乃渡由比はバトスピテスターである (monochrome:黒)
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その名は「バトスピテスター」、乃渡由比__壱
時は烈火幸村が炎利家を倒し日本全国中にその噂が流れた頃
とある地方のとある場所で、薄い紺碧の瞳と透き通る様な紫苑の長髪を結流した19程度の女が居た。白の襟詰シャツに萌黄色と紅の袴にまるで白衣の様に白い羽織を着た、黒タイツにエナメル下駄を履き込んでいる。
「だから私は炎利家に用があって貴方に用は無いんです。炎利家を出して下さい。」
関東一バトスピが盛んな街、「武蔵」。
どこも彼処もバトスピ一色に染まった街の中
その中で一番目立つ武蔵スタジアムの前で女___乃渡由比はとある男と押し問答をしていた
「だーかーら‼︎お前みてぇな奴に利さん出す訳ねぇだろうが!クソッ、こんな事前にもあったような…。」
目の前にいるのは炎組親衛隊筆頭、赤井長頼。
事前に調べておいた情報では武蔵スタジアムは赤使いS級カードバトラー、炎利家率いる炎組のホームだった筈だ。
由比は利家に用があって………………否、態々炎利家ではなくても良いのだが兎に角腕の立つバトラーとバトスピがやりたいのだ。
だが目の前にいる赤井と言う男が竹刀を持って邪魔をする。成程、何か知らないが前科っぽい事はかつてあったのか。
ともあれこうして押し問答して時間を浪費するのは良くない。こっちにだって色々と予定がある。正直に言えば一分一秒が惜しい訳である。
由比は少し思考した後、赤井にこう問い掛ける。
「じゃあどうしたら炎利家を出してくれます?」
「ハッ!この俺、炎組筆頭赤井長頼様をぶっ倒す事が出来たなら利さんを出してやるよ!……やっぱりこんな事前にもあったぜ…。」
前科の事を思い出してしまったのか不愉快そうな顔をする赤井。
何があったかはどうでもいいが条件は出して貰えた。
これで勝てば晴れて由比は炎利家に勝負を挑める。
だが念には念をだ。紺碧の瞳を三日月に歪ませ口角を弧に吊り上げながらこう言う。
「"約束"ですよ?」
「っ⁉︎お、おう…。」
(何だ此奴…怖ぇ……)
■
赤井の案内の下スタジアム内に入るとそれはそれは広い3Dバトルフィールドが存在していた。
観客席にはあまり人が見受けられず何方かと言えば3Dバトルをせず観客席でバトルをしている人間が少数しかいない。居ても炎組の人間の割合が多くヤンキーの溜まり場の様にも見受けられる。
「閑散としているなぁ」と思っているとウィーン…とした音が聞こえた。
音の方に視線をやれば赤井が3D用バトルマシンを丁度出したところだった。
「さぁテメェもマシンを出してバトルしやがれ!」
威勢良く大声を張り上げる長頼。
過去の前科が余程尾を引いているのか若干苛つきの声色も含んでいる。「早くしろ」と遠回しに言われている様なものだ。
「……ハァ…」
流石の由比も溜息を吐きざる負えなかった。
こう過去を連想させられてそれを八つ当たり気味にさせられるのと言うのは気分が悪い。自分は何もしてない。お門違いも良いとこだ。
もう一つ溜息を吐きながら赤井と相対する様に距離を取り、そして_________________________懐から"星月紋を象った青いデッキケース"を手に取った。
一般の通常3D用専用マシン?そんなもの由比には必要ない。
何故なら自分は______
「降りしましませ、「
「何っ⁉︎」
(まさかコイツも……⁉︎)
声を上げて呼べば轟ッ!と言う音と共に「専用マシン」が現れる。
一言で言うならそれはまるで夜の体現。青をベースとした機体には雲の様な部品が付き、黄金色の星が散りばめられ、後方部には細い三日月に小さな円___星月紋が輝いていた。
専用マシン「尊星王」。
それが乃渡由比の専用マシンであった。
とどのつまり_____________________________
「テメェもS級バトラーかよ‼︎お前…
「私の名は乃渡由比。IBSAに重宝されし日本唯一の「バトスピテスター」です!」
その言葉に赤井は驚きつつも聞きなれないワードに眉を潜めた。観客席にいる炎組も同様、いいや他のバトラー達も誰も彼もが胡乱げな顔をした。
「「バトスピテスター」ァ?何だそりゃ?」
「聞いた事ねぇぞ」
「出鱈目言ってんじゃねぇ!」
四方八方からのブーイング。
まぁ「バトスピテスター」と聞いて一発で理解出来る人間はそう居ないだろう。元からそう言う反応は予想していた為由比は無視してデッキをセット、それから山札から4枚カードを引きニヤリと口角を上げこう言って見せる。
「「バトスピテスター」が何なのか、それはバトルすれば解る事。さぁいい加減始めましょ?"貴方に省いている時間はとても惜しい"のです。」
「っ!言いやがったな…吠え面かいても知らねーぞ!」
「「ゲートオープン!界放!」」
こうして乃渡由比vs赤井長頼とのバトルが幕を切って落とされた。
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その名は「バトスピテスター」、乃渡由比__弍
決まり文句を叫べばフィールドが展開され由比と赤井のバトルが始まった。
先攻は言わずもがな由比である。
スタートステップ、ドローステップを踏み、メインステップ。
「コスト3の『ノーザンベアード(RV)』をLv1で召喚。バーストをセットしてターンエンド。」
「俺のターン!『オードラン』と『レイニードル』をLv3で召喚!」
赤井が召喚したのはコスト0の『オードラン』とコスト1の『レイニードル』。いや、実質『オードラン』で軽減を満たしている為『レイニードル』はノーコスト召喚されている。
「まずは軽量スピリットで場を固める、か」と心の中で思っていると赤井が動いた。
「あん時は守ってばっかだったが今度はそうはいかねぇ!アタックステップ!Lv3の『レイニードル』でアタックだ!」
(『レイニードル』のBPはLv1の『ノーザンベアード』と同じ4000…相討ち覚悟、もしくはそれを危惧して私がライフで受けると踏んだと考えるべきかなぁ。)
「あの時」と言うのはその時やりあったS級バトラー相手には後手で痛い目にあったのだろうか?
残念ながら由比はその時やりあったS級バトラーではない。だからこそ_________________________ガンガン攻め手とは限らないのだ。相手の『レイニードル』のアタックは…
「"『ノーザンベアード』でブロック"。『ノーザンベアード』のブロック時効果を発揮、ボイドからコア1つをこのスピリットに置いてターンに一回回復する。コアの追加でLv2にパワーアップ、BP8000!」
「び、BP8000だと⁉︎」
襲いかかってきた『レイニードル』が『ノーザンベアード』と相克する。竜は炎を口から噴き出すがそれを空かさず避け退けた『ノーザンベアード』が相手の尾をガッシリと掴み床へと容赦なく叩きつけ爆発の花を咲かせた。圧倒的に攻撃力で上回る白熊は「来るなら来い!」と言わんばかりに威嚇行為すらしている始末だ。
結果は相討ちでもなく赤井のスピリットが破壊され、オマケにコアブーストをさせてしまったと言う見るにも耐えない有様である。
相手はやりようのない怒りと悔しさを何とか押し殺し「ターンエンドだ…」と己のターンエンドを告げた。
「では私のターン。『麒麟星獣リーン(RV)』をLv1で召喚ターンエンド。」
「黄色のスピリットだと?」
「「今の私」は差し詰黄色と白の混色使いです。さぁ貴方のターンをどうぞ?」
「っ、その余裕面ムカつく野郎だぜ。俺のターン!『オードラン』をもう一体召喚!更に『モルゲザウルス』をLv3で召喚!」
不測コスト確保の為『オードラン』一体を犠牲にした『モルゲザウルス』のBPは6000。少なくとも今の『ノーザンベアード』とは2000の差がある。だが確かあのカードにはそれ相応の効果があった筈だ。
「アタックステップ!『モルゲザウルス』行って来い!」
「…『ノーザンベアード』でブロック。ブロック時コアブースト!」
「ハッ!『モルゲザウルス』のアタック時効果!アタック時コイツにBP +2000する!『レイニードル』の仇だ!共倒れだぜ!」
『モルゲザウルス』の鉄球の様な尾を『ノーザンベアード』は受け止めるが相手も自分も同じBP8000。双方ジリジリと鬩ぎ合い、最終的に轟音を響きさせながら2つの爆発の花を咲かせた。
だが、あっちが執念深く『ノーザンベアード』を倒す事に必死になっていた様に……こっちにもこっちでまだまだ終わらせる訳には行かない。その為にこのバーストを伏せておいたのだから。
「「相手によるスピリット破壊」によりバースト発動!マジック『ランパートウォール』!このバースト発動時に消滅又は破壊された自分のトラッシュにあるスピリットカードを1枚手札に戻す事が出来る。お帰りなさい『ノーザンベアード』。」
「なんだと⁉︎」
「そして戻した時自分の手札にあるブレイヴカードか系統「武装」を持つスピリットカードをノーコストで召喚出来る!…舞えよ舞え、怪しき也し姫。「異魔神ブレイヴ」____『魔神姫』をノーコストで召喚!」
途端、フィールドに蜘蛛の糸の様な六角形の紋様が浮かび上がりその中から『魔神姫』が持っている扇を舞わしながら顕現した。
名前も聞いた事もなければ、「異魔神ブレイヴ」と言うワードすら知らないバトラー達はそれに驚きを隠せないでいた。「異魔神ブレイヴ」と言うのもそうだが何より____コアが置かれていなくともフィールドに存在しているブレイヴなど普通なら有り得ない。
けれどもそれがしっかりと成されている。
一切の不備も不正も無く証明として『魔神姫』は存在しているのだ。
「ブレイヴがコア無しでフィールドに存在してる…?」
「異魔神ブレイヴってそんなカード聞いた事ねぇぞ」
「一体全体どうなってんだ…?」
誰も彼もが目の前の状況を呑み込めず動揺が広がる。
由比はそんな彼等の反応に内心笑いを溢しながら、変わりのない口調でこう答えた。
「____「バトスピテスター」とは未だ面の世に出て来ていないカードを使い、バトルしながらデータを集めて研究するカードバトラーの事を指します。つまり私達「バトスピテスター」は貴方達の知らないカード使ってバトルする。……言ったでしょう?バトルすれば解るって。」
「つまり誰も手に入らねぇカード使って戦う狡っつー事じゃねぇか!」
「ズル?言いましたよね?研究の為のデータ集めだと。そうしていつか貴方達バトラーの手に下りて来る……循環器の様に私達はテスター者としてこうしてバトルしているだけです。因みに「異魔神ブレイヴ」は維持するコアを必要とせず、疲労せず、スピリット状態である時アタックもブロックも出来ない効果を持つカードです。」
そう言って『ランパートウォール』のフラッシュの効果を使い相手のアタックステップを強制終了させる。
……「狡い」と言われて由比は否定しない。
誰も持たないカードを使って戦う。フェアのカケラなんて一つもない不平等。知らないカードの効果を使って相手を上回るのは「卑怯」と言わずに何とする。
そんな己を嘲笑しながらも、由比は自分のターンを進める。スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、メインステップ…
「…私達は誰も持たないカードで何処まで相手がどれだけ対応出来るのかもデータ採取項目に入ってます。」
「?」
「そこまで言うのであれば対応してみせて下さい。私達テスター者のバトスピの真意はそこにある。_____戦いを見守りし豊穣の女神!この争いを打つ為に聖なる羽を広げ現れよ!乙女座の12宮スピリット『戦神乙女ヴィエルジェ(RV)』をLv1で召喚!!」
瞬間、フィールドに乙女座の星座が現れ薔薇の花が咲く。真っ白な羽が微かに舞い花弁が一つ一つ捲れ、その中から出る様に『戦神乙女ヴィエルジェ』は現れた。
これぞ数多に入れているカードの中で唯一のキーカード、『戦神乙女ヴィエルジェ』。ふんわりと膨らませた花の杖を掲げ、6枚翼を広げる戦の乙女。黄金色の髪と薔薇達の組み合わせが愛らしさと美しさを目立たせる。
「『戦神乙女ヴィエルジェ』の召喚時効果発揮。自分のライフが5以下の時ボイドからコア1つをライフに置き、相手のスピリット一体を手札に戻す。」
無論その対象は『オードラン』。
この効果で赤井のフィールドはガラ空きになった。一気に勝負を決めるのなら"今しかない"。
「『戦神乙女ヴィエルジェ』と『麒麟星獣リーン』を『魔神姫』に其々左右に
「2体同時
「アタックステップ、左
「ライフで受ける!っ、だが俺のライフは残り3つあるんだぜ?全部は削り切れねぇ筈だ!」
確かに赤井のライフは残り3つ。例え此方に
由比はニヤリと笑いこう告げる。
「いいや赤井長頼、貴方に次のターンは無い。右
「何だと⁉︎チッ!ライフで受ける!」
青いバリアが展開されリーンのアタックで赤井のライフがまた2つ削れる。残りはたった1つ。ブロッカーは0。一方で由比のフィールドにはマジック『イエローリカバー』で回復したヴィエルジェ基
最早誰が見ても結末が目に見えていた。
そうして由比はヴィエルジェのカードに手を翳し、ラストアタックを宣言する。
「
「っ、くそおおおおおおおおおおおおおおっっ‼︎‼︎」
赤井長頼のライフ:0
勝者:乃渡由比
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その名は「バトスピテスター」、乃渡由比__参
赤井とのバトルは由比の圧勝で終わった。
その光景に観客席に居るバトラー達は「スゲー!」「ライフ1つも取られずに勝っちまった!」「何者なんだ⁉︎」と思い思いに言葉を口にしては騒いでいる。いつのまにか閑散としていた客席もバトルを何処かで聞いたのか、先程よりも人が集まっており観客席を埋め尽くす程で差物の由比も目を見開いてしまった。
「騒ぎを大きくし過ぎたかなぁ」と少し反省しながらデッキをしまって専用マシンを飛び降りる
………………と、炎組の人間達が怖い顔でズラリと並んでいた。どう考えてもガンを飛ばされている。少なくとも怒っている理由は先程のバトルだろう。
「それでは勝負に勝ったので炎利家を出して貰えますか?」
「巫山戯んじゃねぇ!あんな勝負で利さんを出せる訳ねぇだろ!」
「得体も知れねぇS級に利さんを会わせられるか!」
「そうだそうだ!」
……と言えば非難の大嵐。
「あんな勝負」と言われて仕舞いには「得体の知れない」呼ばわりとは仮にも女の子相手にその暴言はこれ如何に。いやこれ普通に名誉毀損なのでは?と思う自分であった。
流石の由比もここまで言われて許せられる程心が広い訳では無いし、御人好しでは無い。なのでここは敢えて怒らず、気持ちの悪い程の笑みたっぷりとした笑みでこう押し通す。
「"約束"って______そう最初に言いましたよね?」
「つっ⁉︎そ、そんなのあんなバトルで約束を守れる訳ねぇだろうが!」
「破るつもりですか?東武蔵を占める炎組がたった1人の小娘に臆するなんて笑い草ですね?」
「んだとテメェ!」
「!」
由比の無意識の煽りに単純なまでに怒りを表した赤井が拳を振り上げたその時_________それを遮り、由比と赤井の間に割って入る男が1人。紅の鶏冠頭に赤黒い髪を後ろで束ね、へそ出しの深緑のタンクトップに白とズボン。ファー付きの黄色をベースとした黒と赤の上着を着込み黒ブーツを履き、腰には虎が象られたデッキケースが上着の隙間からチラついた。
高楊枝を咥え目元に戦化粧を施したその男___炎組の上に立ちこの東武蔵を占めている張本人たる赤属性のS級バトラー、炎利家は目の前の光景に不愉快そうに眉を潜めると赤井達にこう問うた。
「……テメェ等女相手に何やってんだ。」
「利さん⁉︎い、いやその、この女が得体の知れないカードを使って来るんでもんで…」
「そんな奴に利さんに会わせる事は出来ねぇって俺達…」
さっきの威勢の良さは何処へ行ったのやら。利家が出て来た瞬間炎組の人間達は萎縮する様に口籠る。そりゃそうだ、何処の社会でも上司にタメ口で威勢よく口ごたえ出来る人間なんて居ない。しかも目の前の人間が怒っていると誰から見ても解る状態なら尚更だ。
部下達の言い訳に「チッ!」と舌打ちすると利家は赤井の拳を下ろさせ、不愉快そうな口調のまま
「女に手を出すってのは趣味じゃねぇ。
「で、でも利さん、」
「うるせーうるせー。お前等、この炎利家がんなモンでビビって逃げ出す男だと思ってんのか?」
「それは……」
「得体の知れないカード?面白れぇじゃねぇか。俺達も知らねぇS級バトラーが使うそのカードを見せて貰おうじゃねぇの。」
不愉快そうな口調から一転。
血走った紅の瞳を好戦的に煌めかせ、口角を上げて利家は部下達にそう告げる。その口調はまるで面白い玩具でも見付けた様だ。
完全にノリ気なリーダーに下っ端の誰もが反論出来ずに押し下がった。火種を入れたら勢いよく燃え上がる炎をどう止められようか。下っ端達とは裏腹に、利家の言葉で更に熱が上がるスタジアムは由比と利家のバトルを決して逃れられないものにしている。
下っ端達が完全に下がると利家は一度"ある方向に視線を向けてから"此方視線を向けると薄く笑って
「つー訳だ。何処の馬の骨だか知らねぇが次はこの炎利家と遊んでくれや!」
「望むところです。貴方とのバトルならこのデッキを最大限にまで活かせそうですよ。」
「いいねぇ!そうやって強気な奴ぁ嫌いじゃないぜ!_______来やがれ!「炎獣王」ッ‼︎」
腰のデッキケースを取り出して掲げ、己の専用マシンの名を叫ぶ利家。途端轟ッッッ‼︎と言う耳朶を叩く様な音を立てて彼の背後に虎を模した専用マシンが降り立った。
(虎を模した専用マシン…なら炎利家のデッキ系統は______)
専用マシンからデッキ系統を推測しつつ由比は「尊星王」に乗り込んでデッキをセットした。
相手は関東一の赤属性使いと謳われた炎の猛虎。
バトルのデータ収集の為故、冷静に観察しなければならないのに相手が相手なだけであってこれから始まるバトルがどんな展開になるか楽しみで胸が熱くなってしまう。ふっと気を緩めれば笑みが溢れてしまいそうだ。
未だ表に出ていないカードを使いバトルし、そのデータを収集していつか人々の手に下りて来させるのが目的の「バトスピテスター」と言えども根元は同じ一介のカードバトラーである。強い相手を前にして平然となんかしていられない。
デッキ上から4枚ドローした由比は対峙する利家を見据えながらこう告げる
「私は「バトスピテスター」乃渡由比!炎利家、いざ尋常に勝負して頂きます!」
「威勢がいいじゃねぇか、テメェの力出し惜しみ無く見せて貰うぜ!」
「「ゲートオープン、界放‼︎」」
「バトスピテスター」乃渡由比vs「炎の猛虎」炎利家。
お決まりの掛け声と共にS級バトラー同士のバトルが切って落とされた。
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炎の虎vs白銀の獅子__壱
お決まりの掛け声を叫ぶとスタジアムの床が長方形に光が走り、バトルフィールドが展開される。
先攻は赤井の時同様、由比だ。
手札に来たカードは悪くない。赤井の時は「異魔神ブレイヴ」を出すだけで終わってしまったが…さて、炎利家は何処までやらせてくれる力を持っているのだろうか?
「先攻は私です。スタートステップ、ドローステップ、メインステップ…コスト4の『光り輝く大銀河』をLv1で配置!」
途端、背後に黒よりも深い闇色に散りばめられた星々と象徴と言わんばかりに大銀河が形成される。そのカードが配置された瞬間、スタジアムの観客が一気にどよめいた。当たり前だ、先程まで黄白混合のデッキを使っていたバトラーが突然"赤属性のネクサス"を配置したのだ。
その雰囲気を察したのか利家は訝しげに眉を潜めた。問い掛けようとして口を開き掛けたソレを自分は言葉で遮る。
「赤属性のネクサスを配置しただけで驚かないで下さい。これはただの下準備、私の今のデッキは白と黄色の混色デッキです。……これで私はターンエンド。さぁ次どうぞ?」
「俺のターン。スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、メインステップ!コスト0の『オードラン』とコスト2の『ヤイバード』を其々Lv1、Lv2で召喚!」
(やっぱり系統「皇獣」を使う赤バトラーだった。)
『ヤイバード』はコスト2と言っても『オードラン』で軽減され実質コスト1での召喚だ。しかもしっかりと『ヤイバード』にソウルコアがのせられていた。
「バトスピテスター」と名乗るからにはそれなりにカードの情報も知識として頭に存在している。それもまたテスターになる資格たる要素であるからだ。だからこそ『ヤイバード』には充分に警戒しなければならない。あれにソウルコアが乗っている時の効果は確か……
(赤属性が得意とする要素の1つ「BP破壊」。破壊された時に6000以下のスピリットを道連れにする効果!)
まるで【呪撃】にも似た効果。
油断をすれば此方が逆に喰われてしまう。赤属性と言うのはそう言う要素があるからこそ自分は警戒の心を忘れない。
「先陣はテメェが切れ!『オードラン』でアタック!」
「ライフで受ける!」
『オードラン』が吹き出す炎が由比のライフを1つ砕いた。これで自分のライフは残り4つ、『ヤイバード』でもう一点狙ってくるかとマシンの手摺りを握り締める___________が、
「ターンエンドだ。」
「ターンエンド…?『ヤイバード』でアタックして来ないのですか?」
「焦るなよ、バトルはまだまだ始まったばかりだ。もっと楽しもうぜ。」
由比の問い掛けに口角を上げて答える利家。
確かにバトルはまだ始まったばかりではあるが…ガンガン攻めて来ないとは然しものの由比も拍子抜けしてしまうと言うか……何と言うか赤属性ならば攻める時は攻めると思っていたので調子が狂ってしまう。
だが冷静になって考えれば彼方にはブロッカーが1体居る状況だ。
その気になればいくらだってブロックに走るだろう。ブロックして、破壊されて、此方のスピリットが道連れ。『ヤイバード』を残してターンエンドしたのは少なからずともそう言う意図があるからだ。ならば精々喰われぬ獲物になれるよう努めるか。
「私のターン。コスト3の『セイルフィッシュ(RV)』をLv2で召喚。ターンエンド。」
「俺のターン。もう1体『ヤイバード』をLv1で召喚。アタックステップ、Lv2の『ヤイバード』でアタックだ!さぁどう出る⁉︎ライフか?それともバトルか?」
利家がアタックを仕掛けたのは無論ソウルコアの乗ったBP3000の『ヤイバード』。BPが5000の『セイルフィッシュ』でも十二分にブロック出来る状況だ。しかし相手には道連れする効果を持ち合わせている。安易にブロックなど出来ない…………と、思うだろう。
しかし由比はフッと薄く笑い"カードに手を翳した"。
それはつまり、
「『セイルフィッシュ』で"ブロック"!」
「かかったな!『ヤイバード』のLv 1,2,3の効果発揮!コイツにソウルコアが置かれている時破壊されたらBP6000以下のスピリットを1体破壊する!テメェも道連れだ『セイルフィッシュ』!」
所々に鎧を纏い剣を持つ鷲の様な鳥が青き飛び魚と上空で相克する。『ヤイバード』が食らいつこうとしては『セイルフィッシュ』が回避し、自らの翅で斬り刻んとす一進一退の攻防を繰り広げていた。
利家の言う通り、『セイルフィッシュ』のBPは5000。『ヤイバード』の破壊判定内に入っている。しかし、…もしも『セイルフィッシュ』にソレを覆せるだけの力があるとしたら?
