インフィニット・ストラトス 漆黒の獣 (田舎野郎♂)
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第1話 始まり

「わっ! 動いた!?」

「目付き悪い……」

「ちょっと恐いよね……」

「で、でも、格好良い……よね?」

「う、うん、それは否定しないけど……」

 

場所はとある学園の教室、周囲から聞こえる声と集まる視線に内心苛立ちが募って行く。

 

聞こえない様にと小声で話している様だが全て丸聞こえだ。

 

ここは女だけが動かす事の出来るインフィニット・ストラトス、通称〈IS〉の人材育成の為に世界中から人が集まるIS学園だ。

 

何故、そんな場所に男である俺がいるのか……まぁ、色々あったからだ。

 

正直面倒だが、仕方ない。

 

しかし、これじゃあまるで檻に入れられた珍獣の扱いだ。

 

 

 

「な、なぁ……」

 

 

 

せめて面倒事に巻き込まれない様にと腕を組み目を閉じていると、突然声を掛けられた。

 

目を開き、前へと視線を向ける。

 

そこには何やら緊張した面持ちで立つ、男の俺から見ても二枚目と言える男がいた。

 

「……何だ?」

 

「あ、えっと……男子は俺達二人だけだし、同じ男子としてこれから仲良くしたくてさ」

 

「……成る程な」

 

確かにこの学園に在籍している生徒全員、そして教員ですらほとんど女だけ。

 

そんな中で同じ男である俺に声を掛けようとするのは当然か。

 

「俺は織斑一夏、宜しくな!」

 

「はぁ……五十嵐悠斗だ」

 

「五十嵐悠斗……じゃあ悠斗って呼ぶよ! 宜しくな悠斗!」

 

そう言って手を差し出して来る織斑に、俺は思わず顔をしかめてしまった。

 

正直、こういった馴れ合いは苦手、寧ろ嫌いだ。

 

しかし同じ男としてこれから何かとつるむ事が多い筈、我慢しつつ一先ず返事だけ返しておいた。

 

「……あぁ」

 

俺の言葉に、織斑は嫌な顔をするかと思えば笑みを浮かべながら手を引っ込めるだけだった。

 

だが織斑……"あいつ"の言っていたお気に入りの奴、か。

 

「はーい! 皆さん席に着いて下さいね!」

 

チャイムが鳴ると同時に、教師であろう女が入って来た。

 

織斑がその言葉を聞いて自らの席に戻った。

 

しかし、かなり童顔だな……制服を着て席に座っていれば生徒と間違えるんじゃないか?

 

まぁ良いか、女から視線を外し俺は再び目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――君、五十嵐君?」

 

「あぁ?」

 

「ひぃっ!?」

 

自らを呼ぶ声に視線を前へと向ければ、先程の女が何故か怯えた声を上げながら俺を見ていた。

 

教師がそんなので良いのか?

 

「ご、ごめんね大きい声出して! で、でも自己紹介で名前順だから『あ』の次は『い』で五十嵐君の番なの!」

 

いつの間にか自己紹介なんてやってたのか。

 

「……はぁ」

 

おどおどした態度のままの女に溜め息を一つ溢しつつも立ち上がり、そのまま教卓の前へと向かう。

 

「五十嵐悠斗だ」

 

一言、そう告げた。

 

 

 

 

 

「……えっ? 終わり、ですか?」

 

「あ? 何か問題でもあるのか?」

 

「ひぃっ!? ご、ごめんなさい!」

 

何をそんなに怯えてるんだこいつは、こんなので教師が勤まるのか……っ!?

 

背後から感じた気配に、咄嗟に上体を逸らした。

 

その瞬間、頭の直ぐ上を黒い何かが唸りを上げて通り過ぎた。

 

「ほう? 中々良い反射神経だな?」

 

声の主は黒のスーツで身を包み、鋭い目で俺を睨み付けている女だった。

 

「その反射神経に免じて今回は特別に見逃してやるが、生徒たるもの目上の人間、況してや教師は敬え、そして敬語を使う事を心掛けんか」

 

「……あぁ」

 

「返事ははいだ……まぁ良い、席に戻れ」

 

言われた通り席に戻ろうとした、その時。

 

 

『きゃああああああああっ!!』

 

 

まるで教室全体が揺れたのではないかと思える程の女共の声が響いた。

 

その余りの大音響に思わず顔をしかめる。

 

ふと隣を見れば女も心底迷惑そうな顔をしていた。

 

「黙らんか小娘共! ったく……このクラスの副担任になった織斑千冬だ、これからお前達ひよっ子を卒業までに多少マシなIS乗りになれる様に厳しく指導してやる、覚悟しておけ」

 

織斑千冬……こいつが……。

 

席に戻りあいつを観察する。

 

立ち居振舞いに一切の隙は無く、奴が只者では無い事を物語っている。

 

……成る程、こいつが。

 

 

「え、えっと、では続きを……」

 

そのまま自己紹介が続き、織斑の番に回って来た。

 

「えっと、織斑一夏です……以上です」

 

織斑の頭を黒い何か……漸く正体がわかった、出席簿が唸りを上げて襲い掛かるのだった。



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第2話 出会い

「くっそ~何で悠斗はあれが避けれるんだよ……?」

 

「……知るか」

 

HRが終わり、授業が始まるまでの時間で織斑は俺の所へとやって来たと思えばそんな事を尋ねて来る。

 

「……それより、あいつがお前の姉か?」

 

「あいつって千冬姉の事か? そうだけど、何で知ってるんだ?」

 

「……同じ名字だったからな」

 

「あ、それもそうか、そうだぜ?」

 

やはりそうか、聞いていた話とかなり違ったがこの二人が"あいつ"のお気に入りって事だな。

 

「それにしても悠斗、よく千冬姉のあれを避けれたよな? 何か部活とかしてたのか?」

 

「……別に何もしていない」

 

まぁ、実際は色々あったが、別段話す必要も無い。

 

「……おい」

 

隣から、急に声を掛けられた。

 

二人で視線をそちらに向ければ、長い髪を後ろで一つに纏めた女が俺達……いや、織斑を見ている。

 

「箒……箒だよな!? 久しぶりだな!」

 

どうやら織斑の知り合いらしい。

 

「少し、話があるんだが……」

 

そう言って俺に視線を向けて来る女。

 

「……あぁ、俺は別に構わないから連れて行け」

 

「すまないな、一夏、良いか?」

 

「勿論、ちょっと行って来るよ」

 

別にいらない一言を俺に投げ掛けると二人は教室から出て行った。

 

途端に俺と織斑に集まっていた視線が俺に集中する……実に煩わしい。

 

再度目を閉じ、寝る体制を取ろうとしたその時だった。

 

 

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 

 

 

背後から掛けられる声、今度はなんだと苛立ちを隠せずに振り向き、思わず固まり息を飲んでしまった。

 

まるでドレスの様な特殊な造りの制服に身を包み、傷みの全く無い長くロールの巻かれた美しい金髪、そして俺を見据える宝石の様な蒼い瞳。

 

だが気のせいで無ければ、相手も俺の顔を見て何処か驚いた表情をしている様に見える。

 

「……はっ!? き、聞いていますの?」

 

「……何だ?」

 

何とかそれだけ返す事が出来た。

 

「まぁ!? 何ですのその返事は!? せっかく私が声を掛けて差し上げましたのに!」

 

「……あ?」

 

「っ……!?」

 

思わず普段の態度が出てしまったが、怯えた様子を見て頭を振る。

 

「悪い、さっきの自己紹介はほとんど聞いていなかったから名前を知らないんだが」

 

「私を知らない!? このイギリス代表候補生である、セシリア・オルコットを!?」

 

セシリア・オルコット……イギリスの代表候補生か。

 

道理で他の奴らと違って堂々としているし、こうして臆する事無く俺に話し掛けて来た訳だ。

 

「それはすまなかった、何せここには急に入学したからな、知らない事の方が多いんだ」

 

「あ、あら? なら、私が特別にISの事を教えて差し上げますわよ?」

 

……口調や高圧的な態度はあれだが、優しい奴なのかもしれないな。

 

それに一応俺は全くのド素人という訳では無いが、代表候補生が相手なら教わる事も多い筈だ。

 

「……なら、頼めるか?」

 

俺の返答に女、オルコットは予想していなかったのか驚いた表情となる。

 

「へっ? あ、も、勿論よろしくてよ!? でも随分と殊勝な心掛けですのね?」

 

「こんな俺がISに関して国の代表候補生から教えて貰う事が出来るのならこの安い頭くらい下げる、それくらいの価値があると思ったんだが、違うのか?」

 

「あ……も、勿論ですわ! この私が直々に教えて差し上げます!」

 

「そうか……感謝する」

 

そう言って頭を下げた所で授業開始のチャイムが鳴る。

 

オルコットは一言断りを入れてから席に戻った為、俺も視線を前へと戻し授業が始まるのを待つ。

 

それと同時に先程の教師――織斑が言うには山田とか言うらしい――がやって来て授業が始まった。

 

 

 

授業が進んで行くにつれて、俺は思わず拍子抜けしてしまった。

 

授業の内容はISの基礎理論、入学前に予め受け取っていた参考書に基づいたものの為にわざわざ一時間もやる必要性を感じない物だった。

 

「――――ではここまでで質問はありますか?」

 

山田が全員に向けて尋ねる。

 

流石にこの時点で質問する奴なんざいないだろう、山田の隣に控えている織斑千冬も同じ考えなのか黙って腕を組んでいるだけの為にわかる。

 

「はいっ!」

 

その時、無駄にはっきりとした声と共に手を挙げる奴が。

 

誰かなんて声でわかる、織斑だ。

 

「はい織斑君、何でしょうか? 何処かわからない所がありましたか?」

 

「ほとんど全部わかりません!」

 

…………は?

 

教室中が、静寂に包まれた。

 

「えっ? あの、全部……ですか?」

 

「はい!」

 

織斑の言葉に、ゆらりと織斑千冬が動いて織斑の直ぐ近くまで歩み寄る。

 

あれは、範囲に入っているな。

 

「……織斑、入学前に参考書を受け取っていた筈だが?」

 

「参考書? あ、あの分厚いやつですか?」

 

「あぁ、受け取っているな?」

 

「古い電話帳と間違って捨てました」

 

その言葉と共に、織斑の頭に朝よりも数倍の威力で出席簿が唸りを上げて襲い掛かった。

 

「痛えええええっ!?」

 

「この大馬鹿者が、同じ物を後で渡すから一週間でその空っぽの頭に叩き込め」

 

「一週間!? そんなの無理だろ千冬姉……痛えっ!?」

 

再度頭を殴られる。

 

「織斑先生だ馬鹿者……一週間だ、わかったな?」

 

「……はい」

 

「全く……まさかとは思うが、お前は大丈夫だろうな?」

 

俺の方を見ながらそう尋ねて来た。

 

「……流石にそこまで馬鹿じゃない」

 

「そうか、それを聞いて安心した……だが敬語を使わんか敬語を」

 

その言葉に何も言わずに視線を前へと向ければ織斑千冬はそれ以上何も言わずに溜め息を一つ溢しながら元の位置へと戻った。

 

「山田先生、続きをお願いします」

 

「あ、は、はい……」

 

そのまま授業が再開するが、俺の中での織斑の評価が一気に下がって行くのだった。



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第3話 選ばれし者達

「……何だ馬鹿?」

 

「ば、馬鹿って言うなよ!?」

 

授業が終わって直ぐに俺の元へと来た織斑に対してそう呼び掛けると織斑は途端に罰の悪そうな顔になる。

 

「……馬鹿に馬鹿と言って何が悪い? 参考書と古い電話帳をどうやったら間違えるんだ?」

 

「うぐっ……じゃ、じゃあ悠斗はさっきの授業の内容わかったのか?」

 

「はぁ……さっきのはISの基礎中の基礎、普通は授業処か一時間も使ってやる様な内容じゃないぞ?」

 

「マ、マジかよ……?」

 

驚愕の表情を浮かべ、ふらふらと自らの席へと戻って行く織斑。

 

その後ろ姿を見送っていると隣にオルコットがやって来た。

 

「あれが本当に織斑先生の弟なんですの?」

 

「そうらしいが、何かおかしいのか?」

 

「おかしいに決まっていますわ、織斑先生は第1回モンド・グロッソで多大なる戦績を残し世界中にその名を轟かせたのですわよ? その弟というからどの様な方なのかと思えば……本当にがっかりですわ」

 

「……蓋を開けばただの馬鹿だからな」

 

「貴方は大丈夫ですの?」

 

「流石にあそこまで馬鹿じゃない、見くびるな」

 

「あ、その……も、申し訳ありません……」

 

何故か目を伏せて謝るオルコット、別にそこまでしなくても良いんだが……。

 

「別に怒っている訳じゃない、そんなに怯えられるとこっちが困る」

 

「ほ、本当ですの……?」

 

「あぁ、ところで聞きたい事がある。 教科書に書いてあるこの部分なんだが」

 

「あら? もうこんな所まで進めてましたの? これは……」

 

休み時間の間に色々と聞く事が出来た。

 

流石は代表候補生、他の奴らだったらここまで教えられる奴はいなかった筈だ。

 

それに説明も丁寧でわかりやすい、やはり根は優しい奴なんだな。

 

 

 

そのまま休み時間が終わり、次の授業が始まった所で問題は起きた。

 

 

 

「さて、授業を始める前に決めなければならない事がある。 この学園ではクラス対抗戦があり、それに伴いクラス代表となる者を一人選出する必要があるのだが、自薦他薦どちらでも構わん、やりたい奴は名乗り出ろ」

 

クラス対抗戦の代表、ならそれに見合ったIS操縦者という事か。

 

普通に考えて代表候補生であるオルコットがなるべきだろう。

 

 

「はい! 織斑君が良いと思います!」

 

 

……は?

 

 

「あ、私も賛成です!」

 

 

……正気か?

 

 

「あ、えっと……五十嵐君も有りかなぁ、なんて……」

 

「あぁ?」

 

「ひぃっ!? ご、ごめんなさい!?」

 

こいつら、単に男である織斑と俺を物珍しさから出しやがったな?

 

そんなふざけた選出をすれば……。

 

 

「納得出来ませんわ!!」

 

 

……こうなる、か。

 

机を叩きながら、そんな大声と共にオルコットが立ち上がる。

 

「そんな選出、認められる筈がありません!」

 

そう言って、オルコットは鋭い目で織斑を睨み付ける。

 

少し話をしていたからか、オルコットの言葉は完全に織斑に対してだけ向けられていた。

 

「そんな何も知らない、参考書を古い電話帳と間違って捨てるなんて馬鹿な事をする男をクラス代表だなんて!」

 

「ぐふっ……」

 

何やら織斑から苦し気な声が聞こえたが、事実であるから仕方ない。

 

「第一! 男をクラス代表だなんて良い恥晒しですわ! その様な屈辱を一年間耐えろと言うんですの!?」

 

成る程、代表候補生としてのプライドもある為に尚更納得出来ないのだろう。

 

……だが、大丈夫か? 頭に血が登りすぎている。

 

「こんな極東の猿にクラス代表だなんておかしいですわ! 私はここにISの修行を目的として来ているんですのよ!? 決して極東の辺鄙な田舎に暇潰しに来ている訳では……!」

 

「っ! おいお前いい加減に……!」

 

「……待て、織斑」

 

立ち上がり、オルコットに喰って掛かろうとする織斑を呼び止める。

 

「でも悠斗……っ!?」

 

「いいから、黙ってろ」

 

一睨みで織斑を黙らせ、立ち上がってからオルコットへと向き直る。

 

「今の選出は確かに納得出来るものじゃ無い、それは同意する。 電話帳馬鹿や何処の馬の骨かわからない様な奴を、物珍しさで選出するのは間違っている」

 

「あ、その……電話帳はそうですが、貴方はそんな……」

 

『電話帳電話帳言うなよ!?』と騒ぐ声が聞こえたが無視する。

 

「……だが、今の言葉は駄目だ。 極東の辺鄙な田舎と言ったが俺も織斑も、そしてこの学園にいる大半の奴ら、それに俺にさっき言ったモンド・グロッソで多大な戦績を残した教師も、ISを作り出した"変わり者の天才"も日本人だ。 別に俺は愛国心なんてものは微塵も持ち合わせていないが、今のお前の言葉はその全員の反感を買う事になる。 それにお前の言葉は一人の人間としての言葉じゃない、"イギリスの代表候補生"であるお前の言葉は謂わばイギリス国家としての言葉であると捉えられてもおかしくは無い筈だ」

 

「っ……!?」

 

俺の言葉に顔から血の気が引いて行き顔を青ざめさせるオルコット……落ち着いたな。

 

「確かに納得出来ないんだろうが、今のお前は俺達と同じこの学園の一人の生徒だ。 代表になりたいのなら言葉じゃなく結果で示すしか無いだろ」

 

そこまで言って織斑千冬へと視線を向ける。

 

「俺はオルコットを推薦する、推薦者が複数人なら何かしらの方法を取るんだろ?」

 

「だから敬語を……まぁ良い、お前の言う通りだ。 推薦者が複数いる場合は試合をして貰い勝者がクラスの代表になって貰う手筈になっている。 その方が分かりやすくて手っ取り早いだろう?」

 

その言葉にオルコットと織斑が頷く、何とか収まったな……。

 

「では推薦された"三名"は一週間後に試合をして貰う、それで異論は無いな?」

 

「…………ん?」

 

三名……三名と言ったか?

 

「どうした五十嵐、まさか自分が入っていないとでも思っていたか? お前も推薦されたのだからちゃんと試合をして貰うぞ?」

 

……あぁ、そういえば誰かはわからないが俺の名前を出していたな。

 

「……ちっ、わかった」

 

苛立ちを隠さずにそう返事をしてから首を横に倒す。

 

その瞬間、丁度額のあった辺りを凄まじい速さでチョークが飛んで行った。

 

「本当に良い反射神経をしているな」

 

「……どうも」

 

「褒めてはいないぞ馬鹿者、敬語を使えと言っているだろう? そして教師に対して堂々と舌打ちをするな」

 

「気が向いたらな」

 

俺の言葉に織斑千冬は大きく溜め息を吐きながらも手を叩いて授業の再開を促した。

 

その際、後ろから視線を感じたが振り向く事無く黙って前を見続けた。



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第4話 青空の下で

「悠斗! 飯食いに行こうぜ!」

 

あれから午前の授業が終わり、担当の教師が教室から出て行ったと同時に織斑が俺の元へと駆け寄って来ると開口一番そう告げて来た。

 

「……食堂か?」

 

「あぁ! 一週間後の試合について話もしたいしさ、一緒に行こうぜ!」

 

何故か無駄に元気な織斑、しかし生憎俺にはやる事がある。

 

「悪いが用事がある、一人で行ってくれ」

 

「えぇっ!? 用事って何だよ!?」

 

「用事は用事だ、別に一人じゃ行けないって訳じゃ無いだろ?」

 

「せっかく男子二人なんだぜ!?」

 

「朝に話していた奴がいるだろ? そいつとでも行って来い」

 

「で、でも……」

 

それでも渋る織斑、面倒な奴だな。

 

「……はぁ、別にずっとじゃない、今回は偶々用事があるだけで次は行ける」

 

「本当か!? わかった、なら今度は一緒に行こうな!」

 

そう言って騒ぐだけ騒ぐと織斑は朝に話していた奴の元へと向かい、そのまま食堂へと向かった。

 

その際、教室にいた大半の奴らが織斑の後を追う様にして一斉に移動を始めた為教室は閑散とした。

 

……さて、煩いのがいなくなった所で用事を済ませるか。

 

「あ、あの……」

 

背後から声を掛けられる。

 

振り向けばオルコットが顔を俯かせながら直ぐ後ろに立っていた。

 

「……何だ?」

 

「あ、その……先程は本当に、申し訳……」

 

「待て」

 

オルコットの言葉を途中で遮ると、オルコットは戸惑いを隠せない様子で俺を見つめて来る。

 

「その言葉は試合の後にしてくれ、正直不服だが試合をする事になった以上正々堂々勝負をしたいんだ。 だから変に気負わず、さっきの織斑に対して向けていたぐらいの気迫で勝負して欲しいんだ」

 

「し、しかし……」

 

俺の言葉にそれでも渋るオルコット、さてどうしたものか。

 

「誰にだって頭に血が昇る事はある、それにお前にも理由があったんだろ? 信念やプライド、そして自分自身の誇りが」

 

「あ……」

 

「それを否定する気は無いしさせるつもりも無い、寧ろ尊敬に値するものだと思う」

 

……今になって、我ながら恥ずかしい事を言っている気がしてきた。

 

「……まぁ、その、何だ? 余り気にするな、他の奴らも言えばわかってくれる筈だ」

 

「は、はい……ふふっ」

 

突然、オルコットが笑みを溢した。

 

やはり恥ずかしい事を言ったか?

 

「すみません、ですが貴方が余りにも優しい方でしたので……私、誤解していましたわ」

 

「優しい? いや、そんな事無いが?」

 

「それこそ、そんな事ありませんわ……貴方のお陰で気持ちを切り替える事が出来ましたわ、ありがとうございます」

 

「……まぁ、それは何よりだ」

 

「では、失礼致しますわ」

 

頭を上げ、オルコットはそのまま教室を後にした。

 

その後ろ姿を見送っていたが、一瞬だけ見えた横顔が嬉しそうに微笑んでいた様に見えたが……気のせい、だろうか?

 

「あ、あの……」

 

そのまま固まっていると、再度後ろから声を掛けられた。

 

今度は誰だ?

 

振り向くと深く頭を下げた女がいた。

 

「その、ごめんなさい……」

 

「何の事だ?」

 

「勝手に推薦して、五十嵐君に迷惑を掛けちゃって……」

 

……あぁ、さっき俺の名前を出していた奴か。

 

「……頭を上げろよ」

 

俺の言葉に女は戸惑いつつもゆっくりと顔を上げて俺を見つめて来る。

 

「なったものはしょうがないだろ、それにオルコットを止めた時点であいつが俺を入れるのは目に見えていたからな」

 

「あ、あいつって……?」

 

「織斑千冬だよ、あいつの事だ、何かしらの理由を付けてでも俺を入れるつもりだったんだろ」

 

「お、織斑先生をあいつって呼ぶ人、初めて見たよ?」

 

「あいつなんざあいつで十分だ……そういう事だから、別に謝る必要は無い」

 

「でも、それじゃ……」

 

それでも渋る女、なら仕方ないな。

 

「なら一つ頼みがあるんだが、良いか?」

 

「っ! う、うん! 何でも言って!」

 

何でもは言わないが……余り男に対してそういう事を軽はずみに言うものじゃ無いんだがな。

 

「食堂は面倒だから購買に行きたいんだが場所がわからない、案内してくれないか?」

 

「……へっ? それだけ?」

 

「あぁ、それだけだが?」

 

「……ふふっ、わかった! じゃあ案内するね! 私は相川清香、宜しくね!」

 

女……相川はそう言って、購買へと案内してくれた。

 

 

 

 

「ここが購買よ」

 

相川の案内で辿り着いた購買、ほとんどの生徒が食堂を利用しているのか全くと言って良い程に人がいない。

 

これなら明日以降も購買でも良いかと考えてしまったが、織斑にあぁ言ってしまった手前、そういう訳にもいかないか。

 

「感謝する」

 

「感謝するって……ちょっと固くない? 普通にありがとうで良いよ?」

 

「そうか……ありがとう」

 

「どういたしまして、でも私、誤解しちゃってたみたい」

 

誤解? 何をだ?

 

「五十嵐君って先生に対してあんな態度を取ったり言葉遣いも敬語を使わないからもっと恐い人なのかと思ってたけど、オルコットさんの説得だったり今の反応だったり、普通の男の子なんだなって思って」

 

「……普通、か」

 

どうだろうな、俺で普通だったら、この世界の大半の人間が普通って事になってしまうが……まぁ良い。

 

「ところで何を買うの?」

 

「適当に買う」

 

その言葉通り、ガラス棚に並べられた物を一通り見て行く。

 

そして選んだのは大きなおにぎりを三つとおかずの詰め合わせ、そしてお茶だ。

 

「うわぁ……やっぱり男の子だね? そんなにいっぱい食べるんだ……?」

 

「いつもはもっと食べるが?」

 

「えっ!? へ、へぇ、そうなんだ……」

 

唖然とする相川、確かに男と女だと食べる量は違うからな。

 

「付き合わせて悪かったな、俺は適当な場所で食べて来る」

 

「あ、うん! また頼みたい事があったら言ってね!」

 

「その時は頼む」

 

そこで相川と別れ、適当な場所を求めて歩き始めた。

 

 

 

 

「……ここで良いか」

 

歩く事数分、階段を登った所に屋上へと続く扉を見付けた。

 

幸いにも出入りは自由の様で鍵は掛かっていない、そのまま扉を開けて屋上へと出た。

 

「……あら? 五十嵐、さん?」

 

外に出たと同時に声を掛けられる。

 

視線を向ければ備え付けのベンチにオルコットが座っており、驚いた表情を浮かべていた。

 

「……悪い、先客がいるとは思わなかった」

 

「い、いえいえ! 私専用という訳でも無いですし構いませんわ!」

 

「そうか、悪いが俺もここで食べさせて貰っても良いか?」

 

「ですから構いませんわ……あの、宜しければ、ご一緒に如何ですか?」

 

オルコットからの申し出に、いつもであれば何かしら理由を付けて断るのだが、無意識の内に頷いてオルコットの座るベンチへと近寄っていた。

 

そしてそのまま一人分のスペースを空けて腰を降ろす。

 

「……いただきます」

 

手を合わせ、先程買ったものを早速食べ始める。

 

……うん、中々美味いな、おにぎりの塩加減の塩梅も、おかずの卵焼きと唐揚げの味付けも絶妙だ。

 

食堂に行かない日は購買で食べよう、俺は内心でそう決めた。

 

「す、凄い量ですのね……?」

 

「ん?」

 

「あ、いえその……やはり男性は、それくらいが普通なんですの?」

 

「他の奴がどうかわからないが、俺は大体これくらいだな」

 

「そ、そうなんですの……」

 

「逆に、よくそれで足りるな?」

 

オルコットの手元に視線を向ける。

 

そこにあるのは具が野菜だけの小さなサンドイッチ、それも二切れのみ。

 

いくらなんでも少ない気がするんだが。

 

「あ、これは……その、ダイエットですわ」

 

「……十分痩せていると思うが?」

 

隣に座るオルコットの身体は、制服の上から見ても十分スタイルの良い様に見える。

 

確かに女は無闇矢鱈に痩せようとする奴が多いが、オルコットに関しては必要無いと思う。

 

「そ、そんなにじろじろと見ないで下さいまし!?」

 

俺の視線から隠す様に自らの身体を腕で抱き、顔を真っ赤にしながら抗議された。

 

しまった……。

 

「す、すまない、不躾過ぎた」

 

素直に謝り、深く頭を下げた。

 

幾ら服の上からだとしても、女の身体を無遠慮に見るものでは無い。

 

「あ、そんな! 頭を上げて下さいまし!」

 

「だが……」

 

「その、私が恥ずかしくなっただけで五十嵐さんは何も悪くありませんわ! それに、私には試合が終わるまで謝るなと仰いましたのに五十嵐さんが謝るのはおかしいですわ」

 

確かにそう言ったが、今のは明らかに俺に非がある。

 

「確かにデリカシーに欠ける言葉でしたが、悪気があって言ったものでは無いとわかります。 それに、その、嘘でもそう言って頂けるのは嬉しいと言いますか……」

 

「……嘘なんて言っていない、本心からそう思ったから言ったんだが?」

 

「……えっ?」

 

「今のままでも、十分魅力的だと思ったんだが……」

 

「……はひっ!?」

 

オルコットがそんな奇声と共に顔を真っ赤にして固まってしまった。

 

我ながら、らしくない物言いをしてしまった。

 

だが本心から思った事を言ったまでだ、失言だとは思っていない。

 

「……ごちそうさまでした」

 

残りのおにぎりをお茶で流し込んでから手を合わせ、ベンチから立ち上がる。

 

「先に戻る、変な事を言って悪かった」

 

まだ固まったままのオルコットにそれだけ伝え、俺は屋上を後にした。



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閑話 セシリア・オルコットの内情

席に座って、私はずっと視線を逸らせずにいました。

 

祖国イギリスの代表候補生となり、自らの技術やパイロットとしての腕を磨く為、修行の為にこのIS学園に入学しました……それなのに。

 

 

「五十嵐悠斗だ」

 

 

何ですの?

 

 

「織斑一夏です……以上です」

 

 

何故ここに男が、しかもまるでやる気の無い態度、そんなの許される筈が無い、遊びでここにいるのならお門違いですわ。

 

一人は織斑先生、あのブリュンヒルデの実の弟……それなのにまるで危機感を持ち合わせていません。

 

確かに日本は平和な国ではありますが、正にその日本で育った平和ボケしたお気楽な男、それが率直な感想でした。

 

もう一人は……少し、違う様に思えます。

 

ISでは無いにしても、織斑先生のあの一撃を避ける程の反射神経、幾ら私でも生身であれを避けるのは無理だと思いますわ。

 

少し、ほんの少しだけ、興味が沸きましたわ。

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

柄にも無く緊張してしまい、思わず声が詰まってしまいそうになりましたが何とか声を掛ける事が出来ましたわ。

 

私の呼び掛けに振り向いた彼の顔を見て、思わず息を呑んでしまいました。

 

日本人らしいまるで夜空の様な黒髪、そして同色の瞳はまるで見た者を射竦める程に鋭い。

 

しかしそれは粗暴といった意味では無く、まるで鋭利に研ぎ澄まされた刃を思わせる様な鋭さでした。

 

そして先程は余り気にしていませんでしたが、改めて間近で彼を見てみるととても整った顔立ちをしていました。

 

確かにもう一人、織斑一夏も整っているとは思いますが、彼はその雰囲気も相まって独特な魅力がある様に思いますわ。

 

……気のせいでしょうか? 彼も私を見て、一瞬ですが息を呑んだ様に見えましたが。

 

 

それから彼を試す為にわざと高圧的に接してみれば、最初の反応こそ恐いと思ってしまいましたが、先程の織斑先生や山田先生に対するものとは違い、とても紳士的に応じて下さいました。

 

それにその後の授業でも、話によれば入学するまでそれ程時間は無かった筈なのにISの基礎理論の大半を理解していました。

 

それに授業が終わってから私に尋ねて来たのは、恐らくクラスの他の方は誰も見ていないであろう内容。

 

彼は、恐らく他の男とは違うのかもしれません。

 

 

 

次の授業で、クラス代表の話が出ました。

 

それならば代表候補生である私が、このクラスの誰よりもISに時間を費やして来たこの私がなるべきですわ。

 

……そう、思っていましたのに。

 

 

「はい! 織斑君が良いと思います!」

「あ、私も賛成です!」

「あ、えっと……五十嵐君もありかなぁ、なんて……」

 

 

何故、ですの?

 

男だから、珍しいから、そんなしょうもない理由で代表を選ぶというのですか!?

 

そんな、ふざけないで下さい……!

 

つい、頭に血が登ってしまいました。

 

今になって思えば、本当にどうしようも無いですわ。

 

私のした発言は、一歩間違えれば本国から代表候補生の座を取り消されてもおかしくは無いもの。

 

しかし彼は、そんな私を庇う様に発言して下さいました。

 

私は彼では無く、織斑一夏に対して抗議しました……しかし結果として日本を、この国に生きる全ての人を、そして男性を貶したも同然の発言。

 

それなのに彼は私にきちんとした場を設けて下さり、謝罪しようとした私に言いました。

 

私のプライドを、信念を、誇りを、尊敬に値するものだと……その後、直ぐに恥ずかしそうに気にするなとも言って下さいました。

 

本当に同じ人なのかと疑ってしまう程に恥ずかしがる彼が可愛く見えてしまいましたわ。

 

あんな事を言ってしまったのに、私にそんな優しい言葉を掛けて下さった彼に私は……いいえ、それは駄目ですわ。

 

彼も言っていたではありませんか、正々堂々勝負をし、試合が終わった後に私の謝罪を受け入れると。

 

それなのに、私にそんな感情を抱く資格なんてある筈が無いですわ。

 

……無い、筈でしたのに。

 

 

 

 

あの発言で、クラスや食堂に居辛くなった私は購買でサンドイッチを買い屋上で一人座っていました。

 

恐らくここに来る方はいない筈と、そう考えて。

 

しかし、屋上の扉が開かれ、彼がやって来ました。

 

思わず彼の名を呼ぶと、彼は驚いた表情を浮かべていたので偶然この場所に来たのだとわかりました。

 

屋上には幾つもベンチがありましたが、無意識の内に彼を自らの座るベンチに誘いました。

 

幼い頃から男性が苦手、寧ろ嫌いな筈でしたのに、彼に対しては不思議とその様な感情は抱きませんでした。

 

私の言葉を聞いて、彼は戸惑いながらも嫌な素振りを見せず了承して下さいました。

 

隣に座り、私と同じ購買で買って来たものを食べ始める彼。

 

意外だったのは、きちんと手を合わせて姿勢を正してから食べ始めた事、彼が礼儀正しい日本人であると感じさせるものでした。

 

ただ、やはり……。

 

「やはり男性は、それくらいが普通なんですの?」

 

思わず尋ねてしまいました。

 

大きなおにぎりを三個におかず、女子としては考えられない量。

 

「他の奴がどうかわからないが、俺は大体これくらいだな」

 

やはり、そうなんですのね。

 

「逆に、よくそれで足りるな?」

 

私の手にしたサンドイッチを見てそう尋ねて来る彼、普段はもう少し食べますが、今は食欲が無いだけで、しかしそれを伝えればあの発言が関係しているといらない心配を掛けてしまう。

 

「あ、これは……その、ダイエットですわ」

 

誤魔化す為にそう言った私に、彼は首を傾げじっと私……いえ、私の身体を見つめて来ました。

 

「……十分痩せていると思うが?」

 

今までの私であれば、この様な不躾な視線を受けただけで嫌悪感を剥き出しにして猛抗議していた筈でした。

 

しかし、彼の視線に私が感じたのは羞恥。

 

彼に見られて、私はただ恥ずかしいと思ってしまいました。

 

それなのに、心の何処かで嬉しいと思ってしまうのは何故……?

 

その感情を悟られない為に抗議すれば、彼は慌てて頭を下げながら謝罪の言葉を口にしました。

 

私には謝るなと言っておきながら、自分は謝りますのね……やはり、彼は優しい方ですわ。

 

正直な話、代表候補生としてISに携わる様になってからモデルとしての仕事も受けなければいけなかったので、スタイルには気を付けていました。

 

ですが彼はそんな事を知る筈もありませんし、お世辞でそう言って下さったのだと思っていました。

 

しかし彼は、とんでもない事を口にしたのです。

 

 

「……嘘なんて言っていない、本心からそう思ったんだが?」

 

 

……何と、仰ったのですか?

 

 

「今のままでも、十分魅力的だと思ったんだが……」

 

 

「……はひっ!?」

 

生まれて初めて、こんな変な声をあげてしまいましたわ。

 

でも仕方ないですわ、男性からこの様に面と向かって魅力的だなんて言われた事は無かったのですから。

 

今まで私に近寄って来た男は私では無くオルコット家を、貴族としての地位や遺産目当てのどうしようも無い屑の様な男ばかり。

 

しかし彼は私を、貴族としての地位やオルコット家の莫大な遺産なんて関係無しに、セシリア・オルコットとして見て下さいました。

 

恐らく彼は無意識にそう言ったのでしょうけど、その言葉がどれだけ私を惑わせると思っているのでしょうか?

 

今、間違い無く私の顔は真っ赤に染まってしまっているのでしょう。

 

彼はそんな私を見て罰の悪そうな顔を浮かべながら残った食事を口に詰め込み、立ち上がると一言謝罪をしてから直ぐに去ってしまいました。

 

本当は謝る必要なんて無いと伝えるべきでしたのに、私は呆然と固まったまま動く事が出来ませんでした。

 

熱くなった顔、激しく早鐘を打つ心臓、落ち着かせる為に胸に手を当てながら彼が出て行った扉をただ見つめていました。

 

 

男が嫌いだった筈なのに、彼の事をもっと知りたいと思った。

 

彼の事を、もっと見てみたいと思った。

 

彼に、私の事を知って欲しいと思った。

 

彼に、もっと近付きたいと思った。

 

一目見た時から、他の男とは違うとわかった時から、彼に心の何処かで惹かれている自分がいた。

 

「……五十嵐、悠斗」

 

彼の名を口にすれば、再び顔が熱を帯びる。

 

彼ならば、私は……。



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第5話 強制転居

屋上での一件の後、教室に戻った俺を織斑が何かあったのかとしつこく尋ねて来た。

 

馬鹿の癖にそういう所に鋭いとは、何とも厄介な奴だった。

 

それから昼休みが終わる直前にオルコットが教室へと戻って来たがあからさまに俺と視線を合わせようとせず、その後の休み時間にも此方に来る事は無かった。

 

……やはり、俺が変な事を言ったせいだろうか。

 

内心自己嫌悪に陥りながらも、その日の授業は終わった。

 

 

 

「なぁ悠斗、悠斗は自宅から通ってるのか?」

 

放課後になり、織斑が直ぐに俺の元へと来て話し掛けて来る。

 

本当はオルコットに謝りに行きたかったのだが邪魔されてしまったな。

 

視線を一瞬オルコットの方へと向ければ、オルコットは誰よりも先に教室から出て行ってしまった。

 

「悠斗? おーい、悠斗?」

 

「……うるさい、何度も呼ばなくても聞こえてる」

 

「な、何だよ? 俺何か怒らせる事したか?」

 

「……はぁ、何でも無い」

 

こいつに当たった所で何の意味も無いか。

 

「俺は自宅じゃない、近くのホテルからだ」

 

「あ、そうなのか? 俺は家からなんだけどさ、途中まで一緒に帰ろうぜ?」

 

 

 

「男子二人……家……ホテル……閃いた!」

「天真爛漫な織斑君とクールな五十嵐君……滾るわ!」

「どっちが攻めかな!?」

「それは勿論五十嵐君でしょ!?」

「逆も捨てがたいわね!」

「さ、誘い受けとか……」

『それも有りね!!』

 

 

 

何か、身の毛もよだつ会話が繰り広げられている、油断すると吐きそうだ。

 

「……一人で帰れ」

 

「えぇっ!? 何でだよ!? 俺は悠斗と一緒が良いんだ!」

 

 

 

『きゃあっ!?』

 

 

 

「織斑……頼むから黙れ……」

 

頭痛がしてきた。

 

この不毛な会話を早く終わらせたい。

 

「あっ! 良かった! 二人共まだ残っていたんですね!」

 

頭を抱えていると、何やら山田が俺達の元へと駆け寄って来た。

 

「山田先生? どうしたんですか?」

 

「えっとですね、お二人には今日からこの学園の学生寮に入居して頂く事になりましたので、それを伝えに来ました」

 

……何だって?

 

「え、今日からって……着替えとか荷物とか何もしていないのに……」

 

 

「それなら私が用意してやった」

 

 

山田の後ろから、織斑千冬がやって来た。

 

「一先ずは着替えと携帯の充電器さえあれば良いだろう、荷物は既に部屋に運んである、有りがたく思え。 五十嵐も、ホテルにあった荷物は部屋に運んでいるしチェックアウトも済ませている……とは言っても、着替えくらいしか無かったが」

 

……勝手な事を。

 

「これは必要な処置だ。 お前達二人はこの世界で唯一ISを動かす事の出来る男性操縦者、自宅やホテルよりも警備の整っている学園の方がお前達も安全だろう?」

 

「……監視もしやすいだろうしな」

 

「人聞きの悪い事を言うな五十嵐、お前達の身の安全を考慮した措置だ」

 

「はっ……物は言い様だな」

 

上体を逸らせば、出席簿が唸りを上げて通り過ぎて行く。

 

「避けるな、五十嵐」

 

「それは無理だな」

 

「全く……とにかくこれは決定事項だ、鍵を受け取り次第部屋へと向かえ」

 

「で、でも千冬姉……あだっ!?」

 

織斑の頭を、出席簿が襲い掛かった。

 

「織斑先生だ、何度も言わせるな馬鹿者が……しかし、やはりそう簡単に避けられる筈は無いんだがな」

 

出席簿を手にしながら俺を見てくるが何も言わずに無視する。

 

避けようと思えば避けられるだろうが。

 

「ま、まぁまぁ織斑先生落ち着いて下さい……では織斑君、五十嵐君、これが寮の部屋の鍵です。 一応スペアキーはありますけど、失くさない様に気を付けて下さいね?」

 

鍵を受け取り、部屋の番号を確認すると一つ疑問が。

 

「あれ? 山田先生、男子は俺達だけなのに部屋は別なんですか?」

 

そう、織斑の言う通り、俺の渡された鍵と織斑の渡された鍵はそれぞれ番号が違っていた。

 

普通は男は男で固める筈だが。

 

それにこの学園は女しかいない、男がそれぞれ別れて女と同室になると確実に面倒な事になる。

 

「すみません、まだ部屋割りの関係で二人の部屋を割り振れていないんです。 同室になる娘には予め伝えているので少しの間だけ我慢して下さい」

 

……まだ割り振れていないなら無理に寮に住む必要は無かっただろうが。

 

思わずそう言いそうになったが寸での所で我慢する。

 

「あ、それから寮には大浴場があるのですが二人は使用する事が出来ませんので、部屋に備え付けのシャワーを使って下さいね?」

 

「え? 何でですか?」

 

織斑の問いに、山田は顔を赤らめ、俺と織斑千冬は呆れた表情を浮かべる。

 

「馬鹿者が、女子が入っている大浴場にお前も一緒に入るつもりか?」

 

「え……あっ! ち、違います!」

 

「あの、織斑君……? えっと、男の子ですし、そういう事に興味のあるお年頃なのはわかりますけど教師として見過ごす訳には……」

 

「だ、だから違いますって! そんな事思ってません!」

 

「えぇっ!? 女の子に興味が無いんですか!? そ、それはそれで問題が……うぅ、間違った道に進まない様にするのも教師の務め……正す為に私が……」

 

「山田先生、貴女までおかしな事を言い出さないで貰えますか?」

 

「あぅ、織斑先生……いえ、お姉さんと呼んだ方が良いのでしょうか……?」

 

「山田先生?」

 

「あぁでも、教師と生徒だなんてそんな禁断の……」

 

「山田先生?」

 

……はぁ、馬鹿に付き合っていられない。

 

三人を残し、寮へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

寮の中へと入り進んで行くと、案の定周囲から好奇の視線が俺に集まる。

 

 

「あっ! あれが噂の男子!?」

「二人の内の一人よね!?」

「もう一人はいないのかしら?」

「何でも二人共イケメンらしいよ!」

「うん! あの子がクール系で、もう一人が元気系だって!」

「きゃー! こっち向いてー!」

 

 

……はぁ、うるさい。

 

足を止めようものなら確実に面倒な事になる。

 

周りには一切目もくれず、真っ直ぐに部屋へと向かった。

 

 

 

「……ここか」

 

鍵の番号と部屋の番号を何度も見直し、間違いが無いかを確認する。

 

あいつらの言い方だと同室の女がいる筈、軽率な行動は面倒に繋がるだろう。

 

扉をノックして、少しだけ間を空けてから部屋へと入った。

 

「…………ん?」

 

そこで違和感を感じる。

 

二人で使うには少々広すぎる気がするが、きちんとベッドは二つあり、凝ったものでは無いがキッチンと冷蔵庫、洗濯機が設置されており奥にある扉が恐らくは浴室だろう。

 

見回してみて、違和感が何なのかを考えるとそれは直ぐにわかった。

 

どう見ても、同室の奴がいる気配が無い。

 

これは……?

 

「あぁ、やはりもう来ていたか」

 

扉の前に立つ俺の後ろから声が掛かり、振り向けば織斑千冬がいつの間にか立っていた。

 

「織斑には悪いが、お前は同室の者はいないから一人部屋だ」

 

「……それを聞いて安心だ」

 

「一人部屋だからと言って、無闇に女子を連れ込む事だけはするなよ?」

 

その言葉に何も言わずに後ろ手で扉を閉めた。

 

……まぁ、一人部屋になったのは素直にありがたい。

 

制服の上着をベッドへと放り投げ、先ず初めに荷物整理を始める事にした。

 

 

その際、遠くの方から微かに織斑の悲鳴らしき声と何かを砕く様な音が聞こえた気がしたが、深くは考えずに荷物整理を再開するのだった。



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第6話 天才で天災の訪問者

荷物整理が終わり、時間を潰す為にベッドに仰向けに寝転がりながら教科書を読み耽っていた。

 

 

……コンコン。

 

 

「……はっ?」

 

微かに聞こえたのはノックの音、それが普通のノックであれば来訪者が来たのかとそこまで気に止める事は無かった。

 

しかし、今聞こえたノックは扉からでは無く、明らかにカーテンの閉められた窓から聞こえて来たのだ。

 

……鳥か? それとも、風でゴミでも当たったのか?

 

疑問に思いつつもベッドから起き上がり、窓へと近付いて行きカーテンを開いた。

 

 

「あっいた! やっほーゆう君! ここ開けてー!」

 

 

勢い良く、カーテンを閉めた。

 

……見間違い? それとも疲れて幻覚でも見たのか?

 

「あっ、閉められちゃった……もうゆう君? 開けてくれないとこの窓割っちゃうよー?」

 

「……今開ける」

 

現実逃避したかったが、無駄だった。

 

閉めたカーテンを再度開け、窓を開くと声の主は勢い良く俺の首に腕を回して抱き付いて来た。

 

「久しぶりゆう君! 寂しかった? 私に会えない間寂しかった? 勿論寂しかったよね!? よしよし、お姉さんが慰めてあげよ……ぎゃあああああああっ!?」

 

顔面を鷲掴みにし、そのまま万力の如く力を込めて行けば無駄口が悲鳴へと変わって行った。

 

「痛い痛い痛~い!? 痛いよゆう君! 頭が割れるぅ!?」

 

「……はぁ、何しに来たんだ"束"?」

 

目の前でもがく女、篠ノ之束。

 

今の世界の中心になったとも言えるISを作り上げ、その存在を世に知らしめた天才にして天災だ。

 

そして俺にとって"恩人"でもあるのだが、こういう突拍子も無い事や常識から大きく外れた事を平気でやらかす為に扱いはこれくらいで十分だ。

 

掴んでいた手を放して尋ねれば、束は途端に満面の笑みを浮かべる。

 

「それは勿論愛しのゆう君に会いに来たんだよ!」

 

「……もう一度やられたいか?」

 

「えっ? あ、ちょっと待って! ウェイトウェイト!」

 

慌てて手を振りながらそう言った為、とりあえず話を聞く事にする。

 

「もう……確かに別の用もあったけど、ゆう君に会いたかったのは本当だよ?」

 

「俺はもうそんなガキじゃないぞ」

 

「何言ってるの? 幾つになってもゆう君は私にとって大事な子供で、大切な家族だよ?」

 

そう言って、再度束は抱き付いて来るとそのまま俺の胸元に顔を押し付けて来る。

 

「んふふ……ゆう君の香りだ」

 

「……はぁ、それより要件は何なんだ?」

 

「むぅ……ゆう君が冷たい」

 

「お前は今世界中から追われている身だろ? こんな所でゆっくりしてて良いのか?」

 

「チッチッチ、そんな凡人共に捕まる様な束さんじゃないよ? それにここにはゆう君だけじゃない、ちーちゃんにいっくん、それに……箒ちゃんもいるんだから。 どんな場所よりも価値のある所だと思うよ?」

 

一瞬だけ沈んだ表情を浮かべる束、箒……何処かで聞いた様な気がするんだが……。

 

「でも長くはいられないのは事実だから要件を伝えるね、ゆう君のISを持って来たの」

 

「……俺の、ISだと?」

 

束から告げられた言葉に、俺は思わず固まってしまう。

 

「そう、今はまだ学園側が隠しているけど公になるのは時間の問題、ゆう君といっくんの存在は世界中に知れ渡っちゃう、良くも悪くもね? だからそんなゆう君が危険から自分の身を守れる様に渡したいの」

 

「……織斑は、どうするんだ?」

 

「いっくんには違う手段で専用機を渡す手筈になってるよ? でもゆう君には、どうしても私から直接渡したかった……受け取って、くれる?」

 

さっきまでのふざけた雰囲気は一切無い、真面目な表情で俺を見つめて来る束。

 

"あの時"と同じの、真剣な瞳。

 

 

専用機を持つという事、それが何を意味するのかなんて、ISに携わる人間ならば誰もが知っている。

 

だが束の言う通り、俺は世界中から良くも悪くも注目される。

 

身を守るには、守る為の手段が必要だ。

 

ならば、答えは決まっている。

 

 

「……わかった、受け取ろう」

 

「……ありがとう、ゆう君」

 

そう言って、束は何処から出したのかわからないが、黒い球体を取り出すと俺に向けて来た。

 

「……ゆう君を守ってあげてね、私との約束だよ」

 

その言葉と共に、球体はその形を崩すとそのまま霧散して俺の身体を包み込んだ。

 

一瞬の浮遊感、次の瞬間身体を金属の装甲が覆い始める。

 

それは黒、闇よりも深い漆黒。

 

手と足の先が鋭利な爪の様になっており、身体中を覆う装甲は強固ながらも滑らかなフォルム。

 

美しくも、研ぎ澄まされた刃の様な、そして何処か獣を彷彿とさせる姿。

 

……これは。

 

「これがゆう君の専用機《黒狼(コクロウ)》だよ。 第三世代機で、"468個目"のISコアを使った私の完全オリジナルの機体」

 

「468個目? 待て、確かお前が作り出したISコアは467個だけだった筈だ」

 

「うん、確かに私が世界に公表したコアは467個だけだよ? 元々この子は途中まで開発していたんだけど、この世界の人間がそのコアを巡って下らない争いを始めちゃって、私が何故ISを作ったのかゆう君は知ってるでしょ?」

 

「……空を、そして宇宙へと、行く為だったな」

 

「そう、それなのに皆がISを兵器として求めた。 まぁ、その可能性を世に知らしめちゃったのは私が原因でもあるけれど……でも、これ以上私の子達を争いの道具にしたく無くて、この子の開発を止めてたの。 でもこの子が自分の意思で、ゆう君の機体になる事を望んだから完成させたの」

 

「自分の、意思……?」

 

束の言った言葉が理解出来ず、思わず鸚鵡返しで返してしまう。

 

ISが自分の意思で望んだ?

 

「私から言えるのはここまで、後はその子とゆう君の相性次第かな……さて、機体は既にゆう君に合わせてフィッティングしてあるから、それから装備は……」

 

俺の言葉に答える事無く機体の説明を始めた。

 

こうなった束はそれ以上答えてはくれないとわかっている、その為それ以上は聞かずに説明を聞く事に徹した。

 

 

「機体については以上だよ、でもこれだけはわかって欲しい。 専用機を持つという事はこれからゆう君には様々な事が起きる、でも私は決してデータや興味本位じゃない、ゆう君の身の安全を考えてこの機体を送るの」

 

俺の為、か……。

 

わかっている、束は世間で言われている様な奴じゃないと、誰よりも優しい奴だという事を。

 

「……そうか、ありがとう束」

 

「……えっ? えぇっ!?」

 

感謝の意を込めて言った言葉にも関わらず、何故か束は驚愕の表情で固まってしまった……何だ?

 

「……どうした?」

 

「ゆ、ゆう君がありがとうって……いつも言わないか、感謝するって堅苦しい言葉だったのに……」

 

そんな事は……いや、あったな。

 

「おかしいか?」

 

「う、ううん! そんな事無いよ!? 凄く良いと思う! 思うん、だけど……」

 

何だ? 何かあるのか?

 

「……あのねゆう君、今の笑顔との組み合わせ、他の有象無象共に見せちゃ駄目だよ? 絶対に、確実に、勘違いさせちゃうから」

 

「……笑顔?」

 

気付かなかったが、俺は笑っていたらしい。

 

だが勘違いってのは何の事だ?

 

「もう、相変わらずゆう君は自己評価が低いんだから……まぁ、それもゆう君の良い所なんだけど、もっと自分に自信を持って! この天才束さんのお墨付きなんだから!」

 

「そう、なのか?」

 

「そうなの! でも自信を持ったからってここにいる有象無象共を取っ替え引っ替えする様な子になっちゃ駄目だよ!? そんなのお姉ちゃん許しませんからね!?」

 

「……シバかれたいのか?」

 

そんな考えなんざ微塵も持ち合わせていない、そんな面倒事を起こす筈が無いだろうが。

 

そういう相手は一人だけに決まってるだろう、所謂浮気や二股とかってのをする様な屑になんかなりたくも無い。

 

「冗談冗談! ゆう君はそういう事をしないってわかってるから! でも自信を持って欲しいのは本当だからね?」

 

「善処する……ところでこれ、どうすれば戻るんだ?」

 

「それは簡単、ISに語りかければ良いんだよ! そうすればゆう君に応えてくれるから!」

 

その言葉に半信半疑ながらもISに戻る様に念じると、装甲が淡い光を放ったと同時に消えて行った。

 

そして、首に違和感を感じた。

 

「……おい、これはどういう事だ?」

 

「あーえっと、ISの待機状態はそれぞれ違うのは知ってるよね? 色々あるけど、その子はそうみたい」

 

首の違和感の正体、それは黒い金属製の首輪だった。

 

幸いにもそこまでゴツい物では無いが、まるで犬に着ける首輪も同然だ。

 

「何とかならないのか?」

 

「えっと、いくら天才の束さんでも待機状態を変えるのは無理かな……で、でも大丈夫! それはそれで需要があって良いと思うよ!?」

 

親指を立てて眩しい程の笑顔で言われた言葉に、割と本気で殺意が芽生えたが、貰った物に文句を言う訳にはいかない。

 

「……わかった、これで構わない」

 

「そう言って貰えて良かったよ……おっと、これ以上長居は出来ないからそろそろ私は行くね?」

 

「あぁ」

 

「もし機体に違和感とかがあったら言ってね? まぁ私が設計したから間違ってもそんな事は無いと思うけど」

 

「大丈夫だ、そこは信頼している」

 

「……ありがと、ゆう君」

 

そう言って、入って来た窓に足を掛けて首だけで振り向く。

 

「じゃあまたね、ゆう君」

 

「あぁ、帰ったら"クロ"にも宜しく言っておいてくれ」

 

「うん、ちゃんと伝えておくね、バイバイ!」

 

別れの言葉と共に窓から落下する束、普通に考えれば只の転落事故だがあいつの事だから大丈夫だろう。

 

窓の外を見れば、案の定束の姿は無かった。

 

「……相変わらずだな」

 

開け放たれていた窓を閉めながら、思わずそう呟いた。



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第7話 晴らすべき疑念

束が帰ってから、部屋を出て校舎の方へと移動していた。

 

この機体、黒狼が専用機となったからには報告しなければならないからだ。

 

それに、一週間後の試合に向けてアリーナを借りて実際に動かす必要があるからな。

 

校舎を進み、目的の場所である職員室へと辿り着いた。

 

この時間ならまだ職員室にいる筈だが……。

 

「入るぞ」

 

中に入り他の教師達の視線を受けながらも目的の奴を探す。

 

すると奥の方に額に手を当てながら呆れた表情を浮かべている織斑千冬を見付けた為そのまま職員室を進んで行った。

 

「お前な……生徒が職員室に入るのに『入るぞ』は無いだろうが、失礼しますの一言は言えんのか?」

 

「……気が向いたらな」

 

「はぁ……それで? お前がわざわざ呼ばれもしないのにここに来るとは、どういう風の吹き回しだ?」

 

「頼みがある、何処でも良いから空いているアリーナを借りたい」

 

「アリーナを? 悪いが予約を確認しない内には直ぐにというのは無理だ。 一週間後の試合に向けて特訓をしたいんだろうが、訓練機は生憎二週間先まで予約は埋まっている」

 

「いや、訓練機は必要無い、アリーナだけで構わないんだが?」

 

「何? 訓練機も無しにアリーナで何をするつもりだ?」

 

その言葉に、首に着いている首輪を指差す。

 

初めは訳がわからないといった様子で首を傾げていたが、段々とその表情が驚愕へと変わっていった。

 

「五十嵐……まさかそれは……!」

 

「……そういう事だ」

 

「っ……! 五十嵐、着いてこい!」

 

立ち上がり、近くにいた別の教師に席を離れる事を伝えてから俺達は職員室を後にした。

 

 

 

 

前を歩く織斑千冬に着いて行くと、職員室から少し離れた所にある応接室へと通された。

 

「……どういう事か説明して貰おうか?」

 

中に入って直ぐに此方へと振り向き尋ねて来る。

 

「どうもこうも、ISを受け取った、それだけの話だ」

 

「そんな簡単に済む話じゃない、ISがそんな簡単に手に入る代物で無い事はお前もわかっているだろうが」

 

全て話せ、視線だけでそう訴えているのがわかった為に俺は先程の一件を全て話した。

 

その話の最中、段々と表情が沈んでいく様が滑稽に見えたが、流石に口にはしなかった。

 

「只でさえお前達二人の事で手続きやら何やらで手一杯だと言うのに、ここに来て専用機、しかも"468個目"のISコアで作られた機体? また仕事が……残業が……上にどう説明をすれば……はぁ……」

 

椅子に深く座り、愚痴を溢しながら大きく溜め息を吐くその姿は見るだけで疲れきっていた。

 

「……五十嵐、お前束と面識があったのか?」

 

「てっきり知っていると思ったが……?」

 

「知る筈が無いだろう、第一お前の経歴を見せられた時は目を疑いたくなってしまった程に"何も無かった"んだぞ?」

 

何も……そうだな、俺には何も残っていない。

 

「……束とは訳あって暫くの間一緒に暮らしていた。 俺にとっては恩人だよ、あいつは」

 

「束が、恩人……なら、入学する事になったのも束が原因か?」

 

「いや、それは少し違う、束のラボを整理していた時に偶然触れたISが反応したんだ。 束もかなり驚いていたから何も知らなかった筈だ。 それで初めは束の開発や実験の手伝いをしていたんだが、織斑がISを動かしたのを知った束が急に学校には通った方が良いと言い出してな」

 

「あいつ、自分はろくに学校に通わなかった癖に人にはそんな事を言うのか……ん? 待て、ならお前の方が先にISを動かしていたのか?」

 

「そうだな、織斑が動かす一年ぐらい前だった筈だ」

 

その言葉を聞いて、織斑千冬は額に手を当てながら顔をしかめた。

 

束の奴、話は通したと言ってたが……先程の反応といい今の反応といい、全然話していない。

 

さては面倒臭がったな。

 

「……わかった、アリーナの件は私が何とかしよう」

 

「……感謝する」

 

「それとその専用機の事は上に報告するが、それは我慢しろ」

 

それは仕方ないだろう、束がISコアの製造をやめてしまった今、世界に限りのあるISコアだが、この黒狼は新たなISコアを使用して作られた機体だ。

 

下手に知られれば世界中の国が躍起になるのは目に見えているからな。

 

「……それと、一つ聞きたいんだが良いか?」

 

「何だ?」

 

「お前はあいつを、束の事を恩人だと言ったが、あいつは他人には全くと言って良い程に興味すら示さない奴だった。 それなのにお前は一緒に暮らしていたとも言っていたし……あいつは、変われたのか?」

 

"変われたのか?"

 

その一言に、胸の奥から何かが込み上げそうになった。

 

「……変われた、というのはどういう意味だ?」

 

無意識の内に、声が低くなる。

 

その雰囲気を察したのか、罰の悪そうな表情を浮かべる。

 

「あ、いや……」

 

「……束が変わったのかどうかは知らない。 だが束は俺を、そしてクロを、当てもなく誰も助けてくれなかった俺達に救いの手を差し伸べてくれた。 世界中の何も知らない屑共が束の事をマッドサイエンティストだなんだと好き勝手言ってるが、あいつはそんな奴じゃない」

 

どのメディアでも束の事をマッドサイエンティストだと、人の皮を被った人外だと、世界中の人間を人間として見ていないと。

 

散々聞いて来た、見て来た。

 

その度に、束は何とも無い様に振る舞っていたが、その瞳の奥にあったのは……確かに、哀しみの色だった。

 

そもそも、そう思わせたのは、自分達自身であるとわかっているのか?

 

ISを兵器として定義付け、争いの火種として広げたのは自分達であるのに。

 

束が求めていたISの姿は兵器としての姿じゃない、あいつが本当に求めていたものは……。

 

「……あいつはお前の事を親友だと言っていた、昔からの付き合いなんだろ? そのお前があいつの事を理解してやらないのか?」

 

「……すまない」

 

目を伏せる織斑千冬、その沈んだ姿を見て頭に登りかけていた血が急速に冷めて行く。

 

……落ち着け、こいつに当たった所でどうする。

 

それにこいつは束の昔からの親友、そんなこいつが本心から束の事をそんな風に思っている筈が無いだろうが。

 

「……いや、俺も悪かった。 だがせめて親友であるお前だけは、束の事を信じてやってくれ」

 

それだけ伝え、俺は退室する為に立ち上がり背を向ける。

 

っと、そうだった、束から伝言を頼まれていたんだったな。

 

「そういえば束からの伝言だ。 『部屋でのだらしなさはもう直ったのか?』だとさ」

 

「……は? はぁっ!? ちょ、待て、五十嵐!?」

 

「何の事かわからないが、伝言はそれだけだ……アリーナの件は頼んだ」

 

背後で騒ぎ続ける織斑千冬を置いて後ろ手に扉を閉めてから、俺は部屋へと戻るのだった。



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第8話 歩み寄る心

「……えっ? い、五十嵐さん?」

 

「ん?」

 

あれから寮へと戻り、部屋の鍵を開けた所で後ろから声が聞こえた。

 

振り向くと、そこには驚いた表情を浮かべるオルコットの姿が。

 

「オルコット……」

 

「あ、その……い、五十嵐さんも此方の寮に住みますの?」

 

「あぁ、放課後に急に言われてな」

 

「そう、なんですの……」

 

そこで会話は終わってしまった。

 

違う、昼の事を謝罪したいんだが……いや、謝罪はオルコットに止められているから出来ない。

 

どうするべきか……。

 

そこでふとオルコットの表情をよく見てみれば、オルコットもまた何かを言いたそうにしている様に見えた。

 

「……立ち話もなんだ、部屋に入るか? 飲み物ぐらいなら出せるが」

 

「はぇっ!?」

 

何処から出したんだ、今の声は……。

 

「あ、その……えっと……お邪魔、しますわ……」

 

了承の返事を聞いてから、扉を開けてオルコットを部屋に通す。

 

初日から、織斑千冬に冗談で言われた事をしたのだと気付いたのは、後から指摘されてからだった。

 

 

 

 

「珈琲しか無いが、大丈夫か?」

 

「は、はいっ!」

 

俺の使う予定では無い方のベッドへと座らせ、最初から備え付けで用意されていた珈琲を淹れる。

 

何やらオルコットが先程から様子がおかしいが……。

 

疑問に思いながらも淹れた珈琲をオルコットへと差し出し、俺ももう片方のベッドに向かい合う形で座る。

 

「どうかしたのか?」

 

「え? い、いえ! 何でもありませんわ!」

 

「……なら、良いんだが」

 

明らかに何でも無い訳が無いんだが……先程から視線をあちこちにさ迷わせ、顔も僅かに赤い様な気がする。

 

「まさか、体調が悪いのか? もしそうなら無理せずに部屋に戻った方が……」

 

「ほ、本当に大丈夫ですから!」

 

そう言って受け取った珈琲を大きく一口飲み、途端に顔をしかめた。

 

「あぅ……に、苦いですわ……」

 

「あぁすまない、ブラックで淹れていた」

 

立ち上がり、キッチンから角砂糖を持って来る。

 

そのままオルコットに手渡せば、珈琲にそこそこの量を入れてから恐る恐るといった様子で再度口を付けた。

 

「ふぅ……よくこんなに苦いものが飲めますわね? うぅ、まだ口の中がおかしいですわ……」

 

「……ふっ、くくっ」

 

その本当に苦そうに舌を出しながら言う姿に、堪えきる事が出来ずに思わず笑ってしまった。

 

「むぅ……笑わないで下さい」

 

「悪い、完璧だと思っていたのにこんな弱点があるとは思わなくてな」

 

「べ、別に私は完璧なんかではありませんわ」

 

「そうか?」

 

「そう言って頂けるのは光栄ですが、私はまだまだ至らない事ばかり。 もっと自分自身を磨かなければいけませんもの」

 

今の年齢で代表候補生まで登り詰めているにも関わらず、傲る事無く精進し更なる高みを目指すその姿に思わず感心した。

 

普通なら代表候補生になった時点で自分の事をエリート扱いする奴が大半の筈だ。

 

しかしオルコットは初めの口調こそ高圧的ではあったが、ISの事を尋ねた俺にきちんと分かりやすく説明し てくれた。

 

今日の様に時折プライドから熱くなりやすい所がある様だが、話を聞いてちゃんと考え直す事が出来る。

 

 

「あの、ところで五十嵐さん、一つお聞きしたいのですが宜しいでしょうか?」

 

「何だ?」

 

「その首に付けているのは……チョーカー、ですの? その様な物を付けていたのですか?」

 

「……そうだな、オルコットには伝えておきたい。 出来れば他の奴には内密に頼む」

 

その言葉にオルコットは表情を真面目なものに変える。

 

「こいつは黒狼、俺の専用機になったISだ」

 

「っ!? せ、専用機を持っていらしたんですの!?」

 

「いや、ついさっき受け取った。 468個目のISコアを使用した第三世代機だ」

 

「468個目……それはつまり、篠ノ乃博士の……!?」

 

「……そういう事だ」

 

驚き唖然とするオルコットだったが、やがて表情が変わった。

 

「……五十嵐さん、私はイギリスの代表候補生ですのよ? 私がその機体の事を本国に報告するとは考えなかったのですか?」

 

真剣で、鋭い瞳が俺を真っ直ぐに見つめて来る。

 

 

……蒼く、美しい色だ。

 

「……オルコットなら信用しても良いと思ったんだ。 それに今回の試合、今日伝えた様に俺は正々堂々と戦いたい」

 

「私がそんなに甘い人間だと思っておりますの? 機体だって、私がこのまま何も貴方に伝えなければ貴方が勝手に情報を晒して不利になっただけですわ」

 

「確かにそうだな、だがオルコットはそんな事をする様な奴じゃない、そう思ったから伝えた」

 

俺の言葉に、オルコットは表情を変える事無く黙っている。

 

そのまま沈黙が続くが、互いに視線は逸らさない。

 

 

 

 

「……はぁ、参りましたわ、私の負けです」

 

オルコットが小さく笑みを溢すと、それまでの雰囲気が嘘の様に感じる。

 

「ご安心下さい、貴方が仰った様に本国に報告なんてしませんわ」

 

「……俺から言っておいて何だが、それでも良いのか?」

 

「確かに代表候補生として、この話は本国に報告しなければならないのかもしれません。 しかしそれは貴方の信用を裏切る行為、オルコット家の誇りに傷を付ける行為ですわ……それに、貴方の信用を、失いたくありませんもの」

 

そう言って柔らかい笑みを浮かべるオルコット、その眩しい程の笑みに俺は思わず見惚れてしまった。

 

「五十嵐さん? どうしましたの?」

 

思わず惚けてしまったが、オルコットの呼び掛けに我に返る。

 

「悪い、何でも無い」

 

「そ、そうですの?」

 

首を傾げるオルコットにそれだけ返し、残った珈琲を一口に呷る。

 

「……武装はまだデータとしてしか見ていないが、近距離と遠距離両方の武装が備わっている、試合までどれくらい使えるのかわからないから俺から教える事が出来るのはこれだけだ」

 

「教えるって……普通、試合をする相手に武装を教えるなんて考えられない事ですのよ?」

 

「そうだな、だが今回の試合に関しては別だと思っている。 オルコットにしっかりと向き合って試合がしたい……まぁ、俺の勝手な意地だが」

 

「それは、男としてのプライドというものですの?」

 

「……そうだな」

 

下らないと一蹴される、鼻で笑われる、そう考えていたがオルコットは何故か優しい笑みを浮かべているだけだった。

 

「わかりましたわ、ですが武装を教える必要はありません。 ISの事を教えて頂けるだけで私は構いませんわ」

 

そう言うとオルコットは髪を耳に掛け、耳に付けられたイヤーカフスを俺に見せて来た。

 

「私の機体は第三世代機《ブルー・ティアーズ》ですわ。 遠距離攻撃を主体にし、大型のレーザーライフルと遠隔無線誘導型の『BT兵器』を装備しています」

 

突然告げられた言葉に、思わず固まってしまった。

 

「これで対等になりましたわね?」

 

「な、何故、そんな……」

 

「私だけが聞くなんておかしいと思いませんの? それに五十嵐さんがきちんと向き合い正々堂々勝負をしたいと仰った様に、私も向き合って勝負をしたい、そう思ったんです」

 

「そう、なのか」

 

「……正直に言いますと、今回の五十嵐さんとの試合、勝ち負けには拘っていませんの。 私はただ五十嵐さんの意思を、心を確かめたいのですわ」

 

その言葉に、目を見開く。

 

こんな風に、真剣に俺に踏み込もうとしてくれたのは只一人、束だけだった。

 

オルコットが、ここまで真剣に向き合おうとしてくれているとは知らなかった。

 

「ですから五十嵐さんが望む様に、私も正々堂々勝負をさせて頂きますわ」

 

……あぁ、そうか。

 

束だけじゃ無かったんだな。

 

こんな俺に、踏み込もうとしてくれる奴が、他にもいたんだな。

 

「……オルコット、ありがとう」

 

「はぅっ……!?」

 

礼を言った瞬間、オルコットは息を飲んで固まってしまった。

 

頬も何やら赤くなっている様だが……一体、どうしたんだ?

 

「オルコット、どうしたんだ?」

 

「あ、ぅ……い、今のは、狡いですわ……」

 

「……狡い?」

 

何の事だ?

 

疑問を抱いたが、その後も結局オルコットは教えてくれる事は無かった。



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第9話 食堂での一時

「……なぁ、オルコット」

 

「な、何でもありませんわ!」

 

駄目だ、全く教えてくれない。

 

「そ、それより五十嵐さん!? もう夕食は召し上がりましたの!?」

 

あからさまに話を変えられたが……確かにまだ食っていないな。

 

首を横に振れば何故かオルコットは先程と同じくらい、いやそれ以上に真剣な表情で俺に尋ねて来る。

 

「もし五十嵐さんが宜しければ……ゆ、夕食をご一緒に如何ですか? その、確か五十嵐さんはまだ食堂に行った事が無い筈ですし……」

 

「……確かにそうだな」

 

昼は購買、朝はホテルから学園に向かって来る時に適当に買ったものを食っただけ。

 

また購買でも良いが、一人で食うより誰かと一緒に食う方が良いかもしれないな。

 

「わかった、なら一緒に行っても良いか?」

 

「っ……はい! 是非!」

 

何やら嬉しそうだが……いや、そういえばオルコットも昼に屋上で一人だったな。

 

オルコットも俺と同じ考えなんだろうか?

 

「では早速行きましょう!」

 

立ち上がるオルコットに俺も続き、食堂に向かう為に部屋から出た。

 

 

 

 

「……えっ? い、五十嵐君に、オルコットさん……?」

 

鍵を掛けたと同時に後ろから掛かる声、そちらに振り向けば相川と見覚えの無い二人の女が何やら驚いた表情で立っていた。

 

「相川か、どうかしたか?」

 

「え、あの、五十嵐君こそどうして?」

 

「放課後に急に言われて今日からこの寮に住む事になった」

 

「そ、そうじゃ無くて……どうしてオルコットさんが五十嵐君の部屋から?」

 

その言葉に相川が何を考えたのか漸く理解した。

 

確かに男の俺の部屋からオルコットが出てくれば変な誤解を生む。

 

横目でオルコットを見れば何故か頬を赤らめて俯いている……面倒だが、俺が説明するしか無いか。

 

「少し話をする為に俺が部屋に入れただけだ、今度の試合に関する事でな」

 

「ほ、本当にそれだけ?」

 

「……しつこいぞ、それだけだと言ってるだろ?」

 

「あ、ごめんなさい! ちょっと驚いちゃって……」

 

全く、幾ら何でも初日からそんな問題を起こす馬鹿がいる筈が……。

 

「さっきも織斑君がバスタオル姿で木刀を振り回している女子に追いかけられてたから、もしかして五十嵐君も何かしたのかと思って……」

 

……前言撤回、一人いたな、馬鹿が。

 

というか何をすればそんな状況になるんだ? 全くもって理解出来ない。

 

「あ、それより五十嵐君もご飯食べに行くの? 良かったら私達と一緒にどうかな?」

 

「俺は構わないが……オルコット、どうする?」

 

そうオルコットに尋ねると何故か返事が無い。

 

不思議に思い視線を向ければ、蒼い瞳が何やら俺を睨んでいた……頬を膨らませて唸りながら。

 

何故だ?

 

「……オルコット、どうした?」

 

「別に、何でもありませんわ」

 

「いや、どう見ても何でも無いという様には見えないんだが?」

 

「随分と仲が良い様ですから、私は放っておいてその方達と食べたら宜しいのではなくて?」

 

「……何を言ってるんだ?」

 

「えっ?」

 

「先に食事に誘ってくれたのはオルコットで、俺はオルコットに誘われたから食堂に行こうと思ったんだが?」

 

「……ふぇっ?」

 

「もしオルコットが嫌だと言うのなら相川の誘いは断る、そもそも俺はオルコットと一緒に食いたいんだが……駄目か?」

 

「えっ、あの……あぅ……」

 

顔を耳まで真っ赤にして固まるオルコット、そんなオルコットと俺を相川達が何故か羨望の眼差しで見て来る。

 

「……その、ご一緒しても、宜しいですわ」

 

「そうか、ありがとう……なら相川、一緒に良いか?」

 

「……え? あ、う、うん! 勿論良いよ!」

 

我に返った相川達と共に、食堂へと向かった。

 

 

 

 

食堂に入ると、ほぼ全員の視線が俺に一斉に集まった。

 

その視線を面倒に思いつつ、券売機に並んでメニューを眺める。

 

……流石はIS学園だな、世界中から学生が集まるからメニューの種類もかなり豊富だ。

 

食券を買い、カウンターで年配の女に渡す。

 

その際無料で大盛に出来ると聞いて迷わず大盛にする。

 

大盛にするのに値段が変わらないのはありがたい、入学するにあたり学費は全額束が払ってくれており、それとは別に食事等の生活費として口座を作って俺に渡してきたのだが……如何せん、あいつの金銭感覚は常人とは違っている。

 

口座にはゼロが七つ程多い金額が入っており、こんなに貰う訳にはいかないと訴えたのだが束は聞く耳を持たずに無理矢理渡して来たのだ。

 

確かに学生で収入は無く、その金を使わなければならないのだが、いずれ返す為にも無駄遣いは避けなければならない。

 

そんな考え事をしている内にトレイに乗った料理を渡され、そのまま全員で座れる席を見付けて席に着いた。

 

「そういえば五十嵐君、私は自己紹介したけど二人とは話した事も無いよね?」

 

「そうだな……五十嵐悠人だ」

 

「あ、えっと、鏡ナギです。 宜しくお願いします」

 

「私は布仏本音だよ~宜しくね~?」

 

二人共教室で姿だけなら見たが改めて自己紹介をした。

 

鏡は何とも大人しい奴で、布仏は……不思議な空気を纏っている。

 

「オルコットさんはさっきの事もあったし大丈夫だよね?」

 

「え、えぇ、大丈夫ですわ」

 

さっきの事? 何かあったのか?

 

「それなら良かった……それにしても五十嵐君、本当に凄い量だね」

 

四人の目が俺の食事に向けられる。

 

俺が頼んだのは唐揚げ定食、湯気が立ち香ばしい香りが食欲を誘う。

 

だが大盛にしたが、まさかご飯だけで無く味噌汁にサラダ、唐揚げと全てが大盛になるとは思わなかったな。

 

「た、食べきれるんですの?」

 

「問題無いな、普段食う量とそこまで変わらない」

 

手を合わせ、早速食べ始める。

 

うん、購買といい食堂といい、味付けが素晴らしいな。

 

「……何か、五十嵐君って思ってた人と違うんだね?」

 

向かいに座る鏡の言葉に、他の三人が同意している。

 

「それは私も思ったんだよね、ちゃんとお礼言ってくれるし、優しいし」

 

「……そうですわね、とても優しいですわ」

 

「あれ~? セシリー何かあったの~? 怪しい~」

 

「セ、セシリー……? それは、私の事ですの?」

 

「そうだよ~可愛いでしょセシリー」

 

「えぇっ……」

 

「それからね~五十嵐君はゆうゆう~」

 

「……あぁ?」

 

「だからゆうゆう~可愛いでしょ~?」

 

「……はぁ、好きにしろ」

 

「わーい! 宜しくねゆうゆう~!」

 

まるで珍獣扱いをされている気がするが、恐らくこいつには何を言っても無駄なんだろう。

 

先程から相川と鏡が何も言わずに苦笑いをしている事からそれが伺える。

 

諦めて食事を再開する。

 

 

 

 

「ああああああっ!?」

 

 

 

 

食堂に、誰かの大声が響き渡った。

 

全員がカウンターの方を驚いた表情で見ており、俺達もそれに習って視線を向ければそこには馬鹿……織斑の姿があった。

 

何をそんな大声を上げているんだ? そう思っていると何やら織斑は俺の方へと真っ直ぐ向かって来る。

 

「おい悠人! どういう事だよ!?」

 

「……何がだ?」

 

「何で食堂に来るのに教えてくれなかったんだよ!? 昼間は用事があるって言うから我慢したのに!」

 

「明日以降ならと言ったが?」

 

「でも今日来るなら教えてくれれば良かっただろ!?」

 

教えるも何も、別に約束した覚えは無いんだがな。

 

相手をするのを面倒に思って来た所で、隣に座るオルコットが立ち上がって織斑に立ち憚る。

 

「ちょっと貴方、五十嵐さんが困っていますわ、それにここで騒ぐと利用している他の方達にも迷惑が掛かります」

 

すると織斑が視線を俺からオルコットに変えた。

 

「……何だよ、男だからって散々な言い様で、日本をあれだけ馬鹿にしてた癖に何で悠人と一緒にいるんだよ?」

 

「それは……本当に、申し訳無い事を言ってしまいましたわ。 ですが五十嵐さんに言われて、皆さんに誠心誠意謝罪しましたの」

 

「そ、そうだよ織斑君! オルコットさんはわざわざ放課後にクラスの皆の部屋を回ってきちんと謝ってくれたんだよ!?」

 

成る程、さっき言ってたのはその事だったのか……恐らく俺が束と会い、職員室に行っていた時か。

 

相川からの言葉に織斑は罰の悪そうな表情を浮かべたが、直ぐに元に戻る。

 

「皆に謝ったのに、俺は謝られて無いけど?」

 

「そ、それは……」

 

「結局、男だからって内心まだ馬鹿にしてるんじゃ無いのか?」

 

その言葉に反論しようとするオルコットだが、何も言えずに俯く事しか出来ない。

 

我慢の限界だ……それに、オルコットのこんな表情、見たく無い。

 

「織斑、そこまでにしておけよ」

 

オルコットと織斑の間に割って入る様に立ち、オルコットを後ろに庇う様にする。

 

「ゆ、悠人……?」

 

「……オルコットは他の奴らにはもう謝って和解した、それなのにあの話を引き合いに出す必要があるのか? それにお前は謝られていないと言っているが、その原因は俺だ。 オルコットに謝罪は試合が終わった後に聞くと、それまでは気負う事無く正々堂々と、あの時の気迫を持って勝負をする様に言ったんだ」

 

「……えっ?」

 

「オルコットに非は無い、だがそれでお前が不快に思っているというのなら俺が代わりに頭を下げよう」

 

「ま、待ってくれよ! 悠人は何も悪く無いだろ!?」

 

慌てる織斑、後ろに立つオルコットも不安そうに俺の服を握って来る。

 

「なら、これ以上オルコットに噛み付く必要は無いだろ? 俺は構わないが、オルコットの言う通り食堂にいる他の奴らに迷惑が掛かる」

 

俺の言葉に漸く織斑は周りの状況に気付いた。

 

全員が食事の手を止め、一言も話す事無く俺達の方を心配そうに見つめている事に。

 

「あ……」

 

「……言ってる事、わかるな?」

 

止めの言葉に、織斑は目を伏せて深く頭を下げた。

 

「……ごめん、つい剥きになってた。 皆も……オルコットさんも、悪かった。 ちょっと頭冷やして来るよ……」

 

「あぁ、そうして来い」

 

もう一度頭を下げると、織斑は食堂から立ち去った。

 

その後ろ姿を見送っていると、掴まれていた服を軽く引かれる。

 

視線を向ければ不安そうな表情のオルコットが。

 

「五十嵐さん……私……」

 

「気にする必要は無い、あいつも虫の居所が悪かっただけだろ。 それにオルコットがあいつが言った様な事を考えている筈は無いとわかっているからな」

 

安心させる様にそう伝えれば、オルコットは静かに頷いた。

 

 

 

 

「や、やだ、格好良い……」

「あんな風に……」

「守られたい……」

「クールな紳士、良い……!」

 

 

 

 

食堂のざわつきが戻ったかと思えば、何やら俺の事を言ってるらしい……正直、喧しい。

 

「……はぁ」

 

溜め息を吐きつつ、これ以上冷めない内に食べてしまおうと席に戻る。

 

「五十嵐君……格好良い……!」

 

「……は?」

 

「あの、えっと、格好良かったです……!」

 

「……あ?」

 

「ゆうゆう凄いね~! まるでお姫様を守る騎士(ナイト)みたいだった~!」

 

「……あぁ?」

 

目の前の三人から好き放題言われ、思わず顔をしかめてしまう。

 

好き勝手言ってるが、俺は別に何も……。

 

「あ、あの、五十嵐さん……」

 

「ん?」

 

「その、ありがとうございました……」

 

突然礼を言われ、首を傾げてしまう。

 

「別に礼を言われる事はしていないが?」

 

「そんな事ありませんわ、布仏さんも仰いましたが、本当に騎士(ナイト)みたいでした」

 

「そんな事無い、俺はただオルコットの困っている姿を見たく無かっただけだ」

 

「……えっ?」

 

固まるオルコット、そして向かいに座る三人。

 

……しまった、今のは口が滑った、流石に恥ずかしい。

 

残っていた食事を詰め込み、手を合わせる。

 

「ご馳走さまでした」

 

「「「「早っ!?」」」」

 

「悪いが先に部屋に戻る」

 

それだけ伝え、俺は四人に背を向けるのだった。

 

 

 

 

食堂から出て早足で自室へと向かいながら、俺は先程の失言について考えていた。

 

オルコットが困っていた、その表情を見て、真っ先に思い浮かんだのは見たく無いというものだった。

 

何故、そんな事を思ったのか。

 

思えば、初めてオルコットを見た時からおかしかった。

 

思わず目が離せなかった、気が付いたら目で追ってしまっていた、沈んだ表情を見たく無かった、あの優しい笑顔を浮かべて欲しいと思った。

 

オルコットの事が、頭から離れなかった。

 

これは……?

 

その感情が何なのかわからず、混乱しながら部屋へと戻るのだった。



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閑話 騎士の背中

『何で悠人と一緒にいるんだよ?』

 

食堂で、織斑一夏に言われた言葉に私は何も言い返す事が出来ませんでした。

 

教室で私が発したあの言葉、男性を、日本人を貶す言葉。

 

例えクラスの皆さんに謝罪をしたとしても、皆さんが許して下さったとしても、あの発言をしてしまったのは事実。

 

彼の言う通りですわ、そんな私が今更、例え優しく接して下さるからと言って五十嵐さんの隣にいる事など許されないのでしょう。

 

私は……もう……。

 

 

「織斑、そこまでにしておけよ」

 

 

私の目の前に立つ、広く大きな背中。

 

顔を上げれば、五十嵐さんが私と織斑一夏との間に立っていました。

 

混乱する私の目の前で、五十嵐さんは私を庇う様に説得し、そしてあろう事か私の代わりに謝罪するとまで言って下さったのです。

 

そんな、何故私なんかの為に……。

 

そのまま説得が終わり、五十嵐さんは私の方へと向き直り安心させる為か大丈夫だと、一言そう言って下さりました。

 

女性を守るその姿は、私が幼い頃に憧れた、古き良き騎士(ナイト)の姿そのもの。

 

周囲の方々や他の三人が口にした様に、とても格好良い姿でしたわ。

 

そして彼は一言、私の困っている姿を見たく無かっただけだと、そう言ったのです。

 

その瞬間、私の感情は確信に変わりました。

 

私は、彼に惹かれていると。

 

この感情は嘘偽りの無い、私の本心であると。

 

 

 

 

その後、五十嵐さんは先程の発言が恥ずかしかったのでしょうか、急いで食べ終えると一足先に食堂から立ち去ってしまいました。

 

残された私達はその後ろ姿を呆然と眺める事しか出来ませんでした。

 

「……はぁ、良いなぁオルコットさん」

 

突然、相川さんが発した言葉に私は思わず肩をびくりと震わせてしまいました。

 

「え、な、何がですの?」

 

「五十嵐君、見た目と違って優しいんだってわかるけど、オルコットさんには特別な感じがするよね?」

 

「う、うん、オルコットさんには、心を許してるみたいな……」

 

「そうだね~もしかしたらゆうゆう、セシリーの事が"好き"なんじゃないかな~?」

 

「……えっ? えぇっ!?」

 

三人の言葉に、私は狼狽えてしまいました。

 

そんな、五十嵐さんが私の事を……そうだったら嬉しいですが……い、いえいえ! そんなの駄目ですわ!

 

目の前の三人と顔を合わせられなくなり、そのまま俯いてしまいました。

 

「……でも、五十嵐君って本当に凄いね? 同じ男子だとしてもオルコットさんを守る為にあんな風に言えるなんて」

 

「うん、乱暴にじゃなくて、あんな風にしっかりと冷静に言い聞かせて……本当は少し恐い人なのかと思ってたけど、全然違うんだね」

 

その言葉には、大いに同意しますわ。

 

確かに初対面では少し恐いと思ってしまいますが、話をすれば彼がとても優しく、そしてどんな事にも真っ直ぐに向き合う方なのだとわかりますもの。

 

 

「ねぇオルコットさん、五十嵐君とも試合をする事になったけど、どうするの?」

 

どうする、それは代表候補生の私が、五十嵐さんに本気で挑むのかどうかというものでしょう。

 

「……五十嵐さんが私に謝罪は試合が終わった後に聞くと、それまでは気負う事無く正々堂々勝負をする様に仰って下さいましたわ。 その五十嵐さんの言葉と意思を尊重して私は全身全霊で、本気で挑ませて頂きますわ」

 

「「「えぇっ!?」」」

 

三人が驚いて大声を上げました。

 

「だ、だって五十嵐君って、ISを動かしたって言っても稼働時間はそんなに無い筈でしょ!? それに試合だって訓練機だろうし、危ないんじゃ……?」

 

「それは……」

 

そこで私は口を閉じました。

 

五十嵐さんと約束したではありませんか、専用機の事は他言無用と、それなのにここで話してはいけませんわ。

 

「……それでも、私は本気でやりますわ。 手加減するのは五十嵐さんのプライドに傷を付ける行為、五十嵐さんを裏切るのと同じ事ですもの。 そんなの、私は絶対に嫌ですわ」

 

五十嵐さんが私に言って下さった、しっかりと向き合いたいという言葉。

 

ならば私も、例えどの様な結果になろうとも、それに答えたいですわ。

 

 

ふと、突然三人が何も言わなくなった事に気付きました。

 

視線を向ければ、何故か三人は一度互いに顔を見合わせてから頷き、やがて何か意味深な笑みを顔に張り付けて私を見て来ました。

 

……な、何ですの?

 

「なんか、ご馳走さま」

「オルコットさん、変わったね?」

「ゆうゆうは愛されてるね~」

 

「はいっ!? 何ですの急に!?」

 

「うんうん、皆まで言わずともわかってるから」

「私は、その方が良いと思うよ?」

「愛の成せる業だね~?」

 

「や、やめて下さいまし!? 私はそんな……!」

 

どう反論しても、三人は食事を終えるまでずっと温かい目で私を見続けていました。

 

何だか、負けた様で悔しいですわ……。

 

 

 

 

「全くもう、あの方達は……」

 

食事を終え、自室に戻る途中の廊下で私は思わず言葉を漏らしてしまいました。

 

結局最後までからかわれてしまいましたね。

 

……ですが、彼女達との食事は、とても楽しかったですわね。

 

今まで食事と言えば自分一人、誰かとの食事となれば息苦しいと思う様な正に腹の探り合いをしながら。

 

あの様に、笑いながら食事をしたのなんて、いつ以来だったでしょうか?

 

もし私一人だったらあの場にいる事は無かった……これもまた、五十嵐さんのお陰ですのね。

 

「……ふふっ」

 

本当に五十嵐さんは凄い方ですわ。

 

私に色々な大切なものを授けて下さり、気付かせて下さいますもの。

 

不思議で、格好良くて、そして優しい五十嵐さん。

 

もし、叶うのなら、私は……。



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第10話 赫怒

「ん……くぁ……」

 

我慢しようとしているにも関わらず、無情にも欠伸が漏れる。

 

昨晩、寝ようとしても中々眠れずにいた為に少々寝不足だ。

 

しかし寝不足だからと言っても何の言い訳にもならない。

 

場所から寮の外、ジャージに着替えて以前から毎日の日課にしている早朝のトレーニングをする。

 

トレーニングと言っても柔軟とランニング、そして筋トレだが。

 

この学園の敷地は中々に広く、調べた限りでは普段走る距離と敷地の外周の距離はほぼ一緒だった。

 

しっかりと柔軟を済ませ、早速走り出した。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

ランニングと筋トレを終え、寮の入口へと戻って来る。

 

坂が幾つもあり、これから毎日走る事になるが中々悪くないコースだった。

 

それにこの時間から出歩く奴はいない様で、静かに自分のペースで進める事が出来るのも良いな……。

 

そのまま部屋に戻る為に廊下を歩いていると、向こうから見覚えのある黒髪の女が歩いて来た。

 

確かあいつは、織斑と話をしていた……。

 

向こうも俺に気付いた様で、近くまで来ると立ち止まって俺を見上げて来た。

 

「確か、五十嵐……だったか?」

 

「あぁ、そうだが?」

 

「まだ早朝だが、服装を見るに鍛練をしていたのか?」

 

「……あぁ」

 

俺の言葉に、何故か女は嬉しそうに微笑みながら腕を組んだ。

 

「うん、良い心掛けだな、毎日の鍛練は己の成長に繋がる。 一夏にも見習って欲しいものだ」

 

……随分と上から目線だな、こいつ。

 

「……悪いが、名前を覚えていないんだが?」

 

「む、それはすまなかった。 私は同じクラスの篠ノ之箒だ」

 

「何?」

 

篠ノ之、箒……まさか、こいつは……。

 

「……束の、妹なのか?」

 

あの時、束が言っていたこの学園が価値のある場所だと言っていた時、織斑達の名前の他に箒と言っていた。

 

束の妹、血の繋がった本当の肉親の筈……だが、何故束は俺と暮らしている時にその話題を出さなかった?

 

同じ学園になったのならば、昨日来た時に話しても良い筈だ。

 

それなのに、妹の存在すら話題に出す事は無かった……何故……?

 

「……あの人の名前を出すのは、やめてくれ」

 

束の名前を出した途端、まるで忌々しいものを聞いた様にこいつの表情ががらりと変わった。

 

その表情に、俺の中で何かが沸々と込み上げ始める。

 

「……何故だ?」

 

「あの人のせいで、私達家族はばらばらになったんだぞ? それなのにあの人は一人で消えて行方知れず、どうせ私達家族の事なんてどうでも良いのだろう。 家族よりも、自分の作ったISの方が大事なんだろうさ」

 

込み上げて来るものが、段々と大きくなって行く。

 

しかし、こいつはそれに気付かずに話し続けた。

 

「初めから家族の事なんてどうでも良かったのだろう、あの人は所詮そういう人だ。 人の皮を被った何かと言われているが、正にその通りだ……人の感情なんて持ち合わせてなんかいない、機械にしか心を開かないんだろうさ」

 

やめろ……それ以上、何も言うな……。

 

「何が天才だ……作ったのは只の兵器じゃないか、その兵器のせいで世界中がおかしくなったじゃないか……」

 

やめろ……。

 

「どうせ、今のこの世界を見ながら笑っているんだろう、自分が何を仕出かしたのか理解もせずに、何の罪悪感も抱かずにな……」

 

 

込み上げていたものが、決壊した。

 

 

「はぁ、すまないな、お前にこんな事を言っても意味が無い、仕方ないものだった」

 

そう言って俺を見てくるが、俺は何も答えなかった。

 

不審に思ったのか再度見上げて来た篠ノ之に、俺は口を開いた。

 

「……ふざけるなよ」

 

「えっ?」

 

「……随分と偉いんだな、お前は」

 

「な、何だ急に!?」

 

「人の感情なんて持ち合わせていない? 機械にしか心を開かない? 罪悪感を抱いていない? ふざけた事を抜かすんじゃねぇぞ」

 

戸惑いを隠せない表情を浮かべる篠ノ之、しかし俺は止めるつもりは無かった……いや、止められなかった。

 

「作ったのは兵器? 違う、あいつがISを作ったのは兵器としてじゃ無い……空へ、宇宙へと行く夢を叶える為だ。 それを勝手に兵器として定義付けたのはこの世界だろうが」

 

時折見せた、悲哀に満ちた束の表情が頭を過る。

 

「家族がばらばら? 死に別れた訳じゃ、もう二度と会えない訳じゃ無いんだろう? なら俺は、クロはどうなる? 家族の顔すら覚えていない俺は、生まれた時から家族すらいなかったクロはどうなるんだ? あいつが、束がいなかったら俺は、俺達は死んでいたんだぞ……!?」

 

無意識に、声を荒げてしまった。

 

「な、何を……」

 

「言っておくが、束がお前達家族の前から姿を消したのは理由があっての事だ! それを知らず、知ろうともせずに、勝手な物言いをするな! 血の繋がった肉親を理解しようともせずに勝手に自分だけが被害者面しているお前が……!」

 

そこで、微かに残っていた理性で言葉を飲み込む。

 

駄目だ、ここでこれ以上感情的になるな……所詮、こいつに何を言っても無駄だ。

 

それに、これ以上こいつを見ていれば手を上げずにいられる自信が無い。

 

「……二度と俺に話し掛けるな、虫酸が走る」

 

怯え、固まる篠ノ之から視線を外して横を通り過ぎる。

 

そのまま廊下を進み、部屋へと向かって歩き出した。

 

何かを言おうとしていた様に見えたが、聞く耳すら持ちたく無い。

 

荒れ狂う感情を圧し殺し、俺は部屋へと戻った。



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第11話 朝の悶着

汗を流す為にシャワーを浴びながら、壁を強く殴り付けた。

 

先程の感情が、まだ冷めやらない。

 

束は俺にとって恩人であり、血の繋がりが無くとも"家族"だ。

 

それなのに、何故肉親であるあいつはあんな事を言える? 何故わかろうとしない?

 

「畜生……っ!」

 

再度、壁を殴り付ける。

 

このままだと駄目だ、何とかしてこの怒りを静めなければ支障を来す。

 

そのまま何度か壁を殴り付け、冷水を頭から浴び続けた末に浴室から出る。

 

何とか、先程よりは頭が落ち着いた。

 

そのまま頭をタオルで拭いていると、微かなノックの音が聞こえた。

 

……誰だ、こんな朝から?

 

 

「あの、五十嵐さん、起きていらっしゃいますか?」

 

 

聞こえて来た声、オルコットのものだった。

 

落ち着きかけていた感情だが、何故か先程までとは違う感覚で荒れ狂いそうになる。

 

しかし、ここで変に思われるのは避けたい。

 

「あぁ、鍵なら開いている。 待たせるのも悪いから入ってくれ」

 

「えっ? あ、では、失礼しますわ」

 

扉が開き、オルコットが入って来た。

 

「五十嵐さん、おはようございます。 朝早くから申し訳ありませ……ひゃあっ!?」

 

突然、オルコットが悲鳴を上げながら後ろを向いてしまった。

 

……どうしたんだ?

 

「オルコット、どうかしたのか?」

 

「あ、ぅ……ふ、服を着て下さいまし!!」

 

「……あぁ」

 

そうか、シャワーを浴びた後で下は履いているが、上は首にタオルを掛けているだけで何も着ていなかった。

 

束と暮らしていた時は特に気にしていなかったが、普通女の前でこの格好は駄目か。

 

一言謝罪を入れ、用意していたシャツを着る。

 

「すまない、見苦しいものを見せた」

 

「い、いえ、素敵な身体……っ!? ほ、本当ですわ! もう少し気を付けて下さいまし!」

 

慌てて取り繕うオルコットだが、流石に無理があるだろ。

 

それにこんな男の身体を見て良いも何も……いや、確かによっぽどの女じゃない限り筋肉の付き方には限界があるか。

 

自慢するものじゃ無いが、束と暮らしている頃から毎日のトレーニングを欠かさなかった為にある程度の筋肉は付いているが……いや、それはどうでも良いか。

 

そのまま制服を着てオルコットに向き直る。

 

「待たせて悪かった、何か用があったのか?」

 

「あ、その……朝食をご一緒に如何かと思いまして、誘いに来たのですが」

 

成る程、そういう事か。

 

「わかった、なら行こう」

 

「よ、よろしいのですか?」

 

「あぁ、構わないが?」

 

「っ! はいっ! では行きましょう!」

 

断る理由なんて無いんだが、そんなに喜ぶ様な事なのか?

 

不思議に思いながらも食堂へと向かった。

 

 

 

 

「……ねぇ、あのチョーカーってさ」

「やめなよ、言っちゃ駄目だよ」

「何て言うか……」

「……エロいよね」

「あー言っちゃったよ!」

「考えない様にしてたのに!」

「でも考えたでしょ?」

「真っ先に考えました!」

 

 

 

朝っぱらから周りの奴らが騒がしいが無視しつつ、食券を渡して朝食を受け取る。

 

頼んだのは和の朝定食、ご飯と味噌汁、卵焼きに青菜のお浸し、やはり朝は和食が良いな。

 

昨晩と同じ様に大盛にして貰うのも忘れない。

 

「あっ! 五十嵐君! オルコットさん! ここ空いてるよー!」

 

オルコットも朝食を受け取ってから空いている席を探そうとすれば俺達を呼ぶ声が。

 

視線を向ければ昨日と同じ面子、相川と鏡、布仏が手を振っていた……ここは厚意に肖ろう。

 

一言礼を言ってから席に着き、早速食べ始める。

 

「頂きます」

 

先ずは味噌汁を一口、相変わらず美味い。

 

「うわぁ……流石五十嵐君、朝から凄い量だね?」

 

「そうか?」

 

「そうですわね……その、毎食そんなに食べて太ったりしないんですの?」

 

「……いや、気にした事は無いな。 前からこの量だが、別段体型が変わったりした事は無い」

 

「「「「えぇっ!?」」」」

 

四人が驚きの声を上げ、次いで恨めしそうな批難の目を向けて来た。

 

「何だ?」

 

「狡いですわ、女子はその辺りをとても気にしてますのに……」

 

「そうなのか?」

 

問いかければ、他の三人も勢い良く頷いている。

 

そんなに気にする様な事なのか? 四人共気にする様な体型には一切見えないが。

 

「当たり前ですわ! 女としての嗜みでもあるのですから!」

 

「そういうものなのか……だが、昨日オルコットに言ったが……」

 

「そ、それはここでは言わないで下さいまし!?」

 

慌てた様子で口元を押さえて来るオルコット、苦しいし飯が食えないからやめて欲しいんだが。

 

「ゆうゆうにセシリー、朝から夫婦漫才はやめてよ~」

 

「め、お……と……? それは一体何ですの?」

 

「ん~? 仲が良いなぁって事~」

 

「そうなんですの? そ、それでしたら、悪くは無い……ですわよね?」

 

……布仏の奴、オルコットがわからないのを良い事に好き放題言いやがって。

 

「い、五十嵐さん……?」

 

何も言わない俺に、オルコットが不安そうな表情を浮かべてしまった。

 

「……あぁ、悪くは無いな、そもそも仲が悪かったらこうして誘いを受けていないだろ?」

 

「そ、そうですわよね!? うふふっ……」

 

途端に機嫌が良さそうに笑みを浮かべるオルコット。

 

向かいの三人の意味深な笑みが何とも煩わしい……。

 

「あ、ところで五十嵐君、試合までに何か特訓とかはするの?」

 

思い出した様に尋ねて来た相川の問いに、再び手を止める。

 

「まだ確定じゃないが、アリーナを借りれるか確認して貰っている」

 

「って事はやっぱり訓練機?」

 

「……あぁ」

 

オルコットにはこの専用機の事を伝えているが、他の奴らには黙っておきたい。

 

例えアリーナが使える事になったとしても他の奴らに見せるつもりも無いし、ここで話さなければ問題無い筈だ。

 

オルコットも俺との約束を守ってくれている様で、相川と共に俺に疑問の表情を向けている……演技が上手いな。

 

「成る程ねぇ……けどオルコットさんには聞いたんだけど、オルコットさんは専用機持ちで国の代表候補生なんだよ? その、五十嵐君には申し訳無いんだけど、ハンデとか付けて貰った方が……」

 

「そんな事、許される筈が無い」

 

俺の言葉に、三人が息を飲んだ。

 

「オルコットは努力して、自らの実力で代表候補生になったんだ。 そんなオルコットにハンデを付けろだなんて半端な気持ちで挑むのは侮辱以外の何物でも無いだろうが。 それに圧倒的不利で、俺に勝算なんて無いとしても、正面から全身全霊でオルコットに応えたいからな」

 

そこまで言って味噌汁を啜る。

 

まぁ、今のこの女尊男卑の世界でこんな事を言ってもただ滑稽にしか見えないんだろうがな。

 

「……ん?」

 

おかしい、自棄に四人が静かだ。

 

視線を向けると、何故か四人共何処か熱を帯びた目で俺を見ていた……何故だ?

 

「い、五十嵐君って、オルコットさんの事をそんな風に見てたんだ?」

 

「そうだが?」

 

「ひ、否定しないんだね?」

 

「否定する訳が無い。 オルコットの実力を直接見た事は無いが、国の代表候補生になる為にはそれ相応の実力を持っているからだろ? それを同じ年齢でそこまで上り詰めるのは生半可な努力じゃ無理だろうが」

 

「確かにそうだけど……」

 

「そんなオルコットと試合が出来る事自体が幸運と言える。 まぁ、選出のされ方は納得出来ないものだったけどな」

 

「あ、ご、ごめん……」

 

「……別に責めたい訳じゃ無い、それに今では感謝してるさ」

 

「あ……ありがとう……」

 

さて、話に夢中になるのも良いがせっかくの飯が冷めるのは頂けない。

 

俺は食事を再開する。

 

「……あの、五十嵐さん?」

 

「……ん?」

 

何口か食べた所で、オルコットが控え目に声を掛けて来た。

 

「その……何故、五十嵐さんはそこまで私を評価して下さるのですか? お言葉ですが、昨日初めてお話した時の私は五十嵐さんにキツく当たっていましたのに……」

 

「それは……」

 

キツく当たった、確かに口調こそ棘のあるものに聞こえたが、その言葉は何も知らない俺に親切に教えようとしている様に感じた。

 

その後の会話でも、俺に対して歩み寄ろうとしてくれていた。

 

それに、オルコットは一目見て……。

 

 

 

「っ……何でも無い」

 

「五十嵐さん? どうして目を逸らすんですの?

五十嵐さん!?」

 

「何でも無いと言ったら何でも無い、俺は飯を食うのに忙しい」

 

「えぇっ!?」

 

オルコットが肩を掴んで身体を揺すって来るが。ひたすらに視線を合わせないように逸らし続けた。

 

今下手に目を合わせたら、確実に墓穴を掘りそうだ。

 

「ゆうゆうにセシリー、朝からご馳走さま~」

 

「……うるさい」

 

朝から、こんなに騒がしくてなるとは思ってもいなかったな。



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第12話 専用機

「五十嵐、昨日の件で話がある」

 

特に何事も無く授業が終わり、HRが終わったと同時に織斑千冬に声を掛けられた。

 

こいつからの話と言えば、一つしか無い。

 

「アリーナの件か?」

 

「だから敬語を……いや、もう無駄だな。 そうだ、第2アリーナの使用許可が出た」

 

「……そうか」

 

「試合までの残り六日間はお前に使わせるそうだ」

 

「そんなに? いや、そうか……上からの命令だな?」

 

恐らくは俺が専用機を手に入れた事を知った上層部とやらがデータ収集の為に無理矢理捩じ込んだんだろうな。

 

「そういう事だ、そして使用する際は私と他数名でお前の面倒を見る」

 

「そうか……直ぐに使えるんだな?」

 

「あぁ、直ぐに準備をして着いて来い」

 

準備と言っても既に荷物は纏めてある、鞄を持ち直ぐ様立ち上がる。

 

ふと視線を感じ、そちらを見ればオルコットが視線だけで何かを訴えていた。

 

あれは……恐らく、応援しているとか、そんな感じだろうか?

 

軽く手を上げ、頷いてから俺は教室を後にした。

 

 

 

 

 

学園内に幾つかある中の第2アリーナへとやって来ると、二人の女が待っていた。

 

その内の一人の顔を見て、思わず首を傾げてしまう。

 

「何故ここに布仏がいる?」

 

「やっほ~ゆうゆう~」

 

長い袖に隠れた両手を振る布仏、その姿を見て隣に立つもう一人の女が鋭い目を向けている。

 

背は布仏より高く眼鏡を掛けているが、その顔付きは布仏に似ていた。

 

「布仏姉妹の整備の腕は折り紙付きだ、お前の機体の整備とデータ収集を担当して貰う」

 

「……姉妹?」

 

「初めまして五十嵐君、私は三年の布仏虚、本音の姉です」

 

「……あぁ、そういう事か」

 

道理で似ている訳だ……まぁ、性格は大分違うみたいだが。

 

「初めに言っておくが、この特訓に関して、そして機体については試合当日までは口外する事は禁じる……わかったな?」

 

俺達三人に向けての言葉に、揃って頷いた。

 

「よし……では五十嵐、早速だがISを展開しろ」

 

「……黒狼」

 

名を呼べば、昨晩と同じ漆黒の装甲が全身を包み込んだ。

 

そこでふと気付いたのだが、妙に身体に馴染む様な気がするな。

 

「これが……」

 

「こいつが昨日束から受け取った第三世代機、黒狼だ」

 

俺の言葉に、布仏姉が驚愕の表情となる。

 

この反応、データ収集と整備の話はされていたが機体の詳細は話されていなかったのか?

 

「お、織斑先生! 束とは、あの篠ノ之博士の事なのですか!?」

 

「そうだ、五十嵐は入学するまで束と共に暮らしていたらしい。 そしてこの機体は468個目のISコアを使って作られた機体だそうだ」

 

「468!? し、信じられない……」

 

「おぉ~? ゆうゆうのIS格好良いね~?」

 

布仏の緊張感を微塵も感じさせない声に溜め息を吐きつつ、布仏姉はパソコンを開いた。

 

「すみません、つい取り乱してしまいました。 早速データ収集を始めますので機体を一通り動かしてみて下さい」

 

「……わかった」

 

三人が俺から離れた事を確認してから意識を黒狼へと集中させる。

 

……どうなるかわからないが、頼むぞ。

 

 

 

 

『仰せのままに、主様』

 

 

 

 

「…………ん?」

 

集中していた意識が途切れる。

 

思わず三人の方へと視線を向けるが、三人は俺に訝し気な視線を向けているだけだった。

 

なら、今の声は……?

 

『主様、これは私、黒狼の声に御座います』

 

……何だ、これは?

 

『突然の事に混乱しているかとお思いですが、元より作られた時からISコアにはそれぞれ意思があります。 主様の様に声を聞く事の出来る方はほとんどおりませんが』

 

つまりこれは、俺の頭がおかしくなった訳では無いんだな?

 

『左様に御座います。 主様の専用機のISコアとして、私が選ばれました』

 

……束は、お前の事を知っているのか?

 

『束様と言えども、私達の声を聞く事は出来ません。 その為ISネットワークを通じて私の意思を、主様にお仕えしたいという旨をお伝えし、束様は了承して下さりました』

 

成る程、束が渡した時に言ってたのは、そういう事だったのか。

 

だが……何故俺には声を聞く事が出来るんだ?

 

『私は謂わば主様の剣であり盾、主様を護る為の存在に御座います。 何なりと御命令を、主様』

 

……わかった、だが命令じゃない、そこは間違えるな。

 

『それは、どういう意味で御座いましょう?』

 

お前は俺の専用機なら、俺にとって手足であり翼、俺の身体も同然という事、そんなお前を道具として扱う気は毛頭無い。

 

そこの所、間違えるなよ?

 

『……ふふっ、畏まりました、主様』

 

さて、そろそろ行かないとあいつらが煩いからな……行くぞ、黒狼。

 

『はい、主様の仰せのままに』

 

視線を、空へと向ける。

 

脚部と背中のスラスターに意識を向けると、熱を帯びて行くのを感じた。

 

そして、解放させると同時にスラスターが火を吹き、一気に最高速度に達した。

 

 

 

「っ……!? う、ぉ……!?」

 

 

 

初めて体験する速度、視界に映る景色がISのハイパーセンサー越しですら後方に凄まじい速さで流れて行く。

 

これが……ISか……。

 

『主様、大丈夫ですか?』

 

あ、あぁ……だが凄いな。

 

『本来であればこの速度に生身の人間が耐える事は出来ませんが、ISには身体保護機能がある事はご存知でしょうか?』

 

あぁ、その辺りの基礎知識は全て頭に叩き込んだ。

 

『流石で御座います、このまま飛び続けますか?』

 

そうだな、先ずは飛ぶ事に慣れておきたい。

 

戦闘や歩行はとりあえず後回しだ。

 

『畏まりました』

 

アリーナの上空を、そのまま縦横無尽に飛び続けた。

 

 

 

 

 

「五十嵐! 一度降りて来い!」

 

飛び続ける事数十分、地上から響いて来た声にその場で止まる。

 

ある程度飛ぶ事には慣れて来た為、言われた通りに地上へと降り立った。

 

「あ、あの……本当に、このISには初めて乗るのですか?」

 

「あ? 昨日受け取ったばかりだと言っただろ?」

 

「凄い……初めて乗るISでこれ程安定した飛行が出来るなんて……」

 

そうなのか?

 

おい黒狼、何か自動操縦の様な機能を使っていたか?

 

『いいえ、確かにその様な機能はありますが使っておりません。 先程の飛行は全て主様の操縦によるものに御座います』

 

操縦って言われてもな、特に何も意識はしていないんだが……。

 

「五十嵐、束といた頃に搭乗経験はあったのか?」

 

「いや、展開しただけで飛行はおろか歩行すらしていないが?」

 

俺の言葉に、三人の目が鋭いものになる。

 

しかし、本当に何もしていないから他に言い様も無いんだけどな。

 

「武装の展開はしたか?」

 

「いや、データとして確認したが展開はまだしていない」

 

「なら展開してみろ、出来るか?」

 

「……多分な」

 

幾つか搭載されている武装を順番に展開してみた。

 

「……刀剣"黒鉄(くろがね)"」

 

先ず展開したのは近接ブレードの刀剣"黒鉄"。

 

見た目は日本刀だが、刀身から柄までが黒一色に染まっている。

 

「ふむ、一見普通の近接ブレードだが……?」

 

「い、いえ……このブレードは異常です……」

 

布仏姉がパソコンと黒鉄を驚きを隠せない様子で交互に見ながら呟いた。

 

「普通近接ブレードは直接的な攻撃がダメージとなりますが、このブレードは与えたダメージをエネルギーとして溜め込む事で……威力を底上げする機能が付いています……!」

 

へぇ、この刀にはそんな機能が付いていたのか。

 

『主様、宜しければ展開と同時に機能の詳細を表示致しましょうか?』

 

あぁ、頼む。

 

視界に、黒鉄の詳細なデータが浮かび上がった。

 

布仏姉の言う通り、この黒鉄は相手にダメージを与えるのと同時にシールドエネルギーを取り込み、そのエネルギーにより威力を上げる事が出来るらしい。

 

これは使えるな。

 

「次、良いか?」

 

確認を取ってから黒鉄を収納し、次の武装を展開させる。

 

「……"牙狼砲(がろうほう)"」

 

展開されたのは肩に装着するタイプの、大口径の砲搭だった。

 

しかも詳細を見れば、撃ち出す銃弾を自動的に装填するらしく、装填時間を気にする必要は無いらしい。

 

「成る程、この機体は近接型だと思ったが遠距離武器も行けるのか」

 

「五十嵐君、試しにこの武装を撃って頂いても良いですか?」

 

「この場からか? それとも移動しながら?」

 

「それは貴方に任せます。 やり易い方で構いません」

 

「……わかった」

 

了承すると布仏姉はパソコンを操作し、アリーナに幾つかの的が立てられた。

 

さて、こういった射撃なんてものはやった事が無いが……。

 

「では、お願いします」

 

開始の言葉と同時に、その場から上空へと飛び立つ。

 

そのまま飛行しながら牙狼砲の照準を的へと合わせるが、こうしてとんで飛んでいるならその分の誤差を考えないとか。

 

「っ……!」

 

的は全部で十個、続け様に十発の砲撃を行う。

 

放たれた砲撃は的目掛けて襲い掛かり、大半が的のど真ん中を撃ち抜く。

 

……十発中、八発か。

 

やはり初めから全弾当てる事は出来ないか……いや、そんな簡単に行くなら苦労しないな。

 

そのまま地上に再度降り立つと、三人が俺の顔を揃って見つめていた。

 

何だ、当たらなかった事の説教か?

 

「全弾は当たらなかった、射撃なんてした事が無いから大目に見て貰えると助かるんだが?」

 

「い、いえ、そんな……」

 

「あ?」

 

「ほ、本当に、初めて乗ったんですか……?」

 

「だから、そう言ってるだろうが」

 

「あ、有り得ません……初めての射撃で、しかも大口径のもので十発中八発の命中なんて……」

 

……そうなのか?

 

『主様、普通初めてISに搭乗した方が射撃をした場合、況してや飛行中であればマシンガンタイプのもので的の二つも当てられれば上出来であると言えます』

 

へぇ、そうだったのか。

 

まぁ、お前が身体に馴染んでいるのも関係しているんだろうな、正直こうして乗っていて心地が良いんだよな。

 

『っ……!? も、勿体無い御言葉で御座います……!』

 

しかし、近接戦闘に無理矢理持っていこうと思っていたが、こうして遠距離武器も使えるのなら戦略が広がるな。

 

いや、オルコット相手に下手に遠距離攻撃を仕掛けるのは逆に悪手か? オルコットは遠距離メイン、俺の様な素人の遠距離攻撃は大半が見切られてしまう筈だ。

 

ならやはり近接戦に持ち込むしか……しかしオルコット相手にどうやって切り込む……?

 

「……嵐、五十嵐?」

 

「……あ?」

 

「急に黙り込んでどうした?」

 

「……いや、何でも無い。 少し考え事をしていただけだ」

 

「そうか? それより、武装はまだあるのか?」

 

もう一つ、これが最後の武装だ。

 

牙狼砲を収納し、武装を展開させる。

 

……これは。

 

「……"黒爪(こくそう)四足(しそく)"」

 

両手両足に展開されたのは、鋭利で荒々しさを醸し出す鉤爪。

 

これが、この機体の専用武器となっている。

 

「これは……」

 

「こ、この武装も先程のブレードと同じ性能を持っています。 それに、これは……」

 

どうやら、布仏姉も気付いたらしい。

 

この武装はただ手足に着いている近接武器という訳では無い。

 

「少し、この武装を確認したい」

 

一言伝えてから再度上空へと上がり、そのまま集中……一気に、前方へと飛び出した。

 

このデータの通りなら……!

