Metal Gear Solid/ Ark of ■■■■ (daaaper)
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エピソード1 Revelation
プロローグ


これは、本来は決してあり得なかったいつかどこかでの記録

地球の記録に残されることはなく、また人々の記憶に残ることも決してなく、語り継がれることもない

 

ただ

 

語り継がれることなく、

記憶に残ることもなく、

記録されることがなくとも、

 

心には確かに刻み込まれた

 

とある世界では一人の男として、復讐者として、

そして英雄として記録されたが

彼の心に刻まれたものは少し異なっていた……かもしれない。

 

刻まれたものが、事実なのか真実なのか、

はたまた幻覚なのか

 

それすら彼自身が気付くことはもう無いけれど

 

……まあ、気まぐれということで

 

あけてもいいでしょ、別に誰かに迷惑がかかるわけでも無いし

 

僕自身もよくわからないけど、その方がおもしろいしね

 

……迷惑かからないよね?よね?

 

・・・まあいっか、すぐ終わるし

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

冷たく、薄暗く、どんよりとした雲の下にいるような感覚。

わずかに聞こえてくるような音と肌から感じる滴から、雨が降っている、ように感じる。

少し耳を済ませてみると、どうやら外は雨らしく、しかし移動ができないほど強くは降っていないようだ。これなら問題なく移動することができるで——

 

「…………」

 

あろうと思ったが、ふと思う。

背中が冷たいのは何故だろうか。水に浸るような馬鹿な真似はまずしない、それに感覚から察するに金属製の床にどうやら寝ているらしい。だからといって拘束され、どこかに隔離されている感じでも無い。そもそも何か捕まるようなことなんて——

 

「…………」

 

したことがない、と思った直前に、その思いが急激に萎んでいく。

何故だろうか、それは決してあり得ないと、頭ごなしに否定している自分が頭の中にいるのだ。どちらにせよ、周りに人の気配すらない。拉致……そう、拘束というより拉致や監禁の方が自分にはしっくりくるが、それであれば人の気配くらいあって良いはずだ。なのに何故いないのか。

 

「…………」

 

だんだんと頭が混乱してきた。まずそもそもから何かがおかしい。雨が降ってもいい場所で寝ているのは良いとして、何故床に何も敷いていないのか。シートの1枚や2枚しかなければ低体温症になりかねない。それに、移動すると言ったってどこに移動するのか、目的地に心当たりはない。

 

「…………」

 

状況が分からないのであれば確認するしかない。そもそも目を閉じているのだから今の時刻符が何時かも分からない。まずは状況を確認し——

 

「・・・・・・どこだここは」

 

……目を開いて確認したところ、まず最初に抱いた印象がこれである。

鉄筋性の建物の一室に寝ていたらしいが、建物だった、と表現した方が正しく、天井の四隅の一角が完全に吹き飛んでおり、そこから低い雲と下の部屋がよく見えた。

部屋の出入りは吹き飛んでいる、天井と一緒にドアは吹っ飛んだらしく、ドアが部屋の中で突っ伏していた。足元は塗装や壁の破片が少し散乱しており、半ば廃墟と化しつつあるらしい。

背後は窓ガラスがあったようだが、すべて割れており、ガラスがはめられていたであろうフレームは外に向かってやや歪んでいた。その窓の名残の下には、どうやって残ったかは分からないが、長机が一つだけ残っている。

 

そして何より

 

「……記憶がないな」

 

ここ直近の記憶がない。だが二日酔いというわけでもない。頭痛はしない、それに四肢に痛みも感じない。試しに服を巻くって目視で確認するが、目に見える範囲内で損傷は確認できない。もちろん、銃創や切創、打撲や幾度したか分からない骨折の名残はあるが、今痛むような傷はない。見ることは叶わないが背部も古傷はあるだろうがおそらく問題はないだろう。

 

単純に記憶がない、それも直近の。

 

「……周囲の状況は」

 

幸い、自分が何者でどんな人間かまでは記憶は失わなかったらしい。何故記憶がないのかは分からないが、どんな経緯であれ生き残ることが最優先であることに変わりはない。そのためには考える時間より、まずは現地点の把握と周辺の安全を確保する。

 

服をまくった時に気づいたが、幸いにも標準装備は一式揃っている。格好は緑がかった野戦服、リグとバックパック、装備にも損傷は見られない。バックパックの中身のすべては確認していないが、重量から察するにマガジンと食料はあるらしい。武装は右のホルスターに挿してあったカスタムM1911、スタンとスモーク、どうやらライフルは無いようだ。

 

動作確認

セーフティーを外し、マガジンキャッチを押す、

マガジンを抜き、スライドを引いてアンロード

照準器を覗き、トリガーを引く

カチッとスライドが前進

排出された弾丸をマガジンに戻し

スライドを引き、スライドロックを掛け

マガジンを挿す

スライドロックを解除

 

動作に問題無し

 

耳を澄まし部屋の外の様子を伺う

 

胸元のナイフを抜き、ハンドグリップに添える

 

……雨の音しか聞こえない

 

動く気配は何一つ感じない

 

カッティングパイで部屋から出ずクリアリング

 

右足を一歩出し廊下に出る

 

前方クリア

 

後方クリア

 

部屋の外はやはり建物が廃墟と化しつつあるらしく、廊下には塗装が剥がれ、部屋の中と同じように壁の破片が多少散乱している。前方は50m、後方は30mほどの長さがあるらしい。

廊下にはいくつかの部屋が見受けられる。天井に穴が開いている様子はない。

 

まずは前方をクリアリングする

 

部屋数は4つ、左右に2つずつ

 

左の部屋はどれも引き戸のようだが、レールが歪んだのか、施錠どころか開きっぱなしだった。床に突っ伏していないだけマシと考えるべきか。右の部屋はどれも鉄製の開き戸で、手前の1つは何かを保管しているらしい、奥のもう一つはзапасний вихідと書かれている。どうやら非常口らしいが、どちらも施錠されているかは不明。

 

手前の部屋からクリアリングしたが、そこには何もなく、左の部屋の構造は先ほどまでいた部屋と同じであり、中身もあまり変わらず、せいぜい異なっていたのは机と椅子までもが瓦礫の仲間入りをしていたことと、天井に穴は空いていなかったことだ。

非常階段は開いており、屋上と下に行く階段が確認できた。階段も腐っておらず、普通に使えることができるように見える。非常階段の表示から現在いるのが3階であること、そして事務所らしいことが判明した。

 

何かを保管しているらしい部屋は施錠されていた。ドアノブがあるだけのドアなため、鍵を壊すこともできるが、安全が確保されているならわざわざ開ける必要もない、少なくとも今は。

 

続いて後方をクリアリングする。

先ほどまでいた部屋のすぐ隣は階段で下へだけ行ける。その奥に右に2つ、左に1つの部屋が確認できたが、こちらも右の部屋は同じような構造に、壁と机と椅子の瓦礫の上に剥がれ落ちた塗装が添えられていた。左の部屋は給湯室のようだが、蛇口を捻っても水は出ない。

 

結局、一度も物音が立つことはなく、少なからずこの建物の三階は安全であること、建物はすぐに崩壊することはないこと、外に出る手段は非常階段とこの建物の中央部分にある階段を使えることがわかった。

 

「……で、どうする」

 

安全は確保できた。次は考える時間の確保だ。幸い場所も時間もある。思う存分整理することはできるだろう。ナイフを胸元の鞘にしまい、ハンドガンはセイフティーを掛けホルスターへしまう。

 

「現在位置不明、日時不明、作戦目標は不明、目指すべきは生存のみ、か」

 

サバイバルしなければいけない環境にある

 

「マガジンは5つと、スタン、スモーク、怪我無し、双眼鏡と無線機もある。水と食料は……1日か」

 

幸い、しばらく継戦能力がなくなる可能性は消えた。もっとも、今の装備ではあまり正面から戦いたくもない。人との接触もできるだけ避けるべきだろう。無線機で一度交信を試みるが返答はない。他の通信も傍受できず、何かしらとコンタクトすることはここでは不可能らしいことが推測された。

 

いま得ている情報でわかることを整理する。

 

建物の損壊具合から風化は多少進んでいるが、それ以上に損害が多い、それに窓ガラスが全て割れ、天井は崩落というより何かがぶつかってえぐられたらしい、現に部屋の床には壁の破片は少しあるが瓦礫は見られない。廊下も塗装や破片が多少落ちていただけだった。

恐らく、使われなくなったのはつい最近、使われなくなった後に誰かが、あるいは集団がやってきて片付けたか。どれにしても、ここに人は来なくなったらしい。

 

「えぐっている、か」

 

紛争や戦闘による残骸は何度も見た。この建物は似たような経緯から人が消えたのだろう。恐らくこの建物の外も人はいないだろう、少なくとも友好的に声をかけてくるロクな人間はいなさそうである。だが、人がいないことよりも気になるのは

 

どうやってここに来たのか

 

まず直近の記憶がどうやらない。少なくともこの様な廃墟になりつつある建物で活動することが思いつかない。それに作戦目標がない。メモを残し持ち歩くなんてことはしないが、作戦目標を仮に忘れたとしても方針すら今の自分は忘れているため、生き残るという最優先目標をもとに方向性を決めている状態だ。もちろん死にはしないし、その気もさらさらないが、忘れている状態というのを自覚するのは変な感覚だ。

 

いま思い出せる最近のことは……

 

「……パス、それとチコか」

 

MSF、FSLN(サンディニスタ民族解放戦線)、ピースウォーカー、ZEKE、パスとチコ、そしてサイファー

パスがZEKEを操り核を撃とうとしたためにMSFで対処した、結果ジークは修理することになり、パスはMIA(戦闘中行方不明)、チコはただただ泣き、他のメンバーも反応に違いはあったが驚きと戸惑いが皆に見られた。

 

そしてカズヒラとサイファーは———

 

「……帰らなきゃ話にならん」

 

思い出せる最も新しい記憶はそこまでだ。そこから先の記憶は大したものではなく、せいぜい銃のメンテナンスや隊員たちの稽古をつけたくらいでこのような場所に来る経緯はやはり思い当たらない。

 

「…………」

 

となれば、記憶ではなく今ある物から現在地は推測するしかない。現場検証、などと呼ぶ立場にはないが、環境を把握することには慣れている。GPSレベルで細かい現在位置は分からなくとも、気温や天候、星と建物が観察できればおおよその地域は特定できる。改めて自分が目覚めた部屋の中を観察することにした。

 

まず気になるのは天井の損傷。なんらかの攻撃や砲撃によって穴が開いているのはもう幾度となく見慣れた物。だが、天井から床まで『えぐられ』損傷を受けた建物は、今まで見たことはない。

 

少なくとも、砲撃による損壊ならばこの部屋の床ごと壊れていそうなものだが、床には塗装と壁の破片が少し散乱しているだけで、目立った損傷は見られない。砲撃による破片も床どころか壁すら見当たらない、何より砲撃にしては空いている穴が小さすぎる。誰かが使えるように片付けた可能性もあるが、床はともかく壁までわざわざ綺麗にするとは思えない。

だが、なんらかの戦闘はあったらしく、抉られた空間から覗き込むようにして外壁を観察すると所々に穴やヘコみ、黒く煤んでおり、燃やされた痕跡もあった。外にもいくつか似たような建物が見られるがどこも窓ガラスが割れていたり、大小様々な抉られた痕が、屋上や適当な階や壁に見られた。

 

なんらかの暴動か、あるいは軍事的活動があったと思われるが、どのようにして抉ったのかは不明。なんらかの兵器だとは思うが、建物の屋上のみならず、中央部や下層部など損害部位に一貫性がない。標的がいたところを狙ったのだろうが、狙った建物の部分をえぐるにはどうすれば実現できるのか。ブリーチングなら可能だろうが……大小様々な大きさになるとは考えにくい。

どちらにせよ、未知の攻撃手段がこの地で使用されたことは間違いない。現地人とのコンタクトは慎重を要するが、できる限り避けたほうが良い。

 

現在地は非常口の文字からキリル文字で書かれていたことから、少なくともスラヴ圏にいることはわかった。しかしスラヴ圏だとわかりはしたが、やはりここにいる心当たりはない。そちらに知り合いがいないわけでもないが、すぐに用事があるわけでもない。

 

しかし、スラヴ圏であればまず北半球にいることは確定した……やはり、カリブ海からあまりにも離れすぎていることにもなるが。しかし、体感気温からして季節は9月から10月、現在は朝方であり、部屋の間取りからおおよその方角も把握できた。仮に何かの間違いで東と西が逆であったとしても、どこに向いているかは最低限見当が付けられる。街に出ればマップの1つや2つもあるだろう。

 

「向かうべきは……東か」

 

西に向かえばNATOの勢力圏になる。ワルシャワからNATOへ国境線を越えるのは極めて難しいだろう。それに身分を偽る手段もない現状、国境周辺で身柄を拘束されればどうなるかわかった物ではない。それに超えなければいけない国境が多すぎる。見つかる気はないが、わざわざリスクを冒してまで西を目指す理由はない。

 

対して東であれば、ほぼ間違いなく全てソ連領内である。連邦内では軍が活動はしているが、せいぜい治安維持のためであって国境警備のために武装しているわけではない。みつかれば面倒なことには変わりないが、人目につかず移動する分には西に比べればはるかに楽である。

加えて、ソ連領内にもMSFのセーフハウスはある。詳しい場所までは分からないにしても、おおよその検討はつく。めんどくさくなれば、サンクトペテルブルクからカリブ海に帰ればいい。ここから北に行けば着くだろう。

 

雲は相変わらず低いが、雨は止んだ。この場に止まる理由はもうない。

目指すはとりあえず東、めんどくさくなったら北。これでしばらくは問題ない。そのうち地図や標識を見れば現在位置がわかる。街に出れば観光案内所……はないかもしれないが、タウンマップの1つや2つは入手できるだろう。

 

そうと決まれば行動あるのみだ。食料には不安が残るが、大陸性気候であれば水の心配はとりあえずはない、保管用の水筒もある。とにかく街で最低限の物資と情報を集め、彼は東へ向かうことにし、わけも場所もわからない部屋を後にした。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 

 

 

 

10xx年2月2日 AM 05:37

ロドスアイランド

 

ロドスは今までの忙しさが嘘のように比較的静かになった。結局のところ、うるさいというか忙しいのは変わりないのだが、それでも先月まで龍門でのレユニオンとの戦闘がずっと続いていたことを考えれば比較的でもマシなくらいに、ロドスは静かになった。それはつまり、束の間の平和でもあり、

 

そして——

 

『休んじゃダメですよドクター、まだ仕事はたくさんあるんですから』

 

——そして、責任者は実動ではなく、ペーパーワークに専念することができるということである。ロドスアイランドの最高執行権を有し部隊の指揮を取るドクターは、執務室で膨大な書類と戦闘を継続していた。

 

……うん、いやわかるよ、ここ数ヶ月のごたごたで仕事が溜まるのは。けどこれ全部をやるのって、

 

そう反論しようとしたドクターだが、反論のためいざ顔を上げると、目の前には表情筋からは笑顔を作っていることが見受けられ、眼の奥が笑っていないように見えるウサ耳をもつCEOがいた。

 

実は、というか実際のところ、ドクター自身はロドスの最高執行権を有しているし、彼女と同じCEOの立場であるから、反論することはとても自然である……自然ではあるがおそらく、いや間違いなく淘汰されたであろう。決して逆らってはいけないと悟ったドクターであった。

そんなわけで、秘書は先に休ませ、コツコツとドクターは執務室で積み上がっている書類をせっせと処理していた。

 

とはいえ、まもなく時刻はAM 06:00

朝ごはんは7時に食べれば良いし、書類も全て……は残念ながら片付いていないが、ノルマは達成している。1時間ほど睡眠を取ることは可能で

 

コンコンコンッ

 

「ドクター、少し良いか」

 

ノックの後、ガチャっと遠慮なく入ってきたのは、ワンピースでベアバック、白衣に緑が印象的な格好をしたロドスのもう一人のリーダー、正しくは医療部門のトップであるケルシーが入ってきた。

……なぜわざわざ、人が寝ようとしたタイミングで入ってくるのだろうか、と少し恨めしく思ったが、この時間にわざわざ執務室にケルシー来ること自体が珍しい。

 

仕方ないと、ドクターは半ば諦めの気持ちとともに顔を上げる。

 

「……随分と眠そうなところ悪いが手短に済ませたい」

 

どうやら眠いことは伝わったらしい。同時にこの場ですぐに寝ること許してくれないらしい。仕方なく続きを聞く。

 

「……先ほど、チェルノボーグから信号が発信された、発信者は不明」

 

信号?あの廃墟から?そんな報告をわざわざ?

そんな思いもまた顔から見て取れたのか、それとも気にしていないのか、ケルシーは続ける

 

「発信先も不明だが、ロドスの情報部が信号を傍受した。信号は暗号化されているのか解読には時間がかかるらしい。そもそも発信された信号は数秒ほどで、意味があるかも不明だそうだ」

 

それは……結局、誰が何の目的で発信したのかわからないな?

 

「そういうことだ。あの都市に生存者が残っているとは考えにくい、レユニオンとも思えない」

 

機器の誤作動や、いってしまえば勘違いとかはないのか。

ロドスの機器ではなく、チェルノボーグの機械が何かあってたまたま信号を送信したとか。

 

「暗号通信でか?」

 

……偶然は考えにくいか。

 

「レユニオンとの戦闘もとりあえずひと段落ついた。決着はついてないが、ひと段落ついた矢先にチェルノボーグから人為的な信号があった。何もないとは考えにくい」

 

そう言ってケルシーは踵を返してドアに向かう。

 

「ちょうどフランカとリスカムが帰ってくる途中だ、すでにBSWに連絡は済ませた。追加人員として訓練生も同行、3人で調査に向かってくれている」

 

こっちからは人は出さなくていいのか?

 

「今は休養が優先だ、ロドスのオペレーターにいま必要なのは戦闘や調査じゃない。外部の人員で間に合うなら活用する。BSWとの契約の範囲内だ、向こうもそれを理解している」

 

生存者がいたときのための物資を念のためトランスポーターに運ばせるくらいはしていいだろう。誰もいなくてもBSWからまた戻ってきてくれる2人の支援にもなる、それくらいはいいだろう。

 

「どちらにせよ新しいオペレーターが来るなら君は祝うんだろう、そこら辺は好きにすればいい」

 

そう言ってケルシーは執務室から出て行った。わざわざ知らせてきたのは、事後報告になったことに対する彼女なりの配慮……なのかもしれない。あるいはロドスとしてどう動くかはドクターに任せたかったのかもしれない。配慮するなら仕事量を減らして欲しいと思うが、そうもいかないことをドクターはわかっている。

 

彼女もまた、鉱石病の治療や研究に加えてロドスの運営を担っている。戦闘の指揮はドクター、実行部隊の指揮をアーミヤという風に分担してはいるものの、組織を動かすのに口頭で済むことはない。誰かが書類を書いて許可を出し、物資を管理し、資金や予算を運用する必要があるのだ。

 

ふぅ、と一呼吸置いた後、ドクターは背筋をバキバキと伸ばし、再び書類に目を向ける。とりあえず、朝食までにやれる範囲で済ませて、朝食時にトランスポーターを1人捕まえよう。




新作、はじめました。

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m(_ _)m。


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1

部屋を出てから1時間ほどかけて、この街を探索し物資を探した。やはり内戦か紛争か、とにかく何らかの戦闘行為があったらしく、街はもぬけの殻だった。物資のあらかたは略奪され、店のショーケースは見事に破壊し尽くされている。

 

しかし、物資を根こそぎ持っていったわけでもないらしく、店一つ一つには物資はあまり残っていなかったが10も回れば十分な水と食料を見つけ出すことができた。商品のロゴからも、ここがソ連領内であることは窺えた。

 

「Чернобог……チェルノボーグ、街の名前か?」

 

同時に気になることも増えた。

 

1つ目、街の名前

Чернобог、チェルノボーグと読むこれがどうやらこの街の名前らしいこと。だがそんな街の名前は聞いたことがない。マイナーな街かもしれないが、学校やショップ、自家用車や家々を見る限り、地方都市の一つだと思えるほどに発展しているのにもかかわらず、自分の記憶にないことを彼は不思議に思った。

記憶喪失に陥っているらしいことは確かで、地理についてもおかしくなった可能性もあるが、聞き覚えもないこの地名は彼に興味を抱かせるには十分だった。

 

2つ目

街中では車を見かけた。もちろん廃車ではあるが、自家用車が街中にあるのだ、それも普通に。ソ連領内で自家用車を手に入れるには6〜7年待つ必要がある、それも労働者の給料10年分の値段がする。だからこそ車を傷つけられないようガレージで管理される。

それなのにこの地方都市の一つでしかないであろうこの街には自家用車があふれている。壊れたり炎上して焦げているものばかりで、車種までは特定できないが、そもそも街中に車が何台も置いてあること自体が奇妙だ。

 

「オリジニウム……?」

 

加えてガソリンスタンドが一つも見当たらない。これ自体は別に不自然ではない。自家用車が少ないソ連領内では、ガソリンスタンドはもちろん整備工場や高速道路といった自動車インフラは貧弱、街中にガソリンスタンドがないこと自体は不思議ではない。気になるのは、ガソリンスタンドではなく、オリジニウムと書かれた看板にガソリンスタンドのような燃料を補給するようなエリアがいくつか街中で見受けられることだ。だがそのような言葉は聞いたことがない、何かの元素だろうか。

 

3つ目

これが一番の問題である。

地図は街中で見つけた、だがそこに書かれていたのは『チェルノボーグ』と書かれており、一見すると普通の街の案内図だが、よく見ると階が付けられており、いま居るのはどうやら最上階らしく、他の階層もあることがわかった。この階層には非常口もあるらしい。

 

「……ここそのものが建造物なのか」

 

だが、米軍ハウスのように建造物をいくつも建てるならともかく、街そのものの建造物とは聞いたことがない。そもそも階層まで作る意味がないのに加えて地方都市の1つの規模の建造物を建築するというアイデアそのものが聞いたことがなかった。

 

MSFのマザーベースもある種の街のようなものではあるが、所詮基地であり地方都市のような規模ではない。加えて海上で建設されているため目立っていないが、このような規模の建造物が陸上で作られれば、いくらなんでも西側の諜報機関が騒ぐ。しかしそんな騒ぎを聞いたことすらない。

だが現実に自分はそんな聞いたこともないような規模の建造物にいる、しかも記憶を失って。

 

「……とにかく東を目指すしかないな」

 

地図が欲しかったが、そのようなものは一切なく、この街の案内図しか探し出すことはできなかった。探し出すことができなかったのか、地図がなかったのかはわからない。

 

ただ、いま自分が置かれている状況が今まで経験してきた任務とは、まるで異なっていることをなんとなく察している。聞いたことのない地名や物質に存在すること自体を疑う規模の建造物、そして直近の記憶を失っている自分。何が起きているのかもわからないが、アクシデントに巻き込まれている可能性があるようだ。

 

「まずは地上に降りるか」

 

とにかく移動するしかあるまい。

幸いこの街……は移動するが……そのものが封鎖されているわけではないらしく、街の中から出る方法をこうして入手することができた。もっと楽な方法があるのかもしれないが、どうやらいくつかの非常口があり、これを使って本当の地上に降りることはできるらしい。案内図に書かれた非常口に向かう。

現在地は中枢区画に近いらしく、ここから歩いて東へ30分、そこから降りるのにどのくらいかかるか。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 

 

 

 

 

10xx年2月2日 AM06:56 曇天 視界距離17km

 

チェルノボーグ北西部

 

BSW B.P.R.S(生体防護処置班員)ロドスアイランド派遣部隊、4WD車内

 

「……で、ロドスに帰れると思ったら早速任務なわけね」

 

「まだそれをいうのフランカ」

 

「文句の一つや二つも言いたくなるわよ」

 

「もうすでに13回目」

 

「相っ変わらず細かいわねぇ」

 

それに対して意に返すこともなくハンドルを握り、目的地へと車を走らせる運転手、リスカム

 

「だいたいリスカムは真面目すぎるのよ、私みたいに文句を言うのが普通よ」

 

「相棒が運転している最中に与えられた任務に文句を言うことを、私は普通とは思わないけど」

 

「だーかーらー、別に任務に文句はないわよっ!」

 

バシッと助手席から左肩をぶっ叩く運転手の相棒、フランカ。

 

「ハハハ……」

 

そんな頼れる先輩たちのBSWではなかなか見ることができないやりとりを、後部座席から楽しんでいたりするロドスへ交換留学生として派遣される新人、バニラ。

 

会社を出発してからというもの、助手席からずっと文句をブツブツと言ってくる相棒に、丁寧(?)に返答する。もうこのやりとりも何十回目だろうか。しかし仲が険悪なわけでもなく、ただ時間を潰すためお互いに言葉を交わしているのが見ているだけでよくわかる。加えて、ただフランカが文句を言いながら運転席へとちょっかいをかけているだけのようにも見えるが、彼女はきちんと車両の周囲を警戒している。

 

チェルノボーグの騒動の後、すぐ戻ると言ってなかなか戻ることができなかった2人。

『ロドスにようやく帰ることができる。』

そう思いながら車を走らせ、ついにロドスにつくと思った矢先、会社から『ロドスから依頼が来たからチェルノボーグで任務してこい』と今朝の出発直前に無線連絡があったのだ。リスカムはその場で了解と返事をし、そんな相棒を睨むフランカ、今日から新しい職場に先輩と一緒に移ると言うことでワクワクしているバニラ、という三者三様の姿が早朝からあった。

 

実際、リスカムもフランカの文句に理解はしている。任務そのものにも文句はないし、出発直前に任務内容に変更があることも常だ。それでも、すぐ戻ると言って1ヶ月近く経ち、ようやくあのロドスに戻れると思っているところに、出発する直前に会社から仕事を言い渡されたのだ。文句も言いたくなるのはわかる。

 

……だからといって1時間以上、運転している相手にひたすら言い続けるのはどうかと思うけど。

 

それが相棒であるリスカムの思いである。

だがしかし、文句を言いながらも周囲の警戒も怠っておらず、その姿を見て同じように周囲に気を配っている後部座席の後輩のことも踏まえると、あえて注意をする必要もないとは思う。……だからこそ、なかなか相棒に注意できない状態にある、とも言えるが。

 

「まあ、ロドスからの依頼だからやるけどさ……なんかねぇ」

 

「何か気になることでもあるのですか?」

 

ため息を吐きながらシートに背中を当てるフランカに、何か引っかかることがあるのかとバニラは遠慮がちに尋ねる。もちろん警戒は怠らず、後部座席から周囲を見渡す。

 

「そんな気をはらなくていいわよー、ここらへんはレユニオンの支配下でも元から無いわ。それにこんな地形だもの、襲ってくる奴がいれば車両よ、まあ襲ってくる奴がいればだけれど」

 

天災による地形変動と源石の発生により、移動都市を除けば基本的にこの世界には建物はおろか人工物はほとんどなく、植生が残っている地域もあるが、いま車を走らせている場所はチェルノボーグでの暴動の際に発生した天災の影響を受けていたエリアでもあるため、植物も見当たらない荒野と化している。

 

襲撃されるにしても遠距離からの狙撃か車両による追撃になる。地形により身を隠せる場所はあるものの、注意さえしていれば十分に奇襲されることなく対処できる地形でもある。わざわざ新人であるバニラが警戒する状況でも無いのだ。

 

もちろん、朝早いとはいえ、うたた寝せずきちんと全周警戒をしているあたり、BSWの評価通り真面目な性格であることが窺え、先輩として、また共に戦う戦友としても評価できる。

 

「そうかもしれませんが、念には念を。それに今は周囲を警戒する以外にできることもありませんから」

 

「ま、それもそっか」

 

「その通り、わざわざ愚痴を言わずに後輩を見習って静かにしているのが正しい」

 

「だーかーらー」

 

「ハイハイ」

 

「話を最後まで聞きなさいよね!」

 

再びバシッとリスカムの左肩をぶっ叩く。

 

「えーと、それで、フランカさんは何か気になることでも?」

 

「ん?あーそうね……まあ気になることというか、疑問というか」

 

「はっきり言いなよフランカ」

 

「んーそれはそうなんだけど……まだ仮説というか、はっきりしてないし」

 

「そんな仮説とかいちいち気にしないで敵を切るのがフランカでしょ。さっさと話して、バニラも気になってるみたいだし」

 

「っリスカムが言うならともかく、後輩が気になってるというならとりあえず言うしか無いわね」

 

そう言って助手席から身を乗り出し、後部座席に座る後輩に対して自慢げにフランカは人差し指をビシッと突き出して語り始めた。

 

「気になることは1つ、チェルノボーグから謎の信号が発信されたから調査しに行くってことよ」

 

「えーと……それはつまり、調査しに行くことが気になることですか?それともチェルノボーグから通信があったことでしょうか?」

 

「その両方ね」

 

「なるほど」

 

いや1つじゃなくて2つじゃん

 

そうリスカムはツッコミたくなったが、残念ながら後輩はそのまま納得してしまったため発言を控えた。同時に人事部に評価されていた、彼女の一般常識に関する留意点を思い出していた。

 

「しかし、そこまで引っかかることでしょうか?」

 

「別に調査しに行くこと自体は不思議じゃ無いわ。それに信号があったこと自体も、別に変でもなんでも無いわ。レユニオンの生き残りか、はたまたトランポーターが休憩ついでに天災の情報を入手しようとしたのかもしれないしね」

 

「けど、フランカさんは引っかかると?」

 

「何かしらね……なーんか引っかかるのよね、通信も別に無いわけでも無いし、それにわざわざ調査する必要あるのかしら、とも思うのよねぇ」

 

「しかし、ロドスは生存者がいる可能性があるなら積極的に救助をしていますよね?」

 

「そうね。それにアーミヤのことだもの、生きてて困っていたなら助けるわよ。それが感染者であろうがなかろうが手を差し伸べるしね、現に私も助けられている……訳なんだけどねー」

 

そう言って再びシートを押し倒すように背中を当てるフランカ。

ロドスやアーミヤの目的、その考え、これまでの実績や行動を踏まえてもBSWを介して自分たちに依頼があったのは理解ができる。何より感染者である自分も助けてもらっている……が、今回の依頼は彼女の中でなぜか引っかかる、というかすっきりしない。

 

「さっきもリスカムに言ったけど、別に私たちに依頼があったことやチェルノボーグに調査しに行くこと自体に文句はないわよ?タイミングが悪すぎって話で」

 

「はい、まあ急な任務は珍しくないですけど、今回のは急でしたね」

 

「共感してくれてありがと、バニラのそういうところ好きよ。やっぱりヴイーヴル出身者は話がよくわk——」

 

ビリッ

 

「イッッタァ !?」

 

「ど、どうしました!?」

 

運転席をじろっと睨むフランカ、そこには自分の左手にそっと右手を添えて……思いっきり電撃を放ってきた相棒がいた。どうやらヴイーヴル出身者、という単語から『そんな後輩に対して〜』と言われることを先読みし、先制してきたらしい。

 

「あーいや……ちょっと静電気がね」

 

かくして、リスカムの先制攻撃は効果を示し、フランカの口撃を未然に防いだ。

 

「……ま、タイミングについては文句も言いたくなるけど。それとは別に、私が気になるのは調査しに行くことね。だって別にこれまでもチェルノボーグで活動してたレユニオンのことを考えれば通信の1つや2つあっただろうし」

 

「しかし、先月のロドスと龍門による戦闘でレユニオンの活動は縮小したんですよね?」

 

「そうみたいね。会社の情報部門の話だと、レユニオンの目立った活動はここしばらくみられてないみたいよ」

 

「それなのにチェルノボーグから通信があった、と」

 

「それも“謎“のね。短くて内容もわからない、発信者もわからない謎の通信、ってことみたいだけど」

 

なーんでそんな通信を傍受できたのかしらね

 

そう心の中でフランカは呟く。

たまたま、というだけかもしれないが、そうするとたまたま何かの通信がチェルノボーグから発信されて、たまたまロドスがその通信を傍受して、たまたまロドスに向かうから自分たちに任務として受注されたことになる。

 

偶然が3つも重なれば必然になる

 

なんて言葉もあるけど、さてどうかしら

 

「11時方向、見えてきた、あと15分で着くよ」

 

「ん、本当ね、バニラ戦闘準備」

 

「ハイ」

 

「リスカム、予定通りチェルノボーグを一周してから西側の避難区画から潜入するわよ」

 

「わかってる」

 

BSWを発ってからおおよそ1時間、目的地であるチェルノボーグに到着する。

そこで待っているのはただの廃墟か、はたまた何者か、任務を遂行すればわかるだろうが……どちらにせよ移動都市を捜索するというのは骨が折れる。痕跡が上手いこと見つかればいいが、見つからなければ時間がかかる。

 

はあ……やっぱりめんどくさいわね

 

そう思いながらもフランカは、自身の得物である短剣をバックパックから取り出し、いつでも扱えるように調整する。後部座席に座るバニラも獲物をいつでも取り出せるよう、右側にペリカンケースを置いた。

 

敵性勢力がいるとは考えにくいが、何がいるかわからない以上備えるに越したことはない。どちらにせよ、この仕事が終わればようやくロドスに帰ることができるのだ。さっさと片付けてあそこに帰る、それをモチベーションにフランカは準備し、またリスカムも実は同じようにロドスに帰ることをモチベーションに、チェルノボーグに車を走らせていた。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

非常口は案内通り存在していた。そして施錠されていたわけでも封鎖されていたわけでもなく、通路の一つとして当たり前のように存在していたらしい。

 

非常口はいくつかあり、大まかに東西南北にそれぞれ非常口は確保されてるようだった。案内図を見る限り、一般市民が利用するのはだいぶ大きい非常口らしく、車両も出入りできるようだが、ここは扱いとしては予備の非常口、一番規模も小さいようで普通の建物にあるような人が通れるような防火扉があるだけだ。方角として都合がいいのと規模が小さく、かつ予備の非常口であれば人目につく可能性も低い。

 

ハンドガンを構えてゆっくりとドアを開けると、音を出すこともなく滑らかにドアは開いた。やはり、廃れてからそれほど時間が経っているわけではないらしい。ドアの先は薄暗かったが、すぐ前に梯子が下に続いていた。覗くと高左はおよそ10m程。耳を澄ませてみるも気配もない。

 

梯子を掴み、強度を見るが装備したままでも十分に使えるようだ。そのまま四肢を梯子に乗せ、滑るように下に降りる。後ろを振り返ると、再びドアがある。どうやら直接下に降りれるのではなく、一旦外に出なければいけないらしい。

 

ドアノブに手をかけ再びゆっくり手前に引く、今度はギギギと音を立てながらドアが開く。予備の非常口、それも少人数だけが利用できるような通路はほとんど利用されていなかったらしい。先ほどまでは屋内であったこともあり、あまり劣化も気にならなかったが、外部に晒されていることもあったのか、ここのドアはやや錆びつき、ドアを動かすにも引っかかる感覚がある。

 

だが外の様子が伺える。正面には長く続く通路、数キロはありそうだ。足場は先ほどまでのアスファルトなどと異なり金属製で、上部には配管が走り、街というより船のような印象を受ける。左は壁、右手はどうやらこの街の外部らしい。落下防止のためか1mほどの高さの手すりに鉄板が貼られている。正面を確認し、左の壁を背にハンドガンを構えながら一歩外に出る。

 

「…………」

 

そこには・・・ネバダ州のような砂漠地帯のようでありながら、地形は陥没し、何かが燻り黒煙が上がっている。

グランドキャニオンのように隆起した地形に、尖った黒色の鉱石のようなものが小さいものから人よりも明らかに大きい物まである。

 

ただ一言で言い表すことができない風景がそこには広がっていたが、砂漠に陥没し隆起している地形、正体不明の鉱石があるだけの風景は荒廃した地球のようであった。

 

アフガン周辺なのかと考えもしたが、やはり場所が絞り込めない。何よりでかいウニのように尖った黒色の鉱石は、光の反射によるものなのか白く光っているようにも見えるが、その見た目は綺麗でもあり、何か奇妙な気配も感じる。

 

とにかく謎の鉱石が目につく。あのような物体は見たことも聞いたこともない。ギアレックスのトゲも確かに大きかったが、あのサイズのものからそれよりもでかいものまである。

 

「ここは一体……?」

 

そう言わずにはいられなかった。

食料と水はある、武器も最低限のものがあるため身を守ることはおそらく可能ではある。だが、荒廃した地に何が出てくるかなど想像がつかない。現地人と接触し情報を得たいが、言語が通じる保証もない、そもそも人がいるか……ヒトという生命体がいるのかも怪しい。それならそれで、異常だと確定することができるが。

 

この風景から分かるのは、自分の知識にはないどこかに自分がいるということ。しかしキリル文字が使われていることからスラヴ圏にいる可能性は考えられる。もっとも、この荒廃した大地に見たこともない鉱石を見てしまうと、ユーラシア大陸にいるような感覚は全くないのだが——

 

 

瞬間、反射的にしゃがみ込み手すりの鉄板に張り付く

 

 

いま何かの音が聞こえた

 

・・・・・気のせいではない、車両だ

 

距離は……確実に近づいている

 

方角からしてこの通路の前方方向、北から接近している

 

鉄板の隙間から外の様子を伺う

 

音は確実に近づいている

 

・・・目視で砂煙を捉えた、車両らしき物も見える

 

どうやらこの建造物と並行するように走行しているようだ

 

あの距離であれば手すりから乗り出すことさえしなければバレることはないだろう。

バックパックから双眼鏡を取り出し、念のため反射しないことを確認するが、双眼鏡も破損や反射防止加工が劣化していることもなかった。

 

膝立ちになり、ゆっくりと上半身を起こし、手すりと鉄板の隙間から砂煙を観察する。

 

車種はジープのような四輪駆動車、搭乗員は……3人、性別はおそらく女、武装は不明……だが、いずれも頭部に角や獣のような耳が生えている、なんらかのセンサー類の装備だろうか。

 

車内からこのデカイ建造物を観察しているのか、目視で車両の右側をみている。北から車両ということは、北部方面には車両をこちらに向かわせてくるなんらかの地域があるのだろうか。もっとも、本当に北部から来たのかも不明だが。

 

ともかく、わざわざこちらをみている以上、自分がいることがバレるとなんらかのトラブルに巻き込まれかねない。再び身を屈み、鉄板の裏に隠れ、わずかな隙間から肉眼で様子を伺い、車両が通り過ぎるのを待つ。

 

砂煙を上げながら車両は徐々に近づき、肉眼でも搭乗員3人が見えるようになった。……顔立ちからはアジア系のような印象も受けるがヨーロッパ系のようにシャープな顔立ちでもある。髪色は茶髪・銀髪・金髪であり、人種を特定することは難しい。その他にも何か情報は得られないかと思った

 

 

が…………静かに隙間から顔を覗くことをやめ、完全に鉄板の裏に隠れる。

 

 

車両の速度が見るからに落ちている。どうやら隠れているところの真正面に車が止まるらしい。

バレたのか、だが向こうからはこちらの姿を見つけたとは思えない。だが実際に車両は明らかに速度を落とし停まろうとしている。偶然だとは考えにくい、一体なぜか……そう思いふと背後を確認すると、彼は失態に気付いた。

 

引いて開けたドアが開いたままだったのだ。

 

確かにドアは劣化していたが、どうやらその劣化具合は予想していた以上らしく、錆び付いた金具は見事に中途半端に開いたままの状態だった。このデカイ建造物を見ながら車を走らせていたのなら、他の非常口が閉まっているのにここだけ開いているならば異常にも気付くだろう。

 

問題は向こうがなんの目的で車でここにきたのかだ。ただ物資を頂くことが目的ならば、人がいるかもしれない箇所を避けるだろう。だが、異常を発見し調べる必要がある立場であるならば……それはこのバカでかい建造物の持ち主の関係者か、ここを攻めた組織の斥候か、あるいは全く別の集団か。

 

とにかく今は隠れてやり過ごすしかない。今更扉を閉めれば不審がられる。こちらとしては、情報が手に入るなら調査しにきてもそのままスルーしても構わない。

 

研究開発班が開発した指向性マイク付きの双眼鏡がここで役立つとは思いもしなかった。装甲のように分厚い鉄板でもないため、指向性マイクが機能しなくなることはないと判断し、鉄板越しに、車両が止まったであろう真正面へ双眼鏡を向ける。

 

《……し……よ……ッぱ……》

 

どうやら何か話しているらしい、音が大きくなる方向を探し、左に向けるとクリアに音を拾い始めた。

 

《……あり、あそこだけ開いていますね。たまたま開いているだけじゃないの?しかし、あそこは点検用の通路ですよ、それに他は開いてませんでしたが、あそこだけ開いているというのも変です。まあ、それはそうだけど、リスカムは?発信者が開けたかもしれないし、たまたま開いてるだけかもしれない。つまり?手がかりがありそうなら調べるべきそうなるわよね。・・・バニラ、本部に連絡して、BPRSロドス派遣部隊は作戦予定を変更して東部から侵入するってね。わかりました。で、どうする?一周する?私たちが探しているのが人なら時間をかけないほうが良いと思う。なら即侵入ね。車出すよ、つかまって》

 

車のエンジン音が大きくなり、車両はUターンし来た方向へと戻る。案内図と、先の会話とを考えると、東のでかい非常口から車ごと侵入するようだ。時間が経てばここにやってくるのだろう。どうやら人を探しているらしいが……それはもしかして自分なのだろうか。

 

だが、探しているというのが単なる行方不明者の捜索を意味するとも考えにくい。BPRSがなんの略称かは不明だが、派遣部隊と名乗っていた以上、ある程度の規模の組織から派遣されてきたらしい。

 

選択肢は2つ、この場を立ち去りこの見知らぬ土地を彷徨うか、先の3人から情報を収集するか

 

……彼の中で選択肢は決まっていた。

 

頭の中に入れた案内図が正しければ、このまま通路をまっすぐ行けばデカイ非常口へと繋がっていたはずだ。車両は砂煙を上げながら東部の非常口へと走っている。十分に車が離れたことを確認してから立ち上がり、通路を走り抜ける。

 

距離にしておよそ2km、走ればおよそ3分半、3人が移動する直前に到着することができるだろう。そこからどうするかは、臨機応変に立ち回ることにする。

 




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何かありましたら感想欄にて教えて下さい
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2

10xx年2月2日 AM07:32 曇天 視界距離19km

 

BSW B.P.R.S(生体防護処置班員)ロドスアイランド派遣部隊、チェルノボーグ東部に侵入

 

《HQ了解、現刻の通信をもって作戦開始を受領した、以降は定期的に報告せよ》

 

「バニラ、了解しました、通信終了」

 

《HQ、アウト》

 

「……フランカさん、BSWに連絡終わりました、以降は15分おきに無線連絡します」

 

「はいはーい、ご苦労さま〜」

 

「フランカ」

 

「ハイハイ、手堅くいくわよ……どうせここから疲れるわけだしね」

 

車両を適当な場所で降り、歩いてチェルノボーグ東部へと到着したBSWの3人は、全周を警戒しながらも、各々の武器を手にチェルノボーグ一帯の捜索を開始するため、本部へとバニラが報告した。

 

実際のところ、この捜索はバニラの新人教育の最終確認も兼ねており、これもまた出発直前に『あ、先立として彼女の評価してね、これも君たちの仕事だから』と上司に言われたのだ。

 

まあどうせそんなことだろうなぁ、と予想していた2人にとっては別にたいしたことでもないのだが。

 

しかし、リスカムもフランカも、お互いに何かを予感していた。

リスカムは、得体の知れぬ発信者と開いていたドアの違和感に。

フランカは引っかかる任務内容といまだに全容が掴めないロドスの責任者に。

とにかく、ただの人探しでは終わりそうにない、2人はそのように察していたし、新米ながらにバニラも身を引き締めていた。

 

「ここからさっきのところに行くには左から上がっていけばいいかしら」

 

「いや、そこに梯子があるはず、点検口からいったほうが近い」

 

「なるほど?じゃあバニラと私が先行ね」

 

「カバーする」

 

「じゃあバニラ、フォローよろしく」

 

「了解です」

 

端的に、かつ明確に。

役割を明らかにし、フランカが先行、次にバニラ、リスカムはハンドガンを手に全体をカバーしながら2人が登り切るのを待つ。

 

フランカは梯子を登り切るとそのまま通路を直進し、曲がり角を確認

 

そこには少し続いた幅広い通路と鉄製のドアがあるだけ

 

通路はどの先へもしばらく続いているが、近くにあるドアを開けて階段を登れば先ほど見つけた不審な点検用通路にたどり着くだろう。

 

バニラは梯子を登ると、獲物であるハルバードで梯子の口の大きさを確認し、リスカムに合図を送り周辺をカバーする。

 

その間にリスカムはハンドガンを一旦しまい、盾を背中に抱え素早く登る。幸いにも盾を背負いながらでも梯子は問題なく登り切れることは確認できた。

十数キロある盾を背中に抱えながら梯子を登るのは手間ではあるが問題にはならない、なんなく登り切り、再びハンドガンを構えて周辺をカバーする。

 

リスカムが来たことを確認し、フランカが通路の安全を確認しながらハンドサインで盾が先行するように指示

 

ハンドサインを受け取り、左に盾を構えながらフランカが確保している通路にカットイン

 

盾が先行し、バニラ・フランカと一直線に続く

 

数10m歩いたところでドアの前に辿りつく

 

『前方にドア、タイミング合わせ』

 

真後ろにいるバニラにハンドサインで指示、そのままドアの真正面で待機する

 

交代するようにゆっくりとバニラはドアノブに近づき、手をかけ、合図を待つ

 

 

数秒間、無音

 

 

バニラの左肩が2回タップされる

 

金髪がわずかに揺れながら一気にドアが開かれる

 

開いたドアに右半身を隠しながら左半身を盾で隠し、中の様子を伺う

 

明かりは点かず、薄暗いが中の様子は窺える

 

正面には上へと続く階段があり、少し見上げると暗い天井が見える、階段を上がれば先ほど見ていた点検路に辿り着くだろう

 

正面の安全を確認しリスカムがゆっくりとドアの右側へ侵入

 

続いてバニラもカバーするようにドアの左側に侵入、何もないことを確認する

 

「……クリア」

 

「こちらもクリアです」

 

そのまま2人は上へ続く階段を監視する、先ほど開いていたドアはこの先にある。この捜索任務が要請されてからおよそ90分経過、実際に信号が発信されてからはおそらく2時間は経つだろう。開いたままのドアは他と比べれば異常ではあるが、そこに目的の対象者がいるとは限らない。だが今のところ痕跡となりそうなものはそれしかない。

 

加えて、何がいるかも現状ではわからない、レユニオンの残党や野盗の類の可能性もある、こちらが襲われる危険性が自分たちの上方にある以上、上から音や気配がしないか気を配る。

 

『この上ですね、さっき見かけた点検口は』

 

『うん、何がいるかわからない、慎重に』

 

『了解です』

 

ハンドサインで短くやり取りし、再び盾が先行

 

階段の外側から一段づつ、ハンドガンを構えて登っていく

 

 

ゆっくりと円を描くようにクリアリングし、何かいないか探しながら一段づつ登っていく

 

 

背後から襲われることがないよう、少しづつ体の向きを変え

 

 

やがて後ろ向きに階段を上がり、踊り場に辿り着く

 

 

一度中腰になり、体の大部分が隠れるようにして様子を伺う

 

 

数瞬の、無音

 

 

やはり何も音は聞こえない

 

『……クリア、上がって』

 

ホルスターにハンドガンを仕舞いハンドサインで後続に指示

 

そのままの姿勢で安全を確保する

 

 

数秒間、無音

 

 

何も音がしない、どこからも

 

 

“階段の下から“も

 

 

右に視線を向けるとそこには誰もいない

 

すぐさま立ち上がり一瞬上方とホルスターの位置を確認

 

下へ意識を集中させる

 

「バニラ、フランカ」

 

数瞬の無音

 

自分以外の気配を感じない

 

わずかに心拍数が上がる感覚を覚えながら先ほどまでいたドア付近の様子を伺う

 

やはり何の気配も感じられない

 

無線を入れる

 

「フランカ、応答して」

 《フランカ、応答して》

 

わずかに遅れてドア付近から無線越しの自分の声が聞こえた

 

ハンドガンを抜き僅かな階段を駆け下りる

 

目の前には先ほどまで通ってきたやや幅広い通路

 

 

そして見慣れた相棒がそこに倒れている

 

 

「フランカ!」

 

 

すぐさま目の前に倒れている相棒に駆け寄る

 

念のためドア裏をクリアリング

 

何もない

 

「フランカ!しっかりして!!」

 

パッと見たところ外傷はなく息もしている、脈もある、どうやら気絶しているようだ

 

ああよかった

 

そして・・・リスカムの視界は暗転する

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

先ほど見かけた3名全員を無力化。

念のため増援を警戒するが、無線でやりとりしていたであろう金髪が無線に手をつける前に背後から拘束したため、問題はないだろう。いや問題はある。

 

「……側から見れば犯罪者でしかないなこれは」

 

今の状況を俯瞰的に見てみよう。

茶髪・金髪・銀髪の割と年端も行かぬ(ようにも見える)女性3名を背後から拘束あるいは気絶させ、そこそこ幅のある通路に気絶させたまま仲良く横に並ばせて、それぞれ手を繋ぐように手錠をかけ、端の茶髪と銀髪の手は通路の手すりに紐で縛りつけ、念のため足も縛っている髭面の男。

 

……カズが同じことをやってたら迷うことなく狙撃するな

 

それかうちのMP*1が全力でシバキに行くだろう。自分で客観的に捉えてそう評価し始めたところから考えるのをやめた。仕掛けたのは自分だが、こうでもしなければ確実に情報を得ることはできない。それに外聞を気にしているほどの余裕がこの世界にはないこともわかった。可能な限り穏便に済ませたいが、それは周りの状況と関わってくる人物の考えや感情次第だろう。

 

とにかく今は目の前の三人衆から情報を引き出すしかない、真ん中に座らせた金髪の肩を揺らし起こす。

 

「お嬢さん、悪いが目を覚ましてくれるか」

 

「っん・・・!?」

 

「まあ落ち着け、拘束しているだけだ、左右の先輩は生きているし俺も危害を加える気はない」

 

「…………」

 

「……と言われて信じるわけはないな」

 

目を覚ました金髪は、両手が隣に座らされている先輩たちの手と手錠で繋がれていることを確認すると周囲を見渡す。

 

「ここはさっきお前たちが入ろうとしたドア近くの通路だ、下にお前たちの車もある、あとお前たちの武器はそっちだ」

 

そうして指を右へ指す。

指された方向へ彼女が首を向けると、確かにそこにそれぞれの武器がドア前に置かれており、先ほど侵入したドアも開いたままだった。

 

「ついでに時間は、お前がドアに入ってから3分ほどしか経ってない、安心……するもんじゃないな」

 

そう言って目を覚ました金髪の目の前にドカッと座りあぐらをかく。目の前の少女の表情に変化はなく、ただこちらの出方を伺っているようだ。

 

「改めていうが、俺はお前たちに危害を加えるつもりは一切ない……いやまぁ、拘束はしているが、突然武器を持ってやってきたやつを手ぶらで信じるわけにもいかないからな、あざはつけてないから勘弁してくれ」

 

右手を軽く開き、謝罪の意を示す

 

しかしどうしたものか。

これが正規軍の兵士などであればいくらでも情報を引き出す方法はあるが、服装を確認したところドッグタグではなく、BSWと書かれている証らしきものがあることから何らかの民間企業の社員らしく、少なくとも軍人ではないようだ。加えて女性である、話せないほどウブではないが、ここまで若い女性から情報を引き出すのはあまり得意ではないし口説く気も無い。そもそも言葉が通じているかも——

 

「……あなたはここに住んでるわけではないですよね、なぜここに」

 

金髪から反応があった、言葉は通じるらしい

 

「ん、そうだ、住んではいない」

 

「ではなぜここに?」

 

「ここから出てとりあえず東に向かうためだ」

 

「東?」

 

「ああ、街があるだろう?」

 

「あなたはチェルノボーグの市民じゃないのですか?」

 

「こんな廃れた街に住めるわけないだろう?」

 

「……じゃあどのように東の街に行こうと」

 

「歩きながら、道中でヒッチハイクでもと考えていたが」

 

「…………」

 

そこで金髪の言葉が止まる。

その表情から読み取れるのは・・・困惑?理解が難しい、あるいは何を言っているのかはっきりしない、というような印象を受ける。

 

「あー、難しい顔をしているが、何か理解できないところがあったか?」

 

「…………いえ、何も」

 

「とりあえず・・・お前らに反撃されるほどこっちは気を許していない、言いたいことがあるなら直接言ってくれ」

 

金髪の女の方にだけ顔を向けながら、あえて声を低くし警告するように言葉を発する。

その声にビクッと目の前の女は反応したが、続けて左右の女が目を開き、こちらを凝視する……予想通りではあったが、茶髪と銀髪の2人はこちらを明らかに警戒している、特に銀髪の方からは殺意まで篭っているようだ。

 

「あら?バレちゃってたかしら」

 

「そりゃあな、取れる選択肢なんぞたかが知れてる。それにお前は随分と上手のようだが」

 

そう言って銀髪の方に顔を向ける

 

「お前はもう少し殺意を隠せ、俺は構わないが相手を間違えればお前の仲間と相棒が死ぬぞ」

 

「……」

 

そう言うと右にいる銀髪は静かに下を向いた。どうやらこちらのいった意味を理解はしたらしい……納得はしていないだろうが、それは自業自得だ。

 

「んで?ここから私たちをどうする——」

 

「何もしないと言っただろうが、話は聞いていただろ、俺はここから東に行きたいだけだ、そしたらお前らと鉢合わせた」

 

「スルーすればいいだけの話でしょ、何で私たちを襲うのよ」

 

「こっちも色々、じゃないな、単純に情報が欲しくてな、手荒な真似ですまなかった」

 

「情報?こっちは何も吐かないわよ」

 

「機密情報なんざいらない、むしろお前たちからすればどうでもいい事だとは思うんだが」

 

どうやら茶髪の女は話は通じそうだ。金髪の方からでも情報を引き出すのは良いが、柔軟な対応ができそうにない。銀髪は殺意を込めている相手には話にもならないだろう。

 

「まず、日付を教えてくれないか?」

 

「……は?日付?」

 

「そうだ」

 

「あなた知らないの」

 

「知らない」

 

「何でよ」

 

「いいだろう、別に」

 

襲ってきて縛り付けて女3人に聞くことが今日の日付だと言う。

不可解そうに金髪の方は男の方を見ているが、茶髪の女は別段気にすることないように答えた。

 

「まあそうね、2月2日よ」

 

「何年だ」

 

「何年って、10xx年よ」

 

「……10xx年?」

 

これはいよいよ、とんでもない状況に陥っているらしい。幻覚や夢で済めばいいが、生憎目の前に広げる光景や、女3人を拘束した感覚が嘘だとは思えない。加えて記憶の一部欠落、どうやら普通ではない、という言葉では説明しきれないようだ。

 

「そうよ……ねえ、悪いけどあなたおかしいわよ?」

 

「何だって?」

 

「素直に言って頭おかしいわよ」

 

そう整理していると茶髪の女が突然正論を言い出す。

……確かに頭がおかしい(記憶喪失)のは自覚しているが、いったいどこで感づかれたのだろうか。

 

「どこらへんがおかしいんだ」

 

「まず、チェルノボーグから歩いて移動するとか自殺行為にしか聞こえないんだけど。しかも東に行くって、どこに行くか決まってないじゃない」

 

「まあアテはないからな」

 

「そんなの良くて放浪してそのまま餓死するか、大方天災に巻き込まれて死ぬわよ」

 

「天災……落雷とか砂嵐とかか」

 

「そんなんで済めばいいけど、隕石でも降ってきたら完全に逃げ切れないでしょうに」

 

「隕石?また随分とでかい災害だな」

 

この大陸のど真ん中では、砂嵐や落雷などの自然災害なら、まあ確かに巻き込まれる可能性はあるだろう。だがまさか隕石が災害とは恐れいる。いくら何でもそうそう隕石など降ってこない。ましてや自分に直撃するのも、衝撃波に襲われるなどまず無い。巻き込まれたなら運が悪すぎた結果だろう。

 

「やっぱりおかしいわ」

 

「あー、まあいい、1974年じゃあなくて10xx年なんだな?」

 

「はあ?1974年?あなたまさか1000年近く未来からやってきたとか言い出すんじゃないでしょうね」

 

「・・・・・」

 

「あのねぇ、縛られようが何されようがこっちは構わないけど、未来人とか頭おかし過ぎるわよ」

 

「……頭な、生憎直近の記憶がない、あながち間違いではないかもしれん」

 

「それ本気?」

 

「ああ」

 

唐突に襲ってきた人間が記憶喪失だの未来人だの言い出す。

そりゃ頭がおかしいとも思うだろうし、適当に身分をはぐらかすための嘘だとも思うだろう。事実、話していた茶髪の女も金髪も怪訝な表情をしている、得体の知れない何かを相手している感覚なのだろう。

 

「まあ未来人、というのはどこか違う感覚がある……すまんがいくつか質問する」

 

「ハイハイ、ご自由にどうぞ、こっちも適当に返すわー」

 

「……アメリカ、ソビエト、イギリス、アフガニスタン、これらの国に聞き覚えは」

 

「国、ですか?えーと、細かいところまで覚えてないですけど、そのような移動都市がもしかしたらあるかも知れませんね」

 

「……お前の出身地はどこだ」

 

「わ、私は、ヴイーヴルです」

 

「Vouivre……フランスか?」

 

「い、いえ、ヴイーヴルはヴイーヴルなのですが」

 

「……聞いたこともない」

 

ヴイーヴルは記憶が正しければフランスで語られている竜の一種のはずだ。コウモリの翼に女体の上半身と蛇の下半身を持つ、ワイバーンのようなものだったはずだが……この金髪女性がワイバーンだとは思えない、下半身も人だ。

 

「ねぇ、こっちからも聞いていいかしら」

 

「ああ、もちろん」

 

金髪の女が名乗った地名について、男なりに考察していたところに、茶髪の女が発言する。

今はどんな情報でも状況を知るための手がかりとなる。構わないと話を促すように男は返事をした。

 

鉱石病(オリパシー)って、あなた知ってる?」

 

「オリパシー?何だそれは」

 

「……そ、まあいいわ、じゃあついでにこの縛ってるのもいい加減外してくれないかしら?」

 

「ああ、それもそうか」

 

「え、いいんですか!?」

 

「……何でそこまで驚くかわからんが、最初から俺はお前たちをどうしようとする気はない。武装していたから武装解除して話を聞きやすい状態にしただけだ」

 

それだけ金髪に言って、胸にさした鞘からナイフを取り出し、右端でずっと俯いていた銀髪の足と左手に縛られていたロープを切る。ついでに手錠の鍵も置いておく。

 

「それに必要な情報は得られたからな、どうやら俺は知らない世界に放り込まれたらしい」

 

「えーと、えーと・・・つまり、あなたは別の世界からきた、と……?」

 

「気づいたらここにいた、この街の中で水と食料を集めてとりあえず東に向かうつもりだったが、わからない光景が広がっていた。オリパシー、移動都市、どちらも知らない言葉だ」

 

続けて茶髪の女の足と右手のロープを切り、手錠の鍵を茶髪の女に渡す。

 

「とにかく、生き残るしかあるまい。幸いサバイバルは得意だ、迷惑をかけたな」

 

「あーそー、じゃああなたとはここでサヨウナラってことね?」

 

「そうなるな」

 

いくら何でも彼女らの世話になる、と言うのは都合が良すぎる。それに身元不明の男を相手するほど暇も余裕もなければ、ましてや襲ってきた相手であれば印象も悪い。そうそうに撤収するのが——と思っていたが、

 

「動くな」

 

背後がから銃を突きつける気配。目の前には茶髪と金髪の女、武器も手にしてない……どうやら先に解放した銀髪の女が武器を拾ったらしい。

 

「……おいおい、何の真似だ」

 

「あー言い忘れてたけれど、私たちここにいる不審者をとっ捕まえるのが仕事なのよねぇ」

 

「とっ捕まえる以前に殺されそうなんだが」

 

「それはあなたの身の振る舞い方に問題があったんじゃない?」

 

そう言っている間に金髪の女は横を通って茶髪の女の方に近づき、2人はこちらとの間合いを調整し、すぐに掴まれないように距離を取る。だが、こちらが動けば向こうはすぐに対処できる間合いでもある。

 

「別に同行しろと言われれば素直に従うんだが」

 

「気絶させて拘束した相手の言葉を信用できない」

 

「……お前は、お前の相棒みたくもう少し冷静になれないのか」

 

「黙れ」

 

「・・・話にならんな」

 

どうやら、後ろにいる銀髪の方は頭に血が上っているのか、殺気を隠そうともしなくなっている。

前方にいる2名は比較的冷静……というより、茶髪の女がやり手だ。相棒の状態を把握しながらもあえて放置しているようだ。何を企んでいるのかわからないが……ここはその企みに乗るしかないだろう。

 

ゆっくりと振り返り、銀髪を正面に捉える。やはり銃を手にこちらに銃口を向けている、盾は持っておらず、ハイグリップで引き金に指もかけている。

 

「悪いが殺されるのは勘弁なんだが」

 

「ならその場で跪け」

 

「命令されるのも勘弁なんだがなぁ」

 

「従わないなら撃つ」

 

「……」

 

距離にして5m、CQCを仕掛けるにしても間合いが広すぎる

 

・・・あと2mは欲しい

 

一歩近づく

 

「動くなっ」

 

「断る、お前のようなルーキーに指図される謂れはない」

 

「何がわかる」

 

一歩近づく・・・あと1.5m

 

「目立ったのはスリーマンセルでの連携不足、どうやら茶髪の相棒とは日頃連携が取れているようだが、中間に新人を入れたのが間違いだったな。常に前後の相手とコンタクトする必要があるが、信頼から最後尾の相棒と密な連携を取っていなかった。だから彼女が無力化されても先頭にいるお前は気づかなかった」

 

「……」

 

「加えて新人も消え、相棒が倒れているところを見た時、お前はすぐに駆け寄ったな?クリアリングをしたつもりだろうが、右側の通路は一切確認しなかった、おかげで簡単に背後を取ることができた」

 

2歩近づく

 

「大事な相棒に駆け寄る、素人とあまり違いはないな」

 

「・・・黙れ」

 

あと1m

 

引き金に込める力が強まる

 

「お前は可愛い新人は放棄して、務めを放棄した、盾として仲間を守るのがお前の務めじゃないのか」

 

「・・・止まらなければ撃つ」

 

一歩近づく、あと0.75m

 

「やれるものならやってみろ」

 

一歩近づく、あと0.5m

 

 

「お前に、俺は、殺せない」

 

 

引き金が引かれる

 

 

体を左に捻る

 

 

 

マズルフラッシュ

 

 

 

空マガジンを顔面に投げ、一歩踏み込む

 

狙い通り顔面に向かう

 

再びマズルフラッシュ

 

マガジンを狙ったものでこちらには当たらない

 

相手の銃を掴み左の拳を頸部に叩き込む

 

左手は触れたまま右足を掛け、女を押し出す

 

女は片手で受け身をとり、片手は銃を手放さず

 

見ると、倒れ込みながらもタップラックバン*2をしていた・・・が、ラックは出来ない

 

「ッ!?」

 

「欲しいのはこれだな」

 

右に握っていた銃のスライドを投げ返す

 

同時にスタンロッドを取り出し、近づき、レバーをひく

 

座り込みながらリロードしていた体勢で痙攣を起こす

 

暴れられると迷惑なため、やや過剰ではあるがバッテリーが切れるまでレバーを引き続ける。数秒でバッテリーの出力低下でスタンロッドが止まった。同時に、相手の痙攣も止まり、そのまま廊下に突っ伏した……全くもって手間をかけさせる相手だった。

