G-MoMo~銀暦少女モモ~ (凰太郎)
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ウチの銀暦事情
ウチの銀暦事情 Fractal.1


 

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 遠い近未来──地球人類は太陽系銀河の開拓計画を実践に移し、それに(ともな)って〈銀河連邦政府〉が樹立された。

 これは近い将来に訪れるであろう物語……。

 永遠に未来から近付かない物語…………。

 

 

 

 

 (まばゆ)く渦巻いた光のトンネルを抜けると──そこも宇宙やった。

 それは、先刻(さっき)までいた空間と何ら変わりなく……っていうか、ぶっちゃけ宇宙空間の違いなんか肉眼認識で解るはずもあらへん。星々の細い息吹きが、深い漆黒の中で白い点と(またた)いているだけなんやから。

 宇宙船(スペースシップ)の空間転移先が何処であろうと、ウチ──()(さき)モモカ──には同じ情景にしか見えへんよ?

『ツェレーク、空間転移完了──量子波動安定化──現フラクタルブレーン座標照合、6(フラクタル)\3(ブレーン)次元(ディメンション)、マイナスコンマ0003誤差修正──滞在可能推定時間、二時間三〇分リミット────』

 次空転移結果を報告する艦内放送が響く。

 宇宙(そら)を悠然と回游(かいゆう)する巨大なシロナガスクジラ──それが、ウチの搭乗する大型宇宙船(スペースシップ)〈ツェレーク〉やった。

 比喩やないよ?

 文字通り〝クジラ〟やねん。

 うん、正確には〝(くろがね)のクジラ〟や。

 そのまま〝鋼鉄製のクジラ〟を想像してもらえばええ。

 こう見えても銀邦(ぎんぽう)政府が建造した最新鋭艦やねん。

 全長三〇〇メートルにも及ぶ巨体は、滑らかな流曲線を描くフォルムながらも威圧感に満ちとった。黒い(ツヤ)を照り輝かせるボディは、広域吸収型ソーラーセイル合金──つまり太陽や恒星の光を吸収蓄積して、推進力へと転換するものやねん。基本は広域吸収型ソーラーセイルで得た光量子エネルギーによる推進航行で、ブースト時にはそれを量子衝突させて大出力へと転化すんのやって。

 内部には長期間宇宙航行に準じた設備だけやなく、日常生活を(いとな)む都市機能も等しく建造されとる。早い話、宇宙居住地(スペースコロニー)としての側面もあんねんな。

 で、ウチは〈ツェレーク〉から宇宙空間を眺め……とるワケやない。

 愛機である宇宙航行艇(コスモクルーザー)〈イザーナ〉の操縦席(コックピット)から見とってん。

 サブモニターに共有(シェア)投影された映像を見とったんよ?

 つまり、格納庫で待機状態いうワケやね。

 

 この銀暦(ぎんれき)──つまり銀河連邦暦──に()いて、宇宙船は機体規模に応じて公式にカテゴライズされとる。

 一般に〈宇宙船(スペースシップ)〉と呼ばれる形式は数十人の乗組員から構成される物で、全長も最小で五〇メートル級から──標準でも二〇〇メートル級艦がザラに存在する。そのコスト面から一般層が個人所有できるような代物(シロモン)でもない。(おおむ)ね、軍や企業が運用する法外な機体や。

 対して〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉いうんがある。

 コレは、広く一般普及しとる小型宇宙艇の事。

 少人数程度──()しくは単身──で運用可能な宇宙船が、このカテゴリーへと分類されとる。全長的には、だいたい一〇~三〇メートル級が平均やね。

 ウチの愛機〈イザーナ〉も、当然この分類。

 全長八メートルとやや小型で、一人乗り使用。

 この〈イザーナ〉の特異性は、その機体フォルムにも滲み出とった。独自性の強い特徴的なデザインは、通常の〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉とは特に一線を画する。

 だって〝宇宙(そら)を泳ぐイルカ〟そのものなんやもん。

 要は〈ツェレーク〉の設計ノウハウを()かした小型版や。

 もっとも〈イザーナ〉は、様々な点で〈宇宙船(スペースシップ)〉と同等以上の性能を有しとった。

 この機体が〈超宇宙航行艇(スーパークルーザー)〉とも呼ばれる由縁(ゆえん)やねん。

 

 一人乗り仕様とあって〈イザーナ〉の操縦席(コックピット)は狭い。

 完全密封された暗さの中では、電子計器が(とも)す明かりだけが光源やった。とりわけモニターディスプレイの恩恵は大きい。

 サブモニターを改めて眺める。

「……キレイやね? イザーナ?」

『キュー ♪  キュー♪ 』

 イルカ(・・・)が鳴きよった。

 肯定の同調が(うれし)なって、ウチはにっこり笑う。

 光量子ワームホールの(まばゆ)い光の潮流から抜け出た直後とあって、その静寂なる深淵は息を呑むほど深く沈む虚無的絶景にも思えた。映し出される宇宙の闇は、視野一面に下ろされた暗幕のようや。

 その中で瞬く星々の細い蛍灯に見惚(みと)れて、ウチは呟く。

「軽く手を伸ばせば届きそうやんね?」

『キュー ♪ 』

「せやけど実際には、遙か光年先の歴史なんよね……コレ」

『キュー?』

「せやねぇ? ウチらが住む次元宇宙での歴史ではないねぇ?」

 ほわっと笑うウチ。

 (しば)し沈黙──ウチは間が堪えられなくなって別の話題を振った。

「……あんな? イザーナ?」

『キュ?』

 自分の肢体に目を落とすと、密着フィットしたワインレッドの全身スーツがテヤテヤした光沢に(なまめ)かしい反射を生んどる。

 コレは〈ポータブル・ハプビタル・ウェア〉──通称〈PHW〉──いう凡庸多機能宇宙服や。

「ウチ、コレ改善してほしい……慣れへんわ」

『キュキュキュウキュウ!』

「うん、知っとるよ? スゴい代物(シロモン)やねん。耐圧・耐熱・耐寒の三拍子を基礎性能として備えとるし、極小ヘリウムバーニアを要所要所に内蔵しとるから無重力空間での姿勢制御もお茶の子さいさい──オプションのバイザーメットさえ被れば、それだけで真空状況下でも活動可能な代物(シロモン)や。そりゃスゴいよ? せやけど……」

『キュウ?』

 何が不服か()かれた。

「……ボディライン浮き彫りやもん。肌露出が皆無なのに妙に(なま)めかしいんわ、この生々しいシルエットのせいやで? うう……やっぱりウチ、ちょっと恥ずかしいよぅ」

『キュウ?』

「ちちち(ちゃ)うよ? 胸のせいやないよ? それに、Aカップ(ちゃ)うで? ウチ、Bあるもん!」

『キュウキュウ……キュウ』

(はげ)まさんといてぇ! 余計、(みじ)めなるわぁ!」

 その時、もうひとつのサブモニターに、インディブルーの〈PHW〉を着た美少女が映り込んだ。

『いつまでもイルカと(たわむ)れてんなッつーの! ボチボチ出撃だかんね?』

 気丈さが(にじ)口調(くちょう)で注意されたわ。

 綺麗に毛先を切り揃えた髪は背中まで伸びていて、それを大きな赤いリボンでロングポニーテールに(まと)めた美少女や。

 スラリとした肢体はスマートさを維持しながらも、付くべきトコには肉感が(みの)っとる。年頃の少女達にとって、まさに羨望(せんぼう)ものやね。

 彼女の名前は〝天条(てんじょう)リン〟──。

 隣で待機しとる同型宇宙航行艇(コスモクルーザー)〈ミヴィーク〉のパイロットや。

 ちなみに〈ミヴィーク〉の外見は〝シャチ〟やった。

 うん、ウチの〈イザーナ〉は〝イルカ〟で、リンちゃんの〈ミヴィーク〉は〝シャチ〟やねん。

『滞在可能推定時間、把握してるわね?』

「二時間三〇分リミット……やね?」

『そう、それまでに〈ツェレーク〉へと帰還する!』

「知っとるよぅ? ウチ、初めてやないよ?」

『……初心者じゃないのに初心者級にヌケてるから心配だッつーの、アンタは』

 ジト目で指摘されたわ。

 リンちゃん、ヒドイ()(ぐさ)やんね?

 と、今度は、さっきまで〈ツェレーク〉と映像共有(シェア)していた方のサブモニターに金髪美女が映った。

 知的印象の強いオシャレな眼鏡をかけた美女や。

 冷静さを内包した(うれ)いある眼差(まなざ)しは、せやけどインテリ特有の斜に構えた嫌味などは全く感じさせへん。むしろ人好きのする柔らかなオーラが、全身から醸しだされとる。腰まで伸びるロングヘアは息を呑むほど艶やかで、スッと通った鼻筋と薄い唇が織り成す美貌は芸術の域にも思えた。

 黒のフォーマルスーツをシックに着こなし、くっきりと浮かび上がるボディラインもウチらとは断然格違いの優美にある。さすがに大人の女性や。あまりにもグラマラスなわりに、見事なスレンダーさでもあった。完璧なプロポーションは異性でなくとも見惚(みと)れてまう。

 とりわけ目を引くのは豊満な胸!

 そのスゴさといったら……スイカやん!

 まるで〝歩く豊穣祭り〟やん!

 もしも叶う事なら、可哀想な成長に足踏むウチへと少し分けてほしい……。

 彼女こそ、銀暦(ぎんれき)屈指の天才〝マリー・ハウゼン〟女史や。

 若干二〇歳にして、いくつかの博士号を拾得してるんやから、とんでもない天才には間違いあらへん。

 この〈ツェレーク〉艦長にして、ウチらの保護者でもある。

『二人共、準備はいい?』

『いつでも』

「うん、ええよ ♪ 」

『目的は〈宇宙クラゲ〉の捕捉、及び、データ収集。そのリアルタイム情報を即時〈ツェレーク〉へ転送して頂戴。それ(・・)(もと)に迎えに行くから』

『場合によっては交戦しても、いいのよね?』

 リンちゃんの勝ち気ぶりに、マリーは包容的に苦笑う。

『あまり勧めたくはないわね……自衛レベルでは仕方ないけど』

『心配ないッつーの。アタシと〈ミヴィーク〉は()られはしないんだから』

『ケルルルル……!』

 気丈な自信に同調して、シャチが猛り鳴いた。

『出来るだけ離脱を試みて頂戴? 無理や危険を冒さないように……』

 柔らかく釘を刺す。

『……ったく、心配()らないッつーのに』

 リンちゃん、少々不服そうやね?

 ブツブツ言うとるねぇ?

「あんな? マリー?」

『何? モモカ?』

「友達になんのは、ええ?」

 ウチの発言にリンちゃんは苦虫顔を浮かべ、マリーは慈しむかのように微笑(ほほえ)んだ。

『いいけど……無茶はダメよ? 接触(コンタクト)してみて意思疏通(いしそつう)が不可能と思ったら、諦めるのよ?』

「はーい ♪ 」

 ウチ、にっこりや ♪

 ケンカするより、仲良しなった方がええ ♪

 

 

 ややあって、正面の格納庫扉(ハッチ)がゴウンゴウンと鈍重に開いていく。

 星空の大海が歓待に漂う。

『……〈ミヴィーク〉出る!』

「〈イザーナ〉行ってきま~す ♪ 」

 カタパルト射出!

 鋼鉄のイルカとシャチが、大宇宙(うみ)へと飛び込んだ!



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ウチの銀暦事情 Fractal.2

 

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 仲良う並んで航行するイルカとシャチ──。

『滞在可能推定時間は、二時間三〇分リミット──って事は、あまり遠くへは行けないわね。せいぜい近域惑星ひとつってトコか』

 リンちゃんが、今後の指針を(つぶや)いた。

「あ、せや!」ウチは不意に思い立った。「リンちゃん? ちょっとええ?」

『何だッつーの? 何かアイディアでも出たの?』

 コンソール操作の片手間に応えるリンちゃん。

「あんな? さっき『6(フラクタル)/3(ブレーン)次元(ディメンション)』って言うてたやん?」

『うん』

「だいたい、どの辺りなん?」

 ──ズガシッ!

 リンちゃん、ド派手に突っ伏したねぇ?

 勢いよくサブモニターからフレームアウトしたねぇ?

 ややあって、ゴゴゴ……と怒気を(はら)んだリンちゃんの()()け顔が浮上した。

「リンちゃん、額が赤く腫れてるよ?」

『ア……アアア……アンタッ! いままで、どれだけ次空航行をしてきたと思ってるッつーの!』

『ケルルルルル!』

 リンちゃんとシャチ(・・・)、両方からツッコまれたわ……。

「せやかて、正直言って〈フラクタルブレーン〉の概念すら、よく解ってないモン。ねぇ? イザーナ?」

『キュー? キュー?』

『そこからーーーーッ?』

『ケルルーーーーッ?』

 リンちゃん&ミヴィーク、反響してウルサイよ?

 先刻、艦内放送が『空間転移』と読みあげた通り、此処はウチらがいた次元宇宙やない。

 フラクタル分岐によるブレーン宇宙──平たく言えば〈パラレルワールド〉というヤツやねん。

 ただし、通称〈フラクタルブレーン〉と呼ばれるこの次空構造は、従来のパラレルワールド理論よりも(いささ)か難解な概念やった。

 だから正直いって、ウチも(いま)だによく理解できてへんのや。当然ながら。

『モモカ、やっぱり理解していなかったのね……』

 リンクモニターに、こめかみ押さえのマリーが映った。

 (しば)し思案気に耽っていたマリーは「よし」と決心めいた一言を洩らすと、(おもむろ)に『モモカでもわかるフラクタルブレーン講座』を特別講義してくれはった。

 うん、『モモカでも──って、どゆ意味?

『モモカ、いい? まず、線を一本引いて……』

 マリーに言われるまま、ウチはフリーディスプレイへと光線を一本引く。

「うん、引いたよ?」

『それが私達のいた宇宙。平面は、いくつある?』

「そりゃ、ひとつやん?」

『そうね。で、次はその中央を()まんで、ひとつの三角形を作って?』

「三角形っていうか、()まんで作ったら底辺無いよ?」

『……いいからやる』

「は~い」

 マリーの態度が静かに威圧的だったので、ウチは素直に従った。

 こういう時のマリーは、実は意外に沸点が低いから怖いねん。

『モモカ、今度は平面がいくつ?』

「底なし山の斜面として分断されて計二つやね」

『……じゃないでしょ』と、リンちゃん。

 (ちゃ)うの?

 う~ん……と?

 あ! せや!

「中央に山作ったから、左右には地面が残っとる! 計四面や!」

『そうね。で、平面をひとつの宇宙と考えたら、これで宇宙が四つに分岐した事になるわね?』

「なるん?」

『『なるの!』』

 リンちゃんとマリーの同時口撃(こうげき)

 そんなユニゾンで怒らんでもええやん……。

『じゃあ今度は、その上に同様の図形を描いて……コピペでもいいけれど』

 ウチは言われるままにタッチして、底なし三角形をコピペする。

 それを見計(みはか)らって、マリーの次なる指示。

『それもさっきと同じ手順で、三角形の平面に同型の三角形を作ってみて? 平面、今度はいくつある?』

「単純に二倍やから計八面やん」

『じゃあ、その上に同じ図形をトレースして、また同じ行程を繰り返す……今度はいくつになった?』

「何かコンペイトウの出来損ないみたなってきたで……えっと、計十六面!」

『最初の手付かずも含めて、ここまでの平面合計は?』

「えっとね……え……っと……」

 目算ではややこしいので、ウチは指折り数えた。

「……ひぃふぅみぃ」

『『計二十九面!』』

 またもマリーとジュンの同時口撃(こうげき)

 ふぐぅ……数え終わる少しの間くらい待ってくれてもええやん?

『現在で分岐宇宙は合計二十九個存在するという結論になるわね? これが延々と続くのがフラクタル分岐の宇宙理論よ』と、マリー。

「ふぇぇ? 延々なん?」

『つまりね? このように平面への角構成が延々と続いていく増幅論は、カオス的演算のフラクタル理論を強引に図的解釈したものなの──旧暦時代から使われている古典的解説表現ね。これにブレーン宇宙論を適応させて考えると、一次から一〇次までの上層ブレーン宇宙は決して下層次元と完全な分離(セパレート)をされたものではなく、(もと)となる次元宇宙から派生増殖したものと解釈できるの』

「?」

『ただし、この図形からは示唆できない要素として、各面──この面は異なる派生次元宇宙を現しているわけだけれど──は、全く同一の物ではなく、何かしらの差異要素を内包している。でなければ、カオス演算的観念としては成立しないでしょう?』

「???」

『ということは、(もと)となった次元宇宙──つまり起因次元を基準に考えて、それに連なる次元は、そのヴァリエーションと化しているという結論になるわね? これが〈フラクタルブレーン理論〉の基礎理念なの』

「??????」

『けれど誤解してはいけないのは、そのどれもが〈オリジナル〉であり、また同時に〈ヴァリエーション〉でもあるという観念解釈。要するに、どれが〈オリジナル〉かという定義は、結局、どの次元を自身の基準とするかで変わってくる──それこそ〈一般相対論〉の応用解釈ではあるけれど……』

「?????????????」

『そして、その他次元に元来発生してなかったはずの存在──現在の〈私達〉がそうね──は、次元宇宙そのものが〈特異点〉と認識して別次元へと排斥しようとする──解り易くいうと〈異物〉を吐き出して正常な状態へと戻ろうとするわけね。その現象が発生する猶予時間が〝私達の滞在可能時間〟──これを、私は『特異点排斥の法則』と学会には提唱しているけれど』

「………………………………………………………………」

『では、吐き出された〈異物〉──つまり〈特異点〉は、何処へ飛ばされるのか? 実は突飛もなく離れた次元座標じゃなくて、起因次元へと向けたベクトルに沿()って一次元分の層だけ戻されるのよ。そして、そこも〈私達〉の次元じゃない場合、また『特異点排斥の法則』によって同過程が繰り返される。最終的には時間を掛けながらでも起因次元へと帰される法則になっているけれど、それが数時間か数百年かは誰にも解らない。だから、私達の〈ツェレーク〉のような単独次元航行を自在とする存在は、銀邦(ぎんぽう)政府でも一目置く唯一無二のスペシャルなの』

「────────────────────────」

『そして、フラクタル分岐による派生宇宙の危険性としては〝どんな世界と化しているか解らない〟っていう差異特性が挙げられるわ。それこそ猿や恐竜が知性的進化を遂げて支配するような、まったく異質な別世界と化している可能性すらもある──極端な例だけどね。起因次元から次元層が離れれば離れるほど、そうした非共通項が増えていく。何よりも他次元には必ず〈もうひとりの自分〉──(すなわ)ち〈ダブル〉が存在し────』

『ちょ……ちょっと、マリー? ストップ! ストーーップ!』突然、講義中断を訴えるリンちゃん。『モモが煙噴いてる! 噴いてるッつーの!』

『キューッ! キューッ! キューッ!』

『ケルルッ! ケルルッ! ケルルッ!』

『──それが自分自身と接触すれば〈自己存在対消滅〉を起こしてしまう危険性も──え?』

 リンちゃんの必死な直訴を受けたマリーは、怪訝(けげん)そうにウチを(うかが)い見て絶句。

 そう、リンちゃんの言う通り……。

 その時、ウチは濛々(もうもう)と煙を噴いてギブアップ硬直(フリーズ)

 ただでさえ勉強嫌いな思考回路がショートしよった。

 現場は右往左往の大騒ぎや──イルカとシャチも巻き込んで。

 結論として得たのは『モモカでも解る~』でも『モモカには解らない』という再認識だけやった。

 うう、(われ)ながら情けないわあ……。

 

 

 

 

 数分後──。

「うう~~……まだノーミソがジンコラするわぁ~~」

 ウチは操縦シートをリクライニングモードにして寝そべり、スッキリしない不調感を(うめ)いた。

 顔に当てたアイスパックが、ヒンヤリと癒してくれてはいたけど。

『キュー? キュー?』

 心配したイザーナが声を掛けてくる。

「えへへ……大丈夫やよぉ~? もう少ししたら起きるね?」

 ありがとねぇ、イザーナ?

 この子、優しいねん。

 そんなウチを呆れた視線で眺めて、サブモニター越しのリンちゃんが皮肉を投げてきよった。 

『……アンタ、脳味噌あるの?』

「あるよッ?」

 あまりに失礼な一言に、ガバッと半身起こしたわ!

 休憩中断や!

『そりゃ失礼』とか言いながらも、リンちゃんはコンソール操作をテキパキと再開。

 まったく悪びれた様子もない。

 リンちゃん、意地悪や。

『ま、マリーの講釈はアンタには難しいかもね』

「そういうリンちゃんは、どうなん? 理解してんの?」

『アタシ? もちろん、しているわよ』

 余裕しゃくしゃくに、根拠に満ちた自信を示しはった。

 と、リンちゃんはジッとウチを見つめる。

 そして、(しば)しの黙視後、実情把握を兼ねて(たず)ねてきた。

『ねえ、モモ? アンタ、さすがに今回の目的と経緯は理解しているわよね?』

「今回の目的? もちろんやん!」

 自信満々にウチは返した。

 

 

 

 事の起こりは、三日前に(さかのぼ)る。

 



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ウチの銀暦事情 Fractal.3

 

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 太陽系第四惑星〈火星〉生存可能宙域(ラグランジュポイント)──そこには銀邦(ぎんぽう)政府太陽系支部が在る。

 直径は(およ)そ5平方キロメートル。

 円盆型の人工地盤の上に築かれた都市が機能し、それを透明半球体(スケルトンドーム)がすっぽりと(おお)った形状や。底部から火星へと伸びとる竜骨のような機械塔は、地表に建設された移民都市〈ライマン〉へと(つな)がっとる〈超電磁軌道(ハイリニア)エレベーター〉やねん。

 要するに〈宇宙ステーション〉と〈衛星コロニー〉の両性質を()(そな)えてんな?

 名を〈マルスクラウン〉言う。

 そこに呼び出されたウチとリンちゃんは、長官室へと通された。

 呼び出し主である〝レスリー長官〟が、後ろ手を組んで眼下の赤い惑星を眺めとる。

 要するに貫禄感の自己演出やんね? 長官?

 やがて沈黙の頃合いを見定めた長官は、重々しく会話を切り出した。

()(さき)モモカくん、天条(てんじょう)リンくん、どうして呼ばれたか……分かってるかね?」

「いいえ? 今回は、さっぱり?」と、リンちゃん。

「そりゃそうだろうね。まだ用件を言ってない」

「帰っていいわよね? 貴重なプライベートタイムを無駄にしたくないし」

 リンちゃん、温顔にっこりで怒ってはるねぇ?

「まあまあまあ! 待ち給え! 軽いジョークだよ! ウェットに富んだジョークだよ!」

 アメリカンスマイルで振り向くも、実は慌ててはるね?

 尋常じゃない早さやったもん。

 振り向く速度がシュバッて。

 ともあれ平静を無理矢理取り繕った長官は、椅子を引いて腰掛けた。

「実はだね。先日、ハウゼン博士にも話したんだが……」

「そう言えば、マリーはどうしたん? 呼んどらへんの?」

「ハウゼン博士には本件の解析を引き続きしてもらい、場合によっては〈ツェレーク〉の出撃準備を……って、うん?」

 ウチの返しに、怪訝そうな表情で詰まる。

「何? 長官?」

「いや、いま〝マリー〟って……」

 ああ、そこやったんか。引っ掛かったのは。

「ウチら、マリーと呼び捨てにしあえる仲やもん ♪ 」

「いつの間に、そこまでッ?」

 何か知らへんけど、露骨に動揺してはるし。

「キミ達がチームになって数ヵ月だよッ? たった数ヵ月で、そこまで親密になったというのかいッ?」

「ウチ、友達作り得意なんよ ♪ 」

 ウチは「にへら ♪ 」と得意気に(わろ)た。

「う……(うらや)ましい! (うらや)ましい限りだ!」

「は?」

「長官、(うらや)ましいん?」

「あまり大声では言えないが、こう見えても前々から狙っていてねえ……ハウゼン博士を」

 ホントに『大声では言えない話』を言い出しはった。

 仮にも〝銀邦(ぎんぽう)トップ〟が、神妙な面持ちで何をカミングアウトしてんのん?

「だって、こう……ねえ? スラッキュッボンッだし」

 何やエラい事口走(くちばし)ってはる。

 しかも、スタイル表現のジェスチャー添えて。

「……もう帰ってええの?」

 ウチは無垢に小首コクン。

「待ち給え待ち給え! まだ話は終わっていないぞ?」

「っていうか、始まってもいないわよね?」

「思いっきり美人だし、性格も控え目でたおやかだ。世の男性なら憧れを抱いて当然……スラッキュッボンッだし」

「まだ続ける気ッ? このマリー煩悩!」

「長官? そのジェスチャーやめた方がええよ?」

「あわよくばキミ達をダシにして親密になろうと考えていたんだが、よもや先を越されるとは!」

「どういう了見だーーーーッ!」

 間髪入れず〈パーソナルモバイルカード〉──通称〈パモカ〉──を、顔面へと投げつけるリンちゃん!

 (さなが)ら〝怪盗予告カード〟のようにサクッと長官の額に突き刺さる!

「リンちゃん! 暴力はアカン! 長官相手に暴力振るったら、下手したら反逆者(テロリスト)扱いなってまう!」

「はーなーせーーッ! モモーーッ!」

「ダ~メ~やぁぁぁ~~! ウチ、リンちゃん逮捕されたない~~!」

 慌てて羽交い締めにしたけど、リンちゃんはジタバタジタバタ!

 アカン! リンちゃん、興奮しとる!

「ぎぎぎ銀邦(ぎんぽう)長官に対して何をするんだね!」

 濁々と流血(まみ)れの長官が、瀕死から這い上がりつつ抗議してきおった。

「わざわざ年頃女子を呼び出して、しみじみとセクハラ妄想を語る官僚なんて聞いた事ないッつーの!」

「ああ、そうか……そうだな。(いささ)か本題から脱線してしまったよ。ハハハハハ!」

「空笑いで誤魔化すな!」

 何や会うたびに敬意とか尊敬とかが薄れていくわぁ……この長官(ひと)

「ま、それはさて()き」

「さて()くな!」

「実は、このようなものが銀邦(ぎんぽう)の観測システムに確認されてね」

 長官のパーソナルタブレットから、ウチらのパモカへ映像データが添付されてきた。

 この〈パモカ〉言うんは、超薄型多機能電子端末やねん。

 見た目はホビーカードそのものやけど、実質は超科学の結晶や。

 う~ん?

 みんなに分かり易う表現するなら、スマホの超進化版やろか?

 イラストスペースにも見えるんは、ディスプレイ画面や。

 ディスプレイフレーム四隅のアイコンをタッチすると、様々な多機能アプリが立ち上がる仕様。

 もちろんディスプレイ自体もタッチパネルやけどね。

 パモカ間の通信・通話に()いては〈ネオニュートリノ・ブロードバンド〉を採用しとって、太陽系圏内程度ならタイムラグ皆無で連絡が取れんねんよ?

「まずは見たまえ、貴重な資料映像だよ」

 言われたウチとリンちゃんは、各々パモカのディスプレイ画面を開く。

「うん、確かに貴重ね」

「せやね」

「そうだろう。まだ一般に流通させていない極秘映像だから、普通なら御目に掛かる事もない」

「流通していたら大事(おおごと)やんね?」

「さすがにそうか……いや、()もあらん!」

 長官としては真面目な資料映像を添付してきたつもりやろうけど、ウチらのパモカには『薄着マリーのブラウス透け透け動画』が添付されてきよった。しかも、要所を拡大トリミングしたヤツ。それがユサユサ揺れとるよ?

「初めて見た時は、あまりの衝撃に唖然(あぜん)としたよ。まさに未知との遭遇だった」

「でしょうね」

「私の人生に()いても、こんな凄まじい光景は見た事も無い。だが、(おのれ)を震い立たせたよ。『尻込みしてなるか! 絶対に全貌を解明してみせる!』ってね」

「解明する気は満々なん?」

「とは言うが易し。実際は、全力で挑んでも持て余す事は明白だろう」

「ま、持て余すかもね。これだけ大きいと」

「だが! 私とて男だ! こればかりは退けん! (おの)が魂を灰と燃やし尽くしてでも挑む所存だ!」

「……エラく本意気の覚悟やね? 長官?」

「男ってバカよね」

「コホン、そこで……だね? 是非、キミ達にも助力を願いたいのだよ。どうだね? 私と一緒に臨んではくれまいか?」

「「鬼畜変態」」

「そう、実に鬼畜変態──んん?」

 奇跡的に噛み合っていた会話に、ようやく違和感を(いだ)いたようや。

 水戸黄門の印籠(いんろう)(よろ)しく、パモカを(かざ)すリンちゃん。

 顔面蒼白となった長官が「ははあーーッ!」とばかりに土下座した。

「ど……どうか内密に」

「それはドコに? 銀邦(ぎんぽう)委員会? それとも、マリー?」

「どっちも! とりわけ〝マリー〟には!」

「……いま、どさくさ紛れで呼び捨てにしたでしょ。アタシらに乗っかって」

 ヘコヘコと謝罪に頭下げまくる長官を流し、ウチは改めて動画再生して観た。

「それにしても、よくこんなベストアングルで撮らはりおったねぇ? 長官?」

「分かるかね? いやぁ、苦労したんだよ。気付かれずにカメラ設置するのは」

 何かドエラい事を(くち)にしはったねぇ?

「顔と胸とを鮮明な解像度に抑え、障害物も少なく、尚且(なおか)つ視認されない位置を探る! 実に半月は計画(プラン)を練り込んだよ、キミ」

「何を揚々とセクハラ犯罪行為のカミングアウトしてんだ、長官(アンタ)……」

 リンちゃん、心底ドン引きしてはる。

「だが、此処こそが()だ! 絶対に妥協してはイカンのだよ! ()(さき)くん、キミなら分かるだろう! この男の浪漫(ロマン)が!」

「ウチは〝女の子〟やーーーーッ!」

 今度はウチがパモカをに投げつけた!

 サクッと眉間に刺さった長官が、再度流血に沈む!

「ふぇ~ん! リンちゃ~ん! ウチ、胸(とぼ)しないもん! ちゃんと〝B〟あるもん! ふぇぇぇ~~ん!」

「ああ、もう……よしよし」

 泣きつくウチを、リンちゃんが「イイ子イイ子」と(なだ)めてくれた。

 クスン……えへへ~ ♪  何か元気出た ♪

「まったく、どいつもこいつも……。で、極秘事項扱いの本題って何なワケ?」

 混沌(カオス)現状の仕切り直しとばかりに、リンちゃんは物臭な態度でソファへと投げ座る。

 ウチも後追いしてチョコンと隣に座った。

「ああ、それはだね……コレ(・・)だ」改めて正式な資料映像が添付されてくる。「水星宙域で撮影された映像だよ」

「なッ?」「ふぇ~?」

 ウチとリンちゃん、揃って驚嘆や!

 それ(・・)は、惑星付近に浮遊する巨大な〈クラゲ〉やった!

 透明(スケルトン)な軟体ボディに、無風空間でそよぐ無数の触手!

 頭か胴体か解らへん内部には何やら発光器官があって、プリズム光彩を絶え間なくグラデーションさせとる!

 信じられへんのは、その大きさや!

 周囲に待機しとる監視衛星と対比しても、おそらく数百メートルはある!

 つまり〈ツェレーク〉とドッコイや!

 



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ウチの銀暦事情 Fractal.4

 

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「ウチ、こんなん資料で見た事ある! 確か……えと……えとぉ……せや! 確か〈カツオだべし〉とかいうヤツや!」

「……それを言うなら〈カツオノエボシ〉ね」

 せやの?

「ようここまで育ったねぇ? 何年生きたら、ここまで大きくなるん?」

「だから、想起させても別物だッつーの! そもそも〈カツオノエボシ〉が宇宙(そら)飛ぶか!」

「進化したんちゃうの?」

「するか! ってか、飛ぶか!」

「亀さん、飛ぶよ? 火ィ吐いてグルグルグル……って」

「ドコの亀だ! その節操無い進化論に染まった亀は!」

「……ウチも、よう知らへんよ?」

 そんなこんなしてる間に動画が進行した。

 何や? 巨大クラゲが声を発したよ?

 喋れんのや? この子?

『銀河連邦政府ニ告グ。タダチニ宇宙開拓ノ着手ヲ停止セヨ。コレ以上ノ開拓行為ハ、宇宙ノ生態摂理ニトッテ害悪デシカナイトイウ事ヲ心セヨ。()モナクバ、主立ッタ開拓設備ハ片ッ端カラ破壊セザル得ナイ。コレハ脅シデハナイ』

「……コイツ?」

 リンちゃんの正義感が歯噛みする。 

「何や無茶苦茶ワンマンやんなぁ? それじゃ『人類は活動範囲を縮小せよ』って言うてるようなモンやんね?」

「そう言ってるんだッつーの──暗にね」

『繰リ返ス、コレハ脅シデハナイ。ソノ証拠トシテ、軽イ挨拶ヲ送ッテオコウ』

 そして、巨大クラゲは触手を振った!

 そこから眩しい光撃(こうげき)が放たれる!

 ウチ、けたたましい爆発音にビックリしてソファからひっくり返ったよ? コテンって!

「ひゃう!」

 そして、映像は終わった。

 そのままブラックアウトや。

「破壊されたの? ステーションが?」

「いや、破壊されたのは監視衛星だけだよ。幸か不幸か、水星宙域には生存可能宙域(ハブビタルポイント)は発見されていない……まだコロニーやステーションも建造されていないからね」

「あ、そうか……そうだったわね」

 リンちゃんにしては珍しく失念していたようや。

 それだけ焦っていたいう事やろね。

 せやけど、その表情は微かに安堵を噛み締めとった。

 ウチ、せやからリンちゃん好きやねん ♪

 (くち)は悪いけど優しいねん ♪

「この後、この巨大怪物の反応は消失した。あらゆる観測システムからね。つまり消え失せた(・・・・・)という事だ」

「……コレ、ホントに生物?」

「ほう? 何故かね? 天条くん?」

 長官が予見していたかのようにニヤリとしはった。

「その場で瞬時に全反応が消え失せたっていうんなら、大方〈フラクタルブレーン航行〉でしょうよ。だとしたら、あの光彩機関は〈光速推進力発生コンバータ〉の可能性が高い。つまりは〝人工物〟と考えるのが妥当だッつーの。ま、正体が〈ロボット〉か〈サイボーグ〉かは知らないけどさ」

「ほう? さすがだね、天条くん?」

 リンちゃんの演繹(えんえき)能力に、長官は御満悦の様子や。

 一方でウチは、よう解らへんかった。

 せやから、キョトンと質問してみる。

「……あんな? リンちゃん?」

「何よ?」

「その〈ナンタラコンバータ〉って、何?」

 リンちゃん、ズルッとソファを滑り落ちたわ。

「アンタ、ホントに銀暦(ぎんれき)世代か!」

「せやかて、ウチ難しいのキライ」

「ったく……つまり〈光速推進力発生コンバータ〉ってのは『アクティブジャイロ機構によって、固定座標で距離を(かせ)いで光速移動エネルギーを得れらるエネルギーユニット』の事──早い話〈OTF〉よ!」

「……どゆ事?」

「だ~か~ら~ッ! 光速エネルギーを発生させるには、必然的に膨大な航行距離と時間を(つい)やさなきゃならないでしょ! けど、それじゃ〈リップ・ヴァン・ウィンクル現象〉のせいで実用性が(とぼ)しい! そこでアレのジャイロ回転運動によって擬似的な航行距離を無限発生させ、その場に停滞しながらも光速エネルギーを得る事を可能としたシステムなの! そうする事で〈リップ・ヴァン・ウィンクル現象〉の影響下に存在するのは、あのユニットパーツだけって事になるから、本体は通常空間に滞在しながらも光速エネルギーを抽出供給する事が出来る! 要するに、本体は滞在空間の時間軸に存在しながらも、光速時空軸の影響を受けずに航行が可能となるの! 解った?」

「う~ん?」ウチは示された難解な理論を噛み砕いてみた。「あ、バスの中で足踏みするようなモンやんね?」

「……どうしてそうなった? 脳ミソふわふわメレンゲ娘?」

 リンちゃん、あんまりや。

「で? 結局、コイツ()なの?」

「うむ、順を追って説明しよう。まず、この巨大怪物が突如として水星宙域に出現したのは、約一週間前に(さかのぼ)る。さて、では、如何(いか)なる怪物なのか? 我々は存在考察の糸口たる情報を模索した。関連しそうなデータベースや文献を洗い直したりね。だが、有益な情報は何ひとつ得られない。目撃談も研究形跡も。つまり人類史上に()ける初遭遇(ファーストコンタクト)という事だ。そこで、マリー──」馴れ馴れしさをリンちゃんがジロリと(とが)める。「──・ハウゼン博士に相談してみたんだよ。すると、(こころよ)く実態調査を引き請けて────」

 すかさず卓上の御茶請け入れを投擲(とうてき)するリンちゃん!

 ボウル型容器が長官の顔面をスカーンと直撃!

 続け様に床へと撃沈した長官を仁王立ちで威圧する!

「余計な事すんなッつーの! おかげでマリーの好奇心が触発されちゃったじゃん! 今回の任務(ミッション)、十中八九コレ(・・)じゃん! アタシら大迷惑だッつーの!」

「リンちゃん! 暴力はアカンて!」

「放せーッ! モモーッ! コイツ、簀巻(すま)きにして宇宙空間へ放り出す!」

「拘束イ~ヤ~やぁぁぁ~~! ふぐぅ~!」

 ウチ、半泣きでリンちゃん(いさ)めたよ?

 必死にソファへ押し戻したよ?

「つつつつまりだねぇ──」流血ダラダラの長官が、ゾンビみたいに這い起きよった。「──満を辞して、キミ達の〈ツェレーク〉に出動してもらおう……と」

「何が『満を辞して』だーーッ!」

 リンちゃんが手近なリモコン取ってスカーン!

「アタシはやるなんて、一言も言ってないッつーの!」

「あ、ウチも言うてないよ?」

 一緒なんが嬉しなって、ウチはほわっと笑う。

「それをマリーやアンタが一緒になって、勝手に盛り上がって!」

 ……無視されたわ。

 もう一回 ♪

「なぁなぁ、リンちゃん? ウチも言うてないよ?」

「だいたい、何で一介の女子高生(JK)が戦わなきゃいけないッつーの! それも銀邦(ぎんぽう)が持て余すレベルを相手に!」

「なぁなぁ、リンちゃん?」

「ざけんなッつーの! アタシは平穏に日常を過ごしたいだけなんだからね!」

 ……無視された。

「ふぐぅ!」

「イタタタタタタッ?」

 ウチ、寂しなった!

 せやから、リンちゃんの腰にギュウって抱きついたよ?

 (ちから)一杯、抱きついたよ?

「リンちゃん! 無視イヤやぁ!」

「イタタタッ! モモ、痛いッつーの! 放せってば! この!」

「ふぐぅ~~!」

 もっとギュッとしたよ?

 いっぱいギュッとしたよ?

「アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ!」

「あ! リンちゃん、北斗 ● 拳や?」

「キョトンと無垢顔を向けて、何を天然ボケてんだッつーのぉぉぉーーッ!」

「ぎゃん!」

 卓袱台(ちゃぶだい)返しで放り捨てられたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

潤々(うるうる)しながら『痛いよ?』じゃないッつーの! ベアハッグか! アタシの方が百倍痛かったわ!」

 ウチとリンちゃんが長官から特別視されとる理由が、コレ(・・)やってん。

 つまり銀邦(ぎんぽう)最新鋭大型宇宙船(スペースシップ)〈ツェレーク〉──そして、艦載機である〈イザーナ〉と〈ミヴィーク〉は、マリーが個人所有する私製宇宙船やねん。

 どういう事かいうと、その基本設計をしたんはマリーの祖父である〝ウィリス・ハウゼン博士〟やから。

 ウィリス・ハウゼン博士は、とっくに故人なんやけど〝銀暦(ぎんれき)稀代の大天才〟と呼ばれる傑物やねん。

 そんな大天才が独自設計した〈ツェレーク〉や〈イザーナ〉&〈ミヴィーク〉は、それこそ〈OTF〉の(かたまり)や。

 銀邦(ぎんぽう)にしても、そないな危ない宇宙船(ふね)の野放し状態は()けたいし、あわよくば自分達の最終兵器(リーサルウェポン)(かか)えたい思惑もあってん。

 とは言え、遺産相続権はマリー──この状況を好転させるべくマリーに私有権を与えたままにして、有事には協力してもらう提携で建造を承諾させた。

 一方でマリーにしても、祖父の形見なら完成形を見てみたい慕情もある。

 いや、それ以上にどんな超科学の結晶(・・・・・・・・・)かを見てみたい好奇心やろね。

 せやけど、これだけの途方もない宇宙船(ふね)を個人建造なんて出来へんから、銀暦(ぎんれき)が資金と実働作業を買って出てくれるなら『渡りに船』やった──宇宙船(ふね)だけに。

 ()くして利害は一致。

 晴れて、銀暦(ぎんれき)最大の大型宇宙船(スペースシップ)〈ツェレーク〉は建造される運びとなったねん。

 そんな〈ツェレーク〉の超スペックは、銀暦(ぎんれき)でも随一や。

 それ(ゆえ)に〈超宇宙船(ハイパーシップ)〉や〈超宇宙航行艇(スーパークルーザー)〉なんて異名も持っとる。

 これにマリーの貪欲な知識吸収欲が併さると、今回みたいな〝銀邦(ぎんぽう)宇宙時代(ユニバース)の驚異に挑む事態〟になんねん。

 んで(もっ)て、ウチとリンちゃんはマリーに付き合う形が余儀なく()いられとる。

 その辺の理由は追々語るけど……とりあえずマリーはウチらの司令塔であり保護者やねん。

 つまりウチらは一蓮托生な関係やってん。

「さて!」と、(おもむろ)に一本締めの笑顔を(つくろ)い、長官が仕切り直しはった。「話も無事に(まと)まったところで──」

「……(まと)まってないッつーの」

 リンちゃん、ジト目や。

 恨みがましいジト目や。

「──とりあえずキミ達には〈宇宙クラゲ〉を追ってもらう事になります」

「ウチら次空を越えて〈クラゲ〉を追跡すれば、ええん?」

「そういう事だね」

「アタシは承諾してないッつーの!」

「何や? ウチらだけ、また貧乏クジやんな?」

「ハッハッハッ……では、一連の事が片付いたら御馳走してあげようじゃないか?」

「だ~か~ら~ッ!」

「え! 御馳走?」

「うむ。無事任務を遂行したら、みんなを私の御用達(ごようたし)であるレストランへ連れて行ってあげよう。地球産食材も食べれるような高級レストランだよ?」

「地球産ッ! 培養養殖やなくてッ?」魅惑の言葉に、ウチはソワソワ浮かれた。「食べたいなぁ……ウチ、食べてみたいなぁ……」

「……簡単に懐柔されんな。脳ミソふわふわ綿菓子娘」

「ハッハッハッ ♪  無論、マリー……コホン……ハウゼン博士も一緒にね★」

「……どさくさ紛れにセッティングしたわね? エロ長官?」

「わ~い ♪  ウチ、がんばる!」

「ハッハッハッ……頑張ってくれた御褒美だよ ♪ 」

「アタシの話を聞けーーッ!」

「リンちゃん ♪  楽しみやんね?」

 満面の笑顔で振り向いた途端(とたん)──カコカコーン!──二刀流の投擲(とうてき)が、ウチと長官をダメージに沈めた!

 ウチはリモコン、長官はボウル型菓子容器。

 肘折り交差に構えるリンちゃんの事後フォームは、何や〝苦無を投げ終えたくノ一〟みたいやった。

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

「……黙れ、脳ミソぷるぷるゼリー」

 あれ? ついに〝娘〟いう形容詞が消えたねぇ?

 



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ウチの銀暦事情 Fractal.5

 

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 ()くして、現状に至る。

 

 

『ま、大まかには把握しているか……』

 ウチの述懐を聞き終わったリンちゃんは、関心薄く航行手順のコンソール操作を再開した。

「それにしても、あの〈カツオであべし〉エライ強そうやったね?」

『……〈カツオノエボシ〉ね』

 この数時間前、ウチらは目標と接触しとんねん。

 3(フラクタル)/2(ブレーン)次元(ディメンション)での出来事や。

 ほんでもって、軽く一戦やらかした。

 だって〈ツェレーク〉を捕捉するなり光撃(こうげき)してきはったんやもん、アチラさん。

 せやけど、そこは〈ツェレーク〉──銀邦(ぎんぽう)の切り札にして、ハウゼン家の私船や。

 互角以上の善戦で、逆に痛手を負わせたねん。

 あ、出撃した〈イザーナ〉&〈ミヴィーク〉との連携も外せんよ?

 うん、ウチとリンちゃんの功績も大きいねん。

 それはともかく、結果、巨大クラゲは〈フラクタルブレーン航法〉で逃亡。

 ウチらも、すかさず追跡──で、この次元宇宙へと辿り着いたいうワケや。

 と、ここまでの情報を(かんが)みて、ウチは軽い疑問をふと抱く。

「あれ? 発見してから一週間、銀邦(ぎんぽう)かて黙ってたワケじゃないやん? それこそ〈軍属宇宙戦艦(スペースシップ)〉で……」

『応戦したみたいよ? けど、手に負えなかった。理由はふたつ。ひとつは〈フラクタルブレーン航法〉を応用した神出鬼没ぶり。もうひとつは〈宇宙クラゲ〉自体が脅威的怪物だった事。あの光撃(こうげき)も、おそらく高出力レーザーの(たぐい)と思われるし』

銀邦(ぎんぽう)軍でも歯が立たないって、どんだけスゴイ〈クラゲ〉やの?」

『だ~か~ら~! 〈OTF〉実装だッつーの!』

「ああ、そやった。そうでした。えへへ ♪ 」

 ふぇ?

 さっきから頻繁に出てくる〈OTF〉ってのは何やって?

 う~ん、正直ウチにも詳細は説明しづらいんやけど──平たく言えば〝宇宙人の超科学技術を疑似再現した応用技術〟ってトコやろか?

 実は〈宇宙人〉との邂逅(コンタクト)は、旧暦時代からあるにはあったんや。国家レベルで極秘裏に。

 ほら、旧暦時代に物議を醸しとった『ロズウェル事件』とか『フラットウッズ事件』とか『エリア51』とかあるやん?

 アレって、実は〝在る派〟が正解だったんよ。

 まあ、あの手の人種は万事を〈UFO〉へと結びつけたがるから、ほとんどが眉唾論なんやけど。大概は子供染みたこじつけ(はなは)だしい夢想やし。

 それでも、ごく少数ながら実在例があったのも事実なんよ。

 そうした信憑性に富む事件は、国家プロジェクトチームによって研究解析が()されてきたんやって。

 そやけど、そもそもブラックボックスの(かたまり)のようなUFOのテクノロジーを、格下科学で得ようなんて土台無理な話やん?

 せやから、現行科学技術で擬似(ぎじ)的に再現しよういうコンセプトが〈Over Tecnorgy Fiedback〉──(すなわ)ち〈OTF〉やねん。

 ほんでもって、ウチらの〈ツェレーク〉も〈OTF搭載艦〉だったりすんねん。

 だから、単機で〈フラクタルブレーン航行〉も可能なんねんな?

『ま、それでアタシ達に白羽の矢が立ったってワケ。〈OTF〉には〈OTF〉を……ってトコでしょうね。フラクタルブレーン航法を単機行使できるような〈宇宙船(スペースシップ)〉は、現在のところ〈ツェレーク〉だけだし。正直いって適任どころか唯一の対抗手段とも言えるわよね』と、リンちゃんは肩を(すく)める。

「せやけど、あの〈クラゲ〉は何なんやろね?」

『さてね? それを突き止めるのも、アタシ達の任務。少なくともアタシは〈生物兵器〉と考えてるけどね』

「何で?」

『生態的に〈フラクタルブレーン航法〉を備えている生物なんて聞いた事もないッつーの。おまけに触手から破壊光線なんか出すし……。どんな進化論よ? 生物としては不自然過ぎるッつーの』

「せやけど、何で〈フラクタルブレーン〉って断定できるん?」

『アタシ達の次元宇宙では、人類が宇宙進出してこの方、他の生態系と遭遇した試しは無い。だいたい〈銀河連邦〉って言ったところで、宇宙進出した〝地球人種子〟の連合体──別に〈地球外生命体〉と邂逅(かいこう)したワケでもないんだから』

現在(いま)は無いけど、これから(・・・・)あるかもしれへんよ? ねぇ? イザーナ?」

『キュー ♪  キュー ♪ 』

 えへへ ♪  この子も同意や ♪

『……『フェルミのパラドックス』? 否定はしないけどさ、確率は天文学的に低いわよ』

「何? その『ハルミのデトックス』って?」

『……『フェルミのパラドックス』だッつーの。誰だ〝ハルミ〟って。要するに〝銀河が果てしなく広い以上、地球と同じ環境の惑星が無いははずない。同等以上の知的生命体も必ず存在する。にも(かか)わらず、一向に接触(コンタクト)が無いのは何故だろう〟って概念──旧暦の物理学者〝エンリコ・フェルミ〟が唱えた一種のジレンマ論よ』

「ああ、せやねぇ? ハルミさん、エラいトコ気付きなはったねぇ?」

『……だから、誰だ〝ハルミ〟って』

「そやけどな? いろいろぎょうさんおった方が、ウチ楽しい ♪ 」

『はぁ?』

「どの宇宙も、こないに広いねんもん。地球人類だけやったら、きっと寂しいよ?」

『ったく、アンタは……』

 何や? リンちゃん?

 (あき)れたんか共感したんか分からんテンションで()(いき)ついたねぇ?

 と──「あ、せや!」──ウチは妙案閃いてパァと明るい笑顔に染まった!

「リンちゃん、さっきのマリーの説明把握してんのやよねぇ?」

『〈フラクタルブレーン概念〉? まぁね』

 細かいコンソール操作に集中しながら、無関心に応えるリンちゃん。

「せやったら、リンちゃんが教えて?」

『……は?』

「リンちゃん、頭ええもん ♪  説明も(うま)いもん ♪  リンちゃんの説明やったら、きっとウチにも解り(やす)い ♪ 」

『え~ ♪  ヤダァ ♪ 』

 にっこりと笑顔を彩ったリンちゃんは、親友(ウチ)の頼みを(こころよ)く拒否して……って、アレ?

 もしかして、いま「イヤ」言うた?

 ウチの聞き間違い?

「あんな? リンちゃんなら、ウチにも解り易……」

『あはははは☆  無理ィ~ ♪ 』

「……………………」

 (ほが)らかな笑顔で言いはった。

「何で?」

 コクンと(たず)ねるウチに、リンちゃんは温顔にっこりと返す。

『だって、サルに『ハムレット』は書けないしィ~?』

 あ、せやね。

 確かにサルに『ハムレット』は……うん?

「誰がサルやの?」

『アンタ ♪ 』

 うん、聞き間違いやない。

 まるで聖職者のような温和性で毒吐きよった。

 まぁ、この〝見た目の可憐さに反して辛辣(しんらつ)な気丈さ〟いうのが〝リンちゃんらしさ〟なんやけど。

「リンちゃん薄情や! 親友(パートナー)のウチが無知のままでもええの?」

『仮想定義した縦軸次元がブレーン構造で、各横軸にはフラクタル構造が発生している。以上。理解できた?』

「うう、えと……えっと……あんな? もっと簡単に説明して?」

『だから、無理だって言ってるッつーの。これが理解できないなら、もう打つ手は無いわよ。これ以上の簡単な説明は無いんだから』

 ウチの必死さに反して、リンちゃんの物腰はあくまで沈着。まるで幼い妹の駄々を(いさ)めるように、涼しく流しとる。

「ふぇ~ん……リンちゃ~ん、意地悪せんと教えてよ~?」

(ざる)に水を注ぎ続けるほど暇じゃないッつーの』

(ざる)?」

『アンタの脳ミソ』

 ああ、なるほど。

 リンちゃん、ウマイねぇ?

 って、(ちゃ)うッ!

「あ! せやったら、一項目覚える(たび)に白玉抹茶パフェをご褒美に付けたらええよ? そしたらウチ、やる気出る ♪ 」

『……アンタ、曲芸仕込みの動物か』

「ふぐぅ! リンちゃんの意地悪!」

『はいはい』

「性悪!」

『はいはい』

「ウチよりおっぱい大きい!」

『ありがと』

 全部涼しく流されたわ……。

「ふぐぅ~~!」

 ウチ、(ふく)れた!

 悲しなった!

『め……目に涙溜めてムクれんなッつーの……しょ……小学生じゃあるまいし』

「ふぇぇぇ~~ん! リンちゃん、意地悪やぁ~~! ふぇぇぇ~~ん!」

『ななな泣く事ないじゃん!』

「イヤやぁ~~! ウチ、リンちゃんがええ~~! ふぇぇぇ~~ん!」

 ウチが大号泣した直後──『はいは~い、そこまで~ ♪ 』──突然割って入る気の抜けた美声。

 聞き覚えのあるその声音は、先刻まで難儀な講釈をしてくれた女性の声やった。

 口調が思い切り変わっとるけれど。

 心当たりがありすぎるが(ゆえ)に、ウチとリンちゃんの喧騒も一時停戦。

 そして同時に、恐る恐る声の主へと目を向ける。

 ツェレークとの通信モニターには──やはりと言うべきか──マリー・ハウゼン女史が映とった。

 ただし、メガネは掛けていない……って事は、つまり、もうひとつの人格〝裏マリー〟や。

 その事実を認識し、ウチとリンちゃんの表情が思いっきり強張(こわば)る!

 ウチの涙も一瞬にして引っ込んだわ!

『モモちゃん、リンちゃん、ケンカはメッよ?』

 幼児を優しく叱る母親のように、マリーは軽く頬を膨らませる。

『あ……あの、マリー? メ……メガネ……は?』

 恐る恐るに(たず)ねるリンちゃん。

『んとね~、コレ?』

 上目遣いにそう言って、マリーは愛用のメガネを取り出した。その仕草はイタズラを見つけられた子供のようで、メチャクチャ可愛らしいけれど……。

 で、肝心のメガネはというと──フレームがグチャグチャに折れ曲がり、レンズは割れ砕け、見るも哀れな残骸と化しとったよ。

『さっき、うっかり踏んじゃった ♪ 』と、可愛らしいテヘペロに染まるマリー。

「『うわぁぁぁぁ~~~~ぁぁぁぁあああいッ!』」

 先程までの展開を忘れたかのように、見事なハーモニーでパニくるウチとリンちゃん!

 狭いコックピット内で、頭を抱えて乱れる様がユニゾる!

 いま、ウチらの思いはひとつ。

 つまり「これまたメンドくさい事になった!」や。

 みんなは知らんけど、マリー・ハウゼンは人格をふたつ(・・・)持ってるねん。

 そして、彼女の人格入れ替えとなるスイッチが、メガネの有無や。

 このメガネを掛けてないマリーを、ウチらは便宜上〈裏マリー〉と呼んでるのや。

 通常の〈表マリー〉は、完璧な才色兼備ぶりを宿した大人の女性。豊富な知識量も去る事ながら判断力や決断力も素早く、とにかく頭の回転が早い。

 一方で〈裏マリー〉は、完全に〝マイペースな天然癒し系〟やねん。おまけに状況把握能力などは(いちじる)しく欠落しとる。知識や経験は〝表マリー〟と共有しとるんやけど、それを有効に応用するだけの器量は無い。

 で、この〈裏マリー〉の厄介な点は、自覚無きトラブルメーカーとしての側面が非常に強い事やってん。

 それは総て天然が()せる(わざ)ではあんねんけど……。



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ウチの銀暦事情 Fractal.6

 

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『さて、お話は、だいたい分かりました~ ♪ 』

 天真爛漫な笑顔で、マリーは状況把握を自己申告する。

 いや、どうせ分かってないやろ?

『要するに、モモちゃんは仲間外れになったみたいでイヤだったんだよね~?』

 (ちゃ)うよ?

 当たらずとも遠からずの範疇(はんちゅう)ではあるけれど、何か(ちゃ)うよ? 表現が。

『じゃあね、わたしがちゃんと説明してあげるね?』

 ほんわか担任教師が微笑(ほほえ)んどった。

 いや、せやから……そもそも、マリーの説明で理解できなかったんやん?

 助け船を求めてリンちゃんを見遣(みや)ると──あ、そっぽ向いとるし。

 さては無関係を決め込んだん?

 場の空気など(つゆ)ほども悟らずに、マリーは説明を始める。

『モモちゃん、まずケーキを想像してみて?』

「ふぇ? ケーキ?」

『モモちゃんの好きな白玉抹茶のケーキが、丸々あるとするよね? とても大きなホールサイズの。でね、一層目が生クリームで、二層目がスポンジで、三層目が白玉入り抹茶スフレで、四層目もスポンジなの。この各層が重なった造りを、ブレーン構造だと考えてみて?』

 ふわぁ? おいしそうやわぁ ♪

 って、(ちゃ)う!

 ん? つまり──

「──つまり、違う層が重なってる……って単純な解釈で、ええの?」

『そうそう! でも、層の性質が違っても、それをひとつにまとめた解釈で〈ケーキ〉だよね? このケーキの層と同じで、宇宙も『異なる宇宙同士が次元層で重なってる』って考えるのがブレーン宇宙構造の基本的解釈なの。違う宇宙が次元層で重なっていても、まとめて〈宇宙〉という(くく)りになるでしょう? 〈ブレーン〉っていうのは〈膜〉っていう意味だから、要するに〝次元宇宙という名の膜が重なってる〟って考え方なのね。ただ、ブレーン宇宙層はケーキ層とは違って、現在確実視されている数だけでも十二層になるんだけれど……』

「せやけど、単に重なってるだけなら別次元宇宙への航行なんて、そんなに大変な事でもないんちゃうの?」

『もしもモモちゃんがケーキの上で(うごめ)く微生物だったとしたら、一番上のクリーム層を抜けてスポンジ層へ到達するだけでも大変でしょ? 層の間にウェハースなんか敷いてあったら、も~う大変!』

 ……その表現イヤや。

『さて、これで〈ブレーン構造〉は、なんとなく理解できたかな? じゃ、次は〈フラクタル構造〉の説明ね?』

 理解……できたん?

 自覚はあらへんけど?

 ま、ええか。

 〝表マリー〟の説明よりかは解りやすいし……。

『今度はケーキの層を〈次元〉と考えて、抹茶スフレ層の白玉それぞれを〈宇宙〉と考えてね? いい?』

「うん、ええけど?」

『じゃあ……食いしん坊のモモちゃんは、上から指を突っ込んで白玉を摘み取ろうとしま~す ♪ 』

「ちょっと待ってーーッ?」

 いきなりの誤解を招く例文に、ウチは思わず絶叫訂正!

「そんな意地汚い食べ方、ウチはせぇへんもん!」

『だ~か~ら~、仮定だってば~~』

 いくら仮定やからって……。

 あれ? リンちゃん?

 何で顔を背けて、笑いを噛み殺してるん?

『はい、白玉が取れました~! でも、アレレ? その隣に埋まっていた白玉の方が大きいですね~? モモちゃんは悲しくなりました。シクシク』

 ……此処は〝ハウゼン幼稚園〟やの?

『そこでモモちゃんは、また指を突っ込みま~す! 今度は、さっきよりも少し斜めに指を入れてみました』

「……せぇへんってば」

『白玉は無事に取れました~! さっきより大きいやつで~す! すこし指を入れる角度を変えただけなのに……不思議ですね~? そこでモモちゃんは指を差し込む角度を毎回変えて、他の白玉もほじくり出す事にしました』

「せぇへんってーーーーーーッ!」

 何や、コレ?

 何や、この辱め?

 ふぇぇ……もうイヤやぁ~~!

 顔から火ィ出そうやぁ~~!

 リンちゃんに至っては、コンソールパネルに突っ伏して笑い死にしとるし……。

『白玉は全部、形も大きさも違いました。指を入れた穴は同じなのに、角度を変えると出てくる白玉は違うのです。不思議ですね~?』

 ウチは不機嫌さを隠しもせず、膨れっ面で答える。

「別に不思議やないよ。入れる穴は同じでも、その先にある白玉は全部別物なんやから」

『そう! それなの!』

「ふぇ?」

『全部〝抹茶スフレ層に埋まっている白玉〟でも、個々の出来には微妙な違いがあるから同じ(・・)ではないでしょう? それと同じで、同一の次元層に存在する宇宙でも、それぞれが微妙に違うのよ。だから、次元突入の際に座標方向性を変えるだけで、微妙に異なる宇宙へと到達するの』

「つまり、進入角度と到達座標によって異次元宇宙の性質が決まる……って事なん?」

『抹茶スフレ層全体にある白玉は、それぞれが全然異なるよね? 大きさや形はまだしも、細かくいえば〝粉の生産元〟とか〝機械の調整具合〟とか〝白玉粉を作った人のプロフィール〟とか〝練り上げるタイミングのコンマ秒での差〟とか……同じ条件の物は、ふたつと無いでしょ?』

「病的に細かいよ?」

『うん。でも、その細かな差が、宇宙へ置き換えた時には重要なの。一見同じ宇宙に見えても、実際には微妙な差があって、全く同じ宇宙は決して存在しない。例えば〝モモちゃんがサイボーグの宇宙〟もあれば〝モモちゃんがサイキッカーの宇宙〟もある。そうかと思えば、果ては〝モモちゃんが存在しない宇宙〟だってありえるの。これは本当に一例で〝モモちゃんを基準に考えた宇宙(・・・・・・・・・・・・・・)〟だけでも、それこそ無限にあるのよね』

「『存在しない』とか言われると、ゾッとするわぁ……」

『そうよね。でも、これは〝モモちゃん〟を基準にした例だけで、基準を他へ移すともっと膨大な数になるの。〝銀河連邦が設立されていない宇宙〟とか〝イザーナが開発されていなかった宇宙〟とか。(ある)いは〝人類が死滅した宇宙〟だってありえるのよ?』

「し……死滅ぅーーッ? そ……そんなんアカン!」

 ウチ、慄然と硬直したわ!

『例よ、例! もっと小さな例でいうと〝いま地球にいる(たちばな)さんが小石を蹴ったか蹴らないか〟なんていう些細な事でも分岐した宇宙が発生する。ね? 無限大でしょ?』

「せやけど、それって普通に〈パラレルワールド〉概念と(ちゃ)うの?」

『うん、そうだよ。でもね? これに〈フラクタル構造〉を適応させると、この差が微妙な宇宙ほど近くに存在してて、差が激しい宇宙ほど遠く離れている形になるの。さっきのケーキの例でいうとね? モモちゃんが指を入れた辺りは〝白玉〟だったけれど──』

「……入れへんってば」

『──外れたところでは〝果物〟かもしれない。もっと外れた位置なら〝ダイヤモンド〟や〝ウラニウム〟かもしれないのよ』

「あ、だから『コンペイトウの出来損ない理論』なワケや?」さっき〝表マリー〟が何をさせたかったのか──ようやくウチは解ったような気がした。「つまり、そうした微妙な差が次々と際限なく派生していくから、ああした〝線のインフレ〟みたいな図形になるワケやね?」

『そうそう! だからね? 縦軸の次元層はケーキの層、横軸の分岐宇宙はたくさんの白玉なのよ。解った?』

「うん ♪  漠然(ばくぜん)とやけど……」

『それでいいと思う』マリーは嬉しそうに、満面の笑顔を浮かべた。まるで落ちこぼれ生徒が、ようやく公式を解いた瞬間に立ち会った先生みたいに。『モモちゃんは、漠然(ばくぜん)とした感覚でしっくりとくればいいのよ。解釈の在り方なんて、人それぞれなんだもの』

『楽しい個人授業中、申し訳ないんだけどさ──』不意にリンちゃんが(くち)を挟んできた。その口調(くちょう)はさっきまでと一転して、規律然とした緊張を(はら)んどる。『──前方からエネルギー反応が接近中! 到達推定距離、およそ2Cメートル!』

 すかさずウチも座り直し、気持ちを操縦体勢へと切り替えた。

「攻撃?」

『違うわね。間違いなく航行物体よ』

 ウチの質問を簡潔に否定しつつ、リンちゃんはパネルに輝き浮かぶイルミネートキーを次々とタッチ操作する。

「まさか〈クラゲ〉?」

『待ち伏せた? なくはないけどさ……』

 リンちゃんも完全には否定せぇへん。

 そんなウチとリンちゃんの緊迫したやりとりに、お呼びじゃない方のマリーが加わる。

『まだ、な~んにも準備してないのにぃ~……困っちゃうね~? ブゥ!』

 ……一気に場違いな脱力感に満ちたわ。

「可愛く膨れてる場合やあらへん! 艦長、マリーやん!」

『あ、そうだね? うん、そうだ! 頑張んなきゃ、わたし!』

 小脇絞めて小さくガッツポーズ!