 

黒爪の能力を、解放した。

 

 

「ぐ、あっ……!?」

 

空中を直線的に進んでいた軌道が、まるで足場を蹴ったかの如く軌道を不規則に変える。

 

これが、黒爪の能力……スラスターを用いる事無く、空間上の微かな電磁波を足場として空中で自由自在に方向転換する事が出来るというもの。

 

その分機体と身体に掛かる負荷は尋常では無いが、これが使えればかなり戦略を広げる事が出来る。

 

だが、しかし……。

 

「っ……ぐっ!?」

 

今は、たった十メートル程の距離で、身体が限界だ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

身体中が、肺が、内臓が、全てが悲鳴を上げている。

 

何度も深く深呼吸を繰り返し、ある程度呼吸を整えてから地上へと降り立った。

 

「五十嵐……今のはまさか、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)か……?」

 

織斑千冬の言葉、確かに何も知らない奴が今の動きを見ればそう勘違いしてもおかしく無い。

 

「違う、流石にそんな高等技術なんざ身に付けていない、今のは黒爪の能力だ」

 

三人に、黒爪の能力を一通り説明する。

 

「そんな能力が……」

 

「成る程、その武装にはその様な能力が付与されていたんですね……」

 

「今の動きだけで、身体が悲鳴を上げたけどな」

 

「当たり前だろう、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)では無いと言えども軌道は全く同じもの、そんな動きを初心者がすれば機体は良くても身体が着いていく筈が無いだろうが」

 

「……やはりな、なら早くこの動きに身体を慣れさせないといけないか」

 

個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)と同じ動きをものに出来れば、かなりの有利になる筈だ。

 

「言っておくが、簡単では無いぞ?」

 

「そんなもの、百も承知だ」

 

「……ふっ、意外だな、お前がそんな表情をするとは」

 

「放っとけ、それよりアリーナはまだ使えるんだろう? 可能な限りこいつに乗っておきたい」

 

「それなら大丈夫だ、寮の門限に間に合う時間まで幾らでも使って構わん」

 

「……わかった」

 

その言葉を聞き、俺はそれから何度も空へと飛び立つのだった。



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第13話 触れたその意味

「い、五十嵐さん? 今晩は、その……凄い量ですのね……?」

 

アリーナでの特訓を終えてから同じ面子で食堂で食べていると、隣に座るオルコットが唖然とした表情でそんな事を言って来た。

 

その言葉を聞き、手を止めて目の前のトレイを眺める。

 

今日頼んだのは野菜炒め定食だが、予め量を昨日よりも多くしてくれと頼んでいる為にご飯が盛られているのは最早丼、味噌汁もそれに然り。

 

野菜炒めは大皿に山盛りになっており、少しでも取る場所を間違えれば皿から崩れそうな程だ。

 

さっきから俺の近くを通る他の奴らが二度見、三度見している。

 

「……今日はかなり動いたからな、食わないと身体が持たない」

 

「あ、アリーナ使えたんだ?」

 

「あぁ、幸いにも試合の前日まで使えるらしい」

 

「嘘!? 本当に!?」

 

驚きを隠せない相川達、まぁ当たり前の反応か。

 

「俺の搭乗データを取る為に上から言われたらしくてな、好都合だったが」

 

「そっか、男性操縦者のデータなら確かに欲しいよね? でも良いなぁ~私も早くISに乗りた~い!」

 

ぼやく相川だが、こっちは遊びで乗っている訳じゃ無いんだけどな。

 

「五十嵐さん、特訓の方は大丈夫ですの?」

 

「……いや、まだまだだな、所詮は乗ったばかりの素人だ。 残りの日数でどれだけやれるかだが、せめてオルコットに幻滅されない様に頑張るさ」

 

「え、あ……その、期待していますわ……」

 

「もう、ゆうゆうにセシリーったら早速ご馳走さま~でもゆうゆうは凄いよ~? とてもじゃないけど初心者とは思えない動きだったし~」

 

「えっ!? 本音、五十嵐君の特訓見てたの!?」

 

「そうだよ~? だって私とお姉ちゃんがデータ収集を任されたからね~」

 

「……おい布仏、それ以上言うな」

 

布仏を一睨みすれば、途端に布仏はびくりと身体を震わせて縮こまった。

 

「うぅ……ご、ごめんなさい~……」

 

「……はぁ、お前も口外するなと言われていただろ?」

 

「う、うん……」

 

「わかったなら良い、怒って悪かったな」

 

布仏から視線を外し、相川へと向ける。

 

「相川、悪いが特訓については試合当日まで口外は出来ない」

 

「あ、ご、ごめんなさい……」

 

「いや、謝る必要は無い、興味があるのは当然だと思う。 だが織斑千冬から試合当日までは他言無用と言われているし俺としても試合当日までは秘密にしておきたいんだ……悪いがわかってくれ」

 

「う、ううん! 五十嵐君は悪く無いよ! 決まりがあるなら仕方ないし、私も無理に聞こうとした様なものだから!」

 

「……そうか、ありがとう」

 

「わっ……!?」

 

突然驚いた声を出す相川、よく見れば布仏と鏡までもが惚けた表情を浮かべている。

 

……何だ?

 

「い、五十嵐君……笑うと、その、凄いね……」

 

笑う……あぁ、また無意識の内に笑っていたのか。

 

昨日のオルコットも似た様な反応をしていたが、もしかすると酷い顔をしているのかもしれない。

 

「……やっぱり変か? 余り笑う方じゃ無いから仕方ないが」

 

「そ、そんな事無いよ!?」

「む、寧ろお礼言いたいぐらいです……!」

「ゆうゆうのスマイルは有料だよ~!?」

 

「……はぁ?」

 

こいつらは、一体何を言ってるんだ?

 

「むぅ……!」

 

そして、何故隣でオルコットは唸っているんだ?

 

視線を向ければ、頬をこれでもかと膨らませながら俺を睨んでいる。

 

「ど、どうかしたのか?」

 

初めて見る表情に思わず言葉が詰まってしまうが、何とか尋ねる事が出来た。

 

「……私しか」

 

「……ん?」

 

「……私しか、見た事はありませんでしたのに」

 

見た事が無いというのは、笑顔の事だろうか?

 

何故そんなに不貞腐れる必要があるのかわからなかったが、このままオルコットの機嫌が悪いままなのは嫌だった。

 

 

こういう時は、どうすれば……。

 

 

ふとその時、束がクロに対していつもしていた事を思い出した。

 

……あれなら、大丈夫だろうか?

 

ゆっくりと、頬を膨らませるオルコットへと手を伸ばす。

 

そしてそのまま出来る限り優しく、繊細な芸術品に触れるかの様に、オルコットの頭を撫でてやった。

 

見ていて予想はしていたが、柔らかく、綺麗な髪だな……。

 

「ひゃっ!?」

 

オルコットの口から変な声が上がり、顔が真っ赤に染まって行った。

 

しかし拒絶する事は無く、ただ呆然と固まっている。

 

「ちょっ!? 五十嵐君!?」

「わっ、わっ……!?」

「おぉ~ゆうゆう大胆~!」

 

いきなり慌てる三人、何をそんなに騒いでいるんだ?

 

別に何も変な事は……いや、待て……確か束の奴が何か言っていた様な……。

 

 

 

『クーちゃん? 髪は女の命なんだから、況してやこんなに綺麗な髪なんだから大切にしないと駄目だよ?』

 

 

 

顔から、急激に血の気が失せて行くのを感じた。

 

俺は、とんでもない事をしてしまっていたのだ。

 

「す、すまないオルコット!?」

 

生まれて初めて、こんなに焦ったかもしれない。

 

束が言っていた髪は女の命という言葉、男の俺がこんな簡単に触れて良いものでは無い。

 

慌てて手を引っ込めようとしたが、それに気付いたオルコットが勢い良く首を横に振った。

 

「だ、大丈夫ですわ! ですから、その……もう少しだけ、宜しいでしょうか……?」

 

「ほ、本当に大丈夫なのか? 無理をしていないか?」

 

「は、はい!」

 

「そ、そうか……」

 

オルコットの言葉に胸を撫で下ろす。

 

もしこれが原因でオルコットに嫌われでもしたら……そうしたら、どうなんだ?

 

待て、何故俺はこんなに焦っているんだ?

 

それは勿論、オルコットに嫌われたく無いからだ。

 

だが、何故……。

 

 

 

 

 

結局その後数分程、オルコットの機嫌が直るまで俺は撫で続けた。

 

そろそろ良いのではと手を引っ込めた時のオルコットの名残惜しそうな短い声が引っ掛かったが、目の前の三人と周りからの視線を集めているのが不快に感じた為にやめる。

 

「い、五十嵐君ってさ……オルコットさんにはやっぱり特別扱いしてるよね……?」

 

「いや、そんなつもりは無い……」

 

「さ、流石に無理があるんじゃ……?」

 

「……無い、と思っていたんだが」

 

自分でも、正直よくわかっていないというのが事実だ。

 

「でも~ゆうゆうがあんなに焦った所初めて見たね~?」

 

「それは……確かに、焦りはした」

 

三人からの言葉を何とか流そうと四苦八苦している隣で、オルコットは頬を赤らめながら心此処に有らずといった様子で何も無い虚空を眺めている。

 

「……その、髪は女の命だと聞いた事があって、それを勝手に触れてしまったからとんでもない事をしてしまったと思ってな」

 

「あぁ~確かに、髪というか頭を男の子に撫でさせるのは普通じゃ考えられないけど、それを許したって事はオルコットさんも満更でも無かったんじゃないかな?」

 

「そう、なのか……?」

 

オルコットに視線を向ければ、漸く我に返って勢い良く両手を何度も振りながら反応した。

 

「そ、そんな事は! た、確かに五十嵐さんなら嫌な気は微塵も起きませんが……い、いえ! 何でもありませんわ!」

 

「そうか……まぁ、その、オルコットが不快に思っていなくて良かった」

 

「ふ、不快だなんてそんな事ありませんわ! 寧ろ頭を撫でられた事なんて初めてで、とても温かくて……」

 

そう言って貰えて安心した。

 

答えたオルコットの表情を見るに、嘘では無く本心からそう言っているのだとわかったから。

 

 

 

「こらお前達! いつまで此処にいるつもりだ! さっさと食って消灯時間までに戻らんか!」

 

 

 

突然、食堂の入口から大声で叫ばれた。

 

視線を向けると、織斑千冬が鋭い目で未だに食堂にいる面々を睨んでいる。

 

次いで時計に目を向ければ、確かに消灯時間が迫っていた。

 

どうやら長話が過ぎた様だな、早いとこ撤収しないと面倒になりそうだ。

 

「ご馳走さまでした」

 

「嘘!? 早くない!?」

 

「……何やかんやで食ってたからな、先に部屋に戻るぞ」

 

「は、早すぎるよ……!?」

 

「そうか?」

 

「ゆうゆう~! ちょっと待って~!」

 

「……いや、待っても意味は無いと思うんだが」

 

「っ! い、急ぎませんと……!」

 

「オルコット、確かに時間は迫っているがまだあるんだ、落ち着いて食べろ」

 

「ちょっと五十嵐君!? やっぱりオルコットさんと私達で扱いが違い過ぎるよね!?」

 

「……はぁ、待っててやるからなるべく急げ」

 

そう促せば、四人は急いで食事を掻き込んで行く。

 

その様子を見て、俺はとりあえず四人分の水を貰いにカウンターへと向かうのだった。



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第14話 そして当日に

「え!? お、俺に専用機!?」

 

場所は第1アリーナの控室、そこに織斑の声が響いた。

 

控室には俺と織斑、織斑千冬、そして何故か篠ノ之の四人がいる。

 

篠ノ之は案の定、俺の姿を見て気まずそうに視線を逸らしてはいるが。

 

「そうだ、特例としてお前にも専用機が用意される事になった」

 

束が言っていた通り、こいつの専用機も用意出来ているんだな。

 

「だが、残念ながら機体がまだ届いていない」

 

「えぇっ!? じゃ、じゃあどうすれば!?」

 

「……俺が先に行く」

 

そう言葉を発すれば、全員の視線が俺に集まった。

 

「別に順番は決まっていないんだろう? オルコットを待たせる様な事はしたく無い、それにやるなら互いに万全の状態で試合をしたい」

 

「あぁ、構わん。 機体の方は大丈夫だな?」

 

「その為にやって来た特訓だろうが」

 

「ま、待てよ悠斗! 機体ってどういう事だ!?」

 

「……お前には言って無かったが、俺は束から直接受け取っている。 お前の専用機が届くまで俺が先にやらせて貰うぞ」

 

「束って……束さんから直接!? ま、待ってくれよ! どういう事なんだよ!?」

 

「面倒だ、後で話す」

 

織斑から視線を外し、ゲートへと向かう。

 

そしてゲートに立ってから首もとの黒狼へと触れた。

 

「……黒狼、行くぞ」

 

『畏まりました、主様』

 

身体を包み込む漆黒の装甲、織斑と篠ノ之の驚いた声が聞こえる。

 

「行って良いんだよな?」

 

「あぁ……だが、あれだけの動きを見せたんだ、無様な姿を晒すなよ?」

 

「当たり前だ」

 

視線を前へと向け、俺はアリーナへと飛び出した。

 

 

 

 

アリーナに出ると同時に沸き起こる歓声、特訓の時にはいなかった観客の姿があった。

 

ハイパーセンサー越しに相川と鏡の驚いている姿が見え、それを一瞥してから視線を前へと戻す。

 

そして俺を、"蒼"が出迎えた。

 

「それが五十嵐さんの専用機、ですのね?」

 

「あぁ、俺の専用機の黒狼だ。 そっちも、その機体が専用機だな?」

 

「えぇ、私の専用機"ブルー・ティアーズ"ですわ」

 

オルコットの機体、ブルー・ティアーズ。

 

名前の通りその機体は蒼く、光を浴びて神々しいまでの輝きを放っていた。

 

「ブルー・ティアーズ……"蒼い雫"か……オルコットの瞳と同じ、美しい機体だ」

 

「うえぇっ!?」

 

思った事をそのまま口に出して伝えれば、オルコットは素っ頓狂な声を上げた。

 

「い、五十嵐さん!? し、試合を始める前に心理戦を仕掛けるつもりですの!?」

 

「ん? いや、そんな事考えていない、思った事をそのまま伝えただけだが?」

 

「うぅ……じ、自覚が無いのが、こんなに恐ろしいなんて……」

 

何やらぼやいているオルコットだったが、やがて表情を真剣なものに変えて俺に視線を向けて来た。

 

「……五十嵐さん、この試合に関しては手加減など一切しません。 イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットとして挑ませて頂きますわ」

 

「あぁ、元より俺もそれを望んでいたからな」

 

「それで……その……一つだけ、条件と言いますか、提案があるのですが……」

 

「……何だ?」

 

確かに勝ち負けに括りは無いと言っていた筈だが、今更になって言うぐらいだから重要な事だろうか?

 

「その……この試合が、互いに納得の行くものでしたら、お互い相手に一つ"お願い"を聞いて貰う、というのは如何でしょうか?」

 

「お願い……?」

 

「は、はい……あ、その、お願いと言っても勿論常識の範囲内ですわよ!? 変なお願いは無しです!」

 

何故か顔を赤らめるオルコット、変なお願いって、何を想像してるんだろうか?

 

……だが、お願いか。

 

正直、これで言って良いものなのかどうかわからないが、これは良い機会なのかもしれないな。

 

「……わかった、その条件を飲もう」

 

「では成立、ですわね?」

 

「あぁ、男に二言は無い」

 

その言葉と共に互いに距離を取る。

 

遠距離メインのオルコット相手に距離を取るのは悪手なのはわかっているが、俺は正々堂々行きたい。

 

そして距離を取り、互いに睨み会う事数秒後、試合開始を告げるブザーがアリーナに鳴り響いた。

 

 

 

「踊りなさい! 私、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

その言葉と共にオルコットが展開した武装は大型のレーザーライフル、照準を合わせられた事で鳴り響くロックオンアラーム。

 

スラスターを吹かしてその場から横へと機体をスライドさせると、コンマ一秒で俺のいた場所を寸分違わず撃ち抜くレーサー。

 

流石、射撃の腕は尋常では無いな。

 

「行きなさい! ビット!」

 

視線を向けると、ブルー・ティアーズの背部から四つのユニットが切り離され、それぞれが不規則な軌道を取りながら俺に向かって来る。

 

わかってはいたが、これは一筋縄では行きそうに無いな。

 

苦戦するのはわかっていたが、俺との約束を守って手加減の無い本気の攻撃を繰り出そうとしてくれるオルコットに、俺は勝手に口角が上がるのがわかった。

 

ユニットが、それぞれの方向からレーザーを撃って来る。

 

それを目で追いつつ、スラスターを断続的に吹かしギリギリでかわして行く。

 

『主様、既にお気付きかと思いますがあの装備は操縦者が意のままにコントロールし、それぞれ違う軌道で撃って来ます』

 

ははっ、流石は代表候補生、四つのユニットをそれぞれ違う軌道でコントロールとは恐れ入る。

 

だが、こっちも防戦一方ってのは性に合わない。

 

「牙狼砲……!」

 

展開される大口径の砲搭、レーザーを避けつつそれぞれのユニットを目で追う。

 

「そこだ!」

 

続け様に二発、内一発が直撃しユニットの一つの破壊に成功した。

 

「っ!? やりますわね!?」

 

三つに減ったユニットだが、明らかに軌道が先程よりも複雑になった。

 

成る程、減った分意識を集中させやすいのか……頼むぞ、黒狼!

 

スラスターを一気に吹かし、迫り来るレーザーの雨を掻い潜る。

 

牽制の意味合いで牙狼砲をユニットと直接オルコットに放つがその全てが避けられ、逆にレーザーを避け切れずに装甲を掠ってシールドエネルギーが削られる。

 

やはり遠距離攻撃は付け焼き刃ぐらいにしかならないか、なら……!

 

牙狼砲を展開したまま黒鉄を展開、そのままスラスターにより爆発的な加速で一気にオルコットに肉薄した。

 

「そんな!? 瞬時加速(イグニッション・ブースト)!?」

 

「らぁっ!!」

 

突然の事に驚愕するオルコットに、そのまま黒鉄で一閃させる。

 

不意を打つ事が出来た、初めてオルコットにまともなダメージが入った。

 

遠距離メインの機体にならば、近距離戦に持ち込むのが正攻法だと思ったがやはり有効らしい。

 

直ぐ様離脱し、ユニットからの追撃を避けながら一度距離を取る。

 

「……凄いですわ、一週間足らずで瞬時加速(イグニッション・ブースト)をものにしていたなんて」

 

「何とかな、遠距離特化のオルコットが相手ならどうにかして自分の距離に持って行こうと考えたんだ」

 

「流石です……しかし、勝つのは私ですわ!」

 

「それはどうか、な!」

 

再び襲い来るユニット、それを瞬時加速(イグニッション・ブースト)で避けつつオルコットに迫る。

 

意識を極限まで集中し、迫り来るレーザーを潜り抜ける。

 

行ける、この程度の攻撃ならオルコットのもとまで届く……。

 

 

 

いや、待て。

 

何故こんな簡単に距離が詰められる?

 

確かにユニットを一機破壊した、しかしそれならば何故オルコットは先程と変わらない軌道でしか攻撃して来ない?

 

……まさか!

 

気付いた時には、オルコットの目の前まで距離を詰めていた……いや、"距離を詰めさせられて"いた。

 

オルコットの背後から現れた、新たな二つのユニットが俺に狙いを定めていた。

 

嵌められた!?

 

新たなユニットは他の物と形状が違う、そこから放たれたレーザーでは無くミサイルにより、俺は迎撃された。

 

「ぐ、あっ……!?」

 

ミサイルの爆発によりシールドエネルギーが一気に削られ、ダメージにより牙狼砲が使用不可能と表示される。

 

更にはオルコットに距離を取られ、計五つのユニットとレーザーライフルから照準を合わせられている事による警告アラームが耳に煩いぐらいに鳴り響く。

 

「万事休す、ですわね?」

 

……これが、代表候補生か。

 

まさかたった一瞬の油断でここまで追い詰められるとは。

 

シールドエネルギーの残量は三割を切っている為、オルコットの攻撃を耐えられるのはせめて二発が良いところだろう。

 

「……流石だな」

 

「いいえ、それは五十嵐さんの方ですわ。 IS初心者である貴方が瞬時加速(イグニッション・ブースト)を会得し、遠距離特化の機体に対して近接戦でダメージを与えたのですから」

 

「まぁ、不意を突く事が出来たからな」

 

「……五十嵐さん、悪い事は言いません、このまま降参して下さい」

 

俺を見つめるオルコットの瞳が、揺れている。

 

「もう勝負は着いたも同然です。 それに、これ以上貴方を撃ちたくありません……!」

 

あぁ……やはり、優しい奴だな、オルコットは。

 

確かに誰が見ても俺の負けだと判断するだろう、この状況から打開する手段は無いと。

 

だが、それは違う。

 

最後の手段なら、まだ残っているんだ。

 

「……悪いが、断る」

 

黒煙を上げる牙狼砲、そして手にした黒鉄を収納する。

 

 

 

 

『主様、使われるのですね?』

 

あぁ、俺は諦めが悪いからな……お前には、無理をさせてしまうが。

 

『滅相も御座いません、私は主様の専用機、最後まで私は主様に付き従います』

 

……そうか、ありがとう黒狼。

 

 

 

 

「……黒爪」

 

両手足に展開される、鋭利な鉤爪。

 

「新しい武装……本当に、降参しないのですね?」

 

「……オルコット、俺は諦めが悪いんだ。 そして、意外と負けず嫌いなんだよ」

 

「……そう、ですか」

 

目を伏せ、再度顔を上げたオルコットの瞳に、もう迷いは無かった。

 

それに応える様に、スラスターに熱が込められて行き、身体を前傾姿勢にさせる。

 

「残念ですが、これで終わりですわ」

 

「それは、どうかな?」

 

スラスターの熱が、限界まで高められた。

 

「行くぞ! オルコット!」

 

スラスターに込められていた熱が一気に解放され、爆発的な加速と共に飛び出した。

 

「行きなさい、ビット!」

 

待ち構えていた五つのユニットからレーザーとミサイルが、そしてオルコットの手にしたレーザーライフルが、それぞれの軌道で普通であれば避けられない角度から俺に向かって放たれる。

 

……そう、"普通であれば"だ。

 

「頼むぞ、黒爪……!!」

 

黒爪の特殊能力を解放させる。

 

全身にとてつもない負荷が掛かり、そのスピードにより視界が歪んだのではと錯覚する。

 

俺を狙った筈のレーザーとミサイルを遥か後方に置いて、俺はオルコットの背中を取った。

 

 

「……えっ?」

 

 

振り返ろうとするオルコットの背に、黒爪を振り下ろした。



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第15話 試合、そして感情の結果

本編だけどセシリア視点


此方に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で迫って来る五十嵐さんに、スターライトmkⅢとビットによる一斉掃射を行いました。

 

この短期間で瞬時加速(イグニッション・ブースト)を会得したのは完全に予想外でした。

 

結果まともにダメージを入れられましたし、これから更に特訓すれば国の代表候補生レベルには直ぐに登り詰める事が出来る筈です。

 

……しかし、今回の試合では私が上でした。

 

計六つの軌道から迫る攻撃に対して、真っ正面から近接武器で特攻を仕掛けて来たのは、男としてのプライドからでしょうか?

 

本当は、このまま降参して欲しかった。

 

これ以上、彼を撃ちたく無かった。

 

しかし、これ以上言うのは彼のプライドを傷付ける行為、ならば私に出来るのはこのまま撃つ事だけ。

 

だから撃ちました。

 

決して避ける事など出来ないと、このまま終わらせる為に。

 

 

 

 

 

しかし、私は試合中にも関わらず、思わず呆然と固まってしまいました。

 

五十嵐さんの姿が、視界から消えた瞬間には。

 

「……えっ?」

 

センサーが反応、その反応は、私の直ぐ背後から。

 

「きゃあっ!?」

 

突然の事でした……背後から、急襲されたのです……!

 

有り得ませんわ! 何故、五十嵐さんが背後から!?

 

急いで立て直し、五十嵐さんの姿を捉えました。

 

そこには先程展開した、鋭利な鉤爪が装着された腕を振り下ろした状態の五十嵐さんの姿が。

 

一体、何を……!?

 

「っ! ビット!」

 

思考を切り替え、五つのビットへと意識を集中させて五十嵐さんへと撃ちました。

 

そこで、私は理解させられました。

 

五つのビットからの攻撃を、五十嵐さんは避けたのです。

 

しかも、この動きは……!?

 

個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)!?」

 

直線的な動きである瞬時加速(イグニッション・ブースト)では無く、機体のスラスターをそれぞれ断続的に噴射させる事で可能とする個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)

 

世界でもこの技術を使えるのは国家代表ですら極僅か、そんな高等技術を五十嵐さんが……!?

 

「っ……!?」

 

迫り来る五十嵐さんから距離を取りながらスターライトmkⅢを連射。

 

しかしそれをものともせず、全て避けながら装備の爪を振り下ろして来ました。

 

このままでは……!

 

「くっ……!? インターセプター!!」

 

武装を展開、ブルー・ティアーズに唯一搭載されている近接武装のショートブレード。

 

まさか、これを使う事になるなんて!

 

迫っていた爪を受け止める為にインターセプターを構え、その選択を直ぐに後悔しました。

 

インターセプターは一本、対する五十嵐さんの繰り出す爪は全部で四振り。

 

受け止めたインターセプターが爪により腕ごと絡め取られ、手放すのが遅れた私に残りの三振りの爪が襲い掛かりました。

 

「く、うっ……!?」

 

距離を取ろうにも爪により阻止され、至近距離から次々と繰り出される攻撃。

 

視界に映る機体のシールドエネルギー残量が、一撃毎に大きく削られて行きました。

 

そして私は見てしまいました。

 

目の前にいる五十嵐さんの目を、真剣で鋭利な刃を思わせる鋭い瞳を。

 

私が初めて見た、あの瞳を。

 

あぁ……私は負けたんですのね……代表候補生でありながら、男性操縦者である彼に……。

 

 

 

『シールドエネルギー0! 勝者、五十嵐悠斗!!』

 

 

アリーナに響いた放送、それと同時に五十嵐さんの攻撃が止んで武装が収納されました。

 

しかし、同時に機体の活動限界が来てしまい、ブルー・ティアーズは機能を停止してしまいました。

 

「きゃっ……!?」

 

重力に逆らう事なんて出来る筈も無く、そのまま地面に向かって落ちていく。

 

しかし、私の身体は直ぐに受け止められました。

 

背中と膝裏に感じる、固く温かい感触。

 

視線を向ければ、五十嵐さんが腕の装甲を解除した状態で私を抱き止めて下さっていました。

 

「あ……い、五十嵐、さん……」

 

「……大丈夫か?」

 

先程までの姿が嘘の様な優しい瞳で尋ねて来る彼、そして所謂"お姫様抱っこ"の状態となっているこの状況、その二つが相俟って私の心臓は破裂してしまうのではと思える程に高鳴っていました。

 

「一先ず、控室に戻るぞ?」

 

「え、はい……」

 

抱き抱えられたまま、私は五十嵐さんにより控室へと戻って来ました。

 

五十嵐さんが此方の控室では無く反対側の控室を使っているのは知っていますが、何故か直ぐに立ち去ろうとする五十嵐さんを私は呼び止めました。

 

「ま、待って下さい!」

 

彼の手を取り、此方に向かせてから顔を見合わせました。

 

「その、先程の試合、完全に私の負けでしたわ」

 

「……いや、俺は単に機体の性能に助けられただけだ」

 

「そんな事ありませんわ、幾ら機体の性能が良くてもあそこまでの動きが出来るのは搭乗者の腕、もっと誇って下さいまし」

 

「そう、なのか……?」

 

自信が無さそうに呟く五十嵐さん、先程まであんなに凛々しい姿でしたのに、本当に不思議な方ですわ。

 

「五十嵐さん、試合を終えた今、改めて言わせて頂きます……この前は、本当に申し訳ありませんでした」

 

私は深く、五十嵐さんに対して頭を下げました。

 

ずっと言いたかった言葉、五十嵐さんとの約束を守り、試合が終わるまで口に出来なかった言葉。

 

「あの時、五十嵐さんが止めて下さらなかったら、私は今頃クラスで孤立していましたわ。 それなのに庇って下さって、こうして私に試合の出来る場を設けて下さって、本当にありがとうございました」

 

「別に俺はそんな大それた事は何もしていない」

 

「そんな事ありませんわ、五十嵐さんはもっと御自分に自信を持つべきですわよ?」

 

「……まさかオルコットに束と同じ事を言われるとはな」

 

「えっ? し、篠ノ之博士とですの?」

 

「……あぁ」

 

恥ずかしそうに頬を掻く五十嵐さん、その姿がとても可愛く思ってしまいました。

 

「そ、それと、その……先程の試合なのですが……」

 

意を決して、伝えようと思います。

 

「結果は私の負けでしたが、私にとって先程の試合は十分納得の行く試合でした。 ですから、その、試合前に話したお願いの件なのですが……」

 

「あぁ、俺も納得の行く試合だった、何でも言ってくれ」

 

何度か深呼吸をしてから、再度五十嵐さんの目をしっかりと見つめました。

 

「その……五十嵐さんでは無く名前で……ゆ、悠斗さんとお呼びしても、宜しいでしょうか……?」

 

初めて、彼を名前で呼ぶ。

 

それだけで、胸がとても高鳴りました。

 

「あぁ、勿論構わない」

 

「っ……あ、ありがとうございます! 私の事も、その、セシリアとお呼び下さい!」

 

「……わかった、セシリア」

 

「あ……」

 

名前で呼ばれた、ただそれだけの事ですのに、胸の奥から温かい何かが溢れて来る様に感じてしまいました。

 

「……なぁセシリア、そのお願いとやらを、俺も言っても良いのか?」

 

内心で何度も悠斗さんの名前を、逆に悠斗さんから名前で呼ばれた事を繰り返していると、悠斗さんが私にそんな事を言いました。

 

「えっ? あ、も、勿論ですわ!」

 

「……そうか」

 

すると、悠斗さんは何やら呼吸を整え、姿勢を正しました。

 

その表情は先程の試合と同様に真剣そのもの、いえ、それ以上かもしれません。

 

一体、どの様なお願いを……?

 

「その、だな……」

 

「は、はい……?」

 

さ迷わせていた瞳が、真剣な瞳が、真っ直ぐに私を捉えました。

 

 

 

 

「セシリア、俺と、付き合って欲しい」

 

 

 

 

「…………へっ?」

 

思わず、自分の耳を疑ってしまいました。

 

今、悠斗さんは何と仰いましたか?

 

私と……付き合って、欲しい……?

 

 

「初めて会った時から、心の何処かでずっと惹かれていた。 その綺麗な瞳が、髪が、そして自らの信念を持ち強く在ろうとする姿が、とても美しいものだと感じた」

 

悠斗さんの口から紡がれる言葉に、私はどんどん顔が熱を帯びて行くのを感じました。

 

そんな、悠斗さんが……。

 

「……俺は、人を好きになるという事なんて知らなかった。 こうして気付けたのも、俺一人では無くある奴に相談して、考えた末に漸く自分の気持ちに気付く事が出来た。 本当なら、このお願いとやらで言うのはどうかと思ったんだが、どうしてもセシリアに伝えたかった」

 

逸らす事無く、真っ直ぐに向けられる真剣な瞳。

 

その黒い瞳に、まるで吸い込まれてしまう様に錯覚してしまう程。

 

「……答えは直ぐじゃなくても良い、俺が勝手に伝えただけだ。 セシリアが迷惑に思ったのなら断ってくれても構わない」

 

そう言って、悠斗さんは私に背を向けて控室から出て行こうとしました。

 

 

 

……そんなの、狡いですわ。

 

答えは直ぐじゃなくても良い? 迷惑に思ったのなら断ってくれても構わない?

 

御自分の中だけで完結させるなんて、私が許すとでも思っているのですか?

 

答えなんて、考えなくとも、もうとっくに決まっていますもの!

 

 

 

「待って下さい!」

 

悠斗さんの背中に、勢い良く抱き付きました。

 

あの時、私を庇ってくれた広く逞しい背中、鼻腔を擽る男性らしい香りに、私の心は満たされて行く様でした。

 

「悠斗さん、私の答えは決まっていますわ……私も、一目見た時から悠斗さんに惹かれていましたもの」

 

「セシ、リア……?」

 

「私も、悠斗さんの事が好きですわ」

 

もっと言葉に詰まるかと、しどろもどろになってしまうかと思いましたが、自然とその言葉を口にする事が出来ました。

 

「私を守ってくれた紳士的な所、とても優しいのに凛々しい姿、たまに見せる困った時の可愛らしい顔、その全てが好きですわ」

 

悠斗さんの手を取り、私の方へと向かせました。

 

「これが嘘偽りの無い、私の本心からの答えですわ」

 

真っ直ぐ、悠斗さんの目を見つめる。

 

悠斗さんは驚きを隠せない表情を浮かべていましたが、やがてそっと優しく、私の身体を抱き締めて下さいました。

 

それに応える様に、私も悠斗さんの背中に腕を回して一層強く抱き付きます。

 

「セシリア、ありがとう……」

 

「いいえ、お礼を言うのは私の方ですわ」

 

「そんな事無い、こんな俺の事を好きになってくれて、ありがとう」

 

「ふふっ、私の方こそ、気持ちを伝えて下さってありがとうございます」

 

そのまま暫くの間、私達は強くお互いに抱き締め合っていました。

 

その時間は間違い無く、私のこれまでの人生の中で一番幸せな時間だと思えるものでした。



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第16話 試合の後で

『シールドエネルギー0! 勝者、セシリア・オルコット!!』

 

「「えぇっ!?」」

 

目の前で繰り広げられた試合の結末に、控室にいた俺と織斑千冬の口から同時に大きな溜め息が漏れた。

 

あの後、二試合目はセシリアと織斑の試合となった。

 

俺は元々セシリアとの試合はしたかったが、クラス代表になんかなる気は更々無かった為に棄権する旨を伝えている。

 

初めこそ猛抗議してきた織斑だったが、元より先に名前を挙げられていたのは織斑だったのだから俺は知らん。

 

全力で無視を決め込んでいると、渋々と織斑は諦めて引き下がった。

 

そして迎えた試合だったのだが、結果から言えばセシリアの勝利だった。

 

連戦による疲労や、俺が破壊したせいでユニットの数が少なかった事が関係してはいたが、意外にも織斑はセシリア相手に善戦していた。

 

しかし最後の一撃、単一使用能力(ワンオフアビリティー)を使った瞬間にセシリアの勝利が確定した。

 

だがその勝利方法が、織斑の機体性能の把握不足による自滅に近いもの。

 

……やはり、馬鹿だったな。

 

「……はぁ」

 

再度溜め息を溢し、俺はアリーナに背を向ける。

 

「待て五十嵐、本当にお前は織斑と試合をしないのか?」

 

「興味無いな、元々代表になるつもりも無い……それに、あんな馬鹿な負け方をした奴と試合をするなんて真っ平御免だ」

 

「それは……まぁ、わからなくは無いが」

 

「もう良いか?」

 

「はぁ、わかった、行って良いぞ」

 

その言葉を聞いて俺は控室を後にした。

 

廊下へと出たその足で、そのまま"向こう"へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

「あ、悠斗さん!」

 

ノックをしてから反対側の控室に入ると、セシリアが笑顔で出迎えてくれた。

 

そんなセシリアに来る途中で買った飲み物を渡しつつ先程の試合について話をする。

 

「とりあえずおめでとう、で良いのか?」

 

「……納得出来る試合だと思いましたか?」

 

「……いや、無理だな」

 

ベンチに並んで座り、疲れきった表情でそう愚痴るセシリアに労りの気持ちを込めて頭を撫でてやる。

 

「ん……もう悠斗さんたら、こんな風に甘やかされてしまったら私直ぐに駄目になってしまいそうですわ」

 

「嫌か?」

 

「そんな筈がありませんわ、寧ろもっとして欲しいぐらいですもの」

 

そう言って撫でられている頭をそのまま俺の肩へと預けて来るセシリア。

 

俺もそうだが、セシリアも大概だと思うけどな。

 

「それより悠斗さんは試合をしないんですの?」

 

「あぁ、元々代表になるつもりは無かったからな、それにさっきあんな間抜けな負け方をした奴と試合なんかしたく無い」

 

「ふふっ、悠斗さんらしいですわね」

 

俺らしい、のか……?

 

「俺はやらないから、あいつに勝ったセシリアが代表になるんだろう?」

 

そう尋ねるとセシリアは一度目を伏せ、肩に乗せていた頭を離すと俺に頭を下げて来た。

 

「セシリア……?」

 

「……その事ですけど、私クラス代表を辞退しようと思っておりますの」

 

その言葉は、正直意外だと思った。

 

間違い無くクラスで一番実力があるのはセシリアの筈だが。

 

「私はイギリスの代表候補生として、ずっとISに携わって来ましたの。 それなのに今日のこの結果、己の実力不足を痛感しましたわ」

 

「そんな事は……」

 

「悠斗さんに負けて、先程の試合もあんな素人に追い詰められる事があって、そんな私がクラス代表だなんてなる資格はありませんわ」

 

「いや待て、俺との試合は機体の性能があったからで、さっきの試合も連戦による疲労や武装の問題もあった筈だろ?」

 

「それは只の言い訳にしかなりませんわ、それに代表候補生となって本国から専用機を受け取るという事が、データ収集以外にどの様な理由を持っているのか、悠斗さんならお分かりになりますでしょう?」

 

「……他国に対するIS開発の技術力、軍事力の牽制……といった所か?」

 

「そうです、それなのに連戦で疲労していた、新型の性能が高くて負けた、そんな事言える筈がありませんわ……言っておきますが、悠斗さんは機体の性能だけで無くご自身の実力があるという事をお忘れにならないで下さいまし」

 

随分と、俺を買ってくれているんだな。

 

「それに確かに先程あんな負け方をした彼ですが、素人でありながら筋は悪く無いのも事実……馬鹿で勉強不足で基本や基礎理論すら覚えていない馬鹿ですが」

 

……馬鹿と二回言ったな、事実だが。

 

「ですから私は辞退して彼にクラス代表を譲ろうと思いましたの……せっかく悠斗さんが試合をして下さったのに、本当に申し訳ありません」

 

「……いや、謝る必要は無い。 セシリアが考えて出した結論なら俺から言う事は何も無い、支持するさ」

 

「悠斗さん……ありがとうございます……」

 

そう言って、再度セシリアは俺の肩へと頭を預けて来る。

 

「ですが、疲れたのは事実ですので、もう少しこのままでいても宜しいでしょうか?」

 

不安そうに上目遣いでそう告げて来るセシリア、その突然の不意打ちに思わず息を飲んでしまったが何とか顔には出さずに頷いた。

 

「……あぁ、試合はもう終わったんだからゆっくり休んでくれ」

 

「ふふっ、ありがとうございます……」

 

そう言って目を閉じるセシリア。

 

その美しい顔を見ながら、時間の許す限りそのままの状態でセシリアの頭を撫で続けるのだった。



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第17話 クラス代表の定め

「という事で、1組のクラス代表は織斑君に決まりました~ぱちぱち~」

 

「な、何で俺なんだ!?」

 

試合の翌日、朝のHRで山田から何とも気の抜ける様な口調で告げられた言葉に、織斑は抗議の声を上げる。

 

「それは私が辞退したからですわ」

 

そう言って立ち上がったセシリアに、織斑が視線を向ける。

 

「今回の試合で私は自分の実力不足を痛感しました。 ですから貴方にクラス代表の座を譲ろうと考えたのです……そしてこの場をお借りして謝罪させて下さい。 この前は、あの様な事を言ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 

「えっ!? い、いや、頭を上げてくれよオルコットさん! 俺はもう気にして無いし、謝らなかったのだって悠斗にきちんと説明して貰ったからさ!」

 

その言葉に頭を上げるセシリア、そして何故か織斑は俺に視線を向けて来る。

 

「つうか悠斗! オルコットさんが辞退するって言ってるけど、お前が勝ったんなら俺じゃなくてお前がなるべきだろ!?」

 

「……煩い、俺は元からクラス代表になるつもりは無いと何度も言った筈だ」

 

「それはそうだけど……って、いやいや!? 何度もって、俺には一回言っただけで後は無視してただけだよな!?」

 

「ん? そうだったか?」

 

「惚けるなよ!?」

 

「……はぁ、何も考え無しって訳じゃない。 セシリアと話をしてお前のISの筋は悪く無いという結論に至ったから俺もセシリアも辞退したんだ。 決して面倒だからとかそういう理由じゃない」

 

「えっ? そ、そうなのか……?」

 

……こういう所は馬鹿で助かる。

 

確かにセシリアはそう言っていたが、俺は単に面倒だったからやりたく無いだけだ。

 

それを知っているセシリアが苦笑しながら俺を見ているが。

 

そんな時、誰かが発した言葉で教室中が静かになった。

 

 

 

 

「……あれ? 五十嵐君、いつの間にオルコットさんの事を名前で呼ぶ様になったの?」

 

 

 

 

全員の視線が俺に集まる……面倒だな。

 

「あ、確かにそうだよな? 悠斗! 俺も名前で呼んでくれよ!」

 

「……馬鹿は黙ってろ」

 

「あっ!? また馬鹿って言ったな!?」

 

馬鹿は放って置いて、この場をどうするか。

 

別に俺は構わないが、セシリアに迷惑が掛かるのは避けたい。

 

「はぁ……お前達! そろそろ無駄話はやめないか!」

 

教室に響いた声、鶴の一声宜しく、全員が動きを止めて前を向いた。

 

これは好都合だ。

 

内心で織斑千冬に感謝しつつ、俺も前へと視線を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

「悠斗、溜め息を吐くと幸せが逃げるぜ?」

 

隣を歩く織斑の言葉に、思わず鼻で笑ってしまう。

 

今時そんな迷信を信じてる奴がいるとはな。

 

今日の授業はISの機構操縦、更衣室で着替えてからグラウンドへと向かって歩いていた。

 

「つうかさ、悠斗……お前凄いな……」

 

「あ?」

 

織斑の言葉に思わず首を傾げる。

 

視線を追って行けばあるのは俺の身体だけ、こいつは何を言ってるんだ?

 

「いやさ、悠斗って着痩せする方なんだなって思ってさ……どうやったらそんな筋肉付くんだ?」

 

「別に大した事はしていない、毎日のトレーニングを欠かさない事ぐらいだ」

 

「あ、やっぱりそうなのか? 俺もクラス代表になったからにはトレーニングとかしないといけないよな……」

 

「……まぁ、何もしないよりはした方が良いだろうな」

 

そのまま他愛も無い話をしながら、俺達はグラウンドへと辿り着いた。

 

 

 

 

「わっ!? ね、ねぇねぇあれ!」

「うわ……!?」

「凄い……」

「あ、あの胸板に抱かれたい……」

 

 

 

グラウンドに着いたと同時に、クラスの奴らの視線が何故か織斑では無く俺に集まる。

 

毎度の事ながら、本当に煩わしい。

 

「あ、悠斗さん」

 

「セシリ、ア……」

 

セシリアの呼ぶ声に振り向き、思わず固まってしまった。

 

今の俺達は全員がISスーツを着用しているのだが、男は一見普通のTシャツにハーフパンツの様なデザインだ。

 

身体に密着する作りの為に、身体のラインがくっきり出るのである。

 

そして女用のデザインはタンクトップの様な上にスパッツの様な下、そして男と同様に身体のラインがくっきりと出る。

 

つまり、セシリアの様にスタイルの良い人物が着ると……その……目のやり場に困るのだ。

 

「あの、悠斗さん……? 何故目を逸らすんですの?」

 

「……いや、何でも無い」

 

「どう見ても何でも無い様には見えませんけど、本当に大丈夫ですの? もしかして体調が……?」

 

俺の視線に入る様に近付いて来るセシリア、無意識なんだろうが、胸元で手を組みながら近付いて来る為にセシリアの強調された胸が目の前に晒される。

 

これは駄目だ、刺激が強過ぎる……。

 

「セシリア、本当に大丈夫だ」

 

「そ、そうですの? それなら良いのですけど……」

 

「あ、オルコットさーん! ちょっと手伝って貰っても良いー!?」

 

「あ、はい! 今行きますわ! すみません悠斗さん、ちょっと行って来ますわ」

 

「……あぁ」

 

セシリアが呼ばれて行ったのを見送ってから、大きく息を吐いた。

 

幾ら付き合ったと言ってもあれは駄目だろう、セシリアはもう少し自分の容姿を気にして欲しいんだが……。

 

「……何だ?」

 

隣に立つ織斑からの視線を感じて尋ねる。

 

「ん~? いや、モテる奴は違うな~と思ってさ?」

 

織斑の顔は、本気で殺意が芽生えるぐらいのムカつく顔をしていた。

 

「いやいや、貴重な悠斗の焦った姿が見れたぜ、あはははは!」

 

その顔のまま笑い出した織斑に、沸々と沸き上がっていた怒りが振り切れる。

 

「はははは……んぐぅ!?」

 

織斑の脇腹へと、全力の蹴りを見舞った。

 

 

 

 

 

「全員揃っているな? これからISの機構操縦を行う、専用機持ち三人は前に出ろ」

 

織斑千冬と山田がやって来て授業が始まった。

 

そして専用機持ちという事で俺とセシリア、そして織斑が前へと出る。

 

「よし……おい、何をしている織斑?」

 

織斑が先程の蹴りにより脇腹を押さえながら呻いている。

 

「ち、違……悠斗が……」

 

「五十嵐が何だ? お前、何かしたのか?」

 

「……知らないな」

 

「だそうだ、ふざけて無いで普通に立て」

 

「そ、そんな……」

 

絶望した表情を浮かべながらも、織斑が漸く普通に立った所で織斑千冬が俺達に向き直る。

 

「先ず初めに機体の展開速度からだ、オルコットから始めろ」

 

「はい、ブルー・ティアーズ!」

 

セシリアが機体を展開、その速度は正に一瞬のものだった。

 

「ふむ、〇・五秒か、良い展開速度だな」

 

「ありがとうございます」

 

流石としか言い様の無い展開速度に、他の奴らからも称賛の声が上がる。

 

「では次、織斑」

 

「は、はい!」

 

続いて織斑だが、腕のガントレットに触れ少しの間が空く。

 

「っ……白式!」

 

展開された織斑の専用機、白式。

 

白を基調とした、まるで騎士を思わせる様な機体だ。

 

「……一・八秒、遅いな、せめて一秒を切れる様にしろ」

 

「う……は、はい」

 

その言葉に項垂れる織斑、さて、次は俺か。

 

「では最後、五十嵐」

 

「あぁ……黒狼」

 

展開される黒狼、やはり身体に馴染むな。

 

「ほぅ……〇・五秒、オルコットと同等か」

 

他の奴らからのどよめきが聞こえるが、俺としては何も感じない。

 

単に黒狼の性能が良いだけだと思うが。

 

『主様、ISの展開速度は確かに人それぞれではありますが、"奥様"の様に代表候補生としてISの訓練を受けて来た訳では無い主様の展開速度が一秒を切る時点で十分主様の実力で御座いますよ』

 

そうか……って、ちょっと待て、お前今セシリアの事を何て言った?

 

『はい? 主様の思い人でありますので奥様とお呼び致しましたが、何か問題が御座いますでしょうか?』

 

……はぁ、いや、何でも無い。

 

「では次に武装の展開だ、オルコットから」

 

「はい」

 

セシリアが手を横へと向けて構えると、レーザーライフルが展開され……織斑の顔面を急襲した。

 

「おぶぅっ!?」

 

顔面を押さえ、地面を転がりながら悶える織斑。

 

機体の絶対防御があるからそこまででは無いと思うんだが……。

 

「っ!? も、申し訳ありません!?」

 

「凄いな、そのライフルは遠距離だけじゃ無く近接の役割も担っていたのか」

 

「ゆ、悠斗さん!? からかわないで下さいまし!」

 

顔を赤らめながら抗議してくるセシリア、そしてその足元で転がり続ける織斑。

 

どうしてこうなったんだろうな。

 

「……お前達、真面目にやらんか!」

 

そんな俺達に、織斑千冬の激が飛ぶのだった。

 

 

 

 

 

「色々あったが、次に飛行訓練をする。 そうだな、では地上から五〇〇メートルの距離まで上がれ」

 

その言葉に、俺達は上空へと同時に飛び上がった。

 

 

空を飛ぶという感覚だけは、やはりどうも不思議な感じがするな。

 

「やはり悠斗さんの飛行は安定していますわね?」

 

隣を飛ぶセシリアから声が掛かる。

 

「そうなのか? 俺としては飛ぶ感覚というものが未だに慣れないんだけどな」

 

「何度か飛ぶ内に慣れますわ。 それに今のままでも十分安定していますから……それに比べて」

 

セシリアの言葉に、視線を後ろへと向ける。

 

俺達の数メートル後ろを、織斑が何とも危なっかしい様子で飛行していた。

 

「織斑、大丈夫か?」

 

「な、何とか……つうか悠斗は何でそんなに安定してるんだ……!?」

 

「わからん」

 

「織斑さん、先ずはイメージをしっかりと持つ事が大事ですのよ?」

 

「イメージって言われても、空を飛んだ事なんて無いのにイメージも何も……」

 

「そうですわね、前方に三角錐を描く様なイメージです」

 

「さ、三角錐……? それって、具体的にどういう……?」

 

「なら教えて差し上げても宜しいですわよ? 二時間程座学として」

 

「うっ……え、遠慮しておきます……」

 

「あらそうですの? では悠斗さんは?」

 

「……そうだな、俺も今一理解していないから感覚的な所がある。 一度理論的な事を教えて貰っても良いか?」

 

「はい! 喜んで!」

 

途端に笑顔になるセシリア、やはりこの表情が一番魅力的だな。

 

 

『こら織斑! 機体の性能で言えばお前の白式の方が上だぞ! もっとスピードを上げんか!』

 

 

地上から織斑千冬の激が飛んで来る。

 

ハイパーセンサーのお陰で一言一句聞こえてはいるが、素人の織斑には厳しいんじゃ無いのか?

 

……まぁ、知った事じゃないが。

 

やがて高度五〇〇メートルまで到達し、俺達は地上を見下ろしていた。

 

流石に高いな、他の奴らが点にしか見えない。

 

『よし到達したな? では三人共、そこから地上まで最高速度で降りて来い。 そしてそのままスラスターを利用して地上一〇センチの所で止まるんだ』

 

地上一〇センチか、中々に難しそうだな。

 

『ちなみに五十嵐は地上五〇メートルから瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い、同じく地上一〇センチで止まって貰おう……その機体の性能なら可能だろう?』

 

「……無茶言いやがって」

 

「悠斗さん、大丈夫ですの?」

 

「……やれるだけやってみるが、せめて地面に突っ込まない様にしたいな」

 

「悠斗さん、宜しければアドバイスを」

 

セシリアのありがたい言葉に耳を傾ける。

 

「機体の性能で言えば可能ですわ、地上の直前で上に向かって機体を持ち上げる形をイメージして下さい。 機体を持ち上げる時に上に向かって瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使う様な感覚です」

 

「中々身体に掛かる負荷が凄そうだが、それしか無いか……」

 

「しかしそれはあくまでもイメージですわ、宜しければ私が先に行きますので、それを見て他にイメージが浮かびましたらそちらを使って下さいまし」

 

「わかった、すまないが頼めるか?」

 

「勿論です、任されましたわ」

 

そう言って、セシリアは地上に向かって最高速度で飛び出した。

 

ハイパーセンサーを利用し、機体の制御姿勢やスラスターの動かし方を細部まで観察する。

 

そして視線の先、セシリアは指示された通り地上から一〇センチで一ミリの誤差も無く止まった。

 

流石、としか言い様が無い。

 

地上に降り立ったセシリアが俺に向かって笑顔で小さく手を振っており、他の女達から取り囲まれて何やら尋問の様なものを受けているが……。

 

だが、今ので何となくだがイメージが掴めたかもしれない。

 

「……先に行くぞ」

 

織斑に一言伝え、俺も地上に向かってスラスターを最大出力で吹かした。

 

空気を切り裂く音が耳に響く。

 

普通ならこの速度で地上に迫れば、そのまま激突するのではと恐怖心が芽生えるのだろうが、不思議とそんなものは起きなかった。

 

地上五〇メートルに達した所で瞬時加速(イグニッション・ブースト)により一気に加速し、速度が音速を超える。

 

まだだ……。

 

迫る地上は、目の前。

 

「っ……らぁっ!!」

 

機体を一気に上に向け、スラスターを最大出力のまま急激なブレーキを掛けると身体が軋む音が脳内に響く。

 

周囲に、風圧によって大量の砂埃が巻き上がった。

 

 

『お見事です、主様』

 

 

黒狼の声で、俺は今になって地上に激突していない事を理解した。

 

クラスの奴らのどよめきが聞こえる。

 

「初めてなのによくやったな、五十嵐」

 

近寄って来る織斑千冬からの言葉に、俺は視界に表示された数字を見ながら首を横に振った。

 

「いや、失敗だ」

 

「ん?」

 

「地上から一〇センチと言われていたが、止まったのは二〇センチだ……成功とは言えないだろ?」

 

「……くくっ、お前は本当に面白い奴だな」

 

その言葉に首を傾げるが、織斑千冬はそれ以上何も言わなかった。

 

「悠斗さん!」

 

地上に降り立ち、黒狼を待機状態に戻した所でセシリアが駆け寄って来た。

 

「凄いですわ! 私よりも難易度が上でしたのに!」

 

「いや、あいつにも言ったが止まったのは指定から一〇センチ遠かった」

 

「もう! もっと素直に喜んで下さいな!」

 

いや、しかし……。

 

『主様、奥様の仰る通りに御座います。 普通ISの搭乗経験のほとんど無い方が今の訓練をすれば……』

 

 

 

 

「どわあああああっ!?」

 

 

 

 

背後から、凄まじい衝撃音と共に俺の時の数倍はある砂埃が巻き上がった。

 

『……あの様になります』

 

「……成る程な」

 

砂埃が晴れると、直径数メートルはありそうなクレーターが出来上がっていた。

 

「……馬鹿者、誰が地面に穴を開けろと指示した?」

 

「ぐ、おぉ……!」

 

苦し気な声と共に、クレーターの中から織斑が這い上がって来た。

 

そしてその時、授業終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 

「では授業はここまでだ、織斑は責任を持ってその穴を埋めておけ」

 

「えぇっ!? そりゃ無いだろ千冬ね……ぐえっ!?」

 

織斑の頭を出席簿が襲う。

 

「織斑先生だ、自分で開けた穴なら自分で埋めろ、異論は認めん」

 

そう言うと、織斑千冬と山田は去って行った。

 

「……ゆ、悠斗?」

 

二人が去ってから、何故か織斑が俺にすがる様な目を向けて来る。

 

「……手伝わねぇぞ」

 

何を言おうとしているのかはわかっていた為、先手を打っておいた。

 

「えぇっ!? そ、そりゃ無いだろ!? 頼むよ!」

 

「知るか、自業自得だ」

 

織斑に背を向け、背中に織斑の声がいつまでも掛けられていたがそれに一切構う事無く俺は更衣室へと向かうのだった。



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第18話 祝福

「……何だって?」

 

着替え終えてから、いつもの面子と昼食を取っている時に向かいに座る相川から告げられた言葉に俺は思わず聞き返してしまった。

 

「だから、織斑君のクラス代表就任パーティー! 今晩やるから五十嵐君にも参加して欲しいの!」

 

「織斑の為のパーティーなら俺が参加する必要は無いんじゃないのか?」

 

「そんな事言わずにさ! せっかく開くんだから五十嵐君も来てよ!」

 

正直、面倒以外のなにものでも無いんだが。

 

「ねぇお願い! ね!?」

 

「……面倒だ」

 

「もう~! オルコットさんからも言ってあげてよ~!」

 

「えっ? あ、その、せっかく皆さんが企画したパーティーですし、悠斗さんも参加しませんか? 私もご一緒に参加しますから」

 

「……わかった」

 

「ちょ!? 私の誘いは断ってたのに!?」

 

「煩いぞ、行くなら文句は無いだろ?」

 

「そ、そうだけどさ……」

 

何やら納得のいっていない様子の相川、何なんだ参加しろと煩かった癖に参加すると言った途端。

 

しかし面倒だが、セシリアに言われれば断る事は出来ないな。

 

「……あ、あの」

 

突然、それまで黙って聞いていた鏡が控え目に口を開いた。

 

「えっと、五十嵐君とオルコットさん、前から仲は良かったけど、試合の後から名前で呼びあってるし、何だかもっと親密になった様に見えるんですけど……」

 

「あ、それは確かに気になってた!」

「ゆうゆうにセシリー、そこの所どうなの~?」

 

鏡の言葉に相川と布仏まで俺達に視線を向けてくる。

 

あぁ……煩わしいな……。

 

横目でセシリアを見れば頬を赤らめながら俯いてしまっているが、やがて意を決したかの様に顔を上げる。

 

「あ、あの! 私と悠斗さんは、その……試合の後に……」

 

そこまで言って、恥ずかしさから固まってしまった。

 

……これは、男である俺から言うべき事だな。

 

「……セシリアに、試合の後に俺が告白した」

 

「「「……えっ?」」」

 

目を点にして動きを止める三人。

 

「セシリアも答えてくれて、その日から付き合っている。 それが答えだが、何か文句はあるか?」

 

「「「えええええええっ!?」」」

 

食堂に、三人の驚きの声が木霊した。

 

食堂にいた全員が何事かと俺達を見てくる……ここだと場所が悪いな。

 

「……食い終わってるなら場所を変えるぞ、ここだと他の奴らの目がある」

 

そう促し、俺達は一度食堂から出るのだった。

 

 

 

 

 

 

やって来たのは教室、クラスの大半の奴らが時間まで食堂にいる為俺達以外の姿は無い。

 

「さて、何処まで話してたか……」

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って!」

 

「何だ?」

 

「え、あの、二人が付き合ってるって、本当に!?」

 

「あぁ、本当だが?」

 

「嘘とか冗談で言ってたりしないよね!?」

 

「嘘は言って無い、それに俺はそういう嘘は嫌いだ」

 

俺の言葉に呆然と固まる三人、セシリアは隣で顔を赤らめて俯いてしまっている。

 

「あ、えっと……」

 

固まっていた相川が、漸く口を開く。

 

「本当に、付き合ってるんだ……?」

 

「何度も言ってるが?」

 

「あ、いや……」

 

「……私は、お似合いだと思います」

 

鏡がぽつりと言葉を漏らした。

 

全員の視線が集まり、戸惑った様子を見せたが、やがてゆっくりと話し始めた。

 

「えっと、オルコットさんは私達と同い年なのに国の代表候補生で、五十嵐君は男子なのにISに乗る事が出来て専用機も持ってて、試合もさっきの授業でも初心者とは思えないぐらい凄くて、二人共美男美女で……だから、お似合いだと思いました」

 

……むず痒い、こうして面と向かって褒められた事なんて無かった身としては。

 

「えっと、上手く言えないけど……おめでとう」

 

その言葉に、思わずセシリアと顔を見合わせる。

 

まさかクラスの奴にこうして祝福されるとは思っていなかった。

 

「鏡さん……ありがとうございます」

 

「そ、そんな! 御礼なんて……!」

 

「……そうだな、ありがとう鏡」

 

「い、五十嵐君まで!?」

 

セシリアと俺からの礼の言葉に、鏡は恥ずかしそうに目の前で両手を振っている。

 

こうして他人の事を素直に祝福出来る事を恥ずかしがる必要は無いと思うんだがな。

 

「あ、私からも! まさか本当に付き合ってるとは思って無かったけど、おめでとう二人共!」

 

「ゆうゆうとセシリー、前に夫婦漫才なんて言っちゃったけど本当に付き合ったんだね~」

 

相川と布仏からも祝福の言葉を言われ、二人に対しても礼を言う。

 

その時に、セシリアが以前も言っていた布仏の言葉に首を傾げていた為に意味を教えてやると、途端に顔を真っ赤にさせてしまった。

 

「そ、そんな……私と悠斗さんが、夫婦……」

 

「もうオルコットさんたら、本音の言葉を鵜呑みにしちゃ駄目だよ?」

 

「……そうだな、きちんと段階を踏んで、俺一人の力でセシリアの事を養える様になってからだ。 だからもう少しだけ待っていて欲しい」

 

「ひゃい!?」

 

セシリアが凄まじい声と共に固まってしまった。

 

「ちょ!? 五十嵐君!?」

 

何だ? 違うのか?

 

夫婦というのはそういうものだと思っていたんだが。

 

「あ、これは駄目なやつだ」

「い、五十嵐君ってたまに天然だよね?」

「え~? 私は真っ直ぐで良いと思うけどな~?」

 

「……何の事だ?」

 

「「「ううん、何でも無い」」」

 

三人に揃って言われ再度首を傾げていると、隣からセシリアに手を掴まれた。

 

「どうした?」

 

「あの、えっと……ふ、不束者ですが、宜しくお願い致します!」

 

「オルコットさん!?」

「そ、それもまだ早いよね!?」

「あはは~セシリーも真っ直ぐで良いね~」

 

赤くなった顔で俺を見つめて来るセシリアと、何やら各々騒ぐ三人。

 

昼休みの教室で、他の奴らが戻って来るまで俺達はそんな会話を繰り広げていた。



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第19話 代表就任パーティー

『織斑君! クラス代表就任おめでとう!!』

 

全員の言葉と共に、それぞれの手に持たれたクラッカーが部屋に鳴り響き中央にいた織斑の頭に紙テープやらが乱雑に振り掛かった。

 

場所は食堂、相川の話していた織斑のクラス代表就任パーティーとやらだ。

 

聞いた話では1組だけで行うと言っていた筈だが、よく見れば見た事の無い顔もある為どうやら他のクラスの奴らも参加しているらしい。

 

 

「いや~1組で良かったね!」

「男子がクラス代表なんてうちの特権だし!」

「織斑君様々だよ!」

「本当は五十嵐君も良かったんだけどね?」

「強いし、格好良いし!」

「あ~私もオルコットさんみたいにお姫様抱っこされた~い!」

 

 

他の奴らが騒いでいる様子を、俺は離れた場所に座ってただ眺めていた。

 

こういった大人数で集まって騒ぐ様な事をした事が無かったというのもあるが、いざ目の前にするとどうしても参加したいとは思えない。

 

話した事の無い奴との会話ほど疲れるものは無いし、意味も無くその場の空気で騒ぐなんて尚更だ。

 

セシリアに言われていなかったら間違い無く部屋で寝ている。

 

「悠斗さん、どうぞ」

 

いつの間にか直ぐ傍に立っていたセシリア、手渡された飲み物を受け取りつつ礼を言う。

 

「悠斗さんはこういったパーティーは苦手ですの?」

 

「苦手、というかそもそも参加した事が無いな、学校に通うのもここが初めてだった」

 

「えっ? あの、小学校と中学校には……?」

 

「……色々と事情があって通っていない、ここに通うまでは束と暮らしていたしな」

 

「そう、だったんですの……」

 

「セシリアはこういうのに慣れていそうだな?」

 

「確かにイギリスにいた頃は、パーティーに参加する事は多かったですわ。 ですがそれは貴族社会のもの、この様に楽しくなんて無い、本当に息の詰まる様なものでしたの」

 

「貴族社会……という事は、セシリアは……」

 

「はい、私の家は代々続く由緒正しきオルコット家という貴族の家系ですわよ?」

 

……そう、だったのか。

 

そんな貴族の令嬢と言えるセシリアに、俺の様な人間が付き合ってくれと言ってしまったのか。

 

「ふふっ、大丈夫ですわ」

 

俺の手にセシリアが自らの手を重ね、微笑みながら話し始めた。

 

「自惚れている訳ではありませんが、今まで多くの男性に言い寄られて来ました。 ですがそれは私を見ていない、貴族としての地位や権力、オルコット家の莫大な遺産を求めてのもの……だから、ここに来るまで私は男性という存在が嫌いでした。 悠斗さんに、私がこれまで会った男性とは違う、強く優しいその姿に出会うまでは」

 

「俺、に……?」

 

「私の事を貴族としてでは無い、オルコット家の地位や権力は関係無い、私個人を見て下さった悠斗さんの言葉は、とても嬉しかったんです」

 

確かにセシリアが貴族だという事は知らなかった、そんな事は関係無しに、セシリアに好意を抱いたのだから。

 

「ですから、例え他の誰かに何を言われようとも、私は悠斗さんと一緒にいますわ」

 

「……ありがとう、セシリア」

 

「いいえ、私の方こそありがとうございます、悠斗さん」

 

互いに見つめ合い、礼を言い合う。

 

「ですが、無理を言ってしまって申し訳ありません。 悠斗さんは参加したく無かった筈ですが、私が頼んでしまったばかりに……」

 

「いや、セシリアは悪く無い。 もし参加していなかったら部屋で寝ているだけだった筈だからな、それならこうしてセシリアと一緒にいた方が良い」

 

「っ……! ゆ、悠斗さんは狡いですわ、私にその様な甘い言葉ばかり言って」

 

「……そうか?」

 

「そうですわ、他の方に言わないか不安になってしまいますもの」

 

「言う筈が無い、セシリアにだから言いたい事を正直に伝えているだけだ」

 

「あぅ……そ、そうなんですの……」

 

視線を逸らし、セシリアは飲み物に口を付ける。

 

その表情と耳が赤くなっている所を見るに、恥ずかしがっている様だ。

 

 

「あーっ!! オルコットさんが抜け駆けしてる!?」

 

 

突然響いた声、視線を向けると騒いでいた奴らが此方に押し寄せて来ていた。

 

煩わしいったらありゃしない。

 

「ちょっとオルコットさん! 五十嵐君も1組で貴重な男子なんだから!」

「独占禁止!」

「隣変わってー!」

 

好き放題騒ぐ女共、よく見れば俺達の事情を知っている相川と鏡が止めようとしているが、数の多さに意味を成していない。

 

ちなみに二人と同じく事情を知っている筈の布仏はテーブルに置かれた菓子を一心不乱に食っていて、此方の騒ぎなど気にも留めていない様だった……まぁ、あいつは良いか。

 

今は目の前で騒ぐこいつらか……煩わしい、面倒だ。

 

 

「……おい」

 

押し寄せて来て騒いでいる女共を一睨みすると、途端に口を閉じて騒ぎが収まった。

 

「いつから俺はクラスの共有財産の様な扱いになった? 俺がいつ誰と何をしようが俺の勝手だろ、違うか?」

 

俺の言葉に気まずそうに目を伏せる女共、良い機会だ、この際ここではっきりさせておこう。

 

隣に座るセシリアの肩に手を回し、そのまま俺の方へと抱き寄せた。

 

突然の事に驚いて見上げて来るセシリアと一度視線を合わせ、再び前へ。

 

「それに、付き合っている相手との大事な時間を邪魔するなんて野暮な真似、俺は許さない」

 

一瞬の静寂、そして次に起こるであろう事に備えてセシリアに目配せし、同時に耳を塞いだ。

 

 

『ええええええええええええっ!?』

 

 

食堂全体が揺れたのではないかと思える程の大音響、どうして女って言うのはこうも叫びたがるんだ。

 

「う、嘘!?」

「五十嵐君が……!?」

「クラスの貴重な男子が!?」

「貴族のお嬢様が落とされたー!?」

「くっ! 悔しいけどそのシチュ嫌いじゃない……!」

「寧ろ好物……!」

 

阿鼻叫喚と化した食堂、さて、この状況を作り上げたのは俺だがどう収拾をつけるか。

 

「ちょっと皆!!」

 

そんな時、突如響いた声に全員の視線が声の主である相川と、その隣にいる鏡へと集まった。

 

「気持ちはわかるけどさ、同じクラスの仲間として二人を祝福してあげようよ!」

「そ、そうだよ……! 五十嵐君とオルコットさんがお互いに決めた事なんだから、私達がそうやって騒ぐのは駄目だよ!」

 

二人の言葉に、女共に落ち着きの色が見える。

 

「それも……」

「そうだよね……」

「五十嵐君が決めた事なら……」

「私達が文句を言うのは、違うよね?」

 

口々に呟かれる言葉、これは二人に助けられたな。

 

「ほらほら! これ以上二人に迷惑掛けないでさ、肝心の主役が可哀想だよ!」

 

相川の一声で、押し寄せていた女共がぞろぞろと織斑の元へと戻って行った。

 

「悪いな相川、鏡」

 

「良いの良いの! 友達を助けるのは当然の事なんだから!」

 

「そ、そうだよ、友達が困ってるのを見過ごせないよ」

 

「友、達……?」

 

……そうか、二人は、俺の事を友達だと思ってくれているのか。

 

「……二人共、ありがとう」

 

「だから良いってば! でもいきなり皆にあんな堂々と付き合ってる事を宣言するなんて、五十嵐君らしいって言うか何て言うか」

 

「この際だから言っておいた方が良いと思ったんだ、隠しているよりもはっきりさせておいた方が面倒事は無くなるからな……それに、付き合っているのは事実だろ?」

 

「あ、あはは……オルコットさんが羨ましいね……」

 

「もう、急で驚きましたわ」

 

「……迷惑、だったか?」

 

「そんな事ありませんわ、私も嬉しかったですもの」

 

「……そうか」

 

優しく、セシリアの頭を撫でてやった。

 

「ありゃりゃ、本当に羨ましいね」

「うん、見てて本当に微笑ましい……」

 

二人からの言葉は最早耳に入らない、目の前でご満悦の表情となっているセシリアに夢中になっていた。

 

 

「おぉー! やってるね!」

 

 

食堂に、新たに声が響いた。

 

視線を向ければ、また見た事の無い奴がやって来て何やら織斑に詰め寄っていた。

 

誰だ?

 

「あ、あの人二年生だよね?」

 

「そうなのか?」

 

「うん、リボンの色が違うでしょ? 女子はリボンの色が学年毎に違うの」

 

そうなのか、まぁ余り興味は無いが。

 

「おっ! もう一人の男子はこっちにいた!」

 

いつの間にか、女が直ぐ傍にやって来ていた。

 

「初めまして! 私は二年の黛薫子、新聞部の副部長をしてるの!」

 

「……で?」

 

「クラス代表を決めるのに試合をしたんでしょ? 試合について、それから織斑君に代表を任せた理由について二人に聞きたくて!」

 

……面倒臭い。

 

完全に感情が顔に出ていたのか、セシリアが苦笑しながらも女、黛に話し掛けた。

 

「あの、それでしたら私が受けますわ」

 

「おっ! 貴女は確かイギリスの代表候補生のセシリア・オルコットさんよね? ではでは早速、織斑君に代表を任せた理由は?」

 

「こほん、私が彼に代表を任せたのは、私自身の実力不足を……」

 

「あ、長くなりそうだから良いや」

 

「せめて最後まで聞いて下さいまし!?」

 

「いいよいいよ適当に捏造するから……とりあえず、織斑君に惚れたからとでも書いておけば」

 

「やめて下さい、いくら先輩と言えども許しませんわよ?」

 

セシリアから発せられる低い声、そして圧に黛の顔が青ざめる。

 

それ程までに、セシリアの圧は殺気に近いものを放っていた。

 

「私が辞退したのは自らの実力不足を痛感し、彼の伸び代に期待を持ったからです。 それ以外の他意は微塵も御座いませんわ……それに」

 

そう言って、セシリアが俺の腕を取って強く抱き締めて来た。

 

二の腕の辺りに当てられた柔らかい感触に、思わず固まってしまう。

 

「私がお慕いし、心から愛しているのは悠斗さん只一人ですので、お間違いになりません様に」

 

「え? えええええええええっ!?」

 

黛の口から上がる叫び声……だから煩いぞ。

 

「う、嘘!? 本当に!?」

 

「嘘ではありません、事実ですわ。 悠斗さんとはお付き合いさせて頂いています」

 

「い、いつから!?」

 

「試合の直ぐ後、控室で悠斗さんが告白して下さいました。 そして私もそれに答えましたわ」

 

セシリアの返答を聞く度に、黛はポケットから取り出した手帳に何やら凄い勢いで書き込んで行く。

 

「こ、こうしちゃいられない……! お話ありがとう! 私は仕事が出来たから戻るわね!」

 

そう言い残し、黛は食堂から凄い速さで出て行ってしまった。

 

何しに来たんだあいつは……いや、それは今置いておこう。

 

「……セシリア」

 

「はい? 何ですの?」

 

「す、すまないが、その……当たって、いる」

 

そう指摘するとセシリアは首を傾げ、ゆっくりと視線を下へと下ろして行く。

 

そして、俺の腕を強く抱き締めている事で、自らのその豊満な胸を押し付けている事に気付いた。

 

「っ!?」

 

目を見開き、まるで沸騰したかの様に顔を真っ赤にさせるセシリア。

 

そのまま離れるかと思いきや、何故か更に強く胸を押し当てて来た。

 

「っ……!? セ、セシリア……!?」

 

「……その、当てて、いるのですわ」

 

「え、あ、いや……そう、か……」

 

それだけ言って、互いに無言になってしまう。

 

顔がとてつもなく熱い、セシリアも顔が真っ赤になっているのを見るに、恐らく俺も同じ事になっている筈だ。

 

「うわぁ……オルコットさん、大胆……」

「す、凄い……!」

 

相川と鏡の言葉が拍車を掛けて、俺とセシリアは固まってしまったかの様に動く事は出来なかった。



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第20話 選択

「はぁ……」

 

パーティーが終わり、俺は部屋に戻って来て直ぐにベッドに倒れ込んだ。

 

まさか、セシリアがあそこまで大胆に来るとは思っていなかった。

 

未だにあの感触が腕に残っている様な気がする。

 

『あの、主様……』

 

「……ん?」

 

突然待機状態だった黒狼からの声が掛かり、俺はベッドから起き上がった。

 

どうかしたのか?

 

『はい、その……主様に、束様からISネットワークを通じて連絡が入っています』

 

……束から? 一体何の用だ?

 

『分かりませんが、主様にお繋げします』

 

あぁ、頼む。

 

しかし、一体何の用なんだ? 黒狼のデータについてか?

 

 

『……ゆう君』

 

そう考えていると、通信越しに束の声が聞こえて来た。

 

「束、急にどうしたんだ?」

 

『……ゆう君には悪いと思ったけど、実は黒狼を渡した時からゆう君の動向を見させて貰ったの』

 

「……は?」

 

束の言葉に、俺は思わず間の抜けた声を出してしまった。

 

俺の、動向……?

 

『ねぇゆう君、あの有象無象は何?』

 

「有象無象?」

 

それって一体何の事……いや、まさか。

 

「……まさか、セシリアの事か?」

 

『名前なんて知らないよ、この前急に相談したい事があるって言って来て、相談の内容がそういう話だったからまさかと思ってたけど……そういう事だったんだね』

 

「……何が言いたい?」

 

『ねぇゆう君、あの有象無象は大事なもの?』

 

「ものって……束、お前が何を言いたいのかわからないが、セシリアは俺にとって守りたいと思う、大切な存在なんだ。 有象無象だとかものだなんて言い方はやめてくれ」

 

『……それは、私やクーちゃんよりも?』

 

「どうしたんだお前? ちょっとおかしいぞ?」

 

先程から束の様子が明らかにおかしい、こんな事を言う様な奴じゃ無かった筈だ。

 

「束もクロも、俺にとって大切な家族だ、それはいつまでも変わらない」

 

俺の言葉に、束は何も答えないがそのまま続ける。

 

「一人だった俺を、身寄りの無い俺をお前は救ってくれて、感謝してもしきれない。 そしてクロも、こんな俺の事を本物の兄の様に慕ってくれた」

 

『なら、何で……』

 

「……だから、セシリアは俺にとって」

 

 

 

「何で家族である私に、お姉さんであり"お母さん"でもある私に教えてくれなかったの!?」

 

 

 

「…………は?」

 

突然の、事だった。

 

閉めていた窓が開け放たれ、通信越しだった声が直接部屋に響いた。

 

「ねぇゆう君! ねぇ!?」

 

「……待て、ちょっと待ってくれ」

 

突然の事に一度頭を整理する為に束を手で制し……全力で、束の顔面を鷲掴みにした。

 

「痛~い!? 痛いよゆう君!?」

 

「黙れこの馬鹿が……!」

 

何故こんな短期間に二回も学園にやって来るんだ、つうかこの学園のセキュリティは一体どうなってやがる?

 

「お兄様!!」

 

束の顔面を握り潰していると、背後から軽い衝撃と共に腰の辺りに何者かが抱き付いて来る。

 

振り向いて視線を落とすと、流れる様な痛みの一切無い長い銀髪と透き通る様な白い肌。

 

「……クロ、なのか?」

 

「はい……会いたかったです、お兄様……!」

 

クロ、本名をクロエ・クロニクル。

 

束の元で共に暮らしていた、俺を兄の様に慕い、俺もまた妹の様に思っていたもう一人の家族。

 

「お前まで、どうしてここに……?」

 

「突然ごめんなさい……ですが束様も私も、お兄様の動向を見ていたらいても立ってもいられなくて……」

 

「……はぁ、ならせめて来る前に連絡を寄越せ、いきなりだと俺も驚く」

 

「……ごめんなさい」

 

顔を俯かせるクロに、俺は空いている方の手で優しく頭を撫でてやった。

 

「そんな顔をするな、確かに驚いたが……俺も会えて嬉しいよ、クロ」

 

「お兄様……!」

 

目を輝かせ、より一層強く抱き付いて来るクロ。

 

本当に可愛い奴だ……それに比べて。

 

「あぁっ! クーちゃんばっかり狡い! 私と全然対応が違うじゃん! 私も優しく頭を撫でながら抱き締めて! ハグ、ハグプリーズ!!」

 

「……もっと強くしてやろうか?」

 

少しだけ掴む力を強くすると、途端に束の手足がばたばたと暴れる。

 

「わーっ!? やめて! 本当に頭が潰れちゃう!?」

 

そんな簡単に潰れてたまるか……だが、本当に二人は何をしに来たんだ?

 

「束、一体要件は何なんだ? セシリアの事みたいだったが……」

 

「……ゆう君、真面目な話をするからこの手を離してくれる?」

 

束の雰囲気が変わったのを確認し手を離してやると、束は真剣な目で俺を見つめて来た。

 

「ゆう君、あの有象無象は……」

 

「おい、束……」

 

「……はぁ、わかったよ、あの娘がゆう君にとって大切な存在なの?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「そっか……ねぇゆう君、今すぐあの娘をここに呼んで、ふざけてなんか無いからね? 真面目に言ってるの」

 

セシリアをここに? 駄目だ、一体何を考えているのかわからない。

 

だが、どうやら嘘や冗談では無いらしいな……黒狼。

 

『はい、主様』

 

セシリアにプライベート・チャネルは繋げるか?

 

『はい、可能で御座います。 奥様は既に主様からの通信の許可を出していますので、いつでも通信可能に御座います』

 

……いつの間に?

 

まぁ、通信出来るなら構わないか、セシリアに繋いでくれ。

 

『畏まりました』

 

コールを掛けて直ぐ、セシリアが反応してくれた。

 

『悠斗さん? 如何なさいましたか?』

 

「セシリア、遅くにすまないが頼みがある……今から、俺の部屋に来れるか?」

 

『……え? えぇっ!? あの、今からですの!?』

 

「ん? あぁ、そうだが……」

 

何をそんなに慌てているんだ?

 

『あの、その……シャ、シャワーを、浴びてからでも宜しいでしょうか……?』

 

……ん? 何故、シャワーの話になるんだ?

 

いや、待て……今の時間はもうすぐ就寝時間が迫っている、その時間に部屋に呼び出すという事は……。

 

「……あー、勘違いさせてすまない、セシリア。 その、"そういう"意味では無く、少し話があるんだ」

 

『…………えっ?』

 

間を置いて、セシリアの気の抜けた声が聞こえた。

 

『っ……!? す、すみません! わ、私……勘違いを……!?』

 

「い、いや、俺の方こそすまない、言い方が悪かった。 その、セシリアに会って欲しい奴がいるんだ」

 

『会って欲しい方、ですの……?』

 

「あぁ、今は言えないが、来てくれるか?」

 

『わ、わかりましたわ、直ぐに伺います』

 

そこで通信を切り、二人に向き直る。

 

「今から来るが、何を話すんだ?」

 

「とても大事な話だよ……それからゆう君に一つだけお願い、私が話をしている間は余計な口を挟まないで」

 

「……どういう事だ?」

 

「それは来てからのお楽しみだよ」

 

そう言って、束はベッドへと腰掛けて目を閉じてしまった。

 

恐らく、これ以上は何を聞いても答えてくれないだろう。

 

クロは困った様に目尻を下げながら俺と束を交互に見ていた為、束の隣に座る様に促した。

 

……束、一体何を考えている?

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

もうすぐ就寝時間となる時間に、私はなるべく急いで悠斗さんの部屋へと向かっていました。

 

通信越しの悠斗さんのあの様子、ただ事では無さそうでしたが……それに、私に会って欲しい方とは一体?

 

部屋の前に着き、髪型や身嗜みを確認してからノックをすると、直ぐに悠斗さんが出迎えて下さいました。

 

「突然すまないな」

 

「い、いえ、構いませんわ」

 

「……入る前に、恐らく驚くと思うから気を付けてくれ」

 

「えっ?」

 

驚くとは、一体どういう事でしょう?

 

不思議に思いつつも部屋へと通されると、悠斗さんの部屋のベッドに誰かが座っていました。

 

お二人共、どう見ても学園の方では無いですわよね?

 

一人は長い綺麗な銀髪の幼い少女、どう見ても日本人ではありません。

 

そしてもう一人は、日本人らしいとても綺麗で長い黒髪に同性の私から見ても抜群のプロポーションをした美しい女性、しかし目の下にある濃い隈のせいで不健康そうに見えますわ。

 

……しかしこの女性、何処かで見た事のある様な。

 

「セシリア、こいつは篠ノ之束、そして隣がクロエ・クロニクル、俺の恩人であり家族だ」

 

篠ノ之、束……篠ノ之博士!?

 

「えぇっ!?」

 

思わず、大きな声を上げてしまいました。

 

しかしそれも仕方ないと思いますわ、篠ノ之博士と言えばISの生みの親、世界各国が血眼になって探している人物ですもの。

 

そんな方が、目の前に……?

 

「セシリア、一先ず座ってくれ」

 

「は、はい……」

 

悠斗さんに促されて、私は博士と向かい合う様に悠斗さんと並んで座りました。

 

き、緊張で今すぐにでも気絶してしまいそうですわ……。

 

 

 

しかし、そこで私はふと気付きました。

 

悠斗さんはお二人の事を家族だと仰いましたが、悠斗さんの姓は五十嵐、博士は勿論篠ノ之、クロエさんはクロニクル……クロエさんに至っては姓処か国籍すらも違う筈です。

 

それなのに家族とは、一体……?

 

「……お前が、ゆう君を誑かした有象無象?」

 

「……え?」

 

博士が口にした言葉に、そして私を見る博士の目に、私は思わず固まってしまいました。

 

その目は私の事を人として見ていない、まるでその辺に落ちている何かを見る様な、無機質で感情の一切感じない目でした。

 

「おい、束……」

 

「ゆう君は黙ってて、そういう約束でしょ?」

 

悠斗さんを鋭い視線と言葉で制し、博士は再び私を見てきました。

 

誑かしただなんて、一先ず博士は誤解している筈ですから説明を……。

 

「あ、あの、お言葉ですが篠ノ之博士、私は悠斗さんを誑かしてなんかいませんわ」

 

「そんな筈無いでしょ? そうじゃ無かったらゆう君がお前みたいなどうでも良い有象無象を相手に選んだりしない」

 

……何、ですの?

 

何故、初対面である筈の私が、その様な事を言われなければいけませんの?

 

その様な感情を抱いた私ですが、続く博士の言葉に私の意思は打ち砕かれてしまいました。

 

「何さその目は? じゃあ聞くけど、お前はゆう君の何を知っているの? ゆう君が何故ここに来たのか、どうして私とクロちゃんと暮らしていたのか、どうして血の繋がりの無い私とクーちゃんの事を"家族"と呼ぶのか……まさか、何も知らなかったの?」

 

博士の言葉に、私は何も言い返す事は出来ませんでした。

 

博士の、言う通りですわ……私は、悠斗さんの事を、過去を何も知らない。

 

知っているのは、学園に入学してからの短い期間の事だけ。

 

「ゆう君はね、お前が思っているよりずっとずっと辛い思いをして来たんだ。 何も知らないで、上辺だけで付き合っているなら今すぐゆう君と別れて」

 

私は、何も知らない……。

 

隣に座る悠斗さんの横顔を見れば、その表情は悲痛な面持ちをしていました。

 

初めて見せるその表情、悠斗さんの過去、博士の言う通り私の想像出来ない程の辛い思いをして来たのだと伺えました。

 

でも、それでも……。

 

「……お断り、しますわ」

 

「……何だって?」

 

博士の鋭い視線が私を射抜きますが、逸らす事無くその目を見返しました。

 

「お断りしますと言ったのですわ」

 

「……わからない奴だね、お前に拒否権なんて無いんだけど?」

 

「確かに私は、博士の仰る通り悠斗さんの事を何も知りません、それは事実ですわ。 しかし私は悠斗さんに惹かれました、その優しさに、私を守って下さり不利な筈の試合から決して逃げる事無く立ち向かうその強さに」

 

博士は何も言わずに私を見るだけ、しかし私は言葉を続けました。

 

「私と悠斗さんは出会ってまだ間もない、お互いに知らない事があるのは当然の事ですわ。 ですから、これから知って行けば宜しいのでは無いのでしょうか?」

 

「……セシリア」

 

私を呼ぶ悠斗さんと一度視線を合わせ、再度博士に。

 

「博士にとって悠斗さんは大事な家族だと、大切に思う気持ちがあるのは博士のお言葉で重々承知致しましたわ……しかしどうか、どうか認めて頂けないでしょうか」

 

「……なら、その条件として、お前の肩書きであるイギリスの代表候補生の座を降りろって言っても?」

 

「っ……!? おい束! いい加減にしろ!!」

 

悠斗さんが、今まで見た事の無い程に声を荒げました。

 

突き付けられた条件はとんでも無いものですのに、こんな悠斗さんも初めて見たと、そんな事を考えてしまいました。

 

祖国の代表候補生、それに対する気持ちは私にとって大切なもの。

 

しかし、今の私にとって本当に大切なのは……。

 

「……わかりましたわ」

 

「セシリア!?」

 

「悠斗さん、聞いて下さいまし」

 

悠斗さんの手を取り、しっかりと目を合わせました。

 

「確かに代表候補生の座は私にとって大切なものです。 しかし、それが無くなったからと言っても私の、セシリア・オルコットとしての存在意義が無くなる訳ではありませんわ」

 

「だ、だが!」

 

「……それに、私にとって本当に大切なのはその様な肩書きでは無く自らの意思ですわ。 その意思で、私はこれからも悠斗さんと共にいたいと思っているのです」

 

「セシ、リア……」

 

悠斗さんの手を握ったまま、私は博士に向かって深く頭を下げました。

 

「……博士、私は博士が仰られた通りに、代表候補生の座を降りますわ」

 

「へぇ……本当に良いの?」

 

「構いません、私はそれでも、悠斗さんと一緒にいたいのです」

 

悠斗さんには気丈に振る舞いましたが、今にも心臓が破裂しそうな程に早鐘を打っている。

 

身体が震え、今にも涙が溢れてしまいそうになりますが、唇を強く噛んで耐えました。

 

「お願い、致します……」

 

暫し続く無言の時間、耳に聞こえるのは自分の心臓の音と震える呼吸の音のみ。

 

博士の、答えは……。

 

 

 

 

 

 

「……うん、合格」

 

「……えっ?」

 

博士の言葉の意味が理解出来ず、ゆっくりと頭を上げた瞬間に私は博士に抱き締められました。

 

突然の事に混乱し、呆然とする私の耳元で博士は先程までの無感情が嘘の様に優しい声音で語り掛けて来ました。

 

「ごめんね、君を試す様な真似をして」

 

「た、試す……?」

 

「本当はゆう君が選んだ相手なら文句なんて言わずに祝福しようと思ってたんだけど、最初に言った様にゆう君は私とクーちゃんにとって大切な家族、そんなゆう君と付き合うのに君が本当に真剣に向き合えるのか知りたかったの」

 

「あ、で、では……」

 

「うん、君の真剣さが伝わったから合格、これからゆう君を宜しくね?」

 

その言葉を聞いて、一気に身体の力が抜けてしまいました。

 

私は、博士に認めて頂けたのですね……。

 

 

「……おい、束」

 

悠斗さんが、低い声と共にゆらりと立ち上がりました。

 

「えっ? ゆ、ゆう君……?」

 

焦った表情を浮かべる博士、そんな博士の顔を、悠斗さんは全力で鷲掴みにしました。

 

「痛~い!?」

 

「この馬鹿が……! 誰がこんな事をしてくれと頼んだんだ!?」

 

「だ、だってだって! ゆう君は私にとって大事な家族で子供なんだよ!? これくらいしないと納得出来る筈無いじゃん!?」

 

「……本当にか? 今正直に話せば痛くはしないが?」

 

「え? 本当? いやぁ、その、お前に娘はやらんって言うのを私もやってみたくて……ぎゃあああああああっ!? 痛い痛い頭があああっ!?」

 

苦しそうな声を上げる博士、本当にこの方が、篠ノ之博士なんですのね……。

 

 

「あ、あの……」

 

「はい?」

 

今の今まで黙っていたクロエさんが、いつの間にか私の傍に立って私を見上げていました……見上げていると言っても、その目は閉じられていて視線が合う事はありませんが。

 

「お兄様は、私と束様にとって本当に大事な家族なのです。 だから、お兄様を宜しくお願いします」

 

「……勿論ですわ、私も悠斗さんの事が大切で、心から好きな方ですから」

 

「そうですか……ありがとうございます"お義姉様"」

 

「……えっ?」

 

「お兄様とお付き合いされているので、私にとってお義姉様です!」

 

「あ、えっと……は、はい」

 

クロエさんに呼ばれた義姉という呼び方……た、確かに悠斗さんとお付き合いをしていますが、その悠斗さんを家族であり兄としてお慕いになっている様子のクロエさんから義姉と呼ばれるという事は、つまり悠斗さんと……。

 

顔が、熱を帯びて行くのを感じました。

 

で、ですが確かに、今はまだ無理ですけどいずれ悠斗さんとその様な関係になれたらと思っていますし……。

 

「クロ、セシリアを余り困らせるな」

 

悠斗さんが博士を解放し、私とクロエさんの傍へ。

 

その後ろで博士は顔を押さえて何やら呻き声を上げながら床を転がっていますが、悠斗さんはお構い無しの様です……。

 

「しかし、お兄様はこのままお義姉様と結婚するのでは無いのですか?」

 

「うぇっ!?」

 

「……まだ学生の身分だから無理だろ、せめて卒業してからだ」

 

「えぇっ!?」

 

「ではいずれ結婚するのですね?」

「……あぁ、俺はそのつもりだ」

 

「ええええええっ!?」

 

お二人の会話に驚くばかりでした。

 

しかし、悠斗さんも私と……ふふっ。

 

内心で一人喜びつつ、私はお二人の会話を聞いていました。

 

「うぅ~痛い……」

 

「あ、あの、博士……大丈夫ですか……?」

 

「大丈夫大丈夫! こんな事でへこたれる束さんじゃないよ! それよりその博士って呼び方、あんまり好きじゃないから名前で呼んでよ」

 

「えっ!? あの、宜しいのですか……?」

 

「勿論! その辺の有象無象なら許さないけど、君はゆう君の大事な彼女だからね! ところで名前、もう一度君からちゃんと教えてくれる?」

 

「あ、セシリア・オルコットです……」

 

「セシリア・オルコット……セシリア……うん! ならせっちゃんだね! 宜しくねせっちゃん!」

 

「こ、此方こそ宜しくお願い致します……えっと、束さん……」

 

「ん~? 別にさんはいらないよ?」

 

「そ、それは流石に……!」

 

「まぁ仕方ないか、ならそれで良いよ、じゃあ改めて宜しくね?」

 

私の手を取り、笑顔でそう言って下さる束さん。

 

あの天才と呼ばれ、悠斗さんにとって大事なご家族である束さんにそう言って頂けただけで、私はとても嬉しく思いました。

 

「……さて、じゃあ用事も済んだし、二人は明日も授業があるだろうからそろそろ帰るね?」

 

「束さん、本当に、ありがとうございました」

 

「お礼を言いたいのは私の方だよ、ゆう君が幸せそうで本当に良かったよ」

 

「……いいえ、幸せなのは私の方ですから」

 

「んふふ、そっかそっか、じゃあゆう君もまたね」

 

「はぁ……次来るなら事前に連絡を入れろよ?」

 

「わかった、そうするね」

 

「お兄様!」

 

クロエさんが、悠斗さんに強く抱き付きました。

 

……そうですわね、クロエさんがこうして悠斗さんに会えるのは僅かですから。

 

「……また来いよ、連絡も毎日は無理だろうが寄越してくれて良いからな」

 

優しい笑みを浮かべながら、悠斗さんはクロエさんの頭を撫でてあげていました。

 

こうして見ると、本当の兄妹の様に見えますわ。

 

「お義姉様も、今日はありがとうございました」

 

「いえ、またいらした時はゆっくりとお話致しましょう?」

 

「はい!」

 

笑顔で頷くクロエさん、本当に可愛らしいお方ですわ。

 

別れの時間が訪れてしまいましたが、束さんとクロエさんとの出会いは私にとって特別で、かけがえの無い時間となりました。

 

悠斗さんと、これからも一緒にいる事を認めて下さった。

 

束さんと交わした約束、悠斗さんを宜しくという言葉、決して破る事はありません。

 

例えどの様な事があったとしても、私は悠斗さんといつまでも一緒にいますもの。

 

隣に立つ悠斗さんの手を握りながら、私は心の中で誓うのでした。



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閑話 束さんの置き土産

「あ、そうだった、ゆう君にこれを渡しておくね?」

 

急に思い出したかの様に、束さんが私達に振り返りました。

 

そして何故か……む、胸元に手を入れて、何かを探しています。

 

……そ、そこに何を入れているのでしょうか?

 

横目で悠斗さんを見れば、悠斗さんは冷めた目で束さんを見ています。

 

「あったあった、はいこれ」

 

束さんが取り出したもの、それは何やら紙に包まれリボンまで付いて綺麗に包装された小さな箱の様なものでした。

 

「正確にはゆう君とせっちゃんの二人にね」

 

「……俺と、セシリアに?」

 

悠斗さんがそれを受け取り私の方を見て来ましたが、私もわからずにお互い首を傾げてしまいました。

 

悠斗さんと私の二人にと言っていましたが……。

 

「ちなみに、さっきちょっとだけこの部屋に細工して、完全防音にしておいたから!」

 

「何でそんな事を?」

 

「それは勿論必要な事だからだよ! ちゃんとそれを使ってね! バイバ~イ!」

 

そう言って、束さんはクロエさんを抱き抱えて窓から身を乗り出し、夜の闇へと消えてしまいました。

 

何と言いますか、まるで嵐の様な方でしたわ……。

 

「……はぁ、セシリア、本当にすまなかった」

 

「い、いえいえ! そんな事ありませんわ!」

 

謝って来た悠斗さんに、私は慌てて首を横に振りました。

 

「束さんが仰られた通り、私は悠斗さんの事を何も知りませんでしたわ、どの様な辛い過去があったのかを」

 

「それ、は……」

 

悠斗さんの顔に浮かぶ迷いの色、初めて見るその表情に私はそっと悠斗さんに寄り添いました。

 

「今はまだ構いませんわ、しかしいつか、私に話して下さいまし」

 

「……すまない、だが必ず話す」

 

「大丈夫です、私は悠斗さんを信じていますから……ところで」

 

私は悠斗さんの手にする、先程束さんから受け取った箱を見ました。

 

一体、何なのでしょう?

 

「とりあえず、開けるぞ?」

 

悠斗さんが慎重に包装紙を外して行き、そして開かれた中身を見て、私と悠斗さんは思わず絶句してしまいました。

 

箱の正体、文字の書かれたパッケージのそれは所謂……その、えっと……ひ、避妊具でした。

 

箱と一緒に一枚の手紙が入っていて、そこには恐らく束さんが書いたと思われる文字が。

 

 

『二人へ、思春期の二人ならこれが何なのか勿論知ってるよね? 幾ら二人がお互いの事を好きで一時の感情のままに情事に至ったとしても、二人はまだ学生なんだからせめて学園を卒業するまではこれを使ってね! それからゆう君の部屋に細工をして防音にしてあるから鍵さえ掛けておけば誰かに邪魔される心配も無し! 束さんったら天才! もし無くなったら連絡さえくれれば私が送ってあげるから遠慮せずに言ってね? あ、もし二人で選んだものが使いたいなら無理にとは言わないけど……』

 

 

そこまで読んだ所で、悠斗さんが手紙を強く握り締めて潰してしまいました。

 

部屋に、とても気まずい空気が流れました。

 

私も悠斗さんも、お互いの顔を見る事が出来ずに逸らすばかり。

 

「……すまないセシリア、あの馬鹿が」

 

「い、いえ……そんな……」

 

うぅ……まともに顔を合わせる事が出来ませんわ……。

 

「……これは俺が処分しておく、他のゴミに紛れさせれば大丈夫だろう」

 

「あ、ま、待って下さいまし!」

 

悠斗さんの手を咄嗟に掴み、ゴミ箱に捨てるのを阻止しました。

 

「セ、セシリア……?」

 

「あ、その……捨てるのは、束さんに申し訳ないと言いますか……」

 

「い、いや、あいつにそんな事を思う必要は無いんだぞ?」

 

悠斗さんの言葉に、私は恥ずかしさを圧し殺しながら視線を合わせました。

 

「ゆ、悠斗さんは……その……私と、そういった事をしたいとは、思わないのですか?」

 

「っ!?」

 

悠斗さんが今までに無い程に動揺し、顔を真っ赤にしながら視線をあちこちにさ迷わせました。

 

「そ、それは……」

 

「……それは?」

 

「……し、したく、無い……と言ったら、嘘になる」

 

とても弱々しい声音で出た悠斗さんの本音の言葉。

 

その言葉に、私の中で何かが膨れ上がって行くのを感じました。

 

「……すまない、セシリアにそんな邪な感情を」

 

謝り始めた悠斗さんに、私は強く抱き付きました。

 

動揺し、顔を真っ赤にさせる悠斗さんが、堪らなく愛おしくなってしまって。

 

「……私は、悠斗さんとなら構いませんわ」

 

「なっ!?」

 

「その、悠斗さんも男性ですから、その様な感情を抱くのは当然の事ですわ……それに」

 

激しく高鳴る心臓、恐らく抱き付いている事で悠斗さんにもその音が伝わっているかもしれません。

 

だって、悠斗さんの高鳴っている鼓動が、私にも聞こえていますもの。

 

「私は、悠斗さんと……」

 

続く言葉は、遮られてしまいました

 

突然の事、目の前にあるのは悠斗さんの顔、そして私の唇を塞ぐ柔らかい感触……これは、キス……?

 

直ぐに離れたけれど、まだ唇に残る余韻。

 

そして、真っ赤になりながらも私を見据える真剣な瞳。

 

「すまない……」

 

「えっ……?」

 

「ほ、本当なら、セシリアの気持ちに答えなければならない……だが今は、これで我慢して欲しい」

 

恥ずかしそうにしながらそう告げて来る悠斗さん、私は呆然と自らの唇に触れました。

 

「本当に、すまない……」

 

謝る悠斗さん……ですが、私は一つだけ許せませんでした。

 

俯く悠斗さんの首に腕を回し、驚く悠斗さんの唇に自らの唇を強く押し付けました。

 

驚き固まる悠斗さんに構わず、そのまま唇を割って舌を絡ませる様にして深くキスをし続ける。

 

最初は固まっていた悠斗さんでしたが、私のキスに答えて背中に腕を回し、強く求めて下さいました。

 

そのまま、息が荒くなるまで、数分に渡ってキスは続きました。

 

「っ、はっ……!」

 

唇を離して、お互いに息が荒くなりながらも私は悠斗さんの顔を見上げました。

 

「一つだけ言っておきますわ、私は悠斗さんになら何をされたとしても構いませんの。 ですがそれは悠斗さんだから、私がお慕いする唯一愛する方だからですのよ? それなのに、何故謝るんですの?」

 

「それ、は……」

 

「……悠斗さんは、私の事が嫌いでして?」

 

「そ、そんな事無い! 俺が好きなのは、セシリアだけだ!」

 

「……なら、謝らないで下さいまし。 悠斗さんがきちんと考えて、私の事を思って先程の言葉を言って下さったのだとわかっていますから」

 

そう言って微笑み掛ければ、悠斗さんは驚きながらも私を優しく抱き締めて下さいました。

 

そして私も、悠斗さんの背中に手を回して互いに抱き締め合います。

 

「……本当に、セシリアを好きになって良かった」

 

「ふふっ、それは私の台詞ですわ」

 

「……その、セシリアの気持ちには答えたい。 だが心の準備が出来るまで、もう少し待っていて欲しい」

 

「勿論待ちますわ、私は悠斗さんが心から好きですもの」

 

「……ありがとう、セシリア」

 

「どういたしまして……ですが」

 

一度身体を離し、悠斗さんを見上げました。

 

「もう一度、キスして頂けますか?」

 

「……あぁ、俺もしたい」

 

「悠斗さん……んっ……」

 

先程の激しいキスでは無く、互いを確かめ合う様な優しいキス。

 

目の前の悠斗さんを感じられる様で、とても心が満たされる思いですわ。

 

 

 

 

結局そのまま、消灯時間まであと僅かという時間まで、私達はキスをし続けました。

 

 

 

 

「あ、お帰りセシリア」

 

部屋に戻りますと、同室の如月さんがベッドに寝転がりながらも私を出迎えて下さいました。

 

「随分と遅かったね?」

 

「……えぇ、ちょっと色々ありまして」

 

「ふーん? ねぇ、何か良い事でもあった?」

 

「えっ?」

 

「何て言うか、最近楽しそうだけど、今まで見た事無いぐらいに幸せそうな顔してるから」

 

「幸せ……そう、ですわね。 私は今、とても幸せですわ」

 

「……本当に何があったの?」

 

如月さんが色々と尋ねて来ましたが、私は答える事無くずっと心の中で先程までの幸せな時間を考えていました。

 

初めて見た悠斗さんの表情を、束さんとクロエさんに認めて頂けた事を、悠斗さんが心から私の事を思って下さっている事を……そして、悠斗さんとのキスの事を。

 

もし悠斗さんが決心出来た時には、キスよりももっと先の……。

 

そこまで考えて、私は熱くなり緩みそうになってしまった顔を枕に押し付けるのでした。



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第21話 転校生、襲来

「おはようございます、悠斗さん」

 

「おはよう、セシリア」

 

朝の部屋の前、迎えに来たセシリアと挨拶を交わして食堂へと向かう。

 

流石に同じクラスの奴らに付き合っている事を公言したからと言ってもあの時の様に腕を組んだりはしないが、直ぐ隣を並んで歩くセシリアを見て自然と笑みが溢れそうになる。

 

「悠斗さん? どうしましたの?」

 

ずっと見ていると、視線に気付いたセシリアが首を傾げて尋ねて来る。

 

「ん? いや、今日も綺麗だと思っただけだ」

 

「えっ!? あ、ぅ……もう、悠斗さんたら……」

 

顔を赤らめながらも、セシリアは俺の方へと少し距離を詰める。

 

その距離のまま、俺達は食堂へと辿り着いた。

 

 

 

「き、来た……!」

「ほ、本当に付き合ってるの……?」

「だってあの距離感見なよ!」

「それに二人の表情見ればわかるじゃん!」

「羨ましい……!」

「でも、あの甘い空気を堪能していたい……」

『わかる……!』

 

 

 

何やら食堂に入ると、昨日までとは違う視線が俺とセシリアに集まる。

 

疑問に思いつつも食券を買い、食事を受け取ってから空いている席を探していると相川達が此方に手を振っていた。

 

席へと向かい、相川達と挨拶を交わしてから席へと着くと同時に相川が口を開いた。

 

「五十嵐君とオルコットさん、元からだったけど一気に学園中に名前が知れ渡ったんじゃない?」

 

「……は?」

「えっ?」

 

その言葉の意味がわからず、セシリアと揃って疑問の声を上げてしまう。

 

「……何の事だ?」

 

「あれ? 知らないの?」

 

「知らないって、何をですの?」

 

「これだよ~?」

 

布仏が何処から取り出したのかわからないが、一枚の紙を取り出して俺達に手渡して来る。

 

二人揃って渡された紙を見ると、どうやら校内新聞の様だった。

 

そして一際大きな文字で書かれた題材を見て、思わず俺は顔をしかめ、セシリアは顔を真っ赤にして固まった。

 

 

【衝撃! 男性操縦者と代表候補生、驚きの一年生カップル誕生! 試合に隠された男女の恋の鬩ぎ合いの真相とは!?】

 

 

……何だ、これは?

 

「ほら、昨日のパーティーに来た新聞部の先輩がいたでしょ? あの人が今朝学園中に配ってたよ?」

 

「……あの女」

 

あの時、去り際に言っていた言葉は、そういう事だったのか。

 

「でも五十嵐君的には丁度良かったんじゃない? 昨日みたいに学園中の女子に詰め寄られる事が無くて」

 

「それとこれとは別だろうが、それに俺はこういう晒し者みたいのが嫌いなんだよ」

 

「まぁまぁ落ち着いてよゆうゆう~」

 

布仏が宥めて来るが、内側から沸々と怒りが込み上げて来る。

 

何が新聞部だ、やってる事がまるでイエロージャーナリズムだろうが。

 

つうか普通こういうのは本人達に許可を取るのが筋なんじゃないのか?

 

勝手に人の名前を出しやがって……あぁクソが、考え始めたらムカついて来た。

 

「い、五十嵐君……!」

「お、落ち着いて……!?」

 

相川と鏡が顔を引き吊らせながら慌てて俺を宥めようとしているのを見るに、今の俺はかなり不機嫌な顔をしているんだろうな。

 

「悠斗さん、落ち着いて下さい」

 

隣から、セシリアが手を握って来た。

 

そのままセシリアの顔を見ると、不思議と込み上げていた怒りが収まって行く。

 

「皆さん怯えていますわ、私も思う所はありますが落ち着いて下さいまし」

 

セシリアの言葉通り、目の前に座る三人の表情は怯えていた。

 

「……すまない、ついカッとなった」

 

そう言うと、三人は途端に安堵の表情となり大きく息を吐いていた。

 

三人には、申し訳ない事をしたな。

 

「よ、良かった、五十嵐君の怒った顔初めて見たけど凄い迫力……」

「う、うん、凄く恐かった……」

「下手すると織斑先生より恐かったよ~」

 

……そんなにか? いや、あいつと違って直ぐに手を上げたりはしないが。

 

「セシリアも、悪かったな」

 

「いえ、私も思う所はありますので……」

 

そう言ったセシリアの表情も不機嫌そうなものになっている。

 

不思議なもので、さっきまでは自分が苛ついていたのに自分以外が苛ついているのを見ると冷静になるものだ。

 

「……まぁ、相川の言った通り、余計な手間が省けたと捉えるしか無いだろうな」

 

「むぅ……」

 

さっきは俺が宥められたから、次は俺の番だな。

 

頬を膨らませるセシリアの頭を優しく撫でてやると、段々と表情が柔らかいものになって行きやがて満面の笑みへと変わった。

 

 

 

「ほ、ほらやっぱり!」

「羨ましい……」

「二人のあの幸せそうな顔……!」

「あんな表情初めて見た……」

 

 

 

回りからの視線を集める事になったが、今となってはもう気にならない。

 

「あぁうん、二人共朝からご馳走さま……あ、そうだった。 話は変わるけど朝に面白そうな話を聞いたの」

 

「面白そうな話……?」

 

「うん、何でも2組に中国から転校生が来るんだって」

 

転校生? 今の時期に珍しいな……だが2組なら俺達には関係無い筈だが。

 

……いや、待てよ?

 

「クラス対抗戦に関係あるのか?」

 

「まだわからないけどね」

 

近々行われるクラス対抗戦、1組の代表は織斑だが他のクラスはまだ不明だ。

 

男でISを動かした俺や織斑は別だが、このIS学園への入学は生半可な難易度では無い、それなのにその中国からの転校生は編入出来たという事はクラス代表になってもおかしく無い実力を持っているのかもしれない。

 

……まぁ、やるのは織斑だからな、俺は関係無いか。

 

「中国からの転校生……この私の存在を危ぶんでの編入かしら?」

 

口元に手を当てながら、真剣な表情で呟くセシリア。

 

だがその頭には未だに撫でている俺の手があるのだが。

 

「オルコットさん、キメ顔してる所悪いけど、頭を撫でられながら言っても締まらないよ?」

 

案の定、相川に突っ込まれていた。

 

「でももしかしたら誰かの知り合いだったりして?」

 

「ちゅ、中国の人と知り合いなんて中々無いんじゃ……?」

 

「そうだよ~そんなグローバルな交友関係ある筈無いよ~」

 

そりゃそうだろ、元々日本に住んでたならおかしくは無いだろうが、日本人でそんな特殊な交友関係ある筈が……。

 

 

 

 

 

 

「久しぶりね一夏!!」

 

……あった。

 

いつもより少し遅くなりながらも教室へとやって来ると、何やら教室の入口で騒いでいる女がいた。

 

「鈴……お前、鈴なのか……!?」

 

織斑も知っているのか、目の前に立つ女に呼び掛けている。

 

まぁ、久しぶりの再開で嬉しいのはわかるが……入口に立たれると、邪魔だ。

 

「おい」

 

「もう何よ!? せっかく感動の……再会……えっ?」

 

声を掛けると女は勢い良く振り向き、ゆっくりと俺を見上げて来た。

 

つうか小さいなこいつ、俺の腰ぐらいしか無いんじゃないか?

 

「入口に立つと邪魔だ、退け」

 

「は、はいぃっ!?」

 

そう伝えると直ぐ横にずれて道を空けるチビ、その前を通って教室へと入った。

 

後ろからセシリアと相川達が続けて入って来るが、何故かチビに一言ずつ謝罪している……何故だ?

 

その後、チャイムが鳴ったにも関わらず残って織斑と騒いでいたが、後ろからやって来た織斑千冬に二人揃って頭を出席簿で殴られていた。

 

 

 

 

 

 

「悠斗! 今日こそは一緒に飯食おうぜ!」

 

「あ?」

 

何事も無く午前の授業が終わった昼休み、セシリアの元へと行こうとした矢先に織斑が俺の席へとやって来た。

 

「結局色々あって一緒に食えて無かっただろ? 一緒に食おうぜ!」

 

「……面倒なんだが」

 

「そう言わずにさ! ちゃんとオルコットさんも誘うから行こうぜ!」

 

大体こいつと一緒にいると何かしらの面倒事に巻き込まれる危険性が高い、出来れば断りたいんだがな。

 

答えを渋っていると、セシリアが俺の元へとやって来た。

 

「悠斗さん、どうかなさいましたか?」

 

「あ、オルコットさん丁度良い所に、今日の昼一緒にどうかな?」

 

「私は悠斗さんが一緒でしたら構いませんけど……?」

 

その答えが内心嬉しいと思いつつも、織斑へと視線を向ける。

 

「ちなみに三人だけか?」

 

「いや、俺はいつも箒と一緒に食ってるから箒も……」

 

「断る」

 

「「えっ?」」

 

二人の驚いた声、それに構わずに俺は立ち上がり移動を開始した。

 

「ゆ、悠斗さん!? あの、失礼しますわ!」

 

後ろでセシリアが織斑に謝罪してから慌てて俺の後ろを追い掛けてくる。

 

「悠斗さん、一体どうされたのですか……?」

 

「……悪いセシリア、歩きながら話す」

 

「わ、わかりましたわ……」

 

セシリアと共に、廊下を進んで行く。

 

「篠ノ之とは、顔すら合わせたく無い」

 

ある程度進んだ所で俺がそう言うと、セシリアは意外そうな顔で首を傾げる。

 

「……何があったんですの?」

 

「……姓でわかると思うが、あいつは束の妹だ」

 

「あ、本当に妹だったのですね?」

 

「……あぁ」

 

 

それから以前の篠ノ之との会話の詳細を話すと、セシリアの表情が変わって行った。

 

 

「その様な、事が……」

 

「……セシリアに言った様に、血の繋がりが無くても俺にとって束は恩人であり家族だ。 それに束が家族の前から姿を消したのは両親とあいつを危険に晒さない為、それを知らずに被害者面で束を恨んでいるあいつが許せない」

 

「悠斗さん……」

 

そっと、セシリアが俺の手を握って来た。

 

「確かに悠斗さんの仰る事はわかりますわ、ですが束さんにとって彼女は血の繋がった唯一の妹です。 それなのにいつまでも擦れ違ったままなのはいけませんわ」

 

「……だが」

 

「直ぐには無理でも、いつかは和解しないと駄目ですわ。 その時は私もご一緒しますから、悠斗さんも彼女に歩み寄ってみましょう?」

 

「……善処する」

 

「ありがとうございます……では、今日は二人で行きましょう?」

 

「……あぁ、すまない」

 

「良いんですのよ」

 

和解、か。

 

確かにセシリアの言う通り篠ノ之は束にとって唯一の妹、俺とは違って血の繋がりがある肉親だ。

 

束の事を考えれば、あいつに対する考えを変えなければならない。

 

……考えても直ぐには出ない、今は余計な事を考えるのはやめよう。

 

セシリアの手を握ったまま、俺達は食堂へと向かうのだった。



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第22話 失望

「あっ……」

 

食堂に入り券売機へと向かうと、トレイに乗った食事を手にした朝のチビが。

 

何をしているんだ?

 

「……退け」

 

「は、はいっ!」

 

朝と同様に素早く横にずれるチビ、それを確認してから俺達の前に並んでいたが声を掛けられなかったのであろう女二人に視線を向ける。

 

「先に並んでただろ、俺達は後で構わない」

 

「え、あ、ありがとう!」

 

先に譲ると、何故か頬を赤らめながらはしゃいで食券を買う女共……何をはしゃいでいるんだ?

 

「むぅ……!」

 

そして何故セシリアは不機嫌そうに俺を見上げているのだろうか?

 

よくわからないが、一先ずセシリアの頭を撫でて落ち着かせる。

 

「ね、ねぇ……」

 

「ん?」

 

おずおずとチビが何やら話し掛けて来た。

 

「あ、あのさ、一夏は……?」

 

「知らん、もう直ぐ来ると思うが?」

 

「えっ? お、同じ男子なのに一緒じゃないの……?」

 

「そんな訳あるか、一々あいつと一緒にいたら面倒事に巻き込まれるだけなんだよ」

 

そんな話をしている内に券売機が空き、セシリアと食券を買い求める。

 

今日は何にするか……たまには洋食にでもしてみるか?

 

迷った末にハンバーグ定食の食券を買い、そのままカウンターで料理を受け取る。

 

残念ながら相川達の席は埋まってしまっている様で、探している内に隅の方にあった空いている席へと座った。

 

「あ、あの……」

 

「……今度は何だ?」

 

席に着いて早速食べ始めようとした時、再びあのチビが話し掛けて来た。

 

「えっと、さ……転校して来たばかりで知り合いとか誰もいなくて……一緒に食べても、良い……?」

 

不安そうに尋ねて来るチビに、セシリアと顔を合わせる。

 

「私は構いませんわ、悠斗さんも宜しいですか?」

 

「……あぁ、俺も構わない」

 

「あ、ありがとう!」

 

俺達の言葉に心底安心した様に笑みを浮かべ、そのまま向かいの席に座った。

 

「大丈夫ですわ、ところで貴女のお名前は?」

 

「あ、ごめん、私は鳳鈴音、中国の代表候補生よ」

 

……何?

 

中国の代表候補生? このチビが?

 

「中国の……私はセシリア・オルコット、イギリスの代表候補生ですわ」

 

「へぇ、イギリスの……」

 

セシリアとチビ……鈴音の間に妙な空気が流れる。

 

「……代表候補生二人の後に名乗るのも忍びないが、五十嵐悠斗だ」

 

「五十嵐、悠斗……じゃあ悠斗って呼ぶわね? それからセシリアも、私の事は鈴で良いわよ」

 

「鈴さんですね? 宜しくお願い致しますわ」

 

「……あぁ」

 

自己紹介を済ませ、食事が冷めない内に食い始める。

 

「ところで鈴さん、織斑さんとはお知り合いでしたの?」

 

「へっ? あぁうん、小学校の時の幼馴染みなんだ」

 

「……中国の代表候補生で、織斑の小学校の時の幼馴染みだったのか?」

 

「小学五年の時に日本に引っ越して来てたの、それから中学二年まで日本にいたんだけど、色々あってまた中国に戻ったんだよね。 一夏とは小学校からの付き合いだったのよ」

 

「成る程な」

 

しかし、織斑の交友関係はどうなっているんだ?