 

「リスカムさん!」

 

「安心しろ、電撃で気絶させただけだ、命に関わることはない……まあ、火傷はあるかも知れんが」

 

「大丈夫よ、彼女電気には強いから、それに少し寝てもらったほうが都合もいいし」

 

「……とりあえず、そこの金髪の嬢さん」

 

「え、あ」

 

「無線でおたくの本部にでも連絡してやれ、ついでにこいつも運んでやるといい」

 

「そうね。バニラ、『対象者を発見、現在情報収集中、状況完了次第撤収する』って旨を本部に連絡して。リスカムはとりあえず梯子のところに移動させてあげて、盾は私が持っていくから」

 

「わ、わかりました!」

 

茶髪の女がそう指示を出すと金髪の女……バニラと呼ばれていたが、彼女は突っ伏している銀髪の女をヨッコラセと担ぎ上げ、床に置かれたハルバードを手にノシノシと梯子のある方へと歩いていった。

 

「随分と力があるな」

 

「まあ、伊達に彼女もBSWの訓練生じゃないから」

 

バニラと呼ばれた女が通路を左に曲がり、姿が見えなくなった。

 

「そうか……それで?」

 

「ん、何か?」

 

それを確認し、ドアを閉じ、もたれかかり、本題に移る

 

「そうだな・・・なぜ彼女が銃を突きつけたときに俺を包囲せず距離をとった、なぜ彼女をなだめなかった、なぜお前の相棒を危険に晒した」

 

この状況はいくつかおかしい点がある。そのどれもが今目の前にいる女が原因だ。

まず、銀髪の女が銃をこちらに突き付けた時点で、それこそ投降を促し、拘束することもできたはずだ。加えて、殺気だっている相棒を落ち着かせる選択肢もあった。少なくとも、今目の前に立っている女は、相棒である彼女が冷静でないことや、そのまま行動すれば相棒が殺される可能性があることも考慮できていただろう。

 

「十分な間合いを取るためよ、何かあれば動けるようにね」

 

「ならなぜ、あの新人に武器を拾わせず、わざわざお前のそばに着かせた。それに、ハルバードは無理だが、お前の短剣なら相棒に投げさせでもすれば回収できたはずだ。にもかかわらず、お前は丸腰で距離をとったのは随分とおかしいんじゃないか?」

 

加えて、バニラと呼ばれていた彼女を、銀髪の女の方に行かせなかったのも不自然だ。彼女が、不審者をとっ捕まえることが目的ならば、武器が置いてある銀髪の女の方に人を行かせればより成功率は高まる。それに銃を突きつけられた時、茶髪の女しか彼の目の前にはいなかった。

 

にも関わらず、金髪の女はわざわざ男の横を通り、茶髪の女と行動を共にした。距離的にも武器があるほうが近いにも関わらず。指示でもない限り、行動として不自然だ。

 

「信用していたからよ、彼女を」

 

「利用したの言い間違いじゃないのか」

 

「あら、私がそんなに恐ろしい女に見える?」

 

そう言いながら、こちらに歩み寄り、そしてドアの前に置いておいた短剣とレイピアを女は拾う。

 

「美人なことはわかるが、心の中身までは生憎見れないんでな、なんとも言えん」

 

「そう、まあ私もあなたの考えはわからないわね」

 

「……まあ、お前が言っていた通り、彼女に恨みは買っただろうな。殺されても俺は文句は言えん」

 

「あら、自覚はあるのね」

 

「だが、お前も殺される可能性に気づいていたはずだ」

 

「まあ、随分とあなたは優しいみたいね」

 

相手を殺していい理由は、どんな状況下でも起こりえない。

殺さなければならない状況に、環境に、時代に巻き込まれた時に、人は人を殺す。

 

それが彼が経験して形成された価値観であり、だからこそ彼は敵であろうがなんであろうが、人種性別関係なく仲間を募り、国家に帰属しない軍隊を創った。それが彼なりの人を殺した……殺すべきでなかった人を殺してしまったと言う彼なりの過去から産まれた思想だ。

 

「けど確かに、普通なら殺されているわね。捕まる以前に殺されてるか嬲られるか、まあろくな結果にはなってないわよねぇ」

 

だが、そんな思想は戦場では流れていない。敵であれば倒し、殺す。それが普通であろうし、ましてや女であればろくな扱いは受けないだろう。それは国や世界が異なろうとも同じらしい。

 

「なら、どうしてこんな安い芝居を打った、お前やお前の相棒のリスクが高すぎる、理解ができん」

 

「……私は私で理由があるのよ。リスカムを信用しているのに変わりはないけど、ね」

 

信じるか信じないかはあなた次第だけど、とも女は付け加える。

一見無害そうに見えるこの茶髪の女だが、人畜無害な真面目な存在ではない。しかし同時に有害でもない。

もし、害があるのであればあの銀髪の相棒などとっくの昔にいないだろうし、先の戦闘で仕留めに来ているだろう。信用は出来ないが、脅威にはなり得ない、油断もできない、彼は目の前に立つ女を総合的にそう評価した。

 

「なるほど、いい女には秘密がつきものだな」

 

「そう言うことよ〜」

 

先ほどまでのわずかに暗い雰囲気はどこかに消え、明るい女の様が男に映る。

相棒である銀髪の女は典型的な真面目な雰囲気があったが、こちらは軽く明るい。互いにないものを補い合っているコンビなのだろうと彼なりに悟る。

 

「……なら、とりあえず俺はお前たちについて行かないといけない訳だな?」

 

「そうしてくれると助かるわねぇ、まあどうしてもって言われたらもう私もどうしようもないんだけど」

 

「……一つだけ聞かせてくれ」

 

「あら、いい女には秘密がつきものなんじゃないの?」

 

ニコっと女が微笑む。

その顔からは優しそうなお姉さん、という印象が強く伝わってくるが、男はその手元がわずかにレイピアの鞘へ添えられたことを見逃さなかった。変わらず男は彼女に質問を続ける。

 

「どうしてお前は俺のことを信用した?相棒のことは……まあ信じていたとしてもだ、お前の立ち振る舞いは俺がお前たちを殺さない前提のものだ、俺は信用されることをした覚えがないんだが」

 

「なーんだそんなこと」

 

「ああ、全くわからん」

 

「いや〜実はねぇ——」

 

「惚れたなら得物に手を添えるのはいただけないな」

 

「……あなた、いちいち細かいところを指摘すると嫌われるわよ」

 

「気を配らないと死ぬからな」

 

「・・・あなたが鉱石病(オリパシー)に何も反応しなかったからよ」

 

再び女に消えたはずのわずかに暗い雰囲気が戻る。

オリパシー、これが彼女を重くしている存在らしい、それだけの代物なのだろう。

オリパシーという言葉について知る必要があると頭にメモしながら、男は続けて疑問を口にした。

 

「オリパシーな、聞いたこともない、反応のしようもなかっただけだが?」

 

「あなたからは嫌忌も恐怖すらも感じなかった、記憶喪失かどうかは知らないけど演技じゃない、それがわかったから。それに、それだけの腕があれば私たちなんてとっくに死んでるでしょうしね」

 

「俺はアサシンじゃないぞ」

 

「本当かしら?」

 

「ああ」

 

彼は暗殺者ではない、工作員であり諜報活動もできる兵士というだけだ。何より殺すことを生業ともしていなければ、手段とも考えていない。最後の手段として存在する、そう考えている傭兵だ。

 

「そう、ならいい感じね!」

 

「何がだ」

 

「実は、あなたにぴったりの職場があるのよ〜」

 

「いや、俺には帰る場所がある、それに組織にはあまり——」

 

「いやあなた今確実に無職でしょ、それに帰る場所わかるの?」

 

「・・・・・」

 

考えてみればこの場所……というより、この世界は知っている世界ですらなさそうである。

であれば当然コスタリカはもちろん、マザーベースに帰るための方角も手段も不明である。

ましてや記憶喪失の中年男性、職業自称傭兵・・・とてつもなく胡散臭い野郎の完成である。

 

「……厄介になるしかなさそうだな」

 

「話が早くて助かるわ〜、それで?」

 

「ん?」

 

「名前よ名前、こっちは報告書やら戦闘詳報作らないといけないんだけど、あなたの名前知らないのよね、当たり前だけど」

 

「名前か」

 

「まさか名前まで忘れちゃった?」

 

「いや、完全な記憶喪失ではないようだ、昔のことも、ここで目覚めてから起きたことも思い出せる」

 

「そ、じゃあハイ」

 

そういうと目の前の茶髪の女は右手を差し出す。

 

「私はBSWのフランカ、今はロドスで駐在オペレーターとしてあなたに握手を求めるわ」

 

それに応えて男も右手を差し出す。

 

「スネーク、傭兵だ、海にいたんだが気がついたらここに居た……あまりお嬢さんに世話になるのは気がひけるんだがな」

 

そう言って男は……スネークはやれやれとため息を吐きながら胸ポケットを探り

 

「困ってる人を助けるのは当然でしょ?」

 

「よく口が回ることだ」

 

——そして

 

 

 

 

「……葉巻がない」

 

 

 

 

極めて重大な事態に陥っていると初めて気づくのだった。

 

*1
MP:Mlitary Police 日本語でいうところの憲兵隊。

MSFの憲兵隊は総司令官が直接任命する

*2
タップラックバン:オートマチックの銃が動作不良を起こした際に行う、緊急対応のこと。

マガジンの底を叩き(タップ)、スライドを引いて(ラック)、トリガーを引いて撃つ(バン)




※少しだけ補足。
リスカムさんはスネークさんにハンドガンを掴まれたため、装填不良が起きたかもしれないと判断し、
倒れながらも器用にタップラックバンを実行しました。
もっとも、スライドそのものがなくなっていたので、装填不良以前の問題が起きていた、ということを表現しております

何かご意見やご感想がありましたら感想欄にて教えて頂けると作者の励みにも参考にもなります。
何かありましたら感想欄にて教えて下さい
m(_ _)m。


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3-1

10xx年2月2日 AM08:06 曇天 視界距離19km

 

チェルノボーグ東口、BSW B.P.R.S(生体防護処置班員)ロドスアイランド派遣部隊、4WD車内

 

「全員乗ったわね」

 

「出します」

 

荒野と鉱石が広がる大地へと4WDが走り始める。

運転はバニラが担当し、助手席には未だ気絶しているリスカム、後部座席には運転席の後ろにフランカ、その右側にスネークが座ることとなった。本来ならば、スネークはBSWからすれば拘束対象のため、後部座席の真ん中に座らせ、左右に人を置く必要があるが、

『逃げも抵抗もしない相手に拘束処置しても意味ないでしょ、むしろ私たちが彼を逃す羽目になるので普通に後部座席に乗せるわ』とフランカが本部に連絡し、部隊として責任を取る形で了承された。

 

スネークとしては、拘束されても文句は言えないだろうと考えていたが、拘束しないと言われたからには素直に従い後部座席に座った。ついでにハンドガンとスタンロッド、ナイフをフランカに渡した。曰く『このまま連れて行かれて、この男に脅されて運転してきました、と言われるのは勘弁だ』とのこと。流石にフランカもそこまで考えていないと反論しながらも、一応武器は預かった。

 

「しばらくは車で移動することになるわ。明日の朝には着くはず」

 

「そうか、まあ長距離移動には慣れてる」

 

「そ、まあ移動している間にリスカムも目を覚ますでしょ、それまで色々聞かせてもらうわよ」

 

「ああ、構わん」

 

そう言ってフランカはメモ帳とペンを取り出し、荒れた土地を走る車内の中で器用にも色々書き始める。

 

「バニラー、本部には0745に連絡したのよね〜?」

 

「ハイ、そこから結構やりとりしてましたね」

 

「まあ詳しいことはこれからだからって向こうには伝えてさっさと切ったんだけどね」

 

そう言いながらもフランカは、メモ帳に今までの流れを大まかな時刻と共に時系列で書き連ねていく。

 

「まず、さっきも確認したけど、あそこにはあなたしか居なかったのよね?」

 

「1人だったな、俺が移動した範囲では他の気配もなかった」

 

「移動した範囲、わかる?」

 

「ああ」

 

そう言ってスネークはバックパックから、街中で拝借したチェルノボーグの案内図と赤ペンを取り出し、後部座席で広げた。

 

「俺が目を覚ましたのはこの中央部の中枢区画にある事務所のような三階建ての建物だ、そこから周辺を探索して水と食料、あとはコレを集めた。そこから目立たない東の非常口に向かった」

 

「非常口?」

 

「お前たちが見つけた開いていたドアがあった通路があったろう、そこだ」

 

「あれって移動都市の点検区画じゃないの」

 

「知らん」

 

「それもそうね、まあいいわ、あなたが移動した範囲がわかった」

 

自分が移動した大まかなルートをペンでなぞり示したスネークは、案内図を畳み、フランカに差し出す。

 

「どうせ使うだろう、お前が持っておけ、どちらにせよ俺には必要無くなったからな」

 

「あら、ご親切にどうも〜」

 

「んで、他にも聞くことがあるんだろう」

 

「まあね、あなたからは色々聞き出さないと面倒なことになりそうだもの」

 

「そうか」

 

「とりあえず、記憶喪失うんぬんは良いわ、専門家でもないしここには医療班もいないから。とにかくあなたは何者なのか、それを教えて」

 

「いきなり自己紹介か?」

 

「ふっ、そうね、さあアピールタイムよー?」

 

「はあ……」

 

少し会話してわかったが、この茶髪のフランカという女は、素でも役割としても相手をいじり、軽い雰囲気を醸し出している。それが彼女の人となりでもあり、同時に効果的な処世術なのだろう。早い話、彼女と付き合うのは少々疲れる、相棒であるリスカムは苦労しているのだろう。

アピールも何もないだろうと心の中で呟きながら、スネークは彼女に自己紹介を始めた。

 

「名前はスネーク、出身はアメリカ、今はカリブ海で傭兵部隊を率いている、これでいいか?」

 

「えーと、アメリカとかカリブ海とか聞いたことないんだけど、バニラは聞いたことある?」

 

「いや、無いですね……海も知識として知ってるだけです」

 

「海沿いの都市なんて、シエスタ以外に繁栄してるところあったかしら」

 

「まあ、俺の頭がイカれてる可能性もあるからな、なんとも言えん」

 

「それにしたって、あなたの技術は本物でしょうけどね」

 

そう言いながらメモをとるフランカ。その顔は、やや膨れっツラのようにも見える。

 

「なんだ、何か言いたいことでもありそうな顔だな」

 

「そりゃあそうよ、私なりに警戒してたのに背後取られて襲われたのよ?ショックを受けるに決まってるでしょ」

 

「言い方に含みはあるが事実だな、後ろがガラ空きだったから気絶させたからな」

 

「あのー、それについて1つお尋ねしても、いいでしょうか?」

 

「そんな敬語使われる立場でも無いがな」

 

そう言いながらも、運転している金髪の女……バニラの方がフランカよりも会話しやすいため、スネーク的には大歓迎である。話を促すように顔を向けると、運転しながらもバニラが質問してきた。

 

「えーと、スネーク、さん?は一体どこにいたんですか?」

 

「スネークで構わん、どこにいたって言うのはあれか、あの通路でか」

 

「ハイ、私たちが梯子を登った時は当然いませんでしたし、フランカさんが不意を突かれたのも驚きですが、そもそもあの通路に隠れる場所なんてありませんでしたよね?上はパイプや配管で隠れられませんし——」

 

「いや、あったわ」

 

「えっ?」

 

「あなた、通路の手すりにぶら下がってたんでしょう?」

 

スネークは、彼女ら3人が車を降りた後に梯子を登ってすぐの通路に到着していた。

距離的にも指向性マイクを使わなくても、何か話していることはわかる程度の距離にあり、少しすると梯子を登ってくる音が聞こえたため、通路に引き返し、エルードして通り過ぎるのを待っていた。

 

「正しくは通路にぶら下がっていた、だがな。手すりだとバレる」

 

「け、けどそこからまた通路に上がるには体を動かしますよね?」

 

「そりゃあな」

 

「フランカさんが音に気づかないはずがないと思うのですが……」

 

「音を立てるわけないだろ」

 

「えっ」

 

気づかれることなく移動し、何もいないように任務を遂行することが、単独潜入の基本である以上、歩行以外にも匍匐、ローリング、エルード、ダンボール、といった様々な移動技術の獲得は基本である。スネークや彼に教わった隊員からすれば当たり前のことではあるが、一般的にぶら下がった状態から、金属製の手すりや通路に物音一つ立てずに身体を引き起こすことは不可能に思える。

 

「まあ、正直私も信じられないけど、事実なんでしょ?」

 

「訓練すれば誰でもできることだがな」

 

さも当たり前のようにスネークは答える。

だが、新人であるバニラからすれば、体格は良いが、それなりに歳を喰っていそうなこの男性がそんな高度な身体操作ができるとはあまり信じられなかった。

 

「それと、お前や……まあ今は気絶している彼女だがな」

 

「え、あっはい」

 

「一切足元を見ていなかったな」

 

「足元、ですか?」

 

「ああ、あのドアを開けた時、階段や上の通路しか見ていなかっただろう」

 

「そう……かもしれないです?」

 

「私はわからないわよー、気絶してたもの」

 

疑問形になりながら答えるバニラに、知らないわと答えるフランカ。実際、ドアを開けた直後に彼女はスネークに気絶させられ、担がれていた。知りようがない。

 

「あの時足元には俺の足跡が残っていた」

 

「そうだったんですか!?」

 

「ああ、階段部分はそれほどではなかったが、ドアの前の床はホコリが酷くてな。長いこと使われてなかったんだろう、ある程度は消したが足跡や痕跡を消した痕が残った。足元を見れば気づいたはずだ」

 

「そう、だったんですか」

 

「そのあとは、盾を持っている彼女が上をクリアリングしている間にお前さんを引きずってドア右の狭い通路で気絶させた。その間にドア前に置いておいたこっちに気づいた彼女を気絶させた……あとはお前たちが知ってる通りだな」

 

スネークとしては、バレた瞬間にCQCをかけて制圧するつもりだったが、バレずに階段へと進んでいったため、1人ずつ処理することに決めた、と言うだけだった。

 

「まあ、驚かせて悪かったな」

 

「い、いえ、まあこちらも武器を持っていましたし……」

 

……少し優しすぎやしないか?

そう思いながらも、他人でましてや他の組織の人である彼女にかける言葉でもないため、心に留めておくだけにした。

 

「まあ聞きたいことは他にもまだまだたくさんあるんだけど〜」

 

「……なんだ」

 

「とりあえず、彼女と仲直りすることが先かしらね」

 

そうフランカがいうと、助手席の銀髪がわずかに動く。どうやら目を覚ましたらしい。

 

「おはよーリスカム〜、電気で気絶した気分はどうかしら〜」

 

「……気分は良くない」

 

「だろうな、過剰に電気を流したからな、すまん」

 

「……フランカ、なんで拘束してないの」

 

自分の真後ろで、両手を上げながら謝罪する男の姿を見て不機嫌になりながらリスカムはフランカに尋ねる。

 

「そりゃだって、拘束する必要ないでしょう、ていうか拘束したらこっちがやられちゃうもの。それに彼は目標ではあったけど敵じゃないわよ、敵対的な対応すればそりゃ敵だけどね」

 

「あー、俺としてはお前さんの怒りを煽ったからな、許すも許さないもお前に任せるしかない、すまなかったとは思うがな」

 

「…………」

 

そう伝えたものの、

「素人とあまり違いはない」だの

「務めを放棄した、盾として仲間を守るのがお前の務めじゃないのか」だの

「お前に、俺は、殺せない」だのと言われてすまなかった許せと言われて許せるわけはないだろう。

それにスネーク自身、言ったことが本心じゃない、わけでもない。本気でそう思ったからこその言葉でもあり、訂正するつもりは一切ない。再び銃を突きつけられるのも勘弁だが。

 

「と、いうか、今回はお互い様でしょうに〜」

 

お前が言うか、とスネークは思うが、それを言えばそれこそ自分の命が危ういのでスルーする。

 

「けどフランカが——」

 

「私もバニラも生きてる、もちろんあなたもね。それに、あなたは銃口突きつけて2発撃ったけど、彼ナイフすら抜いてないからね?」

 

「まあスタンロッドは使ったけどな」

 

「けどそれはリスカムが銃の引き金に指をかけてたからでしょう?」

 

「まあな」

 

「それ以前は素手よ?丸腰ではなかったけど、殺されるとしたら私たちの方だったんだから」

 

客観的な事実として、BSWの交戦規定に基けばスネークがフランカを背後から襲った段階で敵対行為として射撃は妥当だと認められるだろう。しかし同時に、拘束を解放され、敵対的な行為の意図はなかったと説明されていたにもかかわらず銃口と引き金に指をかけたのは、規定から逸脱している可能性はある。スネーク(はフランカの作為的な誘導、だと考えてはいる)がリスカムを挑発したことも事実であるため、ある程度の妥当性は認められる可能性はあるが、発砲に関しては問題になる可能性が高い。

 

何せ武器を(装備していたとはいえ)構えていない素手の目標に対して明確な殺意を持って発砲したのだ。交戦規定から判断しても、敵対的な意図がないことを説明した後の行動である以上、あまり褒められたものではないだろう。

 

何より、スネークだったからこそ怪我人はゼロだが、そうでなければ確実に死者が出ていただろう。実力がスネークと同じ相手でなくとも、女3人ロクな扱いを受けずにやられた可能性もある。

 

もっとも彼女らの実力ならば、全員気絶・拘束されるという危機に陥る前に対処できていたとも言える。単独で彼女らを完全に後手に回した彼の実力と、経験の差がもたらした結果が最終的にリスカムが発砲するに至った、ともいえなくはない。

 

「それは……そうだけど」

 

「私のためを思ったのはわかるけど、完全に私たちの負けよ」

 

そう言って淡々とフランカはメモを続ける。

彼女としても不意を打たれたことは驚きだったし、何より3人まとめて拘束されるとは思いもしなかった。自分の不甲斐なさを彼女なりに感じてもいる、だがそれをここで曝け出すわけにもいかない。何よりリスカムが自分のために発砲したことも理解している。

 

スネークをこうして車に乗せて移動できているのは彼が協力的であること以外の何ものでもない。自分たちの実力ではなく、彼の度量に自分たちが乗っかっているだけであると、任務は失敗していたことを誰よりも理解している。

 

「……あの、もう一つ質問してもいいですか?」

 

重苦しい雰囲気が流れる中、バニラが続けて質問したいと言い出す。

彼女も新人ではあるが、度量がある。でなければ先輩2人が拘束されていてもあそこまで冷静に拘束した本人に質問することもできなかっただろう。

 

「ああ、構わないが、何が聞きたいんだ」

 

「スネークさんは、私のことを新人、お二人のことをルーキーだとおっしゃいましたよね」

 

「言ったな」

 

「何を持ってそのように判断されたのです?」

 

この時、フランカは思った

 

 

今ここでそれを聞く!?と。

 

 

同時にバニラの経歴に『常識の欠如』と書かれていたことを思い出す。

優しい性格で勉強熱心な後輩だとは思っていたが、怖いもの知らずにも程がある。フランカ自身も、リスカムがルーキーだとは思わないが、そう言いのけた理由は知りたい。が、それを言われた本人の前で聞くほど鬼でもない。だが今は、先ほどの戦闘では感じなかったほどの汗を感じる。

 

「なんだそんなことか」

 

「はい、お二人は私から見れば素晴らしい先輩だと思いますが、あなたはルーキーとおっしゃっていました。ドア前の突入のことをあなたは指摘していましたが、それだけでルーキーと言うのは——」

 

「無理がある、と言いたいわけだな」

 

「はい」

 

……ああ、バニラも怒っているのか

 

私たちがルーキーと言われたことに、バニラはバニラなりに思う節があったのだろう。言葉の節々に憤りをフランカは感じた。リスカムもそれを感じとったのか、静かにしている。

 

「……そうだな、ルーキー、という言葉はあまり正しくないな」

 

スネークもその意思を受け取った。

そして、彼は相応の行いには相応に応える人間だ。真正面から尋ねてきた以上、こちらも正直に伝えるのが筋だろうと、自分がルーキーと判断した思考過程を語った。

 

「スリーマンセルの連携は甘かったが、一人一人の実力は全員本物だろう。お前は体の動きがやや典型的だったが、他の2人はスムーズに自分なりの動きをしていたからな。それに突入時の連携、クリアリングも良くできていた」

 

「なら——」

 

「だが詰めが甘い。彼女は奇襲されるはずはないとそのまま通路を直進した。背後からの狙撃を警戒していれば奇襲されることはなかっただろう、通路にトラップが仕掛けられていないか確認すれば俺は見つかっていただろうしな」

 

「それは……」

 

「まあ、任務内容については機密事項だろう、俺も知る気はない。だが、人探しだからと襲われる可能性をあまりにも低く見積もりすぎだ。あの都市がお前たちの勝手知ったる場所ならわかるが、そうじゃないだろう。なら詰めが甘い」

 

ここなら背後から襲われる心配はない、襲ってくる奴もいない、という時に襲われれば対処は遅れる。

どれだけ訓練を積んだ兵士でも、風呂上がりのさっぱりした時に襲われればなす術はない。もちろん、常に気を張っていればやがて疲弊し摩耗し、使い物にならなくなる。だからこそ完全に気を抜くことができるように、戦場から離れた休暇と食事等は戦時下でも確保されなければならないわけだが。

 

それはそれとして、少なくとも彼女ら3人の動きは何かいるであろう方向にだけ向かれたものであり、奇襲や予想外の場所からの攻撃を考慮していない動きだった。

 

「だが、よく訓練もされ、実戦経験もそれなりに積んでいるのもわかる。俺に接近され倒された後、すぐに手動で薬室に再装填をしようとしていたな、銃の確実性を選んだいい判断だ」

 

「……けど意味がなかった」

 

リスカムが一言口を挟む

 

「スライドが奪われるなんて思わないだろうからな、こっちもそれが前提で奪ったからな。そこまで想定して動かれたらたまらん。実際、お前たちはこの職について何年だ、5年か?」

 

「私はまだ1年ですが……」

 

「私とリスカムは3年ね」

 

「3年か」

 

3年で兵士としてこのレベル。

彼女らの見た目の若さから、この世界では長いこと戦争か紛争が起きているのだろうと接触する前から想像してはいたが、豊富な実戦経験をこれほどの若手に積ませなければならないほど過酷な環境下にどうやらあるらしい。でなければ、倒されながらスライドを操作するという教練では習うことのない動きを身についけることは3年では到底不可能だろう。

 

1年目というバニラも、体の動きそのものは典型的だったが、新人として十分な動きだ。それほどまでに彼女らが所属するBSWという組織の教育体制が優秀か、多数の戦場が発生しているかだろう。もし優秀な教育の賜物ならば、是非参考にしたい。そうスネークは考えた。

 

「あら、意外かしら?」

 

「ああ、5年ほどのキャリアがあるものだと思ったからな。まあそっちの新人は予想通りではあったが」

 

「ふーん?じゃああなたのキャリアは?」

 

「俺か、俺は……いくつになるだろうな」

 

「ちょっとごまかさないでよね」

 

「待て待て、今数えている・・・数え方はあれか、この世界に身を置いてからか?それとも実戦を経験してからか?」

 

「好きな方でいいわよ、そんな細かく定義するもんでもないし」

 

「そうか」

 

ふと彼は思い出す、この手の世界に入り始めたのはいつだろうか。

軍に籍を置いた時だろうか、彼女と出会い修行し始めた頃だろうか……思い出しはしたが、はっきりとしない。自分のキャリアについて気にしたこともなかったから尚更だろう。

 

「……気にしたことないが、おそらく20年だな、そのくらいだ」

 

「20年近く傭兵をしていたの?」

 

「最初は軍にいた。その後は、まあ誘われて部隊に入ったが、やめて傭兵になっただけだな」

 

「なっただけねぇ」

 

「ああ、単なる傭兵だ」

 

単なる傭兵が素手で3人相手にして一方的に、無傷で処理するわけないでしょう。

そう心の中で愚痴りながらもメモを続けるフランカ。

スネークもスネークで、全てを話す気にもならない上、今は住所不定無職の傭兵である以上、ただの傭兵であることは変わりないため、単なる傭兵と言うにとどまった。

 

「まあ、これだけわかればとりあえずなんとかなりそうだけど、うーん」

 

「なんだ、自己アピールが足らないとでもいうのか」

 

「そう!それよ!」

 

「どれだ」

 

「自己アピールよ自己アピール!アピールタイムって言ったのに全然してないじゃない」

 

「いや、お前が自己紹介だと言ったからだな——」

 

「あなたの得意なことは何かしら?ええ」

 

こいつ話聞かないな

 

心の中でそう思いながら、チラッとバックミラーを見ると、運転席からは視線を外され、助手席からは同情の眼差しと目を閉じることで『諦めろ』というメッセージが伝わってきた気がした。やはりこの女はこんな感じらしい。

ため息を吐きながら、相棒であるリスカムに同情しながら、仕方ないと言わんばかりに言葉を出す。

 

「単独潜入、破壊工作、捕虜捕獲作戦、あとは部隊の教導と編成、あたりか」

 

「……戦術や戦略の立案は?」

 

「できなきゃ話にならんだろ」

 

「偵察は?」

 

「何も調べないで敵地のど真ん中に行くわけにいかないからな、基本中の基本だろう」

 

「さっきは素手だったけど、ナイフやハンドガンもあるわよね、遠距離の敵はどうするの?」

 

「変なことを聞くやつだな、武器がなければ隠れて近づくしかないだろう、ライフルでもあればまた話は変わってくるが、今は持ってないからな」

 

「あなた、ライフル使えるの?」

 

「そりゃハンドガン使えるなら基本操作は同じだからな、当然だろう」

 

「あーそー」

 

そう言いながら淡々とメモを取っていくフランカ。

どうやら銃に関してはあまり興味がないらしい。一瞬彼女はリスカムの方をチラッと見るが、その後もひたすらメモを取るだけだった。

 

「まあこれだけあれば十分でしょ」

 

「何が十分なのかよくわからんがな……よくわからんのは俺もなんだがな」

 

「いいわよー、時間はたくさんあるもの。ただ無言で過ごすのは退屈なだけだもの、いっくらでも付き合ってあげるわよ」

 

「そうか?なら色々と聞かせてくれ」

 

この時、フランカは知る由もなかった

 

このスネークという男が、興味があると淡々と追求する人間であることを

 

あの研究開発班のメンバーとダンボール談義に花を咲かせ、レトルトカレーを改良させ、銃の改造やメンテナンスについて延々と語り合い、隊員たちと他愛もない話もしながら毎日を過ごしていた男である。

興味と時間が許すならばいくらでも追求するのがスネークなのだ。

 

つまり、何もわからない世界に放り込まれた、と認識したスネーク にとって

 

話をするということは、話が終わらない、ということなのだ




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3−2

感想や評価、そして誤字報告をいただきありがとうございます。
本日で連日の投稿は一旦止まります。(絶賛実習中で、執筆活動そのものが止まっているため)
9月から執筆を再開するので、9月の第二週に投稿再開予定です。

気長に首を長〜くして待っていただけたら幸いです
では本編をどうぞ






2月3日 00:30 晴天

 

チェルノボーグから約300km

 

荒野が広がっていた大地は少しずつ砂漠地帯のような姿に変わり、植物は一切見られなくなった。それでも相変わらず鉱石は、移動都市周辺ほどではないものの、相変わらず見かけた。

未舗装の道をいく4WDは、力強く砂煙を上げながら目的地へと近づいていったが、やがて日もくれると星明かりだけが行手を照らす光となる。もちろん、車にはヘッドライトもついているが、鉱石や何らかの障害物は、起伏のある地形と強い光の影へと隠れてしまうため、日が暮れた時点で車を止めることとなった。

 

と、同時にスネークからフランカが解放される合図ともなった。

車が止まった瞬間、『ん、とりあえず野営の準備が必要か』とスネークが言った瞬間、フランカの魂、もとい身柄は解放された。何せ12時間近く、車内で移動している間ひたすら話をさせられていた(スネークとしては話していた)のだ。もちろん、食事や水分補給、車両の小休止など、休むタイミングはきちんとあった。が、それ以上にスネークからの問いかけがとにかく尽きないのだ。

 

最初は余裕綽綽のフランカだったが、正午を超え始めたあたりから疲労が見え隠れし始め、夕方頃には疲れを隠すことをやめて『そーです、そうなんですよ〜』『はいそうですその通りです』ともはや相槌を打つことすら止め始めた。それでもなお、質問を続けて会話が成立していたのも事実なのだが。

 

そんなこんなで、フランカは自分のテントを張ったら『もう私、今日は寝るわね……』と言い残し、さっさと自分のテントに入って寝てしまった。こうなると残りのBSWの2人でねずの番をする必要が出てきた……が

 

スネーク

「使えるものはなんでも使えばいいだろう、見張りは俺も慣れてる」

リスカム

「いや、あなたにそこまでしてもらう必要はない、これは私たちの仕事」

バニラ

「そ、そうです。色々ありましたけど、スネークさんがわざわざ疲れる必要はありません」

 

スネーク

「とは言ってもな、それこそ俺の感情も考慮してくれると助かるんだが。流石に女性に投げっぱなしで何もせずに寝るのは気が引ける」

リスカム

「大丈夫、それはフランカが先に寝たせいだから」

バニラ

「リスカムさん!?」

 

スネーク

「……俺が話しすぎたか」

バニラ

「じゃ、じゃあこうしましょう!」

 

という会話がありまして。

という会話があり、バニラの提案から2交代制で、21:00〜06:00までの9時間をペアを変えて見張りをすることとなった。

 

最初の3時間をリスカムとバニラ、残りの6時間はリスカムとスネークが受け持つことになった。

バニラが3時間ずつの交代と、リスカムが不寝番になることを指摘したが、『途中で交代すると見張りとしての質も、休息も疎かになる』というスネーク、『また明日運転してもらうことを考えれば、バニラは休むべき』というリスカムの言葉から、バニラは渋々了承し、スネークと交代してテントの中に入った。

 

そんなわけで

 

「……」

 

「……」

 

現在、キャンプファイヤーを囲みながら、リスカムとスネークが静かに見張りをこなしている。

リスカムとしては、もともとそんなに話すタイプではないこと、また先の交戦で口でも戦闘技術でも負かされた相手でもある男に、会話するのは気が引ける。そのためお互い無言になって、時折燃料を焚べるだけだった。

 

とはいえ、夜間に長時間の見張りをこなすには、何かしら眠気を紛らわせるものが必須になる。

もちろん、キャンプファイヤーの火を絶やさないことも、紛らわせる方法の一つではあるが、それだけではやがて眠気に襲われる。星を眺めるのも方法ではあるが、リスカムには星座に関してそれほど知識はない。

こんな時、相棒であれば勝手に話しかけてくれるためなんとでもなるが、その相棒は爆睡中。

 

ふと男の方を見ると、バックパックを地面に置き、何やら作業している。今はナイフとハンドガンを取り出している。その他にも双眼鏡やスモーク、フラッシュバンなど色々だ。

 

「……何をしている」

 

ただの好奇心だ。

そう自分に言い聞かせながら、リスカムは男が何をしているのかそれとなく尋ねた。

 

「ん、まあ時間があるからな、今持っている自分の装備の再確認だ。何があるかまだわからんからな」

 

「自分で持ってきたんじゃないの?」

 

「いや、気づいたら見覚えのない建物にいたからな。加えてお前たちの……なんだ、種族か、もそもそも知らん、どうやら俺は全く知らない世界に来たらしい。記憶喪失ではあるがな」

 

そう言いながら、ハンドガンを握り、誰もいない方向に構えながらナイフも握り始める。今まで見たことがない構え方だ。

 

「どうやら装備は俺のものらしいけどな」

 

「どうしてわかるの、シリアルナンバーを確認したわけでもないでしょう」

 

「ナイフと握りやすいからだ」

 

「ナイフと?」

 

「接近戦においてはハンドガンよりナイフによる白兵戦の方が効果的な場面もある、発砲はあくまで手段の1つに過ぎないからな。同時に構えることで、シューティングとナイフファイトを瞬時に切り替えることができる。そのためにグリップを削っているからな、こいつは手に馴染む」

 

そう言うと、スネークはハンドガンとナイフをそれぞれホルスターと鞘にしまい、地面におく。続けてバックパックから何かを取り出すと、それをリスカムの方へと投げた。突然投げつけられたものの、スネークの方を見ていたので、難なくそれをキャッチする。

見ると何やらスティック状のもので『Calorie Mate』とロゴが描かれている。

 

「詫び、と言うには安すぎるがな。カ○リーメイトだ」

 

「……クッキー?」

 

「まあショートブレッドに近いがな。5大栄養素をバランスよく含んだバランス栄養食だ。小腹も満たせる上にうまいからな、まずいレーションを食べるより、よっぽど体に良い。味はチョコレートだがな」

 

そう言うと、スネーク自身も同じロゴの包装を開け、食べ始める。

普通であれば、敵対した相手からもらった食物など、毒物の可能性がある以上絶対に口にしてはいけない。BSWの基礎教練でも習うことである、知らない相手からもらった食物など絶対に口にしないしそもそも抵抗がある……が、なぜかこの時は食べたくなった。

 

包みを破くと中からチョコレート色のクッキーのようなスティックが出てくる。やはりお菓子のようだ。匂いもレーションのようにひどい匂いはせず、ほのかに甘い良い香りがする。

念のため、を思いながら歯先でほんの少しだけ削り、口の中に入れ、舌の上で転がす。もし何か変なものが混ざっていれば痺れたり、不味いと感じるはず

 

と思ったのも束の間

 

すぐにチョコレートの甘味が口の中に広がり、風味が鼻の中を抜けて行った。そのまま包みから出ているスティックに食いつき、噛みながら残っている包みを破き、そのまま全て口に放り込む。BSWから支給された糧食は不味くはないが、うまいわけでもない。ましてや甘いものなど入っていなかった。

ロドスについたら食堂に行こうと考えていたリスカムに、カ○リーメイトは栄養食としての務めを完璧なまでに全うした。

 

「ふっ、相当美味かったようだな」

 

「・・・ぇ」

 

「随分と喜んで食べたようだが……もう一つ食べるか?」

 

そう言ってスネークはもう一つの包みを見せる

リスカムはそれを見て……無言で縦に頷き、片手を差し出す

 

そんな可愛らしい少女の反応を見て、スネークは笑いながら軽い放物線を描くようにリスカムにパスする。目当てのものを受け取ったリスカムは、すかさず包みを開け、中身にパクりつく。

 

「全く、俺の知っている世界も大概だが、お前たちの若さで兵士なんだものな。まあ、お前さんたちは警備会社と言っているが、実際PMCのようなもんだろう」

 

「……まあ、暴動の鎮圧や天災後の物流の確保や支援までやってる会社ではある」

 

「兵站まで担うか、まさにPMCだな」

 

あいつが言っていた理想はこんな会社か。

チョコレートを付けながら食べる彼女を見ながら、スネークは金髪サングラスの相棒を思い出す。彼の理想は成り上がり、そしてビジネスとして兵士という存在を成り立たせることだ。ビジネスにはあまり興味はないスネークだが、組織運営には金がかかることも十分に理解している。国家に属さない軍隊を維持・拡大するには経済力も同時に拡大しなければやがて何処かに取り込まれるか淘汰される。だがビジネスのために家族をただ戦地へ送り、消耗させるのはスネークの理想ではない。世界を一つにするためには、金ではダメなのだ。

 

とはいえ、今は世界を1つに、などと自分の理想を語る場ではない

 

というか、早く帰れる方法を探さなければならない。もっとも、ここからどこに行けばカリブ海へと帰ることができるのかもわからなければ、そもそも現在地すらも知らない状態である。今はとにかく生き残る方法を模索するしかないだろう。

 

「……質問がある」

 

「ん、なんだ」

 

そんなことをスネークはバックパックを整理しながら考えていると、リスカムから声がかかる。口についたチョコレートも見事に完食したらしい。

 

「あなたはアーツを使えるの?」

 

「アーツというと、なんか魔法みたいなやつのことか?いや、そもそもオリジニウムすらわからないからな、使えないと思うが……なぜそんなことを聞く?」

 

「普通の銃を使うにはアーツ制御が必要だから。記憶を失っているとは言ったけど、銃を使えるならこの世界にいた証拠だと思ったから」

 

「……銃を撃つのに魔法の要素があるのか」

 

「撃鉄を活性化させるのにアーツを使う、後は弾丸がチャンバーに装填されてるかを感じないと上手く撃てない」

 

「射手が引き金を引くことで撃鉄は起きるだろう?」

 

「弾丸を鉱石でより強力に飛ばす必要があるからアーツコントロールは必須」

 

「つまり、火薬を燃焼させて発生するガス圧だけでなく、射手が薬室内へ直接ブーストをかけられるというわけか」

 

「そう」

 

スネークの話はリスカムも助手席で聞いていたが、この男は頭がとても回る。持っている知識から自分なりの解釈を相手に投げかけ、齟齬があれば訂正する。これをひたすら12時間以上繰り返していた。銃に対する理解も、完全に理解することは難しいにも関わらず、今のやり取りだけで理解した。

 

「だとすれば、俺が知る銃とは異なる概念だ……俺の銃、というより俺の世界では引き金で撃鉄を起こすことで雷管を叩く、それで弾が出る。射手が行うのは照準と引き金を引くだけだが……となると、ここでは銃の使い手によって同じ銃、同じ弾丸でも威力が変わるのか?」

 

「威力、というより精度が変わる。発射された弾の威力は銃と弾頭の種類による。人によって命中精度は異なるから火力が落ちるという意味では同じかも」

 

「そこは同じか……アーツコントロールが乱れればどうなる?」

 

「射撃できない、最悪だと銃が爆発する」

 

「射撃できないというのは、不発という意味か?それともバレル内に弾が詰まるのか?」

 

「スクイブのこと?それもある、けど大体は発砲できない」

 

「射手は射撃センスだけではなく、銃や弾丸そのものとして銃をコントロールしなければならないということだな?」

 

「そう、弾薬は源石の加工技術で作られているから、ただ火薬を燃焼させるだけじゃなくてアーツを用いることで威力が跳ね上がる。その代わり、アーツが上手く使えないと——」

 

「干渉を起こして動作不良を起こすのか」

 

「そう考えられてる」

 

リスカムはスネークの言葉に頷く、だがスネークはリスカムの言葉に疑問を覚えた。

 

「考えられている?随分含みのある言い方だな」

 

「銃はラテラーノで発見されたけど、具体的な構造まではわかってない。だから発掘された銃はコピーされて生産されてる」

 

「ん?……だがお前は銃を持っているじゃないか」

 

「ハンドガンなら制御も簡単だから、それに比較的入手もしやすい。それでも高級品で、手入れとか操作が複雑だから、フランカに言わせれば沢山の兵士に持たせる意味が理解できないみたいだけど」

 

「まあレイピアみたく刺せば良いもんじゃないからな」

 

コピーして生産されているが、具体的な構造まではわかっていない。ということは0から銃を開発することはここでは行われていないということだろう。途上国ではよくあることだが、何か引っかかる。

だが、ここで新しく銃を仕入れることは難しそうなことに加えて、ここで生産された銃をスネーク自身が扱えるかわからないということがわかった。何せアーツがなんなのか未だよくわかっていない、アーツを扱えなければ発砲できないという特性上、彼が知っている“銃“とは名前は同じだがまた異なる武器であると考えた方がいいのだろう。

 

「しかしそうなると弾は無駄に使えんな、弾の補充は難しいか」

 

「けどアーツの扱い方を学べば普通に扱えるはず、その銃で撃てるかはわからないけど」

 

「アーツは俺でも使えると?」

 

「アーツは技術理論だからある程度のレベルなら学べば誰でも扱える。人によってアーツ特性は違うから、強力なアーツが使えるかはわからないけど、銃を撃つアーツなら学べば十分に扱える」

 

「アーツの扱い方は誰でも学べるのか?」

 

「基本的な扱い方なら色々な本が出てる、専門的になると指導や専門書が必要になるけど」

 

「まあそれは何でも同じだろうな、独学で学ぶ手段があるだけマシと考えるか」

 

「けど、お金ないでしょう」

 

「……まあ、稼ぐ手段は考える」

 

そう、今のスネークは職業住所不定無職のおじさんなのだ。それに記憶喪失も抱えている。

どう考えても雇ってくれるようなところは無いだろう。今はこの3人がどこかへ連れて行く予定らしいが、その先は未定だ。適当に物資だけくれてどっか行けと言われれば、そうするつもりだが、その時は街がある方角を聞くべきだろう。10日分の水と食料さえあればどうにでもなる。

 

「これだけ混沌とした世界だ、金を稼ぐ方法は転がっているだろう」

 

「……あまり褒められたものじゃないものもね」

 

「だろうな、その手の仕事は使い捨てか一回限りのものだ、大抵ろくなもんじゃない。情報があれば引き受けても利益につながるが、何もわからない中で受けるもんじゃない。まあ与える方は何も知らないやつを求めるがな」

 

その方が処分がしやすい。

内戦や紛争により治安が悪化した地域は、同時に大量の物資や人を欲する。その地域の生活や経済を元に戻す力が働くためだ。だからこそビジネスチャンスが生まれる、という面もあるが大抵、密売の温床になる。

密売だけで済めばそれで良いが、あらゆるところから人が集まり、人が溢れるため、犯罪も起きる。治安維持の組織でも機能すればいいが、内戦が起きたなら公的機関は機能しない。結果として力をつけた組織がその地域を牛耳ることになる。そのまま政党になることもあれば、地域に癒着した強力な犯罪組織にもなる。

 

他所から来た人間など、そんな“強い組織“に利用されるだけで終わる。

 

「経験が?」

 

「いや、まあそんなところだ。沢山みてきたからな」

 

まさか一文無しで異世界に放り投げられるとは思わなかったが。

これをカズが聞けば『本当のネイキッド・スネークだなぁ!』と笑い飛ばすだろう。その時はその時だ。

幸運にも装備は一式あるため、生き残ることはさほど難しくはないが。

 

「しかし、お前は随分と無警戒だな」

 

「……どういう意味?」

 

「いや、俺はお前と敵対したからな、加えて俺の印象もよくないはずだ。なのに俺が渡したものを食べて、今はこうして話しているからな、無警戒というより無用心といった印象だが」

 

「……フランカが信用しているなら、悪人ではないから」

 

「お前の相棒か」

 

「彼女は人から向けられる悪意には敏感、それでもいつもと同じ振る舞いをしてたから」

 

「よく彼女をみているんだな」

 

「彼女とコンビを組んで長いから」

 

「そうか」

 

そこで会話が途切れる。

思い出すようにリスカムは薪を焚べる。パチパチと音を立てながら火が再び勢いを取り戻す。

 

「相棒は必ず守れよ、大切なら尚更な」

 

突然、男がそんな言葉を投げかける

 

「……倒したあなたが言う?」

 

「まあな、俺に殺意があればあれも俺に気づいただろうが、生憎全くなかったんでな。何より殺すのは好きじゃない」

 

「銃を持っているのに?」

 

「こいつはもう手放せないからな」

 

そう笑いながら言う男の姿の後ろに、リスカムは黒く重い何かをみた……気がした。

 

それは、悲壮感や絶望といったものとは異なり、男に抱えられながらも支えているように感じた

 

パチパチと音が鳴る

 

男の後ろにはもう何も見えない

 

気のせいだったのか、けど確かに何かを感じた……気も彼女はしていた。

 

「ん、どうかしたか?」

 

「なんでもない」

 

「そうか?何か聞こえたか?」

 

「なんでもない」

 

「……そうか」

 

気づくと、眠気はどこかに飛んでいた、時刻を確認すると03:00を過ぎ

 

この調子なら見張りを続けることができそうだ、リスカムは静かになる

 

スネークも何も言わず、装備の確認をしている

 

そのままパチパチ火の音がたちながら、時折燃料を焚べる音だけが2人に流れた

 

そして日が昇る




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4−1

2月3日 AM08:15

 

ロドスアイランド製薬会社、人事部

 

この日、朝から人事部は少しだけ慌ただしかった。

というのも、BSWから常駐オペレーターとして来ていたフランカとリスカムがロドスに戻り留学生として新人オペレーターも連れてきたから……だけではない。

先日発信された信号から、チェルノボーグで1人の生存者を発見し連れてきたのだ。予定外のことであったが、感染者やその他大勢の難民を一斉に引き受けることもあるロドスである。ましてやそれら大人数を直接捌いていた人事にとって、たかが1人増えただけでは大した仕事にはならなかった。

 

とりあえず、予定通りの3名は簡易的な源石汚染の確認を行い、追加の1名には簡易検査と精密検査を行う必要があるため、医療部に連絡し検査の手配、あとは本人の希望調査と目的、念のため適正検査もそれとなく受けてもらう。

ロドスの理念や規則を遵守し、協力してくれるなら誰でも採用する、と意訳される採用基準があるロドスにとって、やってくる人は全て採用候補者ともいえる。尤も、ロドスが求める人材にもレベルがあるため、大抵は選考されることもなく、難民として過ごす人間が多いが、意志があればそれを拒むこともない。

 

とにかく人手が足りないのだ、採用できる人間は採用する

 

それがロドスアイランド人事部の信条である。

尤も、その採用できる人間という部分は極めて判断が難しいところでもあるが、採用プロセスの最初の関門としての役割を果たす、という志のもと彼らは働いている。

 

そんなわけで、たかが記憶喪失の住所不定無職の中年男性を1人、ロドスの採用プロセスに掛けることなど、なんということはない。優秀な人材を見逃さないスクリーニング検査に過ぎないのだ。

 

とりあえず、男性には搬入口近くの控え室で待ってもらうことに。すでに洗浄も済んでいるが、艦内を自由に歩いてもらうわけにはいかないため、個室で過ごしてもらう。もっとも、血液検査の結果さえ出てしまえば、共有区画で自由にしてもらっていい。

検査結果は30分後には出るだろうからその時にまた来ますね、と営業スマイルをして、人事部の職員は部屋を後にした。

 

 

ーーー1時間後ーーーー

 

 

医療部からすぐに男性を隔離室に移動させ、精密検査の実施とBSWの3名から男性に関する事情聴取を行うよう人事部に要請された。その要請者にワルファリンと書かれていたため、最初は『また何かやらかしているのか』と人事部では思われたが、直後にケルシー先生から『すぐに私のラボに連れてくるように』との指示が来たことから、何かしらあったらしい。

 

人事部の数人が来て搬入口へと向かうと、数人オペレーターが搬入口を封鎖していた。そのまま近くの部屋に入ると男性が驚いた顔をしながら人事部の職員を見ていた。30分で終わると言っていたのに、突然複数人できたら、そりゃ不審に思うだろう、と職員も思いながら男に声をかける。

 

「お待たせしてしまいすいません。少し移動することになりました」

 

「移動?共有スペースではなくてか?」

 

「はい」

 

「……まあいいだろう、拘束するか?」

 

「しません、上からの指示で移動して欲しいだけですし」

 

「そうか、なら行こう」

 

素直にしたがった男と共に、ラボに直行する。

できるだけ誰にも接触しないように、との指示もあったため、医療資材搬入用のエレベーターから直接ラボへ向かう。

 

「随分とでかい建物だな」

 

「移動都市、まではいきませんが民間企業が所有するものとしてはだいぶ大きいですからね」

 

「ふむ、民間企業の割には物騒な連中もたくさんいるようだが」

 

「うちは製薬会社ですけど、薬を作って医療を提供することだけが目的ではないですから。ご興味ありますか?」

 

「まあ今は無職だからな、パンフレットでもあるのか?」

 

「後で持ってきますよ」

 

「そうか、見てみよう」

 

興味はアリ、理由は経済的なもの

 

そう頭にメモしながら搬送用エレベーターで上がり、ロドスの研究区画へと到着する。

ここは職員でも、責任者の許可がない限りまず区画そのものに入ることができない。また、各研究室へはそれぞれの研究室を所有するオペレーターや研究者でなければ基本立ち入ることは許されない。それは人事部であっても同様で、用がある場合は入り口に置かれた固定電話で中の人を呼び出す必要がある。

 

だが今回はすでにケルシー先生が入り口で待ち構えていた。

人事部数人と男が見えた時点で扉が開き、中から出てきた。

 

「ご苦労、あとはこっちで預かる、君たちはBSWの3人のところに行ってくれ」

 

「え?」

 

「ああいや、私からの指示だ。ワルファリンは今は別の作業中だから報告は私のところまで」

 

「あ、わかりました」

「じゃあその時パンフレットも持ってきますね」

 

「パンフレット?」

 

「うちのパンフレットです、その方が興味があるとのことなので」

 

「そうか、まあ好きにするといい、しばらく彼は私が預かっている」

 

それだけ伝えると、無言で男性について来い、と言わんばかりに踵を返し、足早にラボに戻るケルシー先生。それについていくように男性もラボの中へと入っていき、やがて扉が閉じられ、ロックがかかる。それを確認した人事部一行は、足早にBSWの3人がいるであろう食堂へ向かう。

 

彼らは今までの勤務経験から何かが起きていることはわかった。

 

なにせ、ワルファリンが別の作業をしているのは当然のことで、それにもかかわらず人事部に連絡し、直後にケルシー先生が直接指示を出したということは。

何かしら道徳的によろしくないことを彼女があの男性にしでかそうとした、と考えられるからだ。恐らく、今頃は良くてラボのドアを外から施錠されているか、ドクターの血液の匂いをかがせながら拘束されてるかだろう。反省しないのが悪いから仕方ない。

 

とにかく、わざわざ命じられた仕事である以上、迅速に片付けないといけない。やらなければいけない仕事は元から大量にあるのだ。今日の人事部はやや忙しくなりそうだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

チェルノボーグ、という街で出会った3人にスネークが連れて来られたのは、ロドスという会社だった。会社と言っても、チェルノボーグよりは小さい町が移動していたが。最初見たときに『なんだあれは!?』と声を出したのは無理もない。

陸上戦艦とも、大地を征く航空母艦ともいえるその姿はスネークの魂を揺さぶった。早い話がカッコ良かった。そのリアクションを3人には笑われたが、それを気にするほどの大人の余裕は持ち合わせていない。素直に興奮していた。

 

しばらくロドスと並走していたが、やがてロドスが止まると、そのまま車で乗り入れた。横から見た姿は機関車を思わせたが、構造的には空母と強襲揚陸艦を混ぜたような船が陸にあるようだった。物資を運び入れるために大型トラックがそのまま入れるよう十分な運搬路も中にはあった。

 

そのまま車がロドスに入ると、屋内駐車場のような場所についた。どうやらここで終点らしく、彼女らはそのまま別のところに行き、スネークだけ採血とレントゲン検査をしたあと、別室で待機ということになった。ここの職員だという人間の話だと、彼女らはBSWから派遣され、ここに常駐している部隊らしく、今日から再びここに展開するらしい。

 

とにもかくにも、三十分もすれば自由にしていいと言われたので、部屋で待っていたが一向に呼ばれない。と思っていたところに突然3人ほど現れて『上からの指示で移動する』と言われ疑問に思うが、ここで何を言っても何もできない。

そう判断したスネークは素直に職員についていくと、でかいエレベーターに乗せられ、上へ昇り、さらにそこから歩くといかにも研究室といった場所にたどり着いた。

 

中からは小柄な女が出てきた……が、白衣にベアバックスタイルのワンピースとは、いささかどうなのだろうかと思う。別に裸でも構いはしないが、研究室の中で衛生管理や精度的な問題は生じないのだろうか。

そう思いながらも、さっさとついて来いと言わんばかりに歩いていくため、スネークはその後ろについて行く。

 

「……」

 

「……」

 

先ほどまでの職員と異なり、一切会話が発生しない。

彼らは、どんな人間なのか知るためにありきたりな会話を仕掛けていたが、彼女は一切そのようなことはせず、それどころか無駄な会話は一切しないという断固とした雰囲気を纏っていた。

 

同じ組織でもここまで対応が変わるだろうか。だが、彼らは上からの指示で移動する、と言った。彼女が上からの指示者であれば、彼らがあそこまでフランクな対応は不自然にも思うが……下が知らなくてもいいことがあるのだろう。

 

そう当たりをつけながら、歩いているうちに一番奥の部屋へと辿り着く。

右ポケットから社員証のようなものを取り出し、かざすと認証されたのかドアが開く。

 

「入れ」

 

「ああ」

 

促されるまま入る。

入ると見慣れたハザードシンボルが目に入る。どうやら製薬会社のラボではあるらしい。もっとも製薬会社の社員の一室に、放射線や磁場・レーザーのシンボルマークが勢揃いしているのが普通かは疑問ではあるが。

 

そのままさらに奥へいくと、別のドアがある。どうやら実験室と書類や論文等の作業スペースは隔絶されて存在されているらしい。危険物がある中で長時間の作業はしたくないだろう……まあ、世の中にはモンスターの真横で焼きレーションを作る猛者もいるが、それはそれとして。

 

中に入ると、研究室らしく真っ白な壁にデスクとラップトップPC、棚に大量の蔵書や研究資料、別の机には紙が大量に積まれているが、清潔感に溢れていた。

そんな部屋の真ん中に一つの椅子がある、背もたれがあるどこにでも見かける椅子だ。

 

「そこに座ってくれ」

 

そう言われ、スネークは部屋の真ん中に座る。

小柄な女は同じように椅子を持ってきて、スネークの真正面に座る。手にはクリップボードを持っている。

 

「突然移動しろと言われてきてみれば研究室か、俺を調べても何も面白いことはないぞ」

 

「いや、私たちにとっては極めて興味深いことがわかった」

 

「……なんだって?」

 

そうスネークが言うと、女が一つの紙を渡してきた。

チラッと顔を見ると、アゴをかるく出してきたのでどうやら読めと言うことらしい。読んでみると先ほど行った血液検査の結果らしい。血液型や赤血球数、コレステロールの値などが並んでいる。どれも基準値から逸脱してはいない……が1つだけ【要再検査】とデカデカと書かれている欄がある。

 

「至って健康な結果に見えるな」

 

「……その再検査となっている項目が見えないか?」

 

「あるな、血液中源石密度と書かれているが」

 

「君は記憶がない、そう言っていると聞いた」

 

「ああ、目を覚ましたら見覚えのない場所にいた。記憶喪失というより、どうやってここにいるのか見当がつかない、と言った方がいいな」

 

「……なら、一番最近覚えていることはなんだ」

 

「それなら隊員に指導していたことだな」

 

スネークは淡々と聞いてくる女に対して淡々と答える。

女の方はスネークの言葉を確認するかのように質問を続ける。

 

「隊員、君は何かしらの組織の人間なのか」

 

「傭兵だ、民間軍事会社だがな」

 

「その組織の名前は」

 

「それをいう必要はあるか?」

 

「身元確認のために」

 

スネークは目の前の女が会社員や研究者というより、尋問官だと判断した。

尋問される側である自覚はあるが、初対面の相手への対応としては下手だと心の中で思いながらも、『何か知っているのかもしれないしな』と思いながらも期待はあまりせず、ついでに目の前の女の対応に不愉快さを感じながら答える。

 

「……MSF、Militaires Sans Frontières、国境なき軍隊、それが俺の部隊の名前だ」

 

「お前がその傭兵団の長なのか」

 

「総司令らしいがな。創設者のもう1人は副司令だ」

 

「その副司令の名前は」

 

「それも身元確認のためか?」

 

「ああ」

 

はあ、とため息を吐きながらスネークは答える。

 

「カズヒラ・ミラー、アメリカ人の父親と日本人の母親を持つハーフで金髪グラサンの男だ。これでいいか?」

 

「つまり、傭兵部隊の司令官がいつの間にか身に覚えのない廃墟にいた、どうしてそこにいるのか理由が思い当たらないと?」

 

「そうなるな」

 

「……鉱石病(オリパシー)源石(オリジニウム)、これらの言葉を知らないのか?」

 

そう女が質問すると、再びため息を吐き、スネークは呆れながら言葉を返す。

 

「なあ、この血液検査データを見せ続けて俺の身辺調査か?記憶が正しいのか、嘘をついているのか判断するのは任せるが、いきなり血液検査データを先に見せて結果を相手に説明しないのはどうなんだ。曲がりなりにも医者だろ、結果の説明を先に聞かせてくれ」

 

「……」

 

「その後ならいくらでも質問に付き合ってやる、だがまずはこの検査結果の意味を教えてくれ。連れてきた職員は血液検査結果さえわかればすぐに自由だとか言ったが、今はここに連れてこられている。何かしらあったならそれを説明してくれ」

 

スネークに言わせれば、製薬会社に勤める医者が尋問まがいのことをしているとしか思えない。

先ほどここに連れてきた人間たちが相手の方が、むしろ好意的に自分の情報を伝えることができた。だがこの医者が何を思って自分をわざわざここに連れて来させ、血液検査の結果を見せて2人っきりで話しているのか理解できなかった。

 

 

とりあえず言いたいことがあるなら先に言え、そしたら俺も答えてやる

 

 

「……いいだろう、身元不明とはいえ検査を受けた対象者なら、その結果を知る権利は当然ある」

 

かくして目の前の医者には、その意思は伝わったようだ。

 

 




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4−2

女がPCをいじると、スクリーンに簡易的な人体像が映し出される。みると%が身体のいくつかに表示されている。

 

「これはテラ世界における先民(エーシェンツ)の簡易モデルだと思ってくれ」

 

「……いきなりわからん用語が出てきたが、エーシェンツが人なのはいいとして、テラ世界ってのはなんだ」

 

「この惑星のことだ。続けてもいいか?」

 

「ああ」

 

「この世界では源石(オリジニウム)によるアーツやエネルギーを利用している、同時に源石による鉱石病(オリパシー)も蔓延している」

 

「あの黒い半透明な鉱石が汚染物質であると同時に、価値あるエネルギー源であるということだな?」

 

「……そして今や源石を加工した製品が至るところにある」

 

「燃料のみならず、あらゆる材料でもあるということか」

 

どうやら核燃料と似て非なる物質らしい。

少なくとも核燃料を加工しても大した製品には至らない。せいぜいが徹甲弾がいいところだろう、それも至る所に存在はしないが。

 

「だからこそ、感染していなくとも血液中には僅かながらに源石が必ず含まれている、生まれた赤子でも母体を通して源石は有している」

 

そこでスクリーンが切り替わる。みると、それは血液検査データであり、そのデータには見覚えがあった。

 

「だが、俺の血液中源石密度は0となってる、だな」

 

「ああ」

 

スネークの血液中源石濃度は0、そして【要再検査】と検査欄にはデカデカと表示されていた。

 

「……それで?何が聞きたい?」

 

なんとなく、自分が置かれている状況がわかってきた。

同時に淡々と質問してきた医者の目的もなんとなく予想できる。知りたいことは教えておいた方がいいだろう。

 

「お前はどこからきた」

 

「カリブ海、と言って聞き覚えは?」

 

「・・・無い」

 

「だろうな、BSWの連中にも聞いたが知らないと言っていたからな」

 

「……そうか」

 

そこで女の口が止まる。

スネークの直感が、この女から害を為す気は無いと判断した。話す相手としては好ましくないが、少なくとも悪意はないと感じた。とても好ましい相手ではないが。

とりあえずストレートに自分の要望は伝えておく。

 

「別に検査をするのは構わん、だが実験台にされるのは勘弁だぞ」

 

「ここに拘束し隔離する、と言ったらどうする」

 

「抵抗する」

 

「どうやる」

 

目の前の女は、突然彼女自身が考えていないであろうことを尋ねてくる。

 

「どうやると言ってもな……、言葉で説得されるだけなら言葉で対応する、武力を行使するならこちらも武力で行使するしか無いだろう」

 

「お前の体を研究することで多くの人を救えるかもしれない、それでも抵抗するか」

 

この女は何が目的でこんな意味を持たない言葉を投げかけてくるのか。

それを考えながらも、スネークはそのまま言葉で返す。

 

「自分が不利益を被るなら抵抗するに決まっているだろう。一方的な合意は対立を生むだけだ」

 

「なら、対立を生むまえにお前ならどうする」

 

「……双方の合意のためには、互いの目的を理解した上で妥協する。片方が100の利益をとるより、互いに60程度とれば100以上の利益が生じるだろうからな」

 

武力行使は最終手段であり、交渉は話し合いによってもたらされるべき、というのがスネークの考えだ。兵士は確実に武力を行使すると同時に、交渉を実現させるための存在である。だからこそ、交渉を実現できない組織や国に必要な軍事力を提供する、国家に帰属しない軍隊を創る。

 

それがスネークの考える世界を一つにする方法だ

 

……とはいえ、それをこの女に話したところで理解はされない。というか理解されたところでなんの意味もない。どちらかといえばカリブ海に帰りたいが、帰り方もこの女はわからないだろう。

 

何より、彼女自身はこちらを拘束するなど考えてもいないであろうに、なぜわざわざ訪ねてくるのか、スネークには不可解だった。

 

「なら、私がとった措置は正解だったな」

 

そして、女ははっきりとした言葉を口にした。

 

「……どういう意味だ?」

 

「お前はさっきまで隔離室で飼われる寸前だったってことだ。すぐに私が止めたが。ついでに混乱が広がるのを避けるためにここに連れてきた」

 

「……この会社はコンプライアンスは大丈夫なのか」

 

「問題になるまえに対処している」

 

それは内部で問題をもみ消しているのと変わらないのではないか?