 いや、言われんでも自覚してくれへん?

『で? モモちゃん、リンちゃん、どうしよっか?』

 アカンわ、この人。

 きっと『使命感』いう文字が辞書から落丁しとる。

 と、リンちゃんが的確な判断力に一喝した!

狼狽(うろた)えない! とりあえず識別が先!』

 リンちゃんのパネル操作は素早く、そして、正確やった。

 その手慣れた感覚がもたらす指捌(ゆびさば)きは職人技の域にも映る。

『ニュートリノビーコン、出す!』

 ミヴィークが前方へと光速素粒子弾を撃った!

 いや、もちろん肉眼では見えへんよ?

 これは次元航行直前に〈宇宙クラゲ〉にも使用した物で、本来は追跡などに用いる素粒子マーカーや。

 要するにな?

 えとぉ……えっとぉ…………。

「……あんな? マリー?」

『なあに? モモちゃん?』

「……〈ニュートンのベーコン〉って、何?」

 ウチの質問にマリーは優しく微笑(ほほえ)み、リンちゃんは『アタシが知りたいッつーの』と吐き捨てた。

『つまり〝人工ボソン粒子をニュートリノコーティングした素粒子マーカー〟の事よ? 光速を帯びるニュートリノコートの性質によって、如何(いか)なる距離でも初速着弾するし、障害物に関係なく透過貫通する特性があるの。おまけに不可視だから、気付かれにくいメリットもある。指定座標で拡散した後、対象表面に満遍なく付着した人工ボソンは〈イザーナ〉や〈ミヴィーク〉が発する対波動ボソンとの相互反応によってレプトン衝突現象を起こすの。その量子反響を電子エコロケーション感知システムが受信し、コンピューターが解析した仮想機体像から様々なデータを割り出してくるという構成なのよ?』

「ふぐぅ~……解らへん~!」

『う~ん? モモちゃんに解り易く例えるなら〝透明人間に頭から小麦粉を被せ掛けるようなモノ〟かな?』

「あ! そんなら解ったわ ♪ 」

 マリー、にっこり(わろ)た。

 リンちゃん、深い()(いき)や。

「せやけど、リンちゃん? そないなモンをブッ掛けて、どないすんの? 今回、追跡せぇへんやん?」

『今回は追尾目的じゃないッつーの。さっきマリーが述べた理屈の応用になるけど、ニュートリノビーコンは拡散付着した機体データを表層的に解析し、その機体像を仮想映像化する事も可能。それを狙ったのよ』

「……どゆ事?」

 小首傾げるウチを一瞥(いちべつ)だけで無視したリンちゃんは、テキパキとしたキータッチ操作の後に処理報告を読み上げる。

『仮想モデリング完了……機体映像、出すわよ』

 そして、メインモニターへ問題の機体像が映し出された。

 その機影は……!

「『なっ?』」

 同時に驚きの声を上げるウチとリンちゃん!

 対照的にマリーは『あらあら~?』とゆったりしたマイペース口調。一応は驚いている様子やけど、伝わり辛いわぁ……。

 映し出された正体不明機は──宇宙を泳ぐ〈エイ〉やってん!

 いや、比喩表現やなく、読んだ文面そのままの!



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ウチの銀暦事情 Fractal.7

 

【挿絵表示】

 

「どう見ても〈イザーナ〉や〈ミヴィーク〉と同じ(・・)やん! ただ〈エイ型〉なだけや! 何なん? アレ?」

『ちょっとマリー、何なのよ! アレ!』

『え~? わたしに言われてもぉ~?』

『この〈ミヴィーク〉も〈イザーナ〉も、ハウゼン製でしょ!』

『うん、そうだよ? ついでに言えば〈ツェレーク〉も。ウィリスお爺ちゃんが着想した設計図を基にして、銀邦(ぎんぽう)に建造してもらったの ♪ 』

 あっけらかんとした温顔で言いはった。

『じゃ、やっぱハウゼン製じゃないのよ!』

『違うってば! あんなの、お爺ちゃんの残した設計図にも無かったし、わたしだって監修してないもん!』

 プゥと頬っぺた膨らまる二〇歳(はたち)の天才美女。

 アカン!

 帰って来て! 表マリー!

 と、その直後!

『ケルルルルルッ!』

『キュウーッ! キュウーーッ!』

 今度はイルカとシャチが興奮に騒ぎだした!

 気性の荒い〈ミヴィーク〉は攻撃的な警戒心を現し、おとなしい性格の〈イザーナ〉は脅えながら威嚇(いかく)しとるようやった!

「よしよし……どないしたん? 怖ないよ? イザーナ?」

 コンソールを()()でして(なだ)めたげる。

 せやけど、あんまり効果無しや。

「リンちゃん? この子達、どないしたんやろ? エラい脅えとるよ?」

『……そりゃそうでしょうよ』レーダーモニターへと釘付けのままで、リンちゃんは深刻な表情に染まっとる。『アイツ、追われてる! レーダーに追尾機影反応あり──エネルギー測定値が大きいから、こっちは〈大型宇宙船(シップ)〉に間違いない! おまけに時折、高速熱源反応──つまり攻撃(・・)されてるって事よ! ミサイルかビームか知らないけど!』

「分かった! ウチ、(たす)けてくるね! 行くよ、イザーナ!」

『キューッ!』

『どっちにせよ、もうすぐ視認範囲だから──って、モモッ?』

 リンちゃんの制止、ちょっと遅かったわ。

 ウチとイザーナ、もう飛び出しとったもん。

 

 

 

 

 本意気になった〈イザーナ〉の航行速度は速い!

 五分もせんと見えたんは、被弾に(あえ)ぐ〈エイ〉と、その衰弱に容赦無い追撃を加えるイジメっ子(・・・・・)

 船首に大きなドクロをあしらった船や!

 せやけど、誰であろうと関係あらへん!

 弱いものイジメはアカン!

「イザーナ、突撃や!」『キュウ!』

 星の大海で縦横無尽な曲を描いた!

 わざと目障りになるように、ドクロ船の周囲を(まと)わり泳ぐ!

 (ほど)なくして、船首のドクロが目から光線を撃ってきた!

 どうやらウチ(・・)イザーナ(・・・・)に標的を推移したようやね?

 うん、それでええ。

 相手の関心をウチらへ惹き付ければ、それでええ!

 これで〈エイ〉は、少しでも射程から離れられる!

「当たらへんもん!」『キューッ!』

 ピッタリとした呼吸に、ウチとイザーナは旋回して避ける!

『キサマ! 何者だ? ()が邪魔立てをするなら、誰であろうと容赦はせんぞ!』

 いきなり宣戦布告されたわ。

 あ、せや! 自己紹介しとらへん!

「ドクロさん、こんにちは ♪  ウチ〝()(さき)モモカ〟言うねんよ? (よろ)しゅうね?」

『あ、こんにちは。こちらこそ……って違うわ!』

 怒られたよ?

 ウチ、笑顔で挨拶しただけやんな?

 明るい挨拶、大事やんな?

『と……ともかく! この〈宇宙の帝王……を夢見る帝王〉を邪魔するなら容赦はせぬ!』

 何やコメントしづらい複雑な肩書を自己紹介されたわ。

『いくぞ! ドクロ変形!』

 雄々しい叫びに呼応して、ガキョガキョと分割されていく船体!

 その内部から、腕が──脚が──頭部が──割れた船内からパーツ解放されていった!

 徐々に形成されていく人型!

 船首が直角に折れて、大きなドクロが胸飾りになる!

 頭部もドクロやから二段ドクロや!

 その側頭部からは野牛みたいな角が生え伸び、悪魔然とした禍々(まがまが)しい威風を演出しとる! 

 そして、完成したんは、全高八〇メートルはあろうかという巨体!

「ふぇぇ?」『キュキュウ?』

 イザーナと二人して驚嘆に見入ったわ!

『ドクロイガァァァーーッ!』

 ……まんまやった。

『フハハハハ……ッ! ワシは絶対に〈伝説のネクラナミコン〉を手に入れてみせる! その邪魔立てをするのであれば、誰であろうと容赦はせん!』

「根暗な巫女?」

『ネクラナミコンッッッ!』

 何や?

 お嫁さん探しやったん?

『さぁ、いくぞ! イルカ娘! 悪の名に()いて正義の鉄槌(てっつい)を下す!』

 〝悪〟なん? 〝正義〟なん? どっち?

『喰らえィ! ドクロブレェェェード!』

 ウチらを狙って振り下ろされる巨大な半月刀(カシナート)

 ()けた。

『ドクロビィィィーーーーム!』

 胸のドクロが両目から光線が放たれる!

 ()けた。

 当たるワケないやんな?

 その対比も去る事ながら、機動力かて(ちゃ)うもん。 

 せやけど、困ったねぇ?

 あの巨躯(きょく)相手では、コッチも決め手になりそうな武器があらへん。

「あんな? イザーナ?」

『キュウ?』

「ウチ、アレ(・・)やってもええんかな?」

『キューッ! キューッ!』

 意気揚々と「よし! やろう!」言うとる。

 うん、せやね?

 攻撃してきたんはアッチやもん。

「ほんなら、いくよ! イザーナ!」

『キュウ!』

 ウチとイザーナの合意で、機体(イルカ)は高々と頭上へと跳んだ!

『キュキュキュルルルルーーーーッ!』

 昇天の加速にイザーナが甲高く鳴く!

 宇宙空間でも機能する〈特殊超音波〉と宇宙量子(コスモマター)〈オルゴン〉の干渉が、プリズム光彩の大きな輪〈オルゴネーションリング〉を発生させた!

 それは連続的に発生し、神秘的光彩のリングトンネルと形成される!

 一旦、旋回に距離を取ったイザーナが、再度、トンネル目掛けて突進!

 ウチは頭部コックピットから出ると、イザーナの鼻頭へ立った!

 静かに(まぶた)()じ、カチューシャ形の〈シンクロコネクター〉に精神を集中させる。

 それに呼応して〈シンクロコネクター〉に()()まれた赤いクリスタル〈トランスコア〉が起動の輝きを息吹(いぶ)きだした!

 そして、ウチは叫ぶ!

(ギャラクシー)フォルム・メタモルアップ!」

 渾身の跳躍にヘリウムブースターの高出力を加味し、眼前の〈オルゴネーションリング〉へと飛び込んだ!

 潜る世界は、まるで御伽世界(フェアリーテール)のようにメルヘンチックや……。

 せやけど、ウチに(しょう)じるんは、超常的変化そのもの!

 徐々に巨大化していく肢体!

 宇宙量子(コスモマター)〈オルゴン〉を分子レベルで吸収融合し、質量変換しとるからや!

 此処(・・)は、それ(・・)を可能とする局地的特異空間やねん。

 無論〈OTF〉や。

 続けて、後追いに飛び込んだ〈イザーナ〉が空中分解──各パーツが〈プロテクター〉として、ウチの五体に装着されていく!

 変身(・・)を終えた現状(いま)のウチは、約四〇メートルの大きさやった。

「Gモモ!」

 凛々しくも可愛くポーズを決めて名乗る!

『ズ……ズルい……』

「ふぇ? ズルい?」

 ドクロさん、ワナワナ震えだしはったねぇ?

『ズルいぞ! 何だ! 〝巨大な()えっ()〟って!』

「知らへんよッ! ビシッと指差して、何を糾弾してんのんッ?」

『こっちなんか〝胸にドクロ〟だぞ! 誰が見ても〝悪役〟だろうが!』

 そんならドクロ取って、改名したらええやんな?

『おまけにノリノリで美少女戦士然と決めポーズとは! そんなに人気が欲しいのか!』

 ノリノリやあらへんねん。

 コレせんとプロテクター機能しとる〈イザーナ〉との感覚伝導率が落ちんねん。

 そういう仕様やねん。

 裏マリーの趣味が全開やねん。

 本音はウチかてイヤやねん。

 恥ずかしいねん。

『もう、いい……こうなったら、正々堂々〝悪役〟として生きてやる!』

 あ、やっぱ〝悪役〟なん?

 っていうか〝正々堂々とした悪役〟って、何?

『喰らぇぇい! イルカ娘! ドクロバース──』「モモーーッ! 無事ーーッ?」『──トォォォッ?』

 突然、後頭部への猛突進を喰らってつんのめったわ……何かする前に。

 って、アレ〈Gリン〉や!

 リンちゃんとミヴィークの〈(ギャラクシー)フォルム〉形態や!

「ふぇぇ……リンちゃ~ん!」

「アンタはーーッ!」

「ぎゃん?」

 飛びつこう思うたら、グレードアップしたハリセンアプリで叩かれたよ?

 巨大なイルカ娘が巨大なシャチ娘にドツかれたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

潤々(うるうる)しながら『痛いよ?』じゃないッつーの! アタシに心配掛けんな!」

「リンちゃん、心配してくれたん?」

「ううう……うっさい! 少しは反省しろッつーの!」

「えへへ ♪  リンちゃん、心配してくれた ♪ 」

『ぬぅぅ……仲間か!』

 あ、ドクロさんがダメージから復活しはったねぇ?

『だが! 何人来ようとも、この〈宇宙の帝王……を夢見る帝──』「ちょっとアンタ!」『──……はい』

 ハリセンをビシッと突きつけるGリンちゃんの怒気(どき)に、悄々(しおしお)と呑まれはった。

「アンタ、さっきモモに何しようとした?」

『えっ? え……っと?』

「女の子相手に何しようとしたかって()いてんだッつーの! このセクハラロリコン! 銀邦(ぎんぽう)倫理協会に(うった)えるわよ!」

『ロ……ロリ? 倫理……? ええ~~?』

 あ、困ってはる。

「あと、その趣味悪いドクロデコも取れ! ポリシーか何かと勘違いしてるみたいだけど、傍目に不快なだけだッつーの!」

『ええぇぇぇ~~~~~~ッ?』

 リンちゃん、無敵や!

『あの……スミマセン? (わたくし)、こう見えても〈宇宙の帝王──を夢見る帝王〉でして……』

「だから何よッ!」

『その……このドクロとか圧倒的な武力誇示は、ある種のアイデンティティーと申しますか……その、何と言いますか……威厳とか……ねぇ?』

「四の五の言うなーーッ!」

『てんぷくッ?』

 あ……顔面ハリセン、スパーンいったわ。

 ドクロさん、顔面押さえて苦悶しとる。

 ちょっと涙目や。

 アレ、鼻頭入ったねぇ?

「〈宇宙の帝王……を夢見る帝王〉って事は、アマチュアじゃない! 実績も無いアマが〝威厳〟とか言うな! おこがましい!」

 ……〈宇宙の帝王〉にプロアマあんのん?

『クッ……フフフ……アーーハッハッハッ!』

 フルフルと震えたドクロさんは、ややあって吹っ切れたかのように笑い始めた。

『ウキィィィーーッ! 何だ、このアホ臭い展開は! もういい! みんな壊してやる!』

 ヒステリックに『帝都 ● 語』みたいなフレーズ叫びはったよ?

 次の瞬間、宣言通りの猛攻が暴走する!

『喰らえぇい! ドクロバーストォォォーーーーッ!』

 ドクロビームに、全身砲門の一斉掃射!

 星間ミサイルも節操なく打ち上がった!

「危な! 危ないて!」

「ちょっと! やめなさいッつーの! 宇宙塵(デブリ)をバラ撒くな!」

 ウチとGリンちゃんは各部バーニアの機動力を()かした体捌(たいさば)きで、無差別攻撃を()けまくる!

『アハハハハハハッ! アハハハハハハハハハハハハッ!』

 狂気めいた高笑いに、破壊の権化と化すドクロさん!

 っていうか、泣いてへん?

 ちょっと涙声なんは気のせい?

『暴走したっていいじゃない! だってドクロだもの!』

 今度は〝相田み ● を〟みたいなフレーズ言い出しはった。

 活用、間違っとるよッ?

「ったく、環境汚染すんなッつーの! こうなったら……モモ、アレ(・・)やるわよ?」

「うん!」

 提案に乗った!

 ウチとリンちゃんは相手の左右から挟み込むと、両手合わせの五指を花と開く!

 その掌を標的へ向けると、不可視の(かせ)が自由を奪った!

「「エコロケーションホールド!」」

『な……何ィ!』

 足掻く獲物!

 せやけど、脱出は不可能や!

 コレは〝高出力特殊超音波を利用した拘束技〟やねん!

 イザーナがイルカ(・・・)なんは伊達(だて)やない!

 同型のミヴィークかて、そうや!

 それ(・・)の高出力による相乗効果やから、拘束威力は半端やない!

『う……動けん!』

 足掻くドクロさん!

 好機(チャンス)や!

 Gリンちゃんが高々と跳び、ウチは腰に構え据えた握り拳へと気合を()める!

 各々の脚と拳にエネルギーが(ほとばし)った!

「タァァァーーーーッ!」

「ヤアァァァーーーーッ!」

 頭上からはGリンちゃんの脚槍(きゃくそう)が!

 正面からはウチの鉄拳が!

 ブースター全開のダブル特攻が、同時にドクロ船長を突き抜ける!

「「Gクロスファイナル!」」

 二人の軌跡が十字架と輝いた!

『ヌォォォーーーーッ!』

 エネルギー臨界の奔流(ほんりゅう)──「「乙女の奇跡!」」──G少女の決め台詞が起爆コードと作動!

 ……いや、ウチらかてホントはやりたくないねん。

 そういう〝裏マリー仕様〟やねん。

 ともあれ大爆発!

 あ、殺生はイヤやから破壊はせんよ?

 破壊はせんけども……ドクロさんは噴き飛んだ!

 星間の彼方へと!

『おのれぇぇぇーーッ! 覚えていろォォォーーーーッ!』

 あ、悪役の〝お約束〟になる捨て台詞吐いていったわ。

 〈帝王〉やなくて〈雑魚(ザコ)〉ランクのやけど。

 

 

 

 

 現場を少し離れた宙域で〈エイ〉は漂流しとった。

 どうやら被弾ダメージで(ちから)()きたようや。

 ウチとリンちゃんはイザーナ達を横付けにすると、その船体へと取り付く。

 その外見から予想した通り、構造はウチらの宇宙航行艇(コスモクルーザー)と一緒やった。

 せやからハッチを開けるんも造作無い。

 勝手知ったる……や。

 そして、操縦席には意識を失った少女が()った。

生体測定器(バイタルセンサー)に異状なし……気絶しているだけね」

「良かったぁ」

 安心するウチを見て、リンちゃんは優しく苦笑した。

「モモ、この()お願い」

 救出対象をウチに預けたリンちゃんは、コンソール機器を操作し始める。

「何すんのん?」

「マリーに連絡。座標指定して〈ツェレーク〉に回収しに来てもらう」

「ふ~ん?」

 ウチは膝枕に寝かせた少女を眺めた。

 小柄な銀髪美少女やった。



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ウチの銀暦事情 Fractal.8

 

【挿絵表示】

 

「……う?」

「あ、気が付いたん?」

 ようやく意識が目覚めた銀髪少女の顔を、ウチはにぱっと覗き込む。

 医療用ベッドや。

 救出してから一時間強、ずっと意識失っててん。

 せやから、ウチとリンちゃんが交互に付き添ってたんよ。

 いつ目が覚めても、いいように。

「……誰?」

 感情薄い怪訝(けげん)(たず)ねられたわ。

「あ、ウチ〝()(さき)モモカ〟言います。よろしゅうね?」

 にぱっと笑顔で自己紹介したウチは、ベッド脇の椅子へと腰掛ける。

 半身を起こした銀髪ちゃんは、周囲を見渡して状況把握に(つと)めとった。

「……此処は?」

「医療室やよ?」

「……何処の?」

「ウチらの大型宇宙船(スペースシップ)〈ツェレーク〉や」

「何故?」

「あんな? 銀髪ちゃん、気絶してたやん?」

「銀髪ちゃん?」

 何やら思案気に首を傾げたねぇ?

「誰?」

「何や? さっき自己紹介したやん? せやから、ウチは〝()(さき)モモカ〟言うねんよ?」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

 ジッと見つめる銀髪ちゃん。

 にへへと笑顔を返すウチ。

「ふむ?」

 また首を傾げたねぇ?

「過去の経験データを(かんが)みるに、その〝銀髪ちゃん〟というのは〝私〟の仮呼称と解釈していい?」

「せやよ? だってウチ、名前知らへんもん」

「ふむ?」

 また首を傾げたねぇ?

 ま、ええわ。

 それよりも優先したい事があんねん。

 ウチは、いそいそと持参した袋を(あさ)った。

「銀髪ちゃん、マカロン好き? ウチな? 抹茶クリーム味が大好──」

「……〝クルロリ〟」

「──ふぇ?」

「私の名前」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

 またジッとウチを見つめる銀髪ちゃん──いや〝クルロリちゃん〟やね?

 ウチもジッと見つめ返し、ややあって「にへへ ♪ 」と砕けた。

「せやったら〝クルちゃん〟や ♪ 」

「クルちゃん?」

 不思議そうにコクンと小首傾げた。

 あ、なんか可愛いねぇ?

 クルちゃんがコクンで〝クルコクン〟や ♪

「ほんでな? クルちゃん、何味が好き?」

「話の脈絡が成立しない」

「このマカロン、地球産でな? 中に老舗和菓子店の餅が入って──」

「友達感覚で脱線すなーーッ!」

「ぎゃん?」

 ハリセンが後頭部を(はた)き抜けたよ?

 ウチがガサゴソと袋を(あさ)っている最中にスパーンと!

「目を覚ましたなら、さっさと連絡よこしなさいよ! このノーミソほわほわ娘!」

 リンちゃんや!

 いつの間にか来てたらしいわ。

 ウチ、お菓子選びに夢中なって、オートドアの開閉にも気付かへんかった。

「ぅぅ……痛いよ? リンちゃん?」

潤々(うるうる)して『痛いよ?』じゃないッつーの! だいたい敵か味方かも判らないのに、何で女子会感覚だッつーの!」

 リンちゃん、スパンスパンと仮想(ヴァーチャル)ハリセンを(もてあそ)んで睨んどるよ?

「ふぐぅ!」

「イタタタタタタッ?」

 ウチ、リンちゃんの腰にギュウって抱きついたわ 。

 (なだ)めてみたわ。

「リンちゃん、イライラしたらアカンよ? ウチ、怒ったリンちゃんイヤや!」

「イタタタッ! モモ、痛いッつーの! 放せってば、この!」

「ふぐぅ~~!」

 もっとギュッとしたよ?

「イタタタタタッ! わかった! モモ、わかったから!」

「ホント? えへへ、そんならええわ ♪ 」

 にぱっと(わろ)て解放したった ♪

「ゼェ……ハァ……こンの〈脳ミソマカロン娘〉が!」

 何か言うとるねぇ? 

「……ねえ? モモ?」

 深呼吸に落ち着いたリンちゃんは、(おもむろ)にパモカを操作し始めた。

「何?」

 にっこり(わろ)うウチ。

「……アンタさぁ?」

「うん」

「毎回毎回、ギリギリと締め付けるバカが何処にいんのよ!」

「ぎゃん!」

 いきなりハリセンで後頭部殴り抜かれたよ?

 ハリセンの質量上げたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

「早々と天丼(・・)すんな! 無邪気に背骨折られたらレーティング指定やり直さなきゃならんわ!」

 そんなウチらのやりとりを眺めていたクルちゃんは、何やら意味不明な(ひと)(ごと)を零しとった。

「……既視感(きしかん)

 

 

 

 

「マリー・ハウゼン……と仲間たち、まずは救出に感謝する」

 クルちゃんは感情乏しい抑揚で切り出した。

 現在はウチのお気に入りスポット──つまり〈食堂〉におった ♪

 だって、お腹減ったんやもん。

 数台のドローンが調理に勤しみ、運ばれてくる料理がテーブルを賑やかす。

 ウチはそれを堪能しながら、クルちゃんへと返事した。

「ふぃふぃふぇんふぇふえーふぉ?」

「……何語か、それ」

 隣の席でサンドウィッチを摘むリンちゃんが、呆れた口調でウチにツッコんできはったわ。

「ふぁっふぇふぉふぁふぁふぇっふぁん」

「……だから、人語喋れ」

「ごくん! えへへ ♪  ウチ、チーズハンバーグセット大好物や ♪ 」

「ああ! もう! ケチャップ付いてるし!」

 にぱっと笑うウチの口元(くちもと)を、リンちゃんがナフキンで拭き拭きしてくれた ♪  えへへ ♪

「あ、せや! ねえ? クルちゃん?」ウチは気負わぬ笑顔で、クルちゃんに語り掛ける。「クルちゃん(ひと)りで、あの宇宙航行艇(コスモクルーザー)と航行してん?」

「そう」

「母艦は?」

「無い」

「ふーん? クルちゃん、寂しないの?」

「慣れた」

「アカンよ? それ、慣れたらアカンよ? (ひと)りは寂しいよ? あ、せやったらや? 今日からウチが友達──」

 ──スパーーン!

「ぎゃん?」

 またハリセンが後頭部を(はた)き抜けたよ?

「ぅぅ……痛いよ? リンちゃん?」

潤々(うるうる)して『痛いよ?』じゃないッつーの!  この脳ミソノンセキリュティ娘! 警戒心皆無か!」

 ウチとリンちゃんを()いて、唐突にクルちゃんが切り出す。

「……マリー・ハウゼン、この艦の説明は()(さき)モモカから聞いた。その超性能を見込んで、折り入って頼みがある」

「はい? 私への頼み……ですか?」

 そう返しつつ、裏マリーはランチプレートへと大量の固形食材をジャラジャラ盛っとった。

 いや、シリアルとかやあらへん。

 明らかに薬剤カプセルの山盛りや。

 それを見たウチとリンちゃんは、思わず唖然とした。

「……マリー?」

「どうしたの? リンちゃん?」

「何? ソレ?」

「高圧縮栄養配合サプリメント──自家製よ?」

「いや、そういう事じゃなくて……」

 思えばマリーと食卓囲んだんは、今回が初めてやったわ。

 いつも私室で済ませとるし……。

 っていうか、こんなん食べてたん?

「バナナをベースとして、ヒジキやチーズ、シジミにトマトにケールにハチノコ……その他諸々の有用食材を約四〇種類配合したの。これなら一日辺りの必要栄養価を不備無く簡単に接種できる。効率的でしょう?」

「いや、そういう事でもなくて…………」

 味とか食感は考えへんの?

 それでええの? マリー?

「それで? 頼みというのは?」

 進めおったよッ?

 何事も無かったかのように再開しおったよッ?

「私と協力関係を結んでほしい」

「協力関係? 何のでしょう?」

「っと、その前に!」疑いもなく人の良さを返すマリーを(さえぎ)って、毅然(きぜん)とした警戒心に()い返すリンちゃん。「アンタ何者(・・)だッつーの? それに、あの宇宙航行艇(コスモクルーザー)()よ? アタシ達の宇宙航行艇(コスモクルーザー)にそっくりじゃん!」

「それに関する情報開示許可は得ていない。現状では伏せておく」

「ざけんなッつーの! そんなんで信用できるか! 相手(ひと)に物を頼むなら、まず素性を明らかにするのが筋ってモンでしょ!」」

 クルちゃんは醒めた一瞥(いちべつ)を向け、マリーへと関心を戻す。

「マリー・ハウゼン、私と共に〈ネクラナミコン〉を探しだしてほしい」

「こ……ンの! 無視すんな!」

「ネクラナミコン? 何ですか? それ?」

「そう言えば、ドクロさんも婚活宣誓してたねぇ? 『絶対に〈根暗な巫女さん〉を手に入れてみせる!』って……」

()(さき)モモカ〝根暗な巫女〟ではない」

「だから、それって何だッつーの!」

コレ(・・)

 クルちゃんはテーブルの上にゴトンと石板を置いた。

 手帳程度の大きさやけど厚みはある。

 ほんでもって(ほの)かに緑色やったけど、コレは(コケ)やない。石の素材自体が緑掛かってんねん。

「何よ? ただの石じゃない」

「ただの石ではない。コレは、ある種の〈アカシックレコード〉とも呼ぶべき情報結晶体──その欠片」

「ふぇぇ? コレ〝明石焼(あかしや)き〟なん? どんな曲が集録されてん?」

()(さき)モモカ、コレは〝明石焼(あかしや)きのレコード〟ではない」

 淡白に否定されたよ?

 と、突然、マリーが驚嘆の叫びにガタンと腰を浮かせた!

「〈アカシックレコード〉ですって!」

 何や?

 一転してテンション上がったねぇ?

「何よ? その〈アカシックレコード〉って?」

「タヌキさん?」

()(さき)モモカ、それは〝信楽焼(しがらきやき)〟……」

 またクルちゃんが淡白に否定したよ?

 慣れた感じに流したよ?

 一方で興奮冷めやらぬマリーは、熱を帯びた口調(くちょう)で教示を始めおった。

「つまりね? この〈アカシックレコード〉っていうのは〝宇宙創造の真理とも言える膨大な情報を収録した記録物〟なの! それこそ旧暦時代から、まことしやかに実在が(ささや)かれていた物なんだけど、実存証拠は皆無……。それでも多くの知識探求者が追い求めて止まなかった伝説のアイテムなのよ!」

「ふ~ん? コレが?」

 (いぶか)しげに石板を拾い眺めるリンちゃん。

「あ、旧暦伝説の芸人さん……」

()(さき)モモカ、たぶんそれは〝明石家さ ● ま〟……」

 クルちゃん、よう知っとるねぇ?

 旧暦情報に詳しいねぇ?

「ともかく、この〈ネクラナミコン〉は〈フラクタルブレーン〉に散在してしまっている。それを狙う(やから)は多い」

「ドクロさんも?」

 ウチの質問にクルコク。

「先程遭遇した〈ドクロイガー〉も、そう」

「でも何だって、そんな血眼になってるんだッつーのよ? たかだか〈データベース〉っしょ?」

「もう、リンちゃんってば! コレは普通の〈データベース〉じゃないの! さっきも言ったけど〝宇宙創造の真理とも言える膨大な情報〟が記録されているんだから!」

 マリー、小脇絞めてプンプンや。

 ホッペタ膨らませてプンプンや。

 ……確か、二〇歳(はたち)やんね?

「だからさ? 仮にそうだとして(・・・・・・)、具体的に()どう(・・)なのよ?」

「ああ、もう! 分からないかなぁ?」非共感に落胆したマリーは、分かり易い価値観に置き換えてくれはった。「例えるなら〝ニュートンとアインシュタインとホーキング博士とスティーブ・ジョブスが共同製作した限定版ゲームソフト〟みたいな物なの! それもサイン入り!」

「要るかッ!」

「ウチ欲しい!」

「黙ってろッつーの! この脳ミソファミコン娘!」

 リンちゃん、あんまりや……。

天条(てんじょう)リン、コレが(よこしま)な者の手に落ちたら大変な事になる」

「はぁ?」

「この〈ネクラナミコン〉を総て集めた者は〈神の(ごと)(ちから)〉を得ると言われている」

「いきなり飛躍したわねッ? ホーキング博士とかアインシュタインとかはドコ行ったワケッ?」

「せやったら、全次元宇宙に〝白玉抹茶毎日無料フェア〟も起こせるんッ?」

「可能」

「……黙ってろ、脳ミソ白玉娘」

 リンちゃん、あんまりや。

「そういうワケで……マリー・ハウゼン、協力を願いたい」

「はい、喜んで!」

 満面の笑顔に染まるマリーは、居酒屋みたいな元気に快諾した……って、うん?

 ウチとリンちゃんは顔を見合わせ──「「ちょっと待ってぇぇぇーーッ?」」──慌てて静止したわ!

「何を勝手に快諾してんのよ! そんな面倒事! だいたい、それって次空航行の長旅になるって事じゃない!」

「そやよ! それにクラゲは? クラゲは、どないすんの?」

「大丈夫だよぉ?」にへらっと(ほが)らかに笑うマリー。「だって〈宇宙クラゲ〉も〈ネクラナミコン〉も両方探すから、長旅だって退屈しないよぉ?」

「「そういう事じゃなくてッ!」」

 ウチとリンちゃんの直訴(じきそ)(むな)しく、二〇歳(はたち)の子供は退室した。ルンルン気分の笑顔で。

「やっぱり宇宙はワクワクでいっぱいだぁ ♪ 」

 オートドア閉じた。

 絶句に固まるウチとリンちゃん。

 ややあって、クルちゃんが席を立つ。

()(さき)モモカ、天条(てんじょう)リン、今後ともヨロシク」

 退室した。

 オートドア閉じた。

 ウチとリンちゃんは、絶句に固まり続ける。

 そして──「「メガネ屋さんドコーーーーッ?」」──悲痛な叫びが、閑寂とした食堂に木霊したわ……。



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ウチと惑星テネンス
ウチと惑星テネンス Fractal.1


 

【挿絵表示】

 

 クラゲ探索……って言うか、クルちゃん救出から二日(ふつか)()った。

 ウチは教室の机に突っ伏して、思わず「ふぐぅ」と半ベソや。次の授業を準備しようとして哀しなった。

 うん? せやよ?

 特に任務に当たっとらん時は、学生やねんよ?

 つまり〝女子高生(JK)〟いうヤツや。

 せやから、ウチもリンちゃんも〈PHW〉やあらへんねん。紺色のブレザー制服やねん。

 ほんでもって、此処〈コスモウィズ・スクール〉は〈ツェレーク〉内部の都市(コロニー)区画(ブロック)()んねん。

 前も言うたけど〈ツェレーク〉は全長三〇〇メートルにも及ぶ巨体や。

 その内部は都市区画も建造されとって、そこに()んねん。

 長期間宇宙航行を前提とした場合、いちいち惑星都市や衛星ステーションへ帰還するんは非効率過ぎて実用的ではあらへん。せやから大型宇宙船(スペースシップ)自体を小規模な宇宙居住地(スペースコロニー)として活用しとるいうワケや。

 ともかく新たな指示が入るまで、ウチとリンちゃんは日常生活に戻っとる。簡単に言うたら〝待機中〟いうヤツやね。

 

 

「どうしたのよ? モモ?」

 隣席のリンちゃんが怪訝(けげん)そうに(たず)ねてきた。

 ブレザー姿やから見た目の清廉さが一層際立っとる。

 中身は同じやけど。

「あんな? 壊れた……」

「頭が?」

(ちゃ)うよ! ヘリウム(ガン)や!」

「は?」

「ウンともスンとも言わななった……」

「次の授業『宇宙塵(デブリ)対策の射撃実習』じゃん? どーすんのよ?」

「ふぐぅ……どうしよう?」

 みるみる視界が(にじ)んだよ?

 

 この〈コスモウィズ・スクール〉は、旧暦でいう〝学校〟とは若干概念が(ちゃ)うねん。

 基本的な〝学力向上教育を受けるための学習施設〟だけやなくて〝自身が宇宙生活へと適応するのに必要な知識や技能を拾得する教習施設〟でもあんねや。

 具体例としては『宇宙船の操縦方法』『エネルギー機器の扱い方』『無重力空間での作業ノウハウ』とかやね。

 宇宙環境で生活するとなれば、まず最優先に習得せなアカンのは、そういう実践的技能やもん。

 それが無かったら〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉で宙域活動も出来へんから、他惑星ステーションへ買い物や外出も行けへんよ?

 何よりも宇宙生活は些細な事で大小様々なアクシデントが生じるから、いざという時に身を守る対応も出来へん。

 ……危険や。

 ……死と隣り合わせや。

 

「原因は?」

「知らへんよ」

「じゃ、心当たりは?」

「判らへんねん」

「落としたとかも?」

「落としたよ?」

「何処で?」

(うち)で。手ェ(すべ)ってツルーンと。そしたら、味噌汁鍋に落ちてん」

「……それだわ」

 どれだわ?

「ドジも大概にしないと、単位不足で進級できないわよ?」

「ふぐぅぅぅ……」

「だいたいアンタは、いっつも抜けて──」

「ふぐぅぅぅぅぅ……」

 何や視界が涙でプールみたいなった。

 どうしたらエエか分からへん。

「えっぐ……えっぐ……ふぇぇ…………」

「ななな泣く事ないじゃん!」

「せやかて……進級出来へんかったら、リンちゃんと離れ離れなってまう!」

「はぁ? そっち?」

「ウチ、イヤや! リンちゃんと一緒がエエ!」

「ったく……見せてみ?」

 軽い()(いき)がてらに、ウチのヘリウム(ガン)を調べるリンちゃん。

電磁銃口(リニアバレル)の調子は撃ってみないと解らないとして……とりあえず変換(コンバート)システムには異状無いみたいね。となると、圧射式撃鉄(プレストリガー)? ん~……でもないみたいだし……」

 入念にヘリウム(ガン)を観察してはる。

 そしたらな?

 

 ──ズドォォォーーーーン!

 

 銃、大暴発した。

 銃口(じゅうこう)からクラッカーみたいに、ぎょうさん榎茸(えのきだけ)が飛び散って、窓ガラス全部木端微塵(こっぱみじん)にした。

 直ったみたいや……。

 さすがや! リンちゃん!

 

 

 

「まったく貴女(あなた)(たち)は、毎回毎回……」

 校長室──ウチとリンちゃんを(かたわ)らへ立たせたマリーは、こめかみ押さえに()(いき)(こぼ)した。

 これで何度目の光景やろか?

 デジャヴしかないわ。

「ア……アタシじゃないもん! これはモモが──」

「天条さん、言い訳しない」

「うう……」

 せやねん。

 日常に()けるマリーは、ウチらの校長先生やねん。

 この〈ツェレーク〉の艦長にして校長やねん。

 ウチらがマリーに逆らえん理由のひとつや。

「あんな? マリー?」

()(さき)さん、学校では『校長先生』を付けなさい。最低でも『先生』は必須です」

「あんな? マリー? 校長? 先生?」

「……分けない」

「ウチ、リンちゃんと一緒がエエ」

「……はい?」

「せやから、ウチも進級したいねん」

「だったら、勉強に励み、問題を起こさない」

「イヤや! ウチ、勉強キライや!」

「アンタ大物か」

 隣のリンちゃんが、呆れながらに指摘しはった。

 マリーは再び()(いき)や。

「その救済処置として、貴女(あなた)(たち)には、私の〝探索活動〟を手伝わせているのだけどね……」

「いや、その〝貴女(あなた)(たち)〟ってのヤメてくんない? アタシは〝モモのお()り役〟だし? アタシ、成績いいし?」

 せやねん。

 これがウチら──っていうか、ウチ(・・)──が〝マリーに逆らえん理由その2〟や。

 マリーの私的研究の手伝いしたら、多少は単位に下駄(ゲタ)()かせてもらえんねん。

 簡単に言えば『単位目当てのアルバイト』や。

 実際、マリー自身から小遣い程度の報酬も出るけど。

 ちなみに分野は『総合宇宙考察学』とかいうヤツで、文字通りに『あらゆる学問分野を総合的に融合考察して宇宙史全体を研究する新鋭分野』らしい。せやけど、それがどういったものなのか……実はウチ、よう解らへん。難しいのキライやもん。

 もちろん教職者としては禁則(タブー)やよ?

 せやから、周りには内緒や。

 この事を知ってるんは、レスリー長官と銀邦(ぎんぽう)政府(せいふ)の一部だけやねん。

 まあ、そうした〝学生的事情〟以外にも、理由はあんねんけどね?

 それは追々(おいおい)や。

「……とりあえず、また『個人教授』の申請はしておいたわ」

「は? って事は、またアタシ達〈探索〉に狩り出されるワケ?」

 サラリと告げるマリーに、リンちゃんが頓狂(とんきょう)抑揚(よくよう)(たず)ね返す。

 ウチとリンちゃんが出動になる時は、マリーが『個人教授』として学校へ休暇申請すんねん。

 便宜的名目は『現地実習』や。

 そうでもないと、長期不登校扱いになってまうからやねんね?

 もちろん、そうそうしょっちゅう(まか)(とお)る理由でもあらへんのやけど、それを可能としているんは『マリーが銀暦(ぎんれき)学会(アカデミー)きっての天才やから』と『校長権限の職権乱用』……それから『レスリー長官の御墨付き』という三重の威光が効いとるからや。

「って事は、クルちゃんから何か情報の進展があってん?」

「ええ、どうやら次なる〈ネクラナミコン〉を察知したみたいね」

「クラゲは? どないしたん?」

「現状、行動が沈黙化しているから手の打ちようがないわ。当面は〈ネクラナミコン〉優先ね」

「ったく、どっちもこっちもメンドクサイわね」と、リンちゃんは吐き捨てた。心底辟易(へきえき)してはる。「で? いつからだッつーのよ?」

「いまからよ?」

「「…………はい?」」

 

 

 

『ツェレーク、空間転移完了──量子波動安定化──現フラクタルブレーン座標照合、3(フラクタル)\4(ブレーン)次元(ディメンション)、マイナスコンマ0008誤差修正──滞在可能推定時間、二時間二〇分リミット────』

 次空転移が終わった。

 また別の〈フラクタルブレーン〉や。

 ウチらはツェレークの操縦室(ブリッヂ)──とは言っても艦橋型やなく頭部内の大型コックピットやけど──から、新たな探査舞台となる宇宙空間を眺めとった。

「んで? その〈ネクラナミコン〉とやらは、何処に有るワケ?」

 リンちゃんがクルちゃんに(たず)ねる。

 そこはかと無く不機嫌やね?

 あ……たぶん、まだクルちゃんに心を許してないん?

「天条リン、訂正しておく。正確には〈ネクラナミコンの欠片〉……」

「どっちでもいいッつーの! アタシはさっさと片付けて、面倒事を軽減したいんだから!」

「……了承した」

 クルちゃんは感情の機微も見せず、(おもむろ)に手近なコンソールを操作し始めた。

 それによって、室内中央に身の丈以上の大きな仮想(ヴァーチャル)ディスプレイが電子板と立つ。

 そこに投影されたんは、この周域を(まと)めた宇宙海図や。

 無論、事前にデータがあったワケやないよ?

 時空転移直後、ツェレークは周囲に〈ニュートリノビーコン〉を散布照射して、その反響を即時キャッチ──そのデータを基にリアルタイム構成したものや。

 つまり〈クルちゃんのエイ〉を仮想モデリング識別した方法の広域版や……って、事前にリンちゃんから叩き込まれたわ。

 事前にスパルタや!

 ウチ、勉強キライやのに……ふぐぅ!

「このまま進行すれば〈惑星テネンス〉に遭遇する。そこに有るはず」

 仮想(ヴァーチャル)宇宙海図を指して、今後の指針を示唆するクルちゃん。

「惑星テネンス……どんな惑星なの?」と、表マリー。

「樹林や草花に恵まれた惑星。原生生物は、その恩恵によって自然共存サイクルへと帰属している」

「ふ~ん? で、何で(・・)アンタは〈ネクラナミコン〉の在処(ありか)断定できる(・・・・・)ワケ?」

 露骨な値踏みを向けるリンちゃん。

 クルちゃんは一瞥(いちべつ)を向けて種明かし。

「理屈は簡単。この〈ネクラナミコン〉は、引かれ合う性質(・・・・・・・)だから。私は、その意思を伝達しているに過ぎない」

「へぇ~? アンタ、石と話せるの? 人間相手にはコミュ障なのに?」

「別に〝石〟と話せるわけではない。単に〈ネクラナミコン〉の意思に関しては感受できるだけ」

「つまり〝選ばれし巫女〟って? 御大層な身分じゃん?」

 リンちゃん、ちょっと攻撃的や。

 コレ、良くないねぇ?

 クルちゃん、さすがに可哀想やんな?

「だったら、いっそ石コロと友達に──」

「ふぐぅ!」

「──なったらタタタタタターーッ!」

 えへへ ♪  ギュッとしたった ♪

 ハグしたら、みんな仲良しなるよ?

「コラ! モモ! 放せ! このベアハッグ娘!」

「仲良うしてぇ! ウチ、リンちゃんとクルちゃんに仲良うしてもらいたい!」

「放せッつーの!」

「イ~ヤ~やぁ~! 仲良うしてぇ! ウチ、どっちも友達やもん!」

「……うっ!」

 涙汲んだウチの顔を正視して、リンちゃんは少し息を呑んだ。

 そして──「ハァ……分かったッつーの」──承諾してくれた ♪

「ほんま?」

 ウチはコクンと小首傾げて確認する。

「仲良くするかどうかはソイツ(・・・)次第として、とりあえず〈ネクラナミコン〉探索には素直に準じるわよ」

「天条リン、決断に感謝する」

「言っておくけど! もしも『アンタが信用できない(・・・・・・)』と判断したら、即座に〈()〉として認識するからね! それに──」リンちゃん、ウチの頭を撫で撫でしてくれた。「──この子(・・・)を危険な目に遇わせたら承知しないんだから……」

 何やエラい小声やねぇ?

 呟き、聞き取れんかったわ。

「……了承した」

 クルちゃん、聞き取れたん?

 耳いいねぇ?

 でも、これでみんな仲良しや ♪

 せやからウチ、リンちゃん好きやねん ♪

 ツンツンしとるけど、ホンマは優しいねん ♪

「リンちゃん大好きや ♪  ふぐぅ ♪ 」

「イタタタタタタッ?」

 嬉しなってギュッとしたった ♪

「承諾したのに、何で(さら)に絞めつけてんだッつーのォォォーーッ!」

「ぎゃん!」

 ハリセンや!

「ぅぅ……痛いよ? リンちゃん?」

潤々(うるうる)して『痛いよ?』じゃないッつーの! 毎回毎回、何でこの流れだ! 少しは学習しろ! この脳ミソ新喜劇娘!」

 リンちゃん、あんまりや……。

 

 そんなこんなの(かしま)しさの中で、目的の惑星は接近しとった。

 もうすぐ出動や。



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ウチと惑星テネンス Fractal.2

 

【挿絵表示】

 

 地平線から青の天幕と緑の絨毯(じゅうたん)が広がってくる。

「クルちゃんの言うた通り、自然がいっぱいやね?」

『キュキューゥ ♪ 』

 イザーナも喜んどる。

 うん、ウチとリンちゃんは〈イザーナ〉と〈ミヴィーク〉で惑星へと降下した。ついでに言えば、今回はクルちゃんも〈エイ〉で同行や。

 せやねん。

 この子達、大気圏内でも運用可能やねん。

 ほんでも、さすがに〈ツェレーク〉は無理や。

 そこ(・・)が〈大型宇宙船(スペースシップ)〉と〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉との差異でもあんねんな。

『大気濃度は……正常値か。バイザーメット無しで降りても問題無さそうね』

 地表データの計測結果を把握するリンちゃん。

『天条リン、()(さき)モモカ、このまま座標IP1600/EP800へと向かう』

 クルちゃんからの通信指示や。

そこ(・・)に〈ネクラナミコン〉が有るんでしょうね?』

『間違いなく、その辺りに存在する』

『その辺りですって? あやふやな情報で私達(ひと)を動かすなッつーの!』

『私は所有する〈ネクラナミコン〉の意思を感受し、それを伝えているだけ。位置詳細までは特定できない』

 う~ん、相変わらず『水と油』やんね?

 ウチ、仲良うしてほしいのに……。

 あ、せや!

「あんな? クルちゃん?」

『何? ()(さき)モモカ?』

「その子、何て名前なん?」

『その子?』

「うん、その〈エイさん〉」

『名前は、まだ無い』

 文学猫みたいな返答されたわ。

「名無しの権兵衛はアカンよ? 可哀想やん?」

『じゃあ〈ゴンベエ〉でいい』

 クルちゃん、短絡過ぎや。

『どーでもいいッつーの! 名前なんて!』

「アカン! ちゃんと考えてあげな可哀想やん!」

『名前の使用目的は個体識別。それなら〈ゴンベエ〉でも問題無いはず』

『う~ん……だけでもないのよね』

 優しい苦笑いで通信を挟んできたのは、表マリーやった。

 一方でクルちゃんは腑に落ちない様子や。

『マリー・ハウゼン、他にも用途があるの?』

『そうね。とりわけ共感性を意識したコミュニケーションでは名前って大事よ?』

「なら、マリー・ハウゼン……アナタに一任する』

『え? 私?』

「せや! マリーなら名付け親に適任やん? この子達や〈ツェレーク〉は、マリーが名付けたんやし?」

『私……って言うか、お爺ちゃんだけどね?』

 ウチらにしてみれば大差ないよ? マリー?

『う~ん? そうねえ? 〈ツェレーク〉や〈イザーナ〉達は〈ハウゼン語〉なのよね……』と、顎線(あごせん)を指でトントンしながら思案。

 っていうか、いま聞き捨てならへん単語聞いたよ?

『……マリー?』

『何かしら? リン?』

『いや、その〈ハウゼン語〉って……何?』

『ああ、私のお爺ちゃんが作り出した新言語よ? (きた)るべき宇宙時代を見据えて〈宇宙共有語〉を作っていたの……個人趣味で』

『ヤバい(ヤツ)じゃん! 単なる〝イタい人〟じゃん! ウィリス・ハウゼン!』

 ……道理で聞き覚えのあらへん響きやったワケや。

『まあ、浸透しないで消えちゃったから、ハウゼン家にしか通じないけどね?』と、淡い苦笑に肩を(すく)める。

『いや、でしょうね! 意図的に流行(はや)らそうと思って流行(はや)るモンでもないもんね! 言語って!』

『で、確か〈イザーナ〉が〝博愛〟で〈ミヴィーク〉が〝勇敢〟……この〈ツェレーク〉は〝叡智(えいち)〟だったかしら』

 どんだけ浸透しなかったか分かる気もしたわ。

 だって、孫娘のマリーがウロ覚えやし。

『あと覚えているのは……えっと……そうそう〈ドフィオン〉辺りは、どうかしら?』

 いや「どうかしら?」言われても分からへんよ? そもそも?

 ハウゼン家だけに伝わる暗号みたいなモンやんか?

『んで、意味(・・)は?』

 (なか)ば呆れて投げ捨てやね? リンちゃん?

『意味は〝不思議〟よ?』

 何で此処に来て、その意味を選びはったん? マリー?

『はいはい、それでいいッつーの!』

 リンちゃん、ついに丸投げや。

『了承した。では今後、本機を〈ドフィオン〉とする』

 ……受け入れはったねぇ?

 何の躊躇(ちゅうちょ)も無く、クルちゃん受け入れはったねぇ?

 何や分からん展開に軽く困惑を覚えたウチは、眼下の大自然へと関心を逃がした。

 延々と敷き広がる深緑の樹海。

 と、変な物を見つけた。

「……あんな? リンちゃん?」

『は? 何だッつーのよ?』

「アレ、何?」

 ウチからの示唆に、リンちゃんは対象を視認した。

『……異常なし』

 リンちゃん、視認物体を無視しよったわ。

 何や繁る樹々に紛れて、大きい脚が()えとったよ?

 ドデーンと逆立ちに()えとるよ?

 鋼鉄製の脚が……。

 まるで『 犬●さん()の一族』の名シーンみたいに、上半身を地面に埋もれた状態で……。

「リンちゃん、アレってドクロ──」

『異常なし!』

 無下に遮って断定しはった。

「天条リン、アレはドクロイ──」

『異常なしッ!』

 クルちゃんからの指摘も無下に遮りはった。

 語気強く。

 どうあっても〝見なかった事〟にする気やね?

 ウチの釈然としない思いを残したまま、イザーナとミヴィークとドフィオンは茫洋とした青空を泳ぎ去って行く。

 ゴメンね?

 ドクロさん?

 

 

 

「ほんなら、此処で待っとってね?」

『キュウキュウ ♪ 』

『ケルル! ケルル!』

『クルルルル……』

 イザーナとミヴィーク──そして、ドフィオン──を森の中で待機させて、ウチらは惑星探索に降りた。

「とは言うものの、こっからどーしたモンかしら?」

 パモカナビと周囲を見比べて、リンちゃんが零す。

「街で聞き込みする?」

 森の中を並び歩き、ウチは顔を覗き込んで提案した。

 ウチの半歩後ろには、トテトテと無表情でついてくるクルちゃん。ちなみにクルちゃんの〈 PHW〉は紫色や。

「そもそも街が在るかも分からないッつーの」

「リンちゃん、ナビ見とるやん?」

「初遭遇の惑星で地図なんか有るか。これは単に磁極を確かめてるのよ。方角だけは把握しておくように」

「ふ~ん?」

「だいたい在ったら在ったで、どう(たず)ねるっていうのよ?」

「素直に()いたらええやん? 〝根暗な巫女さん〟知りませんか──って?」

「……見知らぬ女がゾロゾロ集まって、マニアックなミスコン状態になるわ」

 と、不意にクルちゃんが(くち)(はさ)んだ。

()(さき)モモカ、再度訂正しておく。我々(われわれ)が探しているのは〈ネクラナミコン〉であって〝根暗な巫女〟ではない」

「……えへへ ♪ 」

「何? ()(さき)モモカ?」

「クルちゃん、やっと会話に参加したねぇ?」

「……それが?」

「ウチ、何や嬉しい ♪ 」

「……そう」

「うん ♪ 」

「どーでもいいッつーの」

 リンちゃん、物臭そうに(にく)まれ(ぐち)を叩いとった。

 けど、ウチ見てたよ?

 肩越しに盗み見て、クスッと優しく苦笑してたの……。

 せやからウチ、リンちゃん大好きやねん ♪

 テコテコと三人揃って歩き続けていると、ややあって正面に白い光が射し込んどった。樹木のトンネルや。

 どうやら出口みたいやね?

 ようやくにして繁る緑を抜けると、拓けた草原が燦々(さんさん)と明るい日射しに出迎える。

 そこで一旦、ウチらは足を休めた。

 作戦会議や。

「地図も手掛かりも無し……はてさて、どうしたモンかしら? 座標IP1600/EP800には間違いないけど、人間縮尺にすれば結構な広範囲だし……」

 立ち尽くしながら思索に耽入(ふけい)るリンちゃん。

「ねぇ、アンタ? 何か知らないの? その〈ネクラナミコン〉とやらの在処(ありか)?」

「さて?」

 振られたクルちゃんは、クルコクンで返しはった。

 可愛いねぇ?

 ウチより小柄やから、何や妹みたいや ♪

「眠たそうな顔して『さて?』じゃないッつーの! アンタ、その石コロと話せるんでしょ!」

「天条リン、(いま)だに誤認しているようなので訂正しておく。私は所有する〈ネクラナミコン〉の意思を感受し、それを伝えているだけ。位置詳細までは特定できない」

「……使えねー」

 リンちゃん、ゲンナリ顔や。

 ウチは(そば)の岩に座って、おとなしくリンちゃんとクルちゃんの方針決定を待つ事にした。

 と、正面の樹林から女の人が出てきはった。

 何や鎧装束を着た美人さんや。

 うん、昆虫みたいな鎧やった。

 ヘルメットの頭頂には大きな複眼が据えられとって、長い触覚が生えとる。

 そういえば旧暦には『仮面ナンタラ』いう変身ヒーローものがあったらしいけど、あんな感じやろか?

 せやけどフルフェイスやなくてオープンヘルム形状やから、可愛らしい美少女顔は露出してはった。繊細な線で(まと)まったべっぴんさんや。

 零れる銀色のロングへアが揺れると、まるで光のカーテンを思わせる綺麗さが演出された。

 見た感じ、ウチより若干(じゃっかん)年齢(とし)(うえ)やろか?

 妙に大人っぽくて、穏やかな雰囲気のわりには凛々しく引き締まったカッコよさも印象付ける。

 あ、目が合った。

 アッチもウチを見つけたねぇ?

 予測外の遭遇に戸惑っているようやから、ウチはニコニコ笑顔で手を振った。

 何や? 怪訝(けげん)そうな表情を浮かべとるよ?

「磁力的には、あっちが北だから……」

 リンちゃん、まだ考えとるねぇ?

 あ、せや!

 あの人、何か知ってへんやろか?

 教えてもろうたら、リンちゃんの手間も省けるやんな?

 ウチ、相手の所までトテテテテッと駆け寄った。



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ウチと惑星テネンス Fractal.3

 

【挿絵表示】

 

「こんちは ♪ 」

「え? な……何です?」

「こんちは ♪ 」

「あ、はい……こんにちは」

 改めて間近に見れば、やっぱり結構な美人さんやった。

 スラッと目鼻が通った顔立ちに、穏やかそうな眼差(まなざ)し。

 微々と(なび)く銀髪はサラリと長くて、朝陽の射光みたいや。

 ウチ、ほわっと笑顔で話し掛けてみた。

「あんな? ウチ〝()(さき)モモカ〟言うねんよ?」

「え? あ、はい……」

「ほんでな? 根暗な巫女さん、知らへん?」

「え?」

「ウチ、捜してんねん」

「いえ、そういう知り合いはいませんけど……」

「そうなんや?」

「はい」

 ウチはニコニコと笑顔を向ける。

「…………」

 あちらさん、黙って見つめ返しとった。

「…………」

 ニコニコ ♪

「街どこ?」

「え?」

「ウチ、街へ行きたいねん」

「えっと……ゴメンなさい。私も、この辺りは知りません」

「せやの?」

「はい」

「………………」

「………………」

 ニコニコ ♪

「此処どこ?」

「え?」

「せやから、此処どの辺?」

「ですから、私も初めての場所なので知りません」

「せやの?」

「はい」

「……………………」

「……………………」

 ニコニコ ♪  ニコニコ ♪

「何歳?」

「え?」

「せやから、何歳?」

「え……っと、十八歳ですけど?」

「ふぇぇ? そないに変わらん年齢(とし)なん? 大人っぽいねぇ?」

「そう……ですか」

「うん ♪  ウチ、十六歳 ♪ 」

「はぁ……」

「…………………………」

「…………………………」

 ニコニコ ♪  ニコニコ ♪

「アリさん?」

「え?」

「せやから、その鎧〈アリさん〉がモデルなん?」

「ゴメンなさい、さっきから何を言ってるか解らないんですけど?」

「何で?」

「いや、小首コクンと『何で?』って……あの、とりあえず、その無垢顔やめて下さい」

「………………………………」

「………………………………」

 ニコニコ ♪  ニコニコ ♪  ニコニコ ♪

「ほな、バイバ~イ★」

「え? あ、はい、バイバイ……」

「リンちゃ~ん、知らへんって~ ♪ 」

()も当然とばかりに報告するなァァァーーーーッ!」

「ぎゃん!」

 叩かれたよ?

 トテテテってリンちゃんのトコへ駆け寄ったら、いきなりパモカハリセンで後頭部叩かれたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

潤々(うるうる)しながら『痛いよ?』じゃないッつーの! この脳味噌白雲娘! ったく、目を放した隙に勝手な別展開を進行させんな! アタシが気付かなかったら、何の事かサッパリ分からなかったところじゃない!」

「あんな? あんな? ウチ、訊いてみてん。そしたらな? あの人、知らへんって。ほんでな?」

「……いや、必死になって説明しないでいいから。親に言い訳する子供か」

「ちゃちゃちゃ(ちゃ)うよ? 言い訳、(ちゃ)うよ? ウチな? ウチな? リンちゃん手伝おう思うて──」

「はぁぁ~~~~……」

 リンちゃん、何や深い嘆息(たんそく)を吐いとった。

「で? 誰よ?」

「知らへんよ?」

「……友達作りの天才か、アンタ」

「あの? ちょっと、スミマセン」

 背後から呼び掛けられて、ウチらは注視を向けた。

 さっきの虫娘(むしっこ)さんや。

 怖ず怖ずとウチらへ近付いて来はった。

貴女(あなた)(たち)、何者です?」

「ウチ〝()(さき)モモカ〟言うねんよ?」

「いえ、それは先程聞きました……」

「その前に! 他人(ひと)へ質問するなら、まず自分の名前から名乗りなさいよ!」

 リンちゃん、強気や。

 初対面なのに強気や。

「あ、スミマセン……私は〝アルゴネア・リィズ・コーデス〟という者です」

 それを受けたリンちゃんは、ロングポニーをフワサァと()き流して絶対無敵な自尊を誇示。

「耳の穴かっぽじって、よ~く聞きなさい! アタシは〝リン〟! 銀暦(ぎんれき)有数の大企業〈星河(ほしかわ)コンツェルン〉の娘〝天条リン〟よ! 不可能なんて無いんだから!」

「……はぁ」

 虫娘(むしっこ)さん、どう対応していいか分からへんといった感じや。

 そりゃそうやんな?

 初対面で、いきなりこんな自己紹介を聞かされても困るだけやんな?

 せや!

 ウチ、アダ名を付けたげよう!

 アダ名付けたら距離縮まるよ?

 すぐに仲良うなれるよ?

「ほんなら、略して〝アリコちゃん〟や ♪ 」

「アアアアリコちゃん?」

「……黙ってろッつーの。脳味噌フレンドパーク娘」

 リンちゃん、あんまりや。

「で? その〝アリコさん〟が、初対面のアタシらに何の用だッつーのよ?」

「アリコじゃありません!」憤りに抗議したあと、深い溜め息に気持ち切り替えるアリコちゃん。「あの……この人を見ませんでした?」

 そう言ってパモカを取り出すと、立体映像(ホログラフィ)を投影する。

 カードの上に立体化したミニチュアフィギュアを見るなり、リンちゃんは閉口(へいこう)にフリーズした。

 (いか)ついロボットの胸に大きな骸骨の意匠と、野牛のような角を生やしたスカルヘッド──ドクロさんやった。

「〈ドクロイガー〉って言うんですけど──」

「アハハハハ~ ♪  知らな~い★」

 ウソつきはったよッ?

 カワイコブリッコにしな(・・)(つくろ)って、ウソつきおったよッ?

「ずっと探してるんですが……」

「ゴメ~ン? 知らな~い★」

「そうですか。結構な巨体だから目立つし、見た人もいるかと思ったんですけど……」

「見てな~い★」

「天条リン、これは〈ドクロイ──」

「──聞いた事もな~い★」

 クルちゃんの指摘さえも(さえぎ)ったわ。

 どうあっても黙殺する気やんね? リンちゃん?

 

 

 

 再び森の中をさまよう。

 かれこれ三〇分歩き通しや。

 先頭はリンちゃん。

 次がウチ。

 並んでクルちゃん。

 ほんでもって、最後尾がアリコちゃんや。

「ってか! 何でアンタまで同行してんだッつーの!」

「スミマセン。一人では何かと心細いもので……」

「ええやん? リンちゃん? ウチ、いっぱいの方が楽しい ♪ 」

「……黙ってろ、脳味噌西遊記娘」

 リンちゃん、あんまりや。

 と、不意にクルちゃんが会話に割り込んだ。

「アルゴネア・リィズ・コーデス、質問がある。その容貌からして、アナタは〈ジアント〉だと推察した。その推測で間違いない?」

「え? あ、はい。私は〈ジアント〉ですが?」

「やはり」

 納得するクルちゃん。

 初耳用語に顔を見合わせるウチとリンちゃん。

「ジアント? 何よ? それ?」

「この惑星テネンスに生息する知的生命体種族。我々の次元で言えば〈蟻人間〉といったところ」

「ふ~ん? って、アレ?」

「何? 天条リン?」

「何でアンタ、そんな〝他次元情報〟にまで精通してんのよ?」

「…………」

「…………」

(ブイ)!」

「いや! 無表情に『(ブイ)』じゃないッつーの!」

 クルちゃん、(ブイ)サイン出しはった。

 何や? 結構、茶目っ気あるやんな?

「私は〈ジアント〉の誇り高き戦士……。先日、集落巣(コロニー)を襲撃してきた〈ドクロイガー〉という者と一戦交えたものの逃がしてしまいました。()の者のせいで集落巣(コロニー)も半壊の大打撃……。現状(いま)再襲撃されたら、今度こそ危ない。その前に見つけ出して決着をつけて、先手を打たないと……」

「ふ~ん? だから〈ドクロイガー〉を追って、さ迷ってた……ってトコか」

「はい……って、え?」

「何だッつーの?」

「いえ、先程〈ドクロイガー〉なんて知らない──と?」

「…………」

「…………」

「え~? アタシ、何も言ってな~い★」

「え? だって、いま……」

「ヤダァ~? 聞き違~い★」

 変わり身早ッ!

