ハイスペック退屈少女と陰キャで淫乱な黒い猫 (カボチャスパークリング)
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猫屋敷月華のプロローグ

猫屋敷 月華(ねこやしき げっか)

 

年齢、17歳。

出身、京都。

好きな色、黒。

好きな食べ物、美味しいもの。

 

趣味――趣味を探すこと。

 

 

「今日も始めますか」

 

退屈な毎日を変えるため、私は1日1つ趣味を探すようにしている。

このルールを決めて、かれこれ、半年くらいになるだろうか。

とにかく何かに熱中したかった私は、そうして探した趣味を試しては飽きてを繰り返していた。

 

見渡せば、一人で住むには無駄に広い部屋に散らばる飽きてしまった趣味の道具達。ルービックキューブなんかのパズルに、釣具、ゲーム、将棋、筋トレ用具、盆栽などなど、雑多すぎて目がチカチカする。

 

ガラスのテーブルに置かれていた将棋セットをどかし、そこにノートPCを置く。小気味好い起動音と共に立ち上がったそれで、私は今日も趣味を探すことにした。

 

この退屈な世界を変えてくれる何かを求めて。

 

 

 

 

バーチャルミャーチューバー。

MyaTubeやネコネコ動画などで、主に2Dのイラストをアニメーション化させたものを配信者とする、昨今、爆発的にその認知度を高め、1ジャンルとして確立されようとしている文化だ。

 

趣味の一つとして所謂オタク文化というのは非常に興味深い。何せ、日本という国において、この文化は最も広く嗜まれている趣味。

今の時代、誰だってアニメやゲームに一度は触れたことがあるはず。好きなアニメ、ゲームを問われれば1つくらいは出てくるし、国民的アニメのキャラクターともなれば知らない人の方が少ないくらいだ。

アニメもまともに見たことなければ、ゲームもしたことがない、というのは、特に若い世代では絶滅危惧種より珍しいかもしれない。

 

そして、実は私はその絶滅危惧種よりも珍しい人間に該当する。

インターネットには明るい方であるし、流行りのアニメやゲームも把握しているが、それだけ。知識として知っているだけで、それを私が体験したことはなかった。

 

とりあえず、ゲームをしてみようと、ゲーム機を買い揃え、流行りのゲームソフトもいくつか買ってみたのだけど、そこで止めてしまっている。どう楽しむものなのか、今一理解出来なかったからだ。

 

そこで私は、流行中のバーチャルミャーチューバーなるものを見てみることにした。これはアニメに近いジャンルであるし、ゲームのプレイなども配信しているらしい。

バーチャルミャーチューバーこそ、今のオタク文化の最先端にして結晶であると踏んだ私は、このバーチャルミャーチューバーから、オタク文化を学び、趣味へと昇華させることにしたのである。

 

 

 

はじまるぞ

仕事休んで待機中

あるてまも二期か。この数か月でV増えたな

オラ、ワクワクすっぞ

 

now loading...

 

一期生の個性派集団についていけるのか?

ここにきて猫耳という王道

 

貧乳というステータス

 

▶ ▶❘ ♪ ・ライブ
 
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【初配信】初めまして、黒猫 燦にゃ【あるてま】

 4,394 人が視聴中・0分前にライブ配信開始
 
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 黒猫 燦 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 902人 

 

 

新進気鋭のバーチャルミャーチューバーグループ『あるてま』。

調べたところによると、どうやら今日、その二期生達が初配信をするということで、まずはそれから見ることにした。

画面を川のように流れていくコメントは、時折理解できない言葉があるが、それは追々勉強していけば良いだろう。

 

 3分経過、トップから遅刻はかましすぎ

 機器トラブルかもしれん

 たぶん今頃焦って涙目の猫耳貧乳美少女が画面の向こうに……

↑天才

↑いや、ただの変態だろ

 

配信開始の時間を過ぎたが、画面に動きはない。コメントから察するに、バーチャルミャーチューバーの配信ではこうしたことはたまにあるようで、様々な推測が飛び交っている。

ただ待つのも勿体ないので一先ず、今から配信するのであろうバーチャルミャーチューバーの明かされているプロフィールを読み返す。

 

黒猫 燦(くろねこ さん)

猫耳が生えた高校2年生。

好奇心旺盛でマイペースな性格。

配信を通じて友達100万人を目指している。

好きな食べ物はチョコレート。

 

黒猫、なんて名前の通り、そのアバターは正に黒猫の擬人化の様であり、頭部には黒い猫耳が生えている。

 

私は猫屋敷なんて名字故に猫好きと思われがちだが、猫は嫌いである。いや、猫が、というのは正確ではない。私は動物が嫌いなのだ。

話せもしない、意思の疎通も出来ない、そんな生き物をペットなどと呼んで側に置く人間の気持ちはまるで分からない。

 

オタク文化では、良くこうした黒猫燦のように、動物の特徴を併せ持ったキャラクターが登場するらしいが、何が良いのだろう。

 

早速、オタク文化への理解が遠退いた気がしたところで、突如、PCのスピーカーから可愛らしい女の子の声が大音量で流された。

 

「こんばんにゃ~~~~!!!!!!」

 

 

 耳が、耳がぁ~!

 鼓膜ないなった

 代えならあるぞ、100均のだが

 これはポン確定

 いや草

 流石のあるてまクオリティ

 

「あ、あれ? 音おっきい?」

 

鼓膜の代えとはなんなのだろうか?私の知る限り、そんなにお手頃に手に入るわけがないのだが、誰もそれに疑問を呈することはしていない。

 

そもそも、大きな音で鼓膜が破れるなんてことはありえない。あるとすれば、音を感じるセンサーの役割を担う有毛細胞がダメージを受けて難聴を起こしている可能性。

 

耳は繊細なもので一度ダメージを受けた神経細胞は現在の医学でも治すことはできず、聴覚の低下、耳鳴りなどの後遺症が一生残る。コメントした彼もしくは彼女は、即座に医療機関へ行くべきだ。

 

「ど、どうかな? 音大丈夫?」

 

 蚊かな?

 猫って言ってるでしょうが!

 この新人、ニュータイプかっ( ・`д・´)

 いや、ただ音量ミスってるポン

 燦ちゃん、小さ過ぎ!(色々と)

 

今度はやけに小さい音量。新人故にまだ機器の調整に慣れていないのだろう。

それにしても先程から頻繁に出ているポン、とはどういう意味なのか。彼女は狸ではなく猫であるし、何かの略語だとは思うのだが。

 

「え、えっと、これでいいはず。ど、どうですか」

 

 やっとまともに聞ける

 こんな声だったのか

 悲報、10分経過して初めてまともに声が伝わる

 

「あっあっあっ、すみませんすみません。ポンコツでごめんなさい」

 

 これは不憫枠

 涙声捗る

 ↑通報した

 ↑止めろ、俺も捕まる

 

ん?もしやポンとはポンコツの略称なのではないだろうか。

1つ、謎が解消されたものの、コメントの通報した、という言葉が引っかかる。これも頻繁に出ているが、悪戯で通報をしては、警察や消防機関の適正な業務を妨害するものとして非常に悪質と判断され、偽計業務妨害罪に問われる可能性がある。

偽計業務妨害罪となった場合は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられ、黒猫燦にも迷惑がかかると思うのだが。

本当に通報しているとも思えないし、そういうジョークなのだろう。

最も頻繁に出てくる、草や、語尾のwについても知りたいところであるが、こうして推測するのは中々に面白い。

私は少しだけ、この流れるコメントに楽しさを感じつつ、動画の視聴を続ける。

 

「ぐすっ、ありがとうございます。こんなわたしを励ましてくれて、視聴者さん大好きです」

 

鼻をすすり、涙声でお礼を言う黒猫燦。

可哀想なくらい声が震えているが……なんだろう、何故かこう、もっと聞きたくなる。

ドキドキと、心臓が高鳴り、自然と画面に前のめりになっていく。

 

じっと見つめる画面、そこに突如として何やらメモ書きのようなものが晒された。

 

 

初めまして、あるてま2期生新人バーチャルミャーチューバーの黒猫 燦ですにゃ。 

燦さんだと呼びづらいから燦ちゃんとか黒猫さんって呼んでくれると嬉しいにゃ♡

夢はお腹いっぱいのお菓子とたくさんの友達を作ることにゃので、みんな仲良くしてくれるとうれしいにゃ~。 

少しでも私のことが気になったらチャンネル登録と高評価、つぶやいたーのフォローよろしくにゃ!

それじゃあ早速あとが閊えてるのでタグ決めとか色々やっていくのにゃ!