とも思ったが、似たようなことはMSFや金髪グラサン(身内に手を出す副司令)でも思い当たるのでスルーする。いちいち公表していたらキリがない場合もある。

 

「とにかく、全く源石汚染されていない生体は確かに重要な研究資料にはなるだろう。だが、この世界は一切汚染されずに生きていくことは不可能だ。君も生きていくうちに多少なりとも汚染されるだろう」

 

「まあだろうな」

 

「詳しい状況は分からないが、この世界に覚えがない、アーツや源石、そして鉱石病について何も知らないんだな?」

 

「ああ、この世界は俺が知る世界ではない、なぜここにいるのかも分からないな」

 

「なら、君はこれからどうする」

 

「生き残り、仲間がいる場所へ戻る」

 

「そうか」

 

生き残り、カリブ海へ、仲間たちが待つMSFへと帰還する、それが今のスネークの最大の務めだ。

 

「それならロドスは君を放浪者として扱おう」

 

「ふむ、最低限の居場所は提供するということか」

 

「理解が早くて助かる」

 

「数日ぶんの食料と地図さえ貰えればここを出ていくが?」

 

「悪いがそれは医者として許可できない」

 

「なぜだ?」

 

「ここまで源石に汚染されていない例は私も初めてみる、どんな影響が出るか分からない。せめて1週間はここで経過観察をさせてくれ」

 

「ふむ……ここである程度の情報を収集することはできるか?」

 

「情報、というのは何を意味するかによるが」

 

「この世界について全般だ。歴史、宗教、言語、文化、地理、後は源石やアーツ、オリパシーに関する情報も欲しい」

 

「それなら・・・少し待ってくれ。むやみやたらと人が来なければ、ここより都合が良い場所がある」

 

女はポケットから端末を取り出すと、耳元に当てる。

どうやら携帯無線機らしい、少しだけ待つと相手に繋がったようだ。

 

「ああ私だ、今いいか・・・ああ、少し預かって欲しいのが1人・・・いや、詳細は後でメールする、それをみて貰えばわかる。1週間ほどの予定だが・・・いや、できるだけ避けてくれ、今から向かう」

 

「また移動か」

 

「そこでなら君の自由にできるからな、協力者も取り付けた」

 

「そうか」

 

通信機を再びポケットに入れると、女はドアへ向かう。どうやらこのままその協力者がいる場所へと連れていくらしい。恐らくしばらくこの女と会うこともないだろうと考え、スネークは一応尋ねる。

 

「なあ、今更だがお前の名前を知りたいんだが」

 

ドアの手前でそう声をかけられた女は、体はスネークの方に向けず、「なぜ知りたい」と聞いてきた。

 

「なぜって、そりゃあお前さんが俺の主治医になるんだろう、形式上かも知れんが。世話になる相手の名前くらいは知らんとな」

 

「そういえば私も、名前を聞いていなかったな」

 

「俺は……スネークと呼んでくれ」

 

「そうかスネーク、私はケルシーだ」

 

「ケルシーか、まあこれから1週間、よろしく頼む」

 

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

2月3日 AM11:00

 

ロドスアイランド製薬会社、療養庭園

 

ロドスの使われていなかったスペースは、現在は小型温室に改造され、調香工房が併設されている。ここは主に香りによる精神症状へのアプローチを行う休養施設となっている。

今はそれほど慌ただしくなくなったが、先月まではここに多数の休養を必要とする人が出入りし、それら全てに最適な安眠と休息を提供した場所でもある。

そんなロドスの中でも数少ない、積極的なメンタルケアを提供する医療部門でもあり福利厚生の施設でもあるこの療養庭園の管理人は、1人の患者……ではなく、放浪者を預かることになった。

 

「スネークだ、しばらくここで静かにしているように言われた、世話になる」

 

「ここの管理人のパフューマーのラナよ、よろしくどうぞー」

 

調香師(パフューマー)か、道理でここに温室がある訳だ」

 

療養庭園へとやってきた、というよりケルシーに連れてこられた放浪者は、パフューマーという言葉を聞いて、ビニールハウスがあることに納得した。その姿にラナは

 

あまり香りに詳しそうな人柄には見えないけれど……

 

と思った。何せ髭をはやし、右眼には眼帯をつけ、身長はそれほど高くはないが身体つきはしっかりしていて、放浪者というより軍人のように見える、硝煙と不思議な匂いもわずかにする。が、見た目で判断してはいけない、とも同時に思い出し、この少し不思議な放浪者を連れてきたケルシーの方を向く。

 

「1週間ほど、彼をここにいさせてくれ、経過観察だ」

 

「そう、わかったわ。後でカルテを確認すればいいかしら?」

 

「そうしてくれ、すぐに送る。経過観察だけで特別な処置はコレといってない。彼の話し相手にでもなってくれればいい」

 

じゃあ後はよろしく頼む。

それだけ伝えてケルシーは療養庭園から出て行った、自分の研究室にでも戻ったか、ドクターに報告でもしに行ったのだろう。ふと、後ろの方に振り返ると、放浪者がビニールハウスの外から中の様子を伺っていた。どうやら本当に植物に興味があるらしい。

 

「中に入ってみる?」

 

「いいのか?」

 

「ええもちろん、そのための温室ですもの」

 

そう言ってパフューマーはビニールハウスの入り口を開け、どうぞ〜と放浪者を招き入れる。放浪者は、自身の身長よりやや低い入り口に招き入れる彼女にあやかって、屈むようにしてビニールハウスの中に入る。中に入ると温室になっており、さらにいくつかビニールで分けされていた。1年中様々な季節の花をここで育てているようだ。

 

「ここは随分と穏やかな場所だな、上とは大違いだ」

 

「上っていうと、ラボのことかしら?」

 

「ああ、機械やら危険物やら色々あったが、ここには土と植物だ、まるで同じ建物とは思えないな」

 

まあ階層が違えば目的も違うだろうからな、と冗談めかしく軽く言いながら、療養庭園で育てられている植物をじっと観察する。

 

「ナルシサス*1、アイリス*2、他にもボロニア*3、カモミール*4……どれも香料になる植物だ」

 

「あら、植物に詳しいのね」

 

「まあ職業柄色々な奴が時間があれば教えてくれたんでな。それに匂いは重要な手掛かりになる、知っていれば何かしら役立つだろうからな」

 

そう言いながら、彼は「カランコエ*5もある……植生は同じか……育つ条件もおそらく同じだろう」と何やらブツブツと喋っている。何か気になることがあるのだろうか。そう思いながらも、そういえばカルテをすぐに送るとケルシー先生が言っていたことを思い出し、一度端末を確認することにした。

 

「ちょっと私は出るわね、勝手に採取するのは困るけれど、匂いは自由に楽しんでね〜」

 

「そうさせてもらおう、何かあれば声をかける」

 

どうやらとても物分かりのいい放浪者らしい。植物にも詳しく、ここ数ヶ月の忙しさを考えると、また新しい面白い人がきた、とラナはロドスのオペレーターとしてより人としてこのスネークと名乗る放浪者にポジティブな第一印象を持った。

ビニールハウスを出て端末の前に座る。みるとケルシー先生から確かに送られてきた。丁寧にカルテには鍵がかけられている。パスを入力し解除、カルテの中身を閲覧する。

———————————————————————————————————

基礎情報

【名前】自称:スネーク、本名不明

【性別】男性

【戦闘経験】不明、現在調査中

【出身地】不明、聴取していない

【誕生日】不明、聴取していない

【身長】180cm

【鉱石病感染状況】メディカルチェックの結果、非感染者に認定

 

診断結果

【源石融合率】0%

【血液中源石密度】████μ/L

※別紙、経過観察指示書参照

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

それ以外は空欄で、どうやら人事部が調査中のようだ。これはよくあることでもあるので別に驚くことでもない。しかし、血液中源石密度の欄が黒塗りで秘匿措置されていることは今までなかった。一体何があるのだろうか?

送られてきた、そこには《経過観察指示書:関係者以外の閲覧を禁止する》とされ、極秘扱いのデータとなっていた。加えて閲覧にはラナとケルシーとで決めた特殊記号でないと開かないようになっていた。これをあの娘以外のカルテで使うのは初めてだ。

念のため、周りに誰もいないことを確認する。このカルテに書かれている彼はまだ温室の中にいる。自分以外の人がいないことを確認し、特殊記号を入力、経過観察指示書を閲覧する。

 

———————————————————————————————————

経過観察指示書

ラナ、君には彼を観察してほしい。手段は君に任せる。性格、価値観、身体的特徴、何でもいい。彼の経歴を調べる必要はない、彼を1週間観てくれ。

 

スネークと名乗っている彼だが、直近の記憶がないと言っている。だが調べてみたら極めて特殊な体質だ。

 

【血液中源石密度】0.000μ/L

 

これがどんな意味を持つか、君なら十分にわかるだろう。実際、ワルファリンが動きかけたから私が先に動いた。彼は私が知らない固有名詞や地名を言っている。せん妄や何らかの精神疾患にかかっている可能性もある。だが、私は彼の言葉が嘘だとも断言できない。

 

事実として彼は源石に一切汚染されたことがない、これだけだ。

彼にはどんな影響が出るかわからないという理由で1週間ここにいるよう伝えた。

 

人事部が彼を拾ったBSWの3人から情報収集している。分かり次第君のところに情報を回すよう手配しておく。

彼の体質がどんな影響を及ぼすかわからない、が、それ以上にその男はあまりにもわからないことが多すぎる。何より彼の体質について知られれば何かしら混乱が起きる。彼の“特殊な体質“については機密扱いにする。彼自身には源石密度が特殊なことは伝えてある。

 

彼はとにかくこの世界の情報がほしいと言っていた。あまり他の職員やオペレーターと接触するのは避けたいが、図書館から本を貸し出すことは問題ない。君の名前で本を与えてもいいだろう。

 

あまりにも特殊な事例を急に扱うことになって、私もすまないと思っている。

療養庭園の人員と予算の拡大を約束しよう、よろしく頼む  ケルシー

———————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

「……トンデモナイお客様が来たわね」

 

ラナからすれば、経過観察指示書という名目で機密扱いの任務が舞い込んできたのだ。

この療養庭園は普段は人の出入りも多く、香りによる癒しを求めてオペレーターや職員がよく利用する。だが、今は先月の戦闘で疲れた職員たちは休暇を与えられており、またオペレーターたちは訓練や哨戒任務、交易の護衛などの通常任務に出ている。何より療養庭園そのものが1週間の休園を与えられている。

管理人であるラナはここで生活して植物たちをお世話しているので、あまり変わりはないが他の職員や利用者はごく一部の例外を除いてここに足を運ぶことはない。

 

「まあ都合がいいわね、ここなら静かで余計な刺激もない。何より私の暇な時間を潰せそうだわ」

 

厄介ごとを押し付けられた、というよりはうまいこと条件が整っていたらからここを頼ってくれた、私にも都合が良い。そうラナは楽観的に機密扱いの指示を受け入れた。

確かに一切源石に汚染されていない、というのには驚いたが、それだけだ。何より、わずかに彼から香る不思議な香りに興味が湧いた。それにこの指示内容ならいくら会話しても怒られることはないだろう。

 

指示書を閉じ、新しいフォルダを作成し保存。ここに1週間の記録も保存していけば良いだろう。

そうと決まれば早速彼と話をしよう。時間はたっぷりとある。

 

 

 

 

 

 

*1
ナルシサス:和名でスイセン、花言葉は『自己愛、自己中心、うぬぼれ』など

*2
アイリス:アヤメ科の総称、香料の場合はニオイアヤメのことを指すことが多い。花言葉は『伝言、希望、信頼、友情、知恵、賢さ』

なお、地中海産のニオイアヤメは香料として抽出するのに6〜7年ほどかかり、めちゃくちゃ高い

*3
ボロニア:柑橘系の香りがする花、花言葉は『印象的、的確』

*4
カモミール:別名カミツレ、花言葉は『逆境に耐える、逆境で生まれる力』

*5
カランコエ:花言葉は『人気、人望、あなたを守る』




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5−1

作品の閲覧に誤字報告、感想、ありがとうございます。
なかなか感謝の言葉を伝えることは難しいですが、大変助かっております。
相変わらずの不定期投稿ですが、なが〜く付き合っていただければ幸いです。

では本編をどうぞ


2月9日 ロドスアイランド製薬会社 療養庭園  PM03:00

 

スネークはここで1週間の経過観察を言い渡されたが、それも今日で6日目である。突然上に連れて行かれたかと思えば、汚染されていないのはおかしいと指摘され、しかし無理やり検体とされることは回避されたらしく、大人しくここで過ごしていれば解放されるようだった。

 

連れてこられた療養庭園の管理人のラナは、この製薬会社の医療部門に属しており、その中でも調香師としてこの療養庭園を運営していた。が、彼女がいうにはここ最近大規模な戦闘があったらしく、戦闘終了後もここはとても忙しくしていたらしい。今は療養庭園に勤める人員に休養が言い渡されているそうだが、彼女はここの管理人としてゆっくり過ごすつもりだったそうだ。

 

『それは休暇を邪魔してしまったな』

とスネークが言うとラナは

『良いのよ〜、植物たちを育てるのも楽しいけれど、お話するのも楽しいもの』

と言った。

 

そんなわけで、あと1日で経過観察を終えるがこれまで彼は療養庭園でどのように過ごしていたかと言えば。

 

「……対症療法としてのアロマセラピーか」

 

「そ、気分が良くなる香りで心を落ち着けさせて、リラックスしてもらうの」

 

「嗅覚は脳の記憶を司る部分を直接刺激する、感情のコントロールにはとても有効だからな。気付け薬にもなる」

 

この療養庭園の管理人はとても協力的だった。暇があれば会話ができ、スネークが欲しいのは情報だったが、管理人が融通を利かせてくれ、本をいくらでも読むことができた。今もこうして庭園に設けられた白い椅子とテーブルに座り、ラナが用意したアフターヌーンティーのセットを広げ、優雅に会話を楽しんでいる。

 

スネークが欲しがったのはまずこの世界の歴史、次に地図、さらにはオリパシーについての症状や治療法、その他アーツの操作法、あらゆる武装や戦術・戦略指南書、天候、料理、おとぎ話、などなど。専門書から新聞、雑誌に絵本に至るまでひたすら読み尽くした。

 

実際、彼女との会話はスネークにとって様々な好奇心を掻き立てた。

彼女の得意分野である香りについてはもちろん、この世界は天災による荒廃が目立つものの、植生や特徴的な生態系が存在すること。また、タバコも(生産量は少ないが)もちろんあり、入手することも不可能ではないことがわかった。

 

「まあ、ここではあまり刺激が強いものは育てていないけれどね」

 

「とても残念だ」

 

そして療養庭園でタバコは栽培されていなかった。

やれやれと手を挙げながらも、解放され次第、早速入手しようと心に決めた……が、この世界の貨幣を持ち合わせていないことが問題だ。稼ぎをどうしたものか。ここでは、鉱石病感染者の治療に関する活動を積極的に行っている。公表されている活動歴を見ると、製薬会社の面もあるが、感染者と非感染者の対立を解決するため、交渉と武力介入も行っているようだ。

 

そのことについて管理人に尋ねると

『そうねぇ、私たちがただ手を差し伸べるだけじゃとても届かないわ。もちろん争いがないのが一番だけれど……感染者の全ての問題を解決することが私たちの目的だから』と言う返事が返ってきた。

 

要するに、ここ(ロドス)はこの世界で蔓延る病を全て根絶するために動いているようだ。そして綺麗事を並べるだけでは足りないと、研究のみならず実働部隊の運用もしているのだろう。調べた限り、治療の研究も行っているが、感染者に対する……治療はもちろん感染者を相手にした戦闘や戦後処理までも含む……あらゆる処置に対する教育や技術提供を行っている。

 

「しかし、鉱石病(オリパシー)な……調べれば調べるほど不思議だ」

 

「異世界からきたあなたから見れば奇病よね?」

 

そして積極的に感染者を受け入れ、彼ら彼女らを雇用し力としている。この療養庭園の管理人である彼女も鉱石病の感染者の1人だと知った。同時にセラピストとして調香することで人を救うのがここでの彼女の役割だという。

 

「いや、知らない土地に赴けば知らない感染症や未知の何かには何かしら遭遇する。確かに鉱石病は不思議ではあるが、嫌忌の類とは違うな」

 

「あら、恐ろしくないの?」

 

「目の前にいる調香師が随分と美人だしな」

 

そう返されラナは目を丸くした後、くすくすと笑う。どうやら返しとしては上々だったらしい。

 

「あなたはやっぱり面白い人ね」

 

「事実を言ったまでだ」

 

「それでそれで?あなたにとっては何がどう違うのかしら?」

 

ラナはこの6日間で様々な話をスネークとした。

鉱石病についてはもちろん、調香師としてのここでの働き方や一般的な感染者のイメージや待遇についても話したし、スネークからは彼のいたという世界について話を聞いた。彼の話だと、彼の世界には源石や鉱石病といったものは無く、彼自身は海の上に建設されたプラットフォームに自分の傭兵部隊の基地を作り、そこから世界中で活動していたらしい。ラナにとってそれは未知の世界のお話であり、彼女の好奇心を刺激した。

そんなラナとしては、スネークが鉱石病について、感染者について、どう考えているのかとても気になっていた。鉱石病がない世界、そんなところからやってきたという彼の話はとても興味深かったが、何よりそんな世界からきた人間がこの世界をどう思うのか。

 

指示書の通りでもあるが、それ以上にラナは1人のセラピストとして気になっていた。

 

「確かに、わからないことによる恐怖(ホラー)はあった」

 

「それは……忌々しいとか、気持ち悪いと何が違うのかしら?」

 

「鉱石病について俺も、論文やお前さんから教えてもらった限り不治の病だ。どうすれば完治するのか見当もつかん。何より鉱石病の症状は名前の通り身体が鉱石化して行くものだ、理屈も立てられていない」

 

「そうね」

 

「だが、言ってしまえばそれだけだ」

 

「・・・え?」

 

「治しようがない不治の病、それだけだ。発症した人間が悪いわけでも、ましてや発症したから何か悪事を働くわけでもない」

 

「でも——」

 

「ああ、人は発症した人間を理解することができなくなる、訳が分からないからな。それも自然ななり行きだろう」

 

表皮には鉱石が表出し、見た目のみならず内臓をも侵される。それにより消化器系や循環器系の機能低下や、脳神経系・内分泌系にも影響が出る。さらに、感染者に対する周りの目や扱いから精神も犯される。発症すればおかしくなる、という見通しがこの世界では当たり前なのだろう。

 

「……感染者はどうしようもないってこと?」

 

「なぜそう言う?」

 

「発症して、それだけで周りからは疎まれて、傷ついて、行き場もなくなる、それが自然ななり行き?」

 

ラナは感染者であり、同時にセラピストでもある。

感染者の気持ちはわかるし、普通の人からは怖がられ差別や疎まれることも理解できる。

それでもロドスで働いているのは、自分がしたいことと出来ることがここにはあるから。感染者や非感染者と関係なく、必要な人に香りで癒しを与えることが彼女の原動力でもある。

 

「それは変えられない流れだろう」

 

だが発症すれば治療法もなく、見た目は歪になり、最後には破裂し周りを感染させる。

そんな存在が隣にくれば自然と避けるかどこかに行くよう働きかける。そして大抵、避けるにしても働きかけるにしても、それがポジティブなものであることは少ない。むしろアグレッシブな方法が最も簡単だろう。スネークはそれを実体験(戦場)で知っている。

 

「じゃあ……感染者はあなたからすればどんな存在?」

 

だが彼女にとって、感染者に興味すら持たれないのはとても悲しいことだった。

 

鉱石病がない世界からやってきた彼が感染者に対してどんな印象を抱いているのか、彼女はただ1人の人として気になっていた。

 

「ん?おかしなことを言うな?」

 

「どうなの?」

 

真剣に、そしてわずかな不安を抱きながら彼に尋ねる

 

「……どう、と聞かれると難しいが、まあ人だな」

 

「…………」

 

「生憎俺はこの世界の普通を知らない、あらかた書物を読んだがここがだいぶ特殊な環境なんだろう。そのおかげか鉱石病に対して極度な恐怖は無いな。まあ、源石の取り扱いについてはもう少し学びたいが」

 

「じゃあ……あなたにとっては感染者も普通の人?」

 

「目に見えて鉱石病の症状があるなら別だがな。例え腕がなくとも目が見えなくとも人は人だ。相手がどんな存在か知るのに病や障害があるかは手掛かりにはなるが、有ることや無いことが人の存在そのものではないからな」

 

スネークから見れば、むしろケモミミや尻尾がある方がよっぽど驚きだったが、それもこの世界が自分の知る世界ではないことをスネークに視覚的に伝え、やがて慣れた。

そもそも、調べた限り鉱石病は人から人にはよっぽどのことがない限り感染しない。接触や飛沫により感染するものでもないため、こちらが注意することはあまりない。もっとも、鉱石病は脳神経系にも影響を与える場合がある、視覚障害や聴覚障害があればコミュニケーション等に注意する必要はあるだろう。

 

何よりスネーク自身も片目を失い、また被曝による影響も受けている。だがそれで自分が異形の存在になったわけではない。

それでも、自分のように失った自分の身体を見てバケモノと捉える人間もいるだろうし、失った本人もそう捉える場合があることも知っている。それは自然な流れであり、変えられるものではないと彼は思っているが。

 

「……じゃあ、もし、だけれど」

 

「ああ」

 

「自分が感染者になったら?」

 

「鉱石病にか?」

 

「ええ」

 

「まあ、その時はその時だな、ここに世話にならないよう気を付けよう」

 

そう言ってニヤリと笑いながら、テーブル上にセッティングされたティーポットを片手で取り、カップに自分とラナの分の紅茶を注ぐ。ケーキスタンドはないが、ティーポットやカップ、ソーサーを見る限りアフターヌーンティーの習慣とほとんど同じようだ。この世界にも紅茶文化が栄えている国があるのだろう。

 

「何が起きようが自分は自分でしかない。何かが自分自身に起きようが、他人に起きようが、理解する努力が必要になるだけだ。そんな努力より否定する方が楽だろうがな」

 

少し長話をしていたが、色を見る限り、どうやらそれほど濃くはなっていないようだ。いい香りもする、飲むのに最適なタイミングだろう。カップを持ち上げ、口に運ぶ。

 

「……ところで、思ったのだけれど」

 

「ん、なんだ?」

 

「あなたって本当に傭兵?」

 

「ああ、そうだが?」

 

「それにしてはこう、なんと言うか……飲み慣れてるわよね?」

 

「……まあ、紅茶好きがいたんでな、コーヒーが良かったが半ば無理やり飲まされていた」

 

「そうなの」

 

それにしては随分と優雅に飲むのよね、とラナは思った。

何せこの髭を生やした隻眼の傭兵は、ティースプーンはカップの奥へ置き、一杯目はストレートで、2杯目はミルクたっぷりで紅茶を楽しんでいるのだ。完璧なアフターヌーンティーの作法である。加えてハーブティーにも精通しており、この庭園で採れるハーブに合わせて、美味しいハーブティーを淹れてくれたりもした。とても一介の傭兵が身につけているような作法ではない、と思う。

 

この6日間、スネークと話していてわかったのは、彼の知識の豊富さと思考の柔軟さだ。コミュニケーションは何も問題なかったが、龍門やウルサスの言葉すらも読めていた。恐らく他の言語も読むことができるだろうし、もしかしたら話すこともできるのかもしれない。

いずれにせよ、戦闘を生業とするだけの人物とはとても思えなかった。

 

もっとも、ロドスが採用するほどの人物かと言われるとわからない。何せ傭兵としての姿を一切見ていないからだ。当然と言えば当然だろう。だが、戦闘職以外でも情報部門でとても活躍できそうだなぁ、とラナは思ったし、彼との会話は飽きがないことから、できたら長ーく付き合いができたら良いな、程度には好感を持っていた。

 

トゥルルルッ トゥルルルッ トゥルルルッ

 

「あら、ちょっと失礼」

 

そんな優雅なティータイムを過ごしていると突如電話が鳴り響く。何か呼び出しらしい。

療養庭園も明日までは休園だが、来園自体はできないこともない。外のインターフォンを鳴らしてラナが許可を出せば入れるのだ。

それでも、休園であることを配慮されたのか、インターフォンを鳴らされることはほとんどなかったのだが、そのインターフォンがなった。ミルラに図書室の本を運んでもらうよう頼んだこともあったが、今日は頼んでいない。ケルシー先生が来るには早すぎる。

 

いったい誰だろうか、そう思いながら入り口へとラナは足を運ぶ。

そこには……ちょっと意外な人物が立っていた。

 

「はぁーい、休日にごめんなさいね」

 

「こんにちはラナさん」

 

「あら、お久しぶりねお二人さん、そう言えば今週帰ってくるって話だったわね」

 

療養庭園の入り口には・・・BSWから1ヶ月以上ぶりにロドスに帰ってきたフランカとリスカムが立っていた。

 




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5−2

インターフォンが鳴り、ラナは少し席を外した。

その間にもスネークはゆったりと座りながら紅茶を飲み、頭の中で思考していた。

 

まず考えなければいけないのは……葉巻である。

やはり葉巻がなければ始まらない、葉巻なき人生は人生ではない。嗜好品とあなどるなかれ、葉巻は心に安らぎをもたらし、人生を豊かにしてくれる。戦場においても心を平穏にさせ冷静さをもたらしてくれる兵士にとって重要なツールとなる。

いつか、食事はカプセルで摂取可能になり、兵站の負担は軽減されるだろうという話を聞いたが、とんでもない。食事は兵士にとって命の源であり士気にも直結する。また、戦場においても食事の時間は仲間と話をし、交流を深める絶好の場である。カプセルなどで代替できるほど簡単なものではない。

 

同様に葉巻はたばこで代替できるものではない。もちろん喫煙者は周りに配慮しなければならない、主流煙より副流煙の方が体に害があるからだ、吸うのは自己責任だが他者に危害を加える気は一切ない。ましてや鉱石病で呼吸器系が弱っている人もいるだろう、より一層の注意が必要だ。

 

 

だがそれはそれとして葉巻が欲しい

 

 

そのためには軍資金が必要だ。

ここで働くのも一つの手だろう、元から組織にはあまりこだわりはない。ましてや元の世界に帰る方法も探す必要がある。鉱石病に対して柔軟で積極的な姿勢を示しているここならば、この世界の珍しい情報も収集しやすいだろう。

だが一方で、ここである必要もないとも言える。何よりここだけの立場でしか情報を得ることができていない、せめて街を見てから就職を考えたい。

 

 

それはそれとして早々に葉巻を入手する必要がある

 

 

それも上質な葉巻が良い。この世界に葉巻職人がどのくらいいるかわからないが、せめてプレミアムシガーがあることを強くねがう。最悪ドライシガーでも構わないが、品質が粗悪であれば、タバコの葉を入手しまいた方が良いだろう。時間がないために巻いたことはないが、知識はある。ここならば葉巻を巻く時間もあるだろう。そのためにもタバコを生産している産地を知り、生産者と直接やり取りする必要もでてくるだろう。

 

 

何はともあれ、葉巻が欲しい

 

 

そのためには金と情報だ。そして不足しているのは情報だ。金は……まあ考えるとして、葉巻の入手方法がそもそもわからない。元の世界に帰るのを調べるついでにまずは葉巻に関して調査する必要があるだろう。

 

「あら、前と違って随分と難しい顔をしてるわね、何か考え事?」

 

葉巻について思案していると、後ろから声がかかる。それも聞き覚えがある声だ。

カップをソーサに置き振り返ると、ラナの後ろに茶髪と銀髪の二人組が見えた。どうやら彼女ら2人がここにきたらしい。

 

「まあな、明日から何をしようかと考えていたところだ」

 

「あらそ〜、こっちはあなたのおかげで大変だったのに呑気ねー」

 

「俺が迷惑をかけたか?」

 

首を傾けてフランカの方を見るスネーク、そんな彼に対してリスカムが補足する。

 

「あなたのことについて調べるのに協力されて長かったの」

 

「あー裏づけのための事情聴取か、それは確かに迷惑をかけたな」

 

「そんな大したことは話してない、というか話せないし」

 

「まあね、全くもって疲れたわよぉ?知らないって言っても、『何か言ってませんでしたか?思い出せませんか?』って。出身はともかく、趣味とか性格とか知らないし聞いてないものは聞いてないもの」

 

「それはすまなかったな」

 

そう言っている間にラナは二つ分の椅子とカップを置き、2人を座るよう促す。どうやら2人とも面識はあるらしい。左に座ったフランカの方を見ると、何やら封筒を抱えていた、A4の書類でも入っているのだろう。

 

「はいこれ」

 

「ん?俺にか?」

 

「そ」

 

「後で確認してもいいか?」

 

「もちろんよ」

 

そう言ってBSWと書かれた封筒をスネークに渡してきた。リスカムの方を見ると軽くうなづいていた。何かしらの文句でも羅列されているのだろうか?

 

「一応あなたのことはウチの会社にも報告する必要があったから報告したのよ。個人情報に関する誓約書と原本ね、事後報告になっちゃったけど、急ぎだったから。一応本人に渡す決まりだしね」

 

「わざわざご丁寧にご苦労様だったな、茶でも飲むか?」

 

「あなたが淹れたお茶じゃないでしょうに」

 

そう言ってスネークが持つティーカップを指摘するフランカ・・・だったが

 

「あら?これは彼が淹れたお茶よ?」

 

「・・・嘘でしょ?」

 

「まあ茶葉やハーブはここで育ててるからな、俺は単純に湯を入れているだけだしな」

 

そう言いながら、ソーサーへと静かにカップを置き、慣れた手つきで片手でティーポッドを操作、ラナが新しく出してくれた2つのティーカップに少し少なめに紅茶を注ぐ。

 

「ミルクと砂糖はいるか?」

 

「えっ、え?」

 

「私はミルクで、砂糖はいらない」

 

「そうか、フランカは?」

 

「あ、うん、砂糖とミルクで」

 

「そうか」

 

2人の返事を聞き、ジャグは使わず、リスカムにはミルクを少し多めに加え、フランカにはミルクと砂糖を加えてティースプンでかき混ぜ、2人に差し出す。

 

「本当はスコーンでもサンドイッチでもあればいいんだろうがな、あいにく食材がない、諦めてくれ」

 

「あら、あなたお菓子も作れるの?」

 

「レーションにマカロンを入れようとしたやつがいてな、試しに試作したことがある。その時の名残みたいなもんだ」

 

ラナがなんでもないように尋ねたことに端的に答え、その間に出された紅茶を美味しそうに飲み始めるリスカム。そんな光景をみたフランカはこう思った。

 

(あれ?私女子力低くない?)

 

あえて断言しよう、スネークが少し特殊なだけである。むしろマカロンを作ることができる総司令官など聞いたことが・・・ないこともない気がする。

が、少なからずこの世界では傭兵がマカロンやアフターヌーンティーの作法に熟知していることはそうそう無い。それこそボディーガードでもあればまた変わってくるかもしれないが、断じて傭兵が嗜む代物では無い。

 

「これ美味しい」

 

「それは何よりだ」

 

「あらフランカは飲まないの?」

 

「えぁ、私も飲むわよ?」

 

「どうして疑問形なのさ」

 

「いいでしょ別にッ」

 

相棒が何かじーっとこちらを見てくるが気にせずティーカップを手に取り、紅茶を一気に飲み干す。

 

「・・・美味しい」

 

そんな彼女の周りには

 

「あらいい飲みっぷり」

左に感心するラナ

 

「フランカ……一気飲みはどうかと思うんだけど」

正面に呆れる相棒

 

「もう一杯いるか?」

右に己が(女子力で)敗れた(と思っている)中年男性

 

それぞれが一気飲みした彼女を見ている

 

「…………もう一杯ください」

 

白い机の方だけを見ながら スススー とソーサーごと差し出すフランカ。

 

「素直なことだ」

 

そう言いながらスネークは再び紅茶を注ぎ、濃くなった紅茶をジャグに入ったお湯で薄める。

 

「さすがにまた砂糖とミルクだと飽きるだろうからな、ストレートのも飲んでおけ」

 

「……お気遣いどうも」

 

この時リスカムは、珍しく相棒が遠慮がちになっているなと思った。

普段は紅茶を一気飲みしようが何しようが気にしないのに、三者からその姿を見られて自分を客観視してしまったのかもしれない。これはいいものを見られたと思いながら、ゆっくりとミルクの入った紅茶に口をつける。

 

「で?この書類を俺に渡しに来ただけなのか?」

 

「うん、私たちはあなたの顔を見るのと書類を渡しに来ただけ」

 

「あらそうだったの?てっきり何か話があるものかと思っていたわ」

 

「まあ世間話でもできたらとは思ったけど、まさか紅茶をご馳走になるとはね……」

 

「私が言うのもなんだけど、フランカはもう少しお淑やかに振る舞えないの」

 

「本当にあなたが言うことじゃ無いわね……!」

 

お淑やかさを求められているのかお前たちは。

スネークは心の中で強く思ったが、口に出すと面倒なことになることは間違いない。ラナの援護射撃も期待できない以上、口を挟む危険を冒す必要はないだろう。静かに自分の分の紅茶を飲むことにした。

 

「まぁまぁ、2人とも本当に仲がいいのね〜」

 

「「仲良くないです!」」

 

「いいコンビだな」

 

「本当ね〜」

 

フフフ、とティーカップを片手に微笑むラナ。

この世界では種族によって寿命が違うために、同じ年齢でも発達段階が異なる。それを踏まえても、BSWの2人は完全に年長者2人に弄ばれていた。あそんでいる2人は全くその自覚はないあたりが恐ろしい。

 

「……それで、スネークはこれからどうするの?」

 

「ん、俺か?」

 

「聞いたわよ、明日まではここにいるけどそのあとは決まってないんでしょう?」

 

「まあな、水と食料をもらい次第、龍門に行くつもりではあるが」

 

「龍門?何かアテはあるの?」

 

「ないが、ここに世話になりっぱなしなのは性に合わない。それに働き口を決めるにしては俺は何も知らなすぎるからな、せめて外を見てから決めたい」

 

何よりまずは葉巻を入手するアテをつける方が最優先だ。

 

「なるほどねぇ、まあそれならちょうどいいかもね」

 

「お金は?アテはあるの?」

 

「無いがまあ、街につけばいくらでも生き残る術はあるからな、死ぬ事はない」

 

「あー、まああなたなら生き残れそうな気がするわ」

 

「龍門にはどうやって行くの?」

 

「運び屋の車に同乗させてもらうつもりだ、だからすぐ出発できるかはわからん」

 

この世界では運び屋、また天災の専門家としてフィールドワークを生業としている職もある。飲食業も現地に溶け込む定番ではあるが、運び屋として各地を行き来するのもありだろう。

 

「ま、それならそれでいいと思うわ、ロドスは本人の意思を尊重するからわざわざ引き抜きや強制はしない、また興味を持ったらくればいいわよ」

 

「人生どうなるかわからんからな」

 

実際、いま自分がどこにいるかわからない状況下にあるわけだしな、とスネークは感じた。

 

なぜこの世界にいるのか。世界地図を見る限り、自分の知り得る国家は何一つ存在していなかった。だが同時に、言語は共通している。また、自分のよく知る銃も存在し、武器以外にも文化や植物・動物も未知なものも一部あったが、基本的には自分もよく知るものばかりだった。

目が覚めた直近の記憶が失われているが知識は欠落していないらしい。しかし、この世界は自分がいたであろう世界と異なっているが共通している部分も多い。

 

 

……考えても仕方ない、とりあえず葉巻を入手しよう

 

 

それが今のスネークの思考であった。

いいのかそれで

 

「じゃあ、明日私たちがあなたを迎えに行ってもいいわよ?」

 

「いいのか?」

 

「ええ、私たちはあくまでロドスに駐在しているだけだから、ロドスから離れるときは言っておけばすぐ出れるのよ」

 

「そうなのか」

 

「そうなのよ」

 

「だがお前たちも仕事があるだろう」

 

「今は大きな仕事はない、私たちはロドスにセキュリティーサービスや安全保障のコンサルタントとしている。けど今はそれを求められる事態でもないから」

 

「お前たちの仕事はここのオペレーターの指南役と助言役、ただし実働も兼ねるというわけか」

 

「本当物分かりいいわよねあなた」

 

「同業みたいなものだからな」

 

スネークが組織したMSFは、民間軍事会社だ。その規模は少数ながら国家に帰属しない軍隊としてあらゆるサービスを提供していた。あらゆる組織へ軍事力の提供も行っていたが、教練や教官役の提供・派遣も行っていたし、むしろ得意分野の一つでもあった。スネーク自身も政府軍や反乱軍の指導役として各地を転々としていた時期もある。フランカとリスカムの2人も、ここではそのような役回りを求められているのだろう。

 

「まあ、車を出してくれるなら助かる」

 

「わかったわ、じゃあ適当な時間になったら迎えにくるわね、ここに来ればいいかしら?」

 

「明日はケルシー先生がここに来て経過を伝えるから、そうね。ここに来てくれればいいと思うわよ」

 

「じゃあそれで」

 

そう言って、フランカは紅茶を飲みソーサーにカップを置く。今度は豪快に飲みはしなかった……一気飲みではあったが。そんな相棒に再び呆れ顔を見せながらも、リスカムも同じく席を立つ。

 

「紅茶美味しかった、ありがとう」

 

「感謝ならここの管理人に言っておけ、俺は湯を入れただけだ」

 

「またいつでもどうぞ〜。今度はジェシカちゃんと新人さんも連れてきてね、歓迎するわ〜」

 

「そうするわ、じゃあ明日よろしくね」

「また明日」

 

「ああ、またな」

 

軽く挨拶をすると、ラナが出口へと2人を案内する。

その間にスネークはティーセットを片付け、流しに持っていき、スポンジで水洗いし、水切りかごに置いておく。大した量ではないため、濯ぐだけですんだ。出口の方をチラッと見ると、三人は何か話している。まだすぐ帰ってくる様子はない。

 

ふと、もらった封筒のことを思い出し、書類を確認しておくかと白いテーブルの方へと戻り中身を取り出す。中からは個人情報取り扱いに関する規約と、会社が書類を受け取ったという証明書、同意書、その他諸々が多数入っていた。主だったものを取り出し中身をざっと確認する。

 

「……明日迎えにくる、か。まあ悪くはないな」

 

「あら、さっきもらった書類?」

 

「ああ、会社っていうのは大変だな」

 

「傭兵部隊はそういう書類とは無縁そうだものね」

 

「いや、ペーパーワークは大量にあった。俺は自分の任務の報告書以外はほとんど手をつけてなかったがな」

 

戻ってきたラナにそういうと、一旦書類をしまい、ここ6日間お世話になっている庭園内のベンチに移動する。そのベンチは三人がけだが、うち2人分のスペースには大量の書物が山積みにされていた。

 

「あら、もう読みたいものはあらかた読んだんじゃないの?」

 

「まだ頭の中に入れ込んだとは言えないからな、それに何度読み返してもバチは当たらん」

 

「何か追加で欲しい本はあるかしら?」

 

「いや、おそらく問題ないだろう、何か必要になれば伝える」

 

「わかったわ、じゃあ私は中にいるわね」

 

そう言ってラナはビニールハウスの中で併設された彼女の工房に入っていた。

彼女が中に入っていったことを見届けたスネークはベンチに座り、しまった書類と借りていた分厚い本を広げると、じっくりと読み込み始めた。

 




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6

先日投稿した、6−1、6−2を統合したものです。
すでにお読みの方は7以降からお読みください。

初めての方はこのまままお気になさらず本編をお楽しみくださいm(__)m


2月10日 AM09:00

 

ロドス 療養庭園内

 

ロドスによる1週間の経過観察が終わり、スネークは朝から観察結果をケルシーから説明されていた。

 

「血液中源石濃度はわずかに上昇したが、それ以外に大きな変化は見られなかった……彼女にも定期報告をしてもらっていたが、身体的な問題はなさそうだな」

 

「まあ俺も自覚症状はゼロだな」

 

ただ葉巻が欲しいという禁断症状は出始めているが、それをいま主張したところでなんの意味も為さないだろう。何より源石汚染やこの世界とは直接関係のないことだ。

 

・・・葉巻が必要な事態になったのはこの世界に来たせいではあるが。

 

「なら、俺は無罪放免か?」

 

「元から罪に問われてないが」

 

「1週間も拘束されていたからな、開放には変わるまい」

 

「随分と満喫していたように私は認識しているが?」

 

「まあな。随分と自由に過ごさせてくれたから、とても助かった」

 

少なくとも、スネークの人生の中で一番快適な拘束だった。入院でもここまで融通が効いたことはない。むしろ自分の知らない環境下で生存するという意味でも、ここまで快適かつ自分の希望通りにことが進んだこともなかった。

 

「それで、君はこれからどうするんだ。今からここで過ごす気はないと聞いているが」

 

「俺は……この世界について知らないからな。情報を集めるのにはここは持って来いなのは確かだが、俺の性に合わない」

 

少なくともここに留まり情報を集めるのは、情報の正確性に欠ける。一つの組織に属することにスネークは抵抗はない、だが何も知らないまま一つの側面からだけ情報を得ることは危険だと知っている。ただ一面からしか捉えられなくなれば重要な何かを見逃す。

 

生き残り、MSFに戻ることがスネークの最優先目標である以上、決まった組織に属すことで帰る手がかりが得られるならばそれに越したことはない。だが、このロドスという組織が自分に何かをもたらしてくれるかわからない以上、属する理由はない。

 

何より居候の身はスネークの性分に合わないのだ。まだ放浪する方が気楽とも言える。

 

「そうか、それなら私たちも止めはしない」

 

「私は採用担当とかじゃないけど、気になったらいつでもきてね〜、歓迎するわよ〜」

 

・・・といったスネークの希望は、ラナとの会話ですでに把握済みであるケルシーからすれば、何もいうことはない。自然なことだった。ラナとしても、ここに留まってくれないのは少し残念ではあったが、本人の希望を曲げることはしない、というのが様々な事情や背景を抱えた人々を受け入れているロドスの基本姿勢であること、何より今生の別れにはならないという香りがしている。きっとまた会えるだろう。

 

「ああ、その時はまたここに顔を出すとしよう」

 

「……そろそろ彼女たちの迎えが来るだろう」

 

「それならさっきBSWのみんなには連絡したわ、多分もうすぐ来るはずよ」

 

「なら私の仕事はこれまでだな、私の同僚が迷惑をかけるところだったが……何ごとも起きなくて何よりだ」

 

「もしかしなくてもワルファリンさん?」

 

「……危うく人体実験が始まるところだった」

 

全くもって、毎回なんで問題を積極的に起こしにいくのか、と何やらブツブツとケルシーという女が言い出す。なるほど、どうやらこの世界にも研究開発班のような研究者がいるらしい、おそらく常習犯なのだろう。その手の研究者は、自分の好奇心や何かに固執しているため防ぎようがないのだ。同時に腕も確かだが、大抵人として問題がある、コミュニケーションをいかに取るかが重要だ。

 

「ところでスネーク?」

 

「ん、どうした」

 

「あなた、龍門に行くって言ってはいたけど、具体的にどうするの?いくら彼女たちが送ってくれるとは言っても、龍門で何かしてくれるわけではないでしょう?」

 

「あーそれなんだがな、少し予定を変更することにした」

 

「予定を変更?」

 

「ああ」

 

ラナからすればスネークの今後について興味があるようだが、ケルシーはさほど興味がないらしい。自分の端末を操作し、何か作業をしているようだ。それでも一応、会話には注意しているようで少しだけ頭部の耳がスネークの方を指向している。

 

「予定を変えるって、龍門以外のところでも行くつもりなの?」

 

「いや、そういうわけではなくてだな——」

 

「そこから先は私たちが説明するわっ!」

 

スネークが事情を説明しようとしたところ、右手にBSWと書かれた封筒一式を抱え、療養庭園にバーンッと言わんばかりにフランカが現れた。その後ろにはバニラと呼ばれていた新人も見える、先輩の姿に何も言えず苦笑しているが。

 

「あらフランカ、それに彼女が新人さんのバニラちゃん?」

 

「は、はい!初めまして!BSWから訓練生として来たバニラです!!」

 

「元気な子ね〜、これからよろしくね」

 

「はい!」

 

「……それで、彼に関して説明があると聞いたが?」

 

元気のいい挨拶を初手にかましたバニラだが、残念ながらケルシーにはあまり届かなかったらしい。正しくは、とりあえず要件を片付けて欲しい、という感じでもあったが。そんな意思を感じ取ったのか、バニラは自分の振る舞いを思い出してあわあわし、そんな彼女をフランカが頭を撫でながらも、ケルシーに応えた。

 

「そうね、まあ手短に」

 

そう言うと、右手に持つBSWの書類一式を取り出し、そのうちの一枚をケルシーに差し出した。

 

 

 

「私たち、ブラックスチール・ワールドワイドは、彼と雇用契約を結ぶことになりました」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

その書類を見た瞬間、わずかにケルシーの口が開く

 

「・・・BSWは身元不明の彼を雇用すると?」

 

「ええ、といっても短期雇用契約、インストラクターとしてだけどね」

 

ほんの一瞬、書面の内容を読み返すロドスの医療部門のリーダーは、フランカに雇用に関する疑問を投げかける。

 

「彼は身元不明の人間だ、それに傭兵としてならまだしも、インストラクターとして彼を君の会社は受け入れるのか」

 

「ええ、すでに本部には了承を得たわ」

 

「付け加えると、フランカさんが頑張って説得して、条件付きということでインストラクターの短期雇用という形で落ち着きました」

 

そうバニラが補足説明をし、続けてフランカがBSW本社の承認書を差し出す。どうやら本当にスネークを受け入れるようだ。

 

「まあそんなわけで、彼はしばらくBSWのインストラクターとして、私たちBSWロドスアイランド派遣部隊の一員になるわ。部屋は私たちに割り当てられた一室が残ってるからそこを使うけど、問題ないわよね?」

 

「ああ、BSWに割り当てた部屋が余ってるのなら問題はないが」

 

「ま、問題ないことさえ確認できればこっちはOKね。あとは——」

 

「俺の返答はOKだ、むしろこの契約内容で本当にいいのか?怪我の責任は俺が持つのはわかるが、装備や消耗品に関してはそちらもち、さらには衣食住の保証と給与に関しても交渉可能、随分と雇うにしては羽振りが良すぎるだろう?」

 

雇用内容を一読した時点でスネークの答えは決まっていた。別に書類には怪しい箇所はなく、責任の所在や線引きははっきりと書かれていた。

しかしスネークが得をするというよりも、むしろ向こうが損をしそうなほどの内容だ。契約満了の基準もはっきりしていたが、それもあまり難しいことは求められていない。

 

「……条件を上層部に飲ませるのは相当の材料がいるはずだ、それも1週間で承認書まで。君は一体どんな手を使ったんだ?」

 

「あら、先生はそれは気になる?」

 

ケルシーが尋ねるが、あくまでなんでもないと言わんばかりにフランカは微笑んで返す。わざわざ自分から伝える気はないらしい。

 

「いやそれは俺も気になるんだが、面倒ごとは勘弁だぞ」

 

「……ま、そんな大したことじゃないわよ?契約満了の基準を私が提案したらそうなっただけよ」

 

「は?アレだけのことでか?」

 

スネークからすれば不思議でしかない。一介のPMCが、そこまで求めることなのだろうか。相手が御曹司やVIP、とも思えない。それほどまでに射撃は重要なスキルなのだろうか。

 

「その契約の基準って私たちが知ってもいいのかしら?」

 

「契約者本人が許可するなら問題ないと思うわよ?べーつに機密文書でもないしね」

 

「見るか?」

 

ラナが興味本位で尋ねると軽く許可が出た。

じゃあ遠慮なく見せて、というとスネークは少し待てといって、療養庭園の白い机に昨日から置いておいたバックパックをガサゴソと漁ると、1つの書類の束を手渡した。

書類の頭には【短期雇用契約内容】と書かれ、その下には甲乙の文章が並ぶ。パラパラといくつかめくると、最後のページに契約満了の条件が書かれていた。

 

「えーと、これかしら・・・『乙のインストラクターとしての任期満了は3ヶ月、あるいは甲による丙の査定評価がA相当になるものとする』……えーと丙っていうのは……どこにあるかしr——ジェシカちゃん!?」

 

「どうした急に」

 

「あ、あなたこんな契約に同意したの!?」

 

「1人のシューターを一人前にしろという話だろ。戦場の最前線ならともかく、ここには設備も資材もある、何より費用は向こうが持つらしいしな、好条件だ」

 

スネークが読んだ限り、A相当は今の査定評価の一段階上らしい、

つまり伸び悩んでいる相手を一人前に仕立て上げろという契約だ。ただ戦術や戦略を教えるならば3ヶ月では足りないが、銃を扱うシューターであれば十分だ。0からではないなら尚更、さらにサポートも手厚い、これほど簡単な依頼はない。

 

「ジェ、ジェシカちゃんってあのジェシカちゃんよね?」

 

「そうよ、あのジェシカよ」

 

「すごく頑張ってるって聞いてるけど、この条件は——」

 

「査定基準までは知らんが、要するに頭打ちになっているのを改善して欲しいんだろ、ハルバードや剣の扱いは知らんが銃なら問題ない。俺でも教えられるからな」

 

「……君はアーツを扱えるのか?」

 

「それはやってみないとわからんが、十分扱えるだろ」

 

「根拠は?」

 

「直感だ、何より銃はよく知っている、間違った扱いをしなければ自然と銃は応えてくれる、そういうもんだ」

 

あらゆる兵器を扱って来たスネークだが、その経験で分かったのは大切に扱えば銃も応えてくれることだ。この世界の銃は自分の知る銃と異なる点もあるだろうが、それでも銃には変わりない。きっと応えてくれるだろう。

 

「まあその点はこっちでも検討したわ、とりあえずあなた用の銃は後日、しばらくは予備のハンドガンを使ってもらうわ。アーツコントロールの練習も兼ねてね」

 

「了解した」

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

「早速仕事か?」

 

「ええ、リスカムが練習相手になってるわ、まずは情報収集からでしょう?」

 

「そうだな」

 

「じゃ、そういうことで、今後ともわが社をご贔屓に〜」

 

そういうとフランカは颯爽と歩き出す。どうやら本当に今日から仕事開始らしい。

 

「え、ちょ、フランカさん!?早すぎませんか!?え、あ、はい!失礼します!!」

 

そしてその後ろを追いかけるため、そそくさとバニラが丁寧にケルシー先生とラナに頭を下げ、走っていく。

 

「世話になった、また暇を見つけたら訪ねにくる」

 

「な、なんだか突然のことで私もびっくりだけど・・・そうね、頑張ってらっしゃい。いつでもここで歓迎するわ」

 

「そうか、じゃあまたな」

 

そういってスネークはバックパックを手に持ち、走っていったバニラのあとを追っていった。

タッタッタと慌ただしくかけていく足音が2つ、それとは別に静かに廊下を駆けていく男の後ろ姿を見送ると、療養庭園にはラナとケルシーの2人が残された。

 

「……あっという間の出来事だったな」

 

「そうですね……嵐みたいに過ぎ去って」

 

「……BSWがそこまでするほどの魅力が彼にはあったのか?」

 

「わかりません、私は戦闘はからっきしなので」

 

「それもそうか。だが1週間よく働いてくれた、休暇を延長してもいいぞ」

 

「いいえ、明日から予定通り再開します、何より1人だとつまらないですから」

 

「そうか、君がそういうならそれでいい。今日中に彼の報告書をまとめて私に送っておいてくれ。あとは明日の準備もな」

 

「わかりました、先生もお気遣いありがとうございます」

 

そういってラナは優しく、ペコりと頭を下げる。

 

「……けど、彼は本当にどこから来たんでしょうか」

 

「さあな、検討もつかない、彼が嘘をついている可能性もあるが——」

 

「少なくとも彼は正気でした、何かしらの問題が生じているとはとても。何よりここにいる間、穏やかでした。感情の起伏が激しいわけでも、感情がないわけでもなく、普通の人でした」

 

「ここ1週間の報告でもそう書いていたな、それと知識量が豊富だと」

 

「傭兵は情報が命取りだから、といってましたけど……それにしては植物の種類や紅茶の作法、それに鉱石病に関する論文や歴史・地理、伝承やアーツコントロールの技術書の読破、どれも傭兵っぽくなくて……」

 

「まるでスパイだな」

 

「けど、スパイって感じでもないんですよね」

 

だってスパイが絵本まで読みます?

