AK-12との何気ない日常 (なぁのいも)
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わかりきった難題とその報酬

 指揮官とAK-12は誓約をしている特別な関係だ。

 

 苦節(AK-12による引っ張り回し)や、苦難(AK-12の無茶ぶり)、歓び(AK-12が指揮官に課した無茶ぶりを乗り越える瞬間)を共にし、見事対等な関係となったのである。

 

 様々な出来事(AK-12の一方的な興味による無理難題)を乗り越えた二人。

 

 お互いの事を知り尽くした仲と言っても過言ではないが、不安と言うモノは出てきてしまうものだ。

 

 その不安の持ち主は、なんとAK-12。

 

「ねぇ」

 

 椅子に座してPCを操作する指揮官を、AK-12は彼の背後から椅子ごと包み込むように抱きしめる。

 

「なんだ」

 

 表計算ソフトを表示するPCのディスプレイから目を離すことをしない指揮官。彼は、短くAK-12からの呼びかけに応える。

 

 AK-12は閉じた視界の中で腕の中にある感触だけを頼りに指揮官の存在を確かめ、腕に込める力を強める。

 

 彼を離さないように強める力とは対照的に、リラックスした声色で自分の中にある不安を口にする。

 

「あなたは、本気で嫌がってない?」

 

 今口にした言葉こそが、AK-12が内包していた不安そのものだ。

 

 AK-12の指揮官は素直ではない。先程の返事のように語気は強く、語調もよい方とは言わない。AK-12には普段から散々引っかき回されるからか、塩対応な事だって多い。

 

 だからこそ、彼の反応を引き出すことにAK-12は興味を惹かれるとも言うのだが。

 

 同時に、自分の気持ちはあまり口に出さない。AK-12の無茶ぶりやボケに対する突っ込みという意味では、気持ちを口に出しているが、自分自身の感情というものは驚くほど口にしてこないのだ。

 

 なので、時折AK-12は不安になることがあるのだ。指揮官は『AK-12に付き合うことを本気で嫌がっている可能性があるんじゃないか』と。

 

 口は悪いし、若干乱暴な所はあるが、根は正直で真面目で自分の気持ちを素直に口にしない彼は、AK-12の無茶ぶりに付き合うことに嫌気が差しているのではないか。

 

 彼女は指揮官に深い信頼を置いているし、基地に居るどんな人間・人形よりもわかっては居るつもりだ。

 

 しかし、足りないのだ。彼女の得意とする深度演算モードを用いて、彼の本心に近い『予測結果』を出しても、安心しきれないのだ。

 

 その答えを求め、AK-12は指揮官に問いかける。

 

 ――何度も演算して、わかりきった答えが返ってくることを理解していても

 

「はぁ……」

 

 指揮官は大きく一つため息をつく。

 

 よく知った反応。AK-12がしょうもないことをするときや、若干呆れが混じったときに出す感情の内包された吐息。

 

 この後に出る答えは、果たしてどんな答えか?

 

 素直な彼の感情か、それとも――

 

 指揮官はAK-12の左手を手に取って、

 

「余計な心配はするな」

 

 指揮官は、AK-12の指に、自分が嵌めた指輪に向かって自分の唇を落としたのであった。

 

 わかりきった素直じゃない言葉。けれど、確かにAK-12の問いかけに対する否定を込められた言葉。

 

 それと同時に送られた、彼なりの『素直な』愛情表現。

 

 AK-12は予想していた答えと、予想通りじゃない対応。

 

 一瞬だけ感情の処理が追いつかずに呆けてしまったが、処理限界を迎える寸前で瞼を持ち上げて深度演算モードを発動し、『いつものからかいモード』の自分に変わる。

 

「ねぇ、今どんな顔してるの?」

 

 残念ながらAK-12は背後から抱きついているので、指揮官の表情は窺い知ることは出来ない。

 

 だから、少しでも、一端でもいいから指揮官の表情を知るために、彼の側頭部に顔を寄せる。

 

「う、うるさいっ!」

 

 指揮官は動揺しながらも、AK-12が寄せた方向とは逆に顔を背ける。彼女に自分の表情を知られないために。

 

 けど、無駄だ。今彼がどんな表情をしているか予測を立てる材料は沢山ある。

 

 腕の中で高くなる体温、口づけしてからも彼女の左手を離さない彼の手、吹き出した汗。

 

 予測だけでもわかるが、敢えてその表情を見たい。

 

 だから、

 

「あはっ」

 

 AK-12は深度演算モードの処理能力を遺憾なく発揮し指揮官の操作を映しているディスプレイのコントロールを奪取。そのまま、ただ一つだけ命令を送信する。

 

 ――今すぐ電源を落とせ

 

「おまっ!!」

 

 真っ黒になったディスプレイ。そこに映されたのは、顔を赤くし、気恥ずかしさで瞳の潤いを増した男と、瞳孔が出っ張った特徴的な瞳をした女性が背後から巻きつく絵面。

 

 わかっていた。AK-12の質問に対して、どんな答えを与えてくれるか、答えを言った後にどんな顔をしていたかも。

 

 だが、実際に出された答えは、AK-12の予想通りながらも予想外の答えも同時に内包していて、どこまでもAK-12の探究心をそそられる。

 

 それと同時にAK-12がモチーフとしている動物の持つ、狙いを定めた獲物に対する執着心も。

 

「んふふっ」

 

 AK-12が小さく鼻歌を奏でながら、一度指揮官から身を離し、椅子を回転させて自分と向き合わせる形にする。

 

 今の表情がバレ、向き合う形にされてなお羞恥に震えながら顔を逸らそうとする指揮官。

 

 そんな可愛らしいことをされては、彼女の執着心は更に燃え上がらせるというもの。

 

 AK-12は指揮官の顔を両手で包み込み、自分から離させないように追い詰める。

 

「な、なんだよ!?」

 

 語気こそ強いが、決して抵抗はしない。その態度もまた、『AK-12のすることを嫌ってない』という証拠に他ならない。

 

 追い詰められてもいつもの自分を崩さない指揮官。そんな彼に小動物の威嚇行動を見たときのような愛らしさを覚えるのは仕方の無い事だろう。

 

「ダメよ指揮官。そんなカワイイ表情を見せたら、悪いオオカミに食べられちゃうかもよ?」

 

 口元を緩め、余裕綽々とばかりに指揮官を見据えるAK-12。

 

 指揮官は、何かを言い返そうと一瞬だけ口を開いたが、瞬時に口を引き絞る。

 

 このまま何かを言ってしまったら、AK-12の思うつぼだと思ったのだろう。

 

 けれど、無駄だ。指揮官が彼女の思うつぼになろうとなかろうと、彼女は指揮官の反応を全て楽しむモードになっている。

 

 そんなことは指揮官もわかりきってる。だから、

 

「……そんなタチの悪いオオカミ、オマエだけで十分だ」

 

 最後の抵抗として、AK-12をまっすぐに見据え素直な言葉で空気を震わせた。

 

 予想外の反応と言葉。AK-12の予測では、目を逸らしながらいつものように突っ込みを入れてくれるかと思いた。

 

 実際に出てきたのは、素直な態度と誠実な彼の言葉。

 

 ああ、この指揮官はわかっているのだろうか?

 

 素直じゃないのに素直な所が、どこまでもAK-12の興味を惹いて離さないことに。

 

「ふふっ、そう。じゃあ、悪いオオカミの恐ろしさを教えてあげなくちゃね」

 

「なんでそうなる!?」

 

 今の突っ込みは否定でないことは散々集めたデータからわかっている。確認しなくても確信している。

 

 彼の本心からの反応は、データを集めても集めても足りない。そこにAK-12の興味は深く深く惹かれて離さず、時折現わしてくれる本心がAK-12のメンタルを奪ってやまない。

 

 そこに彼は気づいているのだろう?否、気づくことはないだろうし、彼女としても気づいて欲しくないものである。

 

 さて、質問に応えてくれたからには返事をするべきだろう。目には目を、歯には歯を、愛には愛を。

 

 AK-12は指揮官に顔を寄せる。彼女の射撃性能なら狙いを外すことは確実にない。

 

 指揮官はAK-12の意図を察し、頬の赤みを強めながら瞳を閉じる。

 

 ディスプレイに映る二つの影は一つとなり、AK-12は今用意できる最大の報酬を与え、指揮官は最大級の報酬を半ば強引に受け取らされるのであった。



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狼の呼び声にはよく耳を澄ましておきましょう

 AK-12は不満であった。先刻の出撃にてMVPを連発したのに、指揮官から「おー凄い凄い」と言うやる気のない褒め言葉しか送られなかったからだ。

 

 AK-12と指揮官は誓約をした仲である。指揮官にとって一番の存在とはAK-12のことであり、AK-12にとって最重要な人物と言えば指揮官の事である。つまり二人は高度に対等な関係なのである。

 

 それなのに指揮官といったらAK-12がふんすと鼻を鳴らしながら自慢げにした戦果報告を「がんばったなー」で済まし、「で、頑張ったからにはご褒美があるべきじゃないの?」と労いを求めたら「おー凄い凄いぞー」とやる気のない言葉と、適当な頭ぽんぽんで終わらせられてしまった。

 

 勿論そのことにAK-12は不満は募るばかり。最近はグリフィンの合同演習や特殊なサンプルを回収する任務のために東奔西走で忙しないのはよく理解している。

 

 でも、頑張った自分のパートナーには少しでもいいから時間を割いて上げるべきなのでは?と不満を感じてしまうのは、退屈や面白くないことを嫌うAK-12故に仕方がないことだろう。

 

「んー」

 

 AK-12は机に座って仕事に打ち込む指揮官に悩ましげな視線を送る。

 

 今の指揮官は資材の支出管理に忙しいらしく、AK-12の事など気に掛けてないようだ。

 

 こんなにも傍に居るのに無視されるのはAK-12としては面白くない。

 

「指揮官」

 

 だから、彼の事を呼んでみて反応を伺ってみる。

 

 呼ばれれば何かしらリアクションをしてくれるだろう。そうしたら、雑談にでも付き合って貰おう。

 

 指揮官の仕事を大きく邪魔しない程度に構って貰おうとする主人思いの雪狼は思案する。

 

 しかしながら、

 

「いや、違う。この日は確か建造に失敗しまくって何故か大量のAK-12が……」

 

 彼は集中状態にあるようでAK-12の言葉は届いてないようだ。

 

 一度だけなら偶然かも知れない。

 

 寛大なAK-12は一度のミスは許して上げるのだ。

 

 だから、もう一度彼の事を呼んでみる。

 

「指揮官」

 

「この日は……確かAK-12が変なことに資材を使いまくってAK-15にキレられてたな……」

 

 残念ながら二度の呼びかけでも自分の世界に囚われてしまっている指揮官には届かなかった様だ。

 

 AK-12の演算では二回目は確実に反応してくれる筈だったが、生物の行動とはAIが制御しきれる代物ではないのだ。

 

 AK-12の予想が外れることだってある。弘法も筆の誤りという物だ。卓越した演算能力を持ち、並み居る人形を圧倒する彼女も間違えることだってある。

 

 だから、三度目は確実なものにしよう。そう決心したAK-12は指揮官の腕をぽんっと叩きながら呼びかける。

 

「指揮かーん?」

 

 しかも今度は可愛らしく間延びした口調で。

 

 これなら指揮官も反応したことだろう。普段は凜と透き通ってる声色をかわいらしさに全振りしたのだ。並の指揮官なら、これだけでノックアウト。脳髄はよく煮込まれた果実のように溶け出し、AK-12と言うミツバチに弄ばれるままになるだろう。

 

「うん……。違う……。ここはAK-12が勝手に食べたプリンの分の経費も……」

 

 だが残念。今の指揮官の耳にはAK-12の声は届いてない様だ。しかも、身体にわざわざ触れながら言ったのに。

 

「…………あはっ」

 

 限界だった。AK-12の中にスタックされる我慢という番地は不満と、指揮官が全く反応を返さないという理不尽さに満杯となった。

 

 仏の顔は三度までと言うが、残念ながらAK-12の顔は一つだけだ。二度目と三度目はよく持った方である。

 

 指揮官が忙しいのは理解している。ある程度おざなりにされても我慢は出来る。

 

 けれど、いくらなんでも、何度も求められても気づかないのはあんまりではないだろうか?

 

 AK-12は激怒した。怒りというトリガーで彼女の代名詞である深度演算モードが発動し、指揮官をこっちに向かせる方法を模索し始める。

 

 ――銃を向ける……論外。

 

 ――身体を叩く……もう一度無視される可能性あり。

 

 ――ハグする……そういう雰囲気じゃないからやだ。

 

 ――チューする……恥ずかしいから今はやらない。

 

 ――94に手伝って貰う……なんか負けたする気がするから却下。

 

 何十、何百、何千と案を出し、シミュレートし、彼女が出した結論は――

 

「はむっ」

 

 指揮官の耳に甘噛みすると言うなんとも摩訶不s――効率的で確実な方法であった。

 

「いっひっ!?」

 

 突如耳に感じた違和感に指揮官は甲高い悲鳴を上げる。

 

 ようやく反応したことに気を良くしたAK-12は、唇で指揮官の耳を挟んで揉み込んだり、耳の外周や窪みに舌を這わせたりとやりたい放題。

 

「いひっ!?や、やめい!!」

 

 耳を甘噛まれた事と暴れた耳を食い破られそうな恐怖感、生暖かい舌と彼女の吐き出す吐息によって与えられるこそばゆさ。彼女が耳へと与える刺激によって、指揮官の耳はどんどん熱を持っていく。

 

「んふふっ」

 

 ようやく反応を見せたことと、弱々しく抵抗する姿がAK-12の加虐心を刺激してしまうと言うもの。

 

 AK-12は指揮官への耳責めを十分近く堪能するのであった。

 

 

 ♦ ♦ ♦

 

 

 AK-12が指揮官の耳を堪能してから少々時間が去った頃。

 

 指揮官とAK-12は二人用のソファで隣り合って座っていた。

 

 AK-12は指揮官の肩に頭を預け、指揮官は彼女の頭を優しく撫ぜ続ける。

 

 ずっと塩対応をされた仕返しが出来てAK-12はご満悦のようで鼻歌なんかを奏でている。

 

「たく……あんなことしなくても……」

 

「反応しないあなたが悪いのよ」

 

「いや、絶対呼ばれたら反応――」

 

 指揮官は反論しようとしたが、AK-12が瞳を見せて上目で睨み付けてきたので、一つ息を吐いて彼女の頭を撫でる作業に戻る。狼にロックオンされて怖じ気づかない人間などこの世界に10%も居ないことだろう。生理的な反応であって、AK-12に怖じ気づいたわけではないと、指揮官の名誉のために言い訳しておこう。

 

 彼女の頭髪は手入れが行き届いており、髪を撫でる度に上質な弦楽器のようにしゃらしゃらと音を立て、指揮官の指に引っかかることなく通り過ぎていく。

 

「んんっ」

 

 それに、AK-12が擽ったそうに身をよじり、微かに頬を赤くしている姿を見れば、彼女への恐れは吹き飛び、その隙間を埋めるように愛情がわきでてしまうと言うもの。

 

「はぁ……しょうがないやつ……」

 

 今回ばかりは指揮官が悪いのだが、AK-12の素行的に彼が信じてくれないのもしょうがないことだろう。

 

 けど、そう言ったときへのカードの用意できている。否、出来てしまった。

 

「また反応してくれないことがあったら、耳をなぶるから」

 

 新たに発見したウィークポイントを責めるという手札が。

 

「心臓に悪いからもう止めてくれ」

 

「あら、かわいかったのに」

 

「そういう問題じゃないわ!!」

 

 指揮官からの心地よい突っ込みに満足したのか、AK-12は指揮官の胸に頭を寄せて微かに頬を持ち上げる。

 

 我が儘で突拍子もない事をするかけがえのないパートナーの頭を胸に抱き留め、指揮官はAK-12の呼び声には反応しようと固く決意するのであった。

 

 

 

 