 リンちゃん、変わり身早いよッ?

 と、その時!

 周囲の繁みから大勢の人影が姿を現した!

「な……何?」

 狼狽(うろた)えるウチ!

 いや、今回ばかりはウチだけやない!

 リンちゃんも……アリコちゃんも……全員が狼狽(うろた)えた!

 ……クルちゃん以外は。

 完全に包囲されとった!

 それも、相手は〈異形(・・)〉や!

 その容姿は、簡単に言えばスズメバチ怪人!

 全身は黒光りするキチン質甲殻で、背中にはシャープな透明羽が四枚。

 頭部は言わずもがな蜂ヘッド。半円形に吊り上がった巨大複眼や鋭利な鎌型牙が秘めたる攻撃性を(うかが)わせる。

 せやけど、アリコちゃんとは(ちご)うて、昆虫色が強い。

 人間的要素は口元(くちもと)だけや。

 薄い唇は女性的で……というか、全身的なフォルムがスレンダーで女性的やった。

 うん、きっと〝女性〟や。

 前腕部位には黒縞の黄色い生体篭手が付いとる。蜂の尻部を彷彿させる代物(シロモン)やった。

 おそらく針が出るやんな……アレ。

「〈アルワスプ〉!」

 咄嗟(とっさ)に臨戦態勢を構えるアリコちゃん!

 手の甲に有った小さな二対の鍵爪が、巨大に生え伸びて刃と化す!

「な……何だッつーの! コイツら!」

 狼狽えながらもヘリウム(ガン)を取り出すリンちゃんに、クルちゃんが無抑揚な解説を答えた。

「彼女達は〈アルワスプ〉──この惑星テネンスに於いて〈ジアント〉と双璧となる高度知性種族」

「見つけたぞ! アルゴネア・リィズ・コーデス! 今日こそ、我々と共に来てもらおう!」

「性懲りもなく!」

 アルワスプの警告に、アリコちゃんは忌々しく歯噛みした!

 そして、蟻型ヘルメット頭頂の複眼部位がガシャッとスライドダウン!

 人間的美観は口元(くちもと)だけになった。

 つまり、包囲している〈アルワスプ〉と同じや。

 コレで〈蟻〉か〈蜂〉かだけの差になった。

 ってか、何や?

 アレ、ヘルメットバイザーになるんや?

 あれれ? って事は、つまり──や?

 ウチはトテテテテッと手近な〈アルワスプ〉さんに駆け寄った。

「こんちは ♪ 」

「な……何だ! 貴様は!」

「こんちは ♪ 」

「何だと言っている!」

「こんちは ♪ 」

「だから、貴様は──」

「挨拶、大事!」

「あ、はい……こんにちは」

 ウチがプンプンしたら、ようやく挨拶返してれた。

 えへへ ♪

「あんな? ウチ〝()(さき)モモカ〟言うねんよ?」

「……で?」

「上がるん?」

「は?」

「せやから、その目のトコ。ガチャンって上がるん?」

「……上がるが?」

「上げて?」

「ハァァ?」

「ウチ、見たいねん」

「ふざけるな! バカにしてるのか! 貴様は!」

「してへんよ?」

「いや、無垢にコクンと『してへんよ?』って……とりあえず、その顔やめろ」

「ねぇ? 上げて?」

「ふざけるな! 何故、私がそんな事を!」

「ウチ、見たいねん ♪ 」

「上げん!」

「ええやん? チビッとだけやん?」

「ダメだ!」

「ええ~? どうしても?」

「どうしてもだ!」

「うう……ほんなら、しゃあないわ」

「…………」

「ほな、バイバ~イ★」

「え? あ、うむ、バイバイ……」

「リンちゃ~ん、アカンって~ ♪ 」

「早々に新パターンを天丼ボケするなァァァーーーーッ!」

「ぎゃん!」

 叩かれたよ?

 トテテテってリンちゃんのトコへ駆け戻ったら、いきなりパモカハリセンで叩かれたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

潤々(うるうる)しながら『痛いよ?』じゃないッつーの! この脳味噌ワンタン娘! この緊迫状況を把握しろ!」

「せやかて、ウチ気になってん」

 リンちゃんにガミガミ説教されるウチを呆気に見て、アリコちゃんはクルちゃんへと質問した。

「……あの、スミマセン?」

「何? アルゴネア・リィズ・コーデス?」

「あの()、どういう()なんです?」

「未知数……私も、よく把握しきれていない」

 

 そして、ウチらは連行された。

 多勢に無勢やった。

 それ以前に、ウチが人質にされたからやねん……。

 



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ウチと惑星テネンス Fractal.4

 

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「ぎゃん!」

 大広間へ投げ放り込まれて、ウチは無様にヘッドスライディング!

 蜂さん達の基地や。

 大きな山があって、そこの岸壁に吊るされる形で(きず)かれとった。

 蜂の巣の巨大版や。

 ウチは改めて室内を見渡した。

 内壁の素材は分からんけど、くすんだ茶色がミルフィーユみたいに濃淡の層を描いとる。おそらく〝樹皮〟や。それを積み重ねたものやろね。

 微かに甘い香りが、ウチの鼻腔を(くすぐ)った。

 部屋の奥には蜜蝋を固めたような太い支柱が数本立っとって、大きな花弁質のヴェールが結界のように張っとる。

 その内側に据えられとるんは、器用に枝を絡め作った装飾過多な椅子。

 座っとるんは、豪華な風貌の蜂女さん。

 他の蜂さんとは若干異なる。

 女性の口元(くちもと)は同じやけど、他の蜂さんよりも少しゴージャスな外殻やった。柄も凝ってる上に、色彩の所々に金や銀も混じっとる。大きさも一回り大きい感じや。

 周囲の蜂さん達はビシッと規律めいて直立不動。

 たぶん〝偉い人〟やねんね?

「おそらく〈女王蜂(・・・)〉ってトコか……」

「天条リン、その推測は正しい。アレは〈クィーン・アルワスプ〉──彼等にとって唯一無二の統治者」

「見りゃ判るッつーの。こんだけ〈蜂〉を模倣(トレース)したような連中ならね」

「……理解していない者もいる」

「はぁ? んなバカいるワケ──って、モモッ?」

「こんちは ♪ 」

 ウチ、女王様の前までテクテク進んで、ニッコリ笑顔で挨拶したった ♪

「何だ? 貴様は?」

「あんな? ウチ〝()(さき)モモカ〟言うねんよ?」

「その〝()(さき)モモカ〟とやらが何用だ」

「ウチ〝根暗な巫女さん〟探しとんねん。知らへん?」

「知らぬ」

「せやの?」

「知らぬ」

「…………」

「…………」

「あんな?」

「何だ?」

「此処、さっきから甘い匂いするねぇ? 何で?」

「それは、この宮殿が〈アムリの樹〉を基礎素材としているからだ」

「此処、宮殿やの?」

「そうだ」

「ふぇぇ……スゴいねぇ?」

「………………」

「………………」

「あんな?」

「何だ?」

「さっきの〈アムリの樹〉って何?」

「我等〈アルワスプ〉の主食にして、諸々の建築資材だ」

「木ィ食べとるん?」

「樹皮ではない。蜜だ」

「おいしい?」

「美味だ」

「ウチ、食べてみたい ♪ 」

「嬉々と何を言っている? 貴様は?」

「アカンの?」

「己を(わきま)えろ」

「自分を? あ! せやから、ウチ〝()(さき)モモカ〟言うねんよ? 覚えて?」

「……先刻聞いた」

「……………………」

「……………………」

「ほな、バイバ~イ★」

「うむ、バイ……バイ?」

「リンちゃ~ん、食べてみたいねぇ?」

「質量倍ィィィーーーーッ!」

「ぎゃん!」

 叩かれたよ?

 トテテテってリンちゃんのトコへ駆け寄ったら、大きめのパモカハリセンで叩かれたよ?

 けたたましい破裂音に、居合わせた蜂さん達がビクゥと色めきはった。

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

「……今回は、もうツッコまないかんね」

 イヤや! 放置はイヤや!

「久しいな、アルゴネア・リィズ・コーデス」

 静かな威圧感でアリコちゃんに注視を傾ける女王蜂さん。

「……ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世!」

 キッと睨み返すアリコちゃん。

 長い名前やんね?

 あ、せや!

「ほんなら〝ハッちゃん〟でええ?」

「……ならぬ」

 小首コクンと提案したら、無下に却下されたわ。

「皆の者、下がれ。(われ)は、この者達と直接に話がしたい」

「なりません! ハーチェス様! その身に(まん)(いち)の事があっては!」

「案ずるでない。(われ)は〝ハーチェス・エルダナ・フォフォン・アルラワススプ・ビーソームⅣ世〟──」

 噛んだねぇ?

 噛み倒したねぇ?

「──実力にて〈アルワスプ〉の頂点に君臨する者だ。飾り物ではない」

「し……しかし!」

「くどい! (われ)こそは〝ハーチェス〟なるぞ!」

 略したねぇ?

 噛むのを回避するために略しはったねぇ?

 凛然とした威風を当てられた配下達は、渋々と一斉に退室していきはる。

 軋む大扉が重い閉鎖音を鳴いた。

 静寂──。

 緊迫した空気が、室内を緩やかに撹拌(かくはん)する。

「さて……」

 女王蜂は玉座から立つと、悠々とウチらに歩んで来た!

 どうやらターゲットは──アリコちゃんや!

 何やら因縁があるのやろね。

 さっきの一幕を見るに……。

 明らかな焦燥(しょうそう)美貌(びぼう)(はら)み、アリコちゃんは少し後退(あとずさ)った。

「クゥ! ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワス()・ビースウォームⅣ世!」

 軽く噛んだよ?

 女王は()を止めへん。

 そして、アリコちゃんの眼前で立ち止まった!

「フッフッフッ……アルゴネア・リィズ・コーデス、会いたかった……実に会いたかったぞ? この瞬間を、どれほど待ち侘びた事か」

「私は会いたくなどありませんでした!」

「さて、どうしてくれようか……クックックッ」

「ち……近付くな! いや……いやあぁぁぁーーーーッ!」

 アリコちゃんの悲鳴が木霊した!

 抱き締められて、頬擦りスリスリされたから!

 うん、スリスリや!

 美少女抱き枕みたいにスリスリハグや!

「あぁん ♪  もうアルってば、会いたかった会いたかった会いたかった~ん ♡ 」

「やめ……うひゃう! やめろ! 放せ! うひゃああ!」

「うふふ ♡  うふふ ♡  うふふふふ ♡  アルゥ~ン ♡ 」

 悲鳴と恍惚が入り交じっとる。

 コレ〝地獄絵図〟でええのん?

「……何だッつーの? この光景?」

 リンちゃんが醒めながらに困惑。

「コ……コイツは……うひぃ! 私の幼馴染みで……ひぃぃ! 昔から……ふひゃあ! こういう性格なのだはりぁ! だ……だから、私は会いたくな……イヤァ!」

「ふ~ん?」

「平然と見てないで助けて下さい!」

「ま、頑張れや ♪ 」

「そんな爽やか笑顔で見捨てないで!」

「アルアルアルゥ~ン ♡ 」

「やめひゃはりやあへりひぃーーっ!」

 何語? アリコちゃん? ハウゼン語?

「ったく、何かと思えば……アホらしくて付き合ってられるかッつーの」

「……あんな? リンちゃん?」

「は? 何よ?」

「撫で撫でして?」

「はぁ?」

「ウチも撫で撫でしてもらいたなった!」

「触発されんなッつーの! この甘えん坊!」

「ふぐぅ……イヤや! ウチ、リンちゃんに撫で撫でしてほしいの!」

 ウチ、涙目で駄々コネた。

 それを見たリンちゃんは「……ったく」と、眉間を押さえて嘆息(たんそく)や。

 ほんでもな?

「ほれ、いいこいいこ……コレでいい?」

 頭、撫で撫でしてくれた ♪

「えへへ ♪  もっと ♪ 」

「はぁ? ったく、面倒なの触発してくれたわね……。ほれ、いいこいいこいいこいいこ!」

「えへへ~ ♪ 」

 撫で撫で撫で撫で──。

「アルアルアルゥ~ン ♡ 」

「イヤァァァーーッ?」

 スリスリスリスリ──。

「いいこいいこいいこいいこいいこ!」

「えへへへへ~ ♪ 」

「アルアルアルアルアルゥ~ン ♡ 」

「うひゃらはぁーーッ?」

 撫で撫で撫で撫でスリスリスリスリ──。

「……カオス?」

 クルちゃんが無感情に(まと)めはった。

 

 

 

 玉座の背後を抜けると、開放的なテラスがあった。

 そこでテーブルを囲って、ウチらは建設的会合や。

 少なくともハッちゃんが〝悪い人〟やないって判ったし。

 真ん中へ出されたお茶うけは、ハッちゃんからのアムリクッキーやった。

 鼻先に持ってくるといい香りすんねん。

 口に入れると優しい甘さが広がんねん。

「ふひゃう ♪ 」

 ウチ、味覚でとろけそうなった!

「至福や ♪  天国や ♪  あの世逝きや ♪  殺人兵器や ♪ 」

()(さき)モモカ、その比喩(ひゆ)は誉め言葉に適さない」

 クルちゃんから淡白に指摘されたわ。

「へぇ? コレが〈アムリの蜜〉の味?」

 リンちゃんは物珍しそうに観察しながらも、冷静に受け止めていた。

「クッキーに練り込んでいるから純度は多少落ちるがな」と、ハッちゃんは微かに誇らしげ。

 せやね、地産が褒められるんは嬉しいもんや。

「もっと蜂蜜っぽいのかと思ったけど、この後引く濃厚()つクリアでまったりとしたとろみ感からすると原液は水飴っぽいのかしら? でも、ほのかに柑橘的な香りもするのよね……レモンティー的な? 味には反映されていないけど……あ、でも、クエン酸が成分に入ってるのは間違いないわね」

 リンちゃん凄いねぇ?

 何で短時間で、そこまで分析できるん?

 御先祖様に〝神舌の新聞記者〟でもいたん?

 けど、ウチはおいしければええねん。

 素直に「おいしい」で、ええやん?

 食べ物は『おいしい』か『おいしくない』か『ふつう』やよ?

 星何個とかも意味不明やから()らへんねん。

 評価サイトとかも()らへんねん。

 自分が『好き』なら、それでええねん。

 ウチとリンちゃんがアムリクッキーを堪能している(かたわ)らで、アリコちゃんはクルちゃんからの説明を受けとった。

「では〝根暗な巫女〟ではなく〈ネクラナミコン〉だったのですか?」

「そう」と、クルコクや。

「せやから、そう言ってたやん?」

「……いえ、言ってませんけど」

 言うてたよ?

「そう言えば〈ドクロイガー〉が、そのような事を口走(くちばし)っていたような? あの時は半月刀を振り回しながら『根暗な子いねがー!』と聞こえたので、何処の方言かと思いましたが……」

 ……〈宇宙の帝王〉諦めて〝ナマハゲ〟に転職したん?

「そもそも、その〈ネクラナミコン〉とは如何(いか)なる物なのだ?」

 軽い興味に(くち)を挟むハッちゃん。

「コレ」と、クルちゃんは卓上へ現物を置いた。

「この石板が〈ネクラナミコン〉ですか」

「フム? やはり知らぬな? して、この〈ネクラナミコン〉とやらは()なのだ?」

「コミュ障の話し相手」

「サイン入りの明石焼きやねん」

「違う」

 リンちゃんとウチの見解を、クルちゃんが淡々とバッサリ全面否定。

「コレは、ある種の〈アカシックレコード〉──つまり〝宇宙の真理そのものを内在させた記録媒体〟になる」

「はぁ……とんでもない代物ですね」

 軽く驚嘆を浮かべながらも、アリコちゃんはピンと来とらん感じやった。

 そりゃそうやんな?

 ウチかてピンと来てないもん。

「ふむ? そなた達は、コレを集めている……と? して、集めると、どうなるのだ?」

「クラゲ漁解禁」

「毎日、抹茶パフェやねん」

「違う」

 クルちゃん、またもバッサリ全面否定しはった。

「この〈ネクラナミコン〉を集めた者は、神の如き(ちから)を得ると云われている」

「か……神の如き……ですか?」

「とてつもない物であるな!」

 今度は二人揃って素直な驚嘆や。

 やっぱりドエラいモンやのん?

「だからこそ、(よこしま)な者へ渡してはならない……。知らない?」と、クルコクン。

「スミマセン、生憎(あいにく)……」

「うむ、我も初見だ」

 二人の反応を承けたクルちゃんは、口元へ手を当てて「ふむ?」と軽い一顧(いっこ)を刻む。

「これだけ散策して片鱗も反応も無く、有力情報も無いとなると……」

「そりゃ惑星全体の中から〝特定の石コロ〟なんて見つけられないでしょーよ」

 皮肉気味に肩を竦めるリンちゃん。

 軽く投げ遣りや。

「事情は解りました」と、アリコちゃんが決意めいて頷く。「そういう事でしたら、この〝アルゴネア・リィズ・コーデス〟──協力致します!」

「ふむ? アルが乗り気であるというなら、我も助力しようではないか」

「有り難う、アルゴネア・リィズ・コーデス。そして、ハッちゃん」

「……ハッちゃん言うな」

 と、不意にウチは引っ掛かっていた事を思い出した。

「あ、せや! あんな? アリコちゃん? ウチ、ちょっと()きたい事あんねんよ?」

「何です? モモカさん?」

「アリコちゃんとハッちゃんは、何でケンカしとるん?」

「え?」

「さっき言うとったやん? 会いたくなかった……って?」

「……それは」

「もー ♪  アルってばツンデレなんだからぁ♡ 」

「違います」

 モジモジ嬉しそうに照れるハッちゃんを、間髪入れずに冷蔑否定。

 そして、アリコちゃんは、真剣味を(はら)(うれ)いに(こぼ)し始めた。

「話せば、少々長くなるんですが……」

「ほんなら、ええわ ♪ 」

「うん、アタシも別に興味ない」

「聞いてくれませんッッッ?」



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ウチと惑星テネンス Fractal.5

 

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「そもそも、私達〈ジアント〉と〈アルワスプ〉は、同一の源泉種族から枝分かれ進化した種族なんです」

「でしょうねぇ?」と、アムリクッキーを摘まみ食いしながら関心薄く受け入れるリンちゃん。

「リンちゃん? 何で知っとるん?」

「そりゃ、これだけ〈蜂〉と〈蟻〉を模倣(トレース)してりゃ、()して驚きもしないッつーの。そもそも〈蜂〉と〈蟻〉が、そうだもん。ルーツは〈蜂〉の方で、その内、陸棲に適性特化したのが〈蟻〉──進化とも退化とも取れる変質として羽根が無くなったのよ」

「ふぇぇ? 蜂さんと蟻さんって、兄弟やったん?」

「……いや〝兄弟〟じゃないッつーの」

「せやったら、アリコちゃんとハッちゃんも姉妹やん? ケンカはアカンよ?」

「イヤですよッ? こんなの(・・・・)と姉妹なんてッ!」

 アリコちゃん、必死になって全否定や。

 よっぽどイヤなんね?

「うむ、苦しゅうないぞ! モモカとやら!」

 ハッちゃん、とりあえず鼻血拭こうねぇ?

 ボッタンボッタン垂れてるの拭こうねぇ?

「まぁ、確かにヤダけどね? こんなの(・・・・)と一緒なんて」

「貴様、この〝ハーチェス・エルダナ・フォフォフォン・アルラスふぐっスォームⅣ 世〟に対して無礼なるぞ!」

「いまの『ふぐっ』て何だ! 自分の名前を噛み倒してんじゃないわよ!」

「……噛んでおらぬ」

「いや、噛んだじゃん」

「噛んでおらぬと言っている! ねー? アルー ♪  私、噛んでないよねー?」

「まあ、それはともかく──」

 ハッちゃん、黙殺されたッ!

「──それまでの両種族は、持ちつ持たれつの関係でした。ジアントが地上の恩恵を見つければアルワスプへも情報提供し、対してアルワスプも空中から発見した有益情報を我々に教えてくれた」

 冷ややかに一蹴されて、床に『の』の字を書き始めるハッちゃん。半ベソで。

 誰かフォローしたってぇ!

 女王様が体育座りでイジケてんねんよ!

「ふ~ん? つまり地上担当と空中担当で、上手に住み分けてたってワケね」

「アリコちゃんとハッちゃんも? 仲良かったん?」

「まぁ、その頃は……幼少期から一緒に遊んでいた幼馴染みですし」

「んで? それが何で犬猿になったワケ?」

「このバカのせいですッ!」

 キッと振り向き睨むアリコちゃん!

 ()()けを受けたハッちゃんは「イヤ~ン ♡ 」と照れて……いや、ハッちゃん?

「イヤ~ン ♡ 」やあらへんねん。

 熱い視線(ちゃ)うねん。

 ラブコールやないねん。

 遺恨を浴びせられとるねん。

 帯びとる熱さの質が(ちゃ)うねん。

「このバカが! 事もあろうに! 異種族結婚などを公言するから!」

「ファル、いひゃい……いひゃい……いひゃい……」

 ハッちゃんのほっぺたを憤慨(ふんがい)任せにグニグニ引っ張りはった。

 そやけど、ハッちゃん嬉しそうやからええか?

「異種族結婚って……アルワスプとジアントの?」

「そうです!」

 リンちゃんへ振り向き応えるついでに、ハッちゃんへ後頭部ビンタバチーン!

「ぎゃん! アル、痛いよ?」

 ハッちゃん! それ(・・)、ウチの!

「確かに異種族結婚なんて大問題ではあるけどさ……」

「いえ、そこ(・・)は問題ではありません。両種族共、寛容に受け入れました。私とて、そうです。そもそも両種族は同一祖先から枝分かれした種族ですし、深い信頼と共感に在った存在。特に怨嗟も不信感もありませんから。我が母〝クィーン・ジアント〟も容認ですし」

「そなの? って、うん? ちょ……ちょっと待って! 母親(・・)? って事は、アンタまさか?」

「……ええ」

 含羞(はにか)んだ(うれ)いをリンちゃんへ返すアリコちゃん。

「あ、母子家庭なん?」

「違うわぁぁぁーーッ!」

「ぎゃん!」

 ハリセンスパーンや!

 こないなツッコミパターンもあんの?

「女王が母親(・・)って事は〈姫〉だッつーの! コイツ!」

 リンちゃん、お姫様相手に〝コイツ〟言うてるよ?

 ビシィと顔面を指差して言うてるよ?

「まだ王位は継承していませんよ。いまは修行中の身です」

 リンちゃんの動揺に、アリコちゃんはクスッと肩を(すく)めた。

「せやけど〈戦士〉言うてたやん?」

「ええ、まだ修行中の身ですから」

 またまた優しい微笑。

 うん?

 どういう意味やろ?

 と、(おもむろ)にクルちゃんが理解を示す。

「成程。つまり、王位を継ぐまでは武者修行中の身という事……」

「「そっち(・・・)ーーーーッ?」」

 さすがにリンちゃんと一緒に突っ込んだわ!

「普通は『花嫁修業』とか(ちゃ)うの?」

「そうよ! (ある)いは『政治学』とか『地政学』とか、百歩譲って『帝王学』だッつーの!」

「先程、ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世は言っていた──『実力にて〈アルワスプ〉の頂点に君臨する者』と……。身体能力や戦闘技能に長けた者が実力誇示にてヒエラルキーで優遇される生態系は、自然界でも定石の事象。だとすれば、種族の頂点たる王位継承者が戦闘技能を要求されても不思議ではない」

「うむ、その通りだ」

 クルちゃんの解説を追い風に、揚々と自己顕示をしだすハッちゃん。

 立ち直り早いねぇ?

「我が〈アルワスプ〉と〈ジアント〉の長は、代々種族随一の戦闘技能が要求されてきた。(ゆえ)に現世代で最強なのは、この私〝ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世〟とアルなのだ」

「ふぇぇ? ハッちゃん、スゴいねぇ?」

「フッ……モモカとやら、苦しゅうないぞ」

「今度は噛めずに言えたやん?」

「かかか噛んでおらぬ!」

「噛んだよ? さっき?」

「黙れ! 無礼な! (われ)を誰だと思っている! (われ)こそは〝ハーチェス・エルダニャッ!」

「「「「…………」」」」

「……………………………………」

 悄々(しおしお)と顔を背けはった。

 沈黙に視線が集中する中、一向にコッチ見ようとせぇへん。

 ハッちゃん、たぶん舌噛んだねぇ?

「でも、だったら別にいーじゃん? 両種族容認なら、アンタがヤキモチ妬く必要ないじゃん?」

「や……妬く?」

「そ。コイツ(・・・)()と結婚しようと自由なんだし? 親友が離れていく寂しさは分からなくもないけどさ、ヤキモチは見苦しいだけだッつーの」

「……私です」

「は?」

「このバカが結婚相手に指名したのは、この()なんです!」

「「「………………」」」

 一同、閉口や。

 気まずいヘビー情報に閉口や。

 重い沈黙が漂う中、ハッちゃんだけが「うふふふふ ♡ 」と身悶えにクネっとる。

「異種族婚なら、まだ寛容に受け入れましょう……ですが、同性婚なら話は別です! ()して、自分が……このバカ(・・)と!」

「えっと……まぁ、頑張れ? うん」

「結婚式には呼んだってな?」

「……宇宙史的に異種族結婚と同性結婚の兼任は前例が無いけれど、アナタ達が風習起点となるかもしれない」

「全員で諦めないで下さいますッ?」

 ゴメン、アリコちゃん……。

 ウチら、どないに処理してええか分からへんねん。

 そこまで器用やあらへんねん。

「ねぇ? エルダニャ?」

「エルダニャ言うな! リンとやら!」

「アンタの真意は何よ? どうしてアリコと結婚なワケ?」

「そ……それは……」

 全員の好奇心が注がれる中、恥じらい赤面にくねりつつ、床に『も』の字を書き始めた。

 何で『も』なん?

「私が〈女王〉の座に就いてから、アルってば全然会ってくれないんですもん……そうでなくても、成長してからは会う機会も少なくなってきたのに……こんなんじゃ、二人が〈女王〉になったら全然会えなくなるじゃない…………」

「当然です! 子供の頃とは違います! ()して〈女王〉の座に就けば、双方責務に追われるのは明白でしょう! それをいまから何を甘ったれた事を言っているのです!」

「だから~……いっそ結婚しちゃえば万事解決なんだってば。両種族の政治も一括で処理できるし、私もアルも一緒にいれるし ♪  ね? ウィンウィン ♪ 」

「何がウィンウィンですか!」

「だってぇ、私はアルといっぱい一緒にいたいものぉ……」

 ハッちゃん、今度は『へ』の字を書き始めた。

 ……『へのへのもへじ』?

 もしかして『へのへのもへじ』を大量増産してはるの?

「なるほど……ね。とりあえず事情は解ったわ」と、リンちゃんは一先(ひとま)ず納得。「要するに、エルダニャは百合気質って事か」

「リンさん、何とか言ってやって下さい!」

「……ねぇ、アリコ?」

 真剣な真顔を向けるリンちゃん。

「はい!」

 期待に満ちた表情を返すアリコちゃん。

「不運は、どうしようもない……時には諦めも肝心だから」

「はい?」

「頑張れ ♪  うん ♪ 」

 リンちゃん、にっこり温顔で肩竦(かたすく)めはった。

「淡白に見捨てないで下さいッ!」

 あ、慌ててはる。

 必死になってはる。

「えぇ~? んな事言ったって、アタシ別に興味無いしィ? 無関係だしィ? 所詮は他人事(ひとごと)だしィ?」

 一転して無気力無関心。

 リンちゃん、ホンマにどうでもよくなってはるね?

「だったら何故、話題を拡張したんです!」

「ん? 単なる好奇心 ♪ 」

「リンさーーんッ?」

 アムリクッキーをポリポリ食べつつ見捨てはった。

「どちらがベースとなるにしろ、生まれてくる子孫は宇宙史初の混血体……」

 クルちゃん、何やブツブツ考え込んどるねぇ?

 ほんでもって、アリコちゃんにクルコクン。

「〈アルアント〉? 〈ジワスプ〉? どっち?」

「クルロリさん! 早々に次期種族名を模索しないでッ!」

 孤軍奮闘の逆境を悟ったアリコちゃんは、強い目力(めぢから)をウチへ向けた。

 何か期待されとるみたいやね?

「モ……モモカさん! 何とか言ってやって下さい!」

 何とか言えばいいん?

 う~ん……あ、せや!

「ハッちゃん? ウチ、思うたんやけど……言うてええ?」

「そうです! このバカにビシッと言ってあげて下さい! 常識を!」

「ウチ〈アムリの樹〉いうの見てみたいねん」

「モモカさーーーーんッ!」

 



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ウチと惑星テネンス Fractal.6

 

【挿絵表示】

 

 ハッちゃんに導かれ、ウチらは清涼な森林を歩き続けた。

 明るい緑のトンネルに、目映い木漏れ陽が光のカーテンと織り射しとる。

 アルワスプ宮殿の、すぐ近くの森や。

 御付きの部下とかは率いとらんねん。

 そんだけ腕に自信あんのやろね? ハッちゃん?

 それにアリコちゃんもおる。

 ハッちゃんは知らへんやろうけど、ウチらもそれなりに強力やしねぇ?

「ほんでもスゴいねぇ? アリコちゃん?」

「何がです? モモカさん?」

「相当強いんやね? 生身でドクロイガーはん倒しはったんやから」

「ああ、そこは確かに驚嘆するわ。あの体躯差で、よく戦えたわよね? 相手〈巨大ロボ〉よ?」

「いえ、それは私ではありません。いくら私でも、あんな巨大ロボットなんて倒せませんよ……って、え?」

「何よ? アリコ?」

「いえ、確か〈ドクロイガー〉なんて知らないのでは?」

「…………」

「…………」

「やだぁ? うん、アタシ知らな~い★」

 そのキャラ、まだやるんッ? リンちゃん?

「何だ? その〈ドクロナンタラ〉とやらは?」と、先導役のハッちゃんが足を止めて振り向いた。

「あんな? 大きいロボットやねん。ほんでな? 何や〈宇宙の帝王〉を夢見てはるんやて」

「そーそー。その(ため)に〈ネクラナミコン〉を集めてて……ま、ぶっちゃけ競争相手ってトコかしら」

「やっぱり知っているじゃないですか! リンさん!」

「やだぁ? 神託~~ぅ!」と、リンちゃんは人差し指フリフリ。

 何で「どんだけ~~ぇ!」みたいに言うてはるの?

「アル、まさか?」

 ハッちゃん、急に深刻な面持ちで投げ掛けはった。

「ええ、大樹神(だいじゅしん)さまが……」

「何よ? その〈大樹神(だいじゅしん)さま〉って?」

 リンちゃんの疑問に、アリコちゃんは優しく諭すような抑揚で返す。

「我々の守護神ですよ。このテネンスに……いえ、大自然に(あだ)()(よこしま)な者が現れし時、その巨体を奮って成敗して下さる──そうした伝説が、我々〈ジアント〉と〈アルワスプ〉の間では流布しているのです」

「へぇ? んじゃ、ソイツがドクロイガーを倒してくれたんだ?」

「せやの? ウチ、てっきりアリコちゃんが倒したと思うとった」

「ふむ?」と、クルちゃんが不可解そうにクルコクン。「おかしい? 私の知る限り、テネンスにそのような伝説は無かった」

「……あれ?」

「何? 天条リン?」

「いや、何でアンタ、そんな事まで知ってるのよ?」

「…………」

「…………」

「神託ぅー……」と、御通夜(おつや)テンションで指振り。

 クルちゃん、そこはテンション上げてやんねんよ?

 無感情無抑揚に御通夜(おつや)テンションでやると、ダダ(すべ)りするネタやねんよ?

「で、アルゴネア・リィズ・コーデス? この伝説は、いつから?」

「あ、はい。このテネンスに〈大樹神(だいじゅしん)さま〉が降臨されたのは、昨年からですが?」

「伝説違うじゃんッッッ!」

 リンちゃんに一票や!

 

 

 

 

 それは見事なまでに瑞々しい大樹やった。

 辿り着いたのは、樹々に囲われ拓けた清涼的な空間。

 一面は湖と広がり、一歩踏み出せばドボン確定や。水深は解らへん。木漏れ陽を湖面が反射して一帯を青い光彩に染めあげ、神聖で厳粛な雰囲気を自然に演出しとる。

 二〇メートル程度先には大きい樹が密集に生息し、そこだけ浮島みたいに孤立地帯化しとった。離れ密林や。

 嗅覚に味わうのは、あのアムリ蜜の甘さ──せやけど、濃度が半端ない。蜜坪へ溺れたか思うたわ。

「アレが〈アムリの樹〉だ」と、ハッちゃん。

 せやろうね?

 あそこから強烈に香っとるもん。

「ふ~ん? 湖のド真ん中か……。でも、アレが食材や資材なんでしょ? 飛べる〈アルワスプ〉は苦も無いとして陸棲の〈ジアント〉は、どうやって採取してんのよ?」

「基本〈アルワスプ〉からの貿易ですね。(みずか)らで採取する場合は、(ふね)しかありません」

「持ちつ持たれつ……か。そりゃ両種族の共存関係は重要かもね」

「うむ、そうだ。だからといって、我々(われわれ)〈アルワスプ〉が独占する気など毛頭無いぞ? そのような愚行に走れば、如何(いか)に〈ジアント〉が困窮するかは明白。我等は同源泉種族──共存関係を維持していかねばならぬ」

「へぇ? ちっとは〈女王〉らしいトコあんじゃん?」と、リンちゃんはクスッと苦笑。

「当然であろう、リンとやら。(われ)は〈クィーン・アルワスプ〉なるぞ? それに(われ)個人としても、アルが困惑する事など……ハッ!」

「どうした? エルダニャ?」

「アルゴネア・リィズ・コーデス! おとなしく(われ)と結婚せよ! さもなくば、この〈アムリの森〉は我々(われわれ)〈アルワスプ〉が独占──」

「さっきの崇高なポリシーは何処行ったァァァーーーーッ!」

 リンちゃんから顔面ハリセンスパーーン!

 女王様の顔面へスパーーン!

 うん、せやけど今回はハッちゃんが悪いよ?

「イタタタタ……さて、どうだ? ()(さき)モモカよ? これで満足いったか?」

「連れてって?」

「は?」

「あそこ、連れてって?」

「待たぬかッ! 無垢に小首コクンと何を言い出した! 貴様は!」

「あんな? 連れてって言うたんよ?」

「……聞こえておったわ。そこをリピートせよとは言うておらん」

「ウチ、見たいねん」

「抱いて飛べというのか! 貴様を! 女王である、この(われ)に!」

「うん★」

「……屈託なく肯定するな」

「ええやん? ウチ、見たいねん? リンちゃん、ええよね?」

「気を付けて行くのよー?」

「ハーイ ♪ 」

「勝手に(まと)めるでないわ! 異邦人(エイリアン)共!」

 憤慨(ふんがい)に拒否するハッちゃんへ、軽く嘆息(たんそく)を吐いたアリコちゃんが()()ずと申し出た。

「ハーチェ、迷惑は承知ですが御願い出来ませんか? どうやらモモカさん、好奇心が強い()みたいなんです。何事も、こんな感じで……。出来る事なら、その純粋な好奇心を尊重してあげたいのですが……」

「んもう♡  アルってば優しいんだからぁ~♡  いいわよ! いいに決まってるじゃない ♪ 」

 ハッちゃん、腰クネクネで快諾してくれはったよ?

 アリコちゃん、ありがとね?

 えへへ ♪

「アルの御願いなら、何往復でもするわよ ♪  三回でも五回でも十回でも百回でも!」

 ……そんな見たない。

「何なら千回でも一億回でも百億回でも!」

 一気に新型拷問が完成したよッ? ハッちゃん!

 

 

 

 改めて間近で見ると、その圧巻な生命力に感嘆した。

「ふぇぇ~……コレが〈アムリの樹〉? スゴいねぇ?」

「当然であろう。これこそ、まさに〝樹木の王者〟よ。()もなくば、我等の主要として成り立つワケが──」

「あ! アレ、一番大きいねぇ?」

「──って、聞けィ! トテテテテじゃなく!」

 ウチ、少し奥に一際(ひときわ)大きい樹を見つけたよ?

 胴回りが五メートルぐらいやろか?

 えへへ ♪  グルグルや ♪

 樹の周り、軽く散歩や ♪

 グ~ルグルグ~ルグル ♪

 見上げるとな?

 遥か頭上には深緑の傘が繁っとるねん。

 密集に生まれた葉っぱの雲が日光遮っとんねん。

 ほんでもグルグル回ると、重なる木漏れ日がいろんな表情を見せんねんよ?

 あ、アレや!

 色の無い万華鏡や!

 あれ?

 ずっと上のトコ、何や〝顔〟みたいになっとるねぇ?

 うん、ずっと高いトコや。

 (うろ)が絶妙に配置されて〝埴輪(ハニワ)(がお)〟みたいになっとんねん。

 自然ってスゴいねぇ?

 こういうの、たまに偶然出来るから面白いねんな ♪

 …………。

 ………………。

 …………………………。

 ま、ええわ。

 とりあえず樹の回りグルグルしてみるわ。

 えへへ ♪

 大きいねぇ?

 グ~ルグルグ~ルグル ♪

 グ~ルグルグ~ルグル ♪

 グ~ルグルグ~ルグル ……。

 グ~ ……。

 ウチ、いつの間にか傍観していたハッちゃんへ訴えた。

「あんな? ハッちゃん?」

「………………」

「……飽きた」

「で、あろうな」

 むんずと首根っこ掴まれて、ズルズルとスタート地点へと引き摺られたよ?

「樹の周りを延々と回って、何が楽しいか! 我等〈アルワスプ〉の子供とてせんわ! 斯様(かよう)な奇妙な遊び!」

 何やプリプリしてはる。

 どないしたん?

 

 

 

「リンちゃ~ん★ ただいま~ ♪ 」

「おー……おかえりー…………」

 パモカでイケメンドラマ鑑賞中で、顔すら上げてくれへん。

 リンちゃん、ウチ見てぇ!

「で、どーだったー?」

 なげやりや!

「あんな? つまんなかったよ?」

「……そこに直れ、()(さき)モモカ」

 と、その時!

 突然にして大爆風が吹き荒れた!

 大振動と共に!

「ふぐぅ! な……何?」

 叩きつける風圧に抗いつつ、ウチらは視界を確保した。

 元凶は眼前の森林に(そび)え立っとった。

 天を仰ぐような巨体!

 太陽の光を照り返す宇宙金属の巨躯(きょく)

 そして、胸に飾り吸えた大きなドクロ!

『フハハハハハハッ! 宇宙の帝王(予定)! 〈ドクロイガー〉見参!』

 あ、復活したんや?

 おめでとねぇ?

『フハハハハハハッ! 今度こそ〈ネクラナミコン〉を頂戴し………って、ああーッ? またしても出たな! イルカ娘! シャチ娘!』

 ウチ〈イルカ娘〉(ちゃ)うよッ?

 変な愛称付けんといてぇ!

「えぇ~? アタシ、アンタなんか知らな~い……」

 露骨にウンザリゲンナリなテンションで、リンちゃんが例のキャラ設定続行。

 っていうか、そのテンションやと別キャラやよ?

「ドクロイガー、ひとつ()きたい」臆せずに普段通りの抑揚で(たず)ねるクルちゃん。「どうして〈ネクラナミコンの欠片〉が此処に有ると断定した?」

『き……貴様は? そうか……さては、その〈イルカ娘s(っこーズ)〉の仲間となったか!』

 変なユニット名を付けられたわ。

『はっ! そして、三人揃ってアイドルデビューか! 人が〝ドクロ〟で悩んでいるというのに! そこまでして人気が欲しいか!』

 知らへんよッ?

 アイドルデビューなんて誰も言うてへんやん!

 そこまで悩んでるならドクロ取ってぇ!

「取りゃいいじゃん、ドクロ」

『……はい?』

「取れ? ドクロ?」

『………………』「「「「………………」」」」

 気まずい沈黙。

 うわぁ? リンちゃん、さらりと言いはった。

 無敵や!

『小娘! 可愛いからって調子づくな! 人生薔薇(バラ)色ウハウハか!』

「そうよ?」

『……はい?』

「だって、アタシ可愛いもん」

『………………』「「「「………………」」」」

 絶対的な自信に一同絶句。

 そして、リンちゃんはロングポニーをファサと鋤いた!

「可愛いなんて百も承知! アタシを誰だと思ってるの? 超絶級の美少女にして銀暦(ぎんれき)有数の大企業〈星河(ほしかわ)コンツェルン〉の娘〝天条リン〟よ! 不可能なんて無いんだから!」

 無敵やッ!

 と、クルちゃんがクルコクンに(うなが)す。

「二人共、コントもういい?」

『「コント違うわーーーーッ!」』

 リンちゃんとドクロイガーはん、仲良う抗議を吠えはった。呉越同舟(ごえつどうしゅう)や。

 っていうか、クルちゃんも大概やよ?

「で、何故? ドクロイガー?」

『フッ……フハハハハハハッ! その様子だと、どうやら利はワシに有るようだな! 教えてほしいか? ん? どーしよっかな~?  教えちゃおうかなぁ~?」

 嬉しそうに()らしてはる。

 後ろ手に爪先蹴りや。

 ……乙女なん?

『よし、いいだろう! (あわ)れだから特別に教えちゃおう! ワシが作りあげた〈ネクラナレーダー〉なら、その波長から所在を半径約一〇〇メートルまで特定感知する事が可能なのだ!』

「そのわりには〈ジアント〉の集落を襲った……何故?」

『当然だ! この惑星に降下した時点では完成していなかった(・・・・・・・・・)のだからな! だから、とりあえず「此処なら有るかなぁ~?」とな?』

 ……ただの場当たりやった。

「そ……そんな理由で、我が集落を?」

『そうだ! 山勘だ!』

 誇示したらアカン!

 それ、誇示したらアカンやつ!

「よ……よくも!」

 フルフルと怒りを噛み締めるアリコちゃん。

 ほら!

 そんなんで襲撃されたら〈ジアント〉も(たま)らへんよ?

 そりゃアリコちゃんかて怒るよ?

「フム?」と、クルちゃんは平静に黙考クルコクン。「つまり、無様に吹っ飛ばされて、その後に完成させた……と?」

「あ! あのズデーンと『 犬●さん()』した後、復活して作りはったん? せやったら、ウチラがハッちゃんトコでお茶会しとった時やんね?」

『おおおお茶会だと! 人がコツコツ地道にレーダー作成している時に、仲良く楽しくお茶会女子会していたのか!』

「うん ♪  アムリクッキー、おいしかったよ?」

『ククククッキーだと? ワシがスイーツ好きと知りながら仲間外れか! どういう了見だ! 新しいイジメか!』

 いや、知らへんよ?

 ドクロイガーはんの嗜好とか知らへんよ?

 初耳やよ?

『ブゥ! いいもん!』

 可愛く膨れはった。

 乙女なん?

『どちらにせよ〈ネクラナレーダー〉は、コチラに有る! つまり、ワシの方にこそ利があるワケだ! 今後もザクザクホクホクとゲットしちゃ~うぞ ♪ 』

 クネッと腰を(ひね)って、両人差し指を向けはった。

 何で「逮捕し ● ゃ~うぞ ♪ 」みたいに言うてはるん?

『どうだ? (うらや)ましいか? (うらや)ましいだろう? フハハハハハハッ!』

 勝ち誇るドクロイガーはん。

 それを聞いたリンちゃんは、平然とパモカを操作し始めた。

 ほんでもって、数十秒後には〈ミヴィーク〉が駆け付ける。

 淡々とコックピットに乗り込んで……。

「よこせぇぇぇえええええーーーーッ!」

『ギャアアアァァァァァーーーーッ?』

 いきなり至近距離での全砲門攻撃(フルブラスト)

 無敵やッッッ! リンちゃん!



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ウチと惑星テネンス Fractal.7

 

【挿絵表示】

 

「Gモモ!」「Gリン!」

 滞空した二人はキュートな名乗りを飾る!

 巨体戦に対処すべく〈Gフォルム〉になった!

『グスッ……グスッ……何で復活したばかりで、いきなりこんな目に……って、ああーッ? またしても巨大化したな! 〈イルカ娘s(っこーズ)〉!』

「それ、やめてぇ! ウチ、恥ずかしい!」

「ってかアンタ、いま泣いてなかった?」

『ななな泣いてないよッ? フハハハハハッ! この〝宇宙の帝王になってみたい男〟が涙など見せるか! そのような惰弱さは、とうにブラックホールへ投げ捨てたわ! 笑止! 笑止笑止笑止ッ!』

 笑止はええけど、さりげなく夢の規模が縮小してたよ?

『ねー? アリ(っこ)? ワシ、泣いてないよねー?』

「私に振らないで頂けますッ?」

 足下から、思いっきり傍迷惑(はためいわく)そうな拒否が返ってきはった。

「貴様! 気安く(われ)のアルへと語り掛けるな!」

 ハッちゃん、即座に嫉妬反応。

「ねー? アルは、私のだもんねー?」

「一ミリたりとも貴女(あなた)のじゃありませんッッッ!」

 本家炸裂も、見事に撃沈で地面に〝の〟の字や……。

 って言うか、何でドクロイガーはんも〝の〟の字書いてるんッ?

 何で二人(ふたり)同調(シンクロ)膝抱(ひざかか)えとるんッ?

「あー……もう、何だかな? この混沌(カオス)?」

 Gリンちゃん、こめかみ押さえとる。

 せやけど、ウチも同感や。

「ったく、もーいいわ。ねぇ、ドク郎?」

『変な呼び名を付けるなッ!』

 ……ウチには付けたクセに。

「アンタ、その〈ネクラナレーダー〉とやらをよこして帰んなさいよ?」

『……とんでもない提案しだしたな、オマエ?』

「いいから、よこせ? そんでもってゲットバック! ハウス!」

 Gリンちゃん、犬扱いや。

『ウキィィィーーッ! 何だ、このアホ臭い展開は! もういい!』

 ドクロイガーはん、キレはった。

 何やろ? この既視感(きしかん)

『……みんな壊してやる』

 寄せはった!

 低い抑揚で凄んで〝本家〟に寄せはったよッ?

『喰らえぇぇい! ドクロバァァス──』「アホかーーッ!」『トォォォーーーーッ?』

 (りき)んだ発射体勢を構えた途端(とたん)、Gリンちゃんからの顔面ハリセンスパーーン!

「何考えてんのよ! アンタ! 宇宙空間ならいざ知らず、こんな場所で撃ったら山火事大惨事だッつーの!」

『ぅぅ……グスッ……』

 鼻頭押さえて泣いてはった。

 ブラックホールへ投げ捨てたんやなかったの?

『だ……だったら〈ドクロブレード〉ならいいですか?』

「よし、許す」

『ははぁ! ありがとうございます!』

 土下座謝辞や。

 っていうか、何で〈敵〉に武器の使用許可求めてはるん?

 何で〝主従関係〟みたいになってはるのん?

『フハハハハッ! 行くぞ! ドクロブレェェェード!』

 半月刀を(かざ)して決めポーズ構えはった。

 ウチ、何や目頭熱ぅなって拍手してたわ。

 よかったねぇ?

『喰らえぇぇい! イルカ娘ェェェーーッ!』

「ひぁああぅ!」

 ウチや!

 油断しとったら、標的(ターゲット)はウチや!

 (いか)つい刃が振り下ろされる!

 ウチ、身を強張らせて縮こまったよ?

 ふぐぅ! 怖くて動けへん!

 絶体絶命や!

 その刹那!

「アタシのモモに何すんだァァァーーーーッ!」

 Gリンちゃんのハリセンが横弾きスパーーン!

 ほんでもって、返す刃ならぬ返すハリセンが横っ面スパーーン!

『ふぐぅ!』

 ドクロイガーはん! それ、ウチのッ!

「甘いわね……アタシ、こう見えても銀暦(ぎんれき)ハリセン検定二級なのよ!」

 Gリンちゃん、何を習得しとんのん?

『ク……クソォ! こうなれば!』

 何やら意を決したドクロイガーはんは、足下で傍観しとったクルちゃん達へと向き直った。

 そして、巨大な鉄腕が鷲掴みにせんと襲い掛かる!

 狙いは、クルちゃんや!

「危ない!」

 咄嗟(とっさ)にアリコちゃんがクルちゃんを弾き飛ばし──「危ない!」──咄嗟(とっさ)にハッちゃんがアリコちゃんを弾き飛ばし──「……危ない?」──最後尾にテクテク戻ったクルちゃんがハッちゃんを弾き飛ばし────三人仲良う人質に握られた。

 何してんのんッ?

 玉突き事故してる間に逃げたらええやんッ!

『フハハハハッ! 人質ゲットだぜ!』

 勝ち誇るドクロイガーはん。

 まるで〈憧れの人質マスター〉でも目指してるかのようなテンションやねぇ?

「ちょっと! アンタ、人質なんてズルいわよ!」

『何とでも言うがいい! シャチ娘!』

「この卑怯者!」

『痛くも痒くも無いわ!』

「臆病者! 卑劣!」

『平気 ♪  平気 ♪ 』

「そんなんだからモテないのよ!」

『は~い ♪  生まれてこのかた、バレインタインチョコなんか貰った事ありませ~ん ♪ 』

「ぐぬぬぬっ! こンの! 開き直りやがって!」

『フハハハハハッ! フハハハハハハハハハッ!』

「まるで悪役みたいやんねぇ?」

『……それはチョット傷付いた』

 何で?

 ウチ、小首コクンと素直な感想言うただけやよ?

『さあ、形勢逆転だ! コイツらの安全が惜しいならば、おとなしくオマエ達が持つ〈ネクラナミコンの欠片(かけら)〉を渡せ!』

 もう持っとるよ?

 その手の中にいるクルちゃんが持っとるよ?

『どうした! さっさと渡せ!』

 持っとるよ?

「くぅぅ! あんな石コロやるのは構わないけど、アイツに屈するのは腹が立つ!」

 Gリンちゃん、重視すべき点が変わっとる。

「アンタなんかに絶対渡すかァ!」

『何だとォ!』

 せやから、持っとるよ?

 渡すも何も持っとるよ?

「悔しかったら実力で奪ってみなさい! ベンベロべー!」

『この……意地悪わがまま娘がァ!』

 事態ややこしなった!

 起きとる展開は単純なのに、事態ややこしなった!

 巨大な子供のケンカなった!

 と、その時、ゴゴゴ……と地鳴りが轟いた!

「な……何や?」

 慌てて周囲に元凶を追えば、それは一本の〈アムリの樹〉が刻む振動やった!

 アレ、ウチがグルグル回ったデッカイ樹や!

 あの〝つまんなかった樹〟や!

 そして、その大樹が動き出しはった!

 地面から引き抜いた根は脚!

 掲げた枝を下ろせば腕!

 ウチが見つけた(うろ)は、そのまま顔や!

 微々とした変形が示したのは、完全な人型(ひとがた)やった!

 木製の巨人や!

 その雄姿を見たアリコちゃんが驚愕に染まった!

「アレは〈大樹神アララカツラ〉さま!」

 見たらアカンもんを見たような名前やね?

 大樹神さんは顔前で肘交差した両腕を、ゆっくりと上げ……上げ……上げ…………何も変わってへんかった。

 てっきり〝荒々しい鬼神顔〟にでもなるんかと思ったけど〝埴輪(ハニワ)(かお)〟のまんまやった。

 あ、でも真っ赤にマイナーチェンジしてはるねぇ?

 一応、怒ってはるんや?

 単に顔面だけ枯れたようにも見えるけど。

 そして、ズシンズシンと重々しい歩を刻んで〈ドクロイガー〉はんと対峙!

『キ……キサマは!』

 動揺に構えるドクロイガーはん!

 そういえばアリコちゃんトコ襲撃した時に、やられはったんよね?

 因縁や!

『現れたな! 木偶(デク)人形!』

 再戦前哨に(にら)みあう巨体と巨体!

『さっきは敗北を喫したが、今度はそうはいかんぞ! このワシに勝てると思うなよ!』

 いや、負けはったんやん?

『たかだか木偶(デク)(ごと)きの攻撃が、全身〈宇宙合金コズミウム〉製のワシに通用すると思うか!』

 通用したんよねぇ?

『さあ、分かったらこのまま帰れ! 帰るというなら、止めはせん! ここは速やかに帰るが吉だ! うん!』

 何で高圧的に懇願(こんがん)してはるん?

『ハウス!』

 さっそく使(パク)ったよッ?

『あ、そうだ! フハハハハハッ! それにコレを見よ! 我が掌中には人質がおるのだ! さあ、レッツ・(ユー)ターんごはぁーーッ?』

 アララカツラはんの顔面ストレートが、躊躇無(ちゅうちょな)く炸裂!

 吹っ飛び倒れる衝撃に、クルちゃん達が放り出された!

「アカン!」

 ウチ、咄嗟(とっさ)にヘリウムブースター全開や!

 スライディング(よろ)しくでクルちゃんを()(すく)う!

 一方でGリンちゃんは、高々と放り上げられたアリコちゃんとハッちゃんを……って、アリコちゃん、ハッちゃんにぶら下げられて飛んどった。

 せやねぇ?

 ハッちゃん、飛べたねぇ?

「あぁん♡  アルが全体重を掛けて、私をイヂメる~ん ♪ 」

「誤解を招く言い方をしないで下さいッ!」

 ……仲良しや。

「あ」

「ふぇ? クルちゃん、どないしたん?」

()(さき)モモカ、天条リン、たったいま〈ネクラナミコンの欠片(かけら)〉を見つけた」

「え? ホンマ?」

「はあ? このクソ忙しい時に! 何処だッつーの?」

「アレ」

「は?」「ふぇ?」

「あの大樹神〈アララカツラ〉が〈ネクラナミコンの欠片(かけら)〉と思われる」

 二人して眼前の木製埴輪(はにわ)を見て、言いようもない感情に(しば)し絶句と固まる。

『痛ッ! ちょっと待っ……痛ッ! 話を……痛いって!』

「オオオォォォ……!」

 森の樹々をリングマットに変えて殴りあう巨人!

 (ちご)うた……一方的に殴る巨人と、一方的に殴られる巨人!

 ボコボコや!

 これぞホンマのフルボッコや!

 ド迫力やけど陰湿で地味や!

「私の所有する〈ネクラナミコンの欠片(かけら)〉が共鳴現象を起こしている。間違いない」

 クルちゃん、淡々と確定してくれはった。

「石板じゃないじゃんッ!」

「そもそも〈ネクラナミコン〉は、擬似的な意思を宿している。もしかしたら自己防衛本能から別形態へ擬態変化した可能性も(いな)めない」

「別形態? ちょっとアンタ! そんな情報言ってなかったじゃん!」

「私も初めて知った」

「その〈ネクラナミコンの欠片(かけら)〉は、ドクロイガーはんをマウントフルボッコしてはるんやけどッ? 大暴れしてるんやけどッ?」

「ざけんなッつーの! どうやって回収しろってのよ! アイツ、振り子殴り(テンプシーロール)でイケイケじゃん! オラオラオラ状態じゃん!」

「心配無用。高レベルエネルギーを(もち)いて活動停止へと追い込めばいい」

「どゆ事? クルちゃん?」

「倒せばいい」

 ……意外とシンプルやんね?

「倒せば……って」

 軽く困惑を噛みつつ、Gリンちゃんは改めて戦況を見つめた。

 私刑(リンチ)、まだ続いてはる。

「ったく、ドクロイガーのヤツも使えないし!」

 心の底から失望に苛立(いらだ)つGリンちゃん。

 っていうか、使う気やったん?

「しゃーない! こうなったら……モモ、やるわよ!」

「ふぇ? う……うん!」

 指示を()けて、即座にフォーメーションを陣取る!

「「エコロケーションホールド!」」

 花と開いた(てのひら)から〈高出力特殊超音波〉を照射!

 拘束技が相手の自由を奪う!

 アララカツラはん……と、ドクロイガーはんの。

「ォォォオオオオオーーッ?」

『グスッグスッ……って、ヌォォォッ? コ……コレはッ? 一度ならず二度までも!』

 足掻(あが)くアララカツラはん……と、ドクロイガーはん!

 うん、今回はほんまにゴメンねぇ?

「ォォォオオオオオーーッ!」

『ちょ……ちょっと待て!』

「タァァァーーーーッ!」

「ヤアァァァーーーーッ!」

 上空からはGリンちゃんのエネルギー脚槍(きゃくそう)が!

 正面からはウチのエネルギー鉄拳が!

 特攻の二重奏が同時に突き抜ける!

「「Gクロスファイナル!」」

 二人の軌跡が十字架と輝いた!

「「乙女の奇跡!」」

 大爆発!

『何でだぁぁぁーーーーッ!』

 彼方へと吹き飛ばされるドクロイガーはん。

 その慣性から逃れるように、ドクロイガーはんの胸部からヒュルヒュルと何かが放物線を描いて落ちてきたよ?

 Gリンちゃん、それを偶然的にポトンとキャッチ。

 何や〈コンパクトミラー〉みたいな(モン)やね?

「コ……コレって?」

 両手の中の現物を見たGリンちゃんは「フフ……フフフ……フフフフフ……」と、顔を伏せた笑みに浸り始めた。

 怖いよ? Gリンちゃん?

「よっしゃあーーッ! 〈ネクラナレーダー〉ゲットよーーッ!」

 高々と勝利宣言を吠えはった。

「何で、それ(・・)が〈ネクラナレーダー〉って判るん?」

「だって書いてあるもん」

 あ、ホンマや。

 裏面に『ねくらなれーだー』『どくろいがー』って、油性マジックで手書きしてある。

 ……ドクロイガーはん?

 何で幼稚園児ばりに〝ひらがな〟なん?

「どうよ? アタシこそ〝天条リン〟! 銀暦(ぎんれき)有数の大企業〈星河(ほしかわ)コンツェルン〉の娘〝天条リン〟なのよ! 不可能なんて無いんだから!」

 ロングポニーをファサと鋤いて、高らかに誇示や。

 いや、Gリンちゃん?

 コレ〝大企業の娘〟関係あらへんと思うよ?

 

 

 ウチとリンちゃんは〈Gフォルム〉を解除して、みんなと合流する。

 アララカツラはんの姿は光に掻き消え、その場所には手帳程度の石板──〈ネクラナミコンの欠片(かけら)〉が転がり落ちとった。

 それを回収して(つぶや)くクルちゃん。

「なるほど。どうやら〈ネクラナミコンの欠片〉は、自衛本能から別形態へと擬態進化を()すらしい。コレは初めて知った」

「って事は、どういう事よ?」

「それは、つまり──」

「つまり?」

「──これから先〈ネクラナミコンの欠片(かけら)〉と戦う展開もあり得るという事」

「「はぁぁ~~~~ッ?」」

 厄介な展開増えたわ!



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ウチと惑星テネンス Fractal.8

 

【挿絵表示】

 

 もうじきタイムリミットや。

 ぼちぼち〈ツェレーク〉へ帰還せなアカン。

 着陸待機しとる〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉の(かたわ)らで、ウチ()はアリコちゃん達との別れを惜しんだ。

「もう行ってしまわれるのですか……出会って、あっ言う間でしたね」

「うん ♪  あんな? アリコちゃん? ウチ、楽しかった ♪ 」

 ホワホワとした笑顔を見せるウチに、アリコちゃんはクスッと微笑(びしょう)を返す。

「そうですか」

「結婚式には呼んだってな?」

「ま、百合っても人生なるようになるから」

「〈アルアント〉? 〈ジワスプ〉? どっち?」

「別れ間際に爆弾落とさないで頂けますッッッ?」

 せやけど、ハッちゃんクネッとるよ?

 嬉しそうに身悶(みもだ)えしとるよ?

「けど、実際問題どうすんの?」

「そ……それは」

 リンちゃんの指摘に口籠(くちごも)るアリコちゃん。

「もう、いっそ結婚しちゃえ ♪ 」

「結婚式には呼んだってな?」

「どっちが〝母親〟で、どっちが〝父親〟?」

「ですから! 別れ間際にッ!」

 ハッちゃん、ウネウネし過ぎて原型留めてへん。

 何や〝チンアナゴ〟みたいになっとる。

 アリコちゃんは「ハァ」と嘆息(たんそく)一間(ひとま)を置くと、軽い黙想を刻んだ。

「宇宙には、まだあのような者が多くいるのですか?」

「ん? 誰の事よ?」

「いえ、あの〈ドクロイガー〉のような〝猛者(もさ)〟が……」

猛者(もさ)かどうかは知らないけど、バカは多いわね」

 リンちゃん、ウチやないよね?

「アルゴネア・リィズ・コーデス、多次元構造宇宙〈フラクタルブレーン〉は無限に展開している。従って、上限も下限も無い。少なくとも、私は〝宇宙規模でスゴいとんでもない友達(バカ)〟を一人(ひとり)知っている」

 クルちゃん、ウチやないよね?

「そう……ですか」軽い一顧(いっこ)。「……武者修行には、いいかもしれませんね」

「アァ~ルゥゥゥ~~! 行っぢゃヤダぁぁぁ~~~~!」

 耳にした途端(とたん)、アリコちゃんの脚へと(すが)り付くハッちゃん。

 鼻水流した号泣や。

 女王様、それでええのん?

 離婚言い渡されたダメ亭主みたいやんね?

「……このバカとも、距離を置けますし」

 冷蔑(れいべつ)を向けられて、ハッちゃんピキィ固まった!

 氷結したみたいなった!

「うわあああぁぁぁ~~~~ん!」

 大泣きながら彼方へ走り去ったよッ?

 土煙上げて爆走やよッ?

 飛べるの失念しとるよッ?

「で、実際どうなの?」

「何がです? リンさん?」

「エルダニャ、嫌いなの?」

「そ……それは……」困惑に眼差(まなざ)しを伏せた。「嫌いなワケ……無いじゃないですか」

「結婚式には呼んだってな?」

「段階無視して飛躍し過ぎですッ! モモカさんッ!」

 そうなん?

 え?

 でも、そういう事(ちゃ)うの?

「子供の頃から、大の仲良しですし……でも、そういう対象(・・・・・・)としては見ていませんでしたから」

 そりゃそうやんな?

 そう見てたら、アリコちゃんの方に問題あるやんな?

「アルゴネア・リィズ・コーデス、心配無用。その方向性で自然体のまま邁進(まいしん)している友達(バカ)一人(ひとり)知っている」

 ……クルちゃん、それ誰?

 さっきから出てくるけど、それ誰?

「ま、型を破るも善し! 破らぬも善し! 結局は……さ?」リンちゃんはアリコちゃんの胸をコンと小突いた。「アンタのココ(・・)次第だから」

「……リンさん」

「周りの目なんかに遠慮すんじゃないわよ? そんな無責任な意見なんかクソ喰らえなんだから! いつでも〈自分(・・)〉だかんね? 後悔だけはすんな?」

 明るく笑顔を添えるリンちゃん。

「……はい」と優しい(うれ)いが微笑(ほほえ)み返す。

 ウチ、自分のココ(・・)を触ってみた。

 ……小さい。

 ふぐぅ!

「いつか、私も行ってみたいですね……宇宙へ……私よりも強い相手に会うために……」

「アリコちゃん、赤いハチマキ()る?」

「はい?」

 

 

 

 

 みるみる青い惑星は離れていく。

 数分前までは、あそこにおった。

 数分前までは、あそこで〝新しい友達〟とおった。

 何や不思議や。

『結局、アリコは来なかった……か』

 ニュートリノ通信で感慨を(こぼ)すリンちゃん。

「せやね」と、ウチは若干しんみりや。

『ま、選択としちゃ順当っしょ? アリコは〈次期ジアント女王〉……いつ帰れるか判らない旅路なんかに出てられないわよ』

「せやね」

『……何よ? モモ? しんみりしちゃって?』

「あんな? リンちゃん? ウチ、ちょっと寂しい……」

『はぁ?』

「せっかく〝友達〟なれたのに、もうこれで会えへんもん」

『ったく……このパータリン』

「ふぐぅ……せやかてぇ~!」

『また会いに来りゃいいッつーの。幸い〈ツェレーク〉には〈フラクタルブレーン航行〉の性能が備わってるんだから』

「ええの?」

『いいわよ』

「せやけど、マリーは?」

『ったく……アタシを誰だと思ってんの? 銀暦(ぎんれき)有数の大企業〈星河(ほしかわ)コンツェルン〉の娘〝天条リン〟よ? 不可能なんて無いんだから! そん時は、アタシが説得してあげるッつーの!』

 ウチ「にへへ」と(わろ)うた。

「あんな? ウチ、リンちゃん大好きや ♪ 」

『……し……知ってるッつーの』

 聞き取れへんかった。

 リンちゃん、急にゴニョゴニョなんやもん。

「あ、せや!」

『何よ? 急にテンション一転させて?』

「リンちゃん、もう一回アレ(・・)言うて?」

『何よ? アレって?』

「ドクロイガーはんから(かば)った時、言うてたやん──『アタシのモモに何すんだーーッ!』って?」

『ええ~? そんな事、言ったかなぁ?』

「言うたよ?」

『言ってないけどなぁ~?』

「言うた!」

『覚えないなぁ~?』

「ふぐぅ! リンちゃん、意地悪や!」

『アハハハハハ★』

 大きい鯨が見えた。

 帰還したら、この〈フラクタルブレーン〉とは、おさらばや。

 せやけど、またね?