そうラナがおかしい様に笑いながら、ケルシー先生へ言葉を投げかける。

一方のケルシーは、表情をあまり変えず、少し考えた様な素振りをラナへと示し、何事もなかった様に指示を出した。

 

「とりあえず、私は研究室に戻る、君も自分の作業に戻るといい」

 

「そうですね、また彼もここに来てくれそうですしね」

 

「ああ、じゃあまた」

 

「はい、先生もいつでもいらしてください」

 

残された2人も、片方は明日から始まる仕事の準備に取り掛かり、片方は研究室へと戻っていった。こうして変則的にではあるが、ロドスには新しい仲間が加わることになった。きっと彼もここをなんだかんだと気にいる変人になるのだろう。

 

「……そういえば、ドクター君は彼のこと知ってるのかしら?」

 

ふと、ラナが残った疑問を口ずさむ。

けれどそれは些細なこと、しばらくロドスに滞在すれば自然と彼もドクターと会うことになるだろう。そう思い、明日の準備とこの1週間の彼の経過観察の報告書をラナは作り始めることにした。

 

 




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7-1

2月10日 AM 09:10 ロドス艦内 深層フロア射撃訓練室

 

スネークは駆けるバニラに追いつき、さらにその奥にいるフランカの後ろ姿を追いかけると、射撃場(シューティングレンジ)にたどり着いた、屋内で最大距離は100mほど、上下に的が分散されており、ただ的を撃つだけでなく、市街地戦を意識した作りになっている。どうやらここが目的の場所らしく、職員らしい人間がこちらをチラチラと見ている。見覚えのない中年男性が入ってくれば当然の反応だろう。射撃場の後ろに設けられた作業台の前に手招きするようにフランカが立っている。

 

「ほら、はやく早く」

 

「そう焦るほどのものでもないだろ」

 

「いいじゃない、私は早くジェシカが一人前になるのをみてみたいのよ」

 

そういう彼女の言葉に嘘は感じられない、どうやら本当に楽しみにしているらしい。そんな彼女の前には南京錠がかかった小型ケースが置かれている。

 

「それで、このガンケースの中身は俺が使っていいのか?」

 

「なーんだ、中身が何かわかってたの」

 

「さすがに中身まではわからんな、見せてくれ」

 

「ハイハイ」

 

フランカは鍵を取り出し、南京錠を外す。

ケースの金具を外し、ケースを開くと中にマガジン二本とハンドガン、そして専用のホルスターが入っていた。銃は金属製ではなくプラスチックやポリマー素材で構成されており、トリガー部分にはトリガーが二重にあるように見える。

 

グロック(Glock)か、また随分と先進的なものを選んだもんだ」

 

「そんな皮肉めいたことを言われても私にはさっぱりよ、私が分かるのはその銃がグロック17っていうのと、使う弾丸はジェシカの使ってる銃と同じってことだけ」

 

「そうか」

 

ケースに収められたマガジンを取り出し、それぞれ中身が空であることを確認する。

続いてグロックを握り、収められていたマガジンを引き抜く。スライドを交代させチャンバーが空であることを確認し、スライドを少しだけ前進させ引き金を絞る、カチッとスライドは前進した。

少なからず銃の機構としては問題はなさそうだった、完熟訓練が少し必要だろう。特にトリガーセーフティーについては知識として知っているが、実際に取り扱ったことはない。

 

「どう?使えそう?」

 

「銃は基本的な扱いは共通するからな、こいつは……まあ少し特殊だが問題はない。弾はどこにある」

 

「ハイハイ、こっちよ」

 

フランカが小型の弾薬箱をどこからか引っ張り出し、ドンっと作業台の上に置く。中身は全て9mmパラベラム、見慣れた弾丸だ。

 

「ここで射撃練習をしてもいいのか?」

 

「そっ、元からそのつもりだし、あなたに指導してほしい子は今はリスカムがついてるわ。後で合流するって伝えている。今はまずは、ていうかあなたが銃を撃てるかが優先だから」

 

「そうか、なら準備をするか」

 

これらからのおおよその流れが確認できたところで、スネークはガンケースから二本のマガジンも取り出し、弾込めを始める。グロック17のマガジンであれば装弾数は17、マガジンは3本あるため51発詰める必要がある。

 

「お手伝いしましょうか?」

 

「ああ、頼む」

 

手慣れているとはいえ待たせるのは悪い。そう考えたスネークはバニラの言葉に同意し、手伝ってもらうことにした。1本マガジンを渡し、お互いの真ん中に弾薬箱を置く。

 

「硬いぞ、無理はするなよ」

 

「大丈夫です!こう見えても腕に自信はあるので!」

 

「そういえばお前の得物はハルバードだったな、まあできる範囲で構わん」

 

そういっている間にもスネークはカチカチと弾を込めていく。見様見真似でバニラもマガジンに弾を込めようと弾薬箱から数発の弾丸を取り出しマガジンに込めて——

 

「え、固い……」

 

「あら、腕に覚えがあるんじゃなかったの?」

 

「え、いやこれ見た目以上に固いんですっ……!」

 

「慣れないうちは大変だろうな」

 

M1911のような*1シングルカラムのマガジンであれば上から押し込むだけで弾込めはできるが、グロック17の場合は*2ダブルカラム、しかもマガジン最上部は一列だけのマガジン構造だ、横に押し込むように弾込めをする必要があるため慣れがいる。

加えてマガジンのスプリントはそれなりに強いし、9mm弾は面積が小さいため力を伝えにくい。慣れてない人間が弾込めをしようと思えば5発も込めれば指先の感覚がなくなるだろう。

 

実際、バニラは8発ほど弾を込めたところで右手がプルプルしている。一方でスネークはマガジン2本とも弾込めを終えた。なおフランカはニコニコとするだけで手伝うことはなかった。

 

「よし、そっちのもよこしてくれ」

 

「す、すいません力になれなくて」

 

「いや、むしろよく8発も入れることができたな」

 

そう言いながらもスネークはカチカチカチと弾を込め終えた。

 

「ジェシカ先輩もこんな作業を毎日してたんですね……知りませんでした」

 

「まあリスカムもよくこんな手間がかかる武器を使ってるわよ、ホントに。剣なら突き刺すだけで済むもの、そりゃ私も手入れはするけど」

 

「馴染んだ武器が一番の武器になる、まあ言いたいこともわかるが俺からすれば余計なお世話だ、好きで使ってるからな」

 

そう言いながら、スネークはマガジン3本とグロックを一旦ガンケースにしまい、後ろの射撃場に向かって歩く。ホルスターもあったが、調整する時間がもったいない。まずはこの銃の感覚、何よりこの世界で銃が撃てるのかを知る方が先だ。

 

射撃場の指定されば場所に立ち、ガンケースを開ける。前後を確認、銃口は前の方に向け、ガンケースに残った3本のマガジンも持ち出し、自身のリグに差し込む。ガンケースを閉じて床に置き、セッティングされているイヤーマフを装着する。

 

「的は出せるか」

 

「もう出しちゃう?」

 

「まずは撃てるかどうかの確認だからな、1枚出してくれ」

 

「OK」

 

フランカは射撃場の職員に合図を送る。

スネークの要望通り一枚だけ的がでる、出てきた的は人型ではなく、ガンシューティングで使うような円形の的、距離にしておよそ25m。

 

「調整用でしょ、これでいいわよね」

 

「ああ、助かる」

 

フランカもバニラも、黄色のセーフゾーンにいることを確認

 

リグからマガジンを一本取り出し銃に差し込む

 

スライドを引き込み薬室に装填

 

両手で構え正面の的を狙う

 

「撃つぞ」

 

「いつでもどうぞ」

 

今まで通り引き金を絞り・・・撃つ

 

 

カチッ

 

 

「……あれ?」

 

バニラが首を傾げる。確かに銃の引き金が引かれた音はしたのに発射されないのだ。

しかしスネークは銃口を標的に向けたまま、銃を構えたままの姿勢で納得したような表情を浮かべた。

 

「ふむ、やっぱりな」

 

「だめ?」

 

「いや、アーツとやらを使わずに撃ってみたがやはり撃てないな。俺の知る銃とは別物らしい、予想通りではあるがな」

 

「そ、次は使うってこと?」

 

「基礎的な扱い方は本で学んだ、ラナにも少しだけ習った、まあ使えるだろう」

 

グロックを握った瞬間、スネークの直感は今までと同じ扱いではこの銃は撃てないと告げた。同時に、今までと同じ射撃コントロールで構わない、この銃を使いこなすことは十分できる、ともわかった。

 

再び集中する

 

今度は握る銃を意識し、薬室内に込められた弾丸を掌に感じ取る

 

呼吸を整え、地面から足を通って腕に流れ銃に伝えるような感覚

 

標的に狙いを定め・・・撃つ

 

 

聴きなれた射撃音とマズルフラッシュ

 

 

弾丸は射出され、反動でスライドは後退し次弾が装填される。問題なくこの銃を扱うことができそうだ。弾丸は狙いのやや下に着弾した。

 

「とりあえず1マガジン分撃つぞ」

 

一拍おき、引き金を等間隔で絞り、発砲する

 

発砲している間にグロックの特徴であり弱点ともいえるトリガーセーフティーによる引き金の重さを掴む。それにアーツを使い発砲するという今までなかった感覚もわかった。もっとも、スネークからすれば魔法というよりは、頭の中で意識したことが実現するという感覚だったが。もちろんそれでも十分に魔法なのだが、射撃する際に扱うアーツは魔法という感じはしなかった。

 

17発を撃ちきり、背後を確認した後マガジンを抜き、銃とともに台の上に置く。

とりあえず、この世界で生産された銃と弾薬であれば問題なく使用はできそうだ。愛用の銃(M1911)が使用可能になるかは……今のところはわからない、しばらくはこの革新的なハンドガンがスネークのお供になりそうだ。

銃を安全に処理したことを確認し、イヤーマフも外し、BSWの2人の方へと一旦近づく。

 

「ご感想は?」

 

「とりあえず扱う分には問題ない、撃てる。あとはこいつの完熟訓練だが……それは俺の問題だな」

 

「あ、あのー、1ついいでしょうか?」

 

「なんだ?」

 

「その、スネークさんが撃った的なんですけど」

 

「ああ、あるな」

 

「その、だいぶ中央から外れて……ますよね?」

 

バニラが先ほどまでスネークが撃っていた的を指差す。

スネークが撃っていた的には、確かに着弾していたが、どれも中央から外れてまばらに着弾しており、パッと見たかぎり、というか素直にいって射撃が上手いとは思えない。リスカムやジェシカの方が上手く撃つことができるだろうと、バニラは感じた。

 

「それ私も気になったのよね〜、もしかしてわざと?」

 

「まあ撃てるかわからなかったしな、サイトの調子も確認したかったからな」

 

「ふーん、じゃあ次は本気出してみる?」

 

「ん?」

 

「ここはちゃんとした射撃場なのよ、ターゲットを撃つ練習もできるわ。もちろん点数ですぐ評価できるわよ」

 

「ふむ……ちなみにターゲットの数は?」

 

「自由に設定できるわよ」

 

「なら20で頼む、腕慣らしにはちょうどいいだろ」

 

「ええそうね、じゃあまた準備して頂戴」

 

「ああ」

 

フランカも疑っているよう……ではなかったが、職員の方の視線はやや見逃せない。別に今この場で下手だと思われるのは構わないが、またここを利用しに来た際に残念がられるのはやや気にかかる。それに、スネークだけの評価で止まるなら構わないが、BSWが連れてきたであろう傭兵は射撃が下手だと思われるのは、きっとよろしくないだろう。

 

気にしすぎかもしれないが、やれるならやっておけばいいだけの話だ。それに何より、仲間であるバニラは自分の能力を疑っているのだ。不和の種は早めにとった方がいいだろう。

 

再び射撃位置に立ち、イヤーマフを装着し、銃を構えリグからマガジンを一本取り出し差し込む。残りのマガジンの位置を確認。ターゲットはその都度出てくるのだろう、今は何もない広い空間だけが前に広がる。

 

「こっちはいつでもいいぞ、初めてくれ」

 

「ブザーがなったら開始よ!」

 

イヤーマフ越しに遠くからフランカの声が聞こえる。どうやら彼女が操作するらしい、まあ誰でも構わないが。とりあえず、バニラに満足してもらおう、ターゲットが出るであろう方向へ意識を向ける

 

 

ビー

 

 

人型の的が右方向に出る、心臓と頭部に1発ずつ

 

続けて正面に2体、確実に仕留めるため心臓に2発ずつ撃ち込む

 

パパン パパン

 

2階の左側に2体、頭部に1発

 

パパン パパン パン

 

お次は一気に5体出てきた

 

左から順に2発ずつ撃ち込み、右に残った2体は1発で仕留める

 

パパン パパン パパン パン パン

 

リロード

 

左手でマガジンを地面へ落としリグからマガジンを入れ込む

 

今度はやや離れたところに3つのターゲット

 

嫌がらせのつもりだろうか、2発ずつ撃つ

 

パパン パパン

 

今度は手前に4体、1発ずつ頭部を撃ち抜く

 

パン パン パン パン

 

お次は最奥に3体、2体には頭に2発撃ち込み、最後の1体に3発撃ち込む

 

パン パン パン パン パンパンパン

 

 

ビー

 

そこで終了のブザーが鳴る。

残弾なし、スライドは解放され薬室内に何も入ってないことが目視で確認できる。マガジンを引き抜き、銃口は正面へ向けて台に置く。後方を確認し、地面に落としたマガジンを拾い、空のマガジンを地面に置いていたガンケースに仕舞い、代わりにガンホルスターを取り出し銃をホルスターへと仕舞う、調整もここで行えばいいだろう。ガンケースとホルスターを持ち、作業台の方へと向かう。

 

フランカは採点中らしく、操作盤らしいところで職員と共に何か作業をしている。少しすればこちらにやってくるだろう。その間にホルスターの調整を仕上げてしまう。

 

「お、お疲れさまでした……」

 

そこに恐る恐るとバニラが後ろから近づいてきた、なぜそんなにかしこまっているのか。

 

「どうした、何かあったか?」

 

「え、いやえーと……凄かったなぁって」

 

「そうか、まあ満足してくれたなら何よりだ」

 

「満足です、本当に」

 

「?そうか」

 

なぜバニラがこんなにかしこまっているのか、恐怖を与えるようなことはしていない。射撃スコアにしても、一応戦えることがわかるようバイタルを外すことなく射撃した。絶好調……というには、まだこの銃に慣れていないため、潜入任務に持っていこうとは思えないが、久しぶりに新しい銃を手にしたこともあり、これからが楽しみでもある。

 

そんな新しいお供のこれからを想像しながら、ホルスターを調整し、今まで使っていたM1911のホルスターを外し、マガジンもガンケースへと仕舞う。そこにグロック17の新しいホルスターを装着し、マガジンもリグへと差し込む。

 

「はい、得点表」

 

「ん、本当に早いな、これは楽だ」

 

そこにフランカが結果をまとめた用紙を手渡してきた。そこには射撃による得点と、ターゲットへの着弾箇所がまとめられていた。

着弾数は34発、得点は331、心臓を狙ったものが9点で9発、頭部を狙った25発が10点で250。着弾位置をみる限り、狙った場所には当てられていたようだが100mの的は思っていた場所とやや下にずれていた、トリガーを軽くした方がいいかもしれない。

タイムは19秒22、これもまだタイムとしては遅い、まだ2秒は縮められるだろう。

 

「まあまあだが、この銃をまだまだ知ることができてないな」

 

「ねえ、あなた実はサンクタ人だったりしない?」

 

「俺が神聖な存在(Sankta)に見えるのかお前は」

 

「いや、まあそうじゃないのはわかるけど」

 

「とりあえず、これで満足してくれたか?」

 

「満足どころかこっちとしては満腹よ、十分すぎるわ」

 

「そうか?まあ俺は教えるだけだからな、戦うことは得意じゃない」

 

「よく言うわホント」

 

なぜかこちらをジッと見てくるフランカだが、スネークとしては特に気にしない。

さっさと仕事に取り掛かる方が優先事項だろう。

 

「とりあえず俺は問題なく銃を扱うことができそうだ。それで、教えて欲しいやつってのはどこにいる?」

 

「……そうね、それがあなたへの依頼だものね。ま、こっちとしても早い方が嬉しいし、そっちに移動しましょうか」

 

「リスカムが教えているといったな?」

 

「今はキルハウスで練習してるんじゃないかしら?こんなに早く終わると思わなかったから、まだ教えてる真っ最中のはずよ」

 

「いや、むしろ都合がいい。キルハウスなら、訓練全体をみることができるエリアもあるな?」

 

「ええ、上からみることできるわ」

 

「ならまずは見させてくれ、いきなり会っても何をすればいいかわからんからな」

 

「そうね、まあジェシカのことだしいきなりあっても話せないだろうから、ちょうどいいわね、じゃあ行きましょ」

 

「ああ」

 

スネークは相棒をしまったガンケースを掴み、移動するフランカの後ろに続く、射撃場を出ていくときに職員らしき人間に一礼、礼儀は欠かせない。バニラもあたふたとスネークの後ろを追いかけるように駆けていく。

 

「お邪魔しました!」

 

ショートの金髪をブンブンと動かし、射撃場には職員数名だけが残った。

 

 

 

朝のため、射撃場を利用するオペレーターはほとんどいない、むしろBSWの面々に今日は朝から使わせて欲しいとお願いされ、射撃場の保安員のオペレーターが待機していた。そのため3人が去ると射撃場はシーンと静まり返っていた。

 

 

 

「……なんだあの人」

 

「BSWの新人さんの方……のことじゃないよな?」

 

「あの眼帯の男の方に決まってるだろ」

 

保安員の1人が口を開く。

彼らもロドスに所属するオペレーターであり、射撃場の保安員を任されている。

銃やボウガンの射撃にそれ相応に精通しており、実戦経験もある。だからこそ、片目だけでかつハンドガンであそこまでの射撃精度を叩き出した謎の男に興味を抱かずにはいられなかった。

 

「初めて銃を使う感じだと思ったら、いきなりあの命中精度だもんな」

 

「サンクタの連中ならやってのけるでしょうけど……」

 

「けど頭はど真ん中でも、胴体のは右側にずれて10点出してませんでしたね、癖なんですかねぇ」

 

そこに別のオペレーターが口を挟む。

確かに頭部を模したターゲットへは、見事にど真ん中に風穴を開けていたが、胴体部分は射手からみて右側……つまりは的の左部分……に偏っていた。

 

「バカお前、体の左には何があるよ」

 

「え、何って……左手ですけど」

 

「ああそうだな、全くもってその通りだな、じゃあお前のその左手を胸に持ってこい」

 

「え、胸に持ってきて・・・あ」

 

律儀にも胸に左手を持ってきたオペレーターは気づいた。そこにはドクンドクンと拍動している大切な臓器があった。

そして改めて、眼帯をしていた男が射撃していった的を見てみると、自分が今まさに手を置いている部分とズレている様に見えた胴体部分への射撃痕が一致した。

瞬間、サーっと血の気が引く。何せ胴体部分に射撃されたものは、全て右にズレているのだから。

 

「ついでにいうがほとんどの的が頭部と心臓に1発ずつ、合わせて2発撃たれてる。それに1発しか撃たれなかった的は全部頭だ、的が生の人間ならハンドガンだろうが死んでるよ」

 

「ハンドガンって、そんなに殺傷能力高かったんですね……」

 

「結局は使い手によるだろうけどな」

 

「……誰なんでしょう、あの男」

 

「フランカさんが言うにはBSWが雇ったインストラクターって話だったけどな」

 

「じゃあ、今後も会う感じですかね」

 

「だろうな」

 

「……とりあえず、的の張り替えと薬莢の掃除するぞ」

 

「「あーい」」

 

 

 

 

 

 

*1
シングルカラム:一列で弾を装填する構造

*2
ダブルカラム:2列で重なり合う様に弾を装填する構造。1列より弾を多く装填できる

……が、給弾不良やマガジンの構造によっては弾を込めにくいというデメリットも




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m(_ _)m。


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7-2

2月10日 AM 09:35 ロドス艦内 深層フロア射撃訓練室、キルハウス

 

「・・・!」

 

パンッ パンッ 

 

「すぐ動く!」

 

「ハイっ!」

 

2人は部屋を掛け抜け、次の部屋に突入する

 

パンッ パンッ   パンッ パンッ 

 

そんな2人の上にはスロープが設けられており、上から訓練室の間取りや中の動きが全てわかるようになっている。そのスロープの上にスネークとフランカの2人は見下ろすようにして、訓練している今回の依頼相手を眺めていた。

 

バニラには伝言を頼み、キルハウスの出口に待機してもらっている。スネークが来たことを訓練に付き合っているリスカムに伝えるためだ。2人が訓練を続けるようならしばらく様子を見たいため、スロープから声をかけたくなかったからだ。

 

「どう?あなたに鍛えて欲しいのはあの子よ」

 

「ああ」

 

今はキルハウス内に設置された的を順番に撃っていく訓練をしている。クリアリングしながら、次々と部屋を進んでいき、撃っている。安全な距離を保ちながらリスカムが後ろから付き添い、時々助言しているようだ。

 

パンッ パンッ  パンッ

 

「……ふむ、射撃センスは悪くない、位置取りもそれほど問題はない、射撃や戦闘の動きに関する技術に関して俺から言うことはないな」

 

「そうね」

 

「だが足りないな」

 

「足りない?」

 

「技術は身についている、あとはそれを常に発揮するだけだが、技術を発揮する本人の意思が足りない。自分の思考や振る舞いに対して常に疑問を持ってるんだろうな。身体が硬いわけでもない、慎重すぎると言った方が正しいだろう」

 

「へー、上からみるだけで性格なんてわかるの?」

 

「常に部屋にエントリーする速度が同じだ、それに音も気にしているな。慎重なやつは何人も見てきたが、あそこまで慎重に訓練する奴は初めてみる」

 

「なるほどねぇ」

 

スネークが見てまず感じたのは、ヘッドセットを着けながらも耳を常に動かす姿だ。訓練中に注意しながらキルハウスを進む人間はもちろんいる。だが常に音にも気を配りながら、かつ一定の速度で進行していく彼女は、確実にターゲットを見つけ、取りこぼすことなく排除していく。

確実に敵を仕留めるその姿は見事なものだと思うと同時に、慎重すぎるともスネークには見えた。

 

「ジェシカ、だったか。彼女の戦闘経験はどのくらいだ」

 

「2年だったかしらね」

 

「2年であそこまでの兵士に育つか」

 

「けど、彼女はあんまり戦闘に参加したことはないの。BSWにいたときは新しい作戦とか試作品とかのテストに参加してて、本格的な戦闘に参加し始めたのはこっちにきてからね」

 

戦闘経験がフランカやリスカムと比べても少ないのだろう。あの動きからすれば新人であるというバニラの方がまだ大胆に立ち回ることができるかもしれない。だが、堅実で隙のない部隊展開は確実にジェシカの方が上手いだろう。鍛え上げれば後輩を育て、部隊を安定して運用する良い兵士になるに違いない。

 

であれば、問題なのは

 

「……リスカムについてなんだが、あいつは盾を装備するのがスタンダードな戦闘スタイルか?」

 

「リスカム?まあ、彼女の盾はそもそも専用のものだし、役割としてもシールダーで、火力を補うために銃を手にしてるって感じね。彼女、アーツは強力なんだけど反動で動けなくなっちゃうから、基本的には盾と銃を使うわね」

 

「そうか、ならそうだな……どこから手をつけるか」

 

「あら、お悩み?私に相談してくれてもいいのよ?」

 

「お前にか……相談しても言葉を選ぶ必要があるな」

 

「なーにそれ、さっさと喋りなさいよ」

 

腕を組みながら、この女にどう言ったものかと少し悩み、とりあえずストレートに伝えた方が早いだろうと考え、スネークは思ったままの言葉をフランカに伝えた。

 

 

 

「リスカムはジェシカの指導に向いていない、彼女に、今以上の指導はできないな」

 

 

 

「・・・へぇ〜?」

 

その瞬間、フランカは微笑み、そして目元は細く鋭いものに変わった。

そりゃそう反応するだろうな、と思いながらもスネークはフランカに今の範囲で分かったジェシカの問題点、そしてなぜリスカムがジェシカの指導に向いていないのか説明することにした。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「・・・ルームクリア、です」

 

「うん、一通り終わったね」

 

「は、はい……」

 

「うん、一旦休憩しよう」

 

キルハウスを一巡したジェシカとリスカムは、キルハウス内の準備もあることから一旦休憩を取ることにした。リスカムは後ろからジェシカの動きを見ていて気づいたことを彼女に伝える。

 

「前より動きは良くなったね、屋内でのクリアリングや射撃も姿勢にブレが少なくなった」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「実際、ターゲットの有効ポイントに射撃できてたからね」

 

「よ、よかったぁ」

 

「けど、まだまだ練習が必要だよ、途中でも言ったけれどやっぱりまだ射撃に移るまでの動作と次の部屋へ移動するのが遅い。ジェシカの実力ならもっと早く動けるよ」

 

「う、うぅ……頑張ります」

 

「まあ、けど着実に良くなってるからね、焦ることはないよ」

 

「は、はい!これもリスカム先輩の指導のおかげです!」

 

「ありがと、じゃあ一旦出よう」

 

ジェシカは確かに腕を上げている。ロドスに来た時と比べれば実戦経験も積んでいる、ドーベルマン教官をはじめとするロドスの教官にも指導を受けて、少しづつ、けど確実に優秀なオペレーターとして成長している。

 

けれど、本当に少しづつだ。

彼女の性格も影響しているかもしれないが、ジェシカ本人はもちろん周りの指導方法が悪いわけではない。しかし、それでももっと成長しても良いはず。リスカムはそう考えていた。

そんな中で彼に出くわし、なんだかんだあってロドスに連れてきたわけだが、まさかフランカが『彼をジェシカの指導教官として会社に雇ってもらおう』と言い出すとは思わなかった。

 

 

 

数日前

『フランカ、それ本気?』

 

『本気も本気よ、彼ならジェシカをより強くしてくれるはずよ』

 

『そんなの賭けでしかない、そもそもうちの会社が単なる傭兵、それも記憶喪失なんてもはやただの浮浪者の男を雇うなんてあり得ない。傭兵としての実績があるならまだしも……』

 

『あら、あるじゃない実績』

 

『……どういう意味?』

 

『BSW三名を無傷で制圧、その後ベテランが発砲して抵抗するもそれも無力化し誰も怪我することなく場を収めた自称傭兵、性格は穏やか。十分すぎる実績だと思うけど?』

 

『……仮に会社が認めたとして、彼が引き受けるとも限らない』

 

『そうかしら?だって彼いまは何もないじゃない。装備と武器とお金が手に入れば引き受けてくれるとは思うわよ、まあ喜ぶかは正直微妙なところね』

 

『それに——』

 

『ねえリスカム?さっきから何度もそれにそれにって言うけど、そもそも彼がジェシカに教えることで何か不都合が彼女にある?』

 

『それは……わからない』

 

『そうね、どうなるかは私もわからないわ。けれど、このままジェシカに教えたり実戦経験を積ませるだけじゃ何か足らないのはあなたもわかってるでしょ』

 

『けど時間を掛ければ——』

 

『こんな世界で時間かけてれば生き残れるって本気で思う?』

 

『・・・・・・』

 

『……面倒だからはっきりさせるわよ、あなたはこのままの状態で良いと思ってるの?悪いと感じてるの?』

 

 

 

「ジェシカ先輩お疲れ様です、水分補給をどうぞ、フランカ先輩も」

 

「あ、バニラちゃん、わざわざありがとうございます」

 

ふと数日前のことを思い出していると、出口でバニラが冷えたスポーツドリンクを持って待ち構えていた。丁寧に二本のドリンクボトルを両手に抱えている。一本はジェシカに渡し、もう一本はリスカムの方へと渡す。

 

「ありがとうバニラ、けどあなたがここにいるってことは」

 

「はい、今はフランカ先輩が案内しています、先輩の予想通り問題なく扱えてました」

 

「そう、じゃあ繰り上げた方がいい?」

 

「あ、いえ、私は予定通りに続けてほしいというのを伝えに来ました」

 

「そう、わかった」

 

「?フランカ先輩は誰か案内しているんですか?」

 

「はい、今日から新しくBSW所属の方がここに配属になったんです!」

 

「え!?追加人員ですか!?わ、私怒られたりしないでしょうか……」

 

「うーんそれはどうだろう、理不尽に怒ったりする人ではないと思うけど」

 

「どうでしょうかね……」

 

「え?え!?なんでバニラちゃんもリスカム先輩も首を傾げてるんですか?怖いんですか?怖いんですかその人!?」

 

「いえいえ!とても親切な方です!ジェシカ先輩もきっと大丈夫です!」

 

「うう……本当でしょうか……」

 

もうすでに、若干涙目になっているジェシカ。

そんなに怖くない・・・ハズだが、初対面の時が一番怖いかもしれない。眼帯で髭を生やした中年の男性だ。泣き出すことは……ないと信じている。

 

「それじゃあ午後にジェシカは初顔合わせだね、楽しみにしてるといいよ」

 

「うう〜……BSWの方は皆さん優しいので頑張りますっ……!」

 

まあ大丈夫ではあるだろう。リスカムとしては一番心配していたのは会社から採用の許可が下りるかどうかだったが、普段書類作業を放り投げるのが得意なフランカが短期間の間に正式書類と説得材料をまとめ上げ、本来チェルノボーグに派遣される予定だったトランスポーターに依頼、最速で届けさせ、書類が届く前に通信による根回しもして、昨日採用決定の書類が手元に届いたのだ。

 

フランカは大活躍だったトランスポーターに今度おごるとかなんとか言っていたけれど……忘れていないだろうか

 

そう思いながらも、リスカムは渡されたスポーツドリンクを飲み、気持ちを切り替える。

今はジェシカの訓練中であり、自分が持つ技術や知識をできる限り伝えるのが今の務め。彼女がさらに強く、そして彼女自身が目指す姿になれるよう手助けするだけだ。

 

「バニラはこれからどうする?よかったら一緒に訓練する?」

 

「あ、えーと……そういえばこの後どうすればいいか聞いてません……」

 

「バニラがしたいようにすればいいと思うよ、ちょうど室内戦での連携について訓練したかったし。何か予定ある?」

 

「なるほど、それは確かに必要ですね!予定は元からなかったので、お世話になります!」

 

「じゃあ決まりね、そしたらハルバードとりに行ってきな、その間にジェシカは射撃やクリアリング方法の復習ね」

 

「は、はい!頑張って復習します!」

 

「そんなに気張らなくても大丈夫だから」

 

「じゃあ私は一旦武器を取りに行ってきます」

 

「うん、そうして」

 

ペコっと一礼して、バニラはパタパタと駆け出す。

 

「バニラちゃんっていつも忙しそうですよね」

 

「そうかな?……確かにそうかも」

 

「……けど、新しい方がまた来られるんですか?」

 

「うん、ちょっと書類とか審査でゴタゴタしててね、私たちと一緒に来ることができなかったんだ」

 

「なるほど」

 

ジェシカはふと気になった。どうして先輩方や新人のバニラと一緒に、その追加人員は配属されなかったのか。そのことを尋ねてみれば、どうやら手続き上の問題だったらしい。それならば納得である。

実際事実ではある。

 

「じゃあ復習から始めようか」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

PM 00:45 ロドス艦内 深層フロア射撃訓練室

 

昼休憩ということで、一旦訓練も終わり、BSWの面々は食堂で昼食を食べていた。

が、スネークはネタバレ防止と、銃の調整をしたかったため事前に食事を済ませ、射撃場で銃の作業とホルスターの微調整を行なっていた。とりあえずわかったのは、この(グロック17)の特徴だ。今までスネークが積極的に使ってきたハンドガンの弾丸は全て45ACPか、特殊麻酔弾を用いたものだった。もちろん9mm弾を使用するハンドガンも扱ったことはあるが、スネークからすれば最も手に馴染むのは45口径のハンドガンだった、という話である。

 

とはいえ、45ACPの弱点である反動や装弾数の少なさを補い、また生産性や維持コストのことまで考えると、軍隊の今後のサイドアームには9mm弾が主流になるだろうとは予想はしていた……が、まさか見知らぬ世界で自分が9mmハンドガン、それも鉄フレームではなく革新的なポリマー樹脂性フレームのハンドガンを手にするとは思いもしなかった。

 

サムセーフティーやグリップセーフティーではなく、トリガー部分に取り付けられた安全装置は、誤射を防ぐという観点で画期的だ。また、グリップ部分は滑り防止の加工がポリマー整形の段階からなされており、フレームが金属ではないため、寒冷地での凍傷を心配する必要がない。そして何より銃本体が軽い、おそらくM1911と比べて300〜400gは軽いだろう。隠密作戦での携行性や操作性に文句の付け所はない。

 

問題があるとすれば、今はサプレッサーを所持していないため隠密作戦で使用することはほとんどできないこと、そして指の引き感が変わるため精度を上げるには慣れが必要になる。

いずれにせよ、この銃を扱うことそのものには問題はないが、今すぐ作戦に使用するには難がある。それがスネークの今の感想だ。だがいまは請け負った依頼を遂行するとしよう。

 

そのためにもまずは

 

「どう?銃は使えそう?」

 

「ああ、おかげさまでな」

 

彼女(リスカム)との情報共有だろう……フランカには少し手を焼いたが、まずは結果を出すしかない。何より依頼を達成するのに必要なことだ。

 

「フランカから射撃スコア見せてもらったけど、あなた本当はサンクタ人じゃない?」

 

「フランカも同じことを言ってたがなぁ、俺が天使に見えるか?」

 

「ううん、まったく」

 

「だろうな」

 

そう言ってスネークは微調整が完了したホルスターにグロックを差し込み、リスカムの方に体を向き直す。この後はジェシカと初対面し、早速教導を始める予定だが、まず前提を伝える必要がある。

 

「それで、フランカから伝言は聞いたけど、私に話って?」

 

「ああ。彼女、ジェシカを指導する上で必要なことがあるからな」

 

「うん、何?」

 

そこで、一度ため息を吐いたスネークは、正面からリスカムに向けて言葉を放った。

 

「お前に彼女を教えることは向いてない」

 

「・・・それって」

 

目をわずかに見開きながら、スネークに対して言葉を紡ごうとするリスカムの声音は、あまり変化はなかったが、わずかに低くなったことをスネークは見逃さなかった。すかさず説明を付け足す。

 

「お前が上手いとか下手だとか、ましてや教え方が悪いわけじゃないぞ。単純にお前のスタイルとジェシカのスタイルは教えるには相性が悪すぎるという話だ」

 

「……相性?」

 

今度は首を傾げ、思い当たる節がないかのような反応を見せる。

この世界では射撃技術に関しては撃てることが重要視されるのだろうか。普通に考えればわかりそうなものでもあるのだが。

 

「フランカには睨まれたが、お前は興味を抱くか」

 

「いや、うん……そりゃあ少し怒りとかもあるけど、それ以上に教えるのに相性が悪いって言われるのは初めてだから」

 

「そうか。とりあえず銃はあるか?」

 

「あるよ、この後も訓練する予定だったから」

 

「ならあそこに立っていつも通り構えてくれ」

 

「私が?」

 

「ああ、なんで相性が悪いか教えたほうがいいからな」

 

「・・・わかった」

 

そういうと、リスカムは射撃場の射撃位置につく。スネークも同行し、リスカムの左側に立つ。

 

「構えてみろ」

 

「うん」

 

ホルスターから銃を引き抜き、右手で構え左掌を正面に向けて射撃態勢をとる。

 

「それだ」

 

「え?」

 

「お前の射撃スタイルは片手撃ちだ、対してジェシカは両手撃ち、そもそも射撃スタイルが違う」

 

「……それだけのこと?」

 

「いいや、大きな違いだ」

 

確かにただ片手で撃つのと両手で構えて撃つだけであれば、射撃精度の違いでしかない。だがリスカムとジェシカの間では、射撃姿勢の違いは根本的に得物が違うことと同じだとスネークは指摘した。

 

「お前の場合は左に盾を持つことが前提だな?」

 

「うん、その方が私のアーツと相性がいいから」

 

「だからこそお前は、銃を構えるときは右手で構え、左手は相手を牽制するために突き出す癖が身についてる」

 

「けどそれをジェシカに教えてるわけじゃ——」

 

「それはわかっている。だが相性が悪い」

 

「……どういうこと?」

 

「いいか、確かに銃を撃つことは同じかもしれん。だが銃を撃つ目的がそもそも異なる。お前の場合盾で敵を引き付けながら、銃で火力を出すのが基本だろう。だが彼女はシューターだ。敵をそれなりの距離から狙い撃ち、牽制し、仕留めるのが仕事だ。お前は目の前にいる敵を押さえ込み、銃で処理するなり周りが処理しやすいようにするのが仕事だ」

 

それだけいうと、戻って良いぞとリスカムの肩を軽く叩き、スネークは先ほどまでいた作業台に戻る

 

「だが彼女は違う、根本から異なっているんだ」

 

「じゃあどうすれば良かったの?」

 

——途中で背後から声がかかる。

 

「ジェシカは射撃姿勢や銃の取り扱い、アーツコントロール、それに戦術的な考え方や状況判断はキチンとできる。けどまだまだ実力が足りてないって彼女自身が一番感じてるのに、ただ私は見てるだけの方が良かったの?」

 

リスカムが当然の言葉を口にする。

リスカムは重装オペレーターだが、武器として銃を使っていた。それにジェシカの先立としてできる限りのことを教え、伝えてきた。それがジェシカのためになっていなかった、と言われて納得できるはずがない。

スネークは振り返り、彼女の目を見て、彼なりの見解を伝えた。

 

「彼女の目的に沿った教育をすべきだったかもな」

 

「彼女の……目的?」

 

「お前が彼女に教えたことが無駄だとは思わん。むしろさっきのキルハウスでのトレーニングを見ていたが、クリアリングの精度や射撃に関しては文句のつけようがない。BSWの教練がどのくらいなのかはわからんが、2年であそこまで見事なクリアリングができる新人はそういない。屋内での自分の身の安全と脅威の排除を両立した立ち回りはお前が教えたものだろう」

 

少なからず、たった2年であそこまで安定した室内クリアリングをこなせる兵士は早々いない。

射撃スキルや戦場での立ち回りは、生き残れば嫌でも身につくが、特定の状況下での身体操作はそう何度も経験できるものではない。

その観点から言えば、ジェシカの屋内での近接戦闘や立ち回りはルーキーと呼ばれることはない。むしろあそこまで慎重であれば、チェルノボーグでスネークの足跡に気づくこともできただろう。

 

「……一回見ただけでそこまでわかるものなの」

 

「俺はこの世界のことはよく知らんが、外は天災とやらであの様だ。屋内よりも屋外での戦闘が多いはずだ。新人全員にあそこまでの屋内戦闘の技術が身につくとも考えにくいしな」

 

「……本当に、あなたはよく人を見てる」

 

「お前さんの相棒も同じことを俺に言ったな、本当にお前たちはいいバディだ」

 

そうスネークが言うとリスカムは自分が握るハンドガンに目を落とし……そしてスネークを見つめた

 

「・・・ジェシカは強くなれるの?」

 

スネークに確認するかの様に前に立つ彼女は尋ねる。

銃はホルスターにしまっているが、スネークからすればその姿は年代相応の女性らしく、随分と可愛げのあるものだった。

 

「それは彼女次第としか言えん。だが少なくとも、彼女が望むならそれに応える、それだけだ」

 

「……そう」

 

「俺から言えるのは、お前はお前ができる限りのことを彼女に教えた。だがもうこれ以上直接教えられることはない、それだけだ」

 

「・・・もう私には、ジェシカに教えることが無かったのね」

 

「だがお前は彼女の先輩だ。実戦で教えられるのは俺じゃない、お前やお前たちの役割だ」

 

あくまでスネークはインストラクターとして関わるに過ぎない。実際に戦友として戦場を共にするわけでもない。それは先輩である彼女たちの務めだろう。

 

「仲間を守るのが私の役割。ジェシカはジェシカの役割があるって話、なのかな」

 

「そのくらいの認識でいいだろう。自分が為すべきことを為せば自然と結果はついてくる、お前が彼女に教え込んだ技術や知識は、彼女なりの結果をもたらす。あとは彼女が何を為すかだけだ。障害物があるならそれを退けてやれ」

 

そういうと、スネークは再び作業台の方に戻り、バックパックを手にする。

 

「さて、必要な情報の共有はできたが、何か質問はあるか」

 

「……もうないかな」

 

「そうか、なら俺は仕事を始めるとするか」

 

「スネーク」

 

「ん、なんだ」

 

「ジェシカのこと、よろしくお願い」

 

「お前たちにも手伝ってもらうことはたくさんあるからな。こっちからもよろしく頼むさ」

 

「わかった……じゃあ行こう、ちょうどいい時間だし。さっきのキルハウスで待ってるはず」

 

「ああ」

 

そう言ってスネークとリスカムはジェシカが待っているキルハウスへと向かった。

リスカムの顔は今までとさほど変わらないが、先ほどの女性の様な可愛らしい姿ではなく、1人の重装オペレーターとして頼り甲斐のある雰囲気を纏っていた。

 

 

 

 

「ところで、質問なんだけど」

 

「ん、なんだ」

 

「さっき言ってた『目的にあった教育』って具体的にはなんなの?」

 

「ああそれか。まあ本人の希望に合わせた指導ってことだが」

 

「強くなりたい、ってことじゃなくて?」

 

「まあ本人から聞いた方が早いからな、見てればわかるさ」

 

「わかった、お手並みを拝見させてもらう」

 

「おお、随分と言うじゃないか」

 

「……私も学べることがあるだろうから」

 

「まあ手伝ってもらうことも多いだろうからな、その時はよろしく頼む」

 

「わかった」

 

 

 




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8−1

たくさんの感想や、評価、そして誤字報告ありがとうございます。
作者として、とても嬉しいですし、楽しんでいただけて何よりです。

なんか、タチャンカが転生してくるって聞いたんですけどマジですかね……日本語版にも来て欲しいなぁ
とりあえず、本編をどうぞ〜



2月10日 PM 01:00 ロドス艦内 深層フロア射撃訓練室、キルハウス

 

本日から、ジェシカに対してBSWが契約したインストラクターがつくことになった。

……なったのだが、そんな通達をお昼休憩中に突然、BSWからの正式な書類と共に受け取ったジェシカは混乱した。というか簡単に言ってパニックになった。

 

何せさっき、バニラから追加人員がうんぬんという話をいきなり聞いたかと思えば、お昼ご飯を食べているときに自分に専属のインストラクターがつくと会社から通達が来たのだ。ただの人員補充かと思いきや、まさかの自分に対して人が派遣されるとは予想外のことで

 

『え?わたし……会社から監視されている……!??』

 

という域にまでジェシカの想像が膨らむのに、さほど時間はかからなかった。

もっとも、その場で書類を渡したフランカが(経緯の全てではないが)、ジェシカの能力向上とBSWの射撃教導の底上げを目的に今回インストラクターが来ることになったことを説明し、『実験みたいなものよ〜』とジェシカがBSW本部でよく経験していたこととそんなに変わらないよ、という体でジェシカの心を落ち着けた。

 

実際のところ、実験という名目は全くの嘘ではなく、大型銃を扱うことができるインストラクターなど今までいなかったBSWにとって、今後の会社の経営方針や戦術・戦略レベルでの展望を考えると、射撃に関するマニュアルの改善は企業機密レベルで重要になる。

 

加えて、実験に対して莫大な実験費用や、失敗した際の損失がでかいわけでもない。たかが1人のオペレーターの底上げを試みたが失敗に終わった、というだけでしかない。

そう言ったデメリットの低さと、フランカが用意できたスネークの“アピールポイント“や説得材料が、1週間未満で記憶喪失の自称傭兵を短期契約の形で雇用するに至った、という事実がある。

 

しかし、スネークと交戦したことや、そう言った交渉があったことをジェシカが知る必要はない。よって、ジェシカの会社による監視説を早急に取っ払い、今日から実験も兼ねた新しい訓練が始まるということをフランカは伝えた。

 

そんなわけで、時刻は午後1時。フランカとジェシカ、そしてバニラの3人は一足先に顔合わせの場になるキルハウスに集まっていた。今は待機場でリスカムとインストラクターの2人を待っているところだ。

 

「ふ、フランカさん、こわくないですよね?本当に怖くないですよね……!?」

 

が、ジェシカの不安はピークに達していた。

 

「そんなに怖がらなくて大丈夫よ、あなたを怒りに来るんじゃなくて、射撃に関する技術を教えに来たってだけだから」

 

「そ、そうですよ!ジェシカ先輩を指導しに来られるだけです!」

 

「指導ということはドーベルマン教官みたいな方ってことですよね……⁉︎」

 

「あ、いや、えーと……どう、でしょう」

 

「バニラ……余計に不安がらせてどうするのよ」

 

バニラ自身は、ドーベルマン教官の指導を受け始めたが、とにかくキツい訓練が続いている。同時に効果的な訓練メニューであることもわかる。しかしスネークがどのような訓練や指導をするのか、戦闘経験がまだ浅いことに加えて銃を扱ったことのないバニラには想像ができなかった。

が、それは余計にジェシカの不安を煽る結果となった。

 

「うう、本当にどのような方なんでしょう……」

 

「優しい方だとは思いますよ?それは本当に優しいです」

 

「まあねぇー、やさしいのは確かね」

 

「け、敬礼してないと怒鳴られたりとかしませんか……?」

 

「あ、それは無いわね。軍に所属してたこともあったみたいだけど、形式的なものよりキチンと態度や言葉の方を大事にしてるみたい」

 

数分のクリアリングの訓練を見ただけで、ジェシカの性格や弱点を指摘するような男だ。思考や感情までも完全に見抜けるわけでは無いにしても、人を観ている。適当な態度や誤魔化す様なことをすれば信用されないだろうが、ジェシカの場合であれば問題ない。

 

「ご、誤解されたりしないでしょうか?」

 

「ないない、あなたみたいに素敵な子を誤解するわけないでしょ」

 

「そうです、ジェシカ先輩は素直ですから。インストラクターの方も丁寧に教えてくれるはずです」

 

フランカはジェシカのことを任せようと思う程度にはスネークのことを信用していたし、バニラもまたスネークに対してネガティブな感情を抱いていなかった。

 

そんな風に3人が話していると、訓練室の鉄製のドアが開かれる

音につられて3人が入り口の方を振り返ると、リスカムとその後ろに眼帯に髭面の中年男性が現れた。

 

「待たせた?」

 

「いいえ、ジェシカがそちらのインストラクターさんに大変緊張しているようでしたので緊張をほぐしてました」

 

「あんまりジェシカのことをいじらないでよ、フランカ」

 

「なんで私だけなのよ」

 

「お前が一番やりそうなことだからだろ」

 

「スネークまでそんなこと言う」

 

「ほら、お前らの可愛い後輩が心配してるからフォローしてやれ」

 

そうスネークが言うと、ジェシカがアワアワしていることに先輩2名は気づく。

 

「そうね、じゃあとりあえずジェシカ」

 

「は、はい!なななんですしかフランカさん!?」

 

「そんな緊張しなくていいから、彼に自己紹介してあげて」

 

「はい!BSW所属のジェシカです!今はロドスでスナイパーです!」

 

「はいじゃあそっちも」

 

「フランカ、失礼だよ」

 

「まあ元気なのは何よりだ。俺はスネーク、今日からお前のインストラクターとしてしばらく世話になる」

 

「はい、スネークさん!よろしくお願いします」

 

「スネークで構わないんだが、まあ呼びやすいように呼んでくれ。何か質問はあるか?」

 

「え、えーと……スネークさんはBSWの方、ですか?失礼ながら姿をみたことが無いのですが」

 

「いや、傭兵だ。あくまでインストラクターとしてBSWに雇われた、というだけだな」

 

「お昼にジェシカにも教えたけど、あなたの技術向上の他にも色々実験も兼ねてるのよ。まあメインはあなたのレベルを底上げするってことには変わらないけどね」

 

「まあ雇われの身だ、あんまり上下の関係は意識しなくていい、気になることがあれば聞いてくれ」

 

「わ、わかりました」

 

突然現れたインストラクターは、眼帯を付け、緑色を基調とした迷彩服にリグとバックパック。傭兵と言われるとフロストリーフや、メテオリーテがジェシカには思い浮かぶが、このような傭兵もいるのか、と少し興味を持った。

 

何よりインストラクターと聞いて、一体どんな人が自分につくのだろうとオドオドしていたが、まさか男性、それも年齢を重ねている人が来るとは思いもせず、驚きもあった。

そのおかげなのか、ジェシカ本人はスネークとの初顔合わせにもかかわらず、それほど緊張することはなかった。噛みはしたがそれはご愛嬌というものだ。

 

「さて、早速俺の仕事に取り掛かりたいが問題はないか?」

 

「は、はい。事前に訓練があると聞いてたので問題ありません」

 

「何か手伝いはいる?今日だけじゃなくて、しばらくは任務もないから私たちも手伝えるわよ、バニラはちょくちょく別の訓練があるけど」

 

そんなこんなで、BSWの先輩2人が心配していたほど問題が生じることもなく、早速訓練が始まることとなった・・・が

 

「その前に1つだけ、ジェシカに確認したいことがある」

 

「私に、ですか?」

 

「ああ、教える上で重要なことだ」

 

スネークはジェシカの身長に合わせて腰を下ろすと、彼女の目を覗く。

 

「先も言ったが俺は傭兵だ、新米を育てたことも共に戦ったこともある。そうやって育てた奴の中には、俺の知らないところで死んでいったのも多い」

 

「…………」

 

「ジェシカ、お前はどうなりたい」

 

「どうなりたい……?」

 

「ああ、俺はあくまでBSWを通してお前さんを鍛えろと言われてるだけだ。お前自身の考えを聞いたわけじゃない。だから俺に教えてくれ、お前はどうなりたい、どうしてお前がここに居るのかを」

 

銃を持つことは一生銃と向き合う必要に迫られることになる、スネークが今まで生きてきた中でこの呪いとも運命とも言える銃との関係を断ち切れた人間を1人としてみたことはない。だからこそ、生き残れるよう様々な技術を仲間たちに伝えてきた。戦友として戦い、死んでいった仲間も多い。

 

そんなスネークからすれば、齢20あたりであろう目の前にいる少女が、銃を手に戦場に出るのであれば、そんな彼女の先輩もまた20歳(ハタチ)そこそこの女であるならば、生き残る術を伝えるのに抵抗は無い。戦わなければこの世界は生き残れないのだろう。

 

だが、なぜ戦士としてこの場に立っているのか、それだけは知りたかった。

 

「わたしは……私は、自分の力で守りたいです」

 

「守りたい、それは自分の身をか」

 

「もちろんそれもありますけど……それ以上に、先輩方やバニラちゃん、仲間の皆さんを守れるようになりたいです」

 

他者(ヒト)を守れるようにか」

 

「私はこんな見た目ですし、まだまだ未熟ですけど……強くなりたいんです」

 

ジェシカはスネークの目を見つめ、静かに頷いた

 

「……いいだろう、なら周りを守る術をお前には教えよう。だが俺は教えるだけだ、どうするかはお前次第だ」

 

「・・・はい!」

 

わずかに怯えや不安が残ってはいるが、その眼には確かな意志の強さが宿っていた。であれば、為すべきことを為すだけだ。自分が伝えられる限りの術を彼女に教え、彼女の望みを叶えるとしよう。

 

「なら早速訓練だ。午前にフランカと訓練していたところは見学させてもらった」

 

「み、見てたんです!?え、えっと……どう、でしたか?」

 

「クリアリングの技術、それに射撃に関してはもはや言うことはない、十分に技術を自分のものにしている」

 

「ほ、本当ですか!」

 

「だが、緊張しすぎだな」

 

「うう……はぃ、それは自覚してます……」

 

「だろうな、フランカともその話をした。技術の習得は十分だが緊張しているときに動きがどうしても鈍くなる。戦場は超緊張下にある、お前が強くなるにはその弱い部分を小さくする他ない」

 

「けど具体的にどうする気?実戦あるのみ、なんて言わないわよね」

 

「ああ、戦場以外でも出来ることはあるからな。今日はせっかくキルハウスに来てるんだ、ここを使わせてもらうことにしよう」

 

そう言うとスネークはキルハウスの入り口に立つ。連られるように、BSWの4人も入り口の方へと移動する。

 

「まずは、緊張下に置かれると何が出来なくなるのかを知るところからだ。とりあえずジェシカ」

 

「は、はい!」

 

「これから1人でクリアリングしてきてくれ。評価する項目は射撃精度と全ての部屋をクリアリングするまでの速さだ、良いな?」

 

「えっと、スネークさんは後ろからついてこないんですか?」

 

「ツーマンセルでのクリアリングを教えるときには同行するが、今回は目的が違うんでな。1人で行ってくれ、終わったら俺が部屋の中で評価して、もう一度1人で行ってきてくれ」

 

「わ、わかりました」

 

「なら準備してくれ」

 

そう言われ、ジェシカはクリアリングを行うための準備を始める。ホルスターから銃を抜き、スライドを引き、薬室内が空であることを確認、ポケットからマガジンを取り出し銃に押し込む。

 

「ベレッタか、良い銃だ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

そう言いながらスネークは訓練室内に用意されている電子時計を見る。

 

「最初は普通に行う、次は少し手を加えるが、まずはやってみてくれ」

 

「はい」

 

「用意はいいか」

 

「……はい!」

 

「よし、始めろ」

 

ジェシカがキルハウスの入り口に手をかけた瞬間から、時間計測を開始。

彼女自身はゆっくりと侵入していき、やがて発砲音も聞こえ始めた。射撃間隔を聞く限り……先ほどとそれほど変わらない。インストラクターが評価する、と言う程度ではミスというミスはしないだろう。

 

「それで?これからどうなさるおつもりでしょうか教官殿〜」

 

「ちょっとフランカ」

 

とりあえず、必要なものはバックパックの中に詰め込んである。ジェシカが出てきたらそれを準備するだけだが、フランカが軽く尋ねてくる。それに対してリスカムが突っ込むが、このペアは相変わらずの雰囲気でなによりだ。これならジェシカもより強くなれるだろう。

 

「先も言ったが、彼女の技術に文句のつけようはない、後はそれを戦場で発揮できるようになるだけだ」

 

「そのためにどうするのよ」

 

「簡単だ、不安を煽る」

 

「・・・このキルハウスで?」

 

「お前さんは大丈夫だろうが、ジェシカにとっては必要な要素だ。まあやればわかる」

 

「何か私たちで手伝えることはある?」

 

リスカムが真面目にスネークに尋ねる。

先ほど手伝えることがあれば手伝ってくれと言ったが、その言葉通り手を貸したいのだろう。彼女はそういうタイプの人間だ、真面目にものごとを捉え事をこなすだろう。フランカとは真逆とも言えるが。

 

少し考えた後、スネークは部屋の隅を見つめ言葉を発した。

 

「そうだな……バニラだな、手伝ってくれ」

 

「わ、私ですか?」

 

「大したことじゃない、お前さんの武器がちょうどいいんでな」

 

「ハルバードが、ですか?」

 

今は手に持っていないが、訓練室の片隅にはケースに保管されている彼女の獲物が立てかけられている。どうやらスネークはそれを使いたいらしい。

 

「2人は上からジェシカの様子を見ててくれ、何か異常が起きたら知らせてくれ」

 

「わかった、何かあればすぐ合図を出す。だけど何をするか事前に聞いても良い?」

 

「このキルハウスも十分に訓練になるが戦場とは違う。だが、戦闘下のコンディションでジェシカは動けるようになる必要がある、そのために設定を追加する」

 

「設定、ですか?」

 

「それって脱出しろとか、人質を救出しろとかそういうこと?」

 

「まあ似たようなもんだが……そろそろだな」

 

スネークが再び電子時計を見る、数秒後、ビーというアラーム音が鳴り響き、キルハウスの出口が開かれる。マガジンを引き抜き、スライドを引き、ホルスターにしまってから、ジェシカがキルハウスの中から出てきた。

 

「1分21秒、まあまあだな、的に全部当たっていればだが」

 

「お、遅かったでしょうか?」

 

「そうだな……的の様子を見たらそこら辺も説明するか。少し待っててくれ、すぐ戻る、その間に補給でもしててくれ」

 

「わかりました」

 

そういうとスネークはキルハウスの中に入っていった。

その間にジェシカは空のマガジンをバックパックへ投げ込み、新しいマガジンをポケットへとしまう。ついでに水分補給のために水筒を取り出した。

 

 




※突然のご報告で大変申し訳ありません。
わたし、daaaperは様々な事情により、二次創作活動を停止することになりました。
今日から停止ではないのですが……もし、気になる様でしたら活動報告を見ていただけますと幸いです。

明日はお昼頃に投稿します

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何かありましたら感想欄にて教えて下さい
m(_ _)m。




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8−2

様々なお言葉、ありがとうございます。
作者としては、多くの方に楽しんで頂けたら嬉しいです。

今週で投稿は停止してしまいますが、もう少しだけお付き合い頂けますと幸いです。
では本編をどうぞ




「どうジェシカ、新しいインストラクターさんは?緊張する?」

 

「そ、そうですね……少し強面な方ですけど、それほど緊張はしないです」

 

「あらそう?てっきり泣き出しちゃうかと思ったんだけど」

 

「な、泣いたりなんてしませんよ〜!フランカ先輩は私のことをそんな風に思ってたんですかぁ!」

 

「ただ単に可愛い後輩を心配してただけよ〜」

 

「うう〜・・・ところでバニラちゃんはどうしてハルバードを手にしてるんです?」

 

「あ、これはスネークさんに手伝って欲しいと言われたのでさっきジェシカ先輩がキルハウスに入っている間にケースから取り出してきたんです。なんでもこれがちょうど良いんだそうですけど……」

 

「な、何につかうんでしょうか?」

 

「さあ、そればっかりは私たちもわからないわねぇ」

 

ジェシカがハルバードを持つバニラの姿に疑問を持つ。

何せキルハウスから出てきたら武器を手にして待っていたのだ、気にしないはずがない。とはいえ、武器を持ち出した本人も、その周りの先輩たちもなぜ用意させたのかわからない。

緊張状態でも動けるようになる必要がある、これはこの場にいる誰もが理解するところだ。だが、そのためにどのような訓練をするというのか想像がつかなかった。

 

「そうですか……うう、どんな訓練をこれからするんでしょう」

 

「なーに大したことはしない!少し工夫を加えるだけだー!」

 

キルハウスの中から大声でスネークの声が聞こえる。どうやらジェシカの声が聞こえたらしい。

 

「え、なにあれ地獄耳すぎない?」

 

「聞こえてるぞフランカ!地獄耳で悪かったな!」

 

「ウッソでしょ……」

 

もちろん嘘である。

単純にリスカムが無線チェックがてらスネークとのチャンネルをオープンにしていただけだ。結果として通信も問題なく使うことができ、フランカの言葉がとてもよく反映された。

 

「よし、これでいいな。とりあえず的の裏に赤いマーカーを描いた。同じ的を使うが、結果は判定できる。それと的は全て命中していた、バイタルも抜いている、よく出来ている」

 

「ほ、本当ですか!」

 

「本当だ、まだまだ伸び代はあるがな。すこし座学、とはいかないが立ちながら聞いてくれ」

 

スネークはキルハウスから出てくると、バックパックの口を閉じ、ジェシカに向かって簡単な講義が始まった。

 

「さっきも少し言ったが、このキルハウスで想定されている部屋の構造や敵の数を考えれば1分21秒でクリアリングをして進行していくことは、まあまあだ。悪くはないがベストでもない、これはわかるな?」

 

「はい、まだ射撃に移るまでの動作と部屋へ移動するのが遅い、とリスカム先輩にも指摘されました」

 

「ふむ、おれが上から見た限りはそうは感じなかったが……そうだな、ならこの場にいるメンツに質問だ」

 

「私たちにも、ですか?」

 

「まあ簡単なクイズだ」

 

そういうとスネークはキルハウスの方を指差し、並んで立っている4人の面々に投げかけた

 

「このキルハウス、どうして部屋を素早くクリアリングする必要がある?」

 

「そりゃあ早くできたほうがいいからよ」

 

「フランカ……そういうことじゃないと思うんだけど」

 

「いやだって事実でしょ、早くできるに越したことはないじゃない。それにゆっくりやるだけじゃ訓練にもならないわ」

 

「ふむ、一理あるな」

 

「うう……」

 

「アッ・・・別にゆっくりやることがダメって意味じゃないわよ?丁寧にクリアリングするのは実戦でも大事だし。けど、それだけじゃダメだし、訓練にはならないってこと。精度だけを求めるんじゃ意味ないもの」

 

フランカが慌ててジェシカのフォローに入る。

 

「まあ確かにいまフランカが言った通り、早くやるのには訓練の意味合いもある。だがそれは本質じゃない」

 

「本質じゃない……どういう意味でしょう?」

 

「それを聞いてるからクイズなんだがな」

 

「なるほど……んー、なんなんでしょう」

 

バニラは真剣に考え首を傾げている。

ジェシカも同じように悩んでいるようだが、思うような答えは見つからないようだ。どうやらフランカが言った、早くできるに越したことはない、という言葉が正しいと思っていたようだ。

 

「リスカム、おまえはどう考える」

 

「・・・訓練の意味合いもあるけど、なにより戦場で求められること、だから?」

 

「その通りだ。戦場では素早いクリアリングが求められる、まあ当たり前といえば当たり前だな?」

 

その言葉に4人全員が頷く。フランカはやや納得がいかない顔をしているが、自分の答えが違うようなことを言われて、余りにも当たり前のことが正解だったらそうなる。スネークは続けて質問する。

 

「ならジェシカにもう一つ質問だ、素早いクリアリングが求められる状況はどんな状況だ?」

 

「それは・・・敵のアジトとか、でしょうか?」

 

「そうだな、敵地のど真ん中にいるときには素早い動きが求められる。なら逆はどうだ?」

 

「……自分たちの施設に敵が攻めてきたりしたとき、とかですか?」

 

「その通りだ。自分たちの施設や基地に敵が攻め入った、あるいは船に侵入してきた時、その敵をあらかた排除した時、丁寧なクリアリングが必須になる」

 

そういうとスネークはジェシカの方に体を向ける。

 

「いいか、今のおまえは早くクリアリングができないんじゃない、丁寧なクリアリングしか知らないだけだ。ここはあくまで訓練施設だ、何が起こるかわからない敵地のど真ん中じゃない、だからこそおまえはここまで見事なクリアリングの技術を習得できたわけだが、敵地を想定した動きじゃなかった。それだけのことだ。今までここが敵のど真ん中だと考えながらクリアリングしたことはあったか?」

 

「い、いえ……とにかくトラップやアンブッシュには気をつけるようにしてましたけど……」

 

「いい心がけだ、だが実戦では敵地で確実に屋内を制圧する必要もある。その時は速さが求められる。敵地では刻々と状況が変化するからな。クリアした部屋に、敵が仲間と一緒に一杯飲みに入ってきても不思議じゃない」

 

そう言うと、スネークは振り返り、再びキルハウスの方に身体を向ける。

 

「だからこそ、素早い確実なクリアリングが求められる、それも敵がどこにいるか、どこから来るかわからない状況下でだ。今からそれを想定した訓練をする、ジェシカ」

 

「は、はい!」

 

「お前は今から、任務が完了し敵地から脱出するところだ。回収地点に向かうためにはこの建物を抜ける必要があるが、ここは敵の勢力下にある。敵に見つかれば厄介なことになる、慎重にかつ確実に建物を抜けろ、良いな?」

 

「わ、わかりました」

 

「俺とバニラはお前を追う、俺たちに追いつかれてもダメだ」

 

「スネークさんと、バニラちゃんが敵役ですか……」

 

「まあそう気負わなくていい、キルハウスを用いた鬼ごっこみたいなもんだ。もっとも、クリアリングの速さを鍛えるためだがな、質問はあるか?」

 

「……ありません」

 

「良いだろう、なら俺が合図したらスタートだ。もう一度言うがここは敵の勢力下だ、そして無事に脱出するのが目的だ、いいな?」

 

「・・・はい!」

 

ジェシカは勢いよく返事をし、キルハウスの入り口に立つ。

銃にマガジンを装填するが、マガジンを挿し込む勢いは先ほどより少し強い。どうやら適度に気合が入っているようだ。これなら訓練のしがいがある。

 

「すまんがリスカム」

 

《いつでも大丈夫、何かあれば報告する》

 

「助かる。ジェシカ、準備はいいか?」

 

「いつでもお願いします……!」

 

「了解だ・・・・・始めろ」

 

スネークが訓練開始の合図を出す

 

同時にジェシカはキルハウスの扉を開け、銃を構えて建物へと侵入していった

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

建物の中に入ると一直線がすこし続き、左右二手に分かれる

 

音を出さないように、しかし確実を進む

 

直線が途切れ、左右どちらかに進む必要がある

 

右側の壁に張り付き、身体を晒さないよう慎重に左右をクリアリング

 

(地面に地雷……スネークさんが仕掛けたんだ)

 

左側の通路は少し先で行き止まりになっているが、通路には印刷された地雷が置かれている

どうやら先ほど評価すると入っていった際に置いていったものの様だ

 

ここは敵の支配下にある、と言う言葉は本当らしい

 

見える範囲内で通路に人がいないことを確認し、サイドステップで通路に飛び出す

 

前方に敵が1人背後を向いている

 

2発撃つ  

 

そのまま銃口をまっすぐ向けながら直進

 

右に部屋

 

音を聞き、中に人の気配がないことを確認

 

サイドステップでパイを切りながら最低限の安全を確保

 

部屋の中に侵入する

 

通路から見えなかった部屋の左手前隅に立っていた敵2人を仕留める

 

入ってきたドアの裏を確認する

 

(ここまでは問題なくできてる、ここから素早く……)

 

建物(キルハウス)を抜けるにはあと2つ部屋を抜ける必要がある

 

撃った敵の横を通りすぎ、次の通路へと向かうためドアに手をかける

 

「どこだ出てこい!!」

 

突如、怒号とガンガンガンと甲高い金属が鳴り響く

 

(もう来た!?)

 

「ヒトのシマに入って勝手に撃ちやがって……タダで済むと思ってんのか!!」

 

もう一度ガンガンガンと甲高い音が屋内に鳴り響く

 

同時に足音が確実に自分の方へと向かってくるのがわかる

 

(は、早くしないと追いつかれる……!)

 

自分の心臓がドクドクと脈打つのを自覚しながらドアを開ける

 

同時にすぐ目の前には地雷

 

踏まないようすり足で地雷の横を通り、銃を構え直進

 

同じように左右に別れている

 

再び右側の壁に張り付き、見える範囲内でクリアリング

 

左側の敵を撃ち、右側にも敵がいたため撃つ

 

すぐに通路へ飛び出し、見えなかった右通路の奥にいる敵も倒す

 

背後を確認し通路を確保、後ろを向き左通路にある部屋の前へ移動する

 

「そっちか!」

 

その間にもドタドタと言う足音が鳴り響き、どんどん大きくなっている

 

(急がなきゃ……!)

 

ドアを思いっきり開け正面にいる敵を撃つ

 

右は部屋の壁のため、左に敵がいることを警戒しながら部屋に侵入

 

左斜めと左隅にいる敵を倒す

 

ドア裏を確認し誰もいないことを確認する

 

この部屋はクリアだ

 

「奥の部屋にいるぞ!」

 

だが先程の部屋からここに走ってくる気配がする

 

(これじゃ間に合わない!)

 

ここからどれだけ急いでも、おそらく間に合わない

 

咄嗟にバックパックを漁り、目当てのものを探す

 

心臓がさらにドクドクと鳴り響き、鼓動とともに手が震える

 

(焦らない、冷静に、冷静に……あった!)

 

すぐに入ってきた側のドアを閉め、バックパックから取り出したものをドアの下に噛ませる

 

そのまますぐに次の部屋に向かう

 

向かいのドアを開け目の前にいる敵に発砲

 

そのまま通路を右に、そして左へとジグザグにすすむ

 

「・・・バニラ!このドア壊せ!」

 

「え!?良いんですか!?」

 

「木製だから替えは効くからな、派手に壊せ!!」

 

「わ、わかりました!危ないので離れてください!!」

 

ドアを破壊するためにハルバードが振り下ろされ、木片が散らばる音が聞こえる

 

それほど丈夫なドアでもないため大した時間は稼げないだろう

 

左に立つ敵を倒し、そのまま最後の部屋のドアを開ける

 

正面に2人

 

右に1人

 

それぞれ確実にバイタルを狙い撃ち、部屋の安全を確保する

 

「急ぐぞ!逃げられる!」

 

(絶対に逃げる……!)

 

すぐに次の扉を開ける

 

通路を進み右に曲がる

 

最後の敵を倒す

 

出口が見えた

 

後ろから走ってくる2人の気配

 

出口に向かって走り、そして訓練終了の赤いボタンを押す

 

 

ビー

 

 

ブザーが訓練室に鳴り響き、キルハウスのドアが開かれる

 

走ってきていた気配もない。どうやら訓練は終わったようだ

 

「・・・ハァ」

 

大きなため息をつく

 

マガジンを抜き、スライドを引いて薬室内を空にしホルスターに銃をしまう

 

そしてキルハウスの出口へと足を一歩踏み出し

 

 

クシャ

 

 

「え?・・・あ」

 

「1分9秒、さっきよりも格段に早くなったわね。まあ最後にドカンってところだけど」

 

……そして、出口にはプリントされた地雷に、ジェシカの足跡がはっきりと残っていた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「訓練終了だ、色々と改善点が見えてきたな」

 

「うう……最後に油断しました……」

 

キルハウスからスネークとバニラも出てきた、どうやら出口に仕掛けたのはスネークらしい。

ジェシカが地雷を踏んでいるのを予想していたのか、フランカはとてもニコニコしていたが。

 

「まあそれは引っかかると思って仕掛けたからな。訓練終了のブザーの音、そして追手が迫って来なくなった安心感、そう言うときに注意は疎かになる。建物を抜けたところで敵の勢力下には変わらないんだがな」

 

「全くもってその通りです……」

 

「だがキルハウス内ではよく動けていた、地雷を踏むこともなかったしな。何より追いつく気でいたが、まさか空のマガジンをドアに噛ませるとは、良い判断だ」

 

「と、とっさに思い出したんです。リスカムさんが、救出作戦で時間稼ぎをする方法だって。まあマガジンを一つ失うのは結構痛いんですけど……」

 

「よくその場で思い出したな、良い育て方をしている」

 

そう言ってスネークは上にいるリスカムの方を見る。

上で見ていた彼女はそのまま手をあげ、スネークに返事をし、こちらに戻ってくるために一旦奥へと消えていった。

 

「あら、リスカムが照れるなんて珍しいものを見れたわね」

 

「とりあえず、まずはよくやった」

 

「は、はい……最後にやってしまいましたけど……」

 

「あれはあえて狙ったものだ、気にするな。それよりもキルハウス内での動きだな」

 

「は、はい……どうだったでしょうか?」

 

「答え合わせといこう、全員一緒にキルハウスの中に入るぞ、そこで総評だ」

 




何かご意見やご感想がありましたら感想欄にて教えて頂けると作者の励みにも参考にもなります。
何かありましたら感想欄にて教えて下さい
m(_ _)m。


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8−3

予言通り今週、ラストですが投稿させていただきますm(__)m
ちょっと長めです(1万4千くらい)
お時間がある時にどうぞ〜




「人は高いストレス下に置かれると身体に様々な変化が生じる。何が起きるのかBSWでは習うか?」

 

ジェシカの最初の訓練が終了し、スネークによる評価が始まった。

キルハウス内を回りながら評価をする、とのことでジェシカの他にもバニラやフランカ、そしてリスカムもキルハウスの中を一緒に回ることにした。ジェシカがどう評価されるのも気になるが、自分たちを奇襲し、制圧したこの男がどのような指導をするのか、3人それぞれがとても気になっているのだ。

 

「え、えーと……戦場での強いストレスはその場から逃げ出したくなったり、何もできなくなるといった反応が見られたり……あとはフラッシュバックを引き起こすこともある、とは習いました」

 

「ふむ……まあそうだな。戦場における心理的な負荷は身体的に様々な反応を引き起こす。遁走や思考停止は実際よくあるわけだしな。なら、身体機能に関しては何が起きるか知っているか?」

 

「身体機能、えーと、えーと・・・」

 

「あ、確かアドレナリンが分泌されますよね?」

 

ジェシカはメンタル的な影響についてよく理解している様だが、身体的な変化についてはバニラが先に思い出したようだ。後ろからついてくる先輩2人は『あーそういえばそんな事も習ったかなぁ』といった表情をしている。

 

「そうだ。別名ストレスホルモン、エピネフリンともいうが、それらは身体を戦闘に向いたコンディションにしてくれる。大量の酸素を取り込めるようになり、心臓はより早く動き、筋肉は効率良く働きだす」

 

「Fight or Flight 反応ですね」

 

「よく知ってるな、BSWで習ったか」

 

「はい、座学で習いました」

 

「なら話は早い。適度なストレスは自分の能力を引き上げてくれる、同時に妨げる要素にもなる」

 

そういうとスネークは最初の通路を直進してすぐ左の地面を指さす。

 

「まず、どうしても視野が狭くなる。ジェシカの場合はストレスが掛かればかかるほど警戒心が増すタイプの様だが、お前ら3人は心当たりがあるな?」

 

そうスネークに指摘されると、心当たりがある3人は表情をわずかに歪ませたりピクッと身体を震わせる。

……改めて見ると動物の様な反応をするな、と思いはしたが、自分も蛇だったことに気づき、妙な気分にスネークはなった。確か日本では"縁"というのだったろうか、カズがそんなことを言っていた気がする。

 

「そう、ですね、必ず足元は確認しないといけないですよね……」

 

「? どうしてバニラちゃんは残念がっているんです?」

 

「あ、いえ、あっー・・・話しても良いんです?」

 

「もう少ししてから話しましょ」

 

「りょ、了解です」

 

「?? 何かあるんです?」

 

「いずれわかる、とりあえず話を続けるぞ」

 

スネークがそういうと最初の部屋にたどり着く。

 

「ここで俺とバニラが追い始めた、声は聞こえたな?」

 

「は、はい……素直に言って怖かったです」

 

「まあそうしないと訓練にならんからな。効果があって何よりだ」

 

「あの、私が言うのもなんですけど・・・隣にいても少し怖かったです、こう、いきなりマガジンを壁に叩きつけるとは思わなかったので」

 

バニラが拳を作り、キルハウスの壁に向かって叩くような動作をする。

どうやらガンガンガンという甲高い音は、彼がマガジンで壁を叩いていた音らしい。

 

「驚かせて悪かったな、だがジェシカには必要なことだったんでな」

 

「わ、私にですか……?」

 

なぜ壁を叩くことが私に必要なのだろうか?

