BLEACH ―Out of Bounds― (百式(ももしき))
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第1話 白から始まる物語

 

 ──尸魂界(ソウルソサエティ)瀞霊廷(せいれいてい)内にある繁華街を一人の男が駆け回っている。時折店に入っては出てを繰り返していた。

 

 

 

 

「すみません!うちの隊長見かけませんでしたか?」

 

「ん~、今日はうちには来てないね」

 

 俺、片桐奥真(かたぎりおうま)は只今人探し中だ。探し人が良く顔を出す茶屋を訪ね、店員に聞いてみたが首を横に振られてしまった。瀞霊廷にある場所で心当たりの有る場所は探し尽くしてしまった。

 

「瀞霊廷に居ないとなると…あそこか。まったく、面倒くさいな」

 

 頬を伝う汗を拭い、悪態をつきながら目的地へと向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──瀞霊廷の外側、流魂街(るこんがい)付近の丘陵で、男が一人寝転がって煙草を吹かしている。

 周囲には太陽光を遮る遮蔽物も無く、暖かい日射しと心地よい風が流れるこの場所は、男にとってのお気に入りの場所であった。

 

 携帯灰皿に吸殻を捨て、男は瞼を閉じて一眠りを始める。

 不意に瞼に陰が落ちたため、眼を開けると男にとっては見慣れた顔が自分のことを見下ろしていた。

 

 

「おう、奥真」

 

「探しましたよ、一心さん」

 

 

 声を掛けられた男、志波一心は悪びれた様子もなく屈託のない笑みを浮かべながら顔を上げた。

 

「なんだ、もう見つかっちまったのか。やれやれ、んじゃもう一本吸わせてくれよ」

 

 

 こちらの返答も待たずに一心は煙草に火を点け吸い始め、お前もどうだと煙草を差し出してきた。正直、探し回って喉が渇いていたので、水が飲みたい気持ちの方が強かったが、あいにく手持ちもなく、ただ待つのも手持ち無沙汰なのでそれに応じることにした。

 

「じゃあお言葉に甘えて。でも、この一本吸ったら絶対戻ってくださいよ」

 

 一心は「へいへい」と言いながら煙草とマッチを渡してくる。受け取った煙草に火を点け、肺に空気を送り吐き出す。煙から香る独特の匂いが辺りを包みこんだ。

 

 

 

 

 暫く無言で煙草を嗜んでいると一心が口を開いた。

 

「そういや、あの件は進んでるのか?」

 

「姉の事ですか?…全然、収穫無しですよ」

 

「そうか、そうなるとやっぱ現世にいるんじゃねえか?」

 

「一応、現世の駐在任務の時も探してはいるんですけどね」

 

 

 俺は元々現世で暮らしていた人間だったが、五十年程前に現世で()()()尸魂界(この世界)にやって来た。

 現世で死んだ魂は、死神に魂葬されるとこの世界に送られる。その時に現世の記憶は失われる筈なのだが、何故か俺は記憶を残していた。と言っても、残っていた記憶は断片的な物で、自分の名前や、双子の姉が居たことを憶えているぐらいのものだ。

 俺が殺されたあの日、姉も一緒に殺された。俺の脳裏に最も色濃く残る記憶だ。

 

 

 俺を庇う姉の身体を貫く刀──

 朱に染まった世界──

 崩れ落ちる姉を見下ろす人影──

 俺に振り下ろされる刀──

 

 まるで昨日のことのように思い出せる最後の記憶。しかし、誰に殺されたのか、何故自分達が殺されなければならなかったのか、その理由については思い出せない。

 

 ズキン、と頭に痛みを覚える。

 

 

「誰がお前達を魂葬したかは解らないのか?」

 

「他の隊士に聞いたり、記録室で調べたりしてるんですけどね、何でか当時の記録が無いんですよ」

 

 

 尸魂界に送られた俺が、記憶の中の面影を頼りに姉を探して十年程経った時、一心さんと出会った。どうやら俺には霊力があるらしく、死神にならないかと勧誘に来たらしい。こちらの事情について知っているらしく、死神になることで姉を探す手段が増えると言われた俺はその話に飛び付いた。それから二十年経ち、死神になり今に至る。

 

 

「普通はそういった記録は残ってるもんなんだがな。悪いな、当てが外れちまった」

 

「そんなことないですよ。現世へは死神にならないと行けなかったわけですし。っと、話し込んじゃいましたね。煙草吸い終わったでしょ。もう戻りますよ」

 

