死に戻り提督のセカンドライフ《完結》 (室賀小史郎)
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再スタート

性懲りもなく、艦これの二次創作小説をスタートさせます!
楽しんでもらえるように頑張ります!

最初の方は暗い話となりますが、ご了承ください。


 

 ◆

 世界は突如として現れた深海棲艦の侵略により地獄と化した。

 海洋国家である日本はシーレーンを絶たれ、孤立。

 後に誕生する艦娘がシーレーンを奪還するまで、国民は疲弊し深海棲艦からの攻撃からも経済的にも多くの犠牲者を出した。

 

 深海棲艦の侵略は日本国内で結果的に所謂『お花畑』と揶揄される派閥も『過激』と揶揄される派閥もその考えを改めることになる。

 日本が『深海棲艦に負けない』ことこそが国民の第一目標となった。

 

 自衛隊は名を変え体制を変え、国防軍として新しく生まれ変わり、国民はそんな国防軍と艦娘を支え、この苦難を乗り越えようと団結した。

 何もすることが出来なかった地獄の日々を国防軍と艦娘が押し返し、六年の月日を掛けてやっと深海棲艦との力の差を無くしたのだ。

 

 ◇

 深海棲艦に対抗出来る唯一の希望、艦娘。

 それはまさに八百万神がいるとされる日本国でしか起こせない奇跡によって生み出された。

 

 燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイト

 

 たったこれだけで人を超えた人類《艦娘》が誕生するのだから、これを奇跡と言う他に何と言い表すことが出来ようか。

 

 また艦娘を誕生させるのに欠かせない妖精たちの存在。

 まるでお伽話のようでいて、しかしこれが今ある現実である。

 

 艦娘と日本海軍のお陰で世界は立ち上がることが出来、今では日本なくして世界は纏まらない。

 多くの国が日本を頼り尊敬し、日本もそれに驕ることなく誠実に各国と手を携えている。

 全ては艦娘が生まれた日本があるから、今の世界は深海棲艦に負けていないのだ。

 

 ―――――――――

 

 あれから世界は長い間、深海棲艦と戦っている。

 大変なことではあるが、その足を止めると国が滅びてしまう。

 だから各国は海軍を中心に戦力を高め、国民はそんな軍や艦娘たちを支えているのだ。

 

 それは日本も同じだが、この日は軍内部で大きな出来事が幕を下ろすところであった。

 

 ―――

 

「君には本当にがっかりした」

 

 日本海軍の長、大元帥:三木里雄一(みきさと ゆういち)(68歳)は目の前で手足を鎖で拘束された大罪人に鉄格子越しにそうつぶやいた。

 三木里はかの地獄の日々を艦娘と共に押し返した英雄であり、70近くになった今でも何も陰りを見せない生ける伝説。

 

 そんな英雄の声色には大きな悲しみが含まれている。それだけ三木里もこの男を高く買っており、期待していたのだ。

 

 大罪人は元帥である。

 まだ若く、勇猛果敢で怖いもの知らず。

 提督という肩書を得て、邁進してきた男の名は―――

 

 "梁川豹馬(やながわ ひょうま)"

 

 ―――30歳という若さで元帥にまで登りつめた鬼才。

 見た目はとても罪を犯すようには見えない甘やかながらも賢さを感じさせる黒い瞳を持った、美丈夫。

 身長175センチで体型もスリムながら、肉体は軍人らしい筋肉質な鎧を纏う。

 艶のある藍色掛かった黒髪。サイドを刈り上げるショートスタイルヘアは白の軍服が実に似合うし、軍帽も邪魔にならない。

 

 ―――

 

 豹馬は深海戦争孤児であり、父と母を深海棲艦の空襲によって彼がまだ8つの時に失っている。

 幸い4つ下の妹:陽和(ひより)がいたため、この時点で天涯孤独になることはなかった。

 

 豹馬と陽和に親戚はいたが、戦時下で経済状況が悪く、等しくどの家庭もとても育ち盛りの子どもを二人も養える程の余裕がなく、豹馬と陽和は戦争孤児を専門に受け入れている政府管轄の孤児院に身を寄せた。

 同じ境遇の子どもたちがいる上、管理人も責任者も慈愛深かったため、豹馬たちの性根が明るかったものあってすぐに孤児院に馴染んでいった。

 

 豹馬が公立高校を卒業すると、彼は防衛大学校艦娘指揮科へ進学する。

 彼の高校生活は勉学とアルバイトだけで消えていった。

 しかしそれも己と妹の夢のため。

 

 まだ自分が誰かに頼らないと生きていけなかった子どもの頃、両親を亡くして泣いていても誰もその手を取ってはくれなかった。

 妹は泣くことしか出来ず、自分はただそんな妹を抱きしめてやることしか出来ない無力感でいっぱいだった。

 その時に豹馬は決めたのだ―――

 

 

 

 

 

 (子ども)が泣かない世界を作ろう

 

 

 

 

 

 ―――そのために提督になろう、と。

 

 結果、彼は努力と天賦の才で防衛大学校をトップの成績で卒業した。

 卒業と同時に呉泊地の大きな鎮守府を任せられたが、そこから梁川豹馬という男の栄光を辿る道が茨の道へと化し、彼を『悪』に変えていく。

 

 初めは彼のことを妬んだ心の狭い一部の同期たちの嫌がらせからだ。

 妬んだ理由もその器の如く小さなもので、孤児のくせに何でも出来て気に入らない、というだけ。

 

 今の時代の鎮守府は各所に点在し、鎮守府に提督は一人で局所的緊急事態時は連絡網で決まった順に通達が来る。

 そこで豹馬の鎮守府を包囲するように着任したその同期たちが、敢えて彼の鎮守府には連絡をしなかった。

 連絡をしなければ彼は連絡が来なかったと真実を述べるが、不運にもこの時は深海棲艦によって連絡基地や電波塔を破壊されたこともあって連絡をしてないという確かな証拠を出せなかったのだ。

 よって同期たちは口裏を合わせ、そうすれば彼の責任問題として上で処理される。

 

 こうしたことが日常茶飯事であったが、豹馬の信念は固く、彼は決して折れなかった。

 だから惨劇が起きた。

 唯一の家族、妹の陽和がある日何者かに集団強姦されたのだ。

 警察がどんなに調べても犯行組織は見つからない。しかし真実は豹馬を快く思わない同期たちがその手の者たちに情報を流して、金で襲わせたのである。

 

 陽和は兄と同じく美しい黒髪を腰辺りまで伸ばしたストレートヘアに、両目尻にある小さなほくろがチャームポイント。背は162センチでスタイルも良く、ファッション誌のモデルや芸能事務所なんかにスカウトされる程だ。

 

 それが悲しいことにそんな女性が標的だとなれば、その手の屑は喜んで餌食とする。

 結果、陽和は心に消えることのない大きな傷を負い、そのせいで病室で帰らぬ人となった。死因は病室の天井に吊り下げられた点滴用のフックを使っての首吊り。

 その第一発見者が見舞いにやってきた兄の豹馬だった。

 

 陽和の葬儀が終わると、豹馬はもう今までの豹馬ではなかった。

 悪に心を支配されてしまったのである。

 何故なら妹の葬儀に豹馬を遥々嘲笑いに来た同期たちが陰で―――

 

 妹さんを殺したのは兄なんだよなぁ

 兄貴が世間知らずの無能だから

 兄貴が優秀過ぎて身の程知らずだったから

 

 ―――等と嬉々としながら囁いていたから。

 それで豹馬は決心したのだ。

 必ず地獄を見せてやる、と。

 

 ―――

 

 そして今日この日、豹馬は横領罪、強要罪、恐喝罪等々で大元帥から断罪された。

 

 復讐を果たした豹馬の表情はとても清々しく、大元帥にも自分は当然のことをした、と何の弁明もしなかった。

 自分のこれまでの一連の行動は世間一般からすれば罪だと理解している。

 警察や何かに相談すれば良かったのに、と思う者もいるだろう。しかし自分しか屑共が犯してきた罪を証言出来ないとなれば、屑共はいくらでも言い逃れられることが可能となり、ならば自分の手で裁きを下す以外ないではないか。

 憎しみは憎しみしか生まない等と聖人みたいなことを言われたところで、豹馬にとっては先に憎しみを与えてきた屑共に憎しみを返しただけ、としか言えないのだから。

 そもそも過ぎてしまったことを、自分の身に起こってないことを、誰が熱心に解決しようと動いてくれるのか。豹馬にとってそんな存在はいない。誰も信用出来なかったのだ。

 自分が神様でも菩薩様でもお釈迦様でもないのは十分分かっている。でも自分でしか裁けないのであれば裁くしかないではないか。

 だから豹馬は彼らと同じ方法で自分がされたことをやり返し、最後には妹が受けた苦しみのほんの数パーセントを試しに返してみた。

 なのに、たった数パーセント返しただけで彼らは泣きながら、謝りながら自分の目の前で死んでいった。自分はまだ何も手を出していないのにもかかわらず、自害したのだ。

 そこに達成感など無く、虚しかった。床に転がる人の形をした屑に自害させてしまうという失態だけは悔やんだものの、あまりにも呆気なくて虚しさの方が勝っていた。妹はそれくらいつまらない屑たちに勝手な理由で標的とされ、自ら命を断ってしまった。

 何も出来なかった自分が豹馬は情けなくて、ただただ笑えた。でもやれることはやった。

 

 

 

 

 

 

 もう何も思い残すことはない。

 

 

 

 

 

 

 だから罪を犯した軍人だけが入る刑務所へ移送されるトラックの中で、豹馬は自らの舌を噛み切った。

 

 これで梁川豹馬という男の人生は幕を閉じた―――

 

 ―――はずだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『――るのだ、豹馬よ』

 

 誰かの声がする。

 

『起きるのだ、豹馬よ』

 

 今度は鮮明に聞こえた声に、豹馬はハッとして目を覚ます。

 高い天井、広く何もない空間。体を起こそうとしたが、力が入らずにただ天井を見上げた。

 そんな空間にぽつんと横たわっている豹馬の目の前に、名も知らない顔が迫ってくる。

 白装束の人間の顔は大変整っているが、顔からも声からもそれが男なのか女なのか判断するのは難しかった。

 

『起きたな』

 

「……はい」

 

 豹馬が返事をすると、白装束の人はその笑みを深くする。

 自分は死んだはず……そう思っている豹馬の思考を読んだかのように白装束の人は『そなたは死んだ』と語りかけてきた。

 

「……ここはあの世、ですか?」

 

『あの世ではある。でもここはまた特殊な場所でもある』

 

 その言葉に豹馬が訝しむと、白装束の人は豹馬を安心させるように微笑んで、説明を始めてくれる。

 

 白装束の人は人ではなく、神だという。

 それもタケミカヅチだと。

 

 何故、タケミカヅチが豹馬の目の前にいるのか……それは彼に天賦の才を与えたのがこのタケミカヅチだという。

 

 タケミカヅチの自己紹介等の次は豹馬が今置かれている立場の説明をしてくれた。

 

 このまま進むと梁川豹馬という人間は地獄に落ちる。

 豹馬はそれでいい、その覚悟を持ってやってきたと言うが、タケミカヅチを含めた多くの神たちが『彼は地獄に落ちるべき人間ではない』と言っているのだとか。

 その筆頭が豹馬に才能を与えたタケミカヅチであり、『彼にもう一度チャンスを!』と多くの神々を連れて十王たちに頼みに行ったのだという。

 

 結果、十王はその願いを聞き入れることにした。

 十王もこれだけ多くの神々に愛されている亡者を審理するのは難しいため、特例でもう一度同じ時間軸を過ごしてもらおうということになったのだ。

 因みにこの特例には前例があるため特に問題は無いのだという。前例があるとは言うが、そう頻繁に特例措置を行う訳ではない。

 

 ただいくら特例で再び現世に戻っても、倶生神が変わらずしっかりとその者の行動を見ている。

 よって戻っても悪行を繰り返せば地獄行きに変わりはないということだ。

 

 また神々が自分たちがそうあれとして作った人の理に反して干渉することは容易いことではないので、十王が定めた時から再出発となる、のだとか。

 

『―――ということだが、あとはそなたが決めることだ』

 

 説明を終えたタケミカヅチがそう言うと、豹馬は―――

 

「今度は穏やかに過ごしたいです」

 

 ―――と言う。

 それにはタケミカヅチも思わず吹き出して笑った。

 

『それはそなた次第。ふははっ、やはりそなたは我が見込んだ人の子だ』

 

「…………?」

 

 言っていることが分からない豹馬だったが、自身に光が集まって来たことでそれ以上考えてはいられなかった。

 

『我や多くの神々がそなたを愛している。今度は長生きしてくれることを祈っているぞ』

 

 タケミカヅチがそう言うと、豹馬の意識は再び遠退いた―――

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 ―――眩しい。

 豹馬は強くそう感じて瞼を開ける。

 

 するとどうだろう。

 目の前にはあの大元帥がいた。それも最後に会った時よりも若い。

 

「では君の面談を始める。希望の泊地、または鎮守府の規模はあるかな?」

 

 唐突な質問。しかし豹馬はその言葉でこの生が二度目だと強く実感する。

 そして両親と再会することは出来なかったが、妹とはまた会えることに豹馬は内心歓喜した。

 

 これは艦娘指揮科の最終面談。

 成績が高ければ高い程、本人の希望通りに配属してもらえる成績上位者の特権みたいな物だ。

 普通ならば成績優秀者の配属先は上で勝手に決めそうなものだが、日本国防海軍は敢えて本人たちの希望制にすることで希望者が長くその地に留まれるようにしているのだ。

 結果退役率もガクッと減り、深海棲艦の脅威にも対抗出来ている。

 

 豹馬は提督にとって一番大切な指揮能力だけでなく、艦娘とのコミュニケーション能力も高く評価されており、大元帥も有望な人材としてその名を良く知っていた。

 なので豹馬が何を望むのか興味深く待っている。

 

「……自分は―――」

 

 こうして梁川豹馬の再スタートの幕が開けたのだ―――。




梁川豹馬提督がセカンドライフをどう過ごすのか、お楽しみに!