当然の疑問がジェシカに湧いたが、続けてスネークが言葉を紡ぐ。

 

「お前はとても注意深い、慎重すぎると言うこともできるがな。僅かな変化や異常を察知できることは大きい武器になる」

 

「そ、そうでしょうか……?」

 

「少なからずここにいる4人の中ではお前が一番敏感だ」

 

「そうねぇ、ジェシカの用心深さは真似できないわ」

 

「うん、フランカはこう言ってるけど、ジェシカの状況把握能力はとても高いと私も思うよ」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「だからいつも言ってるでしょ、あなたはもう少し自信持って良いのよ」

 

先輩2人にそう言われ、アワアワとするジェシカ。褒められるのはそれほど慣れていないらしい、予想通りといえば予想通りの反応だが。

 

「だが武器も扱い方を間違えれば凶器になる。お前さんのその高い警戒能力は、そのまま自分に恐怖をもたらすこともできる」

 

「恐怖……」

 

「特にお前は耳が敏感だ。午前の訓練中でも、イヤーマフを装着した上で音に気を使っていたな。あれは誰にでも真似できるものじゃない」

 

「え、え、そうで……すか?」

 

「訓練を真剣に取り組む、と口で言うのは簡単だが実戦とは違うことを頭は認識しているからな。妥協しても問題ないと心では思うもんなんだが、中には実戦と同じポテンシャルを発揮できるやつもいる、お前さんはその典型だな。一種のスキルとも言える」

 

「スキルですか……」

 

「まあ実感がないだろうがな、それはこれからわかる」

 

最初の部屋をでて、すぐ目の前の地雷を避け、左右に分かれる通路に出た。左には2つ目の部屋がある。もっともドアはバニラによって破壊されており、木片や部屋に設置された的がここからでも見える。

スネークが右へ曲がり、BSWの面々も狭い通路の中、彼の後ろについて行く。右には2体分の的が手前と奥に配置され、やがて突き当たりにぶつかる。スネークは手前側の的で止まり、4人の方へ振り返る。

 

「さて、ここからが本番だ。敵が後ろから迫っていることがわかり、さらには音で威圧されている中で、精度にどのくらいお前に影響を与えているのか見てみてくれ」

 

スネークはそう言いながら的の裏にまわり指差す。リスカムに背中を押され、恐る恐ると言った様子でジェシカが的の裏に回る。

的の裏にはいくつかの穴が空いていたが、彼が指を差している部分には赤丸が付いていない。どうやらそこが今の訓練で作った弾痕のようだ。それらの弾痕は・・・見事に中心線に沿って、頭部と胸部を貫いていた。

 

「・・・あれ?当たってます?」

 

「驚いてどうする……狙い撃ったなら当たっているに決まっているだろ」

 

「あ、いえ、それはそうなんですけど……てっきり外れているものかと」

 

「いいや、敵を確実に仕留めている。奥のも見てみろ、同じように頭部と胸部にそれぞれ命中している」

 

そう言われジェシカは少し駆け足でさらに奥の的の裏を確認しに行った。それを聞いて、他の3人も手前の的の裏に集まった。

 

「うん、キチンと急所に当たってる。これなら反撃されることはほとんどないかな」

 

「そうね〜、これだけ見ると何か影響がある様にはみえないわね」

 

「こっちも当たってましたー!少しズレてはいましたがバイタルは外してないように思えますー!」

 

「よし戻ってこい」

 

奥からジェシカが大声で返事をしてまた少し駆けて戻ってくる。どうやらフランカが言う通り、大した影響はないように見える。

 

「ここまでは問題ないな。言い換えれば、ただ敵の声が聞こえたくらいではお前の射撃精度には影響がない。さて次だ、ここの発砲で俺らは走り始めたが、今度はどうだ」

 

そう言うとスネークは通路左にある2つ目の部屋に向かう。途中でもう一体の的があったが、それも確実にバイタルを貫いていた。破壊されたドアを跨ぐと正面に1体、ドアからは見えない部屋の左隅に2体の的が置かれている。

 

「正面は問題なさそうだな、だが……一番奥の敵、肩に当たっているな」

 

そう言われジェシカは部屋の左隅一番奥の的に向かって走り出す。

リスカムとバニラもジェシカに続き、フランカは歩きながら正面の的の裏を覗いてから左隅へと移動する。

 

「こっちはさっきと同じ感じね。そっちはどうかしらー?」

 

「1発は胴体ですけど、もう1発は右肩に当たってます……」

 

「え、えーと、これはダメなんですか?」

 

バニラが先輩たちに質問する。バニラからすれば、2発も銃弾を喰らえばタダじゃ済まないことを知っている。ジェシカがここまでガッカリする必要はないんじゃ、と思ったがリスカムが『いや』と補足する。

 

「ダメとは言い切れない、けどベストでは無いかな。敵が何かしら装備していたら生き残っている可能性もあるし、武器によっては反撃されることも十分にある」

 

「それに今は脱出だもの、足が生きてるなら追跡もされる。増援を呼ばれる可能性もあるわね」

 

「そ、そう言うことですか……」

 

「何よりこの訓練はストレス下での影響だ。今まで頭部と胸部に当たっていたものが、右肩と腹部に命中している。僅かに力が入って銃口が下に、そして左側に傾いたな」

 

部屋の入り口からスネークがそう指摘する。改めて的の裏を全員で確認してみると、確かにもう1発は胴体に命中しているが胸部ではなく腹部だ。銃口が下がっていたという指摘は間違いではないだろう。

 

「入り口からその隅までは約5m、この距離でもそれだけ射撃精度に影響が出る。それは訓練が足りてないだとか、スキル不足といった理由じゃない。ある程度のストレスがかかると生じる身体の反応だ」

 

「身体が固くなる、ということでしょうか……?」

 

「そう言うことだ。どうしても身体に力が入るからな、自然と銃口は下に向く、それにお前は左利きだろう、なら自然と銃口は左にも向きやすくなる」

 

「な、なるほど……」

 

「最初の1ヶ月はひたすら自分の身体の癖や特徴を認識することからだ。その上でその癖をどの様に活用するかを考えていく」

 

「活用?矯正じゃなくて?」

 

フランカがスネークの活用、と言う言葉に疑問を口にする。身体が固くなるのは明らかに弱点だ。であれば、固くならないように訓練をするのが自然のはずだ。

 

「活用だ。もちろんあらゆる状況下で身体をリラックスさせる訓練も重要だが、それは方法の一つに過ぎない。目的は緊張の利用だ」

 

「どういうこと?」

 

「……よし、フランカ、そこにいてくれ」

 

スネークは部屋の片隅、入ってきたところとは対角線の、狙い撃つ的も次の部屋に行くドアもない開けたスペースを指差す。

 

「そこ?まあ良いけど」

 

「お前たちはそこら辺からフランカを見ておけ」

 

フランカはスタッスタッと歩き、指示された通りに開けたスペースに立つ。

大股で3歩ほど歩けばスネークに届く程度の距離はあるが、遠いというほどでもない。

その中間くらいでリスカム・ジェシカ・バニラの3人は位置しているため、ちょうど3人を直角にした三角形のような配置になった。続けてスネークが3人に向けてゆったりと語り出す。

 

「まあとりあえず、フランカの方を見ててくれ」

 

「は、はい」

 

「んで、まあフランカもさっき言っていたが、矯正はしない、利用だ」

 

 

瞬間、フランカは身を屈め

 

右足を出し左にある柄に手を伸ばす

 

そこにスネークがいつの間にか近づき彼女の頭に手を乗せる

 

 

「良い反応だ、よくやるな」

 

「ッあなたってば……!」

 

「あの、フランカ先輩はなぜスネークさんに突然近づいたのです?」

 

「どうしたのフランカ?」

 

「あわ、あわわわ」

 

バニラとリスカムは、どうして急にフランカがスネークに近づいたのかわからず、思ったまま言葉にする。ジェシカは2人が突然動いたことに驚いたのか、動揺している。

 

「そうだな、まずはタネを明かす……前に、ジェシカ」

 

「あ、は、はぁいい!!」

 

「その様子だと俺がやったことに気づいたみたいだな」

 

「え、ええーと、えーと、ええ……」

 

「安心しろ、単なる"遊び"だ、本気じゃない。そうだろフランカ?」

 

「・・・やられた方はたまったもんじゃないんですけど」

 

そういってフランカはスタスタとBSWの面々がいる部屋の隅に移動する。

若干機嫌が悪い様だが、額に汗が滲んでいることに気づいたリスカムは、スネークが何かしらしたのだろうかと予想した。

 

「悪かったな、後で飯でも奢ろう」

 

「ここ(ロドス)は社員食堂なんでお金かからないんですけど〜!!」

 

「ならいつか飯でも作るなり奢るなりしてやろう」

 

「……はあ、本当にとんでもないわねあなた」

 

「今更だな」

 

「ハイハイ、そうでしたそうでした〜」

 

「……でだ、ジェシカ、俺が何をフランカにしたと気づいた?」

 

そこで全員の視線がジェシカの方に向く。

向けられた当の本人はすこしだけオロオロとしたものの、スネークの方を見つめると、彼が力強くうなづいたため、自分なりに気づいたことを言葉にした。

 

「えーと、そのっ、あくまで私が気づいたというか感じたことなんですけど……フランカさんに対してものすごく怖い雰囲気を一瞬だけ纏ってたというか送ってたというか……」

 

「え?怖い雰囲気を、ですか?」

 

「バニラちゃんは感じませんでしたか……?」

 

「え、えーと……リスカム先輩は何か感じました?」

 

「ううん、いまフランカが汗をかいてるから、何かしらスネークがしたんだろうなとは思ったけど……特に何も感じなかったかな」

 

「むしろバレるとは俺は思わなかったがな。まあ少し殺気を彼女に送っただけだ」

 

「本当に冗談が過ぎると思うんだけど?」

 

「だが見本のような反応をしてくれたからな、それにだれも怪我はしていない」

 

そう言って笑いながらいうスネークに、完全に機嫌を悪くしたフランカは、リスカムの後ろに隠れてしまった。完全に拗ねたようだ。良いのか先輩。

 

「まあ、今のフランカの反応は反射的なものだ。殺気を感じたために、咄嗟に反撃に出ようとした、その反応が俺に近づき、レイピアを抜こうとしたわけだ」

 

そう言ってスネークは先ほどまでフランカがいた場所で、彼女がスネークに近づくまでの動作を真似する。

 

「ある程度再現するが、彼女は俺に近づく瞬間、膝を曲げて身を屈め、僅かに左足を下げてから右足を出してきた、こんな感じでな」

 

スネークの動きを踏まえて思い出してみると、確かにフランカが身を屈んだ時、僅かに左足を後ろに動かしてから右足が前に出ていた。

 

「確かにそうでしたけど……それになにか意味があるんでしょうか?」

 

「バニラ、そこからこっちに歩いてきてくれるか」

 

「え!?」

 

「あ、いや、俺に近づくのが嫌ならあっちの的に向かって歩いてみてくれ」

 

「あ、いえ、えーと……じゃあ失礼して」

 

そう言ってバニラは、申し訳なさを全身に纏いながら・・・部屋の入り口正面にあった的の方へと歩いて行った。そんな彼女に笑いながらも、そりゃあそうだろうな、と言いながらスネークは言葉を続けた。

 

「そしたらまた元の場所に戻ってくれ」

 

「戻るだけで良いんですか?」

 

「ああ」

 

そう言われて、そそくさとバニラはBSWの面々がいる場所に戻っていく、その間にスネークが簡単に捕捉する。

 

「バニラ、君は歩き始めた瞬間に、足を後ろに下げたか?」

 

「いや、普通に前に出しましたけど……」

 

「そうだ、普通に前に足を出す。後ろにわざわざ足を動かすのは本来不自然なわけだ」

 

「え?・・・あ」

 

「戦闘時は咄嗟の判断や動きが求められる場合もあるが、その瞬間はどれだけ訓練をしていても無駄に力は入る。フランカの場合はその力みは僅かだったがな、それでも何かしら無駄な動きは生じるものだ」

 

そう言ってスネークは床に落ちていた空マガジンを拾い、言葉を続ける。

 

「だがそれは戦闘によるストレスや緊張がもたらす身体の反応そのものだ。ある程度コントロールすることはできるがそれにも限りがある。だからこそ、克服よりも緊張した上で何ができるか、どうしたらもっと良くなるかを学んだほうが効果的だ」

 

そう言ってジェシカに近づき、空のマガジンを手渡す。

 

「このマガジンをドアに噛ませるのもその一つだ。身体だけでなく、その場にあるものを使うのも有効だ。知らなければできないが、知っていれば何かできることもある。それに、うまくいけば過度な緊張を和らげる場合もある」

 

スネークは次の部屋に向かうのか、歩き出し、2つ目の部屋を出ていく。それに連れられる形で4人もついていくと、ドアを開けたすぐの的を指差していた。

 

「ここはさっきの的と同じくらいの距離、同じように肩と腹部に命中している」

 

「ですね……」

 

「そう落ち込むな、次をみてみろ」

 

ジグザグした道を進み、最後の部屋が見えてきた。その途中には1つの的がある、距離的に約5m、やはり同じくらい離れている。

 

「あれはキチンと命中しているぞ」

 

「・・・え?」

 

そう言われ、裏側に回ってみてみると、確かに弾痕は中心線に沿って頭部と胸部に命中していた。

 

「ここら辺はバニラがドアを破壊している最中だったろう。仕掛けが確実に機能していることに気づいて無意識に身体が安心したんだろうな。まあ心中は相変わらず穏やかじゃないだろうがな」

 

そう言って最後の部屋に入る。入り口は部屋の真ん中にあり、正面に2体、右側に1体の的がある。

 

「ここの的は見事にバイタルに当ててるな、よく訓練されてる証拠だ」

 

「本当です、最初と同じように命中してます!」

 

「敵に迫られることがわかると焦ったが、そうじゃないとわかれば余裕を取り戻したんだろうな」

 

それだけ言うとスネークはジェシカの方を再び向き直り、顔を見る。

 

「ところでジェシカ」

 

「は、はい、なんでしょう」

 

「ここの部屋は今までの部屋で一番早くクリアリングしたな?」

 

「はい、すぐ近くまでお二人が来ていましたから」

 

「だろうな、ならあれが見えるか?」

 

「あれ?・・・あ」

 

スネークが部屋の後ろ、自分たちが入ってきたドアの方を指差す。言われたまま後ろを振り返りドアの方をみると・・・ドアの後ろに何かが見える。

 

「ドアの後ろのクリアリングを忘れたな」

 

そこでジェシカは反芻する。

このキルハウスの中で、1つ目、2つ目の部屋は確かにドアの裏を確認した。だが三つ目の部屋は……確認したような、していないような感覚だ。だが、後方を確認したような覚えはない、とにかく逃げ切るんだ、ということしか考えていなかった。

 

「極度のストレス下では今まで出来ていたことができなくなる、それも初歩的なことですらだ。出来なくなることをミスとも言えるが、俺は身体のどうしようもない反応だと捉えている」

 

「どうしようもない、ですか」

 

「そう落ち込むな。出来ないから落ちこぼれだとか、無理だと言うことを言いたいわけじゃない。どうしても通常では考えられないことが起きるというだけの話だ。ストレスがかかることによって何が出来なくなるのか、逆に何が得意になるのかは人によって様々だ」

 

そう言ってスネークは最後の部屋の出口に向かい、BSWの全員を見渡す。

 

「ここにいる他のメンバーもそれぞれだ。バニラの場合は周囲の状況把握は優れてるが、その状況で何をすればいいか判断が疎かになる。まあこれは経験不足が大きいだろうがな」

 

「え、あ、はい……確かに周りに何があるかを把握するようにはしていますが……どの様に動けば良いかはまだわからないので、先輩方にお任せすることが多いです、ね」

 

「それはこれから身につけていくものだ。フランカは瞬間的に最適な動きができるな、攻撃を仕掛け、身を引くタイミングをよく理解してる。敵の不意をつくのも得意だろう」

 

「・・・まあね、それが私の得意な戦い方ではあるわね」

 

「ただ直感的な判断に寄ってるな。戦術を立てるのもこの中では一番得意だろうが、深く考えるのが面倒になって、相棒に任せることが多いだろ」

 

「その通り、当たってるよ」

 

「ッなんでそんなことわかるのよ」

 

「なんだかんだで色々なやつをみてきたんでな」

 

リスカムにスネークが指摘したことを同意され、さらに不機嫌になるフランカだが、実際反論のしようがない。苦し紛れになぜわかるのかと反論したが、スネークからすれば見ればわかることでもあるが、その反論自体自分で認めているようなものだがな、と心の中でおもった。が、それを指摘すればどうなるか判ったものではないのでそっとしておく。

 

「リスカムはその点では理屈で状況把握、判断が下せるな。ただ、感情が絡むと冷静な判断ができなくなるだろう」

 

「……あんまり人前で指摘されたくはないけど、まあその通りかな」

 

「そうねー、あなた怒るとすぐ____イッタッ!?」

 

「フランカうるさい」

 

バチンッという音と同時に、フランカが跳ねる。同時に、フランカの髪がフワァと舞う。どうやら静電気を食らったようだ。リスカムによるアーツなのだろう。

 

「まあバランスが取れた良いバディだ、慎重な判断と柔軟な行動力を持っているな」

 

「今のやりとりにそんな嬉しい評価をしてくださる要素がありましたかね教官殿……」

 

「自分の胸に手をやればわかると思うぞ」

 

そう言って軽く2人のやりとりを笑ってやりながら、スネークはジェシカの方を見る。

 

「お前の場合は状況の変化や危険に、特に音に敏感になる。だが同時に危険が身に迫っているとわかると身体は過度に緊張し、死角への注意が疎かになる」

 

「……はい」

 

「どれだけ訓練をしても苦手なものは苦手だ。だが得意なものが苦手になることはそうそう無い」

 

そう言って最後の部屋を抜け、通路を右に曲がる。

最後の的も見事に敵の急所を射抜いていた。スネークの目から見ても、ジェシカに必要なのはスキルではない。彼女に必要なのはストレス下での身体操作方法、そして何より厳しい環境下での選択肢の拡充だろう、つまりは知識だ。

 

もちろん身体で覚える要素もあるが、それと同じくらい座学なども必要になるだろう。フランカのようなタイプであれば実践あるのみだが、ジェシカのようなタイプであれば必要な技術の意味と実際にやり方を見せていけばどんどん身につけていくだろう。

 

「他者を守るためにどう活かすか、さらに何が必要か考えていけばいい」

 

そう言ってボタンを押しキルハウスの出口が開く。

出口に置かれたプリントされた地雷を回収し、4人全員が出てくるのを待つ。

 

「とりあえずこんなところだな。何か意見や疑問はあるか?」

 

「ハイ」

 

ジェシカが手を挙げる。それは弱々しい普段の彼女ではなく、はっきりとした声で、まっすぐと手を挙げたシューターだった。

 

「私の得意なことや不得意なことはわかりました。今までは、自分が臆病なだけだと思ってましたけど……それが周りの人を守れる武器になるなら、頑張りたいです」

 

「まあお前さんのその過度な心配性も少し治したほうが良いだろうがな」

 

「うう、頑張りますぅ……!」

 

「まあそう気負うな、気張っていけ」

 

そう言いながら、スネークは胸ポケットを漁り・・・何もないことを思い出して、ため息を吐きそうになるが、なんとか堪え、言葉を続ける。

 

「……さて、とりあえず今日は顔合わせと今後の訓練の方向性を伝えた。俺がやりたかったことができたが、他に何かやりたいことはあるか?」

 

「え、もう終わりですか?」

 

「初日から詰め込んでも余計に疲れるだけだからな。もっとも、やりたいことがあれば付き合うぞ。どのみちロドスにしばらくいるわけだしな。だからといっても、夜間は身体を休ませる必要があるが」

 

「そ、そこはもちろんわかってます!そこまで無茶なことはお願いしません!!」

 

「まあ、可能な範囲内で付き合うがな。それで、何か要望はあるか?とりあえずジェシカ以外でも構わんが」

 

そういわれ、BSWの面々が悩む。

突然要望を言え、と言われて言える様なものではないのだ。それに、インストラクターである以上、変な風に思われるのも困る、と言った感情も彼女たちにはあるのだ。

 

「・・・スネークさんの動きをみてみたいです」

 

「ん、俺のか」

 

「あ、いや、スネークさんを疑っているわけでは無いのですが……見本を見せていただければ、嬉しいです、ね」

 

「まあそれもそうか。そしたら保安員にドアを直してもらったら一度俺もやろう。後ろからついてくるか?」

 

「はい!ぜひお願いします!」

 

「お前たちはどうする?」

 

「私はパスー、ちょっと疲れたから休むわ」

 

「私は見学かな、気になるし」

 

「わ、私も見学させてください!」

 

「良いだろう、まあ休憩も大事だからな、無理はするなよ」

 

そういわれ、フランカは『じゃあ遠慮なく〜』と言って、保安員にドアの修繕をついでに頼んで、訓練室を後にした。リスカムとしてはもったいないなとも思ったが、彼女が本当に疲れている様子だったので部屋に戻ってもらうことにした。

 

一方のスネークは、フランカに殺気を送ったことを やや申し訳なく思いながらも、ジェシカがフランカにだけ送った殺気によく気付いたこと、バニラやリスカムが何も感じていなかったことを振り返り、経験ではなく種族によって殺気や雰囲気を察知する感度に差があるのだろうか?という簡単な考察を立てていた。

 

同時に、ジェシカに必要になる身体操作についてどのように教えるか、そして葉巻をどうしたものかを考えていた。

 

「……心許ないな」

 

胸ポケットが空っぽとは、とても淋しいものだとおもいながら、どうしたものかと考える。

 

「何か問題でもあった?」

 

「ん、いや個人的な問題だ」

 

そこにリスカムがやってくる、どうやら呟きも聞かれていたらしい。といってもジェシカのことや訓練のこととは全く関係のないことなのだが。

 

「そう?まあそれならそれで良いけど、何か手助けできるかもしれない」

 

「ふむ……まあこの世界についてまだ知らないこともあるしな」

 

そう言ってスネークは『実は』と言葉を続け、とにかく葉巻が欲しいことをリスカムに訴えた。

 

「……あなた、結構なヘビースモーカーだったんだ」

 

「まあな、正直言ってここ1週間は葉巻のことばかり頭に浮かぶ」

 

「そう……」

 

正直言ってそんなことで悩んでいるなんて心配して損した、とおもったリスカムだが、実際にこうして彼が悩んでいることも事実のようだ。少し思案して、ふと思い出し、ジェシカを呼ぶ。

 

「・・・そう言えばジェシカって色々なものを購入してるよね?」

 

「え?まあそうですけど……」

 

「それって色々な流通業者を使うわよね」

 

「まあそうですね。大体フェンツ運輸さんとかペンギン急便さんとか経由が多いですけど、他にも色々なところから仕入れたりしますね」

 

「その中にさ、葉巻を取り扱ってるところってない?」

 

「葉巻ですか?葉巻ってタバコのアレですよね?」

 

「タバコとは違うんだが、まあ葉巻だな」

 

「はあ。けどありますよ、龍門だと取り扱っているところが多いですからね」

 

「本当か」

 

「は、はい、本当です」

 

「それって今日とか注文できる?」

 

「あーちょうど今日、ペンギン急便から荷物が届くので、その時に注文すれば三日以内には届くと思いますけど」

 

「よしジェシカ、知りたいことがあればなんでも教えてやる、いつでも聞いてくれ」

 

「え、あ、はい?よろしくお願いします??」

 

スネークはやるきを取り戻した。いや、やる気が倍増した。

確実に入手できるのであればこれほど嬉しいことはない。戦場では吸えないことは多々あるため、1ヶ月ほどの禁煙は覚悟していたが、それが3日で良いと言うのであればこれほど嬉しいことはない。やるきもみなぎると言うものだ。

 

「そ、そんなに欲しかったの、葉巻」

 

「ああ、とにかく欲しいな……しかし、おれは手持ちがない。あまりツケにするのは好きじゃないんだが」

 

しかし問題がある、なにせいまスネークはBSWと短期雇用契約を結んでいるとはいえ、現金や通貨と呼ばれるものは一切持っていない。今後報酬が支払われるだろうが、それまでは無一文であることに変わらないのだ。

 

「そんなツケというか、後からお金を払っていただけるなら問題ないですよ?いくらなんでもここから逃げ出すとか考えにくいですし。何より私は教えてもらう側ですし」

 

「そう言われてもな……」

 

あまりよろしい状態ではない。何かしら見返りがあったほうがいいだろう。

 

「なら、あれを見せてあげたら?」

 

「あれ?あれってどれだ」

 

「あなたが持ってきた銃。ジェシカ、自腹で銃を買うくらい銃が好きだし」

 

「ほう、そうなのか」

 

「は、はい……ドーベルマン教官には何か変な反応をされましたけど、銃は好きですね」

 

「ふむ、まあとりあえず俺の銃を見てみるか?流石に撃たせることはできんが」

 

「はい、ぜひ見せてください!」

 

「そうか、少し待ってくれ」

 

葉巻を入手できるのであれば自分の愛銃を見せるなどお安い御用である。バックパックをさぐり、グロックが入っていたガンケースを取り出す。3人が何かしているのをみてバニラもトコトコっと近づいてきた。

ロックを解錠しガンケースを開く、中からはマガジン一本と銃本体が出てくる。グロックとは異なり、金属製のボディが独特の光沢を放つハンドガンだ。

 

「……」

 

「1911、45(フォーティーファイブ)、俺の愛銃だ」

 

「すごい綺麗な銃ですね」

 

「いい銃は見た目もいいものだ。もっともこいつは色々と改造はしているがな」

 

「私の持っている銃と似ているけど、全然違う・・・ジェシカ?」

 

「持ってみるか?」

 

スネークは愛銃をガンケースから持ち上げ、マガジンが挿入されていないことを確認、スライドを引き薬室が空であることも目視で確認しジェシカに渡す。ただひたすら銃を見つめ立ったままだったジェシカは恐るおそるスネークから銃を受け取ると、スライドを引き、薬室内を確認する。

 

「……」

 

続けて輝くスライドを覗き

 

マガジン導入部を確認

 

さらに銃を握りながら指を動かす

 

誰もいない方向に銃口を向けて引き金を引く

 

この一連の流れを、銃を受け取った途端無言で行い始めた彼女を不気味に感じたのか、バニラは『ジェシカ先輩?……ジェ、ジェシカさん?』と言いながらスネークやリスカムの方へソーっと移動してきた。一方でスネークは真剣に銃を観察するジェシカを見て、本当に銃が好きなんだなと確信しながら、彼女がある程度満足するまで待った。

 

「どうだ、いい銃だろう」

 

「……すごいです!こんなカスタマイズがあったなんて・・・!!」

 

「ジェ、ジェシカ?わかったから、少し落ち着いて?」

 

「いいえ、これは落ち着いてなんていられませんよリスカム先輩!」

 

「そ、そうなの?」

 

「そうです!!」

 

そう言ってジェシカはスライドを引きながら、(おそらく彼女なりの親切心から)リスカムにも見えやすいように銃を見せてきた。

 

「まずこの鏡のように磨きあがれたフィーディングランプ!ここまで綺麗に加工されていればどんな状況下でも給弾不良を起こすことはありません!加えてスライドは強化スライドに交換されているにもかかわらずスライドと銃本体の噛み合わせには全くガタ付きがありません!これはフレームに鉄を溶接しては削る作業を何度も何度も職人が繰り返さなければここまでできないです!けどそのおかげでこの銃は格段に精度が上がってるんです!!」

 

「そ、そうなんだ、それはすご___」

 

「さらにフロントストラップ部分にはチェッカリングが施されてまるで手に食いつくようで、さらにグリップにステッピングまで施されてます!メインスプリングハウジングもより握り込みやすいようにフラットタイプに変えてありますね!これなら滑ることはないです!!サイトシステムもスライドと一緒に交換したんでしょう、モダナイズされたスリードットタイプにフロントサイトは大型で視認性がとても高いものになってますね。そしてハンマーもリングハンマーに交換されコッキングの操作性とハンマーダウンの速度も確保されて・・・あ!!こ、これはグリップセイフティーもリングハンマーに合わせた加工がなされてキャンセルまでされてます!!それにサムセイフティにスライドストップも延長されているので確実な操作ができるんだ!トリガーガードの付け根は削られていながらトリガーは指をかけやすいロングタイプに!?これはより握り込みながら銃を操作できますね!!

・・・・先ほどトリガーをひきましたがトリガープルは約1.5kgですね、たしかこの銃なら2.2kgくらいトリガープルはあったはずなので700gも軽かったですから早撃ちや咄嗟の射撃にもより対応できます。さらにマガジン導入部はマガジンが入れやすいようにひろげられてマガジンキャッチボタンは短く切り落とされて!?これなら無駄なく確実なリロードができます!!その上、スライドの前部にまでコッキングセレーションも!?これなら緊急時の装弾排莢を確実に行えます!すごくないですか!?これすごくないですか!!?」

 

「う、うん、そうだね……すごいね」

 

特にジェシカの熱量と圧力がすごいね。

そう言いたかったが、今まで見たことがないくらい目を輝かせて語る彼女を止めることなんて、リスカムにはできなかった。きっとフランカにもこれはできないだろう。バニラに至っては今まで見たことがなかった先輩の姿をみて軽く放心状態だ。『はうじんぐ……そりゅーしょん?』となんとか聞き取れた単語を繰り返しているのがやっとのようだ。

もちろん、ソリューションなんて言葉は一度だって出てきていない。

 

「よく見ているな、それによく銃を知っている」

 

「はい!」

 

「ふむ……そうだな、お前さんの訓練がいけばこの銃を撃たせてもいい」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、だが少し問題があってな」

 

「問題ですかどんな問題ですか」

 

「まあ落ち着け。詳しいことは追々話すんだが、この銃は源石を一切使用していない」

 

「・・・源石を使わないで銃が?」

 

「ああ、色々と理由はあるんだがな。だからここで使われてる弾薬を使用しても発砲することができるかはわからない、もしかしたら暴発して壊れるかもしれない」

 

「そんな!それは絶対にダメです!!」

 

「そうだな、俺もそれは避けたい。だがあいにくこの世界のメカパーツについては俺は詳しくない」

 

「なら私が探してもいいですか」

 

「いやむしろ俺からお願いしたい。この銃をこの世界でも使えるように改造してくれ、必要費用は俺が出そう、ジェシカにはパーツの手配と改造を頼みたい」

 

「私が・・・この銃を改造……?」

 

「そうだ、こいつを使えるように手を貸してくれないか?もし使えるようにしてくれたなら、この銃をお前に撃たせてやれる」

 

「この銃……私撃ちたいです!」

 

「なら決まりだな、なら詳しい打ち合わせは夜にしよう。どうやらドアの補修も終わったようだしな」

 

「わかりました!」

 

「よし、なら見本を見せるとしよう」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

先ほどまで落ち込んでいた彼女はどこに行ってしまったのか。今はスネークが持っているカスタムピストルに夢中になって目を輝かせ、やるきに満ち溢れているシューターがそこにはいた。そしてその隣で、葉巻が思っていた以上にすぐ届くことに加え、自分の相棒をこの世界でも使えるかもしれないという希望までもてた戦士がいた。

 

意気揚々とキルハウスに向かって歩き出す2人の背中を、残された2人は静かに、座ったまま見つめていた。

 

「……ジェシカ先輩って、あんな饒舌にお話されるんです、ね」

 

「いやうん、銃について語るときはよく話すのは知っていたけれど……あんなに熱心に語ってるのは私も初めてかな」

 

「……リスカム先輩は何言ってるかわかりました?」

 

「……正直、早すぎて半分くらいしかわからなかったかな。まあすごい合理的にカスタマイズされてる銃なのは確かかな、私もあそこまで吟味されてカスタムされた銃はしらないかな」

 

「そ、そうなんですね」

 

「……まあ、一回見ただけであそこまでは私もわからない。バニラも気にしなくて大丈夫」

 

「で、ですよね!ジェシカ先輩がすごいってことですよね!」

 

「そうだね。じゃあ私たちも見学させてもらおうか」

 

「は、はい!」

 

そんな会話をして、遅れながらも2人はスネークのキルハウスでのクリアリングを見学することにした。

 

 

 

 

余談だが、スネークのタイムは41秒。本人曰く、『葉巻が買えるのと愛銃が使える見通しが立って気分が乗った』とのこと。空マガジンでドアをロックするのも実施してのタイムだったが、その確実なクリアリングと射撃を実施しながらのタイムにジェシカはまた感動し、リスカムやバニラもその早さに驚いていた。

 

その夜、タバコならまだしも葉巻だと2週間かかることを知らされ、少し残念がるヘビがいたとかなんとか。そして一晩かけてスネークの愛銃をみてニヤニヤしていた猫がいたとかいないとか。

 

 

 




私の作品を楽しみにされていた方には大変申し訳ありません。
詳細は活動報告にて書かせていただいてますが、個人的な理由で二次創作活動は停止することになりました。

本日にて、daaaperの二次創作活動を停止させていただきます。
もっとも、オリジナル作品は許可を取れば投稿しても良いそうなので何かのきっかけで何か投稿するかもしれません。

あと、文字の創作活動をやめるわけではありません。
何かの縁で知らぬ間に皆さんのところに私の打った文字が書かれているかもしれません。

感想欄やコメントにはお返しできますので何かありましたらご連絡ください。
後日(と言っても11月末くらい)に活動報告で今後のスネークやジェシカについて書く予定ですので、
もし『この後どうするんだろ?』と気になりましたらご覧いただけると幸いです。

では私はこの辺で。
皆様のご健康と快適な小説ライフを願っております

何かご意見やご感想がありましたら感想欄にて教えて頂けると作者の励みにも参考にもなります。
何かありましたら感想欄にて教えて下さい
daaaper   m(_ _)m。



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9−1

二次創作活動ができなくなったと言ったな
あれは嘘になった

と言うわけで、戻ってきました。
また気長にお付き合いくださると幸いです


3月6日 PM 08:00 ロドス艦内 居住区 スネークの居室にて

 

スネークがこの世界に来て1ヶ月ほど経ち、そして縁がつながりBSWのインストラクターとして教導が始まって約2週間が過ぎた。

スネークが指導する相手、BSWのハンドガンシューターであるジェシカは、周りや本人も適切な評価をしていない様だが、元から備わっている危機管理能力と確実に磨き上げられてきた技術は、兵士として貴重な存在になりえると、スネークは評価した。

もっとも、彼女本人が気付いていないこれらの強みや技術力は、BSWの人事部や彼女の先輩にあたるフランカはきちんと見抜いていたらしい……が、見抜けてはいても、その価値を引き出す手段を持ちえていなかったようだ。

 

「……じゃあ、室内においてはハンドガンの方が必ず有利なんですか?」

 

机の上で簡易的なメンテナンス道具を広げ、支給されたグロックをメンテナンスするスネークの後ろに、彼に鍛えられているジェシカが立ちながら質問を投げかけている。この二週間でジェシカはスネークと様々な会話をし、スネーク自身はどこからきたかよくわからず、この世界に関する情報をあまり知らないこと、彷徨っているところをフランカたちに拾われたことも知った(事実はもう少し複雑だが、彼女はそこまでは知らない)。

 

「しつこく言うようだが、武器によって有効な距離感は異なる。どんなに威力があろうと、ライフルのような長物を狭い室内で扱うより、ハンドガンの方が有利になる。だが目と鼻の先にいる敵にはナイフの方が有利だ」

 

この世界に来て、いまだわからないことは多いが、銃に関する知識はあまり普及していないことは確かであることをスネークは把握した。銃の構造や弾道学といった工学的・物理学的理論、タクティカルな経験の堆積、そのどちらもがスネークがいた世界と比べて、明らかに不足していた。

だが、銃の進化・発展に関しては差異がない。これに関しては、魔法、この世界ではアーツという様だが、それがある以上、わざわざ火器を使う意味やアドバンテージが少ないのは自然だろう。いちいちメンテナンスや、補給を気にせずとも、念じれば文字通り火力を身体から直接放てるのだ、その方が簡単だし早い。

 

もっとも、寿命を縮め、鉱石病という病を悪化させるリスクがあるのはとても無視できないが……銃を扱うか否か、という点だけで見れば、アーツを選ぶだろう。スネークも同じ環境下に置かれればそうする。

 

銃に関する知識も経験も全くゼロな世界ではないようだが、銃に関する知識や経験が不足しているからこそ、身元不明にも関わらず『銃の専門家』というだけで、備品や衣食住の完全補償という高待遇で自称傭兵の人間を雇う価値があるのだろう。

 

スネークに鍛えられ始めた彼女は、この世界では貴重な知識を吸収しようと毎晩スネークの部屋を尋ね、もとい入り浸っていた。これだけ銃に関する知識も経験も足りない世界で、自腹で銃を購入するほどの変人、というかオタクのジェシカだが、知りたい以上に強くなりたいという気持ちが強かった。

だからこそ、スネークもできる限りの技術と知識を与えようとジェシカが遠慮なく部屋に入ることを許可した。

 

「ナイフ、ですか」

 

「……ジェシカ、近接戦闘の経験は?」

 

「接近戦はBSWで基本的なことは習いますが、実戦経験は……ないですね」

 

「まあ、こっち(テラ世界)だと射手が格闘戦をするのは不自然か」

 

弓兵が護身用に鉈や剣を持つことはあっても、それは護身の範疇を超えない。というか、それを抜くほどまでに接近されている時点でほぼ負けなのだ。中にはそれだけの至近距離でも弓を使う者もいるが、それはメジャーではない。

だがスネークからすれば、銃を使いながら、常に距離をとる立ち回りをすればそれで良い……とは、考えていない。

 

「なら明日からは近接戦闘の訓練にも入る、むしろそっちがメインになる」

 

「・・・え!?か、格闘戦をやるんですか!?」

 

「なんだ、そんなに驚くことか?」

 

「え、えーと……私は誰と組むんでしょう……?」

 

「そりゃ俺がインストラクターだからな、俺とだが」

 

「ええ!?」

 

「……そんなに驚くことか?」

 

そりゃ驚く。

 

だって、ジェシカの身長は147cmで、フェリーン族の中でも小柄な部類に入る。対してスネークは188cm、しかも年齢は40歳に近く、それでいて傭兵としてたくましい身体の持ち主である。いきなり格闘戦の訓練をするにしても、ジェシカからすれば難易度MAXなんて次元ではない。

 

「だ、だって私スネークさんのこと殴れる自信ありませんよ!というか顔に届きません!!」

 

「問題ない、慣れれば俺を投げ飛ばすくらいできるようになる」

 

スネークの言ったことは事実である。

彼とその師が生み出したCQCという技術は、『いかに敵地から将校やVIPを無傷で拉致してくるか』というスナッチミッションの遂行が根幹にある。そして、この技術はさらに分枝することで発展していくが、この技術の核はいかに敵を素早く無力化することに重きを置いている。

若い頃は、力にものを言わせて敵を捌いていたスネークだが、歳を増すごとに技術により敵を捌くことを覚えた。そしてあらゆる人間がトレーニングを経ることで、扱うことができる技術へと昇華した。

 

何よりMSFの研究班や糧食班ですら、CQCの基本を身につけることで現役バリバリの戦闘班連中をぶん殴ったりぶん投げたりできるのだ。ジェシカのトレーニング相手がスネークであろうと問題にならない。

 

「そ、そんな自分の姿想像できないです……」

 

もっとも、MSFのことやCQCはもちろん、体術についてまるで知らない彼女からすれば、体重差や身長差を覆す技術などとても想像できないだろう。

 

「なに、1ヶ月もあれば俺をぶん投げるくらい造作もないさ。もっとも、俺に勝てるかはまた別だがな」

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

「任せろ、それが俺の仕事だからな。この2週間でお前に教えがいがあることはよくわかったからな」

 

「うぅ……もっと厳しい訓練が追加されるんですねぇ……」

 

「俺としては褒めたつもりなんだがな」

 

この2週間でスネークがジェシカに施したのは、室内戦におけるタクティカルトレーニングのドリルだった。ジェシカの射撃技術はすでに中堅の域にあり、スネークが口を出す箇所はない。

だが、中堅で止まっている。その理由は彼女の極めて臆病な性格が影響している……ところもあるが、彼女は自分が持ち合わせている技術を『自分なりのモノ』に変化・昇華させていないと、スネークは評価した。

 

早い話、誰が見ても参考になる見本の様な射撃技術は完璧に持ち合わせている、だが彼女には『オリジナルな部分』はほとんど無いのだ。

 

「お前の訓練に対する姿勢と、技術の獲得の早さは大したもんだ。お前は学んだことを素直に試して学んだ通りにやる、やってわからなければ質問する、また試す。何人も教えてはきたが、ここまで教えがいがある相手は久しぶりだ」

 

「そう……なんですか?」

 

「ああ、何かしら文句を言うからな。だがお前はとにかくまずは言われたことを試している、俺としても教えやすい」

 

「あはは……ドーベルマン教官からは『学んだことをまるで活かせていない!』ってよく言われたのですが」

 

「それはお前が、自分に自信が無いだけだな」

 

「……え?」

 

「自信が無い、自分が何かしら間違えている、そう考えてるからこそお前は人の言葉をよく聞いてる。まあ、自分の考えに自信がないからこそ、訓練でも動きが鈍い時もあるがな」

 

「は、はい……」

 

「まあそれに関しては明日からの訓練で変えていけばいい」

 

そう言ってスネークはメンテナンスを終え、椅子から立ち上がるとグロックをホルスターへ仕舞い、ジェシカの方をみる。彼が立ち上がることで改めて身長差が明らかになる。ジェシカからすれば、目の前にいる男をぶっ飛ばす自分など、まるで想像できない。

 

「でだ……今日注文したものが来るんだよな?」

 

「は、はい。スネークさんに頼まれた物は今日の夜に届けるとペンギン急便の方から連絡があったので、そろそろ来るかと」

 

「ならお前の部屋に行ったほうが良いんじゃないのか?」

 

「あ、それは大丈夫です。届け先はスネークさんのお部屋にしましたし、まずロドスの搬入部門の方が受け取ってから、届くと思いますよ」

 

「……そうか」

 

この時、スネークの思考は瞬時に加速した

 

なにせこの世界に来てからはや1ヶ月

 

 

この間完全な禁煙である

 

 

ここまでよく我慢できたと自分を褒めても良いだろう。だがすでに彼の葉巻に対する欲求はすでに限界を迎えており、いますぐにでも吸いたいのだ。ましてや彼は忘れない。2週間前、タバコはともかく葉巻なら取り寄せるのに2週間はかかると言われたことを。

あの時だけは、葉巻ではなくタバコで妥協しようとした自分も心の中にいた。だが、すぐに彼は2週間のサバイバルを心に決めた。タバコは葉巻ではないのだ、同じタバコの葉で作られた産物ではあるものの、全く別の存在であり雲泥の差がある。であれば、なぜ2週間我慢もせず妥協する理由があるだろうか。一瞬でも心が揺らいだ自分が恥ずかしいともスネークは思う。だがその恥もこの日のためと思えば素直に受け入れる。

 

とにかく葉巻を今すぐ入手、

 

いや、

 

葉巻を手に持ち

 

己の指の間に挟み

 

口で楽しみたいのだ

 

「……ロドスの搬入部ってのは、車両が乗りつけるあのデカいハンガーにあるのか?」

 

「そうですね、あそこでロドスの物資のほとんどはやり取りされてますから」

 

「なら直接行って取りに行ったほうが早いな?」

 

「え?ま、まぁ窓口もあるので届いていればオペレーターの方でも受け取ることができるとは思います」

 

「なら届いてるか確認しに行ってくる」

 

「えーと、明日の朝には確実に届くと思いますよ?」

 

「いや、悪いが待ちきれん、俺にとって命の次に大事なものだ。待つ時間が惜しい」

 

「な、なるほど……!」

 

この時、スネークとジェシカの間には認識の差があった。

今のスネークにとって大事なものとは葉巻のことだが、ジェシカは彼が言っている大事なものとは、スネークが"買えるからついでに"注文を依頼した物のことだった。

 

ちなみに、スネークのことを知らないものから見ても、葉巻より明らかにスネークがついでに買ったものの方が重要だと普通に考える……というか、正規に購入できることの方が驚かれる代物だ。

 

「なら、私も一緒についていっても良いですか?」

 

「ああ、構わんが……そんな面白い物でもないぞ?」

 

「いえ、スネークさんが大事と言わせるほどのものですから、私もこの目で見てみたいです。実物を間近でみることはほとんどなかったですし」

 

「なら行くか」

 

スネークは思った。『もしかして……葉巻に興味があるのか?』と。

全くもって勘違いであるが、そんなことに気付くことはなく、2人はロドスのハンガーへと向かった。

 




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何かありましたら感想欄にて教えて下さい
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※ご報告に関しては後日削除いたします。ご了承ください


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9−2

活動報告にて、戻ってきた理由を簡単に説明しました。
確認頂けましたら幸いです

※ハーメルンさんのサーバー障害でうまくアップロードできていなかったようなので再掲いたします。


PM 08:17 ロドス艦内 ハンガーB 資材搬入区画

 

ロドス・アイランドは移動都市ほどでは無いが、それでも艦船としては大型なユニットを拠点としている。世界各地に、情報収集・補給を担う部隊が小規模に展開されてはいるものの、ロドスに勤める者の多くがこの陸上艦で衣食住職霊を満たしている。だが、たくさんの職員が生活するためには当然、相応の量の物資がやり取りされる。そのため、大量の物資を搬入し、仕分けを行い、分配をする専用の部門が必要になる。

 

参考までに、乗組員150人の米潜水艦が4ヶ月間任務に出る場合の補給では、

約41トンの缶詰やレトルトといった食品

約14トンの冷凍食品

約3.6トンの新鮮な野菜や果物

これらを積み込むと、潜水艦という密閉空間は4ヶ月間の活動ができる。

 

ちなみに、これは1人あたり4ヶ月で350kgの食料を消費する計算になる。5000人ほどの乗組員で構成されている原子力空母の場合は、単純計算で1750トンもの食料が必要になる。逆算すると、1日あたり15トンもの食料を仕入れ、仕分け、そして分配することができなければそこで働く人間は餓死する、とも言える。

 

さらにこれは"食料品"に限った話である。

 

その他にも燃料、弾薬、医薬品、工具や部品、えんぴつや消しゴムといった文房具などなど、生きていくには消耗品も必要だ。コレらを全て処理するとなれば、専門の部門が必要にもなる。

 

「ここに来るのは2回目だが……こう見ると、よくできてる部隊だ」

 

「あ、スネークさんはロドスにくるときはリスカム先輩たちと一緒に来られたんでしたっけ?」

 

「そうだな。まあ、あの時はそのまま待合室に入れられたが」

 

スネークはこの1ヶ月間、この艦内で過ごしてきたが、食事はもちろん生活を営む上でもこれといった支障は無かった、むしろ快適だった。ラナからこの世界の植生や環境について聞いていたが、天災による環境下においてもこれだけの人数規模の艦船を維持・展開できるこのロドスの兵站システムは優れているだろう。

 

いま二人は区画の端にある通路にいるが、ハンガーの中央部分では車両やフォークリフト、搬送用のカートが忙しなく動き、そして左側は肌寒い夜が広がっている。夜間だからかそれほど車両はいないが、それでも数台の車両が行き来している。

 

「さて、おまえが注文してくれた物が届いてるかだな。どこで聞けばいい?」

 

「それなら・・・あそこかと」

 

そうジェシカが指をさす先は、忙しなく動く中央の広場より右側、ロドスの建物に入れるであろう空間に、プレハブのような四角でデカい建物がドンっとある。看板に『ロドスアイランド中央集積所:事務所』と無骨に書かれていた。事務所であれば何かしらわかるだろう。

 

スネークとジェシカは事務所に向かって歩き出す。近づくと事務所の中に動く人影も見えた。何かしら聞き出すことができるだろう。プレハブのドアに手をかけ、事務所の中へと入る。

 

「今きた食料は食堂にもうあげといて〜」

 

「上級建築材……って、また建築材?今度はどこがぶっ飛んだのよ」

 

「あー、それメイヤーさんのところです」

 

「もう爆発したの!?」

 

「いえ、ショウさんが『どうせまた爆発するので予備の予備を用意してください』って」

 

「なるほどねぇ……じゃあ保管所で置いときます。どうせすぐ引っ張り出すでしょうし」

 

事務所の中は夜の9時を回ったからか、デスクの空席が少し目立つが、それでも夜勤担当のスタッフが忙しなく働いていた。しかし、どうやらスネークが入ってきたことに気づいたようだ、一番近くにいた若い男……といってもジェシカと同じ種族で、猫の様な見た目のため、正確な年齢はわからないが……がデスクに座りながら声をかけてきた。

 

「こんばんはー、配送手続きですか?」

 

「ん、ここでは物資を送ることもできるのか」

 

「あ、最近ロドスに来られたばかりの方ですかね?ここはトランスポーターとの仲介窓口なんです。品物の受け取りはもちろん、届け物もこちらで対応してますよ」

 

そうフランクに、かつ失礼の無い程度の言葉づかいでジェシカと同じ種族の若い男が説明してくれる。どうやらスネークのことを最近ロドスと契約したと認識した様だ。あながち間違いでは無いので、スネークはそのまま会話を続ける。

 

「ならここは、兵站部隊というより配送会社との連絡調整部署なのか」

 

「まあそうですね。私たちは製薬会社ですから、軍とは違って物資の輸送はほとんど外注ですよ」

 

「なるほどな」

 

「それで?何か届けたいお荷物は?」

 

「あ、いや……私たちは荷物を取りに来たんです」

 

「うん?……あっジェシカさん、すみません座っていて気付きませんでした」

 

申し訳なさそうにして、すこし慌てて彼は席を立つ。

カウンターデスクが壁になって、150cmもない彼女の姿は座っていれば見えにくいだろう。

 

「まあ彼女が俺の代わりに注文してくれた品物でな。今日の夜に届くって聞いたんで、待ちきれなくて確認しに来た」

 

「なる、ほど……ならっいま届いているか確認してみますね。ちなみに配送会社はどちらです?」

 

「あ、ペンギン急便さんです。配送伝票はコレっです」

 

そういってジェシカは、ヨイショっとカウンターに伝票を乗せる。伝票を受け取った彼は、バーコードを読み取り、端末で搬入されてるか確認しながら余所にも確認する。

 

「あれハルボー、ペンギン急便ってもう来てたっけ?」

 

「あー、時間帯的にはそろそろじゃない?何か巻き込まれてなければもう着いてるわよ」

 

「それもそうか……ならちょうど来るかもしれませんね。搬入履歴はっ……確認しましたが、まだ届いていない様ですし。今日中に届いたらすぐにお届けするようにしましょうか?」

 

「ん、随分融通が効くんだな」

 

「まあ夜間ですからね、多少の融通は効きますよ。それに同じ会社で働く仲間ですからね、何でもは叶えられませんが、円滑に事が運ぶよう手配するのが私たちの仕事ですので」

 

「円滑に運ぶ、まさに物流だな」

 

「あはは、おっしゃる通りです」

 

「ならここで待っていて良いか?なにぶん、まだここには来たばっかりでな、見学も兼ねて注文した品を待ちたいんだが」

 

「あー全然構いませんよ、そちらのソファーを使って大丈夫です」

 

「そうか、助かる」

 

「いえいえ、じゃあ荷物が届いたらお知らせしますね。もしも配達が遅れそうなら連絡も来ますから」

 

そういって、彼はスネークたちが入ってきたドアの右側を指さす。そこには確かには少しくたびれたソファーがある、4人は座れそうだ。

 

「わかった。なら1時間くらい待ってみるか」

 

「私も一緒に待っていて良いですか?」

 

「ああ構わない……というか、伝票を持っていたのはお前の方だったしな」

 

「そういえばそうでした」

 

軽く笑いながらジェシカはスネークの隣に座る。スネークはそれを特に気にすることなく、デスクの方へ目を向ける。

 

「ふむ、ロドスってのは製薬会社にしては随分開放的な社風だな」

 

「そうですね、本当に色々な方がここにきて働いていますから。BSWも似たような感じですが、ロドスはとても優しい方が多いですね〜」

 

「BSWは厳しいのか?」

 

「厳しいというより、なんでしょう……リスカムさんみたいな方が多いというか……フランカさんみたいな方が珍しいというか……」

 

「なるほどな、大方理解できた」

 

同じ種類の人間だけを集めた組織は、たとえ堅実な選択を取る集団であろうと組織として脆くなる。その場で判断し、素早く急所を突くような人間が少しいるくらいが、組織としてはちょうど良いのだろう。

もっとも真面目人間からすれば、有り体に言って軽い人間に付き合わされることは、たまったものでは無いだろうが。

 

「とりあえず、さっきも言ったが明日から格闘戦の訓練を始める。まだ想像できないだろうが、1ヶ月もしないうちに俺のことを投げ飛ばせるようになる」

 

「そんな自分を全然想像できないのですが……」

 

「まあ最初はそんなもんだ、あまり気にしなくていい」

 

「……あのっ、明日からの格闘戦の訓練についての疑問なのですが」

 

「ん、なんだ」

 

「格闘戦ができるに越したことは無いとは思いますけど、そもそもスナイパーが格闘戦をしなきゃいけない状況って、まずいのでは?」

 

「まあ確かにな」

 

その指摘は尤もだ。長物を扱う人間は、敵に接近戦に持ち込まれた時点で負けだ。

だからこそ、自分だけが攻撃できる間合いで攻撃を仕掛けるし、間合いを潰されないよう攻撃地点や攻撃方法、味方との協同などを実施して初めて真価を発揮する。

 

「だが、お前が扱う武器はハンドガンだ。戦場ならガンファイトとナイフファイトを瞬時に切り替える必要がある状況に必ず遭遇するだろう」

 

「そうならないようにスナイパーは立ち回る必要がある、とBSWでは習ったのですが……」

 

「俺が思うに、それはライフルマンの場合だな。ハンドガンの射程であれば近接戦もこなせなければ意味がない」

 

「うう……肉弾戦は全然自信がないです」

 

テラ世界において、近接戦闘は剣やハルバードを始めとした武器、さらにはアーツが使用される。その威力は銃やボウガンを上回るものが多い。狙撃手がわざわざ近距離戦に持ち込むメリットはゼロに等しい、と考えられている。

ロドスのオペレーターだけを見ても、ジェシカが前衛や重装オペレーターと殴り合いで勝てるとはとても思えないだろう。

 

「まあ、お前にCQCを身に付けさせる目的は2つだ。身体操作の獲得と、自分に自信を持たせること。特に後者の意味合いが大きい」

 

「自信……ですか」

 

「お前のその気の弱さは『自分は弱い』という自己認識の産物だ。なら、『自分はそこそこ強い』と思えるようになれば解決するからな」

 

「そっ……そんな簡単に行くでしょうか」

 

「根本的に変わるかはお前次第だが、俺に強くなりたいと言ったのはお前だ。お前がどう思おうと俺はお前を鍛える、それだけだ」

 

「……はいっ」

 

『小柄な身長、特にこれといった強みはなく、他者より射撃が上手いくらいの自分は、前衛が頑張っている中で後ろから撃つことしかできない』

ジェシカが持つ自己認識は粗方このようなものであろうとスネークは考えている。

一つ一つは事実ではあろうが、決して結果とはなり得ない。小柄な身長だから弱いという結果は生まれず、強みがないのではなく気づいていないのであり、前衛と後衛では役割が根本的に異なる。この認識の歪みを直すには、ジェシカの場合には直接強くなればいい。

 

「こんばんは〜!ペンギン急便で〜す」

 

「今日は割とスムーズに来れたで!」

 

そんな話をしていると、夜にも関わらず活発な声が事務所の中に響く、だが不快な感じはしない元気な声だ。

 

「お、噂をすれば。今日はエクシアさんとクロワッサンさんですか」

 

「やっほ〜ポルポ、ってうわさ?」

 

「ええ、今日の配達を依頼された方がすでにそちらに」

 

「ん?あらっジェシカちゃん……と、オタクはどちらさん?」

 

独特な話し方をする、オレンジベージュの髪にサンバイザーをかぶり、頭に二本の角を生やした少女が、スネークを値踏みするように見る。窓口に配送物を置いた頭に輪っかがあり天使のような姿の赤髪の女も、スネークを観察しているようだ。スネーク的には、オレンジベージュの少女が胸に『肉』と書かれていることが気になるが、とりあえず質問に答えた方がやり取りはスムーズになるだろう。

 

「スネークだ、ジェシカを指導している」

 

「あら、ジェシカちゃんの先生なん?」

 

「先生というよりインストラクターだがな」

 

「インストラクター?なんやわざわざ雇ったんかいな」

 

「は、はい。フランカさんが見つけてきたみたいで、銃の専門家として色々教えてもらってます」

 

「・・・え、お兄さんサンクタ人なん?」

 

「フランカやリスカムにも言われたが、俺が天使に見えるか?」

 

「いや全然」

 

「そういうことだ。俺はラテラーノ出身じゃない」

 

「じゃあ、今日配達したコレはジェシカ本人じゃなくてあなたの注文?」

 

赤髪の女が無骨なアルミケースを掲げる。そしてスネークがジェシカを介して注文したものだろう。掲げられたそれとは反対に視線を下に向けると、左腰にはスネークが見たことのない銃を携行している、この天使の様な赤髪の女は、おそらく本で読んだ銃を好むというラテラーノの人間なのだろう。スネークは頷く。

 

「そうだ……まあここに来てから手に入れられなかったからな」

 

「ふーん・・・まっ、とりあえず依頼人がここにいるし、直接渡しちゃえばいい?」

 

「じゃあジェシカさん伝票こっちにください。ロドス側の手続きだけ済ましちゃいますから」

 

「あっハイ!」

 

ジェシカがトタトタと窓口の方に向かう。

それと入れ替わるように赤髪の女がスーツケースをスネークの方に持ってくる。

 

「ハイ依頼の品っ……ちなみにインストラクターって具体的に何を教えてるの?」

 

気のせいだろうか、一瞬赤髪の女が驚いたか怯んだかのような顔をしたように見えた。しかし、興味ありげにこちらの顔を覗いている。気のせいだったのだろうか。

 

「ん、まあ彼女の場合は射撃技術に関しては教えることはないからな。室内戦闘の方法と身体操作、あとは戦術・戦略についても教え込むつもりだ」

 

「これは何に使うの?」

 

そう言って女はスネークが注文したブツが入っているであろうアルミケースを指差す。

 

「BSWが経費で落としてくれるらしいが、完全に俺の私物だな。ここで中身を確認してもいいか?」

 

「どうぞ〜、ちゃんと運んできたから無傷だよ」

 

先ほど座っていたソファーに受け取ったケースを置き、錠前を外し蓋を広げる。そこには、型抜きされたスポンジの上に黒塗りの銃が置かれていた。アルミケースにもすっぽりと収まるサイズ、特徴的なヴァーティカルフォアグリップの後ろには、折り畳まれたストック部分が見える。そして、セレクター部分には赤いマークで描かれた弾頭でフル・セミがわかりやすく表示されている。白い部分はセーフティーにあたる。

 

スネークは箱の中に入っていたこの銃をよく知っている、MP5だ。

 

スネークはおもむろにその銃を取り出す……のではなく、銃を守っていたスポンジを剥き出し、その裏にあった木箱を丁寧に取り出す。蓋はどうやら留め金が取り付けられており、箱はニスで仕上げられている。

 

「……なんや、お兄さんはこの木箱の方が重要なんか。ウチはてっきり銃の方が大事かと」

 

「俺にとってはこれが大本命だ。ジェシカが注文できるというからMP5(コッチ)はついでに頼んだだけだ。嬉しいことには変わらないがな」

 

「そうなんか」

 

「んー、まあ銃は私が選んだから間違いないけど……葉巻なんてわかんないからボスに頼んだんだよね。それそんなに良いの?」

 

「おたくのボスは良いセンスをしているな」

 

喜ばしいことに、これでこの世界にも葉巻文化があることがこれで明確になった。この箱は葉巻の風味が損なわれないよう木箱に保管されていながら、留め金で蓋をされている。加えて、丁寧にニスで仕上げられている。

ただ運ぶだけなら、釘留めで蓋をするボックスやキャビネットと呼ばれる木箱で輸送する方が大量かつ簡単に梱包・輸送ができる。だがそれらは長期の保存に向かない場合も多く、葉巻の風味を劣化させてしまうものも多い。

だがこの箱は、葉巻を楽しむことができるため"だけ"に洗練されている。これはつまり、ただ吸うのではなく、香りを楽しむという文化がこの世界にも確立されていることの証明だった。

 

「私にはただの木箱にしか見えないけど、クロワッサンはなんか知ってる?」

 

「ウチも葉巻はさっぱりや。まあ丁寧に梱包されとるし、そもそもウチらのボスのことやから、ハンパな代物ちゃうやろ」

 

「これでしばらく暮らせる、本当に助かった」

 

「そりゃおおきに!私らもお客さんから感謝の言葉もらえるのは嬉しいわー」

 

そう言って満面の笑みを浮かべる『肉』と書かれた服を着る少女。その雰囲気からたくましさを感じると同時に、葉巻が納められている箱で価値をある程度見極めているあたり、カズヒラのようなビジネスマンとはまた異なる、根っからの商売人なのかもしれないとスネークは考える。

 

「とりあえず、これで欲しいものは手に入ったな」

 

「こっちも手続き終わりました。入金はすでに済ませてあります……よね?」

 

「お代はいつも通り確認したよ〜」

 

「ならここを出るとするか」

 

そういってスネークは、受付前に4人もあつまり狭くなった事務所から出ようとする。相棒(葉巻)との久しぶりの再会である。部屋に戻る前に甲板で一服したいものだ。

 

「ねーねー、その銃はどうするの?」

 

「ん?こいつは明日調整する、急ぎでもないしな」

 

「ふーん」

 

赤髪の女……エクシアと呼ばれていた女は『肉』と書かれた少女の方を見る。それを受け取った彼女は、ふと思い出したかのように語り出す。

 

「せやっポルポはん、ウチら今日バイクで来たんやけど、ちょっと途中で機嫌悪くなってしもうたんや。悪いんやけど、ハンガーでチョコっとイジってもかまへんか?」

 