 数日後、仕事中の指揮官が奇っ怪な悲鳴を上げたらしいのだが、この件とは多分関係ないことだろう。 


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勝者とは常に上にいるものである

 なんの変哲も無い夕方にさしかかる時間帯。  指揮官は新しく淹れたコーヒーとお気に入りの塩味のポテトチップスをテーブルに置き、休憩に入っていた。  一日中フル稼働する頭脳にご褒美としての糖質をあげ、まだまだ頑張ろうと励ますように砂糖たっぷりのコーヒーを飲み込む。  誰にも邪魔されず、ほっと一息をつく。優雅で物静かな午後の休憩時間、 「ふー!」 「うー!」  の筈であったのだが、何やら物騒な声が指揮官のすぐ傍に。  一方は、最近指揮官が拾ってきた黒毛の猫。もっとも、拾ってきたとは言ったが、救護室に迷い込んできた黒猫を基地の皆で飼うことにしただけではある。  では、相手は誰か?猫か?犬か?それともフェレットか?  この猫と唸りを上げ合っている片方のが問題なのだ。  まず、相手は生物では無い。何を隠そうこの基地に居る人形だ。  人形まではわかった。人形にもIDWのような動物をベースに組み込んでいるモデルがいるのだ。彼女たちのベースにある野生が、猫に敵対心を剥いてのだろう。  残念ながらそうでは無かった。  確かにその人形は、動物をベースとしている。しかし、IDWやMk23の様にネコ耳や尻尾を着けたりして、目に見えるようなベースにはなっていない。  どちらかというモチーフだ。その人形のモチーフは狼。動物の中でも無尽蔵の体力を持ち、狩りをするときは獲物を一日中同じペースで走って追い回すそうだ。  剛脚で執念深く、人間の間でも人気が高い狼という生物をモチーフにした人形とはいったい誰か?  それは―― 「シャー!!!」 「ふぅうー!」  自分の脛までしか高さの無い生物に大人げなく(?)唸る人形とは、戦術人形の第三世代機として数多から期待が寄せられているAK-12であった。  いつもは閉じている瞼を大きく開き、毛を逆立てて威嚇する黒猫と対峙するAK-12。  そんな一人と一匹の決着の行方に指揮官は――全くもって興味など無かった。 「コーヒーうめぇ」  このように。のんきに自分の淹れた砂糖多めのコーヒーに舌鼓を打っていて、全く興味なし。  それも、仕方の無い事だろう。AK-12は探究心が強い。戦術人形の中でも格段に強い。 「クルルル!!!!」 「ううぅぅー!!」  それ故に、自分の興味を探求するために、指揮官と彼女の相棒的存在であるAN-94を散々に振り回してくるのだ。  あるときは唐突な興味で口づけされることを要求され、あるときはでたらめな占い結果で自分は運命の相手だと嘯いて来たり、指揮官がとっておいた限定品のプリンを勝手に食べたり。  AK-12に関わるといい目に合わないのは指揮官はよく知っているのである。  なので、指揮官は介入しない。やぶ蛇どころか、草むらからドラゴンでも出現するレベルのやっかいごとに巻き込まれるからだ。 「ポテチうめぇ」  指揮官は見ないことを選んだ。ポテチを掴む手と、サクッと爽快に砕ける食感と思わず次の一口を求めてしまうしょっぱさを感じ取ってくれる口内に意識の殆どを向ける。 「しゃあああ!!!!」 「うみゃー!!!!」  猫とAK-12の咆吼が一段と音量を増したが指揮官は気にしないようにする。  にらみ合い状態の二人の決着に少しだけ興味はある。だから、聴覚だけで動向を伺ってはいる。  けど、それだけだ。否、それだけにしないと自分に火の粉が降りかかるのである。  他の意識を割かないように指揮官は近くにあった『健康診断の結果』と題が書かれた封筒を破り、中から紙を取り出し、読みふける。  近頃は食事を気にせず、好きなモノを好きなように食べたり、AK-12にバランスを考えないメニューを要求されたせいか、 「血糖値やべぇ……」  肥満や心電図、CTの結果などは問題なしだったが、血糖値の項目だけは『改善の余地有り』と書かれていた。食生活を改めるべきか、そんなことを考えながら指揮官はまたポテチをかじる。 「ふうぅぅ……」 「……ふっ」  指揮官が健康診断の結果に一喜一憂している間に冷戦の決着がついたらしい。    AK-12は鼻を鳴らしながら瞼を閉じると、猫を抱き上げ指揮官の目の前にやってきていた。  指揮官はちらりとAK-12の様子を伺う。彼女の頬は持ち上がっていた。もう何度と拝んだ彼女の自信に溢れた顔がそこにある。  牽制の唸りを聞いていただけの指揮官にはよくわからないが、黒猫とAK-12の間には想像を絶する読みあいが合ったに違いない。実力行使に移るまでも無く、牽制で互いの力量をぶつける高度な戦いが。  何故なら彼女の浮かべる笑顔は、作戦でMVPをとったときのものと同種であったからだ。  つまりは勝ったのだろう。流れる血が一滴も無い勝利、指揮官も見習いたいモノである。  AK-12は口を開く。勝つことが当たり前と言わんばかりの表情を携え、指揮官の想像通りの結果を伝え 「負けたわ」 「負けたのにその顔はなんだ!!」  意外や意外、彼女の申告に寄れば、今の勝負は彼女の負けであったらしい。 「勝負は最後までわからないものよ」 「やかましいわ!」  全くもって彼女の言うとおりなのだが、納得がいかないので指揮官は思わず突っ込んでしまった。 「にゃっ!」  AK-12の勝者となった猫は元気よく一声を上げる。その威勢の良さから察するに、AK-12に勝ったというのは本当だろう。 「勝者には報酬を与えないとね。今日は特別よ」  AK-12は気落ちしに眉根を垂らしながら、勝者に報酬を与える。  その報酬とは――指揮官の膝の上だった。 「……はっ?」  どうやら指揮官のあずかり知らないところで、指揮官の膝上をかけて猫とAK-12は争っていたらしい。  確かにAK-12にとって指揮官の膝の上はお気に入りスポットだ。    気がついたらAK-12が自分の膝の上に寝っ転がりはじめ、動けなくなったと言うのはよくあることで、そのまま髪を撫でたり、ほっぺたを突いたりして勝手に膝の上に寝っ転がった事に反抗したり。  そう言った光景は、割と見られるとは、AN-94の談。  まさか、自分の膝の上が勝者への報酬となっていたなんて、指揮官は知らなかった。 「勝利者への報酬よ。言ったでしょ?」  指揮官は瞬時にここ数分の記憶に原因が無いか走査を始める。  コーヒーを淹れるために別室に行って戻ってきた時に、黒猫とAK-12がいがみ合っていたのは覚えている。  突然始まった争いの兆しに、『これはかからない方がいいやつだ』と自分は関わらないようにしていたのが仇になったようだ。  彼が耳の意識を猫とAK-12に向けたのも、つい先程からだ。AK-12が何かを言っていたとしても、そもそも否定も肯定もしてなかった可能性がある。  いつの時代も、沈黙とは肯定。勝手に勝利者への報奨がきまっていたのである。  争いの原因を知っていれば、もしかしたら二人の争いを止められたか、別の要求が指揮官からも出来たかも知れない。  つまり、 「何も知らなかったあなたが悪いのよ」 「納得出来ん!」 「ほら、勝者を労いなさいな。撫でてあげて」 「あっ、はい」  納得は出来ないが、膝の上で丸まった猫を追い払うわけにも行かない。AK-12に促されるまま基地の皆に手入れをされたふわふわと温かい毛を撫でると、猫は気に入ったようで脱力して身体を預けてきた。 「さて、負けた私は残念賞を頂こうかしら」  指揮官が猫を撫でるのに夢中になっているうちにAK-12は残念賞を受け取りにくる。  AK-12は指揮官の左隣に座ると、彼の左肩に頭を預け寄りかかってきたのだ。 「ちょっ」 「ポテチ、私にもちょうだい」  急にのしかかったAK-12は指揮官に抗議を口に出させる前に、新たな要求を伝える。 「は、はぁ?」  完全に出鼻をくじかれた指揮官。彼が狼狽えているうちに、AK-12は彼の左手の手の甲を包むように掴み、ポテチの入った袋の前に持って行く。 「食べさせて」 「……はぁ」  AK-12の有無を言わさぬ一連の要求に対して自分の反論や意見は届くことが無いと諦めた指揮官。彼は猫の身体を右手の指先で擦るように撫でながら、AK-12に促されたようにポテチを摘まみ、彼女の口の前に持ってきた。 「あむ」  一口でポテトチップスを頬張るAK-12。指揮官の指先が彼女の瑞々しい唇に当たったのは、勿論彼女の距離計算が完璧であるがため。  彼女に手ずから食べさせる時は、必ずわざと指先を唇に当てるように仕向けてくる。彼女の唇の柔らかさは指揮官がよく知っているが、その度に脈拍が上がってしまうのは何故なのだろうか? 「美味しいわ」  口元を持ち上げて表情を作る彼女。顔立ちが整った絶世の美女を至近距離で受け止めることは、褒美か或いは目に毒か。  彼女の連撃に気圧され口を一文字に結んだままの指揮官。彼女は彼の手についたポテチと油を持参していたハンカチで拭い取ると、今度は自分の頭に持ってきた。 「んっ」  AK-12は指揮官の手に頭を押しつけるように微かに顔を動かす。撫でろと言うサインなのは、指揮官も自ずと理解出来た。  このまま拒否しようとしても、何度も頭に手を戻されるのはよく理解している。  だから、抵抗はせずに彼女の額から纏めあげられた髪付け根に向かって撫で上げる。  自分の指を彼女の頭皮に押しつけるように撫でると、よく手入れされ指通りのいい彼女の髪が音を立て、指揮官の指を包み込む。 「みぃ~」  指揮官の膝上の猫が気持ちよさそうに声を上げる。 「にゃー」  それに対抗してか、AK-12は目尻を緩めながらねこなで声を上げる。  自分の事を敗者と称しながらも、指揮官の肩に頭を預けることを楽しんでいるとしか思えないAK-12。 「オマエ、本当にまけたのかよ……」 「負けよ。完膚なきまでの。でも、勝負に勝つだけが全てじゃ無い。負けて学べることだってあるはずだし」 「オマエがそんなこと言うとは思わなかったよ」 「さぁ?誰かさんの影響かもね」  AK-12は僅かに瞼を持ち上げ、指揮官の肩の上から見える景色を瞳に映すと、何処か勝ち誇ったように鼻を鳴らす。  これは、負けたと言うよりは、勝ちを譲ったのでは無いのだろうか?指揮官の肩に顔を乗っけてみたいという彼女の興味を満たすために。  そんな彼女を言い負かすことを諦めた指揮官は、膝で丸々猫と肩にほっぺたを押しつけてご満悦な大きな白猫を撫で上げる。  二匹の猫の毛の手触りの違いを楽しみ、指揮官は満たされてゆくのであった。




オマケ
AK-12「そう言えば、人間は猫を吸って気分を高揚させるらしいわね」
指「らしいな」
12「でも、今あなたの膝の上にいる猫はそんなことやらしてくれそうにないわ」
指「別にしなくてもいいんだが

12「吸ってみる?」
指「……」クンクン
12「どう?」
指「うーむ……ポテチ臭い」
12「うん?」
指「ポテチ食べた手で頭を撫でさせたからだろ」
12「………」ペチ
指「あいた!」


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もちえないもの

 朝方の出撃やそのための準備が終わり、後方支援へと回った人形達の第一団が基地へと帰還した昼頃。

 

 昼食を終えた指揮官はタブレットを片手にソファで寛いでいた。

 

 とは言っても完全にリラックスが出来る休憩時間というわけでは無い。

 

 その証拠に彼のタブレットは、昼休憩を終えた後のスケジュール、編成のオーダー票、プレゼン用の資料等、様々なタブが開かれ彼の真剣な眼差しが行き来する。

 

 リラックスしているのは彼の心や気持ちというよりも、午前中に端から端まで歩いて回った彼の健脚と言ったところか。

 

 しかし、脚の休憩時間も実は多くなかった。それは、彼の腿に侵略者が現れたからだ。

 

 侵略者は指揮官と共に昼食を食べ終え、共にソファに座るや否や、彼の空いていた右手をいじり回し、唐突に雪のカーテンを敷き筋肉で硬質な彼の腿の上に着地したのだ。

 

「~~♪」

 

 指揮官の腿の侵略者、その名前はAK-12。彼の基地に置いて一番長く指揮官の傍に居ると言っても過言ではない最新鋭機だ。

 

 彼女は深度演算モードという高度な情報処理モジュールを搭載している。戦場にてあらゆる可能性を即座に計算し、行動を最適化するのだ。

 

 そのモジュールを持ち得て居るからか、彼女はあらゆる事象――特に今は人間に対しての興味関心が強い。

 

 本日の興味の対象は指揮官の手らしい。両手で指揮官の右手を包んだと思ったら自分の指で押したり、指先で撫でたりして感覚を楽しんでいるよう。

 

 何故彼女が指揮官の腿の上に寝っ転がっているのか?それは、指揮官の太腿の弾性を確かめるためであろう。

 

 AK-12は彼女と同じ最新鋭機であるAN-94が畏敬を持って接する偉大な戦術人形だ。きっと、甘えるという様な意図は存在しないことであろう。

 

 AK-12は玩具で遊ぶ子供のように指揮官の右手に夢中になっている。

 

 動物がマーキングする様に自分の頬に寄せて押しつけてみる。指揮官の手にはAK-12のもっちりとした頬の感触が、彼女の頬には手のひらが持つ微かな弾力が伝わる。

 

「んふふっ」

 

 弾力が気に入ったのか、AK-12は自分のほっぺたを手にスリスリと擦りつけている。

 

「ふっ」

 

 そんな小動物のような仕草をするAK-12に感化された様で、指揮官も思わず笑みを零してしまった。

 

 次にAK-12は指揮官の手を頭に移す。すると指揮官の手は当たり前というように、AK-12が指示せずとも彼女の頭の形を確かめるようにゆっくりとなで始めた。

 

「あら?サービスがいいわね」

 

「お得意様に提供する商品位、ちゃんと覚えてんぞ」

 

 これはある種の条件反射のようなものだ。AK-12が指揮官の手をとって頭を撫でてみるよう言ってきたことは何度もある。

 

 彼が考えるより先に、身体が動いてしまっているのだ。AK-12の軽口に反論などせずに返せる位には、反復動作として身体が覚えてしまっている。

 

 彼女の髪は指通りがよい。しゃらしゃらと音を立てて、ふんわりと指先を迎え入れてくれる。

 

 指揮官は口にこそ出さないが、ずっと撫でても飽きが来ないだろうと密かに感じていた。

 

「ん~」

 

 AK-12が気の抜けた声を上げる。それは頭を撫でられる行為に力が抜けてしまったのか、或いはリラックスモードに入ったのか。

 

 なんとなくその意味を確かめたくなって、指揮官はちらりとAK-12に視線を移す。

 

 しかし、AK-12は瞳を閉じているため、上手く感情を読み取ることが出来ない。

 

 だが、その程度、AK-12の事を熟知した指揮官にとって大きな障害とならないのだ。

 

 目を見ることが出来ないなら、口元と眉で判断すればいい。

 

 その二点を中止すると、AK-12の口元と眉尻はだらしなく垂れ下がっている。

 

 疑う余地などないだろう。AK-12は頭を撫でられてご満悦のようだ。

 

 と、簡単に語ったが、彼女と親しくない者にとっては貼り付けたような笑顔にしか見えないことだろう。

 

 指揮官はAK-12の感情を見破る術を自ずと得ていたのだが、残念ながら彼にその自覚は無い。彼はきっとこう言うだろう、『AK-12の表情くらい見ればわかるだろう』と。

 

 くつろぎモードの彼女の顔を一度瞼に閉じ込めると、指揮官は小さく口端を緩めてタブレットに視線を戻す。彼女の頭を撫でる手は止めることはせずに。

 

 

 

 そのまま気の抜けた声をあげながら頭を撫でられたりまた指揮官の手を弄り始めた、AK-12に指揮官はふと問いかけた。

 

「オレの手なんか弄って楽しいか?」

 

「面白いわ」

 

 楽しいのか?と聞かれてAK-12は面白いと少しずれた答えを即座に返す。

 

「面白い?」

 

 人の手を面白いと答えるのは指揮官の感覚では占い師くらいな物だ。

 

 彼女の真意が気になり、思わずオウム返しで指揮官は応答する。  

 

「人間の手の持つ弾力、あなたの骨格」

 

 人差し指で指揮官の手の輪郭をなぞるAK-12。

 

 手の付け根から親指をなぞると指と指の間を通って人差し指から小指へと。じんわりとしたこそばゆい感覚に指揮官の口元が引き絞られる。

 

 そんな指揮官が面白かったようで彼女はくつくつと喉を鳴らす。

 

 なるほど、確かに人工皮膚と生身の皮膚は違う。骨格も人それぞれ変わってくる。面白いという感想も納得は出来る。

 

 けれど、それだけでは無いようで、AK-12の唇は再び持ち上がる。

 

「それと、あなたの体温」

 

「体温?」

 

 意外な答えに、指揮官は思わず聞き返してしまう。

 

 AK-12は自分の回答の真意を伝えるため、自分のグローブを外し、彼の手と絡み合うように繋ぎ合う。

 

「どう?」

 

「どうって」

 

 どうやら答えはAK-12の手のひらにあるらしい。彼女は小首を傾げながら指揮官に尋ねる。

 

 だから、指揮官は答えを探す。今、彼女から与えられたヒントを元に。

 

 彼女が面白いと言ったのは体温だ。ならば、それに関係するはず。

 

 ヒントから得られた簡単な論理を展開し、指揮官は重ね合わされたAK-12の手を握りしめ、彼女の手を感じ取る。

 

 その答えは、大した迷いも無くあっさりと出た。

 

「……オマエの手はそんなに温かくないな」

 

 深く感じ取ったAK-12の手は指揮官と比べて低く、コンクリートで出来た無機質な冷たさを放っていたのだ。

 

「そう。私達、戦術人形は精密機械。だから、熱というのは一番の敵よ」

 

 よくよく考えてみれば簡単な話だ。彼女たちは長年の人類の努力と叡智をかけて作られた機械。

 

 指揮官が持っているタブレットも処理の過多によって放熱し、冷却が間に合わなくなってしまえパフォーマンスが落ち、処理は止まる。

 

 戦術人形の内部処理はタブレットの数倍、数十倍、更には数百倍必要だろう。各種センサーの処理に、バランスを保つための計算、自己メンテナンスのための走査に、即座の判断。思い浮かんでも書き切れない量の処理を同時にこなすのだ。

 

 その全てをこなしながら最適なパフォーマンスを常に実現する為には、彼女たちの頭脳と各部を常に冷やし、最速で信号を伝達する必要がある。

 

 この時代に置いても、熱というのは機器にとって最大の敵であり課題だ。

 

 その結果が、彼女の手の冷たさなのだろう。

 

 単純な答えだ。皮膚や骨格は人工のもので似せられても、人間の様な温かいと感じ取れる体温は彼女達には持ち得ないのだろう。

 

「本で人の手の温もりと言うのは強調されるから気になってたのよ。悪くないものね」

 

 握り合った手に力を込めながらAK-12は小さく頬を持ち上げる。

 

 その笑みは、体温を持つことが出来ない自分への自嘲が何処か込められている様に感じた。

 

 らしくない彼女に指揮官は思わず口にしてしまった。

 

「悪くないと思うぞ。オマエの手」

 

「…え?」

 

 予想してない答えだったのか、AK-12は瞼を持ち上げ彼女の独特な瞳を露わにした。

 

「ひんやりして気持ちいし」

 

「…ふふっ」

 

 しかしながら、指揮官から出た答えは、あまりにもありきたりで凡庸で陳腐な言葉。

 

 その答えに、AK-12は失望――することなく、素直に好意を伝えてくれない彼らしすぎて、それが微笑ましく思わず微笑んでしまった。

 

「他には無いの?」

 

「ほ、他!?」

 

 彼の答えはその場しのぎの嘘で無い事はよくわかっている。彼は――素直ではないが正直者なのだ。

 

 そんなんだからからかいたくなることに指揮官は気づいているだろうか?

