
フレッチャー・・気さくな北上の態度に、良い方が着任してくれたと喜んでいる。
すりぬけくん・・新たなる強敵の出現に喜びに打ち震えている。


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番外編  「なにこれグレカーレ②」

やたら15周年DVDの情報が出てくるので。

※注意!!本編とは全然全く関係ありません。アダルトゲームについて興味の無い方や18歳以下の方は全力でスルーしてください。登場人物が作者の好きだったアダルトゲームについて適当に語ります。FCとかの名作は話題になるけど、18禁のゲームってそうでもなくない?というのが書くきっかけ。

大好きだったソフトメーカーさんへの感謝を込めて。

グレ「なにこれグレカーレ、はっじまるよお~!!」


ちーん。ぎい~。

 

「開きましたよ、グレカーレさん。」

「えっ!?本当!!すごいじゃない、雪風。」

「適当に暗証番号を入れたら開きました!」

「あんたってすごいのね。絶対泥棒だけにはならないでよね・・。」

がさがさ。がさがさ。ぽちっ。

「え?何これ?」

 

う~~~~~~~~~~~~~~~。

 

「え?え?」

「グ、グレカーレさあん、上です!」

 

ひゅーーーーーーーー。どしん!!グレカーレin檻。なぜか雪風は大丈夫。

 

「な、何この檻!!ちょっと!!」

「ちょっとだあ?俺様のいない間に泥棒ネコが二匹迷い込んでいたみてえだな。」

「だ、だって。テートクがあたしにもゲームをやらせてくれないから!」

「どんなに面白いゲームでも年齢制限は守るんだ。それが掟だぞ、がきんちょ。」

「あたしたち艦娘は見た目と年齢が違うの!!艦として生まれた時から考えたら80以上よ!」

「このゲームに出てくる登場人物は皆18歳以上ですってかあ?ふん。いかにも昔のエロゲーだな、

 おい。よし、それじゃあ今日は俺様がこの見た目詐欺と思っていた作品について語ってやろう。

これだ!!『とらいあんぐるハートシリーズ!!』略してとらハだ!!!」

 

グレ「あれ?でも、この絵柄って見たことがあるよ。」

 

与作「そりゃああるだろうな。原作・シナリオの都築真紀先生はあの有名な魔法少女リリカルなのはシリーズを手掛けた巨匠だ。」

 

グレ「え?なのはって、昨年15周年って言ってたような。」

 

与作「その通りだ。だが、これも俺様達の間ではいささか論争になってな。というのもあのリリカルなのはシリーズは元になったゲームがあるんだよ。このリリカルおもちゃ箱ってやつがそうだ。本来はとらいあんぐるハート3本編ではわき役だったなのはが主人公として活躍する。その時のタイトルが魔法少女リリカルなのは、でな。人によっては来年度の2021年度リリカルおもちゃ箱発売を20周年と考えるやつもいるくらいだ。ゲーム版のなのはを知っている人間の中にはゲームも知らず騒ぎ立てる、アニメなのはから入った連中を、にわかなのは厨と呼び、蔑んでいる奴もいたぐらいだ。」

 

グレ「ええええっ。そ、そんなになの・・。仲良くすればいいじゃん・・・。」

 

与作「何しろなのはと言えば、コミケで行列完売の代名詞だからなあ。よくツイッターや掲示板なんかになのは陥落、だの撃沈だのすごい待機列の画像を上げる奴が多くてよく覚えているぜ。俺様も友人に頼まれたが、買えたら買ってといいやがったそのくそ友人に殺意を覚えるぐらい並んでいたね。」

 

グレ「え?で、買えたの?」

 

与作「買えねえ。というかな、時間がもったいねえ。熟練の兵士は列の捌き方で大抵の時間がわかるからなあ。ただでさえ、秒単位を争う戦場でそんなのんびりしてられるか。『宝が欲しけりゃてめえで汗かいて探しな』と返してやったぜ。」

 

雪風「しれえ、これってシリーズなんですか。1,2,3と書いてありますが。」

 

与作「こらこら!なんでお前までここにいるんだ。グレカーレのやつも本当にろくなことをしやがらないな。そうだ。ファンディスクを抜くととらハは3までだな。3つあるうちのおすすめはと言われたら難しいな。このシリーズ、シリーズが進むごとに高評価になると昔は言われていたからな。俺様の師匠でもある高町恭也が活躍する3もいいが、ここは2をベストとしよう。ほれ、ここを見ろ。」

 

グレ「あれ、この紫の髪の女の子、どう見てもあたしたちよりも年齢が低く見えるよ。」

 

与作「まあそうだろうな。だが、こいつもれっきとした攻略キャラだ。これがこのシリーズの恐ろしいところだ。各シリーズに織田御用達のお前たちみたいなキャラが必ず出てくる。」

 

雪風「雪風達艦娘は、見た目通りの年齢じゃないんですよ!」

 

グレ「そうそう。なんで、テートクはわかんないかなあ~。」

 

与作「ふん。続けるぞ。とらハシリーズはみんな歌がいいんだ。1のちいさなぼくのうた、3の涙の誓いも大好きだが、俺様が名曲と信じてやまないのは2の風に負けないハートの形、通称かまいたちだ。こいつはとんでもない名曲だぞ。仁村知佳役の声優さんが歌っているんだが、CD版とDVD版だと撮り直しているのか微妙に歌い方が違う。」

 

グレ「え?どういうこと?同じ人でしょ。」

 

与作「サビのところがCD版だと高音だからか裏声になっているのさ。それがDVD版だと解消されていたな。裏声だのなんのと批判するアホがいたが、俺様はCD版の方が好きだね。仁村知佳というキャラが歌っていると考えると、CD版の一生懸命さが好みなんだ。このキャラ仁村知佳も色々とキャラの深い設定があって人気キャラだったなあ。どのキャラもかわいい。これがとらハシリーズの恐ろしいところだ。脚本とキャラクターデザインを同じ都築先生がやっているのがいい感じに出ているとしか思えない。」

 

雪風「へえ。で、しれえはどの子が好きなんですか?」

 

与作「あ、こら。勝手にゲームを持つな。お前には10年早い。そうだなあ。これはうかつに話すと戦争になるので、俺様の好みで話すが、2ならば椎名ゆうひだな。俺様にとっては椎名ときたら林檎でもへきるでもまゆりでもなく、ゆうひ一択だ。こいつがあまりにも人気がありすぎたので、メインヒロインの愛さんの人気がないんじゃないかと友人と語り合っていたくらいだな。シナリオもいい。普通にめでたしめでたしにならないところがな。」

 

グレ「へえ。その他におすすめのポイントとかあるの?」

 

与作「アニメ版のなのはを観ている奴は3を是非一度プレイして欲しいね。ゲームが先とかそんなくだらないことを言っているんじゃねえ。ゲームの土台からアニメにどうつながっていったのか観るのは楽しいだろう。アニメではそこまで分からなかった裏設定というかな、なのはの兄の恭也や姉の美由希に父の士郎、すずかの姉の月村忍についてもよく知ることができる。後、ぜひおまけシナリオの『花咲くころに会いましょう』のプレイをお勧めするぜえ」

 

雪風「楽しいですか?」

 

与作「いや、全然。どちらかというと鬱シナリオというか、俺様からいうとくそ許せねえシナリオだがな。ここに出てくるキャラクターが後のアニメのなのはでも出てくるんだよ。」

 

グレ「それって、アニメも同じ鬱展開になるってこと?」

 

与作「違う。ゲームの中とはまるで違う展開になる。これはその他のことでも言えるんだがな。一度酷い展開になったものが後で変わるということが結構多いな。」

 

雪風「みんな幸せの方がいいに決まってます!」

 

与作「ふん。後はこのリリカルおもちゃ箱だな。アニメから入った人間はレイジングハートとかクロノとか、リンディさんなんかは出てるからアニメとの違いを楽しみながらやると面白いと思うぜ。最近じゃダウンロード版があるからな。買ってやってみるしかないだろう。」

 

グレ「なるほど~。これは是非やってみるしかないわね。そんでさ、テートク。」

 

与作「なんだ?」

 

グレ「いつ出してくれんの?」

 

与作「ふん。俺様の貴重なコレクションを触ろうとした罰だ。明日までそのままでいるんだな。」

 

グレ「酷い!!!ゆ、雪風だって共犯じゃん!!!」

 

雪風「そんなあ~。手を貸して欲しいと言われたから貸したんじゃないですかあ。」

 

与作「どうせ、お前が唆したんだろうが、おいこら雪風。てめえもゲームのパッケージを見てないで反省す・る・ん・だ・よ!!」

 

雪風「い・痛い痛い!痛いです、しれえ!ぐりぐりはやめてくださいよお~。反省します!はいっ。」

 

与作「グレカーレは就寝時間まで檻で反省。雪風は明日一日ジェンガ禁止だ!」

 

グレ・雪風「そ、そんなああ!!」

 

与作「俺様は久しぶりにとらハのサウンドステージでも聞きながら昔に浸るとしよう。邪魔するんじゃねえぞ!!」

 

グレ「ふんだ。またテートクのいない時に忍び込んでやるんだから!!」

 

与作「だから、そういうのは俺様に聞こえないように言うもんだぞ!!」

 




登場用語紹介

熟練の兵士・・・夏と冬の戦場を駆け抜ける一騎当千の強者達。普段からは考えられぬ体捌きと、この日のためにあらゆるデータを駆使し、移動方法を記した地図を片手にゴミの後片付けもできぬ連中の未熟さをあざ笑い、祭りを楽しむ猛者。
宝・・・・・・・苦労して手に入れたもの。人によって価値観が違うため、ゴミと間違われ、家庭内でのいざこざの元になる。


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第三十一話「鎮守府近海攻略戦」

ちょっと切れ目が分からずやや長くなりました。アーケードの方、たまに艦娘の動きの参考に行くんですが、熟練の提督さんたちはすごいですね。舵さばきが踊るようです。一応艦娘のレベルを後書きに掲載しますが。あくまで参考程度でご覧ください。(時雨と演習していたので上がってます。)


ばっどもーにんぐ。ようやくすりぬけくんと北上の戦いが始まるかと思ってわくわくしてたらよ。

北上からこいつは一筋縄じゃいかないから、一週間ほど時間をくれだとさ。そりゃあ、任せたんだからな、俺様だって文句は言わねえ。専門家の言うことだしよ。ただ、期待が高まっていただけにやる気が萎んで何もやる気がしねえ。そりゃあそうだろうよ。ようやく待ちに待ったえさにありつけると思ったら、調理するから待ってろって言われているようなもんなんだからな。

 

「こら、与作。全然気合がないじゃないか!建造ばかりしていないで、未達成の出撃任務、こなしてしまおうよ。」

 

今日の秘書艦、口うるさい時雨の奴がまたしゃしゃり出てくる。どうしてこいつはこういつも正論を言うのかね。やだやだ。正論を言うのはいいが、俺様の今のテンションを分かってないだろう。

 

「そんなこと言うがよ。お前たちの練度はどうなんだ。うちは元々戦力が少ないうえにがきんちょ駆逐ばかりだからな。練度が低くちゃお前がいても足手まといになるだけだぞ。」

「それなら心配ないよ。二十日あまりの演習と訓練の結果、雪風は改に、グレカーレとフレッチャーも練度は二十を超えている。」

 

はああ?二十日余りで練度がそこまで上がるか普通?お前なんのブートキャンプやったんだよ。

 

「いや、普通に僕と戦闘演習したり、僕の訓練内容をやったりしただけだけど?」

 

しれっと話す時雨に納得。うん。いるわ、こういう奴。自分ではよかれと思ってやっているが、やられている方からすると、とんでもないスパルタなやり方する奴。また、悪意がないから断わりづらいしなあ。これはあの三人には特別休暇でもどこかでやった方がいいな。

 

「そういうことなら、鎮守府近海でも軽く攻略してこい。まあ、うちの鎮守府もそろそろ動かねえと上からどやされるからな。」

 

「了解。みんなを集めるね。」

 

 

〇九:〇〇。執務室に集まった北上以外の江ノ島鎮守府の面々は、時雨以外皆一様に緊張に顔を強張らせていた。雪風とグレカーレは二度目の、フレッチャーに至っては初の実戦である。訓練をしてはきたものの、実際に海に出て深海棲艦と相対することとなると、そのプレッシャーは計り知れないものがあった。

 

「よし。全員揃ったな。北上の方には工廠での仕事に専念してもらう。そこで、アトランタ。」

「う、うん。何?提督さん。」

 

まさか自分がいきなり呼ばれるとは思わず、アトランタが戸惑いを見せる・

 

「お前に今回の旗艦をやってもらう。」

「ええっ!?な、なんで?あたしはこの中で一番新参者だよ。他から来たんだし。」

 

自らが旗艦と言われ動揺するアトランタに、与作は順々と説明する。江ノ島鎮守府では、豊富な実戦経験を持つ者が偉大なる七隻の二名しかいないこと、その二名に頼っていてはこの後いずれ困る事態に陥るだろうこと。

 

「だからよぉ。今後順番に旗艦は回していくつもりだが、今回に限っては、米国で経験のあるお前さんがうってつけなのさ。それになんだって?新しく来ただの、他から来ただの何か関係があるのか?お前はもううちの鎮守府の所属なんだろう?」

「え・・・、う、うん。」

「だったら四の五の言わずに俺様の命令を聞くんだな。同期の連中からの情報じゃあ、鎮守府海域でも奥深くに行くと、空母がうようよしているらしい。お前さんお得意の対空砲火の腕の見せ所じゃねえか。?」

「え?て、提督さん。なんで知って・・・。」

「自分の艦隊にいる奴のことを知っておくのは基本だろうが。」

「う、うん。あ、あたし頑張る。頑張るよ、提督さん!」

 

アトランタは深く頷くと、旗艦の任を引き受けた。

在日米軍基地から引き取られた彼女にとって、この江ノ島鎮守府内でいかに自分の立ち位置を見つけるかは大問題であった。なんとか活躍する場を見せねば、また『役立たず』の烙印を押されてしまうのではないか。米軍の人間にそう言われた時には、道具扱いされているのだからと自らを慰めることができたが、ここでは違う。

己の提督は今言ったではないか、『対空砲火に期待している。』と。それはとりも直さずこの短い間に彼女のことを知ろうとし、その得意とするところを理解していることに他ならない。

 

(この提督さんの期待は裏切ったらダメ。あたしが嫌。)

 

アトランタは時々行う衛星通信で、度々サラトガがアトランタのことを羨ましがるのがなぜなのかようやく分かる気がした。

 

「よし。任せたぜ。それじゃ、続いて雪風、グレカーレ、フレッチャーの順で、殿は時雨に任せる。全体の動きを見ていてフォローに回れ。」

「了解!」

「もんぷち、今回撮影隊は同行できるのか?」

『あー、無理ですね。前回のことがトラウマになってるらしく、スタッフが集まらなくて・・・。』

「おい。前回のことって大分前じゃねえか。いつまで引きずってんだよ!!」

『急に出撃が決まるからですよ!妖精にも都合ってもんがあるんですよ!』

「ふん。都合云々を抜かす奴があんなに頻繁に台所に出入りするのはおかしいがねえ。まあいい。一応お前も羅針盤妖精上がりなんだろ。おつかいは二度目だが、初めての奴もいる。またついて行ってくれ。」

『いいですけど、ちゃんと手当ははずんでくださいよ!』

「ったく、がめつい野郎だな、この女王は!」

 

〇九:三〇。

艤装を装着した第一艦隊が港に勢ぞろいし、アトランタが号令をかける。

 

「抜錨!江ノ島艦隊前進!」

「アトランタ~ん!気合入れすぎてとちらないようにねー。」

 

照れた様子を見せるアトランタに港から手を振る北上が茶々を入れる。アトランタはうるさいと一言言うと、気合を入れて出撃していった。

 

一括りに鎮守府近海域と言われている海域だが、厳密に言うと、その鎮守府ごとにカバーする範囲が大きく異なっている。多くの提督と艦娘が所属する大規模鎮守府では、細かく範囲が定められ、深海棲艦の侵攻に対し、漏れがないような配置がなされているが、太平洋側に位置する横須賀鎮守府こそは、その最たるものと言えるだろう。首都も近く、まさに国防の要であり、所属の艦娘、提督・行動範囲は共に日本最大を誇る。

では、その近くに位置する江ノ島鎮守府はどうかと言えば、単体ではとるに足らない弱小鎮守府であるものの、しかし、まさにその横須賀の近くという立地のため、大本営からは一緒くたにされ、横須賀鎮守府が取りこぼすであろう伊豆諸島方面の警戒を任されていた。

 

「そっち、フレッチャー、右に対処して!」

「了解!!Enemy in sight! Fire!!」

 

アトランタとフレッチャーの砲撃を受け、爆炎に包まれ沈んでいく軽巡ホ級と駆逐二級。この鎮守府近海ではもっとも強い駆逐艦と言われる駆逐ニ級だが、江ノ島鎮守府の面々からすれば大した相手ではない。何しろ雪風・グレカーレの二人は既に駆逐ナ級Ⅱとの実戦経験済みである。あの禍々しいオーラを放つ先制雷撃の使い手に比べれば、その強さは天と地ほどの開きがある。

 

「うん。いい感じじゃない。次行こう、次!」

「頑張りましょう!この間の汚名を返上しないと!」

「二人とも、気を楽にしていないと、思わぬミスが生まれるからね。」

 

時雨のアドバイスに二人は気を引き締める。仕方がなかったとはいえ、二人の初出撃の思い出は苦いものであった。もう二度とあのような思いは味わいたくはない。

 

「「了解!!」」

 

大島を過ぎ、三宅島に差し掛かった時、ふいにアトランタが叫ぶ。

 

「レーダーに感あり。敵機動部隊見ゆ!」

「おいでなすったか。対空戦闘用意!!」

 

与作の声に、かねてからの手筈通りに対空主砲・高射装置を装備した時雨・フレッチャーそしてアトランタがずらりと並び、来襲した敵機を次から次へと落としていく。

「敵空母二隻を視認!残りは重巡・軽巡・駆逐で計六隻編成の模様!!」

 

雪風が手持ちの双眼鏡で確認した事実を伝え、グレカーレが無線で与作に指示を確認する。

「アトランタは引き続き空母の相手を継続。フレッチャーは時雨と共に、敵重巡を相手しろ。雪風、グレカーレは軽巡・駆逐を倒せ。時雨が相手だと思えば楽勝だ。」

「どういうことだい、与作!」

「あ、それ納得。」

 

無線越しの与作の言葉に思わず頷くグレカーレ。何しろ鎮守府での訓練でどれだけしごかれたことか。今目の前にいる敵集団が子供だましに思えるほどだ。

 

「遅い!!」

「そこですっ!!」

 

グレカーレと雪風の砲撃にまず敵軽巡が沈む。当てるつもりで撃ったが、よけられると思っていた二人は拍子抜けしてお互い顔を見合わせた。

 

「ね、ねえ。雪風。思うんだけどさ、あたしたち実はすんごく強くなってない?」

「時雨ちゃんの地獄のしごきに耐えましたからね・・。あれは何度沈むかと思ったかわかりません・・。」

「ちょっと、二人!聞こえてるよ!!」

 

言いながらも、敵重巡の砲撃を的確に躱す時雨。

「!!」

至近距離に近づいた時雨に一瞬怯んだ重巡リ級が主砲を構え直すも、

 

「じゃあ、よろしくね!」

瞬間的に時雨が右にずれるや、

「今です!」

タイミングを合わせて、放たれたフレッチャーの砲撃がリ級の顔面にヒットする。

「グアアアア!!!」

よろけるリ級はさらに追撃で放たれた魚雷の前に瞬く間に沈黙した。

 

他の四隻が順調に深海棲艦と戦う中、アトランタは一人、空母二隻を相手どって対空戦闘を繰り広げていた。

「次から次へとやる気満々だね。あたしもだけど。叩き落とせ!Fire、 Fire、 Fire!」

 

序盤に三隻で行った対空砲火の際に、アトランタは見た。自分よりも遥かに正確に敵艦載機を撃墜する時雨の姿を。そして、気づく。与作の期待に応えようとするアトランタに華を持たせるべく、敢えて時雨が手を抜いていることに。

 

(あたしは防空巡洋艦だぞ?それがいかに偉大なる七隻とはいえ、駆逐艦に良いように手柄を譲られてんだ。黙っていられるかよ!)

 

使えない船。それが、在日米軍でのアトランタの評判であった。大規模作戦でドロップし、再び故国のために戦おうと意気込んでいたが、火力が低く期待できないと、基地周辺の警戒ばかりをさせられていた。そのため、アトランタの元提督はモードナイトメアを搭載し、使えない船を使えるようにしようとしたのである。当の本人からすれば不本意で、演習中に発見した対空能力の高さを元提督に伝えたのだが、眉唾物として取り上げてすらもらえなかった。

 

「これで、あたしの十八番である対空戦闘も引けをとっていたら、居場所がなくなる!」

アトランタの焦りは相当であり、それは大きな隙を生むこととなった。正面ばかりに気を取られ、大きく回りこまれていたことに気づかず、背面に爆撃を受ける。

 

「あ痛っ!こ、こん畜生!!」

 

すぐさま敵機を撃墜するも、いつの間にか接近していた空母ヲ級に羽交い絞めにされ、アトランタは身動きを封じられる。

 

「く、くそ!離せ、離せって言ってんだろうが!」

「ヲッ!!ヲッ!!!」

「お前、まさか・・あたしもろとも沈もうって・・。」

 

敵の思惑に気づき、もがくアトランタだったが、ヲ級Aは意地でも離さずと腕に増々の力を籠める。

 

「こんなところでやられてたまるかっての・・・。」

こうなったらモードナイトメアを使うしかない。そしてこいつらに悪夢を見せてやろう。

「提督さん、ナイトメアを使うよ。OK?」

 

アトランタ自身が意識してモードナイトメアを使ったことはほとんどない。大抵火力が足りないと上が判断したとき唐突に発動されることが多く、おぼろげな記憶とボロボロなまま入渠ドックに放り込まれた自分を見て、彼女は己の身に何が起こったかと気づくのが常だった。

この艦隊での発動は初めてであり、念のために与作に確認をしたのだが・・。返ってきたのは拒否の言葉だった。

 

「馬鹿か。こんな程度の相手でいちいちあんなもん使うな。」

「な、何言ってんのさ。このままじゃやられちゃうよ!痛いのはあたしだけなんだから、お願い!」

アトランタは声を震わせてモードナイトメアの許可を求めるが、与作は頑としてそれを認めない。

 

「ヲッ!!ヲヲッッ!!!」

アトランタを抑えつけたヲ級Aは懸命に自分の同型艦に呼びかける。一瞬躊躇したヲ級Bだが、こくりと頷くと、艦載機を放った。

 

「提督さん、お願い。あれを使えばすぐ抜け出せるんだからさ。」

「だめだ。あいつを使った後にお前がどうなるか俺様は知っている。だから許可しねえ。」

「そ、そんなこと言ってたら・・ってああっ!!」

艦載機が近づいてくるのが分かる。このままでは自分はあれにやられる。思わずアトランタが目をつむったその時だった。

 

「ヲッ!?」

 

突如として、アトランタの目の前まで迫った艦載機が炎を上げて落ちていく。対空射撃が行われた方に視線を移すや、時雨がこれまでとはうって変わって冷たい表情をしていた。

 

「アトランタ。簡単に自分を痛めつける力を使うもんじゃないよ。それに何だい、ナイトメアって。夕立はそんな自分を痛めつけるような戦法なんかとらない。名前負けもいいところだ。」

続けて連撃。ヲ級の体がぐらりと揺れ、アトランタの拘束が緩む。時雨の主砲がヲ級Aの両腕を吹き飛ばしたのだ。

 

「ッヲヲヲッ~!!!!」

体が自由になるや、すかさず主砲を叩きこむアトランタの前に、ヲ級Aはなすすべなく沈んでいく。

 

残るは後一隻。

 

苛烈な対空射撃で、なおもアトランタや自身に向かう敵機をことごとく撃墜する時雨。味方ながらアトランタは背筋が肌寒くなるのを感じた。

 

姉妹艦の名前をとったアトランタのモードナイトメアについて時雨も話は聞いてはいた。だが、実際に耳にすると、なんと忌々しく感じることだろう。時雨が知っている夕立は、決して戦闘狂ではない。提督に褒められたいからと戦っていただけで、出撃のない普段の日にはのんびりと日向ぼっこをするような艦娘だった。こんな、見せかけだけのシステムを考えた米国の技術者達には、一度お灸を据える必要があるかもしれない。

 

「ヲッ!?」

 

ついに飛行甲板を潰され、艦載機を発進できなくなったヲ級Bが気づいた時には、四方から放たれた雷撃が彼女の体に突き刺さっていた。

 

 

「江ノ島艦隊帰投しました。我が方に損害なし。」

アトランタがぶすっと報告する。まあ、いろいろあったみたいだが、予想以上の戦果だったみたいだな。初回だったらこんなもんだろう。

 

「おう。お疲れ。それじゃあ、順次シャワーでも浴びてこい。夕食にすんぞ。」

「え?今日はテートクが作ったの?」

「当り前よ。お前たち和食を練習したっきりてんで作らねえじゃねえか。北上には工廠の方をみてもらってるからな。今日はカレーだ。」

「しれえのカレーは大好きなんですが、若干辛いんですよね。」

「お子様は甘口がいいってかあ?知るか。作らねえ奴はがたがたぬかすんじゃねえ。」

「それでは、提督。付け合わせでサラダか何かを作りますね。」

「ああ、フレッチャー。僕も手伝うよ。」

『それでは、わたしも報酬の金平糖をいただきますか!』

「はあ?今回お前本当に何にもしてないじゃねえか!しれっと何ぬかしてやがる。」

『女王がついているってだけで艤装妖精たちの戦意は高揚したはずですよ!!』

「俺様の聞いている限りじゃそれはねえな・・。」

 

ばらばらと駆逐艦ズ&もんぷちがいなくなるが、アトランタだけはその場から離れない。何だ、こいつ。俺様に用があるのか?

 

「Sorry、提督さん。期待に応えられなかった。この次は頑張るから・・見捨てないで。」

「はあ?何言ってんだ、お前。」

「対空戦闘、時雨にかなわなかった。せっかく旗艦にしてもらったのに、たいして活躍できなかった。あたし、が、頑張ろうとしたんだけど・・。」

「・・・。」

「ナイトメアが使えないとなったら不安になっちゃって・・・。」

「ふん。俺様はお前が自分であのモードを使おうとしたのが気に食わんね。お前、あれを使うと自分がやばくなるって分かってて使おうとしてただろ。」

「それぐらいしか思いつかなかったから・・・。つ、使えないかな。あたし・・・。」

「ああ、使えねえな。」

 

俺様の言葉にショックを受けしゃがみこむアトランタ。お前バカだろ。鬼畜モンに慰めてもらおうなんて、砂漠の中でコンタクトレンズを発見するより、ありえねえことだぞ。

 

「あたし用済み?お払い箱?」

どんよりとした空気を醸し出しながら、アトランタは体育座りをする。どうでもいいが、お前スカート短いから丸見えなんだがな。雪風といい、うちの連中はどうなってやがんだ。

 

「このままだったらそうだな。うちの鎮守府に使えねえ奴はいらねえ。」

「そ、そんな・・・。」

 

この世の終わりみたいな顔してやがるが、どうしてかねえ。こんな弱小鎮守府にいても何もいいことはないぜ。とっとと出ていったらどうだ。

 

「いや、あたしはここにいたい・・・。どうしたらいい?」

 

知るか。てめえで考えるんだよ。なんでそうすぐ人に聞くのかね。現代っ子はこれだから困る。指示待ち世代ってやつかあ?言っとくが、うちの鎮守府には言われたまま行動するだけの道具はいらねえ。自分で考える奴が必要なんだぜ。

 

「・・・・・・。」

「いつまで甘えて道具のつもりでいやがるんだ?少しは慣れろ。何も思いつかねえなら明日にでも横須賀に返すぞ。」

「ま、待って待って!考える、考えるから・・・。」

 

うんうんうなりながら頭をひねるアトランタ。どうでもいいが、俺様は夕食の準備があるんだ。失礼するぞ。

 

「ちょ、ちょっと提督さん!そ、そうだ。あたしも時雨に特訓をつけてもらうとか・・。」

「ほお。少しは考えたじゃねえか。他には?」

「ほ、他?」

「うなって考えていた割には一つしかねえのかよ。」

「後は・・・。朝、提督さんに特訓してもらうとか・・・。」

「何?」

 

きらりと俺様の目が光る。こいつ、今何と言った?

「イメージトレーニングの後でいいからさ、格闘術を教えてほしいんだよ。そしたら、ナイトメアに頼らなくても身の躱し方とか勉強できると思うし・・。」

「くっくっくっく。いい目の付け所だぜえ。もう少ししたら艦隊全体でトレーニングしてやろうと思っていたんだがな。いいだろう、アトランタ。他の奴に稽古をつける前にお前を先に鍛えてやろう。俺様の教え方は厳しいぞ。」

「て、提督さん!!う、うん・・。頑張る。」

 

無邪気に答えるアトランタだが、お前分かってるのかねえ。時雨の訓練に俺様の特訓。地獄の門を開けちまったってことによお。まあ、いい機会だ。いじいじした気持ちもろとも叩き直してやるかねえ。くっくっくっくっく。

 




艦隊編成
旗艦 アトランタ改LV60・フレッチャーLV24・グレカーレLV30・雪風改LV31
時雨改二LV???(計測不能) 

登場人物紹介
与作・・・・・翌日から早速アトランタの特訓に乗り出す。すぐ弱音を吐くと思っていたアトランタだが、地味に食らいついてくるため、その根性は買っている。
アトランタ・・時雨ブートキャンプ・与作式修行と、まとめてやろうとしたことを後悔するも、ここが正念場と覚悟を決める。地味に与作と二人の特訓は嬉しい様子。
時雨・・・・・与作とアトランタの朝の特訓を聞きつけ、自分も特訓するよう与作に頼む。
雪風・・・・・料理が作れないと言われたので、せめてカレーを作ろうと挑戦中。
グレカーレ・・時雨と与作のW特訓に励むアトランタを尊敬のまなざしで見ている。
フレッチャー・特訓に疲れ切り、泥のように眠るアトランタの世話を甲斐甲斐しく見ている。
北上・・・・・すりぬけくんと格闘中。意外に真面目な北上さん。
   


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幕間④  「ある日の提督グループライン4」

思い付きで始めた人気投票ですが、投票いただきありがとうございました。本日の7時に集計を締め切らせていただきたいと思います。予想外な展開となりました。(一部は予想通りでしたが。)次回に行うと書きました第一部サブキャラ投票は次回に持ち越したいと思います。

※時系列的にアトランタ着任後、北上着任前です。


【提督養成学校第16期A班】みんなあれ観た?おっさんすごくね?【鎮守府も書いてね】

 

コンソメ:呉鎮守府

  執務室で記者会見観てて、コーヒー吹いたわ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  あれはやばいわ。まじでやばい。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おっさん、すごすぎ。LIVE中継もな。

 

コンソメ:呉鎮守府

  それな。うちの鎮守府、でかいのにめちゃくちゃ評判になってたぞ。昔を知っている古参の人たちなんかは、アメリカの艦娘運用に相当腹を立ててたみたい。ヤンキーどもざまあって言ってたからね。

 

マーティー:単冠湾泊地

  うちの電も怖いこと言ってたなあ。『あの大統領の尻に魚雷をぶち込んでやりたいのです・・』とか。曙が制止するぐらいだったし。

 

コンソメ:呉鎮守府

  おいおい。順調にぷらずま化してないか。危険すぎる・・。うちの艦娘達がやたらとおっさんのことを評価していて嬉しいんだけど、複雑。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  分かる分かる。うちも白露が鬼頭提督はいっちばーんとか言い出して驚きだわ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  みんなおっさんの良さが分かっていなかったんだろうなあ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  そりゃおっさんだしね。あの人基本誰ともつるまないし。

 

マーティー:単冠湾泊地

  来る者放置、去る者ガン無視。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ウケる!ぴったり過ぎて何も言えない。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  神の子への不当な悪口は止めろ。お前たちでも許さんぞ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  出た、ロリコン。神の子ってなんだよ、神って。そういやお前からするとあのくそ大統領はどうなんだ?

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  神に逆らいし者は断罪された。

 

コンソメ:呉鎮守府

  何言ってんだこいつ?ロリコンが極まったか?まあ、あそこまで醜態さらされてちゃねえ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  「大統領に追い込みをかけた男」ってこれからおっさんを呼ぼう。

 

マーティー:単冠湾泊地

   それいいな。ナイスネーミング。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

   くっくっくっく。大層なネーミング恐れ入るぜ。大したことはしてねえがよお。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

   !!!!来た!「大統領に追い込みをかけた男」!

 

コンソメ:呉鎮守府

   待ってました!!

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   神の子が降臨された!

 

マーティー:単冠湾泊地

   おっさん、お久しぶりです。その後連絡をとろうにも中々とれなくて心配してたんですよ!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

   ふん。大本営から迂闊に連絡に出るなと言われちまってな。大本営経由でなきゃ一時期連絡が通じなかったんだよ。

 

コンソメ:呉鎮守府

   マジですか!超VIP待遇。まだ駆け出しなのに。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   その後ジョンストンちゃんはどうですか?あのカスのせいで痛めつけられた心が癒えているといいのですが・・・。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

   ああ、あいつか。よくフレッチャーと通信してるぞ。最近はアトランタの野郎も話しているみたいだがな。あいつらが話始めると、俺様を呼ぶのが面倒くさくてよ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

   うん?なんか聞いたことがない艦娘名が出てきましたよ。

 

マーティー:単冠湾泊地  

   アトランタなんていたか?

 

コンソメ:呉鎮守府

    ああ、二年前に発見された艦娘だな。防空巡洋艦アトランタ。一説には秋月型を上回る対空性能を誇っているらしい。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

    マジか?やばくないか、それ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

    それよりも、ジョンストンちゃんの様子をもう少し詳しく聞きたいのですが・・・。

 

マーティー:単冠湾泊地

    相変わらずぶれないな、お前!アトランタはどうでもいいのかよ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   ああ。

 

マーティー:単冠湾泊地

   こいつ!

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   あのなあ、お前が肉料理好きだったとするだろ?いきなり魚料理の話をされたらどうするよ。

 

マーティー:単冠湾泊地

   そりゃ聞くだろ。

 

コンソメ:呉鎮守府

   一応聞くかな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

   そいつの話の長さ次第だな。一応聞くが途中で切るかもしれん。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   俺は聞かない。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

   くっくっく。まあ、人それぞれだと思うぜえ。ジョンストンの奴ならやたら元気よ。こっちの様子はどうだの、土産は何が欲しいかだのうざくて仕方ねえ。アトランタは最近やたら話かけられてる気がするな。

 

コンソメ:呉鎮守府

   安心のおっさんクオリティ。なんでそんなに懐かれるんですかね・・。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   羨ましすぎる。ただ、これも神の子のスキルだと考えれば。そ、それよりもジョンストンちゃんの画像など今度いただけませんでしょうか。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

   お前なー。本当にそっち方面の話ばかりだな。よほどいつも潤いがないのかよ。最近建造したか?

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   ・・・・。那智が来た。

 

コンソメ:呉鎮守府

  鬼が来たんじゃないんだから、もっとまともに書けよ!うちは衣笠さんが来てくれた。明るく

  てすごい助かってる。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

   うちは戦艦霧島。夕立が夜戦最高っぽいとめちゃくちゃはしゃいでたよ。

 

マーティー:単冠湾泊地

   いいなあ。うちは今空母勢がいなくて困ってるんだよね。新しく来てくれた妙高が、いいまとめ役してくれててさ、電と曙の間に入ってくれてるから助かってるんだけど。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

   なるほどなあ。どの鎮守府も大変みてえだな。遅まきながらうちの鎮守府も近海攻略を果たそうとしてるぜえ。

 

コンソメ:呉鎮守府

   近海攻略だと潜水艦対策が重要でしたよ。対潜ソナーとか開発してますか?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

   なんか、この間時雨がぐちぐち文句を言いながら作ってたなあ。与作は建造ばかりしかしないとかなんとか。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

   普通、建造と開発はセットっすよ!おっさん、まだ開発やったことないんですか?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

   基本その日の秘書艦に任せてたな。10cm連装高角砲+高射装置とか四式水中聴音機なん

か開発したって報告が上がってるな。

 

マーティー:単冠湾泊地

   え?その二つって開発できたんすか?どこにもレシピが載ってないですよね。

 

コンソメ:呉鎮守府

   うん。それって特定の艦娘が持ってくるか、改修工廠で艤装をいじらないとできなかったと

   思うんだけど・・・。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

   また出たよ~~~。どうなってんの、おっさんの鎮守府の工廠!!うちと交換して欲しい!

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   交換なら順番待ちだ。一番は俺だぞ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

   今点検中だしなあ。それに一度沼ったからって違う建造ドックを使うなんてな。目当てが

引けねえピックアップガチャを止めて、恒常ガチャを引こうとするようなもんだぜ?

 

マーティー:単冠湾泊地

   なんとなく分かるその例え。でも、どんだけ回してその装備出たんだろ。

 

コンソメ:呉鎮守府

   確かに。気になるなあ。今度レシピ教えてくださいよ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

   聞いた話じゃ一発で出してたみたいだけどな。まあ、時雨に聞いておいてやる。今度レシピ

については話すでいいな?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

   よろしくお願いします。というか。あれだな。普通開発工廠って何度か失敗するよね?

 

コンソメ:呉鎮守府

   するする。この間それで3連続失敗した吹雪がへこんで、フォローが大変だった。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

   うちは失敗したって聞かねえな。まじめくんと名付けてやるか。

 

マーティー:単冠湾泊地

   ええっ!?それ、すごい!うちも5連続とかやらかしたときありますよ。俺がやって曙にくず扱いされ、電がキレました。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   くたばれ!!なんだ、その理想の鎮守府ライフ!!消えろ!!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

   ロリコン落ち着け。お前の所にもきっと駆逐艦は来てくれる。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   くおおお。もういらないんだよお。提督さん、これだったらどうかなとか言って、瑞鳳のコスプレする瑞鶴とか誰得やねん!!

 

コンソメ:呉鎮守府

   なんて言うか、そのー。とりあえずやる気はかってあげろ。

 

マーティー:単冠湾泊地

   瑞鶴必死だな。いい子じゃないか。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

   何がいい子なもんか。紛い物は失せろと言ったら、また爆撃してきやがった。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  お前、いい加減労わってやれよ・・。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ふん。まあ、仲がよいこって。お前さんには世話になったからな、ジョンストンの画像とや

  らは今度送るぜ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  本当ですか!鬼頭氏ありがとうございます!!!!!おかげでやる気が復活しました。

 

コンソメ:呉鎮守府

  おっさん。前に一回話していて流れた演習を一度どこかでやりたいですね。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  それなあ。実際に会ってやりたいのは山々なんだけど、今江ノ島に関わるなって上に釘をさされてるんだよね。

 

マーティー:単冠湾泊地

  え?うちは何も言われてないけど。鎮守府によって違うのか?

 

コンソメ:呉鎮守府

  そりゃ。各鎮守府の責任者が艦娘派か反艦娘派かによって違うだろ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  うちみたいな弱小鎮守府だとてんで気にしないんですけど、秘書艦のアホがOKを出しやがらないので。本当にアホでどうしようもない奴ですよ。

 

【ロリコン紳士がログアウトしました】

 

マーティー:単冠湾泊地

  安定の逃走芸。

 

コンソメ:呉鎮守府

  あいつ、わざと瑞鶴を煽ってるんじゃないの?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  伝統の煽り芸ってやつか?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  くっくっく。夫婦漫才ってやつだな。それじゃ、俺様もそろそろ消えるぜ。アトランタの奴に稽古をつけてやるって約束したんでなあ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  艦娘の訓練をおっさんがやってるんですか?

 

マーティー:単冠湾泊地

  元自衛官の俺もびっくり。何を教えているんです?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  今はひたすら組手だな。とろくて困ってる。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  艤装つけてなくても艦娘でしょ・・・。それをとろいって。うちの夕立がおっさんを狂犬と言ってた意味がようやく分かったかも。

 

コンソメ:呉鎮守府

  とにかく、一度同期で集まりたいですね。うちの艦娘おっさんに会いたいってみんな言ってますよ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  うちもうちも。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  同じく。おっさんの好みに入るか分かりませんが、霧島いますよ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  そんなこと言ったら、うちの妙高だってなかなかだぞ!

 

コンソメ:呉鎮守府

  衣笠さんは好みからは外れるだろうなあ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  キャバクラの呼び込みか、お前ら。てめえで捕まえなきゃ仕方ねえんだよ。指くわえて見させ

られても空しいだけだ。まあ、演習はもう少し落ち着いてからだな。

 

コンソメ:呉鎮守府

  よろしくお願いいたします。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  楽しみにしてますよ!

 

マーティー:単冠湾泊地

  それじゃ、みんなケガすんなよ!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  元気にオナれよ!!

 

【おっさんがログアウトしました】

【コンソメがログアウトしました】

【マーティーがログアウトしました】

【ソロモンの悪夢がログアウトしました】

 

 

 

 

 

 

 




登場人物紹介

与作・・・・・・アトランタとの特訓を続けて一週間後には時雨、その次の日には雪風、グレカーレと続き、フレッチャーも控えめに特訓を希望してきたため、面倒くさくなり一斉に教えるようにする。

ジョンストン・・なんでも構わないという与作の土産希望に頭を悩ませた結果、アイオワからは揚げバター、イントレピッドからはカラーケーキを勧められ、サラトガからはハリーズの髭剃りセットにサンキューカードをつけてはどうかと提案され、全てを採用することに決める。

サラトガ・・・・ジョンストン自身のお土産に加えて、自分のサンキューカードとマグカップを渡して欲しいと話す。


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第三十二話「すりぬけくん」

前回の投稿で実は40話目でした。まあ、おまけということで飛ばしていましたが、いつも御覧いただいている方々には感謝です。

40話目のコメントはこの二人!

アトランタ「あたしたちアメリカ艦コンビで何か話をしろってさ。40話おめでと。こんなもんでいい?」
フレッチャー「「もう、アトランタったら。もう少しコメントを多く・・。皆さん、いつもありがとうございます。暑いですがお体に気を付けてくださいね!」

※サブキャラ投票は本日の20時を締め切りとさせていただきます。ご協力ありがとうございました。予想していましたが、まあロリコンが強いですね・・。


「う~~ん。どうも、よく分かんないんだよね~。」

 

江ノ島鎮守府が、今や世界に誇る建造ドックとなった通称すりぬけくんの前で、北上は一人うなると床にごろりと寝そべった。与作との約束の期日までにはまだ4日の余裕がある。

ここまでの3日間、あの手この手を尽くして調べてみたが、とにかく分かったのは、

「この建造ドック意味不明!」

ということだけであった。

「普通に建造ができないってどういうことなのよ。建造ドックってポンポン建造できるもんだよね。」

 

そもそも建造とは何か。広義には「艦娘を特定の資材を用いてつくる行為」とされているが、その「つくる」、という文言についてさえ、この言葉が考え出された当初は、多くの議論を巻き起こした。

 

科学者達の言い分は、始まりの提督と原初の艦娘が提供したデータを元にし、量産型を作る行為こそが建造であると言う。一方の歴史学者などは、付喪神信仰こそが艦娘の顕現に力を為したのだと声を大にし、海に揺蕩う彼らの意思を元に召喚しているのだから、作るのではなく、呼ぶのが正しいと主張した。

 

結局堂々巡りの議論の末、日本人らしい歩み寄りで「つくる」という平仮名での表記に落ち着くことになったが、艦娘出現より俎上に上げられている問題、艦娘は人か否かについての問題が解決されることはなかった。この問題が日本である程度の鎮静化を見せたのは、皇居におわす尊き方々が、先の大戦で散りながらも、再びこの世に現れ、人々を救おうとする艦娘達へ感謝の言葉を述べられたからで、原始的な信仰が未だ根付く日本においてそれは自然に受け入れられ、急速に艦娘の権利についての考えが浸透するきっかけとなった。

 

こうした諸々の背景の果てに、どの鎮守府にも置かれるようになった建造ドックであるが、当然正式な名称が存在する。「海軍甲型艦娘招魂装置」。それは、海軍が始まりの提督とその艦娘達の協力の元に完成させた物であり、一定の資材を投入することによって、必ずいずれかの艦種の艦娘を建造することができる。そのネーミングを任された始まりの提督は、名称についての変更を求められるや頑として譲らなかった。

 

「彼女たちはゆっくり寝ていて構わなかったというのに、昔馴染みの我々が困っているのを見かねて、手助けを買って出てくれているんだ。資材を入れる限りは建造ドックと言いたいのは分かるが、せめてこちらの名前ぐらいは好きにつけさせて欲しいね。」

 

親艦娘派が艦娘との付き合い方を語る際に、艦娘=人であると始まりの提督が考えていたと根拠にする発言である。とにかく、初期の頃その資材投入については試行錯誤で様々な数値で行われることが多かったが、近年はデータが集まり、戦艦や空母などの出やすい数値がレシピとして各国に広まっている。余程のことがない限り、建造でのぶれは少なく、そうそう狙いと違った艦が出ることはありえない。そう。余程のことがない限りには・・・。

 

ここ江ノ島鎮守府にはその常識を覆す建造ドックが存在する。

 

最近つけられた名前がすりぬけくん。周囲が微妙なセンスと言っても、頑固な名付け親は変える気はさらさらないらしい。今日も北上がいる前で、すりぬけくんを撫でながら、

「いい加減機嫌を直してくれよお、すりぬけくん。」

などと言って去っていった。

 

「なぜだか、あんたはとんでもない艦をほいほい建造するんだよねえ。」

 

すりぬけくんのこれまでの実績を確認して、北上は驚いた。初回の雪風はあり得るにしろ、2回目のグレカーレ、3回目のフレッチャーに至っては、ドロップでしか報告のない艦である。大本営の大淀によれば、米国・イタリアだけでなく艦娘大国である英国やドイツからも、それぞれの建造レシピについて問い合わせがあり、情報公開をしたが、未だにどの国でも建造成功には至っていないらしい。

 

「確か、資材の投入数値によって呼び寄せやすい魂があるのでは、って明石や夕張は言ってたな。」

 

北上が始まりの提督と共に深海棲艦と戦っていた時、当然彼女は重雷装巡洋艦としていたため、工廠の仕事をしていたのは、明石と夕張であった。その二人と当時の海上自衛隊や民間の技術者が協力し、いわゆる建造ドックを作り上げたのだが、二人がよく言っていたのを思い出す。

 

「寝た子を起こすじゃないんだけど、資材を上げるから協力してほしいっていうのってどうなのかねえ。」

「仕方がないじゃない。その艦娘によって、好みの資材量があるみたいなんだもの。提督が言うように招魂装置、召喚器ってことなら、その艦娘によって必要な供物が違うってことでしょ。」

 

明石と夕張は、今も名が残るこの道の第一人者であるために、建造ドックに対し、様々なアプローチを試みていた。その二人が揃ってよく分からないと言っていたのが、ドロップと建造の違いだ。なぜ建造できず、ドロップでしか現れない艦娘がいるのか。それに対する明石の結論が以下のとおりである。

 

『ドロップする艦娘の中でも、ドロップ限定ではなく、その後建造が可能になる艦娘も存在する。このことから考えられるのは、大規模作戦で邂逅するような艦娘の場合、そもそも建造ドックで呼び出す際の調整が厳しく、細心の注意を要するものということである。既に判明している艦娘達を建造する際の指針、いわゆるレシピの常識が通用せず、ピンポイントでの調整でなければ彼女たちを呼び出すことができない。この原因については後日の調査・研究を待ちたいと考える。』

 

だが、研究自体を後世に引き継ぐことには成功したものの、その進捗を原初の明石は見ることはかなわなかった。敵深海棲艦の大工廠を調査する上で、彼女の参加は不可欠であったからである。

 

「ごめん、北上さん。これ、よろしく。」

 

深海工廠のデータをまとめ、それを手渡し、笑顔で沈んでいった彼女の姿が北上の脳裏には昨日のことのように焼き付いている。後進の、今大本営にいる明石に渡したデータはどうなっているだろうか。ここ数日徹夜続きだったこともあり、息抜きとアドバイス欲しさに北上は連絡をとった。

 

「えっ!?北上さん、今工作艦やってるんですか?あの例のIF改装、本気でやっちゃうのがすごい!さすが偉大なる七隻!」

「そんなこと言われても今行き詰ってんのよ。例のフレッチャーを建造したドックがさあ、どうも妙なんだよね。資材ばかり吸う癖に建造しないんだわ。」

「はあっ?そんなことってありうるんですか?開発ドックなら聞いたことがありますけど。」

「うちの開発ドックは逆に失敗しないんだよねー。提督はまじめくんってつけてるけど。」

「ええっ?なんですか、それ。通常逆ですよね!?」

 

100%の確率を誇る建造に比べて、開発ドックは失敗事例が多数報告されている。様々な要因が考察されているが、今現在主流となっているのは、艤装妖精達が気まぐれで、自分が気に入ったタイミングでしか顕現してくれないのではないかというものと、艦娘本体に比べて艤装には魂がそこまで籠っていないのではないかという二点である。どちらの意見が正しいのかは、いまだ分からぬものの、こうした失敗要素がある開発ドックに比べて、建造ドックは、それこそ子どもでも建造に失敗することはないと言われているのだ。江ノ島鎮守府の二つのドックがいかにおかしいか分かる。

 

「なんか夕張がよくやってるソシャゲのガチャ見たいですね。」

「ははっ。その理論、うちの提督が大好きだよ。狙っているのに当たらないってね。」

「それ、例の米国の大統領がそうじゃないですか。めちゃくちゃ資源使って大規模作戦に挑んだのに、フレッチャーがすり抜けてジョンストンが来たんでしょ?あげくフレッチャー扱いして憂さ晴らすって・・。ああ、キモイ!!!」

「自分で言ってて、叫ぶなっての。まあ、気持ちはわかるけどねー。ってか、ちょい待ち・・・。」

「ん?どうかしましたか。」

「あんたのお陰でなんとなくイメージ掴めたかも・・。」

「ええっ!!本当ですか?今、あちこちの国からレシピ通りやっても作れないって苦情が殺到してるんですよね。理不尽な話っすよ。きかれたから教えただけで、後は自己責任でしょ。」

「それはあんたの言う通りだね。考えを少し整理したいんで、切るわー。」

「結果分かったら教えてくださいよ!」

「ああ。そこは任せといてー。で、ちょっと研究の参考にしたいから例のデータも見せて。」

「分かりました。後でメールでお送りしますよ。」

「さんくす。そんじゃあんたも早めに寝なよ!」

「北上さんもでしょ!こんな時間まで起きてるなんて、いつから仕事熱心になったんです?」

「そりゃあ、いいところ見せたきゃ頑張るっしょ。」

「ええ!?北上さん、そんなキャラでしたっけ?」

「あんたと夕張は本当に失礼だなー。そんじゃ、長門さんによろしくねー。」

 

携帯を切ると、北上は工廠の隅をじっと見つめ、小さくため息をついた。

「んで、あんたはさっきからそこにいるけど何の用?」

「・・・気づかれちゃいました?」

黒いショートカットにカチューシャをつけた少女は物陰からひょっこり顔を出すと舌を出して見せた。

「ふふん。北上さんの目を欺くにはもうちょい修行が必要だね。それで谷風?どうするつもりだい?」

谷風と呼ばれた少女はにこにこと微笑みながら北上に近づいた。

「いやあ。たまたま噂の建造ドックとやらを見物にきたら、谷風さん、迷っちまって。本当に困ってたんですよねえ。」

「そいつはまた。何日もここの周りをうろうろするなんて、余程方向音痴なんだね、あんた。」

ぴたりと歩みを止め、残念残念と肩をすくめる谷風。

「うへっ。おっかない。」

「そんで、何の目的で来てるか大体分かるけど、どうする?」

北上の問いに苦笑いを浮かべ、谷風はくるりと背を向ける。

「貴方がここにいるなんて聞いてないんでね。ここは退散の一手ですよ。いや、参った参った。」

「そう、そんじゃさよなら。」

北上が、後ろに振り返った途端、

「なあ~んて、ねっ!!!」

「おいおい・・。」

すすっと距離を詰めた谷風が、胸元目掛けて放ったとび膝蹴りを北上はあっさりと両腕で防ぐ。

「意表をついたにしちゃ甘々だよ?」

「これでもかい?」

つづけざまに谷風が北上に黒い塊を投げつけるや、辺りに黒い煙が立ち込め、視界が遮られる。

 

「ゲホッゲホッ。なんだい、これ。」

「谷風さんお手製の煙玉改さ。いくら偉大なる七隻でも、そいつはちいっとばっかし効くだろう?」

谷風が作り上げた煙玉は単なる目くらましだけではなく、艦娘の神経に作用し、強烈な眩暈と咳を誘発させる。

「ゲホッ。正面からじゃ無理と、随分と、ゲホッ、手の込んだことするじゃないか。」

「まあ、あたしらの大将の言うことなんでねー。ほんじゃ、悪いけどこいつは廃棄ってことで・・。」

 

すぐさま艤装を身に着け、谷風は主砲を建造ドックに向けた。さすがに単身江ノ島鎮守府に忍び込んでくるだけあり、動きに余念がない。

 

「ふうん。狙いはすりぬけくんか。なるほどね。」

「そそっ。北上さんはそこで、見るのはできないから、聞いてるといいよー。それじゃ、主砲ぶちかますよ!」

 

谷風が主砲を今まさに発射しようとしたとき。

 

めきり。

 

その音が聞こえた。

 

「はれ?何の音?」

「ああ、あんたの艤装を剥がしてるとこだよー。」

 

事も無げにいう北上に、さすがに動きが止まる谷風。今何と言った?そして、何だ、この主砲の曲がり具合は。

 

「はああああああ!?」

 

艤装を剥がす?剥がすとはどういうことだ?

 

「今のあたしは工作艦なんでね。艦娘の艤装を外すなんて朝飯前なんだよ。ついでに言うと、目が

見えない状況下で戦うなんざ、普通っしょ。」

「う、嘘だろう?そ、そんな訳・・・。」

「一応言っておこうかね?偉大なる七隻を舐めんなよ、若造。」

 

ばりん。

あっという間に艤装との連結を外され、谷風はうろたえる。奇襲の煙幕が防がれては、自分に勝ち目はない。ただでさえ、ここに偉大なる七隻がもう一隻いるなどとは予想外だったのだ。

 

(ちっきしょう~。とんだ貧乏くじじゃあねえか。こんなことなら磯風や浜風に任せとくんだったなあ。)

と、谷風が捕まることを覚悟したとき、

「行きな。」

北上は工廠の出口を指差した。

「事情があるみたいだから、詳しくはきかない。ただ、ここはあたしの城なんだ。次仕掛けてきたらいかに元味方であっても潰すよ。」

「・・・正気?」

信じられないと、谷風は北上の表情を伺う。

「あんたと仲のよかった雪風が、この艦隊にはいるんでね。」

「そ、それだけっ!?」

確かに雪風ならば同じ第十七駆逐隊で一緒に戦ったこともあるし、何より陽炎型の姉妹艦だ。

でも、それは他の鎮守府の雪風にも当てはまることだ。

「ああ。初期艦であたしの先輩に当たるからねー。媚売っとかないとさー。」

「う~ん。意味が分からない。でもまあ、帰っていいってんなら、谷風さんは今度こそ失礼するよ。」

 

谷風とて愚かではない。このまま抵抗しても何も実入りがないのは分かっている。それなら、せめて江ノ島鎮守府に偉大なる七隻が増えていたという事実を伝えるぐらいはしないと。

 

「おう、もう帰るのかね?嬢ちゃん。」

自分をすんなりここへと入れてくれた憲兵に営業スマイルを見せて、谷風は堂々と門から外に出ると、携帯で自分の上司に連絡をする。

 

「ごめん、金剛さん。谷風さん、失敗しちゃった。」

 

電話口の向こうから苛立っている様子が伝わってくる。谷風はどうやって言い訳をしようか考え、事実をありのままに報告することにした。

 




登場人物紹介

明石(当代)・・・原初の明石から数えて4代目に当たる大本営付きの工作艦。偉大なる七隻の戦闘力に見合った艤装を開発するのが夢で、時雨はよくその実験に付き合わされていた。

憲兵(68)・・・・駆逐艦に甘いザル警備にこの後与作に激怒され、交代をするよう言われるも、泣いてすがりつきそれを拒否する。

北上(工)・・・・某少年漫画に出てくるしろがねOの司令の技を見て、かっちょいいと分解の仕方を学ぶ。


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第三十三話「与作家出する」

今回ものすごく難産でした。時間が足りない。雪風改二がまさか来るなんて・・。


深海棲艦が人類史上初めて目撃されたのはどこかという質問に対しては、多くの場合、199X年の2月8日、米国領マイアミ沖にての米国船籍の豪華客船アトランティスとの遭遇が挙げられる。この前年にデビューしたばかりの大型客船は、全長約400m、総トン数25万トン、旅客数6000人と当時の世界最大を誇ったが、それよりも有名になったのは、深海棲艦の最初の被害者としてであった。

 

2月8日深夜、アトランティス号東側に現れた巨大な生物は当初クジラであると思われ、船足を落として対処することとされた。通常この海域にはタイセイヨウセミクジラが見られ、それらとの事故が多発していたからである。しかし、それがどうも違うらしいと判明した頃には、アトランティス号は無数に現れた深海棲艦駆逐イ級の絶え間ない攻撃にさらされ、メイポート基地から急ぎ出撃した巡洋艦二隻の到着を待たずして沈むこととなった。

残された記録から深海棲艦の存在を知り、その情報を共有した各国は、やがて同時多発的に起こった深海棲艦の出現に悩まされ、艦娘の顕現を待つこととなる。

 

「君たち自身が、どうして自分たちが生まれたのか分からないのかい?そいつは困ったな。だが、考えれば人間だって、誰しも自分たちがなぜこの世に生を受けたのかは分かりはしない。単純な生殖行動の末に生まれた訳であって、そこに運命的な意味合いを持たせる人間の方が稀だろうね。」

 

そう話した始まりの提督は、艦娘を深海棲艦に対する反存在として捉え、それは世界が人を生かそうとする善意によって生まれたものと定義づけた。

 

「世界の善意ですか?それはまた随分とロマンチックな・・。」

 

研究者肌だった夕張に指摘されると、提督は頭を掻きながら照れたものだ。

 

「私だってこんな陳腐な言い方をしたくはないがね。そうでもしないと君達がなぜ顕現したのか説明できないのさ。そして、えてして、こういう時には物事は少し盛って話した方がいい。人間は説明できない物事が起こると、さももっともらしい言葉に飛びつくもんだからね。」

そして、世間は始まりの提督の言葉通り、深海棲艦と戦う艦娘達を救世主として歓迎することとなる。

 

(その艦娘が互いに争うことになるとはね・・。)

北上は心中暗澹たる思いを抱きながら、大本営の大淀に連絡をとった。

 

「成程。了解しました。金剛秘書官の動向には目を光らせておきます。」

「うん、よろしくねー。」

 

大淀の返事に満足する北上であったが、事態は安穏としてられるものでもない。谷風を捕まえ、大本営に引き渡すことも考えたが、あの金剛が黙っているはずがない。

 

(恐らくはそんなことをしても、谷風の独断専行と切り捨てられるだけだね。)

 

冷静な頭で彼女はそう判断し、己を落ち着かせていた。既に与作には報告を済ませ、他の艦娘にも事のあらましを伝えてある。グレカーレなどはなぜとっつかまえないのかと憤っていたが。

 

「とにかく、こちらからも人を回せるようであれば回します。江ノ島鎮守府は、どうも悪目立ちしてしまっているようですね・・。困ったものです。」

「うん。ありがと。長門さんには適当に報告しておいてよ。あの人、金剛と仲が悪いから、あたしが言うとかりかりしそうで怖いんだよねー。」

「了解です。そこは上手く伝えます。それにしても、北上さんの言う通り、人の体を手に入れると、余計な悩みも増えるものですね・・。」

「若者が何をおっしゃるやら。そういうのはあたしら年寄りの台詞だよ!」

「どこが年寄りなんですか・・。本当にもう!大体ですね・・。」

 

大淀の説教が始まりそうな気配を敏感に察知し、北上は受話器を置いた。与作との約束の日まであと二日。それまでには大体の形になるところまで調べを進めなければならない。

 

「さあて、すりぬけくんとお話しますかあ。」

 

ばっどいぶにーんぐ。どうにも気分が上がらない日ってあるだろう?そうさなあ。お気に入りのエロ本で抜こうと思ってたら、そいつで勃たなかったとかさ。俺様にもそういう時がある訳よ。特に最近はバーゲンセールみたいにどんどん駆逐艦が増えやがる割に一向にすりぬけくんで建造ができねえので、イライラが積もり積もってたわけだ。そんな訳で、俺様は自分のメンタルを回復するべく考えて、今日の仕事を時雨に押し付け、こうして鎮守府を出てきた訳だ。あいつ、今頃ぷりぷりしてるんじゃねえか。

「ちょっと家出します。鎮守府の仕事は今日の秘書官時雨に任せてくれ。」

そう書いてきてやったからなあ。思えば、あの野郎と出会ったせいで、この駆逐艦地獄に陥る羽目になった訳だ。織田の野郎からすると楽園というが、俺様にとっては幼稚園の間違いだと言いたいね。北上とアトランタ?まあ例外もいるがよ。

 

とにもかくにも。いらいらする気持ちでやってきたのは勝手知ったる藤沢の街よ。この間、PCを買うって言ったショップにも顔を出さねえといけねえからな。

 

「あっ!い、いらっしゃいませ!!」

 

俺様が入店するや、出迎えたのはこの間粋な計らいを見せたベテラン店員。

 

「よお。この間の。約束を守りに来たぜ。」

「え?ほ、本当ですか・・。それではこちらの30万円のがスペック的にはお買い得ですが・・。」

「はあ?おいおい。そりゃあ通常のモデルだろう?俺様はハイスペックと言ったんだぜ?そいつを元にして、できる限りの高スペックにカスタマイズしやがれ」

「りょ、了解です。あの100万を超すと思いますが、よろしいので?」

何言っているんだ、こいつは。俺様はハイスペックPCを買うって言ったんだよ。それがちんけな既製品だあ?いる訳がねえ。まあ、本来ならもうちょっと金をかけて自作って手もあるが、ここはこいつらに華を持たせておいてやろう。ん?なんだ、この間の若造じゃねえか。少しは勉強したのか?

 

「あ、あの記者会、み、見ていました。そのサインを・・・。」

ほお。俺様のサインを欲しがるとはなかなか見る目があるな。色紙まで用意してご苦労なこった。

鬼畜万歳とでも書いてやるか。神棚に飾るんだぞ。

 

「あ、ありがとうございます。ぜひ、時雨ちゃんのサインを・・」

 

べりい!

 

「ああっ!な、何を!!」

思いっきり色紙を破り捨ててやったね。このバカ店員め。俺様は傷ついた心を癒しに来てるんだ。駆逐艦の名前を出すんじゃねえ。送り先の住所を書き、支払いを済ませる。

 

「すいません。うちの若いのが失礼なことを。こちらおまけと言ってはなんですが・・。」

ベテラン店員が差し出してきたのは、『喪服妻洋子34歳』のDVD。ほお、こいつやるな。俺様が今回買おうかと悩んだ逸品をためらいもなく出しやがった。客のちょっとした言動から最適解を導き出す。相当の目利きだぜ、こいつは。

「ありがたくいただこう。あんたとは長い付き合いになりそうだな。」

「またお待ちしております。」

高級ホテルの支配人もびっくりの優雅な礼でもって見送られる。ふふん。こいつはいい店を見つけたもんだぜ。

 

PCショップに寄った後はお定まりの金太郎に行こうと思ったが、昼めしを食わずに出てきたのを思い出し、繁華街をうろつく。

時間はちょうど午後三時。昼休み休憩をとる店もちらほら。腹と相談し、目についたラーメン屋に飛び込むと、自販機の前で誰かがうんうんうなっている。

 

「う~ん。ここでラーメンを食べると後が厳しいかも・・。でも、もうずっと食べていないからおなかが空いてたまらないかも~。」

 

やたらかもかもうるさい奴がいやがった。ぱっと見たところ、ツインテールみたいに見える銀髪のサイドテール。すらりとした長身のモデル体型だが、背中の唐草模様の風呂敷がやけにシュールな雰囲気を漂わせてやがる。なんだ、あれ、艤装じゃねえか?ってことはこいつ、艦娘か?

 

「う~ん、悩むかも。お腹はぺっこぺこなんだけど・・・。」

がま口の中を見て小銭をちゃらちゃらさせながら、まだ悩む艦娘。貧乏なのか知らねえが、さっさと決めやがれ。どうでもいいが、お前がそこに居続けてると俺様が買えねえじゃねえか!

 

「おい、艦娘のお嬢ちゃん。いい加減にしてくれねえか。あんたがそこにいると後ろのお客さんが買えねえだろう。さっきからずっとそこにいるけど、食べないんだったら出てってくれ!」

 

「ご、ごめんかも・・・」

店の親父に怒鳴られて、じんわりと涙目になるかもかも艦娘に、なぜか苛立つ俺様。

「おい、じゃまだ、どきな。」

「あ、は、はい・・。」

しょんぼりとしながら、脇にどくかもかも娘。

手早く自販機で特盛ラーメンを二つ買った俺様は、親父の前に叩きつけた。

「俺様と後ろのかもかもの分だ。美味しく頼むぜえ。」

「え!?・・・は、はい・・。」

え?なんで?という顔をする親父とかもかも。知るか、俺様自身、なんでこんなメルヘンチックなことをしてるんだか分からないからな。

 

「おい、そこじゃ邪魔だ。こっちに座れ、かもかも。」

ぽかんと口を開け、驚いていたかもかもが隣に座る。

「かもかもじゃなくて、秋津洲かも!っておじさん、あたしの分も払ってくれたの?何でかも?」

「お前のその口癖がうるせえんだよ!俺様は腹が減ってるんだ!食事の時は静かにしやがれ!」

「うぐっ・・・。わかったかも。口チャックかも。」

「だ・か・ら!そのかもってのを止めるんだよ!」

「こ、これは口癖で治らないかも~。」

「じゃあ、だ・ま・れ。」

「うぐっ・・・。」

俺様がほほをむぎゅっと掴むとこくこくと頷くかもかも。ふん。やればできるじゃねえか。ふい~腹が減ったぜ、存分に食べるとするかあ。

 

ずるずるちゅー・

ずるずるちゅー。

「あ、あの・・。」

 

ごくごくごく。

ずるずる。はふはふ。ごくん。

 

「お、おじさん。ありがとう、かも。」

ずるずる。ずるる~。ごくごくごくん。

「ふいー。食った食った。さあて、俺様はもう行くかなあ。」

「ふえ!?ちょ、ちょっと!おじさん、食べるの早すぎかも!ま、待って!」

「はあ?お前、なんか勘違いしてるんじゃねえか。飽くまでも俺様はラーメンを奢ってやっただけだ。話を聞いてやろうとかそんなつもりは全くねえぞ。」

「そ、そんな・・・。」

 

これだから現代っ子は困る。ちょいとこちらが何かしてやりゃ、もう面倒見てくれる気になってやがる。こういう他力本願な奴が最近多くなってきてやがるな。これも日本の教育の歪みかね。

「知るか。そんじゃあな。」

 

ずるずると急いでラーメンをすするかもかも秋津洲を放って外に出ようとすると、奴の背中の風呂敷がもぞもぞと動き、じいっとこちらを見ている視線に気が付いた。なんだこりゃ?艦載機に顔が描いてあるぞ?

「お前艦載機を背負ってやがったのか。にしても、なんで、俺様の方を見てるんだ、こいつ。」

「二式大艇ちゃんが?お、おじさんのことが気になっているみたいかも・・。」

「艤装が俺様のことを?むちむちぼいんちゃんならともかく、カチカチマシンちゃんに好かれてもよお。」

こちらを見る二式大艇の野郎は俺様の嫌味にもにこにこと全く動じねえ。こいつはある意味大物かもしれねえな。

「ご、ご馳走様かも!お待たせ、おじさん!」

「はあ?待ってねえよ、お前のことなんざ。今日の俺様は駆逐艦NOデーなんだ。寄るんじゃねえ。」

「あ、秋津洲は飛行艇母艦だから、駆逐艦じゃないかも!って、おじさん、どこかで見たことあるかも・・。ってああああああ!!!」

 

おい、こら。店の中で大声出すんじゃねえ。なんだ、お前のその鳩が豆鉄砲を食ったような面は。

あっ、こいつ。裾を掴みやがった。今日の俺様は自主休暇なんだ。しっしっ!馬鹿が。手を放しやがれ!

「い、嫌かも!ここで会ったが100年目!艦娘の救世主の鬼頭提督に、あたし、聞いて欲しいことがあるかも!お願いします!!」

「なんだ、そりゃ。どこの頭お花畑野郎がそんなデマ流してやがるんだ。ひ、人違いだ!」

こっ恥ずかしいあだ名に居ても立っても居られない俺様が、その場を離れようとするが、秋津洲の奴はますます力を籠めやがる。

 

「二式大艇ちゃんの見る目に間違いはないかも!それに、その格好と黄色いタオル、あたし、会見も動画もばっちり見ていたかも!ま、まさかここで会えるなんて!」

 

きらきらと瞳を輝かせる秋津洲だが、知るか、ぼけ。

 

「うるせえ。黄色いタオルは今なうなおやぢにバカ受けの代物よ!誰でも持ってらあ。」

「ふふ~ん。これならどうかも?」

「はああ?なんだ、そりゃ。」

 

秋津洲は懐から携帯を取り出すと、自慢げに俺様に待ち受け画像を見せた。そこに写っているのはどこからどう見ても、ないすなおやぢ。例のくそ米国大統領に追い込みをかけている俺様の雄姿だった。

 




登場人物紹介

与作・・・・・実はこの年までばっちり働いているのでそこそこ小金を持っている。
秋津洲・・・・通称かもかも娘。特盛ラーメンを急いですすったため、若干舌を火傷した。
時雨・・・・・仕事を高速で終わらせ、与作捜索隊を雪風と結成する。
ベテラン店員・ハイスペックPCにこっそり「紳士の贈り物」フォルダを作り、そこに与作好みのゲームをインストールしておくナイスガイ。


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第三十四話「かもかも娘のお悩み相談(前)」

体調を崩してしまい、なかなか投稿できず・・。艦これの方は色々と新規で任務が増えましたが、そちらも進められてません。最近新しく読んでいただいている方もいるようで、作者自身気づかなかった誤字報告ありがとうございます。

最近新規艦娘ラッシュじゃね?と知人に言われたのですが、艦これの最初ってそうですよね。


ラーメンを 食べにいったら かもがいた  与作魂の一句。

 

「かもじゃなくて、秋津洲かも!ま、まさか鬼頭提督に会えるなんて~。」

秋津洲は感動を隠そうともしない。勝手に握った俺様の手を上下にぶんぶんと振り回す。

 

鬼畜道を目指す俺様が今もっとも苦手とするもの、それはふぁんだ。

例の米国大統領への追い込みの際にネットを使ったもんだから、動画は拡散したりしているし、あなたのファンより、などという匿名のくそみたいな手紙が鎮守府に舞いこんだりもする。

その度ごとに焼却処分をしてやっているが、困ったことに、時雨やフレッチャーが、勝手に返事をしているらしい。せっかく、手紙をくれたのだからと言っているが、俺様はくれとは言っていない。

 

「え?あれって、ダンシングおやぢじゃない?す、すいません。写メ撮ってもいいですか?」

などと青臭い女子高生どもに言われた時には、後15年経ったら会おうと言い、追い払ったもんだ。

 

「よかったかもー。まさか鬼頭提督に会えるなんて。これも大艇ちゃんの導きかも!」

秋津洲は背中に背負った風呂敷に包んだ二式大艇をベンチに下ろすと優しく撫でる。

 

さすがにラーメン屋では人目につきすぎるので、近くの公園まで移動した俺たちは、ベンチに腰を下ろし、一息つくことにした。

途中自販機で買った缶コーヒーを渡すと、秋津洲は嬉しそうに口をつけた。

「生き返るかもー。缶コーヒーなんて本当に久しぶり~。」

「随分と貧乏しているみてえだが、お前はどこの鎮守府所属なんだ?」

まずはそれを確認しないことには始まらない。

通常退役する艦娘は解体処理をし、艤装とのリンクを切られ人間として生活するため、ぱっと見には艦娘と分からないような奴も多い。

この秋津洲のように装備である二式大艇を持ってうろついている奴など、どこかの鎮守府の所属に決まっている。

・・・まあ、普通はどこの鎮守府の所属の艦娘も装備を持ってうろうろなんぞしていないが。

 

「うっ・・・。あ、あたし、家出してきたし、今はどこの艦娘でもないかも。」

「はあっ?何を言ってやがる・・・。」

こいつ、俺様が今日家出してきたって知ってやがるのか?もし偶然だとするならすごいことだぞ。

だが、困ったもんだ。装備を持った艦娘が家出となると、憲兵、大本営なんかが探しているんじゃないか。

俺様の問いに、秋津洲は首を左右に振った・

「それはないかも。」

「そんなことはわからねえだろう?鎮守府の連中も心配して探しているんじゃねえか?」

「そんなこと、もっとないかも。あたし・・・。いらない子だし・・。」

 

ぽつりぽつりと秋津洲が身の上話を語り出すが、無駄に長いのと、語尾にかもが入るせいで本当なのかどうなのかよく分からねえ。

 

「・・・って、ことがあって、正直あたしはどうかと思ったけど・・。」

「おい。」

「そりゃあ、あたしたちは艦娘だから、言われたらやるしかないけど、さすがに・・ってうわあっ?」

 

しゃべりが止まらぬ秋津洲にぬっと顔を突き出すと、俺様の圧力に驚き、ようやく静かになる。

「おい。いつまでお前のワンマンショーをだらだらと見せられなきゃいけないんだあ?俺様は忙しい。相手の時間をもらってるんだって自覚がねえのか?かもかも野郎。」

「ご、ごめんかも・・。つい興奮しすぎちゃって。」

「ふん。お前の話を整理するとこうだろう?」

 

元々、大湊警備府所属だった秋津洲は何をさせても使えず、大目玉。

提督との関係が悪くなり、横須賀鎮守府へと異動させられる。

どう考えたら、精鋭ぞろいの横須賀に異動させるのかが疑問だが、横須賀ほどになると所属する提督の数も多く、近海警備担当の提督の元に配属されたらしい。

ところが、この秋津洲。期待に違わず、することなすこと鈍臭く使えない。ついには近海警備で駆逐イ級にぼろ負けして帰ってきたところ、散々にけなされた後、出撃すらさせてもらえなくなった。

出撃をしないので、当然周囲の艦娘からは馬鹿にされ、基地航空隊で使うからと二式大艇を取り上げられそうになって、逃げ出した。

 

「そ、その通りかも・・・。」

頷いた秋津洲の頬をむぎゅっと掴む。

「たったそれだけの話を延々と俺様に聞かせてたのかあ?お前は。簡単だ、そんなもん。お前が特訓すればいいだけじゃねえか。」

「特訓?」

「おうともよ。うちの鎮守府でも、今引き取ったアトランタの野郎が時雨に泣かされてるころだと思うぜえ。愚痴を言う前に体を動かしな。自分を必要だと周りに思わせるんだよぉ。」

「そ、そうかもだけど・・・。」

「それより俺様が気になるのが、お前のその貧乏っぷりだな。最低保証分はもらってんだろお?何に使ってやがるんだ。」

「最低保証って何かも?」

 

ぱちくりと、俺様の問いに首を傾げる秋津洲。こいつ、知らねえのか。

この日本では、鎮守府の維持費とは別に、所属する艦娘に給与が支払われている。

基本給に加えて、深海棲艦との闘いで轟沈する可能性がある彼女達への危険手当も含まれており、その額は一般の公務員よりも遥かに高い。

多くの艦娘はこの給与を貯めておき、除隊した後の生活費に充てているという。

 

「ええっ?初耳かも!!あたし、今までお小遣い制だったから・・・。」

小遣い制だあ?話がなんか怪しくねえか。

「じゃあ、お前、今まできちんと給料もらったことないのか?艦娘歴は?」

「大湊で2年、よ、横須賀で1年かも・・・。」

「で、月に小遣いはいくらもらってたんだよ。」

「1万円・・・。」

 

あまりの金額に思わずコーヒーを吹き出しちまう。

「はああ?なんだ、そりゃ。お前、かもだからって鴨にされすぎだぞ!あのなあ、普通はその50倍だぞ!」

「かもだから鴨って意味不明かも~。そ、そんなことより初耳かも!あ、あたしのお金はどこにいったかも?」

きょろきょろと辺りを見回す秋津洲。あほか、こいつ。落ちてる訳ねえだろ。どうしてこう、艦娘どもってのは非常識なのかね。そんなの決まってるだろうよ。

「間で抜いた奴がいるんだよ。おそらく怪しいのは提督どもだがな。」

秋津洲は、こちらをきょとんとした顔で見て、続いて大きな叫び声を挙げた。

 

「ええええっ!!そんなの嘘かも!だ、だって提督だよ。そんなことする訳ないかも。」

 

こいつ、どうも初めて見たときからずれてやがるなあ。人間はみんな善人だと思ってるようだ。

こういう奴が悪徳通販とかで騙されて、妙な健康器具を買わされるんだよな。

「ん?なんだ、こいつ。」

じいいいいい。

気が付くと、秋津洲が抱えている二式大艇がじっとこちらを見ている。

どうでもいいが、お前やたらつぶらな瞳してやがんな。

自分のご主人様を助けてってか?仕方ねえな。俺様は紳士なんだ。こいつに恩を売っておいて、そのうち俺様好みの艦娘に縁が繋がらないとも限らねえ。ふぁんさーびすをしてやるとするか。

 

 

一時間後。関係各位に連絡をとり、藤沢駅前の喫茶店に移動する。

「あ、来ました。しれえ!こっちですよ!」

ぶんぶんとこちらに向かって手を振る我が初期艦。

「馬鹿。店内で大きな声を出して手を振るんじゃねえ。俺様がロリコンだと勘違いされるだろうが。」

俺様の文句にため息で時雨が答える。

「与作が逃げるからいけないんじゃないか。仕事、変わってやってあげたんだから奢ってもらうからね!」

「ふん。がきんちょばかりの鎮守府で息が詰まるのよ。」

「だから、艦娘には年齢は関係ないんだって!」

まあた、お定まりの論理を繰り出す時雨を横目におずおずと落ち着かない様子を見せる秋津洲。

 

「あ、あの。偉大なる7隻の時雨さん、ですよね。お会いできて光栄かも、じゃなくて光栄です・・。」

おい、こいつ。俺様の時と態度が違わねえか。めちゃくちゃ緊張しているじゃねえか。

「秋津洲だね、よろしく。そんなに緊張しないでよ。僕もみんなと共に戦う仲間なんだからさ。」

言われ慣れているのか、苦笑しながら無難に対応する時雨。こいつ、本当に外面はいいんだよな。どうして、俺様といるときだけ、ああがみがみ言うのかね。

今回だって、俺様が逃げたと知るや、雪風と共に探しに来るなどしつこいったらありゃしない。まあ、お陰で鎮守府に戻る前に色々と相談ができるし、よしとしよう。

 

そして、もう一人。連絡をしたら、たまたま出張で近くに来ているということで、助力を頼んだんだが・・・。

と、ちらりと入り口に見える人影。

「あっ、いたいた。与作君、久しぶりですね!」

声を弾ませてやってきたのは、提督養成学校時代の恩師である鹿島教官だ。何でも思うところがあり、現在は養成学校の教職を辞し、大本営付きとなっているという。

 

「スーツ姿の教官とは新鮮ですな。悪くない。」

「こら、与作!失礼だよ!」

「ふふ、時雨さんも変わりませんね。江ノ島鎮守府の活躍、大本営でも話題になっていますよ。」

鹿島教官は微笑んだ後、ぷうと頬を膨らませ、

「そして、教官、ではありませんよ、与作君。今の私は大本営付きなんですから、鹿島と呼んでくださいね。」

などと言い出した。意味が分からねえ。呼び方なんざ、どうでもいいじゃねえか。

俺様の戸惑いを察知したのか、隣の席に座る雪風がそっと耳打ちしてくる。

「しれえは少し女心を勉強した方がいいですよ!」

お前が言うな、お前が。

とにかく、だ。簡単な自己紹介の後、秋津洲の話を聞いた鹿島(言い慣れないが仕方ねえ)は、難しそうに眉をひそめた。

「与作君の言う通り怪しいですね。真っ黒です。秋津洲さんが給与明細を見たことがないなんて信じられません。」

「で、でもでも大湊でもそうだったし、あたし以外のみんなも働きに応じてお小遣いをもらっていたかも!」

秋津洲の話に唖然とする俺たち。仮にも俺様達は国家公務員。手当は増えるが、民間のように、働いた分だけの歩合制なんて聞いたこともねえ。

おまけに大湊でのこいつらの働きぶりがおかしい。秘書艦でもないのに休息時間3時間だとよ。今時よくこんなブラック鎮守府経営をしやがるって感じだな。

「・・・人によって考え方がそれぞれだからね。残念だけれど。」

寂しげに時雨が呟く。こいつが言うとなんだか重みが違うな。

「大本営に進言し、監査を行っては?」

鹿島の提案に俺様は首を振る。大湊も横須賀も大所帯だ。そこで行っているということはかなり抜け目なくやっているとしか思えない。

大本営から監査が入るなどと聞いた段階で、証拠を全て隠滅するだろう。

「じゃあ、どうするんだい?事情を聴いてしまった以上、見捨てられないよ。」

「とりあえず人目につきすぎるから、うちの鎮守府に連れてくかあ。野良艦娘だと思って間違って拾っちゃいましたとでも言えばいいだろう。」

「の、野良って・・。あ、あたしは猫じゃないかも!でもでも本当にいいの?」

「普通に考えれば、面倒ごとになりますがね。でも、与作君はそんなこと気にしないと思いますよ。」

「こいつはどうも。そこまで信頼されてるとはねえ。」

がしがしと頭を掻きながら見ると、鹿島は柔らかい微笑を浮かべた。

「今更ですよ、しれえ。どうせ、雪風たちが何を言っても聞かないじゃないですか。」

「そうそう。だから、秋津洲。遠慮なくうちにおいでよ。」

「ええっ。そ、それは・・。本当にいいかも?」

「ああ、構わねえ。」

「今日の食事当番はフレッチャーだからね。美味しい食事が待ってるよ!」

「それは楽しみかも!」

「ええ。楽しみですねえ。」

「はあ?何だって?」

「え、鹿島さん。雪風達についてくるんですか?」

「はい。そのつもりですが。」

雪風の当然過ぎる質問に、しれっと答える鹿島。

え?何で、あんたがついて来る訳。出張って言ってなかったか。

終わったら大本営に帰らなきゃダメだろ。

「いいんです。外泊申請を出しますから。大体そんな面白そうな話を聞かせて、それで終わりなんて酷すぎます!私も江ノ島鎮守府に一度行ってみたかったんです。行かせてください!!」

駄々をこねる鹿島にぽかんとする俺様と時雨。

「おい。時雨、鹿島ってこんなだったか?」

「いや、もうちょっと大人しかったと思うんだけど・・・。」

提督養成学校から大本営にうつり、一体何があったのか。有無を言わせぬ勢いでついてくる鹿島にさすがの俺様も戸惑いを隠せない。

 

 

「あ、あの・・・。鬼頭提督。ほ、本当にいいかも?話を聞いてもらってあれだけど、あたし、何も返せないかも・・。」

喫茶店の会計を済ませて、さあ出ようというところで、秋津洲が寄ってきた。

気持ちは分からないでもねえ。いらない子認定されていた自分にどうして構ってくれるんだということなんだろうな。

秋津洲の疑問に俺様はでこぴんで返す。

「あいたっ。な、何するかも~。」

「別にお前がどう思おうと関係ねえ。俺様が気に食わねえから力を貸してやってるだけだ。」

「えっ?そ、それだけ?」

「そうですよ、秋津洲さん。しれえはそれだけの理由で米国の大統領にも喧嘩を売るんですよ!って、痛い痛い!痛いですよ、しれえっ!」

雪風の野郎がなぜか自慢げに言ったのが気に食わず、ぐりぐりをかます俺様。

 

それを見て、ぽかんとした秋津洲は、ややあってつぶやいた。

 

「大艇ちゃん、あたし、本当に運が良かったかも!」

 




登場人物紹介

与作・・・・バックの中にある喪服妻のDVDに期待を膨らませている。
秋津洲・・・喫茶店で食べたパフェ800円が、ここ3年間での一番の御馳走。
雪風・・・・喫茶店で大人を気取りブラックで飲むが、飲み切れず砂糖を付け足す。
時雨・・・・なぜかついてくる鹿島の様子に不穏なものを感じている。
鹿島・・・・スーツを褒められ、鎮守府にも行けるとあって、るんるんの鹿島さん。
大艇ちゃん・秋津洲と与作の方をじっと見ながら、にっこり微笑んでいる。


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第三十五話「かもかも娘のお悩み相談(後)」

相変わらず深海棲艦と戦わないこの鎮守府。
作者が鎮守府目安箱のほっこりしたノリが大好きなためかもしれません。

アドバイスをいただき、人物の視点が変わるのがわかりづらいとのことでしたので、
今話から、視点が変わる際には⚓マークを入れることとしました。
これまでの分は余裕があれば・・。


「それじゃあ、秋津洲さんの歓迎会を始めます。かんぱーい!」

なぜか、乾杯の音頭をとる雪風の挨拶と共に、始まったかもかも野郎の歓迎会。

本来なら通常の夕食にする予定だったんだが、俺様達の話を聞いてたフレッチャーとグレカーレが本気を出し、食卓には豪勢な食事が並ぶ並ぶ。

 

おまけで付いてきた鹿島などは、

「私も一応初めてここに来るんですがね・・。」

と若干落ち込んでいたぐらいだ。

 

特にフレッチャーの野郎の熱烈歓待ぶりがすごい。おそらく、ジョンストンの野郎とかもかもを重ねているんだろう。

「き、鬼頭提督。あたし、本当にこんなに食べていいかも?」

 

上目遣いでこちらの様子を伺う秋津洲に、俺様は好きにしろと返す。

「今更遠慮してどうすんだ。お前、俺様が特盛ラーメン奢った後に、普通にパフェまで食ってたじゃねえか!」

「わあああ、そ、その話はしないでかも~。甘いものは別腹かも!」

顔を真っ赤にしてわたわたする秋津洲に、はいとグレカーレが手製のデザートを渡す。

「あたしお手製のティラミスだよ。食べて食べて!」

「あ、ありがとうかも。ううっ・・。」

「私が作ったカレーコロッケもありますからね。どんどんお代わりしてください!」

「・・・。ぐすっ・・・。」

「おいおい。飯が不味くなるから泣くんじゃねえ。そんなにいつもと違うのか?」

「うん。食事もだけど、あたし、いらない子だからみんなと一緒に食べられなくて。いつも大艇ちゃんとお部屋で食べてたから・・・。」

「・・・・。」

 

途端に辺りが静まり返り、秋津洲はやってしまったという表情をするが、そこへ口を挟んだのは最近やってきたダウナー系巨乳軽巡のアトランタだ。

「うん。まあ、わかるよ。あたし達も物として扱われてたから。基本レーションで、作っても簡単な物ばっかだったな。みんなと一緒に食べると楽しいよね。」

ああ、こいつもぼっちぽいもんな。うちの鎮守府に来て、見違えるほど元気に過ごしていると、この間来たコーネルのおっさんが喜んでいたがよ。

「そ、そうなの。みんなと楽しく美味しいものが食べられるなんて天国かも~!」

我が意を得たりと叫ぶ秋津洲に、場の雰囲気が元に戻る。

「美味しいなんて、嬉しい事いってくれるわね!あたしの自信作、ピスタチオ味のティラミスも召し上がれ!故郷の人たちが送ってくれた本場物だよ!」

「え?そ、そんなことあるんですか・・。高級品でしょう?」

鹿島が驚いた表情でこちらを見る。深海棲艦が跋扈している現在、各国間の取引は大幅に制限をされている。他国産の食品も、以前と比べてとんでもない価格で販売されていることが多い。

 

「俺様も意外だったんだが、この間の記者会見、イタリアでは結構好評だったらしくてな。大使館を通じて色々な物を送ってきてくれたのさ。」

「そうなんだよねー。もう愛されてて困っちゃうよ。ちなみにこれはあたしの姉妹艦達が送ってくれたもんよ。」

「できた奴らだよな。ぜひお前と交換したいもんだが・・。」

「ちょっと、テートク!冗談でも酷すぎ!」

何言ってやがるんだ、こいつは。冗談じゃなくて、本心だぞ。

 

 

秋津洲の歓迎会がつつがなく終わった俺達は、情報を整理して、今後の対策を考える。

今現在判明しているのは、横須賀と大湊でブラック経営をしている提督がいるということだけ。

それが鎮守府全体なのか、個人でやっているものなのか、規模が分からない。

 

「お前が言う二人以外に、鎮守府内でよくない噂を耳にしたことはねえのか。」

そう聞いてはみたが、いかんせん、秋津洲自身がぼっち体質だったため、全くわからないと来たものだ。

「こうなると誰が敵で誰が味方かの判別が難しいですね・・・。」

鹿島はむむむと考え込むが、実際はそんな難しいことはない。

「どうしてです?」

「鎮守府ぐるみにせよ、個人でやっていたことを曝しちまえば、いい見せしめになるじゃねえか。少しは態度を改めると思うぜ。」

「それは言えるかもねー。んで、提督はどうするつもりなの?」

と、北上。相変わらず平常運転だな、こいつ。

「ふふん。我に秘策ありだ。だが、そのためにはお前の協力が必要だ。」

「ふえ?あ、あたしかも?な、なんでー!」

「鎮守府の内部事情に詳しい奴が必要なんだよ。ついでにお前の能力についても知っておきてえ。今日はゆっくりしてもいいが、明日は普通に起床しろ。どんなもんか見てやる。」

「よ、与作。手加減してあげなよ。」

時雨が心配そうに声をかけてくるが、そんなに信用がないもんかねえ。

 

 

 

翌朝。いつもの朝練を中止にし、浜辺にやってきた俺様と秋津洲となぜか二式大艇。

「た、大艇ちゃん。応援しててね!あたし、がんばるかも!」

秋津洲は気合いを入れてやる気十分だ。北上から貸してもらったというトレーニングウェアは若干窮屈そうだが、動く分には問題なさそうだな。

「それじゃあ、世間が言うように本当にお前がダメダメなのか俺様が見極めていくからな。」

 

昨夜のうちに鹿島がまとめてくれたメモを元に、秋津洲の能力を確認する。

「速度低速。雷撃不可。水上戦闘機等は積めるが、搭載機数が少なく、一隻では制空補助が厳しい。他の水上機母艦に比べ、対潜戦闘はやや秀でている。大発等の上陸用舟艇は装備できる可能性があるが、今現在の練度では無理。」

「うっ・・。そ、その通りかも・・。」

「そんじゃ行くぞ!」

「や、やあああ!」

のろのろと向かってくる秋津洲。こいつ本当に艦娘かってなくらい遅い。おまけに繰り出したパンチはひょろひょろで、これじゃあうちの初期艦とイタリア艦の方がよっぽど強い。

「お次はこいつだ。」

「ひゃ、ひゃあああ!」

大分手加減した俺様の一撃をぎりぎり躱す秋津洲。うむ。回避に関してはそこそこだな。続いて耐久力を調べようとしたところ、さっと俺様の前に二式大艇が割り込んだ。

「おいおい。俺様はこいつの耐久性を調べようとしてるんだぞ。どういうこった?」

じいいいい。

言葉を発しない二式大艇だが、なんとなく言いたいことが分かる。

「攻撃するのは止めろってのか?」

俺様の問いに、こくりと頷く二式大艇。それを見て驚く秋津洲。

 

「あ、あたし以外に大艇ちゃんと意思疎通ができる人がいるなんて・・。さすがは鬼頭提督かも!」

「ふふん。秋津洲よ。かもかものくせに分かってるんじゃねえか。お前があんまりにもへっぽこだからやめとけってことらしいぜ。」

「ひっど~い。大艇ちゃんはそんなこと言わないかも!鬼頭提督、そんなに強いかも?」

「この鎮守府で闘ったのは時雨と北上とアトランタか。まあ、負けてないぜ?」

「・・・じょ、冗談でしょ?」

「本人達に確認してもいいがな。」

「・・・・。」

俺様の言葉に絶句する秋津洲をよそに、今の戦闘で分かったことをメモに付け足していく。戦闘力皆無。回避力ややマシ。う~ん。こいつ、とことん使えないな。

 

「ブラックうんぬんはさておき、お前のポンコツぶりは相当だな。これは重症だぜ。よくこれまで無事に戦ってこれたな。」

「ううっ。ひどいかも。あたしだって頑張ってるんだけど、相手が強すぎるかも!」

 

秋津洲はべそをかくが、そもそもこいつの艦娘としての戦闘力の低さは驚くほどだ。これでよく今まで戦闘してこれたな。逆に感心するぜ。

 

「どういうこと?」

「ふん。お前の根性を買ってやってるってことよ。こんだけ弱いんだ。お前、戦闘に出るの怖いだろう。」

「う、うん・・。」

「でも、いやいやながらでも戦闘に出続けた根性は買うぜ。それだけでもお前は立派な艦娘よ。」

「えっ・・・」

 

 

                   ⚓

「お前は立派な艦娘よ。」

鬼頭提督の言葉を聞いた瞬間、あたしは息苦しくなってがたがたと震え出した。

立派?

あたしが?

役立たず、無駄飯ぐらい。

言われた嫌みや悪口は数知れず。

 

でも、褒められたことなんて一度たりともない。

 

嫌だとか、そういう負の感情じゃなくて。

初めて褒められたことにびっくりして。

 

そして、それが、米国の艦娘を救い、艦娘の救世主として多くの艦娘から注目されている鬼頭提督からの言葉だなんて信じられず。

 

嬉しすぎて嬉しすぎてどうしていいか分からなくて。

思わずあたしは大泣きしてその場にへたりこんでしまった。

 

弱いのは自分でも分かっている。

役立たずなのも。

でも、艦娘として生まれてきたからには、何か役に立ちたかった。

 

例え役立たずと罵られても。

そのために、あたしはこの海に戻ってきたのだから。

 

「おいおい。何を泣いてやがる。お前の能力査定は終わってねえぞ。戦闘が役に立たないんなら、他に得意なことはねえのか。」

「え?戦闘は苦手でもいいの?」

「あのなあ。戦争ってのは戦うばっかりが能じゃねえんだぞ。補給だの工廠仕事だの。やることはたくさんあるんだ。お前がほんっっとうに使えねえか。俺様が徹底的に確認してやる!」

「うん!」

ごしごしと涙を拭きながら立ち上がると、大艇ちゃんがあたしの所に寄ってきてくれた。

「あたし、頑張るかも!」

 

                   ⚓

びっぐさぷら~いず。

こいつは正直驚きだぜエ。

現状戦闘面ではほとんど役にも立たない秋津洲だが、こと料理と工廠の仕事に関してはかなりの適性を持っていることが判明しやがった。

料理の腕前は俺様が、工廠仕事は北上が見たが、そのどちらの評価とも「結構使える」だった。

「予想外にこいつは手先が器用だな。お前、大湊や横須賀では料理したことねえのかよ。」

「うん。大湊も横須賀も間宮さんと明石さんがいるから・・。」

秋津洲の言葉に、そうかと今更ながら気付く俺様。そうだよ、普通の鎮守府はその二人か夕張・伊良湖がいるんだよ。うちにはいないがな!

「てえことはさ、あきつしまんが輝ける鎮守府は、うちみたいな弱小鎮守府しかないってことじゃない?提督。」

 

北上の奴がずばりと言うが、確かに餅は餅屋だ。こいつがいかに手先が器用でも専門家の二人がいる大きな鎮守府じゃこいつの立場はないだろう。

 

「その辺りは難しい問題ですね。先方の提督の了解が得られないと難しいですから。現に、ここの鎮守府への異動希望は結構ありますよ。」

「はあ!?」

しれっと鹿島が投げ込んだ爆弾発言に俺様がつい声を上げる。

うちの鎮守府に異動希望が多い?そんな話誰からも聞いてねえぞ。

「それは伝えられませんよ。艦娘の側が勝手に書類を出してしまって、大本営が所属の提督に確認したところ、発覚するってケースばかりなんですから。向こうの側からすると、主力の艦娘もしれっと異動希望を出していたりすることもあって、大問題となったんです。」

 

なんだよ、おい。使えねえな、その制度。主力と言うんだから戦艦や空母に違いない。俺様の艦娘ハーレム建設がまた一歩近づいたと思ったのに。

 

「まあ、こいつの所属の問題はブラック提督どもに鉄槌をくだしてからだな。」

「わくわくしますね。どうするんです、与作君。」

何を勝手に盛り上がってるんだ、この練習巡洋艦。あんた、自分が有明の女王って言われていた自覚がないだろう。あんたが一緒に来たら目立つんだよ。おまけに大本営にいるのにそれはまずい。

 

「エーッ。つまらないですよ。私にも何か協力させてくださいよ!」

「ああ、もちろん。お願いすることはあるぜ。」

「本当ですか!?任せてください!」

 

「そういや、昨日から気付いてたんだけどさ、ため口で話してたっけ?」

北上の疑問に俺様はため息をつきながら答える。

「ああ。一応恩師だからと俺様も気を遣ってたんだが、距離を感じると、帰りの電車で駄々をこねられてな。」

「駄々をこねただなんて。気を遣う必要がないと言っただけです!」

「自分は丁寧に話すくせに・・。」

「うっ。こ、これはもう癖みたいなものだから仕方ないんですよ。それで、私は何をすればいいんですか。」

「ええ。大湊警備府と横須賀鎮守府全体の見取り図。それと、各提督の評判と、その配下の艦娘について調べていただきたい。」

「う~ん。かなり不味いお願いしていると思うんだけど。」

まあ、部外秘だからな。事が露見すればそりゃ大目玉さ。それだけじゃねえと思うがね。

「それで何をするつもりなんです?」

「忍びこむんだよ。奴らのブラックな証拠を掴みにな。」

「泥棒ですか?」

「人聞きが悪い。せめてスパイとか言ってほしいもんだぜ。」

 

ふふっと微笑みを浮かべて、鹿島は俺様をじっと見つめる。

「大本営所属の私に、悪事の片棒を担げなんて。酷い教え子がいたもんですね。」

「嫌なら別にいいんだぜ。他の伝手を当たるからよぉ。」

「いいえ。最初から何かできないかと言ったのは私ですからね。でも、その代わりに私からもお願いがあります。」

「なんです?」

 

聞き返す俺様に鹿島はにこにこしながら近づくと、耳元でそっとささやいた。

「もし大本営をクビになったら、ここで雇ってくださいね!」

                                    

 




登場人物紹介

与作・・・・・秋津洲のあまりのへぼぶりに呆れるも根性は買っている。
秋津洲・・・・与作への好感度が元々高かったがまた上がる。
アトランタ・・己と境遇が似ている秋津洲に不器用ながら気を遣う。
グレカーレ・・お手製のティラミスが好評で、にっこにこ。
北上・・・・・鹿島の怒涛の攻めに若干呆れ気味だが、自分も同じようなもんかと静観姿勢。
鹿島・・・・・今の私は日向小次郎です、とばかりに怒涛の強引なドリブルを見せる。
大艇ちゃん・・秋津洲の様子を見るまなざしはまるで保護者。


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第三十六話「そしておやぢは舞い降りた(前)」

あれ?この物語って全然深海棲艦と戦ってないな・・。

深海棲艦とは裏で戦ってます。今は1-6まで踏破したようですよ(震え)
アトランタさんがめちゃくちゃ活躍したようです、はい。

※お読みになる前に
ご指摘を受け追記いたします。今回だけでなく、今後のエピソードでは、話の構成上、艦娘達の性格や言葉遣いなどを変えることがあります。これは演出として意図的に行っておりますが、違和感を感じられた場合には、ブラウザバックをお願いいたします。また、話の都合上、第一部のジョンストンのように酷い扱われ方をする艦娘も今後出てきます。ご不快に思われる方も同じくブラウザバックをお願いいたします。


横須賀鎮守府。国内最大を誇る国防の要は、元海上自衛隊の横須賀基地に、規模を縮小するため日本に返還された米軍の横須賀基地の半分を合わせ、それに加えて、対深海棲艦対策に周辺の土地を買い上げてできた一大軍事拠点である。

当然、所属する提督・艦娘の数も他とは桁違いであり、「横須賀は艦娘に占領された。」などと、艦娘反対派が心なく揶揄するくらいには、市内に艦娘の姿があふれている。

彼女たちのほとんどは、それぞれの提督ごとにあてがわれた官舎を住まい兼仕事場としており、そこからドックへと向かい、出撃するという形がとられていた。

「もう少しなんとかならないんですか。」

阿賀野型軽巡三番艦の矢矧は、手にした書類を目の前にいる男に見せたが、返ってきたのは短いため息だった。

「何度も言っているが、君たちの福利厚生は十分だろう?この横須賀鎮守府では、甘味処間宮や居酒屋鳳翔など施設が充実している。そのどこが不満なんだ。」

男・・・、横須賀鎮守府第十九艦隊を預かる瀬故卓は、横須賀きっての締まり屋と言われていた。横須賀鎮守府の官舎は提督の指揮する艦隊ごとにあてがわれているが、それぞれ建てられた年次がばらばらであり、場所によっては隙間風が吹くようなものもあった。

第十九艦隊の官舎もそうした外れのうちの一つで、上に散々陳情しているものの、予算がつけられぬの一点張りで、中々補修には至らない。

(それは致し方ない。)

矢矧も何も、全面的に建て替えろと言っている訳ではない。せめて、艦娘達の部屋がある四階の蛍光灯が切れているのを交換するぐらいはできるだろう。しかし、その程度のことでさえも、瀬故から言わせると無駄の一言で片づけられてしまう。

「どうせ、夜になれば寝るのだし、そのままでも平気じゃないか。無理してつける必要はない。」

「夜間に遠征から帰って来るものもいるんだぞ?それぐらい取替えても罰は当たらん。」

「懐中電灯でも使えばいいじゃないか。あ、それと。こちらの申請は却下。」

「はあ?」

矢矧の声が一段と高くなる。彼女の提督が却下したのは、艦娘の制服を整えるためのアイロンを増やして欲しいという要望だ。この第十九官舎にはアイロンが2台しかなく、それを使おうとする艦娘はその10倍以上いる。小遣い制で、私服にお金を掛けられないという事情から、所属艦娘の多くがせめて制服だけはきれいに見られたいと思うのは、女心として当然のことであろう。

「そんなに必要なものかねえ。僕は一向に気にしないが。」

「貴方はそれで平気でしょうけど、私たちは違うのよ!」

矢矧の抗議を瀬古は柳に風と受け流し、第十九艦隊所属の艦娘の士気が一段と下がることになる。

 

一体何でそんなにお金を使っているのか。

秘書艦仕事をしながら、矢矧は己の提督を盗み見た。

横須賀鎮守府に勤務をするぐらいだから、艦隊指揮・作戦立案・隊の運営については無難にこなしている。

欠点は大変な締まり屋であることであり、作戦の成功の度に艦娘達と祝勝会を開くという第十艦隊の丸宮提督の所の艦娘からはえらく評判が悪い。

 

趣味もこれといってなく、かといって艦娘達に還元する訳でもない。

唯一の楽しみと言えば、秘書艦から手渡される会計報告書と自室にある金庫の中を見ることくらいだ。

「先月に比べて光熱費が大分安くなったねえ。」

などと相好を崩しながら悦に入る瀬古の姿に、矢矧は眉をひそめた。

 

「秋津洲、昨日もまだ戻っていませんが、どうするおつもりです?」

3週間前から行方不明の同僚については、第十九艦隊の艦娘の間では意見が割れていた。

「戦闘も出来ないんだから、せめて二式大艇ぐらい貸してくれたっていいじゃない。減るもんじゃないんだし。それを嫌がって逃げるなんてふざけるなって。」

「役に立ってなくて腐る気持ちは分かるから、少し頭を冷やして戻ってくるのを待てばいいんじゃない?」

秘書艦として、両者の意見を調整していた矢矧だが、肯定派も否定派も共通して、秋津洲は使えない、という認識を持っていることに驚いた。

艦娘なのだから、戦って当然・・・。そういう考え方は矢矧も分からぬでもないが、補給や兵站・各種事務処理に工廠仕事など、それ以外の仕事は山ほどある。そうした事への適性も見ずに使えないとはどういうことなのか。矢矧自身は2か月前に着任したばかりであり、周囲のそうした態度が非常に気になった。

 

「費用対効果ってやつだよ、矢矧。あの子、資材を使った分だけ働きはしないだろう?空母や戦艦が大食いなのは分かる。雷巡もね。でも、何もできないのに、あの大食いは酷いじゃないか。」

そういうことか、っと矢矧は納得した。事あるごとに所属艦娘達に秋津洲は役立たずではない、っと話し続けてきた彼女だったが、まさか己の提督自身がここまではっきりとそう考えているとは思ってもみなかった。

「全く、駆逐イ級に大破させられるなんて、本当に無様だね。食べた分活躍できないのかい?」

申し訳なさそうにしょげ返る秋津洲に対し、そう言い放った瀬故の口元は笑みを浮かべていたが、今思えばその目は冷たいものだった。

「現状放っておけばいい。どうにもならなくなったら戻ってくるだろう。その間出費がないというのは素晴らしいじゃないか。戻ってきたら、職務怠慢で減給すればいい。」

「そんな!」

「働いていないんだから当たり前だろう。探しに行くのだって、金も時間も人も使うんだよ?もったいないじゃないか。」

「・・・・。」

何かにつけてもったないを口走る彼に、これ以上何を話しても無駄だと、矢矧は己の仕事に没頭することにした。

 

秘書艦の仕事として、瀬古の昼食を用意した矢矧は、昼食休憩を申し出て許可された。本来であれば提督と共に食べるのが普通なのだが、先ほどの秋津洲の件や予算の件でどうにも胸の中がもやもやしており、今は瀬故と一緒の空間にいたくなかった。

各艦隊所属の艦娘が使える食堂に向かうと、入り口近くの席から声を掛けられた。

「聞いた、矢矧?OYZ怪盗団の話を?」

話しかけてきたのは第十艦隊の阿賀野。同型艦ということもあり、横須賀に着任した当初からなにかれとなく面倒をみてくれている彼女に、矢矧は聞き返した。

「OYZ怪盗団?何それ阿賀野姉。」

「うん。阿賀野がネットサーフィンしていたら見付けたんだけど、『アナタのオタカラ頂戴します』と書かれた予告状が届くんだって。」

阿賀野は得意げにネットで得た知識を披露する。すでに呉や単冠湾などの鎮守府などで被害が出ているらしく、横須賀鎮守府内の艦娘達の間でも噂になっているという。

「矢矧のところなんて危ないんじゃないの~?瀬故提督さん、がっぽり持ってそうだもんね~。」

「第十艦隊だってそうでしょうよ。いつもいつも景気よくパーティーしてるじゃない?」

「丸宮提督の考えだからねー。宵越しの金は持たないって。だから、うちなんか逆に平気だよ。書類以外金庫に入ってないし、鍵もかけないってこの間自慢していたもの。」

さすがにそれはどうかと思ったが、自慢気に話す阿賀野の様子に、矢矧は黙ることにした。

(OYZ怪盗団か・・。)

深海棲艦の出現以来、世界各国では暴徒やストライキが頻発し、為政者達を悩ませていた。ここ日本でも以前よりも犯罪が増え、かつての安全神話は完全に崩壊したというのが皆の共通認識であり、そうした中で、犯罪者の集団が現れるのは当然だろう。

どことなく対岸の火事として呑気に構えていた彼女が慌てだすのは、昼休憩を終えて、官舎に戻ってからである。

 

 

その日、横須賀鎮守府第十九官舎に、一枚の黒いカードが届けられた。

『アナタのオタカラ頂戴します       OYZ怪盗団』

官舎の入り口にご丁寧に貼られたそれは、だれがいつ貼ったのかまるで分からない。だが、この警戒厳重な横須賀鎮守府に白昼堂々とそうしたカードを残しておくことに、賊の並々ならぬ手際のよさが伺える。

カードを発見した朝潮が瀬故にそのことを伝えたとき、彼は誰かの悪戯だろうと流していたが、昼食より戻った矢矧が阿賀野から聞いた噂を伝えると、一転して大騒ぎとなった。

今後の対策を考えるために召集された伊勢と大淀と矢矧は、瀬故より賊への対策を別室にて話し合うように命じられた。

「聞いたこともないけど、そんな連中。でも、呉に単冠湾でも被害が出ているって?」

筆頭秘書艦の伊勢が訝し気に腕を組む

「ネットの掲示板の書き込みだから怪しいものですが。」

大淀が手元のノートPCの画面を二人に見せる。

「ふん。事実だとしたらとんでもない問題だ。両方の鎮守府とも内部調査をしている段階だろう。警戒厳重な鎮守府に忍び込んでくる賊だぞ?手練れに違いない。」

矢矧は阿賀野の話を聞いたこともあり、賊は存在することを前提で話を進める。

「ただ、気になるのは数ある横須賀鎮守府の艦隊で、なぜうちを狙い撃ちにするかということだが。二人は何か心当たりはあるか?」

矢矧の問いに、二人はさっと目を伏せた。

「ん?あるのか、心当りが・・。」

「うん、まあ・・。」

「ええ・・。これは、うちの艦隊だけの問題だと思いますが・・。」

「問題だと?何だ、それは。私は知らないぞ。」

「来たばかりの矢矧には分からないよ。これはあたしたち全体の問題。まあ、あたしなんかの至らなさ、なんだけどね。」

勢いよく詰めよる矢矧に、力なく伊勢はつぶやいた。

「大体さ、おかしいと思わないかい?怪盗が出るから対策を考えとけっていうのに、提督自身がこの場にいないの。あたし達に別室で考えておけって。」

「それは・・。」

「伊勢さん!」

青い顔で大淀が叫ぶ。それ以上はいけない。どこで聞いているか分からない提督の懲罰対象になってしまう。だが、伊勢は構わず言葉を続けた。

「あの提督はさ、艦娘を全く信じていないんだよ。」

                  

               ⚓

深夜。

横須賀駅近くにあるコンビニエンスストアに停められた、フィアット500が静かに鎮守府の方へ向けて走り出した。

「今回に限って、なんでこんな狭い車にしたんだい?ぎゅうぎゅう詰めじゃないか。」

「ふん。グレカーレの奴なら分かるんだがなあ。怪盗っていったら、この車がぴったりなんだよ。」

「ゆき、じゃなかった、スノーウインドは知ってますよ!ルパン三世カリオストロの城で、ルパン達が乗っていた車ですよ!」

「さすがはスノーウインド。俺様の初期艦だぜ。」

「妙な所凝るよね、提督は。あたしはもうちょい工廠仕事したかったんだけどねー。」

「俺様だって、一日も早くお前にはすりぬけくんのお披露目をしてもらいたいが、今回は仕方ねえ。小数精鋭って奴だ。頼むぜ。」

「はいはい。ノースアップ様が頼まれましたよー。」

「さっきから気になってるんだけど、その妙な呼び方は何なんだい。」

「なんだあ、タイムレイン。いかにも怪盗という感じで、俺様が決めたコードネームにご不満かあ?」

「ただ僕たちの名前を直訳しただけじゃないか!」

「はあっ。タイムレインはもう少し、頭を柔らかくしてもいいんじゃないかなー。あたし、こういうの結構好きだけど?」

「さすがはノースアップ。話が合うな。」

「ふふん。この車もいい趣味してるよねー。きちんと黄色だし。」

「ええっ!?ノースアップさんもルパンを観ているんですか?」

「当然。国民の義務でしょ。」

「ぼ、僕は見てないけど・・・。」

「タイムレイン、そういう所だよ。真面目過ぎ!」

「そ、そうかな・・。」

「しれえの名前は何なんですか?」

「お前、妙にノリノリだな。ふふん。聞いて驚け!俺様の名前はファントム・アドミラルだ!」

「何だい、それ!!自分だけ直訳じゃないじゃないか。デーモンヘッドでいいだろう!?」

「ウケる。アドミラルって名乗っちゃってるし。しかも、絶妙に厨二病くさい。」

「おいこら、ノースアップ。げらげら笑ってんじゃねえ。もうすぐ目的地に着くぞ。」

「そういや、アキツシマンはどうしたの?」

「あいつは電車だ。二式大艇がでかくて、入れると全員乗れねえ。」

「車を替えればよかったじゃないか!」

 

やがて、目的地近くになると、暗闇の中にぽつんと佇む銀髪サイドテールの艦娘の姿が浮かび上がった。

「おお、アキツシマン。待たせたな。」

声を掛けられた方は唇を尖らせてみせた。

「うう~っ。なんであたしだけアキツシマンかも?もっといい名前が欲しいかも!」

「仕方がねえだろうが、俺様のブーブル翻訳だと、オータムツースーって出やがって、呼びにくくて仕方がねえんだから。いやならかもだから、ダックにしておくか?」

「それは嫌かも!」

「ほんじゃあ、ぜかまし理論で、マシツキアで行こう。決定。」

「うう~。何か加湿器の親戚みたいな名前かも・・。」

 

やがて、それぞれの支度が済むと、ファントム・アドミラルこと与作はにやりと呟いた。

「いっつ、しょ~たいむ、だぜえ!!」

 




登場人物紹介

矢矧・・・・・・・・・・最近第十九艦隊の所属になった。若干周囲から浮きがち。
スノーウインド・・・・・ルパン一味のようになれるとご機嫌。留守番の某イタリア駆逐艦からは大変羨ましがられる。
タイムレイン・・・・・・皆が普通にコードネームを使っている様子に驚き、どうやったらそのノリについていけるか模索中。
ノースアップ・・・・・・徹夜明けもなんのその。提督からのご指名ににこにこ。ついでに米国軽巡から散々羨ましがられる。
マシツキア・・・・・・・お供の大艇ちゃんが大きすぎ、一人電車移動。かなり目立っていたが、本人はいたって気にせず。
ファントム・アドミラル・意外に車道楽。鎮守府の駐車場には、私物として、赤いミニクーパーとデロリアンが停めてある。今回フィアットがお披露目できてご満悦。


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第三十七話「そしておやぢは舞い降りた(中)」

※お読みになる前に
前話でご指摘を受けましたが、今回だけでなく、今後のエピソードでは、話の構成上、艦娘達の性格や言葉遣いなどを変えることがあります。これは演出として意図的に行っておりますが、違和感を感じられた場合には、ブラウザバックをお願いいたします。また、話の都合上、第一部のジョンストンのように酷い扱われ方をする艦娘も今後出てきます。ご不快に思われる方も同じくブラウザバックをお願いいたします。


「本当に何なの・・。何なのよ、この艦隊はっ!!」

自室に戻った矢矧はあまりのやるせなさに側にあったクッションを力任せに放り投げた。

 

佐世保からこの横須賀に異動してきて三か月。前の勤務先とのあまりの違いに驚いた一か月。

それになんとか慣れようとしたのが一か月。そして残りの一か月は、己のいる艦隊に見切りをつけ、淡々と過ごしてきた一か月だった。

小遣い制などという聞いたこともない制度も、残りは艦娘の将来に向けて蓄える、士気を高めるためだと説明され、名高き横須賀鎮守府の提督が言うことだからと信じて、唯々諾々と従ってきた。

しかし、そんな彼女でも、仲間である秋津洲への周囲の態度の酷さには黙っていられなかった。提督だけでなく、伊勢や大淀などにも何度も相談し、それだけでは飽き足らず自分からも周囲の艦娘に、そうした態度はおかしいとぶつかっていった。

その結果は腫物扱い。

生真面目に事務処理をこなす矢矧を瀬古は秘書艦として、古参の大淀や伊勢と同様に重宝したが、彼女の進言に対しては聞く耳を持たず、どんなに乱暴な口を聞こうとも咎めようともしなかった。せめて、そんな言い方はおかしいだろう、と注意の一つもあればどんなに嬉しかったことか。

 

矢矧の脳裏に先ほどの会議室でのやりとりが思い出される。

「うちの提督はさ、艦娘を全く信じていないんだよ。」

艦隊の最古参であり、筆頭秘書艦でもある伊勢はそう言って肩を落とした。

「ど、どういうことなん、ですか・・。」

思わず地が出た矢矧に、伊勢と大淀は目を丸くした。

「どうしたんだい、突っ張るのは止めたの?」

「矢矧さん・・。」

二人の驚きも無理はない。この3か月の間に、艦隊の仲間と衝突を繰り返した矢矧は、口調も態度も荒み、周りを寄せ付けようとはしてこなかった。

とりあえず、同じ艦隊に所属しているから我慢して付き合ってやっている。

あんた達の態度が本当に我慢ならないんだから、仕方ないだろう?

提督と話すときでさえ、時折それは首をもたげるのだから、相手が同じ艦娘であるならば猶更だ。

「私の態度を変えたければ、あんたらがまず自分の行いを反省するんだな。」

矢矧はきっぱりとお前たちとは違うと宣言し、何を言われようと折れなかった。

だが、今回は違う。

「私は貴方達を認めていない。でも、最低限の礼儀は知っているつもりです。」

じっと、矢矧は伊勢の目を見つめた。

「教えてください。提督が艦娘を信じていない、とはどういうことですか?」

 

そして、伊勢が語ったのはどこにでもよくある艦娘を道具扱いする提督と、その提督を信じられない艦娘達の話。

そこまでならば、よく耳にするブラック鎮守府と大差なく、いづれ、大本営の査察に目を付けられたことだろう。だが、瀬古は艦娘達を道具として管理することにかけては、抜群の手腕を発揮する男だった。

活かさず殺さず。無駄な支出をしない代わりに無駄な出撃もしない。そのため、ブラック鎮守府の提督がしがちな、大破進軍や轟沈前提での作戦なども当然ない。蓄積した疲労は失敗につながり、己の評価と艦隊の収支に直結するとの判断から、無理な出撃や遠征も行わない。

それは、艦娘を道具として見た場合において、ある意味理想的な艦隊運営と言えただろう。

ただ一点、提督が艦娘を全く信じていないということを除いては。

「始め、うちの艦隊に来た艦娘は無茶な出撃や遠征もしないことから喜ぶんだ。でも、そのうちに気付くんだよ。提督はあたし達の話を聞いていないって。」

筆頭秘書艦として、伊勢も何度も瀬故に進言をした。もう少し、艦娘を信頼せよ。そして、道具としての扱いは構わない、せめてもう少し施設に金を使って欲しいと。

「でも、それは叶いませんでした。提督は無駄を嫌います。私達道具が普通に動けている限り、それに心を配ることも、お金を使うことも無駄な出費なんです。」

悲し気に大淀が呟く。

道具を無理に壊そうとはしないものの、その道具が満足に動いているのであれば、敢えて手入れをする必要はない。だが、そのような態度で接する提督に対し、艦娘は満足に働きはしないだろう。

「そのために作ったのが、小遣い制さ。月々の働きに応じて小遣いが渡されれば、皆とりあえず提督はあたし達の働きを認めてくれていると思うだろう?」

「そ、そんな事って!」

余りのことに、矢矧は絶句する。提督が皆の働きを認めている?自分の道具がきちんと働いているか評価しているだけではないか。そこには艦娘への労りの気持ちなど微塵も感じられない。

だが、ようやくこれまでのことの合点がいった。

瀬故が言った、

「食べた分だけ働かないのか?」

と言う言葉はまさしく彼の本心からなのだ。秋津洲は役立たずの道具であり、評価も最低。小遣い制などというお互いの評価が分かりやすく出るものを導入してしまったために、それによる差別まで助長してしまった。

「・・教えてくれてありがとうございます。・・すいません、30分程時間をください。」

素の表情でそう告げる矢矧に、伊勢と大淀は黙って頷いた。

 

矢矧は無言でクッションを叩いた。

壁に投げつけて、跳ね返ってくるやさらにぼこぼこと叩く。

心の内から湧き上がってくるこの気持ちは何なのだろう。

怒り、蔑み、嘆き、悲しみ・・。

ごちゃ混ぜになった感情を持て余し、何度も何度も同じことを繰り返す。

 

自分は何のために、佐世保からここに移って来たのだろうか。

「横須賀ですって?栄転じゃない!あたし達の代表として頑張んなさいよ!」

そう言って、励まし見送ってくれた瑞鶴に、何と言えばいいのか。

「え?矢矧じゃない!そう、佐世保から来たのね。どこから来ようと矢矧は矢矧。阿賀野のこと、頼ってくれていいからね!」

第十艦隊の阿賀野はそう言って、何度も相談に乗ってくれた。瀬故の余りの倹約ぶりに、うちの丸宮提督にも見習わせたいと笑っていたが。

「阿賀野姉、違ったわ。瀬古提督は、私達を信じていないだけだったの・・。」

艦隊の宴会で豪快に金を使い過ぎ、金庫の中身はすっからかん。

あちこちの支払いのために、自分達への支給品である間宮券を裏で他の艦隊に売り払い、今月は間宮でお茶しか飲めない。とんでもない提督さんよね、ぼこぼこにしてやったのよ、と笑っていた阿賀野がうらやましくてならない。自分が例え第十艦隊にいたとしても、きっと提督にぐちぐち文句を言いながら、結局は許していただろう。

自分達を気遣って提督が何かしてくれることが、艦娘にとってはたまらなく嬉しいのだから。

「それが、私たちはどう?」

ぽろぽろと溢れる涙を矢矧はこらえることができなかった。

金も名誉も大切なものだろう。だが、自分のいる艦隊には一番大切な物がない。

図らずも、3か月前から抱き続けた違和感だった。

確かめようにも確かめたら最後通告を受けるようで、苛立ちながらも決定的なことには触れないでいた。

だが・・・。

ぐっと拳を握り、目をつむる。

いつも自室で二式大艇を友として食事をしていた同僚の、申し訳なさそうな顔が浮かぶ。

「秋津洲は、元気にしているのかしら・・。」

戻ってきたら、精一杯優しくしよう。涙を拭い、矢矧は約束の時間が近いことを確認して会議室へと戻った。

 

                   ⚓

 

ぐっどな~いと。

鎮守府近くの茂みで怪盗用の服装に着替える俺様達。

って言っても、俺様以外は何のひねりもねえライダースーツだがな。

「ねえ、北上。なんで与作だけ恰好が違うんだい?」

「つーん。今のあたしはノースアップ。江ノ島鎮守府のナイスなおさげ、北上様のことなんか知らないよ。」

ぷくくくく。いいぜえ、北上。お前のそういう冗談が分かるところが俺様的には高評価だな。

時雨の野郎泡をくってやがるが、いつの世もノリが悪い奴は置いてけぼりを食うものよ。

「タイムレイン、お前もいい加減慣れたらどうだ。これから先は冗談じゃ済まねえんだぞ。」

「タイムレインちゃん、ファントム・アドミラルの言う通りです!」

「タイムレイン、いい加減諦めなって。肝心な時に素に戻るのがあんたの悪い癖だよ?こういう時は一緒になって騒いだ方が楽しいじゃん!」

「んもう!分かったよ。タイムレインでいいよ。受け入れるよ。で、ファントム・アドミラルだっけ?はどうして僕たちと恰好が違うんだい?」

今現在の恰好。

タイムレイン→水色のライダースーツ

スノーウインド→オレンジ色のライダースーツ

ノースアップ→紫色のライダースーツ

マシツキア→エメラルドグリーンのライダースーツ

俺様→緑色のジャケットに黒いズボン

 

ふふん。どうして恰好が違うときたか。さすがはペア艦。よくぞ聞いてくれたぜ、それはなあ!

「ルパン三世の恰好ですよ!カリオストロの城で出てきた格好です!って、痛い、痛いです~。」

こんの、ビーバーがああ!お前はどうして、俺様の出番を奪いたがるんだよ!

「ファントム・アドミラルが、スノーウインドに着物を着させてくれなかったからですよ!」

あほか、こいつは。艦娘に着物なんて着せてたら目立ちまくってしょうがないじゃねえか。

「ライダースーツだって十分鎮守府の中じゃ怪しいけどね~。」

「ファントム・アドミラルはどこに向かっているかも?こっちは高いゲートがあって登れないよ。」

この鎮守府の内部構造に詳しいマシツキアが尋ねてくる。ふん。そんなことは分かっている。

だが、情報提供者の話じゃあ、ここが一番監視の目が緩いらしいぜ。

「よし、ほんじゃあ、以前俺様が教えたウォールランの要領で壁を登ってこい。お手本を見せるぞ。」

駆けた勢いをそのまま、右足で壁を蹴り、左手で掴む。普通に跳ぶよりも遥かに高い所に登ることができる。

次々と皆が成功させる中、やはり足を引っ張ったのが秋津洲。

「み、みんなすごすぎるかも~。」

「まあ、こっちの二人は参考にならんし、スノーウインドも俺様が直々に鍛えているからな。」

べちっと壁にぶつかること3回。その度ごとに何も言わずに二式大艇がクッションになって受け止めてやっているのはさすがとしか言いようがねえ。

「時間がないから、こいつで上がってこい。」

俺様が投げた縄に掴まり、登ってくる秋津洲はどこか悔しそうだ。

「いつかきっと成功させてやるかも~。」

根性を見せる姿は嫌いじゃねえぜ。できるかどうかは分からねえがな。

 

敷地内に下り立った俺様達は油断なく、周囲を警戒する。時刻は深夜一時。当直の艦娘以外は眠りについている頃だ。

後は情報提供者曰く、バカに注意するだけらしいが・・。

 

「ファントム・アドミラル、なんです?バカに注意って。」

「俺様もよく分からねえ。ん?タイムレインとノースアップは、なんでそんな渋い顔をしてやがるんだ。意味が分かるのか?」

 

二人はこっくりと頷くと、前方を指差した。

なんだ、誰かいるのか?

突如暗闇に浮かび上がる白いマフラー。まるでくのいちを思わせるようないでたち。

空に浮かぶ月のように、ニヤリと笑みを浮かべた艦娘は、獲物を見つけた獣のように、俺様達の前に立ちはだかる。

 

「こんな月の夜に、そんな恰好でお散歩?ここで私と夜戦していかない?不審者さん!」

「やっぱいるよね~夜戦バカ。あいつの相手はタイムレインにお願いしていい?」

北上が呆れた声を出して、時雨を見る。夜戦バカ?そうか、バカに注意って!

 

「なんで、こんな時間にぴんぴんしてやがるんだ?」

「この時間、川内にとっては普通に活動時間なんだよ・・・。はあ・・。前の時も散々夜戦に付き合わされたのに・・。ノースアップ恨むよ・・。」

 

瞬く間に距離を詰める川内の前に、ため息をつきつつ立ちはだかる時雨。

 

「僕が抑えるから、みんなは先に行って!」

「あっこら、逃げるな!たくさん夜戦できないじゃない!」

「よし、頼んだぞ、タイムレイン!」

すたこらさっさと逃げる俺様達。その後ろから響く拳を合わせる鈍い音。

「ひ、ひえええ。なんかすごいかも!」

「タイムレインなら大丈夫だ。後はお前のいた第十九官舎はどっちになるんだよ。」

「うんと、こっちかも!」

先頭に立って案内する秋津洲。その後に続く俺様達。

 

やがて、第十九官舎の近くまで来ると、懐に入れた妖精通信機がぶいんぶいんと鳴り出した。

「こちらファントム・アドミラル。キャットクイーン、首尾はどうだ?」

『こちらキャット・クイーン。通信室に上手いこと入れたので、首尾は上々ですよ。ところで、キャットクイーンって猫の方が主人ぽくないですかね。』

「うるさい野郎だな。お前がクイーンキャットだと女王猫だからやだ、と駄々をこねたんだろうが。我儘ばかり言っていると、クイニゲクイーンにするぞ。そっちの状況はどうなんだ?」

『食い逃げなんて濡れ衣を!あれは後々もらう分をあらかじめもらっているだけです。・・・・ええと、正面入り口から裏口にかけて、建物全体をぐるりと艦娘達が囲んでますね。数は10人。』

「了解。まあ、上手くいったら金平糖をやる。見つからないようにしていろよ!」

『なんと!このキャットクイーンにおまかせください!!』

 

ぷつりと通信が切れ、この場にいる全員に情報を共有する。

「まあ、予想通りだが、予告状のお蔭で向こうも警戒してくれているらしい。プランB囮作戦で行こう。二式大艇、お前の出番だからな。よろしく頼むぞ!」

俺様が声を掛けると、なぜか二式大艇の目力が強くなる。

じいいいいいい。

ん?なんだ、こいつ。何か不満があるのか?

「ファントム・アドミラル、ファントム・アドミラル、ちょっとちょっと!」

くいくいと秋津洲は俺様を引っ張ると、耳元でささやく。

「大艇ちゃんのコードネームが決まってないかも!」

はあっ!?なんだって?こいつ、コードネームが欲しいのか?

俺様の心の中を見透かしたのか、ぱたぱたと翼を振る二式大艇。

「分かった、分かった。お前はフォーミダブルだ!いいな、フォーミダブル!この作戦の肝はお前だぞ!」

フォーミダブルこと二式大艇は嬉しそうに俺様の方を見つめると、ぱたぱたとさらにせわしなく翼をはためかせた。

 




登場人物紹介
ノースアップ・・・・・・長女
タイムレイン・・・・・・次女
スノーウインド・・・・・三女
マシツキア・・・・・・・時には仲間・時には敵枠
ファントム・アドミラル・大泥棒の3代目リスペクト衣装。ネクタイは黄色。
キャットクイーン・・・・文中では一度も触れられていないが、実は水色のレオタード姿。
フォーミダブル・・・・・縁の下の力持ち。斬鉄剣の使い手枠。
夜戦バカ・・・・・・・・棚から牡丹餅とタイムレインに嬉々として向かっていく。


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第三十八話「そしておやぢは舞い降りた(後)」

どうも、タイトルを前中後とする時って、中々その中に納まりきらないみたいです。
今回はいつもに比べると長くなりました。

PCで艦これやりながら、文章打っているのですが、最近ふと気づいたのがLOAD画面が毎回時雨なんですよね。あれって榛名とか大和もいた気がするんですが・・。


夜に一番強い艦娘は誰か?

夜戦火力で言えば、大和型をも凌駕する雷巡北上・大井。

駆逐艦で言えば夕立や綾波。また、単純に重巡の羽黒や鳥海、妙高。

その時々の敵の状況によって、この答えは変わるだろう。

だが、夜に一番動ける艦娘は誰か?と聞かれれば、艦娘ならば皆が異口同音に川内と答える。

夜戦バカとも揶揄されるその夜へのこだわり。船であった時に参加した戦いの多くが夜戦だったことが原因ともいわれるが、それゆえ夜の川内は手強い。

 

「やるねえ、今のを受け止めるなんてさ。てか、あんた時雨じゃん。なんでそんな恰好してんの。どこの所属?」

あいさつ代わりの一撃を軽く受け止めた相手に対し、感嘆交じりに川内は呟いた。

「ぼ、僕はタイムレイン。時雨なんて、一途で可愛い黒髪おさげの駆逐艦なんて知らないよ。」

苦しすぎる言い訳だが、言わないよりはマシと時雨は若干の照れを混ぜて返す。

「いやいやいや。どう見ても時雨だって。私、夜だって普通に見えるんだから。てことは、走っていったお仲間も艦娘?でもおじさんもいたような・・・。」

 

考える素振りを見せた川内に、時雨は素早く動いた。

 

「それ以上はいけないよ・・・。」

ドゴッ!!!

踏み込んでの懐への一撃。通常の相手であれば確実に決まっていたであろう一撃。

「な!?」

だが、その一撃を、川内は難なく受け止める。

 

「ぅあっ。・・痛いなぁ~。艤装無しでこれ?あんた、強さがバグってない?」

「!君、艤装を!?」

「夜にこっそり鎮守府の周りで深海棲艦やっつけようと思ってて機関部のコアだけねっ・・と。」

「くっ!」

連続して繰り出される川内の反撃の蹴りをすんでの所で躱し、慌てて時雨は距離をとった。

相手が艤装を身に着けていないと油断していたが、コア付きなら話は別だ。

 

一般的に艦娘の強さには段階があると言われている。

素体というそのままの状態での強さ。

機関部コアをつけ、艤装とリンクを可能にし、缶と主機を発動させた状態の強さ。

そして、装備を身に着け、艤装と完全にリンクし、いつでも戦闘が可能な状態での強さ。

艦娘の戦闘力は艤装を付けてこそ十全に発揮される。

偉大なる7隻と呼ばれ、一隻で連合艦隊並みとされる時雨は、原初の艦娘として素体としての強さも破格だ。しかし、その強さが真に発揮されるのは艤装を身に着けてのことである。機関部コアを身に着け、艤装とリンクするだけで、艦の出力は上がる。装備を身に着けていなくても、その強さは素体のままとは比べものにならない。

 

「艤装無しでこの強さ・・・。あんた、並みの艦娘じゃないね。それにあのおじさん、どこかで見たことあるんだよねえ。もしかして・・・。」

顔が売れる、というのも考え物だ。深夜に侵入したことで、相手を誤魔化せると思っていたが、誰よりも夜目が利く川内にそれは通用しない。おそらく自分の正体にも気づき始めているだろう。

「言わせないよ!」

流れるような高速のワンツーパンチ。それを難なくいなす川内。

艤装をつけていなくても、普通の艦娘ぐらいならば例え相手が機関部コア付きでも楽に相手できる筈だった時雨は、予想外のことに舌を巻く。

(この川内、強いな・・。)

潜入する時のライダースーツを着るために邪魔だからと、機関部コアを身に着けなかったことが今更ながら悔やまれる。

だが、それは相手の川内も同じこと。横須賀鎮守府第二艦隊に所属する自分が、機関部コアもつけていない時雨相手にここまで苦戦するとは思えない。可能性として考えられるのはただ一つ。

素体そのものが、自分達とは別格だということ。

 

「・・・。」

「どうしたんだい?」

 

ぴたりと動きを止めた川内に、時雨は問う。

それに対し、川内はじっと時雨を見つめると、その場で直立不動で敬礼した。

 

「誉高き偉大なる7隻に敬意を。今の私たちがあるのは、貴方達のお蔭です。」

正体がばれたことよりも、川内の態度に時雨は意表を突かれ、慌てて答礼する。

 

「川内、君は・・・。」

「ですが、貴方達をこのまま通す訳には行きません。」

ゆっくりと礼を解き、構える川内。先ほどまでとは異なる気迫がその身からは感じられた。

 

ここ横須賀鎮守府は、この国の国防の礎。ここを抜かれれば後に守りは存在しない。

ゆえに彼女達には、この国一番の護り手という自負がある。

例え相手が誰であろうと、正式な手続きを経ていない者を軽々しく通す訳にはいかない。

 

「川内、君の言っていることはその通りだ。でも、それだけじゃないよね。」

同じく構えをとる時雨は、川内の気持ちを見透かして言った。

 

「えっ?」

「僕の知っている川内に君はよく似ている。だから、よく分かるのさ。」

くすくすと微笑みながら、時雨は川内を見つめ返した。

「何と光栄なお言葉を。」

川内は己の身が歓喜に震えるのを感じた。

それはこの国に何人もいる川内達にとって、一生の宝とすべき言葉だった。

地獄のような戦いに身を投じ、帰らぬ人となった原初の川内。

彼女たち川内の憧れの存在を実際に知る人から、似ていると言ってもらえたのだから。

 

にやけそうになる表情を引き締めて、川内は宣言する。

「ですが、手加減はしません。」

否。できない、だ。彼女は己の発言の過ちに気付く。こんなチャンスは今後絶対にない。

かの艦娘の歴史に語られる偉大なる7隻と夜戦をできるチャンスなど。

瞳をキラキラとさせながら、居住まいを正し、川内は時雨に対し礼をした。

 

「横須賀鎮守府第二艦隊所属川内改二、参る!」

「やっぱり、君も夜戦バカなんだね・・。どうしてなんだろう・・。」

それは川内と言う艦娘の宿命か。

 

すっかり戦意高揚状態になってしまった川内を前に、時雨は深いため息をついた。

(夕立や江風と違って、僕は夜戦軍団じゃなかったんだけどなあ・・。)

 

                   ⚓

「すまない、遅くなった。」

矢矧が会議室に戻った時、すでに伊勢と大淀により、今夜の警備のあらましについて話し合われた後であった。

「ど、どう思いますか、矢矧さんは・・。」

ぶっきらぼうな口調に戻ってしまった矢矧に対し、大淀が気を遣って尋ねた。

「・・・。」

 

矢矧は無言で今夜の警備の配置図について目を通した。

瀬故との関係が今の艦隊の雰囲気に影響を及ぼしたのは間違いない。だが、それが皆の秋津洲への態度と全て関係があるかと言われると、矢矧は首をひねらざるを得なかった。結局のところ、胸に溜まったわだかまりを解消するために、秋津洲を犠牲の羊としたのではないか?

 

今はそうした時ではない、せめて普通に接するべきではないかと、矢矧の理性は語り掛ける。だが、心の内にあるわだかまりが解消されない限り、普通に口をきくことを彼女の感情が許さなかった。

何の反応も示さない矢矧に、伊勢が説明を買って出た。

「一階に半数の艦娘を配置。この建物をぐるりと囲んでいる。残りは各階ごと、階段前に一名ずつ。残りは3階の提督の私室前に私達3名が張り込む形さ」

官舎の周りをぐるりと囲むように艦娘が配置されている。これならば、如何に夜といえども、賊の入り込む隙はあるまい。

「屋上は?」

「あそこには白雪が張り込んでる。何かあればそれぞれ通信機で伝えることになっているよ。」

「提督は?」

「私室に籠ったまま。今回の夜勤手当は多めにつけとくって、それだけ。」

「なっ・・・。ふ、ふざけるな!」

 

この期に及んで何を考えているのか。

怒りの余り、3階へ直行しようとする矢矧を伊勢は押し止めた。

「怒っても損するだけだよ、矢矧。どうせ、言っても聞きはしない。」

「貴方は!それを言って悲しくはないのか!!」

「そりゃ、悲しいさ。私はあんた達よりも提督との付き合いは長いんだ。」

一旦言葉を切ると、伊勢は寂しそうに呟いた。

「でも、残酷なことだけど、艦娘は提督を選べない。話を聞いてもらえない提督だっているんだよ。」

「だからといって話をしてみなければ分からないだろう!」

「矢矧さん!」

 

伊勢に掴みかからんばかりの剣幕を見せる矢矧に大淀が口を挟む。

「色々と言いたいことがあるのは分かります。ですが、この鎮守府で一番心を痛めているのは筆頭秘書艦である伊勢さんですよ!」

「いいよ、大淀。矢矧の言う通りだ。それが普通の感覚なんだよ。」

淡々と告げる伊勢の言葉に、矢矧は首を傾げた。

「どういうことだ?」

「話をすれば、自分の気持ちは伝わるかもしれないと期待しているってこと。私も大淀も、もうそんな気持ちはとうに捨ててしまったからね。」

 

聞いてしまってから、矢矧は後悔した。先ほどの伊勢の話通りであるならば、この艦隊最古参である伊勢は、何度提督に裏切られ続けてきたのだろう。きっと分かってくれる筈。この人はそんな人じゃない。思って試みて、失敗して。

一体幾度失敗したらこんな風に、期待してもしかたないとなってしまうのだろうか。

 

矢矧は目を伏せた。艦娘を信頼しない提督に、提督に期待していない艦娘たち。

それでもここで働いているのは何のためだろう。

 

「そりゃ、この国を守るためさ。艦娘として生まれてきたからにはそれが第一でしょ。」

矢矧の問いに伊勢は即答した。

「でも、最近ここまで辛い思いをして国を守らなければいけないのかな、と思ったりはするんだよね。艦娘としてはあるまじきことってわかってるんだけどさ」

「そんな・・。」

そう言ったきり、何を言っていいか分からず矢矧は口をつぐみ、やがて三人は3階にある提督の私室へと急いだ。

 

                    ⚓

深夜一時三十分。懐中電灯で腕時計を確認すると、白雪は小さくあくびをした。

普段ならば当直の者以外は寝ている時間だ。

ただでさえ、今日普通に出撃した後だというのに、この残業はきつすぎる。

提督に余計なちょっかいをかけた怪盗とやらに会ったら、文句の一つでも言ってやらねば気が済まない。

 

夜風に縮こまった体を軽く回し、凝りをほぐす。

「いけない。しっかりしないと。」

月のきれいな晩であった。

どことなく締め付けられるような圧迫感がある室内より、この景色が見られるだけ、屋上の方がマシだと言えるだろう。

 

白雪は重くなる瞼をこらえ、辺りを見回した。

 

「ん!?雲?いや、あれは・・。」

闇に紛れて、月明かりの中に何やら浮かんでいるのが見えた。

 

ゆっくりと近づいてくるそれは、夜間迷彩を施しているのか、黒い物体にしか見えない。

それが、夜空に浮かぶ飛行艇だと気付いた時、白雪は素早く通信機に叫んだ。

「て、敵機襲来!!方位0-4-5!!繰り返す、敵機襲来!!方位0-4-5!!」

「な、何ですって!!艤装なんか身に着けてないわよ!」

「卑怯者!降りてきなさいよ!!」

通信機越しに聞こえる非難の声をものともせず、速度を上げた黒い飛行艇は地上へ向けて、大量の白っぽい何かを投下し始めた。

 

「爆弾?み、皆さん気を付けてください!何か投下しています!!」

「もう、ゲホッ、ゲホッ、遅い、ゲホッ。」

「何これ、前が・・・ゲホッ・・・。」

 

地上一面に広がる煙に視界を遮られ、容易に下の様子を伺い知ることができない。

「煙幕!?それとも神経性のガス?皆さん大丈夫ですか!?」

 

慌てて通信機で呼びかけるものの、白雪の問いに答える者はなく、帰ってくるのはゲホゲホとせき込む声ばかり。

「大変、伊勢さん達に急いで連絡を!!」

 白雪が通信機で伊勢に呼びかけようとした時だった。上から降ってきた白い塊が、彼女を直撃したのは。

「痛い!って、しまっ・・・ゴホッ、ゲホッ・・。」

完全な不意打ちだった。驚いた拍子に、中から溢れ出した煙を思い切り吸い込み、白雪はむせ返る。

「どうしたの、白雪?何かあった?」

通信機越しに伊勢の声が聞こえるが、喉が焼けるように熱く、言葉を発することができない。

思わずへたり込み、通信機を取り落とすと、誰かがそれをひょいと拾い上げた。

 

「ダメ‥ゲホゲホッ。」

苦しい中でも、それは私のだと白雪は手を伸ばすが、相手は構いもしない。

「白雪?聞こえてる?」

「屋上から侵入しようとする不審者を捕まえました!ですが、地上の警備がやられています。敵が白い爆弾のようなものを投下して・・・。」

焦ったような伊勢の声に、通信機を持った誰かは答えるが、黒い煙のせいでよく見えない。

「なんですって!分かったわ。貴方はそこで待機。こちらが行くまで取り逃がさないように気を付けて!すぐ他の子を向かわせるわ!」

「了解です。お任せください。」

誰だか分からないが、自分の代わりにこの緊急事態を伝えてくれたらしい。それならば、彼女に任せて、自分は少し横になっていても平気だろう。くらくらする頭でそう考えると、白雪は近くの柵にもたれかかった。

(でも、おかしいな。)

薄れゆく意識の中で、白雪はふと気付く。

(どうして、あの人、私の声で答えていたんだろう・・。)

 

                 ⚓ 

「がきんちょだが、根性があるじゃねえか。とと、いけねえ。そのままだぜ。」

白雪が倒れるのを確認し、俺様は変声機のスイッチを切った。

最後まで通信機を俺様からもぎ取ろうとするなんて、ブラック鎮守府には過ぎた人材だな。

 

と、いきなり俺様に近寄る大きな影。

じいいいいい。

すげえな、お前の目力は。

地上の警備を阿鼻叫喚のるつぼと化したフォーミダブルこと二式大艇が俺様の方をじっと見つめ、何事かを訴えていた。不本意だが、お前の言うことが分かっちまうんだよなあ。

「はいはい。お前もよくやったな、フォーミダブル。」

俺様に褒められ嬉しいのか、ぱたぱたと翼を振って応える二式大艇。

「あれ?ファントム・アドミラル、あたしは?」

隣で北上が不満そうに唇を尖らせる。

「お前がやるのは元々わかってるからなあ。」

艤装コアなしで俺様の壁登りについて来るなんて、お前ぐらいなもんだろうよ。変声機に煙玉もあっという間に作っちまうし、まるで、どこぞの子ども名探偵に出てくるひげ眼鏡の博士みたいだな。

「というか、ノースアップよ。この煙玉大丈夫なのか?地上は死屍累々の有様だぞ?」

「うん、まあ。元々作ったのは谷風だし、あたしはそれを改良しただけだしねー。」

あっ、こいつ。さらりと責任逃れしやがった。何が改良しただけだしねーだ。

どうせ、お前のことだから凶悪に改良したんだろう。こいつが作った変声機もチャンネルを合わせりゃ、艦娘の声が作れるとかって、やたら高性能だしな。

 

「それじゃあ、手筈通り、お前はここで囮になってくれ。」

「了解。でも、一階の二人、本当に大丈夫かねえ。」

「大丈夫だ。スノーウインドの奴はYBレーダーを搭載している。」

「何それ、聞いたことないんだけど。」

俺様がYBレーダーことやばいビーバーレーダーの性能について簡単に説明すると、北上は吹き出し、同時に妖精通信機がみょんみょんと鳴り出し、抗議の声が漏れた。

「むう。スノーウインドの悪口を言っていませんでしたか!?」

「恐ろしい勘してんじゃねえ!お前はエスパーか!!」

「なんとなく、そう思ったもので。」

「な、これがYBレーダーの恐ろしさよ。」

「うん、納得。」

北上が呆れる。どこの世界になんとなくそう思ったという理由で、通信をかけてくる者がいるというのか。やはり、あの雪風はただものではない。

「そんじゃ、スノーウインド、頼んだぞ!」

「はいっ!スノーウインド、頑張ります!!」

なんだあ、こいつ。やけに嬉しそうじゃねえか。というか、地上の警備を無力化したからってそんなに大声で返事してるんじゃねえ!

「それじゃ、すまねえが、囮役頼むぜ。」

「了解!ファントム・アドミラルもドジ踏まないようにね。」

北上の野郎、釈迦に説法だって分かってないのかねえ。

 

んん。あーあー。喉の具合を確かめた後、変声機のダイアルをセットし直す。

「こちら伊勢。屋上の白雪がやられた。各階の人員は、至急屋上へ向かって!」

 

「え?白雪が!?」

「りょ、了解しました!」

通信機ごしに動揺する艦娘達。ふん。仕込みが上手くいってるみてえだな。

それじゃあ、俺様は来た道を戻るとするかねえ。

 

                ⚓

時間は少し遡り、3階の提督私室前。

ここでは、一向に応答のない地上警備の艦娘達に、伊勢・大淀・矢矧の3人は一様に戸惑いの表情を浮かべていた。

「どういうことなの、一体・・。」

白雪からの通信後、不審者の確保と人員救助のため、

「各階、北側階段の人員は、一階へ降りて、負傷者の救助に当たれ。南階段の人員は屋上に上がって。」

伊勢が通信機で庁舎内に残った艦娘達に指示を出したが、返ってくるのは雑音ばかりで、一向に反応がない。

「通信機が故障している?いや、でも先ほど白雪とは・・。」

通信機がいきなり壊れるなどということは考えにくい。

だが、機械である以上、突然の不調はあり得る話だ。

悩んだ末に、伊勢は結論を出した。 

「大淀は一階に降りて、現状を確認して。矢矧は思う所もあるかもしれないけど、ここに待機していて欲しい。」

「了解しました。それでは!」

素早く階段を駆け下りる大淀を見送り、伊勢は目の前の扉をけたたましく叩いた。

「提督!いつまでそこに籠ってんの。あんたの艦娘が襲撃を受けてるのよ!」

「すまんが手が離せない。後にしてくれないか。」

どうせろくな答えは返ってこないとふんでいた二人だが、まさかここまでいつも通りだとは思わなかった。

「賊が使ってきた爆弾で、屋外警備の艦娘達との連絡がとれていないの!」

伊勢が今は非常事態だと状況説明をしても、扉の向こうから掛けられる声には事務的な響きしか含まれていない。

「そうか。では、伊勢と矢矧はそこで待機。この部屋に入られぬよう、死守してくれ。」

矢矧の目の前が真っ赤になった。今まで抑えつけていたものが、一気に噴き出し、伊勢に続いて荒々しく扉を叩く。

「そういうことじゃない!そういうことじゃないのよ、提督!!」

思い余って、扉を蹴破ろうとした矢矧を伊勢が羽交い絞めにする。

じたばたと身じろぎしながら、矢矧は叫んだ。

「艦娘を、私達をなんだと思ってるんだ!!」

                  

                ⚓

荒々しく扉を叩く音に眉をしかめると、瀬故は一人呟いた。

「艦娘を何だと思ってる?艦娘は艦娘だよ。それ以上でもそれ以下でもない。」

 

艦娘を道具と見るか、人と見るか。

艦娘に対して好意的かそうでないか。

艦娘と提督の関係については、上記の考え方の他に、職場が同じということから、上司と部下、男女の関係など様々なしがらみが存在する。

 

提督養成学校で最初に習うのは、こうした艦娘達についての提督の心構えであり、そこでは道具と扱うにせよ、人として扱うにせよ大事に扱えと言うばかりで、どちらが大事とは書かれていない。思想・良心の自由に配慮したと言われるこの記述は、それと同時にこの国の苦しい提督事情を物語っていた。

 

深海棲艦が現れる前から高齢化社会が到来していた日本において、妖精が見える提督の候補者は少なく、初期においては自衛官を中心に行われた試験も、今や広く全国民に拡大している有様だった。左巻きの新聞社などは徴兵令だと騒ぎ立てたが、事実深海棲艦の脅威は目の前にあり、国としては如何ともしがたく、職業選択の自由の反故を声高に訴える彼らをよそに、適性試験を受けてもらい、提督になることを薦めるという形を取らざるをえなかった。

 

初期の頃の提督達は、自衛官を中心としていたこともあり、国を守るという意識が強かったが、今や適性さえあれば誰でも提督になれるほどであり、度々提督の質の低下が叫ばれている有様だった。

 

瀬故は今年で32歳。提督養成学校を卒業して5年目にあたり、大湊から移動して2年目になるが、彼が提督になったのは、年齢制限もなく、他の公務員に比べて圧倒的に高いその給料に惹かれてというのが理由であり、国防に対する意識も、艦娘に対する興味もまるで無かった。

 

初めて配属された大湊で、彼の直接の先輩は艦隊運営の在り方について、艦娘を道具として見るよう勧めた。提督と艦娘では前者が圧倒的に少なく、その希少性故から余程のことがない限りは首にはならない。一頃噂になった大破轟沈前提のブラック提督などもっての他だ。極限まで働かせ、その利益を懐に入れればいいのだ、と。

 

これに対し、瀬故は一部を受け入れ、一部を否定した。

いくら艦娘が他の道具よりも丈夫と言っても、休憩時間を削られればミスも増えるし、戦闘で余計な傷を負い、こちらの評価が下がる。それならば、他でその利益を懐に入れ、休ませる時はしっかりと休ませればよい。

 

そうして考えついたのが、艦娘への小遣い制度だった。

各鎮守府へと支払われている特別艦船修理費は、未知の深海棲艦に対する艦娘の維持・修理にかかる予算であり、これは一般には艦娘達への給料として考えられていた。

それならば、そのまま艦娘俸給費とでも名付ければよさそうだが、反艦娘派や、艦娘道具派からすると、その名称は都合が悪く、結局旧海上自衛隊時代から使っている艦船修理費という名称に落ち着いた経緯がある。

 

そこに瀬故は目を付けた。各鎮守府に派遣される事務職員を抱き込み、艦娘達への支給を現金とし、差額を別に作った艦隊としての通帳に振り込ませる。不審に思った艦娘達には除籍後のために溜めているのだと、貯金通帳を見せれば、世事に疎い彼女たちは多くが納得した。時にそれでも疑う艦娘がいた事もあったが、実際に貯金を下して見せると彼女は己の非礼を詫び、それ以上このことについて聞くことはなかった。

鎮守府の外部監査や、会計検査院の監査すらも様々な手を使って抜け目なく潜り抜けた彼は、その金を元手に相場に手を出し、少なくない金額を稼いでいた。

「これを奪うだと?とんでもない!」

危険な提督業をしているのは何のためなのか。全てこのためではないか。

瀬故はクローゼットの中に隠してある耐火金庫を確認し、それを撫でた。

                   

                ⚓

とにかく急いで、一階へ。階段を駆け下りようとした大淀は緊急通信に気付き、足を止めた。

「こちら伊勢。屋上の白雪がやられた。各階の人員は、至急屋上へ向かって!」

「白雪が?りょ、了解ですが、一階はどうします?」

「え?白雪が!?」

「りょ、了解しました!」

一斉に通信が送られたためか、皆混乱の極みだ。大淀からの返信にも伊勢は答える余裕がないらしい。

「とにかく、屋上をお願い!」

地上担当の艦娘達の様子も気になるが、白雪がやられた以上、賊への対処が優先ということだろう。納得した大淀は、階段を駆け上ってくる他の艦娘達とも合流し、屋上へと急いだ。

 

「私が警備についてから、誰も通ってません。」

4階から屋上へ続く階段を警備していた磯波が断言する。

「すると、賊はまだ屋上にいるということですね・・。」

大淀は声を潜めながら、自ら先頭に立ち、

「大人しくしなさい!!」

勢いよく屋上へとつながる扉を開いた。

「皆さん、周囲の確認を!」

大淀の指示に、後からやってきた艦娘達が続く。

「はい、どうも。」

月明かりに照らされる中、その中心に立っていたのは、紫のライダースーツに身を包んだ雷巡北上。予想された相手と違い、大淀は面食らう。

「貴方はどこの所属ですか?いえ、それよりも白雪を知りませんか。」

「ああ。知ってるよ、ほらそこ。」

「白雪ちゃん!!」

柵の近くに倒れている白雪を見つけ、磯波だけでなく、皆が彼女の周りに集まった。

「息はしてます・・。」

磯波の言葉にほっとするのもつかの間、はたと大淀は冷静になった。同じ艦娘ということで気を許してしまったが、よく考えれば、北上が今この場にいることがおかしい。磯波は言ったではないか。誰も通していない、と。では、この北上はどこからこの屋上に来たのか。

 

「あ、貴方はもしや!?」

「はい、正解!」

ひゅー。

北上の合図と共に、物陰から現れた二式大艇が、再度煙玉を投下する。

白雪を心配し、一か所に集まっていた艦娘達はひとたまりもない。

「ゲホッ、ゲホッ。総員、退避!」

唯一少し離れたところにいた大淀が、室内に逃れようとするが、

「逃がさないよ。」

追い付いた北上に充て身をくらい、その場に倒れた。

 

「これで、あらかた片付けたかな。そんじゃ、スノーウインド達と合流しますか。」

北上は傍らの二式大艇を見やり、思わず感嘆の声を漏らした。

「それにしても、あんたすごいね。提督が、二式大艇が偵察だけしかできないないんて誰が決めたんだ、ふざけるなと言うのも分かるわ。」

二式大艇はパタパタと翼を振る。

「え?二式大艇じゃなくて、今はフォーミダブル?結構お茶目だね、あんたって。」

 

                  ⚓

勝手知ったる第十九艦隊の官舎を秋津洲は駆ける。屋外で苦しむ艦隊の仲間に声を掛けたい気持ちはあった。

だが、声を掛けたところでどうなるというのだろう。

自分達の給料が提督に盗られているという事を皆は知らない。話した所で、これまでの皆との関係では、聞いてもらえないのがおちだ。

(それでは、何も変わらないかも!)

今まで何をしてもダメで凹んでいた自分。その自分をいつも見守ってくれていた二式大艇を取り上げられそうになった時、初めて力が出た。

「い、いや。あたしから大艇ちゃんを取り上げないで!!」

そのまま止める伊勢や矢矧の話を聞かず、飛び出した。

そして、会ったのだ。自分が会って、ずっと話を聞きたかったその相手に。

 

もしも、あの時、二式大艇が取り上げられそうにならなければ。

もしも、あの時、我慢して自室に籠ったままであったならば。

今こうして、ここにいることは無かっただろう。

 

「あっ、マシツキアさん、こっちです!」

雪風が手招きをする。ここに住んでいた自分よりもさくさくと進む彼女の姿に、秋津洲は驚きを隠せない。

「ここが3階。ここに提督の私室があるかも・・。」

遂にここまで来てしまったと、秋津洲は軽く息を整えた。この先に進めば、何かが変わる筈だ。

意を決した彼女の前に現れたのは、かつて自分を一番にかばってくれた同僚だった。

 

「あ、秋津洲!?無事だったのね!それにしてもその恰好はどうしたの?」

突然のことに気持ちが追い付かず、矢矧は秋津洲に近づこうとし、

「矢矧、下がって!!」

鋭く叫ぶ伊勢の声にはっと我に返る。

「秋津洲だけなら、歓迎なんだけどね。そこにいる妙な恰好をした二人はどうしたの?」

「えっ、伊勢、二人って。目の前にいるのは雪風だけじゃない。」

「そこにもう一人いるよ。」

 

「あら、ばれた?OYZ怪盗団のプリティーチャーミングなおさげ髪、人呼んでノースアップ様とはあたしのことよ!」

「ノースアップ?貴方は雷巡北上でしょう?そんな恰好で何やってるの。」

物陰から現れた北上は渾身の自己紹介を披露するが、生真面目な矢矧には通じず、ぽりぽりと頬を掻いた。

「何って、今言ったじゃん。怪盗って。」

「え?秋津洲が!?嘘でしょ。」

「嘘じゃないかも!それに、矢矧。今のあたしはマシツキアかも!」

「同じくスノーウインド!」

北上に負けず、秋津洲と雪風もポーズをとるが、やはり矢矧には通用せず、あっさり流される。

「何なのよ、マシツキアにスノーウインドって・・。秋津洲に雪風でしょ!」

真面目にため息をつかれては、二人も咳ばらいをしてごまかすしかない。

「とにかく、矢矧。この3人を取り押さえて話を聞くしかないよ!」

掴みかかってくる伊勢に、北上は大げさに肩をすくめて対応する。

「誰が誰を取り押さえるって?」

「なっ!?は、早っ!」

素早く懐に入り込んでからの一本背負い。きれいに跳ね上げられた戦艦が、宙を舞った。

「うっ・・」

地響きを立てて床に叩きつけられた伊勢は、呼吸ができず苦しむが、それでも北上の足首を掴み、放さない。

「なんでさ。あんただって分かってるんだろう?自分達の提督が酷いって。」

「う・・・知ってるよ・・。長い付き合いだもの・・。」

「じゃあ、大人しくあたしたちを先に進ませてくれないかな。あんた達のためなんだよ。」

伊勢はふるふると首を振った。

「養成学校からの付き合いなんだ・・。」

そういったきり、気を失った伊勢の姿に、矢矧は悲しくなった。

傍から見れば酷い提督だ。

けれど。

伊勢にとって彼は、ペア艦として一年間苦楽を共にし、初期艦として選んでくれた存在なのだ。

「この艦隊で一番辛い思いをしているのは伊勢さんです。」

大淀の言葉が矢矧の脳裏に蘇る。期待してもしかたない、提督なんて信じられない。だが、見捨てることもできないのだ。過去の思い出が彼女を縛るから。

 

「先に行きな。仕方ないから、あたしはこの子に付き合うよ。」

気絶しながらも己の足を放そうとしない伊勢の姿に、北上は二人に声をかけた。

「ええ。」

「それじゃ。」

倒れ伏す伊勢を横目にその場を離れようと動いた二人の前に。

「待って。」

矢矧が両手を広げて立ちはだかった。

「ごめんなさい。自分でも、なぜこんなことをしているのか分からないの。」

あの変な予告状が来てから、自分の心の中はぐちゃぐちゃだ。今までそれと知りながら、流してきたもの。知らずに過ごしてきたもの。不満に疑問、不安に怒り。色々な感情が混ざり合って、一体何が正解なのか、矢矧自身にもよく分からない。

でも・・。

(ここで、黙って秋津洲を行かせるのは違う気がする!)

 

矢矧は雪風の方を向くと、いきなり頭を下げた。

「雪風。昔のよしみにすがるのもどうかと思うけれど、秋津洲と1対1で闘いたいの。」

「矢矧さん・・・。」

かつての第十戦隊の仲間として、そしてあの坊ノ岬沖海戦を共に戦った戦友として。雪風は矢矧の頼みを断ることができなかった。

「・・・。」

無言で一歩引く雪風に、矢矧は小さくありがとうと呟く。

 

「秋津洲、聞かせて。一度飛び出して行った貴方が、どうして戻ってきたの?」

どうしても聞きたかった質問だった。役立たず、無駄飯ぐらいとバカにされ、あげくの果てに二式大艇まで取り上げられそうになった。秋津洲にとって、この場所にいい思い出など一つもある筈がない。

 

「・・立派な艦娘だって、言ってくれた人がいたかも。」

秋津洲ははっきりと答えた。

「どういうこと?」

「・・・弱いけど、戦闘に出続けたから、あたしのことを立派だって褒めてくれた人がいたかも。その人が言ったの。ここの艦隊のやり方はおかしいって。」

「そう・・。」

矢矧は理解した。きっとその人こそが、この雪風や北上の提督なのだろう。

 

「本当はあたし、過ぎたことはどうでもいいかも。でも、その人。お金のないあたしにラーメンを奢ってくれて、歓迎パーティーまで開いてくれたかも。恩を返せないって言ったら、俺が気に食わないからそうするだけだって。」

秋津洲は自分にそう言った時の与作のいかにもつまらないという顔を思い浮かべて微笑んだ。

 

「だから、その人がブラック鎮守府を潰したいというからには、あたしも協力するかも。例え、それが自分の提督のいる鎮守府であっても。」

 

矢矧は秋津洲をじっと見つめた。ここを出る時のおどおどした目つきではない。強い目をしていた。男子三日会わざれば刮目してみよ、とは昔の人はよく言ったものだ。この短い間にここまで彼女が変わるなどと誰が予想できただろう。

 

「その思いは変わらない?」

すっと目を細め、矢矧が拳を握る。

「変わらないよ。」

秋津洲もまた、拳を握る。相手はかの第十戦隊の旗艦。以前の自分なら尻込みし、怖さに震えていたことだろう。だが、退かない。ここで退くことは、自分を褒めてくれた与作の顔に泥を塗ることになる。

「秋津洲!一発勝負よ!」

「望むところ!矢矧、覚悟するかも!」

バキイ!!

ほぼ同時にお互いの右頬にパンチがヒットする。

膝をついた秋津洲に対し、矢矧はぐっとその場に留まる。

「どうしたの?秋津洲。一発勝負、決着はついたでしょう?」

いくら思いが強くても。

持って生まれた能力が違うと、秋津洲自身も分かっていた筈だ。

なのに、なぜ?どうして、立ち上がるのか。

 

「矢矧もあのジョンストンの動画、見たかも?」

「え?ええ・・・。」

艦娘ならば皆が見たであろう、米国大統領と江ノ島鎮守府の提督とのやりとり。矢矧も阿賀野に勧められ当然見ており、あんな提督の下で働きたいとこっそり異動願を出した程だ。

 

「真の勇者とは、倒れる度に立ち上がるもの!」

 

秋津洲は震える膝を自ら叩いて落ち着かせ、立ち上がった。それは、擦り切れるほど見たあの動画の中で、彼女が最も好きな場面。米国大統領の執拗な責めに心を折られ、膝を屈した歴戦の勇士を再び奮い立たせた言葉。

一回の負けでも、百回の負けでも。勝てないと諦めたらそこで勝負が終わる。

 

「一発勝負に一度負けたなら、何度でも一発勝負を挑めばいいだけかも!」

「そう、なら、付き合うわ!」

自分の中のわだかまりを振り切るように。

矢矧はもう一度拳を握った。

                 ⚓

 

瀬故は苛立っていた。

先ほどから通信機を使って呼びかけているが、部下の艦娘の誰にもつながりはしない。

「ひょっとして、全員やられたのか?いや、まさか・・。」

先ほど伊勢が地上の警備から連絡がない、と言っていたが、そんなことがある訳はない。呉や単冠湾でも被害が出たというから、物々しく警備をするよう言い渡したが、他の鎮守府はいざ知らず、たかだかコソ泥程度がこの横須賀鎮守府に大々的に忍び込める筈がない。

(きっと、賊を追っているのだろう。)

呑気に考え、夜風に当たろうと、瀬故が窓を開けた時。

 

「おいおいおい。部下共に働かせて、自分はここでのんびりパソコン三昧かあ?うらやましい限りだぜ、全く。」

そう言いながら、室内に入ってくるなり、その男は瀬故の顔面にスプレーを浴びせた。

「な、貴様!!こ、これは・・。」

急速に増す眠気の前に、立っていられず、瀬故は机の上に突っ伏した。

「ファントム・アドミラル。あんたのオタカラ、いただきにあがったぜえ。」

それが、彼が意識を手放す前に聞いた最後の言葉となった。

 




登場人物紹介
与作・・・・壁上りは鬼畜道のイロハと話す、和製スパイダーマン。
北上・・・・作業着もいいが、眼鏡に白衣もイケルかもと密かに思案中。
雪風・・・・YBレーダーを駆使し、なぜか初めてきた建物でもすいすい進む。
二式大艇・・実は物陰から秋津洲と矢矧を見守っている。


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第三十九話「かくてタカラは盗まれた。」

前回に続いてボリュームは多めだと思います。
後日談はまた次回以降に。
勢いとノリで怪盗をテーマにすると、痛い目を見ると思った次第。



20年以上前から日本の景気は後退し、就職氷河期などと言われていたが、それが増々酷くなった原因は間違いなく深海棲艦の出現にある。

深海棲艦出現時、膨大に増え続けるその勢力の前に、世界中で人類は破れ去り、その生活圏を失い、輸出入を諸外国に頼る日本はもうだめだとマスコミはしきりに喧伝し、事実一年間での倒産件数は過去類を見ないと言われた程、多くの産業が壊滅的な打撃を受けた。

 

それでは、国民生活は混乱し、大パニックになっていたかというとそうでもない。

 

日本の災害大国としての恐るべき強さが如実に発揮され、一致団結して乗り越えようという機運が一気に高まった。地震・大火事・津波・台風・火山の噴火。様々な災害に日々見舞われてきた国民は強く、深海棲艦との戦いで物資が不足する現状も、仕方ないと我慢できる人間が多かったのである。

 

瀬故もそうした時に少年時代を送り、パンと牛乳だけの給食で飢えを満たしていた。そんな暗い世の中に救世主として現れたのが、始まりの提督とその艦娘達であり、彼らとその後の世界中の艦娘達の奮闘によって、以前に比べれば微々たるものだが、経済活動が再開された。

 

だが、若者にとっては冬の時代が続いたことに変わりはない。瀬故も学生時代の就職活動は熾烈を極め、契約社員として働いても働いても正規になることのできぬ理不尽さから、提督養成学校の門を叩いた経緯があった。

 

いったいどれだけ意識を手放していたのか。

ぼんやりとした頭で自分が眠らされたことを自覚した瀬故は、とにもかくにもクローゼットの中に隠してある耐火金庫を確認した。

金庫の中には、艦隊名が書かれた預金通帳と、余剰の資金で買い集めた株券や不動産の権利書などが保管されている。いざとなれば、それらの資産を売却し、田舎に引き籠もろうというのが、彼の算段だった。

横倒しになったクローゼットの中から、耐火金庫を取り出した彼は、扉に付けられた黒いカードを見て、大きく目を見開いた。

 

『貴方のオタカラ頂戴しました。OYZ怪盗団』

 

口惜しさに歯ぎしりする。

何のためにこれまで我慢して提督業などやってきたのか。

この理不尽な世の中でまともに生活するためではないか。

 

今の時代、公務員の志願者数はうなぎ上りだ。ところが、以前景気のよかった時代に雇った人員が目詰まりを起こし、採用人員は極端に少ない。唯一の例外が、自衛官と提督候補生で、特に後者は国防に不可欠との観点から多くの予算を回されており、立場が上の人間になればなるほど、甘い汁が吸えるようになっている。

 

「これからという時に、これからと言うときに・・・ふざけるな!!」

瀬故はカードをびりびりに破り捨てると、金庫の鍵を開け、中身を確認した。

「なんだと?」

そこには以前確認したままの通帳と有価証券の類があった。

 

あのカードがあったということは、中身は盗まれたということではないのか?

 

「まさか、これが偽物?いや、だが・・。」

 

自分が寝ていた、という事実がどうにも引っかかる。一体賊は何を盗んでいったというのか。

 

「あっ!」

 

内ポケットを探り、財布がないことに気づいて、瀬故は焦った。大した金額は入れていないが、それでも自分がこつこつと貯めてきた金を誰かに使われるのはしゃくで溜まらない。

急いでネットバンキングにログイン。

「あった・・・。」

安堵のため息を漏らし、次いで艦隊名義で作った口座の残高もきちんとあることを確認し、ふうと一息を入れた。

と・・・。

ぴっ。

突然画面の中で謎のデスクトップアクセサリが動き始めた。

「なんだ、これは。ジャージ姿の親父?」

見る人が見れば江ノ島鎮守府の某おやぢのディフォルメキャラと一目でわかるそのキャラは唐突にカウントダウンを始める。

『3、2、1、げっちゅーーー!!』

合図と共にソフトが立ち上がり、勝手に艦隊名義の口座から自動で振り込み手続きをし始めた。

「おい、ちょっとなんだこのソフト。何勝手に振込みをし始めてるんだ?バカ、やめろ。ウイルスでも食らったのか?どこに振り込むつもりだ!」

マウスやキーボードをいくらいじくっても、作業は止まない。瀬故は慌ててカスタマーセンターに電話するが、まるでつながらない。ならばと電源スイッチを押して強制的にシャットダウンしようとしたが、画面は消えず。思い余った彼はコードを思い切り引き抜くも、己のPCがノートであったことを思い出し、舌打ちした。

「くそくそくそくそ!こんな時に充電が満タンなんて!こうなったら!」

最終手段とノートPCを思い切り叩きつけようと瀬故が振りかぶったその時だった。

 

「はあい!」

「えっ!?」

 

天井にへばりついていたおやぢと目があった。

 

「だ、誰だ、お前は!!!!」

ノートPCを振りかぶったままの姿勢で固まった瀬故の前に、

「ぐっどな~いと!三下提督、ご機嫌はいかがかなあ?こいつは返すぜ、気になっちまうよなあ。財布がなけりゃ、金があるのかってよお。」

与作は華麗に降り立つと、瀬故に向かって財布を放り投げた。

「なんだと!!あ、貴様!!」

床に落ちた財布を拾うためノートPCを机に置いたのが運の尽き。

すばやく近寄った与作にノートPCを奪われる。

「どうも、他人の金を盗んでせこく荒稼ぎしている屑がいるからよお。どういう風に懲らしめてやろうかと考えてなあ。知り合いのハッカーに頼んで作ってもらったのさあ。越前くんをよ。」

これ見よがしに画面を見せつけながら、与作はにたりと笑った。

「越前くんだと?ウイルスのことか!」

「くっくっくっく。元々給料支払い用のシステムをいじくったって言ってたな。お前さんの艦隊にいた奴、今いる奴、在籍の年次ごとに適正な給料を大岡裁きで払ってくれてるすげえ代物だぜ!」

「なんだって!」

再び瀬故はPCの画面を見るや、悲鳴を上げた。いつの間にか艦娘の名前がリスト化され、それぞれに支払う金額が事細かに計算されては振り込み手続きがとられていく。

 

「や、やめろ!やめてくれ!これはうちの艦娘達のための退役後の積み立て金だぞ!」

 

その言葉を聞くと、ますます嬉しそうに黄色いジャケット着たおやぢは愉快そうに笑った。

 

「けっけっけっけ。世間知らずの艦娘と、お役所仕事の役人どもは騙せるだろうねえ、その言い訳で。いいじゃあねえか、艦娘達の金を一旦返してやって何が悪いんだ。ご不満ならこの音声をネットにでもアップして国民様のご判断でも仰ぐかい?」

ぴーっ。

『オタカラげっちゅだぜええ!』

ノートPCから聞こえてくる音声と、目の前でひらひらと振られる録音機に、怒りのあまり瀬故は

「何をしてやがるんだああああ!!」

与作に掴みかかった。

が。

「ほいっと。」

軽くいなされ、しまいには足をひっかけられてその場に前のめりに倒れた。

 

「お前~。何者だ!いや、その顔見覚えがあるぞ!貴様、江ノ島の!」

「悪いが野郎に名前を覚えられていても、寒気がするだけでな。今の俺様はファントム・アドミラルだぜえ、しょーとりとる・あどみらるさんよお!」

「ショ、ショート、なんだって!?」

「英語が分かんねえのか?それじゃあ、この短小野郎って言ってやろうかあ?」

「ふざけるな!貴様、アメリカ相手にいい気になって今度は横須賀か?何様のつもりだ!どうして俺の邪魔をする。」

 

瀬故にとってはなぜ与作が自分にこだわるのかが理解できない。アメリカの時には、自分の鎮守府にいたフレッチャーを攫おうとしたからだと言うのは分かる。だが、今回は彼と瀬故は全くの初対面だ。自分が標的に選ばれなければならない理由はなんなのか。

 

「ふん。気分だよ、気分。てめえみてえな小悪党が、将来俺様のハーレムに入るかもしれねえ連中を痛めつけているのを見ると虫唾が走ってよお。」

「は、はああ!?理解できない。な、ならこうしよう。うちの艦隊から好きな艦娘を選んで異動させる。だから、今回のこの振込み、何とかしてくれないか。」

この色ボケが。内心舌打ちしながら瀬故は提案した。

彼がこれまで取引をしてきた中にも、時折こうして艦娘を性の対象として要求してくる相手もいたが、用心深い彼はその一点だけは認めずにいた。だが、相手が提督ならば話は別だ。ケッコンカッコカリという制度もでき、艦娘を実際に娶る提督もいるという。なんら問題はない。

 

だが、瀬故が与作をもっと深く知っていたら、この提案自体が酷くナンセンスだと分かっただろう。

「ふん。随分とふざけた提案をしやがって。あそこが短小だと脳みそまで縮こまっちまうもんかねえ。お前よりミジンコの方が脳みそが詰まってるんじゃねえか?俺様相手に女をやろうなどと・・。」

 

与作は用済みとなったノートPCを放り投げると、代わりに瀬故の喉元を掴み、そのままぐいと持ち上げた。

 

「どこをどう考えたら、そんなくそみたいなアイデアが出るのかねえ?床に叩きつけて、お前の脳みそをぶちまけてみてもいいかい?」

失敗した、と瀬故は理解した。これまでの彼の人生で、ここまで明確に殺意をぶつけられたことはない。

「が、ぐぐうう!!!」

殺される。殺される。殺される!!

 

恐怖に支配され、股間の辺りが生暖かくなっている。それでも、瀬故はじたばたと死に物狂いでもがき、かみつき、何とか逃れると、内扉から隣の執務室に逃げた。とにかく目に付くソファやいすなどを倒し、バリケードにすると、執務室から内線をかける。

「面倒くさいことしやがって。まあ、いいぜえ。抵抗するのは悪党の義務みてえなもんだしなあ。」

どんどんと扉を蹴る音に受話器を持つ手が震えていた。後のことは何とか誤魔化せばいい。今はとにかくあの男をどうにかしなければ。自分は殺されてしまう!

 

「こちら第十艦隊指令室、阿賀野がお受けします。どちら様ですか?」

 

電話の向こうから聞こえたのは呑気な艦娘の声だった。こちらの修羅場も知らず、いい気なもんだ。心の中で思ったことはおくびにも出さず、瀬故は努めて冷静に話した。

「こちら第十九艦隊司令の瀬故だ。丸宮提督につないで欲しい、大至急だ。」

「え?提督さんですか?今艦隊結成7周年記念の祝賀会の15回目を行ってるんですけどぉ。」

あり得ることだった。第十艦隊の宴会好きは有名だ。だが、よりにもよってこんな日にしなくてもよいだろう。瀬故はイライラしながら阿賀野を怒鳴りつけた。

「バカなことを言ってないで、早く丸宮提督を出せ!一大事なんだ。うちの官舎が今賊の襲撃を受けている!!至急救援を願いたい!」

 

「艦娘達とは連絡がついていないのですか?」

「屋外で音信不通だ。今、賊は私の執務室に入って来ようとしているんだ。」

「あの、艦娘達と音信普通になってすぐ電話をいただいているんですか?」

「いや。部下に任せていたが、私が危なくなったから連絡している!」

阿賀野ののんびりとした応対に瀬故は焦れた。何をを当たり前の質問をしているのだと、受話器に向かって叫ぶように答えた。

「音信不通の艦娘達はどうします?」

「そんなもの、後に決まっているだろう!提督の方を優先しろ!!」

 

「・・・・。あ~あ、ざぁ~んねん。」

 

受話器の向こうから聞こえてきたのは深いため息だった。

「お、おい・・。」

阿賀野の様子がこれまでと急に変わったことに、瀬故は気付く。

「ここで艦娘を助けてくれって言ってくれる提督さんなら、阿賀野が頼んで、なんとか手加減してもらってたんだけどなぁ。」

「お、お前!?」

「阿賀野の妹を散々苦しめておいて、自分だけ助かるなんてダメよ?」

 

阿賀野という艦娘が出したとは思えぬ冷たく、ぞっとする声に瀬故は動揺し、思わず怒鳴った。

「どういうことだ!早く丸宮提督にかわれ!!」

 

「替わってやろうかあ?」

「ひっ!!」

瀬故の肩ががっしりと掴まれ、彼は思わず受話器を取り落とす。

「どうしたい?他にもお仲間の所に電話してもいいんだぜ。今回、俺様暴れたりなくてよお。」

「ど、どうやって。バリケードはそのまま・・。」

「普通に窓から入れるやな。俺様がどうやってここに侵入したと思ってんだよ。開けっ放しは不用心だねえ。」

「あわわ、た、助けてくれ。金はお前に渡す!金庫の物も持っていってくれて構わない。そうだ、私がお前の代わりに・・。」

「言いたいことは済んだかい?」

拳を握る与作に対し、机の中から拳銃を取り出そうとした瀬故は、手の甲に鋭い痛みを感じうずくまった。

「ぎゃあっ!な、なんだ・・。」

「指弾。ったくよお。何だい、てめえは。もうちっとマシな抵抗できねえのか。仕方ねえ、潰すかぁ。」

「あ・・・。」

ゆっくりと拳を振りかぶる与作に対し、瀬故はがたがたと震えていたかと思うと、ぐるりと目を回し、その場に崩れ落ちた。

 

「おいおい。なんだ、こいつのこの歯ごたえのなさは。まあいいぜ。予告通り、こいつはもらっていくからな。」

 

返事のない瀬故に一声かけると、与作はぷらぷらと揺れていた受話器をとった。

まだ、切れてないことを確認し、電話の向こうの相手に話しかける。

 

「よお。情報提供助かったぜ、キラリーン☆お姉ちゃん。」

唐突にネット上での自分のハンドルネームで呼ばれ、阿賀野は面食らったが、今この場にその名で自分を呼ぶ人間は一人しかいない。

「あっ!ファントム・アドミラル!?」

「おお。お蔭で忍び込みやすかったぜ。」

「えへへ。でもまさか、いきなり、ちょっと忍び込むから手を貸してくれ、なんてメールが来ると思ってなかったけど・・。」

「うちに来たかもかも野郎から、お前さんたちが一番頼みやすそうっ、て言われてな。」

「ふふん。阿賀野達、第十艦隊を頼るなんて、分かってるわね!まあ、阿賀野だけでも手伝ってたけど。そうそう。ファントム・アドミラルは、この後どうやって出ていくつもりなの?」

「あん?俺様達は怪盗だからなあ。普通に出ていくが。」

「うちの提督さんが、一緒に宴会はどうかって。今第十九艦隊で外にいた子達も、治療って名目で運んで誘ってるところだから、一緒に飲まない?」

「飲むかあっ!お前の所の提督は随分変わった野郎だな。」

「鬼頭・・じゃなかった、ファントム・アドミラルほどじゃないと思うけど。阿賀野もチャーハン作ったの、もちろん、エビ抜きで。食べに来てよ!」

「断る。泥棒はなれ合わん!」

「それ、確か逆の台詞じゃなかった?」

 

意外にノリのいい阿賀野に与作は機嫌をよくする。

 

「ほお。お前、分かってるじゃねえか。まあ、別な機会があれば会おうぜって伝えてくれ。後よお。屋上とかにも倒れている連中がいるんで、暇なら見に来てやってくれよ。がきんちょが多いんで風邪でも引くと恨まれるかもしれねえ。」

 

「うふふ、優しいんだね~。やっぱり。」

受話器越しに嬉しそうに話す阿賀野に、与作は呆れた声を出した。

 

「はあ?何を言っているんだ、お前は。俺様は鬼畜モンだぞ?がきんちょは俺様に祟るんだよ。」

 

                 ⚓

一体何度殴ったのだろう。

十五度。そう十五度だ!!

 

その度に秋津洲はふらふらになりながら立ち上がり、よろよろとパンチを繰り出した。

 

最新鋭軽巡と謳われる阿賀野型の中でも、満身創痍になりながら苛烈な戦地を渡り歩き、運命の坊ノ岬沖海戦まで戦い抜いた矢矧は打たれ強さには定評がある。

 

紙装甲、下手をすると駆逐艦よりも装甲が薄いと言われる秋津洲に到底勝ち目はない。

 

先ほどから涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら立ち上がってくるその姿には、一種憐れみさえ、感じさせる。

始まってから数回は相打ちの状態であったが、今や秋津洲の拳は届かず、一方的に矢矧が打ち据えている状態だった。

 

(私は何のために、こんなにも秋津洲をぼこぼこにしているのだろう。)

矢矧はふと疑問に思った。

拳を交えれば、お互いのことがもっと理解できる。心のもやもやを解消できる。

そう思って、一対一の勝負を挑んだ筈なのに。

 

「ま・・・だ・・・しょうぶは・・。」

十六度目。もはや走ることもかなわず、ふらふらと歩きながら向かってくる秋津洲に拳を突き出すだけ。ただそれだけで、よけることもできず、秋津洲はもろに顔面にくらい、ゆっくりと前のめりに倒れた。

 

「秋津洲さん!!」

 

思わず雪風が怪盗と言う立場を忘れ、叫んだ。

倒れた秋津洲はじっと動かない。

 

「勝ったの・・?」

勝っても何の感慨も浮かばない。心のもやもやもそのままだ。

 

「秋津洲、平気?」

矢矧が秋津洲を気遣い、近づいた時だった。

 

執務室の扉が開き、中から金庫をかついだ与作が現れた。

雪風がおたおたしながら説明した。

「ふぁ、ファントム・アドミラル!す、すいません。スノーウインド達は色々ありまして。」

「ふん。俺様にここまで働かせるとはいい度胸だぜ、全く。ノースアップもついていながらよお。」

「面目ない~。まあ、あたしは結構働いたでしょ。」

よいしょ、と気絶した伊勢の手を優しくはがしながら北上が答える。

「あ、貴方は!!」

 

矢矧は呆然とその場に立ち尽くした。時雨の記者会見・アメリカ大統領との息詰まるやりとり。艦娘の救世主だと噂され、今一番艦娘が着任したい鎮守府NO1と言われる、江ノ島鎮守府の提督がそこにはいた。

 

「あ、あのマシツキアさんは、矢矧さんと一騎打ちをして・・。」

雪風が説明すると、矢矧と秋津洲を交互に見比べ、与作は呟いた。

「ふん、根性はあると思ったんだがなあ。こいつは俺様の見込み違いか?」

 

ぴくり。

その瞬間、矢矧は見た。

これまで身じろぎしなかった秋津洲が唸り声を上げ、懸命に立ち上がろうとする姿を。

「な、なんで・・・。もう、いいでしょう!?」

「ぐううう・・・・・。」

拳を握り、構えらしきものをとる秋津洲に、

「どうして、そこまで・・。」

驚きを隠せず矢矧は動揺する。

一歩一歩矢矧へと近づく秋津洲に与作が面白くもなさそうに声を掛けた。

「ったく、おい、かもかも。手加減したとはいえ、俺様の一撃を避けたてめえが、そいつの攻撃如きをそこまでぼこすか喰らってんじゃねえ。」

「あ・・・。」

 

朦朧とする意識の中で、秋津洲は思い返す。偉大なる7隻と闘っても負けなかったという、江ノ島鎮守府の提督。その一撃を確かに自分は避けた。

 

すすすと突き進む秋津洲の目の前に先ほどと同じように矢矧の拳が突き出される。

(あたしは避けるのが上手い・・。)

ぼんやりとする頭で艦時代の記憶を秋津洲は思い出した。

艦時代の自分も避けるのは上手かった。

 

「うわああああ!!」

 

矢矧の拳に叫びながら突っ込む。普段には気にも留めないが、極限状態の今は、髪留めの先の錨分、体が右に引っ張られる。 

「秋津洲流戦闘航海術!!!」

大きく右に避けながら振りかぶった拳を。

「やああああ!!」

「え?」

秋津洲は思い切り、矢矧に叩きつけた。

 

頬を殴られた痛みよりも。

秋津洲が立って、自分の拳を躱したことに矢矧は驚き。

 

与作を見つめる秋津洲の様子を見て、

(ああ、そうなのか・・。)

何にこだわっていたのか、ようやく理解し、自ら膝をついた。

 

江ノ島鎮守府の提督こそが、雪風と北上の提督なのだろう。ならば、秋津洲は密かに憧れていた人に認めてもらえたということだ。

 

(そんなの、頑張るしかないじゃない・・。)

 

己と比べて何と秋津洲の羨ましいことか。だが、それも当然と言える。秋津洲にはどうしても譲れない一線があり、そのためには鎮守府から脱け出すことも厭わなかった。

瀬故がその分の経費がいらないからと呑気に構え、そのために事なきを得ていたが、他の提督ならば然るべき処罰の対象になっていた筈だ。

そこまでの覚悟を持って提督に抗った者と、提督に意見は言うものの、どうせ聞いてもらえぬと思いながら、日々を過ごしていた自分。

「そうか。私、秋津洲が羨ましかったのね・・。」

 

矢矧はようやく胸の中に抱えたもやもやを理解した。秋津洲が可哀想と同情していた自分。

けれど、秋津洲がこの艦隊から出て行った時に、それは変わったのだ。

自分にはできなかった大胆なことをした秋津洲。

その無謀さが。

その勇気が。

羨ましくて仕方なかったのだ・・・。

「勇気を出したから、そんないい結果を引き当てた。当然ね・・。」

 

ぐらぐらと揺れる身体を支えるために、壁にもたれかかるが、ずるずると崩れ落ち、矢矧は床にぺたんと尻をついてしまった。

 

「おい、行くぞ。撤収だ。いつまで経っても来ねえ、タイムレインのバカを回収に行かねえと。」

「捕まってんじゃないの?」

「ふん。あんなにしぶといやつがそう簡単にやられる訳がねえ。」

「すごい信頼ですね!タイムレインちゃんが羨ましいです!って痛い痛い!!」

「やかましい!それじゃあ、ノースアップがマシツキアを担いでくれ。え?フォーミダブル、お前、こいつを担げるのか?」

ぱたぱたと翼を振る二式大艇は秋津洲を背中に乗せると、ゆっくりと動き出した。

「本当に何でもありの高性能だな、お前。それじゃ、戻るぞ!」

与作が声を掛けた時だった。

 

「待って!」

 

最早戦意は喪失したとみていた矢矧が、突然叫んだ。

 

「何だ?こいつは返さねえぞ。うちの艦隊は人手が足りねえんだ。」

「ふふっ。羨ましい・・。一つ聞かせてください。貴方はどうして、その子に手を貸したのですか?」

「そんなの俺様が気に食わねえからよ。それだけだ。」

「まさか、そんな・・。」

 

秋津洲も同じことを言っていた。だが、本当にそれだけなのか。米国に横須賀。自分達よりも遥かに上の者達に抗うのに、その理由が、ただ、気に食わないなどと・・。戸惑う矢矧に対し、横合いから雪風が口を挟む。

 

「本当ですよ、矢矧さん!しれえは気に食わないという理由で、アメリカ大統領にもケンカを売ったんですよ!って痛い痛い!どうして、ぐりぐりするんですか!」

「だ・か・ら!!何でお前が自慢げなんだよ!」

「本当に・・・、そうなんだ・・・。」

自慢げ?否。誇らしいのだ。自分たちの提督はそこまでしてくれるのだと。

かつての戦友雪風が言うならば間違いはないだろう。

本当にたったそれだけのためにこんなことをしでかすのか・・。

何てバカで、無謀で、そして素敵な提督なんだろう・・。

矢矧は頷き、そして問うた。

 

「貴方の艦隊に入るためには、勇気以外に何が必要ですか?」

「聞きたいことが一つじゃなくて、二つじゃねえか。・・・まあいい。俺様の艦隊に入るために必要なこと?そんなもの決まってるじゃねえか。」

 

「何です?」

戦闘技能、事務処理能力。それとも一芸に秀でたことか。

だが、返ってきたのは矢矧の予想もしていない一言だった。

 

「俺様をどきどきさせるようないい女ってことよ!いい女は年中探しているからなあ!」

 

答えを聞いてきょとんとした矢矧だったが、やがてくすくすと微笑んだ。

「それは随分とハードルが高そうですね・・。」

「おうよ。呼んでもいねえのに来るのはがきんちょばっかりでな。」

与作の言葉に雪風はむーっと膨れて見せた。

「ですから、艦娘はがきんちょじゃありません!」

 

              

                   ⚓

「マルフタサンマル・・・。普段だったら、夜は長いよと言う時間・・。」

 

川内は肩で息をしながら、目の前で倒れる時雨を見やる。

ぎりぎりの勝負だった。

機関部コアを付けていなければ、確実に自分の方が負けていた。

 

「平気ですか、時雨さん・・。」

偉大なる7隻と夜戦ができると、張り切りすぎてしまったかもしれない。

尊敬する先輩の様子を、川内は純粋に心配した。

 

「うん。気を遣ってもらって悪いね。」

そう言って、時雨は跳ね起きながら川内に蹴りを見舞った。

 

「え!?まだ?」

完全に決着がついたと思っていた川内は躱すことができず、それを両手で受け止めた。

 

「やはり、さすがに速さはどうにもならないか。」

 

時雨は距離をとりながら冷静に分析する。機関部コアを身に着けている川内は素体の能力にその分強さ・速さが加算されている。元々の素体が破格であり、始まりの提督の時代から近接戦闘をみっちりと仕込まれてきた時雨だからこそぎりぎりの所で見切り、相手ができているが、本来ならばすぐに決着がついているところだ。

 

(与作だったらどうするかな。)

かつて練習艦時代の自分とまともにやり合い、あの北上ともアトランタとも闘った己の提督ならばどうするか。時雨は考えを巡らせ、そして気が付いた。

「あ・・・。」

一つだけ手があった。それは、与作の得意技でもあり、北上もできるという奥の手。

(僕にできるだろうか。)

不安はあるが、試してみるしかない。

「次で決めます!」

前かがみで構えた川内は、にらみ合った次の瞬間、仕掛けた。

 

「ここだ!」

爆発的な加速力で目の前に迫る相手に、時雨はイメージする。

限界を超えた自分。その自分が到達できる世界を。

 

かちり。その時、世界は灰色に包まれた。

 

「えっ!?」

 

ドシャアア!!

目の前にいた時雨がかき消えたと思った川内は、突如横合いから蹴りを入れられて吹っ飛んだ。

まるで戦艦に体当たりをされたかと思うほどの凄まじい一撃に、強かに体をうちつけ、自由がきかない。

(不味い!追撃が来る!!)

川内は何とか踏ん張って立ち上がろうと試みるが、ぎりぎりの所で闘っていたため、がくりとその場に膝をついてしまう。

 

顏を青ざめさせる川内に、時雨は両手を上げて見せた。

「いや、僕の方は店じまいだよ。これ以上はさすがに歳だからきつくてね。」

張りつめていた緊張感が緩み、川内は小さくため息をついた。

「何をおっしゃいますやら。機関部コア付きの私がここまでやられるなんて、あり得ないですよ。何です、今の技。」

「神速。うちの提督の得意技。潜在能力を一時的に高めるんだってさ。」

「ええっ!?提督の?人間ですよね・・。」

川内の驚きは至極当然だ。さあね、と時雨はくすくすと笑った。

 

やがて、第十九艦隊の官舎から、ぞろぞろと戻ってくる与作達の姿が見えた。

 

「僕の仲間も戻ってきたみたいだし。どうする?」

「事が済んでからじゃ仕方ないし。江ノ島鎮守府の提督のすることなら、艦娘にとって悪いことではない気がします。」

時雨の手を借りながら川内は立ち上がった。

「ですので、今晩の私はいつも通り夜戦訓練をしていたということで。」

報告の義務などどこ吹く風という川内に、時雨は呆れた声を出す。

 

「ふふ。それでいいのかい?怒られるよ。」

「バレたらそりゃ怒られるでしょうが。でも、多分大丈夫でしょうね。」

 

時雨は思い出す。ああ、このよくも悪くも前向きな考え方。

原初の川内もこうして、根拠もなく大丈夫だと語り、慎重肌の神通によく諫められていたっけ。

「久しぶりにお腹いっぱい夜戦をしたんで、ゆっくり寝れそうです。」

川内は朗らかな笑みをうかべると、時雨にウインクして見せた。

「また私と夜戦してくださいね!今度は艤装付きで!」

「やれやれ。君、本当に夜戦好きなんだねえ。」

時雨はやれやれと肩をすくめると、与作に向かって手を振った。

 

                  ⚓

与作達が立ち去った後。

 

「まさか江ノ島の提督が相手とはね。かなわないわけだ。」

伊勢がむくりと起き上がり、矢矧の隣に腰かけた。

「いつから気付いていたんです。追わないんですか?」

矢矧の口調の変化に驚きつつも、伊勢は敢えて指摘しなかった。きっと胸につかえていたわだかまりがとれたのだろう。

「止めとくよ。あの北上、只者じゃない。あたしが目を覚ましていたの、ばっちり分かってたもの。」

「偉大なる7隻の時雨といい、とんでもない鎮守府ですね・・・。秋津洲はやっていけるのかな・・。」

口に出して、それが余計な心配だと矢矧は悟る。あの姿を見れば、きっと大丈夫な筈だ。

「とりあえず、負傷者の手当てをしないとね。立てる?」

「ええ。提督はどうするんですか?」

「あのバカはしばらく放っておくよ。いい薬だ。まあ、責任をとらされるだろうけど、その時は仕方ないさ。あんたも運がなかったね。来たばかりでさ。」

 

提督は処罰され、きっと艦隊は解散することになるだろう。残念なことだが、いづれは来ることと伊勢も矢矧も覚悟はしていた。

 

「いいえ。とても貴重な経験ができました。それに、新しい目標もできましたしね。」

これまで聞いたことのない矢矧の声音に、伊勢は思わず聞き返した。

「目標?何それ。」

「いい女になるっていう・・。」

与作とのやりとりも聞いていたのだろう。吹き出す伊勢に対し、矢矧は不満そうに唇を尖らせた。

「あんた、変わってると思ったけど、本当に変わってるんだねえ。おじさん趣味?」

「そういう貴方だって、どうせ何があっても。提督を見捨てないでしょう。」

 

図星を突かれ、伊勢は苦笑する。

「最後の最後になって、何を話してるんだか。」

「ええ。もう少し早く、こうした話をしたかったですね・・。」

矢矧も合わせて笑みを浮かべた。

 

                  ⚓

 

フィアットの隣に停められたボックスカーからひょっこりとプラチナブロンドの髪が見えた。

「あっ、テートク戻ってきた!」

ぶんぶんと手を振るグレカーレを見るや、与作はボックスカーの運転席にいるアトランタに目を向けた。

「おいおい。なんでこいつ等がいるんだあ?」

「ご、ごめん。あたしが出ていこうとしたら、二人が自分達も連れて行けって騒ぐもんだからさ。」

「すいません、提督。どうしても心配になってしまいまして。」

フレッチャーが頭を下げる。

「まあまあ。アトランタんも悪気があってしたことじゃないし、グレちゃんに至っては、提督がルパンの恰好をするのになぜあたしを呼ばないのかと怒ってたもんね。わざわざ買ったボンテージスーツが無駄に・・。」

「ちょっ!北上さん!!禁止、禁止。その話は禁止!!」

「はああ?お前そんなもん買ってたのかよ。がきんちょの背伸びは大概にしとけって言ってんだろうが。」

「ほんじゃあ、せめてもの罪滅ぼしにあたしが運転するから、突入組はボックスカーで、お留守番組は提督と戻るといいよ。」

「え?北上、疲れてるんじゃないの?」

「いんや。平気平気。それじゃあ、鎮守府でねー。」

ひらひらと手を振りながら乗り込む突入組。

与作は仕方がねえかと留守番組の3人とフィアットに乗り込んだ。

「あたしは次元。」

助手席に座り、譲らないアトランタ。

「当然あたしが不二子でしょ。」

与作の却下という発言を聞き流すグレカーレ。

「それじゃあ、フレッチャーさんは五右衛門?いやいやどう見てもクラリスポジションなんだけど・・。」

「私は何でも大丈夫なんですが・・・・。」

『それでは私が五右衛門になります!!』

宣言し、ふよふよと車内に入ってきたのは江ノ島鎮守府の妖精女王(仮)。

 

「あっ。お前!!妖精通信機で散々呼んだのに、無視しやがって!何してやがったんだ。通信室での細工はいらねえって何度も呼びかけただろう。」

『えへへ。通信室から合流しようとしたんですが、途中第十艦隊の阿賀野さんに出会って、ごちそうになっていまして。ってわぷぷぷぷぷ!』

「てめえ。俺様が渋く決めたのに、自分だけ歓待を受けていただとお?。」

「仕方ないじゃないですか!精密機器をいじくるのは集中力を必要としたんですから!それにしっかり、皆さんの分までお土産にもらってきましたよ。特製チャーハンおにぎり、絶品ですよ!」

もんぷちが背負っていた袋からおにぎりを一つ取り出し、与作に手渡した。

「ほう、そうか。」

口に入れようとして、はたと与作は気付き、手を止めた。

「なあ、おい。もんぷちよ。このてっぺんの欠けているのはなんだ?」

だらだらと冷や汗を流しながらもんぷちは答えた。

『あっ、いや・・。そのう、阿賀野さんがあんまりにも美味しいというので、気になりまして・・。』

「てめえの食いかけを他人によこしてるんじゃねえ!どこまで意地汚ねえんだ!五右衛門却下!!こそどろCだ!!」

『えええ!!なんですか、そのいてもいなくてもどうでもいい役!!』

 




登場人物紹介

与作・・・・・帰りの車中ルパンごっこで盛り上がるアトランタとグレカーレを尻目に、アトランタ(長女)、フレッチャー(次女)、グレカーレ(三女)という配役もありだったなと思い返す。

アトランタ・・グレカーレに勧められ、ルパンを絶賛鑑賞中。次元は渋い。
グレカーレ・・黒歴史を北上に暴露されご機嫌斜めだったが、車内で不二子になりきり、即メンタルを回復した。
フレッチャー・盛り上がる与作達を羨ましがり、スマホでルパンを検索。クラリスのページを見付け、自分は似てませんよと照れる。
時雨・・・・・帰り道の車中、自分がヒロイン枠だったことを聞き、途端に機嫌がよくなる。
二式大艇・・・気絶したままの秋津洲に寄り添う姿はまるで母とは北上談。

阿賀野・・・・第十九艦隊の宿舎に到着し、矢矧の様子を見て一言。
「ファントム・アドミラルはとんでもないものを盗んでいっちゃった!」


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特別編Ⅱ 「再会」

雪風改二発表と同時に完成させて出そうと思っていたけれど、情報が錯綜していつ出るか分からないので、50回記念と、改二祈願をこめて先に出します。運営さんお待ちしてますよ!