 

 気付けば煙草の葉の部分は燃え尽き、フィルタの部分しか残っていなかった。

 

「え、もうちょっと良いだろ?…ダメ?」

 

「ダメです。仕事残ってるんですから早くして下さい」

 

 

 

 駄々をこねる一心の身体を引っ張り起こさせる。一心は渋々といった表情でそれに応じ、二人は瀞霊廷へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──十番隊隊舎に着き、執務室の扉を開くと、書類仕事をしている少年と、その少年に話し掛けている女性が此方に顔を向けた。

 

 

「あら、奥真、おかえり。隊長連れ戻してくれたのね」

 

「奥真さん、お疲れ様です」

 

「ただいま。松本さん、冬獅郎」

 

 書類仕事を黙々とこなしている少年は『日番谷 冬獅郎』。天才と呼ばれる神童で、俺より後に死神になったが既に第三席に属している。ちなみに俺は六席だ。

 

 女性の方は『松本 乱菊さん』。副隊長ではあるのだが自由奔放な性格で、一心さん程ではないがよく仕事をサボっている。男性死神の多くから好意を寄せられている美人である…あとエロい。

 

 

「おう冬獅郎、仕事はどうだ?」

 

「あらかた終わらせましたよ。残ってるのは隊長の確認印が必要な書類だけですよ」

 

「お!さすが冬獅郎だな!」

 

 本来であれば、自分が片付けなければいけない仕事を殆ど終わらせていた冬獅郎の頭をわしわしと撫で、一心は自席に腰を下ろし、印鑑を書類へポンポンと押していく。書類の内容を確認してないような気がするが、気にしないでおこう。

 

「それじゃあ、俺も自分の部屋に戻りますんで」

 

 そう言って部屋から出ようとした時、コンコンと扉をノックする音が響き、執務室の扉が開かれた。

 

「失礼します。シロちゃんいますか?」

 

「あら、雛森じゃない。冬獅郎なら居るわよ」

 

 開かれた扉から顔を覗かせたのは、五番隊に所属する死神『雛森 桃』だった。小柄な体型の美少女であり、冬獅郎の幼馴染とのことだ。彼女も俺の後輩で、霊術院時代から親交がある。

 

 

「何か用か、雛森。またサボりか?あと、その呼び方はやめろって言ってんだろ」

 

 少し顔を朱くしながら幼馴染にぶっきらぼうにそう答える冬獅郎に対して、雛森は頬を膨らませた。

 

 

「もう!そういう意地悪言わないでよ!折角美味しいお饅頭持ってきたんだから、少し休憩しようよ。志波隊長もどうですか?」

 

 

 時計を見ると午後3時を少し回っていた。

 

「お、もうこんな時間か。よし、休憩するぞ!」

 

「いや、一心さんはさっきまでサボってたでしょ!」

 

 三人が同時に一心に突っ込みを入れるが、事情を知らない雛森だけはきょとんとした顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──とある場所。研究室のような部屋で二人の男がコンソールに表示された映像を見つめている。画面には全身が白い人の様な物体が培養液に浸されているのが映し出されていた。

 

 

 

「ふむ、漸く安定したようだね。もうじき完成と見ていいのかな?」

 

 映し出された映像を見つめたまま片方の男が質問を投げる。

 

「はい、後数日もすれば外殻も固着されるので、そうなれば直ぐにでも投入可能です」

 

 もう一方の白衣を着た男も、満足げな表情を浮かべながら答える。

 

「あの試作品に名前はあるのかい?」

 

「…ええ、名前はありますが、試作品と言うのはお止めください。あれは今までのとは次元が違うのですから」

 

「…そうだったね。すまない」

 

 僅かに語気を強め抗議する白衣の男に対して謝罪する。

 

「いえ、私の方こそ申し訳ありませんでした。あれの名前は『ホワイト』。初の死神の魂を元に創りあげた虚です」

 

 

 

 

 

 

 ここから数日後、物語は動き出す──

 

 

 

 

 



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第2話 灰の空の下で君を想う

小説って難しい…


 

 

 

 

 

「シロちゃん、いつもこれだけの量の仕事をしてるの?大変だね」

 

「だから、その呼び方は止めろって言ってるだろ。…今日は一心さんだけじゃなく松本さんも居ないからな。手伝って貰って悪い、雛森」

 