二話目は早めにアップします!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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再び始まる提督ライフ

 

「ここが、今日から俺が過ごす鎮守府か……」

 

 豹馬が任された鎮守府はまだ出来たばかりの小さなものだった。しかし外観は純日本家屋で風景から悪目立ちしていない。

 場所は二人が生まれ育った街から電車で二時間の海の町。深海棲艦が出現するまでは港町として賑わっていたが、今は衰退してしまっている。

 なので鎮守府全体が新しく建てられたばかりで一際立派に見える。埠頭にある桟橋もどこも傷んでいない。車で四十分程の場所には移転した卸売市場もあり、今後の豹馬の働きによって訪れる人も増えるだろう。

 

 正門を潜ればすぐに鎮守府本館で、その裏には工廠・倉庫・食堂・宿舎・酒保と並ぶ。

 各所はそれぞれ妖精たちが管理しており、今後の豹馬の働き次第で間宮や伊良湖、明石といった専門的な能力を持つ艦娘を着任させることが叶うだろう。

 一際大きな建物である艦娘たちの宿舎は100人まで入ることが出来るが、豹馬の構想としては100人もいらない。ここの鎮守府の役割は深海棲艦の艦隊を叩くのではなく、主に鎮守府正面海域に重なる輸送線の死守であるから。

 主要泊地の鎮守府ではない地方の鎮守府の役割とはそういうものだ。

 よって規模は本当に小さくなる。しかし豹馬にとってそれで十分だった。華やかな戦果が望めないとしても、決して軽視されていない重要な役割だと上は常々分かっているから。

 

 それに―――

 

「ここが今日からお兄ちゃんがお仕事する場所?」

「そうだよ、陽和。お仕事というか、任務だけど」

 

 ―――何より妹の陽和も一緒だというのは、豹馬にとってこの上ない幸せである。

 

 今の豹馬は22歳で陽和は18歳。陽和は前の人生では高校を卒業してから孤児院近くのスーパーに就職していた。

 

 豹馬はあの面接時に大元帥にこう申し出たのだ―――

 

『自分は成績だけが取り柄の新米であります。故に泊地も規模も何も希望しません。一から艦娘と共に成長出来、その地域の人々をしっかりと守れる艦隊を作りたい……それだけであります』

 

 ―――と。

 

 これには大元帥も彼を推していた教諭たちも驚いた。

 これまでの成績優秀者たちは皆例外なく高い志で最も重要泊地の着任を希望する。

 よって彼みたいに志が高い男はきっと誉れ高い着任地を望むと思っていたのだ。

 

 しかし彼の目に偽りはない。なので教諭たちは本当に素晴らしい人間だと改めて思った。

 対して大元帥殿は『分かった。でも本当に何も希望は無いのか?』と訊ねる。

 すると豹馬は―――

 

『ではお言葉に甘えて……。たった一人の家族である妹も着任地へ連れて行きたいので、通えるように鎮守府の近くにアパートがあると嬉しいです』

 

 ―――と願った。

 

 彼ら兄妹の境遇はその場にいた全員が知っている。

 故に大元帥殿は『妹思いだ』と感動し、大きく頷いて豹馬の希望に合う鎮守府を用意するのだった。

 

 それがここである。

 

 因みに前の人生で豹馬へ嫌がらせをしていたグループは今回の豹馬の決意を『身の程を弁えた賢い選択』と評価していて、特に何か仕掛けてくることは無いだろう。そもそも配属された泊地も違うので関わることは限られてくるのだ。

 この時点で豹馬としては心底胸を撫で下ろしている。もう前のように殺伐とした日々は過ごしたくないから。

 

 鎮守府から徒歩で三十分程のところにアパートがあり、提督業が終われば豹馬は陽和が待つそこで共に寝泊まりする。

 場所的に深海棲艦から襲撃を受けた場合に巻き込まれそうではあるが、アパートの地下に避難出来る防空壕が備わっているし、豹馬がこれから鎮守府を艦娘たちと盛り立てていけばグッと地理的安全は確保される。

 今の時代、海に面した各市町村は鎮守府が出来ることを心待ちにしており、鎮守府が出来るとなったら一気に地域が活性化するのだ。それだけ生活面の安全性は大切だということと、国民が海軍と艦娘を頼りにしているということ。

 加えて海の安全が確保出来れば陸軍と空軍も基地を作れるようになるため、より安全性は高くなる。よって海辺の市町村にとっては鎮守府があるかないかで経済力や人や物の動きが大きく変わってくるのだ。

 

「ごめんな、そっちの残りの荷解きとか手伝ってやれなくて」

「ううん。お兄ちゃんとまた過ごせるから、それだけで嬉しいよ?」

 

 陽和は屈託の無い満面の笑みでそう言った。

 豹馬は軍人、陽和は一般人。なので正門から向こうへは陽和は立ち入り禁止なのだが、彼女はわざわざここまでくっついて来たのだ。妹として兄がどんな職場に身を置くのか見ておきたかったのだろう。

 

 防衛大学校は全寮制で本当のたまにしか会えない日々が続いていた。

 それがまた前のように一緒に暮らせる。陽和はそれがただただ嬉しかった。幸いこちらでもすぐに仕事は見つかり、アパートからそう遠くない喫茶店で働くのだ。そこのマスターも奥さんも初老のいい夫婦である。

 加えて町では豹馬が鎮守府の提督だと知れ渡っていたので、引っ越してきた昨日は道行く人々に温かい言葉を多くもらった。陽和はそれが嬉しかった。何よりも大切な兄がこれ程までに人々の希望であることが。そんな兄の妹である自分はとても幸せだ、と。

 

「それにお兄ちゃんの私物ってあんまり無いからね! エッチな本も無いし、妹としてはホモじゃないかと心配です!」

「余計な心配すんなよ。俺は……まあ自分のことより陽和がいれば幸せなんだよ」

「おお! なら私はいつも幸せだから万々歳だね!」

「お調子者め……。帰りは気を付けろよな? 俺の方は今日早速艦娘が着任するし、中のことを把握する必要があるから帰りは遅くなる。戸締まりはしとけよ?」

「はーい! ご飯の用意はしとく?」

「いや大丈夫だ。今日はこっちの食堂で済ませるから」

「分かった。じゃあ頑張ってねっ、お兄ちゃん!」

「おう。何かあったらすぐに連絡してくれ」

「アイアイサー♪」

 

 見様見真似の敬礼をした陽和はパタパタとアパートへ駆けていく。高校の頃は女子バレー部でその部長もしていただけあってかなり活発だ。

 豹馬はそんな妹の背中を見送りつつ、提督としての一歩を踏み出した。

 

 ―――――――――

 

 艦娘は大本営が各提督たちの要望で建造する。

 要望したらその全てが通る訳ではなく、ちゃんとその提督の能力が認められていないとどんなに要望をしたところで却下されるのだ。また特定の艦娘を着任させたい場合も同様。

 

 豹馬は先ず誰でもいいから軽巡洋艦一隻、あわよくば二隻と駆逐艦の八隻を要望した。

 一部の提督らの中にはいきなり戦艦と正規空母の両方を着任させようとする者もいる。

 豹馬も前の人生ではそうだった。実力があったためにすんなりその要望は通ったが、今生での豹馬の目標は「穏やかな生活」であり、現状はこの要望で十分であった。

 

 ただ大本営も忙しいため、すぐにこちらが希望した数の艦娘が着任することはない。なので今日はどの提督にも与えられる駆逐艦一人とこれから初対面する。

 初対面と言っても、豹馬にとっては初ではないので何とも言えぬ不思議な感覚の方が強いが……。

 

 一階建てで縦長の本館ではあるが、狭くも広くもなく把握しやすい。

 正面玄関から入ってすぐに右側に応接室があり、その隣がトイレ、伝達室と並び、入って左側に作戦会議室と仮眠室。そして一番奥が執務室だ。

 外観は和風であるが中は洋風でどの部屋にも土足のまま行ける。いい意味での和洋折衷だ。

 鎮守府全体の間取り図によるとどの施設にも地下に避難所が設けられており、最悪の場合はそこで凌げるように設計されている。

 

 時刻は既に一〇〇〇前。艦娘はもう執務室で提督の着任を待っているので、豹馬は深呼吸して執務室の扉を開けた。

 

 ―――

 

 扉を開けたと同時にサッと中にいた艦娘が敬礼をする。

 豹馬はそれに敬礼を返しながら執務机の前に立ち、彼が彼女に向き直ると彼女も再び気を付けの姿勢に戻った。

 

「遥々我が鎮守府へ来てくれて感謝する。俺がここを任された提督の梁川豹馬だ。見ての通り新米で、鎮守府も出来たばかりだが、この地域を共に守っていけたらと思う。よろしく頼む」

 

「はいっ」

 

 返事をする艦娘に相変わらず真面目でしっかりしている印象を抱く豹馬。

 前の人生では本当に彼女だけでなく、艦娘たちには悪いことをしてしまった。

 彼女たち一人ひとりのコンディション等関係なく、性能や効率を重視してコミュニケーションもおざなりにしていた。

 だから今生では出来るだけコミュニケーションを大切にしよう、と豹馬は改めて思う。

 

「ではそちらの、自己紹介を頼みたい」

 

 豹馬がそう促すと―――

 

「は、はい! えっと、暁型駆逐艦の四番艦、電ですっ……あの、よ、よろしくお願いしますっ!」

 

 ―――電は声を震わせながら自己紹介し、深々と頭を下げた。

 前の時と全く同じ反応の彼女を見て、豹馬は思わず吹き出しそうになるのをグッと堪える。

 

「っ……まあ、そんなに緊張するな。お互い新米。一つ一つをしっかりとこなしていこう」

「は、はいっ」

 

 電は提督が優しい人で良かった、と胸を撫で下ろした。

 

 艦娘は着任する前に自分が着任予定の提督の大まかな人物の調査報告書と評価を大本営から教わる。

 電はそこで豹馬のことをある程度理解はしていたが、人間誰しも会って話してみるまではどんな人間なのかは分からないのだ。

 だから電はそこでやっと安心することが出来た。

 

「まあ、とりあえず今日はお互いこの鎮守府に慣れる日、だな。任務にしても電一人じゃ危ないから」

「分かりました」

「それじゃあ、施設を見て回ろう。妖精さんたちにも挨拶しないとだし」

「はい」

 

 ―――

 

 二人は本館内をある程度見て回り、次に本館裏にある工廠へとやってきた。

 妖精たちは豹馬や電の手のひらに乗る小さな存在だが、妖精たちがいなければ艦娘の艤装開発も艦娘の修復も出来ない。

 お菓子が大好物なので豹馬は昨日買っておいた菓子折りを渡すと、妖精たちはワラワラと豹馬の肩まで乗って、彼の頬や額に感謝のキスをしてくる。

 前の人生では無かった経験に豹馬は「うわぁ」と驚き、そんな提督を電は可笑しそうに笑った。

 

 艦娘が現れたばかりの頃は各鎮守府で艦娘の建造も行われていたが、無計画に資材を使って任務に支障をきたす事案が発生したために建造は全て大本営が行うことになったそうだ。

 

「ま、まあまた何か良いものがあったら贈る。これから末永くよろしく頼むよ」

 

 豹馬が妖精たちにそう言うと、妖精たちは『はーい!』と言うように揃って愛くるしい笑みで敬礼した。

 

 ―――――――――

 

「まさか妖精たちにキスされるとは思わなかった……」

「ふふふ、司令官さんの心が綺麗で優しいから、妖精さんたちは態度で示してくれたのかもしれませんね」

 

 電がそう言えば、豹馬は「そうなのかな」と苦笑いする。

 倉庫、食堂、宿舎、酒保と回り、どの施設でも妖精たちに豹馬は菓子折りを渡し、その都度キスされた。

 前の人生では本当に無かったことであるし、そもそもキスされることすら初めて。

 

「こほん。とまあこうして回った訳だけど、何か質問はあるか?」

「えっと……あの……そのぅ……」

 

 もじもじして言い淀む電に豹馬は首を傾げる。

 

「どうした? 何でもいいぞ?」

 

 豹馬が安心させるように言うと、電は恥ずかしそうに、

 

「……こんな広いところに電一人なのは怖いのです……」

 

 と消え入りそうな声で訴えた。

 

「ああ、確かにな」

「司令官さん、夜にはお家に帰るんですよね?」

「うん、そうだ」

「すると今夜は電一人ぼっちなのです!」

 

 そんなの怖いのです!と電は目に涙をいっぱい溜めて豹馬の手を握る。

 

「そういうことなら今夜は俺もここに泊まるよ。宿舎に空きはいっぱいあるし、陽和には連絡すればいい」

「いいのです?」

「陽和ももう社会人だからね。留守番くらい出来るさ」

「……ごめんなさいなのです」

「気にするな気にするな。素直に自分の気持ちを吐露するのはいいことだ」

 

 そう言って豹馬は電の頭を妹にいつもしてやっていたみたいにポンポンと軽く叩くように撫でる。

 すると電ははにかんで「はい」と明るい声で返事をするのだった―――。




ヒロイン登場まではまだ掛かります。
次回から投稿までに暫し時間が掛かります。
何卒ご了承ください。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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大切なこと

まだヒロインは出ません。


 

 鎮守府に梁川提督が着任して一ヶ月が過ぎた。

 艦娘の人数もある程度揃い、今では第四艦隊までフル人数で編成しても艦娘が余る程に。

 ただここは地方の鎮守府であるため、民間漁船を護衛する護衛艦隊を交代で常時漁業海域に派遣している。

 また安全は確保されているが、欲を出して軍の制海権外へ出て沈没した場合は自業自得として処理される事となる。そうなる前に艦隊はしっかりと警告を出すので未だに梁川提督が管轄する海域ではそんなことは起こっていない。

 そもそもこれまでの日本の漁業は乱獲とも言えるレベルであった。よって今のような程々に獲ることで本来の魚の数が回復し、獲れる魚の大きさも価格も年々増加傾向となった。なので安全に漁さえ出来れば漁師たちの経済状況はうなぎのぼりなのである。

 

 また幸いなことに前生で何かと梁川提督を目の敵にしてきた愚者たちは、己の能力を理解し切れず失態続きで早くも上から常にマークされることになっているらしい。左遷しろ、という声もあるが『左遷した先で何をやらかすか分からない人材を安易に遠くへやるより、大本営監視下に置いておいた方が国民にとって遥かに安全』というスタンスで大本営はしっかりと監理しているのだ。

 豹馬も彼らを念のため卒業後からマークはしていたがああも落ちぶれてしまえば、矛先が自分や陽和に向かないだろうと安堵した。

 よって今生で豹馬が一番警戒し、常に気を張り続けていた陽和の身の安全は確保されたに等しい。

 

 ただ最近は他の面で少しばかり不安要素が多くなっている。

 それは本業……艦隊指揮任務での不安要素だ。

 

 戦争中なのだから危険は常に隣同士であるが、そういう大きな風呂敷でのことではない細かなこと。

 梁川提督の置かれている状況……それは梁川艦隊が順調に戦力を増強していくにつれて、こちらの防衛ラインを越えてくる深海棲艦の脅威が増してきているから。

 これまでは潜水艦隊や水雷戦隊、稀に戦艦が含まれる艦隊と戦ってきて、豹馬の前の人生経験もあって凌いでは来たが、ここ最近深海棲艦側に空母が含まれることがあるのだ。

 深海棲艦は無尽蔵に攻撃を仕掛けてくる。これが同じ人間であれば、余程の無能でも無い限り直接的な軍事行動に踏み切らない。しかし相手は深海棲艦。こちらがどんなに戦力を保持しようと、それは抑止力にならないのだ。そこが深海棲艦の怖いところだろう。

 

 各提督たちは自艦隊が戦闘状態に入ると各艦娘がその目で見ているもの全てが艤装アンテナから作戦会議室の各モニターに転送され、その映像を見ながら指示を出すのだ。

 しかしどんなに前の経験があっても空母が相手となれば、梁川艦隊もそれ相応の対策が必要となってくる。

 なので、

 

「最上たちには今から航空巡洋艦の改造を受けてもらう。そうすればこちらも何とか凌げるはずだ」

 

 豹馬は最上型姉妹の四人を改造することにした。

 

「分かった! 任せてよ!」

「分かりましたわ」

「いやぁ、それだと鈴谷もっと活躍しちゃうねぇ♪」

 

 最上、三隈、鈴谷の三人は乗り気であるが、

 

「理屈は分かりますが、流石に私たちだけでは今後を考えると難しいのではなくて?」

 

 熊野はちゃんとこれからのことを梁川提督へ投げ掛ける。

 

「それはもちろん俺も分かってる。だから近日中にこちらも戦力増強ということで、戦艦と空母を着任させる予定だ。本件は既に上に伝えてあるし、上からも承諾を得てる。だから熊野たちには悪いが、その戦力が揃うまで……着任したあとの彼女らの練度が一定数になるまで持ち堪えてもらいたい」

 

 梁川提督の言葉に熊野は納得して「なら任されてあげますわ」と胸に手をやり、フフンと上機嫌に鼻を鳴らして胸を張った。

 するとそんな熊野に鈴谷が、

 

「良かったねぇ、熊野〜。提督に頼りにされてさぁ」

 

 とにやにや顔で言ってくる。

 

 実は豹馬は妹属性(?)の艦娘らと相性が良く、特に末っ子艦娘になると彼へのなつき度が爆上がりなのだ。

 ただ末っ子でなくても『提督から頭を撫でてもらえる』というのは、彼女たちからすれば特別なことであるため提督を嫌っている艦娘はこの艦隊の中にいない。

 

「こほんっ、アホな三女のことは放っておいて……提督、それで私たちは工廠へ向かえば宜しいのかしら?」

「うん、そういうこと。改造を終えたらまた執務室へ報告と航空巡洋艦になったみんなの姿を見せに来てくれ」

「了解しましたわ」

 