 

「……と、ところでさ、二人にちょっと聞きたいんだけど良い?」

 

「何だ?」

「何でしょうか?」

 

「その……今朝学校で配ってた新聞を読んだんだけど、あの新聞に書いてあったのって本当なの?」

 

新聞? あぁ、あれの事か。

 

「そうだが?」

「勿論事実ですわ」

 

セシリアと口を揃えて答えると、何やら鈴音……いや、鈴は途端に目を輝かせながら食い付いて来た。

 

「そ、それってさ! どっちから告白したの!?」

 

「……俺からだが?」

 

「い、いつ!?」

 

「少し前にクラス代表を決める試合がありまして、その試合の後直ぐに悠斗さんが告白して下さったのですわ」

 

「わぁ……い、良いなぁ……」

 

そう言って俯く鈴……何が良いんだ?

 

「あぁ、成る程……鈴さん、貴女もしかして織斑さんの事が?」

 

「うぇっ!?」

 

セシリアの言葉に、鈴は顔を真っ赤に染めながら固まった。

 

へぇ、あいつの事がね……?

 

「ち、違うわよ!? 私は別に、あんな奴の事なんか……!」

 

慌てふためき言葉を連ねる鈴だが、顔を真っ赤にしながら言っている為に只の言い訳にしか聞こえない。

 

セシリアに至っては全てを見透かしているかの様に、温かい目で笑みを浮かべながら鈴を見据えていた。

 

「ちょ、ちょっと! 何よその目は!?」

 

「えぇ、えぇ、皆まで言わずともわかっていますわ」

 

「だ、だから違うったら!」

 

「本当にそうでしょうか? ならば何故わざわざ朝に此方の教室に訪れて織斑さんに挨拶をしていたのですか?」

 

「そ、それは久しぶりに会うから……!」

 

「先程も券売機の前で織斑さんを待っていましたし」

 

「だ、だから……!」

 

「それに、口を開けば直ぐに織斑さんの所在を尋ねて来ましたわよね?」

 

「……うぅ~!?」

 

セシリアの尋問に観念したのか、鈴は真っ赤になった顔を手で押さえながら俯いた。

 

それを見てセシリアは満面の笑みである。

 

「鈴さん? 何故そんなに恥ずかしがる必要があるんですの?」

 

「だ、だって……」

 

「それは俺も同感だな、人に好意を持つのは別に恥ずかしい事でも何でも無いだろ?」

 

「う……ふ、二人は、恥ずかしく無いの?」

 

「あぁ、思わないな」

「私もですわ、だって今が幸せですもの」

 

二人揃って答えれば、鈴は口をモゴモゴと動かしながら俺達を上目遣いで見てきた。

 

「あ、あいつにさ、小学校の頃に助けられたの……」

 

鈴が話し始め、俺達は黙って聞き入る。

 

「昔は私、日本語があんまり話せなくて、それをクラスの奴らに馬鹿にされて苛められてたんだよね。 その時にあいつが、一夏が私を助けてくれたの……」

 

「まぁ……!」

 

セシリアが目を輝かせながら声を漏らす。

 

どうやら、こういった他人の恋愛の話が好きな様だ。

 

「苛めてた奴らを追い払ってから、私に俺が友達になってやるって言って来て、小学校の頃はずっと毎日一緒に遊んでたんだけど……それがいつの間にか……す、好きになってて……」

 

「そうでしたの……」

 

「でも中学二年の時に親の都合で中国に戻る事になって、もう会えないんだって思ってた。 でも、戻ってから私のISの適性が高い事がわかって、それからこのIS学園の事を知って、必死に代表候補生まで登り詰めたの。 またここに、日本に来れば、一夏に会えるって考えて……そしたら、あいつがISを動かしたって話題になってたから」

 

……成る程な。

 

今のこいつの話を聞いていて、俺の中での鈴の評価がかなり上がっていた。

 

好きな奴の為にそこまで努力出来るのは、素晴らしい事だと思う。

 

「それで朝に1組の教室に行って、一夏も私の事を覚えてくれてたから嬉しくて……わ、我ながら単純だなぁって思うけどね」

 

「そんな事ありませんわ!」

 

突然、セシリアが大きな声と共に立ち上がり、テーブル越しに鈴の手を掴むと両手で強く握り締めた。

 

「何と素晴らしくロマンチックなのでしょう! 私、とても感動致しましたわ!」

 

「え? あ、あの……え?」

 

驚き目を白黒させる鈴に構わず、セシリアは更に言葉を連ねる。

 

「私達で宜しければ何時でも相談に乗りますわ! 鈴さんを応援しています!」

 

「あ、ありがとう……」

 

すっかり興奮した様子のセシリア、しかし私"達"という事はやはり俺も入っているんだろうか?

 

まぁ、セシリアがそうするなら俺も微力ながら助けになるつもりだが。

 

 

 

 

 

 

「あ! いたいた、悠斗!」

 

突然、後ろから名前を呼ばれた。

 

声を聞けばわかる、織斑だ。

 

振り向けば嬉々とした表情で近付いて来る織斑と……その後ろから、篠ノ之が一緒にやって来た。

 

「悠斗さん……」

 

知らず知らずの内に強く手を握り締めていたが、その手をセシリアがそっと掴んで来る。

 

……そうだ、落ち着け、セシリアに言われただろうが。

 

「……何だ織斑?」

 

「さっきはいきなり行っちまったから驚いたよ、一緒に食おうぜ?」

 

「……わかった、好きにしろ」

 

そこで視線を織斑から外せば、何やら鈴があたふたと手を動かしていた。

 

……ふむ。

 

「……顔見知りなんだろ? 積もる話もあるんだろうから、そっちで並んで座ったらどうだ?」

 

その言葉に、鈴が驚いた表情で目を見開きながら俺を見てくる。

 

「あ、悪いな悠斗……鈴、隣良いか?」

 

「べ、べべべべ、別に構わないわよ!? 好きにすれば!?」

 

……鈴、そんなに慌てる事無いだろうが、大丈夫か?

 

隣を見ればセシリアも苦笑しながら鈴を見ている。

 

結局鈴の隣に織斑、そして織斑を挟んで篠ノ之が座った。

 

「いや、それにしても久しぶりだな! 元気だったか!?」

 

「ま、まぁね、あんたこそ何いきなりIS動かしてるのよ?」

 

「色々あってさ、それよりいつの間に日本に戻って来てたんだ? 親父さん元気か? 店はどうなってんだ?」

 

「ちょっと、質問多すぎ! 日本には昨日の夜帰って来たのよ、それと……店はもう、閉めちゃったんだよね」

 

「えっ? そうなのか?」

 

織斑が気付いたかどうかわからないが、一瞬だけ鈴の表情が沈んだ様に見えた。

 

「その、うちの両親、離婚しちゃってさ……私はお母さんに着いていったから、店の事は閉めたって話しか知らないんだよね……」

 

「……えっ?」

 

鈴の口から告げられた言葉に、織斑だけで無く俺もセシリアも驚きを隠せなかった。

 

先程までの明るい表情は、消えてしまっている。

 

「……け、けど、たまに手紙は来るから元気でやってるみたい! ごめんね暗い空気にしちゃって!」

 

無理矢理明るい雰囲気で話す鈴、明らかに気にしている様だが、これ以上この話題を続けるのはやめた方が良さそうだ。

 

「あ、あぁ、そうだな! それにしても本当に久しぶりだけど、全然変わって無いな!」

 

「は? それどういう意味? 身長とかちゃんと伸びてるんだけど?」

 

……これで伸びてるのか。

 

「……一夏、そろそろそいつが誰なのか教えてくれないか?」

 

それまで黙っていた篠ノ之が口を開いた。

 

しかし何故か、面白く無さそうに鈴を横目で睨んでいる。

 

「あぁそうか、箒は会った事無かったんだっけか? 箒が引っ越したのが小学四年の時だろ? 鈴は五年の時に引っ越して来たんだ。 鈴には確か言った事あった様な気がするけど、俺の幼馴染みの篠ノ之箒だよ」

 

「あ、そういえばそんな事言ってたっけ? 初めまして、私は鳳鈴音、鈴で良いわよ」

 

「……ふん」

 

自己紹介をした鈴に、篠ノ之の答えは鼻を鳴らしただけだった。

 

……何だ、その態度は?

 

「ちょっと篠ノ之さん? せっかく鈴さんが自己紹介をしたのですからきちんと答えるのが礼儀ではなくて?」

 

すかさずセシリアが篠ノ之を咎めた。

 

セシリアはこういった相手への礼儀に欠ける言動は許せない性格の為、表情も鋭いものになっている。

 

「お前には関係無いだろう」

 

「何ですって?」

 

「これは私と一夏の問題だ、関係無いのに口を挟むな」

 

「確かに私は関係無いかもしれません、しかし鈴さんは貴女と同じで織斑さんと幼馴染みですのよ? その鈴さんがきちんと貴女に自己紹介をしていますのに貴女のその態度は何ですの? それが日本人である貴女の礼儀なのですか?」

 

「……ふん、私には関係無いな」

 

「そうですか……それでしたら鈴さんから見ても貴女は関係の無い人という事で宜しいですわね? 鈴さんは織斑さんと話がありますから関係の無い貴女は他の席で食事を取って下さいな」

 

「何だと……?」

 

「オ、オルコットさん、落ち着いて……箒も、そんな言い方無いだろ?」

 

一触即発の状況のセシリアと篠ノ之、織斑が宥めようとしているが無駄の様だな。

 

そして鈴は自分が原因だとでも思っているのか、申し訳なさそうな表情で俯いてしまっている。

 

セシリアに言われた手前、我慢しようかと思っていたのだが……もう、限界だ。

 

 

 

「……随分な物言いだな?」

 

「っ!?」

 

篠ノ之に視線を向ければ、先程までの態度が嘘の様に口を閉ざした。

 

「鈴はお前にちゃんと自己紹介した筈だが、何がそんなに気に食わないんだ? お前はそんな我が儘に振る舞える程偉いのか?」

 

俺の言葉に篠ノ之は何も答えない。

 

只叱られたガキの様に俯いて、膝の上で手を握り締めるだけだった。

 

「セシリアに言われたから考え直そうかと思っていたが無駄みたいだな、所詮お前はその程度の人間だ。 いつまでも聞き分けの無い我が儘なガキみたいに振る舞ってろ……お前には失望した」

 

ほとんど手を付けていない食事の乗ったトレイを手に立ち上がる。

 

「……すまないセシリア、俺は先に行ってる」

 

「……えぇ、わかりましたわ」

 

セシリアの返答を聞いてから、俺は食堂を後にした。



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第23話 明かされる過去

再度本編だけどセシリア視点


「……はぁ」

 

悠斗さんが行ってしまってから、私は大きく溜め息を溢してしまいました。

 

それは悠斗さんとの食事に突然終わりが訪れてしまった事に対して、ついカッとなってしまった自分に対して。

 

そして何より、せっか悠斗さんと和解させようと思っていたのに、そのチャンスを無くしてしまったどうしようもなく愚かな目の前の彼女に対してでした。

 

「……貴女、やってしまいましたわね」

 

「な、何を……」

 

「悠斗さんに、私は貴女と和解をした方が良いと言ったのですわ。 話を聞いて下さって、今も同席する事を許したというのに貴女は……」

 

再度、溜め息を漏らしてしまいました。

 

「……ねぇセシリア、話が全く見えないんだけど?」

 

「お、俺も……さっき教室でもそうだったけど、悠斗は何であんなに怒ってるんだ?」

 

そうでしたわね、篠ノ之さん本人ならまだしも、お二人は何も知らない筈ですわ。

 

「お二人は、彼女のお姉様をご存知ですか?」

 

「知ってるも何も、束さんだろ?」

「あ、やっぱりそうなんだ? 篠ノ之って聞いたからもしかしてって思ったけど、まぁISに携わってる人で知らない人はいないでしょ?」

 

「えぇ、そうですわ……そして束さんは、悠斗さんにとって恩人にして家族ですの」

 

「「えっ?」」

 

お二人が揃って疑問の声を上げました。

 

「……私もまだ全てを教えて頂いた訳ではありません。 しかし悠斗さんに、血の繋がる御家族はもういらっしゃらないそうです」

 

「な、何だよそれ……」

 

「そして身寄りの無い悠斗さんを、束さんが引き取ったのです。 この学園に来るまで、一緒に暮らしていたと聞かされましたわ」

 

「で、でも、オルコットさんを疑う訳じゃ無いけど束さんって……その、限られた人以外には全く興味を示さない人だぜ?」

 

「勿論存じていますわ、私も直接お会いしてお話しましたから」

 

鈴さんと織斑さんだけで無く、篠ノ之さんまでも驚いた表情で私を見てきました。

 

「悠斗さんにとって、そして束さんにとって、お二人は血の繋がりが無くとも大事な家族同然だと伝えられました。 そんな悠斗さんに、貴女は何と言いましたか?」

 

そう言って篠ノ之さんを見れば、彼女は直ぐに視線を逸らしました。

 

まるで、言い訳の無くなった子供ですわね。

 

「貴女の事は少し知っていますわ、最重要人保護プロジェクト、束さんがISを世に出した事により貴女達家族が危険な状況になってしまった事を……しかし、貴女は考えた事がありますか? 貴女は今でも御両親に会う事が出来ますよね? しかし束さんは、世界各国から追われている身の為会う事が出来ない、会いたくても血の繋がる妹からは拒絶されている、大切に思っているのに会えないという苦しみを」

 

話し始めたら、つい頭に血が登ってしまいました。

 

しかし、私は許せなかったのです……。

 

「束さんが貴女達家族の前から姿を消したのは貴女達の身の安全を考慮しての事、それを実の妹である貴女は理解しようとしましたか? 理解しようとせず、あまつさえ悠斗さんに何を仰いましたか?」

 

「……わかる筈が、無いだろうが」

 

彼女の口から絞り出されたのは、そんな弱々しくて小さな声。

 

「今まで普通に一緒に暮らしていたのに、ある日を境に突然家族はばらばらになり、姉さんとは音信不通、そんな状況でどうすれば姉さんの考えを理解出来るんだ!?」

 

声を荒げる篠ノ之さん、あぁ、悠斗さんが彼女を許せないのは、こういう事でしたのね。

 

「私にはわかりませんわ、だって私は貴女ではありませんし姉妹はいません。 それに、両親はもうこの世にはいませんもの」

 

「えっ……?」

 

「……私も失礼しますわ。 鈴さん、織斑さん、せっかくの再会の席を台無しにしてしまい申し訳ありませんでした」

 

一言告げてから、私は席を立ちました。

 

トレイを返して廊下に出てから、私はISのプライベート・チャネルで悠斗さんに通信を繋げました。

 

『……セシリア?』

 

「悠斗さん、今どちらにいらっしゃいますか?」

 

『……屋上にいる』

 

「わかりましたわ」

 

通信を切り、私は早足で屋上へと向かいました。

 

 

 

 

 

 

屋上へと続く扉を開ければ、悠斗さんが屋上のベンチに横になっているのを見付けました。

 

その直ぐ傍まで歩み寄ると、悠斗さんが此方に気付いて目を開けました。

 

「あぁ、すまない、今起きる」

 

「……いえ、そのままで構いませんわ」

 

不思議そうな表情を浮かべる悠斗さんの頭の直ぐ傍に立ち、そのまま悠斗さんの頭をそっと上げて座り、自分の膝の上に乗せ所謂膝枕の体勢に。

 

そしてそのまま、優しく頭を撫でました。

 

「セ、セシリア……?」

 

「……申し訳ありません悠斗さん、私も悠斗さんと同じで、彼女を許せそうにありませんわ」

 

私の言葉に、悠斗さんの表情が訝し気な表情に変わりました。

 

「……何があった?」

 

「……お話する前に謝らせて下さい、あの三人に悠斗さんの事情をお話しました。 本当に、申し訳ありません」

 

「いや、謝る必要は無い、必要だと思ったから話したんだろう? セシリアが意味も無く言い触らす様な事はしないとわかっている」

 

「……悠斗さんの仰る通りでした。 彼女は肉親を失った訳では無いのに悲劇のヒロイン気取りですわ、悠斗さんや私と違って」

 

「どういう、事だ……?」

 

「……悠斗さん、私も、家族と呼べる方はもういませんわ」

 

驚く悠斗さんに、私は静かに語り始めました。

 

「数年前、イギリスでテロリストによる爆破テロがありました。 それにより列車が橋から谷底へと落下し、その列車に私の両親は乗っていました」

 

思い出すだけで、あの日の絶望と悲しみが脳裏に甦り、無意識の内に唇を噛み締めました。

 

「母は、私の憧れでしたの、強く凛々しく毅然と振る舞う、貴族である誇りを持っていました。 そして父は、そんな母に毎日の様にへりくだっていて、ですが娘である私には優しく接してくれて、とても素晴らしい両親でしたわ」

 

悠斗さんは何も言わず、真剣な表情のまま私の話を聞いて下さっていました。

 

「幼いながらにオルコット家を継いで、それからは必死に貴族社会の事を学びました。 一人でしたら今頃潰れてしまっていたでしょうけど、オルコット家の専属メイドであり私にとって姉の様に慕っていた方に支えられながら何とか今までやって来ましたの」

 

全て話し終えると、まるで胸にあった突掛かりが無くなったかの様に思えました。

 

この学園に来て、一人で抱え込んでいましたのに、悠斗さんのお陰で自分に正直になれた様な気がしますわ。

 

「……セシリア」

 

悠斗さんが身体を起こすと、そのまま私を優しく、しかし力強く抱き締めて来ました。

 

鼻腔を擽る彼の香り、厚く逞しい胸板と腕が、私を包みました。

 

「辛かった過去を、俺に話してくれてありがとう」

 

耳元で優しく囁かれる感謝の言葉、それだけでまるで身体が溶けてしまうのではと錯覚してしまいます。

 

「……決心出来た。 俺の過去も、聞いてくれるか?」

 

「……はい、勿論ですわ」

 

悠斗さんは何度か深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始めました。

 

「……俺は、親の顔処か、肉親の顔すらわからないんだ」

 

「……えっ?」

 

「物心ついた時、俺が住んでいたのは無駄に大きな屋敷で、一緒に暮らしていた人間が俺の親では無い事は直ぐに理解出来た。 毎日そいつらに奴隷の様に働かされて、鬱憤を晴らす為に殴られ、蹴られ……反抗的な目をすれば更に殴られ、泣けば煩わしいと気を失うまで蹴られた」

 

淡々と語る悠斗さん、しかし、私はその話の内容に思考が着いて行けませんでした。

 

「そいつらに何処かに連れて行かれ、漸く自由になれると思ってたが、新たに俺を引き取った奴らも同じ様に暴力を振るって来た……そんな日々がずっと、三年前まで続いていた」

 

「そ、そんな……!?」

 

「何度死にたいと、楽になりたいと願ったかわからない。 だが心の何処かで死にたく無いと、死への恐怖があり、まだ生きたいと思ってしまっていた。 そして三年前、初めて俺の前に立った束は目を丸くして驚いていた。 あの見ず知らずの他人を道端の石ころ以下にしか思っていなかった筈の束が」

 

当時の事を思い出してか、悠斗さんは何処か嬉しそうな声音で言いました。

 

「束は俺に尋ねて来た、世界中から逃げる事になるが、自分と一緒に来ないかと、自由を手にしないかと、恥ずかしい話だがあの時の束は俺にとってまるで神の様に思えた。 そして俺は即座に答えた、ここから自由の身になれるのなら着いて行くと……俺の答えを聞いた束はその屋敷の主を説得……いや、あれは脅迫だったな、頭に銃を突き付けながら一言俺を連れて行くとだけ伝えて、そして俺は束と暮らす事になり、クロも俺とは事情は違うが束が引き取って一緒に暮らしていた。 それから三人で暮らしていたんだが、偶然俺が触れたISが反応してしまって、初め束はそれを公にしないつもりだったんだが織斑も同じ様に動かしたのを知って、俺にこのIS学園に通う事を提案してきた。 世界中を逃げて回る生活よりも、設備も警備も整っているこの学園で普通の生活をして欲しいと」

 

そこまで話した所で、悠斗さんは大きく息を吐き出しました。

 

「……普段接する時はあんな感じだが、束には感謝しても仕切れない。 そしてセシリアにも、こんな俺を受け入れてくれて本当に感謝しているんだ」

 

「悠斗、さん……」

 

私は、悠斗さんの背に回していた腕を強くして抱き締めました。

 

「ありがとうございます、そんな辛い過去を私に話して下さって」

 

「……いや、それはセシリアも同じだろ」

 

「私には両親の、家族の記憶は残っています。 しかし悠斗さんには、それすらも残っていないのですよね? そんなの、悲しいですわ……」

 

「セシリア……」

 

「……悠斗さん、私では駄目でしょうか?」

 

「……えっ?」

 

「私が、悠斗さんの家族になる事は、出来ないでしょうか?」

 

一度身体を離し、悠斗さんの目を見つめながら私はそう口にしました。

 

今の言葉はどう考えてもプロポーズそのもの、顔が熱くなるのを感じましたが、どうしても私は伝えたかった。

 

「……本当に、良いのか?」

 

「後悔なんて、する筈がありませんわ。 私は束さんに言った様に、これから先も悠斗さんと共にいたいのですから」

 

私の答えに、悠斗さんは目を見開き、そして再び強く私を抱き締めて来ました。

 

震えるその身体を私も強く抱き締め、背中を優しく擦ってあげました。

 

「……あり、がとう」

 

「いいえ、お礼なんていりませんわ、私だって悠斗さんに救われたのですもの」

 

「……すまない、少しの間だけ、こうしていたい」

 

「勿論、構いませんわ」

 

そう答えれば耳に聞こえて来る微かな啜り泣く声、時間が許す限り私は悠斗さんの背中を優しく擦り続けました。

 

 

 

 

 

 

「すまないセシリア、情けない所を見せた……」

 

身体を離し、目を赤くしながら悠斗さんが言いました。

 

ですが情けないだなんて微塵も思いません、私が好きでした事ですもの。

 

「そんな事ありませんわ、私で宜しければいつでもこの胸をお貸しします」

 

「……本当に、セシリアを好きになって良かった」

 

「ふふっ、それは私の台詞ですわ」

 

「いや、本当に感謝しているんだ」

 

「悠斗さん……では、言葉では無く」

 

そう言って悠斗さんの首に腕を回せば、悠斗さんは拒む事無くキスをして下さいました。

 

感じるのは悠斗さんの体温と優しさ、キスとは、こんなに幸せを感じられるものですのね。

 

少しの間キスを堪能し、やがてゆっくりと唇を離しました。

 

そのまま幸せを噛み締めてはにかんでいると、悠斗さんが視線はそのままで突然口を開きました。

 

「今大人しく出て来るなら何も咎めはしないが……どうする?」

 

突然の発言に私が首を傾げると同時に、屋上の扉がゆっくりと開きました。

 

「……えっ?」

 

「えっと、その、邪魔してごめん……」

 

視線を向けると、頬を赤く染めた鈴さんがとても気まずそうに立っていました。

 

その反応が意味するもの、それはつまり……。

 

「り、鈴さん……もしかして……」

 

「……ごめん、でもセシリアって、意外と積極的なんだね」

 

鈴さんの言葉に、屋上に私の悲鳴が響くのでした。

 

 

 

 

 

 

 

「セ、セシリア、ごめんってば……」

 

「うぅ……見られていたなんて……」

 

隣に座る鈴さんが謝って来ますが、私は赤くなった顔を押さえて俯く事しか出来ませんでした。

 

悠斗さんとキスをしていた事は後悔していません、しかしそれを他の方に見られていたなんて……穴があったら入りたいとは、正にこの事ですわ。

 

そんな私に悠斗さんが優しく話し掛けて来ました。

 

「セシリア、大丈夫か?」

 

「一生の不覚ですわ……」

 

「その、すまなかった」

 

「ゆ、悠斗さんが謝る必要なんてありませんわ! ただ私が恥ずかしいだけで……うぅ~!?」

 

堪らず悠斗さんの肩に顔を押し付けて唸ってしまいました。

 

こうなったら、悠斗さんの温もりと香りで気持ちを落ち着かせるしかありませんわ。

 

「あ、そう言いつつそういう事はするんだ?」

 

後ろから鈴さんがそんな事を言って来ますが、私は構わずに悠斗さんの肩に顔を埋めました。

 

「ところで鈴、何処から聞いていた?」

 

「……ごめん、聞くつもりは無かったんだけど」

 

「成る程、全部聞いていた訳か」

 

「うん……本当に、ごめん」

 

「謝る事は無い、それにお前は無闇矢鱈に他の奴に言い触らすなんて事はしないだろ?」

 

「そんな事しないわよ、二人は会ったばかりだけど……その、一夏との事を応援してくれたり、助けになるって言ってくれたじゃない? それなのに恩を仇で返す様な真似はしたく無いわよ」

 

「そうか……ありがとう」

 

「や、やめてよお礼なんて! 私は別に何もしてないわよ!」

 

慌てた様子の鈴さん、悠斗さんも気付いている筈ですが、鈴さんはとても優しい方ですわ。

 

「ほ、ほらセシリア! いつまでもいじけて無いで!」

 

「うぅ……」

 

鈴さんに腕を引かれ、私は悠斗さんの肩から顔を離しました。

 

「全く……ところで二人に聞きたいんだけど、1組の代表って一夏なんだよね?」

 

鈴さんの問いに、私と悠斗さんは同時に頷きました。

 

「あ、あのさ、一夏って何か特訓とかしてるの?」

 

「悪いがわからない、あいつとは余りISの話をしないんだ」

 

「そっか……」

 

「鈴さん、もしかして織斑さんの特訓を手伝うつもりですの?」

 

「う、うん、あいつの事だから適当な訓練しかしてないんじゃないかと思ってさ」

 

「……それは確かに一理あるな、そもそも専用機を受け取ったのも試合の当日だ」

 

「でしょ? だから私が教えてあげられるんじゃないかなって」

 

確かに鈴さんの考えはわかりますわ、ですが……。

 

「鈴さん、中国の代表候補生という事は2組の代表になられたのでは?」

 

「え? うん、そうだけど?」

 

「でしたら、少し難しいかもしれませんわね」

 

「えぇっ!? 何で!?」

 

「クラス代表という事はクラス対抗戦で戦うという事だろう? いくらあいつが馬鹿だとしても、お互いの手の内を見せる様な真似をすると思うか?」

 

悠斗さんの仰る通り、対抗戦で戦う相手に自らの手の内を見せる様な事をするなんて普通は有り得ませんわ。

 

まぁ確かに織斑さんは普通ではありませんけど、流石にその様な馬鹿な真似を……しない……しない、筈ですよね?

 

考えると少し不安になってしまいました。

 

「別にお前の恋路を邪魔するつもりは無いが、それは余り得策とは思えないな」

 

「こ、恋路なんて言わないでよ!? で、でも……やっぱり、難しいかな……?」

 

「……まぁ、あいつがどう考えているかわからないから聞くだけ聞いてみたらどうだ? それで無理だったとしても何もずっと話が出来ない訳じゃ無い、飯の時にでも話せるだろう?」

 

「そうですわね、宜しければ私達で織斑さんに鈴さんと食事を取ったらと提案する事も出来ますし」

 

私達の言葉に、鈴さんは項垂れていた顔を勢い良く上げて目を輝かせました。

 

「ほ、本当に!?」

 

「あぁ、嘘は言わない」

「他の誰でも無い鈴さんの為ですもの」

 

「っ~! ありがとう二人共!」

 

私と悠斗さんの手を取って勢い良く上下に振る鈴さん、何とも微笑ましいですわね。

 

悠斗さんも初めこそ呆気に取られた表情をしていましたが、溜め息を一つ溢すだけで振りほどく様な事はしません……ふふっ、何だかんだ言っても優しいんですのね。

 

しかし、いくら鈴さんでもいつまでも悠斗さんの手を握っているのはちょっと……。

 

「じゃあそろそろ私は教室に戻るわね!」

 

そう言って握っていた手をほどいた鈴さん、そのまま私達に背を向けると思いましたが、突然私の耳元に顔を寄せて来ました。

 

一体、どうしたのでしょうか?

 

不思議に思っていた私の耳元で、私にしか聞こえない様に小声で囁きました。

 

「ごめんね、私は先に戻るからもうちょっと二人でいて」

 

「……えっ?」

 

「悠斗が気付いてたか知らないけど、セシリアすっかり顔に出てたよ? 私は別に他意なんて無いから、安心して」

 

鈴さん、もしかして気付いてて……?

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「ふふっ、じゃあ私は先に戻るから! また後でね!」

 

身を翻し、鈴さんは颯爽と屋上を後にしました。

 

……鈴さん、これからも仲良く出来そうですわ。

 

鈴さんの言葉に甘えて、私はもう少しだけ悠斗さんと一緒に屋上に残るのでした。



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第24話 鈴の慟哭

放課後、セシリアと共に鈴の姿を探したのだが見付ける事が出来ず、2組の奴に話を聞けば授業が終わったと同時に直ぐ様何処かへ行ってしまったらしい。

 

恐らく、いや間違い無く織斑の元へと向かったのだろう。

 

「鈴さん、流石の行動力ですわね」

 

「全くだな……アリーナの方も探してみるか?」

 

「ん……いえ、鈴さんの事ですから大丈夫だと思いますわ」

 

それもそうか、セシリアの言う通りあいつなら大丈夫だろう。

 

「なら部屋に戻るか」

 

「はい……それで、あの……」

 

セシリアが何やら俺の方を伺う様に上目遣いで見上げてくる。

 

……あぁ。

 

「俺の部屋に来るか?」

 

「っ……はい! 是非!」

 

途端に笑顔を浮かべるセシリア、別に遠慮なんてする必要は無いんだが。

 

「では行きましょう悠斗さん」

 

笑顔で腕を組んで来るセシリアと共に俺達は寮へと戻った。

 

 

 

 

 

 

「……あら?」

 

寮へと戻って来て、俺のベッドに並んで座りながらセシリアと話をしていると突然セシリアが首を傾げた。

 

「どうした?」

 

「あ、いえ、鈴さんから通信が入ったのですが……」

 

どうやら、いつの間にか鈴とプライベート・チャネルの通信を許可していたらしく、一言断りを入れてからセシリアは鈴と会話を始めた。

 

「鈴さん? どうかなさいましたか……えっ? ちょ、ちょっと鈴さん!? どうしたのですか!?」

 

会話を始めて直ぐに、セシリアが慌てた様に声を大きくした。

 

「わかりました、直ぐに行きますわ!」

 

そう言って立ち上がるセシリア、突然の事に着いて行けない。

 

「セシリア、一体どうしたんだ?」

 

「そ、それが、鈴さんが直ぐに来て欲しいと仰っているのですが……泣いている様ですの」

 

「……何?」

 

泣いている? 何故だ?

 

織斑の元へと向かっていたと思ったが……いや、どちらにせよ何かあったのは明白だ。

 

「わかった、俺も行こう」

 

「えぇ、鈴さんはどうやら学園の裏庭にいらっしゃる様ですので直ぐに行きましょう」

 

セシリアの言葉に頷きつつ、俺達は急ぎ部屋を出て裏庭へと向かった。

 

 

 

 

 

裏庭へとやって来たのだが鈴の姿は見当たらない、周囲を見渡しつつ更に奥へと向かって歩く。

 

すると奥にある周囲からは見えない場所にあったベンチに、鈴が顔を俯かせながら座っているのを見付けた。

 

「鈴さん!」

 

セシリアが真っ先に駆け寄り、鈴の肩を掴んだ。

 

「鈴さん! 一体どうなされたのですか!?」

 

「……セシ、リア……セシリア!!」

 

顔を上げ、セシリアの顔を見た途端に鈴は泣きながらセシリアへと抱き付いた。

 

これは、一体……?

 

「大丈夫、大丈夫ですわ。 私はここにいますから、落ち着いて下さい」

 

抱き付く鈴の頭を撫でながら、セシリアはまるで泣きじゃくる子供をあやすかの様に優しく語りかけた。

 

「一夏の馬鹿ぁ!! 私の気も知らないで……鈍感!! スケコマシ!! アホ!! 間抜け!! わあああああああん!!」

 

 

 

……やはり、また織斑か。

 

 

 

「鈴さん、落ち着きましたか?」

 

「ぐすっ……ひっく……う、うん……」

 

「はい、こっちを向いて下さいまし」

 

「む、むぅ……」

 

目を腫らしながら、漸く鈴は泣き止んだ。

 

セシリアが甲斐甲斐しく介抱をし、涙やら鼻水やらをハンカチで拭いてやっている。

 

落ち着きを取り戻した所でベンチにセシリアと並んで座らせ、俺はその前に立って二人で話を聞いてやる事に。

 

「ゆっくりで構いませんわ、何があったのか話して下さいますか?」

 

「……放課後に、一夏に会いに行ったの」

 

一言ずつゆっくりと、鈴が話し始めた。

 

「昼休みに言ってたISの事を教えるって話、やっぱりあいつはクラス対抗戦に備えてお互いの手の内を見せるのは駄目だって言ったの」

 

織斑にもまともな思考回路があった事に安堵したが、考えてみればそれだけで鈴が泣くとは思えない。

 

「二人もそう言ってたし、駄目元で聞いたから仕方ないって思ったんだ。 だからせめてゆっくり話をしたいからご飯を一緒に食べようって言って、一夏もそれは了承してくれたんだけど……」

 

……問題は、その後か。

 

「……両親の都合で中国に帰る事になった時、別れ際に一夏と約束したの。 『また会う事が出来たら、私の作る酢豚を毎日食べてくれる?』って」

 

……酢豚?

 

それと泣いていた事に、何の関係が……いや、待て、まさか。

 

「鈴、それはまさかとは思うが、日本の味噌汁云々の下りの意味合いで言ったのか?」

 

俺の問い掛けに、鈴はゆっくりと頷いた。

 

……そういう、事か。

 

「悠斗さん? それって、つまりどういう事ですの?」

 

「……日本では時折、プロポーズの言葉として毎日味噌汁を作って欲しいといった事を相手に言う時があるんだ。 毎日を共に過ごしたい、一緒にいたいという意味を込めてな」

 

「成る程……では、鈴さんの酢豚というのは」

 

「そういう事だ」

 

「……私、その約束を覚えてるか一夏に聞いてみたの。 その為に練習して、勿論酢豚以外にも作れる様になったわ、それなのに……」

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

『……あぁ! あの時の!』

 

『っ……! お、覚えてるの!?』

 

『勿論覚えてるぜ! 日本に帰って来たら毎日酢豚を……』

 

『う、うん……!』

 

『奢ってくれるって!』

 

『うん……ん?』

 

『いや~わざわざ酢豚を奢ってくれるなんてお前も変わってるよな~? ちなみに酢豚以外と奢ってくれるのか? いくら何でも毎日酢豚ばっかり食ってたら飽きるだろ?』

 

『……この』

 

『えっ?』

 

『馬鹿ああああああっ!!』

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

「……って事が、あって」

 

鈴の言葉に、俺もセシリアも思わず同時に額を押さえて大きく溜め息を吐いてしまった。

 

馬鹿なのか? いくら昔の約束だったとしても自分の為に作ってくれると言っていたのに、どうやったら奢ってくれるになるんだ? そもそも女に奢って貰う事自体がおかしいだろうが、馬鹿なのか? いや、馬鹿だったな。

 

「織斑さん、馬鹿だ馬鹿だとは思っていましたけど、まさかここまでとは……」

 

「馬鹿にも程があるぞ、それは……」

 

「それで思わず飛び出して来たんだけど、何だか一人で浮かれていた自分が馬鹿だったんだなって思って……悲しくて、悔しくて……!」

 

目尻に涙を溜めながら、隣に座るセシリアの膝に顔を押し付けると再び泣き出してしまった。

 

これは、重症だな……。

 

「鈴さん、今この場には私と悠斗さんしかいません。 いくらでもこの膝をお貸ししますから存分に吐き出して下さって結構ですわ」

 

「う……うわああああああん!! 一夏の馬鹿ぁ!!」

 

それから時間にして一時間程、鈴はセシリアの膝で泣き続けるのだった。



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第25話 甘い時間

「ぐすっ……ありがとう、セシリア……」

 

「いいえ、大丈夫ですわ、落ち着きましたか?」

 

「うん、少しすっきり出来た……」

 

まだ少し声が上擦ってはいるが、大分落ち着いた様子の鈴。

 

回りくどいのは嫌いだ、鈴にこれからの事について尋ねる。

 

「それで、どうするんだ?」

 

「……もう一度、一夏と話をしてみる」

 

「……また頓珍漢な事を言うかもしれないぞ? お前から告白した方が早いんじゃ無いのか?」

 

「それはわかってる、わかってるけど、どうしてもあいつから言って欲しいの……我ながら馬鹿だし我が儘な事を言ってると思うけどね」

 

「そうか……セシリア」

 

「勿論わかっていますわ、とりあえず今日は難しいでしょうから後日改めてお話した方が宜しいと思います」

 

「そうだな、それまでは鈴からはとりあえず何も言わずに、俺かセシリアから聞いてみた方が良いだろう」

 

「はい、私もそう思いますわ」

 

俺とセシリアの会話を聞いて、鈴は一瞬呆けた顔をするが慌てて立ち上がった。

 

「ちょ、ちょっと待って! 二人共協力してくれるの!?」

 

「勿論ですわ、私も悠斗さんもお昼にそう言ったではありませんか」

 

セシリアの言葉に俺も頷く。

 

言ったのはセシリアだが、こうなったら俺も協力を惜しむつもりは無い……それに、余りにも鈴が不憫だ。

 

「セシリア……悠斗……」

 

「ほら鈴さん、目が腫れてしまっていますから一度顔を洗って冷やした方が良いですわ」

 

「う、うん、ありがと……」

 

「では悠斗さん、お部屋に戻りましょう?」

 

「あぁ、そうしよう」

 

鈴を連れ、俺達は一度俺の部屋へと戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

「タオルはこれを使え、まだ使って無いものだから大丈夫だ」

 

「う、ううん、ありがとう……その、気を遣わせてごめん……」

 

「気にするな、洗面所の場所はわかるな?」

 

「うん……」

 

洗面所へと向かった鈴を見送ってから、セシリアとこれからについて話し合う。

 

「さて、織斑をどうするかだが……」

 

「えぇ、まさか彼がそこまでだったとは思いませんでしたわ」

 

俺もセシリアも互いに頭を抱えてしまう。

 

ISの事や授業の事で馬鹿なのは知っていたが、まさか恋愛絡みの事でも馬鹿を発揮して来るとは。

 

「……直接事情を説明するのは、流石に鈴に悪いか」

 

「勿論ですわ、男性が御自身の意思で気付いて思いを伝えて下さるからこそ女性は嬉しいものですのよ? それに鈴さんも、織斑さんから言って欲しいと仰っていましたし」

 

「成る程、やはり駄目か」

 

「その点、あの時の悠斗さんは私に思いをきちんと伝えて下さったので私はとても嬉しかったですわ」

 

「……そうか」

 

セシリアにそう言われると気恥ずかしいが、悪い気はしないな。

 

だが、やはり織斑自身に鈴の気持ちに気付いて欲しいな……その為には、どうするか。

 

「あの、タオルありがとね」

 

鈴が戻って来て、並んで座る俺達の向かいになる様に座った。

 

「一先ずは落ち着いたか?」

 

「うん……情けないとこ見せちゃったわね……」

 

「気にするな、別に情けないだなんて思っていないさ……ところで鈴、織斑の事なんだが」

 

織斑の名前を聞いて、鈴の顔が不安と緊張からか強張った。

 

「そんな顔をするな、鈴には悪いが今晩は織斑と話さない方が良い。 一先ずは俺とセシリアでそれとなく聞いてみるから後日改めて報告する」

 

「うん、わかった……二人に任せるわよ……」

 

鈴は一先ず納得した様だが、その表情は不安そうに沈んでいるのが丸わかりだ。

 

……はぁ、仕方ないな。

 

「……大丈夫だ」

 

「……えっ?」

 

「セシリアと俺が協力すると言っているんだ、それとも俺達はそんなに信用出来ないか?」

 

「そ、そんな事無い! 二人には感謝してるし、信用してない訳が無いじゃない!」

 

「なら、そんな心配そうな顔をするな。 織斑に対するみたいに勝ち気な態度で構えておけ、その方がお前らしいだろ?」

 

そう言うと鈴は目を見開いて驚いたが、やがて小さく笑みを溢した。

 

「……ありがと、悠斗」

 

「礼はいらない、協力すると言っているのにそんな顔をされてたらこっちが気を遣うからな」

 

「ふふっ……悠斗って、見た目と違って優しいんだね?」

 

見た目と違っては余計だ、その小さい身長を更に小さくしてやろうか?

 

「鈴さん、悠斗さんは初めから優しいですわよ?」

 

何故かセシリアが真っ先に反応し、俺の腕を抱き締めて来た。

 

……頼むから急にはやめて欲しい、この柔らかい感触を不意打ちで喰らうと心臓に悪いし対応に困る。

 

「……とにかく、そういう事だから少し待ってろ」

 

「わかった、二人を信じるわよ……本当に、ありがとね」

 

最後にもう一度礼を言ってから、鈴は部屋から出て行った。

 

……全く、世話の焼ける奴だ。

 

「ふふっ……」

 

「どうした?」

 

「悠斗さん、初めから鈴さんの為に考えていらしたでしょう?」

 

「……気のせいだ」

 

そう言うが、セシリアは何も言わずに柔らかい笑みを浮かべながら俺を見つめて来る。

 

……セシリアには、全てお見通しか。

 

「ところで悠斗さん、織斑さんには何とお聞きしますの?」

 

「……回りくどいのは嫌いだが今回ばかりは仕方ない、遠回しにそれとなく鈴の事を聞いてみるしか無いだろう」

 

「それが最善ですわね……あの、それから……」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「えっと、織斑さんには夕食の時に尋ねますが、まだ時間がありますわよね……?」

 

「あぁ、そうだな」

 

セシリアの言う通り、夕食に行くには時間がまだ大分早い。

 

何か迷っている様にセシリアは視線をあちこちさ迷わせている。

 

「では、その……」

 

「どうした? 何かあるなら遠慮せずに言ってくれ、俺はセシリアに遠慮なんてして欲しく無い」

 

「あぅ……その、夕食の時間まで、横になって休むのは、如何でしょうか……?」

 

「…………ん?」

 

思わず、反応に遅れてしまった。

 

セシリアは、一体何を言っているんだ?

 

「すまない、言っている意味がよくわからないんだが……」

 

「ですから、その……一緒に、寝て頂けないでしょうか?」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

その言葉の意味を理解するのに、暫くの時間を要してしまった。

 

一緒に寝る、その言葉に一瞬混乱しかけてしまったがふと我に返る。

 

セシリアが裏のある様な事を……その、邪な感情で言う筈が無いと。

 

「……少しの間で、良いか?」

 

「っ……! は、はい!」

 

「わかった……あぁ、制服が皺になるからそこに掛けてあるハンガーを使ってくれ」

 

未だに制服である為、せめて上着だけでも脱ぐ事にする。

 

上着をハンガーに掛けると、セシリアも同じ様に上着を脱いで俺の隣に座った。

 

「……寝ると言ったが、何かして欲しい事はあるか?」

 

「あ、えっと……う、腕枕というものを、してみたいです……」

 

あぁ、そういえばクロに何度かしてやった事があるな。

 

何でもクロ曰く、腕枕をする事で温もりと安心感を感じて良く眠れるのだとか。

 

一度束が羨ましがって乱入して来た事があったが、確かあの時初めてクロが本気で束に怒りを露にしたんだったな……いや、それは今関係無いか。

 

「……わかった」

 

ベッドの片側に寄って横になり、腕を横に伸ばす。

 

するとセシリアは何度か深呼吸を繰り返してから一言断りを入れ、俺の横に寄り添う様に横になって腕へと頭を乗せた。

 

必然的に互いの顔が目の前に、顔の細部まで見える程に近くにある。

 

「寝づらくは無いか?」

 

「大丈夫です……寧ろ、とても落ち着きますわ……」

 

そう言って腕へと頬擦りするセシリアに、俺も思わず笑みを溢してしまう。

 

「……悠斗さん、もう少し寄っても、宜しいでしょうか?」

 

「……あぁ、構わない」

 

了承すると、セシリアは残り僅かな距離を詰めて俺へと抱き付いて来る。

 

身体全体で密着する様に寄り添って来るセシリアに、緊張するかと思ったが何故か不思議と安心感の方が強かった。

 

大切な相手と、心から好きな相手と、こうして寄り添っている事に。

 

無意識の内に身体をセシリアの方へと向け、そのまま反対の手でセシリアの頭を撫でていた。

 

「ん……」

 

撫でられたセシリアは短く声を漏らしながら、心地好さそうに目を細める。

 

「……夢だと思ってしまうな、こんなに幸せだと」

 

「夢ではありませんわ、私はここに、悠斗さんの目の前にいますもの」

 

「……そうだな、ここにこうしている」

 

「……あの、悠斗さん」

 

「……あぁ」

 

真っ直ぐに俺を見つめるセシリア、何を求めているのかは直ぐにわかった。

 

どちらからという事も無く、互いに顔を近付けてそのまま触れるだけのキスをする。

 

「んっ……ふふっ、何だか私も夢ではないのかと思ってしまいましたわ」

 

「セシリアが今言っただろ? 夢なんかじゃない、俺はこうしてセシリアの目の前にいる」

 

「えぇ、私のお慕いする、心から愛している方が目の前にいらっしゃいますわ」

 

「……それは俺も同じだ」

 

「本当ですの?」

 

「嘘を言うと思うか?」

 

「いいえ、そんな事ありませんわ……ですから、もっと幸せを感じさせて下さいまし」

 

「……わかった、そうする」

 

腕に乗せられていた頭を優しく抱き寄せて深くキスをすれば、セシリアもそれに答える様に腕を俺の首に回してより激しく求めて来る。

 

互いに貪る様な深く、濃厚なキス。

 

繰り返す内に、まるで脳内が痺れている様な感覚が襲って来る。

 

「んっ……あっ……悠斗、さん……」

 

呼吸の為に時折口を離す度にセシリアの口から漏れる艶かしい吐息と俺を呼ぶ声に、胸の奥底から沸々と沸き上がって来る感情。

 

頭の片隅に残っている感情が訴えている、このままでは止まらなくなると。

 

「悠斗、さん……」

 

目の前で頬を赤く染め、潤んだ瞳で俺を見つめるセシリアの姿。

 

頭が、真っ白になった。

 

 

 

「きゃっ……!?」

 

 

 

セシリアの口から漏れる短い悲鳴、俺は身体を起こしセシリアを押し倒す様な形で上に覆い被さっていた。

 

「あ……悠斗さん……」

 

「……セシリア、これ以上は駄目だ」

 

「……どうしたの、ですか?」

 

「その……これ以上は、我慢出来そうに無い……」

 

嘘は吐けない、正直にセシリアに伝えた。

 

「以前、セシリアの気持ちに答えられなかった癖にそんな事を言うのはおかしいとわかってはいる……幻滅、させてしまった」

 

「……そんな事、ありません」

 

見上げていたセシリアが俺の首へと再度腕を回して来ると、強く引かれてそのまま体勢を崩してセシリアの胸へと倒れ込んでしまう。

 

顔を柔らかく、甘い香りが包んだ。

 

突然の事に身体を起こそうとするが、強く抱え込まれて身体を離す事が出来なかった。

 

「……正直に言いますわ、私はこうなって欲しいと考えて一緒に寝て欲しいと言いましたの、はしたなくて申し訳ありません……ですが私は悠斗さんにそんな事を思ったりしませんわ。 前に私は言いましたわよね? 悠斗さんになら、何をされても構わないと」

 

抱え込まれた頭を、優しく撫でられる。

 

それだけで、言い知れぬ安堵感が胸の中に広がって行く。

 

「悠斗さん、我慢なんてしないで下さいまし、私は後悔なんてしません。 今日お伝えした様に、私はこれから先ずっと、悠斗さんと共にいたいのですから」

 

告げられる言葉と、俺を包み込む甘い香りで、無くなりかけていた脳内の痺れる感覚が再び襲って来る。

 

「……悠斗さん、お願いします」

 

少しだけ腕の力が緩み、俺は身体を起こしてセシリアと視線を合わせる。

 

赤く染まった顔と俺を見つめる潤んだ瞳、懇願するかの様な表情……こんな顔をさせて、何もしないのか?

 

そんな事、出来る筈が無いだろうが。

 

「……セシリア、俺も後悔なんてしない」

 

「……はい」

 

「……このまま、これから先も、セシリアと共にいたい」

 

「……私もですわ」

 

「……セシリア」

 

決して視線を逸らす事無く、セシリアに顔を近付けて行く。

 

そして、そのまま……。



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第26話 説得

「セシリア、大丈夫か?」

 

時間にしてあれから二時間程、俺の部屋で互いにシャワーを浴びてから隣に立つセシリアに尋ねた。

 

部屋は一応窓を開けて換気をしている。

 

「えぇ、その、少し痛みますが歩くのに支障はありませんので……」

 

「……無理はしないでくれ、もし辛かったら腕を貸すぞ?」

 

「あ……では、お願いしても、宜しいでしょうか?」

 

「勿論、構わない」

 

セシリアが腕を取ったのを確認してから、俺達は食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

「わっ!? ね、ねぇねぇあれ!」

「くぅっ……! 見せ付けてくれる……!」

「良いなぁ……」

「オルコットさん! 代わってー!」

 

食堂に辿り着くと、案の定食堂にいた奴らから視線が集まり口々にそんな言葉が上がる。

 

誰が代わるか、セシリア以外に許す気は無い……まぁ、言ったところで無駄だから何も言わずに無視するが。

 

そのまま食券を購入し、セシリアの分もトレイを持ちながら目的の人物を探す。

 

鈴との約束だ、守らない訳にはいかない。

 

食堂を見渡し、目的である織斑を見付けた。

 

珍しく一人で食べている、好都合だな。

 

「織斑、相席構わないか?」

 

「えっ? 悠斗!? それにオルコットさんも……一緒に食おうなんて珍しいな?」

 

「……悪いか?」

 

「そんな事無いって! 座ってくれよ!」

 

一言断りを入れてから俺達は席に着いた。

 

「それにしても、前から思ってたけど悠斗の食う量って凄いよな……」

 

「ん? そうか?」

 

織斑の言葉に俺は自分の分の食事へと視線を落とす。

 

今日はチキン南蛮定食、いつも通り大盛にして貰ってはいるが特訓していた時程多くは無いと思う……そんなに多いだろうか?

 

「……いつもと変わらないが?」

 

「すげぇ……や、やっぱり運動部みたいに、食う量と強さは比例するとかそういう事なのか?」

 

「いや、関係無いと思うぞ?」

 

「悠斗さんの仰る通りですわ、悠斗さんですから食べられる量ですし、それと強さは関係無いと思います」

 

「……やはり、多いか?」

 

「私はもう慣れましたけど、食べる量が多いのも悠斗さんらしいですから私は良いと思いますわ」

 

「そうか、ありがとう」

 

さて、そんな話はこれくらいにして、そろそろ織斑に聞かないといけないな。

 

セシリアに視線を向ければ、セシリアは直ぐに理解して頷いてくれた。

 

「ところで織斑さん、特訓の方は順調なんですの?」

 

「えっ? あぁ、いや、とてもじゃないけど順調とは言えないかな? ISに詳しい人に教えて貰ってる訳じゃ無いし、一応箒が特訓を見てくれているんだけど基本体力作りと剣道をしているだけなんだよ」

 

……あれは馬鹿なのか?

 

確かに体力作りは必要だろうが、それ以前に織斑はISに慣れなければいけない筈だが。

 

「体力作りはわかるが、剣道はお前のIS……白式だったか? あれが近接ブレードでの戦闘しか無いから剣道を代わりにしているという事か?」

 

「多分……だけどさ、確かに剣道って相手との技とか動きの読み合いではあるけど、ISでの試合は違うと思うんだよ。 剣道は自分も相手も竹刀一本……あ、投げ技とか二刀流もあるにはあるけど、基本的には竹刀一本だろ? でもISは近接武器の剣も使えば悠斗みたいな手足の爪を武装に使う、遠距離は銃やミサイル、オルコットさんみたいに遠隔操作の武器とか、他にも色々あるのに剣道をしているだけじゃ駄目だと思うんだよ」

 

織斑のその言葉は、正直意外に思えた。

 

こいつは授業やISに関して馬鹿だが、こいつなりに考えていた……それに、その考えは的を射ている。

 

「だから現段階では順調とは言えないと思うんだけど……どうかな?」

 

織斑の問いに、俺とセシリアは一度視線を合わせて頷いた。

 

「確かに織斑さんの仰る通りですわ。 私のISもそうですが、遠距離特化型のISを相手にするのに日本の剣道を基準として考えるのはとても得策とは言えません。 同じ近接型……例えば日本の量産型の第二世代機である打鉄であれば戦術的には良いかもしれませんが勿論遠距離武装を装備していますし、現時点で各国で作られているISは遠距離を主軸にしているか遠近両用の装備をしているのがほとんど、その為遠距離相手にどの様な対策を取るかが要になると思います」

 

セシリアの言葉に織斑は肩を沈ませる。

 

「悠斗さんの専用機である黒狼は近接戦に特化してはいますが遠距離武装も装備しています。 つまりは近距離相手の戦術を闇雲に取れば距離を取られて瞬く間に悪手になってしまいますわ」

 

「そうだな、今回セシリアと対戦した時、俺は遠距離特化のブルー・ティアーズだからあえて最後の手段として近距離武装の黒爪を使った……だがあれは武装の能力をセシリアが知らなかったから上手く行ったのであって、あくまでも運が良かっただけだ」

 

「もう、悠斗さん? 何度も言ったではありませんか?」

 

「……すまない、セシリアは能力だけでは無いと言ってくれるが、あの能力があったから不意を突く事が出来たのも事実だ。 例えば黒狼を徹底的に分析され、武装の能力が知られていれば距離を取られて俺は手も足も出なかった筈、だからお前も白式の武装が近接ブレードだけなら尚更何かしらの対策を練るべきだ」

 

「そう……だよな……」

 

「だからお前も俺やセシリア、もしくは他の誰かに助力を得るべきだと思うぞ? 例えば、鈴はどうなんだ?」

 

ここで鈴の名前を出しておく。

 

そうすれば、次の言葉は決まっているからだ。

 

「いや、鈴にはそう言われたんだけど、鈴は2組の代表になってるから断ったんだよ。 対戦する前に俺の対策が練られたら意味無いし」

 

知っている、断るとわかっていたからな。

 

「確かにそうだな、だが何かしらのヒントを得る事なら構わないんじゃないか? 馬鹿正直に全てを話して聞いていたら試合で不利にはなるが鈴は中国の代表候補生、下手な奴に聞くよりも戦術を練るには持ってこいだと思う。 知らない仲では無いなら、今日は流石に無理だとしても明日にでも聞いてみたらどうだ?」

 

「いや……それが、今日の放課後に何か鈴が急に怒ってさ、少し話し掛けづらいって言うか……」

 

一瞬、視界の端に見えるセシリアの口角がピクリと震えた様に見えた。

 

「なら尚更、せっかく昔からの仲なんだろうからきちんと話して仲直りして来い、そういった繋がりはそう簡単に切って良いものじゃ無いだろうが」

 

「そう、だよな……わかった、明日は丁度土曜日で授業も無いから朝一で聞いてみるよ」

 

「……その前に謝れよ?」

 

しかし、とりあえず第一段階はクリアだ。

 

「ところで織斑、詳しくは知らないから聞きたいんだが、鈴とはどういった経緯で知り合ったんだ?」

 

「それは私も気になりますわね、是非聞かせて頂きたいですわ」

 

俺の質問にセシリアも直ぐに乗ってきて、織斑に断る選択肢を選ばせない様にする。

 

流石だな。

 

「鈴か? えっと、軽く話した様な気がするけど、鈴は小学五年の時に俺の通う小学校に転校して来たんだよ。 その時に仲良くなって、中学二年の時に中国に戻るまで他の仲が良かった奴と一緒に遊んだり馬鹿やったり……親友、いや悪友の一人って感じだな」

 

親友か悪友、か。

 

鈴が当時何処まで織斑にアピールしていたかわからないが、あの性格だから感情を隠し切る事は無理だと思うんだが。

 

「織斑さん、スクール……えっと、小学校から中学校まで一緒に過ごしていた訳ですが、その年頃の男性と女性であれば特別な感情を抱いたりしなかったんですの?」

 

流石はセシリア、どのタイミングで聞くか迷っていた質問を意図も簡単に尋ねる。

 

しかし、当の織斑はセシリアの問いに首を傾げただけだった。

 

「えっ? 特別な感情って……まぁ、仲が良かったし親友として大事に思ってたぜ?」

 

「「……は?」」

 

思わず、俺とセシリアの声が重なる。

 

待て、鈴はずっとお前の事を思って、中国に戻ってからも必死に努力して、代表候補生まで登り詰めて日本に戻って来たんだぞ?

 

それを、友人としか見ていないのか?

 

「それに鈴だぞ? 俺にそんな感情がある訳無いだろ、何か酢豚を奢ってやるとか言うぐらいだし、俺と友達に会ってまた一緒に馬鹿したいとしか思って無いって」

 

「「……はぁっ?」」

 

再度、先程よりも大きな声でセシリアと声が重なる。

 

そんな、まさか……。

 

「……織斑さん、それは本当に思っているのでしょうか?」

 

セシリアが、感情を押し殺しながら織斑に尋ねた。

 

「えっ? そりゃそうだよ、だって鈴だぞ? そんなの天地が引っくり返っても有り得ないって、あははははっ」

 

呑気に笑っている織斑だが、セシリアからひしひしと伝わるものに気付いていない様だ。

 

……これは、セシリアがキレている。

 

「……織斑さん、最後の確認ですわ」

 

「あははは……えっ?」

 

「……本当に、何も、思わなかったのですね?」

 

「な、何もって、何を……?」

 

その答えを聞いたセシリアは溜め息を一つ溢し、残っていたパスタを纏めて口の中に詰め込んだ。

 

初めて見る頬を膨らませながら必死に頬張るセシリアに何も言わず水と紙ナプキンを差し出し、次に何を言うのかを察した俺も残っていた食事を口に放り込む。

 

「ん……っ! 織斑さん、私はこれで失礼しますわ」

 

「えっ……えっ?」

 

「……織斑、悪い事は言わない、今は何も言わず黙っていた方がお前の身の為だ」

 

「え、あ、はい……?」

 

「悠斗さん、行きましょう」

 

「あぁ、わかった」

 

来る時と同様、セシリアに腕を貸しながら俺達は食堂を後にした。

 

……織斑の馬鹿さ加減には、呆れるばかりだな。

 

 

「セシリア、このまま部屋まで送るぞ」

 

「ありがとうございます……ですが」

 

食堂を出てからそう伝えれば、セシリアは何かを言いたげに言葉を濁した。

 

「どうかしたか?」

 

「あの……今晩、悠斗さんの部屋に泊まってはいけませんか……?」

 

「……何?」

 

それは……俺は構わないが、寮長をしているのはあの織斑千冬だ。

 

流石に部屋の中まで入って来る事は無いが、セシリアの同室の奴が報告をすればセシリアが処罰を受けるかもしれない。

 

「……駄目、でしょうか?」

 

「いや、俺は構わないんだがセシリアの同室の奴はどうするんだ?」

 

「それは今から交渉して説得しますわ」

 

「……わかった、ならセシリアの部屋に行こう。 同室の奴は今部屋にいるのか?」

 

「はい、先程食堂から出て行ったのを見ましたので部屋に戻っている筈ですわ」

 

なら行くしか無いな。

 

セシリアと共に部屋へと向かった。

 

 

 

 

寮の一室、その扉の前に立つとセシリアは鍵を取り出して開ける。

 

「えっと、一緒に来て頂けますか?」

 

「……わかった」

 

女の部屋に入るのは気が引けたが、セシリアの為にそのまま部屋へと入った。

 

「あ、セシリア戻ったの……って、ええええええええっ!? い、五十嵐君!?」

 

セシリアの同室であろう女がベッドに横になりながら雑誌を読んでいたのだが、此方へと振り向いて俺と目が合った瞬間に大声で騒ぎ始めた。

 

「如月さん! 静かに!」

 

「っ! ご、ごめん!」

 

セシリアが騒ぎ始めた女をすかさず黙らせる。

 

「あ、えっと……どうして五十嵐君が部屋に……?」

 

「その事でお話が……先ずは悠斗さん、彼女が同室の如月さんですわ」

 

「あ、よ、宜しくね!」

 

「……あぁ、五十嵐だ」

 

一先ず互いに簡単に自己紹介を済ませる。

 

「それで如月さん、お願いがあるのですが……話を、合わせて頂けないでしょうか?」

 

「……へっ? どういう事?」

 

「えっと、今晩……悠斗さんの部屋に、泊まりたいのですが……」

 

「……はは~ん?」

 

セシリアからの言葉を聞いて女、如月は何やら笑みを浮かべながらセシリアに詰め寄って来た。

 

「成る程成る程、つまりセシリアは今晩、ちゃんと部屋にいましたって事にすれば良いんだね?」

 

「そ、そうですわ……」

「……悪いがそういう事だ、頼む」

 

「同室の誼みだからね、良いわよ? でも後でちゃんと話を聞かせて貰うからね?」

 

「話、ですの……?」

 

「むふふ、遂にセシリアが大人の階段を昇る訳だね?」

 

「あ、それは……もう、昇ったと、言いますか……」

 

「…………えっ?」

 

セシリア、そこは適当にはぐらかせば良いんじゃ無いのか?

 

……まぁ、事実と言えば事実ではあるが。

 

「……すまないがセシリアを連れて行くぞ?」

 

「えっ、あ、はい……ちょっとセシリア!? 帰って来たら詳しく聞かせて貰うからね!?」

 

同室からの了承は得た、着替えを持ったセシリアを連れ俺は自室へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

シャワーは先程浴びた為、服だけ着替える。

 

セシリアも部屋から持って来た寝間着、確かネグリジェと言うんだったか? それに着替えるとそのまま俺に抱き付いて来た。

 

「っと……どうした?」

 

「何でもありませんわ、ただ悠斗さんの温もりを感じたいだけです」

 

「そうか」

 

優しく抱き返し、そのまま優しく頭を撫でてやった。

 

暫くの間そうしてから、ベッドへと並んで横になる。

 

「悠斗さん、先程は申し訳ありませんでした……」

 

「織斑の事か? それなら大丈夫だ、流石にあれは酷すぎたからな」

 

「……はい、余りにも鈴さんが可哀想ですわ」

 

鈍感だというのは正直俺もそんなに変わらない為に強く言えないが、あいつに関しては鈴との事があるから何とかしてやりたい。

 

「明日、鈴さんにお話しますわ、出来ればその時に織斑さんに話をさせましょう」

 

「それが良いだろうな……だが今日は休んだ方が良い、疲れただろ?」

 

そう言って腕を差し出せば、直ぐに頭を乗せて身を預けて来る。

 

「ん……そうですわね……あの、腕は辛くありませんか?」

 

「気にしなくても良い、それにセシリアを感じられるから苦には思わないな」

 

「あぅ……狡いですわ……」

 

頬を赤らめながらも、セシリアは更に身を寄せて来る。

 

そのまま空いた手で頭を撫でてやれば気持ち良さそうに目を細める。

 

「ん……お休みなさい、悠斗さん」

 

「……お休み、セシリア」

 

軽く触れるだけのキスをしてから、俺達は眠りに着いたのだった。



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第27話 歓談

いつもの時間に目を覚ませば、目の前には静かに寝息を立てるセシリアの顔が。

 

俺の腕を枕にしたままなのは寝る前と変わらないが、寝ている間にいつの間にか俺の身体へと抱き付いている。

 

いつもの様に走りに行こうとしていたがこれは仕方ない、その為だけにセシリアを起こすのも申し訳ない……今日はこのままゆっくりしているか。

 

それからセシリアが目を覚ますまでの暫くの間、俺は目の前のセシリアの寝顔をただ眺めていた。

 

 

 

 

「ん……ふぁ……」

 

「起きたか?」

 

「ふぇ……? あ、おはよう、ございます……」

 

「あぁ、おはようセシリア」

 

「……ふふっ、目が覚めて直ぐ、目の前に悠斗さんがいるなんて幸せですわね……」

 

「そうだな……それに、セシリアの寝顔を見る事が出来た」

 

「あぅ……もう、悠斗さんたら……」

 

ゆっくりと身体を起こし、大きく伸びをする。

 

それから首、肩を小気味良い音を鳴らしてからポットで湯を沸かし始める。

 

「珈琲を淹れるがセシリアも飲むか? 一応この間の事があるから紅茶も用意しているが」

 

「ありがとうございます、では紅茶を頂けますか?」

 

「本場の味とは程遠いが、それは許してくれ」

 

「い、いえ! 大丈夫ですわ!」

 

そう言って貰えると助かる。

 

セシリアの出身国であるイギリスは紅茶の本場、それなのにこんなインスタントの紅茶を飲ませるのは忍びないと思っていたからな。

 

カップにそれぞれ珈琲と紅茶を淹れ、紅茶をセシリアへと差し出してから隣に座る。

 

「今日は土曜日で授業はありませんけど、悠斗さんはいつもこんなに早く起きていらっしゃるんですの?」

 

「ん? いや、いつももう少し早く起きてトレーニングをしているな」

 

「あ、その……申し訳ありません、私がいたから起きれなかったのでは……?」

 

「いや、入学してから毎日トレーニングをしていたからな、たまにはこうして休むのも必要だから気にしないでくれ。 それにゆっくりしていたからこそ、良いものも見れたからな」

 

「あぅ……もう、乙女の寝顔を見るなんて、悠斗さんでなければ怒っていましたわよ?」

 

「すまないな」

 

そっと頭を撫でてやれば途端に笑みを溢すセシリア、思えばこうして朝をゆっくりと過ごすのは本当に久しぶりだな。

 

こういう日も、たまには良いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「あ、二人共おはよ……って、朝から見せ付けてくれるわね」

 

食堂へと入る直前に、後ろから鈴がやって来て開口一番そんな事を言って来た。

 

「おはようございます鈴さん」

「おはよう」

 

鈴の言う見せ付けるというのは、昨晩と同じ腕に抱き付いている事だろうか?

 

「何か問題でもあるか?」

 

「いや、別に良いんだけどさ……それより、その、どうだった?」

 

「……結論から言えば、余り良くは無かったな」

 

「……そっか、そうだよね」

 

目に見えて沈んだ表情となる鈴に、すかさずセシリアがフォローを入れる。

 

「鈴さん、そんな顔をしないで下さい。 確かに成果は余り良くはありませんでしたが、織斑さんには言質を取る事が出来ましたから」

 

「言質……?」

 

「昨晩俺とセシリアで同じ結論となったんだが、今織斑がISの教えを乞いているのは篠ノ之らしい。 そして特訓と言いつつやっているのは体力作りと剣道だけ、確かに織斑のISは近接特化の機体だが素人の奴がそれだけで遠距離、中距離相手に対策を取れるとは思えない」

 

「そこで、私と悠斗さんで鈴さんにISについて聞く様に提案したんですの」

 

「うん……うん? えぇっ!?」

 

突然驚いた様に大声を出す鈴。

 

何だ? もっと喜べ。

 

「だ、だって私一回断られてるよ!?」

 

「知っている、だから馬鹿正直に聞くのでは無く、戦略や相手の対策を取る上で必要な知識や立ち回りを聞く様に言ってある。 今日あいつから鈴に聞いて来る筈だ」

 

「嘘……本当に……?」

 

「嘘ではありませんわ、その後に色々とありましたが……今日きちんと話し掛けて来る筈ですから大丈夫ですわ」

 

最早驚きで固まってしまっている鈴、仕方ない奴だな。

 

固まる鈴の額を軽く小突いてやった。

 

「あうっ!?」

 

「何を固まっているんだ? まさかとは思うが出来ないとでも言うつもりか? お前の織斑に対する思いはその程度なのか?」

 

俺の言葉に鈴ははっとした顔をして勢い良く首を横に何度も振った。

 

……全く、世話の焼ける奴だな。

 

「なら堂々と構えてろ、お前と会って日は浅いが、お前の取り柄はその小さい身体に似合わない堂々さだろ?」

 

「う、うん……って、誰が小さい身体よ!? 危なくスルーしそうになったけど!」

 

「……何だ、出来るだろうが」

 

「え……あっ」

 

それまでの弱気な態度から一変、大声で喚く鈴にそう言えば鈴は目を見開いた。

 

「その調子で織斑に教えてやれ、その方が織斑も変に気を遣わずに普段通り接してくれる筈だ」

 

「……ありがと」

 

素直に礼を言って来る鈴。

 

これもまた鈴の取り柄で良い所だろう、物言いがたまに強く出る所があるが基本的に相手への礼儀があり、今の様に相手に素直になれる。

 

そんな鈴だからこそ、織斑と上手く行って欲しいんだけどな。

 

「ふふっ、悠斗さん、何だか嬉しそうですわね?」

 

そんな事を考えていると、隣のセシリアがそんな事を言いながら俺を見上げて来た。

 

そんなつもりは無かったのだが、セシリアに言われると強く否定出来ない。

 

「……まぁそんな事より、俺は飯が食いたい」

 

話を逸らす為にそう言えば、二人は何やら意味深な笑みを浮かべつつも了承し、そのまま三人で食堂へと入った。

 

休日の朝という事もあり、いつも賑やかな筈の食堂も人が疎らだった。

 

そのまま食事を受け取り、空いている席へと向かおうとする。

 

「あっ! 五十嵐君にオルコットさん! こっちこっち!」

 

俺達を呼ぶ声に視線を向ければ既に見慣れた三人、相川と鏡、布仏の姿が。

 

丁度席も三人分空いており、鈴を連れて席へと向かう。

 

「あれ? その娘って確か2組に転入してきた……」

 

「あぁ、鈴も同席させるが良いか?」

 

「勿論だよ! 座って!」

 

「あ、ありがとう……」

 

礼を言いつつ俺が真ん中に座り、両側にそれぞれセシリアと鈴が座った。

 

「初めましてじゃないけど自己紹介してないよね? 私は1組の相川清香、宜しくね!」

「お、同じ1組の鏡ナギです、宜しくね?」

「布仏本音だよ~宜しく~!」

 

「えっと、中国から2組に転入してきた鳳鈴音よ、宜しく」

 

「鈴音……ん~じゃあリンリンだ~!」

 

鈴が早速布仏の餌食となった。

 

「リ、リンリン!? 何かそれパンダみたいで嫌なんだけど!?」

 

「え~? 良いじゃんリンリン~」

 

「やめてー!?」

 

布仏のペースに圧倒されながらも反抗する鈴、その様子を笑いながら見る相川と鏡、早速馴染めたみたいだな。

 

「ふふっ、良かったですわね鈴さん」

 

「何処が!? リンリンって、リンリンって!?」

 

「あら、可愛らしいと思いますわよ? それにそれを言ったら私も布仏さんにはセシリーと呼ばれていますし」

 

「そうだよ~それからゆうゆう~!」

 

「……不本意だが、そう呼ばれている」

 

「あー……何か、ごめん」

 

謝らないで欲しい、確かに俺達の呼び方は安直でありまるでガキ扱いの様ではある。

 

だが鈴は本人が真っ先に言ったが、まるでパンダの様だ。

 

それに比べたらまだマシだと思う……まぁ、こいつはパンダと比べ物にならないぐらい小さいからな、パンダに失礼か。

 

「ちょっと悠斗、今何か失礼な事考えなかった?」

 

「……気のせいだ」

 

「目逸らすんじゃないわよ、こっち見なさいってば、こら」

 

「うるさいぞ、食事中は静かにするのがマナーだ。 ガキじゃないんだから騒がずに静かにしてろ、そしてパンダに謝れ」

 

「何をー!?」

 

喚きながら掴み掛かって来る鈴を片手で押さえながら食事の手は止めない。

 

うん、今日も変わらず美味いな。

 

「あはは、何か三人が並んでるとまるで仲睦まじい家族みたいだね?」

 

「はぁっ!? 何よそれ!? 私が小さいって言いたいの!?」

 

「……確かに小さいがな」

 

「な、何ですって!? あのね、私だってあんた達と家族は嫌なんだけど!? て言うか先ず家族って事に対してあんた達も否定するか恥ずかしがるかしなさいよ!?」

 

「セシリアとはいずれなるつもりだから否定する気は無いが?」

 

「んなっ!?」

 

「ふふっ、そうですわね、私も否定はしませんわ」

 

「うえええっ!?」

 

鈴は何やら驚愕の表情で固まり、やがて諦めの表情で項垂れてしまった。

 

「あぁもう……あんたらに勝てる気がしないわよ……このバカップル……」

 

「……誰の事だ?」

 

「あんたら二人よ! わかれよ!」

 

大声で喚き散らす鈴、朝から騒がしい奴だな。

 

「それより五十嵐君とオルコットさん、いつの間に……あ、鈴音さんって呼ぶね? 鈴音さんと仲良くなってたの?」

 

「色々ありまして、私と悠斗さんで鈴さんに協力していますの」

 

「「「協力?」」」

 

「……詳しくは鈴の為にも黙秘するが、そういう事だ」

 

「ふーん? でも二人が協力するって事は鈴音さんは良い人って事だから安心だし、私達も宜しくね!」

 

「う、うん、宜しく……」

 

途端に恥ずかしそうに俯く鈴。

 

まだクラスには馴染めていない様子だが、この三人となら直ぐに馴染めるだろうと同席したのが当たりだったな。

 

 

 

「あ、皆おはよう」

 

後ろから誰かに声を掛けられた。

 

誰かなんて、この学園で男の声と言えば俺以外に一人しかいない。

 

振り向けば案の定織斑が立っていた。

 

「あ、おはよう織斑君!」

 

「おはよう、話してるとこ悪いけどちょっと良いかな?」

 

「別に大丈夫だけど、どうしたの?」

 

「えっと、ちょっと鈴に用があってさ……鈴、良いか?」

 

「……何?」

 

それまでの態度が嘘の様に素っ気ない態度を取る鈴……そこで意地を張ってどうする、俺とセシリアが説明しただろうに。

 

「ISの事で聞きたい事があるんだ、休みの日に悪いけどちょっと付き合ってくれないか?」

 

「べ、別に良いけど……悠斗とセシリアも一緒で良い? ISの事なら私だけじゃなくて二人もいた方が効率が良いだろうし」

 

「「……え?」」

 

「それもそうだな、なら食べ終わったら早速良いか?」

 

「わかったわよ、仕方ないけど付き合ってあげる」

 

「そっか! ありがとな鈴!」

 

そう言うと織斑は食事を取りにカウンターへと向かい、その後ろ姿を見送っていた鈴だが勢い良く俺達の方へと振り返る。

 

「お願い二人共! 一緒に来て!」

 

必死にそう懇願してくる鈴に、俺とセシリアは一度視線を合わせてから同時に溜め息を溢す。

 

「……お前な、何の為に織斑をけしかけたと思ってるんだ?」

 

「ま、まぁまぁ悠斗さん……別に構いませんわ、ただし私達はあくまでも付き添いの様なものですので鈴さんがきちんと織斑さんに教えて下さいね?」

 

「あ、ありがとうセシリア!」

 

心底安堵した様子の鈴に再度溜め息を溢す……仕方ない、セシリアの言う通り付き添いとして着いて行くか。

 

「え? 何々? もしかしてそういう事?」

 

相川が俺達へと尋ねて来て、鏡と布仏も気になるのか視線を向けて来る。

 

「えっ、と……その……」

 

否定しようとしたのだろうが、顔を赤らめながらたどたどしく話す様はどう見ても否定出来ないだろう。

 

嘘が吐けないというか、単純というか。

 

「まぁそういう事だな、出来れば他の奴らには他言無用にしてくれると助かる」

 

「やっぱり! へ~織斑君の事がね~?」

 

「ぅ……ちょっと悠斗……」

 

「俺とセシリアがいるが、協力者は多い方が良いだろう?」

 

「そ、そうかもしれないけど……」

 

「はぁ……さっきも言ったが堂々と、自分の気持ちを隠すよりも自信を持って構えてろ、その方がお前らしいだろ」

 

「……う、うん」

 

「はぁ、全く……」

 

「ふふっ、何だか五十嵐君、頼りになる面倒見の良いお兄ちゃんみたいだね」

 

「……勘弁してくれ」

 

「えー? 似合うと思うけどな?」

「た、確かに、頼りになりますし……」

「優しいからね~ゆうゆうじゃなくてお兄ちゃんって呼んだ方が良いかな~?」

 

そんな呼び方やめて欲しい。

 

確かにクロには兄と呼ばれているが、他の奴らに呼ばれても別に何とも思わない。

 

どう答えれば良いのかわからず、面倒に思って来た所で隣から軽く服を引っ張られ、視線を向ければセシリアが何やら俺を上目遣いで見ていた。

 

その上目遣いに思わず固まってしまった、その時。

 

 

 

「あ、の……えっと……お兄、ちゃん?」

 

 

 

「っ!?」

 

完全な不意打ちを喰らった、顔がどんどん熱くなって行くのを感じる。

 

クロには何度も呼ばれていた筈なのに、セシリアに上目遣いで呼ばれた瞬間、まるで破裂したかと錯覚する程に心臓の鼓動が跳ね上がった。

 

今のは、駄目だろ……。

 

「うわ……わかりやす……」

 

「……黙ってろチビ」

 

「んなっ!? 何ですって!?」

 

再度、鈴との一方的な攻防戦が始まる。

 

「あぅ……は、恥ずかしいですわ……」

 

「いや、夫婦発言より恥ずかしく無いよね?」

「う、うん、私もそう思うけど……」

「あははは! ゆうゆうもセシリーも顔が真っ赤っか~!」

 

周囲から無駄に視線を集めながらも、何とか食事を済ませる事が出来た。

 

……はぁ、あの発言のせいだ……覚えてろよ、相川。



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第28話 再燃

朝食の後、織斑が来るのを待ち合流してから移動を開始する。

 

ISを展開する事は無い為、今回はアリーナでは無く寮にある談話室へとやって来た。

 

幸いと言っても良いのか、他の奴らは誰もいなかった為に俺達四人しかいない。

 

「三人共ありがとな、ただ話す前に……鈴、昨日はごめんな」

 

「えっ? な、何がよ?」

 

「昨日、鈴を怒らせたみたいだから、何が悪かったのかわからないけど、俺が悪かったんだろうから話をする前に謝りたかったんだ……だから、ごめん」

 

「べ、別に良いわよ、私が勝手に怒っただけだから……わ、私も、いきなり怒ってごめん」

 

互いに謝り合う二人、織斑は昨日の言葉を守ってくれた様だな。

 

 

正直、織斑は鈴の怒っていた理由がわかっていない様だったから謝罪はしないと思っていたが……少し、織斑に対する認識を改めないといけないか?

 

 

「よし……じゃあ改めて、三人共今日は宜しくな」

 

「……別に構わない、どうせ俺から教えられる事は無いからな」

 

「えっ? だって悠斗は滅茶苦茶強いだろ?」

 

「俺はどちらかと言えば感覚派だからな、人に教えるのは無理だから二人に聞いてくれ」

 

「それでしたら私も、織斑さんは近距離特化の機体ですから遠距離特化の私が教えられる事は少ないですわ。 遠距離攻撃による手段や対処を教える事は出来なくはありませんが、私よりも鈴さんに聞いた方が宜しいと思います」

 

俺とセシリアの言葉に、鈴が何やら恨めしそうな目を向けて来るが無視する。

 

これもお前の為だ、大人しく織斑に教えろ。

 

「そっか、それなら仕方ないな……じゃあ鈴、良いかな?」

 

「そ、そこまで言うのなら特別に教えてあげるわよ、クラス対抗戦で勝負をするのに弱い奴を相手にするより手応えのある勝負をしたいしね」

 

「うっ……た、確かに俺は弱いけど、もっと言い方あるだろ?」

 

「事実でしょ、良いから聞きたい事聞きなさいよ」

 

……はぁ、織斑の言う通りもっと言い方があるだろうが。

 

それに織斑に気持ちに気付いて欲しい、織斑から言って欲しいと自分で言ってたのだから先ずは普段の会話から意識させるべきじゃないのか?

 

こんなので本当に大丈夫なのか……?

 

 

 

そんな不安や心配はあったものの、いざ話を始めると鈴は戦術や立ち回り等、的確にそれでいてわかりやすく説明していた。

 

勝手に鈴も感覚的な思考をしていると思っていたが、案外理論的な所もあったんだな。

 

流石、努力して代表候補生に登り詰めた実力は伊達では無い。

 

 

「じゃあそうなったら下手に距離を取らない方が良いんだな」

 

「そうね、あんたのISが近距離特化なら尚更、距離を取ったらそれこそ相手の思う壺よ? だから相手を自分の間合いから逃がさない事を重要視した方が良いわ」

 

「成る程……けどもし相手が近距離武装も持っていた時は?」

 

「そうなったら完全に近距離で勝負を仕掛けるしか無いでしょ? 近距離特化なのに自分の間合いで競り負けたら意味無いじゃない」

 

「あ、それもそうか……」

 

何だかんだ話は上手く進んでいる。

 

初めは遠距離攻撃への対策として間合いの取り方を一緒に教えていたセシリアだが、直ぐに鈴へと任せて自らは傍観する側に回った。

 

今は二人の様子を俺と並んで座りながら眺めている。

 

「……よし、ありがとな鈴! 何となくだけどイメージが掴めた様な気がするよ!」

 

「ふ、ふん! まぁこの私が教えてあげたんだから感謝しなさいよね! これで直ぐに負けなんて言ったら承知しないんだから!」

 

「おう! それにしても、鈴が代表候補生なんてなぁ……」

 

「何? 見直した?」

 

得意気な表情を浮かべながら胸を張る鈴、しかし対する織斑は何やら首を傾げるだけだった。

 

「いや、正直似合わねぇ」

 

「はぁっ!? 何それ!?」

 

「だって鈴だぞ? 代表候補生って言ったらもっとこう、何て言うか……凄い人がなるもんだと思ってた」

 

「ちょっとそれどういう意味よ!?」

 

……何やら、雲行きが怪しくなってきた。

 

「オルコットさんみたいな人が代表候補生ってのは何となくわかるけど、鈴も同じ代表候補生って……背もちっこいままだし、もしかして他に人がいなかったのか?」

 

「あ、あんたねぇ!?」

 

鈴が勢い良く織斑に掴み掛かって行く。

 

「私は努力して代表候補生まで登り詰めたのよ! あんたみたいに適当にのらりくらりやって来た訳じゃ無いのよ!?」

 

「はぁ!? 誰がのらりくらりやって来たんだよ!?」

 

「あんたに決まってるでしょ!? 人の気も知らないで! そもそも私はあんたに……っ!?」

 

そこまで言って言葉に詰まる鈴。

 

何だ、そのまま勢いで言えば良かっただろうに。

 

「俺に? 何だよ?」

 

「っ……な、何でも無いわよ馬鹿!」

 

「はぁっ!? 誰が馬鹿だよ!?」

 

「あんたに決まってるでしょ! 馬鹿馬鹿馬鹿!」

 

「この……っ! 言わせておけば! お前だって俺と変わんなかっただろ!?」

 

「昔の話でしょ!? 今は代表候補生になってISも学科も評価は上の方よ! あんたと違ってね!」

 

「ぐっ……!? う、うるせぇな! このチビ!」

 

「んなっ!? 誰がチビですって!? 言うに事欠いて、自分が身長伸びたからって……! 身長だけ伸びても馬鹿なのは変わらない奴に言われたく無いわよこの馬鹿!」

 

……流石にこれ以上は不味いな。

 

「鈴、落ち着け」

「そ、そうですわ鈴さん、織斑さんも」

 

セシリアと二人を止めに入ったが、二人の言い合いは尚も続いて収まらない。

 

「男でIS乗れたからってちやほやされて舞い上がってんでしょ!? 良いご身分ね!」

 

「んな事思ってねぇよ! 勝手な事言うな!」

 

「へぇ!? 昨日、一年の女子に差し入れのお菓子貰って手を握られながら鼻の下伸ばしてた癖に!?」

 

鈴の言葉に、セシリアの鋭い視線が織斑へと突き刺さる。

 

「おまっ……!? み、見てたのかよ!? べ、別にあれはせっかくくれたから喜んでただけで、鼻の下伸ばしてなんかねぇよ!」

 

「どうかしらね!? 可愛いしスタイルも良かったけど!?」

 

「違うって言ってるだろ! いい加減にしろよ! ふん、まぁ確かにお前とは全然違う娘だったけどな! だってお前はチビだし……!」

 

ふと、嫌な予感が頭を過った。

 

急いで織斑の言葉を止める為に口を押さえようと手を伸ばしたが、遅かった。

 

 

 

「貧乳だもんな!!」

 

 

 

その瞬間、まるでその場の時間が止まったのではと錯覚する程の静寂が流れた。

 

鈴へと視線を向ければ、肩を震わせながら顔を俯かせてしまっている。

 

その姿を見て、織斑も失言に気付いたのか気まずそうに言葉を詰まらせた。

 

「あ……り、鈴……?」

 

「……言ったわね、言ってしまったわね? 私に禁句であるその言葉を、あんたは」

 

まるで地の底から響いて来る様な威圧感の込められた声。

 

「お、おい鈴、落ち着けって……」

 

「この……バカアアアアアアアアッ!!」

 

目にも止まらぬ速さで振り抜かれた張り手は、寸分違わずに織斑の頬を鋭い音と共に捕らえた。

 

「痛えええええええええっ!?」

 

張り手を喰らった織斑は頬を押さえながら床をのたうち回り、その姿を鈴が鋭い視線で見下している。

 

「この馬鹿!! 屑!! 間抜け!! 本当に最っ低!!」

 

「ぐぅっ……!? り、鈴!?」

 

「覚えときなさい! クラス対抗戦、絶対にあんたをぎったぎたにぶっ潰してやるんだから!!」

 

そう宣言し、鈴は走り去ってしまった。

 

その場には俺とセシリア、そして織斑だけが残される。

 

「痛ぇ……な、何だよ鈴の奴……ひぃっ!?」

 

悪態を吐きながら顔を上げた織斑だが、直ぐに怯えた様に短い悲鳴を漏らした。

 

その視線の先、セシリアが、視線だけで殺せるのではと思える程の絶対零度の視線で織斑を見下していた。

 

「……織斑さん、貴方、自分が何を言ったのかわかっていますの?」

 

「な、何って……」

 

「……只の口喧嘩であれば何も言いませんが、乙女に対する侮辱の言葉、万死に値しますわ」

 

「い、いや、あれは鈴が……」

 

「お黙りなさい!!」

 

「ひぃっ!?」

 

哀れだな。

 

「鈴さんの仰った通り、覚悟しておいて下さいまし。 乙女の心を踏みにじり傷付けた罰、その身にとくと味合わせて差し上げますわ」

 

そう言って、セシリアは織斑から視線を外してゆっくりとした足取りで去って行った。

 

残された織斑は、何も言えずにただただ呆然と固まる事しか出来ていない。

 

「……はぁ、擁護の余地も無いな」

 

「ゆ、悠斗……?」

 

「悪いが、今のはお前に非があると思うぞ」

 

「そ、そんな!? 今のは鈴が!」

 

「確かにお互いに熱くなって売り言葉に買い言葉になってはいたし鈴も言い過ぎている所はあった、だが女に対して言って良い事と悪い事はあると思うが?」

 

「うっ……」

 

「……何故鈴が代表候補生になってまで再び日本に来たのか、何故お前に真っ先に会いに来たのか、それが幼馴染みだけの理由だと思うか?」

 

「えっ? それって、どういう意味だ……?」

 

「……俺から言えるのはここまでだ、だがその事を少し考えてみてくれ」

 

それだけ伝え、俺もその場を後にした。

 

プライベート・チャネルにてセシリアに通信で尋ねれば、鈴と共に何故か俺の部屋の前に戻っているとの事。

 

それを聞いて、俺も急ぎ自室へと向かうのだった。



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第29話 償いと覚悟

「うっ……うぅっ……! 一夏の馬鹿ぁ……アホ……間抜け……!」

 

「よしよし……鈴さん、落ち着いて下さいな……」

 

昨日も見た光景だが、俺の部屋のベッドにて鈴がセシリアの膝に顔を埋めて泣いている。

 

俺はとりあえず二人分の紅茶を淹れてから自分のベッドへと座った。

 

「……鈴、大丈夫か?」

 

「うぅっ……悠、斗ぉ……」

 

「……はぁ、さっきのは確かに織斑も悪いんだろうがお前もやりすぎだ、あれでもし織斑がお前と仲違いしたらどうする?」

 

「ぐすっ……だ、だってあいつ……私の気も知らないで、勝手な事ばかり……!」

 

「……お前の気持ちが伝わっていないから今の状況だと思うんだが?」

 

「しかし悠斗さん、織斑さんのあの発言は鈴さんだけで無く中国を侮辱したのと同じ事ですわ……その、私がその発言に関してその様な事を言うのはおかしい話ですが、許される事では無いと思います」

 

「……セシリア、あの事はもう済んだ話で今はもう気にする必要は無い。 だがセシリアの言う通り、織斑のあの発言は許されるものでは無かったな」

 

只の口喧嘩であれば、二人を宥めて終わらせる事で済むのだが、織斑はよりによって中国に対して、更には鈴にとっての禁句の言葉を言ってしまった。

 

それとなくヒントは与えたが、流石にあれでわかるとは思えない。

 

なら、これからどうするか……。

 

「……鈴、こうなった以上俺はお前への協力を惜しむつもりは無い。 クラス対抗戦、全面的にお前に協力する」

 

「え……で、でも……私は2組だし……」

 

「クラスなんて関係無い、俺がしたいと思ったから協力するだけだ。 対抗戦で勝って、そしてそのままの勢いでお前の気持ちを伝えるべきだ」

 

「で、でも……」

 

「……お前の考えを否定するつもりじゃないが、お前はもう少し素直にあいつに接するべきだと思うぞ? あいつも恐らくはお前の事を悪くは思っていない筈だ、だがこのままお前が変わらないままだといつまでも友人止まりなんじゃ無いのか?」

 

「うっ……」

 

「不安なのはわかるが、俺達がついてる」

 

「そうですわ鈴さん……本当は織斑さんに気付いて欲しかったのですが恐らくはこのままでは無理かと思いますので、勿論告白の手助けは全力で致しますわ」

 

「うぅっ……悠斗、セシリア……あり、がとう……!」

 

「……だからもう泣くな」

 

再び泣き始める鈴、セシリアは何も言わずに自らの膝へと顔を埋めている鈴の頭を優しく撫で続けていた。

 

 

結局、鈴が泣き止んだのはそれから一時間程してからだった。

 

 

「ぐすっ……ごめん、もう大丈夫……」

 

「……顔を洗って来い、タオルは洗面所に新しいのが置いてある」

 

「うん……ありがと……」

 

鈴が弱々しい足取りで洗面所へと向かう。

 

その後ろ姿を見送ってから、俺は額を押さえながら大きく溜め息を吐き出した。

 

「悠斗さん……」

 

「……まさか、こんな事になるとはな」

 

良かれと思ってやった事で、二人の仲を悪くさせてしまった。

 

鈴にはあの様に言ったが、今回悪いのは鈴でも織斑でも無く、無理に話をさせようとした俺だ。

 

ISの話では無く、食堂で同席しつつ織斑と話をさせていれば今回の様な事にはならなかったのでは無いのか?

 

……鈴には、本当に申し訳ない事をした。

 

「悠斗さん、今回の件は悠斗さんが悪い訳ではありませんわ。 私だって二人をけしかけた訳ですし、私が余計な事を言ってしまったから鈴さんと織斑さんに無理をさせてしまったのですから……だから、悠斗さんは悪くはありません」

 

「……しかし」

 

「鈴さんだって、悠斗さんが悪いだなんて思っている筈がありません。 悠斗さんは鈴さんと織斑さんの間を取り持とうとして下さったのですから」

 

「そう、だろうか……」

 

「そうですわ、ですから……そんな顔を、しないで下さいまし」

 

そう言って、セシリアはベッドに座る俺の前へと移動して来ると、そのまま俺の頭を優しく抱き締めて来た。

 

柔らかく、甘い香りが俺を包み込む。

 

「セシリア……?」

 

「大丈夫ですわ、大丈夫……」

 

一瞬驚いたが、優しく語り掛けながら頭を撫でるセシリアの温もりに俺は身を委ねた。

 

その優しさに、今の弱気な感情を消して欲しいが為に。

 

「……すまない、セシリア」

 

「良いんですのよ、こうして慰めるのも彼女としての務めですもの……悠斗さんは一人で抱え込み過ぎなのですわ、もっと私を頼って下さいまし」

 

「……すまない」

 

「それから、謝られるよりもお礼の言葉を言われた方が私は嬉しいですわよ?」

 

「……そうだな、ありがとうセシリア」

 

「ふふっ、どう致しまして」

 

セシリアの背中へと腕を回し、より強く抱き付くとセシリアもそれに答える様に強く抱き締めてくれる。

 

本当に、セシリアと付き合って良かった。

 

 

 

 

「……あのさ、私がいるのに目の前でイチャつかないでよバカップル」

 

突然、背後から声が掛かる。

 

視線だけを向ければ恥ずかしそうとも、恨めしそうとも言える表情で俺達を睨んでいる鈴の姿が。

 

「申し訳ありません鈴さん、しかし生憎ですがやめるつもりはありませんの」

 

「……そういう事だ」

 

「うわ……昨日までの恥ずかしがってたセシリアは何処に行ったのよ? それに悠斗も、そんなセシリアに抱き締められた状態で格好良く言っても無理があるからね? というか寧ろ格好悪いわよ、何かこう、締まらないわよ」

 

「あら? そんな事ありませんわ、悠斗さんはどんな時でも格好良いですもの」

 

「うん、ごめん、私が悪かったからセシリアはちょっと黙ってて、ここぞとばかりに目を輝かせないで恐いから」

 

「黙る必要は無い、俺はもっとセシリアの声を聞いていたい」

 

「はいあんたも黙ってて、聞いてるこっちが恥ずかしいわ、よくそんなキザな台詞が言えるわね? 誰にでも言ってるのかってぐらい自然と言ってるけどそれ聞いてるだけで本当に恥ずかしいからね?」

 

「いや、セシリアにだから思った事を言っているだけだ、他の奴には言うつもりは無いが?」

「悠斗さん……」

 

「うん、本当にごめん、お願いだからそれ以上はやめて、私が惨めになるだけだからやめて、マジでやめろ!」

 

鈴の何やら必死な懇願に、渋々とだがセシリアと離れた。

 

「はぁ……何かもうどっと疲れたわ」

 

「さっきの織斑との事か?」

 

「今の一瞬でよ! わかりなさいよ! 上手く行ってなくて喧嘩までしちゃったのに目の前でイチャイチャされる身にもなりなさいよ!」

 

「……すまないがわからないな」

「申し訳ありません、私も……」

 

「もうやだこのバカップル!!」

 

頭を抱えながら叫ぶ鈴。

 

この部屋は束が細工して防音加工がしてあるから構わないが、普通の部屋なら回りから苦情が入るぞ?

 

それから暫くの間騒いでいた鈴だったが、セシリアの抱擁により落ち着きを取り戻したかと思えば真剣な表情で俺達を見てきた。

 

「……さっき宣言したけど、今度のクラス対抗戦で一夏を叩きのめす。 そして、その……悠斗の言う通り一夏に……こ、告白、するわ……だ、だからお願い! 協力して!」

 

鈴の言葉に、セシリアと顔を見合わせて同時に頷く。

 

「それならさっき言ったが、協力を惜しむつもりは無い、鈴に協力する」

 

「勿論私もですわ、それに事情はどうであれ織斑さんの乙女に対するあの侮辱の言葉、私はまだ許していませんから」

 

笑顔ではあるが目が笑っていないセシリアに俺も鈴も思わず固まってしまう。

 

そういえば、セシリアは元々男が苦手だと言っていたからな……後でそれとなく織斑に関してのフォローを入れておくべきだろうか。

 

それ程まで迫力があったセシリアだが、何とか二人で我に返る。

 

「……二人共、ありがとう!」

 

 

こうして、ここに三人の協力体制が明確に作られた。

 

それぞれの胸中にあるのは只一つ、鈴に対抗戦で織斑に勝たせ、尚且つ鈴の想いを織斑に伝え気付かせるという事。

 

その為に先ず何をするべきか、それは既に決まっているも同然だ。

 

「特訓よ! 二人共、協力して!」

 

気合い十分な様子の鈴、その瞳は闘志が剥き出しになっている。

 

そんな鈴の熱意に答える為、俺達はアリーナの使用許可を貰いに職員室、織斑千冬の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ん? アリーナなら暫くは予約で一杯だから使えないぞ?」

 

「…………へっ?」

 

職員室にて伝えられた一言で、俺達は早速出鼻を挫かれたのだった。



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第30話 開戦

あの出来事から一週間、鈴にとって、俺達にとって、そして学園中の奴らにとって待ち望んでいたクラス対抗戦の日を迎えた。

 

結局あの後もアリーナの予約を取る事は出来ないと言われた為に、俺の境遇を利用して織斑千冬に機体性能の確認を理由にして鈴と共にアリーナを一回だけ使う事は出来た。

 

その一日で鈴に何とかアリーナを使わせる事は出来たのだが、不正がバレない様に見張りとして立っていた為に鈴には一人で特訓をして貰った。

 

本当ならば俺かセシリアが練習相手となって試合が出来れば良かったのだが、鈴にはアリーナが使えるだけで構わないと言われている。

 

アリーナを使えない日も試合に関しての戦術を三人で話し合い、今日に備えて準備は万全と言える。

 

 

 

「いよいよね……!」

 

闘志を剥き出しにしてアリーナを睨み付ける鈴。

 

「鈴、頑張れよ」

 

「言われなくても! でも、本当にありがとね、二人には感謝してるわ」

 

「礼を言うなら勝ってからだ、勝って、あいつに全力でぶつけて来い」

 

「当然!」

 

そう言って拳を突き出して来る鈴、こういうのは余りやらないんだが、たまには良いだろうか。

 

突き出された拳に、激励の意味を込めて自らの拳をぶつける。

 

「鈴さん、頑張って下さいね」

 

「勿論よ! セシリアもありがとね!」

 

セシリアにも拳を突き出し、セシリアは恥ずかしそうにしながらも自らの拳をぶつけた。

 

「じゃあ行って来るわ! 私の勇姿、その目に焼き付けておいてよね!」

 

そう言って手を振りながらアリーナへと駆けて行った鈴、その後ろ姿を見送ってから俺達も観客席へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「五十嵐君! オルコットさん! ここだよー!」

 

試合はまだ始まらないにも関わらず既に満席に近い観客席、空いている席を探していると既に聞き慣れた声が。

 

視線を向ければ案の定相川が鏡と布仏と共に座っていた。

 

「悪いな相川」

 

「良いの良いの! 座って!」

 

セシリアと並んで座り、アリーナに設置されている巨大なパネルへと視線を向ける。

 

そこには学年、クラス別のトーナメント表が細かく映し出されており、その中から鈴の名前を探す。

 

「ゆ、悠斗さん、あれ……」

 

「……はぁ、運が良いのか悪いのか」

 

そこに映し出されていた文字、鈴の一回戦の対戦相手の名前は……。

 

 

織斑一夏

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

鈴視点

 

 

 

「……好都合じゃない」

 

アリーナに隣接する控室にて、パネルに映し出された私の対戦相手を見て、私は口角が勝手につり上がるのを感じた。

 

一夏、私の幼馴染みで、想い人で、好きな奴。

 

そして今は絶対に倒さなければならない相手。

 

あの言葉を、私にとって禁句であるあの言葉を口にした事を絶対に後悔させて、尚且つ……その……想いを伝えるんだから。

 

「行くわよ! 甲龍(シェンロン)!」

 

ISを展開、身体を装甲が包んで行く。

 

赤と黒を主体とし、他の機体に比べるとゴツい見た目。

 

私の専用機、私の身体の一部……絶対に負けない、この甲龍と一緒なら!

 

アリーナへと、私は飛び立った。

 

 

 

アリーナへと出た私を、凄まじい歓声が出迎える。

 

満員の観客席、その中から私はハイパーセンサーで真剣な表情で私を見つめる悠斗とセシリアの姿を見付けた。

 

恥ずかしいから面と向かっては言えないけど、二人は私にとって心から信頼出来るかけがえの無い親友と呼べる存在だ。

 

二人のお陰で私は自分の気持ちに正直になろうと決める事が出来たから、泣いてしまった私の事を慰めてくれて、協力してくれると言ってくれたから。

 

 

……でも、さりげなく見えない所で手を握っているのは許せない、しかもしっかりと恋人繋ぎで。

 

何度も言ったじゃない、人の前でイチャイチャするなって、私が惨めになるだけだからって。

 

今日までの一週間、アリーナでの特訓終わりにも外に出たら抱き合ってたし、対策を練る為の話し合いの最中もちょっと油断すると見つめ合ってるし。

 

その度に抗議しても悠斗は無視、セシリアには何やかんや宥められる……だってセシリアの抱擁って、何か安心するんだもん、同い年の筈なのに何か母性が凄いんだもん。

 

あれ? 何か、私結構酷い扱い受けてない? 結局言いくるめられてるけどストレス溜まってない?

 

 

……ま、まぁ、この際それは置いておくわ。

 

それ以上に、私に協力してくれているのは事実だし、どうせ何を言っても無駄だし。

 

それに、本音を言えばそんな二人が、素直にお互いに相手の事を好きだと言い合える関係が羨ましい。

 

私にはまだ全然わからないけど、私もあんな風になれたら良いな。

 

でもその前に、やらないといけないわね。

 

向こうのピットから現れた白い機体、その瞬間私の時よりも数倍は大きな歓声がアリーナに響き渡った。

 

……来たわね、一夏。

 

一夏はそのまま私の前までやって来て、互いに向き合う。

 

「……鈴」

 

何やら申し訳無さそうな表情をしている一夏。

 

多分だけど、あの時悠斗は一夏に何か言っている筈、でもだからと言って、気持ちを揺らがせる訳にはいかない。

 

そうよ、こういう時こそ、こういう時だからこそ、私らしくあるべきだ。

 

今まで通りに、一夏へと接するべきだ。

 

「……一夏、試合の前に一応聞いておくけど、謝る気はある?」

 

「い、いや、確かに俺も悪かったけど、あれは鈴だって……」

 

「……成る程、自分だけが悪い訳じゃ無いって言いたいのね?」

 

「そ、そうじゃ無くて……その、お互い悪かった所はあるだろ?」

 

その言葉を聞いて、私の中の意志が確固たるものに変わった。

 

淡い期待を持っていたけど、やっぱり駄目だったみたいね。

 

なら、この試合に勝つだけよ。

 

「……わかった、良~くわかったわよ」

 

後方へと下がり、開始地点へと着いた。

 

機体状況良好、武装、各部異常無し……いつでも、行けるわ。

 

「宣言通り、あんたをぎったぎたに、徹底的に叩きのめすわ、覚悟しなさい」

 

「っ……! あぁもう! 何でお前はそんなに頑固なんだよ!?」

 

「頑固? へぇ、そういう事言うんだ?」

 

「だってそうだろ!? 人の話を聞かないし!」

 

「聞きたくなると思う? 私にあんな事を言っておきながら、確かに私も熱くなっちゃった所はあったけど、女子に対して身体的コンプレックスを指摘するなんて」

 

「そ、それは……」

 

言い淀んだ一夏、そんな事は関係無しに試合開始のブザーが鳴り響いた。

 

それと同時に武装を展開、両手に展開されたのは二振りの巨大な青竜刀、名を双天牙月。

 

それを構えて前傾姿勢を取る。

 

「無駄話は終わりよ……覚悟しなさい」

 

一夏が近接ブレードを展開して構えるけど関係無い、スラスターに熱が込められて行き、僅かに視界が霞む。

 

「……行くわよ」

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で、一気に一夏に肉薄した。

 

 

「死に晒せえええええええええっ!!」

 

「おわああああああああっ!?」

 

全身全霊を掛けて、一夏目掛けて双天牙月を振り下ろした。



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第31話 襲撃

「……凄まじい気迫だな」

 

目の前で開始した鈴と織斑の試合。

 

観客席で見ているにも関わらず、まるで自分がその殺気を向けられていると錯覚してしまう程に鈴の気迫は凄まじいものだった。

 

他の奴らも、初めは歓声を送っていたのだが鈴の気迫に飲まれたのか、観客席は異様な静けさに包まれている。

 

「鈴さん、かなり本気ですわね」

 

「あぁ、だが攻撃は至って冷静だ。 あれはかなり手強いだろうな」

 

そう、鈴は口調や気迫こそ荒々しいものだが、攻撃や立ち回りは的確に織斑を追い込んでいる。

 

「……流石、代表候補生と言った所か」

 

「しかし、武装があの近接ブレードだけという事は無い筈ですわ」

 

それはそうだろう。

 

鈴のあの機体、その肩に携えている巨大な翼の様な武装が飾りの訳が無い。

 

そして、その予想は的中した。

 

鈴の猛攻に耐えかねた織斑が一度距離を取った瞬間、鈴が肩の翼を織斑に対して構えた。

 

その瞬間、突然織斑が何かに吹っ飛ばされた。

 

「な、何ですのあれは!?」

 

「……砲弾が、見えなかった?」

 

……恐らくだが、今のは砲弾じゃない……目に見えないとなると、圧縮した空気か何かか?

 

『流石で御座います、主様』

 

黒狼?

 

『主様の仰った通り、あれは空間自体を圧縮し、衝撃を砲弾として撃ち出す事の出来る特殊兵装で御座います。 更には次射装填の必要が無く、エネルギーの続く限り撃ち続ける事が可能です』

 

……成る程、牙狼砲の砲弾が空気に変わった物、という事だな?

 

砲弾が見えない分、鈴の視線の動きや砲塔の角度から予測するしか無い訳か。

 

 

「悠斗さん? 悠斗さん!」

 

「っと……すまない、どうした?」

 

「急に黙り込んでしまったので心配しましたわ……大丈夫ですの?」

 

「あぁ、大丈夫だ、少し考え事をしていただけさ」

 

いけないな、黒狼の声は俺にしか聞こえない。

 

それにISの声を聞けるのは恐らく俺だけ……そうだな?

 

『左様に御座います、奥様は勿論、この学園に私の声を聞く事が出来る方はおりません』

 

つまり、セシリアに説明した所で無言で医務室に連れて行かれるのがオチだろう。

 

いらん心配を掛ける訳にはいかない、黙っていた方が良いな。

 

そう結論付けた、その時だった。

 

 

『そうでしょうか? 奥様であれば心配無いかと思いますが……主様と心身共に結ばれ、繋がった方でもありますし、理解して下さるかと』

 

 

「なっ!?」

 

「えぇっ!?」

 

黒狼の言葉に思わず声が漏れ、隣のセシリアも突然の事に驚いて肩をびくりと震わせた。

 

「ゆ、悠斗さん!? どうしたんですの!? 本当に大丈夫ですか!?」

 

「……すまない、本当に……本当に何でも無いんだ」

 

黒狼、お前、ふざけるなよ……。

 

『も、申し訳ありません主様……!』

 

油断していた、黒狼は俺の専用機なのだから何時如何なる時も俺と同じ光景を見ている事になる。

 

……つまり"あの夜"の光景も、黒狼は目の当たりにしていたという事だ。

 

俺とした事が……。

 

「……すまない、少し席を外す」

 

「悠斗さん、私も御一緒しましょうか!?」

 

「いや、本当に大丈夫だ……少し外の空気を吸いに行くだけだ……」

 

そう言って、俺は席を立ち早足で歩き出した。

 

このままだと不味い、少し頭を落ち着かせよう。

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ」

 

場所はアリーナから出て直ぐの所にあるベンチ、そこに座って俺は大きく息を吐き出した。

 

何もしていない筈なのに、身体が疲労で重く感じてしまう。

 

『あ、あの、主様……本当に、申し訳ありません……』

 

……いや、お前は何も悪く無い。

 

少し考えればわかる事、俺の考えが足りなかっただけだ。

 

さっきは、怒ってしまって悪かったな。

 

『し、しかし……』

 

良いと言っているだろ。

 

黒狼、お前は俺の専用機、つまりは俺にとっての相棒だ。

 

相棒を許さないなんて、出来る筈が無いだろ?

 

『っ……! あ、主様……!』

 

黒狼が何やら感激に満ちた声をあげる。

 

今回の事は仕方ないと思うしか無いだろう、これから先も黒狼は俺と共にいるのだ、セシリアとの事も遅いか早いかの違いだろうしな。

 

『こ、これから先も……共に……!』

 

黒狼、少しうるさいぞ。

 

だが、それは俺の本心だからな、何かあって俺がISに乗れなくなったら別だがそれまでは頼むぞ。

 

『勿論で御座います! 私黒狼、いつまでも主様と共に!』

 

あぁ、頼む……さて、ある程度頭が冷えた。

 

そろそろ戻らないとな、下手するともう決着が着いているかもしれない。

 

ベンチから立ち上がり、アリーナへと向かって歩き出した。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

『主様、束様から通信が入りました』

 

ん? 束から?

 

急にどうしたんだ? まさかまた学園に来るつもりか?

 

……まぁ良いか、繋いでくれ。

 

『ゆう君!』

 

「束、どうかしたのか?」

 

『良かった……! ゆう君、今すぐそこから離れて!』

 

「……は?」

 

待て、いきなり何を言っているんだ?

 

「落ち着け、何があったのか説明してくれないと訳がわからないぞ?」

 

『っ……! 私の研究していたデータが盗まれたの! そのデータは……無人のIS!』

 

「無人の……ISだと?」

 

『盗んだ奴らの居所を探してたら、データを元にして既に無人機を開発してた! そしてその無人機にかなりの武装を積み込んで向かわせた先はIS学園なの!』

 

待て、それはつまり……!

 

『お願いゆう君! 今すぐ逃げて!』

 

「っ……!」

 

直ぐ様通信を切り、束の言葉を無視して俺はアリーナへと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

アリーナへと戻ると、先程までの光景とは打って変わっていた。

 

激しくうるさいぐらいに響き渡る警告音、悲鳴をあげながら逃げ惑う生徒、至る所で起きる爆発。

 

それはまさに、阿鼻叫喚と言える光景だった。

 

「っ……! 畜生が……!」

 

俺は先程までいた席へと駆け出そうとしたが、アリーナの防護壁によって行く手を阻まれた。

 

クソが……!

 

「黒狼!」

 

黒狼を纏い、直ぐ様黒鉄を展開した。

 

牙狼砲で吹き飛ばす事も考えたが、この騒ぎで他の奴らが防護壁に殺到している可能性も有り得る。

 

黒鉄を構えてそのまま一閃、防護壁を切り刻んだ。

 

 

『主様! ロックされています!』

 

「っ!? ちぃっ!!」

 

スラスターを用いて身体を横に思い切り反らせば、今まで立っていた場所を高出力のレーザーが切り刻まれた防護壁ごと放たれて来た。

 

直ぐ目の前を掠めて行くレーザー、その威力が普通じゃない。

 

恐らくISの搭乗者保護システムがあったとしても、怪我程度で済むものじゃ無い筈だ。

 

放たれた方向へと視線を向ければ見た事の無い黒い機体が佇んでいた。

 

あれが、束の言う無人機か……!

 

『主様! 次射が来ます!』

 

なら、その前に……っ!?

 

視線の先、レーザーの射線上に逃げて来たのであろう数人の女が飛び出して来た。

 

しかし、無人機は構えたレーザーを降ろしはしない。

 

待て……こいつらは武装していない、只の生徒だぞ……?

 

『主様!』

 

「っ……あああああっ!!」

 

スラスターから爆発的な出力が放たれる。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)により一気に最高速度に到達しつつ、レーザーを構える無人機へと肉薄する。

 

「らぁっ!!」

 

そのまま、顔面目掛けて全力の蹴りを叩き込んだ。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)の勢いそのままに繰り出した蹴りにより、無人機はそのまま壁を粉砕しながら吹き飛んだ。

 

「い、五十嵐君!?」

 

「ここは危険だ! さっさと外に逃げろ!」

 

「う、うん! ありがとう!」

 

礼を言いつつ女達が外へと逃げて行くのを見届けてから、粉砕された壁の向こうへと視線を向ける。

 

まだ奴はくたばっていない、だが今は奴よりも逃げ遅れている生徒の避難が先だ。

 

『主様、恐らく無人機を送り込んだ者によってアリーナがハッキングを受けており、各部の防護壁が閉じられております』

 

面倒だな……だが、四の五の言ってられないか。

 

黒狼、防護壁の場所を案内出来るか?

 

『勿論可能で御座います』

 

よし、なら行くぞ。

 

壁の向こうにいるであろう無人機が反応を示さない事を確認してから、俺は黒狼の案内に従って防護壁へと向かうのだった。



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第32話 襲撃Ⅱ

「こっちだ! 行け!」

 

防護壁を黒鉄で切り開き、集まっていた奴らに叫ぶ。

 

「あ、ありがとう!」

「皆! こっちだよ!」

 

開かれた扉から続々と外へ逃げて行く奴らを横目で見つつ次の場所へ。

 

これで三ヵ所目だが、あと防護壁は幾つある?

 

『残り四ヵ所で御座います。 アリーナ内のカメラを確認しました所、防護壁にいる生徒の人数は何処も同じぐらいの人数かと』

 

……不味いな、今はまだ無人機が来ないから良いが、いつまた襲撃してくるかわからない。

 

それに俺が接触したのは一機だが、恐らくは他にもいる筈だ。

 

『はい、襲撃して来たのは三機です。 一機はまだ先程の主様の攻撃により身動きが取れていない様ですが、他の二機は現在アリーナ内にいる様です』

 

……待て、アリーナ内だと? つまり、鈴と織斑の所にいるのか?

 

『いえ、今はまだ無差別に観客席へと攻撃を繰り返している様です。 幸いにも生徒は防護壁へと殺到していますので無人機による怪我人は出ていないかと』

 

そうか、なら次の場所に急ぐぞ。

 

『畏まりました』

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、五十嵐君!」

 

次の防護壁へと辿り着くと、殺到している奴らの中から相川が俺の姿を見て駆け寄って来る。

 

その後ろには鏡と布仏の姿もあった。

 

「相川、無事か?」

 

「う、うん、一体何が起きているの!?」

 

「……未確認機の襲撃を受けている様だ、この防護壁もハッキングを受けて開けられなくなっているらしい」

 

無人機である事は、一先ず相川達には伏せておく。

 

無人のISというのは前例が無い、今ここにいる奴らに下手に教えると更なる混乱を招く筈だ。

 

「それよりセシリアはどうした? 一緒じゃないのか?」

 

「オ、オルコットさんは他の生徒の避難を誘導しに行くって、ここに来る前に別れたの」

 

「……そうか」

 

セシリアなら大丈夫だと思うが、心配だ……。

 

しかし今は目の前のこいつらを何とかしないといけない。

 

「……防護壁を開ける、全員そこから離れろ」

 

俺の言葉に、その場に集まっていた奴らが道を開ける。

 

防護壁の前に立ち、黒鉄を構えてそのまま壁を切り刻んだ。

 

「焦らなくて良いが、早く外に出るんだ」

 

「あ、ありがとう! でも五十嵐君は!?」

 

「……俺は他の防護壁の所に行く、セシリアもまだ避難させる為にいる筈だからな」

 

「わ、わかった……」

 

『主様! 来ます!』

 

「っ……クソが!」

 

集まっていた奴らの頭上を飛び越え、通路の奥へと視線を向けると先程の無人機が猛スピードで此方へ向かって来ていた。

 

「急げ! 俺が時間を稼ぐ!」

 

「う、うん! 気を付けて!」

 

相川達が他の奴らを誘導して続々と避難を済ませる。

 

「黒爪……!」

 

黒鉄を収納し、黒爪を展開させる。

 

此方へ突っ込んで来る無人機に向かって、俺も瞬時加速(イグニッション・ブースト)で飛び出した。

 

交差する瞬間能力を解放、無人機の正面から急速転回で側面へと回りそのまま回し蹴りを喰らわせる。

 

「お、らぁっ!」

 

無人機はそのまま壁へと叩き付けられる。

 

更に追撃、奴へと掴み掛かり避難している奴らに危険が及ばない様、この場から離れさせる為に一気に急上昇して天井を破壊しながらアリーナの観客席へと転がり出た。

 

そのまま観客席を薙ぎ倒しながら奴を投げ飛ばしたが、先程と違って直ぐに俺に向き直って来る。

 

更にはその腕には近接ブレードを展開していた。

 

……上等だ。

 

黒爪を構え一瞬の静寂、そして次の瞬間互いに動いた。

 

ハイパーセンサーで極限まで反射が速くなっているが、奴の攻撃を捌ききる事は出来ても決定打に欠ける。

 

だが、こうして打ち合っていて奴と俺には決定的な違いがある事がわかった。

 

黒爪をそのまま横凪で振るう。

 

奴は身体を落とし回避すると、そのまま近接ブレードを構えて俺に振るおうと構えた……所で、そのまま奴の顔面目掛けて全力の膝蹴りを繰り出す。

 

体勢を崩した奴へと、追撃の回し蹴りを喰らわせて吹き飛ばした。

 

 

 

「悠斗さん!!」

 

そのまま警戒を解かずに薙ぎ倒した客席に埋もれている奴を睨み付けていると、上空からブルー・ティアーズを纏ったセシリアがやって来た。

 

「セシリア! 無事か!?」

 

「私は大丈夫ですわ! それよりあの機体は!?」

 

「さっき束から通信が来た、奴は束の開発したデータを盗みそれを元にして作られた無人機らしい」

 

「無人機!?」

 

「セシリア、他の無人機とは接触したのか?」

 

「い、いえ、迎撃よりも他の方の避難を優先していましたのでまだ……しかし、どうやら他に二機いたのですが、アリーナのシールドを抜けて中に入った様ですわ」

 

シールドを抜けただと? それはつまり……鈴と織斑が……!?