 

 あ

 あっ

 あ

 カンペですねぇ

 廊下に立ってなさい

 斜め上の新人

 媚び媚びのカンペww

 

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ!!!!!!!!!」

 

 また鼓膜がぁ!

 これは良い断末魔

 いじめれば光る原石

 初配信でキャラ確立してて草

 

 

断末魔と共に突如として終了した配信。

一気に加速するコメントだけが流れる画面を見たまま、私は、これまでに感じたことのない高鳴りを感じていた。

心臓を鷲掴みにされたような、落雷に撃たれたような、そう、生まれ変わったような感覚。

 

 

「バーチャルミャーチューバー、黒猫 燦……」

 

 

テーブルに写った私の顔は、いつも通り無表情ながら、どこか楽しそうで。

 

 

「趣味、見つけた」

 

 

この瞬間、電子の世界にもう一人の私が誕生した。

 



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咎月荊のプロローグ

 

 

――バーチャルミャーチューバー記事まとめより

 

 

『【驚異の個人勢!?3D配信!?】突如現れた謎の新人バーチャルミャーチューバー、咎月 荊(とがつき いばら)とは!?』

 

 

ミャーチューバーといえば、2Dのイラストをアニメーション化させ、動いたり、表情が変わったりするアバターによる配信で昨今人気を集めている分野ですが、そこに突如として現れたのが、咎月 荊(とがつき いばら)

 

猫耳付きのフードを被り、口許もハイネックで隠れていたりとミステリアスな容姿の彼女ですが、なんと彼女のアバターは、3Dだったのです。

それも精巧でヌルヌルと動く3Dアバターであり、僅か3分程の動画であったにも関わらず、一躍話題となり、その登録者数も一万人を突破。(記事執筆時)

 

先日、二期生をデビューさせ、乗りに乗っているバーチャルミャーチューバーグループ『あるてま』など、各企業が取り組みつつも3D化に踏み切れない中、このクオリティで突如現れた衝撃は計り知れません。

 

そして、何より謎なのがなんと彼女がどの企業にも所属していない個人勢である、ということです。

本人曰く、趣味でやってる、とのことでしたが、3Dは2Dの立ち絵とは比べ物にならないほどに精密な描写技術が必要となり、3Dモデリングや、モーションキャプチャーなどなどの数えきれないハードルがあります。

個人勢で、これだけの3Dモデルを扱えるなんて、にわかには信じられませんが、はたして。

 

何はともあれ、次の配信に期待が高まります。

 

 

 

 

 

――切り抜き『コミュ障陰猫VS堅物謎猫VSダークライ【あるてま/黒猫燦】』より抜粋

 

 

 

 

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 #黒猫さんの時間

【祝え!収益化】スパチャ読む、マロも食む掛かってこい【黒猫燦/あるてま】

  22,566 人が視聴中・0分前にライブ配信開始
 
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 黒猫 燦 
チャンネル登録

 チャンネル登録者数 36,131人 

 

「こんばんにゃー」

 

 咎月荊

 \50,000

 初手無言スパチャおじさん

 \50,000

 モロの君

 \50,000

 

「にゃ!? 無言赤スパ!? 都市伝説では!?」

 

 草

 いきなりで草

 は?

 えっ?

 Tメガネ

 \610

 収益化おめでとぉぉぉぉ!!!少しだけどこれあげる!

 本物??

 本物だぁあああ!!

 まじかよ!!

 え?誰?

 

 

「え!? 何事!? 咎月 荊!?」

 

 話題の荊さん何してんだww

 初手無言スパチャおじさんを置き去りにww

 これは祭決定

 

「と、とりあえずスパナ!?」

 

 まだ初配信しかしてないのにいきなり他企業勢に赤スパチャww

 ファンです 咎月荊✓

 強い

 

「ファン!? なんで!?」

 

 ファンになんでは草

 自分全否定w

 突然のコメント失礼いたしました。咎月荊と申します。この度、黒猫燦様が収益化ということで、僭越ながらコメント差し上げた次第でございます。咎月荊✓

 堅いww

 ビジネスメールかな? 

 

「あ、え、と、わ、私も咎月荊さんの動画見ました!3D凄かったです!」

 

 小並感w

 お褒め頂き、大変光栄です。今後もより良いモデル開発、配信に努めて参ります。咎月荊✓

 だから堅いとww

 ヤンデレみたいなキャラデザなのにww 

 

「な、何話して良いかわかんない」

 

 安定のコミュ障

 やっぱり陰猫なんだよな

 ↑いや、淫猫の間違いだろ

 ご挨拶させて頂いただけですのでお気になさらず。私は一視聴者として楽しく拝見させて頂きます。最後になりますが、収益化本当におめでとうございます。これから益々お忙しくなると思いますが、一層のご活躍とご栄進をお祈り致します。咎月荊✓

 これはネタなのか?ww

 荊の次回配信が楽しみ過ぎるw

 

「な、何か良く分からないけど、と、とりあえずマシュマロ食べよ!」

 

 嵐だったw

 圧倒的強キャラ

 通りすがりの豆腐

 \777

 タイミング逃してたけど収益化おめ





咎月荊、何者なんだ……(棒)
次回、その正体が明かされます。


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#1 メントスコーラと自己紹介

「ありがとうございます。ではそれで進めてみます」

 

数少ない友人との通話を終え、私は配信の準備を始める。

 

――咎月 荊。

私がバーチャルミャーチューバーとして活動するために作ったアバター。つまりはもう一人の私。

 

「く、黒猫さんに褒められてしまった」

 

基本的に休眠している私の表情も緩むのではないかと思うくらい、ふわっとした気持ちが胸に溢れる。

すぐにでもやりたい気持ちを抑え、1ヶ月程準備したかいがあったというものだ。

 

黒猫燦。

私がバーチャルミャーチューバーをやろうと思ったきっかけであり、私のイチオシ。

 

収益化記念ということでコメントをしたのだが、まさか私のことを知ってくれているとは。

昨日の配信もとても良かった。可愛い。動物の特徴を併せ持ったキャラクターの何が良いのかと思っていたが私が愚かだった。あの猫耳と尻尾こそ、人類の大発明なのだ。あれがあることで、感情表現がよりダイレクトに伝わり、その愛しさを何倍にも膨れさせている。人類は皆、猫耳と尻尾を付けるべきなのかもしれない。

 

さて、いつまでも、この幸せな余韻に浸っていたいが、今日はそういうわけにもいかない。

 

「あと準備するものは……」

 

前回の配信で次の配信日時は告知している。

黒猫さんをリスペクトするならば遅刻するべきかもしれないが、他人の真似をしているだけでは何事もいけないものだ。

 

幸いなことに友人から、配信のアドバイスを受けることが出来た。私も黒猫さんのように、皆を楽しませることが出来るはず。

 

私は準備を整えて、配信開始のボタンを押した。これを押したとき、私は切り替わる。

 

猫屋敷月華から、咎月荊に。

 

この瞬間が、私は堪らなく好きだ。

 

――自分ではない誰かになれた気がするから。

 

 

 

 

 

▶ ▶❘ ♪ ・ライブ
 
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 #咎月荊

【初挑戦】メントスコーラやります【咎月荊】

  14,214 人が視聴中・0分前にライブ配信開始
 
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 咎月 荊 
チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 22,434人 

 

ダボッとした真っ黒な猫耳パーカーをすっぽり被り、大きなファスナーの付いたハイネックで口許は隠されている。

肌は白く、パーカーから覗く黒髪の、マゼンタのメッシュはやけに明るく映えていた。

 

「メントスコーラやります」

 

その銀色の瞳でカメラを真剣に見つめながら、私、咎月荊は右手に持ったコーラと、左手に持ったソフトキャンディを掲げる。

 

 やります( ・`д・´)

 唐突ww

 何故にメントスコーラ?ww

 ↑ほんと草

 挨拶とかないのねww

 3Dは? 

 

「前回、3Dで配信したのは自慢するためです。もう黒猫さんに褒めて貰えたので良いかなと」

 

 自慢(挑発)

 最新技術を飽きさせる黒猫

 これは黒猫のせい

 燃えろ黒猫よ

 2Dもクオリティ高くないか?

 企業勢と遜色ない

 むしろ動きは断然良い 

 

「まあ、前回は3Dの動作確認も含めたテスト配信でしたので。今後、状況次第で3Dも使っていきますよ」

 

前回は、正常に動作し、配信することが出来るのか、それを確認するために3分程の動画だった。

3Dは準備も大変で疲れるため、ここぞという時に使っていこうと思っている。

 

テスト配信であの完成度は企業も涙目

本当に個人勢なんですか?

 

「バーチャルミャーチューバーの企業に属さない、という定義では個人勢ということになります」

 

 スポンサーがいるとか?

