ウルトラマンアバドン外伝 悪魔達の過去 (りゅーど)
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ウルトラマンアバドンの過去
「……」
慎太郎は空を見上げていた。
もう視界に入る奏の幻はいない。ようやく踏ん切りがついたらしい。
「……あの広い広い星空に手さえ伸ばしていれば、カシオペア座さえも掴めただろうと信じていたあの頃が懐かしい」
そう言って慎太郎は、草原に横になり、ゆったりと目を閉じた。
彼の脳裏に浮かんだは、今から約143000年前の事だった。
ウルトラマンベリアルがまだアーリースタイルであり、まだウルトラの父ことウルトラマンケンに髭がなかった頃だ。
宇宙警備隊の同期であった二人は、光の国のバーで飲み明かしていた。
「だいたいよォ、オレだって真面目にやってんだよ……おい何笑ってんだよケン」
「ハハハ、すまないすまない。ただの愚痴、と言うよりかは親自慢に聞こえてしまってね……」
ベリアルが愚痴り、ケンが宥める。二人はどこかで気が合っていた。
「ったくよォ、心配して病院行ってみりゃただの捻挫だぜ!? 人騒がせな奴だとは思わねえかァ!?」
「はは、いや確かにそれは人騒がせだな」
「ったく……あ゛?」
「どうした?」
「……おいおいマジか」
そう言って、ベリアルは立ち上がった。
「ケン! 支払い頼んだ!!」
気圧されたケンは、ただ、ああとしか言えなかった。
「っ、親父! 用事ってなんだ!?」
「……お前に弟が産まれたよ」
ウルトラマンベリアルの父、ウルトラマンベルゼブブは、そう静かに言った。
「……は? 弟??」
「ああ」
「……いっ」
「い?」
「イヤッホォオオオオオイッ!!!! ようやく俺も兄扱いだ!!」
珍しくテンションの上がるベリアルにベルゼブブはただ笑った。
「さあ、ウルトラクリニック78に向かおうか。産婦人科だ」
ベリアルの母、ウルトラウーマンルサルカは、静かにその赤子を抱き抱えていた。
「……きっと、健やかに育ってくれるわよ」
「ルサルカ! 大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ。私は生きてるわ」
ほうと胸を撫で下ろすベルゼブブ。
それをよそ目にベリアルは、新生児を優しく見つめていた。
母親譲りのアルカイックスマイル、そして父親や自身に似た切れ長の目。そこまではよかった。
彼には、イマージュ使い、そしてグルメ細胞の悪魔の適合者の印である『キズ』が、深深と刻まれていたのだった。
「……おい親父、見ろ」
「……ほう、これはこれは。僕からの遺伝のようだね」
とはいえベリアルの手にもグルメ細胞のキズはあったし、イマージュのキズもあったのだが。
それを隠すための銀のグローブなのだ。
「あんたの血濃すぎだろ……」
「あら、けど体の模様は私に寄ってるわね」
父親譲りのとんがった模様の他は殆ど母からの遺伝が多かったようだ。
すうすうと静かに眠る新生児に、ベリアルはこう名付けようと提案した。
「……アバドンなんてどうだ?」
「いい名前だね。アバドン……うん、『光りし者』か」
「いいセンスね、ベリアル」
よせやい、照れるじゃねえかとベリアルは笑った。病室には笑顔の花が咲いた。
「にいちゃ────ん!!」
「おうアバドン、早く来な」
「兄ちゃん早すぎ! ぼく頑張って飛んだんだよ!?」
「悪い悪い」
彼らは緑溢れる惑星にキャンプに来たようだ。
「ただでさえぼく足遅いんだからー……」
アバドンは足が遅い事がコンプレックスであった。収入さえ入れば、バイクみたいに速く動ける物を使おうと思っているくらいには。
「むー……」
「悪かったって。ほら親父、アバドン確保だ」
「分かった。さあ楽しもうか」
明らかに平和だと分かるだろう。まだ彼らは歪んでいなかった。
あの事件が起こるまでは。
「ギシャアアアオ!」「ギィアイエェエヴゥウウウ」「ピガァアアアアン」「キィイイイイッ」「フォッフォッフォッフォッ……」「プレッシャァー!」「ゲェヴゥウウウ!!」