時系列的には北上さん着任後~秋津洲と出会う前です。
50話も拙いながらも続けてこれて感無量です。いつもお読みいただいている皆様、ありがとうございます。

与作「50回過ぎて気づいたんだがよぉ。特定の艦種ばっっかり出過ぎじゃねえか?」
雪風「しれえ!一部では駆逐提督って言われているらしいですよ!」
与作「おい、びーばー。その名を二度と口にするんじゃねえ・・。」
雪風「痛い痛い、痛いですよ、しれえ。もう言いませんよぉ!」


偉大なる七隻の一隻である駆逐艦響。

彼女が住んでいるのは、船の科学館からほど近い大きな駐車場。

深海棲艦出現前は近くの温泉施設に車を停め切れぬ客が使い混雑していたものだが、その温泉施設自体、客足が激減し、閉鎖された今となっては、草が生い茂るような状態である。

釣りを好む響は、北上同様ふらふらとあちこちを旅することもあるが、基本ここにいて、宗谷のボランティアと釣りをするというのが常だった。

 

「今日は暑いみたいだけど、そろそろ行きますか。」

立ち上がった響は、ふと足を止める。

「お前、こんなとこに住んでやがったのか。偉大なる七隻様が野宿とはよぉ。」

突然、壊れかけた柵の向こう側から声を掛けられ驚くが、相手を確認するや、小さくため息をついた。

 

釣りの時は着替える時もあるが、基本的に響は暁型の制服で過ごしている、

艦娘博物館から流れてくる客が見ても自然だし、彼女が偉大なる七隻だと知っているのは、もう残り少なくなった仲間たちか、艦娘博物館の館長である天龍。

そして、目の前にいる常連のおやぢ提督ぐらいなものだ。

 

「これが暁だったら、レディーの住まいについてとやかく言うなんて、デリカシーがないわね!と怒っているところだよ、鬼頭提督。」

「知るか。たまたまだよ、たまたま。うちのがきんちょが宗谷に行きたがってな、その引率でぶらついてたらお前が見えたんだよ。」

「がきんちょ?」

「がきんちょじゃありません!!江ノ島鎮守府の初期艦雪風です!いつも司令がお世話になっています!」

 

与作の陰からひょっこりと姿を見せる雪風の姿に、響は目を丸くする。

記憶の中の彼女の姿は、スカートのないワンピース型のセーラー服で、やや幼さを感じさせていたが、今の彼女はオフショルダーワンピースに着替え、胸元には錨型の刺繡が施されたリボンが鮮やかに映え、肩からはブラウンのショルダーバックを提げていた。

 

「よく似合っているよ、雪風。それ、どうしたんだい?」

「えへへ。ありがとうございます。北上さんが選んでくれたんです!」

「ああ、そう言えば、鬼頭提督の鎮守府に北上が行ったんだっけ。」

「お前よく知ってるな。」

「この間長門が来てぼやいてたよ。大淀が愚痴ばかり言っているってね。そりゃ私たちのような有名人を次々と仲間にしていたらそうなるさ。」

「自分でよく言いやがるな。」

「実際そうだしね。なりたくてなった訳じゃないんだけど。」

 

与作達と宗谷へと向かう途中、響は柄にもなく感傷に浸っている自分に驚いた。

あの戦いが終わってから、始まりの提督との約束を守り、己の好きなことをして過ごしている彼女だが、かつて共に戦った仲間達、そして姉妹艦のことを忘れたことは一度もない。

彼女なりに気持ちの整理をつけて日々を過ごしており、時雨や長門に会ってもここまで感情が揺さぶられることはなかったのだが・・。

自分の記憶の中に残る幼い姿の彼女が、おしゃれに着飾った今の自分を見たら、何と言うだろうか。

 

(きっと素敵な恰好ができる時代になったんですね、と喜ぶだろうな。)

 

同じ幸運艦であり、共に先の大戦で生き残り、復員輸送船として活躍した。かたや戦後賠償艦としてソ連に引き取られ、『信頼できる』という名を与えられた響に、同じく戦後賠償艦として中華民国へと贈られ、丹陽と名を変えて旗艦を務めた雪風。

 

(その二人が向かっているのが、同じく戦後を生き延びた宗谷か。何という偶然なんだろう。)

 

やがて、かつての船の科学館、現艦娘博物館に来ると、雪風はわあと歓声を上げた。

そこにいたのは、かつて雪風と共に北千島に向かう戦車第十一連隊第四梯団を護衛した戦友。

先の大戦では特務艦として、今現在は博物館船として係留されている宗谷の姿だった。

 

「しれえ、早く宗谷ちゃんに会いに行きましょう!」

「待て、こっちが先だ。」

そわそわと落ち着かない様子の雪風を与作は引っ張り、まずこちらが先と艦娘慰霊碑に連れていった。いつも自分達に対しては傍若無人な振る舞いをするのに、こうした所はびっくりするほど真面目ですよねと雪風は内心思いながらも後に続く。

 

「しれえ、この間時雨ちゃんと来た時も来たんですよね。」

「ああ。」

「どんなことを考えて、手を合わせてたんですか。」

「お前さんたちのお蔭でなんとか暮らしている。ありがとうな、だよ。」

「それはありがとう。私の姉妹たちも喜ぶよ。」

振り返ると響がついてきていた。いつもとは違う彼女の態度に、与作はぼりぼりと頭を掻いた。

「どうした?宗谷の受付はいいのか?」

「まだ早いもの。入館は11時からだよ。」

 

慰霊碑近くにある時計はまだ10時を回ったばかりだ。

 

「そいつはしまったな。こいつが早く早くというから、時間をあまり気にしてなかったぜ。しゃあねえ、おい響。掃除用具はあるか?」

「ああ。受付にあるけど。それが何か?」

「前来た時思ったが、この慰霊碑、人が訪れるのが少ねえのか、ほったらかしにしてある花だのなんのと多すぎるんだよ。お前、よく平気だったな。」

「一応定期的には片付けているんだけどね。どれくらいの周期で片付けていいのか分からなくてさ。」

何もないよりは枯れた花でもあった方がいいのでは、というのが響の言い分だ。

「枯れたらいいんじゃねえか?片付けちまおう。雪風、今回は真面目に掃除できるな?」

与作の脳裏に、掃除をさせようとするたびに、何のかんのと掃除をさぼった、過去の雪風の姿が思い出される。

「一体いつの話をしているんです、しれえ!」

せっかくおしゃれしてきたのに、と普通の人間ならばぼやき、掃除自体を拒むだろうが、雪風は気にせず箒を手に取った。

 

「なんだかこうしていると、しれえが初めて鎮守府に来た時みたいですね!」

たった一か月半も前のことなのに、まるで遠い昔のことのように雪風は感じた。

ここまでの間に色々とあり過ぎたためだろう。

「へえ。興味あるね。鬼頭提督の着任の時か。」

「あんときは大変でな。虎の子の資材をどこぞのビーバーに食われて、香取教官に助け舟を頼んだくらいよ。」

 

与作は献花台に置かれていた枯れた花をビニール袋に入れた。

 

「そもそも普通は資材を全部投入しませんよ!」

「それで出てきたのが雪風!?なんだか、すごいね、鬼頭提督は。」

「そうかあ?その次に出てきたのががきんちょ2号のグレカーレ。その次がフレッチャーの野郎だ。間にはお前さんの知り合いでもある時雨のバカが来やがってよお。がきんちょのバーゲンセールよ。」

指を折りながら、与作は愚痴をこぼす。

 

「しれえはフレッチャーさんに甘すぎます!なんで雪風達と扱いが違うんですか!」

いつも子ども扱いするからと、北上に頼んでせっかくおめかしをしてきたのに。

不満そうに雪風は頬を膨らませた。

「そりゃあ、お前らが料理とかしねえからよ。最近洗濯をやるようになったのは上出来だが、フレッチャーの野郎はなんでもできるからな。俺様のポイントも高くなる。」

「むうっ。それじゃあ、鎮守府に戻ったら料理も練習します!」

 

ぷんぷんしながら向こうを掃いてきますと、雪風が離れた隙に、響が与作を小突く。

 

「ダメじゃないか。女の子に対して、がきんちょだのなんのと。それに鬼頭提督、雪風の服装を褒めてあげたのかい?」

「はあっ!?お前、何か悪いもんでも食ったのか?なんで俺様ががきんちょどもの服を褒めなきゃならねえんだ。」

「え!?それ、本気で言ってるの?」

「どういうことだ。」

「やれやれ。これは時雨も相当苦労するな。さすがに同情するよ。」

「あいつは苦労なんぞ、しちゃいねえ。むしろ日々痩せ細っていっているのは俺様よ。」

わざとらしく咳き込む与作に、響はくすりと笑みを浮かべた。

「鬼頭提督と話していると退屈しないね。」

 

やがて、慰霊碑がきれいになると、与作達は並んで祈りを捧げる。

「・・・・。」

響は帽子を脱ぎ、深く目を閉じた

(暁、雷、電・・。そちらで元気にしているかい?)

 

暁型の姉妹の中で、艦時代と同じく唯一生き残ってしまった響は、当初は己の運命を呪ったものだった。「不死鳥」その呼び名は確かに勇ましい。だが、他の姉妹を失い、また一人で生き続けるのはどんなに辛いことか。佐世保の時雨と謳われた時雨でさえ、心に傷を負い、一年間は何もできず廃人のような日々を送っていたのだ。同じ駆逐艦の響も、当初は今後どうしていいか分からず途方にくれていた。

そんな時思い出したのが、始まりの提督の言葉と姉妹たちとの思い出だった。

 

あの地獄の鉄底海峡へと出撃する前の宴会の席で、始まりの提督は皆に言ったものだ。

「これから我々はちょいと人類を救いに行くわけだが、無事に戻ってきたら後は好きなことをして過ごすといい。無論、どうしても軍に残りたいものは止めはしないがね。是非君たちには人間の作り出した文化というものをたくさん体験して、素晴らしい人生を送ってもらいたいと思う。」

酔いも手伝い、大声で皆が歓声を上げた。

「浴びるほど酒を飲むしかないでしょ!」

呑兵衛たちは叫び、

「限界を覗くのも悪くはありませんね。」

空母達は何を食べようかと盛り上がった。

 

「ちなみに提督はどうするつもりなんでちか?」

マイクを持って近づいた伊58の質問に、

「そりゃあ、当然寝て過ごすつもりさ。」

と答えた時の、彼のさも当然といった顔つきが響は忘れられない。

その側であらあらと困り顔をしていた鳳翔に、気づき、

「い、いや。そのう。せめてウェイターがやれるくらいには頑張るつもりだ。」

思わず言い直していたことも。

 

「暁は当然レディーとして相応しいおしゃれを身に付けたいわね!」

「私はもっと人助けをしたいわ!老人ホームとかそういう所に行くのよ。」

「電は甘いものをたくさん食べたいのです。」

「私は日本全国を回ってあちこちで釣りをするかな。」

「ええっ!随分と行動派ね、響は。」

「釣れたら分けてね。老人ホームに持っていくわ!」

「雷ちゃん、お年寄りには魚は危ないと思うのです・・・。」

「釣れたら考えるよ。」

 

始まりの提督の言葉は、あの戦いの生き残りを英雄として称える世界中の後押しで、実現することになった。偉大なる7隻と名付けられた7隻には、各国の取り決めで、『偉大なる7隻には可能な限りの配慮を保証すべし』という宣言が出され、親艦娘であった日本では、それが忠実に守られた。

 

姉妹たちと語り合った、生き残ったらしたかったこと。響はその思い出を支えに、暁の代わりにおしゃれをし、雷の代わりに老人ホームでボランティアを行い、電の代わりにスイーツの食べ歩きをした。

そして、最後に自分のしたかったことの番になり。

好きな釣りを楽しみ、ふらふらと各地を回り、ようやくと当時の船の博物館へと、響はやってきた。

 

そこに佇んでいたのはかつての戦友。一度も沈まず、解体もされず、海の上にあることから、一度も艦娘として顕現していない船。数々の奇跡を起こし、さらに極寒の南極への船旅を成功させ、人々に愛された船がそこにいた。

 

深海棲艦との戦いの影響で沿岸部から離れたところに人は住むようになり、訪れる人が少なくなったお台場は人影もまばらだった。

 

「見学ですか?」

宗谷の近くをうろうろとしていた響に、声を掛けてきた女性があった。

「中を見れるの?」

「もちろん。今はめっきり少なくなりましたが、昔は大勢の人が見に来ていました。」

 

「ん・・・!?」

宗谷の船内に入った響は不思議な感覚に襲われた。

この格好の宗谷に会うのは初めてなのに、なぜか懐かしさを感じたのだ。

「宗谷、君なのか?」

響はつぶやくが、応える相手はいない。

けれど、まるでかつての仲間たちと話しているかのような安心感。姉妹たちと別れ、傷ついた自分を労わるような気持ちが、宗谷からは感じられた。

「私を励ましてくれているのかい?」

ボロボロになりながらも、船として海に浮かんでいる戦友。言葉を交わすことはできなくとも、なぜかその思いが分かるような気がした。

 

その瞬間。響の中にしたいことが浮かんできた。この心優しき戦友をこのまま一人にしておいてよいものか。

「いや。よくないね。」

すぐさま長門に連絡をとり、宗谷のボランティアとして働きたいこと、現状を改善するためのアイデアを伝えた。艦娘達が来れるように、艦娘の慰霊碑を設置してはどうか。ゆくゆくは艦娘の博物館を作り、艦娘への人々の認識を高めてはどうか。

「それはいい。宗谷については私も知らぬ仲ではないからな。」

長門は快諾した。

横須賀のドックに入っていた宗谷は、長門とともに敵の空襲を受けた。ドックに入っており、火の気がなく難を逃れた宗谷に比べて、長門は艦橋を吹っ飛ばされたのだが、彼女からすれば、戦後も未だに浮き続ける宗谷に対しての思いは響と同様に強かった。

 

前者の願いについては、即座に了承され、後者についても10年の歳月を経て、実施された。

 

 

「おい。大丈夫かあ?随分と長いな。眠っちまったんじゃねえか?」

「しれえ!デリカシーがないですよ!」

 

与作と雪風の声に、響ははっと我に返った。大分長い間、物思いにふけっていたようだ。

「ちょっと色々と思い出したことがあってね。」

「ふうん。昔のことか?」

「うん。」

 

響はなぜ自分がこの宗谷でボランティアをしているのか、について語った。そして、宗谷で感じた不思議な体験も。

 

「ほお。そいつは面白い体験だな。」

まず間違いなく、バカにするか信じようとしないと思っていた与作の態度は、彼女にとって意外だった。

「これは予想外だね。鬼頭提督はこの手の類の話は信じないと思っていたんだがね。」

「バカ。俺様はその手の類の話は大好きなんだ。水木しげる先生の妖怪画談は愛読書だぜ!お前ら艦娘だって、船の魂が宿っているんだし、そりゃ信じるわな。」

 

(司令官と似ているね。)

 

時雨の記者会見での与作の発言を思い出し、響は納得した。与作は艦娘を兵器として認識はしているが、魂があり、意志があることも分かっており、そうした存在として扱っているのだ。

 

まるであの始まりの提督のように。

 

「昔の軍艦には神社が祀ってあったらしいが、確か宗谷にもあるんじゃないか?」

「よく知ってるね。南極観測船の時代に航海の安全を願って再設置されたらしいよ。今は入れないけどね。」

「それなら、そこに宗谷の魂もあるんだろうよ。きっと昔馴染みのお前がしょぼくれて来たんで、根性を叩きなおしてやろうと思ったんだな。」

「そんな感じじゃなかったけどね。ちょうど時間になったし、開けるよ。」

 

入口にかかった鎖を外し、扉を開ける。

次いで受付の中から募金箱を出した響に、与作が二千円を入れる。

「はい、響ちゃん。雪風の分です!」

それを見て、雪風も財布から二千円を取り出した。

「鬼頭提督、雪風の分も払ってくれていると思うけど?」

前にもこんな話をしたな、と響は苦笑するが、雪風は首を振った。

「いえ。大丈夫です!受け取ってください!」

「ありがとう。雪風、君も怪我のないようにね。」

「はい、気をつけますね。雪風の願いはしれえとずっと一緒にいることですから!」

「えっ!?」

響は驚いて、雪風を見るが、当の本人はさっさと先に行った与作の後を追い、文句を言いつつ、宗谷のタラップへと歩いていく。

 

「無事に戻ってきたら、雪風はしれえとずっと一緒にいますよ!」

あの最後の宴会の時に、原初の雪風はそう言っていた。

 

まるで、彼女が戻ってきたみたいだ。

 

「いや、海につながっているからね。戻ってきたのかもしれないな。」

響は一人呟くと、帰り際に渡さないとと、見学記念のカードを用意する。

 

「宗谷ちゃん、久しぶりです!!雪風、戻ってきましたよ!!」

明るくはしゃぐ雪風に対し、仏頂面を見せる与作。

「うるせえ!このがきんちょ!!館内は静かにするもんだぞ、バカが!」

「すいません、しれえ。でもでも、雪風嬉しいです!!」

満面の笑みを浮かべる雪風の姿が見え、響は満足気に頷いた。

「人も艦娘も幸せに・・か。司令官。少なくともその願いは、あの鎮守府ではかなっているみたいだよ。」

 




登場人物紹介

与作・・・その場のノリに流され、デート権を賭けた過去の自分を恥じる。
雪風・・・帰りの電車で、リボンの錨型刺繍が手が込んでるなと与作に言われたのを、服が褒められたと解釈し、3重キラ状態になる。
響・・・・感傷に浸ったためか、なぜか無性に呑みたくなり、艦娘博物館館長の天龍と飲みに行き、酔い潰す。



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幕間⑤  「ある日の艦娘グループライン2」

秋津洲編の後日談はもう少しお待ちください。
予想以上にエピソードで力を使い果たしました。

米国の騒動の顛末後に書こうと思っていましたが、すっかり忘れ、コメント欄を見て思い出しましたので投稿します。

提督グループライン4に補足がなかったので、時系列を。

提督グループライン4がアトランタ着任後北上着任前。
今回の艦娘グループライン2は北上着任後秋津洲が来る前です。




【提督養成学校第16期A班卒提督初期艦】みんな久しぶり!例の動画観た?【鎮守府も書いてね】

 

吹雪:呉鎮守府

  すごかったねえ。

 

夕立:パラオ泊地

  すごかったっぽい。

 

電:単冠湾泊地

  すごかったのです。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  ちょ、ちょっとあんたたち、すごい以外の感想ないの?

 

夕立:パラオ泊地

  瑞鶴さん、さすがにあれはすごいとしか言いようがないっぽい。普通の人間が艦娘と闘うとか

ありえないっぽい~。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  そっちか!確かにモードナイトメアだっけ?いかにもあんたを意識したモードを繰り返していたもんね。

 

夕立:パラオ泊地

  夕立の提督さんは原初の夕立さんファンだから、「アメ公、ふざけやがって、悪夢を見せてやろうか!」と、激おこだったっぽい!

 

吹雪:呉鎮守府

  うちの司令官が、「さすがはおっさん、フィジカルが半端ない。」とか言ってたんですけど、どう考えてもあれはそういう域を超えてると思うんだけど。

 

電:単冠湾泊地

  ちょっと、雪風ちゃんの話を聞きたいですね。まだ後始末とかで忙しいのです?

 

雪風:江ノ島鎮守府

  遅くなりました!しれえがしつこくじゃんけんをしようと言ってくるもので・・・。

 

夕立:パラオ泊地

  全然そうじゃなかったっぼい。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  また、朝から愉快なことをやっているわね。例の動画、観たわよ!うちの提督さんも一枚嚙んでいるのは知っているけど、また、とんでもないことやらかしたわね!

 

吹雪:呉鎮守府

  うちの鎮守府でもすごい話題だったよ!司令官が記者会見で、驚き過ぎてコーヒーを噴き出していたけど・・。

 

夕立:パラオ泊地

  夕立の提督さんは、げらげら笑ってたよ。さすが、おっさん。我らの希望って。

 

電:単冠湾泊地

  電の提督さんは逆に目を潤ませてましたね。さすがはおっさん、艦娘達の気持ちが分かってるって。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  うちは、一晩中なんか部屋に籠って、かたかたやってたわよ~。あまりのタイピングのうるささに、龍田と摩耶が乗り込んでいったけど、圧倒されて戻ってきてたわ。今の提督には手を出しちゃダメ、とか言って震えていたわよ・・・。

 

夕立:パラオ泊地

  あの二人が震えるなんて・・・。何があったっぽい?

 

電:単冠湾泊地

  この間の話ですと、織田提督さんは、駆逐艦に優しいみたいですから、許せなかったのでは?

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  ただのロリコンよ。でも、今回はその怒りは分かるわ。

 

雪風:江ノ島鎮守府

  織田提督には手助けをお願いしましたからね!でも、しれえがびっくりするぐらいの高評価で驚きです。とても雪風のしれえの話とは思えません!

 

夕立:パラオ泊地

  夕立も養成学校の時から鬼頭提督を知っているから、同一人物とは思えないっぽい。

 

吹雪:呉鎮守府

  でも、すんごい人気なのは本当だよ、雪風ちゃん。呉の青葉さんが出してる雑誌kankanの今月号、ネットで集計したっていうアンケート結果が出ているんだけど、次に着任したい、異動したい鎮守府、江ノ島が第一位だよ。

 

電:単冠湾泊地

  電もそれ、読んだのです。特に海外、米国での人気がすごいみたいですよ。アドミラルキトウに是非会ってみたいわね!っていう米国艦娘さんたちのインタビュー記事が激熱だったのです。

 

雪風:江ノ島鎮守府

  えっ!?雪風達の鎮守府がそんなに有名になっているんですか?知りませんでした。みんな雑誌とか読まないので。でも、また海外の艦娘さんが増えるんですかね。アトランタさんに、今度ジョンストンちゃんも来る予定ですし。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  おたくの日本と海外の艦娘比率、正直おかしいわよ。うちのロリコン提督がいつも嘆いているもの。どうやったらあんなにレア艦が建造できるんだ、神のお導きがあるんだろうって。

 

雪風:江ノ島鎮守府

  どうでしょう?雪風にはよく分かりません。でも、そうですね、今まで3回とも駆逐艦ですから、織田提督には羨ましいかもしれませんね!

 

夕立:パラオ泊地

  うんうん。織田提督はそういうの隠さないっぽいから。あのくそ大統領みたいに。

 

吹雪:呉鎮守府

  あれは酷いよ。許せなかった。ジョンストンちゃん、元気になって本当によかった。うちの司令官さんが激怒しているの初めて見たよ。

 

電:単冠湾泊地

  何度あのマザコンの尻に魚雷を叩きこんでやろうかと思ったくらいなのです!

 

夕立:パラオ泊地

  夕立と提督さんも興奮して、悪夢を見せてやろうかと画面に飛び掛かっちゃって、二人とも霧島さんに怒られたっぽい・・・。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  どうどう。落ち着きなさい。特に電、あんた本当に、時々ぷらずま成分がほとばしるわね。うちの鎮守府もすごかったわよ、あの動画観たとき。摩耶と那智と龍田が鬼頭提督の追い込みをはやしたててたもの。

 

夕立:パラオ泊地

  特等席で見ていた雪風ちゃんがうらやましいっぽい!!

 

雪風:江ノ島鎮守府

  いえ。雪風達も別室にいましたから、アトランタさんとの件は見ていないんですよ。でも、ジョンストンちゃんに呼びかけるしれえは確かに、かっこよかったですね。

 

夕立:パラオ泊地

  あれ~、いつも鬼頭提督に辛口の雪風ちゃんでもあれは高評価っぽい?

 

電:単冠湾泊地

  分かる気がするのです!!電達の鎮守府では名取さんも潮ちゃんも大泣きしていたのです!いつも司令官さんにきつく当たる曙ちゃんですら、目を潤ませていたのを電は見ていたのです!

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  単冠湾のみんなは平和ね・・。うちなんか、急に提督が、これから決死隊を募って大統領官邸まで乗り込むかとかいうもんだから、皆大賛成で大変だったわよ!!まさかの神通も鉢巻を締めなおしていた時には、こりゃあかんと思ったもの!!

 

吹雪:呉鎮守府

  ええっ!!大変な事態じゃないですか!そ、それでどうしたんですか?

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  間宮さんと話し合って、お酒に睡眠薬を混ぜてね。景気づけと称し連中に飲ませて、一晩転がしておいたわよ。

 

夕立:パラオ泊地

  佐渡ヶ島鎮守府も、江ノ島とは違う意味で色々すごいっぽい~。

 

雪風:江ノ島鎮守府

  え!?江ノ島鎮守府って、すごかったんですか?

 

吹雪:呉鎮守府

  うん。すごいと思うよ。だって、グレカーレちゃんにしろ、フレッチャーさんにしろ、海外でドロップでしか出てない艦が普通に建造されてるんでしょ。うちの明石さんもぶつぶつ言ってたよ。「江ノ島の建造ドックには魔法がかかっているって。」

 

雪風:江ノ島鎮守府

  ええっ!すりぬけくんは魔法がかかった建造ドックなんですか!?

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  何、そのすりぬけくんって?

 

雪風:江ノ島鎮守府

  しれえがつけた建造ドックのあだ名ですよ。「狙いがなぜかすり抜ける、ピックアップが来ねえ。」とよく言ってますね!

 

夕立:パラオ泊地

  微妙なネーミングっぽい。

 

雪風:江ノ島鎮守府

  その通りです!しれえはネーミングのセンスがなさすぎるんです!!

 

電:単冠湾泊地

  でも、なぜか人望があるのです。この間もその話になったのです。

 

夕立:パラオ泊地

  うんうん。なぜか、16期A班の同期の人は、みんな鬼頭提督さんが好きっぽい。

 

吹雪:呉鎮守府

  どういう人なの、雪風ちゃん。今の情勢じゃ演習も難しいだろうし、教えてほしいな。

 

雪風:江ノ島鎮守府

  おじさんで、すごい短気です。雪風はしょっちゅうこめかみをぐりぐりされます!

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  うちのロリコンが聞いたら羨ましがりそうね・・・。

 

雪風:江ノ島鎮守府

  料理が上手くて、ゲームが好きですね。北上さんとよくゲームをしていて、時雨ちゃんが羨ましそうにしています!

 

電:単冠湾泊地

  あれ?北上さんも着任したのですか?

 

雪風:江ノ島鎮守府

  はい、つい先日。しれえがようやくすりぬけくんと、ガチンコのバトルができると大喜びしてました。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  ちょっと、待って。なんで北上が着任して、建造ドックとバトルになるの?

 

雪風:江ノ島鎮守府

  ええと、それは・・・。ちょっと待っていてくださいね!

 

夕立:パラオ泊地

  どうかしたっぽい?

 

吹雪:呉鎮守府

  急な出撃とかかな・・。

 

雪風:江ノ島鎮守府

  お待たせしました!しれえに一応確認してきました。秘密だと言っていたので。

 

電:単冠湾泊地

  確認?なんのです?

 

雪風:江ノ島鎮守府

  なんと!新しく着任された北上さんは偉大なる7隻で、工作艦にもなれるんです!!

 

吹雪:呉鎮守府

  えええええええええええ!!!!

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  じょ、冗談でしょおおおおおおお!!!!

 

夕立:パラオ泊地

  ぽおおおおおおおいいい!!!!!

 

電:単冠湾泊地

  え!?何かのどっきりなのです?い、電はそういう冗談は好きじゃないのです!

 

雪風:江ノ島鎮守府

  本当ですよ!雪風も工作艦ヴァージョンを見せてもらいましたし。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  雪風、そっちじゃないわよ。い、いやそっちもだけど。そ、それより、あんたんとこの鎮守府、この間時雨さんが行ったばっかよね?

 

雪風:江ノ島鎮守府

  はいっ!時雨ちゃんとは仲良くしてますよ!

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  あの偉大なる7隻をちゃんづけ・・・。大物ね、あんた・・・。あたしなんか養成学校時代を思い出して、散々しくじったと後悔していたわよ・・・。

 

夕立:パラオ泊地

  夕立も夕立も!後で聞こうと思って、敢えて話題から避けていたっぽい・・。やっぱり、偉大なる7隻って強いっぽい?

 

吹雪:呉鎮守府

  これ夕立ちゃん!失礼でしょ!!

 

雪風:江ノ島鎮守府

  すんごく強いと思いますよ!!雪風達が二隻でぼこぼこにされた駆逐ナ級の後期型Ⅱeliteを、時雨ちゃんは瞬殺してました!!

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  はあっ!?嘘でしょ。あいつ、駆逐艦が単艦で闘って敵う相手じゃないわよ!先制雷撃まで撃ってくるから、もし万が一、一隻の時に当たったら、すぐ逃げろって養成学校で習うのよ!

 

夕立:パラオ泊地

  うん。そ、それを一隻で?す、すごいとしか言いようがないっぽい。さすがは原初の艦娘の生き残り・・。夕立、サインがもらいたいっぽい!!

 

電:単冠湾泊地

  生きる伝説はさすがにすごいのです・・。

 

吹雪:呉鎮守府

  本当だね・・・。雪風ちゃん。偉大なる7隻って、私達艦娘の中では伝説的な存在の人たちだよ!!神様みたいな人達だよ!そ、そんな人達が二人も?あ、あり得ない・・。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  吹雪の言う通りよ!!あんたが普通に接しているのがはっきり言って異常よ!うちの荒くれ連中だって、会見観ながら、「やっぱり本物は違うな。」とか目をキラキラさせてたからね!!

 

雪風:江ノ島鎮守府

  え~。そうなんですね。時雨ちゃんたちが、普通に接してくれというものですから・・。

 

夕立:パラオ泊地

  夕立達が青銅聖闘士なら、偉大なる7隻は黄金聖闘士かそれ以上の存在っぽい!!

 

電:単冠湾泊地

  例えがよく分からないのです。でも何となくすごいというのが伝わるのがすごいのです!!

 

吹雪:呉鎮守府

  ど、どこにもそんな情報載ってないよね・・。い、いいのかな。私たちが先に知ってしまって。司令官さんも知らないよ?

 

雪風:江ノ島鎮守府

  大丈夫です!しれえに確認したら、お前が大丈夫だと言うんだから平気だろ。ついでにそれぞれの提督達にも伝えといてくれ、しばらくチャットできないからって言ってました!

 

電:単冠湾泊地

  電達が他の人に話すと思っていないのですか?

 

雪風:江ノ島鎮守府

  えっ!?話すんですか?

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  そりゃ、話さないわよ。話しても、こんな話みんな信じないでしょうし。それに、そこまで言われちゃあねえ。

 

夕立:パラオ泊地

  鬼頭提督は本当に雪風ちゃんのことを信じているっぽい。

 

吹雪:呉鎮守府

  うんうん。私達も雪風ちゃんにそこまで信頼されてたら、うかつなことはしゃべれないよ。あの偉大なる7隻が二人も着任している鎮守府の提督かあ。鬼頭提督と会って、お話ししてみたいなあ。

 

雪風:江ノ島鎮守府

  がきんちょと言われると思いますよ!フレッチャーさんも時折言われるくらいですから。

 

電:単冠湾泊地

  え?あ、あのフレッチャーさんでがきんちょ、なのです?おっぱいお化けの潮ちゃんが負けたと言っていた、あのフレッチャーさんが?

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  だから!さらっと毒を振りまくのはやめなさい!!でもそうねえ。鬼頭提督の好みってイマイチ分からないものねえ。駆逐艦は好きじゃ無さそうってのは分かるけど。

 

吹雪:呉鎮守府

  そんなあ。それじゃ、お話できないじゃないですか!

 

夕立:パラオ泊地

  大丈夫だよ、吹雪ちゃん。普通に話はしてくれるよ。特に何かする訳でもないし。

 

電:単冠湾泊地

  ?それで好きじゃないっていうのはよく分からないのです。雪風ちゃんの話では料理を作ってくれるといいますし。嫌いな相手なら話もしないのでは?

 

雪風:江ノ島鎮守府

  前はよくしれえとトランプしましたね。最近はやってくれなくて、残念ですが・・・。

 

吹雪:呉鎮守府

  好きじゃないけど、相手はしてくれる?どういうことなんだろう。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  いわゆるツンデレってやつかしら。好きだけど、好きじゃないと言っているとか。

 

雪風:江ノ島鎮守府

  えっ!しれえは瑞鶴さんみたいな人だったんですか!

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  あたしのどこがツンデレよ!!

 

電:単冠湾泊地

  見たまんまなのです。語るに落ちるというやつなのです。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  また、電はやたらあたしに厳しいわね。でも、雪風の話を聞いていると、そんなに悪い人じゃないんじゃないかって気がしてきたわね。あの動画を見た後だと余計にそう思うわ!

 

夕立:パラオ泊地

  夕立達の鎮守府でも、白露が鬼頭提督ナンバーワ~ン!って叫んでたし、みんなすごいすごいと言ってたよ。提督さんなんか、「大統領に追い込みをかけた男」なんて呼んでるっぽい。

 

吹雪:呉鎮守府

  雪風ちゃんが思う鬼頭提督さんのいい所って何なのかな?

 

雪風:江ノ島鎮守府

  しれえのいい所ですか?難しい質問ですね。しょっちゅう人のことをからかってくるし、がきんちょ扱いするし。あ、でも。一つだけありましたね。

 

電:単冠湾泊地

  何なのです?

 

雪風:江ノ島鎮守府

  気に食わないと、どんな相手でも向かっていくところですね。今回フレッチャーさんを助けたのも、しれえが気に食わなかっただけですから。

 

吹雪:呉鎮守府

  えっ!?す、すごいこと聞いちゃったんだけど・・・。

 

夕立:パラオ泊地

  気に食わないだけで、あの大国に牙をむくっぽい?ゆ、夕立もさすがにびっくり・・。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  それって自分の鎮守府の艦娘に手を出されたのが気に食わないからって、とんでもない相手でも平気でけんかを売りに行くってことよね。さらっと言ってるけど、すごいことよ、それ!!

 

電:単冠湾泊地 

  か、かっこいいのです・・・。

 

吹雪:呉鎮守府

  う、うん・・・。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

   いやいやいや。気持ちは分かるけど、周りで動く人たちは困るわよ!!

 

夕立:パラオ泊地

  そんなこと言って瑞鶴さんだって、もし織田提督さんがそうしたら、絶対に手助けするっぽい!

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  そんなの当たり前じゃない。よくやったと褒めてやるわよ。

 

電:単冠湾泊地

  瑞鶴さんのダブルスタンダードにはびっくりなのです。

 

吹雪:呉鎮守府

  いいなあいいなあ。鬼頭提督に、時雨さんに、北上さんもだけど、江ノ島鎮守府の人たちとお話してみたいなあ。

 

電:単冠湾泊地

  司令官さんと鬼頭提督さんの仲がよくて、こんなに幸運だと思ったことはないのです。ぜひ、今度電達ともお話をさせて欲しいのです。

 

夕立:パラオ泊地

  夕立達はそっちに行くまで時間がかかるから、通信できれば嬉しいっぽいよ。提督さんが白露型会名誉会長の時雨さんにも会いたがっていたし。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  うちは散々話をしているから平気。また提督さんに電話でもしてあげて。

 

夕立:パラオ泊地

  そんなこと言って、江ノ島鎮守府に行ったら、駆逐艦ばかりで織田提督さんが相手をしてくれないから嫌だと思ってる筈っぽい!

 

電:単冠湾泊地

  分かりやす過ぎる嫉妬なのです。

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  だあああああ。違うって!とにかく、雪風!鬼頭提督さんに、今回は色々あったけど、本当にお疲れさまでしたと伝えて!うちの提督さんも、あの後ものすごく喜んでいたし、あたしも嬉しかったわ。

 

電:単冠湾泊地

  同意なのです。記者会見での記者をやっつけるところは痛快でしたと伝えて欲しいのです。

 

夕立:パラオ泊地

  今度夕立達と演習したいねって伝えてほしいっぽい!後できれば時雨さんのサインをお願いするっぽい!

 

吹雪:呉鎮守府

  司令官には、鬼頭提督の伝言は必ず伝えるからね!鬼頭提督のジョンストンちゃんへの言葉、本当に感動しましたって伝えてね!

 

雪風:江ノ島鎮守府

  了解しました!しれえに伝えておきます!どうせ、けっとか、ふんとか言うと思いますが・・。

グレカーレさんと料理練習をする時間になりましたので、お先に失礼しますね!

 

【雪風がログアウトしました】

 

瑞鶴:佐渡ヶ島鎮守府

  ホント、その口の悪さ、どうにかならないのかなあ。

 

夕立:パラオ泊地

  それは絶対に無理だと思うっぽい・・。

 

吹雪:呉鎮守府

  でも、そういう所も含めて私たちの司令官さんは好きなんじゃないかな?

 

電:単冠湾泊地

  それは同意なのです。

 

【瑞鶴がログアウトしました】

【夕立がログアウトしました】

【吹雪がログアウトしました】

【電がログアウトしました】

 




各鎮守府の艦娘編成一覧(着任順。一部出ていない)


呉鎮守府・・・・吹雪・那珂・五十鈴・飛鷹・衣笠
単冠湾泊地・・・電・曙・潮・名取・妙高
パラオ泊地・・・夕立・白露・由良・祥鳳・霧島
佐渡ヶ島鎮守府・瑞鶴・神通・龍田・摩耶・那智
江ノ島鎮守府・・雪風・グレカーレ・時雨・フレッチャー・アトランタ・北上

米国大統領とのやりとりを観た時の各鎮守府の艦娘達の反応

呉・・・・・・・・許せないと拳を握り、顔を真っ赤にさせ涙。
単冠湾・・・・・・あまりの酷さに皆が泣き出し、電が怒って、曙が止める。妙高が場を納めるも、その眼光は画面に突き刺さる。
パラオ・・夕立、提督が画面に突進。霧島が抑え、白露が出遅れたと地団太を踏む。由良と祥鳳は静かに怒りを露わにする。
佐渡ヶ島・・・・・提督が「さてと、ちょっと野暮用が・・。」と外に出ようとするのを摩耶と那智がニヤリと笑って後に続き、途中龍田が合流。外に出た際に神通が一緒に行くと言い出し、決死隊を作るかと笑い合う。


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第四十話 「前略 秋津洲様」

横須賀編エピローグ。今回は短いです。

最近劇場で、とある素敵な映画を観てボロ泣きし、手紙っていいなあと思って書いた次第。
普段書かないので、手紙を書くことができる人ってすごいと思いました。




江ノ島鎮守府の入り口にある詰め所では、高齢の憲兵が鎮守府への郵便物の束をまとめて受け取っていた。

最初の一か月、時折、与作宛の荷物が来るだけだった江ノ島鎮守府へ、足しげく配達人が通うようになったのは、米国大統領との一件以来である。

 

与作宛ての艦娘達からのもの。

フレッチャーへの励ましの手紙。

時雨へのファンレター。

2日と空けず、同じ人物から送られる北上への思いをつづった手紙。

グレカーレへの在日イタリア人からの手紙。

時折届く、雪風への初期艦仲間からの手紙。

 

今では、郵便屋のバイクが来る時間に合わせて、その日の秘書艦がわざわざ憲兵の所に取りに行っては仕分けするほどになっていた。

 

「あっ、憲兵さん。Thanks。」

 

今日の秘書艦アトランタは、郵便物の束を受け取り、自分宛の荷物がないのを確認すると、ふうと小さくため息をついた。本国にいるサラトガとは頻繁に連絡をし合う仲だが、江ノ島鎮守府に着任することになった旨を伝えた時、彼女は着任祝いを送ると話していた。

それから待つこと一月。郵便配達が届くたびに当番の艦娘に自分宛の荷物はないかと尋ねるが、皆決まって首を振るばかりで、さすがにアトランタは不安になった。

 

大統領の起こした大事件の後処理と海軍の再編に、本国の艦娘達は上に下にの大騒ぎだと聞く。しっかり者のサラトガだが、つい忘れているということはないだろうか。

今まで何度かサラトガとネットや電話でやりとりをしていたが、向こうが好意で送ってくれるものを催促するのはためらわれた。だが、軍用便なら一週間程度で自分の手元に届いている筈だ。

 

(今夜にでも聞いてみるか。)

 

そうアトランタが決意した時、見慣れぬ宛名の手紙が混ざっていた。漢字を覚え中のアトランタは、それぞれの艦娘の最初の漢字で覚えるようにしていた。

 

(Snow、雪は雪風。Timeは時雨。ええとAutumn、秋?ああ、あいつか。)

 

それはつい最近、江ノ島鎮守府に着任することになった新しい仲間に宛てられた手紙だ。

食堂へ向かうと、エプロンをつけた彼女が、丁寧にテーブルを拭いていた。

 

「秋津洲、あんたに手紙だよ、はい。」

「ああ、ありがとうかも、アトランタ。」

丁寧にハンカチで汗をぬぐってから、秋津洲は手紙を受け取り、おやと小首を傾げた。差出人の元同僚から出されたにしては、やけにおしゃれな封筒だった。きっと、仲のよいと言っていた同型艦の姉からもらったのだろうか。顔を綻ばせながら、秋津洲は封を切った。

 

 

前略 秋津洲様

 

初めて貴方にお手紙します。お元気ですか。そちらの鎮守府には慣れましたか?こちらの鎮守府では、あの事件の後、色々と大変でした。大まかなことはそちらにも伝わっていると思いますが、私の近況も含めてお伝えできたらと思います。

 

瀬故提督は横領の罪で懲戒免職となりました。当然の処置だとは思いますが、予備提督として一応の登録はなされるそうです。私としては不満ですが、提督不足の昨今、やむにやまれぬ処置だということで、気持ちを収めました。秘書艦だった伊勢さんはそれを聞き、瀬故提督を支えたいと、自ら望んで退役をしました。

 

第十九艦隊は解散となり、多くの仲間は第十艦隊と第二十艦隊へ転属することになりました。私も阿賀野姉のいる第十艦隊の所属となり、今までと違う環境に、右往左往する毎日です。

 

こうして自分が違う環境に置かれてみると、一人鎮守府の外へと出ていった貴方のすごさがますますよく分かりました。自分の譲れない物を守るために、知らない世界へ飛び込むというのがどんなに勇気のいることだったか・・・。他人はそれを無謀と呼ぶかもしれません。貴方にとってそれは衝動的なものだったかもしれません。ですが、私にとってそれはとてつもなくすごいことでした。

勇気ある行動でした。憧れることでした。

 

知っていましたか?貴方と再会した時、私は貴方が羨ましくて仕方がありませんでした。気絶していたから貴方は覚えていないかもしれませんが、私が異動を希望していた江ノ島鎮守府の鬼頭提督に、貴方は、「返さない。」と言ってもらえていたのですよ。

他の艦娘と違い、貴方だけが江ノ島に異動になったのも、貴方のことを鬼頭提督が必要としたからです。

 

正直な話をします。私は貴方を可哀想な艦娘だと思っていました。役立たずと陰口を叩かれ、いくら頑張っても報われない。自分というのが分かっている筈なのに、どうしてそうまでして出撃をするのか。弱いのにどうして?怖いのになぜ?疑問は尽きませんでした。

 

でも、あの夜。貴方と闘った時に、私は自分の勘違いに気がつきました。貴方は誰よりも自分が弱いと分かっていました。でも、それでも誰かのために闘いたい、自分を認めてくれた人のために闘いたいと言っていました。そして、その言葉を証明するかのように、何度倒れても立ち上がってきました。

 

「真の勇者は倒れぬ者のことではない。倒れる度に立ち上がる者のことである。」

 

私も好きな言葉です。そして、貴方はその言葉通りの勇者でした。貴方が弱い・可哀想と決めつけていた私は、自身の不明を恥じました。

 

秋津洲。今では、貴方は私の目標です。貴方のように、どんな困難でも諦めず立ち向かっていきたい。日々そう願い、訓練に精を出す毎日です。

 

新しい鎮守府で戸惑うこともあると思います。ですが、貴方なら大丈夫だと思っている者がここにいることを忘れないでください。それだけ、あの夜の貴方の姿は印象的でした。

 

もし、悩むことがあれば遠慮なく横須賀まで連絡をください。私からも連絡をします。今私が一番後悔しているのは、貴方と過ごした3か月余りの間、まるでしゃべれていなかったことです。ぜひ、お互いの鎮守府での話をしたいです。江ノ島の話も聞かせてください。

 

最後になりますが、あの夜、貴方と殴り合いができて本当によかった。私の中では一生の思い出となりました。これから暑くなってきます、どうぞお体に気をつけてお過ごしください。

                                  草々

   令和○年6月15日

              横須賀鎮守府 第十艦隊  矢矧

 

 

顔を上げた秋津洲は涙と鼻水で酷い有様だった。横から覗いていたアトランタが、ティッシュを差し出すと、ちーんと大きな音を立てて鼻をかむ。

 

「いい友達をもったじゃん。よかったね。」

「ううう!う~!!」

 

アトランタの言葉がツボに入ったか、秋津洲はより一層大きな声で泣き出した。手元のこれじゃ足らんと、周りを見渡すと、二式大艇がティッシュボックスを持って、ふよふよと飛んできた。

 

「いや、本当にすごいね、あんた。」

 

箱ごと渡すや、すごい勢いでみるみるとティッシュが消費される。ここまで感動させる手紙の主の矢矧に興味を持つとともに、あの夜一緒に行けなかったことがアトランタとしては悔いが残った。

 

テーブルの上に残された手紙がティッシュの山と一緒にならぬよう丁寧に折りたたもうとし、アトランタは気付いた。

 

「うん!?これ、追うって漢字じゃなかったっけ。どういう意味?」

「ああ、それは追伸て意味かも・・・。」

 

ぐずぐずと泣いていた秋津洲は、書かれた文の意味が分からず、慌てて涙を拭った。

そこにはこう書かれていた。

 

『追伸 鬼頭提督に、私はいい女になるつもりですよ、と一言お伝えください。』

 

「提督~!!矢矧からなんか意味不明な一言メッセージが届いているかも!!」

「おい、このティッシュ片付けていけって!ったく、仕方ないね・・・。」

 

ばたばたと走っていなくなった秋津洲に呆れながら、アトランタがゴミ箱を探すと、二式大艇がすでに背中に載せていた。

 

「いや、というかさ、あんた本当にすごくない?」

 




登場人物紹介

秋津洲・・・・後で食堂に戻り、入念にテーブルを拭き直し、アトランタにお礼の意味も込めておいなりさんを差し入れする。
アトランタ・・おいなりさん初体験。案外いけると舌鼓を打つ。
与作・・・・・矢矧からの一言メッセージがなりたい、ではなく、なるつもりと書かれていたことを評価し、ニヤリと笑う。
二式大艇・・・もんぷちが冗談で載せて欲しいと言っても、気軽に付き合う懐の広さ。


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第四十一話「人と艦娘と」

二十話近くも前と間隔が空きましたが、次回についにあれをします。
今回は前振りです。



海軍大臣である坂上征四郎は、反艦娘派と目される人間の一人であり、親艦娘派である高杉元帥との犬猿の仲は省内でも有名であった。始まりの提督を助け、深海棲艦出現時の激動の時代を過ごした高杉からすれば、大臣の紋切り型のような艦娘の扱いはありえなかったが、これには坂上の言い分もあった。

 

高杉のように、艦娘に親身に接していては、いずれ戦いが終わった時に、彼女達への補償はどうなると思っているのか。今でさえ、軍籍を退いた艦娘には多額の艦娘年金を支払っている。戦いが終われば、それが何年と続くだろう。ボロボロの日本がその負担に耐えられると思っているのだろうか。

 

「艦娘は上手く扱わにゃならん。全く、馬鹿が。しみったれたことをしやがって!!」

三日前に処理した報告書のことを思い出して、腸が煮えくり返りそうだった。横領などと、国会で嬉々として質問を連発する野党の姿が目に浮かぶようだ。

 

「ただでさえ、艦娘関連の予算の増大で財務省からは嫌みを言われているというのに・・・。」

 

全ての原因は、艦娘と言うものの存在にあった。ある日突然現れた、深海棲艦と戦う正義の味方。これが漫画やアニメの中ならば、彼女たちは深海棲艦を倒したり、解体処理を施したりした後は自分達の国なり世界に戻っていく。残された人々は彼女たちを称賛し、日々前を向いて復興への道を歩んでいけばいい。

だが、現実はそうではない。艤装を破壊された艦娘や、除籍になった艦娘は自分達の国には戻らず、この世界にとどまっている。正義の味方が自分達の世界に戻ってくれれば、後腐れなくこちらも見送れた。だが、そうでない場合はどうなるのか。様々な問題が生じるのだ。

 

戸籍の問題、住所の問題、退役後の就職の問題。艦娘を人として扱えば扱うほど、手間と金をつぎこまなければならない。

 

(だが、艦娘達を不満無く扱うにはそれしかない。)

 

艤装との連結を切って、素体の状態になったとしても、彼女たちの力は通常の人間とはかけ離れている。自分達より遥かに優れた存在に、恐れや不安が付きまとうのは当然で、フランケンシュタイン・コンプレックスの強かった米国は、それを首輪と言う目に見える鎖をつなぐことで、人々を安心させようとした。それに対し、日本はどうだったかと言えば、当初こそ艦娘は人か否かという論争が巻き起こったものの、それはすぐに鎮静化された。皇居におわす尊き方々が、先の大戦で散りながらも、この国難に対し、再びこの世に現れた艦娘への感謝を述べられたからで、元来多神教であるこの国ではそれは自然と受け入れられ、艦娘の権利拡大につながった。

 

人類初めての提督である、始まりの提督が艦娘よりの人間であったことも、この艦娘への意識の高まりに影響している。彼は自ら艦娘との付き合い方の範を見せ、艦娘達にも人との付き合い方について学ぶ必要性を説いた。その考えを元にして作られたのが、艦娘養成学校で、艦娘達はそこで社会や人間との付き合い方・退役後の過ごし方についても学び、各鎮守府へと配属される。

 

「しかし、それゆえ、その付き合いには慎重を期さねばならん。」

 

坂上は艦娘も人もお互いに歩み寄ろうとしているからこそ、危ないとみていた。いかに相手の側が深海棲艦打倒のためにやってきて、人間のために戦ってくれて、こちらを理解しようとしてくれていても、それがいつ覆るか分からぬようでは困る。今後艦娘関係の支出が増大すれば、いやが応でも国民生活に影響を及ぼすであろう。そうなったときに、以前と同じ厚遇を受けられなくなった艦娘達がどう思うのか。人間に嫌気が差し、その武力がこちらに向かってくるのではないか。多くの国民がそう思っていないのが、坂上には信じられなかった。

 

「この国の国民性だな。良くも悪くもお人好し過ぎる。漫画やドラマで散々日本をヒーローが救ったからと、お前たちのこともヒーローと見ている。一億総厨二病と言う奴だな。」

音もなくやってきて、備え付けのティーポットでお茶を淹れる秘書官を見て、坂上は冷めた笑いを浮かべた。

 

「大臣が、厨二病という言葉を御存じなのが驚きデス。」

「そりゃ、俺だってそれぐらいは勉強する。党の若手共にじじいだの、古いだのと言われたくねえからな。」

「それでもう少し口汚くなければ、国会で追及されることもないんですがネ。」

暴言が有名な大臣と言う週刊誌の記事をあてこすっての言葉だろう。差し出されたカップに坂上は口をつけた。相変わらずの濃いミルクティーだ。

 

「これは地だ。変えようがない。お前さんが俺の下にいて、目的を変えないのと一緒だよ。」

金剛は静かにカップを置き、目を瞬かせた。

「何の話デス?仰ってる意味がよく分かりマセン。」

普通の人間ならば、そのしぐさに、ああそうかと納得していたことだろう。だが、坂上はこの道でずっとやってきた男だ。人の皮を被った狸や狐など見慣れている。

 

「江ノ島にちょっかいをかけているだろう。大概にしとけよ。あそこの提督は道理が通じん。」

「あの米国大統領に啖呵を切った提督ですネ。一提督が国を動かすなどと、危険すぎマス。」

「そこは同感だな。あいつのために、米国とヨーロッパの艦娘の勢力図が変わっちまった。米国のマザコン野郎が腹に据えかねたんで、勢いでつい、いいって言っちまったが、後で周りから散々文句を言われたよ。」

 

深海棲艦の活動には休眠期と活動期がある。夏と冬には大攻勢をかけてくるものの、春と秋は比較的その行動は鈍く、人類はその期間を利用して、艦娘の護衛の元、細々と経済活動を行っている。だが、深海棲艦の出現前とその状況は一変し、偉大なる7隻の一隻であるウォースパイトがEU艦娘連合艦隊を率い、隙のない大西洋航路・ヨーロッパ域内航路と比べて、太平洋は守る海が広く、安全な物資の輸送は困難であった。深海棲艦の本拠地がハワイにあることも関係して、南米への航路が閉ざされた現在、太平洋での物資運搬は、今や北米航路を唯一の頼みの綱としている。米国は自国の都合もあってか、アラスカにあるエルメンドルフに艦娘部隊を編成しており、アリューシャン列島を通るコンテナは彼女たちに守られて、北米大陸へと向かうのが常だった。今年の秋も同様になるだろうと踏んでいたところに、今回の騒ぎである。米国の艦娘の多くがEUの連合艦隊に合流してしまった現在となっては、北米航路の守りも薄くなる公算が高く、日本政府も頭を悩ませていた。

 

「その件は了解していマス。単冠湾泊地の横溝少将には、面倒な仕事が増えることを伝達済みデス。」

「さすがに有能だな。お前さん、やっぱり現場にいた方がよかったんじゃねえか?」

「いえ。私はこっちの方が性に合いマス。余計なことを考えなくてもいいですからネ。」

「重ねて訊くが、お前が江ノ島にちょっかいをかけているのが、この国のためになることなのか?

もしそうでないなら・・。」

70過ぎの老人とは思えぬ鋭い目つきで、坂上は金剛を睨むが、歴戦の勇士でもある金剛は軽くそれを受け流す。

「そうでないなら?」

「どんなことをしてもお前を止める。世間の連中は俺を反艦娘派だのと言うが、正しくはねえ。俺はお前たちを評価している。だが、信用し過ぎてないだけだ。」

艦娘が道具か人かと問われれば、坂上は信頼できる道具と答えるだろう。だが、どんな道具も扱いを間違えれば、持ち主にそれが跳ね返ってくる。艦娘は彼にとって細心の注意を要する道具だった。

 

「新しいのを注ぎましょう。」

 

金剛は席を立つと、自分と坂上の分のカップを手に取った。

温め直したお湯をティーポットに入れると、濃い茶葉の匂いが執務室に充満する。

ちらりと金剛は腕時計に目をやり、茶葉を蒸らす時間を測る。

 

「坂上大臣。私がしていることはこの国のためデス。それだけは約束できマス。」

背を向けながら金剛は、言った。

「貴方は艦娘を信用し過ぎていない。そして、その事を隠そうともシマセン。それは正しい判断デス。」

振り返った金剛は口の端を上げてニッコリと微笑んだ。

「私も貴方達人間を信用し過ぎてマセン。人間が裏切るものだということも学んでいマス。」

「そうか。ならこれ以上言うことはねえな。お互いの利害のための協力関係ということか。」

「そういうことになりマスネ。」

これは想像以上の女狐だと、坂上は額に手を当てた。

 

                ⚓

 

「いいですか?余計なことはしていませんね!大丈夫ですね!!」

 

一日おきにかかってくる大本営の大淀からの電話に俺様はげんなりする。眼鏡が雌の戦闘力を上げるアイテムだと分かっている俺様からすると、真面目眼鏡の大淀の眼鏡度は高いんだが、どうもあいつの場合は、眼鏡を外しても、3 3 みたいな感じになるような気がしていけない。これが香取教官なら、ナッパがベジータになるくらいには戦闘力が上がるんだが。

 

「聞いていますか?鬼頭提督!!」

「へいへい。聞いてますよお。大丈夫、きちんと鎮守府にいますんで。」

「お願いですから動かないでくださいね。ステイ、ステイです。よろしくお願いします。」

 

がちゃりと電話が切れる。はあああ?俺様は犬か?何が、ステイだ。いつでも性のホームステイはしてやるぜ、くそが。

 

「全く、大淀も大変だね。こう何度も電話しなくちゃいけないなんて。」

元ペア艦がぬけぬけとほざくが、お前なあ。お前だって忍び込んだろうがよ。

なんで、俺様だけこうも叱られるんだよ。おかしいだろ。

「そりゃ、与作は僕たちの提督だからね。」

時雨の野郎、どことなく自慢げに言っているのが気に食わねえ。

知るか、ぼけ。そもそも何で俺様だと分かったのか。

 

「テートクが、あんな変なことするからでしょう!」

「あんな変なことだあ?。」

高々盗んだ金庫を市ヶ谷にある海軍省の庁舎前に放っておいただけじゃねえか。

「それだけじゃないじゃないか。与作が時代劇にかぶれてあんな手紙をつけるからいけないんだよ。」

「あんな手紙だあ?お前、鬼平を舐めてんのか!」

盗んだ金庫をそのまま置いておくのも芸がないと考えた末に、盗賊つながりで俺様が考えたナイスアイデアをあんな手紙とは!

 

「天を恐れざる畜生を、天に代わって成敗仕り候。艦娘達が世の道理を知らぬを良いことに、私腹を肥やしたる大悪人を懲らしめ、斯くの如き証を持参し候。よろしくお取り計らい下されたく、お願い申し上げ候。OYZ怪盗団」

悪党が悪党を懲らしめるというしちゅえーしょんに痺れた俺様が、鬼平犯科帳からパクった、いや着想を得て、こいつはいいやと使ったわけだが、うむ。今思い出してもほれぼれする書状じゃねえか。わざわざ筆で書いた甲斐があったぜ。

 

「あれを出したから、確実に与作だって分かったんだよ。」

「鎮守府に帰るなり、しれえに電話が来ましたからね。」

「そんで、アメリカの時の二の舞だもんねー。」

グレカーレの奴め、余計なことを思い起こさせやがる。入れ替わり立ち替わり、もっと自分の立場を考えろとまあ、言うわ言うわ。俺様にそんなに説教をかます暇があるなら、もっとしっかりとバカを管理しとけってんだ。

 

かりかりしている俺様の所にぶうんと二式大艇がやってきて、ぴたりと止まった。

 

じっ。

「おう、昼ご飯か。」

ぱたぱた。

「相変わらず、しれえと二式大艇ちゃんの意思疎通はすごいですね。」

ふふん。分かっているじゃねえか、雪風よ。種は聞くなよ、俺様にもよく分からねえ。

「女心は分からないんだけどね・・。」

余計なことばかりほざく元ペア艦は放っておこう。

 

「はいっ、提督!秋津洲特製コロッケカレー。どうぞ召し上がれ!」

 

俺様ににこやかに渡すのは、最近うちの鎮守府に引き抜いたかもかも野郎こと秋津洲。鹿島曰く将来性はあるものの、今の所全く戦闘面では役に立たないが、その代わり、抜群の料理技能でもって、うちの艦隊の裏方として、週に4日3食担当している。

 

「美味しい!!これ、チーズコロッケ?」

グレカーレが舌鼓を打つ。おいおい、こいつはやるじゃねえか。コロッケ+カレーは確かに旨いが、カレー+チーズもまた絶品だ。まさかカレー+チーズ+コロッケだと?味の三重奏!!こいつは言うしかねえ。かの名作漫画、「まんが道」より受け継がれるあの言葉を!!

 

「ンマーーーーイ!」

突然叫んだ俺様に、周囲がきょとんとする中、一人口を開くのは江ノ島一空気を読まない雪風。

「ん、んまーい?しれえ、なんですか、それ。」

「知らねえのか。伝説的な漫画の中で登場人物が余りの旨さにつぶやく台詞よ。」

「へえ。じゃあ、雪風も、ンマーイ!」

「あたしも、ンマーイ!」

「ンマーイ!」

「ンマーイ!?deliciousのこと?覚えとこう・・。」

「み、みんなやるの?ン、ンマーイ・・。」

 

がきんちょズが後に続き、米国組はメモをとってやがるが、時雨は恥ずかしさからか顔が真っ赤だ。お前なあ。旨いものは旨い。叫んで何が悪いんだ。すごい奴になると、口からハイドロポンプみたいに水を吐き出したりするんだぜ。おうおう、ルーもしっかり凝りやがったな。給糧艦顔負けじゃねえか。こいつに厨房を任せてよかったぜ。

 

「えへへ、嬉しいかも。どんどんあるからね!」

「秋津洲さん、是非レシピを教えてくれませんか?」

フレッチャーの奴、メモを取り出してやがる。研究熱心なのはいいことだな。俺様が食事を秋津洲に一任すると言った時には、こいつには珍しく、

「提督、あの。私にも作らせてはいただけませんか?」

なんて抵抗しやがったから、やる気が刺激されたんだろう。

 

「おおっ。カレーじゃん。目が覚めそうだねえ。」

ふらふらと入ってきたのは北上。どうでもいいが、お前のその白衣と眼鏡はどうしたんだ。

「ん~?ああ、これ。今の北上さんは研究者北上だからね。ちょっと色々資料を読むのが忙しくて。」

嘘こけ。お前、前回の時に眼鏡と白衣に髭があれば、阿〇博士だったのに・・。とかぶつぶつつぶやいてやがったじゃねえか。だが、そのちょいすは間違っていねえ。ナッパからザーボン変身後ぐらいの戦闘力はあるぜ。

「何、その例え。まあ、誉め言葉と受け取っておくよー。」

「すりぬけくんとのバトルはお前頼みだからなあ。ほれ、これでも食え。」

俺様のナイスな心遣いで福神漬けを山と盛ってやる。

「はい、北上。アイスコーヒーかも。少しは目が覚めるでしょ。」

ことりと秋津洲が北上の前にグラスを置いた。おいおい。この野郎、そつがねえな。こっちの仕事の方が似合ってるんじゃねえか。そのうち喫茶店でもできそうだぜ。喫茶店マシツキア。おお。響き的には悪くねえ。

「ああ、ありがと秋津洲ん。助かるわー。」

「あたしに続いて、んの被害者が出た。」

アトランタがカレーを口に運びながら、呟く。どうでもいいが、食うかしゃべるかどっちかにしろよ。カレーは周りの被害が甚大だからな。気付かずそのままにしておいて、後で台所洗剤と歯ブラシでシミ抜きした嫌な過去が頭をよぎりやがる。

 

もそもそと眠気眼でカレーを口に運ぶ北上は、いつもとは様子が違い、色々と考え込んでいる。こいつはいつものらりくらりとしていて、中々真面目モードを見せないんだがな。

 

「すりぬけくんの調整が難しいなら、日程は延期してもいいぞ。」

当初の予定より大分ずれ込むが仕方ねえ。余計なことして遊んじまったからな。

だが、北上はいやいやと首を振ると、俺様に告げた。

 

「実際の起動を見てみないとやっぱり分からないから、明日、とりあえず建造してみようよ、提督。」

 

大きく目を見開いて、時が来たことを実感する俺様。

 

「その建造とは、あの建造か?」

「うん、提督が大好きな建造だよ。」

おいおいおい。ついに来やがったぜエ。この時が。前回フレッチャーを建造してからどれだけお預けを食ったと思っているんだ。ついに、ついにあのすりぬけくんと闘うというのか。

「今日の秘書艦は時雨だな。俺様の午後の執務は明日の午後に回しておいてくれ。」

「ええ!?どうするんだい?」

「ちょいと自室に籠って精神統一をするのよ。がきんちょどもは邪魔だから覗くんじゃねえぞ。特にグレカーレ。」

「なんであたしを名指し!まあ分からなくないけど!」

 

ふううううう。ついにこの時が来やがった。溢れるリビドーをまず解消しておかねえとな。

久しぶりにお前と相まみえることができるぜえ、すりぬけくん。

 




登場用語解説

「ンマーイ」
伝説的な漫画家藤子不二雄A先生による自伝的漫画「まんが道」の中で使われる「美味しい」という気持ちを読者に端的に伝える表現。うまい、ではなくんまい、がミソ。作中に出てくるラーメンがとにかく読者に空腹感を与える。

登場人物紹介

与作・・・・・実は書道5段。漢字もかなも両方イケる上、寄席文字も相撲文字も歌舞伎の勘亭流も自在に書ける。
秋津洲・・・・想像以上の料理技能の高さを見せつけ、与作に褒められ有頂天。
フレッチャー・提督にはご飯を作ってあげたいマザー。
アトランタ・・北上ん被害者の会が二名になったことを喜ぶ。

すりぬけくん・どうもお久しぶりです、と突然姿を見せる。


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第四十二話「そして、建造が始まる」

毎度毎度色々建造します。
はい、今度こそ建造します。
数えてみたら、前回建造してから20話以上過ぎてました。




江ノ島鎮守府にある工廠内では、今やすっかり工作艦と化した北上がせわしなく集まったデータを整理していた。

 

北上が着任してから2週間が経過し、与作との約束の期間はとうに過ぎている。

その間に色々と頼まれごとをされはしたが、元来責任感が強い彼女は、普段ののんびりした態度を捨て、別人のように研究に没頭していた。

 

北上が今気にかけているのは、建造とドロップの違いについてで、この両者には明確な違いが存在する。建造は様々な議論を経て「特定の資材を用いて艦娘をつくる行為」と定義されたが、艦娘のドロップについても当初はどういう現象なのかと揉めに揉めた。

深海棲艦を「艦娘が悪落ちしたもの。」ととるか、「深海棲艦は未知の生物で、艦娘はその反存在として顕現した。」ととるかによって、その行き着く結論は大いに異なり、結局は先延ばしになったという経緯がある。

 

現在は深海棲艦への研究が進み、「深海棲艦は轟沈した艦娘の人類への怒り・怨念であり、それが打倒されることにより解放される。」という所までは共通認識とされたが、それで全てが解決した訳ではない。怨念より解放されるのは深海棲艦化した艦娘自身なのか、その深海棲艦が捉えていた艦娘の魂なのかという問題は今に至るまで議論の的になっている。学会その他では前者の意見が優勢であるものの、後者の意見を支持する者もまた多かった。

 

それは通称ずれと呼ばれる、倒した深海棲艦とドロップした艦娘の艦種が違うという現象に起因している。戦艦の深海棲艦を倒したのに、現れたのはその場にいなかった軽空母の艦娘ということが現場では稀にあり、このことが実際に艦娘達と接している贔屓目とも合わさって、現場の提督達は後者こそが真実だと信じていた。

 

では、北上の意見はどうかと言えば、彼女の考えはまた別なものであった。この国の考え方では、神々にも和魂という優しい側面と荒魂という荒々しい側面があるという。始まりの提督は建造のことを、魂を招くと言っていたが、招かれたのは善性の魂である艦娘であり、深海棲艦として人類を滅ぼそうとしているのは、自分達の別側面である悪性の魂なのではないだろうか。深海棲艦を倒すという事は、この荒ぶる魂を鎮めるということであり、鎮められた魂は、善性としての元の艦娘となるか、近しい魂を持つ艦娘へとなるのかもしれない。

 

「あくまでも推測だけどねー。」

ぶつぶつとつぶやきながら、先ほど秋津洲が差し入れてくれたコーヒーに口をつけた。工廠の仕事も手伝ってもらう予定だが、この建造ドックの調査が終わらないと迂闊に仕事を頼むことができない。

「いつでも言ってほしいかも!あたし、どんどん手伝うからね!!」

別人のように明るくなった同僚は、若干引くぐらいどんどんと仕事をこなしている。それもこれも、全てあのおやぢにいいところを見せたいからだろう。

 

「すりぬけくん・・か。」

 

見れば見るほど普通の建造ドックなのだが、知れば知るほど普通ではない建造ドックだった。

建造ドックには二種類あり、通常のものと、大型艦用の建造ドックが存在するが、そのどちらにも属さない。大型艦建造ドックは大規模な施設と資材が必要で、主要な鎮守府にしか置かれていないが、そのドックを使っても建造できないような艦を建造するのがすりぬけくんだった。

イタリアでも一隻しか存在しないグレカーレ。そして世界で初めて顕現したフレッチャー。フレッチャー自身はドロップで見つかっていないため、断言はできないが、姉妹艦のジョンストンの状況からしても、彼女もグレカーレ同様、ドロップでしか顕現しない船だと考えられる。

 

「とすると、あんたはさしずめドロップ艦用建造ドックってことだよね。」

 

北上は自分で言いながらも、こいつはやばいなと肩をすくめた。理論上ドロップ艦用ドックということは、世界中のあらゆる艦が建造できる、ということだ。レシピがあっても建造がぶれる通常ドックや、資材を湯水の如く使って強力な艦を呼べるが、こちらもぶれる大型艦用ドックとは根本からして違う。大本営の明石はすりぬけくんを開発ドックみたいと言っていたが、確かに資材を飲み込み、建造しないのは開発ドックの開発ミスと似ている。だが、このドックが開発ドックと違うのは、どうも失敗して得たエネルギーを次の建造用に蓄えているようなのだ。

 

(それしか、フレッチャーの時の建造ミスが考えられない。)

 

工廠妖精の元締めの親方に確認すると、始め雪風達が建造しようとした時には、もんぷちが計器をいじっていたため、異様な数値をたたき出していたが、時雨が建造しようとした時には通常に戻しておいたはずだと言う。それなのに、一回目では戦艦レシピの資材が飲まれた。

北上は、それは、世界で初めて顕現するフレッチャーを呼ぶための力が足りなかったためと推察した。だから、何度も資材を飲み込み、建造できるための力を得ようとしたのではないか。

 

「後考えられるのは・・・。」

くるくるとペンを回しながら考え込む北上の前に、ふよふよと二式大艇が現れる。

「ん!?もうすぐ提督が来るって?ありがと。あんたもご主人と同じできびきびしてるね。」

ぱたぱたと翼を振って応える二式大艇に乗っていたのは、江ノ島鎮守府最古参の妖精女王。

『北上さんも二式大艇と話ができるんですか!』

「ああ、もんぷち。あんたも二式大艇が人格者だからって、普段から乗り回すんじゃないよ。」

『平気ですよ!二式大艇はそんな程度では怒りはしません!』

「いや、あんたは二式大艇も怒らせそうな気がするんだよねえ。色々やらかすし。」

「失礼な!ある時はこの鎮守府の再生!またある時は建造のサポート!そして戦闘だの潜入だののサポートとお役立ち満載じゃないですか!」

 

もんぷちの言葉を聞き、北上はあっとペンを取り落とした。

「そうか。あんたも要因の一つか?初めの雪風の時って、建造手伝った?」

『いいえ。側で見ていましたけど。あの時の提督の呆然とした顔は忘れられませんね!』

「う~ん。提督にはあたしから言うからさ、今回あんたまた建造手伝ってくれない?」

『ほほう。北上さんは分かってますね!私の重要性が。ですが、またあの小うるさい工廠妖精の親方が文句を言うのではないかと・・。』

「というか、あんたが今いるのがまさに工廠なんだけど。よくその発言ができるね、すごいわ。親方~、色々腹に据えかねていると思うけど、ドックの様子を見るためだから堪忍して~。」

すりぬけくんの隅から顔を出した親方妖精が苦虫をかみつぶしたような顔でゆっくりと頷いた。

『了解でさあ。北上さん着任後の初の建造ですからね。おっしゃる通りにします。ですが、女王!くれぐれも変なところをいじくらないでくださいよ!』

『なんですか、その言い草は。これだから、工廠妖精は!』

ぷんぷんと腹を立てるもんぷちをなだめ、北上はすりぬけくんを撫ぜた。

「あたしもいい所見せたいから協力しておくれよ~。」

 

                     ⚓

 

ぐっども~にんぐ。清々しい朝だぜエ。本当に。締め切った室内を換気し、俺様はすがすがしい朝の匂いに浸る。ところどころイカ臭いのはご愛敬だ。今日の建造のために、賢者モードになる必要があったからな。まさか、あの店員が寄こした「喪服妻洋子」があそこまで大ヒットするとは思わなかったぜエ。一流の店員は客の雰囲気から、客の望む物が分かると聞いたことはあるが、あのベテラン店員、とんでもねえ目利きだな。俺様の趣向にどんぴしゃ。おまけにあの野郎、俺様が買ったPCに「紳士の贈り物」なんてフォルダを作りやがって、同じような系統のゲームをわんさとインストールしてやがった。随分と粋なことするじゃねえか。こいつは贔屓にしねえとな。

 

「与作、起きているかい?」

突然、廊下から声が掛かった。うげ。時雨の野郎だ。一体何の用だ。俺様は忙しいんだぞ。

「何の用って、朝食だよ?フレッチャーがサンドウィッチ作って待ってるよ。」

「朝食だあ?俺様はちょいと忙しい。いらねえと伝えてくれ。」

 

話しながら手にしたファブリーズをとにかくめったやたらに室内に撒く。犬並みの嗅覚の時雨は手淫後の俺様のちょっとした臭いの変化をすぐ嗅ぎ付けやがる。お蔭で、提督養成学校に所属していた時、どれだけ俺様が禁欲したことか。

 

「そんなこと言ったら、フレッチャーが可哀想だよ。与作にご飯を作るの楽しみにしているんだから。」

「なんで俺様に食事を作るのが楽しみなのかよく分からんが、それじゃあ執務室に置いといてくれ。」

「そうじゃなくて、食べてるところが見たいと思うんだけど。」

「他人の食べてるところなんざ見ても仕方があるめえ。」

「どうしてこう、女心が分からないかな・・・。とにかく、行こうよ!」

 

あ、バカ。時雨の野郎、扉を開けようとしてやがる。ふざけるな。

 

「おい、こら!!開けるんじゃねえ!こちとらこれからシャワーを浴びようとすっぽんぽんよ。開けたら悲鳴を上げるぞ!」

「うええっ!?」

 

ばたんと開けかけた扉が勢いよく閉められる。ふう。危ない所だったぜ。

 

「シャワーを浴びたら行くからってフレッチャーに伝えておけ。」

「りょ、了解・・・。あの、何か部屋からすごい香りがするんだけど。」

 

はあっ!?こいつ、あのちょっとのタイミングで部屋の臭いに気付くか?そりゃ大量にファブリーズをかけたから、分かるかもしれねえがよ。本当に犬並みの嗅覚だ。油断がならねえ。

「ふん。ちょいと一服し過ぎてな。中々臭いが消えねえんでファブリーズを撒いたんだよ。いいから、早くフレッチャーに伝えてくれ。」

「う、うん・・。」

時雨の足音が遠ざかるや、扉を開け放つと共に、シャワーを浴びに行く俺様。本当の鬼畜モンは垢で体をコーティングするらしいんだが、こればっかりは養成学校に行っていた時に習慣化されちまったんだよなあ。内心忸怩たる思いをしながらも、これは禊だとごしごしと体を清める。

 

「よし、それじゃあ、早速やるか。」

朝食を終えた俺様がそう宣言すると、ぞろぞろと後に続くうちの鎮守府の面々。何か建造してねえのにここのところ増えすぎじゃねえか?しかも俺様の好みから外れた奴らばかり。がきんちょズほどやかましくないし、どいつも仕事をしやがるので文句はねえが。

 

「よお。久しぶりだな、すりぬけくん。」

 

工廠に姿を見せた俺様は久しぶりに再会する好敵手に、にやりと挨拶する。こいつとの過去の戦い。希望の艦娘を見事にすりぬけるその技術はすごいもんがあるぜ。初めて雪風が建造された時の絶望感、二度目のグレカーレが来た時のこれじゃない感。唯一フレッチャーは及第点としてもいいが、それは奴が働くからで、俺様の好みから外れていることに変わりはねえ。

 

「これが噂のすりぬけくんかも?普通の建造ドックに見えるけど・・・。」

「でも、噂だとやばい建造ドックらしい。北上もそう言ってた。」

新規加入の秋津洲とアトランタの野郎がいいリアクションをかましてくれる。すりぬけくんが普通の建造ドック?そいつはサイバイマンとフリーザを見間違えたようなもんだぞ?

「しれえの例えは相変わらずよく分かりません。」

「テートク、今日はあのOGKKPとかって言わないの?」

「ああ。そんなものもあったな。」

「遠い!与作の目が遠くを見てるよ!」

 

OGKKP。俺様好みの艦娘建造プロジェクトの略だが、宣言する度になぜかすりぬけやがる。

 

「あ、あの提督。申し訳ありません。」

フレッチャーがなぜか頭を下げる。お前、前に出てきた時も何か謝ってなかったか。

「今は無理かもしれませんが、提督の好みに近づけるよう頑張りますから・・。」

「んも~!クラリス!そういうところがクラリスなんだよ~。ずるいずるい!」

地団太を踏むグレカーレ。何がクラリスだ。そうすると、ルパンの俺様がおぢ様か。うむ、悪くはねえ。ヒロインにはもう少し色気が欲しいもんだが、そうするとカリオストロの城じゃねえしな。

 

「提督。セッティングは済んでるから、後は資材を投入してボタンを押すだけだよ。」

北上がにこやかにほほ笑んで、俺様に道を開ける。

脳裏に浮かぶのは今までの対戦成績だ。

 

俺様→雪風

雪風→グレカーレ

グレカーレ→失敗

時雨→フレッチャー

ううむ。ここまでの対戦成績で考えると、運がいい奴の方が好成績か。アトランタも秋津洲も運が悪いしな。ここは北上かフレッチャーの二択だな。

「あ、ごめん提督。今回はあたしはパスね。ちょっとすりぬけくんの様子を観察しておきたいから。」

ふむ。そうと決まれば仕方ねぇ。お前しかいない。

 

「マザーフレッチャーお前に決めた!!」

「ふえっ!?あ、あの、提督?」

「俺様にはもうお前しかいねえ。俺様の勘がそう告げている!」

「ええっ。そ、その・・。と、突然の事で心の準備が・・・。I love you so much・・・。」

 

え?なんだ!?小さくて聞こえねえぞ。やるかやらないのかどっちなんだ。

 

「違う違う!!フレッチャー違うよ!与作はフレッチャーに建造して欲しいんだよ!ちょっと、与作!変な言い方をするから大変なことになりそうだったじゃないか!」

 

かりかりする時雨。ゆで蛸みたいに赤くなるフレッチャー。北上はやれやれと呆れて頭を掻いている。俺様、そんな変な言い方をしたかねえ。

 

「す、すいません。提督。とんだ勘違いを・・。」

「あん?別に構わねえ。今回の建造係はお前だ、フレッチャー。いいな。」

「は、はい・・・。」

何だ、こいつ。どことなくしょんぼりしてないか。何か悪いもんでも拾い食いしたのか。

とにかく資材の量を決めるぞ。

「はい、提督。戦艦レシピでしょうか。」

「いや、今回は空母レシピだ。」

ふん。いい加減俺様も学ぶんだよぉ。前回すりぬけくんは戦艦レシピを弾きやがったからな。戦艦のピックアップはすり抜けるってこった。

「それじゃあ、今から俺様が気合いを入れる。合図を出すからその瞬間にスイッチを入れろ。」

「分かりました。」

 

すうう~はあああああ~、

すううう~はああああああ~。

 

呼吸を安定させ、この一瞬だけ煩悩を消す。ただでさえ、昨日手淫しまくり賢者モードの俺様だが、ここで完全に気持ちを無にし、物欲センサーをカットする。心を無に、己の内を空とし、世界の中に溶け込ませる。聖母とも呼ばれるフレッチャーの手を借りて、いざ、建造の時!!!神よ!!出ませい!我が新しき艦娘よ!!

「今だ、やれ!!」

「はいっ!!」

 

フレッチャーが勢いよく建造レバーを引くと、建造ドックのスロットが回り、建造時間がはじき出される。出てきた数字は・・。

 

「04:04:00だと!?」

 

よ、4時間?4時間だと、おい!!!なんかの間違いじゃないのか。これは。この鎮守府に来て初

めてだぞ。一時間以上の建造時間なのは!

 

「いや、間違いじゃない。確かにそうだね。」

 

どことなく固い声で時雨が言うが気にしねえ。

いやったああああああああ。

ついにだよ、ついに。ついに、俺様のところに戦艦だか空母が来るよ。

長すぎだよ、長すぎ。どんだけ待たせてるんだよ。

だが、これまでのことは水に流そう。過去はどうでもいい。

 

「ダメだ、目から変な汁が出てやがる。よくやったフレッチャー。俺様は今、猛烈に感動している。」

「い、いえ。もったいないお言葉です、提督。」

 

長い戦いだった。本当に長い戦いだった。がきんちょばかりの鎮守府がようやく少しマシになってきた矢先だぜ?これは来てる。流れが来てるとしか思えねえ。巨乳が来るに違いねえ。はあ?何だ、アトランタ。自分を指差して。お前はボインだが、色気が足りねえだろ。

 

「でも、ちょっと気になりますね。」

いい雰囲気のところに突然口を挟むビーバーあり。

おいおい、初期艦?俺様今いい気分。それを壊さないでくれないか?

 

「しれえの言ってたレシピに4時間4分の艦娘っていましたっけ。」

 

だーーーかーーーらーーー。不安にさせることを言うんじゃねえよ。俺様だって4時間て出て、金剛型かと有頂天になった後に気付いたよ。後ろの余計な4分に。やめろ、言霊って知ってるか?お前が言うと特に変な方向に行きそうで、めちゃくちゃ気になるじゃねえか。

 

「高速建造剤、余っているから使ったらいいじゃん。」

ナイスだ、北上。今のまま4時間なんて待てねえ。何の遊びをやっても、雪風のいい鴨になるだけだ。

高速建造剤を投入し、みるみるうちに減っていく建造時間。

 

ちーーーーーん。運命の鐘が鳴った。

 

ぷしゅーーー。

 

もくもくと溢れ出る白い煙の中から姿を現す、新しい艦娘。いいな、分かってるな。空母か戦艦だぞ。空母か戦艦。

ん?金髪?ということは金剛型じゃねえ!ま、まさか噂に聞くグラーフ・ツェッペリンか?ドイツ艦か?また海外艦が増えちまうのか?

 

「Guten Tag・・」

ドイツ語!!!おいおいおいおいおいおい。間違いねえじゃねえか。よくやったすりぬけくん。さすがだ、北上。ようやく、俺様の所にむふふな艦娘が来やがった・・・。さあて、どんな感じで相手になってやろうかねえ。くっくっくっくっく。

 

って、あれ?何だ。空母にしてはやけにちっこくないか、あいつ。

 

「いえ、こんにちは。私、神鷹って名前・・・その航空母艦です。まだ、色々と慣れてなくてごめんなさい。でも、頑張ります・・。」

 

は?空母?どう見ても駆逐艦にしか見えねえぞ。何だよ、さっきの建造時間。バグってんのかあれは。俺様のわくわく感を返せ!!いや、それよりも。

 

「神鷹?お前、ドイツ語話していたじゃねえか。」

「は、はい。私、ドイツの客船で、帰国が困難で日本に譲渡されて空母になりました・・。」

「空母?とりあえず空母なんだな!?」

「は、はい。そうです。軽空母ですが・・。何か?」

 

肩をつかみ、確認する俺様に不安そうに震えながら答える神鷹。

「テートク。」

「しれえ。」

「こらこら、がきんちょども。何で俺様の後ろにいやがる。」

「テートク、すぐ失礼なこと言うんだもの!神鷹さん怖がってるじゃない!」

 

はあ?どこぞのロリコンならいざ知らず、がきんちょ達には興味ナッシング。人畜無害のこの俺様に対して失礼な。害はないというように、両手を上げて、一歩下がると、神鷹は小さく息を吐いた。

どうでもいいが、お前怖がり過ぎじゃね?確かに俺様は不満よ。だがな、物事ってのは考え方次第だ。正規空母のボインちゃんじゃなかったのは、悔いが残るが、駆逐艦ばかりだったのと違い、今回は軽空母だぜ?流れが変わってガチャの確率が上がってきたいい証拠じゃねえか!

 

「神鷹、よく来た。歓迎するぜ。」

「Danke、あ、ありがとうございます。」

 

ぺこりと頭を下げる神鷹。ほお。こいつは思ったよりも礼儀がしっかりとしているな。

出てきた瞬間、人の頬をつついてきた、どこかのイタリア駆逐艦とは大違いだ。

 

「ひっどーい。あたしの時と全然態度が違うじゃない!!」

「ふん。今回は純粋にピックアップは仕事をしやがったからな。ただ、当たらなかっただけだ。」

「ご期待に添えずすいません、提督。」

だから、すぐ頭を下げるんじゃねえ。

 

まだ午前中だということで、集まった連中にはどことなくおたおたしている神鷹を案内するよう言いつけ、工廠には俺様と北上だけが残る。

 

「しかし、今回は煩悩を消して挑んだわけだが、どうもその方がピックアップの建造率は増すみてえだな。やはり、願うと出ないというのは本当だったか。」

星5じゃなくて、星4だが、これまでのと違い全然ピックアップ以外の所から建造されてはいないから、まだ許せる。

 

「うん、やっぱりねー。」

今日の総括をする俺様と何やら調べ物をする北上の前に、突如もんぷちが姿を見せた。

『ふふっ!どうです、提督。今回の結果には満足でしょう!』

あれ?また今回もお前建造手伝ってたのか?

『あっ、酷いです、北上さん。私の活躍を提督に言っておいてくれるって言ってたじゃないですか!』

「ごめんごめん。真剣に建造の様子を確認してたからさ。でもお蔭でちょっと分かったかもしれない。今調べてみたけど、神鷹はドロップでは確認されてるけど、やっぱり普通の建造はされてないみたいだよ、提督。」

「はあ!?またか?これで3回目だぞ。」

「うん。3度目の正直って奴だよねえ。やっぱりあたしが思った通りか。」

 

北上はじっとすりぬけくんを見るとぼそりとつぶやいた。

 

「すりぬけくん。あんた一体何物なの?」

 




登場人物紹介

与作・・・・・流れが変わり、上機嫌。今度はホーネットかと気勢を上げる。
神鷹・・・・・与作の様子におっかなびっくり。でも鎮守府の皆は優しいのでやっていけそうと語る。
フレッチャー・痛恨の勘違いを思い出しては部屋で赤面する。
北上・・・・・研究者北上モードですっかりお疲れ。

すりぬけくん・いえいえ。ただの建造ドックじゃございません。


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第四十三話「それは静かに動き出す」

色々と重なり、これまでより更新の速度は遅くなると思います。

今回は2017年のイベントで起こったとある事件を参考にしています。

そう言えば、秋津洲の回のエピソード、調べていたら同じような横領事件が実際にあったみたいで驚きました。

今回方言を話すキャラが出てきますが、コンバーターと龍馬がゆくを参考に書いておりますが、出身の方でおかしい場合には教えていただけると助かります。


すりぬけくんでの建造を終えたその日の午後。

北上が電話で建造結果を伝えた際の大本営の明石の驚きようは尋常ではなかった。

「そんな、嘘ですよね!?あり得ませんよ、普通!!」

「それが嘘じゃないんだよ・・。あたしも久々にテンパってるんだ。こんなの常識としては考えられないってさ。でも、実際にそうだから仕方がない。」

電話の向こうで明石が息を呑む。いつも飄々としている北上が、自ら焦りを伝えることなど、余程のことだろう。だが、それも仕方ないと言える。

「まさか、神鷹が建造されたばかりで改二になれるなんてね。」

 

そう。江ノ島鎮守府で建造された神鷹の艤装の性能をチェックしようと、昼食後に北上が彼女を呼んだところ、神鷹自身がさらりと言ったのだ。

「あ、あの。北上さん。艤装のチェックは改二の状態の方がいいでしょうか?」

冗談だと思った北上は、面白い子だなと、ああいいよーと気軽に答え、後悔した。

「はい。了解しました。神鷹・・改二!!」

光に包まれた後に現れた神鷹の姿に、北上は文字通り度肝を抜かれた。

耳にはインカムを着け、飛行甲板はカタパルトを装着し、迷彩色となっている。そして、これまで履いていた赤い袴が、明らかに緑の袴へと変わっている。

「え・・・。本当に改二!?」

「ヤー。か、改二です。お、おかしいでしょうか・・。」

「いや、ごめんごめん。予想外のことだったからさ。じゃあ、ちょっと色々見ていくからね。」

「はい、お願いします・・。」

建造されたばかりで不安そうにする神鷹を前に、さすがに驚いてばかりいられないと、すぐさま艤装の確認作業に入った北上だが、内心絶叫したいのを堪えるのに必死だった。

 

(あの建造ドックなんなの?どこの世界に建造されたばかりの艦娘がいきなり改二になれるわけ?どう考えたっておかしいでしょう!!)

 

艤装の具合は申し分ない、卸したての新品だ。が、問題は神鷹が初期に持参した装備にもあった。

「は、はい。艦載機が3種類です。」

「ん!?聞いているのと違うね・・。」

通常建造された艦娘と、ドロップした艦娘は初期の状態であるならば持参した装備は同じだ。北上は神鷹のドロップ情報から、神鷹の初期状態での装備は零式艦戦52型と九七式艦攻と知っているが、ここでも予想を大きく上回る出来事が起こった。

 

「この九七式、乗っている妖精が違うよ。九三一空?あんたが改になった時の装備じゃないか。それでこっちはJu87c改二だって?」

装備妖精に確認すると、さすがに北上は叫び声を上げた。他の鎮守府でドロップした神鷹は未だ改の状態であり、改二の装備は謎のままだ。とすると、この爆撃機は神鷹改二の初期装備と考えられる。

「ええと、変でしょうか・・。」

「い、いやいや。ちょっと驚いちゃってね。それで、機銃は持ってない?」

艦娘が初めて改状態になった時には新しい装備が顕現する。神鷹改の初期装備には25mm3連装機銃と書いてあるが、見た感じそれらしき装備は見当たらない。

「いえ、ごめんなさい。これだけです・・。」

「マジか。いや、あんたは気にしないで。」

申し訳なさそうに頭を下げる神鷹だが、北上はフォローを入れた、そう、彼女はまるで悪くない。

全てはあの建造ドックがおかしいのだ。通常の神鷹が持っている装備がなく、明らかに改と改二の

装備を最初から神鷹に持たせるなんて。

あまりの非常識ぶりに気持ちが動揺した北上が、大本営の明石に相談したのも無理からぬことであろう。

 

「北上さん、これ。不味いと思いますよ。大淀とも相談して、急ぎその建造ドックの調査が必要ですね。おかしすぎます。前々から変だとは思っていましたが・・。」

北上からの話を聞いた明石は断言した。大本営付きの彼女からしても、あまりにも異常な出来事だった。

「うん。それはあたしも思っている。提督は嫌がるかもしれないけどねー。今回の建造結果は異常すぎるし。いや、今回も、か。あたしも何がなんだか分からなくなってきたよ。」

「私が行ければいいんですが、今大本営付きの艦娘の移動が厳しく制限されてまして・・。」

「ああ、前々から金剛や大淀が締め付けてたけれど、鹿島の件で止めを刺したからねえ。」

つい先日も、北上はその鹿島から、連絡という名の愚痴を聞かされたばかりだ。横須賀の情報を漏洩した責任をとって、大本営の事務を辞し、まんまと江ノ島に来ようとした青写真が崩れた、と。

るんるん気分で、さも申し訳なさそうに辞表を出した鹿島を待っていたのは、にこにこ笑顔の大淀だった。

「そうですか。それでは、その失態分働いてもらわなければなりませんね!」

「ええっ!?」

どうしてそうなる?とへべれけになった鹿島から涙まじりの電話をもらった時には運がないんだよ、と答えたが、大淀からすれば面倒の種を増やした部下をそのまま野放しにできるかと考えたのだろう。北上の言葉に明石も同意する。

「はは。鹿島も大分、鬼頭提督にお熱みたいですからね。暴走したんでしょう、まあ、そのせいで面倒くさいことになっていますが。」

研究一筋の明石にとって、江ノ島鎮守府の建造ドックは喉から手が出るほど調べてみたい代物だった。何度か調査希望を出し、その度に調査の必要なしと却下を言い渡されているが。

「そうだね。大淀にはこちらでも連絡をとってみる。わざわざありがとね。」

北上は一旦受話器を置くと、再びダイヤルを回した。

 

                  ⚓

東京市ヶ谷にある海軍省の一室では、重苦しい雰囲気が流れていた。

 

「以上が、江ノ島の北上と大本営の明石の通信記録です。」

浜風から渡された報告書に目を通すと、比叡は深いため息をついた。

 

「どうしてあの鎮守府は大人しくしていないのでしょう。こんな建造結果、世界に発表したらとんでもないことになりますよ。」

「私のデータでもこんな建造結果は聞いたことがありません。各国での奪い合いになるでしょうね。夢の建造ドックとして。」

「何が、夢の建造ドックデス!!!」

霧島の言葉に、それまで黙っていた金剛が突如荒々しく机を叩いた。優雅に置かれていたティーセット一式が横倒しになり、床に落ちたカップが割れる。

「お姉さま!!」

 

側にいた榛名が大慌てでハンカチを出し、とりあえず大きな破片を拾い集めるが、金剛はどこ吹く風と話の続きを促した。

「北上と大淀の通信については?中身は分かっていマスか?」

「そちらは残念ながら傍受できませんでした。室内に盗聴器を仕掛けようと試みたこともありますが、その度ごとに看破されています。」

「腐っても偉大なる七隻。長門補佐官がいますし、大淀もいる以上無理でしょう、お姉さま。」

比叡の言葉に金剛は無言で頷いた。

 

「谷風の失敗の件もありますので、私達十七駆としても、再度なんらかの形で仕掛けたいとは思っておりますが、よろしいでしょうか。」

姉妹艦でもあり、同じ部隊の谷風の失態は彼女達全員の失態だ。挽回の機会が欲しいと浜風は金剛を見つめる。

「構いマセン。ただし、あそこの鎮守府は一筋縄ではいきまセン。こちらも色々と準備をしていかないと、逆に手酷い反撃を喰らうことになりマス。」

金剛はその場で矢継ぎ早にあちこちに連絡をとると、姉妹たちと浜風に指示を与えて下がらせた。

 

「お気に入りのティーカップが・・・。まだまだ私も甘いデスネ。」

破片が残らぬよう気を付けながら、金剛は掃除機をかける。榛名がやろうと買って出てくれたが、自分でやると断った。今は無性に一人でいたかった。

心の内にさざ波が立つなどいつ以来のことだろう。常に淡々と仕事をこなし、己の目的のために邁進してきた。それがこの数か月はどうだ。全てはあの鎮守府にあの提督が着任してからだ。

 

「鬼頭与作・・。私はお前のような提督を認めない・・。」

金剛は新しく入れ直した紅茶を口にし、静かにカップを置いた。

 

                    ⚓

青森。大湊警備府。

先の大戦より存在し、海上自衛隊の大湊地方総監部から施設の多くを譲り受けたこの鎮守府は、横須賀ほどではないにしても国内でも指折りの大所帯であり、その訓練の過酷さから艦娘達からは地獄と恐れられた場所であった。

 

「悪いが、もっぺんゆうてくれ。」

低く静かな声で倉田源八は言った。

大湊の狼と呼ばれる倉田は、上官であろうと己が認めた相手でないと敬語を使わない。軍隊につきものの修正を施される度に相手を叩きのめしてきた。

大湊警備府の司令長官、榊原中将は苦虫を嚙み潰した顔で、再度説明する。大湊と江ノ島の演習を行い、ついては代表で第四艦隊に出て欲しいと。側で聞いていた参謀は目を丸くした。倉田の第四艦隊と言えば、荒くれ者の多い大湊でも一番苛烈な隊ではないか。

 

「わしの耳がおかしいがか?なぜに大湊みたいなでかい所が、よりにもよって江ノ島なんぞを相手にせんといかんぜよ。」

「倉田、標準語で話せ。意味が分からん。」

榊原が言うも、倉田は気にも留めない。

「あん?それをここで言うがか?おまん、市内を出歩いて、標準語で話せと言ってまわるとええ。

袋叩きに遭っても助けはせんがの。」

 

高知出身の倉田からすれば、標準語など風情も何もないつまらないものだった。抑揚もないし、面白みもない、ただ気取っているだけの話し方。けれど、修学旅行で東京に行けば訛っているなどと、差別的な言葉を東京の者は平気で口にする。提督となり、散々話し方について言われたが、その度ごとにどこ吹く風と無視し、しつこい輩は実力行使で黙らせた。

「横須賀での横領事件の後、うちの大賀が処分を受けたのは知っているだろう?どうも大賀の奴が全ての原因らしくてな。大本営からも事実確認せよとのお達しが来ている。」

「知るか。おまんらの監督不行き届きの尻を、なんでわしが拭わにゃならん。ましてや、大賀じゃと?あの三下の代わりをわしがせえっちゅうんか!!」

すでに横領の罪で懲戒免職処分を受けている元同僚の顔を思い浮かべ、倉田は怒鳴った。

「大湊のやり方を、以前から大本営にはうるさく言われていてな。あのバカのせいで大本営自体本腰を入れそうなんだ。ここのやり方が変わるのはお前としても本意ではないだろう?。」

「当たり前じゃ。偉そうに東京でふんぞり返っている連中にわしらのやり方をどうこう言う資格なぞあるかい。」

「そうとも。」

我が意を得たりと、榊原は演習の意図を説明する。艦娘派の高杉元帥からすれば、大賀の横領の一件から、大湊の艦娘への態度を改めさせようという考えをひしひしと感じるらしい。確かに、横領はおかしいが、厳しい訓練まで十把一絡げでくくられるのはおかしい。そこで、倉田の隊と、江ノ島鎮守府が演習を行い、倉田の隊が勝てば、ほれ見たことかと大本営に自分達の正しさを見せつけることができるだろう。

「これまで通りやっていくにはこれしかない。どうだ。」

榊原とて、艦娘派の考えを頭から否定しようとは思わない。だが、自分たちなりに正しいとこれまで武断的な姿勢を貫いてきた。それをいきなり変えるのは難しい。

「理由は気に食わんが、引き受けちゃる。一つ質問があるが、ええか。」

「ああ。なんだ?」

倉田は獲物を前にしたどう猛な狼のように、口の端を釣り上げた。

「そんで、江ノ島の連中は食い甲斐があるんか?」

「向こうには偉大なる七隻が二隻もいると聞いてるぞ。お前にうってつけだろう。」

目をらんらんと輝かせ、倉田は嬉しそうに手を叩いた。

「たまるか!そいつはまたなんとも・・・。」

 

扉を閉め、倉田がいなくなると、参謀は待ってましたとばかりに口を開いた。

「閣下、よろしいのですか。今注目を集めております、江ノ島との演習などと・・。」

「致し方ないのだ。大臣秘書官からお願いされてはな。江ノ島の鼻を明かして欲しいと。」

「あの金剛ですか・・。元艦娘だというのに何を考えているんでしょう・・・。」

「どうでもいい。利害が一致するうちは我々も大人しく言うことを聞けばいいのだ。責任は向こうがとってくれるだろう。」

他人事のように話す榊原に、参謀は眉をひそめた。

 

「ああっ、もう!!何で肝心な時にはいないのよ!」

大湊警備府第四艦隊に所属する神風は、先ほどから姿を見せぬ己の隊の指揮官に悪態をついた。普段なら教練にかかりっきりの男が今日に限っては練習場に姿を見せず、順番に心当たりの所を探していたが、手掛かりがまるで無かった。

 

「なんじゃ、わしに何か用か。」

「えっ!?いつの間に。」

木陰からひょっこりと姿を見せた倉田に、神風は驚いた。

「司令長官が呼んでいるわよ。」

「今行ってきた。次のわしらの相手はあの江ノ島らしい。」

「ああ、あの鬼頭提督の・・・。」

神風は複雑な表情を見せた。訓練が厳しく、艦娘を道具扱いする提督が多い大湊では、先の時雨の記者会見での鬼頭提督の発言と米国大統領とのやりとりは、所属する艦娘達を動揺させるに十分だった。神風としては、色々な考え方があって当然と考えていたが、中には公然と上官である提督の批判をする艦娘も出てきていると聞いている。

 

「どうじゃ、自信は?」

「普通にやって負けないでしょ、うちは。向こうはできたばかり。なんでうちとやるのかしら。」

「色々言うとったが、本当の所は知らん。榊原の奴は嘘ばかりつくしの。」

「なんで、そんなのを引き受けてきたんです!」

神風の非難めいた視線に、倉田はぽりぽりと頭を掻いた。

「そりゃあ、偉大なる七隻が二隻もおると聞いては、やりたくなるのが性じゃ。」

「あのねえ、司令官。闘うのは私たちなんですけど。」

「なんじゃ、臆病風に吹かれよったか?格闘訓練行っとくか?」

からかうように言う倉田に、神風は首を振った。

「とっくにそんなの終わらせちゃっているわよ。司令官の執務の方が溜まっているんですが。」

顎を撫ぜていた倉田は何を思いついたかポンと手を打った。

「ほんじゃ、そいつは大賀のバカを呼びつけてやらせようかの。元々あんバカが道具の扱い方も分からんと偉そうに後輩に講釈垂れたのが原因じゃ。」

「うん。自分の仕事は自分でやれと言いたいですが、その気持ちについては同感かな。」

 

いかに艦娘を道具扱いすると言っても程度がある。艦娘自身に払われる金を懐に入れるなど、提督の風上にも置けない。横須賀の件があり、各鎮守府での調査を徹底した結果、余罪がごろごろと出た大賀に関しては、すでに処分が下されているが、彼女たちの胸にあるわだかまりは晴れない。

 

「それよりも、司令官の方があの鬼頭提督に勝てるのかしらね?見た感じ、相当強いわよ、あの人。」

「そがいなことは分かっちょる。じゃが、映像なんぞ平気で加工できるしの。会ってみんと分からん。」

「よく言うわよ。アトランタとの闘いの映像、何度も観ていたくせに。」

「あのナイトメアなんたらが、原初の夕立を模したというからどんなもんか気になっただけじゃ。期待外れもええとこじゃったがの。」

倉田は大きく伸びをすると、ぐるぐると肩を回し、神風に告げた。

「とりあえず、第四艦隊に集合をかけえ。あの化け物みたいなおっさんのおる鎮守府に勝つ算段を皆で考えるとしようや。」                     

 




登場人物紹介

北上(工)・・・すりぬけくんのやばさにガチ引き中。
神鷹・・・・・・自分はちょっとおかしいのかな、と不安そうになるも、グレカーレにこの鎮守府のみんなは大体おかしいからとフォローされ、気を取り直す。
明石・・・・・・今更ながらすりぬけくんのネーミングについて、どこがすりぬけてんの?と違和感を覚える。
倉田・・・・・・アトランタ戦の動画は実はお気に入りにしてある。
神風・・・・・・しょっちゅうふらふらする倉田を支える第四艦隊筆頭秘書艦。


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第四十四話「海の向こうから」

前回出した倉田提督の反響が結構あり嬉しく思います。
演習回にいくまでにちょいちょい話が挟まります。

また新しい艦娘が増えていきます。
今回遂にあの艦娘が!!

神鷹の艦載機の発現法についてはどこにも設定が見当たらず、弓式、ボウガン式、陰陽式など迷った末に想像で埋めています。


早朝。晴れ渡った海岸に、二人の艦娘の姿があった。

「それじゃあ、この的に向かって艦載機を放って」

「分かりました」

神鷹は左手に意識を集中して艦載機を召喚する。現れた九七式艦攻は勢いよく発艦し、正確に的を射ち抜いた。

「飛鷹型と同じ、陰陽式か。OK。それじゃあ、次は改二で行くよ」

「ヤー。神鷹改二!!」

姿を変えた神鷹は、再び艦載機を召喚しようとするが上手くいかない。

「あ、あれ?おかしいな・・。す、すいません・・」

「ちょっと待ってねー。どれどれ・・」

戸惑う神鷹に近づき、あれこれと艤装を確認すると、北上は意外な事実に気付いた。

「あっ。これは面倒くさくなる奴だな・・」

落ち込む神鷹を励ましながら、心の中で面倒ごとの原因を作った建造ドックに突っ込みを入れる。

(あのねえ、すりぬけくん。あんた、あたしをとことん働かせる気だね?)

 

                   ⚓

べりーばっどしちゅえーしょんだな、おい。

突然のことで何がなんだか分からない。

大本営の元帥から電話がかかってきたと思ったら、大湊まで行って演習しろだとよ。

はあ?舐めてんのか。ここの守りはどうするんだというのを、俺様の我慢を最大限に使ってオブラートに包んで話したら、横須賀がいるから大丈夫だと。例の第十艦隊が手伝いをかってでてくれたらしい。あの阿賀野、何気にやるな。矢矧もだって?知るか、お前も随分と仲良くなったもんだな、秋津洲。

「それで、提督。大湊のどこの部隊とやるかも?あたし、大湊出身だから、事前情報ばっちりかも!」

さりげなくコーヒーを出してくる今日の秘書艦。おお、気が利くな。午後の執務がはかどりそうだぜ。

「ああ。第四艦隊だとよ」

「え・・・えええええっ!!!な、なんでなんで!!」

突如秋津洲はぶるぶると震え出した。

「倉田提督の第四艦隊と言えば、大湊最強と言われる艦隊だよ。あたしたち艦娘に対して地獄のトレーニングを課す大湊の中でも、別格と言われるくらい規律が厳しいかも。一度あたしがいた艦隊も演習をやらされたけど、尋常じゃないくらいぼこぼこにやられたかも・・」

ふうん。トラウマになるくらい痛めつけられたってことか。

「お前がいた艦隊って、例の大賀とか言う金を盗んでたやつの所だろ。大して強くないんじゃないか」

「まあ、正直士気は低かったから、提督の言う通りかもだけど、それでも大湊ではどこの部隊もあそことはやりたがらなかったよ・・・」

言葉の端々からやばい部隊って雰囲気がぷんぷんするが、ご命令とあれば仕方ねえ。

時雨と北上を呼び、演習の件を話すると、二人とも珍しく考える素振りを見せた。

「練度は十分だから、演習するのには問題はない。ただ、なぜ突然大湊となのかが気になるね」

「上の連中の色々な思惑があるんだろうさ。ただ、今回ちと面倒くさいことになっていてな。お前と北上は出られねえ。」

「はあっ!?」

「ど、どういうことかも?」

「海軍省から直接通達が来てるんだよ。偉大なる七隻、時雨と北上は本演習に参加を見送られたし。本邦の英雄たる偉大なる七隻に敢えて辱めを与えるべからず、だと。」

「ちょっ!?なんだい、その文・・。」

けっけっけっけ。時雨の野郎、頭から湯気が出んばかりに怒ってやがる。年寄り扱いされてるってことだもんな。

「で、でもそれじゃ平気かも?そりゃみんなすんごく強いのは分かっているけど・・」

「まあ、仕方ないんじゃない?あたしらは名が売れてるからねー。あんまし活躍し過ぎて、注目されたくない奴らがいるんだよ」

達観しているというか、北上の奴はてんで気にしてない感じだな。

「とりあえず、出発は3日後だからな、2日間演習に行く連中を特訓するしかねえな」

「その事なんだけどさ、提督。神鷹も演習参加は無理だよ・・・」

「はあっ!?どういうこった」

「ちょうど話そうと思ってたから、タイミングがよかった。おーい、神鷹」

「提督、失礼します・・」

 

おどおどしながら入ってきたのは2日前に建造したばかりの神鷹だ。

こいつは極端なびびりだから、俺様も言葉を選ばざるを得ない。せっかく来た空母だしな。

仕方ない、俺様のとっておきのぐっどすまいるを見せて、緊張感をほぐしてやるか。

にたあああああああ。

 

「ひっ」

 

 

途端に後ずさる神鷹。

おい。なんで、そんなに怯えてやがる。お前失礼だぞ。

「神鷹、慣れないうちは怖くて仕方ないかもしれないけど、うちの鎮守府のみんなとのやりとりを見ていれば、平気だよ。」

「は、はい・・・」

くそ元ペア艦が。俺様は猛獣か何かか?相変わらずお前は俺様に対して適切なフォローってものをしねえな。

 

「練度が低いのに改二になれる弊害だね。持っている能力を発揮できてないんだ」

「ご、ごめんなさい、提督。その、改二になると、艦載機の飛ばし方が変わる様で混乱してしまって」

 

たどたどしい神鷹に代わって北上が説明する。元々の神鷹は、飛鷹型と同じく陰陽式で艦載機を飛ばしている。それが改装し、カタパルトを装備する改二になると鷹匠よろしく装備したグローブを起点とした短弓式へと変わる。通常はそこに行きつくまでの間に練度が上がり、相応の実力が身についているため、艦載機の扱いが急に変わったからといってこれまでの経験則で対応できる。ところが、この神鷹はいきなり改二になれてしまうため、二つのやり方の違いに戸惑いを覚え、結果それが動揺となって艦載機に伝わり、上手く飛ばせずにいるという。

二倍の界王拳が上手く使えないのに、いきなり四倍界王拳が使えるみたいなもんだな。力に振り回されてるんだろう。

 

「徐々に訓練して慣れていくしかないと思う。だから、今回は無理かな」

「お役に立てず申し訳ございません」

神鷹よ。お前が頭を下げると本当に申し訳なさそうだから止めろ。事情が事情だし、俺様は気にしてねえ。来たばっかりだしな。

それにしても、一体何なんだ、こう次から次へと色々起こるのは。俺様の行いが悪いという事はあり得ないからな。おい、時雨。少しは行いを正しやがれ。お前のせいだぞ。

「どの口がそう言うんだろう・・・」

呆れ声を出す時雨の三つ編みを、思い切り引っ張ってやった。

「とにかく、その艦載機の発着が上手くできねえってのはどうにかしねえとな」

「はい、提督。頑張ります」

「俺様の方でも色々と考えておく。とりあえず、アトランタと組んで、通常状態で、奴の対空射撃を抜けるかやってみろ」

「ちょっと、提督。最近のアトランタん、対空が鬼強いよ」

「まったく容赦ないね」

「え!?わ、私大丈夫でしょうか・・・」

まあ、大丈夫じゃねえと思うが、慣れだ、慣れ。あいつもいきなりは無茶しないだろう。ボーキサイトは余りぎみだし、思い切り練習していいぞ。

「Danke!ありがとうございます」

本人としても、悩んでいたんだろう。神鷹は俺様の言葉に嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

                ⚓

 

練習巡洋艦鹿島は、うず高く積まれた書類の山に思わずうめき声をあげた。対面の机に座る眼鏡の上司はそれを聞くや、無言で手を動かせと催促する。

「分かってますよ・・・。ふんだ」

唇を尖らせながら仕事をする様を、規律に厳しい彼女の姉が見ていたら、さぞかし小言がとんでいたことだろう。だが、彼女とて言い分はある。せっかく、自らが考えた通りに事が運びそうになっていたのに、目の前にいる上司に全てを阻まれてしまった。

 

「長門さん、やはり今回の演習、おかしいと思います」

大淀がふいに口を開くと、それまで室内に響いていたキーボードを叩く音が止んだ。

「どういうことだ」

「江ノ島の時雨さんから苦情が来ています。誰の指示で演習に出られないのかと」

「あいつならそう言うだろうな」

長門は20年来の付き合いになる戦友の顔を思い浮かべた。きっと、己の提督に良い所を見せられなかったのが悔しくてならないのだろう。

 

「だが、元帥閣下の御指示だ。致し方ない。もっとも、金剛の奴の思惑もあるようだが・・・」

 

始まりの提督の後輩でもある高杉元帥からすれば、偉大なる七隻という功労者たちにわざわざ演習などさせる必要がなく、万が一彼らが負けた時に起こる多大な影響を考えれば、それは当然の措置といえた。だが、一方の金剛の方はどうか。表向きは元帥と同じような理由を述べていたが、その実、

(我々偉大なる七隻と江ノ島鎮守府に対する嫌がらせであろう)

と、長門は見ていた。そして、それは大淀も同様で、北上から相談のあった江ノ島の建造ドックの調査の件と併せて早急に対応すべきだと主張した。

「ふむ。例の神鷹改二が顕現したというドックか」

「グレカーレや、フレッチャーもです。各国の求めに応じて、江ノ島から提供されたレシピを公開しましたが、どの国もその再現には至っていません」

「建造ドック自体の調査となると明石に夕張だが、難しいか」

「ええ。色々あって、厳しくせざるを得ませんしね」

色々、を強調した大淀の視線に気づき、鹿島は目をそらす。

「んんっ。そもそも、なんでそんなに建造ドックが気になるんですかね、北上さんは。あり得ない建造ってのは分かるんですけど」

「北上さんの見立てが確かなら、大型艦用建造ドックも比じゃないくらいのレアな建造ドックですよ。あり得ない建造が成功している今はよいかもしれませんが、原理が不明なまま使い続けるのは危険です」

「それは確かにそうですねえ。長門補佐官、何とかならないんですか」

「あそこへの国内の艦娘の移動がとにかく制限されているからな。秋津洲の件は例外中の例外だ」

「当面は現状維持でしょうか。今回の演習のことといい、裏で金剛秘書官が動いていることと思われますが」

「国内の艦娘の人事面は奴に握られているからな・・・。」

長門はふと言いかけて、はたと気が付き膝を打った。

「国内がダメなら、国外に頼ればいいか。大淀、例の英国から要望があった交艦留学生を受け入れると伝えてくれ」

「英国からだけですか?その他の国々から不満が出そうですが」

「言葉の問題があり、こちらの受け入れ体制に難ありとでも伝えておけ。鹿島、妙高と共に再度この部屋が盗聴されていないか確認しろ。大事な通信をする。聞いているのか、鹿島!?」

「は、はいっ。申し訳ありません」

長門の流れるような指示に圧倒された鹿島は、慌てて席を立ち、既に側で控えていた妙高と共に室内を念入りにチェックした。

「それでどちらにつなげますか」

「英国ノースウッドにあるEU艦娘連合艦隊司令部だ。ウォースパイトと話がしたい」

                  

              ⚓

 

今や世界一有名になった米国艦娘であるジョンストンは、英国のヒースロー空港で乗継ぎ便の到着を待っていた。20年前は日本への直行便があったものの、ハワイに深海棲艦の本拠地ができてからは、比較的周辺が穏やかな英国を経由して日本へ向かうのが普通になっている。

「まさか、あたしが合衆国から外に出るなんて思わなかったなあ」

ジョンストンは一人呟きながら、ここに来る前の空港でのことを思い出した。

 

「げ、元気で行ってきてください~。ううっ」

今生の別れでもあるまいし、見送りに来たガンビア・ベイのあまりの泣きっぷりに、周囲からの注目を集めていることに気が付き、ジョンストンは軽く咳ばらいをした。

 

「ちょ、ちょっとガンビー。あたし、あんまり目立ちたくないんだけど・・・」

 

本来であれば軍用機で向かうはずだった日本への空路を、民間の航空機で行くのには理由がある。

ジョンストンの事件は、被害に遭った本人のみならず、多くの良識派の米国軍人や艦娘達の心を傷つけた。特に事件のあらましを把握していたアイオワに至っては、身の不徳の致すところと辞表を出そうするほどで、共に事後処理に当たっていたサラトガに翻意を促された。

ジョンストンに対して申し訳ない、合わせる顔がないという思いが彼らには共通しており、自分達がいては彼女も息が詰まるだろうという配慮から、敢えて軍に関りを持たせず、民間機での移動が選ばれた。

 

それはよかったが、ノーフォーク海軍基地からの6時間余りの移動はさすがに艦娘といっても退屈はするらしい。ジョンストンを見送りたいと我儘を言ってついてきたサミュエル・B・ロバーツなどは先ほどから空港内で美味しいものはないかと探すのに余念がない。

 

「あのねえ、サム。あたしを見送りに来たんでしょう?」

「にひひっ。私だって日本に行きたかったよー。食べ物が美味しいって聞くしさ」

「サム~。ジョンストンは、遊びに行くわけではありませんよ。私達合衆国の艦娘の代表として行くのだから」

 

サラトガがにこにこ笑顔で言った台詞に、ジョンストンは目を丸くする。

 

「えっ!?いつあたしがUSA代表になったのよ。冗談は止してよ」

「冗談ではないですよ、ジョンストン。貴方が行くエノシマは、偉大なる七隻の時雨がいるのでしょう?生ける伝説と呼ばれる彼女と同じ鎮守府に在籍できるだけで、これほどの栄誉はありませんよ」

 

この世界にひと時の平和をもたらした偉大なる七隻の勇名は、合衆国にも轟いている。むしろ、アメリカンヒーローと彼女達を同一視する者もいるくらいだ。噂に聞く英雄たちが実在し、その彼女達と共に戦える。基地での訓練で一緒になったサウスダコタなどもしきりに羨ましがっていたものだ。

 

「キトウもいるしね!」

「キトウ提督と言わないといけませんよ、サム。彼が私達合衆国の艦娘を救ってくれた。その恩に報いなければ」

サラトガの言葉にその場にいた皆が頷いた。あのフォーゲル大統領の一件がもし無ければ、今も自分たちは暗闇の中でもがいていたことだろう。

 

「ジョンストン、これを」

サラトガはジョンストンに二種類の紙袋を手渡した。

「水色の方は貴方に頼まれていたお土産です。カラーケーキは見た目がちょっとというのが他の国の人の意見らしいから、カップケーキを買っておいたわ。奥の方にある箱はアトランタにあげて。遅くなったけど、お祝いって」

「ありがとう、サラトガ。それで、もう一つは?」

「そっちの Bellflower柄のは、サラからキトウ提督へのお礼です。フレッチャーやアトランタからよくコーヒーを飲むと聞いていたので、コーヒーカップとコーヒー豆を」

「ええっ!?あたしもそうすればよかった。失敗したかな」

 

あれこれと考えてカップケーキや髭剃りを用意したが、相手の好きなものを買うという意識が抜けていたことに気付き、顔をしかめるジョンストンを優しくサラトガは抱きしめた。

 

「大丈夫。あの提督はきっと貴方を歓迎してくれます。アトランタやフレッチャーにもよろしく伝えて。私たちはどこにいようと貴方達3人の幸せを願っていますと。もちろん、それはここに来れなかったイントレピッドやアイオワだけじゃなく、合衆国の艦娘全員、同じ気持ちよ」

「私とガンビーもね!今度帰ってきたら、向こうのお土産をよろしくね!」

 

がばっと抱きついてきたサミュエル・B・ロバーツを支えようとしたジョンストンに、背中からさらにガンビア・ベイがしがみついた。

 

「あのねえ、これじゃ動けない・・」

「ぐずっ。ジョンストン、元気で・・・」

「・・・Thanks、みんなも元気でね。あたし、頑張って来るから!」

 

ぶんぶんと手を振る3人と別れ、ジョンストンは笑顔で米国を後にした。

 

「にしても、驚いたなあ」

ここまでの旅を振り返ってジョンストンは驚きの連続だった。

艦娘が道具と認識されている米国では、これまで艦娘が一人で移動するなどありえなかった。必ず提督と一緒で、その扱いは当然道具であり、軍用機の故障など余程のことがなければ許可されてはいなかったのだ。それが、出国審査で艦娘用のパスポートを見せた時、係員は大変だったな、と彼女を気遣った。

 

米国は着実に変わりつつある。それが、ジョンストンには嬉しかった。嫌な思い出ばかりしかないが、それでも自分が船だった時はそんな母国を守ろうと懸命に戦ったのだ。残って国を再建しようとする仲間のためにも、良い方向に向かってくれると信じたい。

 

「乗り換えまで後一時間か。どうやって時間を潰そう・・」

きょろきょろと辺りを見回すジョンストンの視界に、ふいにイギリスの海兵帽をかぶった少女が映った。

「英国の艦娘?」

彼女の言葉が聞こえたのか、我が意を得たりと、その艦娘は人懐っこい笑みを浮かべやってきた。

「Hey、How is going(調子はどう)?貴方、ジョンストンでしょう!」

「え!?なんであたしの名前を・・・ってみんな知ってるか。動画で流れているものね」

 

一瞬驚いたジョンストンだが、すぐ納得したように頷いた。

一方声を掛けた方は、腰まである金髪を指でくるくるといじくりながら、面白くなさそうに唇を尖らせた。

 

「ちょっとちょっと。ジョンストン、そこは『一体なんでわかったんだい、ジャーヴィス!』と大げさに驚くところよ!」

「へえ。あなた、ジャーヴィスっていうのね。英国の艦娘なの?」

「ええ。J級駆逐艦ジャーヴィスよ。ラッキージャーヴィス、もしくはシャーロック・ジャーヴィスと呼んで欲しいわ!」

 

ジャーヴィスが差し出した手をジョンストンはぎこちなく握り返した。

 

「あたしはフレッチャー級のジョンストンよ。シャーロックって、シャーロック・ホームズは男でしょう。じゃあ、シャーロット・ジャーヴィスでいいじゃない」

 

ジャーヴィスのハイテンションに若干気後れしながらも、突っ込む必要性を感じ、ジョンストンは指摘する。

 

「むう。それも通りは良いわね!候補に入れとくわ!」

「それで、ジャーヴィス。名探偵様はどこに向かうの?」

意外にノリのよいジョンストンに、ジャーヴィスはにっこりと満足そうに答えた。

 

「ふふふ。ジョンストンくん。君と同じところよ!」

 

 




登場用語
Bellflower・・・カンパニュラ。花言葉は感謝

登場人物紹介

与作・・・・・・次から次へと起こる問題は神鷹でガチャ運を使ったからではと疑う。
神鷹・・・・・・与作が笑顔を見せてくれるなどめったにないことだと、フレッチャーやアトランタにうらやましがられる。
鹿島・・・・・・色々起こりそうな江ノ島を陰で支えようと決意
ジョンストン・・自分も贈り物をカップにすればよかったと悔やむ。
ジャーヴィス・・鹿撃ち帽をかぶって行こうとして止められる。

榊原大湊司令長官・・さあて、どこに身を隠すかなあ。


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第四十五話「演習に行こうよ」

演習開始まではもう少しかかります。

駆逐艦祭りは終わってなかったのですが、残念ながら肝心の提督はそれにまだ気づいていません。日本艦5海外艦3+2。どこにある鎮守府なんだろう・・・。


「なんじゃこりゃああああ!!」

大湊への出発を明日に控え、いつも通りに執務を行っていた俺様を驚かせたのは、アトランタの奴から出された訓練の報告書だ。確かにボーキサイトが余り気味とは言った、言ったぞ。だけどなあ、想定の3倍は消費しているじゃねえか。どんだけはっちゃけやがったんだ。

俺様が怒りを爆発させると、アトランタはぽりぽりと頬を掻きながら言い訳を始めた。

 

「い、いやそのう。提督さんが、あたしの対空を抜けるか試してみろと言ってたと神鷹が言うもんだからさ、抜けるもんなら抜いてみろと、つい・・・ムキになっちゃって」

 

おいおい。お前もうちの艦隊に来て一月にはなろうというんだから、もう少し俺様の言葉から察しろよ。何がついムキになっちゃって、だよ。どこの世界に入門希望でやってきた入門者をぼこぼこにして帰す道場主がいるんだよ。適当に相手してやって自信をつけさせるもんだろうが!

 

「Sorry,ちょっと調子に乗ってやり過ぎちゃったんだよ。悪いことしたなって自覚はあるんだ」

「当り前だ。それでお前が散々やらかした神鷹はどうしたんだ」

「今食堂。訓練終わりに二式大艇がやってきててさ。しょんぼりしてる神鷹を食堂に連れていったんだ。秋津洲が特製デザートを用意してたみたいで、慰めてくれてる」

 

秋津洲の奴も気が利くが、恐るべきはあの二式大艇だな。なんなんだ、あいつは。ただでさえ評価が厳しい俺様だというのに、出会ってから評価が右肩上がりで、落ちるところがねえぞ。とんでもない野郎だ。

 

「それじゃ、お前も改めて顔を出してこい。悪気があってのことじゃねえし、神鷹もそれぐらいは分かっているだろう。後になればなるほど言いづらくなるぞ」

「うん。そうする」

俺様の言葉に素直に従い、執務室を後にするアトランタを見ながら、どうしたもんかと頭をひねる。

空母がいないうちの鎮守府では、どうも神鷹の訓練が効率的ではない。本人が繰り返し努力をすれば克服は可能だろうが、時間がかかる。今の奴に必要なのは経験者による適切なアドバイスだ。

誰か知り合いにいないかと頭の中で該当者を絞っていると唐突に閃いた。

 

「時間はかかるが、東北自動車道で行けば途中で降ろせるな。よし、そうするか」

思い立った瞬間、携帯電話を取り出して連絡する。時間的にはまだ大丈夫だろう。

「俺だよ、俺俺。どこのどなたですかって?俺様の声を忘れたとは遂に耄碌したのか、ばばあ。何?ばばあなんて言われたことはないだと?知るか。明日の昼間にはそっちに寄るから、よろしくな」

 

電話の向こうで非難の声が上がるが知ったことか。すぐさま、横須賀の阿賀野に連絡し、軍用機の手配をキャンセルする旨を伝える。

 

「え!?飛行機で行かないの?」

「ああ、ちょいと途中で野暮用があるんだよ。」

「なあんだ、残念。差し入れ用のおにぎり、矢矧と握ってたんだけどな」

「そいつは無理だな。明日は3時には出発だ」

「ええーーっ。何それ、3時なんて夜じゃない!阿賀野まだ寝てるよ~」

「仕方ねえんだ。車で11時間だし、途中寄るからな。またの機会に頼むぜ」

まだ電話口でごちゃごちゃ言っているのを無視して電話を切る。よし、それじゃあ演習要員を選抜するとするか。

                  ⚓

 

英国ノースウッドにあるEU艦娘連合艦隊司令長官室は、英国で最も静かだと評される場所で、そこを訪れた者は、その言葉が間違いではないということを知るのが常であった。

荒々しい靴音と共に乱暴に扉を開き、その静寂を破ったのは、英国が誇る戦艦ネルソンである。

 

「ウォースパイト!どういうことだ、なぜジャーヴィスが日本に行くことになったのか!」

「ネルソン、失礼だぞ」

副官兼秘書艦であるアークロイヤルが席を立ちかけるが、当のウォースパイトが構わないわとそれを制した。

「日本の長門に前々からお願いしていたのが通っただけなのだけど・・。ああ、アーク。少し休憩してお茶にしましょう」

「はい」

 

偉大なる七隻の一人である戦艦ウォースパイトの事務処理能力は高く、彼女を補佐するアークロイヤルはそのあまりの速度に追い付こうとするのが精いっぱいであり、上官のこの申し出は彼女にとってありがたかった。

 

「元々日本には私が行く予定だったはずだ!それがどうして突然変わったのだ!」

 

ネルソンからすれば納得のできることではなかった。フレッチャー偽装事件後、英国の艦娘の間では、江ノ島鎮守府の話題がひっきりなしに出ており、一度あの提督に会ってみたいと思う艦娘が多かった。ネルソンもその一人だが、彼女の場合は動画の中に出てきた同じビッグ7である長門と会いたいという思いの方が強かった。

 

「貴方と同じ偉大なる七隻であり、ビッグ7でもある戦艦長門は余の憧れなのだ。一度会いたいとずっと思ってきて、ようやくその願いが叶いそうだったのに・・」

悔し気に口を結ぶネルソンに対して、ウォースパイトは歳の離れた妹に見せるように優しく微笑んだ。

 

「ごめんなさい。貴方の気持ちは分かるわ、ネルソン。けれど、先方も色々と立て込んでいてね。今回はお互いの希望を優先した結果なの。どうもキトウの鎮守府は色々と困っているようでね」

「助けが必要というなら、尚のこと駆逐艦などではなく、余の出番ではないか!」

 

あまりのネルソンの態度に、アークロイヤルが口を挟んだ。

「あのなあ、ネルソン。先方が希望しているのは調査ができるような人材だ。あなたにそれは無理だろう」

「先方からはリソースやディア・サウンドといった工作艦がベストだと言われたの。でも、今米国からの艦娘受け入れで、彼女たちは動かせない。そこで調査が得意なジャーヴィスに白羽の矢が立ったのよ。他意はないわ」

「調査が得意などと、あいつはただ探偵ごっこをしているだけではないか!いつも付き合わされて大変とジェーナスが愚痴っているのを聞いたぞ」

「あら、貴方もそう思っているのね!」

ネルソンの抗議を聞くや、ウォースパイトは嬉しそうに声をあげた。

「ジャーヴィスは優秀よ。本来なら手放したくない。でも、久方ぶりにこの身に熱を帯びさせてくれた日本の提督へ何か手助けができないかと決断したの。キトウがどんな人物かもあの子なら的確に見極めてくれるわ」

 

20年近くこの世界にあり、深海棲艦とずっと闘い続けるという機械のような毎日をウォースパイトはずっと繰り返してきた。その生活を一変させたのが、かの提督が起こした一連の出来事である。鉄底海峡の戦いの後、めっきり連絡をとらなくなった長門からの突然の通信。それを不思議に思った彼女を待っていたのは、かつてのように熱の籠った口調で勢いよく話す戦友の姿だった。

長い間の無沙汰を詫びた長門は、続けて米国の非を強く訴え、声を震わし、手助けを乞うた。その強い思いに突き動かされるように、女王との拝謁や米国艦の受け入れ等に奔走した時、ウォースパイトは自らの変化に気が付いた。単調な毎日を過ごしていく中で無くしていたもの。自分の胸の内に以前はあった温かいものが再びそこには存在していた。

なぜこの気持ちを忘れていたのだろうか。己を戒めると共に、大切なことを気付かせてくれた日本の提督に、ウォースパイトは一方ならぬ恩義を感じ、興味を抱いていた。

 

「随分と高評価じゃないか。余は全くそう思わんが」

「世の中には貴方のように見た目通り優秀な人材と、一見優秀そうに見えないが実は優秀な人材がいるわ。ジャーヴィスは後者よ」

「そ、そうなのか・・・」

偉大なる七隻の一人であるウォースパイトに面と向かって優秀と言われ、さすがにネルソンもそれ以上は言えず押し黙ると、そこへアークロイヤルがタイミングを図ったかのようにお茶の用意ができたと告げた。

「アークが美味しいお茶を淹れてくれたわ。貴方も一緒に飲みましょう、ネルソン。長門の話もできるわよ。そうだ、貴方が望むなら今度長門と通信してみる?」

「ほ、本当か!今度は変更はないな!!」

「ええ。長門も喜ぶでしょう」

(相変わらずうまい御方だ)

ネルソンの変わりように内心苦笑しながら、最近とみに明るくなった上官を見つつ、アークロイヤルは無言で席に着いた。 

 

 

  

 一方、英国から日本に向かう飛行機の中では。

「それで、あたしは言ったのよ。初歩的なことだよ、ジェーナスってね!」

「はいはい、すごいわね・・」

速射砲のようにしゃべりかけてくるジャーヴィスの勢いに、ジョンストンは閉口していた。

「んもう!聞いてないでしょ、ジョンストン。そういう態度はレディーに対して失礼よ!」

「名探偵だったり、レディーだったり、忙しいわね、あんた」

「名探偵ってそういうものでしょう?ホームズだって、色々なものに変装するわよ」

「それじゃあ、せめて日本に着くまでは静かな淑女に変装していて欲しいものね・・」

「残念、それは売り切れよ」

「はあ・・・。とんだ偶然があったものね・・」

 

全く、とジョンストンは首から下げた航空券を忌々しそうに見つめた。他にたくさん席があるのに、どうしてよりにもよって自分の隣がこの英国艦なんだろう。

 

「ラッキーだったわね!日本に着くまで一杯おしゃべりできて、あたし嬉しいわ!」

「まだしゃべるの・・・。あ、そう言えばサムが・・・」

うんざりしたジョンストンはふと、行きがけにサミュエル・B・ロバーツが機内で遊ぶようにとくれた物を思い出した。

「何それ、鯨の絵が描いてあるわ。It's so cute!!ん、トランプなの?」

「うん。日本に着くまでポーカーでもやらない?負けた方は勝った方の言うことを聞くってのはどう?ただし、実現不可能なことはなしで」

「いいわね!面白いわ。ラッキージャーヴィスのいい所、見せてあげる!」

「よーし、負けないわよ!!」

腕まくりをして気合いを入れたジョンストンが、己の発言を後悔するのはそれから少し経ってからであった。

 

                    ⚓

昼休憩後、俺様が明日からの演習へと向かう人員を発表すると、いの一番に不満を述べたのは、元ペア艦だ。

「なんで、僕が入ってないんだい?どういうことだい!!」

いつも澄ましている奴が、急に大声を出すと周りはびっくりするぞ。ただでさえお前、偉大なる七隻とかって他の奴らより強いんだから少しは怒気を押えないと、新しく来たばかりの神鷹がますますびびるばかりじゃねえか。

「だって、それは与作がいけないんじゃないか。どうして僕を外すんだい。そりゃ演習には参加できないけどアドバイスとかできることはあるだろう?」

え!?なんなの、こいつ。涙まで流してやがるぞ。そんなに怒る要素があったか?

情緒不安定なお年頃か、おい。

 

「提督提督」

 

ちょいちょいと俺様の袖を北上が引っ張り、こそっと耳打ちしてくる。何、言い方が悪いだと?知るか。まあ、この通り言えばいいというならお前を信じよう。

「あのなあ、時雨。俺様はお前を信用しているから言うんだぞ。この鎮守府の留守を任せられるのはペア艦だったお前しかいない」

「でも、だからって・・・」

おろ!?なんだ、ちょっと利いてるぞ。勢いが弱まりやがった。こいつはイケる!!

「お前にしか頼めないんだ。ずっと俺様を支え続けてきてくれたお前にしか。・・・お願いできないか?」

ダメ押しとばかりに助言通りに手を握って話すと、恥ずかしさからか顔を真っ赤にしてようやく時雨は頷きやがった。

「う、うん・・。分かった。こ、今回は我慢するよ。次の時は必ず連れてってよ!」

おいおい。すごいな、北上。お前、心理学者になれるんじゃねえか。言った通りになってやがるぞ。

 

少し頭を冷やしてくると、出て行った時雨をよそに、再度集まった連中に俺様は声を掛けた。

「それじゃあ、もう一度確認するぞ。演習組は雪風、グレカーレ、フレッチャー、アトランタ。留守番は時雨に北上、秋津洲だ」

「提督、再度の確認ごめんかもだけど、あたしはこっちでいいの?北上と時雨がいるのに」

「最近うちの鎮守府付近で色々嗅ぎまわっている連中がいるみたいでよお。お前と二式大艇で周辺の警戒を頼みたいんだが、そんなにお礼参りしたいのか?」

「ううん。そういう理由なら納得かも!それと、名前が挙がらなかったけど、神鷹は?」

「ああ、神鷹は俺様達と一緒だ」

「え?あの、提督。私、演習は駄目かもしれないです・・・」

「そうだよ、提督。あたしが前言ったばかりじゃない」

「大丈夫だ。こいつは途中で落っことしてくんだよ」

「えっ。私、捨てられてしまうんですか・・・」

 

どんよりとした雰囲気を醸し出す神鷹を見て、グレカーレと雪風がぷんぷんと怒り出す。

「ちょっとちょっとテートク?ごみのポイ捨てじゃないんだからさあ!」

「しれえは言葉が足りな過ぎます。途中で降ろしていくってことですよね」

 

何だよ、普通に伝わっているじゃねえか。

「それは雪風たちの付き合いが長いからです!!来たばかりの神鷹さんには伝わりませんよ!」

うるさいびーばーだな。じゃあお前らが説明すりゃいいだろうが。

 

「まあ、とにかくだ。神鷹は途中で降ろしていって、帰りに拾うからな」

「は、はい。それで、私は何をすればいいんでしょうか」

不安そうに尋ねる神鷹に、俺様は笑顔で答える。

「俺様の知り合いのばばあの所で特訓だよ」

「ヤー。が、頑張ります・・」

 

ところで、フレッチャーよ。お前さっきから静かだが、何で頬を膨らませてこちらを見てやがるんだ。何、時雨だけ手を握ってもらってずるい?知るか。お前は以前散々手をつないでやっただろうが。けっけっけっけ。腕相撲ならしてやっても構わないぜエ。

「え?本当ですか!」

途端に機嫌がよくなったフレッチャーをアトランタがずるいと小突いている。

はあ?お前ら何がしたいんだ。行動が謎過ぎるぞ。さっさと明日の準備をしろよ。

 




登場人物紹介
ジャーヴィス・・・あれ、またロイヤルストレートフラッシュね!ラッキー!
ジョンストン・・・死んだ魚のような目をしながら、なぜジャーヴィスにポーカー勝負を挑んだのか、過去の自分を殴りたいと感じている。
時雨・・・・・・・戻ってきた時にはなぜかキラキラ状態
フレッチャー・・・早速夕食後の休憩に与作に腕相撲勝負を挑む。
アトランタ・・・・ずるいあたしもとフレッチャーの後に並ぶ。
神鷹・・・・・・・食堂から出ようとして二式大艇に阻まれ、結局与作と腕相撲をし、少し打ち解ける。
与作・・・・・・・次々と腕相撲勝負を挑んでくる連中に閉口し、腕相撲禁止令を出す。


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第四十六話「ばばあと与作」

運営発表は中規模とあったイベント告知。いい加減規模の詐欺はやめて欲しい。
複数ゲージは本当に萎える。
その前に雪風の改二はいつですか?頼むからなしは止めて欲しい。
絵までできていると言っていた信濃のことがあるので出るまで安心できない。

まだ演習にはいきません。
よくある弁当回。
相変わらず会話が始めると止まりません。





江ノ島鎮守府を出発して早2時間余り。東名高速の用賀から首都高速の渋谷線を通り、東北自動車道へ。

 

「結構走ってるね、提督さん」

予想以上に早く出発したというのに、思ったよりも車の量があることに助手席のアトランタは驚いた。

 

「まあな。首都機能の一部があちこちに分散されたと言っても、まだ東京に住む人間は多いからな。帰りはお前にも運転してもらうから覚えておくんだぞ」

「了解。しっかり覚える」

 

アトランタは頷きながら、出発の時のことを思い出した。いつものようにじゃんけんを始めようとした雪風たちをおし止め、助手席はアトランタだと告げたのは与作自身だった。

 

「えーーっ。なんでよ、テートク。って痛!!」

いの一番に文句を言うグレカーレにでこぴんを見舞い黙らせると、与作はその理由を説明した。

「やかましい野郎だ。毎度罰ゲームよろしくじゃんけんばかりしやがって。いいかあ、行き帰りで20時間以上運転するんだぞ。交替でやらなきゃ俺様が疲れるだろうが。アトランタの奴は運転ができるからな。行きに道を覚えさせるんだよ」

「成程」

皆が納得し、出発したわけだが、

(運転習っておいてよかった)

助手席でアトランタが戦意高揚状態になるのを海外艦の二隻は羨ましそうに見つめていた。

 

「ねえ、フレッチャー。アトランタ、明らかに上機嫌だよね」

「ええ。提督の隣に座れないのが残念です。運転を習っておけばよかったです」

「ふん。俺様の隣に座りたいだあ?寝言も大概にしろ」

「あ、あの。皆さん、普通に提督のお隣に座りたいのだと思いますが・・・」

「神鷹よお。お前はまだ来て日が浅いからわからねえだろうがなあ。こいつら毎回俺様の隣になるのが嫌でじゃんけんしてるんだぞ」

「えっ・・。そ、そうなん、ですか?」

 

最初は怖い人と思っていた自分でさえも、ここ数日自分に対して気を遣ってもらっているのが分かり、打ち解けてきているのだから、提督は悪い人ではないのだろう。だが、肝心の本人がまるでそう思っていないということが神鷹は不思議でならなかった。

出発前の皆の様子を見た限りそうではないと感じた神鷹が隣の雪風を見ると、彼女はやれやれといった感じで小声で耳打ちした。

 

「しれえは雪風達がいくら言っても聞かないんですよ。素直じゃないんです」

「そうなんですね・・・」

それは少し寂しいなと、神鷹は心の中で思った。

 

羽生のパーキングエリアが近づくと、与作は休憩をとろうと言い出した。

「あれ?目的地までもうすぐでしょ。ここでわざわざ休憩するの?」

「くっくっくっく。ばばあには昨日昼間に着くって言ってやったからな。今頃のんびり寝てるだろうよ。今から電話して焦らせてやるのよ」

「ちょっ!酷いって、テートク!」

「知るか。俺様にすぐ気づかなかったばばあが悪い。それじゃあ、俺様は電話してくるからお前らは先に食べてろ」

 

言うや車外に出た与作を放って、自分達だけ本当に食べていいのかと悩む面々の前に、姿を現したのは江ノ島の妖精女王。

 

『えっ!?皆さん、食べないんですか。それでは私がいただきますよ!』

「はあっ!?てか、あんた忍び込んでたの?今回全く必要ないじゃん。あんたが来るとあたしの艤装妖精が嫌がるんだよ」

「ダメだ、フレッチャー。テートク来るまで待てないよ。もんぷちがいるもん」

『私は飢えた野獣かなんかですか!?失礼な!』

「え!?あんた、自覚ないの?どこのどいつだよ、人の艤装の妖精をだまくらかして金平糖盗もうとしてお縄になったやつ」

『ぐぎぎぎ。あれは、後もうちょっとだったんですが』

「そうですね。神鷹さん、私達もいただきましょう。秋津洲さんがせっかくおいなりさんを作ってくれましたし」

「それじゃあ、これは後で開きましょう」

 

フレッチャーがランチボックスを開けるのと同時に、雪風は膝の上にのせていた風呂敷包みを掲げてみせた。深夜鎮守府正門前にいつの間にか置かれていたそれは、『夜戦印の宅配便がお届け』なるメモが貼り付けられていた。

「あ、これは提督がしっかり食べないと駄目なやつかも。雪風、預かっておいて欲しいかも」

中身を確認した秋津洲からそう言われ、ここまでしっかりとガードしてきた雪風は、もんぷちの方を見ながら釘をさした。

「これはダメですよ。しれえが戻ってからです」

『そんなあ、その包みから、阿賀野さんの握ったおにぎりの匂いがするのに!』

「中身見ないで、よくわかるよね、あんた」

秋津洲作のおいなりさんを食べながらアトランタはつぶやいた。

 

「阿賀野のおにぎりねえ。あいつ、わざわざ届けてくれたのか」

 

戻った与作が包みを開けてみると、中にはチャーハンのおにぎりと、普通のおにぎりの二種類が入っていた。握ったものの性格なのか、チャーハンは大雑把に、普通の方は丁寧に握られている。与作は運転の傍ら、普通のおにぎりの方に手を伸ばすと、絶妙な塩加減に舌鼓を打った。

「ほお。こいつは中々だな。旨いじゃねえか。中身が俺様の好きなおかかとは分かってるな!!」

「フレッチャー!?手を拭かないとメモ帳も汚れるよ!」

「あ、私としたことが・・・。ありがとうございます、グレカーレさん」

『それでは、チャーハンの方を私はもらいましょう!って、あれ。提督、何か変なメモが入ってますよ!』

「ああん。何だこりゃ。阿賀野の奴が入れやがったのか?『ご武運を』だなんて、まるで俺様が闘うみたいじゃねえか。今回の俺様の仕事は運転手だぞ!」

「演習なんですから、しれえの仕事もあると思うんですが・・・」

 

                  ⚓

(全く、いつになったら話し終わるのよ、こいつは)

英国から日本への飛行機の中では、ジョンストンが先刻の己の選択を悔いていた。

彼女から言い出して始めたポーカー勝負は5連続でジャーヴィスの勝ちとなり、さすがに引きが悪いと判断して早めに撤退したのは我ながら好判断だった。

 

「じゃあ、あたしのお願いはあたしとお話をして欲しいが、5回でいいわ!」

弾けるような笑顔で言われた時には、性格がいい子だなと感じたが、いざ実際始まってみるとジャーヴィスのおしゃべりは止まらなかった。

だが、ジョンストンがいやいや聞いていたかというとそうでもない。

 

おしゃべりと言っても、ジャーヴィスの話は彼女がこれまで解決した事件と称するものについてつまびらかに語っており、その中には、

 

空き缶の冒険・・・猫が拾ってきた空き缶から某国の重大な機密情報を得た事件

根性のねじ曲がった男・・・ネルソンに性格の悪さを指摘された男が逆恨みした事件

踊る艦娘・・・艦娘寮で夜中に突然踊り始める艦娘が出没し、深海棲艦の攻撃と思われた事件

等、聞く分には面白そうな事件が多く、興味を刺激された彼女は度々質問をし、それがまたよい相棒を得たとジャービスの興を乗らせることとなった。

 

「でも、そんなに色々解決しているあんたが、どうして今回日本に行くことになったの?」

「Old Ladyから依頼状が届いたのよ。『極東の国日本にて、艦娘の希望たるキトウ提督が調査の人間が欲しくて困っている。我が大英帝国の誇る最高の人員を派遣したい』とね!」

「Old Ladyって、あの戦艦ウォースパイトの事でしょ!偉大なる七隻って本当にいるのね・・」

「あら。あたし達が行くエノシマにだって時雨がいるじゃない」

「そうなのよねえ。あ、ちょっと緊張してきたかも」

 

自分はちゃんとやっていけるだろうか。ジョンストンが不安を口にすると、

「まだ緊張しているの?もう少しおしゃべりが必要かしら」

ジャーヴィスはさらりと自然に言った。

「まだ緊張って、あたしが?」

「ええ。あまり目を合わせないようにしているでしょう?あたしの話に興味がないのかと思っていたけれど、そうじゃないみたい。あなた、目を合わせるのを嫌がっているんじゃないかしら」

 

ただのおしゃべりな子だと思っていたジャーヴィスの突然の指摘に、ジョンストンは愕然とする。自分ではそこまで露骨にしているつもりはなかったが、まさかこの短い時間の中で気付かれるとは。

 

「Sorry、ジョンストン。あなたが色々あったことは知っているわ。だから、話しながら見ていて気付いたの。どうして目をそらすのかね。大丈夫、あたしはあなたを『可哀想な艦娘』だとは思ってないわ」

「な、何なのあんた・・・」

 

自分の心の内を見透かしたようなジャーヴィスの言葉にジョンストンは絶句した。

それは彼女しか知らないことだった。

フレッチャー偽装事件が発覚した後、療養施設に入り、様々なセラピストからケアを受けて、気持ちは安定した。ノーフォークの基地でサミュエル・B・ロバーツやガンビア・ベイ等と共に訓練を受け、汗を流して体を鍛えた。

確かに酷い過去だった。過去に戻れるならあのクソ大統領をぶん殴りたい。けれど、それは叶わぬことだ。前を向いて歩いて行こうと決めたのだ。

 

だが・・・。

 

どうしても周囲の者たちは彼女を『可哀想な艦娘』として扱う。その目に憐みを帯びさせる。

そして、その目に映る自分がそんなに可哀想なのかと彼女は思ってしまう。

 

「あたしは探偵になりたくて、色々な本を読んで勉強したわ。多くの探偵が、観察力は大事だと言っていた。話をしながら貴方の表情を見ていたら、空港での話や基地での話をする時、とても複雑な表情をしていたわ。申し訳ない、悲しい、忌々しいってね。そこで考えたの。どうしてこんな表情をするのかなあって」

「そんな・・・」

「あなたはとても強い艦娘よ、ジョンストン。だから、自分に起きたことを冷静に受け止めて乗り越えていこうとしているのよ。でも、他人はそれに気付かない。本人の必要以上に気を遣ってしまうわ。あなたがそれをどう思っているかは別にしてね」

「・・・そうね・・」

 

ジャーヴィスの言っていることにジョンストンは心当りがあった。優しさか後ろめたさか分からないが、気を遣われるのは悪いことではないし、ありがたいことだ。だが、彼女自身がそれを求めているかというとそうではない。

自分を立ち直らせてくれた提督が言っていたではないか、根性がないと。自分はそれを鍛え直し、彼の役に立ちたくて日本に行くのだ。決して可哀想と同情されるために行くのではない。

 

「あたしの目を見て、ジョンストン」

 

両手を握り、穏やかな声でジャーヴィスはささやいた。

ジョンストンがゆっくりと視線を上げると、そこには太陽のような笑顔で微笑む少女がいた。

 

「どう、あたしの目は?」

美しい湖のように透き通る青い瞳は自分を信じて疑わない強い輝きを放っていた。

 

「きらきらしてる。自分が名探偵って信じて疑わない感じ」

目を見ながらのジョンストンの返事に、ジャーヴィスは満足そうに頷いた。

「あたしの目にも力強く一歩を踏み出そうとしている頼もしい相棒が映っているわよ!一緒に頑張りましょう!!」

愛の告白のような熱のこもった言葉にジョンストンは照れて下を向く。

「頼もしいってのは嬉しいけど、相棒ってあたしが?なんでよ」

「だって、ジョンストンはお話を聞くのが上手じゃない。名探偵の相棒は相槌が上手いと相場が決まっているのよ」

「待ちなさい。名探偵の相棒って苦労する印象が多いんだけど」

ジョンストンは文句を言いながらも、内心それも悪くないかと思っている自分に気付き、苦笑した。

                 

                   ⚓

 

群馬県館林。

 

かかあ天下と空っ風が名物と言われる群馬県の中でも最も都心に近いこの都市は、深海棲艦の出現による湾岸地域からの人の流入と首都機能の分散により、大いに恩恵を受けた都市であった。

駅前には高層マンションやショッピングモールが新たに作られ、昔を知る人間からはこれが同じ街かと思われるほどだ。

 

館林の市の中心部から北西に少し行ったところにある多々良沼は、シベリアから飛来する白鳥の越冬地として有名であり、四季の変化を楽しむ旅行者が数多く訪れている。

 

その多々良沼にほど近いところにある食事処「ほうしょう」は、安価な値段で美味しい食事と美人の女将で評判の店であった。

 

与作は車から降りるや、一目散に店舗に併設された家に向かい、そのインターホンを続けて鳴らした。

 

「おい、ばばあ。いねえのか。いいかげんくたばったか」

 

返事がなければ仕方がないと、戸を開けた与作を待っていたのは、渋い表情をし、仁王立ちをする割烹着姿の美人だった。彼女は無言でぬっと両の拳を突き出すと、いきなり与作のこめかみをぐりぐりし出した。

 

「だ・れ・が、ばばあですってえ~?」

「おい、ばばあ。痛い、止めろ!!」

「全く帰って来ず、連絡も寄こさないでどの口がそれを言うのですか!おまけに言ってた時間と来るのが全然違うじゃない!」

「俺様のいつものジョークだろうが。落ち着け、ばばあ!!」

「何を落ち着けと?この子は心配ばかりかけて!」

「ば、バカ。俺様の部下がいるんだぞ。少しは自重しろ!!自重!!」

「えっ!?」

 

与作の言葉に和服美人は、今更ながらに後ろに人がいるのに気付いたのか照れ笑いを浮かべると、居住まいを正し、言った。

 

「お初にお目にかかります。航空母艦鳳翔です。この子の親代わりをしています。いつもご迷惑をおかけしていると思いますが、よろしくお願いいたします」

「はあ!?それはばばあが勝手に言っていることだろうが。とにかく、せっかく来たんだ。茶ぐらいもらうぜ。おい、お前らどうしたんだ?いつもはぎゃーすかうるさいのに」

 

与作が不審に思うのも無理はない。なぜか鳳翔が現れた瞬間から皆が口をつむぎ、神鷹に至ってはがちがちに固まっている。唯一初期艦の雪風だけが、いち早くそれを脱すると、素朴な疑問を口にした。

 

「あ、あのしれえ。その、鳳翔さんなんですが、雪風の感覚に間違いがなければ時雨ちゃんや北上さんと同じ匂いがするのですが」

それは例えるならば威圧感とでも言おうか。いるだけで、自分達とは存在そのものの濃度が違うと感じさせられる、彼女達特有の凄み。

 

このような所にいるなどあり得ないと理性が否定しても、雪風の感覚は明敏に同じだと告げている。

 

「臭いだと!?俺様と同じ加齢臭はするかもしれねえがな」

「まあ、この子ったら失礼な・・・」

「違いますよ!あの、鳳翔さん、間違えていたらすいません・・。もしかして貴方は・・」

そう言いながらも、雪風は内心間違いないとふんでいた。あの地獄の鉄底海峡より生還した7人の英雄たち。そのうち4人と会ったことのある自分なのだから。

 

鳳翔はゆっくりと息を吐くと、薄く微笑んだ。

 

「ええ。貴方の言う通りですよ。私も北上さん達と同じです」

「えっ!!」

 

鳳翔の答えがあまりにも衝撃的だったのだろう。神鷹が白目を向いて倒れそうになるのを慌ててフレッチャーが支える。

 

「や、やっぱり!!道理でなんかすごい感じがすると思った!て、テートクの知り合いなの!!」

金縛りが解けたかのようにグレカーレがしゃべり出した。

 

「偉大なる七隻がこんなところにいるなんて・・」

思わずつぶやいたアトランタは、

「その呼び方は私には止めてくださいね」

鳳翔の射抜くような視線に、息が詰まりそうになった。

 

「そんな大層な名で呼ばれる資格は私にはありません。今はこの食事処の女将ですから」

落ち着いた、それでいて否定を許さぬ言い方だった。アトランタは慌てて頭を下げる。

「Sorry、い、いや、ごめんなさい・・・」

鳳翔はふんわりと柔らかい笑みを浮かべた。

「こちらこそごめんなさい。あの子の部下の貴方達を歓迎します、さあ、上がって!」

 

先頭に立ち案内する鳳翔をよそに、江ノ島鎮守府の艦娘達は皆ショックから抜け出すことができなかった。会った瞬間、この艦娘は何か違うとお互いに感じていたが、まさか彼女が偉大なる七隻であるとは思いもしなかった。皆ぼんやりとしながら後に続き、特に衝撃の強かった神鷹はしばらく立ち直れず、フレッチャーとグレカーレに両脇を抱えられながら歩く有様だった。

 

「死ぬかと思った・・・。提督もやばいけど、雪風もやばいね」

アトランタは胸をなでおろし、今更ながらに己の提督の非常識さと、雪風の勘のよさに驚いた。

「雪風はやばくありませんよ!たまたまです!」

「おら、お前ら先を急ぐんだからとっとと上がれ!!」

「待ってくださいよ、しれえ!」

もういつもの調子を取り戻した雪風に、アトランタは改めて舌を巻いた。

「図太いというか、なんというか。うちの初期艦は半端ないね」

 




登場人物紹介

ジャーヴィス・・・・探偵メモと書かれたメモ帳を元に、ジャーヴィスの冒険をまた一から語り始める。
ジョンストン・・・・この子、本当に名探偵なんじゃと思い始める。
神鷹・・・・・・・・神様を見るような目で鳳翔を見つめている。
アトランタ&グレ・・提督の交友関係どうなってんのと驚く
フレッチャー・・・・お母さまですか。粗相のないようにしないとと気を付けている。
雪風・・・・・・・・しれえのぐりぐりは鳳翔さん譲りなんですね!と与作に話し、ぐりぐりされる。
与作・・・・・・・・雪風にぐりぐりしたところ、女の子にそんなことをするものじゃありません、と鳳翔にぐりぐりされる。
鳳翔・・・・・・・・遂に現れてしまったおやぢの天敵にして、自称保護者。


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特別編Ⅲ 「出会い(前)」

その時、世界に艦娘と提督が誕生した。


彼が始まりの提督と呼ばれるようになったのは、この世で初めて顕現した艦娘が彼を『提督』と呼んだからであった。

 

日本が未曽有の好景気に入り始めていた頃、彼が選んだのは自衛隊員であり、その志望理由もただで体を鍛えられて、お金が稼げるからという単純なもので、あくせく働いて金を稼ぐよりも、自分のために時間を使うことの方が大切だった。

そんな彼がにわかに忙しくなったのは、深海棲艦の出現と、それに伴う米国海軍の敗退により、海上自衛隊による哨戒が頻繁に行われるようになったからで、基地勤務が希望だった当人は詐欺だと大いに愚痴ったものだった。

 

199X年7月8日。深海棲艦出現より5か月経ち、米国の太平洋艦隊が散々に打ち負かされた後。

日本近海に出現した深海棲艦イ級の猛攻を前に、イージス艦こんごうでは誰もが不甲斐なさに顔を歪めていた。最新鋭の装備がまるで役に立たず、一方的に蹂躙されるだけで、護衛対象のタンカーもすでに撃沈されていた。

「こいつは駄目かもしれないな」

呑気に構えていた彼の姿を、後輩で元帥となった高杉は明治時代の薩摩の将帥のようだったと未だに口にする。

そんなおっとりとした彼が、さすがに甲板に直撃を食らい、まずいと思い始めた時だ。彼女たちが現れたのは。

 

まず目を引いたのは、弓を構え、弓道着姿の女性。

彼女は、心配そうに甲板の方をちらと確認すると、続けて深海棲艦に対して矢を放った。

 

高速で突き進む矢が途中で昔のレシプロ機に姿を変え、瞬く間に深海棲艦を攻撃する。

他にも水上をまるでスケートのように滑りながら走る少女たちが砲撃を繰り返すと、近代兵器がまるで効かなかった深海棲艦があっけなく沈んでいった。

 

九死に一生を得て皆が沸き立つ中、不思議そうに彼は彼女を見つめた。

「いや、お陰で助かった。すごい力だねえ。ところで君たちは何者なんだい?」

それが、今や始まりの提督と呼ばれる紀藤修一が、初めて艦娘にかけた言葉であり、

「お怪我はありませんでしたか、提督」

そう答えた女性こそ、偉大なる七隻として名を遺す軽空母鳳翔だった。

 

                  ⚓

暗い暗い海の底。

そもそも自分は解体された身。幸せな戦後を送った筈。

けれど、海に揺蕩うこの思いはなんなのだろう。

もう100年もすれば、この海と一緒になることができるのかしら。

そんなことを考えていたこの身に、変化が起きたのはもうずっと前のことです。

 

気づけば人の形をとっていました。

気づけば深海棲艦から人を守ろうと考えていました。

深海棲艦イ級の攻撃を食らい、煙を上げるイージス艦の甲板には多くの人が集まり、絶望に身を震わせていました。

弓を取り、艦載機を飛ばし。

共に顕現した子たちと共に、深海棲艦を追い払いました。

湧き上がる歓声の中、不思議と彼を一番に見つけたのです。

突然現れた私たちに対して驚く風でもなく。

呑気に、だが興味津々といった目で私たちを見た彼。

 

「いや、お陰で助かった。すごい力だねえ。ところで君たちは何者なんだい?」

「お怪我はありませんでしたか、提督」

誰かと問う前に助けてくれたことへの礼を述べた彼。

その彼に最初に話しかけられたことを。

私、鳳翔は今でも大切な思い出としています。

 

                  

面倒くさがりで、酷い時には平気で食事を抜くということをする提督が、手紙を書いているのを見つけた時にまず抱いたのは驚きでした。家族だろうか。友人だろうか。もしかして恋人だろうか。己の胸の中にあるもやもやをよそに、これが青葉さんに見つかれば、艦隊の多くの子が動揺するでしょうと、秘書艦としての仕事もそっちのけでお茶を淹れながらそれとなく話を振ると、提督は恥ずかしそうに頭を掻きました。

 

「私が養い親になっている子がいてね。私の数少ない同級生だった父親と死に別れてから施設に入れられて、母親とはそれっきり音信不通。施設を出てからうちに住まわせているんだが、電話をしてもなかなか出ないものだから」

「それはその子も喜びますね」

「いや、どうかな。あいつの場合面倒くさがって読んでないんじゃないかな。元々私が養い親になるのだって拒否していたくらいだからね」

「『こちらは無事。そちらはどうか。便りを寄こせ』。何です、これ。手紙にもなってないじゃありませんか。軍の定時報告と変わりませんよ!」

「相手がそれ以上読む気がないんだから、仕方ない。長く書こうとすると説教臭くなって、あいつにまたおっさん臭いと言われる」

「それにしてももう少し何か書いてあげたらどうですか」

「そうだな。一生分働いたから、今度帰ったらひたすら寝ると書いておこう」

懐かしそうに、笑いながら手紙を書く提督。そんな顔をさせる相手とはどんな子なんだろう。私

があの子に興味を抱いたのはその時が最初でした。

 

                  

あの子のことを思い出したのは鉄底海峡の戦いに向かう二月前のこと。

深夜執務室に呼び出された私は、唐突に男性の写真を見せられました。

「それが、私がこの間言った養い親になっている子なんだよ」

「えっ!?これがですか」

私が驚いたのも無理はないと思います。話から想像していたのと違い、若そうに見える提督と比べ

ると、どう見ても写真の男性の方が年上に見えました。

「それで私より15も年下だからね。並んで歩くと私が弟に見られる時もある」

「まあ。それはそうかもしれませんね。それで、この子がどうしましたか?」

 

思わず微笑んでしまった私に提督はなぜかためらうような素振りを見せました。

 

「ええと。私はこの子を養子に迎えようかと思っているんだが、残念なことにこの国では独身の男

にそれが叶うことはなくてね」

「そうですか・・。それは残念ですね・・」

 

せっかく提督がその子のためを思っていても、制度というしがらみがあっては仕方ないこと。

心底同情し、元気を出してくださいと私が伝えると、提督は違う、そうじゃないと首を振りました。

 

「私がこんなことを言うと職権乱用ではと色々影響がありそうだし、かと言って一個人の自由を

様々なしがらみによって潰されるのも癪に障るし、言って後悔する方が言わなくて後悔するよりも

ずっと建設的だと思っているんだ」

 

ぶつぶつと熱病に侵されたかのようにつぶやく提督は、いつもの冷静さやのんびりとした雰囲気を

どこかに置き忘れてきたようでした。

今思えば何と呑気なことだったのでしょう。私はそのとき提督が何に言い淀んでいるか全く理解し

ていなかったのですから。

 

「はあ」

 

気のない返事をするつもりはありませんでしたが、提督の話の真意を掴み損ね、首を傾げる私に

提督はふうとため息をついて言いました。

 

「その、君にその子の母親になってもらえないだろうか」

「え?それはどういう・・・」

「結婚して欲しいんだ、私と。この戦いが終わったら」

 

何を言われたのか理解できませんでした。

結婚?人と艦娘が?

提督は確かに私たち艦娘を人同様に見てくださり、そして人間社会に溶け込ませようと、様々な

提言を行い、実際にそれは軌道に乗ってもいます。でも、顕現から一年近く経っているというの

に、未だに私たちを化け物扱いする人は減りません。

 

それは仕方のない事。いかに艦娘の方が人間に対し、距離を詰めようと得たいの知れない物に対する恐怖は拭えないのでしょう。私たちがいくら提督を慕おうとそれが報われることは無い。そう考えて、諦めていました。私たちといることによって、提督自身に何かご迷惑をおかけするのではないか。私の胸の中はそのことでいっぱいでした。

 

ですが・・・・・・・。

ですが、提督は、あの人はそんなことは分かっていると、私に微笑んでくれました。

 

「私と君が一緒になれば、艦娘と人との間にある壁を取り除けると思うんだ。それとも、私のようなおじさんではダメかい?」

 

ずるい。あの人は本当にずるい。そんなことを言われて、ダメと言える艦娘がこの鎮守府にいるでしょうか。どれだけの艦娘が貴方の事を慕っているというのか。初めて会ったあの時から一年余り。温めてきた思いは提督の言葉に揺れ動き、本当によいのかと私を不安にさせます。

 

私でいいのでしょうか。戦艦や空母の子達にもいい子はたくさんいます。それに艦娘でなくても提督ならば引く手あまたではありませんか。うず高く積まれたファンレターに、縁談の申し込み。その度ごとに私にどうしようかと相談してきたではないですか。

私でなくても。

 

 

「いや」

提督はじっと私を見ました。

 

「鳳翔。私は、君と結婚したいんだ」

 

照れ屋の提督が精いっぱい勇気を出して言っていることが分かり、私は喜びで体がどうにかなってしまうかと思いました。心の中が溢れんばかりになって、何も言えなくなってしまった私を見て、困っていると思ったのでしょう。

 

「その、返事は明日でも構わないが・・・」

そう言った彼は、それでもちらちらとこちらを伺がっていました。

そのなんと愛おしいことか。

人ならざるこの身がこのような感情を抱いてよいのか。

がっかりさせはしないだろうか。

頭をもたげる多くの不安も、目の前の提督の温かさに比べたらどうということはありません。

 

「いいえ。この場でお返事いたします。喜んでお受けいたします。不束者ですが、どうか末永くよろしくお願いいたします」

 

泣くのを堪えて笑顔で言えたこと。今でも密かな誇りです。

 

「「「おめでとうございます!!」」」

私の返答に執務室の扉が開かれ、赤城さんや加賀さんなど空母の子達が勢いよくなだれ込んできました。

クラッカーが鳴らされ、中にはくす玉を割る子もいました。どういうことなのでしょう。

 

「いや~。提督がいつ鳳翔さんに告白するのかってやきもきしちゃって」と飛龍さん。

「鳳翔さん、本当におめでとうございます。私、嬉しいです!!」涙を見せる瑞鳳さん。

「これはお二人の前途を祝福して間宮でたらふく食べるしかないですね!!」

「赤城さん、私達だけでなくみんなに伝えましょう」

興奮しながら艦載機を飛ばす一航戦の二人。

やがて、話が伝わったのか次々と色々な艦娘がやってきて、執務室はお祭り騒ぎとなりました。

 

「提督、その。私、上手くできるか分かりませんが母親役を頑張ってみますね」

笑顔で言った私に、彼は頭を掻いてみせました。

「ありがとう。本人は俺様を出汁にしやがってと怒るかもしれないがね」

「ふふっ。そこは怒られてください」

                  

      

平凡ながら楽しい二月でした。

人の身体になって新しい発見はありましたが、愛する人と迎える日々はそれをも上回る新鮮さに満ちていました。

「あの子に連絡したら、おっさんにも遂に春が来たのか。物好きな奴もいたもんだな、と言われたよ」

「提督、まずは言葉遣いから直さなければいけませんね。おっさんなどと・・・」

「そうなんだよ。私よりあいつの方が余程老けて見えるんだ。どの面下げて人をおっさん呼ばわりしてるのかと言いたいね」

「いえ、そういうことではなく・・」

これからのことについてお互いこうしよう、ああしたいと言い合う。

この毎日がずっと続けばいいと願っていました。

 

けれど。

 

戦況は芳しくなく、いかに提督が策を立てようとも向こうの物量に抗し切れぬ戦いが日々増えてきていました。

今や人類の最後の砦とも言われる提督は連日、深海棲艦に怯える上層部に呼び出され、何か手はないかと詰問されるばかり。どこの国も大変で、救援は望めない以上、自前の戦力で何とかするしかないと繰り返される毎日。そんなときです。あの人が皆を集めたのは。

 

「鉄底海峡へと向かい、敵深海棲艦の本拠地を叩く」

守勢に回り、新しく建造される艦娘達を待って反抗作戦に転じる。当初の計画はけれど、それを上回るペースで現れる深海棲艦の物量に今や無きものとなっていました。このままでは早晩押しつぶされるのは必定とあの人が決断した作戦。

 

もはやそれしかないと覚悟を決めたあの人に、翻意させられる者はだれもいませんでした。

皆分かっていたのです。それ以外にこの窮地を救う道はないと。

 

最後の晩餐とばかりに、飲み・歌い、そして夜部屋へと戻った私に、彼は真剣な表情で告げました。

自分も行こうと思っている、と。

もちろん反対でした。

 

「な、何を言っているのです!貴方は自分が立てた作戦を忘れたのですか?多数の艦娘達が陽動をかけ、本体が槍の穂先となって敵の本拠地を一気に突く。どの戦場でも安全な所はありません。そんな所へどうして!」

「深海棲艦が無尽蔵に湧き出す訳を調べに行かないといけないのさ。それに私は、妻を戦場に送って安穏としているなど耐えられない」

「思ってくださっているのなら、私がどれだけ貴方を思っているかも分かってくださっている筈です!!一緒に小料理屋をやると話をしたはずではありませんか。私達艦娘と違って、貴方にとってはどれだけ危険か分からないのですよ!?」

「すまない。こればかりは詫びるしかない。だが、お願いだ。私も行かせてくれ」

「いいえ、いけません。後方で私たちの勝利をお待ちになっていてください。この戦いが終わったら結婚しようという貴方の言葉は嘘だったのですか?」

「嘘なものか!他に頼める者がいればそうしている。これは私でなければおそらく無理なんだ・・。分かってくれ」

「分かりません。分かりません、提督。貴方である必要などないでしょう?」

あの人は悲しそうに首を振りました。

 

必死になって頼みましたが、あの人の思いはまるで揺るぎませんでした。

「頼む。この通りだ・・・」

土下座までして。まるで死にたがるかのようなあの人の態度に瞬間的に頭の中が沸騰しました。

「目を覚ましてください!!」

 

乾いた音が響き、頬を抑える提督に、はっとなって己のしたことに今更ながら気付けども。

心の中はぐちゃぐちゃで、ただ泣くしかありませんでした。

 

どうしてこの人は分かってくれないのか。この人だから分かってくれないのだ。

何をすれば思いとどまってくれるのか。何をしても思いとどまってはくれないだろう。

それが分かっているだけに、泣くしかなかったのです。

 

「すまない、本当にすまない」

謝りながら私を抱きしめるあの人を、

 

「バカっ!バカっ!!」

私はポカポカと叩きました。

 

「バカっ!バカっ!!バカああ!!」

何度も何度も何度も叩きました。    

 




青葉新聞9月15日号

『提督、遂に観念す。鳳翔さんと結婚を発表!!喜びに沸く鎮守府』

前々からお互いに脈ありだと思われながら、一向に仲が進展せず、周囲をやきもきさせていた提督と鳳翔さんが、遂に結婚を前提に付き合うことが大々的に発表された。多くの提督ラブ勢が悲嘆の涙にくれると予想されたが、どの艦娘にも概ね好評で、普段提督に対して辛辣な言葉を浴びせる者達からも、よくやったと称賛されている。人と艦娘との関りを大いに前進させると予想されるこの慶事に、今後多くの人・艦娘が注目していくことだろう。
       (艦娘時雨提供の記事切り抜きより抜粋)


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特別編Ⅳ 「出会い(後)」

一言で言えば、地獄。それしかない。
                 


誰もが口を閉ざし、衝撃にその身を震わせていた。

その光景を何と例えればよいのか。

それは一口に言えばこの世の地獄。

倒れ伏し、海に沈んでいく艦娘達と深海棲艦達。

その場を目撃した一人の海上自衛隊員は手記にこう書き残している。

「あの場を表現するのに地獄という言葉しか思いつかなかった。だが、それさえも、実際に受けた衝撃からすれば遥かに生温かった」

 

作戦成功の信号弾が上げられ、援護の艦隊が生き残った者達を救助に向かっていた。

「何としても生存者を救出しろ!!彼女たちは我が国を、世界を守ってくれた英雄だぞ!!」

散々紀藤の提案に反対していた上司の掌返しに、英雄が聞いてあきれる。何を言っているんだ、こいつは、と高杉は心の中で毒づいた。

 

「何人だ、生存者は!」

「信号をキャッチしたのは・・・7隻・・7隻のみです・・」

通信士が愕然としながら報告する。150隻以上の艦娘がいた。それが、たったの7隻だ。

自らも提督であり、原初の艦娘の強さを知る高杉は戦慄した。

「そんなバカな!い、いかに深海棲艦が大艦隊だったからといって、あの、あの彼女たちが・・・」

誰もが同様に思っただろうその疑問に答えたのは、やがて戻った7隻の凄まじい姿だった。

 

砲塔は折れ曲がり、艤装との連結は切れてはいないが、その背負っているものは鉄くずと化し。

竜巻にでも遭ったのかと思われるほど、体はのあちこちは切り刻まれ。

片足や片腕を飛ばされた者、片目を失った者。見るも無残な有様だった。

 

高杉は述懐する。

『かの大和の沖縄特攻を見送り、生還した船を迎えた人々ならばあるいは同じ気持ちを抱いていたかもしれない。迫りくる強大な敵に乾坤一擲の策として、それしかないと皆が頷き、彼らを出発させた。だが、戻ってみてのその惨状に、皆が第一に去来したのは深い後悔の念であり、続けて無力感、不甲斐なさが襲った。ある者は歯噛みし、ある者は唸り声を上げて血が滴るまで船内の壁を叩いた。畜生畜生と号泣し、泣いて謝罪する者もいた。彼女達に頼りきりの我々にはそれしかできることがなかった』

 

高杉は大声で泣きながら、早く入渠ドックへ入れろ、彼女達を絶対に轟沈させるなと叫んだ。

「すまない!!本当にすまない!!!早くしろ、とにかく!!!」

罵声のように指示を飛ばし、その後に気付く。提督は、紀藤はどうしたのか。

 

「長門。紀藤提督はどうされた?」

戻った艦娘の中で、唯一意識をはっきりとさせている長門に高杉は尋ねた。

「提督は戦死された」

深く、響く声だった。絶望を臓腑の中におさめ、それでもと必死になってなんとかこちらに伝えようとしていることが彼女の表情から伝わった。

「なっ・・・・・」

「この目で見ていた。間違いない」

有無を言わせぬ口調であった。高杉は急ぎ、通信士に生き残った7隻について確認をさせる。

「はっ。長門、ウォースパイト、プリンツ・オイゲン、時雨、北上、響、それに鳳翔です・・」

「間違いないのか・・・」

「はっ。間違いありません」

通信士は息を呑んだ。

鬼瓦と呼ばれて、豪胆さで有名な高杉が顔を歪めて涙を流していた。

「こんなバカなことがあり得るか・・・。こんなバカなことが!!」

 

人生は残酷だ、と使い古された言葉がある。この一連の三文芝居を書いた神がいるとすれば横面を思い切りはたいてやっただろう。悲劇に傾くのもいい加減にしろ、あまりにも酷すぎて見ていられないと。

 

「高速修復剤を持ってきていただろう!!ドックに入らなくても効き目があるかもしれん。とにかく!!何としてでも彼女達を無事に連れ帰れ!!」

 

情けなさと口惜しさ、やりきれなさを胸に一杯にし、高杉は命じた。

 

「もはや、それしか我々にできることはない・・。それしかないんだ。情けないことにな・・。とにかく急ぐんだ、急げ急げ!!くそっ!」

いけ好かないと思っていた上司が涙ながらに彼の後に続いて、声を枯らして叫んだ。

 

                    ⚓

 

「いぜん危ない状態だ」

そう医師から連絡があった時、高杉は全ての予定をキャンセルし、横須賀に向かった。

横須賀にある艦娘用の療養施設に運び込まれた7隻の中で、最も回復が遅れていたのが鳳翔だった。

身体の傷が癒えた艦娘達には専門の医療チームが組まれ、彼女たちの心のケアに当たり、彼女以外の6隻の艦娘はすでに施設からは退去している。

 

提督の敵討ちに燃える長門・彼が遺した平和な海を維持していこうと考えたウォースパイト。

提督や亡き艦娘達の冥福を静かに祈りたいと言うプリンツ・オイゲン。

北上や響は己の好きなことに打ち込むと言い、時雨に至ってはしばらくゆっくり一人で過ごすと力なく笑った。

 

人が絶望から立ち上がる時とはどんなときなのだろう。

感情を揺さぶられた時か。希望を見せられた時か。気持ちを休め、気力が充実したときか。

強い怒りや強い動機は、沈みこんだ気持ちを引き上げるのに必要不可欠な燃料だ。

だが。

 

鳳翔にはそれが無くなってしまった。彼女がこの世で生き続ける意味自体が失せてしまった。あれもやろうこれもしよう、そう思っていた日々が思い出の中でしか生き続けられなくなってしまった。

 

「私を、雷撃処分、していただけませんか・・・」

もう何十回、何百回と繰り返した問答に、高杉は切なくなった。艤装を下す解体とは違い、雷撃処分はそのまま艦娘の魚雷で故意に轟沈させるということだ。

己を殺せという、彼女の申し出に高杉は頷くことなどできない。彼は提督で、彼女は艦娘だが、彼女は敬愛する先輩の妻なのだ。

 

「あなた方偉大なる七隻にはできうる限りの便宜を図るよう、各国は取り決めました。ですが、それは、それだけはできません」

「何が、偉大なる七隻ですか!!」

高杉が見舞いにと持ってきたケーキが床に叩きつけられ、辺りに甘い匂いが立ち込めた。

「共に戦った仲間と提督を失いました。私たちの陽動に付き合い、補給のためにと志願した多くの自衛隊の方もいたはずです!!その人たちを失って、どこが、どこが偉大なのです!!おめおめと生き残ったこの身のどこが偉大なのですか!!」

 

困ったことに、鳳翔の気持ちが痛いほど高杉には分かった。

艦娘達だけに任せておけないと、高齢で退官した自衛官が先の戦いには多く参加していた。その中には現役・退官してからも高杉が世話になった恩師の姿もあった。彼らの任務は補給船による艦娘達への補給で、その危険性を十分に承知した上での志願だった。だが、いかに本人たちの了解が得られているとは言え、亡くなった以上、先の大戦の特攻と絡めて見殺しにしたと突くマスコミもいるだろう、そう考えて上層部はあくまでも彼らは深海棲艦との戦いで亡くなったとしたのだ。

 

「・・・・」

「私達が偉大?自分達の提督すら守れなかったんですよ?どこが、どこが偉大なんですか。それどころか、それどころか、私は・・・」

言い淀んだ鳳翔の様子を見て、高杉は部屋にいた者達に退出を命じた。

「し、しかし!!」

情緒不安定な鳳翔の様子に、護衛の者たちが抵抗するが、いいから出ていけと高杉は自ら彼らを追い出した。

「長門から聞きました」

扉を閉め、鳳翔の対面に座ると、高杉は言った。

「先輩は、紀藤提督は貴方をかばったと」

「・・・・・・・はい・・」

 

鳳翔の脳裏にあの場面がフラッシュバックされる。断末魔の声を上げ、沈んでいく敵駆逐棲姫が最後の意地とばかりに放った雷撃を、彼女は躱すことができなかった。ごめんなさい、貴方と心の内で提督に謝った時。通信越しに自らと皆に謝る声が聞こえた。

 

「すまない・・鳳・・、‥作・・。私の我ままだ、ごめ・・・」

「えっ!?」

それが提督の声だと分かった時には、自らをかばうように提督の乗る護衛艦ちょうかいが間に立ちふさがった。

深海棲艦の姫級の渾身の一撃に横倒しになるちょうかいをとにかく救おうと、ぼろぼろの身体に鞭をうち鳳翔が向かおうとしたその時。

「コレデモクラウガイイ!!!」

横合いから戦艦棲鬼が止めとばかりにちょうかいに砲弾の雨を降らせた。

「貴様あああああああああ!!!」

激昂した長門が最後の力を振り絞り、戦艦棲鬼を打ち倒した時。

爆発、炎上し、跡形もなくなったちょうかいの側に鳳翔はしゃがみこんでいた。

 

一縷の望みをかけて、彼を探し、長門もそれに続いた。

深海棲艦の出現により以前よりも極端に水温が下がった海は人が生き残るには厳しい。もって数十分というところだろう。

一時間が過ぎた頃、長門は決断した。

「・・・・信号弾を上げる・・・戻るぞ・・・」

生き残りの深海棲艦が戻って来るかもしれない。ぎりぎりの選択だった。

ちょうかいの残骸を胸に握りしめた鳳翔は首を振った。

「いや」

「戻る」

「いやです」

「戻るんだ!!!!」

「いやです、いやだ、いやなんです!!」

「いいから戻れ!!!!」

「いやあああああああああああああああああああ!!!」

そこで、ぷつりと鳳翔の記憶は途切れている。

長門の話では、気を失った彼女を背負って戻ったのだという。

 

「守りたかった・・・。なのに、守れなかった・・・。私が、私なんかを守ってあの人は・・」

 

さめざめと泣く鳳翔に、高杉はかけられる言葉がなかった。きっと何をどう言っても、彼女の心には響かない。当の本人が現れ、そうではないよと諭す以外は。

だから、彼は別の話をすることにした。

 

「先輩の養子になる予定だった子、覚えてらっしゃいますか」

毛布に顔を押し付けていた鳳翔の身体がぴくりと動いた。

「群馬県の館林にある先輩の家の方に住んでいたんですが、先輩が始まりの提督と呼ばれるようになってからひっきりなしにマスコミが来るので、嫌気が差したとかであちこちをふらふらしていましてね。ようやくこの間私が確保したんです」

忘れていた。いや、目をそらしていたのかもしれない。

気持ちを落ち着かせ、鳳翔は確認する。

「あの人の死を・・・知っているのですか?」

高杉は鳳翔を見つめ、静かに言った。

「いいえ。マスコミ嫌いで新聞もTVも観ないとか。鉄底海峡の戦いについても知らなかったです。そして、敢えて伝えていません。それは貴方のすることだと思いましたので。勝手ですが・・・」

「酷なことをおっしゃいますね・・・」

「貴方が望まれるなら私が代わって伝えますが・・・」

「いいえ」

鳳翔はきっぱりと言い切った。

「辛いですけど、それは私の役目です」

 

2日後の再会を約束して高杉が去ると、鳳翔は看護士を呼び、髪を整えて欲しいと頼んだ。                 

                

                 ⚓

 

その青年と会った時の印象を、鳳翔は今でも鮮明に覚えている。

提督よりも年長に見える容姿。

薄汚い恰好で、頬はこけ、目はぎらついていた。

猜疑心の塊で、己に触れるなという威圧感をはりねずみのように剥き出しにしていた。

初めて会う鳳翔に対し、目を丸くした、彼は言った。

 

「あんたがおっさんのいい人かよ。あのおっさんも隅におけないな」

「河原崎与作!口を慎まんか!!その方は・・」

 

言いかけた護衛の兵士はそれ以上言葉を発することができなかった。与作と呼ばれた青年が顔面を鷲掴みにしていたからだ。

 

「俺様をあのくそみたいな連中と同じ姓で呼ぶんじゃねえ。死にてえのか!!!!」

「よせ、与作!!ここは病室だ!!」

 

慌てて高杉が止めに入り、どさりと落ちた兵士は激しく咳き込む。

 

「高杉のおっさんの顔を立てて見逃してやる。次はねえぞ」

殺気を隠そうともしない与作に、鳳翔は呆然としながらも、出撃前夜、提督が泣き疲れた彼女に語ったことを思い出した。

 

「私は死ぬつもりはないんだよ。養子にしようと言った子、あいつを何とかしないといけない。あいつは自分の気になったことに関しては、私なんか及びもつかないくらいマメでね。才能があると思う。けれど、大切なものがないんだ。いや、正確には与えられなかったと言っていいかな」

「なんですか、それは」

「人を愛し、愛されるということだ。あの子は己一人で生きていけると思っていて、事実その力がある。世界も誰も信用していないんだ」

「そんな・・・。そのような子に、私が母親代わりを務められるでしょうか。私自身、愛というものについてはお恥ずかしながらおぼろげです。」

「私だって面と向かって何かと言われたら答えづらいよ。でも、君がそれをしてくれれば、きっと新しい艦娘の可能性が開けると思うというのはずるい言い方かい?」

「ええ。ご自分の負担を軽くしようと言うのが見え見えですよ」

軽く笑った後、さあ眠ろうという段になった時。

提督の小さなつぶやきが彼女の耳に入った。

「あの子の母親になってくれてありがとう」

 

ぎゅっと毛布を握りしめ、鳳翔は与作を見た。

「あなたに大切な話があります」

その様子から何かを感じ取ったのだろう。それまで怒気を露わにしていた与作は静かに椅子に座った。

「提督は、紀藤修一は亡くなりました。私をかばって」

「・・・・」

与作は目を大きく見開いたが、何も言わなかった。

「ごめんなさい。私はあの人を守れなかった・・・」

「・・・・」

「本当に、どう償っていいか分からない。ごめんなさい・・・」

どんな罵倒が返ってくるのかと身構えていた鳳翔を待っていたのは意外な言葉だった。

「別にいいさ。あのおっさんらしいよ」

「え!?」

「あんたが気に病むことはないよ。紀藤のおっさんはああいう人だからな。あんたを守れて本望だったと思うぜ」

淡々と語る与作に、鳳翔は信じられないといった風に尋ねる。

「悲しくないの?私に対して怒りを感じたりしないの?」

「なんで俺様が悲しまなきゃならないんだ。ちょっと前までずっと一人だったんだ。それが元に戻っただけだろう?ましてや赤の他人のあんたになんで怒りを感じなきゃいけないんだ」

早口でまくし立てる与作の、赤の他人、という言葉がずんと鳳翔の心に重くのしかかった。

 

「高杉のおっさん、こんなことのために俺様をわざわざ捕まえてここに連れて来たのかよ。バカバカしい。本当にバカバカしいぜ」

与作の声は震えておらず、自然だった。

本当に何も気にしていないようだった。

だが、鳳翔は、対面に座っていた鳳翔は気付いてしまった。

彼の口元が悔しそうに微かに歪んでいることに。

 

「本当に、気にしていないの?悲しくはないの?」

「くどいぜ、あんた。だから言ったじゃないか。今までだって一人だったんだ。それがまた一人に戻るだけだ」

気にしていない、という癖に口元はいぜん変わらない。

ああ、と鳳翔は己のしでかしたことの重大さに改めて気が付いた。

(私はこの子が恐らく唯一気を許していた人を奪ってしまったのだ・・)

 

黙ってしまった鳳翔を見て、もう己の用事は済んだと思ったのだろう。与作は立ち上がった。

「ほんじゃ、おっさん。館林まで送ってくれよな。紀藤のおっさんにあの家を頼むって言われてるんだよ。最近掃除してないから」

「分かった。だが、約束は忘れるなよ」

「ああ。それじゃ、俺様はもう帰る。あんたも、おっさんのことを気にすんなよ。あのおっさん、頭いいんだけど、時々見境いがなくなるからな。よっぽど大事だったんだよ、あんたの事がさ」

鳳翔は驚いて与作の方を見た。

触れれば怪我をさせると剥き出しになった敵意はなく、彼の言うおっさんに似た酷く不器用な気遣いがそこにはあった。

 

 

与作が出て行った後、部屋には高杉と鳳翔だけが残された。

「高杉さん。あの子に言っていた、約束とはなんですか?」

 

有無を言わせぬ鳳翔に、高杉は目を伏せる。

「今あの子は先輩の実家にいるんですが、退去を迫られているんです。ご存じの通り、先輩はご両親がおりませんが、その親戚とやらが赤の他人があの家にいるのはおかしいと・・・。与作は正式な養子ではありませんから」

「そんな、そんなバカなことが・・・!!提督はあの子を養子にすると私に言っていました。私が証人です!!」

「ですが、その・・・お役所仕事ですのでこればかりは、私でもどうにもなりません。あの子を私が引き取るとも言ったのですが、断られました・・・」

「あの子の、最後の言葉を聞きましたか?恨み言ではなく、私を気遣ってくれたんですよ。提督というかけがえのないものを奪いながら、その思い出の家すらあの子から奪うと言うのですか!人とはそのように酷いものなのですか?」

高杉を責めるのは筋違いと感じながらも、鳳翔は憤りを隠せなかった。

大切なものを奪われた彼女だからこそ。

己の身近に大切なものを奪われようとしている者がいることに我慢がならなかった。

「申し訳ありません。私ではどうにも・・・」

己の力不足を認め高杉は、頭を下げた。

 

胸に手を当ててしばし沈黙した後、凛とした声で鳳翔は言った。

「先日、高杉さんは私達には可能な限り便宜を図るとおっしゃっていましたね。その力をあの子のために使わせてください」

「というと?」

「あの子が私達夫婦の養子となるよう便宜を図ってください」

「そ、それは・・・私の一存では・・・」

「では、どなたに聞いていただいても構いません。あの子が今いる家から出て行かなくていいようにあらゆる手立てをうってください」

「そこまでされなくても。あの子も成人していますし」

「いいえ。これは私がそうしたいのです。それに・・」

鳳翔は久方ぶりに笑みを浮かべている己に驚いた。

「あの言葉遣いをどうにかしないと、と提督と約束していたのを、思い出しましたから・・・」

 




朝目新聞12月15日号
『偉大なる七隻、長門、国防への強い意志』
先の鉄底海峡の戦いにおいて、多数の被害を出しつつも、生還した偉大なる七隻を代表し、記者会見に臨んだ戦艦長門は、今後の後進の育成と逃亡離散した深海棲艦の残存艦隊への警戒を強く訴え、会場を後にした。

読買新聞12月15日号
『偉大なる七隻、長門。配慮を望む」
先の鉄底海峡の戦いにおいて、多数の被害を出しながらも、深海棲艦の本拠地を叩き生還した偉大なる七隻を代表して記者会見に臨んだ戦艦長門は、国防のための後進の育成と深海棲艦への警戒を強く訴えると共に、遺族関係者への取材の自粛を強く訴えた。

                 (各社のアーカイブから抜粋)


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番外編 「なにこれグレカーレ③」

本編はもう少々おまちください。

※注意!!本編とは全然全く関係ありません。アダルトゲームについて興味の無い方や18歳以下の方は全力でスルーしてください。登場人物が作者の好きだったアダルトゲームについて適当に語ります。FCとかの名作は話題になるけど、18禁のゲームってそうでもなくない?というのが書くきっかけ。

大好きだったソフトメーカーさんへの感謝を込めて。

グレ「随分唐突にこれを挟むね、テートク」
与作「作者のバカは元々鎮守府目安箱のノリが好きなのに、シリアス回を二回も続けた反動で我慢ができなくなったんだと」
グレ「そいであたし?扱い雑じゃない?」
与作「知るか。」

グレ「まあ、いいや。なにこれグレカーレ、はっじまるよお~!!」



「ふっふっふ。まさか、テートクも自分が忍び込もうとしているときに、部屋に忍び込まれているとは思わないよねー」

 

独り言を言いながら、与作の部屋へと入って行くグレカーレ。

どうでもいいことだが、毎度忍び込んでいるのに、提督自身は一向に部屋に鍵をかけるということをしない。まるで忍び込めるなら忍び込んでみろと言っているようだ。

 

「前回の失敗からあたしも学ぶのよ。余計なものは押さない、触らない・・・と」

 

がさがさ。がさがさ。がさがさ。家探ししていると見つかる妙なものの数々。リタイサルのチケット、イタチ人形、ココロのスキマお埋めしますと書かれた変な名刺。慎重に扱いながらいたグレカーレの目の前に丸い形をしたボタンがついたスイッチが現れる。

 

「な、何これ・・・。『触るな、危険!!絶対に押さないでください!!』ですってえ!?き、気になる。でもダメ!押したら何が起こるか分かんないし!ああ、でもテートクがいなければ何か起きても証拠を隠滅すれば・・・・・・・・・・・・・ぽちっとな」

 

う~~~~~~~~~~~~~~。

 

「あ、やばっ!!これ、前回の奴じゃん!は、早く脱出を!!って何あれええ!!」

 

ひゅ~~~~~。どし~~~~ん!!

グレカーレIN樽。首だけ出ている、某海賊危機一髪状態。

 

「ちょっと!!出られない!」

ぱっ。突然つくTV。画面上には横須賀に行っている筈の与作の姿が映し出される。

 

与作「この映像を観ているということはまた、性懲りもなく俺様の部屋に忍び込んだな、グレカーレ」

グレ「ちょっと、ちょっと!何で忍び込むのがあたしだって分かるのよぉ!」

与作「どうせ、なぜ自分が忍び込むのが分かったのかと喚き散らしているところだろうよぉ。そんなもん、残った二人がやりそうかで考えな!!」

 

残ったアトランタとフレッチャーを思い浮かべ、うん、ないわーとグレカーレも納得する。

 

与作「どうせ、お前のことだから俺様がいない間に秘蔵コレクションを借りようって算段だと思ってな。わざわざ用意してやったんだから感謝しろよ!俺様が面白いげえむをお前に懇切丁寧に解説してやるぜえ!けっけっけっけ。樽の中でできない悔しさにむせび泣きな!」

グレ「ちょ、ちょっと酷すぎる~!」

 

唐突に画面が切り替わり、タイトルコールがされる。

ちゃらららーちゃらーー。

 

「おやぢねっときとう」

 

秋津洲「鬼頭提督、なんであたしが出てるかも?」

与作「ぶっちゃけ消去法だ。フレッチャーは冗談が利きすぎるし、アトランタは大根だ。北上は今色々作ってもらってるしな」

秋津洲「時雨は?」

与作「あの野郎は一回やらせてみたんだが、見事なテンションの低さでクビにした」

秋津洲「それじゃあ、期待されたのでがんばってみるかも!今日の商品は何かも?」

与作「こいつだ!!カモン!!」

 

ぶいーーーーーん。何やら載せてくる二式大艇。

 

秋津洲「お疲れ様、大艇ちゃん。これは?」

与作「ふふん。ザウスさんの『永遠のアセリア』!!」

 

ばばあーーーん。

秋津洲「これは・・・ジャンルとしてはシミュレーション?いやSRPGかな?」

 

与作「そうだ。ターン制で進めていくんだが、こいつがまた今の異世界転移ものの走りみたいなものでな。異世界に呼び出された主人公たちが、強大な力を手にし、お互いに戦うんだが、強制力で逆らえないようにされててえげつないぜ」

 

秋津洲「ええっ?勝手に呼んでおいて?随分と酷い話かも・・・」

 

与作「まあ向こうとすると、どう考えたって強大な力の持ち主だからな。管理したがるのは当然なんだろうが、エトランジェなんて呼ばれて畏怖されながらも、体のいい奴隷みたいに扱われて、人権がない。呼び出す国によって扱い方もまちまちだ。おまけにこのゲームは異世界物でみんなが華麗にスルーしているものをしっかりと描いている」

 

秋津洲「ん!?それって何かも?」

与作「言葉だよぉ。言葉。最近は異世界言語のスキルを持ってるってことで話せるようにしている設定が多いが、このゲームは聖ヨト語という異世界の言葉をきちんと文法化していてな。物語の最初では向こうが何を言っているのかまるで分からない。ゲームの中で月日が経って、ようやく主人公が向こうの言葉を分かったってなると、異世界の人間が日本語でしゃべりだす訳よ」

 

秋津洲「それは細かい演出かも!!面白そう!!」

与作「だろう?その他にも永遠神剣やスピリットの設定などとても細かくなされていて、コンシューマー化もされてるぜ」

 

秋津洲「永遠神剣?剣が出てくるの?」

与作「ああ。しかも階位が存在してな。ぶっちゃけ低い階位の神剣だと持ち主にとってもよくない影響がある」

 

秋津洲「なるほどー。それは興味があるかも!!他におすすめポイントはあるかも?」

与作「設定やシナリオも好きだが、おすすめはOPだなあ。聖なるかなでも歌っている川村ゆみさんはペルソナシリーズなんかでも歌を歌っているぜ。ライブなんか行くとかわいいと言われて怒るってのが様式美になってるお茶目な人だが、パワフルボイスの歌は必見だぜ」

 

秋津洲「ええと、さっきから話題に出ないキャラクターはどうかも?」

与作「メインヒロインでタイトルにも名前が出ているアセリアは人気だな。無口系ヒロインだ。他のヒロインではエスペリアも一押しだ。それぞれのヒロインごとに背負っているものがあるのが面白い。ただ、この作品、妹が受け入れられないという奴が多い」

 

秋津洲「妹って、主人公の?」

与作「そうだよお。そいつを人質にとられて主人公は戦うんだが、作画崩壊だの、生理的に受け付けない、だの散々だったな。俺様の仲間内でもいまだに話題に上がるが、あれならまだシャクティの方が許せる、とか伊藤誠が受け付けない男NO1なら、女で受け付けないNO1はこいつだ、などと出てくると即スキップしている奴がいたな。まあ、個人の見解だがよ」

 

秋津洲「逆に鬼頭提督はよくやったかも・・・」

与作「俺様の場合は、バカが俺様に妹属性を付けようとしやがってな。シスタープリンセスだの、みずいろだの細々寄こした中にこいつが入っていたのよ。まあ目論見は外れ、理想の妹なんぞ二次元にしか存在しないとそいつに教えてやったわけだが」

 

ぶいーーーん。ぐいぐい。

 

秋津洲「ちょっと、鬼頭提督。大艇ちゃんが、話が横にそれすぎって言ってるかも!!」

与作「おっと!俺様ときたらついくだらねえことを愚痴っちまったぜ。とにかく、だ。百聞は一見にしかず。やって損はないゲームだからおすすめするぜえ!続編の聖なるかなも俺様的には同じくものすごい時間がかかる大作ゲームよ!」

秋津洲「よかったら、皆さんもやってみて欲しいかも!!」

 

画面が切り替わり唐突に流れる永遠のアセリアのオープニング

 

ちゃらららちゃらららーちゃらららちゃららららー

 

ぶつん。

 

グレ「面白そうじゃん!やりたい、やりたい!!ってうわああ」

暴れた拍子に横倒しになる樽。

 

アトランタ「何やってんの、あんた」

グレ「ああっ!!アトランタ、助けて!!提督の部屋に忍び込んだら樽に詰められたんだよぉ」

アトランタ「すごいことさらりと言うね、あんた。どういう状況だよ。あたし、これから車出さないといけないんだよ」

グレ「え?なんで」

アトランタ「秋津洲達も拾わないといけないじゃん。時間を決めてこいって提督さんに言われてるからね」

グレ「あたしも行く!!連れてって!!」

アトランタ「ほいほい。樽から出られたらね。そこで反省した方がいいと思うけど」

グレ「ええっー。ちょっとーー。見捨てるなあ!!」

 




その後アトランタが運転する車の中

グレ「えっぐえっぐ。ありがと、フレッチャー」
フレ「いえいえ。でも大変でしたね。突然上から樽が降って来るなんて・・」
アトランタ「提督さんにきちんと謝んなよ、全く」

登場用語紹介
リタイサルチケット・・・とある国民的スターのライブチケット。いつもの原っぱ会場にて8月13日に行われたもの。
イタチ人形・・・・・野球帽をかぶった少年からもらった人形。
ココロのスキマの名刺・・・いつも笑みを浮かべる、黒いスーツ姿のせえるすまんからもらった名刺。



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第四十七話 「大湊へ」

雪風改二が待ち遠しくて仕方ないですねえ!
こつこつ二隻目を鍛えています。丹陽と雪風改二を持ちたい。もう一隻雪風が来てくれれば。この物語書くまでそこまで好きでもなかったんですけどねえ。

なぜ鳳翔さんが館林に住んでいるのか知人に聞かれたんで一応載せます。
①作者が昔住んでいた。
②あるつながりです。
本当は船橋でもよかったんだけど。

特別編を出したのですが、その後の流れを見て、順番を変えるかもしれません。


相手との関係によって約束というものがもつ価値というのは決まってくる。

友人や家族との約束に比べ、職場での約束は個々人が属する立場によってその重みが変わる。

立場が上のものは下の者に対し、様々な理由で口約束という名の空手形を切ることは多いし、その逆であれば、それは守らなければならない必達目標となるだろう。

ただ、これはあくまでも普通だったら、の話であり、口約束だから忘れてくれというそれがそのまま通用するほど、倉田源八は甘くはなかった。

 

「なんじゃと?どういうことじゃ、説明せえ!!」

 

大湊警備府。その中心よりやや離れたところにある第四艦隊の執務室に怒号が響き渡った。

 

「偉大なる七隻が来るっちゅうから面倒を引き受けたんじゃぞ!!それがフタを開けて中身を確認したら、おめあての連中が来んじゃと?わしを舐めとるんか!!!」

 

極上の大間のまぐろが食べられると思っていたら、刺身のツマが出てきた。何かの冗談かと笑ってもいいぐらいの出来事だ。

 

「く、倉田、落ち着け。これは海軍省からの通達でな。我々ではどうすることもできん」

「腰巾着が!!おまんには聞いとらん。話が違うっちゅうからには、わしらは出んぞ。榊原のおっさんにもそのように伝えい!」

 

電話越しの参謀の一言はますます倉田に火をつけた。そもそも演習をしろと言ってきたのはその上の筈だ。それが、いちいちこちらのすることに口を挟み、人の神経を逆なでしてくるとは。

 

「だから、重ねて頼んでいる。我々としても寝耳に水なのだ」

「知るか。そもそもなんでそんな話を電話で伝える?そがいにわしが怖いか!」

 

側に立っていた神風がやれやれと額に手をやり、司令長官と参謀の抜け目なさを称賛した。

直接口頭で伝えたら己の提督は激昂し、殴りかかるのが目に見えている。電話なら耳は痛くなるが、少なくともそれだけだ。

「上の人間はええのう。やれやってくれ、やれやらんでええと好き放題抜かすことができてよ。歯を食いしばって敵と戦ってるのはこっちじゃぞ?きらきら飾っとる井口のおっさんや、地元のおぼっちゃんの工藤の艦隊にやらせたらどうじゃ。考えてみたら、何でわしの所が子守りをせにゃいかんがじゃ!」

「向こうが駆逐艦と軽巡しかいない。第一も第二も駆逐・軽巡は育っているが、お前の所が最高練度だ」

「なんじゃと?」

倉田の勢いが止まった。相手の編成が駆逐艦と軽巡しかいないことが気になった。

 

「着任して3か月も経とうっちゅうのに、駆逐・軽巡しかおらんがか?ほんまか、その話」

「ああ。事実向こうから送られてきている参加予定艦には戦艦や重巡どころか、軽空母の名前すらない」

「ほーん。・・・ちょいとうちの秘書艦とも相談して、再度返事をするきに。後で電話しとうせ」

「わ、分かった。前向きに検討を・・・」

倉田は最後まで聞かず、受話器を置いた。

 

「意外ね。司令官の事だからもっと怒っていると思ったわよ」

「途中までは榊原のおっさんを殴りに行こうと思っとったがの。聞こえとったじゃろう?今の話。どう思う」

「普通に考えて、この時期まで駆逐艦と軽巡で艦隊運用しているなんてあり得ないわよ。水雷戦に特化して艦隊を組んでいる可能性があるわね」

 

神風の判断は常識的なものだった。手探りに建造していた昔と違い、今はレシピなる建造の際に最適な資材配分を教えるものが広く出回っている。自艦隊の戦力を手っ取り早く強化したければ、資材を貯め、戦艦や空母を建造すればいい。

だが、3か月が経とうというのにそれをしていないという事は余程仕事をしていないのか、何らかの意図があってしかるべきだろう。

 

「あの鎮守府は他と演習をやっちょらんからな。例の会見以外でまるで情報が無かったが、そういうことなら話は別じゃ。同じ考えのモンどうし、先輩として叩き潰す必要があるぞ」

「確認で聞くけど、それって100%の好意なのよね?」

「当たり前じゃ。本来なら面倒なんぞ受けたくはないが、相手が水雷屋ならうちの生きる見本を見せてやらにゃならん」

「何その年寄り扱い。喜んでいいのか怒っていいのか分からないわ」

「もちろん喜ぶ方じゃ。おまんもやりきれん思いはあるかもしれんが、先達の務めってやつで、ぼこぼこにしたれ」

「これで、悪気が全くないから困るわね・・・」

神風はくすりと微笑んだ。

 

結局、いくつかの条件を出して、倉田の艦隊が正式に演習相手になると決まったのはその日の午後だった。

                  

                 ⚓

 

簡単なもので悪いのだけれど、と鳳翔が用意したのは山のような御馳走だった。すでに朝食を済ませている一同は呆然としながらも、目に見えぬ圧力にとにかく必死になって箸を動かした。

鳳翔は与作の近況や江ノ島鎮守府の艦娘達の自己紹介にいちいち頷きながら、お茶を淹れたり、お代わりを持って来たりとせわしなく動いていた。

 

「全くこの子は。時間通りに来てくれれば、もう少し用意ができたんですよ」

「演習に行く途中で寄ったからな」

「しれえがいきなり連絡してすいません、鳳翔さん」

「いいえ、気にしないで、雪風ちゃん」

「本当にもう、テートクは!」

『すみません。もう少し空気を読めと言っているんですが』

「お前が言うな、お前が」

「いつもこんな感じなの?楽しそうな鎮守府ね」

「うるせえ。余計なお世話だ」

 

部下の艦娘達とわいわい話しながら、がつがつとすごい勢いで食事を平らげる与作の姿に、鳳翔は目を細めた。

 

「本当に提督としてやっているのですね。何かの冗談だと思っていたけれど」

「俺様が冗談を言うか。養成学校の試験を受ける前に連絡しただろうが」

「貴方は冗談や嘘が多いから本当かどうか分からないんです。たまにしか顔を見せないし」

「ふん。この間TVに出ていただろうが」

「うちにはTVがいらないと捨てた当人が何を言っているのです」

「過去のことは忘れたね。それでな、今日は無駄話に来たんじゃねえ。ばばあに頼みがあるのよ。この神鷹に稽古をつけてもらいてえ」

「頼み?私に、貴方が?」

 

鳳翔は唖然とした。

この20年近く。片や艦娘で、片や人。立場の違いもあれば、考え方の違いもあったが、つかず離れず鳳翔と与作は共に生きてきた。

だが、これまで送ってきた生活の中で与作が鳳翔に頼みごとをしたことは一度たりともなく、彼女からすれば、今の彼の言葉はまさに青天の霹靂だった。

 

「神鷹の奴が上手く艦載機が扱えねえみてえなんだよ。誰か適役がいないかと考えていたら、ばばあが思い浮かんだものだからよお。って、何を泣いてんだ?」

 

身の内側からこみ上げる衝動に、思わず口元を隠し,

「・・・ううっ・・・・」

目頭を押さえる鳳翔に、フレッチャーが黙ってハンカチを差し出した。

「ありがとう・・。色々と思い出してね。ごめんなさい」

「Sorry、あたしが余計なことを言ったから思い出したくもないこと思い出させたかな」

「いいえ、そうじゃありません。気を遣わせてしまいましたね。」

 

彼女自身、戸惑っていた。

この喜びを何と表現すればいいのだろうか。どうしてこんなに気持ちが温かくなるのか。

 

ずっとずっと。心の中では思っていたのだ。なぜこの子は自分に頼らないのかと。一人で何でもこなせてしまう彼に自分を頼って欲しいと。そう思い続けていたことがふとした拍子に叶ってしまった。

気を緩めると、顔をくしゃくしゃにしてしまいそうで。

こんなことではいけないと、鳳翔は気持ちを落ち着けて与作を見つめた。

 

「分かりました。私でよければ引き受けますよ」

「えーっ。ほ、本当に!?神鷹さん、やばいよ。これって」

 

グレカーレが興奮するのも無理はない。偉大なる七隻で唯一の空母である鳳翔は、また、原初の艦娘の中でも最初に着任した空母であり、彼女こそ世界の空母艦娘の礎を築いた存在といっても過言ではない。そんな人物に稽古をつけてもらえる幸運など、世界中の空母艦娘達からすれば、垂涎の的だろう。

 

緊張のあまりぶるぶると体を震わせていた神鷹は、ぎゅっと拳を握りしめると、鳳翔をしっかりと見据え頭を下げた。

「私、その色々上手くいかなくて・・・。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、提督や、皆さんのお役に立ちたいんです・・・。よ、よろしくお願いします」

「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。頑張りましょうね」

「は、はい・・。頑張ります!!」

「くっくっく。神鷹よぉ。ばばあは鬼厳しいから気を付けろよ。帰りに抜け殻になってないようにな、って痛ええ、何すんだ!」

「ですから、何度ばばあと言うのを止めろと言ったら分かるのです、この子は!」

                 ⚓

 

食事が済み、さて出発という段になったとき、一人車に乗るのを躊躇している艦娘がいた。

見送りに出た鳳翔と神鷹の方をじっと見つめ、そのまま動かない。

「どうした、アトランタ。乗らねえのか」

与作が声を掛けると、アトランタはここに残っていいかと言い出した。

「はあ?またどうして」

「あたしも鳳翔さんに特訓して欲しいんだ。提督さんが褒めてくれた対空能力に磨きをかけたいんだよ。こんなチャンス滅多にないじゃないか」

「でも、先方に演習参加艦の予定表を出してしまいましたから、厳しいですよ、アトランタ」

 

フレッチャーがたしなめるが、アトランタは引かない。それはそうだろう。時雨や北上も防空性能が普通の艦娘と比べたら遥かに高い。その彼らに特訓してもらい、以前よりも自信はついた。だが、そこで満足はしたくない。せっかく己の提督が認めてくれた能力を限界まで高めたい。

 

(そのためには空母の艦娘に相手をしてもらい、経験を積むしかない。)

アトランタは思い、神鷹のいち早い成長と空母のいる鎮守府との演習を心待ちにしていたのだ。

 

だが今。目の前に自分がこれまで出会って来た中でも、間違いなく最強の空母が現れた。

(こんなチャンス二度とない。偉大なる七隻唯一の空母鳳翔。万が一にでもその操る艦載機を落とすことができればきっと更なる高みに登れるはず。)

 

アトランタはぽりぽりと頬をかき、上目遣いで与作を見た。

「ダメかな、提督さん。我儘言うけど」

「まあ、いいんじゃねえか。どうせ、ただの演習だろ。都合がつかなくなっちまったと言えばいいだろうよ。何か言われたら俺様がうるせえと言ってやる」

「Thanks!恩に着る。あたしも頑張るから」

「ふん。ばばあ、悪いがもう一人頼まあ。練習相手にでも使ってやってくれ」

「はいはい。分かりました」

成り行きを見守っていた鳳翔は、自分が思っているよりも成長した与作の姿に嬉しそうに微笑んだ。

「なんだ、にやにやしやがって。薄気味悪い」

「全く、この子は・・・。本当に憎まれ口しか叩かないのだから・・。時雨さんや北上さんにもよろしく伝えてください」

「ああ、後はばばあの仲間って言うと、長門と響か。あの二人には会った時にでも伝えるかな」

「あら。あの二人とも知り合いなのね」

 

提督の導きかと鳳翔は思ったが、口には出さない。それは、己の伴侶と目の前の義理の息子が最も嫌う言葉だった。

 

「それじゃあ、雪風さん。うちの子をよろしくお願いしますね」

「はいっ!!しれえのことは初期艦の雪風にお任せください!!」

雪風のぴっと姿勢を正し敬礼するその姿に、鳳翔は思わず破顔した。

 

                ⚓

「はあ~~。本当に驚いたよ、全く」

車が出発するなり、グレカーレの野郎が大きなため息をついた。

ただ食事をしただけなのだが、もう演習を終えたようなとてつもない疲労感を見せてやがる。さすがにあのばばあのプレッシャーは半端なかったんだろう。

今この場にいない秋津洲だったら、おほっ!それは本当かも!!といいリアクションをとりそうだがな。

 

ちなみに助手席はさっさと乗れとせかし、じゃんけんでなかった結果、なぜかフレッチャーが座っているんだが、若干キラキラしているのが気になるぜ。

「素敵な方でしたね、鳳翔さん。提督との仲もよくて私びっくりしました・・・」

 

あの光景を仲がいいというお前にびっくりだな。それよりもばばあの話が長いから無駄に時間を食っちまったぜ。

 

「鳳翔さんの話が長いというよりは、しれえがあれこれまとめてしゃべるからですよ!」

「ばばあがあれはどうした、これはどうのとやたら聞いてくるからだ。俺様は悪くねえ」

 

尋問じゃあるめえし、食事はどうしているとか、みんなとちゃんとやれているのか、とかバカみたいなことばかり聞きやがって。

 

「それより、テートク、どうすんの?アトランタさんが抜けちゃったら三隻しかいないじゃない」

「演習をしろって言われただけで指定はないからな。演習は一隻からできるし、大した問題じゃねえぞ。問題は誰が旗艦になって現場で指揮するかだ・・・って、ちょいと待て。電話だ」

 

固定したスマホをタッチすると、どこかで聞いたような声が車内に響く。

「ああ、ようやくかかった。もしもし、私です、私私」

「新手のオレオレ詐欺かあ?ワタシワタシなんて奴、俺様の知り合いにはいねえぞお」

「ちょっと、与作君!!声を聴いてわかるでしょう?」

 

出た。いかにも気付いて欲しいという奴が言う台詞。分かっていても、普通は確認するもんじゃねえか。声が似ている奴だっているし、名乗って来ねえのは怪しいだろうよ。面倒くせえと俺様が切ろうとすると、相手はそれに気付いたのか、ひときわ大きな声を出した。

 

「んもう!鹿島ですよ。か・し・ま!!貴方の手足となって働いたのに、約束を守ってもらえなかった可哀想な鹿島です!!」

「約束だあ?知るかよ、そんなの。それで何の用なんだ」

「冷たい。与作君が冷たい。養成学校時代の時には教官教官と慕ってくれていたのに・・・」

 

何をさらりと事実を捏造してやがるんだ。俺様は紳士だからTPOって奴を弁えていただけだぞ。第一あんたが呼び捨てにしてくれと言ったんだろうが。俺様達はこれから上から言われた演習で忙しいんだ。用件があるならさっさとしてくれ。

 

「用件はありますけど、そんなものは後でも大丈夫なので、少しおしゃべりしませんかって痛い!ちょ、ちょっと・・」

 

おい、なんだあ。電話の向こうでどたんばたんと音がしたかと思うと、やがて静まったぞ。

「全く、鬼頭提督。申し訳ありません。お手間をとらせました」

「ああ、大淀か」

「ちょっ!?なんで、大淀さんは名乗らずとも分かるんです!?おかしい!!」

「すみません。何か変な声が聞こえるかもしれませんが、気にしないでください。実は江ノ島鎮守府に交艦留学生が決まりましたので、そのご連絡をと」

「また随分急だな、おい。それで、艦種は?そいつが一番重要だ」

 

ふふん。最近神鷹を建造し、ビッグウェーブが来ているからなあ。以前の俺様じゃないぜ?たまたま四隻駆逐艦が続いたがよぉ。アトランタの野郎が着任してから流れは変わってきているのよ。ここで来ちまうか?戦艦が来ちまうか?海外からだと、アイオワ、ネルソン、もしくはリシュリューやビスマルクか?