「別に大丈夫ですよ、工具とかいります?」

 

「おおきに、とりあえず自前のでなんとかしてみるわー」

 

「それならさ!バイク直している間に、一緒にその銃軽く調整しない?」

 

「ん、いまか。俺は構わないが……本当にいいのか?」

 

「そりゃもちろん!直るまで移動はできないし、いつもご贔屓にして頂いてるお客様のためのサポートもペンギン急便の仕事だし!」

 

「そういえばこの銃を選んだのはお前だって言っていたな。ならそのサポートに乗っかるか」

 

「OK!あ、上乗せ料金とか発生しないから安心してね」

 

「あら追加料金とか取らんの」

 

「クロワッサン、うるさいよ」

 

「こりゃ失礼しましたっ、ならウチはウマのご機嫌とってきますぅ」

 

そういって『肉』と書かれた服をきた少女はフラフラ〜と出ていった。なんとも愉快な配送会社だ。

 

「じゃあ行こっか!」

 

「そうだな、この時間ならまだ射撃場も空いてるだろ」

 




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9−3

 

PM 08:45 ロドス艦内 深層フロア射撃訓練室

 

スネーク、ジェシカ、そしてペンギン急便のエクシアはロドスの射撃演習場に移動した。時間があるからという理由で、スネークが葉巻の"ついでに"注文したMP5()を軽く調整する。

スネークは早速作業台に、先ほど受け取ったアルミケースを広げ、銃を手に取る。MP5自体はスネークも扱ったことがあるが、感触としてこのMP5はそれよりも小型で取り回しが効く。ストックは折り畳み式で持ち運びもしやすく軽いようだ。

 

マガジン挿入部を確認し異物が無いかを確認する。チャージングレバーを引くが引っ掛かりや違和感はない。MP5の特徴であるレバーのロックも確認するが、スムーズな操作が可能だ。

 

「どうよ、私が選んだその子は」

 

「操作性は問題なさそうだ、このまま試射する」

 

そう言いながらケースに収められていたマガジンに弾を込める。このMP5はグロックと同じ9mm弾仕様、弾の互換性を鑑みてもこの世界での相棒としては申し分ないだろう。慣れた手つきで30連マガジンに弾を込める。マガジンは4本入っていたが、今回は簡単な試射のため2本だけ使う。

 

「そういえばジェシカが言うには、この銃はたまたま購入できるタイミングだったそうだが、どういう経緯で入荷したものなんだ?」

 

「ん、まぁ〜銃ってラテラーノの許可証が基本的に必要なんだけど、古すぎる銃って人気がないから捨てられちゃうんだよね」

 

「……話が見えてこないんだが、コイツは捨てられた割には随分とよく手入れされているぞ」

 

「あーその〜、洗浄された(ロンダリング)銃、かな?」

 

「……専用のマーケットに流れたブツってことだな」

 

「まあそんな感じ?あ、違法なものじゃないから大丈夫だよ」

 

「そう願う」

 

察するに、銃に関する公的機関の手続きを省いた銃なのだろう。もっともこの世界では銃はマイナーな武器である以上、わざわざ配送業者を経由して購入するようなやつもいないからこそ成り立つ購入方法なのかもしれない。そう考えながら、マガジンに弾を込め終え、リグに押し込み、銃には装填せず射撃場に入る。

 

「とりあえずまずは撃つぞ」

 

「ハイどうぞ〜」

 

その真後ろ、黄色い線の向こうでエクシアが仁王立ちで見守るようだ。ちなみにジェシカは見たことのない銃に興味があるのか落ち着きない様子で右往左往している。

 

「的を出してくれ」

 

そう言うと人型の的が10m、30m、100m先に1体づつ現れる

 

射撃台に置かれているイヤーマフを装着

 

チャージングレバーを引きロックをかけ、マガジンを挿し込む

 

レバーを右手で叩き装填

 

セーフティーからセミオートにセット

 

サイトを覗き込む

 

ここからはまだ慣れていないアーツ操作

 

グロックと同じように薬室に弾が込められているのを意識しながら・・・トリガーを引く

 

9mm弾の発砲音と軽い反動を感じながら弾が射出される

 

そのまま各的に対して5発ずつ撃ち込みフルオートにセット

 

残りの弾を10m先の的に撃ち込む

 

再びチャージングレバーを引きホールドオープンの状態にしたままマガジンを引き抜く

 

薬室に弾が装填されていないことを目視し、銃を射撃台の上におく

 

「箱だしのままでもすぐ使えそうだ、本当に捨てられた銃か?」

 

「私がメンテナンスしたからね!そもそも紛い物だったら買わないし」

 

「そうか」

 

それだけ言うとリロードし、フルオートで100m先の的を狙い撃ち、試射を終える。スネークの感覚的には、箱だしのままでも調整はほとんど必要なく使用できる状態だった。いま持つ武器としては問題ないだろう。

試射を終えてスネークは銃と空になったマガジンを持ち射撃場を離れる。

 

「後ろから見ててどうだった」

 

「うん、特に問題なさそうだったね。その子も結構機嫌良さげ」

 

「随分と素直だったな、良い銃だ」

 

「ふふーん。まあコレ本当は私が個人的に買った銃なんだけど、ジェシカちゃんからいい値段を提示されたから売ることにした物だからね。品質は保証するよ」

 

「そうだったのか……ならジェシカが使うか?」

 

「・・・え!?いやムリですムリです!私には大型銃なんてムリです!」

 

「……大型銃?コレがか?」

 

スネークがMP5を片手で掲げてジェシカに銃を見せるが、彼女は打って変わって首を左右にブンブンと振っている。どうやら本当に扱うことなんてできないと思っているらしい。

 

「大型銃なんて聞いたことがないんだが……そもそもSMGが大きいわけがないだろ」

 

「す、スネークさんはご存知ないかも知れませんが、この世界ではエクシアさんのようなラテラーノの方じゃない限り大型銃は扱えないんです」

 

「いや、お前もハンドガンを使えるじゃないか」

 

「これはハンドガンですから私やリスカムさんでも使えます。けど大型銃は無理です」

 

「大型銃って区分がわからんが……そこのところどうなんだ?」

 

「ん?まあ私たちは銃に慣れてるからババーッて撃てば当たる感じだけど、他の人にとっては難しいみたい」

 

「いや、感覚というより大型銃とやらの定義を知りたいんだが」

 

「その呼び方は多分、銃を使えない人たちが決めた呼び方だと思うよ?たぶんハンドガンくらいの大きさだったら使えるけど、それより大きいと使えないからそう呼んでるんじゃない?」

 

「・・・一体何が難しいんだ?」

 

「さあ?」

 

スネークからすれば、ハンドガンもSMGは大きく操作性は変わらない。ライフルであればまた話は多少変わってくるが、それでもハンドガンを扱えるならライフルも上手いか下手かは別として基本的に扱える。だがこの世界ではそもそも撃つことが"ムリ"らしい。これはスネークにとって不思議でしかない。なにせアーツの扱いにそれほど慣れていない自分ですら撃てたのだから。

 

「私からみれば、その銃を撃てるスネークさんが凄すぎます……」

 

「う〜ん」

 

そこでエクシアが意味ありげに指を顎にあて、スネークの顔を覗いてくる。もっともスネークからすれば、この手の反応はすでに当人の悩みなど解決していることを人生経験から悟っている。

 

「ね〜スネークさん」

 

「スネークで構わん、それでなんだ?」

 

「・・・私と射撃しない?」

 

「ん、対決か?まあ構わんが……ルールはどうする」

 

「普通に的撃って、得点が多い方が勝ちってどう?」

 

「銃は今お互いに持ってるコレか?」

 

「そっ、どうよ?」

 

「ならセミオート限定だ、発射レートやマガジンの装弾数が違うだろうからな。あとは1分間の撃ちっぱなしで得点を取り続ける、これでどうだ?」

 

「シンプルでわかりやすいね!OK OK〜!」

 

「なら準備する、ちょいと待ってくれ」

 

「じゃあ私、ここの人にセッティング頼んでくるね〜」

 

エクシアはルンルンと飛び跳ねるように射撃場の保安員の元へと駆けて行った。その間にスネークは作業台に戻りMP5のマガジンに弾を込める。1分間であればマグは3本あれば十分だろう、無駄に弾を用意しても重くなるだけだ。

 

「あっ、私も手伝います」

 

2人の会話を近くで聞いていたジェシカも、足元にある台にのっかり作業台の上で9mm弾を込め始める。いつぞやのバニラと異なり、弾込めに慣れているからかカチカチと弾がマガジンへと込められていく。

 

「しかし、いきなり勝負仕掛けてくるとはな」

 

「エクシアさんは銃がお好きみたいですから。きっとスネークさんがどのくらい銃が扱えるのか気になってるんだと思いますよ」

 

「……まあだろうな」

 

「えっと、その・・・勝てるんです?」

 

「さあな、あいにく俺はそんなに射撃は得意じゃないからな」

 

「えぇ……そしたら私なんてペーペーですよ……」

 

ジェシカから見るとスネークの射撃スキルは自分なんかと比べ物にならないと感じている。ただ静かに的を撃つだけならジェシカ自身もそれなりの自信はあるが、走り、止まり、また走ってと心臓が激しく動いている中で、ブレなく命中させることはできない。

 

しかし自分を教えることとなったこの教官は、ロドスの甲板を走り込んだ直後でも射撃精度が変わらないのだ。しかも『俺より射撃が上手いやつはいくらでもいる』と言う。一体どんな人なのか、ジェシカの経験だけではとても想像つかなかった。

 

「新米にしては大したもんだ。もっとも、まだまだ未熟だがな」

 

「が、頑張りますぅ」

 

「そうだよ〜!ジェシカちゃんはすごいんだから!もう少し自分に自信持ちなって!」

 

ジェシカの方をバシバシとエクシアが叩く。どうやらジェシカに対する認識は、BSW以外でもある程度共通するらしい。もっとも、エクシアの関わり方は自信を持てと言うより、もっと楽しんだ方が良いという意味の方が強そうだが。

 

「こっちは準備できた、そっちは」

 

「いつでもOKだよ〜!」

 

「何か賭けるか?」

 

「おっ良いねぇ〜なに賭ける?」

 

「そうだな……俺が欲しいものを注文させてくれ」

 

「えっ、それ私が得するだけじゃん」

 

「俺に足りないのは情報なんでな、手に入るものなら俺は助かる。まあ注文できるかすらわからんからな」

 

「んー・・・まあ難しいことはよくわからないから、とりあえず注文受け付ければ良いよね?」

 

「ああ、できれば値引きもしてくれると助かる」

 

「なら私はアップルパイ1ヶ月分で!」

 

「……俺はいま、実質的に一文無しなんだが」

 

「まあまあ、勝てばノーカンだよ」

 

「なら手加減してくれ」

 

「えーやだよ、勝負は勝負だもん」

 

そう軽口を言いながらも、マガジンの配置を微調整している赤髪の様子をみて、やり手だろうなと思いながらスネークも弾を込めたマガジンをポーチへ仕舞う。

 

「一発勝負でいいな?」

 

「もちろんっ、もう一回とか無しだよ」

 

「ああ」

 

そう言ってスネークは左へ、エクシアは右のシューティングレンジへと入り、イヤーマフをつける。ジェシカは2人の間に立ち、後ろのセーフエリアから勝負の行方を見守るようだ。ジェシカの近くで何人かの保安員も勝負の様子を見に来た様だ。

 

MP5にマガジンを挿し込む

 

薬室に弾が装填された

 

セレクターをセーフティーからセミに

 

スネークが右を見る

 

エクシアもスネークの方を見てきた

 

「合図は任せる」

 

「任された!」

 

エクシアが一呼吸置くと、保安員の方へと軽く右手を挙げる

 

保安員がうなづくと、ブザーの音が鳴り響く

 

スネークの正面に人型の的が1体出てくる

 

フロントサイトを一瞬覗き込み射撃する

 

弾が当たるとすぐに的は倒れ、別の場所にランダムに的が現れる

 

常にサイトは覗かず、視野を広く確保しながらターゲットを狙う

 

イヤーマフ越しにも自分以外の射撃音が聞こえてくる

 

体感で残弾数を数え、残り1発でリロード

 

マガジンが床に落下する前に射撃を再開する

 

まだ100発も撃っていないこの銃(MP5)だが、スネークの手によく馴染んでいた

 

歪みもなく狙ったところへ弾が飛んでいく感覚がある

 

「す、すごい……」

 

「なんであの速さで当てられんだ……エクシアさんの方はいつも通りって言えばそれまでだけど」

 

「あの人たちには何が見えてるんですかね」

 

勝負の行方を見守っていたジェシカや、様子を見に来た保安員たちがそれぞれ言葉を漏らす。なにせ2人が撃っている的はご丁寧に順番になんて現れておらず、距離も場所も完全にランダムだ。それにも関わらず、両者ともに的が現れた瞬間に射撃しているようにしか見えない。加えて余裕があれば同じ的に2,3発撃ち込んでいることもあり、射撃音が止まることすらなかった。

 

「あのインストラクター、どこからどう見てもサンクタじゃないですけど・・・ヤバくないですか」

 

「そもそも大型銃を扱えてる時点で驚きだけどな」

 

「…………」

 

あっという間に1分が経過し、再びブザーが鳴り、的は全て倒れる。

両者とも手慣れた手つきで銃を安全な状態に戻し、マガジンを拾うとジェシカがいる方へと戻った。2人がこっちにくるとわかると、保安員はそそくさと射撃結果を取りに行ったようだ。居心地が悪いとか、そんな理由ではない、多分。

 

「いやぁ、弾全部撃てなかったなぁ〜」

 

「セミ限定で100発近くも撃てないだろ」

 

「まあねぇ、けど久し振りに良い勝負できたなぁ!正直ぶっち切りで勝てると思ってたよ!」

 

「勝てない勝負には乗らんさ、結果は見ないとわからんがな」

 

「お二人ともお疲れ様でした……なんというか、凄かったです」

 

「ん、何がだ?」

 

「えっと、エクシアさんもスネークさんも、射撃の精度は言わずもがなでしたが、的が出る場所の把握や撃つまでの早さ、リロードのタイミング……どれも無駄がなかったです」

 

射撃の精度に限っていえば、ジェシカも2人と同じ程度には的を正確に射抜くことはできる自覚はある。だが、ランダムに現れる的を補足する空間把握能力と素早く射撃する協応動作、銃にとって1番の弱点であるリロードを補う技術力は今の彼女にはまだない。

 

「・・・私も!お二人みたいになれるよう頑張ります!」

 

だがそれは、ジェシカにとって自分の理想の姿

 

嘆くことはなかった

 

「お〜!良いねいいね〜、良い感じジェシカちゃん!」

 

「うひゃっ!」

 

「……なんというか、元気だなお前」

 

スネークの頭の中には、陽キャとか陰キャとかいう言葉はない。だが、陽気に絡むエクシアと絡まれるジェシカをみて、性格が正反対なのは完全に理解した。というか、エクシアが頬をいじりはじめ、若干ジェシカが対応に困っている。

『ここで断ったらエクシアさんに嫌われそうだし、けどこのまま弄られるのは恥ずかしいし……ううぅ』と表情は語っている。

 

「彼女を弄るのはそこまでにしておけ、ほら結果だ」

 

彼女がジェシカを弄っている間に、保安員が遠慮がちにスネークに得点表を渡してきたので、それをエクシアに見せる。

 

「ん!どれどれ……よしゃ勝った!」

 

結果としては

スネーク:命中弾68発、得点645点

エクシア:命中弾72発、得点670点

わずかにエクシアがわずかに得点を上回る結果となった。

 

「……すぐには1ヶ月分も用意できなんだが」

 

「良いよ良いよ!いつでもアップルパイはウェルカムだよ!んでっ、あなたは何を頼みたかったの?」

 

クルッと振り向き、スネークの顔を覗き込む天使。その表情からは、何を注文して来るのか興味があることが窺える。どうやらスネークの要望も聞いてくれるらしい。

 

「大したもんじゃないと思うが……俺でも長物は手に入るか?」

 

「長物?どんなやつ?」

 

「アサルトライフルならなんでもいい、まあスナイパーもあれば嬉しいがな」

 

「ん〜……ラテラーノの外にARはまず出てこないかなぁ、守護銃として人気もあるから捨てられる以前に国内で修理されるし、そもそも取り締まりが厳しめ。正規に購入するってのも、ライセンスがないとダメだから」

 

先ほどまでの陽気な雰囲気から、あごに手を当て真剣な顔をする。彼女の説明を聞く限り、もし本気でARを入手しようと思うのならば、ラテラーノにまで足を伸ばさなければ不可能なのだろう。

 

「そうか、まあ手に入らないものをねだっても仕方ないな」

 

「ライフルも撃ったことあるの?」

 

「撃ったことあるというより、よく使っていた。まあ一番使っていたのはコイツだが」

 

そう言って自分が持っていた1911をエクシアに見せる。ハンドガンをみた瞬間、エクシアは目の色が変わった。

 

「何このカスタマイズ!?見たことないんだけど!」

 

「ジェシカと同じ反応だな」

 

「え、なにこれ超すごいじゃん!あなたがカスタムしたの!?」

 

「いや、これは俺が手にしたことがある銃を職人に頼んで再現した物だ。俺も初めてこのカスタムを見た時は興奮した」

 

そう言って自慢げにスネークは語る。実際、このカスタマイズをゼロから作り上げるのはそうできることではない。銃の構造や特性、射手としてのセンス、そしてガンスミスとしての技術力の高さが全て噛み合わなければ実現できないだろう。

 

「……ん?けどこの銃、源石使ってなくない?どういうこと?」

 

「まあ、いろいろ訳ありでな。おかげでこのまま撃つと壊れる可能性もある」

 

「この銃自体は見たことあるけど、市場にはあんまり出回ってるの見たことないなぁ」

 

「ジェシカにも頼んだんだが、この銃を普通に撃てるようにカスタマイズすることはできるか?」

 

「ん〜……パーツだけならちょくちょく見るけどねぇ、この完成度を維持したままってなると結構大変かな」

 

「できなくは無いんだな?」

 

「まあね、けど結構お金かかるよ?」

 

「時間はあるからな、まあ気長にパーツを集めるとするか」

 

そう言ってスネークは1911をホルスターに銃を仕舞い、MP5も片づけ始める。

 

「とりあえず、これでなんとかなりそうだ」

 

「それはそれは、お気に召したようで何より」

 

「ならこれで撤収するか、おたくのバイクの機嫌がなおっていると良いんだが」

 

「まあクロワッサンのことだから、上手いことやってくれてると思うよ?」

 

「ならここで解散するとするか。すまんがお前の名刺もらえるか?」

 

「名刺?私の名刺は無いけど……あ!コレならあるよ」

 

配送会社の連絡先を知りたかったスネークだが、エクシアはポケットをごそごそと漁ると……すこしクシャっとしているものの、何やら金ピカに輝いた名刺くらいの大きさの紙を渡してきた。紙にはCDのような円盤上のロゴとマイクを握ったペンギンが描かれている。よく見ると番号が書かれている。

 

「これは……なんだ?」

 

「それうちのボスのプロデューサーとしての名刺!そこの番号にかければとりあえず連絡は取れるよ!」

 

「……貰っておく」

 

なぜ名刺が金ピカなのか、ペンギン急便は配送業以外も手広くやっているのだろうかと、疑問がいくつか湧いたが、とりあえず気にしないことにしてスネークはそれを受け取った。

 

「なら部屋に戻るとするか、おたくのボスに葉巻のことはよく伝えておいてくれ」

 

「オッケー、言っておくよ〜」

 

「あ、じゃあ私はエクシアさんたちをお見送りしますね」

 

「えっ良いよいいよ、私たちこの後配達もないし普通に帰るだけだから」

 

「いえいえ、配達してくださったクロワッサンさんに直接お礼も言いたいので」

 

「そっか、じゃあ一緒に行こ」

 

「ならまた明日だな、訓練には遅れるなよ」

 

「ハイっ、また明日もよろしくお願いします」

 

「ああ」

 

そう言ってスネークは右手にアルミケースを携えてジェシカたちに背を向き、軽く左手を上げながら去っていく。

 

「じゃあ私たちも行こっか!」

 

そして残った2人もバイクが待っているであろうハンガーに向かって歩き出していった。

 




たくさんの感想、ありがとうございます。
おかげさまで絶賛執筆中ヒャッハーモードなので、少し首は短くしながらお楽しみください
_φ( ̄ー ̄ )

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9ー4 閑話

ちょっとした小話なので、ちょっとだけ早めに投稿



PM 09:45 ロドス本艦 甲板

 

昼間ならばいざ知らず、夜は甲板上にはだれもおらず、見えるのは赤くゆっくりと点滅する航空障害灯、様々な物資が保管されているであろうコンテナと甲板上に設置された手すりがわずかな月明かりに照らされている。

 

そこに黒い人影が現れる

 

男の手に握られたアルミケースは手すりと同じようにわずかな月明かりに照らされる

 

数瞬、立ち止まる

 

・・・人の気配がないことを確認し歩き出す

 

男は甲板上に設置された手すりに歩み寄る

 

そして安全のために設置されたであろう意図を飛び越え甲板の端へと向かう

 

落ちてしまえば命など簡単に失うだろう

 

しかし男は特に迷うことなくアルミケースを床に丁寧に置いた

 

甲板の端に足を宙にさらすように座り込む

 

男の目に映るのは

 

闇に沈む荒野

 

わずかな月明かりに照らされても怪しく光る鉱石

 

どれも彼が見た覚えのない景色だ

 

だがそれを見ても男の心に悲壮感や喪失感は産まれなかった

 

アルミケースを開け中から丁寧に木箱を取り出し足の上に置く

 

木箱に取り付けられた金具を一瞥するがすぐに金具を外しゆっくりと蓋を開ける

 

中には葉巻が綺麗に並べられリング*1が男の正面に顔をむける

 

その中の一本を摘む

 

腰からナイフを取り出し慣れた手つきで吸い口をV字にカットする

 

胸ポケットからガスライターを取り出し風を遮るように手で覆い火をつける

 

葉巻を火に近づけゆっくりと回す

 

カチンとライターをしまい

 

火がついた葉巻を口に持っていく

 

目を閉じながら煙が口に広がるのを感じる

 

「……ウマイ」

 

それは間違いなく上質なプレミアムシガーによる芳醇な葉巻の味だった。味わったことのない葉巻ではあるものの、煙を楽しむこの感覚は身に覚えのある確かなものだ。

ゆっくりと煙を吐き香りを楽しむ。実に1ヶ月以上ぶりの葉巻だ。

 

「生きていることを実感する」

 

なんの比喩でもなく、この男……スネークにとって葉巻とはそれほど大事なものだ。むしろ1ヶ月以上も禁煙していたことが信じられないくらいだ。だが地球ではない、どこなのかもわからない世界に来て、今こうして同じように葉巻を味わうことができている。スネークにとってそれは極めて大きな意味を持っていた。

 

とはいえ、いまいる場所は製薬会社の船だ。それも鉱石病により呼吸器系に問題を抱えている者も多い。どこでも自由に煙を楽しもうとは思わない。主流煙より副流煙の方が身体には有毒なのだと、様々なメディックに散々言われた。自分が楽しむ分には自己責任だと思うが、他人にまで迷惑をかけて楽しむものではないと自分なりに弁えているつもりだ。

何より、ロドスの艦内には子どももいる。もっとも種族によって成長速度が異なるため、一概に子どもと決めつけるのはよろしくないようだが、見た目相応に成長発達の真っ直中にある者がいるのも事実だ。副流煙を浴びせるどころか、葉巻を吸ってる姿をみせて興味を持たせようものなら、医療班に何を言われるか分かったものではない、下手すれば没収だ。

こうして誰もいない場所で吸えば、煙も吸い殻や灰も誰かしらに被ることはないだろう。

 

再び葉巻を咥え煙を楽しむ

 

「……見たこともないブランドだ、こんど聞いておくか」

 

葉巻を楽しみながらリングのロゴを見るも、見たことも聞いたこともないブランド名だった。加えて、この木箱はボワト・ナチュールと呼ばれる留め金で蓋をされている箱だ。この留め金で、作られた年代がわかるもので愛煙家の中でもこの箱を集めている人間もいる。しかし、スネークが金具を一瞥したところ、やはり年代を特定することはできなかった。1930年代のものにもみえるが、それにしては箱が綺麗すぎる。それに年代を断定すること自体ができなかった。

 

「だがま、こいつを楽しめるならとりあえずは良い」

 

スネークの最優先課題は解決した。あとは元の世界に帰るだけだ……が、それは気長にやっていくしかないだろう。どう考えても、次元を超えるだの異世界にいくなんていうのは超常現象だ。いくらアーツでも、容易に達成できるものではないことはすでに把握済みだ。

とりあえず、今の目下の目標はジェシカを一人前にすることだろう。

 

そんな風に、ロドスの甲板上で見慣れぬ景色を足元に広げながら、長年のツレである葉巻を楽しむ彼の眼下、炎国領内の荒野の夜を動く2つの光源が見える。それはよく見ると・・・バイクだった。

 

「……あの配送会社のやつも、随分とやり手だな」

 

そう呟きながら、至福の時を楽しむ。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

PM 09:50 炎国領内 某所

 

「……そんで?」

 

「ん?何が?」

 

「あのお客さんのことや、気になってたやんか」

 

「んー、とりあえず悪い人じゃなさそう!」

 

「なんやそれ!」

 

荒野を2台のバイクが駆け抜ける。すこぶる調子の良いバイクに跨るのは2人の女、その服装にはペンギン急便のロゴがあり、彼女らがそこの所属であることがわかる。

 

「まあけど、実力は本物だったよ。手加減なしで勝負したけど、弾数の制限くらってたらワンチャン負けてた」

 

「・・・それホンマかいな、冗談ちゃうよな?」

 

「私が銃に関して冗談言ったことある?」

 

「ウチからすれば割とある気がせんでもないけどな。けど、それが本当ならえらいことやろ?エクシアはんが撃てる様な銃が、ラテラーノ出身じゃないのに使えるなんて」

 

「まぁね〜」

 

クロワッサンは、事務所でジェシカのインストラクターを名乗るあのおじさんを見た時の第一印象は『わからない』だった。一見すると胡散くさくも見えるが、ロドスの集荷担当の人間や、あの警戒心と不安の塊のようなジェシカが気を許していたことから、正式にロドスと関わりがあることはわかった。それに、エクシアが事務所で自分のことを見てきたとき、あの銃のインストラクターを名乗るおじさんの実力を確かめたいのだろうと直感的に理解したからこそ、何の問題のないバイクのメンテナンスを勝手にすることにした。そして男の実力を確認した彼女はなんと言ったか?

 

「しかも腕前は一流だよ」

 

「……あのおじさん、何者なん?」

 

「さあね〜、正直見当がまるでつかない。サルカズが商隊を襲って守護銃を手にするってのはよく聞く話だから、別に他の人でも銃が使えるのは普通にあるんだよね。けど、あの人全然サルカズじゃないし、けど実戦経験は誰よりも豊富でしょ、あの人」

 

「おん?なんでそう思うん?まあBSWのインストラクター言うてたけど」

 

「んまぁ〜・・・天使の勘?」

 

「なんやねん、当てずっぽうかいな」

 

そう言いながら笑うエクシアとクロワッサン。だが、エクシアが言う勘はただの当てずっぽうではない。

 

スネークと名乗る男に商品を渡すほんの一瞬に感じた……血生臭く、硝煙と砂埃が舞い、そして今は亡き誰かの意志のようなナニカ。とても言葉では表現できないにおいをエクシアは感じた。

 

彼女からすれば、黒い角が生えてて全身からヤバそうなオーラが出てる天使は知っているが、オーラとは全く異なる異様なにおいを感じたのは生まれて初めてで、一瞬怯んだ。もっとも、異様なにおいを感じたのが一瞬だったことと、銃のインストラクターがどんなものなのかという興味が勝り、そのまま話しかけることができた。エクシア以外には、あのにおいを感じた者はいなかったのも幸いして、誰にも不審がられることはなかった。

近くにいたクロワッサンですら気づいていないあたり、あのにおいは気のせいだったのかもしれない……が、実力に関しては間違いなく本物だった。ただ銃を撃ちまくっているだけで、サンクタの射撃手と引けを取らない射撃レベルには至らないことを、射撃訓練に明け暮れているエクシアはよく知っている。自分が負けそうになる実力なんて、そう簡単に得られるものでは無いことを知っている。

 

「まあ、実力は本物だね。あれならジェシカちゃん強くなるよぉ〜」

 

「ほー、エクシアはんがそこまでハッキリ断言するなんて、今日は珍しい事ずくめやなぁ」

 

「ちょっとぉ、私がいつも適当みたいに言わないでくれる〜?」

 

「自由気ままやろ」

 

「アハハ、それは否定しない」

 

いずれにせよ悪い人ではない、それさえわかればエクシアとしては十分だった。むしろロドスで銃に関する知識や経験が豊富な人に会えてラッキーなくらいだ。こっち(龍門)では銃に詳しい人間などほとんどいない、いやまあ、ペンギン急便に銃を向けてくる奴は一定の間隔で現れたりするが、会話にならない。とにかく気になるところは多々あるが、いちいち気にする様なことでもない。気になったら直接本人に聞けばいいだけだ。エクシアとしては、スネークは良い顧客になりそうな相手であると同時に、間違いなく銃について語り合える相手だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「しっかし、銃を頼んだと思ったら、まさかタバコの方が重要とは思いもせんかったわ」

 

「うん、それは確かに。愛煙家なのかね?」

 

「てか、ウチらのボスってタバコ吸うんかね?」

 

「吸うんじゃない?吸ってるところ見たことないけど、私らにはわからないから今回の商品もボスに発注頼んでもらったし」

 

「けどペンギンやろ?普通にタバコ吸ったら中毒になって死んでしまうやろ、体重軽いし」

 

「アルコール飲んでるし大丈夫なんじゃない?」

 

「それもそうやな」

 

「まあけど帰ったらボスに報告しよー、なんか面白いお客さんがいたよーって。あとタバコ喜んでたことも」

 

「あーはよ帰ってシャワー浴びて寝たいわぁ」

 

2台のバイクは砂埃を巻き上げながら、テラの大地を疾走する。フロントライトは彼女たちの行く先を一直線に照らし出す。その直線の先には、月明かりよりも明るく闇に沈む大地を照らす、大都市が移動していた。

 

*1
葉巻に巻かれているラベルのこと




次回の投稿は月曜日です、お楽しみに

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10−1

3月10日 AM 09:00 ロドス本艦 深層フロア 格闘訓練室

 

ジェシカを介してベンギン急便から銃を入手したスネークは、翌日からジェシカに対してCQCの技術教練を施し始めた。彼女が実力を発揮できない最大のネックは技術力ではなく、自信がないことからくる臆病さであることから、格闘戦もこなせる人材となることで選択肢の幅が増える自覚を彼女に与えることがスネークの目的だ。

 

基礎体力については問題はないこと、身体操作は射撃に関しては一問題ないものの、格闘戦の方はからっきしであることは事前に把握しているため、この3日間はひたすら受け身の取り方をマスターさせた。

 

『近接戦闘において最大の問題になるのは緊張だ』

 

『そ、それは射撃でも同じなのでは?』

 

『銃の場合は身体がある程度硬いことは正確な射撃に繋がる、過度な緊張は無論問題だが、ある程度ならそれはプラスになる。だが近接戦闘において求められるのは脱力だ』

 

『リ、リラックスってことですか』

 

『そうだ。だがいくら口で力を抜けと言っても、殴り合ったこともないお前にとっては人と間近で対峙して触れるだけでも力が入るはずだ』

 

『……正直、丸腰でスネークさんの正面に立つだけで怖いです』

 

『まあ最初はそんなもんだ。そこでまずは、人と組むことに慣れてもらう、あとは怪我しないための技術の習得だな』

 

『わかりました……えっと、ちなみになんですが』

 

『組むのは俺だ、本来なら体格差が無い方が最初はやりやすいが、慣れてしまえば練習には何の問題もない』

 

『わ、わかりましたぁ』

 

そう言って、格闘訓練室の一角にある床にマットが敷かれている部屋で数時間ほど受け身を取る練習をこなした。彼女はスネークが受け身の方法を見せて実践させるだけで、1時間もかからず受け身を習得した。人のやり方を真似て身体の扱いを覚えるのが得意なのかもしれない。

リスカムが言うには、ジェシカの射撃姿勢はBSWで教法として動画にもなっているらしい。実際、彼女の射撃姿勢に関してはスネークが意見を挟む余地はなかったし、受け身もきれいだった。

 

『なかなか良い筋だ、なら次は実際に受け身をとれ』

 

『わっわかりました』

 

『そう緊張することはない、怪我にも繋がるからな。とりあえず投げられた後も自然体で立っていればいい』

 

『自然体ですか……こんな感じでしょうか?』

 

『無理に重心を体の中心に持っていく必要ない、楽な姿勢で構わん。投げ方は俺が合わせるだけだからな』

 

『わ、わかりました』

 

『準備ができたら言ってくれ』

 

『・・・いつでも大丈夫です!』

 

『そうか』

 

その瞬間、ジェシカの視界は一回転する

 

あまりにも一瞬の出来事で自分が投げられたのだと自覚することはなかった

 

が、背中が地面を向いている感覚から反射的に受け身を取ることができた

 

パシンッ! とキレイに体が打ち付けられる音が響く

 

『……えっ?』

 

『いつまで倒れてる、早く起き上がれ』

 

『……あっ!すいませんっすぐ起き上がります!』

 

呆然としているのも束の間、スネークから声をかけられ慌てて立ち上がるジェシカ

 

そして立ち上がった勢いのまま再び身体が宙を一回転

 

パシンッ! と背中から音を響かせる

 

『っ!』

 

しかし今度は呆然とすることなくすぐに立ち上がり、次の衝撃に備える

 

今度は一回転することなく、真後ろへ叩き飛ばされる

 

先ほどとは異なる飛ばされ方に驚きながらも再び背中からキレイな音がでる

 

しかし立ち上がる早さは先ほどより早くなる

 

そのまま今度は身体を右に崩され左腕と足で受け身を取る

 

そしてまた立ち上がり、投げられ・・・を数時間延々と繰り返した

 

最初は驚いてばかりだったジェシカだったが、不思議と自分が投げられることが楽しくなってくると、早く投げられようと言わんばかりに起き上がる早さは上がっていった。何より、常に投げられ方は異なり、『次はどんな風に投げられるんだろうか』と楽しんでいた部分もあった。

 

次の日からはマットではなく、コンクリートなどの硬い場所で投げ続けながら受け身を取る練習をしたが、キレイに受け身が取れればあまり痛くないことがわかり、スネークと対峙することに対する恐怖感は無くなった。

ジェシカ的には、もう受け身の心配はないと感じていたが、スネークからは3日間は必ず受け身だけの練習をすると伝えられたため、昨日もひたすらコンクリートに投げつけられながらも受け身を取り続けた。

 

そして、今日はちょうどインストラクターを初めて1ヶ月になる。

 

「今日から本格的なCQCの訓練に入る、準備はいいな?」

 

「ハイっ!よろしくお願いします!」

 

「私は見守ってるから頑張ってね〜」

 

「……で、何だってお前がいるんだ?」

 

ジェシカが律儀にスネークに対してお辞儀をする中、手をヒラヒラさせて応援しているBSWの先輩(フランカ)の姿があった。格好はいつも通りだが、彼女の得物であるレイピアは持ち合わせておらず、特に訓練に参加するつもりは無いらしい。

 

「私だってうちの可愛い後輩と素晴らしいインストラクターの指導を邪魔するつもりはなかったわよ?けど、クレームが来ちゃったんだからしょうがないじゃない」

 

「クレームなぁ、怪我はさせて無いんだが」

 

「かわいい女の子を大のおじさんがコンクリートに何時間も投げ飛ばして通報されてないだけありがたいと思った方が良いわよ」

 

なぜフランカが朝からジェシカの訓練を見に来ているかと言えば、クレームというより相談がロドスの医療部門から昨夜あったからだ。その相談というのが、

 

『あの、おたくのジェシカさんと新しく来られたインストラクターの方なんですが……その、様々な方からご相談を受けまして。そのっ……大変言いにくいんですがっ、ここ三日間くらい心配の声があがってまして。あの、男の方がものすごい勢いでコンクリートに向かってジェシカさんを投げ飛ばしているとか、投げ飛ばされたジェシカさんは笑いながら立ち上がってくるとか、その光景がなんかこう……本当に大丈夫なのかって相談されまして。医療部門としても今日ジェシカさんの健康チェックを行ったんですけど特に問題は無くてですね。一応シップはお渡しましたけど。ただ日増しに相談が増えてまして……』

 

と、要するに

・よくわからない中年の男にあの気弱いジェシカがコンクリートに投げ飛ばされてニコニコしてる

・怪我はしてないけど傍から見たら不気味

・頼むからちょっとおたく(BSW)が様子を見てくれ

と言うものだった。

 

まあ確かに、いくら身体が丈夫でも何時間もコンクリートに叩きつけられ笑っている相手にどんな声をかけたらいいかわからないだろう。それこそ明らかにダブルスコアくらい世代が異なっていそうなコンビである、どうしたら良いのか考えが及ばないのも仕方ない。だからこそ他のオペレーターは医療部門に相談したのだろうし、医療部門も健康チェックをした上でフランカに話を持ってきたのだろう。

 

ちなみに、リスカムとバニラは任務のため今日はロドスにいない。結果としてフランカがBSWの顔として二人は大丈夫な存在であることを他のオペレーターに伝える役割を務めることになったのだ。

 

「本当は今日は部屋でゆっくりしていたかったのに」

 

「そいつはご足労だな、まあ後で気晴らしにでも付き合ってやろう」

 

「はいはい、あとで退屈しのぎに付き合ってもらうわよ。とにかく訓練始めてくださいな」

 

そう言ってフランカは、少し離れたところにどこから持ってきたのか折り畳み椅子を置き、本を取り出して読み始めた。もっともまったく目線を外しているわけでもなさそうだ。

 

「なら始めるとしよう。まずはCQCの基本の構えからだ」

 

「はいっ」

 

「俺が教えるCQC、近接格闘戦術はハンドガンとナイフを扱うことを前提としている。まずは射撃の姿勢をとれ」

 

何はともあれ、ジェシカに対するCQCの訓練が始まった。まずは基本姿勢、そこから歩行方法、打撃、蹴りと基本的なCQCの身体操作方法を学ぶ。

 

「受け身を取るときから言っているが、基本は脱力だ。自然な姿勢が一番疲れない、わざわざ力を入れることはない」

 

「は、はいっ」

 

ジェシカが一番戸惑ったのは歩行方法だった。足音を立てないように歩くことには慣れていたものの、構えたまま歩くことが思いのほか難しかった。しかしそれ以外はスネークのやっている姿を真似て、それっぽい形にはなってきた。

眠そうにその訓練方法を見ていたフランカも、みるみるとスネークの動きを真似て習得するジェシカに少し驚きながらも、同じ動作をひたすら繰り返してよく飽きないなぁ、と関心していた。

 

「なら次は投げだ」

 

「どのように投げたらいいでしょうか」

 

「試しに俺を真後ろに突き飛ばせ。やり方は任せる」

 

「は、はい」

 

すでにジェシカはスネークと組むことに恐怖や戸惑いなどを抱くことは無くなった。何時間もひたすら投げ飛ばされ、怪我をすることもなかったため、組むことに対して無意識に信頼することができていた。ジェシカの身長は147cmで、スネークは188cm、実に40cmの身長差があるが臆せず真正面から構えていた。

・・・が、まだ基本の姿勢や身体操作を身につけたばかり。いかにして相手を倒すのかはジェシカにはさっぱりだった。とりあえず手が届く範囲でスネークの服を握り、足を引っ掛け、自分の出せる限りの力で押し込むが、まっったく動かない。

 

「ぬーん!ぬおおおおおおお」

 

「ちょ、ちょっと!ジェシカから聞いたことない声が出てるんだけど!?」

 

「思い出せジェシカ、基本は脱力だ。どんなに力を入れようと倒せないものは倒せん」

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……じゃあ、どうしたら……」

 

「簡単だ、力を入れなくても倒れるように相手を動かしてやればいい」

 

「相手を動かす……スネークさんを動かす」

 

「少し考えてみればいい」

 

スネークの服を握りながらジェシカは考える。

 

CQCの技術は体格差を考慮していない。それは単に性差や身長・体重の差を考えていないのではなく、使用者ができることをやるという考えがあるためだ。CQC自体、スネークと彼の恩師によって技術体系が確立されたが、その基礎は潜入任務という制限下でいかに相手を制圧するかにある。

そのため、たとえ体格に恵まれていようともミッション中は、相手を倒すためにぶん殴り、蹴れば片付く状況下ではなく、取れる選択の幅は制限される。CQCそのものはその後も進化を遂げているが、スネークとしては使い手が強ければ強いというだけの話だ。相手が自分より体格に恵まれていないから勝てる、と思って調子にのって一方的にやられたMSFの戦闘班員を数多く知っている。

だからこそMSFでは威張り散らすようなやつは少なかった。なにせ調子にのってCQCを仕掛けたらコテンパンにやられるのだ。しかも戦闘班のみならず、諜報班や糧食班、果ては研究開発を行なっている白衣組ですら例外ではない。

 

……まあ、それでも馬鹿なやつはいたので、適宜お灸を据えてやっていたが。

 

そんな風にMSFの連中のことを思い出していると、ジェシカが服から手を離し、代わりに体ごとスネークの右側へと入り込み右腕を掴んできた。

 

「これで……う、動かないです」

 

「ふむ、どうして正面から俺の右側に移動した」

 

「えっと、考えてみたんですけど……仮に私がスネークさんと同じ体格だったとしても、そのっ、正面から何かしたところで動かしにくいかなっと」

 

「なるほど、いい考えだ悪くない」

 

「けど、移動したからってスネークのこと投げ飛ばせないわよね?」

 

「うっ、それはそうなんですけど……」

 

「いやそうでもない、むしろ自力でここまで行ったのは大したもんだ。まだ足らないがな」

 

そう言ってスネークはフランカに手招きをする。どうやら見本になれと言うことらしいと察した彼女は、軽くあくびをしながら立ち上がり、ゆっくりとスネークに歩み寄る。

 

「はいはい、キレイなお姉さんが来ましたわよっと」

 

「とりあえずジェシカにヒントだ。フランカ、俺を後ろに投げ飛ばしてみてくれ」

 

「・・・え?私が投げられるんじゃなくて?」

 

「それだとヒントにならんからな、お前が俺を投げてくれ」

 

スネークは自分の胸をトントンと叩き、さあ来いとフランカに合図する。素手はあんまり得意じゃないんだけど、と思いながらも、フランカはスネークに近づき、足を引っ掛けながら胸ぐらを掴み思いっきり押し倒す。スネークは背中をコンクリートに打ち付けるも、何事もないかのようにスッと立ち上がり、二人の方に視線を向ける。

 

「ジェシカ、いまフランカは俺のどこを掴んでいた」

 

「え、えーと胸元、です」

 

「そうだ、基本的に相手を後ろに投げる場合には胸、あるいは顎をつかんでやればそんなに力はいらない。早い話が体の上だな」

 

そう言ってジェシカの正面に再び移動する。

 

「なら、この身長差でお前がおれの胸や顎を掴むにはどうしたらいい?」

 

「と、飛びかかるとかですか?」

 

「悪くはないが、飛んでいる間は無防備だ。それに反撃をされた時に対処ができなくなるな」

 

「そ、そしたら……蹴って痛がったところを掴みかかる、とかでしょうか」

 

「それも方法の1つではある、だが相手が打撃に強ければ痛がって頭を下げるとは限らない。なら相手の頭の位置を動かしてしまえばいい」

 

そう言ってスネークは自分も右膝を指差す。

 

「相手の膝関節を曲げてやればいい、そうすれば嫌でも頭は下がる」

 

「えっと、こうですか」

 

ジェシカは踵でスネークの膝裏を軽く蹴る。それに合わせてスネークも軽く膝を折る。それだけでもジェシカの身長でスネークの胸ぐらに届くくらいになった。

 

「あとはそのまま足を引っ掛けて押し出してやればいい」

 

「はい」

 

言われるがままスネークに足をかけ、胸ぐらを押す。すると思っていた以上に簡単にスネークを動かすことができた。スピードがないため、ゆっくりとスネークは倒れるだけだがジェシカが少し力を加えるだけで動かすことができた。

 

「相手を突き飛ばすのは基本的にその動作だ。横に飛ばすにしても、相手の体を上を掴んで足を掛ける。足の掛け方や自分の立ち位置で相手をどこに動かすか変わるだけだ」

 

そう言ってスネークはジェシカの体を左に崩すように突き飛ばす。当のジェシカはその言葉に納得した顔をしており、何かを掴んだ様子だ。

 

「私も試していいですか」

 

「ああ、やってみろ」

 

ジェシカは立ち上がると再びスネークと組み、ゆっくりとではあるが真後ろに突き飛ばす。そして今度はやや円を描くように足を動かし、スネークを右に倒す。入れる体を反対に、左側へ倒すのも試す。

その動作はゆっくりではあるもの、少しづつ様になりつつあった。最初はゆっくりと受け身の形を取るだけだったスネークだったが、段々とスピードと威力がつくようになる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「よしそこまでだ。一旦昼休憩を挟むぞ」

 

「は、はい」

 

「続きは14時だ。しっかり身体をほぐしておけ」

 

「わかりましたっ、午後もよろしくお願いします!」

 

深くお辞儀をすると、ジェシカはトタトタと訓練場を後にする。スネークは腕を上に伸ばしながら軽く自分の服を払い、見守り人の元へと向かう。

 

「午前の訓練は終わったぞ、手間をかけたな」

 

「はあ〜、長いわぁ」

 

「貧乏くじ引かせて悪かったな」

 

「全くよ、リスカムに任せようと思ったら任務でいないし。貧乏くじもいいところよ」

 

「その割には結構楽しんでいたようだがな」

 

「一体なんのことかしら?」

 

「あいつ、格闘戦もなかなかいけるだろう」

 

そう自慢げにスネークはフランカに言う。フランカの方は特に気にしていないように顔を逸らすが、実際驚いた部分もある。先月までオロオロしていた後輩が、たった1ヶ月で自分より身長も体重も大きい相手を投げ飛ばす練習をしているのだ。まだ実戦レベルには遠いが、それでも後方で必死に銃を撃っていたジェシカが、まさか格闘戦をするなんて想像すらしていなかった。

 

「てっきり、ジェシカには銃についてとにかく教えると思ったら、肉弾戦を教えるなんてね」

 

「あいつの戦う動機は強くなって仲間を守りたいという意志だ。なら自分が直接強くなれば、その意思も確かなものになる」

 

「けど、ジェシカが実戦で使いものになるほど格闘に強くなるの?」

 

「当たり前だ、使い物にならなきゃ死ぬだけだ。そもそも、最低限の近接戦闘がこなせなければ生き残れない状況もあるだろ。そこは徹底的に仕上げる」

 

「そっ、まあ実際にどうなるかは2ヶ月後にわかるわね」

 

2ヶ月後にはBSWによるジェシカの人事査定がある。人事査定といっても、実際には能力評価に等しい。いまのジェシカに対する評価は中堅として申し分ないとされている。だが、同時に実力を十分に発揮できているとは言えないともされている。

彼女がもし実力を十分に発揮することができれば、リスカムやフランカとも肩を並べる、あるいはそれ以上のオペレーターにすらなり得る。

 

「2ヶ月もしないであいつを一人前のシューターにするさ」

 

「大した自信ね」

 

「あいつはそれだけのポテンシャルを持ってるからな」

 

そう言うとスネークはフランカに向かって何かを放り投げる。右手で掴み取るように受け取ると、それはゴム製のナイフだった。

 

「それはそれとして、技術は使わないと錆びるからな。すこし錆落としに付き合ってくれ」

 

「女の子に錆落としって、ちょっと扱い酷くない?」

 

「なら垢抜けたとでも言うか?」

 

「冗談、私そんな田舎くさくないでしょ」

 

フランカはそう答えると、訓練室の一角にある備品置き場に行き、ゴムナイフを置いて練習用のレイピアを持ってくる。

 

「悪いけど、私の武器はコレだから。それに、錆を落とすなら徹底的にやらないと失礼でしょ?」

 

練習用で刃は潰されているとはいえ、金属光沢をもつそのレイピアは当たれば十分痛い。重量も相応にあるだろう。

 

「それは助かる、ならこっちも真面目に錆取りにかかるとしよう」

 




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10−2

今月はまた忙しくなるため、今週でストックが一旦切れます。
以降はまた不定期投稿になると思いますが、
お付き合い頂けましたら幸いです_φ( ̄ー ̄ )



被害を被りそうな範囲に人がいないことを確認し、スネークは右手はハンドガンを構えるようにしながらゴムナイフを添える。重心を低くし、フランカへにじり寄る。対するフランカも右側の身体を差し出す形で斜に構え、レイピアをスネークの喉元へと向け立ち止まる。

 

ゆっくりとにじり寄りながら様子を伺うが、向こうから来る気はないらしい

 

距離にして10mほどあるが、錆落としには十分だろう

 

スネークは一気にフランカへと間合いを詰める

 

フランカの構えは変わらずその場を動かない

 

レイピアが突かれるであろう間合いで懐に潜り込む

 

間合いを潰されることを悟り、バックステップを取りながらレイピアが横なぎに払われる

 

一気に姿勢を低くし、頭上を過ぎるレイピアを横目にフランカの頸にナイフを刺す

 

そのタイミングを待っていたと言わんばかりに・・・フランカは素早く右腕を折り畳みスネークの喉元へレイピアを突き立てる

 

突き立てられたレイピアにナイフの腹を走らせ、フランカの右側に身体を入れ込む

 

フランカは咄嗟に自分の右膝でスネークの膝関節を打ち体勢を崩しにかかる

 

身体が崩されるのを利用してスネークの左脚が回し蹴りを放ち彼女の顔に飛ぶ

 

フランカはタンッタンッとバックステップを取り、一度間合いを仕切り直す

 

「良い突きの返しだ、あそこまで早くカウンターが返ってくるとは思わなかったぞ」

 

「そりゃどうも〜!こっちは避けられた挙句、かわいい顔を蹴られそうになったけどね!」

 

「喉仏狙ったんだからトントンだろ。それに避けれるとわかってたしな」

 

「ホント容赦がないこと……!」

 

フランカ個人として、スネークに対して思うところがある。なにせチェルノボーグで真っ先に無力化され拘束されたのだ。言ってしまえば煮湯を飲まされた相手だ。多少痛めつけても文句は言われないだろう。だが実際には、練習とはいえ先の攻防ではこっちが良いようにやられかけたのだ。やられっぱなしは彼女の性に合わない。

 

再び右を先に出すように身体を斜に構え、剣先をスネークの喉元に向け……走り出す

 

対するスネークは同じようにハンドガンを構えるようにナイフを添えるが、その場に立つ

 

今度はフランカが仕掛ける側となる

 

彼女はスネークよりも早い加速で一瞬でレイピアの間合いに詰め右腕を突き立てる

 

スネークは身体を右に捻りながら正中線をずらし入り身で彼女の間合いに入り込む

 

そうはさせまいとレイピアを2,3と突き返す

 

突きが当たらないよう後ろへ下がり距離を取る……がフランカはそのまま間合いを詰めてくる

 

今度は横なぎ

 

一歩下がりレイピアがスネークの左へと流れる

 

フランカは左に流れたレイピアを止めそのまま右腕を頸へ突き立てる

 

スネークは僅かに後ろに下がりレイピアはギリギリ喉に届かず胸骨に当たり彼女の腕が伸び切る

 

「ッ!」

 

咄嗟にフランカが腕を戻す

 

その動きに合わせスネークは正中線を右にずらしながら身体を入れ込む

 

レイピアの間合いが殺された

 

フランカは左腕をスネークの腹へと突き立てる

 

肘で突き立ててくる彼女の腕を迎え入れ、彼女が手に持つゴムナイフを腕ごと弾き飛ばす

 

弾かれた反動を利用してレイピアを当てにくるがもう遅い

 

左脚を軸にフランカを右へ転がし床に完全に寝かせる

 

レイピアを持つ右腕を膝で抑え込み、ゴムナイフを彼女の首元に添える

 

「とりあえず俺の一本で構わないな?」

 

「……ええ、ここから巻き返す方法は無いもの」

 

観念したようにフランカが左手を挙げヒラヒラとさせる、降参の様だ。ナイフを外しゆっくりと立ち上がる。

 

「流石に反応が早いな、入り込んだ時点で倒せると思ったんだが」

 

「休日にこんな動くことになるなんて聞いてないんですけどぉ」

 

そう言ってフランカも立ち上がり軽く服を払い、口では軽く言っているが、本人的には相当悔しいのだろう。顔はやや不貞腐れている。

 

「なんだ、俺に一本取られて悔しいのか」

 

「そうじゃないわよ、良い様にやられてなんかムカつくだけ」

 

「……ふむ」

 

スネークは顎に軽く手をあて、フランカの持つナイフを観察する。見られていることに気づいた彼女は気まずそうだ。

 

「な、なによ、何か言いたいことでもあるの」

 

「気になったんだが、お前利き手は右か?」

 

「ええ、そうよ」

 

「左のナイフは防御のためのものだな?」

 

「そ、まあ短剣だけど。基本的に私が使うのはレイピア、どっちの手でも使うけどね」

 

「なら左で短剣を扱える様にするといい」

 

「あら、私にアドバイス?錆び取りはもう十分なの?」

 

「今日はとりあえずな。だが互いのためになった方が効率的だろ」

 

そう言ってスネークは先程の攻防戦でのフランカとの動きを思い出す。

 

突き立てられたレイピアにナイフの腹を走らせ、彼女の右側に身体を入れ込む

彼女は咄嗟に自分の膝でスネークの膝を打ち体勢を崩しにかかった

身体が崩されるのを利用して彼女の顔目掛けて左脚で回し蹴りを放った

フランカはタンッタンッとバックステップを取り、一度間合いを仕切り直した

 

「俺の勝手な感想だが、お前さんは接近戦が苦手だな?」

 

「……よくわかったわね」

 

「レイピアの間合いの使い方はなかなかだが、懐に入られた途端雑だったからな。まあそれを補うために移動が早いんだろうが、いかんせん雑だな。膝を使ったのは見事だったが、その後のバックステップも随分と大きかった」

 

最初にスネークが懐に入ってきた際、フランカはジェシカが教わった様にスネークの膝を狙い体勢を崩させた。だが、スネークの回し蹴りより早く追い打ちをかけてこなかった。それは詰まる所、相手の体勢を崩すだけしか考えていなかったということになる。

無論、崩したところを突き刺す選択肢はあったはずだ……が、彼女の得物は右手に持ったレイピアだった。自身のすぐそば、それも右側に倒れた人間突き刺すための十分な空間はそこには無かった。であれば左手の短剣を使えば良い話だが、実際には使えなかった。

 

そこから考えられるのは、レイピアの間合いより内側、スネークが得意とする素手の間合い、近距離・極近距離戦闘でのせめぎ合いに慣れていないことだろう。

 

「ホントあなた良い観察眼をお持ちですこと」

 

「何かと人を見る目はあるからな。リスカムとお前が組んでいる理由が改めてわかった、性格も含めて良いバディだ」

 

レイピアは近接武器ではあるが、攻撃レンジの観点では中・遠距離の武器だ。ナイフや拳の間合いでの接近戦が得意ではないフランカの場合、距離を詰められる前に敵を仕留めるだけの実力は兼ね備えているが、仕留め切れない可能性も十分にある。

その点、リスカムのように攻撃を引き付けフランカから距離を取らせる役回りがいれば安定した攻撃が可能になり、任務の遂行能力も上がる。慎重で堅実な守りを果たすリスカムと、突飛でトリッキーな攻撃を仕掛けるフランカ、この二人を組ませたBSWには人の扱いを心得ている奴が居るとスネークは納得した。

 

「それでインストラクターさん的にはっ、私はどうしたら良いでしょう?」

 

「もしお前があらゆる場面でも生き残る可能性を上げたいなら、左の短剣で敵を捌ける様になればいい」

 

「……コッチ(レイピア)じゃなくて?」

 

昼過ぎとなり、腹ごしらえにちょうど良い時刻になっているのを確認し、弾き飛ばしたゴム製のダガーを拾う。備品置き場でナイフを置いたと思ったが、どうやらすり替えていた様だ。

 

「お前さんは攻めは中々のもんだ、何より自分の得物の間合いを良く理解してる。だが、間合いが潰された時の手数が少ないのが今のお前だ」

 

「そうね、まあ近づかれる前に突き刺してやるけど」

 

「そうだな、お前にはそれだけの実力もあるだろう、だが、少なくとも技術だけでは俺には通用しなかったのも事実だ」

 

「……そうね」

 

「ああ、もっともお前がどんなアーツを使うか俺は知らん。それを使えば俺を負かすこともできるだろうがな」

 

「……………」

 

フランカは何も返さない、ただ強くレイピアを握りしめるだけだ。

 

「だがそれに満足する気が無いなら……あと1ヶ月くらい待てばいい」

 

「……どういう意味?」

 

そんな彼女にスネークはサムアップをしながらフランカに白い歯を見せて言い切る

 

「この1ヶ月でジェシカにみっちりCQCを叩き込んでやる。お前の良い練習相手になってくれるはずだ」

 

じゃあ午後も見守りよろしくな、そう言ってスネークは訓練室の重い扉を片手で押し開け、その場を後にする。

1人残されたフランカは・・・ふと手袋を外し自身の手掌を見る。自分で言うのもなんだが綺麗な手だ。対してあの男……いまだどこから来たかわからないものの実力は確かなスネークの掌は、少しゴツく、やや煤っぽく黒くなり、タコがある、年季の入った掌だった。

訓練場にある時計を見ると時刻は12:30を過ぎたところのようだ。

 

「……あんな大ベテランに1ヶ月も鍛えられたら、そりゃ強くもなるわね」

 

30分、たった30分彼の技術の錆落としと自分の退屈しのぎと称して相手をしただけ。それだけで自分の劣っている部分と、『アーツさえあれば』という考えを指摘された。どちらもフランカが自覚している弱点であり、他者から指摘されたくない脆い部分だ。

アーツのことをスネークに指摘されたときに一瞬沸き上がったのは、アーツさえ使えれば勝てたに違いないという淡い考えと、そんな甘い考えを持っていた自分と指摘してきたスネークに対するドス黒い感情だ。

 

だが、彼は続けてかわいい後輩を1ヶ月後にはいい練習相手になると言った。自分の弱いところを修正し、さらに高みを目指すことの辛さはフランカもよく知っている。そしてスネークは、ジェシカが目指す場所に連れて行くことができるだろうし、ジェシカ自身は目指すことの辛さ以上に、自分が強くなれることに希望を抱き・・・それを叶えつつある。

 

いつまでも自分が先輩面をしていられる余裕は、無い

 

「随分とコテンパンにやられていたようだが、何かあの男に気に障るようなことを言われたか」

 

「……私的には勝手に覗き見されてた挙句、わかりきったことを質問してくる方が気になるんだけど?」

 

そんな彼女の元に、鞭を携えたペッローの鬼教官が現れる。どうやらスネークとフランカのやり取りを遠くから見ていたらしい。相変わらず表情は鉄仮面みたい、と思いながらフランカは微笑みながら覗き見していたらしい彼女の方を見る。

 

「ロドスの新人さんたちの教育はいいんですかドーベルマン教官どの」

 

「午前の教練はおわった。今は昼の時間だ、休みも彼らにとって大事な仕事だからな」

 

「休みまで仕事って堅苦しくない?」

 

「なに、中には無理して訓練を続ける馬鹿もいるからな。私にとっては休ませるのも仕事のうちだ」

 

「なるほどね〜」

 

「それで、あの男に何か言われたのか?」

 

「気になるなら彼に直接聞けばいいと思うわよ?彼、聞かれれば普通に答えてくれるし。それともぉ、わざわざ私のことを心配してくれた感じ?」

 

レイピアを地面に突き刺すようにしながら膝を折り、柄の部分で頬杖をつき、ドーベルマンの顔を覗き込む。

 

「お前の心配などしておらんさ、私が心配しているのはジェシカの方だ」

 

「あらっ、私の可愛い後輩のこと?けど、今も定期的にあなたの下で訓練してるわよね?」

 

「ああ。新しいインストラクターから技術を学んでいると言ってからちょうど1ヶ月経つが、それほど変化は見られなかったのでな、一体どんな訓練をしているのか気になってな」

 

「なーるほどねぇ。まあ正直、私も訓練内容は詳しくは知らないのよ」

 

「だろうな。だから彼、スネークというのが一体どんなインストラクターなのか直接確かめようと思ったんだが……いらない杞憂だったらしい」

 

「なによ、私が倒されたから安心ってこと?それって酷くない?」

 

「実力は本物だろ。私も体術の心得はあるが模造刀を持った相手にお互い無傷で制圧できる術は持ち合わせていない」

 

ドーベルマンの考えとして、高いレベルを目指す訓練ほどケガをするリスクは跳ね上がる。怪我をすれば訓練は中断せざるをえなくなり、本人のモチベーションや技術力の低下、さらにはチーム全体にも何かしらの影響が生じる。だからこそ訓練生たちの心身の健康管理に気を配るのが教官たるべき、というのが彼女なりの考えだ。

 

そんな彼女からしてみれば、先ほどのスネークとフランカのやり取りは、いつ怪我をしてもおかしくない高いレベルの訓練だったが、かすり傷一つ付いていないことを考えれば、スネークが相応の実力者であることは十分にわかった。

フランカが倒されたということより、あれだけの攻防戦をしたにも関わらず軽い怪我一つすら生じさせていないことの方が、ドーベルマンとしては評価が高かったが。

 

「BSWが派遣してきたインストラクターである以上、実力は保証されているのは分かっていたつもりだったが、あれほどとは思わなかった」

 

「あっそ。じゃあ私の可愛い後輩がお世話になってるから一つだけ良いこと教えてあげる」

 

「なんだ?」

 

「スネークが言うには、1ヶ月後にジェシカは私の良い練習相手になるそうよ」

 

「・・・本気か?」

 

「さあどうかしらねぇ、それこそ彼に直接聞いてみたら?じゃあ私もお昼食ーべよっ。またねぇ〜ドーベルマン教官っ」

 

ニコっと笑いながらフランカは鉄仮面の鬼教官に手を振り、重い扉をゆっくりと開けて訓練室を去っていった。その足取りはいつもの彼女が纏う雰囲気のようにとても軽かったが、表情まではよく見えない。

 

「あのジェシカが格闘戦……な」

 

ドーベルマンもジェシカの性格についてはよく知っている。あの卑屈で弱気な性格さえ克服すれば、彼女は優秀なオペレーターになれる。逆に言えば、極度なまでの卑屈さが全ての足を引っ張っている。それを格闘を覚えさせることで克服させるのは理解できるが、それを1ヶ月で、それも前衛エリートオペレーターの"良い練習相手"にまで育て上げることが本当に可能なのか。

 

「……来月の訓練予定を調整するか」

 

ドーベルマンにとってジェシカはBSWから来たとはいえ、教え子は教え子だ。他の教官に鍛えられた結果は気になる。それが弱点を克服させるものであるならばなおさらだ。何より、ジェシカが成長したならば、それは他の隊員たちにも良い刺激になるだろう。

 

だがまずは今の自分が受け持つ新米たちの指導が先だ。そう考えながら鬼教官は、僅かに微笑みを浮かばせながら、訓練室の一角へと戻っていった。




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11−1

注意:【Caution】
今回のお話には不快になる表現(過呼吸や嘔吐)が含まれております。
この手の表現が苦手な方、また、食事をしたばかりの方も閲覧にはご注意ください。
ブラウザバックも選択肢の1つということをお伝えしますm(_ _)m