ガッ!と『ヤイバード』の爪が『セイルフィッシュ』を捕らえる。己諸共破壊する為に剣を持った鳥は必死に羽交い締めにしようとするがそこで由比は『セイルフィッシュ』に力を与える様にこう叫んだ。
「『セイルフィッシュ』Lv2の効果発揮!このスピリットは相手のスピリット又はアルティメットの効果を受けない!『セイルフィッシュ』、そのまま討ち取れ!」
「何だと⁉︎『ヤイバード』‼︎」
由比の言葉に呼応して『セイルフィッシュ』が『ヤイバード』の爪から抜け出し、そのまま一気に翅で斜めにザンッ‼︎と言う効果音が付きそうな程一閃を浴びせ相手の『ヤイバード』は爆発の花を咲かせた。
思わぬ結果に相手は微かに目を見開かせたが、すぐに面白そうに強気の笑みを見せた。
「ハッ、成程な。わざとブロックしたのは隠し球があるからってな訳か。」
「お気に召したのなら結構です。まだまだありますがアタックしますか?」
「いいや、このままターンエンドだ。もっと見せてくれんだろ?その「隠し球」ってヤツを。」
「はい、見せますとも。「バトスピテスター」としてもっともっと見せてあげましょう。ここからがもっと面白くなるんですから。」
ここからだ。ここから漸くこのデッキの真骨頂を見せられる。
赤井では「異魔神ブレイヴ」しか見せられなかったが……目の前の男ならそれ以上の事をさせてくれるだろうと由比は半ば確信を得て自分のターンを宣言した。さあまずは……下拵えその2と行こうか。
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炎の虎vs白銀の獅子__弍
「バトスピテスター」乃渡由比対「炎の猛虎」炎利家のバトルを……炎の様に赤い髪を六銭文の飾りがついた黒と白のヘアバンドで上部に留め、青色に黄色のラインが入ったTシャツに赤い陣羽織を羽織り、灰色の少し大きめのズボンに赤い色に龍を象ったデッキを下げる13歳程度の少年_____つい最近武蔵に彗星の如く現れた赤属性のS級バトラー、「烈火幸村」も観客の一人として見ていた。
部屋で環奈とデッキの事で話をしていたらドタドタと佐助達が階段から慌ててやって来て、「炎組に「バトスピテスター」って名乗ってる奴が赤井長頼を相手にバトルしてるんだ!」と大声で言うものだから気になって見に来た次第である。
(一体…あのバトラーは何なんだ…?)
幸村達がスタジアムに着いた時には乃渡由比と名乗るバトラーが「異魔神ブレイヴ」なる誰も知らない、見たこともないカードを召喚しているところだった。
バトスピについては誰よりも博識である環奈に問い掛けても「拙者も知らぬカードでごじゃる。」と答え首を横に振った。更に環奈が言うには乃渡由比が召喚した『戦神乙女ヴィエルジェ』にはライフ回復効果を持っていても手札戻しの効果は持っていない筈だと言う。
より謎が深まったところで利家とのバトル。
戦況は利家の『ヤイバード』を破壊して彼女のターンに移った。
「私のターン。コスト4のネクサス『時刻む花時計(RV)』を配置。配置時効果で"〈星座封印〉"!『セイルフッシュ』のソウルコアを"私のライフへ"!」
「ライフにソウルコアを置いた⁉︎」
「ごじゃ⁉︎『時刻む花時計』にその様な効果は無いでごじゃる‼︎」
『セイルフッシュ』に置かれたソウルコアがシュン!と言う音と共に消え、バトルでライフで受けた時の様にソウルコアがまるで紋章の様に現れて消えた。恐らくライフに置かれた事を意味しているのだろう。
その光景に幸村や利家含む、由比以外の誰もが瞠目した。「ライフにソウルコアを置く」そして「〈星座封印〉」と言う聞き慣れない_____否、初めて聞いたワードに幸村達は驚きを隠せない。今まで見た事も無ければ聞いた事すら無いのだ。先の「異魔神ブレイヴ」同様…初めて聞くもの目にするものに頭の中が?マークで埋め尽くされるのは道理である。
そんな幸村達に呼応でもする様に、乃渡由比は胸に手を当ててこう告げる。さながらそれは壇上に立つ役者にも似ていて…
「〈星座封印〉___基〈封印〉と言う効果はある特定のスピリット又はネクサスが持つ効果です。ネクサスならば配置時、スピリットであるならば召喚時やアタック時など様々。〈封印〉する事で特別な効果を発揮する事も出来、バトルを有利に進める事が出来ます。」
「〈封印〉…。」
「つ、つまりどう言う事なんだ?」
「あの者の言う事が正しいのであればある条件が揃った時にソウルコアを己のライフに置く事が出来る、それが〈封印〉でごじゃる。そして〈封印〉された事で真の力を発揮するカードもある。と言う事でごじゃろう。」
乃渡由比の説明を吸収し、なるべく解り易く噛み砕いて佐助達に説明する環奈。無論環奈とて初見の効果だ。過去の例等の知識が無い以上、彼女の言葉を鵜呑みにして言葉にするしかなかった。
「乃渡由比…「異魔神ブレイヴ」や「〈星座封印〉」を扱うものの、根本的には【星魂】【光導】を主軸としたブレイヴ使いでごじゃろう。『光輝く大銀河』…あのネクサスは手札にある【光導】を持つスピリットをコスト5として扱う効果を持つでごじゃる。」
「と言う事は……」
「左様、あの者の使うデッキは12宮スピリットをキーとした白と黄色の混色ブレイヴデッキでごじゃる。」
先の赤井とのバトルと現在行われている利家とのバトルで導き出した環奈の答え。デッキとしては珍しいタイプの色の組み合わせだが、系統で補っているのであるのならこの勝負……何方がどう動くか予測不能になって来た。
■
「『セイルフッシュ』をLv2のままにしてターンエンドです。」
背後に壮大な大銀河と紫色の空の下、色とりどりの花畑に囲まれた中で聳え立つ大樹に根付く様に掛けられた花時計を背負って由比は己のターンエンドを告げた。これだけ見れば何とまぁ派手で神秘的な光景なのだろうか。ずっと見続けるには目が疲れそうになるのが難点ではあるが。
アタックも仕掛けずにターンエンドをした由比に利家は一つの文句も言わず、ただ面白そうに笑みを浮かべながらこう言う。
「〈星座封印〉…それが第二の隠し球ってやつか。幸村の奴もそうだったがテメェも充分面白れぇわ!まるでショーでも見せられているみてぇだぜ!」
「ご満足頂けたのなら結構。テスターとして「見せる」事も仕事の内ですから。」
「だったらお次はコイツでどう防げるか見せて貰おうか!俺のターン!『オードラン』をもう一体召喚!」
もう1体の『オードラン』が召喚される。
このターンで0コストのスピリットを召喚するとは大抵のところつまり___
("大型スピリット"の召喚による軽減確保‼︎)
大型スピリットの召喚、若しくはキースピリットの召喚。利家の台詞から察するに後者の可能性が高い。ここで出して来ると言う事はバトルの流れを己のものにする気なのだろう。今までショーの如く新たな効果を色々と見せて来た由比を舞台から引き摺り落とす様に。空気を利家の色に染める気だ。
例え此方のライフが〈星座封印〉の効果で全回復していたとしてもキースピリットが大きな警戒になる。場にいるか居ないかの違いは天と地の差レベルだ。そう考えていると利家が動いた。
「これが俺のキースピリットだ!来い!俺の『センゴク・タイガー』!」
「来た……!」
利家のフィールドから燃え盛る炎が勢いよく吹き出し、その裡から頭に角のある兜と所々に外装を纏うそれは大きな虎がフィールドに現れた。姿からにして系統はやはり【皇獣】。由比は頭の中にある知識から『センゴク・タイガー』についての知識を引っ張り出して冷静に解析する。
(コスト6の大型スピリット…召喚時にBP20000以上のスピリット/アルティメットを破壊する…。Lv2以上からはアタックで自分のBP以下のスピリットを1体破壊出来る。更にソウルコアが乗っていればその効果でBP7000以上を破壊した時ソウルコアをトラッシュに置いて回復………。『セイルフッシュ』がLv2のままで良かった!)
地味に優良な効果を持っている『センゴク・タイガー』。これがスピリット/アルティメットの効果を一切受けない『セイルフッシュ』がいなければ確実に虎の餌食だ(『セイルフッシュ』は魚介類だから肉食獣の虎に食われるとはどうかと思うが)。
だがこのターンで決して由比のライフを削り切れないのは明白だ。相手だってそれは自覚している筈。ならば手段はただ1つ。_____0に出来なくとも相手のライフを減らす事である。
「挨拶代わりに行って来い!『センゴク・タイガー』」
「ライフで受ける!」
虎の大爪が削ると言うより抉り削る様な形で由比のライフを減らす。ガラスが割れる音と近い音が耳朶を叩き思わず由比も袖で庇う様な姿勢を取った。残りライフ4。だがまだ利家のアタックステップは終わらない。
「『ヤイバード』テメェもだ!」
「ライフで受ける!ここでフラッシュタイミング『ランパートウォール』!このバトルが終了した時アタックステップを終了する!不足コストは『セイルフッシュ』から確保、よってLv1にダウン!」
瞬間、ゴッッ‼︎と言う音と共に由比のフィールドに硝子で出来た巨大な要塞が現れ利家のアタックを阻んだ。これで由比のライフは残り3つ。フルアタックを仕掛けられたとしても0にはならないとは言え1になるだけだ。それに相手も相手でライフは5つ…無傷な状態、不利な状況なのは変わりない。
アタックステップを強制終了され、ブロッカー2体を維持して利家は「ターンエンド」を告げる。
……さぁ、そろそろ自分も何かしら行動を動かさなくては。
「私のターン。スタートステップ、ドローステップ…_____クス、ここで来てくれるなんて張り合いたくなった?」
ドローで引いたカードに自分だけが聞こえる声量で問い掛ける。あまりにも来たカードが「虎に負けていられないぜ」と言わんばかりなせいか、良すぎるタイミングで来てしまったからと言うか、おかしくて内心苦笑してしまった。
だがお陰様で勝ち筋は見えた。
あとは勝つ為に実行に移すだけだ。「リフレッシュステップ、メインステップ」と告げ、薄く笑って前座とも言えるスピリットを召喚した。
「……"双子は片割れ同士執着し共に星になりけり、しかしてそれは表裏を創り出す道化師となる
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炎の虎vs白銀の獅子__参
フィールドに双子座の紋様が現れ、そこから不気味に笑いながら4つの腕を持ち前後で顔が違う道化師____12宮Xレア『魔導双神ジェミナイズ(RV)』が現れた。体躯を維持しているのかわざとなのかフラフラとしていて正に惑わす様なスピリットである。まぁ実際、このスピリットはこれから大きく惑わしていくのだが。
「ジェミナイズの召喚時効果、デッキから1枚ドローする。その後自分の手札にある系統【神皇】【十冠】【異魔神】を持つスピリットカード又はブレイヴカードをノーコストで召喚出来る!____気に食わぬ者共を全て屠れ‼︎それがお前の望みであるならば‼︎異魔神ブレイヴ『頭突魔神』を召喚!」
途端、ドゴォッ‼︎‼︎と言う耳朶を叩く音がフィールド内を響かせた。視線を滑らせれば頭部に大きな黒い角をいくつも持ち、黒い後光の様な部品を付けた一言に言えば獣の様な機械の形をした『頭突魔神』がフィールドの床を名の通りの頭突きで現れた光景がそこにあったのである。
白の異魔神ブレイヴ『頭突魔神』。
赤井の時に召喚した『魔神姫』とはまた別の異魔神ブレイヴだ。
だがジェミナイズの効果はこれだけでは終わらない。"手札の1枚に指を絡めて"由比は得意げな笑みで更にこう告げる。
「そしてここで『子の十二神皇マウチュー』をLv1で召喚!ジェミナイズのLv2,3の効果発揮!系統【神皇】【十冠】を持つ自分のスピリットをコストを支払って召喚した時、手札から召喚されたスピリットと同じ系統を持つスピリットをノーコストで召喚する事が出来る!」
これぞ召喚の踏み倒し。
マウチューの系統には【神皇】が入っている。ならば同じ【神皇】を持つこのカードを召喚してやろうではないか。
手札から由比が切ったカード、それは______
「……"ネメアの獅子とは英雄に挑みし果敢なる獣なり、月光に照らされる白銀の獅子とは即ち
ジェミナイズ同様フィールドに獅子座の紋様が浮き出る。ゴオオオオッ‼︎と紋様を中心に覆い隠す様に凍てつく吹雪が荒れ、それを掻き消す様にストライクヴルム・レオは現れた。
機械色が強い白銀色の獅子。
黒色の鋼の立て髪が咆哮と共に揺れ、辺りに共鳴する。まるでこのフィールドは己の縄張りだとそう示す様に、己の存在をスタジアムに居る全てのバトラー達に誇示する様に。
フィールドの支配権は炎の虎から白銀の獅子へ。
道化師によって現れた獣は此方を一度見ると考える事を理解しているのか肯定の意を示して頷く。それを受け取った由比はそのままメインステップを進めて行く。
まだだ。ここからが最後のお膳立てだ!
「『時刻む花時計』をLv2にアップ。不足コストはマウチューと『セイルフッシュ』から確保。よってマウチューと『セイルフッシュ』は消滅する。」
レベルが上がった事によって巨木を囲う花畑に花弁が舞い上がり、対する『セイルフッシュ』とマウチューはフィールドから消え去った。スピリットが2体消滅したがこれで良い。これもまた由比の予想の範疇である。そしてこの2体を最後に____
「ジェミナイズとレオを『頭突魔神』に其々左右に
レオは元々のBPと『頭突魔神』の加算で回復状態で顕在する利家のスピリット2体のBPを上回っている。だがしかし、由比がやりたいのはそこでは無い。『頭突魔神』が自身の頭を前のめりにしたが同時、自分は狙いを定める様にカードを持たない片方の手で銃のジェスチャーを作ってこう言う。
「『頭突魔神』の右
「なっ⁉︎『センゴク・タイガー』‼︎‼︎」
『頭突魔神』の頭部の刺の様な角がドシュウッ!!と言う音と共に白い煙を立てながら発射され、『センゴク・タイガー』目掛けて雨の様に降り注いだ。無論無慈悲な角の雨に炎の虎は為す術なく身を貫かれ爆発の花を盛大に咲かせた。
キースピリットを失った利家はその現状に目を見張らせるも、それでも尚強気にこう言う。
「『センゴク・タイガー』を倒したところで俺のライフは5、ブロッカーも2体いる。破壊する対象を間違えたな!」
「いいえ?間違ってなんかいませんよ。……『時刻む花時計』のLv2〈封印時〉効果発揮!異魔神ブレイヴと
「何っ!?ブロックされねぇだと!?」
宣言した瞬間、利家のフィールドに回復状態で健在していた『オードラン』2体の足下に花が咲き始め、まるで動く事を許さない様にその四肢を絡めとって行く。
『時刻む花時計』の効果は〈星座封印〉するだけじゃない。異魔神ブレイヴに
「このアタックは"回避不可能"!
「チッ‼︎ライフだ‼︎」
「続けてジェミナイズでアタック!同じくネクサスの効果で異魔神ブレイヴと
「ライフで受ける‼︎だが残念だったな、それでも俺のライフを削り切る事は出来ねぇぞ!」
だが由比はその言葉に口角を吊り上げた。
_____忘れてはないだろうか?白銀の獅子座が"ある効果"を持っている事に。
わざわざスピリット2体を消滅させてまでネクサスをレベルを上げたのはブロックされない効果を使う為だ。それは合っている。だが、そうだからって、自分は削り切れ無いのに2体のスピリットを並べる程阿呆では無い。
アタックでジェミナイズは"疲労した"。
では、ストライクヴルム・レオは?
「『獅機龍神ストライクヴルム・レオ』のLv1,2,3の効果、このスピリット以外の系統【神皇】【十冠】のスピリットが疲労した時このスピリットは"回復する"!今一度立ち上がれ!白銀の獅子よ!」
「回復⁉︎まさかこれを狙ってやがってたのか⁉︎」
「御明察。私は「バトスピテスター」……単純なプレイミスなんて決してしない。そして____炎利家、貴方に次のターンは無い!
由比の言葉に呼応する様に白銀の獅子が利家のフィールド目掛けて駆け出した。片方の『オードラン』を『頭突魔神』が槍の雨の如く自らの角を発射し、容赦無く爆発の花を咲かせる。
獅子が猛虎の虎使いに鋭利な両爪を突き立てた。
嗚呼、最早この勝負誰が見たって理解出来てしまった事だろう。
「最後のライフ、頂きます。」
「クソッ!!ライフで受ける!!___ぐああっ!!!!」
『獅機龍神ストライクヴムル・レオ』が利家の最後のライフを砕く。この勝負、由比の勝ちである。
炎利家のライフ:0
勝者:乃渡由比
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炎の虎vs白銀の獅子__肆
バトルが終了したのと同時、観客席からドッと歓声が湧き上がった。「あの炎利家相手に圧勝したぞ!」「スゲー!」「利家を倒したバトラーの誕生だ!」などと色々と聞こえて来る。どうやら思っていた以上に炎利家と言う存在はこの東武蔵において大きい存在だったらしい。目で見た方が早いと言うのはこの事かと自分は改めて自覚した。
情報である程度は把握していたものの、結局のところそれはただの字で書かれた文章体であり所詮はデータに過ぎない。見て対戦して経験してこそ観客席の熱を含めて本当の炎利家を見れるのかもしれない。
デッキをケースにしまってマシンを降りるとすぐ目の前に対戦相手であった利家の姿があった。敗北を喫しても平生を保ち、やはり何処か飄々としたものを感じさせる彼は此方を見るなり頭を掻きながら
「負けた負けた、まさかこっちの効果を粗方防ぎ切られた上ブロックされねぇと来たもんだ。お見事としか言えねぇよ。」
「お褒め頂き光栄です。私の方こそ『センゴク・タイガー』を出された時は少しヒヤリと感じました。『セイルフィッシュ』のLvを下げていたらどうなっていた事か。」
赤属性の1つの特徴であるBP破壊は強力だ。
自分が使っていたデッキが白と黄色の混合デッキだったからこそ、白属性の特徴の1つ「相手の効果を防ぐ耐性効果」でBP破壊を阻止出来たのだ。あの場面、他のスピリットを出していればまんまとその効果によって破壊されていた事だろう。見事防ぎ切ったのはデッキが運良く回ってくれたからである。
あの時『セイルフィッシュ』が出て来てくれて本当に良かった。そう思わずにはいられない。
「〈星座封印〉に「異魔神ブレイヴ」、バトスピテスターってのは面白れぇモン使ってくれるじゃねぇか。楽しかったぜ、テメェとのバトル。」
「私も貴方の様な歯応えの有るバトラーと戦えて良かったです。炎利家さん。」
「「利」で良い。」
「え?」
予想だにもしていなかった言葉に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。何せつまりは「渾名」である。渾名で呼んでくれと言われた事がこの人生の中で一つもない由比は柄にも無く反応に困ってしまう。
成人してはいない年齢で、子供として見られつつも大人としても見られる此方としてはどう答えるべきなのやら。誰か教えてくれコミュニケーションが豊富な陽キャラよ!1人勝手に内心であたふたしまくった由比は口が滑った様にこう答えてしまった。
「えっ、あの、利「君」では駄目でしょうか⁉︎」
「……何てんぱってんだお前?利「君」はねぇだろ、
思いっきり半目で利家は言う。
いや、19歳の自分としては14歳の君はガッツリ子供なんですが。
圧倒的不服だと言わんばかりの口調に由比は非常に困った。今までの人生で渾名で呼べる程の親しい人間を作った事がないのだ。故に自分の人との距離感は「親しくも近過ぎない平行線の距離」をずっと保って来たのであった。それはバトスピテスターになっても同じ事、バトル相手とは知り合い以上友達未満の関係であれば何も問題は無い筈であったのに。
簡潔にまとめると他人を渾名で呼ぶのは距離感が近過ぎる、である。
「…どうしても「利」と呼ばなければなりませんか?百歩譲って「利家さん」では駄目です?」
「なんでそこまで頑に名前を短く呼ぶ事に抵抗感やってんだよ。」
「い、いやぁ…今までの人生、他人を渾名で呼ぶ様な友達が居ませんでしたので……。」
「つまりボッ______」
「じゃありませんっ!ちょっと1人でいる事が好きだった子供だっただけです!」
決してボッチでは無い!
だって他のバトスピテスター達とはそこそこ仲が良いと思っているし!でもやっぱり1人で居るのが好きだけど!
珍しく冷静さを取り乱した。
流石は武蔵、ここに居るバトラー達は個性が強い上距離感が近過ぎる。
頑に譲ろうとしない由比にさしものの利家も折れたのか、「ハァ…」と軽く溜め息を吐くと致し方なさそうにこう告げた。
「まぁ無理にとは言わねぇよ、テメェの好きな風に呼んでくれや。」
「では「利家さん」と呼ばせて下さい。どうもそうでないと落ち着かなくて。」
「「乃渡由比」だったな。覚えとくぜ、次は俺が勝つから覚悟しとけよ。」
「はい、いつでも挑戦を待っていますよ利家さん。」
此方に背を向けてスタジアムの中に戻って行く利家。
去り際に二本指を振って行ったので、由比は軽く一礼して応えた。
(「炎の猛虎」と謳われる炎利家……中々個性が強くて気に入ったバトラーには距離感が近い人だったなぁ。)
自分はバトスピテスターとしてデータ収集も兼ねて暫くはこの武蔵に身を置くつもりだ。それまで彼の様な個性ある強豪バトラーと戦う事になると考えるとほんの少しだけ心が踊って来たのだった。
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烈火の少年少女達__壱
炎利家とのバトルが終わり、由比はその後武蔵スタジアムを後にした。利家を倒した事で自分の名が全国に轟くであろう事など露知らず…ただテスターとしての仕事を1つ達成した感覚を覚えながら歩いている。
あれだけバトルしたと言うのに日はまだ西に傾いておらず、スマホを見れば時刻は午後13時。ちょっと遅めの昼であった。
(そう言えば…バトルに集中してたせいかお腹空いたな…。何処かでお昼食べて行こう。)
今更得た空腹感にお腹を摩り、近くに飲食店が無いか検索エンジンに頼ろうとした時_____背後から声を掛けられた。
「待ってくれ!」
「そこの者待つでごじゃる!」
「ゼーハーゼーハー!ちょっと止まってくれよ〜!」
「?___「待って」と言うのは私の事ですかね?」
いや、実際問題この道を歩いているのは由比しかいないのでガッツリ該当者なのではあるが…呼ばれた事に対して胡乱げな顔をしつつ後ろを振り返った。
声の主は6人組の少年少女であった。
1人は13歳程の少年で赤い髪に六銭紋のバンダナで髪を固め、青シャツに陣羽織、やや大きい灰色のカーゴパンツを身につけ更には腰に竜を象ったデッキケースを身に付けている。
その少年の傍にいる幼い少女は内巻きのピンク色の短髪で濃紺色のパーカーを頭まで被り可愛らしいリュックを背負ったなんと言うか幼いのに大人っぽい雰囲気がある。
そしてその後ろに居る小学生と思われる少年達だ。1人は赤マフラーに茶髪のまるで忍び装束を現代風にアレンジした少年。1人は眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の少年。1人は黒髪にふくよかな体型をした少年。後もう1人は黄土色の髪を結い上げた少年だ。
6人組は自分が歩みを止めるのと同時に息を切らしつつ、陣羽織の少年がまず声をかけてきた。
「あんたのバトル俺達も見てたぜ。見た事ないカードを使いこなすあのバトルは初めて見た。凄い強いんだな!」
「貴方は…?」
「俺の名前は烈火幸村。バトスピで天下を取る男だ!」
「そしてお主同じく炎利家を倒したカードバトラーでごじゃる。」
(ああ…成程、あの時利家さんが視線を向けた相手は彼だったんだ。)
つまるところライバルがスタジアムに居る事に気付いて、利家は幸村に視線を向けたのか。「このバトルを見ていろ」とそう言葉でなく行動で示した様に。
と考えて由比はふと、目の前に居る少年の名に気付いた。「烈火幸村」……確か彼もまた__
「貴方もしかすると暫くバトスピ界隈から消息を絶っていたS級バトラーの幸村君ですか?」
「っ!?なんで俺の事を___」
「私はバトスピテスターですから。日本のS級バトラー達の情報はある程度把握しているんです。」
これもまたテスターの仕事の1つである。
無論、自分が調べた訳ではなく"自分より上の人間達"が調べた情報を貰い受けた訳ではあるが。
深緑色の瞳を見開かせる幸村に由比はサラリと答えると、フードを被った少女が怪訝な面持ちでこう問い掛ける。
「「バトスピテスター」とやらの事、先のバトルで使っていた誰も知らぬカードや効果の事、一体何者なのか…お主には色々と聞きたい事があるでごじゃる。」
的確な問い掛けに由比は内心少女に感嘆した。
少女の問いはきっとあのバトルを見ていた者達全てが思っていた事だろう。だがしかしそれは大まかなものだ。態々"事細かく詳細に聞こうとする者はそうは居ない"
身の丈合わぬ程何に対しても疑問を持つ思考能力を持つ少女の視線に合わす様に自分はしゃがむと逆にこう問い掛けた。
「……貴女、お名前は?」
「拙者は黒田環奈。周りの者達からは「かんべー」と呼ばれているでごじゃる。」
「では環奈さん。教える代わりに条件があります。」
「条件でごじゃるか?」
「この近辺で美味しいご飯のお店に案内して下さい。実はバトル終わってから気付いたんですがお腹ペコペコで……。」
その言葉に鳩が豆鉄砲を喰らった様にキョトンとしてしまった少年少女達と同時、由比の腹の虫が大きく「グゥ〜〜…」と鳴り響いたのであった。
■
「ん〜っ!やっぱり空腹だと何もかもが美味しいですね〜!美味!!美味しい蕎麦のお店に案内してくれて有難うございます!皆さん!」
少年少女達一行に案内されたのは武蔵某所にある蕎麦屋だった。何処にでもありそうな、しかし古きよき和を兼ね備えた様な店内は時間もさる事ながらお客は少ない。それこそ主だった客は由比達くらいだろうと思われる。
麺大盛りの鴨南蛮蕎麦を美味しそうに啜る由比を見ていた赤マフラーに茶髪のまるで忍び装束を現代風にアレンジした少年___暁佐助はその姿を不思議そうに見ながらぼやいた。
「そんなに腹減っててよくあの利家に勝てたよなぁ。」
「バトルをしていると頭のアドレナリンが放出されて他の感覚が鈍くなっちゃうんです。物事に集中して他に注意が行かないのと一緒ですね。」
「俺だったら絶対腹減ってバトスピ処じゃ無くなっちまうぜ…。」
「「腹は減っては戦は出来ぬ」と言うけれど由比は反対だね。」
「逆にそんな状態でバトルに勝つなんて凄いよな。」
佐助の言葉に便乗するように黒髪にふくよかな体型をした少年__太一と、眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の少年__拓馬、黄土色の髪を結い上げた少年__有弥が思い思いに口にする。それが褒めているのか若干貶しているかはさておいて、蕎麦をペロリと平らげた由比は店員に「すみませーん、頼んだみたらし団子お願いしまーす!」と案外気にしていない様子で注文していた。
客が少ないのもあってすぐに出て来たみたらし団子の柄を掴みつつ「さてと、」と1つ言葉を置いて、
「お腹も充分に満たされた事ですし本題に入りましょうか。貴方方の問い掛けについて。」
「宜しく頼むでごじゃる。」
自分の言葉に真摯に頷く環奈。
幸村達も身を構える様にゴクリと喉を鳴らした。6人の光景にふふと微笑しながら答える為に口を開く。
「「バトスピテスター」とは先のバトルでも見ての通り未だに表の世に出ていない___解り易く言えば広く売られる前の新しいカード達を使ってバトルしデータを取り、最終的には人の世に出る事を目的とした特別な資格を持つバトラーの事です。」
「つまりバトスピテスターが使っているカードはその内俺達にも手に渡って来るって事か?」
「当たらずとも遠からず、ですかね幸村君。カードが人々の手に渡るか最終的判断は"上の人達"に委ねられますから。」
「上の人間…?「IBSA」の事でごじゃる?」
International Battle Spirits Association___略して「IBSA」。ここ日の本の国のバトスピ運営機関の事だ。日本のバーチャルバトルシステム普及とそのスタジアムの設置は彼等が行なった事であるし、この国のS級バトラー達はIBSAより専用バトルマシンが付与される。「日本と言えばIBSA」とすら連想される程ベターな存在であった。
しかし由比はその問い掛けに否定の意味での横に振った。手に持つみたらし団子を下から順になぞる様に1番上の部分に指を指し、見せびらかせる様にこう答える。
「Battle Spirits League of Nations___略して「BSLON」。IBSAよりも上、
「IBSAよりももっと偉い機関がある。」そう提言して。
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烈火の少年少女達__弍
「「バトルスピリッツ国際連盟」…?聞いた事無いな…。」
「「BSLON」なんてそんなのあったか?かんべー?」
「拙者も聞き覚えのない言葉でごじゃる。しかし、「国際」と言われているならばそれなりに大きな機関である事は間違いない。それでも尚聞き覚えが無いと言う事は_____"ひた隠しにされてきた"と言う意味でごじゃろう。」
誰も彼もが頭に?マークを浮かべる中でただ1人、大凡の推測を立てて言葉にした環奈。そんな少女に由比は「やっぱり察しが良いな。」と心の中で素直に感心した。何故なら___環奈が出した答えは"間違っていない"からである。
故に由比は肯定である意味の頷きで返し、
「環奈さんの言う通りBSLON__基バトルスピリッツ国際連盟は創立から現在までその存在を表に出していない国際機関です。日本のIBSAですらその存在を知る者は極偉い人間達に限ります。普通のカードバトラーならまず耳にはしないでしょう。」
「じゃあなんで由比は知ってるんだ?」
「…簡単な話、由比がそのBSLONの人間だからでごじゃろう。」
佐助の問いを由比ではなく環奈が返した。
そんな彼女に自分は「やっぱり頭が良い。」と思う。由比の言葉から幾つかのワードを絞り己なりに解釈をして、予測を立て答えを導き出す。かつて真の戦国時代に存在した有名なかの軍師の名が渾名として呼ばれているだけあるのはそう言うところもあるのだろうか?