 十番隊隊舎の執務室。冬獅郎は最早日課となりつつある山のように積まれた書類を黙々と片付けている。この日は一心の他に乱菊の姿も無く、代わりに乱菊の机に雛森が座り、積まれた書類を整理していた。

 

 

「休みの日なのに本当スマン…今度何か埋め合わせするから」

 

「じゃあ今度新しく出来た茶店に一緒に行こっか。そこのあんみつがすっごい美味しいんだって!」

 

 ばつが悪そうな顔をする冬獅郎に、雛森は笑顔で応える。そんな彼女の笑顔に冬獅郎の顔も少し緩んだ。

 甘いもんばっか食ったらまた太るぞ、と冬獅郎の照れ隠しの言葉に雛森は顔を真っ赤にし、太ってないもん!と反論をする。そんな他愛のないやりとりをしながら、二人はせっせと仕事を終わらせていった。

 

 昼休憩の時間になり、隊舎にある食堂で二人並んで食事を取る。食後のお茶を飲みながら、雛森は今朝の話を蒸し返していた。

 

 

「でも、いきなり乱菊さんから伝令神機(でんれいしんき)で仕事手伝って!って呼ばれたからビックリしちゃった。それに、その乱菊さんも居ないんだもん」

 

「今日はあの人が一心さんを探しに行ってるからな。てか、探すのに何時間経ってんだよ…」

 

 まさか、ミイラ取りがミイラになったかと冬獅郎は頭を悩ませる。

 

「ねえ、志波隊長っていつも仕事を抜け出してるの?」

 

「いつもって訳じゃ無いんだけどな」

 

 そう言われた冬獅郎はため息を吐く。雛森は隊長ともあろう者がそんな頻繁に業務を抜け出すことが信じられなかった。こと、自分が所属している五番隊の隊長である藍染 惣右介(あいぜん そうすけ)はそんなことは絶対にしないと断言できる。

 

「あれ、今日は片桐さんは居ないの?いつも志波隊長を探しにいくのは片桐さんのお仕事だよね?」

 

「いや、別にそういう仕事は無いんだけどな。奥真(おうま)さんは現世の駐在任務に行ってるんだよ。その間は他の隊士で一心さんを探してる」

 

「現世に?そっか、お姉さんを探してるんだっけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ──現世『鳴木市』

 

 

 

 

 市内を上空から哨戒していた奥真の元に、伝令神機(でんれいしんき)から(ホロウ)発見の知らせが届いたため、急ぎ現場へ向かっていた。

 

 虚が現れたのは歓楽街にある陽の当たらない路地裏だった。

 

 肉眼で確認した虚は、ある一点を見据え、何かをしきりに叫んでいるようだった。こちらの存在に気付いていない様なので、瞬歩で一気に虚の背後に接近し、すれ違いざまに腰に差した刀を横薙ぎに一閃する。

 

 

「ッ!?グオオォォォォ──ッ!」

 

 一瞬の出来事に虚は成す術もなく地面に崩れ去る。倒れた虚の身体が光に包まれ、徐々に消えていく。

 

「よし、一丁あがり」

 

 虚が完全に消え去ったことを確認し、奥真は刀を鞘に収める。虚が見ていた先に目を向けると、何かが震えているのが見え、微かに霊力も感じられた。

 

「お~い、もう大丈夫だぞ」

 

 薄暗い路地裏の奥で、小さな影が顔を覗かせた。

 

「あ、あの化け物は?お兄さんがやっつけたの?」

 

「ああ、もういない。出てきて良いぞ」

 

 その声に恐る恐ると姿を現したのは、小さな少年だった。

 

「怖かったな、もう安心だぞ」

 

「うん、お兄さん凄く強いんだね!あんな化け物を倒せるなんて!」

 

 そう言って顔を輝かせる少年に、奥真は何とも言えない複雑な表情をする。

 

「こんな所に居たら、また怖い思いをするぞ。…安全な場所に案内してやるよ」

 

「でも、お母さんを待ってなきゃ…絶対探しに行くから、ここで待ってろって言われたんだ…」

 

「…お前の母ちゃんなら、俺が先に見つけて安全な場所に避難してもらってる。だから、お前もそこに連れていくよ」

 

「え!?そうなの?良かったぁ…なら、僕も連れてって!」

 

 コロコロと表情の変わる少年に笑いながら、奥真は刀の柄尻を少年の額に押し付ける。すると少年の身体は先程の虚と同じ様に光に包まれ、次第に消えていく。

 