 熊野は豹馬にそう返すとそそくさと執務室を出て行ってしまう。

 そんな熊野の行動を姉の最上たちは可笑しそうに笑った。

 

「提督、熊野は照れてるだけだから気にしないでね」

「ええ、もがみんの言う通りですわ。寧ろ今頃スキップで工廠へ向かってると思います」

「熊野は素直じゃないからね♪ んじゃま、とりあえずあとでね、てーとく♪」

 

 最上たちの言葉に豹馬は「ああ」と相槌を返し、彼女らを見送る。

 すると今度は最上たちと入れ替わるように電が入ってきた。

 電は現在秘書艦として豹馬の補佐役をしており、資料室から言われた物を持って戻ってきたのだ。

 

「司令官さん、言われた物を持ってきたのです」

 

「ああ、ありがとう。預かるよ」

 

 豹馬が電に言って持ってきてもらった物は自分の艦隊名簿。

 

 駆逐艦(着任順)

 電、暁、雷、響

 初霜、初春、子日、若葉、有明

 白露、時雨、五月雨、涼風、春雨

 村雨、夕立、海風、山風、江風

 秋月、照月、涼月、初月

 

 軽巡洋艦(〃)

 那珂、神通、川内

 大淀、夕張

 

 重巡洋艦(〃)

 熊野、鈴谷、三隈、最上

 

 潜水艦

 伊58、伊19、伊168

 

 以上が梁川艦隊の面々である。

 

 豹馬は改めて名簿を眺め、頭の中で最近の哨戒任務時にぶつかる深海棲艦艦隊らの戦力を比べた。

 どんなにシミュレーションしてもこのままではこちらが押し負けてしまう。

 なので今回の戦力増強の要請は妥当であると判断した。

 

「電たちが弱くてごめんなさいなのです」

 

 唐突な電からの謝罪に豹馬は訳が分からず「ん?」と首を傾げた。

 

「電たちが弱くてごめんなさいなのですっ」

 

 聞こえていなかったと判断したのか、電はハッキリとまた謝罪する。

 それでも―――

 

「何か蚊が飛んでる音がするな〜」

「〜〜……もう、司令官さんっ」

 

 ―――とぼける提督に電は暁直伝のプンスカ(怒って両手を挙げて相手に意思を見せること)をして見せる。

 しかし提督はケラケラと笑うのみだ。

 

「この艦隊に誰も弱い艦娘なんていない」

 

 笑顔で放ったその一言は、目も声色も真面目なものだった。

 

 豹馬は今生ではいつもポジティブに生きようと決めている。決めているのもあるが、前生のように豹馬を取り巻く環境が穏やかなのもあって自然と前向きにさせているのだろう。

 

 何故なら前生が余りにも殺伐としていたから。

 だから艦隊の誰かがネガティブなことを零すと、豹馬は聞こえない振りをしてとぼけるのだ。

 そうすると自然と彼女たちは提督のおとぼけにネガティブなことを忘れてしまうから。流石に真剣な悩みに対しては彼も真摯に向き合うが、ここの艦娘たちは提督に似てとても心穏やかなので今のところ素直に本音を吐露している。

 

「みんながみんな、今出来ることを責任を持ってやってる。だから電やみんなが気にすることは何も無いさ」

「……はい」

「敵が強くなってきたら、こちらもそれ相応の対策が必要となる。だから今回、戦艦と空母を上に要請したんだよ。今の戦力で無理に応戦して、艦隊の誰かが欠けるのは避けたいし、そうなると地域の人々が危険に晒されるリスクが増えるから」

「はい」

 

 提督の考えに電は今度は明るい声色で返事をした。

 そうだった……自分の上官は常に前を向いている人だ、と改めて思ったのだ。

 

「それにこのままだと俺も安心して陽和が待つアパートに帰れないし、寝れないからな」

「うふふ、相変わらず司令官さんはシスコンさんなのです」

「たった一人の家族だからこればかりは仕方ない。それに陽和も頻繁に連絡を寄越すしな」

 

 ほら、と豹馬は自分のスマートフォンのメッセージ画面を見せる。

 そこには一時間毎に陽和が寄越したメッセージがズラッと並んでいたので、電はまたクスクスと笑った。

 

「流石ご家族なのです♪」

「俺はついつい返事忘れるんだけどな。ここなんて見ろよ……『晩御飯どうする!!!!?』って来てて、一時間後には『返事が無いから食堂で済ませると判断した!!!!!』だってよ。俺この時上と今回のことで話し合ってたのにさぁ」

 

 豹馬が苦笑いで愚痴を零すと電は「仕方ないのです」と笑って返す。

 そしてこの兄妹は本当に仲良しだなぁ、と思うのだった。

 

 ―――――――――

 

 それから約二週間後に鎮守府へ……梁川艦隊へ初めて戦艦と空母が着任した。

 着任したのは戦艦扶桑とその妹山城、そして装甲空母大鳳と軽空母の龍驤に日進の計五名。

 

 梁川提督や既に着任していた艦娘はそれはもう喜び、着任式に至っては町中の人々まで呼んで観艦式と称して大々的に歓迎した。

 本来、そんな気軽に観艦式は出来ないが豹馬が前生で得た知識と経験をフル活用して上へ『観艦式をやることの重要性』を認めた文書を電子メールで送り、上は大いに感銘を受けて即座に許可を出した程。

 観艦式をやることで地域住民たちの軍に対する安心度の上昇と軍と艦娘への理解度上昇。

 それは軍だけが得をするのではなく、そこへ鎮守府を設置した政府の評価に繋がり、以前のように恒例行事として行えば遠方からも人が来てくれる上に、鎮守府の敷地内で地域住民たちによる屋台村も併せて催せば地域住民たちにもメリットが増える。

 また深海棲艦のお陰か日本人の国防意識も高くなり、陸軍と警察を中心としたスパイ対策組織によって今の日本にスパイは入ることも出来ないし、サイバー攻撃すらも通用しない。仮にスパイ活動等をしても闇雲に国際秩序を混乱させることになるため、国際的なスパイ組織やハッカー集団は各国から監視下に置かれている。その上、スパイ組織もハッカー集団も『世界のため』という共通点があるので、各国と協調路線にいるのだ。

 

 よって観艦式はスパイの心配が無いので国民を招くことが出来て、更にはその地域にとって復興行事として手助けにもなれる。

 

 そんな観艦式を開く際に最も驚いたのは着任したばかりの五人の艦娘たちだ。

 こんなにも自分たちを歓迎してくれている。

 提督や艦娘たちだけでなく、地域住民たちまでも。

 彼女たちは驚いた……しかし同時に深海棲艦からこの人たちを守りたいという気持ちがより一層強くなった。

 

 故に彼女たちは自分たちの上官となる梁川提督がいかに優秀で地域の人々を大切にする信頼出来る人物なのかを確信したのだ。

 

 ―――――――――

 

「んぁ〜……疲れた。行事って準備期間が一番楽しい。終わると怠さしか感じない」

 

 観艦式という大行事を終え、豹馬は町の人々が乗り込んだ最後のバスが見えなくなるまで正門前で見送ったあと、やっと肩の力を抜いた。

 急であったために今回は遠方から人を呼ぶことは出来なかったが、地域住民たちとしては場所は限られているが自由に商売をしていい上にそれ以外の人々もお祭り感覚で買い物と艦娘たちの雄姿を見れて、本当にいい表情で帰っていった。

 豹馬はそれが嬉しかった。間違ってなかった。やって良かったな。と。

 勿論、妹の陽和も来ていたし、あれもこれもと豹馬に屋台村の食べ物を強請ってホクホクで帰っていった。

 

「司令官さん、まだお片付けの途中なのです。司令官さんも早く手伝って欲しいのです」

 

 そこへ今回進行役という大役を果たした電がやってきて、早く早くと提督の制服の袖を引っ張ってくる。

 電の方へ豹馬が顔を向ければ、その後ろには電の補佐をしてくれた電の姉である暁たちの姿もあった。

 

「司令官、暁は昼間いっぱい頑張ったんだから、最後くらいは楽させてくれてもいいんじゃないの?」

「姉さんの言う通りだね。司令官には片付けが終わったら私たちの労い会をしてもらわないと……ね?」

「い〜っぱい頼ってもらえて雷は大満足よ! でもご褒美は欲しいなぁ……なんて♪」

 

 それぞれが豹馬に求めるもの……それは『魅惑のナデナデタイム』である。

 どういう訳か豹馬のソレには彼女たちを引きつける何かがあり、今ではどの艦娘も豹馬のナデナデの有無によってポテンシャルが大きく変わってくるのだ。

 

「……俺、みんなの頭撫で過ぎて腕だけムキムキになれそう」

 

 苦笑いで豹馬が言えば電たちは揃って『何それキモい』と声を揃え、豹馬は「酷えな」と笑顔で返す。

 確かに酷いかもしれない。しかしこれが豹馬と艦娘たちの日常で、それは豹馬が心から望んだ穏やかな時間であった―――。




次回からやっとヒロインと提督が近付きます。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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穏やかな時間の幕開け

砂糖お待たせ☆


 

「提督、本日の任務での報告書を提出しに参りました」

 

 執務室のドアをノックしてそう言うのは扶桑。

 その隣には妹の山城も控えている。

 

 観艦式という着任式から早半年。

 扶桑と山城の二人は今では航空戦艦として梁川艦隊の主力艦隊になっている。

 姉妹が交代で旗艦を務め、安定して防衛海域を守っており、梁川提督も二人をとても評価していて扶桑も山城も幸せだ。

 一時は己らの過去の記憶から『自分たちはすぐに主戦力から外れる』と思っていたが、梁川提督が現状においてこれ以上に戦艦を欲していないとして二人は本当の意味で自分たちの居場所を見つけられた気がした。

 

『ああ、入ってくれ』

 

 その声に扶桑と山城は背筋を伸ばして入室する。

 

「ご苦労様。早速見せてもらうよ」

 

 爽やかに微笑み、扶桑から報告書を受け取る豹馬。

 しかし報告書を見つめる表情は実に真剣で、毎回この時は扶桑も山城も変に緊張してしまう。

 

「…………」

 

 扶桑はそれでも豹馬の顔から目が離せない。

 何故なら扶桑は今回の任務で自身の練度が最高値である99に達し、豹馬からは常々『俺は扶桑にケッコンカッコカリの指輪を渡すよ』と甘い声で囁かれてきたから。

 

 そう、豹馬と扶桑はそれだけ懇ろな関係なのだ。

 扶桑は物腰の柔らかい大和撫子。少々ネガティブなところはあるが、豹馬はそんな彼女を持ち前の明るさで笑顔にし続け、気が付いたら二人共に異性として意識していた。

 最初こそ扶桑は『提督のお側にいられるだけで幸せ』と考えていたが、豹馬が『俺はそれだけじゃ満足しない』と迫り、扶桑をその愛で陥落させたのである。

 

 この二人の関係に自他共に認めるシスコンの山城はというと、かなり好意的。

 何故なら山城にとって梁川提督は信頼出来る人間であるから。

 山城は普段から提督に対する素っ気ない態度や姉を思う強い態度で誤解されがちだが、誰よりも姉の幸せを願っている。

 それに梁川提督がどんな人間であるか、この半年で姉と共に知ってきた。

 彼も妹を思う兄。山城からすれば性別は違えどシンパシーを感じざるを得ない。そんな男が自分の誇りである姉を蔑ろにするはずがない……ならば姉を幸せに出来る男は梁川提督しかいない、ということなのだ。

 だから山城は今この状況をルンルン気分で楽しんでいる。

 これから姉の幸せな瞬間を間近で見れるのだから。

 

 こんな時くらい二人きりにしてやれ、と思われるかもしれないし山城も最初はそうしようとしていた。

 しかし姉である扶桑から『山城に見届けて欲しいの』と縋るように言われれば、山城に『見届ける』以外の選択肢はない。

 

「……うん、今回の報告書もよく出来てる。このまま上に提出するとしよう」

 

「は、はい」

「はいっ」

 

 やや声が震える扶桑とは対象的に山城は元気ハツラツ。

 そんな二人に豹馬はつい笑い声を漏らしてしまった。

 

「……ごめんごめん。扶桑、そんなに不安?」

 

「…………少し」

 

「そっか……ならその不安は今から喜びに変えよう」

 

 そう言うと豹馬は小箱を机の上に、二人に見えるように置いた。

 それはケッコンカッコカリをするための指輪が入った箱であり、扶桑は今にもワッと泣きそうになるのを懸命に堪え、そんな姉の雰囲気を察して山城はそっと姉の右手を両手で包んだ。

 

「山城、ありがとう……」

「いいえ、姉様。山城は妹として誇らしいばかりです。この大切な瞬間に立ち会ってる自分の場違い感は何とも言えませんが……」

 

「そんなことないさ。扶桑にとって山城は掛け替えのない妹。なら自分の大切な瞬間は側にいて欲しいと思うものだ。俺だって本当なら陽和をこの場に呼びたかったし、陽和も立ち会いたがってた」

 

 申し訳なさそうに言う山城に豹馬がそう言えば、山城は「ありがとうございます」と微笑む。

 そして山城は「さぁ、姉様」と扶桑の背中を軽く叩いて、姉を梁川提督の元へ行くよう促した。

 

「………………」

「今日は一段と綺麗だね、扶桑」

「…………虐めないでください」

「事実だから」

 

 豹馬のいつも以上に優しい声色の彼女への賛美。それだけでカァーッと耳まで赤くなる扶桑。

 実のところプロポーズカッコカリをすると前々から公に宣言されていたのもあって、山城に『こういう時くらいお化粧しましょう!』と鈴谷たちも呼んで薄っすらとだがメイクアップしてきたのだ。

 それを豹馬は一目でそれに気付き、言葉にしてくれたのだから扶桑の心臓は今にも爆発しそうなくらい高鳴っている。

 豹馬も、そして山城もそんな扶桑が可愛くて仕方がない。

 

「……あの、提督……早くお願いします」

「俺こういうのは時間たっぷりに存分にやりたいんだよね」

「…………私の心臓が保ちません」

「困ったね。指輪を渡せば、今以上に俺は扶桑に甘くなるんだけど?」

「………………ぴぃ」

 

 思わず音を上げる扶桑を豹馬はより目を細めて愛おしく見つめる。山城は心の中で『姉様が可愛い』とホクホクだ。

 

「このまま何時間でも扶桑を見つめていられるよ」

「…………ご冗談を」

「冗談じゃないのはその本人がよく知ってるのにね?」

「………………ぴぇ」

「はは、これ以上やると流石に嫌われるかな」

 

 しかし豹馬の視界端に見える山城が『んなこと無い無い』とジェスチャーを出す。

 なので豹馬は少し安心した。でも扶桑がこのままでは卒倒してしまうかもしれない。なので豹馬はゆっくりと立ち上がり、扶桑の前まで行って、俯く扶桑の顔を両手で優しく包み込みながら覗き込んだ。

 

 彼女のルビーのような赤い瞳は大きく揺れ、それでもしっかりと豹馬の目を見つめ返している。

 豹馬はもし自分がこういうことの経験が豊富なら、ここで甘いセリフを出せただろう。と内心苦笑い。

 何せ前の人生でこんな甘い経験は一度も無かった。

 今が本当に初めての恋が実った瞬間である。

 だから―――

 

「……扶桑……」

「……んむぅ!?」

 

 ―――愛しい扶桑を目の前にして、豹馬は口よりも唇が先に彼女へ愛を伝えてしまった。

 最低だ。情けない。そう頭の中で豹馬は思う。

 しかし扶桑がすぐに両手を背中に回してくれたお陰で彼女も今を拒んでいないのだと分かり、豹馬も力いっぱい扶桑を抱き寄せた。

 

「……んんっ、ちゅっ、ふぅんっ……」

 