フランス語やドイツ語は最近さっぱりだから自信がないぜ。

N〇Kのラジオで勉強しねえとなあ。

 

だが、期待を込めた俺様を待っていたのは、悲しい現実だった。

「駆逐艦です。米国からジョンストン、英国からジャーヴィス。両名とも相当な練度で・・。って聞いてますか、鬼頭提督?」

大淀の声が遠くに聞こえる。くちくかん?何だ、そんな艦種あったか?

「分かった分かった・・。好きにしてくれ。それじゃあ、切るぞ」

「え?そ、それで二名は今日・・」

まだ何か話したそうな大淀だったが、俺様は静かに電話を切った。

 

「提督、ジョンストンですって!!ジョンストンが来るんですよ!!」

ただでさえなんかキラキラしていたのに、まばゆいばかりの光を放ち、フレッチャーは嬉しそうだ。そりゃ、お前は姉妹艦が来るから嬉しいかもしれないがよ・・・。

「英国からも来るって言ってたわよね、テートク。また随分と国際色豊かな艦隊になるね!」

他人事のように言うグレカーレだが、うちの艦隊が国際色が豊かになったのは、まず間違いなくお前が来たからだぞ。お前一人で五人分くらいうるさいからな。

「むう。しれえはまた、駆逐艦が来るのでうんざりしていますね!!艦娘は見た目通りの年齢ではないと何度言えば分かるんです!!」

このアホビーバー!!言葉にすると空しくなるから、あえて口に出さない俺様の心の中を読んでいるんじゃねえ!その通りだよ!!いくら星5だからって、同じクラスばっかり必要ねえんだよ。ゲームやるときゃとりあえずバーサーカーで話は終わるが、現実はそうはいかねえだろうが。

 

というか、おい。

はっとなって俺様は車内を見渡した。神鷹とアトランタを引いたら今車内にいるのは駆逐艦ズだけじゃねえか。こいつらが触媒になって駆逐艦を呼び寄せやがったとしか考えられねえぞ。しまった、迂闊だった。おまけに今気づいたがアトランタの野郎が抜けたら、帰りまた館林までの10時間近くは俺様が運転しなきゃならねえじゃねえか。

 

「くそっ。ついてねえ!!」

これもあのばばあに会って、調子が崩れたせいかもしれねえな。

 




登場人物紹介
与作・・・・・・・駆逐退散の札をもらっておかなかった己のうかつさを呪う。
雪風・・・・・・・鳳翔の言葉で戦意高揚状態
フレッチャー・・・提督の隣で戦意高揚状態
グレカーレ・・・・謎の疲労感で赤疲労状態
鳳翔・・・・・・・時間がありません。すぐに始めますよと笑顔。
神鷹とアトランタ・やる気みなぎる鳳翔に覚悟したこととはいえ、ガクブル状態。


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第四十八話 「本物」

某竜球で言うと、悟空が蛇の道からようやく降りそうかという感じ。
また、次話投稿まで少し間隔が空くと思います。

雪風改二が来て嬉しい限り。
二隻目がやっと80超えたけど、最終的にはまあ足りないよねって感じがする。
陽炎型は大体改二が80までだけど、油断できない。
コンバートのある朝潮とか丁にすると85とかだし。
なんとなく、幸運艦だからって改二はLV77。コンバートは8番艦だし、語呂がいいからと88ぐらいに設定しそうで怖いです。

運営さん、夕立は55で改二でしたよ。昔を思い出してハードル下げてください。


東京羽田空港。

ジョンストンとジャーヴィスは飛行機から降り立つと、しばらくぶりの大地を踏みしめると共に、初来日の感慨にふけった。

「ここが、あの明智小五郎や金田一耕助の故郷、日本ね!きっと怪盗からの予告状や、怪しげな一族にまつわる呪いや言い伝えがてんこ盛りの筈よ!」

「どうも、あんたは情報が偏っているのよねえ。さっさと江ノ島に行きましょう」

出口へ向かおうとするジョンストンに、

「ううん、違うわ、ジョンストン。こっちよ」

ジャーヴィスが指差したのは国内線への乗り継ぎと書かれた看板だった。

 

「え?乗り継ぎ!?なんでよ」

「キトウ提督は、今大湊に演習に行っているってさっき電話したとき長門が言っていたわ。だから、じゃあそっちに移動するねって伝えたの」

「いつの間にそんな連絡を・・・。それより座席はどうすんのよ!」

「事情を話してカウンターできいたら、ちょうど二席余ってるから融通できるって言われたわ!」

「いやいやおかしいでしょ。そんな都合よく・・・」

言いかけてジョンストンは飛行機でのポーカー勝負を思い出した。

(都合よくいくかもなあ。この子なら・・・。)

 

「さあ、こっちよ。行きましょう!」

また空の旅に逆戻りかとため息をつくジョンストンを尻目に、ジャーヴィスはずんずんと先に進んでいく。

「あ、こら。待ちなさいよ、ジャーヴィス!」

 

                     ⚓

 

大湊警備府第四艦隊。

艦娘に対して過酷な訓練を課すと言われ、恐れられている大湊の中でも、つとに彼女たちはその名が知られている。

訓練の厳しさ。

司令官の苛烈な性格。

そして、演習での絶対的な勝率。

ただでさえ、他の鎮守府よりも強いとされる大湊の中でも、第四は別格・・・と言われるくらいで、腕試しに演習を申し込んで来る者も多い。

 

「ば、バカな!!なんだ、あの摩耶は。どうして、こちらの攻撃がわかる?」

 

モニター越しに聞こえる相手の提督の絶叫に、倉田はあくびをした。

「そんなもん、攻撃するタイミングが丸分かりだからじゃろうが。おい、摩耶。適当なところで終いにせえ。わしは飽きた」

『了解』

程なくして出た勝利の判定にも相手の提督からの呼びかけにも答えず、倉田は席を立った。

 

「ちょっと、司令官。相手の提督に失礼でしょ。挨拶ぐらいなさいな」

「ふん。始めにお前を出そうとした時の向こうの態度が気に食わん。ウォーミングアップにもならんかったの」

「ああ、もう。私が代わりにやっておくから、あんたは執務室で大人しくしてなさいよ」

 

ぷらぷらと手を振って消えた司令官の代わりに神風が挨拶に向かうと、単冠湾の提督だと言う男は、未だ驚愕の表情を浮かべたまま呆然としていた。

 

「お疲れさまでした。すみません、司令官がどうも調子が悪いとのことで、よろしく伝えて欲しいと言付かっています」

「・・・どうして。どうして、戦艦が4隻もいるうちの艦隊が、こうも一方的にやられるんだ・・・。あの摩耶や、叢雲たちは何物なんだ・・・」

「かなり訓練をしていますから。後は事務方の方に連絡していただいたら、帰りの手続きがとれると思いますので」

 

失礼しますと頭を下げて去っていった神風の姿を見送った後、単冠湾の提督は、通信機ごしに摩耶に自分の艦隊へ来ないかと呼びかけた。禁止されている引き抜き行為ではあるが、あれほどの強さを誇る艦娘だ。みすみすそのままで帰る訳には行かない。

 

「はあ?バカか、行くわけないだろ」

 

摩耶の返答に、彼は驚いた。過酷と言われている大湊は艦娘達から敬遠されている筈だ。自分が手を伸ばせば、すぐその手を握り返してくると思っていたのだが。

 

「あんた、気づいていないんだな。いい事を教えてやろうか。あんたが強いって言ってるあたしはあくまでもNo.4でさ。さっきまであんたの目の前にいた艦娘が、うちのNo.1なんだぜ?」

「はあ!?そ、そんな馬鹿な!!」

「見る目がねえ奴のとこに誰が行くかっての。その様子じゃ神風の姉さんを馬鹿にするから、あたしたちが怒ってたってことも気付いてねえみたいだな。悪いこと言わねえから早いとこ帰らないと、うちの連中にぼこぼこにされるかもしれねえぞ?」

「う・・・」

ねっとりと自らに絡みつくあちこちからの視線を感じ、単冠湾の提督は急ぎ事務室へと直行した。

                    

                    ⚓

「ねえねえ、矢矧。鬼頭提督、阿賀野と矢矧のおにぎり、見分けがつくかなあ」

横須賀鎮守府の一角にある食堂では、阿賀野と矢矧が遅めの昼食をとっていた。

 

「え?そ、そうね。どうだろうね・・」

姉思いの矢矧は口を濁したが、内心では握ったおにぎりの形を見て、与作には気づいて欲しいという気持ちで一杯だった。

 

「あ~~~~。眠――――い」

そこへふらふらしながらやってきたのは第二艦隊所属の川内である。彼女は二人に頼まれて、こっそり鎮守府を抜け出し、江ノ島へと行ってきたのだが、本来それは彼女が寝始める時間であり、眠そうにあくびを連発すると、テーブルの上に顔を伏せた。

 

「届け物をしてくれたのはありがとうだけど、ここで寝るのはまずいわ、川内。阿賀野がコーヒーを奢ってあげる」

「ありがとう・・・。助かる・・・」

 

阿賀野がいなくなると、矢矧は川内に向かって礼を言った。

 

「ごめんなさい、阿賀野姉が無理を言ったみたいね」

ぷらぷらと手を振って川内は気にするなとアピールする。

「ありがとう。うちから軍用艇で行くって聞いていたのが変更になったから二人で慌ててたの」

「普通思わないよ、陸路で行くなんてさ。でも、相手が大湊でしょ。大丈夫かな・・・」

「艤装のこと?車で大丈夫だってことだし、追加の分はさっき運んでたみたいだけど・・・」

「いんや。相手の話。大湊はどこが相手でも強いんだけどさ、相手が第四艦隊ならまずい」

 

顔を上げた川内を覗き込むように、矢矧は見た。

「まずいって、どういうこと?江ノ島は十分強いじゃない」

「うん。江ノ島も強いと思う。時雨さん達もいるし。でも、あそこの神風は普通じゃない」

悔しそうに川内は唇を噛みしめ、言った。

 

「だって、このあたしが夜戦で攻撃を当てられなかったんだから」

 

                  ⚓

 

演習当日の朝。

第四艦隊で誰よりも早く起きる神風はいつも通り早朝トレーニングに励んでいた。

この時間に合流するのは朝方の艦娘で、朝風がその中心だ。

「今日は演習があるんだから、ほどほどにしておきなさいよ」

 

神風は告げると、シャワーを浴び、身支度を整えてから、次いで執務室に向かい室内を換気する。

 

トレーニングバカの倉田はしょっちゅう室内を締め切って各種トレーニングをするので、こうでもしないと臭いがこもって仕方がない。

「おう。もうそんな時間か」

 

それをよい合図と汗を拭き始める倉田に、神風は今日のスケジュールを告げた。

 

「十時より演習。準備は滞りなくできているわ」

「ほいじゃ、朝飯でも食いに行くかの」

「それじゃ、みんなに声を掛けるわね」

 

大湊警備府内には3つの艦娘用の食堂があるが、そのうちの第3食堂はほぼ第四艦隊の専用と言ってもよく、時間がなく食いっぱぐれた艦娘が使う以外は、いざこざを避けて他艦隊の者が姿をみせることはない。

 

「どいつが今日の演習に出るかはまだ確定で決めちょらん。しっかり食っとけ」

 

倉田が告げると、皆黙々と食事を始めた。

他の艦隊と違い、第四艦隊はきっちりと食事の時間を決めている。その時間に一緒にミーティングも行い、無駄な時間を省いてトレーニング等の時間に充てるためで、これは倉田が提督になってからずっと変わらぬ習慣となっている。

 

「朝食後各自トレーニング。本日の遠征はなしじゃ。その分身体をいじめてろ」

「「「了解」」」

 

(今日、あの江ノ島鎮守府と演習があるって聞いていたのに、違うのかしら)

第3食堂の主である間宮は、普段と変わらぬ彼らの姿に首を傾げた。

 

                  ⚓

「ようこそ、大湊警備府へ。今をときめく鬼頭提督との演習を心待ちにしていたよ」

「はあ。どうも」

榊原の社交辞令の歓迎の言葉に、与作はとりあえず礼を言った。

とても地方の弱小鎮守府の出迎えとは思えぬ、多くの提督や艦娘達の姿に、江ノ島鎮守府の艦娘達は面食らい、きょろきょろと辺りを見回した。

 

「なんか、すごく人が多くない?」

「ええ。大丈夫ですかね、私たちは3人だけで」

「しれえは全然気にしていないみたいですが・・」

「おい、こっちみたいだ。ついてこい」

 

案内された港では、すでに準備が万端整えられているようだった。

先頭に立ち、指示を出していた黒髪長髪の男は、与作達の姿を見ると、目を細めた。

「おう。江ノ島のおっさんか。わしがあんたの艦隊と今日やる第四艦隊の倉田じゃ。よろしゅうな」

提督らしからぬ倉田の挨拶に驚いた面々に、横にいた艦娘が頭を下げる。

 

「ちょっと、司令官!仮にも出向いてくれた相手にとって失礼でしょ!すいません、うちの司令官はこんな感じでして。第四艦隊筆頭秘書艦の神風です。本日はよろしくお願いします」

笑顔を見せ、神風が差し出した手を握ると、与作は一瞬驚いた後ニヤリと笑った。

 

「随分といい手をしてるじゃねえか。その手に触れされてもらえたこと、光栄だぜ」

「それはありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」

神風は微笑み、会釈をして倉田と共にその場を離れた。

 

瞬間、後ろに待機していた三人が信じられないものを見たというように、呻いた。

「あ、あの、司令・・・。雪風の間違いじゃなければ・・・」

「うん、テートク。あの神風さん・・・。駆逐ナ級よりも遥かに強いよ・・・」

「はい、私も感じました・・。まるで、その、時雨さんたちのような・・・」

 

ぶるぶると震える3人からは、昨日までの気楽な様子は瞬く間に消し飛んでいる。

 

「成長したじゃねえか、お前たち。よく感じ取れたもんだぜ。まあ、がちんこでやったら時雨たちとどっちが上か分からんが、一つだけは言える」

 

与作は嬉しそうに呟いた。

「あの神風は本物だぜ。あいつが出てきたら、精々気張れよ」

 

一方、第四艦隊の控室では。

 

「おまんの手をいい手と言いおったのう」

倉田が嬉しそうに、神風の方を見て言った。

「ええ。びっくりしたわ」

「あのおっさんとその艦娘どもは強い。おっさんの方は言わずもがなじゃが、初見でおまんの強さを見抜くなどなまなかの艦娘ではできん」

 

これまで戦った鎮守府の提督や艦娘達の中には、旧式艦だとあからさまに神風を馬鹿にする連中が少なからずおり、一つの例外もなく、そうした連中はぼこぼこにして帰している。

偉大なる七隻が来ないと下がっていたモチベーションが一気に回復した思いだ。

 

「それじゃあ、出るやつを言うぞ」

整列した艦娘達を見回すと、倉田は演習の参加メンバーを告げた。

 

「向こうさんが三隻と言っているんじゃ。こちらも三隻でええ。神風、朝風、春風。おまん等が相手をしちゃれ」

「「「了解」」」

 

さらりと返事をしてその気になった当人たちと違って、周囲の第四艦隊の艦娘達は息を呑んだ。

よりにもよって彼女たちが出ることになるとは。

神風、朝風、春風の、神風型の三隻だなんて、それは。

 

「うちのベスト3じゃねえか!!ちょ、ちょっと待ってくれ、提督!!」

 

堪りかねて摩耶が口を挟んだ。

「神風の姉さん達が出るまでもないじゃねえか。相手には偉大なる七隻がいなくて、おまけが来てるんだろう?あたしが行くよ。姉さん達の手間はとらせねえ」

 

神風が出るのは分かるが、何も三隻ともが出る必要はない。摩耶としては気を遣ったつもりだったが、その相手が悪かった。

「ちょっと、摩耶!!」

朝風が割って入る間もなく、倉田はあっという間に摩耶の胸倉をつかんだ。

 

「おう、摩耶。わしがそうせえっちゅうとるんじゃ。なして、おまんのいうことを聞かないかんがじゃ?おまんは司令官か?」

「ぐ・・、す、すまねえ提督・・・。そんなつもりじゃなかったんだ・・」

「ふん、気をつけえ。わしは今昂っとるきに」

 

急に手を放され、床に倒れ伏した摩耶はその場で咳き込んだ。見かねて、神風が間に入る。

「司令官、そこまでにしておきなさい。摩耶も悪気があってのことじゃないわ」

「そうそう。でも、まさかご指名が入るとは思わなかったわ。早起きは三文の徳って本当ね」

朝風の言葉に、春風が嬉しそうに微笑んだ。

「神風お姉さまと朝風さんとご一緒に演習だなんて、本当に久しぶりですね」

「まあ、大抵神風姉が出て終わりだったからねえ。偉大なる七隻と闘えないのは残念だけどね」

「はいはい。行くわよ、貴方達。残念なのは私が一番なんだからね」

「ぺちゃくちゃしゃべっとらんで、行くぞ。浦波、例の手筈をしとけ。念のためじゃ」

「了解です・・」

 

(さあて、おっさんよ。わしを楽しませてくれよ。こっちの歓迎の準備は十分じゃからのう。)

期待以上の反応を見せてくれた江ノ島鎮守府の提督に対し、倉田は期待に胸を躍らせた。

 




登場人物紹介

倉田・・・・・・趣味も特技も訓練と語る生粋のトレーニングマニア
神風・・・・・・おやぢの一言に微妙に戦意高揚状態。
朝風・・・・・・まだ微妙に朝なのでやる気。
春風・・・・・・3人揃って演習は久しぶりなので喜んでいる。
榊原司令長官・・とりあえず演習はしてくれそうなので胸をなでおろす。




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第四十九話 「好物」

いつも誤字報告ありがとうございます。

何とか雪風改二の日に間に合わせることができました。
待ってましたよ。



演習場に集まった大湊警備府の艦娘や提督たちは、貼り出された参加艦の名前を確認すると、皆一様に息を呑んだ。

「か、神風型が3隻だと!?倉田の奴、どういうつもりだ!」 

榊原が傍らにいた参謀の方を向くも、参謀は分からないと首をひねるばかりで要領を得ない。

 

そもそも、通常の演習は、鎮守府ごとに海軍省に演習希望の相手と日時を伝え、双方の都合が合えば行うということになっている。観艦式の際に御前試合として行うことはあっても、今回のように本部から演習の相手を指示されることなど皆無に等しい。

 

そのため、通常の演習では完膚なきまでに相手を叩きのめすやり方を是とする榊原も、今回ばかりは気を遣わざるをえなかった。彼ら江ノ島鎮守府の面々は高杉元帥のお気に入りであり、自分たちの正しさを示すと言っても、あまりにも一方的に打ちのめしては心証が悪くなるのは必至だからだ。

 

(それぐらい分かっているとは思っていたが・・・)

 

偉大なる七隻が所属する鎮守府で相手の強さが未知ということと、対外的なメンツを考えて敢えて第四艦隊を相手として選んだことを、榊原は今更ながら後悔した。彼らは強いが融通がきかない。気に入った相手こそ、自軍の最高戦力で叩き潰そうと考える、おかしな思考の持ち主だ。

 

「今からでも変更することはできんか。いくらなんでも・・・」

「長官。それはさすがに危険すぎます。倉田が今回演習を引き受ける際に出した条件をお忘れですか?」

 

そう。偉大なる七隻が来ないとなり、出ないとごねた倉田が提示してきた条件が、演習に関わること全てを彼に一任し、口出しをしないこと、であった。

万が一にも負けるわけにはいかぬため、やむを得ずそれを呑んだが、今思えば暴れまわる狂犬の鎖を自ら外してしまった。

 

「後はなんとか江ノ島に頑張ってもらうしかないが・・・」

「どうでしょう。彼らは今回が初演習ということですので」

「なんだと?おい、本部は何を考えているんだ」

 

他人事のように榊原は嘆息した。演習に慣れてきた提督たちでさえ、この大湊との演習は避けて通るというのに演習が初めてとはどういうことだ。秘書官の金剛は叩き潰して欲しいなどと言っていたが、言う方は余程気が楽でいい。

 

「とにかく、倉田があまり無茶をしないように見張るしかないな」

だが、長官の願いが叶うことはなかった。

                  ⚓

「大湊警備府まで急いで!!お願い!!」

空港を降りるや、一目散にタクシー乗り場に直行したジャーヴィスを、後から追いかけてきたジョンストンが窘める。

「ちょ、ちょっと。あんた早いわよ。何をそんなに焦っているの」

「オオミナトとエノシマが演習をするって言うじゃない!早く行かないと間に合わないわ!」

「へえ、お嬢さんたち、艦娘かい?外国の艦娘さんなんて、珍しい。お人形さんみたいだねえ」

初老の運転手は孫でも見るような目つきで二人を見た。

 

「Thank you!!でも、あたしは探偵でもあるのよ」

「はは。探偵ごっこかい。おじさんも昔やったねえ」

「む~。ごっこじゃないわ。結構な数の難事件を解決したんだから!ねえ、このアオモリにも名探偵に関係があることって何かないかしら」

「おっと、お嬢さん!!よくぞ、聞いてくれたね。何を隠そう、あの名探偵神津恭介の作者高木彬光先生の出身地がここよ!」

ジャーヴィスの質問に、突如としてエンジン全開になった運転手が喜色満面の笑顔で答えた。

 

「えっ!?」

声を上げて驚いたのはジョンストン。まさか、そうほいほいと名探偵と関係のある土地に行くことになろうとは思いもしなかった。

 

「Sorry、迂闊にも知らなかったわ・・・」

己の不勉強さを素直に謝罪するジャーヴィスに運転手は気にするなと早口でまくし立てる。

 

「そうかい・・。最近の子は分からないかもなあ。かの明智小五郎、金田一耕助に並ぶ、日本三大名探偵の一人なんだ。神津の前に神津なく、神津の後に神津なし、と謳われた天才肌の名探偵だよ」

「Lucky!!そんな名探偵所縁の土地に来られるなんてツイてるわ!!運転手さん、大湊警備府に到着するまで、色々と教えて!」

「嬉しい事言ってくれるねえ、お嬢さん。よおし、シートベルトをしっかり締めな!猛スピードでとばす間、この青森が生んだ名探偵、神津恭介について大いに語ろうじゃねえか!」

「え!?は?飛行機を降りても、同じような話が続くの?」

「ジョンストン。古今東西の名探偵たちの話はあたしたちにはとっても大事なことよ。クリスティの生んだトミーとタッペンスの二人だって、昔の名探偵の考え方を真似して事件を解決したんだから」

 

内心ではそこまで嫌ではなかったが、抗議する必要性をジョンストンは感じた。

 

「いやいや、あたし達って。完全にあたし、あんたの助手の立ち位置じゃない!」

「ジョンストン君。初歩的なことよ。とても言いやすいし、あなたにピッタリなんだもの」

「理由のようでいて、理由になってない!」

ジョンストンの反論は、しかし、運転手とジャーヴィスの嵐のようなミステリー談議の前に流された。

                    ⚓

 

演習場に江ノ島鎮守府の面々が姿を現すと、わっと歓声が上がった。

 

「あっ、あの子がフレッチャーね!!」

「本当だ!まさか本物が見られるなんて・・・」

 

一番人気は何といってもフレッチャー。米国がその威信にかけてドロップを狙うも失敗し、なぜか日本の江ノ島鎮守府で建造された彼女は、日本・米国のみならず、世界に大きな影響を及ぼすことになった偽装事件の原因となった艦娘である。

その希少性は高く、カメラを構えた艦娘や提督達は、まるでアイドルのように彼女の姿を捉えようと必死になった。

 

「あ、あの。すみません、通ります」

赤面しながら歩くフレッチャーの後ろに、腕組みをしたグレカーレと雪風が続く。

「一応あたしもレア艦なんだけどなー」

「雪風もですよ・・・」

 

「ふん。くだらねえ」

 

3人の後に運転疲れに欠伸をかみ殺しながら与作がやってくると、

「おい、江ノ島の提督だぞ!!」

ひときわ歓声が大きくなった。

 

「あれが、江ノ島の提督か。米国大統領に追い込みをかけた男・・・。確かに噂にたがわぬ面構えよ・・・」

「あの不敵な態度!演習程度では退屈と見える・・・」

 

口々に交わされる己への評価に、与作は眉をしかめた。演習が退屈で面倒くさいのは確かだが、やる以上は何らかの形で自分の艦隊のプラスになるようはしたい。

 

「だが、それが叶う相手かどうかなんだがなあ」

先ほど出会った神風のことを思い起こし。

与作がそう、呟いた時だった。

 

「おい、第四艦隊が来るぞ!!」

誰かの上げた声と共に、会場の雰囲気ががらりと変わった。

先ほどまでとはうって変わり、歓声は止み、静まり返った中。

先頭を歩く艦娘の姿を認め、多くの者が息を呑んだ。

 

「神風、朝風、春風、だと・・・・」

「ほ、本当に神風型の3隻を出すのか・・・。俺、初めて見るぞ」

「そ、そんなに強いんですか。こう言ってはなんですが、彼女たちは駆逐艦では・・・」

「お前、今年うちに来たばかりだったな。だったら仕方がないが、以後その言葉を吐くな。うちではそれは、私は見る目がないバカです、と言って回るようなもんだ。そのうち誰にも相手にされなくなるぞ」

「そ、そんな・・・・」

「お前よりも、よっぽど向こうさんの方が彼女たちのすごさが分かっているみたいだぞ」

 

彼らの言う通り、神風型の3隻が現れるや、江ノ島鎮守府の面々はその彼女たちの姿に釘付けになった。

「嘘だよね、テートク」

「あの3人の方が今日の相手、ですか・・・・」

「しれえ・・・」

「けっ。おいおい。とんでもねえ大歓迎じゃねえか」

 

緊張感に身を固くする江ノ島鎮守府の艦娘達と比べ、歩いてくる第四艦隊の艦娘達はまるでいつも通りといった感じでのんびりとしていた。

 

「あらあら。お相手さん、随分とカッチコチね」

「初めての演習のせいかと。きっと緊張しているのでしょう」

 

先頭を行く朝風が後ろを振り向くと、日傘をさした春風が応じる。

会場の誰もがそれだけじゃない、と突っ込みたくなるがそうはできぬ雰囲気が彼女にはあった。

 

「二人とも無駄口を叩いてないで。急いで並ぶわよ」

最後尾の神風が声を掛けると、二隻ともそれに応じた。

 

「お待たせしました。大湊警備府第四艦隊。我ら神風型の3隻がお相手させていただきます」

見惚れるほどの美しい所作で敬礼する神風たちに対し、江ノ島鎮守府の面々も答礼する。

 

「食い切れねえ程のご馳走を出してくれるなんて、随分と豪儀な奴だな。お前さんたちの提督は」

「嬉しいこと言ってくれるわ。いつもあたし達のことをよく知らない提督さん達は、演習に旧式を出すなって怒るんだけどね」

「ふん。見る目のない奴らだ。大事なのは古いとか新しいよりも強いかどうかだろうが」

「あらあら。江ノ島の提督さんは、司令官様となんだか雰囲気が似てらっしゃいますね」

「そのお前らの提督はどうしたんだ」

 

 

「すまん。遅れた」

やってきた倉田は、先ほどとは違い慣れぬ制服に身を包んでいたが、髪のおさまりが悪いのか制帽はかぶらず、小脇に抱えていた。

 

「改めて、わしがこの大湊警備府の第四艦隊を預かっちょる倉田源八ぜよ」

「江ノ島鎮守府の鬼頭与作だ」

 

がっしりと握手を交わす両提督。それを見た、榊原はやれやれ何とか無難に始まりそうだと胸をなでおろした。

 

が・・・。

 

「おう、おっさんよ。おまん只もんじゃないの」

倉田が狼のように歯を見せて笑い、

「ふん。お前もおっさんだろうが。そういうお前こそ、そんなに力を込めて何のつもりだい?」

与作も嬉しそうにニヤリと笑みを見せ、その手を放した。

 

「わしはの、おっさん。好物はイの一番に平らげるんじゃ。誰にも食われたくないきにのう」

「気が合わないな。俺様は最後まで取っておく派よ」

「そうかい!!」

 

倉田は制帽を投げつけると、同時に隠し持った目つぶしを思い切り与作に向けて投げつけて、距離をとった。

 

「ば、バカ!!何をやっとる倉田あ!!」

声を上げて制止しようとする榊原に倉田は首を振る。

 

「演舞じゃ演舞!!こがいな好物を見せつけられて我慢できるもんかよ!!」

「ああもう!バトルジャンキーが!!」

 

神風の盛大なため息をよそに、独特なステップから一気に倉田は踏み込んだ。

顎を掠め、脳を揺らすとばかりに放った一撃を与作はまるで見えているかのように後ろに避ける。

「なっ!?」

「視覚なんざ、しょせんは五感の一つでしかないぜ」

倉田が放ったワンツーが軽くいなされたかと思うと、

「ぐっ!!合気じゃと?」

ぱしい!!

渾身のストレートに呼吸を合わされて、体が地面に叩きつけられた。

 

「このっ!」

二度、三度。向かって行っては同じような展開を繰り返す。

息つく暇ない二人の攻防にその場がしんと静まり返った時。

 

「やるなあ、おっさん。あんた、掛け値なしのバケモンじゃな」

視界が回復した与作に見せつけるように、向かい合っていた倉田が構えを解いて、両手を上げた。

「すまんかったのう。わしの悪い癖じゃ。強いモンを見ると、ついちょっかいをかけないかんと思うてよ・・」

ぽりぽりと頭を掻きながら近づく倉田をじっと見つめ、与作は顎をなぜた。

「そうかい」

「目は大丈夫がか?悪かったのう。これでも使っとうせ・・。おおっと」

ハンカチを出そうとして、よろけた倉田の袖口からきらりと光る何かが見えた次の瞬間。

 

「きゃあああ!!提督!!」

地蔵背負いの形に背負われた与作の首に、光る糸が巻き付いているのに気づき、フレッチャーが悲鳴を上げた。

 

「おっさんだけじゃのうて、わしかて漫画で勉強しちょるんじゃ。強うなるためにのう」

「ちょっ、止めてよ!テートクの首がしまっちゃう!」

「多分、大丈夫です!!」

動揺するフレッチャーとグレカーレを尻目に雪風は己の提督をじっと見つめ、拳を握りしめた。

 

「ぐっ!!」

「どうした、おっさん。ええ加減にタップせんと、わしが人殺しになってしまうぜよ。ここらで終いにせんかい?」

 

ぎりぎりと絞めつける倉田に手加減は一切ない。

だが。

この感触はなんなのか。殺すつもりでやらなければ、このおやぢは折れないと、力の限り思い切り絞めている筈なのに。

なぜ、逆にぎりぎりとワイヤーが軋む音が聞こえるのか。

 

ぎしぎしぎしぎしと。。

さらにワイヤーが悲鳴を上げる。

 

「ええ加減にせえよ、おっさん。象すら身動きさせなくするっちゅう、特注のタングステンワイヤーじゃぞ!」

渾身の力を両手に込めて引っ張る倉田だが、逆に徐々に、ワイヤーでの拘束が緩み始める。

「動物園にいる連中と俺様を一緒にされてもねえ・・・」

 

ぶちぶちぶちん!!

「なっ、ば、化け物か!」

 

倉田は戦慄した。傭兵時代、同じように技を仕掛けた連中は、皆身じろぎをするなどして躱そうとし、かえってその首にワイヤーを絡ませていった。

だが、このおやぢときたら、力のみでそれを引きちぎってしまった。

 

「くおっ!!」

ごろごろと前のめりに無様に転がりながら、与作の一撃を何とか躱した倉田は、平然と咳ばらいをして立つその姿に唖然とした。

 

「おいおい。珠のお肌に跡が残ったらどうするんだ」

「想像以上じゃな。おっさん、あの動画の時より遥かに強くなっとらんか?それともあの時は手を抜いちょったんか」

「何だ、俺様のファンか?それにしてはちょいと過激すぎねえか」

「ふん。光栄に思うがええ。わしがここまでするのはおっさんぐらいじゃぞ」

 

「どこがだ。俺様好みのむちむち美人だったらOKだがな。ここにいるかは知らんが」

にやりと笑う与作の言葉に、倉田は意外そうに肩をすくめてみせた。

「あん?興ざめじゃぞ、おっさん。もしや艦娘を女と思うとる口か?そがいに強いのに、なぜにそんな甘っちょろい考えをしちゅう。艦娘は道具じゃろ」

「ほお。お前は艦娘道具派か。だが、それじゃあ艦娘達の意思についてはどう考えるんだ?」

「闘う時に優秀な道具であればええ。後は知るかい。もちろん手入れを怠ったり、てめえから傷つけたりするクソは論外じゃがな!!」

 

ぱっと倉田は手元から何かを投げつけ、それを与作が躱したところに、狙いすまして心臓への一撃を叩きこんだ。

 

ばきいいい!!!

「は、ハートブレイクショットだと・・・」

聴衆の誰かがうめき声をあげた。

皆が決まったと思うタイミング。決まれば一瞬相手の時を奪うことができる。

 

だが。それも成功すれば、という話だ。

「え、エルボーでブロックするかあああ!」

 

拳を砕かれた倉田は追撃を躱そうと、ギアを上げた。

 

かちり。世界がモノクロに染まる。

その中では視界におさまるもの全てがスローモーションとなり、圧倒的な優位に立てる。

 

同じ神速使い以外には。

 

「俺様はファンを置いてけぼりにしないぜエ!」

「随分とファンサービスが手厚いのう!」

 

悠然と掴みかかってくる与作の右腕に飛びつき、倉田は腕ひしぎ十字固めを決め。

「腕一本いただきい!」

「熱烈なファンでも願い下げだあ!」

その態勢のまま、与作は倉田を地面に叩きつけた。

 

「ぐっ・・・。くっ、お、おまん、ほんまにええ加減にせえよ。なんじゃ、自信がのうなってくるわ」

「そうかい。ようやく種は出尽くしたか?」

「いいや。だが、このままじゃったらわしがじり貧なのはわかっちゅう。じゃから、おまんの弱点を突かせてもらう」

「何だと!?」

「浦波いいいいい!!!目標、0-4-5じゃああああ!!」

 

倉田の叫びに応じて、与作の視界の中でゆっくりと体を動かしたものがあった。

その視線の先にある者を確認し、倉田に腕をきめられたまま、弾かれたように与作はその前に立ちふさがる。

 

ぱあんんん。

乾いた音が場内に響き、与作の身体にダーツが突き刺さった。

意外そうな目で己を見る浦波に彼はにやりと笑いかける。

 

「ぐっ。地上最強の生物と同じ扱いをしてくれるとは、光栄だぜ」

「わしは負けるのが死ぬほど嫌いなんじゃ。眠るとええ」

 

ぐらりと与作の身体が揺れる。目の前にいた艦娘は信じられないと声を震わせた。

 

「し、しれえ・・・。なんで、なんで雪風をかばったんですか」

「ふん。雪風。てめえは初期艦だ。後は任せるぞ」

「しれえ!!」

 

膝が落ちそうになる瞬間。

倉田が手を放したその隙だった。

与作はあっという間に倉田の背後に回ると、その首に腕を巻き付けた。

「俺様も、負けるのが死ぬほど嫌いでねえ!!!」

「しまっ!!神風!後は頼む!!」

渾身の力でのどぼとけの両側を圧迫し、しめ落とす。

 

倉田が意識を失うのと、与作の膝が落ちたのはほぼ同時であった。

 

                 ⚓

 

「それでな、やっぱりおじさん的には、その刺青殺人事件が好きなわけよ・・」

「面白い事件ねえ。あっという間についてくれて、Thank you!!」

「早く!もうそろそろ始まる時間よ!」

まだ、話し足りなそうにするジャーヴィスを引っ張りながら、ジョンストンは正門ゲートをくぐった。

 




登場用語紹介
神津恭介・・・高木彬光先生作の推理小説に出てくる名探偵。6か国語をあやつる天才肌。
トミーとタッペンス・・・ミステリーの女王アガサ・クリスティーが生んだ二人組。「秘密組織」「二人で探偵を」などで活躍。


登場人物紹介
神風・・・・・・己の提督の暴走にやれやれと頭を掻く。
朝風・・・・・・お互いにえげつないわね、と一言。
春風・・・・・・やはり司令官様と仲がよろしいようですね、と一言。

ジャービス・・・神津恭介の名を知らなかったことを悔い、ジャーヴィスメモにでかでかとメモる。
ジョンストン・・名探偵ってやっぱり天才肌の人間が多いのかなと感想を漏らし、運転手のテンションを上げさせる。
運転手・・・・・実はLos会員。ジョンストンの元気な姿を見れて感無量な上、ジャーヴィスとのツーショットに今年一番の幸運を使ったと興奮気味に会員に伝える。


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特別編Ⅱ-after 「ただいま」

元々用意していた改二記念用のが、改二祈願用になってしまったため、慌てて書いた次第。数々の戦歴の割には、あまり二次小説で見かけなかったので、初期艦にしましたが、改二になるのがこんなに嬉しいとは意外で思わず書いてしまいました。

雪風改二と丹陽のレベル上げ、イベント準備が忙しく、次話はとびとびになると思います。だって、コンバートだと思うじゃないですか。あの新型兵装を使わせるなんて。

足りないから夜通し周回する羽目になりました。眠くて仕方ない。
甲標的に使っちゃってない人とかいないのかな。もらえる任務は多いけど、使い道が分からず迷って使った人いると思う。


時系列的には特別編Ⅱと同じ日、宗谷に行った後の話です。


宗谷への見学を済ませた後、興奮しきりの雪風と、距離をとるように与作は歩いていた。

「ちょっと、しれえ!今日はデートですよ。もうちょっとゆっくり歩いてくださいよお!!」

「何がデートだ!!がきんちょめ。ああ、なんで俺様、あんなことを言っちまったのか」

 

与作は後悔する。雪風とのじゃんけんに余りにも負け過ぎたため、気が変になっていたとしか思えない。そもそも、トランプ勝負から数えるとどれだけ負け続けてきているのか。だから、あんな妙なことを口走ってしまったのだろう。

 

それは北上着任後すぐのこと。

無敵雪風に土をつけるべく行ったじゃんけん勝負。

焼肉にジュースとあらゆるものを賭け負け続け、もう後がなくなった。

 

「くそっ!もう一度だ。もう一度じゃんけんするぞ!」

「テートク、止しといた方がいいよー。完全にギャンブルにハマる人の思考だよ。だからあたし、言ったじゃん」

「うるせえ!!」

「じゃあ、しれえいきますよ!!じゃーんけーん・・」

「ちょい待て。ここまでのパターンから俺様は学んだぞ。負けた方が勝った方に何かおごるだと俺様が負ける。よし、こうしよう。お前が勝ったら俺様に焼肉とジュースをおごれ!!」

「なんです、それ。雪風が損じゃないですか!」

「うるせえ。それじゃあ、俺様が勝ったらお前が行きたがってた宗谷に連れてってやるよ。けっけっけっけ。どうだい、このぷらんにんぐ。どちらにしてもお前の負けよ」

「え!?ちょ、ちょっと、ずるいんだけど!何それ、テートク」

「私もじゃんけんしたいです・・・」

「何を言っているんだ、お前らは。どうする、雪風。試合から降りるなら無条件に焼肉とジュースが俺様のものとなるぜエ」

「インチキじゃない!」

 

声を上げるグレカーレをよそに、ごごごごごとなぜか静かに闘志を燃やす雪風。

「やりましょう、しれえ!じゃーんけーん」

「「ぽいっ!!」」

 

雪風→チョキ

与作→グー

 

ぶるぶると拳を突きあげながら、与作は絶叫した。

「は、はあああああああ!?あれだけ、あれだけ勝ってた奴がなんで急に負けるんだよ。俺様の焼肉はどうした!ジュースは!?」

「やりました!!しれえ、宗谷ちゃんの所に連れてってくださいよ!!」

満面の笑みを浮かべる雪風に、その場にいた二人からは不満の声が上がる。

 

「えーーーっ。ずるいずるい!!あたしもテートクとデートしたい!!」

「私もです・・・」

『ちょっと、聞き捨てなりませんよ。デートイベントがあるなんて!』

ふよふよとやってきた妖精女王に、

 

「ええ!?じゃんけんで負けたら与作がデートしてくれるの?」

「それは初耳。知らなかった」

特訓を終えて戻ってきた時雨とアトランタ、

「何々、面白いことやってんの~?」

工廠から騒ぎを聞きつけてやってきた北上もそれに加わり、場は混沌と化した。

 

(思い出しても、寒イボが出てくるぜ。俺は、なんであんなことを言っちまったんだ。気がふれていたとしか思えねえ。通常の思考じゃないぜ。)

思い出したくもない過去に、与作は顔を思い切りしかめた。

 

「ったく、今日びのがきんちょは、引率とデートの違いも分からねえのか。俺様は一言もデートするなんて言ってねえぞ」

「むう。しれえは本当に女心が分かりませんね!!時雨ちゃんの言う通りです・・・」

「あいつの言うことをそもそもまともに聞こうとしている時点でお前は間違えている」

「それで、しれえ。どこに向かっているんです?乗る電車が違いますよ」

 

なぜか電車で行きたがった雪風に、乗り鉄の与作は良い傾向だと頷いて、江ノ島からやってきたが、戻るのならば反対方向の筈だ。

「ふん。さっきの話で思い出して、ちょいと行ってみたいところがあるんでな。まあ、お前にも縁があるところだ」

 

新宿から京王線に乗り、調布へ。駅からバスに乗り、やってきたのは覚證寺というお寺。

 

「え・・・ここは?どういったところなんです、しれえ」

「とりあえずついてこい」

 

住宅地の中、うっそうとしげった緑に囲まれたところだった。

墓地に入ると、すぐに目的の場所が見つかった。

墓前には狛犬のように置かれた鬼太郎とねずみ男の象。外柵にはたくさんの妖怪が浮き彫りされている。

 

「あ、あの。しれえ、ここって、まさか・・・・」

「俺様が尊敬する水木しげる先生の墓だ」

「・・・・」

 

ラバウルやポートモレスビーなど、復員船として働いていた雪風が、日本へと連れて戻ってきた人は1万3千人以上にのぼる。その中でも有名な一人が、目の前で眠る妖怪漫画の第一人者だ。

 

「水木先生・・・」

感慨深げにそっと雪風は手を合わせた。

戦後賠償艦として丁寧に整備された彼女は、その後中華民国へと引き渡されたため、自らが故国へと連れ帰った人たちの、その後のことは風の便りでしか聞いていない。

 

日本でも中華民国でも活躍した彼女を、そのどちらの国民も愛おしく思ったのだろう。舵輪と錨は日本に、スクリューは中華民国の佐営にある海軍軍官学校に展示されている。

 

船の形としては、祖国の土を踏むことは叶わなかった。だが、姿を変えて、自分はここへと戻ってこれた。

始まりの提督や与作が言うように、船の魂が宿っているこの身は妖怪のようなものなのかもしれない。でも、きっと目の前でユーモラスな顔で鎮座する妖怪を描いた水木先生のことだ。自分達のこともすんなり受け入れてくれたことだろう。

 

「雪風、帰ってきましたよ・・」

 

突然、ふっと、雪風の頬を風が撫でた。

お帰りの挨拶か、それともまだ働くのかいと呆れたのだろうか。

雪風は微笑むと、ぺこりと頭を下げた。

 

「あっちでも頑張りました。こっちでも頑張りますね」

 

                   ⚓

結構な移動距離でさすがに疲れたな。

やれ、デートだなんだと散々騒いでいた雪風は、墓参りの後突然静かになりやがった。

井の頭線から小田急に乗り継いでも無言のままで、さすがの俺様も声を掛けざるを得ない。

雪風のほっぺたを引っ張って元気を出させてやる。

 

「な、なんです、しれえ!」

「おい、無口キャラで通そうとしても、お前に五右衛門は似合わねえぞ」

「んもうっ!!雪風だって、色々考えるんです。」

「がきんちょが考えても仕方がないだろうが。悩むんならどうして、自分は料理ができないのか悩め」

「事実を捻じ曲げないでください。この間グレカーレさんと和食を作って、しれえもそこそこイケると言ってたじゃないですか!」

「あのなあ。料理ってのは片付けまでが一工程なんだよ。お前ら食べた後フレッチャーの野郎に後片付けを手伝ってもらってたじゃねえか」

「あれは、フレッチャーさんがご馳走になったからやりますと言ってくれたからですよ!いつ

になったらしれえは雪風達をお子様扱いしなくなるんですか。今日だってせっかく・・・」

 

おいおい。なんだ、こいつ。頬を膨らませて黙り込みやがった。せっかくってなんだよ。ふん、響の野郎が言っていた、おしゃれをしてきたから、洋服を褒めろってことか。知るか。がきんちょは何を着てもがきんちょよ。

 

でも、改めて見ると、こいつのワンピースのリボンの錨の刺繍は手が込んでやがるんだよなあ。パッチワークや日本刺繍を嗜む俺様の琴線に触れるぜ。

 

「あの、しれえ。どうしました?じっと雪風の方を見て」

「ああ。お前のそのリボンの刺繍、すごい手が込んでいていいなと思ってよ」

「えっ・・・」

「ふむ。こいつはいい。よく似合っている」

黒地のリボンに白い錨の刺繍がベストマッチだな。こいつを考えた奴はセンスがいいぜ。

 

「あ、ありがとうございます・・・・」

あん?なんだ、こいつ。顔が真っ赤っかだぞ。突然どうした。怒りゲージがMAXになったのか。

もじもじしやがって。トイレか?次で降りてもいいぞ。

 

なんだ、お前。微妙な顔してこっちを見やがって。

「はあ~っ。どうして、しれえはそうなんでしょう。もうちょっと雰囲気を察した方がいいと思います!」

「何を!小生意気なことを言いやがって」

「時雨ちゃんだって改二になったら成長したんですから、雪風だって成長する筈ですよ!」

 

何をムキになって言っているんだか。お前らが成長しても、それは誤差の範囲でしかねえと言ってるだろうが。

 

「全く、艦娘は見たままの年齢じゃないんですよ!もう100回は言ってる気がします!」

調子を取り戻したのか、雪風はぎゃあぎゃあと喚き、俺様は頭が痛くなった。

 




登場人物紹介
与作・・・・・鬼太郎茶屋で鬼太郎柄の手拭を買い、ご満悦。
雪風・・・・・焼肉もジュースもいらないから、切符を買ってほしいとせがみ、こいつ乗り鉄になったのかと与作に喜ばれる。
グレカーレ・・時雨〇フレッチャー〇雪風〇あたし×アトランタ×北上さん×と書かれた謎のメモを執務室に置き、公平な待遇を要求する。
アトランタ・・少しは落ち着きなよ、とグレカーレに言いながら懐に『おしゃれなカフェ巡り』なる本を入れているのを北上に発見される。
フレ&時雨・・グレカーレのあまりの剣幕に自分たちもとはさすがに言い出せない。


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第五十話 「勇気ある者」

どうしても書きたくなってしまい書きましたが、この後は少し間隔が空きます。

最近ストパン観て、ルッキーニいいよねと話したら、イタリア好きと言われました。
どうでもいいことなんですが、ルッキーニって普通にマエストラーレ級にいそうですよね。




大湊警備府の榊原中将は武闘派として知られ、深海棲艦に対しての苛烈な攻め、艦娘への厳しい訓練でつとに有名な男だった。

 

参謀本部からの艦娘への態度をもう少し柔らかくせよとの再三の要請にも、こちらにはこちらの都合があると譲らぬ頑固さを持ち合わせており、ここ最近は少し穏やかになったと言われつつも、未だに気持ちは以前のまま、物事に動じないと自認していたのだ。

 

少なくとも今日までは。

 

大混乱であった。悲鳴が上がり、動揺が広がる。

 

目の前で行われた凶行に対しての理解が追い付かず、近くにいる参謀を見るも、あんぐりとし使い物にならぬ様子に、榊原が大声を上げて一喝しようとすると。

 

「摩耶。司令官に活を入れて。鬼頭提督は医務室へ、丁重に運んでちょうだい」

淡々と指示を出す神風の姿があった。

 

「神風、どういうつもりだ、これは!!」

「司令官より頼むと言われましたので。遺憾ながら事後処理を行っております。それが何か?」

涼し気に応える彼女の姿が、榊原を刺激した。

 

「何か、ではない!!他の鎮守府の提督を撃つなど正気の沙汰ではないぞ!!貴様、知っていたのか!知っていたなら同罪だ。撃った浦波は営倉へ送れ!追って処分を決める!!」

「浦波、営倉へ向かいなさい」

「はい・・」

 

どこか呆然とした足取りで自ら歩き始める浦波。

その前に踊り出すように現れた艦娘があった。

 

マエストラーレ級二番艦、グレカーレ。

倒れ伏した与作に涙を流してすがりつくフレッチャーと、呆然と膝をついた雪風。

二人の分の思いをその身に背負ったかのように、彼女の顔は激情に歪み、怒気を拳に漲らせていた。

「何を、何をしてくれてるんだ、こらあああああ!!!」

一目散に浦波に向かおうとしたグレカーレを。

 

「落ち着きなさい」

 

横合いから苦も無く取り押さえたのは神風型三番艦の春風。

 

「放せ、放せよ!!テートクに、テートクに何してんだ!!ふざけんな!!!!」

「怒りに身を任せていては大事なことも見えませんよ。貴方の提督さんは無事です。浦波の撃ったのは麻酔銃。しばらくはお眠りになっていますが」

「無事だからいいだろうって事?ふざけるな。ふざけるな!ふざけるなああ!!」

まとわりついた岩のような春風をどかすことができず、もどかしさにグレカーレはじたばたともがいた。

 

「この不始末。どう償うつもりだ、神風!!いくらお前たち第四艦隊でも許さんぞ!!」

激昂する榊原。大湊に所属する他の艦隊の艦娘ならば、彼の怒りを受ければ恐れおののくことだろう。だが、この鎮守府最古参である神風の前ではそれはただの子どもの癇癪にしか思えない。

 

「不始末と言われましても。司令長官、これは私たちが演習に勝利するための布石です」

「何だと?」

「必ず勝てとのことでしたから。相手を確実に潰すためには、まず相手の指揮系統を乱すのが定石かと」

「なっ・・・・」

 

榊原は絶句した。これはただの演習の筈だ。普通にやれば彼女達が勝つのは明白だ。だが、それでは100%ではない。確実に勝つためには、相手の提督が指揮がとれない状態であればいい。

 

「今回の演習に限って、その全権は倉田提督に一任されたと聞いております。ですから、いかに司令長官であっても、今回のこの演習の件に関しましては、口出しはできない筈です」

「こんな馬鹿なことをしでかしておいて、よくもぬけぬけと!!」

 

神風はため息をついてみせた。

「それでは、司令長官閣下。任命責任というものをおとりになりますか。私たち第四艦隊がどういった方針でこれまで戦ってきているのか、よくご存知の筈です。その上でご指名いただいたのですから、相応の覚悟の上でのことだと愚考いたしますが」

「なっ・・・・」

 

それっきり黙ってしまった榊原をよそに、神風は雪風の前へとやってきた。

 

「両提督とも指揮ができない状況だけど、演習の方はどうする?」

「あんた、正気で言ってんの?この状態で演習をしろって!!」

横合いから叫ぶグレカーレに、やれやれと首を振りながら朝風が近づく。

 

「実戦ではよくあることよ、イタリアのお嬢さん。深海棲艦との闘いの時に旗艦がやられたり、鎮守府との通信が途絶したりすることはありえることでしょう?」

「朝風の言う通りね。そうした時にどうするかが問題よ。でも、今回はあくまでも演習。戦場ではない。貴方達が無理だと言うのであれば、今回は私達の不戦勝という事で、演習はなしにしてあげるわ」

「どういうことです、不戦勝って!!」

 

黙っていた雪風が神風を睨んだ。

「司令を撃っておいて、そちらの反則負けじゃないんですか!」

「さっき司令長官に話していた通りよ。私達の策に鬼頭提督はハマった。残った貴方たちだけで演習ができないのであれば、私たちの勝ちでしょう?」

きっぱりと言い切った神風に朝風も応じる。

「私たちは普通に司令官がいなくても演習できるしね!」

「だから、雪風。貴方が決めなさい。演習をするか、しないか。鬼頭提督は貴方に後を託されたわ」

「20分、いえ15分ください・・・。みんなで話し合って決めます」

「そう、分かったわ。それじゃあ15分後にここで」

 

                    ⚓

 

「神風さん、どうしてあんなことを言ったのですか。向こうはもう戦える状態じゃありません」

 

控室に戻るなり、叢雲はきいた。彼女からすれば動揺している江ノ島の面々を倒すのは簡単で、わざわざ考える猶予を与える必要はない。

 

「叢雲。あんたはうちの艦隊に入ってまだ日が浅かったわね。だから教えてあげるけど、そうした発言は慎みなさい」

朝風は静かに叢雲をたしなめた。

 

大湊警備府第四艦隊で戒めるべきことは、二つある。

嘲りと侮り。不用意に相手を馬鹿にすれば、計算できない力を発揮することもある。

そして、最も戒めるべきが、相手を侮ること。慢心は愚者の行いであり、勝利を遠ざけるものに他ならない。

 

「勝って兜の緒を締めよ。東郷元帥の言われる通りね」

「朝風さんの言われる通りです。そして、これは演習。動揺し、力を発揮できない者達を一方的に屠ってどうすると言うのですか。司令官様は確かに叩き潰せとおっしゃいましたが、それは万全な状態の相手を、ということの筈です」

 

春風の言葉に、神風は苦笑いした。

「まあ、本当は叢雲の言う通りなの。司令長官には上手く言ったけど、実際は偉大なる七隻が来た時に、ああする予定だったんだから」

「えっ!?は、初耳です・・・」

「そりゃそうよ。私達3人以外だと、浦波しか知らないもの」

驚く叢雲に、神風は軽く伸びをして答えた。

 

この国に、世界に名高き偉大なる七隻。その時雨と北上がいる江ノ島鎮守府との演習は、大湊警備府第四艦隊にとって悲願であった。水雷屋を名乗る彼らにとって、歴史の中に埋もれたその存在は一度矛を交えたい相手であり、超えるべき壁だった。

 

ゆえに、闘う際には一切のきれいごとはなく。

勝利を狙うために江ノ島の提督を狙い、その動揺を誘って、有利な展開で演習に引きずり込むのが当初の作戦だった。

 

「元々、初めから司令長官にはわざとごねて、私達に有利な条件を引き出すつもりだったの。まあ、偉大なる七隻が来ないとなってからは、司令官は本気で怒ってたんだけどね」

 

偉大なる七隻が来ないと分かった後、倉田の興味はもっぱら動画で見ていた江ノ島の提督と、どのようにして闘うかに注がれた。

 

「それが今回の暴走の原因よ。本当は演習が終わった後に仕掛けるつもりだったんだけど、本人も言っていた通り、闘いたくてうずうずしていたから」

「司令官にも困ったものね」

 

心底呆れたというように朝風は呟く。第四艦隊の中で絶対的存在ともいえる倉田に軽口を叩ける時点で、彼女たちは別格だった。

 

「こればかりは仕方がないわ。鬼頭提督が想像よりも遥かに化け物だった・・。当初の予定通り浦波を配置しておかなければ負けていたでしょうね」

「そんな・・・」

冷静な神風の分析に叢雲が信じられないといった表情をする。自分達の提督が負けることがあるなどと想像したことすらなかった。

「事実です。普通の人間なら麻酔銃で撃たれた段階で勝負がついています。ところが、あの鬼頭提督は・・」

「撃たれて、完全に負けだという状態から、うちの司令官を絞め落として引き分けにした。恐ろしい勝利への執念よね」

春風と朝風の言葉に、神風はゆっくりと頷いた。

 

「ええ。だからこそ猶予を与えたの。あの提督と偉大なる七隻に鍛えられた子達がどのような反応を示すのか、興味があるわ」

「神風姉、それって、もうどう答えるか分かってるんじゃない?」

「さあ、どうかしら。3か月余りしか経っていないのに、相当鍛えられているのは見てすぐに分かったけどね」

「ふふ。でもだからこそ、私達の強さにも気づいてしまったようですが・・」

 

「見上げず、見下げず、前を見よ」

 

ぎゅっとリボンを締め、神風は立ち上がった。

「原初の神風さんから賜った、相手と闘うときの心得よ。同じく原初の艦娘である時雨さんや北上さんに薫陶を受けたあの子たちは、見下げるべき相手ではないわ。どのような結論にいたったのか。確かめに行きましょう」

 

                    ⚓

 

時間は少し前に遡り、同じく一旦控室に戻った江ノ島鎮守府の面々がどうしていたかというと、その表情はすでに演習を終えた後のように疲れ果てており、室内に漂う雰囲気は最悪だった。

 

春風に抑えられ、怒りを発散できなかったグレカーレはとりあえず目についたものに当たり散らし。

医務室へと運ばれた与作の容態を心配したフレッチャーは何度も席を立とうとしては座るといった動作を繰り返していた。

 

「ごめんなさい・・・。グレカーレさん、フレッチャーさん・・」

下唇とぎゅっと噛みしめ、雪風はぽろぽろと涙を流した。

「雪風が不甲斐ないばかりに、あんなことに・・・」

 

雪風は己の力不足を恥じた。艦娘が提督にかばわれてしまうなど本末転倒もはなはだしい。

自分が浦波に狙われているのに気付けていれば、防げた事態だった。

 

「雪風のせいじゃないわよ・・。あたしだって、あんなに悔しかったのに、テートクのお返しをしてやりたかったのに!あの春風に抑えこまれて何もできなかった・・・」

グレカーレは座りながら近くにあった椅子を蹴飛ばした。派手な音を立てて横倒しになる椅子を尻目に涙を流す。

「私、あの人たちが許せません・・・。でも提督のことが心配で演習なんて・・・」

祈るように両手を組んでいたフレッチャーが震える声で言った。

聖母と言われた彼女らしからぬ激情がその瞳には宿っていた。

 

「雪風もです!!あの人達を許しません!絶対に!!」

どんと勢いよく机を叩いた雪風に、二人は驚いた。ふだん笑顔でいることが多い雪風が、ここまで感情を露わにすることはない。

「あたしもよ!フレッチャーには悪いけど、2対1よ。演習を受けましょう」

「ええ!!」

二人が怒りに燃え、立ち上がったその時だった。

 

「そのまま行っても、ただやられるだけよ」

冷静に声を掛けてきた者があった。

「あ、あなたは!!」

 

その艦娘を見て、フレッチャーは驚きの声を上げた。そこにいたのは、かつて米国大統領に自らの代わりを務めさせられ、心を壊した姉妹艦。 

 

「ジョンストン、いつ着いたの?それより、どうしてここへ」

「着いたのはさっき。羽田から江ノ島に行こうとした時に、この子が今ヨサクは大湊だって教えてくれてね」

「Hi、あたしは英国から来たJ級駆逐艦のジャーヴィスよ。ナイスタイミングだったみたいね!」

 

場の雰囲気を弁えず、笑顔を見せるジャーヴィスに、グレカーレがかみついた。

 

「どこがナイスタイミングよ。見て分からないの?テートクがやられて、あたし達今かっかきてんのよ!」

「だからよ」

掴みかからんばかりの勢いのグレカーレ対し、にっこり微笑んで、つんとジャーヴィスはその頬を突いた。

 

「ちょっと!」

「そんなに頬を膨らませてかりかりしてたら、普段の力も出せないんじゃない?」

「う・・・」

図星を突かれて、今にも破裂しそうだった怒りが一気にしぼみ、グレカーレは押し黙る。

 

「あたしも同感。ねえ、雪風。あたし、酷い状態だったけど、あんたや姉さんが呼びかけてくれたこと、覚えてるの」

ジョンストンは雪風の手を握った。

 

「ジョンストンちゃん・・・」

「だから、今度はあたしが貴方に言うわ。サマール沖海戦の時に、沈みゆく駆逐艦ジョンストンに対して、あなたの艦長は、どうしたの?」

 

矢矧率いる第十戦隊相手に獅子奮迅の活躍をし、遂に力尽きたジョンストン。第17駆逐隊により半円状態に包囲、砲撃され、沈む直前のことだった。最後の止めとばかりに機銃掃射しようとするのを、むごいことをするなと雪風の寺内艦長は押し止め、敬礼をした。

 

「怒りに任せて、機銃掃射するのではなく、敬礼をしたじゃない。・・・自分の仲間がやられているのに」

「でも、でもしれえが・・・・・」

「ヨサク・・、司令官がやられて怒りたい気持ちは分かるわ。あたしだってそうだもの。来たばかりだけど、一言も交わしてないんだから。でもね、戦いの中だからこそ、冷静でいないといけないと思う。そうでないと見えるものも見えなくなるんじゃないかしら」

「・・・・」

 

ぎゅっと雪風を握る手にジョンストンは力を込めた。

(無理をしちゃって・・)

しっかりと相手を見据えて話す相棒の姿に、名探偵は苦笑する。

 

「ここに来るときちらっと見たけど、あたしの勘が告げてる。あいつらは化け物よ。合衆国でもあそこまでの練度の艦娘は見当たらない。正直、演習を止めた方がいいとも思う」

「ジョンストン・・・、貴方・・・」

以前見た時とは違い、堂々と話すジョンストンの姿に、フレッチャーは目頭を熱くさせる。

 

「でもね。みんなの気持ち、あたし分かるんだ。一回しか話してないけど、あたし達の司令官ってなんだかんだいい人だと思うの。だから、理不尽にやられて許せないんだよね」

「あたしは会ったことがないけどね。Old Lady、ウォースパイトは、admiralは艦娘の希望って言っていたわ!」

「弱気の虫を蹴り飛ばせ、沈んだ気持ちに灯を入れろって、司令官はあたしに言ってくれたわ。じゃあこんなときは何て言うと思う?雪風」

「どうでしょう・・。逸る気持ちに水をかけろ、違いますね・・。難しいです」

 

考え込む雪風を見て、グレカーレがうんうんと頷いた。

 

「ジョンストンの時のテートクはよそ行きモードだったからね」

「あら、あれってよそ行きなのね」

「ふふっ。普段の提督はもっと気さくな方ですよ」

「そうなんだ。あたしも着任したからには一杯話したいな!」

「あたしもあたしも!admiralとたくさんお話したいわ!」

「あんたはちょっと自重しなさいよ!」

「ぶうっ。どういうことよ!」

ジョンストンとジャーヴィスのやりとりに重苦しかった室内の雰囲気ががらりと変わる。

 

「ありがとうございます、ジョンストンちゃん。少し落ち着きました」

雪風はぎゅっとジョンストンの手を握り返し、微笑んだ。

「そして、しれえなら、きっと、がきんちょが生意気にかりかりしてんじゃねえ、と言うと思います」

「そうね、テートクならそう言うな」

「はい。それで、雪風さんが、がきんちょ扱いしないで欲しいと言っているのが浮かびますね」

 

グレカーレとフレッチャーが笑みを浮かべたのを見て、ジャービスが嬉しそうに言った。

「ふふっ。面白い鎮守府ね!ますます興味が湧いたわ」

「ええ。それで、雪風。どうするの、演習は受けるの?」

「・・・・」

 

雪風はじっとジョンストンを見て、ようやく彼女の肩が震えていることに気が付いた。

歴戦の勇士であるジョンストンをもすくませるほど、彼女たちは強い。

時雨たちの訓練を受け、強くなったからこそ、その強さが分かる。

普通に考えれば、彼我の戦力差は絶対で、覆すことなど不可能だろう。

 

だが、と雪風は考える。

無茶なことを考える提督にこれまでどれだけ付き合ってきたことか。

絶対無理だと思った状況でも、頭を掻いたり、憎まれ口を叩いたりして結局は何とかしてきた。

自分はその提督の艦娘なのだ。

 

神風は、演習をしなくてもいいと言った、

だが、朝風は言っていたではないか。自分達は提督がいなくても演習はできると。

ここで演習をしないことを選べば、傷つかなくてもいい。

だが、それは。己の提督が負けたことになりはしないか。

 

「受けます。出られない人は言ってください。雪風は一人でも闘います」

 

例え負けることが分かっていても。

初期艦としての意地で譲れないことがある。

 

「何言ってんのよ、あたしは元から出るつもりよ。テートクに何言われるかわからないもん」

「また、そんなことを言って。私もやはり出ます。あの提督が褒める神風さんから、何かを学ばないまま帰る訳には行きません」

 

「OK。じゃあ、行こう!目に物見せてやりましょう!!」

嬉しそうに肩を叩いてくるジョンストンに、雪風はきょとんとした顔をする。

 

「え!?ジョンストンちゃん、艤装がないですよね」

「あれ、聞いてない?横須賀から送ってもらってる筈よ。ねえ、ジャーヴィス」

「その通りよ。おかしいわねー。ナガトは伝えとくって言ってたわ!」

「あっ、昨日の電話じゃない!?」

ぽんとグレカーレが手を打った。

「しれえが途中で切った奴ですね・・・。なんでそんな大事な電話を・・・。でも、助かります!参加が可能か、神風さんに聞いてみます」

 

雪風はジョンストンの方を見た。

「行きましょう。どれだけ食らいつけるか分かりません。でも何度でも挑んでやりましょう!!」

「倒れても何度でも起き上がる、って奴ね。いいわ、あたし好みで!」

ジョンストンは嬉しそうに頷き、後に続いた。

 

                  ⚓ 

先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った港に。

すでに整列していた大湊警備府第四艦隊の艦娘達は、やってきた江ノ島鎮守府の艦娘達の様子に驚きを隠せない。どんな魔法を使ったのか。先ほど自分達の提督がやられたと大騒ぎをしていた姿とはまるで別物だ。少なくとも、表面上は。

 

ゆったりと並びながら、じっと己を見る雪風に、神風は微笑みを返す。

「それで、どうするの?」

 

そこにいるのは先ほどまでいた雪風とは違う。江ノ島鎮守府の旗艦たるものの姿。

 

「やります、演習を」

静かにそう答えた雪風を、まっすぐに神風は見つめた。

 

「誇張でなく、私たちは強いわよ。それでもやるの?」

朝風がどことなく嬉しそうに言う。

「ええ。往生際が悪いの、あたし達」

グレカーレは鋭く相手を睨んだ。

 

「それで、神風さんにお願いがあります。このジョンストンちゃんとジャーヴィスちゃんも演習に参加させたいのです」

「ええ、構わないわよ」

 

あっさりと答えた神風に対し、所在なさげにその場に立っていた榊原はさすがに口を挟んだ。

「ば、バカ!!ジョンストンにジャーヴィスだと。米国と英国の駆逐艦ではないか!!国際問題になるぞ!」

「あら、平気よ。あたし達がここにいること、ナガトは知っているもの!」

ジャーヴィスが言うが、榊原はそういう問題じゃない、責任がと納得しない。

春風はあらあらと困ったように、彼を見た。

「司令長官様。この場の決定権は、今は神風お姉さまにありますわ」

「そういうことです。参加を許可します。昨日江ノ島から届いた艤装を持ってきて!」

 

神風は第四艦隊の艦娘達に指示を出し、演習の準備が整うと、雪風達の方に向き直った。

 

「勇気ある者に敬意を。大湊警備府第四艦隊神風以下三隻。全力でお相手致します」

 




登場人物紹介

与作&倉田・・・・片や医務室。片や営倉。
フレッチャー・・・ジョンストンの元気な姿が嬉しくてならない。
ジョンストン・・・フレッチャーと一緒に戦えて嬉しい。
ジャーヴィス・・・初めて会った江ノ島鎮守府の面々にやたら話しかける。
グレカーレ・・・・いつになく真面目モード。
雪風・・・・・・・同じく雰囲気が変わる。


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第五十一話  「疑惑」

正直好きで書いてきたものですが、あまりにも時間がとられるのと、まだ設定が途中しか出してないのに、○○はどうなのですか等のネタバレに関する質問が多くなりこれを言うと分かるしなあと中途半端にお茶を濁すしかなく、困っておりました。作者自身のモチベーションの低下も激しく、途中で止めることも考えました。友人にそれはよくないと言ってもらった時に、このハンパもんがあ!と与作さんに言ってもらった気がします、ありがとう。

ご注意!! お読みいただいてから本編へどうぞ。
これからの展開は超ご都合主義です。始めから考えてはいましたが、んなあほなーーと思われて受け付けない方にはおすすめいたしません。細かい設定が気になる方は厳しいと思います。設定がぐだぐだでも続きが気になる方はどうぞ。

・七人の悪魔超人編の初回で出てきたプリプリマンが次回から全く影も形もないというのに耐えられる方
・谷底に落ちていった連中がいつの間にか復活しているという理不尽に耐えられる方
は平気かなと思います。

感想欄の方は時折読ませていただきますが、返信はいたしません。
しょうもない作品だわと思いつつお付き合いいただいている方はありがとうございます。イベント始まるのでとびとびになりますが、続けていきますのでよければお付き合いください。


10:15。

 

定刻より15分遅れで行われることになった演習は一種異様な雰囲気に包まれていた。

いつも通りの様子を見せる神風型の3隻に比べて、緊張感の漂う江ノ島鎮守府の一行は、お互いに声を掛け合ったり、深呼吸をしたりしながら、艤装のあるドックへと向かっていた。

 

そんな中、一人マイペースに周囲に話しかけていたのが、英国からやってきた駆逐艦のジャーヴィスだ。彼女は江ノ島の面々に話しかけていたが、そのうちに飽きたのか、なぜか第四艦隊の艦娘達にも話しかけていた。

 

「あんた、随分と余裕ね。私たちと演習をやるってのに、どうなっても知らないわよ」

多くの艦娘がそっけない態度をとる中で、叢雲だけがその相手になったのは、己の艦隊を誇りたいという気持ちと、生来の面倒見の良さからくるものだろう。

「気遣ってくれて、Thank you!他の子は随分と無口だけど、あなただけは違うのね!」

「うちの艦隊では気持ちを抑えるトレーニングをしているからね」

「へえ。じゃあ、さっきうちのadmiralを撃った浦波なんかもその辺はばっちりなのかしら?」

「何ですって?」

叢雲の目つきが険しくなる。

「随分と皮肉を言うのね。それとも見てなかったのかしら。呆然としちゃってさ。前から決まってたらしいのに情けないわ」

「前から決まってた?すごい作戦ね!」

「偉大なる七隻と当たっても勝てるようにおたくの提督さんを狙うって策らしいわよ。でも、あの子や倉田提督を恨むのは筋違いよ。油断していた方が悪いんだから」

「勝つためなら何でもするってのが貴方達のスタイルなの?演習なのだからルールがあるんじゃないの?」

「私たちが船時代の訓練でも、相当本気になった結果お互いに衝突して沈みそうになるなんてことも起こしているし、深海棲艦を想定して演習するなら当たり前でしょ。負けられないんだから。中途半端に手を抜いて後悔するよりはいいんじゃないの?」

「なんとなく、貴方たちの扱われ方が分かったわ。ずっと研ぎ続けられてきた刃物みたい。他のことは考えるなと扱われて、尖っていっちゃったのね」

「何を言っているの?それが私たち艦娘の本来の役目でしょうが」

 きっぱりと言い切った叢雲を、ジャーヴィスは悲しげに見つめた。

 

艤装を身に着け、港内に改めて整列すると、審判役の海軍省の担当官がモニター越しに声を掛ける。

「それでは、演習メンバーの最終確認をする。大湊警備府神風型三隻、神風、朝風、春風。相違ないな」

「ありません」

 

「江ノ島鎮守府、雪風、グレカーレ、フレッチャー、ジョンストン、ジャービスで相違ないか?」

ありません、と雪風が答える前に、ジョンストンが大きな声を上げた。

「はあ!?ちょ、ちょっと、ジャーヴィス。なんで、あんたあたし達を見送っているのよ!演習よ、演習!!」

「Sorry!!ちょっと主機の調子が悪いみたいなの。本国から運んできてもらった間に機嫌が悪くなったのか、ぐずっているみたい」

「ええっ!?あんた、本当に色々と事件に事欠かないわねー。ごめん、雪風。そういう事らしいわ。あたしがその分頑張るから!」

「Thank you!持つべきものは理解のある相棒ね!雪風、いきなりごめんさい・・」

「いえいえ。ジャーヴィスちゃん、仕方ないですよ。それでは雪風達を応援していてください!」

「うん。それと、あたしも自分のできることをやるわ!」

雪風達のやりとりを見た、大湊警備府の面々はやれやれと呆れたように首をすくめた。

演習前に主機の調子が悪くなるなど、肩透かしも甚だしい。

 

「すいません、お騒がせしました。江ノ島鎮守府はジャーヴィスを除く4名です」

「分かった。ジャービスを除く4隻だな。それでは、演習地点に移動せよ」

「みんな頑張ってね!」

 

ぶんぶんと手を振っていたジャーヴィスは、皆の姿が見えなくなると、先ほどまでの彼女と同じ人物とはとても思えないような冷たい表情でため息をついた。

「どうにも気になることがあってね・・。みんなsorryよ」

                     

                     ⚓

「ほ、本当によいのか・・・」

 

担当官の隣で榊原はうめくように言った。いくらこの男が、金剛の息がかかっているとは言え、明らかに状況が異常すぎる。相手の提督を行動不能にした振る舞いも厳罰ものであるし、その上倉田まで気絶し、営倉へと送った。本来ならば15分の休憩の間にこの演習を中止にし、上層部へ報告し、その処遇についての指示を待つのが上官としては当然の対応と言えただろう。

 

だが、実際には榊原にはそれをしなかった。演習の中止を告げれば、なぜと理由を問われることは分かっている。大湊の面々はどうにか言い含めることができるが、被害に遭った江ノ島鎮守府の提督は艦娘派の人間であり、その彼を狙った倉田の行為を元帥は決して許しはしないだろう。

神風が言った倉田に任せた自身の責任にも思いを馳せ、彼の思考は自己保身にと走っていた。

どうすればこの場を収めることができるのか、浦波に責任を押し付けようか、訓練中の誤射として済ませようか、などありとあらゆることが頭を駆け巡り、迷いの中でついには演習が始まってしまった。

「私は演習の審判をせよと言われて来ただけですので。それに、先ほどの朝風の話には納得です。私は艦娘を、AIを搭載した兵器と思っていますので、指揮官がいなくても最適な行動がとれるのであればそれはそれでよいかと。それにしても、提督同士がお互いに力の自慢をし合って喧嘩の末ノックダウンとは懲罰を免れませんな」

 

担当官がその場にいなかったのをよいことに、榊原は両提督の不在を喧嘩のためと告げたが、これはあながち間違いではない。その程度が喧嘩の範疇を大きく超えたものであり、その後、浦波が江ノ島の提督を撃ったということ以外は。

 

(私はどうすればいいのだ・・)

本来であれば自分の側の人間ということで、不始末の全てを担当官に打ち明け、相談するのが筋だろう。

艦娘達を生き残らせるために、過酷な訓練を課し、彼女達を道具のように扱う。その考えをこれまでずっと貫いてきた。大賀のように私腹をこやす外道は別だが、大湊の提督達はその方針に従っている。それは深海棲艦との戦いに負けぬためであり、この国のことを考えての彼らなりの言い分でもある。

勝つという事に対して異様な執念を見せる倉田を重用してきたのも、自分達が負けるという事は、人類が負けるということであり、勝ち続けねばならないのが提督達の宿命だからだ。

 

圧倒的に演習相手を打ちのめし、叩き潰す。勝つためにあらゆる手を打ち、えげつないことも平気でする。その彼らのやり方を不自然とは思いもしなかった。

相手は人間ではなく、何でもありの深海棲艦だ。沈みそうになる駆逐イ級が特攻を仕掛けてきたり、味方もろともこちらを狙ってきたりすることもある。そうした敵を相手にしているというのに生半可な人間同士を想定した演習を行って何の意味があるのか。

 

(そう思っていた。今までは・・・)

これまでも艦娘達の表情はたくさん見てきた。苦悶・怒り・嘆き・悲しみ。それも人類を守るためと、言い聞かせ受け流してきた。だが、あの浦波の呆然とした表情を見た時に、彼の心の中に本当にこれでよいのか、という考えが初めて浮かび、彼女が江ノ島の提督を撃ったということを担当官に告げるのがためらわれた。

 

(私の考えは間違っていたのか・・。しかしどうすれば)

悩む榊原をよそに、演習が始まろうとしていた。

 

                   ⚓

ばっども~にんぐ。

いやあ、中々に最悪な目覚めだな。

 

『あ、お、おはようございます』

どことなく慌てるもんぷちに俺様は仏頂面をしながら、軽く伸びをしてみせる。

「うわっ、起きた!?ちょ、ちょっと待っていてください。上の者を呼んできます!」

俺様が起きているのに気づいて、医者らしい爺さんが仰天といった感じで部屋から出ていったが、そんなに驚くことかねえ。

 

事前に秋津洲の奴に話を聞いておいてよかったぜ。勝つためにはなんでもありの連中っていうから、そういうヴぁありとぅーどな連中なら、まず頭を潰そうと考えるよなと思ったら、やっぱりだ。

 

「俺様の補強増設にもんぷちを入れる作戦がビンゴだったがよ、お前なあ話が違うぞ・・」

提督を狙って潰すのなら、不意を装っての奇襲か、遠距離からの狙撃だと思い、どうしようかと頭を悩ませていた俺様にこの妖精女王(仮)はこう言いやがったのだ。

 

『お任せください、提督。私が懐に隠れていて、何かあればこの猫をバルジ代わりとしてガードします!!』

「ほお。そんな面白機能がその猫にはあったのか。そいつでいこう」

これまでのこの妖精女王のそこそこある実績を買った俺様の英断だったが、まさかそれが裏目に出るとは思わなかった。

「その猫がガードするって話だったじゃねえか。普通にぷすっときやがったぞ!どうなってんだ」

『す、すいません。受け止めにいったんですが、こいつがよけまして・・・』

もんぷちが手元で伸びている猫を持ち上げる。

『で、でもでもその代わりに寝ちゃった提督を起こしたでしょう?』

何かあったら頼むとは言ったが、こいつ、うちのぼろ鎮守府を立て直した例のぐるぐる技を使いやがったのか。

『いえ、それとは少し違いますね。ざめは!と言いながら、この猫を提督に叩きつけるんです!』

はあ?なんだ、そりゃ。お前、ただ普通に叩いて起こすのとどう違うんだ!?ふざけてやったんじゃねえだろうな。

『ち、違いますよ!これはちゃんとした妖精女王の技なんですよ!』

 

「ふん。まあいい。時間が惜しいから行くぜ」

どうもこいつの日頃の行いからして疑わしいが、それじゃあ、軍医のじいさんもちょうどいなくなったし、野暮用に行くかね、とベッドから立ち上がった時だった。

 

開けっ放しになった医務室に。

「ダーリーーン!!」

そう言いながら突っ込んできたのは見覚えがない金髪のがきんちょ。

だありん?誰が?え!?俺様?バカを言うなよ。俺様はロリコン友の会の会員じゃねえぞ。

 

「おい、誰だお前は。俺様はお前のだありんじゃねえぞ!」

「ダーリンはダーリンよ。だって、あなたキトウヨサクでしょ!あたしは英国から来たJ級駆逐艦のジャーヴィス! ジョンストンと一緒についさっき着任したわ!」

「ジャーヴィス?ああ、昨日大淀が言っていた奴か。本当に着任しちまったんだな・・」

 

ここまでのいい流れがぶつりと切れちまったな。短い間だが、いい夢見させてもらったぜ。

遠くを見る俺様に、面白くなさそうに頬を膨らませるジャーヴィス。

「むう!あたしは貴方の手伝いにやってきたのよ!もっとありがたがって欲しいわ!」

「ありがたがるって、がきんちょじゃねえか。何を期待すりゃいいんだ」

「そりゃ、もちろんあたしの名探偵としての能力よ!」

おいおい。英国だからって、シャーロック・ホームズがらみで自称名探偵ってかあ?随分と安直なキャラ付け設定だな、おい。

 

「ひっどーい!こう見えても、あたし知ってるんだから!」

ジャーヴィスは俺様を見ると、すっと目を細めた。

 

「ダーリンがわざと撃たれただろうってこと」

「何っ!?」

俺様としたことが余りの驚きで声を上げちまったぜ。見え見えの反応に、ジャーヴィスの野郎は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「だって普通に考えればおかしいわ。あたしたちは艦娘よ。銃弾如きではどうにもならない。なのに、ダーリンは雪風をかばいに行った。無意識の優しさかなとも思ったけど、米国とのやりとりを見ていた限りでは、何か備えがあったと考えるのが普通じゃない?」

『鋭い!さすがは、彼の国の出身ですね!そうです。私がその重大な備えを任された仮称もんぷちです』

何が仮称だ。こいつ、未だに自分の名前に不満を抱いてやがるのか。おまけにお前、その任務を失敗しやがったじゃねえか。だが、このジャーヴィス、なかなかに鋭いな。

 

「でも、一つ疑問があるわ。なぜその備えがあることを雪風達は知らないの?あの子達の動揺ぶりときたらないわよ。見ていて痛々しいくらい」

「それが俺様の狙いだからだよお。俺様自身がいなくなるのがな」

「え!?」

 

目を見開くジャーヴィスに俺様は説明する。

敵さんが俺様に十中八九何かを仕掛けてくると分かっており、それを都合よく利用して、この演習を始めから雪風たちだけで行わせるつもりだったと。

「ど、どうしてそんなことを?それって普通の状態じゃないわ!」

「お前が言うのは分かるんだがよぉ。こいつばっかりは俺様も悩んだ結果でそうしているからな」

 

ここの連中のように勝つために何でもありと考えるのが深海棲艦どもだ。そして、奴らはどんな形で襲ってくるかも分からない。大事なのは何かあった時にどのようにするかという対処の仕方。

駆逐ナ級や鎮守府近海での戦闘を終えて分かったのは、雪風達は俺様や時雨の指示を聞き過ぎるということだった。時雨や俺様とのトレーニングにより戦闘力は上がったが、戦況を読む状況判断を時雨や俺様に頼りすぎる。

 

「でも、それって普通のことでしょう。熟練の艦娘がいれば。その判断に従うのがベストじゃない?」

 

出た出た。こいつらの軍隊論理が。兵隊だからって、上の命令に唯々諾々と従ってい

ればいいってか?上の命令が間違えていたらどうするんだよ。そんなの第二次大戦の時に山ほどあったんじゃねえか。色々な仕事だってそうさな。大抵、上の連中の指示っていうのは現場を無視して突拍子もないことを言いたがったり、定石に走りたがったりするだろう。第一熟練の兵士だからって間違えることはない、と考えること自体がすでに誤りじゃねえか?

 

「大切なのはてめえで考えることだろうが。俺様や時雨に頼る?何かあって自分達で考えなきゃいけなくなった時に途端に詰むぜ、そいつらは」

 

判断を他人に委ねるのは簡単だ。てめえで考えなくていいし、責任もねえから。

だが、今後の戦いではそんなことも言っていられない筈だぜ。幸か不幸かうちの鎮守府には偉大なる、なんて大層な名前で呼ばれているのが二人もいる。だが、それは裏を返せば今のうちに矯正しておかないと、ずっとそいつらに頼っちまう環境だってことだ。そりゃ、相手はその筋では有名な連中だからな。その指示に従っていると言えば聞こえはいいだろうがな。

 

「つまり、ダーリンは雪風達を強化したくてこうしたってこと?」

「まあな。多少スパルタだが、ちょうどいいタイミングだとな。相手の提督をどうしようかと思ってたが、ちょうど都合よく襲いに来てくれたんで動けなく出来て手間が省けたぜ」

「成程。ねえ、ダーリン、ちょっとちょっと」

 

なんだ、こいつ。手招きなんかしやがって。腹でも痛いのか?まさか、おんぶしろとか言わないだろうな。

俺様がジャーヴィスに合わせてかがんだ時だった。

ごちん!!

 

「痛ってええええ!!」

この野郎、俺様の頭に向けて、頭突きをかましやがった。

 

「何しやがる、この野郎!!」

「あたしの灰色の脳細胞が詰まった頭突きはどう!?反省よ、ダーリン!!いくら雪風達のためと言っても、やりかたが悪すぎるわ!!」

ごちん!!!!

二発目だと!?なんだ、こいつ。すげえ石頭だぞ。

「だから、痛いっていってるだろうが!」

どういう頭の造りしてるんだ。まるでうちのばばあの拳骨じゃねえか。

 

「どう!?反省した?雪風達が戻ってきたら謝るのよ!!」

「はあ!?なんでだよ。あいつら、俺様がいないからノビノビしてるんじゃねえか。そりゃ、提督がいなけりゃ、不安だったかもしれねえがよ、それはあいつらが乗り越えなきゃいけねえこった」

 

ジャーヴィスは深く大きなため息をついた。

「ねえ、妖精さん。うちのダーリンってトウヘンボクー?ってやつかしら。これって本気で言ってるの?それとも照れ隠し?」

『提督はご自分に対する他人の気持ちにとても疎いんですよ!時雨さんがしょっちゅう愚痴ってます!』

「やっぱり。ねえ、ダーリン。みんな貴方に危害を加えた第四艦隊の艦娘に対してすごい怒ってて、大丈夫かって気の毒なぐらい心配して泣いてたのよ。ジョンストンが励ましてくれなかったら、きっと立ち直れなかったと思うわ。今だって無理してるけど、大分引きずってる」

「はあ!?なんで、またそんなことになってやがるんだ。自分達の提督がやられたってのはわかるがよお。雪風の奴に後は任せるって言っといただろうが。」

「その雪風自体がすんごいショックを受けてたわよ。少しはみんなが貴方を思う気持ちを自覚しなさい!!」

「あの初期艦め・・。後は任せるって言ったろうが・・・。おい、もんぷち。お前例の通信機持ってきてるだろう?演習会場に行って、一方的すぎてやばそうなら連絡してくれや。ったく、がきんちょどもが」

『了解ですが、提督はどうするんです?さっきの野暮用ですか』

「ああ。それじゃな、ジャーヴィス。俺様はこれからちょいと行くところがあるから、お前はもんぷちと会場に行っているといいぜ」

 

俺様の提案をジャーヴィスは拒否した。

「Non、あたしもダーリンについて行くわ!営倉に行くんでしょう?」

なんだ、こいつ。どうして俺様が行こうとするところが分かるんだ。

 

「だって話を聞いていて違和感があったんだもの。第四艦隊の叢雲はこう言っていたわ。元々は偉大なる七隻を相手にするときのために、ダーリンを撃つ策だったらしいって」

「ほお。そんなことを考えてたのか。そいつは実行されなくてよかったな。何となくだが、時雨の野郎がぶち切れそうだぞ」

「あたし達艦娘が人を狙う?その時点で何かおかしいとは思ったわ。みんな動転しちゃって気付いてないみたいだけど、大変な問題よ?人類を守りたいと思い顕現した艦娘が、人間を害することなど通常ありえはしないもの。それこそ、提督の横暴が過ぎ、心理的なストッパーが外れた、いわゆるブラック鎮守府ならばそれも分からなくはないけどね」

 

いつか、北上が言っていた艦娘の魂論を思い出すな。あいつの考えを元にするならば、人を守りたいという善き魂が怒りや恨みで汚れ、悪い方に引っ張られるということだろう。人類を害す深海棲艦側に魂が行くという事は、当然人を害することも可能という訳か。

 

「でも、あの第四艦隊の艦娘にはそうした様子は見られなかった。彼女たちはある意味望んで道具足らんとしている。だからこそ、おかしいのよ。なぜ、浦波は提督を撃った後呆然としてたの?」

「問いかけが名探偵っぽいな。俺様もミステリーは嫌いじゃねえ。それがあり得ない事態だったからじゃねえか」

「雪風めがけて撃ったのに、提督がかばいに出たから?でも、ダーリン。それは元々予定されていたことなのよ?シチュエーションが違っただけ。だったら呆然とするのはおかしいわ。」

偉大なる七隻がいるか、いないか。そして、提督同士が戦っていたという状況。

違いはそれだけだとジャーヴィスは言う。

 

「成程。じゃあ名探偵よぉ。お前はそれは何が原因だと思うんだよ」

我が意を得たりとジャーヴィスはにっこりと微笑んだ。

 

「ダーリンを撃ったのが、彼女、浦波自身の意思とは無関係だったからよ」

「確信めいて言うもんだが、あてはあるのか?」

「ええ。ひょっとしたらというのはあるわ。つい最近、あたし達はそれを目にしたばかりだもの」

さすがの俺様も純粋に感心しちまったぜ。なんだ、こいつ。本当に名探偵じゃねえか?俺様だって以前経験があるから、撃つ時の浦波の表情から何となくそうじゃねえかと察したってのに。推理だけで考えたんだとしたら、こいつは結構使えるかもしれねえぞ。

「いいだろう、名探偵。一緒に謎ときに向かおうじゃねえか」

「OK!あまり気分はよくないけれど・・・。」

 

部屋を出ようとして、いきなりジャーヴィスは立ち止まった。

「あ、そうだ、ダーリン。ちょっと気になったんだけど、その額の文字はおしゃれなの?」

「額に文字だあ?」

『ぎくっ!!そ、それでは提督。私は会場に行っていますよ!』

 

ぴゅうといなくなったもんぷちをよそに、ジャービスが出したコンパクトで確認をして俺様は驚いた。

「なんだ、この中ってのは!おい、もんぷち。てめえ、俺様が寝ている間に悪戯しやがったなああ!!ぶっ殺す!!」

「あはっ!あの妖精さん、随分お茶目ね!」

よくある肉じゃなくて中にする辺りは書いた奴のこだわりを感じるが、この俺様相手にやるとはいい度胸だ。演習終了後覚悟してろよ。お前の顔面でねぷた祭りを開催してやるからなあ!!

 

ごしごしとタオルで額をこすりながら、俺様は気持ちを新たにした。

 




次回予告(仮)
「遂に始まった演習本番。神風型春風の猛攻になすすべもないグレカーレ!!己の無力さに無念の臍を嚙んだ時、彼女の身に変化が起きる!!

   次回鬼畜提督与作第52話『見よ、北東の風は吹く!!』
グレ「あたしのことを無視するなあああああ!!」
君は艦娘の涙を見る・・・」



※予告は変わることもあります。


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第五十二話「見よ、北東の風は吹く」

読者の方からご心配のメッセージなどいただきましたので書いておきますが、この物語をキリの悪い所で投げ出すことはしません。

前話にも書きましたが、ご都合主義全開・今回は独自要素全開ですので耐えられないという方は無理だと思います。今後の展開は人によっては胸糞展開に感じる恐れがあります。注意してお読みください。タグの男塾要素というのは荒唐無稽、学内戦でも刃物を持って死合う漫画の要素あり、ということです。分かりづらいとの知人の指摘から追加して書いときます。

いや、間が長く空いたのは完全にシロッコのせいです。戦力をけちったからか甲で結構掘ったけど出て来ず、乙に落としてようやく出てきました。100回くらいは行ったと思います。甲と乙の差が激しすぎますよね。
出てきたのを見てびっくり。あれ?これってル〇キーニっぽくない?というのが素直な感想。黒髪だし、眠そうだし。
今グレカーレの二隻目を掘ってます。
シロッコ来たのが嬉しくて番外編も書いてしまいました・・・。

※誤字報告いつもありがとうございます。


夏が近い陸奥湾の風は暖かく、並んで行く江ノ守府の艦娘達はお互いに気を引き締めようと声を掛け合った。

 

「方位九十、ヨーソロー!」

雪風の掛け声に合わせて、一斉に隊列を組む。

着任順に単縦陣。今日合流したばかりのジョンストンは姉のフレッチャーの後ろだ。

「あたしも一杯訓練してきたつもりだったけど、姉さんたちもすごい訓練したのね。さすがは偉大なる七隻がいる鎮守府だわ」

「ふふ。時雨さんたちだけではなくて、うちは提督が訓練をつけてくださいますから」

「えっ!?ヨサクが?人間がどうやってあたし達に訓練をつけるの?」

「ジョンストンの言う通りなんだよねー。普通はそう思うよ。あたしたちのテートクは普通じゃないから」

あははと笑うグレカーレはどこかぎこちない。

 

「大丈夫かな、テートク」

「きっとしれえは大丈夫ですよ。今頃起きてて、『がきんちょどもが!』とか言ってそうじゃないですか」

そう言ってから、雪風は大湊警備府の方を見た。

江ノ島鎮守府の艦娘は、今現在陸奥湾を航行中だった。大湊警備府の演習区域となっている陸奥湾には、海鼠島という人工島が作られ、島嶼防衛の訓練場所として活用されていた。

その海鼠島周辺に展開する神風率いる守備隊の艦娘を撃破するというのが、江ノ島鎮守府の演習勝利条件だった。

 

「それにしても、あれ、本当に受けてよかったの?」

一番後ろからジョンストンが心配そうに声を掛けた。

 

話は少し前に遡る。

初期の頃の艦娘同士の演習は実弾と決まっており、そのために大破した艦娘が入渠ドックに列をなすということが珍しくもなかった。

その流れが変わってきたのはここ数年のこと。いわゆる艦娘派と呼ばれる人々が艦娘の権利の拡大を訴え、それがため模擬弾やペイント弾を使った演習も増え、海軍の一部からは艦娘の弱体化を懸念する声も出ていた。

ここ大湊警備府では、創設以来一貫して実弾を使っての演習を行っており、そのことは演習を行う江ノ島鎮守府の面々も元大湊出身の秋津洲から聞き、織り込み済みであった。

 

ところが、だ。

「特別演習、受けてみる気ある?」

神風の一言で事態は一変した。

「応急修理員を使っての演習?」

何を言っているのかと思わず聞き返したグレカーレは、己の冷静さに賞賛を送りたくなった。

 

応急修理員。ヘルメットをかぶった作業員の妖精達。身に付ければ、一度だけ艦娘の轟沈を回避することができるという。その希少性は高く、手に入れるためには相当な予算を割く必要があるというこの装備をわざわざ出してきたその意図は明白だった。

 

「お互いに沈め合うつもりでやろうってこと?」

「ええ、そうよ」

 

朝風はさも当然だというように頷いた。

「そうじゃなきゃただの演習じゃない。そんなのやってもトレーニングとあまり変わらないし」

「あくまでも演習ですよ?殺し合いをする訳ではありません!」

フレッチャーの常識的な意見を、春風は否定した。

「これは異なことをおっしゃいますね。私たちが深海棲艦と行っているのは、つまるところその殺し合いです。そのために実弾を使い、実戦を想定して演習を行う。それほど妙なことでしょうか」

「むしろあたし達からすれば他の鎮守府の演習はそれで大丈夫なの?て感じなんだけどね」

 

深海棲艦との戦いには負けることは許されない。敗北は人類の終わりを意味するからだ。そのために日々厳しい訓練をするのは当然で、お互いに相手を沈めるつもりの気迫でいなければ狡猾な深海棲艦に足元をすくわれる。

はっきり言って、他の鎮守府は生温い。朝風はその甘さを指摘した。

 

「昨日のうちにあなたたちの艤装には補強増設を施してある。特別演習を受けるのであれば、そこに応急修理員を乗り込ませるわ。特別演習を受けなければ、受けなくても構わないわ。その場合はそうね。増設した部分はうちと演習した記念だと思ってちょうだい」

と神風。

「あたしがおかしいのかしら。勝手に他の鎮守府の艤装をいじくるってどうなの?」

ジョンストンが隣のフレッチャーを見るが、困惑するばかりだ。

「あたし達としては、最大限の歓迎よ。補強増設も応急修理員もこちら持ちだからね。で、どうする?よしておく?」

「他の鎮守府のように模擬弾を使っての演習でも構いませんよ。どれを選ばれてもお相手しますから」

朝風と春風はどちらでも構わないと言いたげだった。

 

ちょいちょいと雪風の袖をグレカーレが引っ張った。

「どうするの?雪風」

「普段ならしれえにどうするか訊くのですが・・・」

 

雪風は押し黙る。判断を仰ぐ相手はこの場にいない。任されたからにはしっかりしないとと真剣になるが、いかにこれまで判断を他人に委ねてきたのかと思い知らされる。与作や時雨の判断に誤りはなく、これまではそれに唯々諾々と従えば事足りた。だが、今は己が判断をしなければならない。困った彼女は、提督ならばどうするかと考えるしかなかった。

 

「本当にどちらでも構わないのよ、雪風。あたし達はどれを選んでも手を抜かないから」

じっと手の平を見ながら、神風は言った。

「怖くはないんですか?いくら応急修理員がいると言っても、沈む感覚を味わうのですよ」

ふと雪風は神風達の様子が気になった。

 

「もう慣れたわ。その感覚を克服しなければ、勝てないと思っているもの」

「どうして、そこまで勝つことにこだわるんです?」

「勝たなければ、負けて沈むだけよ。沈んだら何も守れないでしょう。違う?」

神風はじっと雪風を見た。

勝って、人類を守る。艦娘としてそれ以上に大事なことがあるのか。

 

「確かに勝つことは大事だと思います。雪風もみんなを守りたいです。でも・・・神風さんたちのやり方は違うと思います・・・」

雪風は何度も首を振った。

そして、決断する。この神風たちにはただ話すだけでは伝わらない。秋津洲が矢矧と拳を交えたように、荒っぽいやり方が必要だ。

 

「みんな、ごめんなさい・・。この特別演習、受けようと思います」

悲痛な面持ちで、雪風は皆に己の思いを伝えた。

 

嫌な人は抜けてください、と雪風に言われても抜ける艦娘は誰一人としていなかった。

沈むのは怖い。だが、それよりも一人ででも戦おうとする仲間を見殺しにすることはできない。

 

「さすがに、こんな距離じゃ見えないわね」

膝をがくがくさせながら応急修理員を載せていたグレカーレはふっきれたように、周囲を警戒する。

「敵艦隊より通信です・・。えっ!?」

フレッチャーだけでなく、皆が無線に耳を傾け、声を上げた。驚くのも無理はない。神風の艦隊からの通信は、それぞれの艦がいる位置についての情報であり、通常であれば偵察機を出して探らなければならないものだ。

 

「これは、どういうことでしょう・・・」

メモした神風達の艦隊の位置取りにフレッチャーが首を傾げる。

海鼠島のすぐ近くにいる神風を中心に、両翼に春風と朝風が広がり、ちょうど三角形を描いている。

「しれえがこの間やっていた『三国志』の鶴翼の陣、みたいですね」

「こんなの気にせず、一人ずつ倒していけばいいでしょ」

というジョンストンにフレッチャーはいいえと口を挟む。

「でも、向こうも当然そのことは分かっている筈ですよ。なのに、なぜこんなにお互いが離れているのでしょう」

「テートクはあいつらが強いって言ってたじゃない。あたし達が一人ずつ狙っても倒されないと思っているんじゃないの?」

「わざわざ場所まで教えて挑発ってことね。上等じゃない!!」

「本当にそれだけでしょうか・・・」

 

相手が兵力分散の愚を犯しているのなら、それを上回る戦力でもって一隻ずつ各個撃破していくのが定石だ。だが、それが与作も認める強敵の場合、その前提は覆る。

「もし、これが時雨ちゃん達だったらと考えてみてはどうでしょう」

「時雨さんたちだったら、ですか?」

「そんなの決まってるじゃない。あたし達が4隻ががりで攻撃しても当たらないわよ」

グレカーレがうんざりして答えると、

「待ってください!」

突然フレッチャーがメモを見ながら叫ぶ。

「私たちが誰か一人に集中して攻撃している間、後の二人はどうしているのですか?時雨さん達ならば、ただじっとその場にいる訳がありません」

雪風が我が意を得たりと頷いた。

「雪風もそう思います。一人を倒しそびれている間に、他の二人がそのまま待っている筈がない。恐らくは数に勝る雪風達を逆に包囲しようとしてくると思います!」

「ありうる・・・。すんごくありうるわ・・」

「嘘!?こちらの方が数的に優位じゃない!」

「ジョンストン、時雨たちが相手って考えると、数の優位なんかないに等しいわ。・・・だからあいつら、わざと居場所を教えたのね」

「普通に考えれば、各個撃破を選びます。一人でさえ手に余る相手に不意を突かれては、混乱は必至です・・・」

「じゃあ、どうするっていうのよ、姉さん。今の話じゃ、中央に位置する神風を狙っても、両翼から囲んでくるでしょう?」

 

演習では、艦隊の損害率によってその勝敗が決まる。特にポイントが高くなるのは旗艦に損害を与えた時だが、当然相手もそのことは理解しており、旗艦をかばう行動に出るだろう。

「囮を出して誘い込むってのはどう?」

「多分乗ってきません」

グレカーレの提案を雪風は却下する。

「そもそも囮を出しても、他の二人が合流しては3対2。囮がやられるようなことがあれば、同数になってしまいます」

「難しい問題ですね・・・」

「じゃあ、どうすればいいのよ!」

じれったそうにジョンストンが叫んだ。

「テートクだったらどうするか考えてみたら?」

「しれえだったら、ですか?」

 

う~んと雪風は頭を捻り考える。

恐らく、己の提督ならば相手がどう動くかを考えて、柔軟に作戦を決めるだろう。

そしてそれは、きっと普通の人間ならば選ばぬものに違いない。

初期艦として与作の思考を頭の中でトレースし、やがて決める・

 

「これで行きましょう!」

フレッチャーのメモにそれぞれの動きを付け足すと、雪風は作戦開始を告げた。

              

                    ⚓

海鼠島の神風からすると右翼に陣取る春風は、時折吹く風のいたずらに豊かな髪を揺らされながらも置物のように微動だにしなかった。

 

「おや、単艦ですか」

成程成程と小声でつぶやきながら、やってきた艦娘を見やる。

「当然!あんたにはさっき羽交い絞めにされた借りがあるしね!」

びしっと指をさしながら答えたのはグレカーレだ。

「この春風を陽動とはいえ一隻で相手しようとは・・。蛮勇は己の首を絞めますよ?」

「そんなのやってみなきゃ分かるもんかあ!!」

 

挨拶代わりの砲撃。

だが、春風はあらかじめそう来るのが分かっていたかのようにわずかに避けて躱す。

「分かります。今までそうした方々を見てきましたから」

続けて二発目三発目。

確実に当てようとして放つ砲撃だが、簡単に見切られる。

「う、嘘でしょ・・。何、こいつ・・」

「大したことではありませんよ。目は口ほどにものを言う。見たまま狙いをつけていれば、貴方の視線を追えば、どこを狙っているか分かります」

「なっ!?」

いつの間にかグレカーレの横に移動した春風は、

「お手本を見せましょう」

そう言うや、正面を向いたまま砲をグレカーレの方に向けた。

 

「くうううううう!!!」

慌てて回避を試みるが、艤装に当てられ、小破状態に陥る。

 

「おや、その程度で済みましたか。さすがは偉大なる七隻のいる鎮守府」

春風の感心したような呟きはグレカーレの気持ちを逆なでするに十分だった。

「どれだけあたし達を下に見てるのよ、あんた達!」

「いいえ、とんでもない。今のは艤装を撃ち抜くつもりでやりましたので純粋に感心していますよ」

「あ、あんたねえ・・・」

 

グレカーレは以前時雨が言ったことを思い出す。深海棲艦は艤装を撃ち抜き、動けなくなったところを嬲り殺しにすると。この春風、穏やかそうに見えてやることは相当えげつない。ここまでの言動から普通じゃないとは思っていたが、まさかここまでだったとは。

「演習だってのに、えげつないことするわね・・」

「仰ることがよく分かりませんね。えげつないことのどこがいけないことなのですか?」

春風は心底分からないと言った顔をする。

「先ほども神風姉さまが話をされていましたが、私達が負ければ人類の敗北なんですよ?勝つためにあらゆる手を打つべきでしょうし、それを常に心がけるべきです」

「だからって限度ってもんがあるでしょうが!テートクを撃つなんてふざけんじゃないわよ!!」

 

一度は胸の内に仕舞っていた激情が姿を見せる。元々グレカーレは仲間思いの艦娘だ。与作本人はガキだの児ポロリだのと常にからかってくるが、異国の地で建造された自分がこれまで楽しく過ごしてこれたのはそのおやぢ提督のお蔭だと、彼女自身は面と向かって敢えて口には出さないが強く思っていた。

その提督が倒れた時。

 

グレカーレは己の中で凄まじい怒りが渦巻くのが分かった。

これはよくない。何とかこの怒りを静めないといけないと、自分の中の理性がそれを押しとどめようとしたものの上手くいかず。

ジョンストン達が来なければ、きっと自分は一人でも第四艦隊に喧嘩を売っていたかもしれない。

 

目の前で怒りを沸騰させるグレカーレを見ても、春風は涼しげな顔をして言った。

 

「そういう作戦ですから仕方がありません。敵の指揮系統を乱すのは常套手段です。それを咎められましても」

「どうしてあんた達はそうなの?戦うことばっかりで、少しは心が痛まないの?」

グレカーレの精一杯の問いかけ。だが、返ってきたのは想像もできない言葉だった。

「心ですか?不要ですよ。戦闘になれば、相手を倒すことだけを考えるべきです。余計な感情は判断を鈍らせますよ」

「そんなの、ただの戦う機械じゃない!あたし達は艦娘よ!?」

「ええ。艦娘という兵器です」

距離を詰めてくる春風に、グレカーレは叫んだ。

「あたし、あんた達が大っ嫌い!!!」

 

                   ⚓

「あなたの相手は私です!」

左翼に位置する朝風の前に現れたのはフレッチャー。

「へえ、単艦とはね。さすがはかのフレッチャー級のネームシップってとこかしら」

「そこです!!」

「挨拶もそこそこに撃つとはね」

砲撃を躱すや、朝風はぺろりと唇を舐めた。

「いいセンスしてるじゃない。今度はこちらから行くわよ!」

「くっ、速い!!」

旧型とされる神風型とは思えぬ朝風の速度に、フレッチャーは翻弄される。

「明らかにこちらの方が新しい筈・・・。なのに!」

「艦が古かろうが新しかろうが・・」

「うっ!!!」

「強い方が生き残り、弱い方が沈むだけよ!!」

一瞬で懐に入られたフレッチャーを襲ったのはほぼ零距離からの砲撃。わずかに身をよじり、幾分か直撃を避けたのは演習が決まってから取り組んできた格闘訓練の賜物か。

だが、しかし・・。

「へえ。やるわね。あの距離の攻撃を中破に留めるなんてね。訓練の成果かしら。それともただ運がいいだけ?」

「提督の訓練のお蔭です・・。それに、まだ私は戦えますよ!」

「上等よ!」

朝風は極上の獲物を見つけたと、にんまりと笑みを浮かべた。

 

                   ⚓

モニターが3分割され、神風の前に雪風とジョンストンが現れたことが分かると、榊原は衝撃のあまりうめき声をあげた。

「さ、3か所同時攻撃だと?いや、中央突破作戦とも言うべきか?」

中央を突破しようとする本体が囲まれぬように、左右の兵力が敵の両翼を分断し、その意図をくじく。その隙に、槍の穂先となって本体は敵本陣を突破する。古代ローマ時代より続く戦術の教科書のお手本のような戦い方だ。

だが。

 

「相手はあの神風達だぞ?正気なのか!」

 

伝え聞く偉大なる七隻は、一隻で連合艦隊に匹敵する強さだという。

神風達がそこまでいっているかは分からない。

けれど確実に言えるのは、一隻で通常艦隊に勝利したことは何度もある、ということだ。

それほど一騎当千の彼女たちを。

「一隻で引き受けるだと!?ありえない!」

 

これまでも腕自慢の艦隊を幾度も同じやり方で神風達は叩きのめしてきた。数で劣る神風達だが、その強さは折り紙付きだ。分散した様子を見せつければ、餌に食らいついたかのように多くが各個撃破を選ぶ。そこを他の二隻で囲めば、元々一隻でも強い彼女たちが負けるわけがない。

 

「成程。それぞれ両翼に囮を出し、残りが旗艦を狙うという作戦ですか」

担当官は面白そうに言うが、榊原はそれどころではない。

(囮だと?馬鹿が。あいつらを相手にだぞ。囮というより覚悟を決めての足止めに決まっているだろうが!)

先ほどの波止場での様子から、江ノ島鎮守府の艦娘達が神風達の強さを正確に把握しているだろうことは明白だった。

「それにしても、いくら優秀な兵器にするためだと言っても、轟沈ありの特別演習とは・・・。やりすぎなのでは?」

苦い顔をする担当官に対し、榊原の傍にいた参謀が手元の端末を使ってデータを見せる。この五年あまりで使ったのは四回。他の鎮守府と同程度であり、規模が大きく多大な戦果を挙げている大湊からすると、決して多いとは言えない数だ。

「そのことによって上がっている戦果にこそ注目していただきたいものですな。轟沈するかもしれないという恐怖と戦うことによって艦娘は成長します」

「・・・・」

参謀の語る言葉は、これまで榊原が信じて行ってきたことだった。

艦娘の権利が拡大していると言っても、あくまでもこの国での書類上の艦娘の扱いは船、道具だ。それを人として扱うか、道具として扱うかは各鎮守府、各提督によって異なる。

倉田程極端ではないが、大湊警備府全体が艦娘を道具として扱う提督の集まりだ。有事において動揺することのないよう、艦娘達に徹底的に精神的・体力的なトレーニングを積ませ、優秀な道具となるように仕立て上げる。

それは全てこの国のため、ひいては艦娘のためとの榊原の思いがあってこそのことで、これまでの彼はそのことを微塵も疑いもしなかった。

 

(口先だけで国防を語る者の何と多い事か。俺はそうはならない!)

20年前。鉄底海峡より帰還した7隻の姿を見たときの衝撃は未だに榊原の脳裏に焼き付いている。見目麗しい、中には幼子のような姿をした原初の艦娘達。当時海上自衛隊に所属していた榊原にとってその時の何もできなかった己への無念さは計り知れぬものがあり、今後同じようなことを繰り返してはならないという並々ならぬ決意がそこにはあった。

 

勝たなければ人類は負ける。艦娘達も沈む。

情け容赦のない訓練をしようと道具扱いしようと、全ては同じ悲劇を繰り返さないため。

(そのためには例え人非人と呼ばれても構わない。)

それほどの思いをもって進んできた20年なのだ。

それなのに。

どうして、あの江ノ島の艦娘達を見ると、頭がずきずきと痛くなるのだろうか。

「おや、春風とあのイタリア駆逐艦は決着がつきそうですよ」

担当官の呟きに、榊原はモニターに目を向け、そして驚いた。

                    

                    ⚓

黒煙を上げ、その場にうずくまるグレカーレに対し、春風は傷一つ負っていない。

「もう十分でしょう。それでは、他の方のお相手を致しますので、失礼します」

去ろうとする春風に体ごとぶつかるようにそれを押しとどめるグレカーレ。

「行かせないわよ」

「ふむ。てっきりあなたを囮として、他の方が私を囲むのではと思っていたのですが、どうやら違うようですね」

通信で現在の状況を確認すると、呆れたように春風は呟いた。

「両翼を足止めしている間に中央突破を仕掛けるというのは、よくある戦術ですが、両翼に向かう戦力が弱ければ数の少ない中央が結局は囲まれるだけですよ?」

「そうよ。あたしはあんたより弱い。悔しいけどそれは間違いない」

「でしたら、この辺りで抵抗を止めたらいかがですか。無理をして怖い思いをする必要はないでしょう」

「あんた達にしてはお優しいことね・・。どういう風の吹きまわしかしら」

「グレカーレさんはイタリアの駆逐艦です。あまりやり過ぎて国同士の関係が悪くなってもいけません。それにもう艤装は使い物にならないでしょう?」

 

春風の言う通りだ。主砲は潰され、魚雷も打ち切った。誰が見ても分かる大破状態。背負っているのは艤装ではなく、もはやただのスクラップだ。

「艤装が使い物にならなくたって、あたしはまだまだやる気よ」

近づいてくる春風に対し、ファイティングポーズをとるグレカーレ。

「格闘技ということですか。深海棲艦相手に打つ手がなくなった際の判断としては正解です。が、艦娘同士の演習ではそれは悪手ですよ」

「はいはいそうですかっ!!」

グレカーレの拳が空を切る。

瞬時に主砲を収納した春風はそのままグレカーレを掴もうとするが、躱され、意外そうな目をする。

「おや、どうやら格闘経験は本物のようですね」

「うちのテートクはすごいんだから!」

基本のワンツー。囮のフック。アトランタが提督と訓練するのが羨ましくて始めた格闘技の訓練だが、それが驚くほど活きていることにグレカーレは驚いた。

「これなら、まだっ!!」

「いけると思いますか?それは慢心です」

大振りになったアッパーをすかされた直後にグレカーレの腹部に掌底が叩き込まれる。

「ぐあっ!!!!!」

水しぶきをあげて体が二転三転し、仰向けに倒れる。

幸い主機はまだ動いてくれているが、もう大破どころではない。沈む寸前だ。

「よい素質を持っていると思います。その感情を捨て去ってしまえば、いい艦娘となるでしょう」

春風からすればそれは賞賛の言葉だったが、グレカーレにとっては酷い侮辱にしか聞こえなかった。

「・・・ざけんな」

「それでは私はこれで。他の所を応援に行きますので失礼します」

「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな、ふざけんなあああああ!!」

行きかけた春風はぴたりとその場にとどまった。

「あらあら。これは困りましたね。そんなに沈みたいのですか?」

「・・沈むのは怖いわよ・・」

 

駆逐ナ級との闘いのとき。絶体絶命のピンチで、時雨が来なければ恐らく雪風と共に沈んでいただろう。沈むという感覚は船時代のグレカーレにはない未知のものだ。ゆえに怖い。想像もしたくない。

けれど。

「あたし達の気持ちを不要と切り捨てるあんた達には負けられない。負けてやんない!」

ぐっと拳を握り、グレカーレは立ち上がる。

「やれやれ。駄々っ子のようですね。それでは遺憾ながら沈めさせていただきます」

ふうとため息をつき、春風はそんな彼女の方へ向き直った。

 

(あれ、やってみるしかない。)

かつてアトランタとの闘いで与作が見せた技、神速。艦娘である時雨も使えたという技。

限界以上の性能を引き出すまさに奥の手。

話を聞いて己の力不足を痛感していた彼女は、自分もできないかとこっそり夜中に何度も訓練した。

 

「一か八かで・・やってみる!!」

 

ゆったりと向かってくる春風に合わせて。

意識を集中させる。

 

かちり。

世界が灰色に包まれる。

 

一撃。そう、一撃だ・

素早く飛び込み、ありったけの力で拳をふるう。

「イタリア水雷魂を思い知れえええ!!!」

 

顎を狙った渾身の一発。

ゆっくりとそれを迎え撃つ春風は先ほどまでとその動きは変わらない。

(違う。おかしい!!)

限界を超えた世界では相手はいつもよりも遅く感じられるはず。

それが変わらないということは・・・。

すっと、素早く春風が動き、

「お見事。ですが、その世界は私も知っています」

無情にもグレカーレ最後の一撃が空振りとなる。

 

春風が先ほどと同じように掌底を叩きこもうとした時だった。

突然グレカーレの左側の主機が爆発し、海面に叩きつけられた。

「ううっ!!」

掌を突き出したまま、春風は倒れ伏すグレカーレに声を掛ける。

当たれば沈んでいたはずだ。限界を超えた挙動に主機が耐えられなくなったのか。それとも天が味方したのか。

 

「どちらにせよ運がいいですね。その様子では自力航行は不可能でしょう。助けを呼び回収してもらいなさい」

「行かせない。あんた達は間違っている」

「貴方は既に負けています。勝者が敗者の言うことを聞く必要はありません」

「ちょっと、待て!!待ちなさいよ!!」

 

まるで戦いなどなかったかのように涼しい顔で行こうとする春風の後ろ姿を見つめながら、グレカーレは悔しさに涙が止まらなかった。

 

時雨や北上とどんどんと強い艦娘が増え、負けないようにと雪風と共に訓練に励んだ。提督の役に立ちたくてアトランタのついででもいいからと格闘訓練まで行った。

でも足りない。目の前の艦娘はあまりにも強く、死ぬ気で取り組んだ時間など吹けば消えるようなものなのかもしれない。

だが、そのまま行かせる訳にはいかない。己の提督が何を一番大事にしていたのか。心を大切にしろと言っていなかったか。その提督の思いを踏みにじるような者たちを許すわけにはいかない。

(動きなさいよ、あたし。このままあいつを行かせたら、テートクが嘘つきになるじゃない!そんなの耐えきれんの?根性見せろっての!!)

グレカーレは自身に問いかける。

指一本でも動かせる。

沈むのは確かに怖い。だが、それ以上に我慢がならないことがある。

 

だったら、立ち上がるだけだ。

震える足に力を込めて。

立ち去ろうとする春風をにらみつける。

 

「それでは」

「待て、待ちなさいよ・・・」

「ごきげんよう、グレカーレさん」

「あたしの、あたしのことを無視するなああああ!!!」

グレカーレの体が光に包まれ、辺りに爆風が巻き起こり、轟音が大気を揺らす。

 

「何と」

光が収まった後に現れたのは軽巡並みに成長した姿のグレカーレ。

ロングだった髪はサイドテールに整えられ、これまでのワンピース姿から白を基調とした礼装軍服風の姿になっている。

そして何よりもボロボロになり屑鉄と化していた艤装が元通りだ。

 

「この状況で、なおも改二となって私の行く道を阻みますか」

「これが、これがあたしの改二・・・」

手の平を見つめ、グレカーレは呟く。

忌々し気に口元を歪める己に気づき、春風は言った。

「おかしいですね。不要だと思って捨てた感情なのに、私は今、明らかにあなたを見て苛立っています」

「ふふん。成長したあたしを見て、羨ましくなったんじゃない?」

「大人っぽく見えても、中身までは変わりませんね」

主砲を出現させ、戦闘態勢をとる春風。

「お相手します。貴方の意地とやらがどこまでか私も知りたくなりました」

「心を捨てただなんて言ってさ。全然そんなことはないじゃない・・」

どこか嬉しそうなグレカーレに春風は肩をすくめてみせる。

「そんなことはありません」

「じゃあそれでいいわよ!」

艤装の動作を確認し、新しくなった主砲を春風に向け、グレカーレは叫んだ。

「あたしはグレカーレアルトロ!!イタリア水雷魂、その目に刻んでいけえっ!!」

 




登場人物紹介

Grecale altro(グレカーレ アルトロ)・・・大戦を生き残ったグレカーレが、近代化改装され、対空性能の強化・最新レーダを積み込んだその後の姿。4スロ。
装備は
  120mm/50単装砲改二A,mod,1940×2
  Bofors 40mm四連装機関砲
  SG-3レーダー

※装備はwikiとか見て調べてのなんちゃって。altroはイタリア語でその他の意味。戦後改装されたのと、ゴトランドのアンドラがその他って意味もあることから。
髪型は作者的には多くの議論を経てサイドテールにした次第。他候補はポニテ。服装は鹿島をイメージしてもらえれば。考えてたところで、イタリア駆逐主砲に変更があり、これ改二フラグじゃねと思ってます。でもそこは二次創作オリジナルで通す所存。だって早くパワーアップさせてやりたいのだもの!



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番外編 「マエストラーレシスターズ」

誰よりも早く二次創作小説でシロッコを書いてやる。
その勢いで徹夜しました。おかしい。本編より筆が進むのが早い。

イタリア駆逐艦好きな方には微妙におすすめします。

特別編Ⅱ-afterの後の時系列です。
本編とダブルで投稿します。

※早速の誤字報告ありがとうございます。


イタリアナポリの海軍基地内にある艦娘寮では、先ほどから駆逐艦マエストラーレが興奮しながら動画を観ていた。

「ねえ、リベ。これを観てみて!日本であたし達の同型艦が建造されたんですって!」

呼ばれたリベッチオが脇から覗くと、そこには何やら記者会見場で真面目な顔をして映っている姉妹艦の姿があった。

 

「あっ、ホントだ。グレカーレだよ!ねえグレカーレ。グレカーレが建造されたんだって!」

「あたしが建造!?そんなことあるのかなあ。どこの鎮守府かしら」

「ちょっと待ってね。ううんと、日本のエノシマってとこみたい。イタリア以外で私達が顕現するなんて聞いたことがないわ。ぜひお話してみたいわね!!」

「リベもリベも!グレカーレも別個体と話してみたいんじゃない?」

「そうね。別な自分と話すのも面白いかもしれないわ。連絡ってとれないのかな」

「ふふん。長女である私に任せなさい!今ちょうどオフだから動きやすいもの!!」

 

意気込みながら出ていこうとするマエストラーレに、一人だと心配だとグレカーレが続く。

残されたリベッチオは今までのやりとりがまるで無かったかのようにマイペースに眠り続ける妹に声を掛けた。

「ねえ、シロッコ。グレカーレが日本で建造されたんだって!」

「ふう~ん、そう」

「あちゃー。まるで興味なしかあ」

「う~ん。今は日本のグレちゃんのことよりも眠る方が大事だよぉ・・・」

「それ、グレカーレの前で言っちゃ駄目だよ~」

          

                   ⚓

ばっども~にんぐ。

爽やかな目覚めと共に日課の手淫を行おうと思ったら、本部からいきなり電話だよ。

なんでも、在イタリア大使館から呼び出しとかで、急ぎグレカーレを連れてこいとさ。

「へ!?あたしが?なんで?」

「知るか。大方、例の騒動の時にお前も自己紹介したのを目ざとく見つけたんじゃねえか。レア艦だとか聞いた気もするからよお」

 

そう。ロリコン織田の情報では、マエストラーレ級の駆逐艦は全てドロップで発見されたイタリア本国に所属しており、海外で、しかも建造された別個体がいるなどというのは向こうからすれば寝耳に水以外の何物でもないだろう。

 

「ほうほう、それはそれは。これはあれね!テートクがあたしの価値を再確認するいい機会ってことね!っていったーーい!!」

 

べちんと俺様のでこぴんが火を噴く。

どうしてこう、こいつは自信過剰なのか。

 

「何度も言うが、俺様からするとお前はチェンジ対象だぞ!常にその危険があることを忘れるな!」

「ひっど~い!!どうしてあたしばっかり!」

 

うるさい野郎だ。お前なあ。出てきた瞬間に俺様の頬を突いたご乱心を忘れたとは言わせねえぞ。こうでも言っておかないとこいつ、すぐ構ってちゃんモードになりやがるからな。とにかく、本部から迎えが来ているから車に乗り込むぞ。

 

「で、どうしてあんた達がここにいるんだ?」

車内にいたのは長門と大淀。おいおい。あんた達、一応参謀本部のお偉方じゃねえのかよ。

「ふむ。私は護衛だ。先日の米国との一件がある。我が国に属する貴重な駆逐艦を守る必要がある」

「ごめんなさい、鬼頭提督。翻訳しますと、貴方とグレカーレさんの護衛が長門補佐官のお仕事です」

おいおい。今目の前の駆逐艦大好き戦艦は一言たりとも俺様に触れなかったじゃねえか。

「すいません。本来は別の艦娘が行く予定だったのですが、今回の任務を聞いてどうしても行きたいと補佐官がじたばたと駄々をこねるものですから。私はそのお目付け役で参りました」

「ちょいと待て。そう言われると俺様的にはろくでもない用事のような気がするんだが・・」

「まあまあ。今回は在日イタリア大使館からというよりは、イタリア本国からの依頼のようです」

「イタリアだあ?俺様はわあるどわいどな男だが、イタリアには知り合いはいねえぞ。イタリアとは知り合いになりたいとは思っているがよぉ」

「上手いこと言っているようで全然上手い事言ってないんだけど!そもそもテートクはあたしってものがありながらあちこち見過ぎよ!」

「ふむ。相変わらず仲がいいな。うらやましい・・」

「せめて長門補佐官は本心を隠してください!!」

 

まあ色々あって忘れていた俺様が悪かった。どうしてグレカーレを隣にしちまったのか。ただでさえかまってちゃんのこいつが、人が増えて話す時間が減ったらここぞとばかりに話しかけてくるのは分かってたことじゃねえか。口から先に生まれたのかってくらい喋る喋る。にこにこ笑顔でそれを見ている長門はいいが、大淀は若干引いてるぞ。大丈夫だ、大淀。それは正しい反応だ。お前の隣にいるロ〇コン戦艦がおかしいだけだ。

 

ようやく不毛な時間が終わったのはイタリア大使館に着いてから。

パオロうんちゃらというイタリア大使はグレカーレを見つけると、嬉しそうに近寄ってきた。

「おお。本当にグレカーレじゃないか。まさか極東の地に顕現するとはな。会うことができて嬉しいよ」

あっ。握手した手の甲にキスをかましやがった。おいおい。さすがはイタリア野郎。やることが早いが、目の前にいる奴のことを考えろ。

 

「はあっ!?大使、申し訳ないがお戯れはほどほどにしていただきたい・・」

駄目だぞ、長門。最後に小声で殺すとか言っちゃ。他の奴には聞こえてないが俺様にはばっちり聞こえているからな。

「君が噂の江ノ島鎮守府のキトウ提督だね。お会いできて光栄だ。それでは早速こちらに来てもらおう」

「行くのは構わないんですが、何の御用で?」

「我々イタリア人男性からすると垂涎の的である君に、さらに降って湧いたような幸運だ。ソレッレマエストラーレが君とグレカーレと話したいと言っている!」

興奮気味に語るおっさんだが、何を言っているか分からない。

 

「ソレッレって、日本語で言うと姉妹ってことよ、テートク。ソレッレマエストラーレだから、マエストラーレ級の姉妹があたしと話したいってことね」

「その通りだ。さすがにグレカーレは賢いな!」

パオロのおっさんの言葉に長門はうんうんと頷いた。

「うむ。先ほどは不埒な態度をとったと思ったが、そうではなかったな。よく分かっている御仁だ」

はあ!?何こいつの判断基準。がきんちょに甘い=いい人ってか。俺様なんかしょっちゅう拳骨だのでこぴんだのしてるぞ。

「それは向こうが受け入れているからな。そしてかなり羨ましい・・・」

「おい、大淀。なんか色々悪化してないか?」

「聞かないでください。江ノ島鎮守府の皆さんと焼肉に行って以来こうです・・・」

「そうか・・・」

大淀も苦労してるんだなあ。しみじみと感慨にふける俺様が案内されたのは、大使の執務室。

そこにあるモニターは本国とつながっており、話ができるらしい。

「今、15時だから、本国は朝の7時だな。それではつなぐぞ」

 

ぱっとモニターが切り替わるや、画面にドアップで映ったのは銀白色の髪をしたがきんちょAと赤毛でツインテールのがきんちょB。

「あれっ!?き、急に映ったわよ・・。」

「姉さんもうちょっと寄ってくれないとリベも観れない!」

「ちょ、ちょっとちょっと!姉さん、リベ。近い近い!もう少し下がらないと!」

あれ?この声って・・

「あたし?そっちにいるの?」

とうちのグレカーレ。

 

「Buongiorno!日本にいるあたし。こちらは朝だけど、そちらはちょうどお茶の時間かしら。わざわざ来てくれてありがとう。日本であたしが建造されたと聞いて、どうしても話したいと連絡したのよ。日本のキトウ提督さんも忙しい中ごめんなさいね」

「はあっ!?」

やべえ。つい声が出ちまったぜ。

 

「どしたの、テートク」

びっくりした顔で俺様を見るうちのグレカーレ。

「そりゃそうだ。なんで向こうのお前はあんなに理性的な話し方なんだ。本当にお前と同じグレカーレなのか?忙しい中ごめんなさいね、なんてお前言ったことないだろうが!」

「ちょ、ちょっと姉妹の前で恥ずかしいったら!」

何を恥ずかしがることがあるもんか。かまってちゃんな上に困ったちゃんのお前とあの理性的なグレカーレをチェンジして欲しいもんだぜ、全く。

「っていてええ。俺様を叩くんじゃねえ!」

「テートクがアンポンタンだからよ!ごめんね、みんな。こんな感じであたしは日本で過ごしているわ!」

「日本のグレはこっちのグレと比べると随分と元気いっぱいね。いい感じ!これからは私をお姉ちゃんと呼んでね!」

「ちょっと姉さん、自分がお姉ちゃんと呼ばれたいからって向こうのあたしにさらっと強制しないの!」

「リベのことはリベって呼んでね!えへへ。グレカーレがとっても楽しそうでよかった!」

「楽しいのかな?なんかいつも色々起きているような・・・。でも退屈しないわよ!」

 

おいおい。グレカーレ(仮)。その話し方だとお前は何もしでかしてないように聞こえるぞ。

 

「あたしが?何かしたっけ」

出たよ、こいつ。大体迷惑かける奴って自覚がねえんだよなあ。毎度みんなの顔が引きつってるのに空き地でコンサートを開く某ガキ大将と同じ思考だな。

ところでさっきから気になるんだがよ。がきんちょAとがきんちょBは全く名乗ってないぞ。お前は姉妹艦だから分かるかもしれないが、俺様は分からん。覚えなくともいいことだが、出会ったんだから名乗るは礼儀だぞ。

「それはそうねって、何よテートク。そのがきんちょAとかBってのは。」

「最初に出てきたのがAでその後がBだ」

「ひっど~い!私達イタリアでそんな言われ方されたことないわよ!」

 

がきんちょAは抗議の声を上げるが、その脇でグレカーレ(真)はけらけら笑っている。あ、こいつ。態度はうちのより大人びているが中身は一緒だな。

 

「でも、まあそうね。自己紹介しなかったのがいけなかったんだし。許してあげる。私はマエストラーレ!マエストラーレ級の一番艦にして長女!マエストラーレシスターズでセンターをやっているわ!」

ふふん、どう?という感じで自己紹介するがきんちょAことマエストラーレ。うん。色々突っ込みたいんだが、とりあえず何だそのマエストラーレシスターズのセンターとかいうのは。

 

「ええええ!!し、知らないのですか?」

パオロのおっさんが信じられないと言った風に大きな声を出す。

え!?なんだ、一般常識なのか。

「お前、知ってたか?」

「知らないよー。姉妹艦がいるって聞いてはいたけどさ」

「知識としては知っています。全世界でカルト的人気を誇るマエストラーレ級姉妹によるアイドルユニットです」

「そうだ。付け加えるとつい最近限定DVD「あなたの心にBuona notte」が発売されたばかりだ。先行生産盤には姉妹のサイン入りブロマイドが封入されている」

随分と詳しいな、長門よ。ふうん。そんな世界的なアイドル様とはねえ。

 

「続いて、リベの番ね!リベはマエストラーレ級3番艦のリベッチオ!南東の風って意味よ。よろしくね!」

がきんちょBはリベッチオか。成る程な。それで、3姉妹でアイドルをやってるってわけか。

「いえいえ、違うわ。私達は4姉妹。4人そろってマエストラーレシスターズです!!」

ふんすと鼻息荒く胸をそらすマエストラーレだが、3人しかいねえじゃねえか。後一人はどこいったんだ。

「ごっめ~ん。シロッコは朝が弱いの。今グレカーレが起こしに行ってる」

すまなそうに頭を下げるリベッチオだが、こいつを見てるとなんとなくうちのビーバーを思い出すな。どんぐりとかあげたら喜んで食いそうだ。

「ほらっ!いい加減にしなさい。昨日のうちから今朝日本と通信するって言っておいたでしょうが!」

おうおう。グレカーレ(真)はしっかりしてやがるな。どこかの鎮守府の歩く児ポロリに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいもんだ。

「テートク、あたしの悪口を考えてるでしょ・・・」

「ふん。悔しかったらフレッチャーに甘えず食事を作りやがれ」

「お二人さん、ごめんごめん。連れてくるのが遅れたわ。ほら、早く早く!」

そうグレカーレ(真)に促されて画面に映ったのは、黒髪に褐色肌の見るからに眠そうながきんちょC。

「まあ、しょ~がない。起きよぉ。後でもっかい寝るからね・・。あたしはシロッコ。マエストラーレ級4番艦。これでい~い?」

「ダ~メ!日本のあたしにせめて一言くらい言いなさい!ごめんね、そっちのあたし。シロッコは寝ることと食べることが大好きなの」

「そうかい。俺様は鬼頭与作。江ノ島鎮守府の提督兼こいつらがきんちょの保護者をやってるぜえ」

「がきんちょじゃないでしょ」

こらこら。お前、一応人前だぞ。蹴るんじゃねえ。シロッコって奴も笑ってんじゃねえか。

しかし、食べるのと寝るのが好きなんて、日本昔話に出てきそうな奴だな。

「昔話~?あたしが~。面白いかも~。ふわああ」

緊張感の欠片もない奴だぞ。こんな奴がアイドルなんてやってられるのか?

俺様の心配をよそにパオロのおっさんと長門はなぜかキラキラ状態になってやがる。

「まさか、生で『もっかい寝るからね』が見られるとは!」

「ああ。しかも、起き抜けの本物だ。くうう!こんなことならすまほを持ってくればよかった!!」

「スマホならこの間充電が切れただけなのに、昔はこうやって直したと手刀をくれて壊したばかりじゃないですか!」

ちびま〇子ちゃんの世界か、お前。それにしてもグレカーレだけでも濃いと思っていたが他のマエストラーレ級の奴も随分と濃い奴ばっかりだな。

 

「テートクがそれを言う?うちの鎮守府だって相当濃い面子だと思うんだけど!」

ほお。それは暗に俺様に敏腕ぷろでゅーさあとなって自分達を売り出せってことか?がきんちょずって名称でいいなら考えてやるぜ。

「却下!ネーミングセンスが悪すぎる!」

「ふふ。なんだか、日本のグレちゃんって面白いね~」

「あんたはうちの鎮守府に来てテートクに根性を叩き直してもらった方がいい気がするわ。あたしなんてしょっちゅうでこぴんされてんのよ!」

「なんてうらやましい!」

「全くだ!!」

 

しばらくグレカーレと姉妹艦達で話がしたいと言うので便所に行って戻ってくると、すっかり打ち解けて話していやがった。さすがはコミュニケーションに長けたイタリア生まれの駆逐艦どもだな。

「気は済んだか?大体なんでこんな通信をわざわざ寄こしやがったんだ。」

俺様の問いにマエストラーレはごほんと咳ばらいをして、答えた。

「ごめんね、キトウ提督。最近フレッチャーって艦娘が酷い目にあったって話を聞いたからグレの提督さんは大丈夫か見たかったの。でも、直接鎮守府での話を聞けてよかったわ」

「「はい!?」」

おいおい、すげえな。日本とイタリアのグレカーレがハモったぞ。

「ちょっと姉さん。記者会見の動画しか見てないわけ?その後の動画が本番じゃない!」

とグレカーレ(真)。

「え!?他にも観たわよ。なんか踊ってみたってやつとか」

「だったら普通気づくでしょうよ、姉さん。うちのテートクよ、それ。しかも今話題にしてたフレッチャー偽装事件を解決したのがテートクなのよ!!」

なぜか自慢げに語るのがグレカーレ(仮)。

 

「えええええ!!ご、ごめんなさい・・・。私知らなくって・・・」

恐縮しきりのマエストラーレに、

「あ、そうなの?リベも知らなかった。ごめんねー」

えへへと笑って誤魔化すリベッチオ。

「あたしは知ってたよ。来るときにグレちゃんがしっかりしないと駄目だからねって教えてくれたから」

そういや、グレカーレ(真)の奴、最初から俺様の名前を知ってやがったもんな。

「別に気にはしてねえ。こいつもお前たちと会えて嬉しそうだしな。また暇な時にでも連絡してやってくれ」

「ふふ。日本のグレカーレの提督さんは優しいんですね!」

「何となく顔が悪人ぽいと思ったけど意外~」

「こら、シロッコ!ごめんなさい、キトウ提督。シロッコはこういう奴だから気にしないで」

「うんうん。悪い子じゃないから。今日はいきなりだったからそんなに時間がとれなかったけど、今度はばっちり調整するからまたリベともお話してね!」

「それじゃあ、キトウ提督と日本のグレカーレに向けて、みんな行くわよ~!」

あん!?なんだ、あいつら。突然立ち上がって。

「北西の風、マエストラーレ!」

「北東の風、グレカーレ!」

「南西の風、リベッチオ!」

「南東の風~、シロッコ~」

「「「「幸運の風が、貴方に届きますように!!」」」」

 

ちゅっと投げキッスと共に通信が切れるや、パオロのおっさんと長門はお互いの肩を叩きながら涙を流し始めた。

「Amico(友よ)!!!」

「我が盟友!!」

「あれぞ、ソレッレマエストラーレの決め技、幸運の風を君に、だ。まさかリアルタイムで観ることができるとは・・・」

「分かるぞ!ライブでも最後に使われるほどの決めポーズ!!鬼頭提督、お前は何という果報者だ。名前を呼んでもらえるなどと・・・」

 

何を言っているんだ、こいつは。俺様は純粋に鳥肌が立っちまったんだが。何が悲しくてがきんちょ(フォー)の投げキッスなんか喰らわねえといけねえんだ。これが格ゲーだったら当たり判定が4回だぞ?

積もる話があると大使館に残った長門を除き、俺様達は家路につく。

というかよお、あいつの仕事護衛じゃなかったのかよ。仕事してねえじゃねえか。

「それについては申し訳ありません。後で私から叱っておきます」

「ふん。随分と心配してくれてたみてえじゃねえか。いい姉ちゃんを持ったもんだ」

「ちょっとそそっかしいみたいだけどね。それよりも、テートク。今回のはカウントに入らないからね!」

「はあっ!?お前まだ訳の分からないこと言ってんのか」

この間雪風を宗谷に連れていった後に俺様の机の上に置かれていた、公平な待遇を要求する旨の意味不明なメモ。訳を聞いたらデートをしろとほざきやがった。

「お前と一緒に来てやったんだから、これだってデートって奴だろうがよ」

「違う違う!デートは二人だけなの!!今回のは任務!」

 

駄々をこねてきかないグレカーレ。

本当にこいつ、故郷の同型艦の爪の垢でも煎じて飲んだ方がいいんじゃねえか?

 




登場人物紹介

マエストラーレ・・・長女兼マエストラーレシスターズのセンター。しっかりしようとするが時々のドジがファンに大人気。
グレカーレ(真)・・しっかりものの次女。姉妹に対する冷静なツッコミ役。
リベッチオ・・・・・陽気な三女。お日様みたいに元気で明るく、がキャッチフレーズ
シロッコ・・・・・・いつも寝ている4女。決めポーズでも若干眠たげ。
グレカーレ(仮)・・散々与作に言われたので、次の日の朝食は作った模様。
与作・・・・・・・・なぜうちのグレカーレは違うんだ、頼むぜすりぬけくんと愚痴る

長門・・・・・・・・DVD特典のブロマイドはリベッチオであり、シロッコを当てたパオロ大使と交換する。


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第五十三話 「艦娘とは」

色々と忙しく随分と間が空きました。秋イベ?もE4は凶悪だし。いやーE4ー3さすがに沼ってます。戦車第11連隊がもらえた時くらいの難易度かなと油断してました。ボス前の連合艦隊ってふざけんなと思う今日この頃です。グレカーレや春風などネタにする艦が今回のイベントで活躍していると嬉しく思いますね。

ボスの警戒陣はまじふざけんなと思います。

いつも誤字報告ありがとうございます。


群馬県館林にある多々良沼。

冬には白鳥が飛来すると言われるこの大きな沼では、今3人の艦娘が訓練の最中であった。

「それでは、神鷹さん。まず陰陽式で艦載機を発艦させてください」

「ヤー。神鷹航空隊、どうかお願いします!」

陰陽式により発艦した艦載機が、気持ちよさそうにひとしきりとんだかと思うと、神鷹が下げたカバンの中へと収まった。

「続けて、短弓式でどうぞ」

「は、はい。神鷹改二!!」

神鷹は慌てて改二になるが、なぜか短弓を上手く引くことができない。

「す、すいません・・。せっかく鳳翔さんに見ていただいているのに・・・」

恐縮し、しょげ返る神鷹に鳳翔は優しく微笑む。

「艦載機妖精の皆さんは神鷹さんに協力的なようですから、安心しました。後は慣れの問題ですね。素引きを行ってみましょう」

「スビキ?」

横合いからアトランタが口を挟む。

「矢をつがえずに矢の引き方・構え方を教わる弓道の練習のことです。話によれば神鷹さんは建造されていきなり改二になれてしまうとか。それでは肉体を上手く使えないのは当たり前です。このように構えてみてください」

鳳翔が弓を引く姿勢をお手本として見せる。

凛としたその美しさに神鷹は思わず見とれ、促されてからようやく構えをとった。

「そうですね。正十字となるように。それでは、神鷹さんはまずその射形を体に覚えこませる必要があります。これより矢をつがえる必要はありません。繰り返し、弓を引きその形を刻み込みなさい。弓が重くなり、持てなくなった時にはなしでも構いません。続けなさい」

「や、ヤ―・・・」

震える声で答えながら神鷹は言われた通りに練習を始める。

鳳翔は時折神鷹の形を直したり、アドバイスをしたりした後、傍らで控えているアトランタを見た。

「お待たせしましたね。ふふっ。どうしたんですか」

「い、いや。なんだか楽しそうだと思って」

「昔を思い出しまして・・。こんなことを言うと、あの子にまたばばあと言われるでしょうけど」

懐かしそうに鳳翔は空を見つめた。どことなく寂し気に見えたのはアトランタの目の錯覚ではないだろう。

「その・・。あたしの訓練もお願いします・・」

「はい。それでは今から私が艦載機を発艦させますから、それを狙ってみてくださいね」

ごくり、とアトランタは唾を飲み込んだ。

目の前にいるのは世界の空母艦娘の母たる存在だ。

その発艦を見られるなど、その筋の艦娘達からすればいくら積んでもおかしくないと言えるだろう。

ゆったりとしていながら、一部の隙も見出せない動きだった。

ひゅっと風を切る音がしたかと思うと。

「えっ!?」

気付いた時には、己の脇を発艦した艦載機が煽るように飛び抜けていった。

「嘘でしょ?」

アトランタは愕然とした。

(いつ放ったっていうの?ま、まるで気が付かなかった)

「どうしました?敵艦載機はまだ健在ですよ!」

鳳翔の言葉に、気持ちを引き締め対空戦闘に当たる。

「対空戦闘用意。そこっ!!」

狙いすました一撃。だが、鳳翔の放った艦載機はまるでそれを読んでいたかのように直前で回避行動をとり、悠々とそれを躱す。

何度も何度も叩き落とそうとやっきになるが、あざ笑うかのように自由に飛び回る艦載機にアトランタは舌を巻いた。

「Shit!あり得ないよ!何なのあの動き!!」

こちらが狙いをつけたのを即座に感じ取り、射線から逃れるよういち早く行動する。いくら装備妖精が動かしていると言っても、あの動きはまるで生き物のようだ。

「さすがは偉大な・・。い、いやSorry、ごめんなさい」

思わず口が滑ったという顔をしたアトランタに鳳翔は苦笑してみせた。

「ごめんなさいね。気を遣ってもらって。でもまあ、私も一応空母の母と呼ばれていますから」

 

それにしたってこれは想像の遥か上の存在だ。鎮守府近海で深海棲艦の空母相手にいい気になっていたのが恥ずかしい。

「もう一度、お願い。次はコツを掴んでみる。でないと提督に合わせる顔がない」

「あら。頼もしいですね。分かりました。お付き合いしましょう。ですがアトランタさん」

鳳翔はにこやかに微笑んだ。

「私もあの子にはいい所を見せたいんですよ。少しハードにいきますが、そこは覚悟をしてくださいね」

アトランタは不用意に提督の名を出した自分の迂闊さを呪った。

                  

                  ⚓

 

やれやれ面倒くせえことになったな。俺様に二度も頭突きをかました後、にこにこ笑顔でついてくるジャーヴィスの野郎はすっかり名探偵気分だ。あちこち見ながらふむふむと頷いてみせて、その度に俺様に話しかけてきやがる。

 

「あのなあ、お前。名探偵ってのはそう騒がしいもんじゃねえんだぞ。もうちょっと沈着冷静にだな」

「あら。でも、この間見ていた刑事コロンボはそうでもなかったわよ、ダーリン。二言目には『うちのかみさんがね~』と話して、犯人を油断させていたわ」

「そりゃ犯人がボロを出すようにするあのおっさんのテクニックだ」

 

このジャーヴィス。名探偵を目指すだけあっていい所ついて来るじゃねえか。俺はあのおっさんの犬に、『犬』と名付けるせんすが大好きなんだ。

 

「というか、お前どっちかというとコロンボタイプだろ。どう考えても、ホームズって柄じゃあねえぞ」

 

そもそもあの鹿内帽をかぶらされちまった名探偵は、そこまでおしゃべりじゃない筈だ。モルヒネをやったり、事件についてワトスンが訊いたりするから話しているだけであって、本質的には名探偵ってのは孤独なもんだと思うんだがねえ。

 

「そんなことないわよ。明智小五郎だって、少年探偵団を、ホームズだってベーカーストリート・イレギュラーズを使っているじゃない」

「お前らにはがきんちょ探偵団がお似合いだがな」

 

俺様の言葉にむくれたジャーヴィスがぽかぽかと叩いてくる。

どうでもいいがよお。何でうちの鎮守府にはこう、駆逐艦ばっかりしか来ないのかね。

これがアトランタの野郎が言っていたサラトガとかなら、喜んで俺様は助手役に立候補するんだが。

 

手早く携帯で連絡すると、うえええなどという慌てた声が聞こえてくる。

「俺様だよ、おれおれ」

「どこのオレオレ詐欺かも?提督、どうしたの?」

詰まらねえ野郎だな。少しは騙されたふりをするとかしろよ。北上なら喜んで乗って来るぞ。

 

「そもそも最初に俺様と言っている時点で提督って分かるかも」

そこはスルーしやがれ。

俺様がここまでの事情を説明すると、秋津洲の野郎、途端に慌て出し、

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってほしいかも。き、切らないでね!二式大艇ちゃん、お願い」

とか言いながら、はあはあ走り出しやがった。どうも、外に出たらしい。

「それで、提督は平気かも?まあ平気だから電話してきてるんだろうけど。大丈夫?」

「はあ!?お前、わざわざ移動したのか?なんで?」

「提督が撃たれたなんて話、あの二人には絶対に聞かせられないかも!多分大湊に乗り込んじゃう!!」

「言っている意味がわからねえ。時雨の馬鹿は暴走するかもしれねえが、北上は大丈夫だろ」

「提督、それ本気で言っているかも?呆れた・・」

おい。かもかも野郎に呆れられたぞ。とにかく、そんなことはどうでもいい。

 

とにかく、この大湊の営倉の場所を教えてくれ。

俺様が現在地を告げると、秋津洲はそこからの行き先を教えてくれた。

「よし、助かった。それじゃあ、ちょっくら行ってくるからよ」

「あの、提督。無茶をしないんだよね?きちんと帰って来るよね?」

かもが抜けてるぞ、こいつ。あのなあ、そうフラグを立てるんじゃねえ。

もっとも俺様は純愛フラグと死亡フラグには無縁の男だがなあ。

 

「もう!真面目に心配してるかも!!大湊は非常識な訓練をするところだから、何があるか分からないかも!!」

「分かった分かった。とにかく、気を付ける」

「提督が戻るまではあの二人には伝えないつもりかも。その代わり、一日に一回、きちんと鎮守府に電話してくるかも」

「はあ!?」

お前なあ。初めて外泊して、家を任せた幼い子供を心配する母親か?俺様は。

「まあいい、そうする。時間がねえ。それで教えろ、営倉はどこだ」

「多分艦娘用の営倉かも。第二庁舎の近くの黒い屋根の建物だよ」

「OK。分かりやすくていい。それじゃな」

「提督・・、本当に気を付けてね。大艇ちゃんも心配してるかも」

艤装に心配されるってのもどうかと思うがね。

色々とうるさい秋津洲に閉口し、さっさと切ると真面目な顔をしたジャーヴィスが俺様を見つめていた。

 

「何だ?」

「ううん、何でも。やっぱりダーリンはダーリンなのね、ってそう思っただけよ!」

「意味が分からねえな」

「そお?分かろうとしていないだけじゃない?」

何の謎かけだよ。俺様は俺様ってよ。あ、成程。駆逐艦に呪われた提督ってことだな。

「呪いなんて失礼よ、ダーリン!」

またもポカポカと叩いてくるジャーヴィスに俺様はうんざりとした。

 

                   ⚓

入れられた営倉の中で浦波はうなだれていた。

「おまんには重要なポジションを任せる」

 

そう倉田に言われた時、普段満足に訓練ができていない浦波は喜んだものだった。

これで、提督の役に立てると。

 

だが、それが相手の提督を狙撃することと言われた時に躊躇が生まれた。

本当によいのか。自分達は人を守るために顕現したのではないのか。

そうした戸惑いを提督に見透かされ、精神を鍛える猛訓練と共にある物を渡された。

 

「それを使うとええ。迷いで体が動かなくなった時に動けるようになるきに」

その倉田の言葉を信じて行動した。

 

だが。

与作を撃とうとした瞬間に体の中の大切な何かが崩れていくような感触がした。

(まずい、ナニコレ・・ナンナノこレは・・・)

意識が何かに引きずられ、誰かが抱いている恨みや憎しみといった感情がわっと浦波に押し寄せた。どうしようと思った時には倉田の声が頭に響いていた。

 

「浦波いいいいい!!!目標、0-4-5じゃああああ!!」

その声と同時に自然と引き金を引く己の身体。

直前までのあの感触、悩みは何だったのかと呆然とするしかなく。

「営倉に連れていけ!!」

司令長官の榊原の声が頭のどこかで響いていた。

 

入れられてすぐに両手足を拘束された浦波は、周囲にある物が破壊したくてたまらず、力任せにそれを破ろうとして、体中傷だけだった。

 

「こんな、人ではないのに・・・」

傷ついた己の身体を見て、浦波はみじめになった。

大湊の艦娘はよりよい道具たれ。そのことを念頭において行動している。どんなに飾ろうと自分達は人にとって異質な存在で、恐るべき力を持った兵器だ。

 

「提督・・・、提督・・・」

浦波はそっと首筋に手を這わせる。

気持ちが沈まれと。

今の思いを提督がかき消して欲しいと願う。

 

階段を下りる音が聞こえる、誰かが入って来たのだろう。

「提督!?」

思わず扉にすがりつこうとした浦波に、扉を開けて入ってきた男はにやりと笑ってみせた。

「提督は提督だが、お前の提督よりはいけめんだぜえ?」

                  ⚓

風が吹きつけていた。

頬に当たる風の心地よさに朝風はぐいっと伸びをする。

目の前では、肩で息をするフレッチャーの姿があった。

 

「確かに強いわね、貴方達。この短期間でよくやったと思うわ」

江ノ島鎮守府は4月に提督が着任したばかり。もっと言えば、このフレッチャーは先の米国中を巻き込んだ事件の前に建造されたのだ。わずかな間にどれだけの訓練をしたというのだろう。

その健闘は評価に値する。

けれど。

 

「健闘じゃ、ダメなのよ。相手を倒さないと」

倒すか倒されるか。深海棲艦との闘いは究極的にはそれしかない。戦略的な撤退もあるだろう。負けることもあるだろう。だが、一隻でも深海棲艦を沈めれば、その分だけこの海が平和になる。

「一つ、質問をいいでしょうか」

艤装から黒煙を上げ、うずくまるフレッチャーが煤で汚れた顔を朝風に向ける。大破はしていないが、限りなくそれに近い。ここまで闘い抜いてこれたのは驚くほかない。

「構わないわよ」

生来の気のよさから朝風はそれに応じた。

「秋津洲さんから貴方達の話は聞いています。過酷な訓練をし、艦娘を人とは思わない・・・。大湊の艦娘は皆そうなのですか?」

「立場の問題よ。人間の中にはあたし達艦娘を道具だって言う人と、そうではない、人間だって言う人がいるのは知っているでしょう?大湊では道具、兵器として扱ってるってだけの話ね」

 

艦娘が誕生して以来、多くの議論がなされる艦娘は人か否か。初めに艦娘が顕現し、艦娘大国とも言われる日本では艦娘の権利についてもこの20年で大分保障されるようにはなってきているが、未だに艦娘は兵器であると考えも根強く残っている。艦娘の在籍はあくまでも船としてであり、その給料は特別艦船修理費という名目で各鎮守府への予算としておりている。

 

「貴方達はそれで平気なのですか?道具として扱われて」

「もちろん。提督に勝利をもたらすよい道具になりたいと思っているわよ」

「そのためにはどんな手も使うと?」

朝風は大きなため息をついた。

「そうよ。逆に聞きたいくらい。勝ち方にこだわっても負けたら仕方がないでしょう?勝てば官軍という言葉はその通りだと思うわ。相手は勝つためには平気でえげつないことをやってくる。それに対処できるようにすることのどこが悪いの?」

「空しく、なりませんか?」

ぎゅっと胸を押さえ、フレッチャーは朝風を見た。

「苦しく、なりませんか?」

「そう思うのはあんたが若い証拠よ。10年近く同じことをやっていれば、そんな気持ちはとっくに無くなるわ」

「そんな・・・」

「いい道具ってどんな道具だと思う?安くて丈夫、そして長持ちなものじゃない?あたし達は良い道具だって自覚があるわよ」

「自分で自分を道具だなんて!!」

「あのねえ、アメリカのお嬢様」

 

朝風は内心まるで、駄々っ子に言い聞かせるようだと呟いた。

「そもそも艦娘は何のために生まれてきたのよ?深海棲艦を倒すためでしょう?そして人を守るためでしょう?負けたら後がないのよ。」

「それは分かっています」

「だったら、そのためにいかに効率的に敵を倒すかが大事なことぐらい分かるわよね。そのため

に感情が邪魔なら捨てる。深海棲艦どもを倒せるように腕を磨く。簡単なことだと思うけど?」

 

朝風が言っていることは何となく理解はできる。理解はできるが、フレッチャーには納得はできない。感情を捨ててただ闘うだけというのなら、それはまるで機械そのものではないか。

 

「よく訓練された傭兵は、機械みたいっていうのがうちの提督の話よ。同じことだと思うけど?」

立ち上がったフレッチャーが己に向ける眼差しに朝風は戸惑った。

これまでここまで追い詰められた相手は恐怖に震えるか、手加減を媚びるか、最後まで意地を張るかのどれかだった。

ところが、フレッチャーの瞳にあるのはそのどれでもない。

「憐れんでるの?あたし達を。随分と余裕ね」

「悲しいだけです。私も提督のような方に巡り会えなければそうだったかもしれません」

ぐっと両手を握る姿勢は祈るようにも見えた。

「提督が私を建造して下さり、そして色々なことから守って下さいました。感謝をしてもしきれず、貴方の言うように、提督を守るためなら私は何でもするかもしれません」

 

ぐっと力を込めて。

フレッチャーは朝風を見据えた。

「でも、きっと提督はそんなことは喜ばないと思います。艦娘のためにいつも命を賭けてくれる、そんな優しい方なんです」

「そうかもしれないわね。あんたんとこの提督さん、神風姉のことも褒めてくれたしね。普通は旧型ってまずバカにされるのよ、あたし達」

どこか遠くを見るような目で朝風は答え、

「それじゃあ、無駄話はここまでとしましょうか」

と、主砲を向けた。

 

けれど、フレッチャーは動じない。この一撃が当たれば確実に轟沈判定となる筈だ。

「まさかとは思うけど、米国とのあれこれを気にして、あたしが撃たないと思ってないでしょうね?甘いわよ、それは」

妹の春風ならば色々と考えそうだが、朝風にとって演習に登録してきたからには、それ相応の覚悟をもってくるべきだ。接待で演習を行っているのではないのだから。

「提督・・・」

ぐっと胸に手をやり、フレッチャーは己の提督を思う。

 

自らの安全を確保するために開いた記者会見で、与作は何と言っていた?

艦娘は兵器だ。だが、意志がある道具だ。艦娘は大事にしなきゃいけない。いつもぶっきらぼうに自分たちに接する提督の、普段は決して見せない本音がそれだ。

 

そして、彼はその言葉を裏切らなかった。

相手が例え米国大統領だとしても、己の意思を貫き通した。

 

艦娘が強くなるためには感情が邪魔だと、目の前の朝風は言う。

だが。

「それは違う。感情は邪魔なんかじゃない!!この、この気持ちが大切なんです!!」

フレッチャーを中心に爆風が起き、大破していた艤装が元通りになる。

 

「改二?なるほどね」

朝風はさして驚かず、やや距離をとると、じっとフレッチャーの様子を観察した。

外見自体は先ほどとほとんど変わらないが、耳にイヤホンのようなものを付けている。

「火力が上がったかな?でも関係ないわ!!」

すっと動いた朝風に、フレッチャーは狙いをつける。

「Fire!!」

うなりを上げる主砲だが、その弾筋を見切ったかのように朝風はどんどんとフレッチャーに近づく。

「狙いをつけてからの動作が遅い。いくら装備が最新式でも、それでは宝の持ち腐れよ」

朝風の放った雷撃を躱そうと舵をきった瞬間を砲撃で狙われる。

「ああっ!!」

当たったのは主砲だ。どうやら、時雨が言っていたようにえげつない深海棲艦と同じ攻撃をしてくるらしい。

「砲塔は?まだいけますか?」

主砲の妖精が何とか大丈夫だと合図をよこす。パワーアップしたというのに、まるで距離が縮まらない。

雪風が、時雨たちが相手と思えと言ったのに今更ながら納得する。当てると思った攻撃がすんでで躱され、相手はこちらの嫌な所をピンポイントで狙ってくる。

 

「こ、こんな・・・。ここまでだなんて・・・」

鎮守府近海の深海棲艦相手にいい気になっていた自分が恥ずかしい。今だ向かったことのない新しい海域ではこれぐらいの相手は日常茶飯事だと言うのだろうか。

「どうしたの?気持ちが大切というから貴方の様子を見ているけど。正直肩透かしよ。そんな程度じゃあたし達は何とも思わないわ」

気持ちの高ぶりによって強くなることはあるだろう。だが、冷静な判断がなければそれはただの蛮勇にしか過ぎない。

いくら気持ちがあっても、実力が伴わなければ何の意味もない。

「それじゃ、これで終りね」

死角からの朝風の一撃を、フレッチャーはとらえきれず、再度大破する。

 

もくもくと煙を上げ、足が止まった相手を見たまま、朝風は動かない。

「くっ!!」

「主機の方も調子が悪いんじゃない?さすがにあたしも考えなしではないから沈めないであげるけど、すぐ助けを呼びなさいよ」

さらりと言ってのける朝風に、フレッチャーは情けなさで胸がいっぱいだった。

もっと訓練をしていれば。もっと自分が強ければ。

目の前の艦娘に、その考えは違う、と教えてあげることができたのに。

「やっぱり、気持ちだ何だと言ってもこんなものね」

 

朝風のその一言に、フレッチャーは悲しくなった。

艦娘は確かに深海棲艦と戦うために生まれてきた存在だ。

だが、艦娘を愛する人があり、人を愛する艦娘がいる。

だから、戦っていけるのではないか。

 

先の大戦の際に。

相手を殺さないと自分達は生きていけない。

そう思って戦った人達もいただろう。

だが、多くの人は国のため、もっと言うなら、そこに住んでいる自らの愛する人のために戦った筈だ。負ければ愛する人達がどうなるか不安で、戦うのが嫌だと思いながらも、歯を食いしばって戦った筈だ。

 

その人たちの思いを背負っているからこそ。

朝風の気持ちを捨てる、という言葉には納得できない。

 

この思いを捨てれば強くなる?

否。この思いがあるからこそ、強くなれるのだ。

皆を、提督を守りたい。

その思いは決して無駄なものではない。

ここで、朝風を見過ごすということは。

己の思いがそこまでだと否定されるようなものだ。

(違う。私の思いはそんな程度じゃない。)

すでに奥の手のmod.2は破られた。

これ以上、自分に何があるのだろうか。

だが、何かあるならばそれをひねり出さなければならない。

提督のためにも。目の前にいる朝風のためにも。

ぎりりと歯を食いしばり、フレッチャーは願う。

人を守りたい。そのための力を。

このままでは、思いが。人の愛を分からぬまま朝風は行ってしまう。

 

「それじゃね。あたしは行くから」

手を振ってその場を離れようとする、その時。

朝風は耳にした。

一人の艦娘の魂の叫びを。

「愛は、愛は負けません!!!」

先ほどとは、比べ物にならないぐらいの爆風が巻き起こり、朝風は慌ててフレッチャーの方を見る。

金色の粒子に包まれて現れたその姿は、先ほどのものと違い、大人びた容姿を見せている。

「に、二段階改装?さすがに驚いたわよ。何でもありね、あんた達」

ぽりぽりと頭を掻きながら、冷静に状況を朝風は分析する。

「フレッチャーmk.Ⅱ!近代兵装の力、存分にお見せします!!」

「言ったわね!上等じゃない。あんたがいう愛とやらがどれほどのものか確かめてあげようじゃない!」

「望むところです!!」

どことなく嬉しそうに叫ぶ朝風を見て、フレッチャーは微笑んだ。

 




登場人物紹介

神鷹・・・・・鳳翔さんは優しくていい人です、と固い表情で語る。
アトランタ・・対空戦闘は得意です、なんて調子にのってsorryと凹む。
鳳翔・・・・・ひたむきに上達しようとする神鷹の姿に、在りし日を思い出す。
秋津洲・・・・「どったのー秋津洲ん?」「誰かから連絡かい?」という勘のいい二人をどうやって誤魔化そうかと二式大艇ちゃんと相談する日々。



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特別編Ⅴ「思い出のクリスマス」

クリスマス前ということで投稿します。本編はもう少しかかります。

本編の方では夏なのでいつクリスマスになるか分かりませんが。

E4ー3ラスダン編成で沼ってます。いや、とにかく航空隊が当たらない。
間宮伊良湖を使ってもすぐ大破。あの先制雷撃5本はいやがらせでしょう・・。

時雨のカットインが当たれば・・・。





それは提督養成学校時代のこと。

駆逐艦時雨にとって、その日は来るたびに億劫な気持ちになる日だった。

 

クリスマス。自分が艦の時代には見られなかった風習。

着飾った男女が街へと繰り出し、束の間の楽しみを甘受する。

提督とペアを組む艦娘達にとっては、この日は特別な日であり、グループでクリスマス会をしたり、中には外にデートに出かけたりする者もいるくらいだ。

 

だが、時雨はそうではない。

彼女はこの提督養成学校に練習艦として配属されて以来、クリスマスにはいくら誘われても断り、一人で過ごすと決めていた。

なぜかと問われても、ごめんねという彼女に無理強いをする者はいなかった。

 

「クリスマスか・・・。思い出すね」

 

                 ⚓

後に偉大なる七隻と呼ばれる彼女達も、原初の艦娘としてこの世界で初めてクリスマスを迎えた時にはどんなものか分からず戸惑っていた。

 

鎮守府にある艦娘寮では、駆逐艦達が寄ると触るとクリスマスについて、噂し合っていた。

「なんでも、赤い服を着たひげづらの、さんたっていうのが夜中に忍び込んで来るらしいわよ!」

雷の話に、電が体を震わせる。

「ええっ。夜中に忍び込んで来るなんて、ふ、不審者さんなのです?」

「不審者ではないよ。ロシアの方ではジェットマロースっていう青い服のおじいさんと雪娘がプレゼントを配るんだけどね」

響の言葉に、暁が一も二もなく食いつく。

「わ、私達のプレゼントはロシアの人にお願いしましょ!」

 

また、別の所では、

「朝潮姉さん、あたし達を呼びだしてどういうこと?」

「そうよ。忙しいんだから、用件は短めにお願いね」

朝潮型の長女である朝潮が満潮と霞を呼び出していた。

「用件は他でもありません。クリスマスではよい子の所にしかサンタさんは来ないらしいのです。このままでは、霞と満潮はプレゼントがもらえない可能性があります!」

「は、はあ!?な、なんであたし達だけ!!」

霞の反論に朝潮は深刻な顔をして肩を叩く。

「自覚がないようね。提督に対する態度が酷すぎますよ、二人とも。カスだのクズだのと」

「そ、それは提督が悪いのよ。いつまで経っても鳳翔さんの気持ちに気付いてあげないから」

満潮が言うも、朝潮は首を振るばかりだ。余程、二人の普段の姿ではプレゼントをもらえないだろうという危機感があるらしい。

「そこで、二人には大潮を見習い、提督に甘えるというのに取り組んでもらおうと思います!」

「「なんですって!?」」

どういう考えをすればこのような意味の分からない結論に達するのか。

理解ができないが、朝潮の中では、大潮のように素直にしていればよいのだという思いがあるらしい。

とんでもないことを言い出した長女を前に、霞と満潮は頷き合うと逃げ出した。

「あ、こら。待ちなさい!プレゼントがもらえませんよ!!」

「クソ提督に甘えるぐらいなら、もらえない方がマシよ!」

「そうよ。そんな恥ずかしいことできる訳ないじゃない!」

甘え方の特別講師として控えていた大潮はしょんぼりと肩を落とした。

「大潮は恥ずかしいんでしょうか・・」

 

そして時雨達はどうだったかというと、どうやら提督がプレゼントをくれるらしいというのは分かっていたが、それとクリスマスというのが何なのかがいまいち結びついていなかった。

始まる前は、

「くりすます?何それ。楽しいっぽい?」

などと半信半疑の様子だった夕立だが、その日が近づくにつれてそわそわとし出した。

「時雨!時雨は何が欲しいっぽい?夕立は最近はまっている、あしたのジョーが欲しいっぽい!」

「あはは。相変わらずだね、夕立は。そうだなあ。僕はもらえればなんでもいいかな」

「むーっ。時雨はそうやって、いつも自分の希望をきちんと言わないのがずるいっぽい!!」

怒る夕立に時雨はあははと笑ってみせる。

だが、本当になんでもよかったのだ。艦娘として顕現し初めてのクリスマスだ。

何をもらっても嬉しいことに変わりはない。

「そんなこと言っていると、後悔するかもよ?」

口を挟んだのは通りがかった白露型の長女。

「なぜだい?」

「あの提督が選ぶんだもの。センスがないに決まっているよ!」

「その辺は秘書艦の鳳翔に期待だね」

 

クリスマスまで後一週間となった時。

艦娘寮の白露型の部屋では、大きな靴下をこしらえる白露の姿があった。

「どうもプレゼントって靴下に入れるらしいわよ。だからあたしのはいっちばーん大きいの!!」

「欲張り過ぎだよ、白露。多分みんな同じものになるんじゃないかな」

「ええっ。そんなのつまらないっぽい。夕立は少年院に入れられたジョーがどうなったのかが知りたいっぽい」

「そこは個別に提督にお願いするしかないと思うけど」

 

「参ったなあ。どこから情報が漏れたか分からないんだ。どうにもサンタを信じる艦娘と、サンタの正体について知っている艦娘がいるみたいでね。それとなく皆の欲しいものを聞いて、驚かせてやろうと思っていたんだが」

頭を掻きながらぼやく己の提督に、鳳翔はくすりと笑みを浮かべた。

「大変な情報漏洩ですね。まあどこからか漏れたかはすぐにお分かりになると思いますが」

「知っているのかい?」

窓の外を見ていた、鳳翔が無言で指差した先には、

「何、ぬいぐるみが欲しいだと?分かった。私から提督に言っておこう!」

と大きな声で話す長門の姿があった。

「これはとんでもないおしゃべりがいたものだ・・。本人が駆逐艦の好みを聞くのは得意だというから任せたんだが、完全に人選を間違えたな」

「それで、どうされるおつもりですか?」

「事ここに至っては仕方がない。開き直ろうじゃないか」

 

そうして出来上がったのが、紀藤提督発案のプレゼントリクエストボックスだ。艦娘一人につき一枚。可能な範囲でプレゼントが用意され、本人の希望があれば、クリスマスに届けるとあって、鎮守府の中は色めきだった。

 

「よかった!これであしたのジョーがもらえるっぽい!!」

「もうっ!せっかく作った靴下が無駄になっちゃったじゃない・・」

「サンタに届けてもらえばいいんだよ」

「分かってないな、時雨は。何がもらえるかのドキドキ感がいいんでしょ!」

 

クリスマス3日前。みんな何を頼んだのだろうと、楽しみにしながら箱を開けた紀藤は、鳳翔が読み上げるリクエストの内容に閉口していた。

「まず、ポーラさんからですね。お酒一年分とあります」

「却下。そんなことをしたらザラに怒られる。ワイン一本と、呑みすぎた時用のドリンクを数本」

「続いて赤城さんです。高級バイキング食べ放題券」

「何だい、それは。この間の大規模作戦の時に食べ放題に行って、店の親父が泣きながら次からは来るときに連絡してください、事前に一週間店を閉めますからと言っていたのを忘れたのか。焼肉食べ放題の券に大食いチャレンジの店の情報をリストアップして入れておこう」

「青葉さんからはネタと書かれていますが・・」

「その紙にそのまま品切れと書いて、カメラと一緒にプレゼントとして送ってくれ」

 

さすがに在籍する100名以上の艦娘のチェックは厳しく、紀藤はふうと一息をついた。

「これで全員かな?」

「いいえ。一名まだ決まってません。時雨さんが」

「どういうことだい?リクエストは書いているんだろう?」

鳳翔は困り顔で提督に用紙を手渡した。

「『提督が選んでくれたら、何でもいいよ』って、こいつは随分とハードルが高いなあ」

「あまりご自分でそう言われるのはどうかと思いますよ」

「そうは言ってもねえ。私は昔からプレゼントのセンスがないって言われるからね」

「ちょうど買い出しに行くときに、何か見繕うしかないかな。鳳翔、すまないがアドバイスを頼むよ」

「そう申されましても、時雨さんは提督に選んで欲しいんだと思いますよ。まあ、あまり変な選択の時にはお口添えいたしますが」

言いながらも、提督と二人の外出を鳳翔は喜んでいた。

 

そして、クリスマス当日。

「あしたのジョーが入っていたっぽい!!嬉しいっぽい!!」

大喜びする夕立に、リクエストに世界で一番のものと書いた白露が続く。

「うわ、なにこれ!世界一辛いチリソース!?これやばいって。いたずらには絶対に使わないようにって書かれてるけど、普通に誰かに食べさせたい!!」

と興奮する白露に挟まれ、時雨が箱を開けると、そこに入っていたのは、マフラーだった。

「あれ、時雨。マフラーにしたっぽい?」

「うん。提督の好みでってお願いしたんだよ」

「提督にしては気が利いているかなあ。ま、鳳翔さんのチョイスだと思うけどね」

「いや、提督が選んでくれたみたいだよ」

時雨は箱の中に入れられていた手紙を読み、微笑んだ。

そこにはこう書かれていた。

『これから寒い季節になります。これで、首元を温めてください。追伸もし柄が気に入らない場合は返品が可能なので、着ける前に提督に相談してください。  サンタ』

 

                   ⚓

「ねえねえ。時雨はクリスマスはどうするっぽい?」

中庭で物思いにふけっていた時雨は突然声を掛けられ、はっと我に返った。

小さく手を振る夕立と瑞鶴に、時雨はふうと小さく息を吐いた。

 

どうしてもこの時期は色々と思い出してしまうようだ。

「どうしようかな。今の所予定はないけど」

そう言った自分に、時雨自身が驚いていた。これまでの自分なら、開口一番、

「その日は一人で過ごすよ」

と言っていた筈だ。どうした心境の変化なのだろう。

「夕立は新藤さんが、どこか行こうって誘ってくれたから一緒にボーリングに行くっぽい」

この夕立の発言に焦ったのが瑞鶴だ。

「ええっ。ま、まさか夕立に先を越されるとは思わなかったわ。あたしも散々織田さんを誘ってるんだけど、その日は忙しいって言われちゃったのよね・・」

「あれ?織田さんは、鬼頭さんとどこかに行きたいって言ってたっぽいよ。新藤さんがあらかじめ言ってくれればと愚痴っていたから本当だと思うけど」

「何それ!!あいつ、あたしを何だと思ってんのよ!!」

怒り心頭で、ずんずんと瑞鶴は教室の方へと歩いていく。

「時雨はどうするっぽい?鬼頭さんとどこか行くっぽい?」

「与作はそんなこと絶対しないよ」

ペアの性格は分かりきっている。常日頃時雨をがきんちょ扱いする彼のことだ。いくら言っても面倒くさいの一言で済ませるだろう。

「織田さんもそうだけど、与作は少し女心について学ぶべきだね」

時雨は言ってから苦笑する。

これでは、誘われるのを待っているみたいではないか。今まで散々誘いを断ってきたのに。

「そんなんじゃダメっぽい。時雨はもっと積極的にいかないと。自分の希望を言わないと分からないっぽい!」

「・・そうだね」

記憶の中の夕立と同じことを言う目の前に夕立に、時雨は思わず目が潤みそうになるのを必死でこらえた。

「あっ!!鬼頭さん!待って欲しいっぽい!」

通りがかった与作を見付けて、夕立が腕を引っ張って連れてくる。

「おいおい。引っ張るんじゃねえ。まるで犬だな、全く」

「ねえねえ。鬼頭さんはクリスマスはどうするっぽい?」

「くりすますだあ?そんなリア充どもの祭りなどどうでもいいぜ。あちこちクリスマス値段でぼられるだけだしよ。何の意味もねえぞ」

「ええっ!それじゃあ、これまでクリスマスは何もしなかったっぽい?」

「俺様から言えばがきんちょならまだしも、大人になってまで何をクリスマスを楽しんでやがるんだって感じだね。プレゼントを上げるんなら別に普通にやりゃいいじゃねえか。それをイベントごとにしやがるからホテルだのレストランだのが高くなるのさ」

「じゃ、じゃあ。僕をいつもがきんちょ扱いするんだから、クリスマスを祝ってくれてもいいじゃないか」

突然の時雨の発言に、隣にいた夕立は目を丸くする。

「はあ?なんだ、お前。俺みたいなおやぢとケーキを突いたり、プレゼントを交換したり、きゃっきゃうふふしたいってのか?」

「きゃっきゃうふふというよりは静かに過ごしたいけどね」

「本気かよ、お前。よっぽど友達いねえんだな」

意外そうに見つめる与作に対し、時雨は内心どきどきだった。

どう考えても与作が断るのは目に見えている。

なぜこんなことを言ってしまったのだろうと言う後悔が襲ってきた。

ふーっと深いため息をつきつつ、口をへの字に結び、与作はいいだろうと頷いた。

「俺様の師匠である鬼作さんも言っていたからな。料理のように物事ってのは下ごしらえが大事ってよ。その代わり、お前。知り合いにいい艦娘がいたら紹介するんだぞ」

「分かったよ。いい艦娘がいたらね」

 

                  ⚓

そしてクリスマス当日。

「なんで、瑞鶴と織田さんがここにいるんだい?」

若干おしゃれをしてきた時雨が不機嫌そうに言うと、瑞鶴が申し訳なさそうに耳打ちしてきた。

「ごめん。どうしてもあいつ、うんと言ってくれなくてさ。それなのに鬼頭さんが一緒に来るかって誘ったら一発でOKでね。あたしも連れてってと鬼頭さんにお願いしたの」

「はあ・・・。そういうのは事前に言っておくれよ」

「言ったら別な日にしようっていいそうじゃない。そしたらあたしがあぶれるでしょ!」

道々言い合いをする艦娘二人をよそに提督候補生二人は実に忌々しそうにクリスマスのカップルを見つめていた。

「鬼頭氏。どうにも歳を食った連中はヤルことしか考えていない猿ですな。日本の未来は危ういですぞ」

「どう考えてもお前のような奴が増える方がやばいと思うんだが、風紀の乱れはいただけねえなあ。これは夜の風紀委員が活躍する必要があるかもしれないぜ」

傍から見れば、彼らこそリア充そのものであったが、当の本人達は全くそのように思っていなかた。

 

「で、どうして焼肉なの?」

せっかくおしゃれをしてきたのに、臭いがつくじゃないと文句を言う瑞鶴に与作は冷たい一言を返す。

「ふん。文句がある奴は帰んな!毎年恒例の男祭りを開催しているだけだ」

「拙者は時雨ちゃんと焼肉が食べられればそれでいいのでござる」

「あんたねええ!!少しは、少しはあたしに気を遣いなさいよ!!」

「おいおい、店内だぞ。ただでさえ、周囲には男祭りを開催中の連中が多いんだ。殺気だっているから気を付けな」

「そう言えば、男の人ばかりだね・・・」

時雨が周囲を見回すと、いくつかは家族連れがいるものの、男同士で来ているグループが目に付く。

「当然よ。俺様達にとってはくりすますじゃねえ。くるしみますだ。リア充どものあほな宴を見せつけられるくだらねえ日よ」

食が進み、段々と時間が過ぎた頃。

「ねえ、ちょっと時雨。この後別々に帰らない?」

瑞鶴が小声で時雨に提案した。

今年一番の萌えアニメについて熱く語っている男二人はまるで気付いていない。

「まあ、いいけど。織田さんは大丈夫かな?」

「そこは無理やりにでも引っ張るわ。そっちもよろしくね」

「了解。瑞鶴は本当に彼が好きなんだね」

「ち、違うわよ!帰りぐらいペア同士の時間を作ってもいいじゃない?」

「はいはい。そういうことにしておくよ」

                    ⚓

「おい、てめえ。何しやがる!」

勘定を済ませ、焼肉屋から出るなり、時雨の野郎が腕をとり、ぐいぐいと俺様を引っ張る。

「何のつもりだ、お前!」

「いいから、こっちに来てよ。瑞鶴が、織田さんと一緒にいたいらしいんだってさ・・」

時雨の野郎の耳打ちに仕方ねえなあとされるがままになってやる。

「ちょ、ちょっと、鬼頭氏!?おい、こら。引っ張るんじゃない!お、お巡りさん、助けて!」

「あのねえ、あんた。ごめんなさい。連れです連れ。気にしないでください」

騒がしく店から離れていく瑞鶴と織田だが、見解の相違があるみてえだがいいのか。

「その辺は向こうに任せようよ。こっちはこっちで帰ろう」

「ったく。大体なんだ、お前のその恰好。いい所に連れて行ってもらえると思ったのか?がきんちょがませやがって」

いるみねーしょんがきれいな並木道でも歩くと思ったのか?誰があんな寒い所好き好んで行くかよ。風邪引いちまう。

「おしゃれについて気付いたのは合格だけど、発言でアウトだね。何度も言っているじゃないか。艦娘は見た目と年齢が違うって」

「ふん。全くバカの一つ覚えみてえに言いやがって。おらよ、がきんちょ」

俺様がぽんと投げた袋を見て、時雨の野郎がぽかんとする。

「えっ?えっ?何これ」

「何ってお前、今日はクリスマスだろうがよ」

何だ、お前のその信じられないって表情は。

「よ、与作が、僕にくれるの?嘘じゃないよね。ごめんね、僕用意してないや」

「嘘なもんか。開けてみな」

「う、うん」

おいおい。涙ぐんでやがる。そこまでありがたがってくれたら、用意したこちらの面目も立つってもんだな。

「箱だ。中に何が入っているんだろう・・。」

「俺様からの心からのプレゼントだぜ」

「ありがとう。あ、開けるね・・」

どきどきしながら開けた時雨の顔面にびよーんと伸びたグーパンチがヒットする。

「な、な、何だいこれ!!」

プンプンと怒り出す時雨に笑いが止まらない俺様。

「中にメモが入ってるだろう?『まず疑ってかかれ』がきんちょのお前に俺様が送る最高のプレゼントよ!」

「期待した僕がバカだった。本当にバカだった!!」

びりびりと俺様が書いた格言メモを破り捨てる時雨。お前なあ、がきんちょじゃないっていうのならこれぐらいのゆうもあを解さないと駄目だぞ。

「全く、与作は全く!」

そんなに怒るなら別行動で帰ってもいいんだが、時雨の野郎はなぜかついてくる。

「びっくり箱なんて冗談じゃないよ!!」

ぶつくさと文句を言う時雨が次は箱を潰そうとしたとき、ふとその手を止めた。

「ん?カラカラと何かが・・え・・これは」

おそるおそる箱の中から時雨が取り出したのは百合の花の髪飾り。

「よ、与作・・・」

「あのなあ。一応俺様、義理堅い男だぞ?」

唖然とする時雨を放っておいてすたこらと先を歩く。

「あ。ま、待ってよ、与作。それにしてもどうして髪飾りなんだい?」

「うるせえ野郎だ。そんなもの教えねえよ」

「いいじゃないか、少しくらい」

「やなこった!」

 

うちのばばあが昔もらってすごい嬉しかったと耳にタコができるくらい言ってたから、だなんて、恥ずかしくて言える訳がねえだろうが。

 

後日時雨の野郎が手袋を寄こしたのはいいが、事あるごとになぜしないのかと問われ、非常に面倒くさいことになった。やかましい野郎だな。もらったもんを使うか使わないかはその人次第だろうが。捨てないでおいてやってるだけ、ありがたいと思いやがれ。




青葉新聞 12月26日号
『提督、鳳翔さんに髪飾りを贈る!二人の仲は進展か?』

常日頃周囲の艦娘をやきもきさせている提督だが、去る12月21日のプレゼント買い出し日に、鳳翔さんに月下美人の花の髪飾りを送っていたことが、関係者の取材によって判明した。普段あまり着飾ることのない鳳翔さんのイメージチェンジに気付いた某空母曰く「あんなに上機嫌な鳳翔さんは見たことがありません」とのことで、二人の関係改善が大いに期待される。
<記事訂正に関するお詫び>
昨日発行の『提督、スクープのために体を張る』との記事につきまして、本紙記者のプレゼントの要望を聞き入れ、パフォーマンスを行ったのではとの記事を掲載しましたが、その後関係者への取材から全くの偶然であることが分かりました。ここに提督及び鳳翔さんに謝罪し、読者の皆様にもお詫び申し上げます。

                (軽空母鳳翔よりの提供)  


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番外編改 「色々な鎮守府のクリスマス」

本編のままクリスマスなら、どうなるか。
季節ものということで書いてみました。
本編の続きはもう少しかかります。

いやー。E4ー3沼りました。くそですね。本当にくそ。
友軍来ても基地航空隊や決戦支援が仕事しないととにかくナ級+ボスの開幕雷撃が
痛すぎる。一回出撃してはすぐ航空機の熟練度付け直し。何がさせたいのだ、運営は。






その1「普通の鎮守府のクリスマス」

 

「うわあ、きれいですね。司令官。どこから出してきたんですか?」

呉鎮守府第11艦隊所属の吹雪は、己の提督の用意してきたクリスマスツリーに顔を綻ばせた。

「ああ。この間実家からサツマイモと一緒に送ってもらったんだよ。まだ使えると思ってね」

「あら。気が利いているじゃない。でも飾り付けの電球が切れてるわよ」

ひょっこりと顔を見せた五十鈴が苦笑する。

「あちゃあ、母ちゃん。しまいっぱなしで確認してなかったな。仕方ない、買いに行ってくるよ」

「おっ。提督外出するの?衣笠さんもついて行っていい?プレゼントで欲しいものがあるんだよねえ」

「ちょっと。ずるいわよ、衣笠。そうね。だったら提督、みんなで買い物に出かけましょう?」

飛鷹の提案に異議を唱えたのは、那珂だけだった。

「ええっ。那珂さん、どうして行かないんですか?」

「那珂ちゃんはクリスマスライブの用意で忙しいの!ファンを喜ばせるためには不断の努力が必要なんだから!」

「放っておきましょう、吹雪。那珂、貴方の分は私が適当に見繕っておくからね」

「五十鈴じゃなくて、提督に選んで欲しい!」

「おいおい、責任重大だな」

田所はとんだ無理難題に頭を痛めつつも、わいわいと楽しそうな艦娘達の様子に目を細めた。

                   

                  ⚓

その2 「オタク提督のクリスマス」

 

「ねえ」

「・・・」

「ねえったら!」

「・・・・・・・・」

「いい加減にしなさいよ、あんた!!」

先ほどから何度話しかけても、仕事中だと、パソコンに向かったまま返事をしない己の提督に痺れを切らし、瑞鶴はそのヘッドフォンを奪い取った。

「あっ!この野郎、何するんだ!!」

中から聞こえてきたのは激しい楽曲と、荒れ狂うファンの歓声。

「何これ。何かのライブ?」

じっと織田を見ながら、最小化された画面をクリックすると、出てきたのはイタリア駆逐艦達がふりふりのドレスを着ながらステージで踊る姿だった。

「あんた、鎮守府の会計を計算しながらこれを聞いてるなんて器用なことするじゃない」

「別に問題はないだろうが!画面は見ていないし、仕事はしている」

「だからってもう少し聞くものを考えなさいよ!!」

「お前はバカか?クラシックを聴いていたら賢いのか?アイドルの歌を聞いている人間が愚かなのか?これだから大人の女は駄目なんだ。とかく男の趣味嗜好に文句をつけすぎる。俺の知っている知り合いなんか幼少時からの貯め込んだプラモを嫁さんに捨てられて、この間離婚したばかりだぞ!!」

提督の剣幕に瑞鶴が一瞬怯む。

「え・・そ、そんなことあるの?」

「あるとも。よくある話だ。いいか。養成学校からの腐れ縁だから話してやるが、それは男が一番嫌がることだぞ。女は平気でやるけどな」

「成程・・・」

ふいと振り返り、瑞鶴は懐から出したメモに今の提督の言葉をメモする。

この瑞鶴は意外にマメなのだ。

「そんなことより、大事な話よ。うちの鎮守府でクリスマスパーティーを企画したのよ」

「ふん。そんなもの、お前たちだけで勝手にやっていればいいだろう。マエストラーレシスターズのクリスマスライブより大事なものはない。聞くところによると、鬼頭氏は幸運の風を直に受け取ったらしい。羨ましくてしかたがない」

「何よ、その幸運の風って」

「気になるか?まあ気になるな。よし、特別に見せてやろう」

織田がライブの最後に場面にすると、ステージ上のマエストラーレ級の4姉妹がそれぞれポーズをとりながら、

『幸運の風が、貴方に届きますように!』

と決めポーズをしていた。それを食い入るように見つめていた織田は新鮮なワインを口にしたように、ふうと満足そうなため息を吐いた。

「これこれ。これを見なければ年が越せない。これがクリスマスなら、『幸運の風で、素敵なクリスマスが送れますように』と多少のアレンジが入るのがみそなんだ」

織田のうっとりとした表情が癪に障った瑞鶴は、こんなのあたしだってできるわよと見様見真似でポーズをとった。

「幸運の鶴が貴方の側に!!」

「・・・・・・・・・・・」

アレンジも加え、自分としては会心の出来だったが、提督の表情を見る限り残念ながら滑ったようだ。

「さて、執務の続きをするとするか」

「何か言いなさいよ!せめて批判コメントぐらいして!無視は一番心に来るからあ!」

ぎゃあぎゃあと大騒ぎをする執務室の様子を眺めていた神通がこほんと咳払いをしながら入ってくる。

「失礼します、提督。先ほど瑞鶴さんが言われたクリスマスパーティーは鎮守府の艦娘を対象として行うものではありません」

「というと?」

さして興味もなさそうに織田は尋ねる。彼からすれば己の鎮守府にいる者たちは皆対象外。マエストラーレシスターズのクリスマスライブが無ければ、江ノ島鎮守府のクリスマス会にオンラインで参加しようと画策していたくらいだった。

「はい。近くの子ども会の皆さんが、クリスマス会ができないと嘆いていたのを天龍さんが聞きまして。それならうちの鎮守府で企画してやるよと答えたようなのです。なんでも、公民館がこの間の台風で被害を受けて復旧のめどが立っていないとか」

「なん・・・だと・・・・」

「すまねえ、提督。ガキどもがしょんぼりしてたからよ。つい・・な」

「ごめんねえ、提督。天龍ちゃんって小さい子に好かれるから。どうしてもだめって言うなら、私達だけで準備をするから許可だけしてもらえないかしら」

「天龍でかしたああああ!!」

 

織田は天龍の手を固く握りしめた。世界水準を超えただのなんのと大口を叩いてばかりで弱い軽巡だったが、最近はめきめきと力をつけてきた矢先のことだ。

織田の中の天龍株が爆上がりする。

「龍田よ。何を言っている。子どもの笑顔は何もまして代えがたいものだ。この俺が全面的にバックアップしよう。神通は子ども会への連絡を担当、天龍は町内を廻り、参加者を募ってくれ。龍田は保護者向けの案内と予算関係を頼む。瑞鶴と摩耶は俺と一緒に今から外に出て子どもたちが喜びそうなプレゼントを探しに行くぞ」

「おう分かったぜ。任せときなっ・・・て・・・」

摩耶はじっと己を見る瑞鶴の背後から凄まじいオーラを感じ、怯む。

その口元はく・う・き・を・よ・めと言っている。

「ああっと。悪い、提督。あたしセンスがないからさ。瑞鶴の姉御と一緒に行ってくるといいぜ」

「どうした、急に。まあ、そこまで言うならお前は飾り付けを作るのを担当してくれ」

急に態度が変わった摩耶を不審がりながらも、織田は瑞鶴と街に繰り出す。

 

「あのなあ。仕事で行くんだぞ。着替えがしたいだなんて我儘を言うな。どうせ皆艦娘だと分かってるんだ」

「そんなこと言ったって。一年ぶりなんだからいいじゃない!」

瑞鶴がほれほれと耳元のイヤリングを見せる。

「せっかくもらったイヤリングだもん。使わないとね!」

 

嬉しそうにはしゃぐ瑞鶴。

それも当然だろう。彼女の身に付けているイヤリングは養成学校時代に織田からもらった物なのだ。普段は箪笥の奥に保管してあるため、佐渡ヶ島鎮守府でイヤリングの存在を知っているのは提督だけで、滅多に使用することはない。

そんな宝物に対し。

「そうだな。鬼頭氏に感謝しろよ」

織田は全てを台無しにする一言を呟いた。

「え!?なんで、鬼頭提督に?どういうこと!?」

「お前は付き合いを止めろと言うが、鬼頭氏は人格者なんだぞ。『うちのがきんちょにプレゼントを買ってやったんだから、お前も渡してやらねえと可哀想だろうが。どうせ用意なんざしてねえんだろう』と言って、始まる前に渡してくれたんだ」

「は、はあああ?意味分からないんだけど。それよりも何よりも、そうだとしても普通それを言う?心の中に仕舞っておくもんじゃないの!?」

「それは相手に対して好感度を意識する場合においてだ。俺の中でのお前の好感度は小うるさい腐れ縁以上には変わらない!!」

「あんたねえ!もう~分かったわ。オタクだ何だと言うんなら、あたしがあんたが行きそうにない所に連れて行くわよ!ああ、お礼はいらないわ。あんたが何かプレゼントをしてくれればいいから!」

「おい、バカ。ぐいぐい引っ張るんじゃない!!世間の皆様にいらぬ誤解を与えるだろうが!おまけに何をさらっと自分の希望を通そうとしてやがる。これだから年増は!!」

「素のあんたを知ったらドン引きよ!!これぐらいでちょうといいわよ!」

 

ずんずんと進んでいく瑞鶴に、織田は抵抗するも引きずられるように連れて行かれるのだった。

 

                   ⚓

その3「おやぢ提督のクリスマス」

 

全く面倒くさい日が近づいて来やがった。多神教で何でも取り入れるのが日本の良い所らしいがよお、よりにもよってお祭りごとばかり取り入れてるんじゃねえぞ。ハロウィンだの、クリスマスだのと、その度にがきんちょどもが我儘放題。予算がかさむかさむ。ならやらなければいいじゃねえかって?

そりゃ俺様だけならやらねえよ。養成学校時代、それでえらい失敗をしたことがあるからな。友達がいない時雨の野郎をボランティア気分で誘ってやったら、あの野郎何を勘違いしたのか、次の日に俺様からもらったという髪飾りを周りに披露しやがった。とんでもねえ、裏切りだぜ。がきが喜ぶものなんか分からねえから、昔ばばあが喜んでたって代物を渡しただけなのによう。

 

「鬼頭提督って実はいい人だったっぽい!」

なんてあのぽいぬに言われた時の俺様の嘆きときたらねえぜ。いい人なんて鬼畜モンを目指す俺様にとって最悪の褒め言葉じゃねえか。

 

どうも最近牙の抜け落ち具合が半端ねえと、意を決して冬ごもりでもしようかと思ったが、そういう時に限って、あほの初期艦とうざい元ペア艦が本気を出して追跡してきやがる。

 

「大湊ではやらなかったから、ここでもそうかと思っていたけど、そうじゃなくて嬉しいかも!」

「あたしもこっち来てやったことないな。横須賀基地じゃ、みんなそんな雰囲気じゃなかったしね」

どうも楽しんでいるのは、がきんちょばかりじゃないようだな。どうしてうちの鎮守府にはこんな奴らしか集まらないんだ。もっと色気がボインの峰不二子は来ないのかよ。 

 

「しれえがまた雪風達をがきんちょ扱いしていますね」

「すごいわね、雪風!さすがのあたしもそこまでは分からないわよ!」

うるせえ、初期艦。お前は黙ってそこの小うるさい英国艦と一緒にツリーの飾り付けでもしてろ。そうでもしないとぴーちくぱーちくとにかくうるさいからな。

「おしゃべりは人間関係を円滑にするためのスパイスよ、ダーリン!」

「スパイスってのは適度に効かせるもんだ。お前のは激辛担々麺クラスだぞ」

「相変わらずしれえの例えはよく分かりませんね」

やかましい。人数が増えて本当なら初めからいるお前が指揮をとってもいいんだぞ。それを何だ。雪風は飾りを作りたいです、とイの一番に自分の要望を通しやがって。

 

「とりあえず、時雨とフレッチャーと秋津洲は料理を、北上は会場の用意を頼む」

「あれ、テートク。あたし達は?」

「お前とジョンストンと、アトランタは買い出しだ。横須賀の方に行くからな」

「OK、任せて!と言いたいけど、藤沢じゃないのね」

「横須賀の方が艦娘が多いからな。色々な割引があるんだよ」

「了解。それじゃあ、あたしは車を回してくるね」

さっと動くアトランタ。そこへどうしていいのかとおろおろしながらこちらを見ている神鷹と目があった。いけねえ。こいつを忘れていた。うちの連中はどうにも自己主張が強すぎる奴が多いから、神鷹みたいな大人しい系の奴は埋もれて分からなくなるんだよな。

 

「神鷹、お前も買い出しに付き合え」

「ヤー。了解です!」

元気よく答える神鷹だが、余程構って欲しかったんだろうな。いそいそと用意を始めやがった。

 

ツリーは二週間前に憲兵の爺からもらったのがあるし、ケーキも買った。

「それじゃ帰るぞ」

俺様が言うと、途端にグレカーレの奴が文句を言い始めた。

というか、お前。しょっちゅう文句垂れてねえか?