「ありがとう、お兄ちゃん。バイバイ」

 

 消えゆく少年が笑顔で手を振る。奥真も手を振り返し、少年の姿が消えたのを確認してから伝令神機を手に取った。

 

 

「報告のあった虚は討伐完了。──ああ、一緒にいた子供も魂葬したよ。尸魂界(あっち)で会えると良いけどな」

 

 

 報告も終わり、伝令神機の通話を切る。

 次にまた指令が届くまでは自由時間だ。奥真は地面を蹴り、上空へと舞うと個人的な用事を始めることにした。

 

 奥真が現世への駐在任務を率先して受けているのは、任務の合間に駐在地で姉の行方を探すためだ。

 といっても自分達がどこで生まれ、育ったのか憶えてないので、ただ闇雲に探しているだけである。

 時々、何故自分はそこまでして姉を探すのだろう、会って、どうしたいのだろうと考えることがある。失った記憶を取り戻したいのか、それとも別の理由か、とにかく彼女に会わなければならないという想いが心の底から溢れてくる。明確な答えは解らないまま、心の声に従い当てもなく探し続ける日々を送っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──奥真が現世に赴任してから、一週間が経過した。

 

 この日は朝から雨が降っていた。空は灰色に染まり、陽の光も届かない日は虚も活発になるのだろうか、今日はやけに虚の発見報告が奥真の元へ入ってくる。昼が過ぎ、夕方になって絶え間無く続いていた虚発見の報告は止み、ようやく一息つけた。

 雨はまだ止む気配はない。雨に濡れることに抵抗は無いが、何となく見つけた公園にあった大きな木の下で、休憩がてら雨宿りをすることにした。

 

 

「…雨、か」

 

 昔、まだ人間として生きていた頃の記憶がふと頭をよぎる。記憶の中の俺は今より幼くて、姉と二人で今のように雨宿りをしていた。子供の頃の俺は、雨が嫌いだった。どんよりとして、じめじめして、暗い気分になると姉に愚痴っていたことを憶えている。

 そんな俺に、姉は笑ってこう答えた。

(私は雨は好きだなぁ。雨が降った後の夜空は綺麗に星が出るんだよ。それを考えると雨も好きになれるよ。──そうだ!今夜、雨が止んだら一緒に星を見ようよ!約束ね!)

 

 

 記憶に残る幼い自分と姉が話した内容を思いだし、ふっと笑みがこぼれる。そうだ、姉を見つけることが出来たら、一緒に夜空を見よう。…約束だもんな。

 

 

 

 そろそろ休憩を止めて、見回りでもしようかと気を引き締め直した時、異様な霊圧を全身で感じ取った。つい先程までは何も感じられなかったのに、突然現れたそれに奥真は全身に鳥肌が立つような悪寒を感じた。

 

「なんだ、この霊圧は…」

 

 今まで感じたこともない強大な霊圧に嫌な予感がしつつも、発信源を確かめるべく霊圧が感じられる方へ向かうことにした。

 

 

 

 

「…あいつか?」

 

 奥真が目にしたのは、全身を黒い鎧のようなもので包み、胸の部分には肉の塊のようなものが埋め込まれた異質な存在だった。こちらに背を向けており、奥真の接近に気付いていないのか、微動だにしない。

 

 

 目の前に異様な霊圧を纏った者がいるのに、伝令神機からは何も呼び出しがない。

 尸魂界側では察知できていないのか?そう疑問に持ち、こちらから尸魂界へ連絡を入れようと奥真が伝令神機に手を伸ばした時、それは突然姿を消し、一気に目の前へ現れ刃と一体化した腕を振り下ろしてきた。

 

(──ッ!は、速っ──!)

 

 無意識のうちに抜いていた刀で何とか防ぐことは出来たが、衝撃で後方へ吹っ飛ばされてしまう。体勢を立て直し、襲撃者の方を向くが既に姿はない。瞬間、背後から強烈な殺気を感じられ、無我夢中で身を翻し刀を振るい、ガキンッと刃が重なる。

 鍔迫り合いの形となって初めて、奥真は襲撃者の顔を捉えた。その顔には白い仮面が取り付けられていた。

 

(―こいつ、虚なのか!?)

