She got married and then there were none. (めそふ)
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She got married and then there were none.

「は?」

「聞こえなかった?結婚を申し込みに来たのよ、博麗霊夢さん」

 

 何を言ってるんだこの吸血鬼は。

 何度考えても言っている意味が分からない事から、私の脳は何としてでもこの吸血鬼の言葉を理解する事を拒もうとしている様であった。或いは、私の脳が吸血鬼の言語を理解する程に足りていないのかもしれない。

 

「待って、話が全然見えない」

 

 私は必死に頭を働かせ、今までの経緯を整理することにした。

 途中、頭を抱える私の姿を見て魔理沙が笑っていた。

 あの様子からするとこうなった事情も知っているのだろう。後で殴ろうと思う。

 

「えーと、あんたは確かレプ」

「レミリア」

「……レミリアの妹のフランドールだっけ?あんたって外に出してもらえないんじゃないの?」

 

 私の記憶している限り、このフランドールという妖怪は外に出る事を禁じられている筈である。

 それがどうした事か私の神社を訪ね、挙句私に求婚すらしている。

 駄目だ、客観的にこの状況を見ても訳の分からない事だらけだ。

 

「別に、出ようと思えば幾らでも出れるわ。一応出れない事にはなってるみたいだけれど。ほら」

 

 振り向いたフランドールが指差した方向にあったのは紅魔館であった。

 いつかのように紅魔館の周辺にだけ豪雨が降り注いでいる。

 

「じゃあ何であんたがここに居るのよ」

「そいつは私が説明するぜ」

 

 突如として話に割り込んできたのは魔理沙だった。

 予想通り、魔理沙はこの一連の出来事に絡んでいるらしい。

 

「さっき私が紅魔館に本を借りに行った時の話だ」

 

 魔理沙の話を要約すると、フランドールの脱走を魔理沙が手伝ったと言う事だった。

 始めに魔理沙が図書館に行き、そこで偶々フランドールと出会い、そのまま色々と仕込んで紅魔館を脱出したという訳だそうだ。

 

「結構大変だったんだよ、時間設定の有る魔法を掛けるの」

「確かに面倒だったわ」

「なんでそんな事したのよ」

「フランドールが姿を消しただけじゃ直ぐにバレちまうからな。地下で定期的に爆発を繰り返す事でこいつが中で暴れてる事にしたのさ」

 

 この白黒、窃盗だけではなく住居爆破という罪まで犯すとは。

 将来この神社も壊されかねない、と言うより問題児吸血鬼まで居る訳だから今壊されるかもしれない。

 私は一刻も早く神社から立ち去ってもらう事にした。

 

「で、なんでうちなのよ。何処か別の所に行きなさいよ」

「どう考えても此処しか無いだろ。それにこいつも神社に来たがってたしさ」

「はぁ……前に来るなって言ったと思うんだけどなぁ」

「いつでも遊びに来るって言ったのはそっちでしょう?来ないから来てあげたのよ」

「うっ」

 

 私が何を言っても二人は帰る気が無いようだった。

 折角進んでいた境内の掃除もこの二人のせいですっかりやる気を失ってしまった。

 

「あーもうやってらんない」

 

 取り敢えず、私は色々と諦めてさっさと中に入る事にしてしまった。

 

 

 

 憂鬱な気分のまま、縁側で外を眺めていると、案の定二人が邪魔をしに来た。

 

「おいおい霊夢、どうしたんだよ浮かない顔してさぁ。縁談だぜ縁談、もっと喜べよ」

 

 魔理沙の弄りが気に入らなかったので一発殴っておいた。ついでにあの時笑っていた態度も気に入らなかったのでもう一発殴っておく。

 痛みに耐える魔理沙を見て少し悦に浸っていると、ふと気になることが出来た。

 まだ神社に来るだけなら分かるが、どうして求婚なのかという事である。

 その疑問については、未だ痛みを堪えている魔理沙が話してくれた。

 

「あー?それ確か童謡の事だと思うぜ」

「童謡?」

「十人のインディアンもとい十人の兵隊さんって歌が有るんだよ」

「She got married and then there were none…」

「そうそれだ」

 

