灯織「笑顔は無敵、だから……!」 (壬生谷)
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灯織「笑顔は無敵、だから……!」

 中学二年生の秋。私は、あの時、誰よりも煌めくあの輝きに魅せられた。

 きっとそれは、世界にとってそんなに大きなことではないけれど。少なくとも、ちっぽけだった私にとってはとても大きな瞬間だった。

 これは、ちっぽけな私が、背中に大きな翼を生やすきっかけとなった、そんな小さな話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2016年、秋。

 もう10月に差し掛かっているというのに、真夏のように暑かった。テレビに映る気象予報士が、例年よりもかなり高い気温だ、と毎日のように言っていたのを覚えている。誰もがエアコンの冷房や扇風機を手放せない。真夏の延長戦のような日だった。

 

 その日は私の学校では毎年10月の頭に行われる学園祭、その公演日だった。私立と違ってあまりこういったことに予算を割けられないであろう公立校にしては賑やかで、高校の文化祭みたいに生徒たちが各地で屋台やゲームコーナーを出店していたりしている。極め付けに校長先生には妙に広い人脈があるらしく、毎年必ず有名な芸能人が営業にやってくるのだ。去年なんかは最近ブレイクしてテレビにも出ていた芸人が体育館の舞台に登壇していた。

 

「今年来るゲーノー人、誰だろうね?」

「ねー。去年は芸人だったし、今年も芸人なんじゃね? 佐藤心とか」

「は? しゅがはは歴としたアイドルなんだが? しゅがはが面白いことをしているのはあくまであれだけ記憶に残ってもらおうと強烈な個性と派手な衣装着て懸命にアイドルしているからこそであって芸人だから面白いというわけではないが? 貴様ブチ殺されてェか?」

「ごめんて」

「おめえアイドルの話になるとスニッカーズのCMみたいに豹変するよな」

 

 周りのクラスメイトの話題もその話ばかりだ。いくら毎年芸能人が登場するといっても、誰もが雲の上の存在、テレビでしか見たことない以上、物珍しさは尽きないらしい。

 さらに珍しいことに、今年は今日に至るまでに、誰が来るか告知されていなかった。サプライズというやつらしい。生徒会に所属している人たちは誰が来るのか知っているらしく、度々一般の生徒たちが尋ねているのを見かけるが、口を揃えて秘密だと答えているという。

 そんなわけで、周りはどんな人が登壇するのか気になって仕方がないらしい。かく云う私もそうだった。無愛想で、口下手だったから、周りからすればそうは見えなかったかもしれないけれど。

 

 率直に言って、中学生の時の私には、あまり友達が多くなかった。

 まあ、理由は言うまでもない。大して目立たないし、いつも仏頂面で、勉強ばっかりしてて。本意ではなくても口を開けば辛辣な言葉ばかり出てくる。これで友達ができるはずがない。幸い、「真面目でクールな風野さん」という生徒がいじめられたりとかはなかったけど。こんな切れたナイフみたいな態度をするクラスメイトなんかに、関心を向けてくる人なんてそうそういなかった。強いて言えば、グループ活動ぐらいだ。今思えば、担任の先生には多大な迷惑をかけたと思う。

 

 そして自分もまた、こんな人付き合いの悪い風野灯織という少女のことが嫌いだった。

 学校で自分のことを気遣って話しかけてくる人にも口下手が災いしてキツい物言いをしてしまうし、大半の人なら出来るようなことでもミスがあったりするし、少し笑顔を浮かべることも出来ない無愛想だし。

 

 何よりも、そんな自分を変えることができないことがひどく悔しくて、もっと自分のことが嫌になっていくのだ。

 

 ————故に、私は流星のように輝いていたあの姿に。強く衝撃を受けたのかもしれない。

 

 

 公演の行われる時間になった。

 他の生徒が友達とグループになって向かっている中、相変わらず一人で会場まで歩いていると、ふと体育館の裏手にある駐車場に、銀色のマイクロバスが駐車されているのが見えた。きっと、未だに誰なのかわからない芸能人が乗っていたものだろう。あの形の車に乗って、ロケ地に送られていく芸人がテレビに映っているのを見たことがある。