 

 いいや、気づいてないし、そもそもAK-12も教えるつもりもない。

 

「ち、小さいところ」

 

「他は?」

 

「柔らかいところ」

 

「えっち」

 

「何処がだ!」

 

 まさかのAK-12からの返答に指揮官は必死に否定する。

 

 正直だが素直じゃ無いのはAK-12だって同じなのだ。

 

 でも、そこを理解しているからAK-12は彼に興味が惹かれてしまうのだろう。

 

 正直ではあるが、素直ではない彼の表情を弄りたくて、いつか素直な、心からの言葉を引き出したくて。

 

 自分を振り回す存在であるAK-12に指揮官は『悪く』は思っていない。

 

 その証は今示すことが出来る。

 

「あなたには手に興奮してしまう性癖があったなんて」

 

「そこまで特殊な性癖は持ち合わせてないわ!」

 

 指揮官はAK-12に弄られ初めて語気こそ強くなっているが、彼女と繋ぎ合った手を離そうとしない。

 

 そんな意地らしいところがなんとも彼らしい。AK-12は指揮官を弄り倒しながら、愉快そうに頬を緩める。

 

 ――確かに『体温』と言うモノは持ち合わせない。ならば、共有してしまえばいい。

 

 その結論に至ったAK-12は、指揮官のことをからかいつつも彼の手を握りしめ、彼の持つ温かさを自分の手の中に移していった。



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そして彼女らはサンセットを眺めた

 澄み渡る青い空、水平線が広がりどこまでも雄大な海原、その二つに染まることの無い自然の光を反射する真っ白い砂浜。

 

「あはは」

 

 先の大戦のせいで大部分が崩壊した筈の世界。今いる場所は壊れた空間からは切り離されたように思える楽園のような場所。

 

「こっちよ~」

 

 楽園の中心で、膝までを海面まで浸けて、女神が微笑みかけてくる。

 

 白い砂浜以上に清廉な銀色の頭髪を一つに纏め、彼女の美しい髪と同色の海水着に包まれた女神が。

 

 普段は隠された純白のおみ足は惜しげも無く晒され、胸部の露出こそ少ないが彼女の豊かなラインを浮き上がらせている。

 

 整ったボディラインは同性からの嫉妬を買ってしかるべき物。

 

 グラビアアイドルの様な過度な露出は確かに無い。それでも、異性同性の垣根無く注目を浴びるであろう魅惑な肉体。

 

 その姿に魅了され無い男が居るだろうか?そんな芸術的な神話に遺される女神のような存在に微笑みかけられ、あまつされ視線を向けられて堕ちない男が居るだろうか?

 

 否、居ないだろう。居るはずが無いだろう。

 

「…………」

 

 その女神、否、我が儘と自分勝手さと探究心の塊のような彼女――AK-12に普段から振り回されている上司――指揮官以外は。

 

 オレンジ色の海パン一丁、ビーチパラソルの下にあるが光で温まったビニールシートの上で体育座りをしている指揮官は、ある意味その例外的な存在だ。

 

「あら?ここまでしかないのね」

 

 いつの間にか全身を海に浸し、鼻歌を奏でながらクロールで泳ぎ始めていたAK-12の言葉が小さくなって指揮官に届く。

 

 指揮官は少しばかり物足りなそうに虚空を撫でる姿を光が伴ってない瞳に写し、言葉は右から左へと素通りさせた。

 

「もう、いつまでも拗ねてないで一緒に楽しみましょう?」

 

 いつの間にか海面からあがった女神のような美しさを持つ悪魔のような面をたまにはみせるけどやっぱり女神と言うのが合うのを認めざるを得ない存在が、指揮官に語りかけてくる。

 

 それは、明確な誘惑。じっくりと皮膚の表面を焼くような照明の光から逃れ、共に優雅な一時を過ごそうという魅力溢れる提案であり、共犯の証。

 

 指揮官は立ち上がる。一度瞬きをして瞳から消え失せた輝きをもう一度宿すと、口元を微かに――どこか引きつったように――持ち上げる。

 

 彼の表情がお気に召す物だったようで、AK-12は常に浮かべている笑みを一段深める。

 

 指揮官は大きく息を吸いそして

 

「ふっっっっっざけんなああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 溜まりに溜まっていた不満を大声に乗せて箱庭の中にぶちまけたのであった。

 

 

 

 

 何故指揮官が突如絶叫をあげたのか?誰しもが気になるところだろう。

 

 その理由は簡単、朝起きたら海パン一丁の姿でビーチに敷かれたビニールシートに寝っ転がっており、隣には水着姿のAK-12がさも当然のように「おはよう」と宣った、以上である。

 

 ちゃんと説明しろと思われるかも知れないが、指揮官の視点で語るとしたら本当に上記の一文の通りだ。

 

 朝起きたらAK-12と砂浜に居たという事実が、彼が目覚めてから得た殆どの情報である。

 

 なので、今度はAK-12の視点から経緯を語るとしよう。

 

「なぁに?せっかくサプライズで連れてきたのにご不満?」

 

 わざとらしく眉間に皺を作り、不満アピールをするAK-12。

 

 誰もが羨む美貌を持つ彼女は憂う姿も美しい、と言いたいところだが騙されてはいけない。

 

「これがちゃんとしたサプライズならよかったんだがな!?」

 

 指揮官が大きく頭を抱えまた絶叫を上げる。

 

 サプライズとは多くの人間の協力を得てこそ平和に出来る物である。

 

 協力を得ていないサプライズをなんというかご存じであろうか?

 

「ちゃんとしたサプライズよ」

 

「勝手の間違いだろ!」

 

 そう、勝手である。

 

 この勝手というワードが、指揮官がAK-12とこの場所にいる大きなヒントである。

 

 指揮官を苦悩させる要因その一が今AK-12とビーチにいる状況であるが、それを深める要員はもう一つある。

 

 それは、指揮官の傍らに置いてある仕事用のタブレット端末に常にメッセージが送られている事である。

 

 送り主はAN-94。メッセージは、

 

『指揮官、今どこに?』

 

『無事ですか?』

 

『AK-12も基地に居ませんがいったいどこにいますか?』

 

 と言った、指揮官とAK-12の安否を確認するメッセージが文字、ボイス、手段を選ばず絶えること無く届いてくる。

 

 ここで指揮官が言った『勝手』と言う言葉が生きてくるのだ。

 

 そう、AK-12は昨夜指揮官の部屋に侵入すると眠りに落ちていた指揮官を連れ出しては基地を抜け出し、こうしてビーチに連れてきたわけである。

 

「本物のビーチは流石に寒いからここにしたのよ?」

 

 AK-12は首を傾げ、唇に人差し指を置いて悩むような仕草で惚ける。

 

 今の季節は冬。真冬の海は遊泳用の水着では楽しめるはずが無いし、そもそも汚染を逃れて無事な遊泳場は頭数が少ない上に料金もバカにならない。

 

 二人がいるのは本物のビーチでは無く、AK-12が見繕った高級ホテルにある海を再現した室内遊泳場である。

 

 それを完全貸し切りの状態にしているので、結局は本物の遊泳場と変わらない値段はかかると思われる。

 

 二人以外の人がおらず、AK-12が虚空に触れたようで景色の再現ディスプレイに触れたのも、指揮官が叫んでもリアクションする者も居ないのはそう言った事情からだ。

 

 疑似とは言え上質なビーチを独占するのは悪くは無い。けどその気分を得られるのは、正規の休暇手続きを得てからこそだ。

 

 今この結果が得られた経緯は、AK-12が休暇の為の手続きというコストを踏み倒して得たもの。

 

 コストを踏み倒して生まれたものは、指揮官の端末に絶えること無く送られてくる安否確認のメッセージ。指揮官とエースであるAK-12の不在という莫大なデメリットを生み出している。

 

 指揮官は通知を表示し続ける端末を手にとる。

 

 先程までAN-94のメッセージだけだったが、その中には他の部下と可愛い後方幕僚、更には上司からも届き始めた。

 

 通話が来ないのは、AK-12が細工したからだろう。画面が電話の表示に変わってないのに、不在着信も同時に大量に溜まっている。

 

「どう返事を返せば……」

 

 か細く長い息を吐き出しながらそれぞれに送る返事を考えていると、

 

「もう」

 

 AK-12が虚空を人差し指でピンッと弾き飛ばす。

 

 弾き飛ばされた空間にあった何かは指揮官の端末に飛び込み、

 

「あっ」

 

 指揮官の持っていた端末は正式な手順を踏まず再起動へと遷移し始める。

 

 ひとりでに電源が落ちる不良機を指揮官は取り扱った覚えは無い。

 

 それなら、原因は一つ。

 

「おまっ!!」

 

 反射的に振り向いた先には、自慢げに腰に手を当てる電子機器に強い最新鋭機のAK-12が口端を持ち上げて居るではないか。

 

「他の女の事を考えてたでしょ?」

 

「考えざるを得ない状況にしてるのは何処の誰だ!」

 

「そんなことはどうでもいいの」

 

「よかない!」

 

「どうでもいいのよ」

 

 そう言うな否や、AK-12は唐突に指揮官の手を掴み海面に向かって駆け出す。

 

「おわっ!」

 

 突如前のめりに力が働いた指揮官はバランスをとるためにAK-12に合わせて走り出してしまう。

 

 戦術人形の力は成人男性よりも強く逆らうことは出来ず、AK-12に連れられるまま二人は再現された海の中へと誘われる。

 

「冷たっ!」

 

 先程まで多少暑さを感じる浜辺に居た指揮官は急激な環境の変化に絶えられず身体を震わせる。

 

 そんな指揮官の姿にAK-12は口元に手を置いてクスクスと声を零す。

 

「あはは準備運動をしないからよ」

 

「する暇と状況があったか!?」

 

 指揮官からの苦言を含んだ突っ込みを無視し、AK-12は手で小さな器を作り海水をためて大きく振り上げ、指揮官に浴びせかける。

 

「うわっ!」

 

 指揮官からの文句が止み、表情が眉間に皺を刻んだ表情から、皺が失せた驚愕の表情へと変化する。

 

「あははっ!」

 

 驚く彼の表情は正直何度も何度も、それこそ彼女の四肢にある指の数が足りなくなるくらい拝んでは居るが、不思議と飽きないものだ。

 

「それー」

 

 かけ声を上げながら、今度は器を作らず手のひらで水面を押し上げ大きなしぶきを彼に向かってかける。

 

 暫し、指揮官はやられっぱなしだったが、段々とやられてばかりの状況とどう転んでもAK-12にとって美味しい展開になるのに痺れを切らしたようで、

 

「あーもー!それー!!」

 

 投げやり気味なかけ声と共にAK-12に水を掛け返す。

 

「やったわね!」

 

「こんのぉー!」

 

 二人の瞳には、置いてきた仕事への憂いや人員への謝意などは籠もっていない。

 

 いつの間にか掛け合う海水に雑念は溶けてなくなっていったからだ。

 

 ただ、目の前に居る相手を移していた。

 

 目の前に居る相手の表情の変化と、リアクション、火照った肌にかかる海水の心地よさを楽しんでいた。

 

「ふふ、ははっ!」

 

「あははっ!」

 

 指揮官が自然と浮かべている笑みは照明を反射する海水より輝かしく、AK-12は知らずにかけあいに夢中になり自然と目を開けてこの光景を記憶領域に鮮明に焼き付けていた。

 

 

 

 

 

 

 その後、二人はどちらが早く果てまで泳げるかの勝負をしたり、ビーチフラッグ、ビーチバレーなどの遊戯を堪能し、楽しい一時を送った。

 

 気がつけばビーチに映っていた青空はオレンジ色に焼け始め大型ディスプレイに映る太陽は沈みかけ、それに合わせて海辺の照明は柔らかなものになっていた。

 

 遊んでいる途中に薄々指揮官は気がついていたのだが、どうやら現実の時間と連動しているらしい。時刻は太陽が沈む映像の通り、夕方と言って差し支えない時刻だ。

 

「はぁ……運動不足はやっぱり敵だな」

 

「戦術指揮官なのにだらしないわね」

 

 一日運動しっぱなしだった指揮官の身体は倦怠感に包まれ、彼の頭はAK-12の弾力のある脚に置かれ、水滴がついた彼の頭髪はAK-12の柔らかく気温より温かい手にくしゃりと委ねられている。

 

「仕方ないだろ……。最近、デスクワークばかりなんだし」

 

「ええ、知ってる」

 

 指揮官の最近の仕事っぷりは他ならぬAK-12がよく理解している。だから、つまらないことだと言うかのように、当たり前だと言うように短く返す。

 

「……そう言うと思った」

 

 指揮官はAK-12を見上げるような体勢から、拗ねるように太陽が沈む方向へと向ける。

 

 鼻に当たる肌から漂う香りは擬似的な海水に含まれる成分のせいか、それとも彼女から分泌されるものなのだろうか?答えが分かりきった自己疑問は頭の片隅に追いやって、指揮官は目が眩みそうな沈む夕日の再現映像に意識を集中させる。

 

 二人は同じ夕日を見て、その景色に心を奪われて押し黙る。

 

 聴覚が感じ取るのは、人工的に立てられた波のさざめきに微かな空調から出る雑音、それと指揮官の髪から発せられるしゃらしゃらという景色に似合わないようでよく噛み合った心地よい音楽達。

 

 太陽が殆ど海面に隠れ、海での遊びもこれで終わりかと、指揮官が寂寥感を覚え始めた頃合いで、

 

「楽しかった?」

 

 AK-12が見計らったように疑問を提示する。仕事をさぼりさせて擬似的な海水浴に連れ出した張本人の声からは、不安や謝意と言った負の感情は全く感じられない。

 

 あるのは自信。仕事を疎かにしてでも、指揮官をそれ以上に楽しませる事が出来たという自信に満ちあふれていた。

 

「楽しかった……か……」

 

 指揮官は物思いにふけるように、AK-12が発した言葉を復唱する。

 

 楽しかったかどうか?仕事を疎かにし、同僚や仲間に迷惑をかけ、二人っきりで海を堪能し尽くしたこと。

 

 AK-12と違い、仲間や組織への罪悪感は感じてはいるが、それ以上に二人っきりで遊べたことは――

 

「楽しかった、よ……」

 

 指揮官はAK-12に表情を見られないように彼女の脚に顔を押しつけるようにして、ごちる。

 

 気恥ずかしそうに、認めたくないけど、認めざるを得ないと声を揺らがせて。

 

 そんな指揮官の逡巡は微かに染まった頬を見てしまえばわかる。

 

「ふふっ」

 

 AK-12は笑みを漏しながら平時より上の熱が灯った頬を突っつく。

 

「最近、休暇が取れてなかったから。いい休みになったでしょ?」

 

「休暇申請をちゃんとしてたらな」

 

「ちゃんとしてるわよ」

 

「はぁ!?」

 

 AK-12から放たれた衝撃の言葉に思わず上半身を持ち上げてしまう指揮官。指揮官は正式な許可を得て休みを得ていたというのだ。

 

 確かにそうだ。AK-12の口から、『休暇の許可』に関する文言は出ていない。

 

「あのメッセージは私が作ったbotから送られたものよ」

 

「なんでこんな事をして!」

 

「あなたの焦る表情が見たかった」

 

 だが、一つ疑問がある。それは、一人だけメッセージがずっと来ていることだ。

 

『指揮官!AK-12!いったいどこに!!』

 

 送り主はAK-12のもう一人の大事な相棒であるAN-94である。

 

 ボイスメッセージも届いているが、もう涙声で何を言ってるかわからないレベルであった。とりあえず、『指揮官』と『AK-12』はなんとか聞き取れたのだが……。

 

「……AN-94には伝えたのか?」

 

「たまには自分で考えることもしないとね」

 

 AK-12からの答えはこの始末である。つまりは、伝えてないのだろう。

 

 その理由はAK-12が語ったものが半分、もう半分はからかいだろう。

 

 付き合いが長いおかげでわかってしまう。

 

「そろそろ、私からメッセージを送っておくわ。反応が楽しみね」

 

 今度、AN-94のためにプリンを買ってあげようと、指揮官は心の奥底で決意した。

 

「私のもお願いね」

 

 偶然か、それとも必然かAK-12に思考を読まれてしまったので、自分のも含めて三つ買うことに決めた。

 

 心の中でAN-94に合掌をしていると、太陽は完全に沈み、海辺は温暖な闇が一面に広がった。

 

『遊泳施設ご利用のお客様 閉館の時間となりましたので――』

 

 同時に退出を願う館内放送がかかる。施設内の明りはロマンチックさを演出していたそれから、出口への道を最低限度のものへと切り替わった。

 

「……帰るかー」

 

 指揮官は立ち上がると、AK-12に手を差し伸べる。

 

 この時間を提供してくれた彼女に対する礼を込めて。

 

 楽しい時間は終わり、これからは帰路につかないといけない。

 

 そう思っていた指揮官だったが、AK-12は口元を緩めると、彼の腕に抱きついた。

 