エンペラ星人の襲来に伴って起きた『ウルトラ大戦争』。
当時のアバドンは若さと強さを兼ね備えたトップスリーの戦士であった。
同時期にバディを組んでいたヴェラムとも息のあった戦闘を繰り広げてはいたのだが……。
「やべえよ、やべえよ……」
「……ヤバいな」
二人は孤立していた。
辺りには強化されたベムラーの群れだらけであった。
「アバディウム光線!」
「ヴェラミウムブラスター!」
ヴェラムとアバドンの攻撃があたりのベムラーの命を奪い、そして一面を焦土に変えた。
「ちくしょう、強えッ」
そんな彼らとは別行動。
ベリアルとケンはエンペラ星人と戦闘を繰り広げていた。
「ぐあっ!!」
したたかに壁に打ち付けられるベリアル、しかしエンペラ星人のダメージも深刻だ。ウルトラマンケンに後を任せるように、ベリアルの意識は薄れ始めた。
エンペラ星人と交錯するケン。そして……。
エンペラ星人は、死んだ。
ケンは、倒れた。
「……ケンッ」
ベリアルはそう言って、意識を手放した。
最後に彼は走馬灯のように圧縮された思考を広げたようだった。
「俺がもっと強かったら……。俺が、もっと支えられたら。俺がケンみたいに強かったら……。ケンと同等の強さを誇った、エンペラ星人のような強さがあれば……!」
悲劇は連鎖した。
「父さんッ……父さん!!」
「うそだろ……お袋……お袋ォオオオオオ!!!!」
ベルゼブブとルサルカが死んだ。
ウルトラ大戦争に巻き込まれて死んだのだった。
さらに悲劇は連鎖する。
「……憎い、ウルトラのヤツらが憎い! 力が……! 力が欲しいッ!! 超えてやる、俺を見下したアイツらを……っ!」
プラズマスパークに手を伸ばすウルトラマンベリアル。
手に瘴気が纏われ、彼は呻き始める。
「うあ、あああああ……っ! あああああああああああっ!!!!」
ウルトラマンベリアルは、大罪を犯した。
ウルトラの国を追放され、無人の小惑星に落ち延びたウルトラマンベリアルの前に、ある男が現れた。
『光の国が憎いか?』
「っあ……ッ!! ぐああぁっ……!! だ、誰だっ……!!」
『私はレイブラッド……全宇宙を支配するものだ。お前に力を与えてやろう』
そう言ってレイブラッドは、ベリアルの答えすらも聞かずにカラータイマーめがけ突進した。
『フッハッハッハッハッ……』
「うぉああああああああああああああッッッ!!! やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」
……それが暗黒の戦士、邪悪かつ無価値な者、ベリアルの再誕生であった。
『ベリアル! 全て破壊しろ。ウルトラマンと光の国を……この宇宙から消し去るのだ』
レイブラッドの思念に操られるかのように、ベリアルは歩を進めた。
「みんな逃げて! 早く!」
ウルトラウーマンマリー……ウルトラの母は、一同の避難を優先させた。
「ベリアルゥッ!」
まだ若いゾフィーが立ちはだかるかのように躍り出た。しかし。
「デェアッ! フュゥンェア!!」
ゾフィーはベリアルの踏み台とされ、ベリアルはウルトラウーマンマリーをギガバトルナイザーで吹き飛ばした。
「フン……マリー、オレは光の国を征服し、銀河の王となってやる!」
そう宣言するベリアルに、
「あなたの思いどおりにはさせません!」
気丈に叫ぶマリー。そしてベリアルがギガバトルナイザーを振るった瞬間、邪魔が入る。
「待てっ!」
「ケン……貴様!」
「この星はお前の故郷だぞ」
「故郷? ふん、知らねえなぁ。そんなモノ滅ぼしてやる! オレは、オマエらへの復讐の為に帰って来たんだ!!」
ボロボロにされるウルトラマンケン、もうダメかと思った矢先。
「何してんだよ兄貴ィッ!」
天高くから降り注ぐドロップキック、そしてベリアルはそれを強かに食らった。
「この技は……アバドン、貴様オレの邪魔をする気か!」
「兄貴、なんでそうなったんだよ!! まだ果たしてねぇ約束もあるだろうが!!」