 あそこから体育館の舞台裏に直接繋がる通路を通っていくんだろうな、などと考えながら、体育館の正面玄関で上靴を履き替えた。

 

 体育館に集められた私たちは、出席番号の順でパイプ椅子に座っていった。うちのクラスはあ行の名前の人が少なかったから、私は一番前の列の席に座った。

 まだ公演は始まっていないから、体育館の中はざわざわとしていた。ふと周りを見渡してみると、吹奏楽部の女子生徒が緊張を露わにして部員の子と話していたり、自主参加で何かパフォーマンスすると噂になっていた男子生徒が、友達とガヤガヤと盛り上がっていたりしていた。そしてやはり、例の芸能人の話もちらほらと話題に上がっていた。

 

 予定時刻になり、ホール内の照明が一気に暗くなり、いつの間にかカーテンも閉まっていた。あれだけざわめいていた館内もそれを合図に静まり返った。

 

 程なくして、司会を務める生徒会の人たちが未だ幕を閉じている舞台の下手の方から現れた。司会は開会の言葉を何言か話すと、やがて開幕と同時にはけていった。

 

 進行表をみると、演劇部の劇や吹奏楽部の演奏、個人参加の演技などが書かれていた。例の芸能人は最後の大トリとして登場するらしい。

 ライトが明るく照らされたステージの上で、遂に公演は始まった。

 

 

 

 

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 生徒が行う最後のパフォーマンスが終わり、いよいよ最後の演目となった。

 数分間の小休憩を経たのち、再び照明は落ち、ライトはステージを明るく照らし、人々はぼそぼそと話し込みながら開演を待っていた。そして司会の女子生徒の声。

 

「いよいよ最後の演目となりました。今回この学園祭に来ていただいた方々は、サプライズとして誰が来るかを伏せていましたが、皆さんは誰かわかりますか? 私は既に聞いているのですが、正直喜びやら緊張やらで舞台裏では心臓がバクバクでした! 今でも必死に叫ぶのを我慢しています! 私は三年生なので三回この学園祭に参加していますが、今までで一番すごいゲストだと思います!」

 

 目を輝かせ、興奮がさめやらないのか、熱のこもった声で話す司会。もしかしたらあの子がファンになっている人が来ているのかもしれない。

 館内の誰もがその様子におおう、と期待するような、或いは彼女の熱意に押されるような表情を浮かべていた。女子生徒はその様子に満足するかのように、仰々しい仕草で声を上げる。

 

 

「それでは登場していただきましょう————ニュージェネレーションの皆さんです!」

 

 それと同時に、ステージの上に三人の少女がバッと飛び出てきた。

 一人目は、アイオライトブルーの宝石のように青い衣装を身に纏った、ダークブラウンの髪をストレートにした女の子。私なんかよりもよっぽどクールな姿でファンを魅了するアイドル————渋谷凛。

 二人目は、太陽のようなパッションイエローの衣装を身に纏った、ショートカットの茶髪の女の子。この三人のユニットのリーダーで、明るいテンションでファンを盛り上げるアイドル————本田未央。

 そして最後に、今年、第五回シンデレラガール総選挙という、総勢100人を大きく超えるとすら言われる346プロダクションのアイドルたちの人気投票で見事一位に輝き、このユニットのセンターを務めるアイドル————島村卯月。

 

 恐らく、今もっとも芸能界で引っ張りだこであろうアイドルユニット————ニュージェネレーションが、私の目の前にいた。

 

 司会の言葉に一瞬ぽかん、と呆けた顔を浮かべていた生徒たちは、舞台に立つ人たちが誰なのか理解した瞬間、館内は大爆発したかのような歓声に満たされていた。

 

『WAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』

 

「嘘でしょ、待って、ヤバイって!?」

「なんで!? ニュージェネとかどうやって呼んだんだよ校長!」

「は……? しぶりん顔良い……え……? むり……」

「ちゃんみおの同級生の先輩ゆるせねえよ……あたしにも勘違いさせろよ……」

「うわあああああああああ卯月ちゃんおめでとおおおおおおおお!!!!!」

 