 フランドールが歌った歌は英語らしく私にはよく意味が分からなかった。

 

「ふーん。それで、どういう意味なの?」

「彼女は結婚し、そして誰もいなくなった」

「へー結婚ねぇ、ん?」

 

 結婚という言葉に何処か嫌な予感を感じる。

 そうして、その予感を決定づけるかの様にフランドールが口を開き始めた。

 

「いつか魔理沙がうちに来た時に、神社の娘を紹介してやるから大人しく歌の通りにしろって言ってきた事があったねぇ」

 

 詰まる所、この一件は大体魔理沙のせいである事が分かった。

 魔理沙の言葉をフランドールが真に受けた事がこの状況を引き起こした最大の要因という訳だそうだ。

 魔理沙の奴が余計な事を言わなければこんなややこしい事にもならなかった筈なのに。

 取り敢えずもう一発殴っておく。

 

「いてぇ!」

「うるさい」

 

 少しだけ気が済んだから、取り敢えずは一息つく事にする。

 お茶を入れようと思って立ち上がると魔理沙が、私にもくれよと何ともまぁ図々しい事を言ってきたので、あんたに出す茶なんて無いわ、と言って無視してやった。

 

「じゃあ私には頂戴」

「え、緑茶しかないけど」

「気になるから飲んでみたいの」

 

 ふーんと適当に相槌を打っておく。

 姉の様に紅茶はないかと騒がないので少し意外に思ったが、私に兄弟は居ないのでよくは分からないが、何処となく姉妹ってそんなもんなんだなとも思えた。

 はい、とフランドールの分を置いてやると、暫くの間私が入れたお茶を見つめていた。

 

「どうした、まじまじ見つめちゃって」

「緑色の飲み物なんて初めてみたもの。よく飲もうと思うわね」

「私からすれば、赤い飲み物の方が慣れないけどね」

 

 そんな軽いやり取りを重ねると、フランドールはお茶を手に取り少しずつ口に入れ始めた。

 

「あら、意外と美味しい」

「へーあんたは飲めるのね。レミリアは駄目だったのに」

「あいつのお子様舌とは違うのよ」

 

 レミリアのお子様具合を馬鹿にしながら私もお茶を飲み始める。

 うん、いつも通り美味しく入れられた。満足。

 魔理沙が不満そうな目で私達を見ていたが、取り敢えず気にしないことにした。

 お茶を飲み終えたフランドールが、ふと何かを思い出したかの様に此方に目を向けた。

 

「そういえば、私との結婚どうする?」

「は?冗談じゃないのそれ?」

「ふふっ、冗談だと思った?」

 

 そう言ってフランドールは此方に向かって妙に挑発的とも扇情的とも見える笑みを浮かばせてくる。

 こいつの気味の悪い笑みを見てると、まるで自分がこいつの手の平で転がされてる様な感覚を覚える。

 私は何となく居た堪れなくなってつい目を逸らしてしまった。

 魔理沙は、そんな私の様子を見ていた様で私に向けてにやつき始めた。

 

「さーて新婚の邪魔しちゃ悪いし、私はここでお暇しようかな」

 

 そう言って魔理沙は立ち上がり、壁に掛けてあった箒を手に取り始めた。

 

「ちょっと、何勝手に帰ろうとしてるのよ」

「何だよ、あんだけ帰って欲しそうにしてた癖に」

「こんな面倒な奴と二人きりだと絶対疲れるもの。元はと言えばあんたの責任なんだから帰るなんて許さないわよ」

 

 あーだこーだと押し問答を繰り広げていたが、暫くすると魔理沙が折れてくれた。

 

「全く、折角二人きりの時間を作ってやろうと思ったのに」

「勝手に新婚扱いするな」

 

 未だ気乗りしない魔理沙を少々強引に引き摺りながら部屋へと戻る。

 おかえりーと呑気な声が聞こえてきたので、声のする方向を見ると、もう既にお茶を飲み終えていたフランドールが此方を見つめて待っていた。

 

「良かったじゃない、こんな面倒な奴と二人きりにならなくて」

「全くだわ」

 