「いや、だって、テートク。プレゼント忘れてるわよ、プ・レ・ゼ・ン・ト!!」

「うるせえ野郎だな。その辺にある雑草でも引っこ抜いて持って帰ればいいだろう」

「なんでよー!養成学校時代に、時雨がもらったって自慢してたんだもん!」

げ。あの野郎。俺様に対する嫌がらせか?ねちねちといつまで経ってもしつこい野郎だ。

あの後、同じ班の奴に聞いたら身に着ける物を送るってのはNGなんだってな。相手の趣味もあるし、重いからと。だが、仕方がないじゃねえか。よく分からなかったんだからよ。特に時雨の馬鹿の場合には何が地雷になるか分からないし、なんとなくそういうもんを着けそうかなと思っちまったんだよなあ。若気の至りってやつだ。

「それにお前たちへのプレゼントとやらはもう決まっている。今日の夕食を楽しみに待つがいい!」

「え?いつの間に用意してたの、提督さん」

アトランタの野郎、俺様の余りの手際のよさにぽかんとしてやがる。

くっくっく。何がクリスマスだ。普通のプレゼントを渡してえらく後悔したんでな。今年は忘年会も含めて、お前らに特別なプレゼントをやるつもりよ

「提督が何をくれるのか、楽しみです」

純真そのものという感じの神鷹。お前には悪いが、期待通りのものなんか出ねえからな。

 

そしてその日の夜。

いつもよりは大分豪華な夕食が済み、ケーキにシャンパンと並んだところで、俺様がクリスマスのプレゼントについて説明する。

「すでに何名かの奴からクリスマスプレゼントはどうなっているかも?とか、僕はなんでも構わないよ、とかリクエストなのか脅迫なのか分からん問い合わせが来ているが、今年一年の締めくくりということで俺様が特別なプレゼントを用意してやった」

「お~。提督、すごいじゃん。あたしてっきり無しだと思ってたよ」

おいおい、北上。お仲間の時雨の野郎から聞いてねえのか。ペア艦で一応付き合いがあったってことでプレゼントを贈ってやるぐらい心が広い人間だぞ。

「ダーリンがプレゼントくれるの?ラッキー!とても楽しみね!」

無邪気に微笑むジャーヴィス。ふん。お前のその笑顔。どこまで崩さずにいられるかな。

 

ホワイトボードを持ってきた俺様が、そこに貼られた模造紙を指差す。

「第一回!江ノ島鎮守府クリスマス会プレゼント争奪戦!!」

『そ、争奪戦って何です、提督。取り放題ってことですか!それなら負けませんよ』

「あれ、もんぷち。親方達は妖精だけでクリスマス会やるって言ってたぞ。お前何でここにいるんだ?」

『ぎくっ!』

ははあ。普段の素行の悪さからハブられたな。とんだ女王があったもんだ。

「まあ、プレゼントの予備はあるし、お前とも何気に最初からの付き合いだから入れてやるか」

『て、提督…』

感涙に咽び泣く妖精女王を放っておいて、ルール説明に入ろうとする俺様に勢いよく手を挙げたのが、意外にもフレッチャー。

「て、提督。質問があります。争奪戦とはどんなことをするのでしょうか。じゃんけんなどのゲームですとそのう・・」

ほお。意外にもフレッチャーの野郎、物欲があるらしいな。まあ、言わんとすることは分かる。雪風とジャーヴィスの二人が強すぎだからな。

「じゃんけんだと特定の奴に有利過ぎる。今回はクイズだ。しかも三択じゃねえ。一問一答式だぞ」

「ええっ。そんなの難しすぎますよ、しれえ!」

雪風がぶうと頬を膨らませる。これこれこれこれ!こうじゃなくちゃな。思えば今年の俺様はサービスし過ぎた。こういうのがないと面白くねえ。毎回お前の独走を許すと思うなよ、初期艦め。

 

「お次にプレゼントの発表だ!」

だららーとドラムロールを口ずさみながら、一個一個紙を剥がしていく度に歓声が湧く。

1位高級バッグ

2位高級財布

3位高級腕時計

4位高級万年筆

5位有名テーマパークペア券

6位横山光輝三国志全巻

7位高級焼肉食べ放題(長門付き)

8位ゲームボーイアドバンス ソフト付き(マリオ)

9位ファミコン ソフトはファミスタ89のみ

 

「何だい、これ!」

まだ発表の途中だというのに、時雨の野郎が騒ぎ出す。

「1位から5位まではいいよ。でも、下の方のはプレゼントじゃなくて、まるで不用品の在庫整理じゃないか!おまけに7位の長門付きってどういうことなのさ!!」

「うるさい野郎だな。ファミコンもゲームボーイもきちんと探して買ったもんだぞ。ちゃんとアダプタはついてるから安心して使えるぜ。7位に関しては今日どうしても来れないからと頼まれたもんでな」

「いや、何気に欲しくなってくるチョイスじゃない?あたしは8位がいいなあ」

「さすがに北上は話が分かる。どこかの元ペア艦とは大違いだ」

「与作は本当によく分からない。去年のあれは何だったんだい?」

ぶつくさと文句を言うんじゃない。聞こえているぞ!

「でもでも、提督。あたし達はもんぷちも含めて11人いるよ。もらえない人がいるかも?」

秋津洲が心配そうな顔をする。ああ、お前運悪いもんなあ。この面子だとお前と神鷹とアトランタが負けそうなのは誰でも分かるぜ。

「大丈夫だ。全員に回る分はある。ただ、これはげえむなんでな。もちろんプレゼントに差はついてるぜ」

 

10位 藤沢駅近くのラーメン屋で大盛り(俺様付き)

「そして、どべはこれだ!!」

びりっと勢いよく紙をめくると、テープが強すぎたのか、模造紙に穴が開いちまった。やれやれ。俺様としたことが興奮してやがるぜ。このプレゼントは嫌だろうなあ。くっくっく。どんな反応をするか楽しみだ。

「11位は、新年一発目から一週間の秘書艦任務だ!!新年早々お気の毒だが、頑張ってもらうからなあ!!」

「えええええええ!!」

あり得ない、信じられないという悲鳴が食堂にこだまする。なんとも言えねえ。いい年末の風物詩じゃねえか。るんるん気分でプレゼントがもらえると思ったら大間違いなんだよぉ!

にやりと笑いながら、がきんちょどもの様子を見ると、どうやら余りの衝撃に戸惑っているらしい。

そりゃあ、そうだ。一位をとれば万々歳だが、後になればなるほどプレゼントはみすぼらしくなってくる。おまけに、最下位は新年早々の秘書艦だ。面倒くさいぜ、これは。

「ダーリン。5位のテーマパークペア券のペアは誰と行くの?ダーリンと?」

ジャーヴィスが興味津々とばかりに聞いてくるが、そんなことある訳ないだろう。

何が悲しくて俺様ががきんちょの保護者よろしく夢の国なぞ行かなけりゃならないんだ。寒イボが出てくるわ。

 

「あほか。夢の国なんざ行きたくもねえ。誰か誘って行けってことだな」

「10位のラーメン屋の俺様付きって、提督が一緒に行ってくれるってことかも?」

「そうだ。俺様も久しぶりにあそこのラーメンが食いたいからな。お前らがきちんと大盛りを食ってるかどうか、ずるをしてないかどうかを観察してやるぜ」

「えっ!それってデートってことじゃん!」

妙な事を口走るグレカーレ。何を言っているんだ、こいつは。ただラーメンを食いに行くだけだなのに、それをイベントにするんじゃねえ。

「どうしようかしら、ジョンストン。上の方の商品よりも下の商品が気になるわ」

「平気よ、姉さん。あたしもだから」

「ファミコン狙いか?俺様はファミスタも強いからな。時々相手をしてやるぜ」

「へえ~。それならファミコンの方がいいかな」

ほお。北上は一人でやるよりもみんなとわいわいしたいと見えるな。

 

「よしよし。盛り上がって来たな。それじゃあ、クイズを出していくぞ。一問10点。ボーナス問題もあるからな。この一年間のことから出題をする。答えは手元に配ったスケッチブックにマジックで大きく書けよ。他の奴の解答を見るんじゃねえぞ。その場合は失格だからな!!」

「あんのう、しれえ」

ノリノリで出題しようとする俺様の所にやってきて耳打ちをする初期艦。

なんだ、お前。わざわざ。答えは教えねえぞ。

「違いますよ!しれえ。多分、みんなきちんと答えないと思いますよ・・」

「はあ?そんなことあるか。一位になって高級バックが欲しいだろうが」

「やっぱりしれえは何もわかってません・・・」

はあとため息をつきながら席に戻っていく雪風。

お前たちがじゃんけんその他に強すぎるから一問一答クイズなんだぞ。考えた俺様の苦労を分かりやがれ。

 

「まあいい。一応、どいつにも有利になるようにそれぞれにちなんだ問題で出すからな。それじゃあ、行くぞ。第一問。江ノ島鎮守府のマッサージチェアに最初に座ったのは誰?」

 

ぱっと答えが書き終わったみたいだな。

提督、提督、ダーリン・・・。

俺様と言う意見が多いな。これは俺様と雪風ともんぷちしか知らねえからな。あいつらは簡単だろうって、おい。

 

「なんだ、雪風。このメーカーの人ってのは。というか、お前が一番最初に座ったんじゃねえか。もう忘れたのか」

「失礼な!忘れてはいませんよ!!ですが、仕方がないんです!」

「意味が分からねえことを言いやがって。そして、もんぷち。お前もだ。私って、なんだよ。私って。あっ。さては、お前。俺様達が来る前にあれで遊んでやがったな!!俺様が来てからだ。却下だ却下。」

「ええっ。そんなあ!!」

 

まさかの全員不正解。波乱の幕開けって奴だ。これは面白くなってきやがったぜ。

さて、誰がどべになるかな。そいつを新年早々からかいまくってやろう。

楽しみで仕方がないな。

 

 

 

                      

 




登場人物紹介

織田提督・・・・・・・天龍は前々からやる奴と信じていたと語る。
瑞鶴・・・・・・・・・自らの財布から金を出し、イヤリングを提督に買ってもらう。
与作・・・・・・・・・なぜか不正解者が続出し、クイズのネタが尽きそうになりおかんむり。もう少し真面目にやれと叫ぶ。
時雨・・・・・・・・・いや、これ。真面目にやっているからだよね、と話す。
雪風・・・・・・・・・地味に最初が自分が関係する問題だったので嬉しい。
ジャーヴィス・・・・・これはすごい心理戦ね、あはっ!と上機嫌。
神鷹・・・・・・・・・提督はとても楽しそうでした、と館林の母に報告。


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第五十四話 「急転」

二話続けて投稿します。E4がまだ割れません。ネットの攻略wikiには怨嗟の声が多数。
どうしてこんなイベントになってしまったんだ。

時雨を出さないから、カットインを出してくれないのかもとクリスマス回書いたんですが・・。





大湊への演習組が出発した江ノ島鎮守府では、どことなく手持ち無沙汰の3人が、食堂に集まり、コーヒーを飲んでいた。

 

「それにしても提督がいないだけで、こんなに静かになるとは思わなかったかも!」

「提督だけが原因じゃないんだけどねー」

ちらりと北上が隣の時雨を見ると、彼女はふいと視線をそらした。

 

「僕だって言いたくて言っている訳じゃないよ。与作が僕の話をよく聞かないから・・・」

「はいはい。そういうのは世間では構ってちゃんって言うらしいよ。まあ、お互い様だけどね」

「えっ!?北上が時雨と同じかも?そうは見えないけど・・・」

「秋津洲、それってどういうことだい!」

「あたしは上手く自分の気持ちに折り合いをつけてるんだけど、時雨の場合は若干思いが強すぎるんだよねー。嫉妬深いともいう」

「そ、そんなことないよ!」

「どの口が言うかな。一日10回は、『与作はもう!』って言ってる気がするよ」

 

「ちょっと二人とも、大艇ちゃんが!」

ぱたぱたと飛んできた二式大艇の様子を見て、秋津洲が叫ぶ。

「ん?どうかしたのかい。普段と同じに見えるけど」

時雨の言葉にちっちっちと北上がそれを否定する。

「何言ってんの。すごい切羽詰まった表情じゃない。え?侵入者?了解。すぐ行く。提督の言った通り仕掛けてきやがったか」

「陽動の可能性があるね。相手の狙いは建造ドックだろう?僕が出よう。北上はドックにいて。秋津洲は二式大艇と連携をとって周囲の警戒を引き続きお願いするよ!」

「了解!さすがは元ペア艦かも!!」

「そ、そうかな・・・」

 

秋津洲の何気ない一言に照れ、途端に戦意高揚状態になる時雨。

それを見た北上は昔の時雨の様子と比べて嘆息せざるをえない。

「う~ん。なんか、昔に比べて時雨がチョロくなった気がする。チョぐれと改名するか」

「馬鹿なこと言ってないで持ち場につくよ!」

 

                    ⚓

立て続けに改二を発動させる海外艦を見て、榊原はモニターを見ながら言葉を失くした。

「全く冷静さを失うなど兵器としてあるまじき態度だな!」

副官が側で榊原の内心を慮り、ご追従とばかりに鼻を鳴らすが、本人にはそんな余裕はない。

 

大湊にも改二艦はいるが、練度を満たし、より強くなりたいと願った時に改装されることが確認されており、それほど珍しいことではない。

 

演習場の映像は遠くから撮っているために、艦娘達のやりとりは分からないが、あのフレッチャーは強さだけを求めて改二に至ったように思えない。

 

その表情が、所作が。

何か大切なものを守ろうとして、その高みへ至ったのではと思わせる。

 

(そこまで、提督が大切なのか。)

一般的に提督と艦娘の繋がりは深く、中には解体した後にもそれが続くこともある。

最近では艦娘の権利拡大も進み、人々の認識も改まったが、艦娘が顕現した当初は、艦娘と提督

の付き合いに対しては否定的な意見が多かった。

 

艦娘自体が例外なく見目麗しい女性の姿であり、年もとらないことから、艦娘自体を人形と見て人形趣味となぞらえ、艦娘趣味なる言葉がもてはやされたこともあった。それが下火になったのは原初の艦娘鳳翔と始まりの提督が結婚をするという話が世に出たためで、艦娘に好意的な一派によってその話は喧伝された。

 

だが、彼らの話が悲恋で終わった時、期待は失望へと変わり、艦娘と提督の関係について人々は再び考えざるを得なかった。いかに少女の姿形をしていても、兵器である以上、そのつもりで運用すべきで、艦娘と提督の仲が深まることについては大いに懸念があるとの考えを表明した一派は、その証拠として一つの事例を持ち出した。

 

それは、初期艦を己の采配ミスから轟沈させてしまった提督が、自らその責をとり自殺したというもので、レポートを提出した研究者は、艦娘に人が入れ込み過ぎるとどうなるのかはこれで理解いただけるだろうと、自信満々に言い放った。

艦娘を道具とする彼からすれば、道具を大切にすることはいいが、大切にし過ぎるとこうしたことが起こりうる。適切な付き合い方というものを考えるべきで、一概に艦娘を人と認め、その権利を保証するのが正しい道とは限らないと声を大にした。

当時においてさえ大いに波紋を広げた彼の考えは、未だに多くの艦娘道具派の思想の支えとなり、親艦娘派からは唾棄すべき妄言と言われている。

 

道具は道具として使用する。

道具としての愛着は持つが、一線を引く。

それは榊原からすればごく自然の事であり、逆に艦娘と結婚などという行為に出ること自体信じられない。

 

米国の大統領が艦娘相手に起こした一連の事件は大湊でも話題になった。

自らを助けてくれた提督に対し、あのフレッチャーが恩義を感じるのは分かる。艦娘が己の提督に対し、強い気持ちを抱くことはよくあることだし、そうした事情があれば猶更だろう。

だが、あのフレッチャーの様子はそれだけには見えなかった。

 

江ノ島の提督自身、艦娘は兵器だと以前見た会見では言っていた。その判断は正しく、しかし心を大切にするかのような発言には賛成しかねた。

けれど、彼を見る偉大なる七隻の時雨の表情を見た時に榊原は意外に思ったのを覚えている。あの地獄を生き残った割にはその表情は豊かで、まるで人間のようだった。

その時は原初の艦娘とその後の艦娘の違いだと、そう思っていたのだが・・。

 

(なぜこんな事を思い出すのだ。私は私なりに正しいと思ってやってきた。実績も上がっている。誰に文句をつけられる謂われはない。)

榊原は、先ほどから貧乏ゆすりの止まらぬ己の右足を忌々しそうに叩いた。

 

                   ⚓

「なんじゃ、さぼっとるんか?」

廊下から聞こえる声に俺様はほくそ笑む。

おかしいとは感じているんだろうな。そりゃ門番がいないから当たり前か。がちゃがちゃと鍵を使って、中へと入った野郎を待っていたのは、もぬけの殻と化した部屋。

 

「なんじゃと?どういうこっちゃ。営倉に入れられたんと違うんか!」

「おやおや。手加減が過ぎたかな。こんなに早くに目が覚めるとは思ってなかったぜえ」

天井にへばりつきながら話す俺様に、倉田の野郎はさして驚かずに舌打ちする。

 

「おい、おっさん。蜘蛛みたいにへばりついとらんと、降りてこんかい。わしゃ、見下げられるのが大嫌いじゃきに」

「ふん」

つまらねえ野郎だな。スパイダーマンよろしく天井にへばりついていた俺様の握力を褒めて欲しいもんだぜ。

「随分とまあ卑怯な手を使ってくれたじゃねえか。おかげで寝不足が解消されちまったぜ」

わざとらしくあくびをしてみせると、この野郎、呆れた顔でこっちを見やがった。

 

「拍子抜けすることを言うなや、おっさん。わしが見たとこあんたもこっち側の人間じゃろう?勝つためには何でもする。勝負に卑怯なぞあるかい」

ほお。やっぱりねえ。こいつもそういう類の人間か。

「くっくっくっく。お前の言う通りさ。正々堂々なんて言葉は俺様も大嫌いだね」

 

昔勝つために相手チームのエースを引き抜いた野球監督がいた。今は名監督として通っているが、その当時は卑怯だなんだと随分批判されたらしい。本人はプロなんだから勝つためにはあらゆることをするのは当たり前だと思っていたみてえだし、俺様もまるで文句をいう奴の気がしれねえ。

 

「分かっちょるな。そいでこそ、今回のわしのおめあてよ。偉大なる七隻をぶちのめして名を上げようと思っとった矢先に、奴らは出んと聞いてどうしようかと思っちょったが、引き受けて正解じゃったな」

「あん?俺様がめあてだと?お前、やっぱり俺様のファンじゃねえのか?」

俺様はファンには親切だが、それにしたって歓迎が熱烈過ぎるぞ。どういうこった。

 

「そら、強い奴とやってわしが勝てば、それだけわしの評価は高くなるじゃろうが。わしんとこの艦娘どもを強く育てとるのもそうじゃ。刀の切れ味が良ければ、鍛冶の腕が賞賛されるのと同じ理屈よ」

「ほお。俺様に目を付けたのは見る目があると言いてえが、そんなに評価が上がるもんなのかい」

「おいおいおっさん。自分の評価を知らんがか?米国の救世主だの、艦娘どもの希望だのと随分な持て囃されようじゃ。名を上げたい奴なら真っ先に思い浮かべるのがあんたやぜ?」

「名を上げたいねえ」

う~む。どうもよく分からねえ。こいつは例の戦闘民族と同じ思考だと思っていたんだが、どうも違うみたいだな。有名になりたいってことなのか?アイドル志望の女子高生みたいだな。

 

「それほど変なことかいのう。傭兵の給料知っちょるか?月に40万もらえればええ方じゃぞ。命張っててそれじゃ。強い奴を食ろうて、自分の価値を見せつけんと下っ端はいつまでも顎でこき使われ、部屋でぬくぬくしとる連中だけが肥え太っていくんじゃ」

 

随分と力説してやがるなあ。こいつにとって、その傭兵時代の話だけじゃなさそうだぜ。よっぽど気に入れねえことばかりだったんだろうな、今までよ。

 

「まあ気持ちは分からなくもねえ。後ろで好き勝手言ってる人間に悩まされるのは現場の悩みだからなあ」

俺様が警備員の時にも事情をよく知らない上司が、色々と口を出してきてやりづらかったことがあったしよ。だが、お前。俺様を倒し損なったじゃねえか。麻酔銃使って眠らせやがったが、あれはどう見てもお前の負けかよくて引き分けだぞ。

 

「その分はおまんの所の艦娘を叩き潰し、提督としての能力はわしが上ってことになるから、イーブンじゃな」

何言ってんだ、こいつ。頭に蛆でも湧いてんのか?てめえが叶わなかったからって部下に尻拭いを押し付けてるんじゃねえよ。

「何を言うちょる。わしがとこの艦娘の手柄はわしの手柄よ。おまん、親艦娘派か?艦娘を兵器と言う割には人扱いしとらんか?」

「出た出た。艦娘は人か道具か。どうにもお前ら三下はその話ばかりしたがるんだよなあ」

 

20年近く前からその話ばかり。

それでいて結論が出ねえ。

 

「どっちの奴も意見が極端で付いていけねえ。俺様から言えば道具派の奴は臆病者で、人派の奴は理想を見過ぎよ」

「なんじゃと!?ほんならおっさんはなんなんじゃ!!」

「別に艦娘は艦娘だろ?兵器だが心を持ってる。それでいいじゃねえか」

 

だから俺様は艦娘ハーレムを築こうとした訳だからな。

顔がよくても何にもしねえお人形さんには用がねえ。

「艦娘趣味かおっさん!わしには理解できん。そがいに言うなら、うちの艦隊でよさげな奴がいたらデートさせてやってもええぞ。後で調整が面倒じゃからお触りは厳禁じゃがな」

 

心底馬鹿にした様子の倉田に俺様はやれやれと首を振って見せる。

おいおい、こいつ童貞か?どこのおっさんがデートなんぞで満足すると思ってんだ。無駄金使うくらいだったら、金太郎でお気に入りエロDVDの鑑賞会を開いた方がマシだぜ。

 

俺様の話を聞いて、倉田の野郎はショックを受けたらしい。

なんだ、どうしたんだ?てめえの馬鹿さ加減に今更気づいたのか。それともエロDVDの偉大さに気が付いたのか。

 

「噛み合うかと思うちょったのが、ここまで話が嚙み合わんとはな・・・。わしの目が曇っとったらしいの。臆病者じゃと?最前線で戦い続けとるわしがか!」

 

きーんと響くような大きな声だな、おい。怒髪天を衝くって言葉の色見本だな。別にお前と名指しした訳じゃなく、道具派とかって連中、みんなだぜ。俺様が言っているのは。それにしても臆病者って呼ばれて怒るなんてな、あのマー○ィーじゃないんだからよお。

 

「最近の若者がすぐ切れるってのは本当だな」

「後悔させたる、その言葉」

倉田は吐き捨てるように言うと、ばっと戦闘態勢になりやがった。

 

「後悔ねえ」

ばっと倉田の手をはたき落とし、俺様は距離をとる。

 

「それに、おまん。この部屋にいた浦波をどこへやった?あいつはわしのもんじゃぞ。ことと次第によっては許さんぞ」

「ご立派なことだな、おい。屑にしては上出来だ」

にいっと笑う俺様に、倉田が眉をひそめる。

「許さねえのは俺様の方なんだがなあ。どういう神経していたらここまでやるのかと思ったがよ。聞いてみてがっかりだ。道具派ってのはお前みたいな馬鹿ばかりなのか?」

「ああん!?何じゃと!」

 

いきがる倉田の方にびしっと指を差し、そのキーワードを言ってやる。

「首輪」

 

あまりの決まり具合にしょんべんがちびりそうだぜ。これは後でジャーヴィスの奴に自慢してやろう。倉田の奴、びっくらこいて無言になりやがった。

どうして分かったんだって顔だよな、こいつ。俺様のこと有名という割には、よく知らねえんだな。一月ばかり前にうんざりするくらい見た物だぜ。まさか国内でも未だに使っている馬鹿がいるとは思わなかったがよ。

 

「米国のくそ大統領が使っていた奴だよ。うちのアトランタにも使われてたあの胸糞悪いアクセサリーと似たもんが、お前のお探しの艦娘ちゃんに付けられてたぜ?どう申し開きするんだ?」

アトランタにジョンストンと付けられた艦娘は、登録された人間の命令に強制的に従うようになる。横須賀基地の元司令官がそれでアトランタをけしかけたことがあったよなあ。

懐かしい思い出だ。・・まだ一月しか経ってないがよ。

 

「気づきおったか。勝つためには何でもすると言うとったろうが。強くするために使っただけじゃ。あのロリコン大統領とは訳が違う」

「くっくっくっく。どうにも屑は言うことが変わらねえな。勝つために色々やるのは分かる。だが、てめえのやり方はスマートじゃねえ」

「スマートだのそうでないのと甘ちゃんが!勝って認められることが第一じゃろうが!!勝てば官軍っちゅうのは昔から変わらん筈じゃ。おまんもそうじゃろう!」

 

あー。やっぱりこいつ分かってねえ。俺様とお前の決定的な違いがよお。

「一緒にするんじゃねえ。俺様はそもそも周りの評価なんざ気にしちゃいねえんだよ」

「はあ!?」

「誉められたい?認められたい?必要ないんだよ、そんなもの」

「何を言うとるんじゃ?理解できんぞ!」

 

別に誰かに理解してもらわなくて結構なんだよな。

「俺様がしたいからする。気に食わないから潰す。これ以上単純な理由はあるかい?」

 

拳を握った俺様に倉田の野郎がごくりと喉を鳴らした。

「それじゃ、さっきの続きと行くか?俺様を倒したいんだろう?」

「ふん。その前に不安要素を排除させてもらう。『浦波、営倉に戻ってこい』」

ふうん、成程。制服の内側に通信機が仕込んであったのね。でも、無駄だけどね。

全然動揺しない俺様にイラつく倉田。

「なんじゃ!何がおかしい!!」

「いや、だってよお。俺様それを知ってるんだぜ?何もしてないと思ってるのかよ」

「馬鹿な!暗証番号はわししか知らないはずじゃ!!」

 

おほほほほ。来ましたな、その台詞。前にもどこかの横須賀基地で聞いたことがあるぜえ。

 

「ふふん。うちに新しく加入した自称名探偵が任せろと言うからやらせてみたのよ。そしたらびっくりビーバー雪風同様一発だぜ!」

「はああああ!?」

 

目を白黒させて驚く倉田。プークスクスやーい。俺様だって驚きだよ。あのがきんちょイン英国産とは絶対トランプはしてやらねえ。まあ、今はここにいないがなあ。

「くそが!『江ノ島の英国駆逐と浦波を確保し次第、第四艦隊庁舎に連れてこい!!』おっさん、余程わしを怒らせたいらしいのう!!」

ふーふーとまるで湯気でも出さんばかりに興奮している倉田に、俺様は楽しそうに宣言してやった。

「何を言っているんだ、お前。俺様はさっきからお前をぶちのめすつもり満々だぞ?」

 

                   ⚓

東京市ヶ谷にある海軍省の一室では、英国駆逐艦ジャーヴィスよりもたらされた鬼頭提督撃たれるの報に高杉元帥以下言葉を失っていた。

 

「艦娘が人を撃った・・・だと?本当なのか!」

『本当よ!ダーリンが撃たれたって、みんなぷんぷんよ!』

電話の向こうから聞こえてくる呑気な声とは裏腹に会議室の中には何ともいえぬ緊張感が漂っていた。

 

親艦娘派の筆頭と言われ、自らも個人的に艦娘と付き合いのある高杉のショックは尋常ではなかった。公表していないこととは言え、敬愛する先輩の養子であり、何かと危なっかしい彼の成長を見守って来た自負がある。

 

「元帥。私をすぐに大湊にやってくれ。すぐにだ」

長門の激昂ぶりもまた然り。個人的に江ノ島鎮守府と付き合いもあり、自らの提督を失い、生きる道を失っていたかつての盟友がようやく見つけた新しい提督なのだ。それをよもや害しようという人間がいようとは。

「嘘です・・・。そんなこと・・・」

鹿島があまりのことに目を潤ませる。

『本当よ!麻酔銃でころりよ。本人はわざと撃たれたって気にしてないけど、こういうのはきちんとしておかないと駄目でしょう?』

 

ジャーヴィスがこれまでのあらましをざっと伝えると、与作を知る高杉は頭を抱えた。

「艦娘に自分たちで考えさせたいから撃たれた。しかも、演習は続行だと?まともな人間はいないのか、大湊には!」

話を聞く限りは頭がおかしい人間しか存在しない。麻酔銃を使う提督に、応急修理員を使っての特別演習。提督二名がいない状況での演習許可。

「海軍省から審判役を派遣している筈ですが・・・」

大淀が口を挟むと、高杉は忌々し気にそいつは反艦娘派の奴だと答えた。

 

高杉としては、今与作がどうしているのか、艦娘の権利について意識の高い英国との今後の関係についても心配になるが、差し当たってはそれよりも喫緊に追及しなければならない問題があった。

「どうして艦娘が人を撃てるのだ?」

 

彼の問いに室内にいた皆が顔を見合わせるが、答えは出ない。艦娘に対し非人道的行為に及んだ提督に対し、艦娘が反抗するということは知られており、蓄積したストレスによって心理的なたがが外れてしまったのだろう、というのが研究者の見解である。

だが、大湊は厳しい訓練で知られるものの、例の秋津洲の事件を起こした以外はこれと言って問題がないと言われてきている。

 

『首輪よ、首輪!!あれを使ってたのよ!!』

受話器越しに、ジャーヴィスが放った一言に室内が静まり返った。

 

およそ艦娘に関係する者で、その隠語の意味するところを知らぬ者はない。

およそ一月前。米国大統領が己の欲望を満たすためだけに使ったことで有名であるが、元は米軍全体で対艦娘用に使われていた鍵型のチョーカー。

AKC、Automatic kanmusu controller。艦娘自動制御装置。提督と認識した人間や、その人間から指揮権を譲り受けた人間の指示に従わなければ、気が狂わんばかりの刺激が頭の中をのたうち回る。

その余りのやりように世界中から非難が巻き起こり、米国から艦娘達の心は離れていった。

 

「AKCを使っていただと?大湊でか!どこから手に入れたのだ!!」

がしがしと頭を掻きむしりながら、高杉が叫ぶ。普段鬼瓦と呼ばれる彼をして、その事実は受け止めがたいものがあった。まさか、自分の足元でもそのような行為に及んでいるものがいようとは。

「何か隠しているとしか思えん。だから元帥よ、私を一刻も早く大湊へやってくれ。演習など早急に止めさせ、責任者を締め上げてやる」

「ことはそう簡単にいかねえよ」

 

椅子を立ちかけた長門を止めたのは、いつの間にか室内に入って来ていた老人の一言だった。

それが海軍大臣の坂上だと分かるや、慌てて立ち上がる皆を当の本人がを押しとどめた。

 

「いらぬ手間はとるもんじゃねえぜ。大事な話をしようや。高杉よう、現場のことはお前に任せるって言っておいたはずだぜ?」

静かに高杉を見つめるその眼光には70過ぎの老人とは思えぬ迫力があった。

「弁解の余地もありません・・。まさか、このような事態になろうとは」

 

「おい。どういうことだ?大湊の連中を締め上げればいいのではないか?」

長門が隣にいた大淀に尋ねると、彼女は深刻な表情でそれを否定した。

「そんな単純なことではありません。もし万が一この話が外部に漏れれば、艦娘を危険視する人々が勢いづき、艦娘不要論を唱えかねません」

「馬鹿な!深海棲艦の脅威があるのだ。それはないだろう!!」

 

「偉大なる戦艦長門よ」

じっと坂上は長門の方を見つめた。

 

「俺よりも遥かに経験豊富な貴方にとっちゃ釈迦に説法かもしれねえが、言わせてくれ。お前さん達が思うより遥かに世間ってのは馬鹿な奴が多い。艦娘が危ねえって雰囲気が出た段階で、後先考えずにその流れに乗る奴はたくさんいる」

「雰囲気ですか?」

「おうよ、雰囲気さ。深海棲艦を倒すために使っていた兵器は実は危ないものでしたと知れてみろ。それを何とか制御できないかとアメリカみてえなことになるぞ」

「そんなバカな!」

信じられぬと顔面蒼白になる長門に、坂上は鷹揚に頷いた

 

「アメリカの場合は事態が好転したからいい。だが、日本の場合は最初から艦娘に対して好意的だった。その待遇が悪くなれば、艦娘と人との仲は険悪になるだろう。ただ深海棲艦を利するだけだ」

「その通りです・・・」

「俺はな、高杉。反艦娘なんて言われちゃいるが、艦娘には感謝しているし、現状のままの状態がどちらにとっても最善だと思っている。賛成する人間も反対する人間もいるが、戦ってもらってるんだから無体な扱いはしたくねえ。このままじゃこの国にとっても艦娘にとっても不幸になるだけだ」

 

高杉が重苦しい口を開き、坂上の意見に同意した。

「これは迂闊に演習を許可した自分の責任です、大臣」

立ち上がろうとする高杉の肩をそっと坂上は抑えた。

「演習を許可しただけで、責任云々を抜かすんじゃねえよ。大事なのはこの始末をどうつけるかだ。膿が早く見つかった。そう思おうじゃねえか」

「大臣の仰る通りです。まずは先ほどの懸念事項について至急調査すべきです。なぜ大湊に首輪があったのか。そのことについて早急に調査の人出をやる必要があります!」

大淀が机を叩くと、それに呼応するように、室内にジャーヴィスの声が響いた。

 

『そうね、早めにお願いするわ!憲兵さんが来てくれないとまずいかもね!!』

「誰だ?ああ、あの英国からの交艦留学生ってやつか。また、随分ととんでもねえ事態に巻き込んじまったな。俺は大臣やってる坂上ってもんだ。面倒ついでに、さっきから俺たちが話していた件、それとなく探りを入れてくれねえか?」

坂上の要請に、受話器越しにふふっと笑い声がした。

『日本の大臣に依頼されるなんて、戻ったらジェーナスに自慢しないとね!』

「すぐに各所に連絡して憲兵なりを送る。調査はできたらで構わねえからな」

心配だと念押しをする坂上に、ジャーヴィスは意外な一言を放った。

 

『大丈夫よ。既に証拠は確保しているし、事件の大体のあらましはなんとなくつかめているから』

「「はあっ!?」」

皆が驚きの声を上げる中、当の本人はそれを全く意に介さず楽しそうに言った。

『だってあたしは英国が誇る名探偵ですもの!余裕ができたら画像を送るわね!』

ぷつりと携帯電話を切ると、ジャーヴィスは同行者に笑顔を向けた。

「まあ、今からは逃げる側になるのがちょっと不満なんだけどね!」

 




登場人物紹介

時雨・・・秋津洲に褒められ3重キラ状態。
北上・・・普通にやる気。2重キラ状態。
秋津洲・・普通にやる気。2重キラ状態。
二式大艇・提督の期待に応えようと密かに3重キラ状態。

与作・・・なじみのPCショップ店員とお気に入りのエロDVDについて語り合うのが結構好き。実は女優よりも企画もの派。時間が止まるというシリーズの面白さを熱く語る。


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第五十五話 「激突!海鼠島海域!!」

一応年内最後の投稿になる予定です。
以前より書いている通り、作者は鎮守府目安箱のノリが好きなので別に何か書くやもしれませんが。

7月の終わりから初投稿を始め、半年間結構なペースで書きまして、読み返すとすごい量だなとは思っております。拙いながらもお付き合いいただいている方には感謝いたします。ありがとうございました。





いつ太陽がかげったのか。ふと神風は空を見上げ、耳を澄ませた。

「二隻か。意外ね」

目を瞑り、佇む神風の姿に、何かを感じ、現れた雪風とジョンストンは思わずその場に立ち止まる。

「よく分かるわね。随分と耳がいいことで」

こちらを見ずにそう断言した神風に、ジョンストンはぎょっとなり思わず軽口を叩く。

相手が強いのは分かっている。まずはペースに乗らないことが重要だ。

 

「ずっと戦っていれば、嫌でもできるようになるわよ。貴方もね」

振り返った神風は薄く微笑むと、じっと己の両手に視線を落とした。

「20年近く戦っていればそれぐらいできて当然でしょう?」

「に、20年近く?う、噓でしょ!?」

意外な告白にジョンストンは驚きの声を上げた。目の前の艦娘はとても建造されてから20年近く経っているとは思えない。

 

「いいえ、本当よ。原初の艦娘がこの世界に初めて顕現した艦娘なら、彼女達のデータを使い、初めて建造されたのがあたし達『始まりの出来損ない』」

「始まりの出来損ない?なんです、それは」

雪風とジョンストンは互いに見合うと、首を傾げた。

「まあ、知らないわよ。原初の艦娘のことはみんな知っていても、あたし達のことなんか知っている者なんている筈ないわ。そもそも、もう二隻しか生き残っていないもの」

「艦娘養成学校の一期生ということですか?」

「始まりの提督が考案してくださった養成学校のことね。一度通ってみたかったわ」

空を見上げ、どことなく遠い目で神風は語り出した。

 

始まりの提督の元に顕現した原初の艦娘達は一騎当千の強者であったが、彼一人にこの世界の全ての海を任せることはできず、自衛隊の中から見つけてきた提督候補者を育てることと並行し、行われたのが、新たな艦娘をつくる建造である。

艦娘達から提供されたデータを元に、多くの試行錯誤の末完成した初期の建造ドックは、失敗が多く、何度目かのチャレンジの後ようやく建造された初の建造艦が神風だった。

 

「今思えばとんでもない量の資材を溶かして、色々と調整したのに現れたのがあたしだったらしくてね。すごいがっかりしていたわよ」

 

レシピもなく手探りの状態、しかも不安定な調整の中での建造とあって、神風が建造されたのはその一回だけであり、その後様々な艦が建造されるも彼女の同型艦が現れることはついぞなかった。

「え?は、春風さんや朝風さんは違うのですか?」

「あの子たちは大規模作戦の時にドロップしたのよ。もう10年以上前になるかな」

「で、でも初めて建造で出てきたのに、出来損ないって・・」

「仕方がないわよ。比較相手が悪かったんだもの」

 

原初の艦娘並みの働きを期待し、資材がひっ迫する中で、何とかやりくりをしながらの建造だった。建造された艦娘達にかける人々の思いは生半可なものではなかっただろう。

 

ところが、いざその性能を確認するや、研究者たちは想像もしなかった事態に落胆せざるをえなかった。明らかに原初の艦娘に比べてスペックが劣り、練度に制限のある期待外れの艦娘達。莫大な予算をかけてしまった研究者たちは互いに責任を擦り付け合い、遂には建造してしまった厄介者たちを量産型、出来損ないと悪しざまに罵る有様だった。

 

今でこそ、それは当たり前のことであり、原初の艦娘達の方が特別であっただけだと認識されているが、艦娘建造の当初は、どうして同じように強くならないのか、何か重大な欠陥があるのではないかと、とかく問題視されたものだった。

 

「面白いわよね、人間って。自分たちで建造しておいて、出来損ないって平気で言うのよ」

まるで他人事のように語る神風の目は暗く鈍い光を湛えていた。

 

「人の役に立ちたかった。提督の役に立ちたかった。気持ちは貴方達と同じよ。でもね。建造されたばかりの頃はそりゃあ叩かれたわ」

 

『この役立たず!どうしてお前達はそう使えないんだ!!資材の消費量もあの原初の神風と同じなのに、まるで戦力にならないではないか!』

 

皆二言目には彼女達を出来損ないと扱い、ついたあだ名が『始まりの出来損ない』。

人類初めての提督とその艦娘をあてこすってのことであり、つけた人間のセンスの悪さが伺いしれるものだった。

 

「期待に応えようと、必死に努力したわ。でも、褒められたことはついぞなかった」

「なぜ、雪風達にそんな話を?」

「貴方たちがいかに恵まれているのかを教えたかっただけ」

「そう。でも、不幸自慢なら、あたしだって負けてないわよ!!」

 

挨拶代わりにとジョンストンの主砲が唸りを上げた。

期待されていない中での生活は確かに辛いものだろう。だが、戦いを否定され、籠の中の鳥と化すのとどちらがマシだろう。

 

「米国のお嬢さん、確かに貴方の境遇には同情するわ」

神風はわずかに身をひねっただけでそれを躱した。

「でも、いかにお人形さん扱いされようとも、生かしておいてもらえるだけありがたいのよ?」

「くっ!こいつ、素早い!!」

 

米国で散々猛特訓を積んだつもりでいたが、相手にとってそれは吹けば飛ぶようなものであるらしい。涼しい顔をして、動き回る神風からは余裕しか感じられない。

 

「ジョンストンちゃん!」

ジョンストンが正面で牽制している隙に動いた雪風が、挟み撃ちにしようと相手の進路を予測し砲撃するが、神風は常に位置取りを工夫し、容易に背後をとらせない。

 

「考えはいいわ。でも、それを実行させるほどあたしは甘くはないわよ」

 

まるで舞うかのような神風の航行術にジョンストンは舌を巻いた。

神風は旧式艦であり、明らかに自分の方が上の筈だ。それがここまで翻弄されるとは。

「あんた、どうしてそんなに強いのに、ヨサクを攻撃なんて馬鹿な真似をしたのよ!」

 

口をついて出てきたのは賞賛の言葉ではなく、純粋な疑問だった。これほど強いならばあんな卑怯な手を使って優位に立とうとする必要はないではないか。

 

「相手の指揮官を叩くのが最も効率的でしょ?偉大なる七隻が現れても、同じことをしたわよ」

「卑怯だとは思わないんですか!そんなことをしなくても貴方達なら雪風達相手に普通に勝てるでしょうに!」

ジョンストン同様に、雪風にとってもそれは大きな疑問だったのだろう。

立て続けに砲撃を行いながら、神風に問いかける。

 

「卑怯卑怯と、まるでお題目ね。卑怯なことの何がいけないの?伝え聞く話だと、あの天下の剣豪宮本武蔵も稀代の反則魔というじゃない。貴方達はルールが大事で、あたし達は勝負の結果が大事。それだけの話よ?」

「だからって、これは演習ですよ?いがみ合うためにするものじゃありません」

「あのねえ、雪風」

放たれた砲撃をまたも躱し、神風は雪風を見つめた。

水面に幾度目かの波紋が広がる。

 

「あたし達がやっているのはスポーツかしら?違うでしょう。今もこの海のどこかで深海棲艦と艦娘が戦っているのよ?貴方は深海棲艦相手にも卑怯だなんのと言うつもりなの?」

さらりと言ってのけた神風に、抑えつけていた雪風の怒りが爆発する。

「しれえを撃っておいて、よくも、よくもそんな台詞を!!あんな、あんなことが本当に許されると思っているのですか!!」

「詭弁でごまかしたって、あんた達が卑怯者なのは変わらないじゃない!」

雪風を抑えなければと思いつつ、ジョンストンも己の心の昂ぶりに抗しきれない。

 

「だから、言っているでしょう。卑怯上等だって」

神風はやれやれと肩をすくめた。

「みんな同じことを言うのよね。ルールが大事。それを守れと。遊びでやっているんじゃないのよ?戦うための訓練をしてるの。実戦に即してやらなければ、いつ沈むかわからないじゃない。

「やっていいことと悪いこともわかんない訳!!」

ジョンストンは再度雪風と合流し、二隻で集中砲火を浴びせる。

だが、当たらない。

あらかじめ、こちらの行動を読んでいるかのように、その砲撃がことごとく躱される。

「逆にあたしは感謝して欲しいと思っているわ。これで、あんた達は提督に何かあった時に自分たちがどうなるか学べたでしょう?あたしが深海棲艦なら確実にまずどうやって提督を潰そうかと考えるわ。提督がいなくなれば艦娘は所詮烏合の衆だもの。うち以外にこんなえげつないことしてくれるところなんてないわよ」

「正気で言っているんですか・・・。どうして、どうしてそんな考えになってしまったんですか!」

 

悲しみが怒りを上回り、雪風は叫んだ。

己の提督を傷つけた神風達、そしてあの倉田という提督は絶対に許すことはできない。

せっかくジョンストンが落ち着けた気持ちに、黒いもやがかかっていくように感じる。

だが、同時に神風の考え方があまりにも悲しすぎると感じている自分がいた。

言っていることは分からなくもない。だが、余りにも極端ではないか。

どうして、そこまで考えが歪んでしまったのか。

 

「そりゃ、20年近く戦い続けていれば、そうなるわよ」

 

すっと手を伸ばしたかと思うと。

「ああああ!!」

神風の砲撃が正確にジョンストンの主砲を潰した。

「こんんのう!!!」

「ジョンストンちゃん!」

ジョンストンに近づこうとする神風に、雪風が砲撃で牽制し、ジョンストンはお返しとばかりに雷撃を放つ。

 

その瞬間。

恐るべき場面をジョンストンは目撃した。

 

側面からの雪風の砲撃をわずかにかがんで躱した神風は、続けて自らに向かって放たれた雷撃に対し、魚雷同士のわずかな間隙を見抜き、その間を何事もなかったかのように進んだ。

 

「噓でしょ!」

「隙間を見つけて、冷静に対処すればこれくらいは普通よ」

目の前に現れた神風に一撃を食らい、ジョンストンは大破に追い込まれる。

 

「うああああ!!」

「ジョンストンちゃん!!」

「今回が初めてなのかしら?連携がお粗末ね。精進なさい!」

「上から目線でいつまでも!!!」

かっとなったジョンストンがこれでも食らえとパンチを放つも。

ぶんとその拳が空を切る。

「大破になっても諦めず、相手に掴みかかるその意気やよし。でもね・・」

神風の掌底が腹部にヒットするや、水面を木の葉のようにジョンストンが舞った。

「があああ!!!」

「相手の強さを考えてやるべきよ?お嬢さん」

 

「よくも、ジョンストンちゃんを!!」

向かってくる雪風の砲撃を神風は難なく躱しながら接近し、雪風の鼻先に指を突きつけた。

 

「そうそれ。味方がやられると、すぐ感情的になる。だからやられるのよ」

「貴方にだって感情はあるでしょう!!先ほどだって、自分たちが出来損ないと言われて悔しそうだったじゃありませんか!」

「そう見えたのなら、あたしの修業が足りないわね。そもそもの話。人間はあたしたちが道具であってくれた方が都合がいいのよ」

 

突然の神風の言葉に雪風は戸惑った。艦娘は人と同じように扱うべき。いや、そうじゃないという議論があるという話は聞いている。だが、道具であった方が人間にとって都合がいいとはどういうことなのか。

 

「演習中におしゃべりし過ぎかもしれないけれど。まあ。後学のために教えてあげるわ。人は弱いの。だから、道具だと思わないと、あたし達艦娘を運用することに耐えきれない」

「ど、どういうことです!各地には提督がたくさんいるじゃないですか!!」

「そりゃいるわよ。わざわざ軍が見つけて来てるんですもの。でもね、人間の立場で考えて御覧なさいな。少女のような姿をしているあたし達を化け物と闘わせているのよ。おまけに中には海防艦のように明らかに幼い容姿をした子たちもいる。まともな神経をしていたら耐えられないじゃない。今はあたし達をまるでアニメのヒーローみたいに扱うことによって、その心理的な負担を抑えているみたいだけど、初期の頃の提督さん達はそりゃあ酷いもんだったわよ」

 

少女のような外見をした艦娘を使わねば人類の後がない。だが、彼女たちの外見は人の罪悪感を刺激するに十分だった。ただでさえ、この国は物に魂が宿ると考えているのだ。他国よりも、艦娘にかける気持ちが強く、それに対する贖罪の念は艦娘道具派にすら存在している。

 

艦娘が建造されて間もなくは提督の多くが自衛隊出身者で占められておあり、彼らは国を守るためという強い意志を持っていた。だが、己の命は掛けられても、他人の命を預かるのは訳が違う。深海棲艦との戦いは明日をも知れぬ戦争であり、負ければ日本が、世界が終わる。そうした重圧の中で精神を病み、薬物に手を染める者も少なくなかった。

 

「あたし達が自ら道具よ、と言ってあげるだけで提督さん達は安心するのよ。自分たちが使っているのは人ではない。道具なんだ、ってね」

神風は言う。艦娘の存在に人は悩んでいる。その存在が無ければ、深海棲艦というより大きな脅威と闘えぬために、仕方なしに使っているが、それは彼らとしては不本意ながらそうしているだけだ。

「その証拠に未だにあたし達を船として扱うか、人として扱うか。あっちゃこっちゃしてるじゃない」

在籍時の扱いは船として。

艤装を解体し、退役したら人として。

まるでこの国の人の迷いがそのまま表れたかのように、彼女たちの扱い方は矛盾に満ちていた。

 

「だから、あたしは道具でいてあげるのよ」

艦娘自らが、道具として己を律しているのならば、扱う側もその使い方に悩む必要はない。

「そんな・・・。人が艦娘は道具でいて欲しいと願っているだなんて・・・」

「信じられないかしら。でも、あたしが見てきた提督さん達はそうだったわよ」

「世の中、そういう人ばかりじゃありません!しれえはそんなことは思っていないです」

言い切る雪風に、神風は苦笑する。

「鬼頭提督は強いもの。でも、世の中はそんな人ばかりじゃない。心が弱い提督もいるのよ」

面白くもなさそうにいってのけた神風の態度に、雪風はひっかかるものを感じた。

「あの、心が弱いって、どういう・・・」

神風は返答代わりに雪風に主砲を向けた。

「ちょっ!」

慌てて避けるが、これ見よがしに狙いをつけた所から会話を打ち切るためにした攻撃だったとみるべきだろう。

 

「おしゃべりはおしまいよ、雪風」

「神風さんは、そのままでいいんですか?」

「ええ、もちろん。少なくともあなたのように提督に守られる情けない艦娘ではないもの」

「・・・・」

 

ざわりと。雪風の雰囲気が変わる。

「ゆ、雪風!落ち着きなさいったら!!」

その様子に不安を抱いたジョンストンが声を掛けるが、雪風の耳には届かない。

「しれえはすごい人なんです。普段は雪風達をがきんちょ扱いしますが、料理を作ってくれたり、遊びに連れてってくれたり・・・」

「そうね。確かにすごいと思うわ。だから、真っ先に潰しに行った。そして、貴方達はそれに気づけなかった」

神風の何気ない一言に、自らの前で撃たれる与作の姿がフラッシュバックし、雪風は固まった。

「そうです・・・。し、しれえは雪風をかばって・・・」

守るべき提督に、自分が守られてしまった。

今まで決して倒れる姿を見たことがない提督が、自分のせいで倒れた。

(一緒にいると約束したのに・・。約束を果たせなかった・・・。)

 

「あ、ああ・・・・・」

「ちょっと、雪風!!しっかりなさい!!正気を保って!!」

 

胸元を抑えながら、その場に立ち竦む雪風に、神風は落胆の表情を浮かべた。

「ジョンストンの勇ましさに比べたら興覚めもいいところね、雪風。感情を制御もできないのかしら。鬼頭提督も運はなかったみたい。あんたみたいのが初期艦なんて」

 

酷い侮辱の言葉だった。雪風は射殺すような目つきで神風を睨んだ。

「司令を馬鹿にしないでください・・・」

「事実を言っているだけよ。提督が艦娘を守らなければいけないなんて。そんなやり方は間違っている。いくら鬼頭提督が強くてもね」

「司令を、しれえを撃っておいて、どの口が言うんですか!!」

「守られた者が偉そうに。やった者を卑怯と責める暇があるなら、自分たちの油断を反省なさいな!」

「これ以上、しゃべるなああ!!!」

雪風は遮二無二なって、狂ったように砲撃を繰り返す。

「馬鹿!!雪風、落ち着きなさいったら!!!」

幾度となくジョンストンが呼びかけるも、頭に血が上った雪風には届かない。

 

「この、この、この、このおおお!!」

狙いをつける。躱される。

再び狙いをつける。その瞬間、相手は素早く動き、死角から砲撃をしてくる。

フェイントを織り交ぜ、砲撃と雷撃を組み合わせる。頭を掻きながら、これも躱される。

かちかちと主砲が弾切れを起こしても、雪風はなおも神風を狙い続ける。

 

「全く・・・」

呆れた表情を見せる神風は、少しずつダメージを与えていき、中破まで持ち込む。

ぜいぜいと肩で息をする雪風をよそに、まるで息の乱れを見せぬ神風に、ジョンストンは寒気を覚えた。

「で、気は済んだかしら?」

「うぐ・・・ひっく・・・」

雪風は悔しさに顔を歪ませた。初期艦として、与作の役に立ちたいと思った筈の初の出撃での苦い思い出。あまりにも遠すぎる時雨や北上の背中を追いかけ、必死に食らいついてきたつもりだった。

(それが・・。こんな・・・。)

今までしてきた努力がまるで意味をなさない。

それはそうだろう。積み上げてきたものが違う。向こうは20年近く。こちらはたった3か月だ。いかに濃密な3か月を過ごそうと、どうにもならないことはある。

 

だが。負けるのは何としても我慢がならなかった。目の前の相手は、提督を撃って平気だと言う。艦娘は提督のために道具になれと言う。

 

ここで負けるということは、そのやり方を認めるようなものだ。

「しゃべれるように敢えて中破に留めたのよ。雪風、ギブアップなさい。甘いけど、貴方達、演習が初めてだって言うから、沈めないでおいてあげるわ」

 

神風は勝者の余裕を見せていた。

まるで負けると思っていないらしい。

それはそうだ。二隻でかかったというのに、ジョンストンは大破。自らも中破されたというのに、向こうはかすり傷も負っていない。

「嫌です。ギブアップしません・・・」

涙で顔をくしゃくしゃにしながら、雪風は神風にはっきりと告げた。

「諦めもしません」

肩を抱きながら、声を震わせる。だが、その艤装は半ば壊れており、中破といっても、攻撃する術がないのが現実だった。

 

ぐっと拳を握り、肉弾戦を挑む雪風に、神風は律儀にも主砲を収め、相対する。

だが、当たらない。初期艦である雪風は、アトランタが与作に稽古をつけてもらっていることに焦り、自分も鍛えて欲しいと頼んだ。

それだけではなく、時雨や北上にもアドバイスをもらいながら、そこそこの強さになったと自負していた。

けれど、目の間の相手にはそれがまるで通じない。過ごしてきた年月の違いとばかりに習ったコンビネーションも、フェイントもそれはすでに知っていると意味を為さない。

「くうう!!!」

攻撃の手を緩めない雪風を軽く神風はいなす。

「よく持つわね。その根性だけは買ってあげるわ」

 

繰り出す攻撃の全てが見切られている。

そもそも、この神風は船時代から逸話の多い艦娘だ。

旧式などと本人は卑下して言うが、かつての艦隊演習では大和や矢矧、雪風などの新型艦を相手に一泡ふかせ、対潜戦では、己に放たれた16本の雷撃を全て躱したという経歴を持つ歴戦の艦で娘である。その彼女に普通の攻撃が通用するはずがない。

 

(神風さんの予測の範囲外の攻撃を・・・。)

雪風の脳裏に閃いたのは、かつて横須賀鎮守府に忍び込んだ際に、時雨もできたという技、神速。限界を超える速度を生み出すと言うあの技ならば、神風の意表をつけるかもしれない。

 

「目の前に意識を集中するんだ。何倍も速くなった自分をイメージするといい」

時雨のアドバイスに耳を傾けていた雪風に、己の提督は

「がきんちょが余計なことを考えているな!10年早い!!」

そう言ってぐりぐりをしてきたっけ。

「艦娘は見た目と年齢は違うんですよ、しれえ・・・」

小さく微笑み、雪風がぐっと腰を落として構えをとった時。

 

「もしかして、アトランタ戦で鬼頭提督が使っていた技を使おうとしている?通じないわよ」

絶望を告げる言葉が神風から発せられた。

「な・・・」

「嘘じゃないわよ。あたしも使えるもの」

「嘘です・・・。時雨ちゃんだってこの間ようやく・・・」

「あの人たちが戦っていたのは正味一年程度。あたしはその何倍も戦い続けているのよ?」

 

ふっと。

神風の姿が雪風の前から掻き消えた。

「積み重ねてきた年月を、舐めるんじゃないわよ」

背後からの一撃を受け、雪風の頭部の測距儀が砕け散った。

 

「そんな・・・・」

奥の手が出す前に潰されてしまった。

何をどうしても勝てない。まるで、あの駆逐ナ級を前にしていた時のようだ。

 

またあんな風にはなりたくなくて。

少しでも与作の役に立ちたくて。

必死に訓練をしてようやく芽生えてきた自信が。

あっという間に砕けてしまった。

守りたかったのに守られて。

今は己の提督が一番大事にしていたものまで踏みにじられようとしている。

(負けたくない!負けたくない!!)

強く思い、力を引き出そうとすれど。

圧倒的な神風の力と、先ほどの目の前で倒れる与作の姿に、己の無力感ばかりが思い出される。

 

「他にあるのなら、付き合うわよ」

 

神風はそれ以上、攻撃をせず、じっと雪風の様子を伺った。

呆然としている雪風は一歩も動く気配がない。

 

完全に戦意を喪失したと判断した神風は、

「そう。貴方の判断を尊重します」

機械的にそう言うと、主砲を雪風に向けた。

「では、容赦なく沈めます。恨まないでね」

「ま、待ちなさいよ!!」

 

ぐいと、その射線に割り込むようにジョンストンが立ちはだかった。

すでに自力航行ができるかぎりぎりの所だが、主機はまだもってくれている。

「雪風。ここはあたしが引き受けるから、あんたは一旦逃げて態勢を整えなさい!!」

「駄目です、ジョンストンちゃん。ゆ、雪風は放っておいてください・・逃げて・・」

「大丈夫。あんたも知っての通り、あたしは一回沈んだことがあるから。怖くないわよ」

どんと勢いよく胸を叩き、笑顔を見せるジョンストンだが、その足は震えている。雪風を安心させようという空元気なのは明白だった。

 

「さすがはその勇ましさを謳われる武勲艦ジョンストンね」

「歴戦の勇士から言われると照れるものね」

両手を広げ、雪風を何としてもかばおうとするジョンストン。

「駄目ですよ、ジョンストンちゃん!!しれえはそんなことは喜びません!!」

「早く逃げろって言ってんの!!!」

大声で叫ぶジョンストンに、雪風はびくりと体を震わせる。

「ジョンストンちゃん!!」

 

「貴方の勇気に敬意を表します」

神風が主砲をジョンストンに向けるのが見えた時、雪風は頭が真っ白になった。

 

このままでいいのか。いや、よくない。何かないのか、自分の中には。既に弾は底をついている。奥の手も何ももはやありはしない。

強い思いは自らを改二へと至らせると時雨は言っていた。

ジョンストンを助けたい。しれえの役に立ちたい。

いくら願っても、逆にお前には無理だと嘲笑う自分がいる。

 

(雪風には無理なんですか・・・。そ、そんなことは・・)

(無理です。雪風は前にも失敗しました。約束を守れませんでした・・・。)

(絶対大丈夫です!自分を、自分を信じないと・・)

(しれえを守れなかった雪風を信じろと?無理です・・・)

相反する二つの声がせめぎ合い、雪風を責める。

 

それでも、雪風は探す。この戦いに勝つために何かないのかと。

探せ。探せ。探せ。探せ。

焦る意識の中で、ふと底の方に淀んだものに気づき、手を伸ばす。

 

触れてはいけない。そう、自分の理性が押しとどめるが、今必要なのはあの力だ。

(これでもいい。とにかく、とにかくジョンストンちゃんを助けないと!)

雪風は迷いの中で決断し、それを手に入れた。

 

「うわああああアアア!!!!!」

今しも神風が主砲でジョンストンを撃とうとした時。

雪風を中心に、黒い光が爆発し、はじけ飛んだ。

 




次回予告
『己の不甲斐なさを悟った雪風は、弱った心でその力に手を伸ばした。それは希望の光か、はたまた絶望の闇か。次回鬼畜提督与作五十六話「希望の風、絶望の嵐」』

ジョンストン「この馬鹿風がああ!!しゃっきりしなさいよ!!!!」


※予告と本編は変わる可能性があります。


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番外編改Ⅱ  「色々な人々の年末年始」

どうにもコミケがないとやる気が出ません。
E4は何とか甲で割れました。ですが、ため込んだ伊良湖、間宮を大放出。
竹友軍が来たものの、最後まで時雨は仕事をしてくれず・・。

ラスダン割った後E3で神鷹が来たので今回のを書きました。

本編の続きはもう少しかかります。


①普通(仮)の鎮守府の年末

単冠湾泊地の年末は忙しい。なぜなら、掃除の鬼と化した曙があちこちてきぱきと指示し始めるからだ。

「ちょっと、そこ!もう少し手を動かしなさいよ!」

「あ、曙ちゃん。提督さんに失礼だよ」

潮の抗議もどこ吹く風。どことなく不器用に掃除を進める己の提督に、曙はため息をつきつつその掃除を手伝う。

「全く。クソ提督はあたしがいないと何もできないのね。もう少しきびきび動きなさいよ」

「翻訳すると、『提督を手伝いたいな』ですね。ツンデレ乙なのです」

「い、電!あんたの翻訳機能、壊れているわよ。修理に出した方がいいわ!」

「顔を真っ赤にして言う台詞ではないのです」

「はいはい。お二人さん。司令官がお困りでしょう?手早く片付けて年末年始のための買い出しに行きましょう」

妙高が二人をとりなすと、名取が車を回しますね、とほっとした表情を見せた。

「やれやれ。うち以外の鎮守府でも大掃除って大変なのかなあ」

単冠湾泊地の間島提督は同期の提督に思いを馳せた。

 

②漢達の年末+α

 

12月31日早朝。

 

なんとも言えねえ清々しい朝だな。夜明けの寒さが心に染み入るぜ。

さいたま新都心の駅前にはお馴染みの恰好をした連中が交通整理をしていたが、朝も早くからお疲れ様だな。

 

「はあい。走らないでくださいねえ!怪我の元ですよ!!」

大きな声でこちらに安全を伝えてくれるスタッフに、血相を変えた連中が文句をつけてやがる。

「ふざけるな!!昨日の夜から並んでいるんだぞ!!いつになってもスタッフが来ないじゃないか!!始発組より後なんていい加減にしろ!」

 おやおやあ。徹夜組さんですかねえ。おかしいなあ。徹夜禁止って書いてあるんじゃないのかよ。

「あのですね。カタログ読んでいただけました?徹夜行為は禁止ですよ。文句を言われても知りません」

「バカ言ってんじゃないよ!!昨日の夜にスタッフが誘導してたんだぞ!!近くの学校のグラウンドに、ここで待機していてくださいって!」

「準備会の人間がそんなことする訳ないでしょう!」

「冗談じゃない!責任者を出せ!客を何だと思ってるんだ」

やれやれ。バカが多いな。ここは俺様が・・。

「鬼頭氏。ここは拙者にお任せくだされ」

すっと動いたのが織田。どうでもいいが、お、前普段そのござる口調なんざしてないだろ。

どういうキャラ設定なんだ。

 

ぎゃーすかぴーと喚く男とスタッフの間に入ると織田は一言

「黙れ、カス!!」

と叫んだ。

「な、なんだお前!!」

「そもそもコミケに来るのは参加者。共に祭りを盛り上げようとする同志よ。貴様のように己の購買欲さえ満たせればよいという困ったちゃんな自称お客様はお呼びじゃない」

「喧嘩売ってんのかお前!」

殴りかかってくるのを簡単にいなす織田。こいつもそこそこ鍛えてやがるからな。その辺のオタクじゃどうあがいても勝てないだろ。

 

しかし、怪我でもさせたらことだからな。避けてばかりで時間がとられるのも面倒くせえ。

仕方ねえなあ。

 

「おい」

「ああん、何だよ!って、お前昨日の!!お前のせいで・・・」

くふふふ。暗がりだったのによく顔を覚えてやがるなあ。でも、俺様はお前なんか知らねえよ。

どうでもいい一般人の顔なんざ覚えてちゃ脳細胞がもったいねえ。

「誰かと勘違いしているんじゃないかねえ。で、何俺様と戦う気か?」

 

ちらっと睨むとそれだけで恐れをなすオタクAは脱兎のごとく退散する。

「あ、ありがとうございます。すいません」

スタッフが俺様に挨拶をするが、何あんたらも朝早くからご苦労なこったな。

 

「申し訳ない、鬼頭氏。加減をし過ぎました」

「構わねえ。あっ。それとスタッフさんよ。なんか大学の付属高校のグラウンドにやたら人だかりができてたぜ。さっきの連中と関係あるんじゃねえか?」

「え?本当ですか。なんでそんな所に・・・」

 

ぶつくさとつぶやきながら去るスタッフの後ろ姿に思わずほくそ笑みながら、俺様は昨夜のことを思い出す。

織田の野郎と駅前のホテルに集合していたところ、なぜか近くの新都心公園にやたら人影があるのに気付いたんだよなあ。

「ありゃあ、なんだ」

「徹夜組でござるよ。国際展示場の時もいたそうですが、いくら準備会が呼びかけてもイタチごっこは変わりませんな」

唾棄すべき輩だと吐き捨てる織田にぴんと来た俺様。

「ふうん。気に食わねえな」

ナイスなアイデアを思いつき早速実行よ。その名も「ザ・隔離」。ちょうど冬休みで学校は休み。地域の治安を守るためって話をしたら、見張りがつくならって条件でノリが分かる校長が貸してくれだぜ。

「ほーい。こっちだよー」

「す、すげえな。あの子。まんま北上じゃないか。もしかして本物か?」

 

うちの鎮守府一ノリの分かる北上が先導に立つや、ふらふらとそれに引き寄せられるように集まってくるオタク集団。すげえな。こんだけ夜中に集まるとゾンビみたいだぞ。

「はい、お前たちみたいなルール破りはここで待機していてください。明朝になったら声を掛けますからねえ」

「と、トイレはどうしたらいいんだ!」

なんだあ、こいつら。マナーも守れねえ連中の癖にいっちょ前にトイレの要求だあ?生意気言いやがって。

「トイレは新都心公園にある仮設トイレを使ってください。警備の人間がいますので、不心得者は叩き出します」

「警備の者って、あたし達のこと?」

「そうだよ、アトランタん」

「提督さんがラーメン食べる前に運動するって言うから車出したのに・・。騙された」

おい、アトランタ。小声で言っても聞こえるぞ。それに提督さんは止めろ。女連れで戦場に来ている軟弱ものだって思われるじゃねえか。

「あたしはそれでもいいけどねー。面白そうじゃん」

「さすがは北上だ。悪いが、8時まで頼むぞ。8時になったら解放しろ。きちんと見ていたら、餃子にチャーハンをつけてやろう」

「そんなに食べられるかな。まあ、頑張るよ」

やれやれと言いつつも頷くアトランタ。こいつ案外素直なんだよな。

「暴れそうだったら遠慮なく警察呼んでいいからな」

「その前にぶっ飛ばすかもしれないけど、それはいいよねー」

「加減が難しい」

「まあ、お前等はその辺の加減が分かりそうだから任せる」

「ほいほい。任された」

「了解」

 

回想終り。ってな訳で、哀れ、夜中から寒い中で徹夜していた連中は全く関係ないところで待たされていたってわけだな。

「いや、さすがに鬼頭氏は素晴らしい。拙者も常々あの手の連中には頭に来ていたでござる」

「ふん。いい気味じゃねえか」

すうはあと深呼吸を繰り返す。なんとも言えねえ冬の冷たさ。肌がぴりつくいい空気だぜ。

ジオンの歴戦の勇士じゃねえが、

「この風。この匂いこそ戦場だな・・」って奴だ。

 

周囲に溢れる人人人。

地図を片手に、いかにして目的を達するか喧々囂々の会議を開く者達。

早朝の出撃に、束の間の安眠を取る者達。

これから向かう先の最新情報を集める者達。

補給物資の調達に余念のない者達。

 

その誰もが、普段は見せねえ熟練の動きをしてやがる。

確実に倍、人によっちゃあシャアザクすら凌駕する性能を見せるのが祭りだ。

 

「それにしても、江ノ島の艦娘は素晴らしいですな。提督のやることに理解があって。うちのくそどもに爪の垢でも煎じて飲ませたいもんです」

 

そうでもないぞ。ここに来るまで色々と面倒くさかったからな。

そう、それはつい先日のクリスマスイブのこと。

この日を記念しての俺様考案のなぞなぞ大会をせっかく開催してやったのに、その有様ときたら、凡ミスを連発して一向に勝者が決まらない。

 

「フレッチャーが俺様に感謝し、大きくした食事は何かだぞ、問題は!なんでお前が間違えるんだ、フレッチャー。ハンバーガーってなんだ、ハンバーガーって!」

「ご、ごめんなさい。提督・・。きちんと答えようとしたのですが、そのう・・・」

ちらちらと上目遣いで申し訳なさそうにする米国駆逐はなんだか最近おかしな時があるなあ。

これも、周りの連中の悪い影響かもしれねえな。

 

泥仕合と言って差し支えない酷さだった。あまりのしょうもなさに途中でゲームを打ち切ったくらいだ。

「やる気があるのかお前ら?」

「むしろ、やる気があるからこうなってると思うよ」

 

まるで謎かけみたいに訳の分からないことを言うペア艦は放っておいて、どうしようもない事態に俺様が強権を発動する。高級品やペアチケットはこちらで処分し、使えそうなものは共用にすると申し渡したら、ラーメン屋に行くのと一週間の秘書艦はどうなっているのだと矢のような質問だ。

「はあ?なんでそっちには食いつくんだお前等?」

 

あまりに面倒臭いので、俺様が決めると宣言し、ラーメン屋は北上にアトランタと、秘書艦は神鷹にしたと告げると、まあ次から次へと文句ばかり。

 

「あたしのメモを参考にしたのはいいけど、なんであたしはデートに連れてってくれないのよー!」

騒ぐイタリア児ポロリ駆逐に、

「ちょっとダーリン!あたし、まだ話してない事件が山盛りなのよ!」

しゃべり足りないと文句を垂れる英国駆逐。

 

あっちを向いてもこっちを向いても駆逐艦ばかり・・。

新年ぐらいそうじゃねえ連中といたって罰は当たらねえだろうが!!

 

「でもでも、提督?あたしは水上機母艦だよ?」

おい、秋津洲。なんだ、そのふくれっ面は。大体、どうしてそうデートだ何だと言う話になりやがる。純粋に俺様が落ち着いて執務ができるかどうかだ。

その時点で英国とイタリアの二隻はおさらばだ。あでぃおす、あみーごって感じだな。

 

「何よそれー!」

「そうよ、ジャバニーズえこひいきよ、ダーリン!!」

贔屓じゃねえ。事実を言っているまでだ。

 

「雪風は静かですよ、しれえ!!」

文句を垂れる初期艦。うん。まあ、お前は静かと言えば静かな方だが、仕事がいまいちだろうが。俺様、新年一発目はきびきびやりたいんだよ。

 

「じゃあ、僕だっていいじゃないか!」

ええーーっ。という顔で時雨の奴を見てやる。お前さあ、少しは年長者らしくしたらいいじゃねえか。ペア艦だからって俺様にいつまでも引っ付いているんじゃねえ。自立しろ。

 

「提督、あたしはあたしは?」

かもかも娘が期待に目を輝かせながら再度言ってくるが、お前は一度ラーメンを奢ってやってるし、年始は工廠と食堂の仕事があるだろうが。二式大艇だけでいいならOKだぞ。

 

パタパタ。じいい・・。

「自分だけ行くわけには行かない?まあ、お前ならそう言うだろうな」

 

「あの、提督。私とジョンストンは・・・」

もごもごと何か言いたげなフレッチャー。

「ふん。さすがの俺様も姉妹水入らずの年始を邪魔する気はねえ」

「二人で秘書艦でも一向にかまわないわよ、ヨサク」

なぜかやる気を出すジョンストンだが、俺様も鬼じゃねえ。休むといいぜ。仕事始まりからばりばりやってもらうからよ。

「いや、そういう訳じゃなくて、姉さんが・・・」

 

「北上達は担当以外の仕事を結構こなしているからまあ奢ってやろう。神鷹はうちで一番静かだからだ」

さぞ嫌がるだろうとにやりと笑うと、微妙な表情を見せる神鷹。

なんだ、お前。ちらちらとこちらを見て。

 

「あの、提督。新年からとなるとおショウガツーもですか?」

「もちろんそうに決まってるだろ。初詣は鶴岡八幡宮に行こうと思ってたんだ。お前も来やがれ」

「Danke!ありがとうございます。た、楽しみです・・・」

「ええーーっ!!!ずるい、ずるい!!お正月デートが神鷹だけだなんてありえなーい!!」

「うるせえ奴だな。お前たちに普通に休みをやっているのに、何がそんなに不満なんだ」

「初詣に行きたいだけです!しれえと!!」

「俺様は保父さんじゃねえぞ。いい加減お前らも俺様ばっかりとくっつかないでお前ら自身で行動しねえとな」

「本当に与作はその辺り、全く分からないね・・・」

遠い目をしながら言う元ペア艦は放っておこう。

 

「いやー、それにしても棚から牡丹餅だね、アトランタん」

「うん。つくづく運転を習っておいてよかった」

喜ぶ北上達。

「ううっ。私、この休みに免許合宿に行こうかしら」

「ね、姉さん。さすがに一週間程度じゃ無理なんじゃない?」

フレッチャー達は免許合宿に行く算段か?まあ構わねえが、お前らが行くとうちの常識人枠が少なくなるんだが。

「なんです、それは!まるで雪風達がおかしいみたいじゃありませんか!」

「そーよ、ダーリン!名探偵に対して、それは失礼よ!!」

 

おい。おかしい筆頭の二人が何かほざいてやがるぞ。

お前ら、この間歴史に残るような壮絶なトランプ勝負をしていたのを俺様が見てなかったと思うのか。いくら誘っても俺様は金輪際お前らとはトランプをやらねえからな!

「か、カルタならいいかも?」

ほお。それはいい。カルタならば、勝ち目はありそうだな。雪風はとろいし、ジャーヴィスの野郎は日本語がよく分からねえだろう。くっくっくっく。お手製のカルタを作ってやろうじゃねえか。

「てな、感じでな。二言目にはがきんちょがまとわりついてどうしようもねえ」

「き、鬼頭氏・・・。鼻血が出そうな環境ですぞ!!羨ましいどころの話じゃありません!!」

「お前はいい加減あの瑞鶴と仲良く年末を過ごしてやったらどうなんだ?

「鬼頭氏!そんな殺生な!!うちの鎮守府の殺伐とした雰囲気はまず間違いなくあいつのせいです。そもそもあいつが無理くりうちに着任しなければ・・・・」

ぶうん・・・・。

「ん?YSKレーダーに感あり!!おい、バカ。どこかの空母が偵察機飛ばしてやがるぞ!!」

周りは気付かねえみてえだが、俺様の超感覚ではっきりと分かる。

「はあ!?あ、あのバカ!!こんな所で!!」

 

すぐさま慌てて連絡をとる織田。

 

「おい、バカ。すぐに止めろ!」

「あんた、年末の大掃除をさぼって何やってんのよ!!神通と龍田が激おこだかんね!!」

「俺の分はしっかりやっただろうが。各自大掃除をすべしと言っておいただろう」

「自分の所だけやってさあ終わりじゃないでしょ!鎮守府中のすす払いとかするもんじゃないの!そこで待ってなさい!!今行くから!!」

「今って、お前。この人ごみの中でどうやって・・・」

 

どどどどどと土煙を上げてやってくる瑞鶴に、周囲の歴戦の猛者たちは驚きもせず眉を顰める。

 

「戦場に女を連れてくるとはな・・」

「あいつ、死ぬぞ?」

囁き交わされる言葉に、織田の怒りは沸騰寸前だ。

「おい、お前。いい加減にしろよ・・」

「何よ、あんたが悪いんでしょ!」

 

あちゃあ、こいつ。本当に頭に血が上ってんな。また、瑞鶴の野郎もどういう訳だか引くことを知らねえからなややこしいことになるんだよ。

周囲のオタク達からの視線が絶対零度になる。

「痴話げんかはよそでやれ。ここは戦場だぞ!!」

雄弁にその目が語ってやがる。そりゃあそうだ。ここは年長者の出番だな。

 

「おい、瑞鶴よぉ」

一触即発の瑞鶴を俺様が手招きする。

「あいつだってたまには羽目を外したいのよ。男同士の付き合いにあんまり口を出すもんじゃねえぜ」

「き、鬼頭提督が言っていることは分かるけど、あいつ。鎮守府の私達を放っておいてわざわざ埼玉くんだりまでくるからさ・・・」

つまり、もっと自分たちに構えってかあ?やれやれ。どうしてこう艦娘ってのは構ってちゃんが多いのかねえ。仕方ねえ。後でやろうと思っていたが、こいつを使うしかねえ。

 

「まあ、落ち着け。お互いにwinwinになるようにしようぜえ。お前が午後まで見逃してくれるってなら、こいつをやるぜ」

「何これ・・・って、ゴトシープランドのペアチケットじゃない!!!これをくれるの?本当に?いいの?」

びっくりしたようで落ち着かない雰囲気になる瑞鶴に俺様がうんうんと頷いてやる。

「ああ。お前等にやろうと思って持ってきたんだ。織田に渡しても使わねえかもしれねえからお前にやるぜ」

「あ、ありがとう・・・。」

「終わったら連絡するからよ。コーヒーでも飲んで待っててくれや」

「う、うん」

おいおい。顔を綻ばせながら、帰っていきやがったぜ。おいおい。これは年末に一ついいことしちまったな。

 

その後はどうしたかって。普通通り戦場を楽しんだぜ。残念ながら、織田は途中で瑞鶴の野郎に連れていかれたがな。

「き、鬼頭氏。助けてください!!」

「大掃除はしておきな。うちは俺様が計画的にぴかぴかにしたからすることはねえのよ」

「殺生な!!」

「さ、帰るわよ。その前に寄るところに寄ってね!」

輝くばかりに戦意高揚した瑞鶴の姿に、若者たちの未来を育んだという実感が湧くぜ。

え?北上とアトランタはどうしたかって?

 

あいつら、大晦日にラーメンに連れてってやったのに、それだけじゃ足りないと喫茶店巡りをすることになってな。結局鎮守府の年越しそばにぎりぎりになって周りの連中にどやされてたぞ。

「埼玉なんか行かなきゃもっと廻れてたのに。残念」

おい、アトランタ。お前その雑誌は何なんだよ。おすすめのカフェ?知るか。缶コーヒーでも飲んでろ。

「提督は缶コーヒーにアンパンが異様に合うねえ」

おいおい。北上。分かってるじゃねえか。追い込みの与っさんとでも名乗るか。

 

                   ⚓

1月1日早朝

 

「なんだあ、お前。その恰好は」

開口一番俺様が驚いたのは、初詣に行くぞといった神鷹の恰好。緑を基調にした振袖姿と金髪がやけにマッチしてやがるな。

 

「あ、あの提督。どうで、しょうか・・」

「お前。それどうしたんだ?」

「ほ、鳳翔さんが送ってくれたんです・・・」

ちらちらと上目遣いにこちらを見る神鷹。ふーん。ばばあがねえ。

「あのばばあ、お前を体のいい着せ替え人形だと思ってねえか。そのうちメイド服でも送ってきそうだな」

「えと、そ、それは北上さんが似合うんじゃないかと今度誂えてくれると・・・」

 

どうにも、こいつが大人しいもんだからと周囲の人間は好き勝手しまくってやがるな。

それに、大分慣れて来たとはいえ、こいつのこのぎこちねえコミュニケーションがどうにも気になって仕方ねえ。ジャーヴィスの野郎もおしゃべりはコミュニケーションに必要だと言ってたからな。よい、決めたぜ。

 

「おい、神鷹。参拝に行くまでの間に鎮守府で正月に使うカルタの言葉を考えるぞ」

「カルタの言葉ですか?あの、どういう・・」

「犬も歩けば棒に当たるとかってあるだろう。あれをうち用にアレンジするんだよ」

「あいうえおを使えばいいんですね。わ、分かりました。お任せください」

 

電車で鎌倉へ。そこから鶴岡八幡宮へと向かう。おー。いるいる。すげえ人だかりだな。

「よし、それじゃあ並んでいる間にやるぞ。よし、俺様からだ。い、『いつも出るのは駆逐艦』」

「ええっ!」

俺様の魂の言葉に驚く神鷹。何だ、どうしたお前。

 

「わ、私も建造されたんですが・・・」

しょぼんとして言うんじゃねえ。そうだ。確かにこいつは駆逐艦じゃねえ。その括りで見ていたがな。まあ採用するかは溜まってからにするぞ。お前のいは何だ。

 

「は、はい。『いつも笑顔で みんな元気に』です」

なんだ、そりゃ。小学校の標語じゃあるまいし。次だ、次!

 

「ろ、『ローマはいつになったら来る』だな」

「ろは『ろうそくの 明かりがきれいな クリスマス』です」

 

「はは、『はい、しれえ 返事だけいい くそびーばー』で決まりだろ」

「そ、それはちょっと・・。『春になり 桜咲くかな 鎮守府に』です」

 

「はあ?うちに桜なんてあったか?」

「はい。裏庭に。この間秋津洲さんに案内してもらいました」

あの野郎。後から来たのに、うちの古参連中よりよっぽど鎮守府内の様子について詳しいじゃねえか。

 

「じゃあ、にを行くぞ。『にくいやつ 意外に使える 二式大艇』」

「にですね。『日本を 世界をみんなを 守りたい』」

 

次々に言っていくが、神鷹がクソ真面目過ぎてどうにも使えそうにねえぞ。

「神鷹よ、たまには羽目を外せよな」

「し、ですか。『新年に お参りできて 嬉しいな』です」

は?何言っているの、こいつ。

「え?し、の札じゃないんですか?」

言ってから勘違いを気付き赤くなる神鷹。お前なあ。そんな感じだとうちの鎮守府で苦労するぞ?

「そ、そんなことはないです!」

 

結局俺様がほとんど考案して作ったカルタは大好評だった。

「何だい、与作。今の『切るに切れない腐れ縁』ってのは!」

「そうよ!『二言目にはずるいとばかり』なんて、完全にあたしのことじゃないの!」

「提督~。『かもかもは 可もなく不可もないのかも』ってあたしのことかも~?」

「しれえ!自分ばっかり『提督は いつも大変 お疲れ様』ってずるいですよ!」

 

ひっひっひっひ。いい気味だ。だが、雪風よ。最後のは俺様じゃなくて神鷹が考えた奴だぞ。そのものずばりだから採用してやったんだ。

「Danke!ありがとうございます・・」

 

照れる神鷹のすぐ横でまた頬を膨らませる奴あり。

「ダーリン!『お喋り探偵 たまには黙れ 』ってこれ完全に悪口じゃない~。もうっ!!」

けっけっけっけ。俺様の日頃の苦労が分かったか。  

 




登場人物紹介

織田提督・・・瑞鶴が泣いて頼むのはどうでもいいが、与作からの贈り物ということで無下にできず、一時間という約束でゴトシープランドに付き合う。

瑞鶴・・・・・正月三が日までキラはとれず。

グレカーレ・・北上さん△ アトランタ△ ジョンストン× あたし× なる謎メモを与作の机の上に置く。


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第五十六話 「絶望の嵐 希望の風(前)」

相変わらずのご都合主義全開です。1か月近く間が空きました。未だに御覧いただいている方はありがとうございます。理不尽イベント後の恒例5-5付きのイベントに、いつも見ていた配信者さんの引退と結構モチベが低下していました。

昨年の夏に書き始めてからこんなに続くとは思っていませんでした。
これもいつもご覧いただいている皆様のお蔭です。

本編と並行でIFというか、その後で書いております番外編ですが、2月ですので節分以外の例のイベントを書こうかなと思っております。ここまで根気強くお読みいただいている方々への感謝を込めまして、皆さんからのリクエストで書こうかなと思っております。アンケートにすると選択肢に限りがありますので、ご興味がある方は本日投稿の活動報告にコメントをいただけたら幸いです。

※なお、まるでコメントがいただけない寂しい事態になった場合には作者がいつも通り好みの艦で書きます。


初夏と思えぬほど、吹き付けてくる風は凍てついていた。

「・・・・・えっ!?」

爆風が晴れて後姿を現した雪風の姿に、ジョンストンは声を詰まらせ、様子を伺っていた神風は目を大きく見開いた。

「ゆ、雪風・・・・・・。あんた、それ、その姿・・・・・・」

味方である筈のジョンストンすら驚きのあまり、それ以上の言葉が出てこない。

 

「ちっ! 面倒な!!」

神風は慌てて、頭上を飛ぶ、無人哨戒機の死角に廻りこみ、叩き落とす。

「えっ!? な、何を!」

ジョンストンの問いに、神風は再度舌打ちし、

「あの様子を他の連中に見られて御覧なさい。ただじゃすまないわよ」

目の前に立ちはだかる雪風の方に顎をしゃくってみせた。

 

「・・・・・・シレエ」

ぽつりとつぶやいたまま動こうとしない雪風の姿はまるでその名の通り雪のように白く。

そして、青ざめていた。

まるで、彼女たちが倒すべき相手のように。

先刻までこの場にいたひまわりのように温かい笑顔を持った少女はいない。

 

「嘘でしょ・・・・・・」

艦娘が深海棲艦化する。強い恨みや怒りの念に支配されるとなる可能性がある、とは米国のと

ある研究機関からのレポートに出されていて知っている。だが、知っているからといって、そ

れが納得できるとは限らない。艦娘が深海棲艦化するなどオカルトの類だと信じていた彼女に

とって、理解の範囲をとうに超えている。

あまりの事態に絶句するジョンストンをよそに、神風は冷静に雪風の様子を観察する。

「深海化するなんてね。奥の手が通じなくて動揺したのかしら。その姿になってくれたからにはこちらも手加減なしでいけるわね」

 

「シレエ、ドコニイルンデスカ・・・・・・」

ぶつぶつと呟く雪風は心、ここにあらずといった感じだ。余程、自らの提督を守れなかったこ

とが悔しかったのだろう。

「鬼頭提督は無事の筈よ。会いたかったら、早くあたしを倒すことね」

艤装を展開し、神風は雪風を挑発する。

 

「アナタヲタオセバ・・・・・・、シレエニ、アエル?」

「ええ、もちろん」

「ジャア、ハヤクシズンデ?」

「な!?」

ジョンストンは思わず叫んだ。

純粋なまでの殺気。先ほどまで艦娘は心が大事なんだと叫んでいた者の姿はそこにはない。

禍々しいまでのオーラを放つ深海棲艦化した雪風の艤装。

そして、そこからあふれ出るプレッシャーは、彼女の全身をまるでその場に縛り付け、理解さ

せる。

(どう考えても、あれには勝てない。)

艦時代にその勇名を謳われた彼女は、どんな深海棲艦が相手でも臆するつもりはなかった。だ

が、目の前の存在は別だ。同じ駆逐艦というにもおこがましい。それほどの強さの開きがある

だろう。むしろ、平然と対峙している神風がおかしいのだ。

 

「あんた、何者?」

じっと雪風の方を見つめていた神風は、ほうっと息を吐く。その口から出たのは意外な言葉だった。

「誰って、雪風でしょう! この馬鹿風! いい加減に目を醒ましなさいよ! そんな姿になって勝っても、ヨサクは喜ばないわよ!」

「シラナイ・・・・・・」

「え!?」

「シラナイ、シラナイ、シラナイイイ!!」

ごうっと雪風を中心に爆風が巻き起こり、ジョンストンはその場に膝をついた。

 

「普通の艦娘が深海化したってここまでにはならないわよ」

大規模作戦で駆逐古姫と闘ったこともある神風はその強さを十分に理解している。今目の前にいる深海化した雪風は明らかにそれ以上の圧力を感じる。

「シレエニアイ二イキタイ!!!」

どうっと異形化した艤装から主砲が放たれる。大気を震わせるその一撃に、神風は驚愕せざるを得ない。明らかに普通の深海棲艦ではない。あの戦艦棲鬼ですら、ここまでの迫力はなかった。

 

「何なの、あんた・・・・・・」

神風にとってそれは久方ぶりの感覚だった。相手に脅威を感じるなどと。

大規模作戦の際に出会う深海棲艦達も強いとは感じたが、ここまでのものには早々出会ったことがない。それこそ、最終海域と呼ばれる場所に鎮座する深海の猛者達を凌駕するかもと思わせるほどの存在だ。

「この感じ・・・・・・。どこかで・・・・・・」

記憶の片隅にあった似たような体験を思い出す。

自分達とは根本からして違う、格が違うのだと問答無用で突きつけられる。

出会っただけでその差が認識できてしまう、圧倒的な存在。

遠い昔に一度だけ出会い、己が生涯賭けて乗り越えようとした者達。

そう。それは。

 

「まるで、原初の艦娘じゃない・・・・・・」

興奮に震えながら、神風はぐっと拳を握りしめた。

 

                   ⚓

「どういうことだ!神風の所へやった哨戒機はどうなった!」

ざーざーと砂嵐になった画面を見ながら、副官が怒鳴り声を上げる。

雪風が何やら改二らしき現象を起こし、皆が見入っていただけに突然の中断に腹が立ったのだろう。

「分かりません。何がどうなっているのやら。流れ弾に巻き込まれたのでしょうか」

整備員達がお互いに顔を見合わせる。

「新しいのはないのか、新しいのは。せっかくの江ノ島鎮守府と演習を台無しにするつもりか!」

「そうは言っていませんが、他のは今点検中でして」

「それを使えばいいだろうが!」

「前回の大規模作戦の時に酷使し過ぎてがたが来てるんですよ!使う方はいいですな。気楽なもんで!!」

「なんだと、貴様!」

整備長の一言に、副官が殴り掛からんばかりに詰め寄ろうとすると、

「いい。そういうこともあるだろう」

間に入ったのは榊原だった。上官からの意外な言葉に、副官も整備長も思わず顔を見合わせる。苛烈で知られる司令官はこれまでならこうした場合、

「常在戦場という言葉を知らんのか。常に整備をしておけと言っているだろう!」

とまず間違いなく整備長を怒鳴り上げていた筈だからだ。一体全体どうした心境の変化なのか。司令官の態度の変化に副官は驚いたが、上官がそう言うからには、彼もそれ以上続けることはできない。

「使う方は気楽か・・・・・・」

「い、いや。申し訳ありません。単なる愚痴と思っていただければ」

釈明する整備長に無言で頷き、榊原はじっと砂嵐になった画面の方を見て、呟いた。

「確かに、そう思われても仕方がないのかもしれんな」

 

一方同じく港内にある艤装倉庫では、先ほどからささやかな口論が繰り広げられていた。

『突然やってきてなんです、あんた。勝手に乗り込んで、海鼠島に行けなんて!』

航空パイロットの妖精達は、突然やってきた猫を抱えた妖精の上から目線に閉口していた。

『いいから、行きなさい! 私の事を知らないなんて、これだからもぐりの妖精は!』

もんぷちの剣幕に呆れかえる妖精達の中で、青いオーラを纏った熟練パイロット妖精が二人進み出る。

『俺は知ってますよ。妖精女王(仮)でしょう?』

『はあ!? グーで殴りますよ。仮じゃなくて真!むしろ神です、神様!』

『ええ・・・・・・。さ、343空の熟練パイロットさんになんてことを・・・・・・』

『そんなの知りません!とっととこの彩雲で、海鼠島に向かわないと!我二追イツク敵機ナシと謳われた快速は嘘なんですか!?』

あまりの言い草に閉口する妖精達の中で、さすがに熟練パイロット妖精はにやりと笑うと、嬉しそうに頷いた。

『了解。それじゃあ、妖精女王(震)を空の旅にエスコートしますか。』

あっという間に乗り込んだかと思うと、出撃準備を整え、

『ほいほい。ほんじゃあ、妖精女王(紙)。しっかり捕まってくださいよ!!』

『え? ちょ!? なんかアクセントがおかしくないですか? って、ひょえええええ!!』

艤装倉庫から、今一機の彩雲が飛び立った。

                    ⚓

目の前で倒れる浜風と浦風を見、磯風は忌々し気に目の前でふうと息を吐く艦娘を睨みつけた。

偉大なる七隻時雨。その戦闘力は駆逐艦の中でも折り紙付きだとは聞いていた。自分達とは次元が違うとも。だが、建造されてから特殊訓練を積んできた自分たちがこうも簡単にあしらわれるとは思ってもみなかった。

 

「化け物が・・・・・・」

「随分な言われようだね。ただ単に先に産まれただけだよ」

「それだけでこんな違いができるものか! 我々を侮辱しているのか!」

「そんなつもりはないさ。それで、どうしてこんなことをするのか聞いてもいいかい?」

時雨の問いに、磯風は皮肉な笑みを浮かべる。

「さあな。敢えて言うなら、谷風の敵討ちか?」

「おいおい。谷風さんはまだ完全にやられてないだろう? 何だい、その言いぐさは!」

「鏡でその有様を見てみろ!普通それでやられてないなんて、よく言えるものだ!」

見事に服までボロボロになった有様の谷風を横目に、磯風は通信機を取り出す。

 

「申し訳ない、失敗した。そちらに後はお任せする」

「そちら・・・・・・。 君たちを指示している者がいるのか。まあ、大体は見当がついているんだけどね」

「おろっ? 本当かい!? 誰だと思う?」

「僕たちにちょっかいをかけるくらいだから、高杉元帥とは別の派閥。反艦娘派と言われる大臣の下の者たちかな」

「・・・・・・」

途端に黙る谷風に時雨は苦笑してみせた。

「あはは。図星みたいだね」

「この馬鹿!」

「じゃあどうすりゃよかったんだい!!」

仲間割れを始める磯風と谷風の側でうずくまっていた浜風が体を起こす。

「偉大なる七隻時雨。悪いことは言いません。あの建造ドックを破壊させてくれるだけでいいのです。それ以上は何もしませんし、替わりのドックもこちらで用意します」

「そもそもどうしてすりぬけくんにそんなにこだわるんだい。ああ。すりぬけくんとは与作、僕の提督が勝手につけた名前なんだけどね」

「あはは。面白い名前じゃねえ。でもねえ、その理由はうちらも知らん。知っているのはあれはあっちゃいけないということだけ」

息を荒くしながらも、浦風が首を振る。

「なあ、時雨さん。浜風が言っているのはあながち嘘じゃないんじゃ。うちら、確かにここの建造ドックを壊すために来たけど、時雨さん達やその提督さんに何かしようとは思ってないんじゃよ? 大人しく渡してくれん?」

「意味が分からないね」

時雨は肩をすくめてみせた。

「君たちの話の通りならそもそも与作がいる時にきちんと話をすればいいじゃないか。それを演習に行った隙を狙って押し込み強盗みたいなことをしている訳だろう? 信じろという方が無理じゃないかな」

「その通り!」

大きな声で同意を示したのは谷風。

「谷風さんもよしといた方がいいって言ったのに、汚名返上したいからってやることになったんだよ!浜風もあの人もどうにも頭が固くってさあ・・・・・・」

「こら、谷風! ええ加減にせんかい。なあ、時雨さん。うちらの言うとること、確かに滅茶苦茶かもしれん。でもな、本当のことなんじゃ。うちらの上にいる人はな、本当にえげつないんじゃけ・・・・・・」

                   ⚓

「し、信じられない・・・・・・。貴方、本当に雷巡ですか?」

工廠内の換気システムがフル稼働する。もくもくと上がる黒煙の中、そう榛名に言われた北上は顔をしかめた。

「今は工作艦だけどね。そんで、あんた達金剛型がいるってことはやっぱり裏で糸引いてやがったのはあいつか。秋津洲がちょろちょろ艦娘や人間があちこち動き回っているって言ってたけど」

「想定外ですね。いくら演習と言えども、小さな鎮守府です。数名の留守番を残して出る筈。ましてや演習に参加できなくとも、偉大なる七隻の提督とあればそれを誇りたい筈だと思っていましたが・・・・・・」

「成程ねー。あたし達を見せびらかしたいから提督があたし達を大湊に連れて行くと思ってたと」

霧島の言葉に、北上は吹き出した。

 

「何がおかしいのです?あなた方程の方を従える提督ならば当然でしょう!」

「だからおかしいって言ってんのさ。提督がそんなこと考えてたらあたしや時雨ちんが提督として認めてないよ。むしろなぜ連れてってくれないんだってむくれる時雨ちんが大変だったんだから。提督はその陰でのびのびできるって言ってたのを知ってるけどねー」

「余裕があるなあ。まあ、仕方がないけど」

片膝をつきながら、比叡は苦笑した。高速戦艦として、大規模作戦で何度も活躍してきた自分達が赤子の手をひねるかのように簡単にねじ伏せられているのは事実だ。すでに何度目かの攻防を繰り返したが、被害が出るのは戦艦である自分達の方で、あの自称工作艦には焦りの色も見えない。

 

「どうしましょう」

榛名が姉妹に問いかけた時だった。

 

「では、その余裕を崩しマショウ」

工廠内に入ってきた人物がいた。

あくまでも優雅にまるで散歩にでも来たかのように悠然と歩く姿に、北上はすっと目を細める。

「あんた、仕事が忙しいんじゃないのかい? 大臣の秘書官なんだろう?」

「残念デスが、大臣閣下は色々あってお忙しいみたいデス」

大げさに首を振り、顔をしかめてみせる。

その芝居がかった振る舞いに北上はふうとため息をついた。

「止めな、金剛。あんたのそれ。ものすごく鼻につく」

 

「お姉さまになんてことを!」

比叡が抗議の声を上げるが、北上は止まらない。

「この間は谷風。その後も人間、艦娘問わずちょろちょろとさせてたのは、まさかあんたなじゃないよなとは思っていたけど。図星とはがっかりだね」

「おや。かの偉大なる七隻に期待されていたとは! 嬉しい限りデース」

そんな風には微塵も思っていないという金剛の空々しい態度に、北上は舌打ちする。

「散々うちの鎮守府に嫌がらせをしていたんだ。誰の差し金か、考えてみれば分かるだろう?」

「本当に予想外デシタ。まさか潰れたここに誰かが着任するなんて思いもしまセン。普通は呉や横須賀に行くんデスヨ。貴方達の提督はよっぽど問題児だったようデース」

おかしそうにころころと笑う金剛に、北上は内心それはその通りだと言わざるを得ない。

 

「そんで? 親玉が出てきたからには大詰めってこと?」

金剛はああとわざとらしく頭を抱えてみせた。

「本当は全然そんなつもりは無かったんデース。でも、貴方達の提督ときたらどんどんそのドックで建造して、またそれを馬鹿正直に報告するものデスから・・・・・・・」

「やはり狙いはすりぬけくんか。あんたみたいなお偉いさんが、どうしてこの建造ドックにこだわるのさ。そりゃ確かにすりぬけくんは嘘みたいな建造実績を誇るチートドックだけどね」

「チートドック?」

心底おかしそうに金剛は笑い声を上げた。

 

「それはそんな夢のあるドックではありまセンヨ。そもそももう二度と世に出て来ないように念入りに潰しておいたんデスガネ」

「潰しておいた!? すりぬけくんを?」

 

北上は慌てて建造ドックの方に振り返る。常日頃その機嫌に悩まされている彼女からすれば、それは信じられない話だった。

「そうデス。それなのにどこかのお馬鹿さんがそれを直してしまったんデスネー。今まで誰にも直せなかったのに。本当にあなた達は驚きデス。完全に使えなくしていた物をどうやって使えるようにしたんデスカ?」

「さあね」

素っ気なく答えながら、北上はぐるぐると考えを巡らせる。今の金剛の話が本当なら、元々すりぬけくんは建造ドックとして壊れており、使えない代物だったということになる。だが、現実には最初の雪風はまだしも、グレカーレ、フレッチャー、神鷹と大規模作戦の海域でしかドロップ報告がないようなレア艦をほいほいと建造している。

 

(じゃあ、誰が直したっていうの? 提督? いや、それはあり得ない。だったらあたしにすりぬけくんの調整を頼む筈がない。だとしたら、もしかしてあいつが?・・・・・・。)

 

脳裏に浮かぶ該当者の普段の素行にあり得ないと思いつつも、それ以外の選択肢が考えられず、北上は思い悩む。

 

「まあ、誰が直そうと構いまセン。直すことができぬよう、それを貰って帰ればいいことデス」

「あたしがそれをすんなり呑むと思ってんの?」

「Yes! あなたはそうしないといけない筈デス」

 

金剛は笑みを浮かべながら、北上に携帯電話を手渡した。

「何さ。どういうこと?」

「今ちょうどつながってマース。どうぞお話して構いマセンヨー!」

 

怪訝な顔をしながら、耳をあてた北上に聞こえてきたのは叫ぶ女性の声だった。

「ちょっと! 誰よ!! こんな所にあたしを押し込んで!! 九十三式酸素魚雷を喰らいたい訳!? いい加減にこの縄を解きなさいな!!」

「・・・・・・まさか」

ぞわりと、その場にいた金剛以外の者は、肌が泡立つのを感じた。

「金剛、お前・・・・・・」

「本当はこんなことしたくありまセンデシタ。せっかくお膳立てしたのだから、大湊に行ってくれていればよかったんデス。でも、貴方達の提督は勘がいいのか貴方達を残してしまいマシタ。非力な私達では、貴方達偉大なる七隻に敵う筈がありまセン。そうすると、色々な手を使うしかないんデス・・・・・・」

 

よよよとわざとらしく泣いた真似をする金剛に心底苛立ちを見せる北上。

だが、そんなことはどうでもいい。彼女は、大井は無事なのか。

 

「大井っち!? 聞こえる? あたしだよ、あたし!」

「ちょ!? き、北上様? 北上様ですか! 今どちらにいらっしゃいます? ご無事ですか!」

「あたしはぴんぴんしてるよ! 大井っちは無事なの? 今どこ?」

「よかった。 私、車で会社に行く途中だったんですが、そこから意識が無くて・・・・・・」

大井の返答にぎゅっと北上は唇を噛みしめる。手の中の携帯電話を怒りの余り割らぬよう、大きく息を吐いた。

「お前達の仕業か? どこまで腐ってんのさ。たかが建造ドックのためにここまでやるなんて!

大井っち、大丈夫だからね!きっと・・・・・・」

助けに行く、と言い切る前に通話が切れた。焦った北上がいくらリダイヤルのボタンを押そうともそれは変わらない。

 

「どうしマス? ドックのために見捨てマスか?」

「金剛・・・・・・。あんた、本当に艦娘なのか? 退役して普通に暮らしている元艦娘相手にどうしてここまで酷いことができるんだい!」

「まあ、貴方達の関係者だからデスネ。あ、長門サンや警察を頼っても無駄デスヨ?」

さらりと言ってのけた金剛に、北上が噛みついた。

「あたし達の関係者? 江ノ島鎮守府ってことか? それとも偉大なる七隻関係ってことか? どっちにしろあの子は無関係だろ!!」

「どちらにも当てはまりマスネ。私はこの鎮守府も、貴方達、偉大なる七隻も大嫌いデス」

「こんなやり方でよく大臣の秘書官などと言ってられるね! これがこの国を、人間を守る艦娘のすることなの!」

「ええ、もちろん。私はこれが人間のためだと思ってやってマスヨ。で、どうしマスカ? 私はどちらでも構いマセン。そうですね。関係があるとすれば、もし、貴方が断った場合、OIの株が近いうちにストップ安になるぐらいデショウカネ」

 

「あんたを潰して居場所を吐かせてやってもいいんだよ?」

一瞬のうちに肉薄した北上が、金剛の顔面を捉えた時。

「後2分して連絡がなければさっき言った事態になるデショウネ」

金剛の呟いた一言にうなりを上げた北上の拳が止まる。

 

「何だと?」

「後1分50秒。さすがの貴方でもその間に私達を倒すのは不可能では?」

金剛は楽し気に北上を見つめた。

「金剛!! お前えええええ!!!!」

「お姉さま!!」

掴みかかろうとする北上と金剛の間に比叡が割って入る。

「邪魔するな!」

怒りに任せての一撃で比叡は吹っ飛ぶが、金剛の表情は変わらない。

 

「1分40秒。時間いっぱいまで考えますか?」

金剛との間に榛名と霧島も立ちふさがり、北上の焦りも増してくる。

「て、提督に連絡するまで待ちなって!!」

慌てる北上に金剛はNOを突き付けた。

「さっきも言ったように、私はこの鎮守府が嫌いデス。それは提督も同じ。わざわざ留守を狙ったのもそのためデス。後1分20秒デスヨ?」

 

(提督・・・・・・、ごめん。ごめんね・・・・・・。)

北の方角を見ながら、北上は壊れるかと思うほど拳を強く握りしめた。

                   

                   ⚓

神風と深海棲艦化した雪風の戦いは熾烈を極めていた。

それはジョンストンにとっては未知の領域。

頂点とも思える者達の戦い。

嬉々として戦う神風の顔に憂いは無く。

ぶつぶつと時折呟きながら戦う雪風もまた涼しい顔をしていた。

 

「これよ、これ。この感覚よ!」

かつて己が追った彼女たちの背中。

今目の前にいるのは、その背中と同じものではない。

だが、20年余りの時の中で未だかつて味わったことのない高揚感に神風は包まれていた。

 

己の攻撃が見切られる。相手の攻撃をぎりぎりで躱す。

今や大湊一と言われる彼女にとって、それは願ってもやまない瞬間だった。

自分はまだ強くなれる。もっと役に立てる。

積み上げてきたものは無駄では無かった。捨ててきたことは正しかった。

 

「神風さん・・・・・・。あたし、あなたに!!」

続けざまに己に向かって放たれた攻撃を躱し、反撃にうって出ようとした時だった。

 

どおん!!

 

「え!?」

予想外の反撃の速さに躱しきれず、小破状態となる。

「う、嘘でしょ!? こ、このあたしが?」

これまでの幾度の戦いで、ふいを突かれて攻撃を受けたことはあれど、完全に反応仕切れなかったのは始めてだ。

「ハヤクシズンデクレナイト、シレエニアエナインデスヨォ!!!!」

雪風から放たれる圧力が更に増す。

「ズット、ズットイッショニイルッテイッタンダカラアア!!!!」

狂ったように砲撃、雷撃をまき散らす雪風

「な、なんなのコイツ! どんどん強くなっている!?」

寸でのところで躱しつつも、その猛威の前に神風は追い込まれていく。

 

「雪風! バカ!! 正気に戻りなさいよ!!」

その余りの変貌ぶりにジョンストンが大声で呼びかけた時だった。

「ウルサイ!!」

雪風はジョンストンの方に主砲を向けた。

「え!?」

その行動に呆気にとられ、ジョンストンは動くこともできない。

無慈悲な砲弾が彼女を襲おうとした時。

 

「それは駄目!!」

力強く引っ張られ、ジョンストンは海面に顔面から叩きつけられた。        

 




登場人物紹介

浜風・・・・・・バリバリの武闘派
磯風・・・・・・バリバリの武闘派
浦風・・・・・・そこそこの穏健派
谷風・・・・・・ちゃきちゃきの江戸っ子(似非)
偵(四)熟練妖精・・・・・本来は3人いるが、もんぷちのせいで1人が置いてきぼり。暇を持て余していたのでちょうどいいとニヒルに笑う歴戦の勇士。


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番外編改Ⅲ 「こちら江ノ島電話相談室in 節分」

節分が明日だと思っていたら違ってびっくり。100年ぶりとからしいですね。
続けて書いていくのは難しいですね。長く続けられている方たちはすごいなと正直思います。
鎮守府目安箱が今月ないのが分かり、月一の癒しがなく途方に暮れています。




よお。しょぼくれた顔してどうしたよ。え? 俺様も酷い悪人面だって? それは元からだよ、元から。しかめっ面と言って欲しいぜ。何がどうしてこうなったかわかりゃしねえ。

 

「鬼頭提督! 電話相談を行ってください!!」

突然うちにやってきたのが、大本営のまじめがね、大淀。

「大淀、どういうことだい?」

その日の秘書艦だった元ペア艦のアホが、聞かなくてもいいのに聞いちまったから面倒ごとが始まった。

「俺様に電話相談を引き受けて欲しいだあ?」

「ええ。あちこちから殺到する異動願いにもう私達も正直うんざりしていまして・・・・・・」

「だから、それは俺様の方で採用基準をしっかり書いておいただろうが!」

 

巨乳・人妻属性に限る。ただし、面接で俺様のジュニアが反応した場合には可ってな。

 

「え!? 偉大なる七隻のお二方と面接の上決めると聞いていますが・・・・・・」

「はあっ!? 何だ、それ。俺様は全く聞いてねえぞ!!」

激昂する俺様からしきりに目をそらす元ペア艦。

「お前、やりやがったな・・・・・・」

「ちょ、い、痛いって!!」

ぐいと三つ編みを引っ張られ、痛そうに抵抗する時雨を見ながら、大淀の野郎がため息をつく。

「あ、あの痴話げんかは結構ですので、とにかく私の話を聞いてもらえないでしょうか・・・・・・」

「え!? そ、そう見えるかな・・・・・・」

大淀の痴話げんかの一言になぜか機嫌をよくするアホ。こいつ最近情緒不安定じゃねえか。本当に困るぜ。ただでさえうちはまとも枠が少ないんだからよ。

 

そんなこんなで大淀からの説明を受ける俺様。何でも俺様の知名度が上がっちまったために、あちこちの鎮守府から異動希望が殺到して困っているらしい。結構な数らしく出て行かれては困る主力メンバーがこっそり出した鎮守府もあるとかで大淀達も四苦八苦。なんとか彼女たちのガス抜きができないかと考えたのが、今回の企画らしい。

 

「今や、艦娘達の間でも有名な鬼頭提督が悩み相談に答える! 素晴らしい企画ではないでしょうか」

「お、大淀。人選を間違えていると思うけど・・・・・・」

「奇遇だな。俺様もそう思うぞ。最も忙しい俺様が何でそんなくそ面倒臭いことをやらなきゃいけないんだ」

「お願いします! 元帥もそれはどうかと難色を示したのですが、私と鹿島と長門さんで説得して押し切ったんです!! ここは私達の顔を立てて!!」

ぐいと眼鏡を光らせながら近づく大淀はすげえ迫力だった。

側で見ていた時雨の顔が引きつっていたくらいだからな。

「お、おう・・・・・・」

つい頷いちまった俺様だが、決して大淀の圧力に負けたわけじゃねえぞ。電話相談室ってのに興味があったんでな。他の鎮守府の提督共の夜の性生活の悩みなんかきたら面白いと思った次第よ。くっくっくっく。どんな風に答えてやろうかねえ。

 

                      ⚓

執務室に備え付けられた黒電話。何でも大本営の明石が特別に作ったもので、艦娘達が持ってる専用携帯から直通でかけられるらしい。

「それじゃ、俺様が電話をとる。スピーカーで聞こえるから、お前たちはそこでメモしてろよ」

 

そう言って俺様が声を掛けたのは、この日のためにうちのメンバーから選抜したお悩み相談班。時雨の野郎が俺様だけで答えるととんでもないことになる、みんなで答えてあげたらどうかなと余計な入れ知恵を大淀にしたせいで面倒くさい御目付役が増えやがった。頭に来たので、あいつはそこから外してやったがね。

「何で僕を外すのさ!」

文句を言うもんだから、あいつがいつも言っていることをそのまま返してやった訳よ。

「艦娘に年齢は関係ないからなあ。軽巡以上の奴じゃないと相談に乗れないだろう」

「~~~~~~~」

けっけっけっけ。あの時のあいつの悔しそうな顔! 写メに撮って残しておけばよかったぜエ。

 

もちろん、俺様が選んだからには準備万端な相談班だぜ。

「ほいほーい。お任せお任せ」

のんびりしている北上は結構柔軟性があるから難しめの問題でもいけるだろう。

「了解、頑張る」

何気に周りを見ているアトランタの野郎は大事な事を聞き逃さない筈。

「提督! あたし頑張るかも!!」

パタパタ。

結構使える二式大艇は、艤装なりの意見を出しそうだ。

「ちょ、ちょっと、提督! あたしは?」

「これで大丈夫かも? とか言われたら相手は混乱するからな。気を付けろよ!」

 

ぷるるるるる。

おっ!!! 早速かかってきやがった。記念すべき第一回の相手は誰だ。むちむちぼいんで頼むぜ!!

 

「はい。いつもニコニコ。こちら江ノ島電話相談室です。ふれんどりいがモットーのおやぢが貴方にナイスなアドバイスを送るぜ。で、どうした?」

「僕の鎮守府の提督が、駆逐艦に対して全く興味がないみたいなんだ」

どっかで聞いたことのある声だが、同型艦かもしれないからな。我慢して聞いてやろう。

「俺様の知り合いに駆逐艦大好きな奴がいるが、そいつは逆に戦艦とか空母とかダメみたいだぜ? こればっかりは諦めるしかないんじゃないか」

「でも、仲良くなりたいとみんなが思っているんだけど、すぐがきんちょ扱いするんだよ・・・・・」

随分と親近感が湧く提督じゃねえか。そりゃそうだ。駆逐艦に寄りつかれても困るだけだ。むちむちぼいんになって出直して来いで終りだろ。

「そいつは仕方ねえな。駆逐艦はがきんちょだし。そう言われないように、なるべくまとわりつかない方がいいぜ。俺様の所にも腐れ縁の変な奴がいるが、しょっちゅう人を追跡してきて面倒くさくてかなわねえ」

「僕は変じゃないよ!」

がちゃん。 つーつーつー。

 

「おい」

俺様が相談班の方を見ると、全員が微妙な顔をしている。そりゃそうだ。どうして最初が身内なんだよ。あのバカ。後でとっちめてやろう。

 

ぷるるるるるるるる。

「はい、こちら江ノ島電話相談室」

「あたしのいる鎮守府のテートクが全然あたしをデートに誘ってくれなくて・・・」

「・・・・・・・」

がちゃん。

すかさず切る俺様。

ぷるるるるるるるるるるるるっる!!!

 

だあああああ!! しつこいぞ、あいつ。

「ちょっと、テートク!あたしの扱いが酷すぎる!!」

「知るか!サクラじゃあるまいし。時雨といい、お前といい、どうしてうちの連中ばっかり電話してきやがるんだ。ふざけるんじゃねえ。そういうものは直接言いやがれ!」

「いくら言ったって聞いてくれないじゃなーい!」

がちゃん。

面倒くさくなったので切るに限る。執務室のカギは閉めとこう。あいつのことだ。突撃してくる可能性もある。

 

「大淀の話と違うじゃねえか。どうして、こう、身内からしか、かかってこねえんだ!!」

 

さあと首を傾げる相談班。どうなってやがるんだ、全く。これじゃあ、うちの鎮守府の文句受付電話じゃねえか。あいつら分かっているから名乗らないでいやがるな!

 

ぷるるるるる。

 

「はい、こちら江ノ島電話相談室。ちなみに江ノ島鎮守府の奴らの話は聞かねえぞ」

「・・・・・・」

 

ん!? なんだ、こいつ。黙ってやがる。うちの奴か? でもうちの連中だったらどいつもこいつもペラペラしゃべりそうなもんだが。

 

「おい、誰だ? うちの連中か? 話さないと切るぞ!」

「あ、あの・・・・・・。すいません。し、神鷹です。その、提督のお仕事中に聞くのはどうかと思いまして悩み相談とあったので、こちらに・・・・・・」

 

あー。いたわ。うちの鎮守府にも大人しい奴。希少種と言ってもいい奴だな。

まあ、神鷹だったら話を聞いてやってもいいだろう。

 

「えと、その。私ドイツ生まれなのですが、ドイツの艦娘達の間では今度2月3日のことをセッツブーンと言うと聞いてまして、それをグレカーレさんに教えたんです。そしたら、いやいやセッツブーンはおかしい。イタリアではセツブンガ―と言うと習ったと。どちらが本当なのでしょうか」

「はあ? ちょ、ちょい待て。相談員と確認するからな」

 

聞きなれぬ単語に驚いた俺様は相談員の方を見る。

「ドイツではセッツブーン。イタリアではセツブンガ―。アメリカだとなんていうのかな。ごめん、あたし知らないや」

相談員B、アトランタは肩をすくめる。

「え!? 普通に節分でしょ。日本の言葉かも!」

相談員C秋津洲よ。だから、かもは不要だ。

「あー。提督、あたしそのセッツブーンって言ってた子知ってる。オイゲンも間違えて覚えて帰って向こうで広めたんだな・・・・・・。でも、そのセツブンガ―ってのは分からないね」

そうだな。なんだ、その。ガーってのは。

「おい、神鷹。グレカーレの野郎はそのセツブンガ―ってのは誰から聞いたって言ってたんだ?」

「はい。イタリアにいる姉妹艦だそうです」

あいつらか・・・・・・。信用できねえな。とくにあのマエストラーレは色々勘違いしてそうだからなあ。

「じゃあ結論から言うぞ。日本では節分って言ってな。豆を撒いたり、恵方巻を食ったりするんだ」

「豆を撒くんですか?」

「ああ。鬼、まあ悪いものだな。そいつが入って来ないよう、後は福が来るようにな。それと、お前間違えて覚えているが、節分は2月3日固定じゃねえぞ。立春の前の日だからな。年によっては2月2日とか前後するからな」

「は、はい。ありがとうございます」

「なんで、お前いきなり節分のことなんか聞いてきやがったんだ? ははあ。したいってことか。まあ、伝統文化を大切にする俺様としては考えなくもねえ。期待するがいいぜ」

「Danke! あ、ありがとうございます」

 

かちゃり。

電話を切るや、なぜか俺様の方をジト目で見てくる相談班。

「・・・・。提督さん、神鷹には甘くない?」

「時雨とグレカーレが可哀想かも」

アトランタと秋津洲がなんかほざいてやがるが知ったことか。あの野郎はなんだか知らないが、俺様に世話を焼かせるオーラを漂わせてやがるんだよ。

「それで、提督。うちの節分はどうするのさ。普通の大豆?それとも寒い所みたいに落花生で行く?」

「片付けの問題もあるから普通にABCチョコとかでいいんじゃねえか」

「でも、それだとあんまり投げ合いが盛り上がらないかも」

「鬼役を誰にするかも大事だが、これは俺様が引き受けてやろう」

「提督さん、一人で平気? あたしもやろうか?」

アトランタが立候補するが、俺様に考えがあるからな。ここは任せておけ。

 

ほっとしたのもつかの間。執務室に響き渡るノックの激しいこと!

どんどんどんどん!!!

「あっ、バカ! あいつ。今本番中だぞ!!」

俺様が目くばせするや、

じいっ。とそれに応え、窓から出て行く二式大艇。

やがて、ドアの外から聞こえてくる悲鳴。

「え!? ちょ、ちょっと! 二式大艇!! あたし、テートクに文句があるのよ! ちょ、そんなに押さないで~~」

遠ざかっていくグレカーレの声。本当にあいつは思ったらすぐの脊髄反射で来やがるな。今は真面目なお仕事中だ。

ぷるるるるるるる。

 

「はい。こちら江ノ島電話相談室。江ノ島の艦娘だったらただじゃおかねえぞ。すぐ切るからな」

「あ、あの。すいません。江ノ島出身ではありませんが、鎮守府の名前は言わずともよいでしょうか」

おろ!? これはうちの連中の声じゃねえな。ようやくか! 

 

「構わねえぞ。守秘義務は守るからなあ。それでどうした。提督と仲が悪くでもなったか?」

「いえ、そのう。私のいる鎮守府の提督と初期艦の方がどうしてもそりが合わないようでどうしたものかと」

提督と初期艦がそりが合わない? そんなのうちの鎮守府だってそうだ。何かというとしれえ、しれえ。うざいったらありゃしねえ。気にしないでいるといいぜ。

「ええっ!? そういうものなのですか。初期艦の方は提督のことをお慕いしているようなのですが、全くと言っていいほど提督が興味を示さないのです」

「ふうん。まあ、その提督によって好みがあるからなあ。ちなみにその初期艦ってのは駆逐艦なのか? だったらまあ仕方がねえぞ」

「い、いえ。逆にそちらの方が喜んでいたのではないかと・・・・・・」

はっきりしない奴だな。初期艦ががきんちょ駆逐じゃないなんて最高じゃねえか。何が悪いんだ。

「提督の好みがそちらの方面でして・・・・・・」

「ほーん。俺様の知っている奴にも同じような奴がいるが、まあそれは解決が無理だな。周りが諦めるしかねえぞ」

「そ、そんな!! 今日も朝から喧嘩して、ちょうど節分が近いから頭上から豆を撒いてやろうかしらとカンカンなんです!」

頭上から? 身体が大きい戦艦ってことか? 扶桑や陸奥だったら羨ましい限りだな。

「何とかお二人の機嫌が直る手立てはないでしょうか・・・・・・」

「そうだな。それじゃあ、お前の所の鎮守府で節分大会でも開くといいぜ。提督に鬼役をやってもらいな。近所のがきんちょどもを招待すれば、提督も喜ぶし、初期艦とやらも暴走しねえだろう」

「な、成程! 名案です!! さすが鬼頭提督!!」

「ふん。俺様の知り合いだったらどうかと思ったまでよ。それじゃあな」

かちゃり。

 

「ねえ、提督。今のって、もしかして・・・・・・」

「うん。あたしもそう思った」

北上とアトランタが何だか顔を見合わせているが、見なかったことにしよう。

毎度面倒に巻き込まれるのはごめんだからな。

 

それにしても、これで時間終了だと? かかってきた電話のほとんどが身内じゃねえか。もう二度と開催されねえんじゃねえか。てっきり、提督との夜の相性が悪いとか、重婚し過ぎて艦娘に恨まれた提督の話とか、浮気性の提督に悩む嫁艦の話とか聞けると思っていたのによお!!!

「結婚艦以外受付ませんとするべきだったな。俺様としたことがしくじった」

「あのねえ、提督。一応言っておくけど、ケッコンしているからと言って、相手が戦艦とか空母とは限らないからねー」

北上の一言は俺様を落胆させるに十分だった。確かにそりゃあそうだ。人の好みがあるからな。

精々俺様好みの艦娘から電話が来ることを願うしかねえな。

「提督の好みって? 駆逐艦以外かも?」

「巨乳人妻属性だよ」

おい、アトランタ。これ見よがしに巨乳をアピールしたいのは分かった。だが、お前は人妻属性じゃねえぞ。俺様に相手して欲しかったら色気を磨け、色気を!

「それがよく分からない。・・・・・・今度電話してみようかな」

これ以上身内からの電話が増えてどうするんだ、アホが!!

 

 

 

                  ⚓

そんなこんなで節分当日。秋津洲特製の恵方巻を食べた後は、お定まりの豆まき大会だ。豆が入った袋を持ったうちの連中を前に自作の鬼の面を被った俺様。本当は全身黒ずくめとかにしたかったんだがな。この後の予定に差し障る。

 

「いいか。俺様は泣いた赤鬼が大好きだ。鬼には優しくする必要がある。鬼ばかり豆をぶつけられるのは不公平だ!! ということで、うちの鎮守府の豆まきでは、鬼役は積極的に反撃する」

 

俺様が考えた豆まき大会のルールを説明する。頭の上に的を置き、その的を豆で破られたらおしまい。最終的に的を破られず残った奴の勝ち。

「もちろん俺様以外のみんなを狙って生き残るのもありだぜ。こいつは戦略的な要素も含んでいるからな!」

「しれえ、生き残ったら何かいいことあるんですか?」

「何だ、雪風。図々しい奴だな。じゃあ負けた奴は罰として一週間秘書艦でいいだろ!勝ったらそれはなしだ!」

「クリスマスの二の舞ですよ、しれえ!」

 

クリスマス? 記憶の彼方に捨て去ったが、ああ、あのぐだぐだのクイズ大会か。

だが、あの時と違って今回は的当てだぞ。わざと負けるなんてことはできねえだろうが。

そう思っていた俺様が甘かったんだよなあ。こいつら、よういの合図と共に同士討ちを始めやがった。お互いに的を狙わせて、それで負けるって寸法。

 

「はあ!? お前等どういうことだ? 意味が分からないぞ!!!」

「んもう~~!! だから言ったんですよ、しれえ!!」

「じゃあ、みんなで秘書艦ってことかな?」

意味不明なことを言う元ペア艦は放っておこう。

「却下!! どうみても出来レースじゃねえか。そんなにやりたきゃ俺様を捕まえられたらいいぜ。隠れるから、10分経ったら探しに来るといいぜ!」

「Wow! 本当の鬼ごっこってことね。面白そうね、ダーリン!」

「あたしはしつこいわよ、テートク!」

「それじゃあ、俺様は隠れるからな。ここで10分経ったら探しに来いよ」

「分かりました。頑張って探しますね!」

ふんすと気合いを入れるフレッチャー。お前そんなキャラだったか?

 

そして、10分後。

俺様がどこにいたかというと車の中よ。

 

え!? ずるい? 誰も鎮守府の中だなんて言ってないぜ。元々的当ての途中で憲兵の爺に鬼を変わらせて、俺様はずらかるつもりだったからな。何か言われたら、鬼は外と言われたから、俺様も外に出たんだよ、何が悪いと言うつもりだったからよ。俺様一人抜けても盛り上がる算段をつけてたんだが、どうにもうちは構ってちゃんばかりで面倒臭くてたまらねえ。こういうときは

ずらかるに限る。

 

「くっくっく。あばよお、とっつあん。てなもんだ」

藤沢に行って、金太郎で心の洗濯をするしかねえ。行きつけのPCショップで新作を探してもいいかもな。時間的には夜には帰ればいいだろう。

笑うことしきりの俺様だったが、ふと気が付くと、バックミラーに見覚えのある車が二台見える。

「テートク~~~待て~~~!!」

グレカーレの野郎が待ってましたとばかりに窓を開けてこちらに叫ぶ。

「畜生、北上にアトランタが運転してんのか? 気付きやがったか!」

 

だが、俺様がやすやすと捕まるわけねえだろうが。逃げ切ってやるぜ!!

 




登場人物紹介

与作・・・・・・・・・気分はルパン。ペアを組んで迫りくる江ノ島鎮守府の艦娘を前に必死に逃げ回るが、あまりのしつこさに閉口
雪風&グレカーレ・・・雪風の勘とグレカーレのすばしっこさを加味したコンビ。かつて提督を散々追い詰めた時のノリを思い出している。
時雨&北上・・・・・・静かに怒る時雨をなだめながら、適当に探す北上。元ペア艦の勘から、高確率で与作の居場所を特定。
アトランタ&フレッチャー・・・ジャーヴィスがジョンストンとペアを組みたいとだだをこねたためできたコンビ。ご自慢のレーダーで与作を補足。
ジャーヴィス&ジョンストン・・・あっという間に与作を追い詰めるも、俺様を捕まえるなぞ100年早いと逃げられ、嬉々として後を追う。
秋津洲&二式大艇&神鷹・・・・・艦載機を使って索敵する神鷹に、野生の勘で提督の居場所を探し当てる二式大艇。それについていく秋津洲。


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第五十七話 「絶望の嵐 希望の風(中)」

感想欄の方を時より読ませていただくのですが、番外編多めという声に正直頷く部分もあります。作者として書きたいものと作者自身が一読者として読みたいものもまた違いますので。でも、一度書き始めたからにはそのまま書き続けます。


「お姉さま、一言言わせてください。やりすぎなのでは」

助手席からそう話す榛名の声は震えていた。いや、声だけではない。体全体がやりきれぬ感情を持て余し、固く握りしめた指先も同様だった。

元々彼女達金剛型の姉妹は長女である金剛に対し、皆一目置いている。その彼女をして、今回の金剛のやりようは承服できぬものがあった。

 

「榛名!」

運転席の霧島がそれを遮るが、榛名は止まらない。

「いいえ。言わせてください。いくら、いくらあのドックが大変な問題があるものだとしても、人質までとって奪い取るような類のものなのですか! ましてや相手は元艦娘。普通に暮らしている一般人ではありませんか! 誘拐などして大変な問題になりますよ!!」

「榛名! お姉さまに対して失礼よ!」

比叡が間に入ろうとするが、金剛はさっと手を挙げ、それを制した。言いたいことは言わせてしまった方がいい。後で余計なしがらみが残らない。

「イイですか、榛名。まず元艦娘は一般人ではありません。身分証などでもそれは判別できるようになっていマスし、海軍省のお仕事の中にも元艦娘の管理というのが存在するデショウ?つまり、人間たちにとって私たちは飽くまでも道具であって、いつまでも管理しておきたいのデス」

「管理だなんて、そんな!」

「事実デスヨ。社会的に成功している者、そうでない者。どちらにせよ、年に一度の艦娘カードの更新で所在を把握していマス。そうしなければ、人間は私たちが恐ろしくて仕方が無いのデス」

「艦娘は人を守るために顕現した存在なのに、ですか?」

「Yes、残念ながら。人は自分達よりも優れた存在を畏怖しマス。彼らにとって都合がいいのは、体のいいお道具ポジションなんデス。米国がいい例ネー。この国でそれが起きていないのは、大臣曰く一億総厨二病だからだそうデスヨ」

「でも、誘拐なんて・・・・・」

「誘拐!? 誰が? 誰を?」

「大井さんです! 解放したのですか?」

「What!? 何のことデス? 大井が誘拐なんて、とんでもない事件デース。でも、事件というのはそう認識されないと事件になりまセン。最近は愉快犯だのいマスからネ~。いくら訴えても、怖い夢でも見たんデショウと返されるんじゃないデスか」

「だ、大臣にはどのように説明されるおつもりなんですか! こんなこと・・・・・・」

「聞かれたら答えマス。もっとも、大臣は大湊で色々と事件があったようで残念ながらそちらにかかりきりのようデスがネ」

「ま、まさか、お姉さま。今回の演習も全てこのために? ・・・・・・」

 

バックミラー越しに伝わる迫力に榛名は息を呑んだ。

後ろに座っているのは本当に自らの姉妹艦なのか。

 

先ほどとは別の意味で震えがくる。

一体、どうしてそこまであの建造ドックに執念を燃やすのか。

ドロップでしか建造できないレア艦が建造できるとんでもないドックだとは聞いているが。

 

「Non。さっき北上にも言いましたが、それはとんでもない誤解デス。あれは、言わば負の遺産ネ。私も本音を言えば二度と関わり合いたくなんかなかったヨ」

じっと運転をしていた霧島が、金剛の言葉にふと疑問を口にする。

「お姉さま、二度と、という事は、お姉さまは以前あのドックを見たことがあるのですか?」

「Yes」

金剛は深いため息をつくと、窓の外に視線を移し、言った。

「腐れ縁という奴デス」

                    ⚓

「す、すりぬけくんが奪われた?」

偵察任務から戻った秋津洲を待っていたのは、燦々たる有様の工廠と、膝をつき、うつむく北上の姿だった。普段飄々とした態度をとっている彼女らしからぬ様子に驚いた秋津洲が北上に近づくと、彼女は淡々と事情を語り始めた。

昔ながらの付き合いである大井が人質にとられ、要求を飲まざるを得なかった。

提督に連絡をとろうとしたが、その余裕もなかったと。

提督の信頼と、大切な後輩という究極の二択を迫られ、後者をとったが、そのことによって激しい後悔に見舞われているのだと。

 

「あたしにとって、本当に久しぶりの提督だったんだ。本当に期待に応えたかったんだ。そ、それなのに、それなのに・・・・・・」

 

偉大なる七隻などと呼ばれていた彼女がひょんなことから現役復帰を決めたのは、風変わりな提督の人柄に魅かれたからに他ならない。大井を選んだことが間違っているとは思えない。だが、何より提督を裏切ってしまったという事実が北上の心に重くのしかかっていた。

 

ぶうん。

そこへやってきたのは、先ほどから姿を見せていなかった相棒の二式大艇。

「あ、た、大艇ちゃん!」

「ちょ、ちょっと。二式大艇!! 急に僕を引っ張って! 一体どうしたんだい」

続いてやってきた時雨を見、秋津洲はほっと安堵の表情を見せた。

「あ、時雨!! ちょっと手を貸して欲しいかも!!」

「ど、どうしたんだい、北上。それに、これは・・・・・・」

「・・・・・・」

 

喋らぬ北上に代わり、秋津洲が事情を話すや、無言のまま時雨は工廠から出て行こうとする。

「ちょ、ちょっと時雨!? どこへ行くつもりかも?」

「ちょっと金剛の所へね。余程欲しいものかは知らないが、おイタが過ぎるよ」

「と、とにかく提督に報告する必要があるかも! 提督ならきっといいアイデアをくれるかも! 北上は嫌かもしれないけど・・・・・・」

申し訳なさそうに北上を見る秋津洲に、北上は苦笑する。

 

「あたしが報告するよ、秋津洲」

北上は自分の携帯を取り出した。

時間通りなら今は演習の最中の筈だが、緊急事態だ。そんなことも言っていられない。

数回のコールのうち、ようやく出た提督は、なぜかやたら息を弾ませていた。

 

「こちら俺様。なんだ、どうした。って、しつこい野郎だな」

どうやらまだ演習は続いているらしい。どんな状況なのか知りたいが、気持ちを抑え、北上は事実をありのままに報告する。

「ごめん、提督。建造ドックが、すりぬけくんが金剛達に奪われた。あたしの失態だから、時雨と秋津洲は責めないで」

謝罪する北上に、与作はまず事情の説明を求めた。北上程の手練れが、むざむざ相手の思う通りになることなどあり得ない。何かあったに違いない。ぶっきらぼうな言葉の端々から感じた提督の思いやりは、今の北上にとっては、大いに己を責める元となるものだった。

「ごめん。勘弁して」

謝罪を繰り返す北上を見るに見かねて、時雨が携帯を奪い、代わりに事情を話す。

 

「人質だと!?くそが」

与作の声は怒りに震えていた。

さすがの彼も相手がそこまでやるとは計算外だったのだろう。相手が艦娘ってことで油断していたかもしれない。

「与作、どうか北上に罰を与えないで欲しい。お願いだよ」

真剣に頼む時雨に対し、与作の声はあっけらかんとしていた。

 

「別に気にすることじゃない」

「ええっ。ほ、本当かい? 与作、あ、ありがとう・・・・・・」

思いもかけない提督からの一言に、時雨が礼を言うと、さらに驚くべき一言が彼の口から発せられた。

「その代わり、取り返したらまじめくんに謝っておけよ」

「え!?」

 

スピーカーホンで提督の話を聞いていた皆が異口同音に叫ぶ。

今、何と言ったのだ、自分達の提督は。

 

まじめくんと言えば、江ノ島鎮守府の誇るチート建造ドックすりぬけくんと対をなす存在だ。

通常の開発につきものの失敗がなく、高レアの装備の開発を連発するまじめくんも各地にいる明石の間ではチート開発ドックとして噂になっていた。

それに謝れとはどういうことなのか。

 

「なんで、まじめくんの話が出てくるの? 奪われたのはすりぬけくんだよ!?」

何を言っているんだと、横合いから口を挟んだ秋津洲に対し、先ほどまで沈んだ表情を見せていた北上が何かに気付いたように、時雨の手から携帯をひったくった。

「ま、まさか提督・・・・・・」

 

驚きのあまり口をパクパクさせる北上の前に工廠の隅から姿を現したのは、親方妖精である。

いつも妖精女王に対して見せる辛辣な態度はなりを潜め、彼はすまなそうに頭を下げた。

『すいません、北上さん。提督さんとの約束で、口外しないように言われてまして』

「じゃあ、やっぱり、あれは別物?・・・・・・」

「向こうの狙いがはっきりしているのに、俺様が何もしないわけないだろ」

与作の言葉に反応したのか、わらわらと出てきた妖精達が、口々に色々なことを叫ぶ。

 

『突貫工事だったんですよ、余剰部品を付けて』

『元々の大きさが違うから、でかく見せられるようにして』

『見た目もそっくりにするのに偉い時間がかかったなあ』

『本当に提督は妖精使いが荒い。帰ってきたら追加手当を申請しよう!』

 

「このペテン師!!」

思わず北上は笑いそうになるのを堪えながら、文句を言った。

「いい誉め言葉だな」

「なんであたし達にも言わないのさ!」

「お前たち、演技へたくそだろ?」

与作の返事に、北上は思い切り顔をしかめた。

一体全体さっきまでの自分の苦悩は何だったのだ。ともすれば、少し涙ぐんでもいたのだ。

乙女の涙がどれだけ貴重かをこの提督は知るべきではないだろうか。

「いや、提督ちょっと待って。あたし今すごく言いたいことがあるんだけど」

「却下だ。今、俺様もなかなかに忙しい」

少しはこっちの不満も聞けと思うが、あくまでも己の提督は通常運転だ。

にべもなくこちらの要望を切って捨てる。

 

北上は内心のもやもやした感情をできるだけ抑え、努めて冷静に言った。

「あのさあ提督。あたしの情けない声を聴いた代金はめちゃくちゃ高いよ? 今回のことを黙ってたってことも含めて、戻ってきたら時雨と二人で散々詰めるから、覚悟しておいて!」

 

 

                    ⚓

「Why?」

都内某所にある地下室に運び込まれた建造ドックを前に、金剛はわなわなと震えていた。

ドックを確認に来た自らの子飼いの明石があちこちを検査する中で、疑問を呈したのだ。

「これって、本当に建造ドックですか?」

と。

「どういうことデス? 建造ドックネー。どう見ても」

「いや、金剛さん。これ、あちこちごちゃごちゃつけてますがどうも違うようですよ?」

明石が工具を片手にいろいろといじると、ドックがどんどんと小さくなっていく。

「これは・・・・・・」

「What`s happened? 見間違えた!? いや、そんなことは・・・・・・」

「これ、巧妙にそう見せてますが、開発ドックですね」

ばきんと、表面の覆っていた多くのパーツを外すと、中から出てきたのは一回り小さなドック。

自らが追い求めた物とは似ても似つかぬ代物だった。

「Really?」

若干の期待を込めて明石に問うも、

「ええ。残念ながら」

明石は淡々と答える。

「そ、それでは失礼します。また、何かありましたら」

不自然なまでに黙り込む金剛の迫力に恐れをなした明石は、一礼すると素早く部屋から出て行った。

 

「Shit・・・・・・」

江ノ島鎮守府の提督にしてやられたという事実が金剛を苛立たせる。

不用意に谷風にドックの破壊を命じてしまったのが大きな失敗だった。

あれで、相手はこちらの狙いに気づき、用心したのだろう。

初めから第十七駆逐隊を行かせるなり、金剛型の姉妹を投入するなりすればよかった。

 

「どうして、こんな面倒なことに・・・・・・」

一人になった金剛が、うつろな目で辺りを見回すと、ふいに机の上に置かれた缶コーヒーが目についた。普段の金剛ならば決してコーヒーを口にすることはない。今の気分をどうにかして変えたかったのか。

そっと口につけてみた。

「不味い・・・・・・」

紅茶派の自分には合わない。泥水とはよく言ったものだ。

ぐしゃりと音を立てて缶が潰れ、中から溢れたコーヒーの臭いに金剛は顔をしかめる。

「臭い・・・・・・・」

甘ったるい臭いに閉口する。これでは、香りも何もあったものではない。

なぜこんなものを好きな人間がいるのだろう。心底自分には分からない。

 

取り出したハンカチで丁寧に手元を拭いながら、金剛は目をつむり、ぽつりとつぶやいた。

「提督・・・・・・」

 

                   ⚓

砂嵐と化した、中央を除き、両翼の戦いは一進一退の攻防が続いていた。

当初の予定と異なる展開に不満を見せる副官をしり目に、榊原は中座すると告げるや席を立った。

「長官、どちらへ?」

「野暮用だ。担当官のお相手を頼む」

「了解しました」

ちらりと視線を担当官の方に向ければ、当たれ、よけろとまるでボクシングの試合でも観戦しているかのようだ。

「どこまでいっても他人事。それは我々も変わらないのかもしれんな」

麻酔銃で眠らされた与作の様子を見ようと、医務室へと向かった榊原は、反対方向から走ってくる医者とあやうくぶつかりそうになった。

「どうした? 何があった!」

「は、はい。鬼頭提督がお目覚めに・・・・・・」

「何、本当か。すぐ行こう」

くるりと向きを変える榊原に対し、医者は言い淀む。

「ええと、その。今は行っても会えないかと」

「どういうことだ」

「一旦外に出て、戻ってきましたらベッドがもぬけの殻でして・・・・・・」

「なんだと!? どこに行ったんだ、鬼頭提督は!」

「皆目見当がつきません。医官で探したのですが、埒が明かず、とりあえずご報告と思いまして」

「まずそのような事態になったら報告しろ!」

榊原は叫びながら、一体どこに与作は行ったのだろうと考えを巡らせた。

                    ⚓

倉田誠にとって、人生は差別の連続だった。

小さい頃から喧嘩の強かった彼は、気に入らない者は全てその腕っぷしでねじ伏せてきた。

多くの者がその強さを称賛し、彼を褒めたたえる。

なら、もっと強くなってやろう。プロの格闘選手など詰まらない。あんなものは一時の栄光に過ぎない。ずっと己の強さを誇示できるものは何か。

そう考えて、自衛隊、傭兵と所属を変えた彼が最終的に行き着いたのは、提督という立場だった。

年をとればとるほど、腕っぷしだけで世の中が回っていないことはよく分かる。

ジャイアンポジションの人間など、スネ夫ポジションの人間に上手く使われるのが落ちだ。

(ふざけるな! わしゃそうはならん!!)

 

力こそ全てと考える彼にとって、提督業は居心地がよかった。ここでは、これまで己が信じてきたものが旧態依然として存在している。

しかも、深海棲艦を倒している自分達はヒーロー扱いだ。敵を倒せば倒すほど、認められ、褒められる。その単純明快さは倉田の好みと合致していた。

 

(わしは腕っぷしでのし上がりたいんじゃ!)

そう豪語し、事実これまで多くの相手を彼は叩きのめしてきた。

今日までは。

 

「そいじゃ、すまねえがよろしく頼むぜ。俺様、今忙しくて動けねえんだよ。近場じゃお前ぐらいしか頼れねえ。礼は今度なんか持ってくからよ。え!? いらない? 遠慮するもんじゃねえぞ」

己の前で携帯電話を片手に話す余裕を見せるおやぢに対し、倉田は忌々し気に蹴りを放つが、相手はそれをものともしない。

「そんじゃ鳩サブレを持ってくからな」

「わしを舐めとんのかあ!!」

「うるせえ野郎だな。電話中だぞ!」

「しゃらくさい!!」

吐き捨てるように言い、素早く倉田はステップを踏む。

「ちょこまかと! このおっさんが!」

己の攻撃があっけなく躱される。

おかしい。自分は自衛隊にも所属し、海外の傭兵部隊で経験も積み、相当な手練れと自負している。それがなぜこうも赤子の手をひねるようにあしらわれるのか。

 

「何者なんじゃ、おまん!!」

「ただのおやぢですが、何かあ?」

ぶんとうなりを上げた拳が躱され、お返しとばかりに放たれた掌底に倉田は壁に叩きつけられる。

「ぐっ!! 大概にせえよ。ここまでとは聞いておらんぞ」

「誰から聞いたか知らないが、物事ってのは話半分で聞いておくもんだぞ」

「わし相手に余裕ぶりおって!! 後悔させたるわ!」

倉田が内ポケットに隠したナイフを取り出そうとした時だった。

ぞわりとそれまでと与作の雰囲気が変わる。

 

「そいつで俺様をねえ・・・・・・」

与作の闘気が膨れ上がり、倉田を包む。

「な!?」

「随分と詰まらねえことしてくれるじゃねえか!!」

そのあまりの迫力に一瞬倉田の動きが止まった時だった。

瞬間移動したかのように目の前に現れた与作に、なんなくナイフを叩き落とされ、吊るし上げられる。

「しゅ、瞬間移動? いや、そんなまさか・・・・・・」

「アトランタ戦を見ていたんじゃねえのか? ファンにしては杜撰だなあ、おい」

「おまん、さっきは手を抜いとったな!! よくもわし相手にふざけた真似を!!」

「いや、見世物としては面白かったんじゃねえか。で、どうする? 締めるか、叩きつけらるか。どっちがお好みだい?」

「いい加減にせえ!!!」

がっと倉田は奥歯を噛みしめると、口の中に溜まった液体を与作に吹き付けた。

「あん!? 毒霧だあ?」

 

視界が遮られた与作が、思わず倉田を手放すや、倉田は床に落ちていたナイフを拾い上げた。

「ぐっ。こいつを使うことになるとは思わんかったがのお。おっさん、奥の手ちゅうもんは最後まで残しておくもんじゃ! 痛くて目が開けられまい。ざまあみさらせ!!」

「ほお。確かにこいつは中々に痛いもんだな」

目を瞑ったままじっと与作は動かない。

 

「それじゃ、ちくと痛い目見てもらうぞ、おっさん」

どう猛な笑みを浮かべ、倉田が近づいた時だった。

 

自然に。そう、ごく自然に彼の手が捕まれ、地面に叩きつけられた。

「は!?」

ぽとりと落としたナイフを気遣う間もなく、続けざまに何度も何度も地面と空中を往復する。

「ぐ!?」

何が起きたか理解ができない。

手を放したくても、放せない。万力のような握力にからめとられ、木の葉のように宙を舞う。

「視界を奪ったぐらいで、痛い目見させるって言われてもねえ」

 

二度、三度、四度・・・・・・。

ゴムまりのように飛ばされながら、倉田は悔しさで目を充血させていた。

「くそがああ!! 一思いにやらんかい! ねちねちしおって!!」

「おいおい、何言ってんだあ?」

それまでとは全く異なる笑みを浮かべながら、与作は冷たく言い放った。

「負けた奴が何を偉そうに言ってるんだ。どうしようと俺様の勝手だろ? こいつはお前らの理屈の筈だぜ?」

「お、おまん・・・・・・」

そして、無慈悲に営倉内に響いていた鈍い音がやんだ後、動かぬ倉田の様子を確認し、与作は立ち上がった。

「呼吸あり。叩きつけられるのを十分堪能できただろ?」

 

                    ⚓

何か臭い。

鼻につく臭いに、ジョンストンはぼんやりとした意識の中で目を覚ました。

身体にまとわりついた砂を払い、自らの状態を確認する。

 

「あたし、無事だ・・・・・・」

ほっと安堵のため息をついたジョンストンはきょろきょろと辺りを見回す。何かの建物だろうか。窓があるだけで、他には何もない。

 

「え!?」

目についた扉から外に出ようとしたジョンストンは、扉の前に座り込む大破寸前の神風の姿を見てぎょっとする。

 

「あら、気が付いたのね。よかったわ」

何事もなくそう話しているが、先ほどまでの絶対的な余裕や道具に徹する冷たさが今の神風からは感じられない。

 

 

「貴方をおぶってこの海鼠島に逃げるしか打つ手がなくてね。このざまよ。笑いなさい」

 

深海化した雪風に狙われた時のことをジョンストンは思い出す。

明らかな殺気に足を竦ませた自分を、寸でのところで助けたのはこの神風だ。

 

「どうしてあんたがあたしを・・・・・・」

神風達の言い分なら、足手まといは切り捨てる筈だ。ましてや、味方を庇う等ということは考えられない。油断をした者が悪い。弱いものは淘汰されるべき。そう考えるのが彼女達ではないのか。

 

「さあ、どうしてかしらね。分からないわ、私自身にも」

じっと己の両手を寂しそうに見つめる神風の姿にジョンストンは戸惑いを覚えた。感情などいらないと言っていた彼女に似つかわしくない。まるで何かに大切なものを無くしてしまったかのようだ。

「ボロボロでしょ。人間で言うならおばあちゃんてところ。こんな手きれいでも何でもないのに」

神風は一人呟く。

酷く打ちのめされて、心に隙ができているのか。

ざわざわと押し付けていた感情があちこちで声を上げている。

どうしてこの手を褒められたことをこんなにも思い出すのだろうか。

建造されて早20年。ロートルと呼ばれるほどの年月が経った船だというのに。

 

「雪風を元に戻さないと・・・・・・」

ジョンストンの言葉に神風は首を無理だと力なく首を振った。

「あの雪風には勝てない。通信しようにも通信機が壊れてそれも意味をなさないし、頼みの綱の哨戒機も私が落としてしまったしね」

「だからって、何もしないままでいるなんて! このままじゃただ沈められるだけよ」

「力の差は歴然。無駄にあがいても見苦しいわ」

己が強いだけに、神風は相手と自分の差がはっきりと分かる。どう考えても埋めようがない差だ。抵抗するだけバカらしい。

今まで膨れ上がらんばかりにあった自信が、先ほどの戦闘で砕け散ってしまった神風は、この島で隠れて助けを待つべきだと主張する。

 

だが、ジョンストンにはそれが大いに不満だった。

「冗談じゃないわ! 他人事みたいに。あんた達が雪風を焚きつけなければこんなことになってないじゃない! このままじゃ沿岸の人たちに被害が出るわよ。早く鎮守府に知らせないと!」

「どうやって?」

 

神風が後ろをくいと指差す。

どおんと、雷鳴のような砲撃音が辺りに響いた。

 

「こちらの位置が分かっている訳じゃないわ、無差別に撃ちまくっているみたい。あいつはあたしより速いわよ。姿を見せたら即やってくる」

神風は悔しそうに唇を噛んだ。

どうあっても、あれには勝てない。それだけの差をさっきの戦闘で思い知らされてしまった。

 

出来損ないと言われぬためにこれまで過ごしてきた。

心を殺し、己を追い込み、高みに至ったと考えていたのだ。

ようやく認められる自分になったと。

だが、そんなものはまやかしだった。

惨めに隠れる今の自分はどうだ。さぞ、目の前の艦娘からもみっともなく映っているだろう。

 

「だからって、あたし達は艦娘よ! 同じ仲間が守るべき人間を害そうとしているのよ。それを黙って見過ごせっての?」

「眩しいぐらいの正論だけど、できることとできないことがあるわ」

様々なものを捨ててきて、ようやく到達した場所。

それが、ゴールだと思ったら、遥か先まで道が続いていたのだ。

懸命に走り続けてきたからこそ、無理だと理解できることはある。

 

「そんなのあたしだって分かってるわよ!!」

捨て鉢のような神風の態度が気に入らずジョンストンは大声で叫んだ。

 

「いくら抵抗したって、大きな力の前には無意味だって、散々思い知らされてるわよ!! お人形さん扱いされて、姉さんの代わりをさせられて、怖いからってへらへらそれを受け入れて」

「ジョンストン・・・・・・」

ジョンストンの一件は広く世界的にも知られている。神風も彼女がどのような扱い方をされてきたか知っている。

「仕方がないじゃない。そうしなきゃやっていけなかったんだもの。そうよ、みっともないぐらいな臆病者だったの、あたしって。でもね、そんなあたしでも、拾ってくれる提督はいたの!」

 

あの時フレッチャーが建造されなければ。ヨサクが手を差し伸べてくれなければ。

本当の自分を取り戻すことはできず、ジョンストンという艦娘の魂は粉々になっていたかもしれない。

不甲斐ない自分に声を掛けてくれた、その提督を守りたい。

 

「できるできないじゃない! やるかやらないかでしょうが!!」

「それは単なる無謀よ。確率は限りなくゼロ。希望にすがっているだけ」

冷静に切って捨てる神風に、ジョンストンが怒りを爆発させた。

 

「何それ。道具になるだの、勝つためにはなんでもするべきだの、散々御託を並べておいて、勝てないと分かったらすぐ諦めるの? 散々偉そうに言っておいて行き着いたのがそれ? ふざけんじゃないわよ! 真の勇者って奴は倒れても立ち上がる人間らしいわよ? あんた達は口だけの臆病者なのね!」

「随分な言われようね」

呆れる神風に対し、ジョンストン自身言い過ぎを自覚しつつも、日本に来るまで一緒にいた英国駆逐艦の影響か、いったん溢れ出た思いは止まらない。

 

「あんた達が死ぬほど訓練したのは分かったわよ。人間に気を遣って道具として働いているのも納得できないけど理解はした。でもね、そのすぐに諦める態度は断じてNOよ。あたし達は艦娘よ?艦娘が人間守らなくてどうするのよ!! 道具だとかそうでないとか関係あんの?」

「・・・・・・」

「大体、道具って何よ、道具って! まさか、自分達は道具だから替えがきくとか思ってないでしょうね! あんた達はそれでいいかもしれない。提督さんの中にはその方が気楽な人もいるでしょうよ。でも、そうでない人はどうするのよ!! 始まりの提督のように、艦娘と運命を共にする提督さんだっているのよ? その人達に向かって、自分達は道具だと胸を張って言えるの?」

「それは・・・・・・」

まくし立てるジョンストンを前に、神風は不思議な感覚に襲われた。

遥か昔に、似たようなことがあった気がする。今のように、自分に対して、強い口調で怒ってきた艦娘。あれは、誰だったか。

「もういい!」

胸の内にあったわだかまりを全て吐き出すかのように一気呵成にしゃべったジョンストンは、ふうと大きく息を吐くと、

「あたしは行くわ」

神風を振り切り、外に出た。

 

勇ましい言葉とは裏腹に、ジョンストンの手が震えているのを、神風は見逃さなかった。

それはそうだろう。散々鍛え上げてきた自分ですら手に負えない相手なのだ。実戦経験が不足している彼女からすればとんでもない脅威だ。不安から饒舌になっていたのもあるのだろう。

 

このままでは彼女は確実に沈む。応急修理員を積んでいるとは言え、使えるのは一度きりだ。あの深海化した雪風の猛攻には耐えきれまい。

この島に隠れていた方が、まだ生き延びる可能性はあるというのに。

(人を守るのが、艦娘、か・・・・・・)

それはかつて自分が後輩たちに繰り返し伝えてきた言葉。

そして、遥か昔に大切な先輩たちから受け継いだ言葉でもある。

 

道具だとか、人だとか。

使う人のことを考えるだとか。

ごちゃごちゃ考えるのなら、単純に考えよう。

自分は何なのかと。

 

「待ちなさい」

去り行くジョンストンの手をぐっと掴み、神風は言った。

「あたしに考えがあるわ」

 




登場人物紹介

すりぬけくん・・・・・・あの、早く出して・・・・・・。
まじめくん・・・・・・・助けてえ! 人違いです!!

親方以下工廠妖精一同・・・・提督絶許!! 北上さんに涙させるなど許せねえ。


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番外編Ⅳ 「イタリアより愛を込めて」

バレンタイングレカーレ編。マエストラーレシスターズもという声がありましたが、元々絡ませようと思っていましたので一緒になっています。
当社比5倍グレカーレに甘くしました。いや、本当に。


東京港区にあるイタリア大使館。多くの大使館が並ぶ中でひときわ目立つその建物の中では、今、イタリア大使であるパオロを驚愕させる事態が巻き起こっていた。

 

それは、ちょうど一時間前のこと。突然江ノ島鎮守府からやってきたグレカーレが、火急の用事があるので、本国のマエストラーレ達と通信したいと言い出したことから始まる。

 

イタリア本国のみならず、全世界でカルト的な人気を博しているマエストラーレ級四姉妹によるマエストラーレシスターズの熱狂的なファンであるパオロにとって、彼女の言う事は神の言葉にも等しい。一も二もなく本国との通信をつなげると、つい先日と同じようにドアップで映り、姉妹にたしなめられるマエストラーレの様子に微笑みながら、執務室を後にした。

最近彼が所属することになったとある組織の教義、「遠くからそっと愛でよ」を忠実に守ったゆえの計らいである。

 

一人きりになったグレカーレは挨拶もそこそこに遠い異国の姉妹艦に最近の提督が、あまりにも自分の扱いがおざなりであることについて愚痴り始めた。

「そんで、あたしがテートクにデートに連れてって、いっくら頼んでも連れてってくれないのよ。分かりやすくデートに連れて行ってもらえてない艦娘をメモって机に置いてあるのに、全て無視!」

「そうなの? それは困るわね! お姉ちゃんから鬼頭提督に一言言ってあげようか?」

しきりにお姉ちゃん風を吹かせるマエストラーレの横で首を傾げるのはイタリア本国のグレカーレ。

「いや、でも姉さん。あたし達だって提督とデートなんてしたことないっしょ。ツアーで忙しいし、出かける時は大抵みんなで行くじゃない」

「え? そっちのあたし、それって本当?」

「ええ、日本のあたし。あたし達アイドルなんてやっているじゃない? 提督さんと外出しようものならファンが取り囲んで大変なのよ」

「うんうん。この間リベも提督さんと外に出ようとして、危なすぎるってローマさんにがっつり怒られちゃったし・・・・・・」

「あたしは怒られたことないけどね~」

のんびりとした声を出しながら、シロッコは大きく欠伸をする。

「あんたの場合は外に出ようともしないでしょ!」

グレカーレ(伊)のツッコミに、シロッコは肩をすくめてみせる。

「だってめんどいし~」

「だってじゃない! 全く!」

「そっちのあたしも大変ね! あれだったら本当にシロッコをうちで預かるわよ。テートクなら一か月もすればシロッコを真人間にしてくれるわ」

「魅力的な提案ね、日本のあたし。そのうち本当にお願いするかもしれないわ」

「ちょ、ちょっと! グレカーレ!! ダメダメ、勝手なことを言って! そんなことをしたら、あたし達の活動ができなくなっちゃうでしょ。」

慌てるマエストラーレに、グレカーレは冗談だと告げる。どうも、本国の姉はあまり冗談が通用しないらしい。

 

「でも、そうかあ。それだと参ったな。あたしの計画が上手くいかなくなるわね」

「計画? なんの?」

興味津々とばかりにリベッチオが目を輝かせた。

 

「テートクチョコメロメロ作戦。略してオペレーションチョメよ!」

どうだとばかりに自信満々で作戦名を告げるグレカーレに対し、本国の姉妹艦は一様に首をひねった。

「ちょっと、あたし。いくらなんでもチョメは酷いわよ。チョメチョメって卑猥なワードだって聞いたことあるし」

「えええええっ。ちょ、ちょっと日本のグレカーレ!? え、エッチなのはお姉ちゃんいけないと思うわ!」

「そもそも略してって、略してないじゃん、日本のグレちゃん。略すんならテチョメサになるんじゃない?」

「テチョメサ? 何かメキシコ帰りのボクサーみたいな名前だね!」

リベッチオが楽しそうに笑うが、グレカーレは渋い顔で却下を言い渡す。

 

「そんなに微妙かなあ。あたし的には会心の名前だと思ったんだけど」

「自分に言うのはどうかと思うけど、センスがないわよ、日本のあたし」

「ぐっ。自分に言われるのは辛いわね! そんなに言うなら、何かあるの、そっちのあたしは」

グレカーレ(伊)はむむむと眉を寄せると、答えた。

 

「そうねえ。テートクハートゲット作戦。略してオペレーションハゲね!」

 

「同じ! 同じだから! その微妙な略をどうにかすべきだとお姉ちゃんは思うわ!」

日本とイタリア。どっこいどっこいのセンスのなさに、マエストラーレが思わず突っ込む。

もし、イタリア大使のパオロがいたならば、いつもボケ担当のマエストラーレが突っ込むと言う珍しい場面に、お宝映像だとすぐさまスマホで動画を撮ったことだろう。

 

「グレカーレは北東の風って意味だから、北東からこんにちは~! 作戦は?」

リベッチオの提案に、グレカーレは首を振る。そもそもいつも提督とは顔を合わせて挨拶をしているのだから、今更こんにちはだけというのもおかしい。こんばんはやおはようの立場がないではないかというのがその理由だった。

「日本のグレちゃんの言っている意味がよく分からないよ~。めんどくさいから、映画を真似してイタリアより愛を込めて作戦は?」

どうでもいいと、適当にシロッコが言うと、日本とイタリアのグレカーレは異口同音に叫んだ。

「「それよ!」」

「え~。自分で言っててなんだけど、微妙じゃない?」

「いいえ、気に入ったわ、シロッコ。作戦名『イタリアより愛を込めて』いいじゃない!」

「そうね。日本のあたしの言う通りよ。たまにはいいこと言うわね、シロッコ」

「え!? あれ、決まり? 一応私も考えてたんだけど、オペレーションウインドって・・・」

ちょんちょんと人差し指を合わせながら上目遣いで見てくるイタリアの姉を無視し、グレカーレは本題に入った。

 

来る二月十四日に行われるバレンタインデーという戦争にいかにして勝つか。それこそが、彼女が今日わざわざ休みをとり、ここまで足を運んだ理由に他ならない。

「ええっ!? 鬼頭提督ってそんなにモテるの?」

マエストラーレが驚きの声を上げる脇で、グレカーレ(伊)がやれやれとため息をつく。

「そりゃそうよ、姉さん。フレッチャーの一件の動画を見たでしょ? あの件で大分人気だもの。この間リットリオさんだって、Kankanの鬼頭提督特集見て、いいわねえって言ってたくらいだし」

「うっ・・・。その話は聞かなかったことにするわ、そっちのあたし。テートクなら喜んで、リットリオさんを呼ぶとか言いそう。それで、本当にそうなりそう!」

「にしても、San Valentinoねえ。日本とこっちでは違うよね~」

とシロッコ。

「うん、そうね。こっちでは Festa degli innamorati、恋人たちの日って言って、普通男性から女性に贈り物をあげる日だもんねー」

そう言って、リベッチオも頷く。

「あ、そうだったわ! 忘れてた!!」

今更ながら日本とイタリアでのバレンタインの違いに気づき、グレカーレは頭を抱えた。

日本にいると、TVをつけても、街中でもバレンタインデーをやたら意識させるため、全世界共通でこの日は行われていると思っていたが、決してそうではない。イタリアでは男性が女性にバラを上げるのが一般的だった。

これは、アドバイスをもらおうとしたこと自体が失敗だったかとグレカーレが落ち込みを見せると、そこはさすが太陽の国の艦娘達である。心配するなと胸を叩いた。

「せっかく日本のグレカーレが頼ってきてくれたんだから、一生懸命考えるからね!」

ふんすと気合いを入れるマエストラーレに、

「まあまあ、姉さん。肩の力を抜いて考えようよ。それに確かにこっちでは男性が女性に贈るのが当たり前だけど、最近は日本を真似して女性でも渡す人もいるみたいだし」

何とかして日本の自分の役に立とうと考えるグレカーレ(伊)。

なんか、楽しそうとはしゃぐリベッチオに、どうでもいいでしょと眠そうにするシロッコ。

 

「いい感じじゃない! オペレーション『イタリアより愛を込めて』始動ね!」

若干気になる姉妹はいるが、皆のやる気に意気揚々とグレカーレが叫び、少ししたところで冒頭の場面に戻る。

 

 

イタリア大使であるパオロは、執務室の前でうろうろしながらも、結局は中に入り様子を見ることにした。最近日本の友人に勧められて加入したとある組織の教えを忠実に守るつもりでいたの

だが、あまりにも時間がかかり、このままでは仕事に支障が出ると考えたためである。

 

あくまでも、自分は壁の一部と化し、横の応接セットで静かに仕事をしようと思っていた彼は、ささいな日常会話かと思っていた彼女たちの話の内容に衝撃を受けた。

 

「多数決の結果、手作りに決まった訳だけど、問題はどんな形にするかね!」

「形~。普通にハートじゃダメなの~」

眠そうにシロッコが話す画面に興奮しながらも、パオロの頭からはハートの形、手作りというキーワードが離れない。この日本に来て10年になる彼にとって、その行事はお馴染みのものだ。

(ま、まさかグレカーレが誰かにチョコを!? だ、誰だ!! 天使からチョコを貰えるなんていう幸運な男は!)

 

「ハートでもいいけどなんか普通じゃない。もう少し、凝った形ってないかな」

「そうねえ。形なら星とか?」

「リベはお日様の形がいいと思う!」

「お日様って難しいわよ、リベ。下手をするとただの丸にしか見えないじゃない」

とグレカーレ(伊)。真面目に考えている姉妹たちをよそにだるそうに肘をつくシロッコは、食べられれば何でもいいじゃんとやる気がない。

 

グレカーレの顔だの、塔だの城だの奇想天外なアイデアがたくさん出た後、結局落ち着いたのは薔薇の形だった。イタリアではバレンタインデーに男性から女性に花を渡すのだが、その定番が薔薇で、形としてもおしゃれで申し分ないという結論に達したのだ。

 

「あなたの携帯にマミヤズキッチンのレシピを送っておいたから参考にして、 日本のあたし」

「さすがはあたしね。することが早いわ。それじゃあ、後はどうやって渡すかね! テートクは普通に渡しても絶対に伝わんないし、置いておいても無視するだろうし」

 

(提督だと!! まさか、あの鬼頭提督か!? くうううううううう。何という幸運の持ち主だ。幸運の風を受けながら、あまつさえグレカーレから手作りチョコだと!)

グレカーレの発言を横で聞きながら、心の中で血の涙を流すパオロ大使。

だが、乙女の計画はそんなことになっているとは露とも知らず、着々と進んでいく。

 

「二人だけになるようにするしかないわね。出来そう? 日本のグレカーレ」

マエストラーレの問いにグレカーレは無理だと首を振る。

江ノ島鎮守府では大抵いつも提督の側に誰かがいる。

もっと言うなら、一人になりたい提督がしょっちゅう逃亡し、雪風と時雨が捜索に出ている。

なかなか二人きりになるのは難しいだろう。

 

「そいじゃ、難しいかもね~。郵便で送ったら?」

「シロッコ、真面目に考えてよ~! そんなの味気ないでしょ」

「ねえねえ。二人きりなるようにすることはできないの? リベなら提督さんに用事があるって話して、来てもらうけど」

「うちのテートクの場合、あたしが誘うと何かあるんだろ、とかお前はうるさいから嫌だ、とかで全然来てくれないのよー!」

グレカーレの心からの叫びにパオロ大使も心で悲鳴を上げる。

(あり得ない! なんて贅沢な!! 天使に誘われたら、はい、しか答えはないだろうに!!)

 

「日本のあたし、甘いわよ。二人きりになれないなら、二人きりになれるようにするだけよ」

グレカーレ(伊)がふふんとまるで悪女のような表情を見せる。

「大きく出たわね、あたし! その表情、まるで峰不二子みたいよ。期待できるの?」

「任せてよ、日本のあたし。我に策ありよ。まあ、そのためにはシロッコに頑張ってもらう必要があるんだけどね」

「ええ~!? あたしが~? なんでなんで~」

ぶつくさと文句を言うシロッコを尻目に、グレカーレ(伊)は任せろと力強く頷いた。

 

(グレカーレと二人っきりで、おまけに手作りチョコだと! くそがあああ!)

怒りに任せたパオロ大使が日本の友人に電話し、江ノ島鎮守府の提督がその筋では全てを超越した存在だと諭されるのは、また後日の話である。

 

                    ⚓

 

めんどくせえ ああめんどくせえ めんどくせえ

                               俺様涙の俳句 

 

いつもいつも無理難題ばかり押し付けてくる大本営からのくそみたいな依頼だぜ。なんでもうちの鎮守府が目立っているもんだから、地域住民との触れ合いを兼ねてバレンタインフェスタを行えだとよ。鎮守府を飾り付けて、艦娘達が手作りのチョコレートを配るんだと! なんでよりにもよって菓子屋の陰謀に加担しなきゃならねえんだ。モテない男への救済か? 面倒くせえことこの上ないぞ。

 

おまけにその面倒くささに拍車をかけてるのが、今日の連れの存在だ。バレンタインは外国の祭りだから、愛の国のイタリアの艦娘であるグレカーレが詳しい筈。彼女と共に任務を達成すべしなどと書かれた冗談みたいな指令書が来た時にはひっくり返るかと思ったぜ。意味不明な依頼にかんかんな俺様が愚痴をこぼすや、雪風やフレッチャーはなんだか機嫌が悪くなるし、時雨にいたっては直接海軍省に電話してやがった。そりゃそうだよな。こんな面倒くさいイベントどこのどいつが考えやがったんだよ。菓子屋が売り上げを上げるために考えたってもっぱらの噂だぜ。リア充どもの宴になんでおやぢが絡む必要があるんだよ。

 

 

まあ、だが上の命令だから仕方がない。なんだかんだ言っても、真面目な俺様だ。

観念して仕方がないと気を取り直す。

 

「テートク、遅いよぉ!」

車の前まで来るとやたら上機嫌に俺様に話しかけてくる児ポロリ艦。

どうしてお前はそんなにテンションが高いんだ。

まあ、面倒ごとに首をつっこみたがる奴だがよ。

 

「お前が早すぎるんだ。ああ、面倒くせえ」

るんるん気分のグレカーレに頭が痛くなる俺様。お前なあ、ただ買い出しに行くだけだぞ。なんだ、その格好は。

「外に出るんだからおしゃれをしていかないと!」

おしゃれってなあ。お団子みたいな髪型はまあおしゃれを意識してるんだろうな。ちらちらと俺様の方を見て、何か言って欲しそうにしてやがるが、何だ、こいつ。

 

「んもう! テートク減点だよー。女の子のおしゃれを褒める! これ、当たり前でしょ!」

「あのなあ、俺様が女のふぁっしょんを褒めている所を想像してみろ! それはもはや俺様じゃねえだろうが!」

「そりゃあ、そうだけどさ・・・・・・」

納得してもらったようで何よりだが、何かこいつ、普段よりも随分大人しくねえか?

ははあ。しち面倒くさい依頼を受けさせられたんで、ご機嫌斜めって訳だな。俺様もそうだけどよ。

 

「それでどうするの? テートク」

おいこら、くその指令書。こいつのどこがバレンタインに詳しいんだ? いきなりどうするのとか言ってやがるじゃねえか。

「材料のチョコが必要だ。器材は届くから、俺様たちが今日買うのは、チョコと包装関係だな」

 

コロラドで大量にチョコを買い、ホームセンターキヌで使えそうな包装紙・袋を買い込む。

途中、グレカーレがリボンも付け足した方がいいと提案し、リボンとそれを貼り付けるシールも買ったため、随分な額になっちまった。まあ、払うのは俺様じゃないけどよ。

 

「ああ、お腹いっぱいだよ。よく食べたなあ」

「さすがにあそこは旨いね。ちょうどお昼時だから助かったよ」

なんだか、ムキムキの連中がいかにも満腹といった感じですれ違う。

そういや、もう昼か。何か食べていくのもいいかもな。

 

「腹が空いたから飯でも食ってくか。あん? なんだ、お前。目をうるうるさせやがって」

「ダメダメ、ダメだよ、グレカーレ。普段のあたしの失敗を考えなさい。ここでがつがついくとダメよ」

ぶつぶつとなんだかよく分からないことを言ってやがるな、こいつ。腹減ってねえのか? 夕食まで我慢するってならそれでもいいぞ!

「う、ううん。ごめん、テートク! お腹空いてる!」

 

そう言い切るグレカーレの脇をカップルがすいっと横切った。

「やっぱりYURASANでよかったあ。値段の割に美味しいし、お得だよね」

「うんうん。俺もがっつりステーキ食べたし」

YURASANのステーキか。今のイライラをぶつけるのには最適だな。

 

「ほんじゃ、ここにするか」

俺様達が入ったのは、ホームセンターキヌの隣にあるファミレス、YURASAN。キヌのある所には必ずこのYURASANがあるが、値段の割には内装が凝っていて、良いものを出すと評判だ。

 

「よし、イライラする任務の腹いせにがつがつ食ってやるか! グレカーレ好きなの頼んでいいぞ!」

「本当!?」

ふん。たまには俺様だってさあびすしてやるよ。こんなくそ面倒くさい依頼をこなしているんだからな。俺様が頼んだのは、ステーキセットに追加でハンバーグの肉まっしぐらコース。対してグレカーレの野郎が選んだのは、スパゲティナポリタン。

 

「ん!? ナポリタン選んだのか? 珍しい奴だな」

そりゃあそうだろう。本場のイタリアにはない、日本オリジナルの料理だもんな、ナポリタンてよ。向こうの人間が来てびっくりするらしいぜ。

「テートクが昔作ってくれてから結構気に入っててね」

「ああ、そういやそんなこともあったな」

着任したばかりのこいつに着任祝いで出してやったっけ。

「ナポリタン? 何それ?」

なんて言うもんだから、説明に時間がかかったがよ。

 

あっという間に来た料理を食べながら、そういやナポリタンをこいつが初めて食べた時に苦労したことを思い出した。ケチャップを使っているから、やたら口元が汚れるんだよな。

「ああ、まただ! めんどうくせえ野郎だな」

汚れた口元が気になり俺様がナプキンでぬぐってやる。がきんちょと言われるのが嫌ならがきんちょっぽくするんじゃねえ。

ぶつくさ言う俺様の前で、なぜかキラキラし出すグレカーレ。

「て、テートク・・・・・・。あたし、夢見てるの?」

意味不明なことを言い始めたぞ、こいつ。頭大丈夫か? 

 

                    ⚓

「ちょっとお化粧直しがしたい」

トイレに駆け込んだグレカーレはここまでの余りの順調ぶりに駄々下がりになった頬を、鏡を見ながら引き締める。

「すごくない!? さすがはあたしとあたしの姉妹! ばっちりじゃない!!」

イタリアのグレカーレ曰く

「マエストラーレ級の戦いに敗北は許されないのよ、あたし!」

とばかりに裏から手を回し、今回の状況をセッティングしたのみならず、

「リットリオさんにリベから聞いておいたよ~」

とリベッチオから送られたリットリオ作成のデートマニュアル。

そして、マエストラーレの応援と、

「グレちゃんはしゃべりすぎだから、少しは黙っていたらいいんじゃない~」

というシロッコからのアドバイス。

 

全てが思うようにかみ合い、気づいてみれば、自らに課したミッション、『テートクとご飯』

『テートクとカップルっぽいことをする』という高いハードルすら完遂している有様だ。

 

「今日のあたしってすごいわ! 神様っているのね!」

上機嫌になって、トイレから出てくるグレカーレ。

側のベンチに座っていた新聞を見ていた白人男性が、その姿を確認し、そっとイヤホンに向かって話す。

「対象G。トイレから立ち去りました。対象Kの元へ向かう模様」

『そうか。では、対象Gに気付かれぬよう、職員で彼女を取り囲め!』

 

「え? なんか、急に混んでない? ちょ、ちょっと、テートク!」

突然混み始めたYURASANの入り口。出ようと思ったグレカーレはぎゅうぎゅうに囲まれる形となり、あっちに押され、こっちに押されとなかなか外に出られない。

「ああん? くそが、手間をかけるんじゃねえ!」

ぐいっと与作がグレカーレの手を引っ張る。

「おらついてこい。まったく面倒くせえ野郎だ!!」

ぷりぷりしながら先導する与作に対し、手をつないでいるという状況に、キラキラ状態からギラギラ状態になるグレカーレ。

 

駐車場の一角から、その状況を見ていた者達は互いにサムズアップし、健闘を称え合った。

彼らこそはイタリア大使館内に存在するマエストラーレシスターズの私設ファンクラブ会員達であり、今回のイタリアより愛を込めて作戦のバックアップをしようというパオロ大使の漢気に答え、立ち上がった存在だった。

 

「いいぞ。よくやった!! 素晴らしい戦果だ! ところで、さっきどさくさ紛れにグレカーレに必要以上に接触した者がいる! そいつは減棒だからな!!」

「ちょ、ちょっと大使! それはないですよ!」

「うるさい。彼女たちは遠くから見るものだ! お前たちもぜひ入会するといい」

パオロ大使は日本の友人から勧められ入会したとある会のすばらしさについて熱弁した。

 

 

江ノ島鎮守府の駐車場に着くと、グレカーレはそっとポケットに隠しておいたチョコレートを確認する。

(よし、大丈夫ね!)

ここまでのあまりの順調ぶりにびっくりするが、今日最後の勝負はこれからだ。

タイミングを間違えれば、誰かがすぐにやってくる。

(気合いを入れるのよ、あたし! イタリア水雷魂を見せる時よ!!)

ガツンと自分の気持ちに活を入れて、一気に手渡す。

「て、テートク。これ、あたしが作った奴・・・・・・」

「ああん? お前が? 俺様に? ふうん」

それはバレンタインの奇跡か。

意外にもからかったり、断ったりせずにそのままチョコを受け取った与作は、その場で包みを開けた。

 

「何だ、こりゃ? 割れてやがるが、元は花かなんかか?」

「ええええええ!!」

叫ぶグレカーレ。思い起こすのはさっきのYURASANで外に出ようとしたときの一幕。あの時にぎゅうぎゅうに押されたので、提督と手をつなげたと思っていたのに、まさか、押されているうちにチョコが割れるなんて!!

「こ、ここに来て特大のマイナスじゃない。せっかく、せっかくあたしが頑張ったのに・・・・・・。こんなのって、こんなのって、ないよう!!」

これまでの上機嫌はどこへ行ったとばかりに泣き出すグレカーレ。

 

しかめっ面でそれを見ていた与作は、チョコを一口食べると、ポンとグレカーレの頭に手をやった。

「ふん、割れてても味は変わらねえだろ。旨いじゃねえか。ありがとよ」

「!!!!!!!!」

信じられぬことが起きたとぽかんと口を開けるグレカーレに、荷物を運ぶのを手伝えと怒鳴る与作。

 

「なんだ、なんだテートク! あたしのこと大好きなんじゃん! 全く!! も~。しょうがないなあ! ホワイトデーはきっちり返してよね! デートで渡してよ!」

一気にハイテンションになると共に、いつもの調子を取り戻したグレカーレにやれやれとため息をつく与作。

 

「何がでえとだ。義理チョコを用意するなんてお前にしては気が利いてると、俺様が気を遣ってやったのが分からねえのか」

「へ? 義理ってなあにテートク」

「義理は義理だよ。それ以上でもそれ以下でもねえ」

 

グレカーレは知らない。本命にしか渡さないイタリアと違って、日本には義理チョコなる謎の制度があることに。

己の提督は義理チョコをもらったと思い込んでいることに。

 

彼女がそれに気が付くのは少し経ってからのことだった・・・・・・。

 

 




登場人物紹介

マエストラーレ・・・ローマから聞いた義理チョコの話に、私達も鬼頭提督にチョコを贈りましょうか! みんな用意してとばかりに姉妹をせっつく。
グレカーレ(伊)・・義理チョコの話、日本のあたしは知ってるのかなと思案顔も、マエストラーレの迫力に負け、一応用意する。
リベッチオ・・・・・ホワイトデーの話をローマに聞き、にこにこしながらチョコを用意。今から何がもらえるかなと期待に胸を膨らませる。
シロッコ・・・・・・リベッチオからホワイトデーの話を聞き、チョコを用意し、箱に付箋で5倍返しね!と貼り付ける。

パオロ大使・・・・・イタリア本国から送られてきたマエストラーレシスターズからの与作宛てのチョコに仰天。本国に事情を問い合わせるも、事実だと告げられ、江ノ島には幸運の神がいると周囲に吹聴するようになる。

長門・・・・・・・・推しの言葉には忠実に従うファンの鏡。後日届いたイタリアからの小包を不審がった大淀により企みが露見する。


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番外編Ⅴ 「アメリカ空母と駆逐のバレンタイン対決」

フレッチャーとサラトガのバレンタイン編。
いつも書いていないサラトガの方がややメインかなと思います。

ブラックコーヒー派の作者は書いてて砂糖吐きそうになりました。


「どうですか、サム。味の方は?」

 

エプロン姿のサラトガは、目の前に座るサミュエル・B・ロバーツに真剣な顔で尋ねた。

「うん、美味しいと思うけど!」

にこやかに答えるサミュエル・B・ロバーツに対し、サラトガははあと小さくため息をつく。

「サムはどれを食べても美味しいと言いますね。正直あまり参考にならないと言うか」

「だって美味しいから仕方ないじゃない! シスターサラのチョコレートケーキを嫌いな人間なんてこの世にいないよ!」

「そうでしょうか。最近イントレピッドやガンビーもめっきり試食してくれなくなってしまって・・・・・・」

「そりゃ、この有様だったらそうじゃない?」

 

サミュエル・B・ロバーツはキッチンの中を見回す。そこにあるのは数限りないチョコレートケーキの試作品たちだ。究極のチョコレートケーキを作ると意気込んだサラトガが、日夜研究に研究を重ねた結果生み出されたそれらは、色々な艦娘の手を借りながら少しずつ消費されているが、凝り性のサラトガが次から次へと作りだすためケーキが溜まる一方だ。

 

「それにしても、一体なんで急にチョコレートケーキを作る気になったのさー。アイオワもワシントンも、最近サラがビールでもワインでもおつまみの代わりにケーキを出してくると愚痴ってたよ」

「え!? あの二人がそんなことを? それはそのう・・・・・・」

言い淀むサラトガに対し、サミュエル・B・ロバーツは先日のジョンストンとの通話を思い出した。日本の江ノ島鎮守府に着任したジョンストンに調子はどうかと通信を入れたところ、自分は元気だが、バレンタインが近くて鎮守府が殺気立っていると告げられた。

 

「バレンタインが近づくと、どうして殺気立つの?」

「うちの鎮守府、ヨサクのことが好きな艦娘ばかりでね。あたしも渡すつもりなんだけど、正直姉さんの熱量がすごくてちょっと引いてるところ」

その時はふうん、そうかと流していたが、そう言えば身近に鬼頭提督の熱烈なファンがいることを忘れていた。

 

「ヨサクに渡すつもりなんだね!」

ずばりと言ってのけるサミュエル・B・ロバーツに、サラトガは顔を真っ赤にする。

「さ、サム! ヨサクなんて呼び捨ては駄目よ! キトウ提督と言わないと!」

「ええ~! ジョンストンだって言っているし、良いじゃない。サラも言えばいいよ」

「うえっ!? わ、私が? そんな、それは・・・・・・」

 

増々照れるサラトガに、サミュエル・B・ロバーツはどうしたものかと思案する。

サラトガは、米国艦娘の姉的立場であり、多くの艦娘に慕われている。その彼女の恋路を応援したいと思うのは当然だろう。

 

(日本のみんなには悪いけど、当然だよね!)

イントレピッドやアイオワは無理だが、まだサウスダコタや、ホーネット辺りは訓練中でケーキを食べていない。その彼らにサラトガを応援するためと話せば、血の気の荒いサウスダコタなどは喜んで協力してくれることだろう。

(後は基地の人達にも協力してもらって。うん、面白くなってきた!)

すっかりその気になったサミュエル・B・ロバーツはにこやかに微笑んだ。

 

                   ⚓

 

一方、日本の江ノ島鎮守府では。

キッチンに足を踏み入れたジョンストンが、その惨状に悲鳴を上げていた。

 

「ちょっと姉さん! 作り過ぎ!!」

うず高く積まれたチョコレートパンケーキの山に、ジョンストンは顔をひくつかせる。

一体どれだけの思いがあればここまで行くのか。自分とて、ヨサクのことは悪しからず思っているが、これはいくら何でも愛情過多というものだ。

 

「ええ!? そ、そうかしら。提督がどんな味がお好きかしらと考えていたら熱が入ってしまって」

「今にもパンケーキショップを開けるわよ、この量。どうすんのよ、これ。みんなで食べても余るわよ!」

「ダメよ、鎮守府のみんなで食べるのは! 提督に気付かれてしまうもの。大丈夫。憲兵のお爺さんが知り合いに配ってくれるとかできちんと処理はできるから」

「なら大丈夫ね・・・・・・。じゃなーい!! また作り始めたらどんどんと溜まっていくばかりでしょ! そもそもヨサクがチョコレートパンケーキが好きって決めつけてるけど大丈夫なの?」

ジョンストンの一言に、お玉を落とすフレッチャー。

「え!?」

「いや、だってそうでしょ。あたしはそんなにヨサクとの付き合いが長くないから分からないけど、ヨサクって甘いもの好きなの? コーヒーが好きなのは知ってるけどさ」

「そう言えば、提督が飲んでいる缶コーヒーはブラックだったわ・・・・・・」

「いきなり渡さずにリサーチした方がいいんじゃないの?」

 

ジョンストンの言うことに、もっともだとフレッチャーは同意する。クリスマスなどの催しで普通にケーキを食べていたため提督は甘いものが好きと判断していたが、ひょっとすると食べられるだけで苦手かもしれない。ただでさえ、たくさんのチョコレートをもらうと予想される提督に、自らが負担をかけるのはいたたまれないと、すぐさまフレッチャーはキッチンを後にする。

「ちょ、ちょっと姉さん!? 後片付けは? ちょっと!!」

提督が絡むと微妙に暴走する姉を尻目に、ジョンストンは仕方がないと洗い物を始めた。

 

「はあ? 俺様が甘いものが好きかって? まあ嫌いじゃねえぞ。普通に食うな」

「ありがとうございます、提督! 私、頑張りますね!」

疾風のようにやってきて去っていくフレッチャーに与作は首を傾げる。

「なんだ、あいつ。最近とみに変じゃねえか。ため息をついたり、ぼおっとしたり。疲れてんのか?」

「驚いた。提督って、結構みんなのこと見てるんだねえ」

そう話すのは、今日の秘書艦である北上。

「それにしても、提督も隅におけないなー。バレンタインの日にはお腹壊すんじゃないの?」

「生憎と俺様は道に落ちている物を拾い食いしても壊さぬように腹は十分鍛えてある。第一なんでバレンタインの日に俺様がお腹を壊すって話になるんだ。意味が分からねえぞ」

「え!? 提督マジで言ってんの?」

「ははあ。どいつかが俺様宛ての義理チョコに下剤を混ぜるってことかあ? そんな愉快な真似をしてくれた奴は梅干しで吊り下げの刑に処してやるぜ」

「いや、そうじゃなくてさ・・・・・・」

己の提督の余りの分からなさに北上は頭を抱えた。    

 

自室に戻ったフレッチャーがまずしたのは、提督の好みを探ることだった。

元ペア艦の時雨に聞くのが早いが、なんとなく聞きづらい。結局彼女が、提督について話を聞くことにしたのは、以前会話したことのある佐渡ヶ島鎮守府の織田提督だった。

 

「成程。鬼頭氏の好みについてですな! いや、養成学校時代の同期である私を頼っていただき光栄です。何でも聞いてください。いくらでもご助力いたします」

満面の笑みで通信に出た織田提督は、養成学校時代時雨を除くと、最も与作と行動を共にしていた人物である。事細かにその好みについて答え、教えてくれた。熱心にそれをメモしたフレッチャーは、最後に提督が養成学校時代に通っていた喫茶店などは無いかと尋ねた。

「鬼頭氏が通っていた喫茶店ですか? 喫茶店ではありませんが、フルーツパーラーならこっそり通われていましたな。今はその店はありませんが」

「詳しく教えてください!」

飽くなき探求心で次々と質問をしてくるフレッチャーに織田はうんうんと頷いた。例の一件以来どうしているかと思っていたが、ここまで明るくなったとは。やはり鬼頭提督は自分達の盟主たるにふさわしい。

「後でそちらに詳しい情報を送っておきます。ご健闘を祈りますよ」

彼本来のスタンスから言えば、全ての駆逐艦娘には平等に接するのを信条としていたが、年に一回のイベントだ。自分をせっかく頼ってきてくれた艦娘がいい目を見てもいいだろう。

徹頭徹尾紳士に対応する織田に、フレッチャーが丁寧に礼を述べる。

「いえいえ。そのお言葉だけで結構です」

満足そうに頷きながら、織田は通信を切った。

 

                    ⚓

 

ごしごしと眠い目をこすりながらやって来たアトランタに対し、今日の調理当番のジョンストンが声を掛ける。

「随分眠そうね、アトランタ。コーヒーどう?」

「もらう。Thanks。最近、夜中にサムから頻繁に通信がかかってきてさ。寝不足・・・・・・」

「サムから? なんで?」

「サラトガが作るケーキについて助言して欲しいんだって。どうもサラ、本気でうちの提督さんが好きみたいなんだよね」

「ええええ! う、嘘でしょ!! 初耳よ!」

「前から言ってたじゃん、ファンだって。あんたが来るときだってお土産しっかり渡してたでしょ」

「そ、そう言えば・・・・・・」

ジョンストンは思い出す。彼女が初めて来日した時に、サラトガは鬼頭提督にとマグカップとコーヒーを渡して来た。単なるお礼と思って気にしていなかったのだが。

 

ジョンストンの返答を聞いて、アトランタは目を丸くする。

「マジ? サラと通信したことない? 本人、隠しているつもりだけど、提督さんが使ってるのと同じの使ってるんだよ」

「そ、それってペアマグってことじゃない、本当なの!?」

「うん。通信にばっちり映ってるもの」

 

驚愕の事実にジョンストンは声を上げる。

米国でサラトガと言えば、シスターサラと呼ばれ、男女問わず人気があり、米国で行われたお嫁さんにしたい艦娘ランキングで堂々の一位に選ばれた存在だ。そんな艦娘が自分のことが好きと分かれば、あのヨサクでもぐらりと来ることは間違いない。

 

付き合いの短いジョンストンは提督のためならば身を引くことは簡単だが、あの山のようなパンケーキを作る姉がそれに耐えられるだろうか。

一番の問題はケーキとパンケーキで渡すものが微妙にかぶっていないかということだ。

チョコを主体にする場合、味が似たようなものになる可能性がある。

 

「あ、あたしからもサムに連絡してみるわ。これは色々と面倒くさいことになりそうね!」

 

世話焼きのジョンストンは、起こりうる最悪の事態を想定しつつ、サミュエル・B・ロバーツに連絡を取ることに決めた。

 

夜。

久しぶりに話すサミュエル・B・ロバーツのどことなく疲れた表情に、ジョンストンは既視感が否めなかった。

勘違いだろうか。今朝同じような表情をアトランタもしていたような気がする。

「Hi、サム。久しぶりね。ちょっと聞きたいことがあるの。いいかしら」

ジョンストンが挨拶もそこそこに、バレンタインの話を振る。フレッチャーとサラトガが贈るものが似ており、このままでは提督の中で優劣が決まってしまう。お互いに真心を込めて贈る以上、それは本意ではないだろうと。

「ええ!? フレッチャーはパンケーキにする予定なの!」

サミュエル・B・ロバーツはなんてこったと声を上げたが、ジョンストンとは違い、カテゴリーが同じだけで、完全に一緒ではないのだから、ありなんじゃないというのが彼女の意見だった。

 

「よく分からないけど、シチューとクラムチャウダーの違いほどは無いんじゃないの」

「ああ、言いたいことは何となくわかるわ。」

「それに、白黒はっきりつけた方がいいんじゃない? ちなみに私はシスターサラの応援をするからね!」

「ちょ、ちょっと何言ってるのよ、サム。だから穏便に行くようにって言ってるでしょうが!」

「遅いよ、ジョンストン。今米国艦娘の多くはサラトガを応援しようってなってるんだよ! 今更違うものにしろとかできる訳ないよ!」

「誰がそんな風に周りを焚きつけたのよ・・・・・・。って、あんたじゃないの? その犯人!」

「酷い! 確かに周りの人に理由を話して味見をしてもらってたんだけどね。お蔭でなんてことをするのって、さっきまでサラにお説教されてたんだけど・・・・・・」

びっとジョンストンを指差し、サミュエル・B・ロバーツは宣言する。

「フレッチャーに伝えておいて! どっちがヨサクの心を掴めるか! 日米ケーキ対決だって!」

「いや、姉さんは所属は江ノ島だけど米国駆逐艦だから日米にはならないでしょ・・・・・・」

ジョンストンの抗議も空しく、やる気満々のサミュエル・B・ロバーツは勝手に勝負の日時を設定すると、その日に間に合うようにケーキを空輸するといい通信を一方的に切った。

 

「なんだかおかしなことになってるわねえ。こりゃ、アトランタも寝不足になる訳だ」

どうしたものかと頭を悩ませるが、いいアイデアが浮かばず、ジョンストンはとりあえず寝ることにした。

 

                    ⚓

そして、決戦当日。あれよあれよという間に会場、試合形式が決められ、気づけば江ノ島鎮守府の米国艦3隻と与作は横須賀にある米軍基地にいた。ジョンストンが話をしてから半月と経っていないのに、さすがに米国はやることが素早く大げさだ。

横須賀基地司令のコーネルは勝負の見届け人を名乗り、招待した江ノ島鎮守府一行にソファを勧める。旧知のアトランタはかつての上官がやおらタキシードを着、厳かに勝負の開始を告げる姿に思わず吹き出しそうになった。

 

「それでは、これより日米ケーキ対決を行う」

会場となった司令室の一角に設けられた大型モニターには米国本土にいるサラトガ達の姿が映っている。フレッチャーはサラトガの方を見て軽く微笑むと、基地のキッチンへと移動した。

 

公平を期し、先に食べられるのは距離的にハンデのあるサラトガの物となった。

口をへの字にしながらぶっきらぼうにトレイを持ってきたアトランタがフタを開けると、それを見た与作は驚きに目を丸くする。

 

「お、おい。こいつはまさか・・・・・・」

「え!? ヨサク、知っているの?」

「それは世界最高のチョコレートケーキと呼ばれているものです」

自らが作ったものを与作が知っていたのが嬉しいのか笑顔でサラトガは言った。

「やっぱりな。だが、あれは生ケーキの筈だぞ。とてもじゃねえが、普通に米国から運んだんじゃ間に合わない筈だ」

「ああ。昨日エアフォースワンで届いた。ウィルソン作戦部長が大統領を説得したそうだ」

「ちょっとちょっと。いいの、大統領専用機にケーキ運ばせるの」

アトランタが突っ込むが、コーネルは問題ないとにべもない。

 

「それで、そのう。キト「ヨサク!」ヨ、ヨサク・・・・・、味はどうでしょう・・・・・・」

もじもじとするサラトガの横でサミュエル・B・ロバーツがあれこれと声を掛けているが、小声のためか聞こえない。

与作は、それじゃもらうかと一口食べて余りの衝撃に手を止める。

「おい、こいつあ。スポンジを使ってねえな」

「は、はい。チョコとメレンゲで仕上げてます」

「うん。こいつはすげえ。しゃくしゃくとした食感が、なんともいえねえな。普通チョコケーキというと、どうしても甘いだけのものや食べると重たいものが多いが、こいつは違う。フォークが止まらねえぞ!」

「本当ですか! う、嬉しいです・・・・・・」

「しかし、よくお前さん、このレシピ知ってやがったな」

「ポルトガルの本店で修業した方に教えていただいたんです。一番いいなと思うのを差し上げたくて。あの、ヨサク。サラのカップ、使っていただけていますか?」

「ああ、お前がくれた奴だろ。俺様はよくコーヒーを飲むからな。しょっちゅう使ってるぞ」

「本当ですか!?」

サラトガが叫んだかと思うと、ばっと顔を伏せた。

その分かりやすすぎる反応に、さすがの提督も気付くだろうとジョンストンはやきもきしたが、当の本人は、口直しのコーヒーを堪能するのに余念がない。

 

「よし、それでは続けてフレッチャーのだ。フレッチャー準備はいいか?」

「はい。出来ています」

フレッチャーは静かにキッチンを後にした。

キッチンに備え付けられているモニターから、与作の反応は分かっている。サラトガの出したケーキは世界最高の名に恥じないものだ。安易な物では到底超えられない。だが、提督を思う気持ちは誰にも負けたくない。

「こちらが私のケーキになります」

フレッチャーがフタを開けると、中から出てきたのは何の変哲もないパンケーキ。いや、日本の家庭でよく作られているホットケーキと言った方が正しいかもしれない。

巷でよくあるふわふわなものでなく、生クリームがかかっている訳でもない。

「こちらのバターとメイプルシロップをお使いになってください」

「ちょ、ちょっと姉さん! ただのホットケーキって何を考えているのよ!」

「いや、ジョンストン! ちょっと待て!!」

姉が奇行に走ったかと声を上げたジョンストンを制したのは、与作だ。

目を大きく見開いた与作は、まず二枚重ねのホットケーキに丁寧にバターを塗った後、切れ目をいれ、メイプルシロップを垂らしたホットケーキを口にした。

「こいつはまた、懐かしいものを・・・・・・。織田の野郎に聞いたのか? 時雨の奴は知らないからな」

「なんだ、どういうことなんだ、キトウ提督。私には普通のホットケーキにしか見えんが」

皆の疑問を代表し、コーネルが尋ねると、与作はこれは失われたホットケーキだと答えた。

「失われたホットケーキ?」

「ああ。昔神田に俺様の行きつけのフルーツパーラーがあってな。そこのホットケーキ目当てで通っていたのよ。食通で有名な作家が絶賛していたからどんなもんかと行った時から気に入っちまってなあ。ああ、この味。この匂い。昔を思い出すぜ。よく食わせてくれたもんだ」

しみじみと語る与作にはいつもの鬼畜提督の面影は全く見られない。

「織田提督に教えていただきました。提督が通われたお店は無くなってしまいましたが、そのお店出身の方たちが他の場所に店を出されていまして。事情を言って、作り方を教えていただきました」

「そうだったのか。昔閉店の時行ったきりだったから、全然知らなかったぜ」

「生クリームや、チョコを付け足そうかと思いましたが、提督のお好みではないだろうと敢えてつけていません」

「賢明だな。俺様の好みをよく分かってやがる。このホットケーキはそのままが一番だ」

ぺろりと平らげた与作の様子を見て、嬉しそうにフレッチャーが頷く。

「ありがとうございます、提督。私にとって一番の誉め言葉です」

 

「それでは、鬼頭提督。どっちの方が美味しかったか。判断を下していただきたい」

 

恭しくコーネルが告げる。

固唾をのんで見守る横須賀米軍基地の面々と、モニターの向こうの米国艦娘達。

 

「これは分が悪いかもね」

アトランタが眉を顰め、

「姉さん・・・・・・」

ジョンストンがぎゅっと両手を握り、何かに祈る。

 

与作が出した判定は・・・・・・・引き分けだった。

 

「おいおい! キトウ提督!! どういうことだよ、納得できねえぞ!」

「ちょ、ちょっと! サウスダコタ! 落ち着きなさいったら。キトウ提督。米国空母のホーネットよ。私達、サラの応援をしていたから、きちんとした理由を聞きたいわ」

 

「俺様が直接言わなくても、当事者同士は分かっているみてえだがな。どうだ、サラトガ。お前も自分の方が勝っていると思うのか?」

与作に水を向けられ、サラトガはふるふると首を振る。

「いいえ、ヨサク。サラでもこの勝負は引き分けにします」

 

サラトガの意外な言葉に彼女をずっとサポートしてきたサミュエル・B・ロバーツが不満の声を漏らす。

「なんで!? 世界最高のケーキだよ。おまけにフレッチャーはチョコを使ってないじゃん!」

「ケーキ対決としたのは貴方よ、サム。チョコの有無は関係ない。サラはヨサクに喜んで欲しいと世界最高のチョコレートケーキを用意し、フレッチャーはヨサクに喜んで欲しいと彼が一番喜びそうなケーキを用意した。その気持ちに違いはない。どっちが上か下かと決めることじゃないわ」

サラトガの言葉にフレッチャーもこくりと頷いた。

「ええ。私もそう思います。何としても提督に美味しいものを食べさせてあげたいという、シスターサラの思い、伝わりました。私と一緒です」

 

「当人同士が納得しているんだ。それ以上言う事はないだろう? 野暮ってもんだぜ?」

「成程ね。そういうことなら納得するしかないわね。残念だけど」

「私は納得できねえぞ。白黒決めてくれないと、賭けが成立しない!」

「それは貴方の都合でしょ! 全く・・・・・・」

ぶつくさと文句を言うサウスダコタを、ホーネットを始めとした何人かの艦娘が連れていく。

残ったのは、サラトガとサミュエル・B・ロバーツの二人だ。

 

「あの、ヨサクにだけ伝えたいことがあるのだけれど・・・・・・」

意を決したサラトガの言葉に皆が何かを察し、すぐさまその場を離れる。

「何だ、どうした。俺様に何か用か?」

「あの、えええと。ケーキいかがでしたか? サラはケーキ作りが得意なんです」

「ほう、そうか。そいつはいいな。うちの鎮守府で料理をしない連中に爪の垢でも飲ませたいくらいだ」

「料理でよく作るのはターキーサンドウィッチですね。簡単に手早く作れるので・・・・・・。って痛い!?」

「あん? どうした?」

「い、いえ。いきなり消しゴムが飛んできて・・・・・・。ええと、その、ヨサクは毎日サンドウィッチ、作って欲しかったりしますか?」

「そりゃもちろんそうだ。うちの鎮守府はがきんちょが多くてな。中にはいくら言おうと料理をしねえとんでもない奴もいるのよ。間宮や伊良湖もいねえから秋津洲が来る前は俺様がしょちゅう作ってたんだぜ」

ごくりとサラトガは唾を飲み込む。

「そうなんですか。いつか・・・・・、いつか、サラもヨサクと同じキッチンに立ちたいです」

「お前みたいな奴なら大歓迎よ。そん時は俺様の特製オムライスでも食わせてやろう」

「Really? 楽しみに、本当に楽しみにしていますね・・・・・・」

                 ⚓

鎮守府への帰りの車内では、なんとなくしっくりこないアトランタとジョンストンがモヤモヤした気持ちを持て余していた。

 

「ねえ、アトランタ。結局シスターサラの話、なんだったと思う?」

「分からない・・・・・・。提督さんが何も言っていないから、あたし達がびっくりするようなことは無さそうだけど」

「そこをずばっと聞けないかな。姉さんも絶対気になってる筈だって」

「そうかな。あたしにはそうは見えないんだけどな。こういうのって聞くのが難しいよね」

 

小声で話していたのが、運転席の与作に聞こえたらしい。

「なんだ、ぶつぶつと。さては、俺様ばかりケーキを食べたから羨ましいんだな。ふん。たまにはこういう役得がねえとやってられねえんだよ」

「提督に喜んでいただけてよかったです・・・・・・」

感無量といった感じのフレッチャーが、満足げに微笑むのを見て、二人は理解する。

勝ち負けとか関係ない。提督に喜んで欲しい。

フレッチャーの今回の勝負に賭ける気持ちは、ただ、それだけなのだと。

 

「まあ、散々通った俺様からすれば、後もう少しで完璧だったな」

「それは残念です。改善点を教えていただけたら直します」

「口で言うのは難しいんだよなあ。おう、そうだ。今度の休みにお前の言っていた、例の店の味を受け継いでいるってとこに行くことにしよう。俺様がれくちゃあしてやるぜ」

「本当ですか? 嬉しいです、提督!!」

 

ギラギラと眩い光を放つフレッチャーの姿に口をぱくぱくとさせるジョンストン。

その肩をポンと叩いたアトランタは口元に指を当ててつぶやいた。

「何も言わないのがベスト。野暮になりたくなければ」

 

                  ⚓

「んもう! どうしてしっかりはっきりヨサクが好きって言わないのさ~!」

ぷりぷりと怒るサミュエル・B・ロバーツに対し、通信機の前に座ったサラトガはほうと満足そうなため息をつき、暗くなった画面を見つめていた。

 

「ヨサクはサラのサンドウィッチが食べたいと言ってくれましたよ? 一緒にキッチンに立つのは大歓迎だって」

「あれってそういう意味で言ってたのかなあ。私にはそうは見えなかったんだけど」

思いの丈を込めた場面を見られ、さすがにサラトガは頬を膨らませる。

「んもう! 二人きりにして欲しいと言っていたのに。さては、途中で消しゴムを投げたの、サムですね? 酷いです・・・・・・」

「檄を飛ばしたんだよ。消しゴムにちゃんとメッセージを書いといたでしょ?」

「メッセージ?」

サラトガが近くにあった消しゴムを拾いあげると、そこには『GO!!!』とだけ書かれていた。

「ふふっ。そうですね。行きたいです、彼の鎮守府に。ジョンストンやフレッチャー、アトランタの表情、サムも見ましたか? あんなに生き生きしていて、とても楽しそう。きっとヨサクが素晴らしい提督だからでしょうね」

「そこまで言うなら何で!」

「フレッチャーに負けたな、と思ったのです・・・・・・」

 

サラトガは語る。与作が引き分けと言ったので、彼女自身も引き分けだということにしたが、より喜んでいたのはフレッチャーの出したケーキなのだと。

「ヨサクが何をあげたら喜ぶのか、そうフレッチャーは考えていました。ヨサク以外の人なら値段や話題でサラのケーキの勝ちとしたと思います」

「そりゃ、フレッチャーはヨサクといつも一緒にいるんだもん! 好みだって分かるし、ハンデがあるじゃん!」

「いいえ、サム。聞こうと思えば聞けたのです。アトランタに聞いてもらうこともできたでしょう。少しでも良いものを、と思っていたのに相手を思いやるその気持ちが抜けていました。だ、だからサラ、考えました」

「何を?」

「ヨサクと少しでも近づけるように、色々と交流したいな、と。そして、交流を深めて、彼の事をもっと知れたらと」

ぼっと顔を赤らめるサラトガに対し、それはいいことだと太鼓判を押すサミュエル・B・ロバーツ。

「それで、交流ってどうするの? 来日しちゃう?」

「いきなりそれは無理です! ま、まずは文通からかな、と・・・・・・」

「今どき文通!? 顔も合わせて話しているのに? せめて定期的に通信するとか言ってよ!」

「ええええ。そ、そんな。ハードルが高すぎます!」

 

頬を抑えながら、顔をゆでだこのように赤くする空母に対し、駆逐艦はやれやれと首を振った。

「どうも、シスターサラはヨサクが絡むと、ダメダメになるよね。仕方ない。乗りかかった船だし、また私が一肌脱ぐよ!」

「ちょ、ちょっとサム? 貴方が色々しようとすると話が大げさになるから・・・・・・」

 

サラトガの止めるのも聞かずに鉄砲玉のように部屋を飛び出して行ったサミュエル・B・ロバーツ。

 

数か月後、サラトガを日本に送るか否かで米国の世論が二分し、海軍本部長ダン・ウィルソンの頭を悩ませることとなるのはまた別の話……。

 




登場人物紹介

織田提督・・・・・・フレッチャーからの報告に満足げに頷く。その日からバレンタインデー当日までキラは剥がれず。
サウスダコタ・・・・賭けで儲けていい酒を飲もうと思っていたのに、賭け自体が流れ、ホーネットに説教を受けるなど踏んだり蹴ったり。
フレッチャー・・・・提督と行く喫茶店デートに着ていく服を今からジョンストンに相談中。
サミュエル・B ・ロバーツ・・・シスターサラを応援する会を勝手に立ち上げ、会長に就任。
サラトガ・・・・・・フレッチャーに頼み、与作の好きなホットケーキの作り方を聞き、絶賛練習中。後日キッチンがホットケーキだらけになる。


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番外編Ⅵ  「とある鎮守府のバレンタイン模様」

バレンタイン編ラスト。雪風、神鷹、矢矧、夕立、後もんぷちのエピソードです。それぞれのエピソードはこれまであまり出てきてない艦娘を若干長くしているかなと思います。

ブラックコーヒーが手放せなくなりました。



①普通の鎮守府のバレンタイン

 

「はい、提督さん。夕立からのチョコっぽい!」

夕立からのチョコをもらい、にんまりとするパラオ泊地の新藤提督。白露型大好きな彼にとって、養成学校時代からの付き合いである夕立からのチョコは何よりの贈り物だった。

でへへと頬を緩ませる提督の様子に側を通りかかった白露が、ぶうと唇を突き出す。

「あれ!? 提督! さっきは白露のチョコが一番と言ってたじゃない! 夕立のとどっちが一番なの?」

「なあ!? そ、そんな究極の選択を迫られてもな。みんな違ってみんないいだろ!」

「そんないかにもいいこと言ったって感じで言われても、白露は誤魔化されないよ!」

「ちょっと、白露。いい加減にするっぽい。提督さんと夕立は、養成学校時代からの付き合いだから、ぽっと出の白露は夕立と同じと言われただけでよしとするっぽいよ」

「なあんですって!? あんた、なだめているようでいて、あたしに喧嘩を売ってんの?」

「おい、止めろ。お前ら!」

新藤提督は口では止めろというものの、その顔は緩みっぱなしで、内心白露型に奪い合いをされる自分に酔っていることが明白だった。

「ちょっと二人とも! ここは由良の顔に免じて落ち着いて。ね?」

軽巡由良が止めに入るが、二人はがるるるといがみ合うばかりだ。

祥鳳がため息をつきながら、霧島に助けを求める。

「あの、霧島さん。見ていないで助けてください!」

「一旦喧嘩すれば大人しく収まるでしょ?」

パラオ泊地随一の脳筋霧島はそっけなくそう答えた。

 

②オタク提督の鎮守府

 

バレンタイン。それは佐渡島鎮守府に所属する瑞鶴にとって、勝負の日。

一年前、養成学校時代にチョコを渡そうとするも、

「ああ、その日はオンラインコンサートがあるので忙しい」

と断られた記憶が懐かしい。

今にして思えば、あれは先日言っていたマエストラーレシスターズのコンサートではなかろうか。今年は諸々の理由で、バレンタインコンサートは延期となり、ツアーが3月になるとの情報は入手している。自分のバレンタインを阻むものはいない筈だ。

「提督、いる?」

柄にもなく執務室の扉をノックする。いつもはそんなことはしたことはないが、今日に限っては大人しくすると決めたのだ。普段の自分と違う様子を見せれば、いくら提督でも気づくだろう。

「ああ、いるぞ」

素っ気ない返事にいつも通りねと苦笑しつつ、瑞鶴は執務室の中に入った。

 

「何してるの? あんた」

瑞鶴の思い人である織田提督は、執務室の机の上に広げた物をしきりに撮影していた。

「見て分からんか、チョコの撮影会だ」

「チョコ?」

見ると、確かに机の上に広げられたそれは可愛くラッピングされたチョコだった。

(え!? だ、誰が提督にチョコを? 昨日訊いた時にはみんなあたしの後に渡すって言ってたじゃない。どこのどいつよ、淑女協定を破ったのは!)