彼女の言葉によって視線が一斉に此方を向く。自分はただそれに"首を縦に振って応えた"。そう…「バトスピテスター」乃渡由比とは……
「そう、私はBSLONに所属する人間。「バトスピテスター」とはBSLONが認め、新たなカードを使いこなせると判断された優秀なカードバトラーの事です。テスターの役目は先程説明した通り、まだ世に出ぬカードを使い世界各地を回りながらバトルをしてそのデータを集める事。そのテスターの数は私を含んでもたった3人しか居ません。」
言葉を休める様に注文したみたらし団子の1つをパクリと食べる。香ばしいタレの風味とモチモチした団子の食感が口いっぱいに広がって何とも美味であった。会話中でなければ感情を表に出してニコニコと食べていただろうに。
「たった3人」と言う言葉に1番に反応したのは佐助と拓馬だった。
「「バトスピテスター」って3人しかいないのか⁉︎」
「しかも3人だけで世界各地って無茶がありすぎだよ!」
確かにその言葉は御尤もである。
たった3人しか世界に存在しない「バトスピテスター」。しかも色々な国を回りながらバトルをしてデータを集めると言うのだから、ブラック企業も吃驚だ。少年少女達の前では決して口には出来ないが国の中には紛争地域なども含まれている。どちらかと言えば結構命懸けの役目であった。
それを僅か3人の、片手で数えられるカードバトラー達の手で。だがしかしこれにはちゃんとした理由があるのだ。口にした団子を呑み込んで由比は2人に応える様に説明する。
「「バトスピテスター」になれるのも条件があります。」
「条件?」
「1つ、バトスピバトラーとしての実力がS級レベルである事。2つ、バトラーとしての誇りを持ち、模範である様な人間である事。そして3つ目が___________"カードに振り回されない事"。」
テスターになる3つ目。
それが3つある条件の中で最も重要な事であった。
そして何より、バトラーが早々経験した事が無いものでもある事も。
しかしながら目の前の席に座る幸村や環奈は理解がある様だ。故に3つ目の条件で不思議そうな顔をする佐助達に対して由比は団子の柄をクルクルと回しつつ、
「"大きな力は身を滅ぼす。しかし、その力を使いこなせる事が出来れば身を滅ぼす事は無い。"……どんなに強いカードであろうと使う人間がその力に振り回されてしまえばカードの力を生かしきれません。」
「少なからず貴方達もそう言う経験があるのでは?」と由比は付け加える。
例え強い効果を持つカード、強いデッキを作ったとしてもそれを使いこなせなければ意味がない。使い手がカードに振り回されてしまえばバトルに負けてしまうし、肝心なところで真価を発揮出来ないで終わってしまう何て事も十分に有り得る。そう言う事にならない様にバトルと経験を重ねて来たのが____
「どんなカードも使いこなせるだけの実力を備えたカードバトラーだけが「バトスピテスター」になれる……テスターになるのは狭き門です。何人かは候補生として居ますが現状BSLONに認可されているのは私を含めた3人のみ___そう言う事なんですよ。3人しか居ないと言う意味は。」
「成程…どんなカードでも使いこなすカードバトラーか……。そう言われると他のバトスピテスターにも会ってみたくなったぜ。」
みたらし団子を口に含んで呑み込み、串一本平らげるともう1本のみたらし団子にも手を出し舌鼓する由比。幸村のワクワクした瞳に内心苦笑した。その表情は今にもバトルしてみたいと言わんばかりだったからだ。
「2人が日本に来る気になればもしくは、ですかね。私も久しく会って居ないので今頃何をしているのやら。」
「そんなに会う機会が無いでごじゃるか?」
「担当地域が違うんです。1人はヨーロッパを中心に活動していて、もう1人は北アメリカ大陸と南アメリカ大陸それとオーストラリアを活動地域にしていて、私はアジア圏を中心に活動しているテスターなんです。日本に来る前はシンガポールに居ましたから。」
「シンガポール⁉︎スゲェ外国だ!」
「シンガポール」と言う外つ国の名に佐助が反応した。
外国旅行に親しみが無いのか他の人間達も佐助程とは言わないものの驚きの反応を見せる。因みに自分は言語については豊富だ。豊富と言うか、BSLONによって作られたカリキュラムで散々学んだからこそであった。
最後の1本であるみたらし団子を平らげ、手と手を合わせて「ご馳走様でした。」と言うと由比はテーブルに手を置いてよっこらしょと席から立ち上がった。時刻は16時、陽も西に傾きつつある時間。そろそろ帰路に着かなければならない時間だ。実のところ、この後帰宅してから家で用事がある。
幸村達の顔を見つつ、両手をポンと叩いて
「それではお話はこの辺で。暫くの間は武蔵に居ますので何処かでまた会う事でしょう。」
「ああ、今度は俺ともバトルしてくれよな由比!」
「拙者も色々とまた教えて欲しいでごじゃる。」
「勿論喜んで。では今日はさようなら。皆さんも遅くならない内に家に帰って下さいね。」
にこりと微笑んで由比はその場を後にした。
期間はどの程度か未定ではあるが今暫くはこの日本、武蔵に拠点を置く事になるだろう。
上からの情報では関東にはまだまだ個性豊かなS級バトラーが居るらしい。利家を倒した自分の噂はその内広まるだろうし、色々な人間からバトルの挑戦を受けるかもしれない。バトスピテスターとしての務めは勿論果たす。けど、強いバトラーと戦える事の方がずっとずっと楽しみだ。
これから起こる事に心躍らせながら、由比は帰路へと足を運んで行くのだった。
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烈火の少年少女達__参
夜も更け、ネオンの光が目立つ夜景の中…1つ、とあるビルの屋上にて時代遅れな城が建っていた。大凡作りは戦国時代以降の、誰もが「城」と言われてイメージするものだ。そんな時代遅れな城にだれが住んでいるのか僅かな人間以外は知る由も無いだろう。
逢魔が時の様に薄暗く蝋燭で灯された空間があった。
部屋の作りは平安時代の寝殿造にある様な、御簾に阻まれたかの時代でも貴族と言う裕福な人間達が住み、暮らしていいたようなものである。因みに城の中でこの様な形をしているのはここだけだ。
御簾に閉ざされ中が見えずとも部屋に人が居る影がある。
その御簾の外で立て膝をつき頭を垂れる少年が1人。淡い紫と黄色のツートン髪を後ろで軽く結い、現代風にアレンジされた様な紫をベース色にした狩衣を着込み、紫の口紅を塗ったそれがミステリアスな雰囲気を漂わせていた。腰に付けているデッキケースを見る限り少年もまたカードバトラーなのだろう。しかも蜘蛛を象ったデッキケースとはつまり
少年は御簾の中にいる人物にハスキーボイスが目立つ声音色でこう告げる。
「奥方様が申し上げていた「例のバトスピテスター」が動き出しました。どうやら我々の動きをBSLONは察知しておられる様です。」
「…そうか、やはり妾の予想通りになったと言う事であろうな。………しかし「殿」の邪魔をされては面倒だ。「殿」の宿願は我々の宿願でもある。そう易々と手を出されては行かぬ話よのう。」
御簾の奥から聞こえたのはやや低めの女の声であった。声の後に衣が擦れる音がし、体勢を変えたのが解る。言葉だけでも少し気に食わぬ、危惧をしているのだと、眉を潜めているのだと少年は頭を垂れた状態のまま「奥方様」呼んだ女の様子を察した。
「この事を殿には?」
「いえ、「例のバトスピテスター」とは"奥方様に縁がある"ため此方に先に参じた次第です。奥方様に報告をした後お館様に報告するつもりですので奥方様は気にする事ではないかと。」
「縁がある……か。たった2、3年程度アレと共に外つ国でバトスピに励んだだけだと言うのに。今やアレはIBSAも重宝せし日本唯一のバトスピテスター、対して妾は殿の伴侶となる元"候補生"…ふ___瞬きの刻の間に立場も何もかもが変わった。」
「奥方様…」
「気にするな、ノスタルジーに浸る趣味など妾は持ち合わせてはおらぬ。そして決してアレに肩入れしてもおらぬ。……妾と殿の邪魔をすると言うのならアレや他のバトスピテスターも諸共に蹴散らそうぞ。」
邪魔立てを企てているのなら容赦はしない。
此方の宿願を叶える為なら力で叩き伏せ、2度と立ち向かわせなくさせればいいのだ。
正に慈悲なき覚悟を言の葉にする女の覇気に少年はゴクリと息を呑んだ。これは冗談でも比喩でもないと本能がそう告げている。
この人ならやりかねない。
いいや、もしもバトスピテスターが此方の目的を阻む様な事があれば間違いなく目の前にいる人間は確実にやるだろう。誰よりも愛する人の為にも自らが矛となり剣となり邪魔者を蹴散らす。それだけの力を確かに持っている。
「報告ご苦労であった、下がってよいぞ"蘭丸"。烈火幸村同様…引き続き乃渡由比の行動も監視するのだ。」
「ハッ!承知しております_____
頭を垂れていた少年___紫鬼神蘭丸が頭を上げて立ち上がり、己の頭に報告する為に薄暗い空間へ溶ける様に消えた。
誰も居なくなってシン…と静まり帰る中、女___
「そうか、そうか、由比。其方も遂に
両腕で四肢を掻き抱く様に身を震わせ、昂らせながら、綺蝶は暗がりの御簾の奥で愉悦に嗤っていた。
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紫ある記憶と群青の鬼姫__壱
「んん……もう朝…?ふぁぁ〜…」
目覚まし時計の音で目が覚め、由比は布団からノソリと起き上がり欠伸をする。どうやらもう朝がやってきた様だ。未だ必要最低限(布団と歯ブラシセット、あと昨日の夜に急いで付けたカーテンのみ)のものしか置かれてない殺風景な部屋で簡単な身支度を済ませる。
日本での由比の拠点は何処にでもある様な普通の数回建マンションの一室だった。拠点はIBSAが用意してくれたのだが、本当は高級ホテルの様な拠点を用意したかったらしい。しかし自分としてはそう言うのは慣れないと言うか、生活し辛さもあって普通のマンションの一室を借りさせてくれと頼んだのである。
「日本唯一のバトスピテスター」としての立場は時によっては便利だ。こうして家賃代も光熱費もIBSAが肩代わりしてくれる。勿論彼方にも彼方でこうして恩恵を売って後で美味しい恩を貰いたいのだろうがそれは大人の話としておこうか。
フローリングタイプの質素な室内にダンボール箱がいくつも置かれている。つい3日前までシンガポールにテスターとして行っていたのだ。日本に着いたのだって初日は夜であったし、この部屋に足を運んだのも一昨日だ。荷解きなど無論まともに出来ている訳がない。
(昨日は早くバトルがしたくて荷解き放ったからしにしちゃったんだよなぁ…。出掛ける前に少しだけ荷解きして必要なものから順に家具を置いて…)
そうと決まれば行動は案外早いものだった。
段ボール箱を開け、寝室兼自室にデスク用の机とゲーミングチェアを設置。このマンションはWi-Fiがある為デスクトップパソコンを置くだけで済ませられる。本棚を置き其処には本や巡った世界各地の写真を収めたアルバムを入れておく。
リビングには以前外国で買った絨毯を敷きその上に面積の広いテーブルを置いた。キッチンにはお気に入りのマグカップを置いて、押し入れには取り敢えずガムテープだけ剥がして置いた差し替え用のカードやBSLONから渡されたカード達を突っ込ませておく。後は服を在るべき所に掛けておけばこれで荷解きは終わりだ。我ながらこの手際の良い作業は褒められて良いのではないかと思う。
「さて、今日は何しようかな。」
今日一日を何に費やすか考える。
まだまだ武蔵がどんな所か詳しく解っていないから取り敢えず観光するのもありだろうか?それともまた利家にバトルを挑みに行くのも楽しそうだ。嗚呼でも、烈火幸村とバトルするのもありかもしれない。彼とはまだ手合わせをしてないのだ。
だが彼はいつも何処に居るのだろう。
昨日蕎麦屋に行く道すがら大体の事情は聞いている。幸村と環奈は武蔵では無い所から来て、今は佐助の親が手持ち無沙汰にしている部屋を借りて生活しているらしい。その場所までちゃんと聞いておけばよかったと由比は今更になって後悔した。
(武蔵を観光していればその内何処かで会えるかなぁ。取り敢えず外に出てふらついてみ_____)
____prrrrr
「ふらついてみようか。」と考えたその時だった。
由比の懐でスマホが鳴り響いた。その音に自分は顔を一瞬顰めた。正直言えば出たくは無い。が、これはこれで出ないと面倒になるのは目に見えている故スマホの件名を見ずに応答ボタンを押して耳に当てた。
由比のスマホには必要最低限の人間しか連絡先を入れていない。しかもこんな朝からかけてくる人間はバトスピテスター仲間には居ないし、親でも無いだろう。ならば答えはたった1つ______
「はい、此方アジア圏担当乃渡由比です。BSLONの「カード開発機関部」の方が一体何の連絡でしょうか?昨日の活動報告はメールにて送信させて頂きましたが。」
『相変わらず他人の様に振る舞うのはよしなさい、
「私はそれ以前にバトスピバトラーです。其方こそ番号名で呼んでまるで実験動物扱いするのは如何なものかと。」
『此方は貴方方をテスター者として正式名称で呼んでいるに過ぎません。』
_____BSLONの人間だ。
BSLONにも国際連合の様に幾つかの機関がある。その1つが「カード開発機関」、由比達バトスピテスターが使うカードを作り開発する機関である。「バトスピテスター」は其処の機関に所属している事にはなっているが所詮は書類上の事、それに自分はテスター達を実験動物の様に見てくる機関部の人間に好感は持てなかった。これならまだ機関部で仕事をしている親の方がマシだ。
通話相手は無機質な声音のままこう言う。
『其方の国、武蔵内でS級バトラー専用マシンの信号を2機キャッチしました。場所は○○○ビルヘリポートの屋上、ストリートバトルと予測されます。貴女は其処へ向かいバトルを観測、強いては片方にバトルを挑みデータを収集する事に努めて下さい。此方からは以上です。では。』
言いたい事だけ言って相手はブッツンと通話を切った。何ともまぁ自分勝手なのやら。こっちは使いっぱしりでは無いのだ、あまりにも対応の悪さに流石の由比も眉間にしわを寄せて嫌な顔をした。
やっぱり嫌いだ機関部の人間。
一生かかっても好きにはなれない、そう確信する。
いつかもっと偉い立場になったら不平不満を沢山言ってやろうそうしよう。
(色々不服だけど…今日やる事は決まったかな。)
一日を無駄に過ごす事にはならなそうだ。
しかし由比はふと疑問に思った。バーチャルシステムが設置されたスタジアムがある中で「ストリートバトル」をやる様なバトラーがいる何てどう言う事だ?「ストリートバトル」するとなると必然的にお互い専用マシンを持つS級バトラーだ。
武蔵には少なくとも自分含めたS級バトラーが4人居る。その内の誰かがバトルを持ち掛けた?態々「ストリートバトル」で?
「………、」
拭い切れぬ違和感。
だが最早考えても仕方がない。上から連絡が入った以上仕事としてこなさなければなるまい。
自分の目で見て一体誰と誰がバトルしているのか確認して、その上で何方かにバトルを挑もう。そう考えて由比はデッキケースにデッキを差し込み懐に入れ、指定の場所へと足早に向かったのだった。
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紫ある記憶と群青の鬼姫__弍
言われた場所に行ってみると其処は何処にでもある様な雑居ビル街が立ち並ぶ通りだった。その中で普通なら有り得ない轟音や何かを砕く様な音が聞こえる。「あのビルだ。」とすぐに判断した由比はすぐに入り口から階段を駆け上がって屋上への扉を開ける。
其処に居たのは_____
「潮は満ち、今こそ出でよ大海の王! 聖なる蒼き
凛とした張りのある女の声が響き渡った。その声に応じるかの様に少女の背後から大波が現れ其処から背に黄金の歯車の様なものを身に付けた青き明王像が顕現する。
『蒼海明王』を召喚した人物……海の様に蒼い長髪を後ろでハーフアップに結い、短めの紺と白のスカジャン、双丘を現す様に水色のコルセットが閉まりそこから薄布で出来た裾が膝下まで伸びている。臍出し短パンでロングブーツを履く凛とした萌黄色の瞳を持つ少女。確か上からの情報だと彼女は___
(「浜の鬼姫」の異名を持つS級バトラー群青早雲⁉︎何故海辺に拠点を置く彼女達がここに……もしかして!)
バッ!と言う効果音が付きそうな勢いで対戦相手を見る。彼女の相手は昨日会った幸村だった。よく見渡せば向こう側のビルに短髪緑髪に紫色の瞳を持ち顔に傷跡がある屈強な男とその子分達であろう人間達がズラリと並びこのバトルを見届けていた。あの屈強で羽織を肩に掛けた男___西武蔵を統べ、利家と凌ぎを削り合うS級バトラー宝緑院兼続だ。そして何故か隣に炎利家も居る。
視線を滑らせれば大勢いるギャラリーの中に環奈達も居た。
…間違いない。今目の前で行われているバトルは……!
「炎利家を倒した事による腕比べ、強いては東武蔵を乗っ取りにでも来たと言う算段でしょうかね?」
「由比⁉︎お前も居たのか⁉︎」
「いいえ今来たばかりですよ幸村君。それよりもこのバトル、炎利家を貴方が倒した事によるバトルの申し出ですか?しかも群青早雲組と宝緑院兼続組の二大勢力……人気者ですね悪い意味で。」
「ハハ…………それが由比も他人事じゃいられないんだ…。」
「……?」
困った顔をして頬を掻いた幸村に由比は訝しげな表情で首を捻る。「他人事じゃいられない」?どう言う事だ?別段自分は幸村の様にバトスピで天下を取ろうと思う様な血気盛んでは無いと思うんだが……。そう思ったが同時、背後から凛と声が響いた。
「見付けたぞ!「バトスピテスター」乃渡由比‼︎貴様も炎利家を倒したようだな!」
「私を…見付けた…?え、ええ確かに私も彼同じく炎利家を倒したカードバトラーですが……。」
「自分は烈火幸村同様貴様にもバトルを申し込む!このバトルが終わるまで首を洗って待っているが良い!次は貴様が大海に呑み込まれる番だ‼︎」
まるで拒否権なんてものが地球上から無くなったみたいだった。
思わず「えぇ…。」と引き気味に口から溢れたがこれはもう生理現象として受け取って欲しい。成程、幸村が言った事はこう言う事か。つまり由比自身も二大勢力から勘定として含まれていると。
テスターとしてはデータが取れて願ったり叶ったりではあるが、一カードバトラーとしては有無も無しに勘定に入れられるのは勘弁して欲しい。勝手にそっちが決めた都合に巻き込むなと言う話である。いやまぁバトルは受けるしか無いんだが。
(群青早雲のフィールドにはネクサス『千間観音堂』に『蒼海明王』と『青海童子』が2体。典型的な【闘神】中心のデッキ破壊がバトスタイルと言ったとこか……。)
青属性の特徴の1つである「デッキ破壊」。
これは何方かと言うとバトラーの心を揺さ振る要点が大きい。バトラーにとってデッキは魂そのものだ。幾つものカードを使って勝利の法則を作って行くそれを一気に瓦解出来る力を持っている。デッキ破壊でキースピリットがトラッシュに送られてしまう事だってあるのだ。
その証明に幸村のフィールドには残りデッキ枚数が片手で数えられるだけの枚数まで減らされている。彼のフィールドに『サムライ・ドラゴン』や【武竜】のスピリット達が居ると言う事は烈火の名の通り【武竜】メインの赤デッキだろう。
(状況から見れば今は幸村君のスタートステップ…でもここで打開策を__それこそキーになるカードでも引かなければ群青早雲にターンを渡してデッキアウトで負けてしまう。さぁ…どうする?幸村君?)
スタートステップ、コアステップ、そして幸村の運命のドローステップ______引いたカード一枚の内容を見て、彼はフッと笑みを溢した。由比にとってはそれだけで勝負の結果が見えたのと同じであった。
「早雲、お前が海なら俺は炎だ。見せてやるよ、大海も一気に蒸発させる灼熱の炎を‼︎」
(来たみたいだね、下で息を潜めていた君の"キースピリット"が。)
幸村のメインステップ。
ならばお手並み拝見と行かせて貰おうじゃないか。幸村のキースピリット、それがどんなものか!