 

 押し退けようと力を込めるが、虚はびくともしない。寧ろ、こちらが力負けをして徐々に押し込まれていく。

 再び吹き飛ばされてしまい、虚も追撃のため猛スピードで後を追う。だが、奥真は冷静にその姿を捉え、眼前に迫る虚へ左手を突き出す。

 

「破道の三十一、赤火砲っ!」

 

 その手から巨大な火の玉が発射され、避ける間もなく虚に直撃し激しい爆発が起こった。詠唱破棄したとはいえ、かなりの霊力を込めた一撃だ。並の虚なら致命傷になる破壊力なのだが…

 

 

「まじかよ…」

 

 目の前の虚には傷どころか焦げ跡すら確認できない。何事も無かったかのように平然としている。しかし、その顔にはどこか怒りのような雰囲気を感じられた。

 

「オオォォォッ──!」

 

 虚は身が竦む程の雄叫びを上げる。その咆哮を真っ向から受けながら、奥真は刀を構え直し迎撃態勢を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥真と虚が戦闘を繰り広げている場所より少し離れた位置に、黒い外套に身を包みフードを目深に被った三人の男が立っていた。そのうちの一人が、フードを僅かに持ち上げ戦いの行方を見ながら口元に笑みを浮かべる。

 

「片桐奥真…彼がここに居るとはね。これも何かの因果か」

 

「いかが致しますか?」

 

「予定外の事だが、少し様子を見ようか。彼が今どれ程の力を持っているか試すのも悪くない」

 

 その言葉に、他の二人も戦闘には介入しようとはせず傍観に徹することとした。

 

 

 

 

 

「──破道の五十八、闐嵐(てんらん)!」

 

 奥真の両手から、竜巻が巻き起こり、虚の身体を包み込むが、咆哮と共に竜巻は霧散する。だが、そうなることを読んでいた奥真はその隙に一気に距離を詰め、仮面目掛けて刀を振り下ろす。

 しかし虚は頭部より伸びた角で刀を受け、両腕の刃を交差させ奥真の腹を切り裂いた。奥真も(すんで)の所でそれを避ける。死覇装がバッサリと斬られたが、身体には届いていない。

 

(くそっ、こいつ強い!)

 

 奥真の全身から汗が止めどなく吹き出し、徐々に息も切れ始めてくる。虚は直ぐに距離を詰め、攻撃の手を緩めないが、紙一重でそれを(かわ)し続けながら言霊を紡いでいく。

 

 

「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ」

 

 疲労から身体の動きは鈍り、徐々に虚の攻撃が当たり始め、血飛沫が舞うが奥真は一歩も退かない。今自分に出来る最大の攻撃を確実に当てるためにも、今の間合いを維持しなければならない。

 

「──ッ!今だ!破道の七十三、双蓮蒼火墜(そうれんそうかつい)!」

 

 虚が両腕を振り上げた一瞬の隙を見逃さず、奥真は完全詠唱した鬼道を放つ。蒼白い炎が二つ、重なるように虚は向かい、先程とは比較にならない程の爆炎が虚を包んだ。爆炎の余波は奥真の身体を吹き飛ばし、距離を置いていた三人の元へも爆風が届いた。

 

 

 

 

 

「うは、凄い威力やなぁ~。あれ、やられてもうたんちゃいますの?」

 

 爆風ではためくフードを押さえながら、三人のうちの一人が笑みを浮かべながら残りの二人の方を向く。

 

「ホワイトはあの程度でやられはしない」

 

 二人のうち一人がそう言い放つと同時に、爆炎の中から虚が飛び出した。

 

 飛び出してきた虚への反応が遅れた奥真が咄嗟に出した右腕に虚は噛み付いた。虚の歯が肉を突き破り、骨を砕く音が辺りに響く。

 

「ぐあぁあぁぁ──っ!!」

 

 あまりの痛みに奥真は絶叫を上げてしまう。その叫びに虚は噛み付いたままニヤリと笑うと、二本の角の先に光を収束させていく。

 

(まさか…虚閃(セロ)!?)