アバドンはそう言いながら、ベリアルと殴り合った。
綺麗な回し蹴りの応酬……と見せかけ、アバドンはベリアルの顎を殴り抜いた。
「グォッ」
「ふざけんなよ! 兄貴、ウルトラの心はもうないのか!?」
「ふん、そんなもん疾うの昔に捨てたよ……!」
動揺するアバドンの首を絞め、優しく地面に投げるベリアル。
「あに、き」
アバドンの意識はここでとだえた。
ウルトラクリニック78のメディカルルームで彼は目覚めた。
体にはもう傷はない。しかし……。
「おい、アイツ前のベリアルの」「ああ、弟らしいな」「可哀想に」「バカ、怒らせんな殺されるぞ」「罪人の弟だ、どうせ裏切る」「……今のうちに殺してしまおうぜ」「自衛! 粛清! 抹消! 自衛! 粛清! 抹消! って感じ?」「そのための右手……あとそのための拳」
アバドンの心には、癒えぬことの無い傷が、深々と刻み込まれたのだった。
アバドンはウルトラの国から抜け出して、独り殺し屋に転身した。否、シリアルキラーか。
様々な星を襲った。
マグマ星。
マーキンド星。
ドルズ星。
ヒッポリト星。
惑星ケムール。
バド星。
メトロン星。
数えあげればキリがない。
今日もまた、アバドンはある星を襲った。
「ひっ、たっ、たたた助けてぇええ!!」
「だれも おまえらを のぞまない」
アバドンは静かに言った。そして、星全体を燃やした。
その惑星の名はジード。
そう、
惑星ジードは地球の5倍の面積を持ち、豊富な資源が取れる豊かで平和な星だった。その惑星の鼓動を、アバドンは……。
たった一日で、完全に止めた。
その後もアバドンは止まることを知らない。
平行世界の壁を破り、様々な世界を消し去った。
そのうちには、未だに復活しない世界もある。
何はともあれ、アバドンは平行世界の破壊という巨悪を果たしてしまったのである。
3000年前、アバドンは強制送還させられた。
アバドンは大暴れした。
ベリアルの乱と同じくらい暴れ回ったが……。
歴戦の勇士たちが、アバドンを止め。
そして力を封じ込めた。
今のアバドンが使えるフォームは、元々の本来の力の一端なのである。
「……最悪なもの思い出してしまったなあ」
慎太郎は起き上がった。
「ああめんどくせえ……。メシでも食いにいくか」
そう呟く慎太郎の背中は、どこか寂しそうであった。
きっと何が起きているかも把握しきれない。
だけれども、これだけは言える。
彼は、いつか報われる。
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佐久間優作の過去
優作────────────────
そう名付けられた彼は、穏やかな生活をしていた。
親からの寵愛を受け、すくすくと育っていた。
名前の通り、優しさに溢れた少年であった。
多少のからかいを受けども、優しく受け流し、角を立てぬようにしていた。
しかし、優作の人生はそこが第一の絶頂期であったことは否めないだろう。
優作は、車に撥ねられた。
意識不明の重体であった。しかし、優作は生還した。
生還祝いに家族で牡蠣を食べに行った。
優作だけ牡蠣に中った。
それでもまた生還した。
小学校1年の頃、優作はスズメバチに刺された。
「ああああ……ああああああああ……!!」
顔が青ざめていた。どんどん吐き気が増していく。身体中に
次第に目眩がしてきた。そして、優作は倒れた。
それでもまた、優作は生還した。
2年生の頃に、川に流された。
3年生の頃に、山で一人だけ遭難した。
そして小学四年生の頃、優作に地獄のようなことが起こる。
優作の母が死んだ。
優しい女性であった。美しい女性であった。そして、なにより、彼女は心の拠り所であった。
父親は心を病んだ。そして、その病んだ魔の手は優作に向いた。
「ひっ、やっ、やだよぉっ、ねえなんで!? なんでこんなことするの、父さん!」
「暴れんなよ……暴れんな……」
毎晩の様に優作は体を求められた。
その度に絶望し、そして。
「……」
優作の心は壊れる寸前であった。