 見た目に反して話し方堅いのすこ

 ↑ギャップ清楚という新属性

 

「趣味でやっておりますので、活動に必要な資金は全て私のポケットマネーで賄っております。活動に縛りが生じてしまいますので、今後もスポンサー等の契約は考えておりません」

 

 ポケット(四次元)

 石油王かな?

 自己紹介とかしないんですか?

 

「自己紹介……?そういえば黒猫さんもやってましたね。初回配信では名乗ったくらいで詳しくやってませんし……やりましょう」

 

目に留まったコメントに対して答えていたのだけど、こんなにも質問が溢れるのはやはりまともな自己紹介をしていなかったからだろう。

あるてまの二期生のようにプロフィールなどを用意しておくべきだったが、気持ちがはやり過ぎてその辺が疎かになっていた。

バーチャルミャーチューバーという世界では私は素人も素人、こうしたコメントから学んでいかなければ。

 

「趣味でバーチャルミャーチューバーをやっております、咎月 荊です。先日、初配信をして今日が二回目になります」

 

 ついに謎のベールが……!

 ワクワクo(*゚∀゚*)o

 

 

「…………」

 

 

 焦らすねぇ

 こんだけ溜めて何がくるっ?

 

 

「…………それで、後は何をすれば」

 

 www

 やりましょう(キリッ)←数分前

 ↑小馬鹿にするな、俺も笑ったけどww

 これはポン

 クール系ポンコツは俺に刺さる

 

 

一気に加速したコメントに、まだ流れる文字を読むのに慣れておらず追い付けていないが、何となく馬鹿にされている気がする。

 

 

「どうやらもう自己紹介は不要のようですね」

 

 拗ねたww

 少しムッとしてるの助かる

 これは清楚な可愛さ

 推せる(迫真)

 ズボン脱いだ

 ↑穿け

 

別に何とも思っていないが、全く特別な意図はないが、何となく自己紹介を区切る。

あれだ。あまり時間をかけていると、冷蔵庫から取り出しておいたコーラが温くなってしまいそうだったからだ。

 

「――では、本題のメントスコーラをやります」

 

コメントも読まずに、当初の目的であるメントスコーラへ話題を移す。自己紹介なんてもういい。これで視聴者の心を鷲掴みにしてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツッキー本当にメントスコーラやってるww」

 

この時私は知らなかった。

メントスコーラを提案した友人がお腹抱えて私の配信を見ているということを。




続きます。


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#2 メントスコーラ実演

 

▶ ▶❘ ♪ ・ライブ
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

 #咎月荊

【初挑戦】メントスコーラやります【咎月荊】

  14,214 人が視聴中・28分前にライブ配信開始
 
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 咎月 荊 
チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 22,574人 

 

 

「――では、本題のメントスコーラをやります」

 

 

だからなんでメントスコーラww

バーチャルで見せられましても

 

「このメントスコーラという手法がMyetubeではマストだと、友人に教えてもらいましたので」

 

 

まあ、そうなんだけど

君はVであってだね……

 

 

「そういえば、私、コーラを飲んだことがありませんね……」

 

まじかww

そんな人おる?

ワイは水より飲んでるが

↑デブかな

マジレスするとクラスに何人かはいる

 

世界的に有名な飲料水だ。存在自体は勿論知っているが飲む機会は無かった。冷蔵庫からは二本持ってきているし、冷蔵庫の中にもまだ数本冷やしてある。

 

味も知らずに実験というのもどうかと思うので一本開けて飲んでみることにする。

ペットボトルの蓋を捻ると、プシュッ、と空気が漏れるような音がして、シュワーッと泡が溶けるような音。

コップに注げばその音はより顕著に聞こえた。

 

「色味からして、あまり美味しそうには見えませんが」

 

喧嘩売っていくスタイル

取り消せよ、今の言葉

↑敗北者なんだよな

不健康の色

 

色は醤油のような透き通った黒。香りがフルーティーでなかったら飲むのを躊躇っていただろう。

今も若干飲みたくない気持ちはあるが、視聴者のため、未知を知るため、私を意を決してコーラを飲んだ。

 

「では一口……ん!?」

 

急に喘ぐな

喘いでけ

ごっくん音、助かる

 

「こ、これは毒物ですか!?舌がヒリヒリと!?」

 

毒物ww

中毒性があるから

デブの元という意味では……

 

口の中で弾けるような違和感。舌が麻痺したのか、ヒリヒリと疼く。インターネットで購入したのだが、まさか間違えて変なものを買ってしまったのではないか。一瞬、そこまで考えたが、これが炭酸飲料であったことを思い出す。

 

「ああ、そういえば炭酸飲料自体が始めてでした。なるほど、炭酸がこのような作用を」

 

コーラが炭酸飲料であることは知っていたが、炭酸飲料を飲んだことがなかった。

実際口に含むとああいう作用があるのか。私には好んで炭酸飲料を飲む気持ちは現状分からないが、多種多様な製品が販売されていることからも、世間一般的には受け入れられているということだろう。

 

「味はとても甘いですね。独特な風味があります。私は炭酸飲料に慣れていないので正確に味を表現できませんが」

 

炭酸飲めない可愛い

↑分かる

 

「いえ、飲めないわけではありません。慣れていないだけです」

 

負けず嫌いww

えずいてましたがそれは

 

「……今、大手飲料水メーカーの炭酸飲料を片っ端から注文しました。数日の内に炭酸飲料を水のように飲めるようになるでしょう」

 

盛大なフラグの予感

何の得もない修行編スタートww

 

どうやらコメントは好き勝手言っている様だが、私を本気にさせたことを後悔させてやる。次の配信のお供はコーラで決まりだ。ごくごく飲んで見返すのだ。

 

「まあ、良いです。今はメントスコーラとやらを進めましょう」

 

注文はしたので、一先ず炭酸飲料の話は置いておいて、本日の主役のもう一つ、メントスに話題を移そう。

名称の通り、メントスコーラにはコーラだけでなく、メントスも必須なのだ。

 

「このソフトキャンディがメントスですか」

 

メントスは細長く包装紙に包まれたソフトキャンディ。開けてみると、コイン程のサイズで丸っこいアメが十数個入っていた。

 

「いくつも種類がありましたので、一先ず8種類購入しました。今、私の手元にあるのはグレープ味の様です」

 

どの味でもメントスコーラは成功するのだろうが、念のためパッと目に入った味は全て購入しておいた。

並べてみるとカラフルで少し可愛い。

 

「こちらも食べたことがありませんね……一つ食べてみましょう」

 

飴なら私も食べたことがあるし、味もグレープ味と表記されていて分かっているため、躊躇なく口へ放り込む。

 

「あむっ………ん………」

 

いや、いつまで舐めとんねんww

飴を舐め続けるだけの虚無

飴舐めASMR

↑天才でしかない

 

「…………えっ?これ噛むんですか?飴ですよね?」

 

ガリッとした食感を覚悟して噛めば、予想外に柔らかい食感と共に口に広がるグレープの甘さ。

 

「はあ、どうやら三層構造になっている様ですね。柔らかい飴を硬い飴で包み、それをコーティングしている。単純ですが面白い食感です」

 

どうやらソフトキャンディというのは、舐めるのではなく、噛むことで、その本領を発揮する様だ。飴とガムの中間のようなカテゴリだろうか。

 

「普段、あまり飴を食べない私の意見ですが、美味しいと思いますよ」

 

メントスコーラで食レポする斬新さ

世間知らずで無知……閃いた

↑日本の警察を舐めるなよ

↑↑舐めて良いのはメントスだけだ!

 

「舐めて良いのはメントスだけ、とはどういう意味ですか?」

 

鬼ww

止めて!メントスニキのライフはとっくにゼロよ!