 

 

『五十嵐! オルコット! 聞こえるか!?』

 

突如入った通信、その声は織斑千冬のものだった。

 

『現在正体不明のISの襲撃を受けている! お前達今何処にいる!?』

 

「……お前の言う正体不明のISが目の前にいて既に接触した。 早く防護壁の受けているハッキングを解除しろ」

 

『……何故それを知っているのかは置いておくが、今教師陣が解除しようとしているが相手は中々の手練れでまだ時間が掛かる』

 

「……ちっ、役立たずが」

 

思わず悪態が口から漏れる。

 

防護壁が開けられないままという事は残りの三ヵ所にいる奴らがまだ取り残されている、流石にそいつらを既に破壊した場所まで移動させるのは時間が掛かる上にまたいつ無人機の襲撃を受けるかわからない現状では危険だ。

 

『今教師陣の討伐隊を向かわせる! お前達は他の生徒の避難を!』

 

「……その討伐隊とやらは、直ぐに寄越せるのか?」

 

『っ……いや、ISの格納庫もハッキングを受けていて、今解除中だ』

 

クソが……肝心な時に使えない奴らだな。

 

「……セシリア、防護壁を破壊する事は可能か?」

 

「え? あ、は、はい! ビットを使用して同時射撃を行えば可能ですわ!」

 

「わかった、ならセシリアに他の奴らの避難を誘導して貰いたい」

 

「ゆ、悠斗さんはどうするんですの!?」

 

「……あのガラクタの相手をする」

 

視線の先、客席の下に埋もれていた無人機が立ち上がるのが見えた。

 

あれが二機、鈴と織斑の所にいるのか。

 

「そんな……危険ですわ! 私も残って悠斗さんのサポートを!」

 

「そうなったら誰が生徒を避難させるんだ? 俺なら心配いらない、頼むからわかってくれ」

 

『ま、待て五十嵐! 勝手な事をするな!』

 

「他に方法は無いだろうが、それに相手は無人機、例え完全に破壊しても問題は無い」

 

『無人機だと!? どういう事か説明しろ!』

 

「ぎゃあぎゃあ喚くな、役立たずは黙ってろ」

 

そこで無理矢理通信を切り、傍に立つセシリアへと向き直る。

 

「頼むセシリア、他に頼れる奴はいないんだ」

 

「……約束して下さい、決して無理はなさらないと、無事でいると」

 

「……あぁ、約束する」

 

「……わかりましたわ、ですが避難を完了させたら必ず悠斗さんの元へ行きますわ、ですから私が来るまで決して無理はなさらないで下さい」

 

「あぁ、頼んだぞ」

 

迷う素振りを見せながらも、セシリアは一度顔を近付けて来るとそのまま触れるだけのキスをして避難誘導の為に向かった。

 

……さて、約束したからには無理は出来ないが、俺もやるか。

 

黒爪を構えながら、立ち上がって此方へ向かって来る無人機を見やる。

 

「行くぞ黒狼!」

 

『主様の仰せのままに』

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)と共に、黒爪の能力で更に加速して無人機へと突っ込んで行く。

 

時間は、余り掛けられない。



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第33話 襲撃Ⅲ

鈴視点

 

 

「な、何なんだ、こいつら……?」

 

隣に立つ一夏の呟きに、私は何も答える事は出来なかった。

 

目の前に立つ、一夏との試合の最中にアリーナの天井を破って降りてきた黒いIS、そいつらはいきなり回りの観客席へと攻撃を繰り返し始めた。

 

突然の事に、通信で外へと連絡を取ろうとしたけれども通信が何者かに阻害されているのか聞こえるのはノイズ音のみ。

 

そしてアリーナのシールドを抜けて、二機のISが私達の前へと降り立った。

 

いきなり試合に水を差された事への苛立ちはあったけど、そんな感情は直ぐに消える。

 

……こいつらは、不味い。

 

攻撃を見た限り、生半可な強さじゃないのが理解出来る。

 

「おい! いきなり何なんだよお前ら!」

 

「……一夏、やめた方が良いわ。 今は余り刺激しない方が良い」

 

黒いISに叫ぶ一夏を宥めつつ、あいつらを観察する。

 

「おい鈴、あいつらが何なのかわかるか?」

 

「……知らないわね、本国で色々なISの情報を見せられたけど、あんなISは見た事が無いわ」

 

本国のデータに無かった、つまり新たに開発された新型? そんは筈無い、だって今世界に存在するISコアは467個、その全ての性能を知っている訳では無いけど、こんな機体は見た事が無い。

 

一体こいつらは、何者……?

 

すると突然、機体のロックオンアラームがけたたましい警告音を鳴らした。

 

「「っ!?」」

 

何の予備動作も無しに黒いISから突然レーザーが放たれた。

 

一夏と同時に回避行動を取ったその瞬間、今まで私達が立っていた場所をレーザーが通り過ぎて行く。

 

しかも、その威力が不味い。

 

一撃でも当たれば、即座に落とされる……いや、落とされる所か下手をすれば命に関わる。

 

「くっ……! 一夏! あんたは下がりなさい!」

 

「はぁっ!?」

 

「こいつら普通じゃない! 今のレーザーを喰らえば落とされる所か死ぬわよ!?」

 

私の言葉に顔が強張る一夏。

 

それはそうでしょうね、専用機を持っているとは言っても一夏はまだ素人。

 

代表候補生として訓練を受けて来た私と違って命を懸けた戦闘を知っている訳じゃ無い。

 

……私だって、あくまで訓練だから命を落とすかもしれない戦闘は知らない、だけど代表候補生としてのプライドがある。

 

一夏を、危険に晒す訳にはいかない。

 

「素人のあんたがいても邪魔なだけよ! それに恐らく直ぐに教師陣が対処してくれる筈、それまで私が時間を稼ぐからあんたは下がってなさい!」

 

そう、私なら何とかなる、倒す事が出来なくても時間稼ぎ程度なら!

 

双天牙月を構えて黒いISに向き直る……その時、隣に白い機体が並んだ。

 

驚いて隣を見れば、一夏が鋭い視線を黒いISに向けながら近接ブレードを構えて立っていた。

 

「ちょっと!? 話聞いてたの!?」

 

「あぁ聞いてたよ!」

 

「なら直ぐ逃げなさいよ!」

 

「ふざけるな! 俺も戦う!」

 

「馬鹿な事言わないで! あんたを庇いながら戦うのは多分無理よ!?」

 

「庇う必要なんて無い! 俺が皆を、いや、お前を守る!」

 

「うぇっ!?」

 

こんな危険な状況なのに、思わず変な声をあげてしまった。

 

ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何よそれ!? 私の事を守るとか……格好良い……じゃなくて!

 

「女を置いて逃げるなんて出来るか! 何を言われても俺は戦うからな!」

 

「む、無茶よ! 危険だし、もしかすると死ぬかもしれないのよ!?」

 

「危険だって言うのはわかってる! だけどこんな所で死ねるか! 俺はまだお前にきちんと謝って無いんだ! こいつらを倒して、鈴に謝って仲直りしないで死ねるかよ! 俺はお前と楽しく遊んで、馬鹿やって、まだ一緒にいたいんだよ!」

 

「はぅっ……!?」

 

また、変な声をあげてしまった。

 

何なの!? さっきから一夏が格好良い!?

 

顔がこれでもかと言う程に熱い、多分今私の顔は真っ赤になってしまっている筈だ。

 

だってしょうがないじゃない、好きな奴にそんな事を言われたら……私……。

 

「……ん? 鈴?」

 

何も言わない私を不審に思ったのか、一夏が私の方へと視線を向けて来る。

 

今視線を合わせたら不味い、私は急ぎ視線を前へと向けた。

 

「あ、謝る前にやられるんじゃ無いわよ!?」

 

「当たり前だ!」

 

二人で武器を構えながら黒いISと対峙する。

 

そんな私達に黒いISは手にした砲塔、恐らくはさっきレーザーを放ったものを構える。

 

スラスターに熱が込められて行く。

 

互いに睨み合いが続き、いざ攻撃を繰り出そうとしたその時だった。

 

『!?』

 

突然、黒いISが私達から慌てて視線を外して戦闘体制を取った。

 

一体、何が……?

 

その瞬間、ハイパーセンサーに反応。

 

反応があった方に視線を向けると、もう一機いたのであろう黒いISが、新たに出現した黒いISに巨大な鉤爪を突き立てられながらアリーナのシールドを破って飛び込んで来た。

 

「悠斗!?」

 

「えっ!?」

 

一夏が呼んだ名前、あの機体が、悠斗なの……?

 

飛び込んで来た勢いそのままに、私達の間へと砂埃を上げながら着地した。

 

その横顔は既に見慣れた、もう一人の男性操縦者であり、私の親友と呼べる人物……悠斗だった。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

……間に合ったか。

 

戦闘中、シールド越しに鈴と織斑へとあのレーザーを向ける無人機の姿が見えた為、最大出力で無人機を破壊しながら無人機ごとシールドを破った。

 

行けるかわからなかったが、案外破れるものだな。

 

「鈴、織斑、無事か?」

 

「あ、あぁ、大丈夫……じゃなくて! 悠斗、お前それ!」

 

「あ?」

 

織斑の視線を追って行けば、今俺がまさに破壊した無人機へと突き刺さる黒爪。

 

……あぁ、そうか。

 

「こいつらは無人機だ」

 

「「無人機!?」」

 

「これが証拠だ」

 

そう言って黒爪で無人機の首へと切りつければ、切られて落ちた頭部と首の断面には細い無数のケーブルが現れる。

 

「嘘……無人のISなんて、聞いた事無いわよ……」

 

「現に目の前にある、それが証拠だろ?」

 

そう答えてから、俺達にレーザーを向ける残り二機の無人機へと向き直る。

 

「今アリーナ全体がハッキングを受けて防護壁が閉じられている。 四ヵ所は開けて、残りの防護壁と生徒の避難はセシリアに任せているが、無能の教師共はISの格納庫を開けられずに出撃出来ないらしい」

 

「ハッキング!? じゃ、じゃあどうするんだ!?」

 

「そんなもの決まっている……こいつらを、潰す」

 

黒爪を構え、奴らに向ける。

 

『繋がった……! 五十嵐! 勝手な事をするな!』

 

再度、通信越しに織斑千冬の声が響いた。

 

二人にも通信が入っているのか、二人は驚いた表情で背筋を伸ばしている。

 

「……なら黙ってこいつらの好きにさせるのか? 役立たずが口を出すな」

 

『何だと!?』

 

「恐らくだがこいつらの狙いは専用機持ち……いや、織斑と俺を狙って来た筈だ。 それに、こいつらはあいつのデータを元にして作られた機体、身内の不始末は身内がつけるべきだろうが」

 

『何を言っている!? 待て! 五十嵐!』

 

ぎゃあぎゃあとうるさい、そんなに騒がれると集中も出来ないだろうが。

 

「悠斗!」

 

隣に立つ機体、視線を向ければ鈴が青竜刀を構えながら立っていた。

 

「あんた一人に任せる気は更々無いわよ!」

 

「……行けるのか?」

 

「当然よ! 代表候補生舐めんじゃ無いわよ!」

 

鈴のその言葉、今はかなり心強いな。

 

「悠斗! 鈴! 俺も戦うぞ!」

 

「……お前は」

「一夏は、ちょっと……」

 

「何でだよ!?」

 

騒ぐ織斑だが、正直これくらいの扱いをした方が変に緊張させる事も無いだろう。

 

現に強張っていた織斑の表情はいつもの顔に戻っている。

 

鈴の戦力はありがたいが、織斑を戦闘に参加させるのなら緊張でガチガチになっていられると困るからな。

 

『鳳! 織斑! お前達まで……あぁもう! 教師陣が行くまでだ! それまで持ちこたえろ!』

 

持ちこたえろだ? そんなつもりは無い。

 

誰が盗んだのかはわからないが、こいつらは束の夢をまた貶した。

 

兵器として作り、無関係の学園の奴らを危険に晒した。

 

そんなこいつらに遠慮なんて必要無い……問答無用で、潰すだけだ。



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第34話 反撃の狼煙

今更ですけど、戦闘シーンってやっぱり難しいです…



「……一機は任せる」

 

「任せるって、悠斗は一人でやるつもり!?」

 

「その方がやりやすい、それに俺ではそいつの面倒は見切れない」

 

「えっ!? そりゃ無いだろ!?」

 

「……とにかく任せるぞ」

 

会話をやめ、目の前の無人機に集中する。

 

行くぞ、黒狼。

 

『主様の仰せのままに』

 

スラスターを最大出力で吹かせる。

 

開いていた距離を一気に詰め寄り、片方の無人機へと突っ込んだ。

 

そのまま展開している黒爪を横凪に振り抜いた。

 

「らぁっ!!」

 

振り抜かれた黒爪はスラスターを用いたバックステップで避けられ、無人機は近接ブレードを展開してそのまま肉薄して来た。

 

迫るブレードを黒爪で受け止めると火花が飛び散る。

 

一瞬の膠着状態、しかしそれはほんの一瞬で直ぐ様互いに近距離での攻防を繰り広げた。

 

黒爪を振るう、避けられる、ブレードを振るわれる、避ける、受け止められる、受け止める。

 

ほんの数秒にも満たない時間で数十にも及ぶ攻防を繰り広げるが、違和感を感じた。

 

……こいつ、さっきの奴よりも反応速度が速い?

 

個体差があるのかわからないが、明らかにさっき潰した奴よりもこいつの方が強い。

 

両腕の黒爪だけで無く、さっきの奴が反応出来ていなかった蹴りも、両足の黒爪の攻撃も見切られているかの様だ。

 

「ちっ……!」

 

決定打には及ばない、全ての攻撃がかする程度で防がれている事への苛立ちが募るが、何とか堪える。

 

感情的になれば、流されてしまえば、勝てるものも勝てない。

 

考えろ、こいつらがまだ知らない攻撃は……。

 

「お、らぁっ!!」

 

全力での大振りの一撃、案の定奴は身体を沈ませる事でその一撃を難なく避けた。

 

更には腕を振り抜いた事で無防備になった俺を見て好機と見たのか、ブレードを構えて迫って来る。

 

「掛かったな、間抜けが……!」

 

迫る無人機の土手っ腹目掛け、牙狼砲を高速展開。

 

零距離から、砲弾をぶち当てた。

 

勢い良く吹き飛ぶ無人機、だがこれで終わらせるつもりは無い。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)で奴へと迫る。

 

しかし攻撃を繰り出される瞬間、奴は反応して俺に向けてブレードを振り抜こうと構えた。

 

それが、俺の待っていた瞬間だ。

 

黒爪の能力を解放、個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)と同じ軌道で奴の正面から背後へと移動する。

 

そのまま、背後から身体を貫いた。

 

「くたばれ……!」

 

貫いたまま、力付くで奴の身体を振り回しアリーナの壁へと叩き付け、追撃としてもう一方の腕の黒爪を突き刺してコアに当たる部分を貫いた。

 

一瞬の静寂、次の瞬間コアが破壊された事により無人機から上がるショートによる火花。

 

そのまま黒爪を引き抜くと、無人機は力無く倒れ伏した。

 

これで、二機目……鈴と織斑は……。

 

視線を無人機から後方へと移すのと、遠くで鈴と織斑が残る最後の無人機に吹き飛ばされたのは、ほぼ同時の事だった。

 

「っ!? クソが……!」

 

急ぎ、二人の元へと向かった。

 

 

 

 

 

「鈴! 織斑!」

 

「くっ……悠斗……!」

 

「ゆ、悠斗! あいつ、いきなりスピードが上がって……!」

 

いきなりスピードが上がった? おかしい、そんな事有り得るのか?

 

……待て、確かにさっきの奴は最初の一機より反応速度が上だった。

 

しかも俺の攻撃の大半を見切っていた様に見えた。

 

それが意味するもの、つまり……。

 

「……俺達のデータが、取られている?」

 

「な、何だよそれ!?」

 

「あくまで仮定の話だ。 だが最初の一機は正直雑魚だったが、さっきの奴は反応速度が速い上に攻撃の大半が防がれた。 そしてそいつを倒した瞬間最後に残ったさいつのスピードが上がった……なら可能性としてそう考えるのが妥当だろう」

 

「厄介ね……」

 

「……鈴、織斑、エネルギーはどれくらい残ってる?」

 

「……さっきの試合のままだから、もう四〇パーセントを切ってるわ」

「お、俺はもう二〇パーセント切ってる……」

 

厳しいな、織斑が戦力になるかは別として、鈴がまともに攻撃に参加出来ないのは。

 

俺はまだ半分以上残っているから問題は無いが。

 

「……鈴、短期決戦で仕留める。 俺が前衛で行くからお前には遠距離から支援して貰いたい」

 

「わかったわ、悪いけど任せるわね」

 

「悠斗! 俺は!?」

 

「シールドエネルギーの無い奴は黙って下がってろ、ISの無い状態であれの相手をすれば本当に死ぬぞ」

 

「だ、大丈夫だって! 俺だってまだ戦える! 二人に任せて俺だけ何もしない訳にはいかないだろ!? だから……!」

 

最早自棄になっている織斑、これは駄目だ。

 

「聞こえなかったか? 黙って、下がれ」

 

「ひっ!?」

 

睨み付ければ、織斑は怯えた様に固まった。

 

隣の鈴も俺を見て息を飲んでいる。

 

「そのエネルギー残量で奴の攻撃を受ければどうなるのかわからない筈が無いだろうが、お前は死にたいのか?」

 

「ち、違う……」

 

「……お前は束のお気に入りの一人、お前が死ねば束が悲しむんだよ。 俺は束のそんな姿は見たく無い……だから黙って下がってろ、下がらないならあいつより先にお前を力付くで黙らせるぞ?」

 

「……俺、は」

 

「……それに、お前は鈴との事があるだろうが、それなのにここでもしお前が死んだらどうする?」

 

そう伝えれば、織斑は悔しそうに歯を食い縛りながらも引き下がった。

 

このまま更にごねる様なら本気で力付くで気絶させてでも黙らせるつもりだったが、無駄なエネルギーを使わずに済んだな。

 

「……鈴、準備は良いか?」

 

「っ! う、うん! 行けるわ、頼んだわよ!」

 

「……あぁ、行くぞ」

 

黒爪を構え、前傾姿勢を取ると同時にスラスターが熱を帯びて行く。

 

短期決戦なら、出し惜しみはしていられない。

 

地面を蹴った瞬間、爆発的な加速で一気に奴へと肉薄した。

 

「おらぁっ!!」

 

振るった黒爪は空を切る。

 

奴は身体を反らすだけの最低限の動きで回避すると、そのまま手にしたブレードで反撃してくる。

 

黒爪の能力で空間を蹴り、勢い良く身体を捻りそれを回避。

 

その捻りを利用し脚部の爪を繰り出すが、奴の装甲を僅かに掠めるだけ。

 

そのまま更に空間を蹴り、逆脚と両腕と繰り出したが、何れも回避されるかブレードで防がれてしまう。

 

体勢を崩した俺に攻撃を仕掛けて来る無人機、それを黒爪で受け止めつつ牙狼砲を展開、零距離で砲弾を放ったのだがそれすらも回避される。

 

クソが……本当に厄介だ……。

 

攻撃がまともに入る気がしない、さっきまで使った戦術は全て対処されてしまう。

 

牽制として牙狼砲を撃ちながら一度距離を大きく取り、鈴の元へと下がる。

 

「おい鈴、何もしないが後衛がそれだと意味が無いぞ」

 

「ば、馬鹿言わないでよ……悠斗、あんた一体何者なのよ!? 今の動きに着いて行ける筈無いじゃない!?」

 

「……は?」

 

嘘だろ? なら鈴も織斑同様下がるしか無いのか?

 

奴を俺一人で、かなりキツいがこうなったらやるしか……。

 

 

 

 

いや、俺とした事が大事な事を忘れていた。

 

鈴が無理でも、心から信頼出来る後衛が俺にはいるだろうが。

 

「悠斗さん、大変お待たせしましたわ」

 

上空から掛けられた声、それと同時に俺の隣に蒼が降り立った。

 

「セシリア、他の生徒の避難は?」

 

「アリーナの全ての防護壁を破りました、集まっていた生徒の避難は済ませましたわ」

 

「……流石だな」

 

「ふふっ、大した事ではありません……それで、残りはあの一機ですの?」

 

「あぁ、最後に厄介な奴が残ったがセシリアが来たなら問題無い。 奴は恐らく先程まで倒した無人機を利用して俺達のデータを取っている様だ。 俺達の戦術は通用しないが、セシリアはまだ奴らと戦闘はしていないからデータが無い、鈴が後衛が出来ないらしいからセシリアに任せたいんだが……可能か?」

 

「悠斗さん、私を誰だと思っていますの? イギリスの代表候補生として、そして悠斗さんの恋人として、精一杯努めさせて頂きますわ」

 

「ふっ……そうだな、野暮な質問だった。 セシリア、任せるぞ」

 

「えぇ、任されましたわ」

 

レーザーライフルを構えつつ、六機のビットを全て稼働させて奴へと照準を合わせるセシリア。

 

……本当に、頼りになる。

 

「……行くぞ」

 

頼れる後衛がいる為に牙狼砲は収納させ、スラスターを最大出力で吹かして奴へと肉薄する。

 

そのまま黒爪を奴へと振り抜くが、先程と同様にブレードで防がれる。

 

防がれるのは百も承知だ、そのまま連激で黒爪を振るい続ける。

 

そして奴が反撃に応じ、ブレードを振るって来た為に黒爪で受け止める。

 

 

 

 

……そう見せ掛けて、そのまま攻撃を受け流した。

 

体勢を崩された無人機は直ぐ様スラスターを吹かして無理矢理体勢を整えながら俺にブレードを振るおうとして来たが、これが狙いだ。

 

迫るブレードを受け止めもせず、受け流しもせずに、俺はその場に身体を屈ませた。

 

それと同時に、狙い済ましたセシリアの狙撃が奴の右肩へと着弾した。

 

更に追撃で放たれる狙撃、やはりセシリアのデータは無い為か奴は完全に避ける事が出来ずに数発がまともに着弾する。

 

それにより体勢が崩れた所を狙う。

 

「らぁっ!!」

 

黒爪が、奴の左腕を捕らえた。

 

全力で振るった黒爪はそのまま奴の装甲を切り裂き、左腕が上空へと吹き飛んだ。

 

今が絶好のチャンス……ここで、決める……これで終わらせる。

 

 

 

 

 

 

『一夏!! 頑張れ!』

 

 

 

 

 

その、筈だった。



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第35話 決着

突然響いた放送に、思わず追撃の一手が一瞬だけ遅れてしまった。

 

その一瞬を突かれ、黒爪は避けられ腹部へと蹴りを繰り出された。

 

この動きは、俺の動きか……!?

 

「ぐっ……!?」

 

装甲が凹み、俺は後方へと吹き飛ばされた。

 

「悠斗さん!!」

 

吹き飛ばされた俺をセシリアが受け止めてくれる。

 

不味い、今の一撃でシールドエネルギーがかなり削られた上に搭乗者保護機能があるにも関わらず激痛が襲い掛かって来る。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「くっ……まだ、動ける……」

 

自らの身体に鞭を打ち、セシリアに支えられながらも立ち上がる。

 

今の放送は、一体……?

 

『主様、アリーナの放送室に生体反応、恐らく逃げ遅れた生徒かと』

 

逃げ遅れた生徒だと!? だが、それなら今の放送は一体何なんだ!?

 

ハイパーセンサーで放送室のある場所を確認する。

 

アリーナを覆うシールドに面したガラス張りの場所、そこが放送室だ。

 

そのガラス越しに見えた姿に、思わず目を見開いてしまった。

 

「何故、あそこに篠ノ之がいるんだ……!?」

 

「篠ノ之さんが!? そんな、外に避難させた筈なのに!?」

 

セシリアの言葉に更に驚愕してしまう。

 

馬鹿な……一度避難していたのに、何故そこにいる!? 何故戻って来た!?

 

『一人ではありません、その直ぐ傍にも生徒がいる様です』

 

他にも!? 何を考えているんだ!?

 

 

『負けるな一夏! 何の為に特訓をして来たんだ! 勝つ為だろう!? そんな奴倒してしまえ!』

 

 

何を、言っているんだ……そんな言葉に何の意味がある……?

 

織斑はシールドエネルギーの問題で戦いに参加していないのは見ればわかる筈だろうが。

 

 

『頑張れ一夏! くっ……離せ!』

『何考えてるの!? 早く逃げないと!』

『ここは危険よ! 早く!』

『うるさい! 私はここで一夏を見届けないといけないんだ!』

『お願いだから聞いてよ!』

 

 

馬鹿が……今がどういう状況なのかわかっていないのか……!?

 

「悠斗さん!」

 

俺を支えるセシリアの声に我に返り、視線を奴へと向ける。

 

視線の先、無人機は既に俺達を見ていなかった。

 

その視線は俺達では無く、今正にこの放送を流している放送室へと向けられていた。

 

ゆっくりと、残っている右腕を放送室へと構え始める。

 

その腕の形状、それはあの高出力のレーザーを放っていたもの。

 

待て……それを、武装も何も無い生身の人間に向けるのか?

 

その威力は、アリーナのシールドを破る程の威力なんだぞ? それを生身の人間に撃てばどうなるか、考えなくともわかる筈だろ?

 

センサーが、奴の腕に高エネルギーが集まって行くのを感知している。

 

 

 

助けられるのか?

 

恐らく、今向かっても止められる保証は無い。

 

無理に止めに入れば、死ぬかもしれない。

 

それにあの場所にいるのは篠ノ之と名前も知らない生徒、俺に何の関係がある?

 

篠ノ之は、あいつは束を、俺の恩人であり家族である束を否定し、拒絶した。

 

束に、あんな表情をさせた。

 

そんな奴を助ける事に、何の意味がある?

 

あいつは束の……唯一の妹、血の繋がった肉親、代わりなんていない束の家族。

 

俺とは違う、血の繋がっていない俺とは違う、血の繋がった家族。

 

あいつがもし死ねば、束は……。

 

 

 

 

「っ……! うおおおおおおおっ!!」

 

激痛の走る身体を無理矢理動かし、最大出力で飛び出した。

 

背後からセシリアの悲鳴に近い声が響くが、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い、更にスピードを上げ機体の限界速度を迎える。

 

「やめろおおおおおおっ!!」

 

放たれる寸前に、奴の腕へとしがみ着いた。

 

その瞬間、あの高出力のレーザーが放たれ、射線に入ってしまっていた右腕を飲み込んだ。

 

レーザーにより装甲が砕け、先程の蹴りとは比べ物にならない程の激痛が、まるで直接脳内に叩き込まれたと思える程の激痛が襲い掛かった。

 

「ぐっ……!? がああああっ!?」

 

余りの激痛に意識が飛びそうになるが、歯を食い縛りまだ使える左腕で奴の腕を全力で押し返した。

 

「っ……あぁっ!!」

 

奴の顔面へと全力で蹴りを入れ、漸くレーザーが途切れる。

 

直ぐ様視線を放送室へと向ければ、レーザーは放送室から僅かに反れ、直ぐ隣の壁を粉砕していた。

 

間に、合った……。

 

「ぐっ……!?」

 

奴が近接ブレードで攻撃して来る。

 

それを寸での所で受け止めるが、右腕が使えない上に激痛により身体に上手く力が入らず、そのまま後ろに押される。

 

このままだと押し負ける……そう、このままだと。

 

まだだ、まだ終わっていない、俺は一人で戦っている訳じゃないんだよ……!

 

 

 

「っ……セシリア!!」

 

「はいっ!!」

 

ブレードを受け止めたまま、僅かに首を横へと倒す。

 

その瞬間、俺の頭の直ぐ横を寸分の狂いも無くレーザーが通り過ぎ、奴の顔面を貫いた。

 

顔面を貫かれた事で、奴の動きが一瞬止まる。

 

ここで、決める……!

 

「らああああああぁっ!!」

 

左腕の黒爪で、奴のコアを全力で貫いた。

 

 

一瞬の静寂。

 

 

次の瞬間、ショートによる火花を散らせながら奴はそのまま地面へと倒れ伏し、完全に動きを止めた。

 

終わった、のか……。

 

それを理解した瞬間、一気に押し寄せて来た疲労と再度襲い来る激痛に耐える事が出来ずにその場に膝を着いてしまった。

 

「悠斗さん!」

 

「……セシ、リア」

 

「しっかりして下さい! 直ぐに医務室へ……!」

 

「……大丈夫、だ」

 

「そんな筈が無いではないですか! 直ぐに止血を!」

 

止血、その言葉に激痛の走る右腕を見れば、砕けた装甲から覗く腕が流血で赤く染まっていた。

 

……通りで痛い訳だ、だが腕が無くなっているよりはマシか。

 

「今鈴さんと織斑さんが先生方を呼びに行ってます! 直ぐに来て下さる筈ですわ!」

 

そう言いながら、セシリアはハンカチを取り出すと俺の腕の血を拭いて行く。

 

しかしハンカチ一枚では直ぐに血を吸ってしまう為に直ぐに意味が無くなってしまう。

 

すると突然、セシリアは制服の上着を脱ぐとハンカチの代わりに腕へと押し当てて来た。

 

「セシリア、制服が汚れてしまう……」

 

「そんな事構いませんわ!」

 

腕を押さえながら、セシリアの目からは止めどなく涙が溢れてしまっている。

 

「悠斗さん……お願いですから無茶をしないで下さい……!」

 

「……すまない」

 

涙を流しながら伝えられるセシリアの切実な言葉に、俺はただ謝る事しか出来なかった。

 

だがあの時、動かないという選択肢は選べなかった。

 

自分の命などどうでも良かった、束が、家族が悲しむ姿を見たく無かったのだ。

 

 

その時、何やら騒がしい声と共に、アリーナの入口から複数のISが俺達の所へと向かって来た。

 

恐らく教師共が漸くハッキングを解除出来たのだろう……今頃来た所で遅いがな、本当に役立たずだ。

 

 

『ゆう君!! 聞こえる!?』

 

 

呆れて何も言えずにいると、通信越しに束の大声が響いて来た。

 

しまったな、束には逃げろとか言われていたが完全に無視していた。

 

もしかすると小言を言われるか説教紛いの事を言われるかもしれない。

 

「……無人機なら、もう倒したから大丈夫だが」

 

『やっぱり……! 無人機は今何処にあるの!?』

 

「何処って、直ぐそこに転がってるが……」

 

『今すぐ離れて!!』

 

待て、何を言っている……。

 

『その無人機、証拠を残さない様にする為に爆破機能が付いてる!! そこから急いで離れて!!』

 

「っ……!?」

 

爆破機能、その言葉を理解した瞬間に俺は動いた。

 

黒爪を収納し、まだ動く左腕でセシリアを思い切り突き飛ばした。

 

突然の事に悲鳴を上げるセシリアと、倒れ伏している無人機の間に入って腕を広げた。

 

その瞬間、無人機から目映い閃光が放たれると同時に、俺は爆発による爆風と瓦礫と共に吹き飛ばされた。

 

搭乗者の危険を報せる黒狼の警告音と、遠くから微かに聞こえる俺を呼ぶ声を最後に、俺は意識を手放した。



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第36話 それぞれの後悔

セシリア視点です。



「……悠斗、さん」

 

場所は学園の医務室。

 

目の前のベッドで目を閉じ横になっている最愛の人の名前を呼びながら、私は届くと信じて名前を呼びました。

 

顔や身体に残る無数の傷と右腕に厚く巻かれた包帯が、とても痛々しいものに見えます。

 

昨日の襲撃から一晩経ちましたが、悠斗さんは一向に目を覚ましませんでした。

 

 

 

アリーナを襲撃した無人機には、証拠隠滅の為の爆破機能が付いていました。

 

そして悠斗さんは私を庇う為に私を突き飛ばし、自分はその爆破に巻き込まれて意識不明のまま医務室へと運ばれました。

 

あの時、恐らく何かしらの方法で爆破機能の事を知ったのでしょう。

 

そして、私を守る為に……悠斗さんが……。

 

自分で自分を殴ってしまいたいぐらいの後悔が襲う。

 

あの時、直ぐにでも悠斗さんを医務室へと連れて行っていればこんな事にはならなかった。 ブルー・ティアーズのエネルギー残量は十分にあったのだから、解除せずに悠斗さんを運ぶべきだった。

 

何が代表候補生か、何がプライドか、私は……。

 

「入るぞ」

 

医務室の扉が開かれ、視線を向ければ織斑先生が入って来ました。

 

そのままベッドの直ぐ傍に座る私の元までやって来ると、そのまま悠斗さんの顔を見つめていました。

 

「……五十嵐は、まだ目が覚めないか」

 

「……はい」

 

「……そうか」

 

たったそれだけの会話でしたが、私には織斑先生が悔しさを抱いている様に思えました。

 

「……オルコット、すまなかった」

 

突然、織斑先生が私に対して深く頭を下げながら謝罪して来ました。

 

「お、織斑先生……そんな、頭を上げて下さいまし……」

 

「……五十嵐の言っていた通りだ。 教師として、私達が生徒を守るべき立場にあったのにも関わらず、何も出来なかった。 五十嵐とお前が無人機を倒し、他の生徒を避難させてくれたから甚大な被害は出なかった……私達が、何も出来なかったのにだ」

 

「織斑先生……」

 

「……恐らく私が何を言っても五十嵐は聞く耳を持たないだろうからお前に伝えておく。 今回の件、本当に良くやってくれた……ありがとう」

 

再度頭を下げながら、感謝の言葉を口にする織斑先生。

 

しかし、その言葉を私だけが受け取る訳にはいきません。

 

「いいえ、私は悠斗さんの仰った通りの事をしただけですわ。 悠斗さんは無人機との戦闘に入る前、真っ先に私に残りの防護壁にいる他の生徒の避難を指示しましたわ。 それに私と合流する前、アリーナの防護壁を破り既に生徒の避難を実行していました……恐らく、私だけでしたら残りの防護壁よりも無人機を倒す事しか考えられなかった筈です」

 

「五十嵐が、そんな事を……」

 

意外そうな表情を浮かべる織斑先生に、私は伝えました。

 

「確かに悠斗さんは余り他の方と関わる事は少ないですし、先生方に対する態度や言葉遣いは余り良いものでは無いのかもしれません。 しかし本当は誰よりも優しくて、他の方の事をちゃんと考えていられる方ですわ」

 

「……そうか」

 

目を閉じている悠斗さんの顔を見つめる織斑先生、その表情は何処か優しさに満ちている様に思えました。

 

「そんな男だから、お前は惚れたのか?」

 

「どう、でしょうか? 私は一目見た時から惹かれていましたし、接してから悠斗さんの事を知る内に更に好きになりましたから……悠斗さんも同じ気持ちだと仰って下さいましたわ」

 

「ふっ、お熱い事だな……」

 

笑みを溢した織斑先生ですが、直ぐにその表情は真剣なものに変わりました。

 

「……それで、何故五十嵐はあの機体が無人機だと知っていたんだ?」

 

「……私も聞いただけですが、あの機体は束さんが開発したデータを、何者かに盗まれて作られた機体の様です」

 

「束の……ん? 待て、お前今束の事を名前で……」

 

「えぇ、一度直接お会いしましたわ。 悠斗さんとの事をお話して、そこで束さんに認めて頂いて名前でお呼びする事を許して下さいました」

 

「ちょ、直接!? 待て! お前も……そういえば五十嵐もだ! いつの間に束と会う事が出来たんだ!?」

 

「えっ? 悠斗さんの部屋に訪ねて来た際に私はお話しましたが……あ、そういえば窓から帰って行きましたから、来た時も窓から入って来た筈ですわ」

 

そう答えると、織斑先生は唖然とした表情を浮かべ、次いで目元を押さえながら怒りからか肩を震わせていました。

 

そういえば普通に見送ってしまいましたけど、あれはれっきとした不法侵入でしたわね。

 

まぁ、束さんなら仕方ないのかもしれませんが。

 

「あの馬鹿は……一体何を考えているんだ……!」

 

「あの、束さんは悠斗さんの事を心配して訪ねて来たのですから、そんなに怒らないであげて下さい」

 

「あのなオルコット、どんな理由や事情があろうとも学園に不法侵入する事が許されると思うか? 正式な手続きを済ませてから入るなら多少は目を瞑る事は出来なくは無いが」

 

「しかし、束さんにとって悠斗さんは実の子供同然だと、家族だと仰っていました。 私ごときが言っても意味が無いのはわかっていますが、どうか許してあげて下さいませんか?」

 

「し、しかしな……」

 

 

 

 

「流石せっちゃん!! 優しい!!」

 

 

 

 

「「えっ?」」

 

突如開かれた医務室の窓、そんな言葉と共に入って来たのは今正に会話に出ていた束さんでした。

 

やはり、窓から入って来ますのね……。

 

「た、束さん? えっと、お久しぶりですわ……」

 

「うん! 久しぶりせっちゃん! ちーちゃんも久しぶり!」

 

「この……馬鹿!」

 

突然、織斑先生が束さんに詰め寄り掴み掛かろうとしましたが、束さんはそれを難なくするりと回避しながら私の傍へとやって来て、座っていた私をその胸元に優しく抱き締めて来ました。

 

そこでふと思い出すのは悠斗さんの部屋での出来事。

 

悠斗さんが束さんの顔を鷲掴みにしていましたが、束さんは避けなかった為、てっきり反応出来なかったのだと思っていました。

 

しかし、織斑先生の今の動きは悠斗さんと同じぐらいの速さ、それを束さんは難なく避けた。

 

避けられる筈なのに悠斗さんのは避けない……つまり、あれは束さんなりの悠斗さんとのスキンシップなのでしょうか?

 

「せっちゃん、今回の件はアリーナの監視カメラをハッキングして全部見てたよ、ゆう君を助けてくれてありがとう」

 

「……いえ、助けられたのは、私の方ですわ。 私を庇ったから、悠斗さんが……」

 

「ううん、ゆう君はせっちゃんを守る為に庇ったんだよ? きっと後悔はしていないし、せっちゃんが無事で安心してる筈だよ? 勿論、私もせっちゃんが無事で安心したんだから」

 

「束さん……」

 

束さんの優しく語り掛けて来るその言葉に、私は思わず声が上擦ってしまいました。

 

きっと責められると思っていましたのに、逆にお礼を言って下さる束さんに、私の身を案じて下さった事に。

 

「束、さん……私……!」

 

「よしよし、大丈夫だよ……だから泣かないで……」

 

抱き締めながら優しく背中を擦って下さる束さん……悠斗さんと同じ、とても優しくて、とても温かい方です。

 

その優しさに甘えて、私は束さんの胸に包まれながら涙を流しました。

 

「馬鹿な……本当に、お前は束なのか……?」

 

「そうだよ? ちーちゃんの幼馴染みで天才の束さんで間違い無いよ?」

 

「そ、そうか」

 

「それよりちーちゃん、ごめんね……」

 

突然の謝罪の言葉、顔を上げれば束さんは後悔に満ちた表情を浮かべていました。

 

「私の開発した無人機のデータが盗まれたせいでちーちゃんに迷惑を掛けちゃった。 それにゆう君にこんな大怪我までさせて……本当に、ごめんね」

 

「そんな、束さんが謝る事は……」

 

「そんな事無いよ、私がもっと気を付けていれば盗まれる事なんて無かった。 慢心して、油断してたから盗まれて、一番大切な人を傷付ける事になったんだよ」

 

後悔で歪んだ表情、その表情を見て私は掛ける言葉を失くしてしまいました。

 

ですが、束さんは本当に何も悪く無い、悪いのはデータを盗み学園を襲撃した何者かですわ。

 

だから、束さんが悪い事なんて何も……。

 

 

 

 

「……それは、違うだろ」

 

医務室に響いたのは、待ち望んでいた最愛の人の声でした。



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第37話 叱責

今回もセシリア視点


「悠斗さん……!」

「ゆう君!!」

 

声の主、悠斗さんが目を覚まし、束さんを真剣な表情で見ていました。

 

「……確かにお前は天才だ、この世界中の誰よりも、だがだからと言って何も失敗しないとでも思っているのか?」

 

「で、でもゆう君……」

 

「お前は俺にあの無人機の事を真っ先に教えてくれた。 それを聞いた上で無人機と戦う事を選び、自分の意思で無人機の攻撃を止めに行き、そしてセシリアを庇った。 この怪我は誰のせいでも無い、俺の責任だ」

 

その言葉に、束さんは目を見開きました。

 

「元はお前が開発したものだが、学園を襲撃させたのは他の奴だ。 それなのにお前を非難すると思うか? 俺はお前に感謝こそすれど恨んだり責めるつもりは微塵も無い、覚えておけ」

 

「っ……! ゆ、ゆう君……!」

 

束さんが、横になっている悠斗さんへと飛び付きました。

 

「ごめんね……ありがとう、ありがとう……!」

 

「……わかったから泣くな」

 

そのまま胸元へと顔を押し付け、泣きながら何度も感謝の言葉を口にしています。

 

そして悠斗さんは、呆れつつも束さんの頭を優しく撫でていました。

 

まるで、本当の家族の様に。

 

「……セシリア、心配を掛けてしまったな」

 

「……本当ですわ、心配、したんですから」

 

「……すまなかった」

 

「謝らないで下さい……私が聞きたいのは、そんな言葉ではありません……」

 

「……束、少し離れてくれ」

 

「うん、わかったよ……ほら、せっちゃん」

 

束さんは悠斗さんから離れると、そのまま私の傍へと来て背中を押して下さいました。

 

ゆっくりと、悠斗さんの傍へ。

 

「セシリア……」

 

腕を伸ばし、私に差し出して下さる悠斗さん。

 

もう、我慢出来ませんわ……。

 

「悠斗さん……!」

 

悠斗さんへと勢い良く抱き付き、そのまま強く抱き締めました。

 

そんな私の背中を、左手で優しく擦って下さりながら。

 

「心配、したんですから……!」

 

「……あぁ」

 

「本当に、心配して……!」

 

「……心配を掛けてすまない」

 

感じる温もり、鼻腔を擽る悠斗さんの香り、耳元で囁いて下さる声。

 

恐かった、もう二度と、悠斗さんとこうして抱き締め合う事が出来ないのではと。

 

 

「五十嵐……」

 

「……何だ?」

 

「……すまなかった、本当なら教師である我々が対応すべき事だったのに、何も出来なかった。 お前が動かなければ怪我人……下手をすれば死人も出ていたかもしれない。 本当に、感謝している、ありがとう」

 

「……はぁ」

 

織斑先生の言葉に対する悠斗さんの答えは溜め息、しかしそれは呆れや不満では無い様に感じました。

 

「別に謝られる事も、礼を言われる様な事も、俺はしていない。 俺は俺に出来る事をやった、ただそれだけだ」

 

「そんな事は無い! お前がいなければ……!」

 

「……くどい、それに今回の様な事は前例が無い事なんだろ? 恐らくは織斑と俺、二人の男のIS操縦者が出て来た事に対する不満を持つ奴が動いたんじゃ無いのか?」

 

「……その筈だ、それにお前の言う通り学園が襲撃されるなんて前代未聞、ハッキングされたのもだ」

 

「なら対応が遅れるのは仕方無い事だ。 あの時は事態が事態だったからあの様に言ったが、今回は怪我人も出なかったんだ、ならそれで良いだろうが」

 

「っ……怪我人は出た! お前がそうだろう!?」

 

「……他の奴は無事だっただろ、俺は別に構わない」

 

その言葉を聞いて、私の中で沸々と怒りが沸いて来ました。

 

「それに放送室にいた奴らにも怪我は無かった、俺一人どうなろうが何の問題も無い」

 

「五十嵐……!」

 

織斑先生が声を荒げますがそれは私の心も同じ……今にも、この感情が爆発してしまいそうな程に。

 

「……どうせ昔死んでいてもおかしく無かった命だ、他の奴が助かったのなら、俺一人の命ぐらい安いものだろ」

 

"俺一人の命ぐらい安いもの"

 

その瞬間、沸き上がっていた感情が、振り切れた。

 

 

 

 

「ふざけないで下さい!!」

 

 

 

医務室に響き渡った私の声、突然の事に三人は驚きで目を見開いていますがそんな事構っていられません。

 

呆気に取られている悠斗さんを、鋭く睨み付けながら言葉を続けました。

 

「構わない? そんな筈ありませんわ! 今回は運が良かっただけで、一歩間違えれば命を落としていたかもしれなかったんですのよ!? そうなったら束さんが、クロエさんが悲しむのは悠斗さんもわかっている筈でしょう!?」

 

「セ、セシリア……?」

 

「人の命に安いも何もありません! 例え他の方が無事だったとしても、悠斗さんが命を落としてしまったら何の意味も無いですわ!」

 

感情的に怒鳴り続ける事で、我慢出来ずに涙が止まらない。

 

しかし涙を拭う事無く、悠斗さんから決して視線を逸らしませんでした。

 

「……私だって、悠斗さんが目の前で爆発に巻き込まれてしまった時、本当に胸が張り裂けてしまうかと思いました。 怪我をして、意識の無い悠斗さんをずっと見続けながら、このまま二度と目を覚まさないのではと、二度と悠斗さんと触れ合う事も、抱き締め合う事も出来なくなるのではと。 きっと目を覚まして下さると、大丈夫だと思っていても、心の奥でそんな不安に駆られてしまって」

 

我慢出来ずに、そのまま悠斗さんの胸元の服を強く掴みながら、顔を押し付けました。

 

「お願いです、そんな事、二度と言わないで下さい……私には、束さんとクロエさんには、悠斗さんが心から大切な方なんですのよ? 私を置いて、いなくなる様な事をしようとしないで下さい……!」

 

「……すま、ない」

 

悠斗さんの掠れた、とても小さくか細い声。

 

「せっちゃんの言う通りだよ? ゆう君は私とクーちゃんにとって掛け替えの無い大切な家族、本当は今すぐにでも盗んだ奴らを見つけ出してこの手で殺してやりたい。 だけど、何よりもゆう君が心配で無理矢理ここに来たんだから……ゆう君、お願いだから自分の身を蔑ろにしないで、もっと大切にして……」

 

「束……」

 

束さんの仰る通りですわ。

 

悠斗さんは自分の身を蔑ろにし、他の方を優先し過ぎです。

 

「……二人共、すまなかった」

 

「謝るよりも、約束して下さい。 悠斗さんは優しい方ですから、今回の様な事があればきっと助けると思います……しかし、例え助けるとしても、二度と御自分の事を蔑ろにしないで下さい」

 

「……あぁ、約束する。 束とクロを……そしてセシリアを、もう悲しませたく無い」

 

そう言って、優しく抱き締めて下さる悠斗さん……本当に恐かった、もうこうして抱き締め合う事も、お話する事も叶わなくなるのではと。

 

悠斗さんをもっと感じたくて、悠斗さんの首に腕を回して、より一層強く悠斗さんに抱き付きました。

 

「お、おい……あくまでお前達はまだ学生なんだからそういうのは……」

 

「まぁまぁちーちゃん、今時の子達はこれくらいが普通だよ? それに今の二人に口出しするなんて野暮ってものじゃん?」

 

「し、しかし私は教師として……」

 

「なら、私はちーちゃんの幼馴染みとして、今だけは教師とか学生とか関係無く、二人の事を何も言わずに見守ってあげてよ」

 

「む、ぅ……」

 

後ろで束さんが私達のフォローをして下さっている事を嬉しく思いつつ、私は暫くの間悠斗さんと抱き締め合っていました。

 

もう、あんな悲しい思いは、したく無いですもの……。

 

 

 

 

 

「失礼します……って、悠斗!? 目が覚めたの!?」

 

「本当か!? 悠斗! 大丈夫か!?」

 

突然医務室に響いた声、それはお見舞いに来た鈴さんと織斑さんのもの。

 

お二人もあの事件の当事者であり、私と同じで悠斗さんの事を心配していましたから仕方無いと思いますけど……正直、今はまだ来て欲しく無かったですわ。

 

「……うるさい、余り医務室で騒ぐな」

 

「だ、だってあんた、あの爆発に巻き込まれたのよ!? 心配して当然でしょ!?」

 

「それでもここは医務室だ、それに俺は今忙しい」

 

「いや忙しいって単にセシリアとイチャイチャしたいだけよね!? 私達だって心配したんだけど!?」

 

「……心配させたのは申し訳ないが、セシリアとお前を比べられると思うか?」

「悠斗さん……」

 

「だーっ!? だからイチャイチャすんなー!?」

 

頭を抱えながら騒ぐ鈴さん。

 

ふふっ……悠斗さんたら、本当は心配して下さっていた事が嬉しいのに、恥ずかしさを隠す為に鈴さんをからかっていますわね。

 

そういう可愛らしい所も、悠斗さんの魅力の一つですわ。

 

「ま、まぁまぁ鈴、落ち着け……って、束さん!?」

 

「やっほ~いっくん、久しぶりだね」

 

織斑さんが今やっと束さんの存在に気付いた様で、驚きの声を上げました。

 

「束さんって……えぇっ!? もしかして、篠ノ之博士!?」

 

「ん? そっちのは?」

 

「……そのちっこいのは中国の代表候補生、鳳鈴音だ」

 

「誰がちっこいのよ!? あんたいい加減ぶっ飛ばすわよ!?」

 

「ふーん……ねぇゆう君、これもゆう君の大事なもの?」

 

「も、ものって……」

 

戸惑いと驚きを隠せない鈴さんですが、これが普段の束さんの対応ですものね。

 

しかし……。

 

「束、鈴は……その、俺とセシリアの大事な友人だ。 それに織斑の親友で幼馴染み、だからものだとかそういう事は言わないでくれ」

 

「束さん、私からもお願い致しますわ、鈴さんはこの学園で出会った大事なご友人ですの」

 

「悠斗……セシリア……!」

 

「……そっか、二人がそう言うって事は大切な"人"なんだ?」

 

束さんの雰囲気が変わり、ゆっくりと鈴さんへと歩み寄りました。

 

鈴さんは緊張した面持ちで直立不動となりますが、束さんは真っ直ぐに鈴さんを見つめます。

 

「もう一度、今度はきちんと君から名前を教えてくれるかな?」

 

「は、はい! えっと、鳳鈴音です!」

 

「中国って事は鈴音が名前だよね? ん~鈴音……鈴……うん! ならりんちゃんだね!」

 

「うぇっ!? そんな、私なんかに!?」

 

「ごめんね、私って今までの事があるから余り他の有象無象には興味が無いからさっきみたいな事を言っちゃったけど、ゆう君とせっちゃんの友達なら話は別、君は名前を覚える価値があるよ」

 

「あ、えっと……ありがとう、ございます……」

 

良かったですわ、鈴さんは私と悠斗さんにとって親友と呼べる方、そんな鈴さんをものだなんて言われて欲しく無かった。

 

ですが束さんはきちんと鈴さんの事を認めて下さいましたから、安心しました。

 

「……何か束さん、変わったな」

 

「お前もそう思うか? 良かった……私がおかしい訳では無いんだな……」

 

何やら織斑先生と織斑さんが姉弟同士で話していますが、はっきりとは聞き取れませんでした。

 

 

 

「さて、ゆう君の無事もわかった事だし、私はやる事があるからもう行くね?」

 

「えっ? もう行くんですか?」

 

思わずと言った様に言葉を漏らす織斑さん、鈴さんも驚いていました。

 

しかし、私も悠斗さんも、そして織斑先生も束さんの仰った"やる事"が何なのか直ぐに理解しました。

 

「うん、私のデータを盗んだだけじゃ無く、私の大事なゆう君に怪我をさせた身の程知らずのゴミには、相応の罰を与えないとね」

 

そう言って笑みを浮かべる束さんに、私は恐怖から思わず固まってしまいました。

 

その瞳の奥に宿る、隠し切る事の出来ない憤怒の感情に。

 

「束、さん……」

 

「せっちゃん、私はもう行くけどゆう君を宜しくね? さっきみたいにちゃんとゆう君を心配して怒ってくれるのはせっちゃんだけなんだから」

 

「……勿論ですわ、だって私は悠斗さんの恋人ですもの」

 

「ふふっ、宜しくねせっちゃん……ゆう君、また暫くの間は会えないけど、またね」

 

「あぁ、クロにも心配を掛けてすまなかったと伝えてくれ」

 

「私から伝えるよりも先に、直ぐに連絡が来ると思うから直接言ってあげて、その方がクーちゃんもゆう君の声を聞けるから」

 

「……そうだな、わかった」

 

「じゃあまたねゆう君……ちーちゃん、いっくん、りんちゃんもばいばーい!」

 

手を振りながら、束さんは来た時と同様に窓から身を乗り出すとそのまま夜の闇に消えて行きました。

 

もう……窓からでは無く、普通に帰れないのでしょうか?

 

「……相変わらずだな」

 

「ふふっ、そうですわね」

 

思わず呟いた悠斗さんですが、その表情には優しい笑みを浮かべていました。

 

悠斗さんも、束さんが来て下さって嬉しいのでしょうね。

 

「はぁ、全く……ほらお前達、寮の時間が迫っているんだからさっさと部屋に戻れ」

 

手を叩きながら告げられた言葉、時計を見れば確かに寮の門限が迫っていました。

 

「あんまり話せなかったけど……悠斗、本当に無事で良かったよ、また明日お見舞いに来ても良いか?」

 

「……確認なんていらない、来たければ来れば良い」

 

「そっか、ありがとな」

 

「……あの時、キツく言いすぎた、悪かったな……お前も無事で良かった」

 

「「えっ?」」

 

悠斗さんの言葉に、織斑さんと鈴さんの口から驚きの声が漏れました。

 

確かに私も驚いてしまいました、悠斗さんが織斑さんに対してその様な事を言った事に。

 

「ゆ、悠斗が俺に謝った……!?」

「あ、明日は雪が降るんじゃ……!?」

 

それは、流石に失礼では……?

 

「……さっさと帰れ、明日ももう来るな」

 

「わあっ!? ごめん悠斗! つい!」

 

慌てて謝る織斑さん、しかし悠斗さんの言葉は単に照れ隠しですわね、だって織斑さん達に見えない様に顔を背けていますが私には真っ赤になっている顔が見えていますもの。

 

「大丈夫ですわ織斑さん、悠斗さんも本心からそう仰っている訳ではありませんから。 お二人が来て下さった事も喜んでいますし」

 

「お、おいセシリア……」

 

「へぇ~? 何よ何よ、案外可愛い所あるじゃない」

 

「……黙ってろチビ」

 

「何をー!?」

 

詰め寄る鈴さんですが、怪我の事を考えて傍まで行って大声で騒ぐだけに留まっていました。

 

「お二人共、悠斗さんはまだ目が覚めたばかりですからお話の続きはまた明日にして下さいまし」

 

「あ、あぁ……オルコットさんがそう言うのなら……」

 

「仕方無いわね……って、ちょっと待ちなさい、セシリアも戻るんだからね?」

 

「えっ?」

 

「『えっ?』じゃないわよ!? セシリアも戻るの! 医務室で悠斗と二人きりにさせたら何をするかわからないんだから!」

 

「むっ、失礼ですわね、きちんと看病致しますわよ?」

 

「いやいや、絶対に看病だけじゃ終わらせないでしょ!? 確実に夜の看病【意味深】でしょ!? そもそも学園側の許可無しに許される筈無いからね!?」

 

「しかし、悠斗さんを一人にするなんて……」

 

「オルコット、鳳の言う通りだ、いくら看病だとしても男女を一晩同じ部屋に置いておく事は出来ない」

 

「あら? 確か織斑さんは他の女子生徒と同室と聞いておりますがそれは宜しいのに?」

 

「はぁっ!? 何それ聞いて無いわよ!?」

「うわっ!? 痛ぇって鈴!?」

 

鈴さんが織斑さんに掴み掛かりながら問い詰めていますが、構っていられませんわ。

 

「はぁ……オルコット、お前が五十嵐の事を心配していた事も、親切心からそう言っている事もわかってはいるが、今回はわかってくれ」

 

「し、しかし!」

 

「セシリア」

 

悠斗さんに呼ばれ、振り向けば悠斗さんが私を見つめていました。

 

「俺は大丈夫だから、セシリアも今日は休んでくれ。 顔も疲れている様だし、恐らくまともに眠っていないだろう?」

 

その指摘に、私は何も言えませんでした。

 

悠斗さんの仰る通り、昨日悠斗さんが医務室に運ばれてから一睡も出来ずにずっと医務室で見守っていましたから。

 

「また明日会えるだろ? それに怪我もこうしてきちんと治療されているから直ぐに俺も寮に戻れる。 セシリアがそんな疲れた表情をしていたら俺も気が気で無い」

 

「むぅ……わかり、ましたわ……」

 

「……セシリア」

 

渋々とですが納得すると、悠斗さんがそっと私の手を取りゆっくりと引き寄せて来ました。

 

悠斗さんの考えている事を直ぐに理解し、私もそのまま身を寄せて悠斗さんの肩に手を置きながら互いに顔を近付け……そのまま、触れるだけのキスをしました。

 

 

「んなっ!?」

「うわ!?」

「ちょっ!?」

 

 

後ろから三人の驚いた声が聞こえましたが、構わずにゆっくりと唇を離しました。

 

「……おやすみ、セシリア」

 

「……えぇ、おやすみなさい、悠斗さん」

 

そのまま手を離し、未だに呆然と固まる三人の前を通って私は医務室を後にしました。



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第38話 決意

「……お前達は戻らないのか?」

 

セシリアが退室した後、未だに呆然と固まり動く様子の無い三人にそう告げる。

 

「……やっぱりセシリアを残したら不味かったのよ、絶対に看病だけじゃ終わらなかったわよ」

 

「そんなつもりは無かったが?」

 

「いや説得力の欠片も無いから……はぁ、もう疲れたから良いわ、私も戻る」

 

「あぁ、お前も……その、心配を掛けて、悪かったな」

 

「別に良いじゃない、だって友達でしょ?」

 

そう言って傍まで来ると拳を向けて来る鈴……友達だから、か。

 

差し出された拳に、左の拳をぶつけると鈴は途端に満面の笑みを浮かべてから背中を向けた。

 

「じゃあまたね、明日もお見舞いに来てあげるから」

 

「……あぁ、ありがとう」

 

「ま、来ないとまたセシリアと何をするかわからないからね、監視よ監視……じゃあね」

 

後ろ手に手を振りながら、鈴はそのまま医務室を後にした。

 

「えっと、じゃあ俺も戻るよ、また明日な!」

 

「……あぁ」

 

織斑も一言告げると鈴の後を追って医務室から出て行った。

 

これで、医務室に残ったのは織斑千冬だけになった。

 

「……お前は出て行かないのか?」

 

「こら、教師に向かってお前とは何だ……まぁ、お前には何を言っても無駄か」

 

そう言って、先程までセシリアが座っていたベッドの傍に置かれた椅子へと腰を降ろした。

 

……まだ、何かあるのか?

 

「……今回の無人機、学園側で仮だが"ゴーレム"と呼び名を付けた。 データ等はあの爆破機能のせいで残ってはいないが、恐らくは他にも量産されている可能性がある」

 

「そうだろうな、あの無人機は作られたものが盗まれた訳では無くデータそのものが盗まれている。 いくらでも作る事は可能だが……果たして奴らが本気の束から逃げられるかだけどな」

 

「それは……まぁ、確かにな、初めて束の本気の怒りを見たが」

 

「束は恐らくあらゆる手段を使い盗んだ奴らを探し出して始末するんだろうからな、束の目を掻い潜ってデータを盗んだならそれなりに腕の立つ奴がいるんだろうが、頭脳戦や情報戦で束に敵う奴はいない」

 

何度かISコアの製造データを盗もうとした奴らがいたが、その度に返り討ちに会い逆に相手のあらゆるデータをバックアップごと抹消されていた。

 

そんな束の事だ、恐らくは何の問題も無く盗んだ奴を見つけ出すだろう。

 

「それもそうだな……それと、今回お前が怪我をした原因でもある篠ノ之の事だ」

 

その名前を聞いて、思わず頭が痛くなってしまう。

 

「……あの大馬鹿はどうなった?」

 

「今回篠ノ之がやった事は避難しなかった事で自分だけで無く、放送室に篠ノ之を呼び戻そうとした他二名の生徒の身も危険に晒した。 下手をすれば命を落としてもおかしく無い状況にも関わらず、反省の色が見られない為に二週間の独房への謹慎処分という形を取る事になった」

 

「学園なのに、独房なんてものがあるのか」

 

「元々必要無い部屋だったが今回の様な余りにも酷い問題行動を取った者には丁度良い薬になる……と良いんだがな。 篠ノ之を助ける為に怪我をしたお前には申し訳無いが、既に処分を下しているから余計な事をするなよ?」

 

「……あいつに関しては何もするつもりは無い、そもそも助けたのは束の事を考えてのものだ。 あいつ自身には何の感情も興味も、正直束の事が無ければ安否すらもどうでも良い」

 

「そうか……それと、その……」

 

そこで何やら急に歯切れの悪い口振りになる。

 

何だ? 話があるなら早くして欲しい、セシリアも束も、鈴と織斑も帰ったからこれ以上起きているつもりは無い、さっさと寝たいんだが。

 

「その……オルコットとは、いつもしているのか……?」

 

「しているって、何の事だ?」

 

「何って、それは、その……キ、キス、を……」

 

「……付き合っているから当然だろ」

 

「そ、そうか……当然なのか……」

 

何が言いたいんだ? 何やら自棄に顔も赤い様に見えるが……。

 

「……話が長くなった、すまない。 それから無人機の件は他の生徒達には内密にしてくれ、無人機の前例は無い為にあくまでも今回の件は所属不明のISという事になっている」

 

「わかった」

 

「では失礼する、怪我に関しては通常の治療の他に医療用ナノマシンの投与もしているから回復は早い筈だ、状態を見るに二日程で自室には戻れるだろう」

 

そう言って、織斑千冬は医務室から出て行った。

 

漸く一人になり、大きく息を吐きながらそっと首筋へと触れる。

 

そこには、変わらずに待機状態の黒狼が。

 

 

……すまなかった、お前には無理をさせてしまった。

 

『いいえ、主様がご無事で何よりでございます』

 

右腕の装甲が砕けたり、あの爆発に巻き込まれたが大丈夫なのか?

 

『はい、私は他のISと違いある程度の破損は自己修復機能により修復が可能ですので、それに何より主様をお守りするのが私の存在意義です』

 

……俺だけが助かっても、何の意味も無いだろうが。

 

『私はIS、所詮は機械ですから例え修復が追い付かない程に破損しても修理が出来ますし、コアを交換すれば機体はその後も使用可能にございます。 しかし主様は人間、命を落としてしまえば取り返しがつかないのですよ?』

 

黒狼のその言葉に、沸々と怒りが込み上げて来た。

 

所詮は機械? 修理すれば良い? コアを交換すれば使える?

 

違うだろうが、お前は俺にとって専用機、例えコアを交換して使えるとしてもお前の代わりなんて……。

 

そこで、先程のセシリアの言葉が頭を過った。

 

……そうか、だからセシリアは怒ったんだよな。

 

『主様? 如何なさいました?』

 

……黒狼、俺も同じ様な考えを持っていた。

 

だがセシリアに言われて気付けた、だからお前にも言わせて貰う。

 

俺にとっての専用機は今のお前だ、例え修理したとしてもお前の意思が無ければそれは全くの別物、代わりなんて無いんだよ。

 

だから、自分の事をもっと大切にしてくれ。

 

『主、様……』

 

約束しろ、今後俺も考える。

 

その場で自分とお前、どちらも無事である事を優先すると。

 

もし俺が間違ってしまった場合、お前が俺に言ってくれ。

 

『……畏まりました、主様の仰せのままに』

 

頼んだぞ……あぁ、だが一つだけあらゆる状況でも、どんな状況でも優先する事がある。

 

『はい? 何でしょうか?』

 

……セシリアが危険に晒された場合は、どんな状況だろうがセシリアを守る事に全力を尽くす。

 

それが例え、俺の命が対価になろうともだ。

 

『……畏まりました、主様がそうお望みならば』

 

……勝手な事を言ってすまないな、だがセシリアは俺にとって、命に代えても守りたい存在なんだ。

 

束もクロも勿論大事だ、俺に家族の温かさを教えてくれて、人の優しさを教えてくれた。

 

そしてセシリアは……初めて、心から好きだと、愛おしいと思える存在なんだ。

 

『……畏まりました、主様の仰る通り、如何なる時も奥様を守る事を優先致します』

 

すまない、頼んだ。

 

『……しかし一つだけ、奥様を優先的にお守り致しますが、あくまで最悪の状況に陥った時に限った話でございます。 私は主様の専用機として、そして主様との約束を果たす為に、全員が無事である様に尽力致します』

 

黒狼……?

 

『私如きが主様に意見する事をお許し下さい。 しかし私は、主様をお守りするのが果たすべき使命にございます。 そしてその主様との約束で奥様をお守りするのであれば、私は主様と奥様の両方を守るべきだと考えました』

 

……そうか、そうだな、それで良い。

 

俺もセシリアとお前、そして自分を、全員が無事でいられる様に尽力しよう。

 

『ふふっ、それでこそ主様でございます』

 

話は終わりだ、俺はもう寝る。

 

お前も……まぁ、ISに必要なのかはわからないが、休んでくれ。

 

『……そうですね、では私のやり方で休ませて頂きます。 主様の御配慮に感謝致します。』

 

何か含みのある言い方に思えたが、まだ身体が本調子では無い為に押し寄せて来る睡魔に抗う事が出来ずにそのまま目を閉じ、そのまま眠りに就くのだった。



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第39話 前進

微睡みの中、何故か段々と目の前の景色が鮮明に見え初めて来た。

 

何も見えない暗闇……いや、闇では無いな、周囲が一面黒いだけで自分の身体はちゃんと見えている。

 

此処は、何処だ……?

 

考えた末に、医務室で眠りに就いた事を思い出した。

 

あぁそうか、これは夢の中という事だな。

 

 

 

「左様にございます」

 

「…………はっ?」

 

その言葉に、思わず声を漏らしてしまった。

 

そこで初めて気が付いた。

 

横になっていた俺の目の前に、見知らぬ女がいる事に。

 

訳がわからず混乱するが、その声に聞き覚えがある。

 

「お前、まさか……黒狼……なのか?」

 

「はい、この姿ではお初にお目に掛かりますが、主様の専用機の黒狼にございます」

 

そう言って普通に見れば見惚れる程の笑みを浮かべる女……いや、黒狼。

 

漆黒の和服を身に纏い、同じく漆黒の流れる様な長髪、その瞳は満月の如く金色に煌々と輝いていた。

 

そしてその顔立ちは、まるで彫刻の様に整い過ぎていて幻想的にも思える。

 

「これは、どういう事なんだ……?」

 

「ここは潜在意識の中、所謂主様の精神世界という場所にございます。 そこに私が入り込み、こうしてお会い出来たのです」

 

精神世界……成る程な、だからISである筈の黒狼がこうして人間の様な姿をしているのか。

 

「……その姿は、どうした?」

 

「元々ISは女性にしか使用出来ない物、必然的にそれぞれに宿る意思もそれに近い物になります。 この姿は私が創造したものですが、お気に召しませんでしたか?」

 

「いや、別に構わないが……それより、これはどういう状況なんだ?」

 

「はい、主様のお言葉通り、私なりに考えまして私のやり方で休ませて頂いております」

 

……駄目だ、全くもってわからん。

 

「お前が休むのに、何故俺に"膝枕"をする必要がある?」

 

そう、黒狼は正座をしながら、自らの膝の上へと俺の頭を乗せていた。

 

先程から後頭部が自棄に柔らかいと思っていたが、そういうことだったのか。

 

「主様もお気付きかと思いますが、そもそもISに休むという概念はありません。 その為休む時間を主様に尽くす時間に変えようと考えました」

 

何故、そうなる?

 

そもそも、例え夢の中……所謂精神世界の中だとしても、セシリア以外にこういった事をして貰うのは許される事では無い筈だ。

 

「主様の考えている事はごもっともでございます。 私もISの分際で奥様に無断でこの様な事をするのは言語道断とわかっております。 ですから近い内に、奥様へときちんと御挨拶をしたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

「挨拶って……つまり、セシリアをこの俺の精神世界とやらに連れて来るという事か?」

 

「はい、主様は近い内にまた奥様と御一緒にお休みになられますよね? その時に奥様の意識を此方へと呼び寄せてきちんと御挨拶したいのです」

 

いや、勝手に決め付けないで欲しい……まぁ、確かに部屋に戻ったらそのつもりではあったが。

 

しかし、セシリアの意識を呼び寄せると言ったが、上手く行くのか?

 

「それに、私は普段主様の脳内に直接語り掛けているだけで、こうして直接主様に御奉仕する機会はありませんので」

 

「……わかった、好きにしてくれ」

 

「ふふっ、そうさせて頂きます」

 

そう言うと、黒狼は俺の頭を優しく撫で始めた。

 

精神世界だと言っていたが、まるで直接触れられている様に錯覚してしまう程の感触だ。

 

そのままされるがままでいると、やがて視界が段々と暗くなって行く。

 

「主様、変わらずISとしてこれからもお側に仕えさせて頂きますが、こうしてまた会う日まで暫しの別れにございます。 私の我が儘を聞いて頂き、誠にありがとうございます」

 

「……別に我が儘でも、何でも無い……お前は俺の専用機なら、遠慮する必要は……無い」

 

「……ありがとうございます、主様」

 

頭に伝わる温もりと黒狼の声を最後に、俺の視界は完全に暗くなり何も見えなくなって行った。

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

目を覚ますと、目の前には眠る前と同じ医務室の天井が広がっていた。

 

『おはようございます、主様』

 

脳内に聞こえる黒狼の声。

 

あれは、夢という訳では、無いんだよな?

 

『左様にございます、ちゃんと私は主様とお会いしました』

 

……そうか。

 

 

そのまま、ゆっくりと身体を起こす。

 

昨日はそのまま眠りに就いた為に何も確認出来なかったが、身体を細部まで確認する。

 

無人機に蹴られた腹部に微かに鈍い痛みはある、しかし厚く包帯の巻かれた右腕はそこまで痛みは感じない、出血があった為に重症かと思っていたが恐らくはそこまで酷くは無いのだろう。

 

いや、そういえば医療用ナノマシンがどうこう言ってたな、それの影響か。

 

元より怪我の無かった左腕と両足は特に問題は無い、織斑千冬が言っていた通り、これなら二日もあれば部屋へと戻れるな。

 

「失礼します……って、悠斗さん!?」

 

医務室の扉が開かれ、セシリアが入って来ると同時に俺を見て慌てて駆け寄って来る。

 

「おはようセシリア」

 

「あ、おはようございます悠斗さん……い、いえ! そうでは無く起きても大丈夫なんですの!?」

 

「あぁ、今一通り確認してみたが見た目程重症という訳では無さそうだ」

 

「よ、良かった……」

 

心底安心した様に胸を撫で下ろすセシリア、それ程までに俺の事を心配してくれていたのか。

 

セシリアの頬へとそっと手を伸ばして優しく触れる。

 

するとセシリアも俺の手に自らの手を重ねて来た。

 

「……ゆっくり休めた様だな」

 

「えぇ、あの後悠斗さんに仰られた通り、直ぐに休みましたから」

 

「そうか、いつもと同じ、綺麗な姿だ……」

 

「あら? 昨日の私はそうでは無かったのですか?」

 

悪戯っぽく微笑むセシリアに、思わず俺も笑みを溢してしまう。

 

「そんな事は無い、セシリアはいつも綺麗だ」

 

「ん……悠斗さん……」

 

そのまま、ゆっくりと互いに顔を近付けて行き……。

 

 

 

 

「待てえええええええええい!!」

 

 

 

突然、そんな大声が響いたかと思えば俺とセシリアの間に何者かが割って入って来た。

 

「こんのバカップル! 朝っぱらから何してんのよ!?」

 

視線を向ければ、何やら目くじらを立てている鈴の姿が。

 

更には扉の方には織斑が頬を掻きながら気まずそうに立っていた。

 

「何だ鈴、邪魔をするな」

 

「いやするわい! まだ朝だからね!? しかも私と一夏も一緒に来てたのに目の前でいきなりおっ始めようとしないでよ!?」

 

「……一緒に来てたのか?」

 

「申し訳ありません、悠斗さんの姿を見たら二人の事を忘れてしまっていました……」

 

「いや普通忘れる!? 寮で会って、一緒に行こうって言ったのセシリアよね!?」

 

「そう、でしたか……?」

 

「あ、これ駄目だわ、私達完全に忘れられてるわ」

 

「鈴、お前こそ朝からうるさいぞ?」

 

「誰のせいよ誰の!?」

 

本当に朝からうるさい奴だ。

 

だがまさか、こんな朝早くから来てくれるとは思っていなかった。

 

「朝早くから、悪いな」

 

「……まぁ、昨日来るって言ってたし」

 

視線を逸らす鈴、その横顔は耳まで赤くなってしまっている。

 

……まぁ、鈴はそういう奴だからな。

 

「あいつからは二日もあれば部屋に戻れると言われた、身体の方もさっき確認したが問題は無さそうだ」

 

「そうですか……本当に、良かった」

 

「……心配を掛けて悪かったな」

 

「そんな事ありませんわ、悠斗さんが無事なら私は……」

 

「セシリア……」

「悠斗さん……」

 

「だあああああああっ!? だから直ぐにイチャイチャすんなー!?」

 

また隣で騒ぐ鈴、来てくれたのはありがたいが、セシリアとの時間を邪魔しないで欲しいんだがな。

 

「ほらセシリア! 私達は授業があるでしょ!? 早く行くわよ!」

 

「うぅ……余り悠斗さんとお話出来ませんでしたのに……」

 

「セシリア、また後で会える。 それに授業を休む訳にはいかないだろう?」

 

「むぅ……わかりましたわ、後で必ずまた来ますわね?」

 

「あぁ、また後でな」

 

そこで一瞬の隙を突き、セシリアは俺にキスをしてから医務室を後にした。

 

「だぁっ!? こらセシリア! 待ちなさい!」

 

その後ろを、鈴が騒ぎながら慌てて追い掛けて行った。

 

そうなると、必然的に織斑だけが医務室に残る事になる。

 

「……お前は行かないのか?」

 

「あ、あぁ、行くけどさ、まだ時間はあるから……」

 

そう言うと、昨日セシリアが座っていた傍に置いてある椅子へと織斑は腰を降ろした。

 

その表情は、何処と無く真剣なものに見える。

 

「なぁ悠斗、悠斗はオルコットさんと付き合っているけどさ、それってどういう切っ掛けで付き合い始めたんだ?」

 

……ほう?

 

こいつの口からそういう質問が出るという事は、鈴と何かあったな?

 

「切っ掛けらしい切っ掛けは無いな、元からセシリアには惹かれていた。 クラス代表を決めるあの試合の時に、告白出来る機会があったから俺が告白したんだ」

 

「惹かれていた……そ、それってさ、普通の事なのかな?」

 

「……普通がどういうものか俺にはわからない、だが俺は自分の気持ちに嘘を吐きたく無かったし後悔もしたく無かっただけだ。 まぁ、相談して考えた上で自分の感情に気付く事が出来たんだがな」

 

「……そ、そっか」

 

「……鈴と、何かあったか?」

 

そう尋ねれば、迷いながらも織斑はゆっくりと話し始めた。

 

「その、鈴に……こ、告白、なのかな? えっと、好きだって言われたんだ」

 

「それはどう考えても告白だろうが……それで答えたのか?」

 

「……まだ、少し考えさせてくれって言ってる」

 

その言葉に、思わず溜め息を溢してしまう。

 

告白は出来た様だが、織斑にはその気は無かったという事になる。

 

なら、俺の協力は結局無駄になってしまったのか、やはり鈴には申し訳無い事を……。

 

「……俺さ、好きっていうのが、よくわからないんだ。 仲の良い友達とか家族の事は好きだけど、恋愛感情としての好きっていうのが」

 

「……ん?」

 

「昔からよく鈍感って言われるけど、自分でもわかってるんだ。 でも、考えてみても、やっぱりわからないんだよ……」

 

「……なら、鈴の事が嫌いという訳では無いんだな?」

 

「嫌いな訳無いだろ、幼馴染みでずっと仲の良い友達だったんだから……でも、恋愛対象として見るってなると、よくわからなくなって、そんな中途半端な気持ちで答える訳にはいかないし……真剣に思いを伝えてくれた鈴にも、申し訳無いだろ」

 

そう言って俯く織斑、だが、それを聞いて安心した。

 

「……焦る必要は無いんじゃないのか?」

 

「……えっ?」

 

「俺は単に運が良かっただけだ、セシリアも同じ気持ちだと言ってくれたからな。 だが恋愛というのはそんな簡単なものじゃない筈だろ? お前が考えて、その上で出した結論なら鈴も納得する筈だ」

 

「悠斗……」

 

「……鈴には黙っていて欲しい。 お前には悪いが、鈴が学園に来てから俺とセシリアでずっとお前との事で相談を受けて、協力していたんだ」

 

「そ、そうだったのか? 全然知らなかった……」

 

驚いた表情を浮かべる織斑に、俺は頭を下げた。

 

「初めは鈴の事情を聞いて、俺もセシリアもお前に対してキツい言い方をする事があった……すまなかった」

 

「い、いや! 俺は何も気にして無いから謝る必要は無いって!」

 

「そういう訳にはいかない、どんな事情があれどお前に対する態度や物言いは理不尽過ぎるもので、鈴の事だけしか考えていなかった。 セシリアも鈴の事を思っていたからこそ強くお前に当たっていたと思う、だが決してお前の事を憎く思ってはいない筈だ……だが結果的にお前に不快な思いをさせた。 だから、謝るのは当然の事だ」

 

俺の言葉に織斑は暫く黙っていたが、やがて左肩へと拳を軽くぶつけて来た。

 

「……ならさ、これからも変わらずに俺に接してくれよ。 自分でもわかってるけど俺はISの事も何もわからない馬鹿だからさ、悠斗やオルコットさんにはこれからも色々迷惑掛けたり教えて欲しい事が沢山ある。 だから悠斗には友達として、それから同じ男子として、これからも宜しく頼むよ」

 

そう言って眩しい程の笑みを浮かべる織斑。

 

……こいつは、強い奴だな。

 

あんな態度を取っていた俺に、そんな事を言ってくれるとは。

 

「……ありがとう、織斑」

 

「良いんだよ、昨日鈴も言ってたけど、友達だろ?」

 

「……そうか」

 

それから互いに無言になるが、やがて先程の話の続きをした。

 

「お前を見ている内に、お前にはお前の考えがあるし事情だってあるんだとわかった。 今お前が言ってた、鈴に対して中途半端な気持ちで答える訳には行かないという言葉、それでお前が鈴の事を大事に思っている事もわかった」

 

俺の言葉を、織斑は何も言わずに真剣な表情で聞いている。

 

「それなら俺は無理に直ぐ答えを出せとは言わない、無理強いもしない、答えを出すのはお前なんだからな。 まぁ、俺としては鈴とお前は友人だから正直報われて欲しいとは思っているが」

 

鈴は仲間想いの優しい奴だ、そんな鈴には報われて欲しいと強く思ってしまう。

 

そして織斑も、今まであれ程に散々な仕打ちを受けていた筈なのに鈴の事を大切に思い、更には俺の事を気にしていないと、許してくれた。

 

何故ここまで人に優しく出来るのか俺にはとてもじゃないが真似は出来ない、だがその優しさが、織斑の良い所でもあり強さでもあるんだろうな。

 

「……あくまで俺個人としての考えだから当てにはならないだろうが、俺から言えるのはそれだけだ」

 

「うん……ありがとな、悠斗」

 

「礼なんていらない、だがこの事を間違っても鈴には言うなよ? またうるさく騒がれるからな」

 

「ははっ、わかったよ」

 

そう言って織斑は立ち上がる。

 

時計を見れば、間もなく授業開始の時刻が迫っていた。

 

「話を聞いてくれてありがとう、俺なりにもう一度考えてみるよ」

 

「あぁ、だがまだ答えを出せないとしても、鈴には変わらず接してやってくれ、あいつは変な所で繊細な所があるからな」

 

「わかってるよ、そうしないと"悠斗兄ちゃん"に怒られちゃうしな」

 

「……待て、今何て言った?」

 

「ん? 何か相川さん達が言ってたぜ? 悠斗は鈴の兄ちゃんポジションだって」

 

……あいつら、怪我が治ったら覚えておけよ。

 

「じゃあ俺も行くよ、また放課後にな!」

 

「……あぁ」

 

医務室を出て行った織斑の後ろ姿を見送ってから、再びベッドに横になる。

 

……そうか、鈴はちゃんと告白出来たか。

 

織斑の答えはまだ出ない様だが、間違い無く大きく一歩前進した筈だ。

 

これからどうなるかは二人次第だが……いや、この先は二人に任せるべきだ、俺がとやかく言うべきじゃない。

 

叶うのなら、二人には上手く行って欲しいな。

 

 

そんな事を考えながら、再び目を閉じるのだった。



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第40話 戻りし日常

「悠斗さん、退院おめでとうございます」

 

朝、医務室から出て隣を歩くセシリアからそう第一声を掛けられた。

 

あれから二日、精密検査を行ったが異常や後遺症等も無く、腕の怪我も包帯を濡らさなければ支障は無いらしい。

 

朝に再検査をして、問題が無かった為に今日から授業に復帰出来る。

 

セシリアは二日間毎日早朝と昼、放課後と俺の元へと来ては食事や身の回りの世話をしてくれた。

 

本当に、感謝してもしきれない。

 

「今回はすまなかったな、心配と迷惑を掛けた」

 

「私が好きでやった事ですから良いんですのよ、それに……こうしてまた、悠斗さんと並んで歩く事が出来るのですから」

 

「セシリア……」

 

 

 

 

「……だからさ、私がいるのに二人の世界に入ってイチャイチャしないでってば」

 

 

 

突然背後から声を掛けられ、振り向いたが姿は見えなかった。

 

何だ? 空耳か? それとも何か後遺症が……。

 

「下よ下!! わかってやってるでしょあんた!!」

 

……まぁ、気付いていたがな。

 

しかし本当に視界に入らなかったな、もし鈴が何かしらの刺客だったとしたら俺は何も反応出来ずに殺られていたかもしれない。

 

まさか……鈴はその為に、この身長を……?

 

「あんたまた失礼な事考えてるでしょ!?」

 

「……何故わかった?」

 

「否定しなさいよ!? 喧嘩売ってんの!?」

 

そう騒いで掴み掛かって来る鈴を左腕一本で押さえ付ければ、鈴は手足をじたばたさせるだけで俺に届く事は無かった。

 

その様子を楽しそうに微笑みながら眺めているセシリア。

 

全く、冗談の通じない奴だ……まぁ、割と本気で言っていたが。

 

 

 

そのままの足で朝食を取る為に食堂へと向かう。

 

医務室で食事を取ってはいたが、毎日持って来るセシリアに申し訳無い為に量は少なくしていたから正直空腹だ。

 

食堂へと辿り着き、食券を買いに行こうとした所で何やら視線を感じる事に気付いた。

 

……何だ?

 

その時、何やら食堂にいた恐らくは一年であろう奴らが此方に押し寄せて来て取り囲まれる。

 

邪魔なんだが……。

 

 

「五十嵐君! ありがとう!」

「颯爽と助けてくれた五十嵐君、格好良かった!」

「私、五十嵐君のファンになりました!」

「流石クール紳士!」

「オルコットさんもありがとう!」

「あの、お、お姉様とお呼びしても宜しいですか!?」

「流石は一年最強カップルだね!」

 

 

口々に言って来るのは感謝の言葉が大半だった。

 

あぁそうか、防護壁を破って避難させた事を言っているのか。

 

……だが、何やらセシリアに対して危うい視線を向けている奴が複数人いるんだが、大丈夫だろうか?

 

隣に立つセシリアも困った様に苦笑している、鈴は……取り囲む奴らに押し流されていつの間にか壁際で潰されている。

 

哀れだな。

 

「……はぁ、わかったから戻れ、俺達は飯を食いに来たのであって、こんな事で時間を取られたく無いんだが?」

 

そう言って取り囲む奴らを見渡せば、何やら視線を合わせながら一言二言話し、やがて再度感謝の言葉を言ってまるで波が引いて行く様に去って行った。

 

はぁ、全く……。

 

「……鈴、大丈夫か?」

 

「うぅっ……うぅ……もうあんた達と一緒にいるのやめるぅ……」

 

半泣きになりながら倒れ伏す鈴、流石に気の毒だな。

 

結局セシリアに立たされ、頬や額をハンカチで拭かれながら漸く泣き止んだ。

 

……鈴には悪いが、まるで転んで泣いている子供をあやしている様にしか見えない。

 

そのまま鈴を連れて食券を買い、食事を受け取ってからいつもの様に相川達に呼ばれて三人で席へと着いた。

 

 

「五十嵐君! 退院おめでとう!」

「あの、退院出来て良かったです」

「心配してたんだよ~?」

 

三人からそれぞれ言われ、俺は軽く頭を下げる。

 

「心配を掛けた、すまない」

 

「ううん! そんな事無いよ!」

 

相川の言葉に顔を上げると何やら三人は俺の顔を見つめていた。

 

「あの時、五十嵐君のお陰で皆怪我も無く無事だったんだよ? 本当に、ありがとう」

 

「うん……防護壁で逃げる事が出来なくて、恐くて何も出来なかった私達と違って、五十嵐君は身を呈して皆を守ってくれたから……だから、ありがとう」

 

「ゆうゆうのお陰だね~ありがとう~」

 

三人からの真っ直ぐな感謝の言葉に、流石に恥ずかしくなって視線を逸らす。

 

逸らした先、隣に座る鈴が何やらニヤニヤとした笑みを浮かべていた為、一先ずはその頭を割と強目に小突いた。

 

「ふふっ、ですが本当に皆さん感謝しているんですのよ? 悠斗さんのお陰で怪我人はゼロ、流石は私の愛するお方ですわ」

 

「ん……セシリアにそう言って貰えるなら光栄だな」

 

「こら、ナチュラルにイチャイチャすんじゃ無いわよ」

 

「……お前はどうなんだ? 織斑と何かあったんだろ?」

 

度重なるセシリアとの邪魔と、先程の仕返しも含めてそう尋ねれば途端に鈴は顔を赤くして口をぱくぱくとさせている、何とも間抜けな面だ。

 

「あ、あんた! 一夏に何か聞いたの!?」

 

「……さあ、どうだろうな?」

 

「鈴さん、詳しく教えて頂けますか? 勿論恥ずかしいのであれば構いませんが、私と悠斗さんがどれ程協力したのかまさかお忘れになった訳ではありませんわよね?」

 

セシリア、それは完全に退路を断っているぞ。

 

俺はおおよその事を織斑から聞いてはいるがセシリアはまだ何も知らない筈、恐らく色々と聞きたいのだろう。

 

鈴もセシリアが逃がす気が無い事に気付いた様で、ゆっくりとだが話し始めた。

 

「う……その、試合の後のあの襲撃事件の時にも言われてたんだけど、私と仲直りしたいって言ってくれて、その日の夜にも改めて謝ってくれて……け、結局私が何で怒ってたのかはわかって貰えなかったんだけど……」

 

「「「「「……けど?」」」」」

 

言葉の先を全員で促す。

 

「……私と仲が悪いままなのは嫌だって、ずっと一緒に笑っていたいって、言ってくれたの」

 

……流石に答えていないから告白に関しては言わない様だが、織斑がそんな事を言っていたのか。

 

「そ、それで……悠斗、ありがとう」

 

「ん? 何がだ?」

 

「一夏が言ってたんだよね、あの喧嘩した後の事、どんな理由があっても男が女に言って良い事と悪い事があるって一夏に言ってくれたんでしょ? あいつ、それをずっと考えてて私に謝りたいって思ってくれたんだって」

 

……成る程、織斑がその考えに至ってくれて良かった。

 

医務室での話を聞く限り、織斑は鈴の事を真剣に考えてくれていた様だから心配はいらないとわかっていたが、もしこれで鈴と距離を取ろうとしていたら一発か二発は殴っていたかもしれない。

 

「悠斗さん、織斑さんにその様な事を……?」

 

「……まぁ、余りにも鈴が不憫だったからな。 それに織斑だって悪い奴じゃない、少しだけ助言しただけだ」

 

「ふふっ、流石悠斗さんですわ」

 

そんな大した事は言って無い……それに、今回の事でもし二人の間に溝が出来てしまっていたらと考えると申し訳無かったからな。

 

「おぉ! 流石五十嵐君! お兄ちゃん力が半端無い!」

 

「その呼び方はやめろ」

 

「恥ずかしがっちゃって~ゆうゆうお兄ちゃ~ん」

 

「おい、やめろと言ってるだろ」

 

「ふ、二人共、五十嵐君が嫌がってるからやめなよ……」

 

この三人の中での唯一の良心である鏡が二人にやめる様に言ってくれる。

 

少し引っ込み思案過ぎる所もあるが、以前セシリアとの事でも祝福してくれたり優しくて素直な所は好感を持てるな。

 

「むっ……悠斗さん? 何を考えていますの?」

 

……っと、いけない。

 

「大丈夫だ、セシリアが心配する様な事は考えていない」

 

そう言って優しく頭を撫でてやれば、途端に笑みを溢すセシリア。

 

反対側に座る鈴からの恨めしそうな視線と唸り声が聞こえるが気にしない。

 

「けっ、このバカップルは……あ、そうだ、それより二人に話があったんだけど、放課後に時間貰っても良い? 昼休みはクラスの娘に誘われてるから」

 

クラスの奴に馴染めたのか、良かった。

 

「お話? ここでは出来ないのですか?」

 

「えっと……まぁ……」

 

「わかりましたわ、では放課後に2組の教室に伺いますわね?」

 

「う、うん、ありがと」

 

一体何の話だろうか? まぁ、聞かせて貰えるなら構わないが。

 

そのまま朝食を食べ終えてから、俺達は教室へと向かった。

 

 

ちなみに、遅れた分を取り戻す為だとか何とかで織斑千冬と、何故か山田から授業中に無駄に当てられ続けた。

 

遅れた分と言いつつ、何やら二人の目には妬みに似た感情がある様に思えたのだが、気にする事無く答え続けるのだった。



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第41話 入浴での葛藤

授業が終わり放課後、俺達は約束通り2組の教室へと鈴を迎えに行く。

 

「失礼しますわ、鈴さんはいらっしゃいますか?」

 

セシリアが先に入り、その後ろに続いて教室へと入ると全員の視線が俺達に集まったかと思えばそれまで歓談していた奴らが急に静かになった。

 

……何やら、嫌な予感がする。

 

 

「えっ……えぇっ!?」

「り、鈴音さん! 呼ばれてるよ!」

「い、五十嵐君だ!」

「きゃー! 五十嵐くーん!」

「何であの二人が鈴音さんを!?」

「お、お姉様! 美しいです!」

「お姉様! 私を調教して下さい!」

 

 

……待て、騒がしくなるのは何となくわかってはいた。

 

わかってはいたが……セシリアに対して危うい視線が集まっているのは何故だ?

 

セシリアが目に見えて引いているのがわかる、口元を引きつらせながら俺の後ろへと隠れて行く。

 

「……失敗した、私があんた達のクラスに行けば良かったわ」

 

鈴がやって来ると何やら疲れきった表情をしている。

 

いや、疲れたいのはこっちなんだがな。

 

「……お前がクラス代表だろ、ちゃんと全員の手綱を握ってくれ」

 

「無理言わないでよ、私にそんな力は無いわ……」

 

自嘲気味に渇いた笑いを溢す鈴、その姿は心なしかいつもより小さく見える。

 

「……悪かったな」

 

余りにも哀れに思えた為に一言謝罪をしておく。

 

そのまま全員からの好奇の視線を集めながら、鈴を連れて俺達は寮へと向かった。

 

 

 

 

 

俺の部屋へと二人を通して二人には紅茶を、自分の分は珈琲を淹れ、セシリアと並んで座り目の前の鈴へと視線を向ける。

 

「それで? 話ってのは何だ?」

 

そう尋ねれば、鈴は背筋を伸ばしてから深く頭を下げ始めた。

 

「えっと、今回の事で改めてお礼を言わせて……本当に、ありがとう」

 

「別に礼を言われる様な事はしていないが?」

 

「そんな事無い、悠斗とセシリアのお陰で一夏とちゃんと向き合って話す事が出来たんだから……それでさ、そのお礼って訳じゃ無いんだけど、今度の休みに一緒に来て欲しい所があるんだよね」

 

「来て欲しい所、ですの?」

 

「うん、私と一夏がよくつるんでた友達の所に久しぶりに会いに行こうって話になったんだけど、良かったら二人もどうかな?」

 

「……それは、お前が織斑と二人で行くんじゃ無いのか?」

 

「そうですわね、せっかくのお二人のデートを邪魔するのは……」

 

「デ、デートじゃないってば! 本当に久しぶりに友達に会いに行くだけ! それで、良い奴だし……友達として、二人の事を紹介したいと思ってさ……」

 

その言葉に、思わず気恥ずかしくなってしまう。

 

「そいつの家が定食屋をやってて、凄い絶品なのよ。 会いに行くついでに、二人に私と一夏が好きだったその定食屋で一緒にご飯でもどうかと思って……どう、かな?」

 

……そんな事を言われて、断る理由は無いな。

 

視線をセシリアへと向ければ、笑みを浮かべて頷いている。

 

「わかった、構わない」

「私も是非とも行きたいですわ」

 

「本当に!? 良かった! なら次の振替の休みの時に行くつもりだから、時間は一夏と話して決まり次第伝えるわね!」

 

俺達の答えに、途端に嬉しそうにはしゃぐ鈴。

 

本当にこいつは、裏表が無いというか素直過ぎるというか……まぁ、そこが鈴の良い所でもあるんだけどな。

 

「話したかったのはそれだけ! じゃあまたね!」

 

そう言って颯爽と部屋から出て行った鈴の後ろ姿を見送り、一つ溜め息を溢す。

 

「全く、相変わらず騒がしい奴だな……」

 

「ふふっ、鈴さんらしくて私は良いと思いますわよ?」

 

「それは……まぁ、同感だが」

 

その答えにセシリアは微笑み、俺の肩へと頭を預けて来る。

 

優しく頭を撫でてやると、セシリアはそのまま顔を近付けて来る。

 

「ん……」

 

重なる唇、そっと触れるだけのキス。

 

ゆっくりと唇を離し、互いに見つめ合う。

 

「あの、悠斗さん……今日も此方で、宜しいでしょうか……?」

 

「あぁ、俺は構わない」

 

「っ! あ、ありがとうございます! あの、では私準備をしてきますわ!」

 

「セ、セシリア、時間はまだあるんだからそんなに慌てなくても……」

 

「悠斗さんとの時間は一秒たりとも無駄には出来ませんもの! 直ぐに行ってきますわ!」

 

そう言ってセシリアは急いで部屋から出て行ってしまった。

 

そんなに慌てる必要は無いんだけどな……まぁ、気持ちは嬉しいが。

 

そんな事を考えながら、三人分のカップを手に取りセシリアが戻って来る前に洗い物を済ませるのだった。

 

 

 

着替えて戻って来たセシリアと、ベッドに並んで座りながら寄り添い合う。

 

手を重ね、時折どちらからとも無くキスを繰り返す。

 

「ん……あ、そういえば悠斗さん、包帯を巻いていますが、シャワーはどうするんですの?」

 

ふと思い出したかの様にセシリアが尋ねて来る。

 

そういえばすっかり忘れていたが、右腕は未だに包帯を巻いたままだったな。

 

医務室の教員によれば濡らさなければ支障は無いとの事で上から被せる袋を貰ってはいたが……この学園は一応教材も医療機器も最新鋭のものが揃っている筈だが、何故これに関しては古典的なのだろうか?

 

医務室にいた時もそれでシャワーを浴びていたが、普通に考えればおかしい様な気がするんだが。

 

「一応包帯を濡らさなければシャワーを浴びても良いと言われている、包帯の上から被せる袋も貰っているからそれを使うが」

 

「そうですか……ですが、それですと身体を洗うのは不便ではありませんか?」

 

「……まぁ、仕方無いだろうな」

 

右腕が使えない為に左腕一本というのは想像よりもかなり洗いづらいが、こればかりは我慢するしか無いだろう。

 

他に方法は無いしシャワーを浴びないという選択肢は流石にな。

 

「……これは悠斗さんの為ですわ、決して疚しい気持ちはありません、そうですわ、お手伝いなのですから」

 

何やら、セシリアが小さな声で独り言を呟いている。

 

「セシリア……?」

 

「私がお手伝い致しますわ」

 

「…………ん?」

 

聞き間違い、だろうか?

 

「すまないセシリア、今何と言った?」

 

「ですから、私が悠斗さんの入浴のお手伝いを致しますわ!」

 

……聞き間違いでは、無かったか。

 

しかし、流石に手伝いと言ってもな。

 

「その、ご迷惑……でしょうか?」

 

不安そうに上目遣いで見つめて来るセシリア。

 

その目は、狡いだろ。

 

「……わ、わかった、洗うだけだが、頼んでも良いか?」

 

「はい! お任せ下さいまし!」

 

「ま、待て! 服は自分で脱げる!」

 

「大丈夫です! 遠慮なさらず!」

 

眩しい程の笑顔で、セシリアは俺の服へと手を伸ばして来た。

 

 

 

 

 

寮の部屋の浴室は、お世辞にも広いとは言えないぐらいのものだ。

 

一人で使うのも少し狭いと感じてしまう程に。

 

その浴室で腰にタオルを巻き、右腕に袋を被せて俺は立っている。

 

「失礼しますわ」

 

後ろから、セシリアが浴室に入って来る。

 

視界の端で確認すれば、バスタオルを巻いて身体を隠してはいるが、それだけだ。

 

「っ……その、頼む」

 

「はい、お任せ下さい」

 

セシリアがシャワーを手に取り温度を確認してから背中にお湯を掛けていく。

 

そしてボディーソープを手にし、そのまま背中へと触れて来る。

 

「ん……痒い所はありませんか?」

 

「……だ、大丈夫だ」

 

背中を洗いながら掛けられるセシリアの声に何とか平静を保って返事をする。

 

先に言った通り、この浴室は一人で使うのも狭いと感じてしまう程の広さ。 その浴室に二人で入れば、必然的にどうなるのか何てわかりきっている。

 

背中を伝うセシリアの手とは別に、時折セシリアの身体の一部が当たり、見えていない分感触が生々しい程に伝わって来る。

 

……落ち着け、冷静に、何も考えるな。

 

「では次に頭を洗いますわね? そのまま下を向いて下さいまし」

 

言われた通りに下を向くと頭にお湯を掛けられ、そのまま洗われる。

 

何故か横か前に来るのでは無く、後ろから身を乗り出して洗っている為に先程とは違い背中に身体が押し付けられていた。

 

落ち着け、落ち着け……!

 

唇を強く噛み締め、その痛みで何とか誤魔化す。

 

 

そしてシャワーを掛けられ、何とか無事に洗い終わった。

 

……正直、精神的にかなり疲れた気がする。

 

「……ありがとうセシリア、後は大丈夫だ」

 

「……悠斗さん、まだ終わっていませんわよね?」

 

「はっ?」

 

セシリアの口から告げられた言葉に、思わず驚いて振り向いたと同時に正面から抱き付かれた。

 

しかも、当たっている感触が違っている。

 

視線を下に向ければ、セシリアの足元に……何故か、先程まで巻いていた筈のバスタオルが落ちている。

 

……待て、これは……不味い。

 

「セ、セシリア……!?」

 

「……まだ、終わっていませんわ。 お手伝いをすると言ったのですから、ちゃんと……前も、洗わないといけません」

 

「ま、待て! その、前は大丈夫だ! 左腕一本でも問題無く洗える!」

 

「……お手伝いというのは、ただの口実です」

 

「セシリア……っ!?」

 

腕を首に回され、そのまま唇を塞がれる。

 

突然のキスで混乱していると、目の前にあるセシリアの瞳が熱を帯びているのがわかってしまった。

 

離れようにも、何度も言った様に浴室は狭い、抱き付かれた状態では思う様に身体を動かす事が出来ない。

 

「ん……あっ……悠斗、さん……」

 

強く求めて来るセシリア、押し付けられる度に強く感じる感触、段々と頭が痺れて来る。

 

結局、そのまま……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……洗うだけだと、言った筈だが?」

 

「も、申し訳ありません……我慢、出来なくて……」

 

浴室から出てベッドに座りながら隣のセシリアに横目で尋ねれば、セシリアは俯きながら小さな声で答える。

 

……俺も流されはしたが、まさかこうなるとは。

 

別に嫌という訳では無いんだが、やはり……。

 

「そ、その……ご迷惑、でしたか……?」

 

不安そうに尋ねて来るセシリアを、そっと抱き寄せた。

 

「そんな事思う筈が無い……ただ、以前といい今回といい、セシリアからだっただろ? こういうのは男である俺がリードするものの筈なのに、情けないと思ってしまってな」

 

「そんな! 悠斗さんは情けなくなんてありませんわ!」

 

「ありがとう、だが俺の気持ちの問題なんだ、だから次の時は……その、俺から誘う様にする」

 

「……悠斗さんなら、いつでも構いませんわ」

 

「……そうか」

 

そのまま暫くの間抱き締め合い、やがて二人並んでベッドへと横になろうと思った時、ふと思い出した。

 

……そういえば、あの事があったな。

 

「……セシリア、少し良いか?」

 

「はい? 何ですの?」

 

「……その、今晩セシリアは、恐らく夢を見ると思う」

 

「夢……?」

 

「正確には夢では無いんだが……」

 

迷いが生まれたがここで誤魔化しても意味は無い、正直に伝えよう。

 

「……セシリアは、ISに意思があると言われたら、どう思う?」

 

「ISに意思、ですか……?」

 

俺の質問に考え込むセシリアだが、やがて口を開いた。

 

「正直、科学的や理論的に考えて俄には信じがたいものですが……悠斗さんがそう仰るという事は、意思があるとお思いですの?」

 

「……あぁ、意思処か、頭の中で会話すら出来ている」

 

「会話が……それで、夢というのはそれと何か関係が?」

 

「……俺のIS、黒狼曰く、夢の中というのは所謂その人間の精神世界の様なものだと言っている。 そこに、セシリアの意識を呼び込む……らしい」

 

自分で言っていて不安しか無い。

 

突然こんな事を言い出せば、頭がおかしいと思うのが普通の考え……セシリアも、同様に……。

 

「……わかりましたわ、悠斗さんと一緒に眠ればその精神世界に私は入れるのですね?」

 

「っ……信じる、のか?」

 

「他の誰でも無い悠斗さんの仰る事ですもの、信じる事が出来ずに何の為の彼女ですの?」

 

その言葉に、知らず知らずの内に入っていた肩の力が抜けた。

 

黒狼の言っていた通りだった、セシリアは俺の事を信じてくれる。

 

信じずにいた自分に罪悪感が募る。

 

「悠斗さんは何も悪くありませんわ」

 

そっと、頬に手を添えられる。

 

落としていた視線を上げてセシリアに向ければ、セシリアは真っ直ぐに俺を見つめていた。

 

「話すのを躊躇ってしまうのは当たり前ですわ、私だって同じ状況になれば躊躇ってしまいますもの……だから、今後はお互いに抱え込まず、話す様にしましょう?」

 

「……ありがとうセシリア」

 

「ふふっ、お礼はいりませんわ、私はただ悠斗さんと一緒にいたいだけですもの」

 

笑みを浮かべながは告げられるその言葉。

 

セシリアが愛おしくなり、強く抱き締めればセシリアも首に腕を回して来てそのままキスをする。

 

「んっ……悠斗さん、では休みましょう? 悠斗さんのIS、黒狼に早くお会いしてみたいですから」

 

「わかった……本当にありがとう、セシリア」

 

「ふふっ、良いんですのよ」

 

そのままベッドへと横になり、右腕は無理な為に左腕を横に伸ばせばセシリアはそのまま頭を乗せて寄り添って来る。

 

……後は寝るだけだが、それで良いんだよな黒狼?

 

『左様にございます』

 

そうか、なら頼んだぞ。

 

「……おやすみなさい悠斗さん」

 

「……おやすみ、セシリア」

 

軽く触れるだけのキスをしてから、俺は目を閉じた。

 

 

本当に上手く行くのか……いや、ここは黒狼を信じよう。

 

セシリアも俺の言葉を信じてくれたんだ、それなのに俺が信じないでどうする。

 

寄り添うセシリアの温もりを感じながら、俺は押し寄せて来た微睡みに身を任せるのだった。





話が進むに連れてセシリアが着々と大胆になって行ってますが、どうしてもセシリアとのイチャイチャを書くにはこうなってしまいますね。


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第42話 夢の中で

気が付くと、あの時と同じ全てが黒一面の場所、俺の精神世界へといた。

 

さて、俺が来れるのはわかっていたが、セシリアは……。

 

「悠斗さん!」

 

背後から呼び掛けて来る声に振り向けば、セシリアが俺の元へと駆け寄って来ていた。

 

「セシリア……良かった、無事に来れたな」

 

「ここが、悠斗さんの精神世界なんですの……?」

 

「あぁ、以前俺が来た場所と同じだ」

 

「凄い……本当に……」

 

驚きを隠せずに辺りを見渡すセシリア。

 

その反応も当然だろう、いくら俺の言葉を信じるとは言っても、実際に自分がこんな場所へと来たら。

 

 

 

「お待ちしておりました、主様、奥様」

 

直ぐ傍から掛けられる声。

 

セシリアと共にそちらへと視線を向ければ、いつの間にそこにいたのかあの黒い着物を着た女、黒狼が立っていた。

 

「あ、貴女が……?」

 

「お初にお目にかかります奥様、私が主様の専用機、黒狼にございます」

 

深く一礼する黒狼にセシリアは慌てて同じ様に深く頭を下げる。

 

「わ、私こそ初めまして! セシリア・オルコットですわ! あの、ところで……奥様、というのは……?」

 

「はい、主様の思い人でありお付き合いされている方ですので奥様とお呼びしておりますが、何か問題がございますでしょうか?」

 

「あ、えっと……あぅ……」

 

顔を赤らめながら顔を俯かせるセシリアの頭を撫でてやりながら黒狼へと視線を移す。

 

「黒狼、余りからかうな」

 

「本心なのですが……申し訳ありません奥様、しかしながら主様の専用機として、この呼び方は変える訳にはいきませんのでどうかご了承頂けます様お願い致します」

 

「あ、の……わ、わかりましたわ……その、ところで黒狼、さん? 何故私をこの場所へ?」

 

「私ごときにさんは必要無いのですが、奥様はそういうお人柄ですので仕方ありませんね。 ここへ奥様をお呼びしたのは他でもありません、どうしても私から奥様にお話したい事があるのです」

 

「話したい、事?」

 

「はい、主様が奥様の事を心より思っており愛していらっしゃる事は重々承知しております。 しかしその上で私はこの場所で主様と初めて直接お会いし、この精神世界の中だけと言えども主様に御奉仕したいと考えました」

 

「ご、御奉仕……!?」

 

何故か慌てた様子で俺と黒狼の顔を交互に何度も見比べるセシリア。

 

……何をそんなに慌てているんだろうか?

 

「そ、それって……まさか……!?」

 

「先ずは主様がお疲れかと思いまして、以前奥様もしておりました"膝枕"なるものをしてみました」

 

「…………えっ?」

 

「奥様という方がいながら私ごときが主様とその様な触れ合いをするのは烏滸がましい事と重々承知しております。 しかし主様の専用機として、お仕えする従者の身として、何卒私が主様へと御奉仕する事をお許しして頂けないでしょうか?」

 

「え……あ、そ、それくらいであれば、私は全然構いませんわよ!? あ、あはは……」

 

セシリア、何やら顔が赤くなっているが、何を想像していたんだろうか?

 

だがセシリアが許してくれて良かった、もしそれでセシリアの機嫌を損ねる様な事になっていたら俺は誠心誠意謝らなければいけなかった。

 

「私ごときに御慈悲を与えて下さるとは……奥様の寛容なお心遣いに感謝致します」

 

再度深く頭を下げる黒狼、それに釣られてセシリアも慌てて頭を下げる。

 

「あの、ですが……その、膝枕は良いですが……えっと……」

 

「…………?」

 

セシリアが何やら言い難そうに言葉を詰まらせている。

 

その様子を見て首を傾げる黒狼だが、やがて何か気付いたらしく手を叩きながら口を開いた。

 

「ご安心下さいませ、あくまで私は主様の従者として御奉仕したいと思っているだけにございます。 奥様が心配していらっしゃる様な"性的"な意味合いでの御奉仕は一切考えておりません」

 

「えぅ……!?」

 

……セシリア、流石に俺は自分の専用機にそんな事をさせるつもりは微塵も無いぞ。

 

「……そ、それでしたら、構いませんわ」

 

「それに、私ごときでは主様にご満足頂けるとは思っておりません。 また主様のバイタルや脳波等、統合的に見ても主様と奥様の身体の相性の方が良いので私ごときが入る余地などありません」

 

「うぇえええっ!?」

 

「……おい、黒狼」

 

「ふふっ、申し訳ありません主様」

 

謝罪の言葉を口にしながらも、悪びれる様子も無く笑みを浮かべる黒狼。

 

全くこいつは……。

 

「そういう事ですので奥様、どうかご安心下さいませ」

 

「は、はいぃ……」

 

顔を耳まで真っ赤にしながら俯いて顔を手で覆ってしまうセシリア、その頭を何も言わずに撫でてやった。

 

セシリアには悪いが相手が悪かった、こいつはISだから仕方無いが普通の感覚とはずれているからな。

 

 

「……主様、奥様」

 

黒狼がそれまでの態度から一変、表情を真面目なものに変えて姿勢を正すと何度目かの深々とした一礼を見せた。

 

「今日は私の願いを聞き入れて頂き誠にありがとうございました。 この黒狼、これからお二人をお守りする事に尽力させて頂きます故、どうぞ宜しくお願い致します」

 

……全く、からかう前にそう言えば良いものを。

 

「それを言うなら俺の方だ。 専用機としてお前がいるからこそ俺は戦う事が出来るんだからな、今回の無人機の襲撃もお前がいたから俺はセシリア達を守る事が出来た……また無理をさせてしまうかもしれないが、これからも宜しく頼む」

 

「それでしたら私も……あの時、悠斗さんを守って下さった事、本当にありがとうございます。 これからも、悠斗さんの事を宜しくお願いします」

 

セシリアと共に黒狼に深く頭を下げた。

 

その顔は見えないが、雰囲気から黒狼が驚いているのを感じる。

 

「……ふふっ、やはり主様のISになる事を望んで良かったです」

 

その言葉に頭を上げれば黒狼は柔らかい笑みを浮かべながら俺達を見ていた。

 

「奥様、主様の心の支えになれるのは奥様だけにございます。 主様の事を、どうか宜しくお願い致します」

 

「勿論ですわ、だって悠斗さんは私が心から愛している方ですもの」

 

「ふふっ、そうでございましたね……では主様、お二人の意識を戻します」

 

「……あぁ、頼む」

 

「奥様、またいずれ会う時まで」

 

「はい、いつでも呼んで下さいまし、私も色々な事をお話したいですから」

 

「畏まりました、では」

 

黒狼が再度深く頭を下げた所で、視界が段々と狭まって来る。

 

やがて視界は真っ暗になり、意識が遠退いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ませば、いつもの部屋の天井が目に入った。

 

そして視線を横に向ければ安らかな寝顔のセシリアの姿……上手く行った様で良かった。

 

時刻は早朝、この二日間まともに身体を動かしていないから今日は流石に動かないと身体が鈍ってしまう。

 

包帯をしている事を考えると走る事は出来ないが、せめてウォーキング程度なら問題は無いだろう。

 

セシリアを起こさない様に細心の注意を払いながら腕をゆっくりと引き抜き、シーツをきちんと掛ける。

 

それから枕元に書き置きを置いてから着替え、足早に外へと向かった。

 

 

 

「あ、悠斗さん、おかえりなさい」

 

「……ただいま、セシリア」

 

部屋へと戻って来るとセシリアが直ぐに出迎えてくれた。

 

「あの、まだ怪我が完治した訳では無いのですから無理をなさらないで下さいね?」

 

「わかってる、だから走ったりはせずに軽いウォーキングで済ませているさ」

 

「それなら良いのですが……ウォーキングですから汗はかいていないですわよね? 喉は渇いていると思いますから、直ぐに珈琲を淹れますわ」

 

「すまないな、ありがとう」

 

何の変哲も無い普通の会話ではあるのだが、内心でとても嬉しいと思ってしまう。

 

何故なら、今の会話のやり取りがまるで……。

 

「悠斗さん? どうかしましたか?」

 

「……いや、今の会話が、まるで夫婦みたいに思えて嬉しいと感じてしまってな」

 

「ふふっ、では"あなた"とお呼びしましょうか?」

 

「悪く無いし魅力的だが、今は名前で呼ばれていたいな」

 

「私もですわ、そうお呼びするのは……結婚してから、ですわよね?」

 

「……そうだな」

 

触れるだけのキスをしてから、セシリアは珈琲を淹れる為にキッチンへと向かう。

 

そして俺は珈琲を、セシリアは紅茶を淹れ、食堂へと向かう時間までゆっくりと二人で過ごす。

 

その時、扉を叩くノックの音が部屋に響いた。

 

こんな朝早くから誰だ?

 

セシリアとの時間を邪魔されるのは正直癪だが無視する訳にはいかない、渋々とだが立ち上がり扉へと向かう。

 

「あ、おはよう悠斗、朝早くに悪いわね」

 

「……やっぱり邪魔をするのはお前か、鈴」

 

「は? どゆこと?」

 

扉を開けた先に立っていたのは鈴だった。

 

思わず口に出してしまったが、毎度毎度本当に邪魔をしてくれるな。

 

「よくわかんないけど、昨日の夜に一夏と話して、友達の所に行くって話の事なんだけど、来週の月曜日の朝からで良い?」

 

「俺は特に予定は無いから構わないが、セシリアに聞いてみてからだな」

 

「うん、今から聞きに行くつもりだけど?」

 

「いや、今聞けば良いだろ?」

 

「…………は?」

 

「セシリア、少し良いか?」

 

「はい? 何ですの?」

 

中にいるセシリアへと声を掛ければ直ぐに此方へとやって来た。

 

「あら鈴さん、おはようございます」

 

鈴の姿を見て挨拶をするセシリアだったが、何故か鈴は目を点にして呆然と固まったまま一言も発しない。

 

……何だ?

 

「セ、セシリア……えっ、あの……何で、ここに……?」

 

「何故って、悠斗さんと一緒にいたからですけど?」

 

「い、いつから……?」

 

「えっ? 昨夜からですが、それが何か?」

 

セシリアの言葉に、鈴の表情が目まぐるしく凄まじい勢いで変化し続けている。

 

何をしているんだこいつは?