 アリコちゃん ♪  ハッちゃん ♪

 

 

 

 

 明かりを消した暗室の方が集中力が維持できる。

 ()(さき)モモカ達の探索結果を受け、マリー・ハウゼンは自室へと(こも)った。

 彼女達が持ち帰った貴重な情報を、すぐさまデータベースに追記する作業へと没頭する。

 モニターが(とも)すブルーライトを遮光眼鏡が軽減し、(いそ)しむキーパンチ音だけがひたすらにカタカタと鳴り続いた。

 とりあえずの区切り目まで一気に更新し終わると、ようやく小休止とばかりに背凭(せもた)れへと自分を解放する。

「ふぅ……」

 零れる一息(ひといき)に虚空を仰ぎ、才女は目頭を押さえた。

 眼精疲労……というよりは、この作業中に気付いた事実(・・・・・・)が虚脱感を促進したのであろう。

 その要因を、彼女は誰に言うとでもなく洩らすのであった。

「今回……私の出番少なかった」

 あ、気にしてたんだ?

 うん、何かゴメン。

 作者的に。

 

 

 

 

「パンパカパーン★ サプライズ登場~ ♪ 」

「「「………………」」」

 さすがに面食らったわ。

 揚々と飛び出したトコ悪いけど、こっちは思考停止で固まったわ。

 ウチも、リンちゃんも、クルちゃんも……。

 帰還直後の整備中、ハッちゃんが姿を現した。

 何故か〈ドフィオン〉の貨物倉庫から……。

 あのちっこい空間(スペース)から……。

「む? さすがに虚を突かれたようだな? いや、無理もなかろう。よもや、この〝ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワ()プ・ビーショショ(・・・・)ウォームⅣ世〟が現れるとは、(つゆ)(ほど)も思うておらんかったであろうからな……フフフ」

 そうやよ?

 優越感に(ふく)(わら)いを浮かべとるとこ悪いけど、その通りやよ?

 いろんな意味(・・・・・・)で……。

「さて……アルゥ~♡  追って来ちゃったぁ~ ♪ 」

 おらへんよ?

「アルが武者修行するなら、私も付いて行く~ ♪  ね? アル? ドコォ~?」

 おらへんよ?

「アホかぁぁぁーーッ!」

 リンちゃんの後頭部ハリセンがスパーーン!

 格納庫(ドッグ)内に景気良く破裂音が反響した。

「どーすんのよ! エルダニャ! (すで)に〈フラクタルブレーン〉を離脱航行中よ!」

「痛たた……フッ……愚かなり、天条リン! (われ)とアルは一蓮托生(いちれんたくしょう)! 切っても切れぬ運命の赤い糸なのだ!」

 切れたよ?

「さ ♪  アルはドコかなぁ?」

「……いないわよ」

「……む?」

「だから、いないッつーの」

 (しば)し、噛み砕く。

「いない?」

「うん」

 黙考。

「え? アル、いない?」

「うん」

 沈黙。

「あんな? やっぱ武者修行やめたんやって。このまま、テネンスで鍛えるらしいわ」

「…………」

 ややあって、血相変えはったわ。

「帰るぞ!」

「帰れるかぁぁぁーーーーッ!」

 今度は顔面ハリセンがスパーーン響いた!

 

 

 

 惑星テネンスから帰還して三日(みっか)()った。

 宇宙クラゲの形跡は、まだ無い。

 クルちゃんの〈ネクラナミコン〉反応も、まだ無い。

 せやから、平和や。

 平和にJKライフや。

 ブレザー姿の雑踏に馴染んで、ウチも登校の流動に乗る。

 ほんでもって、芋洗いをキョロキョロキョロキョロ……。

「あ、おった!」

 ウチ、トテテテテと目標のトコまで駆けてったわ。

「おはよう ♪  リンちゃん ♪ 」

「おー、おはようモモ」

 まだ覇気無い。

 毎朝の事や。

 リンちゃん、低血圧やねん。

 ホームルームにはエンジン掛かんねんな。

「ごきげんよう、モモカにリンよ」

 挨拶を手土産に並び歩く美人(べっぴん)さん。

 涼しい眼差(まなざ)しに、通った鼻筋。

 日射しを散らす長い金髪が、ふわりと微風に泳いだ。

 物腰や(にじ)()る気品が、優麗な印象を漂わしとる。

「あ! ハッちゃん、おはようさん ♪ 」

「あー、エルダニャおはよう……」

「うむ、苦しゅうないぞ?」

「「…………」」

「…………」

「「………………………………」」

 慌てて登校の波から外れたよッ?

 並び歩いてるハッちゃんを首フックで連れ去って!

 眠気もブッ飛んだわ!

「えぇい、苦しいわ! 何をするか! リンよ!」

「何をするか……ぢゃないわよ! 何で、しゃあしゃあと並んでるんだッつーの!」

 リンちゃん、路地裏で胸ぐら(つか)んでガクガクや!

 傍目(はため)にカツアゲしとるみたいや!

「決まっておろう? 〝とーこー〟というヤツじゃ」

「ヤツじゃ……じゃないッつーの! アンタ、いつ転入した! ってか、羽根とか甲殻どうした! ってか、初めて見たわよアンタの素顔!」

「……質問の多いヤツであるな」

「ったり前だーーーーッ!」

「天条リン、心配無用。転入手続きは、マリー・ハウゼンが処理しておいた」

「「うひゃあぉうッ?」」

 いきなり背後から浴びせられた声に、ウチとリンちゃんはビクゥ驚き跳ねる!

 クルちゃんやった!

 どこかの忍者かと思うたら、クルちゃんやった!

 陰行術(おんぎょうじゅつ)の達人やッ!

「ク……ククク……クル? アンタ、いつからいたッ?」

「カツアゲ行為が始まった辺りから」

「失礼ねッ!」

「違った?」と、クルコクン。

 (ちゃ)うよ?

 ウチにもそう見えたけど、(ちゃ)うよ?

 そもそもリンちゃん、お小遣いに困らへんよ?

「ちなみに、ハーチェス・フォン・エルダナ・アルワスプ・ビースウォームⅣ世の羽根や容姿は、パモカの擬態アプリによる変身」

「は? 擬態アプリ? そんなんパモカにあった?」

「公式には存在しない。私が独自作成した物になる」

「何に使う気だった! そんな需要皆無なアプリ!」

「需要」と、ハッちゃん指した。

「……うん、そうね。役に立ったわね」

 リンちゃん、意気消沈で引き下がりはったわ。

 せやけど、コレはしゃあないよ?

 現物、()るもんねぇ?

「ともあれ、これからは共に学校生活を送る事になる。()(さき)モモカ、天条リン、ヨロシク頼む」

コレ(・・)とか! コイツとか!」

「うむ、光栄に思え?」

「……何で上から目線だ、アンタ」

「とは言え、(われ)とて〝てーぴーおー〟というヤツは(わきま)えておる。学校では〝ふつうのじょしこーせー〟として接するがよい」

「……だから、何で上から目線だ」

 それよりも全部〝ひらがな発声〟の方が、ウチ気になんねん。

 ハッちゃん、ホンマに理解しとるん?

「とりあえず、話は(まと)まった。よって、これより全員で登校する」

(まと)まってないッつーの! ……って、うん? 全員で登校(・・・・・)?」

 クルちゃんの発言を耳にしたリンちゃんが、ようやく違和感に気付きはった。

 ウチ、さっきから気になっとてん。

 クルちゃん、当校(ウチ)の制服やねん。

 ブレザー姿やねん。

「……クル?」

「何?」

 クルコクン。

「まさか、アンタも?」

「そう」

 クルコク。

「ざけんなァァァーーーーッ!」

 リンちゃん吠えた!

 路地裏で〝星河(ほしかわ)コンツェルンの御嬢様〟が、渾身に吠えた!

「返せ! アタシの解放空間を! せっかくの庶民的日常がパーじゃない!」

「解放空間?」

 不思議そうにクルコクン。

「そうよ! アタシは家柄上、窮屈な家庭生活を送ってるのよ! 何不自由無い天下無双の生活を()いられてるの!」

 リンちゃん、自慢しとんの? 悲嘆しとんの?

 どっち?

「この学校生活はね! そんなアタシが不便でメンドクサイ庶民的日常を満喫できる唯一のオアシスなのよ!」

 リンちゃん、賞賛しとんの? 小馬鹿にしとんの?

 どっち?

「天条リン、そういう事なら心配無用。ハーチェス・フォン・エルダナ・アルワスプ・ビースウォームⅣ世が転校した以上、これまで以上に〝メンドクサイ日常〟が課せられるのは必至」

「うむ、任せるが善い!」

「メンドクサさの質が違うわァァァーーーーッ!」

 またまたエラい展開なったわ。

 せやけど……せやけどな?

「クルちゃん、ハッちゃん、これから(よろ)しゅうな?」

「って、モモーーーーッ?」

 ウチ、何や嬉しなって(わろ)うとったんや ♪



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リンちゃんと惑星レトロナ
リンちゃんと惑星レトロナ Fractal.1


 

【挿絵表示】

 

『レェェェトロォォォナ……ファァァイブッ!』

 天空に立つ鋼鉄の巨人が、雄々しくポーズを決めはった!

「アカン……リンちゃぁぁぁーーーーん! 帰って来てぇぇぇーーーーッ!」

 ウチは叫んだ!

 哀しなって……(むな)しなって……必死の懇願(こんがん)を叫んだ!

 

 

 

 

 

 (さかのぼ)る事、約三日前──。

『ツェレーク、空間転移完了──量子波動安定化──現フラクタルブレーン座標照合、3(フラクタル)\2(ブレーン)次元(ディメンション)、マイナスコンマ0003誤差修正──滞在可能推定時間、七十二時間四十五分リミット────』

 空間転移が終わった。

「今回はエライ滞在可能時間長いねぇ? 約三日やん?」

 イザーナの操縦席(コックピット)で転移報告を聞いたウチは、率直な感想を()らした。

『ま、そういう事もあるっしょ』と、ミヴィークの操縦席(コックピット)からリンちゃんのモニター通信。

 淡白に切り捨てて、テキパキと発進準備を進めとる。

『んで、クル? 今回は、どんな感じの惑星よ?』

 リンちゃんの質問に答えるべく、反対側のモニターにクルちゃんが映った。

『今回の目的地は〈惑星レトロナ〉──あなた達の地球に似通った惑星』

「ふぇ? ウチらの〈地球〉に似とる惑星(ほし)なん?」

『とは言っても、旧暦──それも〝昭和〟と呼ばれた時代に酷似している』

「ふわぁ? ウチ、楽しみや ♪  旧暦、体験した事無いわぁ ♪ 」

『……いや、そりゃそうでしょうよ』

「リンちゃん、ある?」

『あるか! アンタ、アタシを何歳だとカウントしてるッ?』

「えへへ~ ♪  ウチと同い年 ♪ 」

『……嬉しそうにニコニコしてないで、少しはアタシの意図を汲め』

「楽しみやね? リンちゃん ♪  クルちゃん ♪ 」

『うむ、実に楽しみであるな』

「ほら、ハッちゃんも楽しみやって……」

『…………』

『『「………………」』』

 ウチとリンちゃん、とんでもない予感に泡食ったよ?

 第三の通信相手に面喰らったよッ?

『エエエ……エルダニャ? まさかアンタも降下する気なのッ?』

『騒がしいのぅ、リン。当然であろう? オマエ達が降下するのであれば、(われ)とて降下するは道理!』

『どうしてだッ! そもそもアンタ〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉は、どうしたッ!』

『フッ……抜かり無いわ! (われ)を誰だと思うておる!』

「ハッちゃん」『エルダニャ』『痛いアルワスプ』

『違うわッ!』

 合ってるやんな?

『さぁ、心して見るが良い……()が愛機の勇姿を!』

 自信満々ぶりに続けて、普段使わへん〝第四ブロック十三型六六六番格納庫(ドッグ)〟がゴウンゴウンとシャッターを開け始めた。

 此処、普段は閉鎖されとんねん。

 不吉な番号の羅列やし、夜間整備してるとラップ音とかオーブとか騒乱しはるし、シャッターとか御札(おふだ)だらけやし。

 ほんでもって重々しい逆光を浴びつつ、初見の〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉が姿を現してきはった。

 ハッちゃん専用機やから、きっと〈蜂型〉……やない!

 何故か〈魚類型〉や!

 ウチの〈イザーナ〉やリンちゃんの〈ミヴィーク〉に似たフォルムやけど、二回りデカイ!

 しかも、何処となく凶暴な面構(ツラがま)えや!

 ウチ、あんなん古い映画で観た事ある!

 確か〈モササウルス〉いうヤツや!

『何で〈モササウルス〉だーーッ?』

 リンちゃん、ウチの代弁を叫んでくれはった。

 有難うねぇ?

『む? コレは〈もささうるす〉というのか? 実は(われ)も、何がモチーフに良いか日夜検索しておったのだ。いやはや苦労したぞ……(ぬし)らに合わせたモチーフでなければ〝てーぴーおー〟というものが成り立たんでな』

 ハッちゃん、もしかして〝DVD〟を〝でーぶいでー〟言うタイプ?

『そんな中で、斯様(かよう)に雄々しい生物を見つけたのだ。見よ、この勇猛さ! そして、王者の貫禄! 実に相応(ふさわ)しいではないか?』

『いや、まぁ……アンタの気位なら、そういう基準にもなるか……』

『私のアルにーー♡ 』

『基準そっちかーーーーッ!』

『だってぇ~ん ♪  アルってば、カッコイイじゃない? 凛々しいじゃない? 胸、大きいじゃない?』

 最後の関係あらへん。

「あんな? ハッちゃん?」

『うふふ♡  アルアルアル~ン♡  コレで一緒に新婚旅行~~ ♪ 』

「あんな? ハッちゃん? 鼻血流してクネクネなってるトコ悪いけど……ちょっとええ?」

『アルアルアル~ン♡  私のアル~ン♡ 』

「おらへんよ?」

『うわ~~~~ん!』

 号泣しだしはった。

 感情忙しいねぇ?

『うぐっ……グスッ……して、()きたい事は何だ? モモカよ?』

 凛と上から目線や。

 ハッちゃん、情緒不安定?

「あんな? それ(・・)、誰が造ったのん?」

『そうよ! そんな〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉なんて、おいそれと急造できる物じゃないでしょ! まさか、またマリーとか言うんじゃないでしょうね!』

『私じゃないわよ』

 また新たな通信モニターが開いて、困惑気味の眼鏡美女が映った。

 表マリーや。

 操縦席(コックピット)内、モニター乱立で(せわ)しなくガチャガチャなってきたわ。

 軽くパーリー状況や。

『マリーが造ったんじゃないの? じゃあ、誰だッつーのよ?』

『う~ん、私じゃないんだけど……何処となく見た記憶があるのよね、それ(・・)

『フッ……やれやれ。どうにも御主(おぬし)(たち)は、(すく)(がた)無頓着(むとんちゃく)のようであるな? 斯様(かよう)に素晴らしき機体を失念しておったとは……勿体(もったい)()い!』

 ハッちゃん、優越感めいて勝ち誇ってはる。

『コレは、あの倉庫に眠っていた機体である! それを〈もささされす〉へとフォルム改修して新生させたのだ!』

 噛んだよ?

『あの倉庫って……まさか〝第四ブロック十三型六六六番格納庫(ドッグ)〟の事ッ? エルダニャ?』

左様(さよう)じゃ、リン』

『ンなワケあるかッつーの! あそこ、ずっと封印(・・)されてんのよッ?』

 封印(・・)言いはったねぇ?

 リンちゃん、閉鎖(・・)やなく封印(・・)言いはったねぇ?

『思い出したわ!』と、突然マリーが声を上げた。『あの倉庫に眠ってたのは〈イザーナ〉と〈ミヴィーク〉の試作機体──つまり〈プロトタイプ〉よ!』

『は? アタシらのプロトタイプ? それが〈モササウルス〉って……色気無ぇー』

『いいえ。別に〈モササウルス〉じゃなかったわ。かといって〈イルカ〉でも〈シャチ〉でもない』

『んじゃ、()だったのよ?』

『何でも無いわよ。単に外装無しの剥き出し機体……骨組みと基礎設計メカニズムだけ。機体も、ここまで大きくなかったわ。せいぜい〈イザーナ〉〈ミヴィーク〉の1・3倍程度……』

『だから、言うておろう? (われ)が〈ももささうれす〉へと改修した──と』

 噛んだよ?

『んで? 何で、そんなのが封……放置されてたワケ?』

 また〈封印〉言い掛けたねぇ?

『……死んだのよ』

『は?』「ふぇ?」

『当時、その機体開発を担当していた整備員がね……その格納庫(ドッグ)で睡眠薬自殺したの』

 陰惨な黒歴史が炙り出てきた!

 朧気(おぼろげ)に予想してたけど、オカルト入って来た!

 アカン! この作品〈SF〉なくなってまう!

『相当思い詰めていたみたいね……生真面目過ぎる性格だったから……けれど、誰も彼女の胸中に気付けなかった』

 ウチとリンちゃんは、ゴクリと生唾(なまつば)飲み込んだ。

「それって、開発に行き詰まった……とかなん?」

『あ……(ある)いは、過労死?』

『いいえ』と、深刻な面持ちで真相を告げるマリー。『彼氏と別れたらしいのよ』

『開発秘話、関係ないじゃんッ!』

 リンちゃん、間髪入れずに突っ込んだ!

『来る日も来る日も缶詰状況で、しかも完成の目処(メド)が付かない。クリスマスも誕生日も返上で、ひたすらに開発へ孤軍奮闘──。そんな長距離恋愛で関係が冷え込み、彼氏から別れの連絡が…………』

『よくある話じゃん! 死ぬ(ほど)の事ないじゃん! 男なんて掃いて捨てるほどいるんだから!』

「ふぐぅ……その人、可哀想やぁ~」

『……何で潤々(うるうる)してんだ、脳味噌スウィーツ娘』

 リンちゃん、あんまりや!

『頬を伝う乾いた涙は何だか可笑しく、明日からの生き甲斐を模索するのも面倒になってきていた』

 クルちゃん? いきなり何をブッ込んできたん?

 誰も読んでへんよ? それ(・・)

『しかし、それにしても、なかなか見事な腕前であるな? 正直、(われ)も感嘆し──いやいや、謙遜(けんそん)するでない──フフフ、左様であったか』

 ……ハッちゃん? 誰と話しとるのん?

 ()いてないサブモニター相手に、誰と話しとるのん?

(わず)か数週間で、このように完璧な機体を完成させるとは──何を言うか、見事である! 可能であれば特別報酬を授けたいところであるが、生憎(あいにく)現状(いま)(われ)は──ふむ? そうか? 何と無欲な──うむ、構わぬ。申してみよ──なるほどのう?』

 見えへん人(・・・・・)と話してはるッ!

 ハッちゃん! 帰ってきてぇ~~ッ!

『うむ、善かろう! 今日より、(われ)の専属エンジジニャアにしてやろう!』

 ドエライ人を採用しはった!

 ほんでもって、噛んだ!

『ホホホ……苦しゅうないぞ?』

 オーブ飛び始めた!

 ハッちゃんの周り、無数の発光体が喜び飛んではる!

『では、改めて紹介しよう。リン、モモカ、クルロリよ、此処に居るが、()が専属の──』

『「行ってきまーーすッッッ!」』

 (なか)ば強引に〈イザーナ〉と〈ミヴィーク〉は出動した!

 格納庫扉(ハッチ)をミサイルでブチ破って!



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リンちゃんと惑星レトロナ Fractal.2

 

【挿絵表示】

 

 白い滞留が(わず)かな間だけ真っ赤な世界に染まると、青く広がる清涼へと抜け出た。

『此処が〈惑星レトロナ〉か』

 一望(いちぼう)に感想を()らすリンちゃん。

 雄大な満ち引きが入江に浸食を食い止められ、波打ち際の境界付近は灰色に拓かれた人工地が利便の支配を誇示しとる。

 その先端には、結構、大規模な敷地を使(つこ)うた建築物が物々しく(そび)えとった。

 おそらく、アレを造る(ため)だけに開拓したねんな?

 だって、周辺を囲うように森林は手付かずやもん。

「ホンマや! 旧暦そっくりや! あ、東京タワー在る! スカイツリーや! ほんでもって、通天閣も在る!」

『待て待て待て!』

『ね?』

『クル! コクンと「ね?」じゃないッつーの! どうして全国名所が一緒くたに乱立してるッ?』

『……』

『…………』

『ね?』

『クルコクンで「ね?」して誤魔化すな!』

 せやねん。

 あの建築物の敷地内、世界名所だらけやねん。

 大きさは均衡化しとるようやけど。

 ほんでもって、どれも、おそらく元祖(・・)より巨大や。

「あ、奈良の大仏様や! 自由の女神や! エッフェル塔や! スフィンクスや! お台場ガ ● ダムもある!」

『カオス増やすなーーッ!』

『天条リン、旧暦通り』

『なワケあるかーーッ! 世界各国の国境無視じゃないのよ!』

『おかしい? 旧暦では、世界名所は一ヶ所へ(つど)っているはず?』

『どんな誤認よ! 世界名所は、世界各国(・・・・)に在ってこその〝世界名所〟でしょ!』

「あ! ウチ、それ(・・)知ってるよ? 旧暦アーカイブで見た事あんねん ♪ 」

『そう、それ(・・)

『はぁ?』

「『東武ワールドス ● ウェア~ ♪ 』」

『ハモるなーーッ!』

 リンちゃん、プリプリや。

 何で、そないにカリカリしてんのん?

 ええやんな?

 世界の名所、一網打尽や ♪

 と、突然、けたたましいサイレンが辺り一面へ鳴り響いた!

 コレ、明らかに非常事態警報やんな?

 ウチでも解るよ?

 えへへ ♪

『な……何よ? コレ?』

 狼狽(うろた)えるリンちゃん。

 出所を求めると、どうやら眼前の名所地帯からや。

 すると〈奈良の大仏〉と〈自由の女神〉と〈お台場ガ ● ダム〉がマトリョーシカみたいに前後へ割れ開き、中から三機の戦闘機が垂直に飛び立った。

 ……格納庫だったん?

 っていうか、最後のええのん?

 戦闘機は、こちらに向かって来る。

 あの世界名所敷地は〈東京タワー〉〈スカイツリー〉〈通天閣〉の尖先からピンク色のエネルギー光を放出し、それをバリアと張り巡らせた。

『現れたな! レトロナ星人!』

 尾翼に『1』書かれてると赤いジェットマシンが、外部スピーカーで叫びはった。

 ウチ、ワクワクして周囲を探したよ?

「宇宙人? ドコ?」

『はい』

 無抑揚に手を挙げるクルちゃん。

「ふぇぇ? クルちゃん〈宇宙人〉やったの? ウチ、気付けへんかった ♪ 」

()(さき)モモカ、私だけではない。宇宙そのものに判断基準を据えれば、アナタも立派に〈宇宙人〉という定義になる』

「ウチも?」

『そう』

(ちゃ)うよ? ウチ〈宇宙人〉(ちゃ)うよ? あんな? 宇宙人は、もっとこう……変やねん ♪  地球人と(ちゃ)うねん ♪  肌色やなくて、青とか緑とか銀やねんよ ♪ 」

 クルちゃんに教えたった ♪

 ウチ、物知りさんや ♪

 えへへ~ ♪

()(さき)モモカ、アナタは〝変〟』

 淡白に返されたよッ?

 ウチ〝変〟(ちゃ)うよ?

 ふぐぅ!

『……その定義はともかくとして、どうやらアイツら(・・・・)が指しているのはアタシ達(・・・・)のようね』

 リンちゃんは緊迫した面持ちで、接近して来る戦闘機を睨み据えとった。

天条(てんじょう)リン、交戦するの?』

『場合によっては……ね。アイツらの出方次第』

『……了解した』

 クルちゃんは、軽く一顧(いっこ)を刻む。

『天条リン、その前に解決しなければならない問題が出来た』

『はぁ? ったく、アンタは……どうして毎回、切羽詰まった局面で新たなトラブルを提示するかな? 何よ! そのトラブルって?』

『あれ』

『うん? ……って、モモーーーッ?』

 ウチ、相手の隣に並び飛んだ。

 ほんでもって、外部スピーカーで挨拶した ♪

「こんちは★」

『な……何ッ? こちらの間合いに詰めただとッ?』

『気を付けろ! ケイン! どうやらソイツは〈瞬間移動能力〉を持っているようだぜ!』

 主翼に『2』書かれたジェット機から忠告が向けられた。

『ああ、分かってる! ジョニー!』

 持ってへんよ?

 ウチの〈イザーナ〉に、そんな性能(スペック)あらへんよ?

 普通に近付いて並んだよ?

「あんな? ウチ〝()(さき)モモカ〟言うねんよ?」

『な……何ッ? 少女……だと?』

『気を付けろ! ケイン! どうやら、ソイツは〝少女〟に化けて隙を突く作戦のようだぜ!』

『ああ、分かってる! ジョニー!』

『フッ……しっかりしてくれよ? リーダー(・・・・)さんよ?』

 化けとらへんよ?

 ウチ、正真正銘の〝少女〟やよ?

「えへへ ♪  1号機はん、名前〝ケイン〟言うの?」

『な……何ッ? どうして、俺の名をッ?』

 ……言うてはったやん。

 散々〝ケイン〟〝ジョニー〟言うてはったやん?

『気を付けろ! ケイン! おそらく〈テレパシー〉……それも、機体外からの介入だ! どうやらソイツは、とんでもない〈超能力者(サイキッカー)〉のようだぜ!』

『ああ、分かってる! ジョニー!』

 (ちゃ)うよ?

 ウチ〈超能力者(サイキッカー)(ちゃ)うよ?

「あんな? ウチ〝レトロナさん〟やあらへんよ?」

『な……何ッ? レトロナ星人じゃない……だと?』

 何で、この人は、いつも驚愕しはるの?

 ほんでもって、何で、その(たび)に世界がブルートーンに染まるのん?

『冷静になれ! ケイン!』

『し……しかし!』

『オマエの言い分は分かる……だが、いまは、まだレトロナ星人との和解共存は無理なんだ! 例え、彼女のような平和思想のレトロナ星人でもな!』

『クッ! どうして……どうして(きみ)は……混血なんかに生まれちまったんだァァァーーーーッ!』

 生まれてへんよッ?

 寝耳に水な設定やよッ?

『戦うしかねぇ……こんな時代に生まれちまった事が、彼女の不幸だったんだ』

『す……済まない! 許してくれ!』

 勝手に〝不幸な身の上〟にされた!

 ケインはんに男泣きされた!

『こうなったら……ジョニー! レトロナ合体だ!』

『オウ!』

 何が「こうなったら」なん?

 そんな思うとったら、三機のジェットマシンは垂直軌道に高々と飛翔した!

『レェェェーーッツ!』『チェェェーーンジレトロナ!』

『レトロイィィィーーン!』『スイッチオーーン!』

 掛け声バラバラやッ!

 せやけど合体プロセスは発動した!

 よっぽど頭のええ音声認識やんね?

 機体が黄色いスパークを帯び、それが各機を(つな)ぎ引き寄せる!

 重々しい合体!

 1号機は頭部となり、2号機は両腕と化し、その他の部位には3号機が…………3号機の負担、半端ないよ?

 ()くして完成したのは、全高六〇メートルはある巨大ロボット!

『レェェェトロォォォナ……ファァァイブッ!』

 雄々しくポーズ決めはった。

 ええねぇ? ノリノリで?

 ウチなんか「乙女の奇跡!」とか、やりたないねん……。

『さぁ、行くぞ! レトロナ星……グァァァッ!』

『どうした! ケイン!』

『み……右手が! 突然!』

『何ッ? まさか! ヤツの念動力(サイキック)か!』

『い……いや、吊った!』

『何……だと?』

『グァァァアアアアアーーーーッ! 俺の腕がァァァーーーーッ!』

 ウルサイよ?

 森から野鳥が一斉に飛び立ったよ?

 ほんでもって、何で〈ロボット〉自体が手首押さえて苦悶してはるん?

『そうか……そういう事か! 俺達は三日三晩徹夜でジェ ● ガ大会をしていた──その極秘情報を得る(ため)に、コイツは接近したんだ! 友好の仮面を(いつわ)ってな!』

 何してんのん?

 操縦幹が握れなくなるほど、ジェ ● ガ三昧(ざんまい)って……何してんのん?

『汚ねぇ……やり方が汚ねぇぞ! レトロナ星人!』

 知らへんよッ?

『フッ、正々堂々戦ったらどうだい……レトロナ星人さんよォ!』

 ウチ、何で因縁付けられてんの?

 ほんでもって、何で、この〝ジョニー〟言う人、いつも斜に構えとんの?

「ふぐぅ! ウチ、知らへんもん! 何も悪い事しとらへんもん!」

『キュウ! キュキュキュキュウ!』

 ウチと〈イザーナ〉は、揃って抗議した!

 プンプンや!

『往生際が悪いぞ! レトロナ星人!』

(ちゃ)う!」

『キュウ! キュキュキュウ!』

『もう騙されないぜ!』

(ちゃ)うッ!」

『キュウ! キュキュウ!』

『なんて卑怯なヤツなんだ!』

(ちゃ)うッッッ!」

『キュウ! キュウ! キュウ!』

 ウチ、何や悲しなってきた。

 また〝新しい友達〟出来る思うただけやのに……。

 怒鳴られて……疑われて……決めつけられて…………。

「ふぐぅ……ふぇぇ……ふぇぇぇ~~ん! リンちゃ~ん! うわ~ん!」

 泣いとった。

 涙腺、我慢出来ななった。

『キュウッ? キュ~ウ? キュ~ウ?』

 一所懸命〈イザーナ〉が「いいこいいこ」慰めてくれんねんけど、涙が止められへん……。

 悲しくて……悲しくて……ただ泣いとった。

「リンちゃ~ん! リンちゃ~ん! うわ~ん!」

『今度は泣き真似か!』

『猿芝居は()すんだな! レトロナ星人!』

「うわ~ん! リンちゃ~ん! リンちゃ~ん! うわ~ん! うわ~~ん!」

『アタシのモモを泣かせんなーーーーッ!』

『ケルルルルルルルルッ!』

 グス……グス……あ、リンちゃん?

 リンちゃんと〈ミヴィーク〉が、怒り心頭で特攻して来た!

『何ッ? 増援……だとッ?』

『気を付けろ! ケイン! どうやら──』

『やかましいィィィーーーーッッッ!』

『『グハァァァーーーーッ?』』

 問答無用の全砲門攻撃(フルブラスト)

 そのまま高音速で巨大ロボの足下を突き抜け、衝撃波の槍と化した!

 螺旋に墜ちて行く鋼鉄の巨体。

『グアァァァ……何ィィィッ? 墜ィィィ落……だぁぁぁとぉぉぉーーッ?』

『グアァァァ……気を付けぇぇぇろ! ケイィィィン! どうやぁぁぁら──』

 水飛沫(みずしぶき)上がった。

 海面に「押すなよ? 絶対に押すなよ? ……押せよッ!」みたいな水飛沫(みずしぶき)上がった。

 

 

「グス……グス……ふぐぅ……リンちゃん……」

『ったく、アンタは! だから、ヒョイヒョイ行くなッつーの!』

「せやかて、ウチ〝お友達〟なれるか思うたんよ?」

『この脳味噌よいこのえほん娘! 少しは警戒心を持て!』

「ふぐぅ……ごめんなさい」

『……反省、した?』

「……うん」

『よし! そんなら許す!』

「あ、あんな? リンちゃん?」

『何よ?』

「えへへ ♪  ありがとね?」

『べ……別に御礼(おれい)なんか、いいッつーの』

 リンちゃん、視線逸らしたよ?

 何故か、ほっぺ真っ赤やよ?

 何で?

「あ、ほんでな? リンちゃん?」

『な……ななな何よ?』

「ウチ〝レトロナさん〟やないよ?」

『……知ってるッつーの』

 今度は苦虫顔された。

 リンちゃん、百面相(いそが)しや ♪



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リンちゃんと惑星レトロナ Fractal.3

 

【挿絵表示】

 

 何やかんやあったけど誤解は解けた。

 うん、あの後、和解してん。

 え? 具体的には……って?

 色々や★

 ええやん?

 ウチ、細々したの嫌いやねん。

 せやからな?

 例の〝ケインはん〟と〝ジョニーはん〟に導かれ、ウチらは基地に招待されてん。

 機体格納は通天閣や。

 せやけど、たぶん本物よりデカイよ?

 展望台に当たる所が開くと、格納庫(ドッグ)になってはるもん。

 ウチらの〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉を回収しはったもん。

 懐古的外見の割に、中身は如何(いか)にもハイテクな基地やってん。

 ちなみに〈レトロナナンタラ〉は分離して、発進してきた格納庫(ドッグ)へと回収された。

 せやよ?

 あの〈奈良の大仏〉と〈自由の女神〉と〈お台場ガ ● ダム〉や。

 つまり、この通天閣格納庫(ドッグ)は、ウチらのような〝来客用〟やねんな?

 ……っていうか、やっぱりええのん? 最後の?

「ったく! ただじゃおかない! 文句言ってやる!」

 格納された〈ミヴィーク〉から降りるなり、リンちゃんプリプリや。

「リンちゃん、何でそないにカリカリしとんの?」

 ツカツカとエレベーターへ向かう後ろ姿に追いついて、ウチは(たず)ねた。

「はぁ? 当事者が何をのほほんとしてんだッつーの! 聞く耳持たずで、よってたかって女の子をイジめるなんて、大の男がやる事か! 女ナメンなッつーの!」

「……原因、ウチ?」

「……アンタじゃない」

「せやかて、ウチのせいでリンちゃんカリカリしてるん(ちゃ)うの?」

「アンタは何も悪くない!」

 ……やっぱりウチや。

 何や悲しなった。

 ウチ、明るいリンちゃんがええ。

 怒ったリンちゃん、イヤや。

 悲しなった。

 すごく悲しなったよ?

 せやから……。

「ふぐぅ!」

「アダダダダーーッ?」

 えへへ ♪

 思いっきり(うし)ろからハグしたった ♪

 ギュッとしたら温かいねん ♪

 イライラ無くなるよ?

「痛いッつーの! 放せ! モモ!」

 あれ?

 イライラ収まらへんねぇ?

 もっとや!

「ふぐぅぅぅ!」

「アダダダダダダダダッ!」

()(さき)モモカ、そのまま後方へと投げ捨てれば、天条リンは気絶する。そうなれば報復行動は起こせない。とりあえずは問題解決」

「せやの? クルちゃん?」

 ウチの確認にクルコク肯定。

「上手くいけば記憶もトぶ……一石二丁(いっせきにちょう)

「せやったら……せーの!」

「何が『せーの!』だぁぁぁーーーーッ!」

「ふぐぅ!」

 後頭部ハリセンスパーン来たよ?

 リンちゃん、えらい焦って無理矢理振りほどいたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

潤々(うるうる)しながら『痛いよ?』じゃないッつーの! 忘れた頃に懐かしいパターンを再活用すんな! この脳味噌スポ根バカ娘!」

 リンちゃん、あんまりや!

「せやかて! ウチ、リンちゃん怒るのイヤや!」

「だからって、いきなり〈ブレーンバスター〉かますバカが何処にいる! 気絶どころか死ぬわ!」

「天条リン、それは誤解」

「何がだ! クル!」

()(さき)モモカが実践しようとしていた技は〈バックドロップ〉──よく誤認されているけど〈ブレーンバスター〉ではない。ちなみに解放せずにホールド体勢を維持したのが〈スープレックス〉と呼ばれる技で──」

「知るかーーッ!」

 カリカリ増した……不思議や!

「やれやれ……その元気じゃ、どうやら大丈夫そうだな?」

 不意に男の人が声を掛けて来はった。

 別なエレベーターからや。

 聞き覚えあるよ?

「あぁん?」

 ギンッと殺気紛いに振り向くリンちゃん。

 目ェ怖いよ?

 不良(ヤンキー)みたいやよ? 大企業の御嬢様?

 格納庫(ドッグ)片隅からコツリコツリと歩き出て来たんは、精悍で誠実そうな青年やった。

 凛々しく太い眉毛に、真っ直ぐ澄んだ瞳。

 黒い髪は、快活さと清潔感を印象付ける。

 真っ赤な〈PHW〉には、胸に黄色い『V』の字があしらってはった。

 ウチ、自分の〈PHW〉を見比べた。

 あんまし好きやないけど……アレの恥ずかしさよりはマシやんな?

「さっきは済まなかったな? 俺の名は〝ケイン〟──レトロナマシン1号機〈レトロナギュギューン〉のパイロット〝神谷(かみや)ケイン〟だ」

 ああ、やっぱり〝ケインはん〟や……っていうか、機体名ッ!

 それ、変えた方がええよッ?

 まだ〈ハウゼン語〉の方がマシやよッ?

 リンちゃんは相手を見据えて固まったままやった。

 たぶん食って掛かるタイミングを見計らっとるんやね?

 これ、あんま良くないねぇ?

 せやから、ウチは明るい自己紹介で流れを変えようと思うた。

「こんにちは★ ウチ〝()(さき)モモカ〟言うねんよ?」

「な……何ィ? き……(きみ)が〝()(さき)モモカ〟だっただとォ!」

 ……またブルートーン入った。

 ……世界が青く染まった。

 超能力?

「私は〝クルロリ〟でいい」

「な……何ィ?」

「それは()らない」

 ブルートーンが打ち消された。

 クルちゃんの醒めた淡白で。

 超能力対決でも繰り広げられとったん?

 ウチが気付けへんだけで?

「それで? そっちの(きみ)が……?」

「…………」

 関心を移されるも、リンちゃんは答えへん。

 固まったままや。

 まだ攻撃心が軟化しとらへんようやね?

 う~ん、どないしたらええんやろ?

「あの……(きみ)?」

「天条リンで~す♡ 」

 一転してキャピルン挨拶や!

 握り拳を口元へ添えて、片足跳ねや!

 リンちゃん? まさか!

「気軽に〝リン〟って呼んで下さ~い ♪ 」

「あ……ああ……え?」

「あ、でもでもぉ~? アタシだけ〝さん付け〟じゃ他人行儀よね? それってば、不・公・平♡  だからだからぁ~? アタシも〝ケ・イ・ン♡ 〟って呼んじゃおっかなァ~? ダメェ?」

 人差し指を唇に添えて、甘えん坊の上目遣いや!

 これ、アカン!

「あ、いや……構わないが?」

「ヤ~ン ♪  アタシってばラッキー♡ 」

 跳ねとる!

 ピョンピョン小兎アピール入った!

「……()(さき)モモカ? 天条リンがおかしい? どうした? 何か悪い物でも拾い食いした?」

「……イケメン好きやねん」

「ふむ?」

 不可解とばかりにクルコクン。

「せやねん……リンちゃん、イケメン大好きやねん! ()れると、ああなんねん! ほんでもって、実は()(やす)いねーーん!」

 ややこし展開の確約に、ウチは(あたま)(かか)えて大絶叫!

 一方で、クルちゃんは平静に(まと)めはった。

「やはり〝変〟なキャラクターだった」

 

 

 

 司令室へ案内された。

 一際(ひときわ)物々しい自動扉が開くと、計測器やコンピューターが並ぶ機能美的な大部屋やった。

 四方は硝子(ガラス)()りに見晴らしも良く、海原や森林が豊かな息吹を視覚に伝えとる。

 っていうか……リンちゃん、ケインはんにベッタリや!

 強引に腕組みや!

 ウチ、おもろない!

 胸中プンプンや!

「それはそうと、さっきは悪かったな? モモカくん?」

「全然気にしてないですぅ~♡ 」

 ウチやないよ?

 ウチの台詞やないよ?

 このキャピルンは、リンちゃんや。

「いや、しかし……」

「ケガとかしてないんでぇ ♪  気にしないで下さ~い ♪ 」

 リンちゃん、あんまりや!

 それ、ホンマのあんまり(・・・・)や!

「だが、男としてあるまじき……」

「間違いなんて誰にもありますからぁ♡  ノー・プ・ロ・ブ・レ・ム ♪ 」

 人差し指でケインはんの唇へ「シッ」と触れた。

 ウチ、数分前に戻りたい!

 ふぐぅ!

「それで、神谷(かみや)ケイン? あのロボットは何?」

 クルちゃんが平然とした抑揚に質問する。

 一人(ひとり)だけ通常運転やね?

 他人事(ひとごと)やね?

「アレは〈超リニアロボ・レトロナ(ファイブ)〉──この惑星レトロナを防衛する(ため)に造られた超科学の結晶だ」

「防衛?」

 怪訝(けげん)そうなクルちゃん。

「ああ……〈レトロナ(ファイブ)〉は、レトロナ星からやって来たレトロナ星人が送り込んで来る〈レトロナ(じゅう)〉と戦う(ため)に造られたのさ」

 うん?

 何や、ややこしい事を言い始めたよ?

「あんな? ちょっとええ?」

「何だい? モモカくん?」

「この惑星(ほし)は、何て言うん?」

「惑星レトロナだ」

「あのロボットは?」

「レトロナ(ファイブ)だ」

「……敵は?」

「レトロナ星人だ」

「……どっから来てん?」

「レトロナ星だ」

「…………()と戦ってるん?」

「レトロナ(じゅう)だ」

 全部〈レトロナ〉や!

 何故か全部〈レトロナ〉や!

 説明されたフォーマットは単純なんに、ややこししてる原因それ(・・)や!

「ちなみに、此処は惑星レトロナの防衛を一手に(にな)う最新鋭基地〈レトロナベース〉だ」

「また出た!」

 思わず声が()れたわ!

 ウチが驚愕した直後、自動扉が開いて誰かが入って来た。

 小柄やけど恰幅(かっぷく)のいい髭オジサンや。

 白衣姿にヨレヨレのズボン。そして、下駄履き。

 鼻を発端に顔は真っ赤で、腰から濁酒(ドブロク)ぶら下げとる。

 要するに〝だらしのない酔っ払い〟やね?

「あ、博士」

「博士なんッ?」

 またまた声()れたわ!

 どっからか不審者が入り込んだ思うたよ!

「みんな、紹介しよう。この基地の最高責任者〝()乙女(おとめ)()博士〟だ」

 ……スゴい名前を紹介された。

「博士、彼女達は──」

「うるせーーッ! さっさと酒持って来ーーーーい!」

 博士、酒乱やよッ?

 重度のアル中やよッ?

「呑んでも尽きない養老乃瀧(ようろうのたき)……呑んでも尽きない養老乃瀧(ようろうのたき)…………」

 プルプル手を震わせて、何を言うてんの?

「アルコールプールひゃっほーーーーう!」

 何を吠えてんのんッ?

 惑星レトロナ、壊滅秒読みやん!

 何とも()(がた)い気まずさが沈黙に漂う中、クルちゃんが「ふむ?」と一顧(いっこ)を刻む。

「困った。これでは会話が成立しない。有益な情報を引き出す事も不可能」

 そして、物怖じせずに博士へと歩き進んだ。

神谷(かみや)ケイン、少しばかり()乙女(おとめ)()博士を借りる。マンツーマンで話がしたい」

「ああ、それはいいが……」

「感謝する」

「うるせー! 公園はみんなの物(・・・・・)だ! 住んで何が悪いーーッ!」

 そのままズルズルと酔っ払……博士を連れて、オートドアの外へ出る。

 閉まった。

「……ねえ? ケイン?」

「何だい? リン?」

「あの博士、公園に居たの?」

「ああ。出会ったのは偶然だったが、話してみれば、なかなか聡明な人でね。ああ見えて、人生哲学等にも精通しているんだ」

「……へえ」

「家族と別れてから人生観の探究にも余念が無いようでね。博士(いわ)く『家族とは〝血の(つな)がった他人の共同生活環境〟に過ぎない』『人間、死ねば所詮(しょせん)、万人塵芥(ちりあくた)』だそうだ。あまりにも高尚(こうしょう)過ぎて、俺には把握しきれないが……実に深い理念だと思わないか?」

「……そーなんだー」

 リンちゃん、醒めとるねぇ?

 醒めとるけど、ケインはんの手前、いつものツッコミが出来へんでいるねぇ?

「……酔ってた?」

「はははっ! 博士がシラフ(・・・)なところなんて、まず見た事が無いよ」

「……へぇー」

 それ、ただの酔っ払いやん!

 おそらく人生転落した酔っ払いがクダ巻いとっただけやん!

 ──ビビビッ!

「ハウッ!」

 ウチら全員ビクゥなった!

 ドアの外で短い悲鳴と電気音が聞こえたから!

 あ、ドア開いた。

 帰って来た。

 並んで帰って来た。

 ほんでもって、クルちゃんの手には、まだチリチリと帯電してるパモカ。

「ふむ? それで、君達は何者なのかね?」

 爽やかに語り出したよッ?

 博士、スッキリした顔しとるよッ?

 せやけど瞳孔開いとるよッ?

 クルちゃん、何したんッ?

 

 

 

「〈ネクラナミコン〉ねぇ?」

 ウチらから事情説明を受けた博士は、軽く思索を巡らせた。

「博士、何か知っていますか?」

 ケインはんの質問に、重々しく首を振る。

「仮に、そのような物を知っているならば〈レトロナ(ファイブ)〉の強化に役立てておるよ」

「博士、具体的には?」

「…………」

 急に黙りはった。

「具体的には?」

「それは……アレだよ」

アレ(・・)とは?」

 追い詰められた。

「……き……(きみ)の考えている通りだ、ケイン」

「何ですって! そいつはスゴい! 百人力(ひゃくにんりき)だぜ!」

 ええのん? それで?

「おかしい?」と、水を差すクルコクン。

「どないしたん? クルちゃん?」

 ウチの問い掛けに、パモカへと視線を落としたまま答える。

「この〈ネクラナレーダー〉の反応では、確かに、この基地内に〈ネクラナミコン〉は存在する」

「ネクラナレーダー……って、ドクロイガーはんから手に入れたヤツ?」

「そう」

「せやけど、それパモカやん?」

「私が作ったアプリ。ニュートリノブロードバンドを用いて〈ネクラナレーダー〉本体とリンクさせてある。そうでもしなければ、彼のサイズ基準では巨大過ぎるので活用には不向き」

「せやったら、本体は?」

「ツェレークの内部機構として組み込んである。そして、それ(ゆえ)にツェレーク自体にも〈ネクラナレーダー〉の機能が新規実装された」

「ふぇぇ? いつの間にか大改造されてんねんな?」

「それって、確か半径約一〇〇メートルまで特定感知する事が可能なのよね?」

「そのはず。ドクロイガーの技術力が確かならば……」

「じゃあ、ダメじゃん」

 リンちゃん、決めつけはった。

 微塵も信用しとらんねぇ?

「ふむ?」と、納得いかんクルコクン。「()(さき)モモカ、天条リン……(しばら)く、私は別行動を取る」

「はぁ? 何しようってのよ?」

「この基地内を隈無(くまな)く捜してみようと思う」



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リンちゃんと惑星レトロナ Fractal.4

 

【挿絵表示】

 

 医療室を出て来たケインはんの様子は、浮かない顔やった。

「ケイン……ジョニーの様子は?」

 リンちゃんの質問に、悲痛な表情が首を振る。

「しばらくは安静が必要だ。いまは、誰にも会いたくないそうだ……」

「そんな?」

「右腕の腱鞘炎(けんしょうえん)は深刻だ。当面は愛機〈レトロナトビマス〉にさえ乗れないだろう」

 2号機の名前ッ!

「クソッ……何故、こんな事に! まさか……まさか俺の腱鞘炎(けんしょうえん)が完治したと思ったら、今度はジョニーが発症するなんて!」

 苦悩のままにチタン壁を殴るケインはん!

 何故って〝ジェ ● ガ〟やよ?

「レトロナ(ファイブ)は、レトロナマシン三機が揃わなければ合体出来ない! こんな状況で、もしも〈レトロナ(じゅう)〉が襲撃してきたら……」

 何で、三機なん?

 そしたら〝(ファイブ)〟は何なん?

「俺とジョニー……二人が揃わなければ……」

 何で、二人なん?

 そしたら、三機目のパイロットは誰なん?

「最悪時は、(おれ)一人(ひとり)で……残りの〈レトロナマシン〉は〝オートAI〟で出撃してしまう事になる」

 それで、ええやん!

 何だったら、全機それでええやん!

「このままでは、五大武器の真価すら発揮出来ない!」

 ここに来て〝(ファイブ)〟の意味が明かされた!

 まさかの武器数やった!

 少なッ!

「こんな事になるのなら、命懸けで止めるべきだったんだ! ジェ ● ガを!」

 その通りやよ?

 命懸けかどうかは別として、その通りやよ?

「せめて……せめて臨時のパイロットさえいれば!」と言うた後、数秒リンちゃんを注視した。

 ほんでもって、再び壁に向かって弱音を吐露しはる。

「いまだけ……いまだけでいい! 臨時のパイロットさえいれば!」

 また数秒、リンちゃんをジッと注視した。

 ねだってはる?

「え……っとぉ?」

 困惑を浮かべるリンちゃん。

 そりゃそうやんな?

「ひとつだけ……ひとつだけ打開策はある! だが……いや、ダメだダメだ! こんな事をリン(・・)に頼めるはずがない! まさか〈レトロナトビマス〉に乗ってくれなんて!」

 露骨に(くち)にし始めたわ。

「あ……うん、それはチョット……」

「さっきの戦闘で確信した……確かにリン(・・)は〈パイロット〉として卓越した腕前を持っている! ()リン(・・)なら、相性はバッチリだろう! そう、()リン(・・)なら! だが、リン(・・)の気持ちを無視して、俺のエゴを通すなんて出来るワケが──」

「やるッ♡ 」

 リンちゃん、嬉々と快諾しはったよッ?

「え? いいのか? リンくん?」

「イヤ~ン♡  リン(・・)って、呼・ん・で ♪ 」

 ツボ、そこ(・・)やった!

 呼び捨て連呼や!

 リンちゃん、意外とチョロかった!

「だってぇ~? ケインがそんなに困ってるなら、ほっとけないしィ? そこまで頼りにされたら、期待に応えたいしィ? 確かにアタシ(・・・)ケイン(・・・)なら相性バッチリだしィ?」

 何言うてんの?

 乙女眼(おとめまなこ)上目(うわめ)(づか)いで何言うてんの?

 出会ってから数時間しか経ってへんよ?

 相性も何も、ほぼ初対面やよ?

「ありがとう! リン!」

「うふふ ♪  ケ・イ・ン♡  な~んて、イヤ~ン♡ 」

「アカーーンッッッ!」

 ウチ、見つめ合う二人の間へ割って入った!

 血相変えて割って入った!

「リンちゃん! そしたら〈ネクラナミコン〉どないすんの! クルちゃんとの約束は、どないすんの!」

「あ、それならいい考えがあるから。とりあえず〈ドクロイガー〉泳がせてぇ……収集させといてぇ……揃ったところで強奪フルボッコ ♪ 」

「山賊の考え方やんッ!」

「ええ~~……? 効率いーじゃ~ん?」

 完全に()えとる!

 やる気喪失しとる!

「せやったら〈クラゲ〉は! あの〈宇宙クラゲ〉は、どないすんの!」

「大丈夫よ? 読者だって、そろそろ忘れてたから ♪ 」

それ(・・)、言うたらアカンとこーーッ!」

 このままやったら、リンちゃん〈レトロナ(ファイブ)〉のパイロットになってまう!

 作品タイトルも『G‐MoMo~銀暦少女(ぎんれきしょうじょ)モモ~』から『超リニアロボ レトロナ(ファイブ)』になってまう!

 ウチ、ケインはんへと直訴した!

「せや! 博士乗っけたら、ええやん! 博士なら〈レトロナ(ファイブ)〉に精通しとるやん!」

「あんなアル中、乗っけられるかーーーーッ!」

 ……ハッキリ言いはった。

 ……躊躇(ちゅうちょ)無く言いはった。

「俺だって……俺だって、まだ死にたくないんだ!」

 何言うてんの? この人?

 失意の拳を金属壁へと叩き込みながら、シリアスモードで何をぶっちゃけてんの?

「ケイン、大丈夫よ……私、お酒飲まないわ……未成年だから」

 そっと慈しみに寄り添って慰めるリンちゃん。

 何言うてんの?

 リンちゃんはリンちゃんで、何言うてんの?

「リン……」

「ケイン……」

 見つめあう瞳と瞳……って、それ(・・)アカン!

 そのフレーズが生まれる状況はアカン!

 ホンマに『超リニアロボ』の世界観になりつつある!

「じゃあ、早速特訓だ!」

「はーい♡ 」

 そそくさとケインはんについてった!

 ルンルン気分に浮足立っとる!

「リンちゃーん!」

 ウチ、心の底から声張ったよ?

 だって……だって、こんなん認められへんもん!

「せやったら……せやったら、あの子(・・・)は……〈ミヴィーク〉は、どないすんのーーーーッ!」

 琴線に触れたんか、リンちゃはピクリと立ち止まった。

「だって、イケメンなんだもん……熱苦しいけど」

「リンちゃん!」

「……下の名前呼んでくれるんだもん」

「リンちゃんってば!」

「ヴァーチャルとかゲームとかじゃないんだもん!」

 断腸のような吐露を残して、その背中は通路の奥へと歩み去った……。

 

 

 

 操縦室(コックピット)内で、ウチは膝抱(ひざかか)えとった。

 〈イザーナ〉やない。

 〈ミヴィーク〉の……や。

 あれから一日経った。

 リンちゃん、新しい搭乗機に慣れるんに特訓してはる。

 今日も……や。

「……あんな? ミヴィーク?」

『……ケル』

 気のせいか、気落ちしたかのようなテンションやった。

 きっと、この子(・・・)なりに何か(・・)は感じ取っておるんかもしれへん。

 賢いねん。

 この子、寡黙やけど賢いねん。

 だから、言わずとも悟ったんやろね。

 リンちゃん、この子の整備にも()ぇへんし。

 ……いや、(ちゃ)うか。

 この子とリンちゃんには〝絆〟がある。

 ウチと〈イザーナ〉のように……。

 言葉、()らへん。

「あんな?」

『…………』

 何て切り出してええか分からへん。

 せやからウチ、コンソールを優しく撫でとった。

「心配()らへんよ? リンちゃん、いまは酔っとるだけやねん。イケメン好きやねんから」

『……ケル』

「あはは……せやねぇ? ホンマ、困った性格やねぇ?」

『…………』

「……あんな? ミヴィーク?」

『ケル?』

「大丈夫……帰ってくるよ? ウチら(・・・)のトコ……」

『……ケルル』

 にへっと砕けたウチの笑顔は、きっと情けなかったんやと思う。

 それが自覚できたから、ウチの心の仮面は(ほころ)んだ。

 顔、膝に埋めとった。

「ふぐっ……ぇ……ふぇぇ……」

『……ケルル……ケル……』

 慰められた。

 ゴメンね? ミヴィーク?

 これじゃ、どっちが励ましに来たんか分からへんね……。

 ゴメンね……。

 

 

 

 滞在、二日経った。

 青空には並列飛行(タンデム)の機影が白い尾を引いとる。

 ウチ、その光景を司令室から(むな)しく眺めとった。

『リン! 高度が低いぞ!』

『ゴメン、ケイン! いま合わせるわ!』

 通信スピーカーから聞こえる会話は、もうすっかり馴染んだパートナー同士や。

「スゴいな……彼女は」

「ああ、こんなに早くこのレベルとは……ジョニーさんと同レベルじゃないか」

 観測結果に驚嘆を交わす白衣の所員達。

 その言葉すら、ウチには(むな)しい旋律や。

(リンちゃん、このまま帰って来なかったら……ウチ……ウチ、どうしよう?)

 寂しい未来予想図を噛み締める。

「……()(さき)モモカ」

 背後からの呼び掛けに、虚無感に乾いた心境が少し清水を潤した。

「あ……クルちゃん?」

「状況が呑み込めない。説明を頼む」

「説明?」

 小柄な肢体が一歩踏み出して並んだ。

 無感情に眺めるのは、大空を舞う二機の戦闘機。

「何故、天条リンがアレ(・・)へ搭乗している?」

「何故……って……」

 せやね。

 あの展開になったんは、クルちゃんと別れてからやねんね。

 せやから、ウチが説明せんと分からへんよね?

 ウチが……説明せんと……。

「ふぇぇ……クルちゃ~ん!」

 説明しよう思うて(くち)を開いたら、一緒に涙腺(るいせん)(ゆる)なった。

 ウチ、小さな肩に頭預けて泣いとった。

「ふむ?」

 感情乏しい困惑は、それでも撫で撫でしてくれた。

「よしよし」

 なんか、すごく柔らかくて温かかった。

 

 

 

「なるほど……状況は把握した」

 人目につかない非常階段に腰掛けて、ウチとクルちゃんは詳細を話し込んだ。

 隣に座る存在感は小柄なんに、何や頼り甲斐に溢れとるようにも感じる。

「クルちゃん……ウチ、どうしよう?」

「どうしたい?」

「え?」

 自然体で向けられた言葉に、心の奥が何故か小波(さざなみ)を生んだ。

 改めてクルちゃんを見れば、愛らしくも涼しい童顔がジッとウチを見つめとる。

 その瞳は、特に示唆(しさ)鼓舞(こぶ)(はら)んどらへん。

 ただ、返事(・・)を待っとった。

「ウチ……ウチ…………」

 口隠(くちごも)った。

 頭ん中グルグルして、上手く考えが(まと)まらへん。

「ふぐぅ」

 (ひざ)(かか)えたわ。

 (われ)ながら頭悪いのんが、情けななった。

 クルちゃんは「ふむ?」と(ひと)納得(なっとく)したかのように、正面の虚空を正視する。

「少し昔の話をする」

「ふぇ? クルちゃんの?」

「そう」

 ちょっと驚いたわ。

 クルちゃん、自分の事は全然語らんのに……。

「バカがいた」

 導入ッ!

 唐突に導入がオカシイよッ?

「とてつもないバカだった。手のつけられないバカだった。救いようのないド級バカ。おそらく宇宙規模のバカ──」

 いきなり何をディスっとんの?

 ()をディスっとんの?

 ウチ、消沈中断で何を聞かされとんの?

「そのバカが、私の最初の友達(・・・・・)……」

 まさかの〝友達〟をディスっとったーーッ!

 それも大事なんのをーーーーッ!

「そのバカにも、大切な親友(・・・・・)がいた。常に一緒にいるような間柄だった。丁度、アナタと天条リンのように……」

「ウチとリンちゃんに?」

「そう」

「似とるん?」

「個々の性格差異はあるけれど、関係性は酷似している」

「……そうなんや」

 不思議や。

 何や、ちょっと気持ちがふわっとした。

 会った事はないけど、温かい親近感が湧いとった。

「あとは、アナタが天条リンの胸を(あが)()むのを日課とするだけ」

()まへんし(あが)めへんよッ?」

 一気に数百光年彼方へ遠ざかったわ。

 どないな(ひと)なんッ?

「ある日、彼女が戦っている〈侵略宇宙人軍団〉によって、その親友が(さら)われた」

 ……うん?

 いま、変な事を言うたねぇ?

「侵略宇宙人?」

「そう」

「戦ってたん?」

「そう」

「それは〈火星〉や〈木星〉の移民?」

「違う。外宇宙生命体」

「その(ひと)銀邦軍(ぎんぽうぐん)〉とか〈惑星防衛軍〉とかに所属してはったん?」

「一般女子高生」

 状況解らへんッ!

 あまりに特異な状況過ぎて、ウチの脳内キャンバスは絵具(えのぐ)ひっくり返したみたいなったよッ?

「大好きな親友と引き離された彼女は、どうしたと思う?」

「……あ」

 クルちゃんの正視が、ウチに()を伝えんとしているかを物語っとった。

 もしかして……その人(・・・)も、現状(いま)ウチ(・・)と同じ心境やったん?

 クルちゃん、その時の事をヒントにしてくれるつもりやったん?

「とりあえず敵要塞へと殴り込んで、親友の胸を()みまくった」

 ヒントならへんッ!

 参考にも御手本にも、ならへんッ!

「その結果、敵勢力は無力化して地球が救われた」

 何でッ?

 そないな要素無かったよッ?

 宇宙人の巣窟(そうくつ)に、胸()み行っただけやよッ?

 その女子高生はんッ!

「つまりは、そういう事」

 どういう事ッ?

彼女(・・)は、やりたい事(・・・・・)へと邁進(まいしん)するだけ……自分の心に素直に従って。そう、ただそれだけ(・・・・)。けれど、それ(・・)が状況を打開する原動力にも成り得る」

「あ……」

()(さき)モモカ、どうしたい?」

 改めてウチを見つめる瞳。

「ウチ……ウチは……」

 正直、まだ分からへん。

 けれど、ひとつだけ(・・・・・)……ひとつだけ(・・・・・)確かなんがある!

「ウチ、リンちゃんと一緒がええ! ずっと一緒がええ!」

「……そう」

 あれ?

 クルちゃん、いま微笑(わろ)うた?

 錯覚?

 その時やった!

 基地内に鳴り響く警報!

 染めては引く赤灯から、非常事態なんはウチにも解った!

「な……何や?」

 ウチに答えるワケやあらへんけど、至る箇所のスピーカーから所員の状況報告が流れる!

『緊急事態発令! 緊急事態発令! 上空より未確認飛行物体接近中! 〈レトロナマシン〉は、速やかに迎撃へ出撃せよ! 繰り返す──』

「クルちゃん!」

「どうやら〈レトロナ星人〉の襲撃……かもしれない?」

 クルコクン。

「……何で疑問形?」

「確定要素が無い。ただし、ひとつだけ確定要素がある。天条リンは〈レトロナトビマス〉で出撃する」

「せやった!」

()(さき)モモカ、私は引き続き〈ネクラナミコン〉捜索を継続する(ため)にサポートが出来ない。即時、天条リンを引き止める事を忠告しておく」

「うん! 急いで格納庫(ドッグ)行かんと!」

「そう、急がないと天条リンは……滅茶苦茶カッコ悪い機体で活躍する事になる」

そっち(・・・)違うよッ?」

 

 

 

 一足(ひとあし)遅かった。

 格納庫(ドッグ)へと向かっている最中、通路の窓には飛行機雲を描いて飛び立つふたつの機影──〈レトロナマシーン〉や。

 せやけど、ウチは足を止めない!

 待機している〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉目指してまっしぐらや!

 止められへんかったら、追う!

 ウチ、リンちゃん追う!

 よくやく格納庫(ドッグ)へ着いた!

 息を切らしたウチを見つけるなり、イザーナが声を掛けて来る。

『キュイ! キューイ! キューイ!』

 急げ言うてた。

 以心伝心で、ウチの出撃決意を感受したからや。

 ウチは「えへへ」と(くだ)けて、その鼓舞(こぶ)へと応える。

「あんな? ごめんねイザーナ? 今回は……今回だけは(ちゃ)うねん」

『キューイ?』

 そして、ウチは決意を込めた顔で、今回の搭乗機(パートナー)を見つめた。

「……行こう! ミヴィーク!」

『ケルッ?』



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リンちゃんと惑星レトロナ Fractal.5

 

【挿絵表示】

 

『すまないな、リン』

「何が? ケイン?」

『いや、(きみ)の〈PHW〉の用意が間に合わなくて……』

「あ……ああ~ ♪  いいのいいの ♪  気にしないで?」

 ケインってば、レディへの気遣いが出来てるわね。

 長所 ♪

 でも、ゴメン。

 たぶん、絶対、間違いなく、着ないわ。

 それ(・・)のミニスカピンクヴァージョンだから……。

『それから、(きみ)は〈レトロナマシン〉では初戦闘だ! 決して無茶をするなよ!』

「ええ、分かったわ! ケイン!」

 モニター越しの忠告に、アタシは快活な返事を向ける。

 もう、ケインってば……優しいんだから♡

 頼もしい声にも艶があるし?