 

コメントの意味が分からなかったので聞いてみたのだが、何故か私が責められる。ネット社会は難しい。

 

「では、味見もしましたし、メントスコーラ、やっていきましょう」

 

コーラを開けて、メントスを放り込む。その単純な動作で、とても面白いことが起きるのだよ、と友人が言っていた。

何が起きるのかは知らない方が楽しいよ、と言われたので特に調べていない。

面白いこととは何なのか、非常に楽しみである。

 

コメントを見ながら、画面のすぐ横にコーラを置いて、開封。プシュッという小気味好い快音と同時に、私はメントスを即座に投入した――瞬間。

 

吹き上がるコーラ、唖然とする私。

黒い液体は天へと舞い上がり、やがて噴水のように広がって降り注ぐ。

 

我に返ったときにはもう遅い。

 

 

「あわわわっ!?コーラがPCに!あっ、あー!止まらな――」ブチッ

 

 

この放送は終了しました

 

 

 

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 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

 #咎月荊

【初挑戦】メントスコーラやります【咎月荊】

  15,111 人が視聴中・52分前にライブ配信開始
 
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 咎月 荊 
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 チャンネル登録者数 23,026人 

 

 

唐突な配信切り(強制)

これは黒猫リスペクトww

いや、どうみても機器が逝ったww

メントスコーラに敗北した女

 

 

 

 

配信終了後。

 

「何が面白いことですか!配信機器壊れましたよ!?揃えたばかりだったのに!」

 

『ツッキー、私は笑い過ぎて頬が動かなくなった』

 

「今すぐその愉快な頬を引っ張ってやりますから直ぐに家へ来て下さい!今度という今度は私、怒ってますから!」

 

『あ、無理無理。今、ブラジルだから』

 

「はぁああ!?」

 

『では、次の配信も楽しみにしている。さらばだ!』

 

「ちょ、待ちなさ――切れてる!!」

 

 

スマフォにて、追加注文。

配信機器一式

手錠(金属)

書籍 【友人に騙されない10の方法】

 

 

私はもう二度と騙されないこと、あの悪戯好きの友人の頬を滅茶苦茶に引っ張り尽くすことを誓い、ビショビショになった部屋を半泣きで掃除した。

 

しばらく炭酸は見たくない!

そんな炭酸恐怖症状態の私の元へ、仕事の早い宅配スタッフによって注文したことをすっかり忘れていた大量の炭酸飲料が届けられるまで……あと数時間。

 

久しぶりに、本気で泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日のつぶやいたー、トレンド入り。

咎月荊

飴舐めASMR

メントスコーラに敗北した女

黒猫燦



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#3 初めてのカラオケ 波乱編

感想・評価ありがとうございます。



 

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 #黒猫さんの時間 #おまつりあつまれ

【オフコラボ】口下手2人で初オフってマジにゃ?【黒猫燦/世良祭】

  502,378万回視聴・◆週間前
 
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 黒猫 燦 
 チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 39,547人 

 

 

「黒猫さん、お歌可愛い……」

 

バーチャルミャーチューバーのことなら私に任せると良いよ、と自信満々だった友人に散々な目に遭わされたため、友人を頼ることをしないと決めた私は、バーチャルミャーチューバーの動画をいくつか視聴し、王道のジャンルであるらしいお歌配信に乗り出すことにした。

折角3Dでの配信を準備したので、ライブみたいなことも出来そうであるし、ここは押さえておきたい。

 

これでも琵琶の伴奏で唄う琵琶歌は、長年やっていて評判も頗る良かった。最近の流行りの音楽は良く分からないが、練習すればそれなりに歌えるはず。

 

そこで練習の場として選んだのが、カラオケ。

人生で一度も行ったことがないが、黒猫さんも、世良祭さんと一緒に楽しそうに配信を行っていた。この動画を初めて見たときから行ってみたいと思っていたのだ。

 

調べたところ、ここから徒歩数分の駅前にカラオケ店があるとのことなので、そこへ向かうことにする。

 

カラオケ店について調べ上げて、準備万端な状態で、私は家を出た。

 

外を歩くとやはり私の容姿は目立つ。

 

この銀色の髪と青い瞳。

 

最近では日本でも外国人が増えてきたが、それでも銀髪というのは珍しいのだろう。物珍しそうな視線はあまり好ましくないが仕方がないことと諦めている。私だって、全員が全員、銀髪の中に黒髪の人間がいれば少なからず視線を送るだろうし、いちいち気にしていても仕方がないことだ。

 

昔は随分気にしていたし、自分のこの髪が嫌いだったが……今は、綺麗だとか宝石みたいだとか言って、頭を撫でてくる友人もいるので、少しだけ気に入っている。

 

ショートにしていた髪も伸ばし始めて随分経つし、私も少しは自分を好きになれているということなのかもしれない。

その点は友人に感謝するべきか。まあ、だからと言ってメントスコーラ事件を許す気はないので、次に会った時には頬を引っ張り尽くしてやるのだが。

 

どこで何をしているのかも分からない友人のことを考えつつ、か弱い私の肌を守るために差している日傘を、時折、くるっと回しながら歩くこと数分。

 

土曜日だからか、昼とも夕方とも言えない中途半端な時間だというのに賑わっている駅前の一角に、調べた通り、カラオケ店はあった。

 

店の前で深呼吸を一つ。

大丈夫、下調べは十分だ。

 

「いらっしゃいませ、何名様のご利用でしょうか?」

 

「一人です」

 

キリッとした女性の店員に問われるが、まごつくことなく堂々と答える。

 

 

「会員カードはお持ちでしょうか?」

 

「はい」

 

事前にスマートフォンのアプリで登録し、電子カードを発行しておくことが可能なため、ここへ来る前に登録を済ませておいた。スマフォの画面をリーダーで読み込めば、それでカードの提示は完了だ。

 

「ドリンクバーはお付けしますか?」

 

「はい」

 

この店舗ではドリンクバーか、都度単品で注文するか、プランを選ぶことができる。少々割高になるが、長くいるならドリンクバーの方がお得、という訳だ。今日は練習が目的であるため長期戦が予想される。ドリンクバーとやらも初めてであるし、迷わず頷いた。

 

「それでは猫屋敷様、108号室のお部屋になります」

 

部屋番号を教えてもらい、透明なグラスを手渡される。これに自分でドリンクを注ぎ、自由に飲んで良いということなのだろう。受付のすぐ横にドリンクバーのコーナーが設置されていたので、グラスを持ってまずはそこへ向かった。

 

氷が入っている冷蔵ケースが見えたので、そこから氷を数個グラスへ放り込み、いよいよドリンクを注ぐ時が来た。

現在私は、大量に注文してしまった炭酸飲料を片付けるためにも、炭酸克服に向けて目下訓練中の身であるため、コーラを飲むことに決める。

 

いざ注ごうとコーラのロゴが書かれたボタンを押す。が、特に注がれる様子はない。もう一度押してみるが結果は同じだ。

不可解な現象に私が首を傾げていると、受付をしてくれた店員さんがカウンターから出てきた。やはり故障だったのだろう。

 

「お客様、そちら長押しになっております」

 

「へっ?」

 

爽やかな笑顔で告げられ、ボタンを長押しすると、ドバドバと注がれるコーラ。

 

「お困りの際は何なりとお申し付け下さい」

 

そう言って、格好良くお辞儀する店員さんに、私はただただ赤面するしかなかった。

 

 

 

宿敵、コーラのせいで大恥を掻いた私は、そそくさと部屋へと向かう。

普通に考えれば分かったことなのに、初めての場所で緊張していたのか長押しという選択肢を思い付かなかった。

下調べをし、スマートに受付をこなしてしまったことも恥の上乗せだ。あいつ、滅茶苦茶調べてきてたんだな、という店員さんの優しい目が痛かった。いっそ、私の容姿を活かし、外国人を装って誤魔化す作戦が使えれば良かったのだが、受付の店員さんとはバッチリ日本語で会話をしてしまっているし、純和風の名前も知られている。

くっ、コーラめ。これで勝ったと思うなよ。

 

私は、手元のグラスを睨み付け、コーラへのリベンジを誓ったわけなのだが、それがいけなかった。

 

「あ!?」

 

「ひゃっ!?」

 

先程大恥を掻いて焦っていたのもあり、注意力が散漫になっていたのだろう。目の前の部屋からすっと出てきた女性と思いっきりぶつかってしまった。その衝撃で、手に持っていた、なみなみと注がれたコーラは見事にぶちまけられ、私達は二人してビショビショに。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

とりあえず、完全に私が悪いので謝罪する。

見たところ少し年上の綺麗な美人さんなのだが、ぶちまけられた角度が悪く、髪まで濡れてしまっている。

 

「私も良く見てませんでしたから」

 

あはは、と微笑むように笑ってくれているが、実際問題、笑い事ではない。折角楽しい時間を過ごしていただろうに、私が台無しにしてしまったのだ。

 

「どうかなさいましたか?」

 

声が響いていたのか、プラスチック製のグラスが叩きつけられた音でも聞こえたのか、先程対応してくれた店員さんがやって来た。

床にも溢してしまっているし、私が女性とぶつかってしまったことを話すと。

 

「清掃は私がやりますから。お怪我はありませんか?」

 

と、笑顔で、こちらの心配までされてしまう。この方には格好悪い所ばかり見られている気がする。

 

「とりあえずタオル持ってくるよ」

 

「ごめん、お願い」

 

店員さんが親しげに女性に告げて、私に頭を下げると、タオルを取りに行ってくれたのか、少々小走りで受付に向かう。

 

「お知り合いなんですか?」

 

「あ、そ、そうなんですよ」

 