「んっ?!」

 

 驚愕する彼の反応を他所に、AK-12は耳元で囁く。

 

「休暇は今日と明日の二日よ。このホテル自体の予約を取ってあるの」

 

 口元に人差し指を置いて自慢げに片目を開眼する彼女。

 

 ああ、またしても一本取られた。指揮官は締まりが悪そうにそっぽを向いて頬を掻く。

 

「せっかくの休暇だもの簡単には終わらせないわ」

 

 指揮官の腕から離れたAK-12は一歩前へと踏みだし、彼へと手を差し伸べる。

 

「行きましょう」

 

 どうやら本日の主導権は完全にAK-12にあるようだ。

 

 楽しい時間はいつかは終わるもの。何事も終わりからは逃れられない。

 

 だが、そうであっても楽しい時間が続くのであれば――文句など出るはずがないだろう。

 

「ああ、オマエに任せる」

 

「はーい」

 

 指揮官の期待が籠もった眼差しにどこか気の抜けた返事で返す彼女。

 

 指揮官は彼女の手をとり、彼女は込められた期待を嬉々として握りしめる。

 

「夕食はフルコースですって」

 

「腹が減ったから楽しみだ」

 

 次の楽しみに期待を膨らませ、二人は寄り添って一つの影を作りながら二人は海辺をあとにするのであった。




後日
AN-94「本当に本当に心配しました……」グスグス
AK-12「あらあら、かわいそうに。誰がAN-94を泣かせたのかしら?」
指「オマエが気まぐれで報連相を絶やしたからだろうが!」
AK-12「ほら、文句言わない。プリン買ってきたから一緒に食べましょ?」
指「買ったのオレだぞ」
AN-94「ありがとう……いただきます」
AK-12「ほら、指揮官もたべるわよ」
指「……はぁ」


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xN days after

今日はなんの日かご存じですか?
そうです。今日は3/14 264時58分。
つまりホワイトデーです。
なんとか間に合いましたね。


 一日の始まりを象徴する朝の時間帯。

 

 基地の外では遠征から帰ってきた人形達の乗ったヘリコプターのローター音に整備員達のかけ声、朝からトレーニングに励む人員達の声が響く、いつもと変わらぬ朝の様相。

 

 代わり映えのない朝の雑音が閉じられた窓越しに流れ込む中、自室で佇む戦術人形が一人。月の光を束ね編み込んだような銀色の長髪に瞳を閉じて尚整った顔立ちの神秘的な女性、否人形であるAK-12。

 

 彼女の瞼は平時と変わらず閉ざされ、一見すると眠りに落ちているように思えるが、

 

「うーん」

 

 彼女が腕を組み、眉を寄せて唸っている事から彼女が眠っている事は簡単に否定できる。

 

 何故、彼女が唸っているのか?

 

 高度な演算能力を持つ彼女なら簡単な予測から『答え』に辿り着くのだって容易にできるはず。

 

 それが出来ないのは、その答えは客観的な事実に基づいて出される推論ではなく、自発的に出してこそ『答え』となる行動が必要となっているからだ。

 

 要は、彼女は自分がしたことの後始末の仕方を考えているのだ。それも、ほぼ毎日のように。

 

 では、彼女のしたこととはなんだろうか?

 

 AN-94を揶揄ったことか?それとも、指揮官に過度な弄りや悪戯をしたことか?

 

 前者は恐らく彼女が反省する事はまずないだろう。

 

 AK-12は他の誰より、AN-94の自立を願っている。どんな言葉や冗談であれ、彼女が自分から考え行動する事が出来ることを望んでいる。

 

 それ故に、彼女の反応を引き出すための行動は反省する理由がまず存在しない。

 

 自分で考え行動するようになる。『自分』を見つけて貰うのが、AN-94に課したAK-12からの大きな課題だ。

 

 次に指揮官への悪戯だが、これも反省する事はないだろう。

 

 AK-12は戦術人形の中では数少ない人間に『深い興味』がある戦術人形だ。

 

 同じように興味がある戦術人形は彼女と製作者を同じくするRPK-16が居るのだが、彼女とは犬猿の仲なので今はこの話は控えさせて貰おう。

 

 ともかく、人間に深い興味がある彼女が今『一番興味を抱いている』のが指揮官だ。

 

 彼は弄ったり揶揄ったり悪戯する度に新鮮なリアクションを提供し、作戦の時は打って変わって的確な指揮を彼女達に提供するし、どんなことをしても完全にAK-12を無下にするような事だけはしない。

 

 そんな、面白く優しく甘く時折厳しくも真面目で素直じゃない彼に彼女は『興味津々』であるのだ。

 

 この二つが理由でないのなら、他に上げられる要因はあるのか?

 

 答えはある、だ。それも、他ならぬ彼女自身を要因としたもので。

 

 本日はある日からちょうど一ヶ月が経ってしまった。

 

「……はぁ」

 

 AK-12は机に手を置いて一つ大きな息をつく。その中には珍しく後悔の念が込められているように思える。

 

 地域や国によって多少は違うが、彼女のいる場所では女性が男性へ贈り物をする日から一ヶ月が経っていたのだ。

 

 この時点で予測が出来た者も居るかも知れない。答えは、バレンタインデイ。

 

 彼女達がいる地域では主に女性から男性、特に『気になる異性』にプレゼントとしてチョコレート菓子を贈る日とされている。

 

 彼女がしでかしてしまった要因、その証は今彼女が向き合っている机に置かれている。

 

 ハート型で結ばれた桃色のリボンのワンポイントが可愛らしい白い包装紙が施された箱。

 

 中身は何かおわかりだろう。彼女が指揮官のために用意したチョコレート菓子だ。

 

 何故、指揮官に渡すために用意したチョコレートが今も彼女の手元にあるのか?

 

 理由は単純。結果的に彼女は『何もしなかった』からだ。

 

 つまり、

 

「……どうしましょう」

 

 AK-12は指揮官に贈り物を渡さなかったのだ。

 

 彼女の持つ『興味』と『好奇心』によって。

 

 好奇心は猫をも殺す。

 

 猫のように気まぐれな彼女には、まさしくその言葉が合う状況に置かれていたのだ。

 

 指揮官宛のチョコが今も彼女の手元にあるのは、彼女の興味が抑えきれなかった結果だ。

 

 バレンタインの当日に自分がチョコを渡さなかったらどうなるかを見てみたかったのだ。

 

 彼女自身、普段は折り合いが悪いように見えるが指揮官とは他の誰よりも近い仲で一番の信頼を置かれている自負はある。

 

 他の誰かが彼の隣に立っていたとしてもすぐに自分が彼の隣に戻る自信があるくらいには、彼に認められている自覚はある。

 

 だからこそ、信用し信頼し合っているからこそ見てみたかったのだ。

 

 信頼と愛情の日にその証であるチョコレートを贈らなかったら、どのような反応を見せてくれるかを。

 

 焦るだろうか?慌てるだろうか?がっかりするだろうか?

 

 チョコを渡さないことでどのような顔を見せるか、胸をときめかせ流れ彼の横で反応を見ていた。

 

 結果は出た。

 

「なにも反応しないなんて酷いわ」

 

 バレンタインの指揮官を思い出しながらぷくっと頬を膨らませるAK-12。

 

 そう何も反応がなかったのだ。

 

 普段通りに呆れ、普段通りにため息をつき、普段通りに笑い。普段と違うのは贈り物をくれた者にだけ、柔らかな笑顔を向け返礼の品を渡したこと。

 

 本当にそれだけであった。

 

 そして、そのリアクションすら去年と同じもの。

 

 当日の時点で指揮官の表情をモニタリングするのを止めてチョコを渡せば、彼女の手元にチョコが残る事態は避けられたのかも知れない。

 

 しかし、『オマエはなにもくれないんだな』という嫌みも一つ言ってこなかった指揮官に少しだけ悔しさを感じ、そのまま渡さなかったのだ。

 

 もしかしたら、翌日に『そういえばオマエはなにもくれなかったな』と言ってくるかも知れない。

 

 そう言われたら、「そんなに欲しかったの?」と散々からかってから渡すつもりだった。

 

 残念なことなその予測という名の自分の願望も外れ。

 

 本当に普段通りの指揮官しかそこには居なくて、特別な所と言えば贈り物をくれた者に感想を聞かれ、『ありがとう』や『美味しかった』、『まだ食べてない』と返しただけ。

 

 それ以外はいつもの指揮官だ。AK-12が贈り物をくれなかったことに苦言一つ漏す事はなく、いつも通りに彼女に構ってくれる彼が居た。

 

 そこからは意地だ。指揮官が何か言うまであげはしない。そうメンタルに刻み込んでリアクションを待った。

 

 その結果がチョコを渡せなかった一ヶ月間。彼はバレンタインにAK-12がなにも贈らなかったことになにも文句は言わず、普段と違うリアクションをとることもなかった。

 

「……失礼ね。私が行事を忘れる薄情者だと思っているのかしら」

 

 指揮官は素直ではない時も多いが、AK-12が内心誰かに騙されないかと心配するときがあるくらいには心優しい性格の持ち主だ。

 

 AK-12がバレンタインという特別な日のことを忘れていてなにも用意出来なかったと感じ、彼女のプライドを重んじてなにも言わなかったのかも知れない。

 

 AK-12が特別な日や行事を忘れたことなど一度もない。ハロウィンやクリスマス、それにバレンタイン、指揮官の誕生日も祝った。つい最近は元旦だって共に祝ったものだ。

 

 だが、このバレンタインだけ指揮官が何も言わなかったのは一つ心当たりがある。

 

 指揮官ととある年のバレンタインにAK-12はしでかした事がある。

 

「今思うとあれはよくなかったかしら」

 

 彼女はAN-94に渡されたチョコをそっくりそのまま指揮官に渡したのだ。

 

 あの時の指揮官の表情は今思い出しても頬があがる。まさしく引きつった表情を浮かべていた。チョコレートの処理に困ってそのまま渡されたのだからそれは当たり前の反応だろう。

 

 これは『AK-12チョコレート横流し事件』として、未だに指揮官とAK-12の間で印象深い。幸いにもこの事件の概要はAN-94には伝わっていないし、最終的には指揮官が受け取りを拒否しAK-12が食べたからセーフだと思いたい。

 

 印象深いこの事件を指揮官も覚えているからこそ『AK-12はバレンタインにそこまで興味がない』と思い込んでも仕方ないだろう。

 

 ――本当は久しぶりに調理台に立って、何度も思考を重ねながら指揮官に合いそうなチョコレートを作ったというのに。

 

 チョコを渡せなかった経緯を思い返しているうちになにも言わなかった指揮官と渡さなかった自分に腹立ってきた。

 

 しかし、その気持ちをぶつけていいのは自分だけ。

 

「はぁ……」

 

 一つ息をつくとAK-12は指先でチョコレートが収まった箱を小突く。

 

 小突かれた箱は彼女が贈り物に込めた想いを反映させたように微かにしか動かなかった。

 

「さて、どうしましょうか」

 

 考えるべき事はチョコレートの処理について。

 

 このチョコレートを『気まぐれな贈り物』として指揮官に渡すか、自分で食べてしまうか、最後の手段としてAN-94にプレゼントするか。

 

 朝起きて一番に考えてしまうのはそのことで、しかも結論はずっと出ず結局はとりあえず今のままでと自室に置いていって変わらぬ日々を送ることに。

 

 一番無難な選択肢は間違いなくAN-94に食べて貰う形なのだが、指揮官のために作ったものをあげるのは流石に今の彼女も気が引けるし、AN-94にはバレンタインにチョコをあげた。

 

 純粋なAN-94とは言え、怪しまれることは予想できる。

 

 だからと言って自分で食べるのは、完全に指揮官に負けた気もするし(そもそもAK-12が勝手に試して自爆しただけなのだが)、虚しさが余計に募るだけだ。

 

 小一時間ほど考えたが今日も答えが出ず、指揮官の部屋に乗り込む準備を始めようとしたところで、

 

「入るぞ」

 

 無遠慮な、けれどどこか安らぎを感じる低い男声がAK-12の聴覚に届くと同時に部屋のドアが開く音がした。

 

「っ!?」

 

 突如現れた、けれどどこまでもなじみ深い気配。その根源を辿るように顔を向ける。

 

「おはよう」

 

 そこには未だ眠たげに瞼を半分だけ開いた――彼女が深く信頼を置いている興味深い人――彼女の指揮官が私室へと脚を踏み入れていた。

 

「お、おはよう」

 

 AK-12は思わずチョコレートをもって後ろ手に書くしながら立ち上がり、いつも通りの穏やかな笑みを貼り付けて挨拶を返す。

 

 慌てて取り繕った笑顔だからか、若干頬が引きつっている。

 

 指揮官もそれに気づいたのだが、頭がまだ寝ぼけ半分のようで珍しく見せた隙につけいる事は出来なかった。

 

「ああ、おはよう」

 

「朝早いわね、どうしたの?」

 

 AK-12の演算・記録通りなら今の時間はまだ起きて居ない。朝早くから仕事が舞い込んでくれば話は別だが、前日から大きな仕事を受け持っている訳では無く、緊急事態となった記憶もない。

 

 ならば、彼が起きる時間は平均的なそれになるはずなのだが、今日はあまりにも早い。

 

 贈り物が渡せず悩んでいたAK-12の思考回路は突如舞い込んだ想定外によって論理がストップ、彼がここに来る理由を導き出せない。

 

 彼女が口に出した問いかけは、いつものような正確な答えを予測できて出したものでは無く、本当の意味での答えを求める問いかけだ。

 

「ああ……その……」

 

 AK-12に質問されて目が覚めてきたのか、指揮官の瞼が徐々にあがる。それと同時に何故か頬の血色がよくなるのも。

 

「今日はいい天気だな」

 

 頬を人差し指で掻きながらの当たり障りのない言葉。しかし、

 

「今日は曇りで、午後には一雨降るそうよ」

 

 ネットワークに接続されたAK-12は正しい予測がわかってしまう。

 

「げっ……」

 

 指揮官は意表を突かれたように小さく声を漏す。

 

 戦術指揮は天候も大きな要素となる。グリフィンの指揮官業が板についた指揮官が天気予報を見ないはずがない。

 

 それは彼の腕を買っての信頼からくる当たり前の結論。

 

「あー……今日は暖かくていい日だな」

 

「今日は12℃。昨日の方が温かいわ」

 

「風も爽やかで」

 

「窓は開けてないわ」

 

「その……あー……」

 

 当たり障りのない言葉。実態のないやりとり達。

 

 だが、それを連続されては本題が見えてこない。

 

 いつまでも本題に進まない指揮官にAK-12は少しばかりの怒りと、このチョコレートをこのタイミングで渡すかどうかの逡巡からくる焦りを覚え、チョコレートを隠した指先に力を入れてしまう。

 

 そこでAK-12は一つの結論に辿り着く。辿り着いてしまう。

 

「今日が何の日かわかるか?」

 

 指揮官の喉が動き、生唾を飲み下したのをAK-12の視野が捉える。

 

 今日は何の日か?それはバレンタインから一ヶ月経った日。

 

「え、えぇ、わかるわ」

 

 AK-12はいつも通りの笑顔という名のポーカーフェイスで、声色だけはいつもと違って少しばかり弱気に返す。

 

 指揮官は100を超える戦術人形に一人一人向き合い、対話し、相互理解を日頃から深め続けている。

 

 全てがお見通しという訳では無いが、人形の大まかな行動は頭にいれてる筈だ。

 

「流石だな」

 

 指揮官は何処か諦めたようにふぅと小さく息を吐く。それは、諦めというよりかは期待が外れたことを憂うようで。

 

 そこでAK-12は違和感を覚える。何故なら、彼がこれから行おうとしている行動の予測は『バレンタインになにもくれなかった事への苦情』だと思っていたからだ。

 

 彼の表情は今から苦言を呈すようには思えない。眉根は緩み、吐かれた吐息は何処かリラックスしたような場の弛緩を感じさせ、剰え彼は自信を取り戻したように表情が朗らかになっている。

 

 違う。これは予想していた事態ではない?