 長所 ♪

『一機でも失えば〈レトロナ(ファイブ)〉に合体出来なくなる!』

「……え? ああ、うん……そっち(・・・)ね」

 うん、そうよね?

 惑星防衛の使命と責任があるものね?

 当然よね?

 うん、そうよ!

 ケインってば正義感が強いのよ!

 いまどき、いないわ!

 こんなにも実直な人!

 長所ッ!

 と、レーダー反応が(いちじる)しい反応を示した!

 敵機が近い!

「ケイン! 敵が急接近中よ!」

『ああ、分かってる! リン!』

 嗚呼、コレ(・・)よ ♪

 みんな聞いた?

 〝ジョニー〟じゃなくて〝リン〟よ?

 いま無二のパートナーとして呼ばれてるの、アタシ(・・・)よ?

 必要とされてるなぁ……ア・タ・シ♡

『来るぞ! リン!』

「へ? ああ、うん!」

 いけない、いけない。

 数秒、幸福脳内麻薬にトリップしてたわ。

 ヨダレ拭くの映ってなかったでしょうね?

 やがて雲海の腹に巨大な機影が(はら)み映る。

『ホーーーーホッホッ! ホーーーーホッホッ!』

 如何(いか)にも〝悪の幹部〟らしい高笑いを響かせて……三流感バリバリだわ。

 流行りの〝悪役令嬢〟気取りかッつーの。

 フン、鼻で笑うわ ♪

 アタシは〝天条リン〟!

 銀暦(ぎんれき)有数の大企業〈星河コンツェルン〉の娘〝天条リン〟なのよ!

 そんじょそこらの〝エセ令嬢〟とは格が違うのよ!

 来るなら来なさいよ?

 二度と逆らえないぐらい、グチャグチャのギタギタのメタメタにポイ捨てしてやるわ!

 雲間を裂いて、重々しく降下してくる機体!

 ってか……何? この物々しい音楽は?

 勇猛でけたたましい音楽は?

 クラシックの『ワルキューレ騎行』よね?

 何かけてんの? コイツ?

 何で外部スピーカーから轟かせてんの? コイツ?

 え? 威厳の自己演出?

 サブいんですけど?

 そうこうしている内に、やがて敵機が全貌を(さら)け出す!

 それを視認した瞬間、アタシは信じ難い現実に驚愕硬直!

 おぞましさに血の気が引いた!

『出たな! レトロナ(じゅう)!』

「いや、まぁ……何つーか……」

 そつないコメントを模索したわ。

 だって〈モササウルス〉なんだもん。

『だが! オレ達が……〈レトロナ(ファイブ)〉がいる限り、オマエ達の好きにはさせない!』

「うん、あのね? うん……とね?」

 どう説明しよう?

 ってか、エルダニャ!

 アンタが〈モササウルス〉なんか選ぶからだ!

 どう見ても悪役然とした狂暴外見じゃない!

『ホホホホホ……御初に御目に掛かるな、惑星レトロナに住まう下々の者達よ。我こそは〝ハーチェス・エルダナ・フォン・アルララ(・・)ワスあぐっビースウォームⅣ世〟──またの名を〈クィーン・アルワスプ〉なり! 存分に歓迎するが()い! そして、()が威光に平伏(ひれふ)すが()いぞ! フフフフフ……アーハッハッハッ!』

 ぅおい!

 毅然と悪役印象を示すな!

 外部スピーカーからの大音声で、周囲一帯へ誇示すんな!

 事態ややこしくなるッつーの!

 そんでもって「あぐっ」って何だ!

 噛むな! 此処一番の見栄で!

『クッ……何て自信に満ちてやがる! まさか? ボス(ランク)か?』

 うん、まぁ……ボス(ランク)は、ボス(ランク)だけどね?

 ただし〈レトロナ星人〉じゃなくて〈アルワスプ〉の。

 ついでに言えば〈宇宙規模バカ〉の。

『やるぞ! リン! あんなヤツの好きにさせて(たま)るか!』

「ちょちょちょ……ちょっと待って! ケイン!」

『どうした? リン?』

「いや、その……アレ〈レトロナ(じゅう)〉じゃないッつーか……何つーか……」

『何ッ? 〈レトロナ(じゅう)〉じゃない……だと?』

 御家芸のブルートーン入ったわ。

 アタシだって入れたいわ……あのアホのせいで。

『リン、(きみ)は何か知っているのか?』

「うん、まぁ……知ってるッつーか……知らないッつーか……知り合いたくなかったッつーか…………」

『……もしかして〝友達〟なのか?』

「うん、まぁ……」

 ばつ悪くアタシは認めた。

『何……だとッ?』

 あれ?

 またブルートーン入ったわ?

『何て事だ! リン、まさか(きみ)が……レトロナ星からの逃亡者だったなんて!』

「違うしッ?」

 あらぬ設定を付け加えられたわよ!

 エルダニャ! アンタのせいだ!

 アタシの気持ちを逆撫でするように、ピーピーと鳴る電子シグナル!

 うっさい!

 いま、それどころじゃないわよ!

 アタシの沽券(こけん)、地の底まで堕ちてんの!

 それを耳障りにピーピーピーピーと思索集中の邪魔して……って、うん?

 え? ウソ?

 レーダーに別な機影?

 って事は……まさか今度こそ〈レトロナ(じゅう)〉ってヤツ?

 新たに降下して来た襲来者は、またも雲間を裂いて姿を現し──『フハハハハハーーッ! 宇宙の海はオレの海! オレの果てしない〈宇宙の帝王〉への憧れ! 〈ドクロイガー〉見参ッ!』──アンタかァァァーーッ! 今度はアンタかァァァーーッ!

『な……何だ? アイツは?』

「ケイン! 〈レトロナ(じゅう)〉よ!」

 間髪入れずに畳み掛けたわ!

『え? いや、しかし……』

「〈レトロナ(じゅう)〉よ!」

『だが〈レトロナ(じゅう)〉なら、(すで)に……』

「……〈レトロナ(じゅう)〉よ」

『しかし、ヤツは〈ドクロイガー〉と名乗っ──』

「ううん★ 〈レトロナ(じゅう)〉 ♪ 」

 温顔ニッコリ★

 ケインってば、意外なトコで頑固ね?

 うしッ! しゃーない!

 アタシは特攻を仕掛けた!

「現れたわね! 〈レトロナ(じゅう)〉!」

『ごはぁーーーーッ?』

 ロボットアームの鉄拳が、ドク郎の横っ面をブン殴ったわ!

 あの〈レトロナ(ファイブ)〉とかいう〝木偶(デク)の坊〟の腕ね。

『いきなり何を……というか、その声! シャチ娘ではないがはぁぁぁーーッ?』

 すぐさま二発目!

 余計な事を言わせるか! コンニャロー!

 アンタは、おとなしく〈レトロナ(じゅう)〉として散りなさいッッッ!

『痛ッ……ちょっと待っ……ゴフッ! 待ってと言うにカハァ!』

 殴打!

 殴打殴打殴打!

 殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打!

 デッカイ腕を生やした戦闘機が、鉄巨人をタコ殴る!

「よくもアタシの仲間を洗脳(・・)したわね! このこのこの!」

『何ッ? じゃあ、さっきの〈レトロナ(じゅう)〉は……まさか!』

「そうよ! ケイン! コイツ(・・・)に洗脳されたのよ!」

『何て……何て卑劣な手をォォォーーーーッ!』

 正義感が憤怒を吼えた!

 うしッ! 責任転嫁成功!

『何と! それ(・・)に乗っておるは、リンか?』

 ようやく気付いたか、エルダニャ。

『して、リンよ……そなたの知り合いが洗脳されたと申すのだな? 何と卑劣な! それは、どいつじゃ?』

 黙ってろ、アンタだ。

『許せねぇ……許せねぇぜ!』

 怒りを噛み締めるケイン。

 んもう、どこまでも熱血正義漢なんだから★

 長所 ♪

『こうなったら……リン! レトロナ合体だ!』

 何が「こうなったら」なのかは知らないけど、分かったわ ♪

 いよいよケインと、合・体 ♪

 いや~ん★

『行くぞ! レェェェッツ!』

「…………」

『リン?』

「え?」

『戦闘中にボーッとするな! 合体だ!』

「え? ああ、うん」

『行くぞ! レェェェッツ!』

「………………」

『……リン?』

「え?」

『え? じゃない! 合体キーワードを叫べ!』

「あ、うん……って、合体キーワード?」

 初耳なんですけど?

「何て叫べばいいの?」

『何でもいい!』

 ああ、そう……何でもいいんだ?

 ……要る? それ?

『行くぞ! レェェェッツ! レトロイィィィーーン!』

「星河プリズムパワー・メーイクアーップ!」

 あ、発動した。

 合体シークエンスがオート起動した。

 機体から発せられた電磁波が互いを繋ぎ合わせ、重々しい誘導に変形合体を展開していく!

 

『ファイブ! (ゴー! ゴー!)

 ファイブ! (ゴー! ゴー!)

 ファイブ! (ゴー! ゴー!)

 ファァァァァーーイブ!

 宇宙の平和を乱す悪魔を~~ ♪

 (ダンダダン! ダンダダン!)

 許しはしない 俺は戦う~~ ♪

 (ダンダダン! ダンダダン!)

 燃やせ! 正義の魂を!

 吼えろ! 勝利の雄叫びを!

 鋼の巨体が悪を討つ~~ ♪

 

 三つの力がひとつになって~ ♪

 二人の心が無敵となって~ ♪

 正義を呼ぶのさ!

 奇跡を呼ぶのさ!

 叫べ 燃えろ

 ボクらの~ ♪

 レ・ト・ロ・ナ・ファーーイブゥゥゥーー ♪

 ファーーイブゥゥゥーー ♪ 』

 

 ……何コレ?

 全スピーカーから変な主題歌が流れてきたんだけど?

 水木 ● 郎みたいな歌声で、文字数を喰ったんだけど?

 

『ズエェェェーーーーット!』

 

 ズェット言ったしッ!

 魂の決めシャウトしたしッッッ!

 

 

『レェェェトロォォォナ……ファァァイブッ!』

 鋼鉄の巨大守護神が、雄々しくポーズをキメた!

 ってか、いいわね? ノリノリで?

 アタシなんか「乙女の奇跡!」とかやりたくないんですけど? いやマジで。

『さあ、いくぞ! 宇宙の平和を乱す悪魔め!』

『いや……別に宇宙の平和とかは乱してないんですけど……』

 ビシィと熱血に指差されて、ドク郎が困惑していた。

 今回は、ちょっと可哀想な気もする……いや、いいか?

 コイツ(・・・)だし。

『黙れ! 善良な〝あぐっさん〟を洗脳し、尖兵と利用するとは……その卑劣さ、断じて許せん!』

『あぐっさん? 誰じゃ?』

 アンタだ、エルダニャ。

『行くぞ! 超リニアァァァメンコォォォーーーーッ!』

 腹部スリットから飛び出したカードを空中キャッチ!

 電磁波を帯びたそれ(・・)を、ドク郎の横っ面へ叩き付ける!

『ふげふぅッ?』

 ただの渾身ビンタにしか見えないわ。

 生活指導体罰みたいだわ。

 ってか、何でハイテク武器が〝メンコ〟なワケッ?

『超リニアァァァ……(キュウ)ゥゥゥッ!』

 五指先から射出される黒い連弾!

 それ(・・)はドク郎の各部位へ付着して……チリチリと煙を上げ始めた。

『熱ッ? 熱熱熱熱ッ?』

 小躍りに悶えてるし。

 どうやら〝全身灸〟のようだわ。

 地味な攻撃!

 ってか、リニア関係ないじゃん!

『グスッ……何でワシが、いきなりこんな目に……』

 メソメソ泣くなドク郎。

 絵面(えづら)的にキモいから。

『ただ「あ、綺麗な自然がある ♪ 」って、森林浴に降下しただけなのに……グスッ』

 〈ネクラナミコン〉じゃなかったーーッ!

 まさかの〈ネクラナミコン〉じゃなかったーーッ!

 そこは何かゴメーーン!

『グスッ……もういい、みんな壊してやる』

 あれ?

 聞き慣れたフレーズ言い出したわね?

『喰らえぇぇい! ドクロバース──』『超リニアメンコォォォーーーーッ!』『──トふげふぅぅぅーーッ?』

 させるかッつーの!

 横っ面ひっぱたいてやったわ! アタシが!

 ケインから操縦系統を一時奪って!

 メンコは出さなかったから、それこそ〝教育的指導ビンタ〟でしかないけれど。

 うん、いいのよ?

 どうせコイツ(・・・)だし?

 何よりも、アタシは〝天条(・・)リン(・・)〟なんだから ♪

 

 

 

 ドク郎がキレた。

 んなモンだから、剣劇が始まる。

 大空を舞台に『レトロナ(ファイブ)対ドクロイガー』が展開する。

 とは言っても、ぶっちゃけアタシに出来る事なんか無い。

 だって、合体後の操縦系統はケインに一任だし?

 武器だってケインの意思ひとつだし?

 ……(ひま)よね、合体ロボのサブパイロットって。

『フハハハッ! どうしたどうした? レトロナ(ファイブ)よ!』

 半月刀〈ドクロブレード〉の猛攻を、腿脇から取り出した両刃剣〈レトロナブレード〉で弾き(さば)く!

 ってか、ドク郎?

 いまのアンタ、完全に〝悪役〟の言動だかんね?

『クゥ! なんてパワーだ! まるで体格差から違うみたいだぜ!』と、焦燥のケイン。

 いや、違うわよ?

 ドク郎は全高約八〇メートル。

 対して〈レトロナ(ファイブ)〉は約六〇メートルですもの。

 格闘家と高校生ぐらいの差は、あるわよ?

 でも、まぁ、それが〝強さ〟には直結しないけどね?

 だって、アタシとモモの〈Gフォルム〉は、約四〇メートルですもの。

 そんでもって、毎回完勝してるもの。

 んッ?

 って事は……ぶっちゃけ、アタシら(・・・・)の方が〈レトロナ(ファイブ)〉より強くない?

 …………。

 いや、そっと胸の内に仕舞っておこう。

 さすがに、何か悪いわ……ケインにも……ドク郎にも。

『フハハハ! どうした! どうしたどうしたどうしたァァァーーッ!』

『クソッ! ()されているッ? こ……このままでは!』

「ポチッとな」

『熱ゥゥゥーーーーッ?』

 暇だから手近なボタンを押したら、腰のバックル部から〈超リニア(キュウ)〉とか言うのが射出されたわ。

 ドク郎が全身灸に(もだ)え踊ったわ。

 さっきと出る場所が違うけど、もういいわ。

『リン、何をやっているんだ!』

「え? あの……その……マズかった?」

 そっか!

 残弾数の都合もあるものね!

『武器を繰り出す時は、高らかに叫べ!』

「あ、そっか……音声認識か……って、アレ? 出たんだけど? 武器?」

『そうじゃない!』

「うん?」

『……それが礼儀だ』

「………………」

 礼儀なんだッ?

 いままで礼儀で〝使用武器紹介〟してたんだッ?

 まだ「乙女の奇跡!」の方が意味あるんですけどッ?

 アレ(・・)、一応〈起爆コード〉になっているもの!

『ヌゥゥ……相変わらずの天敵ぶりだな〈シャチ娘〉! いやさ〈腕娘〉!』

 イヤな呼び名つけんな! コンニャロー!

『だいたいキサマ! いつもの〈シャチ〉は、どうした! 相棒の〈イルカ娘〉は!』

 ビシィと指差し糾弾されたわ。

 ドク郎風情に。

 でも……アレ?

 何かイラッとした。

 ……ドク郎風情が偉そうに構えたからだ!

 アタシは〝天条リン〟!

 アンタなんかとは格が違うんだからね!

『リンよ、聞こえるか?』

 今度はエルダニャからの緊急通信──ってか、どうやって〈レトロナ(ファイブ)〉の通信回線を割り出し……ああ、パモカからか。

 ま、どっちでもいいけど。

「ったく、何……よ?」

 一瞬……それはパモカを耳元へと添えた一瞬だった……ふと琴線が白く揺れた。

 いや、何で唐突に浮かんだ?

 いつもの雑談の感覚──。

 たまに……寝る前に交わす長話──。

 たいした中身も無いバカ話──。 

 あのユルッユルでホワホワした声音────。

 って、現状(いま)は戦闘中!

 しっかりしろ! 天条リン!

 トリップしてる状況か!

 アタシは軽く両頬を叩く!

「何だッつーの! エルダニャ!」

『上じゃ』

「はぁ?」

『強大なエネルギー反応が近づいておる』

「敵機接近って? そんな嬉しくない情報を、何で閑雅(かんが)なゆとりで伝えてんだ! アンタは!」

『敵かどうかは……ズズッ……生憎(あいにく)(われ)にも判らん』

 オイ? いまの『ズズッ』て何だ!

 さては紅茶(ティーセット)とか(すす)ってるだろ、アンタ!

「まさか……今度こそ〈レトロナ(じゅう)〉とかいうヤツじゃないでしょうね!」

 焦燥にレーダー機器を操作する。

 (いま)だ反応は無い……が、エルダニャが感知した以上、それ(・・)は確かだろう。

 母体がプロトタイプとはいえ〈ツェレーク〉艦載の〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉──つまりは〈スーパークルーザー〉だ。

 その性能を疑う余地は無い。

 と、すれば……性能的に信用度が低いのはコッチ(・・・)

 あ、ようやく映った。

 どんだけポンコツだ!

 惑星レトロナの守護神!

「確かに降下して来ている。だけど……」

 エネルギー値が大きい。

 この場に居合わす誰よりも……。

 存在を認識しながらも、現状で()せる事前策は無い。

 その〝正体〟が判別できない以上は……。

 

 

 脅威接近の情報を共有した全員が警戒に構える。

 そして、ようやく雲を()し崩して姿を(あらわ)にした!

「嘘……でしょ?」

 その全貌を視認し、今度こそアタシは驚愕に固まる!

 真の驚愕に!

 

 それ(・・)は──ソイツ(・・・)は──その異形(・・)は!

 アタシ達が追い求めていた怪異……巨大な〈クラゲ〉だった!



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リンちゃんと惑星レトロナ Fractal.6

 

【挿絵表示】

 

 ──ヤツは言った。

 

『惑星レトロナノ民ニ告グ。タダチニ科学技術ノ向上開発ヲ停止セヨ』

 

 ──ヤツは言った。

 

『現段階ノ科学レベルヲ(モッ)テシテモ、オマエ達ニハ過ギタル技術……()(ワキマ)エヌ技術保有ハ、宇宙摂理ニトッテ害悪デシカナイトイウ事ヲ心セヨ。()モナクバ、実力行使ニテ放棄サセザル得ナイ』

 

 ──ヤツは言った。

 

『警告トシテ、軽ク()ガ実力差ヲ知ラシ示ス事トスル』

 

 そして、大猛攻が始まる!

 無数の触手から破壊光線を発射し、無差別に爆炎を生む!

 眼下の海面は瞬間的な蒸発に潮騒の表皮を浅く失った!

 陸地の緑は次々と火の手に(むさぼ)られ、固い大地とアスファルトは粉砕に崩れる!

 防衛基地〈レトロナベース〉は建固たる光子バリアで()(こた)えているものの、はたして、それがいつまで維持できるか!

 

 乱雑に踊る危険な光を、アタシ達は()わし続ける!

 レトロナ(ファイブ)も!

 エルダニャも!

 ドク郎も!

 当たればシャレにならない事は、重々確信できた!

『クッ? 何だ! コイツは!』

 さすがのケインにも、眼前の猛威が〈レトロナ(じゅう)〉とかいう三下とは格違いという事実は肌で直感できたらしい。

『ヌゥゥ……()が障害となる者が、此所にも()ったか!』

 忌々(いまいま)しく歯噛みするドク郎!

 その野望実現に脅威となる存在とは認めたようだ。

『えぇい! 不覚! まさか〈エ ● ゼルパイ〉とかいう美味を忘れて来るとは!』

 ……状況を把握できていないバカが、一人(ひとり)いたわ。

 ともかく、無差別に荒れ狂う大災厄は鎮まる兆しも無い!

「ケイン! 何か武器は無いの?」

『〈レトロナブレード〉も〈超リニアメンコ〉も至近戦用だ! (ふところ)へ潜り込まなければ使えない!』

「銃とか飛び道具は無いの?」

「あいにく〈超リニア(キュウ)〉しかない」

 ……さすがに使えないわよ、あの〈全身灸〉は。

「じゃあ、他に手段は?」

『……ひとつだけ有る』

「だったら、それ(・・)を使えば!」

『あまり気は進まないが……』

「出し惜しみしている余裕なんか無いわよ!」

『……分かった!』

 苦渋の決断を噛み締めると、ケインは高らかに叫んだ!

『超リニアァァァ……シャィィィン・自爆(ジバァァァーク)ッ!』

「ちょっと待ってーーーーーーーッ!」

 慌てて制止したわよ!

「何よ! それッ?」

『シャイン・自爆──全超リニアパワーを〈レトロナ(ファイブ)〉に結集させて、膨大なエネルギー弾と化して突っ込む特攻技だ』

「ちゃんと脱出するのよね? ギリで離脱とかするのよね?」

『馬鹿を言うな! (おとこ)は常に真っ向真剣勝負……小細工などしない!』

 してッ? そこは!

『ヌゥゥゥ……森林浴を妨害された挙げ句、よもや、このような不埒者が現れるとは……ああ、鳥さん達が! 鹿さんが! おのれぇぇぇい! この〝イジメっこ〟がぁぁぁ!』

 燃え盛る森から逃げ惑う動物達を見て、ドク郎が憤慨(ふんがい)していた。何故か。

 スウィーツ嗜好やら動物愛玩やら……アンタ、意外とメルヘン思考ね?

『こうなったら思い知らせてくれる! 喰らえぇぇい! ドクロバー…………』

 アタシを見た。

 何か言いたそうに、アタシを見た。

『いいですか?』

 何がだ。

『喰らえぇぇい! ドクロバーストォォォーーーーッ!』

 ドク郎の全身から一斉に開放される射撃武装!

 (おびただ)しい(ほど)の自動追尾ミサイルが、ピラニアの(ごと)く〈宇宙クラゲ〉へと噛み付いていく!

 爆発!

 爆発ッ!

 爆発ッッッ!

 轟爆と黒煙の狂騒が、神秘にして不気味な軟体を呑み込んだ!

 が──『何だとッ!』──沈静に引いていく破壊のヴェールからは、まったく(こた)えていない怪物の姿が!

「どんだけ強固よ! アイツ!」

『リンよ、聞こえるか?』

「エルダニャ?」

 パモカ通信だった。

(われ)に妙案があるのだが……御主(おぬし)の見解を(あお)ぎたい』

「……何か閃いたの?」

『うむ』

 そして、エルダニャの提案は、さすがの私も耳を疑うものだった。

『このレモンティーをクーラーボックスで凍らせれば、簡易的な菓子になると思うが……レモンティーにレモンティー味のアイスキャンディーはアリかのう?』

「知るかァァァーーーーッ!」

 何ブッこいてんだ!

 この慄然(りつぜん)とした戦況下で!

 触手の一本が〈レトロナ(ファイブ)〉の脚に絡みついた!

『しまった!』

 次の瞬間、触手から(つた)う高圧エネルギーが全身を(むしば)む!

『ウワァァァーーーーッ!』「キャアァァァーーーーッ?」

 五体が千切れ飛ぶかと思える激痛!

 その時!

『イジメたらアカーーン!』『ケルルルッ!』

 新たなる参戦者によるビーム砲撃が、触手を射抜き()がした……って、ミヴィーク? それに、モモッ?

『クラゲさん、イジメはアカン! リンちゃんイジメたらアカン! ドクロさんイジメたらアカン! ハッちゃんも……鳥さんも……動物達も……みんなイジメたらアカン! 仲良うせなアカンやん!』

「ってか、モモ! 何でアンタが〈ミヴィーク〉に乗ってんだッつーの!」

『リンちゃん! それ(・・)降りて!』

「はぁ?」

『リンちゃん乗るの、それ(・・)やない! リンちゃん()るの、そこ(・・)やない!』

「って、勝手に決めるな! アタシがいないと〈レトロナ(ファイブ)〉は性能が落ちるの!」

『アカン! イヤや! 降りて!』

「駄々っ子か!」

『せや! これは、ウチのわがまま(・・・・)や! ほんでも、それでええ! わがまま(・・・・)でええ!』

「モモ?」

 何よ……必死に?

 何だって、今回はそんなに意固地よ?

 いつもフワフワ流されてんのに……。

『ウチ、リンちゃんと離れたない! ずっと一緒がええ!』

『ケル……ケルル! ケルケル!』

「……アンタ達?」

 分かんない。

 分かんないけど……感傷が占めた。

 その瞬間、両機の狭間に光撃が放たれる!

 思考を巡らせる隙も無く距離が引き離された!

『クラゲさん、アカン言うたやん! いい加減にせんと、ウチ怒るよッ?』

 牽制に敵の周囲を旋回する〈ミヴィーク〉!

 ったく、何だッつーのよ。

 何で、そこまで「リンちゃん」「リンちゃん」って……。

 いつも、のほほんとして頼りないクセに……。

 いつもホワホワ笑ってばかりで……考えなしで……泣き虫で……決断力も無いクセに…………。

 何で、今回は臆してないのよ?

『天条リン』

 パモカからの通信。

 クルだ。

『ようやく〈ネクラナミコンの欠片(かけら)〉を見つけた』

 そう。

 でも、関係無いわ。

 いまは頭に入んない。

『それから、私は泣かせていない』

「え?」

()(さき)モモカは、泣いていた』

「ッ!」

『……私は泣かせていない』

 何よ、それ?

 唐突に……意味不明だッつーの。

 意味不明だけど、何故かアタシはドキリとした。

 何故?

『うひゃう?』

「モモ!」

 目障(めざわ)りな(まと)わりを鬱陶(うっとう)しく感じたか、クラゲは標的を完全に〈ミヴィーク〉へと定めていた!

 捕縛しようと無数の触手が揺らぎ迫り、撃ち落とさんと光撃が襲う!

『ぅ……ぐう! ミヴィーク、もっと(はよ)う!』

『……ケル!』

 モモの苦悶を気遣(きづか)いながらも、ミヴィークは加速した!

『ふぐぅ!』

『ケルッ?』

『え……へへ ♪  へ……平気やよ?』

「……んなワケないじゃない」

 アタシは歯痒さを覚えつつ吐き捨てた。

 現状は(かろ)うじて高機動性依存に回避は続けている……が、紙一重な危なっかしいものだ。

 ()してや、搭乗者はアタシ(・・・)じゃない。限界はある。

 各愛機は、専属パイロットに合わせたカスタム調整が()されているからだ。

 つまりアタシ(・・・)が乗ってこそ〈ミヴィーク〉は真価を発揮できる!

『うきゃう!』『ケルッ!』

「モモ! ミヴィーク!」

 触手に弾き叩かれた!

 直線進路上を予測しての先手だ!

 荒く回転を躍りながらも滞空制止!

 おそらく〈ミヴィーク〉の自己制御だ!

 墜落は()けた!

 けれど、その沈黙を狙う敵意!

 幾多(いくた)もの触手が迫り来る!

「すぐ離脱して! そのままブースター全開! モモッ!」

『…………』

「モモ!」

 反応が無い?

 まさか衝撃で気を失った?

 下手をしたら、直前までのGが困憊(こんぱい)の負荷を掛けていた可能性もある!

「モモッ!」

『ドクロブレェェェーード! 乱舞滅多斬り!』

「え? ドク郎?」

 割って入った半月刀が、総ての触手を斬り払った。

 何で、アンタがモモを(かば)ってんのよ。

 何で、アタシじゃなくアンタがそこ(・・)にいるのよ。

 そして何故、こんなにイラッとしてんだろう……アタシ。

『見損なったぞ! シャチ娘!』

 ビシィとアタシを指差して説教垂れ始めたわ……生意気に。

如何(いか)なる理由があるかは知らん! 興味も無いわ! だが! キサマ達は常にワンセットではなかったのか! それを何だ! そんなガラクタに鞍替えしおって!』

 何よ、ワンセットって。

『ワシはな……ワシは……オマエら二人(・・)に仕返しせねば気が済まんのだ! そうでもなければ、ワシはこれまで顔面ハリセンの浴びせられ損ではないか!』

 知るか……アンタの固執理由なんか。

『尻軽!』

 ……殺すわよ。

(くち)だけ女!』

 ……うっさい。

『ああ、そうかそうですか! キサマのような腑抜(ふぬ)けには、そのポンコツガラクタがお似合いだ! ヤーイ! オシリペンペン!』

 ……小学生か。

『どうだ? 悔しいか? 悔しいだろう?』

 ……別に。

『だったら、そんな物を降りて掛かって来んかーーッ! さっさと、いつもの〈シャチ〉に乗らんかァァァーーーーッ!』

 ……見え透いた(やす)い挑発を向けんな。

 ……イライラするから。

 ……コレ、いつもと違う(いら)()ちだから。

『さぁ、どうした! シャチむす……ムゥ?』

 またも触手の潮が襲い来る!

 ドク郎に斬り捨てられた先端は、みるみる再生して元通りとなっていた!

『えぇい! 鬱陶(うっとう)しい!』

 ミヴィークを胸に(かば)(いだ)きつつ、刃で弾き続けるドク郎。

 何やってんだ……アタシ。

 あんなヤツにモモを(かば)われて……。

『リン、どうやらチャンスだ!』不意に耳へ飛び込んで来たのは、ケインからの指示。『いまヤツは、あの髑髏(ドクロ)(がた)ロボに集中している! 一気に間合いを詰めるチャンスだ! そうすれば、最強必殺の〈超リニア剣・スピン斬り〉で仕止められる!』

 ああ、まだ奥の手があったんだ……。

 最後の武器ね……。

 ってか〈五大武器〉しか無いのに〈剣〉が別々にあるんだ?

 ウケるわ。

 どうでもいいし……。

『ヌゥゥ! キリが無いわ! このクラゲ風情が!』

 …………うっさい。

『リン、このまま突っ込むぞ!』

 ……うっさい。

『天条リン、私は泣かせてはいない』

 うっさい!

『泣かせたのは、誰?』

「ッ!」

 

 ──えへへ ♪  リンちゃ~ん ♪

 

 白い脳裏を、いつもの(ゆる)い笑顔が()めた。

 まったく……どうして、アンタはそんなにフワフワだ。

 どうして、警戒心ゼロだ。

 どうして、いつも考え無しだ。

 心配で仕方ないじゃない。

 アタシ(・・・)(そば)にいないと……。

 なのに、アタシは……アタシは何やってんだ?

 熱に浮かされて……。

 酔って……。

 ミヴィークを不安にさせて……。

 モモを泣かせて…………。

『しまった! 捕まっ……グァァ!』

『リン、どうした! (ふところ)へ飛び込むぞ!』

「うっさいって……言ってんのよーーーーッ!」

 ブチキレにフロントキャノピーを蹴破ってやったわよ!

 どいつもコイツも知るかッつーの!

 アタシは〝天条リン〟!

 思うがままに行動するだけよ!

「ミヴィィィーーーーク!」

 破砕に刻まれた開放から〈ヘリウムブースター〉任せに飛び出した!

 アタシの呼び声に呼応して〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉が覚醒する!

 そのまま(いだ)く巨腕をスルリと抜け出して、アタシと踊るかのように天空高々と泳いだ!

(ギャラクシー)フォルム・メタモルアップ!」

 髪止め型の〈シンクロコネクター〉に()()まれた青いクリスタル〈トランスコア〉が起動の輝きを息吹(いぶ)いた!

 そして──「Gリン!」──アタシは、アタシ(・・・)を名乗った!



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リンちゃんと惑星レトロナ Fractal.7

 

【挿絵表示】

 

 運命の王子様ってのに憧れた。

 少女漫画を()(あさ)るようになった。

 それもこれも窮屈(きゅうくつ)な家庭環境のせいだ。

 物心ついた頃から、やれ許嫁やら、やれ名門家柄とのお見合いだとか……ウンザリだ。

 だから全部、破談へと持ち込んでやった。

 ある時は〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉の超高速ツーリングでビビらせ、またある時は運動神経の雲泥差を誇示して気後(きおく)れさせてやったわ。

 何が「いつ見ても御美しいですね、天条さん」だ。

 所詮(しょせん)〝家柄に操られた人形(マリオネット)〟じゃない。

 どいつもコイツも名門温室育ちの御坊っちゃんだから、少しばかし箱庭から引き摺り出せば簡単にドン引く。

 次第に親も根負けして、何も()いなくなった。

 うん、それで善し!

 アタシは〝天条リン〟──自分の人生は〝自分〟で決める!

 以前にも増して、少女漫画を()(あさ)るようになった。

 イケメンドラマを観るようになった。

 ヴァーチャル恋愛ゲームも、必ず新作チェック。

 ハァ……ラブロマンスかぁ。

 こんな〝燃えるような大恋愛〟を体験したいものだわ。

 いつの日かアタシにも現れるわよね?

 運命の王子様ってヤツが……。

 

 

 

 

「うう……」

 モモが意識を取り戻した。

 アタシの両掌(りょうてのひら)(なか)で。

「あ? リンちゃん?」

「ったく、アンタは……。専属じゃないのに〈ミヴィーク〉乗りこなせるかッつーの!」

「えへへ、せやねぇ? さすが〈リンちゃん専用機〉だけあってGスゴかったわ★」

 相変わらずホワホワとした苦笑(にがわら)いに染まる。

 ホントに反省してるのかしら?

 ……まぁ、いいわ。

 この笑顔に免じて、もう少し『ラブロマンス』は御預けにしますか。

「あんな? リンちゃん?」

「何よ?」

「……ゴメンねぇ?」

「は?」

「ウチのわがままで、ケインはんと引き離してしもた」

「べ……別に、まだそんな仲じゃ…………」

「せやけど、ウチ、リンちゃんと一緒がええねんよ?」

「…………」

「せやから、ゴメンねぇ?」

「……アンタは悪くない」

「リンちゃん?」

「……言っとくけど、アタシも悪くない」

「ふぇ? せやったら?」

「悪いのは……アイツ(・・・)だァァァーーッ!」

 ビシィと指差してやったわ!

 宇宙クラゲ──の触手と悪戦苦闘しているドク郎を!

『えええぇぇぇ~~~~ッ?』

 黙れ、ドク郎。

 一切、反論却下だ。

『ちょっと待て! シャチ娘! 数分前の展開を忘れたか!』

「さっさと掛かって来んかーーッ! って、言ってたじゃ~ん★」

『晴れやかな笑顔を傾げて、何を独善主張をしとるかぁぁぁーーッ?』

 アタシはヘリウムブースターで上昇すると、閑雅(かんが)に傍観している〈モササウルス〉へと隣接する!

「エルダニャ! モモ御願い!」

『フム? (あい)()かった』

「リンちゃん? ウチもやるよ? イザーナ、すぐ呼ぶよ?」

「パータリン! ダメージ回復してないのに、何言ってんだッつーの!」

「ふぐぅ!」

「……しっかり休んでおきなさい?」

「せやけど! 今回の相手は〈宇宙クラゲ〉やねんよ?」

「アタシを誰だと思ってんの? アタシは〝リン〟──〝天条リン〟よ? 不可能なんて無いんだから★」

 

 

 

 波打に伸びる触手の槍!

 (おびただ)しいそれを、アタシはヘリウムブースターの微々たる滞空推移で回避する!

 紙一重!

 大きく旋回なんかしない!

 直進を兼ねているからだ!

 本体へ近付かなければ何も始まらない!

 また来る!

 しつこい!

「ドク郎ッ!」

『ドクロブレェェェーード! 乱舞滅多斬り!』

 呼ばれて飛び出て、下僕が触手の群を斬り払った!

「よし、よくやった! そのまま引き付ける!」

『アイアイサー……って、チト待てぇぇぇーーい! 何故、ワシがオマエに命令されなきゃならんのだ!』

「うっさい! アタシに口応(くちごた)えすんな!」

『ワガママかッ!』

 接近!

 接近ッ!

 接近ッッッ!

 ハンッ! クラゲ風情が!

 触手(ごと)きで止められると思ってるなら止めてみなさいよ!

 アタシは〝リン〟──〝天条リン〟なんだから!

「デリャアァァァーーーーッ!」

 間合いに詰めた刹那、間髪入れずにヘリウムブースター全開の前転(ぜんてん)踵落(かかとお)としを繰り出した!

 中核の発光器官目掛けて!

 クリーンヒット!

 が──「はあッ?」──包むジェル表皮に蹴りがフニンと沈み、せっかくのダメージが中和されてしまう!

「んにゃろ! たかがクラゲのクセに……うわっと?」

 即座に、その場から離脱!

 四方八方から触手が伸びてきたから!

「厄介ね! あのゼリー饅頭(まんじゅう)!」

『何をやってるか! シャチ娘! 全然効いておらんではないか!』

「うっさい! ドク郎の分際で!」

『分際って何だ! というか〝ドク郎〟って誰だ!』

「絶対、アソコが弱点だと思うんだけどなぁ? 他に目立った異質箇所は無いし……中核に据えてあるし……ブツブツ」

『無視をするな! 腕組み思案で無視するな!』

「あ、そだ! ねぇ、アンタ? ちょっと中性子爆弾でも(かか)えて、アソコに特攻して来てくんない?」

『さらっと恐ろしい死刑宣告するな……それも悪意無く』

「何よ? 使えないわね? ドク郎のクセに!」

『鉄砲玉に使うなッ!』

『3(フラクタル)\1(ブレーン)次元(ディメンション)の少女よ』

 沈着な抑揚で、クラゲが語りかけて来た。

 って、その〝3(フラクタル)\1(ブレーン)次元(ディメンション)の少女〟って、疑う余地無くアタシの事よね?

()が身に一撃を加えた結果は、素直に驚嘆に値する。あのような結果は、()が〈ラプラス・コンプレックス〉には演算されていなかった』

 何だ〈ラプラス・コンプレックス〉って!

 シンプルに〈未来予測〉って言え、コンニャロー!

 一聞に把握しづらい横文字へ置き換えれば、自分を高尚に見せれるとか思ってんなら大間違いだかんね?

 そんな安っぽいオタ房発想www

『しかし、だからこそ立証された──やはりオマエ達〝3(フラクタル)\1(ブレーン)次元(ディメンション)の人類〟は、危険な成長速度を内包している』

 シンプルに〈可能性〉って言え! このスットコドッコイ!

 厚顔無恥な白痴政治家か! アンタ!

『その反面、精神的成長は未熟。このアンバランス性は、宇宙全体にとって害悪となる事を憂慮せねばならない。やはり現状況から活動領域を拡張させるべきではないと判断……』

「知るかッつーの」

『……何?』

「そもそも〝篭の鳥〟なんて真っ平ゴメンだッつーの! そんなんで納得するぐらいなら、とっくに縁談だって快諾してるわ!」

『……何を言っている?』

「フッ……分かんないなら教えてあげるわ」

 そして、アタシはロングポニーをフワサと()き流した!

「アタシは〝リン〟! 〝天条リン〟よ! いつでもどこでも、自分の思った通りにやる! 誰の指図も受けないんだから ♪ 」

『……ああ、やっぱり』

 オイ?

 その「やっぱり」って何だ? ドク郎?

『慢心と奢り……だから、危険だと言う』

「フン……『自信』と『可能性』っていうのよ! そーいうの!」

『害悪の危険性は、この場で少しでも排斥する』

「ヤダァ★ 奇遇ぅ~? 同感~ ♪ 」

 アタシの挑発を皮切りに第2ラウンド!

 またも襲い来る無数の触手!

「ったく、ウネウネと! アタシはエロアニメのヒロインじゃないっての!」

『ィ……イヤァァァ!』

 ……アンタの恥態(ちたい)なんて見たくないわよ、ドク郎。

「クッ……ソ! せめて、触手の動きさえ止められれば!」歯噛みの中で、ふと妙案が脳裏を(よぎ)る。「やってみるか」

 そして、アタシは(りょう)(てのひら)を花と開いた!

「エコロケーションホールド!」

 放たれる超音波拘束!

 クラゲの動きが愚鈍に染まる!

 ……けど!

「クゥ? や……やっぱり(ひと)りじゃ不充分……か?」

 クラゲのヤツ、まだ動ける!

 そもそもはモモとの相乗効果で、膨大な拘束力を領域形成する連携技だ。

 アタシ(ひと)りからの圧だけでは、そりゃ不充分に決まっている。

 ()してや相手は、あの〈宇宙クラゲ〉──難敵もいいとこだ!

「ぅらあああああーーーーッ!」

 だったら振り絞る!

 持てる渾身を限界まで!

 宇宙の平和?

 人類の存亡?

 カンケーない!

 単に……アタシは負けたくない(・・・・・・)

 何故なら、アタシは天条リン(・・・・)だから!

『愚かな……仮に力業(ちからわざ)で抑え込んだとて、その後はどう攻撃へ転ずる?』

「グゥゥ……オ……オイシイ見せ場は……(ゆず)ってあげるわよ!」

 不本意ながらに、攻撃担当(レシーバー)への任命を叫ぶ!

「ドク郎!」

『イヤーン! 破廉恥(ハレンチ)な!』

「触手宙吊りにTo()LO()VE()ってんじゃないわよーーッ! この一大事(いちだいじ)にーーッ!」

 ホントに使えないわね! コイツ!

『いいや、リン! 一瞬でも動きを止められれば充分だ!』

 え? この頼もしい声……ケイン?

 肩越しに振り向けば、いつの間にか間合いを詰めていたレトロナ(ファイブ)の勇姿が!

 そうか! 完全に蚊帳の外だったから、失念のままノーマークになっていたのね!

『行くぞぉぉぉーーッ! 超リニア剣ーーーーッ!』

 胸部に据えられていた深紅のシンボル『(ブイ)型エンブレム』が、刀身と柄を伸ばして両刃(もろは)の巨剣に……って、違った!

 アレ『(ブイ)型エンブレム』じゃなくて『レの字』だーーーーッ!

 カタカナの『レ』だったーーーーッ!

 微妙な傾斜に据えていたから誤魔化されてたわ!

『ハアァァァーーーーッ!』

 高々と巨剣を振りかざすと、頭上には雷雲が集積していく!

 ……何で?

 何で、いきなり局地的天候変化?

 もしかして、例の〈ブルートーン効果〉の応用?

 とか胸中でツッコミを巡らせていた直後、神々しいほどの落雷!

 膨大な電気エネルギーが両刃(もろは)に帯電蓄積される!

 そんでもって、(すす)けた!

 レトロナ(ファイブ)、機体色が少し黒ずんだ!

 絶縁処理ハンパだった!

 落雷受けた瞬間、軽くビクゥって痙攣(けいれん)したし!

『超リニア剣……スピン斬りィィィーーーーッ!』

 強大なエネルギーを攻撃力へと転じ、鋼鉄の巨体が高速回転!

 刃を水平に伸ばして……。

 てっきり〈ドリル回転〉かと予想してたら、まさかの〈独楽(コマ)回転〉だったわ!

 けれど……さすが腐っても必殺技!

 遠心力依存の斬撃は自衛に襲い来る触手を無選別に斬り落とし、そのまま特攻で(コア)とおぼしき発光器官を両断にした!

「やった!」

 発光を帯びていく敵の姿に、誰もが勝利を確信!

 が──「浅いッ?」──深々と切り裂いたものの、分厚い軟質表皮だけに(とど)まった!

「だったら!」

 空かさずヘリウムバーニアを高出力で、アタシは高々と跳んだ!

 発光器官(コア)()()している!

 この千載一遇を逃す手は無い!

「テァァァアアアアアーーーーーーッ!」

 必殺の脚槍!

 貫く!

 帯電する高圧エネルギーを解放させるべく、アタシは起爆コードをキメた!

アタシ(・・・)の奇跡!」

 大爆発!

 白い光の拡散が〈クラゲ〉の最期を演出した!

 柔らかくも(まばゆ)く染まる眼界。

 だがしかし、予想外の展開が、またもやアタシ達を驚愕へと(おとし)める!

「な……何ですってッ?」

 確かに斬りはした!

 確かにトドメとなった!

 少なくとも〈クラゲ〉には……。

 だけど、溶けていく光の中にソイツ(・・・)はいた。

 白の中心に……。

 あの〈クラゲ〉に取って代わって……。

 少女だった!

 閑雅(かんが)に泳ぐ銀色の長髪。端正で線の細い美貌には、(うれ)いを()びながらも冷ややかな眼差(まなざ)し。まるで聖女のような高潔さを感受させながらも、得体知れない恐怖感をゾッと(いだ)かせる。

 

「我が名は〈ニョロロトテップ〉……」

 

 それが〈クラゲ〉の正体だった。

 

 



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リンちゃんと惑星レトロナ Fractal.8

 

【挿絵表示】

 

「んじゃ、コレが〈ネクラナミコン〉だったの?」

「そう」

 夕日に萌える格納庫で、リンちゃんはクルちゃんが見つけた物に(あき)れとった。

 無理もあらへん。

 ウチかて同じ心境や。

 ハッちゃんは軽い好奇心だけを注いどったけど。

 クルちゃんが探し出した〈ネクラナミコン〉は……博士の〝濁酒徳利(どぶろくとっくり)〟やった。

()乙女(おとめ)()博士は言っていた──『呑んでも尽きない養老乃瀧(ようろうのたき)……呑んでも尽きない養老乃瀧(ようろうのたき)…………』と」

「……ああ、アレ『アル中の幻覚症状』じゃないんだ」

「奇怪な現象ではあるけど、これが〈ネクラナミコンの擬態〉ならば納得はできる」

 できへんよ?

「ふむ? 理には叶っておるな?」

 叶ってへんよ?

「ま、何にせよ目的は達成したし滞在リミットもドンピシャ……そろそろ〈ツェレーク〉へと帰りますか」と、リンちゃんは伸びに砕ける。

 ウチ……やっぱり凹んだ。

 なんや空元気に見えた。

「あんな? リンちゃん?」

「うん? 何よ? 神妙な顔しちゃって?」

「ゴメンね?」

「……はぁ?」

「ウチのせいで、リンちゃんの恋愛を台無しにしてもうた」

「…………」

「あんな? ウチな? リンちゃんと一緒がええねん! ずっと一緒がええねん! せやけど……そのせいで、リンちゃんにイヤな思いさせた」

「……………………」

「ウチ……ウチ……ごめんなさい! ふぐっ……ウチ……ふぇ……リンちゃ……リンちゃんに嫌われた……ない……ふぇぇ……」

「えい★」

「ふぐぅ!」

 ほっぺムニされたよッ?

 いきなり両手で、ほっぺ引っ張られたよッ?

「ふひぃ……フィンふぁん? ふぁひひほんほ?」

「アハハハハハ★ 面白ーい ♪  大福顔ー ♪ 」

 リンちゃん、(わろ)た。

 心の底から大笑いしとった。

 何で?

「別にアンタのせいじゃないっての! 笑っとけ笑っとけ★」

「リンちゃん? でも……」

「アンタは笑ってりゃいいのよ。いつもみたいにフワフワトロトロのパータリンぶりで ♪ 」

「リンちゃん! あんまりや!」

「アハハハハハ★」

「そう……事の発端は、天条リンの尻軽にある」

「黙れ! クル!」

 ギンッと()()けるジャレ合い。

 そのワンクッションの後、リンちゃんはウチに向かってボソボソ口隠(くちごも)りっぽく言うた。

「んでもって、アタシの(そば)にいなさいよね? アタシがフラフラしちゃっても……その……懲りずに……」

「……ええの?」

「いいに決まってるでしょ!」

「せやけど、また迷惑かけてまうかもしれへん……」

「フッ……アタシを誰だと思ってるの?」いつもと変わらない自信が、ファサとロングポニーを()き泳がせた。「アタシは〝リン〟……銀暦(ぎんれき)有数の大企業〈星河コンツェルン〉の娘〝天条リン〟よ! 不可能なんて無いんだから! 迷惑の百や二百、ドンと来い! 片っ端からクリアしてやるわよ! 難無くね!」

「うむ、頼もしい事よ。では、今後も世話になるぞ?」

「いや……アンタは別口(べつくち)だ、エルダニャ」

 あ、本気でゲンナリしとる。

 せやけど、なんやいつも通りの雰囲気なった。

 せやから、ウチ嬉しゅうなって「えへへ」と(わろ)とったねん。

「ギュウゥゥ ♪ 」

「アダダダダーーーーッ? コラ! 痛いっての! モモ! 放せ!」

 ハグやねん。

 (うれ)しゅうなったらハグやねん。

 ギュッとしたら、もっと仲良うなれるよ?

「リンちゃん ♪  大好きや ♪  ギュウ ♪ 」

「アダダダダダダダーーーーーーッ?」

「あ」

「ふぇ? どないしたん? クルちゃん?」

()(さき)モモカ……その体勢は、前回不発だったバックドロップを再行使する絶好のチャンス」

「せやの?」

「頑張れ、()(さき)モモカ。アナタの可能性を、私は応援する」

「うん! ウチ、頑張る! せーの!」

「何が『せーの!』だぁぁぁーーーーッ!」

「ふぐぅ!」

 後頭部ハリセンスパーン来たよ?

 リンちゃん、血相変えて振りほどいたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

潤々(うるうる)しながら『痛いよ?』じゃないッつーの! この脳味噌火サス娘! 今回のは間違いなく殺意だかんね! 殺意無き殺意だかんね!」

「やれやれ、相変わらずの仲の良さだな?」

 格納庫(ドッグ)の奥から、男の人が姿を現した。

 ケインはんや。

 軽くデジャヴやね?

「ケイン……」

 リンちゃん、さすがにバツ悪そうやった……。

 せやね。

 そう簡単に割り切れへんよね。

 さっきのリンちゃんの言葉は、嘘やあらへんやろうけど……。

「オレの安直な身勝手さで、いろいろと迷惑を掛けちまったな……リン」

「迷惑って……そんな……」

「……ほら」

 差し出された手を躊躇(ためら)いつつ、ややあってリンちゃんはサヨナラの握手を交わす。

「でも、ゴメンね? やっぱアタシに〈レトロナ(ファイブ)〉は無理だわ」

「だな」と、ケインはんはウチを覗き見た。「君には君の居場所がある……それが一番だ」

「……うん」

「フッ……いいムードのところを邪魔するが、オレにも別れの見送りをさせてもらえるかぃ?」

 今度は聞き慣れた斜に構えた口調が聞こえた。

 ジョニーはんやね?

 コツリコツリと靴音が近付いて来る。

 そして、姿を(あらわ)すジョニーはん……と思うたら、女の人やった!

 ウェスタンスタイルの金髪ボインのお姉さんや!

「え? 誰?」

 リンちゃんが戸惑う(かたわ)らで、ケインはんが断定した。

「ジョニー!」

「「ジョニィィィーーーーーッ?」」

 驚愕するウチとリンちゃん!

「ジョ……ジョジョジョ……ジョニーって、女だったのッ?」

 リンちゃんの混乱に、ジョニーはんの眉尻がピクリと不快を示した。

「歯を喰いしばれぇぇぇーーーーッ!」

「ごふぅ!」

 殴られた!

 いきなり殴られた!

 ケインはんが!

 質問したの、リンちゃんやのに!

「〝ジョニー〟が女の名前で何が悪いんだ! オレは女だよ!」

「ああ、判ってる! ジョニー!」と、爽快サムズアップ。

 ……何なん? このやりとり?

「だが、その調子なら、もう大丈夫そうだな?」

「フッ……いつまでも腱鞘炎(けんしょうえん)なんかで寝込んでいられるか」

 せやね?

 普通、寝込みはせぇへんね?

「えっと……ちょっと待って? つまりジョニーは、最初から〝女〟で? レトロナ(ファイブ)は二人乗りで? 実質、男女相乗り(タンデム)状態で? え? え?」

 リンちゃん、軽くパニックや。

「あんな? 二人は恋人同士やの?」

「……ぁ」「……ぅ」

 目ぇ()らした。

 恥じらいながら、目ぇ()らした。

 それ、答になっとるよ?

「ガッデーーーームッ!」

 叫んだ!

 リンちゃん、明後日(あさって)へ向かって絶叫した!

 ラブロマンス御破算になった!

 いろんな要素で!

「神谷ケイン……我々(われわれ)は、そろそろ帰還する。今後、アナタ達〈レトロナ(ファイブ)〉の善戦を祈っている」

「ああ、有難う! クルロリくん! 今回の実戦経験は、実に貴重な体験となった! 初戦は必ず勝利してみせるさ!」

 ……うん?

 いま、変な事を言わへんかった?

「あんな? ちょっとええ?」

「何だい? モモカくん?」

「確か〈レトロナ(ファイブ)〉は〈レトロナ星〉から来た〈レトロナ星人〉が送り込んで来る〈レトロナ(じゅう)〉から〈惑星レトロナ〉の平和を守ってるんよねぇ?」

「ああ、そうだよ?」

「これまで何回戦ったん?」

「ハハハ……まだ戦ってないさ」

「ふぇ?」「は?」「…………」

「だが、ヤツラは必ず攻めて来る! 恐るべき軍団を率いて! その時は……必ず野望を砕いてみせる! 俺達〈レトロナ(ファイブ)〉が!」

 グッと拳を握り締め、まっすぐな正義感を夕陽へと投げるケインはん。

 無言の同調に「フッ」と含羞(はにか)むジョニーはん。

 いや、何言うてんの?

 ええ感じに(まと)めながら、何を〝()の無い正義〟を誇示しとんの?

「神谷ケイン、ひとつ()きたい。その事前情報は、何処から得た?」と、クルコクン。

「決まってるじゃないか、博士だよ」

「あンのヤロォォォーーーーーーッッッ!」

 リンちゃん、猛ダッシュや!

 大爆走で基地内へ駆け戻っていった!

 アカン!

 早く止めんと恐ろしい惨劇が起こる!

 この作品〈SF〉やなくて〈スプラッタホラー〉なってまう!

「ギィィィャアアアアアァァァァァーーーーーーッッッ!」

 ……遅かった。

 

 

 

 

 少しづつ惑星レトロナが小さなっていく。

 大宇宙の海原を、イルカとシャチとエイが仲良う帰路に泳いだ。

 あ、せやね?

 モササウルスもや ♪

『にしても──』軽い回想に(つぶや)くリンちゃん。『ニョロロトテップ……か』

 

 

「な……何よアンタ!」

「言ったはずだ……我が名は〈ニョロロトテップ〉と」

「まさか〈クラゲ〉の正体?」

「先刻までの戦闘で使っていた形態は、言うなれば〝擬態候補〟のひとつに過ぎない」

「擬態?」

「この形態も、そうだ。だが、貴様達が示してくれた──その〈可能性〉とやらを。(ゆえ)に、その〈特性〉に特化する事にした」

「姿形を〝女子〟にしたところで備わるかッ! ってか! そもそも目的は何だッつーの! 何故〝人類の活動領域〟を縮小させようとしてンのよ! わざわざ〈フラクタルブレーン〉を股に掛けてまで!」

「……貴様達程度には理解出来まい」

「こ……ンの!」

「今日のところは引き下がるが、次に会えば容赦はしない。今回の件で、貴様達は〈危険分子〉と確信した」

「あ! ちょっと待て! 逃げんなッつーの!」

 

 

『アイツ……結局、何者なのかしら?』

「あの後、何もせぇへんと帰りはったねぇ?」

『また来るでしょうよ……因縁、出来ちゃったしね』

「えへへへへ ♪ 」

『何よ? 急にニヤけて?』

「あんな? リンちゃん? そしたら、ウチ〝友達〟なってええ?」

『はぁぁッ?』

「ウチ、ニョロちゃんと〝友達〟なりたいねん ♪ 」

『この脳味噌キクラゲ娘! なれるか!』

「イヤや! なりたいねん!」

『まったく、もぅ…………クスッ ♪ 』

「どないしたん? リンちゃん?」

『いや、アンタ(・・・)らしいなぁ……って』

「?」

『可能性……か』

「???」

 

 

 

 

 天条リン達からの報告を受け、マリー・ハウゼンは〈宇宙クラゲ〉に関するデータを更新した。

 薄暗くも雑多に散らかった自室に、キーパンチの音がカタカタと鳴り続ける。

「ニョロロトテップ……か」

 とりあえず更新を一気に済ませると、背凭(せもた)れて軽い考察に囚われた。

「宇宙クラゲ……ニョロロトテップ……ネクラナミコン……クルロリ……」

 感慨も無く羅列していくキーワード。

 此処に来て、総ての異端要素が因果関係を(つな)いだようにも思えたのだ。

 持て余す〝非現実的現実〟を直視し、脳内整理に務める。

 そして、誰に言うとでもなく洩らすのであった。

「……私、この作品に必要かしら?」

 ゴメン! マリー!

 もうちょっと……もうちょっと待って!

 どうにか出番を増やすから!

 

 

 

「お掃除や ♪  キレイキレイや ♪ 」

「何をそんなに浮かれてんだッつーの?」

 並んで格納庫(ドッグ)へ向かう中、リンちゃんが(あき)れながらに(たず)ねてきた。

「えへへ ♪  せやかて、今日は『キレイキレイの日』やもん ♪  あの子達、喜ぶよ? 〈イザーナ〉も〈ミヴィーク〉も喜ぶよ? それ想像したら、ウチも何か嬉しいねん ♪ 」

 せやねん。

 今日は月一回〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉を徹底整備する日やねん。

 難しいのは整備士(メカニック)はん達に任せるけど、ウチとリンちゃんはキレイキレイに清掃してあげるねん ♪

「ま、惑星レトロナでは〈ミヴィーク〉を不安にさせちゃったし……今日は念入りに洗ってやるか」

「うん★ 〈ミヴィーク〉頑張ったよ?」

 そして、格納庫(ドッグ)の扉が開いた。

 ……ピカピカやった。

 〈イザーナ〉も〈ミヴィーク〉も、新品ばりにピカピカやった。

「ど……どういう事? コレ?」

 さすがにリンちゃんも困惑する。

 せやね?

 こんなん初めてやんね?

「うむ、ようやく来たか? モモカにリンよ」

 ハッちゃんや。

 格納庫(ドッグ)の奥から、清掃道具を携えたハッちゃんが出迎えに来た。

 ウチ、とりあえずピカピカなった〈イザーナ〉の体を撫で……あれ?

 この子、怯えとるよ?

 心がカタカタ震えとるよ?

「エルダニャ? これ、アンタが?」

「フッ……礼には及ばぬぞ、リン。単に〈リヒアーク〉の整備のついでじゃ」

「〈リヒアーク〉?」

()が愛機の名じゃ」

 ああ、モササウルスや。

 名前決まったんや?

 よかったねぇ?

「あんな? ハッちゃん? それ、何て意味の『ハウゼン語』なん?」

「その『ハウゼン語』なるものは知らん。が、いい感じに〝いんすぴれーしょん〟が降りたのでのぅ」

「ふぇ? いいアイディアが閃いたん?」

「うむ。文字盤の上で滑るコインの連鎖で決めた」

 それ『コックリさん』や!

 この人『コックリさん』で名前決めはった!

「に、しても──」改めて〈ミヴィーク〉の光沢へと見入るリンちゃん。「──よく一人(ひとり)で両機を整備できたわね……って、あれ? この子、震えてる?」

 〈ミヴィーク〉も?

 おかしいねぇ?

 その子、肝座っとるのにねぇ?

「フッ……(われ)一人(ひとり)で、これだけの数を整備できるワケもなかろう?」

「ふぇ? せやったら?」

「さぁ、感嘆せよ! 我が〝専属整備員〟の腕前の素晴らしさを!」

 オーブ飛び始めた!

 ハッちゃんの周りに無数のオーブ飛び始めた!

 この人、機体整備に〈幽霊〉使役しはった!

「モモカよ、リンよ、改めて紹介しよう! 此処に()るが、()が専属の──」

「「マリー! 今日の授業、質問があるんだけどーーーーッ!」」

 二人揃って猛ダッシュ!

 恐々猛ダッシュで格納庫(ドッグ)を後にした!

「ふむ? 何じゃ……(せわ)しい奴等よのぅ? せっかく()が〝専属整備員〟の有能さを示してやろうと思うたに……む? おお! そこに()るわ、クルではないか?」

「……何?」

「整備か?」

「そう」

「ふむ? では、僭越(せんえつ)ながら手伝ってやろう。何、ものの数分で完璧じゃ。フフフ……驚くがいいぞ? ()が〝専属整備員〟の有能さを!」

()らない」

「………………」

 

 この後、格納庫(ドッグ)の片隅で膝を抱えるハッちゃんの姿があったんやて。

 チタン床に、いっぱい『のの字』を書いて……。

 



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クルちゃん惑星ジェルダ
クルちゃんと惑星ジェルダFractal.1


 

【挿絵表示】

 

「ふぅん? 今回の目的地は、アレ(・・)?」

「そう……アレが〈惑星ジェルダ〉」

 リンちゃんとクルちゃんは、徐々に大きくなってくる緑の惑星へと見入っとった。

 ツェレークのブリッジや。

 次空座標は、2(フラクタル)\1(ブレーン)次元(ディメンション)やて。

 何や?

 今回は〝お隣さん〟やんね?

 それぐらいウチでも(わか)るよ?

 えへへ ♪  ウチ〝(かしこ)さん〟や ♪

「んで? どんな惑星よ?」

「豊かな自然に恵まれた惑星……種々様々な原生生物が共生している」

「ふ~ん? つまりは〈惑星テネンス〉のような?」

「大別的には同類型。ただし、微々たる差も()る」

「例えば?」

「文明レベルは低く、高度知性体も存在しない。加えて、原生生物の種類は雑多。危険レベルも高い」

「要するに?」

「もっと原始的」

「なるほど」

「あ、そういえば……クルちゃん? あんな? 〈ネクラナミコン〉って、全部で何個あるん?」

「あ、そういえばそうよね。いままで漠然と集めてたけど……」

「全部で六つ」

「って事は、現状アタシらが持っているのは三つだから……あと三つか。丁度、半分じゃん?」

「天条リン、そうではない。ドクロイガーが、ひとつ所有しているので、あと(ふた)つ」

「アンニャロー! しれっと持ってたか!」

 簡潔な補足説明を紡ぎ終えると、クルちゃんはジッと惑星へ見入った。

 いつもと同じ無感情やけど、ウチにはそう見えたねん。

 何や感傷的に浸っとるような……。

「天条リン、()(さき)モモカ……」ややあって振り向いたクルちゃんは、ウチとリンちゃんに静かなる決心を告げた。「今回は、私一人(ひとり)で行く」

 

 

 

 

「ザケんなッつーの!」 

 惑星降下しての第一声が、リンちゃんの憤慨(ふんがい)やった。

 深い森林に〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉を着陸させると、ウチとリンちゃんは緑草の浅瀬に脚を沈める。

 結構、乱雑に生い茂っとるねぇ?

 この辺、説明通りや。

 ハッちゃんの故郷〈惑星テネンス〉が〝拓けた自然〟やとしたら、此処〈惑星ジェルダ〉は〝未開のジャングル〟いう感じやった。

 見渡す限りの樹々は巨大に育ち、蛇を思わせる(つた)が洩れなくブラ下がっとる。南国植物のように厚い葉がカーテンのように日照を邪魔立てて、森の中は少々薄暗い。

 一番イヤなんは、地熱が隠って蒸し暑い事やった。

 せやから、ウチとリンちゃんはベルトバックルに据えたパモカを操作して〈PHW〉の『体感温度調整機能』をオンにする。

 これで常時快適や ♪  えへへ ♪

「ったく! 何が『今回は、私一人(ひとり)で行く』だ! ワンマンプレイにも(ほど)があるッつーの!」

「えへへ ♪ 」

「な……何よ?」

「リンちゃん、やっぱり優しいねぇ?」

「はぁぁ?」

「クルちゃんの事、心配やんね? せやから追って来たんやもん ♪ 」

「ち……ちちち違うッつーの! 別に、あんなんがどーなっても、アタシには関係無いし!」

「せやの?」

「そうよ!」

「せやったら、何で?」

「う……」リンちゃん、目ぇ(そむ)けて(つぶや)いた。「で……でっかいマンゴー食いたかった」

「ギュウゥゥ ♪ 」

「アダダダダーーーーッ?」

 ハグや★

 仲良しハグやねん★

「リンちゃん、照れ屋さんや★」

「イダッ……違っ……イダダダダッ?」

「ギュウゥゥゥ……御褒美に、もっとギュウゥゥゥや★」

「イダダダ……って、それ以前に暑苦しいわァァァーーーーッ!」

「ぎゃん?」

 叩かれたよ?