元々友達なのか、常連なのだろうか。二人の雰囲気的に知り合いかと思ったのだが、間違っていなかった。

 

「はい、タオル。お客様も、こちらお使い下さい」

 

「すいません、ありがとうございます」

 

タオルを受け取り、服を拭いてみるが焼け石に水。多少はマシだがベタベタしていて不快感は拭えないし、見た目も宜しくない。それは当然ながら、私よりもビショビショの女性も同じ。

 

「あの、良かったらシャワー浴びませんか。私の家、すぐ近くなので」

 

「えっ?」

 

突然、見ず知らずの人からこんな提案をされれば戸惑うのも無理はあるまい。若い女性なら警戒するのは当然だ。そう、思ったのだがどうやら彼女の懸念事項は私の考えるものとは違ったらしく。

 

「でも、友達が……」

 

彼女は友人と二人で来ていて、友達を一人にしてしまうことを気にしている様だ。

私の友人なんて、一緒に買い物に行って、私が試着している間に勝手に帰ったりするが、こう考えるのが普通なのだろう。

 

「彼女のことは私が気にかけておくから。行っておいで」

 

「うぅ、それはそれで心配だけど……」

 

店員さんは、女性の友人とも知り合いらしく、仕事中であるにもかかわらず、気にかけてくれるという。全く、この方には迷惑をかけてばかりで頭が上がらない。今度、菓子折持ってお礼に来よう。

 

「どうでしょう?」

 

折角、店員さんからのアシストが入ったので、ここで女性に再度問う。

彼女は自分のカラオケボックスに目を向けて、悩むような素振りを見せたが、やはり濡れた服でいるのは嫌だった様で。

 

「はい、お願いします」

 

そう言って了承してくれた。

 

一緒に来ている友人に伝えてきます、と女性が部屋に戻ったので、私はタクシーを呼ぶ。

距離的には近いが、濡れた女性を歩かせるわけにもいくまい。一応、タオルで拭いたとはいえ、タクシーの運転手には事情を話し、少し多めに料金を払っておくことにしよう。

 

最近なんだか、ビショビショになってばかり。

それもこれもコーラのせい。つまりはそれをすすめた友人のせいだ。

 

「お待たせしました」

 

十分程で彼女は戻ってきた。少しばかり友人の説得に時間がかかったとのことだが、その友人も彼女を心配してのことだろう。

 

「そういえば自己紹介がまだでしたね、私、猫屋敷 月華と言います」

 

警戒心を持たれないためにも、名乗ることが必要であるし、家に招くのにお互いに名前も知らないというのも変な話だ。

私が名乗ると、女性の方もパッと笑顔を浮かべて口を開く。

 

「私は暁 湊です。宜しくお願いします」

 

お互いに握手を交わして、タクシーを呼んである店の前に向かう。暁さんは私が車を出しますよ、と行ってくれたが、もう拭いたとはいえ、濡れた服で車に乗るのは申し訳ない。タクシー会社には事情は伝えてあるし、彼らはそれが仕事だ、了承してもらえた以上は申し訳なさを感じる必要はない。報酬という代価で誠意を示せば良いのだ。

 

それにしても、なんだか彼女の声をどこかで聞いたことがあるような気がするのだけど、どうしてなのだろう。私は一度会った人の顔は基本的に忘れないから会ったことはないはずなのに。

 

そういえば、受付の店員さんの声にも聞き覚えがある気がしたし、どうやら色々と動揺し過ぎて、錯覚してしまったのかもしれない。コーラの呪縛は根深い。

 

 

この時、なんかこの人の声聞いたことあるような?と、暁さんも私と全く同じ事を考えていた、と知ることになるのは少し後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼おまけ▼

 

――とあるカラオケボックスでの説得から抜粋。

 

 

 

「十六夜桜花が気にかけてくれるから?死ぬが?私、死ぬが?」

 

 

 

「うわぁぁあ!ゆいまま!!行かないでぇ!」

 

「あ、コラ!私今ベタベタしてるから触らない!ママじゃないし!」

 

 

 

 

「ほら、好きなもの頼んでいいから」

 

「……ポテトとアイス」

 

「いいよ」

 

 

 

 

 

「……ちょっとだけだぞ」

 

 

許可が出た。





今話は時系列的には、原作#17部分での三人の対面後に該当します。


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#4 初めての銭湯

感想・評価ありがとうございます。


「銭湯……ですか?」

 

タクシーに二人で乗り込むと、すぐ近くに銭湯があるがどうでしょう?、とドライバーに勧められた。銭湯とは確か公衆浴場のことだったはず。

温泉には友人に連れられて行ったことがあるが、銭湯はまたそれとは趣が違うものなのだろう。もう半年くらいこの辺に住んでいるがそんな施設があったとは知らなかった。

自宅にお風呂があるのに態々銭湯にまで足を運ぶメリットもないし、特に気にしていなかったからだ。

 

「銭湯……」

 

隣で暁さんが目を輝かせていた。これは、友人が何かイタズラを仕掛けてくるときと同じ表情。わくわくが止まらない、というような雰囲気だ。

 

「猫屋敷さん、銭湯、行ってみませんか?」

 

キラキラした目。

そもそもこうなった原因は私であるし、何より、そういう目で見られると昔から断れない。

 

「そうですね」

 

私が頷くと、タクシーは走り出す。

初めての銭湯、私も少しだけ楽しみだった。

 

 

 

 

 

銭湯に来たは良いが、替えの服がない。絶望しかけたが、コインランドリーが併設されていた。

下着は売店で購入し、無料で貸し出している浴衣に着替える。後は濡れた衣服を洗濯機に入れ、起動。乾燥含めて終了まで一時間程あるので、その間にお風呂に入れば完璧、というわけだ。

 

 

「わ、肌白っ……」

 

「あの、あまり見られると……」

 

脱衣所で服を脱いでいると、暁さんからの視線を感じて少し恥ずかしくなる。別に見られて困るものでもないが、そうじろじろと見られたいものではない。

温泉に行った際、友人に、ツッキー、高級なホワイトアスパラガスみたいだね!と言われてショックを受けて以来、それなりに鍛えてはいるものの、人に見られることを想定しているわけではないからだ。

 

「ご、ごめんなさい!あんまりスタイルが良いから、つい」

 

顔を真っ赤にしてワタワタとする暁さんは年上に失礼かもしれないが悪戯を見つかった子供みたいで可愛い。

 

「ふむふむ、暁さんも中々良いと思いますが」

 

「ふぇ!?」

 

私の中の小さな嗜虐心が、ひょいっと顔を出す。じっくりと暁さんの裸体を爪先から徐々に上へと観察していくと、暁さんはみるみる紅くなり、ついには謎の言語を発して座り込んでしまった。ぞくぞくする。

 

「さあ、こんなところに座り込んでいては邪魔になりますし、風邪をひきますよ」

 

「だ、誰のせいですか!」

 

立ち上がるのに手を差し伸べたのだが、ぷりぷりと怒る暁さん。年上の拗ねた姿ってこんなに可愛いのか。いや、暁さんだから可愛いのか。彼女は、もう!とそのまま先にお風呂へ向かってしまった。可愛いな。

 

「おぉ……」

 

初めての銭湯。

脱衣所と浴場を隔てていた扉を開けると、湯煙が立ち上る中、鮮やかに浮かび上がる富士が視界いっぱいに広がった。

利用者は中途半端な時間だからか、誰もいない。暁さんも初めてらしく、周囲をキョロキョロと見回して感嘆の声を漏らした。

タイル張りの浴場は、正面に大きな湯船があり、その背面に巨大な富士と桜が描かれていた。シンプルでありながらどこか落ち着く雰囲気は、不思議な解放感と安心感という、ある種、矛盾した性質を併せ持つ特異な空間を演出している。

なるほど、これは風呂が広く普及した現代でも通う人がいるわけだ。自宅での入浴とは、その根本からして違うものがここにあるのだと理解した。

 

銭湯という独特な空間に感動していたが、いつまでも裸で突っ立っているわけにはいかない。

 

「猫屋敷さんって地毛ですか?」

 

シャワーを浴びて、やっとベタベタとした不快感から完全に解放され、二人並んで体を洗っていると、ずっと気になっていたのか、暁さんがそう切り出した。

 

「ああ、私、日本とロシアのダブルなんですよ。なのでこれは地毛です」

 

「へぇー、スッゴい綺麗ですよね」

 

「ありがとうございます」

 

人と違うこの髪を褒められるのが昔は苦痛だったが、今では素直に嬉しいと思えるのだから私も随分変わったものだ。猫のように気まぐれで、鳥のように自由で、恩人であり、友人である彼女の影響は計り知れない。

 

「そうだ暁さん、敬語でなくて良いですよ。恐らく私の方が年下ですから」

 