「『サムライドラゴン』をLv1にダウン。行くぜ!召喚!_____"『戦国龍ソウルドラゴン』"‼︎』
「戦国龍…ソウルドラゴン…⁉︎…………驚いたなぁ…まさか"また"君を見る事になるなんて。」
巨大な紅蓮の火球から切り裂く様に現れた赤き
由比はそれを使いこなし親を驚かせ、テスターになる為のBSLONが運営するテスター候補生スクールに通う事になったある意味自分にとっても運命のカードであった。
「コイツが俺の"キースピリット"だ!」
「‼︎」
(そうか……君は幸村君のキースピリットになったんだね。良かった、いい使い手のキースピリットになって。)
ソウルドラゴンをLv3に上げればその手に見事な槍が現れ、赤き龍はクルリと回すと「いつでも行ける」と言わんばかりに構える体勢に入った。狙いは定まっている。かつて使った事のあるカードだからこそ由比はその効果を知っていた。
故に結論づける。これがラストターンだ。
「おぉっ!燃えろ俺の魂!燃えろソウルドラゴン!アタックだあッッッ!」
「何が来ようと同じ事だ!」
(いいえ。群青早雲、ソウルドラゴンだけは同じ事にはならないよ。行け、幸村君!)
「いや!お前に次のターンはない!アタック時効果!【連刃】発揮!ソウルドラゴンのソウルコアをトラッシュに置く事で相手は"必ず2体のスピリットでブロックしなければならない"。同時バトルだ!」
「何⁉︎」
ソウルドラゴンのアタックにバトラーの意に反して回復状態の『青海童子』2体が迎え撃ちだした。しかしLv3のソウルドラゴンの方がBPが上回る為2体は龍の槍の餌食となる他無い。槍が2体を貫き爆発の花を咲かせる。
【連刃】はこれで終わり?いいやまだだ。ソウルドラゴンの【連刃】はスピリットを破壊した時もう1つの効果を発揮する。否、これこそ真価と言うべきか。それが___
「ソウルドラゴンLv2の効果!ソウルドラゴンはスピリットととのバトルに勝利した数だけ"相手のライフを破壊する事が出来る"!」
「なんだと⁉︎」
「俺の勝ちだ!群青早雲‼︎」
ライフへの貫通。
相手のスピリット2体を破壊したソウルドラゴンが幸村の声に呼応する様に群青早雲の最後のライフ2つを容赦なく削り切った。
この勝負、間違いなく幸村の勝利だ。
群青早雲のライフ:0
勝者:烈火幸村
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紫ある記憶と群青の鬼姫__参
「烈火幸村には負けたが次は貴様だ乃渡由比!その「バトスピテスター」とやらの力見せて貰うぞ!」
己の専用マシンに乗ったまま早雲は此方をビシッと指を差した。バトルに負けた後で矜持的な部分は大丈夫なのかと思ってしまう。見栄え的には宜しくないのは事実だろう。少なくとも
だが最早由比の居ない所で決められてしまったのは事実だ。まさかこんな事に巻き込まれるとは思っても見なかったが、上からも「何方かとバトルしろ」と言われている以上やらない訳にも行くまい。
懐からデッキケースを取り出しつつ誰にも気付かれないように小さく溜息を吐きながら
「私まで勘定に入れられているのは納得行きませんが良いでしょう。貴女相手にどれだけ出来るか試させて貰います。_____降りしましませ、「尊星王」!」
告げたと同時に轟ッ‼︎と言う音を立てて現れる自分の専用マシン「尊星王」。飛び乗ってデッキをセットすると由比はまるでマジックショーのマジシャンの様なお辞儀をしてこう言う。
「改めて自己紹介させて頂きましょう。私は乃渡由比、IBSAに重宝されし日本唯一の「バトスピテスター」です。「浜の鬼姫」の異名を持つ群青早雲さん、少しばかり胸をお借りします。」
「戯言はいい、どの道貴様は大海に沈む。利家に勝ったからと言って自分に同じ手が通用するとは思わない事だ。」
「此方こそ。私に貴女の十八番が通用するとは思わないで下さい。貴女のやりたい事、尽く封じてご覧に入れましょう。」
「何だと⁉︎やれるものならやってみろ‼︎自分は海、この手塩にかけたデッキで貴様を海底へと引き摺り込んでやろう!」
由比の無意識な煽りにものの見事に乗ってしまった早雲は眉を潜め、「鬼姫」の異名通りに鬼の様に怒りに満ちた顔で宣言する。
鬼姫の怒りに空気は一瞬にして張り詰め、ギャラリー達もやや怯えて由比達を見守る。相手の闘志は今ので大きく勢い付いた。幸村に既に負けている早雲としてはここで勝って名誉挽回と行きたい処だろう。ならば双方がする事など1つしか無い。デッキから4枚引いて由比と早雲はお決まりの台詞を叫んだ。
「「ゲートオープン、界放!」」
先攻は幸村の時同様早雲だ。
コアステップを飛ばしドローステップを行った早雲は1度手札を確認すると1枚を手に取り、メインステップに入った。
「自分は3コスト『青海童子』をLv1で召喚。ターンエンドだ。」
(早速デッキ破壊の下準備と言う訳か…。でもコアは1つしか乗っていない、ならこっちは___)
『青海童子』は青属性の要素の1つである「デッキ破壊」、その典型的な効果である「Lvの数だけ相手のデッキを破棄出来る。」と言うものを持っている。これだけなら同じ効果持ちで破壊されてもネクサスを疲労させれば場に残る『ライオット・ゴレム』でも十分代わりは務まると思うのだが……まぁカードの採用は人其々だ。下手に口を出す訳にもいくまい。
由比は相手のスピリットの"乗っているコア"を確認しつつ自分のターンを宣言する。コアステップ、ドローステップを重ねメイン、
「『魔界兵カースソーズマン』をLv2で召喚。」
「紫のスピリット…?利家とのバトルで耳にしたのは確か黄色と白の混色の使い手だと聞いたが。」
「あの時は偶然黄色と白の混色デッキを使っていただけの事。テスターは1つの色に縛られず色んなデッキを使用してバトルするカードバトラーです。今の私は差し詰、紫デッキの使い手でしょうかね?」
白色の鎧と双剣を身につけ、頭部に悪魔の様な羽根を付けたスピリットを見て瞠目する早雲に由比は宥める様に説明する。まさかそこまで噂が広がっていたとは驚きだ。人間の伝言ゲームとは本当に恐ろしい、これがまだ尾鰭が付いていなくて良かったと心底安心する。昔、別の国でやたら尾鰭が付いてあらぬ噂を立てられた事があって酷い目に遭ったものだ。
あれと比べればまだまだ噂は序の口程度なのだろう。まぁまだ勝ってから1日がやっと経った程度だし。
「アタックステップ、カースソーズマンでアタック。カースソーズマンのLv2の効果、相手のスピリットのコア1つをリザーブに置きデッキから1枚ドローする!よって『青海童子』は消滅する。」
「何ッ⁉︎『青海童子』‼︎」
『青海童子』に乗っていたたった1つのコアが除去され相手は消滅した。
これが紫属性の要素の1つ「コア除去」だ。
紫属性に当たったらコア除去を警戒し余計にコアを乗せなくてはならなくなる。そこが結構面倒臭い効果だ。
だがこれで1体はデッキ破棄出来るスピリットを消滅させられた。そしてまだ此方のスピリットのアタックは続いている。ブロッカーのいない早雲は無論これをライフで受ける選択肢しか無い。
「ライフで受ける!っ!貴様これが狙いで___!」
「言ったでしょう?貴女の手は「尽く封じてご覧に入れましょう。」と。生憎私は今日紫デッキ使いなんです。バトスピテスター相手に残りデッキ枚数が片手で足りる何て事絶対にさせませんのでお覚悟して下さい群青早雲さん。___私はこれでターンエンドです。さぁ貴女のターンをどうぞ?」
「くっ……!自分のターン、ネクサス『千間観音堂』をLv2で配置。ターンエンドだ。次のターンで貴様は膝下まで海に浸かる事になるぞ。」
「さてどうやら?せめて踝程度では無いでしょうか?___では私のターン。スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ。」
早雲の後方横に黄金に輝く千体の観音が揺らめきながら現れる。Lv2まで上げてきたと言う事は次の早雲のターンで確実にデッキ破壊が来ると言う事だ。まぁそれは些細な問題では無い。青属性の戦い方とは【強襲】などの様に基本ネクサスとセットでバトルするものだ。早雲の戦い方は間違ってはいない。
『千間観音堂』は確かLv1の効果で系統【闘神】にBP+、Lv2でソウルコアが乗っているスピリットでデッキを破壊した時+5枚更に破壊する効果を持つネクサスだったか。よくよく考えるとそこそこエグいネクサスだ。デッキ破壊に完全に味方しているネクサスではないか。
(こっちが使えるコアは4つ……軽減出来るシンボルは1つ…と言う事は…コイツを出しても問題ないか。)
「『鎧闘鬼ラショウ』をLv2で召喚。不足コストはカースソーズマンから確保、よって消滅。ラショウの召喚時デッキから4枚破棄する事で2枚ドローする!」
途端フィールドに紫に鎧を纏った鬼が現れた。効果によってデッキが露わになり4枚オープンされて宝石の様にカードが砕け散る。が、その代わりに由比は自分のデッキから2枚ドローした。
デッキから破棄されたのは『ボーン・グラディエイター(RV)』『ソウルホース』『魂鬼』『シキツル』の4枚。自分からまさかデッキを破棄するとは思っても見なかったのだろう。早雲やギャラリー達が一同に騒然している。
相手がデッキ破壊の使い手なのに自分から自滅行為をするなんて有り得ないだろう。普通ならば。しかし、由比がこうしたのはちゃんと訳がある。『鎧闘鬼ラショウ』そのLv2,3の効果は……
「ラショウのLv2,3の効果。自分のトラッシュにソウルコアがある間、相手のネクサス全てのLvコストを+2する。つまり貴女の『千間観音堂』はLv1に戻る!」
「何⁉︎」
由比が宣言したのと同時、早雲の後方横に並んだ黄金の観音堂が力を奪われたかの様に項垂れた。本来『千間観音堂』がLv2になるのに必要なのはコアは1だが、ラショウの効果であと2つ置かなければならない事になったのである。
ソウルコアがトラッシュにある間、ラショウが居る限りこの効果は健在だ。ネクサスとセットでバトルする青属性____しかも『千間観音堂』で更に破棄枚数を増して来る早雲にとっては痛手に他ならない。
「バーストセット。アタックステップ、ラショウでアタック!」
「っ、ライフで受ける!貴様自分を侮辱しているのか⁉︎」
「いえ?そんなつもりはありませんが?」
思わぬ事を問われたので由比は不思議そうに首を傾げた。全く以って此方は親切のつもりでやっている事だ、ライフのコアがリザーブに行けばスピリットを召喚する布石になれるしネクサスのレベルを上げられるかもしれない。益はある筈である。それが侮辱何てとんでもない。
それだと言うのに由比の答えに更に早雲は一層不愉快と怒りの顔をする。まるで「後で覚えていろ。」と言わんばかりであった。
因みに由比に悪気は無いのだが第三者から言わせて貰えば「悪意なき悪意だ」と言われるだろう。天然と言うのは良くも悪くも相手を煽り易いのか。
「私はこれでターンエンドです。」
「自分のターン!もう1枚ネクサス『千間観音堂』をLv1で配置。更にもう1枚、『千間観音堂』をLv1で配置してターンエンドだ。」
「あら良いんですか?スピリットを召喚しなくても。ライフを先に奪われても知りませんよ?」
「自分を普通のカードバトラーと一緒にするな。貴様を海に沈められるのならライフの1つや2つ惜しくは無い!」
(成程……カードバトラーとしては心が海の様に深く、それ故に心が強いのか。)
普通のカードバトラーなら1つ2つ突いてやればその精神を揺さ振り、バトルにも大きく影響が出るものだ。だが早雲はそこら辺が違うのだろう。彼女の場合、バトルは自分自身と相手とのバトルではなく自分と自分との戦いなのだ。
早雲の背後一面に黄金色の計三千体の観音像が揺らめく。まるで夕陽に当てられた麦の穂の様な輝きだと由比は呑気に思った。無論、これで早雲がデッキ破壊可能なスピリットを出して3枚のネクサスのレベルを上げられたらネクサスだけでも軽く15枚は持って行かれるのだが。
だが此方はコア除去を出来る。例え召喚出来たとしても相手が安易にスピリットを召喚出来る訳もない。コア1つ、2つ乗せられたところでコア除去の餌食になるからである。それを解って出す程早雲は馬鹿では無い事くらい由比にだってわかる。
「私のターン、『クリスタニードル』を其々Lv1で2体召喚。更にネクサス『最後の薔薇水晶』を配置。」
コスト支払いにソウルコアを使い、まるでスノードームの様な水晶に納められた紫の薔薇がフィールドに顕現する。由比は己の手札とフィールドを見て"笑みを溢す"とアタックステップに入った。
「アタックステップ、ラショウでアタック!」
「ライフで受ける!」
ラショウがその拳で相手のライフを砕いた。これで早雲のライフは残り2つ。幸村がフィニッシュを決めた時と同じ数になった。相手のフィールドにはネクサスのみ。守るスピリットは居ない。『クリスタニードル』2体でアタックすれば間違いなくライフを削り切れるだろう。
だが由比は、
「"ターンエンド"です。」
「なんだと…?」
「聞こえませんでしたか?ターンエンドだと言ったんです。」
「だが!」
「確かにフルアタックかければ貴女を負かす事は出来ますが____「まだ」此方としても終わらせたく無い事情がありまして。まぁゆっくり待っていて下さい。貴女のターンにでも"面白いものをお見せしますから"。」
そう告げて由比はニヤリと笑った。
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紫ある記憶と群青の鬼姫__肆
「自分のターンに……!?戯言も大概にしておけ!これから貴様を大海に落とす。覚悟しろ!」
憤りに似た感情と共に早雲は声を張り上げる。散々に弄ばれたと思っているのか、怒りは最早鬼と言っても過言ではなかった。
由比のターンは終わった。
早雲は己のターンを告げ、スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、メインステップと重ねて行く。まずは此方のラショウの効果で無意味となった『千間観音堂』のコアをリザーブに戻し___
「『青海童子』をLv1で召喚。これで貴様は腰まで海に浸かる事となる!___潮は満ちた。今こそ出でよ大海の王! 聖なる蒼き
瞬間、早雲の背後から大きな波が押し寄せそこから背に黄金の歯車の様なものを身につけた青き明王像が顕現する。
『蒼海明王』___「浜の鬼姫」の異名を持つ群青早雲のキースピリットだ。蒼き明王はその手にある剣を雄々しく構えると、それに応える様に早雲がアタックステップに入った。
「『蒼海明王』でアタック!アタック時効果発揮、相手のデッキ上から7枚破棄する!」
(来たなデッキ破壊!)
同時にフィールドに自分のデッキが現れ、上からオープンされ宝石を砕くかの如く破棄される。破棄されたのは『デットリィバランス(RV)』『紫煙獅子』『ガスミミズク』『魔界竜鬼ダークヴルム』『龍面鬼ビランバ』『シキツル』『デッドリィアッシュ』だ。
だがしかし『蒼海明王』の効果はそれだけでは無い。あの明王はLv2の効果でソウルコアが置かれている時更に効果を発揮する!
「『蒼海明王』Lv2の効果発揮!このスピリットのソウルコアをトラッシュに置く事で更にデッキ上から7枚破棄!」
「っ!」
『蒼海明王』が閉じていたもう2本の腕を解放する。再びフィールドに時分のデッキが現れ、上からオープンされ宝石を砕くかの如く破棄された。破棄されたのは『スモッグハンド』『魔界元帥ブルグハーツ』『ガスミミズク』『魔界霧竜ミストヴルム』『幽騎士ナイトライダー(RV)』『ダークマター』『滅神星龍ダークヴルム・ノヴァ(RV)』だ。
これで計14枚。
『千間観音堂』がラショウの効果を受けていなければ更に15枚も持っていかれていたと思うとさしものの由比でも内心ヒヤリとした。
4本の腕で剣を雄々しく振り回し此方に攻めてくる『蒼海明王』に対して由比は手札のとあるカード1枚を指に絡ませつつ____
「『クリスタニードル』でブロック!このスピリットの破壊時、相手のネクサス1つを破壊する!」
「何だと!?」
まだだ。それだけでは終わらない。
由比は指を絡めていたカードを引き抜き、こう叫んだ。
「フラッシュタイミング!『魔界皇龍ダークヴルム・レガリア』をラショウに"【煌臨】"ッッ!!」
「"【煌臨】"……だと……!?」
ラショウに"カードを上から重ねた"瞬間、ラショウの上から紫の輝きを放つ龍が勢いよく覆い尽くす様に舞い降りた。
黄金の冠を被り、幾つもの顔がある黄金色の王笏を持ち、もう片方の手に赤と金で形作られた球体の様な物を掴んだ四翼の黒きドラゴン____『魔界皇龍ダークヴルム・レガリア』。それはまるで魔界の王のような姿で佇んでいた。
「スピリットが…変わった…!?」
「いいえ、これは【煌臨】と言うフラッシュのタイミングで条件の揃ったスピリットの上にスピリットを重ねられる新たなカードの1つです。」
【煌臨】___それはバトスピの新たなギミックの1つである特殊なカードだ。ある一定条件が揃ったスピリット、もしくはブレイヴがあればソウルコアをトラッシュに置きそして重ね、姿形を変える。ある意味スピリットが変身する様なものである。
ソウルコアをトラッシュに置かなければ【煌臨】は出来ない。が、このカードだけは例外なのだ。
「本来ならばソウルコアをトラッシュに置く事で成立しますが、ダークヴルム・レガリアの場合【煌臨】元となるスピリットがコスト3又は4の場合ソウルコアをトラッシュに置かずに【煌臨】出来ます。そして____」
『青海童子』に指を差し、由比は無慈悲にもこう告げる。
「ダークヴルム・レガリアの煌臨時、コアが1つの相手のスピリット全てを破壊し破壊した分だけ自分はデッキから1枚ドローします。」
「何っ!?」
【煌臨】したダークヴルム・レガリアが王笏を『青海童子』に向けるとそこから紫の炎が立ち上り、爆発の花が咲いた。
だがまだバトルは終わってない。
これはまだフラッシュタイミング。本命のバトルはまだ続いている。
フィールドに視線を向ければ、『クリスタニードル』が健気ながらもその小さな躯体で『蒼海明王』に挑んでいる姿だった。しかしネクサスの効果でBPが上がっている『蒼海明王』は容赦なくその4つの剣で切り刻み爆発の花を咲かせた。
だが『クリスタニードル』はそれでは終わらない。爆発の花から怨念の様に現れた『クリスタニードル』は「最期に一矢報いてやろう」とでも言うように早雲のネクサス1つを破壊して消え去った。
「「相手による自分のスピリット破壊」によりバースト発動!『ダークマター』!自分のトラッシュにある紫のカード6枚までをデッキの上か下かに戻し自分はデッキから1枚ドローする!」
「!!」
その効果に早雲は瞠目した。
目の前で破棄した約半分のカードが再びデッキに戻るなんて屈辱にも程がある。
『クリスタニードル』が破壊される事を見越してデッキ破棄を台無しにでもする様なカードを由比は伏せておいたのだ。『デッドリィバランス(RV)』『デッドリィアッシュ』『魔界霧竜ミストヴルム』『幽騎士ナイトライダー(RV)』『滅神星龍ダークヴルム・ノヴァ(RV)』『ダークマター』の順でデッキの下に戻し、上から1枚デッキからドローする。フラッシュの効果は使っても意味がないので使わずにトラッシュに置いておいた。
早雲としては自分のターンの筈が後半全てを由比に取られたに他ならない。一体このターンは誰のターンだったのか曖昧になってしまった。ブロッカーとなる筈だった『青海童子』も破壊され、キースピリットはデッキ破壊こそ出来たものの疲労状態。ネクサスも充分に効力を発揮出来ず______由比の宣言通り「やりたい事を尽く封じられてしまった。」のだ。
「……自分の、ターンエンドだ。」
まるで絶望を目の前にしたかの様に力無く己のターンエンドを告げる早雲。無理もない、ここまで圧倒的なプレイングを見せ付けられて萎れてしまった花の様にならないバトラーは居るまい。
対して由比は気にせず己のターンを宣言し、淡々とステップを重ねて行く。スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、そしてメインステップ。1枚手札からカードを取ると得意げな笑みでそのカードを表向きにしてフィールドに叩き付けた。
「ここでフラッシュ、『ジャッガス』の"「アクセル」"を使用!」
「アクセル…?」
「「アクセル」と言うのはスピリットの効果とは別の効果です。アクセルにはアクセルのコストと軽減があり効果を使用した後そのカードは手元に置かれます。私が今使った『ジャッガス』のアクセルはコスト4、軽減2。その効果は相手のスピリットのコア1つをリザーブに置き、更に1コスト支払う事でコアをもう2つリザーブに置きます。よって『蒼海明王』は消滅!『ジャッガス』は手元へ!」
「『蒼海明王』⁉︎」
維持するコアが全てリザーブに置かれた『蒼海明王』は後方に倒れ込むように消滅した。本来なら疲労状態になっている故にわざわざこんな事をしなくてもいいのだが、念には念を_____と言いたいところだが実際のところ「アクセル」をギャラリー達に見せて知って貰いたかっただけである。
そろそろ決着を着けよう。
メインステップはアクセルのみを使いこのままアタックステップへと入った。
「アタックステップ、ダークヴルム・レガリアでアタック!そしてソウルコアをトラッシュに送り_______遍く亡霊を喚び戻せ、死をも超越するドラゴンの
「くっ……!また【煌臨】か!」
ダークヴルム・レガリアの頭上に雲にも似た渦が現れ、黒い大きな影がダークヴルム・レガリアを呑み込んだ。影は形を成し、幾つもの仮面を宙に漂わせ、頭と背に悪魔の様な翼の生えた白と紫をベースにした体躯…そして黄金色の杖を手に携えたドラゴン___『魔界幻龍ジークフリード・ネクロ』が【煌臨】した。
ジークフリード・ネクロとなったその煌臨時効果、見せてやろうではないか。由比はニヤリと怪しく笑みを見せ、その効果を告げる。
「『魔界幻龍ジークフリード・ネクロ』の煌臨時効果【煌霊術】を発揮!自分のトラッシュにあるコスト0/1/3/6/9のスピリットカード1枚ずつをコストを支払わずに召喚出来る!」
「ノーコスト召喚だと⁉︎ハッ、まさか貴様___‼︎」
「その通り。私の紫デッキは破棄されても何度でも蘇って来る、紫属性の要素の1つ「トラッシュからの召喚」!元より貴女は私を海へと沈められなかったんだ!私はトラッシュからコスト1の『ソウルホース』とコスト3の『魔界兵カースソーズマン』を其々Lv1で召喚!コスト確保の為ジークフリード・ネクロはLv1にダウン!」
「ライフで受ける!」
ジークフリード・ネクロが杖を振り翳し早雲のライフを砕く。残りライフ1、早雲のライフを守るスピリットは誰も居ない。ただこれまで真価を発揮出来ずにいたネクサス『千間観音堂』だけが侘しく揺らめいていた。
勝負の結末など誰が見ても明白だ。
由比は『魔界兵カースソーズマン』に手を翳し、笑みを保ったままラストアタックを宣言する。
「『魔界兵カースソーズマン』でラストアタック!群青早雲、御覚悟‼︎」
「そんなまさか自分が……くっ…ライフで受ける!うあああああああああああああああっ‼︎‼︎」
群青早雲のライフ:0
勝者:乃渡由比
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勝負!焔忍法帖!__壱
「んう…?ここは……?」
閉じていた瞳を開けたら見慣れない天井があった。
何処かの建物の一室で由比は寝かされている事を理解する。だがどうして自分はここに居るのだろうか?