 周りの歓声に思わず耳を押さえながらも、私もまた目を見開いて驚愕した。なるほど、去年もまた盛り上がっていたが、今年のそれは段違いだろう。シンデレラプロジェクト。一年前に発足し、瞬く間に一躍人気となったアイドルグループ。どの番組を付けても必ず一人は出演しているほど人気なグループのユニットが、何故この学校に来たのか、という疑問はあれど、それよりも、ニュージェネレーションがここに来たという事実が、館内を興奮で埋め尽くした。

 

「みんなこんにちはー! 私たち、ニュージェネレーションです!」

 

 リーダーである本田さんが前に出て、みんなに呼びかける。それだけで、わっと歓声が再び上がった。

 

「おおっ、いい返事! こんなに歓迎してくれるなんて、未央ちゃんは嬉しいぞー? ね? 二人とも!」

「うん。学園祭って聞いてやってきたけど、こんなに喜んでくれるなら、アイドル冥利につきるよ」

「はい! こんなに応援してくれる人のために、島村卯月、頑張ります!」

 

「よしっ!じゃあさっそくいってみよう!」

 

『「流れ星キセキ」!』

 

 

 三人の声と共に、体育館のスピーカーから曲のイントロがかかる。それと同時に、島村さんの歌い出しから始まると、客席はみんな立ち上がって、本物のライブみたいに————いや、事実本物のライブだろう、と私は即座に否定した。————、そのステージを、歌を、宙を見るような目で見上げた。今だから表現すると、私が後に所属するイルミネーションスターズが満天の星空だとすると、彼女たちのそれはいくつも流れていく流星群のようだった。

 

 瞬く間にその歌声に聴きほれる。鮮やかで、粒子が細かくて、甘くて、眩しくて、涼しい風のような、そういうものでできた、綺麗な歌声だ。

 

 一見、誰も練習すればできるようなダンスが、誰にも届かないような、それこそ遠い空の向こう側にあるもののように見えるほど観衆を魅了する。

 

 そして極め付けに、そんな風に歌い、踊る三人は、誰よりも輝き、煌めいていた。発光しているという意味ではなく、なんというか、アイドルがアイドルであるが故の輝き。ファンを飲み込んで、会場中の隅から隅まできらきらさせる何かが、彼女らから生み出されていくのを幻視した。

 

 衝撃を受けた。

 

 巨大な隕石が落ちてくるかのような感覚さえした。

 

 あの時の戦慄は、旋律と共に過ぎていったけれど、あの時、確かに、確信したんだ。

 

 あんな風にキラキラすることが出来れば、私はきっと変わることができるのだと。

 

 

 

 

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「みんなありがとうー! また私たちと会おうねー!」

 

 アンコールといったファンサービスなども含めて、ニュージェネレーションのライブは大盛況のまま終わりを迎えた。

 生徒たちは教室に戻るよう教師たちから指示を受け、興奮さめやらぬまま体育館を出ていく。

 そんな中、私たちのクラスは、パイプ椅子の片付けの手伝いを言い渡されていた。

 普段なら、さっさと終わらせて教室に戻るつもりだった私は、未だあのキラキラのことを考えていた。

 

 ————あんな風にキラキラできたら、変われる。それはそうなんだけど……。

 

 いったい、どうすればあんな風にキラキラできるんだろうか。

 少なくとも、アイドルになるだけでそうなるはずがない、というのはわかっている。アイドルがダンスやボーカル、ビジュアルのレッスンなんかをずっとやっていけばいつの間にかそうなっているものなのだろうか。…………多分、違う気がする。というか、それだけじゃ何か足りないんだと思う。

 

 おもむろにパイプ椅子を折りたたんで、倉庫に運んでゆきながら、私はうんうんと考えていると、後ろから声がかかった。

 

「風野さん? どうしたの、そんなにぼーっとして」

「えっ?」

 