「えっ、おいくつなんですか?」

 

「17になります」

 

「17!?」

 

こんなに驚かれるとちょっと傷つく。初対面だといつも二つ三つは歳上に思われるし、そんなに老けてるのかな私。

友人からも、ツッキーはちょっと落ち着き過ぎだね、もっと遊ばないと、と良く言われる。世界一落ち着きがなく、遊び過ぎな友人に言われても説得力がなかったが、一考するべきなのかもしれない。

 

「あ!別に悪い意味じゃなくて、猫屋敷さん落ち着いてるし、大人っぽいから」

 

私の表情や間から、私のショックを感じ取ったのかフォローが入るが、言い方が変わったところで意味合いは同じである。学生の制服着たらキツイとか言われそう。うん、自分で言ってて落ち込んだ。

 

「……それに私の想像する17歳とあまりに差が」

 

これで燦と同い年……とか、燦が幼すぎるだけか、一部以外……とか、何を言っているのか良く聞こえなかったけど、何やら小声でぶつぶつと言いながら百面相する暁さん。

一見、クールそうに見えるが、意外に陽気というか、フレンドリーというか、とにかく楽しい人である。

私がそんな様子をじっと見ていたことに気がついたのか、暁さんは再び顔を紅くして、「ち、違うの!私、いつもはこんなんじゃないからね!ね!?」と何かを誤魔化すような雰囲気でわちゃわちゃ慌てていた。私は愉快な人だな、と思いながら頷いたのだが、暁さんは本当に違うのにー!と何やら涙目。良く分からないけど、可愛いので良し。

 

「わ、私のことは湊で良いから。ほら、暁さんってちょっと呼びにくいし」

 

「では、私のことも月華と。猫屋敷というのも長くて呼びにくいですから」

 

暁さんが唐突にそんなことを言ってきたので、遠慮なく湊さんと呼ばせて頂くことにして、私も名前呼びを提案した。

猫屋敷、こそ堅苦しく長いので中々に呼びにくい名字だ。

 

「月華ちゃんってカラオケは良く行くの?」

 

「いえ、実は初めてで――」

 

 

その後、ゆったりとおしゃべりをしながら銭湯を堪能した。大きな湯船を二人占め、反響する私たちの声が心地よい。

湊さんは、私のような口下手と話すのも得意らしく自然と会話を楽しむことが出来た。友人からは、ツッキーは斜め上のコミュ障だよ、と言われたことがあるがやはりそんなことはなかったか。

そうでなければ、湊さんがコミュ障の扱いに慣れているだけということになってしまう。

 

「ん、美味しい!体に染み渡るね!」

 

「はい、美味しいです」

 

銭湯では、お風呂から出た後に牛乳を飲むのがルーティンらしいので、湊さんはシンプルな牛乳、私はフルーツ牛乳を飲んでみた。

文字通りフルーティーな甘さは爽やかで、甘ったるいという程ではなく、火照った体に染み渡って、心地よい爽快感がやってきた。

 

入浴後は体内で水分が少なくなりやすい。

銭湯ではつい長風呂をしてしまいそうであるし、実際、私達もおしゃべりをしていて自宅での入浴よりもずっと長い時間、湯に浸かっていただろう。このルーティンは理に適った素晴らしいものだ。

 

 

「すっかり遅くなっちゃった――燦、怒ってるかな

 

 

身綺麗になり、カラオケ店に帰って来た私達。

 

銭湯で仲良くなったので、湊さんとは連絡先を交換した。

彼女はこの後、友人と夕食を食べに行くらしいのだが、そのお友達は人見知りらしいので私は遠慮した。

 

そもそも当初の目的は歌の練習だ。

初めてのカラオケに戸惑いつつ、数時間練習し、何曲かを仕上げることが出来た。次の配信では格好いいところを見せられると思う。いつまでもメントスコーラに敗北したままではいられないのである。

 

前回配信は諸事情(・・・)により突然の終了となり、次回の告知も出来ていないため、そのためのSNSアカウントも作るべきか。趣味でやっているのだから宣伝の必要はないと考えていたが、やはり沢山の人が見に来てくれた方が嬉しい。

 

「店員さん、今帰りなんですか?」

 

帰ったらアカウントを作ろうか、と考えつつ、受付で料金を支払い、店の外へ出ようとしたところで、スタッフルームから、私服の店員さんが出てきた。湊さんのお知り合いらしい、あの店員さんだ。

話を聞いてみると、やはり帰りだったらしいので、一先ず謝罪した。

 

「本日はお手数お掛けしまして申し訳ありませんでした」

 

「いえいえ、仕事ですから」

 

仕事とはいえ、突発的に余計なことをさせてしまったことは間違いない。それに湊さんのお知り合いなのだから仲良くしてもらいたい。

 

「どうです、この後お食事でも」

 

「へ?あ、その、よろしいのですか?」

 

「はい、ご馳走しますよ」

 

今度、菓子折持ってお礼に来ようと思っていたところだ。ここで会ったのも何かの縁。

店員さんも丁度夕食を食べに行くところだったようなので、私がご馳走することにした。

 

折角ご馳走するなら張り切らなくては。私は早速お気に入りの店に電話をして予約。タクシーも手配した。

急なお願いだったが快く席を用意してくれたので感謝だ。随分慌ただしそうな様子だったが、繁盛している様で何より。とても美味しいのできっと店員さんも喜んでくれるはずだ。

 

 

 

 

こうしてこの日、私のプライベートな連絡先に二人分の名前が追加された。

 

それが嬉しくて、気分の良かった私は、カラオケの影響もあって、もしかしたら鼻歌なんてものすら歌っていたかもしれないくらい楽しい気分だったわけだが、実は私が不在の間に、家でとんでもないことが起きていたと知るのはもう少し後のことである。

 

 

 

 

 

 

 

数時間前、猫屋敷月華の家にて。

 

「ツッキー元気かーい!って……いない?引きこもりマスターのツッキーが外出している……だと!?んふふっ――やるか♪」

 

自由の化身、襲来。

 

 

 

 

 

 

 

▼おまけ▼

 

 

 

――とあるDisRoadより抜粋。

 

 

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黒猫燦  ♪⚙

#XXXX

23:20 十六夜桜花  黒猫さん

23:20 十六夜桜花  謝らせてほしい

23:20 十六夜桜花  ときめいてしまった

23:20 十六夜桜花  でもそれは美しいものを美しいと愛でるようなものなんだ……

23:21 十六夜桜花  確かにときめいたけど、一番は黒猫さんなんだよ!浮気じゃないんだよ!

23:21 十六夜桜花   今度二人で食事に行こう。きっとボクの気持ちが伝わるはずだから

23:21 十六夜桜花  本当に黒猫さんが一番な気持ちに嘘はないんだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

十六夜桜花へメッセージを送信

 

 

「なんだこいつ?なんのことだろ?まあいいや、寝よ」




次話、友人の正体がついに……!(棒)

原作キャラと絡ませたい欲に負けた結果、リアルが続いていますが、物語の下準備的なものなので仕方ない(言い訳)。


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#5 箱庭にわ

 

▶ ▶❘ ♪ ・ライブ
 
 ⚙ ❐ ▭ ▣ 

 #箱庭探索

【潜入】友達の家から配信【箱庭にわ】

  34,214 人が視聴中・0分前にライブ配信開始
 
 ⤴347 ⤵2 ➦共有 ≡₊保存 … 

 
 箱庭 にわ 
チャンネル登録 

 チャンネル登録者数 234,737人 

 

「やあやあ箱庭の民達。にわさんだ」

 

今日も唐突に来たな

相変わらず自由

ブラジルから帰ってきたんか?

 

「友人の家に来たんだけど、留守だったからここから配信するZE」

 

ちょっと何言ってるか分からないですね

留守なのになんで入ってるんですか……

まさか……不法侵入?

 

「合鍵持ってるから不法侵入じゃないんだな~、これが」

 

えっ?

てぇてぇ案件?

NTRの可能性も……(ガタッ)

 

「女の子の可愛い友達。にわさんよりやべー奴です」

 

これは空想の友達

この自由人越えるなら今宇宙にいるくらいじゃないと……

皆のにわちゃんへの評価酷すぎww

 

「まあ、そんなわけで家主いないので暇です」

 

出直せば良かったのでは?

一番渡しちゃいけない人に合鍵を

なんかゴソゴソ聞こえるけどどした?

 

「とりあえず、お菓子と飲み物いっぱい漁ってきたので食べまーす。まずはカステラとコーラですね」

 

むしゃむしゃするな、ありがとう

その組み合わせ合わんくね?

コーラは万能だから……

誰か人の家で勝手に食べてることにツッコミは……?