 素直にそう言ってやると、心外だねぇとか言って笑うものだから、案の定何も感じていない様だった。

 連れ帰った魔理沙も魔理沙で、気付いたら勝手にお茶を入れて満喫していやがった。

 私とフランドールの決して長くは無いやり取りの合間に実行したと言うのだから、各地から泥棒と呼ばれるのも納得してしまう。

 何か言う気にもならなかったし、そのままお茶を飲ませてやる事にした。

 

「さて霊夢、晴れて夫婦になった事だし今日はどうしようか?」

「はぁ……あんたと結婚するなんて一言も言ってないし、する気もないんだからいい加減にしなさい」

 

 妖怪退治を生業とする博麗の巫女が妖怪と結婚したなんて知られれば、笑い話にすらならない。その後の生活がどんなものになるか、どうせ想像したくもない事になるのは恐らく間違い無いだろう。

 第一、この幻想郷内で同性婚出来るなんて聞いた事もない。

 無論、妖怪にとって人間の法など有って無い様な物であるが、私は人間である訳だし多分出来ないと思える。

 まぁ最も、私は好きでもない奴といきなり結婚しろと言われてそう易々と受け入れる様な人間では無いのだ。

 

「ノリが悪いなぁ。ちょっとした遊びみたいなもんだろ?付き合ってやれよ」

「え〜」

 

 魔理沙の言う様にちょっとした飯事の様な物と考えれば、気乗りはしないけどなんとか付き合ってやれそうな気がしてきた。

 

「覚悟は決まった?」

「……少しだけよ」

「宜しい。じゃあ早速誓いのキスでも」

「するか。殺すぞ」

「あら残念。お気に召さなかったと」

 

 前言を撤回しよう。

 如何やらこいつの発想は飯事を完全に超えている様だ。

 

「魔理沙、私こいつの事侮ってたわ。とんだマセガキじゃない」

「これは私も同感だな」

「全く、何言ってんのさ500年も生きてる妖怪にマセガキなんて。私からすれば貴方達の方が子供に見えるのよ?」

 

 確かにこいつは私らよりも何百年も多く生きている。けれど、なにせ見た目が幼子なのだ。

 こんな容姿で結婚だのキスだの言われれば、そりゃあませてるとしか思えない。

 

「あ、分かったわ。キスじゃ物足りないってことね?なんだ、貴方の方がませてるじゃない」

「いや、どうしてその思考に至るか意味が分からないんだけど」

「遠慮しなくても良いのよ?やり方は分かってるから。あ、でも加減の仕方が分からないのよね」

「ストップ!ストップ!一旦落ち着こう!」

 

 周りの空気が段々とフランドールの雰囲気に呑まれそうな所を辛うじて魔理沙が止めてくれた。

 私の方は、ちょっと予想してなかった事までしようとしてくるものだから、つい固まってしまっていた。

 完全に魔理沙に助けられた形となり、やはり二人きりにならないで良かったと改めて思うことが出来た。

 

「どうしたのよ、二人とも照れちゃったりして。意外と純情だった?」

「いやまぁそういう事じゃなくてだな。お前の姿でそういう事言われるとちょっとコンプライアンス的にあれなんだよ」

「奇遇ね魔理沙。今私も同じ事思ってたわ」

「そのコンプライアンス的なあれとかは良く分からないけれど、二人がこれもお気に召さないって事は分かったわ」

 

 まぁ何はともあれ私の貞操は守られた様だ。今は素直にそれを喜ぶとしよう。

 それにしても、フランドールが来てから振り回されてばっかりだ。

 レミリアの方も面倒な奴ではあるけど、流石にこれ程まで厄介ではない。

 こいつの言葉は、何処までが本気で何処までが冗談なのか一切判別がつかない。だから、あれこれ考えてる内にどんどんいいようにされてしまうのだ。

 何となくこの場を取り巻く雰囲気も落ち着いてきたので一息付いていると、急にフランドールの口数が少なってきた。

 気になったので目を向けてみると、明らかに眠そうな表情をしている。

 