 

前日の緊急招集を思い出す。酷く遠回しに、提督にチョコを誰が渡すのかを探る瑞鶴に、ため息交じりに応えたのが摩耶だった。

「みんな、瑞鶴の姉貴の後に渡すことにするよ。だから、渡したら逆に教えてくれ」

「それはいいアイデアね! じゃあそうしましょう!」

「全く、とんだ茶ば・・・・って痛え!」

とんだ茶番だと言いかけた天龍を龍田が肘で突いた。せっかく丸く収まりそうなのだ。余計なことを言って、それを覆らせることはあるまい。

「それじゃ、みんな。悪いけど、それでよろしくね!」

るんるん気分でいた瑞鶴は、意外な伏兵がいることに気が付かなかった。

 

「だ、誰からのチョコよ!!」

「聞いて驚くなよ! 江ノ島のフレッチャーさんからだ」

「なんですってえええええええ!!!」

日本海に響き渡るような叫び声が鎮守府中にこだまする。自らの提督がそこそこイケているというのは知っているが、まさか他の鎮守府の艦娘からのチョコとは。おまけに江ノ島鎮守府のフレッチャーと言えば、つい先日のKankanで、『お嫁さんにぴったりな駆逐艦部門』で、堂々の一位をとった存在。さらに言えば、提督の好みともろに合致する。

 

「じょ、冗談でしょ!? 噓でしょ!?」

べそをかく瑞鶴に、織田は目の前のチョコが見えないのかと指差してみせる。

「ふん。これが幻であるものか。正真正銘の本物だ!!」

勝ち誇ったように笑う織田の傍で、瑞鶴はどんよりした空気を醸し出す。

口からはエクトプラズマが出そうだ。

「ふう。撮っても撮っても飽きないな。珠玉の宝石のような輝きだ。だが、気を付けないと溶けてしまう」

丁寧に梱包し直したチョコを、織田は執務室備え付けの冷蔵庫に入れ、『開けたら一か月休みなし。中の物を食べたらこの世の地獄を見せる』と書いたメモを貼り付けた。

 

「それで、俺に何の用だ? 今日は気分がいい。お前の話も聞いてはやれるぞ」

「あ、あの。お、おめでとう・・・・・。よかったわね、フレッチャーからチョコをもらえて」

力なく瑞鶴は提督を見る。決定的な一言は聞きたくない。聞きたくないが、話をしなければ物事は進まない。

「ほお。お前もフレッチャーさんの良さが分かってきたか。これも鬼頭氏のお蔭だな」

「鬼頭提督!?」

そうだ。鬼頭提督だ。あの鬼頭提督がしっかりとフレッチャーを捕まえておかないから自分がこんなに悩んでいるのだ。色々と気を遣ってもらい、いい人かもと思っていたのに。

「そうかしら。フレッチャーの気持ちに気づかない鈍ちんでしょ。だから、こんなことになるのよ。全く鬼頭提督がもうちょっとしっかりしてくれていたら!」

自分でも八つ当たりと分かっているが、瑞鶴は止まらない。そんな彼女を、織田は静かにたしなめる。

「鬼頭氏がフレッチャーさんの気持ちに応えていないのは確かだが、言い過ぎだぞ」

「え!? 鬼頭提督がフレッチャーの気持ちに? ど、どういうことよ」

何が何やら分からず混乱する瑞鶴に、織田は説明する。

このチョコは、鬼頭提督の好みについてフレッチャーに教えた時のお礼であり、かの鎮守府で開催されるバレンタインフェスタで配られるものだと。

「バレンタインフェスタ? 江ノ島じゃそんなことやるのね!」

「ああ」

機嫌が直った瑞鶴とは対照的に、今度は織田がどんよりと落ち込んだ顔を見せた。

「俺としたことが、その情報に気づいたのが、フレッチャーさんからの手紙からでな。『鎮守府でバレンタインフェスタをやりますので、そのおすそ分けです』と書かれていたものだから、慌てて検索したら、皆に知らないのかと総ツッコミを受ける有様だ。急いで江ノ島近辺の宿を抑えようとしたが、鎌倉、横浜方面まで満室という悲惨な状況だった」

「そ、そんなに? どうして?」

「どうして? お前は馬鹿か!」

 

あり得ないとばかりに織田は熱弁をふるう。

奇跡の駆逐艦雪風、イタリア生まれの小悪魔駆逐艦グレカーレ、聖母フレッチャー、米国での事件で一躍有名になったジョンストン、おしゃまな英国駆逐探偵ジャーヴィス。

「そして、何と言っても、あの偉大なる七隻時雨! 俺は密かに江ノ島6(シックス)と呼んでいるくらいだ」

「偉大なる七隻はもう一人、北上さんもいるんだけど。それにアトランタや秋津洲、神鷹だっているでしょうに!」

「神鷹ねえ。確かに神鷹はいいと俺は思うんだ。江ノ島7(セブン)の方が通りがいいし。だが、仲間内では審議対象艦だからなあ。ちなみに大鷹や瑞鳳も同じ対象艦だ」

「そんな話はどうでもいいわよ。あんた、その特定の艦以外を意図的に無視するのをいい加減に止めなさいよ!」

「無視とは失礼だな。相手にしないだけだぞ」

「同じことでしょ、全く!!」

そう言いながらも、瑞鶴はホッとする。よもや、義理チョコでここまで喜んでいたとは。よくよく考えれば、フレッチャーが自らの提督を好きになるほど交流がありはしない。早合点で散々悪態をついた江ノ島の鬼頭提督に内心謝りつつ、瑞鶴はポケットの内側からチョコを取り出した。

 

「これ、あたしから。江ノ島の子たちの代わりって訳じゃないけど。もらったら嬉しいでしょ」

どうせ、お礼の一つも言わないんだろうな。そう思っていた瑞鶴に奇跡が起きる。

「ああ。ありがとう。ちょうどチョコが食べたかったところだ」

「え・・・・・・」

絶句する瑞鶴。ありがとう? ありがとうと言ったのか己の提督は! これまで礼を言われたことなど全くないと言うのに。これがバレンタインの奇跡と言う奴なのか。大晦日にゴトシープランドに行ってから、大きな流れが来ているのかもしれない。

 

「何よ、突然。そんなにチョコが好きなら毎年作ってあげてもいいわよ?」

照れながらも、自分なりに会心の台詞を言えたと内心ドヤ顔の瑞鶴を待っていたのは、提督からの素っ気ない一言。

「いや、そんなに好きではないんだが、撮影をしていたら食べたくなってしまってな。かと言って、お宝チョコを食べる訳にもいかず困っていたんだ。ちょうどよかった」

「は、はあああああ!? 何それ。あたしのチョコがフレッチャーの義理チョコの代わりってこと? ふざけんじゃないわよ!」

「バカ! ふざけているのはお前だ!! どう考えてもお前のチョコの方が下だろうが!!」

提督の決定的な一言に瑞鶴がブチ切れる。正月から今日まで我慢してきたが、そろそろ航空隊のみんなもストレスを発散したいだろう。

「全機爆装、準備出来次第発艦! 目標母港執務室のろくでなし! 節分でぶつけそびれた豆の分までやっちゃって!!」

                      

③おやぢ提督のバレンタイン

 

バレンタイン前日。横須賀鎮守府にある第十艦隊の宿舎では、二人の艦娘が翌日のバレンタインに向けて準備をしていた。

 

「ねえ、阿賀野姉。やっぱりこの図面通りのチョコは不安なんだけど」

 

阿賀野型軽巡3番艦の矢矧にとって初めてのチョコ作りだ。誰に作るのかとうるさく詮索されるのが苦手な彼女にとって、長女の阿賀野に教えを乞うたのは自然の流れだったが、今思えば人選ミスだったかも知れない。

「あら、矢矧。チョコレートを作るのね! 阿賀野がとびっきりの最新鋭チョコを考えてあげる!」

そう上機嫌に請け負った阿賀野が考えついたチョコは、確かに常人では考えつかぬものだろう。

 

「大丈夫だって、矢矧。阿賀野のおにぎりチョコをもらったら、愛しのあの人もメロメロ間違いなしよ!」

 

自信満々に答える長女の姿に不安しかない。ホワイトチョコレートをお米、ブラックチョコレートを海苔とし、おにぎりの形にするという奇想天外なチョコは、中に梅干しに模したストロベリーを入れてあるという意欲作で、食べてみると案外悪くないものの、形に関して矢矧はどうしても気になって仕方がなかった。

 

「そもそもどうしておにぎりの形にするの? 普通に作ればきっと美味しいのに」

「甘い甘い! 矢矧は甘すぎるわ!! 鬼頭提督はkanKanで特集記事が組まれてて、今一番配属されたい鎮守府NO1になった江ノ島の提督さんよ! 全国からファンが押し寄せるに決まってるわ! そんな中で目立つには個性を出していかなきゃダメよ!」

「個性は分かるけど、おにぎりの形にしなくていいじゃない・・・・・・」

「日本人に馴染みのあるお米。そのお米を使ったおにぎりは魂のふるさとよ。きっと鬼頭提督も喜ぶに違いないわ!」

「そうかしら。オーソドックスなもので私はいいんだけど・・・・・・」

「矢矧はいい女になりたいんでしょ!」

「ぐっ・・・・・・。そ、それは確かにそう言ったけど」

恥ずかしそうにうつむく矢矧の肩をばしばしと阿賀野は叩く。

「だったら、今までの自分の殻を破らないとダメよ! 普通にやっていたんじゃ他の鎮守府の子に負けちゃうわよ!!」

 

「勝ち負けの問題なのかしら・・・・・・。何か、大事な物を失いそうな気がするわ」

大丈夫と胸を張る阿賀野に、矢矧はより一層不安を募らせた。

 

                   ⚓

バレンタイン当日の朝。浮かぬ顔の与作が正門に姿を見せると、昨日まで無かった柵や誘導板がきっちりと用意され、まるで売れっ子アイドルの握手会さながらにレーンで仕切られている有様だった。

「なんだあ、こいつは。誰がやったんだ」

「何じゃお前さん、聞いてないのか? なんでもバレンタインデーフェスタの情報が解禁されてから海軍省への問い合わせが相次いでな。江ノ島や藤沢、鎌倉辺りにまで人が押し寄せているという話じゃ。昨夜、大本営から長門さんが来て万全の準備をせねばとやっておったぞ」

「ちょい待ち!? なんで俺様がその話を聞いてねえんだ!」

「多分昨日のうちに言うと、与作がやるのを止めたとか言いそうだからじゃないかな」

 

元ペア艦がひょっこりと顔を見せる。

 

「ふん。残念ながらお前の言う通りだな。こんな面倒くせえイベント。さっさと終わらせたいぜ。大体ジジイよ。本当にうち目当てで来るのか? 誰かのライブとかじゃねえのかよ」

「バカ言え。お前さんには言っておらんかったが、情報解禁日の15分後にはもう徹夜組が並んでおったぞ。片瀬江ノ島駅のタクシーの運ちゃんなどひっきりなしに客が来ると文句を言っておったくらいじゃ」

「その割には並んでいる人間がいねえぞ」

「わしの方で番号札を配布したからな。時間になったら並ぶようきつく言い聞かせておる。もし、その前に並んだら番号札は没収という約束じゃ」

いつもの駆逐艦への駄々甘ぶりとは異なり、一転して有能さを見せる憲兵にさすがの与作もうなるしかない。

「そいつは名案だな。これだけきっちりやっていれば早々混乱することもねえだろう。ひっひっひっひ。後はお前達が苦しむだけだな」

与作が人の悪い笑みを浮かべながら時雨を見る。

「僕たちが苦しむ? どういうことだい?」

「そりゃあ、お前。アイドルの握手会よろしくレーンごとに客が並ぶんだろ? どいつが人気がないかすぐ分かるじゃねえか。精々普段と違って愛想を振りまいておけよ。俺様は高見の見物と行くからなあ」

「え!? 与作聞いてないの? 与作もレーンに並ぶんだよ」

「はああ? 何で俺様が並ぶんだよ。意味が分からねえぞ!!」

「色々な鎮守府の艦娘から直接チョコを渡したいと話が来てるんだってさ。よかったね、人気者で」

「なん・・・・だと?」

途端にテンションが上がるおやぢ提督。

ばしばしと時雨の背中を叩きながら、それを早く言えと上機嫌になる。

「おいおいおい! こいつはいい流れが来ているじゃねえか!! これはめぼしい艦娘がいたらヘッドハンティングするしかねえな。ひゅう! 明日が楽しみだぜええ!!」

浮かれる与作は、時雨がクスリと微笑んだことに気が付かなかった。

 

                      ⚓

いつの間にやら現れた警備のスタッフが、同じくイナゴの群れのように集まった連中を上手にさばいてやがる。すげえな、あいつら。コミケのスタッフと同じぐらいの練度じゃねえか。さばき方がそつがねえ。プロだな。

「番号札が無い方はお帰りください! すでに番号札は配り終わっています。会場の近くにたむろせぬようにお願いします!」

誘導係が声を枯らしてさけんでいるが、よくまあうちみたいな弱小鎮守府のしょぼい祭りに来る気になるな。いるのはがきんちょばっかり。楽しくもなんともないじゃねえか。

 

「提督、緊張するかも!」

俺様の横でぐっと伸びをする秋津洲。そりゃそうだなあ。こんだけの人が来るなんて驚きだも

な。ざっと見た感じじゃ300人以上はいるんじゃないか。

「それにして面倒くさいね、提督。これ、まんま人気投票じゃん」

北上が渋い顔をする。渡すチョコは共通のため、来る人間が選べるのは誰に渡してもらいたいかだ。露骨に差が出るに違いない。こいつは見ものだぜ。誰がどべになるかだな。

「本命がフレッチャー。次がジョンストンやジャーヴィスといった海外艦が人気ってとこじゃない?」

「え? あたしは?」

北上の予想にグレカーレが疑問を呈す。

「ああ、そういやあんたもいたか。いるのが長い古参だから、全くそんな気がしなかったよ」

良いこと言うな、北上。俺様もその意見に全くの同感だ。

「あ、あの。北上さん。私も、一応、その。生まれはドイツなのですが・・・・・・」

おどおどしながらアピールするのは神鷹。そういや、こいつも一応海外生まれだったな。神鷹なんて言っているから、忘れちまうぜ。

「よし、それじゃあ、不人気レーンの奴らは人気レーンの奴らのバックアップに廻れよ!」

「テートク、言い方! 言い方が酷すぎる!!」

「しれえは少しは艦娘の気持ちを勉強した方がいいです!」

「うるせえ奴らだな。ま、せいぜい頑張れ。俺様は精々心の洗濯を楽しむとするぜ」

 

いつもがきんちょばっかりに囲まれている可哀想な俺様だ。

たまにはこうした役得があってもいいだろう。

 

どかりとパイプ椅子に腰かけ、憲兵の爺に合図を出すと、

「それでは、第一回江ノ島鎮守府バレンタインフェスタ開催です!」

大淀の声でアナウンスが流れる。

どうでもいいことだが、第一回ってなんだ。第一回って。二回目以降やるつもりはねえぞ。

 

そんなこんなでるんるん気分の俺様は、チョコお渡しの艦娘レーンをにやにやしながら眺めていたが、やっぱり一番人気はフレッチャーだ。すごいな、あいつ。コミケの大手みたいな列になってるぞ。次いでジョンストン、ジャーヴィス。ここまでは北上の予想通りだが、意外だったのが、どこもそこそこに混んでいるってことだ。ん!? ちょい待て。北上のレーンだけおかしくねえか。何かOLばっかり並んでいるぞ。しかもどいつもこいつも後ろをきょろきょろしやがって。って、あの一番最後尾にいるのは大井か? どうもあいつが指示を出しているみてえだが、よく分からねえな。

 

ぼんやりと周囲の様子を眺めていた俺様に突然声を掛けてきた奴があった。

「あ、あのさ。これ、受け取ってよ」

綾波型駆逐艦の敷波と名乗ったがきんちょは恥ずかしそうに俺様にカステラの箱を渡す。

「佐世保から来たから、チョコカステラ。多分美味しいと思う」

随分とぶっきらぼうな野郎だな。ありがとよ。うまいじゃねえか、これ。残りは後で美味しくいただくからな。

「あ、あの。握手を・・・・・・」

がちがちになりながら手を差し出してくる奴に、さしもの俺様も厳しいことは言えねえ。

しっかり握ってやると、キラキラしながら帰って行きやがった。

「ふう。しょっぱなが駆逐艦とはな。まあ、だが段々とステップアップしていきゃいいだけだ」

 

気を取り直し次から次へと来る艦娘達を相手にする。

「あの! あげる! あとで、食べて・・・ね?」

「ああ、ありがとよ」

「鬼頭提督。お会いできて光栄です!! こちらのチョコレートをどうぞお受け取りください!」

「ありがとよ」

「特製の栗と抹茶を使った和風チョコレートです。自信作なので、どうぞ召し上がってください」

「おう」  

「長波姉さまと作りました。食べて欲しいかもです・・・・・」

「・・・・・・・だあああああ!!」

「ふえ!? どうしました? 何かあったかもですか?」

「かもかもかもかも言いやがって、秋津洲マークⅡか、お前は!!

「ひゃわっ! 高波は秋津洲さんマークⅡじゃありませんかもです!」

 

だから、その語尾がまぎらわしいんだよお、このかも野郎。どう考えてもおかしいじゃねえか。

5連続駆逐艦ばっかり並ぶなんてあり得ねえぞ! 一体全体どうなってやがるんだ。

 

「え!? あの、大本営から来た通達に、チョコを渡しに行く代表は駆逐艦か軽巡に限ると書いてあったかもです。高波たちの鎮守府では、駆逐艦に譲ってあげようという話になり、高波が当たりくじを引きました!」

なんだと? なんだ、そのくそ設定は!!

とりあえず、礼にとメモに適当に書いた俺様のサインを渡してやると、高波はわあと歓声を上げて去っていた。

「一体どいつがそんなくそみたいなことを考えやがったんだ!!」

怒り心頭の俺様の方を、じっと見つめる奴あり。

おい。くそペア艦。目をそらしても無駄だぞ。てめえ、やりやがったな。覚えてやがれよ。

これが終わったらお前の三つ編み引っこ抜いてショートカットにしてやる!

「あ、あの・・・・・・」

怒り心頭の俺様に声を掛けてきたのは、見知った顔。横須賀鎮守府の第十艦隊所属の矢矧だ。

「おお。矢矧じゃねえか。久しぶりだな。どうした? なんか用か?」

「こ、これを」

矢矧が渡してきたのは、竹の皮に包まれたおにぎりだ。なんだ、おい。前みたいに差し入れってことか? 甘いのばかりだったからな。こいつはありがてえ。さっそくいただこうじゃねえか。

 

「えっ!? こ、ここで?」

「何言ってんだ、お前・・・・・・。って甘ええええ!?」

手渡されたおにぎり。ごつごつしていて妙だなとは思ったが、まさかチョコだったとはな!

 

「や、やっぱり! だから言ったのに、阿賀野姉ったら!! ご、ごめんなさい・・・・・・」

ぺこぺこと頭を下げる矢矧にきょとんとする俺様。

「阿賀野がどうしたか知らねえが、俺様は別に怒っちゃいねえぞ。むしろこういうのはありだ」

「ほ、本当ですか! よ、よかった・・・・・・」

ほっと溜息をつく矢矧。ははあ。阿賀野の差し金だな。あいつあれで面白い性格をしてやがるからな。俺様をびっくりさせようと思ったに違いない。

「阿賀野の奴にも礼を言っておいてくれ。楽しませてもらったぜってな。にしても、お前も律儀な奴だな。わざわざ」

「本当はいい女になったという自信がつくまではお会いするつもりは無かったのですが、来てしまいました」

そういや、こいつ。いい女になりたいとか言ってたな。理由はよく分からんが。だが、まあ。

「ユーモアがあるのはいい女の条件だからな。いい女度は上がったんじゃねえか?」

「!!!」

俺様の一言に、矢矧はぷるぷると体を震わせる。なんだ、どうした、おい。トイレなら鎮守府のを使っていいぞ。え? 違う?

「すいません、お時間です。次の方が待っていますので」

剥がし係のスタッフが列から外そうと、矢矧の手を引くが、具合が悪いのかされるがままだ。

なんだ、どうしたんだ。あいつ。あれ。あそこにいるのは阿賀野じゃねえか。矢矧の頭を撫でたかと思ったらお互いに抱き合ってるぞ。何だ、ありゃ。さっぱり意味が分からねえ。

 

                    ⚓

「お疲れ、神鷹! 大丈夫かも?」

「は、はい。なんとか・・・・・・」

そう言いつつも、疲れを見せる神鷹に、秋津洲は持っていたペットボトルを渡す。

「Danke、ありがとうございます・・・・・・。人がたくさんでびっくりしました・・・・・・」

 

提督と行った初詣で人ごみには慣れたつもりでいたが、一人一人と言葉を交わし、手渡していくというのは大人しい神鷹にとっては中々な重労働だった。

 

「後片付けはやっておくから、神鷹はそろそろ時間でしょ」

「え? ほ、本当だ。気付きませんでした・・・・・・」

時計を見て、神鷹は慌てる。その様子を見た秋津洲は、ウインクしてみせた。

「それじゃあ、頑張るかも! お互いにね!!」

 

(私としたことが、危ないところでした・・・・・・)

自室に戻り、ラッピングされたチョコを確認すると、神鷹は執務室に急ぎながら、昨日のことを思い出す。

 

「ごめん、抜け駆けした!」

みんなの前で申し訳なさそうに謝るグレカーレ。

「すいません。私もです。二日前に提督に差し上げてしまいました・・・・・・」

ずるをしたとしょげ返るフレッチャー。

素直に頭を下げる二人に、皆はまあ仕方がないと頷いたが、そこでグレカーレが驚愕の提案をしたのだ。バレンタインデーは二人きりでチョコを渡したいのは皆同じ。だったら、一時間ずつ提督といられる時間を作ってはどうかと。

「その時にはヨサクを独り占めってこと? いいわね、それ」

「Good idea!! ダーリンと好きなだけお喋りできるなんて素敵!!」

賛成多数で可決され、決定したバレンタインデータイム。

順番はくじで決められ、神鷹はイベントが終わった直後という忙しい時間が当たっていた。

 

「おい、大淀。もう金輪際、こんなクソイベントやらねえからな。なぜ!? 当たり前だろうが、来るのはがきんちょどもばっかり。あげくに後半の方はよく分からねえオッサンどもがずらりと並んで握手会だぞ? あんなの俺様は聞いてねえ。高評価の書き込みがものすごい? 俺様を褒めている? 知るか、ボケ。おっさんどもに褒められても何も嬉しくないんだよ!」

 

執務室の中から聞こえてくる提督の怒鳴り声に、神鷹は一瞬身を固くするが、大丈夫と自分に言い聞かせると、扉を開き、声を掛ける。

「ん!? 神鷹じゃねえか。どうした」

「提督、あのショコラ―デを・・・。も、もしよかったら・・・・・・」

「おお。律儀だなお前も。ありがとよ」

与作がばりばりと包装紙を破ると、中から出てきたのは鳥の形をしたチョコレート。

「なんだあ、こいつは何の鳥だ?」

「ええと、それはた・・・・」

鷹です、と言おうとして神鷹ははっと気づく。鷹を食べてください、というのは私を襲ってくださいと言っているようなものではないだろうか。提督はそんなことをする人ではないが、淑女たれという鳳翔さんとの誓いを破ってしまう。

「た?」

「た、多々良沼に来る、は、白鳥です・・・・・・」

「これが白鳥? おいおい。お前。どう見ても足は短いし、他の鳥にしか見えねえぞ!」

「ご、ごめんなさい・・・・・・」

嘘をついたことについて謝る神鷹だが、与作は不器用な自分を恥じていると思ったらしい。

「ふん。まあ、初めてにしては上出来じゃねえか。おまけに多々良沼の白鳥だと? 思い出したくもねえことばかりだ。よく、あそこにパンを撒きに来るおっさんがいてな。手伝うふりしてパンを食ったもんだ」

「え? そ、そうなんですか。確かにあそこはきれいな所ですね」

「そうそう。多々良沼と言えば、面白いことがあってな・・・・・・」

 

思いもかけずついた嘘がきっかけで提督との話が弾んだ神鷹は、上機嫌で執務室を後にした。

 

                    ⚓

時刻は八時。一時間ずつ行われたバレンタインデータイムの最後の一人は、一番最後にくじを引いた雪風だった。

自分の前の番だったのはジャーヴィス。その彼女と廊下ですれ違うと、雪風に向かって無言でサムズアップし去っていった。

 

「しれえ、入りますよ!」

雪風が意を決して中に入ると、与作は仏頂面をしながら、もんぷちを指でつまみ、逆さづりにしていた。

『やめてください、提督! 妖精虐待です!!』

「あほか、お前は!! もらったチョコを摘まみぐいし、あまつさえその食いかけを俺様によこすなどという舐めたことをしやがって、何が虐待だ! これは罰だ、罰!!」

『さすがに皆さんのは怖くて食べていませんよ! 全国の皆さんから提督に送られてきた奴を食べただけです!!』

「どの口が言いやがる! いつ俺様がお前を毒見役にしたんだあ? おまけにてめえ。その残り物を俺様に渡す時になんて言いやがった!」

『え!? 『はい、提督。私の気持ちです』と。 バレンタインってそういう風に渡すと聞いていますよ!』

「それはきちんと自分で買ったやつを渡す場合だ! てめえみてえに他人の、しかも残り物を渡すときに言う台詞じゃねえ!!」

『て、提督痛いです!!』

器用に指でもんぷちの頭をぐりぐりする与作の様子に、雪風は昔を思い出し、ぷっと吹き出した。

「しれえ、ぐりぐりは痛いんで、止めてあげてください」

『た、助かりました、雪風さん!!』

這う這うの体で、出て行くもんぷちを見ながら、雪風は微笑んだ。

「懐かしいですね、しれえ。この鎮守府にしれえが着任してすぐのこと、思い出します」

「ああ、あの時か! 虎の子の資材を使って出てきたのがお前だったからなあ。酷く落ち込んだもんだ」

「艦娘は見た目と年齢が違うんですよ、しれえ!」

「お前、それ。もう百回くらい聞いてるぞ。」

「それだけしれえと過ごしてきたってことです。どうです? 雪風、少しは大人っぽくなりました?」

くるりとその場で一回転して見せる雪風。

「そうだなあ、小学生が中学生くらいにはなったかもな。よかったじゃねえか。成長してるぞ」

「むうっ。その言い方はバカにしていますね!」

「掃除も満足にしなかった時から比べりゃ大進歩だな。料理もやるようになってきたしな」

与作は言いながら、側に置かれたマッサージチェアに座る。以前雪風が座って以来動かなくなった代物はそのまま執務室の置物と化していた。

「全く、どっかの馬鹿が使ってから一向に動かねえ。粗大ごみに出すんでも金がかかるしなあ」

「雪風が座ってみましょうか?」

「それは以前試してみたじゃねえか。結局ダメだっただろうが」

「これは試してません・・・・・・」

 

自然に、ごく自然に雪風は与作の膝の上にちょこんと座る。

 

「はあ!? お前、甘えが過ぎるぞ!」

「いいじゃないですか、しれえ。がきんちょ、なんでしょ?」

「こいつ!! 段々と生意気になりやがって。最初の方の素直さを・・・・・・って、最初からお前、俺様の話をてんで聞いてなかったな」

昔を思い出し、苦笑する与作。

雪風もつられて笑うと、ボール回しでもするように、ぐいっと手を伸ばし、与作の顔に何かを突き付けた。

「なんだ、こいつは」

「チョコです。しれえにあげます」

「おい、こら。ぐいぐい押し付けるんじゃねえ」

与作が中身を開けると、そこにあったのは錨型のチョコレート。

「ふうん。お前にしてはこじゃれてるじゃねえか」

「え? 今食べるんですか?」

「もらったもんはその場で食べるもんだろ。そうしねえともんぷちみたいな奴に食べられる」

与作の言葉に思わず、雪風が振り返る

「ひょっとして、今日来た人達のも食べてたりしますか?」

「当たり前だろうが。ああ、気にするな。俺様の胃はそんじょそこらの連中とは作りが違う」

 

そうじゃないです、と言いながら、雪風は与作から目を離せない。

「ああ。普通に上手いな、これ。お前も成長したもんだ」

「しれえ!!」

感極まった雪風が与作に抱き着いた瞬間・・・・。

 

ぶいーん。

 

突如マッサージチェアが再起動を果たし、雪風はその振動を受け、床に倒れる。

 

「おっ! お前の言う通りじゃねえか! こいつ、機嫌がよくなりやがった! 捨てなくて正解だったぜ」

倒れた自分の心配もせず、笑顔でマッサージチェアに座る己の提督に、雪風は苦笑した。

 

「全く、しれえは女心が本当に分かっていませんね!」

「がきんちょが女心などとおこがましいぞ!」

「仕方がない。初期艦の務めです。雪風が時間いっぱいまで、その話をしてあげます!」

「お前のその上から目線いつからだあ? 初期艦の務めをさぼりまくってやがっただろうが!」

「あの時はあの時です。仕方がないんですよ、憲兵のお爺さんが・・・・・・」

 

着任当時を思い出した提督と雪風の話は、時間を過ぎても終わらなかった。

 

               

 




登場してないチョコも紹介

雪風・・・・・・錨型チョコレート。効果:精神コマンド奇跡
神鷹・・・・・・白鳥?型チョコレート(自己申告)効果:精神コマンド狙撃
グレカーレ・・・薔薇型チョコレート 効果:精神コマンドド根性
フレッチャー・・ホットケーキ 効果:精神コマンド愛
ジョンストン・・チョコクッキー 効果:精神コマンド勇気
時雨・・・・・・ハート形チョコ 効果:精神コマンド切り札
北上・・・・・・おせんべい 効果:精神コマンド奇襲
アトランタ・・・チョコバーガー 効果:精神コマンド直感
ジャーヴィス・・鹿内帽型チョコ 効果・精神コマンド希望
秋津洲・・・・・大艇ちゃん型チョコ 効果:精神コマンド強襲



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番外編 「なにこれグレカーレ④」

グレカーレに優しくしすぎた反動で・・・・・・。

活動報告の方にも書かせていただきましたが、バレンタイン編で感想欄にいくつか質問がありましたので、書いておきます。
RJは審議対象艦か。→審議対象艦かどうかを審議されている状態。心優しい織田提督は対象艦でないと言っていますが、海外のナンバーズは対象艦だろうと言っています。瑞鳳、太鷹、神鷹は審議対象艦。

駆逐艦5連続のチョコは誰から?→敷波たちも含めてます。敷波→山風→朝潮→狭霧→高波です。

※注意!!本編とは全然全く関係ありません。アダルトゲームについて興味の無い方や18歳以下の方はスルーしてください。登場人物が作者の好きだったアダルトゲームについて適当に語ります。

大好きだったソフトメーカーさんへの感謝と応援の意を込めて。

グレ「なにこれグレカーレ、はっじまるよお~!!」



がさごそがさごそ。

 

「う~ん。見当たらねえな。どこへやったかな」

「何探してんの、テートク」

探し物をする与作の横からひょっこり顔を見せるグレカーレ。

 

「うおっ。いきなり姿を見せるんじゃねえ。お前には関係ないもんだ!」

「えーっ。怪しい!」

しっしと追い払われるのも気にせず、首を突っ込むグレカーレを猫の子よろしく首根っこを掴み、吊り下げる与作。

「ちょっと、テートク酷すぎ!! レディへの態度じゃないわよ!!」

「だ・か・ら!! どうして、お前はそういちいち首を突っ込んできやがるんだ!」

「気になるんだから仕方がないじゃない!」

「ったく。俺様は瑞鶴の野郎の頼みごとをこなすので忙しいんだぞ!」

「瑞鶴さん? 佐渡ヶ島鎮守府の? 何を頼んできたの?」

「あいつの好みを変えられないか、だと。正直個人の性的嗜好なんざ、変えるのは無理だと思うが電話で相談されちまってな」

「へえ。いい所あるね、テートク」

「だから、俺様は忙しい。お前はあっち行ってろ!」

「そんなこと言わずに、手伝わせてよ」

「いらん」

再度しっしと追い払うしぐさを見せる提督に怯まず、グレカーレが辺りをうろついていると、何かにつまずく。

「あたっ。なにこれ~~」

「ん!? おっ! そいつだ。随分昔の奴だからなあ。あってよかったぜ」

「あたしのお蔭で見つかったんだから、ちょっとくらい説明してよー」

「仕方ねえな。じゃあ、チラ見せぐらいはしてやるか」

 

 

与作「今回の作品はこれだ。姫狩りダンジョンマイスター。北の大地のエロゲー同盟。ガチで遊べるエロゲーを作ることで定評のあるエウシュリーさんの制作のSRPGだ!」

 

グレ「え!? でも、これパッケージ見るとどう考えても小さい子が写ってるんだけど」

 

与作「ああ。そいつは睡魔リリィ。主人公は魔王でな。勇者に敗れて後そいつに救われるんだ。他の部下はやられちまったんだが、そいつだけ幼いんで助かってたってわけよ。人間に復讐を誓うが、力が無くなった魔王は人間と融合して、何とか生き延びている状態。昔の力が使えない。そこで何とかその使い魔のがきんちょを育てて、昔の力をを取り戻すって話だ」

 

グレ「面白そうだけど、この子が活躍しちゃダメなんじゃないの、瑞鶴さん的に」

 

与作「大丈夫だろう。そいつは成長するんだ。思春期タイプってのと、成人タイプってのに成長し、強くなっていく。げえむの中で、睡魔であっても成長するということが分かれば、さすがのあいつも現実を知るだろう」

 

グレ「そううまくいくかなあ」

 

与作「このげえむは、つい最近までオンラインゲーとしてやっていたくらい人気でな。楽しくやっていたんだが、いかんせん。ガチャの排出やらの兼ね合いが難しいのか2020年の4月で終了しちまった。結構応援していたんで、残念だったぜ」

 

グレ「何が面白いの?」

 

与作「普通にSRPGとして面白いぞ。ガーゴイルなんかの魔物を使って戦う戦闘がまず面白い。それにアイテムを合成したり、強化したり、敵を捕獲して仲間にしたり、洗脳して仲間にしたりが面白いな。」

 

グレ「後半はものの見事にう~んて感じのゲームだね」

 

与作「18禁だから当たり前だ。コンシューマーっぽい流れだけど、実は三角関係でドロドロだとか、主人公が優柔不断って言っているが、傍から見たらただの猿でしかないとかよくあるぞ」

 

グレ「え!? そうなの?」

 

与作「ああ。エロゲーなんてまともそうに見える奴が一番危険だからな。一時期俺様の中では、緑・眼鏡・巨乳はやばいというのが定説だった」

 

グレ「すごい特定している気がする!」

 

与作「ふん。まあいい。ゲーム内の行動で、ロウとカオス、二つのルートに分岐することにもなってるし、当然二週目のお楽しみもある。引継ぎ要素があるし、隠れキャラが仲間になるからな」

 

グレ「隠れキャラ?」

 

与作「ああ。戦女神なんかのシリーズをやっている人間ならご存知だろうぜ、Bエウシュリーちゃんの破壊力と紫の珍獣を・・・・・・」

 

グレ「ブラックエウシュリーちゃん?」

 

与作「エウシュリーのマスコットキャラメイド天使だな。隠しキャラだから初期値が低いわりに成長率がくそ高いからどんどん強くなっていくぞ。おまけにメイド天使のくせにカップラーメンしか作れないし、カップ麺があれば世界が滅びてもいいなどと平気でのたまう」

 

グレ「ほうほう」

 

与作「続編の神採りアルケミーマイスターの方が、より明るい雰囲気だから、こっちを勧めてもいいんだが、あいつが興味を示しそうなのはロり魔法使いしかいないからな。やはり現実を教える意味でも姫狩りをお薦めしといてやるか」

 

グレ「でもそれで治るもんなの? なんだか、前の様子だととてもそうは思わないんだけど」

 

与作「俺様としても個人の嗜好をあれこれするのはどうかと思うからなあ。それに今気づいちまったが、あいつ普通に使い魔を成長させたくないって、がきんちょのままでクリアーしそうだな」

 

グレ「え!? そんなことできるの?」

 

与作「縛りプレイする奴はそうらしい。まあ、他の個別ルートに行けばいいみたいだからな」

 

グレ「からなって、テートクはやったことないの?」

 

与作「愚問だろう。何が悲しくてステータスが低いがきんちょ状態のままでいさせるんだ。意味が分からねえ。やり込みゲーマーだけだろ。そんなことするのは。しゃあないな。奴には別な物を送るか。凌辱物だと瑞鶴の野郎にどやされるかもしれねえから、普通にリメイク版の同級生でも送ってやろう。同級生という割には攻略対象キャラに年上が多いからいいだろう」

 

グレ「ふうん。じゃ、これ。ここに置いてくね」

 

与作「うん!? 珍しいな。お前が勝手に持って行かないなんて!」

 

グレ「酷い目にあったりするのはちょっと・・・・・・」

 

与作「感心。感心。自分ががきんちょと理解したってことだな。それじゃあ、俺様はこれからこいつをやり直すから消えろ」

 

グレ「もっと別のゲームしようよ!」

 

与作「俺様がこの間談話室に用意してやったファミコンで、コンボイの謎をクリアしてきたら考えてやる」

 

グレ「え!? 本当? 絶対だからね!」

 




登場人物紹介

織田提督・・・・・・とりあえず与作にもらったものなので保管
グレカーレ・・・・・開始二秒で死亡。絶叫が木霊する。
エウシュリーちゃん・・・・元々はこちらが最初。様々なエウシュリー作品に参戦する忙しいマスコットキャラ。メイド天使位階第四位。しゃれにならない砲撃を行うマスコットキャラの鑑。


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第五十八話 「絶望の嵐 希望の風(後)」

ウマ娘面白いですね。久々のヒットです。ちゅーとりあるでのハルウララのダントツドベぶりがなんとも・・・・・・。ガチャは渋いですが、良心的範囲で割とおすすめかも。
艦これも新規要素出て欲しいと思う今日この頃。
今一番欲しいのは基地航空隊熟練度を上げるアイテムです。


北上との連絡が途絶えた後ひとしきり暴れた大井は、現れた男たちによって目隠しをされることとなったが、数分経つとそれに猿轡が追加された。次から次へと彼女の口から出てくる罵倒の数々に、監禁する男たちも余程辟易していたのだろう。静かになるとほっとしたのかぺらぺらと色々なことをしゃべり始めた。

 

「本当に大丈夫なんすか? こんなことして」

「上の方からの命令だからな。もう少ししたら帰すって言ってるしよ」

「元艦娘でしょ? 様子見てろって言われても危なくないですか?」

「そう言うな。女見てるだけで金がもらえるんだからいいじゃねえか」

(誰かから依頼された? それに私の素性を知っている・・・・・・)

大井は冷静に男たちの会話から今の状況を把握しようと努める。

元艦娘の中でも成功した部類に入る彼女は多くの媒体に露出し、美人女社長と呼ばれている。

敵も多く、こうした事態も起こるだろうことは織り込み済みだ。

だが、話を聞く限りではどうも二人が自分を攫った実行犯には思えない。自らを攫う際の手並みの良さもさることながら、自分を北上と話をさせたことから二人の関係をよく知っている者の犯行に違いない。だが、そもそも北上の存在は大井以外では古参の秘書しか知らず、彼女が裏切ることは考えにくい。誰か裏で糸を引いていると見るのが正しいだろう。

 

(こいつらは精々が見張り役。とすると、割と大掛かりな組織ってことなのかしら)

訝しむ大井の耳に、新たに違う人間の声が追加された。

「おい、上からの指示だ。もう少しそいつを預かってろとさ」

扉が開き、中に入ってきた人物は、二人より立場が上らしい。

「さっき帰すって電話あったばかりじゃないですか」

「知らんよ。事情があるんだろ」

(どういうこと? 事情が変わったって。まさか、北上様の身に何か?)

常に冷静沈着。業界ではクールビューティーと評判の大井だが、その彼女が態度を豹変させるキーワードが北上だ。この時も北上の身に何かあったかもと考えるや、それまでの様子見の態度から一変し、じたばたと激しく身をよじり始めた。

「ちょっ、なんだ、こいつ!」

「また暴れ始めやがったか!」

(くっ! 固い。何なのよ、これ!)

自らの両手を縛る物が中々外れぬことに苛立った大井は、大きく体を揺さぶりとにかくめったやたらと室内を這いまわる。

「このっ!」

「よせ、危ない。一旦出るぞ。そいつが落ち着くまで外にいよう」

リーダーらしき男の一言で、無情にも扉が閉まる。

(そっちがそうくるなら、こっちだって!)

スーツがどうなろうと、自分の身体が傷つこうと知ったことではない。とにかく、あの男達を問い詰めて、北上が無事かどうか確認しなくては。大井は壁に顔をこすりつけると、荒々しく上下に振った。わずかにできた隙間から、室内の状況が把握できる。先ほどいた場所と変わっていない。様々な資材が置いてある倉庫のようだ。

(鎖? 私これでもか弱い女性なんですけど)

自らの両手を縛っていた物がロープ等の類ではなく、鎖であったことに大井は渋い顔をする。元艦娘と言ってもそこは微妙な女心だ。

(何か固いものは・・・・・。あった!)

加工して使うためのものか。大きな石の塊を見付け、大井はその石に向かって両手を振り下ろす。固く締められた鎖はびくともしない。

(ちょっと! 石の方が削れるだけじゃない!! でも!!)

諦めずに繰り返し手を石に打ち付ける。飛び散った石で、顔のあちこちに擦り傷ができるが今はそれを気にしてはいられない。

(早く、早く、とれなさいよ、この!!)

ムキになった大井が両手を思い切り振りかぶったときだった。

 

「そこで止めとこう」

部屋の中に入って来た者がいた。

(え・・・・・・。あんた、いや貴方は?)

その人物を見て、大井はその場に立ち竦む。自分達とは明らかに違うプレッシャー。存在そのものの密度が違うとでも言うように輝くその姿。

それはまるで、あの北上のようで。

内心毒を吐くことの多い彼女でも、思わず居住まいを正さずにはいられない迫力が、その艦娘からは漂っていた。

 

「いや、今も昔も大井は変わらないね。随分と派手にやったもんだ」

倉庫内のあちこちにできた破壊の後に彼女は肩をすくめてみせると、大井の拘束を解いた。

 

「ひ、響!? で、でも、今の言葉はまさか。き、北上様の・・・・・・」

「ああ」

響はにっこりと微笑みながら、大井の身体をはたく。

暴れまわったためか、あちこちが埃まみれ、泥まみれだ。

「元同僚だよ」

「嘘・・・・・・」

その言葉に大井は絶句する。

北上の元同僚と言えば、彼女達しかあり得ない。地獄すら生温いと呼ばれた鉄底海峡の決戦を生き抜き、人類にひと時の平和をもたらした英雄たち。

「い、偉大なる七隻、響?」

「うん。そんな大層な名前で呼ばれていたね。頼まれてね、助けに来たのさ。それと今の私はヴェールヌイだよ」

ヴェールヌイはこれこれと帽子を指差す。普段かぶっている第六駆逐隊の物とは違う白い帽子は彼女なりのおしゃれであり気が付いて欲しいポイントだ。

だが、大井はそれどころではない。

 

「そ、そんな。偉大なる七隻が私のために? ま、まさか北上様が?」

これまでの疲れも何のその。一気にテンションが高くなる大井は、まったくそれを聞いていない。

「いや、頼まれたのは北上の所属する鎮守府の提督からだよ」

「え!? あいつが? な、なんで私を」

与作の名前が出た途端に顔を顰める大井に、ヴェールヌイはぷっと吹き出す。そう言えば自分の知っている大井も、よく提督のことをあいつだなんのと陰口を叩いて、北上にたしなめられていたっけ。

あっという間にぶつくさと一ダースばかり与作の文句を言い連ねる大井に、ヴェールヌイは依頼主のフォローの必要性を感じた。

「多分、北上が大切なんじゃないかな」

「ちょっ! 響さん! 多分ってどういうことです!」

聞き捨てならない台詞に相手が偉大なる七隻ということも忘れ、噛みつく大井。

大井らしいなと苦笑しながら、ヴェールヌイは答えた。

「本人に聞いたところで絶対に認めないもの。それと、私はヴェールヌイだよ」

 

先頭に立つヴェールヌイの指示の元、用心しながら廊下へと出た大井は、見張りらしい男たちが床にうずくまっているのを見、ぎょっとする。

どれもこれもまるで抵抗の後が見られない。

それこそあっという間に行動不能にされたのだろう。

「一体どうやって・・・・・・」

「まあ、私も色々とやってきているからね」

言葉の端々から感じられる重みに、大井はごくりと喉を鳴らす。

 

ようやく外に出た二人を待っていたのは、数台の車と黒服の外国人達。

「な、何なんです。この人達」

「ああ。昔馴染みに力を借りたんだ。急を要する案件だったからね」

「昔馴染み?」

大井の疑問にヴェールヌイは再度これこれと自分の帽子を指差す。

「ま、まさか・・・・・・。ロシアの?」

「スパシーバ。出してくれるかい。」

恭しく扉を開く屈強な男達にヴェールヌイは礼を言う。

「光栄です」

頭を下げる運転手は心底嬉しそうだ。

ここまで影響力のある人物に気軽に頼む江ノ島鎮守府提督のあり得なさに大井は開いた口が塞がらなかった。

(何なのよ、何者なのよ、あいつ。時雨さん、北上様に続いて、響さんまで!)

心の中でドヤ顔を見せるおやぢを頭の片隅に乱暴に追いやりながら、何とか笑顔を作って大井はヴェールヌイに江ノ島の提督との関係を尋ねた。

 

「私と鬼頭提督の関係? 大事なお客さんだね」

事も無げにヴェールヌイは答える。自分がボランティアとして働いている南極観測船宗谷を彼がよく見学に来ており、それからの付き合いだと。

「そ、それだけ?」

「うん、それだけだよ」

「それだけで、こんな・・・・・・」

ただの知り合いというレベルの関係なのに、普通はここまでやりはしないだろう。

「もちろん、時雨と北上の提督だからだよ。それに、昔の知り合いに似ていてね」

「昔の知り合い?」

「ああ」

一体それは誰のことを言っているのか。

じっと見つめる大井から逃れるようにヴェールヌイは窓の外に視線を移した。

 

                  ⚓

頬をなでる風がどこなく暖かく感じる。

神風はこれまでとの感じ方の違いに思わず苦笑した。

あのジョンストンの熱に浮かされたからだろうか。

どう考えてもこれまでの自分では決してとらないような行動だ。

 

「あんた正気? 囮ってどういうことよ!」

ジョンストンの言葉を思い出す。

酷い言葉を投げかけた自分をも彼女は心配しているらしい。

「そのままの意味よ。あいつを私が引き付けて時間を稼いでいる間に、あんたは島の反対側から出て、この近くの港を目指しなさい。」

「そんなことできる訳ないでしょうが!」

「二人一緒にいるよりもその方が成功率は高いわ。あんたも艦娘ならば何が大事か考えなさい」

今までの神風とは異なる、静かで落ち着いた声だった。

「鎮守府を目指すには時間がかかる。春風達との合流も考えたけど、移動している可能性が高いわ。出会えるか確実でない以上、近くの港から鎮守府に連絡を入れるのが最善ね」

「みすみすあんたが犠牲の羊になろうとしているんじゃないわよね」

すがるように見つめるジョンストンに、神風は穏やかに微笑んで見せた。

「当然。私がいなきゃ演習結果はあんたたちの勝ちになるじゃない」

「何を言ってんのよ!」

「やるか、やらないかでしょ。米国のお嬢さん」

ぽんぽんとジョンストンの頭に手をやり、神風は部屋を後にする。

「私が出たら、裏口から出なさい。流れ弾に当たるんじゃないわよ!」

「神風!」

部屋の入口から出ようとする神風をジョンストンは呼び止めた。

「きちんと戻んなさいよ。あんたにはうんと言いたいことがあるんだから。さっきので済んだと思うんじゃないわよ!!」

「はいはい。耳栓持参でね」

 

やれやれとため息をつき、神風ははっと己を振り返る。

微笑んだり、苦笑したり。つい先ほどの事なのに、まるで遠い昔のことのようだ。

当たり前のことなのに、他のことは考えないようにしてきた。

弱いから出来損ないで、強くないと立場がないと必死になって努力してきたのだ。

相手を突き刺すためにとにかく尖ろうと、身を削り、心を削ってきた。

 

それを無駄だったとは思わない。

けれど、他の道があったのではないだろうか。

 

「おいでなすったわね」

自らを見つけたのか、雨あられと降り注ぐ砲弾に、神風は文句の一つも言いたくなる。

「ったく、容赦がないったら!」

「ハヤク、シレエニアイタインデスヨォ!!」

神風を認識した雪風が苛立ったように攻撃を加えるが、先ほどとは異なり、神風に当たらない。

「ナゼ、ナゼアタラナイ!!」

「見て分からない? 相当耄碌してるわよ、あんた」

からかうように言う神風の姿を、目を凝らして見ていた雪風はハッと気づく。

神風の艤装。そこにあるべきものが存在しない。

いくら大破寸前だと言っても、それが無いのはおかしい。

「シュホウ、ナイ」

「正解」

目前に迫る魚雷を神風はすんでのところで躱す。

「ナンデナンデナンデ!」

雪風が頭を掻きむしる。

「ナンデソコマデスルノ!」

「さあね」

吐き捨てるように言い、神風は距離をとった。

 

 

一方。島の反対側から出向したジョンストンは機関が焼き切れるかもというぐらいの速度で近くの港へと急いでいた。演習前に渡された海域図により海鼠島から程近い港は把握ができている。

 

「一番いいのは哨戒機が見つかることなんだけど」

3機いる無人哨戒機のうち一機は神風が落としてしまった。残りの二機はそれぞれ春風と朝風の戦場にいるのだろう。出会える可能性は無いが、もしかしたらがあり合えるもしれない。

なんとなく、上空を見ながら航行していたジョンストンは一機の彩雲がやってくるのを見、大きく手を振った。

 

「ちょっと、ちょっと!!こっちこっち!!」

一瞬行き過ぎた彩雲は、焦った声を上げるジョンストンに気付いたらしい。

反転し、近くの小島に着陸する。

 

『あれ。どこかでお見掛けした気がしますね』

パイロット妖精に挟まれて、どことなく雰囲気の違う妖精が声を掛けてくる。

「天の助けね! あたしは江ノ島鎮守府のジョンストン。大湊警備府に連絡を取りたいの!」

『江ノ島鎮守府? ダメですよ、そんな嘘を言っちゃあ。江ノ島鎮守府の所属ならば、私が誰だか分かっている筈です!!』

 

ふんすと胸を張る妖精に、怪訝な表情をするジョンストン。どうも、この妖精は江ノ島鎮守府の妖精のようだが、まるで見たことも聞いたこともない。

「え!? だ、だれ?」

『それ見なさい! 江ノ島鎮守府に所属する艦娘さんなら一般常識レベルの話ですよ!』

『ちょっと、女王。ジョンストンさんは今日合流したばかりでしょう? 知る訳ありませんぜ』

『そうそう。しかも、女王は提督から極秘任務とやらを受けていたって散々話してたじゃないすか。初顔合わせなんじゃ?』

『あ、そう言えばそうですね。私は仮名もんぷち。江ノ島鎮守府のしがないマスコットキャラである妖精女王です』

「ツッコミどころが多すぎて困るんだけど、そのあんたがどうしてここにいるの?」

ジョンストンがジト目で見ていることに、全く気付かず、もんぷちは続ける。

 

『こう見えて、私羅針盤妖精上がりでして。とんでもなく嫌な気配を感じ取ったもんですから。こいつは不味いとやってきたんです』

「あんた、最高よ! ヨサクの鎮守府には神の遣いがいるのね!」

『え!? 見る目がありますね、ジョンストンさん。提督とは大違いです。今から電話しますから、私の素晴らしさについて是非語ってやってください!』

 

「はあ!?」

ジョンストンはぽかんと口を開ける。電話する? どうやって。ここは海上ではないか。

 

『北上さんが作らせた妖精電話は高性能ですから。ここからでも余裕でつながるんです。あ、提督。もしもし、私です』

「だ、だったら、あんたの話よりも先にすることがあるでしょ!! あたしに貸しなさいよ、それ!」

呑気に会話しようとするもんぷちから電話を奪いとったジョンストンは消しゴムくらいの大きさの電話に面食らいながらも声を掛ける。

「もしもし、ヨサク!あたしよ!!」

「今度はどいつだ、全く。あたしじゃなくて名乗りやがれ!!」

電話越しに聞こえる声はまさしく、通信機越しに話した人物と同じだ。

「ジョンストンよ、ジョンストン!! 貴方が倒れている間にとんでもないことになってるのよ!!」

                    

「雪風が深海棲艦化だあ? 何考えてんだ、あいつ」

がしがしと頭を掻きむしりながら与作は呟いた。

後は任せると言ったのに、どういう訳だ。

「それぐらいショックだったってことでしょうが! 何としても神風を倒さなきゃってなったのかも」

「だからって、深海棲艦化するかあ? そういう類の話はあるがオカルトの類だろ」

言いつつも、与作は考える。北上は艦娘と深海棲艦は一個の魂の別な側面だと言っていた。

怒りや悲しみといった負の感情が表れ、表面化したのかもしれない。

 

「ちょい、その時のあのびーばーの様子を教えてくれ」

ジョンストンが、深海化した雪風の強さや様子について説明する。

その強さは圧倒的で、あの神風を凌駕するほどだったと。

「神風を超えるだあ? そんなの普通の連中には無理だぞ。あのちんちくりんがいくら悪くなったからってそんな風になるか」

「しれえに会いたいとずっと言ってたわ。神風が鬼頭提督に会えるわよ、って言ったら反応してた。だから、意識はあるんだと思う」

「他には? 些細なことでもいい」

「あたしがヨサクはそんなことをしても喜ばないわよって言ったら知らないって・・・・・・」

「知らない? おい、ジョンストン。そいつは確かか?」

与作の焦った声に、電話越しのジョンストンの声音が固くなる。

「え、ええ。確かよ」

 

低い舌打ちと共に、与作はこんこんとこめかみを叩く。

「面倒くさいことになるかもしれねえ。状況は理解した。とりあえずもんぷちに島の方に行けと伝えてくれ」

与作の話をジョンストンが伝えると、もんぷちは腹を立てた。

『はあ!? 正気ですか、提督! 今の話じゃ叩き落とされますよ!』

「状況がわからにゃ手も打てねえ。それにちょっと気になることがあってな。」

「え!? どういうこと?」

「やれることはやっときたいってことよ。ジョンストンは当初の予定通り、港に直行。そこから俺様の携帯に連絡しろ。番号は・・・・・」

「なんでヨサクの携帯なの。大湊じゃないの?」

「はっきり言えば時間稼ぎだよ。もんぷち達がダメだったと俺様が判断したらすぐさまここの連中に伝える」

「ちょっと、ヨサク。本気?」

「大真面目だよ!! 不良化したうちの馬鹿をどうにかしねえといけねえだろうが」

『だからって、危険すぎますよ! せめて危険手当を要求します!!』

文句をいうもんぷちの横で面白そうに笑う熟練パイロット妖精。

『女王、いい運動になるじゃないですか。ちょっくら足を伸ばしましょうよ』

『そうそう。また楽しい、空の旅にご招待しますぜ!』

『だからって!!』

 

愚図るもんぷちに、与作から言われ、ジョンストンが電話を渡す。

『提督。妖精権というものについてご存知ですか?』

「知るか、ぼけ。お前、行かなかったらとんでもねえことになるぞ」

『ええっ。な、なんでですか!!』

「どこかの馬鹿妖精が俺様の額に素敵なマークを描いていてくれてよお。新顔のがきんちょ駆逐に笑われてぶち切れているところよ。寛大な俺様は言う事を聞いてくれるなら水に流すんだがなあ」

たらたらともんぷちは冷や汗を流す。

『うっ・・・・・・。こ、交渉上手ですね、提督』

「さあ、選べ。行くか、行かないか」

重苦しい提督からのプレッシャーにさしもの傍若無人な妖精女王も首を縦に振らざるを得ない。

『わ、分かりましたよ! その代わりきちんとご褒美も用意してくださいよ!!』

「俺様は公平だ。特別デザートを用意してやろう」

『ほ、本当ですか!! 遂に提督が私にデレる日が来ましたね! ちょっと、貴方達。早く行きなさい! デザートが待ってますよ!!』

すっかり先ほどと態度の変わったもんぷちに、熟練パイロット妖精はこくりと頷くと、再び空へと上がっていく。

 

「大丈夫かしら・・・・・・」

彩雲を見送ったジョンストンは己の為すべきことをしようと、陸地を目指し再び航行を始めた。

 

                    ⚓

一体どれだけの弾薬が収まっていると言うのか。

数限りない攻撃を躱し続けながら、ぜいぜいと荒くなる息を整えながら神風はふと考える。

放たれる攻撃はどれも一撃必殺。全神経を集中し、攻撃を見切ることのみに意識を向ける。

 

「本当に無様ね」

 

先刻までの自分が見たら、馬鹿の一つ覚えで身をよじることしかできない今のこの身をなんと言うだろうか。攻撃手段となる装備を降ろし、勝ち目がない戦いを挑むなどバカらしいと一笑に付すことだろう。

 

連続して相手の動きを凝視する中で、時折頭の片隅で何かがもたげてくる。

 

「私達は出来損ないですから。道具のように使っていただければいいのです」

そう言っていた自分に酷く怒っていた人がいた。

あれは誰だっただろうか。

 

「避けるだけでみっともない」

放たれた魚雷を再び躱す。

何だ、あの無尽蔵の力は。反則じゃないか。いくらこちらが近づこうと思っても、存在自体が違うと認識させられてしまう彼女達みたいじゃないか。

そう思った時、ふいに神風は思い出した。思い出してしまった。

出来損ないだと自暴自棄になる自分に、ふざけるなと怒ったその人物を。

 

「神風さん・・・・・・」

原初の艦娘神風。建造されたばかりの自分を妹のように我が子のように迎えてくれた彼女。

「建造されたのが私と聞いて飛び上がって喜んだわよ」

笑顔で喜んでいた彼女。

 

そんな彼女の強さに憧れて。

そんな彼女のように人々の役に立ちたくて。

色々な物を捨ててまで目指してきたのに。

 

「あんたは道具じゃない! 艦娘でしょ!!」

強い言葉で叱られ、後を託されたというのに。

どうして、それを今まで忘れていたのだろうか。

 

「ぐっ!!!」

躱しそびれ、左腕に激痛が走る。艤装の保護も貫通するほどの衝撃に思わず神風は顔を歪める。

そっと右手でリボンを確認する。長い間使い続けてボロボロになったそれは、彼女からもらった大切なもの。

「よかった。あるわね」

神風は安堵し、再び思い出す。リボンをくれた時に、原初の神風は何と言っていたかを。

頑なになっていた自分には、それは敵を侮るなという言葉にしか聞こえなかった。

 

「見上げず、見下げず、前を見よ、か」

今思えば、それは自分を鼓舞するための言葉だったのだろう。

自分は駄目だと相手はすごいと見上げるのでなく。

自分は強い相手は弱いと見下げるのでなく。

出来損ないではない。前を向いて進んでいきなさいと。

 

「後ろばっかり見てたなあ」

思わず、口の端を上げ苦笑する自分に気付き、神風がやれやれと首を振った時だった。

 

ぶうん。

 

雲の隙間からこちらに向かって飛行する何かが目に入った。

 

「あれは? 彩雲?」

「ジャマダ!!」

 

雪風の攻撃が彩雲に移る。おびただしいまでの対空砲火の嵐にさらされながらも、周囲を飛び回ったかと思うと、神風の方にふわふわと何かを落としていく。

「ちょ、ちょっと。何!」

慌てて神風が右手でそれをキャッチすると、パラシュートを付けた妖精だ。

『全く、あいつらときたら!! もっとましなやり方はないんですか!!』

ぷりぷりと怒る妖精に対し、彩雲は再度雪風へと向かって行く。

 

「味方? 何なのあんた」

『私は仮称もんぷち。江ノ島鎮守府の影の支配者です。思ったより私の知名度も低いようですね。これも全部提督のせいです。私の手柄を自分のことのように言うから』

ぶつくさと言いながら消しゴム大の大きさの電話を渡してくるもんぷちに対し、電話の向こうから怒鳴る声が聞こえる。

「電話? そ、その声はまさか・・・・・・」

あり得ない。麻酔でぐっすりと眠っている筈だ。一体どうやって目覚めたと言うのか。

『ああ、私がざめはを使ったんです』

ドヤ顔でざめはとは何かについて語るもんぷちの態度に神風は呆れながら電話をとった。

 

「神風よぉ。うちのがきんちょを更生させるのに、ちいとばかし力を貸してくれ、頼むわ」

ぶっきらぼうに言うのはまさしく江ノ島鎮守府の提督。

 

命令されることはあれど。

頼まれることなぞついぞなかった神風にとって、与作のその一言はえらく新鮮に聞こえた。

 




登場人物紹介

大井・・・・・・・・・与作への評価があのクズ→あいつに上昇。
ヴェールヌイ・・・・・久々に動いたら疲れたと一言。
偵(四)熟練妖精・・・『まあ、艦娘さんのためだからしゃないわな』
           『いっちょ踏ん張りますか』


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第五十九話  「探し人は」

今月号の目安箱はおすすめ。本当に種十号先生は天才です。


力を貸して欲しいと頼まれた神風だが、与作の説明を聞き、頭を悩ませる。

どうにかして雪風に接近、拘束し、もんぷちから預かった電話機で与作が正気になるよう呼びかけるというのは分かる。作戦というのもおこがましいが、現状それ以外に打つ手がないと言うのも理解できる。

 

だが、相手は大湊で最強の神風が一方的にあしらわれる程の使い手だ。時間稼ぎが関の山である自分が、どうして拘束などできようか。

「そこはそれ。一応考えはある。だが一か八かだ」

上手くいかねば相当な被害が出ることは確実で、そうなれば深海化した雪風は撃破対象として沈められるだろう。

「普通は即うちの連中に連絡して対処しているわよ。気持ちは分からなくないけれど、それって提督としてはどうなの」

「ふん。甘いよ、大甘だ。やったところであのがきんちょが戻るか分からねえ、だが、俺様はやらねえよりやった後悔を選ぶ質でね」

「よく言うわね。艦娘のために後ろ指差されることになってもいいの?」

 

失敗して被害が出れば、責任問題は免れない。辞めるだけですめばよいが、それ以上の処罰もあるかもしれない。人間というものは移り気だ。いかにジョンストンの事件で有名となった人物でも掌を返して悪評を浴びせることだろう。

 

「別に構わねえ。そんなの昔からだしな。運が悪かったと諦めるさ」

「正気? やっぱり貴方変だわ。私達みたいな道具にどうしてそこまでするのよ」

道具という時に、これまでと違う感情が乗ることを自覚しながらも神風は与作に質問する。世間で評判の彼がどう考えているのか確かめたかった。

 

「同じ釜の飯食った奴を見捨てることはできねえだろ。あんなんでも一応俺様の初期艦だしな」

 

その答えは酷く単純で、単純であるからこそ神風の心に響いた。

 

与作は江ノ島の艦娘を仲間と思っており、その彼女達を見捨てることはできないのだ。思えばあの大国に喧嘩を売った時もそうではなかったか。以前の自分ならそんな考えは甘いと切り捨てていただろうが、今はそうは思わない。

 

「それで返事は?」

「返事?」

思わず聞き返してから、神風は己の迂闊さに気付いた。先ほどの作戦はあくまでも神風が与作の言う通りに動いてくれたらという前提に立っている。

「お前が無理と言うならこの作戦は無理だ。その場合は仕方がねえ。もんぷちと彩雲でどうにかする」

電話越しに聞こえる声の低さに神風の体が強張る。感情を捨てて来たからこそ、声や表情で相手が何を考えているかよく分かる。諦めると言わないのが彼の考え方なのだろう。だが、自分が断った場合の代案は明らかに成功率が低いのだということが伺いしれた。

 

「その前にもう一つ聞かせて。どうして私に頼むのかを」

神風とすると確認したいことだった。

自分は演習相手の艦娘で、考え方も全く違う。ましてや、策とは言え鬼頭提督を眠らせるという暴挙までしてのけた。腹が立って当然で、その相手にどうして頭を下げるのか。

 

「お前だったら大丈夫だろうと思ってな」

「私なら?」

神風は怪訝な顔をする。会って話したのはわずか。それなのになぜそんなことが言えるのだろう。

「手は口ほどにものをいうって奴よ」

「ど、どういうこと?」

「お前さんの手、良い手をしてたぜ。よっぽど訓練してこなきゃああはならねえさ」

「よして。ボロボロな手よ」

神風はちらりと己の両手を見た。訓練のし過ぎのためか、入渠をしても手のかさかさは治らない。おばあちゃんみたいと陰口を叩かれたこともある手なのに。その手が良い手だなんて。

 

「あん? ボロボロだったらまずいのか? あのなあ、神風。その手を作ったのは誰なんだ?」

「だ、誰って・・・・・・」

「さっきのてめえの理屈ならてめえは道具なんだろ。だがなあ、ただの道具がそのまんまいい道具になるのか? 人間が鍛え、手入れするから年月を経ていい道具になるんじゃねえか?」

「・・・・・・」

「お前をいい道具にしたのは誰だ? 提督どもか? 他の艦娘か? 違うだろう。より強くなりたい、より働きたいと願った艦娘としてのお前自身じゃねえか。お前が努力したからその手があるんじゃねえか。お前がいくら自分を道具と思おうったって、その努力の跡は消せねえんだぜ?」

 

「あ・・・・・・」

 

与作に言われ、神風は気が付く。

そうだ。彼は最初に会って握手をした時からそう言っていた。

演習相手のほとんどが彼女と握手すると、老人みたいだと告げたのに。

その手に触れさせてもらえて光栄だ、と微笑んでいた。

 

役立たず、出来損ないと言われ。

結果でしか判断されず。

常に認めてもらおう、役に立とうともがいてきた自分。

 

来る日も来る日も訓練を重ね、感情を削り、そして多くの者達がすごい戦果だ、強い艦娘だと自分を褒めた。結果ではない、努力の跡を認めてくれたのは、倉田と与作だけだ。

 

使い込まれたいい道具じゃな、と倉田は言ってくれた。

だが、与作はそうではない。艦娘として、艦娘の神風としての努力を見てくれていたのだ。

これまでよくやったなと艦娘神風の過ごしてきた日々を認めてくれたのだ。

 

「私、艦娘だった・・・・・・」

自らを道具と定めて感情を消して戦う。だが、よりよい道具たらんと日々研鑽を積む。それは道具にはあり得ない。もっと人の役に立ちたい、認められたいと願う心があるからこそではないか。

 

じわりと。心の中から何かが押し寄せてくるのが分かる。それは今のいままで彼女の中でせき止めていたものだ。だが、雪風やジョンストンと話し、心の堤防には亀裂が入っていたらしい。それでも何とか食い止めていたものを、空気を読まぬおやぢ提督が壊してしまった。

 

「あ、あでぃがどう・・・・・・」

ぐにゃりと歪む視界の中で神風は動悸が止まらなかった。なぜ自分は掠れる声で礼を言っているのだろうか。なぜ涙がとめどもなく溢れてくるのか。

 

ずっと。ずっと誰かに言って欲しかった。

役立たずではないと。頑張っているなと。

努力しているな、よくやったと。

けれど誰もその言葉を言わず。傷つき悩む提督達を見ているうちに自らの心が固い殻に覆われていたのかもしれない。

 

くしゃくしゃになった顔をごしごしとこすり頬をはたく。ここは戦場だ。彩雲が雪風を引き付けてくれているが、油断すればどうなるか分からない。

ごほんと咳ばらいをし、再度気合を入れ直す。

 

「ごめんなさい。ちょっと潮風が目に入った。了解したわ。何をすればいいか言ってちょうだい」

「すまねえが、頼むぜ。まあ、安心しろ。お前らの世界じゃ有名人な時雨や北上も俺様はぶちのめした経験があるからな」

「はあ!? あ、貴方人間よね・・・・・・」

 

あの偉大なる七隻の二隻を負かしたとはどういうことなのか。

今更ながら自分達が触れてはいけない相手だったらしい。

だが、不思議とその言葉が嘘とは思えない。

それどころか先ほどまでの絶望的な雰囲気が一変している。

 

「鬼頭提督、あなた本当に名提督なのかもね」

からかうような神風の言葉に呆れた声が返ってきた。

「ばーか。全然嬉しくないね。俺様が言われて嬉しいのは鬼畜モンという言葉だけだ」

 

                  ⚓    

 

浜風から報告を受ける金剛の顔色は一切変わらなかった。

 

足がつくことを考えて、街のチンピラ風情を雇い大井の見張りとしていたが考えが甘かったらしい。定時連絡でもう少し大井を預かると伝えた後に連絡が途絶え、急ぎ向かった部下が目撃したのは床に転がる男たちの姿だった。

 

「大井が奪還されました。行方を追っていますが、相手が誰だか特定できません」

「特定できない? 監視カメラは?」

「皆潰されています。ご丁寧に記録まで抜き取られていました」

「プロの手並みだな。誰か心当りはあるか?」

磯風が左右を向きながら問うが、谷風も浦風も分からないと首を振るばかりだ。

 

「あの鎮守府の関係者かどうか不明なのでノーマークでしたが、そう言えば一隻だけいマスネ。そうしたことができそうな艦娘が」

「と言うと?」

「駆逐艦響。偉大なる七隻の彼女が頼めば、ロシアは動く。場所の特定も容易デショウ」

「ひ、響ですか!? どれだけあの鎮守府は偉大なる七隻と関係が深いのですか!」

「つくづくと忌々しい鎮守府ネ」

 

金剛は小さく息を吐くと、最後の賭けと携帯電話を操作する。

 

「も、もしもし?」

電話の向こうの相手は酷く警戒しているようだ。解放されてから事情を聴いたのだろう。

「大井デスか。悪いようにはしマセンから貴方の会社が大事ならばそのまま先ほどの倉庫に戻ってクダサイ。交渉が順調に済まなくてもきちんとお返ししマスから」

「な、何言っているのよ、あんた。どういう事よ!」

「Sorryネ。貴方があの北上と知り合いだったのが運のつきなんデス。で、どうしますか? 貴方の答え次第では明日Oiの株価はストップ安になると思いマスが」

 

艦娘を引退し、こつこつと作り上げてきた会社だ。

思い入れもあるし、大事なものだろう。

そう金剛は考えて大井を揺さぶろうとする。だが、彼女の思惑とは異なり電話の向こうの相手はきっぱりと言い切った。

 

「どうぞ、ご自由に!」

「Why? 意味が分かりマセーン。脅しではありまセンよ。私達にはそれを実行できるだけの人脈もありマス」

「だから、好きにやればいいでしょうが!!」

「No.興奮せず、落ち着いて考えてネー。会社は大事デショウ。大事な社員が路頭に迷ってもイイ訳ないネー」

金剛とすれば、ここで大井は自らの会社のことについて悩み、北上に連絡するだろうと考えていた。せっかくそれまで築き上げたきたものなのだ。容易に手放せるものではないだろう。

 

そう思っていたのだが。

 

それこそが金剛の大いなる誤算。

彼女は見誤っていた。元艦娘とは言え、引退して長い大井は人並みにこれまで築きあげきたものに執着するのだろうと。

けれど元艦娘と言えども大井は大井。その思いの深さは決して変わるものではない。

 

「ちょっと、意味が分からないのですが~。ひょっとして会社と北上様なら私が会社をとると思ってます?」

まるで別人かのような澄ました声に一瞬首を傾げた金剛を待っていたのは。

 

「そんなの北上様を取るに決まってんだろうが!! 北上様を苦しめたお前等の言う通りになんか誰がするか!! 私達大井を舐めるんじゃない!!!」

びりびりと耳が痺れるぐらいの叫びに、思わず金剛は顔を顰める。

 

「正気デスか?」

「あんた達が狙いそうなうちの秘書もとっくにクビにしたわよ。赤の他人。だから、残念でした! 何を言われようと私には関係ありません!」

「成程。さすがに貴方は優秀デスネー。どうです、私の下で働きまセンか?」

「お断りよ!! どんな事情か知らないけど自分をさらった連中と仲良くできる訳ないでしょうが。それじゃあ、金輪際迷惑電話はかけてこないでくださいねえって・・・・・・ちょ、ちょっと!?」

 

「やあ。初めて話をするかな、金剛」

声を聞いた瞬間金剛の顔が引き締まる。

「その声。響さんデスか? まさかあなたが江ノ島の知り合いとはネー」

「今はヴェールヌイだよ。私の方でも驚きかな。よもや君がこんな暴挙に出るとはね。余程ドックとやらが欲しいようだね」

「暴挙? 何のことデス?」

「証拠がなければ事件にならないか。尻尾切りに街のチンピラを使ったというのにこんな電話をするなんて相当焦ってるんだね」

すっと金剛から表情が抜け落ちる。

「何が言いたいネ」

「これ以上やるようならさすがに私も黙っていられないというだけだよ。君はやり過ぎだ」

淡々と話すヴェールヌイに金剛が切れた。

「上から目線でよく言う。それは偉大なる七隻という余裕デスか? 貴方達が鉄底海峡から戻った後どうしたか忘れマシタ? 長門やウォースパイトは構いマセン。彼女達はその後も艦娘の務めを果たしていマシタ。ところが、貴方や北上はどうデス!! もらった特権をいいことにぬくぬくと余生を送っていたではないデスカ!! その裏で多くの艦娘が戦っているのを知りながら!!」

金剛のあまりの剣幕に側にいた第十七駆逐隊の面々は凍り付く。普段飄々としていることの多い金剛が、ここまで怒りを露わにするのを見たことがない。

 

「それについては返す言葉もないね。認められたこととはいえ、君の言う通りだ、すまない」

「貴方達だけが、悲劇のヒロインと思わないことデス!! 多くの艦娘が僚艦を失い、提督を失ってキマシタ。人間を救おうとそればかりを考えて」

「私達に対する君の気持ちは理解した。だが、それと今回のやり方が許されるかは別問題だ」

「ご批判は真摯に受け取めマース。精々そのドックを守るとイイネー」

「そのことについて提案がある」

ヴェールヌイの言葉に電話を切ろうとした金剛が手を止める。

「提案?」

「ああ。ようするに君の望みは江ノ島の建造ドックの廃棄だろう? その理由をきちんと江ノ島の提督に説明して欲しい。彼はバカじゃない。納得すればすんなりとドックを渡すはずだ」

「Really? 本当デスか? 第一なんでそんなことを持ちかけるのデス」

「際限がないからさ。君の口ぶりじゃまた色々やってくるだろう? 今回は死者が出なかったが、次回はどうだか分からない。もしそうなれば世間の艦娘に対する評判はがた落ちになる。それは君の望むところじゃない筈だ。」

「・・・・・・。貴方、どこまで知っているのデス?」

ぎゅっと金剛は唇を噛みしめる。

「蛇の道はなんとやらという奴だね。知りたくなくても教えてくれる熱烈なファンがいるのさ」

「世迷言を!!」

「それで、どうする? このまま続けるなら時雨、北上に加えて遺憾ながら私も江ノ島に付くよ。どう考えても効率的じゃないと思うけどね」

「・・・・・・」

「お願いだ、金剛」

「・・・・・江ノ島の提督はどうやって説得するのデス」

「今回の件で貸しがあるからね。そこは任せてもらうよ」

「ロシアの言う事程あてにならないことは無いデスネー」

「それは了承ととっていいのかな」

「ご自由にどうぞ」

それだけ伝えると、金剛は電話を切った。

 

「響さん!! どうして誘拐までしてくる連中にお願いなんてするんです!!」

信じられないと顔を真っ赤にする大井をまあまあとヴェールヌイは落ち着かせる。

「さっき君が秘書を心配して電話したのが全てさ。ここらで落ち着かないとどんどんとエスカレートするばかりだ。今回は主だった被害は無かったけど、次はどうなるか分からない」

「だからって!!」

「すまないね」

帽子を胸に抱きながら、ヴェールヌイは目を瞑った。

「本当は間違っているのかもしれない。けれど、知り合いが。その仲間が傷つくのには耐えられないんだよ」

「響さん・・・・・・」

沸騰寸前だった大井は口をつぐむ。地獄から生還した彼女達は英雄ともてはやされた。だが、そのついた心の傷は未だ癒えていないのだろう。

「すいません。興奮しちゃって」

殊勝な大井の態度に、ヴェールヌイは口の端を上げた。

「構わないよ。その代わりこの帽子の時はヴェールヌイと呼んでね」

                   ⚓

 

ぶんぶんぶんぶん。上空をまるでハエのように飛ぶ彩雲。

煩わしいと対空砲火で叩き落とそうとするが、余程熟練のパイロットが乗っているらしい。

ぎりぎりの所で躱される。

 

「キリガナイ・・・・・・」

雪風は諦めて、目の前にいる艦娘と対峙する。

こいつを倒せば司令に会える。

心配したのだ。無事かどうか。たくさん話をしたい。そんな気持ちに駆られる。

 

「さあ、決着をつけましょうか。雪風」

やってきた神風の様子の変化に、雪風は意外そうな顔をする。

先ほどまでこちらの攻撃を避けるだけ。明らかに時間稼ぎをしていたというのに、どうした風の吹き回しだろう。

「ニゲナインデスカ?」

「逃げてもあんたの方が速いもの。それにあんたもすぐ司令に会いたいでしょ。だから、一発勝負といこうじゃない」

「ショウブ!? デモシュホウモナイノ二?」

「こいつがあるわよ」

神風がにやりと笑い拳を振り上げても、雪風は歯牙にもかけない。

「ソレデホント二デキルノナラヤッテミレバイインデスヨォ!!」

それも当然であろう。

うなりを上げる雪風の主砲。まるで戦艦の主砲かと見紛うばかりの轟音を響かせるそれは、一発当たれば即撃沈される程の破壊力を秘めている。

だが、不思議と少しずつ神風は雪風と距離を詰めている。手加減はない。明らかに砲撃を見切り、その姿が近づいてくる。

(ナニヲ?)

本当に自分に対して徒手空拳で挑もうというのか。いかに艤装の保護があるとはいえ、それは余りにも無謀だ。

(デモ、ハヤメニシレエニアエマス)

 

自分を倒せば司令に会える。神風はそう言った。ならば少しでも早く彼女を沈めよう。

雪風がそう決めた時だった。

 

「?」

神風が不自然な程、前傾姿勢をとった。何か仕掛けてくるかと咄嗟に身構えるが、何の変化もない。

「コケオドシデスカ・・・・・・」

相手もなりふり構わないのだろう。だが、そんな時間稼ぎに付き合っている暇はない。

「コレデオシマイ」

雪風の魚雷が海に飛び込んだ。計八本の雷跡は一目散に神風に向かって殺到する。避けられたらそれでよし。避けた方に向けて主砲を放てばよいだけだ。

最後の抵抗だろうか。再度同じ姿勢をとる神風に、雪風が冷たい視線を送った時だった。

 

「よーいどん!!」

素早く魚雷を避けた神風はくるりと振り返り、一目散に海鼠島の方へ向かって舵を切る。

「エ? エ?」

完全に虚を突かれた雪風はしばし呆然とするしかない。

拳で決着を付けようといったのになぜ逃げるのか。逃げては司令に会えないではないか。

 

「簡単に私がやられると思ったら大間違いよ! 倒したければ追ってきなさいな!!」

どんな手品を使っているのか。ぐんぐんと距離を開ける神風はそのまま艤装を解き、海鼠島の海岸へと上がっていく。

 

「ナ、ナニヲナニヲシテイルンデス! カンムスナラウミデタタカエ!!」

「艦娘だから海で戦わなきゃいけないなんて誰が決めたのよ。私は拳で決着って言った筈よ!」

「タワゴトヲ!!」

先ほどまでの余裕はどこへやら。完全にからかわれる形となった雪風は誘われるままに海鼠島へと上陸しようとするが、艤装がからみ容易にそれができない。

 

「だから、拳で決着って言っているでしょうが。ご覧の通りあたしは装備も何もない。それとも装備を外すのは怖いのかしら?」

酷い嘲りの言葉だった。あれほど痛めつけられた自分にかけてよい言葉ではない。苛立つ雪風は乱暴に装備を解除すると、ぺたぺた裸足で海鼠島へと上陸する。

 

「イイデショウ。オノゾミドオリニシテアゲマスヨ」

 

人工島である海鼠島だが、作った人間の妙なこだわりから周囲にはわざわざ砂が敷き詰められ、砂浜が作られている。

(かかった!)

神風は砂浜を歩いてくる雪風の姿を見てふうと息を吐いた。

 

与作が神風に授けた策は雪風を挑発し、一旦海鼠島に逃げろというものだった。

「奴の狙いがお前の撃破なら必ず追ってくる」

意味が分からないと返す神風に、与作は説明する。

艦娘は海にいてこそ十全に力を発揮する。それは深海棲艦も同様だ。だが、敢えてその適性を無視して陸に上がったら。装備を外し、機関部コアのみの状態となったら勝ち目も出てくる。

「攻撃手段は減るけど、結局は出力が違うわ」

「それでも海の上での差よりマシだ。俺様のファンならアトランタ戦で使った技知ってるだろ」

神速と名付けられたその技は、長い訓練の中で神風も使えるようになっている。

「ああ。神速ね。確かにあれを使えば陸ならばなんとかなるかも・・・・・・」

さりげなく言う神風に、与作ははあ!? お前まで使えるのかと呆れながら言った。

「そうだ。陸であれを使えばまだ勝負になる。無理なら無茶せず島内を逃げ回って時間を稼いでくれ」

 

「全く、どこの世界に逃げろなんてまず言う指揮官がいるのよ」

二度三度と息を整え、神風は目の前の雪風と対峙する。

いくら装備があろうとなかろうと。相手があの原初の艦娘に匹敵する存在なのは間違いない。

海の淀みが雪風という艦娘を覆いつくしたと言えばよいのだろうか。その真っ白な肌は深海の冷たさを想像させる。

「イキマスヨ」

ばっと砂が舞い上がり、神風の眼前へと雪風が殺到する。

ふわりと木の葉のように舞い、それを躱すが、雪風の勢いは止まらない。

力を持て余した闘牛が執拗に闘牛士を狙うかのように突っかかるうちにどんどんと勢いが増していく。

 

「まずい!」

避けそびれたと神風がかちりと意識を切り替える。そこは灰色の世界。だが、雪風の動きはほとんど変わらない。

「ぐうっ!!」

タイミングを測りかね、わずかに左腕に攻撃が掠り激痛が走る。ただでさえ、先ほど痛めたところだ。

「全く自信を無くすわね」

顔を歪めながら神風は、砂浜の足跡を確認して愕然とする。一歩の距離が長い。どれだけの跳躍力・加速力を有していると言うのか。

「こりゃ仕方ないか」

当初の予定では神速が使えるという神風が雪風を圧倒して、という流れだった。

だが、予想以上に差がありそれはただ神速を使っただけでは埋まらないらしい。

 

「よし」

ぽんぽんと胸を叩き、神風は覚悟を決めた。

「ヨウヤクアキラメマシタカ」

どことなくほっとするような雪風の口ぶりだった。

 

「ううん。踏ん切りがついただけよ」

自分でも驚くほどニッと神風は笑みを浮かべた。

その目に強い意志の光が灯るのを見、雪風はごくりと喉を鳴らす。

 

ゆらりと雪風の姿が揺れる。

迎え撃つ神風は灰色の世界に意識を切り替える。

「ソレハキキマセンヨ」

先ほどと同じではないか。その程度では自分との差は埋まらない。一発勝負なら、一思いにぶん殴り終りにしてやろう。

雪風がそう思った時だった。

 

「じゃあ、こっちはどうかしら!!」

「ナ!?」

神風は一瞬にして灰色の世界から白い世界へと到達する。それは限界をさらに超えた世界。艦娘と言えど、身体にかかる負担は神速の比ではない。

ゆえに、かの提督はいざとなれば無茶せず逃げろと言ったのだ。自分があの技を使えるかもしれない。一か八かという事態になったら今の状態でも使ってしまうかもしれないと危惧して。

 

(馬鹿ね。そこまで言われたら普通使うわよ)

みしみしと背中の缶が足元の主機が悲鳴をあげる。だが、神風は止めない。

ようやく自分のことを思ってくれる提督を見つけたのだ。

その提督のために張り切るのは艦娘として当たり前のことだろう。

 

「コ、コノ!!」

予想以上の速さに苛立った雪風の腹立ちまぎれの一発は、裏をとろうとする神風の後頭部を掠めその大きな黄色いリボンがほどける。

 

「エ?」

ひらひらと落ちるリボンがなぜか雪風の右手に絡まり、瞬間雪風はあっけにとられる。

それこそは大いなる隙。

がくんと膝が落ちた時には。

「こいつで!」

どこにそんな力が残っていたのか。雪風をへそから抱えた神風は。

「どうよ!!!」

そのまま一気に持ち上げ後方へと投げた。

「アア!!」

ぐるりと視界が一回転し、砂浜に頭を叩きつけられた雪風。

この機を逃してなるかと神風は横に移動し、腕ひしぎ十字固めを決めると、神風の懐からもんぷちがひょっこりと顔を見せた。

「早く!! ちょっと無理し過ぎたからそんなにもたない!!」

『りょ、了解です!!』

「グ!! ハナセ!!」

暴れる雪風の耳元にもんぷちが電話を持ってくる。

「おい、こら雪風。いい加減目を覚ましやがれ。俺様は無事だ」

「シレエ?」

 

じたばたと抵抗を見せていた雪風の動きが止まる。

「そうだ、俺様だよ。俺様。いい加減不良ごっこは止めろ。俺様が悪かった。無事だから戻れ」

「・・・・・・・」

「おい、どうした雪風。返事しろ!!」

「チガウ」

「違うもんか。俺様だよ。声を忘れたのか、お前!!」

「チガウチガウ!!」

一旦収まりを見せた抵抗が再度激しくなる。

 

「ちょっと、鬼頭提督!! どういうこと!?」

「俺様にも分からん!! おい雪風。止めろ!! 俺様の事を忘れたのかお前!!」

柄にもなく与作が動揺し、大声で怒鳴った時だった。それをかき消すように大きな声で雪風は叫んだ。

「シレエハ、キトウテイトクハ、ソンナシャベリカタハシナイ!!」

 

                  ⚓

電話の向こうから聞こえてくるバカの台詞が頭に入ってこねえ。

今なんて言った? きとうていとくはそんな喋り方をしない、だと。

そういや、ジョンストンは言ってたな。きとうていとくには会いたがっているが、ヨサクは知らないってよ。

「どうするの、鬼頭提督!! ちょっと、さすがにまずいかも!!」

神風の焦った声が響く。あのバカ。人が止めろというのに神速を重ねやがったんじゃないだろうな。だとしたら身体はもう限界の筈だ。どうにかしないといけねえ。

だが、きとうには会いたがって、俺様は知らないだと。

 

そんな中でまさかと思い頭から排除していた可能性に思い当たる。こいつはきとうていとくを知っている。だが、俺様は知らない。神風が言うには俺様はそこそこ名が売れている筈だからな。

知らないということは俺様が提督になる前に艦娘だった奴で。

あの時雨達と遜色ねえぐらいに強い奴で、深海化してもきとうていとくに会いたいと言う奴。

そんなことはあり得ねえと思いながらも、そうに違いないと思う自分がいる。

がしがしと頭を掻きながら、舌打ちを繰り返す。不愉快極まりねえぜ、全くよ。

全くあのおっさんどれだけ俺様にツケを回すんだよ。

 

「理解した。おい、雪風。お前が探しているおっさん、俺はよく知ってるぜ」

「シレエシッテル? ウソダ!!」

すごい拒否反応。だが、疑惑が確信に変わったぜ。今のこいつは俺様の知ってる雪風じゃねえ。

「本当だ。昔馴染みだからな。どういう理屈か分からねえが、お前。あのおっさんの所にいた雪風なんだろ」

「ホ、ホントニシッテル?」

「もんぷち。TV通話にしろ」

『はいはい!! 全く妖精使いが荒い提督ですね!』

うるせえ野郎だな。普段鎮守府で食っちゃ寝してやがるんだから、これぐらいは働いても罰が当たらないぞ。

ぱっと画面に映ったのは、横向きになった雪風の顔。おうおう。遠目で見てもそうだが、本当に深海化してやがるな。ぜいぜい息を切らせているのに白い顔。まるで病人見てえだ。

 

「嘘じゃねえぜ。そうだなあ、今だったら世界で二番目に知ってるな」

「イチバンジャナイ・・・・・・」

「文句を言うな。一番はうちのばばあよ。ああ、ばばあっていうのは鳳翔だ」

「ホウショウサン・・・・・・」

すげえな。ばばあの悪名は轟いているらしいぜ。名前を聞いた瞬間抵抗が弱くなってきているじゃねえか。

「ホントニシッテルンデスカ?」

「ああ。お前の言う提督が一番好きなのは寝ることだ」

「ソ、ソウ。シレエハヒマガアルトネタイッテ」

「後はコーヒーを好んで飲む癖にやたら砂糖を入れる。角砂糖なら4つな」

「!! ソ、ソレデオコラレテマシタ、ドイツノミナサンニ!!」

「群馬県館林出身で、家はまるで倉庫かと思うぐらい汚い。どうせ執務室もそうだったんだろ」

「イツモイツモキタナイト、オコラレテマシタ!! ダカラアケボノチャンヤ、カスミチャンガショッチュウオコッテ・・・・・・」

「それでも直さねえのがあのおっさんだ。随分苦労したろうぜ、お前たちも」

「ホ、ホントウニシッテル・・・・・・」

 

口をぱくぱくさせる雪風に俺様も頭が痛くなるばかりだ。まさかとは思ったがやっぱりそうだったか。出鱈目な強さも納得だ。どういう理屈でうちのにとり憑いたんだか分からねえが。

 

「お前、おっさんの。紀藤修一の雪風だろう? そりゃあ、俺様のこと知らないわけだよな」

俺様の言葉に雪風はこくりと頷いた。

 




登場人物紹介


大井・・・・・・内心会社が潰れればしがらみなく北上の近くに行けると思っていたことは内緒。
もんぷち・・・・神風の懐に隠れていたため、若干ふらふら。


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第六十話   「おかえり」

ウマ娘のエイシンフラッシュって時雨っぽいですよね。
ウマやってて全然菱餅任務できてません。



いつも誤字報告ありがとうございます。


そこはとても静かで居心地がよくて。

けれどなぜか寂しくて。

照らされる日の光にふわふわと海に漂いながらも。

ぼんやりとあの人の事を思い出していた。

 

船時代には帰れなかった祖国。

違う体で歩んだ第二の生。

笑いあった仲間たち。

そして、皆に好かれていたあの人。

 

心残りがあるとすれば、自らの望みが叶えられなかったこと。

ずっとずっと一緒にいたいと願ったのに。

今海の只中に揺蕩うこの身ではそれも難しい。

 

 

どうにかして帰れないか。あの人に会えないか。

考えて考えて考えて。

 

その時ふとした懐かしい人と似た匂いに惹かれ、大きな光へと手を伸ばした。

 

                  ⚓

がしがしと頭を掻く与作を、目をぱちぱちさせながら雪風は見つめる。

 

「アノ、アナタハシレエノナンナンデス?」

彼女からすれば当然の質問だったが、この場合答える側にとってそれは非常に心理的負担のかかるものだった。

「アノ・・・・・・」

ただの知り合いか、友人か。

どう答えたものかと口ごもる与作を無言の目力で圧倒する雪風。

 

妙な緊張感が否めないのは、生前そんな風に呼んだことはなかったからか。

あの頑固強情傍若無人を絵に描いたような鳳翔(与作基準)とて、自分の呼び方は任せると彼に言っていたくらいなのだ。今更過ぎて逆に言うのに抵抗があるのは仕方のないことだろう。

すうはあと深呼吸をして一気呵成にその言葉を告げる。

 

「俺はおっさんの息子だよ。義理のな」

 

それは与作にとっては一世一代の告白。

彼の言うおっさんからこの業界には来るなと言われ、その約束を守って20年越しの暴露だ。

艦娘ハーレムを作りたいと思い立ち、20年も約束を守ったんだからいいだろうと提督になった彼だが、自分の知るおっさんが妙に神格化されていると知り、大いに面倒くさいと感じたものだ。そのままであれば様々な弊害が出るだろうと、自ら高杉に申し出て性を変えたが、紀藤から鬼頭に変えたと事後報告で話した時の鳳翔の説教の長さと膝の痛さは未だによく覚えている。尊敬する鬼作先生の鬼と伊頭という性をミックスしたもののどこが悪いと言ったら、それにこめかみをぐりぐりする攻撃が加わったことも。

 

「え・・・・・・」

神風が絶句する。それはそうだろう。始まりの提督と言えば今や艦娘達の間で神格化された存在だ。その彼と鬼頭提督が関係者だなんて。

だが、与作のことをまるで知らない雪風の方がその動揺は激しかった。

 

「エッ!! シ、シレエニオコサンガ!? キイテマセン!!」

「お前、そこからかよ!!」

与作は思わずツッコミを入れる。

彼とて義理の父の存在を周囲に話していないのだから、文句を言えた義理ではないのだが。

 

「あのおっさん俺様のこと微妙に隠そうとしてたからな。面倒ごとに付き合わせたくねえって配慮だろ。やりそうじゃねえか?」

「ハイ。ヤリソウデス。ミョウニキヲツカッテ、ヨクムラクモチャン二オコラレテマシタ」

雪風の台詞に与作は思わず吹き出した。

先ほどから怒られた話ばかりなのは気のせいだろうか。

「デモ。ソレデモミンナシレエガスキデシタ」

ふと宙を見つめ、雪風は呟いた。

「フブキチャンモ、カゲロウガタノミンナモ、・・・・・ユキカゼモ」

「だから、会いに来たって訳か」

「エエ。シレエハドコデス?」

少女のすがるような目を与作は真剣に受け止めた。

適当な言葉で誤魔化すこともできるだろう。

だが、それはできない。

 

「すまねえが、会えねえ。あのおっさんは死んだ」

雪風は目をしばたたせる。与作の言う言葉が聞こえていないかのようだ。

「ウソデス。サッキ、アエルトイッテマシタ。タオセバアエルト」

「そいつは俺様の間違いだ。俺様もきとうていとくだからな」

「ソンナバカナ!!」

「くう!!」

興奮する雪風を何とか抑え込もうとする神風だが、感情の昂ぶりと共にどんどんとその抵抗が増す。

「本当だ。あのおっさんは死んだ。あの鉄底海峡の戦いでな」

「ウソデス」

「本当だ」

「ウソデスヨ・・・・・・」

「俺様は人の生き死の嘘は言わん」

「ソンナコト・・・・・・」

ふるふると首を振る雪風はしばし目を瞑る。

やがて、かっと目を見開くと顔を歪めて神風を睨みつけた。

 

「ソンナコトミトメナイ!! オマエタチハウソツキダ!!」

じたばたともがく雪風は関節をきめている神風ごと左手を持ち上げると、砂の上に力任せに叩きつけた。

「くうううう!!」

「馬鹿、止めろ!! 落ち着け!!」

与作が声を掛けるも、雪風は止まらない。

「コノウソツキ!! シレエヲダセ!! コノ! コノオオ!!!」

 

司令に会えると言っていたのに。

そのつもりでここまで来たのに。

 

「フザケルナ! シレエガシヌワケナイ!! アノ、アノシレエガ!!」

二度三度勢いよく打ち付けられても執念で手を離さない神風。だが、痛めた左手は限界でもはやただ添えているだけだ。

「コイツゥゥ!!」

雪風が空いている右手で神風の足のフックを外そうとした時だった。

 

「おい、じゃり。いい加減にしろよ」

静かに怒りを漂わせる声に、思わず雪風はそちらを見た。

「お前、調子に乗りすぎだぜ? それ以上すると許さねえぞ、こら」

ごくりと雪風は唾を呑みこむ。そこにいたのはさっきまで同じ男の話題で盛り上がっていた中年の親父ではない。びりびりと画面越しに伝わる気迫は、雪風をして只者でないと思わせる。

 

「オマエニユキカゼノナニガワカル!!」

ずっとずっと探していた人がようやく見つかったと思ったのに。

それは人違いと言われ、あげくに本人はすでに亡くなっていると言う。

そんなのは嘘に決まっている。酷すぎる冗談だ。それでは何のために自分は戻って来たのか。

 

「分からねえよ、馬鹿。俺様はお前じゃねえ。気持ちが分かるなんて言う人間ほど胡散臭い奴らはいないと思ってるからな。だが、あのおっさんが今のお前を見たらどう思うかは手に取るように分かるぜ」

「シレエガドウオモウカ?」

「ああ。たかだか一年ぽっちの付き合いの奴らと違ってな。こちとらあのおっさんとの付き合いはその10倍よ。だから、言えるぜ。今のお前をみたらおっさんはまず悲しむ。その後に呆れて羨ましがる」

「ド、ドウイウコト?」

雪風の動きが止まる。与作の言う事がどういうことか理解できない。

彼女の知っている司令なら悲しむだろう。それは分かるが、その先があるとは。

 

険しい表情を緩ませ、与作はこんこんと雪風に語りかける。

「言わねえと分からねえところはうちのがきんちょと一緒だな、くそ野郎。お前の提督が一番嫌いなことは何なんだよ。無駄な争いじゃねえのか? お前が他の艦娘と争っているのを見たら悲しむだろうよ、お人好しのあのおっさんならな」

「ダカラッテ!!」

 

「平凡に暮らしたかったはずなのに、深海棲艦がいるからおちおち寝ることもできない。だから、あのおっさんはぶつくさ文句を言いながらも提督なんてやってやがったんだ。本当は誰よりも戦うことが嫌いで、頭を下げて済むのなら平気で頭を下げるし、靴を舐めたらいいと言われたらそれすらも気にせずやるような奴なんだぜ? だからそんなにまでしてようやく得た平和なのに、身内で争っているなんて何やってるんだと呆れるに決まってる」

「デモ!」

 

「暇になったらひたすら眠りたいなんて言う怠け者。そんなあのおっさんが、どうしてわざわざ捨て身の策なんか考えたと思う? それしか手がねえからだ。他に手があればまず間違いなくそっちをとる。お前たちに怒られながらも楽しくやっていたあのおっさんが、そのお前たちに今回は帰って来れねえと告げなきゃいけなかった。どれだけ無念だったか分かるか? どれだけ色々な物を捨てたか。そうまでして守った平和な世界にいるお前を羨ましがる筈だ。自分の分まで楽しんで欲しいと願う筈だ。なあ、雪風。お前の言うしれえはそんな奴じゃなかったのかよ」

「ソレハ・・・・・・」

 

切々と語る与作の言葉に雪風は思い出す。あの最終決戦の前日のことを。

「生き残ったら好きなことをするといい」

そう言っていた提督の姿を。

「軍に残るのも自由だ。だが、人間の作り出した文化を是非楽しんで欲しい」

その言葉に皆が沸き立ち、陽炎型の姉妹でどうしようかと笑い合っていたっけ。

 

「シレエ・・・・・・」

「もし俺様がいう事が嘘だと分かったら好きにしてくれていい。だが、これ以上暴れるのは止めろ。あのおっさんが大切にしてきたことを、あのおっさんが好きだったお前が破るんじゃねえ」

 

「・・・・・・」

雪風は与作を見てはっとする。先ほどまで相対していた無頼な人物と同じ人間とはとても思えない、真剣な顔つきだった。

「あんなどうしようもねえおっさんのことをそこまで思ってくれてありがとうよ。お前らが一緒だったからきっと寂しくはなかったろうさ。最後の最後まで面倒を見てもらって悪かったな。だが、すまねえ。あのおっさん、本当に死んでんだよ。どこにもいねえんだよ・・・・・・」

「アナタ・・・・・・」

 

与作の表情は変わらなかった。だが、時折口元を歪ませる仕草から、深い悲しみの感情が雪風には感じられた。一体どれだけの思いを押し込めているのだろう。

自分達よりも付き合いの長いと言う彼にとってその事実は一番認めたくなかったことに違いない。

 

「アノ・・・・・・」

いたたまれず、雪風は何か話そうとするも言葉が出てこない。

ごほんと軽く咳ばらいをすると、与作はごんごんと己の右頬を叩く。

「はは。俺様らしくなかったな。今のは忘れてくれ。というか忘れろ」

「デモ・・・・・・」

「あのおっさんが大切にしていたお前たちを俺様にどうにかさせるのだけは止めてくれ。小汚い館林の家だって使ってやってるんだぜ? 今はばばあが我がもの顔で居座ってやがるがよ」

言いながら、口の端を上げた与作に、

「ユキカゼハ、イエトハチガイマス!!」

思わず突っ込んだ自分に気づき、雪風は驚く。

 

何だろう。この感覚は。ずっとずっと昔にこんなことがあった気がする。

陽炎型の姉妹とお互いのことを言い合ったり、駆逐艦同士で話したり。

提督は今日も怒られてばかりだとため息をついたり。

「仕方がないじゃないか。私はやりたくてやっている訳じゃないからね」

平気でそんな事を言う提督が秘書官に責められるのを見て、皆で笑っていたのはいつの事だったか。

 

「シレエ・・・・・・」

雪風は小さく笑いながらも唇の震えが止まらない。

そんな提督と一緒にいると。ずっと一緒にいると。

それが自分の願いだった。海に漂いながらも、いつかは会えると、

そう願っていたのに。

 

「・・・・・イナインデスネ」

まさか、その人がこの世界にいないなんて。

 

 

「ハナシテクダサイ」

雪風は神風の方を向き頼む。

「え!? そ、そんなこと言ってまた暴れる気じゃ!!」

「ソンナコトシマセン」

「いい。放してやれ、神風」

与作の言葉に足の拘束を緩めた神風は、油断なく身構える。

 

「コレ、カミカゼチャンノリボンミタイ」

右腕に絡まった黄色いリボンを外し、じっと見つめた雪風は神風に問うた。

「え、ええ。貴方の同僚の原初の神風さんからいただいたものです。神風さんがしているリボンを欲しいと言ったら、ちょうど新しいのをこしらえたから、昔のをあげると」

「ソウデスカ・・・・・・」

胸にリボンを抱きしめた雪風の目から、大粒の涙が零れる。

「カミカゼチャンモ、シレエモ。ミンナ、ミンナ。イナクナッテシマッタンデスネ・・・・・・」

ぐにゃりと顔を歪め、しくしくと泣き出す雪風の姿に、思わず神風は目を伏せる。

先ほどまで圧倒的な力を見せていた敵の姿はどこにもなく。

外見相応の少女の姿がそこにはあった。

 

                     ⚓

ああ、やだやだ。がきんちょがぴーぴー泣くのは気分が参るぜ。

ぐすぐす泣き始めた雪風(深)のあまりの辛気臭さに思わずあくびが連発よ。

神風の野郎も唖然としているが、それはそうだよなあ。さっきまでぎゃあぎゃあ騒いでいた奴が途端に泣き出すんだもの。

あっ。神風のリボンで涙を拭いてやがる。お前、それ他人のだぞ。

 

「いいのよ」

 

ほお。さすがに神風は大人だな。まあ駆逐艦に大人というのもおかしいがよ。見た目はがきんちょ中身もがきんちょがうちのびーばーだからな。

泣きつかれただろうタイミングを見計らって声をかける。

いい加減あのがきんちょがどうなったか聞かねえとな。

 

「おい、雪風。いつまでも泣いてねえで、あいつがどうなったか教えてくれ」

「ネテマス」

ごしごしと手で目元を拭きながらの雪風(深)の答えに、頭の中が疑問符だらけになる俺様。

「寝てるだあ? この大変な時にかよ。大体お前がなんでうちのにとり憑いたんだ」

「モトカライマシタヨ。ズットネテタダケデス」

「はあ!? どういうこった。じゃあ、うちのびーばーの中にお前がいたってのか?」

「エエ」

「何だ、そりゃ。一人の体に二つ分の魂があるってことか? そんなことあるのかよ」

「ソウイワレテモ。ナントナクヨバレタキガシテ、イッタンデスヨ」

 

いやいやいやいや。普通っぽく言ってるがありえねえぞ、それ。おかしいどころの話じゃねえ。どうなったらそんな妙なことが起きるんだ。って、考えて俺様反省。

 

そうだよ。昔過ぎて忘れたがよお。うちのバグ製造機ことすりぬけくんの記念すべき第一回目の建造で出てきたのがこいつじゃねえか。

また、やらかしたのかよ、あいつ!! なんでそう色々と問題を起こすかな。一体どういう理屈でこうなるんだよ。すりぬけくんが建造して問題にならなかったのってグレカーレぐらいじゃねえか。

いや、違うな。グレカーレの野郎はあいつ自身が問題だから、やっぱり100%問題ばかり起こしてやがる。ふざけんな、全く。鎮守府に戻ったら散々文句言ってやろう。悔しかったらむちむちボインを召喚してみろってな。

 

まあいいや。それよりもだ。

「うちのびーばーを起こしてくれねえか」

「ジブンハヤク二タタナイッテネムリマシタ」

「あいつにしちゃ殊勝な発言だな。いつも俺様があれこれ言う度に反論するくせによ」

駆逐艦大好きな織田の野郎に聞かせてやりたいぜ。いかにこいつらがわがままで面倒くさいか。料理を作るのはいいが、感想を聞かれたから大してうまくないと言ったら、女性にいう言葉じゃないとむくれやがった。女性という言葉はがきんちょには適用されねえんだよ。

 

「ヨホドショックダッタミタイデス。アナタヲマモレナカッタノガ」

あいつがショックねえ。信じられねえがな。

「ごめんなさい。私が、私達が追い込んだから」

「それに関しては俺様もうちの新顔に散々怒られたとこだぜ。俺様がうちの連中の気持ちが全然分かってねえってよ」

大丈夫だと分かってたからやったんじゃねえか。それをそこまで心配するかねえ。

 

「シレエ二ニテマスネ。ジブンノコトハアトマワシデ、アブナカッシクテ」

「俺様をあのおっさんと一緒にするな」

 

「ダカラ、ドウデス? ユキカゼガチカラニナリマショウカ?」

「何だと!?」

雪風(深)は力こぶをつくる。

「コノコヨリヤクニタチマスヨ?」

「えっ!! そ、そんなことできる訳ないですよ!!」

神風が驚くのも無理はねえ。あいつを寝たまんまにしろってのか? 確かにお前の方が強いし、役に立つだろうな。

「ホンニンモソウノゾンデマス」

「なんだと!?」

「ジブンヨリモ、ユキカゼノホウガヤクニタツト」

 

胸元を抑えながら言う雪風(深)。あのがきんちょめ。そんなに自信が無くなっちまったのか。

だがまあ、こいつの戦闘力は折り紙付きだ。確かに雪風(ガキ)とは比べ物にならねえ。

 

「ズットアセッテマシタ。ネテテモツタワッタ」

ふうん。あのがきがねえ。そりゃご新規で後輩がどんどん出てくりゃ焦るよな。

「ダカラ、カイホウシテアゲタイ。ワタシガカワリニタタカイマスヨ」

まるで母親みたいな言い方だな。まあ、そうか。お前からすりゃ大分下の後輩だもんな。

そんな風にも思うか。

「ドウシマス、シレエ」

俺様の様子を伺うように。上目遣いで見てきた雪風(深)に俺様は答えてやる。

そりゃ、こいつは時雨達並みに強いんだろ。こいつがいれば大分助かることは確かだ。

うちのすることなすこととろいくそびーばーより、同じ駆逐艦だが100倍くらいマシだろう。

 

でもな。

 

「ばーか」

俺様の返事にきょとんとする雪風(深)。

「ドウイウコト?」

「お前、分かって言ってるだろ。お前がしれえという相手は俺様じゃねえだろ」

にやにやと笑みを浮かべる雪風(深)。お前なあ。性格悪いぞ。

「だから、俺様にとってもしれえと呼ばれるのはあのがきんちょだけなのよ。飯はまずい。掃除は下手。言いつけをまるで守れない。なのにやたら上から目線のアホみたいな初期艦だがな」

「イインデスカ? ユキカゼノホウガツヨイデスヨ」

探るような目をする雪風(深)。お前本当にあのびーばーと同じ雪風なのかと思ったが、あいつも大概面倒くさかったな。

「それでもさ。あんながきんちょでも俺様の初期艦だからな」

「ヤッパリシレエノオコサンナンデスネ」

小さく頷くと電話を手に持ちに腹部に当て、雪風(深)は目を閉じる。

「ヨビカケテミテ? ドウナルカワカラナイデスガ」

 

                    ⚓

 

初めて会った時に思い切りため息をつかれた。

一緒にいたかったのに、お前はあっちに行けと言われた。

勝手をするなと頭をぐりぐりされた。

 

口を開けばがきんちょがきんちょ。

艦娘の外見と年齢は違うと言っても全く聞かず。

役立たずだの、のろまだの、つかえないだの悪口雑言ばかり。

 

けれど。

ぶっきらぼうに見せて実は優しくて。

口調は乱暴だけれど、手をあげるなんてことはもちろんなくて。

嫌がっているけど、遠ざけるほどではなく。

何だかんだ自分達と話しているあの人。

 

いつからだろうか。あの人が自分自身を大切にしていないのではと感じたのは。

皆の好意を感じていないのではと不安になったのは。

 

口を酸っぱく、そうではない。皆あなたのことが好きですと伝えても。

これまで人に好かれる経験が極端に少なかったあの人は信じてはくれない。

 

だから守りたかった。初期艦として、あの人を。あの人が大切にしたものを。

そうすればいつかきっとあの人に伝わるだろうと。

 

必死になって努力した。

あの人を守れるように。

 

けれど。実際に守られたのは自分。

目の前で倒れるあの人に、後を任されたことの嬉しさよりもなぜと言う気持ちで一杯だった。

どうしてあんなことをさせてしまったのだろう。

 

自分が弱いからだ。未熟だからだ。

撃った者たちへの怒り。自分自身への怒り。

 

ぐちゃぐちゃとない混ぜになった中でそれでもあの人の思いを守ろうとした。

でも。

経験不足の身ではそれもかなわず。あきらめきれぬと藻掻いて自分の中にある別な自分に頼ってしまった。

 

何をやってもダメな自分はいらないだろう。

あの人が言うがきんちょが消えれば、静かになったと言うのかもしれない。

それならばいっそその方がいい。自分の代わりに別な自分があの人を守ってくれる。

 

自分に見切りをつけ、静かにこのまま寝ていよう。そう雪風が思ったときだった。

 

まどろみの中で誰かが叫ぶ声が聞こえた。

優しい呼びかけなんかではない。酷い罵倒の数々だ。

 

「おい、引きこもり! てめえが役に立たねえっていじけるくらいなら俺様の役に立つように特訓しやがれ」

「大体、いつも、はい大丈夫です!! なんてほざいて持ってきた書類が一発OKになったことがないだろうが。大抵俺様とフレッチャーで手直ししてるんだぞ!」

「グレカーレの馬鹿と事あるごとに俺様を追いかけるのは止めろ!! がきんちょには分からねえ大人の事情があるんだ。いい加減そいつを理解しやがれ!」

「そもそも料理の練習をしますって癖に一つのやつに凝るとそればかり作るんじゃねえ! ジャムしかり、味噌汁しかりだ。それもいい加減な作り方だしな。だしパック使うなと言って煮干しを入れたのはいいが、普通は腸をとるんだよ、ボケが!! ただ作ればいいってもんじゃない。手間を惜しむんじゃねえ!」

「おまけにお前。俺様からもらったトランプやらなんやらとられないように天井裏に隠しているだろ。なぜ知っているかって? そんなのお見通しなんだよ。お前、トランプをやろうと誘うたびにあそこを開けたままにしてるじゃねえか。少しは考えろ、全く!!」

 

掛けられる言葉の数々に、雪風はああそんなこともあったかと思う。

自分のことをそんなにも与作が見てくれていたとは意外だった。

でも、少し言い過ぎではないだろうか。自分だって色々と直してほしいところがあるのに。

 

「なあにが、初期艦ですから! だ。後から来た連中の方がよっぽど働いてるぞ。お前が威張っていいのはグレカーレぐらいだ」

「何かにつけて艦娘は見た目どおりじゃありません、なんて言うがよ。お前のそういう所ががきっぽいんだよ。むくれてる時の顔見た事あんのか? まんまびーばーだぞ、お前」

「しれえは女心が分かりませんなどと生意気言いやがるが、知ってんのか、あほ。女心ってのはがきんちょの初期装備には含まれてねえんだよ!」

 

何度言えば分かるのだろう、この提督は。

艦娘は見た目と同じ年齢ではないと。

むくれるのはいくら言っても聞かないからだ。

構って欲しいのに、がきんちょはあっちに行けと邪険にする提督が悪いのだ。

 

「だが一番気に食わねえのがそのひねた態度よ。弱くても構わねえ。ミスがあるのは仕方ねえ。だが、どうにもお前のくそみたいなその自分は駄目だという考えが気に食わねえ。寝ていたいんだったら寝てるがいいさ。だが、俺様がそんな奴に優しいと思ったら大間違いだぞ。どうにかしてお前を叩き起こして、元に戻してきりきり働かせてやるからな!! おい、こら。聞いてんのか、このがきんちょ!!!」

「がきんちょじゃありません・・・・・」

思わず雪風が口にすると、暗くよどんだ周囲が何やら騒がしくなる。

「言われてむくれるのががきんちょの証よ」

「違います」

「ムキになるのがその通りってことだよなあ。その点大湊は大人の艦娘ばかりで羨ましいぜ」

 

また、そんなことを言って。どうして、どうして、この提督は何度言っても分からないんだろう。女心が分からないのだろう。

 

「何度も言ってるじゃないですか!! 雪風達艦娘は見た目と年齢が違います!!がきんちょじゃありません!!」

思わず大きな声で叫んだ時。

暗い壁に裂け目が走り、そこから白い光が差し込んだ。

 

                     ⚓

「がきんちょじゃありません!!」

突如叫んだかと思うと、雪風(深)の身体が白い光に包まれた。

「な、嘘でしょ・・・・・」

神風がその様子を呆然と見つめる。

 

光が消えた後に現れた雪風は、これまでのような白い肌ではなく、これまで通りの雪風の姿だ。

 

「おい、がきんちょ。引きこもりはやめたのかよ」

与作の言葉に、ゆっくりと目を開けた雪風は答える。

「だから、がきんちょじゃないですよ、しれえ。体は大丈夫なんですか?」

「アホ。俺様があんな程度でくたばる訳ねえだろ」

 

そうして与作が今回のことを説明すると、雪風はぷんぷんと怒り出した。

「な、なんなんですそれ!! 雪風が、雪風達がどれだけ心配したと思っているんです!!」

「うるせえ野郎だな。俺様が必要だと思ったからそうしたまでだろうが。お前等ショックを受けすぎだぞ」

今まで通りの与作の軽口だったが、どうもその一言が雪風にとっては気に食わなかったらしい。

 

「どれだけ!!」

今のいままで引きこもっていたとは思えないほどの大声だ。

 

「どれだけ自分を大事にしないんですか? 雪風もグレカーレさんもフレッチャーさんも。しれえが撃たれのを見てどれだけ大湊の人に怒ったか。自分達の不甲斐なさを悔いたか。分からないんですか。みんなしれえが好きなんです。いなくなったら嫌なんです。文句ばっかり、悪口も意地悪もするけど、でも本当は優しいしれえがみんな好きなんですよ? なんで、しれえはしれえ自身が好きじゃないんですか!」

「別に俺様は俺様自身が好きだぞ。ただ、どうしても必要だと思ったら俺様自身被害に遭うことも厭わず物事を計算するってだけだな」

 

「それは普通じゃないわ、鬼頭提督」

口を挟んだのは硬い表情をした神風だ。

「一か八かの戦いならば分かる。でも普段からそうでは周りは気が気ではないわよ」

「そうは言ってもな。これは俺様のスタイルみたいなもんだ」

譲らぬ与作に、雪風は口をへの字にする。

 

「・・・・・・ってやります」

「何だって!?」

「そんなに言っても分からないんだったら、雪風達が、雪風が毎日しれえにひっついて耳にタコができるくらい言ってやります!! もう勘弁してくれ。少しは気を付けると言う日その日まで!!」

「おいおい。勘弁しろよ。なんで、そんなにムキになってんだ。そりゃあ、多少心配させたのは悪かったがよ」

「全く何度言えば分かるんですか」

雪風は電話を持ち、顔を近づける。

 

「雪風は、しれえが、好きなんです!! しれえがどんなに自分が嫌いでもその分雪風が好きでいてあげます! 雪風がしれえを守ります!!」

「お前なあ。どうしてそんなに強情なんだよ」

「そんなの簡単です!」

ぐっと力を込めて、雪風は叫ぶ。

「しれえのその態度が気に食わないんですよ!! だからです!!」

 

自分を二の次にする分からず屋を何としても守りたい。

そう思った瞬間・・・・・・。白い光の爆風が巻き起こる。

 

「え!? なんだ、おい」

光が収まり現れたのは、これまでのワンピースの上に赤い上着を着た少し背が伸び、大人びた雪風。

「反抗期かと思ったら成長期か? おい。雪風。そいつがお前の改二なのかよ」

「雪風じゃありません。しれえ、丹陽です!!」

「丹陽だと!? 中華民国に引き取られた時の姿か。成る程なあ」

まじまじと丹陽を見つめる与作に、雪風改め丹陽はふふんと得意がる。

 

「これで、しれえを守れます!! もうがきんちょとも言わせません!!」

「まあ小学生が中学生になったくらいは認めてやるか」

「何でです!!」

不満そうに文句を言う丹陽に、与作は真面目な顔をする。

「ふん、ジャーヴィスにも言われたからな。お前たちが戻ってきたら謝るさ。ところで、丹陽よ。お前の身体に宿っていた雪風はどうしたんだ」

「原初の雪風さんですね。・・・・・・いらっしゃいます。でも」

 

                 ⚓

なぜか口ごもる雪風改め丹陽の姿に何事かと思った俺様だが、その答えはすぐに分かった。

丹陽から浮き出すかのように、黒い光が集まり形作った雪風(深)の姿。

「お前、それは・・・・・・」

これまでの圧倒的な強さを見せていた時の輝きはなく、今は背後が透けて見えている。

「ナカナオリシタンデスネ。ソレジャア、ユキカゼハモドリマス」

薄く微笑む雪風(深)。

戻るってどこに戻ろうと言うんだ、こいつ。

まさか、また海の底に戻ろうって言うんじゃないだろうな。

 

「ユキカゼガサガシテイル、シレエガイナイイジョウ、ココニイテモ」

 

寂しそうに呟く姿に、ああこいつ。ずっと迷子だったんだなと実感する。

ようやく出会えたと思った奴は人違い。そりゃ、もういいやと思うだろうな。

 

「別にここにいてもいいんじゃねえか」

俺様の一言に不思議そうにする雪風(深)と、なぜか頷く丹陽。

同じ顔なのにどうしてこう違うんだ。どう見ても丹陽の方が成長しているのに、がきっぽく見えるのはどうしてだ。

 

「ナンデ?」

「ばばあや北上に時雨。昔馴染みがいるんだしよ。響だってよく会うしな。暗い所で一人でいるよりいいだろう?」

「デモ・・・・・・」

「それによ。どういう訳だかお前も建造した時についてきたんだろう? いわばうちの鎮守府の所属艦だぞ。勝手にいなくなられても俺様が困る」

「ソンナコトイワレテモ」

「いいじゃねえか。時雨のアホとばばあトークでもしてろよ」

「ドウシテ? アナタノユキカゼハイルノ二」

 

だからっておっさんの部下だった奴をないがしろにはしねえよ。うちのがきんちょが寝たまんまだと困るからさっきはああ言ったが、俺様は欲深いんだ。

俺様の説得に思案顔の雪風(深)。なんでがきんちょをこんなに引き留めてるんだろうな。これもあのおっさんのせいだ。

「・・・・・・」

「雪風さん、丹陽からもお願いします!! 鎮守府のみんなで気を付けますが、しれえはバカなのでいつ無茶をするか分かりません。雪風さんがいてくださったら安心です!」

うちのびーばーの必死の説得。バカにバカと言われることほど屈辱はねえな。

 

「イテイインデスカ? ナニガアルカワカリマセンヨ」

「構わねえよ。こいつが俺様にひっつくらしいからな。その時は俺様が止めるさ.

おっさんが言ったこと、してみたらどうだ? 楽しいことしてみりゃいい。せっかく戻ってきたのに戦いだけで帰るなんてばかばかしい。あのおっさんならそう言うだろうぜ」

「エエ。ソウイイマスネ」

雪風(深)は、深く頷くと、俺様の方をじっと見た。

「ホントウニ、シレエノムスコサンナンデスネ」

おい、いちいち確認するんじゃねえ。

「まあな」

「シカタナイデス。ソレジャア、オネガイヲキイテクダサイ」

「お願い!? 何だ、そりゃ」

「シレエノムスコサンナラ、ユキカゼタチハオネエサン二アタリマス。オネエチャント、ヨンデクダサイ」

 

はあああああ? 何言い出すんだ、この亡霊びーばー。

言うにこと欠いて何で俺様がこいつを姉呼ばわりしなきゃいけないんだ。

「シレエノムスコサンガデキタラ、ソウヨンデモラオウト、オモッテタノデ」

どういう理屈だよ。お前たちがあのおっさんの部下だから、息子の俺からするとお姉さんってか。どう見たって、お前たちの方が年下だろうが!!

 

「しれえ。我儘を言わないでください」

丹陽の野郎がたしなめてくるが、お前なあ。普通怒って当たり前だぞ?

「ドウシマスカ? ヤメマスカ?」

こいつ!! この間見た融資詐欺みたいなこと言ってるぞ。金を振り込まなきゃ融資ができないと言って、結局は金をふんだくる奴だ。言うだけ言わせて消えるんじゃないだろうな!

「しれえ!」

ちっ。こいつ。調子づきやがって。

 

「分かったよ。お姉ちゃん。これでいいか」

「コレデイイカハイリマセン」

「お姉ちゃん」

「アマエガタリマセン」

 

おいおい。どこの羞恥プレイだ、こいつ。甘えが足りねえだあ? 鬼畜モンのおやぢと対極にあるものを想像できる訳ねえだろ。こら、丹陽。くすくす笑ってんじゃねえ。お前後でお仕置きな。仕方ねえ。ここはイメージでいくしかねえ。俺様のデータベースの中で一番お姉ちゃんと言いそうなのは。あ、あいつだ。

「お姉ちゃ~ん(ま○子風に)」

「ビミョウデスガ、ヨシトシマショウ」

 

ふうとため息をつく雪風(深)はふわふわと丹陽へと近づくと体を重ねた。

「オネエチャンモ、シレエノムスコヲゼッタイマモリマスヨ」

「え!?」

と・・・・・・。その瞬間。さっきの白い光とは違う、金色の輝く光の渦に包まれる丹陽。

続いて起きた爆風はさっきのとは比べ物にならない。

 

「な、なんなの。さっきのが改二じゃないの?」

神風も訳が分からないと目を白黒させているが、全くの同意見だ。服まで変わったのに、まだその上があるのか。

 

「違いますよ。こちらが雪風の改二です。丹陽とは別ですね」

姿形はこれまでの雪風が成長したように見えるが、それだけじゃねえ。体から溢れるオーラが段違いだぜ。

 

「あん? お前おっさんの雪風じゃないか!?」

「いえ、しれえ。雪風は雪風ですよ!」

「嘘こけ。俺様の目は誤魔かせねえぞ。あいつはどうしたんだ?」

「よく分かりましたね。意識を切り替えられるようにしたんです。この状態の時には」

どういう理屈だよと思ったが、もう驚かねえことにした。いちいち疲れるからな。

 

ふふと雪風(深)が笑ったかと思うと、慌てた顔になる。

「雪風さん、びっくりしました。丹陽からいきなり変わるから」

「ごめんね。まさかこんな風になるとは思わなかったので」

「でもありがとうございます。これでしれえを守れます!!」

 

無邪気に笑う雪風に雪風(深)は薄く微笑む。傍から見ていると、完全に落語だな、こりゃ。

おう、そうだ。お前たちに一つ言っておかなきゃいけねえことがあった。

「なんです、しれえ。がきんちょはもう品切れですよ」

「お姉ちゃんにがきんちょとは失礼ですよ!」

 

同じ顔でいう事が違うのは面白いもんだな。だが、そうじゃねえよ。

雪風には俺様として。雪風(深)には代理として。

仕方がねえから臭い言葉でも言ってやるか。

 

「よく帰ってきたな。お帰り」

                          

 




登場人物紹介

丹陽・・・・・・江ノ島の雪風が提督を守りたいという思いでなった姿。中華民国に引き取られた雪風の姿で若干成長している。

雪風改二・・・・原初の雪風の提督の息子を守りたいという気持ちとその意志が、江ノ島の雪風の意志と呼応し、奇跡の力が宿ったIFの雪風の姿。この状態の時には与作曰く雪風(深)が表に出ることが可能。(普段は大体寝ている)


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幕間⑥ 「ある日の提督グループライン5」

人呼んで菓子屋の陰謀の日。

追記
ご指摘ありがとうございます。一名貼り付けそびれがいました。すまん女王。
さらに読んだ提督の知り合いからハンカチはまずいと言われたので変更。
感想の方でもアドバイスありがとうございます。リアルに贈らないからですねー。
知らんかった。


【提督養成学校第16期A班】みんなホワイトデーのお返しどうする?【鎮守府も書いてね】

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  いや、参ったわ。こんなことになるとは思わなかった。

 

コンソメ:呉鎮守府

  どしたん? ホワイトデーのお返しで悩んでんのか? それ俺もなんだよなあ。吹雪に相談しても、司令官が選んでくれたのならみんな何でも喜びますよ! と言われてさ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  うちも俺にセンスがないからな。こういう時頼りになる妙高に聞けないのが痛い。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  いや、そもそもの話バレンタインの時から若干揉め気味だったんだわ。夕立と白露が。どっちが一番かどうかってさ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  はいはい、ぽいぽい教徒乙。

 

コンソメ:呉鎮守府

  だよなあ。どうせ白露型に奪い合われる俺って最高とか思ってたんだろ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  くそが。その場所を俺に替われ! 一分でもいいから。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ロリコンはさすがにぶれないな。だが、ぽいぽい教徒オメーは駄目だ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  バカ言ってんじゃねえ! 全世界一千万のぽいぽい教徒を敵に回すつもりか!

 

コンソメ:呉鎮守府

  そんなにいるかよ。まったく、これだからぽいぽい教徒は。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地 

  お前らは何か夕立に恨みでもあるのか、全く・・・・・・。とにかく、どっちが先にもらうとかどっちがいいものとか妙に張り合っちゃって困ってんだよ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  あまり煽るんじゃねえ。ロリコンの目からハイライトが消えるだろ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  羨ましくない。恨めしい。深夜、背後に気を付けるようにな!

 

コンソメ:呉鎮守府

  こいつやる気満々じゃねえ。妬み嫉みを隠しもしねえ。焦ってんな。そういやOは何を渡すんだよ。どうせ、お前ももらったんだろ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  一律クッキーだ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  一律? 瑞鶴のも一緒なんか?

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  意味が分からんがそうだ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  おまっ。それさすがに可哀想だろ。養成学校からの付き合いだろ。少しいいのにしたれよ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  あの野郎、この間のバレンタインの時に俺様を爆撃しやがったからな。もらえるだけありがたいだろ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  そういや、おっさんはどうするんだろ。江ノ島のバレンタインフェスタすごかったって聞いたぜ。うちからは司令官の涼月が行ったけど、きらきらして帰ってきてたわ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  ああ。うちの鎮守府でも大じゃんけん大会の結果朝潮が代表で行ってたなあ。すごい喜んでたよ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  うちはくじ引き。俺の艦隊の子は駄目だったんだけど、先輩の高波がサインもらったってめちゃくちゃ自慢してたなあ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  さすがはK氏。素晴らしい限りだ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  お前、俺の時と態度違いすぎ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  そりゃ、仕方ない。K氏は我々の業界では神だ。

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おっさん、いません? ホワイトデーのお返し教えてください!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  やれやれ。くだらない話題で盛り上がってやがるな。わざわざ地方から持ってきた連中には鳩サブレよ。うちの連中には何もしねえな。

 

コンソメ:呉鎮守府

  え!? 

 

マーティー:単冠湾泊地

  は!?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  まさかの何もなし? なんでですか!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  当然だろうがよ。そもそも俺様は義理チョコに返しを求めるくそが大嫌いでね。酷い奴などチロルチョコで豪華お返しを期待するクソがいるくらいよ。普段世話してやってるんだから、チョコはもらうが、お返しの必要はねえだろ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  まさかの放置! さすがK氏はぶれないですな。だが、駆逐艦の子達にはあげてください。

 

コンソメ:呉鎮守府

  い、いやいやいや。そこは全員にあげましょうよ。というか、おっさんのところの子達絶対に義理じゃないですよ!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  そうそう。特に時雨なんて昔からおっさんのことお気に入りだったじゃないすか。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ああ、そういや。昔もあの野郎バレンタインに寄こしてきやがったんだよな。あの時は俺様も若かったからお返しなんぞしちまったが、時雨に鹿島教官の分と買うのが面倒くさかったぜ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  鹿島教官? どうして鹿島教官が出てくるんです?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ああ。なんかもらったからよ。普段世話になってるから礼で返したな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  !! だ、誰か鹿島教官からチョコもらった奴おる?

 

コンソメ:呉鎮守府

  なわけないだろ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  そうそう。そんなことが分かったら大騒ぎやろ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  俺はいらないが、相当な貴重品ということは理解できる。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  そうかあ? 普通にみんなもらってると思ってたぜ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  嘘でしょおおおおお!! 鹿島教官ですよ!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  あ、有明の女王からチョコ!? おっさん伝説にまた一ページ!

 

コンソメ:呉鎮守府

  いいよなあ。銀英伝。ってか、いつの間にもらってたんです。すごすぎますよ、それ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  寮に帰る前に教官室に呼ばれてもらったな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  それ、完全に特別に渡してる・・・・・・。あかん、くらくらしてきた。

 

マーティー:単冠湾泊地

  あの、確認なんですけど、おっさんって他に個人的にもらったりしてないですよね。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  それな。すごい気になる。ありえそう。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  個人的? 知っている奴で言うなら鹿島教官以外には横須賀の矢矧とイタリアのマエストラーレ級のがきんちょどもだな。あ、そう言えば、米国のサラトガの奴もチョコレートケーキだったな、そういや。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  え!?ふぁ;lkふぁlskぽ!! 

 

コンソメ:呉鎮守府

  落ち着け、ロリコン!!

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  これが落ち着けるか! イタリアのマエストラーレ級って、マエストラーレシスターズじゃないですか!! て、天使のチョコをもらったんですか? すごすぎる!! もっと早く知ってれば休みとって撮影に行ったのに!! ぐやじい・・・・・・。

 

マーティー:単冠湾泊地

  あー、あのアイドルのか。おっさんの所にはグレカーレがいるからかな。にしてもすごいわな。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  お前は驚きが足りねえ。俺の同志がいたら皆ひっくり返っているぞ。K氏、幸運の風を受けてから絶好調ですね。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  そ、それもそうだがさあ。矢矧も気になるんだけど、おっさん。サラトガって米国の空母ですよね。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ああ。なんか、フレッチャーとケーキ対決してな。チョコケーキ送ってくれたぞ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  えっ!? 空輸? しかもチョコケーキって完全に意識してるじゃないですか!! これやばいですよ。サラトガってすんごい米国で人気あるんですよ! お嫁さんにしたい艦娘一位って。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  ふん。フレッチャーさんだって、お嫁さんにぴったりな駆逐艦部門一位だ。どうということはない。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ロリコンは張り合うなよ。でもどういう経緯でって、そうか。おっさん何気にいろいろやってますからねえ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  うん。うちの吹雪が青葉が作ってるKankan見せてくれたけど、米国ですごい人気みたいですよ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  人気なんざいらねえ。むちむちボインが着任してくれりゃいい。サラトガは良い感じなんだが、あいつも若いんだよなあ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  出た! おっさんの若い発言。というか、みんなスルーしてるけど俺はしっかりログ確認したもんね。おっさん、今年も鹿島教官からチョコもらいましたよね!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ああ。バレンタインフェスタの撤収作業の時に来てて、いつもお疲れ様ですってもらったな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  モテる男の余裕か・・・・・・。すげえな、おっさんは。

 

コンソメ:呉鎮守府

  と、とにかく。その話題から離れよう。それと、おっさん。本当にホワイトデーのお返しはしないんですか?

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  そうですよ、K氏。みんな期待してますよ! 期待に応えてあげてください。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  期待どころか要求がすげえ。グレカーレのアホのせいでみんな要求をメモに書いて俺様の机に置いていきやがる、頭に来たからくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てたんだが、時雨のアホがにこにこしながらそれを伸ばして置いていきやがった。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おっさんの所の艦娘はへこたれないな。ちなみにどんなリクエストなんです?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  どいつもこいつもどこかに行きたいってリクエストばっかりよ。何の因果で俺様ががきんちょどもを引率しなきゃいけねえんだ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  え!? それって普通にデートに行きたいってことじゃないすか?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  俺様がフレッチャーとホットケーキ食いに行ったのが分かってからは矢のような催促でな。うるさくてかなわん。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  せ、聖母と甘味デート? 砂糖激盛りですぞ。羨ましすぎますぞおおお!!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  でえとなんてもんじゃねえ。市場調査みたいなもんだ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  でも、他の鎮守府の子達にあげたんですから、あげてはどうですか。物がいやならどこか食べに行くとか。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  あ、それいいかも。俺もそうしようかなあ。そしたら、どこか行きたいってリクエストともかぶるんじゃないですかね。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  お前らは偉いなあ。きちんとホワイトデーのお返しをしてよお。俺様も少しは大人になるかね。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  でしたら、K氏。ゴトシープランドがおすすめですよ。艦娘割引ありましたから。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  おいおい。年末の仕返しじゃねえだろうな。どうして俺様があんなくそみたいな夢の国に行かなきゃいけねえんだ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  いやいや。小さい子には人気ですから。おっさんの所は駆逐艦が多いから喜ぶんじゃないですか。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  微妙に俺様の古傷をえぐるんじゃねえ!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  いいなあ。俺も内地ならゴトシープランド行けたんだが。

 

マーティー:単冠湾泊地

  それならみんな一緒でいいから楽ですよ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おっさん、逆転の発想ですよ。ゴトシープランドは広いからみんな好きに遊ばせときゃいいんですよ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  くっくっく。そいつは少しぐらつくな。いいアイデアかもしれん。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  いやいや。そこはしっかりみんなと思い出を深めてください。喜びますよ!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  かまってちゃんばかりのうちの連中を少しは親離れさせなきゃならんからな。そいつでいくとするか。

 

コンソメ:呉鎮守府

  よかった。いい方向に決まりましたね。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おいおい。話が終りみたいな流れだが、俺の方も考えてくれ。どうすればいいと思う?

 

マーティー:単冠湾泊地

  お前の所もおっさんの所と同じくどこか行ったら?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  中々難しいぜ。元々観光地だったから何かある訳でもないしな。

 

コンソメ:呉鎮守府

  KUMAZONでなんか頼んで届けてもらえよ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  おっさん、何か良い案ないですかね。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  一番にこだわってるなら好きなもんをたらふく食わせりゃいいじゃねえか。南国だろ。フルーツ食い放題でどうよ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  まさかのバイキング? いや、でもありかもなあ。一番にこだわってるなら何贈ってもこじれそうだし。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  悪いが、飯の時間らしい。抜けるぜ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  お疲れ様です。ありがとうございます。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  ゴトシープランドの記念写真を撮るようでしたら一枚お分けください!!

 

マーティー:単冠湾泊地

  本当、自重しないね、このロリコンは。

 

【おっさんがログアウトしました】

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おっさんのアドバイス通り食い放題にしようかな。いやー、悩んだわ、

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  全ては安易に白露型会なぞ発足しようとした浅はかな己の責任よ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ロリコン、お前。俺に恨みでもあるのか。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  当然だ。正直K氏以外のお前たちが羨ましくてならん。

 

マーティー:単冠湾泊地

  なんで、おっさんは除外なんだよ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  神は除外に決まってる。

 

コンソメ:呉鎮守府

  出たよ。いつもの神発言。でも、やってることがすごいからな、あの人。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ほんそれ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  俺たちも見習って精々頑張るしかねえな。

 

コンソメ:呉鎮守府

  お互い怪我しないようにな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  そっちは風邪ひくなよ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  母ちゃんか、お前らは!

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  母ちゃんはいらん。雷ママや夕雲ママは必要だが。

 

コンソメ:呉鎮守府

  お前はとりあえず、瑞鶴にいいもの買ってやれよ。 

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  そうそう。養成学校からの付き合いなんだからよ。

 

【コンソメがログアウトしました】

【マーティーがログアウトしました】

【ソロモンの悪夢がログアウトしました】

【ロリコン紳士がログアウトしました】

 




各鎮守府のホワイトデー事情

呉鎮守府・・・・・・提督が艦娘それぞれの好みの物を買い、高評価。
単冠湾泊地・・・・・提督が艦娘それぞれ違う物を買うが、微妙に外し、それが原因で曙と電が若干揉める。
パラオ泊地・・・・・食べ放題に全員連れて行くことになり、なぜか鎮守府全員参加。白露と夕立のせいで第一回パラオ大食い女王決定戦となる。(勝者は霧島)
佐渡ヶ島鎮守府・・・一律クッキーでいたが、あまりにも同期がすすめるため、ちょうど入った文房具やで目についた手帳を瑞鶴にやる。後日一か月機嫌がよかったとか。

江ノ島鎮守府・・・・みんなで外出と喜んでいた艦娘たちだったが、ゴトシープランドに到着早々姿を消した提督を追いかけ、結局おにごっことなる。結果、昼前に捕まり、みんなで一緒にアトラクションを廻る羽目になる。

個別のお返しとその反応。
マエストラーレシスターズ・・・・・・日本駄菓子セットが届く。あんず棒の旨さにリベッチオとマエストラーレが感激。グレカーレは普通に楽しむ。シロッコには五倍返しと書かれた袋に5円が出るよチョコが山盛りとなって返され大爆笑。
矢矧・・・・・・いい女になるための参考書とルパン三世の映画DVDが贈られ、カリオストロの城に感激する。
サラトガ・・・・寿司屋湯呑と、パンケーキを焼く用のフライパンが贈られ、キッチンにはパンケーキの山ができる。
鹿島・・・・・・昨年は高級クッキー。今年は何か身の周りの物が欲しいと言われ、一応恩師だからと適当な万年筆を渡し、一か月鹿島の仕事の能率が最高潮になる。


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第六十一話 「大湊の一番長い日」

第六十話を書くために大湊編を書いていたので、燃え尽きておりました。
ウマ娘が強すぎる。正直面白いからなあ。身近でも提督引退して乗り換える人多いです。


ホワイトデーネタで読者の方から教えていただきましたが、
万年筆は「貴女を仕事でもプライベートでも私のパートナーとしたい。」チョコレートは「あなたの気持ちは受け取れません」になるとのこと。
鹿島が上機嫌だったのが分かりますね。もちろん、おやぢは全く何も考えず贈っております。



空に打ち上げられた信号弾に、海鼠島海域周辺で戦っていた朝風と春風は一瞬我が目を疑った後、素直に戦闘行為を止めた。

「まさか神風姉がやられるとはね」

朝風はどことなくすっきりした顔で言い、

「やれやれ。意地を通されましたね」

春風は苦笑して見せた。

 

戦場で自らの思いに区切りをつけた神風型の艦娘達とは違い、砂嵐となった中央以外のモニターに映る光景に大湊の諸提督達は愕然とした。

最強を謳われ、大湊の象徴ともいえる神風型の二隻が、新設間もない江ノ島の艦娘達を打ちあぐねる様は、彼らのこれまでの常識を揺さぶるに十分であったが、止めとばかりに画面に映された神風からの敗北を伝える信号弾に、言葉を失い、顔面を蒼白とさせる者が相次いだ。

 

「じょ、冗談だろう・・・・・・」

そう口にできる者はまだよかったかもしれない。

多くの提督、艦娘が目の前で起きた出来事を信じられぬと首を振り、天を仰いだ。

 

強くなろうとこれまで自分達がしてきたことはなんだったのか。

艦娘を道具として扱い、ひたすらに腕を磨いてきた日々はなんだったのか。

どうしたらよいのだと戸惑う彼らに、青森からやってきたという憲兵隊の到着が知らされる。

 

「憲兵が来ただと? どういうことだ」

「榊原司令長官はどうした? どこに行った!」

 

もはや演習どころではない提督達は、それぞれの部隊の艦娘の動揺を抑えようと必死になった。それは審判役として派遣された海軍省から派遣されていた担当官もまた然り。

「何もするな!? 何もするなとはどういうことです。私は、私の立場どうなるのですか」

狂ったように携帯に叫ぶ彼の姿は周囲の喧騒の中でも殊更に滑稽に映った。

 

一方その頃、第四艦隊の艦娘達から逃げ回っていたジャーヴィスと浦波はどこへいたかというと、まさしくその第四艦隊の宿舎にいた。血相を変えて宿舎から出てくる艦娘達と入れ替わりに室内へと侵入したジャーヴィスはすぐさま司令官室に直行し、怯える浦波をなだめすかし、その調査を行うと言い出した。

「あ、ちょ、ちょっと!」

困惑する浦波をよそに、帽子の中から取り出したヘアピンで机の引き出しにある鍵穴をいじくっていたジャーヴィスは会心の笑みを見せた。

かちりと言う音と共に開かれた机の引き出しに、浦波は愕然とする。

「う、嘘・・・・・・」

「ね! 便利でしょう?」

引き出しの中からファイルを取り出したジャーヴィスはぱらぱらとそれをめくると、

「umm~やっぱりね」

小さく頷きながら顎を撫でた。

(装備使用に関するレポート。送り主は米国の兵器メーカー。日本国内にも研究施設はあるみたい)

「ど、どういうことですか」

「あまり言いたくないんだけど、浦波達の提督さんは上手いように使われていた可能性があるわね」

「そ、そんな!」

息を呑む浦波とは別な人物の声が室内に響く。

 

「嘘よ・・・・・・」

入口へとジャーヴィスが振り向くと、そこにいたのは叢雲だ。

「司令官が利用されていた? バカにするのもいい加減にしなさいよ!」

怒り心頭と声を荒げる叢雲に対し、ジャーヴィスはあくまでも冷静に対応する。

「Non、バカになんかしてないわ。あくまでも見た物からの判断だもの」

「そいつを元に戻しなさい。今だったら怪我せずに捕まえてあげる。浦波、あんた、どこまで司令官の期待を裏切るのよ!!」

「ご、ごめん・・・・・・」

叢雲の怒気に押され、縮こまる浦波をかばうようにジャーヴィスが間に入った。

 

「彼女に無理を言って私が連れてきてもらったの。さっきも言ったけど。本当に尖りきってしまっているのね、あなた達。同じ艦娘として痛々しくて見ていられないわ」

「余計なお世話よ。演習の結果がどうだからと言って、あたし達のこれまでのやり方まで否定される謂れはないわ」

ぐっと叢雲は拳を握る。既に神風達の敗北の報は届いている。

自分よりも遥かに強い神風達がやられたのだ。今更何を言っても負け犬の遠吠えにしかならない。だが、頭で分かっていても、それを感情的に認めることができない。

「違うわ、叢雲。誰も貴方達の頑張りを否定しないわ。ただ、やり方は間違っている。首輪を使い艦娘に言う事を聞かせることを貴方は良しとするの?」

「そ、それは・・・・・・」

 

叢雲が言い淀んだ隙をジャーヴィスは見逃さない。

そっと顔の前で両手の指先を合わせると、じっと彼女を見据え、畳みかける。

 

「そして、ここに些細だけれど、とても大きな疑問があるわ。人間は艦娘を道具として扱いたく、艦娘はそんな彼らの気持ちを汲んで道具として行動したい。その方が人間のためだからというのがその理由。でもね、それって本当にそうなのかしら」

「何を言っているのよ、そうに決まっているでしょう!」

「そう。でもよく考えればそれはおかしいのよ。いくら人間のためになるからと己を律し道具に徹しても私達は艦娘。完全な道具にはなれない。意志に反する行動もある訳で、それを強制するために一部の人間が使っているのが首輪よ。でも、それが人間全体のためになるとはとても思えない」

「何が言いたいの」

「単純なことよ、叢雲。米国の例を見ても、強制的に言う事を聞かせようとする首輪は艦娘の反発を招き、艦娘派の人間にとっても許しがたいものよ。このことをとっても、人間のためになると言えるのかしら。なのに、なぜあなた達はそれが人間のためだと思っているの?」

「艦娘自身が道具だと思ってあげた方が人間は気楽でしょうよ!」

「いいえ。それは違うわ」

ジャーヴィスは叢雲の返答を切って捨てる。

「自分達が楽だからあなた達はそうしているのよ。人間だけじゃなくてあなた達も実は自分達を道具と思って欲しいのよ。その方が何も考えなくても済む。責任を負わなくていいし、全て提督に言われた通りにしたのだと言い訳もできるから」

「な・・・・・・」

叢雲は絶句し、反論できない己を自覚し驚く。

ジャーヴィスの指摘は、自分自身でも無自覚に正しいと信じてきたものが誤りだったと意識させるに十分だった。

 

「首輪がなければそういう考え方もあるかなと思ったけどね。でも、あれがある限りそれは危険な考えよ。首輪は人の善悪を求めていない。それは米国大統領の一件で明らか。艦娘という武力を悪人が自由にできるということだもの」

「ま、まさか、そんな・・・・・・」

「適性検査があるから大丈夫というのは反論として成り立たないわよ。すでに米国大統領のような人物がいるもの。彼の場合はそれが個人的な嗜好に向いたけれど、それだって許せるものではないわ」

 

ジャーヴィスの言葉は鋭い刃となって、叢雲に突き刺さる。

これまでそんなことは考えたことが無かった。だが、一連の騒動からそれは真実だと考える自分がいる。がらがらと音を立てて崩れていくのはこれまでの価値観。強固に固められ、絶対的な存在だったはずなのに。

 

「さっきあなたは首輪の話をした時に動揺した。その前に会った時には感情を抑えるトレーニングをしていると言っていたのにね。あなた達は事の善悪については分かっている。ただ、提督の言う通りに動いた方がいいと思いそうしているだけよ。自分達は道具だと逃げるのを止めなさい。あなた達は自ら判断して行動しているのよ」

 

先ほどまでの勢いはどこへやら。うつろな目をし、両手をじっと見る叢雲に、ジャーヴィスは淡々と告げる。

「だから、再度貴方の判断を聞くわ。首輪によって行動の自由を奪われて戦うのか、自ら覚悟して敵と戦うのか。艦娘としてどちらで戦いたいのかを」

「艦娘として?」

「ええ、艦娘として。自分のことは自分で決める。判断を他人に委ねるのは卑怯者のすることよ。道具としてありたいならそれで結構。でも、それは決して人間のためではないわ。あなたのためにすることよ」

「じゃ、ジャーヴィスさん・・・・・・」

ジャーヴィスのあまりの舌鋒の鋭さに浦波は言葉を失った。

可愛い駆逐艦だと思っていたが、それは彼女のほんの一面だったようだ。

冷徹な糾弾者の顔を見せたジャーヴィスに、さすがの叢雲も言葉を詰まらせる。

 

「そ、それは・・・・・・」

心の奥底まで見透かすようなジャーヴィスに、叢雲は我慢できず目をそらす。

ややあって、口を開いたのは浦波だった。

「私は、自分で考えて戦いたいです・・・・・・」

「浦波!?」

「どん臭いし、迷惑もかけているけど。でも、人間を守りたいんです」

なんだろう。そう口にした途端、浦波は心の中の重しがとれたような気がした。

叢雲は信じられないと首を振る。あそこまで蔑ろにされて、人間のために戦いたい、とは。

艦娘とは何と因果なものなのだろう。

 

「その判断でOK?」

微笑みながらジャーヴィスは浦波を見る。

 

「ええ。だって、そのために生まれてきたんですから。叢雲ちゃんもそうでしょう?」

「当たり前じゃない! でも人間を守るために必要だからと考えて、そう言い聞かせてっ・・・・・・」

「間違えることは誰にでもあるわ。人間にも艦娘にもね・・・・・・」

肩を震わせる叢雲の背中をそっとジャーヴィスは撫でる。

「私が読んだ探偵小説の犯人たちは多くの場合やむにやまれぬ事情で犯罪を起こしていたわ。ちょっとしたすれ違い、思い込み。それしか他に術はないという強迫観念。でも、犯罪が発覚した後、皆こう言うの。こんなつもりじゃなかった!ってね。他の道は考えなかったの? もっとコミュニケーションをとれば? そう言われても頭がかちこちで分からないのよ。さっきまでのあなた達みたいにね」

「随分言うわね・・・・・・」

「私が敬愛しているオールドレディはよく言っているもの。『優しさは常に万能な処方箋ではない』ってね。あなた達は言葉足らずよ。もっと提督や他の艦娘とコミュニケーションをとるべきね」

「コミュニケーション?」

「That`s right! コミュニケーション。提督とお話したりー、お茶したり―。後提督が間違えていたら頭突きしたりね!」

「え? ず、頭突き?」

おどけた様子で話すジャーヴィスに浦波がつい聞き返す。

「Yes! 日本の言葉でも顔を突き合わせるって言葉があるでしょ! 私もうちのダーリンのやり方が酷すぎるから、ついさっきキツイのをかましてきたばかりよ!!」

「え、そ、それって使い方が違う・・・・・・」

思わず突っ込んだ浦波に対し、ジャーヴィスはうんうんと嬉しそうに頷いた。

「できているじゃない、コミュニケーション! 道具は私に突っ込んだりしないでしょ?」

「わざとなのか素なのか。あんたって本当によく分からないわね」

叢雲は目の前の海外駆逐艦にはかなわないと静かに微笑んだ。

 

                    ⚓

「さてと、これでいいかな」

神風は信号弾が上がったことを確認すると、雪風の方に振り返った。

すでに海鼠島から二人は移動している。

これまでの激闘が嘘のように海は穏やかだ。

 

「妖精さん、電話、貸してくれないかしら」

神風は自らの艤装の中にいるもんぷちに声を掛ける。

『ええ、構いませんが。どうしました?』

「せめて、最期はしっかり伝えないとね」

「え、神風さん。最期って・・・・・・」

神風の発言を聞きとがめた雪風の耳に、びきっと何かがひび割れる音が響く。

「ちょっと無理、しちゃってね。でも最期にお礼は言いたいから・・・・・・」

「神風さん!!」

足を止めた神風に雪風が駆け寄る。

「お、応急修理員は? 積んでいた筈でしょう!」

ふるふると首を振る神風の姿に、雪風がすっと目を細める。

「さっき、あの子。ジョンストンちゃんを守った時ですね」

「雪風さん? ええ、そうです・・・・・・」

「ど、どうして。どうしてそんなことを!」

同じ顔なのに表情が違う。苦笑しながら、神風は江ノ島の雪風に語る。

「柄にもなく、あんたにあの子を撃たせちゃダメって思っただけよ」

「じゃ、じゃあ。雪風のを!!」

ごそごそと艤装をまさぐる雪風だが、深海化した際に装備を下してしまったためか、応急修理員が見当たらない。

「そ、そんな!」

「いいの。私がそれでいいんだから」

 

神風はふうと小さくため息をつくと電話をとった。

「なんだあ、どうした。まだなんかあんのか」

受話器越しに面倒くさそうにするおやぢ提督の顔を思い浮かべ、笑みがこぼれる。

「鬼頭提督、神風よ。今回は色々と迷惑をかけたわ。ごめんなさい。そして、ありがとう」

「そんなことのために電話してきたのか? 律儀な奴だな。色々と面倒くさいことになりそうだからとっとと俺様は帰りたいんだがね」

「うちの司令官はどうしているかしら」

「ああ、俺様がぶちのめした。首輪はNGだ。胸糞悪い」

「強くなるために必要なことだと思っていたの。間違いだとも思わなかったわ」

「提督が言うからか? てめえの頭で少しは考えろ。いいか悪いかを」

「返す言葉もないわね。道具は考える必要がないと思って甘えていたわ」

「ま、精々責任をとるんだな。てめえ達のしでかしたことへの」

「そうね。朝風と春風には事故だったと伝えて?」

「何を言ってるんだ、お前・・・・・・」

突然TV通話に切り替わり、与作は驚く。

神風の周囲をきらきらとした粒子が飛びかい、段々とその姿が透けてきている。

 

「か、神風さん! 早く母港へ!!」

「満足しちゃったのよ、私。雪風さんとも闘えて、素敵な提督にも会えて」

 

出来損ないと言われ蔑まれてきた自分。大湊最強だと畏怖されてきた自分。

どれが本当の自分だったのだろうか。

原初の神風に憧れ、そうなりたいと願ってきた。そのためには道具として戦うのが最善と考えてきたのに。思いを持って戦っても辛いことばかりだと蔑んでいたのに。

 

「あなた達、とても強かったわ。武運を祈っている・・・・・・」

 

段々と薄くなる神風の姿に、雪風はパニックになる。

「ゆ、雪風さん! どうにかならないんですか!?」

「雪風でもどうにもできません。高速修復材も応急修理員も無ければ。後は見送るしか・・・・・」

ぐっと唇を噛みしめる雪風(原)。いくら規格外の能力を持つと言っても、彼女は工作艦ではない。去り行く僚艦を救う術がない。

「そ、そんな。こんなのって、こんなのってないですよ。しれえ! どうにかならないんですか!」

「ありがとう、雪風」

散々痛めつけ、精神的に追い詰めた自分に対し涙を流してくれるとは。何と心の優しい艦娘なのだろう。いや、江ノ島鎮守府の艦娘自体がそうだった。きっと自分達とは何もかも違うのだろう。

「そんなことありません!! 雪風は分かっています。今回の演習の神風さんは変でした。煽るようなことを言ったかと思えば、止めるようなことも言って。本心は止めようと思っていたんじゃないですか?」

「それは私にとって都合のいい解釈ね」

透き通るような笑みを浮かべる神風に、雪風の焦りは最高潮に達する。

このままではいけない。何とかならないのか。

「しれえ、何とかしてください! お願いします、しれえ!!」

喚き続ける雪風に、小さく首を振り、

「もう一度お礼を。鬼頭提督、ありがとう」

神風が電話を渡そうとしたときだった。

 

「バ~カ」

電話の向こうから心底呆れたと言った声が返ってきたのは。

 

「しれえ!?」

「何がありがとうだ。俺様は責任をとれと言った筈だぜ? 何勝手に沈もうとしてんだよ」

「ごめんなさい。でも、体が限界で・・・・・・」

申し訳ないと謝る神風におやぢ提督は予想外の一言を告げる。

「そんなこったろうと思って保険をかけてあるんだよなあ」

「保険?」

雪風が首を傾げる。何を言っているのだ、己の提督は。

「いや、雪風。何か聞こえない?」

耳をそばだてるのは雪風(原)。

 

カーンカーンカーン。

 

聞こえてくるのは神風の中から。

 

「え!? ちょ、ちょっとどういうこと?」

神風自身も驚くが、その様子を見ていた雪風は驚愕に目を見開く。

「か、神風さん! 体が戻ってきてますよ!!」

「そんな・・・・・・、なんで?」

 

意識を集中させた神風は、自らの艤装の中で必死に動く何かの姿に気付く。

「え!? あ、あなた!」

『ひい~~~~~~~。水が、水があ!!』

 

何だろう。誰かが、必死になって自分を修理しようとしているようだ。

艤装の妖精はそんなことができないし。一体誰なのだろう。

『何が保険ですか、提督!! ちょ、ちょっとちょっと洒落になってませんよ!!』

そこにいたのは江ノ島が誇る妖精女王。なぜかヘルメットをかぶった彼女は必死になって手にしたハンマーであちこちを叩き、補修している。

「え!? さっきの妖精さん? あなた工廠妖精なの?」

『私をあんな腐れ連中と同じにしないでください!! 由緒正しき羅針盤妖精上がりのこの私を!』

「ぐずぐず言わずに手を動かしな、もんぷち!」

『て、提督。図りましたね。何が「帰りも神風に乗っていった方が安全だぜ、びーばーは危険だからな」ですか!!』

「ふん。お前ならやれると思ってな。以前散々親方に迷惑をかけて働かされてたからな」

『ぐぎぎぎぎぎぎ。自分の器用さが憎い!! これではまんま都合のいい女ではないですか!』

悔しがりながらも、沈むのは嫌だと必死になるもんぷちの甲斐もあり、粒子が止まり姿を留める神風。

「鬼頭提督・・・・・・」

「神風よ。俺様は甘くないぞ。沈んで逃げるなんて許す訳ないだろうが」

「・・・・・・そうね」

神風はふと自らのリボンに手をやる。

 

「え・・・・・・」

原初の神風から受け継いだリボンから、微かに溢れる力が感じられた。

応急修理をするもんぷちを後押しするかのように。

頑張んなさいよと神風を元気づけるかのように。

 

空を見上げ、神風はぽつりと呟いた。

「神風さん・・・・・・。ずっと、見ていてくれたんですね」

 

                    ⚓

電話を切った与作を待っていたのは、倉田の人の悪い笑みだった。

「聞いたぜ、おっさん。特大のネタをのう。おまんがあの始まりの提督の関係者というのも驚きじゃが、まさか深海化した奴を元に戻すとは驚きじゃ」

「呆れたしぶとさだなあ。それで?」

「察しが悪いの。首輪をわしによこせ。それで忘れちゃる」

「あん? よもやと思うが、俺様相手に脅迫してんのか? 別に忘れる必要もねえし、言いたきゃ言いな」

「脅しやないぜ。この事が広まったらどうなるかのう。おまんの鎮守府も無くなるやもしれんぞ」

「そうなったらそうなっただな。最近がきんちょばかりしか来ねえし、他のことでもするか。四の五の言ってくる奴らとは闘うしなあ」

「おまん、本気で言っちょるのか? いくらおっさんが化け物みたいに強くても人やぜ?」

「まあ、向こうがやる気なら別に相手するってだけだな」

「く、狂っとる・・・・・・」

「俺様をいきなり撃つてめえに言われたくねえ」

与作は頭をかいた。

「そんで、どうすんだ、お前。くそみたいな道具を使っていた時点で俺様は許す気はねえぞ」

「しゃらくさいわ!!」

ぐっと倉田が靴底を捻ると、そこからガスが漏れ出し、辺りが白い煙に包まれる。

「毒霧だけが奥の手やないぜ!」

倉田は入口に向かって逃げようとする。

と・・・・・。

ふわり、その体が浮いたかと思うと地面に叩きつけられた。

「なっ、お、お前は!!」

自らを投げ飛ばした人物を見、倉田は唖然とする。

大湊警備府の司令長官である榊原。倉田が常日頃から馬鹿にして止まない上官の姿がそこにはあった。

 

「おい、おっさん。どういうつもりじゃ」

格下と侮っていた相手に隙を突かれたとは言え、投げ飛ばされ、倉田は不機嫌さを隠さない。

「もう止めろ、倉田」

どう猛な倉田の目に普段の榊原なら委縮している筈である。

だが、この時は逆に倉田をじっと射すくめるように見つめていた。

「原初の艦娘達のような悲劇を出したくない。その一心で強さこそ何よりも大事としてきた。その結果失うものがあることも知りながらな」

「失う? 捨てるの間違いじゃろう。戦場に女を連れて行くな等という連中と同じことを今更ぬかすんかい! わしらは戦争をしているんじゃぞ!?」

「そうだな。そう言い訳をして、彼女達の思いを敢えて見ないようにしてきたのだ。あれは兵器だ、道具だと言い聞かせてな。同じように見えて、それぞれに違った思いがあるのを知りながら。鬼頭提督と艦娘達のやりとりを陰ながら聞いて今更ながらに気付いたよ。我々が何を間違えていたのかを」

「江ノ島の連中に感化されて日和ったんか! わしらは強くなければいけない。深海棲艦を倒すためにのう。きれいごとを言う連中の言葉などどこ吹く風。戦ってからぬかせ。そうだったんじゃないんかい!」

「そう。戦ってない人間に言われる筋合いはない。奴らは安全な所から批判するだけの存在だ。だが、共に戦っている者たちの言葉に耳を傾けては来なかった」

「この期に及んで宗旨替えか、おっさんよ。艦娘を道具として考え、上手に運用していくことこそが勝ちへ最高の道筋じゃろうが!」

いいや、と榊原は静かに首を振る。

「演習に負けた以上、それは最高とは言えん。ならば、最善の道を探すしかない」

「仲良しこよしが最善か? 今日までのここのやり方はなんだったんじゃ!」

「そうだな。強かったら何をやってもいいと、そうお前に思わせたのがそのやり方の末路だろう。それは私の責任だ。何か裏でこそこそしていると気付いてはいたが、まさか首輪まで使うとは思っていなかった」

「おっさんの監督不行き届きだな」

口を挟んできた与作に、榊原は頭を下げる。

「すまない。その通りだ。見ないふりをしてきた」

「ふうん。おっさんの方が、そこの坊やよりまだマシみてえだな」

「何じゃと! 色々やらかしとるおまんに言われたくはないわ!」

「はて、俺様何かやったっけ」

「いいや、何も。」

 榊原はきっぱりとそれを否定する。

「君は、いやあなたは艦娘のためになることをしただけだ」

「艦娘のためじゃと・・・・・・。榊原のおっさんよ。おまん、本当に気でも狂ったんか!」

道具と位置付けてきた艦娘に対する思いを口にする榊原を信じられぬと倉田は眉を顰める。

「始まりの提督の思いを聞いたら、昔を思い出してね。彼女達と共に海を守ろうと、そう思っていたことを」

 

ぽりぽりと頬をかく与作に再度頭を下げた榊原は倉田の腕をとり、立ち上がらせる。

「先ほどからひっきりなしに副官から連絡が入っている。行くぞ、倉田」

 

                    ⚓

群馬県館林。

「お~い、神鷹! そっちは大丈夫かも?」

秋津洲の明るい声を聞き、訓練でくたくたになった神鷹はわずかに顔を綻ばせた。

江ノ島にいる時から二式大艇ともども気を遣ってくれていた秋津洲は神鷹にとって話しやすい存在だった。

「ヤー。な、なんとかやっています。そちらはどうですか?」

「もう色々あって大変かも! 鎮守府が突然襲われたり、ドックが奪われたり!」

何だろう。聞く限りでは随分と物騒なことになっているようだ。

「ええっ!? だ、大丈夫なんですか?」

「そっちは提督が知り合いに頼んで何とかなりそうかも。でも、肝心の提督もちょっと心配なんだけど」

秋津洲の台詞に、神鷹は表情を曇らせる。

「えっ!? て、提督に何かあったんですか」

「うん。時雨達には伝えてないんだけど、実は大湊で撃たれたらしいかも」

「そ、そんな!!」

「麻酔銃だから、てんで大丈夫って本人は言っているんだけど、帰りに寄ったときにそれとなく様子を見てくれないかも?」

「わ、分かりました。心配です・・・・・・」

おっかない外見には未だに慣れないが、気を遣ってくれている提督を神鷹は信頼している。その提督が撃たれたとあっては気が気ではない。

電話を切った後どうしたものかと室内をうろうろした神鷹が、とりあえず鎮守府の先輩であるアトランタに相談をすることに決めたのは自然の流れだったろう。

 

「Why? どうして提督さんが?」

あたふたするアトランタに、神鷹も分かりませんと動揺を露わにする。

 

「あら、お二人とも。どうしたのですか?」

そんな二人の前に現れた鳳翔に、アトランタはたらたらと冷や汗を流す。

「い、いや。その。ちょっと・・・・・・」

さすがに空気が読めるアトランタは、鳳翔に知られてはならじと口をつぐんだが。

「どうかしましたか? 神鷹さん」

素直な神鷹は、空母の母の迫力に抗せず、秋津洲からの話をそのまま伝えることになった。

 

「ほうほう。あの子が撃たれたと。それはそれは」

ゆらりと笑顔のまま立ち上がり、身支度を整えようとする鳳翔。

その無言の迫力にこりゃあかんと彼女の両腕をがっちりと固めるアトランタと神鷹。

「いや、大丈夫って話だから!」

「ほ、鳳翔さん、落ち着いてください!!」

「いえいえ、落ち着いています。落ち着き過ぎてちょっと体を動かしたいくらい」

「NO! 目が座ってる!!」

「ごめんなさい、神鷹さん。ちょっと出てまいりますので、その後に訓練をしましょう」

「出ちゃダメです! 鳳翔さん!!」

涙目になりながら、神鷹が鳳翔を止める間、アトランタが慌てて与作に連絡をとり事の次第を話す。

 

「あんの、かもかも野郎~。余計なことを言いやがって!!」

携帯越しの罵声と共に、与作は鳳翔に事情を説明するために骨を折るのだった。

 




登場人物紹介

与作・・・・・人生で5本の指に入るほど説得に手間をかけたとぼやく。
秋津洲・・・・おしゃべりかも野郎と与作に怒られ、二式大艇に慰められる。
神鷹・・・・・自分のせいで秋津洲が怒られたとしょんぼり。
アトランタ・・ちょっと待って。鎮守府にまだ偉大なる七隻が二人いるんだけど、と戦々恐々。
鳳翔・・・・・与作の説明を受け、大湊への旅行は思いとどまるものの、バカ息子のやり方のまずさに怒り、どうやって叱ろうかと、一緒に行った駆逐艦達のケアをしないとと頭を巡らせる。


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第六十二話 「演習その後」

長かった大湊編がようやく終わり。
新キャラのモデルはあの人。

菱餅任務が終わったと思ったらイベントかあ。
個人的には未だに北の魔女との戦いが一番お気に入りです。音楽がよかったし、全力で水上も空母の方も戦えたので。

誤字報告いつもありがとうございます。



「ねえ、提督。TV面白いよ」

タンクトップにホットパンツ姿の少女はTVを観ながら、庭先で水やりをしている男に声を掛けた。

流れているニュースの中では野党の議員がしきりに海軍大臣の坂上に対し、艦娘に対する首輪使用の責任について問うている所だった。

 

「ですから、艦娘達の権利についてどうお考えなのですか!」

青筋を立てて怒鳴る野党議員に、坂上は薄く笑みをたたえながら答えた。

「いや、野党の皆さんから艦娘の権利についてご指摘いただけるとはありがたいですな。予算を増やそうとするたびにやれ軍拡だのなんのと言う輩がいるもんですから困っていた所なんですよ。是非とも次の予算の時にはご協力いただきたいもんです」

「首輪を使用した責任についてはいかがお考えなのですか!」

「現在米国とも協力し、関係機関を捜査中です。また、提督適性試験をより厳正に行うこと、現在所属している各提督への教育も並びに行っていきます」

「それでは何のための提督養成学校です! 予算の無駄遣いでは!?」

「ご質問の趣旨が分かりかねますな。小学校で盗みは駄目と教えるでしょう? でも万引きを起こす奴はいる。だが、それで、教育はどうなっているんだと言われてもあんた、結局は個々人の責任ですよ。万引きする奴はする。しない奴はしない。だが、万引き自体は駄目だよと教えてあげないといけない訳で。それを再度しっかりやっていきますということです」

「そうじゃない。大臣と元帥の責任はどうなっているんですか!」

「仰っている意味がよく分かりませんが、辞めるということが責任の取り方というならこんなに楽なことはありません。どっかの国の馬鹿議員が謝罪会見の一つでも開いて辞任すればいいだろう、なんてのはいい大人のすることじゃあない。無責任なだけでしょう」

 

ぶっと吹き出した鈴谷は再度庭の方を向く。

「提督、この大臣マジウケるんだけど」

「これ、鈴谷。わしはもう提督ではない。いい加減その呼び方をよさんか」

答えたのは老人である。好々爺然としているが、深く刻まれた皺からは彼がこれまで過ごしてきた人生が安穏としたものでなかったことを思わせる。

 

「提督は提督じゃん。呼び慣れちゃったし、いきなり変えるのはムリっしょ」

「全く、昔から変わらんな、お前は。ああ、それで、何だったか。首輪だとな。情けない話じゃ。首輪などつけんとお前達艦娘と付き合っていくことができんとは」

「仕方がないんじゃない? 昔の人達と違って、今の提督さんは一般の人ばかりでしょ」

「わしらの時代から艦娘との付き合いに悩むのはおった。今も昔も変わらんよ」

 

「ほ~い。どなた?」

玄関で呼ぶ声がし、鈴谷がぱたぱたと走っていったかと思うと、荒々しく室内へと戻ってくる。

「なんじゃ、やかましい。静かにせんか」

「そ、それどころじゃないよ、提督! 大変なお客さん!」

「なんじゃと?」

怪訝そうな目で玄関の方へと向かった男を待っていたのは、先ほど鈴谷が言っていたマジウケる大臣その人だった。

 

「お久しぶりです、杉田さん」

「なんじゃ、TVの中から出て来たか」

「ああ、ニュースを見てくれてたんですか」

手にした包みを鈴谷に渡した坂上は、のそりと室内に入ると胡坐をかいた。

杉田はしかめっ面をしてそれを迎えると、やれやれとその前に座る。

「相変わらず図々しい男じゃな。鈴谷、茶を頼む。思い切り渋い奴を出してやれ」

「了解。おっ。美味しそうな豆大福じゃん!」

嬉しそうに台所に下がった鈴谷を見送ると、意外そうな表情で杉田を見た。

「先輩のこれですか?」

小指を立ててくる下品な後輩に対し、杉田は冷たい視線を送る。

「バカを言うな。わしをいくつだと思っておる。四捨五入すれば八十じゃぞ。あれは、養成学校からの付き合いでな。わしが退役すると言ったときになぜかついてきおった」

「仕方がないじゃん。提督おじいだからさ。放っておいたら孤独死しそうだったんだもん」

お盆を持って現れた鈴谷は唇を尖らせる。

「余計なお世話じゃ。お前は昔からそうじゃ。わしが舞鶴に着任し、曙を初期艦としたのに、なぜ自分を呼ばないと駄々をこねおって。そのせいで養成学校から艦娘を連れていけるなどという妙な前例を作ることになってしまったではないか」

「おや、あの制度。杉田さんが先鞭をつけたんですか」

「こいつのせいでな」

杉田は一口茶をすすると、坂上の方をじっと見つめた。

「それで、わしに何の用じゃ。ただ単に昔話をしに来たわけではあるまい?」

「ええ。先輩にお願いがあって参りました」

自衛隊時代の後輩が先輩呼ばわりするときはろくでもないことばかりだと知っている杉田は思い切り顔を顰めた。

 

杉田一はこの年75歳。とっくに軍を退役し、悠々自適の生活を送っていた彼の後半生は激動の一言に彩られている。

20年前に海上自衛官だった彼は、始まりの提督の鉄底海峡の突入に際し、補給船に乗りこむ先輩たちに自らも同乗を申し出たが、若さを理由に拒まれた。そして、多くの被害を出し、戻ってきた艦娘達の有様に自らの不甲斐なさを自覚した時、皮肉にも彼の提督としての資質が開花する。

 

軍肝いりの提督養成学校の初代の入学生にして、歴代で最も高齢な提督候補生として一年を過ごした後舞鶴に着任した彼は、自衛隊時代の経験を活かして老練で隙のない用兵を見せ、15年前の深海棲艦との戦いでは大きな戦果を挙げた。

数が増える提督を前に、もう自らのような老人がいる時代ではないと後を託して軍を退いたのが五年前。予備役としているものの、もう軍とは関わらないと広言している杉田に坂上がしたのは、現役復帰の要請だった。

 

「わしに大湊の司令長官になれじゃと?」

「ええ。それしかありません」

坂上は説明する。

大湊と江ノ島の演習から端を発した一連の騒動で、各国を驚かせたのは、艦娘にとって天国だと思われていた日本において、悪名高き首輪が使用されていたという事実であった。

このことに対し、先の米国大統領の件を絡め、各国の親艦娘派や良識派の者たちが懸念を表明し日本の親艦娘国としての国際的な評判は地に堕ちるかと思われたが、実際にはそうはならなかった。

首輪使用の事実について報告をした際、坂上が居並ぶマスコミに対し、今回の江ノ島鎮守府と大湊警備府の演習は首輪の使用について調査をしたいという江ノ島の提督からの発案によるもので、結果として多くの艦娘を救うことになったとその成果を強調したためだ。

 

「さすがはキトウ提督だ! 艦娘の救世主だ!」

米国のフレッチャー偽装事件で大きな役割を果たし、世界的に有名になった鬼頭提督のすることに間違いはないと艦娘達の多くがそれを好意的に受け止め、さらにEU艦娘艦隊の司令長官である戦艦ウォースパイトが、

「艦娘達の未来のために尽力する鬼頭提督に感謝を」

とコメントしたことによりそれが後押しされた。当事者である艦娘達が支持をしている以上、マスコミはそれ以上迂闊に書くことはできず、海軍省の管理体制が不十分だったと突くのが精々だった。

 

「へえ。あのおぢさんがねえ。随分人相が悪かったけど」

率直な感想を述べる鈴谷に、杉田は首を振る。

「ふん。気の毒に。あの若いのを人身御供に使ったんじゃろ」

「え!? 嘘ってこと?」

「全部ではないじゃろうな。上手い嘘という奴は事実に嘘を混ぜる。大方調査したいと言ったのが嘘じゃろ」

図星を突かれ、坂上は苦笑して見せる。どうも昔からこの先輩には頭が上がらない。

「仰る通りです。ああでも言わんと収まりがつきませんでしたので」

 

大湊の騒動をどうするか。喫緊の課題であったそれを、坂上は与作の名声を利用する筋書きを用意し収めようと考えた。人間一度正しいことをした者には期待する。ましてや、艦娘の救世主と言われる鬼頭提督ならば、それくらいのことはするだろうと思う。反対する当人を米国の件での貸しと、今度いい店に連れて行くとの約束の元承知させ、関係各所に存分に言い含めての発表には予想通りの反応が返ってきた。

 

「で、わしに大湊に行けということは余程上下に大湊は腐っていたと見える」

「お恥ずかしい話ですが、その通りです。年に数度の査察じゃ見抜けません。各鎮守府にやり方を任せているのが現状ですから」

坂上は大湊の現状について補足する。司令長官の榊原以下上官、各提督は通称憲兵と呼ばれる特別警務官によって取り調べられており、上層部の刷新は避けられない。

だが、精強でなる大湊の司令長官を務められる人材を他から持ってくるとなるとその鎮守府が手薄となり、深海棲艦の動きが活発化するとされる夏場を前にそれは悪手である。

「そこで、何かないかと考えて先輩のことを思い出した訳で」

「思い出さんでくれてよかったんじゃがな」

いけしゃあしゃあと言ってのける後輩に、杉田は小さくため息をついた。

「いやいやいや。いくら何でもないでしょ、それ。提督はもう引退してんだよ。今更現場に引っ張り出さないでよ」

横から鈴谷が口を挟む。彼女にとっては相手が大臣だろうと関係ない。

「なぜわしか。その理由を聞こうか」

「大湊の司令長官だった榊原からくれぐれも頼まれましてな。艦娘との接し方を間違えて教えた。正しい接し方を知っている人間を後任にして欲しいと」

「江ノ島の坊やは?」

「あれは劇薬です。普段使いには合いません。おまけに奴はまだ着任3か月ですよ? さすがにありえんでしょう」

「3か月。それでこの名の売れようか。随分と肩身の狭い思いをしておるじゃろうな」

自らも有名になったことがあるだけに杉田の言葉には深い同情の念がこもっている。

「提督を司令長官にってのもあり得ないんだけど!」

「杉田先輩は最終的に舞鶴で司令長官をされていたからあいつよりはましだ」

坂上はきちんと座り直すと、杉田の方をしっかりと見据えた。

「どうです、お願いできませんか。細かいあれこれはこちらでやりますので」

「大湊の艦娘、提督はどうするんじゃ」

「再教育の上運用して様子見ということになります。さすがにいきなり鎮守府が丸々使えなくなるのはあり得ない。」

大湊ほどの鎮守府だ。他から引っ張ってくるとしても各方面の戦力の低下は避けられない。

 

「大湊の艦娘か。あの神風は元気かね」

ふっと杉田は目を細める。記憶の中の彼女は随分と世を達観しているようだった。

「色々思う所があって宗旨替えをしたようです」

「江ノ島の若いのの影響か? よい変化だといいのじゃが」

まるで、娘を思うような言葉にふっと鈴谷は柔らかな笑みを浮かべる。

「道を見失った彼女達を導いてやっちゃくれませんかね」

「考えさせてもらおう」

 

坂上が去った後、書斎で何かしら考え事をしていた杉田が居間に戻ると、鈴谷は携帯で誰かと電話していた。

「え!? そうなの。分かった。引き出しの上から3番目ね、了解」

「なんじゃ、騒々しい。誰と話しておる」

杉田がやれやれと眉を顰めると、鈴谷は携帯を彼の耳に押し当て、部屋を出て行く。

「おいおい。誰じゃ」

「あたしよ、あたし。忘れたんじゃないでしょうね、クソ提督」

声の主の久しぶりに聞く口の悪さに、思わず杉田は笑みを浮かべた。

「相変わらずの口の悪さじゃな、曙。5年も一般社会に溶け込んだのならもう少しマシになってもいいもんじゃが」

「余計なお世話よ。それよりも、クソ提督。復帰するの?」

「そういう話があっただけじゃ。まだ決まっておらん」

「復帰するんでしょ?」

「だから、まだじゃ」

「復帰するのよね」

舞鶴着任以来の付き合いになる初期艦は、全て分かっているというように繰り返す。

杉田は観念したように、ふうと息を吐いた。

 

「なんじゃ、反対か」

「そりゃ反対よ。当たり前じゃない。年を考えなさいよ、クソ爺でしょ」

「お前は相変わらず優しいな」

「ふ、ふん。おだてたってあたしはついて行かないからね」

「もちろんじゃ。昔の連中には声を掛けん。勝ち取った平和な時間を楽しむがええ。解散の時にそう言うたじゃろうが」

「よく言うわよ。あたし達の艤装を解体したの、あんたじゃない」

予備役となる彼に合わせて、現場に残ろうとする艦娘達の艤装を一つ一つ解体していった杉田だった。

「お前さん達はよく働いた。今更わしの我儘に付き合う必要はない」

「でも、それって鈴谷には通じないわよ」

 

曙の言葉に首を傾げた杉田だったが、間もなく居間に戻ってきた鈴谷の姿を見て、納得する。

現役時代さながらのブレザー姿。先ほどまでのだらけた格好とは一変したその姿にぽかんと口を開けるしかない。

「あれ!? 思ったより提督太ってないじゃん。これなら直さなくても平気そう」

手にした制服を杉田に合わせながら鈴谷は呟く。

「なぜ、お前がその服装をしておる。どういう訳じゃ」

「ああ、鈴谷。艤装を隠してただけだし」

けろりと言ってのける鈴谷にはさしもの杉田も驚きを隠せない。

 

「提督の事だから、どうせまた戻るんだろうな~って思ってたもんね」

「お前たちの艤装は全てわしが解体した筈じゃぞ!」

「提督も甘いからなあ。数が多いって後の方はおざなりだったじゃん」

「そいつ、一人だけずるしてたの。どうせクソ提督はそのまま引退するって思ってたからあたしも黙ってたんだけどね」

電話口で曙も大きなため息をつく。自分が初期艦に選ばれていたというのに、養成学校時代からの付き合いをないがしろにするなと舞鶴に着任してみせた鈴谷らしい所業だった。

 

「ごめんごめん。みんなの分まで鈴谷がんばるからさ。それでチャラにして?」

「何を言っておるんじゃ、お前は」

「提督お爺なんだからさ、色々手助け必要じゃん?」

「お前も妙に義理堅い奴じゃな。年寄りの物好きに付き合うことはないんじゃが」

「そんなの今更っしょ」

ははと笑う鈴谷はばんばんと杉田の肩を叩いた。

 

                     

                   ⚓

君子危うきに近寄らずってのはよく言ったもんだぜ。

勝手知ったる我が家だが、ここまで禍々しいオーラに包まれて感じたことはねえ。

秋津洲の馬鹿がばばあに今回の演習のことをばらしたせいでとんだとばっちりよ。押し黙るばばあに俺様がどれだけ言葉を尽くして説明したことか。あのかもかも野郎は戻ったらお仕置きが必要だな。

「事情は分かりました。とりあえず、帰りに必ず寄りなさい」

必ずを強調したのが、さすがにばばあだぜ。俺様がそのまま江ノ島に帰ると予測しての発言よ。正直こりゃ、やばいと思ったね。ばばあの怒り段階がLVMAX。限界突破状態だ。

 

「それはしれえが悪いんですから仕方がないです!」

横から雪風の野郎が口を挟む。

「そうそう! テートクは今回の事は海よりも深く反省すべきよ!!」

それに加勢するグレカーレ。こういう時いつもは止め役のフレッチャーでさえ、

「提督、さすがに今回は私もどうかと思います」

と声を震わせる有様だ。

俺様何かしたのか? お前達はパワーアップし、大湊も首輪を使うくそがいなくなった。万々歳じゃないか。

 

「やり方が悪いのよ、ダーリン! 口で言って分からない子には頭突きで教えるわよ!」

大湊から合流した口うるさく頭が固い(物理的に)英国駆逐艦も同調する。お前なあ、がきんちょの癖にやたら体育会系過ぎるぞ。だから、悪かったって言ってるだろうが。本当によぉ。お前等演習終わって事情聴取されている間も、帰りの車内もずうっと俺様に文句を言い通しじゃねえか。

「ヨサク、諦めなさい」

ジョンストンまで俺様に素っ気ない。全く揃いもそろってがきんちょが口うるさくてたまらないぜ。

「これにばばあの説教が追加されるなんてうんざりだな」

がらがらと戸を開けると、そこにいたのは仁王立ちしたばばあ。

「うおっ!!」

思わず驚いた俺様の耳をばばあは思い切り引っ張り居間に連れていく。痛いだろうが、バカが!

 

「バカは貴方です!!」

ぐいっと俺様の襟首を掴むと、ばばあは下を向いた。

「どうして、どうして貴方達は親子で同じ事をしようとするの! 残された者の気持ちは考えないの? 強くなんてならなくていい。貴方に安全健康でいて欲しいとこの子達が願っているのがどうして分からないの!!」

あっ、こりゃまずいな。面倒臭い地雷を踏んじまった。

 

「俺様が悪かった。すまねえ。勘弁してくれ」

こうなったら素直に頭を下げるしかねえ。俺様としたことが、ばばあがこの話を聞いてどう思うかを考えなかったのはまずかった。そりゃ、こういう反応になるわな。

「謝るのは私でないでしょう」

ばばあに言われて、居並ぶうちのがきんちょ共にも頭を下げる。

「悪かったぜ。まあ、今後は気を付ける」

俺様の態度の変化に狐につままれた顔してやがる。そりゃそうだよなあ。

だがよ、こうしねえと後でばばあが面倒なんだよ。

 

「ま、まあ結果的にみんなパワーアップしたしね」

いつもへばりついてきて面倒くさいグレカーレが下手糞なフォローをしてやがる。偉いぞ、お前。今日ばかりは誉めてやろう。

「提督が気を付けてくだされば、これ以上私が言うことはありません」

うんうん。フレッチャーの奴も平常運転になりそうだ。さすがはうちの常識人枠だな。

「ダーリンはもうちょっと懲りた方がいいと思うけど」

「こら、ジャーヴィス。まとまりそうな話をまぜっ返さない!!」

新参者二人はもう少し静かに話そうな。ばばあを刺激するだろう。

「雪風はしれえと約束しましたから。しれえがもう参ったと言うまで言い続けますから」

いつものびーばーとは思えねえ真剣な面で雪風の奴が言う。お前しつこいぞ、分かったと言ってるだろうが。

「しれえの分かったは信用できません!」

ぷいとそっぽを向く生意気な初期艦。

お前の書類ができましただって同じようなもんだろうが!

「まあまあ、気分でも入れ替えようよ」

ナイスタイミングで入ってきたのはアトランタと神鷹だ。人数分のお茶とお茶菓子を用意する心配りはさすがだな。

「提督、も、申し訳ありません・・・・・・」

心底気まずそうに頭を下げる神鷹だが、お前のせいじゃねえぞ。あのかもかもが悪いんだ。

「秋津洲さんにも申し訳がなくて・・・・・・」

いや、だから気にするんじゃねえ。

「そうそう。神鷹さん、元はと言えばテートクが悪いんだから!」

うるせえ野郎だ。さっき見直した俺様を返しやがれ。また話がややこしくなるだろうが。

「っと、そう言えばばばあに紹介したい奴がいたぜ」

俺様が雪風を見ると、雪風は立ち上がり改二状態になる。

「ちょ、ちょっと雪風!?何よ、いきなり」

ジョンストンが驚いてやがる。そういや事情聴取の時には大湊だったからこいつ等にも初お披露目だな。

うっすらと目を開けた雪風は、それまでと違い若干大人っぽい表情を浮かべた。

「こんにちは! 江ノ島鎮守府のみんな。雪風です。よっちゃんの姉をしています」

ぶうううう。お前、その設定まだ生きてたのか。おまけに何だ、そのよっちゃんって。

弟に対する呼び名ってことか? くそが。俺様は駄菓子じゃねえぞ!