 

「本人絶対否定するけど、プリンが大好物なんですねぇ。ちなみにこれ最後の一個」

 

悪魔!

人間のやることじゃない

これはあるてま

 

「名前書いてなかったのでしょうがないですにゃ~。んまんま」

 

それはしょうがない

※勝手に侵入した上での一言です

↑草

 

「冷蔵庫にまだまだ大量のコーラが入っていたので全部振ってきた」

 

草ww

実際やられたらキレる奴ww

 

「さらに、いくつかの中身を醤油と入れ換えようと思うっす」

 

なんでこの人の友達やれてるんだろ?

そう思うとてぇてぇ?

てぇてぇ……か?

今すぐ合鍵回収しろ

 ピザトースト2世

 ¥150

 これでコーラ買ってあげて……

 

「じゃ、仕掛けも終わったし、ブラジル土産置いて帰るんるん」

 

それ渡しにきたんか

ツンデレ?

いや、明らかにツンのイタズラが強すぎる

照れ隠しなんですよ(小声)

 

「後でコーヒー豆100kgも届くからきっと喜んでくれるはずー、わくわく」

 

確かにブラジルはコーヒーの生産量も輸出量も世界1位のコーヒー大国であり、生産量は2百万トン以上、全世界の生産量の約3分の1を占めているけどもww

↑唐突な説明口調ありがとうww

仕入れかな?

一万杯くらいになるんじゃ……

きっと滅茶苦茶コーヒー好きな友達なんだよ(チラッ)

 

「そういえば、彼女はコーヒー飲めないけど、ま、いっか」

 

ガチの迷惑行為で草

そもそも豆を挽くコーヒーミルとかがないとただの豆なんじゃ……

↑探せば代行してくれるお店もあるから( ̄▽ ̄;)

本人飲めないからどれだけ挽いてもただの粉w

 

「それじゃあ今日も元気に~ジャンケン、ポン!バイバーイ」

 

貴女いつもそんなことしてませんよね?ww

キャラがブレブレ過ぎて逆にオリジナルティ

 足首長おじさん

 ¥10,000

 にわちゃんの友人、強く生きてくれ

 

 

 

 

 

 

 

『ツッキーへ。ブラジルのお土産です、食べてください』

 

 

食事は美味しくて、店員さんとも仲良くなれて、とてもいい気分で帰宅すると、リビングのテーブルの上に、そんな手紙と共に、大量のお菓子が積んであった。

 

 

「全く……帰ってくるのを待っててくれても良いじゃないですか」

 

放っておくと、野宿でも平気でする友人なので、好きなときに使ってくれと合鍵は渡してある。だからこうしてお土産が置いてあることは何ら問題ではないのだが、折角帰って来たのなら私が帰るまで待っててくれても良いと思うのだ。

この前私が怒っていたことを気にしているのだろうか?とも思ったが、あの人がそんなことを気にするわけがなかった。気遣いや、遠慮とは無縁の自由人は、きっとまた我慢しきれずに世界のどこかへ旅立ったに違いない。ブラジルへ行く前、ここ最近はずっと日本にいたので、仕方ないといえば仕方ないか。

こうしてお土産を置いてってくれたということは元気でやっているみたいだし。ただ……。

 

「この量を私一人で食べ切れると思っているんですかね……」

 

同年代の女子と比較すると多少食べる量は多いかもしれないが、私とて、テーブルいっぱいを埋め尽くして積み上がったお菓子の山を食べ切れる自信はない。

一先ず、賞味期限を確認しようと、手近な箱の包装を開けてみると、中身はブリガデイロというブラジルで定番のお菓子だった。

 

コロコロとした球状で、コンデンスミルクとココアパウダーを混ぜ、チョコスプレーを全体にまぶしたこのお菓子は、日本のお菓子と比べると驚く程甘いため、コーヒーなどと一緒に食べるとより美味しいと聞いたことがあるが、生憎と私はコーヒーが飲めない。

 

二・三箱開けてみたが、中身は全部このお菓子で、どうして同じものをこんなにいっぱいと疑問に思いつつ、彼女が選んで買ってきてくれたのだと思うと、それだけで嬉しくもある。

 

お腹はいっぱいだったが、デザートに数個頂くことにする。冷蔵庫から取り出すのは宿敵コーラ。冷蔵庫を支配しているこの飲料水は早々に片付けなくてはならないのでブリガデイロのお供に決定だ。

グラスに氷を入れたので、注ぐべく、コーラを開封する。今日は調子が悪いのか、プシュという小気味好い音は聞こえず、すんなりと開いた。グラスに注いでみてもシュワシュワと弾けるような様子もない。不思議なこともあるものだと思いながら、私はお土産のブリガデイロを口に入れた。

 

広がるのは濃い甘み。味や食感はトリュフチョコに近いが、比較すると、やや外側が硬く、中はソフトに仕上がっている。どうやらちゃんと美味しいものを買ってきてくれた様だ。前なんてお土産のグミだって渡されて食べたら激辛グミで酷い目にあったからね。

 

私は少しだけ懐かしく感じながら、一旦口の中を落ち着けようとコーラを口にした――してしまった。

 

「んぇ――――!?」

 

思考がぐちゃぐちゃに破壊されるような衝撃。私の口を蹂躙する独特のしょっぱさ。そう、これは――醤油だ。コーラ、つまりは甘い飲料水だと思って口にしたため、その予想外のしょっぱさはあまりに衝撃だった。かなりの量を飲んでしまったため、えずきながら冷蔵庫へ走り、コーラを取り出す。

今度はしっかり、プシュと音がして―――

 

「あわわわ、が!!?」

 

 

――溢れるように飲み口から吹き出すコーラ。メントスコーラ程の勢いはないが、それでも床へびしゃびしゃと流れていき、折角洗濯した服も再びコーラの雨に晒される。

 

「な、ななななんなんですかこれはぁあああーーーー!!!」

 

 

私の魂の叫びが深夜の高層マンションに木霊した。

 

返して!私の感謝の気持ちとか!ちょっとノスタルジックに浸った気持ちを返して!

全然いつも通りだよ!激辛グミから何も変わってないよ!しかも良く見たら冷蔵庫のプリンないし!カステラとか荒らされてるし!

あの人、つまみ食いしてイタズラ仕掛けて帰っただけじゃん!逃げただけじゃん!

今すぐ帰ってこい!流石に今度という今度は懲らしめてやらないと気が済まない!

 

「うぅ……」

 

私は怒りのままに電話をかけるが繋がることはなく、結局、深夜にコーラでベタベタになった床を掃除して、お風呂に入った。そして、予定していたSNSアカウントの作成などやる気も起きず、その日はそのまま、ふて寝。

 

「ぜ、絶対許さない……本当に怒ったもん……」

 

次の日、朝から運び込まれる大量のコーヒー豆。先日購入した飲料水とコーヒー豆で天井まで埋め尽くされた廊下で、潰されそうになりながら、私は涙目で決意した。

 

 

 

 

 

 

インターネットショップで購入。

吸水モップ

業務用コーヒーミル

全自動コーヒーメーカー

書籍 【絶対ハマるコーヒーの世界】

書籍 【コーヒーが苦手な人必読!簡単短期間での克服方法】

 

 

本日のつぶやいたー、トレンド入り。

箱庭にわ

プリン論争

コーヒー豆100Kg




友人の正体は箱庭にわさんでした。
今後もガッツリ絡んでいきます!が、登場する度、主人公が酷い目にあっている気がする……。
このままだとにわさんがただの迷惑な人になってしまうので、次話で挽回してくれるはずです。

次話、荊さん配信回です。


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#5.5話 箱庭にわ2

荊さん配信回の前に反省して貰わねばならない人がいるようなので急遽追加。丁度良いので後半に意味深な過去編を入れておきます。



株式会社A of the G。バーチャルミャーチューバーグループ、あるてまの運営企業であるその会社の一室。

 

「先日の配信、炎上しているんですが?」

 

「いいのいいの、ツッキーはドMだから」

 

ふかふかと沈み込むソファに寝そべったまま、箱庭にわが答える。対面のソファに姿勢良く座ったスーツの女性、神城姫嬢は、そんな反省のない様子に、ため息を吐いた。

 

「そういう問題ではなくてですねぇ」

 

言って聞くような人間ではないと分かってはいるが、立場上、言わねばならないことはある。彼女のそうした自由さは魅力でもあるが、行き過ぎた行為はあるてま全体の評価を貶めるからだ。

残念ながら彼女はあるてまのセンター、影響力は大きい。

 

「冗談冗談。ツッキーはね、定期的に刺激を与えておかないと落ちちゃう(・・・・・)からさ。暫く行けないし、あれくらいやらないとダメなの。放置は禁物なのです。これ、わたしの経験則」

 

「相変わらず意味が分からないことを」

 

奇想天外な言動は彼女の持ち味であり、カリスマ性であるが、それを律する立場からすれば堪ったものではない。箱庭にわをあるてまに引き入れた神城姫嬢にまで、飛び火する可能性は低くないのだ。

バーチャルミャーチューバーというのは、才能のある尖った人間ほど扱いづらい、とそれが面白くもあるのだと分かっていながら、矛盾した感情を抱かずにはいられない。

 

約束(・・)もあるしねー。あ、そうだ、神代姫嬢」

 

箱庭にわの雰囲気が変わった。

世界の表も裏も、光も闇も、希望も絶望も、見て、感じて、味わった彼女が纏うそれに、神城姫嬢は無意識に体を引いてしまった。

 

「ツッキー、派手に動いてるから、もう咎月荊の正体には気がついていると思うけど――――手を出したらわたし、怒っちゃうよ?