3月17日 00:12 ロドス本艦 甲板

 

深夜、ほとんどのオペレーターが寝静まった頃に手すりを超え、1人甲板の端に座り葉巻を楽しむのがスネークの習慣となった。スネークはヘビースモーカーという自覚はあるが、何処でも吸って構わないという考えは持ち合わせていない。葉巻は理解ある者が楽しむものであり、強要するものでは無いからだ。

何より艦内は禁煙だ、こうして誰も来ないであろう場所で吸っていれば、誰かに指摘されることもない……甲板上は艦内かどうかはバレてから決めてもらうことにして、深く考えることは最初に吸ったあとから放棄している。

 

月夜がよく映える中でスネークは左手に葉巻を挟むと、おもむろに腰からナイフを抜き、月にかざす

挟まれた葉巻はゆっくりと燃え、太い灰の束を作りだし、やがて風に飛ばされ、灰の束の根本が赤く強く光る

 

「そろそろアイツにもナイフを仕込むか」

 

考えているのはこの一週間でCQCの基礎を一通り叩き込んだジェシカに、どのようなナイフを渡すかだった。スネークが持つのは刃と柄の部分が極めて太く、どんなに振り回しても折れる心配のないサバイバルナイフと、敵のナイフや銃を武装解除(ディザーム)するのが目的のCQCナイフの2本だ。

 

この一週間でジェシカはCQCの基礎となる姿勢、徒手格闘の身体操作、ガンファイトとの兼ね合いについてひたすら教えられ、実践し、それらを習得した。彼女はスネークが予想していた以上に習得の早さは早かった。

それは非常に喜ばしいことだ……が、彼女を一人前に仕上げるには格闘戦に関する経験が必要になる。その経験は練習用のゴムナイフだけでは足りず、刃と重量がある実際のナイフによる格闘も必要になる。

 

リスカムが言うにはジェシカに対してはBSWからナイフは支給されているはずとのことだったが、リスカムが持つ支給品のナイフを確認したところジェシカが握るには少し大きいものだった。しばらくは支給品のナイフを使わせるが、彼女の手に馴染むナイフが必要だ。

 

しかしナイフを外部に注文するとなれば、例のペンギン急便が思いつくが……彼女の手の大きさに合わせたナイフが届くとは限らない。いや、あの業者であれば注文通りの品物を届けてくれそうだが、ナイフを渡すのは彼女が一人前になった証として直接渡したい。せっかく用意したものをバラされたら興醒めだ。何よりあのエクシアという女はポロッと話してしまいそうだ。

 

「鍛冶屋でもあれば良いんだが……フランカあたりにこっそり聞いてみるか」

 

鍛冶屋でなくても、刃物を扱う職人や武器屋と繋がることができれば僥倖だ。いずれにせよ、明日からは実物のナイフを使い、より実戦に近づける。精神的な負荷もさらにかけるつもりだ。刃物を扱う以上、怪我をすることは避けられない。だが怪我を知らなければ実戦で使い物になどならない。

 

「……そういえば、フランカやリスカムはえらく肌が綺麗だな」

 

何かいい軟膏でもあるのだろうか、であれば個人的にも入手したい。古傷を気にする様な歳でもないが、MSFに持ち帰れば喜ぶ隊員もそれなりにいるだろう。それに創傷は綺麗に治すに越したことはないだろう。

そんな考えに耽っていると、葉巻の赤い光が指にだいぶ近づきつつあった。煙を楽しむ時間はここまでの様だ。腰につけたバックパックから携帯灰皿を取り出し葉巻をしまう。また明日楽しむことにしよう。

 

甲板から宙に遊ばせていた足を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がる。落ちればまあ間違いなくこの世からオサラバのため、そろそろ命綱でも用意しようかと考えている、ついでにラペリング用の紐も仕入れるか。そういえばジェシカはラペリングの技術はあるのだろうか、などと考えながら手すりを超え安全地帯へと舞い戻る。自室がある階層に向かうため鉄扉を開け階段を降りる。

 

「……ん?」

 

だが扉を開けた瞬間、下から誰かが上がってくる気配がする。別にそれだけならただ人が甲板に上がるだけだが……様子がおかしい。カンカンカンという階段を駆け上がるのと同時にブウンっと手すりが揺れる音がする、さらに息が上がっているのか呼吸音が荒い。

 

あまり良くない事態が起きていると直感が告げる、何が起こるかわからない。咄嗟に空マガジンを鉄扉に噛ませ最低限の視界と空間を確保する。直後、カンッと甲高い音が最も大きくなり、スネークの眼下、階段の踊り場に音を立てていた正体が人影となることなく、扉から入り込む月夜に照らされ現れた。

 

それは・・・女、いや少女だった

 

パッと見る限り種族はわからないが赤メッシュが目立つ髪に、革のブーツに学生服の様なニットを着ている……が、踊り場から見える彼女は明らかに様子がおかしい。額には大粒の汗が湧いており、眼の焦点は定まっておらず、呼吸は乱れ、どうにか手すりを掴んでいる手は震えている。

 

少女は今自分が登ってきた誰もいないであろう空間を向いて叫ぶ。

 

「ああぁあっ!だぁぇああ!!」

 

どうにか絞り出したその声は絶叫に近く、さらに呼吸を乱れさせている。

 

少女は発狂している

 

スネークはそう判断し冷静に声をかける

 

「落ち着け、階段を登って、こっちに来い」

 

音で反応することができたのか、階段から顔がこちらへと振り向く。だが変わらず焦点は合っていない、表情には恐怖が張り付いている。

 

「俺は、お前の味方だ、こっちに、登ってこい、ゆっくりでいい」

 

発狂を起こした人間、それも幻聴や幻視が生じているであろう相手をその場で治療することは不可能だ。急性のストレス症状なのか、あるいは何らかの薬物中毒なのか、精神疾患によるものなのか、はたまた何か別の疾患によるものなのか、相応の時間をかけて専門家が判断を下す必要がある。当然ながらスネークは専門家ではないため治療を施すことはできない、だが応急処置はできる。

 

「ああ怖いな、大丈夫だ、ゆっくり、こっちに、上がってこい」

 

少女の様子から、なんらかの幻覚が生じており、ひどく恐れており、その結果呼吸が乱れていると考えられる。ならまずは呼吸への処置だ。

少女はいまだ焦点は合っていないものの、声には反応できているのかゆっくりと階段を登り始めた。だが、あと数段というところで急に後ろを振り返る。

 

「・・・アッ、あっああっっあああっっっ」

 

そして喉から音を出し、膝を震わせその場に立ちすくみ、呼吸の乱れが酷くなる。

 

すぐにスネークは少女の肩を担ぐ。触れた瞬間、少女の震えが強くなるが階段から運び出し開けたままの扉を通り外へと連れ出す。少女を甲板に四つん這いさせ、背中をさする。彼女の全身は緊張しており、こわばっている。

 

「よーしよく頑張った、ここは安全だ、ゆっくり呼吸をすればいい」

 

「はあぁ、はあああ、はっァ ゛、あッぅ゛」

 

呼吸にえづきが混ざり、直後に嘔吐する

 

「よしよし、大丈夫だ、ゆっくり呼吸しろ」

 

ザッと吐いたものを見る限り、固形物は見えるため食事は摂れているらしい。背中をさすりながら吐瀉物に汚れないよう彼女を少しだけ移動させる。

 

「はあ、はあぁ、はあ、はああ、はああ」

 

「そうだ、それでいい、喋れるようなら喋れ、楽になる。お前の名前は?」

 

「はあ、はあぁ!はああっ、はああ!」

 

「大丈夫だ、焦らなくていい」

 

「はああ、はあ、ああ、ずッ、ズィマッ」

 

「ふむ、ズィマか、いい名前だ。《この言葉の方が聞き馴染みがあるか?》」

 

ズィマはロシア語で冬を意味する。この世界にはウルサスという帝国があり、そこはキリル文字を使う文化圏らしい。チェルノボーグの非常階段の表記を見る限り、ウクライナあたりの訛りに近いらしい。少女に訛りを意識しながらゆっくりとロシア語で話しかけると、眼を見開き正気を少し宿しながら、うなずく様な仕草を見せた。

 

《そうか、大丈夫だ、ゆっくり呼吸しろ、ゆっくりでいい》

 

背中をさすり続けながらロシア語で語りかける。少女を襲っているのは他者には想像もつかない恐怖だ。だからこそ、刺激することなく、今いる場所は安全であることを伝え続ける必要がある。安全だと脳が理解し始めれば呼吸の乱れは自然と落ち着く。

 

《童謡でも歌ってやろう、一緒に歌えば少しは落ち着くぞ。モスクワ郊外の夕べでも歌うか?》

 

「はあ、はああ、《そんなの、しらねぇっ、てかっ、歌、なんて、歌うわけ、ねぇ、だろっ》」

 

《そうか?まあそれなら仕方ないな、ゆっくり呼吸しろ》

 

「はあ、はあ、《ちくしょう、なんで、なんでッ》!」

 

《いまは落ち着けばいい、ゆっくり話せ》

 

《くっそ、くっそ、くっそ》

 

《そうだ、それでいい、言葉にすれば楽になる》

 

スネークはパニックを起こした人間を何人も見ているが、過呼吸を起こしている相手に対しては可能な限り話すよう促すことが効果的だと経験則で学んでいる。過呼吸は過剰に空気を吸い息を吐き出せない状態だ、言葉を発している間は息を吸えなくなる。

いきなり話すように促すのは無茶だが、過呼吸は刺激を与えず気分を落ち着かせるように関われば必ず処置できる。時間をある程度かけながらでも少しづつ落ち着かせ、話すよう促せば段々と過呼吸は収まる。

スネークが背中をさする少女も、悪態をつきながらも言葉を発し、少しづつ呼吸も落ち着いてきた。やがて目にも正気を取り戻してきた、服は汗で濡れているが額に冷や汗はかいていない。

 

《アタシは、アタシはッ、なんだって、こんな……》

 

《さあな、だが今はもう安全だ》

 

《……そうか、あんぜんか》

 

「ああ」

 

《……それなら……》

 

「……大丈夫か?」 

 

少女からの返事がなくなる、どうやら寝てしまったらしい。念のため呼吸と脈拍を確認するが問題はない、おそらく疲れたのだろう。過呼吸もなく寝息を立てて落ち着いている。

先ほどまでの黒く暗い感情と恐怖が入り混じった様子が嘘のように静かに寝ている少女は、白い肌が月夜に照らされ美しく光っている。閉じた目からは一筋の線が流れていたが起きる様子はない、うなされてもいない様だ。

 

とりあえず応急処置は終えた……が、流石に少女を外に放っておくわけにもいかない。ましてやあれだけの恐怖と過呼吸を起こしていた、また同じことが起きるとも限らない、いや間違いなく起きる。

 

スネークはバックパックからガーゼを取り出し、少女の顔を軽く拭いてやるとうつ伏せにし、脇に腕を引っ掛け上体を起こしてから背面から正面へと回る。そして服の腰の部分を握ってから持ち上げ、腹部を背負うように抱えあげてファイヤーマンズキャリーの形で少女を背負う。思いのほかがっしりとした体格のようだが、問題なく背負うことができた。その間も少女は寝息をたて、なにか寝言を言っている。

 

「…………」

 

「……俺には娘はいないんだがな」

 

スネークは背負った少女を起こさないようゆっくりと歩き移動する。吐瀉物はまだ湿っているが、荒野の乾燥している環境だからか乾燥し始めていた。ひとまずは少女を医療部門へ運ぶ。ドアをくぐり、噛ませていたマガジンを回収し階段をゆっくりと、確実に降りていった。

 

 




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3月17日 00:57 ロドス本艦 医療区画

 

ロドスは鉱石病に関する治療・問題解決を目的とした製薬会社だ。そのため、ロドスで多くの部分を占めるのは医療関係の部門だ。日常生活や訓練で生じた怪我に対応する処置室から手術室、鉱石病の治療・検査を行う専門部門、人工呼吸器をはじめとした生命維持装置が必要な患者を管理する集中治療室まで、製薬会社としては規格外の高度な医療提供体制が本艦には整っている。

 

そのため、医療部門は24時間常に誰かしら医師・看護師などの医療関係者に加えて、鉱石病の研究者も待機している。気を張らなければならないような患者が常にいるわけではないものの、あらゆる患者にいつでも対応できるよう、ロドスの医療区画は常に動き続けている。

 

医療区画の入り口であるガラス製の自動ドアが開くと、通路を介してもう一枚自動ドアが現れるがそのドアは曇りガラスになっており、白い灯りはついているものの中の様子はわからない。通路の壁を見るとインターフォンがある、これを押して要件を伝えることで初めて中に入れるのだろう。

ラナの温室も同じような作りになっていたことをスネークは思い出し、壁に取り付けられたインターフォンを押す。押してもブザー音などは鳴らなかったが、少しの間をおいてザザっと無線のノイズが混ざり、女性の声が聞こえてきた。

 

《はい、どうされました》

 

「屋上で過呼吸を起こして倒れていた、医者に診てもらいたい」

 

《わかりました、ドアを入ってすぐ右の通路を通ってきてください、診察します》

 

「わかった」

 

自動ドアが開き、白く清潔な通路が現れる。スネークは指示された通りにドアを通るとすぐ右へと曲がり真っ直ぐ続く大きな通路を進む、すると3つほど先の部屋で小さな人影が左にある部屋から現れ、スネークの方を見て手招いていた。狐のような大きい耳があるものの、身長は140cm程度のその女性は十字マークをあしらえた白衣を着ている、おそらく当直の医師なのだろう。迷わず進むと医師は診療室に入っていったので、スネークもその小さな後ろ姿についていく。

 

「彼女をそこのベッドに寝かせてあげて」

 

「わかった」

 

スネークは慣れた様に運んできた少女を足から接地させ、臀部がベッドに乗っかるように降ろし、自身の腕を少女の後ろへ回し、ゆっくりとベッドへと寝かす。靴を脱がせ足もベッドへとあげる。少女は相変わらず寝息をたてている、先ほどまでの恐怖が張り付いた表情は見られない。

 

「ん、ありがとう。ちょっと診察するから廊下のソファーにでも座っていてくれるかい?」

 

「ああ」

 

スネークは言われた通り診察室を出て廊下で待つ。医者の言うことはある程度聞いた方が得なことをよく知っている(絶対安静と葉巻は別だが)。何より少女を診察する以上、親でもないのに男がその場に留まるのは問題があるというものだろう。とりあえず廊下に出て、医療区画を観察する。

 

先程入ってきたドアの右側にあるこの通路は、幅が大きく取られており、いくつかのソファーと診察室が通路の左に5つある。今は真ん中の診療室しか電気がついていない。反対側の通路を見てみると、大きな扉が設置されており、デカデカと『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている。おそらく手術室か職員用の連絡通路なのだろう。そんな風に医療区画の中を観察をしていると中から声がかかった。

 

「もう入っていいよ、いまはすっかり寝ているみたいだ」

 

「そうか、まあアレだけ暴れれば眠くもなるだろう」

 

「そうか……すまないけど、彼女の診療記録を作らないといけないんだ。こんな時間だけど少し話を聞かせてもらっても良いかな」

 

診察室をみると他の医療スタッフが2名、少女のベッドの周りにいた。どうやら彼女は別のところにベッドごと運ぶらしい。あくまでここは処置や診療を行う場所だ、患者を観察するのは別にあるのだろう。

 

「ああ構わない、どこで話す?」

 

「ちょうど良い部屋がある、そこに行こう」

 

「わかった」

 

医師は、ベッドを運ぶスタッフに指示を出し「IC部屋にいるから何かあったらすぐ連絡して」と告げて端末を手に取り診察室を出る。そんなスタッフに軽く会釈し、スネークも医師の後に続く。

 

「あんた、と言うのも変だが結構丁寧な医者だな」

 

「……えっ?えっと、どうしてそう思うの?」

 

「俺がここにきた時に会った医者は、なんというか……ぶっきら棒というか、治療や検査に必要ないことは時間の無駄になるって感じだったからな。こっちの気持ちを汲んでくれるあたり悪い医者じゃないのはわかるが、まあ雑だったんでな」

 

「そうだったんだ……ちなみに、そのお医者さんの名前って?」

 

「ケルシーと名乗ってたな」

 

「あー……ケルシー先生かぁ」

 

「ああ、それと比べたらあんたの対応は丁寧で人間味があったからな。まあ、あまり人を比較しても仕方がないんだが」

 

「あはは……ケルシー先生は優秀なお医者さんだよ。近寄りがたい印象もあるけどね」

 

「だろうな、あの先生はよく人をみている。もうちょっと丁寧にみてやれないのかとも思ったが」

 

「それはまぁ……私もほんのちょびっとわかる、かなぁ」

 

スネークの前を歩く医者は、少し決まりが悪そうに頬を掻いている。なるほど、それほど関わってはいないものの、スネークのケルシー医師に対する感覚と印象はあながち間違ってはいないらしい。医師である以上、この医者もケルシーとは同僚なのだろうが。

 

「ふっ、悪いな困らせて」

 

「ううん、ある意味こうして人と話すのが私の仕事だから。さあついたよ」

 

そう言って医師が案内した部屋は『Informed consent Room』と書かれている。どうやら患者に対して治療方法などについて説明するための部屋らしい。扉を開けると、中は4.5人入っても余裕がある程度に広く、4人分の椅子が用意され、机にはPCも備え付けられていた。おそらく電子カルテを直接閲覧・記入もできるのだろう。

座るよう案内され入り口の手前の椅子に座る。医師は奥の椅子に座り、向かい合わせの形になる。

 

「話を聞く前に、まだ名乗って無かったから自己紹介を。私は医師のススーロ、専門は戦場救護と健康管理です」

 

「スネーク、傭兵だ。今はBSWに雇われてここでしばらく厄介になっている」

 

「スネーク?……もしかして、ジェシカちゃんを鍛えてるインストラクターってあなたのこと?」

 

「ん、よく知ってるな」

 

「ま、まあ一時話題になったからね。そっか、ジェシカちゃんを教えてるのはあなただったんだ」

 

コンクリートに打ち付けられてニコニコしているという話を聞いて忘れることの方が難しいだろう。もっともススーロとしては、こうして話している男がジェシカをぶん投げていた張本人だとは思わず、とても驚いているのだが。

 

「しかし戦術的第一線救護(TCCC)*1の専門家か。随分と活発なお医者さんだな」

 

「あはは、私はまだまだ新米だよ。それに私自身は戦場の経験はそんなに無いんだ」

 

そういう目の前の医師は、確かに見た目は幼い印象を受けるが、スネークを初めて見たにも関わらず特に動じることなく必要な処置を施し、外に出るよう指示した。ジェシカよりも小柄ではあるが、度胸はこのススーロという医師の方が遥かに据わっているだろう。少なくとも今のジェシカには、たじろぐ事なく指示を出すのは少し難しい。

 

「それで、一体俺は何を話せばいい?」

 

「あっそうだったね。とりあえず彼女、ズィマーの今までの様子を教えてくれる?」

 

「俺が彼女と会ったのは甲板に上がる階段の踊り場だ、夜風当たってから部屋に戻ろうとしたんだが、急に駆け上がってきてな」

 

「それって何時頃?」

 

「0時過ぎだな」

 

「その時、どんな様子だった?」

 

「パニック状態だった。恐怖に染まって幻覚もあったように見えた。あとは過呼吸にも陥っていたな」

 

「そうか……それで、あなたがその場で処置を?」

 

ススーロは手際良くスネークに質問を投げかける。

 

「まあ一先ず落ち着かせなきゃ何も動けなかったからな。彼女に呼びかけて階段の踊り場からとりあえず甲板上に移動させた。その後吐いたが、ゆっくり話すよう促して落ち着かせた」

 

「吐いたのは何回?」

 

「外に出て一度だけだ。俺と会う前に吐いてる可能性もあるが、俺が見た時には固形物も混じってたな」

 

「そっか……彼女は何か言ってた?」

 

「特には言ってなかったな。落ち着かせている間はロシア……ウルサス語で話しかけたが、悪態をついていたくらいだった」

 

「ウルサス語?あなたウルサスの言葉が話せるの?」

 

「まあな、彼女の名前を聞いたらズィマと名乗っていたからな。母国の言葉で話してやればあの少女も落ち着くだろうと考えた」

 

この世界の言語は、厳密にはスネークが知っている言語とはやや異なる文法をしている。だが、全く共通性がないというわけでもない。

実際、スネークの記憶が正しければチェルノボーグで書かれていた『非常口』というキリル文字はウクライナ圏で使用されるものであったし、療養庭園で一週間ほど様々な文献を辞書を片手に読み漁ったが、慣れれば特に問題なく理解することができた。少なくともスネークは、混乱していた少女に対しても通じる程度の言葉を話すことができた。

 

「そうか……それで落ち着かせて、寝たところをここに連れて来た感じだね?」

 

「そうだ」

 

「そしたら発作は30分くらいかな……うん、これでとりあえず記録は作れそう」

 

そう言ってススーロは端末を立ち上げPCに繋げるとカタカタと入力していく。その表情はどこか厳しそうだ。

 

「あーススーロ、患者のことには守秘義務があるとは思うが彼女の事について聞いてもいいか?」

 

「うん、私が答えられることは限られているけど……なに?」

 

目の前の医師は、キーボードの操作を止めることなくスネークに話の続きを促す。その様子に、周りくどい言い方は避け、ストレートに質問した方が効果的だろうと考えスネークは尋ねた。

 

「あの少女には一体何があった?あの症状はただのパニック発作じゃない、PTSDの類だろう。俺は治療の専門家じゃないが戦場のトラウマを抱えている奴を大勢見てきた。それでも発狂を起こすのは相当重症なハズだ。一体彼女は何を経験した?」

 

「……それは」

 

一瞬キーボードを叩く音が止まり、ススーロの表情がより険しくなる。その表情はどこか無力感を感じるものだった。

 

「答えられない、かな」

 

「そうか、悪かったな突っ込んだことを聞いて」

 

「あっいや、そういう意味じゃないんだ。あのくらいの、年頃の女の子がパニックに陥ってれば誰だって気にするもの」

 

「だがそれもただのパニックじゃない、あれは発狂の類だ」

 

「……そうだね。だけど、正直なところ私たちも何も知らないんだ」

 

そう言ってススーロは端末から手を離し、顔をPCの画面からスネークの方を正面に向けた。どうやらスネークに対して丁寧に話すことにしたようだ。

 

「彼女に何が起きたのか、把握できていないのか?」

 

「ある程度は把握してるんだ。彼女はチェルノボーグ事変に巻き込まれた学生だ。何人か同じように学生が保護された。けど、その子達はどんなことを経験したのかは具体的に聞けていないんだ」

 

「それは、信用されていないからか?」

 

「いやっ……うん、そうなのかもしれない。けど、私個人が感じるのは治療を受けたくないというより、自分自身がどうしたら良いかわからない迷い、かな」

 

「なるほどな……どこでも起こることはあまり変わらんな」

 

戦争や紛争が起きればそこにいる人が全て巻き込まれる。それは子どもでも例外ではない。少年兵はスネークも見てきたが、あのズィマと名乗った少女は少年兵の類とは違う印象を受けた。おそらく彼女が遭遇したのは争いの戦火といったものよりも酷い、地獄の惨状だろう。

 

どの様な地獄を見たかはここにいる大人ではわからない

 

「スネークさんも何か、その、経験が……?」

 

「スネークで構わない。まあ、色々と経験したからな。戦友や教え子が目の前で死んだこともある、狂ったやつも見てきた。俺自身も恐怖を感じたことはいくらでもある」

 

「そう……」

 

スネークにもトラウマはある。自分の最愛の人を殺したという過去がある。だが、彼女の選択が正しかったとは思わない。だからこそ彼女とは別の選択をし、仲間と共に前に進む。生きている者ができるのは前進することだけだ、決して後退することはできない。

 

「だが俺は今こうして生きている、生き残っている。残された人間には、死んだ奴が遺していったものを繋いでいく義務がある、口で言うのは簡単だがな」

 

そう言ってスネークは笑いながら胸ポケットを弄るが、ここが医療施設の中であることと医者の目の前であることを思い出し、そっと手を引っ込める。

 

「残念だけどここは火気厳禁だよ、あと禁煙だ」

 

「クセだ、気にしないでくれ。それであの少女はこの後どうするんだ?」

 

「そうだね、とりあえず目が覚めたら自室に戻ってもらうよ。多分彼女自身もずっとここに居たいとは思わないだろう。同室の仲間に心配をかけたいとは思わないはずだし」

 

「なら俺は甲板上の始末だけしてから寝るか」

 

「あ、そっちは大丈夫。場所さえわかればドローンが処理してくれるからね、こっちでやっておくよ」

 

「そうか、まあ彼女はしばらく苦しむだろうが間違いなく強くなる。俺にできることはそんなに無いだろうがな」

 

そう言ってスネークは席を立つ。夜間で人の出入りはほとんど無いとはいえ、医師を長時間雑談に付き合わせるのはよろしく無いだろう。すると向かいに座っていたススーロは興味深げにスネークの言葉に反応する。

 

「ねぇスネーク、1つ質問しても良いかな?」

 

「ん、なんだ。俺は別に禁煙するつもりはないぞ」

 

「医師としては是非タバコはやめてもらいたけどね」

 

「タバコじゃない、葉巻だ」

 

「いずれにせよ体に良くないから。そうじゃなくて……彼女は間違いなく強くなるって、どうしてあなたは言い切れるの?」

 

「ん、そんなことか。まあ俺の直感でしかないが……あの少女とは少ししか話していないが、発した言葉は悪態をついていた。心が折れきった人間は反抗精神を抱かない、それが幻覚だろうがおかしくなっている自分のことだろうがな」

 

「……それだけ?」

 

「……ふむ」

 

ススーロは静かにスネークの返事を待っていた。その表情は真剣で、スネークの言葉以外の何かを待っているようにも見えた。どうやらこの質問には何かしら意味があるらしい。改めてスネークはただの直感ではなく、どうして彼女が強くなると感じたのか考え……そして口にした。

 

「まあ、あとは顔と身体だな」

 

「顔と、身体……?」

 

「ああ。吐くほどのトラウマだ、食欲もろくに無いはずだ。だが彼女の顔はやつれていない、それに身体はまだ思春期で成長途中なんだろうがしっかりと出来上がりつつある。無理にでも食ってるんだろう。それだけの気概があるなら、恐怖を自分のものにした時にはたくましくなれる」

 

彼女を背負った時に感じた重みとガタイの良さは確かなものだった。加えて肌は白く綺麗なものだった。無理矢理にでも食事を摂っているのだろう。実際、ろくに食事が摂れなくなれば吐き出すのは胃酸だが、吐瀉物には固形物が混ざっていた。想像できないほどの地獄を乗り越え苦しんでいるが、強くなるための素質を備えているのがあの少女だとスネークはススーロに伝えた。

 

「……これはまたアーミヤさんに報告したら心配されるだろうな」

 

ススーロは頭をかきながら苦笑いを浮かべる。どうやらあの少女に関して色々と問題があるらしい。もっともそれはスネークの預かり知らないことだが。

 

「他人ができることは本人の選択を手助けしてやるくらいだ。選択肢を増やすか、取捨選択の判断材料を与えるか、選んだ選択を援助してやるか、せいぜいそれくらいだ。あんまり悩み過ぎるなよ、若いお医者さん。俺からみればおまえも少女みたいなもんだしな」

 

「そうか……そうだね」

 

彼の言葉にどこか納得したのか、ススーロは笑ってスネークに答えた。さっきまでの険しい表情はどこかに飛んでいったらしい。

 

「ちなみにそんな少女みたいなお医者さん的には、あなたに禁煙の選択肢を突きつけたいんだけど?」

 

「……随分と活発なお医者さんだ」

 

「さっきも言ってたけど、私のことを活発なんていうのあなたが初めてだよ」

 

「そうか、あいにく人を見る目は割とあるんでな。まあおたくの場合、活発というよりたくましいってのが近いかもな」

 

「何それっ、こんなチビっコな私がたくましいと思う?」

 

初見の相手に対して、仕草だけで愛煙家であることを見抜いて、禁煙しろとせまる人間は相当肝が据わっているだろう、とスネークは考える。それが自分よりガタイが良い相手であればなおさらだろう。仮にジェシカがスネークに葉巻を止めるように迫っても、『か、からだに悪いですから、や、やめましょ?……や、やめませんか?う、うう』と泣きそうになるのが目に浮かぶ。

 

「俺の今の教え子よりよっぽどたくましいと思うがな」

 

「私は戦えないよ、できるのは患者を救うことだけさ」

 

「なんとも頼りになる先生だ。あまり厄介にはなりたく無いがな」

 

「私もできる限り治療はしたくないよ。まあ仕事が無くなるのは困るんだけどね」

 

「ふっ、じゃあ俺は部屋に戻る。またな先生」

 

手を振りながらそう挨拶して、スネークは部屋のドアを自分で開けて出ていった。スネークにとっては予想外の寄り道になったが、面白い医者がいることを知れたという収穫はあった。少女のことは気になるが、トラウマを治すのは治療の専門家と何より傷ついた本人自身だ。物理的だろうが精神的なものだろうがそれは変わりない。他者ができるのは傷ついている人のケアでありキュアではない。スネークは治療の専門家ではない、応急処置はできてもあの少女のためにできるようなものはこれ以上ない、ただそれだけだ。

 

しっかりとした足取りでスネークは明るく広い廊下を通り、入ってきた自動ドアを2つ抜けて、医療区画をあとにして薄暗い艦内を歩いて行った。

 

 

*1
Tactical Combat Casualty Care:通称TCCC 日本語では戦術的第一線救護と呼び、戦闘下における負傷者ケアの戦略のこと。

現実世界だとアメリカで学問分野として明確な体系化がされており、大規模災害などとはまた異なる、テロの現場や戦場といった特殊な環境下でいかに人命を救うかを追求している。日本国内でも、自衛隊を中心に最近少しづつ広まっている




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11−3

目を開けると、いつもの日常がやってくる。自分の部屋を出るとキッチンから母さんの声が聞こえる。

 

「ソニア、そろそろ起きなさい」

 

「もう起きたよ」

 

いつも通り椅子に座って、熱々の朝食がテーブルに並べられるのを待つだけだ。朝食はいつも一杯のお粥とパン、それにハムだ。いつもはダイエットで押し麦のお粥が出てくるはずだが、今日は普通のお粥だ。

 

「あれ?母さん今日は押し麦じゃないの?」

 

「そうなのよ、ちょっと切らしちゃってね。今日は休みだし買い物に行かなきゃ」

 

「そっか」

 

父さんは……いつもと違ってテーブルにいなかった。いつも通りになら私の大っ嫌いな経済、政治、国について書かれている新聞を読みながら、興味もない私の進学について聞いてくるはずなのに。

 

「父さんは?休みなのに朝早くからいないなんて珍しいよね?」

 

「ああ、お父さんは先に出かけたわよ、お仕事じゃないみたいだけどなんだか楽しそうだったわね」

 

「ふーん」

 

父さんが楽しんでいる、そんな日もあるのか。けどそんな日もあった気がする。いつもと少しだけ違う熱々の朝食を手につける。毎日同じような朝食だけれど、母さんの料理は飽きない。

 

「じゃあ母さん買い物に行ってくるわね、お留守番よろしく」

 

「……えっ、あ、うん」

 

母さんは先にご飯を食べたのだろうか?けど『必ず一緒に朝ごはんを食べよう』と言っていたのは母さんだった……ハズだ。今まで私一人だけで朝食を食べたことは一度だって無い。

気がつくと熱々だったはずの朝食がヌルくなっていた。とりあえず残すのはもったいない、ヌルくなったお粥を一気に口に流し込み、食器を流しに片付ける。流しを見ると皿や鍋、スプーンといった食器が汚れたまま積まれていた。ここ何日か片付けることができないくらい母さんは忙しかったんだろうか?

 

「……何すっかな」

 

今は家に一人だ。休日なら適当に外をほっつき歩くだけでケンカを吹っ掛けてくる相手がいるから時間が潰せる、だが母さんに留守番を頼まれた以上家にいるしか無い。とりあえず自分の部屋に戻る。

本棚を見ると色んな本が仕舞われている、だがどれもすでに読んだものばかりで、自分の頭の中に入っている……がふと、絵本が目に入る。だがタイトルは書かれていない。

 

「なんだこれ……?」

 

表紙はカラフルな建物に子どもたちが笑っている絵が描かれているが、タイトルはどこにも書いてない。何よりこんな本を読んだ記憶はソニアには無かった。気になって表紙をめくると……中は白紙の紙だった。パラパラと何枚かページをめくるが、どれも白紙だ。

 

「絵本、なのか……っ⁉︎」

 

不思議に思い顔を上げるとそこは見知らぬ場所だった。いや、見知らぬどころか本来あり得ない空間、白だった。

 

 

 

 

まっしろ

 

 

自分以外何も存在しない場所にただ立っている

 

 

「ど、どこだよここ……」

 

いや、手元には先ほどの見覚えのない絵本がある。だが表紙に絵が描かれているだけで中身は真っ白なままだ。あたりには何もない。

 

「意味わかんねぇよ……どうすればいいの」

 

ふと、声がいつもと違う感覚を覚える。自分の声が高く、どこか……幼い。

手に持つ絵本を見ると、絵本が両手に余るほど大きくなっていた。いや、彼女の身体が小さくなっている。

 

「なに……なんなの……?」

 

本が大きくなった様に感じているだけのようだ。声も幼い頃のじぶんだ。おかしい、自分は7年生だったハズなのに……あれ?

 

「わたし、このあとどうするんだっけ?」

 

たしか、いつもお父さんにはどうするのってきかれて……けど今日はお母さんにおるすばんしててねって言われた。

 

「……おるすばんしなきゃ」

 

けどここはどこ?

 

あたりはまっしろ、まわりを見てもなんにもない

 

そもそもおうちにかえれるの?

 

「……うっ、ううぅ」

 

どんどんさびしくなってくる

 

わたし、おいえにかえれなぃ!

 

「おかあさん!どこ!?」

 

このままひとりぼっちで、このまっしろなお部屋にいなきゃいけないの?

 

やだ

 

やだぁ!

 

「おかあさん!!」

 

泣きながら精いっぱいの大声でさけぶ

 

だけどおかあさんの声はどこからもきこえない

 

「うあああああ!」

 

さびしいだけじゃなくて怖くもなってきた

 

わたしこのまま……しんじゃうの

 

「ううっ……うぅ、たすけてよぉ」

 

ふと、ずーと持っていた絵本が目につく

 

まっかに燃えているたてものとたくさんのオトナがあかい水の中にいる絵

 

その絵をみると……寂しさはどこかきえて、安心することができた

 

どこかで見たことがあるような無いような……大切な思い出みたいな感覚

 

絵本を真っ白な地面においてパラっとめくる

 

そこには……

 

「ソニア、はやくこっちにきなさい」

 

「……お、おとうさん?」

 

絵本のなかにどうしておとうさんがいるの?

 

「ソニア、今日は久しぶりに一緒に散歩に出かけないか。一緒に好きなものを見に行こう」

 

「好きなもの?」

 

「そうだ」

 

「なんでも良いの?」

 

「なんでも見れるかはソニア次第だよ」

 

「わたししだい?どういうこと?」

 

「ソニア、いま君は何がしたい?」

 

「わたしは……おうちに帰りたい。おかあさんにおるすばんしてって言われたから」

 

「はははっ、おとうさんと散歩するよりもおうちでお留守番か。これは予想外だった」

 

「うう、ごめんなさい」

 

「謝ることはないさ。ソニアはお母さんの約束を守りたいんだね」

 

「うん……けどどうやってかえればいいかわからないの」

 

「じゃあソニアは助けて欲しいんだね」

 

「……おうち、かえれる?」

 

「ああ帰れるとも。だけどその前に、大事なお約束をしてくれ」

 

「おやくそく?おとうさんと?なーに?」

 

「いいかいソニア、何か困った時があったら『助けてください』って他の人に言うんだ」

 

「……それだけ?」

 

「あとは『助けて』って言われたら、ソニアも助けるんだよ」

 

「うん、わかった」

 

「ちなみに……今のソニアは助けてって言ったかな?」

 

そういえばさっき、たすけてって言ったような……言ってないような。

 

「……いったかも」

 

「そうか、だから助けにこれたのかもしれないね。じゃあ一緒におうちに帰ろう、手を伸ばして」

 

「うん」

 

手を伸ばし、ボフンと絵本に乗っかるような体勢になると、ソニアは急に眠たくなってまぶたが重くなってくる。うとうととしていると、ほのかに乗っかっている絵本から温かみを感じる。どうやらおとうさんに乗っかっているらしい。ゆっくりと歩きながらどこかへと向かっているようだ。

 

「大丈夫だ、ここはもう安全だ」

 

「あんぜんか……それなら……」

 

まぶたがより重くなり、完全に眼が閉じる。どこか懐かしい匂いと安心感を覚える温もりを感じながら少女の意識は落ちて……覚醒する。

 

 

 

 

 

「……っはあ」

 

目を開けると白い天井が見える。まぶたは重くなく眼も冴えている。身体の調子はすこしだるいが、最悪ではない。首を動かして辺りを見渡すと、カーテンで囲われていて周りを見渡すことはできない。ただ、ピッピッという機械音と誰かの足音は聞こえる。誰もいないことはないようだ。それに、消毒液や薬品の独特の臭いと自分がベッドの上にいることから、どうやら病室にでもいるらしいことはわかった。

 

ゆっくりと身体を起こし、少し重い腰を上げてベッドから立ち上がり、静かにカーテンを開け辺りを見渡す。自分と同じようにカーテンが囲われているところがいくつかある、おそらくベッドがあるのだろう。機械音もそのカーテンの中から聞こえる。

 

「戻って……る、のか」

 

不思議な夢だった。この3ヶ月、くそったれな夢ばかりをみていた。そのどれもが気味悪く、恐ろしく、そして自分を攻撃するナニカかが現れて……目が覚めれば吐いていた。同室のラーダやアンナには今のところバレてはいない、というかバレないようにしている。あいつらに自分の弱いところを見せるわけにはいかないからだ。

 

だが今さっき見た夢は一体なんだったんだろうか。思い出すと……無性に腹が立ってくる。なんで一人ぼっちになった途端、寂しいだの怖いだの言い出した挙句、泣き叫んだのか。思い出すだけで自分自身に苛立つ。

 

「っていうか、なんでアタシ病室にいんだ」

 

とりあえず、あの夢のことは放っておいて今の自分の状態を確認する。身体に痛みはないし、腕に注射や点滴が刺されたような感じもない。ふと、ここはまだ夢の中なんじゃないかという考えが思い浮かぶ。なにせまだ気味悪さを感じていない。泣いたのは……まあ怖かったからだが、それでも不快感を感じてはいない。

 

「…………」

 

指で自分の頬をつねるが痛みはある。床は冷たくひんやりしているし、しっかりと両足で立っている感覚もある。だが、カーテンの裏側はまだ見えていない。音が聞こえるだけだ。

 

「だれかいるか」

 

声をかける……が、当然のように反応はない。周りにも他に人はいないようだ。前にはいくつかベッドがあるようで、どれもカーテンで囲われている。後ろにはドアがあるが、今は閉じている、開きそうな気もするが本当に開くかはわからない。少しだけ自分の心臓の鼓動が強くなるのを自覚する。

 

このカーテンの中には誰がいるのか……本当に人がいるのだろうか?

 

「…………」

 

ただの夢なのか現実なのか、見ればわかることだと確信して、少女はカーテンに手をかける

 

その瞬間

 

「何してるの?」

 

自分の背後から声をかけられる。急いで振り返ると、白衣を着た小柄なヴァルポが先程閉まっていたドアを開けてこちらを見ていた。

 

「あっ、いやっ、その……」

 

突如現れた他人に驚き、そして今自分がしていることが悪いことなんじゃないかという気持ちが突如として湧き上がり、どうしたら良いかわからず、たどたどしくなってしまう。

 

「驚かせちゃったかな?……ん、スリッパ見つけられなかった?ベッドの下に置いてあったハズなんだけど」

 

「えっ、あっ……おう、悪い」

 

指摘されて足元をみると素足だった。考えてみれば床の冷たさを感じるということは、素足に間違いないのだ。病室内を素足で歩き回り、あまつさえ他の人のベッドを覗こうとしてたのだ。

そんな自分に恥ずかしさを覚えながら、けれどもそんな気持ちは一切顔には出さず、澄ましたように自分が寝ていたベッドに戻り、置かれていたスリッパを履く。

 

「改めておはようズィマー、と言ってもだいぶ早い時間なんだけどね」

 

 

 

3月17日 04:27 ロドス本艦 医療区画 ベッドルーム

 

ススーロはカルテの管理とアーミヤへの報告書が書きおわり印刷もし終えてひと段落していたところ、病室の方から何か声が聞こえてきたので確認してみると、起きたところのズィマーが他の患者の様子を覗こうとしていた。声をかけると驚いた表情をこちらに向けたあと、気まずそうな顔に変化した。

まるでイタズラがばれた子どもの様で笑ってしまいそうだったが、それを言えば不貞腐れるだろうし何よりズィマーに嫌われかねないので、そんな表情は一切顔には出さず、優しく声をかけた。

 

「じゃあせっかく起きたし、こっちに移動しようか。まだ他の患者さんは寝ているからね」

 

「……おう」

 

ズィマーは素直にススーロの言葉に従い、後ろをついていく様に歩き、先ほど閉まっていた扉を通って病室を出ていく。ススーロの所感としては、ズィマーは良い子だ。思春期特有の周囲との距離感の複雑さや、言葉使いの荒さは少し目立つものの、垣間見える素養やロドスでの生活、振る舞いをみれば決して乱暴な子どもでは無いことがわかる。もっとも、ズィマーの年齢を考慮すれば、ただ一言子どもという枠で囲って説明ができる年齢でも無いのだが、それでもまだ心も身体も成人になりきっているわけではない。心が傷付けられているなら尚更だ。

 

病室を抜け、スタッフルームを通り過ぎ診療室に入る。後ろからついてきたズィマーに奥にある入口近くの丸椅子に座るよう促すと、遠慮がちに頷き静かに椅子に座った。

 

「とりあえずズィマー、ここに運ばれてくる前の記憶はあるかい?」

 

「……いや、なんでアタシがロドスの病室にいんのかがわかんねぇ」

 

「そうか。君は深夜に過呼吸を起こしていたところを運ばれてきたんだ」

 

「それって、アタシらの部屋か」

 

ススーロの言葉にハッとしたようにズィマーは反応する。彼女にとって同室で仲間であるウルサス学生自治団のメンバーに心配されるようなところは、焦るくらいには見せたくないだろう。それを知っているからこそ、落ち着いてススーロは言葉を続ける。

 

「君が見つかったのはデッキの上だ。どういう経路で君がデッキまで移動したのかはわからないけれど、そこで君は見つかって、処置を受けて、ここに運ばれてきたんだ」

 

「そうか……まて、誰がアタシを見つけたんだ」

 

「スネークっていう最近BSWから派遣されてきた傭兵の人だよ。君の名前を聞いたらウルサス人じゃないかと思ってウルサス語で君に話しかけたって言ってたね」

 

「……思い出せねぇ」

 

「まあ、君は倒れてたところを介抱されてここに運ばれてきたってこと」

 

「……おう」

 

「とりあえず、身体に物理的な問題はなかったから、特に処置はしてない。今日はこのまま戻ってもらって大丈夫だよ」

 

「そうか、じゃあ部屋に戻る」

 

「ただ、これだけは伝えておくよ。私たちは治療の専門家だ。治療を望むなら全力でサポートする。もちろん望まないことは無理やり突きつけることはしない。それはロドスの考えに反するし、そもそも治療じゃないからね」

 

「アタシが弱いってか?」

 

「そうは思わない。そういえば、あなたを助けた傭兵は『必ず強くなる』って言ってたね」

 

「なんだそれ?まあ、アタシを一目みてそう言うあたり、見るめがあんな、そいつ」

 

「んっ、確かにそうだね」

 

「……んだよ笑って、何がおかしいんだよ」

 

「いやっ、そのスネークって傭兵さんは結構見る目があるなって私も思ってたから、気が合うなって」

 

「……そうかよ」

 

「いまはズィマーがしたいことをすればいい。今のあなたは何がしたい?」

 

「いまのアタシがしたいこと……な」

 

ふと先ほどまで見ていた夢を思い出す。あんな風に父さんが話しかけてくれたことは無いし、そもそも二人きりで一緒に出かけようということも無かった。ただ、背中に乗せられてどこかに連れて行った記憶はある。どこに行ったかは思い出せないし、思い出そうとも思わないが。

 

それでも、すでに先の夢の内容が薄れていく中で『なんでも見れるかはソニア次第だよ』という言葉ははっきりと覚えている。今の自分が見たいもの、したいことは何か。

 

「……とりあえず、部屋に戻りたいな」

 

「そっか、じゃあそうしよう。また何かあれば、っていうのは変だね。何かなくても遊びに来るといい、みんな話し相手は大歓迎だからね」

 

「好き好んでこんなところ来ねぇよ……じゃあな」

 

「うん、じゃあね」

 

ズィマーはぶっきらぼうに丸椅子から立ち上がり、堂々と出口に向かって歩き出す。そんな彼女に対してススーロは手を振り、ズィマーが出ていくのを見送る。彼女にとってお大事には余計な言葉だ、治療を必要とはしているがまだ患者ではない。

 

「やりたいこと、見つかると良いなぁ」

 

ススーロは先ほど印刷したズィマーの診療記録と、ロドス医療部門としての意見書を改めて確認する。彼女は明らかに精神的なトラウマを抱えている、専門家の治療を受ける必要があると医師が判断する程の大きな傷だ。だが彼女は(あるいは彼女たちは)チェルノボーグで保護された際の外傷に対する治療以外は求めていない。拒否している、と言うわけではない。ただここに居る人に対して明確に助けて欲しいという意思表示をしていない。

 

その理由をロドス医療部門はススーロをはじめある程度把握しているし、同時に全てを把握することはできないことも理解している。治療の専門家であってもできることは少ない。だからこそ、できることを行なっていくしかない。

 

彼女たちがロドスの戦闘オペレータへの所属を希望するのであれば、それを頭から拒否する理由は無い

 

「ま、アーミヤさんは反対するんだろうけど」

 

ススーロはその小さい身体を伸ばしながら、ズィマーがそろそろ仲間が待っている場所に戻れたかな、と考えながら自分も席を立ち診療室を後にすると、休憩室で眠気覚ましのコーヒを入れる。ロドスの甲板上は徐々に太陽光に照らされ始めドローンも飛び始める、間も無く彼女は夜勤明けだ。




これにて一旦定期投稿をお休みさせていただきます。
次回の投稿は……今月中には出せるよう頑張ります!
(出せなかったら察してもろて)

最近Twitter始めて、投稿した報告とかテキトーに好きなことフォローしたりリツイートしたりしてるので気になったら覗いてみてもろて。
https://twitter.com/dapto11

ではでは。
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m(_ _)m。


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12

メリークリスマス〜
久しぶりに戻ってきました

そして唐突ですが来年の2月にこの二次創作小説を書籍化します
詳しいことはしばしお待ちくださいな フォッフォッフォッ



3月31日 AM 10:30

 

スネークがインストラクターとしてジェシカを教え始め1ヶ月半を過ぎた。最初の1ヶ月間は徹底的に射撃に関する知識を与え、実践として身体に落とし込めたが、3月に入ってからジェシカの精神面を鍛える目的でCQCを仕込ませた。

この2週間でナイフ術も教えたが、本人の誰かを守るために強くなりたいという思いと素直な性格が功を奏したのか、みるみるとCQCに対する造詣を深くしていった。

 

 

同時刻 ロドス本艦 深層フロア 格闘訓練室

 

 

「シッ!」

 

最初こそ、ジェシカがあまり顔馴染みのない男にコンクリートに叩きつけられ、ニコニコと笑っていることにロドスのオペレーター達は不安がったが、やがてジェシカが男を投げ飛ばし、コンクリートに膝をつかせ、拘束するようになると、文字通り見る目が変わった。なにせあのジェシカが、身長差40cmはあろう相手に全身を使いこなし制圧することができていたからだ。近接戦を主とするオペレーターからすれば、ジェシカの身体の使いこなしと戦闘に関する直感力は、傍からみても明らかに成長していた。

 

「フンッ」

 

今日もジェシカはナイフを構え、スネークに挑んでいる。ジェシカは何度もスネークの間合いに飛び込み、刃を突き立て、斬り裂き、相手の無力化を図る。対するスネークは、ジェシカが仕掛けてくるナイフを手・肘・腰・足の身体全てを使い捌ききる。

懐を深くジェシカを迎え入れ、突き刺してくるナイフを、時に彼女の手掌から弾き飛ばし、奪い取り、あるいはナイフを持たせたままジェシカの身体をCQCで拘束していた。

 

「ッ!」

 

だがジェシカも成長した

 

彼女はスネークにやられる前に逃れる術を身につけた

 

ナイフを握らされたまま関節を極められる前に低い蹴りで間合いを取る

 

「いい反応だ」

 

スネークも彼女の成長に感心しながら足を軽くあげて蹴りを避ける

 

「……ッ」

 

一瞬息を整え、ジェシカは再びスネークへ挑む

 

このような訓練を、ジェシカはこのところ毎日何時間も続けていた。何度もスネークに拘束され、地面へ叩きつけられ、それでも何度も挑む。延々と失敗を続けるこの訓練は、新兵には決して行われない類の訓練だ。ただ身体を痛めつけられながら、勝てる見込みの無い相手に挑むことを強要されることは、しごきを通り越してただの罰でしかない。

 

だがこれは『強くなりたい』と希望するジェシカ本人の選択した道だ。身体を酷使する中で何かしらの気づきを得て、何度も挑戦と失敗を繰り返すことができる訓練だとすれば、勝てる見込みの無い相手に挑むことは、強くなるための糧となり・・・一流の戦士へと昇華させる。

 

左から一気に右に身体を振り、フェイントを入れ彼女は突っ込む

 

スネークは下がらず、あえて半歩前へ動き間合いをズラす

 

すかさずジェシカは身体を低くし、スネークの背後に回り込み勢いナイフを刺す

 

すぐに振り返りスネークはナイフを下へ弾き飛ばす

 

が、ジェシカの姿を見失う

 

スネークは直感的に前方にローリング回避を試みる・・・がその前に後ろから左膝を押され、体勢が崩れ身体が傾く

 

後頭部を抑えられそのままコンクリートへと叩きつけられる

 

咄嗟に顎を引き両腕で受け身を取る

 

ジェシカはスネークの左膝と左腕、後頭部を押さえ、完全にスネークをコンクリートに伏せさせていた。

 

「止まれ!手をあげろ!!」

 

スネークは、残った右手でコンクリートの床を数回タップし遠慮がちに手をあげる。すると周りから、声が上がる。

 

「おお!ついにやった!」

 

「すごいなジェシカちゃん!見違えるように強くなってる!」

 

周りで声を上げたのは、ロドスで新人たちの教育を施す教官たちだ。ジェシカともある程度交流があるものの、ジェシカが射撃メインであったことから、ジェシカと会話したことはあっても直接何か指導したことは無い。とはいえ、自分たちが普段教える格闘戦を他の指導員から教わり、さらにハンデがあるとはいえ、その指導員を倒すまで成長した瞬間を目にすることができ、少し、というかだいぶ興奮している。

 

「……ふぇっ!?いやっあのっ、えぇっと」

 

スネークは先ほどよりも強めにタップし、降伏の意思と若干の抗議をジェシカに伝える……が、ジェシカが周りの教官たちの反応に驚いているどころか、若干怯えているせいで、完全にコンクリートにねじ伏せているスネークのことなど眼中に無いようだ。

 

「……戸惑わせてどうする馬鹿ども。ジェシカ、とりあえずお前の"教官"を離してやったらどうだ、流石に苦しそうだぞ」

 

そんな彼女を見かねたドーベルマン教官は、周りの教え子たちにガンを飛ばすと同時に、ジェシカ……というかスネークにやや憐れみのような視線を送る。

 

「えっ?・・・・・あっ!!すいませんスネークさん!すぐ退きます!!」

 

「……久しぶりに額から打ち付けたな。あー、俺の鼻はついてるか?」

 

「だ、大丈夫です。お鼻もオデコも無事、に見えます……はい、ほんとにすいません……」

 

「なに端からそういう訓練だ。何より周りの奴が言っていたようにお前が強くなっている証拠だ」

 

「あはは……まだまだスネークさんには負けちゃいますけどね。けどそう言ってくださると助かります」

 

そう言ってジェシカは少しだけ自慢気にスネークに語る。未だ自分の実力不足を自覚しているようだが、それでも以前のような卑屈さや陰気な雰囲気は薄らいだ。あとは経験あるのみ、とも言える。そんなジェシカの様子を見ながらも、スネークはドーベルマンの方を見ると、彼女は頷き言葉を発した。

 

「これなら予定通り、こちらとの合同訓練も行えそうだな」

 

「・・・合同訓練?なんのことですかドーベルマン教官?」

 

ドーベルマン教官の言う"合同訓練"という単語に反応するジェシカ。彼女には聞き覚えのない言葉だが、スネークの方は理解しているらしく、あぐらをかきながら、どこか自慢げに鼻をこすりドーベルマンの言葉に応えていた。

 

「これから説明する。お前がどの程度成長したのか、彼女が直接見極めるまでは話さないよう決めていたからな」

 

スネークがそう言うとドーベルマン教官は、先ほど馬鹿どもと呼んだ教え子、もといロドスの戦闘教官2人に合図を出すと、2人はどこかに行ってしまった。スネークは立ち上がり、ジェシカを手招きしてドーベルマンの方へ歩き出すので、ジェシカも彼の後を追いかける。

 

ドーベルマン教官が訓練室の一角に設けられたブリーフィングルームのドアを開けると、それに続いてスネークとジェシカもドアを通る。中には10人以上座れそうな長机が左右に向かい合わせで並べられており、その他にホワイトボード、プロジェクター、情報端末が置かれている。教官とスネークは部屋の1番前、ホワイトボードが置かれている場所に立つ。

 

「あっ」

 

さて、ここで問題だ。

スネークとドーベルマン、どちらもジェシカにとって尊敬する相手であり、様々な手ほどきを受けた相手である。そんな2人が右と左に分かれて立っている、そして机も右と左両方にあり、椅子はどちらも綺麗に並べられている。

 

この場合、彼女は(スネーク)(ドーベルマン)、どちらに座ればいいでしょう?