 パモカハリセンで後頭部スパーーン叩かれたよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

潤々(うるうる)ヘタリ座って『痛いよ?』じゃないッつーの! せっかくの『体感温度調整機能』が無意味になるわ!」

 と、ガサガサと(しげ)みの草が動く気配!

 誰か(・・)が来た!

 すかさず〈ヘリウム(ガン)〉を引き抜いて、警戒に身構えるリンちゃん!

「モモ、気を付けなさいよ……どんな危険なヤツか(わか)んないから」

「危険?」

「クルの説明だと、この惑星に〝高度知性体〟はいない……とすれば、原生生物よ!」

「せやの?」

 ウチ、(しげ)みをジッと眺めた。

 あ、ガサガサ揺れんのが大きくなってきたねぇ?

 もうすぐ出て来るよ?

「ウホォォォーーーーッ!」

 誇らしげな咆哮(ほうこう)に姿を現したんは〝六本腕のゴリラ〟やった!

 大きい!

 2メートルは越えとる!

「こんにちは★」

「ウホ?」

「って、モモーーーーッ?」

 ウチ、テクテク近付いて挨拶したった。

「あんな? ウチ〝()(さき)モモカ〟言うねんよ?」

「ウホ……」

「ほんでな? クルちゃん知らへん?」

「ウホォ?」

(ちゃ)うねん。小さい女の子やねん」

「ウホォ……ウホ?」

「せやの?」

「ウホ!」

「うん、分かった! ありがとねぇ? ほんなら、バイバ~イ ♪ 」

「ウホホーーィ★」

 六本腕に手を振られて、トテテテとリンちゃんの下へ駆け戻る。

「リンちゃ~ん、知らへんって~ ♪ 」

「何で会話が成立してんだッつーーのォォォッ!」

「ぎゃん!」

 後頭部スパーーン言うたよ?

 パモカハリセン、連続二発目やよ?

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

「黙れ! この〝脳味噌ターザン娘〟!」

 

 

 

 

「ほんでな? ウチ、いっばいっぱいやってん」

「ウホ?」

(ちゃ)うねん。そういう事やないねん」

「ウホホ? ウホ!」

「せやよ? ウチは、そっちがええねんよ?」

「ウホォ……ウホウホ」

「あ、わかる?」

「ウホ!」

「アハハハハハ★」

「ウホホホホホ★」

「いや……まぁ、何っつーかさぁ」

 ウチとゴリラさんの会話を聞き流し、リンちゃんはウンザリ顔やった。

 何で?

 見た事もない植物が雑多に(しげ)る深緑を、ウチとリンちゃんはゴリラさんに肩担(かたかつ)ぎされて進む。右肩にウチ、左肩にリンちゃん。六本腕やから安定感バツグンや。

「ウホホ、ウホ」

「う~ん? どうなんやろ? あ、リンちゃんはどう思う?」

「知るかッ!」

 何で?

「ええやん! 答えてあげたったら、ええやん!」

「ウホォ……」

「ほらぁ! ロッポちゃん、落ち込んでもうたやん!」

「そもそも何を言ってるのか(わか)らないッつーの! ってか〝ロッポ〟って誰だ!」

「えへへ、この子や ♪  腕が六本あるから〝ロッポちゃん〟やねん★」

「アンタ、ネーミングセンスをどうにか……いや、もういいわ……うん」リンちゃんは深い()(いき)に沈むと、気持ちを切り替えた。「んで? 何でアンタは、コイツの言葉が(わか)んのよ?」

(わか)らへんよ?」

「はぁぁ?」

「ほんでもな? 何か、こう……言いたい事は(わか)んねん ♪  (つた)わんねん★」

「〝可能性(・・・)〟にも、(ほど)があるわッ!」

 怒られた……。

 何で?

「ったく……で? その〝ロッポゴリラ〟の質問って何よ?」

「ウホ! ウホウホ!」

「〝ロッポゴリラ〟(ちゃ)う! 〝ロッポちゃん〟やねん!」

「どっちでもいいッつーの!」

「ウホ!」

「黙れゴリラ! アンタなんか、本来〝ゲテモノゴリラゴリラゴリラ〟で充分なんだからね! それをわざわざ〝ロッポ〟って付けてやってんだから! それも、このアタシ(・・・・・)が! モモに(めん)じて! 感謝しなさいよね!」

「ゥ……ウッホ……ゥゥ……ウホホホホ……ウホ~ン! ウホ~ン!」

「メソメソ泣くな! ()いた手で顔を(おお)って! どんだけシュールな絵面(えづら)だ! 両肩に美少女(かつ)いだ六本腕ゴリラがメソメソ乙女泣きするジャングルって!」

「リンちゃん! 意地悪アカン!」

「いいのよ、ゴリラだし」

「女の子に、そないなキツイ事を言うたらアカン!」

「女の子だったーーッ! まさかの〝女の子〟だったーーッ! そこは何かゴメーーン!」

 せやから、ウチ〝ロッポちゃん(・・・)〟言うてたやんな?

 

 

 

 泣き止んだロッポちゃんは、気を取り直して歩き出した。

 のっそのっそ……両肩にウチとリンちゃん担いで、のっそのっそや ♪

 これ、楽しいね?

 えへへ★

「んで? ゴリ……ロッポ? アンタ、アタシ達を何処へ連れて行こうっての?」

「ウホ!」

 リンちゃん、困惑顔をウチへ向けた。

 あ、あの目……(すが)っとる。

「モモ、通訳」

「知らへんよ?」

「肝心なトコでぇぇぇーーッ?」

「せやから、会話やないねん。フィーリングやねん」

「さっき会話してたじゃん!」

(ちゃ)うねん。何となく『好き嫌い』とか『コッチがいいアッチがいい』みたいなんは感じんねん。せやけど言葉は(わか)らへんねん」

「クルの事を()いてたじゃん! アレ、会話だったじゃん!」

「あん時は分かったねん ♪ 」

「そのフィーリングを、もう一度ォォォーーッ!」

 リンちゃん、うるさいよ?

 周りの樹からカラフルな鳥さんが、いっせいに飛び立ったよ?

 と、急にロッポちゃんが歩くのを()めた。

 何や一転して雰囲気が凄味を帯びとるねぇ?

 そんでもって、ウチとリンちゃんを静かに降ろすと、この場所を指差した。

「……ウホ」

「うん、わかった」

「ウホ」

「リンちゃん、危ないから此処から動くなって」

「……いや、いま会話」

 何?

 そして、ロッポちゃんは目の前の樹林へと向き直ると、六本腕で胸を叩き乱した!

「ウホホホホホホーーーーッ!」

 ドラミングや!

 ドラミングの乱打や!

「ウホホホホホホーーーーッ! ウホホホホ! ウホ! ウホホホホホホーーーー──ゲホゲホ!」

 ……()せた。

 そりゃそうやんな?

 叩き過ぎや。

 それも六本腕の高速乱打やもん。

 息継ぐ(ひま)なんて、あらへんもん。

 威嚇(いかく)に呼応するかのように、見据える(しげ)みがガサゴソ動いた!

 そこから出て来たんは、不思議な生き物やった!

 プヨプヨプルプルのゼリーや!

 ピンク色の水饅頭(みずまんじゅう)や!

 せやけど、大きい!

 ウチとリンちゃんの腰丈ぐらいはある!

「イチゴゼリーや!」

「〈ブロブ〉だ!」

「せやの? リンちゃん?」

「あんなデッカいイチゴゼリーがあるか! しかも、密林に! ってか、そもそも生きてるか!」

「リンちゃん、たくさん言うたねぇ? (かしこ)さんや ♪ 」

「うっさい! ホワホワ笑ってんな! この非常事態に!」

「あんな? リンちゃん?」

「何だッつーの!」

「その〈ブロブ〉って、何?」

 あ、引っくり返った……。

「アンタ、ホントに銀暦(ぎんれき)世代か!」

「せやかて、知らへんモンは知らへんもん」

「ったく……要するに〈ブロブ〉ッつーのは、宇宙単細胞生物よ! 生態や特徴も〈アメーバ〉に酷似しているけど、見ての通り人間サイズに巨大。厄介なのは、捕食本能が貪欲って事。そして、切っても殴っても効果が無いって事。つまり──」

「こんちは★ あんな? ウチ〝()(さき)モモカ〟言うねんよ?」

「──って、モモーーーーッ?」「ウホーーーーッ?」

 えへへ★

 ウチ、テクテク近付いて〈ブロブはん〉に挨拶したった ♪

 

 

 ウチ、捕まった……。



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クルちゃんと惑星ジェルダFractal.2

 

【挿絵表示】

 

 ポヨンポヨンや ♪

 ブロブはん、ウチを頭だけ出して包み込むと、そのまま跳ねて逃げ出した。

 連続ジャンプで森の中を駆け抜けとんねん。

 せやから、ポヨンポヨンや ♪

 ポヨン──ピョン──ポヨン──ピョン──視界が上がったり下がったりで過ぎ去って行く。

 ほんでもって、結構快調や。

 えへへ★ 何や、コレ楽しいねぇ?

 遊園地みたいや ♪

「モモーーーーッ!」「ウホーーーーッ!」

 あ、リンちゃんや。

 リンちゃんとロッボちゃんが、全力疾走で追い掛けて来とる。

 せやけど(しげ)る草や(つた)が障害になって、思うように進めへんみたいや。

 掻き分け、足取られ、それでも必死になって駆けて来る。

 一方で、ウチはポヨン──ピョン──ポヨン──ピョン──楽しい ♪

 あ、そっか!

 跳ねとるから早いんやねぇ?

 足取られへんもん。

 ポヨン──ピョン──ポヨン──ピョン──あはは★

()まれ! このイチゴ蒟蒻(こんにゃく)! モモ返せ!」

 リンちゃん、やっと並走に追い付いた。

 葉屑(はくず)まみれにボロボロや。

 ブロブはんは御構い無しに、ポヨン──ピョン──ポヨン──ピョン──リンちゃんと一緒やから、ウチもっと楽しなった★

「ってか、モモ! アンタも抵抗するなり何なりしなさいよ! 何をのほほんニコニコしてんだッつーの!」

「あんな、リンちゃん? コレ、楽しいよ?」

「無垢顔コクンと『楽しいよ?』じゃないッつーの! さっさと脱出しないとエラい事になるわよ!」

「延長料金?」

「違うわッ! 溶かされるって言ってんのよ!」

「何で?」

「この状況で無垢顔コクンやめろ! 誰のために爆走してると思ってんのよ! 腹立つ! この〈ブロブ〉ってのは、獲物を溶解捕食すんの!」

「せやのッ? それ、大変やん!」

「そう言ってる!」

「ウチ、裸にされてまう! 森の中を裸で跳ねてるトコ、みんなに見られたない! ふぐぅ!」

そっち(・・・)違うわーーーーッ!」

「あんな? ポヨコちゃん?」

「……誰だ〝ポヨコちゃん〟って」

「えへへ★ この子や ♪  ポヨンピョンポヨンピョン跳ねるから〝ポヨコちゃん〟やねん ♪ 」

「せめてウサギに付けろ! 〈宇宙怪物(ブロブ)〉にファンシーネーム付けるヤツなんか見た事ないわよ!」

「あんな、ポヨコちゃん? 溶かさんといて?」

「原始生物に通じるか!」

「……あんな? リンちゃん?」

「ハァ……ハァ……何だッつーの!」

「わかった──って」

「ここでまさかのフィーリングーーーーッ!」

 ポヨコちゃん、跳ねる勢い増した。

「ああ? 待てッつーの! このイチゴゼリー!」

 また引き離されるリンちゃん。

 ほんでもって、やがて(ひら)けた原っぱに着いた。

 周囲を樹々に囲われた形で、天然の(さく)みたいに領域を(おお)われとる。

 ()(ひろ)がる草は足首までに(みじか)くなっとって、森の中とは(ちご)うて見るからに過ごし易い感じや。

 そこに、たくさん〝ポヨコちゃんの色違い〟が()る。

「ゼェ……ハァ……」「ゥホ……ゥホ……」

 あ、リンちゃんとロッポちゃんや。

 ようやく追い付いた。

「オイ、コラ! イチゴゼリー! ココ何処だ! ってか、モモ返せ!」

「ウホ!」

「あんな? どうやらポヨコちゃんの村やて」

「アンタも馴染んでんじゃないッつーの! さっさと抵抗しろ!」

「何で?」

 ウチが小首コクンと(たず)ねた途端、何やリンちゃんから「プチッ!」いう音が聞こえた……気がした。

「フ……フフ……フフフ……」

 沈めた顔に薄ら笑いを浮かべて、ユラ~リと近づいて来たよ?

「そーかそーか……この期に及んで『何で?』と来たか……」

 不穏なオーラに、ドン引き後ずさるロッポちゃん。

 リンちゃん、魔力(まりょく)とか発動したん?

「いいから、とっとと出ろォォォーーーーッ!」

「イタタタタッ! リンちゃん、イタイ! ウチ、イタイのイヤやぁ!」

 こめかみグリグリされた!

 ゲンコツでグリグリされたよッ?

 渾身の(ちから)でグリグリされたよッ?

 埋もれとるから抵抗できへん!

 なすがままの拷問(ごうもん)や!

 ウチ、ポヨコちゃんから出た……半ベソで。

 ふぐぅ!

「んで? 此処がコイツの村って?」周囲を見渡して、リンちゃんが分析。「ってか〝村〟って呼ぶより〝集落〟か」

「せやの?」

「でしょーよ? 家屋とかの建築物も無いし……。ま、原始的生物じゃ、そんな〝知恵〟は無いけどさ」

 リンちゃんが見下した(かたわ)らで、ウチとロッポちゃんは番茶(もろ)うとった。

「ありがとうねぇ? ポヨコちゃん?」「ウホホ……」

「まさかの〝おもてなし精神〟あったーーッ?」

 ポヨコちゃん、器用や。

 体の一部を触手に変えて、それを腕みたいにして急須(きゅうす)をコポコポ……ほんでもって、スッと湯呑みを差し出した。

「いや、さも『はい、どうぞ』みたいに差し出されても困るんですけど……」

 リンちゃん、困惑や。

「飲んだったら、ええやん?」「ウホォ……」

「まったり馴染むな、常識皆無×2」

 毒突きながらも、ズズッと片手(かたて)(すす)りで状況観察を滑らせる。

 広い原っぱには、青や緑や黄色のポヨコちゃんが思い思いにピョンピョン動き回っとった。

 ウチには何をしとるか分からへんけど、きっとコレがポヨコちゃん達の生活光景なんやろね?

「……警戒心はゼロか。アタシらに敵意を向けるでもなくガン無視って?」

「友達やからやないの?」「ウホホォ?」

「楽観に溺れてんな、天然パースケ×2」

 (しば)し黙考を巡らせた後、リンちゃんはポヨコちゃんへと振り向く。

「オイ、イチゴゼリー? アンタ、何でアタシ達を此処へ連れて来た?」

 プルプルプル! プルルン! プルン!

「……そーだった、コイツ喋れないんだった」

 ガクリと膝ついて落胆や。

 リンちゃん、うっかりさんや ♪

「モモ! フィーリング発動!」

「無理や★」

「アタシに嫌がらせしてんのかーーッ! その異能力(いのうりょく)はーーーーッ!」

 リンちゃんが憤慨(ふんがい)した直後、場の雰囲気が急変する!

 絶叫に驚いたワケやなさそうや。

 みんなプルプルが小刻みになって、その場に固まっとる。

 ふと見れば、ポヨコちゃんもや!

「ポヨコちゃん? どないしたん?」

 返事無い。

 まるで緊張しているみたいや。

 何となく……何となくやけど、みんなの意識は正面の(しげ)みへと傾けられとる気がした。

 せやからウチとリンちゃんも、そこ(・・)を注視する。

 そこだけは鬱蒼感(うっそうかん)が色濃い。

 一際(ひときわ)(いか)つい樹々が(たくま)しい生命力を誇示し、互いの威嚇と協力に織り成す暗がりのベールや。

 樹林のトンネルは深い闇に視線を吸い込み、それは数メートルどころか延々と底無しに瞳を持って行くかと思える暗さやった。

 ガサガサと繁みが乱される。

 何か(・・)が現れようとしとった。

 近付いて来る気配に緊迫感が強調され、リンちゃんはヘリウムガンへと手を掛ける。

 そして、姿を現した!

 ……メイドさんやった。

 文字通りそのままの〝メイドさん〟やよ?

 見た目には、ウチらと同じぐらいの年頃やろか?

 緑色の髪をしとって、大きなピンク色のリボンでうなじから一房(ひとふさ)(まと)めとる。特徴的なんは揉み上げで、そこだけはストレートロングヘアみたいに長く伸ばしとった。

 (つぶ)らな瞳がクリッとしてて、柔らかそうなほっぺたの真ん中に小鼻チョコンや。

 印象は可愛らしい童顔なんに、何故か〝大人びた落ち着き〟を感じさせる。

「どういう事よ? クルの説明だと、この惑星(ほし)に高度知性体はいない……つまり〝人間〟なんていないはずよ」

「あ、せやねぇ? そないな事、言うてたねぇ?」

「……何者よ? アイツ?」

()いてみるね?」

「うん、お願い……って、モモーーッ? 違ーーう!」

 ウチ、テクテク近づいて挨拶したった ♪

「こんにちは★」

「……どなたです?」

「あんな? ウチ〝()(さき)モモカ〟言うねんよ?」

「……はぁ」

「誰?」

「はい?」

「せやから、誰?」

「何がですの?」

「教えて?」

「何をですの?」

「名前や」

(わたくし)の……ですの?」

「せや ♪  メイ子ちゃんの名前や ♪ 」

「……いえ、いま〝メイ子ちゃん〟と御呼びになりましたわよね?」

「せや★ メイドさんやから〝メイ子ちゃん〟やねん★」

「……センスが」

「ほんでな?」

「…………」

「ウチ、何て呼んだらええのん?」

「無限ループッ?」

 と、はたと何か(・・)に気付いたかのように、メイ子ちゃんはウチの顔をマジマジ凝視し始めはった。

「え? ウソ? そんな? まさか!」

 何が?

「ヒメカァァァ~~ん♡ 」

「うひゃあああ~~~~ッ?」

 抱き着かれた!

 いきなり抱き着かれたよッ?

 恍惚に頬擦りスリスリや!

「うふふ♡  ヒメカ~♡  会いたかったですわ♡ 」

「ふぐぅ! ウチ〝モモカ〟や! 〝ヒメカ〟(ちゃ)う!」

「うふふ♡  ヒ・メ・カ♡  うふふふふ♡ 」

 聞いてくれへん!

 幸福トリップで聞いてくれへん!

「ふぐぅぅぅ!」

 引き離そう思うて抵抗するも、ガッチリハグが離れへん!

 どれだけ(ちから)あるのん?

 このメイドはん!

「嗚呼、(わたくし)のヒメカ♡  もう放しませんわ ♪ 」

 この人、怖い!

 ウチ、この人怖いよッ?

「ふぐ……ふぐぅ……ふぇぇぇ……リンちゃ~~ん! うわ~~ん!」

アタシのモモ(・・・・・・)から離れろーーーーッ!」

 土煙の猛爆走でリンちゃんが迫って来た!

 その勢い任せに、力尽(ちからづ)くでウチを抱き寄せる!

 奪還や!

 えへへ ♪  リンちゃんに奪還された ♪

「あぁん! 何ですの? アナタは?」

「うっさい! アタシのモモを怖がらせてんじゃないわよ!」

「……アナタ(・・・)の?」

「そうよ!」

()()()・の?」

「ぅ!」

 リンちゃん?

 何で()(よど)むん?

「ううううっさいわね! この子は〝みんな(・・・)のモモ〟なのよ! みんなのって事は、アタシの(・・・・)って事なんだからね!」

 何か身に覚えない格上げされた!

 ほんでもって、どっかで聞いた『ガキ大将理論』出た!

「あら? でしたら、(わたくし)のもの……という事でもありますわね?」

「うッ?」

 温顔ニッコリで言いくるめられた。

 うん、そうなるやんな?

 リンちゃん、もう少し考えて言うて?

「ううううっさい! アンタのものはアタシのもの、アタシのものはアタシのものよ!」

 徹底した!

 徹底して『ガキ大将理論』継承した!

 そんなしてたら、また近場の(しげ)みがガサゴソした。

 どうやら、新たな参入者の登場や。

「騒がしいと思ったら、やはり来ていた」

 クルちゃんやった。



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クルちゃんと惑星ジェルダFractal.3

 

【挿絵表示】

 

 (うたげ)が始まった。

 歓迎の(うたげ)や。

 ウチとリンちゃんの。

 原っぱへと座り込むウチとリンちゃん……と、クルちゃん。

 その背後にドデンと座るロッポちゃん。

 各々の前には皿代わりの葉っぱが敷かれとって、その上にはフルーツやら肉やらの質素な御馳走や。

 うん?

 肉、どないして焼いたん?

 ま、ええわ★

 コレ、おいしい ♪

 ほんでもって、目の前では数匹のちっこいポヨコちゃんがリズミカルにポヨコンポヨコン跳ねとる。

 どうやら歓迎のダンスみたいやね?

 と、ややあってクルちゃんが質問してきた。

()(さき)モモカ、天条リン、何で追って来た?」

「いつも通り〈イザーナ〉と〈ミヴィーク〉で追って来たよ?」

「違う」

 違わへんよ?

「宣言したはず──今回は、私一人(ひとり)で行く──と」

「リンちゃんや ♪  リンちゃんが行こう言うたねん」

「ふむ?」

 ジィー……と、リンちゃんを傾視する。

 その視線に堪えきれなくなったんか、リンちゃんはしどろもどろに言い訳を()(つくろ)った。

「ア……アアア……アタシは別にアンタなんか、どーでもいいんだから! ただ、フレッシュなパパイヤ食べたかっただけで……」

「マンゴーやないの?」

「……う!」

 言葉詰まったよ?

 気まずそうに詰まったよ?

 何で?

「そんな事より! アンタこそ、どーいう事よ! この惑星(ほし)に高度知性体はいないんじゃなかったの! 何よ、アイツ(・・・)?」

 ビシィ指差すのは、向こうの草原でポヨコちゃん達に指示を出しているメイ子ちゃん。

 あんなん見てると、たぶん偉い人やね?

 あ、コッチ気付いた。

 ニッコリ笑顔で、ウチに(てのひら)を振ってはる。

 ほんでもって、隣のリンちゃんを軽く見て……小馬鹿にした蔑笑(べっしょう)飾った。

「ムッッッカァーーッ! 何よ、アイツ!」

「彼女は〈ブロブベガ〉の〝ラムス〟──この惑星ジェルダに生息する〈ブロブ〉達の女王」

「ハッちゃんみたいなもん?」

()(さき)モモカ、並列に考えてはラムスに失礼」

 それ、ハッちゃんには失礼やないの?

「だ~か~ら! その〈ブロブベガ〉って何だッつーのよ! 高度知性体じゃん! アイツ!」

「彼女は特異例。そして〈ベガ〉とは、正式には〈ベムガール〉の略。〈宇宙怪物(ベム)〉と遺伝子レベルで融合して人間形態へと新生した〝宇宙怪物少女〟の総称」

「宇宙人とは(ちゃ)うの?」

「異星間交流が確立していなかった旧暦ならいざ知らず、この銀暦(ぎんれき)()いては生態的差別化定義は不可能と考えていい。両者の定義差は、(ひとえ)に発生プロセスの分類概念にのみ依存している。よって、同義と考えても支障は無い」

「ハッちゃんみたいなもん?」

()(さき)モモカ、同義に分類してはラムスが不憫(ふびん)過ぎる」

 ハッちゃんは可哀想やないのん? それ?

「でもさ? 〈ブロブベガ〉とか言いつつも、アイツ〝人間〟じゃん? 〈ブロブ〉の要素ゼロじゃん?」

「天条リン、あの形態は〝地球人〟をベースとした〝擬態〟に過ぎない。本来の彼女は〝人型フォルム〟を形成した〈ブロブ〉そのもの」

「ふぅん? 要するに〈変身〉ってか?」

「あ! そう言えば、ウチの事〝ヒメカ〟言うてたけど……誰と勘違いしてはったん?」

「〝日向(ひなた)ヒメカ〟とは、旧暦時代に彼女が溺愛(できあい)していた地球人。共に〝家族〟として生活していた」

「地球にいたん?」

「そう」

「旧暦に?」

「そう」

「何歳だッつーの! アイツ!」

「天条リン、そもそも〈ベガ〉は〝地球外生命体〟に分類される。よって〝地球種子型人類〟の寿命概念は適用されない」

「その〝ヒメカ〟いう人、そないにウチと似てたん?」

「似ていない」

「ふぇ?」「は?」

「ただし潜在的雰囲気は似通っていなくもない」

「潜在的な雰囲気って、よく〝芸能人オーラ〟とか呼ぶアレの事なん?」

「そう」

「んで? アイツってば、ずっとあんな性癖なワケ?」

「そうではない。確かに素地としては〝日向(ひなた)ヒメカへの異常な溺愛感情〟を(いだ)いていたものの、誰彼構わずではないし、あそこまで壊れ……過剰ではなかった」

「……アンタ、いま〝壊れて〟って言い掛けたわよね?」

「言っていない」

「せやったら何で、あんなに過剰になったん?」

「断定は出来ないけれど、人恋(ひとこい)しかったのかもしれない」

「ふぇ? ラムスちゃん、寂しいん?」

「旧暦時代、彼女は地球で〝家族〟となっていた。銀暦(ぎんれき)()いて古郷〈惑星ジェルダ〉の女王と従事しているものの、高度知性体との交流接触(コンタクト)は喪失している。永い歳月を(かんが)みれば、ホームシックにも似た虚無感が萌芽していても不思議ではない」

「そっか……寂しいねや」

 そんなん聞いたら、ウチらかて同情涌く。

 孤独なんは(つら)いよ?

 心の風船パンパンなって苦しいよ?

「そういうワケで……()(さき)モモカ、今後は彼女の()すがままになってあげて欲しい」

「絶対イヤや!」

 無垢な瞳でクルコクンして何言うてんの?

 それとコレとは別問題や!

御話(おはなし)(はず)んでますわね?」

 ややあって、ラムスちゃんが合流してきた。

「どうですか? モモカ様? (わたくし)の作った〝北欧風デミグラスソース煮込みハンバーグ〟は? 御口(おくち)に合いまして?」

「うん、コレおいしい ♪ 」

「あぁん ♪  幸せですわ~ ♪ 」

「ま、未開の惑星にしちゃ、予想外の御馳走よね」

「少し黙っていて頂けます? そこのモブ女?」

「はぁ? フ……フフ……主役(・・)アタシ(・・・)に向かって〝モブ女〟とは……いい度胸してんじゃない! アンタ!」

 主役、ウチ……。

「上等だーーッ! ()ってやろうじゃないのよ!」

 リンちゃんの勝ち気に火が着いた!

 おまけにフリガナ(ちゃ)う!

 アカン!

 相当、頭に血ィ昇ってる!

 そんな殺伐としたん『闇 ● 』だけで充分や!

「リンちゃん、ケンカはアカン!」

 ウチ、慌てて腰を抱き押さえた!

「は~な~せ~ッ! モモ~ッ!」

「ふぐぅ! ア~カ~ン~ッ!」

()(さき)モモカ、そのまま投げ捨てれば〈フロントスープレックス〉へと発展する。意識を果てさせるのに効果は抜群」

「せやの? せやったら、せーの!」

「何が『せーの!』だーーーーッ!」

「ふぐぅッ?」

 ハリセンバチーーンや!

「ぅぅ……リンちゃん、痛いよ?」

潤々(うるうる)しながら『痛いよ?』じゃないッつーの! この脳ミソ新日娘! だいたい、クルもだ! 妙な提案すんな! このアーパー、すぐ鵜呑(うの)みにすんだから!」

 リンちゃん、あんまりや!

 と、不意に「よよよ」と()(すす)る声。

 ……ラムスちゃんやった。

 どないしたん? 急に?

「ひ……卑怯ですわよ!」

「は?」「ふぇ?」

「モモカ様に抱きつかれる様を見せつけて、仲の良さを誇示するなんて! 初対面の(わたくし)が不利なのは明白ですわ……グスッ」

「……アンタ、いまの流れ見てた?」

「ハッ! そうですわ! 全身〈液状(ゲル)体質〉の(わたくし)ならば、投げ捨てられても平気……何度、脳天から叩き落とされてもノープロブレムですわ! 抱きつかれ放題ですわ!」

 変な着地した。

 ほんでもって、聖母のような慈しみでウチへと両手を広げた。

「さあ、モモカ様♡  思う存分、(わたくし)に〈フロントナンタラ〉を仕掛けて下さいませ♡ 」

「イヤや」

 

「グス……ぅぅぅ……」

「殺人技回避したのに、地べたに泣き崩れてんなッつーの!」

 ウチ、この人少し苦手かもしれへん……。

「ところでラムス、アナタと話がしたい」

 顔色ひとつ変えんと、クルちゃんが切り出した。

 それを受け、ラムスちゃんの雰囲気がスッと引き締まる。

「ま、そうでしょうね。わざわざ貴女(・・)がいらしたという事は……。よもや懐かしい顔に、こんな形で再会するとは思ってもいませんでしたけれど」

「何よ? アンタ達、古くからの知り合いなの?」

 リンちゃんの質問に、ラムスちゃんの温顔がニッコリと回答。

「ええ、そうですわよ? モブ女?」

 ……毒吐きよった。

「上等だーーッ! このスライムメイドーーッ!」

「ふぐぅ! リンちゃん、ア~カ~ン~ッ!」

「放せーーッ! モモーーッ!」

「ぅぅ……あんまりですわ……また抱きつかれる様を見せつけるなんて……ぅぅぅ」

「このカオス、エンドレス?」

 クルちゃん、そう思うなら何とかして!

 呑気(のんき)にクルコクンしとらへんで何とかして!

 

 

 

「では、私とラムスは対話の(ため)に席を(はず)す」

「何よ? 此処ですりゃいーじゃん?」

「天条リン、その申し出は却下。生憎(あいにく)、今回はラムスとマン・ツー・マンで話がしたい」

「はぁぁ? アタシらに聞かれたくない秘密事ってか!」

「そう」

「……迷い無く肯定したわね、アンタ」

「え……ええやん、リンちゃん? 久しぶりの再会で、きっと積る話もあんねんよ?」

「無い」

 クルちゃん、淡白に否定した。

 ウチ、(かば)ってあげたねんよ?

「モモカ様? (わたくし)がいない間、寂しいでしょうけれど、少しだけ御待ちになっていて下さいませ? すぐに戻りますから ♪ 」

 別に寂しないよ?

 と、これ見よがしにウチの肩を抱き寄せるリンちゃん。

「ほれ? さっさと行けッつーの? シッ! シッ!」

 野良犬扱いに払いはった。

(わたくし)のモモカ様から、その雑菌まみれの手を御離しなさい!」

「へへ~ん ♪  アタシとモモは一緒にシェア食いとかしたりする仲なんだもんねー ♪  アッカンベロベロベー★」

「な……何ですって! 不潔! 不潔ですわ! もしも(わたくし)のモモカ様が、変な感染症に掛かったりしたら……ッ! モモカ様、この性悪バイ菌女と御別れになるべきです! いますぐ! そして、パートナーには(わたくし)を!」

「イヤや」

 

「……ぅぅ……あんな雑菌バイ菌モブ女に負けるなんて!」

 ラムスちゃん、また泣き崩れはった。

「カオスは、もういい」

 ()めて(まと)めるクルちゃん。

「という事で……()(さき)モモカ、面倒を起こさないで、おとなしくしているように御願いする」

「はーい★ うん? 何で、ウチだけなん?」

「天条リン、()(さき)モモカが面倒を起こさせないで、おとなしくしているように監視を御願いする」

「あー……まぁ、尽力はしてみるわ。うん」

「何で、ウチだけなん?」

 そんなんしてたら、またまた近くの繁みがガサゴソ。

 全員がハッと注視した。

 このパターンは、また誰か来る。

「今度は何よ? 何か引き寄せる電波でも出てるワケ? この集落!」

「失礼ですわね、モブ女。(わたくし)()に、そのような怪しい仕掛けはございません」

「どうかしらねー? 何たって〈女王様〉が〝変態〟だし? 『類は友を──』で、変人呼び寄せてるんじゃないのー? ()()()()!」

「あら? でしたら、貴女(あなた)も〝変人〟という事になりますわよね?」

「フ……フフフフフ……」

「ウフフフフフフ ♪ 」

 リンちゃんとラムスちゃんが静かなる火花を散らす中、低木を()()けて問題の相手が現れた。

「ようやく追いついたぞ! リンにモモカよ!」

 ……ハッちゃんやった。

(われ)を置いて行こうとしても無駄な事! そう、このハーチぁぐっ!」

 噛んだ!

 遂に、そこまで噛んだ!

 どんどん堕ちていく!

 こっちの〈女王様〉!

「カオスは、もういい」

 クルちゃんの()めた本音には、ウチとリンちゃんも同感やった。



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クルちゃんと惑星ジェルダFractal.4

 

【挿絵表示】

 

 クルちゃんとラムスちゃんは、宣言通りに席を外した。

 残されたんは、ウチとリンちゃんとロッポちゃん……それにハッちゃんや。

「んで? わざわざ追って来るって、何だッつーのよ? エルダニャ?」

「うむ、どうしても伝えるべき事があってのう」

「お笑い芸人になる決心でもした?」「ハッちゃん、年末芸人大会に出るのん?」

「違うわッ!」

 何や? (ちゃ)うのん?

「コレじゃ! コレを伝えに来たのじゃ!」

 揚々と〝カラフルな立方体〟を取り出すハッちゃん。

()が愛機〈リヒアーク〉専用の格納庫(ドッグ)から、斯様(かよう)な物が発掘されてのう」

「何なん? これ?」

「各面が色違いな立方体じゃん?」

「フフフ……コレは単なる立方体ではないぞ?」

「そう言われても、見た目には単なるオブジェにしか……って、まさか!」

「どないしたん? リンちゃん?」

「〈大樹神(だいじゅしん)〉〈濁酒徳利(どぶろくとっくり)〉──これまでも、予想外の物体に擬態していたわ」

「ええ? せやったら、コレが今回の〈ネクラナ──」

「そう! コレこそが旧暦に大ヒットしたアイテム〈ロービックキューブ〉(なり)!」

 甲高い破裂音がスパーーン!

 間髪入れずにハリセンアプリが叩き込まれた……ハッちゃんの顔面に。

「わざわざ旧暦玩具の立体パズル見せに来たってか? ああん?」

 ハリセンをパシンパシンとメトロノーム刻みにしつつ、ハッちゃんを威圧に見下すリンちゃんの殺気。

 怖ッ!

(そろ)えたのじゃ! 自力(じりき)(そろ)えたのじゃ!」

「だったら、何だ!」

「うむ、見て欲しい」

 悪びれずに言うた。

 この人、めげへん!

「フフフ……では、()が腕前を披露(ひろう)してやるとするか」

 自己満足に進めたよ?

 見る言うてへんよ?

「モモカよ、コレをグチャグチャに掻き混ぜるが()い」

 手渡された立方体は、一面辺り九立方体にパーツ分割されとる仕様や。それをガチャガチャ回すと、各面が雑多な入れ代わりに細かいランダムカラーを構成する。

「やったよ?」

「うむ、御苦労。フフフ……(おどろ)くでないぞ? まずは、各パーツをバラしてだな」

「のっけからプレイスタイルが違うわーーーーッ!」

 フルスイングハリセン、スパーーン!

 女王様の顔面、クリーンヒット……。

「回すの! コレは回して(そろ)えるんだッつーの!」

「何と! そうであったか! では、無理じゃな?」

 投げた!

 一考(いっこう)も無く、淡白に投げた!

「ウホホー★」

「ロッポちゃん揃えた! ものの数秒で揃えた! 六本腕を使(つこ)うて! スゴい!」

「うむ、見事である!」

「……ゴリラに知恵で負けんな、エルダニャ」

 と、リンちゃんは忘れていた事に気がついたようや。

「そういえば、ロッポ? アンタ、アタシ達を何処へ連れて行こうとしてたワケ?」

「ウホホ、ウホ、ウホホホホ!」

 リンちゃん、また表情曇った。

「モモ!」

(わか)らへんよ?」

「やっぱり、このオチかーーッ!」

「フム? なるほどのぅ?」

「って、エルダニャ? アンタ、言葉(わか)るの?」

「何じゃ? リンよ、(わか)らんのか?」

(わか)るか! ってか、アンタは何故(わか)るッ?」

「通訳が()るからのぅ?」

「は? 通訳?」

 誰?

 ハッちゃん、妙な事を言い出したねぇ?

 此処に()るの、ウチとリンちゃんとロッポちゃん……それから、ハッちゃん自身だけやん?

「何処にいんのよ? 通訳なんて?」

「先程から()るではないか?」

「だ~か~ら~! 何処に……って…………」

 リンちゃん、言葉失った。

 ウチも失った。

 ロッポちゃんもドン引きしとる。

 ハッちゃんの周り、オーブ飛び始めた!

 この人、霊界通信で通訳してはった!

「どうじゃ! ()が専属整備士の有能さは! 実に多才! 実に有能! 今回ばかりは、御主(おぬし)(たち)も認めざる──って、何処へ行くッ?」

 草むらや!

 草むらへ脱兎や!

 全員、恐怖に避難や!

 

 ひとまず落ち着いて、ハッちゃんの話を聞いた。

 オーブはんには席を外してもらうとして……。

「つまりじゃな? こやつの集落に、我等(われら)と同じ〈人型生命体〉が()るので会わせようとしたらしいのぅ?」

「は? アタシら以外に?」

「うむ」

「……どういう事?」

 親指を噛んで思索するリンちゃん。

「この惑星(ほし)に〈高度知性体〉は、原則としていない……あの〝ラムス〟とかいう〝イケズブリブリ毒舌ビッチスライムメイド(くたばれ)〟は特異例…………」

 何気にエラくディスっとるよ?

「だとすれば、考えられるのは……アタシ達と同じ〈来訪者〉って事か?」

「ウチら以外に? どないな人やろ?」

「う……ん、確認してみたいけど……クルから面倒起こすなって言われてるし、動くワケにも……」

「わかった! せやったら、ウチが確認して来る! リンちゃんは此処で待っとって? ロッポちゃん、行こう!」

「ウホ!」

「うん、御願い……って、モモーーッ? 違ーう! 一番動いちゃいけないの、アンタ(・・・)ーーーーッ!」

 何やリンちゃんが叫んどったけど聞こえへん。

 とっくに後方や。

 ロッポちゃん、意外と駆けんの速いねん。

 

 

 

「此処がロッポちゃんの集落?」

「ウホ!」

 やっばり森の中に(ひら)けた場所やった。

 せやけど、ポヨコちゃんトコと(ちご)うて鬱蒼(うっそう)としている。

 周囲を樹林に囲われとるのと、そもそも敷地面積が狭いからやろね?

 ポヨコちゃんトコが〝草原の周囲に樹々が囲っとる〟と形容するなら、ロッポちゃんトコは〝密林の中を()(ひら)いた〟いう感じや。

 ほんでもって、やっぱりロッポちゃん達がウロウロしとる。

「ふぇぇ? こんなにたくさんのロッポちゃんが()ったら、ウチ(わか)らへんようなるよ?」

「ウホゥ?」

「あ、せや! ウチ、閃いた!」

「ウホ?」

 ウチ、ロッポちゃんの頭に赤いリボンを(むす)んだった。

「えへへ ♪  コレで(わか)るよ?」

 ロッポちゃんは、しばらく不思議そうに(なが)め──「ウホ ♪ 」──満足そうな様子や。

 そんなしてたら、いきなり大きな音が()()らされた。

 コレ、銅鑼(ドラ)やんな?

 誰が作ったん?

 一転して周囲が慌ただしくなる。

 全員が作業中断に集まり、集落中央に据えられた大きい切り株へと(かしこ)まった。

「何が始まんのん?」

「ウホホ、ウホ、ウホホホホ」

「さっき言っとった〝人〟が出て来んの?」

「ウホ!」

「その人、(えら)い人なん?」

「ウホホ」

「ふぅん? ある日現れて、そのまま〝女王〟になったんや?」

「ウホ……」

「それ、ロッポちゃん達が決めたんやなくて、その人(・・・)が勝手に名乗ったん?」

「……ウホ」

「そうなんや? 迷惑な話やんね?」

「ウホゥ……ウホホウホウホ」

「ほんでもって、毎日の惑星探索を義務化されて報告せなアカンの?」

「ウホ……」

「地脈エネルギー値が高いトコなん? ()探しとんのやろ?」

「ウホゥ?」

「それは(わか)らへんのや?」

「ウホ!」

「そんなんで、ポヨコちゃんの種族とも反目したん? あ! せやから森の中で遭遇した時、二人共(ふたり)とも喧嘩(ケンカ)(ごし)やったんやねぇ?」

「ウホゥ! ウホウホ!」

「う~ん……せやけど、そりゃロッポちゃん達がアカンよ? 勝手に縄張り荒らされたら、ポヨコちゃん達かて面白ないよ? ウチかて、勝手に自分の部屋に入られたらイヤやもん」

「ウホホ……ゥゥ」

「逆らったら、お仕置きされるん? アカンやん! そんなん、イジメっこや!」

「ウホゥ……」

「うん、ウチは分かったよ? ホントはロッポちゃん達かて、したくないねんな? 言われたから、しゃーなくや」

「ウホホホホ……ウホ?」

「説得? ウチ『もう自由にしたって』って言えばええのん?」

「ウホ……」

 ロッポちゃん、申し訳なさそうに沈んだ。

 せやねぇ?

 いままで大自然で仲良ぅやってきたのに、いきなり身に覚えの無い王権制度を強要されたら(たま)らんねぇ?

 コレ、可哀想やんな?

「うん、分かった★ ウチ、お願いしてみる ♪ 」

「ウホ?」

「ええよ? 友達やもん」

 ややあって、切り株ステージに〈女王様〉が現れた。

 べっぴんさんや。

 全体的に華奢(きゃしゃ)で繊細な印象やねん。フワリと銀色の長髪が泳ぎ、繊細でスレンダーな肢体を白い〈PHW〉で包んどる。

「……あれ? この人、どっかで見た事あるね? ドコでやろ? う~ん?」

 ウチが記憶を手繰(たぐ)っとると、謎の女王様は眼前に(かしこ)まっているロッポちゃんの集団へ向かって揚々(ようよう)と名乗り始めた。

「聞け、忠実なる私兵共よ! ()が名は〈ニョロロトテ──」

「ああ! せや! やっぱりニョロちゃんや!」

「──誰だ、オマエは?」

 怪訝(けげん)そうな表情へと染まるニョロちゃん。

 ウチ、一団の最後列からトテテと近寄った。

「また会えたねぇ? えへへ ♪ 」

「……誰だと()いている」

「ウチや★ 〝()(さき)モモカ〟や★」

「何処かで遭遇したか?」

「覚えてへんの?」

「知らぬ」

「ふぐぅ……ヒドイやん! アレやん! 惑星レトロナで()うとるやん!」

「覚えは無い」

「ウチ〈ミヴィーク〉で戦ったよ?」

「ミヴィーク?」

「もう! シャチ型宇宙航行艇(コスモクルーザー)の事やん!」

 ウチ、プリプリや!

 激オコぷんぷんや!

 ニョロちゃんは、(しばら)く脳内記憶を反芻(はんすう)して──「ああ、アレ(・・)か」──ようやく思い出したみたいやった。

 えへへ ♪

 

 ウチ、捕まった……。

 



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クルちゃんと惑星ジェルダFractal.5

 

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 私──クルロリは、彼女と共に草原へと腰を下ろした。

 小高い丘陵(きゅうりょう)だ。

 とはいえ、此処まで緩やかな勾配が続いていたので、そこそこ標高は高い。

 眼下には森の深緑が息吹き、見渡すに山々が青の清涼に霞む。

 二人して、その景色に意識を流した。

 風がそよぐ。

 草は泳ぐ。

「正直、驚きましたわね。まさか、このような再会になるとは」

「そうでもない」私は必然を生じるプロセスを示す。「少なくとも、私とアナタは〝地球人類種子〟と寿命が違う。太陽系銀河に於ける活動範囲を局地的に限定した場合、その尺度如何(いかん)では再会する確率は高くなる」

「……相変わらず理屈臭いですわね」

 少々辟易(へきえき)とした様子だった。

 何故かは特定できない。

 ブロブベガの〝ラムス〟──彼女とは旧知の間柄となる。

 再会は久しぶり。

「それで? 今回は、どのような面倒事を追っていますの?」

「ラムス、私が特異状況に在ると何故断定できた?」

貴女(あなた)(かか)わって、面倒事ではなかった試しなどありませんわよ」

「ふむ?」

「……思いっきり理解不能な顔でクルコクンをしないで頂けます?」

 苦虫顔で詰め寄られた。

 そうか。

 また私は〈クルコクン〉と呼ばれる仕草をしていたのか。

 自覚は無い。

「コレを捜索収集している」

 簡潔に納得を(うなが)す手段として、私は〈ネクラナミコンの欠片〉を提示した。

「石板?」

「コレは〈ネクラナミコンの欠片〉……現在は次元宇宙に散在してしまっている」

「ネクラナ……? 何ですの? その思いっきりパチモノみたいな名前のコレは?」

「アカシックレコード」

「ふぅん?」彼女は意味深に微笑(びしょう)を含んだ。「いつから(・・・・)〈嘘〉をつけるようになりましたの?」

 少し驚いた。

 どうやら易々(やすやす)と看破されたようだ。

「ラムス、質問がある。どうして〈嘘〉だと断定できた?」

「あら? やはり〈嘘〉でしたの?」

「ふむ?」

鎌掛け(・・・)ですわよ。貴女(あなた)が、そうそう秘事を露呈するはずがありませんから」

「ふむ?」

 さすがにラムスだ。

 既知の古さも推測材料にあっただろうが、それ以前に彼女自身が推理能力に長けている。

「で、何ですの?」

「いまは伏せておく」

「そうですか」

 意外とあっさり引き下がった。

「追求はしない?」

「いまさらですわよ」

 どういう意味だろう?

 私には汲み取れない。

「それで? あの子(・・・)達は、何ですの?」

()(さき)モモカと、天条リン──彼女達と保護者マリー・ハウゼンには〈ネクラナミコン〉の捜索収集の協力体制を依頼した」

「……それだけですの?」

「そう」

「本当に?」

「そう」

「……本当に(・・・)?」

 ジィと私の瞳を見据えるラムス。

 もしかして、コレが〝値踏み〟というヤツだろうか?

 しかしながら、この項目に関しては、私も〈嘘〉はついていない。

 マリー・ハウゼンとは〝ネクラナミコンを目的とした協力体制〟であり、()(さき)モモカと天条リンとは〝現地捜索を目的としたチームメイト〟だ。

 それ以上で以下でもない。

 ……何故だろう?

 彼女達を想起(そうき)すると、少し精神状態が揺らぎを見せる。

 イヤな感覚ではない。

 旧暦時代にも体験した〝(あたた)かさ〟だ。

 この〝ラムス〟と共に……。

 ふむ?

「では、最後の(・・・)は何ですの?」

「最後の?」

「あの〈蜂女〉ですわ」

「アレはバカ」

「……シンプルながらも辛辣(しんらつ)な猛毒を吐きましたわね」

 そうなのだろうか?

 私は真実を告げただけ。

 誹謗(ひぼう)中傷(ちゅうしょう)の自覚は無い。

「では、この惑星ジェルダには、それ(・・)の捜索へ?」

「主目的は、そう。副次的目的は、違う」

「副次的目的? 何ですの? それは?」

「それは──」

 (くち)にしようとした瞬間、明後日の方角で大爆発が生じた。

 森の一角だ。

 そして、濛々(もうもう)と煙が上がる。

 微かに流れて来るのは、けたたましい喧騒。

 大方、予測通り。

「アレは……〈アリログ〉の集落が在る方角?」

 ラムスが焦燥に腰を浮かせた。

 彼女が言う〈アリログ〉とは、この惑星に原生する六本腕のゴリラ──つまり()(さき)モモカが〝ロッポちゃん〟と呼んでいる種族の事だ。

「いったい何事が?」

 何事でも無い。

 予測確率九十六%で、確定している。

 程無くして、巨大少女が樹海の波間から飛翔した。

 滞空に眼下を見据えて叫ぶ。

「こンの! モモを返しなさいよ!」

 やはり。

 天条リンだ。

 いや、訂正しておこう。

 あの形態は〈Gフォルム〉に巨大化しているから〈Gリン〉と呼ぶべきだ。

 そして、この展開になったという事は、(おの)ずと原因(・・)も判明する。

 一応、釘を刺しておいたが、それも無駄であったようだ。

 かと言って、特に悲嘆も動揺も無い。

 予測通り(・・・・)なのだから。

 望む望まないに(かか)わらず。

「なッ? 何ですの? アレ(・・)は!」

 ラムスにしては珍しく、思いっきり驚愕していた。

 ああ、そうか。

 それ(・・)が、普通(・・)の反応か。

 彼女は初見だった。

「何故、あのモブ女(・・・)が巨大化していますの!」

「そういう特性だから」

「ファジーな説明で片付けないで下さいますッ?」

 ふむ?

 私は無駄を省いて要点だけを押さえたつもりだったが、どうやら彼女の要求にはそぐわなかったようだ。

 とりあえず現状に()いて、それ(・・)はいい。

 それよりも気になるのは〝()と事を構えているか〟だ。

 そう、一般的に最重要視される〝()が原因で、こうなった(・・・・・)か〟という要因すら、あの二人(・・・・)には無意味だ。

 何故なら、()が要因であろうと、あの二人(・・・・)ならこうなる(・・・・)

「ふむ?」と、私は気になった判断材料を一顧(いっこ)。「おかしい? ()(さき)モモカがいない?」

「え? モモカ様? モモカ様が、どうか致しまして?」

「通常なら、あの二人はワンセット。天条リンが巨大化したのならば、当然のように()(さき)モモカも巨大化して(そば)にいる」

「……いま、何と(おっしゃ)いました?」

()(さき)モモカも巨大化する」

「そちらではございませんわ!」

 では、どちらだろう?

「あの二人はワンセットで、当然のように(そば)にいる……ですって?」

「原則として、そう」

「フ……フフフ……フフフフフフ……」

 ()

「ゆ……ゆゆゆ……」

 湯?

「許せませんわーーーーッ!」

 唐突に絶叫した。

 声量にはビックリしたが、言動自体に驚きはしない。

 極稀(ごくまれ)に、彼女はこうなる。

「あのモブ女(ごと)きが? (わたくし)のモモカ様と?」

 アナタのではない。

「誰に断って、そのような役得を得ていますの! あのモブ女!」

 別に役得ではないし、許可も()らない。

 ()(さき)モモカは、基本的に誰に対してもフリーパスだ。

 何故なら『警戒心』という言葉が脳内欠落している。

「……行きますわよ、クルロリ様!」

 何処へ?

「こうなったら、(わたくし)が目にもの見せて差し上げますわ! あのモブ女! そして、完膚(かんぷ)()きまでに叩き込んであげますわ……(わたくし)こそが、モモカ様に相応(ふさわ)しいと!」

 ()(さき)モモカと付き合うのに、品格が要求されるとは初めて知った。

 私が知る限り、彼女の前には〈人間〉も〈アリログ〉も〈ブロブ〉も〈ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世〉も並列なのだが?

 ふむ?

「ラムス、もう少し待ってほしい」

「何故ですの! この期は、ドサクサ(まぎ)れに、あのモブ女を失脚させて、ブラックホールのド真ん中へと(ほうむ)り去る絶好のチャンスですのよ!」

 いま、物騒な事を言った。

「そして、モモカ様に(わたくし)を売り込む好機! そうしたら、毎日毎日、溺愛(できあい)のままに抱き合えますわ! 誰の目も気にせずに、全宇宙公認のラブラブチュッチュッですわ!」

 いま、アブノーマルな性癖(せいへき)口走(くちばし)った。

「ラムス。気持ちは微塵(みじん)も分からないけど、もう少し待つ事を要求する」

「……いま、軽く毒を混ぜていませんでした?」

 混ぜていない。

 真実。

「もう少し待っていれば、何か起きますの? あのモブ女が爆死しますの?」

 何故、そこまで天条リンを敵視するのだろう?

 親近嫌悪というヤツであろうか?

「たぶん、もうひとつの構成要素(・・・・・・・・・・)が生じる。そして、いつも通り(・・・・・)の展開となる」

「もうひとつの構成要素?」

 彼女が怪訝(けげん)を浮かべた直後、雲間を抜けて鋼鉄の巨人が降下してきた。

『フハハハハハッ! 宇宙の帝王まで、あと100ポイント! ドクロイガー参上!』

 予想通り〈ドクロイガー〉が現れた。

 そして、何故かポイント制になっていた。

 彼が介入する展開は、かなりの高確率で予見出来た。

 ただしポイント制については、まったくの予想外。

「帰れ」

『ヌォォ? 取り付く島も無しにッ?』

 間髪入れずに、Gリンの冷蔑冷遇(れいべつれいぐう)

 この展開も予測通りだ。

「さて……」私はベルトバックル部からパモカを取り外し、指令を(くち)にした。「来て、ドフィオン」

 彼方中空に(きら)めきが一条。

 それは、すぐさま〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉として飛来する。

「な……何ですの? この巨大なエイは?」

「私の愛機〈ドフィオン〉」

「愛機?」(しばら)く言葉を呑んで見入るラムス。「あの〈ドリル軽バン〉は、どうしましたの?」

「……ラムス」

「はい?」

コチラ(・・・)の読者が、アチラ(・・・)を読んでいるとは限らない。その辺りのTPOは(わきま)えてほしい」

「……貴女(あなた)でもメタツッコミとかしますのね」

 何故、苦虫顔を向けられるのだろう?

 まったく心当たりが無い。

 ふむ?

 と、後方から見知った顔が飛来した。

「おお! クル! 此処に()ったか!」

 ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世だ。

 (いささ)か興奮気味にも見える。

「ハッちゃん、何?」

「クルコクンで〝ハッちゃん〟言うな」

 ふむ?

 おかしい?

 ()(さき)モモカに準じたのだが?

「そんな事より! そなたに伝えるべき事が出来たのじゃ!」

「状況が一転したのは、こちらでも視認した。いったい、何があった?」

「うむ、コレじゃ!」

 (てのひら)サイズのカラフル立方体を見せてきた。

 確か旧暦時代の立体パズル玩具〈ロービックキューブ〉というヤツだ。

「……ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世? コレが何?」

「うむ、自力(じりき)(そろ)えられるようになった!」

 

 

 

「では、加勢に行って来る」

 私はラムスへと簡潔に告げ、愛機〈ドフィオン〉を発進させた。

 彼女の(かたわ)らには、消沈したハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世がガクリと(ひざ)をついていた。

 ぞんざいな無視に傷ついたようだ。

(そろ)えたのじゃ~~! 自力(じりき)(そろ)えたのじゃ~~~~!」

 聞こえない。

 地表から嘆き声が聞こえたけれど、聞こえない。

 カオスは、もういい。



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クルちゃんと惑星ジェルダFractal.6

 

【挿絵表示】

 

 交戦は続いている。

 いや、乱戦と言うべきか。

 Gリン──

 ドクロイガー──

 そして、正体未確認の敵────。

 いつも通り(・・・・・)だ。

 問題点があるとすれば、依然(いぜん)正体不明の敵は森林に潜んでいるという事。

 そこから放たれる光線攻撃を、滞空するGリンが回避する。

 そして、ドクロイガーがちょっかいを出し……ハリセンの制裁で返される。

 あ、また泣いた。

 ともかく専用宇宙航行艇(コスモクルーザー)〈ドフィオン〉に搭乗した私は、ようやく前線へと合流した。

「クル? 何処行ってたんだッつーの!」

「天条リン、()(さき)モモカは?」

「……う」

 ばつ悪そうに言葉を呑んだ。

 ふむ、やはり予想通り。

 この状況の原因(・・)は、()(さき)モモカだ。

 私は眼下へと視線を落とす。

 敵の姿は深緑の雲に潜んでいて、凝らしても視認出来ない。

 という事は、少なくとも小型対象という事だ。

 背後からドクロイガーが襲撃してきたので、尻尾部の電磁(でんじ)(ムチ)〈テールビュート〉で叩き払う。

 ……また顔面押さえて泣いていた。

「天条リン、ひとつ確認したい。誰と交戦している?」

「ニョロロトテップだッつーの! アイツ、モモを拉致しやがった!」

 どうやら〈惑星レトロナ〉で遭遇したというアレ(・・)のようだ。

 私自身は事後報告のみで遭遇していない。

 問題は、何故〈ニョロロトテップ〉が、此処(・・)にいたか……その目的(・・)だ。

 過去のデータによると、相手の目的意識は〝高度発展した科学文明に対する活動規模縮小を目的意図とした警告、(およ)び、武力制裁〟であったはず。

 しかし、この〈惑星ジェルダ〉の文明レベルは原始的であり、対象条件としては外れている。

 ふむ?

 私が再び眼下を注視していると、攻撃地点から人間サイズの影が飛び出してきた。

 銀色の長髪を(なび)かせる美少女──なるほど、アレが〈ニョロロトテップ〉か。

 確かに〝通常の人間〟ならば、Gリンを相手取って対峙する際に滞空浮遊などしない。

「3(フラクタル)\1(ブレーン)次元(ディメンション)の少女よ──いや〝天条リン〟と呼ぶべきか。何故、オマエはつくづく邪魔をする?」

「ハァ? 知るかッつーの! アンタなんか! 自惚(うぬぼ)れてんじゃないわよ! さっさとモモ返せ!」

「返してやってもいい。ただし、交換条件だ」

「何だッつーの!」

「オマエ達が収集している〈ネクラナミコン〉を渡せ」

「……はぁぁッ?」

 どうやら彼女の目的も〈ネクラナミコン〉らしい。

 何が目的かは判らないが、少なくとも〈私〉〈ドクロイガー〉〈ニョロロトテップ〉の三つ巴相関は確定した。

「何でアンタが〈ネクラナミコン〉を知ってるんだッつーの!」

アレ(・・)は、そもそも私が保持すべき物だからだ」

 なるほど……そういう事(・・・・・)か。

 だとしたら尚更(なおさら)彼女(・・)に渡してはならない。

 しかし、おそらく渡さなければ、()(さき)モモカには危険が迫るだろう。

 さて、どうしよう?

「……渡したら、モモを返すのね?」

「約束しよう」

 (しば)し緊迫した反目が交わされる。

「わーったわよ! そもそもアタシは、あんなんどーでもいいし?」

 横柄な態度にGリンは承諾した。

 私としては困った選択結果になったが、仕方がないだろう。

 ()(さき)モモカの安否とは、天秤に賭けられない。

 何よりも、天条リンにとって〝()(さき)モモカ〟が如何(いか)に大切な存在かは重々承知している。

 そう、天条リンにとって……。

 では、現状の私の、この感情は何だろう?

 みすみす〈ネクラナミコン〉を手放す(むな)しさと同時に、それと同等の価値を確保したかのような安堵感(あんどかん)は?

 ……判らない。

 ……不確定。

 続く交渉に備えて、私がいそいそと〈ネクラナミコンの欠片〉を用意していると──「アイツ(・・・)が持ってる」──迷いも呵責(かしゃく)躊躇(ちゅうちょ)も無く、Gリンはドクロイガーを指差した。

『えええぇぇぇ~~ッ?』

 寝耳に水な展開に困惑を極めるドクロイガー。

「持ってるわよ? ひとつ」

『ちょっと待てィ! シャチ娘!』

「黙れドク郎! いっさい反論却下だ!」

『外道か!』

 双方に一票。

「では、渡してもらおうか……オマエが所有する〈ネクラナミコン〉を」

『グヌヌヌヌ……ッ!』

 迫るニョロロトテップを前にして、歯噛みながらに尻込むドクロイガー。

「どっちもがんばれー? 負けんなー?」

 Gリン、その覇気の無い声援は他人事(ひとごと)気分と捉えてもいい?

『えぇい! 頭に乗るなよ! 小娘共が! ワシとて伊達(だて)に〝髑髏(ドクロ)〟をやっていたワケではない! イヤイヤながらのプライドがあるわ!』

 意味不明。

『いまこそ見せてやろう! ネットオークションで高額落札した秘密兵器を!』

 ドクロイガー、それは〝秘密(・・)〟とは呼べない。

 オークション参加者全員が認知している。

『フライング・ダッチマーーーーン!』

 拳を天空に振り上げ、エネルギー波を解き放った。

 ……五分経過。

 ……一〇分経過。

 ……十五分経過。

 あ、何か飛来した。

 どうやら日本の小型木船をモチーフとした〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉のようだ。

 ただし〝骨〟のディティールでパーツ構成されている。

 とはいえ、実際には宇宙合金製だろう。

 そうでなければ〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉としては機能しない。

 しかしながら、この経過時間では実戦活用には向かないと思える。

 それにしても独特の自己主張をした宇宙航行艇(コスモクルーザー)だ。

 甲板上には複数の〈骸骨(ガイコツ)型アンドロイド〉が整列し、何故か全員でオールを漕いでいた。

 この雰囲気は、何処かで見た事がある。

 旧暦データベースで……だ。

 はて? 何だっただろう?

 考察材料の一環(いっかん)になるかは解らないが、骸骨達は低く震える声音で『柄杓(ひしゃく)をくれぇ~……柄杓(ひしゃく)をくれぇ~……』と(うめ)いている。

 ふむ?

「〈舟幽霊(ふなゆうれい)〉じゃん!」

 ああ、そうだ。

 Gリン、指摘をありがとう。

 確か〈妖怪〉とかいう不吉な空想娯楽だ。

 (みずか)ら〝恐怖〟の対象を生み出して楽しむのだから、人間というものは理解に苦しむ。

『失敬な事を言うな! アレは〈フライング・ダッチマン〉だ!』

 ドクロイガー、それは〈幽霊船(ゆうれいせん)〉──広義的に〈妖怪〉に分類される。

柄杓(ひしゃく)をくれぇ~……柄杓(ひしゃく)をくれぇ~……』

柄杓(ひしゃく)くれって言ってんじゃん!」

『言ってても〈ダッチマン〉だ!』

柄杓(ひしゃく)をくれぇ~……柄杓(ひしゃく)をくれぇ~……』

「妖怪じゃん! 認めなさいよ!」

『……〈フライング・ダッチマン〉だもん』

 この(くだ)り、()るだろうか?

 ドクロイガーの上空で待機旋回を描く舟幽霊(ふなゆうれい)

 どうやら指令待ち……という事は人工()知能()搭載の自律型だ。搭乗者はいない。おそらく、あの〈骸骨(ガイコツ)〉達がリモート別行動を(にな)っているのだろう。

『いくぞ! フォルーームアップ!』

 空中分解した〈舟幽霊(ふなゆうれい)〉が、追加アーマーと化して合体した。

 準じてドクロイガーの外見が、ややゴチャゴチャとしたディティールへと昇華される。

髑髏(ドクロ)合体! ドクロイガー!』

 ……ドクロが増えた。

 腕部や脚部に小型のドクロパーツが増えた。

 私の記憶が正しければ、彼は〈髑髏(ドクロ)〉モチーフを辟易(へきえき)と嫌悪していたはずだが?

 ふむ?

「ドクロ増えてんじゃん!」

 Gリンが無遠慮に指摘した。

 だが、この点は私も気になったので代弁に礼を言いたい。

 ありがとう。

『ううううるさい! ワシだってイヤなんだからね!』

 何故、ツンデレ口調(くちょう)なのだろう?