頭に手を置いて唸る様に記憶を辿る。確か早雲に勝利した後彼女は「自分はまだ甘かった」だのと言って己の力不足を肯定し部下達と共に去って行った。それで由比はデッキをしまい専用マシンから降りてそこから______"朝から何も食べていない事に漸く気付いて"「グーキュルルルルル」と言う盛大な腹の虫の鳴き声と共に視界がブラックアウトしたのだ。
つまり、空腹でバトスピテスター乃渡由比は気絶した訳である。
記憶を辿ってみたが余りにも情け無い事で気絶して由比は恥ずかしくなった。「穴があったら入りたい」とは正にこの事である。
「目が覚めたでごじゃるか?」
「環奈さん……?どうして…じゃあ此処は…。」
「左様、以前話した拙者と幸村が佐助から借りている部屋でごじゃる。」
ムクリと上半身を起こし周りを見てみると、それなりに整った部屋が目に入った。それでも急拵えで用意した様な物もちらほら目立つ。このベッドやかけられている布団も新品と古い物でごちゃごちゃだ。それがこの部屋には幾つもある。
テーブルでお茶を啜る環奈の姿を見て由比は疑問を問い掛けた。
「他の皆さんは?」
「お主が目が覚めたら腹が減るだろうと思って食料を買いに行ったでごじゃる。まさか腹が減って気絶するとは…由比らしいでごじゃるな。」
「あはははは……すみません朝から何も食べずにあの場所に行ったもので…。じゃあ私を運んでくれたのは幸村君ですか?」
自慢する程でも無いが由比はそこそこ背が高い分類に入る。身長なら幸村と同じかそれより少し上だ。もしも彼がおぶって此処まで運んでくれたとなると相当大変だっただろう。何せ自分とほぼ同じ身長の人間をおぶるなんて重くて仕方が無かった筈だ。
しかし、環奈はその問いに否定の意味での首を横に振った。答える為に開いた唇は由比ですら予想も付かない人物の名前だった。
「由比を此処まで背負って来たのは"炎利家"でごじゃる。」
「えっ…利家さんが……?」
意外な人物にさしもののの由比も目を見開く。
環奈曰く、幸村は自分をおぶろうとしたもののやはりほぼ同じ身長の由比では運ぼうにも運べ無かったようだ。そこにバトルを観戦した利家が現れ、「貸せ」と言って由比よりも身長が勝る利家がおぶって此処まで運んでくれたのだと言う。
確かに利家とは一度バトルして言葉を交わしたがそこまでしてくれる義理とは一体……。1人勝手に困惑する自分を見て環奈は微笑しながら
「由比は幸村同様利家に気に入られたようでごじゃるな。」
「そのようですね…ご迷惑をかけた分今度会った時にお礼を言っておきます。」
「おーい、食料買って来たぜ!」
「由比目が覚めたのかよ!」
「良かった〜いきなり倒れるから僕達吃驚しちゃったよ。」
「まさか腹の虫が鳴くとは思わなかったけどな。」
「本当だぜ。」
「皆さん。ああえと……お邪魔してます。それとご迷惑おかけしてすみません。」
大きな紙袋を幾つも持って幸村達一行は階段を上がって来た。部屋にある時計を見てみると時計の針は12時過ぎを指していた、幸村達も丁度お昼の時間にするのだろう。世界チェーン店で有名なジャンクフードのトレードマークが付いた袋からハンバーガーやポテト、ナゲット、ドリンクをテーブルに出し、幸村は幾つもあるハンバーガーの中の1つを取って由比に差し出した。
「はいこれ、由比の分だ。確か由比は沢山食べるよな?他にも買って来たから迷惑なんて気にせずお腹いっぱいになるまで食ってくれ。」
「幸村君……ッッ!はい!いただきます!」
差し出されたハンバーガーを手に取り、ベッドから出るとその場に座って袋を開けパクリと頬張った。チーズとハーバーグのサンドとピクルスの奏でるハーモニーがとても美味だ。自然と顔が花のように綻び幸せいっぱいな気持ちになる。
そんな由比を見ていた佐助がポテトを食べながら拓馬達に対してこう呟いた。
「オイラ思うんだけどさ……由比ってバトルしている時と飯食っている時キャラ違うよな。」
「うん、全くの別人みたいだよね…。」
「早雲とのバトルで早雲のデッキ破壊を封じてたもんな。」
「しかもライフ1つも減らさずに勝っちまって、バトル中のあの笑顔は流石の俺でもビビった。」
「佐助君、拓馬君、太一君、有弥君、そこ聞こえてますよ。」
口に含んだハンバーガーを呑み込んで指摘すると4人は肩をビクッと振るわせて苦笑した。キャラが違うのは当たり前だろう、四六時中あんな風に気を張ってバトルモードでいたら疲れてしまう。こう言うのはON OFFの切り替えが大事なのだ。バトルする時はバトルに集中してバトルしない時は肩の荷を下ろしてゆったりとしている。
まぁ……少年達をこう思わせてしまうのは仕方ないだろう。それも全て____
「私まで二大勢力の勘定に入れなれなければ佐助君達がこう言う事も無かったんですけどね……。」
「あはは…まぁそれもそうだな。」
「じゃが、早雲とのバトルはお見事の一言に尽きるものでごじゃった。ネクサス封じ、コア除去、トラッシュからのスピリット召喚、新たな効果も含めて紫属性の特徴を有意義に使いこなしていたでごじゃる。」
「ふふ、環奈さんに褒められると少し照れますね。」
利家を倒した事で二大勢力から目を付けられてしまったが彼女からバトルを褒められるのは不思議と悪い気がしなかった。それどころかバトルをして良かったとすら思えてしまう。
早雲とのバトルはデッキの相性が良かったと言っても過言では無い。破棄されてもデッキに戻るようなマジックを入れたり、トラッシュからのスピリット召喚に特化したデッキだったからだ。ラショウがいればネクサス封じも可能であるし通常のコア除去で『青海童子』を消滅させる事も出来た。お陰様でデッキ破壊されても由比は海に呑み込まれる事は無かったのである。
(今のところ残る相手は宝緑院兼続だけかぁ……あの場所で連続でバトルにならなかったと言う事は近くあっちからコンタクトがあるかもしれないって事だなぁ…。)
4つ目のハンバーガーを黙々と食べながらそんな事を考える。相手は緑使い。デッキ系統は本番に確認するとして……緑属性と言うならばコアブーストや疲労させる効果、神速などもあり得る。ソウルコアによる効果も使ってくるかもしれない。早雲同様気を抜けない相手になるのは確かだ。
食べながら考え事をしている為か段々と眉を潜め険しくなっていくそんな由比に、横にいた幸村が思い付くようにしてこう言った。
「なぁ由比、俺とバトルしようぜ!」
「ムグゥ⁉︎ゲホッゲホッ!ングッ!ハー……バトルですか…?良いですけど急になんですか幸村君。」
「早雲の次は必ず兼続が相手になる、その為にもお互いバトルして腕を上げるのも良いと思うんだ。」
「はぁ…確かに合理的ではありますが……なら私から条件があります。」
「条件?」
「そのバトルはストリートバトルにしましょう。私が今拠点にしているマンションの屋上を借りれば問題なく出来る筈ですから。」
突然の幸村の提案に食べていたハンバーガーが喉に詰まりかけ、急いでドリンクを飲んで落ち着かせた由比はそう条件を出す。折角お互いがS級同士なのだ。テーブルでやるバトルよりもバーチャルバトルでやった方が良いに決まっている。それに彼とは昨日バトルする約束のようなものもしていた、早かれ遅かれそうなるのだとしたら今からでも充分だろう。
因みに由比としてはこれでお互いの拠点を知れる機会になると思っていた。そしたら連絡だって取りやすいし会いやすくもなるに違いない。
「おう、良いぜ!由比とはバトルしてみたかったんだ!俺達の知らないカードを使ってバトルする「バトスピテスター」の力…今度は何を見せてくれるか楽しみだぜ!」
「此方こそどうぞお手柔らかに。」
完全にやる気になった彼に由比は苦笑しながら答える。
こうして「烈火の炎」烈火幸村と「バトスピテスター」乃渡由比のバトルが決まったのだった。
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勝負!焔忍法帖!__弍
由比が日本の拠点にしているマンションの屋上では良い風が吹いていた。このマンション、部屋数が多くその分敷地面積も広い為当然ながら屋上のスペースも広かったりする。そしてご近所トラブルを防ぐため一部屋一部屋が防音壁と言う中々用意周到なのである。
通常は転落防止のため屋上のドアは管理人以外開けられないのだが…今回ばかりは「上でバーチャルバトルをしたいのでお願いします。」と頼んで二つ返事でOKして貰った。流石はIBSAが用意してくれたマンションと言うか……優しく理解力のある管理人さんで助かった。マンション全室防音措置を取っているからバトルの音で苦情を言われる事もないだろう。
「では始めましょうか幸村君。次に相手になるのであろう宝緑院兼続に対抗する為にも。」
「ああ!いつでも準備は出来てるぜ!」
環奈達が見守る中__由比は懐から、幸村は腰から各々のデッキケースを取り出して天高く掲げ叫んだ。
「降りしましませ、「尊星王」!」
「来い!「轟天龍」!」
叫ぶと同時に轟ッッ‼︎と言う耳朶を叩き付ける様な音共に現れる両者の専用マシン。幸村の専用マシンは「轟天龍」の名の通りドラゴンを思わせるような形をしていた。彼が【武竜】メインの赤デッキである事を印象付ける様である。
お互いが専用マシンに乗り込み、デッキをセット。デッキ上から4枚ドローするとお決まりの言葉を宣言する。
「「ゲートオープン・界放!」」
ストリートバトルが認証され何も無かった無機質なマンションの床に長方形の枠組みの光が走り、黒と白の2色で出来たフィールドが展開された。……S級同士、お互いに専用マシンを持つならば世界中何処であれそこがバトルフィールドになる。これこそS級バトラーの特権であり専用マシン以外のもう1つの特徴であった。
掛け声と共にバトルは開始された。
先攻は由比だ。スタートステップ、ドローステップ、そしてメインステップ、
「コスト3の『異牙忍ラッパンサー』をLv1で召喚。バーストセットしてターンエンド。」
「俺のターンだな。スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!メインステップ!まずは『イクサトカゲ』をLv1で召喚、更に『ジンライドラゴン』をLv1で召喚だ。」
Lv1で召喚された幸村の『ジンライドラゴン』には最早当たり前の様にソウルコアが乗っていた。『ジンライドラゴン』の効果は確かこのスピリットにソウルコアが載っている時にBP+と【真・激突】を得ると言う内容だった筈。アタックされれば間違いなくラッパンサーはBP負けして破壊されるだろう。
先の早雲とのバトルもそうだったが…幸村は利家と同じ赤デッキでも【真・激突】や指定アタック____つまりスピリット同士の戦いを好む「激突型」の赤デッキだ。それを究極にまで極めたデッキと言っても過言では無い。
「人柄が出るなぁ。」と呑気に思いつつ、幸村がアタックステップ入った。
「アタックステップ、『ジンライドラゴン』でアタック!【真・激突】発揮!『ジンライドラゴン』にソウルコアが乗っている間BP+3000し相手は可能ならブロックしなければならない。バトルだ、ラッパンサー!」
「ラッパンサーでブロック。ブロック時効果発揮、ボイドからコア1つをこのスピリットに置く。よってLv2にアップ!」
緑属性の特徴の1つ「コアブースト」。だがそれでもラッパンサーのBPは3000だ。ソウルコアの力でBP6000まで上がった『ジンライドラゴン』に敵う訳が無い。完全にBP負けだ。
青き豹、ラッパンサーはそれでも尚迫って来た『ジンライドラゴン』相手に果敢に攻め入った。背に生えた手裏剣で斬りかかろうとするがそれは『ジンライドラゴン』の兜の刃に塞がれそのまま身を貫かれ爆散する。だがラッパンサーの破壊は決して無駄にはしない。
破壊されるのは解っていた。
だからこそこのバーストを伏せておいたのだ。それを今ここで発動する!
「「相手のスピリットによる破壊」によりバースト発動!地を裂き轟き出でよ!『大地の忍ダイビート』をLv1でバースト召喚!」
「バースト召喚⁉︎」
バーストが発動されたのと同時フィールドが土の様に盛り上がり、そこから緑色の兜虫の様な形をした巨大なロボットが這い上がった。本来ならバーストのコアでコアブーストが出来る筈だったが対象がないためそのままの召喚になってしまったのだ。
だがそれでもBPは6000。
相手の『イクサトカゲ』は回復状態だが確実にBPで負けるのは目に見えている。ならば幸村の手段は1つしか無い。
「ターンエンド。まさかスピリットが破壊されるのを見越してバーストを貼っておいたとはな。次は緑か、よしかかってこい!」
「私のターン。緑、緑ですか……幸村君、これは"緑だけのデッキじゃないんですよ"?メインステップ、『焔三忍発破のカヤク』をLv1で召喚!」
「赤のスピリットだと⁉︎」
「召喚時効果発揮!BP5000以下のスピリットを破壊する事でデッキから1枚ドローする!『ジンライドラゴン』を指定!」
「っ、『ジンライドラゴン』!」
カヤクが黒い火薬玉を『ジンライドラゴン』目掛けて投擲しそのまま『ジンライドラゴン』は爆発の花を盛大に咲かせた。【真・激突】は少々厄介だ。なのでそちらを先に優先して破壊させて貰った。
瞠目する幸村に由比は口細く笑い、デッキから1枚ドローしてこう告げる。
「今の私は緑と赤の混色使い、早計な判断は良くないですよ幸村君。ダイビートをLv2にアップ。再びバーストセット。アタックステップ、ダイビートでアタック!アタック時"相手はスピリット2体かアルティメット2体でしかブロック出来無い"!」
「何⁉︎ライフで受ける!」
「続けてカヤクでアタック!」
「ライフで受ける!」
「ターンエンドです。」
『ジンライドラゴン』を破壊され『イクサトカゲ』しかいない中、2体ブロックなど出来ない幸村はダイビートのアタックをライフで受け、BP負けによって軽減を失わない為にカヤクのアタックもライフで受ける道しかなかった。これにより幸村のライフは残り3。「押されてしまっている」と言われても過言ではあるまい。
二打点の衝撃で体勢を立て直す幸村に由比は笑みを保ったまま、まるで戒める様にこう言う。
「宝緑院兼続が使うデッキは恐らく緑デッキ。私のデッキは緑と赤の混合ですが彼と相手をするならばコアブースト、疲労効果、回復効果など……きっとこう言う戦い方もしてくる筈です。その為にもこれは模擬戦とでも受け取って下さい幸村君。」
「ぐ……っああ!勿論だ、どんな相手だろうと俺は俺のバトルを貫き通すだけだ!」
瞳の奥に苛烈な炎をを保ち続け、彼は己のバトルを貫き通すと宣言する。
これから相手する兼続は間違いなく強い。
何せ西武蔵を治めるS級のカードバトラーだ。S級がどれだけ強いのかこの世界では誰もが知っている。そしてバトスピテスターは更にその上に立っている様なものだ。由比だって幸村だって兼続に負ける訳には行かない。
(やっぱりこのデッキにして来て正解だったな。幸村には良い予行練習相手になるかもしれない。)
由比は己のターンを進める幸村を見ながら確信を持った。実のところバトルを始める前にわざわざ自室へ一度戻りこのデッキに変えて来たのだ。上からの情報で兼続が緑デッキの使い手だと言う事は既に把握済みだったからだ。
正直、"緑を使うならもっと上手く使いこなすテスターが1人いるが"___今日本に居るテスターは由比しか居ないのだから仕方がない。「彼に相手して欲しかった。」と思っても無い物ねだりだ。故に自分でも使える様な赤と緑の混色で構成されたデッキを持って来た。
そう____このデッキ、敢えて名付けるのならば
(このデッキは「
同じカードバトラーとして、同じS級として、かつて同じカードを使った者同士として、自分は彼をこの場所で実力を試そう。
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勝負!焔忍法帖!__参
「俺は『サムライ・ドラゴン』をLv1で召喚!」
桜吹雪が吹き上がりそこから陣羽織を纏った青き剣客のドラゴン、『サムライ・ドラゴン』が現れた。そして幸村はレベルが変わらないも関わらず『イクサトカゲ』にソウルコアを置いた。……間違い無い、【覚醒】の準備に取り掛かったのだ。
「良い傾きだ。」と由比は思った。
『サムライ・ドラゴン』は【覚醒】する事でBP+、更には「回復」する効果を持つ。緑属性対策としてはかなり有効だ。疲労などを得意とする緑特性に対して回復を行えると言う点はかなり大きい。そして幸村はそのままアタックステップへと移る。
「『サムライ・ドラゴン』でアタック!フラッシュ【覚醒】‼︎『イクサトカゲ』のソウルコアを『サムライ・ドラゴン』置く事でターンに1回回復する!更にこのターンの間BP+5000!」
鞘からその剣を抜刀し、『サムライ・ドラゴン』は此方へと攻めて来る。ソウルコアが置かれた事でLv2に上がりBPが+されて2回アタックが可能な状態でだ。『サムライ・ドラゴン』と『イクサトカゲ』でアタックすれば由比のライフは最高3つ減らせるだろう。恐らくこの戦法は兼続には有効だ、だが由比は違う。
ライフはくれてやるがただでは終わらせてはやらない。手札から1枚のカードを抜き取って由比はニヤリと笑う。
「フラッシュ"アクセル"!『三十三代目風魔頭首ヤタガライ』!不足コストはダイビートから確保、よってLv1にダウン。アクセルの効果、相手のスピリット又はアルティメット3体を疲労させる。この効果で疲労したスピリット1体につき自分のスピリット1体を回復させる!回復しろダイビート!カヤク!ヤタガライは手元に置く!」
「フル回復⁉︎だが『サムライ・ドラゴン』のアタックは続いているぜ!」
突如翡翠の風が相手のフィールドに吹き荒れ、幸村のスピリット達は軒並み疲労する。アクセルの効果で連続アタックが出来なくなった『サムライ・ドラゴン』、ここで下手にブロックしてもBP負けして破壊されるのがオチだろう。由比としてもむざむざスピリットを失いたく無い。ならばここで取れる手段は___
「ライフで受ける!「ライフ減少後」でバースト発動『四十四代目異牙忍頭首シシノビ』!BP12000以下のスピリット4体を破壊する!対象は『サムライ・ドラゴン』と『イクサトカゲ』!そしてこのままバースト召喚!」
「なっ⁉︎」
『イクサトカゲ』は言わずもがな。『サムライ・ドラゴン』は現在BP加算されているとは言えBP11000だ。あと2000あれば対象外だったろうがレベルコストが足りない為無慈悲にも対象になる。
炎が風の様に畝り竜巻と化しそのまま『サムライ・ドラゴン』と『イクサトカゲ』を焼き尽くす。見るにも鮮やかな紅の爆発の花が咲いて幸村のフィールドは文字通りの「ガラ空き」状態になってしまった。「それならアクセルを使わずでも良かったのでは無いか?」と思われるだろうがこれは兼続を相手する事を前提とした「模擬戦」。疲労などの効果を最低でも1回は使わねばなるまい。
少なくとも兼続は緑単体デッキだろう。
赤属性のBP破壊系は使わないが由比のデッキは赤緑混合デッキなのだからしょうがない。相手は何も出来なくなってしまった状態のフィールドを茫然として己のターンエンドを告げた。
(幸村君のブロッカーは0、此方のアタック出来るスピリットは3体。ライフは4つであっちは3つ……このままフルアタックを仕掛けても問題ないだろうけど___)
恐らくこのまま行けば由比は勝てる。
無論相手がマジックなどのカウンターを使って来なければの話だが。
これは「模擬戦」、もっともっと幸村にとっての経験値が必要だと自分は判断する。……他人の事は言えないが彼は武蔵に来て日が浅い。利家、早雲相手に連続で勝ち進んで来たがそれでも経験値が足りないのだ。もっと、更に、「「バトスピテスター」の感覚と一緒にするな」と言われればそれまでだが幸村とのバトルがそれが少ないと由比は思ってしまうのだ。
……確かに幸村は強い。
だがそれは天賦の才ではなく努力がものを言ったもの。きっと彼に教えていた人間がとても上手かった人なのだろう。今ある幸村の強さはその経験が物語っていると言っても言い。だが、幸村がS級バトラーとしてバトスピ界隈から距離を取っていた間の時間がブランクを呼んでいる。______恐らく、このまま行けばいずれ幸村は誰かに負けるだろう。あの3人の内の1人によって、だ。
(君の強さは諸刃の剣……でも"叩いた分だけ強くなれる"と私は信じてる。)
1度折った骨がくっ付くと更に強くなる様に。
そして由比は己のターンを告げる。スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ……さぁ行こう。
「手元から『三十三代目風魔頭首ヤタガライ』をLv2で召喚。召喚コストはカヤクから確保、よって消滅。ヤタガライの召喚時効果発揮、ボイドからコア2個をを自分のスピリットに置く。」
その効果でシシノビにコアを2つ乗せてLv2にパワーアップさせる。しかしシシノビのLv3コストは4つな為余分にコアを置いている様な状況だ。だがそれで良い。わざわざヤタガライを手元から召喚しコアブーストをかけたのは何もレベル上げだけでは無いのだから。
シシノビに手を翳し由比はしっかりと相手を見据え、
「アタックステップ、シシノビでアタック!Lv2,3のアタック時効果発揮、ターンに1回自分のデッキ上から2枚オープン出来る。その中の系統【忍風】を持つスピリットカード又はブレイヴカードをノーコストで好きなだけ召喚する。残ったカードは手札へ。」
フィールドに自身のデッキが現れ上から2枚オープンされた。オープンされたのは『忍魔神』『忍頭領ソウルドラゴン・
「___光ある所に影はあり、焔ありし所には「忍」び耐える「者」あり。遍く「忍」び耐える「者」達の象徴たる焔よ、永久の中で決して消える事なく燃え盛れ!Lv2でノーコスト召喚、『忍頭領ソウルドラゴン・焔影』‼︎更に『忍魔神』を焔影に左
途端、フィールドに紅炎が爆発したかの様にワッと湧き上がった。炎はそのまま意思があるかの様に渦を巻き上げ、一気にフィールドに火の粉を撒き散らしながら勢い良く落ちる。炎が消え、現れたのは手裏剣型の鎧を纏い、所々に緑色の装飾を纏い太刀を携えた魂を宿す武者に近い龍の姿であった。
まさか「ソウルドラゴン」と言う自身のキースピリットと同じ名を冠したスピリットを見て幸村は目を見張った。そこまで予測はしてこなかったのだろう。彼は驚きのまま思った事を声に出してこう呟いていた。
「ソウルドラゴン…焔影…だと…⁉︎」
「ソウルドラゴンにはいくつかの派生があるんですよ。その内の1つ…系統【忍風】を持つソウルドラゴン、それが『忍頭領ソウルドラゴン・焔影』です。」
これが「焔忍法帖」デッキのキースピリット。
かつて由比が使い、そして今幸村が使うソウルドラゴンのまた別の姿である。
シシノビがベストなタイミングで出してくれたのが幸いだった。そしてそのシシノビのアタックはまだ生きている。ブロッカーのいない幸村が取れる手段は必然的に1つしかない。
「ライフで受ける!っ‼︎」
「これで幸村君のライフは2つ…このターンがラストターンになりそうですね。ヤタガライでアタック!」
「そうはさせるか!フラッシュタイミング『紅蓮フレイム』‼︎BP8000以下の相手のスピリット1体を破壊するぜ!」
「!」
巻き起こった紅蓮の炎がダイビートに直撃しそのまま爆発の花を咲かせた。さしものの由比も予想の外の対応に驚き瞠目する。まさかこうなるとは思ってはおらず___驚きとまだまだ諦めない幸村にフッと笑みが溢れる。
彼はまだ足掻こうとしている。こんな状況にも関わらず圧倒的な差を見せられても尚足掻こうとしているのだ。それがどれだけ愛しく感じてしまうのだろう。嗚呼、まだ諦めない。諦めやしない。彼の烈火の炎はそんな容易く消えはしないのだ。
しかして尚ヤタガライのアタックは続いている。そしてまだ此方には合体済みの焔影が居り、状況的に厳しいのは変わらない。だが幸村は畳み掛ける様に手札から1枚カードを引き抜いてコストを支払いマジックを使用した。
「更にフラッシュタイミング『絶甲氷盾』!ヤタガライのアタックはライフで受ける!」
幸村のフィールドに氷の盾が張りこれ以上のアタックを拒む。これで幸村は首の皮1枚繋がった状態でギリギリ留まった状態だ。
アタックステップ強制終了。
最早由比に何も出来る事は無い。ここから幸村がどう巻き返せるのか心の裡で期待しつつ自分は「ターンエンド。」を告げた。
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勝負!焔忍法帖!__肆
「俺のターン!『イクサトカゲ』を2体、『ムシャダリュー』を其々Lv1で召喚!そっちもソウルドラゴンを出して来たならこっちも行くぜ!『戦国龍ソウルドラゴン』をLv3で召喚!」
灼熱の火球が現れそこから赤い甲冑を身に付けた幸村のキースピリット、『戦国龍ソウルドラゴン』が現れる。Lv3のBPは確か13000。対し此方の焔影は『忍魔神』と
例え彼の
手札で口元を隠しつつ思案に耽っていると幸村のアタックステップが来た。
無論アタックして来たスピリットは彼のキースピリットである____
「『戦国龍ソウルドラゴン』でアタック!【連刃】発揮!バトルだ
「ソウルドラゴン対決ですか…ですが私のソウルドラゴンは
爆発の花を咲かせるのがどちらか、幸村だって解っている筈だ。だが彼は表情を一切崩さぬまま手札から1枚抜き取ってとあるカードをフィールドに叩き付けた。そのカードとは、
「返り討ちにされるつもりはないぜ!マジック『ソウルオーラ』!このターンの間自分のスピリット全てにBP+3000する!これでソウルドラゴンのBPは16000だ!」
「マジックでBPの底上げ‼︎……成程そう来ましたか。それなら確かに私のソウルドラゴンを破壊出来ますね。」
そう呟いて渋面に由比は笑った。長槍を持った『戦国龍ソウルドラゴン』が地を蹴り上げ此方に攻め入る。マジックの効果で赤いオーラを纏いその力は更に増して、咆哮が此方への
このままバトルしてしまえば
此方とて「バトスピテスター」としての矜持と、かつて『戦国龍ソウルドラゴン』を扱った1人のバトラーとしての子供にも似た意地がある。昔自分を「バトスピテスター」への道へと進むきっかけとなった思い出のあるスピリットにやられて本望だ、なんてそんなノスタルジーのままやられる訳には行かない!