 豹馬から強く抱き寄せられ、思わず甘い吐息が漏れる扶桑。

 それでも必死に、離れたくないと告げるように、扶桑は己の唇を豹馬の唇に重ね続ける。

 先程までは全身が燃えるように熱かったのに、口づけを交わしたその瞬間からそれまでの熱は唇と腹の奥へと別れた。何故なのかは分からない。扶桑も初めての経験だから。

 でもそれは悪いことではない、と扶桑は何となくそう思えた。

 何故なら―――

 

「……扶桑、とても幸せそうな顔してる」

「…………はい」

 

 ―――今この上なく幸せな気持ちだから。

 

「扶桑のことが好き過ぎて言葉より体が先に動いちゃったよ……」

「わ、私のせい、なのですか?」

「そ、扶桑が可愛いせい」

「ひ、酷いですぅ……」

「そうかな? 俺を狂わせる原因はいつだって扶桑なのに。これでも冷静な提督だって町の人から言われてるんだけどね。でも扶桑のことになると冷静ではいられなくなる。ね、扶桑のせいでしょ?」

「…………ぴぃ」

「あはは、その鳴き声も本当に可愛いよ」

「…………」

 

 扶桑はもう何も反撃が出来ず、ただただ提督の肩に顔を埋めるようにして逃げる。

 すると豹馬はそんな彼女の髪を優しく手で梳いて―――

 

「俺とケッコンカッコカリ、してくれるかい……扶桑?」

 

 ―――この上ない甘い声で、真っ赤な扶桑の耳元でプロポーズカッコカリをした。

 当然、扶桑は何度も何度も頷いて、豹馬の肩を嬉し涙で濡らす。

 それを見ていた山城はハンカチだけでは足りず、制服の袖まで使って嬉し涙を拭いていた。

 

 ―――――――――

 

 その日の夜。

 当然シンコンカッコカリである扶桑は豹馬と夜を―――

 

「はぁ……こんなに幸せで罰が当たらないかしら?」

「姉様、幸せなのにそんなことありませんよ」

 

 ―――共に過ごすことはない。

 扶桑にとっては心の準備が必要。豹馬としては早く妹へこの幸せを報告したい。

 よって豹馬はブレずに今日も妹が待つアパートへ帰って行った。

 

 そして宿舎では幸せの絶頂である扶桑が二階の自分の部屋の床で左薬指の指輪を抱きしめてコロコロと転がっており、山城はそんな姉を微笑ましく見つめている。因みに山城の部屋は扶桑の部屋の右隣。

 プロポーズカッコカリをされてから扶桑は夢を見ている気持ちだったが、食堂で仲間たちから多くの祝いの言葉をもらい、妖精たちからは鯛の身を混ぜ込んだちらし寿司を振る舞ってもらった。

 ここまでされれば扶桑も夢見る乙女のままではいられず、現実を受け入れ、この有様なのだ。

 

「山城、私、梁川提督とケッコンカッコカリしたのよね?」

「そうですよ、姉様」

「私が提督の中で一番ってことなのよね?」

「そうですよ、姉様」

「私が提督の奥さんってこと、なのよね?」

「そうですよ、姉様」

 

 この問答をこの二、三時間の間に何百回したことだろう。

 普通の人なら呆れて答えることさえしなくなるだろうが、山城はこの通り違って何度も何度も心からの笑みを浮かべて答え、《全肯定AI・オッケーヤマシロン》と化している。

 扶桑はその答えを聞く度に「きゃあっ」だの「そんなっ」だの「大変っ」等と言いながら、蕩けた表情で床を転げ回った。きっと今がブレイクダンス世界大会のステージ上だったなら、扶桑は軽く優勝出来るだろう。何せ障害物をしっかりと全て避けているのだから。やはり最高練度者は伊達ではないのだろう。

 

 こんなカオス空間にツッコミ役がいないとは恐ろしいことである。

 

「あっ、私ってカッコカリとは言え、提督のお嫁さん、なのよね?」

「そうですよ、姉様」

「だ、だったら明日から提督を何とお呼びすれば?」

「姉様のお好きなようにお呼びすればいいのでは?」

「で、でも急に呼び方を変えたら変に思われない?」

「姉様は提督から急に『なぁ、お前』と呼ばれたらどうなります?」

「………………ぴぃ」

「その反応であれば嬉しいのですね。ならば大丈夫ですよ。ほら、それと同じで提督も姉様から特別な呼ばれ方をしてもらえたら喜ぶと思います」

 

 山城は豹馬がどういう性格をしているのか、これまでの彼とのコミュニケーションである程度把握している。ならば急に扶桑が彼への呼び方を変えたところで何も気にしない。寧ろ扶桑が相手なら彼はとても喜ぶはず、と確信していた。

 しかし当の本人、扶桑は未だ提督から『お前』と呼ばれたことを想像し、その想像でヘブン状態から脱せずに妹の言葉が届いていない。

 

「うふっ、うふふふっ……『お前』だなんて……まるで私が提督だけの所有物のよう……嗚呼、提督ぅ、私は、扶桑はあなたの女です。どうぞお好きなようにお呼びくださいませ……」

 

 うふふうふふ、と両手で顔を覆って床を更に早く転がり回る扶桑。

 傍から見たら今の扶桑はドリルみたいな物だが、それを指摘する者は誰もいない。

 しかし流石に夜なのにドゥルルルッと勢い良く転がっていれば、下の階にいる者たちの迷惑になる。

 なので山城は心苦しいが扶桑の幸せ高速スピンを止めることにし、夜遅くまで姉の幸せな姿を見守るのだった―――。




恋愛パートはすっ飛ばしていくスタイル←

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幸せな日常

 

 梁川提督が鎮守府に着任し、一年が過ぎた。

 町の人々からすればこの一年はとても大きな年となった。

 鎮守府が設けられたことで主要産業である漁業が再開出来たこと。深海棲艦からの空爆も無く、観光客も徐々に増えて、町にも若者たちが戻ってきたことで商店街もかつての賑わいが戻ってきたこと。

 

 それもこれも梁川提督と梁川艦隊の艦娘たちの功績。

 故に町の人々も大本営も彼らを高く評価している。

 しかし当の本人たちは至って謙虚だ。自分たちが任務に臨めるのは町の人々と大本営があってこそ、だと。

 まさに理想の関係を築けていると言えよう。

 

 ただし豹馬にとっては何とも言えない気持ちもある。

 何故なら自分には前の人生での記憶と経験があるから。

 それを活かしての今であるのだから、豹馬としては何か狡いことをしている気がしてならないのだ。

 しかしながら今の人生が悪いものだとは思わない。

 妹の陽和も元気だし、その上自分にはケッコンカッコカリをした扶桑と頼もしい部下の電たちまでいる。

 ならばこの幸せを少しでも長く感じられるよう努力しよう……と、豹馬は今日も軍服の上着に袖を通した。

 

 ―――――――――

 

「おはよう、お兄ちゃん!」

 

「おはよう、陽和」

 

 豹馬の朝は早い。なのに陽和は豹馬がアパートに帰っていれば必ず朝食の用意をして待っている。

 

「いつもありがとな」

「ううん、私に出来るのってこれくらいだもん。気にしないで! お兄ちゃんと艦娘さんたちが頑張ってくれてるから私は毎日安心して過ごせるんだから!」

「……そっか」

 

 屈託の無い笑みで返されれば豹馬はもう言うことはない。

 

 行儀良く二人で『頂きます』をして朝食を食べ始める。

 ワカメと大根の味噌汁に豚バラ肉の生姜焼き。

 しかしメインはこの生姜焼きではない。

 

「陽和、あれくれあれ」

「あはは、はい! 昨日漬けておいたから味はしっかり染みてるはずだよ♪」

「ナイス。もうこれだけで丼飯が食えるよ」

「美味しいもんねー♪」

 

 豹馬も陽和も大好物なメイン……それはエノキタケを特別ソースで漬けた『エノキタケ漬け』である。

 

 作り方は至ってシンプル。

 エノキタケの石づきを切り落とし、軸の部分を食べやすい大きさに解しながら耐熱容器に敷き詰めていく。

 ラップをして電子レンジで2分間から3分間加熱。

 加熱し終えたらエノキタケを取り出し、空になった耐熱容器に砂糖大匙1、みりん大匙3を入れて電子レンジで1分加熱し、アルコールを飛ばして砂糖を溶かし合わせる。

 砂糖が溶けたらそこへコチュジャン大匙1(この時辛い物が苦手な場合は大匙1/2でもいい)、醤油大匙1、ケチャップ大匙1、ごま油大匙1、水大匙3、炒りごま大匙2、すりおろしにんにく小匙1を加え、細ネギを細かく小口切りしたものを加えてしっかりと混ぜ合わせていく。

 調味料が合わさったらそこへ加熱しておいたエノキタケを加えてタレと和え、蓋をして冷蔵庫で寝かせる。

 因みに1時間から2時間程で味は染み込む。

 

 豹馬と陽和は孤児院にいた頃、食事の際にこれが一番の好物だった。

 なので二人して孤児院を出る際に料理担当のおばさんにレシピを聞いて、今もこうして再現しているのだ。

 

 豹馬はエノキタケ漬けをご飯の上にサークル状にして乗せ、中央に生卵を乗せてご飯を掻き込む。

 一方で陽和は辛党であるためそこへ更に七味唐辛子を追加して食べるのが好きだ。

 

 また多く作り過ぎた場合は豚肉や鶏肉と共に焼くとまた違った料理として生まれ変わる。

 

「うん、美味いっ」

「んっ、美味しいね」

「……そんな真っ赤なのを俺は美味そうとは思えないけどな」

「美味しいよ? 食べてみる?」

「やめろ。前に試して死ぬかと思ったからな」

「お兄ちゃん辛いの駄目だもんねー」

「カレーなら多少辛くても大丈夫なんだけどな。そういういかにもなヤツは無理だ」

「美味しいのに〜」

 

 陽和はそう言いながらまたそれを頬張って幸せそうに声を漏らす。彼女は筋金入りの辛党で青唐辛子だけで丼飯を平らげるのだ。ただいくら好きでも取り過ぎには注意している。

 豹馬は苦笑いしながら妹を見、こういうところは兄妹でも違うもんだ、と思うのだった。

 

「そういえばお兄ちゃん」

「ん?」

「前から気になってたんだけど、ケッコンカッコカリしてても普通の結婚って出来るの?」

「何だ急に?」

「だってお兄ちゃんもいつかは扶桑さんと本当の結婚しなきゃでしょ?」

「何で扶桑が出てくる?」

「だってケッコンカッコカリってその名の通り仮なんでしょ? 女の子にとって結婚ってとっても大切なことだもん。仮で終わるのは可哀想だよ」

「……まあ艦娘と普通の人間が結婚出来ないってことはない。ただケッコンカッコカリってのは名前だけだとそう取られるけど、実のところは指輪を渡した艦娘が更に能力を上げるための装備品なんだ」

 

 実際に普通の人間である提督と艦娘が籍を入れることはある。

 ただその名称のせいで一般人からしてみると『不純』だと思われがちなのだ。

 大本営としては提督が艦娘は互いに命を預けている関係から、末永く互いを支え合える仲と表して命名したのである。

 しかし実際に艦娘は女性。女性である以上、名称がケッコンであれば意識してしまう。

 そしてこれであればジュウコンなんかも可能であるため、重婚が認められていない日本では違和感が強い。

 だからこそ提督と艦娘が本当に信頼関係を上げないと成立しないシステムとも言えるのだ。

 

「お兄ちゃんは男の人だからそう割り切れるかもしれないけどさぁ。女の子は違うからね?」

「……まあ俺のところは今のところ扶桑一人とケッコンカッコカリをすれば戦力は問題無い。でも戦争ってのはどう転ぶか分からないから、もしまた指輪を渡さなきゃいけない時は扶桑にも渡す相手にもちゃんと説明するさ」

「…………そういうことじゃないんだなぁ」

「は?」

 

 陽和の呆れた様子に豹馬が首を傾げる。

 すると陽和は、

 

「そういう軍事?的なお話じゃなくて、一般的なお話だよ。お兄ちゃんって扶桑さんって人が好きなんでしょ?」

 

 ズバッと言った。

 これには流石の豹馬も思わず目を見開いてしまう。

 

「……そう、だな。俺は確かに扶桑のことが好きだ。だからこそ指輪を贈ったんだ」

「ならそういうお話じゃなくて、ちゃんと本当の結婚も考えようよ。お互い大事だよ、そういうの」

「……確かにな」

「まあお兄ちゃんがちゃんと恋をして仮でも結婚したのは妹としても嬉しいけどね」

「そういう陽和はいい人いるのか?」

「う〜〜〜ん……」

 

 豹馬の問い掛けに陽和は唸って考えた。

 そんな妹を見て、兄は『そこまでか』と苦笑いする。

 

「暫くはそういうの私はいいかな。恋愛してるより、やっとお兄ちゃんと暮らせるようになった今のが幸せだから」

 

 実際、陽和は豹馬のお陰もあって中学高校は比較的自由な学生生活を謳歌出来た。

 豹馬が『俺の青春は味気無いものになったから、陽和は俺の分まで謳歌してほしい』と言い聞かせ、アルバイトで稼いだ給料から定期的にお小遣いを渡してきたから。

 なので陽和はその中で恋愛もしたし、学生らしい思い出も沢山出来た。一方の豹馬はといえば参加しなくてはいけない学校行事以外は基本的にアルバイトばかりであった。文化祭ですら生活を優先してアルバイトで不参加したくらい。因みに豹馬を狙っていた同級生や先輩後輩の女子生徒は豹馬が参加しないと分かった時点で、全員が泣き崩れたそうな。

 

 だから陽和にとって自分が学生らしく過ごせたのは兄のお陰だ。それを十分に理解している。

 そんな兄と普通の家族らしく暮らせる今が幸せなのは心からの言葉だった。孤児院にいた頃もそれはそれで幸せだったが、『普通の家族』というのは陽和にとってはとても幸せなことなのである。

 

「まあ陽和は19だもんな。好きなだけ俺と暮らしてくれ。好きに遊んで、好きに選んで、好きに人生を謳歌したらいい」

「うんっ、そうするよ! でもお兄ちゃん、そのセリフおじさんくさい♪」

「んだと?」

「えへへへ♪」

 

 陽和のその笑顔が豹馬は眩しく見え、この先もその笑顔が続くことを心から祈るのだった。

 

 ―――――――――

 

 豹馬はいつも必ず決まった時間に鎮守府へ到着する。

 でないと任務が滞るし、業務にも支障が出るからだ。

 そして、

 

「おはようございます、提督」

 

 正門前ではいつものように扶桑が待ち、豹馬を出迎えてくれる。

 扶桑とケッコンカッコカリをする前は時間が空いている艦娘たちが揃って出迎えてくれていたが、今ではこの時間は豹馬と扶桑だけの時間となるよう他のみんなが配慮しているのだ。

 

「……おはよう、扶桑。今日も綺麗だね」

「ありがとうございます♪」

 

 前は『綺麗だ』と言われるだけで赤面して狼狽えていた扶桑も、流石に慣れてきた。

 しかし慣れたきたと言ってもどうしても声は弾んでしまうらしく、扶桑は嬉しさを隠し切れていないことでほんのりと頬を赤く染めてしまう。

 

「まだ照れが見えるね。そういうところも可愛い」

「もう、提督……」

 

 眉尻を下げながら提督に褒めるのを止めるように告げる扶桑であるが、そんなことで豹馬が扶桑を愛すことを止めたりしない。

 

「どうして嫌がるんだよ? 好きな相手には常に甘い言葉を送りたいじゃないか」

「……心が保ちません」

「慣れてくれよ。俺、扶桑に恋をして、自分がこんなに気障な性格でロマンチストだとは思ってなかったんだから」

「慣れるなんて無理です……」

「ならもっと甘くするしかないね」

 

 そう言って豹馬は扶桑との距離を詰め、

 

「? 提督何を……きゃあっ!?」

 

 扶桑を軽々とお姫様抱っこした。

 

 扶桑は167センチで体重は平均体重よりも軽め。よって日頃デスクワークがメインの豹馬でも、普段からのトレーニングに加えて日頃の艦娘たちへのナデナデによって鍛えられた筋力があれば、扶桑を持ち上げることなど容易いのである。

 

「嬉しい、扶桑?」

「……ぴぃ」

「嬉しいんだね。なら俺も嬉しいな。今日はこのまま執務室まで行こうね」

「……ぴぅ」

 

 山城の教えによって扶桑の鳴き声がどんなものなのか理解度が深まった豹馬にとって、今の扶桑は喜んでいると判断した。

 

「そんな顔をされるとキスしたくなるんだけど?」

「…………」

「無言はしていいって受け取るけど?」

「…………ぴぃ」

 

 こんなところでは駄目です、と扶桑は言いたいが鳴き声を出すので精一杯。

 豹馬はその鳴き声の意味も理解出来たが、好きな女性が自分の腕の中で潤んだ目のまま上目遣いで見つめているのに辛抱出来なかった。

 よって豹馬はすぐに扶桑の唇を吸い上げる。

 

「んっ、んんっ……てい、ほふ……んぅっ」

「……っはぁ、やっぱ朝イチはこれがないと」

 

 ご満悦な豹馬がふわりと微笑むと、扶桑もそれにつられてふにゃりと微笑んだ。

 しかしそれが愛らしくて、扶桑はその後も何度も何度も何度も……電が呼びに来るまで正門前でキスの弾幕の中に晒され続けたという―――。




扶桑の身長はTwitterで流れてきた『√(艦の全長(メートル))×4.7+100』という数式で出しました。
何気に私が想像していたのと近い高さとなったので^^;
ただ大鳳の身長をこの数式で出すと175センチになります。個人的に大鳳は160センチいくかいかないかくらいのイメージなんですよね。
結局のところ艦娘の身長は自由にご想像してくださいって感じなので、身長をどうしようか悩んだら使う数式にしようかなと。

あとお知らせで、新しく連載……というか、この作品のR-18の話を書いた物をアップし始めました!
梁川提督と扶桑の甘々しかないお話なので、純愛なえちち物が好きな方は覗いてもらえたら幸いです!
R-18なので苦手な方、18歳以下の方はスルーでお願いします。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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幸せは突然に

幸せってのは突然にやってくるよね?