 振り返ると、クラスメイトの一人の女子生徒が小首を傾げている。我に返ると、私のその手にはパイプ椅子はなくて、いつの間にか壁に寄りかかっていた。……随分と考え込んでいたらしい。

 

「えっ、あっ、その。……ごめん、ぼーっとしてた。さっきの、すごかったから」

「ああ、そうなんだ。だよね。ニュージェネが来たんだもの、そりゃそうなるか」

「ご、ごめん……」

「ううん、大丈夫、気になっただけだから。……でもちょっと新鮮かも」

「新鮮?」

「うん。風野さん、いつも澄ました顔で真面目ーって感じだから。アイドルを見たあとぼーっとするようなタイプとは思わなかったわ」

 

 ころころとクラスメイトは笑った。……うう、恥ずかしい。

 顔から火が出る思いで顔を逸らした。

 

「はー、ニュージェネかわいかったなあ。またこういう風に会えたらいいのに」

 

 その言葉を聞いて、私はハッとした。

 そうだ。あの三人に会えば、何かわかるかもしれない。

 ……今思えば、相手側からすればすごく迷惑だったと思うし、機会があれば謝罪したいくらいだが、その時の私はそんなことまで思い至る余裕すらなかった。

 

「……ごめん、ちょっと外に出てくる。すぐ戻るから、先生に言っておいて」

「えっ? あっ、ちょ、風野さん!?」

 

 クラスメイトに詫びると、私は壁側の扉から体育館を出ると、全速力で走り出した。まだ終わって数分しか経っていないから、もしかしたら、ギリギリ出発するまでに間に合うかもしれない。

 

 外に出た生徒が驚いた顔で走り去る私を見送るのも気にせずに、私は体育館裏の駐車場まで駆けていく。両腿に気合いという鞭をいれ、勢いよく地面を蹴る。恐らく、中学生の頃では一番早いダッシュなんじゃないか、とすら思うほどだった。

 

 突き当たりの角を曲がると、そこには丁度マイクロバスのもとまで歩いていたニュージェネレーションの姿があった。

 私は足を止めず息を大きく吸って声を張り上げた。

 

「あのーーーーっ!! すみませんーーーーーーーっ!!」

『!?』

 

 自分でも驚くほど大きな声が出た。その証拠に、三人が驚いてこちらの方を向いているのが見えた。

 彼女たちの困惑をよそに、私は荒い呼吸をしながら、彼女たちのもとに近づいた。

 

「ちょっとちょっと、どうしたの!? そんなに焦って!」

「ご、ごめ、んなさい。はあ、ふう、ちょ、ちょっと、皆さんに、用があって……」

「と、とりあえず息整えて!」

「い、いやでも、あんまり皆さんにお時間を取らせる訳には……わわっ」

「いいからいいから!」

 

 慌てたように本田さんが私のもとまで駆け寄って、私の背中をさすった。前屈のような姿勢で呼吸を整えている間に、視界の端から島村さんや渋谷さんが近づいてくるのが見えた。

 

「未央ちゃん? どうしたの?」

「うん、なんかね、この子が私たちに用があるんだって」

「用……?」

 

 

 

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「す、すみません。いきなり貴重なお時間を使わせることになってしまって」

「だいじょぶだいじょぶ。そのぐらい気にしなくていいって。それで? 私たちに話って?」

 

 息を整えている間に事の重大さを理解してきた私は謝罪するが、三人は気にしなかった。

 今になって有名人を前にする緊張を覚えながらも、私は口を開いた。

 

「あの、皆さんのステージ、凄かったです。アイドルのライブなんて初めて見たので、すごく感動しました。それで、私、一つだけ、訊きたいことがあるんです」

「訊きたいこと?」

 

 渋谷さんが首を傾げる。

 

「はい。その、皆さんのステージを観たとき、体育館の中全部がキラキラしているように見えたんです。キラキラしてる皆さんが歌ったり、踊ったりしていると、周りの人達がどんどん輝いていって。