 

 虚の中でも大虚(メノスグランデ)と呼ばれる者だけが使える技を放とうとしていることに奥真は驚愕する。この至近距離で食らってしまえば命は無い。

 奥真は渾身の蹴りを虚の腹へ放つ。ブチブチ、と嫌な音を立てながら虚が食らい付いていた右腕の部分が千切れる。その痛みに意識を失いそうになるが何とか堪え、射線上から逃れようとする。

 

 虚の角の先の光が、光線となって奥真に迫る。眩い光と轟音が辺りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、ここまでか。期待外れだな」

 

 光と轟音が収まり、辺りに静寂が訪れたところで、フードの男が冷めた口調で戦いの終わりを告げた。

 

「もう少しやれると思ったんだが、どうやら未だ斬魄刀の解放には至っていないようだね。単純に彼の力不足か、それとも別の要因か…。まあいい。今日試すつもりは無かったことだ。また別の機会に確かめるとしよう」

 

「それと、ホワイトの方も始解も出来ない席官相手に手こずるようではまだまだ完成とは言えないな」

 

「解りました。帰り次第再調整を行います。片桐奥真の方はどうしますか?」

 

「そのままにしておこう。先程の虚閃でさすがに異変に気付いたのだろう。他の死神が近付いてきているようだ」

 

「ええんですか?あのままほっといたらあの子、死ぬんとちゃいます?」

 

 笑みを浮かべる男が指を指す。その先には、右腕は食い千切られ、右脚を虚閃によって吹き飛ばされた奥真が倒れていた。

 

「問題ない。…ほら、見たまえ」

 

 

 そう言われた男は、奥真の方を見ると驚愕する。奥真の身体から失われた部位が少しずつ修復されていく。ほんの数十秒で、腕も脚も元通りになっていた。

 

「…何ですの、あれ?」

 

「ふっ、()()()()()()()()()()()()()。もっとも、彼が望んだわけではないものだが」

 

 

 

 

「さて、邪魔が入る前に戻ろうか…(かなめ)、ギン」

 

「はっ…藍染(あいぜん)様」

 

 要と呼ばれた男は、尸魂界への扉、穿界門(せんかいもん)を開く。開かれた扉の中へ、ホワイトを引き連れた要とギンが入っていく。

 

 

「片桐奥真、君に与えた力はその程度ではない筈だ。早くその力の全てを私に見せてくれることを楽しみにしているよ」

 

 藍染は奥真の方を一度見下ろし、笑いながらそう呟くと穿界門の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、騒ぎを聞き付けた他の死神によって、意識を失った奥真は救助された。十番隊にその知らせが届いたのは次の日の朝になってのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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第3話 黒と交わる[前編]


長くなったので、前後編に分けました。

後編は早めに掲載したい(願望)


 

 まだ陽も昇りきらぬ明け方頃、豪快ないびきをかいて眠る志波一心の伝令神機がけたたましく鳴り響く。最初の数コールで目を覚ました一心だが、睡眠を優先するために無視を決め込む。

 しかし、いくら経っても鳴り止まない着信に痺れを切らし、苛立ちを覚えながら耳元へ伝令神機を当てる。

 

「…誰だよ、人の安眠を妨害するやつは」

 

「も、申し訳ありません!私は四番隊の者ですが、実は──」

 

 覚醒しきらぬ脳で話を聞いていた一心だったが、予想外の報告に飛び起きることとなった。

 

 

 

 

 

 

 ──護廷十三隊四番隊隊舎。

 

 

 四番隊は、護廷十三隊の中で回道の扱いに長けた隊士で構成された、治癒部門を担当する部隊である。そのため、その隊舎は病院のような役割も兼ねており、怪我をした死神が連日のように運び込まれてくる場所でもある。

 

 そんな場所に慌ただしく一人の男が駆け込んでくる。受付にいる隊士が制止するのも聞かず、男は目的の人物を見つけると、大声で呼び止めた。

 

「卯ノ花さん!奥真がここに運び込まれたってのは本当か!?」

 

「志波隊長、他の怪我人もいますので隊舎ではお静かに…」

 

 呼び止められた女性、四番隊隊長である卯ノ花烈は静かな口調で一心をたしなめる。にこりと笑ってはいるが、僅かに怒気を覗かせる表情に一心は萎縮してしまう。

 

「片桐六席なら此方です。案内するので着いてきてください」

 

 

 

 

 卯ノ花に連れて来られた病室に奥真は居た。眠っているのか意識は無いらしく、一心が側に駆け寄っても何の反応も無かった。

 

 

「片桐六席は鳴木市の駐在任務に赴いていたことはご存知ですね?どうやら任務中に負傷したようで、まだ意識は戻っていません」

 

「負傷って…こいつはどんな傷を負ったんだ!?」

 

「…そこに彼が着ていた死覇装があります」

 