 

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 鎮守府に響き渡る乙女の悲鳴。

 しかしそれに鎮守府の誰もが無反応で、すぐ目の前で見聞きしている者たちですら悲鳴の主を無視して『今日も空が青いね』等とほんわかムード。

 

「姉様、落ち着いてください。ただ時雨とゴーヤさんが変装しているだけですよ」

 

 山城は至って冷静に姉の扶桑の肩を抱いて落ち着かせている。

 扶桑たちの目の前には傷んでしまったベッドシーツを被る時雨とゴーヤが佇んでおり、扶桑はそれに大いに驚いて腰を抜かしたのだ。

 

 何故時雨たちがそんなことをしているのか。

 それは明後日に町でお祭りがあり、時雨たちはそれに参加するからだ。

 

 町のそのお祭りはこの地域に古くからある神話から来ているもの。

 悪さをする妖怪が跋扈していたこの地に見兼ねた神様が村人たちと共に妖怪たちのねぐらへ訪れ、美酒を振る舞って仲良くなった……という神話でこれにあやかって町の神社も海に近い位置で拝殿の背後に海があるように建てられたという。

 神話によると「神は船に乗ってやってきた」ということで神社から神輿を出し、神輿を住民たちが町中を練り歩くように運び、その行く先々でハロウィンみたいにお化けの仮装をした子どもたちを連れて、最後には大行列をなして神社に戻る……といった町をあげての一大イベントだ。

 深海棲艦の脅威が増していた頃は中止されいたこのお祭りも、梁川艦隊のお陰で今年は開催されることとなり、神輿は鎮守府の正門前にも来る予定。

 その際に子どもたちに混ざって駆逐艦や潜水艦の中から数名が仮装して参加するのだ。

 因みに参加するのは響、子日、時雨、秋月、伊58ことゴーヤの五名で、梁川提督に至っては神輿の担ぎ手として神社から鎮守府の正門前まで借り出される予定である。

 これも地域交流の一環であり、現に梁川提督も数カ月前から神輿の踏み足練習に参加していたりするのだ。

 

「ほ、本当なの、山城……? お化けじゃないの?」

「寧ろお化けがなんでこんなに堂々といるんですか。しかも今までいなかったのに急に」

「そ、それもそうよね……」

 

「えへへ、驚かせてごめんなさいでち♪」

「僕らとしてはこれでも可愛い方だと思って試しにやってみたんだけどね。扶桑がここまで驚くとは思わなかったな」

 

 安堵する扶桑にゴーヤは笑い、時雨は苦笑いで告げる。

 

「もう心臓が爆発するかと思ったわ……」

「扶桑ってホラー系ダメだったっけ?」

「いえ、映画とかなら作り物だって分かってるからそんなに怖くないの。でも実際に現れられると、ついね」

 

 苦笑いで時雨の質問に答える扶桑。ついでに山城が「姉様は純粋なのよ」と付け加えれば、時雨もゴーヤも何となく納得した。

 何故なら、

 

「まあ普段から提督に愛の集中砲火されて狼狽してるもんね、扶桑は」

「普通は慣れていくものなのに、扶桑さんはそうじゃなくて余計に狼狽えるようになってるもんねー」

 

 純粋が服を着て歩いている、それが扶桑だからだ。

 この二人だけでなく、梁川艦隊の誰もが扶桑を純粋乙女だと思っている。

 それもこれも梁川提督と扶桑の普段の茶番を見続けてきたが故。

 

「……そ、そんなこと言われても……提督に囁かれると、ほ、火照ってしまうんだもの……」

 

 ほんのりと赤くなった頬を両手で押さえ、掠れ声を漏らす扶桑。

 山城は『姉様が可愛い』とほっこりするが、時雨もゴーヤも『乙女だなぁ』と呆れた。

 

「そ、それより、仮装するのは二人だけなの? 他にも参加する子はいるのよね?」

 

 扶桑が話題を変えると、

 

「あぁ、今は僕たちだけ。響は……シベリアンヒビキーになるとかで、今妖精さんたちに犬耳と尻尾を作ってもらってて、子日は初春が気合を入れて当日に何かのゲームの青行灯っていうキャラクターの格好をさせるらしいよ。秋月は僕らと同じだけど、今はどのシーツなら使ってもいいか厳選してるね。古くても傷んでも使えるって精神が強いから」

 

 時雨が答える。

 

「……それはそれでいいかもしれないけど、暑い日にシーツ被るって自殺行為じゃない?」

 

 そこで山城が感じたままを時雨たちにぶつけた。

 九月頭とは言え、まだまだ暑い時期。艦娘は普通の人間と丈夫さが違うと言えど、山城としては可愛い妹分や仲間たちが心配なのだ。

 

「やっぱり山城もそう思う?」

「実はてーとくにも言われたんでち」

 

 でも今更何の仮装をすればいいか分からないんだよ……と二人が零せば、

 

「なら私と山城に任せてくれない?」

 

 扶桑がそう言ってきた。

 時雨たちが揃って姉妹を見れば、姉妹は『任せなさい』と言わんばかりに頷いている。

 なので二人は大きく頷いて、秋月も連れて艦娘宿舎の扶桑の部屋へと向かった。

 

 ―――――――――

 

 お祭り当日となり、梁川艦隊は普段の漁船護衛任務に加えて町の警護にも着く。

 町の警護に着く艦娘たちは朝早くから梁川提督と共に出発した。

 お祭りとは言え普段の防衛任務もあるので、そちらは普段通り行われているのだ。

 最悪な事態になった場合は梁川提督へ指示を仰ぐが、扶桑と山城が防衛任務に着いているので大きな混乱には陥らないだろう。

 

 なのでお祭りは予定通り進行し、鎮守府の正門前まで神輿がやってきた。

 

「わっしょい!」「うーら!」「わっしょい!」「そーりゃ!」「わっしょい!」「こーりゃ!」

 

 威勢の良い掛け声と共に神輿が正門前へとやってくる。

 正門前に並んで待っていた艦娘たちは手拍子をして神輿を出迎えた。電の隣にはちゃっかりと陽和の姿もあり、豹馬は豹馬で一番前で担がされて照れ臭そうにしているが、それに構わず陽和がスマートフォンで撮影していた。

 

 拍子木がカンカンカンカンと鳴らされると、足踏みが終わる。

 カンと鳴らされると神輿が人々の肩から降ろされ、前後に台が置かれ、カンと鳴らされるとみんなでそっと神輿を丁寧に台へ乗せた。

 暑い中での神輿担ぎであるため、正門前で休憩なのだ。

 

「いやぁ、提督さん、やっぱり若いだけあって気持ちのいい担ぎっぷりでしたよ!」

「来年も出来るように頼んますよ!」

「みんなで待ってますから!」

 

「こうして参加させて頂きありがとうございました。自分はここで抜けて、あとは警護に専念させて頂きます。飲み物とつまめる物をご用意致しましたので、遠慮なく休憩していってください」

 

 豹馬がそう言うと、人々は大きな拍手を送る。

 そして艦娘たちから冷たい飲み物や冷えた漬物、子どもたちにはお菓子が配られた。

 

「お疲れ様、お兄ちゃん♪」

 

 すかさず陽和が麦茶を持って声をかけると、豹馬は「サンキュ」と言って麦茶を受け取り、それを一気に飲み干す。

 

「練習でも重いと思ったけど、本番となるとやっぱり違うな。お神輿が重い重い」

「そりゃあ神様が乗ってるんだもん。重いはずだよ」

 

 陽和の言うことに豹馬は苦笑いで頷きながらいると、

 

「お疲れ様です、提督」

 

 任務から戻った扶桑がやってきた。

 因みに扶桑と陽和は初めて顔を合わせる。

 

「あっ、お兄ちゃんのお嫁さんだっ!」

「っ」

「こら、陽和―――」

 

 豹馬が陽和を注意しようとしたが、

 

「おお、この方が梁川さんの奥方ですかい!」

「こりゃあ、またとんでもないべっぴんさんだ!」

「提督さんが頑張るのも無理ねぇですなぁ♪」

「よっ、ご両人! お似合いですよ!」

 

 早速その声を聞いた人々に囲まれてしまった。

 豹馬はまだいいが、扶桑に至っては赤面して狼狽えている。

 何しろ仲間たち以外から『お似合い』等と言われたことが無かったので、どう返していいか分からないからだ。

 

「ええ、皆さん、こちらの艦娘が私の艦隊の旗艦であることはご存知でしょう。そして私とこの扶桑はケッコンカッコカリをしました。行く行くは本当の夫婦になりたいと思っています。この町の安全は私たちがこれからも誠心誠意維持していきますが、どうか私と扶桑のことも見守って頂けると幸いです」

 

 豹馬が扶桑の手を取り、そのまま軽く掲げて告げると人々は『こりゃめでたい!』とばかりに拍手喝采する。

 中には祝杯ということで豹馬の頭にビールを掛ける者たちもいたが、それはそれで幸せな光景であった。

 ただ、扶桑はプロポーズされたことが何度も何度も頭の中で駆け巡り、その後は自分の記憶が曖昧で何と受け答えしたか覚えていられなかったという。

 

 ―――――――――

 

 神輿が人々によって再び運ばれて行き、豹馬もお祭りの衣装からいつもの制服に着替えた。

 陽和に至っては仮装をしてしなくても参列は自由とのことで響たちと一緒になって練り歩きに参加していった。

 因みに扶桑と山城の案で時雨と秋月とゴーヤの三人は白装束で参加することになったとか。それは二人の古くなった寝間着で、更に妖精たちによる特殊メイクで怖可愛いクオリティに仕上がった。

 

 あの陽和の言葉で大事にしてしまったことを陽和は凄く反省して豹馬と扶桑に謝りはしたが、とても笑顔だった。

 何せちゃんと兄が扶桑のことを考えているが分かったから。

 しかし扶桑に至っては夢見心地でふわふわとしたまま。

 

「……う」

 

「…………」

 

「……そう?」

 

「………………」

 

「扶桑っ」

 

 豹馬の大声で我に返る扶桑。

 扶桑が辺りを見回せば町の神社の境内で、豹馬は警護と書かれた提灯を手にしてすぐ隣に立っている。

 

 あれから豹馬は艦娘たちに午後からの任務の指示を出し、警邏艦隊を率いて海岸沿いを歩き、神輿が神社に戻る時間になる前に警邏艦隊と別れ、旗艦を山城に移し、扶桑と共に鎮守府を代表して神社へとやってきた次第。

 

 幸い深海棲艦が防衛ラインを越えることはなく、午前と午後の交代制のお陰で艦娘たちもお祭りに行くことが出来た。

 皆共に両手に思い思いの屋台の物をぶら下げて満面の笑みで帰ってきたが、扶桑は今の今まで天国にいるような心地で豹馬の隣にいたのだ。

 それなのに何の問題も無いのが流石である。

 

「……疲れた?」

「い、いえ、そのようなことは……」

「なら神主さんとお祭りの責任者の人たちとの挨拶が終わったら、ちょっと付き合ってほしいんだ」

「は、はい、分かりました」

「大丈夫。山城にはちゃんと伝えてあるから」

 

 君は安心して俺の隣で夢を見てて……なんて耳元で甘く囁かれて、扶桑は全身がブワッと茹で上がった。

 

 ―――――――――

 

「……提督、これって……」

「地元では結構有名な場所らしい。でも今夜はお祭りで遅くまで盛り上がってるだろうし、今は貸し切りみたいだね」

 

 豹馬が扶桑を連れてきた場所。

 それは地元でも有名なホタルの群生地である林の中の綺麗な池だ。地元にある神話にも深く関わっている池でもあり、何でも神様がこの池の水を使って酒を用意したそうだ。なので町は酒造業も盛んである。

 普通ホタルというのは早くて五月下旬から七月中旬頃とされているが、この町は夏場でも比較的涼しいため本格的にホタルが飛翔するのは八月になってからなのだとか。

 九月の頭となっている今がギリギリセーフといったところで、ピーク時よりは少ないが十分なくらい多くのホタルが二人の前に広がっていた。

 

「これを扶桑と二人きりで見たくてね。来年は陽和や山城たちも誘って見に来よう」

「…………」

「扶桑?」

 

 何の反応もしない扶桑に豹馬が声をかけると、扶桑は感極まったように彼の胸に飛び込んだ。

 

「ホタルの前なのに扶桑は大胆だね」

「…………提督、大好きです」

「俺も、扶桑が大好きだ。だからいつか、本当に俺のお嫁さんになってね?」

 

 豹馬は甘く囁いてから扶桑の唇を優しく奪う。

 扶桑はそれを涙で頬を濡らしながら、幸せそうに受け入れるのであった―――。




おまけ

山城「それでこんなに夜遅くまでホタルの前でイチャラブチュッチュしてきた、と?」

豹馬「そうだね」
扶桑「…………ええ」

山城「一番の被害者はホタルでしょうね。姉様たちのイチャラブを間近で見せつけられたのですから」

豹馬「? あの場所ではキスしかしてないぞ」
扶桑「」コクコク

山城「キスだけで何時間してるですか!?」

 今は日付を跨いで午前一時。

豹馬「誤解するな。キスしてホタルを見て、鎮守府に戻って、こうして山城の元まで贈り届けたんだ」
扶桑「…………ぴぃ」テレリテレリ

山城「私はてっきり……」

豹馬「んな訳あるか。あのままそこで致してしまったら美しい扶桑の血がヤブカたちに吸われまくるじゃないか。許せないだろ、そんなの。血の一滴たりともヤブカにくれてやることはない」
扶桑「……提督」テレリ