 ……私、あんまり自分のことが好きじゃなくて、でもそんな自分を変えることができなくて。

 ……でも、皆さんを見ていると思ったんです。あんな風にキラキラすることができたら、私も変われるんじゃないかって。

 だから、その…… どうしたら、皆さんのようにキラキラすることができるのか、教えてください!」

 

 私の言葉を聞いて、本田さんは右手に顎を添えた。

 

「ふむ、どうしたらキラキラできるか、かぁ」

「…………、すみません、変な、質問ですよね」

「いやいや! 全然全然! わかるよその気持ち! アイドルって、キラキラしてるから! ……ん? つまりは……あ、名前教えてもらっていい?」

「か、風野灯織です」

「灯織ちゃんね、うんうん。ひおり、ひおり……よし、ひおりんで!」

「ひおりん」

 

 あ、アイドルにあだ名を付けられてしまった。奇しくも後に唯華さんが付けるあだ名と同じだったのは余談だ。

 

「まあそれはともかく。もしかして、ひおりんはアイドルになりたいってことかな?」

「私が、アイドルに、ですか?」

「だってそうじゃん? 私たちみたいにキラキラするには、ってことはつまり、ひおりんはアイドル志望ってことになるよね?」

「…………。確かに、そう、なのかもしれません」

 

 風野灯織はアイドルになりたい。そう言われると、そうなのかもしれない。実感湧かないけど。

 そんな私を見て、渋谷さんは頷いた。

 

「そうなんだ。じゃあ灯織はアイドルとしてキラキラするにはどうすればいいのか知りたいんだ」

「は、はい。多分、そうだと思います?」

「なんで疑問系?」

「なんとなく納得したんですけど、実感がなくて……」

 

 自信なく話す私に渋谷さんは苦笑する。

 

「じゃあ、自分にもう一度言ってみよっか。風野灯織はアイドルになりたいって」

「私はアイドルになりたい……」

 

 私は、風野灯織は、アイドルに、この人たちのようにキラキラしたい。復唱するように、頭の中でこの事実が木霊する。

 しばらくそれが脳裏に過っていると、なんというか、ストン、ときた。

 

「……そっか。私、アイドルになりたいんだ」

「納得した?」

 

 はい、と頷く。渋谷さんはよし、と言った。

 

「じゃあ質問の答えだけど……。まあ、他にもいっぱいあるんだけどね。強いて言うなら……『笑顔』かな」

「笑顔……ですか」

「そーそー! 私たちのプロデューサーもよく言ってるよ。アイドルに一番大事なのは『笑顔です』ってね?」

「ちょっ。未央、ものまねしないで。笑っちゃうから」

「んふふ、どう? 未央ちゃんのPモノマネ。『アイドルに興味はありませんか?』」

「ふ、ふ。未央、やめて、似てるから、今はやめて……っ」

 

 本田さんがやたらと低い声を出しておどけるので、渋谷さんが顔を逸らして、くつくつと笑いを堪えていた。よほど似ているらしい。それはともかく。

 笑顔。恐らく、今の自分にとって一番難しいものかもしれない。無愛想で口下手。いっつもむっつりした顔を浮かべている私にとって、笑った顔は、正直難しい。

 そんなことを考えているのがお見通しだったらしい。私の顔を見ながら、島村さんが口を開いた。

 

「もしかして、灯織ちゃんは笑顔を浮かべるの、苦手なんですか?」

「……はい、割と、苦手ですね……。なんだか変な顔になるので」

「そうですか……。あ! じゃあ私の顔をお手本にしてみてください!」

「お手本、ですか?」

「はい! 私、笑顔は誰よりも自信ありますから!」

 

 ほら! と言って島村さんはにっこり、という言葉がこれ以上ないほど似合うような笑顔を浮かべた。ま、まぶしいっ。

 そんな笑顔を直視し、思わず目を背けそうになるのを堪えながら、出来る限り笑顔を浮かべようとした。……ぎこちない。

 

「うーん、なんだか笑顔が固いですね……。あの時はすごくいい笑顔だなあって思ったんですが……」

「あの時?」

「はい! 灯織ちゃん、一番前の列にいたでしょう? 私たちがステージにいるとき、いい笑顔を浮かべてる灯織ちゃんが見えたんですよ?」

「……! 私のこと、見えてたんですか」

 