 

「ちょ、待っ……! セシリア! あんた何してんの!?」

 

突然の叫び、朝から騒ぐな、回りに迷惑だろうが。

 

「何って、何か問題がありましたか?」

 

「問題も問題、大問題よ!! いくら付き合ってるからってそんな……その、一緒の部屋で一晩なんて……」

 

最後の方は顔を赤くしながら声が小さくなって行く。

 

とりあえず回りに迷惑になる為、一先ず鈴を部屋の中へと通した。

 

 

 

 

 

「あぁもう……ちょっと前まであんなに恥ずかしがってたのに、今じゃ微塵もそんなの無いじゃない……」

 

「えっと、鈴さんが何をそんなに怒っているのかわかりませんけど……あ、申し訳ありませんが、悠斗さんの部屋に泊まっていた事は織斑先生や他の方には内緒でお願いします」

 

「当たり前じゃない、そんなの口が裂けても言えないわよ……」

 

何やら呆れた表情で俺達を見て来る鈴、まぁ言わないと言っているから大丈夫だろう。

 

「それより鈴、セシリアに聞く事があるんだろ?」

 

「私に聞きたい事ですの?」

 

「はぁ……うん、昨日言ってた私と一夏の友達の所に行くって話、来週月曜日の朝からでどうかなって」

 

「特に予定は入れていませんので私は構いませんわ、悠斗さんは大丈夫ですの?」

 

「あぁ、俺も予定は無いから大丈夫だ」

 

「なら決定で良いわね、二人共ちゃんと外出申請出しといてよ?」

 

「あぁ、わかった」

「わかりましたわ」

 

「話はそれだけ……なんだけど、その、セシリアにちょっと聞きたいんだけど」

 

そう言った鈴は何やら頬を赤らめながら言葉を詰まらせつつも、セシリアを手招きしている。

 

セシリアが首を傾げながらも鈴の傍へと行き、そのまま顔を寄せると鈴はそのまま小さな声で耳打ちする。

 

 

 

「その、さ……昨日の夜から一緒って言ってたけど、二人はもう……?」

 

「……鈴さん、その事も含めて他の方には内緒で、くれぐれも口外しないで下さいね?」

 

「あぅ……!?」

 

 

会話の内容は聞こえない為に何もわからないが、何やら頬を赤らめながらセシリアが何かを言うと、途端に鈴が顔を耳まで真っ赤にさせながら飛び上がった。

 

不思議に思いながらその姿を見ていたが、やがて鈴は心此処に有らずといった様子でふらふらとした足取りで部屋から出て行ってしまった。

 

 

一体、何だったんだろうか?



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第43話 再会

「お待たせしました悠斗さん」

 

「大丈夫だ、別に待った訳じゃ無いからな」

 

あんな事件があったにも関わらず普段と変わらない、平和的に時間は過ぎて行き今日は月曜日。

 

普段であれば授業がある日だが、先週のクラス対抗戦が土日に掛けて行われた為に今日は振休となっている。

 

ちなみにクラス対抗戦の結果だが、後に機会を設けて試合はするらしいが実質中止の方向で話が纏まった。

 

何やら他の奴らがそれを聞いて絶望に崩れ落ちていたが、何があったのかはわからない。

 

 

いや、それはどうでも良いか。

 

今日は以前から約束していた鈴と織斑の友人の所に行く日、朝まで俺の部屋に一緒にいたセシリアが着替える為に自室へと戻って来た所だ。

 

いつも見ていた制服姿や寝間着姿とは違う、初めて見るセシリアの私服姿は美しいの言葉しか見付からなかった。

 

「……綺麗だ、とても似合っている」

 

「ふふっ、ありがとうございます、ですが悠斗さんもとても格好良いですわよ?」

 

「そう言われると、流石に恥ずかしいな」

 

「もう、悠斗さんはもっとご自分に自信を持って下さいまし」

 

そう言われてもな。

 

「では悠斗さん、行きましょう?」

 

「あぁ」

 

腕を組んで来るセシリア、ちなみに腕の包帯は既に取れている。

 

医療用ナノマシンとやらの性能はかなり高かった様で、既に腕には傷痕すら残っていない。

 

そのままセシリアと並んで、俺達は待ち合わせの場所である学園の校門前へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

「あぁもう……最早ツッコまないからね……」

 

校門前へとやって来ると既に鈴と織斑が先に待っており、鈴が俺達を見て開口一番にそんな事を言って来た。

 

さらにはその表情には呆れの色が浮かんでいる。

 

「それはどういう意味だ?」

 

「……何でも無いわよ、どうせ何言っても無駄なのはわかってるし」

 

「……よくわからないな」

 

変な奴だな、もう少しわかりやすく言って欲しいんだが。

 

 

「織斑さん、鈴さん、改めて今日はお誘い頂いてありがとうございます」

 

「いやいや、鈴と話してせっかくだから二人も一緒に連れて行こうって事になったからさ、それにこういうのって人数多い方が楽しいし」

 

「ふふっ……では今日はダブルデート、という事で宜しいですわね?」

 

「「デ、デートじゃない!」」

 

セシリアの言葉に鈴と織斑は互いに大声で否定し、そして視線を合わせると途端に頬を赤らめながら視線を逸らした。

 

……成る程、これなら時間の問題だな。

 

「と、とにかく! 集まったから行こうぜ!」

 

「ここから何で向かいますの?」

 

「電車で行くんだよ、そんなに遠くは無いから直ぐに着くんだけど、駅から少し歩くしなるべく混まない時間に行きたかったから少し早めに集まったんだ」

 

「わかりましたわ、では行きましょうか」

 

鈴と織斑が先頭で俺はセシリアと腕を組んだまま早速出発した。

 

時折鈴が恨めしそうに睨んで来ていたが、面倒だった為に無視した。

 

 

 

それから最寄り駅で電車に乗り、目的の駅で降りると初めて見る街並みが広がっている。

 

それほど活気のある訳では無いが、不思議と落ち着ける様な雰囲気だ。

 

「うわぁ! 懐かしい!」

 

駅から出て直ぐ、鈴ははしゃぎながら辺りを見渡していた。

 

そうか、鈴にとっては一年振りに帰って来た場所だろうからな。

 

「あの店まだ潰れて無かったの!? わっ、あそこのベンチ! よく学校の帰りに皆で駄弁ってたわよね!?」

 

興奮を隠せずにはしゃぐ鈴を、セシリアと織斑が微笑ましいものを見る様な目で見ている。

 

「鈴、そろそろ行こうぜ? 懐かしいのはわかるけど今日はあいつの所に行くんだし、外出申請出せばいつでも来れるだろ?」

 

「あ、ごめんごめん、つい懐かしくて……」

 

「ははっ、なら今度は二人で来ようぜ? 気持ちはわかるし、二人で懐かしの場所巡りしながら」

 

「えぅ!? ふ、二人で……?」

 

「あぁ! 良いだろ?」

 

「う、うん……」

 

二人のやり取りに、セシリアが心底嬉しそうに微笑みながら眺めている。

 

俺も鈴が嬉しそうで何よりだ。

 

そのまま二人で眺めていたが鈴が我に返って俺達に捲し立てて来た為、宥めつつも全員で歩き始めた。

 

 

 

 

 

「おーい! 一夏、鈴!」

 

そして歩き続ける事十数分後、前方から織斑と鈴を呼ぶ声が響いて来た。

 

視線を向ければ向こうから赤髪の男が此方へと駆け寄って来ている。

 

「弾! 久しぶりだな!」

 

同じく駆け出す織斑、そしてそのまま強く肩を組んで笑いあっていた。

 

「久しぶりだな! 元気してたか!?」

 

「それはこっちの台詞だっての! いきなりIS学園に入学しやがって!」

 

何とも楽しそうに会話をする二人、織斑と鈴から聞いてはいたが昔からの幼馴染みで親友であり、悪友と言っていた奴か。

 

そのまま会話が盛り上がっている二人の元に俺達も辿り着く。

 

「弾、久しぶりね」

 

「おぉ鈴! 帰って来てたんだな!? つか相変わらずちっこいな!」

 

「誰がちっこいよ!!」

 

「ぐほぉっ!?」

 

男の言葉に鈴が鋭い蹴りを喰らわせ、見事に腹部を急襲する。

 

蹴られた腹部を押さえながら踞る男に、セシリアが心配そうに駆け寄る。

 

「あ、あの、大丈夫ですの……?」

 

「げふ……だ、大丈夫大丈夫、俺の扱いなんていつもこんな感じだったから……って、うおおおおおおおっ!?」

 

顔を上げてセシリアを見た途端に突然大声を上げる男、思わずセシリアが肩を震わせ驚いていおり、傍にいた織斑も驚いているが何故か鈴だけは呆れた表情をしている。

 

「えっ、あ、あの……?」

 

「お、おい一夏、鈴! この金髪美人は一体!?」

 

「あぁ、紹介するよ、セシリア・オルコットさんと、その後ろにいるのが五十嵐悠斗、二人共俺のクラスメイトだ」

 

「初めまして、セシリア・オルコットですわ」

「五十嵐悠斗だ」

 

「お、おぉ! 五反田弾だ! 一夏と鈴の悪友って所だな! そ、それよりその……えっと、オルコットさん? 単刀直入に言わせて頂いても……」

 

「あ、弾? 馬鹿な事は言わない方が良いわよ? 悠斗に殺されるから」

 

「…………えっ?」

 

五反田と名乗った男がまるで壊れた機械の様な動きで俺を見て来る。

 

今の反応で何と無くは理解したが、恐らくはセシリアに一目惚れしたのであろう。

 

確かにセシリアは綺麗で一目惚れしてもおかしくは無いが……それは、許す事は出来ないな。

 

「えっ……あの、オルコットさん? も、もしかして……」

 

「はい、御生憎様ですが私の愛する方は世界で只一人、悠斗さんだけですので」

 

そう言って俺の首へ腕を回し、そのまま触れるだけのキスをしてくるセシリア。

 

呆然と目を点にする五反田、苦笑を浮かべながら五反田の肩へと手を置く織斑、呆れた様な表情で口元を歪ませる鈴。

 

「……そういう事だ、下手な発言はやめてくれ」

 

「……う、嘘だろおおおおおおっ!?」

 

五反田の悲鳴にも似た叫びが、辺りに響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

「いや、本当に悪い、つい興奮した……」

 

全員で目的の店へと歩いていると五反田がそんな謝罪の言葉を漏らした。

 

すっかり項垂れており、その背中はかなり小さく見える。

 

「えっと、悠斗って呼んで良いか?」

 

「あぁ、構わない」

 

「その、確か学校始まってまだ一ヶ月ぐらいしか経って無いのに、よくオルコットさんみたいな美人と付き合えたよな?」

 

「……まぁ、それは俺も思うが」

 

セシリアは俺の告白に同じ気持ちだと答えてくれたが、俺の様な素性も知らない奴の告白を貴族であるセシリアが受け入れてくれた事自体が奇跡に近いからな。

 

「もう悠斗さん? 例え出会ってからの日が浅くとも、私は悠斗さんに初めて出会ったあの日から惹かれていたんですのよ? とても強くて、私を守ってくれた優しく紳士的な姿に」

 

「そうか……ありがとうセシリア」

 

「ふふっ、例え何があろうとも悠斗さん以外に心が揺らぐ事なんて有り得ませんわ。 何度もお伝えしましたが、私はいつまでも悠斗さんと一緒にいたいのですから」

 

「セシリア……」

「悠斗さん……」

 

「はいはいはいはい、こんな道のど真ん中でイチャイチャしない」

 

セシリアと見つめ合っていると、鈴がそんな事を言いながら俺達の間に入って来た。

 

「どうしたんですの鈴さん?」

 

「どうしたも何も無いわよ、こんな往来の場所でイチャつかないでよ、一緒にいるのが恥ずかしくなってくるわ」

 

「恥ずかしいですか? 私はただ思った事を口にしただけですが……」

 

「ほらこれよ、無意識ほど恐いものは無いわよ、つうか悠斗も何か言いなさいよ……露骨に無視すんな! こら!」

 

一人騒ぐ鈴に無視を決め込めば更に捲し立てて来る。

 

俺達に何だかんだ言う前に自分が先ずは静かにするべきなんじゃないのか?

 

 

「……なぁ一夏、もしかして鈴の今のポジションって苦労人?」

 

「……多分、最近あんな感じでツッコミしてるとこしか見てない」

 

 

何やら織斑と五反田が俺達を見ながら小声で会話をしているが、上手く聞き取る事は出来なかった。



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第44話 五反田食堂

そのまま歩き続ける事更に十数分、ある店の前で五反田が足を止めた。

 

視線を向ければ店の看板には《五反田食堂》の文字が。

 

「着いたけど、さっきの事があるから悠斗とオルコットさんには誠意を見せないとな!」

 

「……誠意?」

 

突然そんな事を言い始める五反田に俺もセシリアも思わず首を傾げる。

 

「あぁ! 二人はせっかく来てくれたし、さっきは迷惑掛けたからさ、好きな物食ってくれよ!」

 

「……好きな物?」

 

「あぁ! 勿論俺が奢るぜ! こう見えても家の手伝いとバイトで金は持ってるからよ!」

 

「……本当か?」

 

「勿論! 男に二言は無いぜ!」

 

それはありがたいな、まだメニューを見ていないが、鈴と織斑が昔から通い絶品だと言っていたから味は確かなんだろう。

 

何やらセシリアと鈴、織斑が五反田に哀れみの目を向けているのが気になったが、せっかくの厚意は受け取っておくべきだろう。

 

「わかった、そうさせて貰おう」

 

「おう! オルコットさんもな!」

 

「え、えぇ……あの、御愁傷様ですわ……」

 

「…………へっ?」

 

セシリアの言葉に目を点にする五反田を引き連れ、俺達は店の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

店の中はカウンターとテーブルにそれぞれ席のある、個人の店としては中々に広い造りのものだった。

 

そしてカウンターの中、入って来た俺達に鋭い視線を向けて来る荘厳な雰囲気を醸し出す老人、恐らくは店主だろうか。

 

「じいちゃん! 一夏と鈴が来たぜ!」

 

「厳さん、お久しぶりです」

「一年振りになりますけど、お久しぶりです」

 

「おぉ、元気だったか? 今日はよく来てくれたな……そっちは?」

 

二人から俺達に視線を向けて来る。

 

「えっと、鈴さんと織斑さんの同級生のセシリア・オルコットですわ。 今日はお招き頂きまして誠にありがとうございます」

 

そう言って深く頭を下げるセシリア、それに習い俺も頭を下げた。

 

「同じく同級生の五十嵐悠斗だ、今日は宜しく頼む」

 

「そうか、よく来てくれたな、好きな所に座ってくれや」

 

その言葉に俺達はカウンター近くのテーブル席へと座った。

 

そして壁に掛けられたメニューを見れば様々な中華料理の名前がずらりと並んでいる。

 

ほう……どれも美味そうだな……。

 

「ちなみにオススメは野菜炒め定食だな! まぁ他に気になるものがあるならそれでも良いぜ?」

 

「俺は野菜炒め定食!」

「私も、久しぶりに厳さんの野菜炒め食べたいし」

「なら私も同じものでお願いしますわ」

 

「オッケー、なら三人は野菜炒め定食だな、悠斗は?」

 

「……そうだな」

 

メニューを見ながら、じっくりと厳選する。

 

「弾、念のため最終確認、本当に男に二言は無いのよね?」

 

「えっ? そりゃ勿論、それは男が廃るってもんだ」

 

「そう……御愁傷様」

 

「なぁ、さっきオルコットさんも同じ事言ってたけど一体どういう意味……」

 

 

「……野菜炒め、青椒肉絲、回鍋肉、カニ玉、五目炒飯に五目餡掛け焼そば、酢辣湯、デザートに杏仁豆腐」

 

 

「…………は? はぁっ!?」

 

五反田の素っ頓狂な声が店内に響き渡った。

 

「どうかしたか?」

 

「いや、ちょ、おまっ……! そんなに食えるのか!?」

 

「……残すつもりは無いが?」

 

「五反田さん、悠斗さんなら大丈夫ですわよ? 仰った通り残したりはしませんのでお店にご迷惑を掛ける事はしませんわ」

 

「いや、違う、そういう問題じゃなくて……えっ、マジで……?」

 

「弾、諦めなさいよ、あんたが自分で言い始めたんだから、自分の発言には責任を持ちなさい」

 

「…………嘘、だろ」

 

絶望に染まる五反田をそのままに、俺達は構わずにそれぞれ注文をするのだった。

 

 

 

 

「あいよ、お待ち」

 

目の前のテーブルにそれぞれ注文した料理が置かれた。

 

四人は定食の為にトレイ一枚で収まっているが、俺の前にだけ皿が大量に並ぶ。

 

どれも出来立ての為に湯気が立ち上り、何とも食欲を誘う香りだ。

 

「……兄ちゃん、本当に全部食えるんだな?」

 

「あぁ、作った料理を残すのは作り手に対する冒涜だ。 そんな失礼な事は絶対にしない、残さずに食う」

 

「……そうか、なら良い」

 

そう言ってカウンターへと戻って行く店主を見送ってから目の前の料理へと視線を戻す。

 

冷める前に食わないとな……先ずはオススメだと言っていた野菜炒めから。

 

「……ほう」

 

これは確かに、生という訳では無くきちんと火は通っているのにそれぞれの野菜の食感が残っており味付けも野菜本来の味を引き立たせている。

 

次いで他の料理も一口ずつ食べてみるが、そのどれもが正に絶品だ。

 

これはかなり美味いな。

 

「うわ……見てるだけで胸焼けしてきた……」

 

向かいに座る五反田がそんな事を言って来たが、気にせずに食べ続ける。

 

「んっ……くっ……!」

 

そんな時、隣に座るセシリアが何やら苦し気な声を漏らしている事に気付いた。

 

視線を向ければ箸で掴もうとするが虚しくもずり落ちて行く野菜炒めが。

 

「セシリア、箸が使えないのか?」

 

「うっ……その、お恥ずかしながら、まだ箸には慣れていなくて……」

 

「……そうか、なら」

 

セシリアの手から箸を借り、そのまま野菜炒めを掴んで口元へと運ぶ。

 

「えっ? ゆ、悠斗さん……?」

 

「俺はどちらの手でも使える、遠慮せずに食べてくれ」

 

「あぅ……」

 

恥ずかしそうに頬を赤らめるセシリアだが、ゆっくりと口を近付けて来る。

 

そしてゆっくりと、味わう様に噛み締めた。

 

「……ふふっ、とても美味しいですわ」

 

「あぁ、味付けが絶妙だな」

 

「味付けもですが、悠斗さんが食べさせて下さるのでもっと美味しいですわ」

 

「……そうか」

 

そのまま右手でセシリアに食べさせながら俺も左手で自分の分を食べて行く。

 

せっかくこんなに美味い料理だからな、冷めてしまっては勿体無い。

 

「うわマジか……お前らいつもこんなの見せ付けられてんの?」

「い、いや、俺はそんなに……」

「一夏が羨ましいわ、私はしょっちゅう見せられてるわよ」

 

「……何だ?」

 

「「「いや、何でも無い」」」

 

変な奴らだな……っ!?

 

背後からの気配、箸を置いて咄嗟に手を伸ばして飛来して来た物を掴んで受け止めた。

 

これは……お玉?

 

飛来して来たお玉は全部で三本、一本は俺が受け止めたが、残りの二本はそれぞれ織斑と五反田の頭へと襲い掛かった。

 

「ぐあああっ!? デコが、俺のデコがああああっ!?」

「ぐおぉ……!? ひ、久しぶりだぜこの痛み……!」

「うわ……痛そ……」

 

騒ぐ二人を一瞥してから視線を背後に向ければいつの間にか店主が直ぐ後ろに立っていた。

 

年齢的にはかなり高齢なのにも関わらず、その身体付きと威圧感はまるで歴戦の猛者の様に感じる。

 

「お前達、飯を食う時は黙って食えと何度も教えただろうが。 それと兄ちゃん、そんな食い方は作り手に対する冒涜じゃないのか?」

 

「……確かにそうだな、話をしていた事は謝る。 だがこの食い方に関しては許して貰えないか? セシリアはまだ日本に来て日が浅く箸の使い方に慣れていない、せっかくの料理が冷めてしまえば元も子も無いだろう?」

 

「……成る程、兄ちゃんの言い分も一理あるな」

 

「黙って食う分そこを理解して貰いたい、頼む」

 

そう言って頭を下げれば、店主は暫く黙り込んだ。

 

「むぅ……わかった、兄ちゃんの言う通りだな、それは許してやろう」

 

「……すまない、感謝する」

 

そのまま店主は俺から視線を外してカウンターへと戻って行く。

 

それから俺達は一切会話せずに食事を続けるのだった。

 

 

 

 

 

「……ごちそうさまでした」

 

箸を置いて手を合わせる。

 

かなり美味かった、これは学園の食堂よりも美味いかもしれない……満足出来る料理だった。

 

「す、すげぇ……本当に全部食いやがった……」

 

「残すつもりは無いと言ったが?」

 

「いや、確かに言ってたけど実際見るとすげぇよ……うぅ、財布が軽くなった……」

 

「あんたが余計な見栄を張るからでしょ」

 

「まさかそんなに食うとは思わなかったんだよぉ……」

 

 

 

食後のお茶を飲みながら暫し歓談の席となる。

 

「いや~相変わらず厳さんの作る飯は美味いな」

 

「そうね、前と全く変わらない美味しさだし……本気で弟子入りしようかな」

 

「あ、そういえば前に酢豚とか何とか言ってたっけ? もし良かったら今度鈴が作った料理を食わせて貰えないか?」

 

「えっ!?」

 

「俺も色々作れる様になったからさ、お互いに弁当作って食べ比べしても面白そうだろ? たまには食堂じゃなくて屋上で皆で食べても楽しそうにだし」

 

「あ、み、皆でね……そうよね……」

 

「鈴の手料理食べてみたいしさ、頼むよ」

 

「うっ……し、仕方ないわね……」

 

何やら面白そうな話だが、そこは織斑に二人でと言って欲しかったな。

 

まぁ、織斑はそういう奴だから仕方ない。

 

 

 

「あ、お兄! ここにいたのね!」

 

 

突然、奥からそんな声が響いた。

 

視線を向ければ弾と同じ髪色で、何ともラフな格好の女が鋭い目付きをしながら此方へとやって来ていた。

 

「部屋の掃除するって言ってたのに何してんの? 早く……えっ? い、一夏、さん?」

 

「あ、蘭、久しぶり」

 

何やら織斑の顔を見て固まる女、一夏は蘭と呼んだが知り合い……恐らくは、五反田の家族だろうか?

 

「あ~……言うの忘れてたわ、悪い」

 

「……っ!?」

 

顔を一気に真っ赤にさせて、女は目にも止まらぬ速さで奥へと引っ込んでしまった。

 

……何だったんだ?



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第45話 五反田食堂Ⅱ

「んんっ! 先程は失礼しました」

 

 

あれから数分後、先程奥へと引っ込んで行った女が戻って来た。

 

何故か服装が先程のラフなものから変わっており、部屋着にしては自棄に張り切った服装になっているが……何も言わない方が良いのだろうか?

 

「おいおい何だよ、思いっきり猫被りやがって」

 

「ふんっ!!」

 

「ぐえぇっ!?」

 

五反田の鳩尾へと的確な拳が入った。

 

今のは見事だな、迷いも無く踏み込みもしっかりしている……いや、違うか。

 

やはり下手な事は言ってやらない方が良さそうだ。

 

「……えっと、本当にお久しぶりです一夏さん……鈴音さんも」

 

「……そうね、久しぶり蘭」

 

何やら鈴との間に火花が散っている様に見える。

 

……先程織斑に気付いた時の反応と言い、今の鈴との空気と言い、まさかとは思うがこいつも織斑の事が?

 

「あ、悠斗とオルコットさんに紹介して無かったよな、この子は弾の妹なんだ」

 

「えっと、五反田蘭です、宜しくお願いします」

 

「そうだったんですのね? 初めまして、私はセシリア・オルコット、鈴さんと織斑さんとはIS学園での同級生ですわ」

 

「わぁ……き、綺麗な人……」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

「五十嵐悠斗だ、セシリアと同じく二人とは同級生だ」

 

「えっ? あの、もしかして噂の二人目の男性操縦者って……」

 

「多分俺の事だな」

 

「あ、えっと……宜しくお願いします」

 

「あぁ」

 

互いに自己紹介を済ませたのだが何やら俺の顔を見て何か言いたげな女……蘭だったな、何か付いてるのか?

 

「……俺の顔に何か付いてるか?」

 

「えっ!? あ、いえ!」

 

「むっ……」

 

蘭の反応を見て、隣に座るセシリアが口を尖らせる。

 

「悠斗の顔が恐いんじゃないの? あんた顔は良いけど目付き悪いしいつも怒ってる様な顔してるし」

 

「うるさいぞチビ」

 

「何をー!?」

 

向かい側から飛び掛かって両手を振り回して来る鈴を片手で押さえながら蘭へと視線を戻す。

 

「……まぁ、こいつが言った通りかもしれないが、別に怒っている訳じゃ無い」

 

「ち、違うんです! その、か、格好良い人だなぁって……思いまして……」

 

「は?」

 

「むぅ……!」

 

セシリアが更に頬を膨らませた。

 

流石にこれ以上はいけない、鈴を押さえながらセシリアの頭を撫でてやる。

 

「セシリア、落ち着いてくれ」

 

「むぅ……わかりましたわ」

 

口を尖らせたままではあるが、セシリアは何とか落ち着いてくれた様だ。

 

「おい蘭、あんまり悠斗に絡んでやるなよ? 隣に彼女さんがいるんだからよ」

 

痛みにもがいて転がっていたが、漸く起き上がった五反田……いや、それだとややこしいな、弾の言葉に蘭は驚きを隠せない様子で俺を見てくる。

 

「えっ!? 彼女!? も、もしかして鈴音さん!?」

 

「……何故そうなる?」

 

「こら蘭! 何で私がこいつの彼女になんのよ!?」

 

「えっ!? じゃ、じゃあ……」

 

「んんっ、蘭さん? 間違えるのは仕方のない事かもしれませんが、悠斗さんとお付き合いしているのは私ですのでお間違いにならないで下さいますか?」

 

セシリアが俺の腕へと強く抱き付いて来ながら蘭へとはっきりと告げた。

 

それを見て蘭が何やら口元を押さえながら目を輝かせ、鈴が口をへの字に歪ませている。

 

……鈴はいつも通りだとしても、蘭は一体何だ?

 

「わぁ……! 凄い……こんな美男美女のカップル、初めて見た……!」

 

……確かにセシリアは美女だが、俺は違うだろ。

 

「すみません、私ったら失礼な事を……」

 

「わかって頂けたのなら良いんですのよ」

 

「そ、その、オルコットさんは……」

 

「セシリアで結構ですわ、私も蘭さんとお呼びしましたから」

 

「えっ!? あの、じゃあ……セ、セシリアさん! 付き合った時の事とか、色々と聞いても良いですか!?」

 

「えぇ、勿論構いませんわ」

 

……やはり、こういった恋愛絡みの話題が好きなのか。

 

蘭からの質問に、セシリアは事細かに俺との馴れ初めやら告白の時の事、普段の学園での事を話し始めた。

 

最初は蘭だけだったのだが、いつの間にか鈴と織斑までもがセシリアの話に夢中になって聞き入っている。

 

だが、セシリアは普通に話しているのだろうが、どれも話を盛っているというか、美化し過ぎていないか?

 

聞いているこっちが恥ずかしくなって来た為に一つ隣の席へと移動してお茶を飲んでいた。

 

「随分とべた褒めされてるな~?」

 

「……からかうな」

 

弾が向かいの席へとやって来ると俺にニヤニヤとした表情を向けて来る。

 

……いつぞやの織斑の顔を思い出すな、一発入れて良いだろうか?

 

「んや? 別にからかってねぇよ、オルコットさんがあれだけ言うって事は悠斗がそれだけオルコットさんに対して真摯に向き合ってるって事だろ? なら恥ずかしがらずに誇れば良いんじゃないのか?」

 

弾の言葉に思わず驚いてしまった。

 

「ん? どした?」

 

「……いや、まさかそんな事を言われるとは思わなくてな」

 

人は見掛けとは違う、という事なのか。

 

「おいおい俺を何だと思ってるんだよ? 俺はただ……」

 

そこまで言って、急に真剣な顔付きになったかと思えば膝に手を置いて勢い良く頭を下げて来た。

 

「どうすればあんな美人と付き合えるのか、ご教授下さい先生!!」

 

……俺の感動を返して欲しい。

 

見た目や言動と違って真面目で良い奴かと思ったが、そんな下心満載だったのか。

 

「先生!!」

 

「誰が先生だ、変な呼び方をするな」

 

「なぁ~頼むよ~! 俺も彼女が欲しいんだよ~!」

 

「知るか、自分で何とかしろ」

 

「それが出来ないから聞いてるんだろ!? 何が問題なんだよ!? 顔か!? やっぱり顔なのか!?」

 

頭を抱えながら喚く弾、それを言ったら俺はどうなるんだ。

 

「おい弾、どうしたらんだよ急に叫んだりして」

 

「一夏! お前にも俺の気持ちはわかるだろ!? モテたいよな!? 彼女が欲しいよな!?」

 

「いや……俺はまだそういうのがわからないし……」

 

「お前は顔が良いんだから選り取り見取りだるぉ!? しかもIS学園と言えば男からすれば女の子の楽園、どうせ告白の一つや二つされてんだろ!?」

 

「えっ……あ、その……」

 

「お前えええっ!? まさかマジで告白されたのか!? 誰だ!? 可愛いのか!? 美人なのか!? 畜生羨ましいんだよ何で昔からお前ばっかり誰か紹介して下さいお願いします!!」

 

うるさい奴だな、その織斑に告白した奴は直ぐそこにいるんだが……顔を耳まで真っ赤にしながら。

 

セシリアは弾を残念なものを見る様な哀れみの目で、蘭はまるで道端に落ちているゴミを見る目でそれぞれ弾を見ている。

 

「……いつもこうなのか?」

 

そんな蘭に尋ねると何とも気まずそうに頬を掻いている。

 

「……お恥ずかしながら、こんなのが兄だなんて信じたくはありませんが」

 

「そうか……だが、例え性格がどうであれ、血の繋がった兄なら大切な存在に変わりは無いんだ、大事にしてやれよ?」

 

「えっ? あ、はい……」

 

何やら目を丸くする蘭、何だ?

 

「こ、これがセシリアさんの言っていた五十嵐さんの優しさ……!」

 

「そうですわ蘭さん、悠斗さんはとても優しいんですの」

 

「……セシリア、余り変な事を教えないでくれ」

 

「あら? ただ悠斗さんの良い所を教えて差し上げただけですわよ?」

 

「いや……はぁ、わかった」

 

セシリアには悪気が一切無い分、何と言えば良いのか。

 

結局そのままセシリアと蘭、鈴の三人は再び会話に華を咲かせ、その間弾は織斑にずっと質問責めにしていた。

 

 

 

 

「……はぁ、すまない、待っている間に胡麻団子とマンゴープリン、それから杏仁豆腐をもう一つお願いしたい」

 

一先ず店主に代金を払ってデザートを追加で頼むのだった。



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第46話 二人の時間

「あ、そうだ、まだ皆帰らないだろ? 久しぶりに上がって行けよ」

 

それぞれの話が終わり、弾が突然そんな事を言い出した。

 

「え? 良いのか?」

 

「勿論! 鈴も交えていつぞやの再戦と行こうぜ! 鈴には俺も一夏も蘭も負け越してるからな、今日こそ勝たせて貰うぜ!」

 

「ふん、また返り討ちにしてやるわよ……蘭も良いわよね?」

 

「……そうですね、今日こそ勝たせて貰います」

 

どうやら二人はこのまま五反田兄妹と遊ぶ様だ、会話を聞く限りどうやらゲームの様だが……俺はゲームはやらないから残っても仕方無いな。

 

「セシリアはどうする?」

 

「えっと、恐らくはゲーム……の様ですし、私はそういったものに疎いのでご遠慮しますわ」

 

「そうか……ならすまないが俺とセシリアは先に帰るぞ」

 

「帰るのか? わかった、 また食べに来てくれよな!」

 

「……また奢ってくれるのか?」

 

「うっ……そ、それはもう勘弁……」

 

「冗談だ、次に来た時は自分で払う」

 

「た、助かった……」

 

流石に何度も奢って貰うのは弾に悪い、それにこれだけ美味い店だ、自分で払って食うのが筋だろう。

 

「五反田さん、今日はありがとうございました。 私まで食事代を払って頂いてしまって」

 

「良いんすよ! オルコットさん程の美人と知り合えたなら奢った甲斐があるってもんすから!」

 

「……おい」

 

「あ、やべ……と、とにかくオルコットさんもまた悠斗と一緒に来て下さいよ、何時でも待ってますんで!」

 

「ふふっ、ではお言葉に甘えさせて頂きますわ」

 

セシリアと二人で席を立った。

 

そのまま出口へと向かう……前に、店主のいるカウンターへと向かう。

 

「さっきの件、礼を言わせて欲しい……ありがとう」

 

「おう、まぁ俺も大人げなかった、兄ちゃんの食いっぷりは見ていて気持ち良かったからな、また来てくれや」

 

「あぁ、とても素晴らしい料理だった、また食べに来させて貰う」

 

「あ、あの、本当に美味しかったですわ! 次に来る時までにお箸の使い方を覚えますので!」

 

「ん……まぁ、兄ちゃんが食わせてくれるなら無理に覚える事は無いんじゃねぇか? きちんと残さず食ってくれるなら俺も文句は言わん」

 

「えっ? よ、宜しいんですの?」

 

「構わねぇよ、姉ちゃんも兄ちゃんもその方が良いだろ? だからまた二人で来てくれや」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

深々と頭を下げるセシリア、それに習い俺も深く頭を下げた。

 

この店主、話がわかるな。

 

やはり是非ともまたこの店に来なければ。

 

 

「う、嘘だろ!? じいちゃんがあれを許したのか!?」

「げ、厳さんが飯の時のああいうのを許すなんて!?」

「あぁもう……絶対に私は一緒に来ないわよ……」

「えっ? えっ? な、何かあったの?」

 

 

後ろで四人が何やら俺達の事を言っている様だが気にせず、そのまま再度店主に礼を言ってから店を出た。

 

店を出ると、直ぐにセシリアが腕へと抱き付いて来る。

 

「ふふっ、恐い方かと思っていましたがとても優しい方でしたわね」

 

「あぁ、また来たいな」

 

「その時はまた悠斗さんが食べさせて下さるんですのよね?」

 

「そのつもりだ、だが箸の使い方自体は覚えておいた方が良いぞ?」

 

「それは勿論ですわ、いつまでも使えないのは恥ずかしいですし……将来、"子供"が出来た時に教えられないですもの」

 

不意討ちで言われた"子供"という言葉に思わず驚いてしまった。

 

だが、そうか……子供か……。

 

「……その時までには覚えないといけないな、それに俺も洋食のテーブルマナーというものを覚えていた方が良いかもしれない」

 

「ふふっ、それでしたら私が手取り足取り教えて差し上げますわ」

 

「その時は宜しく頼む」

 

「はい!」

 

腕を組んだまま、俺達は駅へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

駅へと戻って来たのだが時間はまだ昼過ぎ、このまま帰っても構わないのだが、せっかく外出申請を出しているのだから少し勿体無いかもしれない。

 

「セシリア、今からどうする?」

 

隣のセシリアにそう尋ねれば、少し考え込んでから静かに口を開いた。

 

「その、悠斗さんが宜しければ何処かに寄って行きませんか? せっかくの外出ですし、勿論悠斗さんが帰るのであればそれで構いませんけども……」

 

「セシリア、前にも言ったが俺に対して遠慮はしないでくれ、俺はセシリアと一緒にいれるのならそれで構わないんだ。 少しぐらい我が儘を言ってくれても良いんだぞ?」

 

「悠斗さん……」

 

俺の言葉にセシリアは目を見開き、より一層強く腕を抱き締めて来る。

 

「申し訳ありません……」

 

「謝らなくて良い、だが今言った通り、遠慮せずに言ってくれ」

 

「ありがとうございます……では悠斗さん、このままご一緒に宜しいでしょうか?」

 

「あぁ、勿論構わない」

 

腕を組んだまま駅へと入り、そのまま切符を購入して電車へと乗り込んだ。

 

その際何やら電車の乗客……主に男がセシリアへと視線を向けていた為に睨み付ければ直ぐに視線を逸らし、そのまま隣の車両へと逃げる様に移動して行った。

 

「あら? 皆さん移動していますが、何かあったのでしょうか?」

 

「……さぁな、わからん」

 

セシリアは俺に言う前に自分の容姿の事を自覚した方が良いと思うんだがな。

 

少し危機感が足りないのではと思ってしまう。

 

そのまま電車に乗る事数分、先程の駅と学園の中間に当たる駅で電車を降りる。

 

ここは市内でも大きな繁華街で、中央には巨大なショッピングモールがあり、セシリアと一緒に回るには持ってこいの場所だ。

 

そのまま駅から出てショッピングモールへと歩き始める。

 

「セシリアは来た事はあるのか?」

 

「はい、入学してから二回程ですが、悠斗さんはあるのですか?」

 

「元々学園の寮に入る前はこの近くのホテルから通っていたからな、それ程歩き回った訳では無いが多少はわかる」

 

「では悠斗さん、エスコートして頂けますか?」

 

「セシリアが退屈しない様、出来る限り務めよう」

 

「ふふっ、その心配はいりませんわ、悠斗さんと一緒にいるのですから」

 

「……そうか」

 

そのまま歩いていたのだが、何やら周囲から視線を集めている。

 

またセシリアを見ているのか?

 

そう思って周囲をさりげなく見回してみたのだが、視線を向けているのは男だけでは無く女の姿もあった……何故だ?

 

そんな疑問を抱いたが、余り気にも留めずにセシリアと並んで歩き続ける。

 

 

 

 

 

 

やって来たショッピングモール、レゾナンス。

 

この辺りでは一番大きなモールで、ここに来れば大半のものが買えるぐらいの品揃えを誇っている。

 

幸いにも今日は月曜日、つまりは平日の為にそこまで人は多くは無い様だ。

 

「……すまない、エスコートすると言ったが、セシリアは何か買いたい物はあったか?」

 

「えっと、服を新調したいのと、ここに紅茶の専門店がありまして、そこで紅茶を買いたいですわね」

 

「そうか、なら先に紅茶の方が良いか? その方が服よりも荷物にはならない筈だ」

 

俺の言葉にセシリアは頷き、先に紅茶の専門店へと向かった。

 

 

 

「凄いな……」

 

店に入り、俺は開口一番にそんな呟きを漏らしてしまった。

 

紅茶の専門店というだけあって陳列棚にはかなりの種類の茶葉が並んでいる。

 

店に入る前から既に紅茶の香りが鼻腔を擽っていたが、まさかここまで種類があるとは思わなかったな。

 

「恐らく市内でここまで取り揃えている専門店は他には無いと思います。 私の好きで良く飲んでいる茶葉も置いているんですの」

 

「……もし良ければ、今度その紅茶を飲ませて貰えないだろうか? 普段は珈琲だが、セシリアが気に入っている紅茶というのも一度飲んでみたいんだが」

 

「勿論ですわ! 最高の紅茶を振る舞って差し上げます!」

 

「ありがとう、その時は頼む」

 

そんな約束をしながら茶葉を買い、次に服を買う為に店を出て上の階へと向かった。

 

そしてやって来たのだが、取り扱っている服の種類が男の物とは比べ物にならないぐらいに多い。

 

今のご時世は女尊男卑の社会で仕方無い事だとは言えども、ここまではっきりと差があるのはどうかと思うな。

 

そのまま店内へとセシリアと並んで入って行くが、女物の服を取り扱っている店に男である俺が入った為に周りの店員や客の視線が集まってしまう。

 

「あの、悠斗さんに服を選んで頂きたいのですが宜しいでしょうか?」

 

「俺に? すまないが服は詳しく無いから当てにはならないと思う、それにセシリアならどんな服でも似合うと思うが?」

 

「あ、ありがとうございます……ですが、悠斗さんに選んで頂く事に意味があるのですわ」

 

「そういうものか……わかった」

 

そのまま服を見て回るが、正直他の奴らから向けられる視線が鬱陶しい。

 

こういった場所では女尊男卑の社会に染まり自分が偉いと勘違いしている馬鹿が変な難癖をつけて来る事があるからな。

 

しかし、警戒していたのだが不思議な事に向けられる視線に敵意等は無かった。

 

……今日は、そういう奴はいないのか?

 

「悠斗さん、此方なのですが、どちらが良いと思いますか?」

 

セシリアの問い掛けに周りに向けていた意識を戻す。

 

手にしていたのはどちらもワンピース、一着は黒で落ち着いた大人らしい雰囲気のもの、セシリアが着ればそのまま舞踏会にいる淑女そのものだろう。

 

そしてもう一着は対照的に純白のワンピース、セシリアの上品で清楚なイメージそのものを表している様に思える。

 

どちらも悩みがたいが、両方のワンピースを着たセシリアをイメージして直ぐに答えは出た。

 

「……白、の方が良いと思う」

 

「あの、理由を伺っても?」

 

「黒も似合うと思うが、白の方が上品で清楚なイメージのセシリアに似合うと思ったからだ」

 

「え、あぅ……そ、そうですの……」

 

思った事を正直に伝えれば、セシリアは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら視線を逸らしてしまった。

 

何やら近くにいる奴らから意味深な視線が向けられるが、なるべく気にしない様にする。

 

「あ、ありがとうございます……あの、では買って来ますわね?」

 

「他には見ないのか?」

 

てっきり他にも色々と見るのだと思っていたのだが。

 

「はい、元々何着も買うつもりはありませんでしたし、ここで時間を取るよりも悠斗さんと一緒に色々と見て回りたいですから」

 

「……そうか」

 

思わず視線を逸らしてしまう。

 

笑顔でそんな事を言われると、嬉しいと思う反面少し気恥ずかしい。

 

 

そこでふと考える、こうして二人で出掛けて買い物をするのは思えば初めての筈だ。

 

 

「……その服の代金は俺が払っても良いか?」

 

「えっ? そ、そんな! それは申し訳ないですわ!」

 

「構わない、こうしてセシリアと二人で買い物に来るのは初めてだから、その記念の様なものだ」

 

「あぅ……」

 

迷いながらも、セシリアはゆっくりと頷いてくれた。

 

実際昼代が浮いた事もあるが、男である俺のIS搭乗データを定期的に送る事でそれなりの報酬を貰っている。

 

既に束から貰っていた金に関して使った分は直ぐに返せる状態だ……束から受け取った黒狼で稼いだ様なものだが、黒狼の詳細は一切送ってはいないから許して貰えると思いたい。

 

まぁ、そういう事である程度の収入が入る様になったからここはセシリアにプレゼントという意味合いで俺が払ってやりたい。

 

セシリアと共にレジへと向かい、そのまま服を購入する。

 

レジの奴の視線が鬱陶しかったが、そのまま支払いを終えて店を後にした。



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閑話 幸せは甘美な

セシリア視点



鈴さん達と別れてから、悠斗さんと一緒にやって来たショッピングモール。

 

いつも学園で二人ではいますが、こうして二人きりで買い物に来るのは初めての事……これが所謂デート、というものなのですね。

 

正直お付き合いしてから恋人としての順番が色々と逆になったしまった様に思えますが……そ、それは構いませんわ、悠斗さんと一緒にいるだけで心地が良いですし、悠斗さんとの夜は……その……気持ち良くて、幸せですもの。

 

……そ、それは一先ず置いておきますわ。

 

初めに私のお気に入りの紅茶の専門店へ、恐らくこの様な紅茶の専門店は初めてなのか悠斗さんは興味深そうに店内を見渡していました。

 

何だかその様子が初めてのものを見る子供の様な可愛らしい姿に見えてしまいます。

 

次いで服を買いに来たのですが、悠斗さんに服を選んで頂きたくて伺うと悠斗さんは困った様な表情を浮かべましたが了承して下さいました。

 

そして私が黒と白のワンピースを手に尋ねると、悠斗さんは真剣な目付きで考え込んだ末に白のワンピースを選び、理由を尋ねれば白の方が上品で清楚な私のイメージに合っていると仰って下さったのです。

 

真っ直ぐに私を見つめる瞳と、嘘偽りの無い本心からの言葉に、思わず照れてしまいます。

 

……ふふっ、ですがそれ以上に、悠斗さんが私の事をその様に見て下さっていた事が嬉しいですわ。

 

そして迷わずその服を買おうとした際に悠斗さんが自分に代金を支払わせてくれと仰いました。

 

本当は申し訳無いので断ろうとしたのですが、悠斗さんはこうして初めて二人で買い物に来た記念だと、所謂プレゼントとして買って下さると。

 

……狡いですわ、そんな風に言われてしまったら断れないではないですの。

 

きちんとお礼を伝えてから会計を済ませ、私達はその店を後にしました。

 

 

 

 

 

それからショッピングモール内の店を二人で転々と回りました。

 

本屋、雑貨屋、男性用の服屋。

 

特に何を買うという訳では無いのですが、こうして二人で並んで歩いているだけで意味があると思います。

 

そんな時、ふと視線の先にある店を見て少しだけ悠斗さんをからかってみたいという悪戯心が芽生えました。

 

「悠斗さん、次はあのお店に寄っても宜しいでしょうか?」

 

「あぁ、わかっ……た……?」

 

私が指差した先のお店を見て、抱き締めている悠斗さんの腕が身体ごと硬直したのを感じました。

 

視線の先にあるショーウィンドウに並んでいるのは様々な色合いで形も大きさも様々な布を身に付けたマネキンが並ぶお店、女性用のランジェリーショップです。

 

「ありがとうございます、では行きましょうか?」

 

「ま、待て、待ってくれ、流石にあの店には入れない」

 

悠斗さんは慌てながら頑なに足を止めて首を横に振っていました。

 

ふふっ、私は悠斗さんには既にもう全てをお見せしていますので下着を見せても構わないですし、 悠斗さんのお好みの下着を買っても良かったのですが流石に可哀想でしたわね。

 

「ふふっ、冗談ですわ」

 

「……勘弁してくれ、流石に心臓に悪い」

 

冗談である事をお伝えすれば、悠斗さんは一瞬だけジト目で恨めしそうに見て来ましたが、直ぐに苦笑を溢して私の頭を撫でて下さいました。

 

他の方は余り気付いていない様ですが、悠斗さんは表情豊かな方ですの。

 

それを束さんとクロエさん以外でわかる事に、少しだけ優越感を感じました。

 

 

それから一通りショッピングモール内を見て回り、悠斗さんの提案で少し休憩をする事になりました。

 

見たところ悠斗さんは全く疲れている様には見えませんので、私を気遣って下さっての提案でしょう……その気遣いがとても嬉しいですわ。

 

休憩の為に入ったのはショッピングモール内にあるカフェ、時間帯というのもありますが幸いにも席はいくつか空いており、二人で窓際の席へと向かい合って座りました。

 

「ふふっ……」

 

目の前に座る悠斗さんの顔を見て、思わず笑みが溢れてしまいました。

 

こうして二人で一緒にいる幸せを、また共に同じ時間を過ごせる事を。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、ただこうして改めて考えてみますと、本当に幸せだと思ったのですわ」

 

「……そうか」

 

釣られて笑みを浮かべる悠斗さん……貴方も、私と同じ事を考えて下さっているのでしょうか?

 

 

それから私は紅茶を、悠斗さんは珈琲を、そしてお互いにケーキを頼みました。

 

運ばれて来る飲み物とケーキ、ちなみに私がフルーツタルトで悠斗さんがチーズケーキを頼んでいます。

 

お互いに違うものを頼んだのは、勿論一口ずつ交換する為でもありますわ。

 

「ある程度見て回ったが疲れてはいないか?」

 

「はい、お気遣いありがとうございます。 ですが私は大丈夫ですわ」

 

「そうか……それなら、まだ時間があるからもう少しこの辺りを見て回らないか?」

 

「えっ? 宜しいんですの?」

 

「あぁ、せっかくの外出だからまだ帰るには惜しいと思ってな、無理にとは言わないが……」

 

「そ、そんな事ありませんわ! えっと、悠斗さんともっと色々な所を見て回りたいです!」

 

「……良かった、なら行こう」

 

私の答えを聞いて優しく微笑む悠斗さん。

 

学園の他の方は知らない、私だけしか知らない私だけに向けて下さるその笑顔は、とても魅力的ですわ。

 

それからカフェを出て、悠斗さんの腕を抱き締めながら私達はショッピングモールを後にしました。

 

当てなど無い、目的地を決めずに二人並んで市内を歩いて回る。

 

今までに経験はありませんでしたが、愛する方とのデートとは例え当ても無く歩いているだけにも関わらず胸の内から幸せが込み上げて来るかの様に感じました。

 

そのまま歩き続け、やがて足を止めたのは市内から少し外れた場所にあった公園でした。

 

夕方近くで人の姿は無く、私達は公園内にあった噴水前のベンチへと並んで腰を下ろしました。

 

「セシリア、退屈はしなかったか?」

 

悠斗さんからの問い掛けに、私は何も言わずに悠斗さんの肩へと頭を乗せて寄りかかりました。

 

触れている場所から伝わる悠斗さんの温もり、もっと感じたくて、そのまま悠斗さんの手へと触れればそっと握り返して下さいました。

 

「……悠斗さんとご一緒にいられますのに、どうすれば退屈になるというのですか? こうして隣にいられるだけで、私は心の底から幸せなんですのよ?」

 

「……そうか、変な事を聞いてすまないな」

 

「ふふっ、では、謝るよりも……」

 

私の言葉にゆっくりと顔を近付けて来る悠斗さん、私も目を閉じて近付けて行き、そのままキスをしました。

 

私が一番幸せを感じる悠斗さんとのキス、周りに人がいなくて良かったですわ……いえ、例え人目があったとしても断る気はありませんが。

 

「……今日はありがとう」

 

「お礼を言いたいのは私の方ですわよ? 悠斗さんが遠慮をするなと仰って下さったからこうしてデートが出来たんですもの」

 

「デート……そうか、そうだな……」

 

デートという言葉を噛み締める様に呟く悠斗さんでしたが、そのまま私を見つめて来ました。

 

「セシリア、これからも、機会があればこうしてまたデートをしてくれるか?」

 

「勿論ですわ、私が悠斗さんとのデートをお断りになると思いまして?」

 

「……いや、思わないな」

 

そのまま見つめ合いながら、やがて同時に笑みを溢してしまいました。

 

「少し惜しいがそろそろ帰るか、日も暮れて来た」

 

立ち上がりながらそう口にする悠斗さん、時間を確認すれば確かにそろそろ帰らなければいけませんね。

 

「そうですわね、では帰りましょう?」

 

「寒くは無いか?」

 

「大丈夫ですわ、だって……」

 

立ち上がり、悠斗さんの腕へと強く抱き付けば再び感じる温もり。

 

「こうして悠斗さんの傍にいれば、温かいですから」

 

私の言葉に悠斗さんは笑みを溢し、一度だけ頭を撫でて下さってからそのまま駅へと向かって歩き始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お? 悠斗にオルコットさん?」

「げっ……」

 

駅に着き、ホームへと上がると丁度列車がやって来ました。

 

そして開いたドアの先、目の前には織斑さんと鈴さんの姿が……鈴さん、それは一体どういう意味ですの?

 

「お前達も今帰りか?」

 

「あぁ、思ったより盛り上がってこんな時間になっちゃったよ。一応門限まではまだ余裕はあるけどギリギリすぎると不味いだろ? 只でさえ寮長はあの千冬姉だしさ」

 

確かに寮長は織斑先生ですから余り遅くなりますと危険ですわね。

 

ですがこの時間に帰れば大丈夫……。

 

「ただ、なぁ……」

 

織斑さんが何やら困った様な表情で呟きました。

 

「どうかなさいましたの?」

 

「いや、確かこの時間って会社帰りのサラリーマンの帰宅ラッシュが……」

 

……えっ?

 

その瞬間列車が駅で止まり、ドアが開いたと同時にスーツ姿の男性が雪崩れ込んで来ました。

 

わ、私とした事が忘れていましたわ。

 

日本ではサラリーマンは車では無く列車で移動するもの、そしてそのラッシュの凄まじさは母国のイギリスや各国のものとは比べ物にはならないと。

 

「きゃっ……!?」

 

人波に押され、倒れそうになった私を悠斗さんがしっかりと支えて下さり、そのままドアの方へと誘導されると私を周りから守る様に立ち憚りました。

 

悠斗さんは私の肩越しで扉に腕を着いている為、まるで私を逃さない様に壁際に追い詰めている様な……こ、これは役得ですわ。

 

「セシリア、大丈夫か?」

 

「えっ……は、はい……」

 

後ろから大人数に押されている筈ですのに、表情一つ変えず逆に私を気遣って下さる悠斗さん。

 

私が全く苦しい思いをせずに普通に立っていられる事、そして涼しい顔で尋ねて下さる事、決して痩せ我慢では無い事がわかりますわ。

 

ふと視線を隣へと向ければ、人波にそのまま押し流され、扉と織斑さんとの間に挟まれながら苦し気な呻き声を上げている鈴さんの姿が。

 

「……すまないな、この時間はこうなるという事を見落としていた」

 

「い、いえ! 悠斗さんのお陰で平気ですから大丈夫ですわ!」

 

「そうか、もう少しの辛抱だ」

 

辛抱だなんて……正直、今のこの状況は私にとって嬉しいものです。

 

少しだけ目線を上に向ければ目の前には悠斗さんの顔、少し下に向ければ悠斗さんの逞しく厚い胸板、そして鼻腔を擽る悠斗さんの男性らしい香り。

 

ここが列車の中で無ければ、我慢出来ずにそのまま抱き付いていた所ですわ。

 

そんな事を考えていると次の駅へと止まり更に多くの乗客が、流石の悠斗さんも少しだけ押されて更に距離が近くなりました。

 

……もう、我慢出来ませんわ。

 

目の前の悠斗さんの胸元へと、そっと抱き付く。

 

少し驚いた表情を浮かべる悠斗さんでしたが、何も言わずに私の頭を優しく撫でて下さいました。

 

ふふっ……日本の満員電車というのも、悪く無いかもしれませんわね……。

 

 

「うぐぅ……こ、こんな場所で……イチャイチャしてんじゃ無いわよ……!」

 

隣から、鈴さんが何やら訴えて来ました。

 

「えっ? しかし、鈴さんも状況は同じですが?」

 

「ど、何処がよ……!? 降りたら、覚えてなさいよ……!?」

 

「り、鈴……あんま動くな……肋が痛い……!」

 

「だ、誰の胸が肋ですって……!?」

 

「違……そうじゃ無くて……マジ、痛い……!」

 

鈴さんと織斑さんの苦し気ながらも壮絶な言い合いが繰り広げられていましたが、私はそのまま駅へと着くまで悠斗さんの温もりを感じながらその胸元へと顔を押し付け続けるのでした。



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第47話 嵐の前の静けさ

休み明け、いつもと同じ時間に目を覚ます。

 

ふと隣に視線を向けるが、そこには誰もいない。

 

昨晩もまたセシリアは泊まりに来てくれようとしていたのだが、俺の部屋へと来る途中に運悪く織斑千冬と出くわしてしまったらしい。

 

幸いにも飲み物を買いに行くという言葉を信じて貰えた様で怪しまれてはいなかったらしいが、念の為に昨晩は自室で休んだのだ。

 

まぁ、あいつにバレて面倒事になるのは避けなければいけないから仕方無い。

 

それに恐らくは……。

 

ジャージに着替え、いつもの様に外へとトレーニングに向かった。

 

 

 

 

 

「おはようございます、そしておかえりなさい悠斗さん」

 

トレーニングを終えて部屋へと戻って来るとセシリアが出迎えてくれた。

 

予想通り、セシリアは朝から来てくれていた。

 

鍵を掛けなかったのは正解だったな……だがそれだと無用心か、今度束に頼んでこの部屋のスペアキーを作って貰っても良いかもしれない。

 

「ただいま、セシリア」

 

「先にシャワーを浴びますわよね? 着替えとバスタオルは用意していますので、上がったら飲み物を用意致しますわ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

一度触れるだけのキスをしてから、言われた通りに浴室へと向かう。

 

そのままシャワーを浴びて汗を流し、着替えて浴室から出ると紅茶の良い香りが鼻腔を突いた。

 

キッチンに立つセシリアの直ぐ傍へと行きその手元をなるべく間近で眺める。

 

「ふふっ、そんなに見る程のものではありませんわよ?」

 

「いや、こういう本格的な紅茶は初めてだから気になってな……昨日の紅茶か?」

 

「はい、お約束通り悠斗さんに召し上がって頂きたかったので」

 

そう言って自前の物であろうポットからティーカップへと紅茶を注いで行く。

 

それと同時に更に紅茶の香りが広がる。

 

「お待たせ致しましたわ、どうぞ召し上がって下さいまし」

 

「頂こう」

 

カップを受け取り、先ずはもう一度近くで香りを。

 

やはり市販のインスタントとは比べ物にならない上品な香りだな。

 

そのまま口を付ける。

 

「如何でしょうか……?」

 

少し不安そうに見つめて来るセシリア。

 

「……凄いな、こんなに香りだけで無く味も違うものなのか」

 

「そ、それって……」

 

「とても美味しい、こんなに美味しい紅茶を飲んだのは初めてだ」

 

「ほ、本当ですの!?」

 

「あぁ、勿論本当だ」

 

そう言って心底安心した様な表情を浮かべるセシリアの頭を優しく撫でてやると、途端に嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

そのまま暫くの間二人でゆっくりと過ごし、時間を見て食堂へと向かった。

 

 

 

食堂に着き、朝食を受け取ってから空いている席を探す。

 

「あ、五十嵐君! オルコットさん! こっちこっち!」

 

最早恒例と思える相川からの呼び掛け、視線を向ければいつもの三人の姿が。

 

席へと向かい互いに挨拶をしてから三人の前の席へと座り早速食い始める。

 

「いつも悪いな相川」

 

「そんな事無いよ? 最近は寧ろ二人が私達のいる席に座れる様に皆気を遣ってくれてるみたいだから」

 

「そうだったのか?」

 

成る程、通りでいつも俺達が座れる訳だ。

 

「それより二人共聞いたよ? 昨日デートに行ってたんだってね?」

 

相川の言葉に思われる首を傾げてしまった。

 

何故知っているのだろうか? 外出申請を出す時も、学園を出る時も誰とも会ってはいなかったと思うが。

 

「何でも昨日他のクラスの娘達がレゾナンスで一緒に歩いてる二人を見たんだって」

 

「あぁ、そういう事か」

 

「全く気付きませんでしたわね?」

 

気付かないというか、学園の奴ら全員の顔を覚えている訳が無いから擦れ違ったとしても気付ける自信が無い。

 

そもそも外出先で、この三人ならまだしも、他の奴らの事なんざ気にもしていないからな。

 

「良いなぁオルコットさん、こんな格好良い彼氏とデートなんてさぁ」

 

「ふふっ、恋人の特権ですので」

 

「流石セシリー、ゆうゆうの正妻だね~?」

 

「せい……さい?」

 

「えっと、要するに奥さんという事ですね」

 

「成る程、それを正妻と言うのですね? ふふっ、また一つ日本語を覚える事が出来ましたわ」

 

「おぉ……全然恥ずかしがって無い……」

「寧ろ、当然の様に受け入れてる……?」

「あはは~これじゃからかえないね~?」

 

からかうつもりだったのか。

 

「あ、ところでさ、二人は転校生の話って聞いてる?」

 

相川の発した言葉に思わず首を傾げてしまう。

 

少し前に鈴が来たばかりだが、また転校生が来るのか?

 

「何でも噂だと二人共国の代表候補生らしいんだよね、確かフランスとドイツの」

 

「フランスとドイツの、代表候補生……?」

 

何故今の時期に代表候補生が二人も来るなんておかしいと思うんだが、この学園ではそれが普通なのか?

 

「セシリアは何か聞いているか?」

 

「いえ、本国からそんな情報は一切聞いていませんね……」

 

セシリアが聞いていない? 普通、国の代表レベルがこういった形で動くのであれば各国で何かしらの情報が回る筈だが。

 

「しかも編入するのが私達のクラスらしいの」

 

……厄介な事に、ならなければ良いが。

 

そんな時、隣に座るセシリアが自棄に静かな事に気付いた。

 

視線を向ければ、何度か見た口を尖らせて頬を膨らませながら不満そうに唸るセシリアの姿が。

 

「セシリア、どうかしたのか?」

 

「……代表候補生が二人も来るなんて……悠斗さんは格好良いのでその二人が何かしないか心配ですわ」

 

成る程、そういう事か。

 

「心配するな、誰が来ても気持ちが揺らぐ事は無い、俺はセシリア以外に靡く様な真似をする筈が無いさ」

 

「あぅ……本当、ですの……?」

 

「あぁ、勿論だ」

 

そう言って頭を優しく撫でてやれば、途端に嬉しそうな笑みを浮かべるセシリア。

 

場所が食堂である為にここまでしか出来ないが、俺の気持ちは伝わっている筈だろう。

 

それに、俺がセシリアに惹かれたのは国の代表候補生だからでは無い、セシリアという個人に惹かれたんだ。

 

だから何処の国から代表候補生が来ようとも俺には関係無い、セシリアだけを愛し続ける。

 

 

「あれ? どうして? 水が甘い……?」

「あ、あはは……」

「おぉ~今日も朝からお惚気全快だね~?」

 

 

目の前の三人が何やら言っており、更には周囲の奴らからの視線が集まるが、それに構わずにセシリアの頭を撫で続けた。

 

「くぉら! またあんた達は朝っぱらから!」

 

後ろから掛けられる声、こんな風にセシリアとの時間を邪魔して来るのは一人しかいない。

 

後ろを振り向けば案の定鈴が俺達を恨めしそうに睨んでいた。

 

「……邪魔をするな」

 

「邪魔とかじゃないからね!? ここは食堂で、皆の集まる場所なのわかってる!?」

 

「何を当たり前の事を、寝惚けてるのか?」

 

「ああああああぁ!! 本当にあんたはぁ!!」

 

食事の乗ったトレイを手に器用に片手で頭を掻きむしりながら騒ぐ鈴、相変わらず朝から騒がしい奴だな。

 

「あら? おはようございます鈴さん」

「おはよう鈴音さん!」

「お、おはよう」

「リンリンだ~おはよ~」

 

「……おはよう」

 

不満そうに口を尖らせながらも挨拶はきちんと返す鈴、そういう所は律儀というか真面目だな。

 

そのまま俺の隣の空いている席へと腰を下ろす鈴、何気にこの面子で食べる事が増えたな。

 

「織斑はどうした?」

 

「一夏なら朝の特訓に行ってるわよ、多分そろそろ来ると思うけど」

 

「……そうか」

 

織斑はクラス代表になってから毎日の様に朝と放課後に特訓をしている、夜も夜でISについて勉強をしている様だ。

 

対抗戦の一件以来更に熱が入っているらしいが、鈴曰く俺達が戦っている時に何も出来なかった事をかなり気にしているらしい。

 

……織斑も真面目というか、正義感の強い奴だからな、本当は気にする必要は無いのだが自分の気持ちの問題だと言われてしまってからはそれ以上言わないでいる。

 

まぁ、結果的に全て自分の為になっているのだから問題は無いし休みはきちんと取る様に言い聞かせたから大丈夫だろう。

 

 

「あ、鈴音さんは何か聞いてる?」

 

「んぇ? 何が?」

 

「1組にまた転校生が来るんだって、しかも二人の代表候補生が」

 

「……おかしいわね、何も聞いて無いわよ?」

 

鈴も知らないとなると、やはりこの編入はかなり特殊なものなのだろうか?

 

「やはり鈴さんもですか?」

 

「そう言うって事はセシリアも聞いて無いのね?」

 

「はい、定期的に本国と連絡を取り合ってはいますがその様な話は一切聞いていませんわ」

 

「ふーん……厄介な事にならなきゃ良いけど、特に一夏が」

 

「……厄介事になる前にとっととお前とくっ付けば良いんだけどな」

 

「そうよね、もっと意識させて……って、そうじゃ無くて!?」

 

顔を真っ赤にさせて慌てる鈴。

 

途中まで聞けたからわかるが、やはり一夏の事が心配なんだろうな。

 

セシリアも含め四人は既に鈴の事を微笑ましいものを見る温かい目で見ている。

 

「隠すな、どうせわかっている」

 

「ち、違うわよ!? 私は……!」

 

 

「あ、おはよう皆」

 

「うひゃあっ!?」

 

 

突然後ろから掛けられる声、視線を向ければ今話に出ていた織斑の姿。

 

「終わったのか?」

 

「うん、それで飯を食いに来たんだけど、皆がいるのを見付けたから声を掛けたんだよ」

 

「そうか……俺はもう食い終わる、この席を使うと良い」

 

「うぇっ!?」

 

「あ、急かしたみたいで悪いな」

 

「気にするな、それに……どっかの誰かさんもその方が良いだろ?」

 

そう言って鈴を横目で見れば顔を赤くしながら俯いてしまった。

 

恥ずかしがるのは良いが、こうしてお膳立てしてやるんだからもう少し積極的にして欲しいんだがな。

 

「あ、悠斗さん、私も食べ終わるので一緒に行きましょう?」

 

「あぁ、そういう事だからこの席を使え、俺達は先に行ってるぞ?」

 

「ありがとな悠斗、オルコットさん」

 

そのままトレイを手に俺とセシリアは席を立った。

 

 

 

さて、この二人の事も気になるが、今日やって来ると言う二人の転校生も気になるな。

 

代表候補生が二人、大丈夫だと思いたいが、それ以上に何か厄介な事が起こりそうな予感もする。

 

そんな不安を抱きながら、セシリアと共に教室へと向かうのだった。



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第48話 波乱の幕開け

「はーい! 皆さん席に着いて下さいねー!」

 

教室にて、チャイムと同時に山田と織斑千冬が入って来た。

 

そのまま山田が教卓へと上がり全員を見渡す。

 

「えっと、既に聞いている方もいるみたいですが、今日は転校生が来ています! しかも二人も!」

 

大きな手振りで指を二本立てて宣言する山田……何故そんなにテンションが高いんだこいつは。

 

同じ考えなのか傍に控えている織斑千冬も呆れた表情で溜め息を吐いている。

 

「では早速自己紹介して貰いましょう! 二人共入って来て下さーい!」

 

その言葉と共に開かれる扉、そして入って来たのは"金"と"銀"

 

教室が静寂に包まれる。

 

それもその筈か、二人の内の一人、金髪の転校生。

 

中性的な顔立ちに温和そうな笑顔、アメジスト色の瞳、そしてスカートでは無くスラックス姿の制服。

 

「シャルル・デュノアです、宜しくお願いします」

 

顔立ちだけで無く声もまたアルト調で両性的なもの、未だに静寂に包まれている教室だったが、我に返った他の奴らのざわつきが広がって行く。

 

「えっ、あの……お、男……?」

 

「はい、僕と同じ境遇の方がいると聞いて、本国からこの学園に編入する事になりました」

 

その言葉に、一瞬にして教室の空気が変わった……これは不味いな。

 

素早く耳を塞いだその直後、誇大表現等では無く教室が女共の悲鳴で揺れた。

 

 

『きゃあああああああああああっ!!??』

 

 

間に合ったか、相変わらず煩い。

 

耳を塞いでいるのにも関わらずそう感じるとは、一体どれだけの声量なんだ。

 

『100デシベルです、列車が通った時と同じくらいかと』

 

……いや、別にその情報はいらないんだが。

 

『……そ、そうですか』

 

黒狼の答えをばっさりと切り捨てると何やら残念そうに沈んだ声音となる。

 

何か、悪いな黒狼……いや、今はそんな事は良い。

 

視線を周りへと向ければ織斑は耳を塞ぐのが間に合わずに悲鳴を聞いたのか苦悶の表情で悶えており、セシリアは耳を塞ぎながら困った様に俺の方へと苦笑しながら視線を向けて来ていた。

 

 

「男子! 三人目の男子!」

「守ってあげたくなる系の!」

「しかもまた美形!」

「天真爛漫な織斑君とクール紳士の五十嵐君に次いで、王子様系なんて……!」

「1組で、いや、地球に生まれて良かったー!」

 

 

思い思いに叫び続ける女共、好き勝手に騒ぐな煩わしい。

 

「こらお前達! 自己紹介はまだ終わっていないぞ! 静かにせんか!」

 

織斑千冬の一喝、それだけで再び教室が静寂に包まれる。

 

そう、今回の転校生はシャルル・デュノアと名乗ったこいつだけでは無く二人いる……それに、どちらかと言えば男だと言ったこいつよりも、その隣で身動ぎ一つせずに直立不動で立つもう一人の方が気になっていた。

 

そいつもまたスカートでは無く、まるで軍服の様なデザインの制服で身を包み片目は眼帯で隠されている。

 

長く流れる様な銀髪に透き通る様な白い肌、片側から覗く赤く鋭い瞳。

 

その姿が、雰囲気は違えども……クロに酷く酷似している。

 

「えっと……ボーデヴィッヒさん?」

 

山田が呼び掛けるが、そいつは何も反応を示さない。

 

その姿を見て織斑千冬は溜め息を一つ溢しながら口を開いた。

 

「……ラウラ、自己紹介をしろ」

 

「はい、教官」

 

織斑千冬に敬礼をしつつそんな事を言う転校生、服装からして何と無くわかってはいたがこの雰囲気は完全に軍人のそれだ。

 

だが、あいつの事を教官……?

 

「はぁ……ラウラ、私はもうお前の教官では無い、ここでの立場は一介の教師でお前は生徒だ」

 

「はっ! 了解しました!」

 

……恐らくだが、わかっていないだろうな。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

その一言で終わらせ、教室に静寂が流れる。

 

……確か、俺もこんな感じだった様な気がするな。

 

「……えっ? あの、終わりですか?」

 

「そうだが?」

 

山田の問い掛けにそれだけ答えると、何故か俺の方に向かって歩み寄って来た。

 

そのまま俺の前に立つと、俺をじっと見つめて来る。

 

「……何だ?」

 

「お前が、織斑一夏か?」

 

「……俺じゃない、織斑はそっちだ」

 

「そうか」

 

それだけ言って視線を織斑へと向け、そのまま歩いて行く転校生、ボーデヴィッヒ。

 

……あの目付きは、不味いな。

 

 

「お前が織斑一夏だな?」

 

「えっ? あぁ、そうだけど?」

 

次の瞬間、振りかぶられる手。

 

その手はそのまま織斑の頬へと振り下ろされる……事は無く、途中で止まる。

 

「……何をする?」

 

振り下ろされる前に、ボーデヴィッヒの後ろに立ってその手を掴んで止めた。

 

ボーデヴィッヒは苛立ちを隠す事無く俺を睨み付けて来る、更には手を振りほどこうとするが掴む力を強めて放さない様にする。

 

「それはこっちの台詞だ、何を考えている?」

 

「お前には関係無い、邪魔をするならお前も容赦しない」

 

「俺は別に構わないが、今はHRの真っ最中だ。 それにお前にどんな事情があるのか知らないし興味も無いが、織斑は俺の友人でもあるから見過ごす訳にはいかないんだよ」

 

「ちっ……仲良し小良しか、下らん」

 

「何とでも言え、だが今言った通り今はHRの最中だ、やるなら後にしろ」

 

そのまま睨み合いが続いたが、やがてボーデヴィッヒは鼻を鳴らすと振りほどこうとしていた力を弱めた。

 

それを確認してから手を放す。

 

「……興が削がれた」

 

それだけ言うと、再度織斑を睨んでから無言のまま空いている自分の席へと向かうボーデヴィッヒ。

 

その姿を見送ってから俺も自分の席へと戻る。

 

 

「さ、流石クール紳士……」

「今の一瞬でまた女子のハートを撃ち抜いた……」

「格好良い……」

「織斑君の危機を颯爽と救うその姿……」

「尊い……ただただ尊い……!」

「日本に生まれて良かった……うぅっ……!」

 

 

好き放題言っている女共の言葉は無視しつつ席に座って溜め息を溢す。

 

あいつは何を考えているんだ? 織斑に対するあの敵意……何かあるのは間違い無いんだろうが……。

 

「……はっ!? んんっ! で、では自己紹介が終わった所でHRを再開します!」

 

漸く我に返ってそう口にする山田、全く教師として役に立っていないんだが。

 

 

そのまま特に何も無くHRが終わった。

 

 

今日は一限目からISの搭乗訓練、女は教室でそのまま着替えるが、俺達男は離れた場所にある更衣室で着替えなければいけない。

 

織斑がデュノアを引き連れ此方に向かって来た為に立ち上がる。

 

「五十嵐」

 

立ち上がると同時に織斑千冬に呼び止められる。

 

「……何だ?」

 

「同じ男子として織斑と二人でデュノアの面倒を見てやれ」

 

「……わかった」

 

「頼んだぞ……織斑、お前もな」

 

「あ、は、はい!」

 

わかったとは答えたが面倒臭いな、デュノアの面倒は織斑に任せよう。

 

「悠斗さん!」

 

話が終わり、織斑千冬が教室から出て行った所でセシリアが駆け寄って来た。

 

その表情には不安の色が見られる。

 

「あの、大丈夫でしたの?」

 

「ボーデヴィッヒの事か? 心配無い、大丈夫だ」

 

「それなら、良いのですが……」

 

俺の答えにそれでも不安を隠せない様子のセシリア、安心させる為にその頭を優しく撫でてやる。

 

周りからの視線を集めるが知った事では無い、セシリアの方が大事だ。

 

「心配してくれてありがとう、だが俺なら大丈夫だ」

 

「……はい」

 

「そんな顔をしないでくれ、いつもの笑顔の方が魅力的だ」

 

「……ふふっ、悠斗さんは本当に狡いお人」

 

やっと笑みを浮かべてくれたセシリア、やはり笑顔の方が似合っている。

 

「……また後でな」

 

「はい、お待ちしていますわ」

 

そう言ってから教室を後にすれば後ろから織斑とデュノアも直ぐに着いて来る。

 

そのまま廊下を少し進んだ所で織斑が口を開いた。

 

「悠斗、さっきはありがとな」

 

「礼はいらない、友人を助けるのは当然の事だろ?」

 

「お、おう……へへっ」

 

何やら嬉しそうに笑みを浮かべる織斑。

 

「何だ?」

 

「いや、悠斗にそう言って貰える様になったんだなぁって思ったら嬉しくてさ」

 

「……変だったか?」

 

「んな訳無いって! これからも宜しくな!」

 

そう言って肩を叩いて来る織斑、痛みは無いし織斑には申し訳無いが、少々鬱陶しいな。

 

「あ、あの……」

 

そんな会話をしていると後ろからデュノアが控え目に声を掛けて来る。

 

あぁ、そういえば一緒に来ていたんだったな。

 

「あ、ごめんな、俺は織斑一夏、気軽に一夏って呼んでくれよ!」

 

「……五十嵐悠斗だ、呼び方は任せる」

 

「えっと、さっき自己紹介したけど改めてシャルル・デュノアです。 これから宜しくね?」

 

「宜しくなシャルル!」

「……あぁ」

 

こうして間近に見ると本当に男かと疑ってしまいたくなるぐらいに中性的な顔立ちだな。

 

三人目の男性操縦者か……しかし本当に見れば見る程疑ってしまいたくなる、身体も男にしては細過ぎる気がするが、外人はこれが普通なのか?

 

「ところでさ……あ、悠斗って呼ばせて貰うね? 悠斗はさっきの娘、確かイギリス代表候補生のセシリア・オルコットさんだよね? もしかして、付き合ってるの?」

 

「ん? そうだが?」

 

「わぁ……! そ、それってどっちから告白したの!?」

 

「俺からだが、何か問題でもあるのか?」

 

「も、問題なんて無いよ!? でも、良いなぁ……」

 

羨ましそうにそう呟くデュノア、何の事だろうか?

 

「やっぱりシャルルもそう思うか? 悠斗が羨ましいよな、あんな綺麗な人と付き合って毎日熱々なんだぜ?」

 

「……お前も鈴がいるだろうが」

 

「いっ!? り、鈴とは……! その……まだ、そういうのじゃ無くて……」

 

「えっ? 一夏も彼女いるの?」

 

「か、彼女じゃないって!」

 

「そうだな、"まだ"彼女じゃないんだったな」

 

「お、おい悠斗!」

 

「えっ!? 何々、僕その話気になるな!」

 

そんな会話を繰り広げながら廊下を進んでいた、その時だった。

 

 

「いた! 発見!」

「者共! 出合え出合えー!」

「きゃーっ!? あれが三人目の男子!?」

「美形! 可愛い感じの美形!」

「あぁ……ここが楽園(エデン)……」

 

 

何処から集まって来たのか、女共が俺達を取り囲む様にやって来た。

 

全く、暇な奴らが……。

 

「うわっ!? やべっ……!」

 

「えっ!? な、何これ!?」

 

「……はぁ」

 

邪魔以外の何物でも無い、これで授業に遅れて下らない事であいつに小言を言われるのは癪だ。

 

それに何よりさっさと着替えてセシリアの所に行きたい。

 

織斑とデュノアはビビって何も出来そうに無い……仕方無い、一歩前へと出て俺達の行く手を阻んでいる女共を睨み付けた。

 

その瞬間、女共は揃って口を閉じ背筋を伸ばして固まる。

 

「邪魔だ、退けろ」

 

『は、はいぃっ!!』

 

女共が壁際へと一斉に避け、目の前に道が開かれた。

 

「……はぁ、行くぞ」

 

「あ、あぁ……」

「う、うん……」

 

先陣を切って歩き出せば二人も直ぐ後ろを着いて来る。

 

女共は視線を向けて来るだけで何もして来ない。

 

「す、凄いね、悠斗の迫力……」

「だ、だろ? あの目付きで見られたら誰も逆らえねぇよ、マジでおっかねぇ……」

 

「……無駄口を叩いて無いでさっさと行くぞ」

 

全く、やはり面倒な事になるな。

 

そのまま三人で更衣室へと向かうのだった。



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第49話 疑惑

あれから女共の妨害を受ける事無く無事に更衣室へとやって来た。

 

時間もまだ開始まで余裕がある、さっさと着替えてしまおう。

 

制服を脱ぎ、ISスーツを着込んで行く。

 

「うわ……わっ……!?」

 

ふと隣から変な声が。

 

視線を向ければ、何やらデュノアが俺の方を見ながら顔を赤くしていた。

 

「……何だ?」

 

「えっ!? あ、いや……その……」

 

尋ねたのだが、デュノアはしどろもどろにしか答えない。

 

「あ、やっぱりシャルルも悠斗の身体が気になるか? だよなぁ、悠斗のその筋肉が羨ましいよ」

 

「……えっ? あ、そうそう! 僕もそう思って!」

 

俺の身体? 筋肉?

 

一体何を言っているんだこいつらは、男の俺の身体を見て羨ましいだなんて。

 

「な、なぁ悠斗、ちょっとだけで良いからさ……その、触らせてくれないか?」

 

「…………は?」

 

「頼む! 一回だけ! ちょっと触るだけだから!」

 

待て……こいつはさっきから何を言っているんだ?

 

それにデュノアも、何やら頬を赤く染めながら俺の身体を見ている。

 

人の身体を見てごちゃごちゃと、況してや男の身体を触りたいだなんて。

 

まさか、織斑が鈴の告白に未だに答えないのは……。

 

「……織斑、デュノア、俺の半径二メートルに近付くな」

 

「はぁっ!? ちょ、何でだよ!?」

「えぇっ!? 僕も!?」

 

「単純に気持ち悪い」

 

「そんな事言うなよ! ほら、その、ちょっとだけだから!」

 

「煩い……おい、寄って来るな」

 

「頼むよ~! そんな事言わずにさ~!」

 

にじり寄って来る織斑の頭を押さえ付けながら、それ以上の接近を阻止する。

 

こいつが鈴の告白に返事をしないのは、わからないのでは無く"そっち"の気があるからなのでは……だとしたら、不味い。

 

「悠斗~!」

 

「煩い、来るな、寄るな」

 

「そんな事言わずに……って痛てててっ!? ちょ、悠斗握力! 握力強いって!?」

 

よく束にやる方法で織斑の顔面を掴んで思い切り力を込めて行けば、途端に織斑は痛みでもがき苦しむ。

 

そのまま暫く掴み続けてから解放すれば、織斑は手で顔を覆いながら床をのたうち回っていた。

 

それを一瞥してから着替えを再開しようと視線を外せば、今のいざこざの間にデュノアが既に着替え終えていた。

 

「……早いな」

 

「えっ? あ、う、うん! 着替えの早さには自信があって!」

 

少し様子がおかしい様に見えたが、気にする事無く着替えを再開する……そこで、また隣から視線を感じた。

 

「……お前も織斑と同じ目に遭いたいか?」

 

「……えっ? あ、ご、ごめんなさい!」

 

横目でそう尋ねれば、デュノアは慌てて俺から視線を外した。

 

頼むからこいつも、そして織斑も、そういう厄介事を起こさないでくれ。

 

それから着替え終えて外へと向かう。

 

「織斑、いつまで転げ回ってるつもりだ?」

 

「ぐおぉ……えっ? あぁっ! ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺まだ制服すら脱いで無いんだけど!?」

 

「知るか、さっさと着替えて来い」

 

「えぇっ!?」

 

慌てて着替えを始める織斑を置いて俺は更衣室を後にした。

 

デュノアも迷って俺と織斑を交互に見ていたが、遅れるのは嫌なのか俺の後ろに着いて来る。

 

「ゆ、悠斗と一夏っていつもあんな感じなの……?」

 

「いや、そんな事は無い、織斑とはもう友人だから手荒な事はしないつもりだったんだが……今のは織斑が単純に気持ち悪かったから仕方無くやっただけだ」

 

「そ、そうなんだ?」

 

「……お前も、やられたく無ければ変な目で見てくるな」

 

「変な目!? ま、待ってよ! 一夏はわからないけど僕は悠斗の事を疚しい気持ちで見てないよ!?」

 

「どうだかな、見てたのは事実だろうが」

 

「だ、だって……その、逞しい身体だなぁって思ったから、つい……」

 

「…………」

 

「あっ! ま、待ってよ! 悠斗!?」

 

何も言わすにデュノアから一歩離れ、騒ぐデュノアを無視しながらそのまま歩き始めた。

 

 

 

「ねぇ、聞いた……?」

「織斑君とデュノア君が……」

「五十嵐君を狙ってる……?」

「まさかの三角関係に……!?」

「これは……!」

『滾るわ!!』

 

 

遠くで叫ばれた声に、背中に冷たいものが流れた様な気がした。

 

寒気が止まらない。

 

割りと本気で、こいつらと一緒に行動したく無いと考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、悠斗さん!」

 

グラウンドへとやって来ると、いち早くセシリアが俺の姿を見て駆け寄って来た。

 

「……セシリア」

 

「随分と遅かった様ですけど、何かあったんですの? それに何か疲れている様ですが……」

 

「何でも……いや、そうでも無いな」

 

「悠斗さん? ひゃっ……!?」

 

俺の言葉に首を傾げるセシリアをそっと抱き寄せた。

 

周囲から悲鳴の様な声が上がるが気にしていられない、まだ朝なのに先程の一件で正直精神的にかなり疲れた。

 

「ん、もう……大丈夫ですの……?」

 

優しい声音で抱き締めながら背中を擦ってくれるセシリア。

 

その優しさが今はとてもありがたい。

 

 

「うわ……ちょっとあんたら、皆の前で何やってんのよ……」

 

後ろから声を掛けられた。

 

しかし振り返ったが姿が見えない、空耳だろうか? それとも幻聴が聞こえる程までに疲れていたのか?

 

「下よ下! あんたまたその下りをするつもり!?」

 

「……何だ、鈴か」

 

「何だとは何よ!?」

 

「今忙しい、話なら後にしろ」

 

「忙しいってセシリアとイチャイチャしてるだけでしょうが! セシリアもさっさと離れなさいよ!」

 

「鈴さん、後でちゃんとお相手して差し上げますから少々お待ち下さいね?」

 

「え? お母さん? 旦那とイチャイチャして子供の相手を後回しにするお母さん?」

 

「嫌ですわ鈴さん、お母さんだなんて、まだ子供を作るつもりはありませんわよ?」

 

「いやそうじゃないのよ、私が言いたいのはそういう事じゃないの、わかってセシリア」

 

「あ、ですが結婚式の披露宴では友人代表のスピーチを是非とも鈴さんにして欲しいですわ」

 

「いや結婚するのは決定なの? 確かにこないだ否定しなかったけどさ……いやそうじゃ無くて、私が言いたいのはそういう事でも無いのよ」

 

「違うのですか? あ、勿論鈴さんだけで無く織斑さんや他の方もちゃんと招待致しますので安心して下さい」

 

「やめて、お願いだからこれ以上私を巻き込まないで」

 

そう言って何やら膝から崩れ落ちる鈴。

 

一体何がしたいんだ?

 

「わぁっ……!」

 

そんな鈴の傍に立っているデュノアは何やら目を輝かせながら俺とセシリアを見ている。

 

……そういえばさっき、織斑と彼女がどうこうと言っていたな。

 

「あら? そういえば貴方とはちゃんと自己紹介していませんでしたわね? 私はセシリア・オルコット、悠斗さんの恋人でイギリスの代表候補生ですわ」

 

「そ、その言い方だと何だか代表候補生がついでみたいだね……えっと、シャルル・デュノアです。 フランスの代表候補生をしています」

 

「フランスの……宜しくお願い致しますわ」

 

「うん、宜しくね」

 

「ほら鈴さん、いつまでそうしているんですの?」

 

未だに崩れ落ちている鈴にセシリアがそう声を掛ければゆっくりとだが漸く鈴が立ち上がる。

 

「はぁ……中国の代表候補生の鳳鈴音よ、呼び方は鈴で良いから」

 

「鈴だね? シャルル・デュノアです、宜しく」

 

「……ところで一夏は? 一緒じゃなかったの?」

 

「一夏なら……えっと……」

 

デュノアが俺に視線を向けて来る。

 

「……置いてきた」

 

「えっ? 何で?」

 

「……気持ち悪かったからだ」

 

「はぁ?」

 

首を傾げる鈴だが、鈴の為にもそれ以上の事は言わずに理由は伏せておく。

 

まさか好きな相手にそっちの気があるかもしれない等と、口が裂けても言える筈が無い。

 

「……悪い事は言わない、さっさと織斑を落としてくっついてくれ」

 

「うぇっ!? な、何よ急に!?」

 

「そうじゃないと危険だからだ」

 

「はぁ? あんたさっきから何言って……いや、そんな事よりさっさと離れなさいってば! こら!」

 

それから授業が始まるまで、鈴にごちゃごちゃと小言を言われながらも無視してセシリアを抱き締め続けた。

 

 

ちなみに織斑はチャイムの鳴る直前、ギリギリのところで全力疾走した来た為に何とか間に合っていた。



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第50話 合同授業

織斑千冬がやって来ると、それまで話をしていた奴らは口を閉じて全員が整列する。

 

「ぜぇ……ぜぇ……ゆ、悠斗、何で置いてったんだよ……」

 

「……置いていったのは謝るが、それ以上寄るな」

 

「な、何で……ぜぇ……だよ……」

 

「ゆ、悠斗さん? 本当に何があったんですの?」

 

「……どうでも良い事だ」

 

織斑の尊厳の為にもそれ以上は言わないでおく。

 

膝に手を当てながら未だに肩で息を荒げている織斑から視線を外して前へと向ける。

 

「よし、全員揃っているな?」

 

織斑千冬が全員を見渡しながらそう尋ねる。

 

山田がいない様だが、今日はこいつ一人か?

 

「今日は1組と2組の合同授業だが、訓練機を使ってのIS搭乗訓練をする。 だがその前に……オルコットと鳳、前に出ろ」

 

突然名前を呼ばれたセシリアと鈴が前へと出る。

 

「国の代表候補生であり専用機を持つお前達には全員の手本となる様に試合をして貰う」

 

「試合、ですか……それは鈴さんとですの?」

 

「いや、相手は違う、そろそろ来ると思うんだが……」

 

 

 

「ひゃあああっ!? ど、退いて下さ~い!?」

 

 

 

突如上空から響いた声に全員の視線が上へと向けられる。

 

上空から落下してくる何か……いや、声で何となくわかっていたが、ISを身に纏った山田が体勢を崩しながら落下して来ていた。

 

……何故そうなる?

 

「……はぁ、五十嵐か織斑、どちらでも構わんから受け止めてやれ」

 

「……織斑、任せる」

 

「えっ!? 俺かよ!?」

 

驚きながらも直ぐ様白式を展開する織斑、その展開速度は以前の授業よりもかなり速く、特訓の成果がかなり身に付いている様だ。

 

そのまま落下地点へと入り落下してきた山田を受け止めた……が、落下速度が尋常では無かった為にそのまま衝撃を抑える事が出来ず、砂埃を巻き上げながら二人纏めて転がって行った。

 

 

「う……痛たたた……」

 

舞っていた砂埃が晴れて行き、その中から織斑が身体を起こしていた。

 

「あぅ……あ、あの、織斑君……?」

 

「……へっ?」

 

「その、退いて下さい……」

 

完全に砂埃が晴れるとその惨状が目の当たりとなった。

 

身体を起こす為に手を着いた織斑だったのだが、その手は織斑の下敷きとなっていた山田の胸を鷲掴みにしていた。

 

……だから、何故そうなる?

 

「う、うわああああああっ!?」

 

慌てて飛び退いた織斑……だが何やら手を何度か動かしながら、まるで今の感触を確かめる様な動きを見せた。

 

織斑が気付いているのかわからないが、そんな織斑をまるで道端のゴミを見る様な冷めた目でセシリアと鈴が見ている。

 

「す、すみません!!」

 

「あぅ……そんな……私は教師で相手は生徒、況してや織斑先生の弟さんなのに……そんな禁断の……」

 

「えっ?」

 

何やら頬を両手で押さえながらおかしな発言をしている山田、織斑も思わず首を傾げてしまっている……頭でも打ったか?

 

「はぁ……織斑、列に戻れ。 山田先生、授業の最中なのですから」

 

「あぁ……織斑先生……いえ、お姉さん……」

 

「…………ふんっ!」

 

凄まじい速さで出席簿が山田の頭を襲った。

 

「あ痛ぁっ!? へっ? あの、ここは……?」

 

「……山田先生、授業を始めます。 直ぐに準備を」

 

「あ、す、すみません!」

 

立ち上がり何度も頭を下げる山田、ふと殺気を感じて視線を向ければ鈴が山田の方を、正確には山田の身体の一部をまるで親の仇かの如く恨めしそうに睨み付けていた。

 

そして隣に戻って来た織斑も、謝る為に何度も頭を下げる山田の身体の一部をじっと見続けている。

 

とりあえず、そんな織斑の頭を割りと強目にひっぱたいた。

 

 

 

「全く……色々あったが、オルコットと鳳には山田先生と模擬戦をして貰う」

 

「山田先生と……?」

「えっ? 二対一で……?」

 

二人の反応は最もだ。

 

幾ら教師だとしてもセシリアと鈴、二人の代表候補生を相手に模擬戦をするのは厳しい筈……況してや先程あんな飛び方をしていた奴が。

 

「何、心配はいらんさ、山田先生はこう見えても元日本の代表候補生だ。 現役時代の私が唯一私の後を継げる人物だと思っていた程、今でも実力は私の現役時代に匹敵するぞ?」

 

「そ、そんな、過大評価し過ぎですよ……」

 

……ほう?

 

普段はドジを踏んでばかりで余り役に立たない様なこいつが元日本の代表候補生、しかも織斑千冬が自らの現役時代に匹敵すると認める程の実力を持っているのか。

 

無駄な試合はしたく無いが、そんな事を聞いたら一度相手をして貰いたい。

 

あの無人機との戦闘で、自分の実力不足を痛感した。

 

結果的に倒せたが、かなりギリギリだった上に俺一人では倒せなかった。

 

鈴に織斑……そして、セシリアを危険に晒してしまった。

 

二度とあの様な事にならない様に、そしてセシリアとの約束を守る為にも、俺は強くならなければならない。

 

セシリアを、束を、クロを、友人を守る為に強く……。

 

 

「……五十嵐、お前は駄目だぞ」

 

「……あ?」

 

織斑千冬に呼ばれて漸く気付く。

 

いつの間にか、俺は一歩前へと歩み出ていた。

 

「模擬戦をするのは二人だ、お前は下がれ」

 

「……ISでも生徒を教育するのが教師なんじゃないのか?」

 

「お前は加減を知らない、山田先生と戦わせる訳にはいかん」

 

「……ちっ」

 

舌打ちをしたと同時に、飛来して来たペンを片手で掴んだ。

 

視線を前へと向ければ織斑千冬が腕を振り下ろした状態で俺を睨み付けていた。

 

「……ペンを投げるな」

 

「お前なら問題無いだろ? それに敬語はもう諦めたが、教師に向かって堂々と舌打ちをするな」

 

そのまま互いに睨み合いが続いたが、突然隣から腕を掴まれた。

 

視線を隣へと向け、思わず固まってしまう。

 

「セシリア……?」

 

セシリアが、俺の腕を掴んだまま鋭い視線を向けて来ていた。

 

「悠斗さん? 先生に対してその様な態度はいけませんわ」

 

「……だが」

 

「いけないものはいけません、目上の方は敬うべきですわ」

 

「む、ぅ……」

 

「悠斗さん?」

 

「……はぁ、わかった」

 

セシリアの圧に負けてしまった。

 

そこまで言われてしまうとどうしようも無い、それにセシリアに逆らう事は出来ない。

 

「織斑先生、申し訳ありませんでした」

 

「えっ? あ、いや、あぁ……」

 

俺の代わりに頭を下げるセシリア……いや、流石にそこまでやらなくても……。

 

「いや何でセシリアが謝ってるのよ? 別に止めるだけで良いじゃない」

 

「えっ? ですが"夫"の代わりに謝るのも"妻"の役目では無いのですか?」

 

「待って、色々と待って、いつからあんた達は夫婦になったのよ? いや、そんな不思議そうな顔されても私が困るんだけど……てか悠斗、あんたも否定しなさいよ? いや何そのお前は何を言ってるんだみたいな顔は、私がおかしいんじゃ無いからね? 皆の声を代弁してるだけなのわかってる? あ、その顔は二人してわかって無いでしょ? いやわかれよ、頼むからわかってよ!」

 

一人でひたすらに騒ぐ鈴、相変わらず煩い奴だな。

 

 

「シャルル、あれが鈴の特技の漫才だぜ」

「わぁ……! 凄い、これがジャパニーズ漫才なんだね……!」

 

「喧しいわ! 特技でも漫才でも無いわよ! てかジャパニーズって私は日本人じゃなくて中国人!」

 

「シャルル、あれがツッコミって奴だぜ」

「は、初めて見た、ジャパニーズツッコミ……!」

 

「いい加減にしろー!!」

 

グラウンドに、鈴の悲痛な叫びが響き渡るのだった。



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第51話 模擬戦

「……あー、色々あったが、模擬戦を始めるぞ」

 

落ち着きを取り戻した鈴さんと並び、目の前にいる山田先生と対峙しました。

 

普段の山田先生の姿しか知りませんが、先程の織斑先生の話を聞く限り決して油断出来ない相手ですわ。

 

……恐らく、少し前の私でしたら完全に油断していたでしょう。

 

普段の山田先生の姿から代表候補生として訓練を受けていた私でしたら大丈夫だと、多少苦戦する可能性はあっても負ける筈が無いと考え、自らの実力に傲り無様な姿を晒していたでしょう。

 

しかし、今は違う。

 

あのクラス代表を決める試合、搭乗経験の少ない悠斗さんに敗れ、織斑さんにも辛勝という結果……勿論お二人共、経験をものともせずに強い方だっただけの話でしょう。

 

そしてあの無人機襲撃事件、私は代表候補生でありながら悠斗さんに守られ、悠斗さんは大怪我を負ってしまった。

 

もう二度と、あの様な事あってはならない。

 

その為にも私は強くならなければなりません、決して傲らず、油断せず、精進しなければならないのです。

 

その為にもこの模擬戦、負ける訳にはいきませんわ。

 

『……鈴さん、聞こえますわね?』

 

プライベート・チャネルにて鈴さんに通信を繋げ、声を掛ける。

 

『聞こえてるわよ』

 

『私が遠距離からサポート致しますので鈴さんは近距離から山田先生に攻撃を、私も隙を見つけ次第遠慮無く撃ちますわ』

 

『了解、それにしても随分と気合い入ってるわね?』

 

『当然ですわ、相手はあの織斑先生が実力を認める教師、そんな相手と戦う事の出来る機会なんて中々ありませんもの、それに、例え模擬戦だとしても代表候補生として負ける訳にはいきません』

 

『確かにね、私だって代表候補生としてのプライドってものがあるし』

 

『それに、他の誰でも無い悠斗さんが見ていらっしゃるんですもの、情けない姿を見せる訳にはいきませんわ』

 

『あ~はいはい、プライベート・チャネルでまで私はツッコまないからね』

 

『えっ? ですがそれが鈴さんの役割では?』

 

『ふざっけんじゃ無いわよ! 私はコメディアンでも何でも無いからね!?』

 

『そ、そうだったんですの……!?』

 

『……セシリア、山田先生と戦う前にあんたとやっても良いのよ? てかそうやって私を弄るとか悠斗みたいな事しないで……あ、やば』

 

『ふふっ、だって夫婦は似るものですから』

 

『だーっ!? やっぱり! 今のは私の失言だったけど本当に言ったし!?』

 

頭を抱えながらその場で悶える鈴さん、織斑先生と他の方達の視線が集まっていますわ。

 

「鳳? どうかしたのか?」

 

「……何でも無いです、今すぐ戦いたくて堪りません」

 

「そ、そうか? では……始め!!」

 

織斑先生の言葉と共に私と鈴さんは思考を直ぐ様切り替え、上空へと飛び立ちました。

 

山田先生は少し遅れて飛び立ち、私達の少し下を飛んでいます。

 

 

山田先生の乗る機体は《ラファール・リヴァイブ》

 

フランスの第二世代の量産機、遠距離攻撃を主軸にした汎用機。

 

手にしているのはアサルトライフルとショットガン、恐らくは遠距離と近距離それぞれに対応出来る筈ですわね。

 

……織斑先生の認めるその実力、見せて貰いますわ。

 

「ビット!」

 

出し惜しみなんてするつもりはありません、最初から全力で行かせて頂きますわ。

 

計六つのビットがそれぞれ違った軌道を描きながら山田先生へと向かう。

 

その合間を縫って鈴さんが近接ブレードを手に山田先生へと斬り掛かる。

 

しかしその攻撃を軽く避け反撃とばかりにショットガンで鈴さんへと攻撃、更には私への牽制としてアサルトライフルを放ちながら一定の距離を保たれる。

 

これは……わかってはいましたが、一筋縄では行きませんわね。

 

 

しかし、負ける訳にはいきませんわ……!

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

上空で始まった戦闘。

 

デュノアが織斑千冬に言われて山田の乗る機体、ラファール・リヴァイブの説明をしているが、俺はそれに耳を傾ける事無く上空を飛び回るセシリアの姿を見守っていた。

 

セシリアのビットと狙撃、その合間を縫って繰り出される鈴の近接ブレード。

 

普通に考えれば圧倒的に山田が不利の筈だが、山田は端から見ても冷静に見える。

 

確実に攻撃を避けながら手にした銃で反撃を行っている。

 

「な、なぁ悠斗、どっちが勝つと思う?」

 

隣から尋ねて来る織斑に、少し考えてから口を開く。

 

「……何とも言えないな、セシリアに勝って欲しいのは事実だが、山田の操縦技術を見るに一筋縄では行かないのは明白だ」

 

「そ、そうだよな……うわ、あれを避けるのかよ……」

 

どちらも回避しつつ反撃を繰り返し均衡を保っていたが、それが崩れた。

 

痺れを切らした鈴が突出し過ぎ、山田はそれを冷静に対処。

 

近接ブレードの一撃を僅かな動きで避け、至近距離から銃を連射し、その攻撃で体勢を崩した鈴を援護に向かおうとしたセシリアへと向かって蹴り飛ばす。

 

そして咄嗟に受け止めたセシリアへと向かって何かを投げ付けたのを見て、俺は直ぐ様黒狼を展開して最大速度で飛び出した。

 

爆音と共に視線の先で爆発に巻き込まれ戦闘不能になるセシリアと鈴、機体が制御不能となり落下してきたセシリアを受け止めた。

 

 

「ちょっ!? 私はああああああっ!?」

 

 

その隣を落下していった鈴を一瞥してから、腕の中のセシリアへと視線を向ける。

 

「セシリア、大丈夫か?」

 

「ゆ、悠斗さん!? あの、えっと……大丈夫、ですわ……」

 

「そうか、良かった」

 

「……申し訳ありません、お見苦しい姿を……」

 

「……いや、今のは痺れを切らして突出し過ぎた鈴が原因だろ? あそこで鈴がもう少し耐えていれば違った結果になった筈だ」

 

「し、しかし……」

 

「セシリアが俺に言ってくれただろ? もっと自信を持てと……良い戦術だったぞ」

 

「悠斗さん……」

 

首に腕を回して強く抱き付いて来るセシリア、その背中を擦ってやりながら目の前へと来た山田へと視線を向ける。

 

「……惜しいな、あいつに止められていなければ俺もお前に挑みたかったんだが」

 

「い、五十嵐君もですか? えっと、私は構いませんが……」

 

「……あ? ならやるか?」

 

「わ、私だって教師として、元日本代表候補生としてのプライドがあるんですから!」

 

「面白い……なら……」

 

 

『五十嵐! 山田先生! 今すぐ降りて来い!』

 

 

下から響いて来た声、俺も山田も意識がそちらへと向いてしまった。

 

……ちっ、興が削がれた。

 

「セシリア、一度降りるぞ?」

 

「あ、は、はい……」

 

セシリアを抱き抱えたまま、山田を一瞥してから俺は地上へと向かって降下した。

 

仕方無い、セシリアをここから落とす訳にはいかないからな、今は戦う訳にはいかない。

 

「……あ、危なかった」

 

後ろで山田が何か呟いた様な気がしたが、よく聞こえなかった。

 

……まぁ良い、その内機会を設けて挑むとしよう。

 

 

 

 

「諸君、今の模擬戦を見てわかったと思うが、山田先生はその腕前と技術によってこのIS学園の教師の座に着いている。 これからはきちんと敬う様に」

 

地上へと降りて来て直ぐ、織斑千冬が地面へとめり込んでいる鈴をそのままに他の奴らに対して話していた。

 

鈴はめり込んだまま何も言葉を発していない。

 

「……哀れだな」

 

「やかましいわよ!」

 

自力で起き上がった鈴が凄まじい剣幕で迫って来る。

 

「幾らなんでもあそこでセシリアだけ受け止める!? 私の事も受け止めなさいよ!」

 

「代表候補生ならそれくらい自分で何とかしろ」

 

「それセシリアも同じだからね!? てかセシリアはいつまで抱き付いてるのよ!? 早く降りなさい!」

 

「えっ……嫌ですわ……」

 

「嫌じゃないの! あ、こら! 何で降りろって言ってるのにもっと強く抱き付いてんのよ!? てか何で地面に激突した私がこうして立ってるのにセシリアは抱き抱えられてんの!? おかしいでしょうが!」

 

「ふざけるな、セシリアとお前を同等に扱う訳が無いだろうが、セシリアは特別だ」

「悠斗さん……!」

 

「だぁーっ!? もう嫌だこいつらー!?」

 

頭を掻き毟りながら叫ぶ鈴……相変わらず騒がしい奴だ。

 

 

 

「お前達、いつまで騒いでいるつもりだ? 授業を再開するぞ」

 

織斑千冬の言葉に、恨めしそうに俺達を睨みながらも漸く大人しくなる鈴。

 

セシリアを降ろしてから列へと戻った。

 

「今日は訓練機を使って実際に搭乗する事でISに慣れて貰う。 その際個人個人でやるのは効率が悪い為に専用機持ちがそれぞれ数人のグループに教える様に」

 

専用機持ち……つまり、俺もか。

 

 

「専用機持ち、って事は……!」

「織斑君に……!」

「デュノア君に……!」

「五十嵐君は駄目よ!」

「オルコットさん一筋だもん!」

「でも、あの冷たい目で厳しく教えて欲しい……!」

『わかる!!』

 

 

女共の視線が俺達男子に向けられたかと思えば、一気にそれぞれの元へと詰め寄って来た。

 

『五十嵐君!』

『織斑君!』

『デュノア君!』

 

『教えてー!!』

 

……喧しい、第一そんな下らない理由でこうして騒ぎ立てれば。

 

「この馬鹿共が……出席番号順にさっさとグループに別れんか!!」

 

織斑千冬の怒号が、グラウンドへと響き渡るのだった。



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第52話 教育

さて、織斑千冬の一声でそれぞれのグループへと分けられた訳だが。

 

目の前に集まった数人の女共が妙に目を輝かせながら俺を見ている。

 

仕方無いとは言え、やはり下らない考えを持つ奴らに教えないといけないのか。

 

「……はぁ」

 

「あ、あの、五十嵐君? えっと、宜しくね?」

 

「鏡……」

 

唯一の救いはその中に友人である鏡がいる事か。

 

相川と布仏はそれぞれ違うグループになってしまっているが、学園内で貴重とも言える常識人であり良心である鏡がいるのは正直助かった。

 

「正直、上手く教えられる気はしないがな」

 

「そ、そんな事無いよ! 五十嵐君なら大丈夫!」

 

両手を目の前で握りながら励ましてくれる鏡、やはり優しい奴だな。

 

「ありがとう……じゃあ始めるか」

 

しかし始めるのは良いが……黒狼、悪いが色々と聞いても良いか?

 

『はい、何なりとお申し付け下さい』

 

ISに慣れろと言っていたが、具体的に何から始めるべきだ? 俺の時は飛行から入ったが。

 

『そうですね、先ずは機体に慣れる為に歩行訓練から入った方が宜しいかと、主様は飛行から入りましたが他の方達にいきなり飛行訓練をさせるのは厳しいかと思われます』

 

成る程、一理あるな。

 

なら歩行訓練から始めるとしよう。

 

「先ずはISに慣れる為に一人ずつ搭乗して歩行訓練をして貰う。 初歩的な動作ではあるがISは一度搭乗すれば己の身体の一部、歩行すら儘ならなければ飛行なんてもっての他だ」

 

『はーい! 五十嵐先生!』

「えっ? あ、えっと、はい……」

 

鏡以外の奴らから発せられた言葉に思わず顔をしかめてしまう。

 

誰が先生だ、馬鹿なのかこいつらは。

 

「……妙な呼び方をするな、初めは誰から乗る?」

 

「あ、はいはい! じゃあ私が乗りたい!」

 

一人の女が挙手しながら一歩前へと出て来た。

 

その際、何やら他の女共と小声で話をしていたが……まぁ、ここで変にごちゃごちゃと騒がないで済むなら良いか。

 

そいつを待機状態のIS、日本の量産機である打鉄へと搭乗させつつ俺も黒狼を展開する。

 

「先ず歩く前に、その場で手足の動きや感覚を確かめてみろ」

 

「う、うん」

 

言われた通りにその場で打鉄を動かしながら確認する女、見た限りでは問題無さそうだな。

 

「なら次、そのまま歩いてみろ、ゆっくりで構わない」

 

そう伝えれば、女は緊張した面持ちながらもゆっくりと歩き始めた。

 

多少のぎこちなさはあるが、転倒する事無く数メートル程歩く事が出来ていた。

 

「少し動きがぎこちないが、何度か乗る内に慣れるだろう」

 

「はい!」

 

「よし、なら次の奴と交替だ。 ISを待機状態に戻して……」

 

言い終える前に、女が何やら意味深な笑みを浮かべたかと思えば直立のままその場でISから降りてしまった。

 

おかしい、授業で既に教わっている筈だが、所持者が身に付けられる待機状態となる専用機と違って、訓練機であるこの機体は体勢を低くさせてから降りなければ搭乗位置が高く乗り込むのが難しい。

 

「おい、何を……」

 

「あ、ごめーん! そのまま降りちゃった! このままだと乗れないから次の人は五十嵐君に載せて貰わないといけないよね!」

 

「……あぁ?」

 

……成る程、そういう事か。

 

先程乗る前に何かこそこそと話していたが、初めからそれが狙いだったのか。

 

『主様、奥様が此方を見ています』

 

知っている、恐らく今の会話をISのハイパーセンサーで聞いていたのだろう。

 

セシリアが此方を、正確にはこの状況を作り出した女共を見て……いや、睨んでいる。

 

セシリアの教えているグループの奴や周りのグループの奴らがその余りの迫力に固まってしまっている程だが、こいつらは気付いていないらしい。

 

「五十嵐君、お願い出来る?」

 

してやったりの笑みを浮かべながら話し掛けて来る女。

 

どうやら俺を嵌める事が出来たと思い込んでいるのだろう。

 

……良い度胸だ。

 

黒狼、この訓練機をハッキング出来るか?

 

『主様? 何を……』

 

出来るのかを聞いている。

 

『は、はい、可能でございますが』

 

なら、データを書き換えて搭乗者を感知すると同時に機体が展開する様に弄ってくれ。

 

『……成る程、そういう事でございますか、畏まりました』

 

俺の意図を理解した黒狼、流石だな。

 

『いえ、主様の専用機として当然の事でございます……完了致しました、いつでも可能でございます』

 

「……次の奴は誰だ?」

 

「はい! はいはい! 私です!」

 

嬉々とした表情で駆け寄って来る別の女。

 

恐らく、こいつも先程と同様に降りる時はそのままの状態にするつもりなのだろう。

 

次に控えている奴らもまた、期待に満ちた目で女を見ている為にわかる。

 

「高いから、勿論五十嵐君が乗せてくれるんだよね?」

 

悪びれる様子も無くそう尋ねて来る女に、少し考える素振りを見せてから頷く。

 

「……あぁ、そうするしか無いだろうな」

 

「やったっ! じゃあお願いします!」

 

俺に近寄って来る女、その瞬間に更に強くなるセシリアの圧。

 

最早セシリアの近くにいる奴らが顔を青ざめさせながら数人で身を寄せあっている。

 

セシリアの為、そして周りの奴らの為にも、これ以上セシリアの機嫌を悪くさせる訳にはいかないな。

 

「念の為に聞くが、本当に俺が乗せてやって良いんだな?」

 

「勿論!」

 

「そうか、わかった……なら行くぞ」

 

「はーい! って、えっ? あの……待っ……きゃああああああっ!?」

 

女の腰の辺りに腕を回して持ち上げ、そのまま力任せに待機状態の打鉄へと向かって全力で投げ飛ばした。

 

そして待機状態の打鉄にぶつかる瞬間、黒狼のハッキングにより打鉄は搭乗者を感知したと同時に展開、そのまま飛んで来た女を包み込むと同時に後ろへと勢い良く倒れた。

 

その一連の動きと女の悲鳴を聞いた周囲の奴らが何事かと此方を見て来る。

 

「きゅぅ……」

 

昏倒する女を一瞥してから、唖然とした表情で固まる他の女共へと視線を向ける。

 

「この様に、限界はあるが例え負傷する程の衝撃を受けたとしてもISの搭乗者保護システムによって怪我も無く搭乗者は守られる……こうして自ら良い見本になってくれるとは、本当に助かった」

 

俺の言葉を聞いて顔を青ざめさせて一言も発しない女共。

 

「ん? あぁ安心しろ、今の説明の通りこいつは怪我はしていない、少し気絶しているだけだ」

 

そう言いながら肩へと牙狼砲を展開すると、途端に全員が身体をびくりと震わせた。

 

「そうだな、次はこいつで追撃で吹き飛ばされても怪我をしないという事を試すか?」

 

『ひぃっ!?』

 

「……わかったなら下らない考えはやめろ、次に似た様な事をすれば本気で吹き飛ばすぞ」

 

俺の言葉に勢い良く何度も首を縦に振り続ける女共、全く……。

 

その様子を見てからプライベート・チャネルにてセシリアへと通信を繋げる。

 

「セシリア、解決したからもう大丈夫だ。 そっちの奴らに教える事に集中してくれ」

 

『わ、わかりました……ふふっ、悠斗さんらしいですわね、ですが余り乱暴なのは駄目ですわよ?』

 

「この方が手っ取り早かった、一応怪我はしない様に気を付けてはいるさ……それに、例え何をされてもセシリア以外に靡く事は無い、俺はセシリア一筋だ」

 

『悠斗さん……ありがとうございます、では後程』

 

「あぁ、後でな……さて、そいつが気絶したから次の奴だ」

 

通信を切り女共に向き直るが、途端に互いに顔を見合わせて躊躇う様子を見せる。

 

……少しやり過ぎたか?

 

「あ、い、五十嵐君、私が乗ります」

 

他の奴らの様子を見て鏡が名乗り出た。

 

鏡なら安心だな、何の心配もいらないだろう。

 

気絶した女を再度黒狼によるハッキングでISを解除させ、鏡に乗る様に促す。

 

「わっ!? た、高い……!?」

 

「落ち着け、搭乗さえすれば例え転倒しても怪我をする事は無い。 それにもし倒れそうになったとしても俺が支えてやるから大丈夫だ」

 

「う、うん……」

 

俺の言葉を聞いてぎこちない動きで一歩ずつ歩き始める鏡……が、今にも倒れそうな程にふらふらとした足取りだ。

 

……仕方無いな。

 

「鏡、掴まれ」

 

「えっ!? あ、えっと、あうぅ……」

 

ぎこちなく歩く鏡の両手を取り、そのまま誘導する様にして歩かせる。

 

すると何やら恥ずかしそうに顔を俯かせてしまう鏡、もしかするとこうして支えて貰えないとまともに歩けない事が恥ずかしいんだろうか?

 

「大丈夫だ、最初の内はこうして覚えた方が早く慣れる、別に恥ずかしい事じゃないさ」

 

「ち、違うんですぅ……うぅっ……」

 

違うとは、どういう意味だろうか?

 

倒れてしまう事で恐怖心が芽生えてしまうよりも、最初からこうして慣らした方が安心出来ると思うからやっているんだが……。

 

『あ、主様、奥様が此方を見ています! 今回は主様を!』

 

……何故だ?