山城「そうですね。確かに提督の言う通りです」

扶桑「山城っ!?」

山城「ではいつものように執務室で?」

扶桑「山城っ!」
豹馬「そうだよ」
扶桑「提督っ!?」
豹馬「何をそんなに声を荒げてるのさ? 俺たちは何も恥ずかしい行為はしてない。寧ろ愛を育んでいたんだから、それは尊いことだよ」

山城「姉様が幸せで何よりです。提督、これからも扶桑姉様をお砂糖漬けにしてあげてください。義理の妹からの心からの願いです」

豹馬「任せろ。世界一幸せな艦娘にすることを誓おう」
扶桑「…………ぴぅ」

 扶桑は恥ずかしさのあまり気絶した。

山城「あらあら姉様ったら。幸せでもう夢の中へ行ってしまわれたのですね」

豹馬「可愛い限りだね。それじゃ山城、扶桑のこと頼んだよ。俺も急いで陽和のとこにこの幸せを報告しに帰るから」

山城「ええ、おやすみなさいませ、義兄様」

 ―――――――――

ということで扶桑に本当のプロポーズをしたお話でした!
あとホタルの時期は完全に私のご都合主義の創作ですので、ご了承を。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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過保護な彼と寂しがり屋な彼女

 

 梁川艦隊発足から早三年の月日が経った。

 安定して防衛ラインを維持し、町への空爆も発足から一度も受けていない。

 加えて町は今や安全な場所として日本国内でもその名が知れ渡った。

 

 最近は町に移住する人も増え、活気が溢れている。

 それを支えているのは梁川提督と梁川艦隊で、彼らは町の自慢だ。

 

 大本営も梁川提督を高く評価しており、彼の昇進スピードもかなり早い。

 梁川提督本人は昇進に興味がなく、寧ろしなくていいとまで言う。しかし大本営……大元帥の三木里としてはこうした有望株を昇進させるのは当たり前なので、異例であっても何も躊躇わず昇進させている。

 その甲斐あってか、梁川提督はこの三年で少将になってしまった。

 

 当然それを妬む同期がいる。

 そして前の人生では丁度この頃に陽和に不幸が降りかかった。

 あの時とは状況が違うとはいえ、豹馬にとっては気が気じゃない。

 当然陽和の身にも、その周りにもそういった脅威は微塵も無いし、問題の同期たちは大本営に睨まれてそれどころではないので、嫉妬したところで梁川提督に何も出来ない状態である。

 

 それでも豹馬は心配で、近頃は定時になるとすぐに陽和が働く喫茶店まで迎えに行く程であった。

 陽和に至っては兄の行動が少し気になったが、過保護なのは前からなので兄の好きにさせている。

 問題なのは扶桑の方。

 何故なら―――

 

「…………提督がもう帰ってしまわれたわ」

 

 ―――提督との時間が前に比べたら格段に少なくなってしまったからだ。

 

 ケッコンカッコカリをする前から梁川提督と扶桑は常にハッピーセットの如く一緒だったので、確かに扶桑が寂しがりるのも理解は出来る。

 しかし豹馬は鎮守府にいる間、相変わらず扶桑に甘い言葉を囁やき愛でているので、仲間たちから見れば『何を大袈裟な』と呆れられている始末。

 

「姉様、仕方ありませんよ。提督にとって妹さんは唯一の家族なのですから」

 

 山城も懸命にそんな扶桑を慰める。こんなにも姉を寂しがらせる梁川提督を山城は一発くらいは殴りたいとも思うが、彼の家族を思う気持ちも分からなくはない。

 それに彼が常に扶桑を第一に考えているのは理解しているし、妹を大切にしているだけでここで自分が憤慨するのは違うと思っている。

 

「そうね……あぁ、私って提督のことがこんなにも好きなのね。提督が近頃早く帰ってしまわれるのが寂しくて悲しいだなんて、自分が情けないわ」

「恋とはそういうものだと小説でありました。私には分かりませんが、好きな人と離れているこういう時も相手のことを想えれば、それが愛に繋がるかと」

「山城は本当に優しいのね。ありがとう、いつも私を支えてくれて」

「姉様を支えるのは妹の務めですし、私の生き甲斐ですから」

 

 ふふんと鼻を鳴らして胸を張る山城に、扶桑はやっといつものように微笑むことが出来た。

 

「陽和さんも近々21歳のお誕生日を迎えますし、それまでは私や仲間たちと過ごしましょう。実は初春から夜のお茶会に誘われているんですよ」

「まあそうなの?」

「はい。姉様も行きますよね?」

「ええ、是非」

 

 こうして二人は宿舎を出て、初春がお茶会を開く埠頭の桟橋へと向かうのであった。

 

 ―――――――――

 

「おお、二人共、良く来てくれたのぅ。ささ、遠慮せずに好きな場所へ座って良いぞ」

 

 桟橋には既に初春型姉妹の面々や明日の朝に任務が無い者たちが集まり、初春が点てたお茶を飲みながら月夜を眺めたり、お喋りに興じたりと思い思いに過ごしている。

 初春はお茶を点てるのが趣味であるため、良くこうしてお茶会をしているのだ。

 少人数なら宿舎の談話室でしたりするが、天候がいい日には今回のように野点をしたりもする。

 野点の場合は基本的にみんな桟橋に腰掛けるのがお馴染みだ。

 

「あ、扶桑さんと山城さん来たっぽい!」

「いらっしゃーい♪」

 

 夕立と江風が扶桑たちの元へパタパタと寄ってくると、二人に手を引かれて桟橋へと連れられ、あっという間に包囲される。

 扶桑も山城も艦隊の中ではみんなのお姉さんポジ。扶桑に至ってはそれに加えて梁川提督の妻カッコカリであるためお母さんポジにもいたりする。山城は何だかんだ言いながら面倒見のいいツンデレお姉さんなのだ。

 

「えへへ、夕立は山城さんの隣っぽい!」

「じゃあその反対は江風様だな♪」

「二人はこの前もそう言って私の両サイド陣取ってたでしょ。今回は春雨と山風よ。二人共いらっしゃい」

「わぁ、お邪魔しまーす」

「お、お邪魔します」

 

 山城が覚えていてくれたのが嬉しくて春雨も山風もはにかみながら山城の両サイドへ腰掛ける。

 一方で夕立と江風は膨れっ面になりつつも仕方ないと諦めて第二のお姉さん日進の両サイドへと移って、『山城さんにふられた〜』と言いながら構って攻撃に入った。そんな二人を日進は「よしよし」と宥めながら、初春の点てたお茶に日本酒を加えて月見酒と洒落込んでいる。

 

「なら扶桑の隣は僕かな」

「僕も扶桑の隣がいいな」

 

 扶桑の両サイドには時雨と初月の僕っ娘ズが陣取った。二人共普段はクールだが、甘える時は甘えるし、扶桑に対しては甘えん坊スイッチがオンになるようだ。

 

「ええ、私の隣でいいならいらっしゃい」

 

 そんな二人を扶桑は優しく迎えると、初霜が点てたお茶とお茶菓子が乗ったお盆を持ってきた。

 

「扶桑さん、いらっしゃいませ。お茶とお茶菓子のどら焼きをどうぞ」

「ありがとう」

 

 ―――

 

 静かな月夜の下。桟橋では少々賑やかな声が広がっている。

 

「なぁなぁ、夜の海って怖いよな?」

「そうだな。夜は静か過ぎるし、真っ暗だからな」

 

 今宵集まったみんなの前に立ってそんなただの雑談をするのは有明と若葉だ。

 どうしてこんな状況になっているかと言うと、初春が『この二人は普通に喋っているだけで漫才みたいなのじゃ』と言ったから。

 だったらいつものように話してみよう、と今に至る。

 

「夜間任務の時とかめっちゃドキドキするよな」

「そうだな。我々は常に深海棲艦の動きに対して警戒していないといけない。特に潜水艦なんかには」

「だよなぁ。知らぬ間に背後を取られて、肩とんとーんってされたりしたら……」

「うわー……ってそんな優しい深海棲艦の潜水艦がいるか普通?」

 

 有明の言葉に若葉は棒読みで驚いた声をあげ、すぐに冷静にツッコミを入れた。

 その流れが本当に漫才のようなので、それを聞いている仲間たちはクスクスと笑い出す。

 

「あ、それか背後からほっぺぷにってして、こんばんはーなんつって」

「そんなほんわかした深海棲艦がいるか普通?」

 

 ここまで綺麗な流れを披露されればみんなはドッと笑い声をあげた。

 中でも白露と海風にはどストライクらしく、白露はお腹を抱え、海風は涙を拭っている。

 

「本当に二人の会話って面白いわ」

「そうですね、姉様」

 

 扶桑も可笑しそうに笑い、そんな姉を山城は穏やかに見つめるのだった。

 こうして鎮守府の夜は今宵も平和に更けていくのだ。

 

 ―――――――――

 

 一方その頃、豹馬は陽和と共にアパートから少し離れたファミリーレストランで食事を終えてアパートへ帰っているところ。

 今日は陽和の仕事が終わったあとで少なくなってきた食材を買いに大型スーパーに行き、ついでだからと帰り道にあるレストランに入って、食事をしたのだ。

 

「たまには外食もいいもんだな」

「ご馳走様、お兄ちゃん♪」

「兄ちゃんだからな」

 

 買い物バッグの持ち手を片方ずつ持ち、仲良く明るい夜道を歩く梁川兄妹。

 今回は陽和が奢ろうとしたが、何だかんだ豹馬に押し切られて奢ってもらった。

 今も昔も兄は変わらない。プロポーズして扶桑という婚約者が出来たのは確かな変化だが、過保護なところは相変わらず健在だ。

 

「お兄ちゃん、最近私のことばっかり構ってくれるけど、扶桑さんが寂しがってない?」

「大丈夫……とまでは言えないけど、扶桑にはちゃんと素直に言ってくれるよう伝えてある」

「ならいいんだけど……そもそもどうして最近こんなに構ってくれるの?」

 

 私は嬉しいけどさ……とはにかんで頬を掻く陽和に、豹馬はどう説明しようか考えながら夜空を見上げる。

 

(前の人生で陽和がこの年の誕生日に暴漢に襲われた……なんて言えないしな)

 

 さて、どうしよう……と思案していると、隣からクスクスと笑い声が聞こえた。

 その主は当然陽和だ。豹馬は訳が分からず首を傾げると、陽和は「お兄ちゃんってお兄ちゃんだよね」なんて可笑しそうに言ってくるので、余計に困惑してしまう。

 

「どういう意味だよ、それ?」

「そのまんまだよ! お兄ちゃんはいつになっても私のお兄ちゃんだな、ってそう思ったの!」

「意味が分からないぞ……」

「へへへ、お兄ちゃんって私に何か言えないことがあると上を向く癖があるから。気付いてなかったでしょ? ちっちゃい頃からいつもそうなんだよ、私のお兄ちゃんって」

「……そうか」

「うん。だから別に言いたくないなら言わなくていい。お兄ちゃんはいつも通りな私のお兄ちゃんだもん」

 

 傍から聞いていると陽和が何を言っているか分からないだろうが、豹馬にとっては今度はちゃんと陽和の言いたいことが伝わった。

 陽和にとっての兄……それは絶対的存在であり、世界一の家族である。だから言えないことがあったとしても、それは兄なりの考えで言えないのだろうと分かっているのだ。

 加えて言えば陽和も陽和で兄に秘密にしていることがある。

 それは兄の帰りが遅い時にこっそりとスイーツを食べていたり、実は扶桑と連絡先を交換してあってメールのやり取りをしていること、等多々あるから。

 

 自分にだって秘密はあるのだから、兄にもあって当然。だから言ってくれるその時を陽和は待つのだ。

 

「それよりねぇ、お兄ちゃん?」

「んー?」

「私さぁ〜、そろそろ誕生日だよねぇ〜?」

 

 わざとらしく猫なで声で言ってくる陽和に、豹馬は何か欲しい物でもあるのかと思いながらただ「そうだな」と頷いて見せる。

 

「じゃあさじゃあさ、お願いがあるんだけどぉ〜……ダメ?」

「お願いの内容によるな」

「お兄ちゃんにとって困る内容じゃないから安心してよ。だからお願い。内容を聞く前に『いいよ』って言って」

「…………いいよ」

「間がある〜!」

「はぁ、いいよ」

「余計なため息が出てる〜!」

「いいよ」

 

 陽和には敵わないな、と内心思いながら豹馬が承諾すると陽和は目を爛々に輝かせた。

 何故なら、

 

「やった! じゃあ、私の誕生日はアパートで扶桑さんも呼んでお祝いしてね!」

 

 これが目的だったからだ。陽和としてはもう扶桑は赤の他人にではないので、交流出来るきっかけが欲しかった。

 流石の豹馬もこの妹の願いには「はぁ!?」と素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

「艦娘って別に鎮守府の外に出ちゃいけないって法律無いよね?」

「無いな」

「じゃあいいよね?」

 

 豹馬には内緒だが、実は扶桑には陽和が既に打診していてかなり前向きな返事をもらっている。

 よってあとは豹馬から承諾してもらえればいいのだ。

 

「何だって扶桑を呼ぶんだ?」

「だって私のお義姉ちゃんになる人でしょ? なのに交流の機会が少な過ぎるんだもん」

「……それは任務があるから」

「だとしても、たまには会って食事するくらいあってもいいでしょ? 家族が増えるんだよ?」

 

 上目遣いでおねだりする妹のその仕草は小さい頃から何も変わらない。

 その上、豹馬は陽和からお願いされるのは弱いのだ。それに家族が増える、というのは二人にとってとても大きなことである。

 

 なので豹馬はただただ頷くことしか出来なかった。

 しかし豹馬としてはこういう機会も大切だ、と思って前向きに日程を調整することにしたのだった―――。




次回は陽和ちゃんと扶桑が姉妹のように過ごすところが書けたらな、と思います♪

読んで頂き本当にありがとうございました!