負けじと由比も手札から1枚カードを引き抜いて、フィールドに叩き付ける。BPの底上げマジックは決して赤属性の特権では無いのだ!
「ならば此方もマジック!『千枚手裏剣』‼︎不足コストはシシノビから確保、よってLv1にダウン!このターンの間スピリット1体をBP+4000する!対象は勿論
「何っ⁉︎ソウルドラゴン‼︎」
相手のソウルドラゴンの長槍が貫きかけたところを緑のオーラを纏った焔影は太刀で受け止め、「キイィィィィン‼︎」と言う金属同士が弾かれる音と共にそのまま刃を翻して相手を薙ぎ払った。両者ジリジリと睨み合う様に弧を描く様に移動しながら敵の隙を窺い_________そして一拍、2体のドラゴンが咆哮を上げると槍と太刀が相手を捕らえようと「ギィン‼︎」「ガッ‼︎」「ギャリリリリ‼︎」と言う刃の擦れ合う音が響き渡るが、お互いにそれを捉えぬまま斬り合い刺し合いが行われている。
ドラゴン同士の戦いは
………………「ドブァン!!!!」と言う身体の芯から震わす音が響いた。
爆散したのは『戦国龍ソウルドラゴン』。
勝利した焔影は太刀を一度振り払ってから鞘に仕舞い込み、フィールドに降りて爆散した好敵手を一瞥し由比の方へと深く礼をした。まるで「主君の敵は討ち取りました。ご安心なされませ。」と言っている様だ。
「ソウルドラゴン……っ…。ターンエンドだ。」
キースピリットを破壊され、幸村は俯き拳を震わせターンエンドを告げた。
「勝てる。」、そう確信したのだろう。
しかしその油断が命取りとなった。相手がカウンターマジックを使って来るとは思っていなかったのだ。皮一枚からの大逆転とはならなかった、そしてターンを相手に渡してしまった。例え残りのスピリットでアタックしても由比のライフを削り切れないと解っているからだ。
優劣は一気に此方へ傾いた。
……ならばもうここで決めてしまおう。「模擬戦」とは言え互いに本気の勝負、これ以上長引かせられまい。由比の己のターンを告げ、宝石よりも美しい瞳で相手を見据え、メインステップを告げる。
「シシノビ、ヤタガライ、
「『ムシャダリュー』でブロック!」
今の
甲冑に身を包んだ小柄なドラゴンを一太刀で一閃し爆発の花を咲かせた
「バトルしているそのスピリットが消滅又は破壊された時、"このスピリットのシンボル1につき、相手のライフコア1個をリザーブに置きこのスピリットは回復する"!
「っ‼︎ぐああああああああっっ‼︎‼︎‼︎」
烈火幸村のライフ:0
勝者:乃渡由比
■
「大丈夫ですか幸村君?先程はちょっとやり過ぎてしまいごめんなさい。」
「ああ…大丈夫だ。流石「バトスピテスター」だぜ、やっぱり由比は強いんだな。」
専用マシンから放り投げられた幸村は差し伸べられた此方の手を握り身を起こした。視線を滑らせれば環奈や佐助達が心配そうな面持ちで幸村を見ている。そりゃそうだろう、今まで負けなしだった彼が一カードバトラーによってギリギリの勝負をさせられ、そして負けてしまったのだから。
幸村自身もキースピリットを破壊され負けたのが少々ショックだったのかいつもの元気は無い様子だった。由比の予想通り彼の心は諸刃の剣なのだろう。「攻撃が最大の防御」と言うが彼の心は正にそれなのだ。心には常に盾はなく鋭利で強い剣が居座っている。だがその剣が損傷を受けてしまったら彼もまた気が落ちてしまう。簡潔に言うとバトルが強くても心は完全に強くは無いのが幸村だ。
(バトルには強いけどメンタルに難あり、ってところかなぁ。………懐かしい、確か候補生時代の時にそうやってメンタルが弱い人の為にセラピー担当していたBSLONの精神科医が居たっけ。)
「バトスピテスター」を育てるBSLONの
結局、今現在「バトスピテスター」は由比含む3人。懐かしき
そう言えば1度だけテストでセラピーを体験させられた事があった。BSLONが用意した人間としては珍しく優しい人間だった事を覚えてる。そのセラピストならこう言う時________
「幸村君、」
「由比?」
「バトルは勝ったり負けたりするものなんですよ?私だって最初からこんなに強かった訳じゃ無いんです、私にはテスターになる前"あるライバルが居て"そのライバルと勝ったり負けたりを繰り返して来ました。「勝った時」はその気持ちを忘れずに次のバトルの為に身を引き締めて、「負けた時」はどうやれば勝てるのかを考える。そうやって強くなって来たんです。」
だから、
「負けた時は「どうやれば勝てるか」考えてみて下さい。頭で考えるのが駄目なら実戦してみましょう。……何処までもお付き合いしますよ、宝緑院兼続に勝つ為にも何度だって練習相手になりますから。」
「由比…………ああ!もう1度俺とバトルしてくれ!絶対に次は勝ってみせるぜ!」
「喜んで。たっぷりしごいてあげるので覚悟して下さいね幸村君。」
差し伸べた手を握り合って由比と幸村はお互いに微笑んだ。同じ倒すべき敵を前にした共闘者ではなく、同じカードバトラーとして、「戦友」として、2人は絆を結んだのである。
残る倒すべきバトラーは西武蔵を統べる緑属性のカードバトラーの宝緑院兼続。「緑の大将」に勝つ為に由比と幸村は日がどっぷり暮れるまでバトルにあけくれたのだった。
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行間
______7年前、米国、BSLON「カード開発機関部」バーチャルバトル試験場
「アタックステップ、『太陽龍ジーク・アポロドラゴン
「ザンシアっ!ッッ‼︎『鬼神女王ジェラシックドール』でブロック!…だがここで終わらぬ、『鬼神女王ジェラシックドール』の【界放:2】を発揮!『創界神ヘラ』のコアをこのスピリットに置く事で其方の『天王神獣スレイ・ウラノス』を破壊し、妾はトラッシュより『魔界騎士デストロイデン』を回収する!これで其方のアタック出来るスピリットはおらぬぞ由比!」
「いいや、まだだ!フラッシュタイミング『バーニングサン』!」
「『バーニングサン』だと⁉︎」
「手札から『太陽龍ジーク・アポロドラゴン
「うう……っ!ライフで受ける!」
「啞壌綺蝶のライフ0!よって勝者、乃渡由比!」
審判の透き通った声が試験場に響き渡った。
バトル終了と共にバーチャルで形成されていたスピリット達は姿を消し、各々がデッキをケースに戻した由比と綺蝶は専用マシンから下りる。
すると、流るる様な黒い長い髪を髪丈のやや下、蝶の形をしたソレで緩く纏める同い年の少女が腕を組み、仁王立ちで此方を見つめる______先のバトル相手である少女が緋色の瞳であからさまに不機嫌な相貌で睥睨していた。
彼女の名は「啞壌綺蝶」。
由比と同郷の日本人であり、日本のバトスピ運営機関「IBSA」の幹部の身内と言うお嬢様だ。BSLONによってバトスピの腕を買われこうして由比と共に「同期」として日々バトスピのカリキュラムを受けている。大人達は皆「啞壌綺蝶と乃渡由比はライバル同士」「テスターになる1、2位を争う事になるだろう」と好き勝手に言っていると聞いた。
そんな同期に自分はハァと大きく溜息を吐くとこう問い掛ける。
「これで私の48勝2敗だね?」
「サラリとグサっと心に刺さる事を言うで無いわっこんの天然阿呆由比‼︎」
「だから何度も言うけど綺蝶、私は天然じゃないよ。常識人のバトスピテスター候補生。」
「天然は己の事を天然と自覚せんわうつけめ‼︎」
「綺蝶はその古臭い言葉使い直した方がいいんじゃないかなぁ?」
「喧しいッッ‼︎」
言葉の攻防に目くじらを立てて怒る綺蝶。
親譲りなのか顔が整っており所謂「美人」と言う人種なのだがここまで般若の如く怒り顔していると色々と残念である。宛ら使ってた【呪鬼】中心のヘラデッキの様に「鬼女」と表現する他あるまい。ある意味四谷怪談の女妖怪と同列なのかもしれない。
周囲でマシンが片づけられたりデータを取ったりと
「由比、其方バトルの途中手を抜いておっただろう!」
「え?どっか手を抜いてた?」
「5,6ターン目で出したスピリット、あれで妾のスピリットを倒せたものをそうはせずにおった。妾のターンでも回収したマジックをここぞと言う時に使わんところがあった!いつもの其方であれば倒し、マジックを使っておったところであろう!」
苛烈に怒りに燃えた瞳と言葉に由比は内心「ぐえっ」と思った。
どうやら"所々手を抜いてたのがバレてしまったらしい"。思いっきり図星を突かれ自分はサッと綺蝶から目を逸らす。逸らした行動を肯定と受け取った綺蝶は尚更目くじらを立ててこれでもかと睨み付けてきた。……ああ、鈍いかと思っていた自分が馬鹿だった様だ。
だからと言って謝る気は全く無い。
逆にそうでもしなければいけなかった。何故ならこのBSLON「カード開発機関部」に属する
「だって、こんな広い組織でバトスピの実験が出来る子供って______私と貴女2人しか居ないでしょ?なら尚更バトルでは長引かせてカードのデータを取らなきゃ。」
「………………、」
少なくとも最初此所には10も満たない候補生達が集められていた_________が、由比と綺蝶以外厳しいカリキュラムの中で心が折れたり挫折をして去ってしまったのだ。そして次の「補充」がいつになるのかも解らない。
たった2人のバトスピテスター候補生。
………………だがいずれ、その候補生とて"1人になる"。
「……私、まだ綺蝶とずっとバトルしてたいなぁ。」
「それはっ……っ…由比には悪うと思うておる。だがこれは決め事だ、其方1人が結果を覆せる訳も無かろう。」
「…そうだよね。あーあ…あと2年もすれば綺蝶はIBSAの幹部、天魔コンツェルンの御曹司に「お嫁」に行っちゃうのかぁ。」
「よっ、「嫁」はよせ!「嫁」は!まだ妾は幼い身!せめて許嫁や好きな人の下に行くとかそう言え阿呆ッッ!」
「クスクス、ごめん綺蝶。」
林檎の様に顔を赤らめて必死に訴える彼女に自分はフッと笑ってしまった。その姿は「恋する乙女」そのものだ。否、実際に"長く恋をしているのだから当たり前だろう"。
綺蝶は此所に来る前……4,5歳の時に"天魔コンツェルンの長男に一目惚れして"それからずっと恋をしている。そうしてBSLONによって声をかけられる前、家同士で綺蝶を天魔コンツェルンの長男の嫁にどうかと話があったらしい。お互いが古く続く良好関係を築いて来た家だ。既に初恋をしていた彼女にとっては願っても無い案件であった。故にBSLONに入ったのは花嫁修行の意味もあり、バトスピの腕が上がれば好きな人に気を引いて貰えると思った様だ。
恋とは、愛とは、偉大だ。
誰でも使える魔法でどんな魔法よりも強力だ。
それは此所で一番近くで綺蝶を見ていた自分がよく解っている。彼女は直向きに頑張って来た。彼女の強さは恋と愛で出来た、世界中の沢山の宝石達と比べて宝石が見劣りする程美しくて愛らしく力がある。
「でも綺蝶にはその想いがあったから強くなって私の好敵手になったんだよなぁ…。」
「由比……。」
「貴女の「恋」は私でも止められないから仕方が無いね。……本当はもっとずっと、ずーっと貴女とバトルしたかったけど…。」
言葉を紡ぐ度に声が小さくなっていく。
嗚呼、こんなにも自分は「寂しい」と思ってしまうのか。"「あの時」"ですらこんなにも心が寒々しく虚しいとはおもわなかったのに。
それ程綺蝶に信頼を寄せ、友として、戦友として心を許していたのだろう。たった2年後には別れてしまう事に「寂しい」と感じるのが証明だった。
「……ならば、テスターになっても妾に会いに行けば良い。」
「え…?」
「妾とて由比に会えなくなるは寂しい。故にいつか、其方がバトスピテスターになった時妾の下に来るが良い。訪れ、そしてまた何時もの様にバトスピをしよう。約束だ。」
例えお互いの道が違おうとも。
綺蝶がテスターになれず由比がテスターになったとしても。この絆は、紡いできた時間で得た友情は変わらないから。
真摯に此方を見つめる綺蝶。
その両手は由比の手を優しく握りしめていた。
ならば、自分は、それを握り返して、
「うん…うん!私がバトスピテスターになったら絶対に会いに行く。絶対に約束するよ綺蝶!」
______約束だ。私はいつかキミに絶対に会いに行く。そしたらまたあの時の様にバトルをしよう___
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翠の愛,緋白の果たし状__壱
「このカードを抜いて、こっちのカードを入れると良いですよ。そうしたら相手がアタックした時それを返り討ちに出来る可能性があります。」
「成る程……そう言う手もあったか。有難うな、由比。」
「デッキ構築の助言までやれるとは流石はバトスピテスターでごじゃるな。」
「いえ、この前ご飯を食べさせて下さったお礼もありますがテスターとしてバトラーが強くなるよう努めるのも仕事の1つなので。やれる事はやらせて頂きますよ。」
幸村とのバトルからその後、由比は頻繁に彼等の居住地に足を運んでいた。お互い住所も連絡先も知れた事だし、自分が幸村のバトルの練習相手にもなれるから一石二鳥と言う訳だ。こうしてデッキのアドバイスも出来るから一石三鳥かもしれない。
向かい側のテーブルでは有弥と佐助、太一がバトスピをしつつ、宝緑院兼続の事について話していた。
「たぁく、昨日の兼続には拍子抜けしちまったな。強敵の早雲を倒して、「さぁ次は兼続とバトル!」________ってなる筈だったのにさぁ…。」
「肝心の兼続が消えちまってるなんて予想外もいいとこだぜ。」
「幸村のバトル見てビビっちまったんだぜきっと!」
「あの兼続がか?オイラはそうは思わないなぁ。」
「え?」
太一と有弥が悪戯っ子の様に「兼続が幸村のバトルを見てビビって逃げた。」と笑った。……が、そこで太一とバトルをしていた佐助が訝しげな面持ちで言葉を挟んだ。あの兼続がそう逃げる様な人間では無いと、2人の発言に納得していない様だ。
これに関しては由比も佐助に賛同だった。
宝緑院兼続はS級バトラーにして西武蔵を統べる男。そんな自分の身可愛さで逃げる様な人間であれば西武蔵を統べる処かS級バトラーにすらなっていないだろう。あの時初めて見た兼続の風体と言い雰囲気と言い、覇気とただならぬものを感じたのは確かだ。例えるのであれば巨大で且つ誰にも壊されない程の硬さを持つ1本の柱の様なソレだろうか?
「私も佐助君に同意見ですね。宝緑院兼続……彼が幸村君に臆して逃げる様なカードバトラーでは無いのは"確かです"。」
「どうしてそんな言い切れるんだ?」
「不思議ですか有弥君?私や幸村君、宝緑院兼続も含め私達はS級バトラーです。______そんな強い相手を見たら"万全な状態で全力のバトルをしたくなるのがS級の性と言うものでしょう?"」
目を三日月に細めニヤリと笑った由比の笑みは彼等にどう映っただろうか。
「強い相手を見たらバトルしたくなる。」そう思ってしまうのはカードバトラーに付いて回って来るものだ。強い相手と戦いたい、自分の全力を出せる様な相手と戦いたい、強い相手と全力でぶつかって勝ちたい………………そう思わずにはいられない。だからこそ「逃げる」と言う選択肢なんて有り得ないのだ。
同種の人間なら目で解る。
宝緑院兼続と言う男はそう言う男だ。決して臆して逃げない。もし己のテリトリーに影響が出ようとも気にせずに由比と幸村にバトルを申し込んで来るに違いない。
「宝緑院兼続か……一体どう言う奴なんだ?」
考え込んでいた幸村がふと佐助に問い掛ける。
「全国でバトスピブームが広がった頃、バトスピが盛んだったこの武蔵には大勢のバトラー達がやって来たんだ。その中には無法者も多くて特に西地区が酷く荒らされていた時期があったんだ。」
「ほう……西地区__基西武蔵にそんな時期があったんですねぇ。」
「ああ。その時圧倒的な強さでそいつらを倒して、疾風の様に西武蔵を制したのが兼続なんだ。」
「無法者を力で束ねたのか。」
幸村の言葉に佐助は肯定の意味で頷いた。
無法者を力で束ねた兼続__それが「西武蔵」。そう言えば東武蔵は逆に______
「同じ頃東武蔵で勢力を伸ばして来たのが"炎利家"。利なんだ。」
(無法者を力で束ね安寧を築いた西武蔵の兼続とは対局の存在が利家さん率いる炎利家組って事か……。)
自分が1番初めに武蔵に来た時の事を思い出す。赤井長頼を倒した後、炎組の
利家は殴られかけたところを止めてくれたり、早雲戦の際に此所まで運んで貰った恩があるからそこまで怖いイメージは無いが。
「と言うと……必然的にも2人は衝突する事になるのでは?」
「そうなんだ。お互い2人は引かれ合う様に何度も何度もバトルでぶつかった。でも、利と兼続の力は"互角"で決着が着かないまま互いのテリトリーを東西で分ける形で武蔵の二大勢力になったんだ。」
「正にライバル同士な訳ですか…。」
「あの利と互角のバトラーか、益々兼続と戦いたくなったぜ!」
左掌に拳を叩いてやる気満々に幸村は言う。
昨日、日が西に落ちりきるまで由比と対兼続戦をしていた彼にとっては「来るならいつでも来い!」と言う自信の表れなのだろう。1度も由比には勝てなかったが対緑デッキ戦のコツは掴めた様だ。そんな幸村に自分は苦笑しつつ、
「そう言っていると本当に宝緑院兼続にバトルを挑まれてしまいますよ幸村君。」
………………………と、言った矢先であった。
階段からドタドタと下りる大きな音がして拓馬が慌ててやって来ると、切羽詰まった声音で叫ぶ。
「大変だぁ‼︎」
「どうした拓馬?」
「「兼続の遣い」って奴がこれを幸村と由比にって……!」
「「「兼続の遣い??????」」」
「うん…。」
思わぬ事態に佐助と太一、有弥は揃えて声を上げた。
拓馬から差し出された紙___基文は一通のみ。由比にまでバトルを申し込むのであれば本来二通だが、先日のバトルの時に自分が幸村勢力に居ると思われたのだろう。と言うかどうやってこの場所を見付けたのか。逆にそっちの方が怖いのであった。
「「果たし状」……。」
(これまた古風な……時代錯誤もいいとこだなぁ。)
そもそも「果たし状」とは
「ええと何々___『明朝七時,西武蔵「場取ヶ原」にて待つ。』…だそうです。噂していた矢先にですね、タイミングが良いのやら悪いのやら。宝緑院兼続はやる気満々だそうですよ幸村君。」
「そうこなくっちゃな!由比とのバトルで得たものを発揮する時だ!」
「……こっちもやる気満々の様ですね、私も明日は頑張ります。今日は念入りに幸村君のデッキを調整しましょう。」
「由比は良いのでごじゃるか?」
「私はもう宝緑院兼続とのバトルでどのデッキを使うかは決めてあるので。次はそうですね……「
「ぐらんうぉーかー…?」
「クスクス、まぁ明日をお楽しみにしていて下さい。また新たなカードをお見せします。」
首を傾げる佐助に由比は唇に人差し指を付けて内緒ポーズで応える。
利家、早雲に続きお次は「緑の大将」宝緑院兼続。緑属性の使い手にして西武蔵の統治者だ。……さぁ、あっちがその気ならこっちもその気になってやろう。最早勘定に入られてしまっているのなら存分に暴れてやる。明日のバトルを待ちわびながら由比はその日、夜になるまで幸村のデッキ調整に取り組んだのだった。
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翠の愛,緋白の果たし状__弍
翌日、由比達一行は果たし状に書かれてあった「場取ヶ原」に足を運んだ。西武蔵は東武蔵と違い森林地帯や小高い山が点在しており少し田舎を連想させる。空は快晴、風が強く吹き荒び、場取ヶ原は側に河原がある故遮蔽物も無く広々としていた。
・・・こんな気持ちの良い天気に決闘するなんて一体誰が想像出来るだろうか?
「スタジアムは無いのでごじゃるか?」
「良いじゃないか、如何にも「決闘」って感じでワクワクするぜ!」
「まずS級同士ですからスタジアムでやる必要もないんでしょう。彼方も最初からストリートバトルの気でいますよ。________ほら、話をすれば宝緑院組のお出ましです。」
草の根を分けた先____河原の方で兼続率いる宝緑院組が待っていた。兼続は以前見た時と同じ腕を組み羽織りを肩に掛けて、紫の双眸で此方を見据えている。視線が刃の様に鋭く、力強い。距離を取っている筈なのに兼続から出る精錬された覇気が間近に感じられた。
「来たな。烈火幸村、乃渡由比。お前達なら来ると思っていたぞ。」
「あんな熱い果たし状を貰っては来ない選択肢なんてありませんからね。」
「強い相手とバトル出来るなら何処へだって行くさ。お前の力見せて貰うぜ。」
口角を上げ幸村が強気に笑う。
バトルがしたくて堪らない、言葉にせずとも嫌でもビンビンに伝わってくる。自分はそんな彼にフッと笑うと健闘代わりに肩をポンっと叩いて一歩下がった。先手は幸村に譲ろう、お手並み拝見だ。
「始めるとしようか。____来たれ!「緑風神」ッッ‼︎」
「来い!「轟天龍」ッッ‼︎」
お互いが肩から、腰から、デッキケースを取り出し上に掲げ叫ぶ。轟ッッッと言う音と共に現れる両者の専用マシン、兼続の専用マシンは緑をベースカラーとした蟷螂を象ったモノだ。専用マシンから推測されるデッキ系統はとどのつまり________【殻人】【殻虫】などの虫系緑デッキか。
「利家の専用マシンと同じで使用系統が解りやすいなぁ。」と呑気に思っているとお決まりの台詞と同時にバーチャルバトルフィールドが展開され、兼続対幸村戦が始まった。先攻は幸村だ。
「行くぜ!ドローステップ、メインステップ!『イクサトカゲ』をLv1で召喚!ターンエンドだ。」
「……?」
(0コストのスピリットを召喚しただけでターンエンド…?手札が重いのかな幸村君…。)
幸村がこのターンで1体しかスピリットを出さなかった事に胡乱げな面持ちで見つめる。手札が芳しく無いのか、それとも単なる布石なのか。いつもなら『ジンライドラゴン』も出ておかしくは無いので一抹の不安を抱いてしまった。さて、昨日一昨日のバトルでどう出るか……次は兼続のターンだ。
「コアステップ、ドローステップ、メインステップ。ネクサス『吹き荒ぶ旋風』を配置。」
「『吹き荒ぶ旋風』……?」
「防御向きの緑ネクサスですよ佐助君。Lv1の時点で自分のエンドステップ時にスピリットを2体回復、Lv2で自分のスピリットを破壊されたら相手のスピリット又はアルティメットを疲労させる効果を持ってます。」
「先ずはネクサスで地の利を高める作戦でごじゃるか。」
「ターンエンドだ。」
ネクサスの配置によって兼続のフィールドには緑の風が吹き上がる。4コストのネクサスを配置した後何もせずにターンエンド、リザーブにはコアが1つ残っているがそれは次、自身のターンが回って来た時にスピリットを出す為の力とする気なのだろう。
だがこれでデッキ系統が確実に解った。
宝緑院兼続のデッキは【殻人】【忍風】中心の緑デッキだ。以前由比が幸村とのバトルで使った「焔忍法帖」デッキでも緑のスピリット達は【忍風】持ちであった。まさかこんなところで同系統のバトラーと会い見えるとは思いもしなかったが。
「俺のターン!コアステップ、ドローステップ。……よし、『サムライ・ドラゴン』を召喚!」
(『イクサトカゲ』を不足コスト確保の為に消滅させてコスト5のスピリットを召喚……成程、元々軽減確保の為に召喚したんだ。)
「挨拶代わりだ!行け『サムライ・ドラゴン』!」
「ライフだ。」
『サムライ・ドラゴン』が背に背負っている太刀を引き抜き、そのまま兼続のフィールド目掛けて地を蹴り猛スピードで突進する。ブロッカーのいない兼続は無論ライフで受けるしか無く『サムライ・ドラゴン』の刃が兼続のライフを斜めに斬りさき砕け散らせた。これで相手のライフは残り4つ、しかし幸村のスピリットは『サムライ・ドラゴン』しか居ない為このままターンエンドとなる。
幸村の「ターンエンドだ。」の言葉と同時、由比はやや険しい顔をした。ライフを削った、それで良い。だが緑属性の特徴を鑑みれば"ここからが本番"なのだ。
(次はどう動く?宝緑院兼続!)
「コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、____"『蜂王フォン・ニード』"召喚‼︎」
「Xレア……!そう来ましたか。しかもよりによって面倒なものを…。」
途端、兼続のフィールドにバチバチと雷音を響かせながら繭の様な球体が現れ、それを裂いて黄金色の巨大な人型蜂____『蜂王フォン・ニード』が顕現する。まさかの大型スピリットの登場。Lvは1だが緑属性にそれは"関係無い"。緑属性の特徴の1つ……由比がラッパンサーで行った事と同じ________
「召喚時効果発揮!」
「!」
「ボイドからコア3個をこのスピリットの上に置く!『蜂王フォン・ニード』Lv2にパワーアップ!」
「ボイドからコアを⁉︎」
コアが増えた事によりBP10000までパワーアップした『蜂王フォン・ニード』に佐助が目を見開いた。由比のバトルでも見た筈ではあるが、兼続の緑単色でのコアブーストの使い方に驚いてしまったのだろう。実際、このターンで10000のスピリットを出されては状況が苦しい。そしてこれこそ緑属性の恐ろしい特徴の1つだ。
「緑属性の特徴であるコアブースト…コアステップ以外でボイドからコアを増やす事の出来る効果です。緑属性は本来コアを増やし、軽量スピリットで戦うものですが………、」
「が?」
「『蜂王フォン・ニード』、アレが出て来ては少々厄介ですね。」
まるで本能で感じ取ったかの様に由比の険しい顔がより一層深くなる。ここへ来てのXレアだ。もしもキースピリットだったのであればこのフィールドは兼続に呑まれたのも同然となってしまう。『蜂王フォン・ニード』その効果とは、
「アタックだ!」
「ライフで受ける!」
「まだだ!『蜂王フォン・ニード』Lv2アタック時効果発揮!」
「何っ⁉︎」
「相手のライフを減らした時コア3個をトラッシュに送る事でこのスピリットは"回復"する!」
「出た……!」
コアがトラッシュに置かれた事でフォン・ニードが緑の気を纏わり回復する。Lv1になってしまったものの追撃を行うには十分だ。緑属性の特徴、回復効果。再びアタック可能になった黄金色の蜂の王は兼続のアタック宣言によって、もう1度その鋭利な槍を幸村のライフを砕き、奪う。これで幸村のライフは残り3つ、一気に押されてしまっている状態だ。
「でもこれでフォン・ニードは疲労状態だ!次のターンで逆転出来るぜ!」
「いや…そう簡単には行かないでごじゃる。」
「佐助君、私が『吹き荒ぶ旋風』の効果を説明した時エンドステップに何が出来ると言いました?」
「えっ?」
その答えは直ぐに出た。
フォン・ニードの系統は【殻人】、ネクサス『吹き荒ぶ旋風』のLv1の効果は…
「ターンエンドだ。『吹き荒ぶ旋風』の効果発揮、エンドステップで系統【殻人】を持つ自分のスピリットを2体まで回復させる。」
「嘘だろ……⁉︎」
「攻撃と防御、その両方に特化したバトル方法……西武蔵の大将さんだけあってやはり強いですね。」
これで相手のアタックステップでもブロッカーには困らない、そう言う意味だ。嗚呼…こう見ていると「緑属性を上手く使いこなすテスター」の事を思い出す。確か彼もまた、ネクサス『賢者の樹の実』を使いエンドステップ時に己のスピリットを全回復させていた。
黄金色の蜂の王がブロッカーとしている中、幸村は苦い顔をする処かフッと笑いこう言う。
「そうでなくっちゃ面白くない!こう言う強い相手を倒さない限り天下を取る事なんて出来ないからな!」
「あはは…何処までも強気ですね。まぁ怖気付かれるよりはよっぽど良いですが。」
まだまだやれる。その闘志は折れていない。
烈火の炎の如く彼の瞳には信念たる煌きがあった。
……が、そんな彼に兼続は一度沈黙すると一拍空けてこう幸村に対して問い掛けた。それはある意味においてその真を突く様な言葉で
「……それがお前の目的か。ならば聞こう、天下を取ってお前はどうする?お前が"天下を目指す理由"はなんだ?」
「理由…?」
「答えられねば所詮お前もこの地を荒らした無法者と同じ!ただ強さを求め、その証を得る為だけにバトルをする愚か者だ!!!」
「愚かだと!?」
流石の幸村もそこまで言われて黙っていられなかったらしい。反発するように声を上げ兼続を睥睨する。
対して兼続はそれがあると言う。戦う理由があるのだと。戦わねばならない理由が確かに存在すると。
「見るがいい、これが俺がバトスピに懸ける思いだ!!!」
「あ、愛……????」
羽織をバッと宙に投げ、兼続が見せた背には緑の生地に赤い筆文字で書かれた「愛」の一文字。しかも心の部分がLOVEと書かれている。つまり愛の中の愛であった。
幸村勢が思わぬ事で頭がフリーズしていると兼続は憂う様に昔の西武蔵の事を話し始めた。曰く、佐助の言った事と同じでかつての西武蔵は強者が弱者を虐めるような無法地帯であったらしい。ただ力を求めバトルをする……そんな無法者達に、そんな西武蔵に悲しみを覚えた兼続は彼等をバトスピで圧倒させ、「愛」の道を示したのだ。
そんな兼続の話に兼続の下っ端基宝緑院組の人間達(かつては無法者であった者達)が涙を流しながら、
「兼続様のおかげで俺達の目は覚めた!そして俺達も誓ったんだ!」
「この人と共に戦おう!この人に着いて行こうと!」
「「「「「押忍!!!」」」」」
(いやこれ最早「更生」の域では?熱苦しいしムサいなぁ…。)
共感出来るかと言えば由比的にはNOである。
きっと彼等にとっては兼続は西武蔵の安寧の為に勝ち続けるヒーローの様な存在なのだろうがここまで熱苦しいバトスピ愛を見せられると逆に引く。
「バトスピ愛か……だがバトスピに懸ける思いなら俺だって負けないぜ!」
「えぇ……張り合うんですか幸村君…。」
「幸村もある意味熱い男、張り合いたくなるのでごじゃろう。由比はどうでごじゃるか?」
「えっ、私ですか?バトスピは好きですし愛が無いと言えば嘘になりますけど…ここまで熱苦しいとなると…ねぇ…。」
そんな話をしている内に幸村のターンで彼のキーカードである『戦国龍ソウルドラゴン』が召喚され、そのままアタックステップで『サムライ・ドラゴン』と共にアタックした。
兼続は何方もライフで受け残りライフ2つ。迷いの無いライフでの選択にバトルしている幸村が口角を上げているのが解った。予想だが「流石兼続だ。」とか相手に感嘆しているに違いない。
「ターンエンドだ。」
「……!」
「なんで幸村は【覚醒】を使わなかったんだ!?」
「もう1つ兼続のライフを削るチャンスだったのに!」
「これじゃソウルドラゴンにソウルコアを置いた意味が無いじゃんか!」
幸村のプレイングに佐助達は慌てる様に声を上げた。
確かに【覚醒】を使えばもう一度くらい兼続のライフを削れるだろう。だが幸村はそれをしなかった。
…………さて、その意図を汲む事が出来る人間がどれだけいようか。幸村がやりたい事、狙っている事。それを理解出来る「バトラー」は由比以外誰も居るまい。何故ならあれだけ幸村に対兼続戦の戦い方を扱いたのは紛れもない自分自身なのだから。
「信念のなきお前ごとき俺の愛が負ける訳が無い!行くぞ!コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ!『蜂王フォン・ニード』をLv2に!____更にもう1体『蜂王フォン・ニード』を召喚!」
「『蜂王フォン・ニード』をもう1体……?」
もう1体出て来た黄金色の蜂の王に由比は心の中で違和感を覚えた。「キースピリット」がもう1体?利家も、幸村も、早雲も、自らのキースピリットはたった1枚のみだった筈だ。由比の様なテスター達はキースピリットでも3枚はデッキに入れるが……もしかしなくとも兼続の「キースピリット」は____
「一気に決めてやる!行けフォンニード!」
「ライフで受ける!」
「まだまだ!アタック時効果発揮!このフォン・ニードを回復!更にアタック!」
「ぐうっ!」
新たに召喚されたフォン・ニードの効果でコアブーストしLv2にパワーアップしアタックを仕掛けて来た。幸村のブロッカーは現在0、ライフは先のアタックを全てライフで受けた為に残り1。フォン・ニードの効果は「相手がライフで受けた時に回復する」……つまり計4回アタック可能と言う事だ。そんな事をされれば幸村のライフは0になる。
「これで終わりだ!我が愛の前に砕け散れ!」
「絶対絶命の大ピンチ」、追い討ちをかける様に残った蜂の王が幸村のライフを削りにかかる。誰もが「もう駄目だ」と絶望的観測をしかかったその時____________烈火の炎は静かに押し殺していた分を噴き出す様に声を張り上げた!
「"フラッシュタイミング"!【覚醒】!」
「何っ⁉︎」
「ソウルコアが置かれた事で『サムライ・ドラゴン』が回復!「ブロック」だ!」
回帰を体現した燃え盛る炎が『サムライ・ドラゴン』の身を包み、向かって来た蜂の王の鋭利な槍を太刀で弾き返した。耳朶を叩く様な金属同士が擦れ合う音がフィールドに届く中、佐助が驚きつつも声を上げる。
「『サムライ・ドラゴン』の【覚醒】を防御に使った⁉︎」
「……やっぱり。そう使って来ましたね幸村君は。」
「由比も気付いていたでごじゃるか。」
「ええ勿論。幸村君はフォン・ニードと言う強力な2度アタック出来るスピリットに対してソウルコアを温存していた………【覚醒】を「攻撃の為の防御」とする為にね。」
「あれだけ私相手に対緑属性の戦い方を学んでいたんですからこれぐらいやって貰わないと困ります。」と由比は得意気に笑って言う。『サムライ・ドラゴン』にソウルコアが乗る事でBP+5000、つまり計BP11000。フォン・ニードのBP10000をギリギリ超えられる見事なまでのカウンターだ。
これこそスピリットとのバトルを重視する烈火幸村らしい攻めの防御。「攻撃は最大の防御」と言う言葉は今目の前で広がっているバトルを表現するのに相応しい。
「俺だって負けられない。こんなところで______________負ける訳にはいかないんだあぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
(幸村君…?)
一瞬、幸村の深い緑色の瞳が誰かを思うようなそんな様に見えた。「天下を取る」……その思いはきっと単純なものでは言い表せない何か。彼にとって"天下を取った先に"何かがある様な気がすると由比は何故だか確信を覚えた。
BPが上回っている『サムライ・ドラゴン』がフォン・ニードを迎え撃つ。太刀と槍がぶつかり「ギィィン‼︎」と言う音が辺りに大きく響いた。これで1体は屠る事が出来る______と思いかけたその時、
「おのれ……!効かん!効かんぞ!この背に背負った「愛」に懸けて俺は負けん!______"フラッシュタイミング"‼︎『風遁之術』‼︎」
「なっ⁉︎」
「『風遁之術』……BPを底上げしてくるつもりですか!」
「『風遁之術』はこのターン自分のスピリット1体にBP +5000する‼︎」
フォン・ニードの周りに緑の風が吹き上がり、まるで力を与えるが如く黄金色の蜂の王の身に風が纏う。これでフォン・ニードのBPは15000。最早圧倒的BP差で上回られた『サムライ・ドラゴン』は拮抗状態から押し返され、太刀を弾き返されて蜂の王の槍撃をまともに喰らい爆発の花を咲かせた。
カウンターからのカウンター。
正に由比が幸村とバトルした時に双方がマジックを使った時と同じような状況だ。BPを底上げしたら更に相手がそれを上回って来る。バトルではよくある事、だがこの破壊は彼にとっては少々痛手かもしれない。
「『サムライ・ドラゴン』‼︎」
「ここでマジックとは……!」
「私が幸村君とバトルした時と同じですね…しかしここでフラッシュタイミングを使って来るなんて…。これだから緑属性は恐ろしいんですよ。」
兼続が「ターンエンド。」と宣言した事で何とか首の皮1枚繋がった様なものの、ネクサスの効果で2体の蜂の王は全回復だ。だがここが好機とも言える。まだ幸村は負けていない、
「幸村君!」
「由比…?」
「まだ負けてません!私とのバトルで培った経験値を存分に使えば勝てます!だから安心してこのターンで決めて下さい!私が保証します!」
「……ああ、解った!まだ俺には最後の"切り札"が残ってるんだ!」
首の皮1枚、圧倒的不利な状況でも幸村は瞳に強い心を宿したまま兼続を見据える。相手には回復状態のスピリットが2体?"上等だ"。いいや………その方が「好都合」であり「勝利」へと繋がるんだ!
幸村が己のターンを宣言する。コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ________ソウルドラゴンをLv3、BP13000にパワーアップさせた幸村はこれ以上のスピリットの召喚をせず、そのままアタックステップでソウルドラゴンをアタックさせた。無論、アタックさせたのであれば___
「アタック時効果【連刃】発揮!ソウルドラゴンのソウルコアをトラッシュに置く事で相手は必ず2体のスピリットでブロックしなければならない!同時バトルだ!」
「フォン・ニード!」
強制ブロックを強いられた2体の蜂の王は主の呼び掛けに合わせて跳躍し、四翼の翅を広げ宙を飛んだ。それに合わせてソウルドラゴンも宙を飛びフォン・ニードを討つが為に相克する。1体の蜂の王が槍で討とうとするがソウルドラゴンは自らの槍で弾き返す。蜂の王達はならば同時で如何だと槍を振り下ろすが、ギィィン‼︎と言う音と共にソウルドラゴンがソレを易々と受け止めてしまう。
既に兼続にはBPを底上げするようなマジックは持っていない。BP10000vsBP13000、どちらの勝利かなんて火を見るよりも明白だった。
「お前が「愛のバトル」なら、俺は「魂のバトル」だぜ!おぉぉぉぉぉぉぉ‼︎燃えろ!俺の魂!燃えろ!ソウルドラゴンッッッ‼︎」
(行け!幸村君!)
幸村の意思に呼応する様に槍を受け止めていたソウルドラゴンが弾き返して、槍と自らの太刀を引き抜いてフォン・ニードを一閃し見事に美しいと思える程の紅の花を咲かせた。
【連刃】はスピリットを破壊した分だけ相手のライフを削る貫通効果。故にソウルドラゴンの槍は兼続のライフ目掛けて投擲され、そして、
「っ……!俺の愛は決して揺らぎはしない‼︎___うああああああああああああああああああああああッッッッ‼︎‼︎」
兼続のライフを______残らず削り切った。
この勝負、烈火幸村の勝利である。
宝緑院兼続のライフ:0
勝者:烈火幸村
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翠の愛、緋白の果たし状__参
幸村が兼続に無事勝利した後、当然ながら由比とのバトルになった。兼続は最後のライフを持っていかれたせいか少々手負いな状態ではあり、「一旦手当ての必要があるのでは?」と由比は言ったが当人が「問題ない。」と頑なに拒否したのでこのままバトル続行の形となった。
正直、既に色んな意味で満身創痍の相手にバトスピをするのは良心が痛む。だが相手がバトルを望むのであれば仕方が無い。やるしかないのだ。懐からデッキケースを取り出し、由比はソレを掲げ叫んだ。
「降りしましませ、「尊星王」!」
叫んだ瞬間、轟ッッッ‼︎と言う音を立てて現れる由比の専用マシン「尊星王」。夜を体現した機体が自らの機体とは正反対と言う太陽が照らす中でも神々しく顕在する。
「尊星王」に乗り込んでデッキをセットすると手札を4枚引いて双方、互いにバトルを始めるいつものお決まりの言葉を叫んだ。
「「ゲートオープン!界放!」」
決まり文句に反応したと同時、河川敷に長方形の光が走りバーチャルバトルフィールドが展開された。ある意味においてこれはバトルの始まりであり、絶対に退く事が許されぬ相対戦だ。バトスピは単なるカードゲームだが…たかがゲーム、されどゲーム。
特に兼続には先のバトルで「愛」の為に戦う熱く何処までも真っ直ぐな信念がある故に、由比は決して兼続に対して油断も甘くも見ない。これは「決闘」。一対一の真剣勝負だ。S級同士気が済むまで戦ってやろうではないか。
先攻は由比。
スタートステップ、コアステップを飛ばし、ドローステップ、メインステップ。手札は見たところ良好だ。それに___________初手から"このカード"を出せると言うのは幸先が良い。手札の1枚を五指で絡め引き抜くと由比は一切の躊躇いもなく"配置した"!
「___司るは灼熱の太陽,その弓矢を以て災いと共に救済を齎す「遠矢の神」よ,今こそこの地にに顕現せり!"