 

 AK-12は思考に乱れを感じながらも、3月14日について検索を開始する。

 

 円周率の日?違う。そんな自慢をしたいなら朝早くにやってきてまで指揮官が言いに来る日だとは思えない。

 

 指揮官の尊敬する人物が生まれた日だろうか?それもあり得ないだろう。指揮官は自分のことに関しては自発的に口にすることが少ない。

 

 候補を調べに調べ、冷静さを取り戻しつつあるAK-12は改めて一つの事に気がついた。

 

 それは、指揮官もAK-12と同じように手を後ろに組んでいることに。

 

「驚かそうと思ったがやっぱり知ってたか」

 

 先程までの緊張した面、安堵した様相、朗らかな今の表情、後ろ手に隠しつつも微かに見える紙袋の端。

 

 指揮官から得られた要素達が、彼女を本当の答えへと導く。

 

「今日はホワイトデーと言って世話になってる人に贈り物をする日らしいぞ」

 

 頬が目に見えてわかるくらい赤く色づいた指揮官が、後ろ手に隠していたものをAK-12に差し出した。

 

 ――今日はホワイトデー。確かに指揮官の言うようにお世話になっている人物に贈り物をする日ではあるが、東にある国ではバレンタインデーのお返しをする日と記録されている。

 

「あっ……ありがとう」

 

 AK-12はおずおずと手を伸ばして、指揮官からの贈り物を片手で受け取る。

 

 自分の元にたぐり寄せ、一瞬だけ目線を移して中身を見てみると、そこには包装されリボンでラッピングされた長方形の贈り物が入っていた。

 

「知らないと思ったんだがな。流石に知ってたか……」

 

 指揮官は気恥ずかしそうに頭を掻く。相も変わらず、顔の温度は上昇し続けたまま。

 

 指揮官の贈り物を受け取ったAK-12には、彼の言葉の多くは正確に耳に入ってこなかった。

 

 何故なら彼女の中には感謝の気持ち以上に別の感情が渦巻いていたからだ。

 

 彼女を支配していたのは情けなさ。

 

 自分の興味が上手く実を結ばなかったからと、そのまま小さな意地を勝手に貼り続けて結局今も渡せてない自分への嘆かわしさ。

 

 普段は素直でないながらも、勇気を振り絞って、普段の意地らしさを抑え込み、『特別な日』にプレゼントを渡してくれた指揮官の誠意。

 

 自分の小さな、それでいてつまらない対抗心と癇癪が、後悔しか生まない今の自分を創りあげてしまったのだ。

 

 情けない。嘆かわしい。哀れで憐れな今の自分。

 

「いつも世話になっているからな。渡すもの渡せてよかった」

 

 指揮官が背を向ける。ここから立ち去ってしまう。

 

 今の惨めな自分を払拭するために行動するなら今しかない。

 

 彼の勇気に報いるときだ。

 

 AK-12は後ろ手に隠していた手を自由にし、彼の背中に飛びついた。

 

「のわー!!」

 

 突如のし掛られた形になったが流石は指揮官と言うべきか、前に片足を強く踏み出してなんとかバランスを保った。

 

「な、なんだよ……」

 

 指揮官が思わず背後を振り返って確認してくる。

 

 今のAK-12の表情はあまりにもらしくない。

 

 緊張で唇周りの人工筋が硬い。それでも言葉を発するために瞳を解放し深度演算モードを起動。口を閉ざそうとする感情達を無理矢理高度な演算処理で抑え込んでいるから。

 

 あまりにもらしくない。戦場以外ではまるで感情の赴くまま、興味の赴くまま振る舞う彼女らしくない。

 

 それにまだ言葉が出てくれない。だから、一時のしのぎとして今まで後ろ手に隠していた『贈り物』で彼のお腹を叩く。

 

「ん……?」

 

 お腹に当たる手や腕、骨格とは違う堅い感触に違和感を覚えた指揮官の顔が背後ではなく腹部に誘導され、

 

「……あっ」

 

 AK-12が押しつけている『贈り物』に気がついた。同時に彼の背中にあがるAK-12の顔の温度が上昇傾向にあることも。

 

 彼は言った。『今日は世話になっている人に贈り物をする日』であると。

 

 それなら、彼が与えてくれた免罪符に今は使わせて貰うべきだ。

 

「これ……私からの……お世話になってる……贈り……モノ……」

 

 深度演算モードによって溢れ出る感情を抑えつけた抑揚のない声で、顔の廃熱が間に合わず、おぼろげな思考ながら紡いだ言葉。

 

 それがAK-12が発した無機質な言葉で、冷たいように捉えられてしまう声色でも、彼には彼女の『想い』はしっかりと伝わっていた。

 

「ありがとう」

 

 彼からの返礼を受けたAK-12は冤罪が晴れた罪人のように脱力すると、その場でへたり込んでしまう。

 

 AK-12が床に着地した音が耳に届いた指揮官は、敢えて何かをするような事はせずに黙って、何処か浮き足だったような足取りで彼女の部屋から退出した。

 

「ふぅ……」

 

 指揮官が居なくなった部屋で大きく息をつき、瞼を閉じるAK-12。

 

 そのため息は長らく彼女を苦しめた悩みから解放されたモノから出たのか、ようやく指揮官に渡せたことへの安堵から出たのか、そのどちらも、或いはそれ以上の何かも作用したかはわからない。

 

 一つ言えるならば、彼女の気持ちはふわふわとして不明瞭で、その中には不快感と呼べるモノはなかった。

 

 メンタルの安定感を取り戻したAK-12はテーブルに戻ると手に持っていた『贈り物』の紙袋を机に置き、中に入っていた物を取り出す。

 

 包装紙を丁寧に外すと中からは高級感溢れる布製で重厚感のある箱が。

 

 ――指揮官の贈り物、ワクワクするわね。

 

 自分の中の機関部の高鳴りを聞き取りつつ箱を開ける。

 

 中に入っていたのは髪留め。

 

 AK-12が普段着けている黒を基調とし赤と白でチェック柄が描かれたリボンがついた可愛らしい髪飾り。

 

「指揮官はこういうのが好きなのかしらね」

 

 口調は冗談めかしているが、彼女の視線は雄弁で髪飾りから目を離せない。

 

 一通り眺めた彼女は指揮官の贈ってくれた髪留めをつけるようとしたが、箱の底に一枚の小さな紙が入っていることに気がつく。

 

「うん?」

 

 訝しみながら紙を捲って確認してみると、そこには指揮官の手書きでメッセージが。

 

「You're my ――」

 

 彼のメッセージ。普段は素直に言ってくれない『深い信頼が置かれているとわかる言葉』にAK-12は無意識に頬を持ち上げ、目元を緩ませる。

 

「素直じゃない人」

 

 呆れたような口調で言いつつも、AK-12はいつもより喜びを湛えた笑みで束ねていた髪を解き、指揮官の贈ってくれた髪留めで髪を纏め直した。

 

 近くにあった鏡で自分の髪を確認する。

 

 月光を編み込んだ彼女の銀髪には指揮官の贈り物がいつもと違った彼女を演出させてくれていた。

 

「さて、そろそろ行かなくちゃ」

 

 髪留めを眺めているうちに思わず時間が経っていたらしい。

 

 AK-12は手早く準備を整えると、いつもより浮き足立ちながら自室を後にし、いつも通りに、悩みなどなかったように指揮官の元へと向かうのであった。

 




AN-94「AK-12、今日はいつもと違った髪留めをしているのですね」
AK-12「そうよ。たまにはおしゃれもいいと思ってね」
AN-94「とてもにあってます」
AK-12「ありがとう」チラチラ
指「……」
AN-94「指揮官はどう思いますか?」
指「んー?……よく似合ってる」
AK-12「ふーん?ふぅーーーん」ニマニマ
指「な、なんだその顔は!?」
AK-12「そうよね。似合ってるでしょ?」
指「……似合ってるよ」
AK-12「ふふっ」ニコニコ
指「あーそうだ」
AK-12「なぁに?」
指「……美味かったぞ」ボソ
AK-12「そう。なら、よかった」
指「……もっと早く食べたかった」ボソボソ
AK-12「何かいった?」
指「なんでもない」
AN-94「そういえば指揮官。先程貰ったマドレーヌ、とても美味しかったです。ありがとうございますした」
指「んっ、よかっt」
AK-12「……」ポカッ
指「あいたぁ!?」
AK-12「……浮気者」
指「はぁ!?」
AN-94「??????」


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犬だふるでいず

狼になったDEFYの皆が可愛かったので初投稿です。


 不思議と温かい感覚に全身を包まれている気がしていた。

 

 柔らかな毛皮に包まれているような、或いは上等な毛布に覆われているような。

 

 それは温もりと共に何処か安心感や馴染みの様な、自分の気構えから来る不愉快さと言う物はなかった。

 

 自分の酷くふわふわとして実態を感じられない触角を動かしてみる。

 

 ――ああ、なんだろうこの感覚。悪く、ないな

 

 ぼんやりとした触覚が感じ取るのは滑らかな触り心地と、ふんわりとした感覚。

 

 はっきりと口にしてしまえば、ずっと触れていたいたい心地よい感触。

 

 輪郭も無く実感も無い触覚でもふしぎとわかるそれは、なんとも自分を惹き付けてくる。

 

 不思議な空間の中で珍妙な感覚に安らぎを覚えていると、今度は触角が受動的に新たな感覚を受け止める。

 

 今度の感覚は自分から感じようとするそれでは無く、断続的に与えられている気がする。

 

 それは、滑らかなついたものが肌の表面を伝う感覚に似ている。

 

 自分が感じていた感覚と違い与えられるモノには何だかぬるぬるとねとついており、若干の不快感を覚えはする。

 

 それを振り払う程のモノかといえば、自分にとってはそうでは無い。まぁ、別に好きにさせてはおこうと言う気には不思議となる。

 

 なので、自分にとって心地よい感覚を送ってくれたことへの返礼として、自分は滑ったそれを受け入れることにした。

 

 自分は極上の触り心地に飽きてはいないのだが、その感覚の持ち主は滑ったそれを押し付けるのに飽きたらしく唐突にそれを感じなくなった。

 

 少しばかりのモノ悲しさを覚えながら相変わらずふんわりとしたそれを楽しんでいたが、唐突にこの世界が真っ白になった。

 

 それは――いや、例えるまでもない唐突に息が止まった時と同じ感覚だ。

 

 自分の呼吸器を塞がれ、溺れた時のような息苦しさを感じる。

 

 そのイメージを補強するのが先程まで自分が押し付けられていたぬるぬるとした感覚。それによって気道が塞がれ、自分の呼吸は乱れ始めていた。

 

 白くチカチカと何かが点滅し、その点滅はやがて止んで、今度は世界を黒で覆い尽くされていく。

 

 自分の触覚はこんな状況になっても柔らかく手に馴染むようなそれを触っていたいと急に重量を増したが今はそれよりも自分の命が優先だ。

 

 ずっと詰めなかった自分の輪郭がはっきりし、急激に感覚と力を取り戻していく。生命の危機を感じ、持ち主の呼びかけに応えていくようだ。

 

 だから、オレは全身の力を込めて、自分を包み、圧し掛かっていたそれを取り戻した手で掴み押し離す――

 

 

 

「だぁらっしゃあッ!!!」

 

 威勢の良い掛け声とともにオレの意識は現実の世界へと戻ってきた。

 

 一応、勘違いされたくないので言っておくが、オレは起きる度にこんな声をあげてない。産まれたての赤ん坊の様に、良い声をあげて目覚める癖はない……はず……。

 

 こんな声をあげたのは先程自分まで見ていたよくわからない夢が悪い。そう、あのなんか吉夢なのか悪夢なのかよくわからない夢が悪いのだ。

 

 取り得ず本能で感じた生命の危機は過ぎ去った。何となく安心出来そうだ。

 

 身体を起こして寝床から発とうとしたのだが、何故か腕が緊張状態にあることに気付く。具体的に言うのであれば、腕の力がずっと入り続けているような。

 

 寝起きで全身の感覚が完全に戻った訳ではないが、まだまだ気を抜いてはいけないと本能が訴え続けている。

 

 ――そう言えば、なんかちょっと薄暗い様な。

 

 目は開いている。

 

 が、急な覚醒であったためか視覚は追いついておらず、この世界にある像と結びついてくれない。

 

 眼球に入り込む光の量は窓から差す朝日のもの。ならば、暗い理由は影に覆われているからか。

 

 ……寝込みの自分の上に影を作る存在と言ったらこの基地で指揮官を困らせた回数堂々の第一位、容姿は完璧だが正確に難がありすぎる無駄に高スペックな人形AK-12しかいないだろう。

 

 像が結びつくより先に脳が結論を導き、その答えへの条件反射でため息が喉を通った。

 

「たく、なんだよAケ……」

 

 オレの目が正常な機能を取り戻し、自分の生存本能で引っ捕らえた犯人を映しだす。

 

 犯人の名前を口に出し、その罪を暴こうとしたところで、オレの唇は、舌は、その名を口にするのを止めてしまった。

 

「グルルルルル……」

 

 自分の腕が捕らえたそれは、人と言うにはあまりにも毛が多くもふもふとしすぎていた。

 

 大きく、柔らかく、肌触りがよく、そして頭の上に耳が生えていた。

 

 それはまさに狼であった。

 

「……はい?」

 

 朝起きたら狼が居た。灰色と白を基調とした毛並みの狼が小さく歯を剥きだしにして唸っていた。

 

 オレの思考はパニックになる前に、一種の思考停止に陥っていた。

 

 この基地には色んな動物を飼っている。それはもうハムスターからサーバルキャットまで様々だ。

 

 飼ってる動物の数は把握し切れていないが、種類は把握している。

 

 その中に狼が居た記憶はない。

 

 だが、何処か見覚えがある。

 

 あまりにも整いすぎた毛並みと犬に詳しくないオレでも整っていると感じる顔立ち。

 

 その顔は、目をつむっているのが特徴的で、自分が抑えている箇所が偶々瞼の上でそれを持ち上げており、独特な赤紫の瞳孔が微かに覗く。

 

 オマケにこの狼は何故かがっつり服を着込んでおり、とある人形がお気に入りと広言する黒のケープを羽織っている。

 

 わかった。完全に誰かわかった。根拠のない自信が満ちあふれ、あまり余って喉を震わせる。

 

「……何してんだAK-12」

 

「わぅっ!」

 

 顔立ちの良い狼は自分の名を呼ばれ、大きな声で吠えたかと思うと、オレの戒めを大きく顔を振って振りほどき、血色の良い赤い舌を伸ばしてオレの顔を舐めだした。

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃のモーニングコールから数時間後オレは布団を片して特に面白みもないワイドショーを見ていた。

 

『ですから我が国の特殊作戦司令部は現状に不満を抱いていて――』

 

 キャスターに意見を求められた専門家がニュース映像を解説する、そんな特別感もないニュース。

 

 最近は正規軍の特殊作戦司令部に関する話題が多めだ。

 

 自分の勤め先は民間軍事会社。どのくらい自分に関係あるかはわからないが、注視しなくてはいけない話題だろう。

 

「~~♪」

 

 オレの膝の上に頭を乗っけて背中をオレの手でくぐられて身をよじるこの美形狼はどのくらい気にしてるかは知らないが。

 

 ……本日の仕事はどうしたのか?

 

 端的に言うと、この自由奔放狼に潰された。

 

 朝はコイツに起こされ、適当に朝食をとって(その時、狼AK-12には冷蔵庫にあったハムを適当にあげた尻尾を勢いよく振って食べた。急に愛らしさをだすな)、悔しいながらも我が基地にとって貴重で重要な戦力であるAK-12が狼になったことをカリーナに報告し、ダメ元で経緯を聞こうとしたのだ。

 

 カリーナは電話越しに『うぇいっ!?』と語尾を跳ね上げて驚いたのはよく覚えてる。

 

 話を戻そう。カリーナも一時期何故かまん丸な可愛らしい猫になったので何か知らないかと思ったが、残念ながらわからないとのことだった。

 

 AK-12をどうするかと聞かれ、流石に狼の姿で働きに出すわけにも行かないので、このまま自室に置いておくと伝えようとした。

 

「グルアー!!!!」

 

 したのだが、それを察知したのかこの狼に飛びつかれ(立ったらオレと変わらん背丈してた。今思い返すとちょっと怖かった)、その時受けた物理的と精神的な衝撃で電話を手放しながらオレは尻餅をつくことに。

 

 オレが電話を再び手に取った時に映った画面は通話状態のそれではなく、何故かメールのメニュー。

 

 オレの上に乗っかろうとする狼を片手で引き剥がしつつ、直感的に送信済みを開くとそこには『AK-12が心配だから今日は休む』という、オレの意思に反するメッセージが親愛なる後方幕僚の元へ送られているではないか。

 

 その原因であろう狼に目を向けてみると、何だか口元が持ち上がっている気がする。どうやら、狼の姿になっても自慢のハッキング能力は健在らしい。

 

 これは先程のメールは手違いだと送ろうとしても、目の前の柔らか毛玉にどこかで止められてしまうだろう。

 

 なので、今日の仕事は渋々休むことにした。

 

 が、せめてもの抗議としてこの部屋からは出ないことにした。

 

 そんなこんなで朝から無駄に美形な狼AK-12と部屋に居るわけなのだが、犬の習性か時折窓の外に行ってはコッチを見てきたがオレはもちろん知らん顔。勝手にこの部屋に入ってきたんだろうが。

 

 カラダを寄せて触り心地のいい毛並みをオレの肌に触れさせたり、可愛らしく小さく舌を出してオレの手を舐めてきたり、オレの背中にのしかかって甘えてアピールしてきて思わず『散歩くらいいいのでは?』と言う甘やかす考えが頭を過ったが、そこは指揮官の必須項目である忍耐力で堪えた。

 

 その結果、諦めたようでAK-12はオレの膝に顎を乗せたり頭を預けるようにしたわけだ。

 

 数少ないAK-12に勝利した瞬間である。自分で言ってて悲しくなるが。

 

 そんなこんなで適当にテレビを見つつ、AK-12の頭を撫でてやりつつ、尻尾を掴んで握手するように振りつつ、お腹を見せてきたのでお腹の柔らかさとふかふかさを堪能しつつ撫で擽ったりを繰り返したり、狼AK-12が着ていたジャケットに入ってたボールを投げては取りにいかせてを繰り返してのんびり時間を過ごしていたのだ。

 

 今度こそ今のことに話を戻そう。

 

 オレはAK-12の頭を撫でるのを止める。手が離れたことに反応してピクリと反応し、尻尾が床を叩いてる音がしたがそれは無視。携帯のスリープを解除し時間を確認する。画面に表示された時刻はもうすぐ正午だと直感に訴えかけてきた。

 

「昼にするか」

 

 何もしてないとは言え、朝ご飯は本当に適当に食べたのと、色んな心労でお腹は空く。

 

 そんなオレの思いなど欠片とも慮ろうとしない自由の擬狼化AK-12は嬉しそうに尻尾を立てて大きく振って。

 

「ワン!!」

 

 と大きな声で反応する。

 

 なんとなく察していると思うが、この状態のAK-12は人間の言語をしゃべれない。

 

 どうしてその姿になったのかと問いただして見たが、目を細めて何処か笑っている表情のまま肉球を額に押しつけてきた。少し硬めのプリンのような柔らかさで中々悪くなかった。何でそんなことをしたのかはわからないが例え人語をしゃべれても話す気はないという証拠だろう。