『だって、仕方ないじゃない! 髑髏(ドクロ)だもの!』

 意味不明。

 相田み ● を風に言われても、まったく要点を得ない。

『ともかく! この形態となったワシを易々と倒せるなどと思うなよ! ニョロロトテテ(・・)ップとやら!』

 噛んだ。

 ハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世ばりに噛んだ。

 だが、これは致し方ない。

 確かに彼女の名前は、呂律(ろれつ)を殺す言いにくさだ。

 基本『ら行』や『ふぁ行』の羅列は言いにくい。

 もっともハーチェス・エルダナ・フォン・アルワスプ・ビースウォームⅣ世の場合は、少々病的ではある。

『喰らぇぇぇい! ハイパードクロバーストォォォーーッ!』

 強化形態になっても、やる事は変わらなかった。

 

 

 

『グスグス……ぅぅ……』

 数分後──。

 私達の眼前には、ボロ負けして泣き濡れるドクロイガーがいた。

 全高八〇メートルの巨体が、人間サイズの生身に負けた。

 またも『独活(ウド)の大木』を地で言っている。

「ったく! 相変わらず使えないわね! このドク郎!」

 Gリン、またも代弁ありがとう。

『だって、仕方ないじゃない! 髑髏(ドクロ)だもの!』

 こんな場面で〝相田み ● を風〟が()きた。

「さて、ではオマエが所有する〈ネクラナミコン〉を渡してもらおうか?」

 優勢の浮遊にニョロロトテップが迫る。

『……はい』

 指先からのマジックアームで、悄々(しおしお)と手渡した。

 まるで従順な犬が、お手をするかのように。

「渡すんかい!」

 絶妙のタイミングでGリンがツッコミ。

 この能力のポテンシャルに()いては、彼女こそが私の知己でナンバーワンかもしれない。

コレ(・・)で、ようやくひとつ(・・・)……」

 掌中の〈ネクラナミコン〉を見つめて、ほくそ笑むニョロロトテテップ。

 その(わず)かな(すき)を突き、Gリンが奇襲を仕掛けた!

 ヘリウムブースター全開で特攻しつつ叫ぶ!

「セパレーション!」

 プロテクターと化していた〈ミヴィーク〉が分離!

 巨大化が解除された!

 等身大に戻った天条リンは、しなやかな脚線美でニョロロトテテップの手を蹴り上げる!

 宙に舞う石板!

 すかさずヘリウムブースターの出力を上げ、上昇キャッチを試みる!

 が、右脚に触手が巻き付いた!

 ニョロロトテップの右腕が変質したものだ!

「何ですって? クラゲの触手?」

「言ったはずだ……この少女形態も、あのクラゲ形態も〈擬態(ぎたい)〉だと。つまり臨機応変に変質できる」

「うわっと!」

 鞭拘束のように下界へと投げ捨てる!

「ヤバッ! ミヴィーク!」

 即座に〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉が追う!

(ギャラクシー)フォルム・メタモルアップ! Gリン……あう!」

 巨大な女体が樹々を滑り倒し、緑の雲海に土色の露道を刻んだ!

 とはいえ、この判断は正解だと言える。

 巨大化する事で尺度修正が()され、せいぜい派手に転んだ程度のダメージへと緩和されたのだから。

 人間サイズで墜落していたら致命傷──下手をすれば死んでいたかもしれない。

「みすみすくれてやると思うか? 天条リンよ?」

 悠然と見下(みくだ)したニョロロトテテップは、頭上から降ってくる〈ネクラナミコン〉へと手を伸ばす。

「そうはさせない。好機なのは、こちらも同じ」

 私は牽制の威嚇射撃を繰り出した。

「チィ!」

 滞空維持の後方跳躍で、大きく間合いを開くニョロロトテップ。

 そもそも当てる気(・・・・)は無い。

 尺度対比から言って、仮に〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉の砲門であっても人間サイズには大口径(だいこうけい)だ。掠っただけでも消し炭に死ぬ。

 が、当てる気(・・・・)は無い。

 ひとつだけ断言しておくが、当てる腕(・・・・)ある(・・)

 おそらく天条リンや()(さき)モモカでは不可能だろうが、生憎(あいにく)と私は射撃精度に自信がある。

 が、当てる気(・・・・)は無い。

「天条リン」

「モチのロン!」

 以心伝心とばかりにGリンが急上昇。

 再び〈ネクラナミコン〉目掛けて。

『それ、ワシのォォォーー!』

 ドクロイガーも奪取の動きを見せた。

「させるか!」

 諦めの悪いニョロロトテップ。

 ひとつの石板を巡って、三者が争奪戦へと飛び込む。

 再び混戦の装丁を(もよお)した。

 罪なアイテムである。

 その時──「イ~ヤ~や~~!」──眼下の樹海から大絶叫が聞こえてきた。

 耳慣れた〝銀暦(ぎんれき)イァスナク弁〟で。



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クルちゃんと惑星ジェルダFractal.7

 

【挿絵表示】

 

「イ~ヤ~や~~!」

 たぶん、おそらく、ほぼ確定的に、間違いなく〝()(さき)モモカ〟だ。

 私の知人であり、(なお)()つ、現状況下で〝銀暦(ぎんれき)イァスナク弁〟を(しゃべ)る少女は彼女しかいない。

 あ、森から矢のように飛び出した。

 ヘリウムブースター全開で。

 すぐさま超高速で飛来するイザーナ。

(ギャラクシー)フォルム・メタモルアップ! Gモモ!」

 動画の倍速再生(よろ)しく、(わず)か数秒で巨大化変身を完了。おそらく通常時の二倍速。

 それだけ焦っていたという事だろう。

 疑問は、いくつかある。

 何故、そんなに焦っていたのだろう?

 何に対して、そんなに怯えていたのだろう?

 どうやってニョロロトテテップの拉致状況下から脱出したのだろう?

 そんな考察点を諸々(もろもろ)浮かべていた直後、彼女を追って真犯人が姿を現した。

「うふふ♡  逃しませんわ ♪  モモカ様♡ 」

 森から跳躍に飛び上がったのは、よく見知ったメイドベガ。

 視認と同時に疑問が一気に氷解した。

 おそらくラムスが救出へ向かった──

 その後、悪い性癖が発動──

 ()(さき)モモカは生理的嫌悪感のままに逃走するも、執拗に追われて、現状に至る────

 大方、そんなところだろう。

「では、失礼致します」

「ぎゃん?」

 ラムスが腕を引くと、連動したかのようにGモモが墜落した。

「ふぐぅ……う……動けへん?」

 大の字で地面へと拘束されるGモモ。

「さて、それでは……いまこそ愛の抱擁(ほうよう)をーー ♪  モモカ様ーー♡ 」

「イーヤーやーーーーッ!」

 両手広げの偏愛に飛び込むメイド。

 恐々と拒否を叫ぶ巨大少女。

 ふむ?

 なるほど、そういう事か。

 ラムスは〈ブロブベガ〉であり、そもそも部位境界の概念は適用されない。

 如何(いか)なる形状であろうとも、本体と(つな)がっている限りは彼女の一部(・・・・・)だ。そして、その性質や強度も変質自在。

 おそらくGモモには紐形状で部位を結び付け、それを手繰(たぐ)り寄せた。

 ついでに言えば、先程(さきほど)の〝らしからぬ(ちょう)(ちょう)(やく)(りょく)〟も、()(さき)モモカへと結び付いて引っ張られていただけの事だろう。

 そして、地面には(みずか)らの液状部位を()いておき、トリモチの(ごと)くGモモを捕獲した。

 彼女の粘着力と張力は極めて高い。

 かつては飛翔せんとする巨大ロボットを地面に縫い付けた実績もある。

 それはともかく……とりあえず尻尾部の電磁(でんじ)(ムチ)〈テールビュート〉で叩き払っておいた。()(さき)モモカへの義理立てで。

「あうッ?」

 落下した。土煙を上げて。

「ラムス、()いておきたい事がある」

 パモカを(もち)いて、彼女へ直接連絡。

 心配無用。

 彼女も〈パモカ〉を所有している。

『痛たたたた……何ですの! 他人(ひと)を叩き落としておいて平然と!』

「アナタは何をやっている?」

『あら? 貴女(あなた)にしては愚問ですわね? 御覧の通り、モモカ様を救出しましたのよ?』

「その後」

『決まっているじゃありませんか? そ・の・後・は……ウフフ ♪ 』

 何が「決まっている」かは知らないし「ウフフ」と言われても意味不明。

 回答にはなっていない。

「助けてぇ! リンちゃん! クルちゃん!」

 詳細は解らないが、面倒事が増えたのは直感した。

 ふむ? どうしよう?

「アタシのモモに何してんだーーッ! この変態メイドーーッ!」

 Gリンが(ユー)ターンに突っ込んで来た。

 『パブロフの犬』(よろ)しく〈ネクラナミコン〉そっちのけで。

 そのままGモモの前へと(へだ)たり立つ。

「あら? そんなに出番が欲しいんですの? モブ女?」

「うっさい! このビチビチビッチメイド! アタシのモモに何かしたら、タダじゃおかないわよ!」

 一触即発に対峙する似た者性癖。

 ふむ? やはりカオス化した。

 こうなると〈ネクラナミコン〉争奪戦は、ドクロイガーに賭けるしかない。

 少なくともニョロロトテップへ渡すよりはマシだ。

 改めて戦況へ振り返って見ると……あ、無様にやられてフッ飛んだ。

 使えない。

「ようやく手に入れたぞ……我が〈ネクラナミコン〉を」

 確保した石板へと至悦に見入る。

「天条リン、()(さき)モモカ、困った事になった。ドクロイガー所有の〈ネクラナミコン〉が、ニョロロトテップに奪取された」

「ふぇ? 〈ネクラナミコン〉奪われたん? 大変や!」

 事態の重大さを理解……してはいないかもしれないが、とりあえずGモモは狼狽の色を浮かべた。

 一方、Gリンは……。

「くれてやれ! ンなモン!」

 ラムスを()()けたまま吐き捨てた。

 完全に頭へ血が昇っている。

「アカン! リンちゃん! アレ、クルちゃんの大切な物やん! 一生懸命集めてる物やん!」

「石板の一個や二個知るか! 後で(まと)めて奪い返してやるわよ! アタシはアンタ(・・・)の方が百倍大事だッつーの!」

 天条リンの言い分は分かる。

 どちらを比重に置くか……天秤は()(さき)モモカだ。

 ……何故?

 確かに天条リンにとっては〝()(さき)モモカ〟だろう。

 それは承知している。

 けれど、私にとっての最優先事項は〈ネクラナミコン〉だったはずだ。

 なのに何故、私は同調の理解を(いだ)くのだろう?

 ふむ?

「アカン!」

「アカンくない!」

「アカン! ウチ、クルちゃん困らせたない! クルちゃん泣くのイヤや!」

 ……別に泣かない。

 が、どうやら()(さき)モモカの頑固が発動したようだ。

 こうなった時の彼女は、周りを屈するまで軟化しない。

「ふぎぎぎ……っ!」

 懸命に〝ラムスホイホイ〟を引き剥がそうと試みる。

 たぶん無理。

 ラムスが、ほどかない限りは。

 というか、ラムス?

 何故、ほどかない?

 私が知る限り、アナタは聡明な人種に分類される。

 というか、抜け目が無い。

 というか、したたかだ。

 場合によっては狡猾(こうかつ)にも映る。

 ただの辛辣(しんらつ)キャラではなかったはず。

 状況を把握できない(ほど)(おろ)かでもない。

 ふむ?

 そんな疑問を巡らせる最中、不意に彼女は人差し指をフルフルと立てた。

「その〈ネクラナミコン〉というのは、コレ(・・)の事ですの?」

 クンッと指を引くと、強引に石板が引き寄せられる。

「何ッ?」

 ニョロロトテップが動揺の色を染めるも、(とき)(すで)に遅し。

 獲物は容易(たやす)くラムスの手へと収まった。

「たぶんコレ(・・)の事だと察して、先程(さきほど)〝糸〟を付着させて頂きましたわ。(わたくし)の〝糸〟は私自身(・・・)……自在にコントロールできますの」

 上空の敵へ向けて温顔ニッコリと挑発を投げ掛けた。

 静かな敵意が反目する。

「惑星ジェルダの女王……キサマ、よくも!」

「あら? 貴女(あなた)に〝キサマ〟呼ばわりされる筋合いはありませんけれど?」

「……何故だ?」

「はい?」

「キサマは〈ネクラナミコン〉の争奪戦には無関心……部外者であったはずだ」

「ですわね。正直、こんな石板どうでもいいですわ。役に立ちそうにもありませんし……コレ(・・)でしたら漬物石の方が、まだ価値がありますわね」

「ならば、何故だ!」

「友達がコレクションしていますので ♪ 」

 ……ふむ?

「覚悟は出来ているのであろうな? クイーン・ジェルダ!」

「あら、それはコチラの台詞(セリフ)ですわよ? 無粋な暴君様?」

「何?」

貴女(あなた)が〈アリログ〉達に()いた理不尽な狼藉(ろうぜき)……(わたくし)が知らないとでも?」

「ラムスちゃん、ロッポちゃん達の事を知ってたん?」

「ああん、モモカ様♡  もう一度〝ラムスちゃん〟と呼んで下さいまし ♪ 」

「……イヤや」

「シクシク……そんな御無体な」

「っていうか、ほどいて~!」

「それは却下致します ♪ 」

「何でッ?」

「モモカ様を危険な前線へ立たせたくはありませんから★」

「ふぇ? ウチの(ため)……なん?」

「そ・れ・に ♪  ジタバタと苦悶にもがくモモカ様の肢体を見ていたら、何だか興奮してまいりましたの……うふふふふ♡ 」

「やっぱほどいてッ!」

 ラムス、アナタは恍惚(こうこつ)に何を口走(くちばし)っている?

「ってか! だったら、何でほったらかしにしてたんだッつーの!」

何か(・・)を探しているのは解っていましたから、それ(・・)を手にしたタイミングで御破算(ごわさん)へと(おとし)める事が、何よりも御仕置きになると思いまして ♪ 」

 さすがにラムスだ。

 その辺りのしたたかさ(・・・・・)は健在。

「キサマ達(ごと)きが、この私に勝てると思うか!」

「さて? 勝率は判りませんけれど、勝てるんじゃありませんこと?」

「何?」

「えっと……何でしたかしら? そうそう、確か──やってみなけりゃ分からない! やるだけやったら、どうにかなる! ──でしたかしら?」

「何だ? それは?」

「「バカの格言」」

 私とラムスの断言が意図せず重なった。

「どうやら戦力差を分かっていないようだな。私がその気になれば、こんな惑星など壊滅できるのだぞ!」

「でしたら、その惑星そのもの(・・・・・・)を相手取って頂きましょうか?」

 不敵な余裕を飾り、彼女は指笛を高らかに吹いた。

 振動──。

 惑星自体が震えているかのような微震──。

 その力強(ちからづよ)さは次第に増大していき、(さなが)ら大地震のように大気すら震わせた。

 発生源は四方八方からの土煙。

 それは大地の怒濤(どとう)(ごと)く、我々の──いや、ラムスの(もと)へと押し寄せて来る!

 生命(いのち)であった。

 この惑星ジェルダに()まう生命(いのち)達であった。

 六本腕のゴリラ〈アリログ〉──。

 三頭のサイ〈タングロス〉──。

 蝙蝠(コウモリ)の巨翼で羽ばたく(おお)蜥蜴(トカゲ)は〈ラプロドン〉──。

 電光を(まと)うカラフルな蝶は〈デンコチョウ〉──。

 そして、山の(ごと)き巨体に吠える直立型恐竜は、原始生命体の頂点〈ディメラ〉────。

 ありとあらゆる原生生物が、ラムスの指揮下へと集合した!

 まるで〈惑星ジェルダの意思〉を、総意に代弁するかのように!

「さて、では御相手して頂けます? 我々(・・)生命(いのち)〉を?」



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クルちゃんと惑星ジェルダFractal.8

 

【挿絵表示】

 

 夕陽が温かみに()す草原で、ウチらは〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉へ乗り込む手筈(てはず)を調えた。

 見送りに惑星ジェルダの動物達が(つど)う。

『ウホ……』

 代表するかのようにロッポちゃんが進み出た。

「ロッポちゃん、もうすぐバイバイや」

『ウホゥ……』

 シュンとせぇへんといて?

 ウチ、後ろ髪引かれてまうわ……。

 せやから、無理矢理明るい笑顔を(つくろ)った。

「もうイジメっ子はおらへんから、みんな仲良ぅせなアカンよ?」

 足下ではポヨコちゃんが嬉しそうに跳ねとる。

 それ見たら、此処来たんも無駄やなかった思えるねん。

「ウホ」

「うん? リボン? 返さへんでええよ?」

「ウホ?」

「ロッポちゃんかて〝女の子〟なんやもん ♪  少しはオシャレした方がええ★」

「……ウホ」

 少し含羞(はにか)んどった。

 せやよ?

 人間とか〈アリログ〉とか関係あらへんねん。

 女の子は、みんな同じやねん。

「嗚呼、もう御帰りですのね……」別れの名残惜しさにラムスちゃんが(なげ)いた。「……モモカ様」

 名残惜しさ、ウチ限定やった……。

 早ぅ帰りたなったよ?

「ラムス、今回は助力をしてくれて礼を言う」

 相変わらず無抑揚なクルちゃんの謝辞に、ラムスちゃんは(しばら)く素のままで見つめとった。

 ほんでもって、髪を()いて皮肉めいた閑雅(かんが)を飾る。

「別に礼を言われる筋はありませんわ。(わたくし)は、無礼な来客を追い返しただけですし」

 せやねん。

 あの後、ニョロちゃんは撤退したねん。

 特に攻撃も抵抗も示さへんまま。

 まるでラムスちゃん達〈惑星ジェルダの生命(いのち)〉に気圧(けお)されるかのように……。

 そのまま〈ネクラナミコン〉は、ラムスちゃんからクルちゃんへと譲渡された。

 どうやら勝ったねんな?

 正直、ウチには()が勝敗か分からへんけども……。

「それを引き寄せたのは、おそらく我々との間に確立した因果率。申し訳なく思っている」

「あら? 貴女(あなた)(かか)わって、面倒事じゃなかった試しはありませんけれど?」

「そうか……自覚は無かった。ごめんなさい」

「で・す・か・ら! 謝らないで下さいます? まったく、調子が狂いますわよ……ブツブツ」

 何や小声で(クチビル)(とが)らせとる。

「ともかく! 貴女(あなた)に、そんな殊勝なキャラは似合いませんわ! いつも通り、他人の迷惑そっちのけで構えていなさい」

「ふむ? では、私が来たくなったら来訪もいいという事?」

「……何故、いまさら他人行儀(たにんぎょうぎ)ですの。別に、いいに決まってますわよ。どれだけ永い付き合いだと思っていますの?」

「またトラブルを持ち込む可能性は(いな)めない」

如何(いか)なる難儀(なんぎ)であろうとも、(わたくし)がクリア出来なかった試しがありまして? (わたくし)を誰だと思っていますの?」

「ふむ? 抜け目が無く、したたかで、場合によっては狡猾(こうかつ)にも映る辛辣(しんらつ)キャラの〈ブロブベガ〉」

「……別れの(きわ)に、とんでもない毒を吐きましたわね」

「ふむ?」

 苦虫顔へクルコクン。

 せやけど、仲ええねんな?

 ラムスちゃん、毒舌(どくぜつ)やけど。

 たぶん素直やないねん。

 自分を表すの下手やねん。

 そしたら、リンちゃんと似てはるのかもしれへん。

 物腰は正反対やけど。

「あー、これでオサラバと思ったらせいせいしたわ! とっとと帰るわよ! モモ! クル!」

「別に貴女(あなた)は、どうでもいいですわよ。モブ女」

「あんだと! この変態メイド!」

「ゴーホーム! ハウス!」

「人様を犬扱いしてんじゃないわよ! それ、この上なく失礼だかんね!」

 リンちゃん?

 以前、ドクロイガーはんにしてなかった?

 リンちゃんはしかめっ(ツラ)でラムスちゃんを(にら)み据え、ラムスちゃんは涼しい顔でプイッや。

 そんな気まずい空気が支配する最中(さなか)……。

「……パモカ出しなさいよ」

「はい? どうして(わたくし)が、パモカを差し出さなければなりませんの?」

「いいから出せッつーの! アタシのパーソナルID(アイディー)、入れてやるって言ってんのよ!」

「は? 通信関係になる……と? 貴女(あなた)と?」

「か……かかか勘違いすんじゃないわよ! アンタとは、まだ白黒ついてないんだかんね! その延長戦の(ため)なんだから!」

 ラムスちゃん、キョトンしはった。

 ほんでもって──「クス」──軽く笑いはったんや。

 

 三機の〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉が帰還に浮上する。

 垂直離陸の風圧が緑の海原を吹き撫でた。

 見上げる動物達……そして、ラムスちゃん。

「ウホホーーーーッ!」

 ロッポちゃんが別れを雄叫(おたけ)んだ!

 そして──ドドドドドドドド──眼下から響く重低音!

 ドラミングや!

 出航の景気付けに六本腕のドラミングを披露してくれた。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……ッ!

 ロッポちゃんに続けとばかりに〈アリログ〉達が一斉に叩き始める。

 動物達が咆哮を(かな)で、ポヨコちゃん達は精一杯ピョンコピョンコ。

 大合唱や。

 見送りの大合唱や。

 そんなん見てたら、ウチはじんわり思うた──来てよかった。

 友達、仰山(ぎょうさん)できた★

 

 

 

 惑星ジェルダが小さなってく。

『あ、そだ!』

「どないしたん? リンちゃん?」

『結局、今回は惑星ジェルダの〈ネクラナミコン〉をゲットしてないじゃん! ドク郎のは強奪したけど!』

 ……いま〝強奪〟言いはった。

『天条リン、心配無用。今回の〈ネクラナミコン〉は、(すで)に私が回収してある』

『は? いつよ?』

『アナタ達が降下して来る直前』

『だったら先に言えッつーの! ったく!』

『ふむ?』

『……〝何を怒ってるの?〟みたいにクルコクンすんな』

「そんなすぐに見つかったん?」

『今回は降下事前に大凡(おおよそ)の見当は付けていた。よって降下後は、すぐに発見する事が可能だった』

「どのぐらい掛かったん?」

『一〇分弱』

 早ッ!

『だったら、アタシらが降下する必要なかったじゃん!』

『天条リン。私は最初から、そう言っていた』

『……う!』

 せやねぇ?

 後追いしよう言うたんは、リンちゃんやったねぇ?

「あんな? クルちゃん?」

『何? ()(さき)モモカ?』

「もしかしたら、今回は〈ネクラナミコン〉以外の目的があったん(ちゃ)う?」

『…………』

「せやから、自由に行動できるよう単独降下を言うたん(ちゃ)う?」

『私にも分からない。けれど……』クルちゃんは、柔らかな眼差(まなざ)しで惑星ジェルダへと振り向いた。『……そうかもしれない』

『何よ? その別目的って?』

『……ただ、会いたかったのかもしれない』

『…………』

「えへへ ♪ 」

『ったく、そうならそうと言いなさいよね! 最初から言ってりゃ、一緒に付き合ったッつーの!』

『アナタ達とラムスは面識も交流も無い。私の個人的一存(いちぞん)に付き合わせるのは迷惑になる』

『なるかッつーの!』

『天条リン?』

『アンタねぇ! いっつも無関心・無感情・無抑揚で、我道邁進唯我独尊だけど──』

 リンちゃん、それエラくディスっとるよ?

 ラムスちゃん越えしとるよ?

『──少しは〝自分〟を見せなさいよね。友達(・・)なんだから』

『……天条リン』

 えへへ ♪

 やっぱリンちゃん優しい ♪

 せやからウチ、リンちゃん大好きやねん★

『では、その言葉に甘えて……ひとつ提示しておかなければならない事がある』

『は? 何だッつーのよ? 早速?』

『惑星ジェルダに引き返したい』

『はぁ? いきなり何言い出した?』

『忘れ物をした』

『忘れ物って……〈ネクラナミコン〉は回収したじゃん?』

「せやねぇ? 他に忘れ物あった?」

『…………』「…………」

『エルダニャーーッ!』「ハッちゃーーん!」

 慌てて(ユー)ターンや!

 ドエラいモン置いてきた!

 

 

「見るがいい! 惑星ジェルダの者共よ! (われ)、極めりし!」

「いえ、猛々しく〈ロービックキューブ〉を(かざ)して何を息巻いてますの……(ひと)の集落で」

「フッ……嫉妬か? クイーン・ジェルダよ? 同じ〈女王(クイーン)〉として、格の違いを思い知ったようじゃな?」

「な・ん・で・そうなりますの!」

「フッフッフッ……驚嘆(きょうたん)も無理からぬ。二〇秒じゃ! (つい)に全面揃えるのを、三〇秒切ったのじゃ!」

「……なるほど〝ただのバカ〟ですわね」

「だが、クイーン・ジェルダよ? (われ)(うつわ)が違う! 直々に御主(おぬし)へ指南してやろうぞ! なぁに、礼など()らぬぞ? 同じ〈女王(クイーン)〉としての(よしみ)じゃ」

「……さっさと帰って頂けます?」

 

 

 

 

 今回の探査報告をニュートリノ通信にて受けたマリー・ハウゼンは、早々にデータを更新……更新……あれ? 静かだ?

 恒例のキーパンチ音も(かな)でられていない。

 

 ………………。

 

 失礼しま~す。

 

 室内昭明が暗いせいで、何処となくムーディーなシックさもあり……。

 ああ、そうでもないや。

 部屋は雑多な生活臭に散らかっていた。

 散らかり具合、相当なものだわ。

 ソファには畳まれないままの洗濯物が常駐放置で崩れ、その前に在るリビングテーブルには開封されたスナック菓子が散らばり湿気っている。

 銀暦(ぎんれき)の才女、実は〝片付けられない女〟でしたか……。

 デスクトップに据えられた愛用のパソコンはスリープに沈黙。その周辺には乱雑に詰まれた資料と、飲み掛けのブラックコーヒー。

 あ、走り書きのメモがある。

 えっと……何々?

 

『探さないで下さい』

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 エ……エラいこっちゃアアアァァァァァーーーーーーッ!

 



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マリーと惑星ウィズエル
マリーと惑星ウィズエル Fractal.1


 

【挿絵表示】

 

 ツェレーク艦内を並び歩くウチとリンちゃん。

 ヴィシウム合金製の通路は、抗菌的ながらも簡素な殺風景や。上部の角には〈ハイ(エル)(イー)(ディー)〉の昭明が涼しい白で機能的に照らし、それが果てしない光のレールと連なり続いとる。

「ったく、エルダニャのせいでトンだ二度手間負ったわよ」

 うんざりとした心労に、リンちゃんが愚痴った。

 向かっとるのは、マリーの部屋や。

 さっき帰還した〈惑星ジェルダ〉に関する報告と、新たにゲットした〈ネクラナミコン〉を届けに行く途中や。ついでに、これまでの解析進行具合も確認しに行くねん。

 これまでも惑星探索の事後処理としてやってきたルーティーンやねんよ?

「せやけど、何やかんやで〈ネクラナミコン〉集まったねぇ?」

「まぁね」

「あと何個やっけ?」

「確かクルの話だと全部で六つ。で、惑星ジェルダでクルがひとつゲットしたし、ドク郎のも強奪したから……あとひとつ(・・・)か」

 ……リンちゃん、いま〝強奪〟言うた。

「全部集まったら、どないなるんやろ?」

「ん~? 当初、クルが言ってたのは『神の(ごと)(ちから)を得る』って事だったけどね?」

「毎日、抹茶パフェやねんね?」

「……違うッつーの」

 リンちゃん、何で苦虫顔なん?

「全部集まったら、リンちゃんは何を実現するん?」

「え? ア……アタシ? そ……そりゃあ、その……」

 急に振られたんで予想外だったのか、リンちゃんはしどろもどろになった。

 せやからウチ、助け船出したったねん。

「毎日、イチゴパフェ?」

「違うわ!」

 喰い気味に怒られた。

 何で?

「でも──」リンちゃん、急に思索を紡ぎだした。「──ホント(・・・)に、そんな(ちから)を与える代物(シロモノ)かしら?」

「どして?」

「正直、かなり胡散(うさん)(くさ)い。仮に、そんな壮大な物だとしたら、チープ過ぎるわよ」

「クルちゃん、そう言うてたよ?」

「……()だとしたら?」

「嘘? せやけど、クルちゃん言うてたよ?」

「そりゃそうなんだけど……あの時(・・・)は、出会ったばかり。何らかの意図で、虚偽(・・)を飾ったとしたら?」

「そんなんアカン!」

「……よね。やっぱ」

「クルちゃん疑ったらアカン!」

そっち(・・・)?」

「クルちゃん、嘘つくような子やあらへん! 博士のサインも、きっと付いとる!」

「いや、それはないけど……」

「クルちゃん、友達や! それやのに、クルちゃん嘘つき言うたら……リンちゃん……ふぐっ……リンちゃ……グス……ふぇぇぇ~~ん! そんなリンちゃんキライや~~! ウチ、そんなリンちゃん見たない~~! ふぇぇぇ~~~~ん!」

「な……泣くなッつーの! 仮に(・・)……の話よ! 仮に(・・)……の!」

「イ~ヤ~やぁ~! ふぇぇぇ~~~~ん! うわ~~~~ん!」

「わかった! わかったッつーの! もう言わないから!」

「グス……グス……ホンマ?」

「……たぶん」

「うわ~~~~ん!」

「わかった! わかったから!」

「グス……グス……クルちゃん、嘘つきやない?」

「う……ん」

「サイン付いとる?」

「いや、それはない」

「うわ~~~~~~~~ん!」

「わかった! 付いてる! 付いてるから!」

「グス……グス……えへへ ♪  せやったら、ええねん ♪  せやからウチ、リンちゃん大好きやねん★」

「あー……うん……」

「ほんなら、行こ?」

「は? どうした? (きびす)を返して?」

「クルちゃんトコや」

「何で?」

「ごめんなさい言うて()よ?」

「唐突に謝られても怪訝(けげん)な顔されるわ!」

 

 

 

 マリーの部屋に着いた。

「マ~リー、開~け~て★」

「小学生の『あ~そ~ぼ★』言うみたいに呼ぶな」

 何で?

 ええやんな?

「マ~リー!」

 ……返事無い。

「マ~~リー!」

 ……やっぱり返事無い。

「おらへんね?」

「留守? おかしいわね?」

「何で?」

「マリーのサイクルは把握してるもの。この時間は個人的な研究時間に割いているはず」

「毎回、時間通りとは限らんやん?」

「それを指摘されれば、何事もそうなんだけど……少なくとも、アタシ達が出会ってからは狂った試しが無いわよ」

「ほんなら何処行ったんやろ?」

「さて……って、あれ? 電子ロック開いてる?」

「ドアの?」

「うん。変ね? パス掛けないで出るなんて?」

 そう怪訝(けげん)を置きつつも、リンちゃんは無遠慮にスタスタと室内へ入った。

 ウチ、続いた。

「「ぅわ~ぉ」」

 入るなりの第一声は、二人(ふたり)(そろ)っての失望驚嘆。

 メチャ散らかってんねん。

 衣服とか投げっぱなしグチャグチャやねん。

 食べ掛けお菓子が湿気とんねん。

「いくら容姿(ようし)端麗(たんれい)頭脳(ずのう)明晰(めいせき)でも、こりゃ百年の恋も()めるってモンだわ」

「レスリー長官でも?」

「いや、あのド腐れ変態は大丈夫っしょ? 基本、乳さえあればいいから」

 リンちゃん、銀暦(ぎんれき)トップにエライ()(よう)やんね?

 腰に手を当てたリンちゃんは「ふむ?」と室内を見渡した。

 ヒント探してんのやろね?

 ウチ、邪魔にならないように、ソファに散らかった衣服の雪崩(なだれ)(たた)み始める。

 ん? 何やコレ?

 ……ブラや!

 特大丸豆腐の空容器が落ちてる思うたら、これブラや!

 デカッ!

「何か手掛かりになる物は……と」

 リンちゃんはのんびりと物色始めた。

 気楽な態度からは、まったく焦燥が汲めへん。

 まぁ、マリーやからね?

 別に大事件いう事もあらへんやろし。

「あれ? 何だコレ?」

 パソコンのデスクトップで足を止めた。

 丁度、ウチも畳み終えたんで、トコトコと脇へ並ぶ。

 一枚(いちまい)のメモ用紙や。

 そこに書かれた一文(いちぶん)を、ウチとリンちゃんは軽く読んだ。

 

 ──探さないで下さい。

 

「「…………………………うんんんッッッ?」」

 

 

 

 

 

 予想外の非常事態に、ツェレーク管制室(ブリッジ)には主要人材が(つど)った。

 もちろん、ウチとリンちゃん……そして、クルちゃんも。

「なるほど……状況は把握した」

 詳細説明を受けたクルちゃんが淡白に納得する。

 この非常事態に在っても全然ブレへん辺り、さすがやねんね?

 周囲の大人達は悲観と不安にオロオロしとんのに、一番頼もしいねぇ?

「ああ、マリー艦長……いったい何処に?」

 メインオペレーター〝恒詠(つねよみ)ナレミ〟さんは、瞳を(うる)ませて、わなわなと口元(くちもと)へと両手を添えた。

 せやねん。

 いつも「何(フラクタル)\何(ブレーン)次元(ディメンション)、滞在可能推定時間──」言うてんの、この人やねんよ?

 ショートポニーテールの似合う(さわ)やか系お姉さんで、年齢は十八歳。

 ウチとリンちゃんからしたら、マリーよりも年齢近いから〝気さくに何でも話せるお姉ちゃん〟いう感じや。

「ナレミお姉ちゃん? 落ち着いて?」

「で……でも、モモカちゃん!」

大事(おおごと)やないねんから」

大事(おおごと)だよッ?」

 せやの?

「マリー艦長は、この〈ツェレーク〉の所有者であり、最高責任者であり、運行権限者……そして、あなた達〈コスモウィズ・スクール〉の校長先生であり出資運営者! つまり、この艦の総て(・・)は、マリー艦長そのものに依存している! ううん、マリー艦長自身が、この艦そのもの(・・・・・・・)と言ってもいい! このままじゃ……」

「えへへ~ ♪  学校、おやすみや★」

「違うよッ? その通りだけど違うよッ?」

 どっちなん?

 改めて見渡せば、みんな頭(かか)えて(しず)んだり、激しい口調(くちょう)口論(こうろん)したり……パニックパーリーや。

 そんな不毛な混乱の中──「狼狽(うろた)えんなーーーーッ!」──不意に一喝(いっかつ)が場の支配権を根刮(ねこそ)ぎ奪った!

 リンちゃんや!

 腰へと両手を添えた仁王立ちに、威風満々の叱咤(しった)を向ける!

「大の大人が(そろ)いも(そろ)って、オロオロと……みっともない! アンタら、いままで()やってきた! それでも〈ツェレーク〉運行スタッフか!」

「そ……それは……」「う……む……」

 若冠(じゃっかん)十六歳の少女が、大人達を気迫に()み込んどった。

 この辺、さすが銀暦(ぎんれき)大企業の御嬢様や。

 堂に入った象徴性(カリスマ)とリーダーシップやんね?

「リンちゃんの言う事は……分かるけど……」

 弱音を(こぼ)すナレミさん。

 せやせど、リンちゃんは自信に満ちてポニーテールを()き流した。

「アタシを誰だと思ってるの? アタシは〈星河コンツェルン〉の娘〝天条リン〟よ! 不可能なんて無いんだから!」

 そして、キビキビと今後の指針を打ち出す。

「いい? まずはいつも通り(・・・・・)! 各自が受け持つ役割を、しっかりと果たす! 最高権限者とはいっても、マリーは統括的な判断を(くだ)すポジション! 各機能を働かせてきたのは、アンタ達(・・・・)! 通常運行なら問題無し!」

「そ……そうか」「うむ、そ……そうだよな?」

「けれど、非常事態が起きたら?」

「ンなモン、早々は起きない! もちろん断言はできないし、そのままにはしておけない……から、臨時代役を立てるわ」

「臨時代役?」

「そ。信頼できる人材を……ね。少なくとも大局的な指揮能力に()いては、信頼性に長けた人物を」

(あい)()かったーーッ!」

 ハッちゃん入って来た!

 この場に呼んどらへんハッちゃんが、勢いよく飛び込んで来た!

「エエエエルダニャ? アンタ、どうして此処へ?」

「フッ……水臭いのぅ? リンよ? どうにも(われ)蚊帳(カヤ)(そと)にコソコソしていると思うたが、まさか(われ)への〝さぷらいざっぷ〟とは……」

 噛んだ……っていうか、軽くダイエット計画入った。

「違うわッ! ってか、誰だーーッ! コイツ(・・・)呼んだの! トンデモ非常事態そのもの(・・・・)だから、一切(いっさい)秘密にして集合を掛けたのにーーーーッ!」

「フッ……やはり気付いておらなんだか?」

「は? 何がよ?」

()が〈専属整備員〉を、御主達の尾行に使役していた事に!」

 塩()いた!

 ウチとリンちゃん、恐々ダンスながらに塩で清めた!

「幽霊を発信器代わりに使うな!」

「〈ゆーれー〉とやらではない! 有能な〈専属整備員〉じゃ! ただ〝姿が見えぬ〟だけの〈専属整備員〉じゃ! あとは〝神仏を恐れる〟〝御経(おきょう)に苦しむ〟〝御札(おふだ)に近付けぬ〟〝御香(おこう)を嫌がる〟……」

 それ(・・)を〈幽霊〉言うねんよ!

「さて、事情は分かった……任せよ、リンよ! このハッちゃん、気高き〈女王〉の名に懸けて指揮能力を惜しみ無く(ふる)おうぞ!」

 自分で〝ハッちゃん〟名乗りだした。

 噛むの回避するために、自分から〝ハッちゃん〟名乗り始めた。

「沈むわ! アンタに(ゆだ)ねたら、ものの数秒で宇宙の藻屑(もくず)だわ! 銀邦(ぎんぽう)最大の最新鋭艦が!」

「うむ! それもまた、さぷらいざっぷ!」

「黙れ!」

 この艦、いまこの瞬間が一番『史上最大のピンチ』かもしれへん……。



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マリーと惑星ウィズエル Fractal.2

 

【挿絵表示】

 

 数時間後──。

 宙域待機する〈ツェレーク〉へ、一機(いっき)の〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉が収容された。

 海亀型や。

 その様子をブリッジから見届け、リンちゃんは静かに呟いた。

「……来たわね」

「せやねぇ?」

 さすがにハッちゃんには任せられへん。

 せやから、リンちゃんは〝あの人〟を呼びつけた。

 最初は渋っていたようやけど、マリー失踪の詳細を教えたら血相変えて飛び出したみたいや。

 数分後──ブリッジのオートドアが開くと同時に、目も当てられへん動揺が飛び込んで来た!

「私のGカップは何処(いずこ)へーーーーッ!」

「再登場の第一声(だいいっせい)に、何を口走(くちばし)ってんだァァァーーーーッ!」

 ハイキック入った!

 リンちゃん渾身のハイキックが、レスリー長官の顔面へクリーンヒットした!

 格闘家と見紛(みまが)うばかりにキレのいいのを!

 銀邦(ぎんぽう)トップ、現役JKに教育指導的体罰された!

「アンタ! レーティング指定やり直させる気か? あぁん?」

 倒れた長官の胸ぐら(つか)んで、ヤンキーばりに()()ける大企業令嬢。

 リンちゃん、怖いよ?

「ジョ……ジョジョジョ……ジョークだよ! ウェットに富んだ軽いジョークだよ!」

「黙れ! アンタのは場末(ばすえ)居酒屋のスケベオヤジ猥談(わいだん)だ!」

 リンちゃん、何でそないな事を知っとんのん?

「とにかく……大凡(おおよそ)の事情は判った」

 長官は起き上がって(えり)を正した。

「つまりマリー──」どさくさ(まぎ)れの呼び捨てに、リンちゃんギロリ。「──・ハウゼン博士の消息が見つかるまで、この私に〈ツェレーク〉の運営管理を一任(いちにん)したいというのだね?」

「そ。アンタは、腐った〈銀邦軍(ぎんぽうぐん)長官〉なんだから〈大型宇宙船(スペースシップ)〉の運用には慣れている」

 リンちゃん「腐った」言いはった。

 自然体で「腐っても」やなく「腐った」言いはった。

「おまけに、こんなん(・・・・)でも一応は〈銀邦(ぎんぽう)トップ〉の一角(いっかく)なんだから、おいそれと鷹派も〈ツェレーク〉には手出しできない──没収とかね」

「……何気にエラくディスられていなかったかね?」

「していない。真実」

 まさかのクルちゃんが割り込んだ!

「ま、そういう事で〈ツェレーク〉は、アンタ(・・・)に任せる。その間に、アタシ達はマリーを探し出す」

「うむ、それはいいが……手掛かりはあるのかね?」

「う~ん、そこ(・・)なのよねぇ……」

「天条リン。その問題点なら多少は、どうにかなるかもしれない」

「は? クル、アンタ何か知ってんの?」

「知ってはいない。ただし、(いく)つかは推測の糸口(いとぐち)となりそうな要素が残されている」

(いく)つか? 例えば?」

「まず、マリー・ハウゼンは〈ネクラナミコンの欠片〉を持ち出して失踪した。ただし、彼女が持ち出したのは〈惑星レトロナ〉時点での計三個──私達が〈惑星ジェルダ〉で収集した二個は、まだコチラに有る」

「それが? ……って、そうか!」

「そういう事」

 何やリンちゃんとクルちゃんだけで納得しとった。

 ウチには、さっぱりや。

 う~ん?

 あ! せや!

「リンちゃん!」

「何よ? 急に興奮して?」

「ウチ、判ったよ! マリーの行先!」

「え? ホ……ホントッ?」

「オモチャ屋や!」

「は?」

「きっと並んでんねん! ゲーム欲しくて長蛇の列やねん! マリー、よっぽど欲しかったんや! 博士達のサイン入りゲームソフト!」

「……オイ」

「行こう! リンちゃん! ゲーム売場や! ビックラカメラかアマタ電器へレッツゴーや!」

「待てぇぇぇーーい!」

 駆け出そうとした瞬間、顔面ハリセンがスパーーン来た!

 鼻頭強打にスパーーン室内反響した!

「ふぐぅ! ぅぅ……痛いよ? リンちゃん?」

潤々(うるうる)して『痛いよ?』じゃないわ! この脳みそ16ビット娘! この銀暦(ぎんれき)で、そんなドラ ● エ世代がいるか! ネット通販で一発(いっぱつ)だわ!」

 リンちゃん、あんまりや……。

「せやかて言うてたやん! マリー、言うてたやん! 〈ネクラナミコン〉は『博士達のサイン入りゲームソフト』って!」

「違うわッ!」「違う」

 リンちゃんとクルちゃん、二人(ふたり)同調(シンクロ)に全面否定。

「ったく……いい? これまで数々の惑星へと導かれたように〈ネクラナミコン〉は〝呼びあう性質〟を宿している。そして、クルは〈ネクラナミコン〉の意思を感受できる。つまり──」

「あ! 両方の〈ネクラナミコン〉をパモカ代わりにして、マリーと通話すんねんな?」

「違うわッ!」「違う」

(ちゃ)うの? 何で?」

「この脳みそアーパー娘は……。つまりクルを通じて、マリーが持って行った〈ネクラナミコン〉を感じる事が出来るの!」

「ふぇぇ? マリーの居場所(わか)るん? クルちゃん、スゴイねぇ?」

「とはいえ、私が感知できるのは漠然とした広範囲のみ。その宙域内の何処に滞在しているかまでは特定できない。そこで〈ネクラナレーダー〉の恩恵が必要となる」

「あ、な~る! 朧気(おぼろげ)に特定した宙域へ行った(のち)は〈ネクラナレーダー〉で(さら)に絞り込むワケだ?」

「それでも大変な捜索活動になるんやないの?」

()(さき)モモカ、その通り。だから、マリー・ハウゼンが搭乗した〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉の性能(スペック)データから、その活動可能範囲を演算で割り出す」

「ふぇぇ? そんなん可能なん?」

「別に難しい事ではない。彼女が搭乗した〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉の最高速度とエネルギー搭載総量、そして、これまでの経過時間を基礎条件に算出すれば、(およ)その離脱範囲は絞り込める」

「せやけど、どっち(・・・)行ったかは(わか)らへんやん?」

「だから〈ネクラナミコン〉だッつーの! この〝呼びあう性質〟なら、逆に方角だけ(・・・・)は察知できる!」

「あと〈凡庸(ぼんよう)宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉というのは(さいわ)いだった。総じて〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉には、単機による〈フラクタルブレーン航法〉の性能は実装されていない。つまり、少なくとも〈ツェレーク〉と同一の現次元宇宙にしか出動できない」

「よし! コマは揃ったわね! 後は──」

「うむ! ハウゼン博士が帰って来た時に備えて、隠しカメラの設置位置だね!」

「それもまた、さぷらいざっぷ!」

「……黙れ、阿呆 × 2」

 と、不意にハッちゃんが何かに気づいた。

「む?」

 注ぐ視線は(かたわ)らの艦長席──つまりはマリー専用の座椅子(シート)や。

 その手前に据えられたコンソールへジッと見入っとる。

「どないしたん? ハッちゃん?」

「いや……斯様(かよう)な物が、ぞんざいに置かれていたでのう? 実際、どうでもいいアイテムではあろうが……それでも〝マリー・ハウゼンの所有物〟であるのならば、そなた達が預かった方が善いと思うが?」

 説明に取り上げた物を見て、ウチとリンちゃんの顔色がサァと変わる!

 ハッちゃんが掛けて遊んどんのメガネや!

 マリーのメガネや!

 家出したんは〝表マリー〟やなくて〝裏マリー〟の方やった!

「マリーの所在特定急いでッ! そこ! 何やってんのーーッ!」

 リンちゃん、血相変えて指示出した!

「なるほど、これ(・・)が『さぷらいざっぷ』という事?」

 クルちゃん、(ちゃ)うよ?

 納得でクルコクン(ちゃ)うよ?

 



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マリーと惑星ウィズエル Fractal.3

 

【挿絵表示】

 

「う~ん? やっぱり、わたし専用の〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉も造っておくべきだったかなぁ? 主動力として〈LHC型エネルギー機関〉を搭載しているけど……何せ旧型だから遅いのよねぇ?」

 と、わたしこと〝マリー・ハウゼン〟は、現搭乗機のスペックに不満を覚えたのでした★

 だってね?

 正直、わたしは〈ツェレーク〉を愛機と捉えていたから〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉の必要性とか考慮していなかったもん。

 毎回〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉を要する局面では、リンちゃんとモモちゃんに御願いしていたし……。

 え?

 その〈LHC〉って、何か……って?

 つまり〈大型ハドロン衝突型加速器〉の事よ?

 正式英名は〈 Large Hadron Collider 〉で〈LHC〉というのは略称。

 要は〝量子加速実験によって高エネルギーを生み出せる〟という〈巨大粒子加速器〉の事なの。

 ただし同時に、その弊害的副産物として〈マイクロブラックホール〉を発生させる危険性も孕んでいるけどね?

 うん? そんな危険エンジン搭載していいのか……って?

 ダメだよぉ~?

 いくら銀暦(ぎんれき)でも危ないもの。

 だからね? コレ、違法なの。

 内緒ね★

 だってだってぇ!

 こうでもしないと〈イザーナ〉や〈ミヴィーク〉には簡単に追い付かれちゃうモン!

 ブゥ!

「あ、そうだ! バイパスを直結に簡素化したら、エネルギー抵抗値が少なくなる! そうしたら、必然的に出力が上がるもんね? あ、でも……充分な設備や工具も無いか。下手に暴走させたら〈マイクロブラックホール〉を生み出しちゃうなぁ……。うん、でも、きっと大丈夫★ わたしは〝やればできる子〟だもん ♪ 」

 閃いた妙案を実行しようとした矢先、通信システムがコールを奏でた。

 レーダー反応を見れば、後方から追って来る機影が3機。

「あ、コレ……もしかして、もう見つかっちゃった? 航行スピードから見ても間違いないかな?」

 とりあえず通信回線をオン ♪

『マリー! 見つけたわよ!』『待ってぇ、マリー!』

「えい★」

 切っちゃった★

 と、今度はパモカがブルルルル。

「ん~? 出た方がいいのかなぁ? 出た方がいいんだろうけど……絶対リンちゃんに怒られるよね? う~ん? どうしよっかなぁ? 出ようかなぁ? やめようかなぁ? まだコール鳴ってる……コレ、出るまで止まらないなぁ。あ、そうだ! アミダクジで決めよう! 紙とペン! 紙とペン……っと!」

『さっさと出なさいよ! コールしてんでしょ!』

「ひゃう!」

 ビックリしたぁ……。

 出てないのに、リンちゃんから怒られた……。

「あのぅ? もしもし?」

『もしもし……じゃないッつーの! 何無視してんのよ! 通信システム切るわ! パモカには出ないわ!』

「あの、リンちゃん? どうしてパモカをオンに出来たの?」

『こっちにはクルがいるんだかんね! 感情欠落にぬぼーっとして何考えてるか判らないわりに、スゴいんだからコイツ! マリーほどじゃなくても!』

『リンちゃん? 褒めとんの? ディスっとんの?』

「あ、そっか。クルちゃんが遠隔的にハッキングして、勝手に回線開いたってワケね?」

『マリー・ハウゼン、その通り。アナタが通信を切った直後、天条リンがブッ壊れ──ブチキレて、私にパモカIDの解析を指示した。先程(さきほど)のコールは、(わず)かな間の回線情報を引き出す事を目的としたダミー工作』

『……アンタ、いま〝ブッ壊れて〟って言い掛けたわよね?』

『言っていない』

『ってか、マリー! これまで集めた〈ネクラナミコン〉持ち出して、何処へ行こうってのよ! あの置き手紙は何だ!』

「あ、もう手紙を見つけちゃったんだ? サプライズだったのに……ぶぅ!」

『『さぷらいざっぷ?』』

 モモちゃん? クルちゃん?

 それ何?

『何よ! サプライズって!』

 あ、リンちゃんは言わないんだ?

「ん~……どうしよっかなぁ? 全部終わってから教えてあげる予定だったんだけどなぁ?」

『いいから話せーーッ!』

「ひゃう!」

 怒られた。

 リンちゃんってば沸点低いのよね……もう!

「あのね? こんなメールが来たの★」

『は? メール?』

「うん★」

『……見せてみそ?』

「は~い★」

 わたしは彼女達のパモカヘとメールを転送。

 内容文は以下──。

 

 

『おめでとうございます。

 あなたの応募番号が当選致しました。

 景品である〈ネクラナミコン〉は、こちらで引き換えの手配を進めております。

 つきましては、御手数ですが〈惑星ウィズエル〉まで受け取りに御越し頂きたく思います。

 期日までに御来訪頂けない場合は、獲得権利が他の方へ譲渡される点を御憂慮下さい。

 これは最後にして最大のチャンスです!

 尚、受け取りには身分証明として、御所有の〈ネクラナミコン〉が必要となりますので、忘れずに御持参下さい』

 

『…………』

「えへへ ♪  ラッキーだよね★」

『……マリー?』

「なぁに? リンちゃん?」

『応募した? 何かに?』

「ううん? ひとつも★」

『いますぐ帰って来ォォォーーーーい!』

「ひゃう!」

 ビックリしたぁ!

 いきなり大きい声出すんだもの!

 ぶぅ!

『コレ詐欺! 旧暦からある古典的な詐欺! プレゼント当選詐欺!』

「ええ~? そうかなぁ? スゴくラッキーだと思うんだけどなぁ?」

『アンラッキー! 甘ったるいラッキーデコレーションの中身は、超絶ビターなアンラッキー!』

「他の人は、そうかもだけど……わたしの場合は違うかもしれないじゃない?」

『同じ! 相手にしてみれば、よくいるカモ! 銀暦(ぎんれき)の才女が、格好のカモネギ!』

「それに、わたし騙されない自信があるもん★ 見抜ける自信あるもん★」

『一〇〇(パー)引っ掛かるヤツの共有台詞ーーーーッ!』

「だ……だけど、本当だったら一気に〈ネクラナミコン〉揃うんだよ?」

『一気に失う! 間違いなく失う! アタシ達の苦労がパーッ! これまでの小説展開がパーッッ! 作者の執筆労力がパーッッッ!』

「で……でもぉ」

『でも何だ!』

「わたしも〝見せ場〟欲しいの! 読者に『マリー、スゴイ!』『やっぱりマリー好き!』って言われたいの!」

『……トンでもない本音ぶっちゃけたわね、メタ表現で』

「人気欲しいの! ブゥ!」

『ブゥじゃない! フテんな! 二〇歳(はたち)の子供!』

「マリー、活躍したかったん?」

「うん★」

「…………」

『「…………」』

「…………」

『「…………………………」』

「…………」

『モモーーーーッ?』「モモモ……モモちゃん?」

 ビックリした!

 いつの間にか、わたしの隣にモモちゃんがいた!

 見つかると「えへへ ♪ 」って、ホワホワ笑顔が含羞(はにか)んだ。

『モモ! アンタ、どうしてそこ(・・)にいんのよ!』

「来たねんよ?」

『あっけらかんと「来たねんよ?」じゃないッつーのォォォーーッ!』

「あ、そっか。会話中にイザーナで接近して、あとは〈PHW〉の気密性とヘリウムブースターで取り付いて……あれ? モモちゃん? ハッチは、どうやって開けたの?」

「クルちゃんやねん。クルちゃんがウチのパモカにデジタルピッキングのデータ送ってくれたねんよ?」

『クル! アンタもグルか! この隠密作戦! アタシにも内緒で!』

『さぷらいざっぷ』

『黙れ!』

『天条リン、どうやら誤解している様子。これは隠密作戦ではなく偶発的な展開』

『はぁ?』

『アナタとマリー・ハウゼンが問答に没頭する中で〈イザーナ〉がスルスルとマリー機へ接近するのを視認した──至近状態で()(さき)モモカが機体外へヒョコヒョコ出てくるのが見えた──ハッチの前で「マリー、開~け~て ♪ 」と何度も呼んでいたが気づかれなかった──次第に泣きそうになってきたので、可哀想だから私がピッキングデータを送付してあげた────そういう流れ』

『どういう流れだーーーーッ! このややこしい状況で小学生レベルかーーーーッ!』

()(さき)モモカにしてみれば、中 ● くんの「磯 ● ! 野球しようぜ!」と同じ感覚』

「せやねん★」

『違うわーーーーッ!』

「モモちゃん、遊びに来たの?」

「せやねんよ? あ、せや……ほんでな、マリー? 〈ネクラナミコン〉ドコ?」

「ん? そこのコンソールだよ? 下部キャビネットに仕舞ってある」

「あ、ホンマや。コレ?」

「うん★」

「そしたら、コレ持ってくね?」

「うん、いいよ……って、ええーーッ?」

 モモちゃん、とんでもない事を言い出した!

 悪びれない自然体で!

 わたしは慌てて引き止める!

「ダメよ! ダメダメ!」

「懐かしいねぇ? それ?」

『「何が?」』

 リンちゃん共々、首を(ひね)ったわ。

「モモちゃん、やっぱりリンちゃんに味方するの? わたしを(だま)したの? ひどいよ!」

(ちゃ)うよ? 半分だけ」

 半分は合ってるんだ?

「ウチ、(だま)してへんねん。マリーの顔を見に来てん。せやけど、いまさっき〈ネクラナミコン〉思い出したねんよ?」

 どうやら、この子特有の場当たり行動パターンだったみたい。

「モモちゃん返して! それが無かったら〈ネクラナミコン〉貰えないの!」

「貰わんでええやん?」

「どうして!」

「マリー、応募しとらんかったら貰う権利無いよ? そやのに貰ったら〝嘘〟ついた事になる。そしたら〝詐欺〟やん?」

「うッ?」

「ウチ、そんなんイヤやねん。嬉しないねん」

「ううッ?」

 年下のお母さんから、正論に(たしな)められました。

「あんな? それにな? ウチ、リンちゃん大好きやねん。せやから、リンちゃん困らせたないねんよ?」

『……アンタ、これまでの章を読み返してみそ?』

 当のリンちゃんは、何か言いたそうな不満感を出しているんだけど?

「じゃあじゃあ! わたしは? わたしは、どうでもいいの?」

「そないな事あらへん! ウチ、マリー大好きや!」

「ホント?」

「せや★ マリー、ウチの〝お母さん〟や ♪ 」

 そこは〝お姉さん〟って呼んで欲しいんだけど……。

「じゃあ……わたしとリンちゃん、どっちが好き?」

「えへへ~……リンちゃん★」

 ぅわあ、ハッキリ言った。

 含羞(はにか)みながらハッキリ言った。

 本人を目の前にして……。

 この子、根っから〝いいこ〟なんだけど思慮力(しりょりょく)は大きく欠落しているのよね。

 何気に結構な問題点。

「ふぇぇぇ~~ん! ひどいよォ~~! モモちゃ~~ん!」

「はわわ? マリー、泣かんといてぇ!」

「わたしだって、モモちゃん好きなのに……モモちゃんもリンちゃんも、妹みたいに可愛く思っていたのに……順位つけられていたなんて!」

()いたのマリーやん?」

 ……そうでした。

「関係無いもん! わたし、傷ついたもん! ふぇぇぇぇぇぇ~~~~ん!」

「泣かんといてぇ! そないに泣かれたら、ウチどないしていいか分からへんなる! そしたら──」

「グスッ……そしたら?」

 そうしたら「やっぱりマリーの方が大好き」って言ってくれるかな?

 ついでに「味方してあげる」とか言ってくれるかな?

 ワクワク ♪  ドキドキ ♪

「──そしたら、ウチは置いて行くしかないねんな?」

 なかなかトンデモドライな結論に着地しちゃった。

 屈託のないキョトン顔で。

 ちょっとだけ〝オモチャ売場でレジスタンスする子供〟の虚しさが分かった気もする。こうして最後は白旗上げて「ママ~! ドコォ~!」って本泣きになっちゃうワケね。

「ふぇぇぇぇぇぇ~~~~ん!」

「泣かんといてってばぁ!」

『カオスにアホな文字数を消費するなーーッ!』

 リンちゃんが意味不明に怒気(どき)った直後、ズンッ と大きな衝撃に機体が揺れ崩れた!

「キャ?」「ふぐぅ?」

 被弾したかのようなインパクト!

 わたしは緊迫一転に這い起きると、急いで周辺の様子をメインモニターへ映し出した!

「な……何? 宇宙塵(デブリ)でも、ぶつかっ……て、え?」

 攻撃者の視認が、わたしを驚愕へと誘う。

 それは少女だった。

 純白の〈PHW〉を(まと)った少女。

 (サメ)型の〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉の鼻先に立つ麗姿。真空空間にも(かか)わらず長い銀髪を存在しない風に泳がせている。

 涼やかな蔑視(べっし)を、わたしの〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉へと注ぎつつ、彼女は静かな抑揚に名乗った。

「我が名は〈ニョロロトテップ〉……」



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マリーと惑星ウィズエル Fractal.4

 

【挿絵表示】

 

 ()くして、わたしは〈惑星ウィズエル〉の沿岸に不時着したのでした。モモちゃんとクルちゃん共々。

 墜落(・・)にならなかったのは、その身を呈して〈イザーナ〉と〈ドフィオン〉が落下速度を減衰させてくれたから。

 とはいっても、墜落の圧を背負う形で抗ってくれたんだから、相当な負荷だったとは思う。

 イザーナなんか砂浜乗り上げに息を切らしているもの。

 ドフィオンは感情下手で分からないけれど。

『ゼェキュゥ……ゼェキュゥ……』

「よしよし、ありがとうねぇ? イザーナ?」

 グロッキーなペットを癒やすように、モモちゃんは鼻頭を撫でてあげていた。

 わたしの〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉はと言えば……完全にオシャカ。

 そして〈イザーナ〉も〈ドフィオン〉も一人(ひとり)乗り。

 うん、これは困ったぞ?

 とりあえず景色を展望すると、見晴らしいっぱいに青が深呼吸している。

 目の前に広がる水平線。

 ザザーン……ザザーン……と潮騒の(たわむ)れ。

 清々しいまでに済んだ空は、白綿を漂わせて(いや)しを(うた)う。

 この場所自体は切り立った崖壁が囲う地形だったけれど、わたし達がいるのはサラサラ細やかな砂が敷き広がっている浜辺。

 背後へと振り向けば、シダ植物の雑木林が「おいでおいで」と鮮やかな緑を自己主張していた。

 うん、ちょっと南国リゾート気分 ♪

 おまけにキラキラと日射しが眩くも暑くはないから快適 ♪

『ヘキュゥ……ヘキュゥ……』

「よしよし、もう少し休もうねぇ?」

 まだ続けている。

 仲いいなぁ。

 こういうの見ると、造ってあげてよかった(・・・・・・・・・・)って思えるの……えへへ ♪

「モモちゃん、イザーナ好き?」

「うん ♪  ウチ、イザーナ大好きや ♪  仲よしやねん ♪ 」

『キュイ ♪  キューイ ♪ 』

 えへ ♪  何か嬉しいなぁ……こういうの。

「どのぐらい?」

「リンちゃんの次 ♪ 」

 うんうん ♪

 ……あれ?

「あの、モモちゃん? 一番は?」

「リンちゃん★」

「二番は?」

「イザーナ★」

 あれ? あれれ?

「ヒドイよ! モモちゃん!」

「何が?」

「わたしってば〈イザーナ〉の次なの? 宇宙航行艇(コスモクルーザー)よりも下なの?」

(ちゃ)……(ちゃ)うねん! マリー!」

「ふえ~~ん! ヒドイヒドイヒドイ~!」

「三番目はクルちゃんやねんよ?」

 ……まさかの回答が返ってきちゃった。

()(さき)モモカ、ありがとうございます」と、クルちゃんは深々頭を下げた御礼。

「いえいえ、とんでもあらへんです」と、モモちゃんは深々頭を下げた返礼。

 ……何コレ?

 当て付け?

 新しいイジメ?

 わたし、メッチャ侘しくなった。

「ふわ~~ん! ふわぁぁぁ~~~~ん!」

「はわわ! マリー、な……泣かんといてぇ!」

 わたしがイジけて泣きじゃくる最中、驚くべき事態が発生!

 突然、海面が隆起したわ!

 すぐさまパモカアプリで計測すれば、数キロメートル沖の地点!

 それは(まと)う海水を滝のように垂れ流しながら、みるみる育っていく!

 遠目からでも把握できるほどに大きい!

「な……何? まさか海底火山の噴火?」

「マリー・ハウゼン、その可能性は否めない」

「ぅわあー ♪ 」

「ワクワクしとるけど、ウチ、そんな調査イヤやねんからね?」

「う!」しれっと釘を刺された。「そ……そそそそうよね? 惑星不時着しておいて、調査とかも無いわよね?」

 うん、そうよ!

 いまはモモちゃん達との信頼関係を確立する方が大事!

 大事。

 大事……。

 大事────。

「あのね? モモちゃん?」

「何?」

「この惑星ウィズエルってね? 此処数十年〈プレートテクトニクス現象〉は起こってなかったの」

「その〈グレートテケテケ運動〉言うの、ウチ知らへんもん」

「ん~……簡単に言えば『地震の原理』かな? つまり大規模に動いた地盤が差し込みあって、陸地変動を起こす現象」

「ほんで?」

「この現象が〈プレートテクトニクス現象〉だとすれば、惑星ウィズエルのマントル層が近年活発化している証拠で、そうなれば今後は大陸地形が大胆に変形する可能性すらもあるの! もしかしたら目の前のコレは、奇跡的な瞬間かもしれないのよ? スゴイと思わない?」

「……せやから?」

「環境変動の至近観察は、別に調査禁止の範疇(はんちゅう)じゃないよね?」

「アカン!」

 (がん)と拒否されたわ。

 目の前に宝箱があるのに取り上げられた気分……シクシク。

 そうこうしている内に洗い流す怒濤(どとう)を脱ぎ捨てて、隆起の核が姿を(あらわ)した!

 それは超巨大な二枚貝(にまいがい)

「スゴイスゴーイ★ おそらく全幅三〇〇メートルはあるわ!」

「マリー・ハウゼン、おそらくアレ(・・)は生物ではない」

「うん! あの貝殻が放つ光沢からして、おそらく〈コズミウム合金〉製ね!」

 あ、貝殻が開いた!

 内部から現れたのは、物々しい科学施設!

 中央に貝柱を彷彿させるが(ごと)(そび)えるのは、多面方角視界のブリッジタワー!