配置したが瞬間、フィールドに光り輝く2つの花弁の様に丸びをおびた中に六角形のシンボルが入った陣が現れ、天にミニチュアサイズの太陽が顕現すると陣の中から太陽と呼応する様に燃える様な髪を靡かせ、空と見紛う青い瞳、頭にはかの神の神話にも登場した…黄金色の月桂冠の被り、ギリシャ特有の布の面積が大きいつつも所々に鎧を纏い胸から臍の部分までを開かせた、胸中央にクリスタルの様なものに光浮かぶ模様を持った屈強な美男子___ギリシャ神話の太陽神にして音楽や医学など多様に司る「遠矢の神」……アポローンが現れた。
マシン横に座する神は此方を見ると軽くハートが出る様なウィンクするが、由比はにこりと笑顔でそのハートをペシンっと弾き返した。何せこの神アポローンは男にも女にもモテる美男子。神話の中でとある川神の娘を追っ掛け回して月桂樹に変えさせてしまっただのそう言った話を持つ程の「ク」に「ソ」の字の神である。しかも気に食わない者には周りを疑心にさせる呪いだの何だのとする様な奴だ。ウィンクされても全然嬉しくない。
「
「"
「御名答です宝緑院兼続さん。これは「
〈封印〉、【煌臨】から続いて現れた新ギミック、「
通常のネクサス破壊効果を受ける事が一切ないのも特徴ではあるが、スピリット又はアルティメット召喚でコアを置き真の力を発揮すると言う特徴も持つ。凄いの一言では表せない程この神のネクサスは強大な力を持つ。そう、例えば
「同名のネクサスがない事により"
フィールドにデッキが現れ3枚のカードがオープンされる。オープンされたのは『アポローンの龍星神殿』『イグア・ドラゴン』『ドラド・ドラゴン』。後者2枚はアポローンの神託対象カード故、ボイドからコア2つがアポローンの上に乗る事になる。
「対象カードは『イグア・ドラゴン』と『ドラド・ドラゴン』、よってアポローンにボイドから2つ
「何⁉︎白のネクサスだと⁉︎」
配置したと同時に先程のアポローンと同じ陣が光り輝来ながら現れ、天にミニチュアサイズの月が顕現すると闇夜に映える様な蒼銀の髪を三つ編みを流したポニーテールのそれはそれは容姿端麗な女性_____布面積多めながらも所々に鎧を身に付けた主に狩猟をメインに作られたであろう装いに、胸元は大きく開き、白色のクリスタルにまるで魔法円の様な光浮かぶ模様を持ち、己の象徴と言わんばかりに大弓を持った女神______アポローンの双子の妹にして月と狩猟、そして貞潔を司る「矢を射かける者」ギリシャ神アルテミスが現れた。
兄のアポローンとは反対の方に座する女神は此方を見ると軽く手を振り微笑む。由比は先のアポローンとは正反対に笑顔で手を振り返して「宜しくね、アルテミス。」と言うと向こうにいたアポローンが何か訴えたそうにジーと此方を見つめていたが自分はガン無視を決め込んだ。この女神は女神で父___最高神ゼウスの女遊びっぷりに辟易して一生その身を純潔のままにしようと決め込み、他の女
赤のネクサスが出た時点で今回の由比が赤使いだと思っていた兼続は白のネクサスに驚きの声を上げた。そんな相手に由比は喉でクツクツと笑い、手札で口元を隠しながらこう言う。
「誰が赤1色だと言いました?今の私は赤白使い、攻撃と防御を兼ね備えたデッキを使っています。……同名のネクサスがない事によりアルテミスの
フィールドにデッキが現れ、上から3枚オープンされる。オープンされたのは『機械戦隊マンモガイザー』『照準機兵ミューゼス』『天王神獣スレイ・ウラノス(RV)』。ミューゼス以外は系統【機獣】を持つコスト3以上のスピリットなのでアルテミスの対象、つまりアルテミスにボイドから2つコアが置かれる事になる。アポローン同様まあまあ順調な滑り出しだ。悪くは無い。
「対象カードは『機械戦隊マンモガイザー』『天王神獣スレイ・ウラノス(RV)』、よってアルテミスにボイドからコア2つを
初手としては上々の采配だろう。
後はここから兼続がどう動くかだ。幸村のバトルで見せてきたあの『蜂王フォン・ニード』……2体目まで出して来たと言う事は"つまりそう言う事なのだろう"。一応フォン・ニードの回復効果に注意しつつ此方も攻撃と防御をしていくしか無い。
「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、メインステップ。『カッチュウムシ』、『シノビコガネ』をLv1で召喚。」
(『カッチュウムシ』に『シノビコガネ』…新たに見る宝緑院兼続のカードだ。確か『シノビコガネ』の召喚時効果は……。)
「『シノビコガネ』の召喚時効果発揮!ボイドからコア1つをこのスピリットに置く、更に召喚コストにソウルコアを使用した時ボイドからコア1つを『カッチュウムシ』に置く。『カッチュウムシ』のコアを移動して『シノビコガネ』をLv2にパワーアップ!」
先のフォン・ニードでも見せた緑属性特有のコアブースト。特に『シノビコガネ』は召喚コストにソウルコアを使用していたらコアをもう1つブースト出来る。『カッチュウムシ』に置いたのは効果が「このスピリット以外のスピリット」だったからだ。2体共、Lv2になるにはコアが3つ必要になる。故に兼続は『シノビコガネ』にコアを集中させLv2、BP3000にパワーアップさせたのだろう。
緑色の甲冑を被った甲虫と,緑に赤のラインが入り鋭利な鋸の様な足を持つ大きなコガネムシ。軽量スピリットとコアブーストを使う緑属性のバトルスタイルはやはり彼の中でもあるようだ。
「アタックステップ、行け『カッチュウムシ』!『シノビコガネ』!」
「何方もライフで受ける!ライフ減少後によりバースト発動、『巨砲母艦マザー・パイア』をノーコスト召喚!系統【機獣】が召喚された事によりアルテミスに
デッキ上から3枚オープンされ、出て来たのは『ダーク・ガドファント(RV)』『フォボス・ドラグーン(RV)』______『月天神獣ファナティック・エルク』。3枚目のカードが出て来た瞬間、隣にいたアルテミスはその容姿端麗で「美人」と評価せずにはいられないその顔を此方に向けて頷いた。ここまで期待されたのであれば答えぬ訳にはいくまい。無論由比が召喚するのは……
「___世界を覆い尽くす宵闇の帳を照らす夜の太陽とは白堊の月光に他ならず。月の化身は純潔の狂気を求め,契りを破りし乙女に天罰を射抜く!出でよアルテミスの
由比が祝詞の様に奏上すれば宙が突如にして光が差す。透き通る様なまるで宝石の如きエメラルド色の角を持ち、ヘラジカをイメージしたであろうスラリとした機械的フォルムの胸元にはアルテミスの眷属たる象徴を示す月の紋章が浮かび、周囲に大弓を携えた『月天神獣ファナティック・エルク』が宙を駆けて現れた。
モチーフはアルテミスの聖獣とされる鹿だろう。彼女は狩猟の女神だ、彼女を象った像には常に鹿が共をしている。自身の
「召喚コスト確保の為マザー・パイアは消滅、系統【機獣】【化神】が召喚された事によってアルテミス並びにアポローンに
「『シノビコガネ』『カッチュウムシ』!」
ファナティック・エルクから放たれる目も眩む様な光を浴びた2体は無慈悲にもデッキの上へと戻されてしまった。文字通りの「更地」だ。これぞ白属性の特徴「ボトム送り」。特にデッキの「下」ではなく「上」を選んだ場合、相手の次のドローステップで"また同じカードをドローする事になる"非常に質の悪い効果である。
ただでさえ緑属性はドロー要素が低い特徴があるので兼続にとっては大きな痛手だろう。先程までスピリットの数が有利だった筈の己のフィールドを見て彼は低く呻いた。
「【界放】……それもまたテスターが使う効果か……!」
「【界放】とは
「……ターンエンドだ。」
由比の無意識の煽り文句に神経を逆撫でされたのか兼続は少々怒気を孕んだ声でターンエンドを告げた。その声に側で見守る兼続の下っ端達が怯える様に青ざめた顔でその姿を見ていた。恐らくここまで「怒り」の感情を露わにした事が無かったのだろう。「悲哀」の感情を見せても、ただただ頭に血が昇り理性を外した「怒り」を見せる事は決して無かったのだ。
それだけ由比の天然煽りを真に受けている。
幸村に負けた尾がまだ心の中で引き摺り焦っている証明だ。
(己の信念を貫いたまま負けた人間にはよくある事………だけどそんな怒らなくてもいいのになぁ。)
ただでさえ此所武蔵に来て初っ端から理不尽に怒られまくった身の上だ。"いくら昔から周りに罵詈雑言を浴びせられて来た"としてもこう静かに怒りを露わにされるのは苦手だ。こう言う時は「近寄らない。関わらない。」が1番なのだ。誰だっていつ爆発するかもしれない爆弾の目の前になんか居たくは無いものである。
「私のターン、『ライト・ブレイドラ』を召喚。ネクサス『アポローンの龍星神殿』を配置。更に『イグア・ドラゴン』をLv2で召喚,系統【星竜】3コスト以上な為アポローンに
メインステップはここまでにして、由比は兼続のフィールドを眺めた。ものの見事なまでにガラ空きのフィールド…無論そうをしたのは由比自身だが「少しやりすぎたかなぁ?」と内心で呟いた。「決闘」を申し込まれたが故(正直勘定に入っているのは自分としては不服だが。)に手を抜けないバトルをせずにはいられない状態を作らせたのは彼方の落ち度、文句など言えまい。
「アタックステップ、『ライト・ブレイドラ』でアタック。」
「ライフで受ける。」
「ネクサス『アポローンの龍星神殿』Lv1の効果発揮、自分のアタックステップで相手のライフが減った時デッキから1枚ドローする。続けて『イグア・ドラゴン』でアタック、アタック時デッキから1枚ドロー。」
「ライフだ。」
『イグア・ドラゴン』がその四足で兼続のフィールド向かって走り出し,ジャンプして背にある鋭い刃を使いグルン!と前回転してライフを削った。これで互いにライフは3、彼方はコアを増やし此方は手札を増やすと言う属性を上手く使いこなした戦い方だ。
由比はファナティック・エルクをブロッカー要員として回復状態で残したまま「ターンエンド。」と告げる。ここまで減らしたのであればそろそろ大型スピリットが来てもおかしくない状況だ。さぁ次はどう出るか、と思案しつつターンの回った兼続の行動に目を光らせる。
「『カッチュウムシ』を再召喚。更にもう2体『カッチュウムシ』を召喚________『蜂王フォン・ニード』を召喚‼︎召喚時効果発揮!ボイドからコア3個をこのスピリットに置く!『蜂王フォン・ニード』をLv2にパワーアップ!」
「出て来ましたね『蜂王フォン・ニード』。こう見るに"ここで決着"を……と言う考えですかね?」
現れ出た黄金色の蜂の王に由比は先の幸村のバトルを思い出してそう告げる。兼続のフィールドにはスピリットが4体、その内の1体はライフを削れば回復する効果持ちだ。対する此方は回復状態のファナティック・エルクの1体のみ。
視線を滑らせれば下でバトルを見守る幸村達が険しい面持ちで此方を眺めていた。特に佐助達は汗をだらだらと溢しながら世界が終末を迎える様な顔をしている。「このままじゃ由比が兼続に負ける。」と本気でそう思い込んでしまっているのだろう。……まぁ実際問題、由比自身もややこの状態には考えあぐねているところだがそれを決して表情には出さない。
幸村と同じ。
相手に不利だと思わせられない様にハッタリでもブラフでも良い。常に強気の姿勢を努めろ。敵に弱みを見せるな。
手札で口元を隠しながらそう考えていると________ふいに兼続が問いかけて来た。
「乃渡由比、お前に聞きたい事がある。」
「あら?自分が有利になったと思って情け心に遺言でも聞いてやろうと思っての質問ですか?正直そう言うの迷惑なんですが。」
「違う。この武蔵、強いてはこの日の本の全バトラーにとって大事な事だ。______乃渡由比、お前はこの国で何をしたい?天下を取る気も無ければ俺や利家、早雲との啀み合いの勘定に入れられている事を不服に思っている。…正にお前は雲だ。何をしたいのか、その意図を掴む事が出来ん。」
相変わらず14歳と言う歳で鍛えられたとは思えない程屈強な腕を堂々と組みながら、兼続は深い紫色の瞳で自分を探る様に見据えて来る。……確かに幸村や利家、早雲や兼続、全国にいるバトラーの殆どが乃渡由比と言う「バトスピテスター」に対して得体の知れない未知数なものを感じているに違いない。
まだ誰も知らないカードを使いバトルする。
それがバトラー達にとっては警戒の心を生み出せずにはいられない事なのだろう。だから兼続は危惧している。
(炎組は唯一利家さんだけは楽しんでいた、群青組の早雲さんは目の仇にした。でもこの人は違う……幸村君のバトルでも思ったけれど宝緑院兼続は私と言う存在を…「バトスピテスター」と言う存在に対して真摯に考えている…。)
「……つまり私がこの国のバトラー達にとって脅威になるか否か、と言う事でしょうか?」
「あぁ。もし脅威になるのであればお前も所詮はかつての無法者達と同じだ、その時は俺のバトスピ愛を以ってその根性諸共捻じ伏せる。」
「随分と心外ですね。問われ答える馬鹿が居るとお思いですか?……と言いたいところですが無法者扱いも困りますし、良いでしょう。私がこの日本に来て成すべき事を少しだけ教えてあげます。」
由比は手札を持っていない手を上げ1本、人差し指をツイと挙げた。
「1つ、「バトスピテスター」として日本でのデータ収集を上から任ぜられたので、貴方方の様なカードバトラーと戦いデータを集める事。2つ、これは単なる私情ですが_________」
中指を挙げて、由比は少しだけ"嬉しさを含んだ声音で"こう告げたのだった。
「_________私の"大切な親友"がこの日の本の国に居るので、探して会いに行こうかと。」
テスターの務めよりそれが本来の目的だと言わんばかりに由比は屈託のない笑顔でニコリと笑った。
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翠の愛,緋白の果たし状__肆
1つ目は、「バトスピテスターとして日本のバトスピバトラーと戦いカードのデータを収集せよ。」とBSLONから司令を受けたから。
2つ目は、かつてテスター候補生の頃…切磋琢磨し合った大切な友人と「また会おう。」と約束をしたから。
由比にとって前者は後者にとっての都合の良い口実になるだけのものだった。バトスピテスターは休む事なく世界各地を飛び回り、その国のバトラーとバトルをしてカードのデータ収集に努めなければならない。そんな人間になってしまった自分は約束した友に会う事すらままならず月日が経ち、二十歳手前まで来てしまった。
………だから、日本への派遣司令は嬉しかった。漸く会える、約束を果たしに行ける。自分の噂がこの国に流れればきっと友は気付いてくれるだろうから。
「正直に言えば私は貴方の様に「勝たなければならない理由」なんてものはありません。私は「バトスピテスター」、勝っても負けてもカードのデータを収集出来れば何も問題はないんです。」
「……!」
「ですが、貴方達が私が親友に会う為の標を阻むと言うのなら容赦無く倒します。「今」の私は親友と会う為にここに居る。……それが「今の私」の戦う理由です。さぁ…勝てると思っているのならかかって来てください、テスターを簡単に倒せると思っているのならその伸びた鼻を見事へし折ってあげます。」
胸に手を当てて由比は真っ直ぐに兼続の瞳を射抜き、宣言する様に言葉にする。
やれるものならやってみろと、ちっぽけで小さくて取るに足らないと思われる様な信念だとしても「思い」なら決して負けやしないと、その体で表すように。
「ならば見せてみろ、乃渡由比!俺の「愛」と何方が勝っているかを!____アタックステップ、『カッチュウムシ』でアタック!」
「『月天神獣ファナティック・エルク』でブロック!」
翅を広げブゥゥゥンッッ‼︎と言う羽虫特有の音と共に此方に攻めて来た『カッチュウムシ』をファナティック・エルクが自身の周りにある弓矢を引き、高速力で放たれた矢が『カッチュウムシ』を討ち果たし爆発の花を咲かせた。BPの差は圧倒的だった。だがまだだ、兼続のアタックステップはまだ終わらない!
由比の大型スピリットを疲労状態にさせた。
と言う事はつまり__________________
「『蜂王フォン・ニード』でアタック!」
「勿論、そう来ますよね。」
自分のライフを守ってくれるスピリットは誰も居なくなった。フォン・ニードは相手のライフを削った時コア3つをトラッシュに置く事で回復し再びアタックが可能に出来る。後は『カッチュウムシ』にでもアタックさせれば残り3つの由比のライフを削り切れる戦法だ。全く以って用意周到の戦法である。敵ながら天晴と褒め称えるべきか?
バトルを見守っている佐助達が顔を青ざめて「「「「終わりだ〜‼︎」」」」と叫ぶ。幸村と環奈が険しい顔でゴクリと息を呑み、宝緑院組の下っ端達が己の大将が勝つ事を確信して歓喜に喜んでいた。
「………、」
ライフを奪わんと黄金色の蜂の王がその鋭利な獲物を構えて此方に向かって来る。それを見るアポローンが「来てるぞ!どうにかしろ!」と言いたげにアタフタとジェスチャーを送って来た。対して妹の方はやたらと冷静だった、自分が何をすべきか最早理解し「いつでもどうぞ?貴女の好きにして?」と軽く手を振り準備万端だとそれを示す。
由比はそれに応える様に頷いた。
スピリットが全部疲労状態?だからどうした?________まさか…「
ライフを破壊しようと
「『
「何ッッ⁉︎」
フォン・ニードが槍を振り下ろすが、それはライフを砕くよりも先にアルテミスの胸部に浮かぶ陣と同じものが現れ攻撃をガードする。フォン・ニードの効果は「ライフを削った事による回復」……それが無効化された今、ただの疲労スピリットになる他ない。
予想だにもしなかった由比の行動に兼続は瞳を見開かせ、戦慄いた。回復状態のスピリットはまだ2体居る。しかしそれでは由比のライフは削り切れない。『
「っ……それもまた…「
「「
褒められたと思ったのか両隣にいる2柱の兄妹が得意げな笑みを見せて胸を張った。……が、その【
さしものの由比もシリアスな空気をものの見事に破壊してくれた2柱にやれやれと頭を抱えてしまう。そこの兄妹神よ、多少は空気を読んでくれないだろうか?
「ターン…エンドだ…。」
「では私のターン。スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ。そこの兄妹神方、そろそろ喧嘩やめてくれないと私も怒るよ?」
「このバトルは貴方達の力が必要なんだから。」と軽く叱責すると2柱は納得はしていないが渋々黙り込んだ。それにアポローンについてはここからが本番だ。【
メインステップは何も召喚せずコアの移動もしないまま由比はアタックステップを宣言した。…このターンで終わらせる。これがラストターンだ。
「アタックステップ、ファナティック・エルクでアタック!Lv2,3の効果発揮!相手のスピリット1体をデッキの下に戻す!『カッチュウムシ』を指定!」
「このままではやられんぞ!フラッシュタイミングマジック『風遁之術』!ソウルコアが置かれていない相手のスピリット1体を疲労させ、もう1体の『カッチュウムシ』にBP+5000する!疲労しろ『ライト・ブレイドラ』!」
(緑属性の疲労効果…!そう言えば幸村君の時は疲労対象が居なかったから前者の効果は不発だったんだ…でもこっちだって!)
緑の旋風が『ライト・ブレイドラ』を取り巻き疲労してしまう。しかし由比は諦めない、ライフを削りに行く唯一の戦法はまだ兼続に通じる筈だ!目には目を、歯には歯を、フラッシュタイミングにはフラッシュタイミングである!
手札から切ったカード、それはもう1柱の________神の化身だ。
「『イグア・ドラゴン』のソウルコアをトラッシュに置き此方もフラッシュタイミング!_____________「遠矢の神」の忠実なる化身よ,赤き太陽と共に勢い良く燃え盛れ!その矢はあらん限りの敵を撃ち抜き…約束された勝利を齎さん‼︎出でよアポローンの
瞬間、由比のフィールドにそれはそれは巨大な太陽の如き火球が『イグア・ドラゴン』を覆った。それを確認したアポローンが自身の弓矢を構えて矢を撃ち放つと、火球がドバァッ!と言う音と共に弾き割れマグマの様に流れ出した。
火球から溢れ出でると____アポローンと同じ燃えるような髪を持ち、所々に黄金色の甲冑を付け、その翼は透き通った神々しいまでの二翼。深い赤の肌に青いラインが走り胸部にはアポローンが持つ紋章と同じものが浮かび上がっており、その両側には黄金色に蒼のツートンカラーの大弓を携えたドラゴン____『
「【煌臨】した事によりアポローン並びにアルテミスに
「ぐっ……!ライフ!」
「ネクサスの効果でデッキから1枚ドロー!」
「だが俺のフィールドにはまだ『カッチュウムシ』が居る。ライフは2つ、【煌臨】したとは言え削り切れんぞ!」
「いいや、削り切る。私はここで宣言しよう、これが"ラストターン"だ!」
アポローンの
ならばどうするか、それは"アポローンと由比の持つ手札"が証明してくれる。
「『太陽神星龍アポロヴルム』でアタック!アタック時効果発揮!BPが最も高いスピリットを破壊する!『蜂王フォン・ニード』を破壊_________そしてこの時、『
「何ッッ⁉︎ライフをだと⁉︎」
アポロヴルムが疲労状態のフォン・ニード目掛けて両側にある複数の矢を持つ大弓が紅蓮の光線を放ち何も抵抗無く黄金色の蜂の王は爆散した。隣にいたアポローンは再び弓矢をギリリッ…と引き兼続のライフ目掛けで矢を放った。放たれた矢は虚しくライフ1つを破壊し、兼続はその衝撃に顔を苦く顰めた。
これぞアポローンの持つ「貫通」効果。
コアが5つ乗った『
「ネクサスが…ライフを削る…⁉︎そんな馬鹿な!」
「「
「だがまだだ!お前のフィールドにこれ以上アタック出来るスピリットは____」
「聞いてませんでした?私はこう宣言した筈です。「これがラストターンだ!」と。……其方にフラッシュが無ければ行かせて頂きましょう。フラッシュタイミング!マジック"『バーニングサン』"‼︎」
由比が手札から切ったカード、それはこの状況において起死回生のマジックだった。そしてテスター候補生時代から長い付き合いのカードでもあるこのカードはいつも自分を勝利へと導いてくれる。
マジック『バーニングサン』。その効果は、
「自分の手札にあるブレイヴカードをカード名に「アポロ」と入っているスピリットにノーコストで
「『カッチュウムシ』!………ハッ!まさか‼︎」
この後に来る事を嫌でも理解してしまった兼続は悲鳴の如く上ずった声を上げる。そんな彼に由比は手札で口許を隠して不適にニヤリと笑った。
ああ、そのまさかだ。
既に隣でアポローンが再び弓矢を構えて、視線で「こっちは準備出来ている。さぁ宣言しろ。」と矢を放ちたくてウズウズしているようだ。『
由比は手札を持っていない手を掲げ、処刑を宣告するが如く声を大きく張り上げて自身の勝利を宣言した!
「『
爆破の花によってその黒色色の煙が舞い上がる。お互い目の前の視界は黒煙で覆われた。しかしその黒煙が一瞬切れ目を見せたのを「
「宝緑院兼続、御覚悟!」
「これが「バトスピテスター」の力……ッッ!があああああああああああああああああああッッッッ!」
アポローンの矢が兼続の最後のライフを削り切る。この勝負、何を言わずとも由比の勝利である。
宝緑院兼続のライフ:0
勝者:乃渡由比
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翠の愛,緋白の果たし状__伍
「ふぅ…何とか倒す事が出来たけれど……」
(これで更に3勢力との啀み合いがヒートアップしたら色々巻き込まれそうだなぁ…。)
デッキをケースに戻して専用マシンから降りた由比は溜息混じりにそう呟く。
バトルするのはテスターの義務関わらず好きだ、けれども何処どこの勢力が何だのこうだのとどう見たってくだらない勢力争いに巻き込まれるのは勘弁して欲しいものである。ただでさえ何故か自分が知らぬ間に「炎利家を倒したバトラー」として2勢力から「倒すべきバトラー」の勘定に入れられているのだから困ったものだ。
少しばかりうんざりしているとバトルを見守っていた幸村達が明るい顔で此方へと駆けて来た。
「やったな由比!きっと由比も兼続に勝てるって信じてたぜ!」
「うむ、2属性を使いこなした素晴らしいバトルだったでごじゃった。」
「「
「クスクス、有り難う御座います皆さん。「
やはり幸村達のこのキラキラとした顔を見ると「バトルして良かった。」と思ってしまう。ある意味一種の癒し効果だ。先程までうんざりしていた事柄も全てどうでもよくなる様な気がした。「これも歳かなぁ?」と思っていると自分達に向けられた鋭い視線を本能で感じて視線を滑らせた。
宝緑院組の下っ端達だ。
兼続と言う自分達の大将が由比と幸村に見事惨敗した事に酷く御立腹らしい。眉を寄せ恨めしそうに此方を見てくる彼等は、由比からして見れば最初に戦った炎組の下っ端達とそう変わらないものだ。……嗚呼そう言えば、彼等は兼続によって構成されたとは言え元は
「貴様等は運が良かっただけだ!」
「次に戦えば必ず兼続様が……!」
「____やめろ。」
「「「「「兼続様……。」」」」」
2度のバトルで深く手負いを負った兼続が下っ端達の言葉を遮った。彼等からやや距離を取った位置で片腕を抑えながら佇む彼は由比達を真っ直ぐと見つめてこう告げた。
「烈火幸村、乃渡由比。お前達の思いはしかとこの身に刻み込んだ。」
「兼続…。」
「次に会う時を楽しみにしているぞ。」
「此方こそ。またお会いしましょう宝緑院兼続さん。」
フッと優しく微笑む兼続に由比はペコリとお辞儀をする。今度会う時は勢力争いやその他諸々を取っ払ったバトルをしたいものだが……さて御天道様はそんな僅かな希望を掬い上げてくれるのかくれないのか。「この人、性格は良いと思うから普通にバトルしたいんだけどなぁ。」と心の中で思いつつ顔を上げて同じく微笑み返した。
そんな由比に兼続はやや驚いた顔をしつつも、踵を返して去って行く。慌てて下っ端達が彼を追い掛ける中________________その1人が悔しさを一切隠さずに、去り際自分達に対してこう言ったのだ。
「"キースピリット"さえ出していれば勝っていたのは兼続様だからな!」
「⁉︎」
「キースピリットって…じゃあフォン・ニードは____」
「あれ以上の強いスピリットをまだ持っていたでごじゃるか……。」
「私としては「ああやはりか。」でしたけどね。」
「ごじゃ⁉︎由比は気付いておったでごじゃるか⁉︎」
由比の言葉に誰も彼もが目を瞠らせ視線を注いで来る。由比も由比で今さっき予想を真実として確信したところだった。フォン・ニードがキースピリットなんかでは無い。それを思わせたのはあの時,幸村とのバトルで____
「『蜂王フォン・ニード』がキースピリットなら何故幸村君とのバトルの際に"もう1体"出して来たんでしょう?私の様なテスター達はキースピリット言えど上限3枚までキッチリ入れますが普通キースピリットならデッキに1枚だけの筈。なら答えは簡単、『蜂王フォン・ニード』所詮は彼の"サブエース"でしか無かったと言う事です。」
「宝緑院兼続……まだまだ底知れない男だぜ…。」
「えぇ、まだ隠し球を持っている。そのキースピリットが見れるまでは暫くは様子見、でしょうかね幸村君。」
このバトルで兼続はキースピリットを出して来なかった。若しくは出しても"扱い切れないもの"だとしたら、もう1枚何かが必要なのだとしたら……それが揃った時どんなに強敵になるのか由比も幸村も想像が付かない。由比以外の全員がゴクリと息を呑んだ時、自分は両手をパンっと叩いてその張り詰めた空気を一掃した。
ここで悩んでいても仕方がない。
出るものが出たらその時考えれば良い。だから____
「さあて、バトルも終わった事ですし皆で東武蔵に帰ってお昼ご飯にしましょう!私バトルしてお腹ペコペコです!」
「出た由比の食いしん坊!」
「お前も他人の事言えないだろ太一〜!」
「よし、じゃあ東武蔵に帰るか!」
「「「「「「「お〜っ!」」」」」」」
幸村の言葉で盤上一致した一行は再び草の根を分けて元来た道を歩き始めた。
________遠い何処かのある場所で、幸村と由比が兼続を倒したといち早く知った人間達が裏で暗躍している事も知らずに……。
■
何処かのとあるビルの屋上にある大きく時代錯誤も甚だしい城、その中も時代錯誤さることながら一国の戦国大名が居座る様な間に1人の男と少しの距離を置いて女が座っていた。男と女の向かいには「蘭丸」と呼ばれた10代前半の少年が立て膝を付き、薄暗い室内で幸村と由比のバトルの勝敗を報告していた
男は炎を連想させるような焦茶色の髪をし角の付いた何とも硬そうな上半分の面をつけ、赤黒い直衣を現代風にアレンジした様な服装にRPGの"魔王"を思わせる様な10代後半を過ぎたかどうだかだがの姿だ。しかし向かいで頭を下げる少年の主と見受けられた。____そう、この男こそかつて蘭丸が、綺蝶が言っていた「お館様」であり「殿」なのだ。
「そうか。利家、早雲に続いて兼続も。」
「烈火幸村、乃渡由比2人の為に武蔵の勢力図は更に混沌として参りましょう。」
「それこそ此方の思惑通り。嵐が近づいている…全てを呑み込む大きな"嵐"が。____綺蝶、お前もそう思うだろう?」
「お館様」と呼ばれる男が少し距離を置いて座る女____かの『南総里見八犬伝』に出て来る姫、「伏姫」を連想する様な長るる黒髪を持ち緋色に光る瞳。着物を白拍子と掛け合わせ和洋折衷にアレンジした藍色の装いには袖に蝶と菊が煌びやかに刺繍を施されている。自身の「殿」に問われた女__啞壌綺蝶はその誰もが羨むであろう容姿端麗な顔を嬉しそうに微笑みながら、ふっくらとした唇で言の葉を紡いで応える。
「はい。殿がこの日の本の国全てを呑み込み手中に仰せになる未来が妾には見えますわ。早う妾にお見せ下さいまし、殿。殿がこの日の本の国……何もかもを呑み込み天下を取る御姿を。」
「はは、そう急くな。____聞いての通りだ、「猿」。」
「キキっ!」
男が呼んだのと同時、奥に何処からともなく____猿面を被った、何処か山賊風味を漂わせる格好をした背の低い少年が現れた。綺蝶はその「猿」と呼ばれた少年に視線を向けるとこう告げる。
「成すべき事は理解しておろうな"藤吉郎"。殿の為、精一杯励が良い。」
「ハッ!お館様と奥方様の仰せのままに……。」
____誰も知らぬところで今まで揺れ動かなかった闇が蠢めき始める。闇が日の出る国を呑み込まんとせんとする。
嗚呼、禍いだ。禍いだ。
独りの孤独な魔王と、1人の孤独な魔王を深く愛する蝶の禍いだ。
その禍いを止められるのはきっと__________烈火の燃え上がる炎の少年と、宵闇を照らす月と星を持つバトスピテスターの女のみ____
どうもモノクロです。これにて三勢力編は終了です!次回から武蔵最強決定編が始まります!遂に大六天魔王勢が動き始め、彼等によって知らず知らず蝕まれて行くこの武蔵……。バトスピテスター、乃渡由比はどう立ち向かって行くのか!新編も乞うご期待下さい!ではばさらだ!
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