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あの頃とは違う

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 いつもと同じ時間が過ぎていた。

 変な嫌がらせも流すことで、心の平穏を保てる。

 嫌がらせも慣れれば、対処の仕様はいくらでもある。

 

 しかし―――

 

『提督、病院からお電話が……』

 

『分かった。繋いでくれ――もしもし……』

 

 ―――それを聞いて、どう冷静になれと言うのか。

 

 妹の陽和が21歳の誕生日を迎えたその夜、友人たちとの誕生日パーティを終えて帰る途中で悲劇が起こった。

 豹馬は病院からの一報を受けてすぐにでも妹のところへ行きたかったが、軍人故に任務を優先するしかなかった。

 任務を放棄すれば、また周りから見下されてしまうから。

 

 ―――

 

『ひ、より……?』

 

 艦隊指揮を終えてすぐに豹馬は一睡もせずに陽和が運ばれた病院へとやってきた。

 花束なんて気の利いた物を用意する間も惜しむ程に、豹馬は肩で息をしながらその病室へと入る。

 

 そこで彼が見たものは―――――――――

 ――――――

 ―――

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「っ!?」

 

 締め忘れた窓の外は快晴の青空が広がっていた。

 豹馬は前の夢を見て、布団から飛び起きてしまう。

 寝汗で寝間着も何もぐっしょりで気持ち悪かったが、それよりも豹馬はすぐ隣にある妹の部屋の襖を開ける。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 陽和は呑気に腹を出して寝ていた。

 豹馬はそれが嬉しかった。

 ちゃんと妹が生きている……これは紛れもない現実で、豹馬が過ごしている今であるから。

 

 だから豹馬は少し安堵し、シャワーを浴びに風呂場へ行った。

 

 ―――

 

 戻ってきても、陽和はまだまだ夢の中で心地良さそうにしている。

 豹馬はそっと陽和の掛け布団を直してあげたあとで、自分もそのすぐ隣に寝そべった。

 

 あの日の事は忘れもしないし、そもそも忘れられない。

 でも豹馬がこの世に戻ってきてから、何もおかしな動きはないし、平穏そのもの。

 

 豹馬は不思議だ、と心底思う。

 前の頃はあんなことになったのに、今じゃとてもそんなことが起こるだなんて思えないからだ。

 

「……おにい、ちゃん……?」

 

 寝顔を眺めていると、ふと陽和が目を覚ます。

 普通の兄妹なら飛び起きるところだろうが、この二人はたった二人の家族。

 飛び起きるどころか陽和は嬉しそうに寝ぼけながらもへらっとした笑顔を浮かべながら、もぞもぞと兄の胸板に潜り込む。

 

「……お兄ちゃん、石鹸の匂いがする……」

「さっきシャワー浴びてきた。寝汗で気持ち悪かったから」

「じゃあ、お布団干さないとね……むにゃ」

「まだ起きるには早い……もう少し寝てろ」

「うん……このまま、頭撫でてて……」

「ああ、分かったよ」

 

 陽和は小さな頃から兄にこうして甘えるのが好きで、大人になった今でもこうして甘えてしまう。

 本当は兄離れしなければいけないと思っていても、その兄も妹離れをしていないならこのままでもいいと思ってしまうのだ。

 両親が他界し、何も分からず、信頼出来るのは兄の豹馬のみ。

 なのでこうして甘えられるのは妹特権、とでも言うのだろうか。陽和は甘えさせてくれる兄のことが今でも大好きで、これからもずっと自慢の兄。

 だから陽和自身、自分は世界一幸せだと思っている。

 

 ―――――――――

 

 本日の艦隊業務はいつもより早めに終わった。

 何故なら今日は梁川提督の妹の誕生日であり、艦隊旗艦の扶桑がそのお祝いにお呼ばれしているから。

 扶桑はそれはもう緊張しっぱなしで、今も豹馬に手を引かれながら、その手は小刻みに震えている。

 

「そんなに震えてなくても大丈夫。陽和は可愛くていい子だぞ?」

「え、えぇ、それは分かっています……でもいざお祝いの席に私なんかがお呼ばれするのはお門違いでは無いかと……」

「いつまでそうやって他人でいる気?」

「え?」

「嫌でももう扶桑は俺と陽和の家族になることは決定してるんだ。だから自分だけが場違いだなんて思わないで欲しい」

 

 扶桑は俺と結婚して、俺の妻になって、陽和の義姉になるんだよ?―――と切実に目を見つめられながら言われれば、扶桑は緊張するどころか体中が沸騰したかのように熱くなった。

 

「提督……っ」

「俺はいつも扶桑には誠実を心掛けてるよ」

「…………はい」

「うん。じゃあこれで何も不安は無いね?」

「……はい」

 

 扶桑が真っ赤になりながら何とか声を絞り出して返事をすると、豹馬は彼女の腰に手を回して自分の側へと引き寄せる。

 ここは鎮守府ではなく周りには一般人もちらほらいるし、梁川提督は町の有名人。そんな彼が扶桑を抱き寄せると、余計に視線を集めて扶桑は別の意味で狼狽した。

 それでも豹馬は涼しい顔のまま扶桑を離さず、結局そのまま陽和が働く喫茶店まで迎えにいくのであった。

 

 ―――――――――

 

「お誕生日おめでとう、陽和」

「おめでとうございます、陽和さん」

 

「ありがとう、お兄ちゃん! 扶桑さん!」

 

 無事に陽和の誕生日パーティが幕を開ける。

 豹馬は今日まで本気で陽和の近辺を警戒していたが、実のところ前の人生で豹馬を妬んだ屑共と陽和に手を出したグループは繋がりすら持てていない。

 寧ろ能力不足ということで屑共は今大本営に移り、24時間監視体制された状況という厳しい中で下働き生活を送っているのだ。

 だから豹馬が警戒せずとも、何か事件が起こることは無かったのである

 

 内心でホッとしている豹馬とは違い、陽和はもう子どものように大喜びの大はしゃぎ。

 何しろ大好きな兄とその婚約者で行く行くは自分の義姉となる扶桑に挟まれるようにして座り、お祝いの言葉を貰えたから。

 家族が増える……それは豹馬にも陽和にも心から嬉しいことなのだ。

 

「蝋燭に火着けるか?」

「流石にそこまでしなくていいよー♪ それに私、ケーキに蝋燭立てるのって苦手で……」

「昔は立てた蝋燭のとこに付いたクリームまで舐めてたもんな、陽和は」

「うぐっ……だって勿体無いと思って……」

 

 孤児院にいた頃、孤児院の誰かの誕生日には必ずみんなでケーキを作ってお祝いしていた。

 しかし今のようにワンホールケーキではなく、主役も他も平等にカットされたケーキが一個ずつかカップケーキ一つずつ。誕生日ケーキというのは子どもにとってはご馳走であり、陽和は蝋燭に付いたクリームさえも余らせるのが嫌だったのだ。

 

 昔のことを言われた陽和は恥ずかしそうにしながら、それを誤魔化すようにケーキにナイフを入れてカットしていく。

 扶桑の皿には六等分した内の一つを。そして豹馬には、

 

「おい、何で俺だけこんなはしっこケーキみたいなもんなんだよ?」

 

 六等分のそのまた二等分程のケーキだけを皿に乗せてきた。

 

「だってお兄ちゃんが意地悪言うんだもんっ」

「意地悪じゃない。事実だ」

「私が意地悪だと感じたらそれは立派な意地悪になりますぅ〜」

「…………ったく」

 

 兄妹の微笑ましい口喧嘩に扶桑は鈴の音のような笑い声を零す。

 

(こんなに温かい家族の一員になれるだなんて……私はなんて幸せなのかしら)

 

 胸の中に湧いた温かさに扶桑がそう思っていると、陽和が扶桑の胸の中に飛び込んできた。

 

「ひ、陽和さん?」

「扶桑さんっ、お兄ちゃんが意地悪するの! 未来のお嫁さんとしてしっかり今の内から躾けて!」

「し、しつける?」

「そうだよ! DVとかされないように今の内から扶桑さんの言うことは聞くようにしとかないと! それで私は扶桑さんの庇護下に置いてもらえれば、お兄ちゃんは何も出来ない!」

 

 ドヤァと陽和は自信たっぷりに言うが、扶桑は当然そんなこと出来ない。寧ろ普段からあれだけ甘やかされているのに、そんな愛する人を躾けるだなんて扶桑からしてみたら拷問に近い苦行なのだ。

 

「おいおい、扶桑を困らせなるな。それに扶桑の言うことはちゃんと聞いてるぞ、俺は。今日だって朝にキスのおねだりをされたから執務を始める前にたくさん―――」

「―――提督っ!」

 

 透かさず扶桑が豹馬の口を手で押さえると、それを見て陽和はコロコロと機嫌良く笑った。

 

「うふふふっ、本当に仲良しなんだね、二人って♪」

 

 そんな陽和を見て、豹馬も扶桑も共に笑い、和やかなパーティとなった。

 

 ―――――――――

 

 誕生日パーティもそろそろお開きとなった頃、

 

「俺は嬉しいっ! 本当に嬉しいんだっ!」

 

 すっかり出来上がってしまった豹馬はそう叫びながら、またグラスに日本酒を注ぐ。

 

「提督、そろそろお水にした方が……」

「……ああ、この一杯で終わりにする」

 

 扶桑の提案に豹馬が頷けば、陽和はさっさと日本酒を台所へ片してしまった。

 最後の一杯を飲み干すと、陽和は透かさずそのグラスへ水を注ぎ入れる。

 

「お兄ちゃん、滅多にこんなになるまで飲まないのに……」

「それだけ嬉しいんだよ、俺は……」

 

 豹馬が切にそう言って水を飲むと、陽和は「そっか」とだけ返して兄の背中に抱きついた。

 

「……お兄ちゃんがいなかったら、きっと私、ダメだった。私一人でなんて生きていけなかった」

「…………」

「陽和さん……」

「私ね、お兄ちゃんがいるから頑張れるんだよ。お兄ちゃんがいるから、私は幸せなの」

 

 扶桑がいようが気にすることなく陽和は兄への思いを吐露していく。

 豹馬はそんな妹の思いを黙って受け止めていた。

 

「お兄ちゃん、大好き。世界一……ううん、宇宙一大好きだから」

「……おう」

 

 陽和の言葉に豹馬は短くだが、優しい声色で返す。

 すると陽和は甘えるように彼の背中に額をグリグリと押し当てながら、「お兄ちゃん……♪」と幸せそうに零した。

 そんな兄妹愛を目の当たりにした扶桑は、まるで自分のことのように心の奥が温かくなるのを感じ、目の前の兄妹を優しく見つめるのだった。

 

 ―――――――――

 

 それから日付けを跨いだ頃、扶桑は今夜はこのまま梁川兄妹宅に泊まることが決まっていたため、居間で陽和と談笑をしていた。

 豹馬に至っては酒をいつも以上に飲んでいたのもあって、既に自室に引っ込んで就寝中。

 

「へぇ、お兄ちゃんって扶桑さんにはいつもそんな感じなんだ〜!」

 

 その話題はやはり豹馬のこと。しかしその内容はあの兄が如何に扶桑へ砂糖を撒き散らしているか、ということばかり。前からちょいちょい聞いてはいたが、いざ本格的に聞いてみると砂糖のシロップ漬けよりも甘く感じてしまう。

 陽和が長年見てきた兄豹馬は色恋なんかに全く興味が無く、扶桑が照れながらも語る豹馬は別人のようで聞いていて飽きない。

 小さな頃から自分もそうなのにいつも保護者として先頭に立ってくれた兄。そんな彼が人並みの幸せを謳歌していることを陽和は知りたかったのである。

 

「はい、いつも提督には良くしてもらってばかりで……私だけでなく、艦隊のみんなから慕われています」

「へへへ、何かそう言われると私まで嬉しくなるなぁ」

「本当に、私には勿体無いくらいのお方ですよ」

「でも扶桑さんは結婚したらそんな勿体無い人のお嫁さんだよ? 気後れしてちゃダメだよ」

「……そう、ですね」

「お兄ちゃんって一度決めたら折れないから。でも自分にとって大切なものは、何が何でも守る人だよ」

 

 他ならぬ陽和が言えば、扶桑だって否定は出来ない。

 そもそも彼が自分に対してあれだけ日頃からうんと甘いのだから、陽和が言うことも理解出来た。

 

「私は妹としてしかお兄ちゃんの支えになれないけど、扶桑さんは私以上にお兄ちゃんの支えになれるはず。こんな言い方ズルいのは分かってるけど、言わせて。お兄ちゃんをこれからもよろしくお願いします」

 

 真面目に陽和がそう願うと、扶桑は陽和の表情が豹馬ととても似ていたので、まるで彼に言われているようにドクンと胸が跳ねる。

 そして「はい」と力強く頷きを返すのだった―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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変化と通常

 

 陽和の誕生日から早数カ月が過ぎた。

 

「………………ふむ」

 

 豹馬にとって今世最大の心配事が消えたことで、彼は艦隊指揮に専念出来ている。

 とは言っても最近は迎撃する際、深海棲艦の艦隊内にフラグシップやエリート等と位置付けされる強敵が含まれることが多々あり、梁川艦隊を含めた各地方鎮守府で今のところ押し返してはいるが艦娘たちの消耗が激しくなってきているという懸念材料が出てきた。

 梁川提督自身の前人生経験が功を奏し、梁川艦隊は現状何ら問題は無いように見えるが、彼は知っているのである。

 これから先、深海棲艦の艦隊がどんどん強力になっていくことを。

 

 前の人生で各地方鎮守府はこの敵の増強スピードに付いていけず、対応が後手に後手にとなってしまった。

 それ故ジリジリと各地方が悲鳴を上げ、最終的に各泊地の提督たちによる大艦隊決戦を余儀なくされ、多くの艦娘が犠牲となったのだ。このことが原因で多くの提督たちは心労と精神的苦痛を負い、退役する者も多くいた。

 ただこうなったのには地方鎮守府の各提督たちが慢心していたせいもある。彼らは日頃から任務を黙々と遂行するが、人間はどうしても同じことを繰り返していると注意力が下がってしまう。よって小さな変化を見逃し、大事に至ってしまったのだ。

 

 だから豹馬はこのところの敵編成統計データを見ながら、うんと悩んでいる。

 敵が強くなると言うことは簡単でも、今後こうなると証明するのは難しいのだ。ましてや自分は前にこんな経験をした、等と言って誰がそれを信じようか。下手をしたら精神病棟へまっしぐらである。

 

「…………う〜ん」

「あのぉ、提督?」

「ん〜?」

「私はお邪魔ではないでしょうか?」

「どうして?」

「どうして、と言われましても……」

 

 扶桑は豹馬の問いになんと返せばいいのか困った。

 ここは執務室。そして豹馬は統計データとにらめっこ中。なのにそんな彼の膝上に扶桑は否も応もなく座らせられている。

 資料で扶桑の顔は隠れているので、正面から見れば真剣に思案している提督に見えるだろう。しかしそれ以外から見れば、やってることと状況が違い過ぎているのだ。

 

 しかしこれもこの鎮守府では当たり前の光景。寧ろ扶桑が執務室にいるのに豹馬の膝上にいなかったら、みんなはケンカか天変地異の前触れかと思うくらい。

 

「そんなに俺の膝の上は居心地悪いかな?」

「…………そうではなく」

「なら問題無いね」

「……はい」

 

 完全敗北した扶桑は諦めて豹馬にその身を委ねた。

 ちらりと彼の顔を盗み見れば、真剣にデータを見つめている彼の顔が見え、普段の甘いマスクとは違った凛としたマスクが更に扶桑の胸を甘く締め上げてくる。

 苦しいことなんて何もされていないのに、相手のことを見ただけで苦しくなる……でもその苦しさは嫌な感じはせず、寧ろ心地良さすら感じた。

 

 それだけ扶桑は自分が豹馬を愛しているのだと思え、そう思える自分が嬉しくて、そんな人の最愛の相手が自分であることが嬉しくて、つい頬が緩む。

 豹馬は豹馬で扶桑の頭や頬を空いている手で撫でたり、ほんのりと漂ってくる髪の香りを嗅ぐことで今後のことを考えるというストレスを軽減させており、正にWin-Winである。

 ただ、そろそろ扶桑の恥ずかしゲージがぶち壊れる寸前。何故なら扶桑の顔が真っ赤であるから。

 

「…………扶桑」

「は、はい……?」

「好きだよ。心から」

「……ぴぃ」

 

 唐突な告白に扶桑は何とかいつもの鳴き声を返す。

 すると豹馬は扶桑の頬に軽く口づけを落として、優しく自分の膝から扶桑を解放した。

 

「そろそろ頃合いだな。扶桑、新しく戦艦を着任させようと思うんだけど、誰か希望はあるかな?」

「……戦艦、ですか?」

「ああ。流石にこのまま扶桑と山城の二看板に頼っても、統計データを見る限り今後敵は強くなる。だからここで新しく戦艦を着任させて、二人ずつ交代で第一艦隊に編成しようと思うんだ」

「…………」

「今の内から連携等の練度を高めておけば不測の事態にも対応可能だろう。扶桑たちの負担も少なくなる」

 

 扶桑は豹馬の言うことは分かったが、心に微かなヒビみたいな物が生じた。

 これまで接してきて、彼が簡単に主戦力を変更することは無いと分かっている。しかし実際にそうなってみて、やはり新しい戦艦の方がいいとなれば話は変わってくるのだ。

 扶桑はそれが不安だった。また過去のように、ただ待つだけの戦艦になるのではないか、やっぱり欠陥戦艦だった、なんて思われるのではないかと。

 

 なのに―――

 

「それに戦艦を増やせば、俺と過ごす時間も確保しやすいよね?」

「……へ?」

 

 ―――豹馬がそんな私利私欲満点のことを言うので、扶桑の不安は水平線の彼方へと飛んで行ってしまった。

 しかし次に見た豹馬の表情で、扶桑は気持ちを引き締めることになる。

 

「深海棲艦の脅威が増して、ここで食い止めないと町に被害が出るんだよ」

 