 

 AK-12にはモデルが存在してそれは銀狼だと聞いたことがある。何者にも縛られず雪原を駆け回る銀狼。確かにコイツのイメージによく合う。と言うことは、先祖返りでもしたのだろうか?……バカなことを言った。

 

 ともかく、欲張り狼AK-12が昼食と聞いて興奮したように大きな声で返事をした理由はなんとなくわかる。

 

 普通に昼食が食べられて嬉しいと言うのも在るかも知れないが、今日の昼食は豪華なのだ。

 

 オレはシンクで洗って乾かしておいたホットプレートの残った水気を拭き取ってローテーブルの上に置き、コンセントを差し込む。

 

 電源を入れて予熱するとまたキッチンに戻る。狼になったとは言え、今のAK-12がホットプレートの危険性がわからない程知能の低下はないと思う。あったら、オレの電話をハックしてメッセージを勝手に送ったりしないだろう。

 

 冷蔵庫に手をかけると本日のメインに登場して頂く。

 

 オレがキッチンから持ってきた物に狼AK-12は背筋を正し待ってましたと言わんばかりに手に持ったそれに熱い視線を閉じられた瞼越しに向けてくる。

 

 持っていたモノを置くとAK-12はそれを覗き込む。

 

 ほどよくサシが入り、純白の光沢を放つ赤身肉達を。

 

 狼ながらAK-12が興奮するのも仕方ないだろうし、オレも内心ワクワクしている。何を隠そう今日の昼食は焼き肉なのだ。今夜は焼き肉っしょー!という名言があるが、今のオレ達はそれを超える昼焼き肉だ。興奮してもおかしくないだろう。

 

 最初は適当に食べようと思ったのだが、想定してなかった来訪者が食べるにちょうどいい物がなかった。

 

 ただ、ソーセージが残ってたので『そのまま食えるか?』と来訪者に聞いてみたのだが、オマエはいったい何を言ってるんだと言わんばかりのジト目を繰り出したので流石に止めた。狼もその顔できるのかと感心して待ったのは本当に余談だ。

 

 狼が食べることが出来るのは肉類のイメージな上、生肉はイヤだとこのグルメな狼は申す。

 

 それにプラスして思ったより冷蔵庫の中には何もなかったので、自分の部下である人形達に依頼してカリーナの所の殆ど何でもある購買で買って貰うことにした。職権を乱用したドールズイーツである。

 

 いっそ二人で同じモノが食べられる献立を考えてみたら何ともシンプルに焼き肉に決まったわけだ。

 

 中々良い肉を見繕って貰ったので、このグルメ狼も満足してくれるだろう。

 

 テーブルの上にそれぞれの皿を置きながら腰を下ろすと当たり前と言わんばかりにAK-12は隣に移動し、お座りの姿勢をとる。……危ないし隣に来ると思わなかったので隣に置いてなかった皿を移動させた。

 

 ペーパーに油を染みこませ鉄板の上をコーティングしていく。軌跡となった油が景気よく弾けて準備の完了を告げる。

 

 生肉の包装を剥がし、プレートの上に敷き詰めていく。肉に入った油が溶けジュー、ジューとなんとも食欲を誘う音を奏でながら色合いが赤から茶色へと変化していくていく。

 

 オレの判断で裏返し、もう片方にも焼き色をつけたら完成だ。

 

「ほらよ」

 

 焼き上がった肉をオレの皿と、狼AK-12のお皿の上に置いてやる。

 

 しかし、舌を出し興奮真っ只中であっても、この狼はオレと皿の上の肉を交互に見やるだけでかぶりつく様子はない。

 

 ……何をして欲しいか察した。食べさせろと言うことだろう。このわがままプリンセスウルフめ。

 

 コイツ、今朝のハムは皿に置いたらガツガツ齧りついてやがったのに。

 

 いつもの姿でもよく食べさせろと催促されて基本的には無視してるが、何だかんだ不毛な問答に発展し仕方なーーーーーく食べさせてやってるのだ。

 

 ……本気で拒否ったらコイツはかなりシュンとするからちょっとばかし罪悪感が湧く。オレは血も涙も善良な心もある人間なもんで、そんな姿をされたら流石に良心の呵責が生まれる。オレの良心を守るための処置だ。仕方ない。

 

 が、今日はその相手は人間の姿をしていないし共通の言語は存在しない。拒否ったらなんとなく噛まれる気がするし、犬となった相手に問答を行うのもしょうもない。

 

 それに急に馴れない姿になったから不便もあることだろう。何処ぞの基地の人形は一時期素体がダイナゲートになり、元に戻っても丸一日四足歩行をしようとしたそうだ。ご愁傷。

 

 ともかくオレとて無慈悲な人間じゃない。良心も優しさも素直さも兼ね備えてる人間だ。

 

 だから、

 

「あーん」

 

 肉を箸で摘まみ食べさせることにした。

 

「はぁーー」

 

 狼AK-12は大きく口を開け、一息に肉を口に含んだ。

 

 狼AK-12は顎を動かし、数度咀嚼していたのだが、

 

「べっ」

 

 皿の上に肉を吐き出した。

 

「……あっ?」

 

 思わず言葉になってない声を出してしまった。

 

 確かに口に含んだ。そこまではよかった。

 

「……不味かったか?」

 

 即座に思い当たる要因は味。

 

 カリーナが仕入れるモノの品質は基本的にはどれも高い。たまに外れを引くが、カリーナに仕入れを任せて公開したことは無いに等しい。一見金にがめつく見えるが着服などはしたことが無い本当に良い仕事をする部下だ。

 

 もしかしたら、その『外れ』を引いたか?

 

 そう訝しんだオレだが、狼AK-12が吐き出した肉に口を開けて息を吹きかけるような仕草をしていることに気がついた。

 

 あーなるほど。

 

「熱かったのか?」

 

 オレの質問に狼AK-12はオレの膝を叩くことで返事をした。抗議のつもりらしくズボン越しに軽く爪を立てられて痛い。

 

 どうやら狼になったことで口内が敏感になっているようだ。普段のAK-12なら何ともないだろうが、そこは素体によって性能が違うと言うことか。

 

 狼AK-12は前足を使って皿をオレの方に持って行く。冷ませと言うことだろう。

 

 ……噛み後が残った肉をまた箸で摘まむのは少々抵抗があるが、グルメ狼が困っているし勿体ないし仕入れてくれたカリーナに悪いのでコイツにはちゃんと食べて貰う。

 

「ふーふー」

 

 狼AK-12の肉を箸で摘まみ、自分の息を数回吹きかける。

 

 少なくとも肉から湯気は上がらなくなったのでこれで大丈夫だろう。

 

「ほーれ、あーん」

 

 狼AK-12の下顎を支えてやると自分で上顎を持ち上げ受け入れ体勢を整える。そこによく冷ました肉を放り込むと口を閉じ、顎をよく動かして咀嚼を始める。やがて喉付近の毛が波を立てたのでなんとなく飲み込んだのだと察した。

 

 肉を味わったコイツはご満悦とばかりに尻尾を風車の羽のごとく忙しなく動かし、舌を出して荒い気遣い。どうやらお眼鏡に叶う味であったようだ。

 

 狼AK-12が食べれそうなことに安心しつつオレも肉を食す。

 

 焼き加減は完璧、口の中で脂がじんわりと融けて甘みを口内にばらまき肉質は柔らかく噛んでる内に溶けて消えてしまった。

 

「うんめぇなぁ~!!!!」

 

 オレは自然と横を向き、こちらを向いていた狼AK-12と見つめ合う形となる。そして、示し合わせてないのに、お互いに抱いた感想を共有するように口角を自ずと上げた。

 

 

 

 

 

 不思議と温かい感覚に全身を包まれている気がしていた。

 

 柔らかな毛皮に包まれているような、或いは上等な毛布に覆われているような。

 

 それは温もりと共に何処か安心感や馴染みの様な、自分の気構えから来る不愉快さと言う物はなかった。

 

 ――ん?なんかこの感覚、覚えがあるような。

 

 だが前と違うのは、柔からかな感覚だけでは無く、まるで舐められているかのような感覚、こちらに毛を押しつけるような感覚、今朝の夢で得た感覚を同時に受けているようなのだ?

 

 ――まさか、夢の続きでもみているのか?

 

 夢を夢だと認識する現象はなんていうのか、そんな場違いなことを考えつつ、押しつけられるモフモフを楽しんでいたのだが、またもや少しずつ息苦しくなってくる。

 

 その理由は今朝とは少々毛色が違う、

 

 ――濃い!モフモフの密度が濃すぎる!!

 

 簡単に言うともふもふしたそれが自分の呼吸器系全てを堰き止めているのだ。

 

 なんというか、手っ取り早く起こそうとするかのように。

 

 これは今日の来訪者のせいか?と思いはしたのだが、オレは結局モフモフデモンズウォールに敗れ息をする自由を求めて瞼をこじ開けた。

 

 目に入ったのは自分の部屋の天井と常夜灯だけがついた電灯、それと白い毛並みと映える黒い鼻先が…………三つ。

 

 オレは自分の腕の中をみる。そこには美女狼が相変わらず瞼を閉じてオレに身体を預けていた。

 

 オレ達は一緒に昼食を食べた。それで、オレだけが片付けをし、お互いにお腹いっぱいになって睡魔に囁かれ寝ることにしたのだ。

 

 普段なら簡単には許しはしないが今日はそのモフモフの抱き心地に免じて抱き枕になることを正式に許可したのだ。

 

 いつもはAK-12が勝手にやってくるのでそこは間違えないように。

 

 そこまではあり得る流れだ。

 

 それで狼AK-12が寝るもしくは寝たふりに飽きて起こした、と言うのなら想定していた通りだ。

 

 が、現に犯人候補は腕の中に居るし息づかいも感じる。ただ、細めでは無く普段から目を閉じてる人物なので寝てるのか寝てないのかはわからない。

 

 目の前のわがまま狼が犯人では無いのなら、他の候補は?

 

 オレは再び天井方面に顔を戻す。

 

 三つの鼻先はオレの顔と向き合う形になっていた。

 

 一匹目は銀というよりかはブラウン、それと白の毛並みでヘアバンドのようなモノをつけた凜々しい狼。

 

 二匹目は、銀と白の毛並みと言うAK-12と似ているがそれより体格が大きくがっしりしたようなイメージを受ける無表情な狼。

 

 三匹目は、真っ白で他の二匹、いや美形狼AK-12よりもなんだか毛並みがよく全体的な毛量が一番多い狼。いや、狐か?ともかく凄いモフモフしてみたいそれ。

 

 ――ああ、なるほど。無警戒だった。

 

 オレは自分の至らなさを後悔する。想像力の低さを恨む。第一波しかないだろうと決めつけていた自分に唾棄する。

 

 そうだ。AK-12が狼に変わってるなら他の三人だって――

 

 物思いに耽ろうとしたその時、頬にひんやりとした感覚を受ける。

 

 いつの間にか三匹に倣うように立ち上げっていた狼AK-12がオレを舐めていた。

 

 他の三匹も狼AK-12に続いてオレの顔を舐めだした。

 

「ちょい!!」

 

 四匹から同時に舐められるととてもくすぐったい。だが、しかし不思議と抵抗しようとは思わないししなかった。四匹からは悪意を感じはしなかったからだろう。

 

 多角的な舌舐め攻撃をされながら悟ってしまった。

 

 ――あぁ、今日は本当に長い一日になりそうだ……

 

 四匹を纏めて抱きかかえるように腕を広げ、四匹の後頭部に腕を回す。四匹もオレの力に従うように身を委ねた。

 

「まぁ、退屈しない休日にはなりそうだな」

 

 オレは重い息を吐き出して――何故か口元はかるくなったことをかんじつつも――四匹の極上ふわふわ毛並みを腕の中に収めた。




もうそろそろAK-15とRPK-16も実装ですかね。
銀髪美女部隊の皆が揃う日を楽しみにしております。

それでは、評価やご感想をお待ちしております。


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ナイトハウルを抱いて

書き方忘れたけどたぶんこれでいいはず!!!!!


 普段の勤務地であり、第二の故郷とも言えるグリフィン基地を離れ、グリーンエリアにあるホテルのベッドに腰掛ける指揮官。

 

 暫く彼はグリフィンの基地や前線基地からの指揮ではなく、『お得意様』への挨拶と営業に回っているのだ。

 

 その経緯は単純な理由である。

 

 主要な敵である鉄血達が大きな動きを見せず、あるのは警戒区域での小競り合いのみ。

 

 鉄血のエリート機体も長い間姿を現さず、かと言って奇襲を仕掛ける様子も兆候も見て取れない。

 

 現在基地で捕虜という名のお客様扱いの某建築士に『この先なんか作戦あるのか?』と聞いても、『わっかんない!』と笑顔で返される始末。

 

 そんなにらみ合いの状況が長い間続いているわけだ。

 

 世間から見た言い方をすれば『平和』、指揮官たち企業から見れば『暇』。

 

 担当区域の治安維持を考えれば嬉しい状況ではあるのだが、平和すぎるのはPMCとしては死活問題だ。

 

 何が言いたいのか、いい加減指揮官に語ってもらおう。

 

「稼ぎが少なくなってきたから新たな食い扶持を探せ、か」

 

 そう新しい『食い扶持』、企業や政府から依頼される案件を待つ受動的な姿勢ではなく能動的に自分から持ってきて欲しい、と上司から仕事を任されたわけだ。

 

 グリフィンの業務は鉄血の駆逐だけではない。警護や担当地区の治安維持だってメインの仕事だ。

 

 しかし、戦闘の激化したことによるI.O.Pや国家からの鉄血駆逐の支援の名目で資金の援助や報奨を受け取り一番の稼ぎ頭となっていた。

 

 にらみ合い状態の今では上記の資金調達が安定せず売り上げは下降気味。

 

 経営陣は鉄血の駆逐だけではなく、別の事業にも再び手を付けようと画策し、そのための営業マンに社長のお気に入りで『お得意様』に顔が広まっている指揮官も駆り出されたわけだ。

 

「はぁ~、久しぶりに作り笑いをずっと浮かべるのは疲れるなぁ……」

 

 手に持った企業リストを眺めつつ右手の親指と人差し指で口周りの筋肉を伸ばす指揮官。

 

 普段はあまり愛想がなくぶっきらぼうさが目立つ彼だが、『お得意様』の前ではその面を抑え微笑みで対応する紳士を演じている。

 

 その姿をとある銀髪ポニーテールで常に目を瞑った人形が目にしたときは『変ね』とふっと息を漏らすように笑われたが、愛想というのは公正な交渉や取引において重要な要素なので仕方がないことなのだ。

 

 因みにその人形には指揮官直々に手刀を額に食らわせて折檻した。真面目な姿を笑われたら誰だって怒るだろうから仕方ない。

 

 いい加減話を戻そう。

 

 指揮官はグリーンゾーンの繁華街や商業区に赴き、『お得意様』相手に営業をしていたわけだ。

 

 彼は手に持ったリストの訪問した企業とチェックが一致するかを確認し、一つ大きな息をついた。

 

「これ、締め切り通りに終わるか?」

 

 企業の訪問も一筋縄ではいかない。事前にアポを取っていても待ち合わせに遅れて来られるのも、話し込んで時間が押されてしまうのもよくわかっている。

 

 仕方のない要因でいくつか当初のスケジュールを超過してしまい、企業回りをしているうちにいつの間にか夜空を望める時間帯になってしまった。

 

 企業リストはチェックがついている企業よりついてない企業のほうが多い。

 

 指揮官が今回任された仕事は短期の出張のようなものであり、指揮官のホテルも予め確保されたものだ。

 

 ホテルの内装は一人で使うには大きいダブルサイズのベッドと簡単な作業ならできそうな机に壁掛け式のTV。

 

 ベッドの反発は悪くなく疲れた下半身を優しく包み込む。

 

 指揮官が想像していたよりホテルの品質は悪くない。寝床には気を使ってくれたのだろうか?

 

 ベッドの感覚を楽しむように下半身を小さく跳ねさせながら、はチラリとベッドの傍らにある荷物群を見る。

 

 必需品にキャリーケース、営業に使う鞄、それとホテルに居ないうちに置かれていたグリフィンからの物資が入った大きなボストンバック。

 

 そのバックを見て指揮官はごちる。

 

「……仕事を追加するからこれで凌げと?」

 

 バッグの中身はまだ確認していないが、このバッグが罠でないことは確かだ。各種手続きを追い、グリフィンに問い合わせた見た結果、正式なグリフィンからの贈り物だったわけだ。

 

 だから、少しばから恐怖もあるのだ。自分に何を与えられたかが。

 

 指揮官を心配した後方幕僚や上司からの生活必需品などの支援かもしれないし、武器がみっちり入っていて鉄血の秘密基地をつぶしてこいという品かもしれないし、仕事の指示書が大量に入っているかもしれない。

 

「悩んでいても仕方ない……か」

 

 いつまでも悩むこと、見なかった振りはできない。

 

 支援物資ならありがたく頂き、仕事だったら諦めてこなすだけ。

 

 指揮官がファスナーに手をかけようとしたその時、ドアがコンコンとノックされ指揮官の優先順位が瞬時に書き換わった。

 

「……はーい」

 

 指揮官は小さく一呼吸し、疲れた体から絞り出した元気を出来るだけ声に乗せる。

 

 こんな時間に来るとしたらホテルの関係者だろうか?