「はぁ、なんかはしゃいじゃったわ。私らしくも無い」

「なんだお前、眠いのか?」

「えぇそうね。もう目が開かなくなってきたわ」

「あ、そうなの?レミリアなんかは大丈夫そうだったのに」

「それはお姉様がおかしいのよ。健康な吸血鬼生活を送っていれば昼夜逆転なんて到底無理」

 

 あーもうむり、と言ってフランドールは畳の上に寝込んだ。

 もう落ちかけているだろう意識で、膝枕してくれてもいいのよ、なんて馬鹿げた事を言ってきたので誰がするか、と言ってやった。多分聞こえてないだろうけど。

 取り敢えず、厄介な奴が寝てくれて、やっと一安心出来た。

 

「全く、大人しく寝ててくれれば可愛らしいだけで済むのにな」

 

 魔理沙がそんな事を言い出したので、フランドールの方へ目を向けてみた。

 確かに、整った顔はしていると思う。

 魔理沙の言う様に、こうやって大人しくしてくれればただの可愛い女の子に見えるというのは否めなかった。

 どれほど経ったかは分からないが、暫くの間ぼーっと彼女の事を見ていた様で、彼女の立てる寝息が耳に入ってきた事で我に返った。

 何となくだが、そのまま畳で寝かせるのも居た堪れなくなってきたので、仕方なくお布団を敷いてあげる事にした。

 

「ん?珍しいな。お前が布団を出してやるなんて」

「まぁ何となくね」

「ははっ、さっきのやり取りを見てると、何だかお前がこいつの嫁みたいに思えてくるな」

「ちょっとやめてよ」

 

 全く、笑えない冗談だ。

 そんな事を思いながら、私はフランドールをおぶって布団へと連れて行った。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 今日の夕焼けはこれまた随分と綺麗だった。

 私はぼんやりと外を眺めながら、ただお茶を啜る。

 フランドールを布団に寝かせた後、私と魔理沙はいつもの様に特にする事も無かったので縁側でただ時間を潰すばかりであった。

 また生産性の無い1日を過ごしてしまったなと思う。まぁいつもの事だけど。

 

「おはよう」

「あら、起きたの」

 

 物音がしたので振り返ってみると、まだ少し眠そうに目を擦りながら此方に歩いてくるフランドールの姿があった。

 

「気付いたら布団で寝てたわ」

「あぁそれ、霊夢が布団敷いてお前を寝かせてやったんだよ」

「一応、膝枕が第一希望だったのだけれど」

 

 まだそんな事言ってるのか、と言ってやったが、特に気にした様子もなく笑い掛けてくるものだから諦めて何も言わないことにした。

 

 フランドールが起きてきた後もやる事が無いというのは勿論変わらない。

 出来る事と言えば、せいぜい縁側で寛ぎながら完全に日が沈むのを眺めているくらいのものだ。

 この事をフランドールに伝えてみると、快く了承してくれた。

 レミリアに言ったならば、退屈だとか何とかで不満を漏らしそうな事なのに、妹がそうではないとなると、いよいよこの姉妹が似ていない事が明白になってくる。

 似ているとすれば顔立ちくらいか。

 

「生憎だけど、私は暇に慣れてるからねぇ。こうやってなんもしない日を送るのは得意なのよ」

 

 私の問いへの答えと共に自慢の様なものを聞かせてきたが、よくよく考えてみれば自虐を言っているに過ぎないという事は可哀想なので言わないでおいてあげた。

 

 結局私達が夜になるまでしていた事というと、お茶を飲みながら雑談を交わすだけであった。

 時々フランドールの言っている事が分からない事があったが、そこは頭の回る魔理沙の事だ。お陰で私が会話に困る事は無かった。

 

「んー、やっぱこれも寝心地良いわね」

 

 そして今私がしている事というと、渋々フランドールの頭を自分の膝に乗せているという事だ。

 やはり膝枕を諦めきれないと、しつこくねだり始めてきたので断ろうとしたのだが、流石に断りすぎて罪悪感を覚えてきたので仕方なく許してしまった。

 