 はい! と当然のように答える島村さんに驚きつつ、自分の頬を触る。島村さんはそう言っているが、私が笑顔を浮かべているなんて想像できなかった。

 

「島村さんは、いつもいい笑顔ですね」

「ふふ、ありがとうございます! でも灯織ちゃんだっていい笑顔だよ。その笑顔があれば、キラキラのアイドルにだってなれます!」

「……私の笑顔に、そんな力があるんでしょうか」

 

 もちろん! と島村さんは断言すると、「だって……」と続ける。

 

「笑顔は無敵なんです! 笑顔の時は誰にだって負けません! 灯織ちゃんだって、それは変わりません!」

 

 そう言って輝かんばかりの笑顔を浮かべる島村さんは、本当に敵なしのように見えた。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

 

 2018年、春。

 中学を卒業し、晴れて高校一年生となった私は、この春、283プロダクションのアイドルとなった。

 真乃、めぐると共に組んだユニット、イルミネーションスターズとしても、程なくして私たちはそのスタートを切った。

 そして今日は、イルミネーションスターズのデビューライブ、その当日だった。

 

「あ、あれ……?」

「あ……」

「3人とも、震えちゃってるじゃん! あれだけ緊張してない? って確認したのに……」

「それを言うならめぐるもでしょ……?」

 

 白い壁で囲まれた楽屋を出て、ステージの前まで来た私たちの手や腕は、ぶるぶると震えていた。心臓はばくばくと客席から聞こえる声よりも高鳴っていた。

 家から出る前にも何度も深呼吸したし、昨日のうちに占いのサイトで今日の運勢もみて、なんなら人という字を何百回も飲み込んでいるはずなのに、緊張は途切れることはない。

 あの人たちのデビューライブのときはどうだったのだろうか。聞くところによると、あの人たちのデビューは、あの城ヶ崎美嘉のライブのバックダンサーとして出演したという。やっぱり、緊張していたんだろうか。……でも。

 

「笑顔は無敵……」

「えっ?」

「笑顔は無敵なんだよ。真乃、めぐる。だから、ステージの上でも、ここでも、笑っていよう。そうしたら、きっと緊張になんて、負けないから……っ!」

 

 あの時島村さんが言っていた言葉は、アイドルをやっていく私の心の主柱のひとつとなった。あの時から、鏡に向かって笑顔を浮かべる習慣がついたし、真乃とめぐると出会って、少し、固かった表情が柔らかくなったような気もする。

 多分、2年前よりも自然な笑顔を浮かべられていると思う。鏡の前で少しマシな顔を見たとき、無愛想な灯織にも勝てたんじゃないか、なんて思ったりもした。

 だから。デビューライブの本番も、そしてこの先にあるいくつものステージやオーディション、そしてWINGにも。どんな時でも笑顔でいられたら、無敵なんだって、そう、信じている。

 

「〜〜〜〜っ! 灯織〜! 良いこと言う〜!」

「わわっ。急に抱きつかないでよ、めぐる……。それに、これは受け売りだし……」

「でも、いい言葉だと思うよ、灯織ちゃん……っ」

 

 抱きついてくるめぐるの顔と、それを見る真乃の表情には、笑みが浮かんでいた。

 ほら。2人の緊張にも、笑顔は勝てるんだ。

 

 

「それじゃあ、いくよ————」

 

 すっかり緊張の抜けた私たちは、ステージの上手の前で手を繋ぎ、笑う。

 

 ————輝きをみんなに届けよう。

 

 

『イルミネーションスターズ!!』

 

 掛け声と共にステージへと飛び出した私たちは、客席にいるファンのみんなに迎えられながら、大歓声に包まれたのだった。

 




■アイドルのウワサ
 ・島村卯月:笑顔は無敵らしい。
 ・本田未央:最近、コウハイができたらしい。
 ・渋谷凛:ライバルが増えて、少し燃えているらしい。




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