                

                 ⚓

「こんにちは! 江ノ島鎮守府のみんな。雪風です! よっちゃんの姉をしています!」 

突如雰囲気の変わった雪風に、江ノ島鎮守府の面々はぽかんとするだけだった。

改二状態なのは分かるが、その佇まいから何からがまるで別人を思わせる。

「え!? 雪風だよね。どういうこと? 何かのネタ?」

まるで事情が分からないとアトランタが目を白黒させるが、傍らにいた鳳翔は目を見開き口元を押えた。

「あ、貴方・・・・・・。ま、まさか・・・・・・」

原初の艦娘と呼ばれる彼女達は、一種独特のオーラを纏っており、多くの艦娘はその存在を感覚で理解することができる。ある者はぎらぎらと燃え立つ太陽のようだと言い、またある者は、遥かな天の頂にも感じると答えた。それは当人たちもまた然り。

自らと同じ高さにいる者を間違えよう筈がない。

ちらりと鳳翔が与作を見やると、義理の息子はこくりと頷いた。

「そ、そんな、そんなことが・・・・・・」

まだ信じられぬと首を振る鳳翔に、

「お久しぶりです、鳳翔さん。雪風、帰ってきちゃいました」

口元を震わせる雪風は告げる。

「!」

弾かれたように鳳翔は雪風に駆け寄ると、黙って強く彼女を抱きしめた。

その存在を、ぬくもりを確かめるように。何度も何度も。

 

「鳳翔さん、少し痛いです・・・・・・」

照れたように話す雪風に、鳳翔は目を瞑って答えた。

「ごめんね、少しの間我慢をしていて」

 

ややあって、落ち着きを取り戻した鳳翔と一連のやりとりを呆然と見ていた江ノ島鎮守府の艦娘達に与作が一連の経過を説明すると、案の定驚きの声が次々と上がった。

 

「いやいや、ありないってテートク。げ、原初の艦娘さんがどうして建造されんのよ! そりゃ、すりぬけくんはあり得ない奴だけどさ」

「俺様もよく分からんが、一人の身体に二つ魂があるみたいな状態らしいぜ」

「し、信じられません。まさか、原初の雪風さんだったなんて。失礼がなかったでしょうか」

心配するフレッチャーに雪風(原)は微笑んでみせる。

「気にしないでください。雪風自身半分眠っていました。大湊の一件が無ければずうっとそのままだったかもしれません。それに、雪風は雪風ですよ」

「そうです、雪風さんの言う通りですよ! 雪風も普通に接して欲しいです!」

「え!? あれ?今のはうちの雪風? よく分かんない。どうなってんの?」

「意識の切り替えができるんだとさ。落語みたいで見てると笑えるぜ。って、こら!」

 

こつんと、与作を雪風が叩く。

「お姉ちゃんを笑えるとは失礼ですよ、よっちゃん!」

「お前の方が失礼だろうが! どう見てもがきんちょのお前がいつまで姉気取りでいやがる!」

「え!? ゆ、雪風さんは提督のお姉さんなんですか?」

神鷹の問いに、雪風(原)は、与作とのエピソードを披露し、その正当性について語る。

「う~ん。なんとなくいきさつは分かったんだけど、色々めんどくさいことになりそうじゃない、提督さん」

「あ、それあたしも思った。北上はいいとして、どう考えてもごねそうな人に心当りがあるんだけど。テートク、頑張ってね」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ面々を少し引いたところから見ているのは、ジョンストンとジャーヴィスの新規艦二名だ。

「あたし、とんでもない所に着任しちゃったんじゃないかしら」

「そう? 私は楽しそうな鎮守府でラッキーだと思うけど。退屈しなそう!」

 

笑い合う江ノ島鎮守府の艦娘達に、鳳翔はかつての自分達の姿を重ね、口の端を上げると、ポンと手を打った。

「それじゃあ、みんなでおうどんでも食べに行きましょうか? もちろん、与作のおごりで」

「はあ!? おい、ばばあ。なんで俺様のおごりなんだよ!」

「私達を心配させた罰です。この程度で許してもらえるのだからありがたく思いなさい」

有無を言わせぬ鳳翔の口調に押し黙る与作。

どうも、この義理の母には頭が上がらぬらしい。

「けっ。精々素うどんでも食ってな。俺様は色々トッピングするからな」

「しれえばっかりずるいです! 雪風もトッピングします!」

「あたしもあたしも!」

『私は大盛りの上、各種山盛りも希望しますよ!』

ぴょんと出てきたもんぷちを与作が摘まみ上げる。

「あっ。お前。こんな時だけ出てきやがって! 本当に食い意地が張った野郎だ」

『今回大活躍の私にはそれでも安いくらいですよ! 天ぷら大盛も追加してもらいましょう!』

調子にのる妖精女王の口元を見た与作はすっと目を細める。

「おい、もんぷち。ちょいと気になるんだがよぉ。お前のその口元から甘―いりんごの匂いがするんだが、ひょっとして土産のアップルパイをつまみ食いしてねえだろうなあ?」

『ぎくり! な、何のことでしょう。決して提督が特別デザートを寄こさないから腹に据えかねてとかではありませんよ?』

「あっ、テートク! 箱の中空っぽだよ!」

「アップルパイ盗難事件ね! まあ犯人は言うまでもないけど」

「てんめえええ! ちょっと働いたと思ったらすぐこれか! 土産どうすんだよ、あいつらの!」

たらたらと冷や汗を流すもんぷちにぐりぐりをかます与作。

「ちょ、お、落ち着いてください、しれえ!」

「雪風、少しはやらせておいた方がいいよ。あいつは少し懲りた方がいい」

やれやれと頭を掻くアトランタ。

 

(よい仲間ができたのですね。)

わいわいとする皆を見ながら、鳳翔は改めてうんうんと頷いた。

 

 




登場人物紹介

杉田・・・・・・「誉れ高き一期生」と呼ばれる提督養成学校一期生にして、歴代最年長で提督候補生となった老練の提督。皮肉屋だが、艦娘達からの評判は高い。

鈴谷・・・・・・杉田の養成学校時代のペア艦。初期艦を曙に決めた杉田に文句を言い続け、養成学校と話し合いするまでさせたバイタリティ溢れる艦娘。彼女の行動が、後の養成学校の艦娘を引き渡すという流れにつながる。

曙・・・・・・・杉田の初期艦。今現在は退役し、大企業でばりばりと働いている。時折杉田の家に行っており、物のありかを把握している。

雪風(原)・・・呼び名がややこしいと与作命名でぜかゆきになった。「ぜかきゆだと意味が分からん。これでいこう」とは提督の弁。ネーミングセンスがないと、名付け親にチョップをかます。


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第六十三話  「名探偵ジャーヴィスの冒険 鈍色の研究①」

ミステリーっぽく書いてみました。元々裏設定だったものを使って書いているので、伏線何それ状態ですが。後書きの登場人物紹介は今回はそれっぽく書きました。


世間を騒がせていた大湊事件から二週間余り。

私こと米国駆逐艦ジョンストンが江ノ島鎮守府に初めて訪れたのは、もう夏も始まろうとしている7月の最中であった。

その間起こった様々なことは、今更詳しく述べる必要はあるまい。演習時に発覚した大湊の悪しき因習(堂々とそれが当然とやっていたこと自体が問題だが)や、それに伴う大小様々な混乱は、世間を騒がせ、艦娘と人間の関係について一石を投じるものとなった。

 

 当初こそ新天地にすぐ慣れるかとの不安が私にはあった。それが杞憂だと感じられたのは、演習を通して接することのできた江ノ島鎮守府の面々とすぐ打ち解けることができたこともあるが、その後に怒涛の如く押し寄せた衝撃的な事実の嵐に翻弄されていたからに他ならない。館林で会った鳳翔、そして奇跡的に戻ってくることのできた雪風に続き、時雨、北上と偉大なる七隻のバーゲンセールかと思うばかりに現れる伝説的な艦娘達のラッシュに心が追い付かず、体面を気にする余裕さえない有様だった。

 

「そんな緊張しないでよ。普通に接してくれると嬉しいな」

時雨は優しそうな微笑みを浮かべたが、とてもつい先ほど自らの提督に強烈な平手打ちをかました艦娘と同じ艦娘とは思えない。

「そ、それは・・・・・・」

「あ~。ジョンストン、それは勘弁してあげて。あたし達と違って時雨は付き合いが長いからさ。提督のこと何でも知っていると思っていたのに、そうじゃなかったからねー」

 

そう言う北上も、提督に会うなりドロップキックをかましていたのを私は見逃していない。どう

も、提督であるヨサクが自分たちに隠し事をしていたのが気に食わなかったらしい。

 

 私にとっても驚きの総仕上げである、ヨサクが始まりの提督の義理の息子という衝撃の告白はあっけなく行われた。ぜかゆきと名付けられた原初の雪風をどのようにして助けたかの説明にどうしても必要だと判断したためだというそれは、当事者である提督が思うよりも遥かに大きな衝撃を持って迎えられた。

 

「なんで気づかなかったのでしょう・・・・・・」

姉のフレッチャーは帰りの車内で自らの不明を恥じ、他の者も多くが驚きを口にし、どう反応してよいのか分からず戸惑っていた。そんな中で唯一けろりとしていたのは初期艦である雪風だけだ。

「普通そんなの分かりませんよ。しれえの普段の態度からは」

「分かってたまるか。俺様はあのおっさんと違うんだからな、同じにするんじゃねえ」

「で、でもテートク・・・・・・」

言い淀むグレカーレに雪風が話していた言葉が印象的だった。

「しれえはしれえですから、別に気にする必要はありませんよ」

「わがままが減るなら少しは気にしろ」

何気ない二人のやりとりに他の者は皆一斉に安堵のため息をついた。これまでの提督との距離感が失われることを恐れていたのだろう。本人が意識するなと訴えても、艦娘養成学校の教科書に載るような人物の息子、それがヨサクだ。これまではなかった遠慮やどう接したらよいのかという不安が頭をもたげ、微妙な空気を醸し出していたのだ。

 

演習組や私達のような新参者にとってすんなりと受け入れられた衝撃の告白だったが、ヨサクとは養成学校からの付き合いであり、最も彼を理解していると思っていた時雨にとっては、その事実は寝耳に水どころの話ではなかったらしい。

「なんで、なんで言ってくれなかったんだい!!」

 

パーンと食堂に響いた大きな音に、居合わせた面々は息を呑むしかなかった。

提督の演習での無謀な振る舞いに怒り、その最中に起きた奇跡、原初の雪風との感動の再会を終えた時雨を待っていたのは、これまで知らされていなかった驚愕の真実。

口元を震わせた彼女は養成学校時代からの提督にしがみつくとそのまま泣き出し、その胸を叩いた。

 

「どうして、どうしてさあ・・・・・・。僕、僕の話は与作に全部伝えていたじゃない・・・・・・」

 

一年以上に渡り、共に過ごしてきた提督から真実を伝えられていなかった。

それはとりも直さず自分を信頼していなかったからではないか。

偉大なる七隻と謳われる彼女達であっても、いや初めてこの世界に人類を救うために顕現した彼女達だからこそ提督からの信頼は欲しいもの。ましてや、それが、かつて自らが仕えた提督の忘れ形見であるのならば猶更だ。

 

「俺様は俺様だ。おっさんとは関係ない。おっさんとの約束も破っちまってるしな」

「そういう事じゃないよ! 与作、そうじゃなくって!」

すがる時雨をいなすように、提督は執務があるからとその場を離れ、姉を始めとした何人かの艦娘がその後に続いた。

残ったのは北上に時雨、雪風と新規参入組の私とジャーヴィス。

「ダーリンは本当に言葉足らずね」

「まあ、提督が何で伝えなかったかは分かるけどね。時雨ちんだって本当は分かってるんでしょ? あの人が一番嫌いそうなことじゃん」

「うん、まあね」

時雨は頷きつつも、寂しそうにヨサクが去って行った方を見つめた。

「でも与作には口にして欲しかった、教えて欲しかったって思ってしまうんだ・・・・・・」

ヨサクがどう思って真実を伝えないでいたのか、あれこれと意見を交わした後、自然と話題は原

初の雪風の話から、江ノ島鎮守府の奇妙な建造ドックの話になった。

 

これまで世界中で数限りなく艦娘が建造されてきたが、原初の艦娘の魂を持つ艦娘を建造できたという事例を聞いたことがない。ただでさえ、姉であるフレッチャーやグレカーレ、神鷹など珍しい艦ばかりを建造するドックだ。一体どういったものなのか興味がつきないのは当然のことだろう。

 

「ああ、すりぬけくんのことかい? 資材ばかり食うって与作は怒っていたよ」

時雨の着任前、調子が悪くなった建造ドックは資材を投入しても何も建造しないということを繰り返し、時雨が建造した際に出てきたのがフレッチャーなのだと言う。

「妙な話ね。通常建造ドックは失敗することなどあり得ないと言われているわ。レシピはどうなっているの?」

ジャーヴィスがメモを取り始める。

「あの時は戦艦レシピで回したね。でも出てきたのがフレッチャーだったから与作は微妙な表情をしていたよ」

「姉さんで微妙って、どれだけヨサクは理想が高いのよ!」

あの米国大統領が聞いたら卒倒するかもしれない時雨の爆弾発言だ。

「すりぬけくんについてはあたしの方で仮説があるんだよね~」

ヨサクに頼まれて、ずっと調査をしていたという北上はこれまでの調査の結果から分かったことを披露した。

 

建造ドックは正式には「海軍甲型艦娘招魂装置」と呼ばれ、投入した資材の量により呼び寄せやすい魂が存在する。この呼び寄せやすい魂を明記したものが所謂レシピと呼ばれるもので、艦娘の誕生当初は僅かな誤差で狙った艦娘とは違う艦娘が建造されることは多かったが、今や世界中の提督達からの建造報告によってそうしたことが起こりにくくなっているという。

ところが、北上曰く、すりぬけくんにはそうした常識が通用しない。そもそも一度入れた資材を貯め込むということができず、入れたからには建造をしなくてはならないのが通常のドックだ。

「ところが、すりぬけくんは力を溜める訳よ。思いきりね」

一見建造失敗に思えるそれは、資材を飲み込み特殊な建造に備えるためで、そのため通常建造ではまず召喚されることのない艦娘たちが現れるのだという。

 

「nmmm、もうその時点でspecialな建造ドックじゃない。大型艦建造ドックでもそんなことはできないわ。特殊建造ドックと言ってもいいわね。これじゃあ、本国のリソース達がやきもきして怒るのも当然よ。ドック自体が普通じゃないんですもの!」

「まあすりぬけくんを使っての建造はドックだけの問題じゃないみたいなんだけどね」

北上は、これまで個人的に考えてきたことが、大湊での演習中の金剛との会話からより確信に変わったと口にした。

「どういうことだい?」

「すりぬけくんでのとんでもない建造、うちの妖精女王が原因だと思う」

「え!? あの食い意地の張ったあいつが?」

私が眉を顰めるのも無理は無いことだろう。最初の印象はさほどでもなかったが、その後土産物を食い散らかし、散々ヨサクにお仕置きされる姿は、本当に女王かどうか不審がらせるに十分だった。

「そう。あいつが建造に関わったのが3回。グレカーレ、フレッチャー、神鷹。いずれの時もあいつは建造の時にドックに潜り込んでいる」

「え!? 雪風は違うんですか?」

「あんたの時が例外らしいんだよねえ。見ていただけって言うからさ。で、ここからが本題。金剛がすりぬけくんを奪いに来た時、奴は言ったんだよ。念入りに潰しておいたのに、って」

「すりぬけくんが壊れていたってことかい!? でも雪風は建造されたんだろう?」

「雪風が建造された時にしれえが言っていましたよ。もんぷちさんがボロボロの鎮守府を直したって」

何気なく話す雪風の言葉に、皆がぎょっとした表情を見せる。今自分達が使っている鎮守府がボロボロだったと言うのも信じられないが、あの自称妖精女王が鎮守府を直したというのも信じがたい。どんな魔法を使ったというのか。

「なんか、猫をぐるぐる回す奴らしいです。マッサージチェアは直せないのか、使えない奴だとしれえは怒ってました!」

「OK。その時に、本来は壊れていた筈のspecialドックが直された、と。そういうことね? 北上」

「そういうこと」

北上の返答に、メモをぱらぱらとめくっていたジャーヴィスは帽子を脱ぐと頭を掻いた。

「よく分からないことがあるわね」

「すりぬけくんが妙なドックで、昔は壊れていたってことでしょう? どこがよく分からないのよ」

私の言葉に、ジャーヴィスはぱちぱちと瞬きをする。

「分からないかしら、ジョンストン。確かにすりぬけくんは妙なドックで金剛によって壊されていた。それは事実でしょうね。だからこそ、疑問があるのよ」

「疑問? もんぷちが鎮守府をどうやって直したかってこと?」

「それは今雪風が言ったじゃない。妖精の魔法かどうかわからないけど、とにかく彼女が直したことは確かよ。そうじゃなくてもっと根本的なことね。当たり前すぎてみんなスルーしているのかしら」

「もったいつけないでよ! あんたの悪い癖よ!」

つんと頬を突くと、ジャーヴィスはにっこりと微笑んだ。

「あはっ。名探偵ってそういうものよ、ジョンストン。怒らないでね。この場合、私が気にしているのは一つ。誰があのすりぬけくんを作ったか、よ」

 

                      

呆気にとられる面々を尻目に食堂を辞したジャーヴィスはすぐさま執務室に向かうや、ヨサクにことの次第を話し、調査の必要性を問いた。

「すりぬけくんを誰が作ったか、だと? そんなの海軍の連中だろうよ」

「Non、多分違うわ」

ヨサクの答えをジャーヴィスは勢いよくかぶりを振って否定する。

「建造ドックには通常のものと大型のものがある。もし、海軍が作っているドックから突然変異でできていたのなら、もっと前に話題になる筈よ。資材を多く使うけれど、大規模作戦だけでしかお目にかからない貴重な艦娘と会えるのだから。金剛が壊したというのだから、その前は壊れていない状態だったはずだもの、ところが、この20年余り、そんな話題はどこにも出てきていない」

「何らかの事情ありか。確かにお前の言う通りだな。頭突きだけが取り柄のがきんちょじゃねえってことか」

ヨサクは笑いながら、すらすらとペンを走らせるとジャーヴィスに紙切れを渡した。

「excellent! よく分かっているわね、ダーリンは」

何だろうと横目で見ると、そこには依頼書と書かれている。こういうところの冗談は私も嫌いではない。思わずくすりと笑みを浮かべると、ヨサクはニヤリと笑い返した。

「俺様から名探偵に依頼だ。すりぬけくんの謎を解き明かしてくれ。ジョンストンは相棒役を頼むぞ!」

「え!? なんで、私が!」

「こいつの相棒はお前って散々聞いているぜ」

「よろしくね、ジョンストン!」

ひらひらと手を振るジャーヴィスに頭が痛くなるのを感じる。

「構わないけど、あんた、まさか飛行機の時と同じようにしゃべりまくらないわよね?」

「それはご想像にお任せするわ!」

「嫌な予感が一気に確信に変わったわ・・・・・・」

ぶつくさと文句を言う私の手を引っ張り、ジャーヴィスは執務室を後にした。

 

                     ⚓

名探偵を自称するジャーヴィスは英国のJ級駆逐艦。乗り継ぎに訪れた英国の空港からの付き合いになるこの陽気な艦娘は、先の大湊の事件でも、裏に隠された資料の数々を発見する活躍を見せ、本人の語る冒険が単なるフロックではないことを思わせるに十分だった。

お日様のような笑顔に、抜群の人当たりの良さを誇る彼女だが、その大きな欠点は何と言ってもおしゃべりで、日本までの飛行中に散々その被害にあった私は、今回もまた同じような目に遭うのかと気が気ではなかった。

 

まずジャーヴィスが訪れたのは工廠で、妖精達と打ち合わせをする北上をよそに、すりぬけくんへと近づくとべたべたと触り始めた。

「材質は通常と変わらないようね。見た目も通常のドックそのもの」

こんこんとドックを叩きながら言う私に、

「いいえ、ますます怪しくなったわ」

ジャーヴィスは、ここよ、ここと指を差して見せる。

「どういうこと?」

「おっ。すりぬけくんの調査かい?」

よく分からないと首を捻る私の横から顔を出したのは北上。

通常重雷装巡洋艦である彼女は、なぜかこの鎮守府では工作艦として活躍している。

「ええ。北上なら分かるんじゃないかしら。この下、ちょっと見づらいけれどある筈のものがないわ」

「ある筈のもの?」

「ほうほう。北上様に挑戦ねえ。ある筈のもの・・・・・・って、ああ、そうか。海軍省マークとシリアルナンバーか!」

ぽんと北上は手を打ち、目を見開く。

「迂闊だったよ。見かけが通常と変わらないから中身の方ばかりいじくっていて、こんな簡単な見逃しがあるなんて!」

「どういうことよ、ジャーヴィス」

「建造ドックは通常のも大型のも各国の海軍省が一括で厳しく管理していてね、その国の海軍省のマークと、シリアルナンバーをドックの右隅に付ける決まりになっているのよ」

「きちんと製造されたものならあって当たり前。無いなんて怪しい限りじゃん。勝手に建造ドックを作るなんてとんでもない罪だよ?」

それはそうだろう。資材を揃えれば、艦娘を気軽に呼べてしまうということだ。実際には提督

の適性と妖精が必要だから、これだけではどうにもならないがそれでも悪意のある人間がそうした条件を叶えてしまったらと想像するだけでぞっとする。

「とすると、誰かがこの建造ドックを勝手に作ったってこと?」

「恐らくは。何らかの目的があってね」

「目的って、建造ドックなんだから艦娘を建造することが目的でしょうよ」

私の問いにジャーヴィスは目をキラキラさせる。

「やっぱり、ジョンストンは最高ね! 相槌の打ち方がナイスタイミングだわ! ジェーナスもいいんだけど面倒臭がるのがたまに傷なのよ。艦娘を建造するのが目的というのは賛成だけど、付け足しが必要ね」

「付け足し?」

「ええ。ただの艦娘ではないわね。普通はお目にかかれないような強力な艦娘を建造しようと考えたのではないかしら」

「大型艦建造があるのに?」

口を挟んだのは専門家でもある北上だ。

「ええ。確かに大型艦建造ドックはあるけれど、あれは大きな鎮守府にしか設置されていない上に、使うのに申請が必要だもの。ここのように小さな鎮守府で強力な艦娘を建造したいとなると色々と不便よ」

「それじゃあ何、この鎮守府で誰かがすりぬけくんを使って強力な艦娘を建造しようとしていたってこと?」

「That`s right、その通りよ、北上」

「でも、だったらなぜ金剛はこれを壊したのよ!」

思わずどん、とすりぬけくんを叩いてしまい、私は反省しながらその部分をさする。

「それに関する考えはいくつかあるわ。正式なものでないから廃棄した、これが世に出ると困るから始末したとかね。でも、今の所一番しっくりきているのが、扱えなかったからでは? というものよ。さっきの北上の言葉を思い出して。建造の成功の際には必ずあの妖精女王が関わっているわ」

「雪風の時には中に入ってないらしいけどね」

「条件がその場にいること、なら合致するわよ。恐らくあの妖精女王は自分でも意識してないけれど鍵なのよ。あの子がいるために、ダーリンは建造に成功し、見知らぬ誰かは失敗した」

「成程、不良品な上、正規なものでもないドックを廃棄するのは当然よね」

私が頷くと、ジャービスは顎をなぜながらじっとすりぬけくんを見た。

 

「あるいは、それだけではないかもしれないわ」

「と言うと?」

「単なる不良品の処理にわざわざ忙しい金剛が来るかしら? ひょっとすると彼女はドックを使おうとしていた者を知っているんじゃない?」

 




登場人物紹介

ジャーヴィス・・・・・探偵。
ジョンストン・・・・・その助手。
北上・・・・・・・・・江ノ島鎮守府の工廠担当
時雨・・・・・・・・・江ノ島鎮守府の艦娘。提督の元ペア艦。
鬼頭与作・・・・・・・江ノ島鎮守府の提督
フレッチャー・・・・・ジョンストンの姉。江ノ島鎮守府所属。
グレカーレ・・・・・・江ノ島鎮守府の艦娘。
雪風・・・・・・・・・江ノ島鎮守府の初期艦。
ぜかゆき・・・・・・・雪風の中にいるもう一人の雪風。


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第六十四話 「名探偵ジャーヴィスの冒険 鈍色の研究②」

年度初めが忙しくて八周年記念に間に合わなかった。遅ればせながら八周年おめでとうございます。一応記念に二本出します。
番外編とかばかり書いていると気付かなかったが、なんだかんだで90話も書きました。
まだお読みいただいている方はありがとうございます。



通称すりぬけくんと呼ばれる謎の建造ドック。

それを作った者を金剛が知っているのではというジャーヴィスの推理は私達を大いに驚かせた。

 

ぽかんと口を開け、次の言葉を待っていた私達を尻目に、

「ちょっと失礼」

二、三調べたいことがあると工廠を飛び出して行った名探偵に、残された私と北上は思わず顔を見合わせ、すりぬけくんについてお互いの意見を出し合った。

 

「すりぬけくんが正規のものじゃないなんてね。いつも見慣れているだけに盲点だったよ」

「巧妙なカモフラージュってことよね。でもなぜそんなことをする必要があるのかしら。強力な艦娘が建造できればそれに越したことはないでしょう?」

「そりゃあそうだけどさ。一口に建造と言っても色々と難しいからね」

北上はそう言うと、手近にあったホワイトボードを手繰り寄せた。

「そもそもあたしたちはどうやって生まれたか知っているかい?」

「ええ。艦娘養成学校で最初に習うことじゃない」

 

原初の艦娘は海より出り。

その写し身として、建造を行い、多くの艦娘を生みたもう。

 

艦娘ならば皆常識として知っていることだ。

原初の艦娘達は誰一人として建造されてはいない。

彼女たちは自然発生的に海より生まれ、まるで何かに引き寄せられるかのように、かの始まりの提督の元へと集まった。

深海棲艦という脅威にさらされた世界を救おうとする何者かの意思なのか。それは分からない。ただ、そう思わせるほどの強さを彼女たちは備えていた。

曰く一隻で連合艦隊に匹敵する。

いつの頃からか誰かが言い始めたその言葉。

それが嘘ではないことは、彼女たちに出会った艦娘ならば分かる。

一目で存在が普通の艦娘とは違う。

ぎらぎらと燃え立つ太陽のような存在。それが原初の艦娘だ。

 

「あたしたちは強かった。でも、この海は広かった」

いかに彼女達が強いとはいえ、世界のあちこちに出没する深海棲艦に対抗するためにも、戦力の補充は不可欠だった。そこで原初の明石と夕張、海上自衛隊の技術士官と民間の研究者が共同で開発したのが、世にいう建造ドックである。

 

今に至るまで続く論争の種が蒔かれたのも同じくこの時だ。

艦娘という兵器を作るのか、それとも艦娘という人に近しいものを呼びよせるのか。

未だに続く艦娘は人か兵器かという疑問に対して、北上の答えは単純だった。

「どっちもどっちだね。あたしたちの体を分析し、資材を投入して同じような体組成パターンを作り、それに見合う魂を定着させることが建造さ。兵器を作る行為でもあるし、艦娘を呼ぶ行為でもある」

日本語で「つくる」、とひらがなで表記されたことに対し、私は日本人なりの上手さを感じざるを得ない。どちらともとれるということはどちらかに偏らずに済むということだ。米国でも当初はbuild(建造)なのか、create(創造)なのか、それともbirth(生む)なのかどの言葉を当てはめたらよいのかと論争があったそうだが、様々な状況から結局はbuildに落ち着いた。

その結果が今にいたるまでの日本と米国の艦娘の扱いの差に現れていると思うのは考え過ぎだろうか。

「米国では艦娘は兵器という認識がほとんどだったわ」

「それは物事の一面しか見ていないよ」

 

始まりの提督が提唱した通り、建造ドックの正式名称は『海軍甲型招魂装置』だ。これは一度でも建造ドックを扱った者ならば言い得て妙だと思うだろう。艦娘が兵器ならば、戦艦レシピで建造した艦は皆戦艦でなければならない筈だ。ところが、実際には同じ資材を投入し、同じドックで同じレシピで建造しているのに、建造されたのが駆逐艦や重巡というずれが度々生じるのだ。

「兵器を作る、というのならあっちゃいけないことじゃないか。その時々によってできるものが違うなんて」

それぞれの出来不出来ではない。物自体が違う。それではとても兵器を建造しているとは言えない。

「第一、力を貸してもらう相手を兵器呼ばわりは失礼だ」

それゆえ、始まりの提督は招魂装置としたのだと言う。艦娘を召喚していると考えれば、同じ資材なのに違う艦娘が来るのは説明がつく。相手に意志があるのなら気が乗らなかったり、こちらの召喚に応じなかったりすることは考えられるからだ。

 

「とにかくあの子が気付くまで製造ナンバーに気付かなかったのが癪で仕方がないよ、ちょいとあたしも建造ドックの資料を当たってみるわ」

北上の言葉に私にとって意外だった。伝え聞く偉大なる七隻はもっと超然とした存在だと思っていたからだ。

「何それ。さっきの時雨ちんのやりとりを見て分かったでしょ? あたしたちだってあんた達と変わらないよ。ただ歳食っているだけ」

「その割にはドロップキックの切れがすごかったんだけど」

私の返答を誉め言葉と受け取ったのだろう。北上はにこりと笑顔を見せた。

                       

                     ⚓

ジャーヴィスという名探偵のお蔭で、助手という立場を賜った私だが、探偵小説にありがちな、ただ相槌を打ったり、驚いたりする役割に甘んじるつもりはなかった。

 

かの推理小説の女王アガサ・クリスティーが著した名探偵エルキュール・ポアロのシリーズでも助手であるヘイスティングスが探偵役を買って出ることもあったし、できうることならば自らの手で謎を解き明かし、助手が探偵の鼻を明かして、ミステリーの常識を打ち破ってやりたいという衝動に駆られていた。

夕食後しきりにお茶に誘う姉の誘惑を振り切り自室に籠った私は、一晩中あれこれと頭を悩ませた。

「ジョンストン、あまり根を詰め過ぎないようにね」

「ありがとう、姉さん」

同室の姉が気を遣って入れてくれたコーヒーに口を付けながら、ペンを走らせる。

すりぬけくんという規格外のドック。そして、それが正規の物ではないということ。

そして、金剛がすりぬけくんを使おうとしていた者を知っているのではという推理。

普通に考えれば、彼女の関係者であると見るべきだろう。だが、海軍省の要職にある金剛は、多方面に顔が利き、関りの深い人物も多い。容易にその人物を特定することは難しいと思われた。

 

「ああ、もう!」

書き損じの大量のメモを忌々しそうに丸め、放り投げるや手元が誤り、ゴミ箱ではなく未だ眠っている姉の頭に当たった。

「ん? なあに、ジョンストン?」

「ご、ごめん姉さん・・・・・・」

寝ぼけ眼で起きようとする姉に一言詫び、食堂へ行くと、そこには朝から精力を漲らせ元気満々といった体で英国駆逐艦が陣取り、朝食を楽しんでいた。

 

「Good morning! 随分眠そうね」

眠そうに目をこすり食堂にやってきた私とは随分対照的に爛々と目を輝かせたジャーヴィスに、つい皮肉の一つも言いたくなる。

「驚くほど元気ね。ぐっすり寝たの?」

「ううん、全然!」

そう、朗らかに答える彼女に、夜更しは肌に厳禁と話す世の女性たちの言葉を聞かせてやりたいものだ。

「あらら、夜更かしかも? コーヒーいる?」

「Thank you 秋津洲。いただくわ。あんたは?」

「ううん、ありがとう。コーヒーはいいかな」

ひょっこりと厨房から顔を見せた秋津洲に、ジャーヴィスは口元を拭いながら渋い顔を作る。英国ではコーヒーのことを泥水と言って嫌う人間もいるとのことだが、彼女もその類なのだろう。

それでは、と代わりに出された紅茶の香り高い湯気に包まれながら、ジャーヴィスは調査の方向性を決めましょうと言った。

 

「あの後色々と考えて見たけれど、よく分からなかったわ」

すりぬけくんを誰が使おうとしていたのか。正規品でないと言うのなら作ったのは誰か。そして、金剛がなぜすりぬけくんを破壊したのか。どうしてもんぷちがいると正常に働くのか。

金剛がすりぬけくんを使おうとした者を知っている、というジャーヴィスの言葉からぐるぐると色々なことが関連づいて頭を廻り、私を大いに混乱させていた。

 

「この事件は一見色々解決しなければならない謎が多いように思われるけれど、そうでもないわ。全てはあのすりぬけくんが出発点なんですもの」

 

ジャーヴィスは紅茶を一口すすると、メモ帳を取り出した。

彼女曰く、メモをとるという行為は灰色の脳細胞と呼ばれたエルキュール・ポアロに怒られそうだが、刑事コロンボを観て憧れたため止められないらしい。何を言っているのかよく分からなかったが、当人にとっては自らの探偵スタイルを決めていく上で重要なことなのだろう。

 

「枝葉が分かれて見えても、太い幹は一本よ。一つ一つ考えて行けばいいのよ。昨日の続きからいきましょう」

「ええと、この鎮守府ですりぬけくんを使って、誰かが強力な艦娘を建造しようとしていたってことよね。金剛の知り合いって言っても顔が広そうだし」

「いいえ、十中八九軍の関係者ね」

「あんた、昨日はヨサクに軍とは関係ないって言ったじゃない!」

「この場合は軍が関知していないってことよ。だから軍の関係者。提督、工廠の担当者なんかね。いずれにせよ、この鎮守府にいた者だと思うわ」

「外部の研究者という線は? 大湊の時みたいに」

私の意見に、ジャーヴィスは小さく首を振る。

「Non。そうであるならば金剛の行動の説明がつかない。外部が絡んでいれば、軍全体で動いている筈よ。違法な建造ドックよ。ドックの数については国同士の厳しい取り決めがある。取り締まって当然だもの」

「とすると、どういうこと?」

眉根を寄せる私に、ジャーヴィスはじゃあ仮定の話で考えていきましょうと提案した。

 

「ここにある人物がいる。その人物は、名誉か出世か、動機は不明だが、強力な艦娘を建造したい。だが、幸か不幸かこの江ノ島という小さな鎮守府に着任させられてしまう。あるいは自分から望んだかもしれないわね。小規模な鎮守府の方が色々と動きやすいしね。通常建造で出るような艦娘ではなく、滅多に出ないような艦娘が欲しいその人物は、非合法な手段で強力な艦娘を呼ぶことのできるすりぬけくんを何らかの手段を用いて作り出す。だがしかし、不幸にもすりぬけくんは稼働しない。なぜか。もんぷちという鍵がないからよ。それに気付かぬその人物はいたずらに建造を繰り返し、資材を減らしていく」

まるでポアロかと思うばかりに、じっと目を瞑り、ぶつぶつと呟くジャーヴィスに私は唖然とする。

「ど、どうして建造を繰り返したって思うのよ」

「ああ、ジョンストン。それは初歩的なことよ。時雨と北上の言葉を思い出して。あなたの姉であるフレッチャーを建造する際、すりぬけくんは力を溜めていた。強力な艦を呼ぶには多くの資材を貯め込む必要がある。けれど、ダーリンが着任したときにした建造ではそんな余裕なかったわ。それなのに、出てきたのがあの雪風なのよ? 建造失敗により資材は前々から貯めこまれていたのではと考えるのが普通じゃない」

 確かに、原初の艦娘の魂を持つ雪風を建造するなど、規格外にもほどがある。そのために使う資材はどれほどのもなのか予想もつかない。

 

「さらに付け加えるならば、グレカーレの時も雪風が適当に投入した資材で建造されたとダーリンは言っていたわ。その後からすりぬけくんは資材を投入しても貯めこむようになってしまったとも。すりぬけくんに貯めこまれた資材が空になってしまい、備蓄モードに入ったと考えるのならば説明がつくのではないかしら」

「成程。でも、その人物って一体誰なのよ。さっきあんたは軍の関係者って言っていたけど」

「あら、分からないかしら?」

ジャービスが口元に笑みをたたえながら言った。

「既にヒントは出ていると思うけれど」

「どこがよ。軍の関係者で金剛の知り合いってだけでしょ」

「それに加えて、建造関係の知識に詳しく、さらに資材を融通してもらっても不自然に思われない存在よ」

「資材を融通? ああ、そうか。何度も建造しただろうって言ってたわね」

「そう。当然そのためには元手が必要よ。では彼ないしは彼女はどうやってそれを手に入れていたのかしら」

「どうやってって・・・・・・」

「正規の研究ではない。ましてや資材というものは軍が管理していてそう簡単に手に入るものではないわ」

「軍の関係者で日常的に資材を融通してもらっている。そして、自由に建造ができる?」

 

私の頭の中で何やら色々なものが繋がっていく。

資材をある意味自由に扱える存在で、それをもらっても不自然に思われない存在。

工廠担当ではない。彼らはあくまでもある資材でやりくりをするだけ。とすると・・・・・・。

「て、提督? すりぬけくんには提督が関わっているの?」

「ご名答!」

 

ジャービスは嬉しそうに手を叩くと、ポケットからくしゃくしゃの紙を取り出した。

「昨日あなたと別れてから調べたの。この鎮守府に着任した歴代の提督をね。8年前を最後にダーリンが来るまで誰一人としてこの鎮守府には新しい提督が着任してはいない」

「そ、それじゃあその8年前に来た提督が一番怪しいじゃない!」

「ところがその提督は5年前に病死しているのよ。在籍していた艦娘はあちこちにちりぢりになったみたい」

「とするとその提督と考えるのは難しいわね。ヨサクが来るまで廃墟同然だったみたいだし、忍び込もうと思えば誰でも忍び込めたわけでしょ」

「いいえ、この提督が怪しいわね」

ジャーヴィスはきっぱりと言い切った。

 

「昨晩貴方と別れた後、私は憲兵のお爺さんに事情を聴きに行っていたの。彼は5年前にもこの鎮守府にいて、当時の状況を覚えていたわ。当時勤めていたのは能瀬提督。非常に穏やかな人物で、艦娘の評判もよかったそうよ。ところが、ある日を境に別人のように陰気になり、周囲の艦娘から距離をとられるようになっていったとか。満足に指揮をとれず連戦連敗。そんな最中に提督が病死。住民による反対運動が起きて、艦娘達はちりぢりになった。ちょうど私用で出かけていた憲兵さんが戻ってきた時には廃墟の鎮守府となっていたそうよ」

「なかなかに壮絶な話ね。ヨサクの話ともつながるわね」

私の言葉に、ジャーヴィスはきょとんとした表情を見せた。

「いいえ。全然つながらないわ、ジョンストン。今の話にはおかしな所があるのよ」

「どこがよ。提督が病死して、住民による反対運動が起きて、艦娘がいなくなってここが廃墟同然になったんでしょ?」

「そうそれ! 住民による反対運動が起きて何で鎮守府が廃墟になるのよ。憲兵さんもそうだし、ダーリンだって来た時にはここはボロボロだったと言っていたわ。隙間風に我慢しようと言ったと。仮にも軍の施設よ?いかに反対運動が起きたからといって、そこまでになる筈がない」

「じゃあ、なんでボロボロだったのよ、ここは。深海棲艦に狙われてたってことかしら」

「Non。取るに足らない鎮守府だから深海戦艦の標的にならず素通りだったって憲兵さんは言っていたわ。つまり、この鎮守府を意図的にボロボロにした者がいるのよ」

「鎮守府をわざとボロボロにした? 一体誰がそんなことを!」

「この場合その人物の目的を考えればいいわ。その人物はこの鎮守府を使って欲しくなかった。なぜ? 違法な建造ドックがあるから。ただドックを持ち運んだり、破壊したりしては後に来る提督に怪しまれる。かといってそのままにしておく訳にはいかない。悩んだ末に、ドックだけではなく鎮守府全体を破壊した。住民運動により破壊された、などというのは後付けよ」

 

「ちょっと待って!」

私はこみ上げてくる動悸に耐えられず、大きく息を吐いた。

推理小説の登場人物達は毎度このような興奮を味わっていると言うのか。

 

「それじゃあ、あんたはこう言う訳? あの金剛がこの江ノ島鎮守府を廃墟にしたって」

「ええ。そして、その理由も大体分かるわ。あくまで憶測の類だけど」

「金剛と能瀬提督に深い繋がりがあったってことでしょう?」

「正解だけれど、満点ではないわね。多分ジョンストンも気付いているんでしょう? あり得なさ過ぎて私もどうかと思ったくらいだものね。提督のために鎮守府を廃墟にするくらいの深い繋がりよ、一つしか考えられないわ」

 

ジャーヴィスは言葉を区切ると、静かにカップを置き、言った。

「金剛は能瀬提督の艦娘だったのよ」

 

「え! まさか!?」

「そのまさかよ。それしか考えられない。でもそうすると色々とおかしなことがあるわ。金剛は今大臣秘書官になっているけど、相当の年月が経っていないとあの地位にはなれない。高杉元帥の秘書である大淀達でも艦娘学校の三期生だもの。少なくともそれよりも前に金剛はつくられていなければおかしい。8年前では時間が合わないわ」

「とすると、一期か二期ってこと? その時代の艦娘なんてほぼ引退しているわよ。事情を訊こうにも難しいわね。それに能瀬提督が、一期や二期の提督ならばこんな所にいる筈がないでしょう」

 

私の反論は軍関係者であれば最もだと思う事だろう。

誉れ高きという形容詞がつく一期生、そしてそれに続く二期生の提督達は、始まりの提督亡き後の深海棲艦との戦いで活躍し、多くが軍の要職に就いている。ヨサクには失礼だが、どう考えても閑職と思われるこの鎮守府に配属される訳がない。

 

「何か事情があるかもしれないわ。そこのところを探りたいと朝までネットで色々調べていたんだけど、能瀬提督の情報が全くといって見当たらないのよね」

「江ノ島に来るような提督さんだから華々しい戦果もなかったんじゃない? 珍しいことではないのでは」

「いえ、不自然ね。同姓同名の能瀬という苗字の人物の情報については出てくるのよ? ただ、提督だった能瀬の情報が見当たらないの。一般人ならそれも分からなくもないけれど、昔から提督をやっていた人間の情報が全くないというのはおかしいわ。まるで誰かが故意に能瀬提督の情報を消したみたい」

「怪しすぎるじゃない・・・・・・。まさか、それも金剛が?」

「ええ。可能性は高いわ。そこで、これからなんだけれど、この謎の提督、能瀬提督が何者なのかの調査が最優先ね」

「苗字だけしか分からないの? せめて名前まで分かっていればまだ何とかなると思うんだけど」

「憲兵のお爺さんもしきりに思い出そうとしてくれたけどこればかりは仕方が無いわ。人間毎日会っている人でも苗字だけ呼んでいて、名前の方はついおざなりになるものよ」

「歯がゆいわね。何とかならないのかしら」

「ところがそうでもないの。つい最近、話題になったでしょう?『誉れ高き一期生』の杉田提督が現場に復帰するって」

「ああ、そうか。一緒に提督の艦娘だった鈴谷が復帰したってニュースになっていたわね」

「そう。杉田提督や彼女に聞けば、その辺りの事情も分かるかもしれないわ。早速ダーリンの許可をとって通信してみましょう」

 

ここで、私はふと気づいたことをジャーヴィスに尋ねた。

「あれ、でもそんなことをしなくても大本営の長門に話を聞けばいいんじゃないの? 偉大なる七隻の彼女なら色々知っているんじゃない?」

「それは難しいと思うわ。彼女は当時から有名で、軍組織を整えるために絶えずかけずりまわっていて、全然連絡がとれなかったとOld Ladyから聞いたわ。とてもじゃないけれど、養成学校の艦娘についていちいち知ってはいないでしょう。第一、ダーリンの要望に沿わないし」

「ヨサクの要望? そんなものあったかしら。すりぬけくんの謎を解いてくれってだけでしょ」

「それならばただ単にダーリンは調査を命じればよかったわ。でも、彼は依頼、と言った。なぜだと思う?」

「あんたに合わせた冗談でしょ」

「Non。ダーリンはああ見えて色々と考えているわ。お茶目もあるけれど、この場合は私に暗にメッセージを送っているのよ。」

「まさか、考え過ぎじゃない?」

「あら、ジョンストン。昨日の依頼書、よく読んでいないのね」

ジャーヴィスが懐から出した依頼書は、まさしく昨日執務室で見かけたものだ。

そこにはこう書かれていた。

 

世界に冠たる名探偵シャーロック・ホームズの子孫たることを自称する名探偵ジャーヴィスに本鎮守府の建造ドックの謎についての調査を依頼する。

 

「これは見たわよ。普通の依頼書じゃない」

突っ返そうとする私を押し止め、ジャーヴィスは下を見ろと指差した。

そこにはこう書かれていた、

 

尚、本件の依頼の遂行に際しては、ジャーヴィスには名探偵としての振る舞いを期待する。

 

「名探偵としての能力じゃなくて、振る舞い?」

何となく引っかかった言葉を口にすると、ジャーヴィスは手を叩いた。

「そう、その通り。名探偵としての振る舞いよ。正当な依頼であるならば、名探偵たるもの依頼人の秘密を漏らさない。依頼人の不利益につながることはしない。秘密裏に動くことを念頭に、それを考えて行動してくれってことね。長門は偉大なる艦娘なのだけれど、私達駆逐艦相手だと張り切り過ぎるとはウォースパイトから来る前に聞いたわ。事が大げさになる可能性が高いもの」

「たまたまな気がするけど」

私が率直な感想を述べると、ジャーヴィスは大きく首を振った。

「とんでもない! これは私に対する挑戦よ。迂闊にあれこれ派手に動けば、ダーリンは言ってくるに違いないわ。お前は名探偵としての振る舞いを知っているのかとね」

「考え過ぎじゃないかしら。名探偵として頑張れよってことじゃないの?」

「ジョンストンはダーリンをとても信頼しているのね」

ジャーヴィスに指摘されて、口元が緩むのを私は自覚する。

米国を出発してから常にあった日本で受け入れてもらえるのだろうかという不安は、いつしか霧となって失せている。その大部分は目の前のおしゃべりな英国駆逐艦と、風変わりな中年の提督のお蔭に他ならない。

 

「名探偵も大変ね・・・・・・。同情するわ」

照れ隠しにそっぽを向いて言った私に対し、ジャーヴィスはころころと笑い声を上げた。

「あら、ジョンストン。他人事じゃないわよ。あなただって助手役なんだから」

「ええっ!? 名探偵の助手の役割って相槌でしょ?」

「それだけじゃないわ。事件の記述者の仕事があるじゃない」

根耳に水の言葉に私は思わず叫んだ。

「えーーーっ。報告書あんたがまとめるんじゃないの?」

「名探偵はそんなことはしないわ。推理するのが仕事よ」

私の抗議をどこ吹く風とやり過ごすジャーヴィスについ文句の一つもいってやりたくなる。

「冗談じゃないわ。だから、あんた、助手が必要なんて言ったのね! ひょっとして、英国でも同じようにしていたんじゃない!?」

「あら、すごい! ジェーナスにお願いしていたわ。しょっちゅう文句を言われていたけれど」

「そんなの当たり前でしょ」

「もちろん、普段の仕事の時は自分でやっていたわよ」

当然のことをどうだとばかりに胸を張るジャーヴィスの態度に、私は思わず深いため息をつくと共に、まだ見ぬ英国艦のジェーナスに深い同情の念を抱いた。

「私、そのジェーナスと話が合いそうな気がするわ。この事件が終わったら紹介して。名探偵被害者の会を作るわよ」

「私は推理して、助手役の人には報告書をお願いする。理想的な分担だと思うんだけどなあ」

「全然よ!あーあ。引き受けるんじゃなかったわ」

来たばかりでいい所を見せようとしたばかりに舞い込んだ面倒ごとに、やられたと頭を掻きむしる私に、そっとやってきた二式大艇が香り高いコーヒーをポッドごと置いていってくれた。

「あ、あんたすごいわね。ありがとう、いただくわ」

ぱたぱた。ぶうん。

言葉は交わせないが、頑張ってねと言うかのようなその仕草に私は思わず笑みを浮かべる。

「まあ、仕方ないか」

コーヒーを口につけて気分を新たにする。

とりあえず事件の終了時にもう一度言って、それでも同じことを言うのなら、今回は私が書いてやろう。

ふと見ると、厨房から秋津洲が嬉しそうに頬杖をつきながらこちらを見ていた。

 




登場人物紹介

ジャーヴィス・・・・・・探偵
ジョンストン・・・・・・その助手
秋津洲・・・・・・・・・江ノ島鎮守府の厨房担当
二式大艇・・・・・・・・その相棒
ジェーナス・・・・・・・ジャーヴィスの英国時代の同僚


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八周年記念 「あの海域をもう一度」

艦隊これくしょん、八周年おめでとうございます。
いつも書いているエロゲー批評のような形で八年間の思い出を振り返っていきます。



タキシード姿の与作と、精一杯のおめかしをした雪風が出てくる。

 

雪風「艦隊これくしょん、八周年おめでとうございます! 八周年だから雪風が司会です!」

 

与作「よく言うぜ、お前。さっきじゃんけんしていたじゃねえか」

 

雪風「ちょ、ちょっとしれえ! せっかく決めているんだから邪魔しないでくださいよ!」

 

与作「この八年間ほんと~~~~~に色々なことがあったぜ。右の人が艦これ上手すぎるとか、軽空母じゃない硬さの軽空母が出てきたかと思ったら、今度は先制雷撃するアホ駆逐艦。しかもそれがアホ程増える鬼畜仕様。俺様も認めるぜ。艦これ運営程鬼畜な連中はいねえ。熟練の提督ばかりなのに毎回wikiが愚痴で埋まるってすごすぎるだろ・・・・・・。いつも情報をもらっていた熟練の提督さんも愛想を尽かして辞めちまうし、どれだけ提督達のヘイトを集めれば気が済むんだ。ランキング上位者は頭ハチナイ提督かと思うしかない。毎回どうやってあんなにやる気を継続させているのか分からねえぜ。こちとら何度運営を稲荷山に埋めてやろうかと思ったぐらいだ」

 

雪風「ちょ、ちょっとしれえ!? 愚痴や批判をやり過ぎるとそれだけで終わっちゃいますので、今回は趣向を変えてます! 楽しい思い出ですよ、楽しい思い出! 題してあの海域よ、もう一度!」

 

与作「なんだ、そりゃ。楽しい思い出だあ? 運営が楽しい海域はあったが、最近で提督が楽しい海域ってあったか。昔はぬるめ、厳しめと強弱がついていたが、最近なんか規模詐欺が多すぎて思い出したくねえ海域ばかりな筈だぞ。」

 

雪風「そんなことはありません! 中には楽しんだ海域も多くあった筈です! そこで今回は作者が選んだ思い出の海域5選をお送りいたします」

 

       第五位「決戦! 鉄底海峡を抜けて!」&「迎撃! 霧の艦隊」

 

雪風「まず2013年秋イベントですね。アイアンボトムサウンド!」

 

与作「この時は艦これにアクセス集中。ようやく抽選で入れたと思ったら即イベントでよお。前のイベで大和がとれなかったもんだから武蔵は何とかって寝ずに張り付いたんだよなあ」

 

雪風「え!? どうしてですか?」

 

与作「敵の戦力ゲージが回復しやがるんだよお! 朝起きたら削った筈のが戻ってて泡を食って情報を集めたのがいい思い出だぜ。結局練度が足りなくて武蔵なんか夢のまた夢。無駄に睡眠時間を削っただけになった。だからこの後の冬イベがよかったな」

 

雪風「霧の艦隊は、今ではもうあり得ないだろうアルペジオとのコラボでした」

 

与作「本当にこのイベント復活して欲しいんだよなあ。それまで結構伊58とか伊168とか使ってたからイオナが来てすごい嬉しかった訳よ。おまけに強い。霧の桐箪笥持っているのが密かな自慢だからなあ。」

 

雪風「じゃあ、不満はないんですね」

 

与作「いや、あるぜ。耳に残る『カーニバルだよ!』の声と、海域解放のイベント任務がくそだったな。演習であのアホみたいに強い潜水艦に会った時の絶望ったらないぜ。大和型以上の火力に長門型改二を上回る装甲。一体誰が考えたんだかふざけすぎてるだろ。時報ボイスはよかったがな。突然しゃべり始めて驚いたもんだ」

 

          第四位 「出撃! 北東方面第五艦隊」

 

響「ここで、いったん司会を交代するよ。まあ、理由は推して知るべしだね」

 

与作「まあ、そうだなあ。お前活躍してたもんなあ、作者の鎮守府で」

 

響「占守島の戦いがモチーフと聞いてやる気十分。何がなんでも戦車第11連隊と64戦隊をとるんだと備蓄の時点からしゃかりきになっていたね。今では64戦隊は二度と得難い人権装備と聞いてほくほくだよ」

 

与作「それもあるが全体的に音楽が好みだったのがこのイベントだな。特に士魂の反撃は未だにもっともよく聞く艦これBGMの一つだな。後は分かる人には分かると思うが、第五艦隊の奮戦。あの曲のロマサガっぽさがお気に入りだった。」

 

響「ボスが正々堂々としていたという話もよく聞くね」

 

与作「ほっぽてとと呼ばれたあいつは弱かったがな。最終海域の北の魔女は未だに思い出深い相手だね。深海棲艦にかかって来いと言われたのが衝撃的だった。水上でも空母でもどちらでもOKの正真正銘全力でのぶつかり合い。自軍の最高戦力をぶつけ、基地航空隊も全機ぶつけてそれでも倒せなかった時は何度もあった。だが、あと少しで倒せそうという加減が絶妙で、ようやくぶち破った時は感動したもんだ」

 

響「何かイイ感じで終りそうだけど、何も不満はなかったのかい?」

 

与作「あのなあ。あったに決まってんだろ。このイベントで出てきたヌカス。強すぎるだろ。鬼みたいな回避に強く、硬い。おまけに射程が長い。本当にくそ仕様だったな」

 

         第三位 「AL/MI作戦」

雪風「戻ってきました! ああ、このイベントですね! 最後にどんでん返しがある」

 

与作「その通りよ。不測の事態なんて言われたって何のこっちゃと思っていたぜ」

 

雪風「まさかの本土強襲ですからね」

 

与作「武蔵がとれなかった悔しさとミッドウェーということで、多くの提督が大盛り上がり。俺たちで史実を覆そうというすごいやる気に満ちていたな。作者自身もすんごい力を入れて挑んだイベントで、二正面作戦というから、編成を考え、鍛えた艦娘を出したつもりだったんだが、力及ばずE6に行けなかった。まさか、あのタイミングで本土強襲があるとはなあ。残存戦力はあるにはあるが、一度挑んでダブルダイソンにとてもじゃないが太刀打ちできないと無念の臍を噛んだのは忘れてないぜ。戦力が無く、出しても負けるのは分かっている。それでも出して抵抗せざるを得ない。戦争末期の日本の様子を追体験した気分だった。Al作戦、MI作戦に出た奴は出せないというのが本当に鬼畜仕様だったが、現実ではそれは当たり前だからな。今の札システムの前身かもしれねえな」

 

雪風「AL/MI作戦もBGMが最高という話をよく聞きますね!」

 

与作「BGMだけじゃなくて、艦娘の台詞も盛り上げてたなあ。海域闘いながら武者震いしてたし。MI作戦の曲の雰囲気なんかは、これから大規模作戦が始まるという雰囲気を盛り上げてたぜ。そして、その後の飛龍の反撃のかっこよさとシズメシズメのなんともいえない深海の底に叩きこまれるような曲調。最高だったぜ」

 

雪風「その他に思い出はありますか?」

 

与作「中間棲姫だとかいう、まんま中間に出てくる奴がいて驚いたな。今では潜水棲姫とか空母棲姫とかが途中にいるのは珍しくないが、当時はおいおいと思ったもんよ」

 

第二位 「捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦(後篇)」

 

与作「あれ、雪風の奴がいなくなりやがった」

 

瑞鶴「今回は私が出るわ」

 

与作「うわっ! 何だ、お前かよ。まあ、仕方がねえか。一期最後。レイテ後半の戦いだ。その前の前編と、西方再打通作戦が上手くクリアできず、特に西方作戦の方は、資源がかすかすになるまでやったのに、ソードフィッシュⅢがとれず、この後資源の備蓄が大変だった」

 

瑞鶴「おまけに前半も生易しい海域じゃなかったしね。特にこの後篇で記憶に残っているのはどこなの?」

 

与作「もろ、最終海域だよ。しかも一本目のボスだ。固いの何のって、改装したばっ

かりの瑞鳳を突っ込んだが、クリティカルが引けずにカスダメやり直しと何度なったことか」

 

瑞鶴「それでも最後打ち抜くまでやったのはすごいわね!」

 

与作「そりゃお前、何と言っても報酬の紫電改343空のお蔭よ。北の魔女で出た隼以来の人権装備だとめちゃくちゃ張り切ったからな。特にE4護衛棲水姫の硬さときたら泣いたね。おいおい、まだE4だろ?と何度思ったことか。そして、繰り返しになるが戦艦棲姫の改だよ。とにかく硬い。そして強い。残り1というのを経験したのもこいつが初めてだし、カットインが刺さらない、カットインしてもミスになるなど信じられない現象が何度も起きた。友軍いても抜けなかったからな」

 

瑞鶴「友軍と言えば、このイベントでは西村艦隊の友軍があって盛り上がったわよね」

 

与作「ああ、そうだな。史実では来られなかった西村艦隊が救援に来る様は胸が熱くなったぜ。ボイスもよかったしなあ。勝ってめでたしめでたしの海域だったな。運営のアカウントが凍結されて、大本営と通信途絶したのも懐かしい思い出だ。一期最後にふさわしく、最終決戦に向かう雰囲気がなんとも言えなかったな」

 

瑞鶴「その意味では雰囲気づくりは上手ってことなの?」

 

与作「長年やってて飼いならされているのはあるがな。一期最後はお疲れ様って感じだったな」

 

第一位 「捷号決戦!邀撃、レイテ沖海戦(前篇)」

 

時雨「さて、最後の相棒は僕だよ」

 

与作「まあな。このイベントはお前なくしては語れねえからな。レイテを意識してのボイスは熱かったな」

 

時雨「まさかの史実の西村艦隊を意識しての七隻仕様の実装だったね。びっくりだよ」

 

与作「くそだなあほだの最低だの散々けなすが、艦これの運営は極極極極まれに本当に時々絶妙にいい仕事をこなしやがるから腹が立つ。このイベントに関しては文句がねえ。神イベントだった。イベントまでの入り、雰囲気作り。七隻仕様の艦隊。そして、何と言ってもBGMの西村艦隊の戦い。艦これBGMでの一番のお気に入りと言われたら、間違いなく俺様は西村艦隊の戦いを推すね。これはイベントをやった人なら分かると思うんだが、BGMと戦闘の流れがすごいあってるんだよな。夜戦から始まり、きちんとBGMの盛り上がるところで払暁戦になり、基地航空隊が飛んできてくれる。ボロボロの艦隊とその前に立ちはだかる敵ボス。そして、何と言っても山城のボイスだろ」

 

時雨「邪魔だ、どけえええええええええ!!!」

 

与作「うおっ! いきなり大声出すんじゃねえ!!」

 

時雨「コホン。山城のボイスはかっこよかったね。ただ、この海域、何と言ってもたどりつくまでが大変だった」

 

与作「夜戦ばっかり。おまけにあの厄介な小鬼がうろうろ。いかに援軍を出そうと倒しきれずにボスに辿り着いた時に既にボロボロってことが多かったしな。間宮や伊良湖が紙屑のように消えていった。女神もな」

 

時雨「でも、苦労の甲斐があっての、ラストの西村艦隊のボイスはとてもよかったね」

 

与作「ああ。よかった。こいつは素直に思う。この時は艦これやっていてよかったと心から思ったし、素直に泣けた」

 

時雨「この時はってまるで、今は泣けないみたいな言い草だね」

 

与作「度々作者が愚痴っている奴が現れてからな。駆逐艦のくせに先制雷撃かましてるんじゃねえ。おまけにボスもだと? ふざけんな!」

 

時雨「はいはい。これ以上は愚痴大会になりそうだから、この辺で締めておこう。艦これがまだまだ続くといいね」

 

与作「何か色々な重課金ゲーやると、最終的には資産課金系の艦これがまともに見えるのが恐ろしい。何となく続けてるんだけど、ここの運営基本的に鬼畜なんだよなあ。苦行のようなゲームなのによぉ」

 

時雨「最後の最後まで愚痴をどうも。八周年おめでとうございます」

 

与作「10周年までやりたきゃもう少し新規が入りやすくしてくれ。人権装備が結構あるから、今からじゃ追い付けないってのが多いぞ」

 




登場用語紹介

頭ハチナイ・・・・・・・八月のシンデレラナインという女子高校野球ゲームの監督の中には四六時中そのことしか考えず、プレイ時間がすごいことになっているき○○○のような人物がいる。そんな漢たちを指す尊称。

稲荷山・・・・・・某お城のタワーディフェンスゲームのイベントで、ボスが出てくるのも確率なら、レア城娘が出てくるのも確率というとんでもない悪手をとったため、我慢強い殿達も大炎上。リニュアールのため一旦休止になった際にマスコットキャラのきつねがこの稲荷山地中に埋められるイラストが出回った。

規模詐欺・・・・・・某艦隊ゲームの運営が使う常套手段。昔の大本営発表と同じで誰もその規模が本当だとは信じていない。中規模と言われて備蓄について確認するのがベテラン提督。下手をすると同じ海域に複数のボスが現れ、延々と周回する羽目になる。

「邪魔だ、どけえええええええええ!!!」・・・・・・艦これ八年間での個人的にベストアワード大賞。

苦行・・・・・・ボス敵を倒したのに回線が猫る、基地航空隊を変え忘れる、間宮伊良湖使った支援艦隊が来ない、などの理不尽に耐え、夜が白むまで周回する提督達がイベントの際に日常的に行っていること。
参考までに
最高堀りランキング
一位 グラーフ・ツェッペリン 212回
二位 ジョンストン      117回 
三位 フレッチャー      109回



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特別編Ⅶ 「My favorite ships」

八周年記念ということで連続投稿します。本当は八本と行きたかったですが、無理でした。年度初めってきついですね、全く。

散々愚痴り倒した前回ですが、自虐ネタということで。最近のイベントに関しては新規ユーザーを意識しての大幅なドロップの緩和があります。以前ほど堀もきつくないし。
AL/MI作戦、そう言えば支援艦隊も固定でしたね。本当に現実的だった。

なぜか、狙ってない艦が来る、が作者の鎮守府のジンクスです。
フレッチャー狙ってるとジョンストン。ジョンストン狙っているとゴトランド。
そして恐ろしいのがもう季節の風物詩として堀に慣れている自分。


色々書きましたが、応援してますよ、運営さん。

結局ウマもFGOもやったけど、ガチャ文明が悪すぎて掘っていれば出てくる可能性が高い艦これに戻ってくるんですよね。


オーストリア、ザルツブルクにあるノンベルク修道院。

大勢の修道女がひっそりと暮らすその中に、ひときわ目立つ修道女がいた。

 

シスターマリア。

 

世界的に有名な家族合唱団、そしてそれをモチーフにした映画で知らぬ者はないと言われる有名人と同名の彼女は、この修道院でもまた有名な存在だった。

 

鮮やかな金髪を二つ結びにし、快活な表情を見せる彼女。

その人懐っこい笑顔は訪れた者を虜にし、かの大佐も同じような気持ちだったのだろうという思いを抱かせる。

 

マリアという名前と銀幕の中の女性を思い起こさせるような彼女の態度に、修道院を訪れる者は皆笑顔となり帰って行く。

 

「なあ、ウォルフ。いい加減帰ろうぜ」

少年ウォルフは彼女、シスターマリアに会うのがたまの楽しみだった。

極端に外出をしたがらない彼女に会えるのは、この修道院の中だけ。

時間が許される限り色々な話を聞き、彼女の歌に耳を傾ける。

 

「シスターがギターを聞かせてくれるって言ってたんだもの」

「おいおい。もう俺は帰るからな!」

しびれを切らし、友人は肩を怒らせながらその場を去った。ウォルフは一瞬目で彼を追ったが、きょろきょろと辺りを見回しマリアを探し始めた、

やがて中庭で見つけた彼女は設置された小さな石碑の前で、物音一つ立てず、熱心に祈りをささげていた。

 

「あっ、シスター・・・・・・」

声を掛けようとして、彼は口をつぐむ。

 

いつもの明るい彼女の姿は鳴りを潜め、今目の前にいる修道女には近寄りがたい何かを感じた。

息をするのも憚れるような静寂の後、マリアが目を開けると、ウォルフは大きく息を吐いた。

 

「あら、ウォルフ! どうしたの? なあに、また歌って欲しい歌でもあるの?」

「シ、シスター・・・・・・」

いつも通りのマリアの様子にほっとしながら、ウォルフは彼女の脇に立つ。

「うん。シスター、この間言っていたじゃない。僕にギターを聞かせてくれるって」

「ああ、そうね。何がいいの? ちょうど今空いているからこっそり弾いてあげましょうか」

 

ウォルフは嬉しくなった。シスターマリアの演奏は滅多に聞けるものではない。ひと昔前に大勢の人が彼女目当てで押し寄せ、修道院自体がそのスケジュールを管理し始めたからだ。異国からの団体、政治家の一団など皆等しく抽選で行われ、当選の確率はかなり低い。

ウォルフがそんな彼女の演奏を独り占めできるのは、家が近所で幼いころからの顔見知りであるためで、それゆえの特別待遇は彼の密かな自慢でもあった。

 

「シスターマリア、エーデルワイスを聞きたいんだけど・・・・・・」

ウォルフは上目遣いでマリアを見た。

心優しい彼女はこれで大抵のお願いを聞いてくれる。

けれど、この時はきっぱりとそれを断った。

「ごめんね、ウォルフ。あの曲は弾けないの」

当てが外れ、ウォルフは意外そうな顔をする。

「え? どうして! この間ものすごく難しいのを弾いてたじゃない! リコーダーだってできるよ、あの曲。マリアだったら簡単にできるよ」

「そういう問題じゃないの。気持ちの問題。他のリクエストならいいわよ」

「じゃあ、My favorite singsは?」

「もう、ウォルフ! 困らせないで」

マリアは苦笑いを浮かべた。

 

エーデルワイスとMy favorite sings。

 

ザルツブルクのノンベルク修道院。

世界的に有名なトラップ一家物語のモデル、マリアと同じ名のシスターである彼女に、皆が期待しリクエストするのは常にその二曲とドレミの歌だ。

けれど、ドレミの歌は弾く彼女が、他の二曲を頑なに弾こうとしない。

「弾けないんじゃないの?」

友人の心無い言葉にそんなことはないと否定した手前、ウォルフはムキになった。

 

「なんでさ、この間、ギターだったら大抵のものは弾けるって言ってたじゃないか! マリアの嘘つき!」

「ごめんね、ウォルフ」

怒りで顔を真っ赤にしてその場を立ち去るウォルフに、マリアはすまなそうに頭を下げる。

 

二人のやりとりを見ていたのか。物陰から姿を見せた中年の修道女は気遣い気にマリアに声を掛けた。

 

「随分とお困りでしたね、シスターマリア。彼に少し甘く接し過ぎていたのでは?」

「シスターラファエラ。あの子は昔から知っているものだから、つい、ね」

 

ラファエラはマリアの隣に座り、短く祈りを捧げた後、言った。

「また祈りを捧げられていたのですね。あの子もどうしてマリアがあの二曲を弾きたがらないか聞けば納得するでしょうが」

「単純に上手く弾けないのよ。色々と思い出してしまって」

「申し訳ありません。お願いしたこととは言え、見世物のようなことをお願いしてばかりで」

「今の私にできるのはこれくらいだから」

自嘲気味に話すマリアの背中をどんとラファエラは叩いた。

「あまり自分を卑下するものではないわ、マリア」

昔の調子で話しかけてくるラファエラに、マリアは嬉しそうに頷く。

「Dankeラファエラ。懐かしいわ。昔はよくあなたにこうして励まされた」

「今もよ」

「ええ。ありがたいことだわ」

「ドローレス院長がお呼びよ、大至急と」

「そう。じゃあ、行きましょう」

 

静かに歩き始めたシスターマリアに、ラファエラは小さくため息をついた。

「本当に変わりませんね、貴方は」

彼女がマリアと共にここに務め始めてから20年近く。シスターマリアの容姿はそのままだ。

様々な事情があるとはいえ、衰えゆく己を見ていると羨ましくも思う。

「そんな顔しないで。貴方達の方がよっぽど羨ましいわ」

寂しげに微笑むマリアに、ラファエラは失言を悔いた。

 

「ドローレス院長、参りました」

「ああ、いいのよ、アリシア」

今年来たばかりのシスターアリシアが扉を開こうとするのを、院長であるドローレスは制し、自ら扉を開けた。

「どうぞ、シスターマリア」

アリシアはぱちぱちと目を瞬かせる。院長自らが一介のシスターに扉を開くとはどういうことなのだろう。戸惑うアリシアにドローレスは、彼女は特別だと答え、しばらく席を外すように告げた。

 

「何か緊急の要件でしょうか」

「シスターマリア。貴方には感謝してもしきれません。18年前、打ち続く混乱に傾きかけたこの修道院が救われたのは貴方が来て下さったからです。多くの寄付をして下さり、その結果ここは救われました。しかし、それと同時にこのことが知られれば多くの注目を集めるだろうと、貴方には、一切の世俗との連絡を絶っていただきました。近年観光客は受け入れていますが、彼らは貴方の存在を他の修道女と同じだと思っていることでしょう。」

「それは私がそう望んだことですから貴方が気にすることはありません。持っていても仕方のないお金でしたし、むしろ迷惑をかけたと思っています。」

「今、この修道院に務めている者で昔のいきさつを知るのは、ラファエラとルチア、それに私ぐらいでしょう。昔のことを忘れたい、貴方はそう願っているかもしれません」

「昔は昔、今は今。そう言い切れる人を羨ましく感じるのは確かです」

ぽりぽりと頬を掻き、マリアは苦笑する。

 

「中々に過去を捨てるのは難しいものです」

「そうですか。ではやはり、悩みましたがお伝えいたします。古き友人は何よりの宝という言葉もありますので」

「どういうことです? 古き友人?・・・・・・ま、まさか」

びっくりしたように目を見開くマリアに、ドローレスは厳かに告げた。

 

「お友達から連絡が来ています、シスターマリア。いいえ、偉大なる七隻、プリンツ・オイゲン」

 

瞬間、マリアは雷に打たれたかのように打ち震えた。

その名を呼ばれるのはいつ以来か。

遥か昔のことのように思える。

懐かしいと思えるようになったのは、ここでの生活のお蔭だろう。

 

呆然とするマリアこと、プリンツ・オイゲンに、ドローレスは隣の部屋を指差す。

「どうして貴方がここにいるのが分かったのかは分かりません。ただ、貴方あてにメールが届いていました。黙ってこちらで対処しようかとも思ったのですが、これまでこんなことは一度もありませんでしたので」

 

ドローレスの言う通りだ。これまで自分達はお互いに干渉しないように努めてきた。

それは、あの戦いに行く前の提督の言葉を大切に守っているからに他ならない。

それが今更に連絡がくるとは。一体どういうことなのだろう。

 

内心の動揺を鎮めようとオイゲンは深く目を閉じた。

思い出すのは、過ぎ去りし日のこと。

 

「無事に戻ってきたら後は好きなことをしろ」

「是非人間の文化を楽しんでほしい」

鉄底海峡へと向かう前日。そう提督から告げられ、ドイツ艦の皆でどうしようかと話が盛り上がった。

「そうねえ。世界各地のビールを飲み歩くのもいいけれど、あの呑兵衛たちの二番煎じみたいで嫌ね」

「私は普通にあちこちのコーヒーを飲み歩いてみたいがな」

「ねえ、マックス。日本以外にもあちこち行ってみたいね」

「そうね。大陸横断鉄道なんか楽しいかもしれないわ」

ビスマルクとグラーフ・ツェッペリンの会話を聞きながら、レーベとマックスは世界各地を旅行したいなと笑顔を見せていた。

「みんなそんなこと言って! 食べたり旅行したりするだけじゃなく他にもすることがあるじゃないですか! Admiralさんは人間の文化を楽しめーって」

「あら、オイゲン。食だって立派な文化じゃない」

「いいえ、姉さま。絵画に音楽、色々な物がありますよ」

「それはそうだけど・・・・・・」

食べる以外のことに関して否定的な態度を見せるビスマルクに、オイゲンが出したのが、ミュージカル映画「サウンドオブミュージック」のDVDだった。

 

「何、これ? 有名なの」

「admiralさんがお薦めだって! どうです、今から観てみませんか?」

「ええっ。いいわよ、せっかくの夜なのに」

渋るビスマルクを言いくるめ、グラーフたちと開いた映画鑑賞。

皆が思い思いの食べ物を持ち込み、世界に冠たる名作を堪能した。

 

「何、あの石頭。マリアが可哀想じゃない!」

「随分とやんちゃな子どもたちだな。母親がいないからか」

トラップ大佐やトラップファミリーについて語り。

 

「マックス、僕この曲聞いたことあるよ!」

「My favorite singsね。いつもadmiralが吹いていた口笛はこれだったのね」

自分達の提督の吹く下手糞な口笛が原曲からいかに音が外れているかを知り。

 

クライマックスで歌われるエーデルワイスに皆が釘付けとなった。

 

「歌は、歌はいいな」

そうグラーフは目を細め。

「いい映画だけど、この映画のドイツの描き方は気に食わなかったわね」

ビスマルクは名作と認めながらも、口をへの字にし、

「マックス、僕合唱団もやってみたいな」

「偶然ね。私もそう思っていたわ」

レーベとマックスはドイツ艦で合唱団を開こうと盛り上がっていた。

「そうねえ、そしたら私が当然センターで、グラーフがピアノ。オイゲンはギターってとこかしら。何となくマリアに似ているもの」

「ええっ。私がマリアにですか、姉さま」

はにかむオイゲンの横でぶうぶうとレーベ達が文句を口にする。

 

「何だい、それ。ずるいよ、僕とマックスが先に考えていたのに!」

「いきなり来てセンターなんて酷い!」

「私はピアノ担当で構わないぞ。だが、人数が足りないな。伊504と呂500にも声を掛けておこう。二人とも今は日本に籍を置いているが、元々はドイツ艦でもあったのだからな」

その気になって色々と考え始めるグラーフ。

「グラーフさん、私ギターなんか弾けませんけど!」

「奇遇だな。私もピアノなんか弾いたことはない。でもまあ、なんとかなるだろう」

「大丈夫なのかなあ」

「私の歌を聞けえええ!」

「聞きたくない~」

「ビスマルク、この間日本の漫画で見たガキ大将みたいよ!」

大声で叫ぶビスマルクに、文句を言うレーベとマックスの姿にオイゲンはやれやれと肩をすくめた。

戻ったら早速ギターの練習をしないと。みんなと歌うのはきっと楽しいだろう。

グラーフと自分の拙い伴奏に合わせて、ビスマルクが好きに歌い、レーベとマックスがそれをフォローする。伊504と呂500、助っ人の二人はパーカッションだ。

「ドイツ艦娘合唱団」

そんな風に名付けて、各地を旅しながら、美味しいものを食べて。

その土地の文化に触れればみんながしたいことができる。

 

「いいアイデアじゃない!」

ビスマルクの賛同を得て、これは上手くいくかもと。

戦いが終わっても、皆一緒にいられると。

 

 

 

 

そう、思っていたのに。

 

 

 

(私だけが生き残ってしまった・・・・・・。)

 

共に過ごしたいと願った者達はおらず。

残された仲間は皆心に傷を負っていた。

そんな中、何をしたらよいかと悩む彼女に、「マリアに似ている」というビスマルクの言葉が思い出された。

ゆえにプリンツ・オイゲンはこの地へとやってきたのだ。出撃前にドイツ艦の皆で観た映画の舞台だったこの修道院に。

 

「・・・・・・」

薄っすらと目を開け、オイゲンは己の両手を見た。

あれからこの修道院に流れ着き、仕事の傍らギターを覚えた。

今では多くの曲が弾ける。修道院に訪れた人間の求めに応じ、弾くこともある。

映画の中のシスターマリア同様に楽しく歌を歌う彼女だったがどうしても、弾けない曲が二曲あった。この修道院に来る人間が必ずリクエストするその二曲。「My favorite sings」と「エーデルワイス」が。

(ドレミの歌は大丈夫なんだけどなあ。)

明るい曲調に合わせ、気持ちを誤魔化せる。だが、あの二曲は駄目だ。

落ち着いたそのメロディーが思い出させてしまう。

 

 

楽しかったあの日々を。今は亡き大切な仲間たちを。

 

 

「・・・・・・」

「差出人は偉大なる七隻響です。いかがいたしましょうか。そんな者はいないとメールで返すこともできますが」

ドローレスの言葉がオイゲンの脳裏に響く。

 

どうして今さらに響は連絡をとってきたのだろう。

「偉大なる七隻に配慮を要すべし」という各国間の取り決めから、オイゲンはこの修道院に潜り込むことができた。この地で仲間の冥福を祈り、楽しかった思い出と共に消えていこうと思っていたのに。

 

「そんな者はいない」

そうドローレスから告げられて、彼女の心の奥底で何かが反発する。

プリンツ・オイゲンはいない。今いるのはシスターマリアだ。

そう押し通せば済むことだろう。

そして、あの響のことだ。そうすれば、二度と連絡はとってこない。

 

「いないという返答でよろしいでしょうか?」

再度ドローレスは彼女に問うた。

ドローレスは知っている。彼女、プリンツ・オイゲンがこの地にやってきた日のことを。

思い出にすがり、それ以外に心の癒し方を知らないと言い、寂しそうにしていたその姿を。

今ではすっかり笑うようになった彼女だが、まだその心の中にしこりは残っている。

いざとなれば、自分が汚れ役を引き受けるつもりが院長であるドローレスにはあった。

 

(プリンツ・オイゲンはいない?)

己の心の中でその言葉を反芻し、オイゲンはかぶりを振った。

違う。いないのはシスターマリアだ。

 

(ビスマルク姉さまも、レーベもマックスもグラーフさんも。ろーちゃんもごーちゃんもいない・・・・・・。でも私はいる・・・・・・。)

皆あの戦いでいなくなってしまった。

残された七人は心に傷を負い、それぞれ道を違えて暮らしている。

 

だが、プリンツ・オイゲンはいなくなってはいない。

 

あの戦いで散っていった皆のことを思う日々は辛く、違う自分にすがりたかった。

けれど、それだけは認めることはできない。

プリンツ・オイゲンがいないと認めることは、あの戦いで雄々しく散った皆に対する最大の侮辱ではないか。彼らが楽しみたかった人間の文化を今こうして享受している自分がしていいことではない。

 

(どうして響は今更連絡を・・・・・・)

 

偉大なる七隻と呼ばれる彼女達はお互いに不干渉を貫くことを決めた。

比較的近くにいるウォースパイトはオイゲンの居場所を知っているが、その彼女でさえも何一つ連絡をよこさない。

なしのつぶてだった友人からの連絡にオイゲンの心は揺さぶられた。

彼女が約束を破って連絡をしてくるくらいだ。

余程のことがあったのだろう。

 

気負わずに再会を喜ぶべきなのだろう。

ずっと仲間の冥福を祈り、静かに暮らしたいと思ってきたが、20年近く経った今、かつての名前を呼ばれ、答えたいという自分がいる。

あれほど消えてなくなりたいと願っていたのに。

迂闊に消えることのできない自らを呪っていたのに。

笑顔でシスターマリアを演じることでしか、生きては来られなかったのに。

 

(admiralさんなら、何て言うかなあ。)

 

ふと、オイゲンは目を瞑り、自らの提督の事を思い出す。

「したいようにすればいいさ。後悔をしないように。オイゲンはどうしたいんだい」

提督ならばきっとそう言うだろう。

(私がしたいように? 私はどうしたいの?)

きっとこのメールに答えなければこれまでと同じように穏やかな静かな日々が続くのだろう。

シスターマリアとして今は亡き仲間たちを弔いながら。

 

でも、それが皆の望んでいたことなのだろうか。

 

(admiralさんみたいね。)

すーすーと口の中で奏でたメロディーが、余りにも久しぶり過ぎて音が外れているのに気づき、オイゲンは苦笑する。こんなにずれていては、まるで提督のようだ。

 

思い出されるのはかつての日々。今は別々となったかつての仲間。

 

(レーベ、マックス。合唱してるかなあ。)

音程はずれっぱなし。

きっと、今ギターで弾こうとしても上手く弾けないに違いない。

 

(グラーフさん、ピアノ上達してるかなあ。)

調子もめちゃくちゃ。なのに、なぜか続けてしまう。

あれほど弾きたくないと拒んだ曲なのに。

 

(ろーちゃんとごーちゃんなら喜んで協力してくれそう。)

楽しかった日々を。仲の良かった友人たちを思い出すその曲。

今は悲しいだけのその曲なのに。

 

せき止められていた感情が溢れ、手が震え、涙が出る。

失って初めて分かる。どれほど自分が彼女達を好きだったのかを。

(姉さまは、歌っているのかなあ。)

ぼんやりとオイゲンがそう考えた時だった。

 

『馬鹿ねえ。せっかく生き残ったんだからもっと楽しみなさいよ』

耳元で微かに覚えのある声が聞こえた気がした。

 

「え!?」

オイゲンは思わず目を見開いた。

「ど、どうかされましたか?」

慌てて室内を見回すが、心配そうに見つめるドローレス以外には誰もいない。

 

(幻聴? でもあれは確かに姉さまの・・・・・・。)

 

身体だけ大きい駆逐艦みたい、などと揶揄されていたビスマルクだが、オイゲンにとっては頼れる存在だった。真面目なオイゲンが悩んでいる時には、細かいことでくよくよするなと大声で笑い背中を叩いてくれる明るい艦娘だった。尊敬し、憧れている自慢の姉だった。

 

(姉さまみたいになりたいと、心配をかけないようにしようと、そう思っていたのに。心配、かけちゃったのかなあ)

 

どうしようかと悩んでいる自分に、活を入れに来てくれたのだろうか。

悩んでいる段階で答えは決まってるんでしょと、思い出の中の彼女なら言う事だろう。

あの姉御肌のビスマルクならきっとそう言うに決まっている。

 

(姉さま、ありがとう。)

溢れ出る涙を拭い、彼女は前を向くことを決めた。

 

「何の用? と返信しようかな」

 

ドローレスはごくりと唾を飲み込んだ。

そこにいたのははシスターマリアではない。

かつてこの修道院を訪れた行き場のない悲しみを背負っていた艦娘でもない。

誇り高き偉大なる七隻。

重巡洋艦プリンツ・オイゲンだった。

 

「気遣いありがとう。貴方の言う通り、古い友人は大切にする」

涙を拭き、そう答えるオイゲンにドローレスは静かに頷いた。

 

もう残り少なくなった仲間たち。彼らとまた話す日が来るとはオイゲン自身思いもしなかった。

(でも、これが私のしたいこと。)

どことなく吹っ切れた表情でオイゲンはふうと息を吐く。

自ら止めていた歯車をゆっくりゆっくりと動かすように。

 

 

「でも意外ね。ウォースパイトからじゃなくて、響からなんて。」

「そういうものですか」

「うん。まだ長門からの方がしっくりくるかなあ」

「隣の部屋に用意させてありますので、どうぞお使いください」

「Danke! 感謝ね! あれから18年かあ・・・・・・」

 

他の6人は今どう暮らしているのだろう。

長門とウォースパイトは軍に残り。

響と北上と時雨は自らのすることをしたいと外に出て行った。

そして、鳳翔。

心に深く傷を負ったであろう彼女のその後についてだけは、人を介して聞いている。

(今は料理屋のオカミかあ。元気だといいなあ。)

 

軽く前髪を整えながら、その容姿にふさわしい少女のような表情を浮かべるオイゲンに、ドロー

レスは己の判断が間違っていなかったと満足そうに微笑んだ。 

 




独新聞ウェステン・ツァイト紙4月18日記事より抜粋

『偉大なる七隻、重巡洋艦プリンツ・オイゲンの行方、ようとして知れず。』

「今や年度初めの風物詩となった我がドイツが世界に誇る偉大なる七隻、重巡洋艦プリンツ・オイゲンの行方探しだが、躍起になり懸賞金をつけようとする某TV番組の企画が明るみに出るに及びついに海軍省より待ったが掛けられることとなった。会見に同席した沈黙提督とも呼ばれるシュレーア大佐は、常日頃とは異なり、熱弁を奮って彼女達偉大なる七隻の功績とその労をねぎらうことの重要性を説き、ドイツ国民の良識を切に願うとのコメントを出してその場を辞した」


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特別編Ⅷ 「友よ」

祝宗谷実装。
八年間待ち望んでいた宗谷の実装。
この小説でも度々触れていたし、今でも宗谷詣でをしています。

運営Twitterが出た段階で宗谷かと疑っていましたが、まさか本当だとは・・・。感慨もひとしおです。感想欄で教えていただいた方々ありがとうございます。
今日まで艦これを止めないでよかった。本当によかった。

競馬場にウマ娘を放置したままイベント周回と任務消化に勤しんでいましたが、宗谷の話を聞き、完全に艦これ>ウマになってしまった。付き合い長いから仕方ないよね。

宗谷実装祝いにぶっつけ本番で無茶して書いたため、色々齟齬があるかもしれませんが、時系列的には大湊におやぢ達が演習に行っている間の話です。

くどいけど、まさか、まさか宗谷が実装するとは・・・・・・。





偉大なる七隻と名付けられた艦娘達の中で、最も有名な者は誰だろう。

その質問には多くの者がこう答えるだろう。

長門か、ウォースパイト。

 

それは他の者達と違い、二人が海軍の要職に残り、自ら積極的に活動していたからに他ならない。

後進の育成、深海棲艦への対応。洋の東西を問わず、することが同じな二人は、戦艦同士という事もあり、何度か比較の対象に上がることが多かった。

 

社交界に知己も多く、華やかなイメージが付きまとうウォースパイトに比べ、長門は武骨そのもの。ウォースパイトが女王の園遊会で華やかなドレスを披露したという記事が新聞に載り、世の男性たちにため息をつかせたかと思えば、長門は根も葉もない駆逐艦誘拐疑惑をかけられ、大衆紙をにぎわせる有様だった。

 

そんな好対照の二人だが、これまで頻繁にやりとりがあったかと言えば、そうでもない。

元々始まりの提督の鎮守府にいた時から、ウォースパイトは金剛型と仲が良く、長門は同じビック7のネルソンやコロラドと話すことが多かった。

鉄底海峡の戦いの後は、お互いに海軍の要職としてあり、忙しかったこともある。

連絡しようにもついつい連絡ができず、それが長きに渡ってしまった。

 

そう思っていたのだ。

それまでは。

 

確かに目の回るほどの忙しさで余人に代えがたい仕事をしている二人だ。

けれど、連絡ができないほどではない。

しなかったのはお互いにお互いを妙に避けていたからに他ならない。

 

迂闊に話せば、色々なことを思い出してしまうから。

 

思い込みに気付き、風向きが変わったのは、あの風変わりな提督のせいだ。

偉大なる七隻の時雨の提督となった胡散臭いおやぢ提督。

彼が起こしたフレッチャーにまつわる事件が起きた時、彼女達はお互いに相手を気遣うということを言い訳にしてきたことに気が付いたのだ。

 

「心が鉛のように重かったの。今思えばどうしてなのかわからないわ」

通信機ごしにウォースパイトは寂しげに目を伏せた。残された友との貴重な時間を、どうして自分はあたら無駄にしてしまっていたのだろう。

年をとった、嫌なことを思い出したくはなかった。理由は色々と考えられる。

今更ながらに湧き出てきた思いに、常に冷静を謳われる彼女もどことなく戸惑いを感じているようだった。

 

「ふむ。それは私も同じことだからな。お前のことばかりは言えない。どうも江ノ島のあいつが来てから驚かされてばかりでな」

「ああ、キトウのことね! 」

ころころと鈴が鳴るような声でウォースパイトは笑い声を上げる。

「そちらに送ったジャーヴィスは着いた頃かしら。あの子ならきっと役に立ってくれるわよ。とても優秀な子なの。あの子が解決した事件にキトウの動画がからんでいたのよ」

「事件だと?」

「ええ」

長門の問いに答える形で、ウォースパイトは「踊る艦娘」とジャーヴィスが名付けた事件の説明を始めた。

 

夜中に突然一部の艦娘が一斉に踊り始めるという奇怪極まりない事件が起こったのは、ちょうど時雨の会見に前後してのことだった。余りの騒がしさに寮監であるアークロイヤルが夜寝られないと文句を言いに行こうとすると、ぴたりとその騒音が収まるというもので、規律に厳しい彼女は犯人を見付けようとしたが、ようとして犯人は知れなかった。

 

当初深海棲艦の新たな攻撃かとも思われたその事件だが、ジャーヴィスが調査に乗り出すと何のことはない、どこぞの江ノ島の提督が上げた、踊ってみた動画が原因だった。

 

画面の中で一生懸命に踊るフレッチャーと、不気味な程陽気な笑顔で踊るおやぢのハイテンションなダンスの前にクールで評判のシェフィールドがなぜか食いつき、深夜に隠れて踊っていたところ、段々と他の艦娘にも広まっていったというのがその真相だった。

 

「貴方に先ほど話してもらったネルソンなんかは『なぜ隠れて踊るんだ? 余には理解できない』なんて言っていたのよ」

「ふむ。それは私も同意だな。駆逐艦達のダンス、是非に見たかったものだ」

「貴方、本当に変わらないのね。鎮守府にいた頃から、駆逐艦や幼い子達を可愛がり、よく彼女達をかばっていたわね。高貴なる者の義務という奴かしら」

「ああ、無論だ。それは我々の使命だからな」

感嘆の声を上げるウォースパイトにさも当然だと鷹揚に頷く長門だったが、当事者たちの理解に齟齬があることにいち早く気が付いた大淀は我慢ができず、飲んでいたお茶を思い切り吹き出した。

 

ぶうっ。

霧のように飛び散ったお茶は、そのまま正面に座っていた鹿島に襲い掛かり、突然の不意打ちに新任の秘書官は躱すことができなかった。

「うわっ。お、大淀さん!? 汚い! 私にかかりましたよ!」

「ご、ごめんなさい。我慢できなくて・・・・・・」

怒る鹿島をなだめながらも、内心しょうがないじゃないかと大淀は言い訳をする。

(どこをどうとったら長門さんの病が高貴なる者の義務となるのかしら。信じられない。)

大淀の中で、偉大なる七隻のウォースパイトはいい人と認定された瞬間であった。

 

秘書二人のやりとりを気にもせず、その後も雑談を交わした長門だが、時計を見やるとそろそろ失礼すると席を立った。

「あら外出の予定があったのね、ごめんなさい。つい楽しくて、時間を気にしていなかったわ」

「いや、私もこうしてお前と話せてよかった。今日はお台場に行く日でな」

「あ・・・・・・」

お台場という言葉にウォースパイトは反応する。

 

お台場にはあるのはかつて船の科学館と呼ばれ、現在は艦娘資料館として存在する施設。

 

それと、艦娘達の慰霊碑だ。

 

「本当はadmiralのご冥福を一刻も早く祈りに行きたいのだけれど、残念ながらそうもいかないの。私の分もお願いしていいかしら」

「承ろう」

「それと、確かそこには宗谷がいる筈よね。彼女にもよろしく伝えて」

ウォースパイトの言葉に長門は微笑んだ。

「ああ、それも任せてもらおう。ウォースパイト、そちらの海を頼む」

「ええ。任せて、My friend!」

どことなくおどけた表情で話し通信を切ったウォースパイトに、長門は目を細めた。

一緒にいた時は気付かなかったが、あんなに表情の豊かな艦娘だったとは思いもしなかった。きっと自分と同じように彼女の中で何かが変わったのだろう。

未だに揉めている秘書二人に外出するよう伝えた長門は、一路お台場へと足を向けた。

 

                    ⚓

「何だ、いないのか。残念だな」

駐車場の中にあるテントの中を覗き、そこに外出中と書かれた札を認めると、長門は残念そうに肩を落とした。

 

艦娘資料館近くの大きな駐車場。

そこには偉大なる七隻である響がテントを張っていて、時にボランティア、時に釣りと気ままな生活を楽しんでいた。昔馴染みの長門は、艦娘慰霊碑に行く際には必ずここに立ち寄り、彼女と何気ない雑談をするのを楽しみにしていたのだが。

 

「宗谷の方か? だが、そうなら外出中などと書かないか」

 

響にとって宗谷のボランティアは既に生活の一部になっている。いるのが当たり前で、外出などとは書きはしないだろう。きっと急な用事でもあったのではないだろうか。

 

「そうでなければ、あいつが宗谷から離れるとは思えない。それにしても、もう20年近くになるか」

 

しみじみと長門は昔を思い出す。

あの地獄の鉄底海峡から生還し、傷が癒えて後。

仲間を失い、その無念さを晴らそうと鬼のような形相で執務をこなしていた時だ。

響が彼女を頼ってやって来たのは。

 

「宗谷を見捨てるのか、だと?」

大声で聞き返す長門に対し、響は切々と現状を訴えた。

お台場地域の人口は減少しており、かつてのような賑わいはない。

そのような所に置かれた宗谷に対し、人間が予算を組むとは思えない。

何か策を講じなければ朽ちるに任せるに決まっており、最悪解体される危険もある筈だと。

 

「だからお願いだ。私を宗谷のボランティアとして働かせてくれ。そして、今や施設として稼働していない船の科学館を艦娘資料館としてはどうかと各方面に掛け合って欲しい」

 

響の熱意は本物だった。無給で働くだけではない。偉大なる七隻として、彼女に支払われる恩給すら辞退し、宗谷の維持に当てて欲しいとまで言うほどに。

 

「なぜ、そこまで・・・・・・」

長門の問いに、響は自らの体験を語った。

傷つき、ボロボロになった自分を宗谷が慰めてくれたのだと。

きっと、まだ顕現していないだけで、あそこに彼女はいるのだと。

 

「そうか。それはいい。私も宗谷については知らぬ仲ではないからな」

そう、響の提案を快諾した長門ではあったが、彼女のした体験についてとなると話は別だった。

 

そもそも船として沈んだものが艦娘になると言われているのに、沈んだことのない宗谷に意識があるのだと言われても信じがたいものがあった。

 

(私自身、確認してみるしかないな。)

 

その日の午後、急遽休みをとった長門は、電車を乗り継ぎお台場へとやってきた。

 

そこにあったのは白とオレンジを基調にした船。

 

かつて特務艦としてあの大戦に従事し、ミッドウェー・ソロモンなどの苛烈極まる作戦にも参加をしながら、ただの一度も沈まなかった「帝國海軍最後の生き残り」。

 

敗戦国たる日本にその資格はなしと、各国が反対する中で割り当てられた観測地点は、米国海軍をして接岸不可能とされたプリンスハラルド海岸。その絶望的な現実を前に屈さず、多くの人の夢と希望を背負い、ついには不可能を可能にした船。

 

南極観測船宗谷。

 

その名は長門にとっては懐かしいものだった。

 

『灯台の白姫』『海のサンタクロース』『北の海の守り神』等様々な二つ名を持つ彼女と共に、横須賀のドックに入っていたのが誰あろう長門だった。

 

横須賀を襲った大空襲の際に、火の気がなく難を逃れた宗谷に対し、長門は砲塔を吹っ飛ばされて中破した。大きな彼女が標的となって宗谷を庇ったのだとも言われていると知り、長門は嬉しくなった。

 

(それによってこの国の人に大きな夢を見せられる船が生き残ったのだ。こんなに嬉しいことはない。)

 

思わず口元に笑みを浮かべた己に気付き、長門は驚いた。

提督や皆の仇を討たねばならないと躍起になっていた自分。

そんな自分が笑みを浮かべることなどこの一年余りの間あっただろうか。

 

たまたまその場にいた海上保安庁の職員に頼み、特別に中へと入れてもらう。

すでに開館時間は過ぎ、人気がない船内はひっそりと静まり返っている。

 

軍艦時代の事しか知らない長門は、宗谷の船内にある南極観測の展示を見ながら大いに感慨にふけっていた。

 

そこに書かれていたのは長門が知らない宗谷の歴史。

あの戦争に敗れ、混乱する中で必死に復員輸送船として働き。

灯台補給船として、各地の灯台へと物資を輸送し。

過酷な南極への船旅を成功させた後、さらには巡視船として日本の海を守ることとなった。

 

「随分と苦労しただろう。私達の分まで、ありがとう」

 

自然と長門の口をついて出た言葉。

船時代の自分よりも遥かに小さい宗谷。

だが、その積み重ね、起こしてきた数々の奇跡は、かつて連合艦隊旗艦を務めた彼女からしても頭が下がる思いだった。

 

「だが、お前は本当に幸せ者だよ」

解役し、誰もがスクラップになるだろうと思った中で各地からの嘆願が相次ぎ、遂に博物館船として海に浮き続けることになった宗谷。

今にして思えば、次々と人々が宗谷に仕事を与えたのも、彼女を守りたかったからではないだろうか。

そこまで人々に愛されることができるなんて。

 

「羨ましい。心からそう思う」

 

連合艦隊旗艦として人々の尊敬を一心に集めていた長門。

そんな彼女が船として最後にできたのは、忌まわしい核兵器の実験台としての役目だった。

 

「あの終わり方に悔いはない。だがな」

 

艦内には誰もいない。そう思い、気が緩んだのだろう。

彼女の脳裏に思い出されるのは、あの鉄底海峡の前日のこと。

 

「戻ったらしたいことなど特にないな。私は軍に残る」

 

そう言い切った長門に対し、姉妹艦の陸奥はやれやれと肩をすくめてみせた。

「軍に残るのはいいけれど、おしゃれもしないとダメよ? 長門は素材がいいんだから、もっと服とかお化粧とかに気を配るべきだと思うわ」

「そんなものに気を取られていては戦えまいって、おい!」

むすりと返した長門の口の端をつまみながら、陸奥は言った。

「そんなにむっつりしないの。笑顔を大事にしないと、貴方が大好きな駆逐艦の子達にも怖がられるわよ」

「そ、それは困る!」

「だったら、少しは気を付けなさい、全く」

そうして、軍に残ると言う長門に対し、陸奥は私も付き合うわ、と笑ったものだった。

 

「それなのに・・・・・・」

 

鉄底海峡の激戦の最中。長門のいる本隊を援護するために陽動を買って出た陸奥と、長門は遂に再会することはできなかった。

「陸奥だけではない。大和に武蔵、金剛達・・・・・・・。みんな、みんないなくなってしまった」

戦友たちは倒れ、今や数えるほどしか残っていない。

 

「それでも、私は戦うと決めた。ああ、決めたんだ。だが・・・・・・」

 

艦内に置かれた椅子に腰を下ろし、長門は背を丸め、目を瞑った。

 

これ以上弱音を吐きたくはない。

せめてもの矜持として口をつぐんだ彼女の背に。

 

そっと何かが触れた気がした。

 

「なっ!?」

 

それはかつての仲間たちと話していた時のような懐かしさ。

明日を夢見、必死になって働き、笑い合っていた時のようだ。

疲れ果て、弱音を見せた長門を励ますように、そっとその背を押すように。

温かい空気が長門を包んでいた。

 

「本当に、いるのか? 宗谷、お前・・・・・・」

 

ぽかんと口を開けたまま長門は船内のあちこちを探し回るが、やはり人影はどこにもない。

 

「気のせいか? いや、そんなことはない」

 

自分だけならまだしも、響も同じような体験をしたと言っていたではないか。

意識があるだけで、艦娘として顕現していないだけなのだ。

 

今はまだ。

 

冷えた心が急速に熱を帯びてきた。

弱音を吐いていたのがまるで嘘のようだ。

 

「そうか。お前はまだここにいて頑張っているんだな」

うんうんと頷くと、長門はどんと胸を叩く。

 

「だったら、私も弱音など吐いている暇はあるまい。連合艦隊の旗艦としての意地を見せなければな」

 

そう宣言し、長門は響との約束通り、艦娘資料館の設立と艦娘慰霊碑の設置に奔走することとなった。

 

(昨日のことのようだ。ふふ。私としたことが、感傷に浸るなんてな。)

 

駐車場を抜け、見えてきた船体。そして、その傍らに建てられた艦娘たちの慰霊碑。

 

共に戦い、帰らぬ人となった多くの戦友と、未だ相まみえぬ小さき戦友に向かい、長門は笑顔で叫んだ。

「久しぶりだな、友よ。元気にしていたか?」

 

                  

 




登場人物紹介


長門・・・・・・響にお土産にとミカンジュースを置いていく。
響・・・・・・・帰宅してからジュースよりウォッカの方がいいんだけどね、と言いつつジュースを飲む。
ウォースパイト・実は踊ってみた動画を見て踊ってみたのは内緒。お茶目なウォー様。
シェフィールド・実は密かに英国おやぢファンクラブを設立する。
ネルソン・・・・念願だった長門との対面が叶いご満悦。「やはり、偉大なる七隻でも長門は特別だな。あ、いや、ウォースパイトもだぞ」とは本人の弁。
鹿島・・・・・・謝る大淀に対し、江ノ島に着任させて欲しいと駄々をこねる。
大淀・・・・・・それとこれとは別と、クリーニング代等を払い、鹿島の要求に応じず。


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第六十五話 「それぞれの道」

ようやく宗谷が掘れた。今までで一番本気出しました。
暇な時間があればひたすら堀り。執筆時間もとれませんでしたね。
とにかくギミックが多すぎる! 一応甲でクリアしましたが、いや間宮伊良湖を
溜めていた分が全て吹っ飛びました。

早くLV60にして南極観測船にしたくしてくてしょうがありません。

ホーネットさんは来てくれませんでしたが、なぜか矢矧と高波が出ること出ること!
高波は分かるのですが、謎の矢矧のドロップ率でした。

イベントと戦果上げに勤しんだ一月でしたが、なんだか人が離れている印象なのが寂しいですね。



ばっども~にんぐ。

やれやれ。

とんでもねえ朝になったもんだぜ。

 

これもあの英国から来たがきんちょ探偵が

「調査が終わったわよ、ダーリン!!」

なんて言いながら俺様の寝込みを襲いやがったせいよ。

深夜0時には寝る健康優良児の俺様を捕まえて、べらべらべらべらべらべらべらべら。まあしゃべるしゃべるしゃべる。

思わず、

「お前なア。いい加減にその口のチャックを閉じてやろうか!」

と頬っぺたをつまみ上げたら、

「にゃにしゅるの、でぃやーりん。むらなていこうよ!」

じたばたともがき、あげくの果てには強烈な頭突きをかましてくる有様だ。痛いじゃねえか、この野郎。どこの世界に頭突きが得意な探偵がいるんだよ! とんだ脳筋探偵がいたもんだ。

こんな調子の奴と4日間も一緒にいたのだから、さぞジョンストンも苦労したのだろうと、一緒にやってきた奴を見ると疲れからか舟をこいでやがる。

 

「おい、大丈夫か、ジョンストン」

声を掛けられてはっとする様子に思わずほろりとしちまったぜ。

こいつ真面目だな。本当にあのフレッチャーの妹なんだな。

「ご、ごめんなさい。どうレポートをまとめたらいいのか混乱してしまっていて」

本当に大丈夫か、こいつ。来た早々とんでもない奴に相棒認定されちまったもんだ。同情するぜ。やるとは思ったが、まさか俺様も新顔のこいつがここまで過激な奴とは思わなかったからよお。

「とんでもない奴とは何よ! 私は依頼を一生懸命にこなしただけよ!」

ぷんぷんと頬を膨らませるジャーヴィスだが、お前は少しは黙るということを覚えた方がいい。

沈黙は金。雄弁は銀というだろうが。

「無口探偵って響きも良いけれど、金よりも銀の方が好みだもの!」

 

尚もしゃべろうとするくそ探偵を、レポートを読んで分からなかったら呼ぶと説き伏せてようやく解放されたのが午後三時よ。あのなあ、6時起床だぞ?3時間睡眠なんてどこのナポレオン状態だ。寝不足は美容の大敵。がきんちょの成長にも6時間以上の睡眠は欠かせねえってわかってんのか、全く。

 

「全く。眠くて眠くて仕方がねえぜ」

大あくびをする俺様が、工廠の前を通ると何やら朝からひと悶着起こしてやがる。

『この馬鹿! アホ!! 何を考えているんです!!』

居並ぶ工廠妖精を前に血相を変えて怒鳴り散らしているのは・・・・・・もんぷちだあ?

あいつが人に怒られる所なんざ見慣れているが、あそこまで怒ることは珍しいぞ。いつもは逆に叱られている親方にまで食って掛かって一体何があったってんだ。

 

「おう、どうした。朝っぱらから」

『ああ、提督、助けてください!』

天の助けとばかりにやってきた工廠妖精が慌てて俺様に説明を始める。

普段は寝坊ばかりしているもんぷちが何やら気になることがあるとかで工廠にやってきたのがつい先ほど。そこで、普段目にしている工廠とは違うと気づき、親方たちからすりぬけくんとまじめくんの入れ替えの件を耳にするや激怒したらしい。

 

『なんて、なんてことをするんですか! この馬鹿! アホ!! 工廠妖精!!』

『工廠妖精は関係ないでしょう! 落ち着いてください!』

『仕方なかったんですよ、女王。それしかドックを守れなかったんです!』

『そうそう。露骨に建造ドックを狙っていたんで、提督さんは一計を案じたんですよ!』

『提督が!?』

ぎろりとこちらを睨むもんぷち。おいおい、お前いつものあのだらしない表情はどこへ置いてきたんだ。今日は当社比10倍くらいシリアスモード満載じゃねえか。

 

『提督! なんでそんなバカなことしたんですか!!』

「それしかすりぬけくんが守れなかったんだよ。お前に伝えてなかったのは悪かったがな」

『そういうことじゃありません! あれは戻ってくるんですか?』

「あれ? まじめくんのことか? 明後日の金剛達とのお話合い次第だ」

俺様の答えにいつもつまみ食いばかりしている奴とは思えない真剣な顔つきを見せるもんぷち。

どうしたんだ、こいつ。もんぷち改二になったってのか?

 

『・・・・・・』

「何だ、お前。本気で怒ってんだな。取り戻すつもりでいる。安心しろ」

『・・・・・・本当ですか?』

「この手の話で俺様は嘘はつかないぜ」

『分かりました。今回は提督を信じてあげましょう。でも、その前に・・・・・・』

なんだ、もんぷちの野郎。ぐるぐると猫をジャイアントスイングで回したと思ったら俺様に向けて投げつけやがった。

「ぎにゃあああああ!」

「危ねえええええ!!」

猛スピードで迫りくる猫を間一髪よけた俺様の脳天に、続けて回転しながら落ちてくる妖精女王。

ドカッ!!!!

「ぐおおおお!」

こ、こいつ。か、かかと落としだと!? 

『私と提督の仲です。それで許してあげましょう』

「てめえ、何しやがる!」

ふんと、鼻息荒くすたすたと工廠を後にするもんぷち。

 

普段の様子とのあまりの違いに戸惑う工廠妖精達と俺様。

「一体全体何があいつの癇に障ったってんだ。親方、分かるか?」

「さあ。なにせこの鎮守府で一番女王と付き合いの長い提督に分からないんです。我々にはとんと見当がつきませんや」

いやいや。そもそも俺様だって未だにあいつが何を考えて生きているか、なんてさっぱり分からねえぞ。あいつのフリーダムさ加減は筋金入りだからな。にしても、何だってんだ、あの野郎。

どうしてあそこまでかっかしてやがんだ。まさか、妖精のくせにあの日とか言うんじゃねえだろうな。ただでさえ、がきんちょの面倒で手一杯なんだ。これ以上俺様の心労を増やすんじゃねえ。

 

                   ⚓

静まり返った室内で、ぱちぱちと目を瞬かせながら、私は現在の状況を確認する。

今朝、ヨサクに呼ばれた時には、明日の金剛との会見のメンバーにジャーヴィスと共に同席させると言われた時には有頂天になり、またかと不満を露わにするグレカーレと、こちらをじっと見つめてくる姉からの羨ましそうな視線に思わず苦笑したものだった。

だが、それは大したことではない。ここに来てからそんなに経ってはいないが、既に慣れた日常の一コマだ。

 

私を大いに戸惑わせたのは、そのありふれた風景の中にごく自然に溶け込んでいる彼女の存在だ。

 

駆逐艦響。

 

原初の艦娘の生き残りにして、およそ20年前に行われた鉄底海峡の戦いの生き残りである英雄。偉大なる七隻と尊敬をもって呼ばれるこの世界でもっとも有名な艦娘達の内の一人であり、今はお台場にある艦娘博物館近くに居を構えているという彼女は、今回の金剛との件に一枚かんでおり、双方の調整役として江ノ島鎮守府にやってきた。

 

既に鳳翔に会い、時雨や北上とも話し大分耐性がついてきた私だが、彼女に気付いた時点で叫ばなかった己を褒めてやりたいと思う。

また、偉大なる七隻が追加された。いつまでこのバーゲンセールは続くのか。

やれやれと頭を抱える私に対し、相棒認定をしてくる自称名探偵は目を輝かせている。

そればかりかこの反応は我が鎮守府では例外であるらしい。アトランタや我が姉フレッチャーなど同郷の艦娘たちでさえいつものことだと慣れた表情をしており、環境というものがいかに艦娘に影響を与えるのか考えるに十分な有様だった。

 

「先方から条件が一つ提示された。偉大なる七隻の同席は認めないそうだ」

無表情に見える響が投下した爆弾に激しく反応したのが、時雨と北上だった。

それも当然のことだろう。大湊への演習の隙をついて行われたすりぬけくん強奪未遂事件(ジャーヴィス命名)では一番にしてやられたのは彼女達なのだ。

響からの金剛との会見のセッティングについての電話の時でさえ、側で耳をそばだて、ヨサクが了承の旨を伝えると、怒りを露わにしていたのだ。昔馴染みとは言っても、いや、昔馴染みだからこそ、どうしてそんなことを受けてきたのかと言いたいのだろう。

 

「名指しで除外とは。随分と嫌われたものだね」

「散々こちらに仕掛けてきておいて、まだ条件を出せるつもりでいるなんておめでたいね、全く」

忌々しそうに吐き捨てる時雨と北上は、内心の苛立ちを隠そうともしない。

 

「おい、北上。時雨じゃねえんだ。笑顔で怒るんじゃねえ。うちの数少ない常識人枠がこれ以上減ると俺様が大変になるだろ。」

ヨサクの言葉に思わず後は誰だろうと考えてしまったのは仕方がないことだろう。身内びいきとうぬぼれではあるが、我が姉フレッチャーと自分は入れておきたいところだ。もちろん、ジャーヴィスは除外である。

 

「ちょっと、与作。僕みたいってどういうことだい。向こうが一方的に悪いんだから怒って当然じゃないか」

「お前たちの気持ちは分かるし、俺様もむかっ腹が立って仕方がねえがよ。話をまとめてきた響のことも考えてやれや」

このヨサクの反応は正直意外だった。大湊からの帰りには仕掛けてきた金剛に対して激しい憤りを見せていたのに、一体どういった心境の変化だろうか。

 

「ふん。まあ、この響とも知らない仲じゃねえしな」

「今の私はヴェールヌイだよ」

白い帽子をこれこれと見せつけるヴェールヌイ。無表情な人かと思っていたが、予想外の茶目っ気にくすりと微笑んでしまう。

 

「北上に時雨。二人の憤りは分かるよ。君たちの提督に対する金剛のやりようは明らかに常軌を逸しているからね」

 

「だったら!」

椅子から立ちかけた時雨を、ヴェールヌイがまあまあと制した。

 

「そういうところががきんちょってんだ。ヴェールヌイのが大人だぜ」

「んな!? ぼ、僕の方が成長しているよ!」

ヨサクの言葉に時雨が胸をそらしてアピールする。なぜだろう。ものすごい人なのだが、とてつもなく残念な気分がするのは。

 

ヴェールヌイは穏やかに微笑むと、そっと胸に手を当て目を瞑った。

「時雨、君は本当に変わったね。すっかり鬼頭提督の艦娘だ。だからだろう、提督を第一に考えるのは」

「どういうことさ」

そっけなく聞いたのは北上。

「そのままの意味だよ、北上。君たち二人は鬼頭提督を提督として受け入れた。だから彼のことを一番に考える。でも私は違うんだ」

「響、どういうことだい」

 

「私の提督は、まだ始まりの提督なのさ」

静かに目を開き、ヴェールヌイは二人を見つめた。

 

それは明確な線引きだった。

ヨサクの艦娘として働くことになった時雨や北上。未だに新しい提督を認めていないヴェールヌイ。

かつては共に戦った仲間だとしても。

仕える提督が違ってしまえば、考え方が異なるのは当然だ。

「だから、あの人だったらどう考えるかなというのが私の判断の基準なんだ。あの人なら、提督なら。きっと味方同士揉めるくらいなら、そんな訳の分からないドックあげてしまえと言うんじゃないかな」

「それは・・・・・・」

「・・・・・・」

 

ふんと面白くもなさそうに、ヨサクがヴェールヌイの頭に手を置いた。

「お前、よく分かってるな。そうだな、あのおっさんならそう言うだろうぜ。物に頓着しねえし、おまけにくだらない内部での争いなんか嫌がるからな。ある程度話をして納得したらすんなり渡すだろう。まあ、散々恩を着せて、見返りに色々なものをふんだくるとも思うがね」

「ふふ。鬼頭提督。本当に君は提督の息子なんだね。その場面が目に浮かぶよ」

心底嬉しそうにヴェールヌイが頷くのを見て、ああ、やはりこの人は始まりの提督の艦娘なんだと再認識する。

 

「私自身、これ以上知り合いが傷つくのを嫌がったこともある。けれど、どこからその考えがでてきたのか。それはやはりあの人の、提督の影響じゃないかと思うんだ」

 

「響・・・・・・。僕や北上は、変わってしまったと君は言いたいのかい?」

自分達がその考えに至らなかったからか。

寂しげに問いかける時雨に、ヴェールヌイは静かに首を振った。

 

「『人の一生は重き荷を背負いて遠き道を行くが如し』。この国の有名な武将の言葉。提督が好きだった言葉さ。私達は同じ道を歩いているよ。時雨達は一緒に歩く人が変わり、私は思い出と共に歩いている。ただ、それだけの違いさ」

 

「あんたは、そのままでいいのかい?」

北上の言葉が優しく響く。

「もうしばらくはね。宗谷もいるし、寂しくはないかな。鬼頭提督もよく来てくれるしね」

 

「まあな。あそこは俺様の行きつけだからな。最近がきんちょが出没するんでうんざりしているんだけどよ」

「がきんちょって誰のことだい!」

「失礼ですよ、しれえ!!」

『そうですよ、よっちゃん!!』

今まで黙っていた雪風と雪風の中のぜかゆきが反応する。

 

「ふふっ、実際に目にすると驚きだね。まさか、君がこんな形で戻ってきているなんて思いもしなかった。海は本当に繋がっていたんだな」

ヨサクから話を聞いていたのだろう。ヴェールヌイはさして驚く様子もなく、ぜかゆきを受け入れているようだ。

 

「君はどうなんだい、雪風。時雨や北上と同じ考えかい?」

『雪風はよっちゃんを助けると決めましたから。よっちゃんのやりたいようにしてくれればいいです!』

「よっちゃんって、鬼頭提督のこと?」

『そうです。無謀でお馬鹿なので、雪風がついてないと無茶しますから』

「本当にそうなんです、響さん! 馬鹿なしれえが無茶するのが心配で、雪風がお願いして雪風さんは残ってくれたんです!」

「おい、こら。俺様をなちゅらるにでぃするんじゃねえ! それによっちゃん呼びしてくる方はぜかゆきって俺様が名付けただろうが!」

「しれえはネーミングセンスが無さ過ぎます! まだスノーウインドの方がマシです!」

「雪風、それもどうかと思うわよ」

私が思わず突っ込むと、ヴェールヌイと目が合った。

 

「元気なようで何よりだ。君はいい鎮守府に来たと思うよ」

優し気な、温かみの感じる眼差しだった。

「え!? わ、私のこと、知っているんですか?」

驚く私に、ヴェールヌイは肩をすくめてみせる。

「そりゃ有名だもの。それにあれこれ情報をくれる知人がいるんだ。私のことをやたらちっこいと言いたがるのが玉に瑕だけど」

「そ、そうなんですね・・・・・・」

「宗谷もいるから君も一度遊びに来てあげてよ。月に一回は鬼頭提督が来るから、連れて行ってもらうといい」

「バカ! 余計なことを口走っているんじゃねえ!」

 

ヴェールヌイの言葉に、期待の眼差しをヨサクに向けると、多方面から同じ視線が集中しているのが分かった。

「時雨と雪風に権利はないわよ。まあ、みんなで行くのなら構わないけど」

「みんなで行くのですか? お台場なら近くに公園があるからピクニックもいいですね! 私、サンドウィッチ作ります!」

「提督、いつ行くかも? みんなで行くなら用意が必要かも!」

「海沿いをドライブも悪くない」

「そういうことなら北上さんも久しぶりにみんなに会いに行くかねえ」

「提督と遠足ですか? 楽しみです・・・・・・」

「ダーリンはモテモテね!」

 

「ふふ。鬼頭提督はすごい人気なんだね」

微笑むヴェールヌイにヨサクは渋い顔をみせた。

「お前分かって言ってんだろ。冗談じゃねえ。あそこは俺様の数少ない憩いの場なんだぞ」

「何か、色々大変そうね。何かあったら言って」

私の言葉に感動したのか、ヨサクはがっしりと手を握ってくる。

ちょ、ちょっと、ちょっと。みんな見ているじゃない!

「お前、ほんと~~うにいい奴なんだな。歓迎するぜ、お前みたいな常識人はよ」

その言葉が癇に障ったのか、あちこちから非難の声が上がる。

 

「まるで僕たちが常識が無いみたいじゃないか!」

「テートクが一番非常識じゃない!」

「しれえ! そういうのを目くそ鼻くそを笑うって言うんですよ!」

 

皆がぎゃあぎゃあとやかましく言い合う。

ああ、もう本当にこの鎮守府は。

ため息をつきながら困ったもんだと頭を抱えていると。

その様子を少し離れたところから、ヴェールヌイが頷きながら見ていた。

 




登場人物紹介

与作・・・・・・余計なことを言いやがってとヴェールヌイにでこぴんをする。
ヴェールヌイ・・人生初でこぴんにびっくり。微笑みながらやり返す。
もんぷち・・・・マジ切れモード。金平糖を与作がやるも収まらず、フレッチャーお手製のパンケーキをやけ食いする。
フレッチャー・・怒り狂う妖精女王を見て、お腹が空いているのかしらとパンケーキを焼いて上げた天使。
グレカーレ・・・ジョンストンとの話で、自分が常識人枠にいないことを知り、激怒。
ジョンストン・・怒るグレカーレに困惑。いや、だってこの鎮守府で普通そうなのって後神鷹と秋津洲(二式大艇除く)くらいじゃないと反論。
二式大艇・・・・ジョンストンの普通じゃない発言に若干しょんぼりするも、大人物なので気にしない。


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第六十六話 「扉」

宗谷のレベリングが中々に忙しいです。
現在LV55。早く南極観測船に改造したい。けれど、本音で言えば三隻欲しい今日この頃。
ジョンストン堀りも並行してしていますが、出るのはいつも松輪と天津風。来て欲しいのはアメ津風なのですが。


ばっどこみにゅけ~しょん。

いつの間にやら大所帯になっちまった俺様の鎮守府。

 

それも頼んでもねえのになぜかがきんちょばっかり増える増える。

アトランタから流れが変わったと喜んでいたのに、建造してもねえのにやってくるのはまたがきんちょの代名詞駆逐艦。駆逐艦じゃなくて俺様にとっては悔畜艦だな。(悔しい、畜生の艦の意。)

 

そんでもってこいつらがどいつもこいつもじっとしていられねえやんちゃ坊主みたいな奴らでよ。

ちょっと出てくるってだけなのに、まあわらわらと自己主張の激しい連中の多いこと!

 

向こうから名指しで出禁を食らってかりかりしやがる時雨に北上。

テートクは信用できないとついて来ようとするグレカーレに、二言目には心配というフレッチャーに神鷹。

あのなあお前等。少しは秋津洲とアトランタを見習ったらどうだ? 何、あいつらはあいつらで何かあったらすぐに乗り込んで行くつもりだと? あほか。俺様に何かある訳ねえだろ。米国大使館に行った時だってそうだったじゃねえか。おまけに今度は身内の所に行くんだぜ?

留守中仕掛けられて、こちとら一方的な被害者だからよ。向こうさんの言い訳を聞きに行くだけじゃねえか。

「あの様子じゃそんな感じには思えなかったけどね」

吐き捨てるように言う北上。まあお前からすりゃ身内に手を出されてるからな。いくら響の奴が仲介に入ったからって納得はできねえだろうな。

 

「とりあえず、艤装は積んでいくから安心しろ。何かあっても切り抜けることはできるだろ」

持ち物については条件がないってことは向こうさんもそれくらいは承知だろう。もちろんおやつのバナナも持参していくつもりだぜ。

 

軽く伸びをして、さあ行こうという段になった時よ。

ぽつんと。

ほんとうにぽつんと。

その辺にいきなり現れる虫みてえに現れやがったのよ。

そいつがな。

 

ぼんやりと目の前に。

だがくっきりと分かるように。

 

あちこちの城にでんと置かれていたような大きな門が。

かた~く閉ざされた状態で、よ。

 

「あれ、どうしたのヨサク」

「行かないの? ダーリン」

 

今日の準主役とも言えるジョンストンにジャーヴィスが左右から声を掛けてきやがる。

まあ、当然だよな。こいつらにはこの扉は見えてねえんだからよ。

傍から見りゃ俺様が急に立ち止まったようにしか見えねえだろ。

 

だが、俺様は興奮でそれどころじゃねえ。

これが渋川先生の言っていた究極の護身じゃねえか?

 

「くっくっくっく。まさか、そう来るとはねえ」

「ん?どうかしたの、ヨサク」

きょとんとした顔でこちらを伺うジョンストン。

まあお前からすりゃいきなりどうしたって話だよな。

 

でもよお、こんなもん笑うしかねえぞ。

本当にぴったりと閉じてやがるぜ、門扉がよ。

これ以上行くのは危険だ、ここから先は通行止め、ってか。

 

にいいいいい。

極上スマイルを浮かべる俺様。今ならオーガとタメを張れるいい笑顔をしていると思うぜエ。

 

「おいおい。今日はお話し合いに行くだけだぞ」

 

虫の知らせってやつか。

なんだか知らねえが、随分とお節介焼いてくれるもんだぜ。

何かあるとは思ったが、ヤバいから行くんじゃねえってか。

ありがたいねえ、人間の本能ってやつかねえ。

 

だがこいつ分かってねえんだよな。

あの世界の住人ならそういうことをされると、どうするか知らねえのかよ。

 

君子危うきに近寄らずなんて言葉、糞の役にも立たないと思っている連中だぞ。

危うきを避けることこそ名人だと持て囃す世間を。

何つまらないこと言ってやがるんだと大声で笑うような奴らだぞ。

そんな頭サイヤ人達といつも死合っている俺様がこんなことされてどうするかなんて火を見るよりも明らかじゃねえか。

 

「答えは気にせず行く、だよなあ」

 

煮えたぎる溶岩だろうと針山だろうと関係ねえ。

響の野郎には借りがあるからな。

罠があろうが何だろうがお話し合いに行くだけさ。

 

すっと一歩踏み出すと、今度は場面が変わって千尋の谷だとさ。一歩でも踏み出せば真っ逆さまで奈落の底って奴か? 随分と凝ってやがるが、いい加減しつこいぜ。人手集めて橋でも作って渡れってか?田沢や松尾に王大人が必要じゃねえか。

 

「どうしたんだい、与作。気が乗らないのかい?」

さすがに付き合いが長いだけのことはあるな。俺様の異変を感じて時雨がやってくる。こいつ相手には下手な嘘はつけねえが、言っても話がややこしくなるだけだしな。

 

目の前に扉が見える、なんて言ったって、

「そんなの当たり前じゃないか。執務室なんだし」

と冷静に返しそうだし、谷が見えるなんて言った日にゃ

「ヨサク、頭でも打ったの?」

と本気で心配してきそうだ。

 

上手く説明はできないか、どうしたもんかと思っていると、ぐいぐいと強引に俺様の手を引く奴あり。

「もうしれえ! 不気味に笑ってないで行きますよ!」

 

最近随分と生意気になった雪風の野郎だ。

俺様の渾身のスマイルを不気味だと? 目が腐っているお子ちゃまがうるせえぞ、くそ初期艦。お前だって、この谷を見たら腰を抜かすだろうぜ。

 

って、おい。

何だあ、この谷にかかる細い橋みてえのは。

さっきまでこんなのなかっただろうが。

 

「何だ? 変だな」

「え!? 気が付いたんですか。今日はお出かけなので、少しおしゃれをしてみました!」

 

途端ににこにこし出すびーばー。バカ。お前のするおしゃれなんぞ誤差の範囲だと言ってるだろ。スナック菓子の増量セールみたいなもんだ。気付く奴しか気づかねえ。

 

「誤差って何です、誤差って! しれえはほんと~に人の気持ちが分かりませんね!」

「これから楽しいお話し合いに行くってのに、空気を読まねえがきんちょがいけないんだろうが!」

「むう! がきんちょではありません!」

「おい、こら。強く引っ張るんじゃねえ。遊びに行くんじゃねえんだぞ。」

「分かってます!」

ふんすと鼻息を荒くしながら俺様をぐいぐいと引っ張るあほ初期艦。

 

ったく。誰が行くかで散々揉めた時に、

「雪風はしれえと約束しましたから。しれえについてきます。しれえが何を言っても無駄です!」

端から話を聞かず、最後まで駄々を貫き通した奴のどこががきんちょじゃないってんだ。

 

けど、これはどういうこった。さっぱり事情が分からねえぞ。

こいつらの力を借りるってことなのか?

冗談じゃねえぞ。

 

『全く。仕方がないから私もついて行ってあげますよ』

ふわふわと飛んできたのは昨日えらい機嫌が悪かった妖精女王(仮)

『誰が仮です、誰が!! この鎮守府にもたらした数々の栄光をお忘れですか! 大体提督は私というものの有難みをま~ったく理解していないんですから! よくそんなんで提督をやっていられますね!』

 

こいつ。昨日あまりに不機嫌だったからとお情けで金平糖をやったのがいけなかったらしい。完全に図に乗ってやがる。

『ふん。あんなもの。お供えとしては微々たるものです。それよりフレッチャーさんの作ってくれたパンケーキの方が何倍も美味しかったですよ!』

「はあ!? パンケーキだあ? あっ。だから昨日俺様がおやつに食べようとした時に材料が無かったのか。てめえどれだけ食べやがったんだ!」

 

ちらりとフレッチャーを見ると申し訳なさそうにしょげてやがる。

「ごめんなさい、提督。もんぷちさんがあまりにも可哀想だったので」

「くおっ!!」

あまりの眩しさに思わず目がやられるかと思ったぜ。もんぷち相手に可哀想だと?

正気で言っているのか、お前。問題が無くても問題を起こす奴だぞ? うちの鎮守府の問題児ランキング一位ぶっちぎりのもんぷち相手にも優しいとか、こいつどんだけ天使なんだよ。

 

「あのなあ、フレッチャーよ。甘やかす相手を間違えているぞ。うちの鎮守府でこいつに対して甘くできるのはお前とあいつくらいだぞ」

「あいつ? だれのこと、テートク」

横からしゃしゃり出てくる問題児ランキング二位。

おい、だから俺様を蹴るんじゃねえ。そういうところだぞ、お前。

だからジョンストンに常識人枠から外されんだ。

「ふん。俺様がこの鎮守府でも一二を争うくらいのやり手だと密かに買っている奴よ」

「とりあえずジャーヴィスのことじゃないわね。レポートを他人に押し付ける奴のことはやり手とは言わないし」

「ちょ、ちょっと、ジョンストン! 役割分担って奴でしょう!? 言い方が酷いわよ!」

「こいつに優しい?フレッチャー以外にいたかな、そんな人格者。」

てめえの艤装妖精に粉かけられたからって、相変わらずお前もんぷちに対して辛口だよな、アトランタよ。だが、いるんだなあ、それが。

けけけけけ。お前達には分からねえか。

 

俺様が悦に入っていると意外な奴が口を開く。

「私、なんとなく分かりました」

ふふっと微笑んだのは神鷹だ。

「今厨房にいるのでは」

 

おお。やるじゃねえか。さすがはばばあ。ひな鳥みたいだった神鷹を鬼みたいな訓練で一皮も二皮も向けさせやがったのか。

そうだよ、あいつだよ。

 

ぶうん。

おっ。ご本人の登場か。

 

「ああ、そうねえ。まあ、納得だねえ」

 

やってきた二式大艇を見て、北上が顎をなでる。

さすがに勘がいいな。ぴんときたか。

 

「あー。あたしも納得」

グレカーレだけでなく、居合わせたうちの連中も合点がいったようでお互いにうんうんと頷いている。まあそうだよなあ。うちの人格者ランキング第二位はどう考えてもお前だよなあ。

無礼千万な妖精女王(仮)にタクシー代わりにされても、てんで怒ったところを見たところがないからな。ひょっとするとフレッチャーと同率一位かもしれねえ。

 

じーっ。ぱたぱた。

ん? 何、こいつを持って行けだと? 何だ、この土鈴みてえなものは。

とりあえず、持って行け?

まあお前が言うなら持って行くか。

 

「ちょっとちょっと、大艇ちゃん、待って欲しいかも!」

後からぱたぱたと走ってきた秋津洲は雪風に何やら包みを渡す。

「なんだあ、そりゃ」

「秋津洲特製チャーシューおにぎりかも!」

 

おい、なんだその旨そうな響きは。って、まさか。それは!

「ふふ~ん。提督がよく行く、あのラーメン屋さんの裏メニューかも。お腹が空いたら食べてね!」

な。あの大将、裏メニューを教えたのか? お前に? 以前追い出されそうになってただろうが。

「お休みの度に通い詰めてたら、優しく教えてくれたかも」

「ほお。それはいい話じゃねえか・・・・・・」

って、おい。バカ! それを何だって今口外するんだ。

『ほう、それはそれは! 提督の分も私がいただきましょう! ええ。遠慮なく!』

目を輝かして包みに近寄る我が鎮守府の誇る食い意地女王。

「おい、秋津洲。ちったあ考えろ。こいつの前でそんなこと言ったら、飢えた狼に肉がありますよ、と伝えるようなもんじゃねえか!」

「ごめんごめん。もんぷちがいるの、知らなかったかも」

『私はゴキブリかなんかですか! なんです、その言い草は!』

「おい、ジョンストン。悪いが車に乗ってからでいい。そのおにぎり、写真を撮っておいてくれ」

「ん、写真? いいけど、なんで?」

「どっかの食い意地張った妖精女王がつまみ食いしてないか確認するためよ。以前阿賀野のおにぎりを先だけかじりやがった前科があるからな」

「証拠って訳ね、ダーリン」

『失礼極まりないですよ! あんな程度、つまみ食いに入りません!』

「あんな程度だあ!? つまみ食いをした奴がいう台詞じゃねえぞ、おい」

『あれはつまみ食いではなく毒見ですよ、毒見! 提督達がお腹を壊さぬよう、いつも私が健気にも毒見役を買って出ているんですよ・・・・・・って、痛い痛い!!』

 

最近俺様が覚えた指ぐりぐりの刑に悶絶するもんぷち。

このくそ妖精が。どこの誰がお前を毒見役にすえたってんだ。

ちょおおっと俺様が気を遣ってやったらすぐ図に乗りやがって。

 

「とりあえず、トランクに乗ってろお前は! 危なくて仕方ねえ!」

『え!? ちょっと、提督? 大湊に行った時よりも私の扱いが雑ですよ!』

「そりゃ当然だ。鎮守府への土産物を食い漁った奴のことなぞ信用できるか」

「え!? 土産を食い漁った? どういうことだい、ヨサク」

「北上さんも興味あるねえ」

『ぴゅい~』

 

こら。つまみ食い女王! 露骨に口笛なんぞ吹いて誤魔化しているんじゃねえ。

『あれはつまみ食いとは言いません。提督が事前の約束を反故にするからで、私は当然の権利を行使したまでです』

「ああ言えばこう言う。まったく口の減らねえ奴だ。鎮守府まで我慢しろと散々言っただろうが」

『お腹が空いたら食べる。そこに美味しいお土産があったらつい手が伸びるというものです。私は悪くありません。お土産が悪いのです』

「当り前のようにてめえの行為を正当化しやがって。お前みてえな奴はやはりトランク行きだ!」

「ダメだよ、提督さん。そいつ、艤装の妖精達から評判が悪いから、使う前に調子が悪くなるかもしれないよ」

アトランタが口を挟んでくる。おいおい。だが、そうするとこいつをどうやって連れてくんだよ。

「う~ん。屋根に乗せてくとかは?」

おお。そいつはナイスな提案だぜ。それならおにぎりも無事そうだな。

 

『どこがナイスな提案なんですか。ちょっと、アトランタさん! 私は香港映画のスタントマンじゃありませんよ! 女王だからって何でもできると思ったら大間違いです!』

「いや、逆にどこにいても何かやらかしそうだから屋根なんだけど」

『なんです、それは! どこにいても存在感が溢れているということなら納得ですが』

「何だよ、そのポジティブシンキング。あんた本当、ある意味大物だよね」

『おや、アトランタさんも遂に気づいてしまわれましたね、私のオーラに。苦節20年。羅針盤妖精から女王に上り詰めた立志伝中の人物ですからね、私は。あ、サイン入りますか?』

「いるか! ちょっと提督さん。早くこいつ連れてってくれないかな。話を聞いていると頭が痛くなる・・・・・・」

おい、こらアトランタ。俺様に問題児を押し付けるんじゃねえ。

「やれやれ。行く前からすんごい騒ぎだね」

ぽりぽりと頭を掻きながら北上はどこか他人行儀に話してやがる。

お前は何だかんだいってこいつの酷さを知らねえからそんな態度をとってやがるんだぞ。

 

だがまあ、精々響の顔を立ててお話し合いをしてやるさ。

こちとらから言いたいこと、聞きたいことも山ほどあるしな。

向こうさんがどんな反応をするかは分からねえが、退屈することはねえだろう。

 

それに巷で評判の金剛型四姉妹がどんなものか楽しみでもあるぜ。

最近がきんちょ専用と化しつつある俺様のスカウターが、ようやく機能する時が来たんだからなあ。胸が高鳴るってもんよ

 

あん? なんだアトランタ。胸をそらしてみせて。

「おかしい。やっぱり提督さんのスカウター、ピンポイント過ぎる」

不満を洩らされてもなあ。悪いのは俺様のスカウターじゃねえぞ。これは妥協を許さねえだけよ。恨むなら己の女子力の低さを恨むがいいぜ。

「胸部装甲が戦力の絶対的な差じゃないと教えてあげた筈だよ、アトラんたん」

ぽんとアトランタの肩を叩く北上。

おいおい、余計なことを言うんじゃねえ。猟犬並みに鼻がいい奴がすぐ反応するだろうが。

「どういうことだい、北上」

 

ほらなー、やっぱり! 面倒くさくなる前に退散に限るぜ。留守とバックアップは頼んだぞ。

「あ、ちょっと与作!」

「時雨、留守を任せたぞ。お前にしか任せられねえ」

俺様のサムズアップに、

「あ、うん。ばっちり任せてよ」

思わず立ち止まり、サムズアップを返す時雨。大湊の時と同じ手にかかるなんてこいつやっぱりちょぐれになってねえか。

「って、そうじゃなくて!」

 

尚も追ってこようとするしつこい元ペア艦を振り切り、ようやく外にでる俺様たち。

「いいの、ダーリン。きっと心配なんじゃない?」

「しれえは大湊で馬鹿をやってみんなに心配をかけましたからね」

「ふん。過ぎたことをねちねちと。初めてのおつかいじゃあるまいし、あいつは心配し過ぎだ」

「艦娘として普通のことだと思うけどね、ヨサク」

 

知るか。とにかく早く乗れ。あいつが来るとまたうるさくて仕方ねえ。何、じゃんけんをするだと? 今回の助手席はジョンストンに決まりだ。

何理由だと? そんなのうるさくないからに決まってんだろうが!

そういやいつの間にか扉だの谷だのが見えなくなってやがるが、一体何だったんだ、あれは。

鬼が出るか蛇が出るか。

とにかく覚悟を決めて行くしかなさそうだぜ。

 




登場人物紹介
ジョンストン・・・見事助手席をゲットした数少ない常識人枠。きちんとナビゲートしないとロードマップを持ち込むが、カーナビに敗北する。
雪風・・・・・・・大湊からすっかり初期艦風を吹かせるようになった初期艦。手にしたおにぎりを狙おうとする妖精女王と熾烈な戦いを繰り広げる。
ジャーヴィス・・・鹿撃ち帽を持ち込み、パイプをくゆらせようとしたところで与作に気づかれパイプを没収され、代わりに吹上パイプを渡されておかんむり。
与作・・・・・・・いつから俺様は保父さんになっちまったんだと車内を見渡し、世の無常を感じる。
もんぷち・・・・・与作に泣いて抗議し、屋根案が無くなりご満悦。代わりにボンネットを指定され激怒。


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番外編   「何それ アトランタ」

エウシュリーさんが天結いラビリンスマイスターを発売するので、その応援に。
マイスターシリーズではどうしても神採りが一番だと感じてしまう作者です。

※注意!! 本編とは全然全く関係ありません。アダルトゲームに興味の無い方や18歳未満の方は全力でスルーしてください。登場人物が作者の好きだったアダルトゲームについて適当に語ります。

大好きなソフトメーカーさんへこれまでの感謝を込めて。

グレ「ちょ、ちょっと!! なんでただでさえ影の薄いあたしの貴重なコーナーを奪っていくのよ!」
アト「あんたが影が薄いなんて全く思わないんだけどな。この小説の作者、鎮守府目安箱がものすっごく好きだからね。毎月見ないと禁断症状が出るんだってさ。それでついこの間あたしが出たからついでにってことらしい」
グレ「何よ、それ~」
アト「よはいらない。何それ、アトランタ。まあ、始まってもいいんじゃない?」



 

ごそごそ。

「ふう。大分テートクの部屋を把握してきたわ。さすがはあたし。もう罠解除スキルLV5ってとこね」

目の前に唐突に現れる謎のボタン。

「な、何これ。『日本昔話へようこそ』って。どう見ても怪しいんだけど、どう考えても罠っぽいんだけど、押さずにはいられない!!・・・・・ぽちっとな」

 

ううううう~~~~。

「や、やっぱりいいいい。あたしの馬鹿!ちょ、ちょっとおおおお!」

 

ひゅーーーーー、どしーーーーん!

もはや江ノ島鎮守府では見慣れた景色。

毎度毎度提督の私室に侵入し、何かに閉じ込められるグレカーレ。檻に樽ときて、今回は何かと思えば、落っこちてきたのは巨大な臼。

「俺様の大事な大事なげえむを盗もうとする奴はずる賢い猿と一緒よ。これに懲りたらがきんちょはがきんちょらしくしな!」

「ちょ、テートク重いって! 何で臼なんて置くのー。おもち突く奴じゃないの?」

「出た出た。少しは日本文化ってもんを勉強しねえのか、お前は。猿蟹合戦って言ってな。お前みたいなずる賢い猿がやられる話があるのよ」

「あたしはずる賢くなんかない~」

「自己認識が甘すぎるぜ、全く。ん? なんでお前がここにいるんだ、アトランタ」

「提督さんの好みが分からなくてね。勉強に」

「ほお。熱心じゃねえか。俺様がいない間にしきりに忍び込もうとするどこぞの野ネズミ駆逐艦に聞かせてやりたいもんだ」

「あたしは野ネズミじゃない~~」

「ふん。俺様は勉強熱心な奴は嫌いじゃねえ。お前に道を示してやろうじゃねえか。入るがいい」

「Thanks」

与作の部屋へと入って行く二人。取り残されるグレカーレ。

「ちょ、ちょっとおおお。あたしの扱い酷くない? 待って、待ってったら~~」

 

 

与作「ようこそ、エロゲーの殿堂へ。ここにあるのは一騎当千のヌキゲー、泣きゲー、鬱ゲー、馬鹿ゲーと選り取り見取りよ」

アト「泣きとか鬱ってのは分かるけど、ヌキとか馬鹿ってのがよく分からない」

 

与作「ヌキゲーはまあ単純に男御用達の代物よ。ここにあるのは福袋に入れられているようなちんけな奴じゃねえぞ。俺様によって選び抜かれたサキュバスみたいな逸品だ」

アト「力が入っているところ悪いけど、正直よく分からない。もう一つの馬鹿ゲーの方が気になる。なんで馬鹿?」

 

与作「ああ。ノリが陽気ってことだな。主人公や周りの連中がひたすら馬鹿。気分が滅入った時とかお前みたいに微妙に冗談が通じねえ奴には必要かもしれねえ」

アト「でも、それじゃあ提督さんの好みがよく分からないよね」

与作「俺様の好みって言ったら人妻系なんだが、正直エロゲーの人妻なんかどこの20代だってくらい絵が若すぎるからな。そういった方面はリアルDVDに頼っているな」

アト「エロい画像見ても仕方ないじゃん。だったらお勧めの名作ゲームとかないの?」

与作「名作、だと?」

アト「うん。ストーリーが楽しいとかさ」

 

与作「聞いちまったな、俺様に。名作の話を。なら話してやろう、この『戦女神』シリーズを!」

アト「『戦女神』シリーズ? シリーズってことは大分長くやっているってこと?」

与作「長いなんてもんじゃねえ。第一作目が出たのは1999年。それから10年近い歳月をかけて紡がれた一大叙事詩さ。こいつを作ったのは誰あろう、最果ての地、北海道にて未だに現役でいるエロゲー業界の北方の守り神、エウシュリーさんだ!!」

 

アト「あれ、そのメーカー、前も話に出してなかったっけ」

与作「ああ。作者が昔から応援しているんだよ。贔屓目なのは我慢しろ。なんせ戦女神Ⅱが面白過ぎて、昔ヤフオクで1を落としたらしいからな」

 

アト「ふうん。一体何がそんなに魅力なの?」

与作「これはやはりエロゲーとは思えない作り込みだろうなあ。主人公であるセリカがなぜ神殺しと言われるのか、どうして女性のような外見なのか。物語が進むにつれて明らかになっていく。そして、セリカの使徒や剣に封じられた魔神ハイシェラとの絆も一見だ。他には現神と古神等エウシュリーが独自に考え出したディル=リフィーナというファンタジー世界の世界観がしっかり設定されているのもすごい。幻燐の姫将軍など同じエウシュリーから出ている作品の多くが世界観を同じにしている」

 

アト「でもパッケージを見た感じだと、提督さんの好みとは言えなそうな感じだけど」

与作「正直俺様からすれば、戦女神シリーズのエロは付け足しだ。一応主人公のセリカが性魔術を使う設定があるが、まあ素の物語が楽しいんでな」

アト「その割にはコンシューマーで見かけないけど」

与作「そこはエウシュリーさんのこだわりじゃないかと俺様は思っている。性交渉で魔力を回復するのをキスだけにしたり、ヒロインを増やしたりとコンシューマーにすることによって物語が作者の意図したものと若干ずれる場合があるからな。むしろエロ有りの18禁ゲーにこだわってコンシューマーを超えるエウシュリーさんには頭が下がる思いだぜ」

 

アト「随分とたくさんのシリーズがあるけど、提督さんのおすすめはどれなの?」

与作「そうだなあ、Ⅱもいいし、1のリメイクの天秤のLa DEAもいい。全ての始まりZEROも捨てがたい。だが、どれか一つと言われれば、やってない人間はちんぷんかんぷんかもしれねえが、戦女神VERITAだな。先ほど名前を挙げた幻燐の姫将軍と物語が重なる、シリーズのファンからするととんでもないお宝ゲームとなっている。音楽も10年という月日を経て出された大作だけあって素晴らしい曲が多い。遥かなる旅路とか、覇道とかな」

 

アト「ふむふむ」

与作「とにかくこのエウシュリーのシリーズはキャラがたくさん出てくるんだが、あるキャラの前世だの、末裔だのつながりがあったりするからよお、中々に頭を使うぜ。頭を使わなくていいのはいつも出てくるお助けキャラくらいなもんだ」

アト「お助けキャラ?」

与作「そうよ。エウシュリーちゃん、Bエウシュリーちゃん、エウクレイアさん、アナスタシアとぽこすか出てくる。そして初心者向けなのかやたら成長率が高くて強い。そう言えば、お前。どことなくBエウシュリーちゃんに似ている気もするな。体型は全然違うが」

アト「あたしに似ているの?」

与作「ああ、ほれ」

アト「そうかなあ。髪型とか無口そうな雰囲気がってだけじゃない?」

与作「いや、似ているぞ。今度やかんとカップ麺を持ってみろ」

 

アト「意味が分からない。でもゲームは面白そう」

与作「やりこみRPGだからな。エロ部分をスキップして普通に楽しめると思うぜ。特にVERITAなんて、長い物語なのによ、続けてやっている人間は魔神なんて言われているハイシェラが案外いい奴に見えること請け合いだぜ」

アト「そう。興味があったらやってみる。ところでさ」

与作「ああん?」

アト「外で喚いているグレカーレはいつ出してやるの?」

与作「ふん。夕飯前には出してやるさ。それよりやらねえならさっさと出ていきな! 俺様は戦女神シリーズをやり直すんで忙しいんだ!」

アト「すんごい長いって言ってなかったっけ。どれだけ時間をかけるつもり」

与作「明日は非番だからな。表に面会謝絶と書いておくぜ。お前もやりたくなっても俺様が終わった後だからな!」

 

アト「はいはい。そんじゃ、この神採りなんちゃらとかいうのを借りていこうかな」

与作「!! お前、見る目あるぜえ。そいつはエウシュリーさんの近代の傑作よ。新しく出てくるシリーズは未だに神採りを超えられないともっぱらの噂になっているほどの代物だぜ」

アト「ちょ、ちょっと提督さん。圧がすごいんだけど」

与作「仕方ねえ。エロゲー初心者のお前に語って聞かせてやろうじゃねえか。戦女神VERITA後のエウシュリーについて、よ」

アト「いやいや。別に必要ないし」

与作「遠慮するな。エロゲーの道は深くて広い底なし沼よ。世間の連中がエロゲーなどというちんけな枠組みで規定しているのはその深淵なる闇を恐れているからだ。迷わねえように水先案内人が必要なんだぜ? 気を付けないととんでもない亡者どもに変な属性をつけられちまうぞ。いつの間にやら妙な口癖を口走っているかもしれないぜ」

アト「だ、だからあたしは別に」

与作「遠慮は無用よ! 俺様は学究の徒には広~い心を持っているからな」

アト「や、ちょっと提督さん?」

 

部屋の外。

グレ「出して~、この臼、誰かどけてよ~~~」

 




登場用語紹介

亡者・・・自らの信じる属性こそ至高と信じてやまぬ者達のこと。与作自身はそうした者達には寛大だが、無理やりに教義を押し付ける行為に関しては嫌悪感を抱いている。

妙な口癖・某有名メーカーの有名ゲームに出てくるヒロインたちに共通するもの。物語を彩るように脳内に響き痕跡を残す強烈な口癖を残していく。どろり濃厚ピーチ味が好きなあの子とか、たい焼き食い逃げ犯とか。


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第六十七話 「ある秘書官の一日(前)」

古参だった友人も提督を辞めると言うし、DMMのランキングもかなり落ちてるし人が確実に離れている印象。
やっぱりナ級が悪手だったと思う今日この頃。
この物語は作者が納得いくまでは続けるつもりですが。

今回のエピソードは裏設定から書き始めているため、見返すと色々ボロがありますが、そのまま続けていきます。


海軍省ができたのは今から18年前。

 

かの鉄底海峡の戦いと前後して自衛隊内に提督候補生を募ったが、適合者が少なく断続的な深海棲艦との戦いが続く中で建前を言っていられなかったのだろうと当時人々は噂していたが、事情はやや異なる。

 

実際は政府自ら艦娘を喧伝、好待遇を保証し、その上で人類の脅威と闘う英雄像を作り上げ、提督業につきたいと願う人間を民間から募集した結果、提督候補生や艦娘の数は右肩上がりに増加した。だが、いつの時代のどんな組織でも急激な肥大化は質の低下と規律の低下を招く。御多分に漏れず多くの混乱が生じることとなり、そのためそれらを管理していた防衛省の部門が独立し、海軍省として日の目を見ることとなったというのが本当のところだった。

多くの非難の声に包まれながら出発した海軍省だが、艦娘達の活躍もあり、今や日本の国防を一手に担う存在となったと言っても過言ではない。

 

その海軍省の一角にある海軍大臣の秘書官室を訪れる者は、エレベーターを降りた瞬間から廊下に漂う圧倒的な紅茶の香りに驚くことだろう。部屋の主である金剛が英国から取り寄せた紅茶を水代わりに飲むのが原因と言われるそれは、嗅ぐと皆例外なくお茶をしたい気分になると省内ではもっぱら有名な代物だった。

 

「おや、今日は違う」

金剛に呼ばれてやってきた明石は、廊下に漂ういつもとは違う匂いに鼻をひくつかせた。

「おかしいな。いや、でも確かにこの匂いは・・・・・・」

くんくんと再度周囲の匂いを確かめる。大臣である坂上以外艦娘しか訪れないことから大奥などと揶揄されているくらい人の往来が少ないここに、まさか来客でもあるというのか。

「明石です。御来客中ならばまた改めます」

軽くノックをし、来た道を戻ろうとすると、中から呼び止められた。

 

「客などいないネ。入りなさい」

「失礼します」

 

固い扉を開けて中に入った明石を迎えたのは、香ばしいコーヒーの匂い。作業の合間によく飲む明石にとっては好ましいものの、彼女の主はその匂いを毛嫌いしていた筈だが、見るやカップを片手にコーヒーを楽しんでいる。

 

「どうしました。紅茶党に離党届を出されたので?」

「たまたまネ。ほんの気まぐれで飲んでみようかと思っただけデス」

 

くだらない冗談に付き合う金剛の様子にほっと明石は胸をなでおろす。

今日はそこまで機嫌は悪くはないようだ。

 

「それで?」

 

じっと金剛の目に捉えられた瞬間、明石は身を固くする。深い霧を思わせるその瞳からは冷徹な

鋭さが感じられる。

 

「例の物の調査はどうなりマシタ?」

「はい。こ、こちらが報告書です」

「Thank you」

 

ぱらぱらと受け取った報告書をめくる音だけが室内に響く。

やがてその音がぴたりと止まるや、己の出番が来たことを明石は自覚した。

「開発できない? どういうことデス。開発ドックは誰でも開発できる筈デス」

「はい。私もそのようなものだとこれまで認識していました。ですが、工廠の妖精たちに見せても首を捻るばかりで。あの開発ドックは開発ができないようです」

「それはおかしい。例の鎮守府から開発の報告書が上がっていた筈ネ。彼らに開発できて私達にできないなんておかしいヨ。開発失敗というだけでは?」

「残念ですが開発失敗とは思われません」

 

工作艦たる明石としては忸怩たる思いを抱かざるを得ない。

金剛の言うように通常開発ドックと言えば、開発失敗がつきものだ。艦娘の建造と同じように、狙いの装備を開発できるようレシピが存在するが、適正な資材量で適正な艦娘を開発担当に据えても、狙いの物が出てくるまで回数が必要となる。

だが、それは裏を返せば、回数をこなせば目当ての装備が手に入る可能性が高いということであり、資材の投入量が凄まじい割に出てくる艦娘のぶれが多い大型艦建造よりは確実だと言われている。

だが、例のドックは違う。

 

「資材量、開発担当、さらには気温等も考慮に入れてかなりの数行いましたが、上手くいきませんでした。もう少しお預かりできればさらに詳細な結果をご報告できると思いますが」

言外にまだ研究をさせて欲しいとの願いを明石は込めた。かなりの数、などとぼやかしているが実際には100はくだらない。10㎝高角砲+高射装置などという希少装備をぽんぽん開発したドックなのだ。試してみたくなるのが研究者の性というものだろう。

金剛の子飼いの部下である彼女は、大本営直属で様々な艤装を開発し名を上げている同じ明石に対抗心を抱いている。どうにかしてあの開発ドックの謎を解き明かし、一矢報いたいという思いは強かった。

 

だが。

 

「使えないというなら、さすがに無関係のドックまで取り上げるのはどうかと思うネ」

彼女の主の興味は使えなさそうな開発ドックになどなかった。

「それよりも、その開発ドック。すぐに返せるようにしておいてクダサイ。向こうが難癖をつける前に返してしまいマス」

「し、しかし。あのドックは何か妙なんです。根拠は工作艦としての勘としか申し上げられませんが」

必死になって食い下がる明石だが、金剛は小さく首を振った。

「STOPね、明石。私がいらないと言っているのデス」

「で、ですが・・・・・・」

「同じことを二度、言わせマスか?」

あまりに無機質な金剛の口調に明石ははっと我に返り、震えながら大きく頷いた。

 

「OK。分かってくれればいいデス。それよりも、例のドックが手に入るかが大事ネ。音羽にある屋敷を使うつもりヨ。浜風達と打ち合わせをしておいて欲しいネ」

「打ち合わせ、ですか?」

「Yes。何があるか分かりまセン。何しろ向こうはあの米国大統領を引きずり下ろした男だからネー。用心するに越したことはないヨ」

「りょ、了解しました」

ぺこりと頭を下げ、明石がいなくなるや、金剛はコーヒーカップを手にした。

 

「こんな泥水のどこがいいネ。理解できないヨ」

まだ半分以上残った中身をじっと見つめていると、何やらこみあがってくるものがある。

 

それは何の感情なのだろう。

心のどこかで何かが強く訴えている。

ずきずきと痛む頭を軽く振り、首元に手をやる。

「疲れているのかもしれないネ」

大丈夫。そう自分に言い聞かせる。

そもそも自分はどうしてコーヒーのような不味いものを飲もうと思ったのだろうか。

あんな物を好むのは余程の変わり者くらいなものなのに。

 

「インスタントではよく分からないとわざわざ散財して買いマシタが、とんだ大損ネ」

忌々しいと手にしたカップを室内でこぽこぽと音を立てるサイフォンに投げつけようとして、思い留まる。

「物は大切にしないとデス」

なぜそう思ったかは分からない。

だが、不思議と気分は悪くはない。

 

まだ痛む頭をさすりながら、金剛は残っている仕事を数える。

「お姉さま。お手伝いいたしましょうか」

よいタイミングで入って来たのは比叡だ。

Thank youと礼を告げるとびっくりしたような顔を見せる。

「そんなに驚きデスか?」

「いいえ。嬉しいんです」

にこにこと上機嫌になった比叡は手際よく金剛の仕事を手伝っていく。

「そう。よく分からないネ」

金剛に書類を渡しながら、比叡は小さく微笑んだ。

「そういうものですよ、お姉さま」

 

                    ⚓

「それならばよかった。一応心配はしていマシター。ふふ、意外とは失礼ネー。相変わらずはっきり言うネ」

「貴方がそこまで言うならそうに違いないネ。でも実際に見てみないと分からないヨ?」

「本当に珍しいこともあるものネ。貴方がそんなことを言うなんて。明日は雨に違いないヨ~」

 

夕方、海軍省に戻って来た榛名は、秘書官室から聞こえてきた穏やかな会話に一瞬声の主が誰かと疑い、そっと中を覗き見ようとして比叡に腕を掴まれた。

 

「え・・・・・・」

無言で首を振り、有無を言わせず己を引っ張る姉に榛名は抗議の目を向けたが、

「よしなさい」

普段明るい次姉はそれ以上語ろうとせず、控室へと妹を連行した。

 

「どういうことです、比叡姉さま」

釈然とせぬ様子の榛名に、比叡は常日頃の彼女らしからぬ固い表情で言った。

「榛名、あなたはここに来て何年になる?」

「はい。4年になりますが・・・・・・。それが何か?」

海軍省事務方の花形として有名な金剛型四姉妹であるが、それぞれの着任日は異なっている。金剛、次いで比叡。妹の霧島がその次で、榛名は姉妹の中では一番新しく配属されていた。

 

「だったら分からないのも無理は無いわね。あの場に立ち入ることは誰にも許されないわ。私達はもちろん、例え大臣であっても」

「そんな・・・・・・」

言葉に詰まった榛名の様子を見て、比叡は寂しそうに頷いた。

「お姉さまの、数少ない心を許せる方からの久しぶりの連絡なの」

 

比叡の言葉に榛名の中の好奇心が刺激された。

海軍省にやってきて以来、長姉である金剛は何くれとなく榛名に気を配ってくれていたが、それはどこか距離を感じるものだった。多くの鎮守府に所属する金剛は明るく陽気に振る舞い、艦隊のムードメーカーたる存在だが、彼女の姉はそうではない。名は体を表すとばかりに鉄よりも固いと思わせるその意志と、何者をも寄せ付けないその態度は、姉妹であっても時折恐ろしさを感じさせるもので、事実榛名は金剛が敵と判断したものに対してはいかに冷酷かどうかよく知っている。

 

だからこそ気になってしまう。

そんな金剛が心を許す相手とは誰なのか。

 

「さあ。古い知り合いとだけ聞かされているわ」

比叡は首を傾げてみせた。

「それ以上のことは私も知らないの。お姉さまは昔のことは語りたがらないし」

「比叡姉さまでもご存知ないのですか・・・・・・」

 

比叡の物言いに、榛名は肩を落とした。

それぞれ生まれた時は違えどもこれまで姉妹として曲がりなりにもやってきた。

だというのに、自分たちは金剛のことをまるで知らない。

 

「比叡姉さま。榛名は寂しいです。お姉さまのあんな楽しそうな声、聴いたことがありません。榛名達ではダメなのでしょうか」

「そんなことはないわ。人間もそうだと言うけれど、家族以外に本音を言える相手が私達にも必要というだけよ」

「そういうものなのでしょうか。榛名にはよく分かりません」

それっきり押し黙る榛名を無視し、ちらりと比叡は秘書官室の方に目をやると、席を立った。

比叡にとっても、あんなに楽しそうに話す姉の声を聴くのは久しぶりだ。

ならば、少しでもその楽しいひと時を過ごさせてあげるのが妹の甲斐性というものだろう。

「さてと、明日の分もお仕事しときますか。お姉さまがするもので、私達でできるものは極力消化しておきましょう。お客さんの接待でそれどころじゃないものね」

 




登場人物紹介

明石(大本営)・・・・・・筋金入りのマッド。時雨の艤装を散々いじった張本人。口癖は「限界を見ようじゃないか!」

明石(金剛派)・・・・・・金剛付きの工作艦として活躍。勤務態度は大本営明石よりよほど真面目。秀才肌。

まじめくん・・・・・・・・早く帰してくれないかなあ。


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第六十八話 「ある秘書官の一日(後)」

ガンビーのマークⅡに何とかレベルが足りました。いや、よかった。
ただ改装したまんまでデイリー任務くらいで放置しっぱなしですが。

とりあえず後二回で100回になるので頑張ります。
ここまで読み返してみてやたら鎮守府目安箱に出てくる艦娘が多い事に気が付きました。
特にポンポポンピペペとフレッチャーはまんま目安箱読んで出したいと思ったので。



その日、金剛はいつもより早めに出勤し、片づけられるだけの案件を片付けると、午後の休暇を申請した。

常日頃休みなしの秘書官が休みをとることに、毎度口を酸っぱくして休みを取るよう主張していた事務の者達も戸惑いをもって彼女を見たが、本人はではよろしくお願いしマスと告げると、さっさと自らの部屋に籠り、迎えを待った。

 

「まだ時間まで大分ありマスね。やれやれ。とんだ手間ネ」

 

金剛からすればため息の一つもつきたくなるというものだ。

何の因果でまたあの忌々しいドックと付き合わなければならないのか。

念入りに壊しておいたというのに、なぜか使えていると言う事実。

その事実だけで許しがたいというのに、どういう運の巡り合わせかあの偉大なる七隻までしゃしゃり出てくる始末。愚痴の一つも零したくなるのは致し方ないことだろう。

 

「それもこれもあの男が江ノ島なんぞに着任したからデス」

 

手違いによるものか、それとも誰かの嫌がらせか。今となってはその原因はよく分からない。

だが、数年着任する者が無かった江ノ島鎮守府は当時廃墟同然で、跡地を何かに利用できないかという話が持ち上がっていたところだった。

 

普通の感性を持っている者ならばあの隙間風ふく建物を見た時点で、如何に海軍省から自分が冷遇されているか悟り、提督を諦めるか、話が違うと怒りこちらに抗議の電話を掛けてくるのが当然だ。そうすれば手違いに気づき、こちらも対処することができた。

 

ところが現実はそうはならなかった。

 

ボロボロの鎮守府をものともせず着任したあの提督は、魔法か何かのように鎮守府をきれいにしたかと思えば、長年の頭痛の種であった件のドックまで直してしまった。

 

「なんなんデショウ、あの鬼頭与作という男は」

 

鎮守府の運営が滞れば根を上げるだろうと、間宮や伊良湖、明石に夕張の江ノ島への着任を退けてもびくともしない。偉大なる七隻の北上が工作艦に、横須賀から引き抜いた秋津洲を給糧艦代わりに運用するという奇策を用い、急場を凌いでしまった。

 

それだけではない。

 

米国のフレッチャーの事件、横須賀の不正提督の一件、大湊警備府自体を揺るがすような事件。とにかくありとあらゆる所に首を突っ込みその名を売り、今や艦娘の救世主などと呼ばれる有様だ。

 

「艦娘にも救世主がいるんデスかネ」

 

じっと金剛は傍に置かれた本棚を見つめた。

そこにあるのは古今東西の哲学書、宗教書。人が著した神や真理への様々な問いと悩み、彼らなりの答えがそこには記されている。

神に救いを求め、終末の世界で救世主の出現を待ち望む。深海棲艦という未知の脅威に現れた艦娘達は、真実その当時の人々からすれば救世主だったろう。

だが、人とは厄介な生き物だった。世界を救ってくれる救世主でも思う通りに動いてくれねば癇癪を起す浅ましさを持っていた。自分たちが救ってもらっているという自覚を持たず、科学的な解釈と社会的な枠組みでそれを管理しようとした。その結果多くの悲劇を生むとは知らずに。

 

「艦娘には救世主などいまセン。必要ありまセン」

誰も助けてなどくれないのだ。来ることのない救世主などに祈るなど暇人のすることだろう。

感情の昂ぶりを自覚し、金剛はそっと首元を手で押さえた。

 

 

 

 

                    ⚓

ふわふわと海に揺蕩い、漫然とした意識の中。

微かに呼ばれた声に惹かれ、やってきたこの世界。

さぞ歓迎されるかと思い、期待に胸を膨らませていた自分。

けれど待っていたのは、こんな筈ではないと首を傾げ、ためいきをつく人々。

そんな中でおどおどとしながらもよく来てくれたと微笑んでくれた人の懐かしい顔が見えた。

 

悪しざまに投げかけられる侮蔑の言葉のオンパレード。

そんな中でも自らの力の無さを、不甲斐なさを謝っていた優しい人が見えた。

 

こんな温かい気分になるのはいつ以来か。

その陽だまりに手を伸ばそうとして躊躇する。

 

気を緩めては駄目だ。

あちこちに気を配っていなければ駄目だ。

 

二度と役立たずと言われないように。

二度と提督の名を辱めないために。

 

そうでなければ。彼女達に。彼に。

どうして顔向けができると言えるのか。

                    

                    

「・・・・、姉・・・。姉さま・・・・・・」

ゆっくりと優しく己を揺り動かす声に金剛が目覚めると、傍らに立っていたのは比叡だった。

「Umm・・・・・。Sorryネ。寝てしまったようデス」

掛けられていたブランケットを丁寧に折り畳み、金剛は胸元から懐中時計を取り出す。

「ちょうど着いたばかりです。ご準備をお願いいたします」

運転席から霧島が声を掛ける。

「OK」

金剛は軽く頷くと、車から降り大きく伸びをした。

 

居眠りなどといつ以来のことだろう。

どうも先ほどの電話から気が緩んでいるようだ。

 

「こ、こんな所があるなんて」

助手席から降りた榛名が感嘆の声を上げた。

レンガ造りの建物と、蔦の絡まった外観が年月を感じさせる。

まさか東京の23区内にこんな洋館があろうとは。

「大正時代に建てられたそうデース。以前はある出版社の持ち物だったネ。今は別荘代わりに使っているヨ」

「こ、ここをですか?」

榛名は目を丸くする。いくら人口が減ったとは言え、未だに東京はこの国の首都だ。この大きさの物件ならば一体いくらすると言うのか。

「そんなに気にする程でもないネ。今度榛名も使うといいヨ」

 

重々しい扉を開け、中に入ると浦風たち第十七駆逐隊が待ち受けていた。

「お待ちしていました。つい先ほど、連中は大井本線の料金所を通り過ぎたとのことです」

浜風が代表して報告をすると、他の面々も次々に口を開く。

「約束の時間まで後30分といったところじゃね。見張りのもんからの話じゃ、提督以下駆逐艦が3隻じゃて」

「約束通り偉大なる七隻は連れて来ていないようだ。どうやら律儀な人物らしいな」

「だから谷風さんが言ったじゃないかい。あそこの連中は変わっているから、別に見張りなんざつける必要はないってさ」

のんびりとした様子の谷風に、磯風が非難の声をあげる。

「谷風。何度もしてやられているお前の言葉は信用できん」

「なんだい、谷風さんばかり。してやられたのはあんただって一緒じゃないか、磯風」

「あれは様子を見ただけだ」

「ったく、どの口が言うんだか」

「うるさい!」

 

揉める谷風と磯風をよそに、浜風と浦風は金剛の両脇に立った。

「それで、どうされますか」

「あの偉大なる七隻の響に頭を下げられマシタ。今回は待機ネ」

「かまわんのけ? 連中、油断がならんよ。前みたいに何か企んどるかもしれん」

「それならばこちらも遠慮なく仕掛けることができるというだけデス」

「はい。彼らが仕掛けてきそうなことについては事前に明石と打ち合わせ済みです」

「自信満々で裏をかかれないようにしないといけないヨー。すぐあれこれやらかす人物みたいだからネ」

「横須賀や大湊なんかでのやり方も踏まえて対策は打っとるけん。大丈夫じゃて」

「ですが、あの時雨や北上の提督です。油断できません」

「むしろ向こうの方が緊張している筈ヨ。敵地に乗り込むんだからネ」

「あ、姐さん。仮にも味方じゃろ? 敵地は言いすぎじゃ」

「浦風!」

余計な事を言うなと浦風を小突く浜風に、金剛は問題ないと手を振る。

「浦風の言いたいことは分かるヨー。考え方は違っても味方なのは間違いないからネ」

「了解しました。それでは先方が到着次第、ご案内します」

「OK。広間に通してほしいネー。それじゃあ支度しマス」

金剛は姉妹を引き連れると、二階の私室へと急いだ。

 

「大臣が出張とは意外でしたね」

ティーポットから薫り高い紅茶を注ぎながら、霧島は言った。

大臣の突然の出張が無ければ、こうして姉妹が4人とも海軍省を留守にするなど考えられない。

「あの狸は何を考えているかよく分からないデス。わざと泳がせて様子を見ているんだと思うネ」

普段、海軍省で身に着けている制服ではなく、巫女服のような金剛型の正装に身を包んだ金剛は、ティーカップから立ち昇る香りを堪能しながら言った。

 

「あの、今からでもあの鎮守府に建造ドックを差し出すようお話されてはいかがでしょう」

それまでじっと黙っていた榛名が意を決したように口を開く。江ノ島鎮守府襲撃の際の金剛の様子からのっぴきならない事情があることは承知しているが、それでも心優しい彼女としては言わざるをえなかった。

「何のために? どういう理由でデス?」

「その、調査のために必要だとかは・・・・・・」

「今思えばそうして回収するのがベストだったかもしれないネ。事を隠そうとして行動した結果が全て裏目のこの体たらくデスから」

「確かにお姉さまの仰る通りです。米国大統領相手の立ち回りから分析して、あの提督が色々と手を回しているだろうということを予測しておくべきでした」

霧島が悔しそうに親指をかむ。

「ですが、今更過ぎたことを言っても仕方ありませんよ!」

比叡が横合いから口を出す。金剛は彼女の方を向くと苦笑した。

「比叡の言うとおりネ。あの提督は建造ドックの秘密について知ってしまったに違いないデス。今更ただ差し出せと言っても、あの男の性格からして無理。時雨や北上も納得しないデショウ。忌々しいですが、響の提案通りのお話合いが一番双方にとって損害が少ないヨ」

 

「お姉さま、どうか手荒な真似だけはおやめください」

損害、という言葉が気にかかったのだろう。

祈るように自分を見つめてくる榛名に、金剛は小さくため息をついた。

随分と信用がないものだが、それはこれまでの己の行いの悪さゆえ。仕方の無いことだろう。

 

「手荒なこととは心外ネ。ここがどこだか分かっていマスか? 手荒なことなどしようものなら誰がやったかすぐ足がつくヨ? したくてもできないネー」

「お姉さま、お願いいたします」

ふるふると榛名は首を振る。

ここがどこだろうと関係ない。

金剛は、自分の姉は必要だと思えば躊躇なく実行する。

 

「私はこれでも約束は守りマスヨ?」

金剛の言葉に、榛名は心配そうにその手をとった。

言い知れぬ不安感が胸の奥からもたげていた。

 

「ですが・・・・・・」

「榛名の言いたいことは分かりマス。でも先方がどう出るか次第ネ。あの響の顔を立てて話し合うことまでは約束しマシタが、それが決裂しない保証はないデス」

人の世界で長く生きてきた金剛は、人がいかに欲望にまみれ、利己的であるか知っている。

「欲をかき、理不尽な要求をするのであれば、この話はなかったことになるだけヨ」

「し、しかし!」

「まあ私としては、欲深い提督でいてくれた方がLuckyだけどネ」

「お姉さま!」

「「榛名!!」」

尚もくいすがる榛名を霧島と比叡が引き留める。

 

「やれやれ。姉妹にも信用がないとは悲しいネー」

金剛は肩をすくめると、じっと虚空を見つめた。

「もっとも、信用されたことなどこれまで数えるほどしかありませんでしたがネ」

 

自分を信頼してくれたのは誰だったのか。

自分が信頼することを止めたのはいつからだったのか。

 

「色々と捨ててきてようやく楽になれたのに。今更になってこんなことを考えさせられるとはネ。つくづくとあの提督にも困ったものデス」

これから出会う相手のことをを思い浮かべながら、金剛は小さく呟いた。

 




登場人物紹介


浜風・・・・・・忠実に任務を遂行。最近の趣味は釣り。
浦風・・・・・・堅実に任務を遂行。最近の趣味はガーデニング。
磯風・・・・・・大雑把に任務を遂行。最近の趣味は料理。
谷風・・・・・・大体で任務を遂行。最近の趣味はクイズ作り。


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第六十九話  「名探偵ジャーヴィスの冒険 鈍色の研究③」

第一部を見直したところ、文量が短い方が見やすい印象。もうすぐ書き始めて一年になりますが、文章を書くって難しい。
次回で百回になるので、とっておいたプリンツ・オイゲン編をと思ったら既に出していたこと忘れてました。


その日、私とジャーヴィス、そして雪風は提督の運転する車で音羽にある金剛の屋敷へと向かった。道中様々なことがあったが、詳しく述べるまでもあるまい。ジャーヴィスがうるさく、もんぷちが自由だったと書けば大半のことが説明できてしまうだろう。これから向かうのが大正時代に建てられた洋館だと聞いた時の名探偵の目の輝きときたら、10カラットのダイヤもかくやとばかりであった。

 

「そうこなくっちゃ! 謎解きには洋館と孤島は不可欠よ!」

「そうかあ。俺様からすりゃ寝台列車と崖なんだがね」

「崖? なんで崖が出てくるのよ、ダーリン」

 

持ち前の知的好奇心を発揮して崖のミステリーにおける必要性について質問攻めしてくるジャーヴィスに対し、ヨサクは面倒くさそうに火曜と土曜に行われていた二時間番組について説明した。

 

クリスティーやドイルの小説ならば〇○荘と名付けられたであろうその屋敷は、東京の一角、音羽にあった。その昔日本の有名な財閥の屋敷で、近年はとある出版社が所有していたのだという由緒正しきその場所は、折からの深海棲艦出現による混乱の最中様々な人間の手に渡り、現在は金剛の所有となっているのだという。

 

こんな屋敷を手に入れるなんてよほどあくどいことをしてきたに違いないと呟くヨサクを尻目に、ジャーヴィスはきょろきょろと屋敷を見回すと携帯を見てにんまりと笑みを浮かべた。

 

「どうしたの。鎮守府に連絡?」

私の問いにジャーヴィスはこれこれと携帯の画面を指差した。

 

「都内なのに圏外? 電波の谷間ってことかしらね」

「妨害電波よ。門の所までは正常だったから、恐らく屋敷とその周辺ってとこね」

「随分と警戒厳重ね」

「あら、別段珍しくもないわよ。小型の物も売っているし、コンサートホールなんかでも使うしね」

「フレッチャーさんの時にしれえがさんざんネットを使ったり、盗聴したりしましたからね。対策なのでは」

横から口を挟んできたのは雪風だ。

 

「ふん。用心深いこって。俺様、どこにでもいる健全なおやぢなんだがなあ」

ぶつくさと愚痴を言うヨサクだが、どこの世界に毎回騒動を起こす健全なおやぢがいるのだろう。

 

「ようこそいらっしゃいました」

 

扉を開けてくれたのは銀髪の艦娘。

駆逐艦浜風と名乗った彼女に、ヨサクが首を傾げる。

 

「駆逐艦だあ? 嘘じゃねえのか」

「いえ、本当です。そちらの雪風と同じ陽炎型ですよ」

「ええ。雪風の方がお姉さんですがね」

「冗談だろう?」

「うんにゃ。本当じゃ。雪風はうちらのお姉さんじゃよ」

 

やってきた青髪の艦娘が人懐っこい笑みを浮かべる。浦風と名乗った彼女も、浜風同様駆逐艦とは思えぬ体つきで、姉であるフレッチャーのように艦種詐欺ではないかと思わず疑ってしまう。

 

「う~ん。どうも信じられねえな。うちのは栄養が足りてねえのか? どう見ても同型艦に見えねえんだが」

「しれえ、失礼ですよ!」

 

ヨサクの言葉に憤慨する雪風だが、それは仕方のないことだろう。私からしても同型艦と言われて疑問符が付く。よく姉と比較されてきた身としては、それをヨサクのように無遠慮に口に出すことはないが。

 

「貴方が噂の鬼頭提督か。私は磯風。お会いできて光栄だ」

「谷風さんは鬼頭提督とは初めてのこんにちはかな。よろしくお願いするね」

 

階段を上がった先で待っていたのは二人の駆逐艦。黒髪の磯風と、おかっぱ頭の谷風。

浜風、浦風と同じく雪風の同型艦だという二人は、先ほどの二人よりも幾分砕けた調子で話しかけてくる。

 

「前言撤回だ。同型艦って言っても色々いるらしいな」

谷風を見ながらぽんと雪風の肩を叩くヨサク。雪風が思い切り彼の足を踏んだのは言うまでもない。

 

第十七駆逐隊に連れられ案内されたのは、豪奢な調度品が並ぶ応接室。

部屋の隅に控える比叡に榛名に霧島、金剛型の艦娘達に気を配りつつ中へ入ると、中央に座りじっとこちらを見つめていた艦娘と目が合った。

 

「ようこそ、我が屋敷へ。私がこの屋敷の主の金剛デス」

 

微笑みながら着席を促す彼女に、伝え聞く話との違和感を感じざるを得ない。

海軍大臣の秘書官にして、今回の一連の騒動の黒幕と言われる金剛。

北上への仕打ちからして、もっと厳しい顔つきをした艦娘だと思っていたのだが、今目の前にいる人物は柔和な表情を浮かべ、まるで仲のよい友人のようだ。

 

「忙しい中わざわざすまないネ。ちょうどお茶にしようと思っていたところヨ」

「Oh! アフタヌーンティーね!!」

反応したジャーヴィスに金剛が意外そうな顔を見せる。

 

「おや、あなた英国の駆逐艦ネ。だったら美味しい紅茶の淹れ甲斐もあるもんだヨ~。英国から取り寄せた茶葉だから楽しんで欲しいネ」

「へえ~。金剛は本格的なのね。そう言えば、英国で建造されたって聞いたわ~」

「Yes、その通り。だからかネ。なんとなくあなた、親近感を感じるヨ」

 

やがて薫り高い紅茶と共に、スコーンやらケーキやらが供されると、場の空気がいくらか和らいだ。

一流ホテルのパティシエの手によると言われるそれらの魅惑の甘味の前に、騒ぎ出したのはこれまで静かだった我が鎮守府の妖精女王。

 

『な、なんです。この量は。私に対する挑戦でしょうか!』

「あ、ちょっと! 行儀が悪いわよ!!」

私の制止も聞かずに手近のケーキからどんどんと食べていくその様は、この間鎮守府で観た大食い番組を思わせる。

「こら、もんぷち! ったく。うちの意地汚い大食い女王が申し訳ねえ」

「構いまセン。美味しいものに目がないのはいいことヨ」

ヨサクと金剛。何気ない会話の後、お互いに目を合わせると、図ったかのようにカップを同時に置いた。

 

「それで、例のドックの件デスが」

がらりと空気が変わる。

先ほどまでとは打って変わって厳しい表情をし、金剛が口火を切った。

 

「どうしマスか?」

 

返答次第でいかようにもする、とその目は語っていた。権力を手にしている彼女からすれば、力業で押し通すこともできた筈だ。それをしなかったのは、偏にあの響との約束によるものだろう。

だが、ヨサクは、我らが提督の答えは単純明快だった。

 

「渡すぜ。別れは寂しいものがあるがな」

「ほう・・・・・・」

金剛が意外そうに眼を丸くする。

 

「しれえ・・・・・・」

悲しそうにヨサクを見る雪風だが、その決定に異を唱えることはしなかった。恐らく鎮守府に残った皆も同じ気持ちだろう。響との会話を聞いた時から、皆彼がどうするかは分かっていた。

 

「それは話が早いネ。こちらとしてもありがたいことデス。ならばこちらも手違いで持っていってしまった物をお返ししマスが、他に何か希望はありマスか?」

 

ごくりと喉を鳴らす。ヨサクがすりぬけくんを金剛に渡すのは予想通りだ。だが、見返りに何を要求するかは聞かされていない。彼曰く始まりの提督ならば散々恩を着せて色々なものをふんだくるだろう、とのことだが、あまり欲をかきすぎては、金剛相手に悪手だろう。

 

「希望ですかい。まあ、資材と代わりのドックを融通してもらえれば」

 

ヨサクの返答のあまりのまともさに金剛だけでなく、私達も驚いた。

「随分と無欲だネ。あなたのことですから、とんでもない要求をすると思っていマシタが」

「そりゃ、正直を言えばがきんちょばかりのうちの鎮守府なんで、あだるてぃな艦娘の着任を希望してえ。でも、そういうのはてめえで探してこそ意味があるんで。ガチャってのはてめえのIDで引かなきゃ意味がない。他人の垢を買うような真似してもねえ」

 ガチャとか垢云々というのは意味が分からないし、がきんちょばかりというのもむかむかして理解したくないが、とにかく彼はそれ以上の要求をするつもりはないらしい。

 

「OK。そう言う事なら渡す日にちだけ決めて、後はアフタヌーンティーを楽しんで欲しいけど。重ねて訊きマスが、本当に資材とドック以外何もないんデスか?」

「ああ、そういや一つだけありましたな。欲しいもんが」

やはりあったかと、ヨサクの言葉に金剛が目を細める。

 

「用心深いネ。言ってみるといいヨ」

「これは俺様と言うより、ここにいるジャーヴィスが欲しがっているんですがね」

「OH。Pretty girlが?」

目の前にちょこんと座るジャーヴィスに金剛が視線を向ける。

 

「Yes。確かに私、欲しいものがあるわ!」

きらきらと目を輝かせるその様は一見すると無邪気な海外艦が戯れにおもちゃをねだっているように見えるだろう。

「何のリクエストかネ。できれば叶えてあげたいデスが」

何も知らない金剛は不用心にそう言ってしまう。

だが、私は知っている。英国出身の彼女は確かに駆逐艦であり、無邪気だが、一面とんでもない才能を持っていることを。

 

「真実を聞かせて欲しいわ!」

「真実?」

何のことかと問い返す金剛に対し、ソファから立ち上がったジャーヴィスは嬉しそうに告げる。

 

「ええ。私は名探偵ジャーヴィス! ダーリンからすりぬけくんの調査を依頼されたの」

「すりぬけくん!? What`s that?」

「例の建造ドックのことよ。ダーリンの命名なの」

「随分とcuteな探偵がいたものネ。その名探偵があのドックを調査したと?」

「Yes。このジョンストンと一緒にね!」

「あ、ちょっと!」

突然肩を組まれ、慌てる私とジャーヴィスを交互に見つめ、金剛は口を開いた。

 

「それで、調査が上手くいかないから私に答えを聞きたいと? それはできないヨ、名探偵。探偵なら答えは自分で探すものだヨ」

「その通り。だから、私の希望は貴方に答えを聞くことじゃないわ」

「と言うと?」

おかしそうにジャーヴィスを見つめる金剛。きっとお子様の探偵ごっごがいつまで続くのかと思っているのだろう。それこそが、彼女の油断だと知らずに。

 

「私の希望はね、金剛。貴方に私の答えが合っているか訊きたいの!」

じっと目の前の金剛を見つめ、ジャーヴィスは不敵に言い放った。

 

「答え? あなたはあれが何か、答えに行き着いたというのデスか? 鬼頭提督ではなくあなたが?」

「ええ。ダーリンはあくまでも依頼人。調査したのは私とジョンストンよ。それで、あなたにお願いしたいのはその採点なの。で、どうかしら私のリクエストは。受けていただける?」

無邪気さを押し込め、挑戦的な台詞を吐くジャーヴィスに場の空気が一瞬固まる。

 

「これは困ったネ。本当にそれでいいのデスか?」

じゃれついてくる子どもの遊びに付き合うだけでよいのか。言外にそう言いたげな金剛だったが、

「ああ、構わねえ。それでいい」

真剣な表情でヨサクが頷くと、その雰囲気に冗談ではないと悟ったのだろう。紅茶を一口すすると、静かにカップを置いた。

 

「OK。伺いマショウ、名探偵。あなたの推理とやらを」

         

 




登場用語紹介

洋館・孤島・・・・・・洋館でしかも孤島だった場合、何か起きない可能性の方が少ない。大体ボートが流され、無線は使えなくなる。
崖・・・・・・なぜかいつも出てくるレギュラーメンバー。犯人が落ちたり、被害者が落とされたりする。同じ仲間に温泉がいる。
寝台列車・・・・・・・今や日本にほとんどない絶滅危惧種。寝台急行や特急列車もミステリーで大活躍。時刻表が謎解きのお供。

登場人物紹介
金剛・・・・・・・・・屋敷の女主人
比叡、榛名、霧島・・・その妹


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特別編Ⅸ 「回想」

昨年の7月27日に書き始めて一年。
元々好きな艦これSSを読みまくった結果、更新を我慢できなくなって自家発電のつもりで書き始めたのがきっかけ。まさか100回続けられるとは思ってなかったです。正直途中で止めるつもりでした。
続けるきっかけをくれた友人のリクエストに応えて今回は書く予定のなかった彼女のエピソードを書きました。エピソードのイメージ音楽は某RPGの名曲そのまんま。

始めから我慢強くお付き合いいただいている方、ありがとうございます。作者はこれからも書きたいように好きなように書いていきますので、お読みいただく際はご注意を。

もんぷち「やあ、どうもどうも! 巷で評判の私です。百回もこんな物語読んで、あなた相当暇人ですね」
工廠妖精A「女王、口が悪いですよ! そんなんだからハブられるんですよ、全く……」
もんぷち「ハブられる? どういうことですか?」
工廠妖精A「百回記念パーティーを提督養成学校のホールでするらしいですぜ」
もんぷち「はあ!? 嘘おっしゃい! 提督から100回記念の挨拶はお前に決めた! よろしく頼むって今朝言われましたよ。」
工廠妖精A「ただ単に面倒臭かっただけじゃ。その証拠に親方いないでしょ。妖精代表で出てるんですよ」
もんぷち「くされ工廠妖精が代表!? 寝言は寝てから言うもんですよ! ちょ、ちょっと待ちなさい。今電話で……、あ、もしもし提督!」
「おかけになった電話番号は口うるさい駆逐艦、色気のない艦、つまみ食いばかりの妖精からのメッセージは受け付けておりません。胸に手を当て、これまでの行動を懺悔し、出直してください」
工廠妖精A「ほらー。俺だって行きたかったんすよ。親方にこの間ヘマした代わりに女王当番押しつけられちゃって……」
もんぷち「これだからくそ工廠妖精は。なんですか、人を罰ゲームみたいに! 私の世話ができるだけ光栄に思いなさい!」
工廠妖精A「あー嬉しい。嬉しいなー(棒読み)」
もんぷち「ぐぎぎぎぎ。許しません、もう許しませんよ! この鎮守府にあるものを全部食い尽くしてやります! 空腹にむせび泣くがいい!」
工廠妖精A「いや、だから。どうして詫び入れてみんなに混ざるって発想がないんだろ、この人。って機銃妖精を脅さない!」




あたしたちは世界に七隻しか存在しない。

 

偉大なる、などという使い古された陳腐な形容詞をつけられてしまった惨めなピエロ。

それがあたし達だ。

 

深海棲艦との鉄底海峡の戦いから帰還して傷が癒えて後。

あたしたちを待っていたのは、埋もれ、窒息せんばかりの賞賛の数々。

 

曰く救国の英雄。

曰く人類の救世主。

 

これでもかという山盛りの美辞麗句。

本人たちの思惑とは逆に、一人歩きするその名声に嫌気が差し、現実から目を背けたくてあたしは世界を旅することを選んだ。

 

きっかけは些細なこと。

あたし、重雷装巡洋艦北上はその日のことを未だに覚えている。

 

したいことも定まらずふらふらしていたとき。

なんとなく足が向いたのは当時設置されて間もない艦娘の慰霊碑だった。

 

あの鉄底海峡の戦いは、今や面白おかしく伝説の戦いなどとされ、ファンだと言う者達がひっきりなしにやってきて、ちょっとした観光スポットになっているという。

 

「やれやれ、どこもかしこも山盛りで」

艦娘の名前が刻まれた慰霊碑の前は献花台とは比べものがないほど花で埋め尽くされていた。

むせ返るようなその臭いに思わず鼻を鳴らす。

 

花が何だというのだろう。沈んだ者達は匂いを嗅ぐこともできない。

花を贈った方は、相手を弔ったという崇高な気持ちで満たされるのだろう。

だが、贈られた方はどう思うのか。迷惑だと思うとは考えないのか。

自分の気持ちを一方的にただ押し付けるだけならば、それは結局独りよがりな行為ではないだろうか。

 

あたし達は、みんなは、花を贈って欲しくて戦った訳じゃない。

暗い気持ちで慰霊碑に刻まれた皆の名前をなぞる。

球磨姉、多摩姉、木曾に大井っち。

 

「なんで・・・・・」

なんであたしだけ取り残されてしまったんだろう。

ぽつりと呟いたあたしの肩を、ぽんと誰かが叩いた。

「何?」

振り向いても誰もいない。その代わりに聞こえてきたのは誰かが大声で文句を言う声。

 

「けっ。くだらねえ」

「・・・・・・」

まるであたしの気持ちを代弁するかのようなその台詞に思わず声のした方へと足を勧める。

そこにいたのはぎらついた目をした一人の若い男。作業着を着た彼は、周囲に置かれた花たちから立ち昇る匂いに顔をしかめ、耐えきれないとばかりにわざとらしく鼻をつまんでいた。

 

「ああ、嫌だ嫌だ。偽善者の香りがしてたまんねえぜ。来るんじゃなかった」

涙を流し、艦娘達の冥福を祈っている周囲の者からの冷たい視線をものともしない。

「ふん。泣いてこいつらが戻ってくるんだったら分かるがよぉ。誰のために泣いてんだか」

 

その通りだ。この人達は何のために泣いているのだろう。

自分達が死ななくてよかったという意味なのだろうか。

 

「おい、お前! 不謹慎じゃないか!」

「不謹慎だあ? それじゃお前。こいつらの仇を討つために軍に志願でもしたらどうだ?」

「なあ!?」

「ほれみろ、できねえだろ。しょせん、こんなもんは後方で楽している連中の自己満足なんだよ」

「じゃあ、どうすりゃいいんだ!」

「そんなの決まってんだろ。不甲斐なくてすまねえって謝るんだよ。こいつらにおんぶに抱っこだった癖に何を偉そうに上から目線で礼なんか言ってやがるんだ」

「何だと!!」

「まあ俺様も同じ穴の貉だ。偉そうなことは言えねえがな」

最後にそう言ったときの彼の何とも言えぬ表情が気にかかり、気づけばあたしはその後を追っていた。

 

もうすぐ国際展示場という辺りまで来た時。

「あんだよ」

後ろを振り向かずに彼が言った。

 

「俺様に何か用か。さっきの件で文句でも言いたいのか?」

「いや、別に。あたしもあんたと同じ気持ちなんでね」

「ったく、南極観測船宗谷を見に行ったついでにとんだ道草だぜ」

「宗谷を? なんで」

「好きな番組に出てたんでな。あちこち旅しているついでに立ち寄ったのさ」

「あんたヒッチハイカー?」

「ああ。イラつくことがあってな。ここんとこずっとよ。お前も暇ならやってみるといいさ。動き回っているとイラつく元気も無くなるんだと」

「へえ。それはまたいい事を聞いたかもね。あたしもどうにもやりきれないことがあってね」

彼から自分と同じ匂いを感じたからだろうか。自然と話をしていることにあたし自身が驚いていた。

「なら旅はお勧めだ。とにかくあちこち動き回れ」

「マグロみたいじゃん」

「ま、やってみりゃいい」

 

怒り、悲しさ、寂しさ。不安、悔しさ、惨めさ、無力感。

今の自分の心の状態を何と表現すればいいのだろう。

ただ、これまであって当然だと思っていたものが突然無くなり、どうしていいのか、身の置き所がなかったと言うのが正解に近いかもしれない。

 

何をしたいのか、どうすればいいのか。何も分からない状態。

だからだろう。彼の提案に乗ったのは。

 

「いいかも」

「そうか。ま、どこかで会ったらコーヒーぐらい奢ってやろう」

彼とはそれっきり。あたしはリュックサック一つをお供に各地を巡ることとなる。

 

 

                    ⚓

それから各地を旅した。

日本の五街道を歩いたり、南北アメリカ大陸を横断したり。

いらないと思っていた偉大なる七隻とやらの力を使えば大抵のことが許された。

 

慰霊碑の前で会った彼の言った通り。

旅での珍道中はささくれだった心を癒すにはちょうどよかった。

特効薬とは言えない。だが、じっとしていると心を蝕む後悔という病からあたしを救ってくれたのは確かだ。

 

そして今から10年前のパリ。

 

「おい、姉ちゃん。どうしたい。花の都パリに来て、そのしょぼくれた面はねえだろう」

ぼんやりとセーヌ川を見ていたあたしに声を掛けて来たのは見るからにホームレスといった外見の男性。

 

街そのものが一つの観光名所と言っても過言ではないパリも、深海棲艦騒ぎがあってからは以前ほどの賑わいはないらしい。だが、それでもここを訪れる多くの人間は、芸術と歴史溢れるその街並みに酔いしれ、感嘆の言葉を上げるのが常だ。沈み切った表情で川を眺めている者など珍しくて仕方がないのだろう。

 

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、ってね」

「あん!? なんだ、そりゃ。源氏物語ってやつか?」

残念。時代が違う。外国の人ってやたらと源氏物語の名前を出すね。紫式部すごいじゃん。

 

「方丈記さ」

「ほーじょーき? どうでもいいが、辛気臭い顔して。どうした、お嬢ちゃん。荷物でも掏られたか?」

あたしの様子から見当をつけたのだろう。一時期に比べパリの治安は悪化し、スリの数も増えているという。もっとも元艦娘であるあたしの財布をすろうとする物好きはいないが。

 

「別に。この川が海まで流れているのかなと思ってさ」

「そりゃ流れているだろうよ。まさか、お前さん。パスポート掏られて、やけになってロビンソン・クルーソーにでもなろうってんじゃないだろうな」

「それはそれで面白そうだね」

重雷装巡洋艦北上漂流記。うん。何となく字面はよさそうじゃん。でも、相手には不評だったみたい。腹は空いてないかとやたらこちらのことを気遣ってくる。何、この男。あたしに気でもあんの?