「いい加減に起きてくれない?もう足が痺れそうなんだけど」

「良いじゃない。ただの膝枕まで譲歩してあげたんだからもう少し堪能させてよ」

「それにしても今日は霊夢にベタベタだな。お前ってそんな奴だったっけ」

「気分よ気分。本当に歌の通りにするのも面白そうだってね。だからちゃんと本とかで調べて勉強したのよ?夫婦がどんな事をするかってね」

「なんかお前ろくでもない事してんな」

「それをあんたが言うな」

 

 普段からろくでもない事オンパレードの癖してこういう時にだけ良く自分を棚に上げた事を言えるものだ。

 そんでもって私が気になったのは、フランドールがどんな本を読んでいたのかという事である。

 問い詰めてみると、返ってきた答えは官能小説とかいう、やはりろくでもない物だった。

 取り敢えず、変な学び方はするなと叱っておいたので大丈夫だと思う、多分。

 そんなこんなであれこれ騒いでいる内に境内に誰かが入ってきた気配がした。

 

「随分楽しそうね、フラン」

「あらお姉様、いつの間にいらっしゃって?」

 

 やって来たのはレミリアだった。

 恐らく私の膝の上で寝ているこいつを迎えに来たのだろう。

 何処となく怒気を孕んだ目でフランドールを見下ろしている。

 

「やってくれたわね。家の中がぐちゃぐちゃだわあんたを止めようとして家中探しても見つからないわでほんとに散々だったのだけれど」

「え、あれってそんなに威力強かったっけ?ねぇ魔理沙?」

「いやーもしかしたら組み立て間違ってるかもと思ってたけどやっぱ当たりだったか」

「んん?」

 

 どうやら紅魔館がボロボロになったのはフランドールのせいではなく魔理沙のせいであった。

 レミリアはてっきりフランドールがやったとばかり思っていた様で、呆気に取られた顔をしている。

 怒る気もすっかり失せてしまった様で、咳払いをして体裁を繕っている。

 

「あーそれについては一度置いておくとして、いつの間に霊夢とそんな事する仲になったのよ」

「あ、そっか。お姉様には言ってなかったわね。結婚したのよ私達」

「は?」

 

 突然訳の分からない事を聞かされたレミリアは、さっきよりも呆然とした表情になっている。

 まぁ無理もない。私だって、最初に結婚なんて言われた時は同じ顔をしていたと思うし。

 

「こいつ、昼間から結婚だのキスだのそれ以上だのと訳わかんない事ばっか言ってくるのよ?」

「キス?それ以上?え?え?」

「あ、お姉様って霊夢の義理の姉にもなるのよね。ほら霊夢、お姉様に挨拶しましょう?」

「マジで殴るわよ」

 

 フランドールが段々と暴走を始めたので取り敢えず足を抜いてやった。

 フランドールはそこそこ良い音を響かせながら頭を強打し、それもあってかどうやら落ち着いた様であった。

 レミリアの方に目を向けると、未だ混乱している様だったのでこればかりは同情してしまった。

 

「レミリアー戻ってきなさーい」

 

 レミリアの額を軽くデコピンすると、途端に我に返った様子を見せる。

 同時にレミリアは訝しげに私の事を見つめてくるものだから気になって聞いてみるとフランドールと本当に結婚するのかという事だった。

 

「はぁ……私がそんな事する訳ないじゃない。こいつが勝手に言ってるだけよ」

「……まぁそうよね。冷静に考えてみればそんな事ある訳ないし」

 

 何処かほっとした様子を見せたレミリアは、頭を打った後そのまま縁側で寝転んでいるフランドールの手を引っ張り起こした。

 

「ほらフラン、帰るわよ」

「しょうがないわねぇ」

 

 フランドールは立ち上がり、部屋にあった日傘を取りに行った。

 その様子を見ていると、やっとこのめちゃくちゃな日が終わるのかという実感が湧いてきた。

 戻ってきたフランドールが私を見て、一緒に住むかと言ってきたが流石に無理な話すぎて断ってやった。

 

「じゃあちゃんと遊びには来てよ?」

「……まぁ私が言ったことでもあるしね」

 

 その返事を聞いたフランドールは満足そうにして私に向かってにこりと笑い掛けた。

 