中学校では幾つものいじめを受け、心に傷を負った。
どれもこれも女からのいじめであった。
そして、時は流れ大学生へ。
彼女はでき、友人もでき、さらには戯れに書いていた随筆が評判を呼ぶといった、極めて順風満帆な大学生活を送っていた。
そんなある日、その彼女の友人と名乗る女が近づいてきた。
「あのー、彼女ちゃん貸してもらえる? この子の友人で遊びに行こうかなって」
「ちゃんと返して下さいよ?」
疑りながらも、彼は見送った。
その日から、彼は不幸に見舞われることになる。
一週間後、あるメールが届いた。
「別れよう」
その言葉を寄越しただけで、SNSもブロックされた。
その翌日、ビデオレターが投函された。かつて彼女だった女性が、あの自称友人と盛りあっている、という内容であった。
思わず彼はえずいた。フローリングの床に吐瀉物を吐き出した。
「なんで」
その疑いと絶望が彼を襲っていた。
その日からも大学には行ったし、平常であろうと心を押し殺した。自分は悪くないと慰めながら。
ある日から彼は変わり始めた。
ある日は異様にテンションが高く、またある日は異様にテンションが低い。さらに今まで普通に話していた相手にもビクビクしながら話すようになった。
平常であろうと心を押し殺したのは悪手だったようだ。
そのうち、心配の視線が押し寄せてきた。
「大丈夫?」
黙れ。
「顔色悪いぞ」
黙れ。
「本当に大丈夫かよ」
黙れと言っている。
「ねえ、聞いてる? 大丈夫?」
「黙れ黙れ黙れ! 黙れ殺すぞォーッ!!」
一人の生徒をぶん殴った。
その日のうちに彼は退学した。
彼は幸い随筆の収入があり、それをもとに引きこもりはじめた。
周りの目を閉ざすようにカーテンを閉め、家賃等を払う以外は誰とも喋らずにいたのである。
そのうちに死にたいという思いが増えていき、『コンビニの肉まんを買いに行こう』と思うのと同じように『そうだ死のう』とも思い始めた。
彼は心を病んだのだった。
ある日彼はふと、外に出ようとした。
カーテンすらも開けぬまま、鍵を何重にも締めて消えた。
雑踏を歩く彼の目は辛そうだった。その時である。
二人の女性が仲睦まじく歩いていた。
片方は元カノ、そしてもう片方は元カノを寝取った女であった。
彼は遂に怒りを顕にした。路地裏に連れ込み、近くにあったブロックで思い切りぶん殴った。何度も何度もぶん殴った。
「死ね! 死ね! この世の! 同性愛者は! 全員! ゴミ! 死ね! 殺してやる!!」
かつて彼女だった女の前で殺した。
そしてゆっくりと顔を上げ、「次はお前だ」と彼は言った。
四肢を丁寧に折り、両鎖骨をブロックで破壊。さらに凌辱し、そして殺害した。
「……ああ、幸せだ」
彼は人を殺したことの焦りよりも、多幸感に支配されていた。
漸くゴミを処理できたと。漸くゲスを駆除できたと。
その時、彼の耳にひとつの声が聞こえた。
「ふふふ……あははははは……」
「誰だ!?」
「君の闇は美味かった。そこまで熟成させた恨みつらみ、さぞ痛かったろうに。私が来たからもう安心だ。もう誰も君を一人にはしない。私が君を最凶にしてやろう。我が身を縛り付ける愛憎を戦いの原点へとせよ。それに、君が立ち向かわないで、誰が恨みを晴らしてくれるんだい? 許す気なんて、始めからなかったじゃあないか」
「……ッ、黙れ!」
「受け入れろ、君の闇だ。この私が君の影だ!」
「……俺の、影」
「我は汝……汝は我……。我は汝の心の海より出でし者……。
「……ケィアン、ケィアン。俺を独りにしないのか? ほんとうに? ひとりには し な い のか???」
「ああ、そうだ。我は汝、汝は我。汝望む時に我を呼べ、さすれば我汝の為力を貸そう」
こうして、彼は愛憎戦士ケィアンへと成り果てた。
彼は世の中の同性愛者と女性たちを殺し始めた。
それは絶望と狂乱の果てに造られた狂いしステージ。ただただ同性愛者を殺すためにいるのだ。
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