 

「そういう訳じゃない」

ばっさりと切り捨てられてさすがにあたしも面白くない。パリの男性って女性と見たらすぐ愛の言葉を囁いてくるっていうから警戒していたのにさ。

「パリに来てしょぼくれた面のまま帰したんじゃ、パリっ子の名が廃る。純粋に親切ってやつで言っているんだ」

「他人のいらぬ親切=余計なお世話って公式知らないの?」

「いいや、知らんね。人の親切は受けるものだって古代からの格言なら知っているがな」

そう言って、彼は手にした紙袋から固くなったバケットを取り出し、振って見せた。

 

「ふうん。北上ってのか。にしても、はるばる日本からよくフランスへ来たもんだ」

あたしに声を掛けた男の名はアダン。35歳にして画家志望。未だ夢かなわずパリ市内や観光名所に現れては絵を売って生計を立てているという。

「エッフェル塔とかヴェルサイユ宮殿の周囲は案外ノーマークでな。水売りの兄ちゃんたちに紛れて小遣い稼ぎをしているのさ」

「ふうん。それでやっていけてるの?」

「ぜーんぜん。だもんでご覧の通りの有様。ま、好きにやっているんでね。お前さんが羨ましいよ」

アダンが言うのももっともだ。深海棲艦の脅威は空路にまで及んでいる。大西洋を越えていくことが事実上不可能となった今、ロシア周りのルートを各航空会社と軍が奪い合っているのが現状だ。運賃は以前よりも倍近いほど高くなり、海外旅行は今や高嶺の花と化している。余程の財力やコネが無ければ各地を飛びまわることなどできない。

 

「そお? あたしはすることがなくてふらふらしているだけだもの。することがあるあんたの方が羨ましいけどね」

「ふらふらってのがいいんじゃねえか。余裕がなけりゃふらふらもできないぜ。常に何かに追われていてさ。せっかくこのパリに来たんだ。川ばっかり見てないで、ルーヴルにでも行ったらどうだい?」

「ああ、あのピラミッドね」

「そう、そのピラミッドさ」

くすりと笑い、アダンは続ける。

「深海棲艦騒ぎがあろうとなかろうと、あそこにある物の価値は変わらない。等しく人類の宝さ。何かに悩んでいるんなら世界最高の芸術に触れて刺激を受けるといい」

「刺激ねえ」

 

その言葉に何かを思い出しそうになり、頭を振る。

何だろう。何かあったような。

 

「ああ。絵画に彫刻となんでもあるぜ。モナリザもあるし、ドラクロワの民衆を率いる自由の女神だってある。一時期人気だったフェルメールもあるが、作品が小さいんでな。でかい奴ばかり気にしていると見過ごすがね」

「まあ、気が向いたらね」

あたしの代わり映えのしない答えにアダンは面白くなさそうに大きなため息をついた。

「おいおい。そいつは絶対に行かない奴の台詞だぜ? 芸術の都に来てそりゃあねえだろう。それとも他に目的があって来たのか? 買い物とか食べ歩きとか」

「ううん。ただ来ただけ」

「このパリに? 何の目的もなく来た? 急行列車が通り過ぎていく駅じゃないんだぜ。このパリをただ通っただけの街にしないでくれ」

「どうしてそんなにしつこいのさ」

「パリっ子の意地もあるがね。100人に良い事をしたら俺の夢が叶うんだ」

「何それ。夢のお告げ?」

「ああ。今朝がたさ。茶色い髪をした女神が夢の中に出て来てな。そう言ったんだ。」

ぺろりと舌を出しながら、それでも真剣な眼差しで言ってくるアダンにあたしが根負けしたのはすぐだった。

 

                    

 

パリ、ルーヴル美術館。

 

世界一と謳われるその威容はかつてここが宮殿であり、要塞でもあったことを伺わせる。

人の波に紛れ、この有名な美術館を訪れたあたしを待っていたのは、人類の歴史そのもの。

 

無数のミイラ。ギリシアの彫刻。多くの絵画。有名な目には目を歯には歯を、という言葉が刻まれたハムラビ法典。ミロのヴィーナス。ラファエロの絵画にナポレオンの戴冠式。そして世界で最も有名な絵画、モナリザ。

 

だが、そのどれを見ても心を動かされることがない。手にしたスケッチブックに何かあれば描こうと思ってきたが一向にぴんとこない。

 

(あれ、あたしってこんなだったっけ。)

確かに人類の宝だ。眩いばかりに美しい。

だが何か足りない。アダンが言っていた刺激になるようなものが。

自分がとても冷たくなったように感じ、途方に暮れた時だった。

それに出会ったのは。

 

サモトラケのニケ。

 

ギリシア彫刻の傑作。勝利の女神ニケが船のへ先に降り立ったその姿。

 

遥か昔の船の彫刻に自分の中の元船という部分が刺激されたのか。

両腕を失い、頭部もない。今ではどんな顔だったのか、どんな姿だったのか分からぬ女神に想像力を搔き立てられたのか。

気づけばあたしはずっとニケを眺めていた。

 

思わず脳裏に浮かんだのは、ずっと胸の奥に閉じ込めていた記憶。

あの忌まわしい鉄底海峡へと向かう日の前日のこと。

 

「戻ったらどうしたいかクマ? そんなの球磨はとりあえずしたいことをするだけクマ」

戻ったらしたいことの質問に対し、自由人である姉はそう真剣に答えたものだ。

 

「いや、だから、北上の姉貴が聞きたいのは球磨姉が何をしたいかってことだろ」

木曾のフォローもどこ吹く風。

「そんなの決まってないクマ。決めてちゃ面白くないクマ!」

「おいおい。多摩姉からも何とか言ってくれよ」

「多摩はしばらくごろごろして暮らすにゃ」

「したいことだぜ? もっとこう建設的なことないのかよ」

「そういう木曾は何をしたいのさ」

「そうだなあ。まるゆの奴でも誘ってどっか旅行でもするかな」

「あら、いいわね。北上さん! 私達もどこかに旅行に行きましょう!」

木曾の言葉に嬉しそうに抱き着いてきたのは大井っち。

 

「いいけどさ、大井っち。どこに行くの?」

「そうですねえ。国内もいいけれど、イタリアとかフランスとかどうです? 北上さんの夢のためにもきっと役に立つと思うわ!」

「夢って言ったって、あたしのあれは趣味みたいなもんだし」

 

趣味でしていた服のデザイン。この戦いで生き残ったら、どこかできちんと発表できないかなと冗談めかして言ったことはある。

でも、まさか大井っちがそこまで乗り気なんて。

 

「できるかどうか分からないしねー」

ぽりぽりと頭を掻いたあたしに、大井っちは力強く言った。

「北上さんなら大丈夫! その時は提督にも協力させましょう!」

「提督ねえ。ファッションセンスは無さそうだけど」

「木曾も球磨姉さんも多摩姉さんもいいわね。北上さんに協力するのよ!」

鼻息荒く皆にそう告げる大井っちだが、姉妹は誰一人として嫌な顔をしない。

「そんなの当り前クマ」

「にゃあ」

「あのメイドみたいなのは勘弁だが、他の物なら」

「よろしい」

うんうんと満足そうに頷く大井っちについついあたしは訊いた。

「それで、大井っちは戻ったら何をしたいのさ」

「当然、北上さんの夢の手伝いです」

「あたしの? 大井っちのしたいことを探せばいいじゃん」

 

それに対して大井っちはきょとんとした後、にっこり笑って言ったっけ。

「それが私のしたいことなんですよ、北上さん」

 

じんわりと。心の中に寂しさが溢れてくるのが分かった。

あの戦いを終えてから認めたくなかったもの。

姉妹達が、大井っちがいない喪失感。

 

なぜ、自分だけ残されてしまったのか。

共に逝けばどれだけ気が楽だったか。

 

(独りきりで夢は叶えられないよ。叶えられないんだよ、大井っち。)

 

じっとニケを睨むうちに、その顔が姉妹の顔に見え、後悔が押し寄せてくる。

これはまずい。一刻も早くその場を離れないと嫌なものに呑みこまれる。

 

とにかく動いて動いて。

立ち止まらず動き続けて。

このどうしようもない黒い淀みから離れないと

 

涙を拭い、立ち去ろうとした時だった。

 

「きゃっ」

横合いからやってきた誰かにぶつかり、あたしは尻もちをついた。

 

「ちょっと、あなたねえ。熱中して観るのは分かるけど、もっと周囲に気を配りなさいな!」

相手の女性は大層ご立腹らしいが、あたしはそれよりも床に落ちたスケッチブックの方が気がかりだった。

「ちょっと、聞いているの?」

大切に床から拾い上げ、埃をはたいていると、その態度が癇に障ったのか女性がつかつかとこちらにやってくる。

「ああ、ごめん」

心はうわの空。でも、とりあえず自分が悪いのだからと下を向いて謝ると、返ってきたのは驚きの声。

「えっ・・・・・・。あ、あの・・・・・・」

することはしたと早々に立ち去ろうとすると、背後から伸びてきた手に腕を掴まれる。

 

「ちょっと。謝ったじゃないか」

振りほどこうとしても、ぐっと強く握りしめ、その手を彼女は放さない。

「いいえ、放しません」

「しつっこいなあ。何なのさ、あんた!」

 

怒り、振り返ったあたしが目にしたのは。

 

「大井です! 北上さま!!」

「な・・・・・・」

 

思い出の中の彼女と同じ容姿をした女性。

 

「お、大井っち・・・・・・」

声が掠れて上手く出せない。なぜ? どうして? 彼女がここにいるのか。

それに北上「さま」とはどういうことなのか。

混乱するあたしに、彼女は深々とお辞儀しながら自己紹介をした。

 

「お目にかかれて光栄です。艦娘養成学校第三期卒業。呉に所属していました、大井です」

唖然とするあたしの手を引っ張り強引に美術館近くのカフェに連れてきた彼女は、簡単に自分の身の上を話してくれた。

 

5年前の大規模作戦の際に艤装が修復不可能な程の被害を受け、退役したこと。

その後服飾関係の仕事をし、今は新しく会社を立ち上げていること。

色々な勉強をしようと思い、このパリに来たこと。

 

「なんであたしが原初の北上って分かったんだい? 今のあたしは建造された子たちとそう変わらない筈だよ」

建造されたあたしよりも少し強いだけ。艤装も無い状態で気づける者がどれだけいることか。

「それは、そのう。直感みたいのがありまして・・・・・・」

恥ずかしそうに笑う彼女に、あたしは一つ疑問に思ったことを訊いてみる。

 

「他にたくさん仕事があるのに、なんでまた服飾関係にしようと思ったのさ」

 

「ええと、それも自然とそうしたいと思ったと言うか、はい。上手く説明するのが難しいのですがそれが私のすることじゃないかな、と」

「・・・・・・・」

「今日ルーヴルに来たのも本当にたまたまだったんです。エッフェル塔に行ったときに入場料が高いと文句を言っていたら、薄汚い男が寄ってきて、『そんなにカリカリしているんならルーヴルにでも行って気を落ち着けたらどうだい。それとも、芸術を観るとあくびが出る性質かい、お嬢さん』なんて挑発するもんですから・・・・・・」

 

彼女の言う薄汚い男に心当たりがあり過ぎて、ぷっと吹き出しそうになる。

あのお人好しのパリジャンはルーヴル美術館の宣伝大使だろうか。

どこでも同じことを言っているらしい。

 

と、そこであたしは目の前の彼女の髪を見ながらはたとあることに気づく。

今朝アダンが言っていたことを。夢の中に出てきてお告げをした女神の話を。

 

(茶色い髪をした女神が出てきたって・・・・・・。ま、まさか・・・・・・・。)

 

それを意識した時にはもう限界だった。

「う・・・・・・」

「き、北上さま!? どうかされました?」

突然泣き出したあたしを心配して、ハンカチを差し出してくれる彼女。

 

(ごめん。ごめんね、大井っち。心配、かけてるんだね。)

きっとあたしを心配して。この子に会わせてくれたんだろう。

あたしの夢を応援するって約束を守るために、他人の夢にまで出て来るなんて実に大井っちらしい。

 

「あの、も、もしよろしければ、私と一緒に日本に帰りませんか? 会社を立ち上げたばかりで色々と不安でして、北上さまがいていただけるだけで安心できるのですが」

「あたしが? あんたと?」

「はい。ご、ご迷惑でしょうか」

不安そうにあたしをみる彼女。

「別に迷惑じゃないけど、あたしを連れて行ってもいいことないよ」

「そんなことはありません!!」

きっぱりと言い切るその姿に在りし日の思い出が重なり思わず涙腺が緩む。

「私達大井のDNAには北上さまを大切にするようにと刻まれているんです。それに、北上さま。先ほどちらりと見えてしまったのですが、そのスケッチブックに描かれているのって服のデザインじゃないですか?」

テーブルの上に置かれスケッチブックは確かに鎮守府時代に細々とデザイン画を描き貯めたものだ。

「あー、うん。昔描いた奴だよ。趣味でね。未完成だけど」

「素敵です!! 完成したら是非商品化させてください! 北上さまの服が世に出る。なんて素晴らしいことなのかしら! 私に任せてください!!」

がっしりとあたしの両手を握りしめながら熱弁する彼女。

 

一度こうと決めたら曲げぬ頑固さと、断られても何とかしようというしたたかさを隠したその表情。

思い出の中の彼女と同じ力強い瞳に、あたしは自然と頷いていた。

「まあ、売れるかどうか責任は持てないよ。でもせっかくやってくれるって言うんだからお願いしようかねー」

「ありがとうございます、北上さま!!」

 

飛び上がらんばかりに喜ぶ彼女に、あたしはため息をつきながらこう言った。

「ほいほい。人前じゃさまづけは止めてね、大井っち」

「こ、光栄です! 北上さま!!」

あたしの言葉などどこ吹く風。涙を流して喜ぶ彼女。

どうしてそう貴方達はあたしを心配するのだろう。もっと自分のやりたいことをすればいいのに。こんなロートルに付き合う必要はないのに。

あたしの疑問に、大井っちはさも当然と言うように胸を張った。

「それが、私達のしたいことだからです!」

 

                    ⚓

次の日。

一緒にパリ市内を観光しようという大井を振り切り、北上が来たのはセーヌ川近くの広場。

 

「ああ、お嬢さん。どうだったい、ルーヴルは」

ぼりぼりと固いバゲットを美味しそうに頬張りながら、アダンは言った。

 

「よかったよ。とても。あんたのお陰でね」

すっきりとした表情で答える北上に、心優しいパリジャンは満足そうに微笑んだ。

 

「そいつはパリっ子冥利に尽きるな」

「そんでお願いがあるんだけどさ。あたしを描いてくれないかな?」

「あんたを? 似顔絵ならモンマルトルの丘に行けば俺より腕のいいのはたくさんいるぜ」

「いいからいいから。ちゃんとお金は払うからさ」

「ま、いいか。じゃあそこの椅子に座ってくんな」

 

二時間後。

先ほどまでおさげ髪の少女が座っていた椅子を片付けようとしたアダンは、椅子の裏に何か貼り付けてあることに気が付いた。

「あのお嬢ちゃんか? ったく子どもじゃねえんだからさ」

 

封筒に入れられていたのは

「Merci」と書かれたメモ。

 

「ふん。面と向かって言えっての」

 

そして、安くない額の小切手。

「おいおい。何だよ、これ。どういうこった」

 

辺りを見回しても少女の影はどこにもない。

「一体何だったんだ、あのお嬢ちゃん」

 

世界各地を渡り歩いていると言う彼女。

花の都パリでつまらなそうに川を見ていた彼女。

その彼女に聞こえるように、アダンは大きな声で叫んだ。

 

「パリは楽しかったかい、お嬢さん。いい旅を!」

 

                                     完

                  

 

 

 

「ちょっと何なのさ、これ」

物悲しい曲調のピアノソロをバックにエンドロールが終わり室内に明かりが灯ると、北上は呆れた目で隣りに座る大井を見た。

 

「私と北上さまの出会いを描いた映画です!」

「そういうことじゃなくて! 分かるよねえ、大井っち」

ぐっと襟首を掴まれ、大井はまあまあと両手を挙げて降参の意を表す。

 

「ぐ、ぐるじいです、北上さま!」

「どこのどいつがこんなの作ったのさ。いや、それよりこの内容、一体どこから拾ってきたのよ」

「はい、ここからです」

大井がハンドバックから取り出したのは黒い大学ノート。

 

「あっ。それ!あたしの日記じゃん! 何であんたが持ってんのよ!」

ぱっと北上はそれをふんだくると、丸めてリュックサックの中に放り込む。

「はい。北上さまがくそ島鎮守府。いえ、失礼。あの江ノ島鎮守府に行かれて以来寂しくて枕を濡らしていた私に、有能な秘書が見つけ出してきてくれたんです」

「あー。あの人か。隠しておいたのをよくもまあ。」

 

ぎりぎりと北上の中で秘書への殺意が膨れ上がる。

誰だって自分の黒歴史は胸に仕舞っておきたいものだ。それも愚痴や泣き言の類ならば猶更だ。提督に出会いテンションMAXの状態で見返した時に、あまりにうわぁな内容にドン引きしたのだ。病んでいる時期の日記など見ても精神衛生上よくないと封印しておいた筈なのに。

 

「どうしてまたこんなのを・・・・・・」

「北上さまの苦悩、寂しさ。痛いほど伝わりました。私達艦娘にも悩みがあり日々生きていることを色々な人に知ってもらうべきだと。そう考えまして」

殊勝な顔つきで大井は語る。

確かに人間に艦娘がどのような思いを抱いているのかを知ってもらうのは良い事かもしれない。

お互いの距離が縮まることだろう。

だが。

 

「あのねえ。理念は立派だけど、別にあたしが主役である必要ないよね」

「いえ、主役は北上さましか考えられません。私達艦娘のためにもこれは後世に伝えるべきだと脚本・監督を夕張さんにお願いしたんです。二つ返事で引き受けてもらえましたよ」

「夕張? ああ、あの映画監督している夕張か」

「はい。それ以外にも全国の球磨型姉妹が協力してくれました。さすがは北上さまです」

「本当バイタリティがすごいよね、大井っちは。と言うか普通さ、作る前に相談するよね」

「ごめんなさい。でも、相談したら絶対反対すると思いまして」

「うん、汚い。相変わらず腹黒い。んで、提督。いつまで笑ってんのさ」

後ろでげらげらと笑い声をあげる己の提督に、北上は渋い顔を見せる。

 

「そりゃ笑うだろうよ。お前の役が赤井優だと? 美化し過ぎだろ全く」

「うるさいおやぢですね。北上さまの魅力はあんなもんじゃないわ。本当はナタリー・ボートマンに来てもらう予定だったのよ」

「はあ? 天下のニャカデミー賞女優を使うつもりだっただと? ぶっとんでんな、おい」

大声で笑う与作に、大井は眉をぴくぴくしながら笑みを浮かべる。

「やかましいので黙っていただけます? 北上さまがどうしてもというからあなたが来るのを許可しただけなんですよ、おまけさん。立場を弁えましょうね」

今や世界でも有名な与作であるが、大井には関係ない。

「くっくっく。いいねえ。その清々しいまでの嫌悪感。嫌いじゃないぜ」

「あなたに好かれてもねえ」

 

「にしても、色々脚色し過ぎっしょ、大井っち。アダンの役がジョンレノってどうなのさ」

「本人たっての希望で仕方なくです。私もあんな薄汚いおっさんをジョンレノさんにやっていただくのはどうかと思ったんですが」

「それを言うなら冒頭の男もだろ。あんなちょっとしか出てこねえのにV7の岡野なんてよ。主役級の無駄遣いじゃねえか」

「そこは私も同意です。イラつく役なので、その辺の一般人でもよかったんですが、北上さまの日記を読む限りでは容姿が分からなかったので、大衆受けする役者を選びました」

 

「あー。まあ、あれはあれでいいかな」

北上は立ち上がると、ちらりと時計を見た。すでに時刻は午後の四時。早く帰らなければ、また時雨やグレカーレが騒ぎ出すことだろう。

 

「北上さま。こいつの所が嫌になったらすぐにでもご連絡ください。お迎えに上がりますから」

「言うに事欠いてこいつ呼ばわり。本当にぶれねえな、お前」

「ふん。あんたにお前呼ばわりされる謂われはないわ。あんたも精々北上さまを大事になさい。全世界の大井の目が光っていることを忘れないように」

「あたしはそれより、あの映画が本当に公開されるのかが心配だよ。公開処刑じゃん、あんなの」

自らの愚痴や泣き言が作品となって世に出ることに北上は不安を隠せない。

鎮守府まで送ると言って聞かない大井を何とか説き伏せ、二人は連れだって外に出た。

 

「随分長かったねー、提督。あたしお尻が痛いよ」

「ああん、お前じもちーか」

デリカシーなど全く無い提督の発言に無言で蹴りが飛ぶ。

 

「って痛いぞ、全く!」

「ふん。鈍ちんなんだから」

「何言ってんだ。俺様ほど人の機微に精通している人間はそういないぞ」

「よく言うよ、本当に」

 

やれやれと心の中でため息をつきながら、じっと北上は前を行く提督の背中を見つめる。

嘘もあるし、脚色もある脚本だった。でも大事なことがしっかりと詰め込まれていたのは脚本の夕張が優秀だからだろう。

 

おそらく、という期待はあった。気づいてからはそうだろうと決めつけていた。

けれど、彼自身に全くそんな素振りが見られない。

 

「勘違い・・・・・・か」

ずっとそうあればと思っていたものが違うと分かり、北上は小さくため息をついた。

 

「ま、物事そんな上手くいかないよねー」

「あん? 何ぶつぶつ言ってんだ、お前」

「いや。こっちの話」

「それより喉がかわいちまったぜ。二時間物なのにポップコーンもコーラもねえときてやがる」

「試写なんてそんなもんじゃないの」

「ふん。ちょいと待ってろ。飲み物を買ってくる」

「あいよー」

 

独りになり、ふと北上は夕暮れの空を見上げた。

ただの赤では表せない、青や白や色々な物が混ざった自然の作る芸術。

10年近い時を経て再び心から美しいと感じることができたもの。

 

「球磨姉、多摩姉、木曾に大井っち・・・・・・。今のあたしはそこそこ楽しくやってるよ」

暗闇に向かって呟く。

「たっくさん、心配かけたよね・・・・・」

 

あの映画は真実フィクションだ。

北上の人生をよく描けてはいるが、全てではない。

夕張が参考にした日記は、大井に出会うまでのものでしかない。希望がある終わり方をしているのがその証拠。

 

本当は希望の後には、絶望があった。

 

大井と出会い、姉妹を失った喪失感からは解放され、けれど、姉妹と交わした約束を守れぬ日々が続いた。

 

デザインを完成させようとする度にイメージされるのはそれを着た姉妹の姿。

元々彼女達をモデルと考えていたのだ。仕方のないことだろう。

 

だが、それは、北上にとっては地獄の日々。

どうしようもないジレンマの中、己の思いを誤魔化し、苛立ちと焦りを隠して生きてきた。

大井がデザインを急かしたことは一度もない。その優しさに甘え、時にはまた旅に出て、現実から遠ざかり、自らを慰めてきたのだ。

「みんなのためにデザインをしなければ。それしかあたしがみんなのためにできることはないって、ずっと思ってたんだよ」

 

それが違うと教えてくれたのはあの中年おやぢ。

乙女に手を上げるなどそのやり方は言語道断で最低だ。

 

だが、彼は教えてくれた。

 

その夢は誰の夢なのかを。

デザインができないのを姉妹のせいにしていることを。

悩み傷つき、血反吐を吐いても叶えようとするのが夢の筈だと。

 

「気づかなかったんだよね、単純なことなのにさ」

彼女たちがどこかで聞いていてくれることを願って。

「まあ、安心して見ててよ」

北上は空に向かって呼びかける。

「どうしようもない提督の元だけど、あたし頑張るからさ」

 

「ふん。どうしようもなくて悪かったな」

いつの間にかやってきていた与作が面白くなさそうに口をへの字に結ぶ。

 

「愚痴はお互い様だ。俺様の目的は艦娘ハーレムなんだぜ? それが寄り付くのはがきんちょと範囲外ばかり。涙なくして語れねえ」

「よく言うよ。人の胸揉んだくせに」

「若気の至りって奴だな。もしくは禁欲生活が長くて血迷った」

 

がそごそとコンビニの袋を漁ると、与作は北上にほいよと買ってきたものを投げて寄こす。

「あたしの分?」

手に取ったのは缶コーヒー。

 

「ああ」

「うえ。ブラックじゃん。砂糖入りのがよかったんだけど」

「うるせえ野郎だな。他人に奢ってもらって偉そうにぬかすんじゃねえ」

 

ぐびりと一息で飲むと、与作はすたすたと先に歩き出した。

 

少し離れ、ちびちびとコーヒーを口にしていた北上は

「奢りなんて、提督にしては珍しいじゃん」

そう言った後、手元の缶を見つめ、弾かれたように与作の後を追った。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って提督。これって、ねえ、これって!」

「あん? 旨いだろ。俺様一押し。ドブ水ブラック」

「いや、そうじゃなくって!」

「他のおススメはあれだな、組長シリーズのヒットマン政味だな」

「だ~か~ら~」

暖簾に腕押し、糠に釘の与作にイライラしながらも楽しそうに話している己に気づき、北上は微笑んだ。

 




                CAST
         北上      赤井優
         大井      新巻由衣
         アダン     ジョンレノ
         青年      岡野純一
         
      香川輝行 柄沢敏明 御船俊郎 
      ジェラール・ディパル
      能面怜奈 弘瀬すす 柳沢新伍 
      リシュリュー
                ・      
                ・
               協力
   KUMAZON タマネコ宅急便 和食処木曾街道 OI 
 球磨型友の会の皆さん フランス艦娘劇団の皆さん 
   艦娘博物館 
    
      
               脚本・監督
                夕張


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第七十話 「名探偵ジャーヴィスの冒険 鈍色の研究④」

お読みいただいてから本編をどうぞ。

今話から解決編となっていきますが、一連のエピソードは本来裏設定だったものを使っています。多少辻褄が合わないだろうということもあるかもしれません。また、人によっては胸糞要素が強いため、少しでも合わないと感じたらブラウザバックを強くお勧めします。


※前回100回記念ということで感想欄にコメント返しをさせていただきました。
様子を見て、余裕があればコメ返し致します。


不敵な笑みを見せるジャーヴィスとは反対に、私は不安げに自称相棒を見つめた。すりぬけくんの調査をある程度までは手伝ったが、肝心な部分についてはジャーヴィスが自ら行い、結果は後日伝えるとの一点張りだった。不満を口にする私に対し、そういうものだと探偵は得意げに鼻の穴を膨らませ、私は二度と助手を引き受けまいと心に誓った。

 

「それでは伺いマショウか。あのドックの正体を」

時間が惜しいとばかりに金剛が早々に話を切り出した。彼女からすれば、くだらない駆逐艦の遊びに付き合ってやっているという感覚なのだろう。

「その前にもう一度きちんと自己紹介をするわね。うちの鎮守府はやたら海外艦が多いし、170隻以上いるフレッチャー級の子がまた着任するとも限らないもの。英国から来たJ級駆逐艦のジャーヴィスよ!ナンバー99よ!! 貴方は?」

 

「こ、これはご丁寧に。金剛型戦艦、3番艦の榛名です。ナンバー3です」

突然とことこと目の前にやってきたジャーヴィスに面食らいながらも、榛名は律儀に答えた。

険しい顔でこちらをじっと見ている金剛型の姉妹たちだが、その中で彼女だけは別なのかもしれない。

 

「私は先ほど自己紹介しマシタ。二度は必要ないヨ」

金剛は憮然とした表情で、カップを持ち上げた。

「それよりも、今問題なのはあのドックが何かネ」

「そうね。まずそれからはっきりさせましょうか。すりぬけくんは正規の建造ドックではないわ」

 

「ええっ!!」

ジャーヴィスの指摘に驚いたのは雪風のみだった。事前に事情を知っている私とヨサクは別として、比叡達もすでに様々な出来事からそうだろうとあたりをつけていたようだ。

 

「正規ではない? つまりあれは違法な建造ドックだと? 成程、だから私がこだわっている。確かにそれならば納得できマス。いい推理ネー」

うんうんと頷きながら、金剛は薄い笑みを浮かべた。

「残念だけど、それはあり得ないヨ」

「な、なんでです」

事前に話を聞いていた私は思わず声を上げた。

 

「正規の建造ドックにある海軍省マークとシリアルナンバーがないのは私も確認しています! 誰かが勝手に作ったに決まっているじゃないですか!」

「ジョンストン、デシタか。あなたもさすが、名探偵の助手。よく調べたみたいネ。でも、悲しいことに私は大人の現実を教えないといけマセン。霧島。建造ドックを作る際にかかる費用はどれくらいデスか?」

「はい。およそ500億から800億です」

「えっ・・・・・・」

 

さらりと霧島の答えた金額のあまりの高さに言葉を失う。どの鎮守府にも数えるほどしかないので高いだろうと見当はつけていたが、まさかそこまでするものとは。

 

「かつての大戦艦、大和の建造費は今で言えば2700億。現代のイージス艦は1400億程度。それらに比べたら格安だけどネ。もちろん、一基での値段ヨ。深海棲艦に対抗するために多くの建造ドックを作ろうと、福祉に教育、宇宙関係とあちこちの予算を切り詰めまくり凌いだのは有名な話ネ。そこまで金のかかるものを勝手に作れると思いマスか?」

 

「み、民間でもロケットを作っています。それと同じことでは?」

雪風が私に加勢する。そうだ。民間でも50億程度でロケットを飛ばしたことがあると聞く。考えたくはないが、軍需産業などからすれば艦娘の軍事力は喉から手が出る程欲しい筈だ。

 

「Non」

だが、私達の考えを金剛は言下に否定した。

「あり得ないと言うのはまさにその点デス。確かに500億という金は用意できるデショウ。でも、建造ドックを作るための資材は絶対に無理デス。あれが何で作られているか知っていたら、そんな発想にはならないヨ」

「建造ドックが何で作られているか、ですか。鉄とかでしょう?」

「ただの鉄じゃねえ。・・・・・・沈んだ船の一部だ」

雪風の問いに、ヨサクが口をへの字に結び答えた。

彼としてはあまり気分のよくない話なのだということは明白だった。その様子を意外そうに見ながら、金剛は言った。

「Yes。正確には、第二次大戦中に沈んだ船の装甲。それをひっぺがして使っているネ。招魂装置と呼ばれる所以はそこにもある」

 

「嘘・・・・・」

 

頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が私を襲った。

ドロップ艦として顕現した私は、艦娘養成学校に通い、深海棲艦との戦いの歴史や一般知識を主に学んだが、建造ドックが何でできているかなどはついぞ聞いたことがなかった

沈んだ船を、ある意味で海の墓標である船を使う? それがどれだけあの戦いで亡くなった人々への冒涜か分かっているのだろうか。静かに海で過ごしていたかった者たちを無理やり引き上げ、戦いの場へと引きずり出す。それが人の所業なのだろうか。

 

「くっ・・・・・・」

「刺激の強い話デシタか? 養成学校ではぼかして教えるからネ」

 

不快感から胸元を抑えた私の背中にそっと誰かの手が触れた。

意識をそちらに向けると、それはヨサクの手だった。

「すまねえ。それしかドックを作れなかったんだとさ」

「ええ、そうです。そして余計な口を挟むようですが、当時人間たちからはものすごい反対が起きたそうです。彼らからしても、かつての戦争で亡くなった人々の墓。海の墓標を汚すのか、墓荒らしではないのかと。ですが、迫りくる深海棲艦の脅威とそこからくる不安には抗えず断腸の思いでそれを行ったということです」

霧島が言い足した。

 

当時を知らない私は、その時の人の思いを知る由はない。だが、それが嘘でないことはヨサクの顔を見れば理解できた。自分達が助かるために、手をつけてはいけないものに手をつけてしまった、非難は甘んじて受けるとその表情は語っていた。

 

「深海棲艦が跋扈する海に出かけ、大金をかけて船を引き上げないとそもそもの材料がない上に、その他の建造のための資材も全て軍が管理していマス。万が一違法に入手でき、艦娘を作ったとしても維持のための経費がかかりマス。燃料や弾薬はどこから手に入れるデース? 裏から手に入れようとしても経費がかかるし、すぐ海軍省にも気付かれるデショウ。リスクやコストが高い割に旨味が少ないネ」

 

じっと窓の外を見ながら動かないジャーヴィスの方を、金剛は向いた。

「だから、名探偵。違法に建造ドックを作るのは無理ヨ。あなたの推理は的外れネ。もしどうしてもこだわりたければ霧島に言って資材の管理データを取り寄せてあげてもいいヨ? それで納得するデショウ」

 

正論だった。

はあとため息をついたのは誰だったのか。議論は終りだと言う空気が場を支配した。

 

私は思わず立ち上がり、ジャーヴィスの肩に手をかけた。彼女のひまわりのような笑顔が曇るのは見たくないと思いつつも、友人として心配しその顔を覗き込むと、意外にもその口元は微笑んでいた。

 

「建造ドックについての予備知識をthank you、金剛」

「OKネ。後学のためにとつい語り過ぎたヨ」

ぷらぷらと手を振り、金剛がそれに答えた。

 

「でもね」

 

ぱっと振り返り、ジャーヴィスは金剛の方にくりくりとした瞳を向けた。

「私は一度もすりぬけくんが違法に作られた、なんて言ってないわよ」

「ど、どういうことよ! あんたそう言ってたじゃない!」

私は彼女の耳元に小声で囁く。

「あの時はそれも一つの可能性とは思っていたわね。でも、現実的には金剛の言うように違法に作るのは無理なのよ」

「探偵と助手が仲間割れするのはどうかと思うヨ? 少し休憩してお茶でも飲みマスか?」

苦笑いをしながら、再度紅茶を口にする金剛。悔しいが、その表情には余裕しかない。

 

「お気遣いに感謝するわ。でも、平気よ。それより、さっきの言葉だけど。もう一度言うわね。私はすりぬけくんが違法に作られた、などとは一言も言ってないわ」

「ええ!? そうでしたっけ、しれえ」

「ああ。ジャーヴィスの野郎が言ったのは、すりぬけくんは正規の建造ドックではない、と言っただけだ」

 

「意味が分かりません。正規のドックでないというなら違法なドックということでしょう」

霧島が眼鏡の縁に手をやりながらそう断言する。

同感だ。正規でないなら違法なドックに決まっている。

 

「ちょっと、ジャーヴィス」

「心配してくれてthank you、ジョンストン。でも今ここは私の舞台なの」

私の内心の葛藤を見透かしたように、ジャーヴィスは私の肩を叩くと座るように促した。

 

「違法に作ることはできないが、正規のドックではない。すりぬけくんのこの真実に私は頭を悩ませたわ。金剛が言うように、違法に作ることは難しい。ならば、廃棄された建造ドックならばどうか。そうも考えた」

「成程。それなら!」

微かに見えた光明に雪風が興奮するが、

「残念ですが、それも不可能です。建造ドックはナンバーで管理され、廃棄や修理でさえ膨大な書類が必要となります」

霧島に即座に潰される。

「昨年度末に建造ドック管理簿を点検した私が断言します。ナンバー付きのものは皆、過不足なく運用されています」

「そうね。私もそれは聞いているわ。だから、また一から戻って考え直したの。違法に作られていない。でも、正規のドックではない建造ドックってなあんだ、って」

「そんなもの、ないのではないでしょうか」

榛名が言いながら、いやいやと首を振った。

「でも、確かに存在するのでしたね。その、すりぬけくんというものが」

「ええ。そして物がある以上、それが何なのか。どういう事情で作られたものか考えることができるわ。そして、私は気付いたの。今言った事情に当てはまるものがあることにね!」

「そ、それはいったい・・・・・・」

眼鏡をくいと上げながら、霧島が呟いた

 

「それを語る前に予備知識の確認といきましょう」

ゆっくりとソファに座ったジャーヴィスは両手を組みながら静かに言った。

 

「そもそも建造とはどんなことかしら」

何が始まるのかと戦々恐々としていた皆は一様に呆れた目を探偵に向けた。

今更建造についてだって? ここは艦娘養成学校の試験会場か。目の奥に嘲笑を称え、金剛が口を開いた。

「資材を入れて、艦娘をつくる行為デス。ただ、道具を作る行為とする外国と違って、日本では召喚、呼び出すと言う意味の方が定着しているネ」

 

未だに艦娘は人か道具かと議論が交わされるのはその見た目と生まれ方があまりにも衝撃的だからに他ならない。

実際、この建造という言葉に対して、艦娘であれば思うところは多いだろう。

自分達はどこから来たのか。自分達は何者か。原初の艦娘の写し身として生まれた私たちの存在をどのように定義するのか。

 

「単なる彼女たちのコピーと見るのか、それとも彼女たちの意志を継いでいるものと見るのか。それはあなた達次第です」

私のいた艦娘養成学校の教官を務めていたイントレピッドは穏やかにそう話し、答えは自分で見つけるべきものだと告げた。

 

「詳しい説明をthank you。そしてそのための装置が建造ドック。言わば召喚のための魔法陣と言ったところかしら。大型建造ドックは大規模な魔法陣。より強力な艦娘を召喚するためのものと言ってもいいわね」

「探偵小説から歴史小説に替わったみたいネ。カンペでも用意しておくといいヨ?」

皮肉めいた笑いを見せる金剛に、ジャーヴィスはにこりと微笑んだ。

 

「あら、建造のことなら何でも分かっているのね! それじゃあ、一つ聞くけれどこの世界で初めてできた建造ドックはどこにあるのかしら」

「初めて?」

「ええ。初めて!」

「それは・・・・・・」

「それは始まりの提督が作った建造ドックに決まっているでしょう! いつまで話を引き延ばすんですか!!」

今までじっと黙って後ろに立っていた比叡が苛立ったように話に割り込んだ。

比叡は金剛型の姉妹の中でも金剛への思いが強いと言う。耐性のある私でもむかむかすることがあるのだ。回りくどく、もったいぶったジャーヴィスの態度に、尊敬する姉がからかわれているのかと彼女が怒るのも無理からぬことだろう。

 

始まりの提督が原初の明石や夕張、自衛隊や民間の研究者と共に作った建造ドック。

それこそが世界で初めての建造ドックであり、栄えあるその一号機が海軍省に置かれ、レプリカが艦娘博物館に設置されている。

 

「そんなことは艦娘ならば常識です! ふざけているのですか!」

声を荒げる戦艦に対し、駆逐艦は動ぜず首を振った。

「Non、私はふざけてなどいないわ」

「比叡、落ち着くネ。話を聞く約束ヨ」

金剛がすっと手を挙げると、比叡は不承不承といった体で頷き、壁際へと戻った。

 

「妙な言い方をするネ。まるで海軍省にある物が偽物みたいな言い草デス。明石が知ったら卒倒するヨ」

「ええ。ある意味ではその通りね。なぜなら、海軍省にあるものは本当に初めて作られたドックではないと私は確信しているんですもの!」

「な、何ですって!」

 

米国で散々テーブルマナーについてサラトガに教えてもらった身としては、ティータイムに大声を出すことについてはどうかと思う。だが、この場合は仕方がないだろう。海軍省にある物が初めて作られた物でないとしたら、本物はどこにあるのか。

 

「あら。ジョンストンはこの間見たばかりよ。ダーリン達なんかしょっちゅう見ているんじゃない?」

ウインクをしながら言ったジャーヴィスの一言に、私達江ノ島組の3人は大きく目を見開いた。

 

「ま、まさか・・・「まさかすりぬけくんが!! って、ちょっと。痛いですよ、しれえ!!」」

いい具合に反応しようとしたのに、雪風に邪魔され、腹が立ったのかヨサクが雪風にでこぴんを見舞う。全く我らが提督と初期艦はどうしてこう、放っておくと漫才のようになるのだろう。

というか、ヨサクはジャーヴィスから報告書をもらっているんだからとっくに知っているでしょうに。

 

「あれが初めて作られたドックと? 証拠は? 無ければただの妄想デス」

低い声で金剛は先を促した。

 

「どの国の建造ドックにも通常シリアルナンバーが振ってある。海軍省の物は栄えあるそのナンバー1。でも、すりぬけくんにはそれが無い。ここで考えられるのは三つ。何らかの欠点があり登録を抹消された物か、違法に作られたものであるか、もしくは何かの事情で特別に作られたものか。まず一つ目については先ほどの霧島の説明にもあった通りあり得ない。軍の最重要機密である建造ドックの管理は厳重。その登録を確認してもらっても、そうしたドックは見当たらなかったわ。同じ理由で二つ目も違う、建造ドックの情報は例え提督であっても手に入れることはできない代物。その設置や廃棄に関しても厳格に事細かに定められている。おまけに建造ドック関係の資料は大本営の資料室に厳重に保管されていて、余程上の階級の者でなければ見ることすら叶わない。民間に情報が流失して非合法に作られたり、軍内部で無許可に作られたりということは考えられないわ。金剛の言う通り、そんなことをしても割に合わないし。では、三つ目についてはどうかしら」

 

「特別に作るってどんな事情よ。まあ、姉さんが建造できるドックなんて言ったら、それこそ夢のようなドックでしょうけど」

「あのドックの持つ特殊性。グレカーレやフレッチャーを生み出した特殊性から、海軍の研究者が密かに夢のドックを目指し研究していたものじゃないかと考えるのは妥当ね。でも、それは結果であって本来は違うの」

 

「意味が分からないヨ、名探偵」

「あのドック、すりぬけくんの出自をややこしくしているのはまさにそこでね。すりぬけくんは当初は普通の建造ドックとして作られたのではないかしら」

 

「どうしてそう言い切れるのよ」

「主に二つあるわ。一つはお金の流れ。今はインターネットで何でも調べられる。海軍省の予算も資料を探せばすぐ出てくるわ。艦娘が誕生してから国の予算については国民の見る目も厳しいものね。機密費だの開発費だのと名称を変えても、結局は予算の項目にきちんと書かざるを得ない。あのドックの特性上、大量の資材を使う筈。ところが、この20年、艦娘関係の予算は主に退役後の福利厚生が増大しているのみで他に目立った変化はないの」

 

「それは確かです。この霧島が逐一チェックしていますから」

部屋の隅から霧島の冷めた声が飛んだ。

「もう一つはそれに関連しての稼働実績ね。もし海軍省の許可の元そんなに強力なドックが作られたのならば、大本営で秘匿していていざという時に使い、その成果を大々的に喧伝するわ。なぜって、予算を割いて作ったドックなのよ。予算の無駄遣いではなかった。これこの通り実績がありますと見せるのが普通よ。そうでないと次年度から予算を削られるのだから」

「お役所仕事は世知辛いからネ。色々と切り詰めないといけないのデス」

金剛はわざとらしくため息をついた。

 

「明らかに特別なドックなのに、初めからそれを意図して開発した形跡がどこにもない。ここまで考えた時に私の中に閃いたものがあったの。なぜすりぬけくんを特別視するのか。元から特別だったのではなく、後から特別になったとは考えられないかって」

 

「意味が分からねえぞ。すりぬけくんはすぺしゃるじゃねえのか」

「もちろんspecialよ。でもそれは後からそうなったのではと考えたら、これまで疑問に思っていたことを全て説明できることに思い当たったの」

 

「どういうことよ」

「初歩的なことよ、ジョンストン。例えばあなたが初めて作る料理を今度ダーリンに御馳走しようとするわね。いきなり出すかしら」

「そんなことしないわよ。事前に自分で作って味見してみないと」

私の答えにジャーヴィスは満足そうに頷いた。

「その通り。普通は試すわよね。そして、それはどんなものでもそうじゃない?」

「まさか・・・・・・」

「Yes。正規品を作る前に、普通作るのではないかしら。試作品を!!」

「すり「すりぬけくんが試作品だとお!? って、痛え! 何すんだ、こら!」」

今度は雪風がヨサクの足を踏んづけている。何なんだろう、この二人は。仲がいいのか、悪いのかよく分からない。

 

「これがさっきのなぞなぞの答えよ。違法に作られてない。でも正規品でもないドック。今大本営にある建造ドックシリアルナンバー1の試作品。それがすりぬけくんの正体。そう考えれば色々と辻褄が合うわ。ナンバーもなく、海軍省マークもないこと、正規ドックの台帳に載ってないこともね」

 

頭の中の霧が晴れていくようだった。ここ数日頭を悩ませた問題がこうも簡単に説明がつくとは思わなかった。確かにそれならばナンバーも海軍省マークがないことも納得できる。その当時発足していない海軍省のマークをどうしてつけられるだろう。そして試作品ということならば不安定な挙動にも説明がつく。

 

「大本営の明石に取り寄せてもらった建造ドックの歴史に関する資料に載っていた写真を

引き伸ばしたものよ」

ジャーヴィスは帽子の下からコピーを取り出すと、それをヨサクに手渡した。

机に置かれたそれをじっと見ると、確かにナンバーもマークもつけられてはいない。

 

「一緒にもらった書類にはこう書かれていたわ。『2000年1月15日海軍甲型招魂装置の開発に着手。同年7月30日試作機が完成』、と。でもその試作機のその後の足取りについては明石も知らないらしいの」

歴史の闇に埋もれ、消えていった筈の試作建造ドック。それがよりにもよってうちの鎮守府に存在するとは。一体どういった巡りあわせなのだろう。

 

「初期の深海棲艦騒ぎの混乱で、書類から漏れたのかもしれないネ」

金剛は首に巻かれたスカーフを抑えながら、わざとらしく首を振った。

 

「あれが試作品とは驚きデス」

「あら、そうなのね」

ジャーヴィスは微笑みつつ爆弾を投げ込んだ。

 

「てっきりよく知っていると思ったわ。貴方が生まれてきたドックの筈だから」

 

その場にいる者が皆言葉を失った。唯一、館の主である金剛だけが我関せずといった体で紅茶を飲み続けていた。ことりと彼女がカップをテーブルに置くと、その音で私達は我に返った。

 

「金剛さんがすりぬけくんからつくられたなんて信じられませんよ!」

雪風は叫んだ。

 

「すりぬけくんは戦艦や正規空母は建造しない筈です!」

「お前は少し黙ってろ」

 

二人のコントは場の空気を一瞬弛緩させたが、当事者である金剛が無言で続きを促すと、場の雰囲気は一気に重苦しいものとなった。

 

「あちこちの伝手を頼り、貴方の経歴を調べさせてもらったの。17年前に現場から退いて今の立場になるために苦労したようね。でもどの経歴を見ても、貴方がいつ建造されたかが書いてはなかったわ。退役して、海軍省に勤め始めたところからスタートしている。艦娘養成学校の歴代の卒業生名簿、その後の配属先。全て調べたわ。でも、貴方と同じ経歴をもつ金剛はどこにもいなかった」

「建造で生まれたんデース。鎮守府のネ」

「あら、そう。じゃあ、答えられる筈ね。貴方のナンバーは?」

「ナンバー?」

「ええ。ナンバー。さっき私と榛名が言っていたじゃない」

金剛は眉をひそめながら低い声で言った。

 

「ナンバーは1デス」

「・・・・・・」

 

その答えに、その場にいたヨサクと雪風以外のものが息を呑む。

ただ一人ジャーヴィスだけがにこにこと頷きながら、再び立ち上がった。

 

「Really? それはすごいわね」

「それがどうしたと言うのデス」

金剛の問いを無視するかのように、ジャーヴィスは霧島に尋ねる。

「霧島、あなたのナンバーは?」

霧島は一瞬金剛の方を見、震える声で答えた。

「・・・・・・15です」

「え? 霧島さんは4なのでは?」

意味が分からないと雪風が首を傾げる。その彼女の様子に金剛型の姉妹は動揺を隠せない。

 

「ああ。もしかして勘違いさせてしまったのかしら。ナンバーは何番艦って意味ではないのよ、雪風」

名探偵は冷徹な事実を告げる。

「ここで言うナンバーというのはね、建造された時のドックのナンバーなの。建造された艦娘なら暗唱で言えるわ。普段は使わないけどね。そしてそこからどこの鎮守府のドックかも分かる。ちなみに3は呉。15は佐世保ね」

「で、では、さっきジャーヴィスさんが言った、99とは」

「ああ、あれはドロップ艦ということ。うちの鎮守府では私とジョンストンが該当するわ。ところで金剛、貴方はナンバー1らしいけれど、そうすると大本営のドックで生まれたということになるわ。それでいいかしら」

ごくりと私は喉を鳴らす。昔と違い、多くの建造ドックがある現在、ナンバー1を名乗れる艦娘自体数少ない。私自身知っている艦娘がいるとすれば、通称誉れ高き一期生と言われ、先ごろ大湊に着任した鈴谷ぐらいのものだろう。

 

「勘違いデシタ。覚えていマセン」

金剛は怒鳴るように言った。

「そう。勘違いは誰にでもあるものね。ところでナンバーが言えない艦娘は他にもいるのよ。ねえ、雪風。あなた、ナンバーは?」

「んもう、知っているじゃないですか! 雪風は江ノ島生まれですよ!! でも、あれ。しれえ、ナンバーってありましたっけ」

「ねえよ」

「そう。すりぬけくんはナンバーがないから仕方がない。そう言うしかない。これはうちの鎮守府で生まれたグレカーレたちにも言えること。そして、ここまでの会話で何か気付いたことがないかしら」

「気付いたこと?」

私の反応に、ジャーヴィスは気を良くする。

「ええ。金剛と雪風だけが、建造ドックのナンバーが相手の生まれたドックだということを知らないの。おかしいわね」

「どういうことデス!」

と金剛は早口に言った。

 

「あら先ほども言ったじゃない。各建造ドックにはナンバーが振られているって。それぞれの鎮守府にあるドックから生まれた艦娘にとっては自分が生まれたドックのナンバーを覚えているなんて常識よ。でも、そうしたことを知らない人達もいるでしょう。例えば自分達のドックにナンバーが無かった人たちなんかは特にね」

 

「・・・・・・」

「賢明な貴方は私と榛名の会話からナンバーとは何番艦を示すものではと考えた。だからナンバー1と答えたのよ。それが私の仕掛けた罠とも知らずにね」

「罠?」

「ええ。金剛が私のことをよく知らないようだからね。榛名のナンバーはあらかじめ知っていたわ。ナンバーが建造ドックのことを示すことを知らない人からは勘違いしやすかったかもしれないわね」

苦笑し、わざとらしく肩をすくめるジャーヴィス。

「ナンバーがないすりぬけくんから建造された雪風と同じ反応。これこそがあなたがすりぬけくんから建造されたのではという証拠よ。いかがかしら」

 

金剛は口元をきつく結び、ジャーヴィスを睨んだまま視線を動かさない。

そこには先ほどまでの可愛らしい駆逐艦に向ける余裕はない。相手を射殺さんばかりの鷲のような鋭さがあった。

 




証拠品一覧
海兵帽・・・・・・名探偵七つ道具の一つ。どういう原理か様々な物を取り出すことができる。
鹿撃ち帽・・・・・シャーロックホームズミュージアムで購入したジャーヴィスの宝物。屋敷に入る前に取り上げられた。
明石の資料・・・・海軍甲型招魂装置の開発の歴史について書かれている。2000年1月15日に開発に着手。同年7月30日に試作機が完成とのこと。
明石の証言・・・・「試作機は大本営にはない。その後の足取りは不明』
試作機の写真・・・海軍マーク、シリアルナンバーはない。裏底の右隅に1ともIともとれる印が刻まれている。
         


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幕間⑦ 「とある偉大なる人たちのグループライン」

100回記念に趣味全開で書いていたのが途中だったので投稿しました。時系列的にはジャーヴィスが調査している間の話かなといった感じ。




【お互い元気してた? ハンドルネームだと分からないから、みんな艦名も書いてね。ついでに仕事の話は禁止だよ~】

 

ノースアップ:北上

  ほい、ほい。みんな、おひさ~。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  相変わらずのノリだね、北上。何だい、ノースアップって。

 

タイムレイン:時雨

  与作のせいだよ。適当に僕たちにコードネームとか言ってつけたんだ。

 

ノースアップ:北上

  という割には、しっかり使ってるじゃん。相変わらずツンデレなんだよなあ。いや、ヤンデレ?

 

タイムレイン:時雨

  何だい、ヤンデレって! 僕は病んじゃいないよ!!

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  まあまあ。同じ鎮守府にいるんだから、落ち着いて落ち着いて。それより、他の人はまだかい?

 

ノースアップ:北上

  そういや、遅いね。オイゲンくらいは普通に来そうだったんだけど。

 

紅茶とパンケーキ:ウォースパイト

  あら、残念。ご期待に添えなかったみたいね。せっかくのお招き、遅くなってごめんなさい。

 

タイムレイン:時雨

ウォースパイト!! 本当に久しぶりだね!! 元気にしているのかい。与作が色々とやらかした件ではありがとう。本当に助かったよ。

 

紅茶とパンケーキ:ウォースパイト

  そう貴方に言ってもらえて嬉しいわ。あの時は無我夢中だったけれど、ヨサクが彼の息子だったと聞いて、私は自分自身のしたことが今とても誇らしいの。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  ウォースパイトもいきなり核心をつくね。驚きだったんじゃないかい?

 

ノースアップ:北上

  あたしたちだって驚きで、時雨ちんなんて提督にびんたかましてたからね。

 

タイムレイン:時雨

  じ、自分だってドロップキックしてたじゃないか!

 

紅茶とパンケーキ:ウォースパイト

  あらあら。随分と元気になったのね、二人とも。伝え聞く話とは大違いだわ。ヨサクのお蔭かしら。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  それはあるだろうね。そもそも彼が提督にならなければ、私達もこうして話していたか分からない。

 

南東の風推し:長門

  皆久しぶりだな、息災なようで何よりだ。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  長門は相変わらずいきなりだね。何だい、南東の風って。

 

タイムレイン:時雨

  響、聞かない方がいい。長くなる。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  ああ、それで了解した。全く、昔から変わらないね、長門は。まあそこそこ会っているとは思うけれど。

 

南東の風推し:長門

  何を言いたいのかさっぱり分らんが、私は変わってないぞ。

 

ノースアップ:北上

  相変わらず大淀に怒られてんの?

 

南東の風推し:長門

  な、何を言っている、北上。それでは私が始終大淀に叱られているみたいではないか!

 

ノースアップ:北上

  あれ、おかしいなあ。明石からはそう聞いているんだけど。

 

南東の風推し:長門

  た、たまに意見の相違があるだけだ。決して仕事中にDVDを見ていたのがバレたから、とかではないぞ!

 

タイムレイン:時雨

  さすがに仕事中はどうかと思うよ・・・・・・。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  長門は変わらないね! みんなー、久しぶり!!

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  おや、ようやく来たね、オイゲン。随分久しぶりじゃないか。

 

タイムレイン:時雨

  オイゲン! 元気にしてたのかい?

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  Danke、時雨! うん、元気元気! 響―! よく私の居場所わかったね。誰にも知らせてなかったのに。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  知らなかったのかい? 大魔王からは逃げられないんだよ

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  大魔王? 響はデーモンなの?

 

紅茶とパンケーキ;ウォースパイト

  あら初耳ね。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  鬼頭提督からお礼だともらった漫画の中の台詞だよ。

 

タイムレイン:時雨

  また、ヨサクは余計な物ばかり贈って。ごめんね、響。気を付ける。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  いや、普通に楽しんで読んでいるから平気だよ。

 

ノースアップ:北上

  そうだよ、時雨ちん。絶対提督は100%好意だよ、それ。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  提督? 提督ってどういうこと? 北上と時雨は復帰したの? 

 

ノースアップ:北上

  え!? そこから? オイゲン、フレッチャー偽装事件って知ってる?

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  何それ。フレッチャーって米国の駆逐艦だった子よね。それが何か?

 

南東の風推し:長門

  ふむ。そこからか。かいつまんで話すとだな。時雨と北上の提督がフレッチャーとジョンストンという艦娘を救い、米国の艦娘が救われたという話だ。

 

タイムレイン:時雨

  かいつまみ過ぎだろう! もうちょっとどうにかならないのかい!

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  そうだね。時雨とすると、自分の提督の自慢がしたいしね。

 

タイムレイン:時雨

  ち、違うよ。長門のは端折りすぎじゃないか。

 

紅茶とパンケーキ:ウォースパイト

  米国の元大統領がその権力を利用して、日本の江ノ島に顕現したフレッチャーを誘拐しようとしたことから始まった一連の事件のことを、フレッチャー偽装事件と呼んでいるわ。大規模作戦の際に手に入れられなかったフレッチャーに固執した元大統領は、たまたまドロップした同型艦ジョンストンを監禁し、彼女にフレッチャーであることを強いたの。でも、結局は偽物。我慢できなくなった元大統領は江ノ島にいるフレッチャーを奪おうとし、返って江ノ島の提督に逆襲され、全世界に醜態をさらすこととなった。この事件をきっかけに米国内での艦娘の扱いが議論され、多くの艦娘が救われることになったわ。

 

ノースアップ:北上

  字面かしてもすごいことやってんだよね、うちの提督。

 

南東の風推し:長門

  ああ。近くで見ていて痛快だったぞ。あのロリコンの風上にもおけぬ外道が成敗されるのは。まさに胸がすく思いだったな。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  へええ。それが、時雨と北上の提督、与作って訳ね! すごいじゃない!

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  それだけじゃないよ。その提督というのが、私達の提督、紀藤提督の息子だったのさ。義理だけど。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  ええええええええええええええ!!!!! そ、そんなことadmiralさん、一言も言ってなかったよ! 鳳翔と結婚するとしか!

 

南東の風推し:長門

  鳳翔だけに教えていたようだ。教えてもらえなかったのは残念だが、提督ならばそうするだろうなとは思う。

 

紅茶とパンケーキ:ウォースパイト

  そうね。彼ならばそうするわね。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  おや、さすがに戦艦組は物分かりがいいね。時雨とは大違いだ。

 

タイムレイン:時雨

  だから、僕だけじゃなくて、北上だって怒ってたんだってば!

 

ふぇにっくす:ほうしょう

  ふしょうのむすこがすいません

 

ノースアップ:北上

  え!? 鳳翔さん? 鳳翔さんなの?

 

ふぇにっくす:ほうしょう

  はい。ばかむすこがすいません

 

紅茶とパンケーキ:ウォースパイト

  お久しぶりね、鳳翔。元気にしていたかしら。酷く落ち込んでいた貴方の様子が知りたかったのだけれど、全然情報が入らなくて。

 

南東の風推し:長門

  それは仕方がない。鳳翔の居場所は誰にも知らせないと言うのは元帥からも言われていたことだからな。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  三人ともさすが大人だね。私はどうしてそう平仮名ばかりなのか気になるんだけど

 

ふぇにっくす:ほうしょう

  もじをうちこんだらすぐえんたーをおせとあのこにいわれたものですから

 

タイムレイン:時雨

  ええっ!? 昨日鳳翔にパソコンを教えに行くってぶつくさ言って出て行ったのに!

 

ノースアップ:北上

  ええと、鳳翔さん。打ち込んだらキーボードの変換ってところ押してみて~。その後エンターを押すよ。

 

ふぇにっくす:ほうしょう

   はい 少々お待ちください。ああ、分かりました。

 

フェニックス:鳳翔

  直りました。凄いです。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  鳳翔! 本当に久しぶり~。元気そうで何より!

 

フェニックス:鳳翔

  オイゲンさんも、お元気そうで何よりです

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  Danke! それで鳳翔、何でフェニックスなの? どちらかというと、響じゃない? その名前。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  さすがにオイゲンは突っ込むのが的確だね。私もそう思ったよ。

 

フェニックス:鳳翔

  あの子がこうしたグループラインではコードネームが必要と。鳳翼天翔を略して鳳翔だから、フェニックスと。

 

タイムレイン:時雨

  うん、まあ。そうだと思ったよ。

 

ノースアップ:北上

  提督のセンスだもんねえ。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  ねえねえ、それで。与作ってどんな人なの? Admiralさんと顔は似てるの? 

 

フェニックス:鳳翔

  全然似ていません。口も悪いし、意地汚いし。昨日も私のことを覚えが悪い、とろいだ何のと。

 

タイムレイン:時雨

  僕たちをすぐがきんちょ扱いするし、すぐ無視するんだよ。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  ええ!? 何か、全然イメージと違う。

 

ノースアップ:北上

  そもそももう40過ぎのおっさんだしねー。オイゲンの思っているイメージと全然違うと思うよ~

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  そんな人よく提督にしたね、二人とも。私達の提督なんて有名になりそうじゃない。そんな酷い人の艦娘にならなくても

 

タイムレイン:時雨

  いや、そこまでじゃないよ。

 

フェニックス:鳳翔

  そうです。いい所もきちんとあります。そこまで酷くはありません。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  え!? ど、どっちなの? さっきの話だとすごいことをしたって言うし、でも口も悪いし意地汚いんでしょう?

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  評価に難しい人物だね。時雨達の言う通りとしか言えないな。

 

フェニックス:鳳翔

  どちらもあの子です。いい所もあるし悪い所もあります。残念ですが、悪い所の方がすぐ目につきますが。

 

ノースアップ:北上

  するめみたいなんだよねえ、うちの提督。嚙み締めないと良さが分からないのさー。

 

南東の風推し:長門

  我々の業界では神などと呼ばれてもいるな。色々と言いたいことはあるが、艦娘のためになることをしたのは確かだ。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  宗谷によく来るから話すけど、艦娘に対しての偏見がまるでないよ。鳳翔のお蔭かもしれないね。

 

フェニックス:鳳翔

  響さん・・・・・・。嬉しいです。

 

紅茶時々パンケーキ:ウォースパイト

  私の下から大切なジャーヴィスを彼の下に送ったの。一度会って話をしてみたいわね。

 

タイムレイン:時雨

  え!? ウォ、ウォースパイトが与作と? どうしてだろう。あまり碌なことにならない気がするのは。

 

ノースアップ:北上

  やれやれ。過保護すぎるんだよね、時雨ちんは。はてさて。それではここらで爆弾を。

  海外艦のお二方は特に観てみそ。あたしたちしか観られないようにしてあるから安心してー。

htttps:www.bokobokovideo/watch/sm000008

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

おや。鬼頭提督の踊ってみたの動画かな?

 

紅茶時々パンケーキ:ウォースパイト

   ああ。あれね。こちらでも話題になったわよ。って雪風? どういうことかしら。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

    ふえ? この雪風。何か懐かしい気がする。気のせい? え!? こ、これ・・・・

 

   動画の中で手を振る雪風。その様子に釘付けになる偉大なる7隻達。

ぜかゆき「皆さん、お久しぶりです! 色々あって雪風、戻ってきちゃいました。完全な形ではないですが、江ノ島の雪風ちゃん、よっちゃんともどもよろしくお願いします!!」

与作「だから、よっちゃんはやめろと言っているだろうが!」

 

画面に映りこんだ与作の姿に、鳳翔は口元を緩めた。普段の彼ならば滅多に見せない表情だ。

ぶっきらぼうな彼が照れるなどと。

 

与作「あー。その、何て言うかな。俺様があのおっさん、紀藤修一のなんつーか、義理の息子って奴だ。今まで隠していて悪かったな」

 

時雨はふふと笑みをこぼす。与作が自分から謝るなどと、明日の天気は雨に違いない。

 

与作「うちの鎮守府に来た二人と響には伝えたがよ。面倒くさいんで後は一緒にってことでこの動画を送らせてもらったわ。色々聞きたいこともあるだろうが、微妙な話になるんで、直接会った時にしてもらいてえ。特に戦艦、空母、重巡は歓迎だ」

 

北上はあちゃーと提督の平常運転振りにため息をつく。そんなことを言ったら、時雨や鳳翔がどう反応するか、火を見るよりも明らかだろうに。

 

与作「とにかく、近くに来たらうちに寄ってくれ。茶の一杯でも出して、あのおっさんの恥ずかしい秘密でも教えてやるからさ。歓迎するぜ。あ、ばばあは駄目だからな」

 

ぷつりと切れた映像を前に、オイゲンはしばし感慨にふけっていた。冒頭に出てきた雪風はまさしく自分が知っている雪風だ。彼女がどうして今あの場にいるのか。溢れてくる涙を止めることができない。もう会えないと思っていた友人に会えることはここまで嬉しいものなのか。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

   あの・・・・・・。どうして?

 

ノースアップ:北上

   詳しくは言えない。というかよく分からないのさ。うちの建造ドックでつくられた雪風なんだけど、どういう訳だかあの雪風の魂も一緒についてきたみたいなんだ。

 

紅茶時々パンケーキ:ウォースパイト

   そんな奇跡みたいなことが・・・・・・。ごめんなさい。私もびっくりして考えがまとまらないわ。でも、ヨサクならあり得るのかしら。彼の息子ですもの。

 

ノースアップ:北上

   うん、まあ。それに関しては提督自身の運とか頭のおかしい建造ドックとか色々と要因はありそうだけどね。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

   でも、彼女はあの雪風なんだよね。そうなんだよね。

 

タイムレイン:時雨

   うん。話をしたけど、雪風に間違いないよ。今は混乱するから与作がつけたぜかゆきってあだ名で呼ぶようにしているけど。

 

ノースアップ:北上

   独り芝居しているみたいな感じだね。でも、ぜかゆきも江ノ島の雪風も何気に性格が違うから面白いよ。あたしたちの知っている雪風、ああ、ぜかゆきね。あの子はやたらお姉さん風ふかしているし。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

   へえ。あの雪風がねえ。何かきっかけがあったのかなあ。

 

タイムレイン:時雨

   なんでも陽炎型で紀藤提督に子どもができた時にはお姉さんと呼ばせようという計画があったらしいよ。それを思い出したんだって。

 

紅茶時々パンケーキ:ウォースパイト

   それはいいわね。私も呼んでもらいたいわ。

 

ノースアップ:北上

   ウォースパイトはどちらかというとお姉さまって感じじゃない?

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

   ちょっとしか観られなかったから、雪風とも話をしたいなあ。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

   実際に会ってみればいいさ。

 

南東の風推し:長門

   しかし、私は実際に何度も会っているんだがな。まるで分らなかったぞ。

 

タイムレイン:時雨

   それは僕らもさ。どうも本人に聞いたところ、ずっと眠っていたみたいだね。大湊で与作が馬鹿なことをしでかして、それがきっかけで起きたみたい。

 

紅茶時々パンケーキ:ウォースパイト

   あら、それはどんなことかしら。興味あるわね!

 

タイムレイン:時雨

   いや、ろくでもないことだよ。

 

ノースアップ:北上

   うんうん。時雨ちんがびんたをかまし、あたしがドロップキックを見舞うぐらいのね。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

   ず、ずいぶんとバイオレンスな鎮守府ね。ますます与作ってどんな人物か気になる~。動画だけ見たらちょっと暗そうなおじさんにしか見えないけど。

 

タイムレイン:時雨

   うん、まあそうだね。会ってみないと分からないかも。

 

ノースアップ:北上

   提督、外見とあの口調で大分損しているからなあ。結構ファンはいるみたいだから、びっくりだけど。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

   おや、初耳だね。時雨が嫉妬するんじゃないかい。

 

タイムレイン:時雨

   ちょっと、響。嫉妬なんてやめてよ。与作が酷い事ばかり言うから元ペア艦としてたしなめているんだよ。

 

ノースアップ:北上

   ほらー。すぐ昔の彼女感を出したがる。だから、ヤンデレって言ったんだよ。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

   ヤンデレー? 何それ。

 

ノースアップ:北上

   あ、まずい。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

   北上、言葉には気をつけないと。また日本文化が妙な形で海外に伝わるよ。オイゲン、気になるなら後で自分で調べてみるといい。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

   そう? うん、まあそうするー。ところで、さっきから全然鳳翔さんが書いてないね。どうしたのかな。

 

タイムレイン:時雨

   なんとなく想像はつくけど。

 

ノースアップ:北上

   あー。あたしも。

 

フェニックス:鳳翔

   すいません。ちょっとあの子に電話をかけていました。私をばばあ呼ばわりした揚げ句締め出そうなんて。まったくとんでもない子です。

 

南東の風推し:長門

   今をときめく鬼頭提督も、鳳翔にかかっては形無しだな。だが、私は安心したぞ、鳳翔。

 

フェニックス:鳳翔

   どういうことですか、長門さん。

 

南東の風推し:長門

   あの時のお前は本当に目も当てられない有様だった。私も責任を感じたものだ。

 

フェニックス:鳳翔

   誰のせいでもありません。私自身の問題ですから。

 

紅茶時々パンケーキ:ウォースパイト

   そんなことはないわ。私も心配していたのよ。でも元気になったようでよかったわ。これもヨサクのお蔭かしら。

 

フェニックス:鳳翔

   ふふ。どうでしょう。苦労ばかりかけさせられて、いつもばばあ呼ばわりですけど。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

   鳳翔をばばあ呼ばわりってすごいね。ふざけているのかな。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  いや。どちらかというと彼なりの親しみの籠め方だと思う。私や時雨なんかは彼の中ではがきんちょだしね。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  え!? 響や時雨ががきんちょなの?

 

タイムレイン:時雨

  うん。何度艦娘は外見通りじゃないと言っても聞く耳持たず、常にがきんちょ扱いだね。

 

ノースアップ:北上

  まあ、うちの鎮守府の駆逐艦率が異常に高いのもあるかもしれないねー。

 

南東の風推し:長門

  ああ。羨ましい限りだな。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  何か話を聞けば聞くほど一度会ってみたいかも。

 

タイムレイン:時雨

  オイゲンなら歓迎すると思うよ。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  そうだね。それで、酷くショックを受けること請け合いだね。

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

  ええっ。何で何で。

 

ノースアップ:北上

  北上さまはあんましそう思わないけどね。おもろいおっさんだよ。

 

フェニックス;鳳翔

  口は悪いですが、優しいところもありますから。一度話をしてあげてください。

 

紅茶時々パンケーキ:ウォースパイト

  あら、ずるい。私も何かの折にはお話しさせて欲しいわ。その輪に加えてくださらない?

 

タイムレイン:時雨

  ええっ。いや、その。ウォースパイトはやめておいた方がいいと思うよ。日英間のとんでもない問題になるかもしれないし。

 

ノースアップ:北上

  これこれ。心配し過ぎ。というか、絶対、嫉妬だね、こりゃ。そりゃウォースパイトだったら提督は喜ぶこと請け合いだしね。・・・・・・若いとか言いそうだけど。

 

紅茶時々パンケーキ:ウォースパイト

  あら、嬉しいわね。オールドレディと呼ばれている私をそういう風に見てくれるなんて。

 

タイムレイン:時雨

  いや、そういう意味じゃないんだけどね。んんっ。とにかく、その時には同席させてもらうよ。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  どうにも時雨は彼に関して心配したがる傾向にあるね。元ペア艦だからかい?

 

フェニックス;鳳翔

  ごめんなさい。あの通りの性格なので、ご苦労をかけたと思います。

 

タイムレイン:時雨

  いやいや。気にしないでよ、鳳翔。そこそこ楽しんでやっているからさ。

 

フェニックス;鳳翔

  他の皆さんも、色々とご迷惑をおかけしていると思います。根は悪い子ではないので、何かありましたらご連絡ください。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  鳳翔もなかなかに心配性だね。私自身は別に迷惑などかけられていないよ。むしろ時々愚痴を言いに来る戦艦の方が迷惑に感じる時があるくらいだね。

 

南東の風推し:長門

  ほう。それは困った奴だな。私から言っておいてやろうか。

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  無自覚万歳だね。

 

ノースアップ:北上

  あたしも提督のお蔭で色々と吹っ切ることができたからね。そこまで気にしなくて平気だよ、鳳翔さん。

 

フェニックス;鳳翔

  そう言っていただけて何よりです。

 

南東の風推し:長門

  お互いに忙しい身だ。名残惜しいがそろそろ通信を終わるとしよう。あれから月日は経ったが、お互いに息災で何よりだ。またいつの日か会おう、友よ。

 

紅茶時々パンケーキ:ウォースパイト

  再会を祝して乾杯と行きたいところだけど、生憎の執務中なの。アークロイヤルが特別に時間を作ってくれてね。だから、お互いに杯を合わせるのはいつか顔を合わせた時にとっておくわ。その日まで、元気で。my lovely friends!!

 

セッツブーン:プリンツ・オイゲン

 皆に会う日を楽しみにしているね! 日本にも行ってadmiralさんのお墓参りしたいし!

 

ウォッカも飲むよ:響時々ヴェールヌイ

  お台場で私と宗谷と握手だよ。

 

ノースアップ:北上

  ああ、その時は提督も言ってたけど、江ノ島で会うのもいいかもね。同窓会ってやつでね。

 

タイムレイン:時雨

  また与作が文句を言いそうだけどね。

 

フェニックス;鳳翔

  館林にもいらしてください。ささやかながらご馳走させていただきますし、あの人とあの子が住んでいた家もありますから。

 

【南東の風推しがログアウトしました。】

【紅茶時々パンケーキがログアウトしました。】

【セッツブーンがログアウトしました。】

【ウォッカも飲むよがログアウトしました。】

【ノースアップがログアウトしました。】

【タイムレインがログアウトしました。】

 

         【23:58 グループラインが終了しました。】

 




登場人物紹介

プリンツ・オイゲン・・・・・・その後ヤンデレについて調べ、時雨の変わりようを心配する。
長門・・・・・・・・・・・・・没収されたDVDを返してくれと喚く様はとてもとても言葉では言い表せなかったとは目撃した鹿島談。
ウォースパイト・・・・・・・・踊ってみた動画を観て踊ったことを話そうと思っていたのに、それを忘れていたことに紅茶を飲んでから気づく。
響・・・・・・・・・・・・・・一番のお気に入りはもちろんポップ。後はまぞっほ。その他与作がくれた漫画から、障害物を壊してでも前に進むという危険な行進をする学校があることを知る。
時雨・・・・・・・・・・・・・実は密かに秋津洲やフレッチャーに料理を習い、その上達に余念がない。
北上・・・・・・・・・・・・・そういや忘れてたと与作に着せる服を改めてデザイン中。途中を観たグレカーレ曰くゴッドファーザーみたい、とのこと。
鳳翔・・・・・・・・・・・・・ログインの仕方は聞いたが、ログアウトの仕方は聞かず、自動で終わるものだと誤った認識をもつ。


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幕間⑧   「ある日の提督グループライン6」

幕間が続くとなあ、と思いつつ書いてあったので投稿。

感想の方でいただきましたが、本編が煮詰まったり、作者のストレスが溜まるとなぜかグレカーレと彼らのやりとりが書かれるんです。書き始めるとやたら文字数が増加するのが不思議。

いつになったら演習で会うのだろう。
おそらく偉大なる人たちと同じ時間帯にラインやってると思います。


【提督養成学校第16期A班】おっさん伝説にまた一ページ【鎮守府も書いてね】

 

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  みんな、ニュース見たか? って前も同じようなこと書いた気がするが。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ああ、見た見た。なんで国会でおっさんの名前が出とるねん。名取が淹れてくれたお茶飲んでて吹き出しちゃってさ。曙に怒られて散々だよ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  意味が分からん。それは我々の業界ではご褒美だぞ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  お前の方が意味が分からん。相変わらず拗らせてんな、ロリコンは。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  それより、おっさんよ。どうしてあの人はああ話題に事欠かないんかね。うちの夕立もおっさんのことよく知っているんだけど、ニュース見て目が点になってたぞ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ソロモンの悪夢を呆然とさせるなんて、さすがはおっさん。我らがリーダー。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  神だからな。仕方がないぞ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  出た。例の神発言。もうどっかで新興宗教団体を設立しそうだな。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  失礼な。既に我々の同志は全世界に存在しているぞ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  マジか。ってか世界中ってそんなにロリコンが多いのかよ。全く世も末だな。

 

コンソメ:呉鎮守府

  白露型にやたらこだわるお前も大して変わらんと思うが。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ロリコンやぽいぽい教徒がはびこる。全く寒い時代だと思わんか。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ワッケイン司令!! ってか意味が分からん。白露型会は継続中なんだぞ。この間五月雨が着任してな。ほくほくしとる。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  なん・・・・だと!? 五月雨ちゃんが着任しただあ? ドジっ子属性NO.1との誉れの高いあの五月雨ちゃんが!! なぜお前なんかの所に!! うちの天龍と交換してくれ!!

 

マーティー:単冠湾泊地

  おいおい。お前の所、確か龍田がいるだろうが。そんなこと言ったら殺されるぞ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  ぐぎぎぎぎ。ぐやじい。なぜうちは天龍なんだ! 空母や重巡、軽巡とむさくるしくてかなわん。なぜに貴様に五月雨ちゃんが来るんだ!! 少しは分けろ!!

 

コンソメ:呉鎮守府

  落ち着け、ロリコン。そして、ドジっ子属性を語るならうちの吹雪を忘れるな。この間パンツが見えてるのに気づかず、五十鈴に指摘されててさ。可愛いさプライスレスだったぞ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  止めてるようで止めてねえ。パンツ教徒はしれっと燃料を投下するんじゃねえ。それにしても米国に続いて大湊でも伝説を作るなんてな。何なんだろう、あの人。特命提督とかなんかかね。

 

コンソメ:呉鎮守府

  あー、あり得る。というか、そう言われても普通に信じるな。特命提督K。うん、なんかドラマでありそうじゃない。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  うんうん。水戸黄門みたい。

 

マーティー:単冠湾泊地

  水戸黄門じゃないだろ。必殺仕事人の方が合っている気がする。

 

コンソメ:呉鎮守府

  それな。イメージピッタリだろ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  駆逐艦のために世にはびこる悪を斬る。うむ。K氏にぴったりだな!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  不吉なことを口走ってんじゃねえ。子泣き爺みてえにがきんちょにまとわりつかれている俺様がなんだってがきんちょのために何かしなきゃならねえんだ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  来ましたね、特命提督!! 

 

コンソメ:呉鎮守府

  待ってました!

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  神降臨!! 

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ふん。男に待たれても嬉しくねえな。これが峰不二子ならこちらから出向いて行くんだがね。

 

マーティー:単冠湾泊地

  安心安全の塩対応。さすがのおっさんスタンダード。にしても、おっさん。また大湊でやりましたね。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  やったというかやらかしたというか。まあ、成り行きだな、成り行き。俺様達はふつーに演習しに行っただけだぜ?

 

マーティー:単冠湾泊地

  ふつーに演習しに行っただけで、国会で名前が上がったりしませんよ!!

 

コンソメ:呉鎮守府

  いやいや。分かってます分かってます。そういう体で大湊を救いに行ったんですよね。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  そうそう。でも、よくあの武闘派大湊をのしましたね。あいつら戦闘き○がいのサイヤ人ってもっぱらの噂じゃないですか。

 

マーティー:単冠湾泊地

  うちのいけ好かない野郎が一発名を上げに行くとか言って、ぼこぼこにされてくすくす笑われてたもんなあ、大湊。おっさんの鎮守府、まだ立ち上げてすぐなんでしょう? どうやったらあそこに勝てるんですか。普段のトレーニングですか。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  普段のって言っても、大したことはしてねえぞ。俺様と朝練。その後時雨がしごくくらいだな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  は!? お、おっさんと朝練? おっさん、艦娘と朝練しているんですか。

 

コンソメ:呉鎮守府

  ラジオ体操とかランニングですか?

 

マーティー:単冠湾泊地

  ラジオ体操は朝練と言わんだろ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  あ、お前知らないな。真面目にやると滅茶苦茶疲れるんだぞ、ラジオ体操。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  夏休みか、全く。がきんちょどもが集まっているのは確かにラジオ体操かもしれねえがな。普通に戦闘訓練だぜ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  え!? か、艦娘と戦闘訓練? で、でもまあ、おっさんならあり得るか。普通にアトランタと闘ってたし。

 

コンソメ:呉鎮守府

  その後に偉大なる七隻時雨の特訓・・・・・・。何そのブートキャンプ。めちゃくちゃきつそうなんだけど。うちの子たちじゃ無理だな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ああ。うちの連中も耐えられるかなあ。白露型のNO.1を決めると言えば、ワンチャン白露が根性を見せる気がするが。

 

マーティー:単冠湾泊地

  それで、実際の演習はどうだったんです? 糞強かったでしょ、大湊。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

知るか。俺様も色々忙しくてな。雪風たちに任せていた。

 

コンソメ:呉鎮守府

  あの大湊とやるのに、指揮を艦娘にお任せ? すごい信頼感。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

そんなんじゃねえ。ただ単に野暮用があっただけだ。後はあいつらの俺様離れが目的だな。ああ、新入りのジョンストンの野郎が頑張ったみたいだぜ。

 

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  ええ!? つ、遂にジョンストンちゃんが着任したんですか!! それはめでたい!! お願いします、写メを、写メを送ってください!!

 

マーティー:単冠湾泊地

  落ち着け、ロリコン。欲望が駄々洩れだぞ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  ジョンストン、着任したんですね。具合はどうですか。うちの鎮守府でもみんなかなり心配してたんですよ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  そりゃ、あの映像を見ればな。俺と夕立は未だにあのクソ大統領を見つけたら、噛みつく用意があるぞ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  OK。お前は分かっている。五月雨ちゃんの件は許そう。

 

マーティー:単冠湾泊地

  何なんだ、お前のその上から目線。でも、そうですね。うちの連中も相当心配していましたよ。いつも冷静な妙高の眼光が鋭くて潮がびびっていましたから。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ジョンストンの様子か? まあ普通なんじゃねえか。あんまり心配しない方がいいぜ。本人も気にされ過ぎは嫌だろうからな。それより問題は相方で来た奴がうるさ過ぎることだ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ジョンストンの相方? どういうことですか。ジョンストン以外にも誰か江ノ島に着任したんですか?

 

コンソメ:呉鎮守府

  え!? また? というかジョンストンの相方ということはひょっとして。

 

マーティー:単冠湾泊地

  また、海外艦か?

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  な、何やら怪しげな雰囲気。というか、K氏。まさかとは思いますが。ジョンストンちゃんの相棒ですよね。さ、サミュエル・B・ロバーツちゃんでは?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  残念、外れだ。英国から来やがったジャーヴィスとか言う野郎だ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  ええええええええええええええええ!!!!!!! う、うそでしょおお!!!!!!!!!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  どうした、ロリコン。またレア艦か?

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  バッカ。全世界800万の我が同志に謝れ!!! ジャーヴィスちゃんだぞ、ジャーヴィスちゃん!! あのなあ、無知も大概にしておけよ。ジャーヴィスちゃんと言ったら我々の業界では大英帝国の至宝と言われる程の存在なんだぞ!! ジャーヴィスちゃんに一目会いたいがために、シャーロックホームズミュージアムの年間パスポートを買った奴もいるぐらいだ!!

 

コンソメ:呉鎮守府

  お、おう・・・・・・。相変わらず情報と情熱が偏ってんな。でもジャーヴィスか。何か聞いたことある気がする。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ジャーヴィスは有名だぞ。あのオールドレディ、ウォースパイトに次いで勲章をもらった武勲艦だ。ラッキージャーヴィスって言ってな。雪風みたいな幸運艦。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  そうラッキージャーヴィスだ!! もちろんドロップでしか顕現していない超レア艦だ。ま、まさかK氏。今回もまた例のドックから建造されたんですか?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  いいや。今回は交艦留学生とかいう奴だな。英国のウォースパイトからの依頼で来たとかほざいてたな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  英国のウォースパイト!? ウォースパイトって、まさかあの偉大なる七隻の? おっさんどれだけ人脈広くなってるんです!!

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  いや、俺はそれよりウォースパイトがジャーヴィスちゃんを送ってくれたことに対して驚きを禁じ得ないね。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

   え? なんでだよ。ただの交艦留学生だろ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  あのなあ、よっぽどK氏が気に入られてなければ普通あり得ないぞ。ジャーヴィスちゃんがどれだけのすごい艦かお前は分かってない。英国で探偵事務所を開いている彼女と関わりが持ちたくて、依頼を出そうとした同志は数知れず、中には実際に事件を起こそうとまでした過激派もいるくらいなんだ。英国支部長J・Bの活躍が無ければとんでもない大混乱に陥っていたところなんだ。おしゃまな駆逐艦ランキング堂々の3年連続一位の怪物なんだぞ、ジャーヴィスちゃんは。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  何がおしゃまな駆逐艦だ。ぺらぺらぺらぺら暇があったらずうっとしゃべってるぞ、あいつ。頭に来たんでな、少しは黙れとこの間頬っぺたを思い切り引っ張ってやったら、すぐさま頭突きをくれやがった。

 

コンソメ:呉鎮守府

  交艦留学生にも容赦がないですね。それにしてもジャーヴィスも負けてないな。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ただでさえ、うちの鎮守府にはやかましさランキング殿堂入りのグレカーレのアホがいるってのに、ジャーヴィスの馬鹿までまとわりついてくるからな。うるさくて仕方ねえ。最近耳栓の購入を真剣に考えているほどだぜ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  羨まし過ぎますぞおおおおおおおお。何ですか、そのほっこりとした鎮守府の心温まるワンシーンは。今度動画に撮って送ってくれませんか。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  あいつ等に比べたら、まだ最近建造した神鷹の方が相当マシだぞ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  え!? 打ち間違えですか? 飛鷹か隼鷹の。神鷹って建造できましたっけ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  いや、できないよ。うちの鎮守府が昨年の大規模作戦で見つけたのが初めてだもの。建造報告にも上がってないし、ドロップ艦の筈だぜ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  まさかと思うけど、またか? またなのか?

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  何がまたかは知らねえが、普通に建造で来たぞ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  出たよ、出た出た出た!!

 

コンソメ:呉鎮守府

  またかあ!! いや、それ絶対おかしいですって。うちの鎮守府の連中に話せませんよ。去年神鷹が加入したってめちゃくちゃ喜んでいたんですよ。神鷹がいる鎮守府と大々的に宣伝しようとか司令長官も張り切っていたのに。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  知るか。出ちまったもんは仕方あるめえ。オナニーと一緒よ。真面目な奴だからな、助かっている。

 

マーティー:単冠湾泊地

  ロリコン的には神鷹は守備範囲じゃないのか?

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  貴様。聞いてはならないことを訊いたな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  何だよ、そりゃ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  神鷹・大鷹・瑞鳳は審議対象艦でな。守備範囲かどうか毎年数限りない論文が出され、各地で激論が戦わされている。許容派と否定派。時には血みどろの争いに発展することもあるぐらいだ。我々としては穏便に済ませようとしているのだが、いつの世にも過激派が存在してな。悩ましい限りなんだ。審議可能かどうか審議される膠着状態がずっと続いている。

 

コンソメ:呉鎮守府

  どこかの国の紛争じゃあるまいし。大げさな。でも神鷹かあ。うちの神鷹も喜びそうですね。

今はまだノーマルのままですか? 改になって何かあったらうちの神鷹に相談するといいですよ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ああ、それは大丈夫だな。うちの奴は改二になれるからな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ちょ!?

 

マーティー:単冠湾泊地

  ええええええええ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  今日だけでどれだけ驚かせるんです!! というかマジですか? 着任してそう日が経ってないですよね!!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ああ。まあ、お前らなら大丈夫だと思うから教えてやるが、出てきた時からなぜか改二になれてな。さすがの俺様もびっくらこいたぜ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  いや、それ当り前ですよね。何年か前にどこかの海域で改二状態の山城がドロップしたなんて話を聞きましたけど。

 

コンソメ:呉鎮守府

  ああ、その話、俺も聞いたわ。でもあれってけっきょくガセネタだったらしい。でも、おっさんの神鷹は本当なんですよね。いや、これは確かに誰にも言えないわ。うちの神鷹がもし知ったらガチでへこむ案件ですよ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  俺様とすると、静かだし、真面目だし、料理はするし言う事はねえ。初めはやたら俺様を怖がってやがったが、段々と慣れてきたしな。おっ、そうだ。思いついたぜ。今度神鷹の爪の垢を煎じて、グレカーレとジャーヴィスに飲ませてやろう。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  どちらかというと、グレカーレちゃんとジャーヴィスちゃんの爪の垢をいただいて保存したいです!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  駄目だ、こいつ。気持ち悪さに拍車がかかってんな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  不治の病らしいからな。処置なしだ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  うるさい奴らだな。分かっているぞ。俺のように魂を燃やすものがなくて寂しいのだろう? 知らない仲じゃないからな。今度特別に入会案内を送ってやってもいいぞ。あ、K氏は名誉会員ですから。ご安心ください。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  はあ!? あのロリコン友の会か? なんで俺様が名誉会員なんだ。意味が分からねえぞ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  それは神ですから仕方ありません。お前たちもどうだ。純粋無垢なものを見、心を癒せるぞ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  あほか。誰が、入るか、誰が!

 

コンソメ:呉鎮守府

  怪しげな新興宗教の勧誘並みに胡散臭いぞ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  無礼な奴め!! お前は今、全世界一千万の同志を敵に回したぞ!!

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  おい、さっきから200万も増えてるぞ。短時間で増え過ぎだろ。鯖読んでんじゃねえ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  何が全世界一千万だよ。どこぞのぽいぽい教徒か。俺はそんな胡散臭い話よりもこの間うちの鎮守府にいる青葉が言っていた、おっさんのファンクラブが気になるんだが。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ああ、それ知ってるぞ。他の艦隊の夕雲がおっさんにファンレター出して戻って来たって言ってものすごい喜んでましたよ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ああん、何だそりゃ。俺様は知らねえぞ。手紙なんざいらねえとみんな焼却処分している筈だぜ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  えーっ。マジですか。塩対応どこじゃない。ハバネロ対応っすね。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  食べ物なんかはありがたくいただいて、一応礼は送るが、基本その日の秘書艦に任せているからな。って、まさかあいつら、余計なことしているんじゃないだろうな。

 

コンソメ:呉鎮守府  

  ああ。多分、秘書艦が気を遣って返事を書いているんですよ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  うわっ。聞かなきゃよかった。すんごい満面の笑みで一日中キラキラしてたんすよ、夕雲。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  我々とマザコンたちを繋ぐ希望の架け橋たる夕雲ママも虜とはK氏の魅力は恐ろしいですな。

数値的には100以上ありそうです。

 

マーティー:単冠湾泊地

  劉備以上じゃねえかよ、それ。

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ちょいと用事を思い出した。くだらねえことを止めないといけねえ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  いやいや。気を遣ったんでしょうから、怒らないであげてくださいよ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  そうです。恐らくフレッチャーさんや時雨さんの提案だと思いますよ!! K氏の手紙で各鎮守府の駆逐艦が戦意高揚状態になる。素晴らしい事ではありませんか!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

  ふん。あいつらが書いた返事なんざ、美辞麗句で糞つまらないに決まってる。俺様の品格が問われるような真似は許せねえ。どうせあの時雨の野郎が一枚噛んでるんだろう。禁止してもやりそうだからな。せめてぐだぐだ長く書くんじゃなく、一言ありがとよで済ませるように言わねえと。それじゃあな。

 

【おっさんがログアウトしました】

 

マーティー:単冠湾泊地

  あれ、結局返事は出すってこと?

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  どうもそうみたいだな。そういうとこ妙に律儀なんだよな、おっさん。ってか、ファンクラブの話はマジだったのか。

 

コンソメ:呉鎮守府

  青葉の話じゃ海外支部もあるらしいぞ。どこまで本当か分からないが。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  すげえな、そりゃ。でも本人は全く嬉しくなさそうだが。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  我々同志の間では既にK氏はワールドクラスの人物だ。驚くには値しない。

 

マーティー:単冠湾泊地

  でも本当にそうなりつつあるんだが、あんまり実感湧かないんだよな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  遠い人っていうよりも、最初から規格外だったからな、おっさん。

 

コンソメ:呉鎮守府

  そうそう。サイバイマンの群れにフリーザ第3形態がいるかと思ったもんね。

 

マーティー:単冠湾泊地

  言うに事欠いて俺たちはサイバイマンかよ!! でも、納得。だからか。すごいとしか思わないしな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  そうそう。今更気づいたのかね、君たちって感じだし。

 

マーティー:単冠湾泊地

  同意。まあ、おっさんレベルは無理だから、手助けくらいできるようにはなりてえよな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  俺は白露型会を開くのは諦めてねえからな。いずれ休みをもらって帰国したい。

 

コンソメ:呉鎮守府

  それな。演習やるって言って全然そんな雰囲気じゃなくなってるもんな。なぜだかおっさんの周囲で色々ありすぎるんだよ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  神は忙しいからな。だが、個人的には俺も江ノ島に伺いたい。魂の洗濯をしたくて仕方ないぜ。四六時中アホ空母といてみろ? 気が狂ってくるぞ。何が、『見て見て装甲空母になったのよ!』だ。胸部装甲は変わらんなと言ったら、即爆撃だよ。頭おかしいだろ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  いや、それ。お前、完全に喧嘩売ってんだろ。

 

ロリコン紳士:佐渡ヶ島鎮守府

  事実を言ったまでだ。もう一度言おう、事実を言ったまでだ。

 

【ロリコン紳士がログアウトしました】

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  伝統の逃走芸は健在なり。

 

マーティー:単冠湾泊地

  あいつも本当、どうしてあそこまで瑞鶴が駄目なんかね。ちょっと同情するぞ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  だよなあ。まあ、久しぶりで長くなったが、機会見つけてまた16期A班で会いたいもんだな。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ああ。まあ、おっさん次第だと思うがな。

 

マーティー:単冠湾泊地

  うちの電から催促されてんだよ。何とか企画したいもんだが。夏に入るし、忙しくなりそうだ。

 

コンソメ:呉鎮守府

  気張っていくしかないな。まあ、お互い夏風邪引かないようにしようぜ。

 

ソロモンの悪夢:パラオ泊地

  ほんじゃあな、腹出して寝るなよ。

 

マーティー:単冠湾泊地

  お前らも冷たい物食いすぎるんじゃねえぞ。

 

【コンソメがログアウトしました】

【マーティーがログアウトしました】

【ソロモンの悪夢がログアウトしました】

 

 

 

 




各鎮守府の艦娘編成一覧(着任順。一部出ていない)


呉鎮守府・・・・吹雪・那珂・五十鈴・飛鷹・衣笠・千歳
単冠湾泊地・・・電・曙・潮・名取・妙高・加賀
パラオ泊地・・・夕立・白露・由良・祥鳳・霧島・五月雨
佐渡ヶ島鎮守府・瑞鶴・神通・龍田・摩耶・那智・天龍
江ノ島鎮守府・・雪風・グレカーレ・時雨・フレッチャー・アトランタ・北上・秋津洲・神鷹・ジャーヴィス・ジョンストン

登場人物紹介

J・B・・・・・・とある組織の英国支部長。MI6所属の凄腕との話で、かつて同組織のL4と呼ばれる幹部と熾烈な殺し合いを演じた末、なぜか同組織に入る。ネクストジェネレーションと呼ばれる期待の世代の一人。ちなみに女性。

過激派・・・・・とある組織の教義に抵触しそうなほどの狂信者たちのこと。触らずそっと愛でよができない、困ったちゃんたち。「最近の若者はわびさびを知らん」とは組織のL2の言葉。


与作・・・・・・・時雨に抗議した結果、「じゃあ、与作が書いてよ」と言われ、売り言葉に買い言葉で引き受けてしまう。吟味の結果、小田原出身の俳優の名セリフを真似し、
「ありがとよ」と書いたメッセージを送ることにする。

フレッチャー・・・不満たらたらの提督にパンケーキやサンドウィッチを出し、甲斐甲斐しく面倒を見る。

ジャーヴィス・・・日本のハンコに興味を持ち、『名探偵じゃあびす』というハンコを掘ってもらってご満悦。サインの代わりに書類に押して、与作に怒られる。



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第七十一話 「名探偵ジャーヴィスの冒険 鈍色の研究⑤」

ミステリーって難しい。ミステリー作家さんはすごいなあと思った次第。
宗谷を見学に行ったら、宗谷維持協力金を艦これ運営が出していたことを知り、嬉しくなりました。大和のクラウドファンディングといい、やるなあ艦これ運営。


室内に紅茶をすする音が微かに響いた。

金剛以外の3姉妹は驚きを顔に張り付かせ、何か信じがたいものを見るような目でジャーヴィスを見つめていた。彼女達からすれば悪い冗談であったろう。無邪気な子役の探偵ごっこが始まったかと思っていたら、その子役はいつの間にか場を仕切る主役となり、自分たちの敬愛する姉の出自を暴こうとしているのだから。

 

互いにどう反応してよいか分からず皆が顔を見合わせる中、沈黙を破ったのは、はたして金剛に対して一番に思い入れがありそうな比叡だった。

 

「いい加減にしなさい!」

まるでいたずらを叱る母親のような口調で比叡は言った。

「あなたが話すと言っていたのは、あの建造ドックの正体でしょう? お姉さまの出自など関係のない話題を持ち出して話を逸らすのは止めなさい!

 

「あら、誰も金剛の出自とすりぬけくんの正体が関係ないなんて言ってないわよ」

ジャーヴィスは平然とそれを受け流すと、まるで出番がきた役者が颯爽と舞台に上がるように再び立ち上がった。

 

「すりぬけくんの正体。それを知るためには、金剛とすりぬけくんの関係性はとても重要なの。それが無ければ成立しないぐらい」

 

額に手をやりながら室内をうろつくジャーヴィスの姿は、どう見てもいつも奥さんの話題ばかり出す某ロサンゼルス警察の警部のようだ。

 

「そもそもの話。どうして私達は今ここにいるのかしら」

ジャーヴィスの質問に、ヨサクは皮肉な笑みを浮かべ、金剛は紅茶を再度口にした。

「うちのすりぬけくんに粉かけてきた連中がいたんで、そいつらとお話合いをするためだ」

「見解の相違ネ。私達としては、不良品の建造ドックを回収しに行ったら、妙な細工がしてあったので、間違えて開発ドックを持って行ってしまっただけヨ」

 

白々しい態度をとる金剛に私は思い切り眉を顰めた。視界の隅では同じく雪風が口をへの字に結び不満を露わにしていた。

 

人質までとりすりぬけくんを奪おうとした一連の襲撃事件は、私達江ノ島鎮守府の艦娘にとっては看過できぬものであった。ヨサクの機転と響の活躍で大井とすりぬけくんは無事ではあったがそれは結果でしかない。皆が皆この件に関しては憤慨しており、ヨサクが話し合うと決めたからこそ不承不承従っているだけで、未だに心のどこかでは納得しきれていないというのが現実だった。

あからさまに態度に出した私達を見ても、金剛はまるでどこ吹く風といった調子で一切表情を変えなかった。唯一居心地が悪そうにしていたのは榛名くらいで、私は心の中で彼女のいい人レベルをまた一つ上げた。

 

「お互いの立場が変われば言い分もまた変わるもの。言いたいことはあるけれど、それは今は仕舞っておきましょう。それよりも、ねえ金剛。あなた、やはりすりぬけくんについて随分と詳しいのね」

「どういうことデス?」

金剛は横目でちらりとジャーヴィスを見た。

 

「あら、気づかない? 今あなたは大事なkeywordを口走ったのよ」

「何のことを言っているのデス。意味が分かりまセン」

 

「ああ、恐らく日常的にそう思っていたのね。だから分からない。ねえ、ジョンストン。すりぬけくんってどんなドック?」

「どんなと言われても。姉さんみたいなレア艦をほいほい建造する夢のドックじゃない?」

 

「そう。江ノ島鎮守府の艦娘も、すりぬけくんの建造結果を知る多くの艦娘もそう答えるのが普通。誰も言わないわよ。すりぬけくんが不良品だなんて!」

 

「あ・・・・・・」

「はい。確かにすりぬけくんは変なドックですが、不良品とは言えません!」

雪風が相槌をうつ。

 

「しかも金剛、あなたはさっきそれを回収しに行ったと言った。すりぬけくんが不良品で回収しなければいけないような代物だということをどうしてあなたは知っているの?」

 

「やれやれ。たかだか言葉尻一つとって大騒ぎネ。探偵小説は読む分には面白いですが、実際に体験するとなるとこれほどはた迷惑なものはないネ」

不愉快そうな表情を隠そうともせず、金剛は呟いた。

 

「あなた達の建造結果からそう言ったまでデス。レア艦は確かに建造していマスが、資材を呑みこまれ建造失敗をすること多数だとか。不良品と言って差し支えないのでは?」

「まあ確かにそう言われればそうかも知れないわね」

「ふん。余計なお世話だ」

ヨサクは不満そうに鼻を鳴らした。

 

「そうそう今更なんだけれど」

ジャーヴィスは突然くるりと雪風の方を向いた。

 

「ねえ、雪風。私達にはどうしてすりぬけくんが必要なのかしら」

「え!? それはすりぬけくんがうちの唯一の建造ドックだからです! しれえがガチャだの何のと言って資材をやたら無駄にしますが、すりぬけくんがないと建造任務が達成できません!」

 

「そう。私達がすりぬけくんにこだわるのはある意味当然。それが無いと日々の業務に支障をきたすから。じゃあ金剛達はどうしてすりぬけくんが必要なのかしら」

 

「それは、不良品であるすりぬけくんを回収したいからでしょう?」

「成程。つまり、不良品であるすりぬけくんを私達が使い続けると危険。そう考えて回収に向かったと、そういうことかしら」

「ご理解いただき感謝ネー。ボランティア活動というやつヨ」

金剛は乾いた笑いを浮かべた。

 

「でも、それはおかしいの」

ジャーヴィスはずいと金剛を真正面に見据えた。

 

「本当にそんなに危険なドックならば、こんな回りくどいことをせずに、素直にドックの修理なり代替品の用意なりをダーリンに提案をすればよかったのよ。そうすれば何のあと腐れもなくすりぬけくんを回収することができ、今日ここに集まるような面倒くさい事態にもなっていないわ。それが出来なかったというのはなぜ? 後ろめたいことがあるからよ。どうしても気づかれたくないことが」

「やれやれ。善意で行ったことをそう疑われてもネ」

金剛がポットを持ち上げる様子を見て、比叡が無言で部屋を出ていった。

 

「Sorry。それが探偵の仕事だからね」

再び帽子の下からメモ帳を取り出すと、ジャーヴィスはぺらぺらとそれをめくり始めた。

 

「あなたが言う不良品回収のとき、金剛、あなたは北上に言ったそうね。『それは夢のドックじゃない』『もう二度と世に出てこないように念入りに潰しておいた』『完全に使えなくしていた』

と。善意のボランティアはこんなこと言わないわ。あなたはあらかじめすりぬけくんが何であるか知っていて、その上でそれをどうにかしたいから江ノ島に来たのよ。うちの鎮守府の建造結果からすりぬけくんが不良品ドックと知り回収に来たなんて、でまかせもいいところね」

 

ふうと苛立たし気に金剛は息を吐いた。

 

「OK。私が例のドックをあらかじめ知っていたとしまショウ。それのどこが問題ネ」

「おや、認めるのね。すりぬけくんを元々知っていたと。それならば、色々と話が変わってくるわ。先ほどの話の繰り返しになるけれど、どうしてあなたはすりぬけくんが不良品だと知っているのかしら」

「あなたがさっき見せた資料を何かの折に見たネ。試作品だから不良品だと思い込んでいたヨ」

今思い出したというように、金剛はとぼけた顔を見せた。

「残念ながらこの資料はあくまでも完成したという記述と写真のみ。すりぬけくんがどんなドックか、またその状態については詳しく書かれてはいないわ」

ひらひらと資料を見せつけるようにジャーヴィスは手にしてみせた。

 

「成程。どうしても私が例のドックを元から知っていたということにしたいらしいネ。では聞きマスが、なぜ私がそんな不良品のドックを狙う必要があるのデス? 推理小説でいう動機という奴ヨ。まさか、自分が建造されたドックだから、などというくだらない理由じゃないだろうネ。こう見えても親離れは当の昔に済ませているヨ」

戻って来た比叡からポットを受け取ると、金剛は紅茶を淹れた。

 

「動機なんて、そんなのすりぬけくんが欲しいからに決まってるでしょ」

私の答えにジャーヴィスはくりくりとした目を輝かせた。

「ええ。夢のドックだからじゃないですか」

雪風の答えにヨサクが渋面を作る。どうも我らが提督にとっては夢のドックとは言い難いらしい。

 

「成程。あれが夢のドックだからというのが動機というのは分かる話ネー」

ぽんと手を叩くと、金剛は大きく首を振った。

 

「でも残念ながらそれは違うという話だヨ? なぜってそこの名探偵が言ったネ。私があらかじめあのドックを不良品だと知っていたと。どこの世界に不良品のドックを狙ってわざわざ手間をかけて持っていこうとする人間がいるネ。道理に合わないヨ」

「そ、それは・・・・・・」

「だから言ったデショウ? 不良品回収のボランティアだと」

言葉に詰まる私と雪風に向かって、金剛は心外だとばかりにわざとらしく大きなため息をついて見せた。

 

「どうもうちの鎮守府のみんなはすりぬけくんへの評価が高すぎるみたいね」

私達の様子を楽しそうに眺めていたジャーヴィスは小さな笑い声を上げた。

 

「すりぬけくんが夢のドックだとか不良品だとか関係ないわ。あなたの行動を見る限り、どうしたかったか、なんて一目瞭然よ。谷風を使って破壊しようとしたり、ダーリンたちが大湊に行った隙を狙って回収しようとしたり。どう考えてもあなたの行動はすりぬけくんが欲しいと言うよりは厄介な存在を消したくて仕方ないといった感じですもの」

 

「私があれを消したいデスって?」

「まず間違いなく」

 

「で、ですが、ジャーヴィスちゃん。先程金剛お姉さまはすりぬけくんで建造されたと言っていたではないですか。ドロップ艦であるあなたには分からないかもしれませんが、榛名達建造された艦娘にとって建造ドックはお母さんのようなものなのですよ? そのドックを破壊しようとするはずがありません」

 

榛名が声を震わせ抗弁する。私やジャーヴィスのようなドロップ艦とは違い、建造された艦娘達が自らの生まれたドックに愛着をもつというのはよく聞く話だ。それゆえ、彼女とすると聞き逃せる言葉では無かったのだろう。

 

「榛名が言う事も分かるわ。けれど、誰しもが母親に愛情を抱くとは限らない。私の英国の事務所に来る掃除のおばさんも自分の母親についてよく愚痴っていたわ。『忌々しいばあさんだ。早くいなくなって欲しい』ってね。彼女だけじゃない。世の中で親とそりが合わない人間なんて山ほどいるわよ」

「世間一般の話をしても仕方がないでしょう。そこまで言うなら、あなたは金剛姉さまがあのドックをどうして消したいと思っているのか、その動機を言えるのですか」

それまで黙っていた霧島が探るような視線をジャーヴィスに向けた。

 

「ええ。もちろん」

名探偵は口元に右手をもってくると、なにやら吸う真似をしてみせた。

 

「何やってんのよ、全く・・・・・・」

それがパイプを吸うジェスチャアだと気づき、私は頭を抱えた。車に乗り込む時に鹿撃ち帽とパイプを持ち込んだジャーヴィスは、早々にそれをヨサクに没収され酷くおかんむりだった。きっとこの大事な場面で恰好がつかない事に内心不満を抱き、ヨサクにアピールしているのだろう。

ヨサクが無言のまま胸元で拳を握り、ぐりぐりとそれを動かして見せると、ジャーヴィスは口をぶうとアヒルのように尖らせた。

 

「ダーリンには名探偵のお約束についてもっと理解が欲しいわね」

 

形にこだわるよりもまず空気を読めと言いたいが、シャーロックホームズミュージアムの年間パスポートを持っていると自慢する自称相棒にとっては、それは死活問題らしい。

「やれやれ。恰好がつかない分は他でカバーするしかないわね。それで、金剛がすりぬけくんをどうして消したいかだったわね、これは差して難しい問題ではないわ」

 

「え!? し、しれえ分かりましたか?」

雪風が隣にいるヨサクに耳打ちするが、声が大きいため周りには丸聞こえだ。

 

ジャーヴィスは窓の外を見ながら言った。

「もっと単純に考えればいいのよ、雪風。例えばこの間、グレカーレがサラダの時にこっそりときゅうりを神鷹に渡していたの。聞いてみたらアトランタやフレッチャーにもあげていたみたい。この場合、グレカーレはきゅうりを好きだと思う?」

「いいえ。嫌いだと思います。雪風ももらったことがありますけど本当に苦手みたいです」

「とんでもねえ野郎だ。好き嫌いは許せねえ。あいつ、帰ったらきゅうり祭りにしてやるぞ」

慌てて私は止めた方がいいと首を振ってみせた。青臭くて嫌だ、きゅうりは河童の食べ物だと大騒ぎするのが目に見えている。

 

「それと同じことよ。同じ建造ドックを壊したり、壊そうとしたり。そのことだけで判断するならば、金剛がすりぬけくんをどう思っているかは分かるでしょう?」

「ええと、少なくとも好きではないですね。嫌いだと思います」

はっきりと返した雪風に、金剛の体がぴくりと動いた。

 

「その通り。端的に言えば金剛はすりぬけくんのことが大嫌いだから狙っていたの」

「ドックはドックでしょう。ドックに対して好きも嫌いもないのでは?」

霧島はまだ納得できないと反論を試みた。

 

「霧島のように考える人も確かにいるわね」

ジャーヴィスは首肯した。

 

「また、榛名みたいに建造ドックを母親のようなものだと愛着をもっている人がいるのも分かるわ。でも、金剛は違う。あなたの行動はどう考えてもドックが嫌いな人のそれよ。ここに至って私は大いに悩んだわ。だってそうでしょう。料理に例えるならば建造ドックはいわば調理器具。材料である資材が悪かったから嫌い、料理人である提督や妖精が下手くそだったから嫌いというのならまだ分かるわ。でも調理器具である建造ドックは皆同じの筈。それがどうして嫌いで嫌いで溜まらないのだろう。why? 建造ドックが嫌いになる理由があるのだろうか。そう考えた時に、私は北上から言われた言葉が頭に浮かんだの」

 

「北上から言われた言葉?」

ヨサクの問いに、ジャーヴィスは我が意を得たりと大きく頷いてみせた。

 

「ええ。『金剛はすりぬけくんに恨みがあるように見えた』ってね」

「すりぬけくんに恨みですって? どういうことよ」

私が思わず身を乗り出すと、ジャーヴィスは嬉しそうに微笑んだ。

「かの名探偵ドルリー・レーン曰く、人生は一つのドラマ。そのドラマのシナリオに必要なもの。それは感情よ。人も艦娘もその感情によって人生を悲劇や喜劇に染めていく。私が読んだ多くのミステリーでも犯人たちは嫉妬、虚栄心、怒り、様々な感情に支配され犯行に及んでいたわ。ではドックを何度も壊そうとするほど嫌いだという感情の発生源であり、恨みの元となっている感情は何なのか。そう。その感情は一つしか考えられない。金剛がすりぬけくんに抱いている感情。それは憎しみよ。それも狂おしいほどのね」

 

「そんな・・・・・・」」

呆然としながら私は周囲を見渡した。

指摘された当人は平然と紅茶をお代わりしていたが、他の姉妹はあからさまに動揺していた。何を言ったらいいか分からず榛名は慌てて口元を抑え、霧島はしきりに眼鏡を拭いていた。唯一面と向かって抗弁したのはやはり比叡で、彼女はにがにがしげに言った。

「お姉さまがあのドックに対して憎しみを抱いているですって? 言うに事欠いてとんでもないことを!」

「そうかしら? 実際にあの場にいたあなた達は感じた筈よ。『どうして私達の姉さまはこのドックにここまでこだわるのだろうか』と。そして疑問に思ったに違いないわ。『何がここまで姉さまを駆り立てているのだろう』と」

 

「姉さまのすることに間違いはありません。私達はそれに従うだけです」

固い声で比叡は言い、榛名と霧島はじっと先ほどから黙ったままの長女の様子を伺っていた。

 

「盲目的に他人を信用するのはあまりお勧めしないわ。ミステリー作家にとっては良い読者だと思われることでしょうけど」

ジャーヴィスは悲し気に呟くと、ソファに座り、両手を合わせた。

 

「憎しみ。人を駆り立てる激情。それは人の似姿たる私達艦娘も同じだわ。一説には憎しみやその他負の感情が凝り固まった私達の別側面が深海棲艦になると言われているけれど、好悪の感情があるのだもの、艦娘とて憎しみは抱いて当然よ。すりぬけくんを狙う動機は何かという質問だったわね。それは金剛、あなたがすりぬけくんが嫌いだから。壊れている状態ならば見逃すが、普通の状態で存在しているなど許せないほど憎んでいるからよ」

 

室内にくぐもった笑いが響いた。

 

「私があのドックを憎んでいるねえ」

 

唐突に口を開いた金剛から発せられた鋭く冷たい声に私はぞっとした。

それまでのあっけらかんとした雰囲気を一変させた彼女は、こちらが本来の姿とばかりに冷たく凍えるような瞳をジャーヴィスに向けた。

 

「私としてはただの腐れ縁なだけなのデスがネ」

ここまでの流れで言い逃れはできないと悟ったのだろう。金剛はすりぬけくんとの関係を隠そうともしなかった。

 

「元から知っていたと認めるのね。それにしても腐れ縁? どういった?」

「おや。そこを説明しないといけないデスか? あなたはあのドックのことが分かっているのでしょう?」

「Yes。でも、当人の口から聞いた方が、手間が省けると思って」

 

「手を抜くのはよくないヨ、名探偵」

 

金剛は首元を抑えながら、

「ここまで」

一つ一つ言葉を絞り出すように言った。

「ここまで踏み込んだのだからネ。私とあのドックにある関係、きちんと最後まで説明できるのならしてみるといいデス」

 

「本当にそれでいいの?」

なぜかジャーヴィスはすがるような目で金剛を見た。

 

「どういうことデス。」

金剛は意味が分からないと頭を振った。

 

「あなたが言ったのデショウ? 答えが合っているのか訊きたいと」

「それはそうだけど・・・・・」

ここにきて途端に躊躇いを見せるジャーヴィスに金剛は突き放すように言った。

「ならば最後まで語るべきネ。何事も中途半端はよくないヨ?」

 

ジャーヴィスは額に手をやると、ヨサクの方をちらりと見た。

 

「すまねえが頼む」

硬い表情でヨサクが言うと、ジャーヴィスは小さく息を吐いた。

 

「OK。それならば話すとしましょうか。どうしてあなたがすりぬけくんに対して憎しみを抱くようになったのか。そして、あのすりぬけくんが何なのかを」

 




登場用語紹介
ロサンゼルス市警の警部・・・・・・飼っている犬の名前は『犬』
ドルリー・レーン・・・・・・元シェイクスピア劇の名優。「Xの悲劇」「Yの悲劇」と世界に冠たる名作ミステリーに登場する名探偵。

証拠品一覧

北上の証言・・・・・・『金剛はすりぬけくんに対して恨みをもっているように見えた』
パイプ・・・・・・名探偵ぽく見せる時はキャラバッシュ・パイプを使用。考え事をするときはクレーパイプと使い分けている。当然中は入っておらず咥えるだけ。
神鷹の証言・・・・・・『グレカーレさんが私のサラダが少ないときゅうりをたくさん分けてくれました」


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第七十二話 「人と艦娘の歴史」

今回の夏イベで心が折れ、さらに鎮守府目安箱が終わると聞き、艦これ関係のモチベが全部無くなってました。楽しかったなあ、鎮守府目安箱。ありがとう鎮守府目安箱。ガチで体調崩していたこの一年間、心の支えでした。


「ほ~い、提督。今日の分の書類終わったよ」

そう言いながら鈴谷は机の中から煎餅を出すと、ばりばりと食べ始めた。

「これこれ。まだ業務中じゃろうが」

いつも通りのマイペースぶりを見せる元ペア艦に杉田はやれやれと呆れる。

 

「いいじゃん、すること終わったんだし」

鈴谷はいそいそと茶箪笥から二人分の湯呑を出した。

「伝説の人ってことでキラキラした目で見られてさー。張り切りすぎちゃった」

「ほお。お前でもそんなものかね」

「何言ってんの。提督だってそうじゃん」

 

『誉れ高き一期生』

発足間もない提督養成学校、艦娘養成学校の一期生たる彼らは、始まりの提督と原初の艦娘亡き後深海棲艦の脅威から人々を守った存在として、その名を広く知られている。

海軍大臣である坂上から請われ現役復帰をした杉田を待っていたのは、不安に揺れどうしてよいかと戸惑い、そんな彼の名声にすがろうとする者達の姿だった。

 

(もう少し骨があると思ったのじゃが。)

さして期待はしていなかったとはいえ、精強と謳われていた大湊警備府の者達である。

中には気骨を見せる者もいるだろうとは思っていた杉田の落胆は激しかった。

 

(これではなんのために先輩たちは逝ったのか。)

あの鉄底海峡の戦いの折。多くの退官した先輩自衛官たちが自ら率先して艦娘達を支援するために補給艦に乗り込んだ。帰る可能性など限りなくゼロに近い事は誰の目にも明らかだった。だが、誰かがやらねばならないと淡々と語り、去って行ったその姿は未だに杉田の瞼に焼き付いている。

 

(その思いを受け継がねばなるまいて。)

これまでの自分たちの価値観を否定され、どうしてよいか分からない。分からないことではないが、だからといってその状態を肯定する気にはなれない。自分達は海の守り手であり、深海棲艦の脅威は依然として存在する。彼らが倒れれば人類には敗北しか残されていないのだ。

 

「こんな老人に何を期待しておるのかは知らんが惨めなものじゃな」

きっぱりと告げる杉田の言葉に、集まった者達は皆一様にうなだれた。

 

「ちょっと提督!」

横合いから鈴谷が小突く。今この場で彼に対しそんなことができるのは彼女ぐらいなものであろう。

「おおすまんすまん。わしは口が悪い。ついついいらんことまで口走ってしもうた。だが、これだけは言うておく。自分の頭で考えられん者はいらん。人も艦娘もじゃ」

集まった大湊警備府の者達に対し杉田はそう告げ、退役したい者は遠慮なく申し出るように付け加えた。

 

「ちょ、長官。それは!」

 

一緒に着任した参謀は鼻白んだが、杉田は意に介さない。

 

「言われただけのことしかできん奴らは必要ない。いざという時にものの役に立たん」

 

老将の言葉は大湊警備府の者達にとっては耳が痛いものであった。だが、表だって不満を口にすることはできない。杉田の赫赫たる戦果とその戦歴は、精強を謳われた彼らをして畏敬の念を抱かせるものだった。

最前列にいた叢雲と浦波が悔しそうに顔を歪ませた。

今までの自分達は役立たず。そう言われたのに等しい。だが、自分で物を考えていなかったというのは事実に他ならない。

 

「悔しいか。悔しいならわしを見返してみろ」

杉田は二人の肩を叩くと、荷物の整理もそこそこに精力的に活動を始めた。

 

それから半月あまり。徐々にだが大湊は変わりつつある。

 

未だ意気軒昂に仕事に取り組んでいる杉田だったが、鈴谷は内心気が気ではなかった。

艦娘である自分達と違い、杉田は人間で、しかも後期高齢者に分類される年齢なのだ。

 

「ったく、年甲斐もなく張り切っちゃってさ」

はいと手渡された茶を飲み、杉田は顔を顰めた。

 

「なんじゃ、この苦さは。濃すぎるぞ」

「にひひひ。眠そうだからねー。鈴谷特製ブレンド!」

「お前は何でもかんでも濃く淹れればいいと思っとるからな。だから曙の奴に貧乏性だと言われるんじゃ」

「はあ!? 貧乏性と違うし! 逆に薄い方が年寄りっぽくない? まあ提督は十分お爺ちゃんだけど、鈴谷はほらまだまだイケるっしょ」

わざとらしくスカートをひらひらとさせる鈴谷に杉田は顔を顰めた。

「お前の言うイケる艦娘とやらは茶うけに煎餅だの塩大福だのを食べるのかね?」

 

むぐっと煎餅をかじりながら、鈴谷はそっぽを向いた。

窓の外では、艦娘の一団がランニングをしている。

 

「そう言えばさー、何か電話があったじゃん、江ノ島から」

「ああ。昔の事を聞きたいとな」

「何の話?」

ずずっと杉田が湯呑に口をつける。

「わしらが背負っていかねばならん後悔についてじゃ。罪と言ってもいい」

普段とは異なる杉田の口調に、思わず鈴谷は顔を向ける。

 

「罪? 提督が?」

「わしだけではない。この国の海軍関係者、ひいては人類そのもののな」

「どういうこと? 鈴谷達頑張って深海棲艦を倒したじゃん。提督だってすごいって褒められたでしょ」

「ああ。わしらはたまたま上手いことやり賞賛を浴びた。だがな、世の中には光と影が存在する。貧乏くじを引き、報われなかった者達がいるんじゃ」

 

杉田は立ち上がり、窓の外の艦娘の一団を見た。

トレーニング中だろうか。

先頭を走る浦波が気づき、ぶんぶんと大きく手を振る。

後からやってきてそれをたしなめた叢雲もぺこりと頭を下げた。

 

その二人を後ろからやってきた艦娘はすごい速さで追い抜いていく。

何かを振り切るかのように一心不乱に走るその姿に周囲の艦娘達も息を呑む。

 

「少しは変わったようじゃが」

風に揺れる彼女のトレードマークである黄色いリボンを見ながら、杉田はため息をついた。

 

 

                     ⚓

「今よりも二十年前。一つの計画が持ち上がったわ」

ジャーヴィスは手元の手帳を開くと淡々と語り始めた。

 

日々深海棲艦の脅威にさらされ、明日をも知れなかった人類。

そんな彼らの希望となっていた、始まりの提督と共に立ち向かっていた原初の艦娘達。

一騎当千の強者である彼女達の活躍により、日本近海の制海権を何とか維持できる段階になった時、その議題は持ち上がる。

 

「何とか艦娘を駐留させることはできないか」

各国指導者からの嘆願は半ば脅迫に近いものだった。

原初の艦娘たちの能力は凄まじく、多くの海外遠征を経て深海棲艦相手に連戦連勝。世界中が彼女たちの存在を歓迎し、希望を見出した。だが、だからこそ思う。

 

どうして自分達の国には艦娘がいないのだろう。

日本は艦娘を独占している、と。

 

彼らが特に不満だったのは、自国の艦名を持つ者たちも皆例外なく始まりの提督の元に集い、彼の指揮でなければ受けつけようとしないことだった。いかにビスマルクがドイツの戦艦であったといっても、提督の指揮が無ければ戦えない。好待遇をちらつかせたり、弱みを握ろうとしたりする度に艦娘達の厳しい警護と始まりの提督自身の抜け目なさに敗北した彼らは、遂にその背後にいる日本政府に直接圧力をかけることに決めたのである。

 

経済制裁を絡めての大国同士による綱引き。

形骸化した国連での会議を経て、日本から各国へと艦娘を引き渡すよう求めようとしたその時。

日本政府より提示されたアイデアは世界各国を驚愕させた。

 

「艦娘を新たにつくる」

始まりの提督紀藤修一とその艦娘明石によるその発案は歓迎され、後の世にいう建造ドックが作られることとなる。

 

「これが皆も知っている歴史」

「ええ。艦娘養成学校で基礎科目として教えられることよ。そして、あたしたちと彼女達原初の艦娘がなぜ違うのかも」

 

海より生れ出た原初の艦娘。

その彼女達を模したと言われる、その後に誕生した艦娘たち。

建造された者達もドロップで確認された者達も。

皆例外なくその能力は原初の艦娘より低い。

それはなぜなのか。

米国の艦娘学校では、コピーはしょせんコピー。オリジナルより強くはなれないと、人間の教官が身も蓋もなく教えていた。

 

「ドライなあの国らしいですね」

霧島は不愉快そうに吐き捨てた。

「我が国では違います。多くの学説がありますが、その中でも主流なのは、原初の艦娘を本体、その分け御霊が建造ドロップされた艦娘たちというものです。分け御霊も元の神霊と同じ働きをするとされていることから支持されています。もっとも彼らは原初の艦娘との能力の差については言葉を濁していますが」

「色々な説が日本でもあるみたいね。私も調べたわ。中には原初の艦娘が船そのもの。私達が船のパーツだって言っている人もいて面白かったわよ。その人が言うには『パーツも船を構成する一部分であるから、船には間違いない。けれど、船そのものではないから、その魂の出力は落ちるだろう』とのことだったわ。だから、私達と原初の艦娘は違うと」

 

随分と面白くもない説だが、言わんとすることは分からなくもない。

原初の艦娘と私達の間の能力差は歴然で、あっただけで格の違いを思い知らされるのが彼女たちなのだ。そんな人たちが平然とうろついている江ノ島鎮守府は明らかに異空間と言っていいだろう。

 

「その時に作られたのがすりぬけくんなんですね。でもなぜそれが知られていないんでしょう?」

雪風の問いはもっともだ。多くの人間に望まれ、歓迎されたはずの試作型の建造ドック。それが今や壊された状態で平然と江ノ島に置き去りにされていた。それは本来ならばナンバー1のレプリカの代わりに艦娘博物館に飾られるべき逸品の筈だ。

 

「すりぬけくんが試作品だと気付いたとき」

ジャーヴィスは言葉を切り、金剛をじっと見つめた。

「予感があったの。これはよくないことがあったんじゃないかって。だってそうでしょう? なぜ資料の中でしかその存在に触れることができないの? どうして大本営にあるシリアルナンバー1が初めての建造ドックと言っているの? きっとそこには語られない理由があるからなのよ。資料を編纂した人間たちにとって都合の悪い真実が」

「皆が望んだ建造ドックなのに?」

「ええ、ジョンストン。残念ながらね」

ジャーヴィスは小さくため息をついた。

 

「パンドラの箱って知っているでしょう?」

「ええ。最後に希望が残っていたってやつね」

「そう、それ。ギリシア神話でパンドラは誘惑に負けて箱を開けてしまう。その結果世の中に色々な災厄が振りまかれ、最後には希望が残った・・・。いい話のように聞こえるのだけれど、私は違う解釈を持っている」

「どういうことよ」

「希望こそ災厄の中で最も厄介なもの・・・。そういう例えなのではないかと最近思うの。人が最も絶望するのは最初から最悪だった時じゃないわ。最悪な状態から抜け出せると中途半端に希望を見せられ、それが思い通りにならなかった時よ。今回のケースがまさにそう」

 

荒々しくカップを置く音が室内に響いた。

膝元にまでこぼれた紅茶を拭こうと、榛名が慌てて金剛に駆け寄った。

 

「せっかく作った建造ドックが期待通りでなかった?」

 

ふと頭の中に何かがよぎり、私は額を抑えた。

何気なく口にした言葉の中に引っかかるものがあったらしい。

人々は何を期待し、それがどう外れたのか。

 

見ると、同じように雪風も頭を捻り思案顔だ。

その顔をじっと見つめるうちにふいに頭の中で大湊でのことが思い出された。

ジャーヴィスとの珍道中。そして、大湊の艦娘達との演習。突然の雪風の暴走。

 

記憶の片隅で何かが必死に語り掛けていた。

望まれぬ建造。原初の艦娘への強いこだわり。

 

衝動に駆られ、私は思わず口を挟んだ。

「ちょ、ちょっと待った。ひょっとしてなんだけど。その時建造された艦娘を私、他に知っているんじゃない?」

 

それに対するジャーヴィスの返答は素っ気なかった。

「ええ。今日来たメンバーはみんな知っているわ」

 

「ま、まさか、それって・・・・・・」

雪風と目が合う。

その視線が不安げに揺れていた。

 

それ以上はしゃべりたくないのだろう。

今日来たメンバーの中でも特に彼女と深くかかわったのが雪風だ。

誰も好き好んで口にしたくはない。気持ちのいい話ではないのだから。

 

だが、ジャーヴィスは、探偵はそんな私達の小さな戸惑いなど気にしない。

真実を知るためには時に恥知らずなこともしてのけ、冷酷になる。それが探偵だ。

 

「彼女達は人々の期待を一身に背負い建造されながらも、望むものではなかったために出来損ないの烙印を押されてしまった。今では当たり前の建造への知識がない当時、原初の艦娘ほどではないという理由で『始まりの出来損ない』などと揶揄され、辛い日々を送ることとなったの。」

 

『始まりの出来損ない』

記憶の中で黄色いリボンが揺れる。そう、それは、あの大湊の。

 

「ええ。大湊の神風。そして、今目の前にいる金剛こそが試作型建造ドックで作られた本当の栄えある最初の艦娘。その数少ない生き残り。そして、彼女達の提督こそ、ダーリンの前に江ノ島鎮守府にいた能瀬提督その人よ」

 

 

 

 

 

 

 

                  

 




登場人物紹介

杉田提督・・・・・・未だに大湊の艦娘達から壁を感じ、実は少し寂しい。
鈴谷・・・・・・お気に入りのお茶請けは豆大福。どら焼きは粒あん派。
曙・・・・・・実は杉田の着任日に心配になって休みをとり、大湊にいたのは内緒。


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なにこれグレカーレ特別編

※注意!!本編とは全然全く関係ありません。艦これのアンソロジーについて全く興味ない人はスルーしてください。登場人物が作者の好きだった鎮守府目安箱について語ります。

種十号先生への感謝を込めて。本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

グレ「なにこれグレカーレ、はっじまるよお~!!」


そろりそろり。

毎度毎度提督の部屋に忍び込もうとするグレカーレ。

学習能力がないと言われそうだが、実はそうでもない。

 

「今回のあたしには強い助っ人がいるもんねー」

にんまりと笑みを浮かべるグレカーレに楽しそうに頷く助っ人のジャーヴィス。

「ダーリンの秘密を暴くと言われては黙っていられないわ! 気合いを入れて調査しましょう!」

 

ノリノリで乗り込んだ二人を待っていたのは、PCの画面を見ながら固まる提督の姿。

「げっ!! て、テートクいるじゃん!」

「潜入捜査は失敗ね~。出直しましょうか?」

「ん!? でもいつもだったら、ふん、だのけっだの罵声を浴びせてくるテートクがやけに静かじゃない?」

「そう言えばそうねー。ねえ、ちょっとダーリン?」

「あ、ちょ、ちょっと」

「聞こえているの? ダ――――リーーーーン!!!」

耳元で叫ぶジャーヴィスに途端に与作が反応する。

「うるせえぞ、がきんちょ! 今が何時だと思ってる!! ご近所さんに迷惑だぞ!!」

「ご近所なんていないじゃない」

「ダーリンが反応しないのがいけないのよ」

「ふん。俺様はショックなことがあったんだ。がきんちょの相手なんてしていられねえ。失せな」

「ちょ、ちょっと何があったのよ!」

「種十号先生の鎮守府目安箱が終わっちまうんだよ」

「え!? 何それ」

「鎮守府ってことはどこかの鎮守府なのかしら」

「クソガキどもが! ちょうどいい。俺様は胸にぽっかり空いた穴が埋められなくて困っている。お前たちに俺様の好きな漫画鎮守府目安箱について語ってやるぜ」

 

 

 

与作「そもそもだ。鎮守府目安箱ってのは種十号先生が書かれた公式のアンソロジーよ。どこかにある鎮守府の練度上限を突破した艦娘たちが鎮守府内の艦娘達の困りごとを解決していく。はあとふるうぉおみんぐな作品だ。一部の連中は狂気だのと喜んでいるがな」

 

グレ「ええっ!? 困りごとを解決していくのになんで狂気なのよー」

与作「原作通り、イメージ通りの艦娘像だし、キャラクターデザインは可愛いんだが、どうにもこうにも出る奴らがぶっとんでいやがってな。ネタのぶっとび具合が新鮮で常に楽しさを提供してくれる素晴らしい作品なんだぜ」

ジャ「常識では計り知れない面白さがあるってとこかしら」

与作「いいこと言うじゃねえか。ちびっこ探偵団。その通りよ。史実無視。予測不可能な艦娘同士の組み合わせによる新たな化学反応。想像のビックバン。面白さの宝箱。その掛け合いが自然に流れる見事なストーリー。なんとも言えない逸品だったぜ」

グレ「ふうん。続き物なの、それって」

与作「一話完結だからな。それぞれの回で人によってお気に入り回は違うだろうさ。俺様なんかは好きな回が決まっているがな」

ジャ「気になるわね、ダーリン。どんな回が好きなの?」

 

与作「それじゃあ、俺様的に好きな回5選を語っていこう。」

グレ「じゃあ、まず最初は?」

与作「初霜、ジャーヴィスの回だな!」

ジャ「Really?」

与作「ああ。大和のオムライスが食べたいジャーヴィスがテンションが上がりまくり、やたらNGワードのホテルという言葉を口走りそうになる。それを懸命に阻止しようとする初霜の健気さ溢れる回だ。地味に大和がケチャップで絵を描くのが下手というネタがじわじわとくるもんだ」

 

ジャ「あと四つね」

与作「荒潮回だな。エイプリルフールの当初に悩まされた目安箱委員会が荒潮に依頼の真偽を確認してもらうという回だ。とにかくこの回の荒潮はぶっとんでいて、トンカチ持ったり、縄を振り回したり好き放題だ。またその時の表情がなんともいえない。谷風の微妙な嘘といい、ネタに事欠かない。」

 

グレ「うちの鎮守府だともんぷちが色々やらかしそうね」

与作「お前もな。そしてお次は、ハロウィン回だ。ローマにリットリオ、そして海防艦の佐渡が見事な核融合を見せた。リベッチオも出てきたが、終始ネタが読めず先が気になる話だった」

 

ジャ「残りはどうなの?」

与作「そうだなあ、早霜、蒼龍回かな。バレンタインにチョコを作ろうとする早霜の話なんだが、どういう訳だかもののけが出てくる」

グレ「ごめん、テートク。意味が分からない」

与作「考えるな、感じろ。意味を理解しようとしては駄目だ。そして俺様はありのままを語っている」

グレ「チョコ作ろうとして、どーしてもののけが出てくるのよ!」

与作「そりゃあ読めば分かる」

 

ジャ「それじゃあ、最後は何? ダーリン!」

グレ「あたしの回がないんだけど、テートク」

与作「慌てるな。最後こそお前とフレッチャーが出てくる回だ。『あみぐるボチャン』や、『ポンポポンピペペ』など後世に語り継がれるような言葉が遺された回だった。ちなみにこの回読んだために、この物語でフレッチャーが出てきたらしいぞ」

 

グレ「ええ!! 作者って影響され過ぎじゃない!?」

与作「鎮守府目安箱を読んだことがある人間なら、この物語を読んで、作者はやたら影響されているって感じるだろうぜ。本人も読み返して気付いたらしいが、鎮守府目安箱に出ている艦娘は大体出ている」

ジャ「成程。私やグレカーレは出ているものね! あら、でも出ていない子もいるみたいだけど・・・・・・」

与作「ふふん。そいつこそ、実は作者がお気に入りの艦娘ってことだな。万が一気になるなら読んでみるしかねえぜ」

 

ジャ「でもそんなに楽しい物語が最終回なんて悲しいわね」

与作「どんな物語にも終りはあるからな。だが、とても楽しいアンソロジーだった。艦これやっている人間にはおすすめの逸品だったぜ。史実のことを上手くいれてくる公式四コマ吹雪がんばりますも楽しかったが、作者的には鎮守府目安箱は群を抜いて面白かったな。種十号先生には感謝しかねえ」

 

グレ「それじゃあ、これ借りてくね、テートク。あみぐるボチャンってのが気になるし」

与作「ダメだ! 俺様が思い出に浸りながら読み直すんだ! お前は自分の給料で買えばいいだろうが!」

グレ「え、ちょっちょっと押さないでよ~~」

ジャ「ダーリン、少しくらいいいじゃない~~」

与作「うるせえ、とっとと出て行け!」

きい~~~ばたん!!

アトランタ「何やってんの、あんたら。また提督さんの部屋に忍び込んだわけ?いい加減凝りなよ」

グレ「テートクが面白そうな漫画の話ばかりして見せてくれないんだもの!」

ジャ「そうよ、あれじゃあ生殺しよ!! 目安箱が気になって仕方ないわ!!」

アト「ああ、鎮守府目安箱か。あたしの部屋にあるけど」

グレ「え!? 見せて見せて!!」

アト「分かったから、すがりつくなよ、全く! 北上が駆逐艦をウザがるのも分かるかも」




その他のお薦め回

プリンツ・オイゲンとまるゆ回。
秋津洲と照月回・
清霜、扶桑とアブルッツイ回。
阿賀野型勢ぞろい回。



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第七十三話 「期待という名の毒(前)」

お読みいただいてから本編をどうぞ。

注意:今話から段々と核心に迫っていきますが、ご都合主義全開、そして胸糞要素があります。少しでも合わないと感じましたらブラウザバックを強くお勧めします。


能瀬提督。その名前には覚えがあった。ヨサクの前に江ノ島鎮守府にいた提督であり、憲兵さんからの僅かな情報でしか、その人となりを知ることのできなかった謎の人物だ。ジャーヴィスが金剛の提督だろうとあたりをつけていた彼が、まさか、あの神風とつながっていようとは思いもしなかった。

 

「能瀬提督、ですか? 残念ながら存じ上げていません」

霧島が申し訳なさそうに金剛を見た。彼女達にとっては敬愛する姉の提督を知らないということに申し訳なさを感じているのだろう。

 

「その方がお姉さまの提督なのだとして、それが建造ドックと何の関係があるというのです!」

比叡が不満を露わにし、ジャーヴィスに食ってかかる。先ほどからの言動を考えれば、自らの姉を心配しての行動だろう。

だが、名探偵を自称する駆逐艦は戦艦に詰め寄られてもまるで怯まなかった。

 

「もちろん、大有りよ。言葉が足らなかったわね。能瀬提督。本名は能瀬稀人。彼はただ金剛達の提督というだけではないわ。そう、彼こそが謎に満ちた試作型建造ドックの開発者。別名すりぬけくんを作った人物なのよ」

 

「な!?」

ジャーヴィスの指摘に皆が一様に驚きを見せる。

ただ金剛だけはじっとジャーヴィスを見つめ、その視線を動かさなかった。

 

「能瀬提督が、すりぬけくんの開発者ですって!? そんなことあり得るの?」

「そう考えた理由はいくつかあるわ、ジョンストン。まず大湊での神風の発言。あの黄色いリボンは原初の神風にもらったと彼女は言っていたわ。という事は、彼女達は原初の艦娘が鉄底海峡に挑む前に誕生していたのよ。明石からもらった建造ドック関係の資料からもそれは裏付けられる。でもね、試作型が完成したのが七月末。そこから鉄底海峡の戦いまでは3か月半しかない。時間があまりにも足りなすぎるの」

 

「時間が足らないだと?」

「ええ、ダーリン。建造するのに必要なのは資材と妖精と建造ドックよ。でも、この当時提督養成学校は作られておらず、自衛隊員向けの提督因子の検査についての議論が始まったばかり。そんな中一から提督を探していて艦隊が組めるほど艦娘が建造できるかしら。さっきも言った通り、各国から熱望されていた建造ドックよ。とにかく早く艦娘が建造できたと報告するために、 まず身内の関係者から探すのではないかしら? 提督候補者を」

「成程、それで、能瀬提督が。納得です!」

「酷いこじつけですね。そんなのはただの憶測でしょう。証拠はあるのですか? その能瀬提督が試作型ドックを作ったのだという証拠は」

しきりに感心する雪風を見て鼻で笑う霧島。

そんな彼女に、ジャーヴィスはにっこりと微笑みながら、先ほど出した建造ドックの写真を指差した。

 

「ダーリン、その写真を見てみて。何かおかしな所はないかしら」

言われて写真を持ったヨサクの両側から私と雪風が首を捻る。

「おかしな所? ヨサク、分かる?」

「しれえ、分かりますか?」

「あのなあ、お前等。少しは自分で考えようとは思わねえのか! ふん。なんか、傷みてえのがあるな」

 

「下から撮った奴ですね。確かに傷が見えます」

写真を廻された榛名が頷き、霧島にそれを渡す。

「ああ、本当です。裏側の右隅に1と見える傷が刻まれているのがこの霧島にも分かります。建造ドックを移動させる際にできたものではないでしょうか」

「いや、そうじゃねえな。こいつは明らかに彫ってあるぜ。1だかIだか分らんがな」

「1号機ドックってことかしら」

私の言葉にジャーヴィスは首を振った。

 

「そういう意味もひょっとするとあったかもしれないわね。でも、違うわ。1にしては斜めに刻みすぎだし、何より見て、ジョンストン。上の方が太く、下に行くほど細くなり、カーブしているわ。これは意図的にそうなるように刻んだからよ。とすると、これは1でもIでもないわ。カタカナのノ、よ」

 

「カタカナのノ? 何でノを刻むんです?」

「あら、雪風。貴方もこの間ダーリンに取られないようにって、トランプ一枚一枚にユと書いていたじゃない。あれはどういう意味かしら」

「それは雪風の物だということを示すためです! しれえは油断しているとすぐトランプを没収してきますから・・・・・・って、ま、まさかこれは!?」

「ええ、そう。能瀬提督のノよ。彼は自分が建造ドックの開発者であることが分かるようにドックに証拠を残しておいたの。一見すると分からない位置にこっそりとね」

 

「自分が開発者ってアピールしたかったってことかしら」

「さあ、それは分からないわ。建造ドックの開発者として名前が残らない状況を憂えてやったのか、それとも単なるお茶目からか。そこにいる金剛なら分かると思うけど」

 

突然話を振られ、驚くこともなく、金剛は黙ってジャーヴィスを見返した。

これまでの冷たい視線ではない。興味深げな、それでいて厳しいまなざしを向ける彼女に、ジャーヴィスはぽりぽりと頭を掻くと、居住まいを正し、その前に立った。

 

「そうね。まずは、大事な質問をするべきだったわね」

ジャーヴィスはこほんと咳ばらいをすると、告げた。

 

「ねえ、金剛。あなたの提督は能瀬提督で間違いないわよね?」

 

                      ⚓

 

「ねえ、金剛。あなたの提督は能瀬提督で間違いないわよね?」

そう私に自信満々に告げたのは英国からやってきたという駆逐艦。

 

あどけない小雀の戯れかとその推理に耳を傾けたのが今思えば間違いだったのだろう。

雀などとんでもない。この駆逐艦は獲物を狙う計算高い猛禽類そのものだ。

 

ころころと表情を変えつつも隙を見せず、一見関係ない話を織り交ぜたかと思うと、突然ふいをつくのがその証拠。

まんまと一杯食わされてしまった。

 

だが、不思議と苛立ちはなかった。

全くあの提督は何をやっているんだ、と呆れるような、それでいて懐かしい感情が押し寄せてきた。

 

他の質問にはいくらでも嘘を重ねられる。

自然体で、気づかれずに。

淡々と。あたかもそれが真実であるかのように。

冷たさを殻にし、相手を煙に巻くことも、権力を使い無理を押し通すこともできる。

そうして私は今まで生き延びてきた。

 

けれど、彼女の投げかけた質問は別だ。

その質問に対してだけは、私は嘘をつくことはできない。

嘘をつく言葉を持っていない。

 

「Yes。その通りだヨ」

ほうと小さくため息をつき、自然と私は口を開いた。

 

「多分後者だろうネ。わざわざそんな見えないところに彫って・・・・・・。本人はちょっとした洒落のつもりだったと思うヨ」

 

今の今まで隠してきたものをどうして話そうと思ったのかは分からない。

 

提督の話が出て気が緩んだのか。

隠すことに疲れたのか。

 

ひょっとすると、いい加減誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 

どうしようもなく惨めな一人の艦娘の話を。

 

 

 

海に漂っていた私が何やら呼ばれていると気づいたのはいつだったか。

ふわふわと泡のように浮かんでいたこの身。

それに色を付け、金剛という艦娘として生まれ変わらせたのは彼。

今でも覚えている。出会った時の彼の慌てようを。

 

「英国で生まれた帰国子女の・・・・・・って、どうかシマシタカ?」

「あ、いや、そ、その」

 

しきりに目をそらす彼に、建造されたばかりの私はずんずんと近寄っていき、何とか目を合わせようと四苦八苦したものだ。

 

「金剛型の一番艦、金剛デース。よろしくお願いシマース!」

「あ、ああ、よろしく」

ごしごしとズボンで手を拭いた後、横を向きながら握手する彼に思わず苦笑したのを覚えている。

 

「どうして目を合わせようとしないのデス?」

「ええっ。いや、だって、その・・・・・・」

「その?」

「び、美人過ぎてさ。僕、研究ばっかりだったから・・・・・・」

「美人って、私が?」

「他に誰がいるんだよ、他に! はあ、参ったなあ。こいつは予想外だぞ・・・・・・」

ため息をつきながらも、作られた存在であるこの身に精一杯の好意を見せる彼。

その姿が何とも微笑ましくて。

 

「OH,嬉しい事を言ってくれるネ~」

 

この提督を支えていこうと、その時決めた。

 

 

「艦娘を何とか増やせないか」

深海棲艦という脅威を前にし、人類がすがった希望のプロジェクト。

原初の明石、始まりの提督が提唱した建造ドックの作成は、だが、当の本人たちが関わることなく進められることとなった。対深海棲艦との最前線にあり、今や人類の防波堤とも言える彼らは日夜深海棲艦達と激戦を繰り広げており、彼らの描いた設計図を基に海上自衛隊の技術士官や民間の研究者がその開発を行っていた。

 

私の提督であった能瀬稀人もその一人。

大学で機械工学を専攻していたという彼は、その経験を買われ、建造ドック作成プロジェクトのに参加し、たまたま提督適正因子があったことから、私達の提督として選ばれたのだという。

 

「提督適性因子?」

「ああ。紀藤さんの体を検査したところ、一般人とは異なる因子が見つかったんだ。どうもそいつがあると艦娘達が使う艤装に宿る妖精が見えるとのことでね。研究者はみんな揃って検査したんだよ。まあ、検査って行っても紀藤さんが連れて来た妖精が見えるかどうかってだけなんだけど」

「そんな単純なことで提督に選ばれたんデスカ?」

「そう言われてもなあ。体質なのか何らかの条件があるのか分からないが、ふざけてふらふらするグレムリンみたいのが見えてさ。それを指摘したら、『ちょうどいい。今度作る建造ドックの艦娘達の提督になってくれ』ってね」

「身も蓋もない台詞ネー。少しは女心を勉強するといいヨ」

「それはちょっと苦手分野」

「No! これから艦娘が増えるのに、そんな体たらくじゃ先が思いやられマス! あれこれ読んで勉強するネ!」

「あれこれって、指示が抽象的過ぎるよ。具体的に言ってくれ」

「ちょうど私も人間のことを勉強しようと雑誌を買ってもらったネ。仕方がないから貸してあげマスヨ」

「恩に着る! ついでと言ってはなんだが、僕は御覧の通りだから、君には新しく建造でできた子たちとの間の架け橋を是非頼むよ」

「最初から他人に頼ろうとするのはどうかと思うネ」

「そう言わずにさあ。艦娘って美人ばっかりで緊張するんだよ」

「ふふっ。仕方ないネ。秘書艦として頑張りマスヨ。でも、提督も徐々に慣れてかないといけマセンヨ」

「そこは善処する」

 

建造ドックができて一月余り。私達は順調に新しい仲間を増やしていった。

まずは駆逐艦、次に軽巡洋艦、重巡洋艦。

 

資材を少しずつ増やし、その分量を調節し。

軽空母や潜水艦、そして遂に戦艦や空母まで建造できるようになった。

 

「ようやく艦隊が組めるわね、提督!」

「いや、連合艦隊だって組めるぞ!」

新たに仲間になった艦娘達は口々に言い、艦隊は賑やかになっていった。

 

だが、この時の私達はあまりにも無邪気過ぎた。

人類史上初めての艦娘の建造という偉業に興奮し、その本質が見えていなかったのだろう。

 

そもそも。私達がどうして建造されるようになったのか。

人々は何を望んでいたのか。

 

愚かにもただただ仲間が増えることを喜んでいたあの日の私達は気づいていなかった。

どんどんと建造される艦娘達。だが、その艦娘達を見る人間の目が、徐々に落胆の色に染まっていっていたことに。

 

 

初めの綻びは鎮守府近海に出撃した私達の艦隊が予想以上の被害を被り、帰投したこと。

 

「どうした。手を抜きすぎじゃないか? たかが戦艦タ級が4隻程度だろう。戦艦に軽空母といれば普通に倒せるはずではないのか」

軽口のつもりで投げかけてこられた言葉に私達は愕然とする。深海棲艦の戦艦クラスだ。駆逐の子達などその砲撃を喰らったらひとたまりもない。冗談にしてもキツ過ぎる。

「気にするな。あいつは、皮肉屋なんだ。入渠ドックで体を癒してくるといい」

提督はそう言い、私たちを気遣ってくれたが、一か月の間それが何度も続くと、さすがに私たちの間にも疑問が浮かんでくる。

 

「なあ、連中しつこいくらい本気を出せと言ってくるがよ。あたしは手を抜いているつもりはないぜ。どういう意味なんだよ」

「提督は気にするなの一点張りです。どういうことなのでしょう」

「OK.私が代表して聞いてみるヨ。みんなはゆっくりしているといいネ」

 

そうして提督室に向かった私を待っていたのは、モニター越しに上層部から詰問される提督の姿だった。

 

「ふざけているのか貴様らは! お前は連中の提督だろう。いい加減真面目にやるよう奴らに命令しろ!」

 

上官の言葉に耳を疑った。

私達は真剣だ。誰一人として手など抜いていない。どうして、そんな謂れなき誹謗中傷を受けねばならないのか。

 

「お言葉ですが、彼女達は真剣に人間のために戦ってくれています。手を抜くなどしてはいません!」

「それは通らんよ、能瀬君。戦艦1,軽空母2、軽巡1、駆逐2。立派な艦隊だ。それがどういう理屈で、あの紀藤の艦隊の駆逐艦一隻の戦果に劣ると言うのかね」

 

またショック。私達の通常艦隊の戦果は原初の艦娘の駆逐艦と同程度?

そんなバカなことがあるだろうか。同じ容姿、同じ艦種である筈なのに、そんな差別があっていいのか。

今すぐにでも執務室に飛び込み、提督に真実を尋ねたい。そう思った私の目に飛び込んできたのは、上官に悪し様に罵られながらも、必死に私達のことを守る提督の姿だった。

 

「現在その原因究明に努めています。重ねて申し上げますが、彼女達の我々を守ろうとする必死の思いを疑うことはお止めください!」

「そうは言ってもあまりにも現状が酷すぎるのではないかね。君の作ったドックの成果次第で現在呉で作られている二号機、そして自衛隊員中心に創設される見通しの提督養成学校の建設にかかる予算が打ち切られる可能性だってあるんだよ」

「能瀬君。優秀な君の提案により、我々は危険な海域を突っ切り、命がけで戦時中の船の残骸を手に入れに行ったのだ。一体どれだけの元手がかかっているかわかっているだろう。深海棲艦騒ぎで国が傾きかける中、無い袖を振って作った建造ドックだ。失敗だったでは済まないのだよ」

「彼女達は失敗作ではありません!それにお言葉ですが、建造ドックの素材を戦時中の船の残骸としたのは紀藤提督と明石です。彼らから提供された設計図に招魂装置である以上、艦娘を召喚するための触媒となるものが必要だとありました。先の大戦で残された戦車等の残骸で試したものの反応が芳しくなく、船を呼ぶのだから、船の残骸を使ってはどうかとなった次第です」

 

「そのようなことは聞いておらん!」

「各国からは連日矢のような問い合わせだ。建造ドックはまだか、いつできるのだと。その彼らに言えるか? 建造ドックが失敗作だったなどと!」

「建造ドックは失敗ではありません。彼女達は普通に深海棲艦と戦い我々を助けてくれているではないですか!」

「確かに深海棲艦相手に一定の効果があるのは認めよう。だが、それだけだ。いいか、能瀬。我々が求めているのは紀藤の元にいる連中のような強力な兵器だ。それに比べてお前の所の連中はどうだ? 同じ外見とは思えぬ貧弱さ。まるで手酷い詐欺にあったようなものではないか!」

「彼女達を侮辱するのはお止めください! 彼女達は悪くはありません!」

 

「ではどう説明するというのだね、この両者の差を」

「それは現在調査中です。ドロップ艦と呼称されています、深海棲艦撃破後に見つかる艦娘達もまた、私の艦隊の艦娘達同様のスペックなことから、紀藤提督の下にいる艦娘達が異常なのだとしか・・・・・・」

 

「言うに事欠いて他者に責任転嫁とはな。残念だよ。もう少し優秀な男かと思っていたが」

「おって辞令を出すが、君を建造ドック開発担当の任から外す。変わって周辺海域の調査を命じる」

「なっ! す、少しお待ちください!!」

「出来損ないでないと言うのなら立派に任務を務めることができるだろう。せめてそれぐらいはこなして見せろ!」

「彼女達は出来損ないなんかじゃない!!」

 

机に拳を打ち付け、肩を震わせる提督の姿に、私はいてもたってもいられなかった。

自分達が出来損ないと言われていることも、原初の艦娘とは抗いがたいスペックの差があることも気にならなかった。

 

ただただ、私達のために怒り、涙を流してくれている彼のことが心配だった。

 

「聞いて、いたのか・・・・・・」

心の奥から絞り出すような声。

提督は気付いていたのだ。私達と彼女達の違いに。

そして誰にも言えず苦しんでいたのだろう。

 

「あれだけ、大声で話していたら嫌でも聞こえるヨ」

何か言おうとする彼を無視し、戸棚から救急セットを取り出す。

「赤くなっていマス」

湿布を取り出し、その右手に貼り付ける間、彼はじっと私を見つめていた。

「僕を恨まないのか」

「Why? どうして恨む必要があるネ」

「僕があのドックを開発しなげれば。僕が君たちを建造しなければ。あそこまで悪し様に言われることはなかった。僕のせいだ・・・・・・って、痛い!」

「OH,バカなことを言うから強く締めすぎたヨ~。貴方がしたのは、紀藤提督と明石の設計図を基にドックを組み立てたことデスヨ? もし開発したドックが失敗だったと言うのならば責任はその二人にある筈ネ」

「金剛・・・・・・」

「周辺海域を見て廻るのなら、艦隊も編成し直す必要がありマス。今日中に考えてしまわないとネ」

「ああ・・・・・・」

 

下を向く彼を私はそっと抱きしめる。

「せっかく提督と出会えたのに、つれないことを言うのはナッシングだヨ」

「すまない・・・・・・」

「全く。女心が相変わらず分からない提督だネ。そこは別の言葉が欲しいものだヨ?」

「別な言葉? ソ、ソーリー」

「分からなければいいネ。いつか気付いて言ってくれることを期待していマス」

ぽんぽんと肩を叩き微笑む私に、彼は何度も頭を下げていた。

 




朝目新聞9月11日号より
『建造ドックの完成間近』
「全世界で完成が待たれる艦娘の建造ドックについて、自衛隊関係者より完成は間近であるとの報がもたらされ、各国関係者の間に安堵が広がっている。今現在各地で激戦を繰り広げている紀藤提督やその艦娘達をバックアップする意味でも、新しい艦娘達のもつ意義は大きい。だが、艦娘という存在をどう認めていくかに関しては未だに有識者の間で意見が分かれており、その扱いについての一層の議論を深めていく必要があるだろう。」


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第七十四話 「期待という名の毒(後)」

注意:この物語では沈んだ艦娘の話をする際も極力艦娘名を出さないようにしてきましたが、今話では出てきます。嫁艦の名前があるかもしれません。気になる場合はブラウザバックをお勧めします。




提督から聞かされた私達の秘密。

それを私は包み隠さず艦隊の皆へと話そうと提案した。

 

秘密などどこから漏れるか分からない。

それよりは皆に誠実に話し、その判断を仰いだ方がいい。

 

「もう働きたくないと言う子もいるだろうな」

「そうしたらどうするネ」

「その子がやりたいようにさせるさ」

「まあ、そんな子はいないと思うヨ?」

 

果たして私の予言通り。

その日、提督からの真実の告白を受けても、誰一人として艦隊を去る者はいなかった。

ある者は自分の推測が間違っていなかったと頷き。

ある者は今後の艦隊運営について思いを馳せ。

また、ある者は自分達を庇い、不当な非難を受けた提督のために怒っていた。

 

「あんたも大変ね・・・・・・って、ちょっと!」

いつも提督に当たりのキツイ霞が掛けた一言に提督が泣き出し、それを周りの艦娘達が囃し立てる。

「提督の汚名を返上し、何としても生き延びよう」

そう互いに誓い、頑張ろうと励まし合う艦娘達。

その彼女達に向かって静かに提督は頭を下げていた。

 

この時の私達はまだ自分達の置かれた状況を正しく理解していなかった。

 

死に物狂いで事に当たれば。

きっと道は開ける、いずれ何とかなると。

ただ盲目的にそう思っていたのだから。

 

 

 

それは、まるであの大戦の時を思い起こさせるような、辛く厳しい日々だった。

 

深海棲艦が活発化する夏を迎え、無限に湧く敵を押し止めようとする原初の艦娘達と始まりの提督。

彼女達がいかに一騎当千の強者で、始まりの提督が用兵に長けていたとしても。

護る海は広すぎ、救助を求める声は多すぎた。

 

必然、防衛網に穴が開き。その間隙をぬってやってくる深海棲艦を迎え撃つことこそが、上層部から命じられた「調査」だった。

 

自爆覚悟で突っ込んでくる敵駆逐艦や軽巡。

艦載機を飛ばし、魚雷まで放つ反則級の戦艦。

こちらの空母をあざ笑わんばかりの長距離から攻撃を仕掛ける軽空母。

どれもこれもが規格外の力を持つ者ばかり

 

素人同然の提督と、まともな訓練も積んでいない練度不足の私達では、無傷でその侵攻を止めることなどできよう筈がない。

 

来る日も来る日も来る日も来る日も。

ただひたすらに広い海を廻り、単騎で警戒網を潜り抜ける強力な深海棲艦と戦い、鎮守府に戻ることを繰り返した。

 

当初原初の艦娘達に負けて堪るかと強気でいた艦娘達は、次第に黙りこくるようになり。

明るく無邪気な駆逐艦達も徐々に口数を減らしていった。

日が経つにつれ被害は大きくなり、入渠ドックに艦娘が入りきらず鎮守府のあちこちで体を横たえる始末。

修理が間に合わぬ者は小中破状態での出撃を余儀なくされ、疲労困憊な中でも休むことすらままならない。

 

大破は何人、中破は何人、小破は何人。今日は何人行けるだろう。

味方が傷つくことが当たり前になり、麻痺した感覚で気にするのは出撃できるかどうかとそればかり。

 

もちろん、私達もただ手をこまねいていたわけではない。

 

艦娘同士での演習。戦術の研究。挑む周辺海域についての事前情報の入手。

今では当たり前となったことだが、その当時は初めてのこと。慣れない中、手探りでもがき続けた。

 

同時に建造ドックの再調査の意見具申。直接間接を問わず行った回数を数えれば、それは優に二けたは超える。だが、返ってくるのは決まって「考慮する」「先方に伝えておく」とそればかり。

 

 

遂に沈む船が出始め、苛立ちと焦りが極致に達した時。

提督は意を決し、参謀本部に直訴へ向かった。

受付での押し問答の末ようやく通された会議室にいたのは、先日私達を悪し様に罵っていた上官たち。

 

「ご覧ください。こちらが我が艦隊の被害です。このままでは任務に支障をきたします。どうか、どうか資材を融通してください」

 

眠い目をこすりながら不眠不休で仕上げた艦隊状況の報告書。

だが、受け取った上官はぱらぱらとめくっただけで、それを無造作に机の上に放り投げた。

 

「君の言いたいことは分かる。だが、深海棲艦の動きが活発化してから各国からの要請がひっきりなしでな。前線で頑張っている紀藤提督の艦隊にも融通せねばならん。苦しいところだとは思うが、あるもので頑張ってもらうしかないのだ」

「頑張る? 満足な資材も寄こさず、ただ頑張れとは余りにも無責任ではないですか!」

「無い袖はふれん。君も分かるだろう。世界中が我が国に対し、対深海棲艦の役目を期待している。呉の建造ドックへの資材供給もある。こちらとしても精一杯の資材は送っているのだよ」

「呉のドックに資材を? そんな余裕がどこにあるというのです! 我々は見殺しですか!」

「能瀬くん、言葉が過ぎるぞ。元はと言えば君が建造ドックの開発に失敗するからこんなことになるのだ。呉の二号機が同時期に開発に入っていたからよかったものの、もし今回のことが漏れれば、世界中が失望する事態となっていたのだぞ」

「それこそとんだ言いがかりです。こちらをご覧ください。この一月何度も何度も検査確認しました。建造ドックは設計図通りの仕様に間違いありません」

 

提督が差し出した書類を、彼らは受け取ろうともしなかった。

「本部に何度も問い合わせをしたはずです。紀藤提督と明石に、建造ドックの設計図に誤りはなかったのか確認をして欲しいと!」

「聞いているよ。だが、話を繋いではいない」

冷ややかに答える上官の姿に、私は目を大きく見開いた。

 

「な・・・・・・」

「当然だろう。今や対深海棲艦の最前線にいる紀藤提督に対し、そんなことでいらぬ気遣いをさせてどうする。どう考えても言いがかりの類ではないか」

「左様。原初の明石とあの紀藤提督が考えた設計図だぞ? 間違いを疑う方がバカげている。どう考えても作り手が悪い」

 

何と愚かなのだろう。

 

間違う筈がない? 

始まりの提督といえど人。原初の艦娘といえど全能ではない。神ではないのだから当たり前。そんなことは子どもでも分かる理屈だ。

出来上がったものが期待通りでないと言うのならば設計図の段階から疑うのが道理。

それすら許さないとは、呆れ果てた妄言だ。挙句にこちらからのコンタクトを邪魔するとはどういう了見なのか。神を疑う不信心者は神の視界にも入れさせないということなのか。

 

全ては余裕がない中、一縷の望みとして現れた希望。その希望に対し疑いをかけることができる程人は強くはなかったということだろう。

だが、その弱さと醜さをなぜ私達が受け止めなければならなかったのだろうか。

 

「・・・・で、」

「?」

「なんで、彼女達が日々苦しんでいるのにそのことに目を向けないんです。僕たちのために傷つき・・・・・沈む子も出ているんですよ。我々の代わりにこの国を、世界を守ってくれている彼女達に、どうしてその程度のこともしてはくれないんです!!」

「失敗作である君の艦隊になけなしの資材を割いているだけでも温情と思いたまえ。前線を維持するために少しの無駄も許されん状況なのだ」

「無駄!? 無駄とはどういうことですか!」

「深海棲艦を撃退しておると言っても数えるほどだろう。資材の有効活用とは言えまい」

「沈んだのなら建造すればいいだろう。失敗作でないというのならば、君ご自慢のドックを使いたまえ」

「・・・ざけるなよ・・・・・」

瞬間、提督が拳を振り上げたのを察知し、私はその右手をとった。

「No!」

「放せ、金剛! ふざけるなよ、この人でなし!! 沈んだら建造しろだと!」

「能瀬!! 口を慎まんか!」

「それがこの国を守ってくれている艦娘達にかける言葉か!! 修理や補給のために色々切り詰めてやりくりして。それでも足らずに被害が出ているんだ。少しは現実を見ろ!!」

「能瀬くん。艦娘の見た目に感情移入し過ぎているぞ。彼女達は確かにうら若き乙女の容姿をしているが、れっきとした兵器だ。そのつもりで運用しなければやっていけんぞ」

「苦しみながら沈んでいった艦娘達を前にそれが言えますか?」

「恨むなら恨めと言うだけだ」

「話にならんな。情を持ちすぎている。やはりいくらテストと言っても自衛隊から提督を選抜すべきだったな」

「失礼するネ。臭くてやっていられないヨ」

「何だと?」

「ぶうぶうぶうぶう。人のやること為すことにケチをつける豚といるとうちの素敵な提督のお肌によくないネ」

「貴様!!」

退室を告げられる前に、提督の手を引き、私はその豚小屋を後にした。

 

「止めるな、金剛。止めないでくれ。僕は、僕は恥ずかしい。あ、あんな連中を守るために君たちに無茶をさせているなんて・・・・・・」

「それが私達の生まれてきた理由だから仕方がないネ。沈んでいったみんなもきっと分かってくれているヨ」

「理不尽に扱われて沈むことをか? そんなことある訳ないだろう!」

「提督は優しいネ。でも、戦争とは理不尽なものだヨ? 私が船だった時代だって、乗っていた人達は死にたくなんか無かったネ。でも家族とか恋人とか大事な人を守るためにみんな戦ったデス」

そっと彼の右手を両手で包むや、その余りの白さに驚く。

連日連夜事態を好転させようと提督はその体を酷使していた。

目の下の隈は深くなり、体中から眠気覚ましのコーヒーの臭いが途切れることはない。

 

上手くいかなければ罵倒してくる人間なんて守りたくない。

艦娘にだって意識はある。馬鹿にされても彼らを恨まないことなどある訳がない。

けれど戦っているのは誰のためか。

 

「私達が守りたいと思うのは、提督。あなただヨ? あなたを守りたいから私達は無茶をしているんデス。どうか、どうかそれを忘れないで欲しいネ」

「金剛・・・・・・」

 

被害報告に心を痛める彼をせめて慰めるつもりの言葉だった。

 

「すまない・・・・・・」

 

涙を流す彼を見て、嬉しいのだろうとその時私は思っていた。

けれど、生まれたばかりの私は分かっていなかったのだ。

心優しい彼が。

自分を守るために艦娘達が無茶をしていると聞いて、本当はなんと思っているのかを。

 

 

続く続く。

地獄の日々が続く。

 

いつからからか沈んだ味方の数を数えるようになっていた。

 

昨日は何隻、今日は何隻、明日は何隻沈むのか。

頭の中で冷静に計算する自分に驚いた。

 

なぜと問う前に、でもと諦めの言葉を吐く。

最前線で戦い続ける原初の艦娘と私達以外に深海棲艦と戦えるものは無く。

どこからの助けも期待できない。

 

一人また一人と、食堂に姿を見せる艦娘が減っていく。

提督は日々ふさぎ込むようになり、滅多に執務室から出ることが無くなった。

皆に申し訳ないと食事すら満足に口にせず、定時連絡の度に生気が失われていくように感じた。

 

 

「原初の神風さんに会ったのよ!」

 

強張った口元をほぐしながら神風の話を聞く。

陰鬱な雰囲気を纏うようになった提督に私ができることはいつも通りに振る舞うことだった。

明るく、彼と出会った頃の自分。常に意識していなければ、笑顔になることを忘れてしまいそうだった。

 

不意の邂逅に興奮する神風は、初めて見た原初の艦娘たちの姿に驚いたという。

詳細に彼女達の様子を語り始めた。

「キラキラしていて太陽みたいだったわ。住む世界が違うなって感じ。悔しいけど月とスッポンね」

「月なんか見るだけネ。スッポンはスープになりマース」

「私が話しかけたら向こうもびっくりしていたわ。すごく喜んでくれたのよ」

「それはLuckyだったネ! きちんとあなた達のせいで苦労していると恨み言の一つも言ってやりマシタカ?」

「そんなこと言えないわ、リボンもくれたし。でもでも、建造ドックのことは聞いてみてくれるって」

「Really!? まあ、話半分に聞いておきマス。向こうさんも大分忙しいみたいだからネ。私達のことなんか気にしている余裕はない筈だヨ」

「どういうこと?」

「どうも深海棲艦相手に一大決戦を挑むのではって噂になっているネ」

「決戦? 深海棲艦がやたら増えてきているのに?」

「このままじゃジリ貧だからネ。あり得る話だと思うヨ」

 

 

 

伝え聞く鉄底海峡の戦い。起死回生の策を始まりの提督が思いついたのはおよそ一週間前だという。

全戦力をもって敵本拠地を叩く。

それは無限の回復力を持つ敵を相手にとって、取りうる唯一の方法であっただろう。

 

穴があったとすればただ一点だけ。

守りをまるで意識していなかったこと。

 

運命のあの日。

始まりの提督と原初の艦娘が鉄底海峡に挑んだあの日。

それは時を同じくして、深海棲艦の別動隊が本土を強襲して来た日でもあった。

 

「バカな、裏をかかれたのか?」

「冗談ではない!」

「前線に連絡はとれんのか!」

参謀本部の狼狽ぶりは見るに堪えないほどだったという。

 

そんな中当然のように駆り出されたのは私達。

「呉で建造された艦娘達は未だ練成中だ。君たちしか頼れん」

「・・・・・・失敗作扱いしていて結局はそれですか? どれだけ沈んだと思っているんです」

冷たい声だった。これまでのように感情を込めた声でない分、提督の無念さが伝わった。

「吹雪も、初雪も、潮も、霰も、五月雨も、神通も、那珂も。加賀も赤城も、祥鳳も扶桑も山城も・・・・・・。みんな、みんな沈みたくなんかなかった筈なのに・・・・・・。笑って、笑って消えていって・・・・・・」

「沈んでいった者達にはいくらでも謝罪しよう。望むのなら慰霊碑を作ってもいい。君も建造ドック開発チームに戻そうじゃないか」

 

今の今までそんな態度を見せたことなどなかったのに。

頼るあてが無くなった途端の手のひら返しに虫唾が走った。

目の前にいたら平手打ちの一つもお見舞いしていただろう。

 

「いらない・・・・・・。そんなもの、いらない・・・・・・」

「能瀬君。このままでは、君の家族も深海棲艦にやられてしまうのだよ!」

「したくはないが、このままでは我が国どころか世界が滅亡してしまう。然るべき手段で君に言う事を聞いてもらわざるを得なくなる!」

「我々とてそんなことはしたくないんだ、頼む」

利をちらつかせ、情に訴え、脅し、宥めすかす。

とにかく提督に翻意を促そうとする参謀本部の上官たち。

 

そのままでいたのなら、きっと提督は意地でも命令を受けなかっただろう。

心優しい彼ならばそうしたに違いない。

 

他の人間がどうなろうと構わなかった。

自分のことしか考えない人間たちなど守りたくはなかった。

 

ここでやられるのなら、それが人の運命だろう。

 

けれど。

 

私は、私達は。

 

彼だけは、守りたかった。

どうしても、どうしても守りたかったのだ。

 

「提督。出撃するネ」

私の言葉に驚く提督と、喜びに醜く顔を歪める上官たち。

 

「な、止めろ、金剛! こんな馬鹿な命令に付き合わなくていい!」

「それは同意ネー。でもネ、提督。私達がなんで戦っているか、言いマシタヨ?」

私の言葉を聞き、提督は激しく頭を振る。

「僕のためというなら猶更だ。君たちばっかり傷ついて馬鹿にされて。報われなさすぎだよ。こんな連中なんて放っておけばいいんだ!」

「もちろん、あの連中なんて何とも思ってないデス。私は、私達は提督を守りたいだけネ」

「ダメだ!」

執務室を出ようとする私の前に提督が立ちはだかる。

そっとその体を抱き、彼の温もりを確かめた。

 

「随分、痩せたネ。きちんと食べてないからデス」

「そういう君こそ傷だらけじゃないか」

「Ladyに対して失礼ネ。もっと気を遣うべきだヨ?」

「君がいてくれないと僕は女性への気遣いすら分からないんだよ・・・・・・」

「沈むつもりなんかないネ。戻ってきて散々連中に恩を着せるつもりデス」

「僕はどうなってもいい。君たちが傷つくことにもう耐えられないんだ」

「提督は優しいネー。でもネ」

 

涙を見せる彼の顔をそっと両手でつかみ、こつんと額を合わせた。

「相変わらず女心が分かってないデース」

自然に彼と唇を重ねる。

 

目を大きく見開きながら固まってしまった彼に私は言った。

 

「好きな相手が倒れるところなんか、誰も見たくないものだヨ?」

 

「え!?」

虚を突かれた彼の脇を抜け、執務室を出る。そこには鎮守府に残った艦娘達が勢ぞろいしていた。

「みんな気持ちは同じようだネ」

覚悟は済ませたという風に先頭の神風が頷き、私の後に続く。

「ええ。でも、金剛は残ってもいいのよ?」

「残念ながら無傷で残っている戦艦は私だけだし、今残るのは恥ずかしくてNoヨ」

火照った顔をパタパタと扇ぐと、神風は不思議そうに首を傾げた。

「そういうものかしら」

「神風もいずれ分かりますヨ」

 

そうして軽口を叩きながら、私達は出て行った。出来損ないとして。最後の戦いに。

 




読買新聞10月25日号より
『人類の希望完成す』
「かねてその完成が期待されていた人類初の建造ドックが呉工廠にて全世界に向けて公開された。既に自衛官の中から選ばれた提督候補生により何人かの艦娘が建造されており、待ちに待った吉報に世界各地からお祝いの言葉が届けられた。今後かかる技術が全世界に広がり、深海棲艦の脅威に対抗するための礎となるであろう。」


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番外編改三 「おやぢ目安箱」

遂に終わってしまった。
可愛かったなあ、解決実行委員会の素顔。
種十号先生、本当にお疲れ様でした。
ただ一つの心残りは天津風は出てきたのに、アメ津風が出なかったことかなあ。


シリアス書いていると日常回って書きたくなりますね。


あ~あ。終わっちまったぜ。本当に終わっちまったよ。

終わりそうな気配が無かっただけに悔やまれるぜ。

 

全くよお。世の中何が悲しいってお気に入りの漫画が最終回を迎えた時が悲しいよなあ。

延々と続いていて、いつまで試合やってんだとか、どんどん宇宙最強が出てくる漫画とかも世の中にはあるし、終りって言っても肝心の試合をやらねえとか、いきなり数年後にわあぷとかそんなどうかと思う最終回にする漫画もあるから、きれいに終わったのに対し贅沢は言えねえがさ。

毎月毎月楽しみにしていたのに来月号からは載らねえ。これはすげえ喪失感だぜ。ぽっかり空いちまった心の空洞を埋めるのにどうしたらよいかと途方にくれたもんよ。

 

とにもかくにも俺様が好きだった漫画が最終回を迎えちまった訳だ。あまりの寂しさに、打ち切りを決めやがった出版社に鬼電しようかと思いもしたが、作者に迷惑がかかるのは心苦しいからな。それならいっそ真似でもして無聊でもかこつかねと、こう、思いついた訳だ。

 

「あの、提督。これは何でしょう」

祭りでよくある某変身系ヒーローのお面をかぶった奴が聞いてくる。

「あん? か○んらいだあのお面だ。お前は今日はらいだあと名乗るんだ」

「え? ら、らいだあですか。や、ヤー。頑張ります」

 

「そんでもってお前はおかめだ」

「なんで僕がおかめなんだい。もっとましな面はなかったのかい?」

ぷりぷりと怒るのはおかめの野郎だ。らいだあよりも遥かに高い面をかぶっておきながら贅沢な。そいつはいつか俺様が桃太郎侍になるとき用に間違って買っておいた奴をわざわざ使わせてやってるんだぞ。

「こんなことなら自分で用意すればよかったよ、全く」

「ふん、うるせえ野郎だな。せっかく俺様が水面下で動いていたのに目ざとく察知しやがって。元ペア艦を忘れるなとうるせえからお情けで入れてやったんだ。嫌なら抜けな! 俺様愛用の漫画と違って練度上限じゃない奴も解決実行委員会に入っているくらいだからな」

 

『まあまあ。ちなみに提督のそれは何なんです?』

「あん。お前、知らねえのか。これはべいだあのマスクよ。べいだあと言ってもフォース使うんで有名な奴じゃねえぞ。びっぐばんの方だ」

って、お前。何だそのボロイ藁の塊みてえのは。

 

『ええ!? ていと、じゃなくて、べいだあ! どこからどう見ても虚無僧じゃありませんか。今日の私はプリティーチャーミングな某妖精女王ではなく、ただの虚無僧妖精です!』

「いやいや。虚無僧妖精って何さ。怪しさ満開じゃないかい」

「なあにが、ぷりてぃーちゃーみんぐだ。えぶりーぶーいんぐの間違いだろお!」

「あー、分かるかも。あんた、人望ないもんねえ」

そう横から口を出したのは某人気ゲームの主人公も真っ青。頭からすっぽりと段ボールをかぶったおさげだ。お前どこに潜入するつもりなんだよ、そりゃ。

 

『ちょっと北、じゃなかった。段ボールさん。それはどういうことですか!』

「自分で分からないってのもすごいよ、あんた」

「いや、段ボールがなぜ段ボールを選んだかの方が僕は気になるんだけど」

「ああ。最初仮装だと勘違いしてちょんまげのカツラを持ってきたんだよねー。そしたら顔が隠れてないとダメって言うからさ。執務室にあったペットボトルの空箱使った」

「お蔭で目をくりぬいたりするこいつを待つので大幅な時間ロスよ。時間もねえし、依頼人も待っている。それじゃあ、第一回。おやぢ目安箱解決実行委員会を始めるぞ!」

俺様の言葉に力強く頷く実行委員たち。約一名どうにもやる気が見えない奴がいるが、仕方ねえ。俺様達の知恵を借りたいって奴がたくさんいる筈だからな。

 

「さてさて、取り出したるはこの目安箱、と」

そう言って俺様が取り出したのはわざわざ岐阜県にある岩村歴史資料館まで行って来て採寸し作った目安箱。元は米将軍徳川吉宗が作らせて、明治時代もあったってことだが、うちの連中にコイツが何か説明するのが一苦労だったぜ。

なにせ、この鎮守府。どういう訳だか海外出身でなぜか駆逐艦の奴ばかり。

懇切丁寧に教えてやっているのに、苦情投書箱と勘違いしやがったグレカーレの野郎なんかいきなり、

「提督がデートに誘わないので誘って欲しい」

とか訳の分からねえことを書いて渡してきやがったからな。その場で破り捨てて梅干しの刑に処してやったもんだ。

 

「困っていることとか、手伝って欲しいことを書け、と告知したが、そもそもあいつらがきちんと意味が分かっているのかが怪しい」

『とりあえず中を見てはどうでしょう! 何一つ入っていないということもありますからね!』

このくそ虚無僧が。不吉なこと言ってんじゃねえよ。漫画でも投書が少ないと落ち込む場面があったのを思い出したじゃねえか。

 

ごそごそと手を伸ばして箱をまさぐると・・・・・・・。

 

「おっ! 入ってるじゃねえか!」

ひい、ふう、みい・・・・と、6つも!!

 

「おいおい。ようやく俺様の普段の教育が浸透したみてえだな。一体誰が送ってきやがったんだ」

るんるん気分で取り出した投書の差出人名を見て、いっきにテンションが下がる。

雪風からだと? あいつが何を困ってやがるんだ。ろくな内容じゃない気がするのは気のせいじゃないはずだ。

 

『雪風です! しれえがすぐトランプを取り上げるので困っています! どうにかして取り上げないようにしてください!』

 

「却下」

びりびりと投書を破り捨てる。

大体なんだ、この『!』の多さは。あいつの無駄に気合の入った声が耳元で木霊するじゃねえか。

 

「ちょっと、べいだあ。少しは考えてあげなよ」

幸運艦ペアとしておかめが取りなすが、お前らはあいつに甘過ぎる。

「そもそも何でトランプを取り上げられているのか分かっちゃいねえ。俺様の友人のないすみどるなおやぢ提督が困り顔で言ってたぜ。『あのびーばーがトランプになるとついつい熱中し過ぎるのが悪い。』ってな」

「ぶっ。友人ってさあ・・・・・・。あー。そうねえ。あの面白いおぢさんねー」

おら、段ボール。けらけら笑ってんじゃねえ。

「やれやれとんだ時間の無駄をしたな。おい、らいだあ。そこのを取って読んでくれ」

「・・・・・・。あ、私でした!」

呼ばれ慣れておらずあたふたとするらいだあ。あっ、ばか。面をとろうとするんじゃねえ。

正体を隠している意味がねえだろうが。

 

「は、はい、すいません。ええと。『と』、です」

 

「ああん? おい、こら。カルタやってるんじゃねえんだぞ。中身はなんだ、中身は」

「ですから、『と』と書いてあります・・・・・・」

らいだあがびくびくしながら俺様に便箋を見せると、確かに大きな文字で『と』と書いてある。

 

「なんだ、こりゃ。だいいんぐめっせえじか? 意味が分からねえぞ」

首を捻る俺様にすかさずおかめが口を開いた。

「あれ、べいだあ。これも同じ便箋みたいだよ」

 

おかめが開いたのに書いてあったのは『で』の一文字。

 

「とで? とでって何だ? 何かの暗号か?」

「あら、これもじゃない?」

段ボールの野郎が手にした便箋を振って見せる。確かに同じ紙だな。そいつにはなんて書いてあるんだ?

 

「ええと、『え』だね」

 

とと、でと、えねえ。 

 

「とでえ。どういう意味でしょう」

「・・・・・・」

 

真面目に頭を悩ませるらいだあには悪いがよぉ。

俺様こいつの筆跡をよ~く知っている上に、考えそうなこともすぐ分かるからな。一発で気付いちまったぜ。伊達に学生時代嫌がらせの手紙の筆跡を鑑定し、そいつにきっちりと落とし前をつけてやった過去を持っているんじゃねえぜ!

 

「グレカーレの野郎。何がでえとだ。ふざけたのは止めろとあれほど言っておいたのに。名前を書いてなきゃバレねえと思いやがったな。がきんちょの浅ましい所よ。お礼に今日の夕食のカレーに山盛りのキュウリサラダをつけてやろう!!」

「ええ!? 止めといた方がいいよ。また青臭いとうるさいよ」

「知るかボケが。神聖なる儀式を馬鹿にした奴の末路よ。それより次だ、次!」

「じゃあ、僕が読むよ。ええと、艤装妖精一同って書いてあるね」

「ほお。妖精からとはな。艤装からはあったが、妖精からは本家の漫画にもなかった展開だ。こいつはいいぜ。なんだ」

『妖精からとは! この虚無僧が一肌脱ぐ番ですね。ふい~』

「このあほ! 会議中に尺八を吹くんじゃねえ。どうしててめえはすぐ恰好から入りたがるんだ」

「いや、それはべいだあも同じだと思うんだけど」

出た出た! ただの真似のこすぷれとリスペクトの違いが分からねえとはな。

俺様がべいだあを選んだのはこの鎮守府の問題を破壊してやるという意気込みからよ。仮面でなければテンガロンハットをかぶってブルロープを振り回す予定だったんだがな。

「あー。あの不沈艦ねえ。何となく分かるかも」

「え!? 今の謎のキーワードで段ボールは分かるの?」

さすがに段ボールよ。がきんちょ駆逐艦とは違って話が分かるな。

ってそれよりもだ。

 

「何と書いてあるんだ」

「うん。『困った上司の相談です。以前提督に捕まり散々お仕置きされたにもかかわらず、あちこちの艤装妖精に声を掛け、再び食堂の警備をかいくぐろうとしています。やんわりと断るのですが、上司は言葉が通じないのかまるで理解してくれません。先日もアトランタさんの艤装妖精が無理やり勧誘されそうになり、艤装妖精仲間が慌てて引き留めるということがあり、甚だ迷惑を被っています。どうしたらよいでしょうか』って、これは・・・・・・」

 

じーーーーーー。

 

『ほお。随分と具体的な相談ですね。それは困った上司です!』

 

「「「え!?」」」

周囲からの視線をものともしない強メンタルっぷりがすげえな、お前。

 

『どうしました、皆さん』

「『どうしました』、じゃねええええ!!」

『ちょ、ちょっと、べいだあ。痛い、痛いですよ!!』

親指と人差し指でつまみながら虚無僧にぐりぐりをかます俺様。

「どう考えてもてめえのことじゃねえか。懲りずにまた色々やらかそうとしてやがって! いい加減にしねえとただでさえ低い人徳が更に低くなるぞ! 農民一揆が頻発するようになっても知らねえからな!」

「なんですか! 人を古代の圧政者みたいに! 『私はただやってみないかと勧めただけなのに』とその疑われた美しい妖精女王は答えていましたよ!」

「いや、疑われたって、事実でしょ、これ。アトランたんが知ったら激怒案件だよ」

『どうにもアトランタさんは怒りっぽいですね。カルシウムが足りていないのだと思います。』

「どうしてそう、全方向に敵を作りにいくスタイルを貫くかなあ。提督と関係があるのかもね」

「おかめ、うるせえ。こいつが見えちまったんだから仕方ないだろうが。返却できればしているところよ」

『『数々の功績を打ち立てた偉大なる女王に対してなんと無礼な! とっくにクーリングオフ期間は過ぎています!』と、麗しい女王からの電波を受け取りましたよ!』

「なにが麗しい、だ。胡散臭いの間違いだろうが」

ぎゃあぎゃあと言い合いをしていると、おずおずとらいだあが手を挙げる。

どうした。お前が自己主張なんて珍しい。

「あの、べいだあ。もう一通あります」

「ああ、そういや全部で6通だったな」

 

おいおい頼むぜ、本当に。6通中4つがどうでもいい相談だぜ。これでこいつもダメだったらほぼ全滅じゃねえか。おい、らいだあ。また頼むわ。

 

「ヤー。りょ、了解です」

 

『Hi! USSジョンストンよ。鎮守府のみんなにも慣れて来て毎日楽しく過ごさせてもらっているわ。それもこれも何かにつけて私を気遣ってくれる姉さんがあってのことだと思うの。お礼をしたいのだけれど、姉さんって何をしても喜んでくれそうで・・・・・・。どうすればより喜んでくれるかしら。相談に乗ってくれる人を派遣してくれると助かるわ。お願いね!』

 

「まともな依頼だね」

とおかめ。

「ああ。さすがはうちの数少ねえ常識人枠だ」

感慨深げに頷く俺様。

「だが、依頼内容は難題だな。フレッチャーを喜ばせるだと? あいつ、何をしても喜ぶぞ」

「だよねー。基本ニコニコしているし。逆にあの子怒ったことあるの?」

『提督が以前行ったFPPとかいう無駄な実験でも全く怒りませんでしたからねー』

うるせえ駄妖精。あれは意義のあるぷろじぇくとだったんだ。奴のふくれっ面が見られたんだからな。

 

「とりあえず誰を派遣するか決めないかい? こういう時はやっぱり元ペア艦に頼るべきだと思うよ」

「いやいや。相談に乗ってくれる人って書いてあるんだから、そこはやっぱり駆逐艦以外じゃないと。工廠によくいる黒髪おさげの美少女を派遣するといいよ」

『ここは信頼と実績の妖精女王の出番ですね。この鎮守府の大黒柱。彼女ならやってくれますよ!』

口々にアピールを始める連中のうっとしいことったらない。第一そこの虚無僧野郎が大黒柱だった日にゃ欠陥住宅でくれーむが殺到するぞ、ぼけが。

 

「おい、らいだあ。お前は誰が適任だと思うんだ」

一人黙ったままのらいだあに聞いてやる。こいつも数少ない常識人枠だからな。

「は、はい。フレッチャーさんはこの鎮守府一度量の広い方ですから、誰が行っても平気かと」

「それじゃあ答えになってねえじゃねえか・・・・・・。って、待てよ。度量が広いだと!?」

 

きゅぴ~~~んと。脳内に稲妻が走る俺様。そうだ。フレッチャーが度量が広いってんなら同じような度量の広さの奴を派遣すればいい。そうすりゃ好みも分かりやすいだろう。

「よし、こいつを派遣するぞ!」

俺様が派遣者の名前をホワイトボードに書いた途端にどよめく室内。

とりあえず、あいつなら何とかしてくれるだろう。

                   ⚓

「え!? どういうこと?」

whyという感情を顔に貼りつかせ、ジョンストンは首を傾げた。

「だからあ、ジョンストンが目安箱に投書したでしょ? それで目安箱解決実行委員会からの依頼で派遣されてきたかも!」

「いや、派遣はThanks。助かるわ! 問題は派遣されてきた人よ」

 

ぶうん。ぱたぱた。

 

「うん!? 大艇ちゃんだけど? それがどうかした?」

「どうかしたって。艤装でしょ!? 貴方じゃないの?」

「秋津洲はただの付き添いかも!」

「Why? どうして。なぜ、艤装が派遣されてきたの?」

「そんなの知らないよー。でもでも大丈夫かも。大艇ちゃんはこの鎮守府でもフレッチャーと競うくらいの度量の広さだから!」

「いやいや。そこは自慢じゃないでしょ。他の子達はどうなっているのよ。私も人のことは言えないけれど」

「とにかく、大艇ちゃんがいれば大船に乗ったつもりで大丈夫かも!」

 

じー。ぱたぱた。

 

「ふんふむ。大艇ちゃんが、ジョンストンのアイデアを聞きたいんですって。そこから方針を決めて行くみたい」

「え!? いや、本当にきちんとしているんだけど!」

 

食堂に移動し、早速FNP(フレッチャーニコニコぷろじぇくと)について語り合う二人。

 

「まず何か買おうと思ったんだけど、何を買っていいか分からなくて姉さんに聞いたの」

 

ジョンストンの回想①

「ね、姉さん。何か買って欲しいものとかあるかしら。今これが欲しいとか」

「今欲しいもの? そう言えば、来週あたり洗剤が切れそうだから早めに買っておきたいわね」

「いや、そうじゃなくて! もらって嬉しい物とかないの?」

「いただけるのならばどんな物でも嬉しいわよ。私のことを気にかけてくれているということですもの」

 

「ってな感じでね」

「う~ん。普通に感謝の手紙とかは? それで十分な気がするかも」

「絶対喜んでくれると思うわ。でもほら、どうせならもっと喜ばせたいじゃない」

じーーーー。

 

「うん。大艇ちゃんの言う通りかも。ジョンストンもフレッチャーもいい艦娘かも。他には他には?」

「後は料理を作ってあげようともしたんだけど・・・・・・」

 

ジョンストンの回想②

「よし、姉さん用にパンケーキでも作ろうっと」

材料を用意した段階でひょっこりと現れるフレッチャー。

「あら、ジョンストン。パンケーキを作ろうとしていたの?」

「え!? い、いやその。ちょっと小腹が空いてね」

「ちょうどよかった! 提督にパンケーキを作って差し上げようとしていたところなの。私もお邪魔していいかしら」

「いいけど・・・・・・」

 

ぼう然とするジョンストンの横で手際よくあっという間にパンケーキを作るフレッチャー。

 

「はい、ジョンストンの分。生クリームとシロップはここに置いておくわね!」

「あ、ありがとう・・・・・・」

すたすたと立ち去るフレッチャーを見送るジョンストン。

 

「これは強敵かも。そもそも何をしても喜ぶって時点で何をしていいか分からなくなるかも」

「でしょう? それで相談に乗って欲しくて投書したの」

「ふ~む。麗しい姉妹愛に秋津洲も一役買いたいけど、かなりの難題かも。プレゼントもお料理も喜んではくれそうだけど・・・・・・」

 

じ~~~~~~~、

 

「え!? 外に連れ出すのはどうかって? 二人で旅行するってことかも? 違う。ご飯を食べに行く? 提督の許可があればいいんじゃないかな」

「成程。姉さんを食事に誘うのね! それはいいアイデアだわ。それで、どこに行くの?」

「そこは大艇ちゃんにお任せかも!」

 

 

そして外出日。

 

「ねえ・・・・・・」

おめかししたジョンストンが、普段着の秋津洲にジト目を向ける。

「外食しようって、このラーメン屋? 出かけるっていうからおしゃれして来たのに!」

「いいじゃない、ジョンストン。せっかく秋津洲さんが誘ってくれたんだもの」

「いや、それはそうだけど。ラーメンって!」

「汁を零さないようにね。後で染み抜きが大変だから」

自分もおしゃれをしてきたのにまるで気にしない態度のフレッチャーに、ジョンストンははあとため息をつく。

 

「とにかく中に入るかも! ここは秋津洲の行きつけだから任せてほしいかも」

先頭に立って入っていく秋津洲を威勢よく迎えるラーメン屋の親父。

「おう。いつもの艦娘の姉ちゃんか。今日は多いな」

「えへへ。仲間を連れて来たかも。特盛ラーメン三つ、よろしくかも!」

「と、特盛って・・・・・・。ちょっと、秋津洲さん!」

どういうことだと顔を寄せるジョンストン。

「フレッチャーはむちむちを目指しているって大艇ちゃんが」

秋津洲の背中の風呂敷袋がもぞもぞと動き、隙間から見えるぱっちりお目目がじっとジョンストンを見つめる。

「え!? ね、姉さんが?」

「そうかも。それにもう一つサプライズがあるかも」

「もう一つ?」

 

「へい、お待ちー!」

運ばれたラーメンに口をつける三人。

「随分と量が多いですね」

「これを食べるとむちむちになれるかも!」

「え!? ほ、本当ですか!」

それならばと豪快にラーメンをすするフレッチャー。

その姿を見て、我が目を疑うジョンストン。

(嘘!! ほ、本当に姉さんが、嬉しそうに食べているじゃない!!)

 

そこへ二式大艇の次なる策が発動する!

 

「いらっしゃーい。お連れさん、先に来てますよ」

「連れだあ? そんなものねえぞ。って、お前等かよ。どうした、いやに着飾って」

 

やってきたのはおやぢ提督。その姿を見て、なぜか顔を赤らめながらラーメンをすするフレッチャー。

「て、提督。偶然ですね!」

「ああ。お前等外出許可出していたが、まさかここで鉢合わせするとはなあ」

 

じ~~~~。

(秋津洲さんの通訳が無くても分かるわ。二式大艇! あんた、図ったわね。恐ろしい子!)

隣りに座った与作に、フレッチャーが顔を赤らめる。

「ま、まさか提督とお会いできるなんて思いませんでした」

「ふん。ここは俺様の行きつけだからな。特盛ラーメンはおすすめだぜ」

「へい。こちらも特盛お待ちね」

「お、お揃い、ですね・・・・・・」

「はあ!? 意味が分からねえぞ。そんなことより早く食わねえと麺が伸びて大変なことになるぞ!」

「は、はい! 私、しっかり食べきって提督好みのむちむちになりますね!」

笑顔でフレッチャーが言った時だった。

 

「けけけけ。たくさん食べ過ぎて、フレッチャーじゃなくて、デブッチャーにならねえように気をつけな!」

 

与作の投げかけた一言に、かたーんと箸を落とすフレッチャー。

「え!? て、提督。むちむちというのはその、たくさん食べればいいのでは・・・・・・」

「はあ!? 食べても運動しなけりゃただのデブだろ。むちむちじゃなくて、ぶよぶよだぞ」

「ぶ、ぶよぶよ・・・・・・・」

ラーメンをすする手が途端に止まり、どんよりとし出すフレッチャー。

それを見て、唖然とする秋津洲とジョンストン。小さく揺れる風呂敷包み。

「おい、こら。早く食わねえと伸びるぞ、おい」

「は、はい。すいません、おじさん。残すかもしれません・・・・・・」

 

後日。

「あの、べいだあ。ジョンストンさんからの苦情と、フレッチャーさんからの効果的なダイエットの仕方を教えて欲しいという依頼が来ていますが・・・・・」

困り顔のらいだあに、べいだあは知るかと答える。

「ジョンストンには今度何かで埋め合わせると送っておけ。フレッチャーにはその辺のダイエット本でも渡してやればいい!」

 

本日の戦果

〔フレッチャーを喜ばせたい〕

投書者:ジョンストン

派遣者:二式大艇 おまけ秋津洲

 

敗北D        

 




登場用語紹介
らいだあ・・・・・・お祭りの定番のお面。日本が世界に誇る変身ヒーロー。
べいだあ・・・・・・皇帝戦士。初登場時は某お笑いの大御所と一緒に登場。
不沈艦・・・・・・・某白いあいつの固有スキルではなく、ブレーキの壊れたダンプカーのこと。ウエスタンラリアットは一撃必殺。超獣コンビは未だにお気に入り。
FPP・・・・・・・・・「フレッチャーぷんぷんぷろじぇくと」の略。

登場人物紹介
グレカーレ・・・・・出されたきゅうりを嘆く姿に、そっと周囲から箸が伸び、人のやさしさに触れる。
アトランタ・・・・・自らの艤装妖精の仇と食堂に張り込み、やってきたもんぷちをお縄にする。
フレッチャー・・・・むちむちの定義が分からずネット検索した結果、卑猥なページに飛んでしまいうろたえる。
秋津洲・・・・・・・完璧超人である二式大艇のまさかの作戦失敗に落ち込み、二式大艇に慰められる。
二式大艇・・・・・・世の中には失敗も付き物と気にしない。大物の風格漂う大艇ちゃん。


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第七十五話 「思い出は彼方になりて」

秋イベ終了。これくらいのぬるさがちょうどいい。
お札本当にいらない。せめて札剥がしが欲しい。
でも士魂は出たのに、なぜ54戦隊や64戦隊を出さないのだろう。



窓の外からうるさいぐらいに響くセミの音と裏腹に室内は静まり返っていた。

 

「お茶、入れ替えるね」

鈴谷がすっかりと冷たくなってしまった湯呑を手に取ると、

「ああ、すまんな」

窓の外を見たまま、老提督はそれに応じた。

 

「何かさ、悪い冗談みたい」

平静を装いながら、執務室に備え付けの洗面台で鈴谷は軽く湯呑をすすいだ。

 

艦娘養成学校第一期生であり、偉大なる七隻を除けば最古参の艦娘を自認してきた彼女にとって、杉田の話は受け入れがたいものだった。

 

自分達よりも前に艦娘が建造されていたこともさることながら、彼女達が冷遇され、さらにかの鉄底海峡の戦いの裏側で深海棲艦の本土強襲部隊ともう一つの戦いを繰り広げたという。

大小様々な戦いを経てきた彼女からすれば、質のよくない三流映画の如き筋書きで、戦争の何たるかを知らない若い脚本家が、とりあえず戦争の悲惨さだけを描いてみたのではとさえ思うほどであった。

 

だが、続く杉田の言葉で、鈴谷は己の認識がいかに甘かったのか思い知る。

 

「帰還二隻。艦隊全体での損耗率は98%で終戦」

杉田は重苦しく言葉を切り、沈鬱な表情で虚空を見つめた。

「それが彼女達を待っていた現実じゃ」

 

「嘘でしょ・・・・・・」

鈴谷の急須を持つ手が震え、辺りに香ばしい匂いが立ち込めた。

「ほぼ全滅じゃん・・・・・・」

 

「一つ。建造された時期が悪過ぎた」

 

彼女達が建造されたのは鉄底海峡の戦いが始まる数か月前のことである。

夏場に活発化した深海棲艦の大攻勢に晒された人類は、突如現れた希望にすがり、ひっきりなしに救援依頼を送った。始まりの提督と原初の艦娘達がいかに強く、各地の深海棲艦を打ち倒そうとも、無限に近い回復力を持つ深海棲艦の脅威を全て消し去ることなど不可能。

手が足らなくなれば、誰かがその穴を埋めなければいけない。

 

「彼女達しか他にいなかったのだ」

 

杉田は悔しそうにうつむいた。

深海戦艦に近代兵器が無力なのは今に限った話ではない。海上自衛隊も、米軍も。いや、世界中どんな軍隊だって意味がない。人は彼女達に頼る以外の術を持たなかった。

 

「だからって建造されたばかりで練度が不十分な艦娘たちを充てたの? よりにもよって原初の艦娘達の包囲網を突破してくるような連中に・・・・・・」

思わず雑巾をくしゃりと握り潰しながら、鈴谷はごしごしと手荒に床を拭いた。

動いていなければ、到底今の気持ちを発散できそうもなかった。

 

 

強力な包囲網を突破する槍の穂先となる敵。

必然それが単なる深海棲艦な訳がない。

単騎でも行動できるような強力な個体。一隻でこちらを脅かすような存在だろう。

ある程度目端が利く人間ならば、結果がどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 

「何で同じことを繰り返そうとするの・・・・・・」

艦娘として生を受け、学んできたこの国の歴史を鈴谷は思い出さざるをえなかった。

世界中を相手どっての先の戦争末期。

上層部の無能な指示で多くの若者たちがその命を散らしていった。

 

「ああ、そうだな。無能じゃ。先の大戦の経験をまるで生かしておらんと言われれば、その通りと頭を垂れるしかない。何を学んだのかと問われれば何も学んでいなかったのだと答えるしかない。今も昔も」

 

杉田は人差し指でこつこつと机を叩いた。

「真面目で国を守ろうとする者ほど前線へ行く。卑怯者ほど戦わず、安全な所からいらぬ差し出口を叩く。戦いは書類の上で起こっているのだと錯覚し、効率という言葉でしか物事を判断できぬ。戦争そのものが非効率的なものであるのにな」

 

「それが人のすることなの・・・・・・」

これまで信じてきた何かが裏切られたように感じ、鈴谷は目の奥を揺らめかせる。

「どうして、そんな酷いことができるの? 自分達の命を守ってもらっているんじゃない・・・・・・」

 鈴谷がこれまで関わってきた人々は、皆大なり小なり艦娘達への感謝を口にしていた。

中には艦娘の権利拡大を面白く思わない者もいたが、大多数がそんな無辜の善良なる人々だからこそ守りたいと思って来たのだ。

 

それなのに。

 

「人は己が傷つかない限りにおいて驚くほど恥知らずでな」

杉田は低い声で呟いた。

「この国に長い間蔓延していた平和というのが毒じゃった」

 

先の大戦で敗れた反動か。

軍事力そのものを悪と決めつけ、非武装への道をひた走ったかつての日本。

自衛隊は軍隊じゃないのか、解散しろとその存在に異議を唱える者達は、強大な軍事力を持つ隣国が決して攻めてこないという楽観的な観測の元、好き放題に平和憲法を称え、軍備の拡張に反対した。

「連中にとっては、両手を挙げていれば敵は攻めてこないそうじゃ」

「そんなの妄想も良い所じゃない。こちらが戦う気が無くても、相手がそうではないなんてどうして決めつけられるのよ」

「まさしくお前の言う通りじゃ。だが、かつての日本ではそれが当たり前に信じられていた。長い間の平和が人々の感覚を狂わせたのじゃ」

 

ミサイルが飛んで来ようとも不審船が領海侵犯をしようとも。

それはどこか別の国の出来事のよう。

そんな呑気な人々は深海棲艦という未知なる恐怖に直面した時、みっともなくも慌てふためいた。

「あまりにも滑稽じゃったよ。今ではその手の意見がぴたりと聞かれなくなったが、深海棲艦が出現した当初は深海棲艦どもと和平をなどという世迷言をぬかす者もおった。平和の中にいる人間は平和が当然と思い、そのために誰かが汗を流している、血を流しているなど思いもしない。空気と同じだと思っておる。ある日突然それが無くなって気づくんじゃ。自分達がいかに愚かであったかな」

 

「・・・・・・・」

鈴谷が強く握りしめたためか急須が音を立てて割れ、中からお茶が零れた。

 

「ごめん、割っちゃった・・・・・」

濡れた手を気にも留めず、床に落ちた欠片を拾い集めながら。

鈴谷はぽつりと口を開いた。

 

「そんなのって、ないね」

「ああ」

どこかの誰かが自分たちの安全のために危険を冒していることに気づきもしない。

それは嫌なことから目を背けようというよりは、ただただ鈍感なだけではないだろうか。

 

「わしは当時前線の偵察部隊におってな。事情を知ったのは鉄底海峡の戦いの後、大分経ってからじゃった」

 

手渡された湯呑に口をつけ、ふうと杉田は息を吐いた。

 

「もしあの時後方におったら、そんなくだらないことをしとる暇はないと言っておったじゃろう。少なくとも彼を助けることはできた筈じゃ」

 

「た、助けるって・・・・・・」

ぐっと言葉に詰まりながらも、鈴谷は踏ん張った

これ以上何があるのか。耳を塞ぎたくなるような衝動に駆られるが、それはできない。

彼女達のお蔭で自分たちの今がある以上、聞かなければなるまい。それこそが、今自分にできる最低限のことなのだから。

                   ⚓

とある艦娘の話を続けよう。

 

「神は死んだ」とはドイツの哲学者ニーチェの言葉だ。広場で昏倒し精神を崩壊させた彼は、その後生涯正気に戻らなかったという。

彼女にとって、「神が死んだ」瞬間は、まさしく運命の激闘を終えた瞬間にあった。

 

多くの僚艦を失い、命からがら戻って来た彼女を待っていたのは、誰よりも彼女達の帰りを願っていた提督が倒れたという報せだった。

 

「Why? どういうことデス!!」

傷だらけのその体を物ともせず掴みかからんばかりの勢いで尋ねる彼女に、居合わせた自衛隊職員は力なく首を振るばかりだった。

一職員の彼からしても、能瀬提督の仕事量は常軌を逸していた。

弱り切った心と体では、現実を受け止めきれなかったのだろう。

他人事のように話すその顔に、彼女は思わず唾を吐きかけそうになり、神風に止められた。

 

自衛隊病院の一室でこんこんと眠る提督を見た時に彼女は安堵した。

寝ているのだからいずれは起きる。その時に聞けなかった答えを聞こう。

きっと照れてしどろもどろになるに違いないが、敢えて焦らしてみるとしよう。

乙女の告白を聞きながら自分は呑気に寝ていたのだ。それくらいの事はしていい筈だ。

 

だが、三月が過ぎようと半年が過ぎようと、彼が起きる気配はなかった。

 

「眠れる森の美女を気取ってないで早く起きるデース」

ある時は冗談めかして。

 

「いい加減にしないと怒りマスヨ!」

ある時は少し怒り気味に。

 

「提督・・・・・・。いい加減に起きるネ・・・」

ある時はゆっくりと語り掛けるように。

 

何度彼女はその寝顔に呼びかけたことだろう。

 

けれど、彼は目を醒まさなかった。

まるで、沈んでいった仲間たちが彼を連れて行ってしまったかのように。

穏やかな寝息を立てながらも、ついぞ目を開けることがなかった。

 

「君たちに伝えたいことがある・・・・・・」

 

一年が経ちやってきたのは、あの日倒れた提督を搬送した自衛隊職員だった。幹部連中は原初の艦娘無き後の艦娘学校・提督養成学校の設立に忙しいらしい。バツが悪そうにする彼の口からは、今や本部預かりとなっていた彼女達の今後についてが伝えられた。

 

「偉大なる七隻に次ぐ配慮を行う。希望があれば述べられたい」

彼女達を捨て石として扱ってきた上層部からすれば異例の配慮だが、そうせざるを得ない事情があった。

 

この一年の間に多くの艦娘が建造され、日本は艦娘誕生の地として名を馳せることとなった。

その日本が、いかに仕方がなかったこととは言え、非道に艦娘を扱っていたというのは、世界各国は元より艦娘達にはひた隠しにしておきたい事実だった。

 

「我儘を聞くから口を噤めと? いい神経しているネ、本当に」

 

皮肉を口にしながらも、彼女はそれを呑むしかないと理解していた。

如何に自分達が上層部の非道を訴えようと、相手は強大だ。黙殺されて終わりだろう。

未だ提督は眠り続け、その安否が気になる以上、頷かざるをえなかった。

 

「私は他の艦隊に所属させてもらうわ。そこで自分を鍛えるの」

己の無力を嘆いていた神風はそう言い、創設間もない大湊警備府へと移って行った。

自らが弱いから提督をあんな目に遭わせてしまった。もっと強くならないといけない。そうしなければ原初の神風に合わせる顔がない。生真面目な神風らしい決断だった。

 

「私は退役して事務方として働きたいネ」

彼女が下した決断は第一線からは退く、だった。

提督がいなければ戦う意味はないし、何よりそうして働くことによって、いつか提督が目覚めた時に彼をサポートできるようにしておきたかった。給料を貯め、いつか二人で慎ましやかな暮らしがしたい。

健気な彼女はその時そう思っていた。

                    

                    ⚓

 

「やがて、優秀な彼女は大臣秘書官の地位に上りつめ、豪華な屋敷を構えるようになったデス」

 

淡々と語る金剛とは裏腹に、室内のあちこちからは嗚咽が漏れていた。

特に激しいのは金剛姉妹の榛名と雪風とジョンストンで、目を真っ赤に腫らした二人から引っ付かれた与作は迷惑そうに眉を潜めた。

 

「お姉さま、ごめんなさい。榛名、知りもせずに・・・・・・」

言葉を詰まらせる榛名に対し、今や一大悲劇の主人公と化した金剛はそっけなく頷くのみだ。

「別に構いまセーン。私自身が言ってないからネ」

 

「あたし、人間を信じたいのに・・・・・・」

呟いたのはジョンストン。

 

彼女自身、人間から酷い事をされたためトラウマが刺激されたのだろう。

ぶるぶると震える手で与作の手を握った。

「ふん。人間なんざ、信じるもんじゃねえさ」

そう言いながらも、与作は手を振りほどこうとはしない。

 

「ヨサク・・・・・」

「しれえは照れ屋ですからって・・・・・痛い!」

ぴんと雪風にでこぴんをかましながら、与作は金剛の方を向いた。

 

「あなたにとっては刺激の強い話だったわね。Sorry,ジョンストン」

小さな名探偵は相棒を気遣い、そっとその背中に手を置いた。

 

「でも、これはすりぬけくんを知るためには必要なことなの」

「すりぬけくんを知るためって!? すりぬけくんが試作品だった。それだけで十分じゃないの」

「ええ。だって、ここからが肝心なところなんですもの。ねえ、ダーリン」

「ああ。金剛さんよぉ。あんた達のお陰で俺様達が助かったのには感謝しているぜ。でもよ、それとこれは別な話でな。一度かけた追い込みは最後までやらねえと鬼畜道にもとるのよ。あんた、大事な所を端折りやがったよな」

「何を「お黙りなさい!!」」

 

立ちかけた比叡を制し、榛名が怒りの表情を与作に向ける。

「ここまで傷ついてこられたお姉さまにこれ以上何を言わせようというのです。それが人のすることですか!」

「ふん、お生憎様。俺様は鬼畜非道をモットーとするくそおやぢでね。お涙頂戴よりも真実が知りたい訳さ」

 

「真実ですって? これ以上何があるというのですか!」

霧島の叫びに与作は大きく伸びをしてみせる。

「おやおや。名高い金剛型のお嬢さん方は揃いも揃って思考停止状態かい? そりゃあ、尊敬する長女の悲惨な話を聞いちまった後じゃ無理もねえがよ。本題は別だろうよ」

「どういうことです?」

「忘れちまったかい? ジャーヴィスの野郎はすりぬけくんが何かを語りたくて金剛の話をしたんだぜ」

「ええ。ですから、お姉さまの提督が例のドックの開発者だったと分かったではないですか」 

「だからそれじゃ足りねえんだよ。さっきのジャーヴィスとのやりとりを思い出してみろ。金剛はうちのすりぬけくんを不良品と言いやがったんだぜ? 確かにすりぬけくんは気まぐれで資材を呑みこむ扱いづらい奴さ。だがよお。今までの金剛の話で、すりぬけくんが失敗したって話を聞いたか?」

 

「「え!?」」

ジョンストンと雪風の声が重なる。

 

「た、確かに聞いてないわ」

「ええ。かなりの数の艦娘が建造されたと言っていました。で、でもしれえ」

「ああ、そうだ。うちにあるすりぬけくんならあり得ねえ。資材も満足にない状況で湯水のごとく資材を喰うあいつを普通に運用できる訳がねえ」

「ど、どういうことなの?」

ジョンストンはくるりと背後に振り向いた。

 

「あらさっき言った筈よ」

ジャーヴィスは帽子に手をやると、にこりと微笑んだ。

「すりぬけくんは元から特別に作られたんじゃない。後から特別になったんだって」

「じゃあ、何。試作型だったすりぬけくんがその後特別になったって言うの?」

「ええ、ジョンストン。まさにそれこそが金剛がすりぬけくんを恨む理由よ」

 

「おやおや。哀れな私にさらに追い打ちをかけるつもりネ? 本当にこの名探偵は容赦がないヨ!」

わざとらしく肩をすくめる金剛に、ジャーヴィスはぽりぽりと頬を掻いた。

「自分自身でも嫌になるわ。なら、貴方が話すのかしら、金剛?」

「さあ。自分でもよく分からない気分ネ」

ぽりぽりとスカーフの上から首元を掻き、金剛は答えた。

「話してもよいし、話さなくてもよい。どっちでもいいヨ」

「OK。そういうことなら」

 

ジャーヴィスは両の手の平を合わせ、軽く息を吹きかけると、金剛の前に立った。

「それでは代わりに私が語るとしましょうか。あのすりぬけくんがどうやってできたのかを」

 

 




登場人物紹介

谷風・・・・・・なんか深刻そうな話をしているねえ。谷風さんも聞きたい。
磯風・・・・・・よさないか、谷風!っと自分も見る気満々。
浜風・・・・・・二人ともよしなさいと止める良識派。
浦風・・・・・・二人ともいい加減にしとき。と笑顔でにじり寄っていく。


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外伝    「そしてロリコンはやってきた」

シリアスが続くと駄目ですね。思い付きでほのぼの系が書きたくなります。


問おう。

貴方はどちらかを。

 

世の中には二通りの人間が存在する。

差別するか、しないかだ。

いや、理解する者と理解しない者と言ってもいいかもしれない。

 

拙者の趣味が特殊と称される類であることは理解している。

だが、理解するのと納得するのはまた別で、世間では我々のことを「くたばれロリコン!」だの、「駆逐艦狂い」など散々な言い方をするものだ。あまりにどうかと思ったので、

 

「あなたそれ、差別ですよ」

と伝えたら、

「うるさい、変態」

ときたものだ。価値観が違うだけで変態扱い。マッチョが好きな人間は普通と称されるのに、デブが好きならデブ専などと蔑む。差別はいけないと公言しながら、他人の好みについてはとかく蔑視の対象にする。自称平等主義者ほど厄介な存在はいない。

ララ○は人はいつか分かり合えると言ったが、そんなものは妄想だ。

分かり合えぬ者とは永久に分かり合えない。

世の中とはそんなものだ。

 

拙者が彼女達に出会ったのはもう遥か昔のことになる。

公園で何気なく遊んでいた拙者を見つけ、近所のガキ大将がやってきた。

 

「おっ。デブ三がいるぞ、デブ三が!」

獲物を見つけたと言うように目を輝かせるガキ大将。

どうでもいいが、身体的欠陥と名前を組み合わせて安直に悪口を作るのは止めてもらいたい。

そんなこちらの気持ちなど知ったことかとお定まりのように口でのいじり、その後は直接的な暴力行為。もう駄目だと思った時に、女神はやってきた。

 

「ちょっとちょっと、駄目よ、喧嘩なんて!」

「はわわわ、雷ちゃん。だ、駄目なのです!」

 

双子だろうか。やってきた彼女達は拙者とガキ大将の間に割って入った。

 

「な、なんだよお前!」

「何って艦娘よ。駆逐艦の雷」

「か、艦娘って・・・・・・」

 

それだけでガキ大将は戦意を喪失したらしい。人類が叶わなかった深海棲艦を倒す彼女達は子供たちにとってのヒーローだ。

 

「はい、これで平気ね」

倒れていた拙者の手を取り起き上がらせると、雷はぽんぽんとその体についた埃をはたいてくれた。

 

「ふ、ふん。艦娘って言ったって駆逐艦だろ。弱いじゃんか!」

じっと自分を見て来る曇りなき瞳にいたたまれなくなったのか、ガキ大将が心にもないことを口走った。

 

「そ、それは・・・・・。でも電たちも頑張っているのです・・・・・・」

電と名乗った気弱そうな艦娘が下を向く。

 

「が、頑張ったって駆逐艦なのは変わらないじゃないか!」

これは不味いと思ったのか。捨て台詞を吐いてガキ大将はいなくなった。

後に残ったのは拙者と二人の艦娘。

 

「そうね。駆逐艦なのは変わらないわね」

雷が寂しそうに呟き、それでも笑顔を見せた。

ほんのりと覗かせていた八重歯の神々しさは未だに覚えている。

 

「でもあなた達が安心して暮らしていけるように頑張るからね!」

 

眩しい。余りにも眩しい。

その光景を何と例えればいいだろう。日の光? いや、足りない。星の光? いや遠すぎる。

それはまるで映画「ブルースブラザーズ」で、ダン・エイクロイド扮するエルウッド・ブルースが神の啓示を受けた時のよう。

眩い光が拙者を包み、この身の不浄を浄化し、進むべき道を示してくれた。

 

「それじゃあ元気でね!」

ぽんと肩を叩き、陽気に去って行く雷と電の姿に、拙者は己の一生の進路を決めた。

 

(護りたい、護らねばならぬ。あの笑顔を!)

 

その日からお年玉を前借りして買った健康器具を使い、己を磨く日々が始まった。

ジャ○プに出て来る超人的な漫画の訓練を積んだのもこの時だ。

毎日毎日パンパンに詰め込んだランドセルは重さ10キロに達し、からかいがてら拙者のランドセルを奪ってきたいじめっ子たちはあまりの重さに悲鳴をあげた。

 

「なんだ、こいつ。頭がおかしいぞ!」

休み時間もトレーニングに励む拙者を、いつしか誰もいじめなくなっていた。

 

だが足りない。このままでは彼女達を守れはしない。

 

ジャ○プで足りないならマガ○ンだ!!

 

某ボクシング漫画を真似し河川敷にたたずむ木に体当たりし、落ちてきた葉っぱを手でつかむ。

一枚、二枚、三枚、四枚!!

二枚取り損ね、再度同じことを繰り返す。

妙な髪形をした先輩は通り過ぎない。酔っぱらいが絡んでくることもない。

だが、そんなものは関係ない。

 

中学から高校へ。

 

ついにマガ○ンからチャンピ○ンへと至る時が来た。

至高の漫画雑誌チャンピ○ン。

 

いよいよゴキブリ師匠と会う日が来たか。

精々礼儀正しく振る舞わねば。

 

そう思っていた拙者を待っていたのはハードトレーニングの代償による怪我だった。

動きたくとも動けぬ日々に、まんじりともできぬ時だった。

彼らに出会ったのは。

 

「お主、いい目をしとるのう」

そう言いながら近づいてきた老人からは一騎当千の強者たる迫力が感じられた。

「大切な者の笑顔を守りたい、そう願っておる者の目じゃ」

「残念ながらそこまでの力がありません」

不甲斐ない己を振り返り、拙者がうつむくと、老人は力強く頷いた。

 

「ほう。お主。力が欲しいか」

「ええ。ですが、これこの通りの有様でして」

拙者の肩を掴む力が強くなった。

 

「なんの。尊きものを守るに怪我など何の意味があろうか。ならばついて来るがいい。案内してやろう」

老人はそう言い、通称仙人の穴倉と呼ばれる地下倉庫に拙者を誘った。

 

当時後継者を探し、諸国漫遊の旅に出ていた彼との出会いを経て、拙者はこの地球にはいかに弾圧され、地下に隠れている同志が多いのかを知った。

 

それから3年余り。老師の薫陶の甲斐もあってか、同志からの推薦により、拙者は名誉ある会の代表を務めるまでになった。

 

「許しがたいことじゃ。愛でる対象に対して不用意な接近。あろうことか手を出すなどと!」

児童誘拐の記事を見、老師は激昂する。

「そっと愛でよ」が教義であり、高い倫理観を持つ老師にとって、巷に溢れる凡百の紛い物は許しがたい存在だった。

「既に多くの会員が合法非合法手段を問わず自称ロリコンなる性犯罪者共の検挙に協力をしております。このままでも十分だと思われますが、拙者は更なる高みを目指したい」

 

拙者の言葉に老師が目を光らせる。その手には提督養成学校の願書が握られていた。

 

「なるか、提督に」

 

恭しく願書を受け取り、拙者は力強く頷いた。

彼女達との出会いが拙者を変えたのだ。陰からそっと助ける道もあろう。

だが、拙者は彼女達と共に戦い、その行く末を見守りたい。

 

「提督になり駆逐艦を迎え、彼女達の素晴らしさをアピールする。それこそ我が悲願。必ずや提督になってみせましょう!」

「その意気やよし! わしもその道を一度は目指したが、生憎と妖精が見えなんだ・・・。お主なら全世界300万の願いを叶えられるやもしれん!!」

「お任せください! 拙者が見事提督になり、全世界の同志の希望となります!」

 

幸運にも提督適正因子があった拙者。

だからこそ、持つ者として、拙者には持たざる者である同志たちの分まで頑張る義務がある!

「逞しくなりおったな。もはやわしが教えることは何もない・・・・・」

 

老師からの最高の誉め言葉を背に受けた拙者は筆記試験をものともせず、最終試験へと到達した。

「はい、それでは最終試験です」

 

案内されたのは机と椅子以外に何もない部屋。拙者のストレス耐性を試そうというのかと思ったが、どうもそうではないらしい。無念無想で女神たちと出会った時にどう接するべきかをイメージしていると、目の前でだるそうにあくびする小さい人形を見つけた。

 

「ん? なんだ、これは。ウサギみたいな変な人形を持っているが」

「羅針盤妖精が見えるのですね? ご、合格です!!」

「これが、妖精!?」

 

合格の喜びもさておき、気になったのは妖精だ。

じっとこちらを見て来る妖精をよく見ると、中学時代に隣の席だった山田さんによく似ている。

山田さんもよくだるそうにし、その度に拙者にパンを買って来いと言いつけていたっけ。

『んあ~。よろしく~』

「ああ、こちらこそ。山田さん」

『山田? 誰それ』

「何を言っている。これから長い道を共に歩む、君のことだ。マイフェアリー!」

どかっとドロップキックをかましてくる山田さん。

 

どうにも武闘派のようだ。

 

『せんすぜろ。見た目はまあまあなのに、なんだかなあ』

 

おいおい。何か、山田さんと同じこと言っているぞ、この妖精。

まさか、山田さんか? 随分ちっこくなったものだが。おい、痛い、止めろ! 人形で叩くな!

 

「とにかく、だ。君が羅針盤妖精なのは幸いだ。我が行く道を指し示してくれ!」

『え~。私の羅針盤って、海に出ないと駄目なんだけど』

 

どうにも息が合わなそうな感じだが、そこは年長者としてこちらが合わせるべきだろう。

 

ともかく提督になったのだ。することは一つしかない。

 

「雷ママンに拙者は会う!!!」

力強く宣言していたら、山田さんに再度飛び蹴りをされた。

どうでもいいけど、妖精ってこんなにバイオレンスなの?

『よく知らないけど、私たちの女王は昔一寸法師と死合ったことがあるって聞いたよー』

それはまた随分とワイルドな妖精だ。いつか出会ってみたいものだ。

期待に溢れる拙者を見るや、山田さんはため息をついた。

『素人にはお勧めできないんだけどねー』

 

ふうむ。どういうことだろう。偉すぎて素人では拝謁が叶わないという事なのだろうか。

 

『あんたって馬鹿か利巧か分からないね』

 

おおう。それは中学時代拙者が常に言われ続けたことではないか。やはり君は山田さんとしか名付けられない。よろしく、山田さん!!

 

『改名要求!!』

 

って、痛い。だから、その変なぬいぐるみを振り回すのは止めて!!