「それにしても、ドア・イン・ザ・フェイスってやつ、ほんとにこの方法効くわね。霊夢なんか簡単に引っかかってくれるんだもの」

「は?」

 

 突如として意味の分からない言葉が出てきたので、魔理沙に聞いてみる事にした。

 

「ドア・イン・ザ・フェイス、交渉術の一つだな。先に相手にとって過大な要求をしておいて後から可能な程度の要求をする事で、初めに断った罪悪感から相手が後者を受入れ易くなるって訳らしいぜ」

 

 そのよく分からない名前の物が交渉術の一種である事は分かったけれど、今までのフランドールの言動とどういう関係があるのだろう。

 

「あぁ、そういうことか」

 

 私はまだ考えている途中であったが、魔理沙の方が何か分かった様であった。

 何が分かったのか魔理沙に聞いてみると、これまでのフランドールのおかしな言動にこの交渉術とやらが使われていたという事だそうだ。

 

「要は、お前は本当にフランドールがしたい事へとまんまと誘導されていたんだよ。キスとか色々無理な事を言った後に膝枕をしてくれとか言ってただろ?普段のお前なら断りそうなのに今日のお前はそうしなかった。さっきの同棲の誘いだってお前を遊びに来させる様に仕向けたって訳だよ」

 

 魔理沙の言葉を聞いて、今日の出来事を振り返ってみる。

 確かに、訳の分からない要求の後にまだ自分でも出来そうな要求を受けている。

 そして、それを受け入れてしまっているのも確かな事であった。

 やっぱり私はこの問題児に弄ばれていたみたいだ。

 その事に気付いてしまい、無性に腹が立ってくる。

 

「へぇ、よく分かったね。流石魔理沙」

「今更だよ。お前が言い出さなかったら分からなかったさ」

 

 フランドールはゆっくりと浮かび上がり、私達を見下ろす形となる。

 レミリアの方は既にかなり上空の方まで飛び立っており、フランドールを待っている様だった。

 

「今日はほんとに楽しかったわ」

「私は散々な一日だったけれどね」

 

 私の返事を聞き、満足した様な笑顔を浮かべてフランドールはレミリアの元へと飛んでいった。

 そのまま真っ直ぐ向かうのかと思われたが、急に止まって此方へと振り返った。

 

「約束はちゃんと守ってよ?まぁ霊夢は"優しい"から大丈夫だとは思うけどね」

 

 そう言って、今度こそ止まることもなく真っ直ぐに紅魔館へと帰っていった。

 妙に優しいを強調した皮肉を言われた事で余計に腹が立ってきたが、今更紅魔館に乗り込んで怒りに行く程の気力は今の私には残っていない。

 ようやく騒がしい一日から解放されたという安堵感を受けて、力が抜けた様にため息が出てきた。

 

「はぁ……こりゃ一本取られたな」

「そうねぇ。今日は完全にあっちが一枚上手だったわ」

 

 そう呟いた後、二人とも言葉が出てこなくて沈黙が続いた。

 どれ程の時間が経ったのか、魔理沙がぽつりと呟き出した。

 

「あいつ、ただ霊夢に遊びに来て欲しかったんだなー」

 

 魔理沙の言う様に、あいつがしたかった事といえば単純に私と遊びたかっただけなのだろう。

 それだけの為にここまでするのはかなり迷惑な話ではあったが。

 

「あーなんか今日は疲れたわ。お風呂入って寝よ」

「お、随分早いな。まぁでも、私も今日はちょっと疲れたから帰るとするよ」

「そう、分かったわ」

「そんで霊夢、明日はどうするんだ?」

「明日は出かけるわ。ちょっとした用事が出来たからね」

「用事?どんなのだよ」

「紅魔館にちょっとね」

 

 そこまで言うと、魔理沙は私の言わんとしてる事が分かった様でにやりと笑みを浮かべる。

 

「随分優しいじゃないか。なんか悪いもんでも食ったか?」

「失礼ね。私は初めから"優しい"わよ」

 

 今度は私があいつを弄んでやる番だ。

 そう思うと、私は明日が無性楽しみになるのを感じた。

 

 




フラ霊フラ増えて(切実)


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