 

「えっ、えーと……」

 

「おい教官どの、教え子がどっちに着けばいいか迷っているぞ?」

 

「……ジェシカ、今回は向こうだ」

 

「は、ハイ!」

 

そんな挙動不審になった彼女に笑いながら、スネークはロドスの教官に指示をあえて煽ると、教官は相変わらず固い声音で応える。どうやら正解は(スネーク)だったらしい。たどたどしく、ジェシカは右側の机の1番前に座る。彼女が座ったのをみて、教官はどこからか教鞭を持ち出し話を始める。

 

「……さて、先ほど話していた合同訓練についてまずは簡単に説明する」

 

「は、はい」

 

するとドーベルマンは何も書かれていないホワイトボードを回転させ、裏に大きく書かれていた『BSW・ロドス行動予備隊合同訓練』という文字があらわになる。

 

「先ほど少し触れたが、この2ヶ月で私からみてもジェシカは成長した」

 

「ほ、本当ですか!」

 

「私が訓練に関して嘘を言ったことがあるか?」

 

「な、ないと、思います」

 

「……とにかく、お前は彼に鍛えられ成長した。正直私もこの目で確認するまであまり信じきれなかったくらいにな」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「もっとも、相変わらずの自信の無さが私は気になるがな」

 

「うっ、そ、それはスネークさんにも言われました……」

 

「お前の強みでもあるが1番の弱点だからな、指摘もする」

 

少し気まずそうにするジェシカに、スネークが笑いながらドーベルマンの言葉に同意する。ジェシカにCQCを施したのも、結局は彼女の卑屈な心を鍛え、本人の強くなりたいという意志を叶えるためだ。今まで彼女を鍛えていた者からみても成長がわかるのであれば、スネークの目論見通りにジェシカが成長している証拠だろう。スネークが続ける。

 

「だがこの2ヶ月でお前はだいぶ成長した。あとは実戦あるのみだが、ぶっつけ本番はリスクが高すぎる。なにより、BSWは個による戦闘だけを評価するわけじゃあるまい?」

 

「は、はい。BSWの人事査定では、一緒に試験を受ける人が集まります。その人たちでチームを作って数日間かけて集団での戦闘行動も評価されます」

 

「だが俺はお前に集団での戦闘はまだ仕込んでない。そこで、ここ(ロドス)の力を少し借りることにした」

 

「それがドーベルマン教官がおっしゃっていた"合同訓練"、ですか」

 

「そういうことだ」

 

スネークがジェシカの言葉に頷くと、ちょうどドアがノックされる。『入れ』とドーベルマンがドアに向かって応えると、ガチャっと開かれる。入ってきたのは先ほど別れたロドスの教官二人だ。その後ろから『失礼します』という声と共に2人の少女が入ってきた。

スネークは初めてみる2人だが、一人は馬のような耳をした青髪で活発で真面目な印象を、もう一人はネコのような見た目で紫髪、ジェシカと同じような内気な雰囲気がある少女だ。

2人からはまさに新米という雰囲気を感じるが、練り上げれば確かな戦力にもなるだろう、スネークの直感と先入観は2人をそう捉える。

 

「フェンさん!メランサさん!お久しぶりですね!」

 

「久しぶりジェシカさん、最近一緒に訓練しなかったけど、元気そうでよかったよ」

 

「お久しぶりです、ジェシカさん」

 

ジェシカは彼女たちのことを知っているのか、パッと顔を明るくして話をする。

 

「おいお前たち、知り合いに挨拶するのも良いが、初めて会う人にも挨拶をした方がいいんじゃないか」

 

そこにドーベルマンが鋭い視線と固い声音で入ってきた2人に指摘する。彼女たちは『あっ』とドーベルマン教官や知らない(けど偉そうな)人がいるのを思い出したようで、慌てて表情を変えてスネークの方に顔を向ける。

 

「あっ、失礼しました!行動予備隊A1隊長のフェンです!槍使いです!」

 

「こ、行動予備隊A4の隊長を任されています、メランサです。えっと、剣使い、です」

 

「スネークだ。傭兵だが今はBSWに雇われてジェシカのインストラクターをしている……ここでは自己紹介するときは自分の武器を紹介するのか?」

 

「えっ、あっ、大丈夫です!」

 

「えーと……私たち、緊張しているのでついお話しただけなので、大丈夫、です」

 

「そうか?とりあえずお前たちに合わせる、俺は銃とCQCが専門だ」

 

「「CQC?」」

 

「Close Quarters Combat、近接格闘戦術の略だ。ジェシカには銃とCQCの指導をしていた」

 

「そうだったんですか」

 

フェンと名乗った少女が興味深げに、メランサと名乗った少女はすこし警戒しながらもCQCという単語に同じく興味を示したのか、2人とも耳がピコピコと反応している。

 

「さてっ、そろそろ私も話を始めるぞ」

 

そんな可愛らしい反応をしている生徒2名に、教官は軽く咳払いをして呼びかけると、2人の少女は再び教官の存在を思い出したかのようにそそくさと、誘導されるがまま教官側の机へと座る。

 

「……さて、ここにお前たちを呼んだのは他でもない。前々から話していた訓練についての連絡だ」

 

「ということは、ドーベルマン教官が以前おっしゃってた訓練相手はBSWなんですか?」

 

「そこを今から説明する」

 

ドーベルマンが合図を出すと、ロドスの教官が部屋の電気を消して、天井に取り付けられたプロジェクターが起動し、ホワイトボードに真っ青な画面が映し出される。ホワイトボードにはデカデカと『BSW・ロドス行動予備隊合同訓練』と書かれ、見づらいことからスネークは再び何も書かれていない面にひっくり返す。その間にドーベルマンは教鞭と端末を取り出しプロジェクターにデータを送信すると、真っ青な画面から白地の画面へと変わった。

 

「来週の4月7日、行動予備隊A1・A4とBSWとの合同訓練を行う。訓練の目的はチームとしての作戦遂行能力の向上・評価だ。安全管理は私と彼、スネークが担当する。他の教官たちには訓練当日のサポートに回ってもらう、もし訓練中に何かあればすぐ教官に報告するように」

 

その言葉にロドスの教官2人がスネーク、ジェシカたちに軽く礼をする。行動予備隊の隊長2人は鬼教官の言葉を逃さないよう必死にメモを取っているようだ。

 

「訓練内容は、行動予備隊A1、A4、BSWの3チームで紅白戦を行う。詳細は彼から話してもらう」

 

ドーベルマンがそう言うと、スネークが代わって彼女たちの前で話し始める。

 

「今回の合同訓練はドーベルマン教官から提案されたのをきっかけに、教官と訓練内容を煮詰めた結果、建物を利用した屋内戦を想定した」

 

白地の画面に2階建ての間取りが映し出される。

 

「これは今回拠点として使う予定のキルハウスの見取り図だ。これは今日中に各チームに配布する。紅白戦のルールはシンプルだ。1チームはこのキルハウスをセーフハウスとして立て籠もる、1チームはこの拠点を制圧する、残る1チームは見学だ。使用する武器は訓練用の物を使用する。ただし今回の訓練そのものは実戦と同じとする、無茶以外は何をしても構わん」

 

そう言うとスクリーンが切り替わり、『想定内容』と大きい文字が現れる。

 

「対象の拠点内には目標物(パッケージ)であるアタッシュケースがある。防衛側はこのアタッシュケースの移送と護衛が任務だ。現在は中継地点であるこのセーフハウスで30分ほどの滞在後部隊と合流、出発する予定だ。対する攻撃側はこの目標物(パッケージ)の破壊が任務だ。護衛部隊がこのセーフハウスに短時間滞在することを情報部門が掴み、ここで仕掛けることになった。先ほどの見取り図は各陣営の情報部門が提供したものとする」

 

目標物(パッケージ)はアタッシュケース

・防衛側はこれの防衛

・攻撃側はこれの破壊

と箇条書きのスライドが提示される。

 

目標物(パッケージ)の護衛部隊には、セーフハウスで襲われる可能性を事前に本部から知らせを受けている。増援部隊の派遣も決まったが、到着には30分ほどの時間を要する。攻撃側も同様に、30分ほどで敵の増援が到着することは情報部からの情報で知っている」

 

・味方(敵)の増援は30分後に来る

と箇条書きが追加される

 

「セーフハウスの場所は紛争地域の国境沿いにある。治安は悪く、移動都市等の警察や軍による組織的介入は考えにくいだろう。だが目立つ行動をすれば正規軍やゲリラに巻き込まれることが予想されるため、展開する部隊規模は少数に制限される」

 

スライドが切り替わり、航空写真に国境と紛争地域を示す斜線が描かれている。斜線の部分の一部に赤点がある、そこがセーフハウスがあるとされるポイントのようだ。

 

「護衛部隊はこの地域で目立つのを避けるため、セーフハウス以外で増援部隊と合流することは禁止されている。また目標物の破壊を目的としている攻撃側も、増援が来る前に目標の達成と撤収ができなければ騒ぎになることが予想される」

 

スライドは再び白地の画面にキルハウスの間取りを映す。

 

「先も言ったが今回の訓練は実戦と同じとする、無茶以外は何をしても構わない。情報についてはここで出した想定内容のもの以外はない、以上だ。質問は」

 

話し終えたスネークは、各部隊長に視線を送る。行動予備隊の2人は必死にとったメモを見返している。

 

「質問よろしいですか」

 

一方でジェシカはスネークの方を見てスッと手を挙げ立ち上がる。

 

「構わん、なんだ」

 

「訓練の想定内容では、このセーフハウスの見取り図は情報部が提供したものと説明がありましたが、攻撃側はこのセーフハウスは初見として、防衛する部隊はこのセーフハウスを普段から利用しているものとして考えていいんでしょうか?」

 

「……いや、先も言ったがここは紛争地域だ。防衛側の部隊も普段からこのセーフハウスを使っているわけではないだろうな」

 

「では、両陣営とも初めて使う場所という考えでよろしいですか?」

 

「ああ、そうしてくれ。他に質問は?」

 

ジェシカはどこか納得したように席につき、素早くメモをとる。

 

「はいっ」

 

「確か名前は……フェンだったな、なんだ」

 

「えっと、私たちは徒歩で移動しているんでしょうか?」

 

「防衛側、攻撃側共にそう考えてくれて構わない。もっとも増援部隊は車両でやってくるものとする。外に遮蔽物は無く、脱出手段も逃亡手段も無いと考えてくれ。他には無いか?……なら俺からの説明は以上だ」

 

部屋の明かりが点き、プロジェクターの電源が落とされ、ドーベルマンが再び前にでる。

 

「今日はこれで解散だ、訓練は09:30から開始する。各自、必要な準備は怠るな」

 

「「「はい!」」」

 

「よろしい、では解散だ!」

 

ドーベルマンの声に合わせて、3人は立ち上がり礼をする。ドーベルマンはそれに応えると、他の教官を連れて足早に部屋を出ていく。

 

「ジェシカ、あとで俺のところに来てくれ、射撃場にいる。訓練に関してはフランカやリスカムに話してある、バニラには追って伝える」

 

「わ、わかりました!」

 

「おう」

 

スネークはそれだけジェシカに伝えると、彼女の肩をポンっと叩き、教官たちを追いかけるように部屋を出ていった。部屋の中には、フェン・メランサの2人が残っていた。

 

「ん、改めて久しぶり、ジェシカさん」

 

「お久しぶりですフェンさん、メランサさんも元気そうで良かったです。行動予備隊の隊長になったんですね!」

 

「は、はい、ドーベルマン教官をはじめ、他の教官からも薦められて。隊長としては、色々足りないところだらけです」

 

「そうだったんですね。けど、メランサさんならきっと良い隊長さんになりますよ!」

 

「そ、そう?」

 

「そうだよ、メランサはよく隊のメンバーのことも見てるし、戦闘でも周りの様子を見ながら指示出してるんだから、もっと自信持って大丈夫だよ。私だって隊長としてはまだまだなんだから」

 

「けどフェンさんは、A1のみなさんを率いてすごいですし、ドーベルマン教官からも色々と教わって、とても頑張ってますよ」

 

「いやいや、私はまだまだだよ。クルースはすぐにサボってどっか行っちゃうし、ラヴァも隠れるの上手だし……」

 

「あー、私時々クルースさんを見かけますけど、あれってサボりだったりするんですかね?」

 

「んー、正直そうじゃ無い時もあるし、なんだかんだやる時は真面目にやるんだよね。……頼もうと思うといつの間にかいないのがザラだけど」

 

「そ、そうなんですね。けどみなさん元気そうでよかったです」

 

「ん、そうだ!せっかくだし、ちょっと早いけど3人で食堂行かない?私はこの後はみんなに訓練の内容を伝えるくらいで、訓練は無いからさ」

 

「あ、いいですね。私もスネークさんに話があるって言われたくらいでこの後は特に何もありませんし……メランサさんは何かありますか?」

 

「ううん、私も今日は何も」

 

「じゃあ決まりっ、久しぶりにジェシカさんともお話したいし、あの男の人の話も聞きたいしね」

 

「あの男の人ってスネークさんのことですか?」

 

「うん、インストラクターさんって言ってたけど」

 

「あっ、私も、気になります、CQCのこととか」

 

「そうですね……正直、スネークさんのことについては私も詳しくは知らないんですけど、それでもとても強い人なのは確かです」

 

「BSWのインストラクターさんだから、そりゃあ実力は折り紙付きだよね」

 

「あっいや、名目上はそうなんですけど、実はフランカさんがスカウトしてきた、みたいなんです?」

 

「え?フランカさんが、ですか?」

 

「あ、そういえばメランサはフランカさんに剣術教えてもらってるんだっけ?」

 

「うん、フランカさんから誘われて、ドーベルマン教官も許可してくれたから、時々教えてくれてる」

 

「そうだったんですか。けど、私が聞いた話だと、フランカさんがBSWにスネークさんをスカウトしないか提案したそうなんです」

 

「ふーん……とりあえず、食堂行こっか!」

 

「そうですね、お二人からも色々とお話聞きたいですし」

 

「じゃあ行こ」

 

そう言って3人は訓練室に設けられたブリーフィングルームを後にする。三者三様の性格ではあるが、その足取りは揃って年相応の女の子らしく、軽く明るいものだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

艦内の狭い廊下にカンカンと固い足音が3人分鳴り響く、その後ろからタッタッタッと駆けてやってくる音が重なり、声がかかる。

 

「いよいよ来週からだな、よろしく頼む」

 

「いつジェシカに伝えるつもりだ?」

 

「この後だな、1週間の準備期間があれば十分だろう」

 

「彼女にそれだけの能力があるのか」

 

「あれは極端までに自信がないだけだ。状況判断と視野の広さ、極度の緊張下でも僅かな変化に気づくほどの感度の良さ。部隊を率いるには十分な能力を持っている。今までは活かせなかっただろうがな」

 

「私から見たジェシカはBSWの訓練の成果をまるで活かせていない新兵だったが……」

 

「確かにまだ実践経験の未熟な兵士だ。だがあれは大きく化けるぞ。なに、来週にもハッキリわかるさドーベルマン。それに、行動予備隊の連中も何かしら感じるだろう」

 

そう言いながら、スネークはドーベルマンの隣に並ぶ2人の教官の方に顔を向ける。

 

「おたくらも来週の訓練には参加するだろう?改めてよろしく頼む」

 

「あ、ああっ、こちらこそよろしく」

 

「いやぁジェシカちゃん凄い成長しましたね!よろしくどうぞ」

 

二人の教官は、それぞれの反応を示しながらもスネークの握手にガッシリと応える。どうやらスネークに対して悪い印象は抱いていないようだ。

 

「ロドスの実力がどのくらいのものなのか、ぜひ見せてくれ」

 

「もちろんだ。もっとも実際に実力を発揮するのは教え子たちだがな」

 

ドーベルマンがスネークに対してハッキリと"教え子"と言うと、目の前にいる2人の教官は苦笑いし始める。どうやら彼女の"教え子"という言葉に反応したようだ。

 

「ん、おたくら2人も彼女の教え子なのか?」

 

「アハハ……そうなんです。ロドスが創設された初期の頃、指導教官はドーベルマン教官だけでしたから」

 

「バ、バレました?」

 

「ああ、顔に出ていたぞ」

 

「あはは……面目ない」

 

「なんだお前たち。私はあくまで実力を発揮するのは教え子たち、と言ったまでだぞ?」

 

2人の教官は居心地悪そうに、対するドーベルマン教官は意地悪そうに、笑っている。そりゃあ確かに、来週の訓練に参加するのは行動予備隊の面々でありここにいる教官たちではない。だが、行動予備隊の面々を主に指導しているのはドーベルマンとその教え子たちだ。

訓練の結果は、行動予備隊の実力であると同時に、教官たち教え子の成果でもある。半端な結果となれば、その責任は自ずと"教え子たち"のものなのだ。久しぶりに感じる訓練独特の責任と緊張感に気が引き締まると同時に、鬼教官殿に少しだけ怯えるのも無理はない。

 

「なに、目的はあくまでチームとしての作戦遂行能力の向上と評価だ。こっちはおたくの部隊を借りて訓練ができる、そっちは日頃の訓練の成果を実戦に近づけた形で発揮できる機会が得られる。特別なことは何もないさ」

 

「そうですね、いつも同じメンバーで訓練しているだけでは限界がありますし」

 

「個人の実力はだいぶ仕上がってるんですけど、チームとなるとまだねぇ」

 

「そのための訓練だろ。当日はよろしくな」

 

軽く手を前に掲げて3人に挨拶すると、スネークは彼らを追い越し廊下の先へと消えていった。

 

「……私たちも訓練に向けて準備をするぞ、勝ち負け以上に実力をどれだけ発揮できるかが重要だ」

 

「ですね」

 

「訓練までにまだ時間もあるから、集団戦の訓練を中心にしておきます」

 

「細かいところはお前たちに任せる。……ところでグレース、顔に出てたとか何とかと言われていたが?」

 

「アハハ、いやぁドーベルマン教官から教え子と言われるとついっ」

 

「そうか、あまり顔に出やすいのも問題だな」

 

「善処します!」

 

「私はドクターのところに用がある、何かあれば執務室にいるだろう、ではな」

 

ドーベルマン教官はスタスタと"教え子"2人に来週に向けての訓練内容の詳細は任せ去っていく。

 

「さーて……いっちょやりますか!」

 

「グレース、もう少し真面目に……いやまあ良いけども」

 

「お前は真面目すぎるんだよファロン、教官も言ってたぞ。『メランサが真面目すぎるのも考えものだ』ってな」

 

「それを言うなら、『フェンが真面目すぎるのはグレースを見てるからか……』とか悩んでたぞ」

 

「ウッソだろお前」

 

「ああ嘘だ」

 

「っこの野郎」

 

「なんだ、もう少し見本になるような教官になれば良いだろう?追いかけるべき背中を見せることが教官としての存在意義だのなんだの、お前よく言ってるだろ」

 

「そうだな。まだまだヒヨッ子たちには成長してもらわなきゃ困るわけだし」

 

「……まあ、ドーベルマン教官やあのBSWの教官からすれば、俺らもヒヨッ子なんだろうけどなー」

 

「あー、なんかめちゃくちゃに強そうだよなあの人。眼帯つけてるのに銃を使うんだろ?加えてあの格闘戦の技術、凄いよな」

 

「……正直どう思う?」

 

「ん、何がだよ」

 

「あのスネークって人、お前は倒せるか?」

 

ドーベルマン教官にしごかれ、同じ部隊で同じく前線のオペレーターとして活動してきた同僚が、そんなことを質問する。少し考えたフリをして間を置いたあとに質問し返す。

 

「そう言うお前はどうなんだよ。というか、格闘戦ならお前の方が俺よりよっぽど得意だろ」

 

「……たぶん、正面切っての戦闘なら勝てるとは思う」

 

「ほーん?その心は?」

 

「あの人が正面切っての戦闘を仕掛けてくるって前提が必要だってこと」

 

「あー……無いな」

 

同じようにロドスで狙撃教官を務め、昔は同じくしごかれていた同僚のことが頭に浮かぶ。銃を得物にしているのに、剣を持っている相手に真っ向勝負を仕掛けてくるやつがいるか、という話である。神出鬼没の同僚は弓だが、いずれにせよ剣の間合いにノコノコ近づくような奴ではない。

 

「それに、仮に近づけたとしてもあんまり戦いたくない」

 

「まあな……ジェシカちゃん、あんなに強くなってんだもんな」

 

彼ら2人は、戦闘や知識の実力が高ければ他人に教えるのが上手い訳では無いことをよく知っている。個人としての能力が抜きん出ていないものの、教官として素人を一人前の戦闘オペレーターに仕上げる鬼教官の例を知っている。そして、個人としての実力はピカイチであり、ロドスのエリートオペレーターであっても、アーツについて『そんなに難しいことじゃないよ。両手を叩くと、間の空気は押し出されるから。そういうこと』と説明する例も知っている。

 

「上には上がいるってのはロドスにいるとつくづく感じるけど……正直あんな教官がいるなんて想像もしなかったわな」

 

そんな実例と実体験を踏まえても、2ヶ月という期間で、弱気だった1人の新米狙撃手を銃を扱う1人前の戦士に変えるのは尋常ではない。ジェシカと同じような性格であるメランサを、同じように鍛え上げられる教官は少なくともロドスにはいない。

もっとも、別人である以上細かな条件は異なるので、単純にメランサとジェシカを比較すること自体間違えているが、それでもジェシカをあそこまで成長させることができる人材はロドスにはいないだろう。

 

「そうだな。けど、いちいち気にしていても仕方ないだろ。今は来週に向けてできることやるだけ、そうだろ?」

 

「だな! ならA1のみんなに向けて資料用意しておくわ、そっちの分も刷っておくか?」

 

「ああ頼めるか」

 

「あいよ、じゃあ午後に持っていくわ」

 

「よろしくな」

 

「おう」

 

外部の部隊と訓練するなどそう無い、何より実戦を想定した訓練ともなればなおさらだ。訓練に参加する教え子たちが万全を期して臨めるよう、ロドスの教官たちも合同訓練に向けて本格的に動き出した。

 




何かご意見やご感想がありましたら感想欄にて教えて頂けると作者の励みにも参考にもなります。
何かありましたら感想欄にて教えて下さい
m(_ _)m。

※書籍化と言っても、『二次創作小説として本にするよ』って意味です
 出版社とかじゃないですm(_ _)m


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13-1

4月5日 PM 04:01 ロドス本艦 深層フロア 格闘訓練室

 

週末に控えたBSWとロドスの行動予備隊による合同訓練を控え、ジェシカはBSWの全員と最後の練習を行なっていた。

 

キルハウスの入り口のドアに静かに近づき、リスカムは中腰になりドアに向けて盾を構えて報告する

 

「ポイントエリアに到着」

 

「手筈通りに行きます。合図と共に屋内検索、バニラは私と一緒に来てください」

 

しかし5日ほど前、ロドスの行動予備隊との合同訓練をジェシカに説明したものの、その場ではまだ本人が自覚していないことがあった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

5日前

 

「……以上が訓練の概要だ。訓練の想定内容の詳細は今回のチームリーダーのジェシカに聞け。資料も渡してあるからな」

 

「はいっ、わかr・・・え!?わ、私がリーダー!?」

 

「何をそんなに驚く。BSWは個人の能力だけじゃなく、集団としての能力も評価するんだろ。何よりお前のための訓練だ、この訓練ではお前が全ての指示を出せ」

 

ロドスに派遣されているBSWの面々を集め、週末に合同訓練を行うことを簡単に伝えた後、スネークはあっさりとジェシカがリーダーを務めることを伝えた。もっとも、当の本人からすれば重大な事実なのだが。

 

「え、あっ、えっと、私が指示を出して良いんでしょうか……?」

 

「当たり前だろう、これは訓練だ。何よりお前らは軍隊じゃない、階級や年齢だけで指揮官は決まらんだろ。それに戦場では指示系統の混乱なんざよくある話だ」

 

「そ、そうかもしれませんけど……」

 

「フランカやリスカムの方がお前より経験も実力もあるかもしれんが、お前より偉い存在ってわけじゃない、同じチームだ。お前が指示を出すことにこいつらも不服は無いだろう」

 

スネークがベテランオペレーターである2人に目線を送ると、2人ともまあね、と言わんばかりに頷いた。

 

「普段と変わらない、違うのは誰が最初に指示を出すかだけ。私たちもサポートもする」

 

「そうそう、何よりリーダーだからって緊張する必要無いのよ、リーダージェシカ?」

 

「そ、そう言われると余計に緊張しますぅ……!」

 

あうあうとたじろぐ彼女を見て、先輩2人は『やれやれ』という反応をする。まあ無理もない、正直先輩2人もジェシカにこのメンツで指示出しができるのか、と思うところがある。

チェルノボーグ事変の際はロドスの行動予備隊を率いていたものの、あれはしっかりと兵士としての基礎訓練を修了した新兵を、下士官が統率していたのに近い。だが今回は2人のベテラン、研修中の新人という玉石混合のメンツだ。条件があまりにも異なる。

 

「他者を守るには周りを率いる能力も必要だ。今のお前にはそれができる、訓練でそれを示せ」

 

「……はいっ」

 

だがスネークの言葉にジェシカは先ほどまでの落ち着きの無さはどこかに消え、キリッとした顔で返事をした。そのことにフランカは、この2ヶ月でのジェシカの成長を感じた。

 

「まっ、ジェシカがリーダーっていうのはバニラからしたら不安かもね?」

 

「え!?いやっそんなことありませんよ!ジェシカ先輩は普段は頼りないですが、いざって時は誰よりも冷静です!」

 

「だそうよ〜ジェシカせんぱーい?」

 

「……みなさんいじわるしないでくださぁい〜」

 

フフンっとフランカは笑う。成長は確かに感じるが、弄ると面白い反応をするのは相変わらずのようだ。

 

「……さて、俺から伝えることは以上だ。訓練の想定内容についてはジェシカから聞け。明日から実際に訓練だ」

 

「わ、わかりました」

 

「よし、なら今日は解散だ。飯食って明日に備えろよ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「バ、バニラちゃん、そこで──」

 

「指示はハッキリ命令しろ!伝わらなければ戦場で死ぬ」

 

「はっハイッ……バニラ、そこで待機を」

 

最初は指示出しの声が出ない、ハッキリと命令を出せないといった基本中の基本ができなかった。部隊に対して指揮命令を下すには、自分はもちろん部隊全体、そして敵や周りの環境の状況を見定めた上で的確な指示を出す必要がある。

 

「リスカムさん先行をして下さい、その後ろにみなさん続いてください」

 

ジェシカは周囲の状況把握能力に人一倍優れていたが、指示出しは出来ていなかった。ベテランの2人がさりげなくカバーし、ジェシカの指示に応えていたが、それでも訓練ではボロがでる。

 

「あっ」

 

進行中にバニラがジェシカの射線に被ってしまったり

 

「状況中止、全員その場で止まれ」

 

「わ、私何かミスをしましたか……?」

 

「確認だ、あそこの部屋はクリアリングをしたのか?」

 

「えっと……あの部屋に繋がる通路を抑えるようリスカムさんに指示を出しました」

 

「なら今、誰がこの通路を抑えているんだ?」

 

「え?」

 

スネークが指差す方を見ると、通路にいるはずのリスカムがその先にある部屋の中に入っていた。ジェシカの指示を聞いたリスカムが指示とはすこし異なる行動をとった結果、クリアリングやチーム同士のカバーが取れなくなっていた。

 

「とりあえず今日の訓練は以上だ、今日の反省は明日に活かせよ」

 

「はいっ!」

 

スネークがジェシカに施したのはただ1つ、『堂々と命令してやれ』ということだった。使う言葉がたとえ弱くとも、態度に責任が伴ってさえいれば戦場で指示は通る。仲間を鼓舞し全員を引っ張ることだけがリーダー像ではない、ジェシカには仲間を支えるリーダーが似合うだろう。

 

「……さて、ジェシカを鍛え上げるのが俺の仕事だ。そのためにはお前たちにも協力してもらう必要があるわけだ」

 

そしてチームとして機能するにはベテラン2人の協力も欠かせない。この日、リスカムは指示とは異なる行動を取った。

「さっきのは……私のミスでした」

 

通路だけを抑えるなら、部屋まで抑えて射線を確保した方が良いという考え自体はスネークも理解できる。だが、あの場でチームとして指揮命令を下すのはジェシカだ。

 

「あの場のお前個人の判断自体は理解できなくもない。だがチームとしてはただの独断専行だ」

 

ジェシカがこの場にいるBSWをチームとして率いるには、ジェシカ本人だけでなくベテランへのテコ入れもある程度必要だとスネークは考えていた。戦場では、良かれと思ってやった事が良い結果をもたらす訳ではない。特にリスカムは射撃に関してジェシカを教えていた思い入れが強いだけに、何かしら問題が起こりうるのは予想できていた。

 

「まっ、ジェシカの助けになりたいって気持ちもわからないでもないけどね」

 

この点に関しては、フランカの心配はしていない。彼女は軽口を叩きはするが良く人を見ている、何が必要で何が余計な事なのかよく弁えている。

 

「リスカム、フランカ。お前たちがどうジェシカを捉えているかはしらんが、彼女も戦士の1人だ。いつまでもただの可愛い後輩ではないからな」

 

だがリスカムも真面目で、指摘された事であればそれが嫌いな相手であろうと聞く耳を持つタイプだ。スネークが言ったことも、彼女なりに理解することができるだろう。こうして、数日間の訓練でスネークはジェシカ本人をはじめベテランにも介入していき、ジェシカはチームとして仲間に命令することはできるようになっていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

そして現在、まさに最後の仕上げにかかっていた。

ジェシカがキルハウスに設けられている窓に銃口を向けながら簡潔に指示を出し全員がそれに頷く。リスカムを先頭にフランカ、ジェシカ、バニラの3人が壁に張り付いた。

 

「フゥ……Move」

 

普段よりも低く、静かな声でジェシカが合図を出す

 

それに合わせリスカムが立ち上がり、静かにドアを開ける

 

ドアを開けるとすぐに玄関のように少しだけ広がったスペース

 

その先には短い廊下が続く

 

部屋は2つ、右とその先の左側にドアがある

 

廊下の先は上へ続く階段と左右に広がるであろう通路が見える

 

入り口に罠の類が無いことを確認し、リスカムが屋内へ侵入する

 

その後ろにフランカ、そしてジェシカ、バニラと続く

 

リスカムが盾と銃を構え右にあるドアに近づく

 

ジェシカはフランカの右肩を2回タップ

 

『右に入れ』とサインを送る

 

フランカは振り返ることなく左手で『了解』のハンドサインを送ると、リスカムの背中に手を添える

 

パートナーの気配を確かに感じながら、リスカムが右のドアを開けクリアリングを始める

 

フランカはクリアリングする相棒の動きに完璧に合わせながら後ろに続く

 

右の部屋をクリアリングしている間、ジェシカは通路に銃口を向け、バニラは玄関付近に注意を向けて部隊後方の警戒にあたる。

 

ドアからリスカムがハンドサインで『クリア』と報告、部屋のドアから盾と銃を構えジェシカたちをカバーする

 

報告受けてジェシカはバニラに先行するようサイン。バニラは頷き、ゆっくりと歩き出し通路を左に寄りながら進行、後方の警戒をフランカが代わる。バニラの右後方でジェシカは銃を構える。さらにその後ろの右の部屋からはリスカムも銃を構え、火力でカバーをする。

 

バニラが左側にあるドアの手前で止まると、ジェシカが彼女の左肩を2回タップ

 

その合図にバニラは頷き、ゆっくりとドアを開け一歩後方に下がる

 

スイッチするようにジェシカがさっと前に入り、パイを切るように通路から部屋の中のクリアリングをはじめる。入り口付近に脅威がないことを確認すると、リスカムとアイコンタクト、盾を構えながら通路を進行させ先にある階段と左右に分かれる通路を抑えさせる。フランカが再び盾の後ろに続き、バニラが後方の警戒に戻る。

 

スネークは、そんな訓練に取り組む彼女らから距離をとり、キルハウスの玄関付近からチームとしての動きを観察する。ここ数日で動きはだいぶ良くなった。なにより、ジェシカの意識の変化が大きいだろう。

 

「一階クリア」

 

指示の内容や現場における視野の広さ、何より状況判断の能力についてはスネークが口を挟むところはない。BSWも面々も、ジェシカの指示によく応えている。ベテラン2人はもちろん、バニラもチームを構成する一員として役割を果たせるようにまでになり、常にツーマンセルを維持しながら後方へのケアも保てるようになった。

 

「クリア」

 

「「クリア」」

 

「バニラは一階で待機、リスカムさん階段の先行を」

 

「了解」

 

一階の制圧が終わり、二階へと取り掛かる。一名だけ残すのは増援が来た時の対策だろう。敵拠点での活動の場合、例え隠密作戦であったとしても任務遂行中に増援が来ることは十分予想される。

例え潜入がバレていなくとも、敵がタバコを吸いがてら休みに対象の元にフラッと訪れるかもしれない。スネーク自身も敵地でタバコや酒、雑談をしにやってくる兵士をよく見かけた。例え事前にパトロールの巡回経路や兵士の交代時間、ターゲットの普段の行動を完璧に把握できたとしても、実際に何が起きるかはわからない。ジェシカやBSWの面々は、そこまで想定して訓練に臨んでいた。

 

「──オールクリア、……状況終了です」

 

総括として、五日間の間で作戦遂行が可能なレベルにまでには"ジェシカのチーム"は仕上がった。あらゆる状況下で、それなりにやっていけるだろう。あとは合同訓練でどれだけ動けるかを評価し、それを踏まえて彼女自身が鍛えていけば良い。

 

「よし、だいぶ動きが様になってきたな。あとは訓練で成果を見せることができれば上出来だろう」

 

「が、頑張りますっ」

 

「そう気張るな。お前はリーダーとしての役割を果たせば良い、他のメンバーもそれぞれの役割を果たすだけだ。ここにいるメンツは役割を果たす能力は十分にあるんだからな」

 

そうスネークが言うとフランカとリスカムが力強く頷き、バニラはやや緊張しながらもジェシカの方を見てウンウンと首を縦に振っている。バニラはいまだ新人ではあるものの、作戦を遂行するだけの能力を持っている。合同訓練でも十分実力を発揮することができるだろう。

 

「明日は休みだ、明後日の合同訓練に備えておけよ」

 

それからスネークはBSWの4人に連絡事項を伝えると、彼女らを背にキルハウスを後にする。すでにジェシカには一流のシューターの技術と知識を与えた。彼女の弱点である心の弱さはCQCで補った。あとは実力を発揮するだけだ。

 

「わかりました、今日もありがとうございました!」

 

「おう、じゃあな」

 

自分で言うのもなんだが、この2ヶ月でジェシカは大きく変わった。ドーベルマンはロドスの行動予備隊の面々に良い刺激になると言っていたが、それ以上の効果が何かしらあるだろう。訓練当日のジェシカの動きや周りの反応が楽しみだ。

 

訓練室の分厚い扉を開け、艦内の階段を登りハンガーを目指す。今は夕刻だが、いつもの場所であれば誰に迷惑をかけることもなく葉巻を吸うことができる。先月ジェシカに確認したところ、BSWでロープ降下やラペリング技術は一通り教わったらしく、ロープやカラビナ、ハーネスといったラペリングに必要な装備一式は持っているとのことだった。

 

そのため契約内容を遠慮なく活用し、ペンギン急便にラペリングの道具一式を注文した。BSWから支給された端末で、エクシアからもらった金ピカの名刺に書かれた電話をしたところ、『こちらペンギン帝国、なんの様だぁ?』と男の声でめんどくさそうな対応をされたが、すぐにエクシアに代わってもらえた。

無事注文はでき、今日の夕方には届けると連絡があったので、ハンガーで道具一式を受け取った後、甲板のいつもの場所で葉巻を吸うついでに道具の具合を確認する。いまの時間なら夕日ではあるものの安全確認はできるだろう。ハンガーに向かうには別の階段を登るため、一旦廊下をまっすぐ進む。

 

 

そこでふと思う

 

 

"彼女"も同じように楽しんでいたのだろうか

 

 

「……悪くは思ってないと思うがな」

 

自分は"彼女"とは違う選択肢を、理想を選んだ。あの理想は、銃を捨てて歩むことは今までの人生そのものすらを否定するに等しい。だが生き残った者たちは、遺された者たちは歩み続ける以外の選択肢は無い。

 

であれば

 

「俺は俺の道を歩む、それだけだ」

 

あの湖であのAIが沈むのを見届け決意したことを思い出しながらも、スネークは今後の予定を頭の中で組み立てる。

 

「…………ぃ」

 

とりあえず、合同訓練が終わったあとはラペリングを用いた戦術を仕込む予定だ。その後彼女はBSWで人事査定という名の技能評価を受ける。今のジェシカの評価はB相当、それをAにしろというのがBSWと交わした契約だった。スネーク本人はBSWがどんな査定をするかは知らなかったが、今の彼女なら問題なくいまよりも上の評価を得られると確信していた。

 

「──おい!」

 

「ん?」

 

そんなことを考えて歩いていると、急に背後から声をかけられた。聞こえていない訳ではなかったが、どうやら自分に対して声がかかっていたようだ。声がした方を振り返ると、そこにはいつか過呼吸を起こしていた赤メッシュの少女、その後ろで少し申し訳なさそうにスネークを見ている片眼鏡をかけた学生が立っていた。

 

「ああ、お前はいつかの──」

 

「あ、あの時は……助かった!それだけだ!!」

 

それだけ言うと、赤メッシュの少女は廊下をダッと駆けていき、そのまま消えてしまった。その場に通りがかった者は、何が起きたのかと一瞬スネークや走っていった少女の方をみたが、特に何事もないとわかるとそのまま歩き去っていく。残された学生は、さらに申し訳なさそうにスネークに顔を向け軽くお辞儀をした。

 

「いきなりすいません。ソニアは……先月からずっと、あなたのことを探していたんです」

 

「そうか、それにしては急に現れて急に去っていったな」

 

「彼女はなんというか……一見すると荒っぽいですが、本当はキチンとお礼をしたかったんだと思います。そうじゃなければ彼女も一ヶ月近く、探し続けたりしないハズですから」

 

「俺からみれば、年相応の照れ隠しに見えたがな」

 

「ふふっ、私もそう思います」

 

スネークの言葉につられて少女は笑う。パッと見るとあの少女がリーダー格のように見えるが、実際にはこちらの学生の方があの少女より一回りか二回りほど上手なのかもしれない。いずれにせよ、思春期らしい反応だろう。

 

「俺を探してたのは、わざわざ礼を言うためか?」

 

「あの反応を見る限りそうだったんだと思います。もっとも、私も彼女に聞いたんですが一向に理由は話してくれなかったので、本当の理由は違うかもしれませんが」

 

「なるほどな。ま、元気なら何よりだ」

 

アレだけの発作なら、1ヶ月やそこらで治るものではないだろうが、生活を送れているならひとまず良しといったところだろう。

 

「……あの」

 

「ん?なんだ」

 

「よろしければ、あなたがよろしければですが、名前を伺ってもよろしいですか?もしかしたら彼女がまたあなたを探すかもしれないので。また1ヶ月も探すのは大変ですから」

 

「ふむ、俺はスネークだ。傭兵をしているが色々とあってな。今はBSWに雇われてここでインストラクターをしている」

 

「……ロドスのオペレーター、ではなかったんですか」

 

少しだけ、目の前の少女の瞳が大きく見開かれる。どうやらスネークがロドスの所属だと思っていたらしい。まあ意外と言えば意外だろう。

 

「ここには今のところたまたまいるだけだが、ある意味勉強中だ、そういう君の名前は?」

 

「私は……アンナです。ウルサス学生自治団に所属しています」

 

「学生自治団?学生の集まりがあるのか」

 

「はい。自治団と言っても5人の集まりですけどね」

 

「ふむ……もし俺に用があるなら俺の部屋にでも来てくれ、場所はBSWの連中がいる区画だ。わからなければ、訓練室か射撃訓練場にいる連中に聞けばすぐわかるはずだ」

 

「わかりました。わざわざありがとうございます」

 

「構わんさ。何かあるとは思わんが、頼りたいことでもあればいつでも構わんと君から彼女に伝えておいてくれ」

 

「はい、部屋に戻ったら伝えておきます」

 

「ああ、頑張れよアンナ(Удачи Анна) いつか(Когда)また会う( увидишь меня)ときには( в следующий раз)何か甘い物を持ってきてくれ(принеси мне что-нибудь сладкое)

 

「! ……わかりました(Да, сэр). ではまた(До свидания)

 

最後にスネークがかけた言葉に、先ほどよりも驚いた表情を浮かべた後、彼女は返事をしてぺこりとお辞儀をすると、赤メッシュの少女が駆けて行った方へと歩いて行った。

 

「……さて、物を取りに行くか」

 

思いがけない挨拶をされたが悪いものではなかった。むしろ少し時間を潰せてちょうどよかったかもしれない。スネークはハンガーを目指してまた歩きだした。

 

 




遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
前回、『書籍化』という文字を使ってしまいましたが、『同人誌』という言葉を使った方が正しかったですm(_ _)m
いずれにせよ、大学卒業の記念に紙の本を出そうと思っておりますので、
明日Twitterの方で説明させて頂きます。


それでは、何かご意見やご感想がありましたら感想欄にて教えて頂けると作者の励みにも参考にもなりますので、
何かありましたら感想欄にて教えて下さい
m(_ _)m。


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13−2

PM 16:27 ロドス艦内 ハンガーB 資材搬入区画 

 

あと1時間もすると日が沈み夜が訪れるこの時間、ロドスのハンガー内は忙しなく物資に人、フォークリフト、さらにはドローンが空中を行き交っている。毎日大量の物資を仕分けるこの区画において、物資の搬入はもちろん定期集荷の最終便も重なるこの時間帯は一つのヤマであり、働くものからすれば──

 

「これ上コンベで流します!?」

「それダメ!中身液体!」

「じゃあ下ですね!」

 

「ハーマイル!そのカーゴこっちじゃなくてハンガーAだわ!」

「うっそ!?向こうに連絡つけます!」

「日が暮れるから急げよぉ!」

 

「集荷物はこれですね個数は……24口?」

「はい、24です」

「じゃあ数えますね」

 

「この建築資材どうします?もう入りませんよね」

「まぁすぐ必要になると思いますけどね」

「確か甲板のコンテナ、昼間に空けたよな」

「じゃあドローン飛ばしますか」

 

ここはまさに戦場である。

そんな騒がしいハンガーにたどり着いたスネークは、無骨に『中央集積所:事務所』と書かれたプレハブ小屋に向かう。16時半すぎであれば、時間帯的には荷物が届いても良い頃合いだろう。事務所で確認してまだ届いていないようであればまた待つのも良い。MSFにいた時も、暇なときは物資の搬入などを覗いていたが、ここはドローンまで飛んでいる。暇を潰すにはちょうどいい、そう思いながらハンガーの中を歩く。

 

「あなたがスネークか」

 

するとハンガー内で駐車していたジープのような車から声がかかる。みると灰色がかったインディゴの髪に犬のような耳がある女が車から出てきた。

 

「……今日は随分と声をかけられることが多い気がするな」

 

「違ったか?」

 

「いいや合っている。俺はスネークだが、おたくはどちらさんだ」

 

「ペンギン急便だ、あなた宛ての荷物を届けに来た」

 

「……ということは、あの金ピカの名刺は君のものか?」

 

「金ピカ?……いやそれは多分、うちのボスのものだ」

 

「そうか」

 

ということは、ペンギン帝国と名乗っていたあの男の声が彼女らのボスなのだろうか。不思議に思いつつも頼んだ装備品の状態の方が気になるため、彼女らのボスのことは頭の隅に置いておくことにした。

 

「それで、頼んだ物は?」

 

「ここにある」

 

そういうと女は車の後ろを開けると、中からボストンバックを取り出す。ラペリング装備一式を頼んだが、どうやら持ち運ぶためのバックも付いてきたらしい。

 

「向こうで手続きしてから受け取りか?」

 

「ああ」

 

「わかった、なら事務所に」

 

「ああ」

 

無愛想に返事をして女はスタスタと事務所の方に歩き出す、どうやらビジネスライクな相手らしい。ペンギン急便は愉快な集まりと思ったが、寡黙な従業員もいるようだ。彼女に続いてスネークも事務所の方へと歩く。

 

「手続きをしたあと、念のため中身の確認をしても構わないか?」

 

「大丈夫だ」

 

プレハブの事務所の前につきスネークが扉をあける。中はハンガーの中と同様に忙しなく動いており、物資の代わりに紙が行き交い、フォークリフトではなくペンがあちこちの机の上で走っている。受付は3つあり、テキパキと対応しているようだ。何人か列ができていたものの、入れ替わり立ち替わり列の人数は減りすぐに呼ばれた。受付に立っているのは以前対応してくれたフェリーンの男だ。

 

「やあポルポ、世話になるな」

 

「あらこんにちは〜、名前覚えていてくれたんですね。今日はなんの御用でしょう?」

 

「さっきそこでペンギン急便のと会ってな。荷物を引き取る手続きをしたい」

 

「これが荷物だ、伝票はここに」

 

スネークの後ろから女がサッとバッグと伝票を受付に置く。

 

「あっ、今日はテキサスさんでしたか。じゃあすぐ済ませちゃいますね」

 

そう言うと彼はコードを機械で読み取り、カタカタカタッと入力していく。

 

「ジェシカさん、どんな感じです?」

 

「だいぶ仕上がってきたな。明後日にロドスと合同訓練だ、彼女がBSWを率いて参加する」

 

「リーダーですか! いやぁ、ちょっと想像できないなぁ」

 

「俺も伝票を出したほうが良いか?」

 

「あっ大丈夫ですよ、コッチのシステムでまとめて処理しちゃうんで」

 

「そうか、それは助かる」

 

キーボードを打ち鳴らしながら軽く雑談を挟む。やはりジェシカがリーダーというのは、事務員である彼から見ても想像がつかないことらしい。

 

「窓口受け取りのメールが届くと思いますけど、そのまま受け取り完了のボタンを押してくれれば大丈夫ですよ〜……はい、これでOKです」

 

「ありがとうな」

 

「いえいえ、これが仕事ですから」

 

じゃあまたな、と彼に手で挨拶をすると手続きが済んだバッグをスネークは掴み、事務所を後にする。

 

「このまま中身の確認をしたい。甲板でやるつもりだが構わないか?」

 

「私は大丈夫だ」

 

「なら移動しよう」

 

受付で彼と話している間も後ろで静かにしていた彼女に確認を取り、ハンガーの搬入口へ歩き、外から階段を上がって甲板を目指す。

ラペリングにはロープとカラビナがあればとりあえずできる。あとはハーネスとエイト環があるとより安全かつ比較的楽にラペリングを実施することができる。もっとも、ラペリングは道具(特にロープ)を磨耗させることで安全に降下する技術のため、少しでも損傷がある場合は極めて危険になる。まさに命を預ける道具な訳だが、あちこち騒がしいハンガーの中では仮に商品が万全の物だったとしても傷付く可能性は十分にある、何よりロープを全て広げれば邪魔にもなる。

わざわざ甲板に移動することに何のためらいも無く頷いたあたり、このテキサスと呼ばれていた女もその事は知っているのだろう。

 

「そういえば確認したいんだが」

 

「ん、なんだ」

 

「俺がスネークだとわかったのはどうしてだ?」

 

甲板へと移動している途中に話を振る。少なくともスネークは彼女の顔を見た覚えはない。

 

「エクシアから特徴を教えてもらった。あとは一度だけ顔を見たことがあったからな」

 

「俺は会ったことがないんだが……」

 

「だろうな。ロドスの甲板でジェシカと一緒に走っていたところを一度見かけただけだ。その時は名前を知らなかったが」

 

「なるほどな」

 

たしかに、ジェシカに指導を始めた頃にロドスの甲板を走り込んだ後すぐに射撃訓練をしていた。ロドスに出入りしている配達業者ならば、スネークの顔を見たことがあるというのは理解できる。

 

「ちなみに彼女、エクシアは俺にどんな特徴があると言っていた?」

 

「眼帯にバンダナ、髭を生やして見るからに戦闘服を着込んでいるオジサン、そう言っていた」

 

「そうか……」

 

見事に特徴がまとまっている。それを聞いた彼女がどんな第一印象を持ったのか、男として気にせずにはいられなかったが、スネークは気にしないことにした。代わりに、『エクシア、もっと他に説明できることがあったんじゃないか……?』と心の中で呟く。そうこう話しているうちに階段を登り切り、甲板にたどり着く。

 

「……よし、中身を確認しよう」

 

「ああ」

 

周りにはチラホラと人やドローンが行き交っているが、ロープを広げても通行の妨げにならないスペースは確保できそうだ。スネークは甲板上の端に移動し、バッグを下ろし中身を拡げる。

中にはロープ、ハーネス、そして内ポケットにはカラビナ4つとエイト環が入っていた。まずはカラビナやエイト環に傷や割れが無いか、注文した通りの強度(kN)が保証されているかを確認する。

 

「こいつの強度はいくつだ?」

 

「注文通り24kNの物だ。36kNや40kN、もっと高い強度の物もあったがそれで良かったのか?」

 

「俺の身体はそんなに丈夫じゃないからな。コレ以上に強度があっても、落下すればあの世行きだ」

 

カラビナのスパイン部分には24kNと表記されており、【Raythean】という記載があった。

 

「確認したいんだが、これはなんのマークだ?」

 

「それはレイジアン工業の認証マークだ」

 

「そうか」

 

レイジアン工業は何かで読んだ記憶がある。確かBSWの本拠地があるクルビアの会社だったはずだ。ミサイルをはじめとした軍需産業を担うメーカーだと記憶していたが、カラビナなども扱っているらしい。ひとまず安心できる有名メーカーだろう。

そのまま物の確認を続けるがどれも傷は見当たらない、どれも問題なく使うことができるだろう、そのままハーネスも点検する。ベルトの毛羽立ち、切れ目、ほつれや焼き目が無いか、アタッチメント部分の擦り切れや変形が無いか、バックルの破損や機能に問題が無いか確認していくがハーネスも問題なさそうだ。

 

「サイズ的にも問題ないな」

 

「使い慣れているのか?」

 

「色々とやっていたからな。極地だろうが市街地だろうが、ロープがあれば何かと便利だからな」

 

もっとも、スネークが最も得意とするのは単独潜入であるため、できる限り痕跡を残さないようにするため、ロープなどの道具を使わず素手で登っていた。

降りる必要があれば他のルートを選ぶことがほとんどで、ハーネスはよく使っていたものの装備一式を使いラペリングをするのは久しぶりだ。

 

「あとはロープだな」

 

ロープはこの中で1番磨耗するため点検には1番気を使う。新品でも破断してることはままあり、それを見過ごせば訓練でも直接死につながる。それが戦闘行動中であれば自分だけでなく任務そのものに支障をきたす。注文したロープは30m、毛羽立ちやロープの収縮、変形、芯の状態を確認し柔らかい箇所が無いか確認していく。

 

「手伝うか?」

 

「点検方法は知っているのか」

 

「ああ、ロープは……何かと使うことが多い」

 

「そうか、なら頼む」

 

スネークが点検する反対側からペンギン急便の女もロープの点検を始める。確認すべきポイントは抑えているようで、指を使いロープを様々な方向に曲げながら具合を確認している。任せても問題ないことを確認し、スネークもロープの点検を続ける。両者共にその後何か話すわけでもなく淡々とロープの点検を続け、およそ真ん中でロープがピンと張り、視界の端に彼女の手が見える。どうやら彼女も半分ほど点検できたらしい。

 

「こっちは何も異常はなかった、そっちは」

 

「問題ない、ちゃんと使える」

 

「そうか」

 

そこでロープを張っている彼女の手をみる。両手に指先が露出されているグローブをはめているが、その指先は綺麗に手入れされている。さらに彼女の頭から足までをザッと見る。全身は着込んでいるものの服の素材は伸縮性に優れている。靴は動きやすいスニーカーでかつ、足首を保護するためかベロの部分は金具で固定できるようだ。

 

「……何か変か?」

 

「ああ、そうだな……なんというか、君は変だな」

 

「……どこが変だ?」

 

「少し待ってくれ……ああ、わかった、それだ」

 

スネークは脚には装着されたホルスターの様な物を指差す。

 

「エクシアは銃を持っていたが君は銃を扱う様には見えない、手先も綺麗だからな。全体的に動きやすい格好なのは運送業だから理解できる。だがその中途半端なレッグホルスターは作業の邪魔にならないか?」

 

「そう指摘されるのは初めてだが……これは私の武器だ」

 

「武器? カードの様にも見えるが」

 

「……これを持っていてくれ」

 

彼女はロープをスネークに渡すとレッグホルスターに手を伸ばし、カードの様だと言われた物を取り出す。周りを見渡し、近くに人や物がいない事を確認するとカードを握る。するとそこから突如光が伸び、カードのように見えた部分は柄になり、光は細身で鋒のある片刃のような実態を持って現れた。

 

「これは……サーベル、なのか」

 

「ああ、私が使っている源石剣だ」

 

「まるでビームサーベルだな」

 

「ビーム……?」

 

「こいつは刀身の長さも変えられるのか?」

 

「これは変わらない。変えられる物もあるかもしれないが」

 

「源石ってのは便利だな……試しに持ってみても良いか?」

 

「ん」

 

スネークは武器マニアの一面もある。銃火器はもちろん、ナイフやグレネードをはじめとした投擲物、装甲車やヘリをはじめとした兵器など、武器全般に精通しているタイプのマニアだ。流石に一流の専門家には知識は劣るものの、みたことのない物を見たら確認せずにはいられない。

 

刃をこちらに向けることなく、彼女はスネークに柄の部分を差し出す。スネークはロープを下に置き、手を開いて下から柄の部分を握り彼女から源石剣を受け取る。すると、スネークが柄を握った途端に剣が消え、カードの様な柄の部分だけになってしまった。

 

「ふむ、アーツをある程度扱えなければそもそも使うことが出来ないのか」

 

「そうだ」

 

この世界に来て間も無く3ヶ月が経つが、未だ知らない物が多い。特にアーツに関しては基礎だけは抑えているものの、その特性や効果は術師の数だけ多様性がある。未知の攻撃への対策も考えなければいけない。

 

「これならジェシカのナイフにちょうど良いかと思ったんだが、これは無しだな」

 

「彼女のナイフを探しているのか」

 

「ああ、BSWから支給されている物だと彼女には少し大きすぎるからな。ちょうどいいナイフを探そうと思っているんだが……」

 

フランカにナイフのことについて相談してみたが、クルビアならまだアテがあるものの、ジェシカに合わせたナイフを用意してくれそうな業者は知らないとのことだった。彼女が使うレイピアは自分で手入れしているらしく、ロドスからでも彼女が仲良くしている業者に連絡はつくものの、商品が届くのには時間がかかりすぎるとの事だった。

 

「ならロドスの鍛冶屋を訪ねてみたらどうだ?」

 

「鍛冶屋? ロドスには鍛治職人もいるのか」

 

「ロドスの中に武器整備を担っている職人がいると聞いたことがある。私は会ったことないが」

 

「そうか、ならドーベルマンあたりに今度聞いてみるか」

 

考えてみれば、ロドスのオペレーターもどこかで武器を入手・整備している筈だ。武器の管理を個人レベルで任せられるほど小規模の組織でも無い。協力関係であるとはいえ、外部組織であるBSWがロドスに武器の管理を預けるのは安全管理上考えにくいことから、フランカから聞いてもわからなかったのだろう。

 

「色々と助かった。ペンギン急便ってのは割と何でも屋なんだな」

 

「私たちの仕事は運ぶことだ。物を届けるのも戦うのも、何かを運んでいることに変わりはない」

 

「運ぶ、か」

 

「それを返してもらえるか」

 

「ああ、すまん」

 

トランスポーター、スネークはこの世界で物を運ぶ存在に少し興味が湧いてきた。しかし今は依頼をこなすことが先だ。自分の教え子が一人前になるまでは面倒を見るつもりだ。

今は剣は出ていないものの、念のため刃が出ていた方向をこちらに向けて、借りていた源石剣を彼女に差し出すと、彼女も手を伸ばしそれを受け取る。

 

「そういえば、エクシアとボスから伝言も預かっている」

 

「ん? なんだ」

 

スネークは下においていたロープを丁寧に巻きながら彼女の話を聞く。間も無く陽も沈み切るのだろう、赤く染まっていたロドスの甲板が段々と薄暗くなってきた。

 

「エクシアからはいくつか部品が見つかったけど時間がかかりそう、あとアップルパイはいつでも歓迎だ、と」

 

「ほぉ、パーツが見つかったか」

 

「そう言っていた。私は銃には詳しくないから、エクシアに直接聞いてくれ」

 

「わかった、それでもう1つのボスからの伝言っていうのはなんだ?」

 

30mあるロープを巻き取り、バックの中にカラビナやハーネスがキチンと仕舞われているか確認する。万が一取り残していたらラペリングができなくなる。

 

「それが、よくわからない」

 

「よくわからない? 伝言なんだろ、わからないも何もないだろう」

 

「まあそうなんだが、歌なんだ」

 

「歌? なんだ、おたくのボスはミュージシャンか何かなのか?」

 

「ああ、ボスは世界的なミュージシャンだ。クルビアでは知らない者はいないラッパーだ」

 

「……冗談で言ったつもりだったんだが……いや、おたくのボスがミュージシャンなのは良い。それなら別に歌が伝言でも不思議じゃないだろ。いや不思議ではあるが」

 

「うちのボスが何を考えているのかは、うちの社員でも完璧にはわからない。だが、みたこともない相手に歌を送るのは私の知る限り初めてだ」

 

「そんな大御所ミュージシャンの初の試みに遭遇できて嬉しい限りだな。それで、その歌ってのは?」

 

とりあえずカラビナやハーネスはきっちり揃ってバックにしまった。最後にロープをバックへ入れ込みファスナーを閉める。

 

「……メロディーまで再現できない、歌詞を読むだけで構わないか」

 

「ああ、それで構わん」

 

一方でテキサスは、歌詞を思い出すためか顎に手を添え、目線を左に向けるとボスから預かった"歌"を口ずさむ。

 

「……Grieve not little darling, my dying,(悲しむことはない、私が死にかけようとも) If Texas is sovereign and free(テキサスに主権と自由があるなら) We'll never surrender and ever with liberty be(我々は決して降伏しない、永遠に自由である) Hey Santa (おい サンタ)……すまない、これより先は思い出せないんだが──」

 

「──Hey Santa Anna(おい サンタ・アナ) we're killing your soldiers below!(下で兵士を殺してるんだぞ!) That men, wherever they go(男たちはどこへ行こうとも)…… Will remember the Alamo(アラモを忘れない)、違うか?」

 

「確かそんな感じだった。知ってる曲なのか?」

 

「ああ……よく知っている」

 

スネークは足元を見ながら静かに立ち上がった。夕陽が沈み、月も見えないため辺りは完全に暗くなる。甲板上にいた人もまばらになり、安全のための最低限の照明と航空障害灯が二人の姿だけをぼんやりと照らす。

 

「よく意味はわからないんだが、クルビアにまつわる曲らしい。私の名前が出てくるところだけなんとか覚えたんだが」

 

「…………おたくのボスは他に何か言っていたか」

 

「一回だけこの歌を歌ってから、龍門に来たら顔を出す事とこの歌詞を届けろとだけ。ただ、『もう歌ったからあとはお前が届けろ!』と言われた」

 

「……つまり、お前がいま口にした歌詞が違う可能性はあるのか」

 

「ああ。特にそちらが歌った箇所は記憶が曖昧だ。ただ Will remember the Alamo(アラモを忘れない)、これは間違いなく歌っていたな。何回も繰り返していた」

 

「そうか……俺もおたくのボスに会いたくなってきたな」

 

「わかった。ボスにはそう伝えておく」

 

「ああ、くれぐれもよろしく伝えておいてくれ。エクシアにもな」

 

「わかった。何かまたあればここに電話をしてくれ」

 

女はスネークに名刺を渡す。それはこの間エクシアからもらったものとは異なり、ペンギン急便のマークが描かれ、白と黒を基調としたシンプルな名刺だ。名前のところにはテキサスと書かれている。

 

「今後もペンギン急便のご利用お待ちしています、では」

 

最後に社交辞令の様に挨拶を述べた後、彼女はハンガーへ続く階段を降りていった。カンカンと訪れたばかりの夜に鳴り響く。彼女が階段を降りていったことを確認したスネークは、胸ポケットから葉巻を取り出し、ナイフで吸い口を切ると、ライターで葉巻に火をつけた。この時間だと人が来る可能性は十分あるが、今はとにかく葉巻を吸いたかった。

 

「テキサス、サンタ・アナ……偶然にしちゃあ出来すぎてるな」

 

今日初めて会い、そして声をかけてきた二人のことをスネークは何も知らない。会話した内容を振り返り、その時の表情まで思い出し、こちらの事を何も知らないのは向こうも同じだろうと結論づける。だが、スネークの頭の中にある記憶ではテキサスという名前はアメリカ合衆国の州であることは間違いない。

 

Remember the Alamo(アラモを忘れない)……なぜこの世界でこの歌を知っている」

 

テキサスがボスから届けろと言われた歌はスネークも聴きかじった記憶のあるものだ。だがそれはあくまで元の世界で聞いたフォークソング、それもアラモ砦での戦いとテキサス独立を讃えた曲だ。

 

「多少歌詞が異なる可能性はあるが……サンタ・アナ、な」

 

サンタ・アナはテキサス独立戦争時の際にメキシコ軍を指揮した軍人であり、アラモ砦を守る守備隊を襲撃した張本人だ。そしてSanta Anna(サンタ・アナ)を女性の名前として呼べば──

 

「Анна……全くの偶然だろうがな」

 

甲板の手すりに近寄り暗い大地を見下ろす。この船が巻き上げているのか、僅かに砂埃のようなものが外壁に取り付けられているライトでチラついている。葉巻を口から外し、指に挟み込んだ手を手すりへ預けると、長くなった灰が暗闇へと放り込まれる。灰はライトに照らされることなく、葉巻に着いている火によって僅かに赤く燻っている。下から風が舞い上がり、やがて古くなった灰だけが消えていく。

 

「……いずれにせよ、いつか直接会わなきゃわからんな」

 

なぜペンギン急便のボスが、テキサスの、アラモ砦を知っているのか。何故会ったこともない彼にアラモの曲を届けさせたのか。今ある情報だけでは推論すら立てられない。ただ確実なのは、今日出会った二人は、スネークのことはもちろん元の世界のことなど知るよしも無い、ということだけだ。

 

「このタイミングで次の目的がやってきた、ってか」

 

ここ2ヶ月でジェシカには技術と知識を施した。あとは彼女自身が自分の能力と実力を自覚するだけだ。その後は彼女の査定が終わり次第契約満了、ロドス(ここ)に長居する理由も無くなる。もっとも、正確には彼女の査定が今よりも一段階上に上がることが契約の条件だが、条件を満たさないことは無い。

 

空いているもう片方の手で、先ほどもらった名刺を見る。

 

「龍門……広東語あたりを学んでおくか」

 

手すりに預けていた葉巻を、短くなった葉巻とともに再び口に運ぶ。葉巻の風味を楽しむこの感覚は、相変わらずこの世界でも変わることは無かった。

 




Twitterの方で同人誌に関して、簡単に説明させて頂きました。
活動報告の方でもう少し詳しく説明しておりますので、もしよろしければご覧下さい。
https://mobile.twitter.com/dapto11

何かご意見やご感想がありましたら感想欄にて教えて頂けると作者の励みにも参考にもなりますので、
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歌詞の引用
作詞・作曲, Jane Bowers
曲名, Remember the Alamo (1955)


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14

今回は短めです

後書きで宣伝ありますが、ご容赦くださいm(_ _)m


4月7日 AM 09:00 ロドス本艦 深層フロア 格闘訓練室

 

「これより訓練を始めるっ!」

 

訓練室に朝からドーベルマン教官の号令が響く。ドーベルマン教官の前には、縦二列で行動予備隊A1、A4の十人が姿勢を正して整列している。普段の訓練であれば整列はしていても瞼は重い、といった者もいるが、今日はしっかりと姿勢を正しているようだ。それもそのハズ、彼らはいま、ドーベルマン教官をはじめ普段訓練を施してくれている教官陣が周りを囲っている。

 

さらに、ドーベルマン教官の隣には眼帯を着けたいかにも傭兵といった顔立ちの男が立ち、そこにBSWの四人が整列している、しかも先頭に立っているのはジェシカだった。先に訓練室で待機していた行動予備隊の面々は、フランカかリスカムがリーダーとして訓練に参加するだろうと思い込んでいたが、BSWの四人が訓練室に入ってきた時、ドーベルマン教官に報告をしていたのはジェシカだったし、いまも列の先頭に立っているのはジェシカだった。

 

「本日はBSWとの合同訓練を行う、訓練内容は事前に各隊の隊長に知らせた通りだ。各自安全確保にはくれぐれも注意するように。何かあれば周囲にいる教官にすぐ報告しろ。また、今回初めて見る者も多いだろうから紹介しておくが、彼はスネークだ」

 

ドーベルマン教官に名前を紹介されると、スネークは縦二列に並んでいる彼ら彼女らの方をみて軽く礼をする。合わせて行動予備隊もスネークに対して礼を返した。

 

「皆も知っている通り、ロドスはBSWと契約を結んだ上で協力関係にある。彼はBSWのインストラクターだが、今回は外部協力者としてお前たちの訓練の評価も行ってもらう。またと無い機会だ、怪我のないよう注意しながらも全力でこの訓練に望め」

 

チラッとドーベルマンがスネークに視線を送る。今この場でロドスのオペレーターへかける言葉は彼にはない。アイコンタクトで短く返すと、彼女はすぐに正面に向きなおる。

 

「訓練開始は09:45、各自準備にかかれっ!」

 

「教官に、敬礼!」

 

フェンの号令とともに、行動予備隊は前に立つドーベルマン教官に敬礼をする。敬礼されたドーベルマンやスネーク、周りを囲む教官たちも敬礼を返すと、行動予備隊はそれぞれの部隊に分かれて準備を始めた。

 

「教官らと最終確認をしてくる、先に上に上がっていてくれ」

 

「わかった、今日はよろしく頼む」

 

「なに、互いの教え子のためだ。こちらこそよろしくな」

 

スネークと軽く挨拶をすると、ドーベルマンは教官たちの方に集まっていった。

 

「おはようございます、スネークさん」

 

「今日はよく眠れたかジェシカ」

 

「はいっ。少し緊張はしていますが……今の私がやれることをやるだけですっ。何よりこの訓練は私一人ではありませんから」

 

ジェシカの様子からは確かに緊張は見られるものの、最初の頃のような怯えや自信の無さは感じられない。仲間がいることも関係しているだろうが、何より自分の能力に自信をつけたことが大きな要因だろう。

 

「そうか、なら良い。お前たちも体調は大丈夫か」

 

「ばっちりよ〜」

 

「私も問題ない。私たち二人はアーツの使用を控えるので間違いない?」

 

「ああそうだ」

 

行動予備隊は一チーム五名で構成されている一方で、BSWは四人しかいない。しかし、コチラは重装オペレーターや前衛オペレーターがアーツを扱うことができることや、戦闘経験の差も考慮すると、パワーバランスは拮抗しているとは言えない。

また、今回の訓練はあくまでチームとしての働きを評価するものであり、個人の技量を測るものはないことから、フランカとリスカムの二名はアーツの使用を禁止した上で訓練に参加する。

 

「だが戦闘に関しては手加減は要らない、全力でやってくれ」

 

「オッケー、遠慮は無用ってことね」

 

「わかってるとは思うが、あまり怪我はさせるなよ」

 

「もっちろんよ」

 

フランカは軽く答えているが、彼女は相手をよく見て戦闘を仕掛けるタイプだ。柔軟に対応してくれるだろう。リスカムの方も性根が真面目なのでコチラも問題にはならない。

 

「バニラちゃんは大丈夫ですか?」

 

「ハイッ! BSWの先輩方や、ロドスの皆さんと一緒に訓練できるのが楽しみですっ!精一杯頑張ります!」

 

残るは新人のバニラだが、BSWの留学生として派遣されてることもあり基礎は十分に出来上がっており、能力も悪くない。今回の合同訓練であれば十分に役割を発揮することができるだろう。何より、スネークが声をかける前にリーダーであるジェシカがコンディションを確認しているあたり、今このチームに特段の懸念材料はない。

 

「なら2階に移動するぞ」

 

「最初はあの子達からやるんだっけ?」

 

「ドーベルマンと相談した結果だ。まずは行動予備隊同士で攻守ともにやってから、お前たちの本番だ」

 

ロドスとしては、普段は叶わない外部の部隊と訓練することで新人達に新たな経験と刺激を与えること。スネークとしては、ジェシカの能力評価に向けた最終チェックをすること。両者目的は異なるものの、共同訓練として落とし込むことでそれを達成することができると踏み、この合同訓練が実現した。

 

まずは行動予備隊同士で紅白戦の訓練を行う。手の内を知り尽くした相手でウォーミングアップをさせた後BSWを交えた紅白戦を行うことで、今までの自分たちと何が違うのか各々が比較することが効果的だろうという算段だ。

 

「けど、先にメランサさんやフェンさんの動きを見るのは不公平だったりしませんか?」

 

「いや、手の内を知られた上でどう動くかも向こうの訓練だ。実戦で動きを一回見られたから負けました、なんざ話にならんからな」

 

「な、なるほど……」

 

「戦場に公平は無い。何よりこの訓練も実戦を想定している、遠慮なく上から観ておけ」

 

「わかりました」

 

付け加えるなら、戦う相手のあらゆる情報を入手した上で、どう活かせるかでも部隊の任務成功率は変わってくる。この訓練で、ジェシカがどれだけのことをやれるかもスネークは観察するつもりだ。

 

「私メランサに声かけてくるから先に上がって良いわ」

 

「そうか、なら移動するぞ」

 

そう言ってスネークは訓練室内を見渡すことができる場所へと移動し始める。フランカは行動予備隊の面々が集まっている方に一人向かっていき、ほかのメンバーはスネークと共に上へと移動していく。

 

「今日の訓練はここ二ヶ月の訓練の総復習みたいなもんだ。今のお前ができることをやっていけばいい」

 

「はい……正直、あんまり成長してる実感はないです。けど、はい。今の私にはリスカム先輩やフランカ先輩、ドーベルマン教官に、BSWやロドスで教わったものがたくさんあります、よね?」

 

「うん、そうだよ。何より訓練だからね、いま全部出来なくたって大丈夫」

 

リスカムがジェシカの肩にボンッと力強く手を置き言葉をかける。その手には後輩への心配や杞憂ではなく、信頼と確信がたしかに置かれていた。

 

「さて、そろそろ訓練の開始時刻だ。他の部隊の動きを見るのも訓練の一環だからな。ジェシカ、あとバニラ。お前たちはキルハウスの中と外の全体を見渡せる場所にいておけ。見学中に移動しても構わん」

 

「わかりました」

 

「は、はい!」

 

ジェシカと共に名前を呼ばれたバニラはやや驚きながらも、スタスタと見やすい位置に移動するジェシカの後ろを早歩きで追いかけていく。

 

「私はあんまり見ない方が良い?」

 

「いいや、あくまで訓練の主役がジェシカというだけだ。むしろアドバイザーとしてウチの部隊の動きを見てもらえる方が助かる」

 

先ほど登ってきた階段からドーベルマンがこちらにやって来ながら、リスカムの言葉に返事をする。階段にはフランカの姿も見えた。

 

「あら、随分と私たちのことを信用してくれてるわね」

 

「ロドスとBSWは正式な業務提携を結んでいる、その中には秘密保持も含まれていることは君なら知っているだろう」

 

「まあね、じゃなきゃうちのラーニングシステムも使えないしね」

 

「ん、ラーニングシステムってのは何だ?」

 

「簡単に言えば戦闘訓練計画を作ってくれるものよ。ま、ウチが開発したチップだと思ってくれれば良いわ」

 

聞き慣れない単語にスネークが反応すると、フランカが答える。どうやらBSWの育成プランをロドスでも使用している、ということなのだろう。戦闘訓練とチップがどう関係しているのかはピンとこないが、BSWが開発・運営しているシステムであれば眉唾な物では無いのだろう。

 

「この訓練は集団での戦闘能力の向上だ。勝ち負け以上に、行動予備隊に経験と気付きを与えてやりたい」

 

「なら、遠慮なくやらせてもらうわよ〜」

 

「まずは見学だがな」

 




宣伝です

明日、pictSQUAREにて開催される『ノアの休日2』に参加させて頂きます。
会場はこちら https://pictsquare.net/650efsung6xkcty52qvauyo21klmubzr
当日は6番艦のえの3におります。

頒布する小説についてや、イベントの詳細については下記のTwitterを確認していただけますと幸いです。
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