「隣に引っ越してきました一色いろはと言いま~す」「…は?」 (Righm)
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「隣に引っ越してきました一色いろはと言いま~す」「…は?」

素敵な原案のライトさん→https://twitter.com/lightpicture33



 多くのことがあった総務高校での高校生活が終わり、大学が決まるとあれよあれよと家族の中で話が進み小町による

 

「お兄ちゃんも大学生になったんだから自活した方がいいよ~」

 

という一言が止めとなった結果、大学近くのアパートで独り暮らしをすることになった俺、比企谷八幡はなんとか大学生活を一年終え、春休みの最中にいた。慣れてしまえば男の一人暮らしなど楽なもので誰に何を言われるでもなく何かをするでもなく春の陽気の元、惰眠を貪っていた。

 

 そんな時、ピンポーンと家のインターホンが鳴る。こんな時実家ならば家にいる誰かが出てくれるのだがあいにくと一人暮らしだと自分が出るしかない。若干めんどくさく出るかどうか考えていると二度目の音が部屋に響く。何か宅配便でも頼んでいたかと思いながら仕方なくベッドから体を起こし、眠い目を擦りながら廊下を通り、ドアを開ける。

 

 そこには腰ほどまである亜麻色の髪を揺らしながら、こちらを見てにこやかに笑う女がいた。

 

「隣に引っ越してきました。一色いろはと言いま~す」

「…は?」

 

 

 ベランダで煙草を吸いながら、一昨年の春頃にあったそんなことを思い出していた。

 

「先輩ご飯できましたよー」

 

 そう言いながら一色はベランダの窓を開けた。

 

「んー」

「先輩、煙草ばっか吸ってちゃ駄目ですよ。一日3本守ってくれても身体には悪いんですからね!」

「これは俺の社会へのストレスがそうさせるんだ。だから俺じゃなくて社会が悪い」

「私は嫌いじゃないのでいいですけど普通の女の子はあんまり煙草の匂い好きじゃないんですからね」

「俺に煙草を教えたのは平塚先生だし」

「平塚先生は普通の女の子じゃないです」

 

 えぇ…なんでそんな酷いこと言えるの?可哀相じゃん。あの人もちょっとは女の子っぽいところあるんだよ?本当だよ?それ以上に男らしいせいで未だにあの人結婚できてないけど。

 

「ご飯冷めちゃいますから早く入ってください」

「はいはい」

 

 そう言って灰皿で煙草を消して家の中に戻る。二人で飯を食い終わって後片付けも終え、一色と2人でソファに座って適当にテレビを流していた。

 

「先輩って明日は何か用事ありますか?」

「明日は日曜日だからプリキュアを見るという重要な使命がある」

「暇なんですね分かりました」

 

 用事があるか聞かれ用事を答えたのに暇人扱いされた。おかしい…

 

「じゃあ明日買い物行きましょー」

「えぇ…」

「えぇ…じゃないですよ。この前カップ割れちゃったんで替えの新しいの買いに行かないと」

「あぁそうか」

「電車で何駅か行ったとこに大きいモールあるじゃないですか!あそこ行きましょうよ!」

「うーん」

「明日のお昼ご飯はトマト尽くしがいいですか?」

「おっしゃ明日だな任せろ」

「はい、楽しみにしてますね」

 

 今では完全に一色にキッチンを掌握され、俺の家のはずが一色の方が何処に何があるか詳しいことすらある。まぁ偶にトマトを脅迫材料にされること以外に困ったことは無く、むしろ何時も飯作って貰って悪いなぁと思う。

 

「一色」

「はい?」

「あー、いつも言ってるけど無理して飯作らなくていいんだぞ」

「いつも言ってますけど好きで作ってるんで気にしないで下さい」

「と言ってもなぁ」

「私が良いって言ってるんですからいいんですー」

 

 そう言うと隣に座っていた一色が下から覗き込むようにこちらを見てくる。

 

「それとも私の作るご飯美味しくないですか…?」

「い、いや。そんなことはないむしろ美味いまである」

「だったらもっと他に相応しい言葉があるんじゃないですかー?」

「あー…なんだ、いつも助かってる」

「はい!どういたしまして」

 

 一色はそう言うと満足そうに微笑んだ。やっぱりこの後輩は何年経ってもあざとい。

 

 

 次の日の朝、ソファで寝巻きのままプリキュアを見ていた。やっぱりプリキュアだよなぁ…プリティでキュアキュアな彼女達を見ていると荒んだ心が癒えていくわ。プリキュアが世界を救うんだ…そんなことを考えているとEDが終わりCMが流れ出す。

 

「プリキュアも終わったしそろそろ準備して行きますよ先輩」

 

 この生活が始まってからいつの間にか毎週日曜日に隣でプリキュアを見るようになった一色が立ち上がって言う。

 

「待って今余韻を噛み締めてるから」

「いや流石にそれは気持ち悪いです」

 

 一緒に見るようになっても通じない所はあるらしい。

 

「じゃあ洗面所借りますねー」

「はいよ」

 

 テレビの方もプリキュアの関連CMも終わり特撮ライダー物が始まっていた。このまま家でゆっくりしてたい気持ちを抑えゆっくりと立ち上がった。

 

 

 準備を終えて家を出ると丁度服を着替えた一色が隣の自分の部屋から出てきた所だった。

 

「先輩忘れ物とかしてないですか?」

「持ってくもんなんて鍵と財布くらいだからな」

「先輩そう言ってこの前財布忘れたじゃないですかー」

 

 そんなやりとりをしながら部屋の鍵を閉めようとするが、鍵が見つからない。そういえばさっきトイレ行く前に机の上に置いて来たわ。

 