 

 

 

 

そのまま鏡を支えてやりながら歩行を続け、少ししてから慣れて来たのを確認してから手を離して一人で歩かせる。

 

それから残りの奴らの搭乗を終え、その後は何の問題も無く授業を終える事が出来た。



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第53話 屋上での一時

「悠斗さん!」

 

授業が終わり各々がグラウンドから移動を始める中、何故か他の奴らから詰め寄られて慌てふためいている鏡を遠目から見ているとセシリアが駆け寄って来てそのまま勢い良く俺に飛び付いて来た。

 

突然の事に驚いたが、直ぐ様反応して難なく抱き止める。

 

周囲から何やら羨望の眼差しが向けられているが、特に気にも止めずに腕の中のセシリアへと視線を向ける。

 

「セシリア、どうしたんだ?」

 

「むぅ……先程、鏡さんの手を握っていましたわ、鏡さんは友人だとしても少し嫉妬してしまいます」

 

成る程、さっきセシリアが俺の事を見ていたのはそういう事だったのか。

 

「そういう事か、すまない」

 

「……その、面倒臭いでしょうか?」

 

「ん? 何がだ?」

 

「その、悠斗さんは他意など無いとわかっているのですが、他の女性の手を握っていただけで嫉妬してしまう私の事が……」

 

不安そうに上目遣いで尋ねて来るセシリアに、俺は出来る限り優しく頭を撫でてやった。

 

「そんな事思う筈が無い、それだけセシリアに想われているんだからな」

 

「本当、ですの……?」

 

「あぁ、セシリアに嘘は吐かない」

 

「悠斗さん……」

 

 

「こらこらこらこら、皆の前でイチャイチャすんなって何回言えばわかるのよ」

 

背後から掛けられる声、しかし振り向いたが姿が見えな……。

 

「悠斗! 何回その下りをするつもりなのよ!? そろそろ本気でキレるわよ!?」

 

大声で騒ぐ鈴……全く、冗談の通じない奴だな。

 

「ったくもう……ほらセシリア、さっさと離れなさいよ」

 

「そんな……まだ悠斗さん成分が補充されていませんのに……」

 

「いや何よその謎の成分は、駄目なものは駄目なの、周りの皆に悪影響だから」

 

「あ、お気になさらずとも大丈夫ですわ、私は構いませんから」

 

「あんたらはどうでも良いのよ! こっちが気にするの! 良いからさっさと離れなさい!」

 

凄まじい剣幕で捲し立てて来る鈴に、セシリアが渋々といった様子で離れた。

 

「ったく本当にこの二人は……」

 

「まあまあ鈴、そんなに怒るなよ」

 

鈴の後ろから織斑とデュノアがやって来た。

 

突然後ろから声を掛けられ、一瞬だけ肩を震わせた鈴だったが何とか表情には出さずにいる。

 

「怒りたくもなるわよ、ちょっと前まではこんな事しなかったのに……」

 

「あ、あはは……じゃあ最近はずっとこんな感じなんだ……」

 

「はぁ……で? 一夏は何か用があったの?」

 

「あぁ、良かったらさ、今日の昼にシャルルと一緒に皆で飯食わないか? シャルルの歓迎会的な感じも兼ねてさ」

 

歓迎会、か……正直いつもの面子で食べていた方が楽なんだがな。

 

いや、待てよ? 織斑がここにいる面々を誘っているという事は必然的に鈴も同席するという事……鈴の為にも誘いに乗るべきだな。

 

ふと視線をセシリアへと向ければ何も言わずに一度頷いた、恐らく俺と同じ考えに至った様だ。

 

「俺は別に構わないぞ」

「私も構いませんわ」

 

「お! ありがとう二人共! 鈴も来てくれるか?」

 

「し、仕方無いわね、別に……あ、あんたと一緒なら良いわよ」

 

「えっ!? お、おう……そっか、ありがとな……」

 

互いに顔を赤くしながら俯く二人、その様子をセシリアとデュノアが目を輝かせながら見ている。

 

いやセシリアはわかるが、デュノアは男だろうが、何だその反応は……。

 

「……はっ!? ば、場所は食堂で良いの!?」

 

「……えっ!? あ、いや、場所は屋上にしようと思ってるんだ。 食堂だと俺達男子の周りが騒がしくなるだろうし」

 

……確かにな、それぞれ別で食っていれば大丈夫だが、三人集まっていれば話どころでは無くなりそうだ。

 

「じゃあ昼休みに屋上に行けば良いのね?」

 

「あぁ、皆それぞれ購買で買ってから集合にしようぜ、シャルルに購買の場所教えておいた方が良いしな」

 

「オッケー、なら昼休みにね」

 

そう言うと鈴は先に教室へと戻って行った。

 

それに習い俺達も着替える為に更衣室へ、セシリアは教室へとそれぞれ向かうのだった。

 

 

 

 

その後、授業が終わり俺とセシリアは一度相川達に昼は屋上で食べるという事を伝えてから教室を出る。

 

ちなみに織斑とデュノアは俺達が話をしている間にいち早く購買へと向かった様で、恐らくは鈴も既に向かっている筈だ。

 

三人を待たせる訳にはいかない為に直ぐに購買へと向かう。

 

セシリアは以前と同じでサンドイッチを、俺はおにぎりとおかずを数種類買い込んでから屋上へと向かった。

 

 

 

「お、来た来た」

 

屋上へと出ると、やはり三人は既に集まっており俺達が最後だった。

 

「申し訳ありません、お待たせしましたわ」

 

「いやいや、俺達も今来たばかりだからさ、それに一番早かったのは鈴だしな」

 

「い、言わなくても良いでしょ!」

 

鈴、余程織斑と一緒に食べるのが楽しみだったのか。

 

それから五人で屋上の一角に輪になって座った。

 

「じゃあとりあえず改めて、IS学園にようこそ! これから宜しくなシャルル!」

 

「うん、ありがとう一夏」

 

織斑の言葉で食事を始める。

 

黙々と食べているとふと視線を感じた為に顔を上げれば、デュノアが何やら俺の手元を見ている。

 

「何だ?」

 

「うわぁ……いや、悠斗って凄く食べるんだね?」

 

「いや、いつもよりは少ないが?」

 

「えっ!? 嘘!? これで!?」

 

「これで驚いてたら普段の量を見たら卒倒するわよ? 見てるだけで胸焼けするぐらいだし、まぁ図体デカい分食べる量が多いんでしょうけど……はん、燃費の悪い身体よね」

 

「煩いぞチビ」

 

「何をー!?」

 

掴み掛かって来る鈴を、おにぎりを食べながら片手で押さえる。

 

食事中に騒ぐな、全く。

 

「ふふっ、ですが普段は格好良いのに、沢山美味しそうに食べる悠斗さんはとても可愛らしいんですのよ?」

 

「はい待った、隙あらば惚気るのやめて貰えない?」

 

「惚気る? 私はただ思っている事を言っただけですが……?」

 

「無自覚でこれよ、普段聞かされる身にもなって欲しいわ」

 

「あら、普段お話するのはほんの一部だけですのよ? 宜しければ今度のお休みにもっと詳しくお話致しますが?」

 

「やめて、そんなの聞いてたら身体中の至るところから砂糖が吹き出して来そうだわ」

 

「あ、申し訳ありません鈴さん、お休みの日は悠斗さんと一緒にいなければいけませんので残念ですが……」

 

「いや聞いて無いから、一緒にいないといけないなんて決まりは無いから、てか何よその決まりは?」

 

「あら? 愛する方とは片時も離れたく無いもの、それは世の常ではありませんの?」

 

「ごめん、私が悪かったからやめて、お願いだからこれ以上私にダメージを与えないで」

 

セシリアと鈴の会話が続く中、最後のおにぎりを食べ終える。

 

すると向かいに座っていた織斑が俺に話し掛けて来た。

 

「なぁ悠斗、確かに二人は付き合ってるしいつも仲が良いってわかるんだけどさ、いつもオルコットさんからしかそういう事を聞かないけど悠斗は言わないのか?」

 

「……何をだ?」

 

「いや、好きなんだってのはわかるけど、オルコットさんみたいに直接好きとかってあんまり聞いた事無い様な気がしてさ」

 

「あ、僕も気になるな!」

 

「あっ、馬鹿! 余計な事言うな!」

 

……別に、言わない訳では無いんだがな。

 

「確かに俺は他の奴とそんなに話す方じゃ無いが、セシリアに対しては別だ。 それにここ最近は俺の気持ちも伝えてはいると思うが?」

 

「いや、確かに言ってるけどこう……直接言ってる所を聞いた事無いから」

 

「そうだったか? 勿論俺はセシリアの事が好きだ、初めて会った時から惹かれていた、一目惚れというやつだな。 その綺麗な蒼い瞳に、己に厳しく何処までも高みを目指す強さに、そして優しさに、全てにおいて美しいと思った……それに、こんな俺に好意を抱いてくれて俺の気持ちに答えてくれたからな」

 

「おぉ……! で、でも悠斗、この学園って下心無しにしても綺麗な女子も可愛い女子も多いし、今日の授業でもそうだったけど悠斗はオルコットさんと付き合ってるのに未だに猛アプローチを受けてるだろ? その、気持ちが揺らぐというか、靡いたりしないのか?」

 

「無いな、今言った様に俺はセシリア一筋だ。 そもそも俺は所謂浮気だとかそういった事が大嫌いなんだよ、例え他の誰かに何を言われたとしてもセシリアを好きだという気持ちは揺らがない。 セシリア本人に拒絶されない限り、身も心もセシリア以外に捧げるつもりは微塵も無い」

 

「「おぉ……!」」

 

「っ……! 悠斗さん……!」

 

俺の言葉を聞いたセシリアが隣から抱き付いて来る。

 

「私が悠斗さんを拒絶する事なんて絶対に有り得ませんわ! 例え何があろうとも、私は一生悠斗さんだけを愛し続けます!」

 

「……あぁ、俺もずっとセシリアを愛し続ける」

 

強く抱き締めて来るセシリアの背を優しく擦りながら、互いに強く抱き合う。

 

 

「わぁ……! うわぁ……!」

「あれ……? 漬物が、甘い……?」

「だから言ったじゃないこの馬鹿! そっちのあんたも! 男の癖に女子みたいに目を輝かせてんじゃ無いわよ!」

 

 

目の前で騒ぐ三人に構う事無く、時間が許す限りセシリアの温もりを感じているのだった。



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第54話 接触

「悠斗さん、宜しいでしょうか?」

 

あれから午後の授業が終わり、HRが終わって帰る準備をしていた所でセシリアに声を掛けられた。

 

「どうした?」

 

「先程鈴さんから連絡が入りまして、今日の放課後にアリーナの一部使用許可が降りたらしいんですの。 それで皆さんで集まって訓練をしないかと誘われたのですが、悠斗さんも参加出来ますでしょうか?」

 

訓練か……皆という事は集まるのは恐らく昼の面々、つまりは全員が専用機持ちか代表候補生。

 

最近まともに黒狼に乗ったのは今日の授業だけ、セシリアや鈴と違ってISに乗る様になってから日が浅いから乗らないと感覚が鈍ってしまう。

 

それに専用機持ちと訓練が出来るのなら経験としては申し分無い、断る理由は無いな。

 

「勿論構わない、直ぐに行くのか?」

 

「はい、鈴さんは既にアリーナへと向かっている様ですので直ぐに……」

 

 

「話の途中に悪いが、五十嵐は少し残って貰っても良いか?」

 

 

後ろから掛けられる声。

 

振り向けばいつの間にやって来たのか、直ぐ後ろに織斑千冬が立っていた。

 

「……何か用か?」

 

「あぁ、お前のISについて国からの要請が来ている。 それ程時間は取らないから一緒に来て貰うぞ?」

 

……面倒だな、男で専用機を持っているからという理由だけで、今更国からの要請を受けても不信感しか抱かない。

 

「悠斗さん? 専用機を持っているのでしたら自国からの要請は話を聞かないと駄目ですわ」

 

「……わかってはいるんだがな」

 

「余り時間は取らないと織斑先生も仰っているのですから、先に行って皆さんと待っていますわ」

 

「……はぁ、わかった」

 

そう言われてしまったら仕方無い、さっさとその話を聞いてなるべく早く終わらせるか。

 

「話はここで良いのか?」

 

「いや、専用機という事もあって機密事項も多い、以前話をした応接室を使う」

 

「わかった……すまないセシリア、先に行っててくれ」

 

「はい、お待ちしておりますわね」

 

そう言って俺の頬に触れるだけのキスをしてからセシリアは教室から出て行った。

 

教室に残っていた他の奴らが甲高い悲鳴と共に俺へと視線を向けて来るが無視しつつ織斑千冬へと視線を戻す。

 

「行くならさっさと行くぞ」

 

「あ、あぁ……だがその、あくまでもお前達はまだ学生なんだから節度を持ってだな……」

 

「知らん、別に迷惑を掛けているつもりは無い」

 

「むぅ……と、とりあえず行くぞ」

 

何やら納得の行っていない様子だが、それ以上は何も言って来る事は無くそのまま二人で教室を後にした。

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

「鈴さん、お待たせ致しましたわ」

 

ISスーツへと着替え、アリーナへとやって来ると既に鈴さんと織斑さん、デュノアさんが揃っていました。

 

「あ、来た来た……あれ? 珍しいわね、悠斗は一緒じゃないの?」

 

「一緒に来るつもりだったのですけど、先程織斑先生に呼ばれまして……」

 

「えっ? 何々? 何かやらかしたの?」

「えっ? そうなのか?」

 

鈴さんと織斑さんが面白そうな事を聞いたといった様子で尋ねて来ました。

 

失礼ですわね、悠斗さんはその様な事で呼ばれたりしませんわ。

 

「違いますわ、悠斗さんの専用機に関して国からの要請が来ているらしいんですの」

 

「あぁ、成る程ね……」

「えっ? どういう事だ?」

 

国からの要請、その言葉だけで私と同じ代表候補生である鈴さんとデュノアさんは理解した様でした。

 

唯一理解出来ていない織斑さんに、デュノアさんが説明を始めます。

 

「あのね一夏、日本人である悠斗が自国で専用機を持つという事はそれだけ重要な事なんだよ? 数に限りのあるISコアは持っているだけで国の軍事力としての要を担う、勿論一夏だって例外じゃないよ?」

 

「お、俺もか……」

 

「それに悠斗と一夏は世界からも注目されているISを使う事が出来る男性操縦者、しかも二人共専用機持ち、そんな二人を日本の政府が見過ごすと思う?」

 

「成る程……うわぁ、何か今更になってとんでも無い事になったんだって実感してきた……」

 

「いやあんた、今更でしょ?」

 

鈴さんの言葉はごもっともですわね、聞いた話によると偶然ISを動かしたらしい織斑さんですが……もう少し危機感と言いますか、自覚を持つべきだと思うのですがね。

 

「まぁ良いわ、悠斗が来るまで待ってるのも良いけどアリーナの使用時間は限られてるんだから早速始めましょ?」

 

「そうですわね、訓練内容はどうしますか?」

 

「ん~せっかく専用機持ちが集まってるんだから、難しい事は無しにして試合形式で良いんじゃない? 順番を決めて二人ずつ試合をして行くの、やってる内に悠斗も来るでしょ?」

 

「わかりましたわ、では順番を決めましょうか」

 

四人で話し合い、最も簡単であるじゃんけんで順番を決めると初めは織斑さんとデュノアさんの二人に決まりました。

 

他にもアリーナを使っている方がいるのでアリーナの一角を使っても良いか他の方に確認を取ってから私と鈴さんは壁際へと下がり二人の試合を観戦する事に。

 

「……ねぇセシリア、今更だけどちょっと聞いても良い?」

 

「何でしょう? 悠斗さんの魅力ならいくらでもお話出来ますわよ?」

 

「違うわよ、間違っても聞かないから……まぁ悠斗についてなのは合ってるけど」

 

鈴さんの雰囲気が真面目なものであるとわかり、私も態度を改めました。

 

「……悠斗の専用機、あんな機体は本国で見たデータには全く無かった。 それにあの操縦技術、確かに悠斗は篠ノ之博士と一緒に暮らしてたって言ってたけど、正直あれは異常よ? セシリアは何か聞いてるの?」

 

「……私も全ては聞いてはいません、知っているのはあの機体は束さんが自ら一から設計し作り上げた機体であるという事です」

 

「やっぱり、通りで見た事が無い訳ね、でもあの操縦技術は?」

 

「それは私にもわかりません、ですが悠斗さんは私が聞いた限り特別な事はしていない筈ですわ。 束さんと一緒に暮らしていた時に偶然触れたISが反応したと、それ以降はISに乗る事も無かったと仰っていました」

 

「嘘でしょ……ならあれは、悠斗自身の戦闘センスって事?」

 

「そうなりますわね」

 

「その専用機……えっと、黒狼だっけ? その機体性能がずば抜けてるって訳じゃ無いの? 他の奴が乗ってもあの動きが出来るとか……」

 

「いえ、間違い無く使えませんわ、だって……」

 

そこまで言って、私は口を閉じました。

 

黒狼さんは悠斗さんの事を主と認めていて、悠斗さんもまた黒狼さんの事を認めている、恐らくはお互いに強い信頼関係にある為にあの機体性能が引き出されている筈ですわ。

 

恐らく、他の方が黒狼さんに乗ってもあの動きは不可能。

 

しかしあの日、悠斗さんの精神世界へと招かれたあの夜の出来事……あれは実際に体験しなければきっと理解出来ないもの。

 

いくら鈴さんでも、説明したところで信じられる筈が無いですわね。

 

それに468個目のISコアを使っているという事も、今は黙っていた方が良いでしょうか。

 

「……いえ、何でもありませんわ」

 

「そう、言えないなら別に無理に言わなくても良いわよ」

 

「……申し訳ありません」

 

「良いって言ってるでしょ、何か事情があるんだろうし別に言えないからって私はとやかく言ったりしないわよ」

 

「鈴さん……」

 

「それに、例えどんな事があっても悠斗は大事な友達だし……本人には言わないけどね、セシリアだって気持ちは変わらないんでしょ?」

 

「勿論ですわ、例え何があろうとも、世界中が敵になろうとも、私は悠斗さんを愛し続けます」

 

「お、おぉ……そこまでなのね……」

 

当然ですわ、それにもし仮にそうなればまるで物語にある愛の逃避行の様で素敵ではありませんか……ふふっ、流石に考え過ぎですわね。

 

ですが、鈴さんがそう仰って下さって安心しました。

 

悠斗さんの事を大事な友達だと、それ程までに考えて下さっている事が。

 

やはり、鈴さんは親友と呼べる方ですわ。

 

「お、そろそろ決着が着きそうね」

 

鈴さんの言葉に視線をアリーナへと戻せば、織斑さんがデュノアさんの猛攻を防ぎ切れずに完全に押されていました。

 

 

デュノアさんの機体はフランスの第二世代の量産機ラファール・リヴァイブ

 

しかし機体のカラーと細部の作りが通常の物とは違う、恐らくは専用機として改造している様ですわね。

 

更には武装を高速で次々と展開する技術、高速切替(ラピッド・スイッチ)

 

その速さは目を見張るものがありました。

 

そして遂に、体勢を崩した織斑さんの額にデュノアさんがアサルトライフルを突き付けた事で降参の意を込めて織斑さんが両手を挙げた所で試合は終わりました。

 

二人の元へと鈴さんと二人で向かいます。

 

「素晴らしい技術でしたわね、デュノアさん」

 

「ふふっ、高速切替(ラピッド・スイッチ)には少し自信があるんだ。 でもオルコットさんにそう言って貰えると嬉しいよ」

 

「そんな事ありませんわ、私にはあれ程の速さでの切替は出来ませんもの、デュノアさん自身の努力の結果なのですからもっと誇りに思うべきですわ」

 

「えっ? あ、ありがとう……」

 

「あ、セシリアが浮気してる、悠斗に報告してやろ」

 

「そんな気は微塵もありませんわ、素晴らしい技術を持つ方がいらっしゃるのであれば素直に称賛するべきでしょう?」

 

「ちっ、全然焦りもしないわね……ほら一夏、大丈夫?」

 

「あ、あぁ、ありがとう鈴……いや凄いな、今のシャルルの技、高速切替(ラピッド・スイッチ)って言うんだっけ? 戦闘中にあんな武装をぽんぽん切り替えられたら全然対処出来ねぇよ」

 

「如何に対処させずに攻撃出来るかが重要だからね、だけど一夏も凄いよ? 一夏には悪いけど、正直もっと簡単に落とせると思ってたのに大分粘られたから」

 

「そうか? 俺なんて皆に比べたら全然まだまだだよ」

 

「まぁ確かにまだまだよね、でも素人がここまで代表候補生に善戦出来る様になったんだから一夏も頑張ってるって事でしょ? そんな卑屈にならないで自信持ちなさいよ」

 

「お、おう……ありがとな……」

 

「べ、別に……セシリアも言ったけど、称賛は素直にするべきって言ってたじゃない」

 

「そ、そっか……でも、ありがとう……」

 

「……うん」

 

あらあら、鈴さんもあれから一夏さんと良い雰囲気ですわね。

 

ふふっ、親友が上手く行っている様で私も嬉しいですわ。

 

 

 

「ね、ねぇあれ……」

「あの子って、確か転校生の……」

 

 

ふと、そんな声が聞こえて来ました。

 

視線をそちらへと向けると、アリーナの入口から黒いISを身に纏った誰かが私達の元へと真っ直ぐ歩いて来ました。

 

確か……あの方は……。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒさん……でしたわよね? 何か用でしょうか?」

 

「お前に用は無い、用があるのは織斑一夏だ」

 

ボーデヴィッヒさんは鋭い目で織斑さんを睨み付けていました。

 

朝のHRでもそうでしたが、何故そこまで織斑さんの事を……?

 

「私と戦え、織斑一夏」

 

「……嫌だね、理由が無ぇよ」

 

「理由ならある、お前の様な奴があの人の弟など……認められるものか」

 

「な、何だよそれ……?」

 

「お前のせいで教官は優勝を逃した、お前が弱いせいでな」

 

「っ……!」

 

織斑さんの表情が変わりました。

 

教官、そして優勝を逃した、それは織斑先生とモンド・グロッソの事を言っていると直ぐにわかりました。

 

第二回モンド・グロッソ、その決勝戦にて織斑先生は突然の棄権により会場に姿を現す事無く優勝は他の方のものとなりました。

 

しかし、その棄権の理由は不明ですが……何故、それを織斑さんのせいだと?

 

「理由としては十分だろう、あの人にお前の様な弱い奴は必要無い、ここで叩き潰してやる」

 

「お待ち下さい」

 

顔を俯かせる織斑さんの前へと歩み出ると、ボーデヴィッヒさんは途端に不機嫌そうに顔をしかめました。

 

「お前に用は無いと言った筈だ、雑魚は引っ込んでろ」

 

「そういう訳にはいきませんわ、その様な私情でのISによる戦闘行為は校則違反です。 それに貴女は先程から織斑さんの事を弱いと、織斑先生に必要無いと、随分と好き勝手に仰っていますが貴女に一体何の権限があるのですか?」

 

「何だと……?」

 

「確かに織斑さんはまだISに携わったばかりで、不慣れで、知識もまだ足りていなく決して強くはありません」

 

 

『ぐふっ……』

『い、一夏!?』

『落ち着きなさい一夏! 多分セシリアはフォローしてるから!』

 

 

「しかし、突然IS学園に入学になったにも関わらず、突然専用機持ちとなったにも関わらず、日々とても努力しています。 毎日特訓や勉強をして、クラスの代表としての責任感を強く持っていますわ。 それに実力も少々荒削りですがそのセンスは目を見張るもの、代表候補生に善戦する程です」

 

「ふん、それはお前達が弱いからそう感じるだけだろうが」

 

「はい、確かに私はまだ弱いですわ。 国家代表の足元にも及ばない程に……しかし、織斑さんの姿を見て私は気付く事が出来ました。 自分にはまだ努力も経験も足りないと、もっと精進すべきだと、そして今の世も男性は素晴らしい可能性があるのだと……勿論、一番は悠斗さんと出会った事で実感しましたが」

 

「下らん、そんなもの私には必要の無い感情だな」

 

「どの様に感じるのかは貴女の自由です。 しかしそれは私や織斑さんも同じ事、貴女の言う織斑さんが織斑先生に必要無いという言葉を撤回して下さいな」

 

「……何が言いたい?」

 

「織斑さんにとって、織斑先生にとって、二人の家族という関係は一生変わらないもの、それを他人である貴女にどうこう言われる筋合いは無いと言いたいのですわ」

 

ボーデヴィッヒさんの目付きが変わりますが、私は決して視線を逸らしませんでした。

 

「どの様な理由があったのか私は知りません、しかし何があろうとも貴女にお二人の家族として、姉弟としての絆を否定する権利などありませんわ。 今すぐ、先程の発言を撤回して下さい」

 

「黙れ……!」

 

「セシリア!?」

 

鈴さんの悲鳴に近い声が響いたと同時に、私の直ぐ隣の地面が一瞬にして吹き飛びました。

 

地面に突き刺さっているのは黒い刃、ボーデヴィッヒさんの機体から伸びたワイヤーブレードでした。

 

まさかISを展開していない相手に手を上げるとは思っていませんでしたが、ここで逃げては意味がありませんわ。

 

「……いいえ、貴女が撤回するまで黙るつもりはありませんわ」

 

「貴様……脅しだと思っているのか?」

 

「思ってはいませんが、私は無用な戦いは嫌いですの……今この場でISを展開するつもりはありません」

 

「馬鹿が……ならば」

 

展開されるもう一本のワイヤーブレード、恐らく今度は本当に当てるつもりなのでしょう。

 

真っ直ぐ見つめる先で、ボーデヴィッヒさんがワイヤーブレードを振り下ろす。

 

その時。

 

 

『そこの生徒! 何をやっている!?』

 

 

アリーナに響き渡った声、振り下ろされる筈のワイヤーブレードは直前で止まりました。

 

二人同時に視線を向ければ放送室には此方を見る教師の姿が。

 

『ISを展開していない相手に武装を使うなんて何を考えている!?』

 

「……ちっ、邪魔が入った」

 

ISを待機状態に戻したボーデヴィッヒさん、そのまま私の事を睨み付けて来ました。

 

「……撤回は絶対にしない」

 

「……いいえ、絶対に撤回させて差し上げますわ」

 

「ふん……私に言った言葉、後悔させてやるぞ」

 

そう言い残し、ボーデヴィッヒさんは私達に背を向けてアリーナから出て行きました。

 

「セシリア!」

 

その後ろ姿を見続けていると後ろから鈴さんが慌てて駆け寄って来ました。

 

「大丈夫!? 怪我は!?」

 

「鈴さん……私は大丈夫ですわ」

 

「ISも展開しないで何考えてるのよ!? 今のは運が良かっただけよ!?」

 

「……心配して下さってありがとうございます。 しかし、校則を破る訳にはいきませんし先程のボーデヴィッヒさんの発言を許す訳にはいかなかったので」

 

「っ……本当にもう……!」

 

こうして叱って下さる鈴さんは優しい方ですわね。

 

しかし校則違反をする訳にはいきません、それにボーデヴィッヒさんの発言が許せなかったのも事実……彼女に、家族の絆を否定する権利なんてありません。

 

「オ、オルコットさん……」

 

織斑さんが傍までやって来ると、そのまま深く頭を下げて来ました。

 

「……ごめん、俺のせいで」

 

「いいえ、織斑さんのせいではありませんわ。 どの様な理由があったのか私は聞きませんが、決して織斑さんは悪くありません……ですから頭を上げて下さい」

 

「でも……」

 

「どの様な理由があれど、貴方が織斑先生とご家族である事を否定なんてさせませんわ……家族の、姉弟の絆は、決して何者にも変える事も否定する事も出来ない深い繋がりなのですから」

 

「オルコットさん……」

 

 

 

「……何かあったのか?」

 

 

 

背後から掛けられた声、その声に私は反射的に振り向きながら抱き付きました。

 

「っと……どうした?」

 

抱き付いた相手、私の最愛の人である悠斗さんは首を傾げながらも何も言わずに私を受け入れて下さいました。

 

「悠斗!」

 

悠斗さんに抱き付いたまま、その胸に顔を押し当てていると織斑さんが悠斗さんの名を呼びました。

 

「絶対にオルコットさんを嫁に貰えよ? こんな良い人、中々いないんだからな?」

 

「あ? いや、そのつもりだが……」

 

「絶対、絶対だぞ!? マジで逃すなよ!?」

 

「……本当に、何があったんだ?」



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第55話 結成

「……そんな事があったのか」

 

アリーナでの特訓を終え、食堂にていつもの面子で食事をしながらセシリアから事情を聞いていた。

 

ボーデヴィッヒの様子を見るに何かやらかすであろうと思っていたが、まさかISを展開していない相手に武装を繰り出そうとするとは。

 

「オルコットさん、大丈夫だったの……?」

 

「えぇ、幸いにも攻撃は当たらなかったので怪我も何もありませんでしたわ」

 

相川の言葉にそう答えるセシリアだが、あくまでもそれは運が良かっただけだ。

 

もし攻撃が当たっていたら……考えるだけで、恐ろしい。

 

「セシリア、事情はわかったが無茶はしないでくれ。 以前の事があるから俺が言う訳にはいかないんだが、もしセシリアの身に何かあったら……」

 

「申し訳ありません……しかし、ボーデヴィッヒさんのあの発言を許す訳にはいかなかったのです」

 

セシリアの気持ちは大いにわかる、過去に家族を亡くしたセシリアにとって、家族の絆を否定される事は何よりも許しがたいもの。

 

「……そうか、セシリアの行動を否定するつもりは無い、だが本当に気を付けてくれよ?」

 

「はい、心配をお掛けして申し訳ありませんでしたわ……」

 

「謝らないでくれ、セシリアが無事だったのならそれで良いんだ」

 

「悠斗さん……」

 

 

「あ、また始まった」

「ふふっ、もう見慣れた光景だよね」

「相変わらず二人は熱々~」

 

 

目の前の三人が何か言っているが、気にする事無くセシリアと見つめ合う。

 

「でもボーデヴィッヒさん、どうしてそこまで織斑君の事を目の敵にしてるんだろう?」

 

「……それがわからないのですわ、聞いたのは彼を織斑先生の弟として認めないと、弱い存在は織斑先生に必要無いと、ただそれだけを言っていましたので」

 

「納得出来ないな、何があったのかわからないが、ボーデヴィッヒに織斑を否定する権利なんて無い筈だ」

 

「悠斗さんの仰る通りですわ、だからこそ私もボーデヴィッヒさんの発言が許せませんでしたの」

 

織斑をあいつの弟として認めない、か。

 

どんな事情があれど二人は家族、その関係は一生変わらないものだ。

 

だが、何があったらそこまで織斑の事を否定するのだろうか?

 

織斑の様子を聞く限り、過去に何かあったのは明白だが……。

 

「……織斑はその事で何か言っていたのか?」

 

「いえ、とても話しづらそうな様子だったので言及はしていません」

 

「……そうか、なら織斑が話してくれるまで待つしか無いな」

 

無理に聞き出す様な事はしたく無い、本人が話してくれるまで待とう。

 

そのまま食事を済ませ自室へと戻り、いつもの様に俺の部屋へと来たセシリアと共に就寝するのだった。

 

 

 

 

 

 

「諸君、聞いている者もいると思うが、来週から学年別トーナメントが始まる。 例年までなら個人戦で行っていたのだが、今年は前回のクラス対抗戦でのアクシデントを考慮して二人一組、ツーマンセルで開催する事となった」

 

翌日、HRで織斑千冬から告げられた言葉に、クラス中がざわつく。

 

二人一組か、条件等が無ければセシリアと組む以外考えられないな。

 

「ちなみに組む相手は違うクラスの奴でも構わん、特別な条件も無い……そういう事だから五十嵐、オルコットの二人で組むのも構わんぞ」

 

「……それはありがたいな」

 

「だがお前達二人が組むからには情けない結果は出すなよ?」

 

「心配無用ですわ織斑先生、悠斗さんと組むからには優勝以外考えておりません。 織斑先生に私と悠斗さんの愛の成せる素晴らしいコンビネーションをお見せ致しますわ」

 

「え? あ、そ、そうか……」

 

「頑張りましょうね、悠斗さん!」

 

「あぁ、最善を尽くすつもりだ」

 

別に優勝に興味がある訳では無いが、セシリアと組むのなら負ける気はしない。

 

以前の無人機襲撃の際に実感したが、セシリアの後衛での支援はかなり心強い上に戦闘中のお互いの息も合っていた。

 

経験も実力も俺達よりも上である上級生が相手なら別だろうが、一年の中では負けない自信がある。

 

 

「うわっ!? 最強タッグが出来た!?」

「わかっていたけど、勝てる気がしない……!」

「くっ……! 最強夫婦が……!」

「い、五十嵐君は無理だけど、織斑君かデュノア君となら!」

 

 

何やらクラスの奴らの視線が織斑とデュノアに集まる。

 

すると織斑はその危機に気付いたらしく、慌ててデュノアへと視線を向けた。

 

「シャ、シャルル! 一緒に組もうぜ!」

 

「えっ? あ、うん、勿論良いよ?」

 

「よっしゃ!」

 

……まぁ、そうなるだろうな。

 

正直に言えば織斑には鈴と組んで欲しかったが、そうなるとデュノアが全員の餌食になってしまう。

 

鈴には悪いがこの二人が組むべきだろう。

 

 

「そんな……!?」

「神は……死んだ……」

「待って! ポジティブに考えるのよ!」

「そうよ! ベストカップルが出来たと思えば!」

「織×シャル、いやシャル×織!?」

「滾って来たわ……!」

 

 

訳のわからない言葉を発する一部の奴ら、心からこの話題に自分の名前が出なくて良かったと思える。

 

「静かにせんか! まだHRの最中だぞ!」

 

案の定織斑千冬が一喝すると、途端に静かになる。

 

「全く……ペアの申請は三日後までに済ませろ、それまで決まらなかった奴は此方で勝手にくじ引きで決めるからな」

 

そう言ってから山田に引き継ぎ、そのままHRが進められた。

 

その後の授業は特に何事も無く、昼休みを迎えるのだった。

 

 

 

 

 

「悠斗さん、食堂に行きましょう?」

 

「あぁ、そうするか」

 

昼休みに入って直ぐにセシリアが俺のもとへとやって来る、そのままセシリアと共に食堂へと向かおうと立ち上がった所で織斑とデュノアが俺達の方へとやって来た。

 

「悠斗、良かったら昼一緒にどうだ?」

 

「ん? まぁ、別に構わないが……」

 

「本当か? 鈴も誘ってて先に行ってるみたいだから五人で食おうぜ!」

 

「ほう? それを聞いたら尚更行くしか無いな」

 

「うっ……あ、あんまり弄るなよ?」

 

「さあ、どうだろうな」

 

「……悠斗って意外と意地悪だよな」

 

それは心外だな、織斑と鈴の仲を応援しているだけなんだが。

 

「悠斗さん悠斗さん、私にも少しだけ意地悪して下さっても構いませんわよ?」

 

セシリアが何故か期待に満ちた目をしながら俺を見つめて来る。

 

「え? いや、セシリアにそんな事は……」

 

俺の言葉にセシリアは何やら残念そうな表情を浮かべてしまった。

 

……何故だ?

 

『主様、奥様は恐らく主様の普段とは違った姿を見たいのかと』

 

黒狼が何か言って来る。

 

普段と違う姿と言われてもな、冗談でもセシリアにそんな真似はしたく無いんだが……。

 

『男性も女性も、好意を抱く相手の普段とは違う姿に魅力や刺激を感じるもの。 奥様も主様にそれを求めておられるのかと』

 

自棄に詳しいな、何故そんな事を知っているんだ?

 

『ネットワーク経由で調べました。 評価等を見るに信憑性は高いと思われます』

 

……それは信憑性が高いと言えるのか?

 

気のせいだと思いたいが、最近黒狼が少し変わった様な気がする。

 

『いえ、主様と奥様の仲を取り持つのも主様に仕える従者として当然の事にございます』

 

そ、そうか……本当に、セシリアはそういったものを求めているのか?

 

『はい、間違い無いかと』

 

だが今目の前には織斑とデュノア、そして周りには他の奴らがいる。

 

普段は気にしないがこれに関しては余り見せたく無いな、なら……。

 

セシリアの耳へと顔を近付けさせる。

 

首を傾げるセシリアの耳元で、セシリアにしか聞こえない様に小さな声で囁いた。

 

 

「……夜になったら、部屋でしてやる」

 

「あぅ……!?」

 

 

俺の言葉に、セシリアは顔を耳まで赤くしながらも小さく頷き、そのまま腕へと強く抱き付いて来た。

 

『流石は主様、お見事でございます』

 

……やめてくれ、世辞でも言うな。

 

正直自分には似合わない上に我ながら恥ずかしい発言なのはわかってはいる……だが、セシリアが喜んでいるみたいだから良かった。

 

 

「えっ、ゆ、悠斗……? な、何を言ったんだ?」

 

「……何でも無い」

 

「わぁ……! うわぁ……!」

 

「……お前はお前で女みたいな反応をするな」

 

騒ぐ二人をあしらいつつ、俺達は食堂へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ!! またあのバカップルが何かやらかしてる気がする!?」

 

「……鈴音さん、何言ってるの?」

「つ、疲れてるのかな?」

「お~リンリンはエスパーだったんだ~」

 

食堂にて、そんな会話が繰り広げられていたとかいないとか。



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第56話 衝突

「では先に行ってますわね?」

 

「あぁ、すまないな」

 

「大丈夫ですわ、少し遅れるだけですもの」

 

「……なるべく早く終わらせる」

 

「はい、では後程」

 

触れるだけのキスをしてから、私は教室を後にしました。

 

クラスに残っていた方達から悲鳴に似た声が上がっていましたが特に気には止めません。

 

織斑先生から告げられ、悠斗さんとのペアを申請した翌日、以前から私の申請していたアリーナの申請が漸く通った為に学年別トーナメントの戦術確認の為に悠斗さんと放課後に特訓をする事になっていました。

 

しかし、今回もまた悠斗さんは織斑先生に呼ばれてしまったので先に一人でアリーナへと向かう事に。

 

国からの申請ですから文句は言えませんが……早く悠斗さんと特訓したいですわ。

 

鈴さん達にも声を掛けはしましたが、鈴さんは他のアリーナでクラスの方へISの指南を、織斑さんはデュノアさんに学園内を案内するとの事。

 

その為悠斗さんと二人きりで特訓が出来ると思っていたのですが、あの時と同様に放課後になったと同時に織斑先生に呼び止められてしまいました。

 

「……はぁ」

 

アリーナへとやって来ましたが、悠斗さんがいない事を考え思わず溜め息を吐いてしまいました。

 

他に使用しているかた方がいれば悠斗さんが来るまでその方達と一緒にと思っていましたが、運悪く今はまだ他の利用者の方は来ていません。

 

……考えても仕方ないですわね。

 

一先ずブルー・ティアーズを展開、悠斗さんが来る前に武装や機体各部の点検を行う事にしました。

 

 

私に今必要なのはビットを使用した際、機体の動きが止まってしまわないようにする事。

 

スターライトmkⅢの同時使用は出来ますが、ビットを使用している間は意識を集中させなければいけない為に機体を動かす事が出来ない……いえ、機体性能を考えれば動かす事は出来ますが、私自身の集中力が足りていないだけ。

 

同時使用が出来る様になれば、戦略はかなり広がるのですが……。

 

「ビット!」

 

ビットを展開し、それぞれ違う軌道を描きながら相手がいる事を仮定して向かわせる。

 

そしてそのまま機体を……。

 

「……っ!」

 

やはり、動かせない。

 

少しでも意識を機体の方へと向けるとビットの軌道が思う様に行かない、こんな軌道では相手に攻撃を当てる事など出来る筈が無い。

 

ビットを一度戻し、手を強く握り締める。

 

「……やはり、まだ足りませんわ」

 

経験が、鍛練が、圧倒的に足りていない。

 

アリーナを使用出来る機会はどうしても限られてしまう、授業でも始まったばかりである今は他の方達の為に基本動作のみ。

 

アリーナ以外で使用出来れば少しは変わるのでしょうけど、基本的に学園内外でのISの私的利用は禁止されている。

 

「……はぁ」

 

再度、溜め息が漏れてしまいました。

 

幸いにも今回悠斗さんと組む上での私の役割は後衛、前衛である悠斗さんのサポートや相手への牽制が主になる為に最悪同時使用が出来なくとも何とかなりはしますが……。

 

「……それでは、意味が無いではありませんか」

 

悠斗さんは前衛と言っても黒狼さんには遠距離武装が装備されていますし、悠斗さん自身の射撃精度もかなり高い。

 

そんな悠斗さんの後衛を担うのに、こんな有り様では役に立てる筈が無いですわ。

 

近接戦ではブルー・ティアーズの性能と私自身の実力を考えれば良くて攻撃を多少防げる程度、そうなるとやはりビットと機体の同時運用が前提条件。

 

更に欲を言えばこのビット、機体の名の由来となったブルー・ティアーズの"能力"を使えれば。

 

 

"偏光制御射撃(フレキシブル)"

 

 

四機のビットから放たれるレーザーを操縦者の意のままに"曲げる"事が出来るというもの。

 

IS適正がA以上であり、ビットの稼働率が最高状態になれば使用は可能。

 

IS適正に問題は無い、しかし稼働率がまだ最高値に達していない為に私にはまだ使用する事が出来ない能力。

 

ビットをもう一度展開させ、アリーナ中央へと向けてレーザーを放つ。

 

意識を放たれた四つのレーザーに集中しますが、無情にもレーザーは直線のまま反対側のアリーナのシールドへと着弾して消えてしまいました。

 

それから数回、同じ様にレーザーを放ちその度に意識を集中させますがレーザーは一度たりとも曲がる事はありませんでした。

 

「……やはり、駄目ですわ」

 

最大稼働、一体どうすればそこに到達するのかがわからない。

 

……私には、無理だと言うのでしょうか?

 

「……っ!!」

 

強く、自らの頬を両手で叩きました。

 

機体の搭乗者保護機能により痛みはありませんが、強い衝撃が顔を襲います。

 

「弱気になるなんて、私らしくありませんわ」

 

そうですわ、今は無理かもしれませんが、諦めてはそこで終わってしまいます。

 

私が目指すのはあくまでも国家代表、今の代表候補生で終わらせるつもりはありませんわ。

 

悠斗さんの操縦技術は既に各国の代表候補生を上回っている、恐らく条件さえ調えば国家代表になるのは容易いでしょう。

 

そんな悠斗さんとこれからもずっと一緒にいると決めたんですもの、このまま諦めてしまっては悠斗さんの隣に立つ資格なんてありませんわ。

 

再度、ビットを展開しようとした……その時でした。

 

 

 

 

 

 

ブルー・ティアーズから鳴り響くロックオンされた事によるけたたましい程の警告音。

 

直ぐ様その場から飛び退くと同時に、今まで私が立っていた地面が爆発と共に吹き飛びました。

 

「ほう、今のを避けるとは……曲がりなりにもイギリスの代表候補生か」

 

その声に視線を向ければ、あの時と同じく黒く荒々しさを感じる機体を身に纏ったボーデヴィッヒさんの姿がありました。

 

「イギリスのブルー・ティアーズか……何だ、データで見た方が強そうに見えたが」

 

「随分な挨拶ですこと、そもそも貴女をお誘いした覚えはありませんが?」

 

「関係無い、それに言った筈だ……貴様に、あの発言を後悔させてやると」

 

「あら、まだそれを言いますのね? ですが私は自分の言葉を後悔した事はありませ……いえ、"あの時"の発言だけは今でも後悔していますが、それ以外ではもう後悔なんてしませんもの」

 

「……お前が何を言っているのかわからないが、私には関係無いな」

 

両肩に装備された砲塔……確かレールカノンだった筈ですわね、二つの砲塔が私へと向けられました。

 

「それに、甘ったれた考えしか持っていない代表候補生を潰すのに理由なんていらない」

 

「おかしな事を言いますのね、私は一度たりとも甘い考えなど持った事はありませ……あ、いえ、確かに悠斗さんとご一緒の時は甘くて素晴らしい時間ではありますが……それも甘い考え、なのでしょうか?」

 

「……だからお前はさっきから何を言っているんだ?」

 

ボーデヴィッヒさんとほぼ同じタイミングで首を傾げてしまいました。

 

私としては重要な事なのですが……。

 

「ま、まぁいい……とにかく、お前を潰す」

 

「申し訳ありませんが、以前お伝えした様に私は無用な争いは嫌いですの。 試合なら今度の学年別トーナメントで受けますので」

 

「……逃げるのか? 代表候補生の癖に腰抜けか?」

 

「……はぁ、そんな安い挑発には乗りません。 そういう訳では無く校則で私情での戦闘は禁止されているというだけで」

 

「所詮、お前も"あの男"も腰抜けか」

 

 

 

ピキッ……

 

 

 

頭の中で、何かが切れる様な感覚。

 

今、彼女は何と言いましたの?

 

「……あの男というのは、誰の事ですの?」

 

「"両方"だな、織斑一夏は勿論の事、あの五十嵐悠斗という奴も所詮は腰抜けだ。 ISに乗る事が出来るにも関わらず仲良し子好しなんて腑抜けた考えをしているだろうが」

 

「……悠斗さんの事を、腰抜けですって?」

 

「ふん、だからそう言って……」

 

「撤回しなさい」

 

「……何?」

 

「悠斗さんは、私の愛するあの方は決して腰抜けなどではありません。 誰よりも強く、優しい方ですわ……貴女など、足元にも及ばない程に」

 

「何を言うかと思えば……実に下らん」

 

「無用な争いは嫌いではあります、代表候補生としてこの学園にいる限り校則を破る様な事はしないつもりでしたがその様な事を言われて黙っていられる程私はまだ大人ではありませんの……覚悟なさい」

 

スターライトmkⅢを構え、ビットを展開しながらボーデヴィッヒさんに照準を合わせました。

 

「ふん、やっとその気になったか、抵抗しない奴をいたぶるよりも多少は歯応えのある方が此方としても面白いからな」

 

「その減らず口がいつまで続けられるか見物ですわね?」

 

「抜かせ、お前如き本気を出すまでも無い」

 

「あら、おかしな事を言いますのね? 本気を出さなければ……」

 

スターライトmkⅢのトリガーへと指を掛ける。

 

 

 

「問答無用で、落としますわよ?」



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第57話 衝突Ⅱ

「……面倒だな」

 

「あのな五十嵐……面倒なのはわかるが昨日説明した様にお前はかなり特殊な扱いになる。 男でISに乗れるのは織斑と一緒だが、お前の専用機は468個目のISコアを使用している上にそれを乗りこなし、操縦技術は既に各国の代表候補生を上回っていると言っても過言では無い。 そんなお前がこのまま何処にも所属せずに野放しでいられる筈が無いだろう?」

 

昨日と同じ、以前も使った応接室にて俺は織斑千冬から日本からの申請の件で話を聞いていた。

 

要約すると、今の俺は何処の国にも属していない専用機持ち、その為に今現在暮らしている日本に籍を置いて日本の代表候補生、そして近い内に国家代表になって欲しいというものだった。

 

その見返りとしてかなり高額の報奨が支払われる上に、国家代表になった暁には軍事に置けるあらゆる際の特別権利を与えられる。

 

だがその分柵が出来るらしく、他国への入国の際には面倒な手続きが付き纏う事となるのだ。

 

……それに確かに自分の身を、そしてセシリアと束、クロを守る上でISは戦力と呼べるが、束の夢を知っている身としてISを兵器として扱いたくは無い。

 

軍事に置ける権利など、俺には必要無いのだ。

 

「これは前代未聞の措置だ、受けていて損は無いだろう?」

 

「報奨に関しては魅力的なんだろうが、柵が出来る上に他国への移動が面倒になるのは避けたいんだがな」

 

「それは仕方無いだろう? 今はまだ極一部にしか情報は明かされていないが、各国がお前とお前の専用機の存在を知ったらあらゆる手段を使ってでもお前を引き入れようと躍起になるぞ」

 

「それは、わかっているんだがな……」

 

束はあくまでも俺の身の安全を考慮し、防衛の為に専用機を渡したが、専用機を持つという事はそれ相応の覚悟が必要であると理解はしていた。

 

しかし自由に出入国が出来ないのは避けたい、近い内にイギリスに、セシリアの両親の墓へと行きたいと考えているのだ。

 

それにこの学園を卒業した後もセシリアと一緒にいるつもりだが、セシリアは祖国であるイギリスの国家代表を目指している筈。

 

互いに国家代表という立場になってしまえば自由に会う事すら儘ならない。

 

「……いっその事、イギリスに籍を置いても良いかもしれないな」

 

「は? はぁっ!? ま、待て五十嵐! 本気で言ってるのか!?」

 

「割りと本気だが?」

 

俺の言葉に驚いて慌てた様子の織斑千冬に至って冷静にそう返す。

 

「っ……! そ、それは、オルコットと関係しているのか?」

 

「あぁ、ここを卒業してからもセシリアと一緒にいるつもりだからな、それならイギリスに交渉して向こうで話を聞いても恐らくは似た様な条件を出す筈だ。 それに、どうせ日本に残っていても俺には肉親もいなければ故郷と呼べる場所も無いからな」

 

「それは……っ」

 

何かを言い掛ける織斑千冬だったが、やがて何も言わずに俯いてしまった。

 

そういう顔をされると俺が困るんだがな。

 

「……はぁ、別にお前が悪い訳じゃないだろ? お前も政府やIS委員会から色々と言われているんだろうから今直ぐに決断するつもりは無い。 卒業までという条件で搭乗データは定期的に送り続ける、それで一先ずは上に伝えておいてくれ」

 

「……すまないな、わかった。 先方にはそう伝えておこう」

 

「お前程の奴でも、教師という立場は楽じゃないんだな」

 

すっかり萎れた様子の織斑千冬に何の気なしにそう言った途端、何故かその目が鋭いものに変わった。

 

「楽なものか! 只でさえお前と織斑の件で大変なのに無人機襲撃にお前の国家代表案、そして代表候補生の転校生二人にその内一人のラウラは転校初日の初っぱなから問題を起こそうとするし……あぁ、そういえばあの時は止めて貰って助かった。 いや、だがお前もお前だ、オルコットと恋仲なのは構わないし私がとやかく言うつもりは無いが学園内でくっついたり……その、キ、キスしたり……節度を持てと言った筈だろう!? 他の生徒から苦情が半分、二人には何も言わずに見守って欲しいという言葉が半分、それぞれ上がっているんだぞ!?」

 

「……半々なら別に良いんじゃないのか?」

 

「良くない! 第一お前達は人目も憚らずに……私だって相手もいないのに……束も言ってたが今時の奴はそれが普通なのか……?」

 

何やらぶつぶつと呟き始める、これは地雷を踏んだかもしれないな。

 

ふと壁に掛けられた時計に目を向ければ既に時間は三〇分を経過していた。

 

「話はもう終わりで良いか? セシリアを待たせているしアリーナの使用時間は限られているんだが?」

 

「ちっ……仕方無い……」

 

恨めしそうに睨んで来る視線から顔を背けつつ立ち上がる。

 

その時、突然扉が開かれた。

 

 

「い、いた!」

「五十嵐君! 良かった!」

 

 

入って来たのは二人の女……名前はわからないが、確か同じ一年で違うクラスの奴だった様な……。

 

「俺に何か用か?」

 

「は、早くアリーナに来て!」

「オ、オルコットさんが大変なの!」

 

その言葉に、思わず頭が真っ白になった。

 

待て、何故そこでセシリアの名前が出る? 大変って、どういう事だ?

 

「あ、あの転校生の娘がオルコットさんを……!」

「オルコットさん、私達を庇って……!」

 

「っ……! セシリア……!」

 

二人を押し退け、後ろから響く俺を呼び止める声を無視して応接室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

「くっ……!」

 

迫り来る砲弾、それを寸での所で回避してからスターライトmkⅢで撃ち返す。

 

放たれたレーザーは寸分違わずに彼女へと迫りますが、同じく寸での所で避けられてしまう。

 

「っ……ビット!!」

 

ビットを四機展開、そのまま彼女へと向かわせそれぞれの方向からレーザーを放つと同時に手にしたスターライトmkⅢを放つ。

 

「ちぃっ……!!」

 

計五つのレーザーをボーデヴィッヒさんは身体を捻って回避行動を取る。

 

当てられたのは一発だけ、それも装甲を僅かに掠めただけでした。

 

ボーデヴィッヒさんの機体、ドイツの第三世代機。

 

本国の話ではまだ試験段階と聞いていましたが、実用化されていたのですね。

 

しかし、本国から聞いた話が本当であれば、余り時間を掛けては確実に不利になる。

 

だからこそ、短期決戦で落としますわ……!

 

ビットへと意識を集中、軌道を更に複雑なものとしながら彼女へと迫る。

 

 

彼女はあろう事か悠斗さんを、私の愛する方を貶した。

 

悠斗さんの事を何も知らないのに、以前の無人機襲撃事件の時にどれだけ他の方達の為に奔走したのか知らないのに……自分では無く人を守る為に、大怪我まで負った事を知らないのに。

 

何も知らないのに、悠斗さんを貶すなんて、絶対に許さない……いえ、許す訳にはいかない。

 

四機のビットがそれぞれの方向からレーザーを放つ。

 

それを彼女はその場からスラスターを使用して避けた。

 

違う、"避けさせた"

 

四機のビットから放たれたレーザーは一ヶ所だけ避けられる軌道で放っていました。

 

そして彼女は、その軌道に気付いて避ける。

 

その瞬間を見逃さずスターライトmkⅢで狙撃、放たれたレーザーは寸分違わずに彼女の機体を捕えました。

 

「ぐぅっ……!?」

 

レーザーがまともに入った事で体勢が崩れるボーデヴィッヒさん、その隙を逃さずに瞬時加速(イグニッション・ブースト)で彼女に肉薄しその勢いのまま彼女の顔面へと膝蹴りを入れた。

 

「がっ……!?」

 

地面を抉りながら後方へと吹き飛ぶボーデヴィッヒさん、追撃はしませんがスターライトmkⅢを構えつつビットを展開してそれぞれで照準を合わせました。

 

「……立ちなさい、まだ終わっていませんわよ?」

 

「ちっ……遠距離特化の機体で接近戦、しかも打撃とはな」

 

「悠斗さんの真似をしてみましたが上手く行きましたわ、剣術の心得はありませんがこれならいざという時に不意打ちとして使えますわね……後で悠斗さんにちゃんとご指導して頂きましょうか」

 

「はっ、見た目と違ってとんだじゃじゃ馬だな……!」

 

「あら? こう見えて私、意外とお転婆なのですわよ?」

 

軽口を言い合いながらも決して隙を見せない。

 

今伝えた様にまだ終わっていません、このまま完膚無きまでに叩き、悠斗さんへの発言を撤回させるまでは……あ、それと織斑さんへの発言もでしたわね。

 

いけませんわね、つい悠斗さんの事で頭に血が登ってしまって忘れていましたわ。

 

「貴女がどの様な思想を持っているのか、何が貴女をここまでさせるのかわかりませんが貴女の発言を許す訳にはいきません」

 

「許すか許さないかなど知った事では無いな……それに、勝つのは私だ」

 

「何を言うかと思えば……」

 

ボーデヴィッヒさんの言葉は只のはったり、そう考えていたその時でした。

 

 

「あれ? オルコットさんと、転校生の娘だ」

 

 

私の直ぐ近くから聞こえて来た声、視線を入口へと向けるとそこには今日アリーナを使う予定である違うクラスの方がISスーツを着て立っていました。

 

それを見て、嫌な予感が頭を過る。

 

視線を前へと戻した時、既に振り下ろされていた。

 

風を切る鋭い音と共に飛来して来るのは以前私に向けていたワイヤーブレード、しかし以前と違うのは、向かっているのは私にでは無く今正にアリーナへとやって来た方達。

 

あの時と同じ、ISを展開していない、彼女達に対して。

 

「っ!? 危ない!!」

 

「えっ? きゃあっ!?」

 

咄嗟に、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用して彼女達とワイヤーブレードの間へと割り込む様に機体を滑り込ませる。

 

間一髪、彼女達に届く前に私の機体へとワイヤーブレードは突き立てられました。

 

肩の装甲が僅かに欠けてしまいましたが、機体に影響が出る程では……。

 

 

《警告 機体制御不能》

 

 

「なっ……!?」

 

視界に表示されたブルー・ティアーズからの警告に、思わず私は驚愕してしまいました。

 

しかしそこで私は思い出す。

 

ボーデヴィッヒさんの機体、ドイツで開発された第三世代機《シュヴァルツェア・レーゲン》

 

あの機体に搭載されている、AICと呼ばれる機能の事を。

 

「くっ……早く逃げて下さい……!」

 

「で、でもオルコットさん……」

 

「私は良いので、早く……!!」

 

そう訴え掛ければ、彼女達は戸惑いながらもその場から逃げて行きました。

 

彼女達に怪我が無くて、良かったですわ……。

 

「ふん、やはりな、お前の様な奴であればこうするとわかっていた」

 

いつの間にか直ぐ傍に立っていたボーデヴィッヒさんから掛けられる声。

 

「こんな事……ISに搭乗していない、関係の無い方に攻撃するなんて、何を考えていますの……?」

 

「その場で使える手段や戦略は躊躇わずに使う、軍人として当然の考えだろう?」

 

「軍人、ですか……貴女の国の軍人が皆その様な考えを持っているのでしたら、酷い話ですわね……」

 

「貴様……祖国の軍を愚弄するのか!」

 

「軍人とは国民を、一般人を救うべくあるべき存在ですわ……貴女の様な考え方は、決して軍人とは呼べません」

 

「何処までも癪に触る奴め……その減らず口、黙らせてやる。 お前の強がりがいつまで続くか見物だ」

 

ボーデヴィッヒさんの機体から、ワイヤーブレードが再度展開されました。

 

そして、そのまま……。



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第58話 敵意と殺意

校舎の廊下を、全力で駆ける。

 

校舎に残っている他の奴らが何事かと驚きの目を俺に向けて来るがそんな事を気にしている余裕など俺には無かった。

 

ドイツの代表候補生、あのボーデヴィッヒが何故セシリアに!? あいつの狙いは織斑だったんじゃ無いのか!?

 

織斑は基本的に鈴かデュノアと一緒にいる事が多い、俺がいなくともあいつは問題無いと考えていた、狙いは織斑ならば他の奴は問題無いと。

 

だからこそ、セシリアを一人で待たせる事に不安や危険を感じていなかった。

 

「っ……! クソが……!」

 

自分の考えが足りなかった事への苛立ちから、思わず悪態を吐いてしまう。

 

『主様! 落ち着いて下さい!』

 

落ち着いていられるか! セシリアが危険なんだぞ!?

 

『っ……も、申し訳ありません』

 

アリーナの状況はわからないのか!? 束の様にカメラをハッキングは!?

 

『も、申し訳ありません……束様と違い、IS以外の機器に干渉する事はまだ……』

 

沈んだ声音になる黒狼に、一度頭を振る。

 

っ……すまない、お前に当たるなんて……。

 

『い、いえ……』

 

だが、現在のアリーナの状況がわからないとなれば尚更急がなければいけない。

 

最悪の考えが一瞬頭を過るが、再度頭を振って無理矢理その考えを消し去る。

 

大丈夫……セシリアなら大丈夫だ……イギリスの代表候補生であり、あれ程の実力を持っているのなら。

 

 

 

校舎を出て、アリーナへと向かう。

 

使用許可が出たのは第2アリーナ、幸いにもここから距離はそれ程遠く無い。

 

「悠斗!」

 

突然呼ばれ視線を隣へと向ければISスーツを着た鈴の姿が、そのまま隣へと並走して来る。

 

「セシリアが危険ってどういう事なの!?」

 

「聞いたのか!?」

 

「他のクラスの娘が私を呼びに来たのよ! あのドイツから来た転校生がセシリアに戦闘を仕掛けたって!」

 

「畜生が……!」

 

鈴の言葉、間違いであって欲しかったがやはり間違い無い様だ。

 

更に走るスピードを上げ、並走していた鈴を置き去りに急ぎ第2アリーナへと向かう。

 

「ちょ!? 速っ!? ま、待ってよ!!」

 

 

 

 

 

「い、五十嵐君!!」

 

前方に漸く見えてきた第2アリーナの入口、騒ぎを聞き付けた他の奴らが野次馬の様に集まり人だかりが出来ている。

 

その中に鏡の姿があり、俺を見付けると慌てて駆け寄って来た。

 

「た、大変なの! オルコットさんが……オルコットさんが……!」

 

必死に訴え掛けて来る鏡、その目には堪えきれずに涙が浮かんでいる。

 

その涙に、中で起こっている事が、先程頭を過った最悪の事態が再度浮かんで来た。

 

「っ……!! そこを通せ!! 退けろ!!」

 

鏡の横を抜け、集まっていた奴らを押し退けながら進む。

 

違う、そんな筈が無い、セシリアなら……セシリアなら大丈夫だ……。

 

 

そして、俺は思わず呆然と固まってしまった。

 

 

アリーナ内に響き渡る衝撃音と金属音。

 

視線の先で、セシリアがブルー・ティアーズに搭乗したまま一方的な蹂躙を受けていた。

 

ワイヤーの様な物がセシリアの首に巻き付いており、力任せに振り回されてアリーナの壁や地面へと何度も叩き付けられている。

 

既に装甲は見るも無惨なまでに砕けており、搭乗者保護機能は既に限界に近い事が目に見えている。

 

「……黒狼」

 

『……主様の意のままに』

 

黒狼を展開、次いで手足に武装、黒爪を展開させた。

 

身体が熱い、今俺はどんな顔をしている? 自分ではわからない、わかるのは、怒りが振り切っているという事だけだ。

 

傍にいた奴らが俺を見て何かを察したのか慌てて離れ始める。

 

視線の先で、より高くセシリアが振り上げられそのまま頭から地面へと叩き付けられようとしている。

 

初速で最高速度に達し、その場から飛び出した。

 

一瞬でセシリアの元へと辿り着き、首に巻き付いていたワイヤーを叩き切る。

 

そして出来る限り優しく、衝撃を与えない様細心の注意を払いながらセシリアを抱き止めた。

 

「セシリア……!」

 

「……ふふっ、悠斗さんなら来て下さると思っていました……やはり私にとって悠斗さんは騎士(ナイト)ですわね……」

 

やはり保護機能は限界だったのか、俺を見るセシリアの目は虚ろで意識の混濁が見られる。

 

「良かった……本当に……悠斗さんが、来て……下さって……」

 

「……あぁ、もう大丈夫だ」

 

「はい……」

 

俺の言葉にセシリアは一度笑みを浮かべると、そのまま俺の腕の中で気を失ってしまった。

 

呼吸や脈拍を見るが規則的である所を見るに幸いにも命に別状は無いのだと理解出来る。

 

……だが、だからと言って、胸の奥底から沸き上がる怒りは静まる事は無かった。

 

 

「セシリア!!」

 

 

漸く追い付いて来た鈴が腕の中のセシリアを見て表情を怒りに変える。

 

「っ……! ちょっとあんた!!」

 

「……鈴、お前は下がってろ」

 

「でも悠斗……っ!?」

 

振り返った鈴が、俺の顔を見て顔を強張らせた。

 

振り切れている筈の怒りが、止まる事を知らないかの様に沸き上がり続ける。

 

「……あいつの相手は俺がやる」

 

「ゆ、悠斗……」

 

「……鈴、セシリアを頼む」

 

戸惑いながらも、鈴はゆっくりと頷いてくれた為にそのままセシリアの身を預ける。

 

立ち上がり、ボーデヴィッヒへと向き直った。

 

……この屑が、セシリアをこんな目に。

 

「ほう……貴様、専用機持ちだったのか」

 

「……何故、セシリアにこんな事をした?」

 

「何故? おかしな事を聞くな、学生気分の腑抜けた代表候補生を矯正してやるのに理由が必要か?」

 

「腑抜けた、だと……?」

 

「わかりやすい奴だった、普通の挑発には乗らなかったが、お前の事を言えば途端に目の色を変えていた……まぁ、多少はやる奴だったが所詮は甘ったれた考えを持っていた。 どうでも良い学生を庇ったせいで自分に不利な戦況を作ったんだからな」

 

そうか、こんな時まで、セシリアは俺の為に怒ってくれたのか……それに他の奴を守る為に……。

 

そして、その優しさにこいつはつけ込んだ。

 

そこまでして、俺を怒らせたいのか。

 

「丁度良い、お前も私の邪魔をした一人、ここでお前も潰してやる」

 

「……潰す? それは、俺の台詞だ」

 

『主様、あの機体はドイツで作られた第三世代機《シュヴァルツェア・レーゲン》です。 AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)と呼ばれる相手の機体、並びに攻撃を捕捉し捕える事の出来る能力を持っています』

 

そうか……すまない黒狼、少し無理をさせる。

 

『私は主様と一心同体、この身は全て主様に』

 

……頼む。

 

前傾姿勢を取り、脚部と背部のスラスターに熱が込められて行く。

 

「お前を……殺す」

 

「貴様など、私の敵では無い……!」

 

ボーデヴィッヒの機体から三対、計六本のワイヤーブレードが展開されると俺に向かって超高速で振るわれた。

 

スラスターに込められていた熱を一気に放出、爆発的な加速で前進する。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)か! だが……!」

 

直ぐ様ワイヤーブレードを操作し、それぞれが複雑な軌道を描きながらあらゆる方向から迫って来る。

 

……だが、関係無い。

 

黒爪の能力を解放、迫り来る全てのワイヤーブレードを避けつつ最大速度を維持しながらそのままボーデヴィッヒへと迫る。

 

「馬鹿な!? 個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)だと!?」

 

驚愕の表情を浮かべるボーデヴィッヒへと、黒爪を振り下ろす。

 

そのまま黒爪はボーデヴィッヒに届くかと思われた瞬間、まるで見えない何かに押さえ付けられたかの様に動きが強制的に止められた。

 

更には視界に表示される機体制御不能の文字。

 

……成る程、これがAICというやつか。

 

「っ……ふ、ははっ……! 例え個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)が使えたとしても、この停止結界の前では意味が無い様だな……!」

 

「……黙れよ」

 

黒狼、行くぞ。

 

『勿論でございます』

 

意識を集中、黒狼の稼働率が急激に上昇して行く。

 

それと同時に機体の制御不能が一部解除されたのを確認、直ぐ様牙狼砲を展開して驚きで目を見開くボーデヴィッヒ……では無く、足元へと砲弾を放った。

 

爆発と共に衝撃波と大量の石や砂が俺とボーデヴィッヒへと襲い掛かり、俺自身もダメージを負うが微々たるものである為構わない。

 

それに狙いはダメージを与える事では無い、予想が正しければこれで……。

 

「ぐっ……!?」

 

ボーデヴィッヒが腕で顔を庇ったその瞬間、身体の自由が戻り機体制御が正常に戻った。

 

恐らくは直接ボーデヴィッヒを狙えば砲弾さえも受け止められる可能性があった為に地面を撃ち抜いたが、止められなかった所を見ると正解だった。

 

予想通り、このAICとやらは同時に複数のものを捕える事は出来ない、只でさえ相手や攻撃を止めるだけでもかなりの集中力が必要だろうからな。

 

解除されたと同時にこの近距離から瞬時加速(イグニッション・ブースト)により肉薄、その勢いのまま全力で蹴りを見舞った。

 

「ぐ、うっ……!?」

 

くの字になりながら後方へと吹き飛ぶボーデヴィッヒへと、追撃の為に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で接近。

 

最高速度を維持したまま黒爪で貫いた……が、寸での所でボーデヴィッヒは回避。

 

身体を捻る事で黒爪の一撃を避けると手首から展開した近接ブレードを振るって来る。

 

その一撃を受け止め、黒爪の能力で空中を蹴りそのままの勢いで脇腹へと蹴りを入れ、更に身体を捻り肩にある砲塔を切り落として破壊した。

 

破壊された砲塔を驚愕の表情で見つめるボーデヴィッヒに再度蹴りを見舞うと、そのまま後方へと吹き飛び地面を転がって行った。

 

「あ……ぐ、ぅっ……」

 

立ち上がろうとするよりも早く接近、コアもろともボーデヴィッヒ自身を貫くつもりで黒爪を振り上げ、そのまま躊躇い無く振り下ろした。

 

 

 

 

 

「……何故、お前がここにいる?」

 

振り下ろした筈の黒爪が、近接ブレードにより止められていた。

 

目の前に立つのは訓練機の打鉄、身に纏い必死の表情で俺を睨み付けているのは織斑千冬だった。

 

流石はモンド・グロッソとか言う大会でかなりの戦績を残しただけはある、たかだか近接ブレード一本で黒爪が受け止められ拮抗を保たれている。

 

「くっ……! 落ち着け、五十嵐!」

 

「……落ち着け? 何を言っているんだ?」

 

「許可の無い生徒同士の戦闘行為は禁止されている! それはお前も知っているだろう!?」

 

「あぁ、勿論知っている。 俺もセシリアも、他の奴らも、そして入学したばかりのその屑もな。 だがそいつはセシリアに何をした? 一方的な、蹂躙であれば規約に反する事は無い、まさかそんな事を抜かす訳じゃ無いだろうな?」

 

「そ、そんな事は言っていない! だが教師として見過ごす訳にはいかないだろう!? それに五十嵐、今のお前の一撃は不味い! 殺すつもりか!?」

 

「……おかしな事を聞くな? 殺す以外に、何がある?」

 

俺の答えに、織斑千冬は驚愕で目を見開いた。

 

「正気か!? 代表候補生に手をあげたとなれば生徒としてでは無い、国としてお前に処分が下るんだぞ!?」

 

「なら、さっきまでのそいつの行為を見逃せとでも言うのか?」

 

「そんな事は言っていない! 私達教師陣が責任を持って処分を下す! だから武器を下ろせ!」

 

「……信じられると思うのか?」

 

出力を上げ、拮抗を保っていた黒爪と近接ブレードだが少しずつ押し返して行く。

 

「くっ……!? 五十嵐……!」

 

拮抗が崩れ掛けた、その時だった。

 

 

「悠斗!! それ以上は駄目よ!!」

 

 

背後から掛けられる声、聞き覚えのあるこの声は……。

 

「……鈴、邪魔をするな」

 

「邪魔とかそういう問題じゃない! あんたが怒るのは当然だし気持ちはわかるわよ! でも今はそんな事よりもやるべき事があるでしょ!? 早く、早くセシリアを医務室に連れて行かないと……!」

 

……セシリアを……医務室に?

 

それまでボーデヴィッヒに対する殺意しか無かった意識が、消え失せて行く。

 

「悠斗! お願い!」

 

「っ……!」

 

武器を下ろし、黒狼を解除する。

 

そのまま織斑千冬の後ろで膝を着き、驚愕と恐怖で染まった表情を俺に向けていたボーデヴィッヒを一瞥してから背を向け、直ぐ様セシリアへと駆け寄る。

 

鈴に支えられながら横たわるセシリアを抱き抱え、医務室に向かって全速力で駆け出した。

 

「ちょっ!? ま、待ってよ! 私も行くってば!?」

 

後ろから響く鈴の声に構わず、足を決して止める事無く医務室へと向かうのだった。





一応、書き貯めていた分はここまでとなります。
次話から更新の頻度が落ちますのでご了承下さい。


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第59話 込み上げる感情


鈴視点



場所は医務室、備え付けのベッドで静かに目を閉じ横たわるセシリアの手を握りながら悠斗は傍に置いてある椅子に座っている。

 

悠斗があれ程までに怒りで我を忘れ取り乱し、こうして心配している姿なんて初めて見た。

 

以前の無人機襲撃事件の時には自らが大怪我をしたにも関わらず終始冷静沈着だった悠斗だけど、自分以外が傷付く事は別なのだろう。

 

あの後に話を聞いたら、私達が来る前にセシリアにかなりの剣幕で怒られたらしく考えを改めたみたいだけど、まだ根本的に変わっていないみたい。

 

「……セシリア」

 

普段の態度が嘘の様に、時折弱々しくセシリアの名を呼んでいる。

 

「悠斗……」

 

「……これじゃあ、人の事を言えないだろうが」

 

俯いている上に、私に背を向けているからその表情は見えない。

 

しかし、その肩が怒りと悔しさからか震えている。

 

壮絶な過去を持つ悠斗にとってセシリアは恋人として掛け替えの無い特別な存在、そんなセシリアがこんな酷い目にあったのだからその怒りは理解出来る。

 

 

……アリーナであのドイツの代表候補生、ボーデヴィッヒと戦闘を繰り広げた悠斗を見て間違い無く代表候補生レベルでは悠斗に勝てないのだと感じた。

 

操縦技術、スピード、パワー、反射神経、全てにおいて各国の代表候補生を上回っていた……いいえ、比べる事も出来ない程に別格に思えた。

 

最後の一撃は、千冬さんが止めていなければ間違い無くボーデヴィッヒの命は無かった筈。

 

止めた千冬さんも、かなりギリギリで拮抗していた……いや、あのまま悠斗が引き下がらなかったら千冬さんでも止められなかったかもしれない。

 

何故悠斗がそれ程まで強いのか、セシリアは何かを知っている様だったけど教えてはくれなかった。

 

別にそれを責めるつもりは無い、偶然聞いてしまったから知っているけれど悠斗の過去は壮絶なもので、恐らく悠斗の強さにも想像出来ない様な理由があるからなんだと思う。

 

……それに、二人ならいつか話してくれると信じているから。

 

その圧倒的な力に恐ろしいと感じてしまったけれど、恐らく悠斗は自分の為だけにその力は使わない、セシリアと束博士の為にしか本気の力は使わないだろう。

 

好きな相手の為にそこまでする悠斗、少しだけセシリアの事が羨ましく思ってしまう。

 

 

「……ん、っ……」

 

 

静寂が流れていた病室に聞こえた、微かな声。

 

その声は、間違い無くセシリアの口から発せられたものだった。

 

「っ! セ、セシリア!」

「目が覚めたの!?」

 

急いで悠斗の隣に立ち、二人で目を閉じているセシリアを見つめる。

 

そして、セシリアの目がゆっくりと開かれた。

 

「ん……悠斗、さん……」

 

「セシリア……良かった……」

 

握っていたセシリアの手に、悠斗がそっと額を付けた。

 

「悠斗さん……鈴さんも……申し訳ありません……心配、お掛けしました……」

 

「っ……! ほ、本当よ! 心配したんだから……!」

 

セシリアが目覚めた事が嬉しくて、思わず鼻の奥がツンと痛くなるけど頭を振って無理矢理堪える。

 

……だけど、本当に良かった。

 

「セシリア、身体に支障は無いか? 何処か痛んだり、違和感は……」

 

「大丈夫ですわ……悠斗さん、申し訳ありませんが、起き上がるのを手伝って頂けますか……?」

 

「……あぁ」

 

その要望に悠斗は直ぐセシリアの背中へと手を差し入れ、ゆっくりと起き上がらせる。

 

そのまま自らを支える悠斗の背中に腕を回して、セシリアは悠斗へと強く抱き付いた。

 

いつもなら目の前でこんな事をされたら文句の一つや二つ、三つ四つ五つ……んんっ! 普段なら出てくるけれども今回ばかりは何も言うつもりは起きなかった。

 

「悠斗さん……心配をお掛けして、本当に申し訳ありません……」

 

「……本当に、無事で良かった」

 

確かめる様にお互い強く抱き締め合う二人。

 

そのまま暫くの間抱き締め合っていた二人はやがてゆっくりと身体を離した。

 

「……セシリア、何故ボーデヴィッヒは戦闘を仕掛けて来た?」

 

悠斗の問い掛けに、セシリアは迷う様な素振りを見せたけどゆっくりと話し始めた。

 

「……ボーデヴィッヒさんは只一言、甘い考えを持つ腑抜けた代表候補生を潰すと、それだけ仰っていましたわ」

 

「だがあいつも生徒同士の、況してや専用機を使っての戦闘行為は禁止だと知っている筈だろう?」

 

「そ、そうよ、それにあいつも国の代表候補生でしょ? そんな事をすれば、いくら代表候補生と言ってもこの学園は外部や国家から一切の干渉を受けないんだからどんな処分を下されてもおかしくは無いってわかってる筈よね? それにセシリアはイギリスの代表候補生なんだから、国家間の問題も起きるのよ?」

 

「勿論、私も校則で禁止されているとお伝えしましたし、流石に言わずとも代表候補生同士でその様な争いをすれば国家間の問題が起こるとわかっていると思っていました。 しかし彼女はそんな事は関係無いと仰った上に……悠斗さんの事を、侮辱したんです」

 

悔しそうに表情を歪めるセシリア。

 

確かに前にあいつが絡んで来た時のセシリアは一切手を出さず、況してやISすらも展開していなかった。

 

そんなセシリアが何故今回は展開していたのか、それが気になっていたけど……悠斗の事を、言われてたのね。

 

「……セシリアが怪我をするぐらいなら、俺は別に何を言われても構わない」

 

「悠斗さんでしたらそう仰るとわかってはいました。 しかし、許せなかったんですの……彼女は何も知らないのに、悠斗さんの強さも、以前の無人機襲撃の時に他の生徒を避難させる為に奔走し多くの方を救った事も、助ける為に大怪我を負った事も、何も知らないのに……悠斗さんの事を侮辱するなんて、許せなかったんですの。 それに彼女は無関係の武装すら身に付けていない一般生徒に対して攻撃をして……その結果、負けた上にこうして医務室へと運ばれるなんて情けない姿を晒してしまいましたが」

 

自嘲めいた笑みを浮かべるセシリア、だけど、私は驚きと怒りで何も声を掛けられなかった。

 

恐らく、セシリアが悠斗と付き合っていて、大切な存在である事を知っていた上でセシリアを挑発したのだ。

 

それに以前もそうだったけど、ISを展開していない相手に対して攻撃するなんて何があろうと決して許される事では無い。

 

思わず沸いて来る怒り……だけど、それ以上に隣から最早怒りを通り越して殺気に近い感情が溢れていた。

 

ゆっくりと視線を横へと向ければ、悠斗の顔には一切の感情が無かった。

 

だからこそ、その身体から滲み出る殺気が、とても危険なものだと直感する。

 

「……セシリア、何故俺に連絡をくれなかったんだ? それに近くのアリーナに鈴もいるとわかっていた、助けを求める事は出来た筈だ」

 

悠斗の言葉に、セシリアは顔を俯かせて黙り込む。

 

そのまま暫くの間黙っていたけど、やがて俯いたまま話し始めた。

 

「……挑発に乗って負けたのは私ですわ、それなのにお二人に助けを求めるだなんて情けない事が出来るとお思いですの?」

 

「あくまでも只の喧嘩で済んでいたのなら俺もここまでとやかく言うつもりは無かった。 だが今回の戦闘は喧嘩なんて甘いものじゃ無い、最後のあの一撃は俺が間に合わなかったらかなり危険だったのはわかっているだろう?」

 

「……代表候補生でありながら情けないですわね、私の弱さが招いた結果、それだけの事ですわ」

 

「情けない? そんな事無い、それにセシリアは決して弱く無い、他の生徒を庇ったからあいつの機体の能力……AICに捕えられたんだろう?」

 

「……どの様な理由があっても負けた事実は変わりませんわ、危険に陥ったのも私自身に問題があっただけですもの」

 

おかしい、いつものセシリアならこんな事は言わない、況してや話している相手は悠斗なのに。

 

表情は俯いたままだからわからない、恐らく完膚無きまでに負けた事で自暴自棄になっているんだろうけど、心配している悠斗に対してその態度と発言は流石に無いじゃない。

 

「ちょっとセシリア、あんたさっきから……!」

 

「待て」

 

悠斗の言葉と同時に手で制されて、私はそれ以上何も言えなかった。

 

悠斗を見れば、私の方は見ずに真っ直ぐ俯いたままのセシリアを見つめている。

 

「……セシリア、以前俺に言ったよな? 自分の身を蔑ろにするなと」

 

「……えぇ、確かにそう言いましたわ」

 

「ならば何故、あれ程危険な目に会ったのに助けを求めなかった? 駆け付けた時には既にISの搭乗者保護機能は限界を迎えていた程だったのに」

 

「……仰る通りですわね、ですが私は、悠斗さんならばきっと来て下さると信じていましたから」

 

「それは結果論だ、もしあの時俺が間に合わなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

「……その時は、私の認識が甘かったというだけですわ……えぇ、只それだけの事です」

 

「……セシリア」

 

悠斗が、そっとセシリアの手を包み込んだ。

 

そこで私も漸く気づいた。

 

握り締められたセシリアの手が、微かに震えていた事に。

 

「無理をするな」

 

「無理だなんて……私は……」

 

「前にも言った筈だ、俺に対して遠慮をしないでくれと」

 

「っ……!」

 

「……助けに行くのが、遅れてしまってすまなかった」

 

悠斗がそう言ったと同時に、セシリアの手を包み込む悠斗の手に落ちる雫。

 

それはセシリアの頬を伝って落ちる涙だった。

 

「あ……申し訳、ありません……」

 

「……謝らないでくれ、謝るのは寧ろ俺の方だ」

 

「私……恐かった……間に合わないと、このまま死ぬかもしれないと、そう考えてしまって……」

 

「……あぁ」

 

「悠斗さんが来て下さって……助けて下さって……本当に、良かった……うっ、うぅっ……!」

 

「……大丈夫、もう、大丈夫だ」

 

「う、うぁ……ああああっ……!!」

 

泣きじゃくるセシリアをそっと抱き締め、優しく頭を撫でる悠斗。

 

 

 

……恐らく、セシリアは泣いているから気付いていないだろう。

 

セシリアを抱き締める悠斗の目が、今まで見た事の無い背筋が凍り付いてしまいそうになる程に冷たく、どす黒いものになっている事を。



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第60話 友の為に

今回も鈴視点


「ここだ! オルコットさん! 悠斗!」

 

「ちょ、ちょっと待って一夏! 医務室なんだから静かにしないと!」

 

突然医務室の扉が開かれたと思ったら、そんな大声をあげながら一夏とデュノアが入って来た。

 

多分、今回の騒ぎを聞いて駆け付けたんだと思う。

 

「一夏……」

 

「鈴! オルコットさんは!?」

 

「……織斑、セシリアはまだ目覚めたばかりだ、静かにしろ」

 

「あ、ご、ごめん……」

 

「それと、今はそれ以上近付くな」

 

セシリアを抱き締めたまま二人から隠す様にしながらの悠斗の言葉。

 

恐らくセシリアの泣いている姿の事を考えてそう言っているのだろう。

 

悠斗に対しては別だけどセシリアはプライドが高い、そんなセシリアが泣いている姿を他人に見られたくは無い筈だもの。

 

「えっ? いや、でも……」

 

「一夏、今は悠斗の言う通りにしよう?」

 

「あ、あぁ……わかった……」

 

デュノアは悠斗が何を言っているのか察したのか、一夏の手を取りながら説得して一夏も渋々といった様子だけど納得した。

 

……いや、デュノアは男でしょうが。

 

何ちょっと嫉妬してんのよ私、わかり合ってるみたいで羨ましいとか、その距離感が羨ましいとか思ってるんじゃ無いわよ。

 

デュノアは男、そして一夏も男、それで私は女でしょうが。

 

何処にも不安な要素は無いでしょ……無い……無い、わよね……?

 

「悠斗、話は聞いた。 あのボーデヴィッヒがこんな事をしたんだろ?」

 

「……あぁ、そうだ」

 

「っ……許せねぇ……! あいつの狙いは俺だろ!? 何でオルコットさんにこんな事をしたんだよ!?」

 

「……俺にわかる筈が無いだろうが」

 

「くっ……! 今からあいつの所に行って来る!」

 

「えっ!? ちょ、ちょっと一夏!?」

 

「絶対許さねぇ! 一発ぶん殴って来る!」

 

 

 

「そんな事、許す筈が無いだろうが馬鹿者」

 

 

 

その声は一夏とデュノアの後ろ、開かれた扉から。

 

視線を向けると扉の前に千冬さんが立っていて一夏へと鋭い視線を向けていた。

 

「ち、千冬姉……」

 

「織斑先生だ馬鹿者……いや、今はそれはどうでも良い。 そんな事よりもお前が今からやろうとしている事は許可出来ない」

 

「っ……何でだよ!? 代表候補生だからか!? 代表候補生ならこんな事をしても許されるのかよ!?」

 

「違う、あいつには既に自室への謹慎処分を下してある」

 

「謹慎、処分……? それだけかよ!? オルコットさんにこれだけの怪我させといて!」

 

「……これ以上の処分は学園から下す事は出来ない」

 

やっぱり、そうなるわよね。

 

あいつ、ボーデヴィッヒはドイツの代表候補生、この学園がいくら他国からの干渉は一切受けないと言ってもそれはあくまで学園内でのものだけ。

 

今回の件で退学処分、もしくはそれ以上の処分を下すとなればドイツ側が学園では無く日本という国に対して何を言って来るかわからない。

 

私だってこれだけの事をしておいてたかが自室への謹慎処分だけだなんて納得は出来ない、だけどこのIS学園が日本の後ろ楯があって成り立っている限り何も出来ないのも事実なのだ。

 

「クソ……! 納得出来るかよ!」

 

「お前が納得しようがしまいが関係無い、これは学園としての決定だ」

 

「学園なんて関係無いだろ!? こんな怪我をさせておいて、千冬姉は何も思わないのかよ!?」

 

「織斑、聞き分けを持て……!」

 

止まらない二人の言い合い、一夏がここまで感情を露にして怒鳴る姿を見たのは初めてだった。

 

デュノアも初めは止めようとしていたけど、余りの剣幕におろおろと二人を交互に見ている事しか出来ていない。

 

 

 

「……いい加減にしろ」

 

『っ!?』

 

静かな、それでいて怒りに満ちた声が医務室に響いた。

 

声の主は悠斗、いや、寧ろ悠斗にしかまるで全身に刃物を突き付けられたかの様な殺気は出せない。

 

自分の意思とは関係無く、身体の震えが止まらない。

 

「ここは医務室で、セシリアはまだ目覚めたばかりだ。 ぎゃあぎゃあと喚くな」

 

「悠斗、さん……」

 

「……大丈夫だ、今はゆっくりと休んでくれ」

 

「はい……」

 

ゆっくりとセシリアの身体をベッドへと横たわらせ、そのまま優しく頭を撫でる。

 

目を覚ましたとは言っても身体への疲労とダメージは残っていたのだろう、セシリアは直ぐに目を閉じて眠りに就いてしまった。

 

「……あの屑はお前と顔見知りなのか?」

 

背を向けたままの悠斗の問い掛けは千冬さんに対するものだった。

 

「……ボーデヴィッヒの事か?」

 

「……他に誰がいる、答えろ」

 

「……ボーデヴィッヒは昔ドイツ軍に教官として一時期着任した際に知り合った、元教え子だ」

 

「……そうか」

 

それだけ言うと悠斗は立ち上がり、ゆっくりと扉へと向かい始めた。

 

顔を伏せているから悠斗の顔は見えない、そのまま一夏とデュノア、千冬さんの横を抜けて医務室から出て行こうとする。

 

「待て、五十嵐」

 

悠斗の肩を、千冬さんが掴んで歩みを止めた。

 

「……離せ」

 

「お前、何を考えている……?」

 

千冬さんの問い掛けに悠斗は何も答えない。

 

「ボーデヴィッヒには既に処分を下したと伝えた筈だ」

 

「……処分だと?」

 

そこで漸く悠斗が振り返り、その目を見て余りの恐怖に私も一夏も、そしてデュノアも思わず固まってしまった。

 

その目はいつもの鋭利な刃物を思わせる目では無い、まるで全てを飲み込む深淵の様などす黒く一切の感情を感じられない目だった。

 

この目は駄目、危険過ぎる。

 

「……あれだけの事をしておきながら、たかが自室への謹慎処分? ふざけるのもいい加減にしろ」

 

「っ……他に方法が無かったんだ、今はこれしか出来ない」

 

「……話にならないな」

 

「ゆ、悠斗! ボーデヴィッヒの所に行くなら俺も……!」

 

「お前は黙ってろ!!」

 

初めて、悠斗の感情が爆発した。

 

一夏も、私とデュノアも、その迫力に何も言葉を発する事すら出来ずに直立不動になってしまう。

 

「一発ぶん殴る? そんな甘い考えしか無いお前を連れて行った所でどうする?」

 

「ち、違う……俺は……」

 

「元々相手にするつもりは無かったが今はもう違う、あの屑は俺の獲物だ……お前は引っ込んでろ」

 

"獲物"

 

その言葉で、悠斗があいつに何をするつもりなのか見当がついてしまう。

 

「待て五十嵐!」

 

「……所詮、お前にとってはあの屑の方が大事なんだろ?」

 

悠斗の言葉に千冬さんが固まる。

 

駄目、悠斗……それ以上言っちゃ……。

 

悠斗だって本当はわかってる筈、千冬さんが本心からこんな軽い処分を下している訳じゃ無いって。

 

でも今の悠斗は感情に流されて我を忘れてしまっている、このままだと駄目なのに……言葉を発する事が出来ない……。

 

「お前にとっては面倒を見始めたばかりの生徒よりも、昔から知っているドイツでの教え子の方が大事なんだろうが」

 

千冬さんの表情が段々と怒りに満ちて行くけど、悠斗の発言は止まらない。

 

「違うのか? いいや、違わないよな? 所詮お前にとって、織斑が対象であれば違うのかもしれないが俺達は赤の他人なんだろ?」

 

「違う……!」

 

「違わないだろうが、あの屑が処分を受けたらお前も困るんじゃないのか?」

 

「やめろ……!」

 

「あの様子を見るに、お前の事を随分と慕っている様だったからな……そんな忠実な奴が消えると、お前も困るんだろ?」

 

「っ……!? 五十嵐!!」

 

千冬さんの怒鳴り声、そして振り上げられた拳は、悠斗の頬を捕えた。

 

悠斗は、避けなかった。

 

いつも千冬さんの出席簿や物を投げられた時も避けていた悠斗なら難なく避けられる筈なのに、悠斗は抵抗すらもせずにそのまま殴られた。

 

殴られた頬は赤くなり、口の端から口内が切れたのか血が流れるけれど、悠斗は表情を変えずに千冬さんの顔を真っ直ぐ見つめている。

 

「……っ!? い、五十嵐……」

 

「……がっかりだよ、お前には」

 

それだけ言い捨てると、悠斗はそのまま私達に背を向けて医務室から出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

医務室に残された私達、誰も口を開く事が出来ずにただ沈黙だけが部屋を支配している。

 

そんな中で、千冬さんは顔を俯かせながら殴った拳を手で押さえていた。

 

「ち、千冬姉……」

 

「……私は、間違っているのだろうか」

 

静かに口にされた言葉、一夏の呼び方を注意しないぐらいに、千冬さんは滅入っている様子だった。

 

「他に方法が無かった……確かに、一教師としてはそうなのだろう。 だが私個人として、ボーデヴィッヒに対して他の方法が、処罰が出来た筈だ……教師失格だな、私は……」

 

震える肩、あんなにも大きく見えていた背中が、今はとても小さく弱々しいものに見える。

 

 

このままで、良いの?

 

このまま悠斗を放っておいて、千冬さんが傷心したままで。

 

……そんなの、駄目。

 

もしこのまま悠斗があいつに手を掛けたとしたら、もしその激情のままあいつを……殺してしまったら、悠斗はもうこの学園にはいられない。

 

それどころか下手をすればもう二度と、表の世界で生活が出来なくなるかもしれない。

 

そんなの、駄目に決まっている。

 

セシリアには悠斗が、悠斗にはセシリアが、お互いに必要で大切な存在なのだから。

 

「……私が追い掛けて、悠斗を説得します」

 

三人の目が私に向けられる中、私は千冬さんの目を真っ直ぐに見返した。

 

「鳳……だがあいつは……」

 

「このままじゃ駄目、このまま悠斗を行かせたら、きっと皆後悔するから」

 

「……しかし」

 

「っ……! しっかりしなさいよ!」

 

いつまでも俯いている千冬さんに、私は激を飛ばした。

 

驚きで目を見開く千冬さんだけど今回は構わない、後でいくらでも怒られるししごかれてやるわよ。

 

「千冬さんは教師としての立場があるから謹慎処分なんて軽い処罰しか出せなかったんでしょ!? 国家間の問題があるから、私達みたいに感情的な事や子供の我が儘みたいに好き勝手出来ないのはわかってるわよ! 千冬さんだって不本意で納得出来ていないってわかってるわよ! だけど学園に教師としているからには逆らえないんでしょ!? それなら堂々と構えていなさいよ! 私の知ってる千冬さんはどんな時でも絶対に弱さを見せない、とっても強い人だったわ! 今みたいに項垂れている姿なんて見たく無い!」

 

口に出したら止まらない、思いの丈を全てぶつけた。

 

息を切らしながら千冬さんを見上げると、千冬さんは驚いた顔をしたまま唖然としている。

 

しかし、いつもの真剣で凛々しい表情に戻ったかと思うと徐に私に対して手を伸ばして来た。

 

怒られる。

 

そう考えて思わず目を閉じ、身体を震わせてしまった私の頭へと温かい何かが置かれた。

 

「……えっ?」

 

ゆっくりと目を開けば、千冬さんが優しい笑みを浮かべながら私の頭を撫でていた。

 

「……すまなかったな、鳳」

 

「あ……え……?」

 

「教え子であるお前に言われてしまうとは、本当に情けないな、私は」

 

「千冬……さん……?」

 

「……お前の言う通りだと言っているんだ。 ブリュンヒルデなんて言われている身だが、この学園では私は一介の教師に過ぎない。 上の決定に従うしか無い様な、立場の弱い人間だ」

 

静かに告げられる言葉、だけど先程までの弱々しさは感じられない。

 

「今回の処罰を変える事は出来ない、そして私では五十嵐を止める事は出来ないだろう……だから、友人であるお前から、伝えてくれるだろうか? 教師でありながら生徒であるお前に頼る事しか出来ないのが情けないが、頼む」

 

そう言って、千冬さんは深く頭を下げて来た。

 

只の生徒でしか無い私なんかに頭を下げるなんて……。

 

「……わかりました、行ってきます」

 

千冬さんにここまでさせたんだもの、私が悠斗を止めなくちゃ……!

 

千冬さんに背を向けて、私は医務室から飛び出すのだった。



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第61話 誰が為に

医務室を出てそのまま寮へと向かって足を運ぶ。

 

時折すれ違う教員が俺の顔を見て顔を強張らせながら廊下の端に避けて行くのを見るに、今の俺は余程酷い面をしているのだろうか。

 

だが、そんな事などどうでも良い。

 

煮え滾る怒りで何も考えられない、頭にあるのはボーデヴィッヒ……あの屑を殺すという考え只一つ。

 

セシリアに対して一度ならず二度まで、それも二度目は機体の保護機能が限界を迎える程のもの。

 

やり過ぎどころの話じゃ無い、一歩間違えれば命に関わる程のものだった。

 

セシリアを……俺にとって、俺自身の命よりも大切な……この世で最も愛する存在に、あの屑は……。

 

『あ、主様、お気を確かに……!』

 

黒狼が語り掛けて来るが、何も言葉を返す気が起きない。

 

今は何も考えられない、やる事は一つ、それ以外は何も……。

 

 

 

「悠斗!!」

 

 

 

背後から掛けられる声と何者かが駆け寄って来る足音、しかし歩みを止める事はしない。

 

そのまま歩き続けると、声を掛けて来た人物はそのまま俺の横を通り過ぎて俺の行く手を阻む様にして両手を広げた。

 

仕方無く歩みを止め、視線を下へと向ければ真っ直ぐに俺を見つめる目と視線が合う。

 

「……そこを退け、鈴」

 

俺を見つめる小さい身体、鈴は俺の言葉を聞いてもその場から動こうとしなかった。

 

「絶対に退かない、あんたが考えを変えるまで退かないわよ!」

 

「……考えを変えるだと? お前は何を言っているんだ? まさか、お前もあいつと同じ、あの屑に処分は何もいらないとでも言うつもりか?」

 

「違う! そんな事言って無いわ!」

 

「……ならそこを退けろ、いくらお前でも、邪魔をすると言うのなら容赦しない」

 

「っ……!」

 

一瞬だけ怯む鈴だが、頭を何度か振ると再度俺を見つめて来る。

 

「駄目よ! あんたをこのまま行かせたらとんでも無い事になる! あんた、あいつを殺すつもりでしょ!?」

 

「……あいつにも答えた筈だ。 何度も言わせるな、それ以外に何がある?」

 

「……駄目なのよ、あんたがもしもあいつを殺したら、あんたはこの学園にいられなくなる。 それだけじゃ無い、下手をすれば二度と表の世界で生活出来なくなるのよ?」

 

「……別に構わない、どうせ俺は元々そういう人間だった。 今更表の世界で生活出来なくなろうが俺は……」

 

「じゃあセシリアはどうなるのよ!?」

 

俺の言葉を掻き消す程の声量で告げられた言葉に、思わず口を嗣ぐんでしまった。

 

何故、セシリアの名を……。

 

「もしあんたが学園にいられなくなったら、表の世界にいられなくなったら、残されるセシリアはどうなるのよ!? セシリアの過去を知ってるでしょ!? セシリアにはあんたしかいないのよ!?」

 

セシリアの、過去……。

 

そうだ……セシリアは俺と同じ、肉親と呼べる存在はもういない……。

 

「いつもあんたと一緒にいる時のセシリアがどれだけ幸せそうな顔をしているのかわかってるでしょ!? この間、あんたはセシリアとデートしたわよね!? あの時のセシリアの嬉しそうな顔を見たでしょ!? セシリアはあんたと一緒にいるからあんな過去があったのに笑顔でいられるのよ!? 両親がいないセシリアにはあんたしかいない、両親と同じぐらいに大切で好きな存在はあんたしかいないの! それなのにあんたはセシリアを置いて何処かに行くつもりなの!? セシリアを悲しませるつもりなの!?」

 

「ち、違う……そんな事は……」

 

「……セシリアがあんな目にあって、あんたが一番怒っているのはわかってる。 あんたにとってセシリアがどれだけ大切で、心から好きな相手だってわかってるわ。 でも、そんな事をしたら他の誰よりも、セシリアが悲しむ事になるのよ?」

 

鈴の言葉に、頭が真っ白になった。

 

セシリアが、悲しむ? セシリアと、一緒にいる事が出来なくなる?

 

違う……俺は、セシリアの仇を取ろうと……いや、少し考えればわかる筈だ。

 

人を殺せば、当然相応の罪に問われる。

 

奴はドイツの、国の代表候補生、そんな奴を殺せば鈴の言う様に二度と表の世界にいられなくなる可能性が高い。

 

確かに俺は物心ついた時、死ぬまであのまま誰にも知られる事無く、奴隷と同等の扱いを受けたまま一生を終えるのだと思っていた。

 

それを救ってくれたのが束で、家族という存在を知らなかった俺に家族の温かさを教えてくれた。

 

クロは俺とは違う境遇だが、俺と同じで家族という存在を知らずに生まれ、初めは蟠りがあったがこんな俺の事を兄と呼んで慕ってくれた。

 

そしてセシリアは、こんな俺に好意を抱いてくれて、あの時から俺の傍へといてくれた。

 

初めて束とクロの二人以外で共に生きて行きたいと、命に掛けて守りたいと、心からそう思える存在が出来た。

 

……そのセシリアを、悲しませる?

 

「悠斗、お願いだから……考え直して……」

 

その言葉と共に胸元を拳で叩かれる。

 

痛みを感じない程に弱い筈のその拳は、しかしはっきりと痛みを感じた。

 

「っ……り、鈴……すま、ない……」

 

それまであいつを殺す以外の考えが浮かんでいなかった頭が、急激に冷めて落ち着いて行く。

 

「……確かに私もあいつが許せない、親友であるセシリアにあんな真似をしたあいつが。 でも殺すなんて駄目、それ以外の方法じゃ無いと駄目よ」

 

「それ、以外……?」

 

「あいつに土下座させる、完膚無きまでに叩きのめしてセシリアに、そして武器を向けた他のクラスの娘達に誠心誠意謝罪させる、甘い考えだってわかってるけど、それしか無いでしょ? だから今はセシリアの傍にいてあげて……お願い」

 

真っ直ぐ、視線を逸らす事無く見つめられながら告げられた言葉。

 

その視線を受け止めながら深く、深く頭を下げた。

 

「……すまなかった、頭に血が昇りすぎていた」

 

「良いのよ、今回の事は怒って当然じゃない」

 

「……それでもだ、本当に、すまなかった」

 

「はぁ……なら受け取っておくわよ。 でも悠斗とセシリアには何度も助けられてるんだもの、私だって二人の事を助けたいのよ? だから、謝るよりも他にあるでしょ?」

 

「……そうだな、ありがとう鈴」

 

「うん、どう致しまして。 でもセシリアの傍にいてあげる前に一夏と千冬さんに謝りなさいよ? 一夏だってセシリアの事を心配してたんだし、千冬さんだって本心ではこの処罰に納得していないって悠斗だってわかってるでしょ?」

 

「……あぁ、あいつの一存で決めた事では無いとわかってはいた筈なんだ。 だが、あんな軽い処分しか下さなかった事に納得出来なかった」

 

「悠斗はそんな考え無しじゃ無いってわかってるわよ、私達はまだ子供なんだから感情に流されるのは当然じゃない、ある意味それも子供の特権だし。 だから、ちゃんと二人に謝りましょ?」

 

「……そう、だな」

 

「特に一夏はあんたを怒らせたんだって落ち込んでたから……まぁそれは千冬さんも同じだけどね、姉弟だから似てるのよ、あの二人」

 

「あぁ……お前の旦那と義姉だからな、ちゃんと謝罪する」

 

「わかったなら良いのよ、ちゃんと謝りなさ……って、今何て言ったのよ!?」

 

「違うのか?」

 

「ま、まだ早いでしょ!?」

 

「あぁそうだったな、"まだ"早いか」

 

「ちょ!? この……! せっかく私が説得してやったのにその扱いなの!?」

 

「……いや、本当に感謝している。 お前が止めてくれなかったら、俺は二度とセシリアと一緒にいられなかったかもしれない。 だから、ありがとう」

 

「あぅ!? さ、最初からそう言いなさいよ……それにさ、普段あんた達に散々怒ってはいるけど、二人の過去を知ってるから他の誰よりも、悲しい過去を拭い去る事が出来るぐらいに幸せになって欲しいのよ」

 

顔を赤くしながらも視線を逸らす事無く告げて来る鈴。

 

以前束にも伝えたが、鈴は俺にとって大事な友人だ。

 

他人の為にここまで言ってくれる、織斑同様に強く、そして優しい奴だ。

 

「……その前に、お前に頼みがある」

 

「えっ? な、何よ?」

 

「あいつを叩きのめすのに私闘をする訳にはいかない、だから今度の学年別トーナメントで奴を叩くつもりだが、組む筈だったセシリアは出られない」

 

「……機体のダメージがCだから仕方無いわよね」

 

「だから、鈴にペアを組んで欲しい……頼む」

 

再度、鈴に向かって深く頭を下げた。

 

今回の件でセシリアのブルー・ティアーズはダメージレベルがC、修理の時間を考えると学年別トーナメントに出場する事は出来ない。

 

他の適当な奴と組んでも何とかなるだろうが、奴に挑むからには信用出来る者に一方の相手を任せたい。

 

出来れば信用の出来る、そして実力のある鈴に任せたかった。

 

「あのね、さっきの私の話を聞いてた?」

 

その言葉に頭を上げれば、鈴は何やら呆れた表情を浮かべていた。

 

「二人の事を助けたいって言ったでしょ? それなのにあんたの頼みを私が断るとでも思ってるの?」

 

「……なら」

 

「勿論組むわ、一緒にあいつを叩きのめすわよ!」

 

いつもと同じ様に拳を向けて来る鈴……本当に、こいつは優しい奴だな。

 

その拳に、いつもより強目に拳をぶつけると鈴はその顔に不敵な笑みを浮かべる。

 

 

セシリアにあんな事をしたあいつを許す事は出来ない、殺してやりたい程に強く抱いた憎悪は変わらない。

 

だが、これからもセシリアと共に生きて行く為には殺す訳にはいかないのも事実。

 

鈴の言う通り、奴を完膚無きまでに叩きのめすしか無い。

 

……だが、やるからには徹底的に叩きのめす。

 

骨の一本か二本、もしくは手足の一本ぐらいは覚悟して貰った方が良さそうだな。

 

歩きながらそんな事を考えていると隣を歩く鈴が俺を見ながら表情を引き吊らせていたが、そんな鈴を一瞥してから構う事無く医務室へと戻るのだった。



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第62話 和解と黙認

廊下を進み、職員室へと向かう。

 

あの後、医務室へと向かいまだ残っていた織斑に対して深く謝罪した。

 

セシリアの事で怒り心頭だったとは言えども、友人であり同じくセシリアの事で怒ってくれていた織斑に本当に申し訳無い事を言ってしまった。

 

織斑は頭を深く下げる俺に慌てて顔を上げる様に伝え、今回の事は仕方の無い事だからと許してくれた。

 

しかしそれでは納得出来ずに何度も謝罪する俺に対して、それならば自分もセシリアの為にボーデヴィッヒを叩きのめすのに協力させて欲しいと言って来た……協力と言っても、各々ペアは違うのだが。

 

いや、それでこそ織斑か。

 

深く考えてはいない様だが、友人の為に真っ直ぐ突き進むのは実にあいつらしい。

 

そして黒狼にも深く謝罪した。

 

止めようとしてくれていたのにも関わらず聞く耳すら持たないなど相棒に対して最低な事だからだ。

 

謝罪に対して黒狼は気にしない様にと言ってくれた、本当に俺には勿体無いぐらいに出来た奴だ。

 

 

それから医務室から既に出て行ったという織斑千冬を探して俺は廊下を進んでいた。

 

織斑曰く何やら仕事で連絡を貰っていたとの事、恐らくは職員室へと戻っている筈。

 

……あいつにも、謝罪するべきだ。

 

たまに口にしていた自分は一介の教師という言葉、例えあいつがモンド・グロッソで戦績を残す程の実力を持っていたとしても、この学園で教師として所属している以上は上の決定に従う他無い。

 

それならば怒りを向けるべきはあいつ個人では無く、今回のクソみたいな処分を決めた上の連中やそれぞれの国の政府に対してだ。

 

 

 

「お願いです教官!」

 

 

 

廊下の曲がり角で、突然そんな声が聞こえて来た。

 

その声に、冷静になった筈の頭に再度血が登り掛ける。

 

感情を何とか押し留めつつ、様子を伺えば何故か自室に謹慎中の筈のボーデヴィッヒが織斑千冬に詰め寄っていた。

 

「……ラウラ、お前には自室への謹慎処分を下した筈だが何故ここにいる?」

 

「罰則を無視し外出した事に関しては申し訳ありません、しかし教官にどうしても考え直して頂きたいのです!」

 

「わからんな、何を考え直すと言うんだ?」

 

「教官にこの場所は相応しくありません! 再びドイツで、我が軍で、我々の教官としてご指導下さい!」

 

「……何度も伝えた筈だろう? 私はもうお前の教官では無い、私はこのIS学園の職員であり、1組の担任でもある一介の教師に過ぎん」

 

「そんな事ありません! この学園の連中はISを兵器としてでは無くただ自分を着飾るものと勘違いしてます! 教官はこの様な生温い場所で燻っていて良い方ではありません!」

 

「……生温い、か」

 

「当然です! どいつもこいつもISの事を何もわかっていない! ISはあらゆる兵器よりも優れた性能を持つ兵器、それなのにこの学園の奴らは理解していません!」

 

兵器、だと?

 

何もわかっていないのは、お前の方だろうが。

 

ISは元々束が空へと、宇宙へと行く夢を実現させる為に開発した物だ。

 

我慢していた感情が再び荒れ狂い始める。

 

「あのイギリスの代表候補生もそうです! 実力があるにも関わらずこの生温い場所に染まり腑抜けている! 候補生とは何れ自国の代表を担う事になるのに!」

 

……セシリアを、腑抜けているだと?

 

一歩、踏み出したその時だった。

 

 

 

「頭に乗るなよ小娘が」

 

 

 

視線の先で、ボーデヴィッヒが胸ぐらを掴まれて壁へと打ち付けられた。

 

初めて聞く織斑千冬のドスの効いた低く鋭い声、纏う空気。

 

離れているにも関わらずその最早殺気に近いものに空気が張り詰めているのを感じる。

 

「ひっ……!?」

 

「代表候補生ごときになった程度で選ばれた人間気取りとは、思い上がるのも大概にしろ」

 

「き、教官……!?」

 

「お前がオルコットと、そしてアリーナを使用する生徒に対してやった事は教育でも矯正でも何でも無い、ただの暴力行為……いいや、あそこまでやれば殺人未遂としか言えないものだ。 代表候補生であり軍人でもあるお前ならば生身の人間にISの武装を向ければどうなるのかわかっている筈、それにオルコットに対してもあそこまでダメージを負わせる必要が何処にあった? 私自身話を聞いただけだが、オルコットが間に合わなければその生徒が、そして五十嵐が間に合わなければオルコットは命に関わっていたんだ。 本来ならば直ぐ様IS委員会とドイツ政府に報告をしてお前の代表候補生という地位と専用機を剥奪し、傷害罪として退学処分にして貰おうと思っていた」

 

「そ、んな……ち、違う……私は……」

 

「お前が否定しようが何を言おうがそれは変わらない事実だ。 だが何やらドイツ政府……いや、その一部が頑なにお前の処分を望まなかった事、イギリス政府が自国の代表候補生がドイツの第三世代機に負けたという事を公にしたく無かった事、双方の訴えがあったから学園側は仕方無く今回の自室への謹慎処分という軽い処罰しか下さなかっただけだ。 決してお前が選ばれた人間だから、お前が特別だからでは無い、自制心も代表候補生としてのプライドも誇りも無い己の実力を勘違いしているガキが自惚れるな」

 

織斑千冬の言葉にボーデヴィッヒは言葉を失くし、顔を青くしながら目を見開いて震えている。

 

「お前の自室への謹慎処分は二週間のつもりだったが、それだと学年別トーナメントに出る事は出来ない……それだと、お前も納得しないだろう?」

 

その言葉は、俺に向けられていた。

 

視線を織斑千冬から俺へと向け、ボーデヴィッヒの顔が更に青くなる。

 

「い、五十嵐、悠斗……」

 

「……あぁ、そうだな。 学園側は生徒同士、しかも専用機持ち同士の私闘は認めないんだろ? なら今度の学年別トーナメントでそいつとやり合うしか無いだろうが」

 

「そうか……そういう事だラウラ、ペアを組んでいないのなら私が勝手に組ませる、異論は認めんぞ。 わかったなら今すぐ部屋に戻れ、まだ外出を許可していないのにこれ以上は私も目を瞑れん」

 

「っ……!」

 

一度俺を見てから、まるでその場から逃げる様にしてボーデヴィッヒは走り去って行った。

 

残されたのは、俺と織斑千冬だけだ。

 

視線を廊下の奥へと消えたボーデヴィッヒから織斑千冬へと移せば、先程までの態度が嘘の様に戸惑いを隠せない様子で視線をあちこちにさ迷わせている。

 

「……いつから、聞いていたんだ?」

 

「お前にドイツに戻って欲しいと訴えていた時からだな」

 

「ほとんど最初からか……流石だな、全く気配を感じなかった」

 

「……そうか?」

 

別段、意識していた訳では無かったんだけどな。

 

いや、そんな事はどうでも良い、聞きたい事が出来た。

 

「一つ聞きたい、イギリス政府の言い分はまだわかるとして、ドイツ政府の一部があいつの処分を望まなかったというのはどういう事だ?」

 

「……私も全て聞いた訳では無い、だがその一部の奴らが処分を頑なに拒んだらしい。 ドイツ政府として動かして来たからにはそれなりに影響力のある者達だと思うが」

 

……きな臭いな、いくら自国の代表候補生だとしてもこんな問題を起こせば普通は何かしらの処分を下す筈だ。

 

それ程まであいつや機体の能力が優れていると言うのならわかるが、正直戦ってみてそこまでしてやる様な必要性を感じなかった。

 

何か他に、理由があるのか?