 卯ノ花は個室の隅に立て掛けられた死覇装に目を向ける。一心も追うようにそこへ視線を向けると、絶句する。死覇装には至る所に無数の切り傷が入っており、右手の袖部分も千切れていた。だが、何よりも目を引いたのは、袴の右脚部分が殆ど無くなっていたことだった。これが奥真の来ていた死覇装だというのなら…

 血の気が引いた一心は、すぐさまベッドの掛け布団を引き剥がした。

 

 

 

 静かに寝息を立てている奥真の身体は、五体満足だった。特に目立った外傷も見受けられない。

 予想していた姿ではないことに、一心は安堵の息を漏らす。

 

「何だよ、人が悪いぜ卯ノ花さん…。治したってんならそう言ってくださいよ。だけど、流石は四番隊の隊長すね、これだけの傷を治せ──」

 

「私は何もしていませんよ」

 

 一心の言葉を遮るように卯ノ花は口を開く。

 

「私がしたことは点滴くらいです。彼はここに運ばれてきた時点で身体に異常はありませんでした」

 

「…は?なら、現世で救助したやつが?」

 

 一心は目を丸くする。あの死覇装を見る限り、奥真の身体は相当な大怪我を負っていた筈だ。そんな怪我を現世から尸魂界に戻るまでに治療出来る死神なんて、目の前にいる卯ノ花ぐらいしか考え付かなかった。

 

「救助したのは十三番隊の隊士ですね。ですが、その方が治療したわけでもありませんでした。彼女が異変に気付き、駆け付けた時には片桐六席には目立った外傷は無かったそうです」

 

「じゃあ、誰がこれだけの怪我を治療したってんだ…。まさか、自分で?確かにこいつは鬼道は得意なほうだったがよ…」

 

 奥真が鬼道の扱いに長けていたことを一心は知っていた。だからこそ、鬼道に準ずる回道もそれなりには扱えるだろうが、卯ノ花と同等の力を持っているとは思えなかった。

 

 一心が考え込んでいると、卯ノ花はコホンと咳払いをする。

 

「片桐六席がどのように怪我の治療をしたのかも気になりますが、私としてはそこに至った経緯のほうが気がかりですね」

 

「…こいつにここまでの怪我を負わせたやつが何者かってことですか?そういえば、さっき、救助したやつが異変に気付いたって言ってましたけど、具体的にはどんな異変なんすか?」

 

 

「彼女が言うには、何も感知できない方角から高密度の霊圧の光線が突然伸びてきたそうです」

 

「霊圧の光線って…虚閃かっ!?まさか、奥真を襲ったのは大虚(メノス)だってのか!?」

 

「可能性は低くはありませんね…」

 

 卯ノ花はこくりと頷き、さらに、と続ける。

 

「気がかりなのは、霊圧も何も感知できなかった点です。彼女は大虚はおろか、片桐六席の霊圧もかなり近づかなければ感知できなかったと言っていました。おそらく、何か結界のようなものが張られていたのでしょう。それが大虚の仕業なのかまでは解りませんが…」

 

「大虚か、それに近い虚が現世に居るってのか…」

 

 卯ノ花の言葉は歯切れが悪い。一心もどうするかべきか判断に迷っていた。色々と断定するには情報が足りないのが現状だ。

 

 

「…とりあえず、鳴木市の駐在員を増員して様子を見ますわ。それと、付近に駐在している死神にも最近何か変わったことがなかったか話を聞いてみます」

 

「それが良いでしょう。用心するに越したことはありません。私のほうも各隊に話を聞いてみます。数日もすれば片桐六席も目を覚ますでしょうから、詳しいことはその時に確認しましょう」

 

「そっすね…。んじゃ、俺は総隊長に現状を報告してきます。奥真が目覚めたら、すぐ教えて下さい」

 

 そう言って一心は病室から退室し、護廷十三隊総隊長である山本元柳斎の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ──数ヶ月後。虚は一月に一度、最初に出現した鳴木市周辺に時折姿を見せては、その地に居る死神を襲っていった。襲撃に備え、増員した死神達を以てしても虚を討伐することが出来ず、犠牲者は増加する一方だった。

 そんな状況に憤りを感じていた一心の元に、ある日虚発見の報せが入ってきた。一心は部下の制止も聞かず無断で現世へ赴き、虚と対峙した。虚との闘いは熾烈を極め、途中何者かの横槍を受けながらも、辛くも勝利を納めることができた。

 

 

 

「──以上が、虚討伐の報告になります!」

 