 

ゾクッとした感覚が、まるで突然冷たいナイフの刃が背に突きつけられたように、神城姫嬢の爪先から頭の天辺までを走る。

今日は珍しく呼び出しに応じたと思えば本命はこれだったのかと冷や汗を流した。表面上は余裕を保とうと取り繕ってはいるが、虚勢でしかない。それほどまでに、箱庭にわから与えられるプレッシャーは凄まじかった。

 

「――ッ!……もう既に怒っているのではないですかねぇ」

 

「それは君の胸に聞くといいんじゃないかな?かなぁ?」

 

抑揚のない声はいつも通りであるが、その言葉に込められた重みが違う。迫力が違う。鋭さが違う。

違えれば、本当に箱庭にわという存在は、神城姫嬢の敵となる。そう思わせるだけの言葉であった。

 

「……そんなに大切ならずっと一緒にいればいいのでは?」

 

箱庭にわは自由だ。世界のどこへでも、いつでも、飛び回り、地球という箱庭を飛び回っている。神城姫嬢の疑問は当然のことだろう。

 

「誰もが皆、最初の一歩は自分の足で踏み出すものなのだよ。そして始まる旅は自由でないと」

 

「言っている意味が分からないのですが」

 

「あはー。分からないのはまだまだ君も旅の途中だからさー」

 

意味の分からない言動ではあるが、何となく、その答えは、これまでに築いてきた箱庭にわという存在にしか出し得ないものなのだろうと納得もした。

 

「あるてま、黒猫燦には感謝してるんだZE。ツッキーが楽しそうだ。その内、イタズラも必要なくなるよ」

 

抑揚が無くとも感情は読み取れる。

どこか弾むようで、けど少しだけ寂しそうでもあり、先を見据えるようなそれは、つまり、彼女が何かを予期しているということ。何か、大きな変化を。

 

「……貴女、彼女に何をやらせようとしているんですか?」

 

神城姫嬢は箱庭にわが、咎月荊の誕生に少なからず関わっていると思っている。で、あるならば、目的があるはずと考えるのが道理。

神城姫嬢の質問に、箱庭にわはにやりっと笑った。

 

「何も。ただ知って欲しいのさ。退屈している暇なんて世界にはないんだぜって。特に、バーチャル(こっち)の世界はさ――」

 

世界の端から端まで、北から南まで、天辺から地下まで。渡り歩く彼女が見つけた遊び場。

 

「――遊び尽くせない無限の箱庭なんだからねぇ」

 

箱庭にわの言葉に、神城姫嬢もくすりと笑う。彼女もまた、その無限の箱庭を楽しむ一人、あるてま二期生、リース=エル=リスリットなのだから。

 

「さーて、君の世界に咎月荊が踏み込んできましたが、これからどうする?」

 

イタズラっぽく訊ねる箱庭にわは、きっと返ってくる答えが分かっていたのだろう。

神城姫嬢もそれを分かった上で答える。

 

「――何も。私は私。あるてまはあるてまです」

 

堂々と。神城姫嬢として。リース=エル=リスリットとして。あるてまの一員として。

やることは、やりたいことは変わらない。

 

「そう言って、こそこそやるのが君なんだよなぁ」

 

「まさか。私は常に誠実です」

 

『ツッキー』には手を出さないが、咎月荊は別。そして、箱庭にわとしても、咎月荊にならある程度のちょっかいは許容する。そういう線引きを神城姫嬢は理解していて、ならば、それを楽しまないわけがない。

口でなんと言おうと、神城姫嬢の快楽主義的な思考を知るものならば、そう確信するのは当然だった。

そして、箱庭にわは『ツッキー』のこともまた理解していた。

 

 

「わたしより、ツッキーの方が怒ると怖いぜ?」

 

「………………それは承知してますよ」

 

「ですよねー、ぷぷっ」

 

 

『ツッキー』の怖さはこれでもかと知っている、と神城姫嬢はトラウマ(・・・・)をほじくられ、げんなりとした気持ちになった。

楽しそうに笑う箱庭にわが心底憎たらしい。だが、やられっぱなしで終わるほど、神城姫嬢は可愛げのある女ではない。

 

「ところでにわさん、今日はもう一人お呼びしてるんですよねぇ」

 

「んん?」

 

嫌な予感がする。

持ち前の勘で、自らに危機が迫っていることを悟った箱庭にわであるが、ここは高層ビルの上層階、出入口は一つ。流石の箱庭にわといえど、逃げ場はなかった。

 

「にわちゃん?私言ったよね?人様に迷惑かけちゃいけないよーって」

 

ゆっくりとドアを開けて、入ってきたのは来宮きりん。

箱庭にわを含む、あるてま1期生のまとめ役。その性格は真面目で優等生、そしてスパルタ。

 

ニコニコと笑ってはいるが、目は完全に笑っていない。こうなった彼女は相当にヤバイことを、あるてまなら誰もが知っている。

嵌められたぁ!という顔をして逃げ場を探している箱庭にわも、それを楽しそうに意地悪そうに見ている神城姫嬢も、だ。

 

「ちょーっとお話しよっか?」

 

この後、神城姫嬢がこっそり呼び出していた、来宮きりんによって、箱庭にわは滅茶苦茶怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

()の始まりは随分と唐突だった。

 

 

 

満開の桜、散りゆく花びらが池泉に落ちては、そのあまりに美しい庭を彩る一部として溶け込んでいく。

その計算し尽くされた庭の中で、作法も何も関係ないとばかりに地面に胡座をかいて座り込む少女。

 

そして、それを咎めるでもなく、木造の歴史を感じさせる屋敷から、心底不思議そうに見つめる少女がもう一人。

 

『――何故、貴女はそんなに楽しそうなのですか?世界はこんなに退屈で、無意味なのに』

 

屋敷の中から少女が訊ねる。

神秘的な銀髪に、空よりも澄んだ青い瞳。屋敷の縁のギリギリに立って庭に座る少女を無機質な瞳で追い続けている。

 

『君がそう思うならそうなんじゃない?コインに表と裏があるように、薬と毒があるように、太陽と月のように、ね』

 

どちらの面を表と定義するかで裏もまた定義される。

薬は時に毒へ、毒は時に薬に変わる。

太陽に照らされている人がいるとき、反対側では、闇夜の月を眺める人がいる。

 

『だから、楽しそうに見えたのなら、それは君が望んでいるからさ。わたしの何かを望んだのだよ』

 

『私の、望み……?』

 

考え込む銀髪の少女に、庭に座り込んでいた少女は立ち上がると、ゆっくりと、屋敷に近づいていく。

そして、銀髪の少女のすぐ目の前にまで近づいたとき、銀髪の少女は俯いたまま声を発した。

 

『退屈、なんです。どうしようもなく退屈で、果てしなく同じで――私が何をしたいのか分からないんです』

 

消え入りそうな、空気に溶け込んでしまいそうな、か細い声。

ただそれは、彼女の封じ込めていた、奥底に沈んでいた、何かの鍵を破壊した。

 

『――貴女なら分かりますか?

私の意味って何なんでしょう?こんなにも退屈なのに、それでも生きる意味って何なんですか!』

 

溢れる。

どうしようもなく抑えきれない衝動が。決して解けない疑問が。正体の分からない、満たされることのない渇望が。

解き放たれて、戻らない。

 

『知りたいなら、わたしと一緒に来るかい?とっておきの場所へ連れて行ってあげよう』

 

少女は笑って手を伸ばす。箱庭に閉じ込もって完結している少女に。

 

その手を取るか、取らないか。

 

その決断は、すぐに成された。

 

 

『――貴女、名前は?』

 

『――箱庭にわ』

 

 

 

箱庭にわの手に、白くて細い手が、ゆっくりと重ねられた。



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