「…鍵忘れたから取ってくるわ」

「えいっ」

「いや、あの、一色さん?どいてくれないと鍵取って来れないんですけど」

 

 鍵を取りに行こうとした時に、一色が扉の前に入り混んで来た。と思うとこちらに背を向け次の瞬間ガチャリと言う鍵の閉まる音が鳴る。

 

「じゃあ行きましょうか先輩」

「いや、なんで閉めたの?」

「時間が勿体ないじゃないですかー」

「いや場所分かってるからすぐなんだけど」

「どう一緒に帰ってくるんですから、私が持ってる鍵があれば問題ないじゃないですかー。ちゃんと財布は持ってますよね?」

「それはあるけど」

「じゃあ大丈夫ですね!さぁ行きますよ先輩!折角のお休みなんですから時間が勿体ないですよ!」

 

 これ一色がいないと俺自分の部屋にも入れないんだけど…まぁもういいか。鍵を開ける様子のない一色に諦めのため息が出る。

 

「はぁ…行くか…」

「レッツゴー!」

 

 そう言って2人で駅の方に歩き始めた。

 

 

 流石に長期休暇の日曜日のショッピングモールだけあって人で溢れかえっていた。着いて暫くは一色に連れまわされるように色々な店を見て回っていたがあまりに多い人波にモール内のベンチで休憩していた。

 

「先輩体力落ちてないですか?」

「これは肉体的な物じゃなくて精神的な物だ」

 

 自販機で買ったMAXコーヒーを飲みながら流れていく人をぼーっと見ていた。子供を連れた家族、学生らしき女子数人で楽しそうにはしゃいでいるグループ、カップルらしき二人組。色々な人が通り過ぎていく。ふと、傍から見られた時、隣で紅茶を飲んでるこいつとどう見られているのかと考えが及ぶ。

 

「先輩」

「おっ、おう、どうした」

 

 変なことを考えていたからか返事がどもる。大学生にもなり、割と治ってきていたつもりだったがふとした時に出てくる。三つ子の魂百までと言うがこれが百まで続くのは勘弁してほしい。

 

「なんでそんなどもってるんですか…。ちょっと早いですけど混む前にお昼食べに行きませんか?」

「そうだな。ここってなんの店あんの?」

「ここなりたけ入ってるらしいですよ。久しぶりに行きませんか?」

「そうなのか。でもお前ラーメンでいいの?」

「友達とかと一緒だと行きにくいですし。それに私になりたけ教えたの先輩じゃないですかー」

「いや、一色がいいならいいんだけど」

「はい、いいんです!」

 

 お昼時より少し早い時間ではあったがすでにそれなりに客が入っていてこれ以上遅ければ待つことになっただろう。二人で入ると「らっしゃーせー」という声が響きテーブル席に案内される。

 

「先輩はいつものですか?」

「おう」

「じゃあもう注文しちゃいますね」

 

 そう言った一色はお冷を持ってきた店員に二人分の注文をしていく。

 

「なんですか?こっちをじっと見て」

 

 注文を終えた一色が聞いてくる。

 

「いや、慣れたもんだなーと思って」

「注文したくらいで大袈裟ですよ」

「昔の自分に言っても絶対信じない自信があるけどな」

「昔って先輩年寄り臭いですよ」

 

 そんな他愛のない話をしていると注文した二つのギタギタの背油が光る味噌ラーメンが運ばれてくる。

 

「いただきます」

「いただきまーす」

 

 

 昼食を終えたあと、色々と店を回っていた。服屋で一色のファッションショーを見せられたり逆に俺を着せ替え人形にして遊ばれたり。

 実際大学に行くようになってから私服を着る必要があるのだが服のセンスなんてものは持ち合わせていなかったため一色が服を見繕ってくれるようになってからは非常に助かってはいるがやはりリア充が使ってそうな店で色々と試着させられるのは中々しんどいものがある。制服って偉大だったんだなぁ。気に入ったものがあったのか一色がこれからの暖かくなるシーズンに向けての服を買い服屋を後にした。

 その後も本屋だったり途中ジュースを買って休憩したりして無事本来の目的だったマグカップを買った頃にはもうすでに夕方頃になっていた。

 

「んー楽しかったですね!」

「日曜のショッピングモールしんどいわ」

「先輩は相変わらずですねぇ…」

 

 隣に並んで歩いていた一色は呆れたように言うとすっと前に立ちはだかった。当然目の前に立たれては自分の足も止まる。

 

「先輩は今日は楽しかったですか?」

「疲れたけどな」

「たーのーしーかったーでーすーか?」

「まぁ…楽しくなくはなかった」

「全く…相変わらずひねくれてますね」

「ほっとけ。人間そう簡単に変わらねぇよ」

「はいはい」

 

 一色はそう言って微笑むと前を向いて歩きだすのでその横を並んで歩いていく。

 

「夕飯もすましていくか?」

「いえ、帰りにスーパーよって家で作りしょう。先輩何か食べたいものはありますか?」

「なんも思いつかん」

「もー!それが一番困るって言ってるじゃないですかー」

 

 一色が「まったくもー」と膨れる。

 

「じゃあスーパーで何にするか一緒に考えましょうか」

 

 こちらを見ながらそう言う一色の顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。

 

 外に出ると夕焼けで空が赤く染まっていた。

 

 たわいもない話をしながら夕焼けに染まり来た時とは少し景色が変わった道を歩く。二人の距離は変わらずに、同じ方向へ帰る俺たちを優しい夕焼けの色が照らしていた。

 



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