 

 一番隊隊舎の隊長室にて、元柳斎に対して一心は事の顛末を報告した。

 

「うむ。よくぞ討伐し、無事帰還した。此度の無断出撃の件はこの功績を以て不問とする」

 

「はっ!ありがとうございます!それでは、失礼致します!」

 

 一心は深々と一礼し、隊長室を出ようとするが、元柳斎から待ての一言が入りピタリと動きを止める。

 

「時に志波よ。先の報告に嘘偽りは無いのじゃな?」

 

 元柳斎は顎髭を触りながら鋭い目付きで一心を見据える。普段あまり見ることのないその表情に、一心は強張る。

 

「…嘘偽り、ですか?」

 

「うむ、お主が虚を討伐した時、その近くに別の霊圧を検知したという報告もあっての。その場にはお主以外に誰ぞ居たのかと思うてな」

 

 その言葉に一心に緊張が走る。一心は報告に挙げなかったことがある。それは、虚を倒せたのは一心の独力ではなく、ある少女の助力があってのことだった。だが、一心は少女に助けられたということが恥で、報告を偽った訳ではない。その少女の出自が、彼の報告から少女を除外する要因となっていた。

 

「…いえ、先に述べたこと以外は何もありません。近くに居た霊体とかじゃないですか?俺は気付かなかったですけど」

 

 緊張を顔には出さず、淡々と言葉を紡いでいく。その様子を元柳斎は変わらぬ表情でじっと見つめる。

 

「ふむ、つまりはその霊圧を放っていた者は此度の件とは無関係であると?」

 

「ええ、その通りです」

 

 一心は元柳斎の目を真っ直ぐに捉える。暫しの沈黙のあと、元柳斎は目を伏せると、普段の飄々とした表情に戻した。

 

「相分かった。それならば良い。傷もまだ癒えておらぬのに長居させて済まなかった。もう下がってよいぞ」

 

「はっ!それでは…」

 

 再び一礼をし、隊長室を退室した一心は足早に一番隊隊舎から外に出ると、その場でへたりこんだ。

 

「──ぶはぁっ!あのじいさん、なんつう眼で睨むんだよ。久々に縮こまったぜ…」

 

 緊張から解放された一心の身体に、大量の汗が浮き出てきた。死覇装の襟を広げ空気を送り込むと、少しずつ汗は引いていった。

 

「まあ、何とか誤魔化せたか?さて、あいつのとこにも報告に行くか」

 

 

 

 

 

 四番隊隊舎へ着いた一心は、奥真がいる病室へと足を運んだ。扉をノックもせず、ずかずかと病室の中に入り、ベッドの横に備え付けられた椅子に座る。

 

「よお、お前を襲った虚は倒したぜ!つっても、俺が倒した訳じゃねえんだけどな!」

 

 一心は奥真に向かって語りかけるが、返事はない。数ヶ月経った今でも、奥真は未だ眠りから目覚めていなかった。

 

「あの虚が居なくなったらお前も目覚めると思ってたんだがな…。当てが外れちまった」

 

 昏睡の原因について卯ノ花に聞いてもみたが、卯ノ花を以てしても解らず仕舞いだった。一心も、考えうるあらゆる手段を試してみたが効果はなかった。それでも、いつかは目覚めると信じ、連日のように病室に通ってはこうやって話をするようにしていた。

 

「そういや、奴と戦った時に滅却師(クインシー)の女と共闘したんだぜ?実物を見たのは初めてだったんだが、別に普通の奴だったな。お前は知らないかも知れないけど、滅却師ってのはな──」

 

 一心は奥真に聞こえていようがいまいが、お構いなしに喋り続ける。

 

「──そんでよ、あの虚を倒せたのはあの子のお陰ってわけだ。…だけど、ちゃんと礼を言えてなくてよ、明日にでも会いに行ってみるか。そん時にお前の分まで俺が礼を言っといてやるよ」

 

 ひとしきり喋り終えたあと、返ってこない返事に多少の空しさを覚えるが、一心は気にすることはせず立ち上がり、帰り支度を始める。

 

「じゃあな、また来るぜ」

 

 

 

 

 

 翌日、一心は尸魂界から姿を消し、二度と戻ってくることはなかった。

 

 

 

 

 







お読み頂きありがとうございます。

一心の戦闘シーンは丸々カット…
戦闘描写苦手だからね、仕方ないね。
いずれ修正して書くと思います。



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