 

考え込んでしまっていたが、ふと当初の目的を思い出した。

 

未だに俺と目を合わせようとしない織斑千冬に向かって、姿勢を正してから深く頭を下げた。

 

「……すまなかった」

 

「っ!? い、五十嵐!?」

 

突然の事に驚いているが、構わずに言葉を連ねる。

 

「お前も今回の処分に対して納得していないとわかっていたのに、セシリアの事で感情的になってしまってあんな事を言ってしまった……だから、すまなかった」

 

「ま、待て五十嵐! 今回は上の決めた事に何も出来なかった私が悪い、それに……私も、つい感情的になって手をあげてしまった」

 

「それは当然だ、何も知らずに舐めた口を叩いた俺に問題があったんだからな」

 

「そんな事は無い! オルコットがあんな目にあったんだ! お前が感情的になるのは仕方の無い事だろう!?」

 

「……それでも、お前に対しての発言は許されるものじゃ無い」

 

「っ……お前も、頑固な奴だな」

 

何やら、雰囲気が変わった様に思えた。

 

「一先ず、頭を上げてくれ」

 

言われた通り頭を上げると、織斑千冬は先程までの戸惑っていた表情から一変して真面目な表情で俺を見ていた。

 

「謝罪は受け入れる、だが私の謝罪も受け入れて欲しい」

 

「お前の?」

 

「ブリュンヒルデと呼ばれながら、普段は散々偉そうに言っておきながら、私は何も出来なかった。 ボーデヴィッヒへの処罰も結局は上が決めた事に従う事しか出来なかった、全て私の力が無かったからだ」

 

その言葉を何も言わずに黙って聞く。

 

「あまつさえ生徒であるお前に言われた事に逆上して手をあげてしまうなど、教師としてあるまじき行為をしてしまった……本当に、すまなかった」

 

「……わかった、お前の謝罪は受け入れる。 そもそも、その為にお前を探しに来たんだからな、これで受け入れなかったら鈴に怒られる」

 

「鳳に……そうか、あいつは言葉通り、お前を説得出来たのか」

 

「あいつは俺にとって……親友、と呼べる奴だ。 鈴に言われていなければ俺はとんでも無い過ちを犯してしまっていた、二度とセシリアと共にいられなかった可能性もあったかもしれない。 それを、あいつは必死に訴えて気付かせてくれた」

 

「ふっ……強いな、鳳は」

 

「……あぁ、それには大いに同意する」

 

他人の、誰かの為にあそこまでやれるのは鈴の人間性からだろう。

 

織斑同様に、鈴はとても強い奴だ。

 

「さっき伝えた通り、今度の学年別トーナメントでボーデヴィッヒにこの借りを返す。 許すつもりは微塵も無いがもう殺そうとは思っていない、だが完膚無きまでに叩き潰しはするからな」

 

「……あまり、やり過ぎるなよ?」

 

「骨の一本か二本は覚悟して貰うつもりだが?」

 

「お前、それは……流石に……」

 

「これでかなり譲歩しているんだよ、本気で叩き潰すなら問答無用で殺す……だが、それだと鈴を裏切る事になる上に下手をすればセシリアと一緒にいる事が出来なくなる」

 

「……はぁ、私は今何も聞いていない、仮にトーナメントで何かあったとしてもそれはあくまでも今回の様な事故、新型の機体性能が予想を上回っていただけ……これで良いか?」

 

「あぁ、それで良い」

 

話のわかる奴で助かる。

 

「全く……だが、鳳の訴えは聞き入れたとなると、一年の間で言われている事は案外間違いじゃ無いのかもしれないな」

 

「……あ?」

 

「いや、お前が鳳の兄の様だと言う話だ」

 

……相川の影響がこんな所まで出ていやがるのか。

 

何故俺があいつの兄なんだ、俺にとっての妹はクロだけなんだが。

 

「……あいつはどちらかと言えばお前にとっての妹だろ、いずれそうなるんだからな」

 

「……ん? それは、どういう意味だ?」

 

「……さぁな」

 

織斑千冬に背を向け、俺はセシリアと鈴の待つ医務室へと戻る為に歩き出した。

 

 

さて、黙認して貰ったからには学年別トーナメントで奴を叩き潰す事に集中するだけだな。

 

その為にも、頼むぞ黒狼。

 

『勿論でございます、今回あのドイツの代表候補生が奥様に仕出かした事には私も主様同様思う所はありますので……この身、如何様にもお使い下さいませ』

 

あぁ、あの屑に誰に手をあげたのか、誰を怒らせたのかをわからせてやる。

 

そんな確固たる意思を宿し、俺は歩みを進めるのだった。




此方で失礼しまして、主人公のプロフィールと機体スペックをば。


【五十嵐悠斗】
身長:180㎝
体重:81㎏

黒の短髪に同色の瞳、目付きが鋭い上に高身長で毎日欠かさず行っているトレーニングにより鍛え上げられた筋肉質な身体から発せられる威圧感は凄まじく、初対面の者からは基本的に恐がられる傾向がある。
物心ついた時から両親はおらずずっと奴隷の様な扱いや暴力を受けていたがIS学園に入学する三年前に束と出会い、そのまま助け出され一緒に暮らしていた。
その生い立ちから他人に対して冷たい態度を取る事が多いが、基本的に何事にも真摯に真っ直ぐで曲がった事が嫌いな性格、気を許した相手や心を開いた相手には友人として優しく振る舞ったり時折冗談を交える事や、言葉の端々で無意識に出る優しさ、そして無人機襲撃の際にも他の生徒の避難を優先した事で学園の生徒(主に一年生)からはクール紳士と呼ばれているとかいないとか。
血の繋がりは無いが自分を救ってくれて共に暮らしていた束と、同じく家族のいない独り身で束が保護したクロエの事を家族同然に大切に思っている。
セシリアに一目惚れし、付き合う前から特別に思っていたが付き合い始めてからは他の誰よりも、己の命よりもセシリアを優先する程に大切で愛する存在になった。
普段は他人や目上の者に対しての態度は良く無いが、セシリアに言われる際は大人しく言う事を聞いており、尻に敷かれているかの様な様子が見られるが、実際は何よりも大切なセシリアには逆らう気が無いだけで本人も無意識である……どちらかと言えばセシリアの方が悠斗に対してたまには強い物言いや高圧的に接して欲しいと思っている事が本人にとっての悩みでもある。
毎日の様にセシリアと共に砂糖を大量生産する勢いでイチャイチャする姿が学園内での日常風景になりつつあり、唯一のツッコミ役である鈴が日々奮闘しているが効果は薄い模様。

IS適性は黒狼の場合のみ『S』



【黒狼】

武装

《刀剣・黒鉄(くろがね)
刀身から柄までが黒一色の日本刀、一見普通の近接ブレードであるが相手を攻撃した際に与えたダメージを取り込み威力の底上げをする事が出来る。

《牙狼砲》
肩に展開される大口径のカノン砲、黒狼に搭載されている唯一の遠距離武装で、装填が全自動の為に次射までの時間のロスはほとんど無く連射も可能。

黒爪(こくそう)四足(しそく)
黒狼の専用武器、両手両足に展開される大振りの鉤爪。
空間にある微弱な電磁場を足場として急速転回が可能、その軌道は個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)とほぼ同じものだが搭乗者へのG(重力加速度)による負担が大きい。
また黒鉄と同じ様に相手へと与えたダメージを取り込み威力を底上げ出来る。


主人公である悠斗の専用機、全身を漆黒の装甲で覆われており獣を彷彿させるフォルムをしている。
束自らが一から設計し作り上げたオリジナルの第三世代機で、元々開発を途中でやめていた468個目のISコアを使用しており、コアには自我があり悠斗に仕えたいと束にISネットワークを利用して意思表示をした事で黒狼として悠斗の専用機となった。
精神世界と呼ぶ所謂夢の中では黒の長髪に漆黒の着物、目を見張る程の美貌という姿で悠斗の前に現れたが実は姿に決まりは無く自由自在に変えられる。
自らを従者と考え悠斗の事を『主様』と呼び、仕えるべき人物として認めている。
機体のスペックとしては第三世代機と言いつつ性能や武装だけを見れば実質第四世代機に近いもので、束が悠斗の為にと色々と張り切り過ぎた結果とんでもない機体に仕上がってしまった。
実は束は悠斗がここまで使いこなせるとは思っていなかったが、搭乗した当初から悠斗と黒狼の相性の良さに誰よりも喜んでおり毎日の様に搭乗データを見て一人狂喜乱舞している姿が度々クロエにより目撃されている。
人間の様に会話が出来るがあくまでもISである為に感覚が少しずれており、時折悠斗を困らせる時がある。


こんな感じでしょうか。
如何せん作者のこういった知識と文才が皆無ですので、他に何かあればお申し付け下さいませ。


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第63話 約束

翌朝、いつも通りトレーニングを終えて準備をしてから医務室へと向かう。

 

そのまま中へと入るとセシリアは既に目を覚ましており、横になったまま俺へと視線を向けて途端に笑みを浮かべた。

 

「悠斗さん、おはようございます」

 

「おはよう、セシリア」

 

そのままベッドの傍に置いてある椅子へと座る……前に、ベッドへと近付いてセシリアと触れるだけのキスをする。

 

「ん……身体の調子はどうだ?」

 

「まだ少し痛みますが問題はありませんわ、今日と明日に検査をして問題が無ければ明後日には部屋に戻っても構わないと先生は仰っていましたので」

 

「そうか……良かった……」

 

椅子へと座り、横になるセシリアの手に優しく触れればセシリアも俺の手をそっと握り返して来る。

 

そのまま互いに何も言わず、ただ手の温もりを感じ合っていた。

 

「……セシリアには、謝らなければならない」

 

「私、に……?」

 

「……昨日伝えていなかったが、俺は感情のままにあいつを殺そうと考えていた。 それ以外考えられなかったが、もしそうしていたらこの学園にいられなかったかもしれない、セシリアと一緒にいられなかったかもしれない、とんでもない過ちを犯してしまう所だった」

 

俺の言葉にセシリアは何も言わずにただ黙って聞いている。

 

「鈴が止めてくれなければ、俺は……」

 

「悠斗さん」

 

強く、手を握られた。

 

いつの間にか俯かせてしまっていた顔を上げれば、セシリアが真剣な表情で俺を見つめている。

 

「悠斗さんがそれ程まで私の為に怒って下さる事は嬉しいです。 しかし、例えどの様な事があろうとも殺すなんて絶対にいけない事ですわ」

 

「……わかっている」

 

「私は悠斗さんにその様な事をして欲しくなんてありません、この怪我は私自身の実力不足が招いたもの、ですから悠斗さんが思い悩む事はありません」

 

「そんな事無い、セシリアは決して……」

 

「悠斗さん、私が目指しているのは国家代表、今のままで満足していては何も意味はありませんわ……実はあの時、ボーデヴィッヒさんが来るまで私はこのままの実力で悠斗さんの隣に立つ資格があるのか、そう考えていましたの」

 

その言葉を、俺は直ぐに否定したかった。

 

しかし、セシリアの真剣な表情に何も言葉を発する事が出来ない。

 

「悠斗さんはいつだって私を、誰かを守って下さります。 しかし私は国家代表候補生として、そして悠斗さんの恋人として、いつまでも守られる側にいるのでは無く守る立場になりたい、悠斗さんと対等の立場になりたいのです」

 

「セシリア……」

 

「私の我が儘なのは重々承知していますわ。 しかし、今回の件は私が弱かったから招いたものなのです。 だから……」

 

セシリアがそっと俺の頬へと手を伸ばして来てそのまま触れて来る。

 

「お願いです、私の為にその様な事を考えないで下さい……いつかきっと、悠斗さんの隣に立つのに相応しい実力を手にします、国家代表まで登り詰めてみせます……だからどうか、どうか私から離れて行くなんて事をしないで下さいまし……」

 

セシリアの決意と訴え、俺は頬に触れているセシリアの手をそっと掴んだ。

 

「……約束する、もう二度とそんな事は考えない。 セシリアの傍に居続ける、いつまでも、ずっとだ」

 

「……悠斗さん」

 

身体を寄せ、セシリアと深くキスをする。

 

俺はセシリアに、セシリアは俺に、一種の依存をしているのだろう。

 

何があろうと離れたく無い、傍にいて欲しい、そんな考えを抱いている。

 

だから、二度とあんな考えは持たない、持ってはいけない。

 

いつまでも、セシリアと一緒に居続ける為に。

 

時間の許す限り、俺とセシリアはキスを繰り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、五十嵐君!」

 

医務室から食堂へとやって来ると背後から掛けられる声。

 

振り向くと相川と鏡、布仏の三人が駆け寄って来ていた。

 

「……おはよう」

 

「あ、うん、おはよう。 あの、オルコットさんは大丈夫なの……?」

 

「あぁ、機体のダメージは大きいが幸いにも身体には支障は無いらしい、明後日には授業に復帰出来るそうだ」

 

「そうなんだ、良かった……」

 

俺の言葉に安心した様に息を吐き出す相川達。

 

そのまま朝食を受け取り、四人で空いている席へと着いた。

 

「五十嵐君、大丈夫……?」

 

「……何がだ?」

 

食べ始めて直ぐの相川からの問い掛けに聞き返す。

 

「えっと、オルコットさんがあんな事になって、ナギがアリーナでの事を見ていたから……その……」

 

「……あぁ、そういう事か」

 

恐らく、俺の精神面の事を聞きたいのだろう。

 

「……初めは感情のまま奴を殺そうと考えていたし織斑千冬とも言い合いになった……だが、鈴が説得してくれたから思い直す事が出来たんだ。 そんな事をすればこの学園にいられなくなる、セシリアと一緒にいる事も出来なくなる、そうなったら他の誰でも無いセシリアを悲しませる事になると」

 

「鈴音さんが……」

 

「それに今朝、セシリアとも約束をした。 そんな事を二度と考えないと、これから先どんな事があろうともセシリアと共にいるとな」

 

「……そっか」

 

「……いらん心配をさせたな、悪かった」

 

「う、ううん! そんな事無いよ!」

「そ、そうだよ!」

 

相川と鏡が慌てて両手を振りながらそんな事を言って来る。

 

そんな中で、布仏だけが何も言わずに普段の笑みの無い真面目な表情で俺の顔を見つめていた。

 

「……何だ?」

 

「ゆうゆう、無理はしないでね?」

 

「別に無理は……」

 

「ゆうゆうにとって一番信頼していて大好きなのはセシリーだけど、私達もゆうゆうの友達なんだから頼っても良いんだよ?」

 

その言葉に思わず口を嗣ぐんでしまった。

 

「私達に出来る事はそんなに無いけど、話を聞いたり相談に乗る事は出来るんだからね?」

 

「……すまない、ありがとう布仏」

 

「どう致しまして~」

 

それまでの表情から一転していつもの笑みを浮かべる布仏、普段はふざけている事が多いがこいつなりに俺の事を思ってくれているのだろう。

 

それに相川と鏡の二人も……鈴と言い織斑と言い、こんな俺に歩み寄って来てくれて友人と言ってくれる、本当に感謝してもしきれないな。

 

「そうそう、私も友達なんだから頼ってよね? いくらお兄ちゃんだとしても鈴音さんばかりに頼らないでさ」

 

「……思い出した」

 

そうだ、今の今まですっかり忘れていた。

 

俺の言葉に首を傾げる相川の頬へと手を伸ばす。

 

テーブルを挟んでいるとは言ってもそれ程広い訳では無い、他の奴がどうかわからないが俺なら手を伸ばせば簡単に向かい側に座る奴に届く。

 

そのまま、相川の両頬をやや強目に摘まんだ。

 

「あふぁ!? い、いふぁい!?」

 

「い、五十嵐君!?」

「ゆ、ゆうゆう~!? どうしたの~!?」

 

「お前がそういう事を言うから俺が鈴の兄だと学園中に広まってるんだよ、織斑千冬にまで言われたんだが?」

 

「ご、ごえんなふぁい~!?」

 

「ったく……」

 

涙目になり始めた為に離してやれば頬を両手で押さえながら呻いている。

 

そして鏡が驚いた表情で俺を見ていた。

 

「い、五十嵐君も、こういう事するんだ……?」

 

「……普段はしない、だが今回はな」

 

「えぇ~でもゆうゆうはお兄ちゃんでもう定着しちゃってるよ~?」

 

「……お前もやられたいのか?」

 

「ふふ~ん、私にそんな脅しは効かないのだ~」

 

何やら胸を張ってそんな事を抜かす布仏、これはやられる覚悟があると捉えても良いんだな?

 

素早く手を伸ばし、片手で布仏の頬を摘まんだ。

 

「あぅ~いふぁい~!?」

 

「痛くしているからな」

 

「いふぁい~えへへ~」

 

……何故か、摘ままれているにも関わらず布仏は笑っていた。

 

不思議に思いながらも手を離す。

 

「……何故笑ってるんだ?」

 

「えへへ~だって、何だかゆうゆうとの距離が縮まった様に感じるから~」

 

その言葉に、思わず口を嗣ぐんでしまった。

 

確かに、言われてみればこういう事をした覚えは無い。

 

「え、えっと……わ、私も言った方が良いの……!?」

 

「いや、鏡は唯一の良心だから出来ればやめて欲しい」

 

「え……そ、そっか……」

 

何やら少し残念そうに目を伏せる鏡。

 

……はぁ、仕方無い。

 

手を伸ばし、出来るだけ優しく摘まんでやった……鼻を。

 

「ぷぎゅ!?」

 

驚きながら謎の奇声を発した。

 

普段の鏡からはまず聞く事は無いであろうその奇声に思わず笑ってしまう。

 

「……これで良いか?」

 

「え、あぅ……」

 

頬を赤らめながら顔を伏せる鏡、その反応を見た相川が勢い良くテーブルに手を着きながら顔を寄せて来る。

 

「ちょっと!? 私と全然違う!」

 

「元々の発端はお前だろうが」

 

「そうだけど! 私もそういう……何かこう……ときめくやつが良い!」

 

「……お前は何を言ってるんだ?」

 

「とにかく! ナギだけ狡い!」

 

「だから何の事だ?」

 

目の前で騒ぐ相川、未だに顔を俯かせたまま頬を赤らめる鏡、その様子をいつもの満面の笑みで眺めている布仏。

 

いつもの面子だが、初めて見る光景に朝から周りの視線を集めていた。

 

 

 

 

そして授業が終わり放課後、直ぐにセシリアのいる医務室へと向かおうとしたその時、通信が入った。

 

相手は……織斑?

 

授業が終わったと同時に慌てた様子で教室から出て行ったが……そういえば同室になったと言うデュノアが体調不良で休んだが、その事だろうか?

 

疑問を抱きつつも通信を繋げる。

 

「織斑、どうかしたのか?」

 

『ゆ、悠斗……えっと……』

 

何やら歯切れの悪い話し方、益々疑問だ。

 

『……その、話があるからとにかく部屋に来て欲しいんだけど……』

 

「デュノアが体調を崩している筈だが、大丈夫なのか?」

 

「えっと、その事で話があるって言うか……」

 

「……わかった」

 

話が見えないが、一先ず教室を後にするのだった。



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第64話 罪と赦免

織斑からの連絡を受けて寮へとやって来た。

 

先にセシリアへと連絡を入れ、急用が出来てしまった為に医務室に行くのは遅くなると伝えている。

 

そのまま寮の廊下を進み、目的の部屋の前へと辿り着いた。

 

数回ノックをして反応を待つとゆっくりと扉が開かれて織斑が顔を覗かせた……のだが、何やら廊下を何度も見渡して誰もいない事を確認している。

 

何故そこまで警戒する必要があるんだ……?

 

「と、とりあえず入ってくれ」

 

「あぁ」

 

「……その、先に言っておくけど、驚かないでくれるか?」

 

「……あ?」

 

言葉の意味がわからないまま部屋へと入ると、二つ並んだベッドの片方に顔を俯かせているデュノアが座っていた。

 

シャワーを浴びた後なのかいつもは後ろで結んでいる髪をほどいている。

 

……いや、それだけじゃ無い、明らかにおかしい部分が。

 

上に来ているジャージの胸元、それまで無かった筈の二つの膨らみが存在していた。

 

これは……。

 

「……織斑、デュノア、どういう事か説明しろ」

 

「えっと、これは……」

 

「……一夏、僕から説明するよ」

 

織斑の言葉を遮り、デュノアが口を開いた。

 

「オルコットさんの事で悠斗が大変な時にごめんね……率直に言うと、僕は男性操縦者なんかじゃ無い、れっきとした女だよ」

 

「……だろうな、その身体で男と言われても信じられない」

 

「先ず何処から説明するべきかな……そうだ、悠斗はフランスのIS事業であるデュノア社は知ってる?」

 

「……多少は」

 

確か、今のIS事業で世界第三位のシェアを誇る大企業とも呼べる会社の一つで、授業でも使われている第2世代機のラファールの開発元もデュノア社だったな。

 

「僕の父親はそのデュノア社の社長なんだけどね、父からこの学園に男として入学して一夏と悠斗、二人の男性操縦者のデータを取って来る様に命令を受けた……所謂スパイってやつだね」

 

「自分の子供に、何故そんな真似を?」

 

「……僕はね、妾の子供なんだ」

 

妾、だと?

 

「僕のお母さんは本妻じゃない、父の愛人だったの。 それで僕を身籠って、二年前までお母さんと二人で暮らしていたんだけど病気で亡くなって、それからデュノア家に引き取られた際に僕のIS適性が高い事がわかって……それからはよくある話だよ、デュノア社のIS事業を向上させる為に僕を専属パイロットという名の体の良いモルモットとして使って、それでも情報と技術不足により第三世代機の研究に行き詰まったからこうして一夏と悠斗、男性操縦者という前代未聞の二人のデータと第三世代機のデータを取って来る様に言われたんだ」

 

デュノアの言葉に、俺は何も言わずに黙って耳を傾け続ける。

 

「このまま男として在籍し続けて、データを取り終わったら本国に戻される予定だったんだけど……それも、叶わないね」

 

「シャ、シャルル……」

 

「……さっき一夏に女である事がバレちゃったし、こうして悠斗にも打ち明けた。 もう僕がここにいる事は出来ないから」

 

「そんな……どうにか出来ないのか!?」

 

「……一夏は優しいね、皆を騙していた僕にそんな事を言ってくれるなんて……でも、もう無理だよ」

 

「バレたのが不味いなら俺達が黙っていれば済む話だろ!? このまま学園にいて、卒業するまでに何か手段を考えれば……!」

 

「……確かにそれも可能かもしれない、でも、僕はもうこれ以上皆を騙していたく無いんだ」

 

「シャルル……」

 

「……本当にごめんね」

 

顔を俯かせ、膝の上に置いた手を強く握り締める。

 

その姿を見た織斑が俺に詰め寄って来た。

 

「ゆ、悠斗! どうにかならないか!? このままだとシャルルが!」

 

「……何故、俺に言う? そもそも、今お前は黙っていればと言ったがそれなら俺に言わずにこの事をお前だけの秘密にしておけば良かったんじゃないのか?」

 

「それは……」

 

「……一つ言っておくぞ、俺はお前と同じ、男でISが使えるという事を除けば他に何も無い一般人だ。 そんな俺にフランスの一大企業であるデュノア社の事をどうこうする事なんか出来ると思うのか?」

 

「っ……ご、ごめん……」

 

「……はぁ」

 

目を伏せて謝る織斑に溜め息を溢しつつ、デュノアへと視線を向ける。

 

デュノアは変わらずに顔を俯かせたままだ。

 

 

 

愛人との間に出来た子供だとしても、血の繋がりがある筈の父親に命令された、か。

 

自分の子供に、血の繋がった肉親にそんなスパイ紛いの汚れ仕事をさせる……それが大人の、親のやる事なのか?

 

違うだろうが……親とは子を、家族を守るべき存在の筈だ。

 

例えそれが妾の子だろうと、血の繋がりは消える事は無いんだ。

 

……正直、首を突っ込めば面倒事に巻き込まれるのは目に見えている、俺には関係無いと一言言えば済む話だ。

 

しかし、沸々と、胸の内から感情が込み上げて来る。

 

 

 

 

「……はぁ、俺も、甘いな」

 

「えっ? そ、それって、どういう意味だ……?」

 

織斑の言葉に何も答えずにデュノアの前へと立つ。

 

「……答えろ、お前はどうするんだ?」

 

俺の問い掛けに、デュノアは顔を上げずに暫く黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「……僕は、このまま本国に帰るよ。 命令された事も出来なかったから家に居場所なんて無いだろうし、性別を偽ってデータを盗もうとした事が発覚したらそのまま牢獄行きだと思うけど」

 

「……言い方を変えるぞ、お前は"どうしたい"んだ?」

 

「……えっ?」

 

「お前が今答えたのはお前自身の考えじゃ無い筈だ。 お前自身はこれからどうしたいのか、それを答えろ」

 

「僕が、どうしたいのか……?」

 

「お前にこんな真似をさせた父親の言いなりになったままか? お前自身に罪は無いのに、言いなりのまま自らの人生を台無しにするのか? それがお前の本心なのか?」

 

「……違う」

 

「違わない、結局は自分の考えを持たない人形のまま国に帰り、その下らない一生を終えるんだろ?」

 

「っ……おい悠斗!」

 

織斑が肩を掴んで来るが、構う事無くデュノアから視線を外さない。

 

「答えろ、お前の本心はどうなんだ?」

 

「……じゃ、ないか……」

 

小さく、か細い声がデュノアの口から漏れた。

 

「嫌に決まってるじゃないか!!」

 

大声と共に、デュノアが顔を上げた。

 

そのアメジストの瞳から止めどなく大粒の涙を流しながら、真っ直ぐに俺を睨み付けて来ている。

 

「僕だってこんな事したく無かったよ! だけど僕には何の力も権力も無い、身寄りも何も残されていない子供が一人で暮らしてなんて行けない! だから父に頼るしか無かった! 例えどんな扱いをされても、実験のモルモットになろうとも、毎日会話も無く邪険にされても……それでも僕にはどうしようも無かったんだ! 二人のデータを盗めば少しは父も認めてくれる、そんな考えを持ってしまって……」

 

デュノアの本心から語られる想い。

 

「……でも、本当はわかってる。 例え上手く二人のデータを盗めたとしても、父は僕を認めてはくれない。 今までと変わらずに、体の良い駒としか、実験のモルモットとしか僕の事を見てくれないって……もう、嫌だよ……僕だって、叶うのなら普通に女の子として学園に通いたい、普通に友達を作って皆と仲良く過ごしたい、親の言いなりになんかなりたく無いのに……何で僕は、僕だけが……!!」

 

再度俯いてしまったデュノアの姿は、とても小さく見える。

 

身寄りの無い、自分ではどうしようも無いという想いから震えるその姿に、過去の自分とクロの姿を重ねてしまう。

 

その考えが浮かんだ時には、勝手に身体は動いていた。

 

視線を合わせる為にデュノアの前に膝を着き、その俯いた頭へと手を伸ばして出来るだけ優しく触れる。

 

驚いて肩を震わせながら顔を上げたデュノアと、しっかりと目を合わせる。

 

「……よく、本心を答えてくれた。 お前の気持ちは十分伝わった」

 

「あ、え……ゆ、悠斗……?」

 

「……この学園の規約は知っているか?」

 

俺の言葉にデュノアは迷いながらもゆっくりと首を横に振った。

 

視界の端で織斑も横に振っていたが、入学したばかりのデュノアは仕方無いとして織斑は覚えていなければならない筈だが……まぁ良い。

 

「アラスカ条約によりこの学園はあらゆる国家機関に属さない、そして如何なる国も組織もこの学園に干渉する事は出来ない……気休めにしかならないだろうが、卒業までの時間稼ぎには使えるだろう」

 

「時間、稼ぎ……」

 

「当てになるかわからないが、伝手が一人いるから相談してみる。 それに学園にも事情を説明すれば助けになってくれる筈だ、代表候補生であるお前のISの操縦技術は学園側も目を付けているだろうからな」

 

「……助けに、なってくれるの……? 僕は、悠斗を騙していたのに……」

 

「別に騙されていた覚えは無いしデータはまだ盗まれた訳では無いから問題は無い。 寧ろお前の普段の反応を見ていて本当に男かと疑ってはいたからな。 それに、友人の助けになるのはおかしい事じゃ無いだろ?」

 

「友、人……僕が……?」

 

「違ったか?」

 

「……僕を、友達として見てくれるの……? 僕は、ここにいても、良いの……?」

 

「良いに決まってるだろうが、例え何を言われたとしても出来る限り助けになる……だから諦めるな、ここがお前の"居場所"だろ」

 

「っ……!? ぅ、あ……うわああああん!!」

 

突然、デュノアが俺の胸元に飛び付いて来たかと思えば、大声で泣き出してしまった。

 

セシリアの事を思えば直ぐに引き剥がすべきなんだろうが、今だけは許して貰おう………後できちんと事情を説明して、誠心誠意謝罪をしなければいけないが。

 

泣き続けるデュノアを落ち着かせる為に、その頭をなるべく優しく撫で続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

恐かった。

 

一夏に女だとバレて、混乱する一夏が僕に待つように言ったと思えば誰かに連絡を入れて、そして悠斗が部屋にやって来た。

 

一夏はお人好しが過ぎる程に優しいと知っていたけど、悠斗は……正直、わからなかった。

 

オルコットさんに対しては恋人だから優しかったし、友達である鳳さんと一夏、それから同じクラスの相川さんに鏡さん、布仏さんには優しかった。

 

だけど授業で友達では無い女子には容赦無く痛め付けていたし、同じ転校生のボーデヴィッヒさんがオルコットさんに危うく命に関わる程の怪我をさせた時の悠斗は恐い処じゃ無かった。

 

医務室でのあの表情と殺気に、身体の震えが止まらなかった。

 

だから男だと偽って入学してデータを盗もうとした事を、皆を騙していた事を知ったらきっと悠斗は僕の事を許さないと思っていた。

 

だけど、僕はわかっていなかった。

 

悠斗という人物を、彼がどんな人物なのかを。

 

 

『お前はどうしたいんだ?』

 

僕が、どうしたいか……?

 

そんなの、こんな僕に決める事なんて……。

 

そして、悠斗は僕に言った。

 

父親の言いなりのままなのかと、自分の考えを持たない人形のまま国に帰って一生を終えるのかと。

 

何も言わないつもりだったけど、込み上げて来る感情のままに僕は訴えた。

 

こんな事したく無かったと、父親の言いなりになんかなりたく無かったと、こんな皆を騙す様な事をせずに普通の女の子として学園に通いたかったと、友達を作って楽しく過ごしたかったと。

 

今更こんな僕に出来る筈は無いとわかっていたけど、意味なんて無いとわかっているけど、口に出したら止まらなかった。

 

言葉と共に涙が溢れて来たけれど構っていられない。

 

この吐き出す感情を、誰かに聞いて欲しかったんだと思う。

 

まるで悲劇のヒロイン気取りに思えて自分が嫌になるけど、誰かに救って欲しかった、誰かに僕を必要として欲しかった……本当の僕を、見て欲しかった。

 

だけど、もう叶わないんだ。

 

他人を騙す様な人間の言葉を、誰が信じると言うのだろうか。

 

もう、僕の居場所なんて……何処にも……。

 

 

「……よく、本心を答えてくれた。 お前の気持ちは十分伝わった」

 

 

その言葉と共に頭に感じたのは固い手の感触と、優しさを感じる温もり。

 

顔を上げると、悠斗が僕に視線を合わせる様にしゃがみ込みながら僕の頭を撫でてくれていた。

 

何で……どうして……こんな僕に、優しさを見せるの……?

 

そして悠斗は僕に言ってくれた。

 

僕の事を友達だと、僕の助けになると、諦めるなと……そして、この学園を僕の居場所だと。

 

その言葉を聞いて、僕は我慢出来なかった。

 

目の前の悠斗の胸に飛び付いて、恥ずかしいぐらいに大声で泣いてしまった。

 

そんな僕の頭を優しく撫でてくれたから尚更嬉しくて、更に強く抱き付く。

 

後でオルコットさんに謝らないといけない。

 

悠斗とオルコットさんは本当にお似合いで、見ていて羨ましいぐらいに仲が良くて、他人が割って入る余地なんて無いとわかってる。

 

だけど今だけは、悠斗の温もりを感じていたい。

 

この優しさに、包まれていたい。

 

 

 

もしも、僕に兄弟がいたなら、悠斗みたいなお兄ちゃんが良いな……。

 

 

 

そんな事を考えながら、泣き止むまで暫くの間悠斗の温もりを感じていた。




「ところで、何故織斑はデュノアが女だと気付いたんだ?」

「えっ!?」
「あ、ぅ……」

「……織斑、お前」

「ち、違う! その……あれは事故で……!」

「……一夏のえっち」

「シャ、シャルル!?」

「……織斑」

「ち、違うって! そんな目で見ないでくれよ!?」

「「…………」」

「悠斗!? シャルル!? 頼むからその目止めてくれよ!?」


その後、部屋でそんな会話が繰り広げられたとか


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第65話 トーナメント開幕


読んで頂いている皆様、明けましておめでとうございます(大遅刻)

かなり間が空いてしまった上に既に2月に入ってしまいましたが、今年も更新をしていくつもりですので宜しくお願い致します。




デュノアが女であると知った件から数日、ついに迎えた学年別トーナメント。

 

アリーナの観客席には学園の全生徒、教員、更には各国からの有力者共が集まり満席となっている。

 

たかが学園の催しに大袈裟ではと思ったが、セシリアと鈴曰くこのIS学園は各国の代表候補生が多く在籍している上にまだ何処にも所属していない学生のスカウトも兼ねている為に当然との事。

 

つまり、まだ何処にも所属していない上に男でISが使える俺や織斑への注目度がかなり高いという事か……面倒だな。

 

 

 

「悠斗さん、頑張って下さいね」

 

隣から掛けられる声、その声に視線を観客席から隣へと移せばセシリアの姿が。

 

言われていた通り二日後には退院出来たセシリアだが、今回の学年別トーナメントには機体の完全修復が間に合わなかった為に参加出来ない。

 

しかしせめて俺と鈴のサポートをしたいと退院してから俺達の特訓にアドバイスをしてくれていた。

 

「あぁ、あいつに当たる前に負けるなんて無様な姿を晒すつもりは無いさ」

 

「悠斗さんなら大丈夫だと信じていますわ、ですが気を付けて下さい、もし悠斗さんに何かあったら私……」

 

「……大丈夫だ」

 

心配そうな表情を浮かべるセシリアの頬へと触れると、セシリアは俺の目を真っ直ぐに見つめて来る。

 

「セシリアに心配を掛けさせるつもりは無い、あいつにきっちりと借りを返してセシリアの元へと戻る……だから、そんな顔をしないでくれ」

 

「悠斗さん……」

 

頬へと触れる俺の手に、セシリアも自らの手を重ねて来る。

 

「セシリア……」

 

重なる視線そのままに、顔を近付けて行き……。

 

 

 

「待たんかああああああい!!」

 

 

 

俺とセシリアの間に割って入る小さな身体、仕方無く視線を落とすとまるで親の仇を見る様な鋭い目付きの鈴がいた。

 

「何だ鈴、邪魔をするな」

 

「邪魔じゃ無いわい! あんたら二人しかいない訳じゃ無いの! 私もここにいるの! ここに! 私も! い・る・の!!」

 

「……それは知っているが?」

「だって鈴さんは悠斗さんとペアですわよね?」

 

「当然の様に答えてるけどわかってるなら何で目の前でイチャイチャすんのよ!? 見てるこっちが恥ずかしいわ!」

 

「え……ですが、悠斗さんが目の前にいるんですのよ?」

 

「言い訳にもなって無いわよ! って、えっ? 悪気が……無い……?」

 

「悪気も何も、傍にセシリアがいるのなら触れ合いたいのは当然だろ?」

 

「え、何? 私が悪いの? ってかそれが当然なの? この世の摂理なの? いつからそんな摂理が存在したの?」

 

「ふふっ、愛する人とは常に共にいたい、傍にいるのなら触れ合いたい、それはこの世の摂理ですわ」

 

「あ、何か前にも似た様な事言われた気がする……って、そうじゃ無くて!? 私がいるのに目の前でイチャコラすんじゃ無いわよ!!」

 

「まぁまぁ鈴さん、落ち着いて下さいな」

 

「これが落ち着いていられるかー!! 大体あんた達はいつもいつも……あ、ちょっとセシリア今私話してるんだけど……」

 

「よしよし、大丈夫ですわ」

 

「あふぅ……」

 

騒ぐ鈴だったが、セシリアに頭を撫でられながら抱き締められると途端に大人しくなった。

 

全く、何がしたいんだこいつは。

 

「……あいつと当たるとすれば、三回戦か」

 

アリーナ内にある巨大なパネルに写し出されているトーナメント表を見れば、ボーデヴィッヒと当たるには二回勝ち進む必要がある。

 

しかも、二回戦目の相手は……織斑と、デュノア。

 

結局、織斑と直接試合をした事は無い為に記憶に残っているのはクラス代表を決める為のセシリアとの試合、そして途中までだが鈴とのクラス対抗戦。

 

だが、あれから織斑は毎日特訓を欠かさず行っている。

 

あいつは真面目な奴だ、きっとあの時の様な無様な戦いをする筈は無い、機体性能を把握し実力を付けている筈。

 

口角が勝手に吊り上がる。

 

最初の頃は適当に理由を付けて試合を放棄したが、今は織斑と戦う事に気分が高揚しているのだ。

 

友人であり強くなった織斑と戦いたい、己の実力を更に付ける為にも織斑には強くなっている事を期待している。

 

「うわ……ちょっと悠斗、何て顔してんのよ……」

 

「あ?」

 

「いや、今のあんた、まるで殺人鬼みたいな顔してたわ」

 

……そんなに酷い顔をしていたのか。

 

「そんな事ありませんわよ? 今の表情もとても素敵でしたわ……その、出来ればその表情で激しくして頂きたいのですが……夜に……」

 

「はっ? あ、いや……ぜ、善処する」

 

何日か前にもそんな事を言っていたが……いや、まぁ、セシリアが望む事ならば出来る限り叶えてやりたいが、具体的に何をどうすれば良いんだ……?

 

「だ~か~ら~! そういう事を人前で言わない! そういうのが他の娘とか先生達に聞かれたらどうすんのよ!? いや私の前なら良いって訳でも無いけども……って、あ、ちょっ……あふぅ」

 

またもや宥められる鈴を横目に、俺は再度トーナメント表へと視線を戻した。

 

恐らく織斑も俺と同じ考えを持っているんだろう、二回戦で俺達に勝てば、ボーデヴィッヒと戦う事が出来ると。

 

元よりボーデヴィッヒが目的だったのは織斑、それが原因でセシリアや他の生徒に対してあの問題を起こしたのだから。

 

……だが、織斑に奴を譲る気は微塵も無い。

 

セシリアに手を出した時点で、奴は俺の獲物なのだから。

 

「……鈴」

 

「あふぅ……へっ? な、何?」

 

「初戦も、織斑達と当たる二回戦目も負けるつもりは微塵も無い、その為にもお前の力が必要だ」

 

「任せといて……と、言いたい所だけどさ、多分あんた一人でどうにかなるんじゃないの?」

 

「いや、初戦は別として二回戦目の織斑と組んでいるのはデュノアだ。 代表候補生であるあいつを押さえなければ面倒だろうし織斑も最近の特訓で力を付けている筈だろ?」

 

「まぁね、一夏は初心者と言っても筋は良いし何より一番恐いのは戦闘中の"勘"がずば抜けてるわ」

 

「……勘、か」

 

「まだ荒削りで基本的な部分はなってないけど油断して良い相手じゃ無いわ、突拍子の無い変則的とも言える動きをしてくる事があるから寧ろ気を付けないといけないのは一夏の方ね」

 

「成る程な……だがそれを聞いた上で頼みがある、出来れば俺に織斑と一対一でやらせて欲しい」

 

「ま、さっきの表情見てたらそう言うってわかってたわよ、なら私はあの女男の相手をするわね」

 

「……ありがとう」

 

「良いのよ、背中は私に任せない」

 

不敵な笑みと共に告げられた言葉。

 

流石は鈴だな、とても心強い……未だに頭を撫でるセシリアの手が無ければ更に心強く思えたが、まぁ良いか。

 

そのまま三人で試合の開始を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ始まります学年別トーナメントの記念すべき一回戦!! 今回のトーナメントで屈指の注目を誇る人物の登場だ!! 今年このIS学園に入学した世界で二番目の男性操縦者、その実力は既に各国の代表候補生をも凌駕するとの噂もある頼れるクール紳士……五十嵐悠斗!!』

 

アリーナに響き渡る放送を聞いて、思わず顔をしかめてしまう。

 

放送を聞いた観客席にいるほぼ全員の視線がアリーナへと足を踏み入れた俺へと集まった。

 

……余計な事を言って欲しくは無いんだがな。

 

『そしてその五十嵐選手とペアを組むは中国の代表候補生、五十嵐選手との関係性は妹か娘とも言われている……鳳鈴音!!』

 

「ちょっと!! 最悪妹は仕方無いとして娘は無いでしょうが!! こら!!」

 

隣で騒ぐ鈴を横目で見ながら、放送をしている奴をどうしてやろうかと考える。

 

 

やがて、目の前に対戦相手である生徒二人が立った。

 

他のクラスの奴の様で、訓練機である打鉄を纏いながらその表情には緊張と何故か諦めに似たものを浮かべている。

 

「……鈴、この試合の作戦だが」

 

「ったく……ん? あぁうん、とりあえず手っ取り早く終わらせるんでしょ? あんたはどっちをやる?」

 

「手っ取り早く終わらせるのは賛同するが……面倒だ、両方片付ける」

 

「…………は?」

 

怪訝そうな表情で首を傾げる鈴から視線を外し、各部の機能を確認、スラスターに熱を込めて行く。

 

『では……試合、開始!!』

 

その放送と共にスラスターの熱を一気に放出、瞬時加速(イグニッション・ブースト)と共に展開した黒鉄を構えて対戦相手の二人へと一瞬で肉薄した。

 

「「えっ?」」

 

一切反応が出来ていない二人へと同時に三回ずつ、計六回の斬撃を放つ。

 

一回目で威力を貯め、二回目で更に底上げし、三回目で一気にそれぞれのシールドエネルギーを狩り取った。

 

そのまま倒れ込む二人、片方の首筋に黒鉄を当て、もう片方に牙狼砲を高速展開し銃口を向ける。

 

「……降参すればこれ以上攻撃はしないが、どうする?」

 

一瞬の事に呆然と目を白黒させている二人にそう尋ねれば、二人は揃って武装を収納すると両手を上げた。

 

「「こ……降参します……」」

 

その言葉を聞いて俺も武装を収納した。

 

 

『………はっ!? し、勝者!! 五十嵐、鈴音ペア!!』

 

一瞬の間を置いて響いた放送に、アリーナ内に爆発的な歓声が響き渡った。

 

黒鉄と牙狼砲を収納し、倒れている二人の腕を取り起き上がらせる。

 

「……悪いな、余り時間を掛けたく無かったから手荒になってしまった」

 

「い、いえ!」

「だ、大丈夫です!」

 

「……そうか」

 

二人に背を向けて控室へと向かって歩き出すと、直ぐに鈴が後を追って駆け寄って来る。

 

「いやいやいやいや、あんた本当何なのよ? え、これ本当に私いる意味あるの? もうあんた一人で良くない?」

 

「……今の試合はあくまでも素人の訓練機が相手だったから通用しただけだ、次はそうは行かないだろ」

 

「えぇー…………」

 

呆れた様な表情で見て来る鈴から視線を外し控室へと戻り黒狼を待機状態に戻した所でセシリアが駆け寄って来た勢いそのままに抱き付いて来た。

 

「っと、セシリア?」

 

「悠斗さん! とても格好良かったですわ!」

 

「……ありがとう、だが今のは訓練機相手だから上手く行っただけだ。 代表候補生や上級生にはおそら恐らく通用しないだろう」

 

「ふふっ、そんな事ありませんわ。 確かに代表候補生レベルになれば先程の速さに対処出来る方はいらっしゃるでしょうけど、完全に避ける事は出来ないものですわ」

 

「そう、なのか?」

 

「あのね、悪いけど私だったらさっきのスピードで攻撃されたら確実に一撃入れられるわよ? 上級生でもよっぽど腕が良いか国家代表クラスじゃないと完全には避けられないわ」

 

……そんなに、速かったか?

 

確かにさっきのは自分でも納得の行くスピードではあったが。

 

「私もビットを全て展開して迎撃しても防ぎきれないと思いますわ、流石は私の愛する方です」

 

セシリアが更に強く抱き着いて来た為にそのまま優しく背中を擦ってやる。

 

「そうか、ならもう少し自信を持っても良いかもしれないな」

 

「あーはいはい、イチャイチャすんのもそれくらいにして次の試合について作戦を立てるわよ」

 

無理矢理間に割って入る様にして鈴が俺とセシリアを引き離す。

 

「む~っ」

 

「そんな可愛い顔しても駄目なものは駄目……ったく、普段は綺麗か格好良いのにこういう時は可愛いとか何なのよもう……あ、こら駄目だってば! もうその手は喰わないからね! 私だって流石に耐性が着いてるんだからそう何度も同じ手は……あふぅ」

 

またもやセシリアに宥められる鈴。

 

何やら耐性がどうこうと言っていたが……まぁ良い。

 

「鈴、次の織斑とデュノアとの試合だが」

 

「あふぅ……んぇ? あ、うん、はい」

 

「さっきの手は使わない」

 

「え? でもあの女男は無理かもしれないけど、確実に一夏は落とせるんじゃないの?」

 

女男では無く、どちらかと言えば男女だけどな。

 

「それだと意味が無い、勝手な事を言っているのはわかっているが織斑とは正面から正々堂々とやり合いたい」

 

それが友人である織斑の為になり、織斑も望んでいる試合の筈だからな。

 

「……ま、しょうがないわね、なら私があの女男を押さえておくわよ」

 

「すまない、助かる」

 

「良いのよ、あんたがそうしたいなら私は文句は言わないわ。 その代わり、負けたら只じゃおかないからね?」

 

「……例え織斑相手でも、負けるつもりは微塵も無い」

 

「オッケー、なら任せたわよ」

 

「あぁ、鈴も任せるぞ」

 

拳をぶつけ互いに笑みを浮かべながら次の試合、織斑とデュノアとの試合へと望むのだった。

 

 

 

 

 

 

『トーナメント初戦が終了し、続いて二回戦が始まりました! そして今回のメインイベントと言っても過言では無い注目すべき試合! 対戦するのは初戦で圧倒的なスピードと目にも止まらぬ攻撃を繰り広げた事で観客の度肝を抜いた五十嵐選手と娘の鈴音選手ペア !!』

 

 

「だ~か~ら~!! 娘じゃなくてせめて妹にしなさいよ!! 試合の前にあんたをぶっ飛ばすわよ!?」

 

「……はぁ」

 

「何の溜め息なのよこら!?」

 

「うるさいぞ、そんな大声を出さなくても観客席から一応姿は見えてるから安心しろ」

 

「何をー!?」

 

 

『おぉ、恐い恐い……そして対するは男性操縦者同士の何とも尊いペア!! あのブリュンヒルデを姉に持ち、その甘いマスクと入学からの短期間で身に付けて来た実力により女子のハートを次々と撃ち抜いている織斑選手!! そして彼を守り支える姿はさながら執事であり嫁、金髪の貴公子デュノア選手!!』

 

 

「……え? 別に俺そんな事してないぞ?」

 

「えぇ、嫁って……えぇ……」

 

「お、俺は悪く無いだろ!? そんな目で見ないでくれよ!?」

 

「……はぁ」

 

「溜め息!?」

 

 

『試合の展開は果たしてどうなるのか!? では早速、試合開始!!』

 

放送と同時に織斑が近接ブレードを展開して構え、デュノアが銃を構えて織斑のフォローに入る。

 

その展開速度は目を見張るものがある、互いに協力し合っておりチームワークの高さが垣間見えるな。

 

だが。

 

『ど、どういう事でしょうか!? 先程圧倒的なスピードを見せた筈の五十嵐選手ですが全く動きません!』

 

観客席もざわつくが、それに構う事無くプライベート・チャネルをオープンチャットへと切り替えた。

 

「織斑、提案があるんだが」

 

「な、何だ? 降参はしないぞ?」

 

「そんな興が冷める様な事を言うつもりは無い……お前とは結局一度もまともに戦っていないだろ? だが友人となった今、お前と正々堂々戦いたい。 俺とお前、邪魔の無い一対一で正面からやり合いたい」

 

「ゆ、悠斗……」

 

「無理なら構わない、今回の試合の規定通りにお互いタッグ戦をするだけだ……乗るか?」

 

俺の問い掛けに、織斑は暫しの間考え込んだ。

 

普通に考えれば互いにフォローの出来るタッグ戦に持ち込んだ方が試合を有利に進める事が出来る。

 

誰しもが断るであろう提案だが……織斑なら、きっと。

 

「……わかった」

 

「良いのか?」

 

「あぁ、こういう機会は中々無いだろ? それに、悠斗からこんな誘いを受けるなんて初めてだしさ、ここで受けなきゃ男が廃るってもんだ!」

 

「……ふっ、お前ならそう言ってくれると思っていた。 そういう事だからデュノア、悪いが織斑を借りるぞ」

 

「うん、勿論構わないよ、男同士の真剣勝負に口を挟むなんて野暮な真似はしないし、おにぃ……んんっ! 悠斗の邪魔はしないから安心して」

 

今、何か言いかけた気がするが……気のせいか?

 

「そうか、すまないな……鈴、デュノアの相手を頼んだぞ」

 

「オッケー、任せときなさいよ」

 

そう言って鈴と拳をぶつけ合ってから離れる。

 

「おぉ、あれ格好良いな! シャル、俺らもやろうぜ!」

 

「変な事言って無いで早く行きなよ、おにぃ……んんっ! 悠斗を待たせるつもり?」

 

「あ、はい……」

 

何やら凹んだ様に項垂れながらデュノアから離れる織斑と向かい合う。

 

織斑の纏うIS、白式の武装は確か近接ブレードのみの特殊な機体だった筈だな。

 

武装を黒鉄のみ展開し、織斑と対峙する。

 

「えっ? あの爪の武装は使わないのか?」

 

「あぁ、お前の武装もそれ一本だろう? なら俺もこの黒鉄だけで構わない……安心しろ、別に手を抜いている訳じゃ無くこいつは普通の近接ブレードと違って特殊な機能が付いている。 油断していると直ぐに落ちるぞ?」

 

「へへっ、それを聞いて安心したよ……この白式はこの雪片弍型(ゆきひらにがた)しか武装は無いけど、機体の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)があるから悠斗も油断してると痛い目に合うぜ?」

 

「あぁ、だが以前のセシリアの時の様に自滅なんてつまらない真似はするなよ?」

 

「あ、あの時は知らなかっただけだって! あれから俺なりに特訓して強くなったんだからな!?」

 

「お前の努力は知っているつもりだが一応確認しただけだ……なら、始めるぞ」

 

「おう!」

 

互いに近接ブレードを構え、同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で飛び出す。

 

互いのブレードが交差し、凄まじい金属音と大量の火花が飛び散った。

 

以前見た試合とは段違いの織斑の一撃、剣筋に迷いが無く、力も互角とは言えないがかなり強くなっている。

 

「成る程、これは本気で行かないといけないな」

 

「くっ……まだ力は負けてるか……! でも負けるつもりは無いからな!」

 

「それは俺も同じだ……行くぞ」

 

「望む所だよ!!」

 

一度距離を取り、再度向かい合う。

 

 

 

……あぁ、こいつと友人になって良かった。

 

最初の頃は危機感も無ければ何事にも無関心と思える程で、このIS学園に相応しくは無いとまで感じてしまっていた。

 

だが織斑は、その真面目な性格と強い正義感、そして責任感でこの短期間でこれ程までの力を付けている。

 

そしてこんな俺を許してくれて、手を差し伸べてくれた。

 

俺には無い、出来ないであろう心の強さも持っている。

 

俺もセシリアを、束とクロを、そして友人を守る為に強くなりたい。

 

織斑と共に、互いに鼓舞して力を付けていくのも悪く無いだろう。

 

だから……。

 

 

 

「行くぞ悠斗!!」

 

「来い、織斑……!」

 

全力で、真正面から向かうのだった。



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第66話 兄妹?

「はぁっ!!」

 

気合いの込められた声と共に上段からの鋭い一撃が迫る。

 

それを黒鉄で受け流し、体勢を崩した織斑へと横薙ぎに黒鉄を振るう……が、その一撃を織斑は驚異的な反射速度でギリギリで避けた。

 

いや、恐らくこれが鈴の言っていた織斑の"勘"なのかもしれない。

 

今のは体勢を崩した上に完全に死角から放った、確実に一撃入れられるものだった筈、それにも関わらず織斑は見る事もせずに避けたのだ。

 

あぁ……本当にこいつは……。

 

「……面白いな、本当に」

 

「いやいやいや!? 全然面白くねぇよ!? 今のマジで首ごと切り落とされるかと思ったんだけど!?」

 

慌てて距離を取ろうとする織斑を瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を詰め肉薄し、目を見開く織斑へと黒鉄を振り下ろすとブレードで受け止められる。

 

「釣れないな、離れるなよ」

 

「ぐっ!? この……っ! 本当に悠斗はドSだな!」

 

「そんな事は無いが?」

 

「自覚無いのかよ!?」

 

そのまま拮抗していたが、元々距離を取ろうと後退していた織斑の方が体勢的に不利になっている。

 

力で押し込むと体勢を崩した織斑へと黒鉄で切り付け、織斑の肩から袈裟斬りで斬撃が通った。

 

「ぐっ……!?」

 

後ろへと吹き飛ぶ織斑へと追撃……はせずにその場で黒鉄を構え直し、膝に手を当てながら立ち上がる織斑へと言葉を投げ掛ける。

 

「今の一撃で黒鉄の威力が底上げされた。 攻撃が当たれば当たる程気を付けないと危ないぞ?」

 

「い、今よりも威力が上がるのかよ……!?」

 

「あぁ、確かめたいなら受けてみるか?」

 

「いや受けねぇよ!? 危ないって言われてるのに自分から攻撃を受けに行く程馬鹿じゃ無いからな!?」

 

「そうか、それは残念だな」

 

「……悠斗、何かオルコットさんと付き合ってから変わったよな」

 

「そうか?」

 

「最初の頃は何て言うか……凄く尖ってたって言うか、近寄り難い雰囲気だったけど、今はかなり柔らかくなったよな。 そんですげぇ意地悪になった、ドSだし」

 

「……馬鹿にしてないか?」

 

「違うって……俺は、今の悠斗の方が良いと思うんだ。 たまに恐いけど接しやすくて、冗談を言ってくれて、何やかんやで面倒見が良くて、今の悠斗の方が俺は好きだぜ?」

 

「……は?」

 

 

 

 

『きゃああああっ!!??』

 

 

 

 

織斑の言葉は他意は無いのだとわかる、純粋に友人として思っている事を言っているだけなのだとわかる、友人としてそう言って貰えるのは嬉しいと思う。

 

だが、織斑はよりによってオープンチャットのままでその発言をした為にアリーナ中に今の会話が丸聞こえとなっていた。

 

 

 

「今……今確かに……!」

「好きって……好きって……!?」

「これは尊い……いえ、てぇてぇですわ……!」

「戦いの中で芽生える恋心……次のネタはこれに決まりよ!!」

「そしてそれを悲し気な目で見る金髪の貴公子……」

「さ、三角関係……!?」

「これ以上更に尊くなると言うの!?」

「問題はデュノア君がどっちに想いを寄せてるかよ!」

「で、でもこの前、デュノア君が五十嵐君の身体に見惚れてたって……」

「な、何ですって!?」

「こ、これ以上は身体が持たな……ぶふっ!?」

「し、しっかりして! 衛生兵(メディック)衛生兵(メディック)!!」

 

 

 

……観客席の至る所から嫌でも聞こえて来る会話に、思わず頭を抱えてしまいそうになる。

 

何故、そういう話題にしようとする? ただの試合、友人同士の真剣な試合なんだが?

 

離れた場所で戦闘中の鈴が何やらニヤニヤと満面の笑みを浮かべながら俺を見ている……後で絶対に締め上げる。

 

そして対するデュノアは……何故か、織斑へと恨めしそうとも怒っているとも思える表情で睨んでいた。

 

あの反応……まさか、デュノアは織斑の事が? だとしたら不味い、織斑は出来る事なら鈴と結ばれて欲しい。

 

しかしデュノアも友人の一人、それなのにその想いを否定する事は出来ないのだが……と思っていると、何故か次いで俺に何とも言えない微妙な表情を向けて来た。

 

……何なんだ?

 

「……織斑、とりあえずオープンチャットはもう切れ、これ以上は耐えられないんだが?」

 

「あ、うん、ごめん……って、あれ? これってどうすれば切れるんだ?」

 

「…………はぁ、もういい」

 

仕方無い、このまま続けるしか無さそうだ。

 

周囲からの視線や会話は出来る限り無視するしか無いだろうな……黒狼、周りからの情報をシャットアウトする事は出来ないか?

 

『申し訳ありません主様、そうしますと戦闘に支障を来す可能性が』

 

……やはり駄目か。

 

「……織斑、悪いが早目に終わらせるぞ」

 

「お、おぉ……わかった……」

 

ブレードを構える織斑に、俺も黒鉄を構え直す。

 

そのまま暫しの沈黙、そして同時に動いた。

 

互いに瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を一気に詰め、同時にブレードを振るう。

 

手を伸ばせば互いに触れる事の出来る程の至近距離で、何度もブレードを振るい合う。

 

切りつける、避けられる、切りつけられる、避ける。

 

最低限の身のこなしで避け、お返しとばかりにブレードを振るう。

 

そこで気付く、織斑の反応速度が先程までと比べて、上がっているのだ。

 

こっちのスピードに着いて来ているだけで無く、斬撃のスピードや鋭さまでもが上がっている。

 

……やはり、面白い。

 

互いに避け切れない斬撃が装甲を掠め、僅かなダメージが蓄積されて行く。

 

だが、俺も織斑も決して離れようとしない……いや違う、今離れる訳にはいかないのだ。

 

男同士の真剣勝負、ここで逃げるだなんて不躾な真似が許される筈が無い。

 

目の前の織斑の表情は必死で、真剣で鋭い瞳だ……対して、俺はまたもや勝手に口角が吊り上がるのを感じていた。

 

この戦い、互いに認め合った相手との全力の戦闘、全身の血が沸き上がるかの様な高揚感。

 

あぁ……楽しくて、楽しくて……堪らないな……!

 

「らあああっ!!」

「うおおおっ!!」

 

ブレード同士がぶつかり合い、互いに一度大きく身体が仰け反る。

 

その瞬間、織斑の表情が変わったと同時に何かを感じ全身が総毛立つ。

 

来るか……!

 

織斑が大きく構えたブレードから、眩い程の閃光が放たれる。

 

織斑が言っていた単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、これをまともに受ければ確実に落とされる。

 

誰がどう考えても避ける以外の選択肢は有り得ないだろうが……それは違うよな、織斑。

 

黒鉄によりそれまで溜め込んでいたエネルギーを一気に放出、膨大なエネルギーの解放により織斑のブレード程では無いが刀身から閃光が放たれる。

 

「行くぞ、悠斗!!」

「来い、織斑!!」

 

互いに大きく一歩踏み込み、ブレードを振るう。

 

「はああああああっ!!」

「うおおおおおおっ!!」

 

ブレードがぶつかり合った瞬間、周囲は目を開けていられない程の閃光により包まれたのだった。

 

 

 

『っ……シ、シールドエネルギー0!! 織斑選手、戦闘不能!!』

 

アリーナに響き渡る放送、そしてアリーナ中が震える程の歓声が沸き上がった。

 

黒鉄を収納し、目の前で大の字で倒れる織斑を見下ろす。

 

「はぁ……はぁ……くっそ~やっぱり勝てなかったか~!」

 

「いや、正直かなりギリギリだった」

 

これは事実で、最後の互いの一撃により六〇パーセント残っていた筈のシールドエネルギーがもう二〇パーセントを切っていた。

 

織斑の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の一撃は、かなりの威力が貯まっていた黒鉄の一撃と同等……いや、それ以上の威力を誇っていた。

 

幸いにも先程までの攻防で織斑の機体ダメージの方が上だった為に勝つ事は出来たが、本当に僅差だった。

 

「いや、完全に俺の負けだよ、だって悠斗はそのブレードしか使って無いだろ? あの遠距離武装も爪の武装も使って無い、使われてたら単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を使う暇も無く落とされてるって」

 

「どうだろうな、鈴も言っていたがお前の戦闘中の勘はずば抜けている。 例え黒爪や牙狼砲を使っていたとしても勝敗はわからないかもしれないぞ?」

 

「……だと良いんだけどな」

 

そのまま空を仰ぐ織斑から視線を外し、鈴とデュノアの方へと移そうとした時だった。

 

 

 

 

『おーっと!! 此方も一進一退の攻防に終止符が打たれました!! シールドエネルギー0、鈴音選手がここで戦闘不能となりました!!』

 

 

 

 

視線の先で、鈴が何かしらの攻撃を受けたのかアリーナの壁際まで吹き飛ばされていた。

 

……不味いな、織斑との戦闘でシールドエネルギーは少ない、対するデュノアのシールドエネルギーは減ってはいる様だがまだ五〇パーセントは残っている。

 

『ご、ごめん悠斗……油断したわ……』

 

「……構わない、後は任せろ」

 

通信を切り、デュノアの元へと向かう。

 

油断したと言った鈴だが互角に戦っていた筈、それを逆転させる程の武装を装備しているという事か……だがここで負ける訳にはいかない、出し惜しみはせずに黒爪を展開した。

 

「あ、ま、待って待って!!」

 

「あ?」

 

そのままデュノアへと攻撃を繰り出そうとしたその時、突然デュノアが武装を収納したかと思うと戦意は無いとでも言う様に両手を上げた。

 

「……どういう事だ?」

 

「悠斗はオルコットさんの為に次の試合に進まないといけないでしょ? だから、僕はここで棄権するよ」

 

「俺としては好都合だが……良いのか? 今戦えば確実にお前が勝つが?」

 

「うん、僕は構わないよ、それに悠斗には返しきれない借りがあるんだから」

 

借り……男装の事と、家の事情の事か?

 

「……借りと言ったがあれは俺が勝手にやった事だ、貸しを作ったつもりは無い」

 

「そう、なんだ……じゃ、じゃあさ、その代わりなんだけど」

 

「ん?」

 

デュノアが何やら口ごもりながら目を泳がせている……何だろうか?

 

「えっと……その……悠斗に、一つお願いを聞いて貰えないかな?」

 

「……お願い?」

 

「う、うん……べ、別に変な事はしないよ!? あ、いや、ちょっと変かもしれないけど、悠斗にしか頼めない事なんだ!」

 

……まぁ、そこまで言うのなら。

 

それに変な事はしないと言っているし、このまま戦う事無く次に進めるのなら構わないか。

 

「……わかった、構わない」

 

「っ……! あ、ありがとう悠斗!」

 

「礼を言うのは俺の方だと思うが……まぁ良いか」

 

「じゃあ後で……えっと、そういう事だから、僕は棄権します!」

 

 

 

『あ、はい……えーっと、試合終了!! デュノア選手の棄権により勝者、五十嵐選手、鈴音選手ペア!!』

 

 

 

放送が響き渡り、試合が終了した。

 

壁際で倒れている鈴を回収しつつ控室へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ごめん」

 

「謝るな、結果的に勝ち進む事は出来たんだ」

 

控室で項垂れながら何度も謝る鈴、その隣にセシリアが座り頭を撫でながらずっと宥めているが効果は薄い様だ。

 

余程負けた事を気にしているらしい。

 

「……はぁ、いつまでも負けた事を気にしていても仕方無いだろうが、それなら次の試合で巻き返すしか無いだろ?」

 

「……うん」

 

……全く、仕方無い奴だ。

 

未だに項垂れる鈴の頭を、やや乱暴にだが撫でてやった。

 

「うわ!? ちょ、何!?」

 

「いつまでもくよくよするな、お前はそんなに弱い奴じゃ無いだろうが、何故今回俺がお前にペアを頼んだと思っているんだ?」

 

「で、でも……」

 

「……俺は気にしていないと言ってるだろ? 今回のトーナメントのペアはお前なんだ。 パートナーであるお前を許さないなんて事はしないし、お前もパートナーなら俺に少しぐらい迷惑を掛けても構わないぐらいの考えを持て」

 

「悠斗……」

 

「今回のトーナメント一番の目的は次の試合だ、その試合に望むのにパートナーのお前がいつまでもそんなだと頼る事も出来ない。 それでもまだ気にすると言うのなら次の試合、俺一人で出るぞ? そしてお前をこれから先、たった一度負けただけでくよくよするヘタレのチビと呼ぶが、それで良いんだな?」

 

「はぁっ!?」

 

「文句あるのか? たった一度負けただけでくよくよするヘタレのチビ」

 

「っ……! わ、わかったわよ! もうくよくよしないわよ! 次の試合で巻き返してやるわよ!」

 

「……そうか、なら頼むぞ鈴」

 

最後に一度強く撫で、鈴の頭から手を離す。

 

「……ありがと」

 

「礼はいらない、だが今回パートナーとして俺が頼れるのはお前だけだという事を覚えておいてくれ」

 

「……うん」

 

さて、少々荒療治になったが鈴はもう大丈夫だな。

 

次は……頬を膨らませながら俺を見ているセシリアだ。

 

セシリアの隣に腰を下ろしてそっと抱き寄せ、そのまま頭を撫でてやればセシリアは途端に表情を綻ばせる。

 

鈴から何やら恨めしそうな視線を感じるが全力で無視を決め込む。

 

 

 

「失礼するね……わわっ!?」

 

控室の扉が開かれ、その言葉と共にデュノアと織斑が入って来た。

 

そして何やらデュノアが俺とセシリアの方を見て驚きつつも目を輝かせている。

 

「どうかしたか?」

 

「え、あ、うん……えっとね、さっきの試合で言った事なんだけど……」

 

「……あぁ、俺に頼みたい事だったか?」

 

「う、うん……」

 

デュノアの言葉に他の三人が不思議そうに首を傾げていた為、ざっくりと説明をする。

 

「悠斗さんに頼みたい事、ですの?」

 

「え、何? あんた遂にそっちに目覚めたの……痛だだだだだだ!?」

 

とんでもない事を口にする鈴の顔面を掴んで万力の如く締め上げると途端に苦し気な声を上げる鈴。

 

そのまま視線を外しデュノアへと向ける。

 

「……それで? 俺に頼みたい事というのは何だ?」

 

「う、うん……ただその前に、オルコットさんには予めちゃんと言っておくけど、僕は決して変な意味があったりとかオルコットさんの邪魔をしたい訳じゃ無いからね?」

 

「……はい?」

 

首を傾げるセシリア、俺も意味がわからずにいるとデュノアは大きく深呼吸をして顔を真っ赤にしながら俺を真っ直ぐに見てきた。

 

 

 

「えっと……悠斗の事を……お、"お兄ちゃん"って呼んでも良いかな!?」

 

 

 

「「「「は?」」」」

 

思わず、俺も含めその場にいる四人の口から間抜けな声が上がった。

 

待て、今デュノアは何と言った?

 

「ご、ごめんね!? 自分でも変な事を言ってるのはわかっているんだ!! でも、その、どうしてもそう呼びたくて!!」

 

「……待て、少し待ってくれ」

 

どういう事だ? 何故俺をそう呼びたがる? いや、確かに試合が始まる前に何やら俺の名前を呼ぶ前に何かを言い掛けていたが……駄目だ、全くわからん。

 

「……とりあえず、理由を説明してくれ」

 

「う、うん……えっと、僕が一人っ子なのは悠斗は知ってるよね? それで、この間部屋で悠斗が優しくしてくれて、もしも僕に兄弟がいたらこんな風に優しくしてくれたのかなぁって……思いまして……」

 

「……部屋で」

「……優しく?」

 

セシリアと鈴が訝し気な表情で俺を見てくる、セシリアに至っては目が据わっており、その目を見た織斑が短い悲鳴と共にデュノアの後ろへと隠れた。

 

これは……説明するしか無いか。

 

「デュノア、二人には説明した方が良い」

 

「え、でも……」

 

「大丈夫だ、二人なら信用出来る」

 

「……うん」

 

 

それから、デュノアが女でありながら性別を偽って編入した事、そしてそうなった経緯である生い立ちや家庭の事を二人へと説明するのだった。

 

 

「……成る程」

 

デュノアの話を聞いたセシリアがそれだけ言うと腕を組んだ。

 

そして鈴は性別を偽って織斑と同室になっている事に大層ご立腹の様で、織斑の胸ぐらを掴んで控室の壁際へと追い詰めている。

 

「……デュノアさん、わかっておりますの? 事情はどうであれ性別を偽っての編入、そして未遂とは言え男性操縦者である悠斗さんと織斑さんのデータを盗もうとした、これは重大な犯罪ですのよ?」

 

「……わかって、ます」

 

セシリアの言葉に顔を俯かせるデュノア、そんなデュノアの様子を見てセシリアは溜め息を溢す。

 

「この事を学園に報告しましたの?」

 

「……まだ、一夏と悠斗にしか話してません」

 

「何故個人を巻き込む様な事を? この学園の生徒となったからには真っ先に教師に相談すべきですわ」

 

「……はい」

 

「貴女の生い立ちが複雑で、家族や国に頼る事が出来なかったのはわかりました。 しかし、だからと言って国家の問題になる様な重大な件に特殊な事情によってこの学園に入学し、まだ何処の国にも所属していないお二人を巻き込むのは危険だと少し考えればわかる筈ですわ」

 

セシリアは鋭い視線で淡々と言葉を連ねる。

 

その言葉は間違っていない、全て正論である為に俺も何も言う事が出来ないでいた。

 

「デュノアさん、人と話す時は目を見て話すべきです」

 

セシリアの言葉に、デュノアはゆっくりと顔を上げる。

 

その目は既に涙目になっており、堪える様に口を真一文字に閉じている。

 

「その……本当に、ごめんなさい……」

 

上擦った声でそれだけ言い、デュノアは再度顔を俯かせてしまう。

 

思わずセシリアを見れば、セシリアは何も言わずに立ち上がりデュノアの傍へと歩み寄る。

 

自らに近付くセシリアに身体を震わせて手を強く握り締めるデュノア……その身体を、セシリアはそっと優しく抱き締めた。

 

「あ……え……? オ、オルコット、さん……?」

 

「……とても辛い思いを、して来たのですわね」

 

「っ……!?」

 

「申し訳ありません、少々厳しい事を言ってしまいましたが、他に頼れる方がおらず学園側にも相談する事を躊躇っていらしたのでしょう?」

 

「ぼ、僕は……」

 

「どうしようも無い板挟みの状態になるのはとても恐ろしい事でしょう、そんな時にお二人に助けを求めてしまうのは当然の事ですわ。 ですが先程お話した様に悠斗さんも織斑さんも何処の国にも所属していない方、悠斗さんには強力な後ろ楯になって下さる方がいらっしゃいますが、国家の問題ともなれば簡単には行かないと思います。 ですから、私も微力ながらデュノアさんの助けにならせて下さいませんか?」

 

思わずセシリアを見れば、セシリアは力強い眼差しで頷いた。

 

「私は国家代表候補生、国家代表にはまだ遠く及びませんが祖国にこの件を伝えれば何かしらの手段を取ってくれるかもしれません。 もし無理だったとしても、卒業までこの学園でデュノアさんの助けになりますわ」

 

「あ、ぅ……」

 

「……ですから、私の事も頼って下さいな」

 

「う、ぁ……うわああああん!!」

 

セシリアの胸元に強く頭を押し付け、デュノアは大きな声で泣き出した。

 

その身体を優しく抱き締め、落ち着かせる様に何度も頭を撫でるセシリア。

 

「悠斗さん、そういう事ですので私もデュノアさんの助けになりますわ」

 

「……あぁ、セシリアが味方なら心強い」

 

「恐らく悠斗さんも同じ考えを抱いたかと思いますが、例え複雑な事情があったとしても実の子供にこんな事をさせるのは間違っていますわ。 デュノアさんのお父様には然るべき処分を受けて頂かなくては」

 

やはり、セシリアも同じ考えだったか。

 

「しかし、この事を私に言って下さらなかった事にも少々思う所があるのですが?」

 

「……すまない、巻き込む様な事をしたく無かった」

 

「それは違いますわ、先程私もその様な事を言ってしまいましたが悠斗さん一人が抱え込んでしまって悩んでしまったら、私は何の為の恋人なんですの? 私はどの様な事があっても巻き込まれたと言うつもりはありません、どの様な事でも一言相談して頂きたかったですわ」

 

「……すまない」

 

巻き込みたく無かった、それは俺の勝手な言い分だ。

 

国家的な問題になる今回の件にセシリアを巻き込めば、国家の代表候補生であるセシリアに迷惑が掛かると思ってしまっていた。

 

「悠斗さん」

 

名前を呼ばれ、セシリアへと視線を向ければセシリアは真剣な瞳で真っ直ぐ俺を見ている。

 

「悠斗さんは私に言って下さいましたよね? 遠慮をしないで欲しいと……私も恋人として、これから先も共にいたい悠斗さんに、遠慮をして欲しくは無いのです。 ですから、これからは私にも相談して頂きたいですわ」

 

「……あぁ、約束する」

 

セシリアに歩み寄り、その頬へと手を伸ばす。

 

頬へと触れる俺の手にセシリアも自らの手を重ね、そのまま顔を寄せて行き触れるだけのキスをした。

 

「わぁっ……!!」

 

ふと我に返り、そういえばデュノアがセシリアに抱き締められたままである為に直ぐ傍にいたのだと思い出す。

 

「あ、そういえばデュノアさん? 貴女の事情はわかりましたが、悠斗さんに対する想いについて詳しく教えて頂けますか? 場合によってはきちんとお話しなければなりませんので」

 

「オ、オルコットさんが心配する様な感情は無いよ? お兄ちゃんの事は優しくて頼りになるお兄ちゃんとしてしか見てないから、恋愛感情とかは本当に無いんだ。 それに、僕はお兄ちゃんとオルコットさんの二人が仲良くしている所を見るのが好きで、出来ればずっと見ていたいと言うか……」

 

「それでしたら……問題は無い、のでしょうか?」

 

「……いや、問題無い訳では無いが」

 

周りの奴らから勝手に言われるのも困るが、こうして面と向かって本人の意思で呼ばれるのもな。

 

そもそも既に普通に呼んでいるが、呼び方はもう決定なのだろうか?

 

 

「ったく、本当にもう……!」

 

「うぅ……痛ぇ……」

 

話し合い、もとい尋問が終わったのか鈴と織斑が戻って来る。

 

「終わったのか?」

 

「色々と聞き出したわよ、本当にこのスケベ野郎は……」

 

「あ、あれは事故だったんだよ!」

 

「何かあったんですの?」

 

「こいつ、デュノアがシャワー浴びてる所を覗いたんですって」

 

「の、覗いたんじゃなくてボディーソープが切れてたから!」

 

「……最低ですわね」

 

「オルコットさん!? その目やめて貰えますか!? それ地味にトラウマなんですけど!?」

 

必死に訴える織斑だったが、セシリアは特に気にも止めずにデュノアを抱き締める。

 

「可哀想なデュノアさん……好意を寄せている方ならまだしも、そうでは無い男性に肌を見られるなんて」

 

「え、悪いのは俺なのか? この場合どっちもどっちとかそういうのは……あ、すみません、何でも無いです。 だからその目はやめて下さいお願いします」

 

一睨みで織斑を黙らせるセシリア……まぁ確かに、いくらその時性別が男だと思っていたとしてもシャワー中にいきなり開けるのはな……せめて外から一声掛けるなりしていればこんな事にはなっていなかった可能性もあるが。

 

いや、だがそれだとデュノアが一人でずっと悩んでいた可能性もあったから、織斑の行動は正しかった……のか?

 

「あ、あの……僕の事はデュノアじゃ無くて名前で、シャルルじゃ無くてシャルロットで良いよ? その、デュノアとは、もう余り呼ばれたくなくて……」

 

「あ、申し訳ありません、配慮が足りませんでしたわね、ではシャルロットさんと呼ばせて頂きますわ。 では私の事もセシリアとお呼び下さい」

 

「うん……宜しくね、セシリア」

 

「はい、此方こそ宜しくお願い致しますわね、シャルロットさん」

 

手を取り合いながら互いに笑みを浮かべるセシリアとデュノ……いや、俺もちゃんとシャルロットと呼ぶべきか。

 

「ま、話を聞いたからには私も手助けぐらいはするわよ……あと、何も知らなかったからって女男とか言ってごめん」

 

「ううん、そんな事無いよ、僕が男装している事を自覚していなかったから」

 

「……確かに、しょっちゅう男らしく無い言動は目立ってたけど」

 

「あ、あはは……その、鈴音さんもシャルロットって呼んでくれないかな?」

 

「ん、なら私の事も鈴で良いわよ、さん付けで呼ばれると他人行儀みたいであんまり好きじゃないから」

 

「うん、宜しくね、鈴」

 

鈴も大丈夫か、同性で尚且つ代表候補生二人が味方になってくれるのなら俺達男二人よりも安心するだろう。

 

さて、二人が助けになってくれると言ってくれたが、俺も最初にシャルロットに言った手前動かなければな。

 

四人には聞かれない様にプライベート・チャネルで通信を始める。

 

 

『はいは~い! ゆう君の愛する素敵でプリティーな束さんだよ~!』

 

…………。

 

「切るぞ」

 

『わぁっ!? ごめんごめん! 真面目に話すから切らないで~!?』

 

「全く……"頼んでいた件"、どうだった?」

 

『ん、予想通り黒、それも凄く真っ黒だったよ。 第三世代機の開発が遅れてる事で形振り構っていられないみたいだね、これだから凡人で頭の悪い人間は……』

 

「……そうか、少しも実の子であるシャルロットの事を気にしている気配は無いのか?」

 

『しゃるろっと……? あぁ、その金髪の事だね? う~ん、ゆう君に頼まれてから調べてたけど、男の方は何か隠してるみたいだよ? 女の方は妾がいた事に大層ご立腹なのかデータを盗み次第完全に縁を切って、第三世代機の製造確立って言う成果と名誉が欲しいみたい』

 

隠している……成る程、まだ事実は不明だが、現段階で障害となり得るのが確立しているのは本妻の方という事か。

 

「わかった、他に何かわかったら連絡してくれ」

 

『勿論! 何でも言ってね!』

 

「……自棄に嬉しそうだな?」

 

『うん! だってゆう君が私の事をこうして頼ってくれるなんて初めてだからね!』

 

そうだったか?

 

……いや、そうだったな、考えてみれば今まで束が何も言わなくても俺に色々な物を与えてくれて、俺から何かを求めたり頼る事は無かった。

 

『ゆう君、私達は誰に何を言われようと家族なんだよ? だから、私の事をもっと頼って良いの。 クーちゃんも、それに今はせっちゃんもいる、皆がゆう君の事を頼りにしているけど、ゆう君からも頼って欲しいんだからね?』

 

「……そうか、ありがとう束」

 

『どういたしまして、じゃあ私はもう少し調べてみるね……わわっ!?』

『お兄様!!』

 

突然通信が乱れたかと思うと、通信越しにクロの声が響いた。

 

「クロ?」

 

『お兄様、束様が仰った様に私の事も頼って下さい! 私もお兄様の役に立ちたいのですから!』

 

「……あぁ、頼りにさせて貰うよ、クロは俺にとって唯一人の大切な妹だからな」

 

『お兄様……!』

 

「以前学園に来て以来会っていないからな……今は何処にいるかわからないが、もし可能なら束に頼んで日本に連れて来て貰うと良い、外出申請を出して久しぶりに一緒に出掛けよう」

 

『は、はい! 必ず行きます! 束様! 今すぐ日本に行きますよ!』

 

『ク、クーちゃん!? 今すぐはちょっと束さんでも厳しいよ!?』

 

『それをどうにかするのが束様ですよ!』

 

『えぇっ!?』

 

はしゃいだ様子で束に無理難題を言い出すクロに、流石の束も珍しく慌てている。

 

「クロ、それくらいにしてやれ、今すぐだと俺も簡単には外出申請は出せないぞ。 予め日程を教えてくれると助かるんだが?」

 

『は、はい……ですが! 必ず行きますから一緒にお出掛けしましょうね! 約束ですよ!?』

 

「あぁ、約束だ……それじゃあまたな、クロ」

 

『はい!』

 

そこで通信を切り、改めて束からの報告を頭の中で纏める。

 

シャルロットの父親は何かを隠している、つまりまだシャルロットとの関係を修復出来る可能性があるかもしれない。

 

セシリアと鈴と笑い合うシャルロットへと視線を向ける。

 

……血の繋がった家族だ、シャルロットに対して今まで行って来た事はとても許せるものでは無いが、その関係を崩して良い訳では無い。

 

束に調べて貰っている為に俺に出来る事は限られているが、せめてシャルロットの居場所を取り戻せる様に尽力しよう。

 

……だが、その前に。

 

先ずは、俺の大切な存在であるセシリアへの借りを、返すとしようか。



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第67話 蹂躙

『さぁ続いて第三試合が始まります!! 第二試合にて男同士の壮絶な真剣勝負を繰り広げ勝利を手にした五十嵐選手と娘の登場です!!』

 

 

「名前!! 私の名前は!? 最早名前すら呼ばれないの!?」

 

「……はぁ」

 

「こら悠斗何溜め息吐いてんのよ!? それと放送してる奴、絶対後でぶっ飛ばしてやるからね!?」

 

 

『あ、つい……んんっ! 続きまして対戦するのは先日編入して来たばかりのドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ選手!!』

 

 

放送と同時にボーデヴィッヒが専用機を身に纏いアリーナへと姿を表した。

 

その目は、真っ直ぐに俺へと向けられている。

 

 

『そしてボーデヴィッヒ選手とペアを組むは同じく一組!』

 

 

一組?

 

……そういえば、あいつがペアを組んだのは誰だったんだ? パネルを何度も見たがボーデヴィッヒしか気にしていなかったから全く見ていなかったが。

 

 

『"篠ノ之"選手の登場です!!』

 

 

…………あ?

 

ボーデヴィッヒの隣へと並んで立つ訓練機の打鉄、それを身に纏っていたのはあの篠ノ之だった。

 

……あいつがペアだったのか。

 

「悠斗、作戦は?」

 

「……各個撃破だ」

 

「……あっそ」

 

鈴と視線を合わせる事無く言葉を交わし、目の前に立っているボーデヴィッヒを見据える。

 

たった数日、だがこの時をどれだけ待っていたか。

 

潰す、完膚無きまでに叩き潰す……だが、その前に。

 

 

『では第三試合……開始!!』

 

 

放送と同時にロックオンアラームが鳴り響いた。

 

この場に立つ四人の内の"一人だけ"から。

 

「えっ?」

 

開始一秒も経つ事無く、まだ戦闘態勢すら取れていなかった篠ノ之へと迫る"三つ"の砲弾。

 

俺、鈴、そして何故かペアである筈のボーデヴィッヒの砲弾がそれぞれ寸分の狂いも無く篠ノ之へと突き刺さり、アリーナの壁へと吹き飛ばした。

 

 

『…………え? あ、えっと、シ、シールドエネルギー0!! し、篠ノ之選手戦闘不能!! 何と言う事でしょう!? まさに一瞬の出来事、開始直後に一人脱落です!!』

 

 

急な出来事に放送の奴も反応が遅れ、観客席からはざわめきが聞こえる。

 

「ちょっとちょっと、あんたはボーデヴィッヒじゃないの? 何であんたまであいつに攻撃してんのよ?」

 

「……この間の腹いせだ」

 

「……あっそ、つか私達はまだしも何であいつペアなのに撃ってんの?」

 

「知る筈が無いだろ、まぁこれで心置きなくあいつを潰せる訳だからどうでも良いけどな」

 

「それもそうね」

 

「……鈴、悪いが」

 

「一人でやらせろ、でしょ? 本当はこっちが片付き次第参戦したいけど、私は手出ししないから好きにやりなさいよ……セシリアに対してやった事、後悔させてやって」

 

「悪いな……だが、勿論そのつもりだ」

 

一歩、前へと出る。

 

ボーデヴィッヒはその瞬間にワイヤーブレードを展開し、迎撃態勢を取るが関係無い。

 

行くぞ、黒狼。

 

『主様の仰せのままに……奥様に対するあの仕打ち、私も許す訳にはいきませんので』

 

そうだな、出し惜しみはしない。

 

黒爪を展開し、スラスターへと熱が込められて行く。

 

それを一気に放出、瞬時加速(イグニッション・ブースト)でボーデヴィッヒとの距離を一瞬で詰める。

 

「なっ!? 速い……!?」

 

黒爪を振り下ろすとボーデヴィッヒは直ぐ様展開した両手首のブレードにて受け止めた。

 

恐らく、以前の事があるからAICは使わない様だな。

 

「やっとこの時が来たな」

 

「くっ……!」

 

「あぁ、安心しろ、鈴とは予め話し合っているから手出しはしない。 今度は邪魔は入らない、思う存分やり合おうじゃないか……!」

 

ブレードをはね除け、能力により空中を蹴って身体を勢い良く捻る。

 

その勢いを乗せてがら空きになったボーデヴィッヒの腹目掛けて蹴りを見舞わせた。

 

「ぐぁっ……!?」

 

後ろに吹き飛ぶボーデヴィッヒだが蹴った感覚が軽い、恐らくは後ろに飛んで勢いを殺したか……まぁ、関係無いがな。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)でもう一度接近し、ボーデヴィッヒが態勢を立て直す前に肉薄する。

 

慌てて此方に肩の砲塔を向け撃って来るが黒爪の能力を使い軌道を変える。

 

ボーデヴィッヒの背後へと一瞬で移動し、振り向こうとする前に後頭部目掛けて思い切り蹴りを入れるとボーデヴィッヒは機体ごと地面へと叩き付けられた。

 

「ぐっ……!? おのれ……!」

 

直ぐ様起き上がり、後方へと飛び退きながら六本のワイヤーブレードを展開するボーデヴィッヒ。

 

それぞれの軌道を描きながら迫るワイヤーブレードを目で追い、その場から後ろ……では無く、前へと飛び出す。

 

空中を蹴りつつ身を捻る最低限の動きでワイヤーブレードを全て避け再度ボーデヴィッヒに接近、そのまま全てのワイヤーブレードを根元から切り落とした。

 

驚愕の表情を浮かべるボーデヴィッヒへと至近距離から瞬時加速(イグニッション・ブースト)による勢いをそのまま乗せた膝蹴りを喰らわせ、追撃として牙狼砲を高速展開し二発の砲弾を叩き込めばボーデヴィッヒはそのままアリーナの壁へと叩き付けられた。

 

 

『な、何と言う驚異的なスピードでしょうか!? ドイツの国家代表候補生であるボーデヴィッヒ選手が手も足も出ていません!! これが噂に名高い五十嵐選手の真の実力なのでしょうか!?』

 

 

煩い放送を無視しつつ、ゆっくりとボーデヴィッヒへと向かって歩み寄る。

 

「くっ、ぐぅっ……!!」

 

「……どうした? まだ終わりじゃないだろ?」

 

手を付いて起き上がろうともがくボーデヴィッヒへと言葉を投げ掛ける。

 

「いや、違うな、まだ終わらせるつもりは無い。 お前にはセシリアへの借りを返さなければならないからな、さっさと立て」

 

「ふ、ふざけた事を……!」

 

「ふざけた事だと? それこそふざけるなよ? お前は俺の最も大切な存在を傷付けたんだ、本当なら殺すつもりだったが生憎約束したから殺しはしない、だがこの程度で終わらせると思うなよ?」

 

「くっ……! 舐めるなぁ!!」

 

両手首にブレードを展開し、ボーデヴィッヒが瞬時加速(イグニッション・ブースト)により迫って来る。

 

「はぁっ!!」

 

突き出されるブレード、それを黒爪で弾き返してからお返しとして黒爪による一閃、ボーデヴィッヒのシールドエネルギーを一気に削り取る。

 

「……その程度か?」

 

「ぐっ……! まだだ!!」

 

その場で踏み止まるボーデヴィッヒ、再度ブレードを突き出したかと思えば寸前でブレードを止めて至近距離で肩の砲塔で俺に照準を合わせた。

 

……フェイントか。

 

「吹き飛べ!!」

 

発射された砲弾はそのまま俺を捕らえる……事は無かった。

 

迫り来る砲弾をハイパーセンサーにより極限まで高められた知覚補佐と反射神経で即座に反応、黒爪の腕の一振りで弾道を逸らすとそのまま後方へと飛んで行った。

 

 

「ちょっ!? 危なぁっ!?」

 

 

背後から何か聞こえた気がするが無視しつつ、驚愕の表情で固まるボーデヴィッヒへと腕の黒爪で一閃、更にそのまま右足の黒爪の一閃により肩の砲塔を切り落とし、左足で後ろ蹴りを喰らわせて再度アリーナの壁へと叩き付けた。

 

追撃を狙い瞬時加速(イグニッション・ブースト)で肉薄、その勢いを乗せて膝蹴りを見舞うとボーデヴィッヒは咄嗟に腕でガードするが構う事無くそのまま蹴り上げると鈍い音が上がった。

 

「ぐ、ああああああっ!?」

 

最高速度で威力を乗せた膝蹴りによる一撃は、塔乗者保護機能である絶対防御を無視してボーデヴィッヒの腕の骨をそのままへし折った。

 

激痛によりその場に踞るボーデヴィッヒを見下ろす。

 

「……どうした? 立てよ」

 

「くっ……ぐぅっ……!」

 

「お前は既に抵抗出来なかったセシリアにあれだけの仕打ちをしたんだ、ならこれで終わらせる筈が無いだろ? まだ腕の一本だ、確かお前は軍人だったな? それだけならまだ戦えるだろ?」

 

俺の言葉に、ボーデヴィッヒはそれまでの憎しみの籠った眼差しから一変、慄然としたその顔は恐怖により青白くなっていた。

 

「立て、お前が誰に手を上げて誰を怒らせたのか……そして、他人の大切な存在を傷付け否定する奴が、どんな目に会うのかその身で理解しろ」

 

 

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

私は、何の為に生み出されたのだろうか?

 

物心ついた時から、私は既に何処かの研究所でまるで実験のモルモットの様な扱いを受けていた。

 

周りには見た目が私とほとんど一緒の奴らが何人もいて、ひたすらに戦闘訓練を受け、訳のわからない機械に繋がれて激痛による悲鳴を上げる毎日。

 

日を追う毎に人数は減り、そしていつの間にかまた同じ姿の奴が増えていた。

 

そしていつの頃だったか、私の事を見た研究者が言ったのだ……『成功だ、完成した』、と。

 

その日を最後に、私は一人研究所を後にした。

 

連れて行かれる私の事を、私と同じ顔をした他の奴らがいつまでも見ていた。

 

その目に宿っていたのは憎悪、悲哀、虚無、そして諦め。

 

その後研究所がどうなったのかは知らない、何処にあるのかも知らないし資料も何も残っていない為に調べる事すら出来なかった。

 

 

そして私が連れて来られたのは軍、部隊に突然配属された私の事を他の隊員は異質な物を見る目で見ていた。

 

変わらない日々を過ごした、ひたすらに訓練を受ける毎日、対人格闘、銃撃戦闘……そして、ISに出会った。

 

他のどんな兵器とも違う存在、搭乗者の手足となり意のままに操る事の出来る存在、私が私である存在を肯定してくれる様な存在。

 

しかし、現実は違った。

 

ISの適合性向上の為に行われた実験、ヴォーダン・オージェ。

 

これに適合すれば私は存在意義を見出だす事が出来る……筈だった。

 

実験は失敗、不適合によりISは私を拒絶し、目が覚めると私の左目は金色に変化しており、更にはその後の訓練の成績はそれまでの結果が嘘の様に全て基準以下となってしまったのだ。

 

絶望する私に掛けられた言葉は励ましの言葉や慰めの言葉では無く、只一言『出来損ない』

 

毎日が地獄だった。

 

訓練中や普段から私の事を見る目は蔑みの目、私は、居場所を無くしてしまった。

 

いっその事、死んでしまいたかった。

 

死んだ方が楽になれると、そう考えていたのだ。

 

 

そんな時、あの人と出会った。

 

 

織斑千冬、ブリュンヒルデ、第一回モンド・グロッソ優勝者。

 

絶対的強者である彼女が、ドイツ軍の教官として短期間ではあるが着任した。

 

そしてその操縦技術に、何者にも物怖じしない強さに、私は惹かれた。

 

彼女の様になりたい、強くなりたいと。

 

だが、私には無理だろう。

 

所詮私は失敗作、出来損ない、そんな私が彼女の様になどなれる筈が無い。

 

私は……。

 

 

 

『お前、名前は?』

 

訓練中、他の隊員には目もくれず彼女は何故か私に話し掛けて来た。

 

『っ……ラ、ラウラ・ボーデヴィッヒです……』

 

『そうか……ラウラ、私がお前を鍛えてやろう』

 

『はっ……? し、しかし私は……』

 

『鍛えると言ったら鍛える、他の奴らが何と言おうが私がそう決めたんだ、文句は言わせん』

 

正に有無を言わせぬ物言いで、彼女はそう告げた。

 

その日から、私の日々は変わった。

 

毎日、訓練中だけで無く食事中や寮でも私に声を掛け、何かと私の事を気に掛けてくれた。

 

他の隊員にどんな目を向けられようが、何を言われようが関係無く。

 

そしてそれから、私の成績はそれまでの結果が嘘の様に伸びて行った。

 

一度は拒絶されたISも、まるで私に応えてくれるかの様に身体に馴染む様になり、訓練を続ける内にいつの間にか国の代表候補生まで登り詰め更には部隊長に就任した。

 

それまで私の事を腫れ物扱いしていた奴らも私の事を認め、初めて出来た部下は私の事を慕ってくれた。

 

私の居場所が、存在を認めてくれる居場所が出来たのだ。

 

強さが、力が、それだけが私に居場所を与えてくれた。

 

 

 

彼女が教官の任を終え自国である日本へと帰ってから、日本に出来たIS学園という場所で教員をしていると知ったのはそれから数年が経ってからだった。

 

私は司令部に、そして政府に掛け合った。

 

代表候補生である私をそのIS学園へと向かわせて欲しいと、各国の人間が集まるIS学園で学べば祖国の軍事力の向上とISの技術力の向上に役立てる事が出来ると強く訴えて。

 

……しかし実際は、もう一度彼女に、教官に会いたかったからだ。

 

私を変えてくれた教官、私の居場所を作ってくれた教官、私に生きる希望を与えてくれた教官。

 

会いたかった、会って再び指導して欲しかった。

 

そして司令部と政府が許可し、私は念願のIS学園へと編入する事が出来た。

 

 

……だが、私は目を疑ってしまった。

 

 

学園内を行き交う生徒共ははしゃぎ、まるで遊びの延長線の様な感覚だったのだ。

 

何故だ? この学園はISを、兵器を扱う為に作られた場所では無いのか? 教員として赴任しているのは教官、ブリュンヒルデと呼ばれモンド・グロッソで優勝した偉大な人なのに、何故こんな腑抜けた人間しかいないのだ?

 

教官と再会し、疑問をぶつけた私に対して教官は一言だけ『ここは学舎であり軍隊では無い、お前も生徒としてこの学園に編入したのだから軍の事は一度忘れろ』と、それだけ伝えて来た。

 

軍隊では無い、それは理解出来る。

 

学園と名が付いているからには確かに学舎だ、だがこの学園は選ばれた者が、将来ISに携わる事になる者だけが入る事の出来る特別な場所ではないのか?

 

教官はその様に言ったが、私には到底理解出来ない。

 

所詮は遊び感覚の幼稚な奴らの集まり、大した事の無いISも録に使えない奴らの集まりだろうと、そう考えていた。

 

 

しかし、それは違った。

 

教室に入り挨拶を終えた私は、真っ先にこの学園、いや世界で二人だけのISを使える男の元へと足を運ぶ。

 

二人の内の一人に声を掛ければ男は違うと答える。

 

……この男は少し違うな、他の奴らと違って一切の隙が無い。

 

だがそれはこの際構わない、目的の奴がわかった所でもう一人の男の元へと向かう。

 

その男は、もう一人と違って隙だらけで、如何にも平和ボケしている様な男だった。

 

織斑一夏、教官の実の弟。

 

こいつのせいで、教官は……!

 

手を振り上げ、織斑一夏へと一撃を喰らわせようとした……だが、いつの間にか後ろに立っていたもう一人の男に腕を掴まれた事で阻止された。

 

振り向けば、私を見下ろす鋭い視線と目が合う。

 

もう一人の男、確か名前は……五十嵐悠斗。

 

祖国の諜報部員が調べてもほとんど情報が得られず、謎が多い男。

 

身に纏う空気だけでは無い、背後に立った気配すらわからなかった上に私の腕を掴む手から察した。

 

この男は、強い。

 

ISでの戦闘は不明だが、白兵戦では恐らく私よりも……。

 

恐らくここで事を荒立ててれば不利になる、それに邪魔をされて興も削がれた為にここは引く事にした。

 

そしてその後の授業でISの塔乗訓練となったのだが、奴は同じクラスの奴へと容赦の無い行動を取った。

 

……やはり、こいつは他の奴らとは違う様だ。

 

 

 

そして放課後、織斑一夏が特訓と言う名目で各国の代表候補生共とアリーナへと向かう事を知った。

 

更には五十嵐悠斗は教官に呼び出されて最初の内は不在とも知り、好都合だと思った。

 

アリーナへと向かい、奴に戦う様に告げた。

 

そして、お前のせいで教官が二度目の優勝を逃したと告げれば織斑一夏は表情を一変させた。

 

そうだ、お前のせいで教官は……。

 

 

その時、一人が奴の前に立ち憚った。

 

こいつは、イギリスの代表候補生……確かセシリア・オルコット、だったか?

 

奴は私を真っ直ぐに見据え、校則がどうこうと言う何とも腑抜けた事を言って来た。

 

馬鹿馬鹿しい、そんなもの関係無い、そう思っていると奴は更に言葉を連ねた。

 

家族の、姉弟の関係を否定する権利は私には無いと。

 

……家族、姉弟。

 

どちらも、私にはわからないものだった。

 

どうやって生まれて来たのかもわからず、家族と呼べる者はいない、家族の温もりなんてものは知らない。

 

そして奴の目、私の考えを真っ向から否定するとでも言う様な真っ直ぐな目が、酷く癪に触った。

 

何が家族だ、何も知らないこいつに、私を否定されてたまるか……!

 

威嚇と牽制の意味で奴の直ぐ傍へとワイヤーブレードを振り下ろしたが、奴はISを展開する事無くただ私を見据え続けていた。

 

やめろ……私に、そんな目を向けるな……!

 

……結果、その場は教師の邪魔が入った為にそれ以上は何も出来なかった。

 

止めに入った教師に捕まっては面倒な為にその場を後にしたが、アリーナから出るまで奴は私から視線を逸らさなかった。

 

気に入らない、その目が、私を否定する様なその目が、気に入らない。

 

私は間違ってなどいない、私が正しい、間違っているのは奴らだ。

 

……だから私は、奴を潰しに掛かった。

 

所詮代表候補生と言えどもこの学園の奴ら同様に、生温い場所に染まった雑魚だと思って。

 

だが、奴は強かった。

 

寸分違わぬ射撃、遠距離特化の機体にも関わらず近接戦を仕掛けるという奇策、倒れる私に対しても銃を構え続ける油断の無さ。

 

私が、負ける……? このまま、否定される……? ふざけるな、このまま終わってたまるか……!

 

タイミング良く、アリーナの扉が開かれるのを見た。

 

奴は強い、それは認める……だがまだ甘さを捨て切れていない。

 

奴の後方、アリーナへと入って来た生徒に向かってワイヤーブレードを振るえば奴は私の予想通りに生徒とワイヤーブレードの間に身体を割り込ませた。

 

このシュヴァルツェア・レーゲンに搭載される特殊能力AIC、停止結界は奴の兵装のビーム兵器と相性が悪い。

 

だが、奴の機体に直接攻撃を叩き込めばこっちのものだ。

 

それから奴に、自らの発言を後悔させる為に徹底的に痛め付けた。

 

何度も、何度も、何度も。

 

このまま負けを認めさせ、私が正しいと証明する為に。

 

 

 

だがそれこそが、私が犯した最大の過ちだった。

 

 

 

視界の端から高速で現れた黒い影、それは一瞬でワイヤーブレードを切ると奴を受け止めた。

 

その姿に驚く。

 

五十嵐悠斗、まさかこいつも専用機持ちだったとは。

 

それにこの機体、本国で見た各国の機体データですら見た事の無いものだ。

 

そして五十嵐悠斗と対峙し、私は代表候補生になってから初めて……完膚無きまでの敗北を知った。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)だけで無く個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)までをも使いこなし、停止結界で捕らえたかと思えば機体の稼働率を上げ強制的に解除して追撃して来た。

 

その追撃でレールカノンが破壊され、更に迫る五十嵐悠斗の攻撃に私は死を覚悟した。

 

だがその攻撃は、ギリギリでやって来た教官により阻止される。

 

九死に一生を得た私は、教官により自室への謹慎処分を言い渡された。

 

何故……私はただ、教官に再び指導して貰いたいと、そう思っただけなのに……。

 

夜、私は言い渡された処分を破り部屋を出た。

 

そして見付けた教官に必死に訴えた。

 

私の祖国に再び来て欲しいと、この場所は教官に相応しく無いと。

 

教官ならば私を理解してくれる、私の味方でいれくれる、そう考えて。

 

 

『図に乗るなよ小娘が』

 

その考えは、打ち砕かれた。

 

 

『代表候補生ごときになった程度で選ばれた人間気取りとは、思い上がるのも大概にしろ』

 

 

き、教官……?

 

 

『お前がオルコットと、そしてアリーナを使用する生徒に対してやった事は教育でも矯正でも何でも無い、ただの暴力行為……いいや、あそこまでやれば殺人未遂としか言えないものだ。 代表候補生であり軍人でもあるお前ならば生身の人間にISの武装を向ければどうなるのかわかっている筈、それにオルコットに対してもあそこまでダメージを負わせる必要が何処にあった? 私自身話を聞いただけだが、オルコットが間に合わなければその生徒が、そして五十嵐が間に合わなければオルコットは命に関わっていたんだ。 本来ならば直ぐ様IS委員会とドイツ政府に報告をしてお前の代表候補生という地位と専用機を剥奪し、傷害罪として退学処分にして貰おうと思っていた』

 

 

そんな……ち、違う! わ、私は……奴に否定されたく無い、その一心で……!

 

そう、殺すつもりなんて……私はただ、それだけで……。

 

 

『決してお前が選ばれた人間だから、お前が特別だからでは無い、自制心も代表候補生としてのプライドも誇りも無い己の実力を勘違いしているガキが自惚れるな』

 

 

私、は……。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅっ!?」

 

思考が、現実に引き戻される。

 

学年別トーナメント、その試合で私は再び五十嵐悠斗と対峙していた……いや違う、再び完膚無きまでに叩き伏せられていた。

 

以前対峙した時、その圧倒的なスピードとパワーに圧倒されたが、今目の前の五十嵐悠斗はあの時よりも強かった。

 

いや、強いなんてものでは無い、まともに相手が出来るのは恐らく国家代表レベルもしくは教官ぐらいのものでは無いだろうか?

 

勝てない、勝てる筈が無い。

 

ISの絶対防御を無視して折られた腕は既に感覚が無い、機体のシールドエネルギー量はとっくに半分を切っている。

 

明らかに満身創痍となっている私に、それでも五十嵐悠斗は容赦はしなかった。

 

何とか反撃を試みても全て避けられるか受け流され、倍になって返されその度にダメージだけが蓄積される。

 

私は、とんでも無い相手の怒りを買ってしまったのか。

 

言われた言葉を頭の中で思い返す。

 

 

『他人の大切な存在を傷付け否定する奴が、どんな目に会うのかその身で理解しろ』

 

 

大切な存在、五十嵐悠斗とセシリア・オルコットが恋仲であると知ったのは学園に編入してからだ。

 

たかが数ヶ月、そんな短い期間、所詮はこの学園に染まった甘ったれで単純な考えから色恋に走っただけだと思っていた。

 

だが五十嵐悠斗にとって、セシリア・オルコットにとって、互いに如何に大切な存在だったのかは薄々感付いてはいた。

 

校則を理由に頑なに戦闘を避けていたセシリア・オルコットが本気になって勝負を受けた事、そのセシリア・オルコットを助けに来た五十嵐悠斗が本気で私を殺しに来た事。

 

そして今現在、約束したという理由から殺すつもりは無いとしても徹底的に潰しに掛かって来ている事。

 

私は虎……いや、もっと危険な猛獣の尾を踏んでしまったのだ。

 

だが、わからない……何故奴らはそれ程までに互いを……?

 

 

「はぁ……はぁ……くっ!」

 

膝を付き、乱れた息を何とか抑えようとする。

 

既にシールドエネルギーは底を尽き掛けており、機体ダメージも深刻だった。

 

それなのに、目の前に立つ五十嵐悠斗のシールドエネルギー消費量は極僅かで冷たい視線で静かに私を見下ろしていた。

 

「……もう終わりか?」

 

「ま、まだ……だ……!」

 

立ち上がろうとするが足が覚束無い、視界もまるで揺れている様に定まっていなかった。

 

……わかってはいた、口では否定したがもう私に勝てる見込みなど無いと。

 

「……そうだな、これで終わって貰っては俺も困る。 まだ俺の気は済んでいないからな」

 

首を掴まれ、強制的に立たされる。

 

 

 

このまま、負けるのか……私が、間違っていたのか……?

 

家族、姉弟、愛する者との絆とは、私が知らないだけで決して千切れる事の無い強いものなのか?

 

私にはそれがわからないから、だから負けるのか?

 

……そうか、私が、弱いから。

 

ゆっくりと目を閉じ、最後の一撃が来るのを受け入れようとした、その時だった。

 

 

 

《警告――機体ダメージDニ到達――緊急措置トシテVTシステムヲ起動シマス》

 

 

 

「…………は?」

 

突然、頭の中に直接響いた機械音声。

 

待て……今、何と言った……?

 

VTシステム……それは、あらゆる国家や企業で禁止されたもので、搭載されている筈が。

 

……まさか!?

 

「っ……! は、離れろ!!」

 

「……は?」

 

「嫌だ……私はそんな力を使いたく無い……そんな紛い物の力など、使いたく無い……!!」

 

「待て、一体何を……」

 

「嫌だ……嫌だ……あ、ああ……あああああああっ!!」

 

「っ!?」

 

まるで頭が砕け散るのではと思える程の頭痛に、思わず叫んでしまう。

 

そして五十嵐悠斗が何かに気付き咄嗟に私を離したその瞬間、機体が熱を帯びるとドロリと黒い液体が全身を包み始めた。

 

「な、何だ……これは……?」

 

突然の事に固まる五十嵐悠斗に、私は最後の力を振り絞り覆われて狭まって行く視界の中で伝えた。

 

「……逃げ、ろ……」

 

その言葉を最後に、私は意識を手離した。



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第68話 共闘

突然目の前で起きた出来事に、俺は思わず固まってしまった。

 

ボーデヴィッヒが突如苦しみ出したかと思えば、全身をまるで黒いヘドロの様な物が覆い尽くして行く。

 

機体の能力かと考えたがボーデヴィッヒは苦しみ出す直前に俺に離れる様に訴え、そんな力を使いたく無いと確かに口にしていた。

 

これは、一体……。

 

『主様、危険ですのでお下がり下さい』

 

黒狼、これは一体何だ……?

 

『VTシステム、《Valkyrie Trace System》と呼ばれているものです。 過去のモンド・グロッソ優勝者の戦闘方法をデータ化し、それを再現したシステムでございます』

 

モンド・グロッソ優勝者……つまり、あの織斑千冬の戦闘能力が? だが、例えデータ化が出来たと言っても搭乗者であるボーデヴィッヒがあいつの動きに着いていける筈は……。

 

『……このVTシステムは現在、あらゆる国家や企業で使用禁止となっております。 その理由は至極簡単、搭乗者に能力以上のスペックを要求する為に身体的にかなりの負荷が掛かるからでございます。 場合によっては、命に関わる事も』

 

何だそれは……そんな危険なものが、何故ボーデヴィッヒの機体に……。

 

『本人も知らなかった様です。 恐らくは機体の開発者、もしくは他の何者かが秘密裏に搭載した可能性が高いかと』

 

そういう事か、成る程な。

 

一先ず黒狼の言う通りに距離を取ると、視線の先で機体の変化が終わる。

 

黒いヘドロが姿を形成したのは、それまでの機体とは全くの別物だった。

 

全身が黒一色で染まった一振のブレードを持つ一体のIS、顔は目や鼻といった輪郭などの一切無い無理矢理人の形を型どっただけの姿。

 

……紛い物、か。

 

「悠斗!」

 

視線を向ければ隣に立ち青竜刀を構える鈴、その表情はいつもと違い真剣なものに変わっていた。

 

「あれは一体何なのよ?」

 

「……VTシステム、と言うらしい」

 

「VTシステム!? それって、確か禁止されてる筈でしょ!?」

 

「そうらしいな……どうやらボーデヴィッヒも知らない内に搭載されていた様だ」

 

「そんな……」

 

視線を前へと戻すが奴は微動だにせず直立不動で佇んでいる。

 

……しかしその瞬間、全身が総毛立つ感覚が襲った。

 

これは……不味い……!

 

隣に立つ鈴を全力で蹴り飛ばし、黒爪を構えた瞬間の事だった。

 

距離を取っていた筈の奴が、直ぐ目の前に肉薄してブレードを構えていた。

 

「っ!?」

 

咄嗟にガードすると、黒爪と奴のブレードがぶつかり合う。

 

凄まじい威力の一撃、全身に力を入れていたにも関わらず身体が後ろへと押される。

 

「っ……! この野郎……!」

 

ブレードの軌道を上に反らし、体勢を崩した奴へと全力で蹴りを見舞うが有り得ない身体の捻りで回避され、逆に蹴りを喰らった。

 

咄嗟に腕でガードしたが、絶対防御越しにも関わらず激痛が襲い身体ごと後方へと吹き飛ばされる。

 

空中で体勢を立て直し、着地と同時に奴を見据えるが、奴は再び此方を向きながら動きを止めた。

 

 

……速い、それに普通の人間には不可能な身体捌き、それに攻撃に移行する時の初動が読めない、奴を相手にするには対人と言う考えを捨てなければ無理だ。

 

 

「悠斗!」

 

先程蹴り飛ばした為に離れた場所で俺を呼ぶ鈴。

 

「鈴、一度下がれ、こいつがどういう考えを持っているのかわからないが危険な事には変わり無い。 観客席にいる奴らを避難させろ」

 

「でもあんたは!?」

 

「……こいつの相手をする、何故かこいつは俺にしか向かって来ない様だからな、俺がここにいれば避難までの時間稼ぎにはなるだろ」

 

「そんな……危険過ぎるわ! 私も残って……!」

 

「鈴」

 

ごねる鈴へと視線を向ければ、鈴は途端に口を閉じた。

 

「避難の誘導を頼む、混乱している奴らを誘導するには冷静に対処が出来る奴が必要だ」

 

「っ……悠斗……」

 

「……鈴、頼む」

 

「……わかった、わよ……でも! 無理すんじゃ無いわよ!? 教師陣を連れて必ず戻って来るからね!!」

 

「あぁ、頼んだぞ」

 

鈴は迷いながらも俺に背を向け、そのままアリーナから出て行った。

 

……さて。

 

視線を奴へと戻す。

 

どういう事なのか、奴は鈴が背を向けたにも関わらず目もくれずに俺の方を見ている。

 

その方が好都合ではあるが、何故俺だけを標的にするんだ?

 

『VTシステムは暴走状態とも言えるものですが、搭乗者の強い感情が関わるものでもあります。 恐らくは先程までの戦闘が関係しているかと』

 

……成る程、原因は俺か。

 

さっきまで散々痛め付けていたからな、俺に強い敵意を向けるのは当然だろう。

 

まぁ良い、さっきの延長戦と考えるとするか……そう思ったその時、視界の端を"白い何か"が高速で過ぎ去った。

 

 

「お前ええええええっ!!」

 

 

叫びながら奴へと向かって瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突っ込んで行ったのは白い機体。

 

白式を身に纏った、織斑だった。

 

そのままブレードを振るうが、奴は片腕で構えたブレードでその一撃を受け止め、完全に動きが止まった織斑へと蹴りを入れれば織斑はそのまま吹き飛ばされた。

 

追撃しようとする奴へと牙狼砲で牽制しつつ、織斑の元へと駆け寄る。

 

「織斑、大丈夫か?」

 

「畜生……っ! まだだ! まだ俺はやれる! あいつ、あいつだけは絶対に許せねぇ!!」

 

かなり興奮した様子の織斑、直ぐに立ち上がり再度奴へと突っ込もうとする為に肩を掴んで無理矢理止める。

 

「落ち着け、織斑」

 

「これが落ち着いていられるかよ! 邪魔するなら悠斗でも許さねぇ!」

 

どうやら激昂して我を忘れている様だ……仕方無い。

 

「落ち着けと言ってるだろうが!!」

 

「ひっ!?」

 

「あれに策も無く無闇矢鱈に突っ込めば危険だと今の一撃でわからなかったか!? それがわからない程お前は馬鹿じゃ無いだろ!?」

 

肩を掴む力を強め、声を張り改めて呼び止めれば織斑は肩を震わせて漸く止まった。

 

「お前が何故そこまで怒っているのか先ずは教えろ、何もわからなければ俺も対応出来ないだろうが」

 

「っ……ご、ごめん……」

 

「……構わない、だが教えてくれるか?」

 

静かに問い掛ければ、織斑は目を伏せながら苦々しい表情で口を開いた。

 

「……あいつ、あの剣は千冬姉の剣だ。 でも違う、千冬姉の剣はあんな軽いものじゃ無い、千冬姉の剣を貶す紛い物、千冬姉を侮辱されてるのと同じなんだ……許せる筈が無いだろ……!」

 

織斑千冬の剣、か。

 

肉親だからわかるものなのだろう、そして肉親だからこそ、偽物の剣だとわかるのか。

 

「……そうか」

 

「あいつだけは許せねぇ……! 絶対にぶっ飛ばす……!」

 

「だが、お前の一撃は止められて逆に一撃入れられていただろうが」

 

「それでもだ! 例え勝てないとしても俺はやる! やらないといけないんだよ!」

 

真っ直ぐな、強い意志を宿した瞳。

 

織斑らしい、いや、織斑だからこそ出来る瞳……やはりこいつは、強いな。

 

黒爪を構え、織斑の隣に立った。

 

「えっ? ゆ、悠斗……?」

 

「一人では無理だとしても、二人でやれば問題は無いだろ?」

 

「い、一緒に、戦ってくれるのか?」

 

「どうやら奴の一番の標的は俺らしいからな……それに、家族を貶された友人の為に奴を倒す力を貸そうと思ったんだが、必要無いか?」

 

「そ、そんな事無いって! その、ありがとな……」

 

「礼はいらない……あの姿、VTシステムと言うらしいがこのままだと搭乗者であるボーデヴィッヒは命を落とす可能性もある様だ。 このままボーデヴィッヒに死なれると約束を破る事になるから困る、ボーデヴィッヒにはきちんとセシリアとお前に謝って貰わないといけないからな」

 

「……わかった、なら一緒にあいつを倒すぞ!」

 

「あぁ、今のお前なら大丈夫だろう……着いて来いよ、織斑」

 

「勿論だ!」

 

織斑もブレードを構え、俺と並んで奴を見据えたその時、プライベート・チャネルにて通信が入った。

 

相手は……いや、確認しなくとも俺が通信の許可を出しているのは限られた相手のみ、そしてこの瞬間に通信をしてくる相手は一人しかいない。

 

「……セシリア」

 

『……悠斗さん、鈴さんから伺いましたわ』

 

真剣だが、不安を隠せない声音でセシリアが語り掛けて来た。

 

『危険ですから逃げて下さい……と言っても、悠斗さんは逃げないですわよね?』

 

「……あぁ、ここで逃げる訳にはいかない。 奴を、VTシステムを破壊する」

 

『……戻って来て、下さいますよね?』

 

「試合の前に約束しただろう? あいつに借りを返させると、そしてセシリアの元へと戻ると、それにVTシステムという目的が一つ増えただけだ。 約束を破ったりはしない、無事にセシリアの元へと戻る」

 

『……約束、ですわよ? ちゃんと、帰って来て下さいね……?』

 

「あぁ、約束だ」

 

『っ……! きっとですわよ!? 必ず、必ず無事に帰って来て下さい!!』

 

「あぁ、約束は守る。 もうセシリアに心配を掛けたりしない……だから、待っていてくれ」

 

『……はい、待っています……愛していますわ、悠斗さん』

 

「俺も愛している、セシリア」

 

通信を切り、一度大きく深呼吸して集中する。

 

奴を倒す、そして無事にセシリアの元へと戻る、負ける訳にはいかない。

 

「……織斑」

 

「オルコットさんから通信が来たんだろ?」

 

「気付いたのか?」

 

「勿論、さっきよりもすげぇ集中してるし、悠斗がそういう表情になるって事はオルコットさん絡みだろうなって」

 

「そうか……なら話は早い、必ず奴を倒して無事に戻るぞ」

 

「当たり前だろ、俺だって負けるつもりは無いぜ!」

 

「ふっ……そうか」

 

二人で奴を見据える。

 

会話の最中、何故か奴は攻撃して来なかったが視線を向けた途端にブレードを構えた。

 

 

 

「行くぞ、織斑……!」

「おう!」

 

奴に向かって、二人同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突っ込む。

 

俺の少し後ろに織斑が続き、そのまま奴へと肉薄する瞬間に黒爪の能力を発動。

 

一瞬で奴の後方へと回り込み、背後から俺が、正面から織斑がそれぞれ攻撃を叩き込む。

 

しかし奴は再び驚異的な動きで身体を捻り、俺の一撃をブレードで、織斑の一撃を下からブレードを蹴り上げて阻止した。

 

そしてブレードで黒爪を弾くとそのまま無防備になった織斑へと斬り掛かろうとするが、牙狼砲を高速展開し奴の後頭部へと砲弾を叩き込む。

 

体勢を崩し、逆に無防備になった奴へと織斑がブレードで素早く斬り着け肩の装甲を斬り飛ばし、更に追撃として空中を蹴り奴の背中へと黒爪で斬りつつ蹴り飛ばした。

 

その瞬間に織斑がブレードを返し吹き飛ぶ奴へと再度斬り着け、合計四度の攻撃が入った。

 

「悠斗! 俺も着いて行けてるだろ!?」

 

「油断するな」

 

吹き飛んだ奴を見れば直ぐに立ち上がっている。

 

更に驚く事に奴の斬り飛ばされた装甲、背後に入れた黒爪の斬撃による破損、追撃の織斑の一撃による破損が表面を覆う黒いヘドロが蠢いたかと思うと全て塞がってしまった。

 

「う、嘘だろ……!?」

 

「……厄介だな」

 

今のを見るに、恐らくダメージ自体は入っているのだろうが普通の攻撃による破損は効果は薄いのだろう。

 

奴が倒れるのが先か、此方のシールドエネルギーが尽きるのが先か……いや、俺達にダメージは通常通りに入るからには此方が不利だろう。

 

何か、決定打になる様な攻撃は……いや、あったな。

 

「……織斑、単一仕様能力(ワンオフ•アビリティー)は何回使用出来る?」

 

「れ、零落白夜か? えっと、今の機体状態だと二回、ダメージを受けたら一回が限界だと思う……」

 

一、二回……万が一に備えて二回使って貰わなければならない……織斑がダメージは受ける訳にはいかない事を考えると、それを確実に当てる為には俺が突破口を開くしか無いか。

 

『主様』

 

黒狼? どうした?

 

『主様のお考えの通り、その方の単一仕様能力(ワンオフ•アビリティー)である零落白夜であればあの機体の破壊は可能に御座います。 しかし、その為には最大威力で繰り出す必要がありますのであの機体の搭乗者も一緒に斬る事になるかと』

 

……何だと?

 

奴を、ボーデヴィッヒごと斬る? つまり、ボーデヴィッヒを殺す事になるのか?

 

『最大威力で繰り出さなければVTシステムは再生し続けます。 また、残念ながら私に搭載されている武装ではダメージを与える事は出来ても決定打に欠けます……そうなりますと戦闘が長引く事によりあの操縦者は身体の負荷に耐え切る事は出来ないかと』

 

……何方にせよボーデヴィッヒの命は無い、という事か?

 

戦闘を長引かせればボーデヴィッヒの命が、それに織斑が危険だ、ならば奴を破壊する以外に道は無いだろう。

 

だが、そうなると……織斑の手を、汚させてしまう。

 

あいつの優しい性格の事だ、人の命を奪ってしまったとなれば絶対に心に深い傷を負う。

 

あいつにそんな罪を背負わせる訳にはいかない……考えろ、何か他に方法がある筈だ……何か……。

 

「悠斗!!」

 

「っ!?」

 

織斑の呼び掛けに我に返ると、目の前でブレードを振り下ろそうとする奴の姿が。

 

咄嗟に反応し、思い切り身体を捻ってギリギリの所でブレードを回避、そのまま黒爪で奴の肩の装甲を斬り裂いた。

 

 

……そうか。

 

 

追撃で全力の蹴りを入れてから一度距離を取り、奴の姿を再度確認する。

 

今の攻撃、直ぐに再生はしたが奴の装甲を斬り裂く事が出来たという事は……黒狼、ボーデヴィッヒは今通常の搭乗方法を取っているか?