 

「すいません。グリフィンの方の居るお部屋で合っていますか?」

 

 が、指揮官が簡単に立てた予測は外れた。

 

 ドア越しに聞こえてくるのは、透き通るような女性の声。

 

「…どなたでしょうか?」

 

 きわめて柔和に――しかし、警戒してることは隠すようにして、問いかける。

 

 ホテルの関係者ならこちらの素性はある程度分かっている、或いは伺う必要はまずない。

 

 だが、ドアの前にいる人物は指揮官の素性を知っている相手で、態々確認までしようとしている。

 

 警戒心が湧いても仕方のないことだろう。

 

「すいません。我が社のモノが待ち合わせに大幅に遅れてしまったようでそのお詫びを……」

「お詫び……?」

「はい。我が社の不手際のお詫びをさせて貰いたく……」

 

 気の弱そうなおびえたような女性の声色。女性からは確かに謝意のような感情を読み取れはする。

 

 確かに待ち合わせに遅れてきた企業は幾らかあった。ただ、こちらも急にアポをとった関係上仕方のないことだと指揮官は割り切って考えていたのだ。

 

 だから、お詫びが来る想定は全く出来てなかった。それも夜更けに。わざわざホテルに出向いて来てまで。

 

「……どういったお詫びで」

「うぅ、すいません、それは……」

 

 そうは問いかけたが指揮官にはある程度予測がついていた。

 

 夜更け、『お得意様』からのお詫び、ドアの前で躊躇する女性。

 

 お詫びに来ることは確かに予測してはいなかった。

 

 しかし、この夜中で、わざわざホテルに赴いてまでするお詫びに女性を宛がわれたとなったら、『お詫び』がなんなのか察してしまうというもの。

 

 つまりは――夜伽の相手を宛がった。『お詫び』と言うよりも『ハニートラップ』という方が正しいだろう。

 

「あのごめんなさい…。お部屋に入れてくださいますか?」

 

 女性が促してきて我に返り、指揮官は大きく息をつく。

 

 今は悠長に判断をしている時間は無さそうだ。

 

 指揮官は背筋を手のひらで伸ばしながら立ち上がる。

 

 ――ただし、警戒だけは決して緩めず、スラックスの後部に愛用の拳銃をねじ込みながら。 

 

 ドアノブに手を掛け、口元を持ち上げて笑みを作る指揮官。

 

「お待たせしました」

 

 日中の疲れを感じさせない弾むような抑揚のある声で、客人を出迎える。

 

「ありがとうございます」

 

 指揮官の出迎えに清廉な声色で礼を述べる。

 

 彼が最初に得られた情報は鼻腔をくすぐる疲れた体に安らぎを与えてくれる石鹸のボディミスト。そこから得られる癒しが指揮官の気に緩みを生み出してしまうが、心の中でかぶりを振って緩みを振り払う。

 

 瞬時に警戒心を取り戻すと眼下に銀色の艶やかな光沢が広がっていて思わず息を飲んでしまう。

 

 ――まだだ。まだ気を緩めるな

 

 視線を降ろすたびに光沢は一つ一つがか細く丁寧に手入れされた見事な銀の頭髪であることに気が付いた。

 

「面会に感謝します」

 

 先ほどまでの相手の起源を伺うような覇気のない声色ではなく、抑揚がって聞き取りやすく自信を持ったものに変わっている。

 

「私」

 

 女性の声に謎の安心感と懐かしさのようなものを覚える自分に内心困惑しつつも、指揮官は視線を落として相手と目を合わせようとする。

 

 まず映ったのは黒を基調とした上下のスーツと派手な深紅のワイシャツ。

 

「ハウンドウルフ株式会社から」

 

 そして、汗一つ滲まず皺のない頬。

 

「やってきた」

 

 特徴的な閉じられた瞼と、ムダ毛一つ存在しない頬と鼻先。

 

「渉外を任されております」

 

うっすらと桃色のルージュが引かれた艶やかな唇がその名を口にする。

 

「ル――」

 

 ――前に部屋のドアと心のドアを同時に、指揮官は強い勢いで閉めたのであった。

 

「どうしましたか!?」

 

 ドアの向こうから女性のあわただしい心配するような声と勢いよく叩く音が響くが、指揮官はドアを自分の背と体全てを使って抑え込む。

 

 ――いや、あいつがここにいる筈がない。

 

 背筋に冷や汗が流れる。指揮官が一瞬だけ目にした容貌、それは彼にとって余りにも見慣れたものだったから。

 

「ど、どうしましたか!?」

 

 ドア越しに聞こえる女性の慌てたような上ずった声色。

 

 そうなるのも仕方ないだろう。何せ一度はドアを開けた相手がすぐさま締めてしまったのだから。

 

 指揮官は背中をドアに預けつつ、額から滴り落ちてきた汗を袖で拭い状況の整理に取りかかる。

 

 最初から、『彼女(ヤツ)』が関わりそうな事柄を最初から整理し始める。

 

 出張することは『彼女(ヤツ)』には伝えたか?絶対護衛として同行すると宣って碌なことが起こらないのは目に見えていたので教えたのは直前だ。

 

 出張することは誰か直前に知っていたか?カリーナと彼の直属の上司である上級代行官しか知らないはず。詳細は『彼女(ヤツ)』には教えなかった。

 

 出張中になにか問題はあったか?特に問題なく得意先に営業が出来てた。尾行されている気配も全くと言ってなかった。

 

 次で最後の洗い出しだ。

 

 今日一日、『彼女(ヤツ)』の気配を感じることはあったか?全く無かった。

 

 整理は終了した。どう考えても指揮官が気にかけるべき者の痕跡は無かった筈。

 

 『彼女(ヤツ)』の性質から考えてもこれは時間稼ぎにしかならず、少なく見積もって明日中には追い付かれてしまう可能性はあったが、明日は途中で別の都市に移動するので入れ違いになって午後には嫌でも合流することになるのは読めていた。

 

 少なくとも今日はお一人様での気ままな出張ライフを謳歌出来ている、その算段であった。

 

「す、すいませーん!」

 

 それが今まさに崩れようとしている。

 

 よく耳を澄まし、記憶の中にある音声と照合してみると、壁一枚隔てて聞こえる音声はよく似通っている。

 

 戦術人形ではないので音声がどれくらい一致しているか正確には測れないが、指揮官の勘ではほぼほぼ一致していると結果を出した。

 

 ――ありえない。少なくとも今日一日は!!!

 

 無意識に生唾を飲み込む指揮官。

 

 上品で整った見た目に反して意外と可愛らしい声。

 

 『彼女(ヤツ)』の特徴がドア越しにいた女性と重なる。

 

 確かに人形の容姿とそっくりな人間、その逆もまれにいる。

 

 そんな奇跡がたまたま今起こっただけなのか?

 

 その可能性を指揮官は自分で否定する。

 

 『彼女(ヤツ)』は不可能を可能にする能力がある。

 

 どんな危機的な状況でも活路を見出し、掴み取るのが『彼女(ヤツ)』だと、指揮官も信頼しているからだ。

 

 だからこそ、指揮官は自分の勘を疑いきれなかった。可能性を捨てきれなかった。

 

 今回の、それもこんな特に重要でもない局面で、不可能を可能にしに来た可能性を。

 

「大丈夫ですか!?なにかありましたか!?」

 

 扉の外からは自分のことを純粋に心配する可愛らしい声。

 

 もしかしたら、『彼女(ヤツ)』ではないのかもしれない。『彼女(ヤツ)』が自分に対してそう言った声を上げたことが無いから判断材料が少ない。

 

 自分の勘は正しいと訴えてくるが、仕事で疲れた身では確信までに至れない。

 

 だから、今は――

 

「あー……すいません。ちょっと立ち眩みが……」

 

「えっ……」

 

「すいません……。今日は疲れが溜まってまして……」

 

「それなら私が何かお手伝いを……」

 

「いや……いいです……。今日は…休ませてくれませんか……?」

 

 だから、その場しのぎの言葉と演技でここは退いてくれるように頼むことにした。

 

「そう……ですか……」

 

 自分の『仕事』を果たせなかったからか、或いは本心からの心配だったのか、女性はどこか落胆したような声を漏らした。

 

「後日会社の方には連絡を入れておきますから……」

 

「……ありがとうございます!」

 

 指揮官からの返事に女性は安心したように一息をつく。少しして扉越しに足音が聞こえ、段々とそれも遠ざかっていく。

 

「……はぁ」

 

 足音と気配から女性がこの場を立ち去ったと判断し、指揮官は大きく息を吐く。

 

 あの女性、一瞬だけ見た姿は、指揮官の副官であり、気の置けなすぎる相棒であり、動きまくるトラブルメーカーである『彼女』に似ていた。似すぎていた。あまりにも。

 

 それはただの見間違いなのか、それとも指揮官に仕事の疲れが溜まっていたが故に見えてしまった幻覚と幻聴であったのか?

 

 真偽はもう判断できないが、今はやっと得られた安息の時間を享受したいそれだけだった。

 

 ――さっきの人、ハウンドウルフ株式会社といっていた。その名前の会社って今日訪問したか?

 

 額に滴る汗を再び拭い、背筋を這う冷たい汗の不快感を感じながら踵を返すと、顎に手を置いて一日の記憶を振り返る。

 

 ――やっぱりそんな名前の会社は

 

 指揮官の脚が短い廊下を抜け、寝室に入った辺りで。

 

「酷いことするのね」

 

 室内から自分以外の誰かの声が指揮官の耳に飛びこんできたのだ。

 

 それと先ほどまでドア越しに聞こえていたそれと同質の声――けれどそれよりも気品と凛々しさを内包している……気がする。

 

 同時に今まで感じていなかった自分以外の気配を肌が感じ取る。

 

 が、その気配も声も、指揮官の警戒心を駆り立てるものではなく、寧ろ指揮官のそれに引っかからないのも納得するもの。

 

 それは、窓際に置かれたダブルベッドの上に足を組み、先ほどドアの前で一瞬だけみた女性と同じスーツ姿で優雅に座っていた。

 

 それは、オレンジの室内灯の中で優雅にもみ上げを指でくるくると巻いて弄っていた。

 

 それは、閉じられた瞳でこちらを見上げ、頬杖を突きつつもどこか不満そうにこちらを見上げていた。

 

「女の子が勇気を出して夜這いをしてきたのに」

 

 そんな、真意のわからない発言を繰り出し、指揮官の困惑具合を深めようとする存在は――

 

「なんでここに居んだよAK-12!?」

 

 AK-12。指揮官が独白ですらも名前を言うのも憚った、彼が最も深い信頼を置いている存在。

 

 いつも自分の興味に他人(主に指揮官とAN-94)を巻き込む問題児であるが不思議と憎めない存在。

 

 能力的には最新鋭の戦術人形の謳い文句に恥じることのない性能を持ち、指揮官の部下の中でも一番に頼りになると言っても過言ではない存在。

 

 そんな彼女が、今日は仕事についてきたら邪魔をしてくる予感しかしなかった彼女が、密室の中から現れたのだ。

 

 驚愕する指揮官に、AK-12は自慢げに鼻を鳴らす。

 

「何って、ちゃんと入り口から入ってきたのよ」

 

 AK-12は当然でしょ?と言いたげに入り口を指さす。

 

  部屋に入るときは入り口から入るのが当たり前だと、余裕を感じさせる彼女の口元が訴えている。

 

 余裕を崩さないAKー12に反発するように指揮官は声を荒げる。

 

「いや、嘘つくな!」

 

 と。

 

 指揮官の反論は確証から出たものだ。

 

 だって彼は先程まで入り口でやり取りをし、今も入り口は彼の背中の方角にある。

 

 いくら疲れているとは言え、回り込んでくる人影を見逃すほど、警戒は緩めていない。

 

「オレはキッチリ戸締りもして――」

 

 窓の鍵は閉まっているし、入り口は見逃すはずがない。

 

 それこそ、指揮官が帰る前までに部屋にいない限りは。

 

「……」

 

 そこまで思い至って、指揮官は出そうとした言葉を噛み殺し、ベッドの傍に注目する。

 

 そこにあるのは突然の来訪者が来るまでに確かめたように指揮官が持ってきた荷物と、ファスナーが開き切られ何も入ってない中身が露わになった大きなボストンバックが。

 

 指揮官はAK-12を一瞥する。

 

「うん?」

 

 わざとらしく小首を傾げ、指揮官を見上げる。

 

 AK-12の背丈は女性としては大きい方で、背伸びをされたら指揮官と目線の高さに届きそうなほど。

 

 それとは相反するようだが彼女は華奢で、思わず軽く力を加えれば手折れてしまいそうな印象を受ける。

 

 が、それは彼女が折り畳まれることになれば小さくもなれると言うこと。

 

 それこそ、ボストンバッグに入れるくらいには。

 

「やるわね」

 

 指揮官の呆れと関心が混ざった表情から答えを導いたことを察したのか、AK-12は何処か自慢気に鼻を鳴らして褒め称える。

 

「オマエ、今から芸能人形に転職したらどうだ?」

 

 全身黒のタイツ姿でボストンバッグの中から出てきたら来たら売れそうだと、指揮官はよくわからない確信を得たがそれは一旦頭から振り払うことにした。

 

「あいにく、今の仕事の方が気に入ってるし性に合ってるから遠慮するわ」

 

 指揮官からの嫌味混じりの提案を、AK-12はサングラスのテンプルに指をかけて回しながら断りを入れる。

 

 まぁ、悪くはないかも知れないわね、と本心がわからない言葉を残しながら。

 

 このまま指揮官が何を言おうと、AK-12はさらりと受け流すことだろう。

 

 流石にこんな展開になると思っていなかった指揮官は思わずこめかみを手で押さえた。

 

「あら、具合が悪いの?仕事のし過ぎはよくないわ」

 

 サングラスで遊ぶのをやめたAK-12が心配そうに首を傾げ、唇をわざとらしく細める。

 

 いったい誰のせいでこんな思いをしているんだ、そんな言葉が舌の上を転がったが、その言葉を言ってしまったら、彼女の思い通りになりそうで何とか飲み込む。

 

 その代わり、はぁ……と大きな息をついてしまったが、必要な代償といえるだろう。

 

 困憊した彼の姿をいつものような瞳を閉じた穏やかな笑みで見守っていたAK-12だが、自分の隣をポンポンと手で叩く。

 

 ここに座れと言うジェスチャー。

 

 目まぐるしく変わる状況に疲れ果て、彼は提案にに大人しく従って座り込んだ。

 

 自分の臀部を優しく包み込んでくれるマットレスが、こんな状況を慰めてくれているよう。おかげでオーバーフローになりかけていた彼の思考回路が、少しずつ快方に向かっていった。

 

 平常心と落ち着いた思考能力をある程度取り戻した彼は、少しずつ頭に浮かんだ言葉をひねり出してぶつける。

 

「……で、なんでこんなところにいるんだ?」

 

 どうやって来たかは、もう聞かないことにした。

 

 恐らく、AN-94辺りに手伝わせてボストンバックの中に隠れ、そこから諸々を偽装して追加の荷物としてここに届けたのだろう。

 

 そこまで推測してありとあらゆることを根掘り葉掘り聞きだしたい所だが、今は手段より動機を聞きだしたかったから。

 

「浮気調査のためよ」

 

 浮気調査と言われても、一日仕事に忙殺されていた指揮官にはまっっっっったく心当たりが無い。

 

 いつものくだらない冗談かと思ってスルーしようと思ったが、数分前に気になることが起きてたのを思い返す。

 

「さっき、今のオマエそっくりの人が来たんだが」

 

「あら、やっぱり浮気してたの?」

 

「関係ないしなんなら帰らせてたのを見てたんだろうが」

 

「酷い人。私がこの部屋に居るのに、他の女を入れようとしたなんて」

 

「だから、そうじゃないって言ってるだろ」

 

 掴みかけてたように思えたペースを再びかき乱され、指揮官の治まりかけてた頭痛が再発するよう。

 

 長く深いため息をついて頭を抱える彼を見やり、AK-12は気前よくサングラスを指で弾く。

 

「あれは私のダミーよ」

 

「ダミーまで持ち出してたのかよ……」

 

 先ほど部屋の前を訪れたハウンドウルフ株式会社から来たという女性は、AK-12のダミーだったようだ。

 

 通りで聞いたことが無い名前だったわけだ。

 

 あの女性がたまたまAK-12にそっくりで、それだけで嫌な予感がして追い返したとなったらいくら何でも申し訳ない。

 

 AK-12の悪戯であったことに心の中で胸をなでおろした。

 

「指揮官が浮気をしていたら、現場の写真を撮らせる予定だったわ」

 

「そのネタはもう飽きたぞ」

 

「面白いネタは何回やっても面白いものよ」

 

「人間はすぐ飽きるものだぞ」

 

「そうやってすぐ人間でたとえを出すなんて、なるほど指揮官はRPK-16とでも浮気していたのかしら?」

 

「だからなんでそうなる!」

 

 わざとらしくほっぺたを膨らませて抗議するAK-12に指揮官は思わず大きな声で抗議する。

 

 声を荒げても状況を打破できる訳ではないので指揮官はまた一つ息を吐き、クールダウンを図る。

 

「……で、本当になんでここに来たんだ?」

 

「酷いわね、あんなにいつも一緒にいるのに、出張の連絡も入れないなんて」

 

 少しばかり拗ねたような声色をされては、流石に申し訳なさを覚える。

 

 指揮官は決まりが悪そうに頭を掻きながら天井を見上げる。

 

「あー……忘れてた」

 

 もちろんウソ。

 

「ウソね。あなたってガラが悪そうに見えても、仕事は誠実にこなしてるし」

 

「一言余計だ」

 

 そんなウソは、付き合いの長いAK-12には簡単にバレてしまう。

 

 確かに指揮官は言葉遣いは荒く、親しみやすい雰囲気がにじみ出ている人柄はしていないが、何処か人を惹きつけ仕事は誠実に着実にこなすことから信頼されることが多い。

 

 だからこそ、今回のような営業に駆り出されたわけなのだが。

 