 

 

           

 




登場人物紹介

雷・・・・・女神
電・・・・・女神

某提督・・・・・・彼がその後どうなったかの答えは本編で・・・・・・。
某老師・・・・・・この時から既に江ノ島に勤務。
山田さん・・・・・提督運の無さに嘆くも付き従う。基本戦闘の時に姿を見せる怠け者だが、匂いで渦潮を回避するベテラン。
某女王・・・・・・金太郎の熊と闘ったとか、親指姫を泣かしたとか、桃太郎の四人目のお供とか様々な噂が飛び交う謎の存在。


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第七十六話 「When、where、who?」

まさか冬イベじゃなくて、新海域で新艦娘が出るとは。
しかもまさかの雲鷹。

何とか一年続けられることができました。

なかなか真相にたどりつくのが難しい。


「それでは、ご指名に預かり、私が話の続きをするとしましょう」

私を一方的に相棒とした自称名探偵の英国駆逐艦は、そう言うと、まるでここが己の舞台だとでも主張するかのようにゆっくりと窓の前へ移動し、振り返った。

 

「これまでの話からすりぬけくんは最初から特別でなかったというのは分かったと思うわ」

 

通称すりぬけくんと呼ばれる江ノ島鎮守府の唯一の建造ドック。一見すると普通のドックと変わりはないが、その能力は到底普通とは言い難い。

大量の資材を消費し、蓄えるという特殊な機能を持ち、グレカーレや私の姉であるフレッチャーなどこれまでドロップでしか確認されていないような超レア艦を当り前のように建造する、大型建造ドックもびっくりの夢のようなドック。それがすりぬけくんだ。

 

「でも、それはあくまでも現在の姿。開発当初は普通のドックと同じだった。それは先ほどの金剛の発言からも分かる」

「それじゃあいつ特別になったって言うのよ」

私からの当然の疑問であったが、それはジャーヴィスにとっては絶妙のタイミングだったらしい。ぴっと親指を立てるとにこりと微笑んだ。

 

「よい問いかけよ、ジョンストン。ただ、残念なことに少しばかり足りないわ。いつ、どこで、誰によって特別になったのか。それこそがかの不可思議な建造ドックの謎に迫るために必要なpieceなんですもの」

「確かにすりぬけくんが元は普通であったと言うのなら、それは当然気になる事ね。それにしても誰の手によってか。難しいわね」

軍関係者か、それとも民間の開発者か。

どちらの可能性が高いだろうかと腕組みしながら考える私へ向け、ジャーヴィスはだしぬけに強烈な一言を放った。

「ああ、誰の手によってか、というのはすぐ分かるわよ」

「なんですって!?」

「だってそれ以外考えられないんですもの」

出し惜しみをするジャーヴィスに対し、じれったそうに私は両手を挙げた。

「ごめん、分からないわ。一体それは誰のこと?」

「あら、ジョンストン。貴方も話を聞いていた筈よ。まあ、もし話を聞いていなかったとしてもこれまでの経緯を考えれば、誰が怪しいかは一目瞭然だけどね」

 

ちらりとジャーヴィスから視線を向けられ、雪風が慌てる。

「し、しれえ、分かりますか?」

「だからいちいち俺様に聞くなって言ってんだろうが。報告を受けているから俺様は答えは知っているんだよ。おら、ジャーヴィス。もったいつけてねえでさっさと話しな」

「ダーリン、これは探偵の様式美という奴よ?」

どう考えてもそうした空気ではないのに、ジャーヴィスはぶうと口を尖らせおどけてみせた。

つくづくと名探偵とは空気を読まないものなのだと実感せざるをえない。

 

「私が知っているってことはあんたと共に調査した時のことよね」

頭の中に引っかかるものがあったが、思い出せないもどかしさに思わず問い返す私に対し、ジャーヴィスはくすくすと笑みを浮かべた。

「ええ、ジョンストン。つい先日私達はその事実に行き着いたばかりよ。忘れてしまったのかしら。それとも、金剛の話が衝撃的過ぎて、意識がそちらに向いてしまった?」

「だから、何の話よ」

「残念ね。その事実こそが今回の話の核心というべきものなのに。じゃあ、考えてみればいいわ。すりぬけくんを普通のドックからspecialドックに変えることができるのってどんな人間かしら」

「そりゃ最低限建造の知識とドック開発の技術を持った人間でしょうね」

そうでなければ艦娘でも工作艦と呼ばれる一部の艦娘しか扱えない建造ドックをいじることなどできはしない。

 

「その通りよ。そしてその条件にぴったりな人物が既に話の中に出てきているじゃない」

「ちょ、ちょっと待って」

頭の中に浮かんできた人物の名前を確認し、私はかぶりを振る。

 

「もしかして・・・・・・。いや、でもそんなことはあり得ないわ」

 

そう、あり得ない。

明らかにそれは先ほどの彼女の話と矛盾している。

 

「話そのものが嘘だったってこと?」

「いいえ、違うわ。金剛は真実を話していたけれど、ダーリンが言うように彼女は話を故意に端折ったのよ。伝えたくなかったのか、それとも私たちが気づくために敢えてそうしたのか分からないけどね」

「話を端折ったんですか? 金剛さんが?」

「ええ。とっても大事なことをね」

「別にどちらでもいいと思ったまでデス。気付かなかったらそれまでのことだしネ」

「金剛。これが金曜ロードショーなら視聴者からわんさと苦情がくるところよ。話の本筋が変わってしまうもの。語るなら余すところなく全てを語って欲しかったわね」

「伝え方は人それぞれネ」

頬杖を突きながら、悪びれもせず金剛はそう嘯いた。

 

「先ほど私はいつ、どこで、誰がすりぬけくんを特別にしたのかが大事だと言ったけれど、実際の所この問題は難しくはないわ。誰がしたのかが分かれば後は簡単ですもの。その人物は建造の知識が豊富で、ドック開発のノウハウについて知っており、そして、金剛が無意識にかばう人物よ。とすれば、そんなのはもちろん彼以外に考えられないわ。さっきまでの物語の中心人物。建造ドックの開発者。能瀬提督その人よ」

 

「何を馬鹿なことを!!」

机を叩き立ちあがったのは霧島。

「さっきまでのお姉さまの話を聞いていなかったのですか! お姉さまの提督は未だ昏睡状態だとそう言っていたではないですか!」

 

「Non。金剛が言ったのは能瀬提督が昏睡状態にあり、その後自分が退役して今の職についたと言うことだけよ。今もそのままだとは一言も言っていないわ」

「そんな!」

「いや、うちのがきんちょの言う通りだぜ。能瀬提督とやらがその後どうなったか、金剛は口にしてねえ」

 

ヨサクの言う通りだ。

私達は金剛の話を聞き、能瀬提督が未だ昏睡状態であると思い込んでいた。

だが、それは私の知る事実と明らかに矛盾している。

なぜなら、彼は。

 

「そうよ。ヨサクの前の提督が能瀬提督じゃない・・・・・・」

どうしてそのことを忘れていたのだろう。自戒を込めてこつんと己の頭を叩く。

 

江ノ島鎮守府で私と行っていた捜査の際にジャーヴィスは言っていたではないか。

能瀬提督は8年前に江ノ島に着任し、5年前に病死したと。

 

「ええっ!? し、しれえの前の江ノ島の提督が能瀬提督さんなんですか!」

「そう。何かのきっかけで目覚めた彼は再び提督として江の島鎮守府に赴任することとなったの。当時を知る憲兵さんがいてね。証言してくれたわ」

 

「そんな、あり得ません・・・・・・」

「まさか・・・・・・」

初耳なのだろう。榛名が目を潤ませ、他の姉妹も言葉を詰まらせた。

彼女達からすれば敬愛する長女の提督が亡くなったという事実は受け入れ難かったに違いない。

当の金剛はというと、首から背中を軽く揉みながらもきつく口元を結び、何も答えようとしない姿勢を崩さなかった。

 

代わって隣に座っていた比叡がどんとテーブルを叩いた。

「どう考えてもおかしいでしょう。提督業の激務から心身を衰弱させていた人間がなぜまた提督として戻ってくるのです!」

「そ、そうです。お姉さまの話では、その能瀬提督は軍の在り方に疑問をもたれていた筈。そんな方が目を醒ました後また提督に復帰する訳がありません!」

霧島の反論に、ジャーヴィスはふるふるとかぶりを振った。

 

「能瀬という名字だけなら分かるけど、稀人という名前まで同じなのは相当珍しいわ。ましてや提督適正因子保持者で考えるのならば天文学的な可能性になるでしょうね。残念ながら本人よ。彼の着任を示すデータはなぜか作業場の手違いとやらで抹消されているけれど、先ほどの憲兵さんが時折やって来る金剛の姿を見かけているわ」

 

ごくりと誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。

 

「ここで疑問になるのが、本人にとって心理的負担になるであろう提督業への復帰をなぜ許可したのか、よ。金剛の話からも当時の悲惨な状況は容易に推察できる。そうした大きなトラウマが残る提督業への復帰よ。いかに本人の希望があろうとも医師が簡単に許可する訳がない。何らかの事情があるのではないか。私はそれが治療行為の一環だったのではないかと考えるわ」

「治療ですって?」

こくりとジャーヴィスは頷いた。

 

「ええ、ジョンストン。憲兵さんの話の能瀬提督と金剛の話の能瀬提督を比べてみて。穏やかで艦娘達からの信頼も厚い。まるで変わりがないじゃない。おかしいわ」

「どこがよ」

「あまりにも変わらなすぎるのよ。考えてみて。心身に傷を負った人間がトラウマを刺激するような提督業へ復帰しているのよ? 悲観的になったり、神経質になったりするはずじゃない。それがないと言うことはある可能性が考えられるの。昏睡状態から目覚めた彼が何らかの記憶障害を負っていたとしたらどうかしら」

「え・・・・・」

「何事もなかったように振る舞う彼に対しあらゆることを試しても治らず、最後の賭けとして提督へ復帰させた。それならば江ノ島鎮守府になぜ彼が着任したのかも分かるわ」

「江の島でなければならない理由があるって言うの?」

「Yes.ただ単に小さな鎮守府だからという理由ならばダーリンのお友達がいる佐渡ヶ島でもいいもの。江の島である必要があったのよ。地理的に横須賀が近く、何かあった時の対処がしやすいし、後は地理的な特徴ね」

「ああ、橋を渡って行くしかないからな」

「ダーリンの言う通りよ。通常江の島鎮守府に行くにはあの弁天橋を渡って行くしかない。逆に言えば、あの橋を落としてしまえば船を使う以外にこちらに戻ってくる手段はない。さながら孤島のサナトリウムといったところかしら。目覚めた彼が何をしでかすかわからない。上が色々と悩んだ末の判断だったのかもしれないわ」

「もし記憶が戻ったら復讐されるかもしれないってか? いかにも小物が考えそうなことだな」

 

「その意見には同意だけどネ」

突如口を開いた金剛に皆が驚いてそちらを見た。

「でも、上はそんなことは考えていなかったヨ。むしろ罪悪感の方があったみたいネ。10年近く経って、人が大分入れ替わって毒が抜けたからネ」

金剛は口元に微かに皮肉めいた笑みを浮かべながら言った。

「何かあった時にすぐ駆けつけられるようにとの配慮だったみたいヨ。随分とお優しいことデス」

「姉さま・・・・・・」

気づかわし気に榛名は金剛を見つめた。

 

「やっぱり能瀬提督は目覚めていたのね」

「Yes。あの日のことはよく覚えているヨ。奇跡が本当に起こったんだからネ」

ふと見せた金剛の優し気な表情に、私は目を奪われた。この顔こそが本来の彼女なのかもしれない。

「提督が目を覚ましたと聞いて、とるものもとりあえず病室に急いだヨ。今までどれだけ待たせたんだと散々恨み言を言ってやろう、どんな我がままを言いつけてやろうとネ。でも、それは叶わなかった。目覚めた彼は私にこう言ったのデス。『すいません、早く艦娘を建造しないといけないんです。この国の未来がかかっているので』ってネ」

 

「それって・・・・・・」

「ええ。彼は私達と過ごした日々どころか、初めに建造した私のことも忘れていたのデス」

「・・・・・・・」

ぼろりと大粒の涙を流し、榛名が顔を伏せ、比叡と霧島は目を瞑り、天を仰いだ。

 

私は艦娘にも神というものがいるのなら、その横面を引っぱたいてやりたかった。

長い間起きるのを待ち望んだ相手がよりにもよって目覚めた時に、自分と出会ったことを忘れていたなんて。そんな理不尽なことがあるだろうか。

 

「それでもよかったヨ。その目に私が映らなくても。生きていてくれるんだからネ。余計なしがらみさえなければすぐにでも彼の下に復帰しようとも考えていマシタ。秘書艦であった能代も信頼がおける子だったしネ。彼女からはちょくちょく提督が穏やかに過ごしていると耳にしたものデス」

 

江ノ島鎮守府の提督として新しく再出発した日々。

悪夢のような日々から生還した彼にとって、それは束の間の休息だっただろう。

 

「でも、おかしいわね。能瀬提督は記憶を無くし、普通に暮らしていたのでしょう? なんでその彼がすりぬけくんを特別にしようとするのよ」

 

私はどことなく違和感を感じ、思わず呟いた。

金剛が語った、優しく誰よりも艦娘のことを考えていた能瀬提督の人物像と、より強力な艦娘を呼ぼうとすりぬけくんを改造した人間だという事実がどうしても私の中で噛み合わない。穏やかな日々を送っていたのなら尚のこと。その中でどうして、あのすりぬけくんのような規格外なドックを生み出そうと考えるに至ったというのか。

 

「正しい考察ね」

ジャーヴィスはため息をついた。

「『考えても考えてもそれでも分からない時はまず足元から考え直せ。』そう、かの名探偵シャーロック・ホームズは言ったわ。どう考えても辻褄が合わない時には、その原因を探るのが重要よ。艦娘へ優しく接していたのも、すりぬけくんを改造しより強力な艦娘を呼ぼうとしたのもどちらも能瀬提督というのならば、彼が変わったきっかけがある筈なの」

「きっかけ、ですか」

「そうよ、雪風。他人からの言葉かけや外界からの刺激等の外的要因か、本人の中での心理的な変化である内的な要因か。この場合は前者ね」

 

ジャーヴィスは再び、窓の方を向くと言った。

「憲兵さんの話を覚えているかしら。能瀬提督は初めのうちは穏やかな人物だったが、ある時を境に人が変わったように陰気になった、と」

「ええ」

 

「戻ってしまったのではないかしら。記憶が」

窓ガラスに映るジャーヴィスの表情は苦し気だった。

 

「まさか・・・・・・・」

「当時の秘書艦をしていた能代から話を聞くことができたわ。『ある時風呂場で足を滑らせ頭を打って以来、提督は人が変わってしまった』とそう言っていた。指揮をとっても連戦連敗。毎日苦しんでいたみたい」

「何でよ」

思わず声を上げた私に皆の視線が集まるが、そんなことを気にしてはいられなかった。

「どうしてそんな状態でまだ提督でいようとするのよ! もう十分に戦ったじゃない。悲しい思いをしたじゃない。休んでもいい筈よ。なのにどうして!!」

「さあ、それは当人にしかわからないヨ。人の心は複雑デス。如何に名探偵でも推し量ることしかできないのでは?」

私に分からなかったのだからお前には絶対に分からないと暗にジャーヴィスを皮肉る金剛だったが、当の本人はけろりとしてそれを受け止めた。

「そうね。確かに正確なところは分からないわ。でも、これだけは言える。能瀬提督がそんなにひどい状態でありながらも研究を続けたのは十中八九あなた達のためよ」

 

その言葉にこれまでじっと動こうとしなかった金剛がやおらソファから立ち上がり、ジャーヴィスへと詰め寄った。

 

「Why? Why! 強力な艦娘を呼ぶドックを作るのがどうして私達のためになるデス!」

「先ほどあなたは言ったじゃない。『自分が提督でなければ良かった』そう、能瀬提督は言っていたと。恐らく彼は自分が提督であったことによってあなた達が不当に扱われている現状が許せなかったのよ。同じようにこの国の危機に立ち上がりながら、偉大なる七隻と称えられた原初の艦娘達と異なり、共に戦ったあなた達のことはどこにも記されていない。それどころか本土強襲という危機を身をもって救ったのにも関わらず『始まりの出来損ない』などと揶揄されている。誰もが望む強力な艦娘を呼び出す建造ドックを作れば、彼の発言力は高くなる。その上であなた達の汚名をそそごうとしていたのではと思うわ」

 

「そんなこと・・・・・・」

金剛はジャーヴィスの両肩を掴むと、

「そんなこと、誰も望んでないヨ!!」

顔を歪ませ、大声で叫んだ。

「私達のため!? 出来損ないと言われることなんて慣れていマシタ。私も神風もとっくに覚悟はできていたネ。それなのにどうして・・・・・」

 

誰よりも能瀬提督を案じていた金剛だから見過ごしていたのだろう。

彼女達が彼を思うのと同じように。彼が彼女達のことを如何に案じていたのかということを。

 

「だから、だからあんなことをしたのデス? あんな、あんな危険なことを」

ぽろりと金剛の口からこぼれた言葉を、ジャーヴィスは見逃さなかった。

「チェックメイトね、金剛。聞かせてもらえるかしら。能瀬提督がしたという危険なこと、とは何か。それこそがすりぬけくんを今のすりぬけくんに生まれ変わらせたきっかけである筈なのだから」

自らの失言に気づいたのか。一瞬口元を厳しく引き結んだ金剛だったが、観念したのか首元をそっと抑えながらしばし息を整えると、静かに呟いた。

 

「いいデショウ。あの忌々しいドックがどうしてできたか。今度こそ私の知っていることを全て教えるネ」

 




???「ZZZ・・・」


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特別編Ⅹ  「思い出のうどん」

年末なので何とか二話投稿。


それは、江ノ島鎮守府の面々が大湊で取り調べを受けていた時のこと。

 

「ごちそうさん、美味しかったよ!」

「ダンケ、いえ、違います。ありがとうございました」

給仕服姿の神鷹は、満足そうに腹をさすりながら出て行く客に声を掛けた。

 

館林、多々良沼近くにある食事処ほうしょうでは昼の書き入れ時が過ぎ、ようやく休憩の時間が訪れていた。

「二人ともお疲れ様。それじゃあ、お昼にしてしまいましょう」

偉大なる七隻の一人であり、江ノ島鎮守府の提督の義理の母でもある艦娘鳳翔は残った材料で天ぷらを揚げると、ざる一杯に盛ったうどんと共にテーブルの上に置いた。

「うどんか。初めて食べる。楽しみ」

興味津々のアトランタに、鳳翔は意外そうな表情を見せる。

「あら。鎮守府では、おうどんは食べていなかったの?」

「そうだね。基本的に秋津洲はあたし達に合わせて色々作ってくれるから」

「はい。お任せしっぱなしで申し訳ないです。私も鳳翔さんみたいに料理が上手なら・・・・・・」

うつむく神鷹に、鳳翔は優しい笑みを浮かべた。

「ふふ。私も最初は料理が下手だったのよ? 得意料理はうどんですもの」

「え!?」

「し、信じられません。冗談ですか?」

 

衝撃の告白に驚く二人に、鳳翔はいいえ本当よと告げる。

 

「鳳翔さんはお料理上手なイメージです」

「うん。居酒屋鳳翔って甘味処間宮と同じで大抵の鎮守府にある感じ。うちにはないけど」

「ふふっ。私が料理が下手だった分、他の私が得意になったのかしら。でも事実なのよ。鎮守府にいた時は料理を作っていたけれど、あの人は料理の好き嫌いなど言わない人だったから」

 

鳳翔の言葉に二人は思わず箸を止めた。彼女が言うあの人といえば、始まりの提督その人のことだ。迂闊に踏み込んでいい話ではない。どうしたものかと迷っていると、二人の様子を見て、気づいたのだろう。鳳翔は淡い笑みを浮かべた。

 

「ごめんなさいね。変に気を遣わせてしまったわね。私が料理を作れるようになったのはあの人に食べさせたいと思ったから。でもね、お店に出せるだけ料理が上手になったのはあの子のお蔭なの」

「提督さんのお蔭?」

「ええ。親馬鹿と思われるかもしれないけれど、食べながら聞いてもらえるかしら」

常日頃全く自分の話をしない提督の過去について興味を惹かれた二人は、否も応もなく頷いた。

 

                      ⚓

「なんで、俺様があんたと一緒に暮らさなきゃいけないんだ」

 

色々な人間に協力してもらい、様々な手を打ってようやく実現した与作を義理の息子にすることと、あの人の家を手に入れること。喜んでもらえると思ってしたことに対し、あの子から返ってきたのは拒絶の言葉。

 

「私は提督と結婚する予定でした。貴方の義理の母親になる予定だったんです」

「でもおっさんは死んじまったじゃないか。こだわる必要がないだろうよ。俺様は好きに生きてくから、あんたも好きに生きていけばいいじゃないか」

「私が好きに生きていくのがこうすることなんです。今は認めてくれなくて構いません。でもどうかこの家にいることだけは許してください」

「許すも許さないもおっさんの妻だってんなら、あんたの家だぜ、ここ。俺様の方が出て行くだけさ」

「何を言っているの!? ちょ、ちょっと! 待ちなさい!」

 

幾度となく繰り返した話し合いの末、与作は出て行きました。今思えば、それはあの子なりの不器用な優しさなのだなと分かります。ただ、その当時の私は、あの人が亡くなった原因である私を、あの子が強く恨んでいるからだと思っていました。自分でも自分のことを許せなかったのです。ましてや、世界に一人だけしかいない自分の理解者を奪われたあの子からすれば、私は視界にも入れたくない存在なのではと思っていました。

 

あの子が出て行ってからすることが無くなった私は、その行方を捜す傍ら、料理屋を開くことを決めました。今思えばよくそんなことを決断したなとお恥ずかしい限りなのですが、鎮守府であの人に料理を出した時には、旨い旨いと食べてくれていたのです。

「この戦いが終わったら小料理屋でもやるのもいいかもね」

あの人と笑い合うくらい、私は自分の料理の腕がそこそこだと思っていました。

 

けれど、この時私は肝心なことに気が付いていなかったのです。

あの人自身が食に興味があるか、ないか。その味付けが他の人の口にも合うものなのかどうかを。

 

「ちょっと濃すぎないかな、これ」

 

ある時お客さんに言われた一言が私には理解できませんでした。濃い味付けが好みだったあの人に合うように作った肉じゃがだったのですが、その人には酷く甘く美味しくないようでした。

 

「ええと、ごめん、女将。ごちそうさん」

料理を食べながら顔を顰めていたお客さんが、もうたまらないと席を立ちました。

 

「なんか、味付けがちぐはぐじゃない? レシピとか見てるの?」

苦情を言うお客さんが増えてきました。

何とか美味しいものを提供しようと、料理本を買って試してみるものの、何がいけないか分かりません。一つの本に合わせると甘い、辛いと次々に違うことを言われ、どれが正解なのか分からず袋小路に陥っていました。

 

始めた頃は物珍しさで通っていてくれたお客さんですが、三か月もすると誰も来なくなってしまいました。

 

どうしてこう何もかも上手くいかないのか。

厨房で試作を繰り返しながら、私は悩み、疲れ果てていました。

あの人を失い、そしてあの子も失い、あるのは最後に二人でした料理屋をやるという約束だけ。

でも、その約束ですら自分は満足に果たせないのか。自暴自棄になり、ふさぎ込んでいた時です。あの子が戻ってきたのは。

 

「なんでこんな辛気臭いことになってやがるんだよ」

帰ってきての第一声はそんなぶっきらぼうな言葉。

 

「ごめんなさいね。あの人との約束だったの。二人で小料理屋をやるって。でも、無理だったみたい。あの人は美味しいって喜んでくれていたんだけど」

 

しばらくぶりにあの子に会えてほっとしたのか、それともあの人の話ができる人と会い、気が緩んだのか。気がつけば自然と涙が流れていました。

その様子を見てただごとではないと察したのでしょう。

「訳を話してみな」

与作は小さくため息をつくと、私の話に耳を傾けてくれました。

 

「あのおっさん、子ども舌だったからなあ。砂糖入れまくったり、辛くしたり。そりゃそれが基準じゃ上手く行くわけないぜ」

全てを聞き終えての彼の開口一番の言葉にぐうの音も出ませんでした。

「そうね。私、あの人が喜んでくれるからみんなも喜んでくれると思っていたの」

「まあ、あのおっさんぐらいにしか料理を食わせてなきゃそうも思うだろうな」

「今思えば浅はかだったのよ。人でない私が人間の料理屋をやるなんて。みんながどんな味が好みだなんて分からないもの」

「・・・・・・」

下を向き、泣き崩れる私にあの子は近づくと、あろうことかおでこを指で弾いたのです。

 

「な!? 何・・・・・・」

あの人からも他の艦娘からもそんなことをされたことはない私が戸惑っていると、あの子はじっと私の目を見ながら言いました。

「あのよお。てめえが人間じゃないからとか何か関係があるのか? あんた、あのおっさんと結婚したかったんだろ? 人間じゃないから味が分からないなんて泣き言を言ってないで、勉強したらどうなんだよ」

「これでも勉強はしたのよ? でも、食べる人によって言うことがあれこれ違う。何が正解か分からないのだもの・・・・・・」

「ああ。客に味を合わせちまったのか。そりゃあ、ダメになる訳だ。客なんて好き勝手言うからな。濃いだの薄いだの。口に合わないだの。いちいちそれに振り回されていちゃ、やっていけないぜ」

そう言うとあの子は私にスマートフォンを見せてくれました。

「見てみろよ、この食べ物の評価サイト。5点満点だけど、4点代が最高で満点なんかないだろ?

そりゃそうさ。万人に合う味付けってのはないし、コストパフォーマンスでも人は評価するんだからな。味だけじゃねえ。みんながどんな店を評価しているかってのが大事だぜ」

「でも、どんな店がみんなが好きなのか分からなくて」

「そりゃ、あんたが本しか見てねえからだよ。ついて来な」

 

そう言ってあの子は私の手を引っ張り館林市内にある一番人気だといううどん店に連れてきました。明るい店内にきびきびと働く店員さん達。どう見ても、私の店とは違います。

出されたうどんの味も、どう見ても私の出来合いの麺を使ったものとは比べることすらおこがましいくらいの雲泥の差でした。

 

「店を開くって一言で言っても、ただ料理を作ればいいだけじゃねえ。接客やレジ打ちなんかだって覚えなきゃならねえし、経営のことも考えなきゃならねえ。そう言ったものはどうしてたんだ」

「私がやっていたけれど・・・・・・」

「おいおい! 個人経営のバーじゃねえんだぞ!? ずぶの素人のあんたが一人で全部できる訳ないだろうが。そりゃ失敗して当然だ。味も接客もなってないんじゃな」

随分とはっきり言うあの子にムッとしましたが、事実なので言い返すことができません。

これからどうしたものかと目を伏せる私に、与作は二か月店を閉めるように言いました。

 

「店を閉める? どうして?」

「今のままじゃじり貧だからな。特訓するぞ」

 

有無を言わせぬあの子の口調に圧倒された私が、そのまま連れられてやってきたのは市内にある大きな農家さんです。

「おい、名人! 俺様だ。弟子を一人連れて来たぜ!」

「で、弟子?」

「おや、珍しい。与の字か。名人は止めろと言っておるじゃろうが!」

 

出てきたのはおばあさん。与作にあの人以外の知り合いがいたことに驚いたことは秘密です。

「ん? この人は? ま、まさかお前の!」

「おい、止めろ、くそ名人。俺様が世話になってたおっさん知ってるだろ。あのおっさんの妻だよ、妻」

「なんじゃ、つまらん。それでわしに何の用じゃ」

「名人のうどんをちょいと教えてやって欲しいんだよ。言っとくがド素人だからな。そのつもりで頼むぜ」

「頼み方がなってない上にド素人とはね。随分とあたしにうまみがないんだがねえ」

「何言ってやがる。俺様のあどばいすでこの間の菊花賞、アマゴワクチンがとれたんじゃねえか!」

「仕方がないんじゃ、あれは。まさか白いシャドーロールが三冠達成するとは思わなんだ」

「留さんに聞いたぜ。アマゴワクチン軸のサトミアマゾンに一発張って大儲けってよ。その借りを返せや、名人」

「けっ。名人名人うるさい奴め。まあ、お前の言う事も一理あるわい。引き受けてやるわ。ただし、修業は厳しいぞ」

「ど、どういうこと?」

話についていけず戸惑う私に、与作は呆れたようにため息をついてみせました。

「このばばあにうどん打ちを習えってんだよ。県外の人間はあんまり知らないんだが、館林はうどんで有名でな。うどんが旨い店には行列ができるんだ。このばあさん、性格は最悪だが、腕は天下一品だからな。信頼していいぜ」

「余計なお世話じゃ!」

「え!? あ、あの。本当に私に教えていただけるのですか?」

「おうともさ。途中で音を上げても責任はもたんがね」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 

藁にもすがるつもりで始めたうどん打ちの修業はそれはそれは厳しいものでした。

そもそもうどんそのものを打ったことがなく、これまで出来合いの物を買って出していたのです。目の前でどんどんと作られていくうどんに衝撃を受けたのを覚えています。

 

「塩水と粉だけで本当にできるのですか・・・・・」

「あんたうどんが何でできていると思ってんだい。塩水と粉をまんべんなく混ぜるんだよ・・・って、どうしてそんなに強く握りしめるのさ。おにぎり握ってんじゃないんだよ!」

「ご、ごめんなさい。まとめるのだからと」

 

「え、足で踏むのですか。手でこねるのものなのでは・・・・・・」

「いちいちうるさいね。最初から足で踏んだ方がコシが出るんだよ。ほれ、よく見な。真ん中は後。最初は縁の方から踏んでいくんだよ。本当にとろいね」

「す、すいません」

「謝るぐらいなら手と足を動かしな! 目で見て覚えな! 時間はないんだよ!」

「は、はい!」

 

「延しがてんで駄目だね。厚さは3ミリって言ったじゃないか。どうしてこことここの厚さが違うんだい。ぴらぴらじゃないか」

「も、もう一度やらせてください」

 

あの子が名人と呼んでいたしげさんは本当に良い方でした。口調は厳しいですが、物覚えの悪い私のような者にも見捨てず何度も付き合ってくれたのです。容赦の無い言葉が何度飛んだかわかりません。ですが、もったいないからと私の作ったぶきっちょなうどんを茹でて食べるしげさんの姿を見た時に、この人は信じられるとそう思いました。

それからの修業の楽しかったこと。一人で悩んでいた時期が嘘のような日々でした。

 

一か月が過ぎ、ようやく合格点がもらえたとき、しげさんはあの子を呼びました。

「何だって俺様が毒見役なんぞしなくちゃならねえんだ。色々忙しいんだぜ」

「ふん。人に面倒を押し付けおったんじゃ。それくらいはして当然よ」

「俺様は正直者だからな。不味かったら不味いとそう言うが、構わねえよな」

「ええ」

「これで駄目なら店を畳みな。いやだと言っても俺様がさせねえ」

あの子はそうして私を睨みつけました。

 

「そんなことさせません」

今でこそその時のあの子の心の内が手に取るように分かりますが、当時の私は色々と失敗をし、何もかもが信じられなくなっていました。

結局この子は私が嫌いなのではないか。ここで提督との約束を奪われてなるものかと奮起したのを覚えています。

思えば何と余裕のなかったことか。ここまでおぜん立てして駄目ならば処置なしということだったに違いありません。無理に失敗するであろう料理屋を続けさせるよりも、区切りをつけた方がよほど私のためだと考えていたのだと思います。本人は決して認めないでしょうけど。

 

あがったうどんを盛り付けて出した時の緊張感ときたらありません。

ここまでやったのだから大丈夫だと思う反面、あの子が何と言うか分からず不安でした。

 

「それじゃいただくぜ」

ずるずると豪快な音を立ててあの子が食べるのを見守る間、まな板の上に置かれた鯉のような気分でした。

 

3分もかからずに食べきったあの子が言った一言。今でも忘れられません。

 

「ごちそうさん」

 

箸を置き、それだけです。何が旨いとか、これが駄目だとか一切ありません。

 

「えーと、あの・・・・・・」

どういうことかと戸惑う私の横からしげさんがやれやれと大きなため息をつきました。

 

「ええ加減にせんかい、与の字よ。いつも言っておるじゃろうが。旨かったら旨いとそう言えと」

「え!? と、言う事は・・・・・・」

じっと見つめる私の視線から逃れようとあの子は目をそらしました。

「ふん」

「ああ。こいつはな、旨いものを食べた時にはごちそうさんとしか言わないんじゃ」

「しんぷるいずべすとよ。あーだこうだと言うのは野暮ってもんだぜ」

「語彙が少ないだけじゃろうが。それで合格なら合格と言ってやらんかい」

「うどんはいい。後は接客の方が問題だぜ」

「ったく、素直じゃない奴じゃ。すまんのう。こいつは昔から性根がねじ曲がっておるからな」

やれやれと苦笑いをするしげさんに対し、

「よかった・・・・・」

私はなぜだか涙が溢れて何も言うことができませんでした。

 

これであの人との約束を守れる。一番に出たその安堵の気持ちの後に、何とも形容しがたい喜びが湧いて出てきたのです。きっとあの子にようやく認められたのだという思いだったのでしょう。ここから始めていけば、きっと心を開いてくれるに違いない。

そう考えた時でした。心の底から力が溢れてきたのは。

自分は何を悩んでいたのだろう。ふさぎ込んでいたのだろう。

できることを一生懸命にやってみよう。

しげんさんとこの子のように、自分に真剣になってくれる人がいるのだから。

 

                  ⚓

「そして、その後みっちり接客の修業を積んで最初はうどんのお店として営業を始めたの。段々とお客さんが増えて来てからは色々と品数を増やそうとあちこち食べ歩いたり、修業をお願いしたりして今に至ると言う訳」

 

ふふっと小さく笑みを零しながら、鳳翔は話を止めた。

 

「信じられません。鳳翔さんの料理が上手になるきっかけが提督だったなんて」

「うん。でも提督さんならそういうことするかなって納得だけどね」

「あら、そうかしら」

アトランタの返答に、鳳翔は嬉しそうに頷いた。

「あの子の良さに気づいてくれているのね。あの通りの口調だし、好き放題するものだから勘違いされることが多いのに」

「まあ目の前でジョンストンに対して熱い台詞吐かれたらね。神鷹だって今はそんなに提督さんのこと苦手じゃないんでしょ」

「も、もちろんです。最初はその怖いのかなと思いましたけど、今はそうではありません」

「そう。それなら良かったわ。提督としてやっていけるのか心配だったのだけれど」

「え!? 提督がですか?」

「ええ。あの通りのぶっきらぼうな子でしょ。変に敵視されないか心配で」

 

「ちょっと、神鷹」

神鷹の肩をちょんちょんと叩くと、アトランタは耳元でささやいた。

「鳳翔ってひょっとして過保護なんじゃない?」

「えっ・・・・・・。そ、それはそのう。どうなんでしょう」

「だってあの提督だよ? 心配する必要なんかないと思うんだけど」

 

「あら、どうかしたのかしら」

にこりとする鳳翔にアトランタは慌てて何でもないと首を振る。

「そう。それならばいいのだけれど」

 

休憩が終わり、それぞれの持ち場につこうとしたアトランタを、

「あ、そうそう」

鳳翔が急に呼び止める。

 

「?」

「明日の朝の特訓は少々厳しくいきますからね。そのつもりで」

「え!?」

無言で微笑む鳳翔に対し、冷や汗を流すアトランタ。

「あ、あのひょっとして聞こえて・・・・・・」

「いいえ、何も聞こえてはいませんよ。うふふ、楽しみです」

 

鼻歌を歌いながら去る鳳翔を見ながらその場で固まるアトランタに対し、神鷹は十字を切りその無事を祈るしかなかった。

 




登場人物紹介

サトミアマゾン・・・・・・地方船橋所属のヒットマン。名言製造機。
アマゴワクチン・・・・・・兄の死を乗り越え、兄譲りのシャドーロールを纏い、菊の大輪を花開かせた。

アトランタ・・・・・・・・大規模海域の空襲でもあそこまできつくないと後に語る。
神鷹・・・・・・・・・・・訓練に赴くアトランタの顔色は白鳥よりも白かったと語る。
鳳翔・・・・・・・・・・・実は話し好き。まだまだ聞かせたい話はたくさんあるらしい。


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第七十七話 「希望と絶望の在り処」

書き慣れないミステリー調にしたのをえらく後悔。
1月くらいに出そうと思っていたらいつの間にか5月。
設定自体大分前に考えていたので齟齬があるかもしれません。

艦これ9周年おめでとうございます。
モチベは大分下がったけど、まだ一応提督やってます。

作者的には一応区切りは何とかつけたいとは思ってるんですが、如何せん時間が足りない・・・・・・。


金剛型戦艦一番艦。始まりの出来損ないと揶揄され、長らく人の世の醜さに晒されてきた彼女にとって、その日は待ち望んでいた日の筈だった。

例え、それが多くの人々の戸惑いをもって迎えられたとしても。

彼女にとっては輝かしい思い出の一ページになる筈であった。

 

運命の女神が余計な差し出口を叩かなければ。

 

記憶を無くした能瀬提督の処遇について会議は紛糾を極めた。

今や中央のお歴々と化したかつての上層部の者達からすれば、提督の存在は地中深くに埋められていた不発弾のようなものだ。いつ爆発し、自分達が過去しでかしてきたことが露見するか知れたものではない。国のためとはいえ、あたら多くの艦娘を捨て石にしてきた事実。艦娘の権利拡大が叫ばれる昨今、それは彼らの地位を奪うだけでなく、今や艦娘大国として名を馳せる日本の権威失墜を意味していた。

 

慰労金を渡し、予備役へ編入させるべきという意見が大勢を占め、早速その方面の手筈を整えようとしたところ、ここで上層部が頭を抱える事態が発生する。

当の能瀬本人が軍への復帰を希望したのである。

記憶を失ったとされる彼は、なぜか襲い来る深海棲艦の脅威と自分に提督の能力があることだけは覚えており、その上厄介なことに国を救うために力を尽くしたいと言う熱意を持っていた。これを断ることは、フリーの提督として各国の勧誘の的になることを意味し、それは艦娘関係の技術で他国に一歩長じ、発言権を高めている日本としては看過しがたいものであった。ただでさえ提督適正因子保持者は貴重なのだ。それが建造ドックの開発者ともなればその評価は天井知らずだろう。例え記憶が戻ろうが戻るまいが、提督であるということでそもそもおつりがくるのだから。

 

「技術の流失を危惧するのなら復帰させるしかあるまい。本人もそれを希望している」

「再び提督に返り咲けば記憶が戻ることもあろう」

「だが、何年も寝たきりだった男だぞ。そんな男に指揮を任せられるか」

「開発部へ行くのはどうだ? 奴は建造ドックの開発責任者でもあったのだろう? その方面の記憶を失ったと言っても使い道はある」

「打診しましたが断られました。そりゃあ、手柄を横取りした本人がやってきたら気まずいどころの話じゃないでしょう」

 

自己保身の色見本とばかりに好き勝手な議論が続く中、くだらないとそれを一蹴したのが、その当時海軍の要職にいた杉田一である。

 

「揃いも揃って前途ある若者の未来を潰した揚げ句出て来る言葉がそれとはな。同じ立場の者として情けない事この上ない。我々がまずすべきなのは彼に対し謝罪することではないか。記憶のある無しなど関係はない。そうせねば、人としての品性を問われる」

「杉田提督の仰る通りですな。したことへの責任はとるべきでは」

中堅でありながら頭角を現していた高杉の口添えもあり、一致した衆議は江ノ島にある小さな鎮守府への配属だった。横須賀が近く、橋を一本隔てて陸の孤島と化すそこならば業務負担は軽く、監視もしやすい。そして、彼が記憶を取り戻した時に早急に対応できる。

 

「復帰とはネ・・・・・・」

これまで自分達を捨て石として酷使してきた人間たちが、今更ながらに罪悪感を抱いているであろうことに金剛は皮肉を感じながらも、その決定には複雑な思いを抱いていた。

彼のことを思えば軍から遠ざけたい。だが、本音を言えば、彼の記憶が戻ることにかけたかった。奇跡が起こり目を醒ましたのだ。もう一つくらい奇跡を願っても、これまでのことを思えばお釣りがくるだろう。

結局悩んだ末に、彼女が出した結論は奇跡にすがる事というもので、そのために自らの腹心である能代を派遣し、彼の様子を逐一報告させるという徹底ぶりだった。

 

そして、確かに奇跡は起きたのである。ただし、それは彼女の思っていたものとは違っていたのだが。

 

                   ⚓

 

「最近提督の様子がおかしい!? どういうことネ! 詳しい説明が欲しいデス」

江ノ島鎮守府に派遣した能代からの緊急の連絡に慌てた私は、とるものもとりあえず江ノ島へと急いだ。

 

目覚めてからの彼は平凡な提督として職務を遂行し、艦娘達との関係も良好だった。

鎮守府近海の哨戒任務を主とし、危なげない指揮ぶりを見せ、体調も順調そうだと半月前に定時連絡を受けたばかりだ。

 

「一体何があったデス・・・・・・・」

不安に駆られ鎮守府へとやって来た私が目にしたのは、固く閉ざされた執務室の扉とその前で盛んに室内に呼びかける能代の姿。

 

「提督、ここを開けてください。能代です。何かあったのですか。よければ能代がお話を伺いますから」

「私達が何か粗相をし、提督を怒らせてしまったのでしょうか。お恥ずかしい限りですが、能代には思い当たることがございません。どうか教えていただけないでしょうか」

「せめてお食事だけでもおとりください。能代は心配です」

 

息を潜めてその様子を見守る他の艦娘たちには疲労と戸惑いの色が見て取れた。

 

「どうしたネ、能代。これは」

びくりと体を震わせた能代は青い顔をしながら分からないと首を振った。

 

「分かりません。本当に能代にも分からないのです。3日前の朝にお風呂場で頭を打たれてから、体調が優れないご様子でしたので、急ぎお医者様の受診を勧めたのです。診察から戻られた時は普通にしていらしたのですが、次の日からなぜか私達を避けるようになってしまって・・・・・・」

「頭部打撲デスって? 何故すぐ報告しないネ!」

「も、申し訳ありません。こぶはできていましたが、緊急性はないとの診断でしたので。その後も時間ごとに様子を確認しましたが、特段変わった所はなく大丈夫だろうと・・・。」

「だったらこんな有様になる訳ないネ。何か他にあったのではないデスか?」

「心当りは何も・・・・・・。あ、でもその日の夕食を持って行った時に提督が妙なことを言われていました。『そんなまさか10年以上も・・・・・』って」

「え・・・・・・・」

能代の肩を力強く掴んでしまい、彼女が悲鳴を上げた。

 

「OH,Soryy。But,それは本当デスか?」

「は、はい。執務室のパソコンを見ながら何か考え込まれているようでした。その翌日からです。提督の様子が変わってしまわれたのは」

「どう変わったネ」

「私達がいくら声を掛けても悲しそうに首を振るだけで、何もおっしゃってくださらなくなりました。一緒にとっていた食事も執務室でとるの一点張りで。誰か提督の気に障ることをしたのではないかと鎮守府の皆に事情を聴いたのですが、皆分からないと」

「あ、でも私謝られたわよ、クソ提督に」

霞が遠慮がちに手を挙げる。

「謝られた?」

「ええ。『すまない、本当にすまない』って・・・・・・。『何のことよ、意味分からないし!』って言ったら、『それでいいんだ。それでも謝らせて欲しい』って」

「あ、あの。潮もです・・・・・・。潮にも提督は謝ってました」

「他には祥鳳さんに神通からも同じ話を聞いています。二人とも何のことか分からないと・・・・・」

霞達の言葉に、私の頭の中で閃くものがあった。

「まさか・・・・・・」

 

それは愚かな期待。これまで碌なことの無かった艦生の中でのささやかな願い。

だが、何も思い出さず彼にはこの鎮守府で穏やかに過ごして欲しかったというのもまた嘘ではない。

けれど、頭の中が沸き立ち、一刻も早く確かめたくて。

「ここは私が引き受けマース。すまないけど、みんなは自分達の部屋で待機していて欲しいネ」

戸惑う江ノ島の艦娘達に向け、そう指示を出した。

 

「了解しました・・・・・・。皆、部屋に戻りましょう」

能代の一言で江ノ島鎮守府の艦娘達が皆去っていくのを見届け、心を鎮めながら、私は執務室の扉をノックする。

 

両頬を力強く張り、口元の筋肉を思い切りほぐす。

あれから色々とあり、心から笑うことができなくなった。

できるのは口角を上げて微笑んだような表情を作る、艦娘金剛として望まれた笑顔。

 

それでも彼には自らの笑顔を、自然な笑顔を見せたい。

 

せっかくまた出会えたのだから。

今この時は10年前に戻り、あの時の自分を呼び出そう。

きっと自分の予感は間違っていない。

 

「HEY、提督。そんな所に閉じこもってないでここを開けるネ! 私でよければ話を聞くヨ!」

いつ以来だろう。演技でもなくこんな明るい台詞を言うのは。

 

天の岩戸が開き、出てきた彼は目は窪み、見るも無残な有様。

だが、その瞳は確実に私を捉えていた。

 

「君か・・・・・・」

その一言で全てを察した。

 

久しぶりとも。お待たせとも違う。

名前を呼んだわけでも、愛を囁かれた訳でもない。

それでもその一言が。

私を見て、声を掛けて来てくれたのが嬉しくて。

 

「遅いヨ! どれだけ待たせたネ!!」

思わず泣きながら彼を抱きしめてしまったのは仕方のないことだろう。

 

「・・・・・・・すまない。苦労をさせた」

「どれだけ待たせたら気が済むネ! 余計な苦労ばかりして来たヨ!」

「・・・・・・・すまない。僕のせいで。僕のために」

「そんなものどうでも良いヨ。私が望んでやったんだからネ。そんなことより今の私なら提督の役に立てるヨ。何でも言って欲しいデス!」

「それじゃあダメなんだ」

ふるふると首を振り、彼は私から離れた。

 

「僕は君たちの思いにふさわしくない。このままじゃあもらい過ぎなんだ。僕のせいで彼女達は、彼女達は・・・・・・」

「何を言っているネ」

彼の肩を掴み、私は訴える。

「みんな提督のことを心配していたんだヨ。提督のために戦ったんだヨ。もう戦って欲しくない。きっとみんなそう思っているはずネ。記憶が戻ったのなら提督なんてしなくていいデス。私が養うヨ。こう見えても結構な資産を作ったんだヨ!」

暗い表情の彼を励まそうと努めて明るく言うも、その心には響かない。

 

「優秀な君のことだからそうだろうね。でも、僕は提督を辞めるつもりはない」

「Why? どうしてデス。もうしなくていいヨ。提督が身を削って守ったこの国を今は色々な人間が、艦娘が守っているネ。もう無理をする必要なんかない。どこにもないんだヨ?」

「僕はこの国の人間のことなんか考えちゃいない。むしろどうだっていい」

「だったらどうして!」

問い詰める私に対し、彼はすまなそうに目を伏せ、頼みがあると私に告げた。

「さっき君は何でも言って欲しいと言ったね。実は一つだけ頼みがあるんだ。この僕の願いが叶うためにどうしても必要なんだよ」

「OK。大丈夫ヨ。でも、一つ確認なんだけど、それは無茶なことじゃないよネ? 無茶なことならいくら提督のお願いでも聞けまセン。無理をして欲しくないからネ」

「ああ、約束する」

「なら分かったヨ。何でも言うデース」

 

ああ。

その時の私のなんて愚かなことか。

 

今思えば、待ち人についに出会え、心が舞い上がっていたとしか思えない。

彼の様子も彼の心のうちも、まるで知ろうとせず。

乞われるままに力を貸してしまった。

 

それが終わりの始まりとなるとも知らずに。

 

                    ⚓

「あなた達がすりぬけくんと呼んでいるあの出来損ない。そして、深海棲艦鹵獲物最重要特機01。それが提督の欲した物ネ」

「さ、最重要特機の鹵獲物? まさか・・・・・・」

霧島が事の重大さに気づき、唇を震わせる。

彼女の知る限り、通常深海棲艦の鹵獲物に関しては極秘、機密扱いが多く、特別機密に分類される物など、これまで姫級個体の艤装の一部があるぐらいだった。

「あら、霧島でも知らない物なのね」

「それは仕方ないヨ、ジャーヴィス。何しろ、それは例の鉄底海峡の戦いの遺品でもあるのだから」

金剛の言葉に場に居合わせた金剛型の姉妹達は言葉を失った。

伝え聞く始まりの提督と原初の艦娘達による深海棲艦本拠地への一大攻勢作戦。

その裏で深海棲艦から鹵獲したものがあるなどという話は海軍内部にいる彼女達も聞いたこともない。

「そんなものがあるとするならば、確かに最重要特機とされるのは納得です。ですが、それは一体・・・・・・」

伏し目がちに己を見る霧島に対し、金剛はジャーヴィスを見やった。

「名探偵ならご存知なのではないデスか? ここまで知っているのデス。気付いているんデショウ?」

「ええ。幸運なことにうちの鎮守府には当時の事情を知る北上がいるからね。彼女に色々と聞いたわ。彼女が鉄底海峡から持って帰ってきたものについて」

「偉大なる七隻の北上が鉄底海峡から持って帰って来たもの!? 榛名は初耳です。そんなものがあるのですか。それこそが最重要特機・・・・・・」

「本人は余りその自覚は無かったようだけどね。ただ、話を聞いた時に原初の明石から託されたと言う言葉が気になっていたの。かの建造ドックを開発したうちの一人でもある原初の明石。彼女が託すようなものよ。ただのものである筈がない。朧げな記憶で描いてもらった絵を見て合点が言ったわ」

うんうんと頷きながら話すジャーヴィスを横合いからジョンストンが小突いた。

「あんたばっかり合点がいっても仕方がないでしょうに! もったいつけずに教えてよ。一体北上は何を持ち帰ったの!」

 

「深海棲艦を生み出していた大本。深海大工廠の中枢に秘められていたパーツ。それも恐らくは大工廠の核となるコアパーツよ」

「そ、そんなものがあるなんて・・・・・・」

ずり落ちそうになる眼鏡を必死に抑えながら、霧島が呻く。

 

深海棲艦の工廠の核。

確かにそれならば最重要特機となるのも当然だ。

今や世界中を跋扈する深海棲艦。彼らがどうやって誕生したのかは未だに謎とされている。

艦娘の負の側面が艦娘と同じように資材を使って顕現したものというのが現在のところ主流とされているが、それすら飽くまでも深海棲艦の残した艤装等から学者たちが推測したに過ぎない。

 

「そんな貴重なものをなぜ? いや、それよりもそのコアパーツ。今はどこにあるのよ」

「そ、そうです。そんなに大切な物ならみんな探している筈です。でも、雪風は聞いたこともありません!」

「そんなに大切なもんなら偽物ぐらい用意するだろうぜ。最重要特機なんて言ったら迂闊に手を出せねえ代物だしな」

にやにやと笑いながら言うと、与作はあくびをしてみせた。

「おい、がきんちょ探偵。さっさと話を進めねえか。話が長すぎて俺様は退屈で仕方がねえぜ」

「やっぱり、ダーリンはミステリーもののお約束をもう少し勉強した方がいいわね。鎮守府に帰ったら、私のコレクションを貸してあげるわ!」

 

ジャーヴィスはとんと、ソファから降りると帽子の位置を整え、金剛を見た。

 

「さて、金剛。今我が親愛なる相棒から重要な質問が出たの。それは今どこにあるか。核心をついたとてもいい質問よ。もちろん、あなたは知っているわよね」

「この期に及んで焦らしとはいいセンスをしているヨ、名探偵。知っていても言う筈がない。そこまで分かっているのデショウに」

 

「ええ、もちろん。だって、それは今江ノ島にあるんですもの」

 

「えっ!?」

「ま、まさか、それって・・・・・・・」

戸惑う雪風とジョンストンに、ジャーヴィスは笑顔で真実を告げる。

 

「そう、通称すりぬけくん。夢の建造ドックとも言われる例のドックの内部にそれは使われているわ」

       

 




登場人物紹介

ジャーヴィス・・・・・・秘蔵の名探偵コレクションDVDは保存用と観賞用の二種類あり。
ジョンストン・・・・・・お気に入りのDVDはローマの休日とウエストサイド物語
雪風・・・・・・・・・・実はこの間の給料でルパン三世シリーズを揃える。
与作・・・・・・・・・・7人の侍の大ファン。「この飯おろそかに食わんぞ」と鎮守府の面々にボケて見た所通用せずおかんむり。次の日には情操教育と称し、鑑賞会を開く。


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番外編   「何これグレカーレ 特別編Ⅱ」

ようやっと友人とのコミケ作業手伝い終了しました。本出すのって大変ですねー。
ぼちぼち書いてきます。一応相方の応援で書きました。感謝して欲しいわ、ほんま。


グレ「随分また久しぶりにあたしね」
与作「作者もあまりに久しぶりすぎてリハビリで書くんだと」
グレ「何よ、それー」
与作「とりあえず生みたいな感覚らしいぜ。よかったじゃねえか」
グレ「なんか釈然としない!」
与作「うるせえ野郎だ。ならアトランタに任してもいいんだぜ!」
アトランタ「うん。任された」
グレ「任せてない! 数少ないあたしの出番を奪わないで! 何これグレカーレ、ひさびさにはっじまるよお~」


「あたしも学ぶのよ。こっそり忍び込むからいけないの。普通に乗りこめばいいんだわ!」

「大体なんで提督室に忍び込む必要があるのよ」

一周廻って奇妙な結論に達したグレカーレはたまたま通りがかったジョンストンを巻き込み、普通に提督室を訪れ、そして追い出された。

「ちょ、ちょっとテートク! 少しはあたしの話を聞いてよ!」

「うるせえ野郎だな。お前の話は嫌ってほど聞いてやっているだろうが。うちの鎮守府おしゃべりランキング同率一位が偉そうなことぬかすんじゃねえ!」

「何よ、それー!! 同率ってもう一人は誰なのよ」

「そんなもん、言わなくてもわかるだろ」

「ああ、ごめん。わかった」

ジョンストンの脳裏に浮かぶ相棒を自称する某英国駆逐艦の姿。

「でも、いくらなんでもジャーヴィスと一緒はおかしいわよ! あたしの方が静かじゃない」

「え!?」

「ちょっと、ジョンストン。どういうことよ」

「お前なあ。目糞鼻糞を笑うの典型だぞ。俺様は今忙しいんだ! 後にしろ、後に!!」

「どういうこと?」

「ネットで高校野球漫画に出て来る高校でどこが最強かって盛り上がってるんだよ! ああん? 明青学園だあ? お前、あれは野球漫画じゃなくて恋愛漫画だろうよ!」

カタカタと高速でキーボードを打つ与作。

「ごめん、何言っているかわからない……」

「俺様の言っていることがわからないだと!?」

「そもそもあたしたちの国じゃ野球はそこまでメジャーじゃないし」

「野球漫画って読んだことないわ」

「なん……だ…と…!?」

ゴゴゴゴゴという音と共に、ゆらりと立ち上がる与作。

「仕方ねえ。そこまで言うならお前たちに教えてやるしかないな。おすすめの野球漫画についてよお!」

「ええええーーっ。別にいいんだけど」

「ちょっと、あたしも?」

「ふざけるな! 野球は日本の国技。野球漫画は日本の国民的漫画よ。そいつを知らずして漫画を語ろうなんざ甘すぎるぜ!」

 

 

与作「どうよ。俺様お勧めの名作野球アニメは」

ジョン「ええと、ヨサク。なんでこのピッチャー、飛び上がって投げたり、回転して投げたりしてる訳? それをまた普通に打っているのも訳がわからないのだけど」

与作「お前なあ。漫画やアニメだぞ? 多少の脚色は必要だろうがよ」

グレ「ええっ!? テートク、今球が消えたわよ? どうなってんのよ!」

与作「脚色だ!」

ジョン「いくら漫画やアニメだってやり過ぎじゃない……」

与作「お前なあ。そんなこと言っていたら、世界中のサッカー選手に大人気の某ボールは友達のサッカー漫画だってそうなんだぞ。ゴールポストに上ったり、ゴールポストを蹴ったり、ゴールポストをラリアットしたり、帽子でボールを叩き落としたりとやりたい放題なことを知らねえのか!」

グレ「ウソっ!? 全然知らなかった!」

与作「大体一人が発射台になり、もう一人と足を合わせて飛び上がる技自体おかしいと思わねえのか。体格差が無けりゃ下が潰れておしまいよ。二人でシュートする技だってそうやな。左右から同じ力が加わるんなら真っすぐ進むんじゃねえか、どうしてボールが揺れるんだよ」

グレ「確かにそう言われるとおかしいね」

与作「だろう? だから野球漫画に多少脚色があってもがたがたぬかんじゃねえ」

ジョン「多少ってレベルじゃないんだけど……。何でわざとバッターのバット目掛けて投げるのよ。反則じゃない……」

与作「野球の本場で生まれたクセに細かい野郎だな。そんなことをいちいち気にしていたら、野球漫画なんか読んでいられねえぞ! 」

ジョン「そんなこと言ったって……」

 

与作「こうなったら仕方ねえ。俺様一押しの漫画を二つ教えてやろう! まず一冊目。今年一月に残念ながらもお亡くなりになった水島新司先生の『ドカベン』だ!」

グレ「え!」

ジョン「そうなんだ。それは悲しいわね……」

与作「まだ現実と認めたくねえ。俺様と知り合いは二人して涙酒を呑んだものよ。それだけこの漫画からもらったものはでけえ」

グレ「これが主人公? なんか地味じゃない?」

与作「ばっか。これでも高校通算七割五分の怪物よ。でもまあ作者の水島新司先生もそう思われたらしいんだな。そこでこの岩鬼と一緒にストーリーを展開していく訳よ」

ジョン「ハッパを咥えているキャラね。何というか、すごいインパクトが強い顔しているわね」

与作「岩鬼と絡ませるとなったからこそ、出版社からOKが出たらしい。ドカベンの影の功労者と言っても過言じゃねえ」

グレ「あれ、でもテートク。なんで柔道着着ているの? 野球漫画なんでしょ!?」

与作「ああ。初期のドカベンは柔道漫画だったんだ。元々野球漫画で描く予定だったらしいが、他のライバル誌に野球漫画を連載していたので控えていたらしい」

ジョン「あれ、このキャラ。くるくる回転しているわよ。反則じゃない」

与作「殿馬だな。世界的な名ピアニストに将来を嘱望された才能を持ち、クラシックの名曲を名付けた秘打が有名だ」

ジョン「ちょ、ちょっと。バットを折っているんだけど、いいの!?」

与作「多少の脚色だ!」

グレ「にしてもすごいわね、このハッパ。三振ばかりじゃない」

与作「これだからがきんちょは! お前は俺様の知り合いと一緒だな。岩鬼の凄さがわかってねえ。悪球打ちの恐怖の一番バッター。いいか、ボールを投げたらほぼ打たれるんだぞ」

ジョン「え!? そ、それって何気にすごくない?」

与作「ジョンストン。今お前は俺様の中で野球漫画わかっているレベルが5上がった。ちなみにグレカーレのあほは1のままだ!」

グレ「ちょっと、テートク。あたしに厳しすぎない?」

与作「そしてこいつが投手の里中。甲子園通算20勝1敗の小さな巨人よ」

グレ「ふうん。下から投げるのね」

与作「阪急の山田とか足立を参考にしたとかって言われているな」

ジョン「どうでもいいけど、なんでわざわざ犬を連れて来るのよ」

与作「そんなもん、高知出身だからに決まっているだろうが。高知ときたら闘犬よ」

ジョン「でも、大会中に犬と闘わせるのはどうなの?」

与作「犬と闘った方が闘争心が養われるんだよ!」

グレ「ねえ、テートク。この人たち、どうしてわざわざ東北から歩いてきているの?」

与作「そんなもん金がねえからに決まっているだろうが!」

 

ジョン「そ、それでもう一つの方はどうなの?」

与作「引っかかる言い方しやがって。まあいい。もう一つの方は俺様の知り合いが一押しの作品だな。ちばあきお先生の「キャプテン」「プレイボール」だ。プレイボールはキャプテンの続編だな」

グレ「なんだか坊主頭の子ばっかり出て来るね」

与作「今と違って昔は野球部ときたら坊主だからな。坊主になるのが嫌で野球部にならなかったという奴もいるくらいだ」

ジョン「髪型で変わるもんでもないと思うけどなあ」

与作「普通に考えりゃそうなんだが、まあ昭和の考えだな。後スパルタ練習」

ジョン「USAじゃ考えられないわね」

与作「そんなこと言っていると、この漫画は読めねえぞ。とにかく練習の場面が出て来るからな」

グレ「ちょ、ちょっと。どうして防具を着ながら練習しているのよ!」」

与作「安全対策だよ」

ジョン「そもそも深夜の神社に忍び込んで特訓するのは有りなのかしら」

与作「この野郎! 屈指の名場面にケチつけてんじゃねえ! 多少の脚色だ!」

ジョン「便利な言葉ね、それ」

グレ「でもなんだろう、この漫画。淡々としているのに、つい読んじゃうっていうか……」

ジョン「うん。なんか、こんなに頑張っているのを見ているとつい応援したくなるというか」

グレ「あっ、何よ、このサングラス! 散々舐めておいてインチキしているんじゃないわよ!」

ジョン「あ、あ、ああ! ま、負けちゃった……」

グレ「酷い、酷すぎるわよ! テートク、何とかならないの!」

与作「ふん。お前もわかってきたじゃねえか。レベルが3に上がったぞ。大丈夫だ。その試合のやり方があまりにもずるいってんでまた試合をする」

ジョン「へえ! ぜひ続きを読みたいわね」

グレ「うん。テートク、これ、借りてもいい?」

与作「まず、ドカベンを読んで岩鬼の素晴らしさについてレポートを提出してからだな」

グレ「何よ、それー!」

与作「ふん。フレッチャーの野郎はきちんと書いたぞ」

ジョン「え!? ね、姉さんが? それ本当?」

与作「ああ。何でも俺様の好みを知りたいらしくてな。『相手の容姿を気にせず、一途に思い続ける岩鬼さんの素晴らしさに感銘を受けました』だとさ」

ジョン「何か、微妙に違うような気がするんだけど……」

与作「やかましい! 続編の大甲子園も貸してやるから読んで来い!」

グレ「テートクにしては大盤振る舞いなんだけど、どーして?」

与作「さっき言ってた知り合いの野郎が書き込みを始めやがったんだよ! あの野郎。高校野球最強の高校は墨谷だって言って譲らねえからな。俺様の高速のタイピングが火を噴くぜ。さあ、出てった、出てった。ああん? 墨谷の方が強いだあ!? 寝言こいてんじゃねえよ!」

ジョン「ちょ、ちょっとヨサク!?」

グレ「いいから、行こう、ジョンストン。ああなったらテートクは止められないわ」

ジョン「OK.それじゃああたしから借りてもいいかしら?」

グレ「え!?」

ジョン「え!?」

グレ「読むつもりなの?」

ジョン「え、ええ。姉さんも読んだと言うし、気になるから」

グレ「ジョンストンは真面目ね~。適当に読んで感想を書いてもテートクは気づかないわよ」

与作「聞こえているぞ、馬鹿駆逐艦! お前にはカルトクイズを出してやるからな。覚悟しろよ!」

グレ「ちょ、ちょっとテートク。なんであたしばっかり~」

 

 




登場用語紹介

飛び上がったり、回転したり……某侍巨人漫画。
帽子……SGGKが西ドイツ戦で使用。普通に反則。
ラリアット……アルゼンチンDFが使用。ポストを蹴ろうとする日本GKの邪魔をした。
発射台……世界編では巨漢DFが二人を同時に打ち上げる荒業を披露。
土佐犬……わざわざ宿舎に犬を連れて来る。宿の人も大変。
東北から徒歩……暇な作者が計算。弁慶高校のある渋民から甲子園に東海道を通り歩いて来ると普通に1000キロ以上歩くことになる。岩手県大会の決勝は7月後半で、甲子園大会の開会式は8月前半。一日100キロ歩いて10日。明訓が勝てない訳だ。
サングラス……勝つために14人以上使用し、物議を醸した張本人。


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第七十八話 「それはかく生まれたり(前)」

裏設定から思いついた話が延々と長くなる。
まあミステリーっぽくしたつけですね。
オリジナル設定、後付け要素、ご都合主義満載です。

以前にも書きましたが、今エピソードは暗いものが多いので読む際は自己判断でお願いします。


ジャーヴィスの発言を聞いた瞬間、時が止まったかのように感じられた。居合わせた人々の視界の中で動くのは退屈そうにするヨサクの姿と、静かにカップに口をつける金剛のみだった。ややあって、金剛がテーブルにカップを置く音で、私達は我に返った。

 

江ノ島鎮守府にある正体不明の建造ドック、通称すりぬけくん。

私たちを散々に悩ませてきたそれは、現在ある建造ドックの試作機であり、江ノ島鎮守府の元提督である能瀬稀人によって開発されたもの。

そこまではこれまでのジャーヴィスの説明で納得できた。

だが、今先ほど彼女が言ったことを理解することができない。

 

彼女はこう言ったのだ。

すりぬけくんは、深海棲艦の技術が使われたドックである、と……。

 

「何を言っているのです、あなたは」

金剛型戦艦3番艦の榛名は温厚で、人を疑うことのない性格だとは世間でよく知られた話である。その彼女が強い怒りを滲ませ、発言者である自称名探偵を睨みつけていた。

 

「そ、そんなバカなことがあり得る訳ないでしょう!」

「あら、金剛自体が認めていることよ。かの鉄底海峡の戦いから持ち帰られた遺品。最重要特機に当たるそれを、能瀬提督は欲したと」

「馬鹿馬鹿しい」

 一言で切って捨てたのは比叡だ。

「だからと言って、どうしてそれが例のドックと繋がるのです。飽くまでも参考にしたというだけでしょう。それならば何の問題もありません。第一最重要特機に分類されるものがそうおいそれと無くなるわけがないでしょう。先ほど鬼頭提督は大本営にある物は偽物であるだろうと言われましたが、何を根拠にそう言えるのです!」

 

比叡の言う事ももっともだ。確かに、金剛がその最重要特機を持ち出したのは確かだろう。だがだからと言ってそれがすりぬけくんに使われているとは限らない。

 

「比叡姉さまの言われる通りです。いくら金剛姉さまが軍の要職にいようと最重要特機が戻っていなければ大変な問題になります。ましてや大本営にあるのが偽物というなら誰がそう判断したのですか? この霧島が把握している限り、特別機密の正規の閲覧許可はこの一月の間一件もないのですよ」

「確かに正規の閲覧許可はないでしょうね」

ジャーヴィスは意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「例の最重要特機の閲覧要件は、艦娘の建造や艤装の開発に携わる者。研究やその他の分野で第一級の功績を持つ者で、別途海軍がその必要ありと認める者、ですものね。普通に申請していてはそのどれかに引っかかり却下されるわ。そう、普通に申請すれば、ね」

「どういうことです。まさか、特別な方法があるとでも言うのですか? あり得ません」

「貴方が考えるよりもお役所仕事はきちんとしています。横紙破りをしようともそれは叶いません。探偵ごっこもいいですが、現実を知りなさい。現物を見てもいないのに想像の翼をはばたかせるのは愚か者のすることですよ」

 榛名と霧島は口々に非難の声を上げるが、当のジャーヴィスは涼しい顔だ。

「ご教授感謝するわ。でも残念ながらそれが事実なの。逆に考えてみて。艦娘や艤装の開発に携わる者で、研究やその他の分野で第一級の功績を持つ者に覚えがないかしら」

その者に心当たりがあるだろうとばかりにジャーヴィスは挑発的な視線をこちらに送る。

「そんな人いたでしょうか?」

 雪風が眉を曇らせ、早々に白旗を上げる。ヨサクじゃないけど、少しは考えなさいよ、全く。

「ああん? ジョンストンならまだしも、どうしてお前が分からねえんだ。付き合いが長いだろうによお」

「ヨサクは分かるの? っていうか、その言い方だと江ノ島鎮守府に該当者がいるってこと?」

「おうとも。ま、もっとも普通の奴じゃねえがな」

「普通じゃない? どういうことです、しれえ」

「そのまんまだよ。ありねえと言ってもいいな」

 ヨサクの言葉にはたと閃く。江ノ島鎮守府にいて、普通じゃない?

 江ノ島鎮守府にいる者たちはヨサクも含めて普通じゃない者ばかりだ。だが、こうまで言うのだから余程の者だろう。その上艤装の開発に携わる者とすれば候補者は絞られる。

「ちょっと待って、まさか!」

 脳裏に浮かぶのはおさげ髪の艦娘だ。他の鎮守府では重雷装巡洋艦なのに、なぜか彼女は江ノ島では工作艦として働いている。そうだ、なぜ気づかなかったのか。先ほどの条件をクリアできる存在が江ノ島鎮守府にはいたではないか。

「北上……」

 私の答えにジャーヴィスは満足げに微笑んだ。

「貴方にとってはこの上なく、安全な隠し場所だったわね、金剛。そもそも簡単に閲覧の許可が下りぬ上に、その物が本物かどうかを知っている者が極端に少ない。それらしい偽物を置いておけば大丈夫と判断していたんでしょう?」

「……」

「ところが、その前提を覆す奴がいたって訳だな」

「そうよ、ダーリン。江ノ島鎮守府の北上。彼女が普通の状態ならば何の問題も無かった。けれど厄介なことに彼女は現在工作艦として働いている上、かの偉大なる七隻の一人。閲覧要件を満たしてしまうの。現物を知っている彼女の要求をさぞ拒みたかったことでしょうね。でもできないの。例の宣言があるゆえに」

「『偉大なる七隻には可能な限り配慮をすべし』。かの戦いの後に出された宣言ですね」

霧島の呟きにジャーヴィスはこくりと頷いた。

「ええ。だからこそ彼女には閲覧許可が下りた。というか出さざるを得なかった。許可しなければ不審がられるだけだもの」

「なら記録に残されていないのは何故です!」

「そうしないと不味いと判断したからでしょうね。どこかの誰かが」

「くっくっく。どこのどなただろうねえ」

 ニタリとヨサクが金剛を見つめる。

 

「これは大本営の明石からの調査報告書よ」

そう言いながら、ジャーヴィスは帽子の中から取り出した書類の束を机の上に広げた。

「江ノ島鎮守府に着任以来行っていたすりぬけくんの調査。どうにも行き詰ったところでふと彼女、北上は原初の明石から預かった最重要特機の存在を思い出したそうなの。何かの参考になるかと大本営に閲覧の許可を願い出たところ、映像ならばよいと許可が下りたのだとか」

「映像!? また、なんででしょう、しれえ」

「ふん。映像なら多少は誤魔化せると判断したんじゃねえか。苦し紛れの策だろうよ」

 

「ところが送られてきたその映像を見て、彼女は驚いたらしいわ。自分が渡した物とはまるで別物がそこに映っていたのだから」

「原初の北上の勘違いということはないのですか。映像を見ただけ。それも何年も前の記憶に照らし合わせてでしょう!」

 比叡が異論を挟む。

「そう思いたいのも無理もないわ。でもね、うちの北上って工作艦にもなれる上に、デザイナーでもあるの。大本営に渡す前に描いていたんですって。その鹵獲物の詳細なスケッチを」

「な……」

「面白いのが、彼女、北上はこの時点ですりぬけくんとその遺物との関係を全く疑ってないの。

見比べてみてどうもおかしいからと調査を依頼しただけなのよ。本当に自分が原初の明石から預かった物なのか。まあ、彼女からすれば当然のことね。地獄すら生温いと言われた鉄底海峡の戦いの最中に仲間から渡された大切な物ですもの。でも、それが結果的に今回の話に繋がるのだから世の中分からないわ。Serendipity、日本でいうなら棚から牡丹餅という奴かしら。金剛、貴方にとってはそうではないのだろうけど」

「……」

「大本営の明石からの調査分析報告が届いたのは今朝。結果は偽物。年代的には近いけれど、姫級の艤装の一部をそれらしく加工したものとのことよ」

「そ、それじゃあ、やっぱり!」

 雪風が震えながら金剛の方に目をやった。

「ええ。すり替えたのよ、そこにいる金剛が」

「そりゃあな。最重要特機に当たる深海棲艦の鹵獲物が紛失となれば責任問題は免れねえ。似ている年代の物を探して誤魔化すしかねえ」

 

「では、そこまでして隠したかった最重要特機とはいかなるものなのか」

ジャーヴィスは再び帽子の中から一枚の紙を取り出した。

「これが、北上が描いたその最重要特機である鹵獲物のイラストよ」

「え!?」 

そこに描かれていたのは歪な形の歯車だ。

 だが、なぜだろう。初めて見る筈なのに、どこかで見たことがある気がするのは。

「あら。さすがは我が相棒ね! いい観察眼よ。どこかで見たことあるのは当然よ。艦娘学校の教科書を読んでいればね」

 

「これは……。形が若干異なりますが、“母なる歯車”ではないですか!」

 イラストを見た霧島が叫び、私もああと気が付いた。

 艦娘学校で建造に対する知識を学ぶ際に描かれているものだ。

 私達がつくられる建造ドックの内部には母なる歯車と呼ばれる物があり、それこそが建造ドックの根幹を為すコアパーツとされていると。

「『海に揺蕩う艦娘達の魂と資材を繋げ、艦娘の身体を紡ぎ出す生命の織機、建造ドック。その核となるものこそがこの歯車である。現在判明しているのは二次大戦の折に使用されていた船に使われていた機材を一定量投入するというその作り方のみ。なぜこのような形状なのか。またその効果については長年多くの科学者が検証してきたが未だに解明できていない』。」

そう、霧島の言う通りだ。

米国の艦娘学校でも教わった。

艦娘を生みだす建造ドックの最重要部品でありながら、未だに謎多き歯車。作り方がわかっていながら、その効果も形状の理由も不明。ゆえにミステリアス・ギアと呼ばれている、艦娘建造のキーとなるもの。

 

「“母なる歯車”と、深海棲艦の大工廠のキーパーツである歯車が似ている? そんなことがあるのですか……」

 あまりの事実に榛名が声を震わせた。

 それはそうだろう。自分達が戦っている相手が、よりにもよって自分達と同じように生み出されているなどと誰が納得できるだろうか。だが、自称名探偵は優しくもなく、躊躇いもしなかった。

「深海棲艦と私達艦娘は九割九分同じ体組成だとの研究結果が出ているわ」

 有名な話だ。雑誌Newtonに発表されるや全世界を巻き込んでの議論になり、後の艦娘と深海棲艦の関係について考える一つのきっかけとなった。

「だとしたら深海棲艦の技術を流用しても何の問題もないのではなくて? より強力な艦娘を作りたいという願いの前に倫理観など些細な問題でしかないわ」

「あなたは自分の言っていることがわかっているのですか! お姉さまの提督に対する最大の侮辱ですよ!」

比叡が敵意をもった目でこちらを睨む。金剛を擁護する彼女にとっては、ジャーヴィスの発言は我慢がならなかったのだろう。

だが、自称名探偵の英国駆逐艦にはまるで通用しなかった。

「侮辱!? どうして? 古今東西未知なる知識を得ようとする者は時に倫理の階段を踏み外し、時に悪魔に魂を売る。規格外の人智を超えた力を持つ艦娘をつくるため、深海棲艦の力すら利用する。十分にあり得ることじゃない。最初すりぬけくんの話を聞いた時から私はこう思っていたの。これは超自然的な力やただの偶然でできたものではない。誰かが意図的にそうするように作ったものだと」

「能瀬提督……」

「そう、彼の目的は深海棲艦の技術を融合し、より強力な艦娘を建造すること。その理由についてはさっき言った通り、彼女を含めた始まりの出来損ないと言われた者達のためよ」

「金剛さんや神風さんの立場をよくするため……。で、でもそんな……」

 雪風が戸惑いの表情を浮かべる。いくら自らの艦娘のためとは言え、倫理にもとる行為に走った能瀬提督の行為を手放しで認めることはできないのだろう。

「そうね。だからと言ってどうしてここまでするのよ。普通に研究すればよかったじゃない。彼は建造ドックの開発者なんだから」

「彼が開発者だった時代と違い、今や大型建造ドックもある。より希少な艦娘、強力な艦娘をつくれるようにはなっている。でもね、能瀬提督が目指したのはそんな程度の艦娘ではないの」

「そんな程度ですって!?」

「ええ。だって、彼が作りたかったのは、原初の艦娘を超える艦娘ですもの!」

 

「な……」

 息を呑み、皆が絶句する。

 原初の艦娘。この世界に初めて現れた艦娘にして、私達後に続く艦娘のオリジナルとも言うべき存在。一隻で連合艦隊に匹敵するというその強さ。出会った者達が眩い太陽のようだと語るその魂の輝き。そんな彼らを超える? 

「不可能よ、そんなこと! 天地がひっくり返っても!」

「でも、残念ながら彼はそうは思わなかった」

 

 ジャーヴィスは帽子をごそごそと漁ると、古びた手帳を大事そうに取り出した。

「能瀬提督の日記よ」

「What? 提督のdiaryデスって? 一体そんなものがどこに!」

 これまで他人事のように我関せずと紅茶を飲んでいた金剛が唐突に立ち上がる。

「貴方の信頼する能代が持っていたわ」

「能代が!? それはおかしいヨ。何故私に渡さないネ!」

「能代曰く、貴方のことを考えた末でのことらしいわ。破棄するかどうか悩んだそうだけど、彼女にとっても大切な提督の形見ですもの」

「Don`t lie! 嘘も大概にするデス!」

「いいえ、事実よ。彼女、能代にとっても苦渋の決断だったみたい。貴方ならば分かるでしょう? 彼女と能瀬提督をよく知る貴方なら」

「一体そこには何が書かれているのですか」

 恐る恐る榛名が尋ねる。

「それを明かす前に、金剛に再び尋ねるわ。真実の扉を開く準備はできて?」

「どういうつもりデス…」

「真実が必ずしもいいものとは限らない。知らない方が幸せなこともある」

「ここまで」

 きつく首元を抑え、深く深く絞り出すような声で、金剛は言った。

「ここまで落ちた私に、これ以上何が訪れるというのデス。言ったデショウ。名探偵ならその責務を果たすといいヨ」

「OK。それが貴方の選択なのね。では最後の扉を開けるとしましょう」

 

そうして、ジャーヴィスは読み始めた。

己の艦娘を愛し、護ろうとした提督の苦悩に満ちた日々の記録を。

 

                   ⚓

 

9月11日

金剛に願いを告げる。彼女は戸惑いながらも引き受けてくれた。

未だにその好意に縋るのはどうかと思う。

だが、それしか方法がない。原初の艦娘と呼ばれる彼女達を超えるにはそれしか考えられない。

他人は愚かなことだと笑うだろう。だが、私にはもはやそれしか生きる望みがない。

私のせいで不名誉を被ってしまった彼女たちにささやかでも報いなければならない。

 

9月25日

金剛より例の物が届く。

中身を確認して驚いた。これは原初の明石達からもらった設計図にあった例の歯車ではないか。

深海棲艦の大工廠のコアパーツがなぜ、艦娘の建造ドックのそれと酷似しているのか。

艦娘と深海棲艦は同一の存在なのだろうか。

巷では一つの魂の善と悪の側面、コインの裏表だと言われているが。

とにかく、これならば研究は上手くいきそうだ。

彼女に危ない橋を渡らせている自覚はある。

だが、この研究によりその汚名を返上することになれば報いることができる筈だ。

 

提督代理を頼んでいる能代がやってきた。

私の様子に不安を覚える艦娘が出てきているそうだ。

だからと言って、研究を投げ出す訳にはいかない。

 

 

10月8日

歯車は確実に馴染んだ。

世界で初めての実験は成功した。私以外の者では一見しただけで、他のドックと異なると見抜くことはできないだろう。偽装工作は完璧だ。

悪魔に魂を売り渡す愚かな私を許して欲しい。

だが、それでもなお、私は彼女達のためになるのならば何でもする。

能代がまたやってきた。皆と一緒に食事をとってほしいと。

気持ちは嬉しいが、私にその資格はない。

 

10月10日

資材を投入。初めての建造に心が高まるも、結果は失敗。

ドックと歯車の適合は確認してある。何の問題もない。原因は何だ? 燃料の供給パイプに破損が見つかる。これが原因かもしれない。

トイレに出た所、霞になぜ指揮をとらないのかと問い詰められ、大いに咳き込む。

能代が慌ててやってきて霞に厳しい言葉を浴びせていたが、彼女は悪くないと叱責する。

悪いのは未熟な指揮で散々仲間を失った私だ。

 

10月15日

金剛より資材の搬入あり。再度の建造。だが、失敗。

おかしい。建造自体が失敗するはずがない。艦娘自体が誕生せず、資材が飲まれるだけという現象が続いている。各部を点検すれど異常は見られない。私の設計ミスか? それこそあり得ない。現実に私が設計したドックは世界各地で動いている。考えられるのは歯車だが、適合しもう取り出せない現状を鑑みるに、別の要因と思われる。

 

潮たちが食事を持ってくるが、断る。

今はそんなことをしている場合でないと語ると、泣きながら出て行った。

私に彼女達の好意を受ける資格はない。

 

10月25日

なぜ、建造ができないのか。

理由が全くわからない。ドック自体は正常だ。

だが、工廠妖精達は上手くいかないと言っている。原因が不明だと。

金剛に再度の資材の援助要請を送る。本当に情けない。何も言わない彼女に甘えるしかできない己が情けない。何のために生きているのか。これでは目覚めなかった方がマシだ。

祥鳳から書置きと共に弁当が置かれていたが、気づかずそのままにしておいたため酷く傷ついたようだ。私のことは放っておいて欲しいと告げると驚いた顔をしていた。

 

 

11月19日

再度の資材の搬入あり。

この日を待って、計器をチェックし入念に準備をした。

各種の計算も一からやり直した。だが、上手くいかない。

霞がやってきて、能代の負担が多いと言われる。

分かってはいるが、優先順位があると告げると憤慨し出て行った。

どうでもいいが、静かにして欲しい。落ち着いて研究ができない。

 

11月23日

3度目になる資材の要請。

再度建造ドックの計器チェックを行う。

 

能代がやってきて、他の鎮守府へ異動希望の艦娘がいるとのこと。好きにすればいいと答える。

私のような者の下にいない方がよい。静かに研究もできる。

 

12月7日

いくら資材をつぎ込んだのだろう。

原因は全く不明。工廠妖精達も通常通りに計器を動かしているが作動しないとのこと。

あれこれ考えて実行するも意味を為さない。これではただ資材が無駄になるばかりだ。

 

能代が建造を止めるように言ってきた。私の身体と心が心配だと。

だが、余計なお世話だ。私はこれをしなければならないのだ。

そうしなければ、ならないのだ。

 

12月10日

考えるのが億劫になってきた。

金剛から一旦休養をとってはどうかと提案されるが、それはできない。

最近能代も何も言わなくなり、ようやく周りが静かになり研究に没頭できるようになったのだ。

これまでの資材の浪費を無駄にしたくない。何とか年が変わるまでに物にしたい。

 

              ・

              ・

              ・

なぜできない 不明 愚か者 恥知らず 無能 

 

お前が何か彼女達のためになることをしたのか? 

 

神よ! なぜ私を目覚めさせたのだ!! すまない 皆本当にすまない すまない 

どうして力がないのだろう 何が足りないというのだろう 誰か教えてくれ

このままでは 彼女たちがあまりにも不憫だ だれか頼む 何が悪いのか分からない

 

                ・

                ・

                ・

こんごう すまない 

 




登場しない人物紹介

北上……………くしゃみを連発し、秋津洲に風邪かもと心配される。
時雨……………出発前の与作の様子を不審がっている。
アトランタ……何かあればすぐ出られるように実は付近に待機している。
秋津洲…………皆がいないので食堂の片づけをしている。
神鷹……………鳳翔から言われた毎日のノルマを果たすため一人訓練中。
二式大艇………くしゃみをする北上にそっとティッシュを持ってきてあげる心優しき大艇
       ちゃん
グレカーレ……与作がいないことをいいことにサボりモード。
フレッチャー…戻って来るみんな用に何か作ろうと買い物中。


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番外編Ⅶ  「鬼畜提督の夏休み」


雪風「あれ、しれえ。どうして今回は二話もあるんでしょう」
与作「前から言ってるだろ。この作者シリアスノリが嫌なんだよ。話が進まねえから書いているんだが暗い話が続くと反動で明るい話が書きたくなるらしいぜ。ノリノリで書いてたら前話とほぼ一緒の字数でびっくらこいたらしい」
雪風「そう言えば、知ってました、しれえ。この小説って実は丸二年続いているみたいですよ!」
与作「そうなんだよなあ。なんだかわからねえけど続いているよなあ。途中何度も終わるかと思ったが。ごきぶりみてえなしぶとさだぜ」
雪風「ごきぶりを師匠と言っていたしれえに言われたくありません! 二年間どうもありがとうございます」
与作「度々止まるだろうが、まあ気長に付き合ってやってくれ。そろそろ終わるつもりらしいから」



江ノ島鎮守府にある会議室に集まったのは駆逐艦ズの面々。

ご丁寧に会議室の扉には駆逐艦以外お断りと書かれた張り紙がされている。

 

会議を仕切る気満々のグレカーレが開口一番机を叩く。

「テートクが海に連れてってくれな~い!」

「はあ!? いや、あんた。海なら近くにあるじゃない」

常識人のジョンストンが返すもグレカーレはふるふると首を振る。

「あたしが言っているのは、せっかくの夏休みなんだからどこかに連れてってことなの」

「それは難しい問題だよ。与作は基本単独行動を好むからね。この間も僕と雪風が探し廻って大変だったんだ」

「はい! 時雨ちゃんとあちこち追いかけてようやくしれえを捕まえました!」

「そうなのよねえ。テートク、あたしが何か頼もうとすると絶対逃げるの」

「普段の行いが悪いからでしょ」

「これ、ジョンストン! 言い過ぎよ」

 姉であるフレッチャーが窘める。

 

「あたしは普通に接しているだけなんだけどなあ。大体テートク、露骨に差別するんだもん。フレッチャーとあたし達に対する態度が違い過ぎ!」

「え!? そ、そうでしょうか。私はあまり気づきませんが」

「それは雪風も思います! 二言目にはがきんちょ呼ばわりされますが、フレッチャーさんが言われているのを見たことがありません!」

「ああ、うん。多分それは普段のフレッチャーの勤務態度にあるんじゃないかな。僕が見る限り、ジョンストンだって言われていないし」

「あら、私はダーリンから色々言われているわよ。口から先に生まれたとか、英国産全自動がきんちょスピーカーとか、壊れたジュークボックスとかもう散々よ!」

「それはあんたがいけないんでしょうが。いつになったらミュート機能が実装されるのよ」

「そんな予定はないわね」

「それじゃあ、ヨサクが嫌がるのも無理ないんじゃない?」

「駄目駄目! 敗北の歴史に終止符を打つのよ!!」

再度だんと机を叩いたグレカーレが、後ろのホワイトボードにおもむろに書き出す。

「ここまで話して気づいたことがあるの。私達駆逐艦の中でも比較的テートクが話を聞いてくれそうな子とのっけっから駄目な子といる訳よ」

OK→フレッチャー ジョンストン

NG→あたし 雪風 ジャーヴィス

「あれ、僕は?」

「時雨はどっちかって言うとNGなんだけど、その時々で変わっているみたいなのよねえ」

「なんだい、それ。いや、間違っていないけど」

「ジャパニーズ腐れ縁ってやつか。ジャーヴィスと私みたいね」

「あら。私達は名コンビじゃない」

「どの口が言うのよ、全く。それで、そのOKとNGがどうかしたの?」

 

「これに駆逐艦以外の艦娘を入れるとこうなるわ」

 

OK→フレッチャー ジョンストン 北上 二式大艇 

NG→あたし 雪風 ジャーヴィス 

微妙→時雨  秋津洲 アトランタ

 

『異議あり!』

「あれ、どうして秋津洲さんと二式大艇ちゃんが別枠なんですか」

「どう考えてもそうでしょうよ」

「そうだね。異論があるとすれば、僕が微妙枠なくらいかな」

『違います! そこじゃありません!!』

「あら、でもおひとり足りなくありませんか」

『そうです。なんで、私の名前がないんですか!!』

「そうよ。神鷹がいないじゃない」

『ちょっと、ジョンストンさん! というか皆さん、どうして私を無視するんですか!』

机の上で地団太を踏む某妖精女王にグレカーレがため息をつく。

「あのねえ、もんぷち。扉の張り紙を無視して入ってきた奴の話を聞くわけないでしょうが!」

『何を言っているんです、グレカーレさん。この鎮守府最古参の私に行ってはいけない場所などありません! あんたっちゃぶるふぇありーです』

「アンタッチャブルって、あんたねえ」

 傍若無人な理屈を振りかざす妖精女王に付き合いの短いジョンストンも呆れ顔になる。

「あのさあ、もんぷち。うちの鎮守府の信頼度ランキングがあったら君はぶっちぎりだよ」

『そんな、時雨さん。元ペア艦の時雨さんを差し置いて私が一番などと恥ずかしいですよ。まあ当然のことですが』

「「「え?」」」

『え? ぶっちぎり一位ってことですよね』

「はあああ!? どこをどう考えたらそうなるのよ。最下位に決まっているでしょ!」

『あり得ません。この鎮守府の役に立つ憎い奴ランキング一位のこの私が!』

「僕は初めて聞くんだけど。誰が考えたのさ、そのランキング」

『もちろん私調べです』

「ええと、ご自分でランキングを作ったのですか……」

「面白いわ! 艤装妖精脅迫事件や金平糖盗難事件犯人がこうも堂々としているなんて!」

『何をまたバカなことを! 任せなさい!! 数々の手柄を立てた私がお願いすれば単純な提督なんぞイチコロです!』

憤慨しながらふよふよと出ていくもんぷちに不安を隠せない面々。

 

「ま、まあいいわ。もんぷちは放っておきましょう。どうせテートクに逆さづりにされるだろうから」

 そこはかとなく酷い事を言いながらもとにかく仕切り直しとばかりにグレカーレは先ほど発言のあった神鷹の名前をホワイトボードに付け加える。

 

確実→神鷹

「確実!? 絶対ってことですか?」

 雪風の反応にくっくっくっくと己の提督ばりの笑みを浮かべるグレカーレ。

「ええ。神鷹こそ今回の作戦の要よ。あたしがこの鎮守府で一番テートクが甘いと見ている神鷹に頼んでテートクをバカンスに誘ってもらうわ!」

「ええっ!? あの神鷹さんに?」

「厳しいんじゃないかな。彼女、そういうの苦手そうだよ」

「あら、貴方達はいいの? けっとか、ふんとか言われて邪険にされたまま過ごす夏休み。休日になるとメモが残されてひっそりとした執務室。あたしは嫌よ!」

「それはそうですが……。でも、神鷹さんに御迷惑をおかけしては……」

 神鷹に負担をかけてはと眉を顰める聖母フレッチャーにグレカーレはそっと耳打ちする。

「思い浮かべて御覧なさい。青い空、白い海。浜辺でくつろぐ提督に、ジュースを手渡し、その隣に座る。そっと距離を縮める貴方」

「そ、それは……素敵です……」

 ほうと小さく息を吐くフレッチャー。

「ちょ、ちょっと姉さん!?」

「ジョンストンだってそうよ。貴方、アイスクリームが大好きって言ってたじゃない。この作戦が成功したらイタリアのあたしの姉妹艦に頼んで最高級のジェラートを送ってもらうわよ!」

「そ、そこまで言うなら仕方ないわね。私もヨサクとバカンスを過ごしてみたいし」

「決まりね。早速神鷹に依頼し、テートクをバカンスに誘う手筈を整えましょう! 名付けてオペレーションてばさき始動よ!」

「なんだい、その妙なネーミング」

「てはテートク、ばはバカンス、さは誘う、きは今日よ!」

「成程。この間提督に教えていただいたどどいつみたいですね!」

「いやいやいや。姉さん。感心するようなものじゃないから」

がやがやわーわーと騒ぎながら、駆逐艦ズは神鷹を探しに行くのだった。

 

                

                ⚓

ばっどさま~ばけ~しょ~ん。

 

いい休みを送れているかあ。休みは大事だぜ。日本人は働き過ぎだからな。

働きアリだってたまには休息が必要よ。

 

巷では夏季兵装がどうのと言ってやがるみてえだが、がきんちょばっかりのうちには何の関係もねえ。一度グレカーレの馬鹿が海に行こうと誘ってきやがったが、お前に目の前にあるのは何だ、ただの水たまりかと返してやったぜ。大体それぞれ交代で夏休みをとっていいと言ってやったのに、どうしてどいつもこいつもまとわりついてきやがるんだ。夏休みくらい俺様の保父さん業も休みに決まっているだろうが。

 

え? 休みに何をやるんだって? そんなもんお気に入りのエロゲーや積んであるゲームの消化に決まってんだろうがよ。減らさねえとまた溜まるからな。何年も待ち望んでいた大作ゲームなんだが、最終作と聞いて寝かせてるんだよなあ。分かる奴には分かるかもしれねえが、そいつをやっちまったらもう終わりかと思うと出来ねえ訳よ。そんでもって寝かせたまんまでワインみたいになっちまってる奴を開けるわけさ。時々メーカーそのものが解散していたりして、サポートが終了しているなんてこともざらにあるがな。

 

 いずれ劣らぬ名作ばかり。さて、どいつをやろうかとパッケージを見比べていたら、もんぷちの野郎が来やがった。

 

『提督、海と山どっちがいいですか』

「何だ、そりゃ。性格診断か? そんなもんどっちも嫌だに決まってんだろうが」

海なんぞ見飽きているし、山にしたって俺様からすりゃキャンプとかハイキングするところじゃなくて、野宿するところだ。

 

『そんなあ。どっちかに決めてくださいよ』

「強いて言うなら旅行しねえ、だな。何を好き好んで暑い中わざわざ汚い海に行ったり、山を歩いたりしなきゃならねんだ。ただのもの好きじゃねえか」

 そんなことするよりも冷房ががんがんにきいた部屋で寝転がりながらゲームやっている方がよほどいいぜ。

『そんなこと言っているとあっという間に老けますよ。ただでさえ悪人顔なのに目も当てられなくなったらどうするんです!』

「やかましい! そんなに言うならお前だけ海に放りこんでやってもいいんだぞ!」

 ふよふよと飛ぶもんぷちを捕まえ、吊るし上げる。

『ちょ、ちょっと、提督!! 愛情表現が過剰すぎますよ!』

 お前なあ。これのどこが愛情なんだよ。ぽじてぃぶ過ぎんだろ。どちらかというと罰だ。

『はて、罰になるようなことをした覚えがありませんが……』

「てめえの脳みそはどうなってやがんだ。まさか上書きばかりで保存できねえとか言わねえよな。大湊からついてきやがった彩雲の妖精連中をだまくらかして優雅に空の散歩にしけこんでやがったのを俺様が知らねえと思っているのか!」

『ぎくっ。あ、あれはあいつらが悪いんですよ! 『女王、俺たちこの辺がよく分からないんで

地図とか貸してもらえますか』などとぬかすので、『地図なんかよりも私の方が正確です!』と案内を買って出てやっただけなんです!』

「その割にはぺらぺらとてめえの武勇伝を話して聞かせて、何をしに行ったか分からないから地図が欲しいとの陳情が上がってるんだがなあ。ええ、おい」

『見解の相違です。私のトークの中に散りばめられた貴重な情報を聞き取れない奴らが悪いのですよ!』

「なにがトークだ、ぼけが。与太話ばかりしているんじゃねえ。俺様の貴重な休みを消費させるな」

 ぽんと窓の外に放り投げてやる。あいつのことだ、平気だろう。この間金太郎の熊と死合ったことがあるとかほざいてやがったからな。

 

 ぶつくさと文句を言っていると、何やら控えめなノックの音が聞こえる。

 見るとやってきたのは神鷹の奴だ。

「あ、あの提督。Guten Morgen、おはようございます」

「ああ。もうとっくに昼だけどな」

「ご、ごめんなさい。Guten Tag、こんにちはでしたね」

恐縮しながら話す神鷹。

おはようでもこんにちはでもどうでもいいんだがよ。お前のその相変わらずおどおどしているのはどうにかならねえのかよ、全く。

「あの、これはその。別な緊張といいますか、はい」

「緊張だあ!? 何だ、何か言いたいことでもあるのか?」

 

                  ⚓

 

オペレーションてばさきと書かれた張り紙がしてある会議室。

こっそり提督室の窓から様子を伺う零式水上観測機(妖精撮影班付き)から送られてきた映像に、にんまりと笑みを浮かべるグレカーレ。

『何か言いたいことでもあるのか?』

「ほれ、見て見なさいよ! テートクが聞いてくるなんてあたしにはぜ~ったいないわ!」

「しっ、静かに。与作の反応は悪くないね」

『あ、あの提督、その』

もじもじとする神鷹にため息をつく与作。

「あら、ダーリンを前に随分と緊張しているわね。私が行ってほぐしてあげようかしら」

「よしなさいよ。あんたが行くとろくでもないことにしかならないから」

「ちょっと、ジョンストン。どういうことよ」

「そのままの意味なんだけど……」

「ちょっと、お二人さん黙って!」

「しれえに神鷹さんが話しかけるみたいです!」

 

『い、いい天気ですね』

『ああん? 少しくらい雨が降ってくれねえと花壇の水やりが大変でしょうがないだろうよ。二式大艇の野郎が率先してやってくれているが甘える訳にもいかねえ』

『そ、そうですね。私もお手伝いします。あ、そう言えば提督がこの間言われていたスイカとメロンがなっていました』

『ほお! そいつはいい情報だ。スイカとメロンは自然に実がなるのが難しいからな。人工授粉させようと思ってたんだが忙しくて忘れちまってよお』

 

「いい流れよ、神鷹! そこでスイカ割りでもしよう。そのために海に行こうとなるのね!」

『スイカと言えば、スイカ『スイカ割りなんぞしねえぞ、せっかく育てた奴だからな』あ、そ、そうですよね。大切に育てたものを棒で叩くのはよくありません。すいません……』

「駄目じゃない! 神鷹さん委縮しちゃってるわよ」

「妙な所で常識人な所があるのよねえ、ダーリンって」

 

『それで、なんだ。スイカやメロンが食べてえならもう少し待ってろ。それでいいか? 俺様はこれから重大な任務があるんだ。特になければ昼休みはもうおしまいだろ。戻って仕事しろ』

「これは流れが不味いね。早くゲームがしたくて仕方がないんだよ」

「そうですね。こういう状態のしれえは雪風達ならしっしと追い払ってます。神鷹さんだからこの程度で済んでますが」

 

 すうはあと呼吸を整え、決意の眼差しを向ける神鷹。

『いえ、スイカが食べたいのではなくて。提督、夏のご予定は何かありますか?』

「キターーーーッ! Grazie、神鷹!!」

「落ち着いて。与作の反応を見ないと」

 

『予定だあ? 俺様の夏の予定なんぞ聞いてどうすんだ』

『あの、よろしければみんなでプールにでも行ってはどうかと思いまして……』

 震えながらも言いたいことを伝える神鷹に会議室の一同は感激する。

『プールだあ? そんなとこ行ってどうするんだ』

『皆さん水着を買ったそうで。あ、あの私も』

「そうよ。テートクに見せつけるつもりで際どいの買ったんだから!」

「そういや姉さんも随分と張り切ってた気がする」

「ジョ、ジョンストン! あれはその、提督が好みかなと……」

 

『水着だと? がきんちょどもが背伸びしやがって。この世で最も優れた水着はスクール水着って言葉を知らねえのか』

『え!? そ、そうなんですか』

『俺様愛読の漫画で言ってたぜ。ある種の連中には刺さるだろうよ』

「え!? 何それ。せっかく新しいの買ったのに!」

「ジョンストン。スクール水着ってどこで買えるのかしら。艦娘養成学校?」

「いやいやいや。そうすぐに行動しようとしないで、姉さん」

がやがやとうるさい会議室の面々を尻目に話が進む提督室の二人。

 

『海が駄目ならどこかお出かけしませんか、皆さんで』

『ああん? お前にしては粘りやがるな。出かけるって言ったってお前。遊園地なんぞ混むだけだし、観光地なんざ行きたくもねえ。おうそうだ。そんなに出かけたいならラーメン屋か公園になら連れてってやってもいいぜ』

「どっちも別にみんなで行く必要ないじゃん! 駄目だ、こりゃ。オペレーションてばさきは失敗よ~!!」

「待ってください! 神鷹さんはまだあきらめていません。雪風には分かります!」

 どれどれとモニターの前に集まる一同。

 

『あ、あの提督。お祭り、なんかはいかがでしょう』

『祭り? ああそういや提督になる前は時々行ったな』

『実はその、鳳翔さんから良かったらみんなの分の浴衣を用意したからと送りたいとお電話がありまして……』

『はあ!? 何でばばあがお前らの浴衣を用意するんだよ。あのばばあ、お前らを体のいい孫扱いしてねえか』

『せっかくいただくのに着る機会がないと申し訳ないと、その、思いまして……』

『そんなもんいらねえと突っ返しゃいいじゃねえか。ってか無理か。あのばばあ、ああ見えてえらい強引だからな。俺様の話も聞かねえのにお前じゃ無理だろう』

はあとため息をつく与作。さすがに鳳翔には頭が上がらぬらしい。

『仕方ねえ。それじゃあ許可してやろう。面倒くせえがそうしないとばばあがうるさくてかなわねえ』

『本当ですか! 提督、Danke! ありがとうございます!』

 

「奇跡が起きたわ!! 完全勝利Sよ!」

「雪風もびっくりです! 本当にしれえは神鷹さんには甘いんですね!」

「まさかヨサクがいいというとはね……。驚きだよ」

「Japanese traditional clothesね。楽しみ!」

 

沸き立つ会議室の面々。だが、次の瞬間。

『おい、がきんちょども! てめえら見ているな!』

 

「「「え!?」」」

「う、嘘。何で分かるのよ」

「ジョンストンちゃん。その気持ちは分かりますが、しれえはそういう人なんです」

「いや、ごめん雪風。全然分からない。姉さんは理解できるの?」

「提督がすごい方だということよ、ジョンストン」

「いや、その理解はどうかと思うわよ!

 

『ふん。ぬかったな。俺様の円の範囲は一km四方よ。逃れられると思ってんのか。変なもん飛ばしやがって、どうせグレカーレのあほの差し金だろうよ!』

「な、なんであたしがやったって分かるのよ」

『今お前は何で分かるかって面をしてやがるな。教えてやろう、大魔王からは逃れられねえのよ!』

「また与作は漫画の台詞を適当に……」

『いいか、がきんちょども。ばばあに免じて夏祭りには連れてってやろう。だが、俺様は一人で廻るからな! 後グレカーレ。お前は後でぐり五の刑に処す』

「なんであたしばっかり!」

「ええっ!? そんなのしれえのいつものお買い物の時と変わらないじゃないですか!」

 

「あ、あの提督。お祭り、ありがとうございます。嬉しいです」

うるさい零式水上観測機を追っ払う俺様に礼を述べる神鷹。

お前なあ。いい加減人が良すぎるのもどうにかしろよ。あいつらが図に乗るから。

「すいません……。提督のご迷惑とは思ったのですが、みんなでその、どこかへお出かけしたくて」

「夏のお出かけってえと俺様別の祭りしか思い浮かばねえからな」

「別? 他でやっているお祭りのことですか?」

「ああ。夏と冬で開催される奴でな。世界中から一騎当千の猛者が一堂に会する集いよ」

「面白そうですね……」

 

あっ。何だ、こいつ。じっと俺様の方を興味ありますなんて目で見やがって。

お前いつの間にそんなスキル覚えたんだよ。

 

「勘弁しろ。お前等が行ったら確実に大騒ぎになるぞ」

「そうですか……」

そう言いながら無言で行きたそうなオーラを出す神鷹。お前、全然諦めてないじゃねえか。

織田にでも連れてってもらえ、全く。戦場に女子供は足手まといなんだよ。

第一あんな所にお前が行ったら、飢えた野獣の群れにステーキ肉を放り込むようなもんだぞ。

 

「残念です」

しょんぼりとうなだれる神鷹。こいつのこれなんだよなあ、俺様が苦手なの。

グレカーレや雪風と違って何にも言わねえからやり辛いったらありゃしねえ。

少しでも生意気なことを言って来たらびしりと返すんだが。

 

『提督、私の分の浴衣もお願いします!』

追っ払った零式水上観測機が戻って来たと思ったらもんぷちの野郎が乗ってやがった。

お前の分の浴衣だあ? 知るか! 里香ちゃん人形のでも着てろ!!

               

 




登場用語紹介

円…………………おやぢの有効範囲は一km。某漫画のキメラアントには負ける。
ランキング………役に立つ憎い奴ランキング一位はもんぷち、二位は二式大艇とのこと。
某漫画……………鎮守府に置かれた目安箱が主人公の漫画。
スクール水着……選ばれし潜水艦しか身に着けることを許されぬ決戦兵器ともっぱらの噂。
一騎当千の猛者…一部の隙もない所作、訓練を受けずとも整然と列に並ぶ歴戦の勇士たち。


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幕間⑨   「とある妖精たちのグループライン」

作ってしまった。多分艦これのSSで掲示板形式はあれど、妖精ってのはあまりない気がする。誰得だし。番外編で出した山田さんのせい。


【提督養成学校第16期A班】ようせいオフ会シーズン1【鎮守府と何妖精かも書くように】

 

しるく:呉鎮守府

呉出身のしるくです。よろしくお願いします。艤装妖精をしています。

 

どく:単冠湾泊地

単冠湾のどくっス。よろしくおねがいするっスよ。パイロット妖精っス。

 

がとお:パラオ泊地

パラオにその人ありと謳われたがとおだ。遺憾ながら工廠妖精の任を受けている。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

ちょっとがとおさん、工廠妖精だけあってあなただけ随分と残念臭がするんですけど。ああ、皆さんご存知の妖精女王です。一応職場ではもんぷち(仮)と名乗っています。

 

どく:単冠湾泊地

いやいやいや。工廠妖精に対する酷いディスリっすよ!

 

がとお:パラオ泊地

構わん。この屈辱は過日何倍にして返すとしよう。

 

しるく:呉鎮守府

怖い、怖いです、がとおさん! ええと、あの女王。どうして、名前の横に(仮)となっているんでしょう。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

何を愚かなことを。この私の名前がもんぷちなどというものであって良い訳がないでしょう。名付け親の頭のおかしい提督がど~~~~~~~しても改名要求に応じないので仕方なく仮で名乗ってやっているんです。慈悲深い私のエピソードですので、きちんとメモしておいてください。

 

どく:単冠湾泊地

女王、打つのが速いっスね。食事をとるときのうちの提督みたいっス。それでよく曙さんにもっとよく噛めって怒られてるっスよ。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

人間界でも悪魔と親が名付けようとして揉めた例があるというのに、うちの提督ときたらデリカシーが標準装備されていなかったので仕方がないのです。ところであなた達は自分の名前を気に入っているようですね。面白い名前ばかりですが。

 

どく:単冠湾泊地

ちょ! 一番面白い女王には言われたくっスよ!!

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

出遅れた。しかも(仮)がかぶった。死にたい。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

なんと! 私以外にも提督の決定に異を唱え、仮と名乗ることにより抗議を示す気骨のある妖精がいようとは!! 佐渡ヶ島鎮守府ですか。お互いに提督には苦労しますね。

 

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

本当に。いっつも秘書艦と喧嘩していて書類の進行が遅れるから大変。

 

しるく:呉鎮守府

え!? 山田さん(仮)は、書類のお手伝いもされているんですか!

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

うん。そうしないと、鎮守府の業務が滞る。

 

どく:単冠湾泊地

すごいっス! びっくりっス! 自分パイロット妖精っスから、担当の機体のお手入れくらいしかできないっス。

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

完全にブラック企業。なのに中学の時の同級生に似ているから名前は変えられないとか意味不明。変えたら覚えられなくなるとか訳の分からないことも言ってた。みんなが羨ましい。あ、女王は除く。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

本当ですよ! 羨ましくて仕方ありません。珍妙な名前でも本人が納得の上つけられているのならそれでいいじゃありませんか。私達に名前選択の自由はありませんでしたからね!

 

どく:単冠湾泊地

ホント何気に酷いディスリなんスが……。

 

がとお:パラオ泊地

まあ、与えられなかった者達からすれば我々を羨望の眼差しで見つめるのは致し方がないことだろうよ。許してやるがいい、かりうす。

 

どく:単冠湾泊地

誰がかりうすっスか! あたしにはどくって名前があるんスよ! まああたしも名付けられた時にはひと悶着ありましたがね。自分パイロット妖精なんスが、提督が何で工廠妖精じゃないんだって、当初えらいむくれて大変だったスよ~。何でも工廠妖精だったらデロリアンを作る夢を語り合いたかったらしいんス。結局提督が好きな映画を延々解説付きで見せられて、面白いと褒めたら機嫌が直ったんスけどね。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

それはまた大変でしたねえ。どうもうちの提督のお知り合いとかいうのは突き抜けた人が多いんですよねえ。あ、でもしるくさんの所はそうではないみたいですね。

 

しるく:呉鎮守府

ええ!? あ、いや。そうでもないんです……。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

なんですか、そのわざとらしい態度は! ラブコメでよくいる思わせぶりヒロイン並みに腹が立ちますよ! 私達の名前を御覧なさい! しるくなど実に妖精らしいではないですか! シルキーから来たんでしょう?

 

しるく:呉鎮守府

違います。あの、シルクスイートから来ているんです……。

 

どく:単冠湾泊地

何スか、それ。随分と甘そうな名前っス。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

お菓子ならば私に献上するように。

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

シルクスイートはサツマイモの名前。すごい甘いらしい。

 

どく:単冠湾泊地

さ、サツマイモの名前がどうしてつくんスか……。

 

しるく:呉鎮守府

分からない。一目私の顔を見た瞬間に司令官が、「シルクスイートみたい」って吹雪さんに聞いたら、司令官の御実家が農家らしくて。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

芋っぽい顔立ちってことですか? それは酷い! まあうちのアホ提督も散々私のことを豆大福だの何のと貶しますから。連中には我々の美しさが分からないのですよ! まさか全員妙な名前の付け方をされているとは思いませんでしたよ!

 

どく:単冠湾泊地

あの、女王? 何気にがとおさんをスルーしているんスが……。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

これ! 面倒くさそうなやつは無視するに限りますよ!

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

うちの提督もびっくりのスルースキル。しかも初めてなのに面倒くさそうなやつといきなりのレッテル張り。さすがに女王はぶれない。

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

ふふふ。山田さん(仮)、分かっていますね。数日中に鎮守府に宛ててサインを送りますよ!

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

いらない。断捨離中。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

いやいやいや。捨てるものリストに入れないでください!

 

しるく:呉鎮守府

あの、それでがとおさんは何でがとおさんなんですか?

 

どく:単冠湾泊地

しるくさん、マジ天使っスね。今日初めてお話しましたが、間違いないっス!

 

がとお:パラオ泊地

別の世界でソロモンの悪夢と呼ばれた男から名付けられた。まあ、呼び方などどうでもいいが、その男の生きざまは気に入っている。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

工廠妖精風情がすかしていますね。大体あなた、何をやったと言うんです。精々毎日の開発建造任務の手伝いが主でしょう? 私は違います。江ノ島鎮守府の生きる十徳ナイフとよばれていますからね!

 

がとお:パラオ泊地

パラオの提督と相談して、GPシリーズの開発に携わったことくらいか。ふっ、昔の話だ。

 

どく:単冠湾泊地

えっ、なんすか、それ! ちょっと興味惹かれるですけど。

 

がとお:パラオ泊地

対深海棲艦決戦艦娘として夕立を如何に強くするか、を主眼においたプロジェクトだ。ちなみにGPは(じーぽい)と読む。

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

途端に漂う残念臭。それ、成功したの?

 

がとお:パラオ泊地

成功するしないじゃない。挑むか挑まないかだ。

 

しるく:呉鎮守府

ええと、いい言葉だとは思いますが、結局成功したんですか?

 

がとお:パラオ泊地

今成功の途上だと言っておこう。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

何ですか、それ。ぷぷぷぷ。大層な名前をつけても成功しなければ意味がありませんよ。この私など絶対開錠不可能と言われた密室をクリアし、何度お宝をゲットしたかしれませんよ。

 

どく:単冠湾泊地

 おおっ! すごいっス! 深海棲艦のお宝かなんかっスか?

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

 ふっ。私達に必要なもの、とだけ言っておきましょう。

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

なんか、女王からもがとおと同じ臭いがする……。

 

しるく:呉鎮守府

や、山田さん(仮)! 女王に失礼だよ! きっと女王のことだから毎日すごいことをしているんだよ。

 

どく:単冠湾泊地

そりゃそうっス。何たってあの鬼頭提督の妖精っスから。うちの艦娘さん達にえらい人気なんスよ!

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

提督が有名になった米国との一件。裏で暗躍していたのはこの私です。

 

しるく:呉鎮守府

えっ!? ほ、本当ですか! あの動画何回も司令官が見ていたので私も見てます。かっこよかったですよね。

 

どく:単冠湾泊地

うちの提督や電さんも曙さんも大泣きだったっス。妙高さんが切れているところ初めてみたのがあの時だったっス! 

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

あ~、あの提督が決死隊作ろうとした時~。もし米国本土まで行くならどのルートがいいとか言われたから必死こいて計算したのに直前でおじゃんになった。瑞鶴のせい。

 

しるく:呉鎮守府

いや、それは瑞鶴さんが正しいんじゃないかな。大問題になっているよ。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

それ以外にも横須賀、大湊と私の活躍は止まるところを知りません。今度「その女もんぷち」という自伝を出版しようかと考えているくらいです!

 

がとお:パラオ泊地

ふっ。とんでもないお転婆女王がいたもんだ。さすがの俺も一歩譲らざるを得ないな。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

何が、さすがの俺もですか! 腐れ工廠妖精の分際で! 三国志に例えるなら貴方は劉禅。私は曹操ぐらいの開きがありますよ!

 

しるく:呉鎮守府

ま、まあまあ。女王、お話できてよかったです。

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

さらりと終わらせようとしている。しるくはすごい。

 

しるく:呉鎮守府

ちょ、ち、違います。司令官が艤装のチェックをするのでお手伝いしないと。

 

がとお:パラオ泊地

工廠で完成間近のGPシリーズが俺を呼んでいる。

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

今月分の締めが終わってない。チェックしないと。

 

どく:単冠湾泊地

ああ、自分も艦載機のお手入れが残っていたっス。みんなそれぞれ忙しいっスね。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

ええ。私も午後のお昼寝が残っていますから。

 

しるく:呉鎮守府

え!?

 

どく:単冠湾泊地

っス!?

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

女王、怠け者?

 

もんぷち(仮)江ノ島鎮守府

失礼な! 激務の後のお休みというだけです! 普段はつまみ食いやらごろ寝などしていませんよ!

 

しるく:呉鎮守府

そ、そうですよね。普段のお仕事は何をされているんですか?

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

鎮守府内の巡回ですね。

 

どく:単冠湾泊地

え!? それって、ただふらふら散歩するのと何が違うんス?

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

大違いですよ。常に何かないか探していますから。

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

怪しい。何か仕事しているような気配がしない。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

ちょ、っちょっと山田さん(仮)! (仮)仲間なのに私に当たりがキツくないですか?

 

どく:単冠湾泊地

ま、まあ女王にも色々あるんじゃないっスか。それじゃあ、自分はこれで。

 

しるく:呉鎮守府

わ、私も失礼しますね!

 

山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府

 

 

【しるく:呉鎮守府がログアウトしました】

【どく:単冠湾泊地がログアウトしました】

【山田さん(仮):佐渡ヶ島鎮守府がログアウトしました】

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

ちょっと!! なんですか、いきなり。人の話を聞きなさい!

 

がとお:パラオ泊地

それでは、女王。再会の日まで壮健なれ!

 

    

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

 あ、そういうのはいいです。

 

【がとお:パラオ泊地がログアウトしました】

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

工廠妖精まで!! 少しは私の話を聞きなさい!

 

【おっさん:江ノ島鎮守府がログインしました】

 

おっさん:江ノ島鎮守府

俺様でよければ話を聞くぜえ?

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

ふぁlfじゃsぃあglfdさlkl? ど、どうして提督がここに? ロックしておいた筈ですよ!!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

複数の妖精からタレコミがあったんだよお。どっかの馬鹿女王が好き勝手ぬかそうとしてるってなあ。

 

もんぷち(仮):江ノ島鎮守府

ろ、ロックはどうしたんです!

 

おっさん:江ノ島鎮守府

工廠妖精と俺様の知り合いのすーぱーはかーの共同作業よ。

 

【もんぷち(仮):江ノ島鎮守府がログアウトしました】

 

おっさん:江ノ島鎮守府

この画面を見ていたら、すぐ出頭しろ。処罰を軽くすることを検討してやる。

 




登場人物紹介
しるく……………呉所属。白雪+吹雪の外見と性格をしており常識人。
どく………………単冠湾所属。外見は某ウマアプリゲーのちけぞーそっくり。常識人。
山田さん(仮)…佐渡ヶ島鎮守府所属。だるい、めんどくさいが口ぐせの羅針盤妖精。脳筋ぞろいの佐渡ヶ島で経理を一手に引き受ける凄腕。
がとお……………パラオ泊地所属。ココアシガレットを吹かすたびに霧島に叱られている工廠妖精。常に妙な物を開発しようとし、それに提督が乗るので霧島の頭痛の種。
もんぷち(仮)…あの後出頭せず逃げ回ったため、見事お仕置きを食らう。

登場用語紹介
GPシリーズ………(じーぽい)シリーズ。ガンダム大好きなパラオの提督が命名。じーはがんばるということだそう。夕立大好きの提督が夕立をいかに目立たせるか、改二を超える存在を作ろうと提唱。がとおに設計を任せる。

GP01Fb………じーぽい01。Fbはフルボッコの略。夕立の艤装の主機と補機を改修、高速での一撃離脱をできるよう意図し、開発。結果、勢いが付きすぎ、海面に顔から思い切り突っ込み、計画の中止が発表される。

GP02A………じーぽい02。Aは悪夢の略。深海棲艦たちにソロモンの悪夢を見せてやろうぜとの意気込みで計画された。アニメを真似してバズーカを持たせ、戦術核を組み込みぶっ放せないかと話し合っているところを霧島に発見され、頓挫。

GP03D………じーぽい03。Dはデストロイの略。大和型の特殊砲撃を目の当たりにした提督が負けておられじと開発に着手。各鎮守府で廃棄されそうになっていた大型艦主砲をかき集めて分離ユニットで繋ぎ、夕立がその中心に位置。夕立の操作の元大和型特殊砲撃をも凌駕する大火力を意図するも、重すぎて分離ユニットが海に沈む。月末の支出を精査した霧島に裏帳簿の存在を発見され、GPシリーズのプロジェクトの凍結が決まる。

GP04G……じーぽい04。Gはガッツ。地下組織として計画が進行中。霧島の胃痛の元。


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第七十九話 「それはかく生まれたり(後)」

色々終わったので短めですが投稿。コミケ楽しそうですね。20万近く集まってクラスターが無いのがすごい。表沙汰になってないだけだとは思いますが。

本編以外が多いとの感想がありましたが、正直作者はシリアスノリが苦手で、本編以外で書くモチベをかろうじて維持している状態ですので,本編の続きのみが気になる方は3、4か月くらいおいて読んでください。番外編は思いついた段階でこれからも書くと思いますので。


それは劇的ですらあった。 

 

それまで多くの場合淡々とした姿勢を崩さなかった金剛が、やおら立ち上がるやつかつかとジャーヴィスに歩み寄り、その手にある手帳を奪ったのである。

 彼女からすればそれは当然の行為だったのだろう。自分が愛した提督の形見であるのだから。

「Why、どうしてネ……。理解できないヨ。謝る必要なんかどこにもないんだヨ?」

「責任感の強い人だったのね。どうしてもあなた達の境遇を改善したい、そう思っていたみたい」

 金剛の蛮行を咎めることもせず、平然とジャーヴィスは言った。

「今更デス。今更なんデス。もう既に終わったことなのに……」

 金剛と神風。「始まりの出来損ない」と呼ばれた二人にとっては過ぎた過去。だが、目覚めたばかりの能瀬提督にとって、それは今起きている事実。艦娘思いの彼にとってはさぞ耐えがたいものだったのだろう。片や偉大なる七隻と賞賛され、片や名を刻むことなく出来損ないと揶揄されているなんて。等しくこの国を救ったことに変わりはないのに。

 

「あの日。能代から連絡がありマシタ。緊急の要件だと。それまであの子があんなに取り乱すことなんかなかったらネ。嫌な予感がしたヨ」

 はらはらと涙を流しながら、金剛は手帳を胸に抱きしめた。

「崖の上なんて貴方の大好きなミステリーみたいな陳腐な場面ヨ。残っていたのは遺書と靴だけ。能代が提督の異変に気がついて声を掛けたが間に合わなかったと泣いて謝罪されたヨ」

 

「そんな……。まさか、それって!」

 思わず声を上げた私を金剛はじっと見つめた。

「Yes。病死なんて嘘も嘘。大嘘だヨ。本当は自ら身を投げたネ。心優しいあの人には耐えられなかったんデス。世の中の理不尽とあの始まりの提督からのプレッシャーは」

「あのおっさんからのプレッシャーだと?」

 思わずヨサクが口にした一言に金剛が口の端を上げる。

「その言い分だとやはり何らかの関係がありそうだネ、あの始まりの提督と。元帥のやり様に偉大なる七隻との親しい関係。怪しいとは思っていたヨ」

「別に大したことじゃねえ。時雨なんてただの腐れ縁だしな」

「まあ今となってはどうでもいいことネ」

 金剛は懐に手帳をしまうと、小さく息を吐いた。

 

「先ほどそこの名探偵が言ったことを思い出すといいヨ。最重要特機の閲覧要件を」

「ええと、開発や建造ができる人で、何か功績があって、それとは別に海軍が必要ありと認める人ですよね」

 雪風。その説明は大分端折り過ぎていると思うわよ。

「方向性はあっているから問題Nothingヨ。あなたたちは私が秘密裏に最重要特機を取り出したと思っているみたいだけれど、さすがにそこまでは無理ネ。私がしたのはあくまでそれが返却されたのだと偽装したことだけ。提督自身に資格が無ければそもそも閲覧できなかったヨ」

「それは妙ね」

 ジャーヴィスの言葉に私は首を捻る。

「何でよ。能瀬提督は建造ドックの開発者で、深海棲艦の本土来襲を防いだ人でしょうが」

「だから、それがおかしいのよ、ジョンストン。それは本来なら歴史の裏に隠されていた真実なのよ。多くの者は彼が建造ドックの真の開発者であるなどとは知らないわ」

 確かにそうだ。能瀬提督が建造ドックの開発者であるとの話が明るみに出たのはつい先ほどだ。それでは、彼はどうして最重要特機を閲覧することができたのか。

「あったからじゃない? 彼、能瀬提督でなければいけない理由が」

「どこまでも賢しい駆逐艦だヨ。その通り、提督があれを閲覧できたのは、最後の三番目が該当したからネ」

「海軍が必要ありと認める者、ですか……」

 榛名の言葉に金剛が頷いた。

「Yes。そもそもあの鉄底海峡の戦いはどうして起こったか知っていマスか? 無限に近い回復力を持つ深海棲艦達に対し、追い込まれた人類と艦娘側がその本拠地を叩くことでしか対抗できなかったというのがよく言われている理由デス。でもそれだけじゃないヨ。無限に深海棲艦が湧くのは何故なのか。連中の技術を調査するというのも含まれていたんデス」

「だからこそ、原初の明石は例の歯車を手に入れたのですね!」

 霧島が興奮しながら叫ぶ。

「ええ。そして、彼らは自分達が恐らく戻って来られないことも分かっていたヨ」

「けっ……」

忌々しそうに零したのはヨサクだ。

 

「自分達が手に入れた戦果を託す相手。多くの研究者がいる中で彼らはなぜか提督を指名していたのデス。恐らくは神風が会ったと言う原初の神風伝手で聞いていたのだと思うヨ。『深海棲艦から入手した遺物についての研究は建造ドックの開発者である能瀬くんに一任する』そんな余計なメモがあの最重要特機には付されていたのだから」

「成程。それならば頷けるわ。能瀬提督に許可が下りたのも」

 

「どうして、始まりの提督はそんなことを……」

 榛名の問いに、ジャーヴィスは答えた。

「始まりの提督とすれば罪滅ぼしの気持ちだったのかも知れないわね。自分達のせいで能瀬提督達が辛い立場に立っているのを知らなかったようだし。少しでも立場を良くしようとの配慮だったのでしょう」

「確かに伝え聞く限りの始まりの提督の人物像からすればそうだったのかもしれませんが」

 霧島が心配そうな顔を金剛の方に向けた。

「Maybe。恐らくはそうデショウヨ。善意の押し売りという奴ネ」

『それは違います! しれえはそんなことをする人ではありません!!』

「おい、こら落ち着け!!」

 思わず立ち上がった雪風をヨサクが抑える。ちょっとちょっと。ひょっとして、原初の雪風さんが出てきかけているの? 仕方ない。

「冗談じゃないわ!!」

 私が一際大きな声を上げると皆の視線が集まり、雪風も驚いて動きが止まる。

「人と艦娘の未来を託せる相手があなた達の提督だったからこそ、始まりの提督はメモを残したんでしょうよ! そうじゃないの?」

「そうです。そうに決まってます! 雪風もそう思います!」

 今度は元に戻ったのかしら。本当にややっこしいわね、あなたたち。

 

「あなたの言う事は分かるわ。でもね、雪風。人の善意が全て人を助けることになるとは限らないの」

 教え諭すような口調でジャーヴィスは言った。

「未来へ向けての希望。けれど、忘れてはならないわ。希望とはこの世全ての災厄が秘められていた箱の内に潜んでいたもの。容易に人にとって絶望の種になり得るのよ」

 

「つくづく……。つくづく余計なことをしてくれたものだヨ。始まりの提督たちがあんなメモを残していなければ、提督には許可が下りなかった、その一言で済んだネ!」

「姉さま……」

 そっと比叡が金剛の肩を抱く。

「罪滅ぼし? なら黙ってそのまま放っておいてくれた方が余程良かったヨ。あんな物があったから、余計に提督は気負って自分を責めたネ。いればいたで私達を苦しめ、いなければいなくなったでまた私達を苦しめる。いつまで経っても私達の邪魔をする。本当に苛立つ連中だヨ!」

 原初の艦娘に対し、ここまで憎しみを込めて語る者を私は知らない。自分達のオリジナルとでもいう存在の彼女達は私達にとって憧れる存在である筈だ。

「おや。あなたなら理解できるのではないデスか? 偉大なる姉の代わりをさせられていたあなたなら」

「!!」

「金剛さん!」

 飛びかかろうとする雪風をヨサクが必死に抑える。大丈夫。そのことに関しては吹っ切れているから。今ではあの大統領をぶん殴りたい気持ちで一杯よ。

「お生憎様。私は別に姉さんのことをどうとは思わないわよ。ちょっと時々大丈夫かなって思う時はあるけれど」

「我が相棒は実に頼もしいわね!」

 にこりと、ジャーヴィスが嬉しそうに微笑んだ。

「そして、重要なpieceが大分集まったようね。能瀬提督は深海棲艦の鹵獲物を使い、強力な艦娘を建造するドックを開発しようとしていた。その目的は金剛達のため。そして、始まりの提督から後を託されたという責任感も後押しした。筆跡から見るに随分と真面目な人だったのでしょう。何とか研究を完成させようとどんどんと自らを追い込んでいったのだわ」

「……」

 いたたまれぬ気持ちでいっぱいになり、私は思わず目を瞑った。

 艦娘のためを思う気もちは変わらない。それなのに、なぜこうも掛け違うものなのか。

「人生とボタンは掛け違うものだもの」

「それ誰の言葉よ」

 自慢げに自らを指差す名探偵。そのころころと変わる表情に、私は本当のジャーヴィスの顔はどれなのだろうと首を傾げざるをえなかった。

 

「ですが、まだ分からないことがあります」

 霧島は顎に手をやり、言った。

「どうして、今はそのドック。建造できるのですか?」

 

そう。そうだ。金剛達が使っていた20年前は普通に稼働していたというすりぬけくん。だが、能瀬提督が深海棲艦のコアパーツを組み込んでからはその稼働は安定せず、建造に失敗ばかりしていたと日記には書かれていた。そのために悲劇は起き、すりぬけくんを失敗作と金剛は呼んでいる。だが、ヨサクが着任してからそれは起きてはいない。時々の不調はあるようだが、雪風、グレカーレ、姉さん、神鷹とすでに4回の建造に成功している。

 

 なぜ能瀬提督は失敗し、ヨサクは成功したのか。

「ヨサクだからかしら」

「まあ、俺様は特別だからな」

「ええ。ダーリンも関係しているわね。でも、一番のkey personは……」

 皆の疑問に、ジャーヴィスは肩を竦めながら、テーブルの上を指差した。

 

『ZZZZZZ』

 

そこにあったのは空のお皿。

そして、その上で静かに寝息を立てる誰か。

「そう、彼女よ」

 江ノ島鎮守府最古参。自称江ノ島が誇る妖精女王、もんぷちの姿だった。

 

 




登場しない人物紹介

谷風……「ちょいと話を覗いちゃだめかねえ」とうろうろする。
磯風……「おい、よせ、谷風」と言いながら、一緒に扉の方へ向かおうとする。
浜風……「二人とも止めなさい」とたしなめる。
浦風……「二人とも。ええ加減にせんといかんよ、ん?」と笑顔で圧力。


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番外編改二   「おやぢのクリスマス」

仕事がずっと忙しくてリハビリ投稿。しばらく書かないと駄目だな、ほんと。
本編の続きを今年中にしたかったけどなあ。
てか相方の熱量がすごい。

一応相方とは別にコミケ参加する予定です。
体調がよくなればですが。

鬼畜提督与作の一部のお試し版を考えてます。


しんぐるべ~る、しんぐるべ~るくるしみます~

今日はカップル地獄いけ~

しんぐるべ~る、しんぐるべ~るくるしみます~

どうせホテルでしっぽりだ~

 

 全くなあにが、クリスマスだよ。プレゼントがどうだのこうだのふざけんじゃねえ。     

 おまけに腹が立つのがカップルどもよ。

『ねえ、すてきホワイトクリスマスね!』

『はは。僕たちをお祝いしているんだね』

 くそみたいなバカップルの会話を聞いた時には

「雪が降っただけではしゃぐなんざ、がきんちょかよ」

 とツッコんじまったぜ。

「もてないしょぼくれたおっさんには分からないんだ!」

 なぞと偉そうなことを言いやがるから、世の男代表として

「ああん!? お前、今の台詞で世界中のもてない男を敵に回したぞ、こら。モテ男どもよりもてない奴らの方が単純に圧倒的に数が多いって分かってねえな、さては。鳥頭野郎」

 と返してやったらぐうの音も出ねえでやんの。

 俺様は真の男女平等主義者だからな。横でぎゃーすか喚いていた糞女にも、

「空しいパッドだねえ。二枚も盛るなんて彼氏は実は巨乳好きなんじゃねえか? そういうやつは家に隠しもってやがるからな? 今度急に増えた名作DVDのパッケージを開けてみるんだな」

 と言ってやったら、男の方が

「な…!?」

 とか言い出してやんの。おいおい、お前。そりゃダウトだって言っているのと同じだぜ? 

その後何やら揉め出して傑作だったな。

 世にはびこるバカップル共の数を減らすという地球にとっていいことをしちまったぜ。

 年の瀬に俺様もやるもんだな。

「まったく与作ときたら、少しは落ち着こうよ」

 偉そうに俺様に意見をする元ペア艦のおさげを思い切り引っ張る。

「痛いじゃないか、何するんだ」

「喧しい! 俺様は今不幸なんだ」

「不幸だって、まるで山城じゃないか」

「山城はいらん。姉ならいる」

「その台詞、全国の山城に聞かれたら大変なことになるよ」

 時雨がわざとらしくため息をつくが、俺様の方がよっぽどげんなりしている。

 

 事の発端は大淀の野郎が言い出したお悩み相談コーナだ。

 適当に答えてやっていたらそれがウケたらしくてな。次から次へと電話が来るもんだから大忙しよ。

 そしたら来ちまったんだよなあ、面倒くさい電話がよお。

「あの、サンタさんはいますか?」

 おどおどびくびくした声。名前は何てんだ。松輪? 竹輪みたいな名前だな。

「ち、竹輪じゃありません。松輪です……。そ、それで、あの、サンタさんは」

「いねえよ」

 即答したら、途端に黙る。

「ふえ!? そ、そんな……」

 電話越しでも分かる、今こいつは涙目になっている。

 これには横で黙って見ていた駆逐艦共が大激怒。

「しれえはほんと~~~~にありえません!」

 とうちの初期艦に至っては思い切り足を踏んでくる始末だ。

「あのなあ、お前。こういうのは早めに現実を教えた方がいいんだよ」

「海防艦の子たちに対して酷すぎます! そんなこと言って、雪風は知りませんよ!」

「はあ!? どういうこった。何が起きるってんだ」

 そう思っていた俺様の携帯がなぜか鳴る。

 表示されたのは「ばばあ」の文字。

「なっ! なんでばばあから電話が……」

 ちらりと横を見ると、目をそらす奴が一名。

「おい、神鷹……」

「あ、あの、その。鳳翔さんが提督の電話相談に興味があると、その……」

「なんだと!? てめえ、俺様から受けた恩を忘れやがって!」

「ご、ごめんなさい……」

 尚もブルブル動く携帯。へっへっへ。いくらばばあでも電話を取らなきゃ何にもできねえだろう。触ると壊すかもと滅多にスマホを持たなかったてめえを呪うがいいさ。

「メールが届いたぜえ!」

 おいおい、誰だよ。こんな時に。

「電話に出なさい」

 って、なんだと!? な、なぜばばあがメールなんぞ使える!

 また、隣を見ると、下手くそな口笛を吹く奴あり。

「鳳翔が提督さんと連絡が取れないからやり方を教えてくれってさ……」

「バカが! とんでもねえことしやがって!」

 くそっ! 携帯を持とうと本当に携帯したままで、ばばあが未だに黒電話ばかり使っていやがる情弱だからと忙しいのを理由に連絡を取らなかったってのによ。

 って、また送って来たのか。しつっこいばばあだ!

 恐る恐るメールを見れば。

「サンタをやりましょう」

 との糞見たいな文言が。てか、ばばあにしちゃ打つのが早くねえか。

「あ、何かスマホ教室に通ったって言ってた」

 このバカランタめ! そういう話は早くしろよ。

「それで、この間のプレゼントは許します」

「プレゼントってなんです?」

 おい、雪風。お前失礼だぞ。他人のスマホを覗き見るのはエチケット違反だぞ。

「しれえに言われたくありません!」

「ふん。この間ばばあの誕生日だったんでな。股引を送ってやったのよ」

「ええ!? な、なんで!」

「何でもいいって言うんだから、ばばあにぴったりなもんだと送ってやったんだ。そしたらやれデリカシーがないだの、もっと考えろだの文句ばかりよ」

「それはさすがに提督さんが悪いと思う……」

 やかましい。それより、ばばあが携帯を使いこなせるとなると面倒ごとが増えるじゃねえか。

「あの……」

 電話越しに聞こえる戸惑った声。ああ、そう言えばこいつを忘れてた。確か海防艦の竹輪だったっけな。

「竹輪じゃありません。松輪です」

「ああ、悪い悪い。サンタはいるぜ。鬼畜サンタって奴がな」

「きちくサンタ、ですか? どんなサンタさんなんでしょう。でもよかったです。みんな楽しみにしていて」

 ほっとする松輪に所属を聞いてみれば、何と佐世保だという。何で年末のこの糞忙しい時に佐世保に出張しけりゃならないんだよ。

「あの……」

「ああ。サンタは来るから楽しみにしてな。てめえの鎮守府の提督によく言っておくんだぞ! 江ノ島の提督をくれぐれも接待するようにな」

「は、はい! みんなに伝えます!」

 

 そんなこんなで佐世保出張が決まった俺様。

 そして、なぜかちゃっかりついてきた元ペア艦。

 

「おい」

 ぐいっとおさげを引っ張る。

「痛たたた。なんだい、与作。急に」

「なんだいじゃねえ! よく考えたらなんでお前がしれっとここにいるんだ!」

「佐世保って言ったら僕じゃないか。『呉の雪風、佐世保の時雨』。聞いたことあるだろう?」

「知るか、ぼけ。俺様は今超絶に機嫌が悪い。さっさとみっしょんをくりあしたら、別行動をとるからな」

 帰りは福岡中州か小倉で命の洗濯をしよう。

「ええっ。いいじゃないか、たまには」

 わざとらしくくっついてこようとする時雨をしっしと追い払う。こいつの姉妹艦の夕立もそうなんだが、どうして白露型はこう犬っぽい奴が多いんだ。構わないとむくれる面倒くさい奴だ。

 

 だが、ふふ。こいつは知るまい。

 今回の依頼者の峰提督は妙齢の女性だってことをな! 

 提督同士の親交を深め合う中で過ちがあったとしてもそれは仕方ないことだ。

 電話でのボイスはまさにリアル峰不二子だったからな。

 

「あら、鬼頭提督かしら」

 来た来た! どいつが俺様の不二子ちゃんよ。

 長旅の疲れで足がよろめいてそのまま一回戦に突入しても誰も文句は言うめえ。

 心の中でほくそ笑む俺様だったが、目の前に立っているのはドラム缶おばさん。

「ん!? どこだ、峰不二子は」

「あら、いやだわ。峰不二子なんて!」

 ばしばしと叩いて来るおばさん。おいおい、こいつ力強くねえか。まさか、男とかってことはねえよな。

「与作。多分、その人が峰提督なんじゃないかな……」

 時雨がこそっと耳打ちしてくる。いやいやないない。目の前にいるのはドラム缶だぞ。峰なんて名字をしているとはとても思えねえ。

「失礼ね。峰藤子。藤は字が違うけどね。佐世保の藤子ちゃんとは私のことよ!」

 が――――ンとハンマーでかち割られたかのような衝撃が頭の中を駆け巡る。

 はあ!? こいつが不二子ちゃん? しかも字違いで峰藤子だと? ふざけんな。世界中の峰不二子ファンが暴動を起こすぞ!

「そう言われてもねえ。私もこの名前で大分苦労してきたし」

 ドラム缶はよよよと涙を見せるが、全く可哀そうと思わねえ。むしろ周りの人間の反応が正常だ。

「と、とにかく与作。依頼内容を聞こうよ」

 石化する俺様の隣で真面目にそう時雨が切り出す。お前、こんなドラム缶にそこまで真面目に応対しなくていいんだぞ。

「でも、大淀や長門に迷惑がかかるから……」

 大淀は分かるが、長門なんか迷惑をかけられている方じゃねえか。まあ、元お仲間としては気になるのかもな。

「ふ~。すまんすまん。ちょいと天竺まで行っちまってた」

 

 気を取り直した俺様にセクシーボイスのドラム缶が説明した所によると。

 

 日本国内でも希少とされる海防艦が多数いる佐世保鎮守府。

 毎年恒例のクリスマスパーティーを開こうとした時に、一人の海防艦が言い出したらしい。

「サンタっているよな」

 と。

 姉妹の中でも現実を知っている連中は上手い事かわしながら、夢を壊さないようにと振る舞っていたらしいんだが、あんまりにもしつこいのでつい、サンタは提督だと言ってしまったらしい。

「嘘だい。提督はおばさんじゃないか。サンタさんじゃないなんて言ってきかないの」

 それじゃあおやぢ電話相談室に聞こうと俺様の所に電話してきたとのこと。いい迷惑だぜ。とんだ流れ弾じゃねえかよ。

「松輪ちゃんが一生懸命お電話したのよ。偉いでしょ」

 ドラム缶が後ろを振り返る。おい、横幅がデカいから気づかなかったが、後ろに誰かいるじゃねえか。お前、竹輪か。

「竹輪じゃないです、松輪です……」

 おどおどしているクセに自己主張の強い野郎だ。それで、どうしろってんだ。

「あの、サンタさんへのお手紙を佐渡ちゃんから預かってきて」

 なんでもその佐渡って奴が、サンタはいると主張した奴らしい。

「おい、手紙ってのはそのまま封筒にも入れずに渡すもんなのか」

 そのまま便箋ごと渡すとかないだろ。よっぽど大雑把な奴なんだな。中身を隠すつもりなしとかよ。おまけに何だこれは。ミミズがのたうつような字で挑戦状だと?

 

「サンタへ プレゼントを贈れるものなら贈ってきな! 佐渡様は簡単には受け取らないぜ!」

 なんだ、こりゃ。

「あの、佐渡ちゃん。サンタさんがどこにでもプレゼントを届けると聞いて、そしたら張り切っちゃって」

 なんでも頭のおかしい工作艦と某佐世保生まれのメロンが喜んで協力し対サンタトラップを作ったらしい。

 

「おい、ばばあ。ここにはまともな奴がいないのか?」

「つ~ん」

「お前のことだよ、BBA!」

「ビューティフル、ビューティフル、アクトレスの略ね。OK、許すわ」

 なんだ、このばばあ。日本語が通用しねえぞ。

「まったく、せっかく佐世保に戻ってきたってのになんでこんなことに……」

 愚痴る浦賀生まれ佐世保育ちの時何とかさん。

 お前、自分で立候補したんだろうが。

 だが、佐渡よ。お前は運がいい。俺様はこうした挑戦はいつだって受ける男だ。

「え!? き、鬼頭提督がサンタさんなんですか?」

 目をくりくりさせる松輪。あ~、お前もそうだったのか。

「与作、言葉には気を付けようよ」

「お願いするわ。少女の夢を守って! 私からのお・ね・が・い」

 おい、待て。目が腐る。腐るからその不気味な投げキスを止めろ。

 

 それでどうしたかって?

 鉄球だの落とし穴だのある中を何とか通って、佐渡の野郎にプレゼントを届けてやったよ。

 せっかく届けたのに、佐渡の奴は爆睡で、傍にいた択捉って奴と対馬って奴が申し訳なさそうにしてたな。

「お前のトラップ、歯ごたえがあったぜ」

 寛大な俺様はぐーすか寝る佐渡の額に鬼と書くだけで許してやった。

 途中不慮の事故で時雨の馬鹿が落とし穴に落ちるなどげらげら笑かしてくれて少しはストレスが減ったからな。

「よく言うよ。後ろから押したのは誰なんだい」

 ふん。完璧なタイミングだったのに、途中で引っかかるとは運がいい奴だ。

「やれやれ。二人で行くというから少しは期待した僕が馬鹿だったよ」

「むちむちボインならともかく、お前みたいなちんちくりんが期待なぞおこがましいぞ」

「ペア艦に優しくしても罰は当たらないと思うんだけど」

「知るか。しばらくはがきんちょ分は不要なんだよ!」

「あら、それは遠回しに私へのお誘いかしら」

 視界の隅で気色の悪いウインクをするドラム缶は放っておこう。あいつを人間と認識しちゃだめだ。俺様の脳がいかれちまう。

「ふふっ。案外うぶなのね!」

「おい、時雨。ちょいとあのドラム缶をぶん殴りてえんだが」

「駄目だったら。さ、さっさと帰るよ!」

 

 そうしてぐだぐだしながら。

「ふい~。腹が減る減る」

 ようやく鎮守府に帰ってきた俺様。

 

 買い置きのカップラーメンを食べようと戸棚を開けたらねえ。こんなことをするのはあいつしかいねえと詰問すると、

『失敬な! あんな安物。グルメの私には合いませんよ!』

 と斜め上の発言が返ってきやがった。

 お前なア。犬の餌でも食いそうなお前が、何がグルメだよ。

『妖精界の海原雄山と言われたこの私に対してなんて無礼な! 今でも思い出しますよ。私に対して心を込めて出してきた後輩妖精の手料理をコテンパンにこき下ろしたことを!』

 うわっ。こいつ、相も変わらずのクズ発言だな。人望がないのもうなずけるぞ、そりゃ。当の本人が手柄のように話しているのがまた痛い。こんなくそにはならねえようにしないとな。

『これだから見る目のない提督は! それより、いいんですか? 皆さん、提督をお探しでしたよ』

「俺様を!? また何で」

『クリスマスパーティーをしたいって言ってたじゃないですか!』

あー。そういやうっすらと言っていたな、そんなこと。グレなんとかが言っていた気がする。 

あんまりにもいつも通りウザいから記憶から抹消していたぜ。

『ちょ、ちょっとボケたんですか? グレカーレさんでしょう!』

 おい。せっかく忘れていたんだから思い出せるなよ。あの野郎、ちょくちょく俺様のところに来やがるからうるさくて仕方ねえんだ。

 

「あっ、テートク、いた!」

 うげっ。もう来やがった。おい、もんぷち。お前のせいだからな。おまけに雪風も一緒だと!? 最悪じゃねえか。

「どういうことですか、しれえ! みんなでクリスマスパーティーをしようと考えていたのにどうしていなくなるんです!」

「面倒くさいからだろうなあ」

「あたしたちテートクに買ってもらいたいものをリストアップしといたのにさ~」

「お前はちょいと遠慮って日本語を辞書で調べてこい」

 大体なんで俺様がお前らとクリスマスを過ごさなきゃならねえんだ。去年は初めてってことで奮発したが、クイズはぐだぐだになるし、時雨の馬鹿がペア艦の権利を主張して面倒くさくなるし散々だったじゃねえか。ただでさえ、うちの鎮守府は常識人がいねえんだ。お前等がきんちょだけで靴下でも吊るしてればいいぜ。

 しごくまっとうな俺様の正論。

 世の中にはがきんちょは優遇されるものと言うアホがいるが真の平等論者の俺様からすればなんせんすだ。がんきんちょは失せな。げっとあうとがきんちょ。かも~ん、ないすばでぃだ。

「何よ、それ。昨年は一緒に過ごしたじゃな~い!」

「そうですよ、しれえ!」

「思えばそれが悪かったな。俺様は元々くりすますより漢(おとこ)祭りの方が好きなんだよ!」

「漢(おとこ)祭り? 何それ」

「雪風も知りません」

 漢(おとこ)まつりも知らないなんて、とんだ常識知らずだな。お前達みたいなクリスマス大好きっ子とは対極をなす孤高の男たちがひっそりと行う宴だ。馬鹿みたいにツリーだの、プレゼントではしゃがない。静かに一年の労をねぎらうものよ。

「ということで、今年の俺様は独りで漢(おとこ)まつりを決行する。邪魔をするんじゃねえぞ!」

「ええええええ! どういうことよ。もう、フレッチャーもケーキ焼いて待ってんのよ!」

「知るか、ぼけ。勝手にケーキを焼いただけだろうが。どうしても食って欲しければ明日食うからラッピングしろと言っておけ!」

「しれえ! 我儘はいけませんよ。鎮守府のみんなはしれえと過ごしたいんです!」

 いつもへまばかりの馬鹿初期艦が子どもに言い聞かせるようにぬかしやがって。

「あのなあ。なんでクリスマス休暇をやったと思ってんだ。お前等だけで楽しむようにするためだぞ。い~っつも俺様にひっついてないで、たまにはてめえ達で何かしな! 俺様は積みゲーを消化するんで忙しいんだ」

「そんなあ! 一緒にパーティーをしましょうよぉ!」

「そうよ、テートク。へんにへそ曲げてないでさ!」

 左右からゆさゆさと揺すられ、俺様の不快感ゲージがどんどんと増えていく。

 ロリコン織田ならプラスになるだろうがな。

「だあああああ、うるせえ! と、に、か、く! 俺様は今日はがきんちょのーでいだ!」

「あ、ちょっと!」

「しれえ!?」

 しっしと追い払うも、まだしがみつくがきんちょずをポイ捨てし、さっさと逃げる。なんで帰って来たばかりでこうなるんだ。

 

「あら、ダーリン。帰って来てたのね?」

 一駆逐去ってまた駆逐。うんざりしている俺様の前に現れたのは、英国製壊れたスピーカーことジャーヴィス。

 何やら口をもぐもぐさせているが、何食ってんだ、お前。って、おい。この匂い……。

「ずるずる。ジャパニーズヌードルって美味しいわ~。戸棚に隠してあったの。見つけてラッキー!」

「お前かあああ!!」

 ラッキーじゃねえ! 俺様はアンラッキーなんじゃい!

「え!? そんなことないわよ。ここには幸運艦ばっかりじゃない!」

 最後に残ったなるとまで容赦なく頬張るジャーヴィスに俺様は鉄槌をくだす。

「痛い、痛いわよ! 何するのよ、ダーリン!」

「うるせえ! 腹減った時の癒しのラーメンを貴様~!」

 

 




登場人物紹介

峰藤子……自称佐世保の妖精。他称佐世保の妖怪。佐世保鎮守府所属の提督で、海防艦を世界で初めて発見した実はすごい人。海防艦に懐かれていて、園長と呼ばれている。

佐渡……起きて額の鬼の文字に気づきにっこり。超パワーアップしたと日向に戦いを挑み、お尻を叩かれる。

フレッチャ―&ジョンストン……ケーキ作りに励む。

漢(おとこ)まつり……眉毛が繋がり、国家単位の借金がありながら逞しく生きる某国民的漫画の主人公が提唱した漢(おとこ)のための祭り。


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特別編ⅺ 「そうだ宗谷へ行こう」

相方の熱に押されたのと単純に仕事が忙しくて完全に放置してました。
何とか完結させんと。

宗谷の御船印帳めっちゃよかったのでお勧めです。数に限りがあるらしいので、欲しい方は早めに行った方がよいかと。

まさか、艦これ二期で宗谷出て来ると思ってなかったなあ。

あ、艦これ10周年おめでとうございます。
続けてやっているけど、今回のイベントのあの無敵空母はまじ汚い。まあ、昔のゲージが時間で復活するよりはいいけど。(いいのか?)
まさか、オーパーツ震電改が実装されるなんて……。



世間一般はごーるでんうぃーくだ。山だの海だの遊園地だのあちこち混雑してバカなことこの上ないぜ。何のためにわざわざ混んでいるところに行きたがるんだ。日本人の習性ってやつなんだろうな。

 

「しれえ、春ですよ!」

「そうよ、テートク! 春よ!」

 唐突に言い出したのは我が鎮守府の初期艦びーばーと二番目に来た児ポロリ。

 この鎮守府で一・二を争うウザさを誇るこいつらがこう言い出すときはろくなことがありゃしねえ。大抵どこかへ連れていけというおねだりだ。佐渡ヶ島のロリコンなら大喜びだろうが、俺様は違う。孤独を愛する男なのだ。人混みの中に好き好んで外出なんざアホのすることだ。

 

「ああ、春だな。ランドセルならてめえで買いな」

「むうっ! 失礼な! 雪風は子どもじゃありません!!」

 お前なあ、歯をむき出して怒ると顔がまんまびーばーだぞ。大体、子どもと言われて怒るところが、てめえで私はがきんちょですって言っているようなもんだろうが。

 

「相変わらずテートクは失礼ね。何度も言ってるでしょ! あたしたち艦娘は見た目どおりじゃないって」

「そういう話はよく聞くが、少なくともお前らに関しては見た目通り、そのまんまだなちゅらるがきんちょだ」

「ええ!? わっかんないかなあ~。最近のあたしのお色気度。絶対上がっていると思うんだけど」

 スカートをつまみ、ひらひらとさせるグレカーレ。それで色気を出しているつもりか? 俺様からすればだらしないがきんちょ以外の何物でもないぞ。大体何を根拠に色気が上がっているとのたまうのか。お前のスカウター、ブルマに頼んで直してもらえ。

 

「そんなことを言ったら、しれえだってどう見てもおじさんですが、子どもっぽいじゃありませんか!」

「そうよそうよ! 雪風、いいこと言った!」

「俺様が子どもっぽい? 何言ってんだ、お前。どう見てもあだるてぃな紳士の俺様を子どもっぽいだと?」

「そうです! 時雨ちゃんやジャーヴィスちゃんもそう言ってました!」

 ふんすと鼻息を荒くする雪風にうんうんと頷くグレカーレ。だが、そもそもがきんちょであるあいつらに聞く時点でお前は間違っている。腐れ縁のあの元ペア艦に年中ぺらぺらとおしゃべりが止まらないあの英国製壊れたスピーカーの評価なんぞ食べ〇ぐのインチキレビュー以上に信じられるか。

 

「酷い言い様ね。でも、証拠もあるわよ!」

自信満々のグレカーレが懐から出したのは桜の装丁がされたもの。

「未だにスタンプなんか集めているじゃありませんか! 子どもっぽい証です!」

 自信満々に俺様に指を突き立る雪風。お前なア。人に指差しするなと教えただろうが。おまけにスタンプだあ? 何を言ってやがるんだ、こいつは。

「え!? ほらここにあるじゃないですか」。

 あっ、バカだ、こいつ。それはスタンプ帳じゃねえ。

「それは御朱印帳ってんだ。神社や寺に行くともらえるもんで、風流な大人の趣味だぞ!」

「ええっ!? 嘘ですよね」

「嘘なもんか。一昔前は御朱印集めが流行ったもんだ。最近はそうでもないがな」

「違います! しれえがお寺や神社に行くなんて信じられません!」

「あ、それ分かる。神様なんかくだらねえとか言いそうだし」

 きっぱりと言い切りやがった。妖怪大好きな俺様にとっちゃ神も仏も同じようなもんよ。信じていないだけでな。それよりも、だ。

「グレカーレ! てめえまた俺様の部屋に勝手に入りやがったな!」

 すぐさまグレカーレから御朱印帳をひったくると、すかさず両手で奴のこめかみをぐりぐりと締め付ける。

「痛い、痛いって、テートク! 愛情表現が過激すぎだってば!」

「何が愛情表現だ! お前はいい加減懲りるということを知りやがれ! 毎度俺様の部屋に忍び込みやがって! 最近はお前のせいであのジャーヴィスまでこそこそ部屋の中を焦っていくんだぞ!」

「え!? そうなの? その割にはけろりとしてない?」

「あの野郎は目敏いからな」

 こっちがせっかく用意したトラップをこれ見よがしに破っていきやがる上に、わざとらしく、『ジャーヴィス参上、ダーリンのカップラーメンはいただいたわ!』なぞと犯行声明を残していきやがるからな。

「何よそれ~! 贔屓反対! 何であたしばっかり痛い目に遭うのよ!」

「あの野郎は追いかけると逆に喜びやがるんだ。知らんふりして無言で三日位いると向こうから謝って来るんだよ。お前とは大違いだ」

「うぐぐぐぐぐ」

 

 ぐうの音も出ねえ馬鹿はほっといて、ぴんと俺様の脳裏に閃くことあり。

「そういや響の野郎が宗谷の御船印が出来たと言ってやがったな」

「ゴセンイン!? 何です、それ」

「御朱印の船版だ。船の印みてえなもんだ」

 なんでも南極観測船宗谷を見学するともらえるんだと。御朱印好きの俺様としては見逃すことはできねえな。

 

「へー。面白そうね!」

「雪風も興味あります!」

 食いつくがきんちょず。だが、勘違いするな。

「だれもお前たちを連れて行くとは言ってねえ。行きたきゃてめえで行きな!」

「えーーーっ!」

「どう考えても一緒に行こうって流れだったじゃない!」

「何が嬉しくてお前達がきんちょと休みの日まで一緒にいなきゃならねえんだ! 俺様は保護者じゃねえんだぞ!!」

「いいじゃん、みんなでお弁当持ってさあ」

「そうです! 息抜きも必要ですよ!」

 年中息抜きしている奴らが何を偉そうに言ってやがる。そういうのは自分で弁当を作ってから言え。お前らが付いてくると他にもわらわら来るから嫌なんだ。俺様は静かに見学したいんだよ。

「へー。ダーリンって思ったより繊細なのね!」

 にょきりと突然顔を生やしてきたのは英国製がきんちょ駆逐艦ことジャーヴィス。

「なんだ、お前! どこから現れやがった!」

「定時報告に来たら、思いがけずラッキーなことを聞いたわ! みんなでピクニックもいいわね!」

「ちょっと、あんた。報告書書いたのあたしじゃない。自分の手柄にするんじゃないわよ」

 ため息をつきながらやって来るのはジョンストンだ。

 お前も大変だな。うちは常識人が少ないからさぞ気苦労が耐えねえ筈だ。

「むー! どういうことよ!」

 眉をしかめ、頭突きをくらわそうとするジャーヴィス。そういうとこだよ、そういうとこ! 

「でも、その御船印ってのには興味があるわね。色々な船にあるのかしら」

「まあ、御朱印みたいなもんだろうな。御朱印もそれぞれの神社や寺ごとに特徴があるしな」

 記念日にしか出さない御朱印なんてものもあるし、寺によって色々工夫されている。また一筆書く人間の力量もある。奈良の坊さんは達筆ぞろいだったな。

 

「法隆寺なんかは和を以て貴しとなすという聖徳太子の言葉を御朱印に書くし、石庭で有名な竜安寺の御朱印は石庭なんて身も蓋もねえもんだ。まあ、それが逆に面白いんだがな」

「へえ。それは興味深いわね。一度行ってみたいわ」

 

 ほお。さすがはジョンストン。周囲のがきんちょ共とは違って趣味が良さそうだな。よし、お前を連れて宗谷に行ってやろう。

 

「え!? い、いいの?」

 

戸惑うジョンストンとは裏腹に口々に文句をいうがきんちょども。

 

「何よそれー! ジョンストンばっかりずるいずるい!」

「しれえ、依怙贔屓は許せませんよ!」

「ジョンストンが行くなら、相棒の私も当然必要よ!」

「やかましい! 俺様の高尚な趣味を理解しようという奴を連れていくのは当然だ!」

 お前たちは夢の国でも行って、ネズミと人ごみに揉まれてろ。

 

 




登場人物紹介


与作………………好きな御朱印は烏森神社のカラフルなもの。
ジョンストン……浮かれ気味でいたためか、一番大事なことに気が付かず。
フレッチャー……ジョンストンから話を聞くや、すぐさま提督室に乗り込む。
時雨………………雪風達から話を聞き、与作達の休暇に合わせて休暇をとろうと画策する。
もんぷち…………御朱印の話を聞き、妖精印を作ってぼろ儲けしようと画策するが、どう見てもみみずのような字とただのしみに見えるため却下される。


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第八十話  「眠る妖精」

相方が夏コミ出ると聞き、こちらも奮起。あいつすげえなあ。やる気があって。久しぶりの投稿なので、色々あると思います。

もんぷち『全宇宙三兆人の私のファンの皆さん! お待たせしました! サボってばかりの作者に命じてようやく書かせましたよ。私のファンクラブは随時募集してますから、入会したい方は言ってください。会員証を送りますから!』
艤装妖精『ちょっと、女王。なんです、これ。受け取り拒否で山ほど郵便が返ってきているんですけどって、崩れる! うわあああ!』
もんぷち『何と! 私のありがたい会員証を何だと思っているんですか! 根負けして受け取るまで送りつけてやりましょう!』
与作「お前はマルチ商法のやり手か! 少しは自重しろ!」


ジョンストンの回想

 

「もんぷちが鍵!? 嘘でしょ」

大口を開けてテーブルの上ですやすやと眠るだらしない顔の妖精を見ながら、思わず私はそうつぶやかずにはいられなかった。

 妖精仲間にマウントをとったり、盗み食いを発見され逆さ吊りにされたり。

 常に我が鎮守府内でなにがしかのもめ事を引き起こす、トラブル製造機。

 大湊での出会いも衝撃的だった、江ノ島鎮守府最古参の自称妖精女王に対する私の印象は、それが全てだった。

 

「その妖精が鍵? 馬鹿も休み休み言うデース」

「どうしてかしら?」

「建造ドックを扱えるのは工廠妖精の筈ネ。その子はとてもそうは見えないヨ」

 金剛の言葉に我が意を得たりと、にっこりとジャーヴィスは微笑んだ。

「あら、そう。それならこの子は何の妖精に見える?」

「何の、ですか……」

 榛名が眉根を寄せた。

「見た目だけでは判断できかねますね。恰好的には羅針盤妖精に見えますが、このようなタイプはこの霧島も見たことがありません」

「工廠妖精でも羅針盤妖精でもない。ましてや、艤装の妖精でもない。何の妖精と言われると困る正体不明の存在。それが、この子、もんぷちよ!」

「本人は妖精女王だと言い張っているがな」

「妖精女王!? その子が?」

「その存在を耳にしたことはありますが、まさか本当にいたとは……」

「それで、その妖精女王が何だと言うんです」

 焦った様子を見せる比叡に対し、ジャーヴィスは顎に手をあて答えた。。

「そうねえ、色で例えましょうか」

「色!? なんでよ」

 突然妙なことを言い出す英国駆逐艦に、私は思い切りツッコミを入れた。どうしてこう名探偵という奴は話を変な方向にもっていこうとするのだろう。

「ええ、色。私達が赤だとして深海棲艦は青。そうすると、私達が使っている建造ドックは赤の妖精でなければ使えない。その反対も同じことよね」

「成程。色とは適性のことですか。確かにそれはそうです。我々艦娘が深海棲艦の艤装を扱えないのと同じこと。似て非なるものですから」

 

 艦娘と深海棲艦の体組成はほぼ同じ。それなのに互いの艤装を使うことはできない。人間たちも頭を悩ませたに違いない。様々な意見がある中で合衆国の艦娘学校では属性が違うという意見を採用していた。元来艤装の基となる資材には属性は存在せず、艤装を形作る際にそれぞれの使用するドックによって正負どちらかの属性に定められる。正の属性である艦娘と、負の属性である深海棲艦では属性が違うため、互いの艤装を扱うことはできないのだと。

 

「そうね、霧島の言う通りよ。もちろん、赤の中にも色々な種類がある。この国の色で言えば、紅、朱色、茜色。赤系統でもその色味はそれぞれ違う。少しでも色味が違ったら適性がないということでその仕事はできない」

「そんなものは当たり前です。艦娘という大きなくくりがあっても私達戦艦と貴方達駆逐艦では違う。同じものとして考えることはナンセンスでしょう」

「でも、そうじゃない存在がいるとしたら?」

 ジャーヴィスが指差す先に皆の視線が集まる。そこには相も変わらず呑気に眠りこけるもんぷちの姿。

「彼女こそ、その例外。最初からとんでもないspecialな妖精だと思っていたわ。だってこの子、大湊の時に何をしたと思う? 偵察機に乗って現れたかと思えば、艤装の中に入り、あげくに艦娘の応急修理までしてのけたのよ!」

 ジャーヴィスの言葉に金剛型の4姉妹は皆一様に息を呑んだ。

 驚いていなかったのは、私達江ノ島鎮守府の面々だけだ。

「え? しれえ、どうして皆さんそんなに驚いているんですかね」

 呑気にヨサクを見る雪風。そんな彼女に対し、あり得ないといった風に霧島は首を振った。

「先ほどの話を聞いていなかったのですか? 通常妖精はその適性のある仕事しかできないのです。それなのに異なる仕事をしてのけたということはその妖精が様々な仕事の適性を持っているということに他なりません。そんな妖精は世界のどこにもいませんよ!」

「ええっ!?」

 今更ながらに驚く雪風。

 声を出さずとも私も内心大いに混乱していた。普段の素行からとんでもない妖精という印象しかなかったもんぷちだが、確かに霧島の言うように常軌を逸した行動をしている。そこも含めて彼女だと思っていたが、改めて冷静にその存在について考えると、明らかに特別な妖精なことは間違いない事実だろう。どうにも認めるのは釈然としないものがあるのだが。

「そうなんだよなあ。こいつ、実は案外使えるんだけどよぉ。普段のやらかしが多すぎて全く気付かなかったんだよ」

 ヨサクの言葉は私や雪風の気持ちを代弁するものだった。黙って何もしなければ皆の尊敬を勝ち得るような存在であるのに、言うこと為すことひたすら残念な存在であることに、当人だけが気づいていないのだから。

 

「紅色も朱色も茜色も赤系統の色。同じ赤というくくりで扱えるのか。彼女の特性に気が付いた時に私は閃いたわ。この子、本当に赤の属性だけしか使えないのかって」

「あんた何言っているのよ……」

 私は思わず言葉を洩らした。艦娘側の妖精である以上、赤系統のものしか使えないに決まっている。

「すりぬけくんは深海棲艦のパーツを使っている。赤の建造ドックに青のパーツを混ぜたら、その色はどうなるかしら。赤? 青? いいえ、紫になる筈よ。紫の属性の建造ドックなんて普通の妖精は使えない。それこそ様々な色になれるワイルドカードのような妖精でもいない限り!」

「まさかそんな……。この妖精は深海妖精の属性まであると言うのですか。それゆえに成功したと」

 すやすやと眠るもんぷちに信じられないと言った顔を見せる榛名。

「信じられないのも無理はないわ。私もこの結論に至った時にあまりにも飛躍した考えだと思ったもの。でも、事実から推察するにそれしか考えられない。正も負も含めてあらゆる属性をその身に宿している彼女がいたからこそ、すりぬけくんは動き、ダーリンは建造に成功したの」

「嘘でしょ……」

 思わず私は呟いた。確かに妙な妖精だと思っていたが、まさか全ての属性を持っている規格外の妖精であるとは思い至らなかった。

 

「私は最初から彼女が怪しいと思っていたわ」

 ジャーヴィスは帽子の中から取り出したメモをぺらぺらとめくる。

「今回の一件には彼女は最初から関わっているのだもの。金剛にとって不俱戴天の仇であるあのドックを直したのは、そこにいる彼女ですもの」

「な……」

榛名と霧島が思わず言葉を失い、比叡はごくりと唾を呑み込んだ。

「何デスって!!」

 片手で首元を抑えながら、金剛は荒々しくテーブルを叩く。ティーカップが横倒しになり、その手に紅茶がかかるのも構わず、彼女は続けた。

「そこにいる、そいつが、そいつが全ての元凶なのデスか!」

「お姉さま!」

 さっと席を立った比叡が取り出したハンカチでその手を拭うも、金剛は止まらない。

「余計なことを!」

 ここまで怒りに染まった目があっただろうか。彼女にとって、今やジャーヴィスよりももんぷちは憎い相手であったろう。

「お姉さま、お気を静めてください」

 比叡は金剛の背中に手を置き、優しく撫でる。

「まだ、全てを聞き終えてはいません」

 ぐっと拳を握り、金剛は息を荒げた。

「全て? これ以上何を知れと!」

「そう、先ほどお約束されました」

 静かにそう告げた比叡の顔を金剛は意外そうに見つめると、深いため息をついた。

「OK。貴方の言う通りネ、比叡。続けるといいよ。真実を聞く約束だったヨ」

 その様子を見て、榛名と霧島が安堵の表情を浮かべる。

「Thank you」

 ジャーヴィスが片手を挙げて礼を述べるが、

「貴方のためではありません」

 比叡はそっぽを向いてそれに応えようとはしなかった。

 

「長い間破壊され放置されたままだったすりぬけくん。そして、能瀬提督を庇うために敢えて深海棲艦の攻撃に見せかけて破壊され、放置されたままの江ノ島鎮守府。隙間風だらけの鎮守府に嫌気が差して新米提督が苦情でも入れようものならいくらでも代わりの場所に送り、江ノ島鎮守府自体を使えないという名目で閉鎖する。万が一ドックが復活したとしても使えない建造ドックであることは明白。交換の要請が出た段階でそれに応じれば、自然にすりぬけくんを手中に収め、闇に葬ることができる。恐らく金剛はそう考えていたのでしょう。そして、それは順調に進んでいた筈だった。ダーリンが江ノ島鎮守府に着任するまでは」

 

「おいおい。まるで俺様が悪者みたいじゃねえか!」

 ヨサクからの抗議にジャーヴィスは肩をすくめてみせた。

「あら、金剛にとってはそうよ。だってダーリンたら着任して文句を言うのかと思ったら、鎮守府自体を再生しちゃってそのまま居座るんですもの。おまけに頭痛の種である建造ドックまで再生して普通に使ってあり得ない艦娘を建造して話題になっちゃうし。すりぬけくんの存在を隠しておきたかった金剛にとってはさぞ憎たらしかったことでしょうね」

「ふん。それで俺様の鎮守府にはがきんちょばっかりだったのか」

「どういうこと?」

 私の問いにヨサクはふんと鼻を鳴らした。

「いくら要請しても明石も間宮も伊良湖も夕張さえ来ねえ。けっ。嫌がらせをしてりゃそのうち俺様が泣きを入れるとでも思ってたんだろ」

「まさか、秋津洲や北上を代わりに使うなんて思ってもみなかったヨ。あてが外れたネ」

「江ノ島鎮守府がすりぬけくんを稼働させ、謎のドックに注目が集まっている以上、いつかは自分や能瀬提督との関係を知られてしまうかもしれない。焦った金剛はダーリン達を鎮守府から引き離しその間にすりぬけくんを奪おうと考えた」

「成程! そのために大湊に演習に行かせたんですね!」

 雪風がびっとジャーヴィスを指差すと、名探偵は満足そうに頷いた。

「あれ、でもそうだとおかしいですよ。確かあの時時雨ちゃんと北上さんは来るなって書かれていましたよね、しれえ」

「ああ、そうだな。戦力を分散させるならあいつらを引き離す方が面倒がなくていい筈だぜ、名探偵」

「理屈ではそうね。でもね、ダーリン。人間と同じように私達艦娘も理屈で動いているんじゃないわ。感情で動いているの。偉大なる七隻、原初の艦娘の生き残り。金剛にとっては目の敵だった相手を残したのは嫌がらせでしょうね」

「嫌がらせ?」

「ええ。人質をとり、抵抗できなくして思うさま自分の怒りをぶつける。世間で偉大だともてはやされる彼女達に対して、見向きもされなかった彼女からのささやかな仕返しよ」

 あの襲撃事件のどこがささやかなのかと言いかけて私は口を噤んだ。先程から再三感じている始まりの提督と原初の艦娘に対する金剛の憎しみの程度からすれば、確かにそれは些細なものなのかもしれない。

 

 室内を移動していたジャーヴィスはすたすたと金剛の前に来ると、スカートの端をつまみ、優雅に頭を下げた。

「ご清聴ありがとう。これが今回起きた事件の真実。そして、すりぬけくんという謎のドックの真実に対する私の推理よ。採点をお願いするわ、金剛。いかがかしら」

 

 

 




登場人物紹介

ジャーヴィス……探偵
ジョンストン……その助手
雪風………………その同僚
与作………………その提督
もんぷち…………ZZZZZZZZ

登場用語紹介
もんぷちファンクラブ会員証
「どこかから謎に届けられる誰のだかよく分からない会員証。大きさは小指の爪くらいでみみずがのたくったような字で何か書かれている。誰かの悪ふざけかと受け取りを拒否するとどんどんと届くため、呪いの手紙よりも始末が悪いと言われている。届いた瞬間に自動的に会員となったとカウントされるため、マルチ商法よりあくどいともっぱらの噂。現在、自ら了承して会員になったのは正式には二名。(フレッチャーと二式大艇)」


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第八十一話 「潮は満ちず」

秋イベだか分からない夏イベに嫌気が差してついに丁でクリアしましたよ、全く。海防艦も掘っても出てこなかったし。これまで以上一番モチベが低下しました。

艦これ引退でこっちもどうしようかなと悩みましたが、相方がしっかりコミケ出しているし、書ききらんとなと書いた次第。

まあ、具体的なモチベアップはゴジラ-1.0の震電と雪風や響の活躍です、はい。



 閉め切った部屋の中に、心なしか風が吹いたような気がした。

 こうなることは分かっていた。きっとこうなるだろうと予感していた。

 これまで何度となくあの鎮守府に着任しようとする者はあった。

 だが、破壊された鎮守府を見て落胆し、皆憤る。決まって連絡先は海軍省。

 私の息のかかった人間がそれを受け取り、手違いを詫びて別な鎮守府へと異動させる。

 異動先の鎮守府には手違いがあったと一言。それで丸く収まる。単純なものだった。

 また今回も同じようになる。そう、思っていたのに、男は鎮守府に居ついてしまった。

 それどころではない。鎮守府を再生し、あろうことかあの不良品を普通に使い始めた。その上、あの偉大なる七隻まで手中に収め、米国相手に大立ち回り。男のいる鎮守府は殊更目立ち、不良品だった筈のあのドックは今や各国海軍の注目の的だ。

 

(何の悪夢デスか)

 どうにかして、何とかして。せめてあのドックを手中に収めなければ。その思いだけで突き進んだ。その結果がこれ。

 原初の艦娘と比べられた悲惨な毎日。

 ひたすら権力を得ようと奔走した毎日。

 守る者を失い、ただ生き続けてきた日々。

(言葉にすれば陳腐。それにしても惨めなものだネ)

 だが、仕方がないのかもしれないと、金剛は思う。

 自分たちは役立たずだったのだから。

 結局はあの原初の艦娘たちがこの国を救ったのだから。

(ここらが潮時ネ。それでいいでショウ?)

 心の中で誰かに金剛は問うた。

 

ジョンストンの回想

 

 パチパチと静かな拍手の音が室内に響いた。

 名探偵は深々と礼をし、その拍手に応えた。

「お見事」

 それだけ言うと、彼女は宙を見上げた。

「子どもの戯言かと思って油断したヨ。かの名探偵の故郷からやって来たあなたに注意すべきだったネ」

「お姉さま……」

 榛名は悲し気に長姉を見つめた。

「その通り。全ては私の、私の提督の罪を隠すためのものだヨ。亡くなった後にあれもこれも工作して、大変だったネー。あの人は居なくなってからも私に苦労ばかり」

「そいつは羨ましい限りだな。うちの鎮守府は何故か俺様ばっかり苦労するからよ」

 ヨサクの言葉に雪風は頬を膨らませ、ジャーヴィスはけらけらと笑みを浮かべる。確かに、個性豊かな江ノ島では提督の気苦労は絶えないだろう。まあ、ヨサク自身も個性の塊なのだから、他人のことを言えはしないのだが。

 

 

「飲むといいヨ。もうそろそろ眠くなってきている筈だヨ」

「お姉さま!」

 比叡の制止を振り切り、金剛は懐からガラス瓶を取り出すとテーブルの上に置いた。

「構わないヨ、もう。さあ、早く飲むといいネ」

「ふん、やっぱり何か盛ってやがったか。」

 ぎろりと与作はテーブルに置かれた色とりどりのお菓子、ティーカップに目を配る。

「だが、生憎といらねえよ」

 金剛は苦笑を洩らす。

「やせ我慢をせずに使うネ。明石に命じて作らせた艦娘にも効く睡眠薬入り。人間である貴方が耐えられる筈がないヨ」

「必要がねえ」

「Why?」

 ヨサクの言葉に金剛は小首を傾げる。

 色とりどりの高級菓子に薫り高い紅茶は明らかに減っている。

 だが、その全てを私たちは口にしていない。

 

 事前の車の中での打ち合わせを思い出す。

「相手の懐に入るんだ。何か入っているのが当たり前だぞ」

 ヨサクの言葉にジャーヴィスも同意する。

「怪しいものは口にせず。これは鉄則よ。ましてや容疑者の屋敷に行くのですもの。例え相手が口にしていても、油断しては駄目よ。自分のカップや自分の菓子にだけは何も入れていない、というのはミステリーの常套手段。そんな陳腐な仕掛けに引っかかっては名探偵の助手の沽券にかかわるわ!」

「いや、別にそこは辞退してもいいんだけど」

「何よ、それー。ジョンストンがいなかったら、この事件の記述は誰がするのよ!」

「ホームズだって、ワトソンに言われて自分で事件の記述をしたことがあるのよ。あんただってそれくらいしなさい!」

「やかましいぞ! お前等。そこで、こいつの出番だ」

「もんぷち!?」

『探偵役をするんですね! お任せください! 犯人はお前だ!』

 ふよふよとヨサクに指を突き立てたもんぷちがでこぴんを食らう。

「誰が、犯人だ、誰が!」

『え!? どう見ても犯人顔ですよね』

「お前がやるのは毒見役だよ。いいか、出されたもんを適当に食い散らかして構わねえ。おかわりが出ても全て食え。お前の様子で俺様たちは奴らが何を盛ったか判断する」

『ちょ、ちょっと、提督!? さっきミステリーがどうのと言っていたじゃありませんか。毒を盛られたらどうするんです! いかに私の胃袋があいあんすとまっくで、大抵の毒は利かないと言っても、普通に痛いし苦しむんですが』

「まあ、お前なら何とかなる」

『信じられない! 信じられません!! 妖精使いが荒いと、組合に訴えます。賃金闘争も辞しませんよ!』

「金剛の野郎は金持ちだからな。多分出る菓子は相当うまいぜ」

『むっ!』

「それにお前がこの役を引き受けてくれるなら、俺様も特別ぼーなすをやるんだがなあ。せっかく都内まで出るんだし、帰りは俺様的どらやき御三家でどらやきをご馳走してやろうかと思ってるんだがよお」

『ど、どらやき御三家! な、なんですか、その魅惑の響きは!』

「上野にある老舗でなぁ。あそこのどら焼きはすごいぜえ。何たって温かいのをその場で食べられるんだからよ。パンケーキかと思うほど皮がふんわりしていてなあ……」

『ゴクリ……』

「し、しれえ! どら焼き食べたいです!」

「中のあんこにはハチミツも混ざっているらしいんだよ。甘~い、甘~いあんこでなあ……」

『うぐぐぐぐ。わかりました、わかりましたよ。やりますよ! 仕方がありませんね! その代わりどら焼きは五個でお願いしますよ!』

 

 どうしようもないやり取りの上決まったもんぷちの毒見役。だが、彼女は完璧にその役目を遂行した。

 ジャーヴィスの推理に夢中になった金剛四姉妹の前で目にも止まらぬ速さで菓子に紅茶にと散々食い散らかしていたのだから。

「胃袋まで図々しいこいつがそんじょそこらのもんで眠るかよ。特別製の薬なんじゃねえか」

「艦娘もぐっすりという触れ込みだったけれど、まさか妖精にまで効くとは思わなかったネ」

 愉快そうに金剛は笑うと、小さくため息をついた。

「さあ、幕引きの時間だネ、鬼頭提督。そこの電話で海軍省にかけ、ここまでの話を洗いざらいするといいヨ」

「そんな!」

 比叡が席を立とうとするが、金剛はそれを押しとどめた。

「今をときめくHOTな人材である貴方にまた一つ勲章が増えるヨ」

「ほお。俺様に手柄をくれると? すりぬけくんはどうするんだ」

「好きにするといいネ。海軍省に言うもよし、貴方達の鎮守府で使うもよし」

 先ほどまでのこだわりは何だったのか。金剛は疲れ切ったようにそう告げると、ぼんやりと宙を見つめた。

「そいつは魅力的な提案だな。手柄もすりぬけくんも俺様のもの。魅力的すぎらあ」

 くっくっくっくとヨサクは笑みを浮かべると、やおら立ち上がり言った。

「あんまり魅力的過ぎて、反吐が出るぜクソが」

 

 狐に摘ままれたようにヨサクを見る金剛型の姉妹。

 顔を顰める私達江ノ島鎮守府の艦娘たち。

 

「断る理由が見当たらないヨ。あのドックに加えて手柄も手に入る。艦娘たちの救世主のあなたにとってはこれ以上ない贈り物の筈。何が不満ネ」

「ああん、そんなのてめえのその態度に決まってんだろ」

「私の態度?」

「そうよ。全てが明かされたから自分は身を引かなければならない。そんな殊勝な態度を装っているが、俺様は聡くてな。お前が何を狙っているのか分かっちまうのさ」

「金剛の狙い? そんなのすりぬけくんでしょ」

 私の言葉にヨサクは首を振る。

「そいつはさっきまでの狙いだ。今は違う」

「どういうことです、しれえ」

「早く楽になりたい。それが、今こいつが願っていることさ。愛しの提督もいない。同期もいない。隠すことが無くなった以上楽になりたい。そのために俺様に手柄を譲ったふりをしてやがんだよ。お前の望みは消えて無くなることだろ、金剛。そうすりゃ愛しの提督の後を追えるもんな。全くとんでもねえ女狐だぜ。殊勝な態度を見せ、結局はてめえの一番やりたいことのために俺様を上手く利用しようとしているだけじゃねえか。手柄だあ、くそでもくらえ」

 はあと、ヨサクの脇にいる雪風はため息をつくも、止めようとはしない。

 彼女の中では見慣れた光景なのだろう。

「そもそも俺様の目的は、艦娘はあれむよ。今はたまたまがきんちょ天国になっちまっているがな」

「え、そ、そうなの?」

 雪風の方を見ると、彼女はやれやれと肩をすくめてみせた。

「しれえがそう言い張っているだけです」

「うるせえ」

すかさず雪風の頬をつねるヨサク。それに対してやり返す初期艦。緊張感のまるでない二人に私は目を丸くする。

「だからさ。お前の見立てはお門違いよ。手柄? 名誉? そんなもの俺様は欲しくねえ。すりぬけくんとて気になるってだけだ」

「意味が分からないネ。私を告発すれば、貴方はまた名を上げることができるんだヨ?」

「お疲れで幕を引きたいところ悪いんだがよ。俺様があの響の話に乗ったのはただすりぬけくんを取り戻したいってだけじゃあねえ。けじめをつけるためよ」

「けじめ?」

 何のことか分からないという金剛。

 ヨサクはゆっくりと立ち上がるとにこやかに言い放った。

「うちのおさげの身内に手ぇ出しただろ? お前」

「ああ、あれね。我ながら愚かなことをしたヨ。お陰で響などという余計な厄介者を呼び込むことになってしまったネ」

 やれやれと首を振る金剛は気づいていない。

 これまでにないぐらい笑顔を見せながら。

 我らが提督は見たこともないぐらいに怒っていた。

 

「だからよ、こんなくだらない決着なんざ必要ねえんだよ。俺様がしたいのは、ただお前をぶちのめしたいってだけなんだからな」

「貴方は! 先ほどまでのお姉さまの話を聞いていたのですか!」

 比叡が怒りに肩を震わせ、金剛の前に立ちはだかる。

「ああ、一応な。それが何か?」

「あのお話を聞いて何も思わないのですか? お姉さまにもご事情があったんです」

 あっけらかんとしたヨサクの態度に、榛名が声を震わせる。

「だろうな。で?」

「で……とは?」

「それが俺様に何か関係あるのかって話だよ、ぼけ」

「相手の事情を理解しようとは思わないのですか? 貴方はそれでも提督なのですか?」

 矢継ぎ早の霧島の質問にも、ヨサクは薄笑いを返す。

「提督だから理解しろ? 馬鹿かお前。提督だろうが、艦娘だろうが、許せねえことは許せねえ。ただそれだけでわざわざここまで来たんだぜ?」

「そんな……。艦娘の救世主たる貴方はどこへ行ったのです! 一時の激情に身を任せるのは

賢明とは言えません!」

「くだらねえ。くそじじいどもの体のいい神輿に担ぎ上げられてうんざりしているのよ。お礼参りが済んだら身でも隠そうかと思っているぐらいだしなぁ」

 ぼりぼりと頭を掻きながら、さらりととんでもない発言をするヨサクに、私は心臓が飛び出そうになる。ヨサクが提督を辞める? 冗談じゃない。

 叫びそうになった私の肩を雪風が押し止めた。

「大丈夫です。させませんから」

「ほ、本当に?」

「ええ。時雨ちゃんともそろそろ危ないって話をしていたんです」

「あ、そうなのね……」

 ヨサクが脱走する度に当然の如く捕まえに行く二人ならば、安心だろう。

 彼に希望を見出だしている艦娘は多いのだ。いなくなられては困る。

 

「何がしたいネ?」

「だから言っただろう? お前をぶちのめしたいってな」

「色々と聞いているヨ。あのアトランタ相手に大立ち回りをしたとネ。今更ロートルの私を倒したところで何の自慢にもならないヨ?」

 心底呆れたといった表情を浮かべる金剛に、ヨサクは吐き捨てた。

「お前なんかじゃねえ。もう一人の方だよ」

「もう一人? どういうこと?」

 私の問いかけよりも早く動いたヨサクが、金剛の首元のスカーフを引きちぎる。

「何を!!」

 ヨサクに飛びかかろうとした比叡と霧島は、

「お、お姉さま!」

榛名の驚きの声を聴いて立ち止まり振り返った。

 

「ジョンストンちゃん!」

 視界が揺れ始め、気付けば私は自然に目を逸らしていた。

 あれを見ては駄目だ。身体がそう言っていた。

 あれを見てはいけない。あれを見ては思い出してしまう。

「ジョンストンちゃん!!」

 雪風が大声で叫び、私の顔を強引に自分の方に向けた。

「しっかり! 雪風はここにいます! 大丈夫です!!」

「雪風……、あれ……」

「ええ。雪風も信じられませんが……」

 がちがちと歯の根が合わない。思い出したくもない。吹っ切れたと言っていたが、あれを心理的に拒否する自分がいる。

 米国首脳部がフランケンシュタイン・コンプレックスの国民を安心させるために開発したあたしたちを縛る鎖。AKC、Automatic kanmusu controller。艦娘自動制御装置。

 通称首輪と呼ばれる装置が、金剛の首元には鈍く光っていた。

 




登場用語紹介
AKC……Automatic kanmusu controller。艦娘自動制御装置。米国首脳部がフランケンシュタインコンプレックスの国民を安心させるため、海外の技術者と協力し、非合理に開発した装置。提督と認識した人間や、その人間から指揮権を譲り受けた人間の指示に従わなければ、気が狂わんばかりの刺激が頭の中をのたうち回る。艦娘の能力を上げる指輪に対し、首輪と名付けられている。


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特別編Ⅻ「ウォー様の休日」

勢いで書きました。ウォー様のクリスマス衣装はずるい。


 アークロイヤルの憂鬱

 

 世界に冠たる我が英国が誇る艦娘は誰か。

 その問いに彼女以外の名前を挙げる英国民はいないだろう。

 戦艦ウォースパイト。クイーンエリザベス級戦艦2番艦にして、船時代には「戦のある所必ずウォースパイトあり」と謳われた歴戦の勇士。艦娘として生を受けても、19年前に行われた鉄底海峡の戦いにおいて生き残り、オールドレディとして尊敬と崇拝をもたれている彼女はまた、EU艦娘連合艦隊の司令長官でもあった。平時はロンドン北西のノースウッドにある連合司令部に通い詰めながらも、片時も笑みを絶やさない。

 まさに理想の艦娘たる淑女である彼女だが、一つどうしても困った癖があった。

 極東の地に突如として現れた艦娘の救世主の話を聞き、興味をもったウォースパイトは交換留学生として送ったジャーヴィスを通じてかの提督の様々な情報を得ていたが、日々その好奇心は刺激されていたらしい。

「ねえ、アーク。ちょっとお願いがあるのだけれど」

 いつも悠然たる振る舞いを見せている彼女らしからぬ態度に私は即座にその意図を読み取った。

「ダメです」

「まだ何も言っていないじゃない」

 不満げに頬を膨らませる我が上司だが、そんな可愛い顔をしてもダメだ。

「用件は分かっています。アドミラルキトウに会いたいのでしょう?」

 私がズバリと指摘すると、ウォースパイトは困ったように眉を寄せた。

「さすがはアークね。どうして分かったの?」

「貴方ともあろう方が、ご自分のことはお分かりにならないのですね。ああも頻繁にジャーヴィスからの連絡を聞いていてはあの鈍いネルソンでも気づきますよ」

「あら、酷い事を言うわね。ネルソンはネルソンで頑張っているのよ。顕現したばかりのロドニーの世話に励んでいるし、ジャベリンも懐いているわ」

「偉大なる七隻長門との会話が刺激になったようです。ご配慮感謝します」

「昔の友達に連絡をとっただけよ。大したことはしてないわ。それよりも、ねえ、アーク」

「ダメです。ご自分の立場をお考えください。あなたはEU艦娘艦隊の司令長官なんですよ!」

「それについては考えがあるから大丈夫」

 尚も食い下がろうとする上司に私はぴしゃりと言い切った。

「大丈夫ではありません! NOです! いけません!!」

 私の剣幕に驚いたのだろう。その日以降ウォースパイトが日本行きを口にすることはなかった。

 これで一安心。そう思っていた自らを私は殴りたい。

 戦艦ウォースパイト。我が大英帝国が誇る偉大なる艦娘の唯一の欠点ともいっていいことを忘れていたのだから。

 その日。長官室に入ろうとした私を待っていたのは、きょとんとした顔のネルソンだった。

 いつもはっきりとした物言いをする彼女がそんな表情を見せる不思議に、私は思わずその理由を問うた。

「いや、何。先程長官室にベイカーストリートイレギュラーズがこれを届けに来てな」

 その名には覚えがあった。確か、ジャーヴィスが個人的に組織している子ども探偵団だという。

「ロンドンの闇に隠れる犯罪者たちを炙り出すために彼らの協力は必要よ!」

 などと彼女は語っていたが、実際にその活躍を見た者は誰もいない。

「イレギュラーズが手紙を? ジャーヴィスからか」

「いいや。差出人は不明だ。だが、墓参りに行きたいために休暇が欲しいという差出人不明のメモが入っていてな」

「何だと!」

 驚き、ネルソンの手にある手をひったくると、紛れもなくその筆跡はウォースパイトのもの。

「やられた……」

 警戒をしていたというのに、まんまと出し抜かれた。

 長官室に敢えて置手紙を残さず、イレギュラーズに渡させたのも、彼女の悪い癖からだろう。

「どうした、いきなり」

 事態が呑み込めず首を傾げるネルソン。その頭をはたきなる衝動を私はぐっと抑える。

 いくら差出人名がないと言っても誰がどう見てもウォースパイトの手ではないか。なぜそれに気づかないのか。

「余は筆跡など気にしておらん」

「そう言う問題ではない! 何を考えているのだあの方は!」

 いくらヨーロッパの海域が現在落ち着いていると言っても、いつ何が起きるか分からない。そんな時に司令長官が不在などあり得るだろうか。

「空港に連絡……、いや、あの方のことだ。既にあちこちに手を打っているだろう。ジャーヴィスに連絡を……、駄目だ。グルの可能性がある。日本海軍に連絡……、いやいや話が大々的になってしまう」

 どうしたらよいかとうろうろと室内を歩き回る私とは対照的に、ネルソンは

「オールドレディも休みが欲しかったのだろう」

などと呑気なことを言っている。

「休みはとっていただきたいさ。あの方はこれまでずっと働きづめだったのだからな。だが、あの方には立場がある」

「その立場を忘れたくなる時もあるのだろう。心配なら余から偉大なる七隻の長門に連絡をとろう。きっと力になってくれる」

「長門か……」

 確かに私もそれは考えた。日本海軍の要職にいる彼女なら力になってもらえる。だが、常々我らがウォースパイトは長門について隠し事が苦手と言っていたではないか。

「大丈夫だろうか」

「大丈夫だろう。ウォースパイトの留守の間、ドイツのビスマルクから彼女が来ると聞いている」

「彼女?」

 何のことだか分からぬ私に、ネルソンは意外な名前を告げた。

 我が大英帝国にも因縁浅からぬ彼女こそは、ドイツ艦娘にとっての象徴たる存在。

「な、なんで……」

「どうもオールドレディが頼んだらしい。色々思う所はあるだろうがよろしくと一昨日言われてな」

「昨日!? なぜ、それを伝えない!」

 もし知っていれば、どうして彼女が来る必要があるのかとウォースパイトを問い詰められたというのに!

「? 伝えたぞ。オールドレディは嬉しそうにしていたな」

「なぜそこに伝える!」

「司令長官に報告するのは当たり前だろう」

「その通りだが、その通りではない!」

 絶妙に会話が噛み合わないネルソンをよそに私は届けられた手紙を手にどうしたものかと頭を抱える。

 自分がいない間に何が起きても平気なようにと最大限の配慮をしたに違いない。

 偉大なる七隻、EU艦娘連合艦隊司令長官。淑女の見本たる艦娘と謳われるウォースパイトとはそういう艦娘だ。

 だが、そんな彼女にも唯一の欠点がある。

「全く。なぜ、直接言わずにこんな手の込んだことをするのですか……」

 遠く極東の国に旅立ったお茶目な悪戯好きな上司に対し、私は思わず愚痴をこぼした。

 

                     ⚓

 めりーくるしみます。全世界のおやぢ同盟の連中はいかがお過ごしだい?

 俺様はもっかエロDVD鑑賞会中よ。毎度毎度クリスマス会をしようと誘ってくるがきんちょどもにさすがの俺様も食傷気味よ。あいつらどこでも付きまとってくるからなあ。

 師走で忙しかった俺様を秘蔵のエロDVDが癒してくれるぜ。

「けっけっけ。身体が微妙に動いているじゃねえか。ひっひっひ」

 画面の中では小太りのおっさんが、時間を止める時計を手に入れてやりたい放題してやがる。コンビニ店員の下着をまくったり、助平なお触りをしたり。それを時間が止まった体で我慢する女優の名縁起が涙ぐましくて笑えるぜ。行きつけの店で店員にこれは抜けませんよ、ネタ枠ですなぞと言われたが、余計なお世話だ。ネタに決まっているじゃねえか。どこの世界に目をおっぴらいたまま我慢する女優を見て息子が元気になるんだよ。お笑いとして買っているに決まっているだろ。

 四六時中ガキどもの相手をしていると、こんな風に静かな時間が貴重に思えるぜ。あいつらもいつも俺様に構ってもらおうとしないで、たまには自立しろってんだ。

 かまってちゃんのグレカーレも小うるさいジャーヴィスもいねえ。たまには静かな週末もいいもんだ。

「だばだ~だ~だばだ~だばだ~だばだ~だばだ~だ~。鬼畜を知る人の、おやぢごーるどぶれんどってな」

 いけねえいけねえ。思わず鼻歌が出ちまったぜ。こんな所を誰かに見られたらとんでもないことになる。

そう思っていると、気付いちまった。開いた扉から注がれるおどおどした視線にな。

「貴様、見ているな!」

「ひっ!」

 ぺたんと尻もちをつく音が聞こえる。あ、こいつ。俺様の茶目っ気たっぷりの洒落が分からずマジでびびっているな。

「す、すいません」

「あ、あの、その。て、提督が歌い始めてからです……」

 神鷹はびくりと体を固くさせると、ぺこぺこと頭を下げた。

「す、すいません。何度かノックをしたのですが、返事がないので」

「ふん。俺様は戦意高揚のための資料を閲覧中でな。それで何の用だ?」

「はい。これからみんなで外出しますので、その許可を……」

「何!?」

 おいおい。本気かよ。思わず耳を疑っちまったぜ。あいつらがきんちょどもが俺様に寄り付かず、自分達で外出するだと? 口を酸っぱく独り立ちしろと言い続けた甲斐があったってもんだ。

「おうおう。いいじゃねえか。世間はクリスマスだとか浮かれてやがるからな。変な虫が寄って来るかもしれねえ。気をつけろよ」

「あ、ありがとうございます。それでは失礼します」

 ふん。毎度恒例の俺様へのくそみたいなりくえすがあるかと警戒したが、どうやら諦めたようだな。これでこそ静かな年末が過ごせるってもんだ。とすると、藤沢でも行くか? だが忙しかったもんで、欲しいもんは大抵揃えちまったしな。

 ちょうどいい。しばらくご無沙汰だったし、確か27ぐらいから閉まっちまうはずだ。今年一年の感謝も込めてあそこに行くかね。

 どこに行くかって? そんなのお台場に決まってんだろ。

                    

「相も変わらず少ねえな、人が」

 十年ぐらい前は片づけに難儀するぐらい毎日献花で埋もれていたという。それが一月に一回になり、今や年に一度の慰霊祭の時に花が捧げられるぐらいだ。人間ってのがいかに薄情かよく分かる。

だが、それで正解なんだろうぜ。物を贈らなきゃ感謝できねえって訳じゃないからな。一番どうしようもない連中は物だけ贈って済ませようとするもんだ。

「ほお。こいつは助かる」

 慰霊碑の近くにご自由にどうぞと掃除道具が置かれていた。あの響の発案だろう。あれぐらい気が利くのなら、駆逐艦でもうちに一人いて構わねえ。びーばーだの、児ポロりだの、名探偵気取りのがきんちょだのとかくうちの鎮守府は外ればかりだからな。

 手早く片づけて、簡単に拝む。と、目を開けると、隣で見慣れぬパツキンの外国人が祈ってやがった。

「あん? なんだ、てめえ」

 時雨の野郎がこの間読んでいたファッション雑誌に出て来るような美人じゃねえか。

 百年経ってもお前には無理だと言ってやったら顔から湯気が出るかってぐらい怒ってたけどなあ、けけけ。

「Sorry。話し掛けようと思ったのだけれど、熱心にお祈りをしていたから。それなら一緒にお祈りした方がいいかと思って」

「いや、別にそこまで熱心にしている訳じゃねえ。俺様にとっては儀式みたいなもんだ。今年一年ありがとうってな」

「素敵だわ。日々の感謝を捧げていると知ったら、きっと彼女達も喜ぶでしょう」

 パツキンはにこりと微笑みかけてくる。どうでもいいが、何かこいつ、距離感が近くないか。初対面のくせにずんずん話しかけてくるところが、うちの英国製壊れたがきんちょスピーカーにそっくりだ。

「それはもしやジャーヴィスと言わないかしら。確かに彼女は聡明で明るい子だけれど、ほんの少し口が達者なの」

「あれでほんの少しねえ……。てか、お前。あいつの知り合いなのか?」

「ええ。イギリスの艦娘よ。名前はそう、ロドニー」

 ロドニーはそう言うと、俺様に手を差し出す。

「……」

「あら。この国では握手の習慣はないのかしら?」

「俺様は利き腕を他人に預けられる程自信家じゃなくってな」

「デューク東郷の台詞ね。あのシリーズ、私も好きよ」

 ロドニーの返答にきらりと俺様は目を光らせる。やるじゃねえか、こいつ。ゴルゴではなく、デューク東郷と答える所にこいつのせんすを感じるぜ。

「ふん、よく知ってやがるな」

「昔日本にいたことがあるの。その時に漫画が好きな子から薦められて」

 ほお。随分と見る目のある野郎だ。あの漫画は国際情勢を学ぶのにぴったりだからな。

「よければ、この辺りを案内してくださらないかしら。しばらくぶりの日本で勝手が分からなくて」

「ああん? なんで、俺様が」

 出た出た。美人だからってほいほい男が言う事を聞くものと思ってやがる。とんだ思い上がりだぜ。

「あら、なぜ?」

「てめえは俺様のストライクゾーンじゃねえ。若すぎる。後10年は女を磨かないとな」

 俺様の指摘にロドニーの野郎はぱちぱちと瞬きをすると、くすりと微笑んだ。

「あら、それは光栄だわ。職場では年上扱いされて困っているんですもの」

 年上だあ? どう見ても二十代。いや、今日びちょっとませた大学生ならこんな感じじゃねえか。ずいぶんと若い連中が多いんだな。コンビニのバイトでもやってんのかよ、こいつ。

「Convenience storeね! 昔アドミラールによく連れていってもらったわ。『rice ballはセブンが一番おいしい』とよく言っていたの」

「くだらねえ拘りだぜ。俺様の知り合いもしょっちゅうそれでごねてたもんさ。うちの近くにはセブンがないから困るってな」

「似たような人がどこにでもいるのね」

 何が楽しいんだかロドニーの野郎はにこにこしている。

 なんなんだ、こいつ。ジャーヴィスに似ているかと思ったがフレッチャーか?

 いや、違うな。どうもこれまで会って来た連中と雰囲気が違い過ぎる。

 こういう奴はさっさとおさらばするに限ると、宗谷の方へ向かうと何とついてきやがった。

「あのなあ、お前。俺様はこれから宗谷の見学をするんだよ。お前には興味なんかないだろ」

「いいえ。とても興味があるわ。南極観測船宗谷。かの帝国海軍最後の生き残りと言われる彼女に再び出会えるとは思わなかったですもの。私の記憶では入場者数が激減し、その取扱いをどうしようかという話が俎上に上っていた筈」

「そうかい。まあ知っている奴がボランティアで働いていてな。おう、また来たぞ」

 見知った顔に挨拶すると、いつも無表情の響の野郎が一瞬驚いたように見えた。

「あん? どうしたお前。鳩が豆鉄砲食ったような面しやがって」

「いや。君がまさか江ノ島の子じゃない艦娘とデートをしているなんて意外でさ」

「でえとだあ? このロドニーの野郎が勝手について来ただけだ。勘違いするんじゃねえ。うちのがきんちょどもがまた騒ぐだろうが」

「ロドニーねえ……」

 じろじろとロドニーの顔を見ながら、響は口元を震わせる。なんだ、こいつ。トイレでも我慢してやがるのか。

「デリカシーの欠片もない発言は聞かなかったことにするよ。それで観ていくのかい?」

「無論だ」

 俺様が財布を出したのを見て、ロドニーの野郎もそれに習ってバッグの中から財布を取り出したが、何だ、こいつ。カードばっかりで困ってやがる。これだからカード派は駄目なんだ。現金派の俺様からしたらこうした時に面倒があっていけねえ。

「ほらよ。後ろの奴の分もだ」

 殊勝にも宗谷に来ようっていう気持ちに免じて俺様が気前よく払ってやると、なぜだかロドニーは感激したらしい。

「本来ならば私が出さなければならないのに。スマートな紳士なのね、貴方は」

 何言ってんだ、こいつ。鬼畜・追い込みをモットーとする俺様を紳士だと? 見る目がないにも程があるぜ。おい、響。我慢しているようだが、笑っているのが見え見えだぞ。

「はい、毎度。それじゃあ、君も入るといいよ」

「それじゃ、失礼するわね。元気そうで良かったわ」

「そっちもね」

 なんだ、こいつら知り合いなのか。響の野郎はこう見えて結構歳だからな。そうするとこのロドニーも若作りのばばあということになるが。

「鬼頭提督。国際問題になるよ、その台詞」

「あら。ばばあなんて言われたの初めてで新鮮よ」

 本当に妙な野郎だな、こいつ。うちのばばあなんぞばばあと呼ぶたびに拳骨か梅干しをかましてくるのによ。

「それじゃ、行くか。仕方ねえから案内してやるぜ」

「あら嬉しいわ。それではエスコートをお願いするわね」

 そう言って俺様の隣に並んだロドニーは楽しそうに腕を差し出してくる。

「だから、10年早いと言っているだろうが!」

「年寄り扱いされるのは嫌だったけど、今日に限ってはその方がよかったみたいね」

 

                   ⚓

 与作とロドニーの姿が見えなくなると、響はポケットから携帯を取り出した。

「君の推理通り、うちに来たよ。それでどうするんだい? 長門からも見つけ次第連絡するようにと言われているんだ」

「オールドレディにもバカンスは必要よ。せめて宗谷を降りるまでは好きにさせてあげて」

「君の所にも連絡は入っている筈だ。いいのかい? 上司の指示を無視して」

「今の上司は私達を放ってどこかに遊びに出かけているわ。だからNo problem」

「君もなかなかだね。分かった、宗谷を降りたら連絡するよ」

「Thank you」

 携帯をしまうと、響は宗谷の方をちらりと見つめた。

「全く。何がロドニーだい……。君はクイーンエリザベス級だろう」

 

「響ちゃんは何と?」

 通話を終えたジャーヴィスを皆が取り囲む。

「しばらく様子を見てくれるんですって。さすがに響は話が分かるわね!」

「まああの子も苦労してきたからねえ。でも、まさかウォスが来るなんてびっくりだよ」

 そう携帯ゲーム機で遊びながら言ったのは北上だ。

「司令長官が何をやっているんだい、全く。後に残されたアークロイヤルと尻拭いで派遣されたプリンツ・オイゲンが気の毒でならないよ」

 時雨はため息をつきながら、元同僚の突然の訪問に呆れる。

「でもさすがね、あんた。よくヨサクが行くのが宗谷って分かったわね」

「初歩的なことよ、ジョンストン。ダーリンの外出申請と、鎮守府に届けられた物を調べれば、行く先の見当はつけやすいわ」

「外出申請は分かりますが、鎮守府に届けられた物がどう関係するのですか?」

「あらフレッチャー。分からないかしら。何かが欲しいから外に出る訳でしょう? 最近忙しく通販に頼っていたダーリンは改めて買いたいものはないなと考えたに違いないわ」

「でも、ラーメン屋さんに行きたかったとかはあるかも」

「その可能性は否定しないけれど低いわよ。効率を考えるダーリンは毎回買い物とラーメン屋をセットにしているんですもの」

「な、成程」

 神鷹の反応に、ジャーヴィスは満足そうに頷いてみせた。

「それじゃあ、そっちは片付いたみたいだから、こっちも片づけちゃいましょう」

 パンパンとグレカーレがホワイトボードを叩く。

 そこに書かれていたのは、

「提督へのプレゼント対策会議」の文字。

「提督さんが喜びそうなもんなんて助平なゲームじゃないの」

 身も蓋もないことを言うアトランタに対し、北上は首を振る。

「分かってないね、アトラんたん。提督はあれで好みがうるさいよ」

「普通に手編みのマフラーとかにしたらどうだい?」

「いやいや。全員からもらったら使いきれないかも」

「ダーリンの元に暗号文で届けましょう。きっと乗ってくるわ!」

「あんたねえ。それ、ただ怪盗ごっこがしたいだけでしょ」

「いいアイデアが浮かばな~い。何にしてもテートクはけっとか、ふん、とか言いそうだもん」

「雪風もそう思います!」

「なら皆さんで料理を作ってはどうでしょう? クリスマスパーティーにするのは」

「あ、それなら私も鳳翔さんに教えていただいたうどんを打ちます」

「クリスマスにうどんねえ……」

 微妙な顔をする北上にしゅんとしょげる神鷹。

「い、いや。ダメって訳じゃないよ。ただ、提督のことだから何か言うと思ってさ」

 喧々諤々。たまには提督に何かしようという江ノ島鎮守府の艦娘たちによる会議は続くのだった。

 

                     ⚓

「全く。戯れもほどほどにしろ」

 やってきた元同僚は顔を見るなり、ため息をついた。

「Sorry。どうしても来てみたくて。オイゲンにも悪い事をしたわ」

「全くだ。怒っていたぞ。自分だって会いたかったのにと」

「そうね」

 噂の鬼頭提督が彼の息子と聞き、いてもたってもいられなくなった。

 彼が生きていたのなら、きっと皆が自分達の弟として接したことだろう。

「随分と捻くれた弟だな」

「あら、優しいわよ?」

 私はバックの中から本を取り出す。

「ゴセンインチョウというんですって。去り際に彼がくれたの。お土産ですって」

「鬼頭提督が? 珍しいこともあるもんだ」

 私を本当にロドニーだと思っていたのだろう。宗谷の艦内を案内している時も、彼は今まで私が出会った人間の中で一番自然体に接していた。

「いや、そうでもないぞ」

 ぱらぱらと御船印帳をめくっていた長門がニヤリと笑う。

「あら、どうして?」

「ここを見てみろ」

 彼女が指差したのは、最後のページ。何やら日本語で殴り書きがしてある。

『艦種詐欺へ 達者でな 与作』

「え!? い、一体いつ気が付いたというの?」

 戸惑う私に長門は、肩を竦めて見せる。

 響と話した時か。それとも艦内を案内してもらっている時のふとした会話か。

 だが、それをおくびにも出さなかった彼はやはりあの人の息子に間違いない。

 笑いが込み上げて来る。こんなに笑ったのは久しぶりだ。

 

 用意された飛行機に乗り込む。

 戻ったらアークから山のような説教が飛んでくるだろう。

 オイゲンからも恨みつらみを聞かされることだろう。

 だが、それも仕方がない。

 こんなにもいい休みをもらってしまったのだから。

「Stay well  until we  meet  again、ヨサク」

 (また会う日まで元気でいてね、ヨサク)

 

 窓の下に見える日本に向かって、私はそう呟いた。

 




登場人物紹介
アークロイヤル……副官。苦労人。
ネルソン……ウォースパイトに長門みたいと言われてにっこにこ。
ジェーナス……ジャーヴィスが上手くやっているかどうかは心配しておらず、江ノ島鎮守府の人間も大変だなと同情している。
ロドニー……ウォースパイトが自分の名前を騙ったことを知り、満更でもない。
プリンツ・オイゲン……ウォースパイトに英国旅行に来ないかと誘われて来てみれば、自分の留守を頼みたいと置手紙が。話が違うとの絶叫が空港に響いた。


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