 先に言った豹馬の言葉に嘘偽りは一切無い。それでも真の理由を言われて、扶桑は思わず背筋が冷たく感じた。

 

「……脅威が増すという理由をお聞きしても?」

「簡単なことだ。これまでの統計データを見る限り、敵は小さくだけど増強してきてる。徐々に徐々に増強させ、こちらの知らぬ間にこちらより戦力を上げてしまう作戦だろうね。何しろ俺ら地方は同じことの繰り返しでいちいち統計データと見比べるなんてしていられないから」

「でも提督はそれをして、気付かれたと?」

「俺、これでも頭いいんだよ?」

 

 わざとふざけて見せると、扶桑は少しホッとする。

 それだけ扶桑にとって豹馬の冗談は安心感があるのだ。

 豹馬としては前に経験したから、等ととても言えないのでそう言うしかない。

 

「それにこれまでうちは戦力を増強していない。それが増強するとなれば他の地方鎮守府にもこの話が回る。そうすればみんな多かれ少なかれ『あそこが増強するならうちも』とやるはず」

「提督は地方の提督たちの間では鬼才だ、と言われていますからね」

「他人の評価なんてどうだっていい。俺は深海棲艦が俺の大切なものを壊そうとするから、それを守りたいだけだから」

「素晴らしいお考えだと思います」

「その大切なものの中に扶桑も入っているんだけどね……君を今前線から下げるなんてことは出来ない。頭ばかり回って前線で何も出来ない自分が悔しいよ」

「そんなことありません。私はこのために存在しているのです。私も提督と同じで、大切なものを守りたいから戦えるんです」

「……ああ、扶桑、好き」

 

 豹馬はそれだけ言うと扶桑を抱き寄せて、その唇を吸い上げる。

 優しいのに、それはそれは激しい情熱が込められた口づけ。

 豹馬が唇を離すと、扶桑はまるで先程の口づけで力を吸われたのではと思えるくらい腰砕けになって床に崩れ落ちた。

 

「扶桑は俺とのキスに弱いね」

「……はぁっ、はぁっ……提督の、せいです……はぁはぁ」

 

 頬を赤く染め、呼吸を整えながら、やっとの思いで言い返す扶桑。しかし豹馬は幸せそうに笑うのみ。扶桑はそんな彼に『ズルい……』と思いながら彼の太ももに顔を埋めて逃げるのだった。

 

 そこへトントントンとノックの音が響く。

 扶桑に構わず豹馬が返事をすれば、防衛ライン警備から戻ってきた第二艦隊が入ってきた。

 

「失礼します。第二艦隊旗艦、神通。警備任務を那珂と交代し、ご報告をしに―――」

 

 そこで神通は言葉を詰まらせる。

 何故なら扶桑が提督の前に跪いているのが見えたからだ。

 

「…………お、お邪魔をしてしまい、申し訳ありません」

 

「何か勘違いしてるな? 扶桑は恥ずかしくて俺の太ももに顔を埋めてるだけだ。そんなことより報告をしてくれないか?」

 

 豹馬がそう言えば、神通は小さく咳払いをして報告を始める。

 報告の内容はいつもと変わりない。そして変わりないということは、やはり今回も敵は鎮守府発足時より精鋭化されていることになる。

 

「……なるほどな。神通としては敵の塩梅はどうだった?」

 

「今のままでしたら問題無いです。こちらが押し負けることは無いでしょう。しかし戦力を増強されるとなると……」

 

「そうなる前に手を打つ必要があるな」

 

 豹馬がそう言えば、神通はしっかりと頷いて見せる。

 

「分かった。その点についてはこちらで何とかしよう」

 

「お願い致します」

 

「じゃあ、時間も時間だし、第二艦隊は食堂に集合」

 

「了解しました」

 

 神通が一礼して執務室をあとにすると、

 

「ほら、扶桑。いつまでそうしてるんだ? 第二艦隊のみんなを労いに行くぞ」

「…………はい」

 

 扶桑を連れて食堂へと向かうのだった。

 

 ―――――――――

 

 豹馬は艦隊が戻ると、彼女たちを自ら労うために食堂へ集合させる。

 前の人生では辛く優しくない現実から逃げるように仕事をしていたが、今は出来るだけ現実を謳歌しようとしているのだ。

 そのため豹馬は孤児院にいた頃の経験を活かして簡単な食事をみんなに振る舞うことにしている。

 今は丁度一五〇〇過ぎ。おやつ時であるため、ホットケーキを焼いた。

 因みに今回第二艦隊に編成されたのは神通・夕張・照月・春雨・涼風・龍驤。

 

「召し上がれ」

 

 提督がそう促せば、神通たちは眩い笑顔を浮かべて思い思いにホットケーキに手を出す。

 神通と春雨はシンプルにバターで、涼風と龍驤はバターにシロップ。夕張に至ってはそれに加えて生クリームで、照月の場合は更にこそへチョコレートソースをかける。

 

「ん〜……提督のホットケーキって最高っ!」

 

 夕張がそう言うと、他の面々もホットケーキを頬張りながらコクコクと同意した。

 

「提督ってお料理が本当にお上手ですよね」

「孤児院育ちだからな。これくらいは出来るように育たてられる」

 

 普通なら誰もが不憫に思ってしまうが、当の本人が一切不憫だと思っていない。だから誰もが彼の言葉に『なるほど』とただそう思った。

 

「にしても司令官はホンマに料理上手やもんなぁ。扶桑が羨ましいわぁ」

「だよなぁ。扶桑さんって幸せ者だよなぁ」

 

 龍驤と涼風がにやにや顔で扶桑の両脇を小突くと、扶桑は真っ赤になった頬を両手で押さえながら「幸せでごめんなさい」と言う。

 それでもその表情は幸せに溢れているため、それを見た誰もが『お熱いこって』と苦笑いした。

 

「幸せなのはいいことだよ! うん!」

 

 照月が何度も頷いて言うと、全員が『確かにね』と笑う。

 彼女たちは扶桑が艦時代の苦労を知っているため、艦娘になって得た幸せを心から喜んでいるのだ。

 それはそうと、

 

「さぁ俺の愛する扶桑。口を開けるんだ」

「は、はい……あ〜……」

 

 相変わらず豹馬と扶桑の激甘シュガーハッピーセット風景は見ていて胸焼けがしてくる。

 扶桑の定位置は豹馬の膝上。よって今も扶桑はその膝上に乗せられ、甲斐甲斐しくもホットケーキを食べさせてもらっている。

 少し前ならみんなの前でこんなことをすればオーバーヒートして気絶していたが、今は豹馬の激甘待遇が身に沁みたのか遠慮は見えるが拒否反応は見えない。

 そんなこんなで神通たちは相変わらずの二人を生温かく見守りつつ、無味と化したホットケーキで口の中のジャリジャリを飲み込むのであった―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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生ける伝説

最終回です!


 

 梁川豹馬という日本軍人がいる。

 彼は30という若さで元帥になった鬼才。

 防衛大学校艦娘指揮科を主席で卒業したのに、敢えて地方鎮守府へ着任した。

 理由は唯一の家族である妹との生活のため、そして地方でも艦娘たちと一からその地を守るため。

 

 これが伝説の始まり。

 

 提督となって誰もが戦艦や正規空母といった強力な艦娘たちを着任させようと躍起になる中、梁川提督がはじめに着任させたのは軽巡洋艦と駆逐艦。

 彼の能力であれば戦艦も正規空母も容易に着任させることは可能だったが、彼の着任地は地方の鎮守府であり彼自身も新米だった。

 だからこそ梁川提督は先ずは水雷戦隊を育成したのである。

 

 その方針は見事に功を奏し、その結果は多くの提督たちに『戦艦や正規空母に頼らなくてもいいのだ』ということを知らしめた。

 当時、大本営は着任したばかりの提督たちがこぞって戦艦や正規空母を欲しがることに頭を悩ましていたこともあり、そんな中で梁川提督が出した功績は素晴らしいものであり、誰もが彼の功績を讃えた。

 

 しかし意識改革だけで終わる梁川提督ではなかった。

 彼の次なる功績は航空巡洋艦の有用性を知らしめたことである。

 航空巡洋艦は多くの提督たちにとってどう扱うのがいいのか分からなかった。

 端的に航空戦と砲雷撃戦が出来、しかしどれにおいてもそれぞれのスペシャリストである戦艦、空母、軽巡洋艦に駆逐艦からしてみたら火力が心許ないという評価。

 それを梁川提督が航空巡洋艦を基幹にして防衛ラインを守ってきたことで、航空巡洋艦が如何に優れた艦種であるかを証明したのである。

 彼がいなければ、今頃航空巡洋艦たちはこれまで通りの評価しかされなかっただろう。

 

 そして極めつけは梁川提督の先を見通す聡明さだ。

 いち早く深海棲艦の戦力増強に気が付き、艦隊の戦力を増強。

 普通なら『何をいきなり』と首を傾げたくなるだろうが、この時点で彼は誰もが認める名将であった。

 故に彼の行動を見て誰もが倣うように戦力を増強し、日本は安定した平和を維持出来たのである。

 梁川豹馬という男がいなければ、今の日本は混乱と不安が渦巻く国になっていたことだろう。

 

 ―――――――――

 ――――――

 ―――

 

「なんて特集記事が組まれてる有名人がさぁ―――」

 

「うぅっ、陽和ぃ……ほんとにっ、うぐっ、おめで、おめ……うううぅぅぅっ!」

 

「―――まさか妹の結婚式でこんなに泣き崩れるだなんてねぇ」

 

 本日は晴天なり。

 豹馬が30歳を迎えた年、妹の陽和が結婚をすることになった。お相手は長年働く喫茶店の息子さんで歳は28。喫茶店を切り盛りする夫婦は遅くに子宝に恵まれ、陽和が喫茶店に就職した頃はバリスタ修行で本場イタリアで生活していた。

 そして日本へ戻ってきた時に二人は出会い、今日めでたく結ばれたのである。

 

 陽和の兄が町を守る有名人であったため喫茶店の息子はかなり恐縮してしまったが、今では二人で酒を飲み交わす仲で本当の兄弟みたいに過ごしていた。

 しかしそんな義弟も義兄のこの号泣に苦笑いを禁じ得ない様子。

 

「義兄さん、泣き過ぎじゃないかな?」

「だよねぇ。まあ何も感じてもらえないよりはいいんだろうけど……」

 

 新郎の言葉に花嫁である陽和は複雑そうに返す。

 幸い結婚式は町の神社で両家親族のみで行っているため、周りの目はそこまででも無い。

 しかしそれでもこの泣き崩れ様は流石に誰もが引いてしまう勢いであり、しかししかしそれだけ豹馬が妹を大切にしてきた証拠でもあった。

 兄から妹へ向けた祝辞を読み上げている最中に泣き崩れはしなかったが、宴会に入った途端にこうなのだから誰もが苦笑いは浮かべる他なかったのである。

 

「提督、涙やら鼻水やらでお顔が大変なことになっていますよ……」

 

 そんな彼を妻扶桑は世話を焼いて、今も甲斐甲斐しくハンカチやティッシュで旦那の顔を拭いてやっていた。

 普段は凛々しい豹馬がここまでになるのは扶桑も初めて見たが、扶桑の場合は引くどころか逆に庇護欲を掻き立てられてうんと甘やかしている。日頃とは真逆な関係に陽和は少し新鮮さを感じた。

 

 豹馬と扶桑は二年程前に入籍はしている。

 しかし未だに同じ屋根の下では暮らしてはいない。

 何故なら扶桑が豹馬と陽和の家族の時間を奪いたくなかったから。

 それでも陽和が結婚し、アパートを去るのでそれと入れ替わるように扶桑がアパートで過ごすことになっている。

 あのアパートならば鎮守府からも近いため、大本営からも艦娘宿舎外で暮らすことを了承したのだ。

 

「扶桑……陽和がぁ、陽和がぁぁぁっ!」

「はい。本当に素晴らしいことです」

 

 えぐえぐと大泣きする豹馬を扶桑は子どもでもあやすかのように慰めている。

 実は結婚式の前に陽和たちは鎮守府の正門前で提督の妹が結婚するから、と梁川艦隊の皆から17発の礼砲を空に打ち上げた。その時に既に豹馬は泣き崩れていた。

 それからなんとか復活して結婚式に参加し今に至る。でも流石のお兄ちゃん子である陽和も今回ばかりは引き気味なのは仕方ないだろう。

 

「お兄ちゃん、そろそろ泣き止んでよ……私が悪者みたいじゃん」

「そうですよ、提督。せっかくのおめでたい席なのに、泣いてばかりいては思い出が涙だけになってしまいます」

 

 二人からそう言われれば、豹馬もようやっと背筋を正した。

 こういうところは流石は元帥になっただけのことはある。

 

 すると、

 

「あの、せっかくのおめでたい席なので私からもご報告をしてもいいでしょうか?」

 

 扶桑が神妙な面持ちですぐ側にいる三人だけに聞こえるように申し出た。

 三人が『なんだろう?』と扶桑の言葉を待っていると、

 

「……実は、提督との赤ちゃんを授かったみたいなのです」

 

 そんなことを言い出したので、三人はそれはもう仰天する。

 本来、艦娘とは人間とは異なっているため、艦娘としての能力を取り除く解体を施さないと子は授からないのだ。

 なのに扶桑は妊娠した。これはドック妖精たちが検査した結果なので誤診ではない。

 

「ど、どういうことだ?」

 

 これには流石の豹馬も困惑。いくら前の人生の記憶があろうが、こんなことは初めてだったから。

 

「えぇと、なんでも妖精さんたちが言うには『いくら艦娘でもあれだけイチャイチャしてたら子どもだって宿っちゃうよ!』だそうで……」

 

 赤面しつつも妖精らから聞いたことをそのまま告げると、陽和もそのお相手も『ああ……』とどこか納得し、豹馬は豹馬で「そうなのか……」と扶桑と妖精の話を信じるように頷いて見せる。

 

「……じゃあ、そのお腹に俺と扶桑の子が?」

「はい、そうです」

「……扶桑」

「はい?」

「……子どもには悪いけど、俺にとって世界一好きなのは扶桑だけだ。子どもは二番目になることを許してほしい」

「……ぴぃ」

 

 唐突な甘い甘い告白に扶桑もこれには鳴くことしか出来なかった。

 

「えぇ、じゃあ私は三番目に降格〜?」

 

 そこにどこか不服そうな陽和が割り込んでくる。

 

「仕方ないだろう? でも陽和のことは家族としてずっと好きだ。それに旦那にとって陽和は世界一だろう?」

 

 な?―――と新郎の方へ豹馬が話題を振れば、新郎ははにかみながら頷いてみせた。

 結局のところこの兄妹は周りに砂糖を撒き散らすスペシャリストだと言うことだろう。

 

「……扶桑、これからも愛してる」

「はい、私も提督を愛しております」

 

 こうして梁川豹馬という男の伝説はこれからも扶桑と共に甘く続くのだ―――。




いきなりですが、これでこの作品を終わろうと思います。
本当ならばもっと色々と砂糖を投下したかったのですが、10月からリアルの方が色々と忙しくなり執筆活動が困難であるため、こうして最終回を迎える運びになりました。
それでもこうして読んで頂き、本当に本当にありがとうございました。

リアルが落ち着いたら、また何か新作を執筆しようかなと思います。
10月30日になったら活動報告の方で執筆活動を再開するかしないかのご報告をさせて頂きますので、何卒ご理解ください。

最後に、この作品をここまで読んでくれた方々
楽しみにしてくれた方々
評価をしてくれた方々
お気に入り登録してくれた方々
誤字脱字を報告してくれた方々
多くの方々に感謝を。

こうして完結出来たのは読んでくれる皆様方のお陰であります故、感謝の言葉しか御座いません。
そして此度は打ち切りみたいな終わり方で申し訳御座いませんでした。

もし機会があればまた私の作品を読んで頂けると幸いです!

あとがきが長くなりましたが、読んで頂き本当に本当にありがとうございました!


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