「あー……」

 

 AK-12はまだ適当に流そうとする指揮官に痺れを切らし、彼の肩を掴んで強引にベッドへと引き倒した。

 

「おわっ!?」

 

 思わず両手で受け身を取る指揮官。強引な手段に出てくるとは思っていなかったため、抵抗が出来なかった。

 

 驚き固まる彼の顔を挟むように手を置き、AK-12が覗き込んでくる。

 

「こんなにも美人で優秀な秘書のどこに不満があるのかしら?」

 

 指揮官の泳いでいた視線がAK-12の整った顔立ちに集中する。

 

 普段から何度も見ている見慣れ過ぎた端正な顔立ちだが、間近で見るとつい心臓が跳ねる。

 

 そのことが少しばかり悔しくて、指揮官は顔が赤くならないように、思考を平静に戻すために息をつく。

 

 AK-12の瞳は開かれている。彼女の淡紫色の特徴的な瞳が露わになる。

 

 人間のそれとは違った異質な虹彩と瞳孔――指揮官を惹きつけた本当の彼女の一つ。

 

 その瞳が全てを吐き出せ、言えと訴えてくる。

 

 彼女の瞳は、彼女の『性能』を象徴する深度演算モードのトリガーとなっている。

 

 彼女は深度演算モードは、状況の有利を保ったり窮地を打破するための切り札だ。

 

 戦闘以外は興味を持った時や驚いた時くらいにか開かれないが、それが今起動しているということは彼女が『本気』である証。

 

 どんなに巧妙なウソをついても、今の彼女には暴かれてしまう。

 

 その瞳に全てを暴かれるくらいなら――指揮官は真意を口にした。

 

「仕事の邪魔されたくないからだよ。オマエを連れて来たら予定通り仕事が終わるかわからないから」

 

「……それだけ?」

 

「それ以外になんかあるか?」

 

「あの……その……なんか他にないの?実は危険な仕事を頼まれてたとか」

 

「オレが営業の為に出張してることは、とっくにわかってるんだろ。オマエが調べないはずがないし」

 

「それは知ってたけど……。何よそれ、そんなに私は信頼が無いの?」

 

「普段の勤務態度を見れば明らかだろ!」

 

「MVPばっかりね。エリートは大変なのよ」

 

「オマっ!!オレが書類仕事してるときはなにしてるか思い出せ!!!」

 

「……指揮官を励ましてるわね。我ながら健気よね」

 

「嘘つけ!後、励ますくらいなら手伝え!!」

 

 AK-12はいつの間にか瞼を閉じ、気まずそうに指揮官から視線を外している。

 

 彼が声を荒げるのも無理はないだろう。

 

 彼女は戦闘では比肩する者が多くはない位優秀なのだ。それは誰も疑いようがない事実だ。

 

 しかし、書類仕事の時は好き勝手にちょっかいは出す、構ってくれないと拗ねる、指揮官に贈られた差し入れは勝手に食べる、挙句の果てに指揮官が仕事終わりの楽しみにととっておいたデザートは食べる、とマイナスなイメージしかない。

 

 本当に忙しいときは手伝ってくれる時はあるが(大体はAK-12が手伝うより先にAN-94が率先して手伝ってくれる)、平時は正直言って居ても居なくても変わらない。

 

 そんな勤務態度の彼女が出張とはいえ外に放たれたらどうなるか。

 

 行く先々の興味があるお店に立ち寄り、仕事に余裕を持たせられないのが目に見えていることだろう。

 

 だから、AK-12を連れて行きたくなかったわけだ。

 

 取引先に迷惑をかける行為はしないという信頼はしているが、指揮官には遠慮なく迷惑をかけてくる。それがAK-12だから。

 

 二人はいつの間にか押し黙り、少しだけ気まずい空気が流れる。

 

 暫く、見つめ合っていた二人だが、AK-12がふと力を抜いてベッドに倒れ込んだことによって沈黙は破られた。

 

 ギシりと新たな体重が加わってマットレスが軋む。

 

 不満を口に出来たことと、空間に静寂が訪れたこと、緊張感を与えてくる相手が視界から消え剣呑な雰囲気が去ったことで指揮官の全身は疲労感に包まれた。

 

「酷いわね。私のイメージってそんなに悪いの?」

 

「オマエの普段の勤務態度のせいだろ全く」

 

「あんなに励ましてあげてるのに」

 

「なら、励まし方を考えろ」

 

「善処しとくわ」

 

「その言葉、いつも聞いてる気がするぞ」

 

 緊張感がなくなったおかげか指揮官の口元は少しだけ緩くなっている。

 

「便利な言葉よね」

 

 それはAK-12も同じようで、表情こそいつも浮かべている笑みだが情緒は柔らかい。

 

 AK-12の言葉に何か反論したかったが、それ以上に緊張感が解けたことによる疲労感は意識を上書きしてくる。

 

「今日はもう寝ちゃいましょう」

 

 AK-12の言葉に思わず頷きたくなってしまうくらいには、もう意識を保つのも難しくなってしまう。

 

「流石にスーツが皺になるから嫌なんだが……」

 

「スーツの替えなら持ってきてるわ」

 

「何でそういうところは気が利くんだ……」

 

「シャワーは明日の朝に浴びれば大丈夫よ」

 

「……そうだな」

 

 頭の片隅に残っていた懸念材料は見事に取り払われてしまった。

 

 一日の終わり、その最後の最後にトンでも無いイベントが挟まってしまったため疲労感が余計に強い。

 

 体はベッドの柔らかさに屈服してしまい、精神はAK-12の甘言に溶かされつつある。

 

 瞼が重くなり意識がブラックアウトしていく中、指揮官の手がAK-12の柔らかくて温かな手のひらに包まれてしまった。

 

「ん……」

 

「明日の仕事は私も手伝うから」

 

「はいよ……」

 

 確かにAK-12は指揮官に一番迷惑をかけたり、巻き込んだりしている存在ではあるが、同時に傍に居てくれるだけで一番心地よく安心できる存在であるのだ。

 

 そんな彼女に、疲労困憊の体に安心感を与えられてしまったら、力を抜かざるを得ないというものだろう。

 

「一日お疲れ様。おやすみなさい」

 

 黒く染まりかけた視界に映るAK-12の笑みはとても穏やかだ。

 

 ――それ、ズルいな。

 

 今の自分に一番効く攻撃に指揮官は心の中で悪態を付きつつも、表情をやわらげた。

 

「おやすみ……」

 

 吐息一つでかき消されそうな声で指揮官は返事をし、完全に瞼を閉じる。

 

 隣で一番の安心感を与える存在を心に抱き、指揮官は暗闇の世界へと旅立った。

 

 

 

 




翌日、AK-12は公言通りに指揮官の仕事を手伝ってはくれたが、合間を見ては興味があるお店に寄りたがったため指揮官の懸念通りに仕事がギリギリとなった。

 指揮官は自分の当初の判断は間違えて無かったと確信しつつ、出張するときはAK-12にだけは手伝わせないと決意したという。

 さらに後日、宴会の余興でAK-12がボストンバックの中から出てくる芸を披露したところ、かなりの好評を得たという。本当にそれでいいのか最新鋭機と指揮官は言いたくなったが、本人は満足そうにしているので大人しく拍手をして芸の成功を祝福したのであった。


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バレンタインフェア

本日はバレンタインなので、バレンタインの話を書きました。
何も間違ってないです


 バレンタインディ。

 

 それは2/14にとある国では女性から男性にチョコレートやお菓子を贈る日とされている。

 

 贈る先の相手は日ごろからお世話になっている相手や、自分の上司に当たる人物、或いは――自分の意中の相手であったりと、甘いお菓子に包まれた思惑は様々だ。

 

 その由来は様々あるが、長くなるので今回は割愛させてもらう。

 

 何せ今回重要視すべきなのは、バレンタインに繰り広げられる物語の方だから。

 

 そのイベントは発祥から百年近く経った2062年の世界でも残り、指揮官が所属しているグリフィンの基地でも行われている。

 

 指揮官は同僚や後方幕僚、自分の部下である人形達から絶えずチョコレートを受け取ってある者は喜び、ある者はお返しで給料が吹き飛ぶことを悲しみ、ある者はチョコレートの食べ過ぎで緊急搬送されたりと愉快なことになっている。

 

 今回の物語は、とある指揮官とある戦術人形がバレンタインに繰り広げたゆか――微笑ましい物語を取り上げたものである。

 

「指揮官」

「なんだ?」

「ゲームをしましょう?」

「はっ?」

 

 それは唐突に提案された。

 

 机で書類仕事の相手をしている指揮官に提案したのは、彼の対面で頬杖を突いた月光を束ねたような美しい銀髪を一つに纏めた整った顔立ちの戦術人形、AK-12。指揮官にとって一番の気の置けない存在である。

 

 そんな彼女が、書類とにらめっこしている指揮官に、次の作戦指示と補給の収支に頭を使い糖分が不足してきたなと思い始めた隙に付け込むように言ってのけたのだ。

 

「今忙しいんだが」

「見たらわかるわよ」

「ずっと居たもんな」

「ずっと観察してたわ」

「何もしてないけどな」

「観察で忙しいかったから」

「ソレハタイヘンダナー」

 

 AK-12とのやり取りを軽く受け流す指揮官。

 

 その間にも彼女の視線は指揮官から外れておらず、気楽そうに何気なく提案されたそれを彼女は本気で実行に移そうとしているのを肌で感じ取った。

 

 ピリピリと空気がひり付く。

 

 指揮官は書類から目を離さずAK-12の視線をなんとか交わそうとし、AK-12は指揮官から視線を外さず『いつ始めるの?』と言わんばかりのオーラを放っている。

 

「……」

「……」

 

 お互いに沈黙をし始める冷戦状態。

 

 ただ、こんな雰囲気になると、最後にはどうなるかは他ならぬ二人がよくわかっている。

 

「…………」

「………………」

「…………………」

「…………………………そのゲーム、すぐに終わるのか?」

 

 最後に折れるのは指揮官の方だ。いつだって。

 

 ため息を吐き出しつつ乗ってきた指揮官に、AK12は頬杖でたわんだ柔らかい頬を緩めた。

 

「ええ、すぐ終わるわよ」

 

 AK-12の深まった笑みに指揮官は背筋に冷や水を落とされたような緊張を覚える。

 

 彼の経験則が、彼の本能が心に語り掛けている。絶対に碌なことにはならないと。

 

 指揮官がまた一つため息をつきながら書類を整えている内に、AK-12が後ろポケットから黒いリボンで留められた小さな袋を取り出す。

 

 指揮官の眉が引きつり怪訝そうに表情がゆがむ。

 

 そんな風に警戒する彼を他所に、AK-12はシュルっと音を立てて留め具のリボンを外すと、中に入っていたものを指先で摘まんで一つ取り出した。

 

「チョコレートかそれ?」

「そうよ。今日が何の日かご存じかしら?」

 

 試すように首を傾げながら問いかけるAK-12に指揮官は顎に手を置いて考えこもうとしたが、本日の日付を思い出してすぐに答えに行き着いた。

 

「バレンタインか?」

「正解よ」

 

 常に浮かべている笑みを深くするAK-12。とりあえず正解したことに指揮官は内心で安堵した。

 

「で、それとゲームは何の関係があるんだ?」

 

 バレンタインは男性、或いは女性から異性に贈り物を渡す文化だ。

 

 どこぞの島国ではチョコレートを贈るのが一般的というが、AK-12はそれに倣った形だろうか?

 

 ただ、指揮官の知識にあるのはどこぞの島国はチョコは贈りはしても特別なゲームのようなモノは無かったということ。

 

 指揮官がAK-12から目を離し、少しでも先に対策を立てようと思い当たる知識を漁っていると――

 

「ふんふぃふぇひぃふぁふぁよ」

 

 AK-12から気の抜けた返事が返ってきたので、指揮官は視線を彼女へと戻す。

 

 そこには、ハート形のチョコを咥えた顔のよい戦術人形ことAK-12の姿があった。

 

 状況が理解できず、指揮官が固まっていると、AK-12が急かすように顔を動かす。

 

「んっ!」

「……まるで意味が分からんぞ」

 

 AK-12が何を急かしているのか、何をさせたがっているのか理解できず、疑りの視線を向ける指揮官。

 

 そんな彼を見兼ねた様にAK-12は口にくわえたチョコレートを外し、溶けたチョコレートでデコレートされた唇で意図を説明する。

 

「なにって、本命か義理かを当てろゲームよ」

「なんだその酒の勢いでやるようなゲームは」

「とある島国は2/14に全国民がやる有名なゲームでしょ」

「その国で一部はやるかもしれんが、絶対全国民は対象になってないと思うぞ」

「聞いたことない?女の子が咥えたチョコを男の子が食べて本命か義理かを当てる有名なゲームよ」

「自分だけで話を進めるな」

「じゃあ、やるわよ」

「こっちの話を聞け」

 

 指揮官の話は全て受け流し、AK-12は再びチョコレートを唇で咥える。

 

 指揮官としてはやると言った以上逃げるつもりはないし、逃げたという弱みを得たAK-12のことを調子に乗らせたくないのでやらざるを得ないのだが。

 

 だからと言って、このゲームは何なんだろうか?AK-12が素で考えたのだろうか?それとも酒の席で何となく思い浮かんでやってみようと思ったのだろうか?考え付いても普通はやろうとは思わないだろうがそれを実行に移すところは流石と言えるが、このゲームを実行に移そうとして実際にやる時点でそれはもう義理じゃなくて本め――

 

 AK-12の目の前で現実逃避をするように思考を巡らせる指揮官。

 

 そんな彼に痺れを切らせたのか、AK-12は身を乗り出して指揮官の後頭部に腕を回し、

 

「んっ」

 

 考え込んでいたせいか微かに開いていた指揮官の口腔に、咥えていたチョコレートを押し込むように唇を合わせたのだ。

 

「っ!?」

 

 AK-12の柔らかい唇の感覚、舌に触れるチョコレートの硬さが指揮官を強制的に現実に連れ戻す。

 

 予想だにしていなかった展開に指揮官の体はピクリと跳ね、思わず硬直する。

 

 このままでも指揮官にとって十分以上の衝撃的な状況なのだが、油断していた方が悪いとばかりにAK-12は攻めの手を緩めない。

 

 後頭部に回していた手を彼の頬に回し、角度を変えながら血色の良い自分の舌を奥へ奥へとねじ込む。

 

 指揮官の口の中にあるチョコレートを味わいながらも、彼の口内をチョコレートでコーティングするように舐め回す。

 

 角度を変えて奥の歯に向かって舌を伸ばし、チョコレートが足りなくなったら彼と自分の舌で溶かし、チョコレートが無くなってきたら最後まで味わい尽くすように彼の舌に残ったチョコレートを踊るように貪っていく。

 

 まるで狼の捕食のような乱暴さで、けれども遊戯を楽しむような無邪気さで指揮官の口腔を味わいつくす。

 

 二人の湿った息遣いと水音だけがBGMとなって数十秒。

 

 自分のやることに満足したようにAK-12はふぅと楽しそうに息をつきつつ唇を離した。

 

「美味しいわねこのチョコレート」

 

 目まぐるしく変わる状況の処理に忙しい指揮官とは対照的に、AK-12は愉快そうに声を跳ねさせる。

 

「あなたの赤い顔をずっとみてても良かったけど、そのまま待ってても日が暮れそうだったから」

 

 悪戯が成功したことを喜ぶ子供のようにAK-12は小さく舌を出す。

 

 情報処理が追い付かない指揮官としては、その姿にどこか愛らしさを覚えてしまった。

 

「何も反応なしは酷くないかしら?」

 

 あくまで自分のペースを崩さないAK-12だが、指揮官からリアクションが返ってこないことは流石に面白くはない。

 

 指揮官の頬を指で突っついて反応を伺う。

 

「答えはどうしたの?」

 

 二度ほど突っついたところで指揮官の思考能力が戻ったのか小さく口を開いた。

 

「なぁ……」

 

「なにかしら?」

 

「今、何が起こったんだ?」

 

 顔から蒸気が漏れるほど真っ赤にした指揮官から絞り出された呆けたような言葉。

 

 彼の頭は理解できてないが、彼の体は理解しているのだろう。彼の視線は移ろい、唇は震えて気恥ずかしさを誤魔化そうとしている。

 

 いまいちぱっとしない彼のリアクションに、AK-12は困ったように唇を指先を置いて考え込み――誘うように指揮官の舌で唇を湿らせて言葉を紡ぎ始める。

 

「わからなかったのなら仕方ないわね」

 

 そういうと、AK-12は再び唇にチョコレートを咥える。極上の獲物を見つけた狼の紫眼を瞼から薄く覗かせながら。

 

「今度こそ、答えを聞かせてね」 

 

 AK-12は楽しむように声を高くし指揮官の頬に手を添えながら、再び唇ごとチョコレートを押し付けにいく。

 

 ――何が起こったかは理解しきれていないが、指揮官は彼女の答えはわかっていた。それこそ、彼女がこのゲームを仕掛けるまでもなく。こんなことになると容易に想像できるゲームを仕掛けてきた時点で彼女の想いは――

 

 これから起きることを受け入れるように、指揮官の手はAK-12の肩を掴む。

 

 二つのシルエットがまた一つになるまで瞬きする暇すら必要がなかった。

 

 その後、AK-12の持ってきたチョコレートが無くなるまで『ゲーム』は続いたという。『ゲーム』の果てに指揮官がなんと答えたかは、二人のみが知ることだろう。




本当はDEFYみんなの分を書こうと思ってたのですが、AK-12の他にはAK-15しか思い浮かばなかったのと、ゲームが忙しくてAK-12しか書きあげることが出来ませんでした(小声)
AK-15のは余裕があったら書こうかと思います。


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