 その他にも多機能型格納庫といい、四方に向けた数門のエネルギー機銃といい……基地とも要塞ともとれる超巨大な機械の(とりで)

「スゴイスゴイスゴーイ ♪  ね? ね? スゴいね? モモちゃん?」

「うん、まぁ……せやねぇ? 大きい貝やねぇ?」

 醒めてた。

 モモちゃん、醒めてた。

 よし、わたしがスゴさを実感させてあげよう!

「此処からでも解るわよ! アレ、傍目(はため)にもスゴい科学設備なの! ムー帝国とかも発見できそうなぐらい!」

「……それ、言うてええの?」

「よし! それじゃレッツ・ゴー★」

「アカン言うてるでしょ!」

 怒られた。

 モモちゃん、わたしのお母さん?

 そして、モモちゃんは(おもむろ)にパモカを操作し始めた。

「モモちゃん? 何処かに通信するの?」

「……リンちゃん」

「えぇ~ッ?」

「マリー、いい子にせぇへんから言いつける! 叱ってもらう!」

 モモちゃん、やっぱりお母さん?

「イヤァ! リンちゃん、怒ると超怖いんだもん!」

「アカン!」

 プンスカプンと怒ったモモちゃんがパモカを耳に当てた時 だった。

 全員が視界の隅で状況変化を捉える。

 巨大二枚貝から、複数の飛行物体がコチラへ向かって来ていた。

「何や? アレ?」

「う~ん……何だろ? 遠目には黒い点にしか見えないから判別は難しいけど……」

「マリー・ハウゼン、パモカの望遠機能を推奨する」

「あ、そっか! うん、それ(・・)があった」

 クルちゃんに言われるままにディスプレイを(のぞ)き込む。

「うん ♪  見える見える★」

「マリー・ハウゼン、数は?」

「六機。赤銅色の平たい金属盤が上下でくっついた形状で、挟まった部分には緑色に輝く光が幾何学ラインとして流動している。その中央に(とも)る赤い光点は、おそらくカメラセンサーね。対比物が無いから大きさまでは特定できないけれど。形容するなら〈飛行円盤(フライングソーサー)〉……と言ってあげたいところだけど、色形から〈どら焼き〉を連想させるのよね」

「ふむ?」

 クルちゃんが分析の一考を(ふく)む間に、みるみる近付いて来る。

 結構、快適に早かった。

 そして〈どら焼き部隊〉は、わたし達の頭上で滞空制止。

 こうして間近に視認すれば、直径八〇センチメートル(ほど)の円盤──成人男性の腰丈(こしたけ)程度の大きさね。

 赤い目が観察に見据えているのが直感で分かった。

「〈フライングどら焼き〉や! この子達〈フラ焼き〉や!」

 モモちゃん、混ぜちゃダメ。

 語呂はいいけど混ぜちゃダメ。

 知らない人が聞いたら〝新種の銘菓〟だと思っちゃうから。

「何なん? この子達?」

()(さき)モモカ、コレは〈ドローン〉で間違いない」

 抑揚の欠落した電子音声が、無感情な宣告を下した。

『目標捕捉──任務遂行──タダチニ捕獲ヘト移行スル』

 底部中央が(フタ)と開いて、先端に極太チューブがスルスルと伸び生える。(ひも)状なのにウネウネと動いている──って事は、中身はパイプ構造になっていて、複数のワイヤー筋で自在に動かせる人工触手か。その先っぽに付いているのは丸型のペンチハンド。

「何や? アレ! 変なんがビローン出てきた!」

「あ、モモちゃん? もしかして、ドローンだけにビローン?」

「言うてる場合、(ちゃ)~う!」

 怒られた。

 無数の触手は、わたし達へと迫り……。

 

 

 

 で、現在、わたし達は要塞貝の内部にいるのでした★

 ワクワク ♪

 前後を〈フラ焼き〉……じゃなくて〈円盤型ドローン〉に挟まれて、ベルトコンベアシステムの通路をウィーンと運ばれているのでした★

 ワクワク ♪

「ワクワクするトコ(ちゃ)う!」

 怒られた。

「ウチら、連行(・・)されとんねん! 四方八方から手足掴まれて、強引に空中輸送されたねんよ!」

「ん~……確かに歓待(・・)って印象ではないかな?」

 三人揃って拘束されていた。

 延々と続く無表情なチタン壁が、抗菌ライトブルーのトンネルと流れ過ぎていく。

 わたし達は、ただ立っているだけで運ばれる。

 その周囲を浮遊につきまとうのは、警護に囲う〈どら焼きドローン〉達。

 と、ようやく運搬が終わった。

 強制的な案内に辿り着いたのは、左右開き仕様のオートドア。

 どうやら此処は特別っぽい。

 だって、これまで通過してきたオートドアよりも大きめだもの。

 こういう仕様の場合〈特別室〉と考えるのが定石(セオリー)

『博士、捕獲対象ヲ御連レシマシタ』

 ドローンの報告を合図に扉が開放されると、明るくも賑々(にぎにぎ)しい室内が(ひら)かれた。

 壁一面に据えられた超大型モニターにはディスプレイウィンドゥが分割投影され、施設内のあらゆる場所を監視カメラが映し出している。多々据え置きされた大型コンソールには、複数の入力(にゅうりょく)インターフェイスと数々の計器類。それらは諸々(もろもろ)の多機能性を主張していて、この部屋が管制中枢を(にな)う指令室だという事実を暗に示していた。

 これだけ大掛かりな管制設備にも(かか)わらず、室内に居るのは怪しい感じの御老体だけ。

 ボサボサの白髪は手入れの痕跡が無く、それどころか髪質が固いせいか逆立っていた。

 どうやら身だしなみには無頓着みたい。

 それはヨレヨレの白衣も物語っている。

 (けわ)しい人相は豊かな(ひげ)と眉毛に飾られていて、深く潜んだ目つきは攻撃的に鋭い。特徴的な鷲鼻(わしばな)相俟(あいま)って猛禽類を想起させるお爺さんだった。

 年齢相応に背丈は小柄だけど肉体的に老いた印象にないのは、きっと結構しなやかな筋肉が付いているからね。

 にしても、何処かで見た気がする人なんだけどなぁ?

 何処だろう?

 誰だっけ?

「フッフッフッ……久しいな、マリーよ」

 貫禄めいて(ふく)み笑うお爺ちゃん。

 っていうか、あれ? あれれ?

 久しい(・・・)

 やっぱり(・・・・)だ!

「お爺ちゃん? 何処かで御会いしました?」

「何と! このワシを見ても、まだ分からんのか?」

「え……っと?」

「嘆かわしい! 誠に嘆かわしい! 実の祖父を忘れるとは!」

 うん?

「……え? え? ええぇぇぇ~~~~ッ?」

 さすがに驚愕の声が漏れたわ!

「っていう事は……え? まさか……ウィリスお爺ちゃん?」

「そうじゃ! ワシこそは〈銀暦きっての大天才〉こと〝ウィリス・ハウゼン〟じゃあぁぁぁ! ……って、うん?」

 孫娘の驚きを他所に、お爺ちゃんの注目はわたしの背後へ一転集中。

 その視線の先にいるのは……。

「さぷらいざっぷ」

 サムズアップのクルコクがボソリと呟いた。

 



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マリーと惑星ウィズエル Fractal.5

 

【挿絵表示】

 

 給事仕様の〈フラ焼き〉……じゃなかった〈ドローン〉が、室内にティーセットを用意する。

 無味乾燥なシステマチックを装飾する急造テーブルを囲うと、わたしは両手の内にカフェオレの温もりを広げつつ対話の席へと身を置いた。当然、モモちゃんとクルちゃんも同席。

「それにしても驚いたなぁ……。お爺ちゃんは、わたしが幼い頃に亡くなった──って聞いていたから」

「亡くなってはおらん。長い間〈フラクタルブレーン〉をさ迷っていただけじゃ」

「お爺ちゃん、次空を徘徊(はいかい)してたん?」

「語弊があるわ! 似非(エセ)関西弁娘!」

 ごめん、お爺ちゃん。

 わたしも、そう思った。

「に、しても──」お爺ちゃんはブラックコーヒーをズズッと(すす)り、値踏みめいた視線を送る。「──まさかオマエさん(・・・・・)が、マリーと通じておったとはのぅ……数奇なものじゃ」

「ウィリス・ハウゼン、久しぶり」

 両手包みのカップスープを嗜好しつつ、相変わらずの平静にクルちゃんが応えた。

 何故か顔見知り然とした挨拶。

「え? お爺ちゃんとクルちゃん、知り合いなの?」

「知り合いというか何というか……。まずは順を追って説明するか。マリーも承知じゃろうが──まだオマエが幼い頃に、ワシはある実験(・・・・)を試みた」

「うん、聞いてる。確か『特殊相対論を覆す新航行プロセスの立証』だよね?」

「そうじゃ。まぁ実験結果は散々じゃったが……その副次的結果として、ワシは偶然にもノン(フラクタル)\ノン(ブレーン)次元(ディメンション)へと飛ばされた」

「そこから徘徊が始まったねんな?」

「語弊! 似非(エセ)関西弁娘! 語弊!」

(ちゃ)うねん。ウチ〝銀暦(ぎんれき)イァスナク弁〟やねんよ?」

「知らんわ!」

 モモちゃん、意外な天敵ぶりを発揮。

「でも、お爺ちゃん? わたし達にとって〈(ゼロ)(フラクタル)(ゼロ)(ブレーン)次元(ディメンション)〉って、この次元宇宙(・・・・・・)だよ?」

「いやいや、そうではない。ワシが指しておるのは〈ノン(フラクタル)\ノン(ブレーン)次元(ディメンション)〉であって〈(ゼロ)(フラクタル)(ゼロ)(ブレーン)次元(ディメンション)〉とは異なる」

「聞いた事無いけど……」

「マリー・ハウゼン、説明する」軽く困惑する私への助け船として、クルちゃんが講釈を(はさ)み込んだ。「確かに〈フラクタルブレーン〉の基点解釈は各自の次元宇宙こそが〈(ゼロ)(フラクタル)(ゼロ)(ブレーン)次元(ディメンション)〉としてカウントが始まる。しかし、ウィリス・ハウゼンが指しているのは〝全フラクタルブレーンを俯瞰(ふかん)()した場合の起点次元(ディメンション)〟の事。つまり総ての〈フラクタルブレーン〉は、そこ(・・)を起点として始まっている。言うなれば〝始まりの宇宙〟──〈原初大宇宙〉とでも呼ぶべき次元」

「それって各次元に存在する起源宙域〈原初宇宙〉でもなく?」

「マリー・ハウゼン、その解釈で正解。各原初宇宙すらも〈原初大宇宙〉から始まっている」

 苦味を味わう一呼吸(ひとこきゅう)を置いて、今度はお爺ちゃんが説明を再開。

そこ(・・)から脱出する際に助力を授けてくれたのが、その娘〝クルロリ〟というワケじゃ」

「つまり……クルちゃん、お爺ちゃんを徘徊から保護したねんな?」

「じゃから! ワシの読者印象を(おとし)めたいのか! 似非(エセ)関西弁娘!」

「せやから(ちゃ)うねん! ウチ〝銀暦(ぎんれき)イァスナク弁〟やねん!」

 天敵発動。

 わたしは苦手な喧騒を()らすべく、改めて室内を見渡して話題を探した。

「にしても……こんな最新科学基地を、よく造れたね? この惑星ウィズエルには文明とは無縁の自然環境しか無いのに?」

 合金(チタン)壁の無叙情な部屋には、所狭(ところせま)しと管理コンピューターやモニターディスプレイが(はや)している。最新鋭の〈ツェレーク〉に及ばないのは当然としても、なかなかにハイテク設備の展覧会。

 改めてウィリスお爺ちゃんの人並み外れたスゴさを思い知った気がする。

(いしずえ)となる素材は有ったでのう。(さいわ)いにもワシは大型宇宙船(スペースシップ)共々に不時着した。大破して航行不可能なスクラップと化してはおったが、視点を変えれば有益な高度素材の宝庫じゃ。それに少数ながら作業ドローンも搭載しておった。それ自身(・・・・)に同型ドローンを造らせれば鼠算(ネズミざん)に増産させられる……放置にな。作業員の数さえ増やせば、大規模な改造作業も可能じゃ。不足している鉱物等は同じく掘削用ドローンを増産して、この惑星自体から採集させれば()い。目的素材に達していなければ精製じゃ。労力と材料は、こうして補える。無論、司令塔たる頭脳(・・)はワシ自身。残す問題は〈時間〉じゃが、こればかりはどうしようもない。だから、いままで(・・・・)掛かった」

「理屈的には、そうなんだけど……スゴい……」

「そうかのぅ? 至極、単純なプロセスじゃが?」

「知識や発想も去る事ながら、何と言っても行動力(バイタリティ)がスゴいわよ。わたしだって〈ツェレーク〉の建造そのものは、銀邦(ぎんぽう)政府に頼っている。しかも、自分自身で受け持ったのは設計と監修だけ……それも基礎設計構想はお爺ちゃんが残した物。わたしは、それをブラッシュアップしたに過ぎない。なのに、お爺ちゃんは単身(はだか)一貫(いっかん)コレ(・・)を……」

(じつ)を得るならば行動あるのみじゃろう?」

 それはそうだけど、やっぱりスゴいなぁ……。

 わたし自身もだから(・・・)好奇心を(いだ)いたものには実践するようにしているけれど、お爺ちゃんに比べたら、まだまだよね。

 惑星探査の実働だって、モモちゃんとリンちゃんに頼りきっているし。

「せやねぇ? 手先動かすのは効果的らしいやんねぇ?」

「ボケ防止で基地を造ったワケじゃないわ! 似非(エセ)関西弁娘!」

「だから、(ちゃ)うねん! ウチ〝銀暦(ぎんれき)イァスナク弁〟やねん!」

 いいなぁ、上手い事キャラ立ちして……。

 人気が欲しかったら、こういうところ見倣(みなら)わなきゃ!

 マリー、ガンバ!

「ウィリス・ハウゼン、質問がある。この基地は、あのため(・・・・)に?」

「そうじゃ」

「ふむ? 以前は存在しなかった」

「オマエさんを送り出した後じゃよ。あの時(・・・)は、基地建造も初期着手段階だったじゃ……土台さえ完成しとらんかったわぃ」

「成程、合点がいった」

 ……うん?

送り出した(・・・・・)?」

 織り込まれていた疑問を眼差(まなざ)しに乗せて、小首コクンとクルちゃんを見つめる。

「何か?」

 無垢なクルコクンが返って来た。

 本家が返って来た。

「いえいえいえ! さらりと言っていたけど! クルちゃん、お爺ちゃんと関わっていたのッ?」

「そう。ただし、この基地が建造される以前まで。だから、先刻では初観測だった」

「初耳だよ!」

「介護してたねんな?」

似非(エセ)関西弁娘ーーーーッ!」

 モモちゃん、少し黙っていようか?

 お爺ちゃんが暴発する前に黙っていようか?

「だけど、お爺ちゃん? 何故、こんな基地を?」

「ワシは此処へ、とても重要な物(・・・・)を集めておるのじゃよ」

「重要な物?」

「オマエさん達も躍起に集めている代物(シロモノ)──つまり〈ネクラナミコン〉じゃ」

 うん?

 あれ?

 あれれ?

「ええぇぇぇ~~? じゃあ、お爺ちゃんは〈ネクラナミコン〉の事を知っていたの?」

「知っていたも何も、そもそも、この基地は次元宇宙に散在している〈ネクラナミコン〉を捜索回収する拠点として建造したのじゃ」

「あ、だから(・・・)? クルちゃんが〈ネクラナミコン〉を所有していたのは?」

「そう。アレがウィリス・ハウゼンの所有する〈最初の一枚〉であり、私は探索の足掛かりとして、それを授けられた。補足説明するならば〈ドフィオン〉もウィリス・ハウゼンから与えられた機体になる」

「そうなんだ……」

 此処に来て、一気に謎が氷解。

 それで〈イザーナ〉〈ミヴィーク〉と似ていたワケか……。

 どちら(・・・)も、お爺ちゃん製だものね。

「もしかして、わたし(・・・)に接触したのも?」

「それは偶然。けれど、遭遇者がウィリス・ハウゼンの孫娘と知った時には、運命の巡り合わせを感じた……さぷらいざっぷ」

 何なのかしら? それ?

 サムズアップのクルコクに言っているけど何なのかしら?

 さっきも(くち)にしていたけど?

 もしかして、わたしの知らないハウゼン語?

「お爺ちゃんとクルちゃんが、そこまで固執する〈ネクラナミコン〉──何なの?」

「ふむ? では、マリーよ? オマエはコレ(・・)()と解釈しておる?」

「とりあえず〈アカシックレコード〉と説明されているけれど……」

「ふむ?」と、お爺ちゃんは意味深にクルちゃんをジロリ。「方便にしても安過ぎるな。そんな都合のいいオーパーツが存在するワケなかろう」

「え? でも?」

「コレは超エネルギーを極限圧縮する事によって造り出された〝超エネルギー結晶〟なんじゃよ」

「超エネルギーって……ちゃんと〈物質(・・)〉として存在してるけれど?」

「それがヤツ(・・)の恐るべきスゴさなのじゃ。高圧縮エネルギーが結晶として物質化する──さすがの創造力(・・・)と言ったところか」

 うん?

 ヤツ(・・)

 それって〝介在者がいる〟って事よね?

 その人(・・・)が作り出したって事かしら?

 だとしたら、スゴい天才……。

「お爺ちゃん? ()なの? その人って?」

()ではない」

「……はい?」

「そやつの名は……いや、チト発声が難しいな……ダイレクトに思念での探り合いじゃったからのぅ……かなり強引に人語発声するならば〈クックトゥルー〉──我々(われわれ)〝人間〟の尺度で観念を把握するなら〈邪神〉とでも呼ぶべき強大無比な超常存在じゃ」

「邪……邪神ッ?」

 驚いた!

 ともすれば、わたしの科学者人生さえも(くつがえ)しかねないトンデモ発言だった!

 だけど、証言者はお爺ちゃんだ。

 現実主義観点に懸けて、そこ(・・)に虚偽は無い──ボケけていない限りはだけど。

 ……あれ?

 っていうか、お爺ちゃん?

 さっき〈アカシックレコード〉を全面否定してなかったっけ?

 眉唾オカルトって一蹴(いっしゅう)してなかったっけ?

 その舌の根も乾かない内から〈邪神〉って……大丈夫?

「テキサスのニワトリやねんな?」

「何でじゃ!」

 モモちゃん、とりあえず黙っておこうか?

「まぁ、厳密には〈精神生命体〉や〈高次生命体〉とか呼ばれている非物質生命体じゃがな」

「あんな? その〝ニワトリの真実〟って何?」

「ワシが()きたいわ!」

()(さき)モモカ、英語で『コケコッコー』と言ったワケではない」

「せやの?」

 モモちゃん、とりあえず黙っておこうか?

 一気(いっき)に緊迫感を根刮(ねこそ)ぎにするのやめようか?



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マリーと惑星ウィズエル Fractal.6

 

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「さて、では順を追って説明するかのぅ。先刻も話した通り、ワシは偶発事故によって〈原初大宇宙〉へと漂着した。そこで恐るべきもの(・・・・・・)と遭遇したのじゃ!」

「それが〈クックトゥルー〉?」

「うむ。ワシが〝その場面〟に遭遇したのは、たまたま偶然じゃろうが……ヤツは自身のエネルギーを結晶化させた〈ネクラナミコン〉を力点(りきてん)と使って〈次元門(ディムゲイト)〉を発生させておった。貪欲なアレ(・・)は他次元に活動域を広げるべく〈フラクタルブレーン〉を越えようとしておったのじゃな。そこでワシは、ありったけの高出力エネルギーを力場(りきば)基点(きてん)となる〈ネクラナミコン〉にブチ込んで破壊──未遂のままに〈次元門(ディムゲイト)〉を崩壊させてやったのじゃよ」

「ええッ? それって心中行為もいいところじゃない!」

「そうじゃが?」

 平然と返してくるけど……トンでもない事よ! それ!

 あ……でも、だから(・・・)か。

それ(・・)だったんだね? お爺ちゃんが帰って来なかった真相は……。お爺ちゃんは、人知れず〈宇宙秩序〉を守っていたんだ」

 少しだけ誇らしく思えた……この人の血に在る事が。

 とか感慨(かんがい)を噛み締めた直後!

「マリー・ハウゼン、それは違う。ウィリス・ハウゼンは、単に実験失敗のフラストレーションを発散したかっただけ」

「それな!」

 八つ当たりだった。

 未知の高次生命体相手に八つ当たりだった。

 少しだけ気まずく思えた……この人の孫娘に在る事が。

「で……でも、お爺ちゃん? よく無事で帰って来れたわね?」

「実際は永い事〈虚無の混沌〉を漂流し続けてたわぃ。脱出法を模索する以前に宇宙船(スペースシップ)はスクラップ寸前、エネルギー残量も尽きようとしておる。さすがのワシも、万事休すの匙投(さじな)げじゃった……。クソッ! クックトゥルーめ!」

 それは自業自得じゃないかなあ?

 八つ当たりで、ありったけの高出力エネルギーを浪費したからじゃないかなあ?

「ところが、ある時コイツ(・・・)が現れた」と、慧眼(けいがん)の視線で指し示す。

 うん?

 え? クルちゃん?

 え? え?

 どういう事?

「それって、クルちゃんの宇宙航行艇(コスモクルーザー)も〈原初大宇宙〉へと漂着したって事?」

「いいや。いつの間にやら船内にいた(・・・・・)。侵入形跡も密航痕跡も無く唐突に現れた(・・・)という事じゃよ。(あたか)も〈瞬間移動(テレポーテーション)〉でもしたかのようにな」

 ホントにどういう事ッ?

「ワシは直感で悟った──コイツ、只者(ただもの)ではない……と」

 うん、そうでしょうね。

 話を聞いている限りは、そうでしょうね。

 だって、クルちゃん自体(・・・・・・・)が〈超常(ちょうじょう)現象〉ですもの。

「クルちゃん、いままでは気にしていなかった……ううん、気にしないようにしてきた(・・・・・・・・・・・・)。あなたとも信頼関係を築きたかったから……。だけど、この流れでは無視出来ない! あなた、本当は何者なの?」

「私は──」

「あ! クルちゃん、忍者やねんな?」

「──………………そう」

 絶対ウソだ!

「私は〈胡蝶流忍者〉とは知り合い。だから、多少は陰行術(おんぎょうじゅつ)も行使可能で……」

 乗っかった!

 モモちゃんのマッドパスに乗っかった!

 とことん利用する気だ!

「ま、そんな事は、どうでもいいわぃ」

 良くないよッ?

 お爺ちゃん、怪奇現象の当事者(・・・)だよッ?

「とりあえず、この〝クルロリ〟によって〈ネクラナミコン〉他諸々の事を教えてもらったワケじゃな。でなければ、ワシとて超常(ちょうじょう)事象の詳細など把握出来んわい。そして、こやつに取引を持ち掛けられたのじゃ──『次元宇宙に散在してしまった〈ネクラナミコン〉を回収して欲しい』とな。対価は〝(ゼロ)(フラクタル)(ゼロ)(ブレーン)次元(ディメンション)への帰還〟……悪くはない交換条件じゃ」

「だけど、エネルギーも無いような状況で、どういう手段で?」

「マリー・ハウゼン、それに関してはアナタの方が熟知しているはず」

「え?」

「つまり『特異点排斥の法則』」

「あ! そうか!」

一次元(いちじげん)層分だけ〈フラクタルブレーン〉を転移──そこでまた(しばら)く漂流し、やはりまた一次元(いちじげん)層分だけ転移──その繰り返しで、現宇宙へと帰還したワケじゃな。それでも結構な年月が掛かった……こうして孫娘(マリー)が成人しとるのだからのぅ?」

「だけど……『特異点排斥の法則』は受動的事象だから、クルちゃんが介在しなくても戻れたんじゃないかしら?」

「マリー・ハウゼン、この法則にはアナタが見落としている鉄則(・・)が有る」

「鉄則?」

「そう。つまり〝特異点自身のエネルギー残量がゼロの場合は発動しない〟という事。おそらく次元宇宙そのものが〝行動も起こせない無害な存在〟と看過してしまうため」

「ええッ? そうなの?」

「そう」と、クルコク。「だから、それ(・・)を誘発する程度のエネルギー補給を交換条件とした」

「そっか……この学説の立証性だけは確信はしていたけど、総て仮想シミュレーションだけだったからなぁ」

「脳内構想と実践経験では、何処かに〝決定的な穴〟があるという好例……実践は大切」

「う……ん」

「この二人(ふたり)が示している」

「好き好んで次元放浪していたワケじゃないわいッ!」

「ウチかてイヤイヤ『乙女の奇跡!』してんねんッ!」

 お爺ちゃんとモモちゃん、珍しく意気投合の抗議。

 だけど、当のクルちゃんは「何か」と言わんばかりに疑問符クルコクン。

 っていうか、モモちゃんイヤイヤだったのッ?

 せっかく〝女の子らしく可愛い美少女戦士仕様〟にしてあげていたのに!

 ガーン!

「ったく……で、この惑星に着いてからは自然排斥現象──オマエの言う『特異点排斥の法則』は生じなくなった。という事は、この次元宇宙こそがワシの次元宇宙(・・・・・・・)──それこそ〈(ゼロ)(フラクタル)(ゼロ)(ブレーン)次元(ディメンション)〉と察せたワケじゃな。さて、そうとなれば次にやるべき事(・・・・・・・)は見えた。(すなわ)ち〈ネクラナミコン〉の回収じゃ。ワシに()()微塵(みじん)と破壊された〈ネクラナミコン〉は欠片となって次空を越えた……が、廃棄物と化したワケではない。相変わらずクックトゥルーの超エネルギーは結晶集束されているままじゃ。ともすれば総てを集めてしまえば、また本来の姿へと戻ってしまう。もしも、コレ(・・)誰か(・・)の手へと渡って作為的に〈次元門(ディムゲイト)〉を開かれでもしたら……」

「……クックトゥルーが、次空を越えて現れる」

「左様」

 苦々しい沈思。

 あのお爺ちゃんが自尊を折ってまで認める超常(ちょうじょう)存在──それだけでも〝凄まじさ〟は伝わってくる。

 未見であってもゾッとした感覚を覚える。

 わたしは緊迫の生唾を呑み込んだ。

 まさに全宇宙を脅威に(さら)す大災厄……。

 こんな戦慄、初めて体験する。

「テキサスからニワトリ来んのん?」

「だから、何でじゃ!」

 と、直後、耳障りに鳴り響くサイレンが基地内を染め上げた!

 非常事態警報(レッドアラート)だ!

 喧騒を連れた赤灯明滅が焦燥と緊迫を否応なく(あお)る!

「やれやれ、騒がしいのぅ」

 お爺ちゃんは動ぜずにメインモニターを切り替えた。

 改めて映し出されたのはコバルトブルーの大海原。

 おそらく此処の周辺……っていうか、基地の真ん前。

 でなければ非常事態警報(レッドアラート)なんて鳴らないもの。

 警戒対象は上空からゆっくりと降下中!

 白雲を突き抜けて来たそれ(・・)は、大きな波飛沫(なみしぶき)を噴き上げて海原へと着陸する!

 巨大ロボだった!

 全高八〇メートルはあろうかという巨大ロボットだった!

 大角を生やした髑髏型(ドクロ)頭部(ヘッド)に、胸部一杯の髑髏(ドクロ)意匠!

 その巨体(ゆえ)に、荒れる潮は腿部までしか届かない!

 あれ? 何だろ?

 初めて見るのに、初見の感じがしない?

 はて?

「ドクロイガーはんや!」

「ふむ、間違いない」

 モモちゃんの驚愕とクルちゃんの確定。

 ああ、だから(・・・)か。

 いつも報告書に書かれているものね?

 リンちゃんの書き方だと『ドク郎が来たから、ブッ飛ばした。おしまい!』って毎回簡潔に書かれているけれど……。

 そのドク郎……じゃなくて、ドクロイガーはズシンズシンと鈍重な足取りで、この基地へと向き直った。

 そして、正視に見据えると、(おもむろ)に高笑う。

『フハハハハハハッ! 宇宙の帝王になりたい? じゃあ、いつなるの? ……~~ッすぐでしょ! ドクロイガー見ざ──』「帰って来たか」『──あ、博士。ただいま~』

 切られた。

 気迫に溜めまくった口上(こうじょう)が、悄々(しおしお)と「ただいま」に鎮まった。

 ……っていうか、うん?

「少し待っとれ。いまハッチを開けてやる」

『は~い』

「消毒はせぇよ? 何処の惑星で、どんなウィルス付けて来ておるか判らんからの?」

『うがい・手洗い、毎回やってま~す!』

「結構」

『博士? おやつは?』

「今日はパンケーキじゃ」

『やったァ! 明日は逆転三塁打だァ★』

 何? この関係?

 お母さんとヤンチャ小学生みたいなやり取りは?

「お爺さん、知り合いなん?」

 ()めぬ動揺のままに、モモちゃんが疑問を代弁。

「知り合いも何も、あの〈ドクロイガー〉を造ったのはワシ(・・)じゃ」

 うん?

 さらりと返ってきた意外な違和感に、わたしは思わず再確認。

「お爺ちゃん? いま何て?」

「だから、アイツを造ったのはワシ(・・)じゃ」

「「ええぇぇぇ~~~~ッ?」」

 ここは声を揃えて驚いたわ!

 モモちゃんとわたし、声を揃えて驚いた!

 その様を見たクルちゃんは、平常心のままにサムズアップクルコクン。

「さぷらいざっぷ?」

 

 

 (しばら)くして、浅黒い肌の女の子が入室して来た。

「ルンタッタ★ パ・ン・ケーキ ♪  パ・ン・ケーキ ♪  パパもコレならオッケーさ★」と、嬉々に浮き足立ったスキップで。

 モモちゃん達ぐらいの年齢かな?

 肌露出が高いビキニ仕様の〈PHW〉を着用しているけど、その反面、各所には制御メカが装飾めいた自己主張に付いている。

 とりわけ〝髑髏(ドクロ)モチーフ〟のディティールは異色よね?

「手は洗ったか?」

「あ、博士! もちろ……って、ああぁぁぁ~~ッ? イルカ娘!」

 モモちゃんを見つけるなりビックリしていた。

 当のモモちゃんはキョトンと返す。

「どちらさん?」

「ワシじゃ! ドクロイガーじゃ!」

「「「うん?」」」

 疑問符小首コクン。

 わたしとモモちゃんとクルちゃん、全員揃って小首コクン。

「だ~か~ら! ワシは〈ドクロイガー〉じゃ!」

「「えええぇぇぇ~~~ッ?」」

 理解したと同時に、わたしとモモちゃんは驚愕を叫んでいた!

「さぷらいざっぷ?」

 クルちゃん?

 それ、そろそろ読者も飽きたと思うの……。

「ウチ、てっきり〈ドクロイガーはん〉は自律型ロボットかと思うてた!」

「そうじゃ! この形態は〈プリテンドフォーム〉じゃ!」

「プリペイドファーム?」

「プリテンドフォームッッッ! 何じゃ! その〝使いきり農地〟って!」

「あ、なるほどね」「ふむ、納得がいった」

「何や? マリーとクルちゃんは知っとんの?」

「その『プリテンド』っていうのは〝成り済ます〟とか〝擬態〟の意味なの。つまり、この形態は〝人間に似せた仮想ボディ〟ってところね?」

「うむ、その通りじゃ! この形態は生体(バイオ)生成された転送用ボディじゃ!」

「どゆ事?」

「う~ん? モモちゃんに解るように説明するなら〝分身体を使った人間変身〟ってトコかな? あくまでも本体(・・)は〈人格プログラム〉だから、入れ物(・・・)であるボディさえあれば姿形は転送でどうにかなっちゃうのよ」

「せやけど〝女の子〟やん?」

「プログラムに〝性別〟の定義など意味が無いわ! っていうか、そもそもワシは〝男〟などと一言(ひとこと)も言うておらんぞ!」

「せやたっけ?」と、モモちゃんはパモカを操作して、何やら検索し始めた。

 そして──「あ、あった!」──見つけたデータを、みんなのパモカにシェア。

 え……っと、何々?

 『Gモモ:ウチと惑星テネンス Fractal.7』?

 

『ななな泣いてないよッ? フハハハハハッ! この〝宇宙の帝王になってみたい男〟が涙など見せるか! そのような惰弱さは、とうにブラックホールへ投げ捨てたわ! 笑止! 笑止笑止笑止ッ!』

 

「「「「………………」」」」

「言うてたよ?」

「言葉のアヤでした。ごめんなさい……」

 モモちゃん! 悪意無く追い詰めちゃダメ!

「ふむ? 御主(おぬし)ら、顔見知りか?」

「いや、まぁ……何というか……その……」

 うん?

 気まずそうに濁したわね?

「ウィリス・ハウゼン……その経緯については、私から説明する」

「ああ! やめて! 言わないで!」

 クルちゃんが申し出た途端(とたん)に、今度は血相変えたわね。

「なぁなぁ? 言うてたよ?」

「状況読めぇぇぇ! イルカ娘ぇぇぇ――ッ!」

 モモちゃん! これ以上、追い詰めちゃダメ!

 一番ツラいの、吐血号泣の作者さんだから!

 

 

「……なるほどのぅ?」

 クルちゃんから説明を受け、お爺ちゃんは静かに納得。

「流れを整理すると、こういう事よね? 最初の頃、お爺ちゃんはクルちゃんへ〈ネクラナミコン〉を預けて次元探索を一任(いちにん)……その(ため)に専用宇宙航行艇(コスモクルーザー)〈ドフィオン〉まで授けた──クルちゃん出立後、今度は独自に次元探索を進めるべく自律型ロボット〈ドクロイガー〉を造り上げ、同様に〈ネクラナミコン〉を授けて長期の探索指令に送り出した──その両者が鉢合わせして〈ドクロイガー〉がクルちゃんの〈ネクラナミコン〉を奪おうと強襲────現状に至る」

「そして、その貴重な〈ネクラナミコン〉を失った……とな」

 お爺ちゃんのジロリとした()()けに、褐色美少女が「うっ!」と気まずくたじろぐ。

「あの時は、ひどい目に遭った」というクルちゃんの追い討ちに、(さら)に「ううっ!」とたじろぐ。

「さて……どういう事かのぅ? ドクロイガー?」

「待って博士! 話を聞いて! これは──」

「ポチッとな」

「──ギャアアアアアーーーーッ!」

 御仕置きされた!

 開口(かいこう)始めたのに、言い訳聞かずで御仕置きされた!

 お爺ちゃんがパモカ操作すると、ドローンが呼び出されてシビビンビンの一斉放電(いっせいほうでん)

「ぅ……ぅぅぅ……」

「さて……どういう事かのぅ? ドクロイガー?」

 リセットした!

 何事も無かったかのように仕切り直した!

 プスプスと焦げ倒れた美少女を前に!



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マリーと惑星ウィズエル Fractal.7

 

【挿絵表示】

 

「次元探索で最初に見つけた〈ネクラナミコン〉が、ソイツ(・・・)のでした! ……グスッ」

 ……正座させられた。

 正座に涙汲んで吐露し始めたわ、ドクロイガーちゃん。

「で? それ(・・)を奪おうと?」

「だって、初遭遇だもの! 初手柄だもの!」

「ポチッとな」

「ギャアアアアアーーーーッ!」

 正座した美脚に、大きな石板が乗せられる。

 マジックアームで運搬された石板が乗せられる。

 かれこれ四枚目。

 うん、コレ、江戸時代の自白拷問。

「ウィリス・ハウゼン? 私の事は説明していなかった?」

「うむ。その辺はしておらなんだ。よもや、この広大な次元宇宙で鉢合わせるとは思うておらんから、不必要と失念しておったのじゃ。双方で独自に探索展開した方が、効率が良いと見据えたワケじゃな」

「では、アナタにも落ち度がある。私にしても〈ドクロイガー〉は初見──遭遇した場合、双方〈敵〉と認識しても無理はない」

「だよねー★」

「ポチッとな」

「ギャアアアアアーーーーッ!」

 五枚目。

 要らない事を言うもんだから石板五枚目。

「そして? その()()、オマエの〈ネクラナミコン〉は奪われたというワケか!」

「ひいッ?」

 お爺ちゃん、パモカに指を添え始めた。

 六枚目の準備始めた。

 さすがに可哀想……というか、見ているコッチが痛いよ。

 う~ん、これは孫娘の倫理として看過できないか?

 画面(えづら)的にも問題あるし……。

「ちょ……ちょっと待って! お爺ちゃん! その件なら問題ないから! 結果として、わたし達(・・・・)に回っているから!」

「ウィリス・ハウゼン、マリー・ハウゼンの言う通り。確かに〈ニョロロトテップ〉に奪われそうにはなったけれど、最終的には我々(われわれ)が奪取している。結果として〈ネクラナミコン〉の回収状況は大きく進展した」

「む……ぅ」

 渋々と指を下げる。

 何で不服そうなのかしら?

 もしかして、単に折檻(せっかん)したかっただけ?

「ほんでもな? ずっと『ワシは総ての〈ネクラナミコン〉を集めて〈宇宙の帝王〉になる!』言うてるよ? それは何で?」

「よ……余計な事を言うな! イルカむす──」

「フッ……フッフッフッ……なぁ~にぃ?」

「──やっちまったなァァァーーーーッ?」

 モモちゃん? ホントに「やっちまったなァ」よ?

 キョトンと「???」ってヌケてる場合じゃないから。

 せっかく(なだ)めたのに、ユラ~リと狂喜的な邪笑を浮かべているじゃない。

 っていうか、やっぱり単に美少女に折檻(せっかん)を楽しみたいだけじゃないかしら?

 お爺ちゃん?

「確かに、さっき(・・・)そんな事を口走(くちばし)っておったなぁ? んん?」

「あわわわわ! ついうっかりと、いつものノリで……口癖(くちぐせ)になってたか!」

「ポチッとな」

「ギャアアアアアーーーーッ! ワシのバカーーーーッ!」

 九枚目。

 特別サービスで三枚追加。

 孫娘(マリー)、引いてます……。

「さて、説明してもらおうか? ドクロイガー?」

「ぅ……ぅぅ……だ……だって、果てなき宇宙探索の旅に送り出されて……友は(おろ)乗組員(クルー)さえいない(ひと)り旅……孤独で(つら)くて(むな)しくて……」

 ああ、そうか。

 なまじっか〝人格〟を与えちゃったものね。

 これが単なる〈プログラム〉なら、不平不満も虚無感も覚えなかっただろうけど……。

 そう考えると、わたし達〈科学者〉の在り方にも一石(いっせき)を投じる問題よね。

「フン! だから(・・・)、本体に〈髑髏(ドクロ)〉の意匠を据えてやったじゃろうが! 一際(ひときわ)目立つように!」

「要らないよッ?」

「ソイツをひけらかせば、否応なくオマエは目立つ! 好奇対象として行く先々で人気者ウハウハじゃ!」

「最初に見るなり、みんな逃げたよッッ?」

「ちなみに、アレ(・・)は絶対に外せん!」

「それ、もう〈呪い〉だよッッッ?」

 お爺ちゃん、発想が……。

「そんな折、ワシはこんなのを見つけましたとさ……」

 そう言ってパモカヘシェア転送されたのは、電子漫画のデータ。

 あ、これってユニバース大ヒットの冒険漫画『ニャンピース』だわ。

 熱血少年主人公が伝説のオーパーツ〈ニャンピース〉を求めて、仲間達と大宇宙を航海するスペースオペラ──漫画に明るくないわたしでも知っている。

 そして、ドクロイガーが示したページでは、主人公がこう叫んでいた──「宇宙の王者にオレはなる!」

 うん? まさか?

「宇宙の帝王にワシはなる!」

「ポチッとな」

「ギャアアアアァァァーーーーッ!」

 漫画の悪影響だった!

 てっきり『宇宙征服の野望』かと思ったら、まさかの中二病だった!

「ぅぅ……グスッ……だって、こうでもしないと仲間が集まらない……そうしたら、ずっと友達が出来ない……グスッ」

「しても出来ない」

 クルちゃん! それ指摘しちゃダメ!

「何や? ドクちゃん、友達欲しかったん?」

「悪いか! イルカ娘! ってか〝ドクちゃん〟って何だ!」

「〈ドクロイガー〉やから〝ドクちゃん〟やねんよ?」

「自然体で距離を詰めるな!」

「せやけど、叶って良かったねぇ?」

「な……何?」

「ウチ、友達やん?」

「……え?」

 ホワホワとした笑顔を染めるモモちゃん。

 相変わらず読めないなぁ……。

 純朴過ぎて……。

「リンちゃんもクルちゃんも友達やねんよ?」

()(さき)モモカ、私も天条リンも承諾していない。だけど──」クルちゃんは異義を示しながらも、思慮を(はら)んだ眼差(まなざ)しで戸惑う美少女を見据える。「──彼女次第では〝友達〟と認識してもいい」

 彼女達のまっすぐな想いに当てられたドクちゃんは、頬染めに視線をプイッと()らして──。

「フ……フン! べ……別に嬉しくない事なんかないんだからね!」

 嬉しいんだ?

「で……でも、どうしても友達になってほしいから、友達になってもらうだけなんだから!」

 なってほしいのね?

「い……言っておくけど、べべべ別にアンタ達の(ため)に友達になってもらうんじゃないんだからね! ワシの(ため)なんだから!」

 うん、そうだと思う。

 っていうか、そのツンデレ口調(くちょう)、活用間違ってないかしら?

「ポチッとな」

「ギャアアアアァァァーーーーッ!」

 お爺ちゃん、折檻(せっかん)再開したーーッ!

 何故か唐突に「ポチッとな」したーーッ!

 正座の床がギザギザ型仕様と化して、美脚が拷問サンドウィッチ状態になったーーッ!

 何でッ?

「よかったのぅ? ドクロイガー?」

「ゥゥゥ……し……死ぬ……死んでしまう……」

 虫の息。

 意味不明なイジメに虫の息。

 と、またまた唐突に赤灯の喧騒が(とどろ)いた!

 新たな来訪者を告げる非常事態警報(レッドアラート)が! 

「まったく……今日は何じゃ? 次から次へと?」

 愚痴ったお爺ちゃんは、眼前へ向けてパモカをピッ。

 空調のリモコンみたいにパモカをピッ。

 すると、わたし達の(そば)に大きな光の板が出現した。アパートの玄関扉並のヤツ。

 つまり〈仮想(ヴァーチャル)電子ディスプレイ〉ね。

 みんなには『ツェレークの航路決定シーン』で、おなじみかな?

 うん、アレ(・・)

 即興的だから解像度は落ちるけど、その分、至近の大画面だから、その場の全員で閲覧共有可能なのが利点。

 映し出されているのは、再びコバルトブルーの大海原。

 上空から落下して来た警戒対象は、大きな高潮(たかしお)を噴き上げて海中へと墜落する!

 そのまま水没──って「うん?」

「どないしてん? マリー?」

「いえ……いまの何処かで見たような気が?」

「隕石(ちゃ)うの?」

「う~ん? 隕石……ではないかな? 高速落下の一瞬(いっしゅん)だったから〝黒い影〟にしか見えなかったけれど、不鮮明ながらに見覚えもあったのよね。もっと別な……こう……何だっけ?」

 記憶を手繰(たぐ)っていた数秒後、その正体が海面へと顔を出した!

 負けん気任せに吠える巨大美少女が!

「ップハァ! こ……ンの! このアタシを叩き落とすとは、いい度胸してんじゃないのよ!」

「リンちゃんや!」

「成程。確かにGリンが宇宙圏で交戦していたのを忘れていた」

「ああ、道理で肌感覚に見覚えが生じたワケね」

「言うてる場合やあらへん!」

 Gリンちゃんが睨み据える先には、上空で浮遊待機する〈(サメ)宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉──その鼻頭へと立ち(さげす)む謎の美少女!

 確か〝ニョロロトテップ〟とか名乗っていた子よね?

 モモちゃん達の報告に書かれていた……。

「天条リン、しつこい女だ」

「アタシを〝重い女〟みたいに言うな! 腹立つ! だいたいアンタ! その〈(サメ)宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉は、どうした!」

「これまでの勝敗──この私が、オマエ達のような下等存在に敗北を喫するなど〈確定未来軸(ラプラス・コンプレックス)〉に有り得ぬ流れであった。その敗因を鑑みた結果、オマエ達に在って(・・・)、私には無い(・・)要素に気がついた。(ゆえ)に、私も所有した──それだけの事」

 それはいいけど、どうやって造ったんだろう? あの子?

 素人が思い立って造れる代物(シロモノ)じゃないけどなぁ?

 仮に設計技能に秀でていても、それ(・・)を建造できる財力は必要となる。

 逆に財力が有り余っていても、それ(・・)を設計できる頭脳が無ければガラクタの増産。

 しかも、わたし達の〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉と同コンセプトのヤツ──つまりは〈超宇宙航行艇(スーパークルーザー)〉なんだから、一見(いっけん)に分析看破できるほど安く(・・)はない。

 少なくとも基礎設計者であるウィリスお爺ちゃんか、その頭脳を受け継いだわたし(・・・)でしか把握できないブラックボックス。

 銀邦(ぎんぽう)政府ですら構造を掌握しきれないっていうのに?

 ふ~む? 不思議……。

「ハンッ! それ(・・)が〈ミヴィーク〉や〈イザーナ〉と同じ〈超宇宙航行艇(スーパークルーザー)〉って?」

「これもまた、かつてオマエが示唆していた〈可能性〉とやらだ」

「バカかアンタ! 負けるとすぐさま〝少女の容姿〟を得て……今度は〈超宇宙航行艇(スーパークルーザー)〉を所有して……アンタがやってるのは〝友達のオモチャを(うらや)んで『ママ~! 買って買ってぇ~!』言ってる駄々っ子〟と同じだッつーの!」

「条件さえ対等であれば、オマエ(ごと)きに敗北する道理は無い」

「あんだと!」

 プチッと沸点キレる音が聞こえた……かと思えた。幻聴で。

 そして、Gリンちゃんはヘリウムブースターで上空浮上。

「このアタシに勝てると思ってんじゃないわよ! 百億光年早いわ! アタシは〝リン〟! 〝天条リン〟なんだからね!」

「相変わらずの根拠無き(おご)り、コレ(・・)を見ても貫けるか?」

「何だ! コレ(・・)って!」

(ギャラクシー)フォルム……メタモルアップ!」

「はぁぁーーッ?」「何やてッ?」「ふむ?」「ふわぁ? 驚いたぁ……」

 高々と垂直飛行する(サメ)宇宙航行艇(コスモクルーザー)

 白雲漂う青々とした大空に、プリズム光彩の大きな輪が多数発生した!

 間違いなく〈オルゴネーションリング〉だわ!

 それらが連なるリングトンネルを潜ると、ニョロロトテップの肢体はみるみる巨大化!

 空中分解した〈(サメ)宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉がプロテクターとして装着されていく!

 寸分違わず同じプロセス!

 そして、変身(・・)は完了した!

「……決着をつける」

「こンの……上等じゃない!」

 持ち前の勝ち気を睨み向けるGリンちゃん!

 けれども、その歯噛みには焦燥が汲み取れた。

 信じ難い()を目の前にして、わたしは考察を巡らせる。

「不思議だわ……何故かしら?」

「せや! 何で、ニョロちゃんまで〈Gフォルム〉に──」

(サメ)って超音波発生させないけどなぁ?」

「──って、そこ(・・)は、どうでもええねーーん!」

 怒られた。

 当然の疑問を(くち)にしただけなのに怒られた。

 生物学準拠なら重要な謎なのに……グスン。

「マリー! ウチ、イザーナと行って来る!」

「リンちゃんの応援?」

()(さき)モモカ、私も同行する」

「う~ん、確かに三人揃えば逆転劇もあるかもね」

「それもある! せやけど、何より止めなアカン!」

「え? この戦いを?」

「せや! こんなんアカン!」

 珍しく息巻いていた。

 うん、この子にしては珍しい。

 普段はフワフワホワホワの穏やかさなのに。

「ワシも行くーー★」

「ポチッとな」

「ギャアアアアアァァァーーーーーーッ!」

 乗っかれなかった。

 ドクちゃん、乗っかれなかった。

 便乗して逃げようとしたけれど、お爺ちゃんの加虐心は乗車拒否に許さなかった。

 モモちゃんは彼女なりの一顧(いっこ)を刻むと、テクテクとウィリスお爺ちゃんの前へと歩み寄る。

この子(・・・)をヨロしゅう頼んます」

 頭下げられたッ!

 託児所に預けるみたいに、わたし(・・・)の事を御願いされたッ!

「ウチが帰ってくるまで、いい子にしとるんよ?」

 釘刺されたッ!

 子供預けて仕事へ出るお母さんみたいにッ!

 

 

 

 モモちゃんは出撃した。

 イザーナを呼び寄せて、すぐさま〈(ギャラクシー)フォルム・メタモルアップ〉した。

 クルちゃんも〈ドフィオン〉で一緒に出撃。

 取り残されたわたしは、とりあえず〈仮想(ヴァーチャル)電子ディスプレイ〉で戦況を見守る事にした。

 お爺ちゃんの(かたわ)らでは、ドクちゃんの折檻(せっかん)継続中。

 カフェオレを友に眺めれば、映し出されるのは教え子達の激戦奮闘。

「巨大化か」関心薄い態度で珈琲を(すす)るお爺ちゃん。「確か〈(ギャラクシー)フォルム〉とか言うておったが……おそらく〈OTF〉じゃな。宇宙量子(コスモマター)〈オルゴン〉を分子レベルで吸収融合し、質量変換した──といった感じかのぅ?」

「お爺ちゃん、よく解ったね? 初めて見たのに?」

「まぁな。つまりは『質量保存の法則』を強引に(ねじ)(まげ)げたというワケさな」クッキーをポリポリしながら、取り立てた興味は無さそうに〈G少女〉達の攻防を眺める。「オマエ(・・・)か? マリー?」

「うん、わたしの独学理論の応用。だけど基礎的には、お爺ちゃんが〈イザーナ〉と〈ミヴィーク〉の設計図に残してくれた〈小型ハドロン衝突型加速器〉の高出力と〈光量子コンバーター〉のエネルギー転換システム理論を併用したのよ? 宇宙規模適正尺度を考慮すれば、巨体の方が利便性が高いから。惑星探索にしても、不測事態の対応にしても」

それだけ(・・・・)か?」

「え?」

「単にその理由(・・・・)だけならば〝人間を巨大化させる必要〟も無かろう。ワシの〈ドクロイガー〉のような巨大ロボットでも造れば充分じゃ」

「それな!」

「ポチっとな」

「ギャアアアアアァァァ!」

 ドクちゃん……『(キジ)も鳴かずば射たれまい』って知ってる?

 でも、正直驚いた。

 お爺ちゃんが超科学知識に精通しているのは知っている。

 だけど、まさか、こんな観察眼まで卓越していたなんて。

「例えば……例えばじゃ。主体(・・)と思っていたものが副次的付随の場合もある。つまり〝巨大化〟ではなく別目的を主体として、結果ながらに〝巨大化〟が付いてきた──といったケースなどな」

「ぅぅ……」

 鋭い値踏みが刺さる。

 痛いよぅ。

「何よりも、そんなシステムを成立させとるという事は……あの子達(・・・・)は、アレ(・・)という事じゃろうて」

「ち……違うの! そう(・・)だけど、わたしはあの子達を実験台にしたワケじゃなくて!」

 琴線を掻き乱されて、わたしはガタンと席を立っていた!

 分かっている!

 覚悟していた!

 だけど、痛い……心が!

 あの子達を想えば!

 お爺ちゃんは、わたしの興奮を(しば)し観察した後──「ま、オマエの事だ。悪用目的ではあるまいよ」──わざとらしく弛緩(しかん)したテンションに(まと)める。

()かないの?」

「聞かせたいのか?」

 わたしは淡い苦笑に首を振る。

 同時に、染み入って来ていた……不器用な愛情が。

「ああ、じゃが、ひとつだけ(・・・・・)──オマエ(・・・)にとって、あの子達(・・・・)は何じゃ?」

「え?」

 予想外の質問だった。

 まさか此処に来て『科学論』じゃなく『対象のレゾンデートルを分析反映させたアイデンティティーの再認識考察』とは。

 到底〈科学者(おじいちゃん)〉らしくない。

 それは『哲学』だ。

 ……ううん、違うな。

 そんなの(・・・・)じゃない。

 だから、わたしは微笑(ほほえ)んでいた。

 心にそよぐ爽風のままに。

家族(・・)だよ」

「家族?」

「そう……わたしの大切な家族(・・)

「ふむ?」

 お爺ちゃんはそれ以上追求せずに、浸る苦味に軽く口角(こうかく)を上げる。

 空気の仕切り直しにカフェオレを一口(ひとくち)含めば、両手に包む温もりが癒しに満たしてくれた。

 

 モモちゃん達は、今日も精一杯頑張ってくれている。

 



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マリーと惑星ウィズエル Fractal.8

 

【挿絵表示】

 

「ニョロちゃん! ウチ、言うたよね! イジメたらアカン! みんなと仲良うせなアカン!」

「……幼稚な」

 ウチの突撃を、子供の駄々とばかりに軽くいなすニョロちゃん。

 ひらりと体捌きに()わすと、擦れ違い様に背中に手刀の一撃(いちげき)

「ぎゃん!」

 不様につんのめり飛ばされながらも、ヘリウムブースターで空中を踏み留まった!

「天条リンならいざ知らず、オマエ程度では相手にもならん。所詮は巨大化した子供(・・・・・・・)だ」

「ふぐぅ……」

 その通りや。

 その通りやけど……何か悔しい。

アタシのモモ(・・・・・・)に何すんだーーーーッ!」

 憤慨(ふんがい)任せにGリンちゃんの特攻!

 渾身(こんしん)に繰り出されるストレートパンチ!

 これも同様に()わされ……と思ったら、刹那に蹴り飛ばしの追撃を織り込んだ!

 さすがGリンちゃん!

 運動神経も鋭いけど、根本的に抜け目が無い!

「クッ?」

 危なっかしくも(あご)(さき)を掠めながら、Gニョロちゃんはバック転仰け反りに間合いを開いた!

 すぐさま斜め後方から〈ドフィオン〉の牽制射撃!

 せやけど、これも後方跳躍を重ねて回避や!

「やはり私が(もっと)も警戒すべき相手は、オマエのようだな……天条リン!」

「言っとくけどね! この子(・・・)に何かしたら、ただじゃおかな──」

「リンちゃん大好きやーーっ ♪  ぎゅうぅぅ♡ 」

「──いからねったらったらったらったーーーーッ!」

 ハグや ♪

 背後から仲良しハグやねん ♪

 思いっきりギュウゥゥで(しあわ)せや ♪

 ほら! Gリンちゃんも(うれ)しゅうなって『ウサギのダンス』歌っとるよ?

「痛いッつォォォーの!」

「ぎゃん?」

 振りほどくなり、脳天ハリセンスパーーン!

 何でッ?

「ぅぅ……痛いよ? リンちゃん?」

潤々(うるうる)して『痛いよ?』じゃないッつーの! この脳ミソ潮騒娘! いきなり懐かしいパターン繰り出すな! 読者だって忘れてたわ!」

「ちゃ……(ちゃ)うねん! コレは(ちゃ)うねん! コレは……えっと……あ、せや! コレは〝さぷらいざっぷ〟やねんよ?」

「……無理矢理、流行(はや)らそうとすんな」

 ウチとリンちゃんが(かしま)しさを交わす最中──「フン!」──Gニョロちゃんが右掌(みぎてのひら)からの光撃!

「危なッ!」「ひゃう!」

 慌ててヘリウムブースターで散ったわ。

「ちょっとアンタ! いきなり何すんのよ! 危ないじゃない!」

「私を相手にしておきながら余所(よそ)(ごと)とは、つくづく腹立たしいものだな? 天条リン!」

「したくてしたんじゃないッつーの!」

「せやったら、何で?」

「……そこに座れ、脳ミソパープー娘」

「は~い ♪ 」

「嬉々と座るな!」

 怒られたよ?

 何で?

 座れ言うたの、リンちゃんやんな?

「クックックッ……まぁ、いい。どうやら〈ネクラナミコン〉は揃った(・・・)ようだからな」

「はぁ? 何処に……って、まさか! この惑星へ(おび)()せたのは、アンタかッ?」

「何の事だ?」

「とぼけんな! マリーにキャッチメール送って〈ネクラナミコン〉を持って来させたでしょ!」

それ(・・)は、私ではない……が、その者(・・・)には感謝せねばなるまい。こうして、この場に〈ネクラナミコン〉は揃ったのだからな! 労せずに!」

「ハァ……」と、Gリンちゃんは軽く(あき)れた()(いき)。「御生憎様(おあいにくさま)揃っちゃいない(・・・・・・・)ッつーの!」

「いいや?」

 Gニョロちゃんは、頭上に警戒旋回しているドフィオンを眺めた。

アレ(・・)に二個。そして──」

 そして、今度は眼下の巨大貝を見据える。

「──あそこ(・・・)に三個」

「だ~か~ら! 揃ってないッつーの! まだ五個! 〈ネクラナミコン〉は、全部で六個でしょーが! 算数も出来ないのかアンタ?」

「だから、揃った(・・・)と言う。残るひとつ(・・・)は……私自身(・・・)なのだからな!」

「なッ?」「ふぇぇ?」

 さすがに面喰らった!

 何や?

 ニョロちゃん〈ネクラナミコン〉やったん?

「そうか! 宇宙クラゲに少女形態──思うがままに〝擬態(ぎたい)〟出来たのは、コイツ自身が〈ネクラナミコン〉だったから!」

「せやったら、あれやんね? ニョロちゃんは〈大樹神さま〉や〈濁酒(ドブロク)徳利(とっくり)〉と姉妹って事やんね?」

「……それは言ってやるな」

 何で?

「ともかく! アンタの目的が()かは知んないけど〈ネクラナミコン〉は絶対渡さないかんね!」

「クックックッ……その必要は無い。よくよく考えてみれば〈ネクラナミコン〉は、エネルギーを集積して力場領域(フィールド)を形成する起点に過ぎん。ならば別段、個人が(すべ)てを所有する必要は無いという事だ」

「どういう意味よ!」

「解らないか? 天条リン? 肝心なのは、相互干渉範囲(・・・・・・)存在する(・・・・)という条件だけだ! 例え、各欠片の所有者が()であろうとな!」

 そして、Gニョロちゃんは渾身に気迫を叫んだ!

「ハアアアァァァァァーーーーーーッ!」

 彼女自身を核として発生するエネルギー放出!

 (おびただ)しいエネルギー奔流(ほんりゅう)は、一帯(いったい)を蒼い雷電と染め上げる!

 そして〈ネクラナミコン〉は集結した!

 ドフィオンから──基地から────意思があるかのように抜け出して、Gニョロちゃんの(もと)へと!

 まるで主人に従えるかのように!

「ようやく実現する──()が悲願が! 総ての次元宇宙(フラクタルブレーン)に〈邪神クックトゥルー〉を降臨させるという悲願が!」

 噛み締めるかのように呟くと、Gニョロちゃんはキッと上空を仰いだ!

 そして、そのまま上昇離脱!

 スゴいスピードやった。

 あれ、到底〈Gフォルム〉で出せる推進力やあらへん。

 帯びたエネルギーによる特異性かもしれへんね?

「クックトゥルー? 何よ?」

 置き去りにされたGリンちゃんは、言葉に(ふく)まれていた初耳用語に怪訝(けげん)を浮かべる。

 せやから、ウチは親切に教えてあげたねん ♪

「テキサスのニワトリやねんよ?」

「クルーーッ! 後で説明を御願ーーい!」

 大声でドフィオンに呼び掛けた!

 ウチ、信用されてへん!

 ふぐぅ!

「ったく、()が目的かは知らないけど……とりあえず追うわよ! モモ! クル!」

「う……うん!」

『了解した』

 ウチとGリンちゃんは、すぐさま〈Gフォルム〉を解除すると、(かたわ)らに再形成された〈イザーナ〉〈ミヴィーク〉へと乗り込む!

 この間、(わず)か数秒や。

 追跡するなら〈宇宙航行艇(コスモクルーザー)〉の方が早いねん。

 そして、三機の魚影は垂直に飛び立ち、大気圏を後にした。

 

 

 惑星ウィズエルの近宙域──。

 そこにGニョロちゃんはいた。

 蒼いエネルギー奔流(ほんりゅう)を帯びた〈ネクラナミコン〉が、彼女の周りに円陣と従っとる。

「イア……イア……イア…………」

 瞑想するかのように、意味不明な単語を呟き続けるGニョロちゃん。

 (まぶた)()じて鎮まり(ささや)く所作は、まるで〈呪文詠唱の儀式〉でもしとるようやった。

「させるかっての!」

 高速に強襲する〈ミヴィーク〉からヘリウム砲が発射される!

 せやけど、拡散に弾かれた!

「ハァ?」

 予想外の展開に間抜けた声を洩らすリンちゃん。

 バリアや!

 まるでGニョロちゃんの邪魔はさせないとばかりに〈ネクラナミコン〉がエネルギーバリアを張った!

「結界ってワケか! そんなら……Gフォルム・メタモルアップ! Gリン!」

 リンちゃんのメタモルアップ!

 せやねん。

 攻撃力(こうげきりょく)特化に重きを置くなら〈Gフォルム〉やねん。

「んにゃろ!」

 ヘリウムブースターの高速突進でストレートパンチを繰り出す!

 またバリアや!

 Gリンちゃんの拳が、エネルギー障壁の圧に押し止められる!

「ク……ゥッ?」

 それでも(つらぬ)こうと踏ん張るGリンちゃん!

 意地や!

 リンちゃんの負けん気や!

「Gフォルム・メタモルアップ! Gモモ!」

 すぐさまウチも!

「タァァァーーーーッ!」

 Gリンちゃんの横からパンチを叩き込む!

 パワー戦ではウチの方が、Gリンちゃんより向いてんねんよ?

『援護する』

 クルちゃんの〈ドフィオン〉も、ヒット&ウェイの砲撃に加勢!

 せやけど……総て(さえぎ)られる!

 針の穴ひとつ貫通出来へん!

「イア……イア……イア…………イア……イア……イア…………」

 ニョロちゃんの詠唱は続いとる。

 そして!

「イア! イア! オォォォーーーーッ!」

 極まったかの(ごと)く雄叫んだ!

 ……っていうか、Gニョロちゃん?

 そのまま〝イチローさんの牧場〟でも行くん?

 そんな思うた直後、眼前の宙域が歪みに(くち)を開いた!

「ブラックホールッ?」

『Gリン、それは違う。アレは〈次元門(ディムゲイト)〉──(すなわ)ち〝多次元宇宙と貫通したワームホール〟になる』

「言われてみれば〈ブラックホール〉と内側が(ちゃ)うねぇ? 何や〝暗い色の絵具(えのぐ)〟を掻き混ぜたみたいなマーブル極彩や。黒やら紫やら……アクセントに黄色や赤も見えるで?」

何処(・・)と繋げたのよ? アイツ!」

ひとつ(・・・)しかない。それは通常手段では決して貫通不可能な次元宇宙──(すなわ)ち〈ノン(フラクタル)\ノン(ブレーン)次元(ディメンション)〉』

 ウチらが驚愕に呑まれとる間に、その空間から何か(・・)が現れる!

 超絶巨大な黒い影が!

 空間穴の縁に重々しく手を掛け、暗い深淵(しんえん)から()い起きようとするかの(ごと)くゆっくりと抜け出て来る!

 デカイ!

 惑星サイズの巨体!

 威圧的な──畏怖的な──戦慄的な────脅威やった!

「な……何やの?」

「なっ? 何よ! コレ!」

 慄然と固まるウチとGリンちゃん!

『……クックトゥルー』

 珍しくも苦渋を噛み締めるかのように零すクルちゃん。

「アハハハハハッ! アハハハハハハッ!」

 Gニョロちゃんの驚喜が戦慄の銀河に木霊する!

 

 遂に〈邪神〉が、その姿を(あらわ)した!

 

 

 

 

「ところで、お爺ちゃん? こんなメール来たんだけど……知らない?」

「ふむ? ワシではないが?」

「はーい! それ、ワシで~す★」

「ポチッとな」

「ギャアアアアァァァーーーーッ?」



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