 

『少々お待ち下さい……いえ、胴体部分に取り込まれる様に搭乗しております。 機体の首下から腰の辺りに掛けて、自らの身体を抱え込む様な体勢です』

 

そうか、なら試してみる価値はあるかもな。

 

『主様? 一体何を……?』

 

「悠斗! 大丈夫か!?」

 

慌てて駆け寄って来た織斑へと視線を移す。

 

「織斑、一つ作戦が出来た……正直賭けだが試してみる価値はあると思うんだが、乗るか?」

 

俺の言葉に、織斑は一瞬だけ考え込んでから口角を上げてブレードを構えると俺の隣に立った。

 

「良いぜ! 勿論乗る!」

 

「……一応言っておくが、失敗する可能性もあるぞ?」

 

「そんなの百も承知だ! でも悠斗が考えた作戦なら絶対に上手く行く、俺は悠斗を信じるぜ!」

 

あぁ……本当にこいつは面白くて、とんでも無いくらいに真っ直ぐで……俺には勿体無いくらいに良い友人だ。

 

織斑と同様に、勝手に口角が釣り上がる。

 

「それで、俺は何をすれば良いんだ?」

 

「作戦自体は単純だ。 俺が先攻して奴の動きを止め、ボーデヴィッヒを引っ張り出す……お前はその後直ぐに、全力で一撃を叩き込め、遠慮はいらん」

 

「ははっ、確かに単純で俺でもわかりやすいな」

 

「……恐らくチャンスは一度だ、外すなよ織斑」

 

「おう! でも、もう少しやる気が出る言葉が欲しいんだけど?」

 

「……ん?」

 

「そろそろ俺も名前で呼んでくれよ! いつまでも織斑って呼ばれてると何か壁があるみたいでさ!」

 

「……はぁ、そんな事か」

 

「そ、そんな事って言うなよ!? 正直ちょっと気にしてたんだぞ!?」

 

隣で騒ぐ姿に思わず笑いそうになる。

 

全くこいつは……それくらい、幾らでも呼んでやる。

 

「一夏」

 

「っ!?」

 

「……これで良いか?」

 

「っ……! よっしゃあ!!」

 

名前を呼んだ途端、心底嬉しそうに大声を張り上げる一夏。

 

だがそうだな、友人……いや、今なら親友と呼べるこいつをいつまでも織斑と呼ぶのも申し訳無い。

 

「行くぞ一夏!」

「おう! 悠斗!」

 

チャンスは一度、失敗は許されない。

 

だが、一夏とならばきっと成功するだろう。

 

二人同時に、奴へと向かって最大出力で飛び出すのだった。



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第69話 決断

今回、話の進行上どうしても必要になってしまったので原作には存在しない人物と機関が登場します。

お見苦しいかと思いますが、どうかご了承下さいませ。



瞬時加速(イグニッション•ブースト)により初速で最大速度に達し、一夏と共に奴へと迫る。

 

奴は直ぐ様反応し、ブレードを構えるが構う事無く肉薄する。

 

全力で黒爪を突き出すと奴はブレードで受け止めそのまま押し返そうと力を込めて来る。

 

普段の戦闘なら受け流すが今回は直ぐ後ろに一夏がいる、一夏はこの作戦の要となる為奴を行かせる訳には行かない、そのまま此方もスラスターを最大出力で真っ向から受け止めた。

 

黒爪とブレードが拮抗し鍔迫り合いとなり、大量の火花が散っている。

 

恐らくこのままだとジリ貧だ。

 

なら……黒狼!

 

『仰せのままに、主様!』

 

黒狼の答えと共に急速に上昇する機体の稼働率、拮抗していた力が傾いた。

 

「おおおおおおっ!!」

 

一気にブレードを押し返すと、奴の身体が仰け反る。

 

無防備になる奴へと黒爪を振るおうとしたその瞬間、弾いたブレードが人間では有り得ない手首の動きで回転し、刃が直ぐ目の前に迫っていた。

 

俺は馬鹿か? こいつ相手に普通の対人の考えを持ってはいけないとわかっていただろうが……!

 

確実に一撃を入れられると思った、その時。

 

「させるかよ!!」

 

視界の端から飛び出す白い機体、一夏が俺に迫っていた刃をブレードで弾き返した。

 

しかし奴は直ぐに体勢を立て直し、横薙ぎの一撃を一夏へと繰り出そうとする。

 

「らぁっ!!」

 

一夏の前へと身体を割り込ませ迫るブレードを弾き返し、能力を発動させて身体を勢い良く捻りながら追撃の蹴りを二連撃で叩き込む。

 

一瞬だけ怯んだ奴に対し更に追撃を掛けようとしたその瞬間、再度全身が総毛立つ感覚が襲った。

 

咄嗟に身体を止め、同じく追撃を掛けようとしていた一夏の腕を掴んで後退する。

 

「うわぁっ!?」

「くっ……!?」

 

その瞬間、今まで俺と一夏の首があった場所を二振りの斬撃が通り過ぎた。

 

距離を取り奴を見据える。

 

今まで一振りしか無かったブレード、それがもう片方の手にも……いや、手から直接ブレードが生えていた。

 

クソが……何でも有りかよ……。

 

今の攻撃から察するに、例えブレードが増えたとしても奴の動きも斬撃の鋭さも変わらないのだろう。

 

ブレード一本だけなら二人掛かりで何とか押し通せると思っていたが、二本のブレードがそれぞれ今までの斬撃を繰り出して来るとなるとかなり厳しいな。

 

「あの野郎……! また、また千冬姉の剣を……!」

 

「落ち着け一夏、ここで冷静さを欠けば確実に落とされるぞ」

 

「っ……ごめん」

 

「……だが、厄介だな」

 

これまで二人同時に攻撃を仕掛ければ一撃は入れられていたが、恐らく今からは同時に対処されるだろう。

 

しかし、今更違う案も無ければ作戦を変える猶予も無い。

 

『主様、あの機体の搭乗者のバイタルを見る限り、保ってあと五分程かと』

 

……なら、やる事は一つだ。

 

「一夏、気合いを入れろ、五分以内に落とせなければボーデヴィッヒの命は無いらしい……一気に攻めるぞ」

 

「っ……へ、へへっ、五分もあれば十分だろ? 俺達ならやれるって!」

 

強がりだろうが笑みを浮かべそう言う一夏に、思わず俺も笑ってしまう。

 

「……ふっ、そうだな」

 

目の前で奴が前傾姿勢を取る。

 

対する此方もそれぞれ武装を構え、スラスターに熱が込められて行く。

 

たった五分、されど五分。

 

この攻防で勝負をつけなければいけない、チャンスは一度きり、一夏に言った手前俺も気合いを入れないとな。

 

 

「行くぞ!!」

「おうっ!!」

 

 

 

俺と一夏が飛び出したのと、奴が飛び出したのはほぼ同時だった。

 

一瞬で開いていた距離が詰められ、肉薄。

 

奴の右腕が振るわれ、繰り出される斬撃を受け止める。

 

直ぐに左腕のブレードが振るわれるが、その一撃を一夏がブレードで受け止めた。

 

後ろ蹴りで一夏の受け止めている左腕を蹴り上げ、がら空きになった左側面へと一夏が攻撃を繰り出そうとしたが手を蹴り上げられ阻止される。

 

奴の注意は一夏に向いている、受け止めているブレードを弾き返し顔面へと肘打ちを叩き込む。

 

その瞬間、奴の動きが一瞬だけ止まる。

 

ここを逃せば、チャンスは無い。

 

「一夏!! 腕だ!!」

「っしゃあ!!」

 

阿吽の呼吸、二人で同時に奴の腕へと斬撃を繰り出し奴の両腕を切り飛ばした。

 

「悠斗!!」

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

全力で無防備にがら空きになった奴の身体へと正面から斬撃を叩き込めば、ヘドロ状の装甲が切り裂かれその隙間から僅かに銀色が覗いている。

 

右腕の装甲を部分解除し、その隙間へと突っ込めば恐らくボーデヴィッヒの腕であろう部位を掴んだ。

 

 

 

 

その瞬間、俺の視界は突然真っ白に染められて行った。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

……ここは、何だ?

 

気が付くと、何故か俺は先程までいたアリーナでは無く何処までも続いている真っ白な空間に立っていた。

 

何処と無く黒狼のいる精神世界に雰囲気は似ていなくも無いが、これは一体……。

 

 

「……何故、お前がここにいる?」

 

 

その時、突然声を掛けられた。

 

視線を向ければ、そこには膝を抱えたまま蹲るボーデヴィッヒの姿があった。

 

「……寧ろ俺が聞きたいんだがな、ここは何だ?」

 

「……私にもわからない、気が付いた時にはここにいた」

 

「……そうか」

 

そのまま互いに無言の時間が続いたが、やがて再度ボーデヴィッヒから声を掛けて来る。

 

「……何故、お前はそれ程までに強い?」

 

「あ?」

 

「……お前の過去も経歴も知らんが、何故お前はそれ程までに強いんだ?」

 

「俺は別に強く無いが?」

 

「嘘をつくな、ISに携わって来た訳では無いと聞いたのに、お前は既に各国の代表候補生の実力を上回り、教官ですら止めるのがやっとだった……そんな奴が、強く無い筈が無いだろうが」

 

「それは俺の強さじゃ無い、黒狼……俺の専用機がいてくれるからこその強さだ」

 

「専用機が……いてくれるから……?」

 

何を言っているのか理解出来ていない様子のボーデヴィッヒに、言葉を連ねる。

 

「お前は織斑千冬にISは兵器だと言っていたが、ISは兵器じゃ無い。 元々は人を空へと、宇宙へと導く為の翼として開発された」

 

「翼、だと? ば、馬鹿な……そんな筈が……!」

 

「ISの生みの親である束は、その夢を叶える為にISを開発した。 それを兵器として、国や組織の力を誇示する為に使い始めたのは周りの奴らだ……束はそんなものを望んでいない。 武器を搭載出来る様にしたのも搭乗者の身を、大切な存在を守る為だ」

 

「大切な、存在……」

 

「俺は大切な存在であるセシリアを、束とクロを、こんな俺に歩み寄ってくれる友人を、守る為に強くなりたいと躍起になっているだけだ。 お前や他の奴らは俺の事を強いだの何だの言っているが、俺一人の力では無く黒狼という専用機がいてくれるから、そして守りたいと思える大切な存在がいるからこそ今の俺がいるだけだ」

 

「……なら、初めから私には資格は無かったという事か」

 

「資格?」

 

「……大切な存在、家族や肉親と呼ばれる存在は私にはいない、守りたいと思える存在もいない、私には何も無いんだ」

 

肉親がいない……まさか、こいつは。

 

「私には強さしか無かった、力だけが私が私でいられる理由だった……だが、私に力など無かったのだ。 お前に完膚無きまでに負け、セシリア・オルコットにもあの様な汚い手段を使わなければ勝てず……そして、あの様な紛い物の力に支配された。 機体の力を己の力だと勘違いして慢心し、私自身の弱さから目を逸らしていた……!」

 

頭を抱え込み、後悔する様に震えた声音のボーデヴィッヒ。

 

「……このまま、私を殺してくれ」

 

静かに伝えられたのは、そんな言葉だった。

 

「このまま機体に取り込まれていては私の命は無い、だがそれだと機体が暴走してお前達に危害を加える……いや、もう危害は加えているんだろう? 機体ごと私を切ってくれ、私はこの機体と共に死ぬ、それで罪滅ぼしには決してならないがこれ以上お前達を、他人を傷付けたく無い……自分勝手な言葉だと重々承知しているが、頼む……」

 

顔を伏せながら身体を震わせるボーデヴィッヒに、ゆっくりと歩み寄る。

 

そのまま傍に立ち、未だに顔を伏せ続けるボーデヴィッヒへと言葉を投げ掛けた。

 

 

「一つ聞きたい、遺伝子強化試験体というものを知ってるか?」

 

 

「っ!? な、何故お前がそれを知っている!?」

 

「……そうか」

 

初めて見た時に似てると思ったが、やはりそういう事だったか。

 

身体をビクリと震わせて顔を上げたボーデヴィッヒに、膝を着いて目線を合わせ……ゆっくりと、頭へと手を乗せた。

 

「っ!?」

 

「……その言葉を知っている理由、そしてお前がその遺伝子強化試験体だと知ってる理由だが、俺の妹がお前と同じだからだ」

 

「妹……だと……? そ、そんな筈が無い! 私以外の遺伝子強化試験体があの研究所から出ている筈が……!」

 

「あぁ、俺も一人だけだと思っていた……俺の妹、クロエ・クロニクルは処分される寸前の所を束が助け出した。 その後研究所は束が研究者諸共完全に潰したからクロ一人だけだと思っていたが、まさかお前も同じだったとはな」

 

「そんな……」

 

「……お前は家族も肉親もいないと言ったが、クロは俺と束という家族が出来た、俺も肉親がいなかったがクロと束の二人が本当の家族と思える程に大切な存在になった。 そして今は二人だけじゃ無い、セシリアという心から大切な存在の恋人がいて、一夏に鈴、シャルロット、他にも友人が出来た……お前にも大切な存在がいたんじゃないのか? 今まで生きて来た中で支えてくれた奴が本当にいなかったのか?」

 

「……部下が、部隊の仲間が、いた」

 

「なら、その支えてくれた部下を置いてお前は一人でこんな所で死ぬと言うのか? このまま何も知らずに死ぬのか?」

 

「……嫌だ」

 

静かに口にされた言葉、更にその瞳から涙が溢れた。

 

「嫌だ……私は、好きで一人になったんじゃ無い……仲間が、友人が……家族が、欲しかった……このまま一人で死にたくなんて無い……! もっと生きたい! 生きて、今まで知らなかった家族の温かさを、友人や仲間と過ごしてみたかった……! 教官に、もう一度指導して貰いたかった、あの時の様に傍にいて欲しかった……もう、一人は嫌だ……嫌なんだ……!!」

 

「……その言葉、忘れるなよ」

 

泣きじゃくり、感情のまま叫ぶボーデヴィッヒの腕を掴んでそのまま強く引いて立ち上がらせる。

 

初めはこいつの事を知らなかったからセシリアの件で殺そうと思ってしまったが、こいつはクロや俺と同じだ。

 

人の優しさと温もりを知らないが故に他人への接し方がわからない、歩み寄る事を恐れていた、あの頃の俺達と。

 

もし今の言葉で変わる意思が無ければこれ以上手を差し伸べる事はしなかったがこいつ求めた、変わる意思を、変わりたいという意思を示した。

 

なら俺のやる事は一つ、こいつをここから助け出す事だけだ。

 

「……あぁ、一つ言っておくが、きちんとセシリアと一夏、それに他の奴らにも謝って貰うからな?」

 

「っ……謝り、たい。 決して許されないだろうが、例えどんな罰を受けようが……謝りたい……」

 

「それはお前次第だ。 まぁ、セシリアと一夏は許してくれるだろうがな」

 

「な、何故そう思うんだ……? 特にセシリア・オルコットは許す筈が……」

 

「許すさ、二人の優しさはよく知っている……他の誰でも無い、俺の大切な恋人と親友だからな」

 

目を白黒させるボーデヴィッヒの腕をしっかりと掴んだまま、意識を集中させる。

 

 

この場所から出て、決着を着けないといけないからな。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

意識がはっきりとして来ると、目の前には奴の姿、そして斬り裂いた身体へと腕を突っ込んでしっかりと掴んでいた。

 

戻って来れたな……なら、やる事は一つだ。

 

絶対に、離すものか。

 

「おおおおおおおおおっ!!」

 

全力で突っ込んだ腕を引き抜けば、斬り裂いた隙間からボーデヴィッヒの身体が出てきた。

 

搭乗者がいないにも関わらず、奴の身体が再生しようと蠢いている。

 

ボーデヴィッヒの身体をしっかりと抱え、素早くその場に身体を屈ませた。

 

「一夏!! やれ!!」

 

「らああああああっ!!」

 

一閃。

 

ブレードから眩い閃光を纏わせ、一夏が全力の一撃を奴へと叩き込んだ。

 

 

 

暫しの静寂。

 

やがて、ゆっくりと奴の身体が後ろへと倒れたと同時に表面を覆っていた黒いヘドロ状のものが消え失せ、ISが待機状態へと戻った。

 

……終わったな。

 

「悠斗!」

 

「一夏、よくやってくれた」

 

「当たり前だろ! 悠斗が考えた作戦なんだから失敗する筈無いってわかってたからな!」

 

「……ふっ、そうか」

 

ゆっくりと立ち上がり、一夏の方へと向き直ると一夏は俺に拳を向けていた。

 

その拳に自らの拳を強くぶつければ、途端に一夏の顔には満面の笑みが浮かぶ。

 

その瞬間、アリーナ内に爆発的な歓声が沸き上がった。

 

観客席へと視線を向ければ、避難したと思っていた生徒や各国の有力者共が此方に向かって歓声を送っている。

 

「……失敗していたらどうするつもりだったんだ」

 

「まぁ良いじゃんか、それよりボーデヴィッヒは大丈夫なのか……って、うわぁっ!?」

 

突然、一夏が奇声を発したかと思えば身体ごと俺から視線を外した。

 

更によく見ると首から上が何故か真っ赤になっている。

 

「どうした?」

 

「い、いや! お、俺は見てないぞ! 断じて見てないからな!!」

 

何を言っているんだ?

 

不思議に思いつつ、抱えたボーデヴィッヒへと視線を下げた。

 

 

…………何故、服を着ていないんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、駆け付けた教師にボーデヴィッヒを預け、引き止めようとする織斑千冬を躱しつつ控室へと戻って来た。

 

この有り様ではトーナメントの続行は無理だろう、そのまま着替えて控室から廊下へと出る。

 

「悠斗さん!!」

 

廊下へと出て直ぐ、隣から掛けられる声と駆け寄って来る足音。

 

声を聞いて直ぐに誰であるかを理解し、飛び付いて来る身体を受け止めしっかりと抱き締めた。

 

「ただいま、セシリア」

 

「悠斗さん……良かった……」

 

俺の首筋に顔を埋める様にして、セシリアは更に強く抱き付いて来る。

 

その背中を出来る限り優しく擦りながら頭を撫でてやる。

 

「……約束したからな、無事に帰ると」

 

「約束はしましたわ……それでも、本当に心配したんですから……!」

 

「あぁ、心配を掛けて本当にすまない」

 

どちらからとも無く一度身体を離し、キスをする。

 

心配を掛けてしまったが、こうして無事に戻って来た、約束を守る事が出来た、こうしてまたセシリアと触れ合う事が出来た。

 

その喜びを噛み締める様に深く、深くキスをする。

 

 

そのまま暫くの間抱き締め合っていたが、ふと遠くから何やら大人数の足音が聞こえて来る事に気付く。

 

視線を向けると、廊下の先から此方へと我先にと駆けて来る奴ら……あれは、観客席にいた各国から来た奴らか?

 

念の為セシリアと互いに一度離れると、周りを取り囲まれた。

 

 

「初めまして! 私はアメリカの……!」

「私が先よ! 私はイタリアの……!」

「私はカナダの……おい! 何をする!?」

「ミスター五十嵐! 聞いた所貴方はまだ何処の国にも属していないとか、是非とも我が祖国ロシアに!」

「ま、待て! 隣にいるのは確かイギリスの代表候補生じゃ!?」

 

 

俺を囲む様にしてそれぞれが好き勝手に口にする。

 

あぁ、そういえば有力者だけで無くこうしたスカウトをする為の奴らも来ているんだったな、道理で全員が流暢な日本語を話せる訳だ。

 

だが正直煩いとしか思えない、どいつもこいつも勝手な事を言いやがって……いや、待てよ?

 

隣に立ち目を白黒させているセシリアへと一度視線を向け、再度周りを囲む奴らへと視線を戻す。

 

「……この中に、イギリスの奴はいるか?」

 

俺の言葉に、周りを囲んでいた奴らは黙り込み視線を一点へと向ける。

 

その視線の先、突然の事に驚きで固まっているスーツ姿で金髪の女がいた。

 

「セシリア、こいつがイギリスの?」

 

「え、えぇ、彼女はイギリスの国防大臣、並びにIS特務議会議長の秘書をしている方で……」

 

「そうか……」

 

大臣、そしてIS特務議会議長の秘書、ならそれなりの権力がある筈だな。

 

「あ、あの! 改めて自己紹介を、イギリス国防大臣、IS特務議会議長の秘書を務めておりますエラ・トンプソンです!」

 

「既に知っていると思うが、五十嵐悠斗だ」

 

「勿論知っております! それで、その……私に何か御用が?」

 

「国防大臣秘書、IS特務議会議長秘書という肩書きのあるあんたに頼みたい、イギリス国家に許可を貰って欲しいんだが」

 

「許可、ですか……?」

 

「あぁ、イギリスに俺の入国許可を取って欲しい」

 

そう口にした瞬間、周囲の空気が変わった。

 

その場にいる全員が驚愕の表情で俺を見てくる。

 

隣に立つセシリアまでもが驚きを隠せない様子で俺を見上げていた。

 

「ま、待って下さい! そ、それはどういう意味でしょうか!?」

 

「事情があって俺は戸籍が無くてな、パスポートが作れないからイギリス側に入国出来る様に特別な許可を出して欲しい。 勿論タダとは言わない、俺のデータかもしくはそれ以上の条件を提示出来るが……どうだ?」

 

「え、あ、えっと……す、直ぐ本国に連絡を入れます! ご希望通り入国の許可を取りますので!」

 

「ま、待ってくれ! 我が国も許可を出す!」

「なら此方は国賓並みの待遇を出しましょう!」

「いや! 是非とも我が国に!」

 

「……はぁ、おい、何か勘違いしていないか? 俺が入国の許可を出して欲しいのはイギリスで、他の国に興味は無いんだが?」

 

急に騒ぎ出す周りの奴らにそう言葉を投げ掛ければ、途端に口を閉じて静まり返る。

 

「あの、何故それ程までにイギリスを? ミス・オルコットと一緒にいる事と何か関係が……?」

 

女、確かエラ・トンプソンとか言ったな?

 

その質問に全員の視線が集まったが……口で説明するのが面倒だな、それに話を長引かせるつもりも無ければ他の国の奴らにもこれ以上面倒な勧誘紛いの事を言われたく無い。

 

「ゆ、悠斗さ……んっ!?」

 

隣に立つセシリアを抱き寄せ、そのまま驚いて何かを言い掛けるセシリアの口をキスで塞いだ。

 

静まり返る周囲、中には呆然と膝を着く奴もいる。

 

そのまま少しの間キスを続け、ゆっくりと唇を離した。

 

「……これが理由だが、他にまだ必要か?」

 

そう問い掛ければ女は呆然と口を開け、少し頬を赤らめながら何度も首を横に振り慌てて連絡を始めた。

 

「許可が取れたら学園に直接伝えてくれ、話は終わりだ」

 

それだけ伝え、取り囲む奴らの間を顔を真っ赤に染めたセシリアを連れてその場を後にした。

 

 

 

 

 

「すまないな、急な事を言ってしまって」

 

暫く歩いてからセシリアへと声を掛ける。

 

「ほ、本当に驚きましたわ……ですが、何故悠斗さんはあの様な事を?」

 

「……理由は二つ、一つはセシリアと付き合って行く上で両親の墓参りをしたい」

 

「わ、私の、両親の……?」

 

「両親にとって大事な一人娘であるセシリアと付き合うんだ、俺なりにそれ相応の誠意を示したい。 そして二つ目、セシリアが目指すのはイギリスの国家代表だろう? 今日本から国家代表になる提案を受けているが俺はセシリアと離れたく無い……だから、イギリスに交渉してイギリス国籍が取れたらと思ってな」

 

俺の言葉に、セシリアは驚き目を見開いた。

 

「……迷惑、だったか?」

 

固まったまま何も言わないセシリアに、不安になってそう尋ねる。

 

もしセシリアがそんな事を望んでおらず、俺が日本に残る事を望んでいたとすれば先程の俺の提案はセシリアにとって迷惑でしか無い。

 

セシリアの、答えは……。

 

「っ……悠斗さん!!」

 

「っと……」

 

突然、セシリアが強く抱き付いて来た。

 

しっかりと俺の背中に腕を回し、胸元へと顔を埋める。

 

「迷惑だなんて思う筈がありませんわ……とても、とても嬉しいですわ……」

 

「本当か……?」

 

「……私、不安だったんですの。 悠斗さんの実力であれば必ず国家代表になる筈、その時は日本の代表になると思っていました。 そうなれば、いずれ私がイギリスに帰国してから簡単に会う事が出来なくなる……悠斗さんと離れ離れになるのは嫌ですが国家代表という地位に就くという事は特別な事、私の勝手な我儘で悠斗さんに迷惑を掛けたく無いと、そう思っていました」

 

静かに語るセシリア、俺は何も言わずに聞き続ける。

 

「ですから、悠斗さんがそう言って下さった事が、私と離れたく無いと言って下さった事が、とても嬉しいですわ……」

 

「……それが俺の本心だ。 セシリアと一緒にいたい、この学園を卒業した後もずっと」

 

「……私も、悠斗さんとずっと一緒にいたいですわ。 最期まで、片時も離れたくありません」

 

「セシリア……」

 

「悠斗さん……」

 

互いに見つめ合い、どちらからとも無く顔を寄せてキスをした。

 

 

国家代表が複数人就く事が出来るかわからないが、もし可能であればセシリアと二人で国家代表に……いや、セシリアにとって目標であった地位だ。

 

仮に国籍が取得出来たとしても国家代表の地位はセシリアに、俺はその補佐に就ければ良い。

 

まだ気の早い話かもしれないが、卒業までの期間で今よりも更に実力を付ければ必ず可能な筈だ。

 

……だが一先ずは、残りの問題を片付けるのが先か。

 

そう結論付け、セシリアに一言断りを入れてから通信を繋げるのだった。



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第70話 親子


久しぶりの投稿です。
読んで頂いている皆様、更新が遅れてしまい大変申し訳ございません。
仕事とプライベートと何方も忙しかったもので……け、決して某ウマ育成ゲームに熱中し過ぎていた訳ではありませんよ(汗)



場所を移し、一度俺の部屋へと戻って来た。

 

ベッドに座り、隣にはセシリアが。

 

そしてもう一つあるベッドに先程ISのプライベートチャネルで呼び出した一夏と鈴、そしてシャルロットの三人が座っている。

 

「えっと……悠斗? 何かあったのか?」

 

一夏が無言の空間に耐えられなかったのか口を開いた。

 

「あぁ、とりあえずボーデヴィッヒの件は片付いたが問題はもう一つあるだろ?」

 

「もう一つ?」

 

「シャルロットの事だ」

 

「えっ? ぼ、僕……?」

 

名前を呼ばれたシャルロットは驚いた様子を見せる。

 

性別を偽っての編入、そして俺と一夏のデータを盗む様に親から言われたとの事だが、束の調べを聞いて引っ掛かった為に更に調べて貰っていた。

 

そして先程束からの追加報告があり、確かめる事が出来たのだ。

 

「お前の親が今までお前に対して行って来た仕打ちだが、恐らくお前に何か隠している」

 

「……どういう、事?」

 

「前に伝手があると言っていたが……実際に見た方が早いな」

 

黒狼、頼む。

 

『畏まりました主様』

 

黒狼を右腕だけ部分展開して手を開くと、掌から二〇センチ四方程の小さな電子ウィンドウが開かれ、そこにある人物が映し出された。

 

『あーあー、ちゃんと聞こえてるかな?』

 

「あぁ、問題無く聞こえている」

 

『おぉ! 流石私、天才だね!』

 

「た、束さん!?」

「篠ノ之博士!?」

 

『おぉ〜いっくんにりんちゃん、元気〜?』

 

一夏と鈴が驚き、何故か慌てて姿勢を正している。

 

そしてシャルロットは映し出された人物の姿に呆然と目を点にして固まってしまっていた。

 

「束さん、お久しぶりですわ」

 

『うん! 久しぶりせっちゃん! 何だかまた綺麗になった?』

 

「あらあら束さんたら冗談が御上手ですこと、そんな事ありませんわよ?」

 

『それこそそんな事無いと思うよ? むふふ、毎日ゆう君とラブラブだから自然と磨きが掛かってるんじゃない?』

 

「ふふっ、でしたら悠斗さんのお陰ですわね」

 

逆にセシリアは束との会話を楽しんでいる様だ……今度、束にセシリアの回線を教えても良いか聞いてみるか。

 

「し、篠ノ之博士……ほ、本物なの……?」

 

『あ、その金髪がゆう君の相談してきた奴だね?』

 

「あぁ」

 

「は、初めまして! えっと、フランスの代表候補生のシャルロット・デュノアです!」

 

『……これもゆう君の友達?』

 

「こ、これって……」

 

束の言葉に戸惑うシャルロットだが、いつもの事だから仕方無い。

 

「そうだな、まだ出会って日は浅いが俺は一夏や鈴と同じ様に大切な友人だと思っている」

 

「ゆ、悠斗……!」

「な、何か恥ずかしいわね……」

 

『ふーん……わかった。 ん〜シャルロット……シャル……あ〜ネタが浮かばないや、また今度までに呼び方は考えておくね』

 

「えっと、はい……?」

 

「束、シャルロットに説明を頼む」

 

『任せてゆう君! と言っても、ゆう君に頼まれたから君の親の事を調べてたってだけなんだけどね』

 

「えっ? ぼ、僕の親を……? 」

 

『君を男として編入させてゆう君といっくんの機体データを盗む様に指示した事だけど、調べてみたらな~んか怪しいんだよね』

 

「怪しいとは、どういう事ですの?」

 

『ん〜それがわからないんだよね、君が今まで何度か報告していたと思うけど、その報告を受けて何か開発に取り組んでいるかと思えばな〜んにも作って無いんだよね。 私ってISとか科学的なものには強いけど人間の精神とか心理学的な……所謂人の感情、って言えば良いのかな? そういうのに関して大事な人ならまだしも興味の無い有象無象はからっきしだからどんな考えかはわからないや。 ただ一つ言えるのは、その指示には何か理由があるって事は確かだよ』

 

「デュノア社の技術の為だけじゃ無い、という事か……」

 

シャルロットの話を聞く限り、実の子供を利用して技術を盗もうとしていただけにしか思えなかったが。

 

……ここは、仕掛けてみるか。

 

「一つ提案がある、だがそれは賭けだ。 成功する可能性は限り無く低い上にシャルロットを深く傷付ける事になり兼ねない」

 

俺の言葉に、全員の顔が俺に向けられる。

 

「だがこのままだと、シャルロットと父親の間に蟠りが残り続ける。 血の繋がった肉親ならそういった蟠りは無くすべきだと思うんだが、どうする?」

 

俺の問い掛けに、迷っているのか顔を俯かせるシャルロット……確かに簡単には決断は出来ないだろうな。

 

 

 

その時、隣に座るセシリアが立ち上がったかと思えばシャルロットの傍に行き、膝の上で握り締められていた手を優しく包み込んだ。

 

「シャルロットさん、大丈夫です」

 

「えっ? セ、セシリア……」

 

「不安なのは大いに理解出来ますわ、しかし悠斗さんがそう仰るのですから大丈夫です」

 

「でも……」

 

セシリアの言葉にまだ不安が消えないシャルロット、その時。

 

「大丈夫だろ!」

 

突然大きな声でそう口にした一夏に、全員の視線が一夏へと集まる。

 

「他の誰でも無い悠斗が考えたなら失敗なんかする訳が無いって! 今日だって悠斗が考えた作戦でボーデヴィッヒに勝ったんだぜ? だから大丈夫だ!」

 

「そうね、何やかんや言っても悠斗が考える作戦は上手く行くし……たまに力でゴリ押しするけど、そんじょそこらの奴らとは比べ物にならないくらいに信用出来るわよ」

 

一夏に次いで鈴の言葉に呆気に取られるシャルロット、かく言う俺も二人の言葉に思わず何も言えなくなる。

 

「シャルロットさん、織斑さんと鈴さんが仰った様に悠斗さんが考えた作戦ならばきっと上手く行きますわ。 それとも、悠斗さんや私達の言葉は信じられませんか?」

 

「そ、そんな事無いよ! 皆は、こんな僕の事を許してくれて、友達だって言ってくれて……」

 

「それならば、信じて下さいませんか? 悠斗さんの事を、私達の事を、きっと上手く行きます……ですから、信じて下さい、ね?」

 

セシリアに諭す様に言われたシャルロットだが、顔を俯かせてしまった。

 

恐れ、葛藤、様々なものが渦巻いているのだろう。

 

父親に引き取られてから今まで受けて来た仕打ち、それが父親の本心からのものなのか、それとも何らかの理由による偽りの姿だったのか。

 

もしそれが本心からのものだった場合、深く傷付くのは他の誰でも無い自分自身、恐れるのは当然だ。

 

シャルロットが望まないと言うのであれば、これ以上俺達は何も言わずにこのまま何もせずに他の方法を卒業までに考えるしか無い。

 

震える身体、しかし、拳を強く握ったかと思うと顔を上げ真っ直ぐに俺を見据えて来た。

 

その表情に、先程までの不安の色は無かった。

 

「僕、皆を、お兄ちゃんを信じる。 このまま逃げていたっていつまでも変わらない……例えどんな答えだとしても、向き合わないといけないから」

 

「シャルロット……」

 

「それに、もしお父さんが僕の事を見放したとしても、僕にはお兄ちゃんが、皆がいる。 例えデュノア社に僕の居場所が無くなっても、僕にはこの場所がある。 卒業までに身の振りを考えれば良いだけだから……僕は、皆を信じるよ」

 

「……そうか、ありがとう」

 

眩しい程の笑みを浮かべるシャルロットの頭へと手を伸ばし、そのまま優しく撫でてやる……勿論、直ぐ隣にいるセシリアも撫でる事を忘れない。

 

「よし! 決まりだな! それで悠斗、どんな作戦なんだ?」

 

一夏の言葉に全員の視線が俺に集まる。

 

誰一人として疑っていない、皆が俺を信じている真っ直ぐな瞳だった。

 

……先程も言った様にこれは賭けだ、だが皆が信じてくれているんだ、決して失敗する訳にはいかない。

 

『主様、大丈夫で御座います』

 

黒狼?

 

『奥様や皆様の仰る通り、主様の考えた作戦ならばきっと上手く行きます。 勿論、私もそう信じております』

 

……そうか、ありがとう黒狼。

 

『ふふっ、主様に仕える身として、そして主様の専用機として、当然に御座います』

 

……本当に、俺には勿体無い奴らばかりだ。

 

「今からやる事はシャルロットは勿論、束の協力が必要なんだが……頼めるか?」

 

「うん!」

『勿論! 束さんにお任せあれ!』

 

「ありがとう……なら、説明するぞ」

 

皆に、作戦の概要を伝えた。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

束のハッキングにより、テーブルの上に置かれたPCの画面に件の相手であろう金髪で顎髭を生やした厳格な男が映し出された。

 

こいつがシャルロットの父親、アルベール・デュノアか。

 

「こっちの声は聞こえるか? あぁ、そもそも日本語は通じるか?」

 

『……何故、この回線を知っている? そもそも貴様は一体……』

 

「日本語はわかるのか、なら話は早いな。 俺は五十嵐悠斗、今世界中で騒がれている二人目の男性操縦者だ」

 

『っ……! ならば尚更、そんな人間が何故私に?』

 

「心当たりは無いと白を切るのか? お前の"一人娘"の事だ」

 

俺の言葉に、男の顔付きが変わる。

 

『な、何を……』

 

「三人目の男性操縦者として学園に送り込んだらしいが、随分とお粗末な変装だったな? あれでバレないとでも思っていたのか? ……あぁ、もし疑っているのなら証拠でも見せるか?」

 

そう言って、男に見える様にある物を掲げた。

 

『っ!?』

 

男の目が驚きで見開かれる。

 

掲げた物、それは金の細工が施されたネックレスだった。

 

「……確か、お前の妾だったシャルロットの実の母親の形見、だったか?」

 

『き、貴様……! な、何をした!?』

 

「おかしな事を聞くな? 俺と一夏のデータを盗む様に指示したのはお前だろう? そしてそれは、決して許されない犯罪である事を理解している筈だ……あぁ、安心しろ、学園側には報告はしていない。 せっかく手に入れた"玩具"を手放すのは惜しいからな」

 

『な、何を言って……』

 

 

 

「むーっ!! んんっ!!」

 

 

 

『っ!? ま、待て! 今の声は!?』

 

「言っただろ? 玩具を手に入れたと……良い声と表情をしてくれるな、お前の娘は」

 

男には見えない画面の外へと意味深に視線を向けながらそう告げれば、男の顔から見る見る内に血の気が引いて蒼白になっていた。

 

「この学園で男は肩身が狭くてな、周りに女しかいないと言っても下手に手を出せなかったんだがこれで"色々と"解消出来そうだ……今言っていた要件だが、このままシャルロットを俺達に渡してくれたら性別を偽っている事は黙っててやっても良い。 何ならお前が今喉から手が出る程に欲しがっている俺達の機体データ、それで足りなければ伝手があるから第三世代機の開発データを渡してやっても良いぞ、悪い話じゃ無いだろう?」

 

俺の言葉に、男は呆気に取られているのか口を開けたまま微動だにしない。

 

「ん? 疑っているのか? 簡単な話だ、お前はシャルロット、俺達はISのデータ、お前にはメリットしか無い条件だ」

 

男は、何も答えない。

 

「どうせ妾の子だろ? お前にとって邪魔でしか無かった娘を有効活用したらどうだ?」

 

再度、問い掛ける。

 

肩を震わせる、男の答えは……。

 

 

 

 

『ふざけるな!!』

 

 

 

凄まじい怒声と共に、男が勢い良く机を叩き一瞬向こう側の画面が激しく揺れる。

 

「……何がだ? お前は実の娘を使い捨ての駒として学園に寄越したんじゃ無いのか?」

 

『そんな筈があるか!! あの娘は、シャルロットは、私の大切な一人娘だ!! 貴様等の様な下衆に娘を渡す筈があるか!! 今すぐ娘から離れろ!!』

 

「それはおかしな話だな、話を聞いた限りお前が今までシャルロットにやって来た事は決してお前の言う大切な一人娘とやらにして良い行いじゃ無かった様だが?」

 

『っ……確かに、あの娘には酷い行いをした、だがそれは……あの娘を守る為には仕方無い事だった。 だが、私にとって……いいや、"私達"にとって、あの娘は掛け替えの無い大切な娘だ!!』

 

「ほう……?」

 

成程、二人共か。

 

『シャルロットにそれ以上手を出してみろ!! 私自らの手で貴様を殺してやる!! 必ずだ!!』

 

 

激昂する男、その目は敵意を向き出しにしており決して今の言葉が嘘では無い事を物語っている。

 

……賭けに、勝った。

 

 

「……だそうだ、シャルロット」

 

PCを横へとずらし"ずっと隣に並んで座っていた"シャルロットを映した。

 

『…………は?』

 

男が間の抜けた声と共に固まった。

 

その目は俺とシャルロットを交互に映し、シャルロットの隣に寄り添う様に座るセシリアを映し、更には俺達の後ろで演技していた鈴とその隣に立つ一夏を映し、理解出来ずに混乱している事が見て取れる。

 

『なん……で……どう、して……』

 

「……お父さん、今のは、どういう事なの?」

 

シャルロットが問い掛けるが、未だに混乱している為に何も答えられずにいる男へとここで種明かしをする。

 

「初めから目的はお前の本心を暴く事だ。 お前が本当にシャルロットの事を使い捨ての駒にしか思っていなかったのか、実の子供だと思っていなかったのかをな……ちなみに一応言っておくが、シャルロットには何もしていないからな」

 

ん? いや、そういえば一夏は以前の事があるから何もしていない訳では無いが……まぁ良いか。

 

『……私は、まんまと嵌められた訳か』

 

一度大きく息を吐き出し、男が顔を手で覆いながら宙を仰ぐ。

 

「……お父さん、説明して」

 

再度シャルロットから問い掛けられ、男はやがて諦めた様にゆっくりと語り出した。

 

『……お前を引き取った時、私は真っ先にお前をデュノア社の、私の跡取りとして迎え入れるつもりだった。 当然だ、血の繋がりの無い、地位を求めるだけの欲に塗れた者達を跡継ぎにする気は微塵も無かったからな』

 

シャルロットに促され静かに語るその言葉を、俺達は黙って聞き続ける。

 

『だが、それを知った者達がお前の暗殺を企てている事を知ったんだ、私の血の繋がった肉親を消し、デュノア社社長という地位と権力を欲するが故にな』

 

「……じゃあ、今までのは」

 

『……今更何を言っても言い訳にしか聞こえないかもしれない、都合の良い話だと思うかもしれない。 だが私にとって、お前もお前の母親も、心から愛する大切な存在だった。 それだけは決して揺るぎ無い、私の本心だ』

 

「っ……!」

 

『本当に、すまなかった』

 

画面の向こうで、深く頭を下げながら謝罪の言葉を口にする男にシャルロットは顔を俯かせて肩を震わせていた。

 

「……今までの事は……全部、僕の為に?」

 

『……そうだ』

 

「……"あの人"も、同じだって言うの?」

 

『……妻も、私と同じくらいお前の事を大切に想っている』

 

「……何なのさ、それ」

 

『……お前の身を守る為にはああするしか無かった、IS学園に入学出来れば一時凌ぎとは言え身の安全は確保出来る。 学園の教員の一部には事情を説明して例え性別が知れてしまっても対処してくれる様に頼み込んでいた。 私が見放した様に、使い捨てのスパイとして送り出せば暗殺を企てていた者達が油断して尻尾を掴めると思ったんだ。 だが、その結果お前を悲しませてしまって……私は、父親失格だ』

 

「……ぃでよ」

 

『シャ、シャルロット……』

 

「ふざけないでよ!!」

 

シャルロットの口から放たれたその言葉、そして次の瞬間シャルロットは勢い良くテーブルを叩きながらPCへと詰め寄った。

 

「僕が、僕が今までどんな気持ちだったか知ってるの!? 味方なんて誰もいない、居場所は何処にも無い、誰も頼れない! 僕が今まで、今までどんな気持ちだったか……!!」

 

大粒の涙を溢しながら、シャルロットは大声で訴える。

 

「お母さんが死んで、僕が唯一頼れるのはお父さんだけだった! それなのにあんな仕打ちを受けて! スパイ紛いの事をさせて、学園で出会った皆を騙すなんて最低な事をさせて! お父さんが憎くて、憎くて堪らなかった! それなのに……っ!」

 

『シャル、ロット……』

 

「全部、僕の為にして来た事だなんて、何も知らなくて……今更僕の事を、お母さんの事を愛してるだなんて言って……」

 

溢れる涙を何度も拭うシャルロットに、男は何も言う事が出来ずに沈痛な面持ちで俯いていた。

 

「狡いよ……僕は、お父さんにとって、あの人にとって、邪魔な存在でしか無いと思っていたのに……そんな事……」

 

『……邪魔だなんて思う筈が無い、お前を引き取ったあの日から……いいや、お前という命が彼女に宿ったあの日から、お前は私にとって大切な娘だ』

 

ゆっくりと、溢れる涙はそのままに、シャルロットが顔を上げて男を真っ直ぐに見つめながら上擦った声で尋ねる。

 

「……僕は、お父さんの子供でいて良いの? 僕の居場所は、そこにあるの?」

 

『……当然だ、誰に何を言われようと、お前は私の娘だ。 ここが、この家が、お前の帰る家だ』

 

「っ……! う、ぁ……うわああああああん!!」

 

大声で泣き出すシャルロットを、セシリアが立ち上がりそっと抱き締める。

 

その胸元に顔を押し付け、爆発した感情のままに、シャルロットは泣き続けた。

 

その姿から視線を外し、先程よりも何処かすっきりとした表情を浮かべていた男へと向ける。

 

「アルベール・デュノアだったな? 本心を教えてくれて感謝する」

 

『……よく言う、全て君の作戦では無いのか?』

 

「確かに提案したのは俺だが、協力してくれる心強い仲間がいたから成功したんだ。 何より、シャルロットが決断してくれたからこそ決行出来た訳だからな」

 

『……成程、各国で流れる噂を聞いてはいたがまさかこれ程とは』

 

……噂って、一体どんな噂が流れているんだ?

 

その時、束から通信が入った。

 

「どうだった?」

 

『通話履歴にメール、その他諸々調べて暗殺に関わった奴らは全員特定出来たよ。 まぁ束さんの手に掛かればちょちょいのちょいだね』

 

「そうか、ありがとう束、そのリストと"例のもの"を向こうに送ってくれ」

 

『オッケー! 任せてよ!』

 

例のもの、それは…‥今、デュノア社が直面している問題である第三世代機の開発データだった。

 

「……すまないな、結局束に任せっきりな上に貴重なデータを……」

 

『ゆう君、謝らないで? 私にとって今更第三世代機の開発データなんて大して重要なものでも無いし、そんな事よりも私はこんなにゆう君が頼ってくれる事の方が嬉しいんだから』

 

「それでもだ、結局俺は束に助けて貰ってばかりだろ、今回の事も実際は束や皆が協力してくれたから実現したものだ」

 

『……あのねゆう君、ゆう君と出会ったあの日から、私はゆう君の助けになろうって決めたの。 でもそれは安い義務感とか正義感なんかじゃ無い、あの日から私にとってゆう君は家族として大切な存在で、家族なら助けて当然でしょ? だから謝らないで、お礼を言ってくれた方が束さん嬉しいな?』

 

「束……ありがとう、本当に、ありがとう」

 

『うんうん、やっぱりその方が良いね! それじゃ送るよ?』

 

「あぁ、頼む」

 

視線をもう一度男へと向ければ、束が送ったデータに気付いたのか何やら操作している。

 

『こ、これは……』

 

「通話履歴やメール等を調べてシャルロットの暗殺に関与していた奴らの一覧リスト、それから第三世代機の開発データも一緒に送られている筈だ」

 

『ば、馬鹿な!? 一体どうやって……!? それに第三世代機の開発データをこんな簡単に提供するなんて……!?』

 

……構わないか。

 

「さっき言った俺の伝手である篠ノ之束が今の一瞬で調べてくれた、どんなものよりも信用出来るデータだ」

 

『篠ノ之……し、篠ノ之博士!? そ、そんな!? 君は彼女と面識があるのか!?』

 

「……束は俺の大切な家族だ、今回シャルロットを救う為に協力して貰っていた」

 

『家族……いや、そうか、君が言うのならば真実だろう。 本当に、君には感謝してもし切れない』

 

「感謝すべきは俺では無く決断したシャルロットとデータを提供した束の二人だ、俺は何もしていないからな」

 

『……君程の素晴らしい男がいるとは、是非とも我がデュノア社に欲しい人材だ』

 

「は?」

 

『まだ会って間も無い筈の娘が君を信じ決断した事も、あの篠ノ之博士が他人である私の私情の為に協力してくれた事も、そして今君の周りにいる子達も君の為に協力してくれたのだろう? 君は何もしていないと言ったが、普通の人間にここまでの事は出来ない。 君には人を惹きつける魅力やリーダーとしての素質があると見た』

 

「いや、俺は……」

 

「ふふっ、正しく仰る通りですわ」

 

いつの間にか隣に立っていたセシリアが俺の腕を抱き締めながら突然そんな事を口にした。

 

『君は……確か、イギリスの代表候補生のセシリア・オルコットさんだったかな?』

 

「はい、貴方の仰る通り悠斗さんは周りの方を惹きつける魅力があるのです。 私や皆さんが決断し協力出来たのも悠斗さんが考えた作戦があったからです、流石は私の愛する方ですわ」

 

『愛する……つまり、君達は……』

 

「えぇ、私と悠斗さんはお付き合いさせて頂いてますわ」

 

『成程……では私が誘っても無理か、君さえ良ければ卒業後に我がデュノア社に来て欲しかったが』

 

「生憎だが、卒業後もセシリアと共にいるつもりだから無理だな」

 

そう答えればセシリアが腕から身体へと抱き着くのを変えた為にしっかりと抱き止め、そのまま背中と頭を撫でてやる。

 

『流石に恋仲である若者を無理矢理引き離す様な外道では無いさ』

 

「そうか、俺からの話は以上だ。 そっちにはやる事があるだろうからこれで……」

 

そこで、直ぐ傍でいつの間にか泣き止んで俺とセシリアを見て何やら目を輝かせているシャルロットが目に入った。

 

「……終わらせるが、親子水入らずで話したい事があるんじゃ無いのか? 束が弄っているから盗聴や傍受される危険性も無い、勿論話している間俺達は部屋から出ている」

 

『……すまない、君からのこの恩は必ず返そう』

 

「何も返す必要は無い、俺はただ友人を助けただけだからな」

 

『……そうか、本当に、ありがとう』

 

「礼はいらない……シャルロット、そういう事だから俺達は行くぞ、話が終わったら教えてくれ」

 

「……うん、本当にありがとう"お兄ちゃん"」

 

『……ん? んんっ!? お、おに……シャ、シャルロット!? 今何て言った!? き、君! シャルロットは友人だと……ま、待ちたまえ!』

 

後ろから聞こえて来る声を無視し、セシリア達を連れて部屋から出た。

 

 

 

 

最後はどうであれ、これでシャルロットの親との蟠りは消えたな……本当に、良かった。

 

「へへっ、流石悠斗だな!」

「そうね、やっぱあんたは凄いわ」

 

廊下へと出て直ぐに一夏がそう言って俺の肩を、鈴も俺の背中を叩いて来た。

 

突然の事に思わず文句を言いそうになったが、二人共満面の笑みを浮かべていた為にその気は失せてしまった。

 

「俺一人じゃ無い、シャルロットと束が協力してくれて、皆が俺の事を信じてくれたから成功したんだ。 だから改めて礼を言わせてくれ、ありがとう二人共」

 

「謙遜すんなって! マジで凄かったぜ!? 悠斗にあんな演技力あると思わなかったよ!」

 

「…………そうだな」

 

「ん? 何かあったのか?」

 

「…………いや、何でも無い」

 

「いや何でも無くは無いだろ? 滅茶苦茶目泳いでるし、悠斗のそんな顔初めて見るぞ?」

 

「…………頼む、それ以上聞かないでくれ」

 

俺の訴えに、一夏は首を傾げつつもそれ以上何も追及して来なかった。

 

……流石に、な。

 

 

 

 

「ふふっ、うふふふふっ」

 

「……ねぇセシリア、まさかとは思うけど、あんた」

 

「えっ? 何でしょう?」

 

「……いや、やっぱいいわ、聞いたら何か悠斗が可哀想だから」

 

 

隣で行われる会話を聞き、内心で鈴に感謝するのだった。




その後の会話


「でも流石悠斗さんですわ、表情と言い声の抑揚と言い、本当にそうしていたかの様な迫力と臨場感でした」

「いや、まぁ……あ、相手を騙す為にな」

「ふふっ、"あの時"にやって頂いていた甲斐がありましたわね?」

「セ、セシリア、それは……」

「怪我も治りましたし、また"あの時"と同じ様に……お願い出来ますでしょうか?」

「…………ぜ、善処する」


「な、なぁ鈴? 二人は何を話してるんだ?」

「やめときなさい一夏、あれに関わるとろくな事にならないし悠斗の為を思うなら知らない方が良いわ」

「え? そ、そうなのか?」

「……はぁ、このバカップルは……いや、悠斗にはちょっと同情するけど」


『ご安心下さいませ主様、私も先程の演技は素晴らしいものだと感じました。 あの夜の奥様との経験が生かされた、正に主様にしか出来ないものでしょう』

…………黒狼、何も言うな。

『ご謙遜なさらず、奥様のバイタルを見るに主様のあの演技に性的興ふ……』

…………頼むから、黙っていてくれ。


後に鈴は語る、五十嵐悠斗はアルベール・デュノアとの対談よりも、何故かその後の方が疲れ切った表情を浮かべていたと。


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第71話 芽生える感情


またまた間が空いての投稿になってしまいまして申し訳無いです……その、某ウマの女の子育成ゲームのイベントが……。




目を覚まし初めに視界に入ったのは見知らぬ白い天井、そして鼻を突いたのは軍にいた時にもよく嗅いだ事のある匂い……これはそう、消毒液の匂いだ。

 

「……ここ、は?」

 

「目が覚めたか?」

 

口から思わず出た言葉に返事が返って来た。

 

視線を声の方へと向けると、そこには椅子に座り私を見る教官の姿があった。

 

「っ!? きょ、教官!? 何故ここに……ぐっ!?」

 

慌てて起き上がろうとしたその瞬間、身体中を凄まじい激痛が走り呻き声が漏れる。

 

「やめておけ、いくらお前の体内にナノマシンがあるから常人より怪我が治るのが早いとは言えまだ身体にダメージは残っている。 ここは学園の医務室だから何も心配する必要も無い、大人しくしておけ」

 

「医務室……私は、一体何を……」

 

「何があったのか、覚えていないか?」

 

何が……確か、学年別トーナメントで五十嵐悠斗と対峙し、完膚無きまでに叩きのめされて……それから……。

 

そこで浮かんだのは、あの無機質な機械音声だった。

 

「っ……! VTシステム……」

 

「そうだ、お前の機体に何故かあらゆる国家で禁止されている筈のVTシステムが搭載されていた。 全身に残っている筈の痛みはその使用によるものも含まれるだろう……まぁ、腕の骨折は違うが」

 

そう言われてから腕にギブスが巻かれている事に気付く。

 

そうだ、五十嵐悠斗のあの一撃、ISの絶対防御があるにも関わらずそれを破る程の威力の一撃で腕を折られたのだった。

 

……今思えば、よく腕の一本で済んだものだな。

 

「ラウラ、VTシステムが搭載されている事は知っていたのか?」

 

「……知りませんでした。 今まで幾度と無く機体のメンテナンスを行って来ましたが」

 

「……やはり搭乗者にも知らされていなかったか」

 

「……教官、この度は、誠に申し訳ありませんでした」

 

身体を動かす事は出来ない為に言葉だけだが、教官へと謝罪した。

 

「搭載されている事を知らなかったとは言え起動させてしまったのは私の責任、私の不手際と実力不足が招いたもの……処分は、如何様にも受けます」

 

そう告げたが、教官は何も答えなかった。

 

暫しの沈黙が流れるが、私はただ教官の答えを待つ。

 

「……馬鹿物が」

 

しかし、返って来たのは微塵も怒気の含まれていない、優しい声音。

 

そして、教官はそっと私の頭へと手を伸ばすとそのまま……頭を、撫でて来た。

 

「今回のVTシステムの暴走、悪いのはお前では無く機体に搭載した誰かだろうが。 その事に関してお前に処分を下したりはしない……怪我を負ったが、生きていてくれて良かった」

 

突然の事に思わず驚いてしまったが、何故かその温もりに覚えがあった。

 

……何だ? 何故、私はこの温もりを知っている? 今まで、誰かに頭を撫でられた事など一度も……。

 

 

『俺は別に強く無い』

 

 

そこで浮かんで来たのは何故か五十嵐悠斗だった。

 

何故、そこで奴を思い出す? いや、待て……私は何かを忘れて……。

 

 

『その言葉、忘れるなよ』

 

 

……あぁ、そうか。

 

曖昧だった記憶が、漸く鮮明に蘇った。

 

あの謎の不思議な白い空間、あの場所で私は確かに奴と会った。

 

私と同じ遺伝子強化試験体の妹がいるという事を明かされ、こんな私の事を救う為に手を差し伸べてくれた。

 

そしてあの時、私の頭に触れた手から伝わる温もり……たった今、教官に頭を撫でられたものと同じだった。

 

優しく、触れている場所だけで無く心が温かくなる様な感覚。

 

それまでの戦闘での荒く、冷酷で、凶暴的な雰囲気は一切無かった。

 

あれが、あの優しさが奴の……五十嵐悠斗という男の本当の姿だったのかもしれない。

 

そして今、私の頭に置かれた教官の手から伝わる温もりもまた教官が教官たる証、教官の強さの根源なのだろうか。

 

 

「しかし、その前の他の生徒に対する暴力行為に関しては別に処罰を設けるがな」

 

「……当然です、如何なる処罰でも受けます」

 

そう、当然だ。

 

教官が処分を下さないのはあくまでもVTシステムに関してのみ、その前に起こした私の暴力行為は私の意思でやった事だ……どんな罰でも、受け入れる。

 

「そうか……まぁ、学園側からの処分は既に出ているからその処罰の内容に関して私が出せるのは反省文の提出と今後暫くの間の教室や学園内の掃除ぐらいか、今回の相手である生徒同士の個人的な問題は私よりも相応しい奴に任せる」

 

教官のその自虐的な言葉に思わず驚き疑問を抱いたその時、医務室の扉が突然開かれる。

 

視線を向けるとそこに立っていたのは。

 

「……五十嵐、悠斗」

 

「目が覚めたんだな」

 

それだけ言うとそのまま私が横になるベッドへと歩み寄って来る。

 

今の私には何も出来ないが、直ぐ傍までやって来た五十嵐悠斗に思わず顔が強張ってしまう。

 

しかし、そんな私に反して五十嵐悠斗は近くに置いてあった椅子へとただ座っただけだった。

 

「安心しろ、流石に怪我人に対して手を上げたりはしない、そもそも俺個人のお前に対する恨みはもう無いからな」

 

「あ、えっ……?」

 

あの空間で感じた柔らかい雰囲気に、思わず戸惑いを隠す事が出来ず言葉にならない声が漏れる。

 

「腕、悪かったな」

 

「そ、そんな……!? 私はお前に殺されても文句を言えない事をしてしまったんだぞ! それなのに腕の一本で済んでいる上に、助けて貰って……」

 

そうだ、あの時助けて貰っていなければ私の命は無かった。

 

自己満足に過ぎないだろうが私の命でせめてもの罪滅ぼしにと死ぬ事を望んだが、目の前の五十嵐悠斗の言葉に生きる事への執着を持ってしまいそのまま助けられた。

 

「何故、私を助けてくれたんだ……?」

 

「お前が変わる意志を、変わりたい意志を持っていたからな、それにまだセシリアと一夏にきちんと謝って貰っていない。 それが済むまで死なせる訳が無いだろ?」

 

「謝る……その、二人は……?」

 

「セシリアには待って貰う様に言ってある、一夏にも後でそう伝えるつもりだ。 怪我も治っていないのに負担を掛けるつもりは無いからな」

 

負担だなんて……私にそんな遠慮などいらない、今回私がやった事は決して許されないものだ。

 

そう、決して許される筈は無いのだ……それなのに、次いで出た五十嵐悠斗の言葉に私は思わず呆然としてしまった。

 

「だからセシリアと一夏、それから危うく巻き込み掛けた他の生徒に誠心誠意謝罪しろ」

 

…………は?

 

「……ま、待て、そんな、それだけ、なのか? もっと他にあるだろう!? 確かに腕は折られたが、それだけで許される筈が……!」

 

「あの時、あの場所でお前は本心を答えただろ? 確かにお前のした事は許されない事だがお前はまだ変われる……それに、お前は似ているんだよ」

 

「似て、いる……?」

 

一体、何が似ていると言うのだろうか……?

 

「家族や友人、誰かの温もりを知らないが故に誰も信じられない、知る事を、歩み寄る事を恐れている……俺も、そしてお前と同じ境遇で生まれた俺の妹もそうだった」

 

その言葉に、あの空間で五十嵐悠斗が口にしていた言葉を思い出し、傍に立つ教官は何か事情を知っているのか厳しい目を向けている。

 

そうだ、何故家族がいない?

 

その妹ならまだわかる、私と同じ遺伝子強化試験体であれば実験により生み出された所謂試験管ベイビーという存在だから。

 

だが、それならば目の前に立つ五十嵐悠斗は?

 

こいつは私やその妹とは違う筈なのに……。

 

「だが、束はこんな俺達の事を家族だと言ってくれて、ずっと傍にいてくれた。 そしてこの学園に来てセシリアと、一夏と鈴、相川に鏡、布仏とシャルロット、大切な存在と友人に出会う事が出来た……こんな俺も変わる事が出来たんだ、お前も必ず変われる」

 

「……私にも、そんな存在が、出来るだろうか?」

 

「お前の行動次第になるだろうが、必ず出来る」

 

「……そうか……必ず、か」

 

何故だろうか、以前までの私であればそんな上辺だけとも言える言葉を聞いたところで信用なんて出来なかった。

 

決して変わらないだろうと、そんな存在が出来る筈は無いだろうと、諦めていた筈だった。

 

しかし、不思議な事にその言葉は胸にストンと入り込んだのだ。

 

「俺から言いたかったのはそれだけだ……お前も病み上がりだから長居するのも悪いからな、俺はもう行くぞ」

 

その理由を考え込んでいると、五十嵐悠斗はそう言って出て行こうとする。

 

「……あっ、ま、待ってくれ! その……あ、ありがとう……」

 

「礼はいらない、それに俺に出来るのはここまでだからな、ここから先はお前次第だ……まぁ、何かあれば助言くらいは出来ると思うが」

 

「そうか……わかった、その時は、宜しく頼む」

 

「あぁ」

 

それだけ答えると、五十嵐悠斗は一度も振り返る事無く医務室から出て行ってしまった。

 

その後ろ姿が扉により見えなくなってから、ふと私は気付いた。

 

教官以外の誰かに、他人に、素直に礼の言葉を言った事など今まであっただろうか?

 

その時、視線を感じて傍にいる教官の顔を見れば驚きつつも何処か嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

その表情の理由は、今の私にはまだわからなかった。

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 

「あっ、いた! 五十嵐君!」

 

医務室を出て寮へと戻る道中での事、突然後ろから俺を呼ぶ声が響いて来た。

 

振り返ると何やら山田が此方へと駆け足でやって来る。

 

「……何か用か?」

 

「はい! 先程漸く、時間の指定と一先ずは今日だけですけど男子の大浴場の使用許可が出ましたよ!」

 

「……大浴場?」

 

あぁ、そういえば寮に住む事になった際に話に出て、確か一夏がとんでも無い事を口にしていたな。

 

……別に俺は湯船に浸かりたいといった所謂日本人らしい欲求は特に無いんだが。

 

「あ、いたいた! 悠斗!」

 

返答に迷っていると今度は反対側、寮の方から俺を呼ぶ声が。

 

振り返れば声の主、一夏が何やら嬉しそうな表情を浮かべながら駆け寄って来る。

 

「あ、山田先生も一緒って事は悠斗も聞いたか? 大浴場だぜ大浴場! やっぱり日本人なら湯船に浸からないとな!」

 

一夏はそういう考えなのか……いや、恐らく俺が少数派なのだろう。

 

「男同士、二人で裸の付き合いと行こうぜ!」

 

何故か満面の笑みでそう伝えて来る一夏、別に深い意味は無いんだろうがそういう事をこの学園で大声で言わないで欲しい。

 

現に何やら一夏の後を追っていたのであろう集団がその言葉を聞いて騒いでいる。

 

……また碌でも無い事を言い触らされそうだ。

 

「……はぁ」

 

「ん? どうかしたのか?」

 

まるで気にしていない様子の一夏……いや、気にしていないのでは無く気付いていないのだろう。

 

それに、恐らくは。

 

「一夏、耳を貸せ」

 

そう伝えれば一夏は首を傾げつつも顔を寄せて来る。

 

その行動で更に騒ぐ声が大きくなるがこの際無視だ、そんな事よりも問題がある。

 

「山田は男子の使用許可と言ったな?」

 

「あ、あぁ、そうだけど?」

 

「お前、何か忘れていないか?」

 

「忘れてる事? 別に男子が大浴場を使えるってだけで何も……あっ」

 

「……はぁ、気付いたか? シャルロットが性別を偽っている事を」

 

そう、この学園で男子と言えば実際は俺と一夏だけだが、シャルロットは性別を偽って男子生徒として編入しておりまだその事実を学園側に伝えていない。

 

その状況で大浴場の使用許可を出されても困る。

 

「あ、あの……? 二人共どうかしましたか?」

 

「……いや、何でも無い」

 

山田からの呼び掛けにとりあえずそう言って誤魔化す。

 

「そうですか? では20時から利用出来るので、その前までは変わらず女子が利用しているので時間に気を付けて下さいね。 それからデュノア君にもちゃんと伝えて下さい」

 

そう言うと山田は去って行き、俺と一夏だけがその場に残される。

 

「……はぁ、一先ずシャルロットの所に行って事情を説明するぞ」

 

「お、おう」

 

 

それから寮へと戻り、部屋にいたシャルロットへと事情を説明した。

 

 

「大浴場……あ、そっか、今までは女子だけだったんだね?」

 

「そういう事だ」

 

「なら二人で入って来てよ、僕は部屋で待ってるから」

 

……その手があったな、何故思い浮かばなかったんだ俺は。

 

「適当に体調が悪いとか言っておけば疑われる事も無いだろうし、僕はちょっとだけ用事があったから」

 

「……そうか、悪いなシャルロット」

 

「全然大丈夫だから、せっかくの機会だろうし日本は温泉大国でお風呂が好きなんだよね? 僕に構わずお兄ちゃんと一夏の二人で楽しんで来てよ」

 

俺は別にそこまで好きでは無いが……まぁ、シャルロットのせっかくの厚意だ、断る訳にもいかないな。

 

「わかった、ならすまないが行って来る」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

シャルロットに見送られ、タオル等を用意してから一夏と共に大浴場へと向かった。

 

 

 

 

 

「あ"あ"あ"あ"あ”〜生き返る〜」

 

「年寄り臭いぞ一夏」

 

「いや風呂に入ったら絶対にこうなるって……やっぱり風呂は良いな〜」

 

まるで大衆浴場とも思える程に広く立派な浴場、その縁に背を預けながら二人で並んで湯船に浸かり一夏は頭にタオルを乗せて完全にリラックスしていた。

 

俺は前からシャワーだけで済ませていたが、確かにこうして湯船に浸かるのも悪くは無いかもしれないな。

 

「……それで? 何か話でもあったのか?」

 

「……ははっ、バレてた?」

 

「いや、確信は無かった。 単に風呂に入れる事に浮かれていただけだと思っていたが、シャルロットの事情を知っていて同室なのにも関わらず俺と二人でとお前は言っただろ? なら何か話したい事があったんじゃないかと思ってな」

 

「……そっか」

 

それまでの気の抜けた雰囲気が変わり、真剣な表情で俺を見てくる。

 

「その、さ……最初に会った時の悠斗って、正直近寄り辛かったよな?」

 

「……そうだな」

 

「でもオルコットさんに相川さん達、鈴、シャル、それから俺に、何て言うか心を開いてくれて、今では友達だよな?」

 

「セシリアは大切な恋人で、一夏や皆の事は親友だと思ってるが……何が言いたいんだ?」

 

「……箒の、事なんだけどさ」

 

その名前を聞き、視線を一夏へと向ければ一夏は真剣な表情を崩す事無く俺を見つめていた。

 

「前に食堂で悠斗が出て行った後、オルコットさんの話を聞いて何と無く事情はわかったし箒にもきちんと話を聞いた。 悠斗にとって束さんは大切な家族で、その束さんの事を悪く言われたんだろ? それにクラス別トーナメントの時の事もあるから、悠斗が箒の事を良く思っていない事はわかってる……だけど、箒と仲直り出来ないか?」

 

「……お前にとっては、幼馴染みだったな」

 

「あぁ、同じ小学校で箒の親父さんが開いていた剣道に千冬姉と一緒に通ってて……小学生の時、箒は苛められてたんだよ。 女子なのに男子より剣道が強かったってだけで、それでいつも泣いててさ……放っておけなくて、助けてやりたくて、箒が転校するまでずっと一緒だったんだ」

 

……鈴の時もそうだったが、一夏は昔から正義感が強かったんだな。

 

「……その、さ、情に訴えるとかそんなつもりは無いんだけど……俺、親ってのがよくわからないんだよ」

 

「……どういう事だ?」

 

「俺は全然覚えて無いんだけど、まだ小さい時に俺と千冬姉を置いて両親が出て行ったらしいんだ。 だから物心ついた時には千冬姉と二人で暮らしてて、だから親って言うのがどういう存在なのかってよくわからないんだ。 でも、普通の人にとっては大切な存在なんだろ? だから箒も、理由はわかっていても親と離れ離れになったのが辛かったんだと思う……でも、束さんは箒にとってお姉さんで、俺も千冬姉がいるから同じ気持ちだけど何だかんだ言ったって大切な家族なんだ。 だから、箒が悠斗に言った事も本心からじゃ無くて親と離れ離れになった事が辛くて当たっちまっただけだと思うんだよ……だから、もう一回箒ときちんと話し合う事は出来ないか?」

 

「……話し合う、か」

 

「俺の事を親友って言ってくれただろ? それはすげぇ嬉しいし、俺も悠斗の事を親友だと思ってる。 だから、親友として俺の親友とも仲良くなって欲しい……勿論、俺も一緒に立ち合うから」

 

一夏にとっての親友、俺と出会うもっと前からの親友、それならば大切な存在である事は承知している。

 

あいつ、篠ノ之の事を未だに許す事は出来ていないが……。

 

「……それに、箒は悠斗に謝りたいって言ってたんだよ」

 

謝りたい? 何故だ? 以前あれだけ拒絶した事もそうだが、試合で問答無用で吹き飛ばした俺に謝りたいと思っているのか?

 

「俺が偉そうに言える立場じゃ無いけど、箒はあぁ見えて真っ直ぐな奴で嘘も嫌いで、悪いと思った事はきちんと謝れる奴だよ。 この前の、悠斗に対して言った事を後悔してた……だから、もう一度チャンスをくれないか?」

 

真っ直ぐ見つめて来るその瞳。

 

こんな俺を許し、友人だと言ってくれた強さと優しさを宿す瞳。

 

まだ篠ノ之に対し思う所はある……しかし一夏の言う様に奴は一夏にとって親友で幼馴染み、そして何より束にとって血の繋がった妹だ。

 

……なら、俺がするべきなのは。

 

「……わかった」

 

「……ありがとう、悠斗」

 

「礼なんていらない、俺はただ親友の頼みを聞くだけだ。 だが、話してみてどんな結果になるかは篠ノ之次第だからな」

 

「それでもだよ、悠斗にも箒にも今まで色んな事があったのにこんな考えは甘いかもしれないけど、俺は出会う事が出来た皆と仲良くしたいんだ」

 

「確かに甘いかもしれないな……だが、俺は嫌いじゃ無い、お前らしくて良いと思うぞ」

 

「っ……! 悠斗!」

 

「おいやめろ、くっついて来るな、抱き着こうとするな……おい!」

 

何故か俺に抱き着いて来ようとする一夏を力付くで抑え込む。

 

何故男同士で、しかも裸で抱き合わなければならないんだ、俺にそっちの趣味は微塵も無い。

 

そのまま何時ぞやと同じ様に顔面を鷲掴みにして黙らせ、落ち着きを取り戻した事を確認してから解放する。

 

話……そういえば、俺もあったな。

 

「一夏、お前の提案を受けるから俺の頼みも聞いてくれるか?」

 

「痛てててて……えっ? 頼み?」

 

「ボーデヴィッヒの事だ。 確かにあいつがやった事は許されない事だがあいつは変わろうとしている、セシリアと一夏にきちんと謝ろうという意思がある。 だからその謝罪を受け入れるかどうかは別として、話だけでも聞いてやってくれ」

 

「ボーデヴィッヒの……まさか悠斗がそんな事言うとは思わなかったよ、オルコットさんの事でかなりキレてたのに」

 

「……詳しくは俺の口からは言えないが、ボーデヴィッヒの出生は俺の妹と一緒なんだよ」

 

「えっ? 悠斗、妹がいたのか?」

 

「血の繋がりは無い、俺と同じ様に束が保護したんだが俺にとっては唯一の大切な妹だ……その妹と同じ境遇で、顔も似ているからかもな、放っておけなくなった」

 

「……そっか、なら聞かない訳にはいかないな」

 

「……ありがとう」

 

「お礼なんていらないって! さっき悠斗も言ったろ? 親友の頼みを聞くだけだってさ!」

 

満面の笑みを浮かべながらの一夏の言葉に、思わず何も言えなくなってしまったが直ぐに笑ってしまった。

 

本当にこいつは、良い奴だな。

 

「俺が話したかったのはそれだけだよ、後の事は今は一先ず置いといて、とりあえずは風呂を楽しもうぜ!」

 

「ふっ……あぁ、そうだな」

 

ここに来る前に一夏が男同士の裸の付き合いと言っていたが……成程、悪く無いのかもしれないな。

 

本人に言えばまた奇行に走りそうだから言わないが、これからも機会があれば風呂も良い。

 

そのまま、利用時間ギリギリまで二人で風呂を楽しんだのだった。

 

 



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第72話 元の鞘



前話からもう半年以上も経っていたのか……

読んで頂いている皆様、遅れてしまい大変申し訳ありません。
詳しくは活動報告の方にあげておりますのでご確認頂ければ幸いです。


大浴場で一夏と風呂に入った翌日、俺はセシリアと鈴と共に寮の談話室へとやって来た。

 

本来であれば授業のある平日だが学年別トーナメントでの一件で教師陣が対応に追われている為にいつかと同じ様に臨時休校となり、そんな中で朝から談話室へとやって来た理由だが……。

 

 

「あ、三人共おはよう」

 

 

俺達を出迎えたのは一夏、そしてその直ぐ後ろに控えているのは篠ノ之だ。

 

「おはようございます織斑さん……篠ノ之さんも、おはようございます」

 

「あ……その……」

 

「……ほら、箒」

 

顔を伏せ言葉に詰まる篠ノ之だが、一夏がその背中を押して篠ノ之を俺達の前へと出る様に促した。

 

そのまま顔を伏せ続ける篠ノ之だったが、暫くしてから顔を上げ俺達とそれぞれしっかり視線を合わせてから深く頭を下げた。

 

「すまなかった!」

 

その謝罪の言葉に、俺達は何も言わずに続く言葉へと耳を傾ける。

 

「三人の事情を何も知らなかったのに、私とは比べ用が無い程に辛い思いをして来たのに、自分が一番不幸だと考えてしまっていて……五十嵐が食堂で私の同席を一夏と鈴音の為に許してくれたのに皆を不快にさせる態度を取ってしまった上に、オルコットに当たる様な真似をしてしまった……それに五十嵐には、以前のトーナメントの際に私の安易で馬鹿な行動で大怪我をさせてしまった。 謝っても許されないのは理解している、今更何を言っても取り返しがつかないのは知っている、だが、どうしても謝罪したかった……」

 

「……篠ノ之さん、お一つだけ伺っても?」

 

俺は黙っていたが、セシリアが口を開いて問い掛けた。

 

「私達へと謝罪したいというお気持ちはわかりました、しかし根本的な、貴女のお姉様である束さんとは和解しましたの?」

 

「それ、は……」

 

「していないのですか?」

 

「……い、今更姉さんに何と言えば良いのか、わからなくて……」

 

「……はぁ、悠斗さん」

 

「あぁ、わかった」

 

セシリアが何を言いたいのかは直ぐにわかった為、何時ぞやと同じ様に黒狼を部分展開する。

 

昨日、一夏から今日の事を言われた後直ぐに俺は束へと連絡を入れていた。

 

俺か、俺が言わなくともセシリアが、その事について言及すると思っていたからな。

 

「な、何を……?」

 

「まどろっこしいのは嫌いでな」

 

開かれた電子ウィンドウに映し出された人物を見て、篠ノ之が表情を強張らせた。

 

「ね、姉さん……?」

 

『……箒ちゃん』

 

束も篠ノ之も、互いの顔を見てはいるがどちらも言葉を発する事が出来ない様子だったが、暫しの沈黙の後束が口を開いた。

 

『……えっと、画面越しだから直接とは言えないけど、こうして顔を合わせるのも久しぶりだね……?』

 

「……うん」

 

『……箒ちゃん、ごめんね』

 

「えっ……?」

 

『私がISを開発してから、箒ちゃんには辛い思いをさせちゃったよね……いきなり離れ離れにされて、私の事を恨んでるってわかってはいたの』

 

束の独白は続く。

 

『今更何を言っても許して貰えるとは思ってないよ、でも……箒ちゃんは私にとって大切な妹だから、大好きなたった一人の妹だから、どうしてもちゃんと謝りたかった』

 

「姉さん……」

 

『本当に、ごめんね』

 

謝罪と共に深く頭を下げる束、対する篠ノ之の答えは……。

 

「……ね、姉さん、その、頭を上げてくれ」

 

『箒ちゃん……』

 

「……謝るのは、私の方だ。 姉さんが突然いなくなって連絡も取れなくなってから、私はずっと姉さんが私やお父さん、お母さんの事をどうでも良くなったんだと思っていた。 家族と離れ離れになって、今姉さんが言った様に姉さんの事を恨んでいた……でも、五十嵐に言われてから気付いたんだ。 確かにお父さんとお母さんとは離れ離れにはなったけど、会おうと思えばいつでも会える。 そして姉さんが本当に私達家族の事を何とも思っていないのか、私達の事を見捨てたのか、姉さんの本心はどうなのかと考え直す事が出来た」

 

あの日、篠ノ之に対して言った事か。

 

あの時はつい感情的になって怒鳴ってしまったな。

 

「今の姉さんの言葉で、私が勝手に勘違いしていただけで姉さんが私の事を大切に思っているんだとわかった……直ぐに気持ちを切り替える事は難しいけど、少しずつ、気持ちを整理していくから……だからその時は、また昔みたいに、仲良くして欲しい」

 

『っ……! うん……うん……!』

 

「ね、姉さん……何も泣かなくても……」

 

『だ、だって! もう箒ちゃんと仲直りは出来ないって思ってたから……嬉しくて……うぅ〜!』

 

泣き出す……いや、最早大号泣と言っても良い程に涙を溢す束に戸惑う篠ノ之。

 

だが、これで束がもうあんな悲しそうな表情を浮かべる事は無いのだと思うと俺も思う所はある。

 

「……良かったな、束」

 

『ゆう君……本当に、ありがと……うっ……うぇえええ……!』

 

涙は止まらず、おまけに良く見れば鼻水まで垂らして見るに耐えない顔となっていた。

 

「……はぁ、クロ、そこにいるな? 束にハンカチか何か渡してやるか拭いてやるなりしてくれ、見るに耐えない顔になってる」

 

『わかりましたお兄様』

 

画面外にいたのであろうクロはそう答えてから束の顔へとタオルを押し当ててそのまま拭き始める。

 

『あうぅ……ありがとクーちゃん……って、痛たたたた!? クーちゃん目ぇ! 目に入ってるぅ!』

 

『動かないで下さい束様、上手く拭けません』

 

『痛いってば……んぐぇ!? クーちゃん待って! 鼻水! 鼻水垂れてるのにそのまま拭かずに伸ばしちゃってる! このままじゃ酷い顔になっちゃう! 見せられない顔になっちゃう!』

 

『安心して下さい、先程からそんな顔ですから』

 

『酷い!? それにこれよく見たら雑巾だよね!? 何かやけにオイル臭いと思ったら……ちょ、待ってってば! せめて一旦通信を……んぎゃあ!? 目染みるぅ!?』

 

『あ、お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありませんお兄様、皆様、一度通信の方を切らせて頂きます』

 

『酷い! クーちゃんが酷い! まるでゆう君みたいな事言って……はっ! これが俗に言う、反抗期……!?』

 

『違います、では切ります』

 

そんな会話を最後に通信が切られ、その場に静寂が訪れた。

 

「「「「「…………」」」」」

 

全員が思わず罰の悪そうな顔をしているのを見るに、恐らく俺も同じ顔をしているんだろうか。

 

……何とも締まらない奴だな。

 

「……はぁ、とりあえず、束との仲違いは解決出来たな?」

 

「あ、あぁ……その、いつの間にかあんなに変わっていたんだな……」

 

「最初からあんな感じだったが?」

 

「えっ!? あ、いや、そうか……」

 

確かに初めて会った時や研究で集中している時に見せる真面目な表情からは想像したくないが、普段の私生活のだらし無さや騒がしさは相当だからな。

 

「その、本当にありがとう」

 

「礼を言われる事はしていない、後の事はお前次第だろうが」

 

「……それでもだ、こうして言われなければきっかけが掴めずにいつまでも話す事も出来なかった。 だから、礼を言わせてくれ」

 

「そうか、なら勝手にしてくれ」

 

「あぁ、そうさせ貰う……それから改めて、すまなかった」

 

頭を下げる篠ノ之にセシリアと鈴が俺の顔を見てくるが、俺としてはもう終わった事だと思っているからな、それにこいつは一夏の幼馴染みで親友、昨日一夏が言っていた様にこいつなりに悩んでいてあの様な事を口走ったのだと理解出来た。

 

それならばこれ以上俺から何かを言ったりする必要は無い。

 

「……俺は束との仲違いが無くなるならこれ以上とやかく言うつもりは無い、以前の束に対する発言も事情を知った今となっては仕方の無いものだろ? それに俺も以前頭に血が登りすぎて言い過ぎたからな」

 

「い、いや、それだけじゃ無い、以前アリーナの未確認機襲撃の時の事も……」

 

「その事については別に何も気にしていない、あれは俺が勝手にやって勝手に負傷しただけだ」

 

俺の言葉に、篠ノ之は唖然とした様子で固まる。

 

「悠斗さんは、それで宜しいのですか?」

 

そう尋ねて来るセシリアに無言で頷くと、セシリアはそれ以上何も言わずに笑みを浮かべる。

 

「そ、そんな……そ、それにオルコットにも酷い事を……」

 

「悠斗さんがこれ以上気にする事は無いと仰るのであれば私も何も言う事はありませんわ、そもそも私だってつい熱くなってしまって貴女に強く言い過ぎてしまいましたから責める権利なんてありませんもの」

 

「そんな……! 私はオルコットの過去を何も知らないのにあんな事を言ってしまったんだぞ!? 責められて当然だ!」

 

「話していない事を知らなくて当然ですわ、それに私も貴女が束さんと仲直り出来て嬉しいんですの。 束さんはご家族の事をとても大切に思っている方、その事をわかって頂けたのなら私は何も気にしません……私の方こそ、勝手に自分の過去を理由に貴女に強く当たってしまい、申し訳ありませんでした」

 

「オ、オルコットが謝る必要なんて……! 謝らなければならないのは私の方だ!」

 

「それでしたら、これで何も蟠りが無くなったという事でこれから同じクラスメイトとして、そして束さんとご家族として仲良くして下さいませんか?」

 

「そんな……ん? 姉さんの家族として、というのは……?」

 

「あら、束さんと貴女は姉妹、そして束さんにとって悠斗さんは家族、つまり貴女と悠斗さんは兄妹という事になりますわよね? そして私は悠斗さんといつまでも御一緒にいるので何れは貴女とも家族になるのではなくて?」

 

「え? いや……んんっ?」

 

……確かにセシリアとはこれから先も共にいる、そして何れは……結婚、したいと思うが、突然そんな事を言うものだから篠ノ之が目を点にして呆然としている。

 

そもそも俺と束の関係をきちんと理解していないだろうからな、後で教えておいてやるか。

 

「あのさセシリア、あんたのせいでこいつ面食らってるから、そもそも気が早過ぎるから」

 

「あら鈴さん、決して早過ぎるという事はありませんわよ? それに鈴さんには以前お話した通り友人代表としてスピーチをお願い致しましたし」

 

「いや了承した覚え無いんだけど!? あれ本気なの!? いや、普段の言動からして本気なんだろうけど!」

 

「勿論本気ですわ、恋愛はいつ如何なる時も本気で無ければいけないんですのよ? 鈴さんも普段からそう心掛けるべきですわ」

 

「そんな事聞いて無いわ! つうか余計なお世話よ! ちょっと悠斗! あんた彼氏ならきちんと手綱握ってやりなさいよ! 最早暴走でしょこれ!」

 

「手綱……つまりリード、という事ですの? それはつまり……成程、刺激を求める為にその様な激しい行為もありますのね? では用意して近い内に……」

 

「馬鹿ああああああっ!! 誰もそんな事言って無いわよ!! 何なの!? 頭の中年中春真っ盛りなの!? 他の人に聞かれたらヤバいからそういう事言うなって私言ったわよね!?」

 

「えっ? ですが鈴さんがそう仰ったではないですか?」

 

「言って無ぁあああああい!!」

 

騒ぎ始めた鈴はこの際置いておくとして、確かにセシリアの言葉は余り聞かれて良いものでは無い。

 

思わず目の前にいる一夏と篠ノ之の様子を伺う。

 

「手綱を握るって、そういえば何で言うんだ?」

 

「む? 一般的には手綱を締める、だな。 馬の手綱から来ていて馬を制御するのに使われた事から他人を制御するという意味合いで使われるものだ」

 

「へぇ、成程なぁ……なら何で鈴はあんな真っ赤になって怒ってるんだ?」

 

「むぅ……過去に、馬に関する事で何か嫌な事でもあったのだろうか?」

 

「あ……そっか、ならあんまり馬の事は言わないでいた方が良さそうだな」

 

……何も心配いらないみたいだな。

 

「そ、その……鳳、ちょっと良いだろうか?」

 

「はぁ……はぁ……何よ!? ちょっと今この頭の中春爛漫お嬢様の相手が忙しいんだけど!?」

 

「い、いや……鳳にも、きちんと謝りたくて……」

 

「は? 別に私、謝られる様な事されて無いけど?」

 

「そんな!? その、食堂で酷い態度を……!」

 

「あぁ、あれなら別に対した事じゃ無いわよ? あんなの気にする程私細かく無いし、謝る必要は無し、これで良いでしょ?」

 

「え、あの……」

 

「悪いけど今忙しいから……セシリア! 話はまだ終わって無いからね!? あんたはいつもいつもそうやって……あ、ちょっと、また同じ手を……あふぅ」

 

その言葉とその後直ぐにいつぞやと同じ様にセシリアに抱き締められ脱力する鈴の姿に再度呆然とする篠ノ之、最早何も言えずに固まる事しか出来ない様だ。

 

「な? だから言っただろ? 皆良い奴らだから心配いらないって」

 

「い、一夏……」

 

「悠斗、ありがとな」

 

「礼を言われる事はしていない、俺はただ親友の頼みを聞いだけだ。 それにさっき束との仲違いが無くなるのならそれで構わないと言っただろ?」

 

「い、五十嵐……その、お前と姉さんは一体……?」

 

丁度良い、この際だから説明しておくとしよう。

 

俺の過去、そして束との出会いとこの学園に入学するまでの事を事細かに説明してやった。

 

 

「……そうか、姉さんと一緒に……あの時、あんなに怒っていたのはそういう事だったのだな」

 

「そうだな、あの時はつい頭に血が登ってしまった」

 

「い、いや、事情を知った今となっては怒って当然だ……その、本当にすまなかった」

 

「だから謝る必要は無いと言ってるだろうが……いや、そうだな、頭に血が登った事をチャラにしてくれるならそれで構わない。 それで貸し借りは無しにしてくれ」

 

「わ、わかった……あ、ありがとう……」

 

「よし! 仲直り出来たなら仲直りの握手だな!」

 

突然、一夏がそう言って俺と篠ノ之の手を取って無理矢理握手させてきた。

 

仲直りの握手……そういう事をするものなのだろうか?

 

 

 

その後、握手をしている事に気付いたセシリアが何故か鋭い視線で一夏を睨み付け、睨まれた一夏が怯えながら土下座をし始めたが、それはまた別の話だ。

 

 




おまけ:攻める(攻め過ぎてしまった)鈴ちゃん


「ねぇ、ちょっと良い?」

急に土下座し始めた一夏、その前で絶対零度の視線で見下すセシリア、何とかセシリアを宥めようとする悠斗。

三人がそっちに集中している状況、丁度良いわね。

「な、何だろうか?」

「あんたさ、一夏の事をどう思っているのよ?」

「い、一夏の事を? えっと、大切な存在だと、私は思っているが……」

へぇ……大切な……へぇ……。

篠ノ之箒、私が小学生の頃に転校して来るまで一夏と幼馴染みで、学園でも一夏といつも仲よさげで、あの篠ノ之博士の妹。

そして何より……その身体にぶら下げたバカでかい二つの膨らみ。

……何なのよ! 何食べたらそんな育つのよ!? しかも身長もあってモデル体系で! メロンみたいなバカでかい膨らみあって!

同い年よ!? 何で同い年でこんなに差がつくのよ!? おかしいでしょ!?

こんなダイナマイトボディが一夏に迫ったりなんかしたら……負ける訳にはいかないわ!

「成程ね……でもね、私にとっても一夏は幼馴染みで大切なんだから! あんたには負けないんだから!」

例え胸の大きさが負けてても、身長が私の方が低くても、体付きで負けてても、胸の大きさが……胸……ぐすん。

で、でも! 一夏が好きって気持ちだけは、誰にも負けないんだから!

「負け……? えっと、何の話をしているんだ?」

「だから! あんたも一夏の事が好きなんでしょうけど、私だって好きって気持ちは誰にも負けないんだからね!? 何なら返事はまだだけど、私はもう告白してるんだから私の方がリードしてるのよ! 例えあんたがその気でも絶対に譲らないんだから!」

ビシッと指を差しながら宣言する……決まった。

ちょっと熱くなって思ったより声が大きくなっちゃったけど、かなり大胆な事を言っちゃったけど、これは我ながら完璧に決まったわね。

「告白……そ、そうなのか、その、おめでとう……」



…………ん?



「……おめでとう? どういう事? あんたも一夏が好きなんじゃないの?」

「その、確かに一夏の事は好きだが、それは友達としてで……そもそも私が一夏に抱いているのは憧れに似たもので、恋愛感情では無いのだが……」

「え? だ、だって、この前食堂で……」

「あ、あの時は初対面だからどう会話すれば良いのかわからなくて……昔から人見知りだったから何とか一夏を間に挟んで話題を作ろうとしたのだが、あの様な態度を取ってしまって……」



…………ゑ?



恋愛感情は無い?

友達としか思って無い?

それって、つまり……。

その時、ふと視線を感じてまるで壊れたブリキの玩具の様にゆっくりと振り返る。

「あらあら〜」
「何だ、言えるじゃないか」

さっきまでの絶対零度が嘘の様に微笑ましいものを見る温かい視線でこっちを見るセシリア、何処か感心している様な視線でこっちを見る悠斗。

そしてその隣、顔を真っ赤にして気まずそうに頬を掻きながらチラチラと私の顔を見る一夏。

それが意味するのは、ただ一つ。

「…………ふぇ」


私は駆け出した。

ひたすらに走った。

それはもう、全力で走った。

あいつが一夏に恋愛感情が無いのは正直安心した、でもそれとこれとは話が違う。

本当に、本っ当に恥ずかしいぃ!!

寮の自室に辿り着くまで、私は全力で走り続けるのだった。


その後、何故か陸上部の娘から何度も勧誘された。

断った。


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第73話 寛恕


少し時間が取れて、思ったより筆が進んだので投稿させて頂きます。




「なぁ悠斗、オルコットさん、シャル見なかったか?」

 

あれから三日後、セシリアと共に教室へと向かってる最中一夏から声を掛けられた。

 

「いや、俺は見ていないな」

「私も見ていませんわね」

 

「そっか……いや、朝起きたらもう部屋にいなくて、連絡しても出ないからさ」

 

そういえばこの三日間、何やら職員室へと何度も足を運んでいたな。

 

なら、恐らく考えられるのは……。

 

「……一夏、耳を素早く塞げる様に身構えてた方が良いぞ」

 

「は? 耳? どういう事だ?」

 

「あくまでも勘だ、とにかくいつでも塞げる様にしておけ」

 

今一理解出来ていない一夏、そして恐らく気付いたであろうセシリアと共に教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「怪我をしていたボーデヴィッヒが今日から授業に復帰する」

 

教室にて織斑千冬が隣にボーデヴィッヒを立たせながら伝えた言葉に大半の奴らが顔を見合わせている。

 

しかし早いな、見た感じ骨折した筈の腕はギプスすら取れている様だが……いや、そういえばクロも多少の怪我なら下手するとその日の内に治っていたな。

 

確かナノマシンがどうとか言っていたが、俺が使われた医療用ナノマシンとやらが体内にあるのだろう。

 

「代表候補生だから数日程度で遅れを取る事は無いだろう、このまま授業に参加を……」

 

「教官、その前に……」

 

織斑千冬の言葉を、ボーデヴィッヒが遮り何かを伝えようとする……が、何やら織斑千冬は瞬時に真顔となり表情が消えた。

 

「織斑先生だ」

 

「あ、いえ、その……」

 

「織斑先生だ」

 

「皆に話を……」

 

「織斑先生だ」

 

「きょ……」

 

「織・斑・先・生・だ」

 

「……お、織斑先生、授業の前に話をしても宜しいでしょうか?」

 

「あぁ、良いだろう」

 

漸く許可が出されると、ボーデヴィッヒは緊張した面持ちで教壇の前へと出てから席に座る全員を一度見渡し、そして深く頭を下げた。

 

「編入してからの皆への態度、発言、全てにおいてすまなかった」

 

突然の行動に教室中の奴らが隠す事なく驚きで目を見開いている。

 

「私の身勝手な考えと行動で、多大な迷惑を掛けてしまった。 この場を借りて、謝罪させて欲しい」

 

ボーデヴィッヒの言葉に俺以外の全員が目を点にして固まってしまっている。

 

そんな中でボーデヴィッヒは初めに織斑の元へと歩みを進め、転入初日の事があった為に身構える織斑の前に立つとそのまま深く頭を下げた。

 

「本当に、すまなかった」

 

「お、俺は別に……」

 

「きょ……お、織斑先生の事で、勝手な私情を挟んでしまいお前に対して不快にさせる言動を取ってしまった。 その事を、きちんと謝罪したい」

 

「あ、えっと、それなら俺も私情になるんだけどさ、悠斗からボーデヴィッヒの事はこの前聞いてたんだよ、それに俺も悠斗には同じ事をして貰ったから今度は俺の番なんだ。 俺は謝罪を受け入れるよ、それに俺もちふ……」

 

 

「織斑先生だ」

 

 

「……えっと、織斑先生が凄い人なのに、俺が全然ISの事を理解して無くて情けなかったからボーデヴィッヒが怒るのも仕方無い事だろ? 確かに急にISを動かして急にこの学園に入学する事になって全然わからない事だらけだけど今必死に皆に追い付こうとしてる所だからさ、ボーデヴィッヒはドイツの代表候補生なんだよな? 良かったら授業とかISの事とか色々と教えてくれよ、せっかくクラスメイトになったんだから仲良くしたいからさ!」

 

そう言って笑顔で手を差し出す一夏、俺との約束を守ってくれたんだな。

 

笑顔で手を差し出す一夏に驚きで目を見開くボーデヴィッヒだが、やがて深く頭を下げる。

 

「……すまない、感謝する」

 

そう言って"差し出された手を取らずに"一夏の前を後にするボーデヴィッヒ。

 

……やはり、仲直りに握手を必ずするという訳では無いんだな。

 

掴まれる事無く宙を彷徨う手と、笑みを浮かべたまま固まる横顔が何処か哀れに見えた。

 

そんな一夏に構う事無く、ボーデヴィッヒは次いでセシリアの前へと立つ。

 

その表情は一夏に対して見せていたものとは大きく変わり、両手を強く握り目を伏せながら緊張している様子が伺える。

 

「その……私は、オルコットに対して……」

 

「……ボーデヴィッヒさん? 話をする時は、きちんと相手の目を見て話すべきですわ」

 

静かに、それでいてはっきりと告げたセシリアに、ボーデヴィッヒは身体を震わせながらも視線をセシリアへと向ける。

 

「あの……その……」

 

「……ゆっくりで構いません、きちんと、お話して下さい」

 

「っ……本当に、すまなかった! 私の勝手な解釈と、勝手なプライドでオルコットにあんな酷い仕打ちをしてしまい……正面からやって勝てないからと言ってあんな汚い手段を使い、それで勝ったつもりになり思い上がって……本当に、本当にすまない!」

 

堪える事が出来ないのか、目に涙を浮かべながら必死な様子で謝罪し続けるボーデヴィッヒに、セシリアは何も言わずに視線を向け続ける。

 

「い、今更、謝罪したとしても許されないのはわかっている! こんな言葉だけの謝罪程度で意味は無いのはわかっている! だ、だが……だが、どうしても直接謝罪したいのだ! 許さなくてもいい、オルコットが望むのならば如何なる罰も受け入れる!」

 

「如何なる……成程、わかりましたわ」

 

感情的に言葉を連ねたボーデヴィッヒに対しセシリアは静かにそう言うと立ち上がり、そのまま机を回ってボーデヴィッヒの直ぐ目の前へと立った。

 

「あの時、貴女が巻き込み掛けた二人には謝罪しましたの?」

 

「っ……ま、まだ、謝罪していない……許されないだろうが、放課後に、行こうと思っていて……」

 

「そうですか……では」

 

教室にいる全員が次にどうなるのか固唾を呑んで見守る中、ボーデヴィッヒの顔へと手を伸ばすセシリア。

 

恐らくは殴られるか、それとも叩かれると思ったのであろうボーデヴィッヒは強く目を閉じた。

 

 

 

ペチン

 

「あぅ……!?」

 

 

 

何とも、弱々しい音が鳴った。

 

その正体はセシリアの伸ばした手の先、ボーデヴィッヒの額へと虫すら仕留められない程弱い力で放った所謂デコピンというものだった。

 

想像していたであろうものよりもかなり弱いその一発に、驚きで目を白黒させながらボーデヴィッヒはセシリアを見上げる。

 

「これでおあいこですわね?」

 

「……は? い、いや! こ、こんなものでおあいこも何も無い! もっとこう……殴るとか、罵倒するのではないのか!?」

 

「そんな事しませんわ。 貴女はきちんと反省して誠心誠意謝罪したではありませんか、それなら私はその謝罪を受け入れますし許します」

 

「そんな……!」

 

まるで理解出来ない様子のボーデヴィッヒを、セシリアは身体を屈ませながら両腕でしっかりと抱き締めた。

 

「っ!?」

 

「貴女の姿を、表情を見て僅かですがお気持ちはわかりましたわ、とても辛かったでしょう、とても苦しかったでしょう」

 

突然の事に驚くボーデヴィッヒの耳元で、静かに語り掛ける。

 

「っ……!」

 

「どの様な過去があったのか口にするのが辛いのでしたら詳しくは聞きません。 しかし貴女は今、国の代表候補生となっていらっしゃるという事はとても苦労して、その頑張りが認められたのでしょう? 私も同じ代表候補生ですからお気持ちは理解出来ますし、そんな貴女を責める事なんてしませんわ」

 

「だ、だが私は……お前に……そしてあの二人の生徒に……」

 

「人とは誰しもが過ちを犯してしまうもの、勿論私も同じですわ。 入学当初の私も同じ様に過ちを犯してしまいましたがそんな私を許して下さり、認めて下さった方がいましたの。 大事なのはそれを決してやってはならない過ちだと理解し、そして同じ過ちを決して犯さぬ様に反省する事です。 貴女はそれが出来ているのですから大丈夫ですわ、あの二人もきっと許して下さいます。 もし一人で不安なのであれば私もご一緒しますから、きちんと謝罪しに行きましょう?」

 

「あ……ぅ……」

 

「これ以上自分自身を責めないで下さい、例え何があったとしても私は貴女の味方になって差し上げますわ。 貴女は変わる事が出来ます、きっと皆さんわかって下さいますから大丈夫ですわ」

 

「変わる事が出来る……五十嵐悠斗にも、同じ事を言われた……」

 

「あら……ふふっ、だって夫婦は似るものですから。 ですがほら、私だけで無く悠斗さんも貴女の味方になって下さったのでしょう? それに先程織斑さんも、ですからきっと大丈夫ですわ」

 

「……こんな、こんな私の事を、許してくれるのか? 本当に、味方になって……くれるのか……?」

 

「勿論ですわ、私嘘は嫌いなんですの……だから私の事を、信じて下さい」

 

その言葉を聞いて、ボーデヴィッヒは目を見開くと同時に感情が爆発したかの様に涙と共に嗚咽を漏らし始める。

 

「っ……ぅっ……ごめ……なさ……ごめん、なさい……! ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

「……大丈夫、大丈夫ですわ」

 

泣きながら謝り続けるボーデヴィッヒの背を、小さな子供をあやすかの様に優しく擦りながら言葉を掛け続けるセシリア。

 

思っていた通り、セシリアと一夏なら必ずボーデヴィッヒの事を許してくれると信じていた。

 

他の誰でも無い、大切な二人だから。

 

 

 

「子供をあやす母親の様な姿……」

「正しく聖母……」

「お姉様でありながら、お母様としても……」

「ママァ……」

「バブゥ……」

「私も……諭されたい……」

「よしよしされたら昇天しても良い……」

「ちょっとだけ、厳しくされても良いかも……」

「確かに……こう、何て言うか……『めっ!』って……」

「叱られた後に優しく抱き締められたい……」

『わかりみ……』

 

 

 

何やら一部の奴らからおかしな発言が飛び交っているが、一先ずは無視しよう。

 

「……ボーデヴィッヒ、話が終わったのなら席に着け、これ以上時間を取る訳にはいかないぞ」

 

数分程経ってから織斑千冬が漸く発言した。

 

しかしその目元は少々涙ぐんでいる様にも見える……山田に関しては隠す事無くハンカチで涙を拭いているからまだマシなのかもしれないが。

 

「ぐすっ……も、申し訳ありません、お時間を取らせてしまい……」

 

「……構わん、だがもう一つ伝えなければならない事があるから早く席に着け」

 

その言葉に、教室に向かってる最中の織斑との会話が頭を過る。

 

一瞬だけセシリアと一夏へと目配せするがセシリアは気付いたものの一夏はまるで気付いていない様だ。

 

戦闘の際の勘は鋭いのにこういった時は鈍い……まぁ、忠告はしていたからな、後の事は知らん。

 

「待たせたな、入って良いぞ」

 

織斑千冬が廊下で待っているであろう人物にそう声を掛けると、一人の生徒が教室へと入って来た。

 

その顔は勿論知っている顔、これまでと違うのは制服が男子指定の制服から女子のものに変わっている事、そして今まではサラシか何かで押さえていたのであろう胸元の膨らみ。

 

クラス全員が呆けた様に口を開ける中、シャルロットは教壇の前に立つとそのまま体の向きを変えて全員の顔を見渡す。

 

「シャルロット・デュノアです。 改めて、宜しくお願いします」

 

「えっと……デュノア"君"では無くて……デュノア"ちゃん"という事でした……あぁ、せっかく決めた部屋割りが……また残業がぁ……」

 

山田がおどおどと、しかし絶望した様子でそう口にした瞬間、教室の空気が一気に変わった。

 

……来る。

 

素早く一瞬で耳を塞ぐ俺とセシリア、教壇の前に立つシャルロットと織斑千冬、そして気配を感じるに咄嗟に篠ノ之とボーデヴィッヒも同じ行動を取った様だ。

 

そしてその直後、決して誇張等では無く、教室が揺れた。

 

新しい校舎の為決して老朽化は無いにも関わらず、一部の窓ガラスに無数の罅が入っていた。

 

この一件が後日、校内新聞の一面を飾ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

ちなみに後から聞いた話だが、一夏曰く。

 

「……スタングレネードってあるだろ、それだった」

 

隣のクラスにいた鈴曰く。

 

「冗談抜きでまた無人機の襲撃かボーデヴィッヒのISが暴走したかと思ったわ、衝撃で一瞬跳んだのよ? 私の身体、マジで」

 

そして黒狼曰く。

 

『瞬間的ではありますが確かに同等のデシベル数を検知しました。 彼の言っている事は信憑性は高いかと』

 

本物のスタングレネードがどういう物かは知らないが、そう語った一夏の何処か遠くを見る様な目と、鈴の余りにも本気の目、尚且つ黒狼から告げられた言葉で思わず頭が痛くなって来た為にそれ以上深く追求するのは止めたのだった。

 

 



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第74話

「はぁっ!!」

 

気合いの込められた掛け声と共に振るわれる雪片弐型を黒鉄で受けつつ反撃へと転ずる……と見せ掛けて、背後から迫っていた青龍刀をその場に身を屈ませて避けた。

 

「嘘!? 今のが避けられるの!?」

 

「鈴! 後ろだ!」

 

「えっ? うひゃあっ!?」

 

悲鳴と共に慌てて横へと身体を倒した鈴の直ぐ横をレーザーが凄まじい速さで横切る。

 

「あら? 今のが避けられるなんて、流石は鈴さんです」

 

「くっ……! な、舐めんじゃ無いわよ! 私だって伊達に代表候補生やってないんだからね!」

 

「ふふっ、それもそうですわね……でしたら、更に増やしても問題は無いという事で宜しくて?」

 

「いっ!? ビットは違うでしょビットは!?」

 

「大丈夫ですわ、当たっても怪我はしませんから」

 

「そういう問題じゃ……ひゃあああああ!?」

 

セシリアのライフルとビットによる猛攻により悲鳴を上げながら逃げ回る鈴を横目に、目の前に立つ一夏へと視線を戻す。

 

「さて、じゃあ続きと行くか」

 

「お、おう! 来い、悠斗!」

 

雪片弐型を構える一夏へと、俺も黒鉄を構え互いに向かい合う。

 

 

 

 

ボーデヴィッヒが謝罪し、シャルロットが女子として改めて学園生活を迎える事となったあの日から早くも一週間が経過した。

 

それまでの言動が嘘の様にボーデヴィッヒは変わった。

 

あの日、ボーデヴィッヒは放課後に言葉通り以前巻込み掛けた生徒へと謝罪しに向かい、心配だからとセシリアに俺も連れられ一緒に着いて行ったのだが心配は無用だったらしく、誠心誠意伝えた謝罪の言葉を二人の生徒は受け入れてくれていた……本人は聞き入れられると思っていなかった様で戸惑っていたが。

 

恐らくは一緒にいた当事者であるセシリアの存在が大きかったのもある、二人はボーデヴィッヒの隣に立ちボーデヴィッヒを許して欲しいと懇願するセシリアを見て驚いた様に目を見開き、やがて慌てた様に謝罪を受け入れた。

 

そしてクラスの奴らもあの謝罪の言葉とセシリアとのやり取りによってボーデヴィッヒへの態度が変わり、まるでマスコット扱いの如く毎日の様に弄られている。

 

……時折セシリアと一緒にいる時に娘やら二人目やらと口にする奴が増えたが、何を言った所で無駄である為に気にしない様にしている。

 

そしてシャルロット、初めは対応に困っている奴が大半だったが持ち前のコミュニケーション能力で直ぐに全員と打ち解けた様だった。

 

そして女子として改めて編入した事で一夏との相部屋から変わり、ボーデヴィッヒと相部屋になったとの事。

 

軍属で一般常識が著しく欠如しているボーデヴィッヒの世話役として日々奮闘している。

 

未だに俺の事を兄と呼ぶのは変わらず、好奇の目を向けられるのは釈然としないが。

 

 

 

そして今、連日でアリーナの使用許可が取れた為に専用機持ち全員と訓練機を借りた篠ノ之の六人で試合形式で模擬戦をしている。

 

初めは参加する面子を聞いた織斑千冬が凄まじい顔をしていたが、代表候補生と模擬戦をする事で技術や知識を得られる事のメリット、また模擬戦の様子を映像データで残し他の生徒への教材として使用する事を提案した結果渋々といった様子だったが許可が降りた。

 

 

 

「そこだ!!」

 

相変わらず一夏の戦闘での勘は目を張るものがある、不意を突いた筈の攻撃を避けると下段から雪片弐型による一撃を繰り出して来た……が、その攻撃を黒鉄の柄で受け止める。

 

「げっ!? 嘘だろ!?」

 

驚愕の表情となる一夏へとカウンターの一撃を繰り出し、体勢が崩れた所を追撃として攻撃を繰り出せばそのままシールドエネルギーを全て刈り取った。

 

「また俺の勝ちだな?」

 

「だ〜くっそ〜! 今のは行けると思ったのに!」

 

「いや、今のはかなり良い攻撃だったぞ? 普通なら確実に一撃を入れられる筈だ」

 

「悠斗に当てられないと意味無いって……」

 

心底悔しそうに宙を仰ぎ見る一夏、だが実際に今のはかなりギリギリだった。

 

もし黒狼以外のISだったら間違い無く一撃喰らっていただろう。

 

『……私以外の、IS……? 私以外の何処の馬の骨とも分からない様な機体に、主様が乗る……?』

 

何やら黒狼が今まで聞いた事の無い様な無機質な電子音声を発している、というより何処の馬の骨って……。

 

黒狼、今のは例え話であって俺はお前以外のISに乗るつもりは無いが?

 

『ほ、本当でございますか!?』

 

あぁ、第一今更になって他の機体、訓練機だろうが別の専用機だろうが、最新の第4世代機を用意されようが俺はお前以外に乗る事は絶対に無い。

 

お前は俺にとっての相棒、身体の一部、そんなお前を差し置いて乗る筈が無いしお前も俺以外を乗せるつもりは無いだろう?

 

『主様……! えぇ、えぇ! 勿論でございます! この黒狼、決して主様以外の者を搭乗者としては認めません!』

 

……ふっ、そうか。

 

『それに主様が私以外に乗る事は無いとこの黒狼、分かっておりま……あ、いえ、勿論機体としてでありまして、奥様であれば勿論私は構いません!』

 

……おい待て、やめろ。

 

何やら雲行きが怪しくなって来た。

 

『勿論、私は乗って頂くだけでございますが、主様に乗る事が出来るのも奥様唯一人でございますので!』

 

……やめろ、本当にやめてくれ、頼むから黙ってくれ……!

 

 

 

「悠斗さん? どうかなさったのですか?」

 

いつの間にか直ぐ傍にやって来ていたセシリアが首を傾げながら覗き込む様に見上げていた。

 

先程の黒狼の言葉により一瞬だけセシリアの今とは違う姿が頭を過ぎってしまった為、頭を振って急ぎ思考を切り替える。

 

「……すまない、少し黒狼が変な事を言って来ただけだ」

 

「黒狼さんが? ふふっ、ユーモアのある方ですから仕方無いですわね」

 

……ユーモア、で済ませて良いのか? いや、絶対に駄目だと思うんだが。

 

「う〜……あれは反則よ〜……」

 

後ろからふらつきながら鈴もやって来た。

 

此方の結果は見た通りか、セシリアのビットによる猛攻に鈴が耐えられなかった様だ。

 

「機体の性能を生かしただけですわ、それに先程の攻撃はまだ納得出来ていません。 もっと精進しなければ……」

 

そう言ってその美しい瞳に強い闘志を燃やすセシリア、先日話を聞いたがブルー・ティアーズの機体性能によれば機体を自在に動かしレーザーライフルを使いながらもビット兵装の同時展開が可能となるらしい。

 

以前まではどちらか一方を動かす際にもう一方の動きが疎かになってしまう事を悩んでいたのだが、何かしら掴んだものがあったのか同時使用が可能となっている。

 

しかしセシリア曰く、まだどちらか一方だけを使った時の動きに到底及ばない為にここ最近のアリーナでの気迫は凄まじいものだった。

 

「大丈夫だ、セシリアならきっと出来るさ」

 

「悠斗さん……はい、ありがとうございます……」

 

そう言って寄り添って来るセシリアをそっと抱き寄せ、優しく頭を撫でてやれば途端に柔らかい笑みを浮かべる。

 

「はいはいはいはい、一々イチャイチャすんじゃ無いわよ、準備出来たら次があるんだから」

 

「何だ鈴、邪魔をするな」

 

「邪魔じゃ無いわい! 前も言ってたけどこれは当たり前の反応なの! 次に待ってる三人だってそう言いたいに決まって……」

 

そう言って後ろを振り返る。

 

 

 

「わぁ……わぁ……!」

「シャルロット、余り騒ぐな」

「でも箒! やっぱりお兄ちゃんとセシリアはお似合いだよ!?」

「そ、それはそうだが」

「なぁシャルロット、やはり二人は夫婦というものなのか?」

「その通りだよラウラ!」

「ふむ……ならばやはり"ゴシューギ"なる物を用意するべきなのか?」

「ゴシューギ?」

「御祝儀の事か? 海外ではわからないが日本では結婚する二人にお祝いとしてお金や品物を渡す風習があるんだ。 ほとんどはお金の場合が多いが」

「そうなんだ……なら用意しないと!」

「うむ、私も軍で金は貰っているからな、幾らでも用意出来るぞ!」

「うーん、とりあえず一軒家が買えるくらいの……あ、でもセシリアはイギリスに家がもうあるから……」

「むぅ……ならば別荘か、それとも車か……」

「ま、待て待て! そんな大金では無い! 普通は日本円で三万か五万、ある程度収入を得ている身内であれば十万、それが一般的であってそんな大金を渡す事はしない!」

「へぇ、なら僕にとってはお兄ちゃんだから十万円用意すれば良いんだね?」

「それならば私だって皆から娘と言われているぞ!」

「なら二人で同じ金額で大丈夫だね!」

「うむ!」

「む……な、ならば、私も姉さんが悠斗は家族と言っていたな……むぅ、流石に二人と違って十万円を直ぐに用意は……」

 

 

 

「……え、何で? 何でこの場にツッコミが私しかいないの? 何で皆ボケに回ってるの? 天然でやってる? 無理に決まってるじゃない、こんな天然記念物共の相手を私一人でやれって言うの?」

 

鈴が何やら口にしている。

 

その表情は何やら絶望に染まっている……何と無くだが、以前の無人機襲撃やボーデヴィッヒの機体暴走の時よりもその絶望の色は濃い様に見えるな。

 

「鈴さん? どうしましたの?」

 

「もうやだぁ……ツッコミやぁ……ボケ恐い……恐いのぉ……!」

 

「よしよし、大丈夫ですわよ〜」

 

「うぅ……うっ……うぅ〜……!」

 

何やらセシリアにあやされながら泣き出す鈴、いつにも増して小さく見えるその姿で泣く様はとても弱々しい。

 

アリーナの隅へと移動させると座るセシリアの膝へと顔を埋め、時折泣き声とも呻き声とも言える声を発しながらセシリアに頭を撫でられていた。

 

……何をしているんだろうか?

 

「鈴はどうしたのだ?」

 

その光景を眺めていると、いつの間にやら隣にやって来ていたボーデヴィッヒが尋ねて来る。

 

「わからないが、暫くは離脱だろうな」

 

「そうか? ならば次は篠ノ之の訓練をしても良いだろうか?」

 

「あぁ、構わない」

 

そう答えればボーデヴィッヒは頷き、篠ノ之の元へと向かう。

 

篠ノ之は使用する機体が訓練機ではあるものの、長年やっていたと言う剣道の経験がある為か戦闘での動きは目を張るものがあった。

 

特訓を見て貰っていた一夏のあの動きを見れば納得だが、剣術だけで言えばこの面子の中で頭一つずば抜けているだろう。

 

本人曰く、遠距離武装や空中戦というISならではの戦闘に慣れていないからまだ皆に遠く及ばないとの事だが、逆に言えばそれに慣れさえすればかなりの実力となる筈だ。

 

かくいう俺も、今までの戦闘で使っていた剣術と呼ぶにも烏滸がましいものはあくまでも黒狼の性能と高められた知覚補佐と反射神経で無理矢理善戦している様に見えているだけ。

 

そもそも剣術なんてものを誰かから教わった訳では無いのだから当然ではあるが。

 

その為、今の様に専用機持ち全員での訓練をする際には篠ノ之から剣術のノウハウを教えて貰い、勿論剣術以外にもセシリアとシャルロットから狙撃を、鈴とボーデヴィッヒからは近接武器と遠距離武器の両方を用いる所謂中距離戦のノウハウをそれぞれ教えて貰っている。

 

……何故か最初にそれを頼んだ際、鈴とボーデヴィッヒが渋い顔をしていたのが気にはなったが。

 

『恐らく、主様に手も足も出なかった為に教授する事が無いと感じた為かと』

 

そんな事無い、確かにボーデヴィッヒに戦闘で勝ちはしたが軍属で訓練を受けて来たボーデヴィッヒから教授するものは多い。

 

それに鈴も、勿論セシリアとシャルロットも、代表候補生として訓練をして来たんだ。

 

全員に教えを乞うのは当然だろ?

 

『確かにそうではありますが……』

 

特にボーデヴィッヒから教わる事は多いな、護身術や対人格闘戦はISが使えない状況下になった場合に有用、ISにも応用出来る。

 

『……失礼ながら、主様は何処を目指しておられるのですか?』

 

ん?

 

『あ、いえ、何でもございません』

 

言葉を濁した黒狼、特におかしな事は無いと思うんだがな……まぁ、良いか。

 

 

 

それから特訓はアリーナの使用可能時間ギリギリまで行い、その日は解散となった。

 

そしてその翌日、教室でのHRでそれは伝えられた。

 

 

 

「既に知っている者もそうでは無い者もいるだろうが、来月から臨海学校が始まる」

 

織斑千冬の発した言葉に教室にいる大半の奴らが歓声をあげて浮き足立つ。

 

……臨海、学校?

 

『主様、臨海学校とは学校行事の一つ、主に海での活動を目的としたものでございます』

 

海、か……それだけ聞くと遊びの様に聞こえるがここはあくまでIS学園、遊びでは無く何かしらの訓練をするのだろう。

 

 

「当然IS学園として行く為に遊びでは無い……が、お前達はまだ遊びたい盛りの子供、二泊三日の日程全てを訓練にするのは酷だろう? 初日は自由時間として二日目から課外授業としてISの訓練を行う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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